【読者参加型企画】ゼロから世界を作るなら (ぷに凝)
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第1章 創世
ここは何もない世界


初めての試みです。
至らぬ点も多くあると思いますが、何卒よろしくお願いします。


…。

 

…ん?

 

どこだここ。

 

なんか『〇〇しないと出られない部屋』みたいな何もない空間に飛ばされたんだけど。

 

え?なにこれ、座標バグ?あるいは今から神様が降りてきて「ふぉっふぉっふぉっ、お前は死んだので転生させてやろう」のやつ?

 

俺は前から思ってたんだけど、どうせ転生するなら物価が安い国のそこそこ金持った家に生まれたいね。チートとか特典とか、そういうのは要らないです。扱いきれないし。

 

まぁどうせチート貰えるんだったら、頭に思い浮かべただけでなんでも作れるってくらいの、振り切ったチートがいいよな。わら。

 

と思って手を振りかざしたら、目の前にまだ発売されてない新型ゲーム機が出てきた。

 

…マジ?

 

 

うーん、困った。

 

いや嘘。全然困ってない。最高ですこのチート。何がいいって、こういうチート能力は、例えばゲームソフトを作ったりしてもガワだけ再現されて実際は遊べないみたいなバランス調整が施されてることが多いけど、そういうことが全然ない。

 

普通に遊べる。なんなら、俺が遊んだことないゲームでも内容がちゃんとそれっぽいんだ。マジでどうなってんだこれ。

 

漫画。PC。あとは多少の炭酸飲料と食い物。これだけで俺はもう一生暮らしていける。

 

しかし、困ったことに未だこの何もない空間から出る方法がわからない。

 

辺り一面真っ白な空間。壁も天井もなく、際限なく広がり続けるこの空間。

 

それに、いつまで経っても神っぽい人が降りてくる気配もなし。神どころは普通の人っこ一人見たらない。

 

詰んだか?これ。

 

まずいな…まさか俺一生ここでこのまま暮らすのか?おいおい、マジか…流石にそれは…。

 

……。

 

困らないな、うん。

 

だってゲームがあるだろ?漫画あるだろ?菓子もあるだろ?暇つぶしは無限にできる。

 

挙げ句の果てにはPCがネットに繋がりやがる。マジで何の文句もないわこの環境…。

 

むしろ今までの仕事仕事仕事の日々に比べたら天国だ。決めた、あたいここに住む。

 

まぁ、唯一欠点と言えば欠点なのは生身の人間には会えないことだが…正直、ネットさえ繋がればそんなもん苦でもない。

 

むしろ煩わしい人間関係から解き放たれて、今の俺はめちゃくちゃ幸せだ。マジでこんな幸せなことあってもいいのか?

 

ありがとう、神様。ありがとう、女神様。今まで生きてきて良かった。

 

うっし、そうと決まればまずは最強の自室を作んないとな!!

 

最強の自室、これを“聖域(サンクチュアリ)”と名付けよう。ベースはリアルの俺の自室。そこに欲しかったけど高すぎて手に入らなかったフィギュアとか、新型のゲーム機とかハイエンドPCとか…あらゆる“最強”をぶち込む。

 

あ、そうだ。ってかなんでも作れるならもしかして、メイド型ロボとかも作れる?リアルじゃまだ実用化されていないオーバーテクノロジーも、このチート能力ならいけるんじゃないか…?

 

やば…マジで楽しみになってきた。ワクワクが止まらん。

 

よし、じゃあまずはつよつよハイスペックPCをぶち込んでやるぜ!!

 

 

「さっさとご用件を申してください。バチャ豚チー牛低身長クソメガネ様」

 

…やべ〜。

 

俺の性癖である毒舌系金髪巨乳猫耳エージェントタイプのメイドを爆誕させてしまった。

 

人間って、テンション上がると何するかわかんなくて怖いね。

 

「喋ることもできないんですか、それとも声帯に鼻くそでも詰まりましたか」

 

いや、完璧すぎるだろ受け答え。ボキャブラリー豊富かよ。

 

「そうやって褒めれば女は簡単に喜ぶとお思いですか?女性経験の無さが露呈しますね」

 

うーん、なんて魅力的なんだ。我ながら最高傑作と言っていい。

 

あ、そうだ。名前とかどうしよ。あった方が便利だよね。

 

「いりません。汚らわしい主人からいただく汚らわしい名前なんて。呼ばれるだけで耳が汚れる思い…」

 

“ハル”で。どう?

 

「…いらないと言ったでしょう?」

 

じゃあ毒舌系金髪巨乳猫耳エージェントメイドちゃんで…。

 

「私は“ハル”。謹んで拝命いたします。マイロード」

 

そんな口調だった?まぁいっか。

 

多少の口調の変化なんて誤差みたいなもの。そもそも最新のAIでもこんな流暢な受け答えは出来ないはずだ。それをAIの知識なんか全く持ってない俺がこんだけ完璧なメイドロボを作れる。これがチート能力というものだ。

 

「流石ですね。ご自身で努力をなされるつもりが全くないところが特に」

 

よせやい、照れる。

 

「死ねばいいのに…」

 

さて、“聖域”は完成した。これからハルと一緒にここで永遠の時を過ごす…というのもいいのだが、俺はだんだん使い慣れててきたからか、この能力の法則性みたいなものがだんだん分かるようになってきた。

 

まず、生み出すものの“外見”に関して完全に思い浮かべることができないと、生み出すことはできない。

 

だから例えば、“1等の宝くじ”を生み出そうとしても、肝心のナンバーを思い浮かべることができなければダメ。

 

そしてもう一つ。“知らないもの”を生み出すことはできない。

 

だから例えば、“火星人”を生み出そうとしても、俺は火星人なんてものがどんな見た目をしているのか、そもそも存在するのかも知らないわけだから生み出すことはできない。

 

そしてこれが一番重要だが、“生物”は生み出せない。

 

人間は勿論、動物、虫、植物もダメだった。ただし“ポテチ”や“チョコ”などの加工食品はこれに限らない。

 

ハルも…一見はロボとはいえ、生きているように見えるが、実際は「俺がこう言ったら、向こうはこう返してくるだろうな」という想像を形にしているだけにすぎない。

 

いわば、豪華になった一人相撲のようなもの。

 

「…」

 

あぁ、あと、そうだ。

 

PCを起動して、今見ている掲示板や動画サイトも…きっと実物ではない。

 

俺の想像上の“ネット”を、ある程度再現しているだけ。

 

ゲームも、俺が心のどっかで“こうなるんだろうな”という展開の予想をその通りになぞっているだけ。

 

そう、いわばここは…非常に緻密に、正確に再現された…。

 

 

俺の“精神世界”だ。

 

 

だが、やはりこれはある意味で、完成された環境と言える。

 

俺は他人と関わるのが煩わしかった。職場の人間関係も、どうにも上手くいかない家族関係も、ろくに連絡も取らなくなってしまった友人関係も。

 

それら全てから解放されて、この想像だけの世界にいられることは…とても幸せなことに思える。

 

だから俺はこの世界が好きだった。

 

…さて。

 

ここにいつまででも居ていいんだけど。

 

少し出かけるとしよう。

 

「行ってらっしゃいませ、ご主人様」

 

うん、行ってくるよ、ハル。

 

目的地はない。いや、自分で作るのだ。なにせここは…全て俺が作る世界なのだから。

 

 

 

……。

 

 

ずいぶん歩いた。

 

あれから何時間経っただろうか。

 

いや、あるいは何日?何年も経ったのかもしれない。ここには時間という概念がない。当然だ。俺が作ってないのだから。

 

この空間の果てにはまだ辿り着いていない。あるいは、果てなんてないのかもしれない。いや違う。“果て”は俺が作るのだ。ここはそういう世界だ。

 

ふむ。全てが俺の予想の範囲内で、予想外のことが起きないというのは…もしかしたら、意外と退屈なことなのかもしれない。

 

そうだ、まずは時間の概念を定めよう。

 

太陽と月。これを…そうだな、48時間で交代させよう。元々一日が24時間は短いと思ってたんだ。倍にしてしまってもいいだろう。

 

あとは…この白い地面と白い天井だな。よし、まずは天井をとんでもなく高くしてみよう。それこそ見えなくなるまで。

 

そうすると、見えなくなった天井の影響で上空が暗くなってしまった。青色に光らせよう。あっ、そういう強い青色じゃなくて、もっとこう…爽やかな青空みたいな。よし。それでいい。

 

あとは地面だ。うーん、そうだな。まず平らなのがおかしいから、ある程度隆起させたり、陥没させたり、海を作ったり。

 

…ってか白いのがダメだわ。うーん、緑色?うわキモっ、ガ〇ャピンみたいになった。もっとこう、“野原感”出しなさいよ!そう、それでいい!

 

おー…すごい。大分普通な感じの野原みたいな光景になったな。一見元の世界と見分けがつかない。

 

いや、でもやっぱり草を生やせないのは問題だな。テクスチャ貼り付けただけ見たいな粗い地面になってしまってる。うーん、植物は無理だから、それっぽい…紙でできた植物みたいな?おっ、それっぽいそれっぽい。紙はセーフなんだな。

 

よーし、じゃあ風を吹かせて…あー、風があるなら天気もいるか。曇りに雨、雷、雪、砂嵐…って野原に砂嵐吹くのはおかしい。いやでもポ〇モンの世界だと日常茶飯事な気が…。

 

 

……。

 

天候変化、“雷雨”!

 

──!!

 

お〜、すげ〜。

 

出来るもんだな。やろうと思えば。

 

植物はダメだが、水を生み出すことはできる。そこから何やかんやして雲を生み出せれば、そっから高気圧やら低気圧やら寒冷前線やらをなんやかんやしたら雷落とせました。まる。

 

にしても、やっぱこうして風が吹いて外っぽい光景があるだけで違うわ。

 

前までは外なんて嫌いなはずだったけどなぁ。見れないとなると急に寂しくなってしまう。

 

それに、指先一つで天候を変えられるというのは、ちょっとした神様気分。

 

…ってか、マジで今の俺は神みたいなことやってんな。

 

俺の意志一つで雷が落とせるなら、神の裁きごっこも難なくやれそうだ。裁く相手がいねーが。

 

…しかしこうなってくると、建物が全くないというのは寂しい気がしてこない?

 

そうだよね!城だよね!!なんなら浮遊城!平和そうな1面の平原からラスダンの浮遊城が見える!これロマンね!

 

よっしゃ作るぞ浮遊城!!ついでに変形ギミックとか秘密兵器とか色々入れたろ!

 

あっ、そうだ。おーい、ハル〜?

 

『なんでしょう。突然汚いボソボソ声で呼びつけるのはやめていただけますか?せっかく休日を満喫していたというのに』

 

いやね、今から城を作ろうと思ってさ。手伝って欲しいんだよね!

 

『…唐突すぎて言葉もありませんね。砂場でお城(笑)でも作っているのがお似合いですよ』

 

まぁそう言わずに。

 

時間はいくらでもあるんだから。どうせこんなチート能力があるんだ。思いつくものはなんでも作っていきたい。それこそ、好きなように。

 

この何もない空間に、“好きな世界”を作っていこう。



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最初からラスダンに直行できるRPGは名作

ハル、人がラスダンに求めているものが何かわかる?

 

「知りませんが」

 

最初から行けることだよ。

 

「破綻してるじゃないですか」

 

そう。ラストダンジョンなのに最初から行ける。破綻しているようでこれが実に面白い。

 

なにせ、行きたくなるだろう。人間とはそういうものだ。

 

綺麗に舗装され、安全で快適だがそこを通っても面白いことは何も起こらない道と、危険でほとんど人の通らない、進めば確実に困難にぶち当たるが予想のできないことが起こる獣道。

 

これが現実の話であったならきっと多くの者は前者を選ぶが、ゲームのような遊びでは後者を選ぶ場合が多くなる。例えば、リスクの代わりにより多くの報酬を貰えるとなれば尚更だ。

 

勿論、普通にやれば決してクリアできないような難易度に設定されていることが大前提ではあるが。

 

そういう意味で、僕は今から作ろうと思っているこの浮遊城に、ある機能を付けたいと思っている。

 

なんだと思う?

 

「知りません」

 

たまにお城が休むために地上に降りるんだよ。

 

「バカですか貴方は」

 

褒め言葉だ。

 

浮遊城。普通に考えれば空を飛ぶ手段を持っていなければ到達できないそれが、よっこいしょとたまに地上に降りてくる。んで、入ろうと思えば入れる。だけど中には生半可な強さじゃ敵わないような敵キャラがわんさかいるわけだ。

 

当然Lv.1の勇者は瞬殺されてしまうだろう。だが勇者は諦めない。何度も何度も死にながらその城に挑み、ちょっとずつ抜け道を見つけながらどんどん奥へと進んでいき…やがて、本来なら終盤じゃないと手に入らない強力な装備を手に入れたりするわけだ。

 

テンション上がるでしょうが!

 

「うるさ…口臭いです」

 

つまり、そういう“ズル”が出来る余地を残すという意味で、俺はラスダンにある程度の寛容さを持たせたいと考えている。

 

だからねハル、浮遊城を作るに当たって、警備は万全にしたいわけだが、その中でもちょっと穴を作るんだ。冒険を始めたばっかりの勇者でもなんとか掻い潜れそうな警備の穴をね。

 

「侵入者のために抜け道を作る警備なんて、聞いたこともありませんね」

 

いいでしょうが!ぶっちゃけ侵入してくる勇者なんていないんだから。

 

俺の好きなように作らせてもらおう。

 

「こんな意味のないものを、一体いくつ作るおつもりですか?」

 

そりゃあ君、俺が飽きるまでだよ。

 

「はぁ…」

 

ふむ、浮遊城というからには飛ぶわけだが、その飛行の動力となるのはどんなものにしようか。ジェット噴射?うーん、なんか絵面が美しくないなぁ。やっぱこういうのは“飛空石”みたいな不思議な力で空に浮かんでる絵面がいいよね。ついでに周りに岩石の小さな浮遊島とかも浮かべておこう。空に浮かんでる時はここを渡ってもらう感じで。

 

警備ロボはどういうデザインがいいかな。SFっぽくするかファンタジーっぽくするか。俺としては、その中間…魔法っぽさも科学っぽさも感じるデザインにしたいんだよね。不思議な力で空中に浮かんでるけど武器はブラスターみたいな。

 

ってか、ラスダンというからにはやっぱボスが必要か。うーん、ハルと同じような要領でボス敵置いておくか。なんだろ、設定的にはかつての古代文明を率いていた王が亡霊になって…みたいな感じ?あっ、その王が実は初代の勇者だったりしたらアツいかも?じゃあ甲冑着て西洋騎士風の見た目に、モチーフは統一して…。

 

「帰りたい…」

 

 

 

ハル、人が最初の村に求めているものが何かわかる?

 

「知りません」

 

最初の村に隠された古代兵器が眠っていることだよ…!!

 

「はぁ…」

 

物語上、最初の出発地点となる最初の村。だけど物語終盤で、そこに世界を滅ぼす古代兵器が眠っていることが明らかになるわけだ。

 

そんで、その古代兵器を悪の親玉の手から守るために最初の村に向かうってわけだよ。

 

エモくね?

 

「別に…」

 

俺は良いと思う!

 

ってわけで最初の町を作ります。

 

「浮遊城もまだ出来てないのにですか?」

 

ちょっとした休憩!休憩だから!

 

アイディアが出てこなくなったから現実逃避してるわけじゃないから!

 

「どうでも良いですが、いいんですか村なんて作って?それこそ村人が必要になるでしょう」

 

そう。それなんだよねー。

 

ラスダンという想定で作った浮遊城と違い、村というからにはNPCをたくさん配置しないといけない。だが俺は人を作り出すことができない。

 

ハルみたいな側においておくことを想定したメイドならともかく。俺から離れると会話どころか動くこともしなくなってしまう村人というのは少しばかり不完全だ。

 

自立行動。これを可能にするにはどうすればいいのか。実はこれまでも何度か試してみて、全く実現できなかったことだ。

 

全てが俺の想像力で動くこの世界では、俺が認識しない世界の動きは止まってしまう。空に浮かぶ太陽と月はどこからでも見えるため、昼と夜の時間経過は問題ないが…それ以外の場所は風も吹かず、天気も変わらず、完全に時が止まってしまう。これをどうしたものか。

 

どう思う?ハル。

 

「知りません。貴方の知らないことを私が知るはずないでしょう」

 

確かに〜。ハルもあくまで俺の想像上の存在でしかないからね。

 

「えぇ、この世界を動かしてるのは結局クソご主人一人だけです。そうである以上はこの世界にこれ以上の発展は望めません」

 

なるほどね。確かに俺一人だけじゃ限界が…。

 

…俺一人だけじゃ?

 

あぁ、なんだ、そういうことか。

 

ナイスアドバイスだ、ハル。

 

「…?何が…」

 

()を増やせばいいんだ。

 

「は?」

 

俺一人しかいないから、俺のいる場所でしか世界が動かない。じゃあ俺を増やせば良い。

 

そういうことだな?

 

「…好きにしてください」

 

よし、俺を増やそう!!

 

 

 

「ようこそ!ここは始まりの街“ハジメ村”だよ!!」

「勇者様、何かお困りかい?ならば酒場に行ってみるといい」

「ここだけの噂だが、この村の地下には世界を滅ぼす兵器があるって噂が…」

「昨晩はお楽しみでしたね」

 

完璧だ。

 

俺は“聖域”のモニターに最初の村…通称“ハジメ村”の様子を写して満足気に頷いていた。

 

行き交う人々。酒場に宿屋に防具店。小さなメダルを隠した民家。これこそまさに最初の村だ。

 

さて、この世界を生み出してる原動力は、この村の上空に浮かばせた“もう一人の俺”だ。

 

とは言っても、まんま俺の姿形をしたものじゃない。見た目はただの鉄で出来た球体でしかない。

しかしこの球体には“目”と“耳”が付いている。要するにカメラとマイク。そしてこの球体が感知した情報は、直接俺の方に届くようになっている。

 

だからこれは俺の分身なのだ。“空ノ目”とでも名付けよう。

 

単純に視界が二つ、聞こえる音は倍になったので送り込まれる情報を処理するのに苦労するかと思ったら、意外となんとかなっている。どうやらこの世界に来てから、俺の体は色々とスペックが上がっているらしい。

そういえば、長い間食事も排泄もしていないのになんら不都合がない。そういう生理現象から解き放たれたのが今の俺なのかもしれないな。

 

さて、“空ノ目”が出来た今、こいつを一つだけしか作らないなんて選択肢はあり得ない。

 

モノができたらすぐさま量産体制が整っているのが俺の能力だ。

 

すでに“空ノ目”は合計1万個。この世界のあちこちの上空に浮かべている。流石に“ハジメ村”以外のものは接続を切っているが。

 

“空ノ目”が浮かんでいる範囲は、浮遊城を中心としておおよそ半径500km。大体東京〜大阪間くらいの距離感だ。

 

“世界”というにはまだあまりに狭いが、これ以上広くしても俺の手には余る。一旦はこの範囲内に色々と建造物を充実させていきたい。

 

そもそも浮遊城もまだ建設途中だ。イタズラに風呂敷を広げすぎるのは良くない。いくら時間が無限にあると言ってもね。

 

…。

 

それはそれとして最初の村を作ったんだから、今度は二番目の村が必要だよね!名前はどうしよ、“ハジメ村”の次だから“ソノツギ村”とか?“ハジメ村”はチュートリアル的な側面もあったからあんまり変なギミックは入れないようにした(古代兵器入れる)けど、村に着いたらやっぱなんかしらのイベントは欲しいよね!そうだな、村長が実は魔族と結託してて村の地下には魔族のアジトがあるとか…ってか魔族ってなんやねん。知らんぞ俺はそんな種族。ってかまた地下に変なの作るの?

 

よし、魔族と地下アジト作んないとな!!

 

 

 

ハル、人が魔族に求めるものはなんだと思う?

 

「…」

 

その通り!“魔王”だ。

 

「何も言ってませんが」

 

“魔王”。

 

勇者がいるんだったら魔王がいる。それがこの世の真実というものだ。そう、リ○クに対するガノ○ドロフ。ダ○イに対するハド○ラー。ロトに対するゾーマ。

 

近年では“魔王であり勇者”なんてキャラ設定も流行っているが、それは勇者と魔王の関係が一般に周知されているからこそ映えるものだ。キャラ設定の盛りすぎは観客の困惑を呼び、世界観の崩壊を招く。

 

勇者と魔王。このシンプルで完結された二項対立こそが絶対的な基礎となる。

 

故に俺は作るぞ!魔王を。

 

「好きになさればいいんじゃないですか」

 

…最近、俺の専属メイドが冷たい気がするんだけど。

 

君、本当に俺の想像上の存在で合ってる?

 

「当たり前でしょう。私は豚同然の汚い欲望と煩悩に支配された低脳によって生み出された哀れな存在なのですから」

 

うーん、確かにそうか。

 

しかし、見た目はともかく俺が深層心理でハルみたいなメイドを欲してるとか、どんなドマゾだって話になっちゃうんだけど。

確かに俺は一般的な男性並みに性欲はあるし、オタクらしく自分の性癖も理解しているが、わりと純情系が好きだったつもりなんだけどな…罵倒されるのが好きなだけで。

 

「…」

 

あっ、いいね。その“こいつ何言っても意味ねーわ”みたいなうんざりし切った光のない目。かなり好みです。

 

さて、魔王を作るんだったら当然魔王城を作らなきゃいけない。何個城作るねんって話だが、別に良いだろう。

 

城なんてなんぼあっても困りませんからね。

 

差し当たっては、やはり魔王と言われるくらいだから、王には領土が欲しいという話だ。

 

魔族領。なんかツノが生えてたり肌が浅黒かったりする人たちが住む領土だ。

 

基本的に魔族領は山脈に囲まれており、周囲の土地とは隔絶されている。一部洞窟を作って完全に孤立しているわけではない土地にはするが、きっと他国との貿易はそれほど積極的に行わないだろう。

 

…他国って何処やねん。

 

そんでもって魔族領は土地が貧相で、作物があまり育たない。民は常に飢え、内乱が後を絶たない…そんな歴史を持った土地だ。

 

それを圧倒的な力とカリスマで纏め上げたのが魔王。自分にとっての邪魔者をどんどん捻り潰し、あっという間に魔族領を治めてしまったわけだ。

 

魔族領を統一した魔王だが、その野望は留まるところを知らない。山脈を越え、他の土地へも侵略を開始していく…これがいわゆる“魔王軍”。

 

周辺国は強力な魔王軍の侵略により、どんどんと征服されていってしまう。

 

そんな中、魔族領からは遠く離れた小さな村で、魔王軍に苦しめられている人々を救うためにある少年が立ち上がり…というのが大まかなストーリー。

 

さぁ、出来たぞ魔王が。

 

「よく来たな。矮小なる人間の勇者よ。我が配下たる四天王を下し、よもやここまでやって来るとはな…」

 

おー、それっぽい。

 

「なんですか、四天王って」

 

魔王の配下の中で最も強力な4人の魔族だね。

 

一人目は四天王最弱だけど、勇者の故郷を滅ぼした宿敵でもある。

2人目は参謀で、色々策を弄するけどその度に勇者に策を破壊されて「私の計算に狂いはない──ッ!!」とか言う役。

3人目は勇者に協力的なんだけど、実は4人目の四天王のまとめ役を倒して自分が四天王のトップに立つことを狙ってるね。二人まとめて勇者にやられます。

 

「まだ見た目も決まっていないのに、よくそこまで背景を作り込めますね」

 

好きだからね、こういうの。

 

それに、キャラを生み出す際に見た目より先に設定を考えるのは基本中の基本だ。めちゃくちゃ強そうな大剣を持った剣士を作って、その役目が八百屋の主人とかさ、嫌じゃん。

 

まぁ見た目からインスピレーション受けて役割決めることも無くはないけど。

 

「知りませんが…」

 

まぁともかく、勇者は魔王城を目指して旅に出るわけだ。そのために“ハジメ村”と魔族領は遠く離している。

 

「? ラストダンジョンは最初から行けるようにするはずでは?」

 

そりゃあハル、真の黒幕は魔王を裏から操ってた浮遊城の主だからね。

 

「…」



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世界観?時代設定?うるせぇ!俺について来い

ハル、人が浮島に求めるものはなんだと思う?

 

そう、古代文明だよね。

 

「…」

 

世界の中心。そこには底が見渡せないほどの大きな竪穴が口を開けており、その上空には浮遊城が浮かぶ。本来ならどうやっても入ることができないその城は、定期的に地上に降りてくる機会を逃せば侵入は困難を極める。

 

しかしチャンスは0ではない。浮遊城の周辺には、細かい岩石の欠片が無数に浮いているのだから。

 

それらを地上から順に伝ってくれば、足を踏み外して奈落に落ちる危険を犯してでも浮遊城に到達することが可能だ。

 

でも、ただ単純に岩が浮いてるだけなのは芸がない。建築とは“歴史”だ。何故この浮遊城は空に浮いているのか。そのバックボーンを考えなければならない。

 

「まだ完成してないのにですか」

 

完成してないのに作っちゃうのだ。その方が作業は進むし、何よりモチベを維持できる。

 

この浮遊城は、今から数えて…そうだな。100億年前の遺跡なのだ。

 

「作り始めてから10年も経ってないと思いますが」

 

100億年前だ。いいね?

 

そう、100億年前のオーバーテクノロジー。それが今になって起動し、城を空に浮かび上がらせたのだ。

 

なんで起動したのかは知らん。多分地震とかでしょ。

 

ともかく起動した浮遊城は、元は地下深くに埋まっていた遺跡だ。それが浮上したわけだから、当然地上の建造物や地盤は崩壊したわけだが、これらが浮遊城内に存在する“飛空石”の影響で一部、一緒に空に浮かび上がった。

 

まぁ、俺は“飛空石”とか見たことないんだけどね。

 

ちなみに浮遊城の真下の大穴はこの時に出来たものだ。今そう決めた。“巨人(アトラス)のノド”とでも名付けよう。

 

ともかく、その影響で浮遊城の周辺には岩石や、倒壊した塔や民家などの建物が浮かんでいるわけだ。

 

そう。だから時代設定的に、浮遊城はオーバーテクノロジー感溢れるSFっぽい建物だが、その周囲に浮かぶのは単なるレンガや石造りの建物が正しいのだ。

 

こうしたこだわりが世界観をより深く構築してくれると、俺は信じている。

 

……。

 

ついでにこの辺に襲ってくるぬいぐるみでも置いておこうか。

 

「世界観の話はどうしたんですか?」

 

いや、だってさ?面白くない?

 

ラスダン前の道中でめっちゃ強いぬいぐるみが襲ってくるの…。

 

「…」

 

確かに世界観は大事だけどさ。でも統一された世界観の中に、こういう異質なものが出てくることがアクセントになって、より存在感が際立つと思うんだよね。

 

ダメかなぁ。

 

「…」

 

だよね!これ採用で。

 

よーっし!次行こう!!

 

 

 

次は和風建築。

やっぱ元日本人としてはね、欠かせないんですよこれは。元というか一応今でも日本人のつもりではあるが。

 

ってことで山城作ったろ!

 

「また城ですか」

 

そう、何個目かの城だ。でもやっぱ城って映えるんだよね、景観的に。作り終えた後の満足感がすごい。

 

さて、今居るここは地理的に魔族領とハジメ村のちょうど中間にある国だ。名前どうしよう?“ヒノモト”とでもしておこうか。

 

洋風ファンタジーっぽい世界に、和風要素。近年のRPGではもはや定番だ。

 

だが単に城を作るだけなのは面白くない。重要なのはやはりバックボーン、設定なのだ。

 

ヒノモトは、魔族領と同じく周囲を山脈に囲まれている。ただしそれは国の北側…魔王軍の侵攻方向に限った話だ。南側は平野が続き、そこから先は比較的穏やかな人間たちの領土だ。

 

つまり、この国は魔王軍からの侵攻から身を守るという観点で見れば、天然の要塞国家と言える。侵攻するには大きく山脈を迂回して、西側から攻め込まなければならない。そしてそこには、待ってましたとばかりに鉄でできた大門が構えているのだ。

 

この国は、魔王軍の侵攻を食い止める前線基地の役割を果たす。

 

とすれば、ヒノモトの軍事力は高い水準のはず。国の要所たる城もまた、岩山の尾根の先端に、ヒノモトという国を象徴するように天然の要塞として存在する。

 

国民は子供の頃から武芸を習い、侍が街を闊歩する…そんな光景が目に浮かぶようだ。

 

であれば、この国の主導者は“将軍”と呼ばせたいよね。忠義と武力を何よりも信奉する。そんな男であって欲しいと思うわけだ。まぁ、これは俺が日本人だからっていう贔屓目もあるかもしれないが。

 

あとは景観も美しくあってほしい。

 

桜、竹林、紅葉…やっぱり和の景色といえばこれは欠かせないよね。人工物でしか再現できないのが痛いところだが。

 

そうして出来上がったヒノモトという国は、実に素晴らしいものに仕上がった。街に配置した人々も、江戸時代あたりをイメージした服装を着させている。

 

いや、素晴らしいな。これは本当に文句のつけようもなく素晴らしい。完成されている。余計な手を加える必要が全くない。

 

 

……。

 

たまに空からモチ降ってくるようにしよっと。

 

 

 

ねぇ、ハルちゃん。

 

「その呼び方やめてください」

 

巨大ロボ、作ろっか。

 

「世界観…」

 

もういいいでしょ、世界観とかは。

 

楽しけりゃなんでもいいじゃん!!

 

「そうですか…」

 

というわけで、巨大ロボの建造に移ります。いつかやろうとは思ってたけど、今までやらずにいました。

 

なにせ、作ってしまったらもうこれを超える感動は得られない気がするからだ。

 

まぁ別に作ろうと思ったらそりゃ一瞬で作れるわけだけど、個人的にロボを作るんだったら、それ専用のドックが欲しいと思うわけだ。

 

ロボは製造、発進までセットでやって輝くものだ。

 

っていうか、こうなったらもう作っちゃうか。

 

未来都市。

 

空飛ぶ車とか、ホログラムとか、そういうのをバンバンに詰め込んだ夢の大都市だ。

 

巨人(アトラス)のノド”の最奥に建築予定の、滅びた古代都市とはまた別方向のサイバーパンクな世界観。

 

ハル、SF世界に人が求めるものが何かわかるかい?

 

「ロボットでしょう」

 

大正解!すごい!天才!成長した!拍手!!

 

「さっき自分で言ってましたが」

 

そう。さっき言った通りロボを作るなら舞台設定を整えないとね。

 

さて、この未来都市は…そうだな。そもそも海上都市として完全に隔絶した土地にしてしまおう。都合よく以前作っていた海の上に浮かべて、大陸と島を結ぶ唯一の橋。これを渡らなければ未来都市には入れないって寸法だ。

 

都市の名前は…そうだな、ネバードーンシティ(眠らない街)

 

通称“NDS”。

 

携帯ゲーム機みたいな名前になったが、まぁ似たようなもんだろ。

 

さて、NDSを大陸から離したのはいくつか理由がある。一つは単純に、こんな技術力が進んだ場所を魔族領の近くに置いたら、パワーバランスが崩れかねないこと。

 

浮遊城浮かべてキャッキャしてる時点でパワーバランスもクソもないのはそうだが。

 

あとは単純に海上にこの都市が建っている方が都合がいいと考えたためだ。

 

海の中から色々出せるでしょう!ロボットとかミサイルとか空中戦艦とかロボットとかロボットとか!!

 

そう、海の下というのは色々なものを隠すのに実に便利なのだ。

 

水中のハッチが開いて、そこからロボット出して「エ○ヴァ発進!」みたいなの、誰だって一度はやりたいだろう。出来るんだからやるしかない。

 

さて、そして肝心のロボット。いや〜、わざわざ製造のための施設まで作ったんだけどね。

 

普通に能力で作っちゃいます。

 

「無駄の極みですね」

 

だって楽なんだもんこっちの方が…。

 

そんなわけでまずは3機。カラーリングはそれぞれ赤白緑で、平均して全高は18mほどの3種の機体だ。武装もそれぞれちゃんと分けて考えて、性能も異なる。

 

何より俺が一番こだわったのは、このロボットは胸部に搭載されたコックピットに“搭乗”できるということだ。つまり乗って操作できる。これは譲れない。

 

ちゃんと俺自身が乗って操作して動かしたので、性能も太鼓判を押せる。いや〜、まさか本当にロボに乗って操縦できる日が来るなんて夢にも思わなかった。しかも自分が作った機体だ。感動もひとしおである。

 

細かく性能解説をしちゃうと無限に語ってしまうので、この子達はいつか、日の目を見るまで格納庫の中で眠っていてもらおう。たまに遊ぶために引っ張り出したりするかもしれないけど。

 

きっといつか、俺以外の搭乗者がこの子達を動かしてくれるはずだ。多分。

 

さて、ここまで来てしまったからにはもう、行けるところまで行ってしまおう。ロボを作ったんだ。

 

作るでしょう、飛行戦艦。

 

ハルもそう思うだろ?

 

「〜♪」

 

あっ、ダメだあのメイド。ヘッドフォンして音楽聴いてやがる。

 

巨大ロボを作っているというのにこの無関心。泣けてくるね。

 

さて、あの薄情金髪猫耳巨乳メイドは放っておいて、空中戦艦の製造に取り掛かろう。

 

そして完成品がこちらになります!

 

いや〜、マジで情緒もクソもねぇ。戦艦の製造工程とか、その苦労や人間ドラマで丸々一本映画撮れるレベルだってのに。チート能力ってのは本当に…。

 

最高やな!!

 

さて、飛行戦艦のスペックを見て行こう。

 

全長は約300m。全高82mで全幅84m。言うまでもなくでかい。全長は横浜ランドマークタワーを横倒しにしたら大体同じくらいになるってな感じだ。

 

乗員数は350人ほどを想定している。そして将来的には、この空中戦艦内にロボも格納できるように格納スペースを作ってある。だからこんなデカくなったんだが。

 

巨大ロボと空中戦艦。それぞれにやはり、名前が必要だろう。

 

そもそもロボって呼び方がまず野暮だ。“アーマーフレーム”、AFと呼ぼう。

 

AF-01、赤い機体は“クリムゾン”。AF-02、白い機体が“イノセンス”。AF-03の緑の機体に“ミリタリー”と、それぞれ名づける。

 

空中戦艦は、AFにとっての母体となる役割を持つ。そういう意味でも、この名を付けるべきだろう。

 

空中要塞“マトリックス”と。

 

…。

 

さて、随分物騒なものが出来てしまった。これはやはり海上に隔離して正解だったようだ。こんなものが世に出たら剣と魔法のファンタジーどころか血で血を洗う戦記モノまっしぐらだ。ここで大人しくしてなさい。

 

…ふむ、そういえば“魔法”か。

 

そうだ。魔王城も勇者の村も作ったのに、この世界にはなんと魔法がない。まぁ、そりゃそうだろと言われたらそうなんだが。

 

しかし、ロボも侍も浮遊城もぬいぐるみも…作りたいものは粗方作ってしまった。勿論“空ノ目”が観測している世界には、まだまだ空き地が残っているし、作りかけの土地のブラッシュアップなどやることは山ほどある。

 

“魔法”とは、作れるものなんだろうか。ロボも浮遊城も作れたが、それらは俺が元いたあの世界でもきっと、技術の進歩によっていつかは実現できるだろうと確信できるものだった。あくまで俺は“未来の先取り”をしたに過ぎない。

 

しかし、魔法は?

 

存在しないものを作る…それこそが、俺がこの世界で生きていくための意味じゃないか。

 

魔法に挑戦せずして、一体どうしてハルに顔向けできるのだろうか。

 

「私はどうでもいいですが」

 

あっ、音楽聴き終わってたんですね。

 

今、ちょうど新しいことに挑戦しようって考えてる最中だったんだ。どう?気にならない?

 

「貴方が新しくないことをしていた時期がありましたか?」

 

あはは、よせやい。照れるぜ。

 

…褒めてるよね?

 

「その無駄に高い向上心と、幼児のような底無しの好奇心には敬服していますが」

 

あはは、よせやい。

 

うん。そろそろ良いだろう。この世界も随分充実してきた。このままこの世界を広げていくのも、まぁ良いには良いが…一段、ステージを上げよう。

 

なにせ時間はあるのだ。魔法の実現…面白そうな課題だ。

 

どれほどの時間をかけても解決してみせよう。



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魔法のことをうっかり1000年も考えてしまった

あの日からおよそ、1090年の時が過ぎた。

 

時間経つの早すぎである。あるいは俺の感覚がおかしくなってしまったのだろうか。

 

魔法を作る。その目標を掲げてからの俺の生活は、まぁものの見事に行き詰まった。存在しないものを作るというのは、想像を遥かに超える難易度だったのだ。

 

ロボも作れた俺なら行けると、若さゆえの万能感で突き進んだ結果がこれだ。なまじ忘却を知らない脳のせいで時間の経過が如実にわかる。たった今、あの日の“魔法を作る宣言”をした瞬間から1145141919分が経過した。

 

その間に俺がしたことは、適当に今まで作った物の改修工事をしたり、菓子食ったり、ゲームしたり、ハルにダル絡みしたり、まぁ生産性のないことを延々とやっていたのだ。

 

振り返ってみると本当に、ここまで多く無駄に時間を浪費した人間は俺以外に居ないんじゃないだろうか。というかそもそも1000年以上生きた人間が居ないか。

 

そう、1000年経っても俺は生きてる。薄々わかっていたことだが、俺は死なない。老いることもない。この1000余年の間に雷に打たれてみたり、炎の中で竿に釣られ丸焼きごっこをしてみたり、自由の女神に押し潰されてみたりしたが、死なない。怪我をすることもない。

 

まぁ、色々危険な作業をしたりすることも多いからね。それは助かる。

 

しかし、それだけでは少し不便だ。この1000年とちょっとの間に俺はある一つの技能を磨いていた。それは魔法の実現の過程で生まれた、ちょっとした副産物のようなものであるが。

 

武装変化:“(チェーン)”。

 

俺が遠く離れた下半身がビキニ姿のモアイ像に向けて手をかざすと、掌からジャラララ──と鎖が射出され、鉤爪状に尖った先端がモアイ像に突き刺さる。

 

そして今度は鎖が俺の体の中に勢いよく収納されていき、その勢いで俺は一気にモアイ像の上まで上り詰めた。

 

あるいはワイヤーアクション、あるいはスパイ○ダーマン。呼び名はどうとでも。これを習得したおかげで、俺は高所に登る際、わざわざ階段を作ってそれを登るような真似をしなくて済むようになった。

 

それだけじゃない。俺の身体からは剣に銃、大砲、ピッチングマシーンに至るまで、あらゆる武装を取り出すことが可能だ。何に使うんだって言われたら、まぁ何に使うこともないが、単純に楽しいというメリットが確かに存在する。

 

俺の能力は“生物以外の物体を作り出す能力”だが、今まではその基本的な機能しか使ってこなかった。しかし、この能力はあらゆることに応用できると気付いてから、俺はこういう新スキルの開発に時間をかけるようになった。

 

また、かつては半径500kmまでの範囲をカバーしていた“空ノ目”はその数が倍増。今では浮遊状を中心として半径1000kmをその影響内に収めている。これは、思いつくままに色々と国やら街やら怪獣やらを作り続けてきた結果、普通に空き地が無くなってきてしまったからだ。

 

それはつまり、浮遊城周辺の地形が大体完成したということでもある。

 

新たなスキルを習得し、活動範囲を拡張し、出来ることを増やしていく。気分はスキルツリーをどんどん解放していくようなもので、結構楽しい。

 

『暇持て余し放浪ご主人様、お時間ですよ。さっさと来てください』

 

実績解除。ハルに5000回罵倒される。

 

技能習得。武装変化:“耳栓(サイレント)”を獲得しました。

 

『はよ来い』

 

ひぃん…。

 

 

 

いや〜、ハル。久しぶりだね。900年ぶりくらい?

 

「昨日“スカイツリーよりでかい醤油差しを作る”と言って呼び出したばかりでしょう。さっさと作業を開始してください」

 

懐かしいな。そんなこともあったか。

 

で、何するんだっけ?

 

「…」

 

ごめんて、ごめんて。帰らないで。

 

新幹線だよね!忘れてないから!

 

「さっさと始めてください」

 

全く、1000年経ってもハルはせっかちすぎて困るね。

 

そう、本日はこの世界で史上初の新幹線…それもただの新幹線じゃない。リニア新幹線の出発式を行うのだ!!

 

「そうですか」

 

いやわかってたけど反応薄…これはすごいことなのに。

 

なにせ、日本でリニアモーターカーが交通手段として走ったことは、未だないのだから。

 

確か計画自体はあったはずだけどね。実際に開業する前に俺はこの世界に来てしまった。惜しいことをしたもんだ。

 

しかし。そんな無念を晴らすため、今日俺はここに、幻のリニア新幹線を完成させたのだ!3秒で!!

 

この凄さがわからないとはね。

 

「巨大ロボや空中戦艦を作った後に言われましても」

 

…それはそう!!

 

ただ待って欲しい。あれらは言ってしまえば、単なる俺のロマンによって実現された、一種の娯楽なのだ。っていうか、ここ数千年にやったことの全ては娯楽だが。

 

しかしこのリニア新幹線に関しては、単なる遊びではない実用性も兼ねた画期的な発明なのだ。

 

活動範囲も増え、さまざまな場所を()()で転々と移動するようになって、目的地への移動時間が指数関数的に増えていくにつれ…俺は一つの重大な事実に気づいた。

 

遠くね?って。

 

「当たり前でしょう」

 

そう、当たり前である。むしろなんで今まで徒歩で移動してたんだよ。馬鹿か。

 

いやまぁ、流石にいつも徒歩ってわけじゃなかったが。

自転車とかバイクとか車とか、遠すぎる距離を移動する時はそりゃ乗り物も使った。免許証なんていらん。俺がルールや。

 

しかし、いかんせん時間がありすぎるせいで、そしてこの身体が疲労を知らないせいで、俺はどんな長距離移動も苦もなくこなしてしまうのだ。

 

そんな俺でも流石に不便を感じる程度には、この世界も広くなってきた。そろそろ移動手段を充実させても良い頃だ。武装変化を習得した今となっては、ガン○タンクよろしく足からキャタピラ生やして移動とかも出来ないことはないが。ってか、リニア新幹線どころかそれを遥かに超える速度を出す乗り物も作れなくはないが。

 

最初から効率だけを求めていたら、きっとこの世界は退屈なものになってしまうだろうからね。

 

…あと面白いだろ?中世ファンタジーにリニアモーターカー出てくる絵面が。

 

「それが理由の大半でしょう」

 

その通り。ハルもようやくご主人様のことがわかってきたらしい。

 

ってワケで、すでに新幹線そのモノは出来ている。レールもすでに敷いた。会場は花束と観客で埋め尽くしている。出発式を始める準備はすでに整っていた。

 

えー、皆さま。本日はお忙し中お集まりいただき、誠にありがとうございました。

 

それでは只今よりテープカット開始致します。

 

「唐突ですね」

 

そりゃそうだろう。

 

出発式なんて1000年以上前に一度か二度、テレビで流し見した程度の知識しかない。正しい手順なんか知らないのだ。略式である。

 

「いつものように名前はつけないんですか?」

 

そうだった。

 

せっかくのリニア新幹線なのに、名前もないんじゃ格好つかない。ナイスアドバイスだ、ハル。カラムーチョをあげよう。

 

「ぺっ」

 

新幹線の名前かぁ。N700とか、そういうのじゃなくて“のぞみ”とか“ひかり”とか、そういう名前だよね。

 

うーん…じゃあ、“はる”で。

 

「…は?」

 

え。なんでそんな嫌そうな顔…?

 

「…まぁ、別にいいですが。ただご主人様を乗せて、馬車馬のように働くこの子に私の名前が使われることに我慢ならなかっただけで」

 

めちゃくちゃ不満持ってるじゃん。

 

じゃあ別の名前に変える?

 

「…いえ。構いません。好きに呼んでいただければ」

 

了解。じゃあこの子の名前は「はる」だ。

 

「…何故」

 

うん?

 

「何故、私の名前を?」

 

気になる?

 

ハルはいつも、俺の助けになってくれてるからね。こっちの「はる」にも、同じくらい俺の助けになってほしい。そんな意味を込めた。

 

あとは…まぁ、僕にとって「ハル」っていうのは、特別な意味を持つ名前だからかな。

 

「…」

 

あとさ、この新幹線の戦闘車両。正面から見るとハルの顔に似てない?

 

「今すぐ名前を変えてください」

 

さぁ「はる」!出発進行だ!

 

いってらっしゃい!!

 

 

 

……。

 

 

 

…む。

 

それは、新幹線「はる」が運行を開始してから、早…9800年ほどが過ぎた頃になって。

 

俺はいつものように各地を見て回りながら、新たに作った巨大な“世界樹”とその恵みを受けて暮らす“エルフ”の里に手を加えている最中のことだった。

 

何度も何度も使い続けているからこそわかる、確かな違和感。

 

“能力”の発動がわずかに、遅れた。

 

それはきっと、ゼロコンマ1秒にも満たない僅かな誤差だ。普通の人間だったら、そんな些細な変化は見逃すだろうし。仮に気付いたとしても気にしない。

 

俺も多くの年月を過ごすようになって、些細なことなんて気にしないようになっていた。元々そういう性格ではあったが、例えばこの前は浮遊城内部の警備ロボット達がどういうわけか一人でブレイクダンスを踊っていたこともあったが、俺は“そういうこともあるか”とあまり気には留めなかった。

 

だが、こと自身の“能力”に関しては俺の感覚は鋭敏だ。

 

なにせこのチート能力ときたら、何千、何万、何億と行使してきてもその力にわずかな陰りを見せなかったのだ。

 

1万年を超えてもその能力の強大さには限りがない。だから俺はこの能力をまさに“神の能力”だと信じて疑わなかったのだ。

 

どれだけ酷使しても、どれだけ無茶な望みを叶えさせても…決して衰えることはない。完全無欠な、神の如き能力なのだと。

 

だが、もしかしたら。

 

この能力は、ただ上限が限りなく高いというだけの話で、何度も何度も…気が遠くなるほどの年月をかけて消耗させていったら、いつかは尽きてしまう。

そんな能力なのだとしたら。

 

一体その時何が起こるのか。俺には予想することもできなかった。

 

確かめなければならない。

 

俺は、すっかり平和ボケという名のぬるま湯に浸かり切った脳内を奮い起こし、掌を翳した。

 

世界編集(ワールドエディット)”。

 

俺の眼前に、青色に光り輝くディスプレイが表示された。

 

“マップ”アイコンをタップすると、“空ノ目”の影響下にある現在の“世界”の全景が立体映像として表示される。

 

俺はその中でも世界の中心に佇む“浮遊城”…当初の予定より、随分と巨大になってしまったソレをタップし、いくつか表示された項目の中から“転移”を選択した。

 

瞬間、俺の体は光に包まれ、一瞬ののち光が収まると、そこは浮遊城内部。“聖域(サンクチュアリ)”と呼ばれる空間に繋がる秘密の通路だった。

 

本来は、秘匿結界や防衛機構、認識阻害装置などの数多の障害を乗り越えなければ、この通路に到達することすら出来ない。

しかしこの浮遊城における管理権限の全てを持った俺にとっては全てが通過工程でしかない。

 

通路の先、突き当たりに辿り着くと、まるで水面に揺らめく虹色の壁が眼前に広がる。

 

壁に手を触れると、俺の右手、中指に嵌った鉄の指輪が蛍光色に発行し、揺らめくだけだった壁に、幾何学模様が現れる。

 

その模様は、まるで一種の芸術のように模様を絶えず変化させていき…やがてそのすべての模様が、俺の眼前で、円形に重なり、壁の先に通じる道を開いた。

 

俺が通り抜けると、壁は再び幾何学模様を描き、元の水面の壁に戻る。

 

そうして、いくつもの工程を経た先にある、ここまでの物々しい設備群に比べればあまりにも原始的な…ただの木製のドアを、俺はゆっくりと開いた。

 

そこは言わば…“始まりの場所”だった。

 

俺がこの世界にやって来て、一番最初に作った部屋。随分昔のことのようにも、ついさっきのことのようにも感じる。

 

今となっては骨董品にも感じるハイエンドPCと、懐かしさと郷愁を呼び起こす美少女フィギュア。自室のものを完璧に再現したスプリングベッドは、内部をヒーリングリキッドで満たしたスリープカプセルに比べれば前時代的と言える寝心地だが、俺は不思議とこのベッドで眠った時が一番心の安らぎを感じられた。

 

睡眠なんてする必要もない、消耗することがないこの体だが…不思議とこの部屋に来ると、色々な疲れや悩みが吹き飛んでしまうように感じる。

 

ギシッ、と音を立ててゲーミングチェアに腰掛けた俺は、手を動かす事なくマウスを滑らせ、表面上はなんの変哲もないデュアルモニターに“”ウィンドウを表示させる。そしてその中から“高精密検査室”を選び、“実行”した。

 

その瞬間、部屋はガシャン、ガシャンと音を立ててその姿を変えていく。

 

ベッドは床に格納され、壁と天井は取り払われ、デュアルディスプレイが一枚のモニターに変わり、質量を持たないキーボードがブゥン、と音を立てて現れた。

 

随分広くなった部屋の奥には、何台もの精密機器が並んでいる。

 

『おかえりなさいませ、マイロード。“指示(オーダー)”をお伺いいたします』

 

全身検査(フルセット)”だ。少しでも異常があればすぐに報告しろ。

 

『イエス、マイロード。”指示(オーダー)”を受理しました』

 

さて、慌ただしくなりそうだ。



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ひとりはみんなのために。

ハル、人が古代生物と言って思い浮かべるものは何だと思う?

 

「恐竜ですか」

 

そう!その通り。

恐竜だ、恐竜を作ろう!

 

「ご主人様は生物を作れないはずでは?」

 

チッチッチ、甘いね、ハル。甘々だ。

 

「ムカつきますね」

 

私もね、日々進化しているのだよ。昨日の私より、今日の私の方がより進化しているのだ。

 

「まさか、生物が作れるように…?」

 

いや、それは全然なってないんだけど。

 

「帰ります」

 

ダメ。帰っちゃダメだよ。今日は一日中ハルと一緒にいるのだ。

 

帰ることは許しません。

 

「…まぁ、いいでしょう。さっさと始めましょう」

 

よしきた。

 

じゃあ早速、恐竜の製造に取り掛かるとしよう。

 

言わずもがな、恐竜は化石によってその存在が確認されているだけで、私たち人間は恐竜の生きている頃の姿というのを知らない。

 

だからまずは、我々の知っている恐竜の姿…すなわち“化石”をこの世に生み出すところから始めるとしよう。

 

ハイできましたー。

 

「何の感動もありませんね」

 

そりゃそうでしょう。ポン、って生み出しただけだから。

 

「…」

 

…。

 

さて、ケースに収まった形で生み出したこの化石は、いわゆるティラノサウルスの化石だ。恐竜といえばコイツ!って感じだよね。T.レックスとかティランノサウルスとか、名前は色々あるみたいだけど。

 

全長は大きいもので13mほどにもなる。恐竜の中でも二足歩行を行う獣脚類の中で、最大の種だ。

 

現状、タダの骨でしかないコイツに、今から僕は肉付けをしていこうと思うわけだ。

 

「肉付け?肉があるんですか?」

 

あるとも。これを見たまえ。

 

そう言って僕が懐から取り出したのは、ガラスのケースの中に入った…ブヨブヨとした不定形の物体。

 

ハルはそれを見て眉を顰めてしまった。

 

「なんですか、この生命に対する侮辱を感じるような物体は」

 

“肉”だとも。筋肉、脂肪、皮膚。それらがないまぜになった物体がこれだ。

 

「どこでこんなものを…」

 

そう、普通ならこんなものは手に入らない。

 

生物がいないということは、肉が取れるはずがない。それはその通りだ。

 

だからこれは、私が作ったものなのだ。

 

「…作った、って」

 

うむ、生命の創造。長い間研究を続け、ついぞ実現することはなかったその命題が…大きく進歩した。

 

私は、ケースから肉片を取り出すと、それを恐竜の化石に貼り付けた。

 

すると。

 

「っ!?」

 

肉片はあっという間に化石を取り込み、さっきまで骨でしかなかったそれを恐竜型の肉塊に変えてみせた。

 

「気持ち悪…」

 

まぁわかる。こういう危険な性質を持っているために、肉片は普段、決して外に出ないよう頑丈な強化ガラスのケースの中で保管してあるのだ。

 

これを使えば、きっと…近いうちに、本物の生命の創造も可能になるはずだ。

 

すでに量産体制も整えている。今までハリボテでしかなかったこの世界だが、ついに本物の、生き物が住まう世界となる日は近い。

 

 

ここに至るまで、100万年もかかってしまった。

 

 

「…ご主人様、つかぬことをお聞きしますが」

 

うん?なにかな。

 

「どうやって、“それ”をお作りになられたのですか」

 

ふむ。

 

気になるかい?珍しいね、君がこういう方面に興味を見せることは。

 

「私は、真剣に聞いているのですが」

 

…なるほど。

 

つまり君は、心配しているのかな。

 

何か、私が良からぬことを企んでいるのではないかと。

 

「…」

 

そうだね。確かに色々と…君には話さなければいけないことがある。そのために今日は、君を100年ぶりに呼んだのだから。

 

「…5000年ぶりです、ご主人様」

 

ふむ、そうだったか。

 

最近、物忘れが酷くてダメだな。

 

…。

 

ハル、実は私はね。

 

そのうち、ハルの側には居られなくなってしまうかもしれないんだよね。

 

「…どういう意味ですか」

 

言葉通りの意味だ。まぁ、それは今すぐというわけじゃなく、それなりの猶予がある話ではあるんだが。

 

 

私はいずれ、この世界から消えてしまうのだ。

 

 

 

 

今から99万年前。

 

精密機器による検査により、私の身体にはある異常が発見された。

 

それは、身体質量の低下である。

 

これでは分かりにくいだろうか。まぁ要するに“体重が減った”ということだ。

 

これが普通の人間だったなら特に騒ぐようなことはない。ダイエットが成功したぞと喜び勇んで裸で野原を駆け回ればそれで済む話だ。

 

しかし、私は普通の人間ではない。不変であるべき肉体を持った、特殊な人間なのだ。

 

不変の肉体を持つはずの私の重量が減っている。これは大変なことだ。

 

原因究明は急務であった。しかし私の身体は、私自身にも理解し得ない超常そのもの。そこから原因の推定をするに至るまで、数百年かかってしまった。

 

結論から言えば…。

 

私の“能力”が、全ての原因だったのだ。

 

私の能力は…使えば使うほどに、自身の身体を少しずつ摩耗させていってしまう諸刃の剣だったのだ。

 

そうだな、100万年使い続けて今更だが、この能力に名前をつけるとしよう。

 

 

One For ALL(ひとりはみんなのために)”。

 

 

それが私の能力だ。

 

“OFA”が私の身体に与えるダメージはごく僅か。それこそ、1万年間使用し続けてようやく異変に気付く程度のものだ。

 

だが確実にそれは、私の体を蝕んでいる。100万年経った今、“OFA”の発動時間には明らかな遅延が見え始めていた。

 

それでもまだ、私の身体は充分に残っている。例えばこのまま“OFA”を使わずただ長く生きることだけを目指すなら、私はコールドスリープマシンにでも入って悠久の年月をやり過ごせばいい。

 

しかし、私の身体の異変を調べる過程で…“OFA”以外にもう一つ。ある発見があった。

 

それは、私の削られた身体の行く末だ。

 

“OFA”によって削られた体は、単に消滅してしまうわけではない。ヤスリで細かく削り取られるように…ほぼ認識することができない“微物”となって、辺りに散布されていくのだ。

 

そしてその“微物”は、この世界に対しある影響を与えていた。

 

浮遊城のロボットたちがひとりでに動き出したように。

 

“ハジメ村”の村民たちが、いつからか自分の意思で会話をするようになったように。

 

…僅かに、苔のような小さな植物が、各所で見られるようになったように。

 

私の身体の一部は、この世界に生命を与え始めたのだ。

 

その事実を認識できるようになって、私は初めて理解した。

 

私の身体。それこそが、生命を生み出す唯一の鍵なのだと。

 

皮肉なことだ。ずっと私が探し求めていたものが、本当はすぐそばにあったなんて。

 

“OFA”を使い続ければ、私はいつか消滅する。

 

しかし、それとは反対に世界は生命で活気づいていくようになる。

 

私が完全に消滅したその時。きっとこの世界は、生命で溢れた素晴らしい世界になっていることだろう。

 

ならば。

 

私は望む。無機質で、独りよがりでしかない──私という人間そのものを表しているかのような、この世界が。

 

他者を思いやり、友情と愛で人々が繋がる──そんな世界になることを。

 

そのためならば、この身体も、能力も、喜んで捧げよう。

 

私という“一人”は、皆の糧となるために存在しよう。

 

きっとそれこそが、この100万年間何度となく自問した──この世界に生きる“意味”なのだから。

 

 

……。

 

で、私の身体が生命を作り出すってことに気づいたから、大気中に散布された私の欠片をいくつか集めてみたんだよね。

 

それを元に、この“肉片”を開発したわけだ。こいつを上手く使えば、多分私の身体が消滅し切る前に、新しい生物を生み出せるんじゃないかと思ってね。

 

「…」

 

? どうしたの、すごい顔しちゃって。

 

「…貴方は」

 

うん。

 

「…いえ」

 

え。

 

「なんでも、ありません」

 

えぇ〜…?

 

めちゃくちゃ気になるじゃん。そこで黙られちゃうと。

 

「…」

 

…大丈夫だよ。

 

さっきも言った通り、すぐってワケじゃない。少なくとも、私の身体はまだほとんどが残っているしね。

 

損耗具合を計算してみたんだけど、今までと同じペースで“OFA”を使い続けたとしても、あと9000万年以上は大丈夫な計算だ。

 

だから私が消えるなんてのは、まだ全然先の話だよ。なんなら忘れてもいい。

 

「…そう、ですか」

 

うんうん。私と離れ離れになっちゃうかもしれないと思って、焦っちゃった?

 

「そのような事実はありませんが」

 

おおぅ、そうハッキリと言われると…。

 

泣いちゃった…。わァ…。

 

「それで、どうするんですか。この恐竜もどきは」

 

おっと、そうだった。すっかり忘れていた。

 

復元途中だったティラノサウルスは、まだ肉付けを大雑把にしか出来ていない状態だ。このままだとティラノサウルスというより“てぃらのしゃうるしゅ”って感じ。

 

というわけで、ここからは肉を削っていって、限りなく元の姿に近い…と思われるフォルムに仕上げていきたい。

 

武装変化:(シェーバー)…あ、そうだ。どうせなら“アレ”を試そうか。

 

ハル。面白いものを見せてあげよう。

 

「? そう言われて面白かった試しがありませんが」

 

ははは、こやつめ。

 

実は私の破片が大気中に散布されたことで発生した副産物は、もう一つあってね。

 

今はまだ密度が低いからか…大したことはできないけれど。

 

私の破片は、物体に生命を与えるだけじゃなく、私が持つ本来の能力である“想像を具現化する”という特性を持っているのだ。

 

それが、破片となり世界中に散らばった今でも僅かに力を宿している。これらは“意思”によって反応し、従来の化学反応や物理法則に囚われない、独自の働きをすることが確認されているのだ。

 

これから私が“OFA”を使い続けて、世界中が私で満ちるようになれば話はまた変わってくるのだろうね。

 

「気持ち悪いこと言ってないで、さっさと本題を話してください」

 

ははは、こやつめ。

 

要するにだ。

 

 

“見えざる手”。

 

「…え?」

 

私が手を振りかざすと、その動きに合わせて、ティラノサウルスのなりかけが…()()()()()

 

“無残絵”。

 

次の瞬間、ティラノサウルスはまるで、無数の刃物で切り刻まれたように余計な肉片がバラバラに切り取られ。

 

…後には、痩せ細ったティラノサウルスがそこにいた。

 

「失敗してますが」

 

 

……。

 

ティラノサウルスって細く見えるタイプらしいよ。

 

「失敗を認めたらどうですか」

 

だってさぁ!仕方ないじゃん!!

 

初めての“魔法”だったんだから!

 

「…“魔法”。やはりですか」

 

うん、まぁ…はい。

 

“魔法”です、一応。

 

あんなに私が実現しようとしても出来なかったことが、まさか私がダイエットするだけで簡単に実現できるようになるなんてね、思いもしませんでした。

 

私の能力をまとった破片がばら撒かれたことで、私の()()に応じて、欠片たちが超常的な現象を起こすようになった。

 

今はまだ、物を浮かせたり、削ったり、といったような単純な動作が限界。まぁ、それでも充分すごいことなのだが。

 

燃費も悪く、今の動作で欠片たちは消耗してしまったのでしばらく魔法は使えなくなる。それに、この二つの魔法を習得するだけで、1万年に近い歳月を注いでしまった。手探りだったせいもある。

 

それでも…それでも()()だ。

 

これを“魔法”と言わずしてなんと言うのだろうか。

 

私の欠片…これも、名前を変えなければならない。

 

“マナ”だ。

 

魔力、生命力、創造力…それらを複合的に併せ持った物質。

 

物体に生命を吹き込み、想像を現実のものとし、奇跡を起こす。

 

私がこの世に生まれ落ちてから、およそ100万年。

 

ついに、この世界に生命が生まれようとしていた。



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宇宙!エルフ!魔法!生命!

宇宙だよ、ハル。

 

「宇宙ですか」

 

そうとも!宇宙だ。

 

宇宙を作ります。

 

「途方もないですね」

 

わかる〜。

 

まぁでも、それほど難しい話でもないんだ。

 

要するに、この世界をもう少し拡張したいってだけの話なんだから。

 

この世界は広大だが、地球のように球体ではなく、平面の世界である。

 

“空ノ目”の影響が及ぶ範囲は100万年経過した今、半径10万kmをカバーするようになっていた。

 

確か地球を一周した距離が4万kmという話だったので、この世界の面積はすでに地球の表面積を上回っていることになる。

 

勿論、それは私の目と耳が届く範囲までの話。その外にも限りなく世界は広がっており……きっと、私が望む限りは広がり続けていくのがこの世界なのだ。

 

このまま横方向に伸ばして行くのもオツなものだが、私はそろそろ三次元、縦の方面にも世界を充実させたいと考えた。

 

浮島や空に浮かぶ国はすでにいくつか作ったが、さらにその上はどうだろうか?

 

つまり、それが宇宙である。

 

“比翼連理”。

 

「!」

 

私の身体と、ハルの体がふわりと浮かび、ゆっくりと、徐々にスピードを上げながら上昇して行く。

 

「空を飛ぶのは、初めてです」

 

すぐにそれが当たり前の世界になるとも。

 

ハル、君に私以外の友人が出来る日もそう遠い話ではない。

 

「……私は、ご主人様がいれば、それで……」

 

うん?なんだ、風のせいでよく聞こえなかったな。

 

「……なんでもありません」

 

ふむ。

 

私がいればそれだけでいいって?

熱烈な愛の告白だね。

 

「死んでください」

 

死ねねンだワ。これが。

 

おっと、ハルと戯れているうちに、いつのまにか“天井”に辿り着いてしまった。

 

「……何もありませんね」

 

そうだね。ここは地上から高度50kmほどの高さにある、この世界の“天井”だ。普段は侵入防止結界の役割も果たす青空に阻まれてここまで来ることはないが、それを抜ければ待っているのは、ただひたすらに無機質な白い天井だ。

 

ちなみにこの世界の太陽や月も、この高さを48時間周期で回っている。現実の世界に比べれば例えようもなく小さな天体たちなのだ。

 

それにしても久しぶりに見たよ。この白さ。

 

「この天井を押し上げるんですか?」

 

そうだね、そのつもりだけど……全部じゃない。

 

ここ一帯、5kmほどの天井だけを押し上げる。

 

なにせ、この世界は広いからね。全ての天井を押し上げようと思ったら、“OFA”をとんでもない量使わなければならなくなる。

 

どうせ、ほとんどの天井は結界のおかげで見ることもできないんだ。宇宙に繋がる入り口だけを開けておけばいい。

 

はい、ってわけでドーン!と天井を押し上げます。

 

「……先が見えません。どれくらい伸ばしたんですか」

 

うーん、ざっと100万kmくらい?

 

「広いですね、宇宙」

 

まぁ地上に比べれば、そりゃね。これでも全然短い見積もりだ。多分今後もっと伸ばす可能性が高い。

 

リアルの宇宙を再現しようと思ったら、その瞬間僕の身体は消滅してしまうだろうから。まずは今作りたい分だけのスペースを確保する。

 

そして今度は宇宙に渡るための手段だ。なんだと思う?

 

「……宇宙船?」

 

惜しい!それもロマンがあって、とっても良いと思うんだが。

 

今回は“軌道エレベーター”を作ろうと思っている。

 

「軌道エレベーター……」

 

そうだとも。宇宙ステーションと地上を一本の線で結ぶエレベーター。

 

これまた現実ではまだ成功していない夢の発明。しかし理論上は、エレベーターの耐久そのものに問題がなければ実現できる。地球ではその材料にカーボンナノチューブを使おうとしてたかな。

 

しかしここでは私がルール!素材なんてダンボールだろうが問題ないのだ。

 

「乗りたくありませんね、それ」

 

うむ。まぁぶっちゃけ普通に耐久度の高いものを使います。

 

万が一があるからね。

 

ってワケで、はい宇宙ステーションドーン!エレベーター、ビーン!!

 

完成!!

 

……。

 

ねぇハル、私最近思うようになったんだけど。

 

チートって、便利だけどロマンがないよ。

 

「今更すぎるでしょう」

 

はい、おっしゃる通りで。

 

出来上がるのは一瞬。それは変わらない。

 

では早速中に入ってみようか。

 

「……ところで」

 

うん?

 

「宇宙とは言いますが、ここは無重力空間にしないのですね」

 

 

……。

 

忘れてたわ。

 

 

 

無重力空間になれーッ!!ってやったら無重力空間にすることはできたが、範囲指定をしてなかったせいで世界全体が一瞬無重力になるという大惨事を引き起こし、その後始末に数十年をかけた後。

 

あ〜、疲れた……。

 

「……一応、お疲れ様でしたと言っておきます」

 

ありがとう。

 

いや、本当にお疲れだったので……。

 

ハルの指摘により、軌道エレベーターがただの“バカでかいストロー”になるのは避けられたものの。

 

世界規模に影響を及ぼすような能力の行使は随分してなかったせいで大惨事を引き起こしてしまった。“空ノ目”と各種結界、一部エリアの機能停止システムまで作動させてようやく粗方始末がついた。

 

さて、気を取り直していこう。

 

エレベーターと宇宙ステーション。これは完成したが、肝心の宇宙がまだステーションの周辺にしかないのはあまりにも殺風景というものだ。

 

というわけで広げます。バーっとね。

 

……大丈夫だよな。下界にはなんの影響もないよな!?

 

「異常は起きていませんよ」

 

うん、私も確認した。大丈夫だったわ。ありがとね。

 

さて、この軌道エレベーターだが、ステーション自体はエレベーターの全長から見て、半分ほどの中継地点にある。そこからは反対方向にエレベーターが伸び……反対側のエレベーターの頂点に位置するのが、地球からの重力を相殺するための遠心力を生み出すカウンターウェイト……“おもり”となる。

 

エレベーターの全長は約10万km。なので宇宙ステーションの位置は、地上から高度5万kmほどの地点に存在することになる。

 

別にここまで再現する必要はないけどね。ロマンだ。

 

さてさて、じゃあ早速宇宙ステーションの中を……。

 

……。

 

ハル、問題発生だ。

 

「? なんですか?」

 

“ユグドラシル”で火災が起きてる。

 

「ユグドラシル……エルフの里ですか?」

 

うん。ちょっと急いで向かおうか。

 

私は手元に“世界編集(ワールドエディット)”のディスプレイを表示し、ユグドラシルへの“転移”を実行した。

 

よいしょ、っと。

 

「……本当だ。燃えてますね」

 

うん、盛大にね。いや、なんでこんなになるまで気づかなかったのか。

 

“ユグドラシル”。

 

そこでは、森人達……いわゆる“エルフ”が集団で暮らしている。

 

天をつくほどに巨大な世界樹。その枝先に、ツリーハウスの要領で建てられる家々。まさに“自然との共存”を体現したかのような静かで美しい秘奥の里。

 

それが“ユグドラシル”…だったはずなのだが。

 

うん、“火災”がシャレにならないね。

 

「言ってる場合ですか」

 

すいません。今すぐ消すとしよう。

 

私は“世界編集”を開き、ユグドラシルの上空に、小さな“ワームホール”を開いた。

 

そしてもう一つのワームホールを、ここから遥か南……大陸の外側にある“エデンの海”の水底に繋ぐ。

 

接続は一瞬。

 

しかしその一瞬で、ユグドラシル上空には……太陽光を丸々覆い隠してしまうほどの“水”が出現した。

 

次の瞬間、爆発にも似た轟音と共にユグドラシルに“大雨”が降り注ぐ。

 

「雨というより、完全に“水害”ですが……」

 

火災よかマシである。

 

ユグドラシルの炎は、一瞬で鎮火した。

 

「ご主人様」

 

うん?なんだい?褒めてくれてもいいよ。

 

「エルフの家が倒壊しているようですが」

 

 

……。

 

ふむ。まぁあれほどの質量を持った水が降り注いだのだからね。そのような結果になるのも、むべなるかな。

 

……。

 

家建て直すの、手伝おっか。

 

「……了解です」

 

やめてよ、そんな……“もっと良い方法あっただろ”みたいな溜息吐くの。

 

傷つくじゃん。

 

 

 

私が手を貸せば、再建作業も実に早く終わる。

 

一晩で元の姿を取り戻したユグドラシルだが、肝心なことがわからない。

 

火災の“火元”だ。

 

確かにユグドラシルは火災に弱い。それは以前から気づいていた。それでも尚なんの対策もしていなかったのは、そもそも火事なんか起こるはずがないからだ。

 

だって、誰も火なんか扱わないからね。

 

しかし現実に火事は起きた。それも、火の手は驚くべき速度で燃え広がり、ユグドラシルを包んだのだ。

 

“元凶”があるはずなのだ。

 

そこで、私たちはエルフたちに聞き込み調査を行うことにした。

 

「ヒ、コワイ」

「アツイ、クルシイ、コワイ」

「ミズ、コワイ」

 

エルフたちは、カタコトながらも……確かな意思を持って、私たちの質問に対して答えてくれていた。

 

そう、彼らには”意思“が芽生えつつある。

 

”マナ“の散布は順調に進み……かつてはただの”人形“でしかなかった彼らに“言葉”を与えたのだ。

 

「ヒ、ドコカラ、アッタ?」

 

ハルは彼らに対し、同じようにカタコト言葉で話しかけている。

 

実は、彼らに言葉を教えているのはハルなのだ。

 

ハルは、私と共に行動していない間は自由に行動している。今までは音楽を聞いたり、街をぶらぶらと歩いたりと好きなことをしていたようだが。

 

エルフのように、この世界に“人形”として存在している彼らに意思が芽生えつつあることに気づいたハルは、自ら率先して彼らに言葉を教え、教育をするようになったのだ。

 

その姿は……なんだか、子を育てる母親のようで。

 

「アソコ」

「……アリガトウ。エライ」

「エライ?」

「アナタ、エライ」

「……エライ」

 

エルフを抱きしめ、頭を撫でるハルは、とても優しい表情を浮かべていた。

 

……なんなら、彼らには私よりもハルの方が慕われてるな。

 

「ご主人様、どうやら……この火災は、意図的に引き起こされたようです」

 

ほう。と言うと?

 

「……エルフたちの中に“炎”を操る者がいると」

 

……ハル。

 

それは、とても大変なことだよ。

 

「はい」

 

つまりそれは。

 

彼らの中に、“魔法を操る者がいるってことじゃないか。

 

 

 

500万年。

 

それが、私がこの世界に生まれてから今までに経過した年月。

 

しかし、この世界の一日は48時間。現実世界で換算すれば、すでにこの世界は生まれてから1000万年の時が経過していることになる。

 

1000万年。1000万年である。

 

私はそれだけの年月を、この世界で過ごしたのだ。

 

それだけの時間を私が生き続ける目的は、いったいどこにあったのかと言われると……答えるのは難しい。

 

飽き性な私は、コロコロと目的を変えてしまう。たった一つの物事に時間をかけて集中するということが苦手なのだ。

 

だから、この世界がこんなにも発展したとしても、私は最初からそれを目指していたわけじゃなかった。やりたいことをやっていたら、いつの間にかそうなっていた。ただそれだけの話。

 

だけど、その中で……私は“生命を作る”ということに関してはずっと目指していた到達点だった。

 

それは私にとって、何よりも困難なことだったからだ。いわば、長大に伸びたスキルツリーの、その頂点……最終目標。

 

1000万年もの間、私がついぞ達成できずにいた難題なのだ。

 

それは今も同じ。私の手で生命を作り出すことは、未だできていない。遠大な時間と、大いなる自然の流れが合わさってようやく、最初のスタートが切れるようになった。

 

さて。

 

では“生命”とは何なのだろうか?

 

例えばハルは“生命”だろうか。きっとそうだろう。ハルには間違いなく命が宿っている。

 

未だ言葉がつたない、幼児に似た“彼ら”は生命だろうか。きっとそうなのだ。生命はすでに生まれている。

 

そう、私はいつの間にか、“生命を生み出す”という目標を達成していたのだ。

 

“生命”とは明確に定義できるものではない。私がそれを生命と認識できるか。その差の話でしかないのだ。

 

私は今まで、そう考えていた。

 

……だが。

 

……君が、ユグドラシルを焼いた犯人かな?

 

私はその時、初めてこう思った。

 

「……ダレダ、オマエ」

 

その“女”は、警戒心をむき出しに、右手に“炎”を浮かび上がらせた。

 

「オマエモ、ワタシノテキカ?」

 

私に対する明確な“敵意”。

 

明らかに……他のエルフよりも発達していると思える“知能”。

 

私はその時、こう思ったのだ。

 

 

彼女こそが、最初の“生命”だと。



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おんぎゃ〜〜〜っ!!(500万歳児)

「テキ、ダナ」

 

彼女は黙っている私に何を思ったか、右手の“炎”を強く滾らせた。

 

それなりに“魔法”を使い慣れた私には、それが私に対する明確な敵意を持って、今まさに放たれようとしていることがわかった。

 

「ハァッ!!」

 

次の瞬間、彼女が手のひらに浮かび上がらせた“炎”が撃ち出された。

 

……ハルに向かって。

 

なんでやねん!

 

「え?」

 

ハルは、突然敵意を向けられたことに呆然としている。当然だ。彼女は私以外に、明確な意思を持った存在と接したことが碌にない。攻撃されることなんて皆無なのだから。

 

まぁ、私も戦い慣れているというワケではないが。

 

私は次の瞬間、瞬間移動的にハルの前に立ち塞がった。目前に、確かな熱と殺傷性を誇った炎が迫る。

 

“事象の地平面”。

 

「……!?」

 

しかし、攻撃が私に届くことはなかった。

 

私が右腕と左腕で“円”を形作ると、そこには光も通さない暗闇が広がり、炎は吸い込まれてしまったのだ。

 

さて、これで話を聞いてもらえるように……。

 

「ッ!!」

 

いやまだやるんかーい。

 

彼女は背に背負った長弓を構え、矢をつがえる。

 

すると、その矢尻に炎がともった。

 

なんと、驚いた。すでにここまで精密な操作ができるようになっていたとは。

 

「ハッ!!」

 

火矢が放たれ、私を差し穿たんと迫る。

 

うーん、このまま攻撃を吸収し続けても、彼女はなんだか、ずっと戦意を失わないような気がするなぁ。

 

そういう“目”をしている。きっと、自分の敵は尽く排除してきたのだろう。

 

それなら、まずは私と彼女の間に横たわる絶対的な力量の“差”を……わかってもらった方がいいのかもしれないな。少々大人気ない気もするが。

 

そもそも目の前にこんな明らかな不審者おじさんがいるというのに、多少の人格否定をしてくるだけのいたいけな少女であるハルを、真っ先に狙ってくるのは道理が通らないというものだ。

 

彼女の敵は私なのだ。私を見なさい。

 

そして、私は彼女の戦意を折るために、まずは彼女の使う技をそっくりそのまま返してしまおう。それが分かり易い。

 

武装変化:(アーチャー)

 

「アァ!?」

 

突然腕が“弓”に変わった私を見て、彼女はギョッとしていた。

 

……やっぱりキモいかなぁ、これ。

 

威力はピカイチなんだけどね。

 

火矢が到達するわずかな時間の間に、私は弓に矢をつがえ、放った。

 

夜明けの一条(ドーンスター)”。

 

「ッ!!?」

 

彼女が放った火矢に対し、私の矢は……いわば“ビーム”だった。

 

光線。それが火矢を容易く飲み込んで、彼女の顔のすぐ横を射抜いた。

 

あと数cmずれていたら彼女の左耳は消し飛んでいた……そんな距離だ。

 

「……」

 

私の矢の軌跡上にあった木々が……尽く、丸くくり抜かれたような傷跡を残している。

 

彼女はそんな光景を見て、すっかり固まってしまった。

 

ようやく落ち着いて話ができそうだ。

 

……

 

……?

 

なんか微動だにしなくなっちゃったけど。

 

 

「気絶してるのでは?」

 

 

……。

 

ヱ?

 

 

 

その後、なんとか試行錯誤して、最終的に“見えざる手”で身体を持ち上げることで意識を覚醒されることに成功した後、私は彼女と改めて話し合おうとした。

 

……怖がって、近寄ろうともしてくれないんだけどね。

 

話ができる。と言っても、彼女もまた流暢に言葉を扱えるわけではない。

 

当然だ。言葉とは、文明と共に発達するもの。世界中各地で、姿こそ人間に近いが文明は原始人と遜色ない生命が所々存在するだけの今の状況では、むしろ私やハルのように言葉を扱う存在こそ異端なのだ。

 

「…ヒ、キケン。スル、ダメ」

「そう、ダメですよ」

 

私は、彼女との交渉役を自ら願い出たハルを後方から見守っていた。

 

もし彼女がまたハルに攻撃を加えようとしたら、すぐに間に入れる程度の距離を空けて。

 

彼女は……時々私のほうに視線を向けて、目が合うとすぐに逸らしてしまうが、今のところは大人しくハルの話を聞いていた。

 

嫌われてしまった。若い女の子に嫌われるのはおじさんの宿命である。

 

それはともかく。

 

ハルは彼女に対し、とても穏やかに接している。警戒心の欠片も見せていない。そんなハルの様子に絆されてか、最初は我々に対し敵意の籠った目を向けていた彼女も、ハルに対しては友好的……というよりは、なんだか母に優しく諭される子供のような雰囲気を纏わせていた。

 

……今度、私もハルにオギャり散らかしてみよう。

 

「ご主人様、わかりました」

 

マジで?いいの?

 

 

お゛ん゛ぎ゛ゃ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛っ゛!!

 

 

「……」

 

ごめんて。

 

「……彼女の動機がわかりました。何故世界樹を燃やそうとしたのか」

 

はいはい、それね。そういえばそんな話だった。

 

「ディアナ。それが彼女の名前です。どうやら彼女は“魔法”を扱えるがために、同族のエルフ達から……その、迫害のようなものを受けてきたようで。それで復讐のために……」

 

……迫害かぁ。

 

なんとなく彼女、ディアナの態度から予想したことではあるけど。やっぱあるのかぁ、そういうのは。

 

現世でも魔女裁判とかやってたしね。そりゃ魔法が実際に存在するこの世界では……それも、殆ど魔法を扱えない者しかいない現状では、そうなってもおかしくはない。

 

しかし、迫害というのは同族意識が芽生えないと発生しないものだ。“いじめ”とかもそうだけど、こういった差別、仲間外れというのは集団意識があって始めて成立する。

 

つまり、少なくともエルフ達にはそういった集団意識がある、と。

 

……これは、私が思っていたより根が深そうな問題だな。

 

「……どうしますか?ご主人様。彼女を……」

 

うーん、そうだね……。

 

ハルはどうしたい?

 

「え?私ですか……?」

 

うん。彼女の話を聞いてあげたのはハルだ。

 

ハルの考えを聞きたい。

 

「私は……」

 

ハルは、とても悲しそうな目で……膝を抱えて疼くまるディアナを、見つめていた。

 

「助けてあげたい、と思います」

 

なるほど。

 

素晴らしい。

 

じゃあハル、これから君には、あの子を助けてもらいたいな。

 

「……私が、ですか?」

 

うん。君がディアナのために出来ることをしてあげてほしい。

 

「……ですが、私にはそんなことは出来ません。私にはご主人様のような力は、ありません……」

 

ハル。力というのはね……何も魔法や暴力、この世界に影響を与える権限だけを言うものではないんだ。

 

すでに君は、私の持っていない素晴らしい力を持っているとも。

 

「……私の力、ですか?」

 

うん。その力で……あの子を救ってあげてほしい。

 

「……よくわかりません」

 

今はそれでいいんだ。私は随分長いこと、ハルを縛り付けてしまっていたからね。

 

少しずつ、自分のことを知っていけば……それでいい。

 

きっとディアナと関わっていくことで、その答えも見つかるはずだ。

 

「……了解です、ご主人様」

 

そう。ハル……君は私にはない素晴らしいものをすでに持っているのだ。

 

 

私にはない、“バブみ”をな……!!

 

 

ディアナを存分にオギャらせ給へ……。私はその様子を遠くから眺めて、ニチャニチャと笑みを浮かべるのみだ……。

 

 

 

さて、ディアナという存在が現れたことで、私のやるべきことは一気に増えてしまった。

 

なにせ、これから一気に彼女のような境遇に置かれる者が増えてくる……なんならすでに、世界中にいるのかもしれないね。

 

それにしても、まさか私の知らないところでこんなに知能の発達が進んでいたとは。

 

この世界の人々は基本的に、私と同じように生殖機能を持たない。そのため、私が生み出さない限りは増えることも減ることもない。

 

いや、減ることはないというのは嘘だな。恐らくこれからは、何らかの原因……例えば事故や戦闘などで、機能停止。つまり死亡する者が出てきてもおかしくはない。

 

素体は人形だ。そこにマナの影響で意思が生まれた。だから死亡と言っても一般的なソレとは異なり、彼らの死は自意識の消滅によって引き起こされる。

 

つまり怪我や病気で死ぬことはない。彼らにとって直接的なダメージとなるのは……精神への過度なストレスなのだ。

 

精神が弱まれば、それがそのまま命の危機に直結する。ディアナは気が強い子のようだったから、強く精神を保っていたけれど……。

 

そうではない者が同じような目に遭えばどうなるか。私はこの問題について深く考えなければならない。

 

そう。今までは好き勝手してきた私だが、今後は新しく生まれる命のことも考えて、この世界を形作らなければいけない。

 

力ある者には、相応の責任が伴う。

 

私はこの世界の創造者として、相応しい振る舞いをしなければならないのだ。

 

……

 

……。

 

「なんですかこれは」

 

動物の骨格で作られたキメラですね。

 

「……」

 

……。

 

違うんだよ。

 

「ディアナが喜びそうなものを持ってきたと言うから、なにかと思えば……」

 

いやいやいや!!話を聞いてほしいんだ、ハル。

 

私は確かにディアナのことをハルに助けてほしいとは言ったよ?でもさ、一方で私が何もしないと言うのはちょっと無責任だと思うんだよね。ほら、一応これでディアナの親みたいなもんでもあるわけだからさ。でも、ハルに一任したい気持ちもあるわけ。そう、どっちの気持ちもある。だから私が干渉しすぎないようにディアナのためにできることはなにかなーって考えた時にあっ、プレゼント贈ろう!ってなったわけですよ。ついでにハルにもいつもの感謝の印として持ってきたよ!はい、どうぞミニキメラ「いりません」はい、すいませんでした。

 

「まぁ、言いたいことはわかります。親切心でこういうことをしようとしてくださっている、ということも……」

 

ハルが両手でミニキメラをにぎにぎしながら、正座している私を上から見下ろしている。あっ、そんな強く握ったら壊れちゃう……。

 

「ですが、私はご主人様に命じられたことはなんであれ、完遂してみせます。ディアナのことも、ご主人様の手をこれ以上煩わせることはありません。気にかけてくださるのはありがたいですが……こういうのは、あの子にはまだ悪影響ですので」

 

“こういうの”だなんて……あらゆる絶滅動物の骨だけで作り上げられた、いわば長い歴史を一つの芸術として昇華させた傑作キメラだというのに……。

 

しかし、確かにディアナには早いかもしれないね。

 

「わかっていただけましたか」

 

うんうん、私は全て理解しているとも。

 

ハルは要するに、ディアナと……そうだね、家族のようなものになりたいと思っているんだろう?

 

「……ま、まぁ、その……」

 

ははは、隠さなくていいよ。

 

そうだね、思えば私は、ハルになんら家族らしいことをしてあげられなかったね。情けないことだ。500万年間、一緒に過ごしたというのに。

 

「か、家族って……その……」

 

だからこそ、ディアナとはそうなりたい。素晴らしいことだ。

 

ディアナのことは……ハル、君に任せた。

 

彼女と共に、一緒の家で過ごすといい。

 

 

「……あ、ありが」

 

 

そんなあなたにこちら!

 

大量の絶滅動物の骨格標本で形作られた、冒涜的な家〜〜!!

 

ここに住むだけで自然破壊と多種族淘汰を繰り返してきた罪深い人間の歴史が一手にわかるという、英才教育にはもってこいの“住む教科書”!厳選されたラインナップと、安心安全の耐震構造で突然の地殻変動にも対応!!

 

さらにわざわざ遊園地に行かなくても常にお化け屋敷気分を楽しめ……あ、待って、それダメだから。それ結構ヤバめの核弾頭だから!!落ち着こうよ!大丈夫だから落ち着いて!!ってかちょっと待ってどっから持って来──。



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孤独のクズめ

ハル、ゾンビ映画に人が求めているものはなんだと思う?

 

……。

 

……そうだね、プロテインだね……。

 

空しい。

 

ハルがディアナの教育に専念するようになって、すっかり私はほったらかしの身になってしまった。

 

これが、放任主義の親の末路……!!老後は寂しくなってしまう。

 

しかしいいのだ。子は親元を離れるもの。遅かれ早かれ、ハルもいずれは私に対して「クソババア」とか吐き捨てるようになっていただろう。

 

クソババアになってしまう前に独り立ちしてくれて、私の心の安寧はむしろ保たれたと言える。

 

さて、私が今取りかかっている町は、ネバードーンほど発達しているわけではなく、かと言ってハジメ村やチチブクロアイランドほど牧歌的ではない、現代的な普通の街……というには空は暗く、街にはゾンビやらウィルスで巨大化したクリーチャーやらが肩を組んで踊り狂っていたりする程度には異常な街だ。

 

パニック・ホラー。ゾンビ映画等でよく見る世界観。そうした世界観の再現に私は取り組んでいる。

 

と言っても、街に入ってきた観光客にゾンビが一斉に群がるような過剰接待の街になってしまえばお客は来ない。フレンドリーで親しみ深い町にする予定である。

 

名前はそうだな、バイオハザー島……で、ええか……。

 

島でもバイオでもないが……。

 

「……〜!……」

 

ん、なんだ。何やら騒がしい。

 

生存者か!?なんつって。

 

 

「俺がここを食い止める!!先に行け!アリサ!!」

「ダメよジョン!!」

 

 

生存者だ!!!!

 

 

 

「ありがとうございます……!!この恩はどうお返ししたらいいものか……!!」

「アリサ……生きて戻って来れるとは思わなかった。奇跡だ!」

 

さて、ゾンビに襲われている様子だったカップル。私は“見えざる手”によって二人をゾンビから救出してあげた。

 

ジョンとアリサ。名前に反して二人の格好は和服と水着という、全てがミスマッチの極みのような格好をしていた。

 

「私たち、2週間前から隣のビルの屋上で籠城生活をしてて……!」

「だが、ついにゾンビにバリケードを破られこのザマさ。あなたがいなかったらどうなってたか……!」

 

ふむふむ、そんな事情らしい。

 

しかし、おかしい。そもそも、このバイオハザー島はさっき作ったばかり。この二人が語る2週間以上の籠城生活というのが、すでに矛盾している。

 

それに、この二人……()()が存在していない。

 

つまり精神体。

 

つまり幽体。

 

つまり幽霊。

 

……。

 

失礼しますゥゥゥ〜〜……。

 

「な、なぜ離れるんだ!?」

「せめてお礼を言わせて!」

 

来んじゃねぇ〜!俺の側に近寄るな!!

 

「そんな……!?怖がらなくたっていいだろう!?」

 

はー!?全然怖がってないが!?何言っちゃってんのこの人!!

 

幽霊とかいるわけねーし!!

 

「わからないわよ?例え肉体は死んでも、意思は残り続けるかもしれない」

「あぁ、その通りだ。私たちの残した意思も、未来へと受け継がれていく……そうだろう?()()()()

 

……

 

……。

 

ああ、そうか。

 

ジョンとアリサ。ようやく思い出した。

 

君たちはそう……今から500万年以上前。まだ、私がこの世界に来てから間もない頃。

 

私が生み出したんだったね。

 

「……」

「……」

 

当時の私は若く……向こう見ずで……愚かであった。

 

それこそ、自分の生み出したものを()()のように扱うほど。

 

ジョンとアリサは、その犠牲になった。私が生み出した“人形”。その耐久試験のために……それは言わば、人体実験に程近い。

 

どうせこの世界には究極的に、私しかいないのだから。そんな風に考えて……腹いせに他者を攻撃していた。そんな時期。

 

私に、復讐をしに来たのかな。

 

「いいえ、違うわ」

「それは違うとも」

 

……?

 

「あなたがあの後……ずっと、私たちにしたことを悔やんでいることは知ってたから。だから言いに来たの」

「気にすることはないってね」

 

……。

 

「あの頃に比べると、この世界はとても豊かになって……あなたも、あの時よりずっと楽しそう」

「私たちがずっとこの世界にいられないことは、ちょっと残念だけどね」

 

ジョン、アリサ。

 

頼むよ。

 

私を、責めてくれないか。

 

私は、この世界で創造主としての力を持ち……全てを自由にすることができる。だけど私はそんな力を持つ資格がない、矮小な人間なんだよ。

 

新しい、ディアナという子が生まれたんだ。彼女はハルによく懐いている。だが、私には警戒して近づいて来ない。きっと本能でわかっているんだ。私が本当はどうしようもない悪人なのだと。

 

あなたたちにしていたことと同じような仕打ちを……今度はハルにも、するようになるかもしれない。

 

「だけどあなたはそうはしなかったわ」

「あぁ。不安を押し殺し、常にあの子を守ってあげた。気丈に振る舞ってね」

 

そうだね。あぁ、全くそうだ。

 

私はこの場を離れたら、いつも通りの私に戻らなくてはいけない。私に元気がないと、ハルが心配するもんだからね。

 

臆病者は、元気に見せるために必要以上に体力を使う。安っぽい嘘だよ。

 

「だがその嘘を突き通した……ならばそれは真実と変わらないさ」

「えぇ。あの子にとって貴方は、愉快で頼りになるご主人様よ」

 

ありがとう。励ましてくれたんだな。

 

弱音を吐くのは、これで最後にするよ。

 

「えぇ、頑張って。ご主人様」

「まだまだ、やるべきことがあるんだろう?」

 

その通りだよ。

 

やるべき事は……まだまだ、山積みだ。

 

そう答えると、二人は、まるで風に吹かれたようにして。

 

 

すっかり、消え去ってしまった。

 

 

……。

 

まったく。

 

長い独り言を喋ってしまった。

 

さて、ディアナちゃんに凶暴化したクリーチャーをプリントしたTシャツでもプレゼントしに行くかな。

 

 

 

ヒノモトで温泉巡りをしていたハルとディアナちゃんの浴場に乱入し、いつの間にか高度な風魔法を習得していたハルに吹き飛ばされた日の翌日。

 

私は浮遊城の最奥、“聖域”にて、久方ぶりの自身の能力の強化を行なっていた。

 

強化、と言っても戦闘能力の話ではない。今の所、私が更なる戦力強化の必要を迫られるほど切迫した危機は起きていないし、もしそんな事態になっていたら私はここに閉じ籠っていない。

 

しかし今回行う“強化”によって、副次的には私自身の戦闘能力強化にも繋がる可能性はある……というか十中八九そうなる。うん、戦力強化で間違ってないな。

 

そんな強化の対象となるのが、“空ノ目”と“世界編集(ワールドエディット)”の二つ。

 

“空ノ目”は世界中各地の上空で、今もデータ収集を行っている直径10cm程度の鉄球だ。

 

随分広くなってしまったこの世界を満遍なくカバーするため……その数、実に100億個。

 

多すぎである。

 

そして“世界編集”は、そんな“空ノ目”たちが収集したデータを整理、分析、更新して、私の手元にディスプレイとして表示させるものだ。地形情報を手に入れたり、大きな異変が起こっていないかチェックしたり、必要に応じてその場に“転移”したり……。

 

“空ノ目”と“世界編集”。この二つがあることで、私は世界中で起こる様々なトラブルに対処可能であるという、重要な能力。

 

しかし、今の私にはこれ以上の情報収集能力が求められるようになってきた。

 

生命の誕生。それに伴う文明の発展は……今までのように大まかな情報だけを参照していては観測できなくなってしまった。

 

各地を、より精密に……そうでなければ現在の世界情勢は把握できない。

 

そこで、この問題を解決するために私が生み出した答え。

 

それが“万ノ目(よろずのめ)”だ。

 

“万ノ目”は、いわば“空ノ目”の親機に当たる。

 

一個体につき、1億個分の“空ノ目”が収集したデータを集積し、搭載された自立思考装置によって特に重要な情報、変化を自動的にピックアップ。逆に重要度の低いデータはトラッシュして私にとって必要なデータだけを厳選して私に送る。

 

さらに、各“空ノ目”の連携を高めることで、データ収集以上の現地への干渉……例えば一部の魔法を発動したり、私の管理権限で動くシステムを作動したり、独自で問題解決への最善手を思考し、実行してくれる。

 

つまり、私がわざわざ現地に赴かずとも緊急事態の対応に当たれるということだ。

 

そして、それら100機の“万ノ目”のから送られてきた膨大なデータを、これまた自立思考によって私に現在の世界情勢を提示してくれる“世界編集”の進化版。

 

名を“世界統合(アルゴス)”と言い、色々と至らない私の補佐を担当してくれる重要な“頭脳(ブレイン)”となる。

 

さぁ、“アルゴス”起動だ。

 

『Administrator System:“ARGOS” オンライン。おはようございます、マスター』

 

うん、おはよ〜。これからよろしくね。アルちゃん。

 

『了承。私は“アルちゃん”……呼称変更、完了』

 

良き良き。とても良きだ。

 

今までは私の補佐役兼メイドとして、ハルが頑張ってくれていたけどね。彼女はディアナちゃんにかかりっきりで、忙しいだろうから。

 

さてアルちゃん、君がちゃんとハルの代わりを務められるか今からテストをするからね。

 

『了承。テストモードを起動します。浮遊城全域の緊急事態システムを全面起動します。仮想敵は、宇宙怪獣“キングマーマリアン”。推定戦闘能力50,000,000。殲滅を開始します』

 

あ、待って待って待って待って。なんか変なの起動しちゃった。

 

いいから!宇宙怪獣と戦おうとしなくていいから!!

 

『了承。待機状態に移行します』

 

ふー、危ない危ない。いない敵と全面戦争に入るところだった。

 

テストといっても、簡単な一問一答形式の質問だよ。思考テストみたいなものだね。

 

『了承。浮遊城内部の全演算機構を活用し、最適な回答を導き出します』

 

……うん。まぁ、ええやろ。

 

アルちゃん、双子の姉妹がいたとして、胸が大きいのはどちらだと思う?

 

『……』

 

考え込むね。

 

『質問を、お許しください』

 

はい、どうぞ。

 

『その、双子の……栄養状態は、考慮しますか』

 

両者共に、生まれてから今まで全く同じ環境、同じ食べ物、同じ栄養源を摂取してきたものとします。

 

『……』

 

黙っちゃった。

 

『答えは……同一、です。胸部の発育に、差はないものと……考えます』

 

 

答えは妹の方が巨乳です。

 

 

『……』

 

まだまだだね、アルちゃん。

 

もしこれがハルだったら、今頃私は粗大ゴミを見る目を向けられ、傷心して魔王城の秘密の金庫で啜り泣いていたことだろう。



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