やはり俺の遊戯人生はまちがっている (鳴撃ニド)
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イベントストーリー
テトからの告知①


「みんな久しぶり!唯一神のテトだよ☆」

 

「急に僕が出てきて驚いてる人も多いよね。それは謝るよ」

 

「次回話を期待していた人には悪いけど、今回は僕からの告知だけ。ごめんね」

 

「なんとこの度、「やはり俺の遊戯人生は間違っている」のお気に入り登録数が500件を突破しましたー!!!」

 

「いやー、これは素晴らしいことだよ。本来この物語は語られない物語、いや、()()()()()()()()()()()()()()だったからね」

 

「語り部だけでは作品としての価値はないし、逆に読み手だけでも物語は完成しない」

 

「僕たちみんなで作り上げることこそが重要で、それが作品というものだよ!」

 

「おっと。話がそれたね。それで告知というのは、登録数500件突破を記念して、僕からイベントのご報告だよ!」

 

「ああ、イベントといっても、リアルに関係のある話じゃないよ。あくまで小説の話」

 

「気になるイベントの内容だけど、この作品の世界観をモチーフとした、登場しない人物との掛け合いを描いたアナザーストーリーを、一日分、すなわち一話だけ語ることに決めたんだ!」

 

「一応この時点まででは、アンケートの結果により、本編では「やはり俺の青春ラブコメは間違っている」に登場する比企谷八幡以外の人物は登場しないことになっていてね」

 

「ただ、投票者の中には「登場させてほしい」という声も少数ながら存在している」

 

「だから、今回のイベントでちょっとだけ登場させてあげようかなって思ったんだ!」

 

「さて、じゃあ誰が登場するのか、読者のみんなは心待ちにしていることだろうけど、実はまだ決まっていない。決めるのは君たちだ!」

 

「一応、感想欄とかからは、「出すなら小町ちゃんを登場させて」って声が多かったけど、これは本編とは関係ないからね。念には念を、だよ!」

 

「今日から一週間の間、あとがきのところに新しくアンケートを実施し、その中で最も投票率が高かった人物を登場させるつもりだよ」

 

「ああ、安心して。ちゃんとその一週間の間にも本編は進めるから」

 

「ちなみに登場人物は、原作の比企谷八幡と関わりのある状態から、こっちの世界に連れてくるつもり」

 

「もうディスボードに来ている比企谷八幡が登場人物のことを知っているかどうかは……うーん、まぁ相手次第かな?無理があったら、記憶をちょちょっと追加するだけさ」

 

「もちろん、ジブリールや空白とのかかわりもあるから、気になる組み合わせを想像しながら投票してよ!」

 

「これで僕からの告知は終わり」

 

「あ、そうそう、このイベントは不定期でやっていくつもりだから、今回選ばれなかったキャラクターも、まだ出演のチャンスはあるって言っておくよ」

 

「UAとか、感想とか、評価とか、お気に入りとかの値が一定以上になったらまたやるから、楽しみにしておいてよ!」

 

「じゃ、また会える日を楽しみにしているよ」

 

「じゃーね!」



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やはりこっちの世界に小町が来るのは間違っている

「さぁ、語られない物語を始めよう!」


「じゃ、行ってくるわ」

 

「うん、いってらー」

 

「帰りにお土産買ってきてやるよ」

 

「ほんと!?でも~お土産はお兄ちゃんの思い出話でもいいよ?あ、今の小町的にポイントたっかい~」

 

「はいはい。高い高い」

 

「んも~つれないなぁ」

 

お兄ちゃんが奉仕部の皆さんと旅行に行く当日の朝のこと。

 

お兄ちゃんを見送った後、家でのんびりテレビを見ていたら。

 

ピンポーン。

 

およ?こんな早い時間にお客さん?もしやあのごみぃちゃんは大事な旅行だってのに忘れ物したな~?小町的に超ポイント低~い。

 

小町は忘れ物をしたであろうお兄ちゃんのために、急いで扉を開けたのでした。のぞき穴から相手がだれかを確認することもなく。

 

「も~お兄ちゃん?忘れ物しないように昨日のうちに確認しといてってあれほど…」

 

扉を開けたとき、目の前に立っているのはお兄ちゃんではありませんでした。

 

赤い帽子に、ほっぺたに赤いハートのタトゥー。目にはクローバーのマークが映っている男の子でした。この年からカラコン入れてるって、小町的にはこの子の将来が心配。

 

「え~っと、どちらさまでしょう?」

 

「はじめまして☆比企谷小町さんっ!僕の名前はテト。よろしくね。気軽にテトって呼んでよ」

 

「あ、どもども~。こちらも小町って呼んでください」

 

屈託のない明るい笑顔で自己紹介とは、やりますな~この子。これがもし相手がお兄ちゃんでこの子が女の子だったらすっごいキョドってそう。

 

あと、ちょっと失礼だけど、名前がテトって。親は何を考えてこの名前にしたんだろう。

 

「唐突で悪いんだけど、君のお兄さん…比企谷八幡のことどう思ってるかな?」

 

「え、お兄ちゃんのこと?うーん。そうですね~。性格もひねくれてるし、いろいろと考えすぎて面倒くさいし、たまに小町のこと適当にあしらってくるし、困った兄だと思ってますよ?」

 

でも。

 

「でも、小町にとってはたった一人のお兄ちゃんですから。それなりには愛着もあるというか。まぁそんな感じですかね」

 

「…うん!よかったよかった。こっちの世界の小町ちゃんも八幡のことを大切に思ってるみたいで」

 

腕を組んでうんうんとうなずくテトさん。その顔は本当にうれしそうに感じている顔でした。

 

「…あの~。一つ質問なんですが兄とはどういったご関係で…?」

 

「僕と八幡の関係?…うーん。それは結構難しいかなぁ。なんて言えばいいんだろう。知り合いってくらい浅い仲じゃないし、かといってそこまで深い関係でもないし…まぁ、友達かな?」

 

「お、お兄ちゃんを友達と思ってくれている人が、戸塚さん以外にもいたなんて…!これは帰ってきたらお赤飯たかなきゃ!」

 

お兄ちゃんたら、もうそろそろボッチとか言えなくなっちゃうんじゃない?でも、もう少しボッチでいてほしいかも。だって小町とのスキンシップが減っちゃうかもだし?あ、今のポイント高い。

 

およ?ちょっと待って。今、こっちの世界の小町って聞こえた気がするんですが?

 

「あのー。今、こっちの世界の小町って言いました?それってどういう…」

 

「ああ、ごめんね。今から説明するよ。さっきも言ったけど、僕の名前はテト。端的に言うと、僕の正体は神様だよ」

 

…お兄ちゃんもそうだったみたいだけど、男の子ってどうしてこうなのかなー。自分が神様とか勘違いしてる。どうしよう。朝からちょっと面倒なのに絡まれちゃったかも。

 

「むー。その顔は信じてないね?」

 

「い、いえいえ、小町はそういうのにはちゃーんと理解があるほうなんで」

 

信じていないわけではないというニュアンスをだしつつ、言明はしない。こういうのはお兄ちゃんから得た対人スキルなんだけど、まさか役に立つとは思わなかった。

 

「まぁいいや。信じても信じていなくとも、僕のやることは変わらないからね。君のお兄さんは一年前の入学式に事故にあったよね?」

 

「え?まぁ、はい」

 

「ここから少し話が難しくなるけど、そこから世界が分岐したんだ。こっちの世界の比企谷八幡は、事故にあっても命を取り留め、普通に学校に行って生活している。一方で、別の世界の比企谷八幡は事故の影響で意識不明の重体で、今もなお目を覚ましていない。そんな彼を救うために僕はやってきたんだよ」

 

「はぁ」

 

信じてるわけじゃないけど、ちょっと気になる内容だったので、小町は少しばかりお話を聞くことにしました。

 

「一応、僕の力で意識と彼のコピーである仮の肉体を別世界に移動し、そこで受けられる刺激で脳に影響を与え、改善を試みてるんだけど…あんまり芳しくなくてね。君と接触を図ればなにかしらいい反応が得られるんじゃないかと思って」

 

「…それだったらそちらの世界の小町にお願いしたらよいのでは?そちらの世界の小町も多分心配してると思うし、そっちのほうがいいと思うんですが…」

 

そういったら、テトさんはふふっと苦笑いして答えてくれました。

 

「そうできたらよかったんだけどね。あの世界の小町ちゃんを連れて行ってもよかったんだけど、あいにくと接触できる期間は一日だけ。僕はそんなに力ある神じゃないから、そう何人もずっと別世界に置き続けられないんだ。あの世界の小町ちゃんを連れて行ったら、まず間違いなく元の世界に帰ろうとはしないだろうから。君なら、そんなことはないだろう?」

 

「まぁ、こっちの世界にもお兄ちゃんいますし、多分そうはならないと思いますが…」

 

まず、行くとは言ってませんよ?

 

「お願い!どちらにせよ一日だけなんだ。この通り!別の世界の兄を助けると思って!」

 

テトさんは両手を合わせてお願いのポーズ。何だか怪しいなぁ。でも…

 

「うーん。まぁ、分かりました。一日だけですし、異世界に行けるっていうのはちょっと興味はありますし。あと、お兄ちゃんが困ってるっていうなら、まぁ放置するのも目覚めが悪いので」

 

「本当かい!助かるよ!じゃ、僕の手を握って」

 

テトさんが手を差し出してきたので、その手を握りました。

 

「次は目をつぶってくれるかい?大丈夫、3秒くらいだから」

 

いわれるがまま、目をつぶりました。1…2…3…

 

「目をあけていいよ」

 

パッと目を開いたとき、そこはもう玄関ではなく、見知らぬ街の一角でした。

 

「えーっと、ここは?」

 

「ここはエルキア王国。端的に言えば異世界の国のなかの人類の国さ。こっちの世界には人間以外にもケモミミっ子とかいるからね」

 

「なーるほどなるほど。では、さっそく兄のところに連れて行ってもらってもいいですかね?一日しかいられないならそんなに時間も無駄にできませんし」

 

「もちろんだよ!さぁ、こっちへおいで」

 

そういうとテトさんは無邪気に走り始めました。本当に神様なのか、いまだに信じ切れていません。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここだよ」

 

「…は~。こっちの世界のお兄ちゃんはなかなかいいところに住んでるな~」

 

連れてこられたところは少し街並みとは離れたところにある建物。ここらへんでは一番大きい建物だと思います。

 

「ここにお兄ちゃんが?」

 

「うん!扉をあければ、すぐにでも会えるよ。でも、僕はここまで。今彼と会うわけにはいかないからね。ちょっとした諸事情ってやつさ」

 

「わっかりました!じゃ、お兄ちゃんと感動のご対面といきますかね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「マスター。なにやら来客でございます」

 

ジブリールが俺に来客だと伝えてくる。気配も何も感じられないが、ジブリールの感知網には引っかかったのだろう。

 

「だから言ってるだろ。ここにやってくるやつの理由はお前。だからお前の来客だって」

 

「俺らの目的はジブリールじゃなくて八幡、お前だったけど?」

 

「お前ら以外は俺誰も知らないんだからお前らがいる時点でほぼ確定だろ。第一、お前らだって元々の目的は俺じゃなくてジブリールだっただろ」

 

「むしろあの時点で俺ら以外にも異世界人がいるとは思わねぇだろ」

 

「…思ってたら、それこそ…神様」

 

「あーっ!!!そのクイーンは反則ですのぉおおおお!!!やり直し!やり直しですわ!」

 

俺とジブリールが本を読み、空と白とステファニーがチェスで対局中。そんな安息ともいえる空間に乱入者が来たらしいが、いったい誰なんだろうか。

 

まぁ、可能性としてあるのは獣人種(ワービースト)とかだろうか。というかそれくらいしか知り合いがいない。

 

そう思っていると、図書館の扉がバーンと勢いよく開いて、あほな挨拶してきた。

 

「やっはろー!お兄ちゃん!小町遊びに来たよ!」

 

俺はそのセリフを聞いた途端、持っていた本を落としてしまった。

 

その声、その顔、そのアホ毛。長らく見ていなかった、いや、実際はそこまで長い間見ていなかったわけではないが、その姿かたちを見て、俺はフリーズしてしまった。

 

なぜ小町がここに?小町も死んだの?遊びにって何?ゲーム吹っ掛けに来たの?いやそれよりもそのあほな挨拶はやってんの?

 

「こ、小町?小町なのか?俺が疲れすぎてるだけじゃなくて、正真正銘の小町なのか?」

 

「そうだよー。お兄ちゃん死にかけてから小町と会うの久しぶりだよね?だからお兄ちゃんに会いに来ちゃったー。あ、今の小町的にポイント高い。まぁ小町はそんなに懐かしくないけど」

 

「最後ので台無しだよ。お兄ちゃん色々聞きたいことあるのにツッコまざるを得なくなって、もうこの後どうすればいいかわかんなくなっちゃってるよ」

 

「うん、やっぱりこっちもちゃんとゴミいちゃんだー」

 

「小町ちゃん?その言い方は止めなさい。みっともないわよ」

 

「まぁまぁ。小町もよくはわからないけど、とりあえずいろいろ説明したいから、中に入れてもらってもいい?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なるほど、テトの仕業だということは分かった。そしてなんというめんどくさくて回りくどいことをしてくれたんだと文句を言いたい」

 

小町からなぜここに来たのかの説明を受けて、全てはテトの仕業だということを理解した俺に、ジブリールが総括の言葉を投げかける。

 

「つまりは、この女はマスターの妹で、一日だけ再会する機会を得られたということで間違いないでしょうか」

 

「バカヤロウ。マスターの妹だぞ。小町様、もしくは妹様と言え。次呼び捨てたら本燃やすぞ」

 

空と白、そしてステファニーまでもがチェスの手を止め、うわー。といった目でこっちを見てくる。

 

「でたぞシスコン」

 

「違うな。妹が大事なだけだ。千葉の兄はだいたいそういうもんだろ」

 

「いやー、でもこっちの世界のお兄ちゃんにもお友達ができたみたいで小町はうれしいよ」

 

うんうんとうれしそうにうなずく小町。そのしぐさでさえも今は愛しく感じてしまう。昔からだったかも。

 

「言っておくが、こいつらは友達じゃない。しいて言うならビジネスパートナーだ。勘違いするな」

 

「…お兄ちゃん、その発言は小町的にポイント低いよ」

 

「と思ったがよくよく考えてみたら実質友達だったかもしれんな。うん。多分友達だわ」

 

「鮮やかすぎる手のひら返しだな」

 

「…やっぱり、シスコン…」

 

「黙れ空。お前だって妹には逆らえんだろ。同じ穴のむじなだ」

 

空にだけは言われたくない。

 

「それに、こんなに可愛い女の人二人とも仲良しなんてね~。ま、小町の方のお兄ちゃんも女の人とは仲良かったけど。それも3人も」

 

「いろいろ間違ってるな。別に仲良くないし。まず片方人じゃないし。成り行きで一緒なだけだ。というか、その話本当ならそっちの俺やり手過ぎるだろ。俺かそれ」

 

俺が事故にあうまでは全く同じ人生を歩んできたはず。ということは、中学の頃のアレを忘れているはずがない。それでいったいどうやって距離を縮めることになったのだろうか。

 

「今までのマスターからの反応を見ると、いささか信じるに値しない話でございます」

 

「ほらな?ことあるごとにすぐいじめてくるんだこいつ。もはや嫌われてるだろ。まぁ嫌われるようなことしてたけど」

 

「細かいことは気にしない気にしない!あ、そうだ!小町ちょっとお兄ちゃん以外の人たちとも話したいから、どっか行っててくれる?」

 

小町からありえないお願いをされた。

 

ペロッと可愛らしく舌をだして両手を合わせてお願いポーズをする小町。あざとい。

 

「嘘でしょ?俺のために来てくれたのに俺をないがしろにするって本末転倒じゃん。一日しかないんだよ?お兄ちゃん泣いちゃうよ?」

 

「大丈夫。すぐに終わるから。ほら、行った行った!」

 

そういって俺は小町に後ろから手で押され、寝室に追いやられてしまった。悲しい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さぁ~って。ゴミいちゃんも追いやったことだし。改めまして、比企谷八幡の妹の、比企谷小町です!気軽に小町って呼んでくださいね!」

 

「お、おう。俺の名前は空。こっちは妹の白だ」

 

妹さんの白さんはお兄さんの背中に隠れてすこしお辞儀するだけでした。人見知りなのかな?

 

「空さんと白さんですね!よろしくお願いします!そちらのお姉さんのお名前も聞きたいんですが…」

 

「わ、わたくしですの?わたくしの名前はステファニー・ドーラ。エルキア前国王の孫娘にして現エルキアの政治経済を…」

 

「簡単に言えば、俺らの従者だ。ステフって呼んでいいぞ」

 

「毎回毎回自己紹介を邪魔するのはいじめですの!?嫌いなんですの!?わたくしのこと!?」

 

ステフさんはいじられキャラっぽいですねー。声も高いしばっちりって感じです。本人は嫌がってるっぽいけど、まぁ仕方ないですよねー。

 

「そちらの天使さんは、ジブリールさんであってますかね?」

 

ふよふよ浮いている翼の生えたお姉さん。露出度が高いのが傷だなー。

 

「ええ。わたくしはジブリールと申します。どうぞお見知りおきを」

 

…なんかちょっと怒ってらっしゃる?小町何か悪いことしたのかな?

 

「はい!ジブリールさんはなんでお兄ちゃんのことをマスターって呼んでるんですか?まさかとは思いますけど、お兄ちゃんの趣味だったり…」

 

ぴしっと右手を大きく上げて質問。ジブリールさんはすこし悩んだ後、答えてくれました。

 

「いえ、盟約に誓ったゲームにおいてわたくしが負け、従者として生きることになったゆえ、従者らしく忠誠を示す意味でも敬意をこめてマスターと呼ばせていただいているのでございます」

 

「盟約?ゲームで負けた?」

 

「…まぁ罰ゲームのようなものでございます。こちらの世界では罰ゲームは絶対順守なのでございます」

 

へー。お兄ちゃん、こんなきれいな人に従者になれっていう罰ゲーム賭けてゲームして、勝って従者にしたんだ。小町、ちょっと見る目変わっちゃいそう。

 

「まぁいいや!空さんに白さんにステフさんにジブリールさんですね!これからも兄をよろしくお願いします!」

 

お兄ちゃんのためにぺこりと頭を下げる小町。ポイント超高ーい。

 

「小町はこっちのお兄ちゃんの妹じゃないけど、でも、話を聞いてから、心配だったんです。あんな性格してるから、もしかしたら苦労してるんじゃないかって。事故にあってからずっとふさぎ込んでてもおかしくないなーって思ってたんです」

 

でも、この人たちがいてくれた。

 

「皆さんのおかげで、お兄ちゃんはこっちの世界でもやっていけてるんだと思います。だから、ありがとうございます。そしてこれからも兄をよろしくお願いします」

 

そう言って再び頭を下げた小町に、ジブリールさんは声をかけてくれました。

 

「…無論、感謝されるまでもなく、これまでもこれからも、私はマスター、比企谷八幡の手となり足となり、生涯を共に過ごすと約束いたします」

 

…それはちょっと重すぎるかも…。

 

「まぁ安心しろ。比企谷妹。あんな面白れぇやつ俺らは手放す気ねぇから。な?白」

 

「…それに、まだ……やり返せてない」

 

「そうだ。俺らはやられたらやり返す。やり返すまではどんだけ拒絶しようが引っ付いてやるぜ。コバンザメみたいにな」

 

…それもどうかと思うなー。

 

「…わたくしは、八幡とはいい友達ですの。だから、これからも一緒にいますわ」

 

いい!この人が一番いい!いじられキャラだけど一番まともだこの人!

 

おっと。いけないいけない。大事なことを忘れてた。

 

「ありがとうございます!小町はうれしいですよ!あ、ジブリールさんだけ、ちょっとこっち来てもらっていいですか~?」

 

「…なぜ私だけそのようなことを?マスターもいない今、別にここで構わないと…」

 

「いいからいいから!即決しない人はお兄ちゃんに嫌われるよ!」

 

「…はぁ、わかりました」

 

「これが終わったら、次に白さんと、ステフさんもそれぞれお願いしますねー!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

コンコン。と俺の部屋の扉がノックされる。どうやら小町のやりたかったことは終わったみたいだ。

 

「お兄ちゃん!終わったよ!」

 

「おーう。…なんでみんな顔赤いの?」

 

俺が部屋を出たとき、ステファニーも、ジブリールも、白も、なぜか空もちょっと顔を赤くしてうつむき気味に地面を見て俺と視線を合わせないようにしていた。

 

小町、お前はいったい何をした?

 

「細かいことを気にすると小町帰りたくなっちゃうかも~」

 

「まぁそろそろ夕方だし夕日が顔に当たって赤く見えてるだけだな。うん」

 

そう思うことにした。というより、深く突っ込んで地雷を踏んでもよくない。放置するに限る。

 

そう思っていると小町がちょんちょんと俺の肩をたたく。

 

「お兄ちゃんはさー。この中で結婚するなら誰とがいい?」

 

その発言とともに全員が俺のほうを向く。そんなに同時に視線を向けられると、もはや殺気と勘違いしてしまうほどだ。

 

ちなみに、答えは決まっている。

 

「小町」

 

「はぁ~。どこまでいってもお兄ちゃんはお兄ちゃんなんだね。ちょっとがっかりかも」

 

そういってやれやれと両手を上に向けて首を振る小町。それに伴って、全員の視線にも呆れの色が見える。

 

正直に答えたのにこの仕打ち。こっちだって、世界が違っても小町は小町なのだと実感する。

 

「この流れで言ったら、こっちの世界で出会ったうちの誰かに決まってるでしょ?」

 

「だったらステファニー一択じゃん」

 

「およ?珍しく即決だね。その心は?」

 

「空は男。白はこどもだし。ジブリールやいづなは人間じゃないから、消去法でステファニー以外いないだろ。選択肢なんかない」

 

「も~。小町が欲しい答えはそういうのじゃないの!めんどくさいなぁ。単純に好きな人答えてくれればいいの!」

 

「いない」

 

「強いて言えば!」

 

「つってもなぁ…好きかどうかなんてわからん。一年一緒にいたとかならまだしも全員と会ってからせいぜい一か月くらいだけだぞ?だがまぁその少ない情報からだったらジブリールじゃね?一番一緒にいるし」

 

そういって適当に受け答えしていたら、小町がプルプルと震えだす。

 

どうしたの?スライムに転生しちゃったの?悪いスライムじゃないよ!とか言っちゃうの?

 

わっかりましたぁ~~!!

 

「うおっ。急に大声出すな」

 

「こうなったらもう、いっそのこと小町プレゼンツ。嫁度対決をやりたいと思います!」

 

「なんだそのバカバカしい対決は」

 

「これは小町の方の世界でもやったんだけど~。みんな圧倒的に嫁度が足りなくて小町的にポイント低かったんだよね~。だからこっちの人たちの嫁度はどうかな~って」

 

「まず嫁度が何かを説明しろ。やるにしろやらないにしろ、空も白もジブリールも、みんなぽかん顔になっちゃってるだろ」

 

「後で説明するからとりあえず座って座って。お兄ちゃんは審査員ね。どうせ似たような答え返すだろうし」

 

「ほっとけ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まずはお嫁クイズ!こんなときどうする?です!」

 

始まってしまった。

 

「なぁ比企谷妹。なんで俺回答者側なのって聞いてもいい?」

 

空が小町に意見する。参加者はジブリール、白、空、ステファニー。で、審査員が俺と小町。俺いる?

 

「空に関しては俺が無理言って入れた。東部連合の件で手を貸すんだから、こんくらいの辱めを受けろ」

 

「それ、いじめっていうんだぜ」

 

「…はちまん、ぐっじょぶ」

 

珍しく兄妹の意見が割れている。白は一緒にクイズしたかったのかな?

 

「ではでは、第一問。お姑さんに、掃除の仕方で文句を言われた!こんなときどうする!?さぁ、回答をどうぞ!」

 

ジブリールから順番に回答していく。

 

「指一つで掃除に限らず何もかもを片づけられる私に意見するなど正気を疑います」

 

「…ごめん、なさいして…やり直す」

 

「掃除したって結局汚れるんだから片付けるだけ無駄だと力説する」

 

「やり方を言うとおりに覚えますわ!」

 

「空はまぁ百歩譲っていいとして、ジブリールはそれ何もしてないだろ。せめて回答しろよ」

 

小町はふむふむとうなずいて全員を見渡す。

 

「こっちのみなさんも個性的な回答ですね~。ジブリールさんと空さんはぺけで。白さんとステフさんに一ポイント差し上げます。とりあえず、小町的な模範解答は「実母に愚痴ってまた明日から頑張る」です!」

 

「妙にリアルだな」

 

「空、お前そんなシーン見たことあんの?」

 

「いいや。ゲームの中ですら見たことない。だがだからこそリアリティがあって信憑性がある」

 

「ジャンジャン行きますよ!次の問題!明日はクリスマス。でも旦那が解消ナシのろくでなしのせいで今月苦しいかも。子供のプレゼントどうしましょう?お答えをどうぞ!」

 

「クリスマスとは何でございましょう」

 

「あれだ。まぁ誕生日みたいなイベントだと思え。実際にあれ俺達の世界の神様の誕生日らしいからな」

 

今度もジブリールから回答。

 

「まぁ軽く遊んであげますね」

 

「…普通に…ゲーム、買ってあげる」

 

「俺は旦那側だからあれだが、クリスマスパーティにでも連れて行くな」

 

「えっと、お菓子を作ってあげたり?」

 

「まぁ大体予想通りだが、空は意外だな」

 

「最初の一問はポイント制じゃないって知らずに適当に回答したが、点数が付くなら話は別だ。出題者の意図を読み取って満点回答を狙う」

 

「いやそう言うゲームじゃないから。まぁ空に関してはあんまりやる意味ないからそれでもいいか」

 

「空さんに一ポイント差し上げます!模範解答は「祖父母に任せる!」」

 

「ステファニーもいい線言ってたと思うんだがな」

 

「この問題の肝は、()()()()()()()()()()()ではなく、()()()()()()()()()()()が求められているからな。プレゼントとして何かをあげると回答した時点で採点対象外だ」

 

そういう頭だけは働くんだから。そしてそういうゲームじゃないから。この人嫌い。

 

「じゃぁ最終問題!最近、主人の帰りが遅い…。もしかして浮気!?こんな時、どうする?さぁお答えをどうぞ!」

 

「問い詰めた後、真実であれば容赦なく殺します」

 

「…とりあえず、調べる」

 

「信じて待つ」

 

「こ、困りますわ…」

 

「いや困るて」

 

なんもしてないやんか。由比ヶ浜くらいバカだろこいつ。あれ?由比ヶ浜って誰?

 

「空さん大正解!信じて待ちましょう!」

 

ちゃっかり空正解してるし。もうなんなんだこれ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「続きましては、お料理対決で~す!」

 

「結果わかり切ってるだろ。ステファニーが一位、それ以下は圏外だ」

 

やる意味なくない?

 

「いいの!小町がやりたいの!ではでは、さっそく。まずはジブリールさんから!」

 

厨房から出てきたのはジブリール。なぜか皿ではなくコップを持ってきた。

 

「マックスコーヒーでございます」

 

「愛してるわジブリール。お前最高だな」

 

料理ではないが、確実に俺のことを考えたチョイス。八幡的にポイント超高い。もう結婚しようぜ。

 

「恐れ多い言葉でございます」

 

「いきなり好ポイントが入りましたね~。ではでは、次は白さんでーす!」

 

出てきたのは白だけではなく、空も一緒に出てきた。

 

「白は料理得意じゃないしな。俺も手伝わせてもらった」

 

「むしろお前が料理できることのほうが意外なんだが」

 

「安心しろ、俺も出来ない。だが、そんな俺でもできる料理がこちらだ!」

 

そういって差し出してきた料理は。

 

「バタートーストだ」

 

「……ありがとう。いただきます」

 

うん。普通にうまいわ。

 

…これ以上は何もないけど。

 

「実際、コストパフォーマンス的にもパンが最強だからな」

 

「それは嫁度が低いんじゃない?」

 

「甘いな。家計を支えるのもお嫁の仕事だ」

 

ぐぅの音もでん。

 

「ま、まぁいいです。それじゃあ最後はステフさんどうぞ!」

 

最後はステフか。小町のも久しぶりに食いたかったな。

 

「ドーナツを作ってきましたわ」

 

綺麗に作られたドーナツ。一つ取ってかじってみたが、特別うまいわけではないが、普通においしい。

 

店で売れるレベルではあるので、かなりうまいのだろう。

 

「コメントに困るうまさだ」

 

「お兄ちゃん、こっちの人たちは捻デレ通用しないんだから」

 

「変な造語作らないの。おバカさんに見えちゃいますよ」

 

なんだよ。捻デレって。デレてないし。

 

「なぁ、小町。お前は作ってくれないの?」

 

「そういうと思って作っておいたよ。久しぶりに食べたいと思ってるんじゃないかって気を利かせた小町に感謝してよね」

 

そういって机の上に肉じゃがを置いてくれた。

 

一口食べてみると、なんだか泣きそうになってしまった。ああ、おふくろの味だな。違うか。違うな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あー楽しかった。じゃ、そろそろ小町帰るよ」

 

「おい、結局優勝誰なんだ。あと種目二つしかないのかよ」

 

「んー。まぁしいて言えば空さんかな。回答もまともだったし料理はできないけど主婦的発想は持ってたし。本当はウエディングドレス対決もしたかったけど、白さんに着せるわけにはいかないしね」

 

くるくる―っと回転しながらピースする小町。可愛いなちくしょう。

 

「残念だけどお迎えも来ちゃったみたいだし」

 

そう言って小町は図書館の入り口のほうへ向かう。

 

ドアを開くとそこにはテトが立っていた。

 

「おう。テト。あとで一発殴らせろ」

 

「それは遠慮したいなぁ。まぁ今回のはサプライズ。イベントだよ」

 

悪びれもなくペロッと舌を出すテト。小町の真似すんな。

 

「あ、そうだ!小町、最後に皆さんとちょっとだけお話してくるね!」

 

そう言って図書館の中へ戻っていく小町。いや、もっと前にやっておけよ。

 

「テト」

 

「なに?」

 

「俺を救うためって話、本当なのか」

 

「ああ、あれ?嘘だよ」

 

そうだったのk…え?マジで?嘘なのアレ?ちょっと感謝した俺の純情返して?

 

「ああでも言わないと小町ちゃん来てくれないかなーと思って。まぁつじつま合わせってやつだよ」

 

「小町に嘘をついた罪は万死に値すると知れ」

 

「あはは。ごめんって。ちゃんと元の世界には安全に返すから」

 

「当たり前だ。むしろ俺のことはいいから絶対に安全に返せ」

 

「やっぱりシスコンだなぁ」

 

「違う。妹がとてつもなく大切なだけだ」

 

はは、と軽く苦笑いをするテト。

 

そして、小町に向かってテトは声をかける。

 

「おーい!そろそろいくよー!」

 

「あ、はーい!じゃ、またね!お兄ちゃん!」

 

そういって、最後に俺に抱き着いてくる小町。

 

「…お兄ちゃんの方の小町もきっと心配してるから、ちゃんと、帰るんだよ?」

 

「……任せておけ。お兄ちゃんに二言はない」

 

「…ありがと」

 

そういって俺から離れて、テトと手をつなぐ。

 

「おい、小町」

 

「なに?」

 

「…車には気をつけろよ」

 

「……うん!わかった!」

 

「…それじゃあ、ここに来た時みたいに目をつぶって…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いったな」

 

「いきましたね」

 

いつの間にかジブリールが隣にいた。

 

「マスター。いつかマスターの世界へ行ってみたいです」

 

「そうか」

 

「未知の探求という目的もありますが、小町さんともう一度会いたいです」

 

「…そうか」

 

「ですから、もしマスターが元の世界に戻るときには、私も連れて行ってくださいね?」

 

「……善処する」

 

「……はい♡」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これで、今回のイベントはおしまい。どうだったかな?楽しんでくれた?」

 

「小町ちゃんいい子だったね。また登場させたいくらいだよ」

 

「え?小町ちゃんとそれぞれが何を話していたか知りたいって?」

 

「安心してよ。ちゃーんとあとがきに書くから」

 

「じゃ、次にまた会える日を楽しみにしているよ」

 

「今度はチェス盤の上で、ね」




《ステフ》

「なんですの?」

「小町、お姉ちゃん枠が欲しかったんですよ~」

「…はい?」

「というわけで、ステフお姉ちゃんとお呼びしても?できればお義姉ちゃんとおよびしても?」

「い、意味は分かりませんが、それくらいなら…」

「ありがとー!ステフお義姉ちゃん!」

「はうわっ!?な、なんですのこのよくわからないこの高揚感と幸福感は!?」


《白》

「…なに?」

「お兄ちゃんってほら、妹に甘いじゃない?」

「…?」

「だから、困ったときには、小町の名前を出していいよ」

「!!……いいの?」

「もちろん!ほら、小町もちょっとお姉さん気どりしてみたいの。だから、お兄ちゃんをこき使ってあげてね」

「…わかった」

「空さんを落としたくなった時にも、お兄ちゃんを使ってあげてね」

「…!!!!いつから?」

「そりゃ小町ともなれば一目見た瞬間にビビビーンと来るもんですよ。よかったら、小町直伝の妹流お兄ちゃん落としの術教えてあげようか?」

「……おねがい、します」

「よろしい。じゃあまずは…」



《ジブリール》

「ジブリールさんって、お兄ちゃんのこと好きでしょ?」

「…はて、何のことかさっぱりでございます」

「安心してください。小町は味方ですよ!お兄ちゃんのことは小町が一番よく知ってるんですから!とりあえず、お兄ちゃんを落としたいならまずはあんまりしつこくしなこと。それと、案外ボディータッチは効いてないように見えて効いてますから、ちょいちょい混ぜるのがいいと思いますあと、喧嘩をしたときには必ずマックスコーヒーを…」

「メモ帳を取ってくるので少々お待ちいただいても?」

「はい!いや~小町はこっちの世界のお兄ちゃんに春が来たことがすっごくうれしいよ」

「勘違いなさいませんよう。あくまで知識の一環でございます」

「んふふ~。そういうことにしといてあげる」


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本編
やはり俺の遊戯人生は間違っている


はじめてこのような小説を書くことになるので

大目に見ていただけると幸いです。

最近ノーゲームノーライフにはまってしまったので

書いてみました。


青春とは、嘘であり、悪である。

 

青春を謳歌せし者たちは、常に自己と周囲を欺き、自らを取り巻く環境のすべてを肯定的にとらえる。

 

彼らは青春の二文字の前ならば、どんな一般的な解釈も、社会通念も捻じ曲げて見せる。

 

彼らにかかれば、嘘も秘密も、罪科も失敗さえも、さらにいえば、裏切り、だましあいですら青春のスパイスでしかないのだ。

 

ほろ苦い青春の一ページとして、何も思うことなく心の中に刻むのであろう。

 

だがしかし、それは一ページであるからスパイスなのである。

 

青春は楽しさや嬉しさにあふれていることが前提であり、苦痛や自責の念に駆られることはごく稀であるという暗黙のルールに対して、彼らは何の疑念も持ったことはないはずだ。

 

加えて、嘘も秘密も罪科も失敗も、後悔や反省といった行為を伴うからこそ美しく輝くのである。

 

つまり、楽しさを前提にした脳内お花畑の愚民どもは、失敗をただの一時の過ちとしてしか処理できないがゆえに、真に青春というものを理解していないともいえる。

 

もっというと、仮に失敗することが青春の証であるのなら、友達作りに失敗した人間もまた、青春のど真ん中でなければおかしいではないか。

 

友人や仲間と呼べるそれらを重視するあまり、それ以外のすべてを軽視するかの如く目をそらす。

 

たとえて言うならば、友達作りに少し秀でた凡人と、友達作りが苦手な天才では、前者のほうが圧倒的に重要視される。

 

天才がいかに数学ができようと、天才がどれほど運動ができようと、はたまた天才がオタクの様に一つのことにどれだけ詳しくあろうと、彼らの前では塵芥と同じであるといわざるを得ない。

 

特に現代社会では必須ではない、いわゆる娯楽と呼べるものに対する天才たちは、特に大した理由もなく、「気持ち悪い」の一言とともにつまはじきにされる。

 

自分とは異なる能力を持ち合わせる他者に対して、その人が自分と関わりを持つならば、その人に対する見方は「個性的」と好印象に受け取られる。

 

一方で同じ条件であるが、その人が自分と関わりを持たないと知ると、その見方は「異端者」に変わる。

 

自分にとって益になりそうな他人を受け入れ、害になりそうな他者を排除する。そのこと自体は間違ってはいない。

 

ただ、それがコミュニケーション能力の有無によってのみで決定されていることに彼らは気づいていない。

 

いや、気づいているが、気づかないふりをしているのだ。

 

なぜなら、それを気付いてしまえば最後、彼らが嬉々として行っていた青春とは、しょせんただの仲良しごっこに過ぎず、何も本質的なことを達成できていないという現実を突きつけられるからである。

 

しかし、彼らはそれを認めないだろう。すべては彼らのご都合主義でしかない。

 

結論を言おう。

 

青春を楽しむ愚か者ども。

 

砕け散れ。

 

 

 




プロローグなのでさらっと流してください。

本当はもう少し短くしたかったのですが、字数制限により長くなってしまいましたね


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真実とは、時に優しく、嘘のように甘くあってほしい

ここからノゲノラにつながっていきます。


総武高校入学の日。

 

新しい生活にワクワクしてしまったあまり、一時間も早く家を出たら、その結果。

 

飼い主の手をするりと抜け出したやんちゃな犬が道路に飛び出し、あわや高級そうな車に引かれそうになっているところを目撃してしまった。

 

なんのことはない。ただ、魔が差しただけなのだろう。というか、そのまま見殺しにするのが気持ち悪かっただけだ、多分。

 

気が付いたときには、俺は乗っていた自転車から飛び降り、引かれそうになっている犬を助けるべく道路に飛び出してしまっていた。

 

俺の行動の甲斐あって、無事にその犬は怪我無く、無事に飼い主の元へと戻っていった。

 

ただその代償として、俺が代わりに車に轢かれ、不運なことに、吹き飛ばされた先のガードレールに強く頭を打って、昏睡状態となってしまった。というより、ほぼ死んでるらしい。

 

 

 

 

 

読者の皆さんは、なぜ俺が昏睡状態であることを俺が知っているのか、気になると思う。ていうか、誰だよ読者の皆さんって。

 

その答えは、その一連の話を、目の前にいる少年(?)に聞かされたからである。俺も信じたくはない。

 

気が付いたら真っ暗な世界にたった一人。あ、一人なのはいつもでしたね。

 

そこに、突如としてあらわれた、クローバーのマークが入った帽子をかぶった少年が現れ、今の現状を説明してくれた。

 

「せっかく今の状態を説明してあげた僕に対して、つれないなぁ君は」

 

その少年の名はテト。自称神。まぁ、その話が真実だとするなら、神様であることに間違いはないように思える。なぜなら、昏睡状態の俺と会話できているのだから。でもね、信憑性がなさすぎるんですよ。あまりにも。

 

「僕は自称じゃなくて、本物の神様!まぁ、この話が君にとって受け入れがたい話であることは間違いないけど…」

 

「ちょっと?ナチュラルに心読まないでくれる?信憑性上がっちゃうから。信じたくないのに信じざるを得なくなっちゃうから」

 

うん、こいつ本物の神だわ。どうしよう。今までにまずいこと言わなかったかしら。今年の正月に、賽銭箱に入れた金額ケチったのに対して怒ってないかしら。

 

するとテトはふふっと笑って、答える。

 

「僕は確かに神様だけど、君たちの住むそれとはちょっと異質なんだ。君の信仰する神様と僕は、同じ神ではあるけど似て非なるものだから、気にすることはないよ」

 

ほーん。神様にも派閥みたいなものとかあるのかしら。というか、だったらなんで俺が毎年行ってる神社の神様がやってこないの?やっぱり、金額少なかったから怒ってるの?

 

「とりあえず、話を進めるよ。君は事故で昏睡状態になってしまった。けど、僕なら君を目覚めさせることができる」

 

「なら、早く目覚めさせてくれ。妹にも心配かけてるだろうしな」

 

我が最愛の妹小町。事故になったのだから、流石に家族には話が行ってるだろう。小町が俺のベッドのそばで泣いている姿が目に浮かぶ。そこに両親がいないことを考えると、ちょっと悲しくなる。

 

「まぁ話は最後まで聞きなよ。確かに僕は君を目覚めさせることができる。けど、本当にそれでいいのかい?」

 

「どういう意味だ?」

 

「君は、()()()()()に戻りたいと、本当に思っているのかい?」

 

「……」

 

 

 

 

 

「君は君の世界をどう思ってる?楽しいかい?生きやすいかい?」

 

どう思っているか、か。

 

誰もが自由気ままにふるまえるという見せかけの世界で。

 

暗黙のルールや制限がかかっていて、秀ですぎても、逆に劣っていすぎてもペナルティ。

 

逃げようにも逃げることなどできず、しゃべり過ぎても、しゃべらなくても疎まれる。

 

能力値が見えることもないから、曖昧な基準でしか図られず。

 

どうふるまえばいいかの正解がどこかに書いてあるわけでもない。

 

こんな世界(もの)、ただのクソゲーだ。

 

「もし、単純なゲームですべてが決まる世界があったら、目的もルールも明確な盤上の世界があったらどう思うかな?」

 

「そんなこと答えても、意味なんてないだろ。そんな世界ないんだし」

 

「例えばの話だよ。例えば」

 

例えば、か。

 

もし、もしもそんな夢のような世界があるのなら。

 

「ま、もしそんな世界があるなら、俺は、生まれる世界を間違えたわけだ」

 

 

 

 

 

 

 

「僕もそう思う!」

 

その一言とともに、世界がだんだん明るくなっていく。

 

「君はまさしく、生まれる世界を間違えた!」

 

仰々しく、テトは両手を空に掲げて高らかに宣言する。

 

「ならば、僕が生まれなおさせてあげよう!君が生まれるべきだった世界へ!」

 

その言葉が紡がれると同時に、俺の体が浮遊感を感じる。

 

「うおあぁっ!?」

 

落ちてる落ちてる!?なんかわからんけど空から落ちてる!?ていうかここどこ!?

 

「ようこそ!僕の世界へ!」

 

「はぁ!?」

 

「ここは君が夢見る理想郷、盤上の世界、ディスボード!」

 

何言ってるかわからん!というか落ちてる!死ぬ!ああ、小町の顔が浮かんでくる。これが走馬灯というやつか。

 

「この世のすべてが単純なゲームで決まる!人の命も、国境線さえも!」

 

「それどころじゃねぇ!!これ死ぬだろお前!?いやもう死んでるんだっけ!?」

 

俺の叫びもむなしく、テトはなおも人の話を聞かずに話し続ける。

 

「この世界は、十の盟約によってすべてが決定する!」

 

 

 

 

 

 

 

 

[一つ] この世界におけるあらゆる殺傷、戦争、略奪を禁ずる

 

 

[二つ] 争いはすべてゲームによる勝敗で解決するものとする

 

 

[三つ] ゲームには、相互が対等と判断したものをかけて行われる

 

 

[四つ] "三"に反しない限り、ゲーム内容、かけるものは一切を問わない

 

 

[五つ] ゲーム内容は、挑まれたほうが決定権を有する

 

 

[六つ] "盟約に誓って"行われた賭けは絶対順守される

 

 

[七つ] 集団における争いは全権代理者を立てるものとする

 

 

[八つ] ゲーム中の不正発覚は敗北とみなす

 

 

[九つ] 以上をもって神の名のもと絶対不変のルールとする

 

 

 

 

 

 

 

「だから!そんな場合じゃ!なあぁぁぁぁぁっっっ!!!??」

 

もう地面が見える!!終わった。比企谷八幡、異世界転生して12秒で死す。いやいやまったく笑えん!

 

「っっ!!」

 

観念して、目を思いっきりつむる。

 

結論から言うと、死にはしなかった。いや死んではいるんだっけ?もうこのくだりはいいですねすみません。

 

地面とぶつかる寸前で、空中に浮いたまま止まっている。ナニコレ超能力?というか、だったら先に言っといてくれねぇかな、マジで。

 

と思った矢先、普通に地面に落とされた。おい、もうちょい優しく下ろせよこのやろう。

 

「そして『[十] みんな仲良くプレイしましょう』」

 

「お前、まじふざけっっ」

 

文句を言おうとした俺の口よりも先に、テトは姿を消していた。

 

(また会えることを期待しているよ。きっと、そう遠くないうちに)

 

テトの声だけが、明るく輝く青空にこだまする。

 

 

 

「……」

 

ひとしきりぼーっと青空を眺めた後、上半身を起こしてあたりを見渡す。

 

やはり、ここは異世界だった。もう、非の打ち所がないくらい。

 

「なぁ、小町。俺、異世界転生しちゃったよ。確かにさ?小説で読んでた時はいいなって思ってたよ?俺にも起こんねぇかなって思った時期もあったよ?でもさ、これはねぇよマジで」

 

脱力して、地面に横たわる。

 

「生まれる世界を間違えたとは言ったけど、()()()()()()()()()()()()()()()()()()だろぉぉぉぉ!!!」

 

そう、生まれる世界は間違えたかもしれんが、この世界に生まれ変わりたいわけではなかった。なぜなら、それは小町との永遠の別れを意味する。兄として、可愛らしい妹を置き去りにして異世界に旅立つなんてことは決してしないのだ。あ、今の八幡的にポイント高い。

 

だから、あの時普通に目覚めさせてくれりゃよかったものを、テトが変な気を利かせて異世界に送り込みやがった。こういうのなんて言うか知ってる?大きなお世話っていうんですよ。

 

「ぜってぇに戻ってやる」

 

俺はそう意気込んで、とりあえずいい天気だったので寝た。

 

 

 



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異世界でも、俺のやることは変わらない。

ノゲノラの世界観についての説明回に近いです。

既に内容を知っている人からすると退屈に感じるかもしれませんが

ご了承ください。


異世界に転生した俺、比企谷八幡は。

 

何としてでも元の世界に戻ると意気込んで昼寝をしていた。

 

やはり今日はいい天気で、ゆっくりと眠ることができていた。

 

しかし、いかついおっさんたちの登場により、俺の安眠は妨げられた。

 

寝ている俺の横で大きな声で騒ぎまわり、無理やり俺を起こした後、メンチを切りながら「身ぐるみ全て賭けてゲームしろ」と脅してきた。

 

もう何が何だかわからんかったが、おそらく彼らは盗賊なのだろう。テトの定めたルールにのっとって、ゲームで俺のすべてを奪う算段らしい。

 

『十の盟約』のその一に略奪を禁ずるとあるから、彼らが生きるにはゲームを吹っ掛けるしかないのだろう。

 

だが、俺にそんなゲームを受ける気はない。なぜなら、俺にとって全くと言っていいほどメリットがないからだ。盗賊の所持しているものすべて奪ったとて、何の足しにもならん。

 

つまり、俺が今ここで取る選択肢はたった一つ。

 

「いや、悪いけどゲームは受け「あぁん!?聞こえねぇなぁ!?」る気になりましたぜひやらせてください」

 

うん、断るなんて無理だわこれ。そもそも、前の世界でもヤンキーに絡まれたボッチ陰キャは財布を出すしか選択肢などなかった。

 

 

 

 

 

「弱くない?」

 

吹っ掛けられたゲームはポーカーだった。なぜ盗賊たちがトランプを持っているかわからんが、この世界では必需品なのかもしれない。

 

戦績は7戦中7勝0敗。ご丁寧にチップも用意されており、フォールドも許可された普通のポーカー。なお、戦績はゲーム回数についてのものではない。人数換算である。

 

つまり、盗賊7人全員と戦って、それぞれの所持しているチップすべてを巻き上げた。別に俺がすごいわけではない。盗賊たちが役なしのブタにもかかわらず、はったりだけで乗り切ろうとバカスカチップを賭けていたのだから。

 

よくよく考えてみると、盗賊というのはまともに生きていけなくなった集団が、落ちに落ちた末にたどり着く職業である。ゲームですべてが決まるこの世界での落ちこぼれ集団と考えれば、納得できそうな気がする。

 

「じゃ、ゲーム終了な。俺もう行くから」

 

もう少し昼寝したかったが、正直に言って、無理やり吹っ掛けられたゲームの対戦相手と長居したくはない。はした金ではあるが、盗賊から巻き上げた金銭をつかえば、一泊くらいはできるだろう。

 

「ま、待ってくれ!せめて、せめて服だけは勘弁してくれ!」

 

「いやいらねぇよ。おたくらが勝手に賭けて負けて差し出したもんだろうが」

 

そう。こいつら、身ぐるみ全て賭けてゲームしろと要求してきたとおり、衣服も含めた全てを勝利報酬として差し出してきやがった。盗賊の服なんぞ欲しくもなんともないが、『十の盟約』は絶対順守らしく、今は俺のもの扱いらしい。

 

もうこれ以上関わりあいたくなかったので、必要になりそうなもの以外は全て返した。一度衣服などを奪ったうえで、貸与という形で返すことにした。これなら、所持者は俺だし盟約には反しない。言ってしまえば、借りパクならぬ貸しパクである。

 

 

 

 

 

 

盗賊たちと別れたその後、俺は一番近くにある都市に来ていた。その名をエルキア。今現存する人類の都市はここのみであり、国王選定ギャンブル大会なるものが開かれているらしい。ちなみにソースはあの盗賊たち。

 

できれば自分でも情報収集はしたかったが、あいにくと看板などの文字は日本語では書かれていなかった。まぁそりゃそうか。

 

というわけで、文字が読めない俺はなんとか知識を増やそうと、情報がたくさん集まりそうな酒場に来ていた。なお、俺がこの酒場にたどり着くまで何人もの通行人に話しかけ、そのたびにメンタルをすり減らしていたのは言うまでもない。

 

酒場の端っこでちびちびと無料の水を飲みながら、聞き耳を立てて情報を集める。食事もついでにとりたかったが、盗賊たちから奪った金はあまり多くない。加えて、この酒場に料金表があるわけではないため、うかつには手が出せなかった。

 

いまこそ、長年にわたって培ってきたステルスヒッキーの出番である。

 

 

 

 

 

一時間ほど聞き耳を立てていたが、だいぶ多くの情報を得られた。

 

 

まずはここの都市の金銭の相場である。思ったより高くはなかったが、元手が少なすぎるので稼がなければ3日と持たない。あと、バーテンダーのおっさんは常連でなければかなり料金を吹っ掛ける。食事を頼んでいようものなら、懐は空になっていただろう。

 

次にこの世界の現状である。軽くしかわからなかったが、この世界には人類以外にも、知性があると定められた種族がいるらしい。テト以外の神である、位階序列第一位の神霊種(オールドデウス)。世界最大の国家である、エルヴンガルドに住む、位階序列第七位の森精種(エルフ)。第三位の国家である、東部連合に住む、位階序列第十四位の獣人種(ワービースト)

 

他にもいろいろいるらしいが、とりあえず知ることができたのはこの三種族のみだ。おそらく、他の種族とはあんまり関わりがないから、話題に上がらないのだろう。知らんけど。

 

最後に、国王選定ギャンブル大会についてである。亡き前王の遺言により、玉座に座ることができるのは最も強いギャンブラーのみであるとのことで、人類最強のギャンブラーを決定しようとのことらしい。現時点での最強は紫色の髪をした、おかっぱ気味の女性。名をクラミーというそうだ。

 

今もなお、そのギャンブル大会が行われており、ポーカー勝負によるクラミーの独壇場であった。

 

見ていて思ったが、あまりにも引きが強すぎる。相手の手が中途半端にいいときに限って、ストレート、フラッシュ、フルハウスを引く。逆に負けるときはとことん悪い手を引く。まるで運勢を補正するかのように。

 

そうでなくとも、基本的に初期手札の入りがいい。今のところ、100%二枚以上が絵札かつスーテッド(同じマーク)なのである。イカサマでなければ、間違いなく神はギャンブルの王者を彼女にしようとしているだろう。

 

ちなみにイカサマの可能性について言及したが、その可能性は低い。何回か見ていたが、パーム(手のうちに隠す)だったりの仕込みや、シャッフル時の不正などは見られなかった。

 

つまり、もし俺が挑んだら、盗賊たち相手と違い、ほぼ確実に負ける勝負である。ちょっと国王になりたくはあったが、負けると分かっている勝負はしない。これ、重要な。

 

 

 

 

 

 

ある程度の情報を得ることができたので、俺はとりあえずそのまま酒場に備え付けられている宿泊所を借りて休んだ。当然のようにバーテンダーのおっさんにぼったくられそうになったが、「俺の前に支払いをしている人の金額と違うんですけど」というと、しぶしぶ正規の値段で貸してくれた。というか、正規の値段なんだから貸すの渋るなよ。

 

ベッドの上でゴロゴロしながら、明日は町でも探索するかと思案し、長いことこの町に歩いてきたときの疲れが出てきたのか、そのまま眠りについてしまった。




クラミ―と接点を持たせてもいいかなとは思いましたが、

あんまり話す内容がなさそうだったのでやめました。



次回はついに、テト以外のノゲノラのキャラが長いこと比企谷八幡と会話することになります。


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ゲームなんだからそんなに真剣にならないでほしい

さぁ、ゲームを始めよう。

デュエルスタンバイ。


情報収集を終え、宿で一泊したのち。俺は町の中をぶらぶらと歩いていた。

 

店の名前や地図などの文字はさっぱりわからないが、それでも得られるものは大きい。

 

例えば、俺は今おそらく八百屋と呼べるであろう店の前にいるのだが、そこにおいてある商品と、その上に書いてある商品説明欄を比較すれば、なんとなく何が書いてあるか理解できる。

 

幸いなことに、売っている商品そのものは見覚えがある商品ばかりであった。名前だけ同じで実物はイメージと違うということもなく、トマトといえばヘタがついていて、赤くて丸い野菜であるという共通認識がある。

 

偶然だが、数字を学ぶことができるのは大きな収穫だった。商品である以上、値段ももちろん書いているので、比較的苦労なく数字を読めるようになった。

 

とはいえ、今覚えたことは数字と、簡単な一般的な固有単語のみ。本などを読むにはとてもじゃないが対応できない。

 

というわけで、俺は今、絶賛教師を探し中。文字を教えてくれる現国の先生が欲しい。欲を言えば、俺の状況を理解し、俺の心の支えとなるような優しい先生で、放課後にラーメンに誘ってくれるような先生がいい。ただし、グーパンはなし。

 

 

 

 

 

 

 

半日ほど町を歩き回った結果。

 

得られたのは、とりあえず行きたい店に行くことができる脳内マップと、何度もおんなじ場所を通っている腐った眼をした不審者というレッテルだけ。事実だから反論できねぇよちくしょう。

 

これ以上町を歩き回ると、本当に通報されかねないので、仕方なく俺は王立図書館へと向かった。

 

宿に戻ってもよかったのだが、情報収集をやめるには少し時間が速すぎる。その上、所持金の関係上、宿にいることのできるタイムリミットは三日間。あまり時間を無駄にできないのだ。

 

できればもう少し文字を読めるようになってから図書館に向かいたかったが、致し方ない。

 

少し町のはずれにある図書館の扉を開き、中に入る。

 

 

 

 

 

 

 

おお、素晴らしい。

 

初めて訪れた場所での、一番目の感想にこのセリフが来るのは中々だと思う。

 

流石は王立図書館というだけあり、蔵書の数は数え切れんほどある。

 

しかも、その本は乱雑に置かれることなく、全て綺麗に本棚に並べられている。

 

そして環境。図書館の扉を閉めたとたん、外の世界の音が聞こえなくなった。やっぱり本は静かに読みてぇもんな。防音性能も抜群といったところか。

 

音だけではない。本を読むのに適切な明るさ。明るすぎたらまぶしいし、暗すぎたら目が疲れる。どっかの情報番組で、本を読むのに一番いい明るさは500ルクスといっていたが、そんなもんだろうか。

 

においも素晴らしい。本来、本というものは紙、すなわち木から作られているもので、年代が入っていればいるほど独特なにおいを醸しだす。それも味ではあるのだが、そういった本が多くある図書館ではにおいの対策をしなければ、少し不快感を感じることがあるという。ここではそれが一切なく、むしろちょうどいい具合の本のにおい。読書意欲をそそられる。

 

あまりにもこの図書館が素晴らしすぎて、図書館に入ってから数十秒ほど、ピクリとも動かずこの図書館を堪能してしまっていた。

 

ゆえに、俺は気が付かなかった。

 

物理的に、上から見下すような視線で、天使が俺を見ていたことに。

 

 

 

 

 

 

 

 

「私の図書館にどのようなご用件でしょうか」

 

俺がその存在に気づいたのは、このセリフがあったからである。したがって、虚を突かれた俺がまともに反応できるはずもなく。

 

「あっ、いえ、その、なんでもないでしゅ」

 

思いっきり噛んだ。しかも、用件を聞かれてんのに、何でもないときた。喧嘩売ってんのか俺。

 

「そうですか。ではお引き取り願います」

 

淡々と、空に浮かぶ天使は告げる。よかった。怒ってないみたい。ってそうじゃねぇ。

 

「ああ、違う、違くて。本借りに来たんだよ、本」

 

「申し訳ありませんが、お断りさせていただきます」

 

食い気味に断られた。やっぱ怒ってんのかもしれん。

 

「なんでだよ。図書館だろここ。国民が本借りたいって言ったらふつう貸すだろ。それとも、常連じゃないと貸せないとかいうルールとかあんの?」

 

厳密には国民ではないんですけどね。まぁ知るわけないし、黙っておこう。

 

「どこの馬の骨かは存じませんが、ここは私の図書館でございます。したがって、あなたに本を貸す義務はないと承知しておりますが」

 

丁寧だが口悪いなこの天使。なんだよ馬の骨って。散々悪口を言われてきたが、いまだかつて言われたことねぇぞ。

 

というより、私の図書館って言ったか。じゃあ王立図書館と間違えて入ったのか。もしそうならこちらに非がある。

 

「悪い、実は俺、ここの国民じゃなくてな。遠くから来たから、王立図書館と間違えて入ってきたみたいだ」

 

「そうでございますか。ではなおさらあなたに本を貸す理由はなくなりましたね」

 

いちいち心にくるなこいつの発言。

 

「うん、だからさ、悪いんだけど、王立図書館どこにあるか教えてくんない?」

 

「ここでございます」

 

「え?」

 

「ここでございます」

 

「すまん、もう一回言って?」

 

「ここでございます」

 

「……」

 

「ここでございます」

 

「あ、うん、ありがとう、もういいわ」

 

人類種(イマニティ)は馬の骨程度の知恵しかないとは思っておりましたが、まさかこれほどまでとは。馬の骨から豚の糞に評価を訂正させていただきます。」

 

「やめてやめて?俺のせいで人類の評価をさげるのやめて?むしろ俺ちょっとエリートだから。学校の成績表返されるとき先生に『ま、よくやったな』の言葉を掛けられるくらいにはエリートだから」

 

「それは本当にエリートと呼べるのでございましょうか。人類種(イマニティ)の評価システムに異議を唱えたいところでございます」

 

やばい。自虐ネタが通じなくて余計悪化した。というより、いろいろと突っ込ませて欲しい。

 

「まて、話は戻るが、ここは王立図書館なんだな?」

 

「先ほどからそう言っているはずですが。やはりあなたは人類種(イマニティ)とは別格で頭が弱いのでしょうか」

 

「で、お前の図書館でもあるんだな?」

 

「後半部をスルーされたのにいささか腹が立ちますが、そうでございます」

 

「つまり、どういうこと?あれか、ここの司書みたいな存在だって言いたいのかお前は」

 

「何が理解できないのかが理解できませんが、ここは王立図書館。私が数年前、国王とゲームをして奪った私の図書館でございます」

 

……あー。なるほど、そういうことね。ていうか、図書館賭けるとかイカれてんのかここの国王。こんないい図書館賭けやがって。情報は武器だぞ。死にに行ってるようなもんだろそれ。

 

「悪い。ようやく理解した」

 

「そうですか、では、お引き取りを」

 

「まてまて、食い気味に俺を返そうとするな。わかった、じゃあ、ゲームしよう、ゲーム」

 

「ゲーム、ですか」

 

 

 

 

 

 

そのセリフとともに、空気が変わったように、図書館の中に緊張が走る。ゲームってこんな緊張感あるものだっけ?

 

「人の身で、私にゲームを挑まれる、と?」

 

「え?あ、うん」

 

「そうですか」

 

そういうと、天使は俺の前まで下りてくる。おい、遠くだったから気づかなかったけど、こいつ露出多すぎだろ。健全な男子高校生には目の毒です。目が泳いじゃう。しかも、めっちゃ可愛い。俺じゃなかったら身の程をわきまえず告白してボロッカスになるまで罵倒された挙句振られるまである。振られちゃうのかよ。

 

「ゲームを挑まれると申される以上、礼儀は必要でございますね。私は天翼種(フリューゲル)のジブリールと申します」

 

「人間の比企谷八幡です」

 

お互いさらっと自己紹介をすます。なんだよ人間の比企谷八幡って。下手くそか。

 

「そういや気になってたんだけど、お前って天使なの?」

 

「天使、なるものは神の使いでありますから、ある意味間違いではございません。私たち天翼種(フリューゲル)は、神に創られた、神を殺すための尖兵と、人類種(イマニティ)の辞書には書いてございます」

 

なにそれこっわ。つまりは神同士の殺し合いの道具ってこと?それで天使作ってたのか。天使に抱くイメージ変わっちゃいそう。

 

「私たち天翼種(フリューゲル)は、戦争時、『首』を集めていました。しかし、『十の盟約』によって殺傷の類が禁じられ、以降は何よりも知識を尊ぶ種族でもあります」

 

ごめん。前半の『首』が衝撃的過ぎて後半軽く聞いてなかったわ。うん、大事だよね。知識。

 

「つまり、知識が詰まるこの本、並びにその図書館は、我々にとって命と等価といって差し支えないもの」

 

そう言って目を閉じ、重々しく、かつ神々しく次の言葉を紡いでいく。

 

「それを踏まえた上で、あなたに問います。賭けるものは?」

 

ゴクリと喉を鳴らす。さっきからも緊張感はあったが、こっから先のミスは命取りになりそうな予感がする。ゲームくらい、さらっと済ませようぜ。マジで。

 

「俺が欲しいのはここの本を読む許可。だから、俺が勝ったらそれをいただく。」

 

「あなたが負けた場合は?」

 

「素直に出ていく」

 

「ふざけてるんですか?」

 

ジブリールがじろりと俺をにらむ。怖っ。ちょっとちびりそう。

 

「ふざけてねぇよ。というより、今の流れで賭けるもの何って聞かれたら、むしろ妥当だろ」

 

「そのような内容で、わたしがゲームに応じるとでも?」

 

威圧感が高まる。やっべぇ。これ以上怒らせたら死ぬかも。

 

「ま、普通なら受けたりしないだろうな。だが、お前は受ける。間違いなくな」

 

「その根拠は?」

 

「まず一つは、お前がそういうやつだってことだ。自分が他人よりも優れてるって思ってるのか、それとも過剰に他人を卑下したがる奴なのかはわからんが、少なくともお前は俺を下に見てる。だから、ゲーム内容が何であれ、賭けるものが何であれ、お前は受ける。自分がこんな目の腐ってるやつに負けるはずがないからな。」

 

「……」

 

ジブリールが俺を無言でにらみ続ける。その目からは何も読み取れないが、俺にはわかる。ゲームならまだしも、心の機微に、俺がどこぞの天使などに負けるはずはない。

 

「二つ目は、俺に興味があるからだ。さっきの会話からも読み取れたが、お前は俺に普通の人類種(イマニティ)とは違うと感じている。俺の目以外のどこに特別感を抱いたか知らんが、会話を長い事続かせたのも、ことあるごとに罵倒してきたのも、全ては俺の反応を見るためだろ」

 

「いえ、罵倒は素でございます」

 

「おい、だったら話が違う。ちょっと読み間違えて恥ずかしいうえに、ナチュラルにディスっていじめてただけってのが分かってメンタルボロボロだよ俺」

 

無論、嘘である。鍛え抜かれた真のボッチはこれくらいのことでは動じない。

 

ンンッと咳払いをして、話をつづけた。

 

「まぁいい。話をつづけるぞ。だからこそお前は、俺から吹っ掛けたゲームを受ける。ゲーム内容や、賭ける内容、プレイスタイル、思考パターン、運の良さなどから、俺を分析したいはずだ」

 

「そこまで身の程知らずで自信過剰であると、思わず笑いがこぼれてしまいそうでございます」

 

「そして三つ目、最後になるが――」

 

そこで俺は意味深に一呼吸おいて、こう告げる。

 

 

 

 

 

 

「俺がそうさせないからだ」

 

ニヤリと笑ってジブリールを挑発する。これで、確実に乗ってくる。

 

「お前が喉から手が出るほど欲しがるような未知(モノ)。それをこれから天秤にかけるんだからな」

 

知識を尊ぶ種族、天翼種(フリューゲル)。であれば、誰も知らない、テトですら持っていない俺だけが持つ知識、そして実物。いわゆる未知と呼べる代物は、彼女らにとってプレミアの価値が付く。

 

そんなものをかけ皿に乗せたら、万に一つも降りる(フォールド)なんてできやしない。

 

準備はすべて整った。あとは、ゲームをするだけだ。




「ところで、なぜ先ほどからちらちらと横を向いているのでしょうか」

「いや、その姿、男子には刺激的過ぎるんだよ服着ろ服。上着着ろ」

「私は人類種(イマニティ)の持つような恋愛感情だったり、性的感情を持ち合わせておりませんが、なぜでしょう。吐き気が止まらず身の危険を感じます」

「おい、そうならないように横向いてんだから、我慢しろ。というか、マジでやめて、それだけは本当にメンタルに来るから。軽く死にたくなるくらい心に来るから」


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天使と悪魔は表裏一体だと思いました

書きたいことを書いていたら

知らないうちにすごく長くなってしまいました。




ジブリールにゲームを吹っ掛けた俺、比企谷八幡はというと。

 

絶賛チェスで対局中である。もちろん相手はジブリール。まぁまぁ時間がかかったが、そろそろ決着のときが近づいている。

 

「これでゲーム終了でございますね」

 

悔しそうに、ジブリールはゲームの終了を告げる。

 

黒のキングに、白のクイーンがとどめを刺す。取ることもかなわず、逃げ道はない。すなわち、

 

「ああ、チェックメイト、だな。いい打ち筋だった」

 

「それは、嫌みのつもりでしょうか」

 

ジブリールが俺をジトっとにらむ。最初のときよりかは緩くはなっているものの、怖さと緊張感は健在だった。逃げてぇ。

 

俺はゲームが終わったことで、安心の一息をつく。ふぅっという軽いため息とともに、俺は盤上に残ったチェスの駒を見つめる。

 

持ち駒だった16の駒のうち、三分の一にもならない4つの駒たちを見つめる。よくもまぁ、こんなになるまで粘ったものだ。

 

「んなわけあるか。むしろ、嫌みにすらなってないだろこんなもん。俺が勝ったならまだしも、()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そう、俺の黒の駒の軍勢は、ジブリール率いる白の駒軍勢に圧倒的大敗を喫した。

 

俺の残りの兵力は4つしかなかったが、ジブリールの兵力は13。駒の残数がそのまま実力につながるわけではないとはいえ、この結果はだれがどう見ても俺の惨敗である。

 

「というわけで、ゲームに負けた俺は、さっさと素直にこの図書館から出ていく」

 

『十の盟約』第六項。"盟約に誓って"行われた賭けは絶対順守。

 

俺が勝てば図書館のすべての本の閲覧許可を得ることができ、逆に負ければ図書館から出ていかなければならないという賭けの元俺たちのゲームは行われた。

 

したがって、俺は図書館から出ていかなければならない。

 

「ええ、正直もう二度とその腐った顔は見たくありませんので、早く退室していただけませんでしょうか」

 

「おい、聞き捨てならんな。俺の顔は腐ってない。腐ってるのは目だけだ。そして、俺は数学ができないこととボッチであることと目が腐っていること以外は基本的に高スペックなんだよ」

 

去り際の罵倒にかみつきながら、俺は図書館の扉に手をかける。

 

「じゃあな。こんなゲームは二度とやりたくはないが、楽しかったわ。()()()()()

 

「ええ、()()()()、でございます」

 

俺は、ジブリールとのあいさつもそこそこに、この世界に来てからの最大の収穫を得られたことを喜びながら、帰路に着いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

<side ジブリール>

 

 

「まったく、面倒なことになりましたね」

 

彼が図書館から出て行ったあと、私はこれから起こる面倒ごとに頭を抱えていました。

 

あんな目の腐った人類種(イマニティ)如きに私の貴重な時間が奪われるとなると、すこしばかりいら立ちが隠せなくなるところでございます。

 

「ですが、今回に関しては百歩、いえ、一万歩譲ってよしとしましょう」

 

ゲームが始まる前、彼に()()()として渡されたとある金属。

 

感応鋼(オリハルコン)真霊銀(ミスリル)といった特殊な金属ではございませんが、この世界の技術では決して作ることのできない代替不能のレアメタルならぬスペシャルメタル。

 

 

すなわち!未知!の金属でございます!

 

 

おおっと、あまりに興奮しすぎて心の中だというのに大声を出してしまいました。しかもあまつさえよだれまで垂らしてしまうとは。

 

彼が言うには白銅というそうです。成分的には銅とニッケルとかいう金属の合金とのこと。

 

合金。このワードも未知でございました。金属同士を一定の割合で溶かし、均一に混ぜ合わせた後に冷やし固めたものという意味合いであるそうです。

 

今の人類種(イマニティ)にそのような技術はございませんし、加工が得意な地霊種(ドワーフ)はなんとなくでうまいこと作れてしまうので、前例はあるかもしれませんが文献には残っておりません。

 

白銅。そして合金。ああ、未知とはかくてなんと素晴らしい。そして、これが異世界では普通に貨幣として使われているそうな。その名前は――

 

「――百円玉」

 

なんてよい響きでしょう。簡潔でいて至高ともいえるワードチョイスでございます。人類種(イマニティ)にはできない芸当。人間は素晴らしいですね。あの男以外。

 

「しかし、あの人間も少しは見所があるように思えました」

 

少し、ほんの少しだけですが、と心の中で付け足しておきます。

 

ゲームを持ち掛けられ、意味深に何を言うかと思えば、まさかあんなことを言うとは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これはなんでございましょう」

 

お前が喉から手が出るような未知(モノ)を天秤にかける、とほざいたあの男が次にとった行動は、ポケットから財布を取り出すことでした。

 

その中から本当に私の知らない未知の硬貨を一枚取り出し、私に放り投げてきたのです。

 

「百円玉。俺達異世界人が元の世界で売買をするときに使っていた貨幣の種類の一つだ」

 

こともあろうに彼は自分を異世界人と発言しました。これは私にとって聞き捨てならない言葉でした。

 

「あなたは、この世界の住人ではない、と?」

 

「ああ、遠くから来たって言ったろ?本当に、異世界っていう遠いとこから来たんだよ」

 

「それはあり得ません。異世界から生物を召喚するとなると、この世界につなぎ留めておくために膨大な力が必要。仮に神霊種(オールドデウス)の力をもってしても困難を極めます」

 

そう、あり得るはずがない。異世界人などという存在がいるはずがないのです。しかし。

 

「だったら、こいつを見ろよ」

 

そういってあの男は財布から異なる貨幣を次々と私に放り投げていきました。

 

「すべてお前が知らない貨幣のはずだ。書いてある文字も、描かれている模様も、しかもそれがこの世界でどれくらいの価値と等価で交換できるかどうかすらわからんだろ」

 

「…確かに、700以上のありとあらゆる言語とその知識に通じる私の知らない物体であり、興味の対象であることは認めます。しかし、これだけではあなたが異世界人であるという確固たる証拠にはなりません。あなたが適当に作り上げたガラクタという可能性もあります」

 

「お前なら、もう気づいているだろう。それが本当に異世界の貨幣で。俺が作り上げたガラクタなんかじゃないってことをな。文字や模様はわからなくても、同じ円形であるという統一性。書かれている文字の共通性。貨幣としての役割をはたすための品質や偽造対処性能。どれをとっても、素人がブラフのために作り上げられるような一品じゃない」

 

ぐぅの音もでないとは、このことでした。私は渡されたコレが異世界の貨幣であることに確信をもっていました。しかしながら、頭の中で発生した「ありえない」に支配され、反論を試み、心を透かされたように的確な指摘を受け、何も言い返すことができませんでした。

 

「まぁ、信じられんっていうのはよくわかる。俺もいきなり現れたやつが、『わたし、異世界人ですっ!』て言ってきたら、そういうこと言いたい年ごろなのかなって思うからな」

 

「申し訳ありません。何を言ってるのかさっぱりわかりませんが、とりあえずあなたを『仮』異世界人として認めます」

 

「『仮』ってなんだよ。ちゃんと認めろよ。あと、さっき罵倒は素って言ってたけど、今の悪意あったよね?」

 

わたしの心を突いたことを悟らせぬよう、必死で罵倒しながら話をそらす。

 

「真の異世界人として認めてほしければ、私の要求を一つ飲んでもらいます」

 

「スルーするなよ…」

 

彼はけだるげにため息をついて、

 

「まぁいい。内容にもよるからな。言ってみろ」

 

「ボディーチェックをさせていただきます」

 

「ボディーチェックで何を確認すんだよ」

 

「性感帯でございます」

 

「それはナニの確認だろうが。つーか却下だ却下。何言いだしてんのお前。俺のこと好きなの?」

 

そういって両手で体を抱え身震いさせていました。気色悪いですね。

 

「なぜそのような結論に至ったか極めて疑問ではございますが、厳密には性感帯に流れている精霊を確認したいのです。人類種(イマニティ)は精霊を感じることはできませんが、体の中に、微量ではありますが精霊を保持しています。もし異世界の出身であるということなら、精霊は感じ取れないはずです」

 

「だとしても場所が場所すぎるだろ。もっとないのかよ確認できるところ」

 

「そうはいわれましても…人類種(イマニティ)は精霊の量が少なくて心臓付近でなければ感知できないのでございます」

 

「いやでもな…ん?ちょっとまて、今、心臓付近って言った?」

 

「さようですが」

 

「もしかしてだけどさ、人間の性感帯って、その、オブラートに包んで言うけど、胸部のアレだと思ってる?」

 

「乳首は人間の性感帯ではないのですか?」

 

「おい、せっかくオブラートに包んだんだから隠せちょっとは。あと、そこは性感帯ではない。そこを性感帯と認めるのは男の沽券にかかわる問題だ」

 

「そうでございましたか」

 

「だが、だったらいい。あとで確認してくれても構わん」

 

疲れた…と男が一人ため息をつく。あなたの相手をしている私もつかれているのですが。

 

「で、話を戻してゲームで賭けるものだが、俺が勝ったらここの本の閲覧許可。俺が負けたら今日一日の退出義務に加えて、俺の持っている異世界の書をくれてやろう」

 

「異世界の書ですか」

 

ここで私は心が躍りました。彼が異世界人であることはほぼ確定していたので、異世界の書という言葉が非常に魅力的に感じました。

 

彼は小さな声で、「なんでか知らんけど、異世界(ここ)きたときに自転車と、学校行くときのかばんも一緒に落っこちてあったんだよねぇ」とつぶやいていました。なんのことでしょうか。

 

「何冊か持ってるが、選択権をお前にやる。一冊だけか、全てを賭けるか。ただし、それぞれで賭けるものがすこし追加される」

 

「一冊を要求した場合は?」

 

「俺が勝った時、一日に一回、一冊分の朗読をしてもらう権利を追加する。加えて、俺が負けた場合、一冊を除くすべての俺の本はこのゲーム終了以降、お前は読むことができなくなるように盟約に誓ってもらう」

 

なるほど。一冊だけを要求した場合は中途半端にうまみが消える。勝利しても一冊だけで我慢しなければならなくなり、欲求不満になるのは目に見えてわかります。

 

「すべてを要求した場合はどうなるのでしょうか」

 

「俺が負けた場合、お前には、明日から俺がこの世界の文字を覚えるまで教師役として俺に文字を教える義務と、それまでの間、俺を生かすために養う義務を追加する」

 

「それは、あなたが勝利した場合の報酬でございますね?」

 

「いいや、違う。俺が()()()()()だ」

 

私は、耳を疑いました。

 

この男は何を言っているのだろうか。私はそう思いました。そのような条件でのゲームなど、過去に前例がありませんでした。これはつまり――

 

「それでは、勝っても負けてもあなたにメリットがあるゲームになるではありませんか」

 

「ああ、そうだ。嫌なら受けなきゃいい。俺は別に構わん」

 

私はこのセリフを聞いてようやくこの男の真の狙いが分かりました。

 

この男は、ゲームという名の取引を持ち掛けていたのです。しかも、ほぼ拒否権のない。

 

異世界の書は我々天翼種(フリューゲル)の誰も所持していない、誰もが欲しがる未知の塊。しかも、この機を逃せば手に入る保証もない。だから、受けないわけにはいきません。

 

ただのゲームであれば、勝利して奪うだけ。しかし、このゲームでは勝利すればあの男を養うことになる。

 

つまり、異世界の書が欲しければ、俺を養えという分かりやすい要求でした。

 

この男は、最初からゲームで勝つ気はない。むしろ、率先して負けに来る。

 

「…やってくれましたね」

 

苦々しく顔をゆがめ、彼、比企谷八幡をにらみつける。

 

「悪いが、俺にプレイスタイルなんてもんはない。あるのはこういう悪知恵だけだ」

 

そうして、一度視線を外してから、彼はこう言いました。

 

「で、どうする。やるの?やらんの?」

 

わたしは、ゆっくりと、何とか心を落ち着かせ、異世界の書(ほうしゅう)のために心に鍵をかけて。

 

「あなたの持つ異界の書、全てを賭けて、私と勝負してください」

 

すると、比企谷八幡はニヤリと不気味に笑って。

 

「オーケー。じゃ、賭ける内容は決定だ。ゲーム内容はチェスでの勝負。どうせお前どっかに持ってんだろ。ルールは普通のチェスと同じ。ただし、引き分けた場合は再度最初からやり直し、決着がつくまで行うこととする。あ、ちなみにこれ以外のゲームじゃ賭けてやらないから」

 

「…わかりました。それでゲームを行いましょう」

 

「よっし。ああ、忘れてたけど、そのお前が持ってる硬貨。こんなゲームに乗ってくれたお礼というか、なに?参加賞として、全部お前にやるよ。どうせ使えんし」

 

そういって、財布ごと私に手渡してきました。その直後。

 

「マジで悪いな。俺別にゲーム得意じゃないから。こういうやり方しか思いつかないんだわ」

 

図書館には私と彼しかいないにも関わらず、私にしか聞こえないような小さな声で、謝罪をしてきました。

 

その時の彼の顔は、本当に申し訳なさそうで。

 

そのまま私の横を通り過ぎるときの横顔が、なんとなく儚げで。

 

私は、ほんの少しだけ、心臓がいつもよりも強く拍動するのを感じました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後は、何もしゃべることなく、チェス盤を用意し、『盟約に誓って』宣言をしてゲームをしました。

 

「あんな味のしない勝利は初めてでございます」

 

ですが、と一言。

 

「明日から、憂鬱ではございますが、少しは楽しめそうでございますね♡」

 

迫りくる明日に、今までとは違うような楽しみを見つけて心待ちにしている私がいるのでございます。




話の終わらせ方ってむずかしいですね。

あんまり納得いってないので書き直すかもしれません。

「それはあなたが今までの人生でいかに怠慢であったかの証明にございます」



……

すみませんでした。


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間違いが悪であるとは誰も証明できないはずである

感想が付きました。

執筆の励みになります。

ありがとうございます。


ジブリールとゲームをした、次の日。

 

もはや所持金など関係なく、住む場所も、食事も、加えて先生役まで手に入れることができたこの俺は。

 

少しだけ、うん、少しだけ浮かれていた。

 

だから、これからお世話になるジブリールの住処である、王立図書館の扉を開いたとき、俺が変になってしまったのだと思い込んでいた。

 

「ひゃっはろー☆比企谷君昨日ぶりだねー☆元気してたー?」

 

バタン。

 

俺は思いっきり図書館の扉を閉じ、外で深呼吸した。

 

落ち着け。今のは幻覚だ。あれはジブリールではない。まず、口調も違うし、あんなにフレンドリーな性格ではなかったはずだ。

 

だが、見た目は完全にジブリールだった。様子こそ雪ノ下陽なんとかさんと酷似していたが、外見は間違いなくジブリール。誰だよ陽なんとかさんって。

 

うん、いやー、俺もつかれてんだな。一人で考えすぎだ。あれだ。異世界に来てからいろいろあったから幻覚の一つや二つ見てもおかしくない。むしろこの世界そのものが幻覚であってほしい。そして早く元の世界に戻してほしい。

 

最後にもう一度大きな深呼吸をして、再び扉を開ける。

 

「ちょっと、外で何してたのー?お姉さんを待たせるなんて罪な男だねー。あ、もしかしてお姉さんにみとれt」

 

バタン。

 

俺は思いっきり図書館の扉を閉じ、外で深呼吸した。

 

落ち着け。今のは幻覚だ。あれはジブリールではない。まず、口調も違うし…あれ?このくだりもうやったよね?

 

俺が外で混乱していると、今度は内側から扉が開かれる。

 

「おなじくだりを何度もされると面倒なので、そろそろ中に入ってきてもらいたいのですが」

 

「ああよかった。今度は俺の知ってる人、いや天使が出てきたわ」

 

「私の図書館の外で気色悪い行動をされて評判が下げられたくないので、ごちゃごちゃ言ってないでさっさと入ってきていただいてもよろしいでしょうか」

 

「すまん、やっぱり悪魔だったわ。というか待て。さっきのあの対応はなんだ」

 

「?はて、何のことでございましょう。身に覚えがございません」

 

「可愛らしく頬に指をあててしらばっくれるのは止めろ。あざとい。さっきのひゃっはろーについてだ」

 

「ひゃっはろーとはなんでしょう。あなたを呪い殺すための呪文でしょうか」

 

「やめろやめろ。すぐ俺を殺そうとするな。それはただの挨拶だ。多分。俺も使ったことないからわからんが。というよりマジで言ってる?俺本当に幻覚見ちゃってる?」

 

どうしよう。さっきの半分冗談で言ってたんだけど。異世界で過ごすのがあまりにもストレスだったのか?まぁ確かに、今のところボッチには過酷なイベントしか起こってないかも。

 

「まぁ、かわいそうなのでそろそろネタ晴らしをすると、あなたからいただいた小説にそのような人物がいたので、トレースさせていただきました」

 

「おい、脅かすなよ。ついに俺にもストレスという概念が追加されてしまったのかと思ったじゃねぇか」

 

「この女性は、男性すべてを虜にするほどの魅力的であるとのことで。実践してみましたがしょせんは創作物の空論といったところでしょうか」

 

「なめるな。俺は普通の男と違ってそういうやつにコロッと引っ掛かりなどせん。そういうやつは、たいてい男を都合のいい道具としてしか見てねぇっていうのを知ってるからな」

 

俺じゃなければ、さっきのジブリールの対応が出てきた瞬間に告白して無残にも振られるだろう。ご愁傷様。

 

しかし、いくら異界の書とは言え、創作物にリアリティを求めるのは間違ってんだろう。そういうのは野暮ってもんだ。…ん?異界の書?

 

そこで、俺ははっと気づく。

 

「おまえ、俺の持ってた小説読めたの?」

 

そう。ゲームの報酬としてジブリールに昨日渡した、本の数々。学校に行く途中のかばんに俺は小説も入れていたので、それぞれの教科の教科書と、小説5冊を昨日渡したはず。そしてそれらはすべて日本語で書かれている。

 

わずか一日足らずで、未知の言語を解読したというのか。

 

「はい、ある程度は。音声言語は一致しているのでさほど難しいわけではありません。さすがに全てとまではいかず、未知の概念だったり、理解不能の表現技法だったりは把握できませんでしたが」

 

「なにそれちょうすげぇ」

 

バケモンかこいつ。こいつがやったことはつまり、前知識なしで古文の問題解くみてぇなもんだぞ。むしろそっちのほうが簡単まである。

 

だが、これはうれしい誤算だ。日本語が分かれば、こっちの人類種(イマニティ)語との翻訳ができる。俺もスムーズにこっちの世界の言葉を覚えられるってもんだ。

 

「まぁいい。じゃ、これから人類種(イマニティ)語の授業よろしく」

 

「気が乗りませんが、承知しました」

 

そうして、俺達は図書館でみっちりと勉学に励んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ジブリールに勉強を教えてもらってから、三日が経過した。

 

言い換えれば、俺は三日の間、ジブリールに養ってもらっていたのだが。

 

俺は絶望していた。

 

理由は三つ。

 

一つ。勉強がスパルタすぎて体がもたん。養ってもらっているからにはここで寝食を共にするわけであるが、こいつ、休憩という概念がない。

 

ほぼ無尽蔵に体力があるため、寝ることなくぶっ通しで本を読んだりしている。精神的気疲れはあるようだが、それも毛が生えたようなもんだ。実質ノーダメージである。

 

そんなわけで、朝起きたら夜寝るまでぶっ通しで授業を受けている。受験期でもこんなに勉強はしていなかった。きちぃ。

 

その割に人類種(イマニティ)語の理解はイマイチときたら、もうやってられん。

 

二つ。寝れない。ここは元図書館。ベッドなんてものはあるはずないのである。

 

さっきも言った通り、ジブリール君は寝るという行為そのものをあまりしない上に、寝るときもぷかぷか空中に浮いて寝るからベッドなんてものは必要がない。

 

そうなると、俺は固い床で寝るか、椅子に座ったまま寝るかの二通りしかないのだが、当然それでは快適な睡眠を得られることはなく。

 

心身共にボロボロだ。

 

三つ。これが最大の理由だが、こいつ、俺を養うための()()()()のである。

 

彼女にとって食事とは、必ずしもとならければならないものではない。加えて、住む場所は図書館(ここ)と確定している。したがって、何かを購入するための金を稼ぐ必要がないのである。

 

だが、俺はそうではない。少なくとも、俺は飯を食わなければ死ぬ。

 

というわけで、金がないジブリールは俺を養うため、転移魔法で自然に群生している食べれるものをとってきてくれるのだが。

 

まずい。食えなくはないが料理が必要なレベル。察しのいい人なら気づくだろう。料理器具なんぞここにはない。つまり、全ておいしくない生で食うしかない。

 

こいつにゲームで勝利したときの俺は、まさかこんなことになるとは思っていただろうか。

 

性格はあれだが、見た目はいい女の人に、養ってもらえる。そんな風に浮かれていたっけ。

 

現実は甘くなかった。orz

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな過酷な状況で、俺は、何とか生きるため、ジブリールに土下座していた。

 

「頼む!せめて、キッチン作ってくれ!」

 

最大の問題は、やはり食。勉強時間が長いことと、睡眠の質の悪さはある程度目をつむれるが、食だけは体調とやる気に直結する。

 

「調理道具と、いくつかの調味料、皿とコンロがありゃ十分だ!最悪、ガスバーナーとかでもいい、魔法でチャチャっと作ってくれ!」

 

電子レンジや、オーブントースター、炊飯器などはなくてもいい。加熱できりゃ十分だ。

 

 

 

 

 

 

ちなみに、この世界には魔法が存在する。この間精霊がどうのこうの言っていたが、そいつを使って魔法を使うらしい。これは授業のときに教えてもらった。

 

面倒といいながらも、ジブリールはこの世界の一般常識なども教えてくれた。

 

よくわからなかった位階序列。これは魔法適正の高さで決定されており、普通は序列が高いほど魔法の威力だったり汎用性が上がったりすると考えていいらしい。一概にそうとはいえんらしいが。

 

なお、人類種(イマニティ)は最下位の十六位。天翼種(フリューゲル)は六位。最下位の人類種(イマニティ)は魔法の感知すらできんというが、微小の精霊すら体内に保持してない俺は序列十七位になるんですが。

 

また、最終ゴールも確認できた。テトが言うには、

 

『蛮力と暴力と武力と知力の限りを尽くし、屍の塔を築く知性ありしと自称する者ら、答えよ!己と知性無き獣の最後を!知性ありしと主張する十六の種族よ!理力と知力と才力と財力の限りを尽くし、知恵の塔を築き上げ、自らの知性を証明せよ!』

 

と。

 

つまり、十六の種族で力を合わせて、テトに挑みましょうってことだ。終わった。勝利条件がボッチ殺しの不可能条件だった。

 

それに、現在エルキア、すなわち人類種(イマニティ)最後の都市だが、ここもそろそろ危ういらしい。魔法でインチキされ続け、負けに負けた結果、首の皮一枚つながってる状況なんだと。

 

こりゃー、人類最強のゲーマーじゃないと一発逆転なんかできないわな。そういえば、あのクラミーとかいう豪運少女。あいつ国王になったんだろうか。ま、どうでもいいけど。

 

 

 

 

 

おっと。話が脱線しすぎた。まぁ、そんなわけで位階序列第六位様はキッチンくらい魔法でパパっと作ることができるんですが。

 

面倒といってやってくれないのだ。

 

「あのですね、魔法を行使するのも大変なのでございます。それはもちろん指の一振りで解決する問題ではございますが、私にメリットがございませんゆえ」

 

「ちゃんと俺を養え。盟約違反だぞ」

 

「はて。三日とはいえ、生きながらえているのは私のおかげなのでは?最低限度の施しは与えているはずですが」

 

くそっ。最低限度の養いがこんなに厳しいものだとは思わなかった。それと、俺はあくまで養われているのだ。施しを受けているわけではない。

 

「たのむ!なんでもする!」

 

切羽詰まりすぎて、うっかり口を滑らせてしまった。

 

「今、何でもするとおっしゃいましたね?」

 

ジブリールがにやりと笑みを浮かべる。やばい。すぐに訂正しなければ。

 

「いや、それはあくまでも一般的に俺に可能であることだけで、前向きに対処するといいますか…」

 

「今、何でもするとおっしゃいましたね?」

 

「まぁ、言ったけど、言葉の綾というか、流石に常識的に考えてなんでもはむr」

 

「何でもするとおっしゃいましたね?」

 

「だかr」

 

「おっしゃいましたね?」

 

「……はい」

 

「そうですか。何でもと言われれば不詳、このジブリール、指の一本くらいはあなたのために使って差し上げます」

 

そういって、指を一振り。

 

すると、あっという間に要望通りキッチンが出来上がる。すげぇ。

 

だが、まったく嬉しくない。30秒前まではうれしかったはずなのに。

 

「さて、あなたにしてもらうことを考えるとしましょうか♡」

 

俺は、明日を無事に迎えられるのだろうか。

 

 




八幡は何をされたのでしょうか。

次回にご期待ください。


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本気にならなきゃいけない時が人生の中で一度くらいはある

「私、あなたのことを愛しております」

「ちょっと?前書きだからって何でも言っていいわけじゃないのよ?男の人にそういう勘違いさせちゃう言葉を投げかけるのは止めようね」

「いえ、私はきちんとあなたのことを愛しています。興味のあるものを愛するのは私に限らず皆同じではないでしょうか」

「ああ、うん、そういう意味ね。知ってる知ってる。わかってたって。というか、あんまり長いこと話してると、どこからが本編かわかんなくなっちゃうでしょ」

「ですが、前書きは我々のコミュニケーションをちょっと書くようにする、との伝達があったもので」

「え?マジ?これシリーズ化すんの?ネタとか大丈夫?」

「そのことに関しては投稿頻度を下げるそうで。さすがに一日一本ペースは体がもたないと」

「大丈夫?筆者も気になるけど、読者もどんな反応するか不安なんだけど」

「まぁ、筆者ありきの読者ですから、生意気な反応は全てゴミ箱に捨て置けばよろしいかと」

「やめて、筆者が本当にそう思ってる感じになっちゃうからやめて」

「では、本編をどうぞ」

「唐突だなおい。あと、フォローしてからやってそういうの」


「私と、私の言う条件でゲームをしていただきます♡」

 

うっかり口を滑らせて、何でもすると言ってしまった結果。

 

俺はジブリールとゲームをすることになったみたいだった。

 

「え、なに。逆にそんなんでいいの?」

 

奴隷になれとか、今すぐ山から飛び降りて来いとか、それこそ死んでくれとかいうのかとおもった。

 

「仮にそのようなことを要求しても、強制力がないもので。どうせ頼んだところで、なんやかんや理由をつけて先延ばしにするに決まっておりますゆえ」

 

「ちょっと?心の中読むのやめて?魔法ってそんなことも出来んの?」

 

ジブリール先生には魔法のことは概念的に教えられただけで、どんなことができるとか、逆にできないとかは教えられていない。だから、予想以上に何でもできる可能性もある。というか、そんなことできたらすべてのゲームにおいて必勝だろ。

 

「いえ、あなたのその間抜け面から予測したまででございます。誓って魔法は使っておりませんし、これから行うゲームでも魔法の使用と、不正はしないと宣言させていただきます」

 

「ああ、そりゃありがたい」

 

私の言う条件で、というからには魔法使用OKの必勝ゲームでも吹っ掛けてくるのかと思ったが、そうではないらしい。

 

あと、罵倒に耐性があるからって、そう簡単に人をいじめちゃだめよ?俺じゃなかったら泣いて逃げ出すレベル。

 

「なお、賭ける内容も私が決めさせていただきます」

 

「まて。それアリにしたら本当に俺殺せちゃうだろうが」

 

『盟約に誓って』ゲームをすれば賭けの内容は絶対順守。負けたら死ぬという賭けの元、ゲームで負けたら本当に死ななきゃならん。口約束とはわけが違う。なんやかんや理由をつけて先延ばしできなくなっちゃう。

 

「まぁ、何でもすると言う約束を反故にすると言うなら、仕方がございません。本来、ゲームの内容や賭けるものは相手次第なので、拒まれればどうしようもないのでございます。ですが、ご安心ください。仮に約束を反故にしたとしても、あなたの要求したキッチンはそのままにしておきますので」

 

「……」

 

やられた。約束を反故にしたときにキッチンをなくしてくれれば、俺は間違いなくこのゲームを断っていた。

 

しかし、何度も言うが俺は養われる気はあっても施しを受ける気はない。こっちは何もしないのにキッチン(ほうしゅう)は受け取るなんて、俺のポリシーに反する。あくまでギブアンドテイク。そうでなければならない。

 

だが内容が内容だけに、二つ返事で受けるわけにもいかん。それこそ、俺が前にやった通り、負けたらジブリールに殺され、勝ったら自殺なんていうどっちも結果おんなじみたいな賭けでゲームするなんて言われたら、ポリシーに反してようが何だろうが断らなきゃならない。

 

「とりあえず内容を聞く。受ける受けないはその後で決める」

 

「まぁ、ひねくれたあなたを賭けの席(テーブル)につかせただけ良しとしましょうか」

 

そういうと、ジブリールはこないだ使ったチェス盤を取り出す。

 

「ゲーム内容は、この間と同じチェスでございます。ルールもこの間と同じく、本来のチェスにのっとり、引き分けの場合勝敗が付くまでやりなおすものとします」

 

ふむ。ここまでならまだ受けてもいい。必勝ゲームじゃないなら、まだ考慮の価値ありだ。まぁ、俺相手じゃ実質必勝ゲームみたいなとこあるけど。

 

「そして、あなたが気になる賭けの内容ですが、私が勝利した場合、今後私の命令を無条件で実行、かつ生涯を私のために捧げ、そばで私に仕えてもらいます

 

おっも。え?これつまり死刑宣告だよね?いや、何なら死刑より重い。つまるところ、負けたら私の奴隷になれということだ。

 

「や、それはやめたほうがいいんじゃない?ほら、一緒にいるとまずいんじゃないの?俺あれだし。あれがあれでよくないと思うし。そうだ、目も腐ってるし、ひねくれてて何言ってるかわかんないし」

 

しどろもどろになりながら、なんとかやめさせようとするが、ジブリールの腹の内はもう決まっているようで。というか、それこそが目的であったようで。

 

「いえ、むしろそれが私の望みなのです。確かにあなたは目は腐っていて、ひねくれていて、何を言っているかよくわからなくて、たまに腹の内をのぞいてみれば独特すぎて笑えない自虐だったりジョークを言っていて気色悪いですが」

 

「おい、聞き捨てならんのが聞こえた。ねぇ時々俺の心覗き見てんの?黒歴史とかバレちゃってんの?」

 

「あなたは私にとって、未知の生物であり、今までの人類種(イマニティ)とは一線を画す独特の思考の持ち主。簡単にいえば、興味の塊なのでございます」

 

だからこそ、とジブリールが一言。

 

「未知を既知に変えるには、未知との接触が不可欠。興味を無関心に変えるには、それを知り尽くすことが必要。すなわち、ある程度長い期間、そばで観察する必要があるのでございます」

 

「でも一生は長すぎだろ。長くても一年とかでよくね?」

 

「ご安心ください。我々天翼種(フリューゲル)にとって、人の一生など人間にとっての一日とさほどかわりませんで」

 

くそっ。このチート野郎。だめだ。すぐ断ろう。

 

「なお、私が負けた場合。万が一にもあなたが私を降した場合。その時は、私があなたに生涯をささげることを誓いましょう」

 

……な、んだと?

 

それは、つまり、

 

「おい、それじゃ、お互いの生涯を賭けた、対等なゲームになっちまうじゃねぇか」

 

「その通りでございます。無論、今までの説明と条件に間違いはいたってしておりません」

 

俺は、てっきり、あの時と同じように、俺がしたように、()()()()()()()()ジブリールに利があるゲームになると思っていた。

 

一応、ないわけではない。俺をそばで観察したいというこいつの言葉が本当なら、勝っても負けても俺のそばにいることはできる。だが、万が一負けたときのリスクをそこまで背負う必要はない。

 

俺がこのゲームに乗らないことを危惧するなら、勝利時の報酬を下げておきゃよかった。今後一生観察する許可を与える、とかなら、俺は多分乗っていただろうしな。

 

「その条件は止めとけ。つーか、本当にその条件にするつもりか。もっと思考をこらせ。自分にだけメリットがあるように仕込めるだろこの状況下なら」

 

「おや、私のことを心配してくださるので?ご安心ください。万が一にも負けることはありませんし、この条件を変えることはありません。それに、この私があなたのようにゲーム外での姑息な仕込みを行うとお思いで?」

 

ジブリールはにっこりと笑って返答する。ちくしょう。笑顔がまぶしいぜ!

 

よし、この条件なら、このゲームには乗らない。お断りしよう。俺のポリシーには反するが、致し方ない。うん、俺は悪くない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そう思えたら、どれだけよかったか。

 

俺には、このゲームに乗るしか選択肢はなかった。条件など関係なく、乗るしか。

 

しょうがない。そうできれば、どれだけよかったか。

 

心の中で言い訳しても、何度断ろうと思っても、口からその言葉はついぞ出なかった。

 

ジブリールは、俺がこのゲームに乗ることを確信している。事実、そうだ。俺という人間は、このゲームに乗る。理由は単純。そういうやつだからだ。

 

俺は俺の思うやり方を曲げることはできない。人との関わりを極力減らし、面倒ごとを避け、最も効率的に物事を進めることを良しとしてきた。

 

義理を果たす。約束を守る。そういうことは必ずしてきた。そういうのをいい加減にすると、人間関係のいざこざにつながり、面倒ごとが増えるからだ。

 

俺がここでこのゲームに乗らなければ、俺は俺の考え方を曲げることになる。

 

俺の考え方を曲げるということは、今までの俺を否定するということだ。

 

今までの俺を否定するということは、俺は俺ではなかったことになる。

 

もしそんなことになるなら、俺は俺が許せない。

 

だから、ゲームに乗るしかない。

 

だが、乗ってしまえば、どちらかの破滅が待っている。

 

だったら。

 

結論は決まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「わかった。その条件でゲームをしよう。やるなら早く終わらせたい。準備を頼む」

 

「おや、案外あっさりとしているのですね。もう少し考えるものとばかり」

 

「まぁな。結局のところ、勝てばいい。勝てばベッドも追加され、完全に養われる体制が整うことになる。やるしかねぇだろこんなもん」

 

「……そうですか」

 

嘘だ。

 

このゲーム、俺は負ける。俺のほうが弱いとかいうわけじゃない。俺が、俺の意思で負けるんだ。

 

どっちがか不幸を被るなら。どっちかが破滅を迎えるなら、ダメージが少ないほうがいい。こいつはチートすぎるくらい優秀で、俺は比較にならんくらいの才能しかない。生きる時間もこいつのほうが長い。どうせ俺は一度死んでいる。もう一回死ぬ位わけない。だったら、どっちを残すかは明確だ。

 

チェス盤の前に向かう。俺が黒で、ジブリールが白。前回と同じ。

 

「では、宣言を」

 

「ああ」

 

「「盟約に誓って(アッシェンテ)」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゲーム開始から十分ほど。

 

おかしい。

 

俺はそう感じていた。

 

盤面の数はほぼ互角。どちらかが駒をとれば、駒を取り返す。そんな状況が続いていた。

 

俺は当然、負けるつもりで動いている。なのに、互角なのだ。もちろん、負けるように動いているとは知られないよう、ちょくちょく駒をとったりしてはいるが、それにしてもジブリールの手は弱い。

 

「お前、手抜いてない?」

 

「はて、これからの生涯が決まるゲームで手を抜くはずがございませんで。おっと。とうとう二駒ずつまで減ってしまいましたか。なかなかやりますね」

 

盤上にはそれぞれのキングと、白のクイーン、黒のナイトのみが残った。

 

ここまできたら、仕方がない。ばれないように立ち回ってきたが、俺はついに死地に足を踏み入れる。

 

ナイトを動かし、相手のキングにチェックをかける。

 

だがしかし、その線上にはクイーンが存在し。

 

俺のナイトがとられたら、逆にこっちがチェックメイト。そんな今までに例をみないほどの大悪手。

 

「……」

 

ジブリールは、クイーンを手に取って、

 

 

 

 

俺のキングに、()()()()()()()()

 

俺のナイトは健在で、いまだチェックをかけたまま。俺がナイトを動かせば、俺の勝ち。

 

「お前……!」

 

「おおっと、私としたことが、ナイトがチェックであることに気づかず、悪手をとってしまったようでございますね。ですが、すでにもうあなたの番。これはまずいですね」

 

「ふざけてんのか。このままだとお前負けんぞ」

 

「もうすでにあなたの勝利でございます。さぁ、駒を動かしてください」

 

ふざけるな。こんなことがあっていいものか。

 

俺はナイトを動かさず、キングのチェックを外した。

 

「おっと。俺も手が勝手にキングを動かしてしまった―(棒)」

 

「そうでございますか」

 

すぐさま、クイーンを動かしチェックに戻す。

 

これを繰り返した結果、千日手の判定となり、引き分け。最初からになってしまった。

 

「お前、さっきのどういうつもり?」

 

「それはこちらのセリフでございます」

 

ジブリールをにらむ前に、逆ににらまれてしまった。やっぱ怖い。

 

「『どっちかが破滅を迎えるなら、ダメージが少ないほうがいい』でしたか。なんともまぁ自分勝手な自己犠牲でございます」

 

「おい、ゲーム中に魔法で心を読むな。一字一句あってんだから魔法使っただろ。さっきゲーム中に魔法は使わねぇって言ってただろうが。あと、自己犠牲じゃない。そっちのほうがメリットが高いからだ」

 

「このセリフはゲーム開始前のセリフでございますゆえ、嘘は申しておりません。加えて申し上げますと、()()()()()()()()()()()()

 

駒をもとの位置に戻しながらジブリールは告げる。

 

「私がなぜゲームを持ち掛けたか、お分かりですか?」

 

「そりゃ、俺を常に観察したいからだろ。それを賭けてゲームしてんだから」

 

「意趣返しのようですが、あなたはもう気づいているはずです。私の本当の狙いが、あなたと対等に勝負がしたかったからであるということに。でなければ、賭けの内容を私に一方的に有利な内容にするはずだと、気づいていましたね。前回、私は、目的のためとはいえ、あなたに勝ちを譲られました。そのような勝利に何の価値もございません。私は、ただ、あなたと真剣勝負がしたい。そこまで気づいていて、なお、自ら負けようと動いている。ふざけるなはこちらのセリフでございます」

 

語感が威圧的になっている。どうやら、本当に怒っているようだ。そして、今の言葉のすべてが真実であると語っている。

 

「私のために、負けるなんて私が許しません。そのような打ち方をするうちは何があっても引き分けにします」

 

「だったら、何回でも引き分けにすりゃいい」

 

いずれ限界が来る。先に俺のほうが力尽きるだろう。そのとき、ゲーム続行不可能となり、俺の負け。それならそれでいい。

 

「本気でおっしゃっているのですか」

 

「ああ」

 

「そうですか。ならば、言葉を曲げるようで癪ですが、賭けるものを変更します。本来であればゲーム中に賭ける内容を変更はできないのですが、同意の元なら例外です。今回は私がすべての決定権を所持しているので、変えさせていただきます」

 

「まぁ、いいけど。どう変更するってんだよ」

 

よかった。賭けの内容が変われば俺も対等に勝負できる。それなら、問題ない。

 

「次に引き分けた場合、あなたの負け。加えて、あなたが負けた場合、あなたが私の奴隷になると同時に、わたしもあなたの奴隷となります」

 

「はぁっ!?」

 

なんだそれは。こいつ、自分の体を売ってまで。

 

「お分かりですか。もうあなたには、勝利するしか方法がないのでございます」

 

これで、前提が覆された。こいつだけが、不利益を被るか、二人で、不利益を被るか。

 

いや待て。後者なら、お互いがお互いの奴隷である以上、実質ノーダメージ。別に不利益というわけではな――

 

 

 

 

 

 

そう考えた俺の前には、悲しそうな表情を浮かべたジブリールがいた。

 

「ここまでしても、あなたは勝負を受けてくださらないのですね」

 

その言葉は、俺の心にぐさりと刺さった。

 

その顔は、俺の脳を大きく揺らした。

 

その目は、俺の体を強く貫いた。

 

俺は、メリット、デメリット。リスクヘッジなどを考えすぎて、ジブリールの、ただ真剣勝負がしたいという、思いを踏みにじっていたことに気が付いた。

 

そもそも、全ての元凶は、あんなゲームを吹っ掛けた、俺のせい。

 

ならば、その責任をとる必要が、俺にはある。

 

いまさらと思うが、やらねばならない。

 

都合がいいと思われても、やるしかない。

 

俺は、うつむいて駒を動かすジブリールに言葉を投げかける。

 

「悪かった。お前がそこまで俺との勝負を望んでるとは、思ってもみなかった」

 

まずは、謝る。次に必要なのは。

 

「そして、賭けの内容の変更は認めない。俺が負けたとき、お前が俺の奴隷になるのは、どう考えてもおかしいからな」

 

対等な条件に戻すこと。そうしなければ、これで勝っても意味がない。

 

「そして、本当に聞くが、いいんだな?俺が勝っても」

 

そういうと、ジブリールは、うつむいた顔を正面に戻し、少しだけ顔を明るくして、

 

「もちろんでございます。もっとも、負けるつもりはありませんが」

 

と返す。

 

「悪いな。お前は負ける。なぜなら、珍しく俺が本気で相手するんだからな。賭けの内容などしったことじゃない。全力で叩き潰す」

 

「口だけは威勢がいいようで。以前のゲームをお忘れで?」

 

「過去の栄光にすがってると、新時代の星に笑われるぞ」

 

俺はチェス盤に向き合って、この世界に来てから、本当のゲームを始めた。




「いかがだったでしょうか。結果私が勝つことになりますがご了承ください」

「いきなり嘘は止めて。まだどっちにするか決めてないからって、筆者さっき言ってたから。あと、あとがきもやんの?このコーナー」

「いえ、あとがきは今回だけだそうです」

「なんでだよ。別にやりたいわけじゃないけど、どうせだったらどっちもやれよ」

「あと、投稿頻度は二、三日に一度くらいになるそうで」

「まぁ、現実的なんじゃないの?つーか今まで頑張りすぎてたまである」

「では、次回も私と下僕の愉快な日常をご期待ください♡」

「だから急だって。もっと前振りとかあるだろ。あと下僕って言うな」


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現実は甘くないが、理想も別に甘いわけじゃない

ある日の二人①

「お前が作ったキッチンで、料理をしてみたんだが、どうだろう」

「まぁまぁの味付けでございますね。可もなく不可もなくといったところでしょうか」

「だよなぁ、料理は大体小町に任せっきりだったもんなぁ。専業主夫希望として、料理スキルは必須なんだが」

「ですが、なんとなく温かみを感じます。なんでしょう。人肌の様に、体の中からぽかぽかとしてくるような…」

「意味深に言ってはいるが、多分それ、出来立てだからだと思うわ」

「ただ、いつもの食事よりかは、なんとなくおいしい気がします。これが料理というものなのでしょうか」

「そのセリフをパン食いながら言うな。それは焼き立てだからだ」

「この野菜もみずみずしいですね。どのようにすればこんなに新鮮な状態で食べられるのでしょうか」

「それは十分前にお前が転移で取ってきた採れたてだからだ」

「せっかく人が何とかほめようとしているのに、水を差さないでいただきたいですね」

「なぁ、お前、褒める気ないだろ」


唐突だが、ここでチェスについての説明をしよう。

 

チェスは、二人零和有限確定完全情報ゲームの一つである。つまるところ、カードゲームの様に運に左右されることなく、互いの実力によってのみ決着がつくゲームである。似た類のゲームに〇×ゲームなどがある。

 

8×8の計64マスによって区切られた盤上を、白と黒、それぞれの陣営が駒を使って駆け巡る。

 

先手が白、後手が黒となっており、先に相手のキングの駒をとれば勝利である。

 

それぞれのプレイヤーが持つ駒は、キング、クイーンが一つずつ、ビショップ、ナイト、ルークが二つずつ、ポーンが八つの計16駒。

 

ちょっと変わった、アンパッサンとか、キャスリングとかいうルールを除けば、案外誰でも簡単に楽しめるボードゲームである。ちなみに、俺はこの二つのルールを会得するまで5時間かかった。

 

さて、俺がなぜいまさらチェスについてこんな説明をしたか。

 

それは、俺が本気でチェスに挑んでなお、ジブリールに負けそうだったからである。悔しい。

 

チェスは実力ゲーであるがゆえに、互いに最善手をとり続ければ先手が勝つか、引き分けになるしかない。先手有利のゲームだ。

 

もちろん、俺もジブリールも最善手をとり続けているわけではないのは当たり前なのだが、それにしても隙という隙が全く見当たらない。

 

そもそも、俺はこういうゲームが得意なわけじゃない。ブラフとか、はったりとか、そういうののほうがまだ得意なまである。ポーカーとかね。まぁ、それもそこまでじゃないけど。

 

もっといえば、ゲームなんてハマってたときにやってたくらいで、プロの様に長いことプレイしていたり、そのために人生をささげてきたりした人から比べれば、足元にも及ばん。

 

ただ、このゲームだけには負けるわけにはいかなかった。こいつに啖呵切ったあげく、ボロボロに負けましたっていうのが恥ずかしいのもあるが、なにより、期待を裏切る感じがした。

 

こいつが、ジブリールが、俺のどこに興味を持って、何を聞きたくて、何を知りたいのかなんて全くと言っていいほどわからんが、俺と本気で戦いたいと、そう言葉にしてくれた。

 

本気で戦って、負けるかもしれない。そういう相手でなければ、その言葉は出てこない。

 

つまり、こいつは、会って短い俺のことを、そこまで評価してくれている。

 

俺が無様に負けて、お前の目は節穴だったなとツッコんで、終わり。

 

そんな風な結末を、こいつが望んでいるはずがない。

 

だから、全力のこいつになんとかして勝たにゃならん。

 

そんなことを思っているうちにも、事態は悪化中。まって。そろそろどうにかしないと、本当に逆転できなくなっちゃう。

 

ここで、漫画や小説やアニメだったら、起死回生の逆転一発サヨナラホームランの素晴らしい一手が思いつくんだろうが、現実そう甘くない。

 

着々と、詰みに近づいていく。

 

本気でやるといっておきながら、もはや半ばあきらめモードになっていた俺なのだが、それでも気は抜けない。最後になるであろう一手を繰り出した。

 

何気なく繰り出した一手が、盤面にそこまで影響を与えるはずもない。あっさりとチェックをかけられる。

 

チェスは一応ルール上、チェックをかけられたらキングを逃がさなければならないルールとなっている。チェックを無視して攻撃に転ずるとかいう奇策が取れたりはしない。チェックをかけている駒を取るでもいいが、遠距離から仕掛けられるビショップを取る方法が俺にはなく。

 

逃がす。チェック。キングで取る。チェック。また逃がす。チェック。だんだんと、俺のキングを逃がす場所が狭まっていき、ついには、もうキングの逃げ場所がなくなってしまった。

 

そして、ジブリールがチェックメイトを宣言する――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

とはならなかった。確かに、俺のキングはもう動かせない。ただ、ジブリールの駒もチェックをもうかけられなかった。

 

その原因は、俺が最後に動かした一手。黒のナイトが詰みをかけるための道筋を封鎖している。

 

しかも、そのナイトを取るための駒は、先ほどの連続チェックで軽く失いかけている。といっても三つほどだが。

 

「うまく詰められるとおもったのですが、なかなかしぶといですね」

 

「まぁ、起死回生の一手なんてもんは俺には打てんが、首の皮一枚繋げるための一手くらいなら俺でも打てる」

 

形勢逆転とまではいかず、厳しい状況には変わりないが、それでも、ちょっと息を吹き返した。

 

だが、ここまで駒の数が減って来たら、やることは一つ。

 

駒の残存数は勝敗に大きく左右する。俺は、自分の駒を自爆特攻させ、無理やりにでも相手の駒を取りに行った。

 

荒らしに荒らしまくった結果、俺の駒はキングとナイト、ジブリールの駒はキング、ビショップ、ナイト、ポーン二つまで減った。

 

俺は最後のナイトでジブリールのビショップを取りに行く。そして、すぐさま相手のナイトで俺の最後の攻撃手段であるナイトがやられた。

 

キングとキングではチェックをかけることはできない。残るポーンとナイトを加えても、キングを詰ませることはできない。

 

打ち手なし。なんとかギリギリ引き分けに持ち込むことができた。

 

「はー、キッツいなこれ。大口叩いちまったが、引き分けにするので精いっぱいだわ」

 

「さようでございますか。私は完全勝利を狙っていたのですが、流石にそううまくは事が運ばないようですね」

 

「当たりめーだ。真剣勝負だぞ。勝つことはできなくても、負けないようにはするだろ」

 

「まぁ、あなたの実力ならそうせざるを得ないでしょうね。ですが、それもいつまで持ちますか」

 

たしかにな。このままいけば俺が負けるか、また引き分けか。いや、負けるな。

 

第三回戦が始まる。

 

そして、ジブリールに提案する。

 

「なぁ、モノは一つ提案なんだが」

 

「なんでございましょう」

 

「こっから先、今のままだと俺は多分、どう頑張ってもお前には勝てん。実力的に、劣っているのはわかってたしな。ただ、お前も勝てん。負けを防ぐための対処的な打ち方なら、お前も凌ぐことができるのがさっき分かった。だから、今回も多分引き分けになる。そこでだ」

 

うまく引き分けたことを引き合いに出し、話を進める。俺がこいつ相手に常に引き分けに持ち込めるわけない。

 

俺は自身のナイトを、h3へと動かす。

 

「先行を俺にくれ。俺は今度、攻めれるだけ攻める。負けなんぞ考えずにな。お前の対処を打ち破れれば、俺の勝ち。逆にしのげばお前の勝ち。ずっと引き分けで長引くよりいいだろ?」

 

ジブリールはふむ。と腕を組んで考える。そして、

 

「いいでしょう。先行をお譲りします。それもあなたの策でしょう。それを受けてなお、私が勝利するのだと、証明して差し上げます」

 

と、快諾してくれた。

 

よし。俺が先行ならまだ戦える。ギリ勝ちも見えてくる。

 

 

 

 

 

 

 

そこから、俺達は熱戦を繰り広げた。やはり、先手を取れたのはでかい。中盤まで、数的優位を取れているし、陣形も手堅い。

 

だがしかし、流石というべきか、中盤以降、数的優位を覆され、一気に攻め手が少なくなってきた。

 

あまりやりたくはなかったが、仕方ない。

 

俺は、ナイトをc3へと動かす。

 

「それは、あまりにも悪手でございます」

 

ジブリールは、クイーンでc3のナイトを取る。その結果、チェック、かつルークにも手が伸びており、チェックを外せばルークがとられてしまう。

 

「いいや、これでいいんだ」

 

そういって、クイーンで間駒をする。もちろんジブリールはルークを奪う。

 

一気に主力を二つも取られてしまったが、これでいい。

 

残るビショップとルークで続けてチェックをかける。しかし、攻め手が足りず、すぐさま逃げられてしまう。

 

「ナイトを残しておけば、まだやりようはあったのでは?」

 

「かもな。だが、だとしても詰ませられたかどうかはわからんだろ」

 

ゲームも終盤に差し迫ってくると、今度は相手のチェックの数も増えてくる。頼む。先にくたばってくれるなよ。

 

何とか逃げつつ、相手のキングを端に追い詰めていく。お互い、負けるのは時間の問題となっていく。

 

e5にビショップを置いて、チェックをかける。続いて、e7にルークを。そこで攻撃が止まる。

 

くそっ。あと一つ足りない。やっぱ、ルークを犠牲にしたのはまずかったか。

 

「チェックでございます」

 

今度は俺が攻められる。間駒をして何とかしのぐ。f2へポーンを。続いてg2へ。こんどはg3へ。

 

「かなり時間がかかってしましましたね。36手ですか。楽しませていただきました」

 

ついに、間駒ができなくなった。g4にビショップを置かれる。退路を断たれる。

 

「あなたがどこへおいても、次のナイトで私の勝ち、でございます」

 

チェックの波が、やっと途切れた。だが、次の一手で負け。ここで攻め切れなければ、俺の負け。

 

そう思ってんだろうな。なめんな。布石は打ってある。

 

「悪いが、次の一手で終わりにはならん。俺はまだこいつを行ってない」

 

キングを二つ進める。そして、ルークを三つ。

 

「なっっ、キャスリング!?この終盤で!?」

 

キャスリング。唯一キングを二つ進めることができるルール。一度もキング、ルークを動かしておらず、かつ間に駒が存在しない場合のみ行うことができる。

 

「チェスの変則ルールである、プロモーション、アンパッサン、キャスリング。お前も知ってるよな?だが、抜け落ちてただろ。なにせ、()()()()()()()()()()()()使()()()()()()()()()()()()()

 

ジブリールとチェスをした回数は今回を抜いて、3回。その3回のゲームで、俺は一度も変則ルールを用いなかった。

 

別に狙ってたわけじゃない。たまたまだ。そもそも毎回使えるルールというわけでもないしな。

 

ただ、キャスリングは主に序盤で自分の守りを固めるために使われることが多い。終盤まで一度もキングとルークを動かしていない状況は、極めて稀。

 

「これで、あと一手じゃ詰められないだろ」

 

「そうですね。ですが、それはあなたも同じことでは?」

 

g5にポーンを進めて、ジブリールは言う。

 

「まぁ、そうだったんだけどな。珍しいことに、俺にもツキが回ってきたらしい。その一手、悪いが詰みだ」

 

負け濃厚だった俺に、幸運が舞い降りる。というか、ただジブリールが悪手打っただけなんだけど。

 

g7へビショップを置き、チェックをかける。ジブリールのキングをh5へと進ませる。

 

「確かにこれ以上前に進むことはできず、追い詰められましたが、あなたのルークとビショップは

逃げ道を作ってしまうので動かせないはず。これでどのように詰めるというのでございましょう」

 

ジブリールのキングは、自身の駒たちに行く手を阻まれていて、これ以上逃げ道はない。

 

「たしかに、いう通りビショップとルークは動かせない。だが、直接狙うだけが勝ち筋じゃない」

 

俺は、ある一つの駒を持ち上げ、強く盤を打つようにして、それを進める。

 

「こっ、これは…!!」

 

「気づかなかっただろ?初めの一手が詰みのその瞬間まで、一切音沙汰なしだったんだからな」

 

ナイトを、f4へ。こちらも、キャスリング同様、()()()()()()()()()()()()()()()()()()h()3()()()()()

 

駒を飛び越えてチェックをかけることのできる、唯一の駒。

 

圧倒的死に駒として、最初から一度も動かさなかった。もし動かしていれば、ジブリールに気づかれていただろう。

 

これこそが、俺の布石。唯一の勝ち筋。先手の一手目。最も戦況に影響を与える一手。そこを、あえて死に駒としての役割を与えるためだけに打った。

 

だからこそ、格上相手に勝つことができた、奇跡の勝利。

 

「私の、ま、け……」

 

ジブリールは盤面を見て、茫然としている。なに?そんなに俺が勝てないと思ってたの?というか、だったら負けでもよかったじゃん。

 

ちなみに、この戦法、名付けてステルスヒッキー戦法は、友達相手にやるとすごくうざがられる。みんなはマネしないように。あ、俺友達いなかったわ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私の、完敗でございます」

 

ジブリールが、負けを認めて頭を下げる。

 

「いやんなわけねぇだろ。辛勝だっただろ。むしろ、俺の負けまである」

 

「いいえ。どんなにうまく誘導しても、最後の一手、あの位置に私が駒を持っていくという保証はどこにもなかったはず。加えて私の駒で防壁を築き上げ、行く手を阻むなど、正気ではありませんね」

 

そういって、俺の目を優しい目で見つめる。やめて。あんまり見つめないで。偶然だから。うっかり惚れそうになる。

 

「い、いや、それは、ただの偶然だ。うん、たまたまうまくいっただけだ。あれだ。ポーカーで初手にストレートきたみたいなもんだ。だから俺はいたって正気だ。QED」

 

なんで数学の問題の証明の最後に、QEDってつけるんだろう。ただのカッコつけだよね?あれ。

 

「ふふっ。今回はそういうことにしておきましょう」

 

そういうと、ジブリールは俺の前まで来て、跪き、

 

「盟約にしたがい、私はこれから、あなた様の奴隷として、生涯を尽くすことをここに誓います」

 

「やめて?そんなことしないで?俺変な人だって思われちゃうから。他に誰も人がいないのに、美人に跪かせてる変な性癖の持ち主だって言われちゃうから」

 

俺はあわててジブリールを立たせる。やっべぇそういえばそんな内容でゲームしてたわ。どうしよう。別に俺こいつに奴隷として仕えてほしいって思ってたわけじゃないし。

 

「確かにそうでございますね。とりあえずは都合のいい道具として使っていただければ幸いにございます」

 

「だから、心読むのやめろって。あと大丈夫?自分で何言ってるかわかってる?あれだよ、ゲームとか吹っ掛けられちゃうよ」

 

それだけじゃない。健全な男子高校生に美人が「私を好きにしていいよ」なんていったら、本当に何されるかわかんないよ?ナニされちゃうかもよ?俺じゃなかったらお願いして、ふざけたことぬかすなって断られるまである。断られちゃうのかよ。

 

「お望みであればいかようにでも。なんなら今すぐにでもシて差し上げます」

 

「ジョークなんだけど。まてまてツッコみが追い付かない。最初のあの吐き気がするとかいうセリフはどうした。キャラ変わりすぎだろ。あと、するっていう字違うよね?あくまで、ゲームの話だよね?」

 

「私を降したのですから、勝者に敬意を払うのは当然でございます」

 

「だから偶然だってさっき」

 

「運も実力のうち、でございます」

 

「いや、まぁ、そうかもだけど…」

 

「それとも、わたしの、敬愛を受け取ってくださらないのですか?」

 

うるうるとした目で訴えかけてくる。ちくしょうかわいいな。こんな風に言われたら断れんだろうが。

 

「はぁ、もう、勝手にしてくれ」

 

俺は、こいつはそういうやつだと、あきらめることにした。

 

「ありがとうございます!では、ずっとおそばにおいてくださいね♡」

 

けろっと表情を変えて、俺の周りを飛び回る。こいつ、早くも奴隷のくせに主人を手駒にとってやがる。

 

「あ、そうだ。じゃ、さっそく命令させてもらうわ」

 

俺は大事なことを思い出し、ジブリールに命令する。

 

「俺のベッド作って」




悩んだ末、八幡を勝たせることにしました。

本気出したら圧勝するくらい強い設定だと、キャラ的に合わないし、ジブリールいらなくない?となりそうだったので、止めておきました。

パワーバランス的には

空白>>八幡(本気)>=ジブリール>>>>八幡(ノーマル)

みたいなイメージ。ちょっと盛ったかも。

次回はちょっと日常回にしようと思います。

その後、ノゲノラのストーリーに合わせていこうかなと。


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何事も普通が一番

ある日の二人②

天翼種(フリューゲル)って寿命ないの?」

「存在しません。いついかなる時でも主のため力をふるうことができるように、常に万全な状態なのでございます」

「ほーん。ちなみに今何歳?」

「レディーに年を聞くのは失礼であると習わなかったのでしょうか」

「残念ながら、お前はレディーではない。エンゼルだ。だからノープロブレム」

「はぁ、今年で6407歳になります」

「結構年いってんのな」

「それ以上はあなたの寿命を縮めることになりますがよろしいのでしょうか」

「こええよ」


アルハレタ日ーのことー魔法以上の愉快がー限りーなくー降り注ぐーまじでーやめーてーねー。

 

朝、ジブリールが作ってくれたベッドの上で快適に目を覚ました俺は、頭の中で混乱しつつもアニソンを流していた。編曲俺。CV俺。

 

「おはようございます、マイマスター。昨日はよく眠れましたでしょうか」

 

「ああ、うん。よく眠れた。ところでこれがどういう状況なのか説明してくれない?」

 

「申し訳ありません。不詳このジブリール、これ、が指し示すものが何であるかの理解が足りず、その問いにお答えすることができませんで」

 

「なんで俺たちが一緒に寝てるの?」

 

俺が起きたとき、隣にジブリールが一緒に寝ていた。わけわからん。

 

しかも、昨日作ってもらったベッドはシングルサイズのやつだったはず。しかし、今俺が寝ているベッドはキングサイズのベッド。知らんうちにでかくなってる。それとも、俺が寝ているときに誰かさん家のキングサイズのベッドに移動したのか。夢遊病?なにそれこわい。

 

「私はマスターの矛であり盾でございます。いついかなる時でも御身の周りで危険がないかをいち早く察知し、知らせる義務がございますゆえ、その一環でございます」

 

「ベッドが大きくなってんのはなんで?」

 

「わが主が体を休めるには、シングルサイズでは不十分であると判断し、勝手ながらお休みになられている間にサイズを変更したのでございます」

 

よかった。夢遊病の可能性は消えた。

 

「なるほど。いろいろと言いたいことはあるが、まずは俺のためを思って行動してくれてありがとう。そして出て行ってもらえる?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ああ、朝から疲れた。俺の知らないところで勝手にいろいろやりすぎ。

 

やらかしてくれたことはといえば、料理中に「この料理はいったいどのようなものなのでしょう」「加熱の量はその程度でよろしいのですか?」「調味料を入れるタイミングは何分後になるのでしょう」と、いろいろと聞いてきて邪魔くさかったり。

 

食事中にはいろいろと俺の元の世界のことを聞いてきて、気が休まらなかったり。

 

トイレに紙を入れ忘れたからといって空間に穴をあけて個室にわざわざ紙を届けに来たり。

 

本を読んでいるときにどこからともなくあらわれて、耳の近くで「こちらの書籍で分からない単語はございませんでしょうか」とささやいたり。いやこれ完全にからかってるよね。

 

ジブリールがいろいろなことをやらかしてくれていたが、何も悪い事ばかりではなかった。

 

一つは、図書館の中にちゃんとした居住スペースができた。今いる俺の寝室に加えて、俺が一人で本を読むための読書部屋、いわゆる書斎、さらにはゲーム専用のプレイルームまで新しく作ってくれた。

 

なお、キッチンやトイレ、風呂などという共同スペースももちろんのことある。

 

それらすべてが広い部屋、かつそれぞれのイメージに合った、ベストな内装。これを寝ている間にすべてこなしてしまうのだからさすがである。

 

二つ目に、スケジュールである。今までは、一日休憩なしで人類種(イマニティ)語の勉強しかしていなかったが、休憩という概念が追加された。

 

また、食事や風呂、トイレや読書の時間なども考えられており、ところどころ空き時間がある。なんだよやりゃできるじゃないかジブリール君。

 

そういえば、「ご命令とあらば、すべて私が日本語訳いたしますが」と、さっきジブリールが提案してきた。わかってないな、ジブリール。本というのは、自分で読んでこそ楽しみがあるんだよ。

 

三つ目に、俺が知らないであろうこの世界の知識や、一般常識、これから必要になってくるであろうゲームの勝ち方などが書かれている本をいくつか見繕ってくれた。

 

まだところどころ読めないところがあるが、ジブリールの手助けもあり、そこそこ身になってきている。

 

四つ目は…ないわ。

 

でも、全ては俺のためにやってくれたこと。とてもじゃないが文句なんて言えないし、むしろ感謝をしなければならないのではないか。

 

あと、思い返してみると、そこまでやらかしてはない。気の持ちようというか、やめろよ!と言うほどのことはしていなかった気がする。

 

思えば、俺達はあってまだ間もない。いきなり俺の方から現れて、急に俺に仕えることになったのだ。思うところはあるだろうし、俺だったらめちゃくちゃ戸惑う。その表れなのかもしれない。

 

もしかしたら、いらん気遣いをされている可能性もある。

 

そう思ったとき、思いっきり寝室の扉が開いた。

 

「マスター!そういえば私、マスターのボディチェックをまださせていただいておりません!」

 

右手にスケッチブックを持ちながら、よだれを垂らして俺にじりじりと近づいてくる。

 

うん。まったく気使ってないな。こいつ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、あれから一週間が経過した。あれってどれだよ。ジブリール君との最終ゲームのことですね。

 

環境が改善され、休憩をはさむようになったおかげで、俺は人類種(イマニティ)語をかなり覚えることができていた。

 

さらに、休憩時間にはジブリールとゲームで遊ぶようになったため、ちょっとゲームの勝ち方を理解することに慣れてきた。知らないゲームを吹っ掛けられることもある。理解力というのは重要だ。

 

ま、だからといって勝てるわけじゃないけど。

 

あと、すっごいからかわれる。よくあるのが耳元でささやかれることだ。やられると体がビクッとしてしまうので、ジブリールには面白がられて何回もやられてしまう。しかし、理性で止めることができることでもないのでどうしようもない。ちくしょう。

 

急に手を握ってきたり、顔を近づけてきたりする。この間は授業中に「ああ、そこは日本語との解釈に差がありまして・・」といいながら、後ろから抱き着いてきやがった。しかも、その、そんときにすっごい胸が当たって気にしないようにするのに大変だった。俺以外には絶対にやらないように。いや、俺にもやらないように。

 

つまり、文字通りおはようからおやすみまで、俺の周りでぷかぷかと浮かびながら俺のことを観察している。俺がいちいちどんな反応をするのかが気になっているのだろう。それが目的とは言え、頻度を考えてほしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

具体的にどんな感じなのか。ここで、俺達のいつもの日常をお届けしよう。

 

朝9時。本当はもっと寝ていたいのだが、隣で寝ているジブリールに起こされる。

 

「おはようございますマスター。今日も一日よろしくお願いいたします」

 

と、お決まりのセリフを思いっきりの笑顔でいいはなつ。

 

息が吹きかかるぐらいの近い距離でそんな顔を見せられたら、寝ぼけた頭が急速に活性化する。

 

いそいで距離を取るために立ち上がるので、完全に目が覚めてしまう。

 

なお、一緒の布団に入る必要ないだろといったら、

 

「私のマスターは従者を寒い部屋の中で放置しておくような卑劣な輩とは違うと存じておりますので」

 

といって毎回入ってくる。なので諦めることにした。こいつに対しては、諦めるという行為はかなり重要なことだと学んだ。

 

10時。料理を作って一緒に食べる。食事が必須ではないとはいえ、自分の分だけ作るのは、なんだか心に来るものがあったので、ジブリールの分も毎回作っていた。

 

食事の時間はたいてい雑談である。元の世界の話をすることが多い。

 

「マスターに親しい女性はいらっしゃったのですか?」

 

「いきなり喧嘩売ってんのかお前。中学のときは女子とメール位してたわ」

 

「いるとはおっしゃらないのですね」

 

「バッカお前。俺なんてなぁ、クラスがえでみんながアドレス交換しているときに、携帯取り出してきょろきょろしてたら、「あ、じゃ、じゃあ、交換しようか」と声かけられるくらいにはモテてたといっていいな」

 

「それはモテていたとは言わないのでは?で、結論、いるのですか?いないのですか?」

 

「安心しろ。ちゃんといた。なにしろ、一番の心の支えといってもいい」

 

「それは小町さんのことでしょうか。何やら悲しくなってきました」

 

「おい、小町様といえ。俺がお前の主人なら小町は主人の妹だろ敬意を払え」

 

「あなたの価値観がどうなっているのか不思議でたまりません」

 

 

 

 

11時から15時まで、勉強。ジブリール先生は意外にも教えるのがうまい。ただ、

 

「なぁ、やっぱ近くないか、距離」

 

「生徒にモノを教えるには、親身になって積極的に教えたほうが効率が良いのでございます」

 

「いやそうかもしれんけど」

 

「どこをどう間違えていて、何が理解できていないか。それを知るためには近くで観察し、訳を見るのが手っ取り早いと考えております」

 

「うん、それはわかるんだけど、別に近くなくても問題n」

 

「また、近くにいることによってマスターの意識を問題に集中させ、どんな時でも瞬時にゲームに取り組むことができるよう技術の向上も兼ねているのでございます」

 

「…俺の意見を無視してくれてありがとう」

 

「お礼を言われるまでもありません。当然のことでございます」

 

皮肉が通じなかった。

 

 

 

16時には昼飯を食べる。ちょっと遅いが、朝起きるのが遅めなので問題ない。朝の作り置きなので、温めるだけで食べられる。

 

17時。風呂に入る。これからゲームの練習もしなければならないので、あまり長々とは入れない。

 

18時から22時までゲームの練習。正直言ってこれが一番きつい。というか厳しい。

 

成長している感じが全く分からないし、ジブリールは手加減しないし。

 

ただ、ゆうてもゲームなので、楽しんでできるのは大きい。メンタル的にもそこまでやられたりしない。

 

 

 

その後、23時くらいに布団に入る。

 

俺がベッドの中に入ると、さも当たり前のようにジブリールが入ってくる。

 

「何度も言うようだけど、自分のベッド作ってそこで寝たら?」

 

「面倒でございます。それとも、マスターが作っていただけるのでしょうか」

 

「いや、変なこと言ってごめん」

 

「ふふ。おやすみなさい。マスター」

 

「ああ、お前のせいで寝れんけどおやすみ」

 

毎回毎回こいつが眠りにつくまで俺は寝られない。俺じゃなかったら手を出して殺されるまであるな。毎日が死と隣り合わせだこんちくしょう。

 

 

 

 

 

 

 

24時。

 

マスターが寝息を立てるまで、私は寝たふりを続けています。

 

大体このくらいの時間になると、マスターは緊張の糸が解けゆっくりとお休みになるのでございます。

 

「前にもご自身でおっしゃっていましたが、目以外はかなり整っていますね」

 

寝ているときは目を閉じるので、マイナス部分が消えて、プラスの部分が浮き彫りになる。

 

スースーと寝息を立てるマスターに近づいて行って。

 

「今日も今日とて、面白い反応でしたねマスター」

 

耳元でささやく。うがっと変な声を上げるマスター。夢の中でも私にからかわれているのでしょうか。

 

「ああ、明日の反応も非常に楽しみです。こんな日々が毎日続いてほしいと願うばかりでございます」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それからさらに一週間。

 

ジブリールは今珍しく俺の周りにいない。いわく、「今日は大事な予定がありますので、少しここでお待ちください」とのこと。いや、お前の予定なんだから俺いらないだろ。

 

ジブリールが再び戻ってくるまで、俺は一人こちらの辞書を読んでいた。

 

何を隠そう、俺は人類種(イマニティ)語が読めるようになっていた。わずか二週間ほどで理解できたのは僥倖である。

 

とはいえ、すべての語彙を理解しているわけではないので、きちんと一人でも辞書などを読んで勉強しているのである。

 

「準備が整いました。こちらに来てください。マスター」

 

ジブリールが俺を呼びに来る。俺は言われるまま後ろについていく。

 

何やら図書館の中央に、ガラスのようなものが浮いている。なんじゃこれは。

 

「これは、遠くの景色を映し出す魔法でございます。今現在、エルキアの王城前広場を映し出しています」

 

なるほどテレビみたいなもんか。

 

「で、これから何が始まんの?なにすりゃいいの俺?」

 

「何もしていただく必要はありません。ただ、私と一緒に見ていただきたいのです。これから、エルキア新国王の演説がありますので」

 

ああ、あったなそんな話。ま、多分あのクラミ―って子だろうな。馬鹿強かったもんなあの子。

 

「おっと、始まるようでございます」

 

王城の中から、人影が現れる。

 

腕と、頭に王冠を付け、手をつなぎながら登場した。

 

新国王は、一人ではなかった。

 

黒い髪で、目にクマがある青年と、白い髪で、赤い目が特徴の幼女だった。




ついに空白を登場させました。

次から空白も本編に絡んできます。


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「 」との邂逅①

ある日の二人③

「なぁ、俺がこの間つくった試作品のマッ缶知らない?」

「存じておりません」

「そうか。どこやっちまったかな」



「なぁ、俺が楽しみにとっておいた唐揚げ、知らないうちに消えてるんだけど」

「存じておりません」

「そうか。食ってからトイレ行ったっけか」



「なぁ、俺がお前に渡した小説どこにあるか知らない?もう一度読み返したくなってさ」

「存じておりません」

「いやお前それはなくしてるじゃん」


エルキア新国王となった者のスピーチを、俺とジブリールは魔法で見ていた。

 

「あー、ん、んんっ!」

 

男のほうが咳払いをして、何かしゃべり始めるようだ。

 

「ゴキゲンヨーウ!!!」

 

めっちゃ声裏返ってるやん。というか一発目がごきげんようって。人の前に立ってしゃべったことないのかよ。あんまり人のこと言えないけど。

 

その後、隣にいる女の子とちょっとした二言三言交わして、落ち着きを取り戻したようで。

 

「敬愛する国民、いや、人類種(イマニティ)同胞諸君。我々人類種(イマニティ)は、『十の盟約』の元、戦争のない世界において負け続け、最後の都市、このエルキアを残すのみになっている。ここで我は皆に問う。それは何故だ」

 

そんなの知るか。

 

「前国王が失敗したからか?我々が最下位の種族だからか?魔法を使えないからか?無力に滅ぶ運命にあるからか?否だ!」

 

男は強く演説を続ける。

 

「かつて(いにしえ)の大戦において、神々が、森精種(エルフ)が、獣人種(ワービースト)が、多くの種族が争う中、我々は戦い、そして生き残った!かつてはこの大陸全土をすら、人類国家が占めていたのはなぜだ!」

 

なぜなんだろう。ジブリールに大戦時のときの話を聞いてから、ずっと思ってた。なんで人類種(イマニティ)生きてんだろう。

 

「われらが暴力を得意とする種族だからか?森精種(エルフ)のような魔法を使えず、獣人種(ワービースト)のような身体能力もなく、天翼種(フリューゲル)のような長大な寿命もない我々が、大陸を支配できたのは、戦いに特化していたからか?断じて否だ」

 

まぁ、そりゃそうでしょうね。

 

「我らが戦い、生き残ったのは、」

 

男は手を胸に当てて、はっきりと、堂々と、

 

「われらが弱者だったからだ」

 

弱者であることが誇りであるかのように、広場にいる国民に訴えかける。

 

「いつの時代、どこの世界でも、強者は牙を、弱者は知恵を磨く。われらがなぜ今追い詰められているか。それは『十の盟約』によって強者が牙をもがれ、知恵を磨くことを覚えたからに他ならない。われら弱者の専売特許であったはずの知略を、戦略を、生き残るための力を、強者が手にしたからだ!それがこの惨状だ!」

 

その声は、広場にいる者の多くに届いただろう。そして、考えさせられている。やはり、弱者(じぶん)たちは勝てないのかと。弱者の知恵は、強者の持つ知恵には勝てないのかと。

 

広場にいる者の多くが、うつむき、嘆き、悲しんでいるのが、遠くからでも見て取れる。

 

「皆のものこたえよ。なぜに(こうべ)を垂れるのか」

 

そんな人類種(イマニティ)たちに、国王は問を投げかける。

 

「繰り返そう。なぜ(こうべ)を垂れるのか」

 

うつむいていた人類種(イマニティ)が、再び国王に目を向ける。

 

「我々は弱者だ!今もなお、昔もそうだったように。そう、何も変わってなどいないではないか!」

 

その言葉とともに、場の雰囲気が、一気に明るく変わる。

 

「強者が弱者をまねてふるう知恵(ぶき)は、その本領を発揮しない!なぜなら、われらの知恵(ぶき)の本質にあるのは、卑屈なまでの弱さゆえの臆病さだからだ。臆病ゆえに、魔法から逃れる知恵もある。臆病ゆえに、学習と経験から生じる未来予知にすら到達しうる知恵を持っている!」

 

「三度繰り返す!われらは弱者だ!いつの世も強者であることに胡坐をかいた者共の、喉元を食いちぎってきた誇り高き弱者だ!」

 

男が左手を挙げて、宣誓する。

 

「我々はここに、二百五代エルキア国王」

 

同じく、女の子の方も右手を挙げて。

 

「女王として」

 

「「戴冠したことを宣言する」」

 

その宣言と同時、全権代理者に与えられる種の全てである、種の駒が現れる。

 

「われら二人は弱者として生き、弱者らしく戦い、そして弱者らしく強者を屠ることをここに宣言する!かつてそうだったように、これからもそうであるように!」

 

二人は手をつないで空に掲げる。

 

「認めよ!われら最弱の種族!何も持って生まれぬゆえに、何者にもなれる、最弱の種族であることを!」

 

広場から歓声と、雄たけびが上がる。それほどまでに、国王の言葉は心に響いたんだろう。

 

「さぁ、ゲームを始めよう。もう散々苦しんだろう?もう過剰に卑屈になったろう?待たせたな。人類種(イマニティ)同胞諸君。今この瞬間、我がエルキアは全世界の国に対して、」

 

国王はニヤリと笑うと、

 

「宣戦布告する」

 

宣戦布告しちまいやがった。やめとけよおい。勝てねぇって。

 

「反撃ののろしを上げろ!われらの国境線、返してもらうぞ!」

 

うおおおおおおおお と、国民からやる気の声が上がる。だめだこりゃ。

 

確かに、新国王の演説は響いた。こっちの世界で生まれていない俺でも、少し感動した。

 

ただ、それだけじゃ勝てない。いくら負ける理由が分かっても、勝つための方法があっても、()()()()()()()()()

 

宣戦布告ということは、こっちからゲームを挑むということ。『十の盟約』により、ゲーム内容は挑まれた側が決定権を有する。極端な話、いくら知恵を磨こうと、『腕相撲』とかなら関係ない。力が強いほうが勝つに決まってる。

 

下手に知恵比べして負ける可能性のあるゲームを、強者側が提案するはずもない。つまるところ、攻め込んで勝てるわけないのだ。

 

実際に戦争吹っ掛けるかどうかはさておき、そのことに気づかずノリで雄たけびを上げる個々の国民たちは、本当に弱者らしく知恵を磨いているのかと突っ込みたくなるレベルである。

 

「いかがだったでしょうか。新国王の演説は」

 

魔法の鏡?的なのを消滅させながら、ジブリールが俺に問いかける。

 

「ああ、カッコよかったと思うよ。なんで国王二人なんだろうとは思ったけど」

 

確か、『十の盟約』には全権代理者を立てろって書いてあったけど…

 

「全権代理者は別に一人である必要はないのでございます」

 

「そうなん?ていうかそれアリなの?それなら全員国王になれちゃうじゃん」

 

「確かに、理論上は可能でございます。しかし、そうするメリットはあまり存在しないかと。無能に国を任せるほど愚かなことはありませんで」

 

「ああ、まぁ、いわれてみればそうかも」

 

国民全員が全権代理者ということは、誰にゲームを吹っ掛けても人類種(イマニティ)代表として国取りゲームができるということ。勝手にゲームを受けて、国を破滅させる可能性もなくはない。

 

「しっかし、あの国王二人、やたらと勝つ気満々だったな。どうしたらあそこまで前向きになれるのか知りたいわ。負けたら終わりなのに」

 

「承知しました。すぐに調べてまいります」

 

「やめろ。独り言だから。人様に迷惑かかるかもしれない行動は慎んでちょうだい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから一週間後。俺とジブリールが昼飯を食っていた時、ジブリールが何かに反応する。

 

「マスター、来客でございます」

 

「いいや違うな。俺のじゃない。お前の来客だ。だからお前が対応してこい」

 

こっちの世界に俺のこと知ってるやつがいるものか。つまり、来客は全てジブリール(こいつ)が目当てである。よって俺が対応すべきでない。決して面倒くさいからではない。

 

「わかりました。では、わたくしが対応してきます」

 

ジブリールが食堂から出ていく。俺はそのまま自分の分を食べ続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

おそい。割と30分くらいかかってるだろコレ。

 

まぁ、来客ならこれくらい普通とも思うが、ジブリールのことだから、「用が済んだらとっとと帰っていただきたいのですが」みたいなことを言って帰してしまいそうだもんだからなんとなく遅い気がしていた。

 

すると。

 

「はぁぁぁぁあああん♡♡♡」

 

という甘ったるいジブリールの声が。なんだ。何が起こった。今まで聞いたことねぇぞこんな声。

 

俺は急いで声のしたほうへ向かう。

 

「おい、なにがあっ」

 

食堂と図書館の間にある扉を開いて、その光景を見て絶句した。

 

そこには、こないだ見た国王の二人と、赤い髪の毛の女性、そしてジブリールがいた。

 

その国王のうち男のほうが、ジブリールの羽を触り、ジブリールが男の胸を触っている。一応、服は着ているけども。

 

カオスだ。

 

また、俺の登場により、全員の視線が俺に移って、俺の反応に注目していた。そのため、時間が止まったような空気になった。

 

俺はなんとかその空気から逃げようとして。

 

「えっと、ごゆっくり?」

 

といってそーっと扉を閉めようとする。

 

「まて!誰だか知らんが誤解を招いたままそのまま返して新国王が変態だといううわさを流されるわけにはいかなっておい!人の話を聞け!扉を閉めるな、い、いや閉めないでくださいお願いします!」

 

「大丈夫だ。安心しろ。お前ら二人は間違いなく変態だ。だから誤解などしていない。QED」

 

「それが誤解だっつってんだろぉぉぉおおお!!????」

 

「……にぃ、うるさい…そういう反応、するから…間違われ、る」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なるほど、状況は分かった」

 

ジブリールと国王様がいろいろというもんだから、仕方なくそこにいた赤髪の女性に話を聞いて、やっと理解できた。

 

こいつらがやってきた目的は、図書館にある様々な種族の情報。そしてそれを所持しているジブリール君にゲームを申し込みに来たが、賭けるものの内容が、まさか俺と同じ異世界の書。というかタブレットか。そいつを賭けるというもんだから、こいつらも俺と同じく異世界人らしい。そして、俺と同じようにボディーチェックをされていたんだそう。

 

「わかってくれたか。ま、つーわけで、俺は変態じゃない」

 

「いいや、お前は変態だ。もっと言うと、お前らが変態だ。普通は性感帯を触らせろと言われて触らせないし、逆に性感帯を触らせる代わりにお前のを触らせろというのもありえん。何そこで知らん顔して本読んでんだよジブリール。お前のことだよ。そしてお前の客だろうが」

 

ジブリールは空に浮かんで今まさに次の本を読もうと本棚に手を伸ばしていた。というか、今の短い間でもう一冊読み終わったの?

 

「そういわれましても、今回ばかりはマスターの管轄でございます」

 

「なんでだよ。図書館の本借りに来てんだからお前の管轄だろうが」

 

ジブリールは俺の命令に従わなきゃならんが、だからといってジブリールの全てのものが俺のものというわけではない。

 

図書館の本も、ジブリールが所有していて、あくまで借りてるだけ。

 

「しかしながら、私の全権利はマスターのもの。私が許可を出してもマスターがNoといえばできませんし、そのまた逆もしかりでございます。であれば、最初からマスターに話を通しておいたほうが賢明かと思われますが」

 

「その理屈が通るなら、議会制の法治国家は成り立たねぇだろ。最終的な決定権を上が持つとはいえ、仕事をしてんのは下の人間だ。基本上の立場はYESかNoをいうだけで、面倒ごとは下に任せっきりなんだよ」

 

「その言い方はどうなんですの…」

 

赤毛の少女が呆れて言う。なんだよ。大体そんなもんだろうが。

 

「な、なあ、ちょっと待ってくれ。今の会話聞いてて一つ気になったことがあるんだけど」

 

国王(男)が俺に話しかけてくる。

 

「なんだよ」

 

「なんでおたく、マスターって呼ばれてんの?」

 

「しるか。呼んでる本人に聞け」

 

「ジブリール、なんでこいつのことマスターって呼んでんの?」

 

「それはもちろん、マスターが私とのゲームで勝利し、私の全権利はマスターのものになったからでございます」

 

「へぇー。そういう趣味あったんだな」

 

「ねぇよ。別に俺のことマスターって呼べって命令したわけじゃねぇし」

 

「ちょ、ちょっっっっとまって欲しいんですの!いま、ジブリールに勝ったって言ったんですの!?天翼種(フリューゲル)に勝ったって今言ったんですのぉ!?」

 

うるさっ。この子、情緒不安定なのかしら。でも、作品に一人は欲しいタイプ。ツッコみ役って重要だよね。

 

「ああ、そうらしいな」

 

「……そんな、に…騒ぐ、ことじゃ…ない」

 

「騒ぐことですわぁっ!?普通は人類種(イマニティ)が勝てる相手じゃないんですのよ!?あっさり流すことができるほうがおかしいですわ!?」

 

「でも、俺らだって森精種(エルフ)に勝ってるじゃん」

 

「それは、あなたたちが異世界人だから、私たちとは一線を画すと納得しただけですわ。さも当たり前のことみたいに言わないでほしいですの」

 

キャラ付けもばっちりだなこの子。主人公たちに振り回されるお嬢様キャラ。しかもちょっと頭がアレ。いい仕事してるな。神。

 

「ジブリール君。命令だ。お相手して差し上げなさい」

 

「よろしいのですか?」

 

「ああ、そして負けてあげなさい」

 

そう発言すると、空気がピリッとひりつく。

 

「なぁ、アンタ、いま、「 」(おれたち)相手にわざと負けろっつったのか」

 

「ああ」

 

「そりゃ、俺達が勝てっこねぇから、慈悲のつもりでか?」

 

「いや、別に。ただ早く帰ってほしいから」

 

本を読みたいなら勝手にすりゃいい。もともとここ図書館だし。

 

「マスター、何か勘違いされておられるようです」




長くなりそうなので分割させていただきました。

次回投稿をお待ちください。


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「 」との邂逅②

ある日の八幡①

「うまく作れねぇなぁ」

砂糖が足りなすぎるのか?

「というよりも、原材料がないのが問題かもしれん」

ま、こっちの世界にはコーヒー豆ってないしな。

作れないのなら致し方ない。

ある程度は割り切らなきゃならんが。

「やっぱり、マッ缶は千葉の水だよなぁ」

そう簡単にはあきらめきれないのが人間である。

はぁ。

水飲みたい。千葉の。




「マスター、何か勘違いされておられるようです」

 

ジブリールが俺に訂正の発言をする。

 

「何を勘違いしてるってんだよ」

 

「それは、ゲームにおいて賭けるものの内容でございます」

 

うそん。あの赤髪の天然野郎、俺に嘘ついたのかよ。だったら、わざと負けるのはリスクが高いかもしれん。

 

「え、ここの本の閲覧許可と異世界の書を賭けるんじゃないの?」

 

「いえ、賭ける内容は、異世界の書と()()()()()()()()()()()()

 

……pardon?

 

「おい、聞いてねぇぞ赤髪従者。もっとも重要な賭ける内容について嘘つきやがって。俺が国王なら一生飲み物水しか飲んじゃダメの刑にするレベル」

 

「地味にキッツイなそれ」

 

「…性格、ひん曲がってる…にぃ、と…同じ…」

 

「う、嘘なんてついておりませんわぁ!?わたくしも初耳ですのよっ!?あ、あとわたくしの名前はステファニー・ドーラという由緒正しき名前が…」

 

「そういや、アンタには名前まだ話してなかったな。俺は空。こっちは妹の白」

 

「…よろ、しく…」

 

「自己紹介は最後までさせてほしいんですのぉ!?」

 

「うるさい、ステフ…おすわり」

 

「きゃうんっ」

 

白の命令により、犬の様にお座りさせられたステファニー。罰ゲーム中なのかしら。いや、もしかしたらそういう趣味の子で、好き好んでやってる可能性も…さすがにないか。

 

「一応、ステフの言ってることは本当だ。俺らも、ここの本の閲覧許可を賭けてもらおうと思ってたからな。けど、そっちが勝手に賭け金(ベット)を増やす分には文句はないぜ?」

 

空も補足説明する。あの子、嘘はついてなかったらしい。

 

「おい、どうなってんだよジブリール。全員初耳らしいけど」

 

「どうもこうも、異世界の書4万とつりあう等価のものは中々差し出せませんゆえ、勝手ながら賭けるものを私の全てに変えさせていただいたのでございます」

 

「なるほど。ジブリール、お前にとって異世界の書4万というのがそれほどまでに魅力で、自分の全てを投げ出しても得たいほどだとは理解した。そのうえで言おう。却下だ」

 

「なっ、なぜでございましょう!?」

 

いや、言わなくてもわかるだろ。

 

ジブリール(おまえ)の全てを賭けるということは、簡単に言えば、完全支配権を賭けるということ。

 

万が一お前が負けてみろ。俺との役割が被る。まぁ、俺の場合は完全支配とは言い切れないけど。

 

「空がお前に「全裸になれ」という命令を下したとして、俺が「服を着ろ」っつったらお前どうするつもりなんだ。どっちの命令を遂行しても盟約違反だろ」

 

「具体例が意図的過ぎる」

 

「…にぃ、どんまい」

 

わるいな空。俺の中でのお前への意識は、国王から変態へと変わってしまったのだ。

 

「だから、お前が本だけじゃ賭け金(ベット)に釣り合わねぇと思うなら、所有物すべてを賭けるに変更しろ。これなら問題ないだろ」

 

「…本当によろしいのですか?」

 

なんだよ。まだあんのかよ。

 

「私の所有物全てを賭けるのであれば、図書館そのものなどはもちろんのこと、作成した家具、マスターの部屋、さらにはマスターからいただいた小説など全てが賭け皿に乗るということでございますが」

 

「よし。この賭けは俺たちの持つ図書館の本とお前らの異世界の書4万でいいな?」

 

めっちゃ問題あった。ダメダメ。小説は百歩譲っていいとしても、部屋消えるのは致命的過ぎ。

 

「なんか漫才見てる気分だ」

 

「……仲、いい…ね」

 

空と白が俺たちの仲の良さに苦笑する。

 

「仲がいいだと?違うな、こいつのフレンドリーさがなぜかカンストしてるだけだ。会った当時は虫けらみたいに思ってたくせに」

 

いるんだよねー。クラスに一人くらい、みんなと仲良くなりたいですオーラだしてる女の子。そういう子に限ってクラスの端っこにいるような奴に話しかけてきて、「一緒にやろうよ」みたいなこと言いだすから、「お、俺はいいよ」って断ったら、あとで女子トイレの前とかで「あのクソ陰キャ私が誘ってんだからうだうだ言ってねぇでとっととやれよ使えねぇ」ってだべってたりするんだよなぁ。ソースは俺。

 

ちなみになぜか女の子にしかそういうタイプは存在しない。なんでだろう。

 

「マスター、遠い目をしてないで話を進めてはいかがでしょう。あと、私は誓ってそのようなことはしませんのでご安心を」

 

おっと。そういえばこいつは心を読めるんだったな。郷愁にふけって黒歴史を知られてしまったようだ。

 

「こほん。まぁ、アレだ。こっちができる最大限の賭け金(ベット)の上乗せとして、本の閲覧許可ではなく所有権を賭ける。それに伴って、図書館の自由入退室権。ジブリールの持つ知識を最大限活用できるよう、ジブリールは空と白にこの世界の知識を質問されたら虚偽なく答えなければならないという義務を追加。最後に、一度だけジブリールに命令を下す権利をやる。こんなもんでどうだ」

 

「まぁ、マスターのことを考えれば、その程度しか上乗せできませんか」

 

「事実だけど、故意的に俺のせい感を出さないでくれる?」

 

やっぱちゃんと悪意あるだろ。仲良くなんてない。

 

「クソが。同類だと思ったのに。リア充死ね」

 

「…この世、から…消え、され‥‥」

 

空と白がめっちゃ睨んでくる。声が小さすぎてなんつったがわからんかったが、非常に不愉快な気分になった。なんでだろう。

 

「まぁいい。俺たちの賭けるもんが変わらないなら、こっちに文句はない。で、どっちが俺たちの対戦相手だ?」

 

「そんなもん決まってんだろ。ジブリールだ」

 

俺は知っている。こいつらがあの豪運の持ち主クラミーに勝利したという事実を。

 

その勝利方法が実力なのか運なのかはさておき、そんな相手に俺が勝てるわけない。まぁ、ジブリールも勝てるかわからんけど。

 

だったら、勝負に乗らなきゃいいと思うかもしれないが、それはそれで面倒くさい。

 

まず、ジブリールの相手をしなければならないだろう。こいつ、自分が負けないと思ってる節があるから、賭けの対象である4万の異界の書が手に入らなくなるとなれば、今まで以上にちょっかいを賭けてくるに違いない。

 

次に、こいつらの相手だ。この世界はゲームをすること前提で動いている。だから、ゲームの勝敗がつかなければ、どんなことだってできてしまう。まぁ、略奪とかは無理だけど。いいかえれば、略奪、殺傷の類でなければ、どんな嫌がらせだってできてしまう。

 

つまりどういうことかというと、今回のケースでは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。いかに俺たちがゲームを受けないと突っ張ねても、毎日申し込みに来られたらたまったもんじゃない。

 

だったら、一度ゲームの誘いに乗って、甘い蜜を吸わせておかえりいただいたほうが手っ取り早い。

 

それに、この世界の攻略には、多分こいつらが必要だ。あんまり邪険にするのもよくない。

 

「ジブリール、あとは任せるわ。終わったら呼びに来て。見送り位はするから」

 

「マスターは参加なさらないのですか?」

 

「いや、ジブリールと空の勝負だろ。俺必要ないじゃん」

 

「アンタは知らないのか。俺たちは二人で一人。二人で「 」(くうはく)だ。だから、このゲームは俺と白、二人でやる。だからそっちも二人がかりで来てもいいぜ。天翼種(フリューゲル)に勝ったというその実力も見てみたいしな」

 

「ああ、だから二人とも国王なのか」

 

そゆこと。と空は笑う。

 

「いずれにしても俺はやらん。なにより勝てんし、足手まといになるだけだ。ジブリール一人のほうがまだ勝率高いだろ」

 

「アンタは俺たちが勝つと思ってんだな」

 

「そりゃそうだろ」

 

空が俺に問いかける。

 

「俺が言うセリフじゃないが、アンタは見ず知らずのただの人類種(イマニティ)が、天翼種(フリューゲル)相手に確実に勝てると思ってないか?」

 

「だったら、なんだってんだよ」

 

「それは何故だ?なんとなく察しはつくが、アンタの口から聞きたい」

 

だって、お前らのほうが強いじゃん。

 

とかいうセリフを望んでいたわけではないだろう。

 

こいつが俺に言ってほしいのは、多分。

 

「俺も異世界人だからだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「えええええええええええっっっっっーーーーー!!!!!????」」」

 

「いやなんでだよ。ステファニーと白はともかく、お前はおかしいだろ空」

 

「いや、俺はてっきりクラミーみたいにアンタが天翼種(フリューゲル)の手先かと」

 

俺も空も読み違えたみたい。恥ずかしい。

 

「まて、今、クラミー()()()()って言ったか?あいつ、どっかの種族の手先なの?」

 

「ああ、あいつは森精種(エルフ)の手先。エルヴンガルドの間者だったんだよ」

 

だからあんなに強かったのか。じゃあ豪運でもなんでもないじゃん。だましやがって。

 

「それよりも俺からも質問させろ。アンタ、テトに呼ばれた口か?」

 

「ああ」

 

「どこから来た?」

 

「日本」

 

「名前は?」

 

「比企谷八幡」

 

「二酸化マンガンにオキシドールを加えたとき、発生する気体は?」

 

「理系は苦手だ」

 

「日曜の朝といえば?」

 

「そりゃプリキュアだ」

 

「お前はもう?」

 

「死んでいる」

 

「間違いないな」

 

「‥‥にぃ、おめがぐっじょぶ」

 

「だから言ってんだろ。というかなんだ最後の質問」

 

「悪い、俺もちょっと信じられなくてな。だが、今のやり取りで確信した。アンタは俺らと同じ異世界人だ」

 

そういうと二人は手を差し出してくる。なにこれ。カツアゲ?

 

「改めて、俺達は空と白。二人合わせて「 」(くうはく)だ。同郷のよしみで仲良くやろうぜ」

 

「…やろう、ぜ」

 

「‥‥ああ、よろしく」

 

そういって、俺達は握手を交わす。白の手がふにふにしててちょっとドキッとしたのは内緒。

 

「ところで友よ。物は相談なんだが、ただで本を貸してはくれんかね?」

 

「馴れ馴れしすぎんだろ。別に俺達友達じゃねぇんだし、ちゃんとゲームして勝て」

 

ぐふぅっと空が腹を抱えてうずくまる。なんだよ急に。

 

「本当に友達だと思ってたわけじゃないが、面と向かって言われるとなかなかきついものがあるな…」

 

「…にぃ、だいじょうぶ‥‥しろ、ずっと‥‥そばに、いる」

 

「ありがとう白。兄ちゃん頑張ってみる」

 

「お前変態の上にシスコン属性までついてんのか救えねぇな。白がかわいそうだ」

 

「変態じゃねぇっつってんだろ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そろそろよろしいでしょうか」

 

ジブリールが俺達を止めに入る。

 

クラスのハブられ者という点や、シスコンであることといった共通点から、俺達は30分ほど談笑していた。

 

ステファニーがオロオロとしているのは、ジブリールが少し怒ってるからだろう。ごめん。放置してて。

 

「ああ、悪い。何?」

 

「ですから、そろそろゲームの内容の説明に入りたいのですが」

 

「ああ、そういえばそんな話あったな」

 

こいつと話が合いすぎてすっかり忘れていた。うーん。もうゲームなんてしなくていいんじゃない?本貸してあげちゃう。なんならあげちゃう。

 

「悪いな。これくらいにして、またの機会に話そうぜ」

 

「…だな」

 

俺達は話を切り上げ、図書室の地下へと向かう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なぜマスターもこちらに?」

 

「気が変わった。勝負はしないが周りで見てる」

 

なんだよ。ちょっと気になっちゃったんだよ悪いか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺達は地下のテーブルに着く。ステファニーを除いて。そして、ジブリールから今回のゲームの説明が行われる。

 

「勝負の方法は「しりとり」。ただし、普通のしりとりではございません。「具象化しりとり」でございます」

 

「具象化しりとり?」

 

「はい、ルールは単純です。普通のしりとり同様、既出の解答をする、30秒答えない、継続不能のいづれかで負けです」

 

「言葉は何語でもいいのか?」

 

「はい。ですが、実在しない架空のものは無効回答となりますので、ご注意を。そして何より、「具象化」しりとりでございます。回答したものがこの場にあれば消え、なければ現れる。これがどういう意味を持つか、もうお分かりでしょう?」

 

ジブリールは空に笑いかける。ねぇ、やっぱりみんなゲームに本気になりすぎてない?

 

「もちろん、ゲームが終わればすべて元に戻りますので、ご遠慮なく知識をご披露ください。なお、プレイヤーに直接危害を加えて死ぬ、続行不可能にすることはできませんのでご注意を」

 

「わかったぜ。よし、白。こっちやこいこい」

 

空が手招きして白は空の膝の上に座る。何あれかわいい。

 

「さっきも言ったが、俺らはいつも通り、二人でやる」

 

「では、わたくしたちも二人で行います」

 

うん?

 

「よろしいですね?」

 

「ああ、望むところだ」

 

ジブリールと空が双方納得する。ならば問題ないだろう。

 

「ステファニー、出番だ。ジブリールとペア組め」

 

「絶対にこの状況私の出番ではないですわっ!?」

 

「その通りでございます。私が組むのはいつだって対等な立場のもののみ。下等な人類種(イマニティ)ごときと組むわけありません」

 

「それは、それで腹立たしいですわ!?」

 

「じゃどうすんだよ。分裂でもする気か」

 

「マスターと組むに決まっているではありませんか」

 

「俺も人類だし、見てるだけって言ったろ」

 

そういうと、ジブリールは周りに光をまとわせる。うおっ。まぶしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お兄ちゃん、一緒にゲーム、しよ?」

 

なん、だと。

 

そこにあったジブリールの姿は消え。

 

代わりに俺の膝の上には白と同じ背丈くらいの幼女が。

 

いや、どう見てもジブリールなんだけど。

 

それが俺の手を握って真剣なまなざしで見つめてくる。

 

「わたし、お兄ちゃんと遊びたい」

 

く、くそったれ。

 

ジブリールめ。よくもこんな羞恥プレイを。あとでお尻ぺんぺんの刑だ。

 

俺が何とか、羞恥の中で理性を保とうと必死になっていると、俺が何も言わないことにイラついたのか、ジブリールは目に涙を浮かべて。

 

「お、お兄ちゃん、わたし、のこと、ひっぐ。嫌い?」

 

「ばかやろう愛してるわだから泣くなよしゲームしようさっさとしよう」

 

俺にできることはさっさとゲームを終わらせることだけだった。

 

「妹には、敵わないよなぁ」

 

「あれは妹ではないですの」




なんかごちゃごちゃしちゃってすみません。

空と八幡のセリフがごっちゃになりそうなので、

気を付けて書いてはいるのですが

かなり難しいですね。

読者の皆さん、紛らわしくて申し訳ないです。


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妹を大切にするのはお兄ちゃんの役目

ある日の二人④

「具象化しりとりって、何でも具象化できんの?」

「はい。ルール内であれば何でも」

「じゃあ、ちょっと付き合ってくんない?」

「承知しました」



「じゃ、俺からな」

「どうぞ」

マッ缶(マッカン)


ジブリールのおにぃちゃんコールに負けてしまった俺は。

 

やりたくもなかったゲームに参加する羽目になってしまった。もうこうなったらいっそのことわざと負けてやろうか。

 

「先行はそっちの二人でいいよ♡何があっても私たちは勝つんだから!ねっお兄ちゃん」

 

「お前、このゲーム中ずっとそれでやり通すつもりか。途中でどうせ飽きるんだから、傷が浅いうちに早いとこやめときな。というかやめなさい」

 

「ちぇー。まぁいいや。こういう手が使えるってわかったのは収穫だったしねー」

 

俺の膝の上にのっていたジブリールは元の席に戻ると、再びまばゆい光で体を覆う。

 

次に目を開いたときには、ジブリールは元の姿に戻っていた。

 

「ジブリール。次にやったらマジで許さん」

 

「承知しました」

 

ほんとにわかってんのかよこいつ。信じられんわ。

 

「まぁ、そっちの漫才は置いておいて、先行をもらったから遠慮なくいかせてもらうぜ」

 

空がしりとりの最初の言葉を紡ぐ。

 

水爆(すいばく)

 

空がそういうと、俺たちの頭上になにやら社会の教科書で見たことあるような巨大な爆弾が現れる。

 

あれ?なんかこいつガタガタ言ってる。あれだよね?このゲームのルールだと、ないものが発生するだけで、別に勝手に起動するわけじゃ―――

 

ブゥオオオオオオオオオオオオオオオン!!!!!!!!

 

 

 

ジブリ―ル止めろぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!!!

 

久遠第四加護(クー・リ・アンセ)!!!!!!!

 

 

 

ドォォォォォォォォォォオオオオオン。

 

 

 

 

 

はぁ、死ぬかと思った。

 

初手でなんつー言葉を言ってくれとんのじゃこいつは。乱闘だ。乱闘してやる。

 

「初手から自爆ですか。今のは「く」から始まる最上級封印魔法。久遠第四加護(クー・リ・アンセ)。マスターからの言葉がなければ、あなた方の敗北でした」

 

「おいおい、冗談きついぜ。アンタが敬愛しているマスターを、見殺しにするはずねぇっていうごく普通の感性に賭けたんだが?」

 

「さようでございますか」

 

「しっかし、続行不可能って条件、俺達には満たせそうにないな」

 

「ご理解いただけたようで何よりです。どうぞ私たちを飽きさせないでくださいませ」

 

「なぁ、やっぱり俺抜けたいんだけど」

 

俺の請願は儚くも聞き届けられず。というか完全に無視されて。

 

「安心しろ。飽きさせはしないさ。精霊回廊(せいれいかいろう)

 

その言葉と同時に、ジブリールの羽が動きを止める。

 

精霊回廊。こっちの世界にいる奴らからしたら体の一部分となっている、魔法をつかさどるための器官。

 

ジブリールには羽に多く密集しているらしい。

 

「おい、俺ら異世界人には関係ないからいいとして、ジブリールには精霊回廊あんだぞ。ルール違反じゃねぇのか」

 

「マスター。よく思い出してください。プレイヤーに直接干渉して続行不可能にする行為は反則ですが、プレイヤーに直接干渉すること自体は明言されておりません」

 

「それ低レベルのいちゃもんと同じじゃねぇか?それ。まぁジブリールがいいってんならいいけど」

 

「そういうことだ。ルールに言われてなけりゃ、基本は何してもいいんだよゲームってのは」

 

そんなことないよ?

 

「まぁいい、次だ次。ジブリールの番だ」

 

「そうでございましたね。では、無難にうま――」

 

ウミウシだ」

 

机の上にぴょこんとウミウシが現れる。

 

あっぶねえ。何だかわからんが、このまま続けたらどっかに引っかかる気がした。アウトになる前にバントしなきゃ。

 

勝負(しょうぶ)パンツ

 

ウミウシの隣に、なにやら派手でスケスケなエロすぎる下着が現れる。つーかこれ、バントしたのにアウトになってない?いや、下着くらいならギリセーフだ。うん。

 

「いやぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!見ないでほしいですのぉぉぉぉぉ!!!!!!」

 

ステファニー(おまえ)のかい。でも、現れただけまだましだ。何も起こんなかったら、この中の誰か一人はそいつをはいていたことになるからな。おそろしや。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なぁ、ジブリールは腹減らないのか?マントル

 

だいたい半日ほどたっただろうか。俺たちはまだしりとりを続けていた。俺達っていうか、答えてんのほぼジブリールだけど。

 

「ご安心ください。人類種(イマニティ)と違って我々天翼種(フリューゲル)は食事を必要としませんので。ルーオオシ蛾(ルーオオシガ)

 

「おい、この世界に本当に存在すんのかその昆虫」

 

togetherしようぜーと、どこからともなく聞こえてくる。マジでいんのかよ。

 

「ああ、そう。でも眠くはなるだろ?もう朝日も昇りそうだし、降参してくんね?外核(がいかく)

 

「お疲れでしたらわざと負けていただいてもよろしいのですよ?せっかくマスターも席につかせたのにあまり参加していただけてませんし、もうそろそろ飽きてございます。クロック

 

「ホントにそれだな。俺達も同等の相手かもしれないライバルに会えたかもって期待してたのに、文字通り相手にすらしてくれねぇとは、悲しいぜ。クリーチャー

 

「期待しすぎだ。実際ゲームそんなに強くねぇし。それにちょいちょい参加してんだろ。灯り(あかり)

 

俺の発言とともに、周りの光が消えていく。

 

俺はこいつらと違って夜更かしはあんまりできないタイプ。もう眠くて眠くてしょうがない。

 

灯りも消したことだし。俺はテーブルに突っ伏して居眠りをする体制を整える。

 

「八幡。お前はゲームに対する熱意がないな。勝っても負けてもどっちでも構わねぇと思ってる節がある」

 

「うるせぇ。大きなお世話だ。あと気安くファーストネームで呼ぶな」

 

普段なら気にしなかったが、眠さが限界。

 

仮に本当に寝てしまってもジブリールがいるから問題ないが、流石にジブリール一人残してゲームを続けさせるわけにはいかない。

 

つまり起きるのを今まで強制されてきているのだ。軽くキレてる。

 

「ゲームに勝つには必要な、何をしてでも勝つという強欲さ、負けたときに感じるべき憤怒、他人の勝利に対する嫉妬、そういうのが一切ない。いうなれば、全てに無関心。怠惰。安直だ。お前は」

 

空は紙に強欲、憤怒、嫉妬、怠惰、最後に安直と書いて丸を付ける。

 

「やるべきことを故意に怠け、楽をして済ませようとするあまり、勝負に対して安直すぎる。意味は分かるか?十分に考えず、いい加減に済ませるって意味だ」

 

「分かるわそんくらい。理系はダメでも文系は得意なんだよ」

 

中学生なら、七つの大罪とか、気になって調べちゃうもんね。みんな通る道だと思うわ。だから全部わかっちゃう。

 

「その勝負に安直な姿勢こそが、敗北の原因ってわけだ。たっぷり痛感しな」

 

そういって、空と白は席を立つ。そして、ステファニーに声をかける。

 

「ステフお疲れー。いやー、お前がやばいもん引き付けてくれなきゃ勝てなかったわ」

 

「もう勝ったおつもりで?」

 

ジブリールが空と白に少し怒りながら問いかける。なんで君怒ってんの?俺が怒るならまだしも、君が怒る原因ないよね?

 

俺が眠い目をこすりながらジブリールのほうを向くと、ジブリールはふいっと顔を背ける。なんなんだ一体。

 

「だから悪いけどステフ、ちょっと死ぬけど我慢してね」

 

「はい?」

 

はい?おっと。ついステファニーと同じ返しをしてしまった。空君。君は今何と言ったのだね?

 

「行くぞ白!」

 

そういって、空と白は叫びながら、近くにあった階段を駆け上がっていく。

 

なんだ。何しようとしてんだあいつ。くそ。嫌な予感しかしねぇ。

 

「ジブリール!面倒だがあいつら追いかけるぞ!なにか企んでやがる!」

 

「もうおせぇよ!」

 

空と白は、階段の頂上からジャンプして飛び出す。と同時に、次の言葉が紡ぎ出された。

 

 

 

 

 

「「岩石圏(リソスフェア)!!」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なっ、う、うおおおお!!??」

 

俺の体を支えるものがなくなり、一気に浮遊感が生じる。

 

地面が消えた。ちくしょうが。やられた。

 

岩石圏(リソスフェア)って、確か地球の周りを囲う地殻の一種だったっけか。だが、そいつ消したくらいじゃ地面は消えねぇはず――

 

いや、まて。あいつ、その前に外核とマントルも消してやがった。てことは、のこりの地球の要素は、核だけだ。不味い。

 

俺も詳しくは知らないが、地球の核とはつまり、地球のエネルギー貯蔵庫のようなモノ。地震だったり、噴火だったりといった自然現象を引き起こすエネルギーの結晶体。多分、何千度とかいう温度なんじゃねぇか。

 

そんなもんに突っ込んだらひとたまりもねぇ。ジブリールだって無事かどうかわからん。

 

「こうなっちまったもんは仕方ねぇ。ジブリール!お前だけでも空飛んで落ちねぇように――」

 

そこで俺ははたと気づく。

 

そうだ。精霊回廊がなくなったとき、羽の機能も停止しちまってたんだ。

 

飛べるなら、最初っから空飛んで逃げるだろ。アホか俺は。

 

「全部計算通りってわけかよ・・・だったら、取り戻すまでだ!足場(あしば)!」

 

俺たちの足元に、円形の着地できる足場ができる。地面ないのにどうなってんのこれ?

 

ゲームに負けるのはさておき、死ぬのはごめんだ。

 

「「バランス!!」」

 

着地したのもつかの間、俺達はバランス感覚を失い、小さな足場から落下してしまう。どこまでも邪魔する気か。

 

「だったら…()()()()()()()()()()()()()()()()スカイダイビング!!」

 

これで俺達は落下から解放され――てねぇ!?なんでだよ。一瞬止まっただろうが!?

 

「スカイダイビングってのは、高位置から地上に向かって飛び降りるスポーツのこと!その行為が消えたってことは、俺達は()()()()()()()()()()()()()。けど、あいにくと今は地上がないからなぁ!!?自由落下に変わっただけだ!」

 

空が上から大声で解説してくれる。理屈はわかるが、心ではわからん。こんくらい融通利かせろよ。

 

偶像(ぐうぞう)!!」

 

空の次の言葉は偶像。空中に飛んでたなんかのモニュメントみたいなのが消える。できれば偶像(アイドル)と読んでほしかった気もする。

 

そんなこと言ってる場合じゃねぇ。とにかくこの状況をなんとかしねぇと。

 

なにか。何かねぇか。「う」から始まってこの状況を打破するための単語。

 

「くそっ、思いつかねぇ。(うわさ)!」

 

30秒たつ前に、俺は次の言葉を紡ぐ。

 

「行くぞ、白!」

 

空達は大きく息を吸って、とんでもないことを言いやがった。

 

「「酸素(さんそ)」」

 

やべぇ。呼吸ができなくなった。

 

俺はあいつらと違って空気を吸い込んでいたわけじゃねぇから、死ぬほど苦しい。

 

きつすぎんだろ、おい。

 

ソナタ

 

俺の代わりにジブリールが次の言葉をいう。

 

種植え(たねうえ)

 

「よろしいので?それでは、エア

 

ジブリールが息を吸おうとして、苦痛に身をゆがめる。

 

バッカジブリール。呼吸ができなくなったからって空気そのものを宣言したら、酸素以外が消滅して、酸素だけが復活しちまう。

 

通常酸素ってのは有毒で、空気中に適度に含まれるからこそ害なく体に取り入れられるのである。

 

あ、てかまって。本当に意識がやばい。

 

くそ、ここまで、か…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マスターの意識は完全になくなったようでございますね。

 

これで、残るは私のみ。

 

正直このゲーム、途中まではそこまで本気で勝つ気はありませんでした。

 

しかし。

 

わたくしのマスターを、よくもまぁ熱意がないだの、怠惰だの、安直だのとほざいてくれましたね。

 

そんなことは許しません。

 

理由などありません。ただ、なんとなく許せないのでございます。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

それを、たかだか同郷の民程度の分際でおこがましい。

 

叩き潰して差し上げましょう。

 

ですが、もはや私が手を下すまでもありません。

 

呼吸ができないというのは、私もつらい状況であることに変わりはありませんが、私よりも彼らのほうがつらいはず。

 

マスターから視線を外し、空白の二人に視線を向けると。

 

なんと。兄妹で口づけを交わしているではありませんか。

 

この状況下で、ふざけているのでしょうか。

 

はっ!これは、循環呼吸法。お互いが吐いた息を吸うことで、残り少ない酸素を無駄なく活用しているということでしょうか。

 

早く思いついていれば、私もマスターとキ・・循環呼吸法で生きながらえることができたというのに。

 

「いくぞ・・白」

 

「…うん」

 

「「大気圏(アトモスフェア)」」

 

がはっ!?体が、破裂するような激痛が!?

 

大気圏が消えたことで、体内と、体外で気圧差が生じているのでございますね。

 

しかし、私がその程度で死ぬはずがありませんで。

 

「‥‥‥‥」

 

な、こ、声が!

 

真空中では、音は伝わらない。30秒以内に答えられなければ。

 

私の負け。

 

なるほど。

 

流石は、マスターと同郷出身というだけのことはあります。

 

その程度には認めて差し上げます。

 

ゆえに、少しだけ敬意をもって回答しましょう。

 

私は、指先から光を出して空中に文字を書き。

 

安直(あんちょく)」と回答しました。

 

あなたに答えをだす手段はない。

 

最後は自ら仕掛けた、音のない世界と灼熱の大地によってあなたは負け、私が勝利したのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、どっちが勝ったの?」

 

ゲームが終わった後、俺は机にうつぶせになって寝ていた。

 

あいにくと、ゲームの途中で意識を失っていたため、結末がわからなかった。

 

わかっているのは、ステファニーと一緒に俺が死んだということだけ。

 

「申し訳ありませんマスター。わたくしの敗北にございます」

 

「マジで?どうして負けたの?」

 

「それは、彼らを下等な人間であると侮っていたゆえでございます。私の非を認め、何なりと罰を」

 

「いやそう言う意味じゃなくて。怒ってるわけじゃないから。決め手はなんだったのって話」

 

多分、どうにかしてジブリールを殺しにかかったんだろうけど、どうやって仕留めたのだろうか。

 

「申し訳ありません。私にもわかりません」

 

「え?そんなことある?」

 

意味も分からず知らないうちに死んでいたというのか。どうやったらそんなことできんだよ。

 

「はい。最後の決め手となったのは、彼らがゲームの途中で、()()()()()()()()()()()()()()に、「クーロン力(クーロンりょく)」と書いておりまして、それで」

 

「ああ、知らない言葉だったってことね」

 

クーロン力ってあれか。原子の結合がどうのこうのってやつか。俺も詳しく知らんから、それでどうやって勝ったんだろうと気になる。もっと化学勉強しときゃよかった。

 

「まぁ、なんにせよ。俺らは負けた。わかるな?ジブリール」

 

「はい。盟約にしたがい、彼らに虚偽のない回答をし、一度だけ命令に従うことを約束いたします」

 

「よろしい。ほれ。anotherマスターに挨拶位してこい」

 

俺は、ジブリールを空白の元にけしかける。すると。

 

「お言葉ですがマスター。私のマスターはマスターただ一人でございます」

 

ジブリールは俺に跪く。やめろって。ほら。いままでステファニーにかまってたのに。みんな見ちゃってるから。

 

「われらが生みの親である、今は亡き戦神(アルトシュ)に誓い、私は生涯マスターに忠誠を。これから全身全霊を賭して、死生をともにすることをお約束いたします」

 

「やめてやめて?え、なに急に。何があったの?このゲームで何がお前をそこまでの忠臣に変えちゃったの?おい、空。俺が死んでる間に何があった。というかなにしたお前」

 

俺があたふたしながら空にゲームで何があったか詳しく聞こうとしたら。

 

「なぁ白。俺らって、ゲームに勝ったよな?すっごい負けた気がするのは気のせいか?」

 

「…勝った、けど‥‥負けた。ゲーマー、は‥…現実じゃ、勝て、ない‥‥」

 

「そりゃそうだ。ちくしょう。俺らが必死こいて勝っても、リア充はイチャイチャするだけで逆転勝利だ。やってらんねぇな現実ってやつは」

 

空と白、そしてステファニーは遠い目をして俺らを見つめていた。

 

全部聞こえてんだよ。あと、リア充じゃない。なぜなら、リア充だったら、イチャイチャしなくても常に勝利しているからだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「え、これで終わりですの?もうちょっとなんか勝利後の会話とかないんですの?」

 

「いや、ゲームに勝って情報集められるようになったらそっちに集中するだろ」

 

「…やはりステフ、おバカ」

 

「ひどいですわぁーーん!!!!!」

 

「お前、まだ犬なのか」




ちょっとだけストーリーを改変しております。

あんまりそのまますぎてもただ原作をなぞるだけになってしまい

書く意味ないかなと思ったので。

でもおおまかな展開は基本原作準拠にしようと思ってます。


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自分が友達と思っているからって相手もそうかは限らない

ある日の二人⑤

「」

「愛してるぜジブリール」

「」

「なぁ、何とか言ってくれよ」

「」

「俺が悪かった。いままで、散々こき使ってきたけど。お前に感謝を伝えたかった」

「」

「だから、なあ、目を覚ましてくれよ」

「」

「なんで、なんでなんだよ!?なんでジブリールが…くそ、戦争なんて、戦争なんて…ぐぅうわああぁあああああああ!!!!!!」











「という夢を見ました」

「めっちゃ恥ずかしいんだけど。というかお前死んでるじゃん」


「なぁ、お前なんでまだいんの?」

 

「あなたの知恵を借りたくて残っておりましたの…」

 

「 」(くうはく)とのゲームが終わってから、はや三日。

 

俺とジブリールはいつものように図書館で本を読もうと部屋を出ると、いまだに机に突っ伏して絶望している女がいた。

 

その女性とは、彼らの傍らにいた赤髪の女性こと、ステファニー・ドーラ。この国、エルキア王国の先代王の孫娘であり、現国王「 」(くうはく)の一般常識担当兼ドジっ子キャラ枠である。

 

なお、その「 」(くうはく)本人たちは三日間休息なしで本を読み漁り、とてつもないスピードでこの世界の情報を収集していき、昨日の夜に王城に帰っていった。あいつら、本当に人間なのだろうか。というか、さらっと文字読めるようになってたし。俺がおかしいのん?

 

その彼女がなぜ今だにここに残っているかというと、曰く、知恵を借りたいとのことだった。貸せる知恵なんてねぇよ。

 

天翼種(フリューゲル)に勝利したという実績を持つあなただからこそお願いしているのですわ…」

 

「まぁ、いろいろ言いたいことはあるが、とりあえず要求を聞こう。何すりゃいいんだ」

 

俺がこの世界で学んだこと。その2。断るよりさっさと要求を呑んでおかえりいただいたほうが手っ取り早い。

 

断るほうが余計に時間がかかって、コミュニケーションを取らなきゃならない分面倒ごとが増えるだけだった。

 

今回は知恵を貸すだけとのことだったので、とっとと貸して帰ってもらおう。なんなら借りパクしてもらってもいい。

 

「空と白にどうやって勝つか、知恵を貸してほしいんですの」

 

「なんだ、そんなことでいいのか」

 

「そんなことって…あなたもあの二人の強さはわかっているでしょう?あの二人、ゲームとなったらとことん本気出すもんですから全くと言って歯が立たないんですのよ?」

 

「だから、勝つ方法ならあるって。というか、空と白に限らず、誰にでも、どんな奴でも勝てる方法はある」

 

「そ、そんな方法あるんですの?出まかせ言ってるわけじゃないんですの?」

 

全然信じてもらえない。まぁそうだよな。

 

俺はステファニーの座る席の前に座って、昨日読みかけていた本を手に取って読み始める。続き気になってたんだよ。

 

「なんで急に本を読み始めるんですのよ!?」

 

「だってお前信じてねぇじゃん。というより、ここ俺の図書館だし。もともとここで本読む予定だったんだよ」

 

「マスター、厳密には私の図書館でございます」

 

「なんでこういう時に限って揚げ足取るかな?いつものお前なら、「私のものはマスターのものでございます」くらい言うくせに」

 

それに、このくらいの話なら、別に本読みながらでもできるしね。

 

「分かりました」

 

ステファニーは背筋を伸ばして俺のほうに視線を向ける。その目には疑いの色はなかった。

 

「信じますわ。だから、教えてほしいですの。誰にでもできる、誰にでも勝てる必勝法を」

 

「は?そんなのねぇけど」

 

 

 

 

 

 

ヒュー―。と風が吹いたような気がした。

 

ステファニーは顔を真っ赤にして俺に向かって暴言を吐きかける。

 

「や、やっぱり嘘だったんですのね!?嘘つき!腐り目!人でなし!いえ、人類種(イマニティ)なし!」

 

「いや、嘘ついてねぇし。というかなんだよ人類種(イマニティ)なしって。語路悪すぎるだろ」

 

「さっき誰にでも勝てる方法があるって言ったじゃないですの!!」

 

「いや、そうはいったけど、誰も()()()があるなんて言ってねぇだろ。勘違いすんな」

 

「マスター、それはどういう意味でございましょう」

 

ジブリールが俺の読んでいた本の続編を持ってくる。ナイスタイミング。ちょうど読み終わったんだよ。

 

「だから、誰にでも勝てるが必勝ではないゲーム。知ってるだろ?俗に運ゲーと呼ばれるものだ。それをひたすら吹っ掛け続けりゃいい。そのうち勝てる」

 

コイントスの表裏、サイコロ、じゃんけん。そこら辺のやつを何回もけしかけりゃ絶対勝てる。というか、勝つまで続けりゃいいって話だけど。

 

俺がそういうと、ステファニーはフルフルと首を横に振る。

 

「甘いですわね。空は他人の心理を読むことに長けていますし、白は物理演算が得意。じゃんけんなら空が、コイントスなら白が必勝ですわ」

 

「お前なぁ、そりゃタイマンでやろうとするからだ。白はまだしも空の心理予測なら工夫次第で勝てるだろ」

 

例えば。

 

「道行く人の中から、ジブリールが適当に選んだ人に、「21と爪切りどっちが好き?」って質問をして、当てた人の勝利っていうゲームならどうだ?その際、話しかけるのはジブリールのみ。どちらが好きかを先に宣言しておけば、予測も何もあったもんじゃないだろ」

 

りんごとみかんとかいう好みが分かれるものでなく、21と爪切りみたいな全くと言って関係性がなく、好きとかいう概念があるのかすら不明なものを羅列するのがミソ。

 

仮にジブリールがどんな人に聞くかを予測するにしても、顔とか見た目で判断も出来ん。しいて言うなら雰囲気くらい?

 

むしろ、これで必敗なら、勝つ方法などない。ラプラスの悪魔を越えている。

 

「た、確かに…」

 

「一回目は負けるかもしれんし、引き分けになるかもしれん。ただ、続けてりゃ確実に勝てる」

 

ステファニーは顎に手を当ててうーんと考える。

 

「でも、それあの二人は乗らないと思うんですの…」

 

「そりゃまぁ、乗らないだろうな」

 

「じゃぁ意味ないじゃないですの!!」

 

ステファニーは怒りのあまり席を立ち、机をバン!と叩く。ちょっと?人の家だよ?

 

「俺はあいつらへの勝ち方を聞かれたからな。それを教えたまでだ。これに限らず、どんなゲームだって勝ち方が分かっても、実際に勝てるかは別問題だし。そもそも相手が乗らんという可能性もある」

 

ステファニーはぐぬぅと言って再び席に座る。

 

「じゃあ質問を変えますわ。比企谷さんならどのようにしてあの二人に勝ちますの?」

 

ほう。なかなか鋭い質問をするではないか。

 

「どうしてもあいつらに勝たなきゃならんってなったら、そうだな。必ず勝てるゲームと必ず負けるゲームを用意して、まず必勝ゲームで俺が勝った場合、「必敗のゲームに俺は参加しなければならない」っていう義務をかけ、必敗のゲームで俺が負けた場合、「勝者の命令をなんでも一つ聞く」っていう義務をかけてゲームしようぜっていう」

 

「それ、自分が損してるじゃないですの。それにそれじゃあ引き分けですわ」

 

「いいや違う。それは大きな違いだ。引き分けじゃない。1勝1敗だ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

本を読んでいる俺の横から、スッとお茶を差し出してくれるジブリール。気づかないうちに、気を利かせてお茶を入れてくれたみたい。ありがてぇ。

 

ちょうど喉が渇いた頃だったのでお茶を手に取りひと啜りする。うむ。うまい。

 

‥‥ステファニーにも用意してやれよ。めっちゃガン見してんじゃねぇか。

 

「こほん。ま、言ってしまえば、自分の体を売って勝利を得るみたいなもんだな。ただ単に1勝をもぎ取りたいなら、敗北した回数なんて関係ないし。こういう手も使える」

 

むー。と頬を膨らませてステファニーはうなる。なんだ。何が不満なんだよ。

 

「そういうひねくれた回答じゃなくて、もっとこう、明確にわたくしの勝ち!ってなるようなゲームはないんですの?もちろん、必勝の」

 

「そんなもんがあるなら、みんなやってるだろ」

 

どんな相手にも必勝のゲーム。それを要求するとは強欲すぎる。

 

あるわけねぇだろ。逆にあったらパラドックス。

 

どんな相手にも勝てる必勝ゲーム。裏を返せば、相手に使われれば俺らが負ける。だったら必勝じゃねぇじゃねぇか。

 

と、このタイミングでジブリールが「どうぞ」とステファニーにお茶を出す。なんでちょっとニヤついてるのジブリール?

 

ステファニーが「いただきますの」といってお茶をすする。やはり腐っても王族というべきか。ただお茶を飲むだけでも所作が美しい。

 

と思ったのもつかの間、「ううわあっついですのぉぉぉ!!!」と声を上げ、持っていた湯呑をおもいきりぶちまける。

 

ちゃんと温度確認してから飲もうね?あと、これ多分ジブリールの仕業だよね?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ジブリールに後片付けを命じた後、俺達は街に出ていた。思いのほかぶちまけたのが広範囲に及んだため、結構しっかりとした掃除用具が必要となったためである。

 

はぁ、貴重な本を読む時間が消えていく。まぁ明日も明後日もどうせ本読むけど。

 

別に片付けなど魔法で一瞬なのだが、ステファニーが納得しなかったようで。「自分のミスは自分で片づけますわ」だと。えらい。

 

「それで、話の続きですが」

 

「なに、まだなんかあんの?」

 

「今までの話を要約すると、何かの犠牲なしにはあの二人には勝てないってことでいいんですの?」

 

「まぁ、凡人が勝とうとするならそうだろ」

 

「…?では、非凡な人なら犠牲なしに、真っ向勝負で勝てると?」

 

「まぁ、だろうな。あいつらだってただの人だし。つーか何当たり前のこと言ってんの?」

 

勉強だろうと、スポーツだろうと、はたまたゲームだろうと関係なく。

 

天才、努力家、非凡なる人種に、非才の凡人が努力なしで勝とうとするなら、犠牲は必須である。

 

それは時間か、金か、プライドか、もしくはその全てか。違いはあれど犠牲は払わなければ勝てない。

 

天才に真っ向から勝てるのは、同じく天才のみ。

 

「何の犠牲もなく、ただ勝利を欲するのは同じく天才だけが言える特権だ。そういうのは神にでも実力で勝ってから言え」

 

この世界には神いるみたいだし。ゲームして勝てたなら、多分最強なんじゃなかろうか。

 

そういうと、ステファニーはあはは、と苦笑いする。

 

「あの二人、実は唯一神に勝ったらしいんですのよ…」

 

「マジでか。そりゃすごい」

 

あいつら、最強だったみたい。そりゃ勝てんわ。

 

「でもまぁ、ならもう吹っ切れたほうがいいんじゃね?絶対に勝てない相手って決めつけてハナから勝負しないって手もある。そもそもなんで「 」(くうはく)に勝ちたいと思ってんの?」

 

「それは…」

 

そういうと、ステファニーはぽつり、ぽつりと話し始める。

 

「わたしと、あの二人の出会いはなんだったか、ご存じですの?」

 

「いや、知らんな」

 

「わたしは、国王選定戦でクラミーとゲームして。私は当時気づいていなかったのですが、ゲーム中にイカサマされていると空が教えてくれましたの」

 

「へぇ。紳士じゃんか」

 

ステファニーはフルフルと首を振る。

 

「イカサマは、内容まで説明しなければ、ゲーム中の不正として扱えませんの。イカサマされているという事実だけで、内容までは教えてもらってなかったんですのよ。だから、結局負けてしまいました。それで私は直接空のところに出向いて、イカサマの内容を教えてもらいに行ったのですわ」

 

「ほう。それで?」

 

そういうと、ステファニーはぐぬぬという効果音が適切な感じの表情を浮かべ、怒って俺の胸倉をつかんできやがった。

 

「そうしたら、空ったら、八つ当たりだのなんだのと散々私を煽ったあげく、その後のゲームでも不正まがいの賭けの内容で私に「惚れろ」と命じたりとやりたい放題だったのですわ!!?こんなことが許されると思ってるんですの!!?」

 

「やめろ、おい、俺の、胸倉掴んで、ぐいぐい振り回すな。俺悪くねぇ」

 

「その後も、まったく仕事をしないから、リア充化を賭けてゲームするにも、毎回毎回負け続け、鬱憤がたまりにたまっているのですわ!!?勝ちたいと思うのは自然なことじゃないですの!!!やり返して何が悪いんですのぉ!!!?」

 

「だから、おい、やめろ、人が、めっちゃ、見てるだろうが」

 

そういうと、ステファニーはここが街中であったことに今気づいたのだろうか。視線を感じてハッとわれに返り、俺の服から手を放して、あははーを愛想笑いをする。てめぇ。恥かかすな。

 

あと、理由が思ったよりチープ。なんか、最初ちょっとしんみりしてたから、まじめな話かと思ってた。

 

「ま、まぁつまり、あいつらをぎゃふんと言わせたいってことか」

 

俺はよれよれになった服の首元を直しながら、要約する。

 

「その通りですわ」

 

「じゃあ、まぁ、少し考えてみるか。それなら、なにも勝つ必要もないしな」

 

復讐する。痛い目を見せる。そのためには勝つ必要はない。()()()()()()()()()()でいい。

 

いじめっこに力で勝つ必要はない。夏休みの間に日サロに行って、タトゥー入れて学校行ってみろ。まちがいなくいじめられなくなるぞ。先生には大目玉喰らうだろうけど。

 

「本当ですの!?」

 

「うおっ」

 

ステファニーは俺の手を両手で包み込んでキラキラとした目で見つめてくる。希望のまなざしとでもいうべきか。

 

「本当にあの二人をぎゃふんと言わせる方法を考えてくれるんですの!?」

 

「あ、ああ、乗り掛かった舟だし、まぁ、やぶさかではない。おい、なんで泣く。なんか悪いことした?」

 

「ち、ちがうんですのぉ‥。最近周りの人が冷たいから、うう、ひっく。うれしくてぇ…」

 

「ああうん。つらかったな。ほら、もっと優しくしてやるから、泣き止め。今すぐに。不審者扱いされちゃうから。まだここ外だから。あれだ。あそこだ。目的地。掃除用具買うためにここまで来たんだから買わないとな?そうだろそうだなよしいくぞ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうしよう」

 

あれから、ステファニーと一緒に掃除用品を購入し、図書館に戻って一緒に掃除した。

 

その間、今までの愚痴と文句を散々聞かされた。もちろん半泣き状態で。

 

道行く人に不審者に思われないように、できる限り優しく、小さい頃の小町に接するように懇切丁寧にふるまった。

 

ジブリールにジト目で見られながら、泣いているステファニー(こども)をあやした。

 

その結果。

 

「八幡!そこはポーンでなくビショップを前に出すべきですわ!」

 

「なつかれた」

 

俺とステファニーは、ジブリール相手にチェスしていた。理由は聞くな。忘れたよこんちくしょう。

 

「おい、「 」(くうはく)に勝つ方法考えるんじゃなかったのか」

 

そういうと、ステファニーは、ビショップを持つ手をぴたりと止めた。

 

「わ、忘れてましたの‥」

 

おい。

 

「はあ、今日は解散な。もう夜も遅いし」

 

掃除だのなんだのいろいろしていたら、もう夜も7時。よい子は寝る時間ですよ。

 

「確かにそうですわね。また明日伺いますわ」

 

そういって椅子から立ち上がるステファニー。よかった。なつきすぎて「今日は泊まる!」とか言いださなくて。

 

「では、また明日ですの」

 

「おう。もう来なくてもいいぞ」

 

「ま、た、あ、し、た、ですの」

 

「お、おう。また明日」

 

バタン。

 

やれやれ。嵐が吹いたような一日だった。今日は何にも進まなかった気がする。

 

「マスター。お話があります。少しこちらへ来ていただけますか」

 

「なんだよジブリール。別に話はここでいいだろ」

 

「いえ、こちらへ来てください」

 

「だからなんで…まって。その目はナニ?おい、なんとかいえ…ちょ、くるな、こわいこわい、人の話きk」




今回はあとがきは特にありません。

「いや、書いてるじゃん」

「まったくでございます」


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綺麗なバラにはとげがある

ある日の二人(八幡&空)①

「なぁ友よ。時にジブリール君をどうやって落とした?」

「お前は三つ間違えていることがある。一つは俺とお前が友ではないこと。一つはジブリールを落としてないこと。そして最後の一つは俺とお前が会話していることだ」

「まぁそういうなよ。なんとなく気づいてんだろ?ジブリールがお前に好意を持ってるってことくらい」

「…まぁな。俺は鈍感系ラブコメの主人公ではないからな。なんとなくは気づいていた。だがな、よくよく考えてみればそこまで好かれる要素がないんだよ今までの俺達のやり取りで」

「ま、俺も別に恋愛が得意なわけじゃないし、そう言われてもアドバイスとかは出来ないんだけどな」

「誰もお前にアドバイスもらおうなんて考えてねぇよ非リア」

「黙れボッチ」


ステファニーがまた明日、と俺と会う約束をしたその次の日。まぁ、つまりは約束当日である。

 

いつもならちょうど9時にジブリールが目覚まし代わりに俺を起こしてくれるのだが、なぜか今日はそれがなく、安らかにすやすやと、12時まで惰眠をむさぼってしまった。珍しいこともあるもんだ。

 

個人的にはいつものあの目の覚まし方は心臓に悪すぎるので、できればやめてほしいとは思っていたが、それでも突然何の前触れもなく急にやめられると、なんだかさみしいような気がする。

 

なんだかんだ言って、こっちの世界に来てから一番一緒にいるから愛着のようなものがある。と思う。あれだ。長年一緒にいたペットが急に元気がなくなったみたいな、そんな不安感?

 

だから、当たり前を取り戻しに行くために俺は今からジブリールを探しに行くのだ。けしてさみしいからではない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目的のジブリールは、特別探す必要もなく、普通にそこにいた。図書館の中央のテーブルで、ステファニーとゲームしていた。なんだろう。ブラックジャック?

 

「あ、マスター。おはようございます」

 

「おう、おはようさん」

 

いつもなら一つ二つの罵倒が入ってくるような気もするが、なんだか今日はこいつの機嫌がよさそうだ。別に特段気にしているわけではないが、罵倒はされないほうが精神的にもいいに決まってる。

 

「で、なんで二人してゲームしてんの?なに?ブラックジャック?」

 

「はい。私がディーラー。ドラちゃんがプレイヤーでございます。なぜやっているかと問われると、少し長くなるのですが…」

 

「ドラちゃんってステファニーのことか。著作権的にアレな気がするがまぁいい。多少長くてもいいから、説明してくれ」

 

「承知いたしました」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「八幡!今日こそ「 」(くうはく)を倒す方法を編み出しますわよっ!!」

 

時刻は、朝6時ほどでしょうか。人類種(イマニティ)の活動時刻としても早すぎる時刻に、図書館に赤毛の従者がやってきたのでございます。

 

「はちまーん?いないんですのー?」

 

図書館の中をウロチョロと歩き回り、マスターの名前を呼びながら探すその様子は、あまりにも礼儀知らずだったので直接私が出向くことにしたのでございます。

 

「マスターはこの時刻はまだ眠りについておいでです。ですのであまり大きい声を出さないでもらえますか?」

 

「あ、ジブリール。それは申し訳ありませんでしたの」

 

そういって声のボリュームを落として、こちらに深々とお辞儀をしてきました。礼儀があるのかないのかわかりませんね。

 

「では、わたくしが起こしに行って差し上げますわ」

 

イラッ。どうやらただの礼儀知らずのようです。

 

「なぜあなたがマスターを起こしに行くのか、説明を求めたいですね。あなたがマスターとお会いすると予定では決まっておりますが、あくまでも良識的範疇のなかで押さえていただきたいものです。そのような身勝手ができる権利があなたにあるとお思いで?」

 

「そんなこと言ったら、ジブリールがわたくしを止める権利もないと思いますのよ?あくまであなたは同居人という立場であって、八幡の奴隷なのですのよね?主人の客人を不当に返すなんて権利ないですわよね?」

 

イライラッ。この(アマ)ァ…ならばいいでしょう。戦争です。

 

「でしたら、ゲームで勝敗をつけましょう。ゲームはそちらが決めていただいて構いません。あなたが一度でも勝てば、私はこれ以上文句を申しません。ご自由にどうぞ」

 

「それは流石に舐めすぎですのよ?いくら実力差があっても、私の指定したゲームを常に勝利し続けるなんて不可能ですわ」

 

「でしたら、勝負成立ということで構いませんね?」

 

「望むところですわ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「え?てことは、かれこれ6時間くらいゲームしっぱなしってこと?」

 

「その通りでございます」

 

「で、ステファニーが全く何も言わないのは、ハンデありのゲームでさすがに勝てるだろうと大見得切った割には、6時間やり続けても一勝も出来なくて絶望してるってことか」

 

「その通りですわ…」

 

思ったよりロクな理由ではなかった。まぁ、朝6時からたたき起こされるのは流石に嫌だったので、今回はジブリールを応援する。

 

「ジブリールの勝利条件は?」

 

「マスターが起きるまで勝利し続けることが勝利条件でございます」

 

何その鬼畜条件。まぁ、それをやってのけちゃったわけだけど。俺の安眠を守るため頑張ってくれるのは八幡的に非常にポイント高い。

 

「で、その俺起きてきちゃったわけだけど、ゲーム続ける意味あんの?」

 

「もはややる意味は特にないかと。ですのでこの勝負がラストゲームでございますね」

 

「じゃ、終わったら呼んで。ちょっと本読んでるから」

 

「承知しました」

 

ジブリールに終わったら呼ぶよう伝えると、俺は自室に戻って昨日読んでいた本の続きを読む。

 

ステファニーに邪魔されたからあんまり読めなかったし、今のうちに少しでも読んでおこう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なげぇな」

 

あれから一時間がたった。ブラックジャックでそんなに時間かかるか?

 

俺は読んでいた本を机の上に置き、二人がいたはずの図書館へと戻る。

 

二人はまだ勝負していた。そんなに拮抗しているのだろうか。だとしたらちょっと見てみたい気もする。

 

「おい、まだか」

 

「申し訳ありません。先ほどのゲームはとっくの前に終わっているのですが、ゲームの終了そのものをドラちゃんが認めないもので…」

 

「は?これ以上続ける意味ないだろ。負けて悔しいのはわかるが、プライドなんか捨てろ。勝負にいらんもんだぞ」

 

俺はステファニーにそういって止めるように促す。しかし、ステファニーはカードを真剣に見つめたまま。

 

「いいえ。まだゲームは終わっていませんの」

 

そのまなざしは、やはりまだ勝負をあきらめてはいなかった。6時間超えてよくその精神が持つとは思うし、すげぇと思うが、やはり結果は結果。

 

「いや、もう俺が起きてきた時点で、勝負はお前の負けだ。あきらめろ」

 

「たしかに、()()()もう八幡を起こすことはできませんの。でも、この勝負に勝てば、明日はわたくしが起こすことが可能になるのですわ」

 

あー、そういうことね。まぁ、言ってることはわからんでもない。ゲームに一度でも勝てば、ジブリールはステファニーが俺に対して何かしても黙認するという条件でゲームしているから、別に今日に限った話ではないといえば、まぁそうなる。一応筋は通ってるが、正直朝6時に起こしに来るのは勘弁してもらいたい。

 

とはいえ、ステファニーが諦めそうにないのも事実。面倒だが、ここは俺が折れるしかないか。

 

「はぁー。わかったよ。もうそのゲーム、好きなだけやれ。ただし、今日の夜12時までに決着がつかなきゃ、お前の負けな。明日には持ち越すな。相手してるジブリールのことも考えろ」

 

すました様子で、顔には出していないが、ジブリールの羽がピクピク動いてる。なんかうれしい事でもあったのかしら?俺はジブリールに視線を移すと、プイっとそっぽを向いた。嫌われるようなことした?いや、めっちゃしてましたね。

 

俺はステファニーが座る隣の席に座る。

 

ステファニーもジブリールも、少し怪訝な顔している。隣に座っただけでそんな顔しないでくれる?

 

「ジブリール。俺にもカード配れ。暇なんだよ。ブラックジャックなら会話しながらでもできるし、ステファニーに「 」(くうはく)の倒し方を教えられるしな」

 

「‥‥かしこまりました。マイマスター」

 

そういってジブリールが俺にもカードを配る。Qと7か。微妙。

 

「あの二人の倒し方が、あるんですの?」

 

ステファニーが俺にたずねてくる。さすがに「あるんですのぉ!!?」と大声を出す気力はないっぽい。

 

「ああ、お前が昨日帰ってから俺なりに考えてみた。ヒット」

 

ジブリールが配った次の数字は6。チッ。バーストした。

 

ステファニーもバースト。ジブリールの勝利。

 

次の俺の手札は7と9。いじめてない?ジブリール。

 

「特別な技術も必要なく、やれば必勝。かつ、空と白はほぼ確実に乗ってくるであろうゲームであり、ステファニーだからこそできる。そんなゲームをな」

 

「夢みたいな話ですわね。ステイで」

 

やっぱり、いつものような元気さはなく、ただ真面目にゲームしてるだけになってる。真面目にゲームって何?そんな表現ある?

 

ちなみにステファニーの手札は10と5。お前も微妙だな。

 

「それで、どんなゲームなんですの?」

 

「それはだな…」

 

俺が昨日、散々ステファニーに空白のいままでを愚痴られて、そこから得た情報から見つけ出した最適のゲーム。その正体は。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「空!わたくしともう一度勝負なさい!」

 

朝、俺と白が地下の布団で寝ているところをステフが急に襲撃してきた。くそ、まだ深夜36時だというのに。

 

眠い目をこすりながら俺はステフに問う。

 

「はーまたかよ。今度は何賭けるってんだ?」

 

「それはもちろん、空のリア充化ですわ!」

 

「はいはい分かった分かった。期待してるぜステフ」

 

「ちょっと!それ全く期待してないですわよね!?ちょっとはわたくしの勝利も考えてほしいんですのよ!?」

 

ステフの勝利だと?ハッ。信じていたさ。ああ、信じていたとも。いかに俺たち二人に敗北はないとしても、国を思うステフなら、万が一、いや、虚数分の一の可能性で勝利し、俺をリア充にしてくれるはずだと、心の底から信じていたさ。

 

それを裏切ったのはお前だろぉ!!!?ナニ自分だけ被害者面してやがる!?こちとら散々期待を裏切られてきてんだよ!!!

 

「ふふん。まぁいいですわ。今日のわたくしは昨日までのわたくしとは一味も二味も、いいえ百味くらい違うんですの」

 

「じゃあそれはもはやステフじゃないな」

 

「…ステフ、そのままで、…味、あった…自分の、よさ…なくすなんて…バカ」

 

「ものの例えですのっ!!」

 

「それで、やるゲームは?」

 

「それはですわね…」

 

ステフは後ろ手に隠していた袋を取り出して高らかに宣言する。

 

()()()()()()()()()()!!!

 

 

 

 

 

 

‥…な、な、なんだと!!!????

 

ポッキーゲームというのは、あれか!!!?俺達が元居た世界のアレと同じなのか!!!????

 

「ルールは簡単。お互いがポッキーの端を咥えて同時に食べ進め、先に唇を離したほうの負け。もしくはギブアップを宣言したほうの負けですわ。全部食べ切った場合はやり直し。いわゆる羞恥心の勝負ですわ」

 

‥…ああ。神よ。われにこんな機会を与えてくださり、誠に感謝いたします。いままでの向こうの神はくそみてぇな世界しか作んなかったが、こっちの世界の神はなんと優しき事か。

 

空。童貞十八歳。恋愛経験なし。当然恋人がいたこともない。ゆえに、キスをしたこともない。

 

俺は、もはや一生、キスどころかかわいい女の子と手をつないでキャッキャウフフなことをするのは不可能だと思っていた。なんだかんだ言って、客観的に見れば、俺に惚れるような奴がほぼいないのは明白だったし。だがしかしどうだ!!??

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()!?()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!!!????()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!!!!!!!??????????

 

「それで、やるんですの?やらないんですの!?」

 

何をそんなに切羽詰まってんだ。安心しろ。やってやろうじゃないか。いや、やらせてくださいおねがいします!!!!

 

「やるやる!やるぞ!?俺は!!いやーステフ君の頼みじゃ断れないもんなしかたなぐふぇ」

 

白さんや。肘でみぞおちを思いきり殴るのは止めてくださらんか。

 

「今回は白が空白として受ける」

 

「そ‥そんな‥し、白…」

 

ダメージがひどく、うずくまることしかできない。せっかくの初キスのチャンスだというのに…。

 

「かまいませんわ」

 

う、嘘だ…。目の前に人生で最初で最後になるかもしれないキスのチャンスがあるのに、何もできないなんて…。

 

神よ。ああ、神よ。恨むぞ。そうとも俺は恨むぞ!最初から可能性なんてなかったのかもしれない。そうさ、結末は何も変わってなどいないのかもしれない。だったら、期待なんてさせんじゃねぇええええええええ!!!!!!!

 

 




アンケートを実施します。

まだ先の展開ですがこの後にかかわる要素になりますのでできれば回答お願いします。


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勝負の行方

ある日の二人(八幡&白)①

「あれ?お前の兄ちゃんどこ行った?」

「…近くに、いる…にぃ、しろ、おいて…遠くいかない」

「ふーん。ま、信頼してるのはいいことだ。もっとお兄ちゃんに頼っとけ」

「…聞きたいこと、ある」

「なんだ?答えられる範囲なら答えてやるぞ」

「…八幡、しろに、やさしい…もしかして、ロリコン?」

「バッカ。お前。俺はロリコンじゃない。ただ年下だから優しくしてるだけだ」

「…?それ、ロリコン…」

「違う。せめてシスコンといえ。お兄ちゃん体質があるだけだ多分」

「…八幡、きもちわるい」

「悪かったな」

「…八幡」

「今度はなんだ」

「…これからも、よろしく‥‥ね」

「…おう」




ステフと白がポッキーゲームを始めてから約十五分経った。

 

10秒ほどサクサクサクと音がした後、チュッ。というなまめかしい音が薄暗い部屋の中に響き渡る。それから、再びポッキーを咥えて、これを繰り返す。

 

最初の方は、白を少しだけうらやましく感じた。なぜなら、元々あそこに立っていたのは他でもない俺のはずだったのだから。

 

だが同時に、俺は感謝もしていた。そう、俺は忘れていた。俺がこのゲームをやらずとも、それはそれでいい。この空間に居させてもらうだけで、()()()()()()()()()()()()()()()()()()!!!!

 

白もステフも顔は可愛い。美人といっていい。そんな二人が俺の目の前で何度も何度もキッスをするというのは男の俺にとってなかなかクるものがあるぅ!!!

 

そう、そう思っていたんだ。だが、俺はまだこの時は知らなかった。このゲームが必敗であったということに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ポッキーゲーム、ですの?なんですのそれ」

 

隣に座るステファニーがトランプをいじいじしながら俺に問う。どうやらこの世界にポッキーはないようだ。

 

「ポッキーゲームというのはだな、リア充がリア充であることを再確認するためのクソゲーのことだ」

 

「マスター。それではドラちゃんには伝わらないかと」

 

「え?ジブリールは知ってんの?ポッキーゲーム」

 

「空様と白様から頂いた『タブレット』なるものの本から得た知識で知っております」

 

ああ、そういえばあの二人、ジブリールがかわいそうだからタブレットの中にあるやつ見ていいよって渡してくれたんだっけか。まぁ、情報が武器とはいえ、俺達の元の世界の知識が流出して困ることはないだろう。

 

「えーっと。まず、ポッキーゲームは必ず二人で行うゲームだ。ポッキーという細長いビスケット生地にチョコレートをコーティングしたお菓子があるんだが、そいつの端を一人が咥え、もう片方の端をもう一人が咥えてからゲームが始まる。お互いにそのポッキーを食べ進めていって、途中でポッキーが折れたらやり直し。先に口を離したほうが負けだ」

 

「‥‥一ついいですの?」

 

「なんだ」

 

「食べ進めていって、どっちも口を離さなかったら、その、キ、、キ、キスをすることになりますわよね?」

 

「ああ、だからキ、、キ、キスをしたくなかったら口を離すしかない。要するに羞恥心ゲームだ」

 

「真似しないでくださいな!!」

 

ステファニーがちょっと口を膨らませて怒る。なんで女の子ってこうやって可愛らしく怒るんだろう。あざとい。

 

「でも、なんでそれがあの二人に対して必勝ゲームになるんですの?というか、わたくしそのゲームやりたくありませんわ。だって、そ、空と、その、する可能性あるじゃありませんの」

 

顔を赤くしてもじもじと体をよじらせる。まあ年頃の女の子なら仕方ないか。

 

「いや、おそらくだが、お前と空がキスをする羽目になる可能性は低いだろう」

 

「どうしてですの?」

 

「だって、このゲームなら確実に白が出てくるからだ」

 

俺は椅子をステファニーの方向へ向けて姿勢を正す。すると、ステファニーも同様に姿勢を正す。どうやら、重要なことを言うということを読み取ったみたいだ。

 

「いいか?まず、あいつらの強みは()()()()であるということだ。一心同体といってもいい。空ができなきゃ白が。白ができなきゃ空が。どっちも力足らずなら二人合わせて補って。だからこそあいつらは最強なんだ」

 

「そうですわね」

 

「だが、逆に言えば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。つまり、男子禁制のゲームなら、どんな不利なゲームでも白がやるしかないってことだ」

 

「でも、そんなゲームは乗らないはずでは?」

 

「ああ、だから、ある特定の条件下、つまり空か白のどっちかがでてくるときのみこちらに有利になるゲームで、かつどっちが出てくるかを誘導できるゲームじゃなきゃいけない」

 

「それが、ポッキーゲーム?」

 

「そうだ。お前からの情報では、あいつらはシスコンでかつブラコンだ。勝つためにはキスしなきゃならんというゲームにおいて、異性同士の組み合わせを空と白のお互いが許すはずがない。ステファニーが吹っ掛けたら白が出てくるし、俺が吹っ掛けたら空が出てくるに決まってる」

 

「な、なるほど…」

 

「そして肝なのが、本来ポッキーゲームは羞恥心を試すゲーム。これが必勝ゲームであるということを隠してくれる。これは異性同士だから成り立つのであって、()()()()()()()()()()()()()()()()。まぁどうしても無理っていうやつは同性同士でもいたりするけど。お前は勝つためなら白相手にキスくらいはできるだろ」

 

「ま、まぁ、乗り気ではありませんけど、勝つためなら…」

 

「そうなったら、決着がつく要因は羞恥心ではなく、腹のキャパによるギブアップ宣言しかない。無限にゲームを進めていったら、ポッキーをどれだけ多く食えるかのゲームに変化する。白は体格的に見てもガタイがいいわけじゃないし、年齢的にもそこまで多くは食べられんだろう。つまり、このゲームはステファニーと白のポッキー大食い対決になる」

 

そも、必勝ゲームとは、やる前から結果がほぼ確実にわかっているゲームのことである。たとえば俺とジブリールの100m競争なら魔法を使ってジブリールの圧勝だし、ステファニーと俺のファッション対決ならステファニーが勝つだろうし、白と俺の数学問題集速解き対決とかなら言わずもがなだ。

 

「ただ、吹っ掛けるときに俺の名前を出さないようにしろ。余計な憶測はさせないほうがいい。これなら懸念事項を除いてあの二人に確実に勝てる」

 

「さ、流石は八幡ですわ!感謝いたしますの!これであの二人をぎゃふんと言わせて見せますわ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「白?なんだか苦しそうですわね?きつかったらギブアップしてもいいんですのよ?」

 

「しろ、まけ、ない…うう、「 」に‥‥‥敗北は、ない…うぷ」

 

ふふん。どうですの?散々バカにしてきた相手に負けるかもしれないという恐怖は!?

 

わたくしも大食いではないですが、白よりは食べられますの。大量に作ったポッキー200本のうち半分がなくなりそうになっているので、私もすっこーし苦しいですが、まだ大丈夫。

 

実際はポッキーを半分こしているので、40本オーバーくらい食べたとおもいますの。

 

「一応言っておきますが、吐いたら負けですわ。当然ですわよね?だってそれ以上ゲームを続けられなかったという証明になるんですから」

 

「ううう…」

 

白が少し苦しそうな顔をしてポッキーの端を口に含み、ゲームを続けていますが、もう私の勝ちは決まりましたわね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

なるほど。ここ最近あんまり姿を見ないと思っていたが、()()()がバックについてたってわけか。やってくれんじゃねぇか。

 

ステフ相手だからって油断しすぎたな。まぁ、()()()()相手だから油断したんだが…それも織り込んでの策か?

 

いずれにしても、俺がこの状況になるまで全く気付かなかった毒をいとも簡単に仕込むもんだ。なめてたわけじゃないが、もう少し警戒が必要かもな。

 

俺は苦しそうな白を後ろから抱きしめる。

 

「白、ごめんな。兄ちゃんが無警戒なせいで、苦しい思いさせて」

 

すると、白は涙目になって、俺に抱き着いてくる。

 

「…ごめん、ね…しろ、もう、むり…まけ、て‥‥ごべん、なさい」

 

俺は優しく白の頭をなでる。何言ってんだ。相手が()()ならまだしも、ステフだぞ?まだやりようはある。

 

「負けてねぇよ」

 

「にぃ…?」

 

「大丈夫だ。兄ちゃんに任せろ。俺達は二人で一人。二人で「 」だ」

 

俺はステフからポッキーを奪い取る。

 

「さて、ステフ。妹のかたき討ちさせてもらうぜ」

 

「‥ふ、ふーん。い、いいですわよ。当然。ま、まぁわたくしが負けるはずないですし?」

 

「結構。じゃ、とっとと始めようぜ。第二ラウンドだ」

 

俺とステフはお互いにポッキーを咥える。

 

お互いに食べ進め、サクサクサクと音が鳴る。だんだんと距離が近づいていき、ステフの目を俺は見つめる。

 

真っ赤な顔のステフを責め立てるように、だんだん食べるスピードを上げる。

 

あと4cm。

 

あと3cm。

 

あと2cm。

 

あと1―――

 

「う、ううう、うわぁあああああ!!!!!む、無理ですのぉぉおおおおおお!!!!ギブアップですわぁあああああ!!!!!」

 

キスをする直前でステフが口を離す。クソ。あとちょっとでキスできたってのに。

 

なんてな。ま、勝てて何よりだ。ステフに負けるなんて一生の恥だからな。

 

ポリポリと残りのポッキーを食べる。どうでもいいけど、あんまりうまくないなこのポッキー。糖分が足りん。

 

「ううう。まさか、空が出てくるなんて…」

 

「そりゃ出てくるだろ。お前の後ろで知恵を与えたやつがわかれば、対策のしようもある」

 

「な、なんのことか、さっぱりですわねー」

 

ステフが目を泳がせながら白を切る。それでごまかせると思っているのかね?ステフ君。

 

「こんなゲーム思いつくのお前じゃ無理だ。それに、いま確信したが、こっちの世界にポッキーなんてないだろ。だったら、ポッキーゲームを知ってるやつは俺たち以外に()()()しかいない」

 

「…ひきがや、はちまん…?」

 

「そうだ。どうせこのゲームも、魔法で覗き見てんじゃねぇの?だからあえて言わせてもらうぜ。このゲーム、俺達が勝ったが、負けにしといてやる」

 

俺はベッドに後ろからダイブする。

 

「今回俺が勝てたのは、相手がステフだったからだ。これがジブリール相手とかなら、問答無用で負けだった。だから、言わせてもらうぜ。首洗って待ってな」

 

 

 

「今度は俺達が勝つ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「負けたな」

 

「負けましたね」

 

俺とジブリールは図書館でため息をつく。空の言う通り、結末が気になったので魔法でゲームの勝敗を確認していた。

 

「やっぱ、一筋縄じゃいかんか。懸念事項がドンピシャで当たったし、何よりそれを見抜いて行動したみたいだったし」

 

俺が危惧していた懸念事項。それは、空が出てくることだった。

 

空がゲームに出てきた場合、前提がひっくり返る。まず、ステファニーが空とキスをするのに耐性がない以上、空が先にビビッて口を離さない限り、負けは必須。

 

加えて、万が一キスをクリアしたとしても、おそらくだが、空とステファニーだったら空のほうが多く食べられるだろう。大食い勝負になっても勝ち目はない。

 

「推測でしかないが、空は途中で俺がバックにいることに気づいて、ステファニーと空との勝負を避けたことを読んだ。その上で、ステファニーは空とキスをすることはないと踏んで、あえて自分から攻め、ステファニーの冷静さを奪い、ステファニーが口を離すように仕向けたってところか」

 

「まさに慧眼かと存じます」

 

しっかし、普通にこのゲームあいつらの勝ちだろ。最後になんか意気込んでたけど。

 

厄介ごとに巻き込むのはやめて?まじで。




フラグ成立。

アンケートはおよそひと月ほど受け付けています。

ほぼ結果は変わらないような気はしますが先が長いので念のため。


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頑張って努力したら結果は変なことになりました

ある日の二人(八幡&白)②

「…はちまん」

「なんだ?」

「‥‥にぃのこと、どうおもってる‥‥?」

「こっちの手の内を読んでくるような嫌な目をした非モテ童貞コミュ障」

「…じゃあ、白は…?」

「そんな兄を持つ妹」

「‥‥他には?」

「…白、俺にどんなセリフを期待してるか知らんが、ロクな返答は帰ってこないぞ」

「…かまわ、ない。…本心、ききたい」

「…美少女だが無口で何考えてるかわからん女の子。以上」

「…そう」

「…逆に白は俺のことどう思ってる?」

「童貞陰キャ捻くれぼっち女たらし」

「‥‥。」


唐突だが、努力とは何だろうか。

 

ジブペディア曰く、努力とは目的のために力を尽くして励むことだという。

 

かの有名なプロ野球選手曰く、努力は必ず報われるという。

 

であれば、報われない努力は努力と呼べず、何もしていなかったのと等価値であるといえる。

 

本当にそうだろうか?

 

受験勉強を必死で頑張り、寝る間も惜しんで机に向かった過去を持つ男の、合格発表の日に泣き崩れているその背中を見て、同じことが言えるだろうか?

 

上手でない料理を練習し、身だしなみも整えるようになり、趣味や性格まで合わせたのに、憧れの先輩に振り向いてもらえなかった女生徒の顔を見ながら、同じことが言えるだろうか?

 

結果だけ見れば、彼らは何もしていなかった、怠惰に過ごしてきた一般人と何も変わらないのかもしれない。

 

だがしかし、きれいごとを言うようだが、彼らの実らなかった努力が何の価値もないわけがない。

 

受験勉強を必死で頑張ったからこそ、入学後の授業で後れを取ることがなかったり。

 

自分磨きをしたからこそ、今まで見向きもされなかった他の男からアプローチをされたり。

 

そう。決して無駄になっているわけではない。無価値でないのだ。

 

であれば、努力をしないという努力にだって価値があるはずである。

 

もっと言えば、努力をしないという目的達成のために努力する行為は、相反する事象であるがゆえに決して叶わない夢物語であり、必ず報われない努力の一例といえる。

 

だから、報われないからといって努力をしていないわけではなく、価値のある努力を俺はしてきたということになる。

 

「だから俺は今日は寝る。QED」

 

「よくもまぁすらすらとそのような戯言を思いつくものですね」

 

「しかも途中納得しそうになるのがうざい」

 

布団の中でうずくまる俺と、その目の前にいるジブリールと空と白とステファニー。

 

ステファニーのゲームの後、その翌日に二人してやってきやがった。首洗って待ってろって言われたが、まだ頭も洗ってない。ふざけるな。

 

いつものように図書館で本を読んでいたら、「おいっすー」という声とともに乱入者が入ってきた。

 

こいつらの登場とともに俺はダッシュで自室に戻り布団にくるまり、現実逃避しようとしたが、今回はジブリールも敵につき。

 

「マスターはこちらの世界に来てからゲームについて努力という努力をしておられません。いい機会ですので受けたらいかがでしょう」

 

だとよ。だから、俺は懇切丁寧に努力をしていることを伝え、おかえりいただこうと思ったのだが、失敗に終わった。げせぬ。

 

「いやもういいだろ。ステファニーの件なら普通に考えて俺の負けだし。ほら、帰りな。出口までは天使が連れてってくれるから。go back」

 

俺は布団から腕を出して出口を指さす。

 

全員やれやれという雰囲気でため息をついたり、顔に手を当てたり、首を振ったりする。

 

言っとくが俺のせいじゃないからね?君たちのせいだから。ステファニーがあんなになるまでほっといたのお前らだろ。

 

「つっても、今回は打倒獣人種(ワービースト)に向けて、流石にお前の力を借りたいんだが…」

 

「え?本当に東部連合(とうぶれんごう)攻めんの?」

 

「ああ」

 

空はにっこりと俺に笑う。

 

空白とステファニーのゲームの間、わずか三日ほどしかなかったが、その間、こいつらは東部連合を倒すため、獣人種(ワービースト)の弱点や性質などの詳しい情報を片っ端から図書館であさっていた。

 

その時俺も同席していたので、おおまかな知識は得られたが、まだ勝てるとまで言えるほどの情報はなかったはず。

 

「やめとけよ。よう知らんが、エルキアって東部連合に何回か挑んで負けてんだろ?それはつまり、俺達人類が獣人種(ワービースト)に勝てねぇって証明じゃねぇのか」

 

「今まで勝てなかったから次も勝てないなんてのは、そりゃ大きな勘違いだぜ。それに、今まで負けてきたのは俺らじゃない」

 

まぁ、そりゃそうかもだけど。

 

「勝算は?」

 

「なけりゃ呼ばねーよ」

 

「どのくらいだ?」

 

「十中八九」

 

空は自信満々に答える。一度も負けたことがなければここまで自信に満ち溢れることができるのだろうか。

 

「そりゃすごい。ステファニー。お前から見ての勝率は?憶測でもいい」

 

「えっと…わたくしには空達が考えてることがわかりませんが、五分五分くらいですの?」

 

「ダメやん」

 

異世界の、未知を相手に勝率五分五分の国取りギャンブルだと?正気か?せめて八割までは持っていくだろ。

 

「ステフの言うこと信じて俺らの言うことを信じれねぇってのかわが友よ」

 

「ステファニーのほうが一般人目線として客観的にモノを言ってくれると判断しただけだ。それに、最後のダメ押しで俺を使うならまだしも、俺がいなきゃ勝てないっていうなら勝ち筋見直せ。絶対勝てんぞそのゲーム」

 

「ふむ。確かに他人に頼らなきゃならん時点で、俺らの言う勝ち確という言葉に疑問符を置くのは当然の反応か」

 

「…でも、このゲーム、はちまん‥‥いれば…かならずかてる。保証する」

 

ここで、今までずっと黙っていた白が俺に話しかけてくる。

 

‥‥なんだよ。じっと見つめて。

 

「…このゲーム、勝たなきゃ…みんな、不幸になる。ディスボード‥‥攻略、できなくなる。…だから、はちまん、白たちを‥‥ううん」

 

白はそこで一拍置いて、ベッドから出ている俺の右手を両手で包み込んで軽くキュッと握る。

 

()()‥‥助けると思って、ちから‥‥かして?」

 

 

 

 

‥‥‥。

 

 

 

‥‥。

 

 

 

‥。

 

 

 

 

しばしの沈黙。そして逡巡。俺の脳内コンピュータが今までにない速度で回転する。

 

そしてはじき出した結論は。

 

「ジブリール。白に余計なことを教えるな。罰として一週間異界の書を読むことを禁ずる」

 

ジブリールが悪い。

 

「なぁっ!?わ、わたしは無罪でございます!!誓って何も教えてなど…!!!」

 

「そうでなくとも以前のゲームでロリールになったことから、白への悪影響は免れん。誰が何と言おうと有罪だ。ギルティ」

 

「そ…そん、なぁ」

 

力なくふよふよと地面へへたれこんで座るジブリール。そのまま反省しているがいい。

 

俺は再び白へと顔を向けると、できる限り、真剣に伝わるように言葉を紡ぐ。

 

「いいか?白。ジブリールの言うことは聞いちゃいけません。これは、お前の将来を思ってのことだ。存在自体が十八禁ともいえるアレの真似をしても、得られるのは変な男を勘違いさせちゃうようなあざとさと変な男に危険な目に合わせられるかもしれないリスクだけだ。白は美人さんだから、将来うようよと周りにコバンザメの様に群がる男どもが現れるだろう。リスクはなるべく抱えないにすぎる。本来であれば絶対に俺は動かんが、今回だけはジブリールの監督不行ということで、白の力になる。だから、絶対に今のを他の男にしちゃだめだからね?」

 

「…わかった、はちまん‥‥だけにする」

 

「…ごめんな白、言い方が悪かったな。俺にもしないで?俺は勘違いすることはないけど、メンタルはゴリゴリ削れるから。軽めのボディータッチも含めて、そういうのは白が将来好きになった人だけにしてあげなさい」

 

「…しろ、はちまんのことも‥‥すきだよ?」

 

「‥‥ありがとうな。俺も白のこと好きだよ。けどそういうんじゃなくて、敬愛とか、友愛とかじゃなくて、恋愛のほうの好きになった人だけにしてあげて?いい?約束な」

 

俺はそういうと、無理やり話を終わらせるべく、ベッドから飛び起きて、空と無理やり肩を組む。

 

そして、小さな声で耳打ちする。

 

「…おい空。ジブリールは俺が責任をもって白から遠ざける。だから、白が変な方向に進まないようにしっかりと見張っておけよ。お兄ちゃんだろ」

 

「…当たり前だ。…というかやっぱりお前ロリコ…」

 

「断じて違う。白を厄災から守るためだ。お前だって妹守りたいだろだったらつべこべ言うな」

 

俺は白をジブリール(あくま)の手から救うべく、空達に協力するのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なぁ白。ところで兄ちゃん聞きたいことあるんだけど。さっきのって、本音?それとも演技?」

 

「…にぃ、おこる‥‥しろ、本気で、あんなこと‥‥‥言わない。ぜんぶ、うそ。ぶらふ。ネゴシエーション」

 

「お、おう…いや別に兄ちゃんは白があいつのこと好きでも別に文句は言わんぞ?性格はあれだが大切に思ってくれてそうではあるし」

 

「‥‥にぃの、ばか」




今回はちょっと短めです。


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可愛い女の子は嫌いだ

ある日の二人⑥

「空達が来てからいろいろ面倒だったが、やっと帰ってくれたな。これで俺とお前の二人っきりだ」

「おや、マスターは私と二人きりになりたかったと、そうおっしゃるのですか?」

「‥‥悪かった。表現を間違えたみたいだ。訂正する」

「いえ、訂正せずともよいのでございます。マスターが私との時間をそれほどまでに大切に思ってくれているということが分かり、不詳、このジブリール、感激に身を震わせる所存でございます」

「そういうことするからいろんなことが素直に言えないの、分からない?」

「ではお尋ねしますが、私がこのようなことをしなければ、マスターは素直に認めてくださるのですか?」

「‥‥まぁ、前向きに善処して検討する」

「‥‥はぁ、まだまだ先は遠そうでございますね」


「で、獣人種(ワービースト)に喧嘩売るみたいだけど、どうすんの?ていうか、俺何すりゃいいの?」

 

「いろいろ説明するのも面倒だしな。とりあえず、獣人種(ワービースト)について知ってることを教えてくれ。足りない部分だけ補足で説明する」

 

空達の戦争に参加することになった、というか白のために戦争に参加した俺は、まずは状況確認のため話し合いの場を設けていた。

 

机を囲むように、席には俺、ジブリール、白、空の四人。ちなみにステフもいるが立っている。また罰ゲームなんだろうか。

 

「知ってることって言ってもなぁ…俺の知識ほとんどジブリールからの受け売りでしかないから、ジブリールに聞いたほうがいいんじゃね?」

 

「あくまで今回メインで参加するのはお前だ。従者であるジブリールにも参加してもらうが、その主人がわかんないことがあったら問題だろ。二度手間になるしさっさと言えよ」

 

ジブリールに押し付けて寝よう作戦は失敗に終わった。

 

「‥‥獣人種(ワービースト)は、優れた五感、身体能力を保有し、心すら読めるという、東部連合を領土とする種族で、その名の通り、獣のような性質を持つ人間…いや、知性ある獣といったほうがいいか?まぁそういうやつらで、血の気が多い奴らが多く、種族間で争いが絶えなかったが半年足らずで『巫女』と呼ばれる人物によって平定。東部連合が設立され、今はそいつが全権代理者。なかには『血壊』と呼ばれる特殊能力持ちの個体もいて、物理法則を無視した超技を一定時間使えるようになる…くらいか?」

 

いまさらだが、口に出して言葉にするとやっぱりこの世界おかしいわ。心読むとか物理法則無視ってどんなチートだよ。せめてどっちかにしろ。

 

「そんだけわかってりゃ上出来だ。まぁ確かに?その情報だけ聞いたら勝てるわけないよなぁ?だが、ここにこんな情報を提供されたらどうだ?」

 

そういって空は右手を突き出し人差し指を立てる。

 

「一つ。過去に東部連合に勝負を挑んだ種族、森精種(エルフ)天翼種(フリューゲル)人類種(イマニティ)。東部連合はそれら全員に勝利し、森精種(エルフ)は四回、人類種(イマニティ)にいたっては八回も負けている」

 

「おい、悪化したぞ。余計勝てねぇだろそれ」

 

空は次に中指を立てる。

 

「二つ。東部連合は勝負の際、必ず相手に「負けた場合はゲームに関しての記憶を失う」と宣言させる」

 

なるほど。つまり、初見殺しのゲームを毎回やり続け、勝ってきたということか。だがそんなことを知ったところでどうしようもない。重要なのは中身で、それが分からなければ俺達が餌食になるのは間違いない。

 

空は薬指を立てる。

 

「最後に三つ。勝負に挑んだ人類種(イマニティ)…それは前国王、ステフのじいさんなわけだが、そいつの書いた対東部連合用の本が見つかった」

 

「ほーん。で、それがなんだって勝てる根拠になんだよ」

 

「まだわからないか?んじゃ、言い方を変えよう。対東部連合用、すなわち、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「…ん?ちょっとまて。それはおかしいだろ。だって勝負に負けたら全員記憶消されんだろ?内容なんて暴きようがねぇ」

 

どう考えても、矛盾が生じる。記憶が消される以上、内容を知ることは不可能なはずだ。

 

「ところが、これが本当なんだなー。よく考えてみろ?自分たちより格下。ましてや負けてるのに八回も勝負を挑むようなバカの記憶を消す必要があると思うか?」

 

「あー。言いたいことは分かった。つまり、前国王との勝負のときには、記憶消去を行っていなかったってわけだ。だから、「何度も挑んでワンチャン勝てるかも」みたいな感じで思わせるようにわざと手加減して領土ぶんどってたってわけか」

 

きったねぇ。だが非常に合理的ではある。弱肉強食は世の常だし、弱い奴から奪うのは当然、強いものには屈するほかない。

 

「けど、だったら不思議だな。記憶消去は行わずとも、「後世に伝えてはいけない」って盟約で縛ってもおかしくなさそうなのに。さすがに「生涯誰にも教えない」っていう縛りくらいはついてたとは思うが…初見殺しじゃなくなるし。まぁ、人類種(イマニティ)ならバレても勝てるだろって高くくってたのか?」

 

「さっすがー。ここで疑問を持つあたり、ステフとは格が違うよなー」

 

「ううう…」

 

軽くステファニーをいじる空。これもこいつなりのスキンシップなのだろうか。今度ジブリールにやってみようかしら。いや、多分だが「おい、ジブリール、お前って‥‥やっぱなんでもないわ」みたいになるだろうな。ステファニーと違って非の打ち所なんて特にないし。

 

「その疑問に対する答えは、簡単に言っちまえばNoだ。あいつらは、単純に()()()()()()()()()()()。前国王が仕掛けたトラップを。「生涯誰にも伝えない」という盟約は、死後に適応されず、次期最強ギャンブラーに取り返してもらうために負け続け、情報を集めるために何度も仕掛けたという事実を」

 

「それこそまさかだ。心を読める種族にそんなトラップ通じるわけねぇ」

 

心が読めるのならば、駆け引きなど通じないし、こちらの狙いもカンパされる。偶然でないのなら、狙ってやったことになるが、それを彼らが問題ないと判断することはないだろう。

 

「そんじゃ、ちょっくら試してみるか?」

 

そう言って空が席から立つ。

 

「試すって何をだよ」

 

「そりゃ、あいつらが本当に心を読めるのかどうか、だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「でかくねー?」

 

ジブリールの空間転移でとある建物の前まで飛ばされた俺達。その大きさは元の世界の高層ビルに匹敵する。こっちに来てからはあまり見かけない建物だ。

 

「身の丈以上のものを作り、必死に背伸びする姿は微笑ましいですね。滑稽で」

 

「ちょっと?いきなり来て失礼でしょ。俺達の身の丈考えて?」

 

俺がジブリールにそう突っ込んでいる間に、空達はその建物に向かって歩き始める。

 

「おい、ちょっとまて。いきなりここに飛ばされたが、何しに来たんだよ。というかここどこだ」

 

「ここは東部連合の在エルキア大使館でございます。名目上は国王とのコネクションを保つためだそうで。元エルキアの王城でもありますね」

 

空の代わりにジブリールが説明してくれる。元、ということはここも負けて奪われた土地であるということか。

 

「ん?ていうかそれじゃだめだろ勝手に入ったら。一応ここ東部連合の土地だろ。ビザ持ってねぇよ俺」

 

「大丈夫大丈夫。ちゃんとアポはとってあるから。なぁ?」

 

大使館の目の前には、眼鏡をかけた、白髪の老人がいた。

 

「ようこそ、エルキア国王、空殿、白殿。東部連合、在次席大使、初瀬いのです。お見知りおきを」

 

そういってその老人はぺこりと礼をする。一応俺もしておこ。

 

「いつ取ったんですの?」

 

「今朝。そこのじいさんが図書館にいた俺を見てたから、身振りで俺達が今から行くって。噂にたがわず獣人種(ワービースト)の五感はすげーなー。目もいいしびっくりしたよ」

 

「い、いえ、そうじゃなくて‥‥」

 

「在エルキア東部連合大使、初瀬いづなに用がある、のですな?」

 

ステファニーの疑問を遮っていのが要件を言い当てる。でも、こんくらいなら予想はつくよな。

 

「話が速くて結構。じゃあ、案内してくれ」

 

「‥‥‥では、どうぞこちらへ」

 

そういっていのは大使館の中に俺達を招き入れようとする。

 

「なぁ、いのさん。一つ聞きたいことがあるんだけど。すぐ終わるから答えてもらえないか」

 

俺はなるべく怒らせないように丁寧な言葉づかいでいのに問いかける。温和な見た目だからってだまされてはいけない。むしろこういうのは怒ったらやばいタイプ。

 

「‥‥‥なんでしょう?」

 

()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

「‥‥‥申し訳ない。どこかでお会いしましたかな?あいにくと記憶にないようで…」

 

「ああいや、いいんだ。それだけで十分だ」

 

そう。本当にこれだけで十分だ。

 

空達の言ったことは本当だったようだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ってことが、何よりの証拠だから。

 

「邪魔して悪かった。案内してもらっていい?ですか?」

 

「‥‥さようで。では、どうぞ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なぁ、ジブリール」

 

「なんでございましょう」

 

「これ、何か知ってる?」

 

空は大使館の中にあるテレビ画面を指さす。

 

「映像機の一種でしょうか。しかし、はて。獣人種(ワービースト)は魔法を使えませんし…きょ、興味がそそられますね」

 

よだれを垂らすジブリール。自重しなさい。

 

「ふーん」

 

「おい、お前から聞いたんだろうが。もっとなんかあるだろ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺達はエレベーターに乗る。ステファニーが驚いていたところを見ると、こっちの世界にはエレベーターはないみたい。

 

「しかし空殿。次からは正規の手続きを踏んで、アポを取っていただけますかな?先の件からエルキアに対し、過剰に敵対的なものがおりましてな。事前通達が間に合わず、無礼な態度を取らせてしまい・・」

 

「言葉をしゃべり二足歩行しても犬は犬でございますね」

 

「ジブリール、喧嘩売るのやめて?お前にも思うところあるのかもしれんが、お前の発言で俺のSAN値ゴリゴリ削れてるから。怒りオーラ駄々洩れになって肩身が狭い思いしちゃうから」

 

ごめんね。いのさん。

 

「あー、ステフ、先の件て?」

 

「改築競争の件ですわね。他国の大使館が王城より立派では、威信にかかわると、新たに城を作ったんですの」

 

「ふむ、今の俺らのいる城か」

 

「それを受けて、東部連合が当てつけの様に改築を重ねたんですのよ。建築技術でもエルキアは東部連合に大きく遅れていて…」

 

「そうでなくとも、十四位の獣人種(ワービースト)は最下位の人類種(イマニティ)を過剰に見下す傾向が…あ、ぴったりの言葉がありましたね。「目糞鼻糞を笑う」と」

 

「ねぇ、人の話聞いてた?なんなの?俺空気なの?ステルスヒッキーが限界値越えちゃったの?早く謝れよ超怖いんだけど」

 

「ご安心くださいマスター。マスターには何があっても指一本、いえ、目糞一塵も触れさせませんので」

 

「それフォローじゃなくて火に油注いでるよね?ジブリール実は俺を殺そうとしてる?」

 

「うわぁはっは。なかなか面白いことを言いますな。確かに言いえて妙。まして、六位殿に言われるといやはや耳が痛い話で。では、禿げ猿何ぞとつるんでおいでの欠陥兵器は、さしずめ耳糞ですかな?」

 

「ほら怒っちゃってるじゃん。当たり前だよ。むしろ怒っていいよ。100%ジブリールが悪いよこれ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「では、こちらでお待ちを」

 

エレベーターで上がった先でいのにそう告げられ、俺は椅子に座って待機する。なぜかみんな立ちっぱなしだったけど。しかも防音魔法で秘密の話してるっぽいし。作戦会議かな?いや、それなら図書館でするか。じゃあただハブられてるだけだ。なにそれ気づきたくなかった。

 

しばらくたつと、コツコツと、下駄の音がする。

 

「お待たせしました。東部連合、在エルキア大使、初瀬いづなでございます」

 

いのが連れてきたのは、袴に身を包んだ狐耳の幼女、初瀬いづなだった。

 

「「キングクリムゾン!!!!」」

 

 

 

 

‥‥はっ!あ…ありのまま 今 起こった事を話すぜ!

 

「おれは 奴の前でただ座っていただけなのにいつの間にか空と白が目の前から消えたんだ。時が止まったような感覚だ。そしてあいつら、いづなに抱き着いていたんだ。」

 

な… 何を言っているのか、わからねーと思うが俺も何をされたのかわからなかった。

 

 

 

 

「ケモミミの麗しき幼女よ~お兄さんと遊ぼうか~な~にただの怪しい人なのですよ~」

 

「じゃあダメじゃね?」

 

「何気安く触ってやがる、です」

 

カチーン。空気が凍る。

 

空と白は思いっきり距離を取ってプルプルと震えている。白に至っては「かわいさ…マイナス50ポインツ」とのこと。

 

「なに勝手にやめてん、です。いきなり触りやがったの、驚いただけだろ、です。早く続けろや、です」

 

ポクポクポク、チーン。

 

「あー。あのさ、語尾に「です」をつければ丁寧語になるわけじゃねぇぞ、です」

 

「そ、そうなのか!?です」

 

「気を悪くせんでくだされ。孫はまだ人類種(イマニティ)の言葉は苦手でしてな…それと」

 

いのは中指をこちらに向けて立てて、

 

 

「なに人のかわいい孫を汚ねぇ手で触ってやがる禿げ猿!!!死なすぞオイ!!!!」

 

 

「…と、言われるような行動は控えていただけると」

 

「なるほどジジイ。てめぇの影響か」

 

「…このジジイ嫌い。…マイナス1000ポインツ」

 

「いや、七割くらいお前らが悪いだろ」

 

そう言われたのにもかかわらず、空と白はいづなを撫でまわす。

 

「…でも、いづなたん…ギャップ萌え。プラス1050ポインツ」

 

「禿げ猿のくせにじーじより撫でんのうめー、です。もっとやれ、です」

 

いのが背後でプルプルとこぶしを握り締めながら、いづなに空と白のほうが撫でるのがうまいといわれ、ガックシとしている。俺も小町にそんなこと言われたら泣いちゃうかも。

 

「じゃあ、その禿げ猿っていうのやめよっか。俺は空。そっちは妹の白」

 

「…よろ、しく。いづなたん」

 

「がってん、です。空、白、です」

 

「んで、あそこにいる目が腐ったやつがヒッキーだ」

 

「ヒッキー言うな。つーかなんだそのあだ名。まぁ比企谷菌よりはましか」

 

「覚えたぞ、です。ヒッキー、です」

 

「おい、まちがえて覚えられちゃったんだけど?あんまり嬉しくないあだ名でこれから呼ばれちゃうんだけど」

 

「…よくわかんねー、です。お前ヒッキーじゃないのか?です」

 

「…はぁ、もういいよヒッキーで。一応言っとくがいづなだけな。空、ジブリール、絶対にヒッキーと呼ぶなよ」

 

「えー。いいじゃん別にー減るもんじゃねーだろ?それに白はいいって、やっぱりロリ…」

 

「SAN値が減るから駄目だ。あと、白は記憶力がいいしわざと俺のことをけなしたりはしないって信頼してるだけだ。いいから仕事しろ仕事。目的忘れんな」




いづなたん萌えー。


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宣戦布告のときはなるべく意地汚く

ある日の二人⑦

「ジブリールの生みの親って、確かアルトシュって言ってたよな」

「はい。今はもうおりませんが、大戦時最も強大な勢力であった戦いの神、神霊種(オールドデウス)の一角でございます」

「そうか。もういないのか」

「なぜ急にこんな話を?」

「いや、まぁ。俺もこっちの世界に来て、親に会えなくなったわけじゃん?だから少しくらいは親孝行しておいたほうがよかったかなってふと思ったときに、ジブリールはしてたのかなって気になっただけだ」

「まぁ、我々にとって、最も喜ばれる親孝行といえば、敵の首を取ってきた時が一番でしたね。そうそう、私思い出したのですが龍精種(ドラゴニア)の首を取ってきたときの我がアルトシュのお言葉と言ったら‥‥」

「やっべぇ。聞かないほうが良かったかもしれん」


ようやく仕事をする気になったのか、空と白が席に着くと、いのといづなも席に着く。

 

まず最初に口を開いたのはいのさんで、外交が始まる。

 

「では、糞猿の要件、伺いましょう」

 

「思考を読めるなら伺うも何もないだろ」

 

「ここは外交の場。言葉や書面を交わす場でして。猿には難しい話ですかな?」

 

「孫の扱いで負けてキレんなよじいさん」

 

ピキィっといのさんに怒りのマークが見える。いや煽るなよ。何しに来たんだよお前ら。

 

「…大人気、ない」

 

「空様、獣人種(ワービースト)のガラス細工並みにもろい心を刺激しないよう。哀れさに笑いを、いえ、涙を禁じ得ないので」

 

「お前らなぁ、礼儀って知ってる?煽りすぎだよ?いのさんキレすぎて今にも盟約破りそうなほどプルプルしてんだけど?どす黒いオーラ見えちゃってるけど。俺今軽く命の危機感じてるけど」

 

「ご安心くださいマスター。如何にこの低能な獣もどきが怒りに身を任せようとも、「十の盟約」は絶対順守ゆえ、マスターに危害は絶対加わりません。もっとも、それを彼らが理解しているかは別問題でございますが」

 

「それだよ。お前のせいだって。いのさんのせいじゃなくてお前らのせいで危機感じてんだよ。わかってんだろ」

 

「なら、要件を言おうじいさん」

 

空は足を組んでいのさんに告げる。やれやれようやくか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お孫さんのパンツを賭けてゲームをしてくれ。こっちはステフのを賭けるから」

 

‥‥‥pardon?

 

「簀巻きにしてたたき出してほしいなら、はじめからそう言え糞猿ゥ!!!!!!!!」

 

いのさんは机にこぶしを振り下ろして怒号する。軽く机が壊れかけているのも見ると、そうとう怒っている。いや当たり前だけどね?むしろいままでよく我慢してたまである。

 

「え?ステフのよりジブリールのほうがいい?」

 

「お断りします。マスターの命ならともかくとして、こんな低能ども相手にわたしが賭けるメリットがございませんゆえ」

 

「そっかー。じゃ白?十一歳児のパンツ欲しがるとはじいさん病気だぞ?それとも‥‥ま、まさか、俺?」

 

「おい、そろそろブレーキ踏め」

 

「なーじいさんダメか?()()()()()()()()()()()()()()()()

 

‥‥あー。なるほどね。そういうこと。まぁ最終確認は大事だしな。まぁだったらいづなじゃなくていののでよかったんじゃない?

 

「もう、てめぇ、本当の要件を話す気ねぇんならさっさとひきとれ」

 

「くさい芝居止めにしない?」

 

ようやく空がいのさんに決定的な言葉のナイフを突き立てる。

 

「思考が読めるなら、パンツを賭けたゲームに乗っとけよ。パンツよりその副次結果、お宅らのゲームをすべて暴いた俺の記憶を消すチャンスだぞ?あ、握手して」

 

空がスッといのさんに手を差し出す。

 

しかしいのさんは警戒して、その手をつかむことはなかった。

 

「警戒したな?図星か?コールドリーディング。獣人種(ワービースト)の優れた五感なしでもちょっとしたコツ、観察力さえあれば誰でもできるやっすい手品で、奇遇なことに俺の得意技なんだわ」

 

「お前のその技術、昔の世界(あのころ)ではほぼ役立たんだろ。なんで身に着けたんだ?」

 

「お前ってなかなか意地悪だよな。周りの空気読んでるうちに身についただけだ。コミュ障万歳ってか?」

 

「ああうん、なんかごめんね?」

 

空が遠い目をし出したので、俺は会話を強制終了させる。俺もあんまり昔のことは触れられたくないし、これ以上は追及しないでおこう。

 

「まぁいい。今の間にじいさんもはったりじゃないという確認が取れたみたいだしな」

 

空がいのさんに向き合う。表情はやはり変わらなかったが、内心はひやひやもんだろう。空を相手にすると言うことは、心をすべて見透かされているような気持ちになる。一対一のゲームを直接してない俺でさえそうなのだ。心中を察することは造作もない。

 

「さって。思考が読めるなんて真っ赤な嘘っぱちと確認が取れたところで、お待ちかね」

 

そう言って空は席を立って、白とともに右隣にあったスクリーンの前まで移動する。

 

「本当の要件といこうか。位階序列十六位人類種(イマニティ)、エルキア王国全権代理者、空と白の名のもとに」

 

「…貴国、東部連合が‥‥世界制覇、最初の、犠牲者に選ばれたこと‥‥祝福する」

 

その異様な空気に、いのさんといづなは眉間にしわを寄せる。

 

「…当方、貴国に対し‥‥対国家ゲームで、大陸にある東部連合の全てを要求する」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「対、国家ゲーム?と、東部連合にこっちから仕掛けるって、今、そういったんですの?」

 

ステファニーがおどおどしながら空に尋ねる。

 

「いやここに来る前からそういう話になってたじゃん。いまさらだろ」

 

「で、ですが、空のことだから向こうから仕掛けてくるように仕向けるとか、そういうのだとばかり…」

 

「おいおい、ステフ。そういうのは俺らの本領じゃない。それは八幡の本領だろ?俺らはあくまで、ゲームで勝つ。ま、それも今ほぼ勝利が確定したわけだけど」

 

空は意地汚く笑う。そして、笑いながらいのさんに向かって、

 

「ああ、こっちが賭けるのは、変わらずステフのパンツな。いづなのパンツで手を打っときゃーなー。ざんねん。悪いねじいさん。チェックだ」

 

「それはいったいどういう意味でございましょう」

 

いのさんが反応するよりも早く、ジブリールが空にその言葉の真意を尋ねる。ちなみに俺も理解してない。

 

「これで東部連合は詰んだんだよ。半世紀前、急激に技術を飛躍させた島国、東部連合。けど高度文明は大変でな。どれも大陸資源が必須。だが大陸領土を手に入れる前にエルヴンガルドが仕掛けてきた。誘い受けのゲーム」

 

空が机の上に用意されていた柿を一つ取り、空中に放り投げながら得意げに話す。

 

「だが、最強国に連勝した正体不明ゲームは誰も誘いに乗らん。大陸は手に入らない。犠牲覚悟で負けるべきだった。なぜそうしなかった?順番に謎を解いていこうか」

 

空が俺に柿を一つ投げてよこす。

 

「question1!なぜゲームに関する記憶を消す?」

 

「消さなきゃ勝てなくなる。つまり、初見殺し性能は高いが、バレたらどの種族でもある程度戦えてしまうゲームだったからだ」

 

空が指を鳴らして大げさに反応する。

 

「perfect!だがしかし、記憶を消したとしても、負けたという事実は残る。question2!なぜエルヴンガルドは四回も挑んだ?」

 

「何とかしてゲームの内容を暴こうとしたんだろ。多少負けても大国ならそこまでの痛手じゃないし。負けた事実から、自分たちの得意分野である魔法が使えないゲームで、かつ身体能力に頼りすぎたゲームでないことくらいは暴けたんじゃねぇの?もしくはMだったか」

 

「exactly!エルフがMでないと仮定すれば、それくらいしか理由がない。しかし、ここでも一つ疑問が残る。なぜ四回で挑むのをやめた?」

 

「まぁ、可能性としてあるのはゲームの内容が暴けなくて諦めたか、ゲームの内容を暴いたが勝利方法が分からなかったかの二択だろ」

 

「惜しいな。エルヴンガルドは俺らと違って魔法を使えるエリート様集団だぞ?人類種(イマニティ)ですら八回も挑んでるのに四回挑んだ程度で諦めたりはしないさ。ということはつまり、ゲームはわかったが、なぜ負けたのかが理解不能のゲームだったってことさ」

 

空はもう一つ柿を手に取って、隣にいる白の手に放り投げる。

 

「‥‥でも、そんなゲーム‥‥‥一つしかない」

 

「さ~ぁ盛り上がってまいりましたquestion3!まったく性質の違う種族全てに有効。技術の優れた東部連合だけが持つという、必勝ゲーム。正解は~!!??」

 

「‥‥チート、し放題の…テレビゲーム」

 

「「テレビゲーム?」」

 

ステファニーとジブリールが同時に疑問符をつける。

 

「お前ら二人は知らないよなぁ。でも、ジブリールは以前東部連合に挑んでる。エントランスにあったものを何故見たことがない?」

 

「‥‥そ、それは…」

 

「忘れたんだよ。ゲームに関わる記憶だから」

 

「というかちょっと待て。天翼種(フリューゲル)で挑んだやつってお前のことだったのかよ」

 

「言っておりませんでしたか?」

 

「すまん。初耳だ」

 

なるほどね。あのときのあの質問はちゃんと意味があったらしい。

 

「まぁ、それを抜きにしても、フリューゲルであるジブリールが知らないのなら、この世界にテレビゲームがあるのは東部連合だけだろ?だから記憶を消し隠匿する。なぜなら、自分たちがゲームマスターになり行うテレビゲームなら、チート放題やり放題」

 

「‥‥対戦相手に、それを暴くすべ‥‥一切、ない」

 

「電脳空間を知らなければ魔法も無意味。心が読めるってほらふくのも、チートを第六感と言い張り詮索させないためだろ?」

 

空はいのさんの顔を覗き込む。その顔はまさしく悪魔の顔だ。

 

 

 

 

「そう、あんたらは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

いのさんは無言のまま、空の顔を見つめている。あいにくとその表情はここからは見えないが、どんな顔をしているのだろう。

 

「さーぁlast question!!なぜ俺らはこの答えにたどり着けたのかな?この問題はじいさん、アンタにくれてやる」

 

空は最後に残った机の柿を、いのさんに放り投げる。それをキャッチしたいのさんは、こちらから見える範囲で動揺が見えた。

 

少しばかりのいのさんの思考の後、口を開いたのはいのさんではなく空だった。

 

「そう、問題はそこじゃない。前国王が何かを伝えられた時点で、アンタらは彼の思考を読めていなかった。「生涯誰にも伝えない」って盟約に、死後までは含まれないというトラップをな」

 

「なぁジブリール。やっぱりあいつら人間じゃなくてドッペルゲンガーとかだったりしない?明らかに今のセリフ心読んでないと成り立たないよね?」

 

「いえ。彼らは間違いなく人間でございます。非常に癪ではございますが、我々よりもはるかに優れた読心術の持ち主であるという事実があるのみでございます。もっとも、マスターも同じ人間でございますゆえ、悲観なさらずともよろしいかと」

 

「別に悲観してるわけじゃないし、そもそも俺に読心能力はない。せいぜい空気読むくらいだ。空気を読みすぎてクラスの中で空気と化すレベル」

 

「‥‥お前も苦労してんな」

 

「…ふぁい、と」

 

俺が自虐ネタを披露したばっかりに、空と白が同情して空気が一気に重くなってしまった。なんだろう。通夜みたいな雰囲気だ。ごめんね。

 

「あ、あーまぁいい。ゲームの全ての内容を丸裸にした俺らがこの情報を森精種(エルフ)にでも渡せば、アンタらは遠くないうちにゲームを受けざるを得ない状況にされ、必敗。俺らの記憶は必ず消す必要がある。だがステフのパンツに領土を賭けたゲームなんかしたら、俺の妄想の全面肯定を意味する。ならばここは、全てをただの妄想としたまま、勝負に応じずに逃げるしかないが‥‥」

 

「「逃がすと思った?」」

 

空と白の声がはもる。やっぱり相当仲いいね君たち。義理の兄弟でしょ?俺もあそこまで小町とは仲がいいわけじゃない気がする。

 

「賭け金追加だ。人類種(イマニティ)の全て」

 

空のその宣言と同時に、空達の胸元にチェスの駒、キングの駒のマークが浮かび上がる。どういう仕組みなんだろう。いや、魔法とかある時点で仕組みとか考えても無駄か。

 

「種の駒を賭けよう!!」

 

「ええええええええーーーーーーーーーー!!!!!!!?????????正気ですのぉ~~~~!!!????」

 

ステファニーが思いっきり、もう、鼓膜が破れそうなくらい大声で叫ぶ。隣の席じゃなくてよかった。

 

「これで人類種(イマニティ)の命も領土も全て賭けたことになった。これで逃げても、俺の妄想が正しいと世界に宣伝することになるな」

 

空は今までで一番の意地汚い笑みを浮かべて、こう言った。

 

「自称エスパー。この手は読めたか?」

 

読めるはずがない。いや、エスパーだとしても、読めないだろう。

 

種の駒。もし失えば、神の定めた、いやテトが定めた知性ありしとされる十六の種族からの脱退、すなわち家畜と同じ分類とされ、「十の盟約」の適応外となり、事実上、負ければ死。

 

そんな大きすぎるリスクを背負うものが、本当にいるとは夢にも思わないだろう。冗談半分と流すに決まっている。

 

()()()()()()()()

 

だがしかし、これで、空の中では勝敗が付いたらしい。ゲームをする前から勝負は決まっていると、前に教えてもらったっけか。もうこの時点で、空の勝ちは絶対になったようだ。あれ?じゃあ俺いらなくね?何もしてなくない?

 

「‥‥本当によろしいのですかな?空殿の妄想が正しくとも、エルヴンガルドはその上で負けた。そこに種の駒など賭けて、絶滅したいのですかな?」

 

「…じいさんさ、俺が図書館から意思疎通した件、素直に驚いてりゃ気づけたのにな。俺らがこの世界の人間じゃないってさ」

 

そういって足を組み、背もたれに深々と座る空の姿は、まさしく王者の風格。第一位のそれだった。

 

「こと電子ゲームなら、チートでもツールアシストでも好きに使え」

 

「‥‥‥そんなもので‥‥勝てるほど、「 」は‥‥甘く、ない」

 

やっぱり人間じゃねぇわこいつら。チート使われても勝てるとかなにそれ。お前らがチートだよ。

 

「俺らが来たときさ、「またカモがネギしょってきた」って思った?今度食われるのはそっちだ。獣人種(ワービースト)

 

空の目も、声も、雰囲気も、まさしくそれは狩人のもの。身体能力お化けの獣人種(ワービースト)ですら、恐れおののいている。やはりゲームに関しては最強だな。こいつら。

 

「ま、こんな規模のゲーム、独断じゃできないんだろ?日程は改めて。種の駒を賭けたゲームだ。全人類種(イマニティ)に観戦権があり、こっちは四人で挑む。拒否は認めん」

 

ん?いま四人って言った?っていうことは、空と、白と、ジブリールと、あとステファニーで四人だから、やっぱり俺いらないじゃん。

 

「いいや残念だが、八幡、お前もプレイヤーだ。ノンプレイヤーはステフに決まってるだろ。いても足手まといにしかならん」

 

「ひどいですわぁ!?」

 

「ねぇ、ナチュラルに心読むのやめてくれない?お前あれなの?さとりなの?心を読む程度の能力でも持ってるの?」

 

「よくわかんねー、です。けど、空と白、いづなに喧嘩吹っ掛けてきやがった、です?」

 

いづなもだいぶお怒りの様子。眉間にしわを寄せ、全身の毛を逆立てている。

 

「喧嘩?まさか」

 

「‥‥いづな、たん。今度は、ゲームで…あそぼ」

 

「負けねーぞ、です」

 

「悪いがいづなは負ける」

 

「‥‥「 」に、敗北は、ないの」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「‥‥‥またね、いづなたん」

 

そういって俺達は帰るために乗ってきたエレベーターに乗る。

 

「ヒッキー」

 

いづなが俺に声をかけてくる。

 

「なんだよ」

 

「おめーもいづなの敵か?です」

 

「‥‥不本意だが、まぁそうなる」

 

「向かってくるなら、容赦しねー、です。叩き潰してやるから首洗って待ってろ、です」

 

「‥‥なぁいづな。俺そんなにゲーム得意じゃないから、俺が相手のときだけはちょっとだけ手抜いてくれない?」

 

「関係ぇねぇ、です。敵なら情けなくぶっ倒す、です」

 

だめかー。




今回はほとんど原作そのままです。

原作を読まなくても楽しんでいただけるようには配慮していますが

原作を読んだほうがより楽しんでいただけるとは思います。

一応、気になった方は書店まで。と布教しておきます。


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布石は狙って打つもの

ある日の二人⑧

「一つマスターにお尋ねしたいことがあるのですが」

「なんだよ」

「なぜ獣人種(ワービースト)の対談のとき、マスターはあんなに落ち着いていられたのでしょうか。もう少し驚いてもよさそうなものだと思うのですが」

「それはまぁ、ある程度の流れは予想してたしな。完ぺきではなかったにしろ、おおむね想定通りではあったし。さすがに種の駒賭けるとは思わんかったけど」

「そういえば、種の駒を賭けたとき、マスターの胸には駒のマークは現れませんでしたね」

「そりゃそうだろ。俺は人間であって人類種(イマニティ)じゃないし。空と白の胸に現れていた理由は、全権代理としての資格を保有してたからだろうな。もしかしたら獣人種(ワービースト)もそれを見ていて、俺が人類種(イマニティ)じゃないと間違って認識していてくれりゃ、ちょっとした情報アドバンテージになるんだが」

「布石、というやつでしょうか」

「そうだな。どのタイミングでうまく使えるかはわからんが、ある意味切り札になるかもしれないな」


東部連合との会談が終わり、エルキアの図書館に戻ってきた俺達。

 

ひと段落着いたと思い、机の上に置いておいた読みかけの小説を取ろうとすると、空がそれを制する。

 

なんだよ。まだ何かあるのか?

 

そう思って空の目を見ると、空は笑って仕事を追加してきた。

 

「悪いが、八幡にはこれから俺達とは別行動でやってもらいたいことがある。それが終わるまでこいつはおあずけだ」

 

「なぁ、一応それ俺の本なんだけど。なんでお前が俺の行動勝手に決めてんの?」

 

「白を厄災から守るためだ。お前が言ったことだろ?」

 

奪った小説をフリフリ振りながら、俺が前に言ったセリフを一言一句たがわず繰り返す空。

 

確かに、それを言われると弱い。空と白、強いて言えば白に協力するといった手前、いまさら協力しないわけにもいかない。

 

はぁ、とため息をついて空から小説を奪い返し、机の上に元に戻す。

 

「で、何すりゃいいんだよ。言っとくが、ゲーム関連に関して手伝えることは少ないぞ」

 

「安心しろ。お前にゲームの強さでは期待してない。今回任せたいのは裏工作だ」

 

「余計に無理だろ。こっちの世界の知り合いなんていないんだぞ俺」

 

裏工作できるのは、多数のコネクション、信頼関係、そしてリスクに見合うメリットがなければ成立しない。

 

空や白はコミュ障だから当然にしろ、俺だってこっちの世界で有名だったりするわけではない。むしろ、国王であるという箔もあるこいつらがやったほうがいい。

 

「いやいや。いるだろそこに。知識の塊、長寿の具現。顔の広さといえば随一の第六位様が」

 

空がそういってジブリールを指さす。

 

きょとんとしてジブリールは俺と空を交互に見比べる。

 

「だったらジブリールに頼めよ。俺に頼むのは筋違いだろ」

 

「そうしたいのは山々なんだが、ジブリールは俺の命令は聞かないだろ?だったらご主人様であるお前に頼むしかない。忠義にあつい臣下でうらやましいこった」

 

「お前強制命令権一回分もってんだろ。それ使え」

 

前回の空白対俺とジブリール戦で、空と白はここの図書館の使用許可に加え、命令を何でも一つ聞くという権利を手に入れた。

 

それを使わずに温存して、俺を経由してジブリールに命令聞かせようなんて虫のいい話が通るわけがない。

 

「あいにくと、そいつはもう使っちまった。ついさっきな」

 

空は白を連れて椅子に深く腰掛けて、机の上に肘をつく。

 

「嘘だろそれ。じゃあ何を命令したのか言ってみろ」

 

「悪いがそれは言えない。言っちまえばそれは布石だ。まだ誰にも明かせない。だが、嘘だと思うならジブリールに聞いてみりゃいい。それなら信じられるだろ?」

 

空はちらっとジブリールの方に視線を向ける。

 

おとなしく話を聞いていたジブリールに体を向け、俺は空の言ったことが本当かを確かめた。

 

「ジブリール。今の話本当?」

 

「はい、空様のおっしゃったとおりにございます。私の口からも内容については言及できませんが、命令権一回分を使用すると、前もっての発言でしたので間違いございません」

 

なるほど。これなら確かに、疑いようもない。

 

「まぁいい。どっちにしろ協力しなきゃ終わらんみたいだし。で、なにすんだ」

 

「お前にはアヴァントヘイムに向かってもらいたい」

 

アヴァントヘイム。位階序列第二位、幻想種(ファンタズマ)の残存個体であり、それそのものが世界であるという訳の分からない生物。というか生物であるのかすらよくわからない。

 

天翼種(フリューゲル)の住処ともなっており、ジブリール以外の天翼種(フリューゲル)は基本そこで生活をしているらしい。

 

「具体的に何をするかは、わかるだろ?」

 

「いや分かんねぇよ。なんでわかってる前提なんだよ。まあなんとなくわかるけど?もし俺が読み間違えてたら大変なことになるぞ」

 

「確かに。他人に任せる以上すり合わせはしておかないとな」

 

空は机の上に残っていたチェス盤からキング、ビショップ、ポーン、ルークを一つづつ取り出した。そして、ポーンを真ん中に置く。

 

「今、俺達は獣人種(ワービースト)を攻めているわけだが、一度攻め込んだくらいで落とせるほど、他国の体制は甘くないし、俺達の国力も整ってない。だがしかし、一度でも負ければ終わり。背水の陣を敷かれている俺らにとっては、一撃で仕留めなければならない。とはいえ?そう何度も何度も他種族を最下位の俺らが一瞬で降すわけにはいかないのも事実」

 

ポーンの前にキングを置いて、空が話を続ける。

 

「となれば、取れる行動は二つ。一つは、一度攻め込んだ後、やり返してくるタイミングでもう一度叩く。ただ、どのタイミングで向こうがやり返してくるのかがわからないし、向こうに万全の体制を準備する期間を与えることになる」

 

その後、ポーンの周りにビショップ、ルークを置く。

 

「二つ。俺達が攻め込んだあと、別の勢力に攻め込ませる」

 

空は人差し指でピンと弾いて、コトンとポーンを倒す。

 

「俺らがとるべきはこっちだ。他種族と手を組まなければならないという性質上、コネクションがなけりゃ不可能だったが、少なくとも第六位は味方につけられるし、さらにはアヴァントヘイムまでついてくる。いかに獣人種(ワービースト)といえど、その二つの勢力を前にして、俺らに喧嘩を売る余力なんて残るわけがない」

 

「まぁ、理屈はわかる。それで俺にその第六位様とアヴァントヘイムを説得してこいっていうつもりだろうが、俺にできると思ってんの?」

 

コネクションがあるのはジブリールだけ。俺は全くと言っていいほど知らない。

 

しかも、言ってしまえば、天翼種(フリューゲル)側から見たら元同僚がどこぞの知らない目の腐った男の言いなりになっており、しかもその男がメリットもなしに協力を要請してきたという状況である。

 

信用もへったくれもない。俺だって乗らねぇよ。

 

「できるさ。そもそもこの話、天翼種(フリューゲル)にとっては特段得られるメリットはほぼないが、それ以上にデメリットがないからな。まぁ、それでも断られたってんなら、俺はお前を裏切り者として認定する」

 

「は?なにそれ横暴すぎだろ」

 

どんな暴君だよ。

 

「一応、俺は、いや、俺達はお前を買ってるんだぜ?()()()()()()()()にその程度の交渉も出来んようじゃ、お前の協力宣言も信用ならないからな」

 

「買いかぶりすぎだろ‥‥」

 

いったい、その信用はどこから得られたのだろうか。八幡的にポイント低めのはずなんだが。

 

「‥‥だいじょうぶ、はちまん…なら、できる」

 

「まぁ約束だしな。やるだけやってくるわ」

 

俺はそう言ってジブリールにアヴァントヘイムに空間転移するように命じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「‥‥‥なぁ、ここに飛ばすように命令したのは俺だけどさ。あれ、大丈夫なの?」

 

命令通り、かどうかは俺はここに来たのは初めてだからわからないが。

 

アヴァントヘイム内部に到着したらしい。

 

そしてその際、空間転移で大きな衝撃が発生し、目の前にあるいくつもの本棚の本が散乱し、とんでもないことになってしまっている。

 

「ご安心くださいマスター。ここの所有者は、天翼種(フリューゲル)全員のものですので。つまり私のものでもございますゆえどのように扱っても、ええ。吹き飛ばしたとしても何も問題はございません」

 

何かちょっと怒ってるっぽいが、何で怒っているかは見当もつかない。

 

だがしかし、さすがは知識を尊ぶ種族天翼種(フリューゲル)といったところか。本棚の本はけた外れに量が多く、それに伴って飛び散っている本の数もけた外れに多い。

 

軽く見渡してみても周りは本棚だけ。もちろん生活しているのだろう。家具のような雑貨、絵画やオブジェなどもあるが、やはりメインは本棚だ。

 

幻想的な空間であることは間違いないが、本を読むのに最適かと言われれば、エルキアの図書館のほうがいいような気もする。

 

ジブリールは本に関してはとても興味や関心を持つし、大事に扱うからな。もしかしたら、この空間そのものが中途半端にいい環境のせいでやるせない気持ちになっているのかもしれない。しらんけど。

 

そんなことを考えていると、大量の本の山に埋まっている何物かが、急に飛び出してジブリールに抱き着いてきた。

 

そしてそれを華麗にスルー。

 

うにゃ!?という声を上げて地面に激突する誰か。というか、うにゃって。今時そんな反応するやついんの?

 

「ううう~。ジブちゃんってばひどいにゃ~」

 

と悲しげな顔を浮かべた後、一瞬で笑顔にその顔を変えると、

 

「あれかにゃ!?好きな子にいたずらしちゃうって噂のやつかにゃ?も~ジブちゃんってばい・け・ず♡」

 

「マスター。ご紹介します。アヴァントヘイム「十八翼議会(せいふ)」の議長。最終決定権者「全翼代理」-アズリール先輩でございます」

 

ジブリールははぁとため息を一つ。

 

まぁ確かに残念な頭であることは認めざるを得ないようだ。

 

「今の説明の半分はわからなかったが、とにかく今回の交渉相手ってことでいいの?」

 

「はい。さようでございます」

 

「ジブちゃん放置しないでほしいにゃ~。それと、先輩じゃなくてお・ね・え・ちゃ・んって呼ぶにゃ!!」

 

アズリールは飛び起きてぺしぺしとジブリールの肩をたたく。え?さんを付けないのかって?あほの子につける理由はないですね。

 

それにちょっとあざといし。

 

「アズリール先輩。今日は頼みがあってまいりました。今度、マスターのご友人…同盟相手?いえ、ただの顔見知りの方たちがゲームを行うのですが、それに協力していただければと」

 

「間違いじゃないし、文句を言うのもおかしいんだけど、そう言われるとなんか悪意を感じるんだが」

 

暗にお前友達いないだろって言われてる気分。

 

「断るにゃ~。お姉ちゃんって呼ぶまで要求はすべて断るにゃ~」

 

心底煩わし気にジブリールは告げる。

 

「‥‥ずっと肩をたたき続けている理由と、協力許可をいただけるのなら、考慮いたします」

 

「ジブちゃんが可愛いからにゃっ!それと許可もあげるにゃ!はいお姉ちゃん♡って呼ぶぐふぇ」

 

アズリールが肩たたきをやめて抱き着きに移行しようとしたとき、ジブリールは見事それを躱した。

 

アズリールはまたもや勢い余って地面に衝突し、今度はみっともないうめきを上げる。

 

「ではマスター。許可が出たので詳細の詰め合わせを行いたいと思います。アズリール()()もよろしいですね?」

 

「お、おう」

 

「ひどいにゃ!?ジブちゃん嘘ついたにゃ!?」

 

「いえ。嘘は申しておりません。お姉ちゃんと呼ぶか()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

確かに、嘘は言ってない。だが、騙してはいるだろ。

 

「ううう。ジブちゃんは昔はこんな子じゃなかったのに。だぁれの影響かにゃあ?」

 

そう言って俺のほうを見るアズリール。

 

それはとても鋭く、ともすれば恐怖で腰が抜けてしまうほどの殺気をはらんでいた。

 

「い、いっとくが、それは俺の影響じゃない。あれだ。さっきの顔見知りの方たちの影響だ。だからそんな目で見ないで。怖いから」

 

「ふーん。まぁいいにゃ」

 

アズリールはそういうと申し訳程度に端っこにおいてある椅子を二つ持ってきて、対面となるように俺たちの目の前に置く。

 

「それじゃ、すり合わせを行うにゃ」

 

「いいのか?半分騙したみたいなもんだが」

 

「こっちの世界では日常茶飯事。()()()()()()()()()()()。騙されたからといってそれを撤回することはできないにゃ」

 

こっちの世界はやっぱり俺の肌には合わなさそうな気がする。

 

そう思って、持ってきてくれた椅子の一つに俺は腰掛ける。

 

「…なぁジブリール。それお前用じゃなくて、アズリールのじゃね?」

 

俺が座った直後、もうひとつ用意されていた、俺の前に置かれている椅子に即座にジブリールが座ってきた。

 

「はて、普通は客に椅子を用意するものでは?アズリール先輩が椅子を三つ用意していなかった以上、こうなるのは明白だったかと」

 

どうにもアズリールのことを嫌っているらしい。

 

「‥‥姉妹だったら仲よくしろよ」

 

「いいえ。姉妹ではありません。天翼種(フリューゲル)は繁殖を行いません。ただ早く造られたか遅く造られたかの違いでしかありませんので」

 

「俺達人間もそうだ。早く生まれたか遅く生まれたかの違いでしかねーよ。繁殖の有無は特別重要じゃない。年功序列、亀の甲より年の劫という言葉があるだろ?年上を敬い年下に甘くするのは世の必定だ。しょせん兄妹なんてそれくらいの違いしかないし。でもだからこそそういう関係性っていうのは、切れないようでいて簡単に切れてしまう。大切にしておけよ」

 

兄妹という関係性は、子供のころはとても重要に思うのだろうが、大きくなったらそれほどまでに重要視はされない。

 

実際兄妹が重要だと思うのは、子供のころは親身になってくれる相手がいないからであって、大きくなったらいくらでもそんな存在はできる。

 

そう、人間でさえも、時間がたつにつれて兄妹という関係性は希薄になっていく。

 

であれば、無限に等しい命を持つこいつらはそれが顕著に表れるはずだ。

 

でも、いざというときに頼れる存在であり、愛しいと思える人物を築いておくこと。それはとても大切だと思う。

 

「いいこというにゃ~。目は腐ってるけどお姉ちゃん好きになっちゃいそうにゃ♡」

 

「やめてくださいよ。色々あざといんで」

 

アズリールの言葉は今のところ、本心と呼べるものは一切ない。俺に対しては。

 

だからちょっと苦手だ。

 

「アズリール先輩。早くしていただいてよろしいでしょうか。マスターがお待ちですので」

 

「そんなこと言っても座ってるのジブちゃんにゃ。うちは悪くないにゃ」

 

「であれば椅子を持ってくればよろしいのでは?もしくは今ここで作ればよろしいかと」

 

「ひ~ん。比企谷君、ジブちゃんが怖いにゃ~」

 

ジブリールがアズリールをものすごい勢いで睨みつけている。

 

そんなアズリールが俺に抱き着いたことで、ますますその目が勢いを増す。やめて。俺のせいじゃないから。巻き込まないで。

 

「‥‥ジブリール、退く気はない?」

 

「そうですね。アズリール先輩が土下座してもうしないと足をなめるなら考慮します」

 

「それやらせて退かないパターンだろ」

 

はぁと俺はため息をつく。

 

「わかったよ。じゃぁ俺が退く。アズリールが座れ。俺は立ってるから、早く擦り合わせしようぜ」

 

そういって抱き着いているアズリールを椅子に座らせる。

 

「なっ!?マ、マスターが立たれるのであれば私は…」

 

「いやいいよ。それじゃあ俺が退く意味ないし」

 

ぐぬぬとジブリールが悔しそうな顔をする。

 

ふとアズリールのほうを見てみると、ぼーっとした顔で俺のほうを見ていた。

 

「‥‥‥なに?」

 

「い、いや!なんでもないにゃ!‥‥比企谷君、女たらしって言われないかにゃ?今のは結構お姉ちゃん的にぐっときたにゃ」

 

「残念だが言われたことはないな。むしろ男ですらすり寄ってこない。八幡的にはかなりがっかりだ」

 




投稿が遅くなってしまい申し訳ありません。

イベントの方の書き込みが非常に多くなっているので

同時並行で進めているとかなり時間がかかってしまいました。

イベントの方ももう少しだけお待ちください。


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妹ってかわいいよね

ある日の二人⑨

「マスター。お茶を淹れました」

「おう、気が利くな。ありがとう」



「マスター。口元に汚れがございます」

「お、おう。悪い」



「マスター。お疲れでしょう。肩を揉んで差し上げます」

「いやいいよ。そんな疲れてないし」

「肩を揉んで差し上げます」

「‥‥わかったよ」



「マスター。耳掃除をいたします」

「‥‥‥‥‥‥はい」



「マスター。夜伽の相手を…」

「待て待て待て待て待て」


「で、うちらは何に協力すればいいにゃ?」

 

アズリールと、獣人種(ワービースト)のゲームについてのすり合わせが始まり、俺は単刀直入に切り出す。

 

「基本的には何もする必要はない。ただ、俺が呼んだら指定した場所までアヴァントヘイムまるごと移動してきてほしいんだ」

 

「マスター。それは今までの話とは違うのでは?」

 

ジブリールが俺の発言に異を唱える。

 

「どう違うってんだよ」

 

「空様の話では、天翼種(フリューゲル)、そしてアヴァントヘイムが人類種(イマニティ)の勝利の後、獣人種(ワービースト)に攻め込むことが必要だと」

 

「ああ、そういってたな」

 

「でしたら、獣人種(ワービースト)に勝利するための情報共有や、戦略を練る必要があると…」

 

確かに、言葉面だけを見たらそう勘違いしてもおかしくないな。

 

そもそも、空が分かりやすいように全部説明しないのが悪い。

 

「今回に限っては、そんなことする必要ないだろ。それに、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()が、実際はそうはならない」

 

「…それはどういった意味でございましょう」

 

「簡単な話だ。もし仮に天翼種(フリューゲル)獣人種(ワービースト)に攻め込むことになったとして、獣人種(ワービースト)が受けると思うか?」

 

まずこの話の前提は、空白が勝利していること。

 

つまりは、獣人種(ワービースト)の必勝のタネが割れてしまったことを意味しており、そんな状態でゲームを受けるわけがないのは明白。

 

どんなに魅力的なエサで釣ったとしても、絶対に受けないだろう。

 

「確かにその通りでございます。しかし、それではそもそもの話が破綻するのでは?」

 

()()()()()()()()()()()()()()()()という事実が重要なんだよ。位階序列第十四位のあいつらからしたら、格上の奴らからいつゲームを受けざるを得ない状況に追いやられるかわからないという恐怖を植え付けることが今回の目的だ」

 

実際に天翼種(こいつら)が攻める攻めないはどっちでもいい。

 

攻める姿勢を見せていれば、勝手に向こうが降伏してくれる。

 

なぜなら、複数の国に攻められて領土を分割支配されるよりかは、一つの国に降伏して自治や統治を認めてもらうほうがはるかにいいからだ。

 

「加えて、仮に天翼種(フリューゲル)獣人種(ワービースト)に攻め込むことになったとしてって話をしたが、それは絶対にない」

 

俺はアズリールを見る。その顔は笑っているが、内心はどうなんだろうか。

 

「それは、どうしてそう思うにゃ?」

 

「だって、普通そんな話のらないでしょ。知らないやつが急にきて、「お前になんもメリットないけどリスク背負って戦ってくんない?」って言ってきてるんですよ?ふざけてんの?ってなるじゃないすか」

 

ごく自然で当たり前のことだとは思うが、それを言うとアズリールは大きな声で笑った。

 

「にゃっははは~~~♡面白いこと言うにゃ~~。いや、馬鹿にしてるわけじゃないにゃ?ただ、言い回しがひねくれてて面白かっただけにゃ~。いや~もう、比企谷君のことますます好きになってきちゃったにゃ♡」

 

椅子に座りながら翼をフリフリと動かし、ふんふ~んと鼻歌を歌いながらそんなことを言うアズリール。

 

もう片方の天翼種(フリューゲル)からの視線が痛い。

 

ただまぁ、俺は天翼種(フリューゲル)とアヴァントヘイムを味方につけるという役割を担っている。

 

その点においてはメリットかもな。

 

「そうっすか。まぁ、そういうわけなんで、ゲームに参加しろとか、直接的に何かしろっていうわけじゃないんで安心してください」

 

「了解にゃ。で、呼び出したらどうのとか言ってたかにゃ?」

 

「はい。要は勘違いしてもらえればいいんで。ゲーム終了後、多分俺達は獣人種(ワービースト)の全権代理と会うと思います。そん時に連絡入れるんで、そうしたら姿を見せてくれるだけで十分です」

 

「わかったにゃ。こちらとしては何のリスクもないし、受けてもいいにゃ」

 

「ありがとうございます」

 

そう言って話を終わらせようとしたとき、アズリールがそれを手で制してきた。

 

「でも、メリットもないにゃ。大したことじゃないけど、それをするだけのメリットがなければ、いくら何でも受けるわけにはいかないにゃ。それは言ってしまえばただ働きにゃ」

 

ちっ。やっぱりそう来るか。

 

でも、アズリールは受けてもいいといった。ということは、メリットさえあれば乗ってくるということ。

 

だったら、何かしらのメリットを考えなきゃいけないが、そう簡単に思いつくわけない。

 

‥‥‥。

 

まてよ?

 

「アズリール。メリットがあれば、受けてくれるのか?」

 

「もちろんにゃ」

 

「それがどんな内容であってもか?」

 

「さすがにそれはyesとは言えないにゃ。メリットと言い張ってデメリットを押し付けてくるかもしれないにゃ」

 

「そっかー。じゃぁ諦めようかな。ジブリールのお姉ちゃん呼びを報酬としてあげようかと思ったけど、天翼種(フリューゲル)全員にはメリットないし」

 

そう言った途端、アズリールは椅子から立って俺の服の首元まで飛びついてきた。

 

「いま、なんて言ったにゃ!!!!????」

 

「い、いやだから、もし受けてくれるなら、ジブリールにアズリールをお姉ちゃんと呼ぶように命令を下そうかと」

 

「受けるにゃあっ!!!!!」

 

即答かよ。

 

そう思ったらアズリールの後ろからジブリールがパァンとアズリールの頬をぶっ叩いた。

 

「冷静になってくださいアホリールさん。あなたはあくまで全翼代理であって全権代理でないことをお忘れなきよう」

 

「いま、あほっていったにゃあ!?」

 

「それ何が違うの?」

 

「アズリール先輩は全翼代理、あくまで「十八翼議会」の議長であり、有事の際の優先決定権と、もう一つ、別の特権を有してはおりますが、一人で何かを決めることができるほどえらいわけではございません」

 

「なるほど。よくわからないということがよくわかった」

 

おなじだろそれ。

 

「大丈夫にゃ!「十八翼議会」のみんなに土下座でもして今回の件は受けるようにしておくにゃ!」

 

「マスター。後生でございます。その命令だけはご容赦くださいますよう心よりお願い申し上げます」

 

アズリールの本気度が伝わって、ジブリールも本気になってやめてくれと頼んでくる。

 

そんなに嫌なのかよ。

 

「ジブちゃんが嫌なら、比企谷君でもいいにゃ?比企谷君がアズリールお姉ちゃんって呼んでくれるならそれはそれでいいにゃ」

 

「なんでだよ。ていうかアンタそんなに俺のこと好きじゃないだろ」

 

「あった最初はそうだったにゃ。ジブちゃんをこんな奴がたぶらかしやがってぶっ殺してやるにゃと思ってたにゃ」

 

そんなに?

 

「でも、話をしているうちになんとなくわかったにゃ。ジブちゃんが仲よくしている理由が、少しだけ分かったにゃ。それに、うちの内面も見破ってるようだし、いまさらにゃ」

 

そういって俺のほっぺたをつんつんとつつく。

 

「それともあれかにゃ?うちと大人のお付き合いでもしてみるかにゃ?」

 

「冗談でもそういうこと言うのは止めてください。うっかり惚れそうになる」

 

「にゃはは~。連れないにゃ~」

 

そう言って俺から距離を取るアズリール。そうしたら今度はジブリールが寄ってきた。

 

「マスター。あの不届き者に裁きを降したいと思います。どうかご命令くださいますよう」

 

「いや落ち着け。ただの悪ふざけだろ」

 

はぁと再びため息をつく。まぁ、ジブリールが嫌なら俺がやるしかないか。そのほうが手っ取り早いし。

 

ああ、くそ。超恥ずかしいなこれ。

 

「じゃあ、よろしくお願いしますよ。ア、アズリール()()()()()

 

そういうと、二人の天翼種(フリューゲル)が同時に俺のほうを見てくる。やめてやめて。多分俺今めっちゃ顔赤いから。

 

「うおおおおおおおおおおおおおおやる気がみなぎってきたにゃぁああああああああああああああ!!!!!!!!!」

 

「‥‥くっ。マスターにこのような呼び方を許すわけには‥‥しかし、そうなればわたしが‥‥‥これがジレンマというやつですか」

 

ジブリールもなんか言ってたみたいだが、あまりにもアズリールが‥‥お姉ちゃんがうるさくてなんて言ってるか聞き取れなかった。くっそ、これじゃあ難聴系ラブコメ主人公みたいではないか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「戻ったぞ」

 

「おうお疲れ」

 

アヴァントヘイムから王城まで空間転移で戻ってきた俺とジブリール。

 

なんだかんだ言って、アズリールお姉ちゃんが「もっと比企谷君とお話ししたいにゃ!」というもんだから一週間も滞在してしまった。

 

‥‥‥いまだにジブリールぶつぶつなんか言ってんな。もう一週間だぞ?いい加減区切りつけろよ。

 

「で、どうだった?」

 

「普通にOKもらった」

 

「よし、じゃあ、最後の仕込みといきますか」

 

そう言った空のセリフの後に、コンコンと王の間の扉が叩かれる。

 

「やっと来たか。待たせすぎじゃね?」

 

王の間の扉を開き、その姿を現す。

 

俺達の目の前に現れたのは、かつての王候補の一人。

 

クラミーだった。

 

「ああ、何も言う必要はない。要件はわかってる。いつでもいいぜ」

 

そう言って玉座から腰を上げる空。そして白にこう言った。

 

「白、よく聞いてくれ。俺は白を信じてる」

 

「しろ、も、にぃをしんじてる」

 

「白、俺らはいつも二人で一人だ。白、俺らは約束で結ばれている。白、俺らは少年漫画の主人公じゃない。白、俺らは常にゲームを始める前に勝ってる」

 

「‥‥にぃ?」

 

「東部連合を飲み込む最後のピース、手に入れるぞ」



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何もできないのはもどかしい①

ある日の二人⑩

「マスターにお尋ねしたいことがございます」

「俺もお前に尋ねたいことがあるんだ」

「では、マスターからどうぞ」

「なんで俺はお前に膝枕されているんだ。普通にベッドで寝たはずだぞ」

「お疲れの様子でしたので。よく眠れないただのベッドに備え付けてある枕よりも、わたくしの膝枕のほうが安眠できると思い気を利かせたのでございます」

「ああそう。ありがとう。じゃあ、その気の利かせ方間違ってるから、次からやめてもらえる?」

「かしこまりました」

「で、尋ねたいことってなんだ」

「私の膝枕はいかがですか?」

「なんて答えるのが正解なの?これ」

「質問を質問で返すなと親に教わらなかったのでしょうか。もう一度聞きます。私の膝枕はいかがですか?」

「…まぁ、あれだ。強いて言えば小町の次くらいにはよかったと思わなくはない」

「…以上ですか?」

「だから言っただろ。なんて答えるのが正解かわからないんだよ。というかなにを聞かれてるんだ俺は」


記憶。

 

それは人間の能力の中で最も大切な能力だ。

 

確かに他にも大切な能力はあるかもしれない。呼吸をする能力だったり、食事を摂取する能力だったりするかもしれない。

 

だが、それらの能力ももちろん使い方を記憶しているからできるのであって。そのやり方を忘れてしまえばその能力を持っていても何の意味もないといえる。

 

極端な話を例に出したが、何もそれに限った話ではない。

 

アルツハイマー病という認知症の人の話を聞いたことがあるだろうか。

 

彼らは正しく判断しようとしているのに、記憶障害のために社会生活に支障が出るレベルで物事がうまく判断できないといわれている。

 

そして記憶障害はなにも技術的面にとどまらない。大切な記憶。忘れたくない思い出。そういったものでさえ、いつの日か知らぬうちに消えているのだという。

 

ジブリールが前に言っていた。記憶をなくすことは死ぬことと同義だと。

 

なるほど。言いえて妙だ。自分が生きてきた証。それこそが記憶であり、それらを失うことは今まで生きてきた意味を見失うと言い換えて差し支えないだろう。

 

だから、彼らは今死んでいる。

 

唯一生き残った(ひとり)は、とても心を痛めていることだろう。

 

だが、手を貸すことはできない。

 

なぜなら、それが、盟約によって決められたルールだから。

 

そう、話は一日ほど前にさかのぼる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺達がいた玉座の間に姿を現したのは、国王選定時、空に負けたというクラミーという女だった。

 

そしてもう一人。白い髪の毛をしており、耳がとんがっている美少女。ついでに言うと胸がでかい。なんとなくおしとやかな雰囲気を醸し出すその女性は、クラミーを心配そうに見つめていた。

 

「お前らは城門の前で騒いでる有象無象の国民と違って、俺らに挑んでくると思ってたぜ」

 

玉座から立ち上がってクラミーの前まですたすたと歩いて行った空は、いつも通りの何かを企んでいる眼で彼女を見つめていた。

 

「やたらとうるさいと思ったら、暴動起きてんじゃねぇか。どうすんだこれ」

 

ジブリールに直接王の間に転移してきたから気づいていなかったが、今窓から外を見下ろしてみたらすごい人が城の前に集まってワーワー騒いでいる。

 

やけにうるさいが、祭りでもやっているんだろうかと気にしていなかったけれど。

 

理由はお察しの通りだ。種の駒を賭けたからに決まっている。

 

国民からしたら、「全員死ぬかもよ?」と言われているに等しい。そりゃ、暴動も起きるってもんか。

 

「ほっとけ。俺らにたてつく気力もない無能の集まりだ。相手するだけ無駄」

 

「‥‥そんなに、嫌なら‥‥‥全権代理の座、奪えば‥‥いい」

 

「そうだ。そして、うれしいことに、今目の前にその勇気ある挑戦者(チャレンジャー)が現れたってわけ」

 

空と白は、この暴動をどうにかするつもりはなさそうだ。

 

個人的には俺も叩かれてるみたいな気分になるから、鎮静してほしかったんだが。

 

「クラミー、本当に大丈夫なのですか?」

 

「大丈夫よフィー。正直言って、大丈夫とは言えないけれど、これ以上この男の好きにさせるわけにはいかないわ。人類種(イマニティ)獣人種(ワービースト)に隷属する可能性があるんだもの。なんとしてでも、ええ、何としてでも止めなきゃ」

 

やはり、白髪耳長女はクラミーのことを心配しているようだ。

 

そして、その心配はもっともだと俺も思う。

 

そうやって自分を鼓舞するように言い聞かせるクラミーからは、以前に見たことのある余裕のたたずまいというか、勝者の風格を感じなかった。

 

切羽詰まったとき、後がない、背水の陣を敷かれているときに見せるようなギャンブラーの顔だ。まず間違いなく負けるだろう。

 

まぁ、彼女らにとっては実際そうなっているわけだから、仕方ないといえば仕方がないが。

 

ただ、なんにせよ俺がやるべきことはすでに終わった。ここから先は空に任せるとしよう。

 

「おい空。これもお前の想定内なら、もう俺がここにいる必要ないだろ。ジブリールと一緒に図書館に帰る。獣人種(ワービースト)とのゲームになったらまた呼んでくれ」

 

俺はそう言い残して、玉座の間を退出しようとジブリールに声をかけようとした。

 

そしたら。

 

「待ちなさい」

 

空ではなくクラミーの方から声をかけられた。

 

「なんだよ」

 

「あなた、以前の国王選定戦のときにはいなかったけれど、何者?空の従者?それとも、天翼種(フリューゲル)の間者?」

 

「空の従者とかどんな冗談だよ。どこをどう見たらそうなるんだ」

 

天翼種(フリューゲル)の間者であるかという質問については、あながち間違いではないので話をそらしておこう。

 

「さっきの発言からして、ステファニー・ドーラよりも空はあなたに信頼を置いているようだし。それにその気色悪い反応は何?図星?」

 

うざいなこいつ。本当に図星のときは、言い当てられると相手と距離を取ったりするが、図星でないのにさも言い立てたかのような発言をされると、嫌悪感だけでなく腹立たしさも追加されるようだ。

 

「ちげぇよ。というか俺とそんな話する余裕があるなら、今現在の敵である空の攻略法でも考えておいたほうがいいんじゃねぇの?ノープランで勝てる相手じゃないぞ」

 

「‥‥‥確かにそれもそうね。忠告感謝するわ。今は空を倒すことに専念すべきね」

 

なお、その敵の味方かもしれない俺の忠告を聞いてしまう時点で、空よりも劣っているといわざるを得ない。

 

「それで?私からの挑戦状、受けてくれるの?」

 

「もちろん。ハナからそのつもりだ。あと八幡、お前も勝手に帰るな」

 

「なんでだよ。もう仕事終わっただろ」

 

「残念だが、仕事というのはやめることはあっても終わることはない」

 

そのセリフ、めっちゃ共感できるわ。ただ、本音を言えば共感はできても納得はできない。

 

「はぁ~。わかったよ。乗り掛かった舟だ。今回ばかりはとことん付き合う。ただし、今回だけだからな。マジで。なにすりゃいい」

 

「お前には今回、ゲームの傍観者としてここにいてもらう」

 

「なんだそりゃ。意味が分からん。俺必要なの?それ」

 

「ああ。今回のゲームは俺考案のスーパーエキセントリックエグゼクティブゲームとなっているからな。プレイヤーがゲームの仕様の理解に苦しむ可能性を考慮せざるを得ん。そこで、ノンプレイヤーとして、中立の立ち位置からゲームの進行を補佐してもらいたい」

 

「もう一度言わせてもらうわ。なんだそりゃ」

 

まぁゲーム内容は挑まれた側である空が決めることはできるが、理解に苦しむようなゲームを作るって、何というか、この世界ならではって感じの悪趣味な戦略だな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そこから、半日ほどを有しただろうか。

 

空考案のスーパーなんたらかんたらゲームを、この世界で実装するべく、ジブリールとフィー?って呼ばれてた森精種(エルフ)の子が協力して魔法で作り上げるのに、結構時間がかかってしまった。

 

なお、その際にジブリールが死ぬほど文句を垂れていたのは言うまでもない。

 

「なぜマスター以外の命令を聞かなければならないのでしょうか」

 

「そも、私に頼らなければいけない時点で欠陥ゲームと言わざるを得ません」

 

「とくに、この森の田舎者と協力するなどまっぴらごめんでございます」

 

エトセトラエトセトラ。

 

ちなみに天翼種(フリューゲル)森精種(エルフ)は仲が悪いらしい。大戦時にいろいろあったみたい。

 

‥‥‥逆に仲がいい種族同士とかあんだろうか。

 

ただ、合作ともあって、仕上がりは十分なものになっているんだとか。魔法は使えないのでわからんけど。

 

「さて、それじゃ、ルールの説明を行う」

 

空と白、そしてステファニー属する白駒の陣営。

 

クラミー、フィーの属する黒駒の陣営。

 

それぞれがオセロ盤に向かい合うように対峙し、俺とジブリールはその横で座ってみている形となる。

 

「このゲームは、簡単に言っちまえば「存在を奪い合うゲーム」だ」

 

「存在を、奪い合う?」

 

挑戦者であるクラミーが疑問を投げかける。

 

「そうだ。基本的にはオセロを行う。ただし、自分の存在を構成する32の石、つまり持ち駒は、深層心理における優先順位を反映し、重要な順に1番から振り分けられる。ただ、どの駒に自分を構成するどの部分が入っているかは、相手にとられ、実際に失うまでわからない。例えば、その隣にいる森精種(エルフ)の存在や、腕や足、神経や記憶。そしてついには存在そのものが奪われ、まったく認識されなくなる。つまり()()()()()

 

「‥‥あなた、本気?」

 

なにをいまさら。本気も本気だろう。冗談でこんなに手間暇かけてこんなクソゲー作るかよ。まぁ、正気ではないだろうけど。

 

「ああ、盟約その5。「ゲーム内容は挑まれたほうが決定権を有する」いやなら勝負不成立だ」

 

「‥‥彼の立ち位置は?」

 

そう言って俺のほうを見てくるクラミー。たしかに、今のところ俺が必要な要素が全くない。

 

「基本的には無視してかまわない。ただ、ゲームを進めていけばいずれ、どちらかがゲーム続行不可能になる可能性が非常に高い。その際にこいつの指示を仰げ。こいつがゲーム続行不可と認めれば、その時点でもゲームは終了だ」

 

「彼は一応、あなたたちのお仲間でしょう?公平な判断をしてくれるのかしら」

 

「安心しろ。ジャッジには私的判断、およびひいきはしないと盟約に誓ってもらうし、ゲームの内容や進行において、どちらにも助言などを行わないっていうのも追加する」

 

なるほどね。確かに、基本ルールがオセロである以上、駒を打てなきゃゲームは続けられない。両腕失ったときみたいに、打つことができなければ事実上ゲーム続行不可。その判断をしろということか。

 

「‥‥いいわ。彼については納得した。けれど、このゲームそのものが狂っていることに変わりはないわね」

 

「‥‥クラミー‥‥」

 

フィーが心配そうにクラミ―の顔を覗き込む。今日だけで何回見ただろうか。多分10回は越すと思う。

 

「フィー。さっきも言ったけど、この男は人類種(イマニティ)の駒を賭けると宣言しているの。放っておくわけにはいかないわ」

 

クラミーは空の怪しげに笑う顔を睨みつけながら、苦々しげにフィーに話しかける。

 

「‥‥まったく。和解できるんじゃないかって、すこし期待していたのに」

 

「和解なら応じるぜ。俺を信じ、その森精種(エルフ)をこっちによこしてくれるならな」

 

「できるわけないでしょう!!?」

 

「だろうな~」

 

でしょうね。つーか、そんなことできるなら最初からゲームなんて挑みに来ないだろ。余計な条件なんて提示して、無駄な時間をかけるなよ空。早く帰りたいんだよ俺は。

 

「賭けるものは?」

 

「勝ったほうは、相手に二つ要求できることとしよう。例えば、ゲーム結果を恒久的に確定し、相手の存在を永久に葬り去ったり、それぞれのパートナーの記憶を一つ改ざんし味方にしたりな」

 

おっと。めずらしいな。空がぼろを出すとは。

 

「…つまり、お互いの存在と、相方の生殺与奪を賭けた奪い合いってわけ?」

 

「そうだ」

 

「‥‥狂ってるわ、あなた」

 

「言わせてもらうが、いまさらじゃね?そこそここいつに付き合ってるが、こいつがまともだったためしがないぞ」

 

「狂ってるついでにもうひとつ、大切なルールを提案する。互いのパートナーはゲームに参加、プレイヤーが続行不能になった場合、代打ちが可能となる」

 

「おいまて。じゃあ俺の役割どうなんだよ。その言葉一つで存在意義無くなったよ俺」

 

俺の役割は続行不能時の審判役。続行不能になってもパートナーが代打ちできるなら、俺が必要になる状況が一切思い浮かばない。

 

「忘れたか?駒にはそれぞれプレイヤーの大切なものが割り当てられている。その中にたとえば、「パートナーとの絆」なんてものが入っていて、それが奪われてしまった場合、代打ちは事実上不可能。その上でプレイヤー自身もゲームが続行できなくなる可能性もある」

 

「…まぁ、なくはないか。深層心理の優先順位を反映してるって言ってたし、パートナーを大切に思う気持ちがあれば、そうなる可能性もある、か」

 

「ルールについては以上だ。そろそろ返答を聞かせてくれ。クラミー・ツェル」

 

「‥‥いいわ。この勝負、受けさせてもらうわ」

 

そうして、ゲームが始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゲームが始まってから数十分が経過した。

 

最初の方こそ互角、というか、駒の数的には似たようなもんだったが、中盤あたりからクラミーのほうが優勢になってきた。

 

「‥‥‥あなた、わざと負けるように打っているわね」

 

「いいや?ちゃんとこれで勝てるようになってる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さらにその数分後。

 

形勢はクラミーが一気に持ち込み、ほぼすべての駒をクラミ―が支配する。

 

そしてその中で、

 

「…!?なにこれ!?あなたの記憶!?まさか…こうして自分の記憶を奪わせて、背後にどの種族もいないことを証明しようとしているの…!?」

 

ほぼすべての駒が一気にクラミーの元へと渡ったことで、その中のどれかに含まれていたであろう「自分の記憶の一部」が奪われ、記憶が流れ込んだようだ。

 

「‥‥‥わるくない、こたえだ」

 

なお、記憶のみならず、空自身の体の支配権もほぼ向こうにわたっているっぽい。

 

言葉はカタコトだし、両腕はプラプラとして力が入っていないし。

 

本来ならここで代打ちを使うのだろうが、空は自分の口で駒を咥えることによってゲームを続行していた。

 

ここで白を出さないってことは、やはりあの代打ちシステムに布石が仕込んであるのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、ついに。

 

クラミーが奪った駒が、空の体の全ての支配権と、存在そのものを保有していたため、空は消滅し、白、ステファニーはともにその場から離れてしまった。

 

「‥‥‥これで、ゲーム続行不可能、私の勝ち、でいいわよね?」

 

空が消えたとたん、クラミ―が俺に確認を取る。クラミ―は一刻も早く奪った記憶や、胸糞悪い気分から解放されたいのだろう。

 

「ああ、誰がどう見てもゲームは続けられないし、ゲーム続行不可能とみなして、クラミーの勝ちだ」

 

「‥‥そう。じゃあ、このゲームを早く終わらせて‥‥」

 

「‥‥といいたいところだが、あいにくとそういうわけにもいかんらしい」

 

そういうと、クラミーは一瞬呆れた顔になる。そしてすぐに、キッとした目つきで俺をにらむ。

 

やめろよ。俺だってやりたくてやってるわけじゃないんだから。なんなら早く勝ってもらいたいまである。

 

「どういうこと?この状況、誰がどう見てもゲーム続行不可能でしょう?空をひいきしないという言葉忘れたの?」

 

「ちげぇよ。別にひいきなんかしてねぇ。確かにこの状況、一見すればどう見てもクラミーの勝ちだが、よくよく考えてみればまだ勝敗はついてない」

 

「マスター。それはどういったことでございましょう」

 

おお。おとなしかったのに急にしゃべりかけてくるなジブリール。少しビビっちゃったじゃんか。

 

「このゲームで勝敗が付く要因は二つ。一つは元ネタであるオセロのルールに基づくもの。もう一つは空が追加したルールによるものだ。それはわかるだろ?」

 

「はい。そして、今回は空様のルールに基づいて勝敗が決したものと判断されますが」

 

ジブリールが直接俺に聞いてくるおかげで、クラミーやフィーも今はおとなしく話を聞いてくれる。

 

「まぁそう判断するだろうな。順番に確認していくぞ。空はオセロ以外での勝敗が付く要因として、なんて言ってた?」

 

「たしか‥‥マスターがゲーム続行不可と認めれば、ゲームを終了すると」

 

「じゃ、ゲーム続行不可とはどうやって決める?」

 

「プレイヤー、およびそのパートナーがオセロ盤に駒を打つことができなければ、ゲーム続行不可と認識しておりますが」

 

「そうだ。現時点では空は存在そのものが消滅し、白はすでにここからいなくなってる。ゲーム続行不可と判断するには十分かもしれない」

 

「であれば、なにも問題なく勝敗が決すると…」

 

「ただ、()()()()()()()()()()()()()()()。空は駒を打つことはできないが、白が駒を打てないと断定できないんだよ」

 

俺はジブリールの言葉を遮って、この話の核心を口に出す。

 

「俺は盟約によって、互いにメリットになることは言えないし、どちらかをひいきすることも禁じられている。だから、俺がゲームを終了させたくても、屁理屈の一つも言えないくらいに絶対でなければゲームを終了させられん。白が代打ち不可能と判断する材料が今のところない」

 

「何を言っているの?ここからいなくなった時点で、代打ち不可能と判断できるはずだわ」

 

「あいにくと、このゲームには持ち時間という概念はない。であれば、トイレに立ったり、食事を取ったりすることが暗黙のうちに可能であることも示唆している。白が一時的に離脱することもルール上禁止されていない。もっといえば、この場を離れたからといってゲームに参加しなくなったとは判断できない」

 

それに、と俺は付け加える。

 

「空の残りの駒の数字をよく見てみろ」

 

俺の言葉で全員が、空の残した白色の駒の数字を確認する。

 

「壱と、弐と、参‥‥」

 

「そうだ。ありえるか?空の深層心理の中で、自分の存在以上に大切だと思っていること。そんなもの、白以外にいないだろ」

 

「っ!そ、そんなのただの憶測でしか…!!」

 

「じゃあ、お前が奪った記憶やら知識の中で、白に対する愛情だったり、白に対する信頼だったりが存在したのか?」

 

「それは‥‥」

 

「ないだろ?よって、多分、このゲームは続行できる、と俺は判断した」

 

クラミーは悔しそうにオセロ盤を見つめている。フィーはそんなクラミーの肩に手を置き、大丈夫なのですよ、と励ましていた。

 

「俺を言い負かすことができなければ、俺は白が代打ち可能であると判断し、ゲームの終了を宣言できない。ていうか早く終わってほしいから、個人的には言い負かしてほしいまである」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まぁそんなこんながありまして。

 

ただ、結局白はその当日にはゲームに帰ってこなかった。

 

審判役も兼ねているので、ジブリールの力を借りて一度ゲームから退出して白の様子を確認したら、王の寝室で寝息を立てていた。

 

白一人にするのもなんだか忍びないので、俺とジブリールは図書館には帰らずに王城の一室で一日を過ごしてみたのだが。

 

「久しぶりに二人きりですので」といってジブリールがやたらとお世話をやきたがるので、今後は別室で過ごそうと決めた。




お待たせして申し訳ありません。

一度フルで書いてみたんですがあまりにも本文が長くなりすぎたので

今回は全編後編みたいな感じで。


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何もできないのはもどかしい②

ゲーム中の二人

「なぁジブリール。お前って他人のプレイしてるゲームを楽しんでみられるタイプ?」

「そうですね。内容によりますでしょうか。ハイレベルな戦いであれば参考になりますから、興味を持つことはあると思います」

「そうか。俺は全く面白くない。何にもすることないし。何が楽しくて観戦なんかしなきゃならんのかっていつも思ってたわ」

「では、今もそうなのですか?」

「ああ。審判役って言っても、どっちかが戦闘不能になるまでなんもすることないし。変わってくんない?」

「マスター。私も審判役です。変わっても同じでございます」

「確かにそうだな。くそ。思いだしたら腹立ってきたわ。いつもゲームしてるところを見せるだけ見せて、「これは俺のだからお前にはやらせてあげねぇ」って貸してくれなかった杉村の顔」

「誰ですかそれ」


ゲームが始まり、次の日を迎えた。

 

白の生活態度が分からなかったので、朝方6時くらいに少し早く起きて白の様子を見に行ったのだが、流石に起きてはいなかった。

 

白が起きたら知らせるようにジブリールに見張りを任せ、王城の厨房を勝手に借りて、白の分の朝食を作っておいた。

 

どちらかのメリットになる行為は禁止となっているので、しぶしぶクラミーの分も用意した。

 

まぁ結論を言うと無駄になってしまったが。

 

白に関しては昼過ぎまで起きてこなかったし、クラミーからは「施しはいらないわ」と一蹴されてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゲームが始まってから、約一日が経過した。

 

ようやく白が起きたようだが、なにやら様子が変らしい。

 

兄が消えてしまったから、動揺するのは当たり前だが、ステファニーの様子に面食らっているんだとか。

 

今は兄を探すために城内を駆け回っているそうだ。

 

可哀想だが、ゲームのルールによって俺達は事情の説明はできない。

 

だから、俺達の身の振り方も考えなければならないのだが。

 

「ジブリール。白が目覚めてから、お前は白と会話をしたか?」

 

「いえ。白様が目を覚ましてから、マスターにこのことをお伝えするまで、白様とは会話どころか顔を合わせてすらおりません」

 

よかった。先に白と会話しちまってたら、俺達が何か口裏を合わせても、矛盾が生じてしまう可能性があるからな。面倒なことにならなくてよかった。

 

「そうか。ステファニーの様子がおかしいって言ってたが、どんな風にだ?」

 

「空様に関する記憶の抹消及び改ざん、そして白様もドラちゃんも、今回のゲームに関する記憶は失われており、今現在どのような立ち位置に存在しているかがわかっていない様子でございます」

 

「だったら、俺達もその設定に従って動く。空に関しては明言せず、ゲームに関する一切を口に出さないようにする」

 

「承知いたしました」

 

「まぁとりあえず白に会わないとな。白一人でこの状況を打開すんのは無理だ。白がもし一人でもこの状況を打開できるなら、俺必要なかったし。多分この時のために俺呼んだんだろうし」

 

「はて。マスターが呼ばれたのは、ゲームに審判役が必要だったからではないのですか?空様が消滅したとき、ゲーム続行不可ではないといいはり、逆転の芽を残しておくために呼んだのでは?」

 

「?ジブリール、もしかして気づいてないのか?」

 

「…?何にでございましょう?」

 

「あのゲーム、審判役必要ないだろ。合作とはいえ、お前がこのゲームのシステム作ってんだぞ?俺が判断しなくても、「パートナーが絶対に打てなくなるまではゲームを続行する」っていう仕様にしておけば、クラミーが駄々こねようが泣き叫ぼうが、ゲームは終わらない。そんでもって白がゲームの内容をゼロから暴いて逆転勝利。ほら。どこにも不都合ないし、なんなら俺の存在をクラミーに教えてしまうことで、情報的にアドバンテージを失う。どう考えても俺いらないんだよ」

 

その言葉を聞いて、ジブリールは「確かに…」と小さくつぶやく。

 

「問題が発生する可能性があるのは、白がゼロからゲームの内容を暴けなかったとき。手詰まりになったときは、参加者全員がゲームが終わらなくて、世界から認識されなくなって、疑似的に消滅する最悪のエンドになる。空が白の実力を過少評価するってことはなさそうだし、多分このままいったら手詰まりになるはずだ。空は元々俺に白の「お助けマン」としての役割をしてほしかったんだと思う。知らんけど」

 

やばい。急に自信なくなってきた。

 

どうしよう。空の本当の目的を暴いてやったぜ。みたいな感じでしゃべってたけど、あとで確かめてみたら「え?一個もあってないけど」みたいに言われたら。恥ずかしくて死にそう。

 

「流石はマスター。慧眼かと存じます」

 

「やめて。なんか急に恥ずかしくなってきたから。もしかしたら違う可能性もあるから。しょせん俺なんかが考え付く程度のイメージでしかないから。保険かけさせて」

 

「謙遜なさらなくともよろしいかと思われますが…では、白様と合流しましょう」

 

「そうだな。うん。早くいこう」

 

俺達は白のいるであろう玉座の間へと向かった。

 

移動中も少し想像して恥ずかしくなってしまったのは内緒だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「‥‥にぃは、空は‥‥いる!‥‥絶対、絶対いるの!」

 

俺とジブリールが玉座の間の扉を開くと、泣き叫んでいる白と、それをなだめているステファニーがいた。

 

「白!ど、どうか落ち着いてくださいな。ほ、ほら!八幡とジブリールが遊びに来てくれましたわよ!」

 

そうか。記憶がなくなっているから、俺とジブリールがここに泊まったということを知らないのか。

 

「‥‥はち、まん?…!!!八幡!」

 

ハッとした顔で白が俺に駆け寄ってくる。

 

何故そんな行動をとるのかも、次に出す言葉も、そしてそれの返答に絶望するのも、全てわかってしまう。

 

だが、俺は手助けすることはできない。

 

「‥‥八幡、にぃのこと…空のこと、覚えてる!?」

 

「…何言ってるのかわからん。にぃってなんだ。あだ名か?あいにくと、お前と違って知り合い少ないんだよ俺」

 

そういうと、白はやはり泣き出しそうな顔になって、それでもまだ頑張って、今度はジブリールに質問する。

 

「‥‥ジブリール、は、どう?…空、知ってる?」

 

「もちろんでございます。わたしでなくともご存じかと思いますが、頭上はるか高く広がる青い空間のことにございます」

 

おお。なんかジブリールっぽい。下手に知らないっていうよりも、なんかこっちのほうが知識ひけらかしてる感があってジブリールっぽいな。

 

本当に記憶がなくなったら、こういう感じになるんだろう。自分のことをよくわかってんなこいつ。

 

ただまぁ、わかってたことだが、それは白の求めた答えではない。むしろ、欲しくなかった答え。

 

白はうつむいて、瞼に涙を浮かべてしまった。

 

「…にぃ‥‥」

 

小さく嘆く白。可哀想だとは思うが、俺達は直接ヒントは出せない。傷つけてしまうこと、許してくれ。

 

「‥‥白。多分お前の言ってる空っていうのは、お前にとって大切な人?なんだと思う」

 

「‥‥‥うん」

 

「んで、そいつがいなくなって、俺達もそいつのことを覚えてないことになってる?っぽいと」

 

「‥‥‥うん」

 

「じゃあ、その程度だったってことなんじゃねぇの?その空は、俺たちにとっては忘れるに値するくらいの、存在感の薄いただのモブキャラで。その空にとっては、お前は放置しておいてもいいって思われるくらいの絆でしか結ばれていなかったってだけのことだろ」

 

「!!!!違う!にぃは‥‥空は、そんなことない!にぃと、しろは‥‥二人で、一人‥‥二人で、「 」(くうはく)なの!」

 

白は泣きながら、俺に向かって怒る。

 

知っているさ。知っているとも。お前たち二人が、もはや兄妹をも超える絆で結ばれていることくらい。

 

「だが事実その通りだろ?じゃなきゃ、俺たち二人が覚えてないわけがない。俺はともかくとして、歩く百科辞典(ジブリール)が覚えてないはずないだろ。それとも何か?第三者に俺たちの脳をいじくられたとでもいうのか?それにその様子じゃ、ステファニーも覚えていないんだろ?」

 

そういって俺はステファニーに話を振る。

 

「え、ええ。まぁ」

 

「ほら。白の傍付きであるステファニーですら覚えてないんだ。空って言ったか?そいつの価値は、ステファニーですら覚えるに値しない程度だったってことだよ」

 

「マスター。それは少々言いすぎかと」

 

「言い過ぎってどういう意味ですの!?わたくしこんなタイミングまでけなされるんですの!?」

 

めんどくせぇ。ステファニーはもう放っておこう。

 

ジブリールが俺をたしなめようとする。白はもうほとんど泣いている。だがまだだ。まだこいつを奮い立たせるには足りない。

 

空との絆。白の中にあるこれは、絶対の希望であるから。

 

どれだけ叩こうと、決して折れない強い芯を持つそれは、俺がいじった程度では崩れたりしない。

 

だから、俺がそれを気づかせればいい。

 

ではどうすればいいか。簡単だ。

 

「お前もうっすら気づいているんだろう?俺たち全員が覚えていない時点で、白が偽りの存在を植え付けられているっていうことは確定してる。現実に存在しない人物を崇拝し、余計な時間を割くようにだれかがしむけたんだろうな。お前が思い描いている大切な人物は、そうであるように作られただけの話で、この世には存在しない。それにしては、そんな御大層な人物像であるようには思えないけど」

 

「!!!‥‥ちがう、ちがう!ちがう!!!」

 

怒りだ。

 

否定されること。価値なんかないといわれること。存在そのものが間違っているといわれること。

 

自分にとって大切なことであれば、それらは怒りを引き出すトリガーとなる。

 

そして気づく。自分にとって、否定されたそれは大切なものであったことに。

 

加えて、その怒りは、エネルギーとなってこれからの行動力につながってくる。

 

「にぃのこと…悪く、言わないで!」

 

「まともな人間だったらな。まぁ空がいたと仮定したとしてだ。お前をこんな風に悩ませ、涙を流させるくらいだ。自分が消えたらそうなることも分からない脳なしであることは間違いないな」

 

「‥‥そんなこと…そんなことない!!!」

 

そろそろだ。白が体をプルプル震わせている。もう少しで、最大限の怒りを引き出せる。

 

あとはジブリールに任せればいい。

 

「いいや。そんなことある。白が認めたくないなら、俺が認めてやる。空という人物は、存在しない、どうしようもないろくでなしの存在だって――」

 

パァン。

 

と、乾いた音が部屋に響いた。

 

俺はその音とともに、よろめいて膝をついてしまう。

 

そう、俗にいう平手打ちだ。

 

俺はもろにそいつを喰らってしまった。

 

ただ。

 

「‥‥‥白がやるならまだしも、なんでお前がやるんだ」

 

俺はそう言って、俺の従者に視線を向ける。

 

叩いたのは怒った白ではない。ただ横で話を聞いていたジブリールだった。

 

ジブリールははたいたときの状態のまま、何も変わらない状態でただ俺を見ていた。

 

「‥‥わかりません」

 

そういって視線を落とし、ジブリールは自分の手を見つめた。

 

「私はマスターほど、人の気持ちの機微に鋭くはありません」

 

ジブリールは、ですが、といって軽く手を握った。

 

「今回は、私もマスターと同じ立ち位置でございます。何を考えているかは、少しばかり察することができると存じます。しかし、それを理解し、それが最も効果的であると、分かったうえで‥‥なぜか、()()()()()()()()()()()()

 

「‥‥」

 

「拒絶しているのです。理解していても。何がそうさせるのか。おそらくは、私の、心、なのでしょうね。このまま続けば、白様はおそらく、怒りをもって立ち直ることができたでしょう。ですが、その代償として、マスターは白様に怒りを向けられ、最終的に‥‥」

 

「もういい。それ以上言うな。何を勘違いしているか知らんが、妄言もたいがいにしろ」

 

「‥‥マスター。従者でありながら、勝手なお願いを申し上げます。どうか、自分を犠牲にすることはおやめくださいますよう。不詳このジブリール、切に願い申し上げます」

 

「‥‥やめろ。お前は間違った理解をしているし、仮にお前の妄言が正しかったとしても、こんなもんは自己犠牲とは言わん。ただ思ったことを言っただけだ。誰が好き好んで他人のために犠牲にならなきゃいかんのだ」

 

「‥マスター‥」

 

シーン。と、周りが静まり返ってしまった。

 

唐突なジブリールのビンタにオロオロするだけのステファニー。

 

さっきまでは怒りと悲しみで泣き叫んでいた白も、いつのまにかじっと俺のほうを見ている。まぁ涙目ではあったけど。

 

クソ。ジブリールのせいで思ったようにうまくいかんかった。

 

まぁいいや。あとは全てジブリールに任せることにしよう。これでうまくいかなくても知らん。ジブリールのせいだもん。

 

「しらけちまったな。悪い。俺帰るわ。ジブリール、白の傍についとけ。今はお前と顔会わせたくない」

 

「‥‥承知しました」

 

そういって、俺は玉座の間から出て行った。

 

なお、本当に帰ると審判役ができないので、昨日寝泊まりした王城の一室に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「‥‥ジブリール、さっきの…どういう意味?」

 

マスターが部屋から出て行ったあと、開口一番、白様は私とマスターの会話に気になるところがあったのか、意味を尋ねてきました。

 

「さっきの、とは?」

 

「‥‥自己犠牲、とか‥‥妄言、とか‥‥()()()()()()、とか‥‥」

 

「‥‥私の口からはうまく表現できません。もし気になるのであれば、マスターの口から直接お聞きになったほうがよろしいかと」

 

私も、マスターと同様、直接的な説明はできませんゆえ、回答を濁しました。

 

しかし、白様にとっては十分だったようで。

 

「‥‥わかった。()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「そ、それで、白。これから、どうするんですの?」

 

ドラちゃんが白様にこれからどうするのか、という、私たちが一番気になっている問いをしました。

 

「…きまってる。にぃを‥‥空を、探す」

 

「‥‥もはや、存在する云々は無視するとして話します。お聞きしますが、それはどのようにして見つけるおつもりで?」

 

「‥‥見つける必要、ない。‥‥答えは、すぐ、そばに…あった。いろいろ、()()()出してくれてた」

 

「‥‥あの~。まったく言っている意味が分からないんですの…」

 

「ドラちゃん。今は多分大事なシーンです。口を挟まないでもらえますでしょうか」

 

「なんかわたくしの存在雑すぎませんの!?」

 

軽くドラちゃんをあしらっておきませんと。

 

まったく。重要なことに気が付いていそうだというのに。

 

「…ヒント、そのいち。二人が、遊びに来たこと」

 

白様は人差し指をぴんと立てて私たちに説明してくださいました。

 

「それが何のヒントになるというのでしょう?それくらい普通なのでは?」

 

「…ううん。絶対、ありえない。八幡は、めんどくさがって‥‥遊びに来たり、しない」

 

「ま、まぁ、八幡なら、面倒だから絶対来ないって言いきっても、問題ないくらいの信憑性がありますわね…」

 

「…なのに、来た。理由は一つだけ。にぃに呼ばれたから。‥‥そうじゃなきゃ、絶対、うごか、ない」

 

次は、中指を立てて、

 

「…ヒント、そのに。八幡が、にぃのことを…悪くいったこと。八幡は、自分を悪く言っても‥‥他の人の、悪口言ったりは、しなかった。今回が、初めて」

 

「…そういわれてみれば、八幡が他人を悪くいったり、極端に貶めたりっていうのはなかったですわね」

 

「…冷静に、考えれば‥‥しろに、あそこまで言う必要、ない。わざわざ、喧嘩になるようなこと‥‥いわない。…めんどくさがりの、八幡なら…なおさら」

 

最後に、薬指を立てて、こういいました。

 

「…最後の、ヒント。今日の二人は、にぃのことを聞くと、はぐらかした。yesとも、noとも答えてない。そうでなくとも…不可解な発言、多かった。明言を、避ける感じ」

 

「言われてみれば、今日の二人は確かに変だったような気が…」

 

ま、まさかドラちゃんにまで違和感を持たせてしまうとは。これは修業が必要なようです。

 

「ここから、導き出される答え‥‥二人は、にぃの用意したゲームに参加して‥‥()()()()()()()()()。…盟約で、白に言えないようになってる。そして…白がそれに気づくように、八幡はさっき…しろにあんなこと言った。‥‥全部、にぃを助けるための…演技?」

 

白様はそういうと、私の手を握ってきました。

 

「‥‥しろが、もっと、しっかりしてれば…多分、八幡はあんなこと…いわなかった。全部、しろの、力不足。ぶたせて‥‥‥ごめん、なさい」

 

「…いえ。気になさいませんよう。あの行動も全てひっくるめて、マスターの意志でございます。仮に白様がしっかりしていても、いずれはああいったことは起こっていたでしょう。‥‥そして、申し訳ありませんが、先ほどの答えには、何も答えることはできません」

 

「‥‥大丈夫。もう‥‥わかったから。ゲームの内容。()()()()()()()()()()()。にぃが消えた理由。…それで、説明‥‥つく」

 

白様は私の手を離すと、部屋の中をうろうろと動き回り、何かを探しているようでした。

 

「白?何してるんですの?」

 

「…あと、必要な情報は‥‥ゲームの媒体。どんなゲームを、にぃがしかけたのか、完全には‥‥わから、ない」

 

「ゲームの媒体ですの?」

 

「しろが、一人で勝つなら‥‥しろも、知ってるゲームを、モチーフにしてなきゃ‥‥さすがに、情報、ゼロは‥‥難易度、たかい」

 

「この部屋の中に、ヒントがあると?」

 

「‥‥にぃは言った。「俺は、白を信じてる」「白、俺らはいつも二人で一人だ」…にぃは、しろを、一人にしない。‥‥ぜったい、ある。しろ、ここで目覚めた。‥‥しろと、にぃのへや…別にあるのに。…だったら、ゲームしてたのは、この部屋」

 

ここまでくると、すごい、の言葉につきます。

 

次々と、知らないはずの情報をぴたりと当て、着々と正解に近づいていく白様。

 

さすがは、森精種(エルフ)を、そして、わたしを降しただけのことはあります。

 

「‥‥!!!!みつ、けた!!」

 

「えっ!!??どこ、どこですの!?」

 

どうやら、見つけたようで。ゲームに参加する鍵を。

 

「‥‥これ、オセロの、駒。三つだけ‥‥おいてある。不可解。これが‥‥多分、答え」

 

私にその駒を見せてきた白様は。

 

「‥‥ジブリール。これ、多分…森精種(エルフ)語、だよね?」

 

「さようでございます。森精種(エルフ)文字の1、2、3と書かれております」

 

「でも、なぜ駒だけが見えるんですの?」

 

「…ゲーム続行中で…しろも、参加してる、から。だから…駒の色も、白。」

 

白様が私の顔を見つめてきました。

 

当然、わたしは何も答えるわけにもいきませんので。何も言葉にはしませんでしたが。ただ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「でも、ゲーム続行中とはいえ、盤面が見えなければ、どうしようも…」

 

「‥‥確かに、みえない。…けど、分かる。にぃなら、どうするか。どうやって相手を誘導し‥どうやって、自分の狙いを伝え‥‥どうやって、相手をだまし、そして…どうやって、勝つのか」

 

そういうと、白様は、駒をひとつ、ふたつ、みっつと、見えないはずの盤上に置きました。

 

すると、何もなかったはずの空間から、盤面が現れ、その盤上の駒を、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

マスターが言っていた、ゲームが終わる要因。普通に、オセロのルールにのっとって、白様が勝利したのでございます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まいったな」

 

俺に魔法の感覚なんてものはないが。

 

俺が参加していたゲームが終了したことになぜか気づいた。

 

そして俺は今まで、王城のとある一室にて待機していたのだが。

 

「どうやって戻ろう」

 

白やジブリールにあんなこと言った手前、すごい戻りづらい。

 

だが、よくよく考えてみれば、待機すること自体がいらなかったのかもしれない。

 

俺がいなくても、決着がつけば自動でゲームは終了するはずだし、審判役がもう一度必要になるとも思えん。あと三駒だぞ?絶対いらん。

 

いっそのこと、もうジブリールにも会わず、直接図書館に帰ろうか?

 

いや、結局後で会うことになるし、事後報告とかされてもそれはそれでめんどい。

 

結局、勇気を出して会いに行くしかないのか。ちくしょう。

 

「‥‥はぁ、いやだなー。帰りたいなー。なんならもう元の世界戻りたいなー」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うおぉぉぉおおお超怖かったもうマジあんなこと二度としねぇぇええええ!!!!」

 

「びぇえええええんうぇええええええ!!!!」

 

「うへぇええええええんふぃいいいいいい!!!!」

 

「うえぇぇぇええええんこわかったのですよぉおおおお!!!!」

 

 

「…なぁ、ジブリール。俺理解できてないんだけど、これどんな状況?」

 

「さぁ?白様の様に、ご自身で考えてみては?」

 

「‥さっきのは悪かったって。いいから教えろよ」

 

「そういわれましても、私にもわかりかねます。ゲームが終わったあと、事後処理の云々を終えたら、緊張の糸が溶けたのか皆泣き出しまして」

 

「わかってんじゃん。わかりかねますとか、いらない枕詞つけんなよ」

 

「いいえ?マスターほど、他人の心を理解できるとは思いませんで。その程度しか察することができないという意味でございます。これくらいなら、見ただけでもマスターならお分かりでしょう?」

 

「‥‥どうしたら機嫌直してくれる?」

 

「人の心は読めても天使の心は読めないようでございますね。もう一度言います。ご自分でお考え下さい」

 

「‥‥はい」




いろいろ試行錯誤して、原作のあの感動的なところを表現したかったんですが…私の表現力不足で、いまいちな仕上がりになってしまったかもしれません。

原作ファンの方、申し訳ないです。

なんなら大幅カットしてもよかったまである。


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協力には愛情も大切

ある日の二人⑪

「もしマスターがこっちの世界に来なかったら、私は退屈だったでしょう」

「何言いだしてんだ急に」

「何も起こらぬまま、ただいつもと同じ時間を繰り返す‥‥なんと無意味な生を過ごすことになっていたのでしょう」

「いや分からんぞ?別の奴をマスターとしてたかもしれん。もしかしたら空と白がお前のマスターになってたかもな。俺の次に来たのあいつらだし」

「まさか。そんなことあるはずもございません」

「いや、案外そうなりそうな気がするんだが…」

「コホン。ですから、私は感謝しているのでございます。マスター。私の元に来てくださり、本当にありがとうございます」

「‥‥言い回しが引っかかるが、まぁなんだ。たまたまだから気にすんな。偶然だ偶然。そんなことでいちいち感謝してたら、お前の人生悲しすぎるだろ」


「何度も言うようだけど、悪かったって」

 

クラミーとのゲームが一段落し、全員が落ち着きを取り戻し。

 

どういうわけか空と白、ステファニー、ジブリールのみならずクラミーとフィーまでが円卓を囲んでいる中。

 

俺だけが後ろ手にロープでぐるぐる巻きにされて椅子に固定されていた。

 

「息苦しいからロープ取ってくれ」

 

「ロープで縛る際、マスターは抵抗なさらなかったではございませんか」

 

「そうだね。抵抗する暇もなくあっという間に縛り上げたからね。もう忍者になったほうがいいレベル」

 

どこから持ってきたのか知らんが、ジブリールが手に縄を持ってんなーとか考えていたら、ちょっと目を離したすきに俺の後ろに回り込み、一瞬で俺を縛り上げて見せた。

 

「あと、白がやるならまだしも、お前がやるのは違くない?」

 

「白様ができるはずもございませんで。私は今、今回の件の全権代理でございます」

 

なんだそりゃ。

 

つーか、なんでみんななんも言わないの?黙認してるの?ほんとに全権代理なの?

 

「今回の件は、俺と白はジブリールに一任した。本当は俺から直接お前にいろいろと文句とか文句とか文句とか言いたかったが、まぁジブリールの方から罰が与えられんなら、俺らは勘弁してやる。次はねぇぞ」

 

「‥‥はちまん、めっ」

 

どうやら、本当だったみたい。ステファニーの意見?ないに等しいですね。

 

「そもそも、マスターも縛られることを許容しているではございませんか」

 

「んなわけねぇだろ。縛られてもいいってどんなプレイだよ。Mじゃねぇよ俺」

 

「Mじゃないかどうかはさておき、この世界では、『十の盟約』によってすべての危害を与える行為が禁止されております。したがって、本来であれば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。それができているということは、マスターは心の中では「はたかれるのも仕方がない」「縛り上げられても文句は言えない」程度のことは考えていたのではございませんか?」

 

「‥‥‥あれだ。たまたま盟約が無効化されてただけだ。ほら。厳密には俺人類種(イマニティ)じゃないし。種の駒光んなかったし。それか、テトが俺のこといじめたかったとかあるじゃん?」

 

とまぁ御託を並べたけれど、多分そうなんだろう。

 

本当にそう思ってたわけではないが、そんな気持ちがこれっぽっちもなかったかと聞かれると、絶対にNoと答える自信がある。

 

だからきっと、俺は殴られたり、蹴られたり、危害を与えられても仕方ないくらいのことを、知らず知らずのうちに考えていたのではなかろうか。

 

ジブリールに言われるまで気づかんかったよ。くそが。君のような勘のいいガキは嫌いだ。

 

「‥‥まぁいい。それでどうする気だ。まさか一生ここに縛り付けておくわけでもないだろ。どうすりゃ許してくれんだ?というか本当に俺はお前に許しを請わなければいけないのか?」

 

いまだにジブリールが怒っている理由がわからんのだが。俺のせいなんだろうけど、納得がいかん。

 

「そうですね。今回は、マスターに辱めを与えることをもって罰といたしましょう」

 

「辱めだと?土下座か?靴舐めか?語尾ににゃんでもつけてやろうか?いくらでもやるぞそんなもん。罰ゲーム耐性舐めんな」

 

「‥‥しろ、なんだか…かなしくなってきた」

 

「俺もだ。俺も学校のときはハブられてたが、さすがにあそこまでではなかった。今度からちょっとだけやさしくしような。白」

 

空と白の二人は俺を憐れんできた。やめろ。同情だけはやめろ。

 

「では、そんな罰ゲーム耐性のあるマスターには、「十回クイズ」に挑戦していただきます」

 

「あれか?ピザって十回言えってやつか」

 

「その通りでございます。全一問。正しく回答できればそこで終了し、縄をほどいて差し上げます。間違えれば十回言うところからやり直しでございます」

 

「マジ?一問だと?そんなんでいいの?」

 

「はい。疑うようでしたら盟約に誓っても構いません」

 

ありがたいけど、ありがたくないな。絶対裏がある。

 

でもだからといって俺に拒否権があるわけもない。何が起きてもされるがままだ。くやしい。

 

「面倒だしいいや。じゃあさっさとやってくれ」

 

「では、愛してると十回言ってください。私の目を見ながら

 

‥‥‥。

 

「…あれだ。お前がやりたいことの意図は読めた。だがそれなら言わせる言葉が違うぞ。そういうときの相場は「ごめんなさい」だ」

 

「正しく回答できなかったので、最初からやり直します。私の目を見ながら愛してると十回言ってください

 

こっわ。ジブリールこっわ。

 

「愛してると十回言ってください」なんて言われたらドギマギするはずなのに全くそんなことない。ドキドキはしてるけど。特に恐怖の意味で。

 

なんでそんな満面の笑みで低い声出せるんだよ。

 

っべー。まじでやっべー。もう逃げられないんだけど。どうしろってんだよ。いやもう言うしかないですね。

 

「わかったよ。言えばいいんだろ言えば。愛してる愛してる愛して…」

 

「目を見てくださらなかったので、最初からやり直してください」

 

無情にも、やり直しを喰らった。

 

「ぼっちにその要求するの、かなりハードル高いことだってわかって言ってる?あれだから。女子と目を合わせるなんて、犯罪犯すくらいの気合いいるから」

 

「知ったことではございません。むしろそうであるほうが好都合でございます。何せ罰ゲームですから」

 

「はいはいそうでしたねっ‥‥!!!」

 

ジブリールが急に顔を近づけてきた。

 

距離にして約数センチ。

 

椅子に縛られ身動きの取れない俺は、後ずさることも出来ない。

 

近い近い鼻息かかる髪の毛くすぐったいいい匂い違う違う違う。

 

せめてもの抵抗として、顔を背けてみたが、がっしりと両手で顔をつかまれ正面を向かせられてしまった。

 

「できないというのでしたら仕方ありません。物理的に私の目しか見えないよう、極限まで近づいて差し上げます。これであなたのすべきことは私に愛をささやくだけ。さぁ存分に私を満たしてください」

 

「怖い怖い離れろ離れろ。やるやる。ちゃんとやるから。できるから。子供のころから俺はやる気になったら大抵のことはおおむねできたから。ただでさえ規格外なんだからヤンデレ属性を追加するな。世界が終わるぞ。そして俺も終わるぞ」

 

そういうと、「分かりました」といって素直に離れてくれた。よかった。取り返しのつかない病みではなかった。

 

「ったく…。いくぞ。あ、愛してる愛してる愛してる、愛してる愛してる愛してる、愛してる愛してる愛してる愛してる」

 

「今、マスターが私に言うべきことが一つあります。さぁ、それはなんでしょう?」

 

「は?」

 

「正しく回答できなかったので、最初から…」

 

「まてまてまて。今のは回答じゃない。あまりにも早急すぎるだろ判定が。少し考えさせろ」

 

絶対わざとだよね?もう謝ってほしいとか超えて恨みでも買ってるよね?

 

とはいったものの、なんだそのクイズ。当たらんだろ。何?俺がこいつに愛してるっていうのを、無限回繰り返されるってこと?愛してるbotになっちゃうの?それが本来の目的なの?

 

いや待て待て待て。落ち着け。そんなことはないだろ。少なくとも、絶対に模範解答はある。

 

要はこいつの機嫌を直し、満足させるような回答をすればいいわけであって、何も完全一致でなくともいい。

 

もっと言えば、その内容は「ごめんなさい」的な謝るような発言が欲しいわけではなく、その、「愛してる」的な絆を確かめるような発言を欲していると考えるべきだ。

 

そして、これはあくまでも「罰ゲーム」。普段俺が言うようなセリフじゃダメなんだ。きっと。

 

黒歴史になるような、悶絶してしまうほどのくさいセリフだったり、調子乗ってんのこいつ?くらいのイカしたセリフをご所望だ。

 

何度も言うのはメンタル的にもかなりきつい。

 

出来れば数回で終わらせたいところ。

 

「ぐぅ‥‥う、うおお…」

 

「‥‥すごい‥‥悶絶してる…」

 

「違う。あれは葛藤だ。正解になるくらいのギリギリのラインで、かつ羞恥で死なない程度のセリフを考えてるんだ」

 

だまれ空。冷静に分析されるのもつらいんだよ。お前も体験してみるがいい。この地獄を。

 

「‥‥お、お前のことをとても愛しているよ?」

 

「やり直してください」

 

ふざけんな。

 

「なんですか今の解答は。本当に縄をほどいてほしいと思ってるんですか?」

 

「なにいってんだ。完ぺきな模範解答だろ」

 

「正しく回答できなかったので、最初からやり直してください」

 

聞けよ。ってか、だったら、ヒントくらいよこせ。

 

「くっそ…。卑劣な…愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる!」

 

「今、マスターが私に言うべきことが一つあります。さぁ、それはなんでしょう?」

 

「‥‥」

 

なんだ?何を言えばいいんだ?というか、さっきのじゃ足りなかったってだけか?

 

‥‥。

 

だがまて。

 

ふと思ったが、そんなに深く考える必要はないのかもしれない。

 

そもそもこんなことになった理由としては、俺が白をいじめたから。そして、多分その関連でジブリールがどこか癪に障った部分があったのだろう。

 

よく考えて、罰ゲームが速く終わるように言って欲しい言葉を紡いで見せるなど、それでは罰の意味がない。

 

言って欲しい言葉を考えるのではなく、問題文の通り、俺が言うべき言葉を口にしなければいけないはずだ。

 

恥ずかしさとか、もどかしさとか、そんな自分の一時の感情のせいで、言わなければいけない時に、間違った言葉でやり過ごしてしまうなんて、そんなの愚かでしかない。

 

今は、恥ずかしさを承知で言うべきことを言うときだ。

 

「…回答する」

 

「では、どうぞ」

 

「…まず、最初に謝罪する。白、そして空に対してだ。あとステファニー。俺の軽率な行動がお前らを不快にさせたことを、今一度謝っておく」

 

体は動かせないが、一応首だけでも頭を下げる。

 

「ステファニーと空についてはついででしかないが、直接傷つけた白には、深く反省してるって言っとく。ゲームを終わらせるためとはいえ、小学生にあの発言は酷だった。わるい」

 

「‥‥きにして、ないって言ったら…うそになる、かもだけど‥‥でも、しろがもっと…うまくできてれば‥‥はちまん、あんなこと…いわなかった。だから‥‥今回のことは‥‥しろのなかで、いましめにする。はちまんも‥‥そうして。…それで…チャラ」

 

「ありがとな」

 

「俺は今までそんなに気にしてなかったが、たった今ステフと同じような扱いをされたことに対してブチギレたい」

 

「わたくしの扱いについて、もうツッコむのも疲れてきましたわ」

 

「そしてなおもキレているであろうジブリール。さっきも言ったが、正直俺はなぜそんなに怒っているのかわからん。なにがお前の逆鱗に触れたのかわからんし、何を言ったらお前の気が晴れるのかも知らん。そんな状態で、ごめんとか、そういうことを言うのは違うと思うし、何よりお前の気も多分晴れないと思う。だから、その…」

 

ああくそ。やっぱ恥ずいなこれ。こういうの俺のキャラじゃないんだって。誰得シーンなんだよ。

 

「その…なに?お前とはこっちの世界に来てから割と長いこと一緒にいるし、なんだかんだで俺にかまってくれているのは、知り合いがいなかった俺にとって…まぁ、ありがたいことではあった。いきなり押しかけていろいろ文句言っちまったし、心苦しいこともあったかもしれん。でも、お前はそういうのあんま言わなかったし、それだけじゃなくいろいろ手助けしてくれてたし、そういう意味で…か、感謝してりゅ」

 

いっちばん大切なとこで噛んだ。死にたい。

 

ジブリールはちょっと驚いたように少しピクリと体を震わせたが、表情は特には変わらなかった。模範回答とは違ったのかしら。

 

だがまぁ、しょうがない。なら、当たるまで恥ずかしいことを言うだけだ。

 

言わなきゃならんことは言ったし、あとは早く終わらせるために自爆特攻するだけ。

 

言いたくないよ?でも、言わなきゃ終わんないから。というかそうとでも考えなきゃメンタルが終わる。

 

「えっと…つ、つまりは愛してるってことだ。もう十回くらい言ったし、この言葉の意味は少し軽くなっちまったかもしんないが、お、俺の気持ち的には?か、変わらないわけであって、お前を大切にしたいという考え方そのものは変わるわけがないというかなんというか」

 

うーわ。ダメだこれ。歯が浮くようなセリフ、ようアニメキャラは言えるな。

 

でも、言った直後から、ジブリールの羽がピクピクし始めた。

 

やっぱりこういう系の言葉が欲しかったんだろうか。

 

ええい。もうこうなったらやけだ。痛いキャラでも黒歴史でも何でも作ってやる。

 

「そ、そうだ。かのキャサリン・ヘップバーンも言っていた通り、「愛するということは、与えてもらうものではなく与えるものである」という。お前は俺にいろいろと大事なことを教えてくれたし、与えてくれたって言っていいと思う。お前の愛を受け止め、これからはお前に何かを与えられるように精進しようと思う」

 

「そ、そうでございますか」

 

言葉面はそっけないが、耳と羽は正直だ。どう見ても嬉しそうにぴょこぴょこしてやがる。

 

可愛い奴め。違うって俺死ね。相手は天使だぞ?あれ?じゃあよくない?いや中身は悪魔だって。

 

「愛という漢字の成り立ちは、人がゆっくりと後ろを振り返る感情をモチーフとしている。今でいう後ろ髪を引かれるという言葉に近しい感情が愛という漢字そのものにあったそうだ。お前は天使だから、愛するという表現は間違っているかもしれないが、俺は人間だからお前に対して愛しているという表現ができる。よって俺はお前を愛している」

 

「あ、あのマスター。そろそろ…」

 

「まずいな。ジブリールがだんだん嬉しさから恥ずかしさにシフトチェンジしてるし、あいつ、恥ずかしさのあまりブレーキが壊れて迷走し始めた。論理関係も何もかもめちゃくちゃだ。これはアカン」

 

「‥‥黒歴史…確定…」

 

「前に教えてもらったが、お前ら天翼種(フリューゲル)は魂というものによって存在が確立している。だがそれは俺達人間もだ。ということは、俺達の関係は、魂という媒体によって通じ合っているといっても過言ではないわけであって、これはもう実質お互い愛してるもの同士ってことに‥‥」

 

「マスター!!!!」

 

「うおっ。な、なに?」

 

「私が悪かったです。つまらないことで意固地になっておりました。ですから、もう、勘弁していただけないでしょうか」

 

「え、あ、そう」

 

どうやら、満足いただけたようだ。

 

しかし、ジブリールの羽はぴょこぴょこという擬音がふさわしい動きから、プルプルという動きに変わっており。

 

目元は少しうるんでおり、特に顔は真っ赤である。

 

そして、勘弁してほしいってセリフ‥‥。

 

‥‥‥。

 

もしかしてだけど、いや、もしかしなくてもだけど、やりすぎた?キャラに入りすぎて、愛、ささやきすぎた?

 

‥‥‥。

 

…。

 

‥。

 

「‥‥‥ジブリール。頼みがあるんだけど」

 

「私は今、何をやれと申されてもうまくできる自信がございません。うずくまっていたい気分でございます」

 

「そうだろうね。俺もだからね。今すぐ穴掘ってうずくまって永眠したい。けど、何をするにしても、まず縄をほどいてもらわなきゃ話にならないんだ。今のお前みたいに手で顔を覆うことも出来ねぇんだよ。早くしろでないとホントに恥ずかしさで死ぬ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なぁ白。兄ちゃん罰ゲーム与える人選間違えたかな。これただのろけ見せられただけじゃん」

 

「‥‥もっと…はやく、きづいて‥‥ほしかった」

 

「それとさ、お前らがイチャイチャしたせいで全く話進んでないんだけど。見てみろクラミーを。退屈して寝ちゃっただろ」

 

「違うのですよ~。クラミーはうぶだから、こういう初々しいやり取りを見て、恥ずかしくなって顔を伏せてるだけなのですよ~」

 

「ち、違うわ!ほ、本当に退屈だから眠くなっちゃっただけだもん!適当言わないで!」

 

「いや起きてる時点で正解だろ」




後日談

「そういや、あの時お前なんで怒ってたの?」

「あの時とは?」

「ほら、俺が白いじめたときの」

「…ああ、あの時の罰ゲームのやつですか」

「‥‥別に言いたくなかったら言わなくていいぞ。ただ、似たようなことがあったとき、知っておいたほうが不快にさせずに済むかなって思っただけで」

「‥‥マスターは優しいですね」

「やめろ。別にそんなんじゃない。俺が罰ゲームを喰らいたくないだけだ」

「‥‥マスターが自分を大切になさらなかったからです」

「‥‥‥は?そんな理由?」

「私にとっては大切な理由です。今はマスターは私の生きている理由であり、最も大切なもの。それが勝手に壊れたら、腹が立つのは明白でございますゆえ」

「あー。まぁ知らないうちに大切なゲーム機壊れてたら怒るもんな」

「‥‥そうやってわかっているのに気づかないふりをするのもあまり好きではございません」

「‥‥なんのことかわからんな」


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結局協力って何だろう

ある日の二人⑫

「暇だな」

「暇ですね」

「なぁ、なんか賭けてゲームでもしようぜ」

「よろしいので?」

「別に駄目な理由がないだろ。ただの暇つぶしだ」

「では、勝負内容と賭けるものを宣言してください」

「そうだな…無難にオセロとかどうだ?負けたら相手のいうことを一つだけ聞くってことで」

「承知しました」







「62対0でわたしの勝利でございます」

「忘れてたわ。なんか賭けると遊びじゃなくなるってことに」

「では、命令します。頭をなでてください」

「‥‥イエス、ユアマジェスティ」


うずくまるジブリールに無理やり縄をほどかせ、帰ろうとしたのだが。

 

俺をまたもやジブリールが止めてきた。

 

なんでも、これからやることには俺も参加する必要があるらしい。

 

そんなわけで、今度はきちんと椅子に座り、今度こそ俺も含めて全員が円卓を囲み、コミュニケーションを取る準備が整う。

 

ちなみに俺はコミュニケーションを取るつもりはない。いや、逆に取りまくって早く終わらせてやろうか。

 

「で、なんでまたここに座らせられてるの?今誰の顔も見たくないんだけど」

 

とてつもない恥ずかしさをこれでもかと押さえつけ、空の顔をちらりと見る。

 

「そっか。そういやあの時お前いなかったな。昨日俺らが勝った後に言ったけど、要求として、フィールの記憶を改ざんする権利をいただいたんだ」

 

あのエルフ、フィーって名前じゃなくてフィールって名前だったみたい。

 

よかった。直接しゃべる前に気付けて。めっちゃ馴れ馴れしい奴になるとこだった。

 

「それがお前が言っていた、パートナーの生殺与奪権うんぬんの方の要求か。一応確認するが、もう一つの要求はなんだ」

 

「ゲーム内容の定着と、その返還。つまり、お互いに記憶を共有したってわけ」

 

空が人差し指で自身とクラミーを指で交互にさす。

 

つまり、存在を消滅させるのでなく、あえて生かしたと。

 

「ふーん。まぁ、やっぱり思ってた通りの要求だったな」

 

そういうと、空以外の全員が驚いたような顔で俺を見つめてきた。

 

なんだよ。恥ずかしさぶり返しちゃうだろ。

 

「八幡、あなた、クラミーとのゲームにおける空の考えていたこと全てを、読んでいたってことですの?」

 

ステファニーがおずおずと俺に今の発言の意味を問う。

 

「マスター。私からも質問させていただきます。あの時、空様があのクラミ―という女に対して、記憶の返還をする、と宣言したときのことです。私もドラちゃんも驚きました。てっきり、空様の狙いはクラミー・ツェルの消滅と、あのエルフの洗脳だとばかり思っていましたので。マスターはそれらが真の狙いではないということまで、すべて読んでいた、と?」

 

「別に全部読んでたわけじゃない。実際読んでたらこんな恥ずかしい思いしなかったし。ジブリールが怒ることまでは読んでなかった」

 

「マスター。茶化さないできちんと答えてください」

 

となりの席から責めるような低い声が聞こえる。

 

わかったよ。言えばいいんだろ言えば。

 

「全部読んでたわけじゃないのは本当だ‥‥読むってことのもんでもない。ただ、納得するように話をつなげるには、これが一番筋書きっぽいなーっていうのを頭の中で考えてみただけだ。つーか、お前も俺と同じ立場だったんだから、なんとなく察してたんじゃないの?」

 

俺はジブリールに話を振ってみた。

 

しかし、ジブリールはフルフルと首を振り、分からなかった、と回答する。

 

「申し訳ありませんが、私はマスターよりも思慮が欠けるようで。僭越ながら、その筋書きを思いつくまでの経緯をお教えくださいませんでしょうか」

 

「別に特別考えたわけでもないぞ?それに、気付いたの割と終盤だったし。もし仮に空の要求がクラミーの消滅と、フィールを手ゴマにするっていうのが本当だとしたら、あのオセロ、やる意味なくね?って思っただけだ」

 

「やる意味がない、ですの?」

 

ステファニーがこてんと首をかしげる。

 

「クラミーを消滅させて、空に何のメリットがある?フィールの怒りを買うだけだし、万が一負けた時、消滅という要求をされるリスクがでかすぎる。相手にその思考回路を持たせるような発言をするのは致命的だ。加えて、なぜ記憶の改ざんだけなんだ?しかも一つだけ。本当に手ゴマにしたいなら、隷属するように要求すりゃいいのに。一つの記憶改ざんなら大勢に何ら影響はないし、一度くらいしか味方になってくれねぇじゃねぇか」

 

「た、たしかに…」

 

「あの時の空の挙げた具体例。たしか…「ゲーム結果を恒久的に確定し、相手の存在を永久に葬り去ったり、パートナーの記憶を一つ改ざんして味方にしたり」…だっけか?でも、これはあくまで具体例であって、勝者は敗者に二つ要求ができるっていうのがこのゲームの勝利報酬なわけだろ?だったら、この発言はほぼ確定でブラフだ。そもそも、空が対戦相手に、自分の本当の狙いを馬鹿正直に伝えるような奴だと思うか?」

 

「ありえないでしょうね」

 

「だったら、空の狙いはその二つの勝利報酬じゃない。そんで、ゲームの中盤で空がバカスカクラミーに駒を取られてた。これで俺は俺の考えがあっていると確信した。勝利報酬が狙いなら、最初から圧倒すりゃいいし。わざと負けていたのは、そうする必要があったから。空のほぼすべてを、クラミーに一時的に渡す必要があった。なぜそんなことをしたか?それは途中でクラミーも気づいていたが、空の後ろに誰もいないことを証明し、ゲーム終了後に味方になってもらうため。しかし、空の勝利でゲームが終わったとき、クラミーの存在は消滅してる。味方にはできない。だから気づいたんだよ。要求はゲーム結果の定着と、相手の復活だって」

 

そういうと、空はほう、と値踏みするような視線で俺を見てくる。

 

やばい。こいつに目を付けられるのはまずいぞ。いやもう目はつけられてるかもしんないけど、これ以上過大評価受けるのは勘弁してもらいたい。

 

「でも、俺は結果の定着と復活の要求二つだと思ってたし。フィールの記憶の改ざんのとこは読めてないし、初耳だ。だから、全部読めてたわけじゃない」

 

「それでも、そこまで読めているというのは流石の一言に尽きるかと」

 

ジブリールが恭しく頭を下げ、敬意を示す。

 

流石にまだ恥ずかしさが残っているから、そんな風に頭を下げるジブリールの顔を見ることは難しそうだ。

 

「いや、こんなの少し考えりゃ誰だってわかる。今回はたまたまこの立ち位置にいたのが俺とジブリールで、ジブリールが少し抜けてただけだ。それに、この後のことはどうなるかわからないし」

 

そういって空の顔をちらりと見る。

 

相変わらず空は何を考えているか、顔を見ただけではわからない。

 

「じゃあ、そんな思慮深い八幡くんにクイズを出そう。なぜ俺らが東部連合に種の駒を賭けたのか、その理由はわかるかな?なぜ広大な領土や人員、もしくは俺らの持つ異界の知識などをかけ皿に乗せず、最もリスクの高い種の駒を賭けたのか?」

 

「知るか」

 

俺は適当に話を流す。

 

そもそも本当に知るわけがないだろう。俺がやっているのはあくまで推測であって、ジブリールの様に魔法で頭の中を覗いたりしているわけではないのだから。

 

空みたいに相当頭が切れて勘が良ければ、思考をそっくりそのままトレースしたりする、みたいな芸当ができるかもしれないが、あいにくと俺にそんなスキルはない。

 

俺をお前らみたいな化け物と一緒にしないでもらいたい。

 

「まぁまぁ、そう言わずに少し考えてみろって。こういう小さな機会で思考力を上げてかないと、俺らには到底追いつかないぞ」

 

「なんで俺がお前らに追いつきたいって前提で話が進んでるの?」

 

人の思考を勝手に捏造するのもやめてもらいたい。

 

追いつきたいなんてみじんも思ってないし、追いつけるとも思ってない。

 

この世界をクリアするよりも難易度が高いかもしれない。

 

「はぁ、ジブリール、後は任せた。疲れたからもう俺はここから聞くことに専念する。お前らも俺にこれ以上話を振るな。俺も邪魔しないし、話の内容は聞いてるから」

 

特にお前な。空。

 

クラミーと空白の監督、ジブリールとの十回ゲームですでに体力はゼロに近いのに頑張って残ってるんだ。

 

早く帰りたいがためちょっと積極的に話してはみたが、なかなか終わらなさそうだからあきらめて聞き専に回ろう。

 

「かしこまりました」

 

「え~八幡のいけず~。ま、いっか。そんじゃ、ジブリールにさっきの質問しようか?なぜ俺らが種の駒を賭けたと思う?」

 

ジブリールはふむと少し考えた後、口を開く。

 

「推測ではございますが、おそらくは。この状態を引き起こすため…つまり、クラミーとの接触を図り、我々のスパイとするためかと」

 

「正解だ。種の駒を賭けるとなれば、人類種(イマニティ)全員に情報が行く。そうなれば、エルヴンガルドの内通者である、クラミーが接触してくると踏んだ。その過程で、スパイとなってもらうためにな。そして、そのクラミーとのゲームで俺らは勝った」

 

「そのゲームの中で、私に記憶を渡せば、盟約を使わず私を味方につけられると踏んだわけね」

 

なるほど。賢い。

 

盟約を使って仲間にすることも確かに可能ではあるが、それには絆といったものがない。

 

絶対性はあるものの、盟約によってできた主従関係は、盟約によって簡単に覆る。

 

対して、盟約を使わない生涯の絆。すなわち、空と白のような間柄であれば、盟約よりも強い効果を生み出すこともある。例えば、相手の意図をくみ取り、先の先まで情報を集めておいてくれるとか。

 

おそらくではあるが、クラミーと接触したかったのは、俺にアヴァントヘイムに行かせたのと同じ理由だろう。

 

獣人種(ワービースト)とのゲームの後、他国から攻め込んでもらうための布石として、用意しておきたい駒の一つだったというわけか。

 

「ただ、こっちも乗ってあげるとは言ったけど、アンタの記憶を探っても、東部連合に勝てるとは思えないんだけど。その辺は大丈夫なの?」

 

クラミーが空に疑問の言葉を投げかける。

 

それは俺も思っていたことだ。

 

俺はあいつらの記憶を見たわけではないし、考えなんて知ったことではないからかはわからんが、今のところ勝てる気はしてない。

 

布石ばっかり作っていても、使う前に負けてしまっては何の意味もない。

 

捕らぬ狸の皮算用とならないことを祈るばかりだ。

 

「大丈夫だって。とにかく、お前たちに集まってもらったのは他でもない。今俺らがやるべきはただ一つ。共闘のために、必要不可欠なこと…」

 

場の空気がシリアスなものへと変わっていく。

 

なんだ。いったい何が必要だってんだ。

 

「それは…」

 

「つまり…」

 

スゥーと、軽く息を吸い込んで言った、その重要なこととは。

 

「自己紹介だ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

‥‥‥。

 

シリアスな空気返して。

 

「自己紹介?いまさらなんでそんな…」

 

クラミーが嫌そうな顔をして目をそらす。

 

ただ、気持ちはわかる。

 

なんでそんなことしなきゃならんのか。

 

というか、必要不可欠って言うほどのもんでもないだろう。

 

「‥‥‥」

 

全員が黙りこくってしまった。ほら、変なこと言うから。

 

すると、この沈黙が耐え切れなかったのか、クラミーが軽い自己紹介をしてくれた。

 

「…クラミー・ツェルよ。よろしく」

 

シーン。

 

逆に、あまりにも短すぎる自己紹介により生まれた沈黙は、先ほどとは違う意味で気まずさを生んだ。

 

「はい?」

 

「…それ、だけ…?」

 

「もうちょっと他にないんですの?」

 

「ないわ。別に、問題ないでしょう?」

 

問題大有りだ。

 

もしそれで問題ないなら、それこそ本当にやる意味がないではないか。

 

空の肩を持つわけでもないし、ましてや空の考えてることがわかるわけでもないが、その回答は問題しかないといわざるを得ない。

 

だが、じゃあお前はどうなんだ、と問われると返答に困る。

 

自慢じゃないが、俺も自己紹介には自信がない。いや、自己紹介が全くと言っていいほど出来ないことに自信がある。

 

「え~俺と同い年の18才。身長は158cm、スリーサイズは…」

 

クラミーの代わりに、空がゲームで得たクラミーの身体的特徴を含め、自己紹介ならぬ他人紹介をする。

 

「あ、あんた!卑怯よそれ!」

 

「あと、ブラはパッドが入っていて実際は…」

 

「わ、わかったわ!わかったやめて!ちゃんとやるから!」

 

クラミーはわたわたと慌てながら空の話を遮った。

 

「…でもその前に、フィーを紹介しなきゃ説明できないわね…」

 

そういってちらりとフィールのほうを見る。

 

「はぁ~い。フィール・ニルヴァレンなのですよぉ~」

 

クラミーの意図を読み取り、フィールは軽く自己紹介をする。

 

そのとき、ちらりとジブリールを一瞥して一言。

 

「…そこの悪魔以外はぁ~、気楽にフィーって呼んでほしいのですよ~」

 

「はて、ずいぶん嫌われたものですね。なぜでしょう。不思議でございます」

 

どちらも顔は笑っているのに目は笑ってない。怖いなぁ。仲よくして。

 

「だって~、どこかの天翼種(フリューゲル)の某お方が~大戦時に私たちに打った天撃で何人が犠牲になったかと思うと~」

 

‥‥‥まぁ、確かにそれならしょうがない。

 

昔の敵と仲良く飯を喰らえなど、なかなかできるものではないのだし。

 

大戦時の遺恨は根強く残っている。無理をさせるのは得策ではないだろう。

 

「被告ジブリール。弁護を」

 

「弁護といわれましても…身の程をわきまえ、上空に飛行妨害魔法を張らなければ、眼中にとどめることすらなかったのに。自業自得でございます。あれで落下してたんこぶができたのですよ?うっかり皆殺しにして、私に何の落ち度がございましょう?」

 

「ジャッジ。判決ジブリール。ギルティ」

 

「なぜ!?」

 

「いや当たり前だろ。むしろ落ち度しかないよ。なんでそんなにさも私は悪くありません見たいな顔出来てるのか不思議でしょうがないよ」

 

涙目で力なく椅子から地面へとへたり込むジブリール。そんなに悪気なかったの?

 

「フィー。共闘するにあたってわだかまりはなくしたい。どうすりゃジブリールを許してくれる?」

 

「ん~。それはとってもむずかしいのですよぉ」

 

顎に人差し指を当てて、うーんと考えるそぶりを見せる。

 

なんで女の子って、こういうちょっとしたときのしぐさがいちいちかわいく見えるんだろう。

 

当の本人は自覚してないだろうが、なかなか男性にはグッとくるものがある。本当に気を付けてほしい。

 

そういう何気ないことの積み重ねで好意を持たれたりして、面倒なことになるんだから。

 

男の人のためにも、そしてあなたのためにも、女性は可愛らしいそぶりをしないこと。これを徹底してほしい。

 

おっと。脱線脱線。

 

「フィー。空の計画に、彼女の力は必要よ。私からもお願い」

 

「はぁ~。じゃあ、足をなめて、「許してくださいフィール様」って言えば許すのですよぉ~」

 

鬼畜がいる。

 

なんで女の子って、こういうちょっとしたことでえげつないほどの罰を思いつくんだろう。

 

当の本人は自覚してないだろうが、なかなか男性にはうわぁ…と思うところがある。本当に気を付けてほしい。

 

そういう何気ないことの積み重ねで‥‥ってこれなんかつい三十秒前くらいに思ったことと酷似してる気がする。

 

「おやおや~?天の彼方まで付け上がりましたね。耳が長いだけの森の雑種さんが」

 

ジブリールもこの要求には怒りを覚えたようだ。口元はひくつき、羽は広げ、背後には怒りのオーラが見える。笑っているのは目元だけだ。

 

「マスターも何か言ってやってください。この胸だけに栄養が行った脳なしの田舎者にお灸をすえてください」

 

ちらり。

 

ジブリールが胸に栄養が行ったとか言ったもんだから、つい視線が胸のほうへと移動してしまった。

 

‥‥たしかに、これはなかなかのものをお持ちで。

 

「‥‥マスター?」

 

「え?あ、うん、そうだな。いくら罰だからといっても、心に傷をつけるような罰はダメだな。うん」

 

あっぶね。胸に意識が行ってて軽く話の内容すっ飛んでた。セーフ。

 

「でもぉ~、それだと私の気が晴れないのですよぉ~?じゃあ~逆に聞きますけどぉ~、どんな内容だったらやってもらえるんですかぁ~?」

 

「ジブリール。謝罪の気持ちの有無はこの際良い。お前が百歩、いや、どうせお前のことだ。一万歩くらいゆずった場合、ギリギリやってもいい謝罪方法を言え」

 

そうすると今度はジブリールが人差し指を顎に当てて、うーんと考える。

 

「そうですね。一万歩譲ったら「ごめんなさい」の言葉を書ける程度には謝罪してもよいかと」

 

「すまんフィール。こいつの意見は当てにならん。代理で俺がお前に謝罪する」

 

どんだけ傲慢なんだ。幼稚園児でももう少しまともに謝罪するぞ。

 

「マ、マスターが謝罪する必要は…!!」

 

「だったら誠意を見せろ。ある意味俺は今、お前という部下のために謝罪してる上司なんだぞ。俺を救いたかったら取引先にわびの一つでも入れてこい」

 

「説得力あるわね…」

 

「ちなみにリアルの方の会社だったら、多分部下が詫びるより、上司が謝罪したほうが取引先は多分受け入れてくれると思うけどな。仕事したことないから知らんけど」

 

ジブリールは悩んでいるようだ。まだプライドが許せていないのだろう。

 

これはあれだな。俺がやるしかないパターンか?

 

でも、前に自分を大切にしろって言われたし。こいつ本人からな。

 

どうしたもんか‥‥。

 

っていうか、なんで俺がこんなことで考えなくちゃいけないんだ。

 

面倒だ。もうこいつに投げよう。どっちがいいかなんて知らん。

 

「ジブリール。AのプランとBのプランどっちがいい?」

 

「…内容をお聞きしても?」

 

「Aはお前がフィールに土下座して「ごめんなさい。私が悪かったです。許してください」という。Bは俺がフィールに土下座して「ごめんなさい。ジブリールのせいで俺が代わりに土下座することになって本当に申し訳ないです。ここは俺の顔に免じて今回ばかりは協力していただけないでしょうか」といいながら靴をなめながら媚を売る。この二択だ」

 

「クソすぎる二択来た」

 

「‥‥こういうの、が…はちまんの…本領」

 

「さぁ好きなほう選べ。お前のそのプライドと、マスターの尊厳。一応言っとくけど、別にお前がプライドを優先したからって特に何もない。ただ俺の中で評価が下がるだけだ」

 

「内心での評価が下がるのは何もないとは言えませんわ!?」

 

「う、ううううう」

 

悩んでるようだな。まぁ、大いに悩め。悩んで悩んで、そして出した結果なら、俺に文句は言わんだろう。

 

部下に選択権を与えてるから、俺は無理強いしてない。もし無理強いをしたら、パワハラで訴えられちゃうから。

 

ちなみに俺だったらプライドを取ります。上司なんて知ったことじゃないからな。

 

ジブリールは何も言わず、スッと俺の後ろを通り過ぎて、流れるようにフィールの足元まで行き。

 

「申し訳ありませんでした。ごめんなさい。私が悪かったです。許してください」

 

と、土下座をすることとなった。

 

それを見たフィールは上機嫌となり、

 

「はぁ~い。許したのですよぉ」

 

と勝ち誇った顔でジブリールを見下ろしていた。

 

「こんなんでいいのか」

 

「知らん。俺達とは違う生き物だし。フィールの気が晴れたならそれでいいんじゃね」

 

ちらりといまだに土下座をしているジブリールを見る。

 

なんか可哀想だが、他の種族の仲間を虐殺した過去を水に流してくれるというのなら、安い買い物だろうと思ってしまうのは、俺だけなんだろうか。

 

「マスター。このような下等生物相手に頭を下げ、許しを請うというありえないほどの恥辱を感じているのですが」

 

「そうか。まぁ、ご愁傷様」

 

「ですので、このストレスを解消するためにマスターからのなでなでを所望します」

 

「なんでだよ。そもそもやったことないだろ。あと俺も恥ずかしくなっちゃうからダメ」




遅くなって申し訳ありません。

定期テスト期間で勉強していたら、投稿することができませんでした。

代わりといってはなんですが、今日から一週間は、毎日更新させていただきます。


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お風呂回①

ある日の二人⑬

「マスターにお願いしたい議がございます」

「なんだ」

「一緒にお風呂に入りましょう」

「却下」

「な、なぜでございましょう!?」

「いや、なんで俺がOKだすと思ったの?ダメに決まってるだろ。つーか、お前は見られてもいいのか?前にそういう目線で見られるのは虫唾が走るとか言ってたろ」

「はて?記憶にございませんね。今は未知を探求することが最優先ですので」

「俺の体は前に調べただろうが。もう既知だろ」

「いえ、調べたいのは異世界人の体の洗い方や、風呂での様子を、できれば模写させていただきたいのですが」

「ぜっっっっっったいにだめ」


フィールとジブリールの確執が一段落したところで。

 

クラミーとフィールの関係性についての説明を受けた。

 

「フィーは幼馴染。正確には私の主人、だけどね」

 

「エルヴンガルドは民主国家ですが、位階序列で自分たち以下の種族を盟約で縛ることを推奨しておりまして。端的に申せば、奴隷制度を採用しているのです」

 

空や白、ステファニーは初耳だったらしいが、俺は違う。

 

前にジブリールに教えてもらったことがあるし、なんなら自分で調べたことがある。

 

森精種(エルフ)についての情報が欲しくて、図書館の中を何度も歩き回ったこともあるくらいだ。

 

なんでそんなことしたかって?そりゃあ、気になったからだ。自分が想像していた、アニメや小説でしか出てこないような、妖精みたいな見た目をしている生き物かどうかを確かめたかった。

 

確かめたから何、というわけではないが、やはりイメージと実物が似通っているほうが好ましくはあるし、固定観念と同じであったほうがこの世界で生きていくうえでもベターではある。

 

調べていくうちに、イメージよりも残虐な種族だということがわかり、図書館の一室で肩を落としたのは記憶に新しい。

 

「じゃあ、お前、奴隷なのか」

 

「ええ。曾祖父の代から、ニルヴァレン家の奴隷。生まれも育ちもエルヴンガルド。ニルヴァレン家は、エルヴンガルドでも名のある家で、代々上院議員を務めてきている。…それなのに、奴隷の私をフィーだけは、友達として扱ってくれた」

 

クラミーは視線と声のトーンを少し落とし、昔の思い出を懐かしむように少し微笑んだ。

 

どんな会話があって、どんな感情が交錯して、どんなことを知ったのか、それは当人たちしか知らない。

 

しかし、彼女の顔を見ただけで、それは幸せな思い出だったのだろうと推察できる。

 

‥‥そういえば、空も記憶全部持ってるんだっけか。

 

「当然、表向きにはそんなそぶり見せられないけどね」

 

「わたしはぁ~それがすごぉく気に入らないのですよ」

 

ぷく―とほほを膨らませながら、フィールは文句を垂れる。だから可愛いって。やめろ。

 

「で、昨年先代当主が鬼籍に入ってからは、フィーが事実上の家長。だから私たちの関係は、世間からしたらさらに複雑なわけ」

 

「え!?じゃあフィールさん、今は上院議員代行!?上院議員が奴隷解放運動を企てるって…国家反逆じゃないですの!!」

 

「「「「えええええーーーーー!!!!????」」」」

 

空、白、そしてジブリールも含め、俺達は驚きの声を上げた。

 

「流石にみんな驚きますわよね!?」

 

「ああ、…ステフ、今の話ついてこれたのか…!?」

 

「驚くとこそこですのぉ!?」

 

「驚くとこそこかい」

 

俺以外はステファニーの理解力に驚いていたようだ。

 

ていうか待って。だったら普通に驚いた俺だけ、なにもわかってませんでした感でるからいやだなそれ。

 

「…フィールさんはいいんですの?わたくしたちに協力するのは、エルヴンガルドの破滅につながるかもしれないんですのよ?」

 

「わたしはぁ~クラミーが傷つけられなければ、なんでもいいのですよぉ」

 

にっこりとほほ笑む彼女の姿は、まるでクラミーを保護する親のような顔だった。

 

「家とか正直どうでもいいですしぃ~いっそ国ごと無くなれば話が早いのにと思ったこともあるのですよぉ~えへへへ」

 

「さらりとえげつないですわね‥‥」

 

「クラミーは目を離すと、すぐこっそり泣いているからそばにいたいのですよぉ」

 

めっちゃ痛いカミングアウト来た。

 

「な、泣いてないわ!泣いたことすらないわ!」

 

「いや国王選定戦で負けたとき、子供みたいに泣きじゃくってただろ」

 

「ち、ちがうの!あれは違うの!」

 

頭を抱えながらうわぁあああ、と半狂乱になってぶんぶんと頭を振り回す。

 

「赤ん坊の頃から知ってるからって、いつまでも子ども扱いしないでくれる!?」

 

顔を真っ赤にしながらフィールに詰め寄るクラミー。

 

「クラミーは気負いすぎなのですよぉ」

 

そういってフィールはクラミーの頭をなでた。

 

うん。やっぱりこれって…

 

「親友っていうより、母親だな」

 

空は俺と同じ感想を言って、母親っぽく膝の上に座っている白の頭をなでる。

 

白はそんな兄の手を握りながら、幸せそうにそのなでなでを堪能していた。

 

「と、とにかく!これから私たちが相手にしなきゃいけないのは東部連合の連中なのよ!巫女という統治者の登場により、わずか半世紀で世界第三位の大国になった連中の脅威は未知数。事実を知る者はいないわ。さらに獣人種(ワービースト)は血壊という能力を兼ね備えている。何か対策でも考えてるわけ?」

 

「考えてるさ。共闘する俺らに必要なのはチームワーク。絆だ。互いの親交を深めなきゃなんねぇ」

 

そう言って空は唐突に立ち上がり、俺たち全員についてくるように命じてきた。

 

まぁここまできて拒否する理由もないので、おとなしく従ってみた。

 

そして、王城のとある一室の前に連れてこられた。

 

まぁまぁ遠かったな。どんだけ広いんだこの王城。

 

「その親交を深めるために…!!!」

 

「お風呂なら一緒に入らないわよ」

 

「えぇ…な、なぜわかったし…」

 

ガックシと部屋のまででうなだれる空。やっぱりこいつ変態なんじゃなかろうか。

 

いや待て待て。女は女で、男は男で別々に、その上で一緒に入る可能性だってあるだろう。混浴を狙っていたと判断するのは早い。

 

そして、そんな風に考えてしまった俺もちょっとまずいかも。恥ずかしー。

 

「自分の記憶全部渡したの忘れてるのかしらこの人。ま、残念でした」

 

「別に女同士ならいいんじゃないの?俺と空は外出てるから、みんなで浸かって来いよ」

 

「いやよ。仲良くもない相手に自分の肌をさらすなんて。八幡って言ったかしら?あなたは空と一緒のお風呂に入りたいと思う?」

 

「すまん。俺が間違ってた」

 

空と一緒の風呂に入るなんて、よくよく考えてみたらいやに決まってる。

 

疲れを落とすどころか、余計に疲れがたまる可能性あるだろ。気まずくなること間違いなしだ。

 

そして、そんなクラミーに鶴の一声が。

 

「クラミー。共闘する相手との親交は、大事なのですよぉ」

 

「えぇ!?」

 

クラミーはフィールを裏切りにあったような顔で見る。

 

まさか自分を援護してくれると思った味方(フィール)から、後ろから刺されるとは思わなかったみたい。

 

「そう、その通りだ。俺らが元居た世界、日本の信仰を深めるための伝統儀式!それが…裸の付き合いだ!」

 

「それ本当?」

 

「まぁ、間違っちゃいない。俺も聞いたことあるし。けど、やってるやつは見たことない。単純に友達いないからかもしんないけど」

 

「黙れ!クラミー達には盟約でなく、信頼関係だけで動いてもらうんだ。ここは伝統文化に頼るしかないのだ!」

 

「アンタが今頼っているのは果てしなき煩悩と下心でしょう」

 

同感だ。

 

「ジブリール君。説明して差し上げたまえ」

 

パチンと指を鳴らす空。

 

そしたらジブリールがタブレット片手に裸の付き合いについての解説を始めた。一つ聞いていいかしら。君、いつタブレット持ってきたの?

 

あと、なんで今回はそんなにノリノリで空の味方に付くの?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

約三十分ほどが経過しただろうか。

 

まさか裸の付き合いの説明だけでこんなに時間がかかるとは思ってもみなかった。

 

割と序盤の方は、語源というか、豆知識的要素を含んでいたから、俺も新鮮な気持ちで説明を聞いていたが、途中から雲行きが怪しくなり。

 

最後の方はもはやどうでもいい、関係なさそうな話になっていた気がする。

 

「…つまり古代ローマ人と、現代の日本人が共通の銭湯という文化を用いていたからこそ、作品は大ヒットし、時の話題をさらったのである、と」

 

「どうだ、わかったかクラミー?」

 

「‥‥もう、何の話だかわかんない…」

 

クラミーは根は真面目なのだろう。今の説明をちゃんと理解しようとして、きちんと聞いた結果、頭がパンクしそうになっている。

 

両手で抱えている頭から、もうプシューとかいう効果音が聞こえそうなほどだ。

 

「仕方ないですね。私が代わりにお断りするのですよぉ」

 

救いの手を差し伸べたのはフィールだった。

 

「クラミーはこういいたいのですよぉ」

 

フィールは、人差し指を立ててひとこと。

 

「お風呂が嫌なのは、プロポーションに自信がないから」

 

「ちがうわーーーーーー!!!!!!!!」

 

救いじゃなく魔の手だったみたい。

 

「大丈夫なのですよクラミー。女の価値はぁ、胸じゃないのですよぉ」

 

「分かったわよ!!入るわよ!入ればいいんでしょう!???」

 

クラミーが折れた。

 

余談だが、ここにいる女性の胸の大きさと言ったら、とんでもない気がする。

 

白とクラミーは、まぁ成長段階だからいいとして、他の人たちはもう本当にヤバイ。

 

直視するわけにもいかないし、直接その大きさを見たわけではない。ちらりとしか見てないし、服の上からでしかないが、それでもその大きさはわかる。

 

そう言えば、前にジブリールにからかわれて胸を押し当てられたことがあったっけ。

 

‥‥いかんいかん。これ以上は鼻血もんだ。思い出さないことにしよう。

 

‥‥念のために言っておくと、他意はない。もうホント、事実を言っただけです。誰に言い訳してんだろ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから少しして。

 

俺と空、ジブリールは仕切りの外で待機。

 

他の女性たちは全裸になり、浴場で談笑しながら湯につかっているっぽい。

 

外で待機するのではなく、しきりで遮られているだけなので、しゃべっている声だったり、音だったり、湿度だったり、温かさだって伝わってくる。

 

中途半端にお預けを喰らっている感じがする。

 

「もう!このシャンプーもう少し扱いやすくならないんですの?」

 

ステファニーがこっちの世界のシャンプーに文句を垂れる。というか、ジブリールが持ってきたシャンプーに、が正しいか。

 

なんでも、天翼種(フリューゲル)御用達の素晴らしい一品なんだとか。髪はさらさら、肌はすべすべ。女にとっては喉から手が出るほどの超高級シャンプー。

 

そのかわり、なのかはしらないが、使い勝手が非常に悪いらしい。シャンプーのノズルの部分が馬鹿みたいに長くて、意思を持ったようにうねうね動く。たとえて言うならミミズみたいな感じ。

 

ちなみに俺も使ったことがある。体に巻き付かれたり、使用量以上にバカスカ中身が出たりと散々だったが、風呂から上がったら、そりゃあもう男としてワンランクアップしたくらいの変化があった。

 

「あれ?クラミ―そんなスタイルよかったんですの?」

 

「着やせするタイプなの」

 

なぜだろう。見えるはずもないのに、クラミーがステファニーにどや顔しながら決めポーズをとっていることがわかってしまう。

 

「空様。あれは想定してございましたか?」

 

「あれって言われても分かんな‥‥お前何してんの?」

 

「皆さんの様子を観察しているだけでございますが」

 

「じゃあ普通に見りゃよくない?俺らと違ってお前女だろ。なんで仕切りを転移魔法で貫通した状態で観察してんの?」

 

びっくりしたわ、もう。ふと右見たら下半身しかなかったんだから。

 

「で、あれって何のこと?」

 

「クラミーの胸が非常に大きい件についてでございます」

 

「マジ?そんなでかいの?」

 

「マスター。その反応はいささか女性に対して失礼かと」

 

「いやお前が話題に出したんじゃん。言うまで考えてもなかったし、お前が言うほどでかいってどんだけなんだっていう、そう、興味だ。人体模型見てんのと同じ」

 

流石にこの言い訳は苦しいか。

 

しかし、すごく気になる。あれだぞ?見たいとか言っているわけじゃないぞ?

 

さっき服越しでパッと見た感じ、ジブリールのほうがもう圧倒的にデカかった。そして、そのジブリールが大きいというサイズ。

 

着やせとはいえそんなサイズのものを服の中にしまえるのか?という疑問があるだけです。本当です。

 

「クラミーの胸がでかいことも想定済みだ。フィー。あ、いや、フィールさま。クラミーのおっぱい偽装してる魔法、あれは幻惑?それとも変質させてる?」

 

仕切り越しからふぇっ!?というクラミ―の声がする。なんだ。偽乳か。

 

「クラミー。ばれてるし、やっぱり裸の付き合いで偽装は失礼だと思うのですよぉ」

 

「あと、なんで空は偽装だって気づいたの?見たの?」

 

「俺はあいつの記憶をすべて知った。それは人の人格、思考パターン、癖なんかを構成する重要なファクターだ。今の俺は、あいつがやりそうなことをすべて読むことができるし、偽装するだろうって考えた。加えて、スリーサイズを記憶してるからデカいなんてことは絶対ない」

 

そういやさっきスリーサイズを全員の前で言おうとしてたっけ。

 

「それでどのような魔法がご所望ですかぁ?」

 

「話が速くていい」

 

ウォッホンと、咳払いをして、空の煩悩が垂れ流された。

 

「俺を女性化できないですかねぇ!?そうすりゃ俺は背後に広がる楽園を見ることができるのです!!」

 

「お前…」

 

気持ちはわからなくもない。俺もそんな欲求がさらさらないかと言われれば、めっちゃある。

 

だが、ここにいる女性全員に聞こえる声でそんな願望伝えるとか、変態を通り越してもはや勇者だよ。英雄だよ。オールマイトくらいのスーパーヒーローだよ。

 

「できるのですよぉ」

 

「「マジで!?」すかぁ!?」

 

俺と空は同時に驚きの声を上げた。

 

やっぱチートだよ魔法。こうなってくるともう本当に何でもありだよ。ずるくない?

 

「ただし、元にも戻せませんがいいですかぁ?」

 

「な、なん、だと…」

 

「…きゃっか」

 

泣き崩れる空と、容赦なくそれを否定する白。

 

よかった。さすがにデメリットはあるみたい。そうだよな。最強魔法連発してMP切れ起こさないとかそんなゲームないもんな。

 

「ところでジブリールはなんで一緒に入ってないの?」

 

「それが、空様からNGをいただきまして」

 

なんでだろう。何か悪い事でもしたのかしら。

 

「おい、なんでだ」

 

「お前に与える情報は三つ。白はまだ11才で異世界人。前にジブリールと白は風呂に入った経験がある。ジブリールは変態」

 

「理解した」

 

空の体は無理だからって、白に襲い掛かったのかこいつ。おおかた、未知を調べたいのどうのこうのとかいうつもりだったんだろう。

 

「俺が言うのも変なんだけど、なんか悪いな」

 

「そう思うなら、ちゃんと手綱を握っておいてくれ。盟約で縛れない俺らじゃ、流石に手に余る」

 

「善処する」




ちなみに、次回はお風呂回②ではありません。

原作の方にて、またお風呂に入るシーンがあるので一応①にしています。


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さぁ、ゲームをはじめよ・・・ってこれ俺のセリフじゃない

ある日の二人⑭

「今日は何日か知ってるか?」

「11月23日ですが」

「何の日だかわかる?」

「マスターが私の足をなめて忠誠を誓う日でございますか?」

「違う。今日は勤労感謝の日だ」

「なんですかそれは」

「こっちの世界にはないのか。今日は俺達の元の世界の法律によれば、勤労をたつとび、生産を祝い、国民がたがいに感謝しあう日だ。つまり、この間東部連合のゲームで頑張った俺を盛大に祝う日だ」

「はぁ、まぁ文句はいったん置いておきましょう。それで、何がご所望で?」

「俺は今日一日グーたらして過ごす。文句を言うな」

「承知しました」







「おい、俺のベッドから出ろ。じゃないと寝れん」

「マスターの言によれば、この間東部連合とのゲームで頑張った私を祝う日でもあります」

「ほう、それで?」

「マスターに文句を言わず、マスターの傍にいる。これでどちらも互いに祝うことができてwin-winだとおもうのですがいかがでしょう?」

「俺の負けでいいから。文句言っていいから布団から出てくれる?」

「ご安心ください。迷惑をかけることなく、むしろ私が盛大にマスターを癒して差し上げます」

「もう余計なこと言うのやめよ」


「やっぱやばいと思うんだ俺。今回確実に負けると思う」

 

「どうしてそう思われるので?」

 

「お前この状況見て言ってる?」

 

周りを見渡せば、人、人、人。大勢の人が俺達を囲むようにして睨みつけてくる。

 

俺達は今、東部連合とのゲームを行うため、エルキア大使館へと向かおうとしているのだが、なんと空の奴、馬車で俺達五人を乗せて、暴動が起きている中、王城の真正面から正面突破しようとしていた。

 

「もうこれ正気じゃないよ。暴動起きてんのに、正門から堂々と正面突破する馬鹿がいるとは思わなかったよ。視線痛いし、暴言はすごいし、物まで投げつけられてんだけど。こうなるって予想くらいできただろ。見ろ。ステファニーを。可哀想に、ツッコむ暇もなく意識手放しちゃったよ」

 

周りの人間の熱にやられて、俺の隣に座っていたステファニーはあっという間に気絶し、俺にもたれかかってきた。

 

顔が青ざめているところを見ると、相当心に来たらしい。

 

「ですが、マスターの体に馴れ馴れしく体を預けるとは、いささか不敬でございますね。今すぐそこら辺に放り投げておきましょう」

 

「いいんじゃね?今回のゲーム、ステフは役に立たんし、放置でも」

 

「…特に、問題…発生、しない」

 

「もう嫌だ。みんな攻撃的。この世界嫌い」

 

小町。俺もうダメかもしれない。一回死んでこっちに来たなら、もう一回死ねば戻れるかな。

 

「ですが、これもマスターなら想像できたのでは?暴動が起きているとき、空様と白様が沈静なさらなかった時点で、これも布石ととらえるべきかと」

 

「そうだね。俺もそうかと思った。勝つためにあえてっていうのは、まぁよくあることだし」

 

でもな、と。

 

「じゃあなんで昨日風呂から上がったら誰もいなくなってたんだよ!!!」

 

親交を深めるために風呂に入りました。そうですか。じゃあ深めました。次は何しますか?作戦会議ですよね?

 

「お前ら本当に勝つ気ある?あの後何にもなかったけど。俺には言えない秘密会議でもあんのかなとか、ちょっと配慮して小一時間どころか半日くらい待ったが、一向に話し合いの場が設けられなかったのは何故だ?勝つなら絶対に必要だろ作戦会議。というかそのために集まっただろ」

 

じゃなきゃなんであの時俺を図書館に返さなかったのかの説明がつかない。

 

「安心しろ。作戦会議は行っていないようで、すでにやってたから」

 

「は?」

 

「俺と白は以心伝心。協力者のクラミーも、俺の記憶を共有している。そしてお前には今回のゲームに参加してもらう旨を伝えてある。ほら。問題ないだろ」

 

言わんとしていることはなんとなくわかる。共有すべき最低限のことは共有しているから、作戦会議を行うメリットはあまりなく、信頼関係をとりあえず築けば、裏切りを防ぐことができる、と。

 

「ならなぜ俺達は風呂に入った?俺とお前の信頼関係なんて築く必要ないだろ」

 

そう、あの後、女性陣の風呂の後になぜか俺も風呂に入らされた。何の需要があるんだか意味が分からない。

 

「お前そんなに俺のこと信頼してたの引くわー」

 

「そういう意味じゃねぇ。とっとと理由を言え」

 

「お前の裸を見たかったらしい」

 

「は?お前が?」

 

「んなわけねぇだろジブリールだよ」

 

「えっ」

 

えっ。

 

‥‥‥。

 

えっ。

 

俺はジブリールのほうを向く。

 

「おい、聞こえてただろ。目を合わせろ」

 

「はて。何のことかさっぱりでございます」

 

「何をした?そして何を見た?」

 

「黙秘権を行使させていただきます」

 

「‥‥もうお嫁にいけないかも」

 

「ご安心ください。ちゃんと責任を取って、一生涯私がおはようからおやすみまで、ゆりかごから墓場までお世話することを誓いましょう」

 

ここに来る前まではこの言葉がどれほどうれしかっただろう。堂々と養います宣言をしてくれる女性がいることに、感謝の涙をこらえられないほどだと思う。

 

だが悲しいかな。もう目を伏せることしかできない。泣きたい気持ちでいっぱいだ。何されるか分かったもんじゃない。しかも、半分くらい本気だからやるせない。

 

「‥‥‥話を戻すけど、じゃあ、あの風呂は意味なかったってことね」

 

「まぁ、ジブリール以外からしたら無駄な時間だったな」

 

「…そうか」

 

大事なゲーム前日に、何やってんだか。意味のない事ばっかりしやがって。

 

やっぱり、今日のゲーム、ダメかもしれない。

 

 

 

 

「のこのこと出てきたぞ!!」

 

「このイかれたダメ国王!!」

 

「今からでもゲームを取りやめろ!!」

 

 

 

 

まわりから、とてつもないブーイングが起こる。空達はそれらを気にすることなく、エルキア大使館へと向かう。

 

しかしながら、やはりジブリールの存在が大きく、俺達に直接的な被害は少ない。こちらの世界では死の化身とも評価されている天翼種(フリューゲル)のおかげで、許容範囲内ではある。

 

「これ、負けたら死ぬな。こいつらに多分殺されるわ」

 

「間違いなくそうなるだろうな。もし俺らが負けたら、俺達は「十の盟約」の範囲外になるから、殺傷も略奪もオールオッケー。冗談抜きで確実に死ぬだろ。だから、何としてでも勝たないとな?八幡くん」

 

こんな時まで空はへらへら笑っている。俺もかなり肝が据わっているとは思うが、こいつほどではないなと自己評価を著しく下げた。

 

「後勘違いしないよう先に言っとくが、俺達は殺し合いに行くんじゃない。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()間違えるなよ」

 

「それ、言い方変えただけだから。やってること同じだから」

 

こちらの世界では、ゲーム、もしくは遊ぶと書いて、殺しあう、と読むのだ。いまさらだけど。

 

「でもやることは間違いなくゲームだ。だったら、()()()()()()()()

 

空の瞳の奥で揺らめく闘争心と高揚感が強く俺を突き刺した。

 

そして、妹の白もからも、顔は見えないが、気配というか、オーラからそれらを感じ取った。

 

こいつらは本気だ。本気で、楽しみにしているのだ。いづなと、国盗りゲームをすることを。

 

「さぁゆくぞ!!目指すは…いづなたん家だ!!」

 

「…おー…!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、そんなこんなで再びやってきた、いづなたん家改め、東部連合エルキア大使館。

 

前回とは違い、かなりの数の獣人種(ワービースト)が俺達を出迎えた。

 

奥ではいのさんが準備して出迎えの姿勢を見せている。次席大使というだけあって、他の獣人種(ワービースト)を統率するこの力も侮れない。

 

「お待ちしておりました」

 

案内役はやはりいのさんらしい。まぁ知らないやつが出てきたらかなり気まずかったからよかったよかった。

 

俺達は前回通された会議室と同じ場所に連れてこられた。何?まだなんか話し合いしなきゃいけないの?

 

「では、ゲーム開始時刻まで、この場でお待ちを」

 

「あ、はい」

 

ただの控室代わりだったらしい。

 

「観客もちゃあんと通しておいてくれよ」

 

空の、まぁ当たり前といえば当たり前の要求に、いのさんは言葉を発せず、ただうなずくことで了解の意を示した。

 

いのさんが準備に向かい、会議室改め控室には、俺とジブリール、空白の二人とステファニーのみとなった。

 

誰も聞いてないだろうという希望的観測から、俺は空に一応聞いておいた。

 

「暴動が起きてるのに、観客来ると思う?バックレられたりしない?」

 

「来るに決まってるだろ」

 

即答かよ。

 

「むしろ、今日この日のためにわざと暴動を起こさせたんだからな」

 

やはりこれも布石であったと、空は答える。

 

「どういうことですの?」

 

「俺らならきっと勝てるなんて甘えた信頼はいらねぇんだよ。俺らがこんな無理ゲー吹っ掛けて、八百長で負けないかどうか血眼になって観戦してくれる連中。それが結果的に、東部連合のあからさまなチート対策になる。疑惑の目以上に信頼できる監視はないだろ」

 

まぁそうかもだけどさ…そこまでやるか?普通に一定数いるだろそんくらいなら。

 

「ただの保険だ。本命はクラミーの方だから。カモフラージュにもなって、一石二鳥ってやつだな」

 

空はそう言い切ると、俺たち全員の前に立って、戦闘準備の確認を行った。っていっても、ただのやる気チェックみたいなもんだったが。

 

「よっし白。調子はどうだ?」

 

「…オール、グリーン…」

 

「ジブリールはどうだ?」

 

「凌雲の兵器天翼種(フリューゲル)に、調子の良しあしはございません。()()()()()()()命令一つでいつでも全霊を捧げましょう」

 

「結構。八幡、お前は?」

 

「安心しろ。どんなに嫌なイベントでも風邪だけはひかなかったから。もう俺以上の健康優良児はいないと自負するレベル」

 

「ジブリール。これからゲームの最終会議を行う。この場の音を獣人種(ワービースト)に聞こえないようにすることはできるか?」

 

ここでやるなよ。昨日やってくれ。

 

あと、さっきのツッコみ待ちだったんだけど。スルーが一番きつい。

 

「はい。マスターたちを精霊で囲い、音漏れを遮断しましょう」

 

ヴィィィィンという奇妙な効果音とともに、俺達は光のベールに包まれる。

 

「さて、じゃあ、このゲームでお前たちにやってもらうことを伝える‥‥」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺達の秘密会議が終わってから、数分がたったころ。いのさんから呼び出しを喰らった。ついに出番のようだ。

 

ステファニーはお留守番。観客と一緒になって相手のイカサマを必死で見破ろうとするモブAとなった。

 

ゲーム会場に着くと、そこには空の目論見通り、大勢の観客がいた。その全員が俺達を疑いのまなざしで見ている。超怖い。

 

電子ゲームを用いるだけあって、規模はかなり大きく、観客全員が見ることのできるよう、全方位にテレビ画面が置いてあった。ただその代償として、目がちかちかして非常に見苦しい。

 

奥にはすでにいのさんといづながスタンバっていた。

 

「皆さま。こちらにお座りくだされ」

 

いのさんがそう言って指し示した先には、フルダイブ型の、椅子の形をした電脳装置だった。

 

コナンの映画を見たことがある人には、ベイカーストリートのなんたらにでてくるコクーンと似たようなモノといったほうが伝わるかもしれない。伝わらないか。

 

いづなを含め、案内された通りに全員が配置につく。

 

「それでは、これより、盟約内容の確認をはじめます」

 

いのさんが、ゲームの開始前、最も大事な賭けの内容について確認をする。

 

「東部連合。ルーシア大陸に保有するすべてを。エルキア王国。種の駒。すなわち、人類種(イマニティ)の人権、領土、そのほか保有するすべてを互いに賭け、東部連合指定のゲームを、東部連合大陸代表者、エルキア国王二名と、その従者二名の計五名。一対四で取り行う。なお、東部連合は慣例として、ゲーム内容に関する一切の記憶の忘却を付随して要求。これには全プレイヤー、観戦者を含む全人類種(イマニティ)を含むものとする。また、ルール説明はゲーム開始後となります。よって、ルールを聞かされてからのゲーム拒否は無効勝負とし、ゲームに関する記憶忘却のみを行う」

 

まぁ、知ってる内容だ。あくまでおさらいって感じ。

 

「本当によろしいですかな?」

 

「ああ、何も問題ない。ただし二つだけ明確にしておくぞ」

 

空は相手に刷り込むようにして、警戒するようにその言葉を発する。

 

「俺らが棄権しても、消えるのは今日のゲームの記憶のみだ。不可能ゲーふっかけて辞退させ、都合の悪い記憶だけ奪おうって期待は、今のうちに捨てとけ。そして二つ目だ。ゲーム中の不正発覚は敗北とみなす。「十の盟約」の大前提。そっちが忘れてさえいなけりゃ何も問題はない」

 

「‥‥では、同意したとみなし…」

 

「あ、ごめんいのさん。俺からもいいか」

 

話遮ってごめんね。でも、確認しときたいからさ。

 

「なんですかな?」

 

「仮に俺らが負けたとして…ジブリールってどうなんの?」

 

空と白は、人類種(イマニティ)代表だから、負けたら人権剥奪ってのはわかる。でも、俺は違う。現に、種の駒は俺の胸元で光らなかった。

 

一応、最低限度の加護みたいなものはあるみたいだけれど、「十の盟約」の対象外な可能性が高いと踏んでいる。

 

だから、俺は負けても獣人種(ワービースト)の傘下に入ることはないだろう。

 

そして、そんな俺に仕えるジブリールも同様に、獣人種(ワービースト)の傘下には入らず、俺とともに何もなかったかのようにあの図書館へと帰るだろう。

 

しかし、獣人種(ワービースト)は俺のことを人類種(イマニティ)と判断しているのか、それとも人類種(イマニティ)の姿を模した別種族と認識しているのかの判断がつかなかった。

 

だからゲーム前にちょっと吹っ掛けてみたのだが。

 

「‥‥その場合、彼女も人類種(イマニティ)の従者であると判断し、同様の処置となるでしょう」

 

なるほど。彼らは俺を人類種(イマニティ)と判断しているのか。

 

「空。嘘チェック」

 

「嘘はついてないっぽいぞ」

 

これ、便利かもしれん。

 

「ありがとういのさん。進めてくれ」

 

「…ウォッホン。では、改めて、同意したものとみなし、盟約の宣言を願います」

 

俺達は右手を掲げて。

 

「「「「「盟約に誓って(アッシェンテ)」」」」」

 

ゲームが始まった。




さぁ、ゲームを始めよう。


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さっそく逃げたい

愛をささやく二人①

「お前のそのきれいな声は、心を癒し、俺の心を奪うんだ。お前の考えや感情に耳を傾けることで、俺たちの絆はより深まる。お前との会話は、俺にとって至福のひとときだ」

「マスター。私も同じ気持ちでございます。マスターと一緒に笑い、涙し、冒険し、喜びを分かち合いたいと思っています。私たちの未来は、二人で手を取り合って歩む道で満ちているのでございます。私の心は、あなたに全てを捧げたいと願っています」

「感謝する。ジブリール、お前の気持ち、行動で示してはくれないか?」

「もちろんですマスター。どうか、私の愛を受け取ってください…」
















「というようなのを前書きで書くのはいかがでしょう」

「俺もお前もキャラ崩壊してるからダメ」


ゲームは始まったが、まだ電脳空間には入れていない。接続するのに時間がかかっているようだ。

 

その間に空はいづなと何か話している。が、一番遠い席であることと、この電脳機械のノイズキャンセリングが高性能すぎるゆえに何言ってるかわからない。

 

「マスター」

 

ギリ隣りの人の声は聞こえるようだ。ジブリールの声は一応聞こえた。

 

「なに」

 

「よろしければ、手をお繋ぎしても?」

 

なんで?

 

そう思ったが、ジブリールのほうを向いた俺のその視線の先には、二人で手をつなぐ兄妹の姿が映った。

 

ああ、なるほど。あれがしたいのね。

 

いや、だからなんで?なんであれしたいの?超ハズいけど。全人類種(イマニティ)に見られちゃうけど。あれ兄妹だから許されてるだけだから。俺らがしたらリア充と勘違いされて俺が肩身狭い思いしちゃうから。

 

「ご安心ください。この美しい私と、目の腐ったマスターがよもや恋人同士などと誤解されるはずもございませんで」

 

「辛辣」

 

なんだか久しぶりに毒舌を俺にかましてきたからか、ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ深く傷ついた。

 

「お手を」

 

ジブリールが右手を差し出す。いやだから恥ずかしいって。

 

そう思ったが、ジブリールの目が、「早くつなげや」と言っていたので、仕方なくつなぐことにした。一応決定権俺にあるはずなんだけどね?

 

俺が軽く握ると、少し強めに握り返してきた。しかも、恋人繋ぎで。

 

なんのつもりだと言おうと思ったが、そんなこと言ったら意識してるみたいで、自意識過剰でございます、とか云々言われるかもと思って止めた。現に、ジブリールのほうを向いたら気にも留めてない様子だった。

 

「準備はよろしいですかな?」

 

いのさんの準備が整ったようだ。

 

だんだんと、意識が消えていく。電脳空間へと移行する感覚ってこうなるのか、とちょっと面白さを感じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

電脳空間に完全にダイブしたみたいだ。

 

が、まだゲームは始まっていない。ゲーム上の控室みたいなところかしら。そこに俺達は集められていた。

 

「今更だけど、やっぱ怖いな。即死スキルとかつかわれたらどうしよう」

 

「ご安心くださいマスター。このジブリール、命を賭してマスターの身の安全を保障いたしますゆえ」

 

「それはそれで違う意味でこわい」

 

「なんだよ。始まる前からビビってちゃ、勝てるもんも勝てねぇぞ?」

 

「元々勝てると思ってなかったらどうなの?いまだに半信半疑だよ?」

 

「‥‥大丈夫。にぃと、しろがいれば勝てる。‥‥八幡もいる。怖いものなし」

 

白が俺の腰あたりをポンポンと叩いて鼓舞してくれる。可愛い。小動物みたい。

 

「難易度は高く、厳しいことに変わりはない。相手は観衆の監視をかいくぐり、こちらが想定しないあの手この手を使ってくるはずだ。想定したもの、想定外のものにもいかに早く対応し、戦術に組み込めるかがこの勝負のカギになる。そのためにも、しっかり働いてもらうぜ相棒」

 

「いつから俺はお前の相棒になったんだ」

 

そんな話をしていたら、俺達のいた控室の壁がだんだんと崩れ落ちていく。ようやくゲーム開始か。

 

そうして壁が完全に崩れ落ち、俺達が目にしたものとは。

 

マンション、車、スカイツリー。俺達がよく知る、異世界。地球の中の島国、日本の東京そのもの。

 

「見たことも聞いたこともない幻の世界…」

 

ジブリールは相も変わらず未知を堪能。両手を合わせ、口をだらしなくあけ、よだれまで垂らす始末。

 

俺はといえば、まぁ当然困惑していた。住んでいたのは千葉だったが、もし本当にここが東京なのであれば、さほど時間もかからずに家に帰れる。

 

とはいえ、ここはゲームの中のはず。実際に東京に転移したとは考えにくいが…。でもやはり期待してしまう。もし本当に転移したのであれば、まっすぐおうちに帰って小町とぐーたら生活に戻りたい。

 

そんなどうでもいいことを考えていたため、ジブリールが声をかけるまで気づかなかった。

 

「い、いかがなさいましたか?空様、白様?」

 

空と白が白目をむいて青ざめていることに。

 

「…駄目、だ」

 

空は力なくぶっ倒れた。

 

「は?何言ってんのお前」

 

「…俺達は、もう駄目だ。すまん。人類種(イマニティ)は終わりだ」

 

「さっきまでの威勢はどうした」

 

空はぶっ倒れたまま土下座モードへと移行し、

 

「ごめんなさいすいませんまさか東京が舞台なんて予想してないんです特にここは無理ですもう無理ですもう僕たちは役に立たないんで申し訳ないですが自力で何とかしてくださいもう無理です駄目です」

 

頭を地面にこすりつけ、というか打ち付けて不可能という言葉を呪詛の様につらつらと吐き続けるようになってしまった。

 

あれ?よく見たらこれ地面じゃねぇな。ここトラックの上じゃん。なんでこんなとこに居んの?転移するにしてももうちょっとまともなとこあっただろ。

 

「にしても、普段からは信じらんなかったが、ここまで重度の引きこもりだったとは…」

 

空と白は地球にいたときは引きこもっていたという話を聞いたことがある。いつもは割とフランクに接してくるから、嘘つけ。と思っていたがこの様子を見ると、もはや病的なまでに東京が苦手らしい。

 

「お待ちください。ということは、ここはマスターたちの世界ということでございますか?」

 

「見た感じそうだと思うが、わからん。多分ゲームの中だとは思うけど」

 

『あ、あー。聞こえますかな?ようこそゲームの中の世界へ。今回はこの、架空フィールドでゲームを行っていただきたいと思います』

 

空間上にモニターのようなものが表示され、現実世界のいのさんの声が聞こえてくる。

 

やっぱりか。見た目は東京でも、あくまでそれと似た世界を勝手に作り上げただけで、ここは東京ではないらしい。

 

いのさんのその言葉を聞いて空が再起動した。

 

「おい、まて…確認させろ。ここは…架空の場所、実在しない場所、つまりアンタらが‥‥想像で作り上げたゲーム用の仮想空間だと?」

 

『その通りですが何か?』

 

スゥゥゥゥウウウウ‥‥‥

 

「脅かすんじゃねぇぇぇぇえええええええっっっ!!!!!」

 

うるせぇ。今耳がキーンってなったぞ。大声出すな。

 

「だぁあああくっそ!!!トラウマがいくつかフラッシュバックしたじゃねぇか!」

 

『何をそこまでお怒りになっているので?このステージにご不満が?』

 

「不満たらたらだ!!何が悲しくてこんなステージにした!?精神攻撃か!?嫌がらせか!?」

 

だとしたら大成功だよ。よく調べたなと褒めたたえるべき。

 

『東部連合の若者に昨今人気の高いSFステージで、特に意図はございませんがとにかくご安心を。ゲームの中ですからある程度のことは大丈夫でございます』

 

「ああ、どおりで日の光を浴びても大丈夫なわけか…」

 

「お前らヴァンパイアなの?引きこもりってやりすぎると、引きこうもりにクラスチェンジするの?」

 

上手くないですね。ごめんなさい。

 

空は無事復活した。あとは白だ。

 

いまだに白は壊れたラジオのような声を発し、現実逃避を続けている。

 

「白、落ち着け!ここは東京じゃない!似てるだけで、連中が想像で作った場所だ!」

 

空がゆさゆさと白を揺さぶって無理やり再起動させる。

 

「…ふぇ?」

 

「そうだ!ここはゲームの中だ!ペ〇ソナとか〇ュタゲとか、アキバズト〇ップとか、ゲームの中なら大丈夫だ!」

 

「…ゲームの…中?」

 

きょろきょろとあたりを見渡す白。いまだに信じ切れていないようだが、そこは兄妹の絆か。兄の言うことを信じ、兄の手を取って立ち上がる。

 

「…わかった。…もう、大丈夫」

 

ちなみにだが、東京じゃなく、仮想の東京ならOKな理由を知りたいのは俺だけだろうか。

 

「うっし。それじゃあ、始めてくれ、じいさん」

 

ゲームの内容が説明される。

 

『ウォッホン。それでは皆様。ルールを説明させていただきます。まずは、足元の箱をご覧ください』

 

うおっ。いつの間にこんなもんが。ナニコレ?ハート型の何かと、銃口がハート型の‥‥いや銃かこれ?

 

『皆様にはそちらの銃で迫ってくるNPCたちを撃っていただきます』

 

「いや撃つのかよ」

 

『時に撃ち、時に爆破し、メロメロにしていただきます』

 

「ギャル〇ンかよ」

 

ていうかこのハート形のやつ爆弾だったのか。

 

『メロメロにされた女の子は、皆さまに愛の力を託して消えます。メロメロガンから放たれるのは、ラブパワー、つまり、皆さまの愛の力です!』

 

「これ、メロメロガンって名前なのか」

 

「‥‥ださい‥」

 

同感だ。もうちょっとなんかあっただろ。

 

『一方、皆さまの誰かがいづなに撃たれますと、いづなの愛の奴隷になります!』

 

「寝返るって言おうぜ」

 

『世界中の女の子が自分に振り向く中、思い人だけは振り向いてくれない!その愛の力を伝えてメロメロにするのが、このゲームの目的となる!以上、説明書より』

 

「要するに、女の子を片っ端から振って回れって?何様だ」

 

「いや間違ってないけどさ、そう考えるとなんかやりにくくなるから止めない?そういうこと言うの」

 

ゲームなんだから楽しもうぜ。気分悪くなったら台無しだろ。お前が言ったことだろ。

 

「つまり、いづなは俺達四人を惚れさせてハーレムエンド狙い。俺達はいづなを単独狙いってことか」

 

『そうなりますな。最後に一点、そちらの仮想空間では魔法の類が使用できませんのでお気を付けください。どうです?さらにルールの詳細は必要でしょうか?』

 

「いや、やりながら確認する。八幡、お前ももう少し一緒にいてくれ。その時になったら伝える」

 

「はいよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて。やりながらこのゲームで分かったことをまとめると、今のところ以下のようになる。

 

・メロメロガンを撃つとラブパワーを消費する。消費したラブパワーはNPCを倒すことで回復できる。

 

・NPCに触れられるとラブパワーが減る。ラブパワーがあるうちはNPCはプレイヤーにゾンビのように迫ってくるが、ラブパワーが0になるとNPCは自動で離れていく。

 

・こちらの世界では、疲労は感じるが、痛みは感じない。また、尿意、食欲、睡眠欲などもない。

 

・メロメロガンの弾には跳弾性能があり、誰かにヒットするか、一定距離進んで弾が消滅するまでは跳弾し続ける。

 

・移動することのできるエリアは、道路だけでなく、建物の中や車の中まで入ることができた。試しにエンジンをかけてみたが、動かせそうだった。運転できないけど。

 

・太陽の位置が少しずつずれているので、おそらく昼夜はある。

 

・物の強度は実際と同じ。コンビニがあったので入ってみたら、プリンがあったのでとりあえず地面に叩きつけてみた。動かせるだけで壊れないと思っていたために、ぐちゃっと普通につぶれてしまって罪悪感を感じた。

 

・メロメロガンに撃たれる代わりに、服を犠牲にすることができる。これはNPCも同じ仕様となっており、途中で空がNPCの服ばかり狙い始めることになった。クソ仕様だ。

 

 

とまぁこんな感じ。まだまだ情報は少ないので確認の段階だが、NPCたちは待ってはくれない。普通に俺達は追いかけられていた。

 

ようやく撒けたが、かなりの体力を持っていかれた。

 

しかもNPC結構追いかけるスピード早い。自転車通学じゃなけりゃ逃げ切れなかったかも。

 

「んで、仲間を撃ったらどうなるんだじいさん?」

 

『ラブパワー切れを回復させることができ、さらに、いづなに打たれ、愛の奴隷になった仲間を救出することができます』

 

「ラブパワーを分け与えられるって認識でいいのか?」

 

『その通りでございます。ただし、一時的に、撃った相手の愛の奴隷に…』

 

パァン、と。いのさんがすべてしゃべり終える前に後ろから誰かが撃たれた音がした。なんだ!?だれかいづなに打たれたのか!?

 

空がぶっ倒れたので、あたりを警戒する。クソ。どこだ?どこから打ってきた?

 

いづなの気配を察知するべく意識をそっちに向けていたため、空がいきなり立ったことにひるんでしまった。そうか!いま、こいつはいづなサイド。このままじゃ俺達も空に撃たれて…

 

「嗚呼!我が妹よ!こんな近くに、こんな愛らしく、いとおしい女性がいたとは…今の今まで気づかなかった己の両眼を、抉り取ってしまいたい…」

 

「‥‥にぃ、だめ…///しろたち兄妹‥‥」

 

空はなぜか白に愛をささやき、白はそれをまんざらでもなさそうに堪能している。‥‥なんで?

 

「ジブリール。これ何が…」

 

そう言った途端、俺の頭に衝撃が来る。

 

撃たれた。完ぺきなまでのヘッドショット。油断した。やられた。こんな状況を、彼女が見逃すはずないのに。

 

まずい。意識が…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ふふふ。さぁ、マスター。兄を打った妹さながら、主であるあなたを打った私をどうかお許しください。

 

そして、私の愛の奴隷となりて、私に愛をささやいてください。

 

倒れたマスターは、ゆっくりと立ち上がり、私の手を取りました。

 

そして、おもむろにもう片方の手を私の腰に回して自分のほうへと引き寄せ、そのまま私の唇を奪ったのでございます。

 

そのあと、少し興奮して混乱した私の耳元へと流れるように顔を移動させ、なんとも素晴らしい言葉をささやいてくださいました。

 

「ジブリール。お前との出会いから、俺の心はお前に惹かれていくばかりだ。美しい瞳、魅力的な笑顔、そして知識と知性を備えたお前の存在は、俺の心に強い響きを与えてくれる。俺はお前に対して深い感情を抱いている。俺は、お前と真実の愛と絆を結びたいと思ってる」

 

「ふ、ふへへ。す、素晴らしゅうございます!!意識が消滅し愛の奴隷状態となっていたとしても、直接「愛してる」と口に出さないばかりか、その冗長な口説き文句もマスターの本気の告白と考えて差し支えないほどの完成度です!!!これは…これは‥‥愛を感じられる最高のセリフでございますぅ~~♡♡♡」




八幡くんには、もっといちゃいちゃしてほしいと思います。


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愛の形は人それぞれ

喧嘩する二人①

「お前は本当に俺の言うこと聞かねぇな。何?俺の言葉聞こえてないの?」

「いえ?私はマスターの発言をすべて聞いております。ええ、それこそ、一言一句逃さずすべて記憶してございます」

「ほーう?だったらなんでいうこと聞かねぇんだよ?あれか?俺の伝え方が悪いってのか?」

「いえ全く。マスターの発言は一切間違ってございません。百人中百人がきちんとわかると答えるくらい文法も表現も正しいと判断してございます」

「じゃあなんでなんだよ!」

「マスターが私の言うことを聞いてくださらないからではございませんか!いつもいつも私の言うことをないがしろにしておいて自分の言い分だけは通そうなんて虫のいい話があるはずもございません!」

「そりゃ、お前の要求が「キスしてください」だの「一緒に寝ましょう」だの「役所に行って婚姻届けを出してきてください」だのできねぇ要求しかしねぇからだろうが!」

「なぜできないのですか!?マスターは私のことをそこまで思ってくださっていないということですか!?」

「馬鹿!そういうのは段階を踏んできちんとするもんだろうが!勢いでやっていいもんじゃねぇんだよ!」

「私がいいといっているんですからいいんです!なぜわかってくださらないのですか!?」

「こっちのセリフだ!」















「というのを前書きで書くのはいかがでしょう」

「結局いちゃついてるだけじゃん。というか、もうこれ以上前書き勝手に捏造するのやめてね」


「死にたい」

 

ジブリールにメロメロガンで撃たれ、正気に戻るまでにとんでもない行動と発言をしてしまった。

 

もう何度目だろう。なぜこんなに恥ずかしい思いをしなければならないのか。

 

しかも、これ全国民が見てるんでしょ?公開処刑じゃん。もう明日から街歩けないよ。いつも歩いてないけど。

 

それに、記憶が残っているのがたちが悪い。完全に夢の中として記憶も抹消しておいてくれれば、「いつの間にか白い目で見られてんなー。あ、いつもか」ってなるのに。

 

「も、申し訳ありましぇんマスター」

 

口元を手で隠しながら言葉面では謝罪をするジブリール。

 

うん。謝罪をしたいならまずはそのにやけ顔をやめようか。何が面白くてこんな罰ゲームしなきゃいけないのか。

 

「だが、まぁこれで情報は得られた。愛の奴隷状態じゃ、完全に機能が停止して自分をコントロールできなくなる」

 

メロメロガンを日の光に当てたりして、観察しながら空は言った。

 

空もどうやら復活したみたいだ。

 

空はいづなではなく、白に撃たれてああなったのか。納得。

 

「それと白。ゲームの中とはいえ、体力は現実とさほど変わらない。くれぐれも走るのは最底限にな」

 

「…うん。…任せて」

 

「よっし。それじゃ、そろそろ本番開始といきますか?八幡、よろしくな」

 

空から、合図を受けた。つまり、ここから俺は自分で考えて動かなければならない。面倒だ。

 

ちくしょう。まだ恥ずかしさが抜けきっていないというのに。

 

まぁこないだのにくらべたらまだまし…か?

 

「わかったよ。成果は期待するなよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「マスター。これから、どうなさるので?」

 

空と白の二人と別れて、俺はジブリールとともにNPCを倒しながら町を散策していた。

 

「どうもこうもない。俺達の仕事は時間稼ぎだ」

 

NPCを撃破。エイムもだんだん上がってきている。もし万が一ラブパワーが切れたらシャレにならんからな。NPCの一撃必殺は必須だ。

 

「時間稼ぎ、でございますか?」

 

「そうだ。もうこうなってしまった時点で、俺にできることはない。俺が何か役に立つことがあるとすれば、それはゲーム開始前の裏工作とか、そういうのだ。ゲームが始まったら最後、お荷物でしかない。現に、試合前に頼まれてたしな。情報が集まるまではいづなの相手は任せるって」

 

つまりは捨て駒。射撃性能もなく、機転が利くわけでもない。できるだけ長くいづなの情報を引き出すためのおとりだ。

 

「空様と白様が先に狙われるという可能性も捨てきれないのでは?そうなれば必敗でございますが」

 

「まぁなくはないけど、それは流石に悪手だろ。獣人種(ワービースト)はこっちの情報を特段知らない。その中で、大将を直接狙うっていうのはリスクが高すぎる。まずは懐柔しやすい従者が先」

 

「よくわかってんじゃねーか、です」

 

声がした方向を見ると、いづながメロメロガンを俺のほうに向けて真正面に立っていた。

 

つーかエンカウント早。もうちょいまって欲しかった。

 

「ジブリールとヒッキー、ここで先にぶっ倒してゲームを有利に進める、です」

 

バンバンバン、とメロメロガンを乱射するいづな。

 

俺はなんとか当たらないように逃げ回った。できればいづなと会話できる状態まで持っていきたいところ。会話出来たら時間稼ぎができる。

 

「いやいやいや無理無理無理」

 

弾丸のスピードはさほど速くない。ゲームとして、逃げる一手を使えなければならない都合上、ある程度の距離があれば、撃ったのを見てから動いてギリギリ躱せるくらいの弾速ではあるのだが。

 

いかんせん連射速度がけた違いに早い。よけた先にはもうすでに次の弾丸が迫ってきている。指の動きどうなってんの?

 

しかも撃った球が反射するため、空間の弾の把握が必要不可欠。獣人種(ワービースト)なら五感で判断できるのだろうが、こっちはそんなの無理。今は道路でやりあっているから変に反射せずに何とかかわし切れているが、屋内や狭い路地なんかに逃げ込もうものなら秒殺されるだろう。

 

ラブパワー切れを狙うというのも戦略の一つだったが、NPCが意外にも多い。攻撃によって消滅したラブパワーを、いとも簡単に回復されてしまう。

 

「くっそ。このままやってもやられるだけだ。いったん引くぞジブリール!」

 

「承知しました」

 

あっさりと敗北を認め、俺はジブリールに撤退の指示を飛ばす。

 

ジブリールに抱きかかえられ、マンションを登る。なお、マンションの階段を、ではない。マンション一棟一棟をである。ただのジャンプでマンションをひとっとびできるのであるから、獣人種(ワービースト)に負けず劣らず天翼種(フリューゲル)もチートである。

 

「時間にしておよそ3分31秒。時間稼ぎにはならないくらいの力の差でございますが」

 

「まったくだ。ふざけてる。もうどうしようって感じ」

 

きっつーい。だけどやんなきゃだからなー。ほんと、社畜って感じがしてヤダ。

 

「とりあえず、今いづなが逃がしてくれたのは、俺らを油断させて、奇襲を仕掛けるためだ。さっきは俺達が道路しか移動してなかったから真正面から対決したが、次は狙撃なり罠なり仕掛けてくる。そんでもって、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()3()0()()()()()()()()()()

 

「了解でございます」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「吐きそう」

 

「黙れ。俺だってお前に口説かれて胸糞悪い気分なんだよ」

 

あれから俺とジブリールは見事に時間を稼いだ。時間にして42分。まぁ頑張ったほうである。

 

そのあと、普通に俺は寝返って普通に空達を襲った。ちなみにその時の思考回路は、ジブリールに撃たれた時と近しいものを感じた。

 

まぁあっけなく空に撃たれて、正気には戻った。ただそのときに空を口説いたので、とてつもなく気分が悪い。

 

「そんで、何か勝ち筋は見えた?」

 

「まぁ、ぼちぼちってとこだな。正直、白次第だからなぁ」

 

白はぶつぶつと何かをつぶやいている。いつもの無口な白とのギャップも相まって、すごく頼りがいがあるように見える。

 

「それと、ほれ。東京と似てるこのステージならあるんじゃないかと思って探したら、案の定あったから、お前に一つやる」

 

俺はいづなから逃げている最中に入手した、トランシーバーを空に手渡す。

 

「さっすがー。こういうのは、ステフじゃできない役立ち方だからな~。感謝するぜ。あ、白から伝言だ。‥‥‥しろってさ」

 

「直接言ってくれればよくない?目の前にいるのに何で伝言?」

 

「白は今集中モードだからな。気をそらしたら不味い」

 

へー。そういうもんなのか。計算ミスとかするから邪魔すんなってことか?

 

ただまぁ、いづながそんなに長く俺達を放置してくれるとは思えない。攻めることができるうちに攻めるべきだ。

 

「次はお前らの番だ。勝ってこいとは言わんが、負けんなよ。復活させんの面倒だから」

 

「ああ。頭の中で並べ立てても、実際は違うってことはよくある。机上の空論ってならないように、ちゃんと実践は組まなきゃな?行くぞ白」

 

空は、まだ何か考え事をしている白を連れて、いづなとの戦闘に向かった。

 

「ジブリール。あいつについてけ。そんで指示を仰げ。俺と一緒にいるよりもそっちのほうがより戦略が広がる」

 

「しかし、万が一マスターが狙われたら…」

 

「大丈夫だって。息でもひそめてるよ。なんならひそめすぎて空気と化すまである」

 

それに、確認したいこともあるし。

 

「わかりました。では、行ってまいります」

 

「おう。頑張れ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

空に手渡したトランシーバーから連絡が来た。

 

さすがは世界最強のゲーマーというだけあって、いづなに負けることなく、正気のまま俺に連絡してきた。

 

しかも、連絡が入ったのは日が落ちてから。約7時間といったところか。いや、すごすぎない?俺たったの42分なんだが。そしてその半分以上はジブリールの功績なんだが。

 

集合がかかったのは公園の一角。遮蔽物が多く、陣取られた場合、敵は中まで侵入するには難易度が高く、味方なら入りやすい好敷地。

 

「お疲れさん」

 

俺は空に声を投げかけた。

 

「おう、やっと来たか。おせーよ」

 

「いづなにつかまらんようにここまで一人で来た功績をもっと讃えてほしいもんだな」

 

いやマジで。割と最短ルートできたが、途中何度かいづなの姿を目撃した。よく見つからんかったと思う。

 

「それで、成果は?」

 

「上々だな。なんなら、今やって見せるか?」

 

「いや、それは切り札だ。できるようになったんならいい。あんまり見せんな」

 

空が情報漏れを気にして、軽くつかわないように釘を刺してきた。わかってるよ。

 

「とはいえ、午前と違って今は防衛戦に回っちまった。攻めきれなかった以上、こっからはマジで一つのミスが命取りだ。お前も白の演算が終わるまで防衛にあたってくれ」

 

「はいはい」

 

俺は空の指示に従い、木に隠れながらあたりを警戒する。

 

いまのところ、いづなの気配は感じないが…。油断は禁物だな。

 

できるだけNPCも倒しておいて、ラブパワーも補充しておこう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから30分くらい経過しただろうか。

 

「白様、次の戦術を…」

 

「…ジブリール、うるさい…!!!」

 

白は相変わらず、ガリガリと、木の棒で地面に数式を書き続けている。

 

数学は得意じゃないし、何なら得意でも理解できるかは定かではないその文字の羅列を見て、俺は白の演算能力に軽く引いた。

 

「…マスター。やはり、無茶なのでは?白様に託すといっても…」

 

「信じろ。もとより不可能は承知の上で空と白に乗りかかったんだ。それに空と白ができるって言ったんだ。だったらそれまで待つしかないだろ」

 

俺も薄々無理なんじゃないか?とは感じている。しかし、白はまだ小学生。メンタルがきちんとはしていない。

 

ここで変に諦めた感じを出して、やる気をそぐのは良くない。できるといったなら、できることにかけるしかない。

 

「そうだ。八幡の言うとおりだ。ゲームで俺にできないことは白ができる。いつだってそうだったし、これからもそうだ」

 

「…にぃ」

 

白が地面に数式を書く手を止める。ようやく終わったか?

 

「‥‥しろ、を…信じる?」

 

「あん?兄ちゃんがお前を疑ったことあるか?」

 

白の問いかけに即答する空。やはりこいつらの絆はすげぇな。ちょっとうらやましく感じる。

 

「…じゃあ、にぃ…今度は…にぃのばん、ね」

 

どういうことだ?…ってそういうことか。なるほど?わからん。地面に書いてあること鵜呑みにしていいのかこれ?

 

っていうか、直接口頭で言えよ。

 

その瞬間、空の背後から銃声音がした。俺も空も、ジブリールも、虚を突かれて動けなかった。

 

ただ一人、白を除いては。

 

白は兄をかばうべくして、体当たりして空を弾道からそらした。しかしそんなことをすれば、代わりに白が撃たれるのは自明なわけで。

 

「白!!!」

 

白の体に着弾し、白が倒れてしまった。

 

クッソ不味い。この状況で白が寝返るのはまずい。戦力的にも、戦略的にも白がいないと勝ちはない。

 

しかし、上下左右、ありとあらゆる方向から飛んでくる銃弾を避けるのに精いっぱいで、白を助ける余裕はなかった。

 

「白‥‥!!!」

 

空の声で振り向くと、白はすでに戦闘準備を整えていた。

 

当然、敵として。俺達に銃口を向けていた。

 

この状態で空までやられるのは絶対に避けなきゃいけない。今、最も逃げ延びる可能性が一番高い方法…それは。

 

「ジブリール!!今すぐ空連れて逃げろ!!」

 

「マ、マスターはどうなさるので!?」

 

クッソ。躊躇しやがって。今は俺なんか気にする場合じゃない。

 

「こっちだ白!頭の良さより長生きできてるほうが偉いってことを教えてやる!」

 

俺は白を挑発し、自分のほうへ攻撃するように誘導する。

 

そのすきに、空とジブリールは逃げておいてほしいのだが。

 

そう願いつつジブリールのほうを見たら、悲しげな表情を少し浮かべた後、命令通り空を連れて逃げたようだった。

 

さて。ここで問題です。俺はどうやって逃げればよいでしょう?

 

正解は。

 

そんな方法ない。

 

「ヒッキー。観念してでてこいや、です。抵抗しなけりゃ悪いようにはしねー、です」

 

いづなと白の二人体制で、木の陰に隠れた俺を狙っている。何か特別なことをせずとも、普通に挟み撃ちを喰らって終わりな気がする。

 

ただ、気がかりなのが地面に書かれたあの俺に向けたメッセージ。

 

いづなに読まれるわけにはいかないから、日本語で書いてあったあの指示。

 

おそらくだが、白はこうなることを予想して、わざわざ地面に書いたんじゃないか?

 

そんで、もうその指示を実行する場面が、もう来てるってことなんじゃないか?

 

確証はない。だが、そうであればつじつまが合う。

 

「それは、お前らが勝った後、俺を好待遇で迎え入れるとかそういうことか?」

 

「そうしてほしーならそうしてやる、です。おめーの目腐ってるけど、悪いやつのにおいしねぇ、です。ここで降参するなら、いづなが口きいてやってもいい、です」

 

「はっ。そいつはありがたいこった。けど、俺はいづなが思ってるよりいい奴じゃない。だから止めとけ」

 

いや、何会話して時間稼いでんだよ俺。わかってるよ。やるよ。やるけど心の準備期間あんだよわかるだろ。

 

「んなことねーです。いづな、わかる、です。おめー今嘘ついてる、です。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

‥‥調子狂うな。ただ俺は勇気を出すための時間稼ぎをしたかっただけなのに。

 

「…残念だがその推測は外れだ。なぜなら、俺はお前の勧告を無視して戦い続ける愚か者だからだ。俺を倒したきゃ力ずくで引きずり出すんだな」

 

「…わかんねー、です。なんで負けるのに抗いやがる、です」

 

「そりゃ、あいつらに賭けたからだ。ま、ギリは果たさないとなってことで」

 

じりじりと、いづなと白が近づいてくる音がする。ま、本当にこれで最後か。

 

やることやって、退散しますかね。

 

後は任せた。なんも役立ってない気するけど。

 



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布石発見

いづなと八幡①

「ヒッキー、遊びに来てやったぞ、です」

「おう、遠いところからよく来たな。ゆっくりしてけ」

「何して遊ぶ?です」

「そうだなー。一緒に毛布にくるまって目をつぶって意識がなくなるのがどっちが速いかを競うっていうゲームはどう?」

「それ寝てるだけじゃねぇか、です」

「じゃあ、机に突っ伏して一定時間たった後に顔にどんな模様ができてるかを当てるっているゲームは?」

「それも結局寝てんじゃねぇか、です」

「じゃあ何したいんだよ」

「…もっと普通のゲームねぇのか、です」

「普通のゲームしたらみんな本気にしちゃうからやらないって決めたの。こないだ」


「終わり、でございますね」

 

ジブリールが俺に負けた、と告げる。

 

「空様をかばった白様の行動。私には理解できません。白様が敵についた以上、負けは必須です。マスターがいれば、その指示の内容によっては逆転勝利も可能性としてありましたが…いえ、もはや言うまでもないでしょう」

 

「大丈夫だ。俺は全部理解してるから」

 

白があの公園の地面に書いた答え。それは、空白。

 

「白は答えを出せなかったんじゃねぇ。あれ自体が答えだったんだ。あれは空白、つまりは俺達だ。白が敵になることまで含めて、空白の力。つまり、残った俺が、約束された勝利に導く魔法のような数式を完成させると、そういうことだ」

 

「マスターが敵に懐柔されることも含めて、でございますか?」

 

「…わからん。だが、その可能性は高い。白は八幡に既に指示を出していた。もしあの場面、八幡が敵になることが悪手となるなら、前もって八幡には自分の身を守ることを最優先させていたはずだ」

 

そうだ。これは間違いねぇ。ここまですべてが計算通り。

 

「ジブリール。いづなの相手をして時間を稼いでくれ」

 

「それはよろしいのですが…別に、アレを倒してしまっても構わんのだろう?でございますよね?」

 

ジブリールはいつもとは違う、狩人の目で、低い声でおちゃらけて見せた。

 

「一応ツッコミ入れとくぞ。それ、死亡フラグ扱いになってるから」

 

「では、普通に倒して来ようと思います。マスターの敵は、私の敵。一度ならず二度までも手ごまにしたこと、後悔させてご覧に入れましょう」

 

そういってジブリールは魔法を使わずに跳躍だけでビル街を登って行った。やっぱり、チートだわあいつ。欲しかったなー。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

左からの発砲音。探す手間が省けましたね。

 

ちょうど視角になるタイミングで、私は方向転換し、一気にあの犬もどきと距離を詰め、背後を取りました。

 

しかし、それもこれもすべて把握済み。チートによって場所は全て知られてしまう。奇襲は不可能、ですか。

 

「ごきげんよう。犬っころ」

 

軽く挨拶を交わしました後、何やら妙な既視感に包まれました。以前の対戦相手はこの犬だったのでしょうか。

 

「空様には時間を稼げと言われましたが、今私は不快の絶頂です。本気で行かせてもらいます。チートの限りを尽くし、気のすむまで恥の上塗りを重ねてくださいませ」

 

さぁ、マスターの(かたき)を、今ここで。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

くそっ。ダメだ。フィールドの違いでどうにかなる問題じゃない!

 

FPSというジャンルにおいて、不動の一位をたたき出したのは俺じゃなく白だ。

 

悪魔的な計算能力によって、敵の動きを把握。そこから導き出される行動パターンから、射撃可能時間まで織り込んだ、未来予知に迫る偏差射撃と回避行動。

 

いづなですら手に余った我が妹の技術には感服するばかりだが、今はそれで俺が追い詰められてやがる!

 

どうしろってんだよ!?白!?

 

俺は迫りくる白の攻撃から避けながら、ショッピングモールの最上階へとむかう。いや、逆に白に屋上へ追い詰められてるって言ったほうが正しい。

 

くそ、どうにかしねぇと…。けど、どのみちすぐに追いつかれ…

 

 

 

 

 

待て。おかしくないか?

 

白はどうして、走って追いかけてこないんだ?走ればやれるタイミングなんていくらでもあったんじゃ‥

 

《くれぐれも走るのは最低限にな》

 

そもそもそう言ったのは俺じゃねぇか。

 

「‥‥これを読み違えたらキッツイな。でも…まぁ」

 

やるしかねぇ。

 

逃げまどいながら最上階までたどり着く。

 

くっそ。階段駆け上がったせいで、はぁ、息が絶え絶えだ。引きこもりにはきつい。

 

…なんもないなここ。まわりがフェンスで囲まれてるだけで、隠れられるスペースなんて一個もねぇ。

 

こりゃ、ますます読み違えたら詰みだな。

 

そんなことを考えていたら、白も屋上までやってきた。もう逃げ場はない。じりじりとフェンスまで追いやられる。

 

「はぁ、はぁ、さて、白。にぃちゃんそろそろ限界だわ。引きこもりにこの仕打ちはないんじゃないですかね…?」

 

そう問いかけてはみたが、白の表情は変わらない。ただこちらを見つめている。

 

「‥‥」

 

「‥‥」

 

互いに警戒しながら対峙すること、約一分。

 

いづな(ほんめい)の相手もしなくちゃならねぇ。ここは…俺が先に動くしかない!

 

いまさらこんなとこでお兄ちゃんがミスるわけには…行かねぇだろ!!

 

「うおおおおおおおおっ!!!!」

 

俺は叫びながら白に突進する。白は驚くこともなく、俺にメロメロガンを発射し、仕留めようとしてきた。

 

「でもな白!お前が思いつきもしないことがあるとしたら!それは!」

 

白が発射したメロメロガンの弾丸は、すべて俺から逸れていく。

 

「‥‥!!」

 

白が驚きの表情を上げる。やっぱな。

 

そうだ。お前は俺が避けると踏んで、コースをふさぎに来た!

 

だったら、俺はその逆をいけばいい!!

 

「俺が()()()()()()()()()()、だろ!?」

 

白に飛びつき、フェンスをぶち破って屋上からダイブする。

 

こっちの世界には、痛覚はない。なら、本当なら死ぬはずの屋上ダイブだって可能だ!

 

俺は抱き着いたまま白に直接メロメロガンを撃ちこむ。

 

「…にぃ!…大好き!!」

 

「ああ、にぃちゃんも大好きだぞ」

 

しかし、俺達が抱擁を交わし、愛を確かめ合っているそのタイミング。そして空中。

 

もはや最悪といっていいタイミングでいづなが隣のビルから飛びだし、俺達の前に現れた。

 

白は俺が撃ったメロメロガンの影響でいづなとは応戦できない。

 

身動きの取れないこの状況なら、確実に仕留められる。

 

と、()()()()()()()()()()()?いづな?

 

俺は隠し持っていたメロメロボム(命名俺)をいづなに向けて投げ、視界を封じる。

 

そんでもって、開けた視界の中で、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

驚いてる驚いてる。動けねぇと思ってただろ?

 

「このために走らず体力温存してたんだよな!?白!?」

 

「…にぃ、…大好き」

 

「…!?パンツがない、です!?」

 

『まさか…パンツだけ狙い撃ちしたというのか!?』

 

久しぶりにじいさんの声が聞こえる。

 

今まではそっちが優勢だったからあんまり声を出さなかったみたいだが、どうもそういうわけにはいかなくなってきたみたいだよな?

 

「やっと気づいたか?白は最初から一度もお前の味方になってねぇんだよ!」

 

「服に当てて、着弾を偽装しやがった、です!?」

 

いづなは悔しそうな表情を浮かべたが、すぐに表情を元に戻した。

 

いづなの背後から、ジブリールが飛び降りてくる。そうだ。いづながここにいるってことは、ジブリールも負けたってことだ。

 

んなもん最初っからわかってんだよ!これくらいで虚を突いたことになるか!!

 

白がいづなに向かってメロメロガンを発射。いづなは空中で回転しそれを避けた。

 

身動きの取れない空中で、そこまで動くことのできる身体技術は見事だ。だが、忘れてるだろ?

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()!!

 

白の撃った弾丸は、ジブリールの援護射撃の弾とぶつかり合い、跳ね返る。

 

そして、超至近距離で方向転換したその球を、避けるだけの時間はない。撃ち落とそうにも、メロメロガンはさっき白が撃ち落とした。

 

詰みだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「‥‥()()()()、です!!!!!」

 

いづなのその一言のあと、空気が震える音がした。

 

なんだこれ…いや、なるほどな…これが噂に聞く血壊ってやつか!?

 

いづなの体には謎の文様が浮かび上がり、体も一回り大きくなっている。その上、体中からあふれんばかりの熱量が発生し、そのせいでこっちまで熱く感じる。

 

これは…初めてジブリールに出会ったときとも違う、異質な威圧感!!

 

こっからが本番とでも言いてぇのか…!?

 

いや、落ち着け。()()()()()()()!?

 

どんな力を持っていようが、もはやいづなは白の弾丸を避けることはできな…

 

「…っっ!!!!なんだ!?」

 

血壊中は、物理法則を無視した超技を一定時間使えるようになる。

 

まさか…こいつ!!!

 

気付いたときには遅かった。

 

いづなは()()()()()()()()、反射した白のメロメロガンの弾丸を躱し、そして空中に吹き飛ばされた自身のメロメロガンを回収した。

 

その物理法則を無視した超スピードにより、あたりが爆風に包まれ、周りの建物のガラスが次々と割れていく。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()!?」

 

「‥‥チート、乙…!!!」

 

負けじと白もメロメロガンを発射し、仕留めようとするも、今のいづなには当たらない。

 

そりゃそうだ。二段ジャンプどころじゃねぇ。何段ジャンプだって可能なはずだ。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()くらいの身体能力のアドバンテージ。

 

動き出す前に撃つ、よりも早く、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()くらいの早さで撃たなきゃ仕留めらんねぇ!!

 

いづなも回収したメロメロガンで俺達を狙う。くそっ!!こっちはそっちと違って空中ジャンプなんかできねぇんだよ!!

 

俺は靴を脱いでメロメロガンに当て、直撃を回避する。

 

ちょうどそのタイミングで地面に着地する。

 

ゲームだから、痛くはねぇが衝撃が半端ねぇ。しかも今俺達は狙われている状況。一刻も早く体勢を立て直さねぇと!!

 

足元がふらつく中、俺は白の手を取って走り出す。

 

「逃げるぞ白!!二段ジャンプなんてレベルじゃねぇぞあいつ!!もうメロメロガンの弾速より早えんじゃねぇか!?」

 

「‥‥完全に…バグ‥‥っ!!!にぃ!!」

 

白が呼びかけてくれたおかげで、空を飛んで追いついてきたいづなの、完全に死角だった()()()()の射撃を躱すことができた。

 

なるほど!?物理限界超えて空も飛べるようになったから、そういうことも可能になったってわけか!?

 

つまりは全方位が射撃可能角度、安全地帯はゼロに近く、常に追いかけてくるから迎撃も出来ねぇ!!

 

反撃とばかりに白も何発かいづなに撃ち込んではみるが、やはり当たらない。

 

「…予測‥‥できない…!!!」

 

「物理限界を超える、か…!!!これが本命のチートってわけかよ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

逃げまどいつつ、なんとかスタート地点まで戻ってくることができた。

 

ここはこのステージで一番開けた場所。視界が広く、メロメロガンの反射ギミックをもっとも使いづらい場所。

 

いくらすばしっこくても、メロメロガンが直線でしか移動してこないならやりようはある。

 

つっても、厳しいことに変わりはねぇ。何とか近づけさせねぇようにはしているが、このままじゃじり貧だ。

 

「ある程度は予想していたが、まさかここまでとはな…」

 

「‥‥計算、できない…!!!」

 

「おいおい白、物理限界超えてるって言ったろ…?いくら物理の式立てても通用しないってこった…」

 

どうする!?こっちはもうどうしようも出来ねぇ。逃げて、ラブパワー切れを狙うしかねぇか…?いや、それは無理だ。こっちが先にスタミナ切れを起こす。それまで持つ確証もねぇ!!

 

息も絶え絶えに、逆転の一手を待つなか、あの男が現れた。

 

普段と何も変わらない、しかし絶対的に何かが違う状態で、姿を現した。

 

「…八、幡」

 

「…おせぇぞ、です」

 

「違うな。俺が遅いんじゃない。お前が速すぎるんだ。マジで。どうやって追いつけってんだ」

 

遠くから八幡がいづなの元へ駆け寄っていく。俺達へメロメロガンの銃口を向けたまま。

 

「っていうかこれ俺いらなくない?いづな一人で事足りるだろ。邪魔になる気しかしないけど」

 

「うるせー、です。とっととあいつら仕留めて終わりにする、です。ちからぁ貸せ、です」

 

「はぁ、わかったよ」

 

そういって八幡は俺達にメロメロガンを発射してきた。

 

っちっ!あいつの命中率は大したことねぇが、単純に逃げ場をふさがれる。いづなに仕留められる可能性が格段に上がっちまった。

 

「なぁわが友よ!!?ここはひとつ俺に免じていづなを撃ってはくれないかね!!??」

 

「お前とは友達じゃないだろ。でもまぁ、だったらいづながお前ら倒してから撃ってやるよ。それでいいだろ」

 

「そしたら負けちゃうんですよねぇ!!!???」

 

ダメだ。あの様子じゃ俺らがぶっ倒れるまで銃口を向け続けるだろう。

 

「にぃ‥‥」

 

白が心配そうに俺の顔を見る。

 

八幡も敵に回り、絶体絶命と考えているのだろうか。

 

だが、俺が推測するにあいつは‥‥いや、それはやってみりゃわかることだ。

 

「…こんな時は、任せろ。にぃちゃんの…ブラフとはったりにな!!!」

 

そういって、俺はいづなに向かって駆け出した。

 

それを見たいづなは俺に向かってメロメロガンを発射。しかし、おそらく全て俺には当たらない。

 

いづなほどのスピードがあれば、俺が避けるのを予測して、先にそっちを封鎖してくるはず。

 

案の定、いづなが撃った球は全部俺には当たらなかった。そして、俺が避けないと判断した瞬間に…

 

来た!!直接俺を狙ったヘッドショット。そして、こいつを俺のメロメロガンで撃ち落として…。

 

そう考えていると、いづなの弾丸を撃ち落としたその時、撃ち落としたその弾丸の真後ろに弾が差し迫っていた。

 

しまった!同じ射角から二発同時に撃ったのか!二段構えになって…。

 

しかも、俺が撃ち落としたいづなの弾は、地面に跳ね返り白の元へと向かう。

 

そんな!白みたいに跳ね返りを予想した!?

 

まさか、いづなはこれを狙って‥‥!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

パァン。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

空も、白も、同時に頭に弾当たりやがった、です。

 

じーじからも連絡きて、偽装不可能の確実なヘッドショットだって言ってた、です。

 

いづなの勝ち、です。

 

血壊で熱くなった体、元に戻すために深呼吸して、うるせぇ胸の音鎮めるのに、少しかかっちまった、です。

 

でも、その間も二人はピクリともしてねぇ、です。やっぱり、間違いなく、いづなが仕留めた、です。

 

「お疲れさん」

 

「…ヒッキー」

 

ヒッキーが近づいて頭撫でてきやがった、です。まぁまぁうめぇ、です。もっとやれ、です。

 

「どうだ?今の気分は」

 

「うれしい、です。やってやったって気持ちでいっぱいになってる、です」

 

「そうか。お前は頑張ったよ。その気分のまま、あとはゆっくり休め」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

パァン。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いづなは俺に頭をなでられたまま、ゆっくりと力なく倒れていく。

 

ぱたん、と倒れるいづなを見て、少し罪悪感にさいなまれたが、致し方ない。

 

「このゲーム、俺の…いや、「 」(くうはく)の勝ちだ」




今回は八幡視点はほぼありません。

なるべくこの後は空視点が少ないようにしたいと思います。


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決着

ある日の二人⑯

10時

「腹減ったな。飯でも作るか」

「お手伝いいたします」

「いやいいよ。簡単なもんだから」

13時

「お前、手札強くない?一回も勝てないんだが」

「マスターの引きが悪いだけでは?」

17時

「今日はちょっと早めに風呂入るか」

「背中をお流しいたします」

「やめて?風呂には入ってこないで?」

22時

「寝るか」

「そうですね」

「おやすみ」

「はい、また明日もよろしくお願いします。マスター」















「えっ。オチないの?ほんとにある日の二人なの?作者がさぼっただけじゃないの?」

「何のことでございましょう。マスターがご乱心でございます」

「不安だなぁ」


「おい空、白、起きろ。お前らの勝ちだよ」

 

いづなの頭にメロメロガンを撃ち込んだ俺は、倒れたいづなを少しだけ視界に入れた後、倒れている二人の元へと向かった。

 

「‥‥うまく、…いったみたい」

 

「だな。まーだいぶ不利な賭けだったが、そこは友情パワーで乗り切ったってことで」

 

「そうだな。今回だけはそういうことにしとく。マジで勝てたのが不思議なくらいだ」

 

倒れている空と白に手を差し伸べる。二人は同時に俺の手を取り、立ち上がる。こんな時まで息ぴったり。

 

『まさか…作戦だったのか!?いや、しかしどうやって…!?』

 

空中にモニターが表示され、いのがその画面内で驚きの声を上げた。

 

その問いに答えを返したのは俺ではなく空だった。

 

「たとえ第六感があっても気が付かなかっただろう?八幡が白と同様に、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

『馬鹿な!?あの時…あの公園で間違いなくいづなに撃たれたはず…』

 

そう、確かに俺はあの時、いづなに公園で撃たれた。それは紛れもない事実。

 

「厳密には、いづなの仲間になった後、()()()()()()()()っていったほうがいいかな?俺は直接その場を見ていたわけじゃないからどんな攻防があったのかは知らないが、八幡はいづなに撃たれた直後、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

『な…馬鹿な。そんな瞬間があればいづなが見逃すはずが…』

 

「仮に自傷行為であったとしても、メロメロガンの弾丸は服に当たれば消滅し、自分へ影響を及ぼすことはない。だから、プレイヤーに影響を与えるために肌が直接出ている頭を狙うのがこのゲームの定石だ。だから見落としてたな?()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

『な…』

 

まぁそれだけではない。ちょっとしたテクニックも使った。言うほどのもんでもないけど。

 

あの公園での逃げたり避けたりは、もう完全にいじめみたいな構図だったので割愛するが、最終的に言えば、いづなのメロメロガンが俺の額に直撃したのだ。

 

当然、俺の意識は薄れていく。だが、その状態で何もできないわけじゃない。時間にして一秒にもならない時間だが、それだけ動ければ十分だ。

 

まず、真正面から喰らっているので前に崩れ落ちるのは不自然。だから喰らった直後は後ろに飛ばされているわけだが、そのタイミングで体をひねる。ちょっと大げさにするくらいでいい。そうすれば、「自分が派手に相手をやった」と思い込んでくれる。

 

そうして体をひねり、いづなに背中を向けたタイミングで、空の言った通り、自らの左手にメロメロガンを発射。いづなへの好意が俺への好意へと上書きされる。もちろん、いづなには見えないように。

 

後はそのまま倒れるだけだ。ただ、メロメロガンは着弾すると着弾部からハート型のエフェクトが出るので、左手を頭にのせておくことを忘れない。

 

こうすればあら不思議。一秒で簡単着弾偽装。

 

『し、しかしだとするなら、あの時いづなではなく、自分を愛するナルシスト野郎に変化していなければおかしいではないか!?』

 

あー。まぁそうですね。ごもっとも。

 

これはですね。トリックも何もないんです。ただ、ひたすら練習したんだよね。

 

昼前に空からもらった白の伝言。「メロメロガンを喰らいまくって克服しろ」という無理難題。

 

ゲームの中なのに、仕様の克服なんかできるのか?と思いつつ、やれるだけやることにした俺は、空と白が()()()()()()()()()()()7()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

意識が消え、羞恥し、また意識が消え、羞恥し、を繰り返し、4時間を経つ頃にはなんと結構克服していた。

 

そんな馬鹿な。と思うかもしれないが結構マジだ。あれだ。麻薬とかと一緒だ。

 

一回目は少量でもとんでもない快感に襲われるが、何度も何度も服用し続ければ大量に消費しても快感を得られなくなる。

 

‥‥やってないよ?ただ中学の保健の授業で見ただけだからね?そういう動画を。

 

これも一緒だった。最初の1時間はもう頭の中に別の人格が入ってくるみたいな感覚だったのだが、だんだんと慣れていって、3時間経過したころには意識は保ったまま、すごい自己肯定感に襲われて周りに言いふらしたいなーくらいにまで落ち着いた。

 

そんなこんなで練習を積み重ね、自己肯定感との戦いをし続けた結果、7時間後に連絡が来て合流するころには、喰らっても「まぁ、俺って他の人よりはかっけぇよな」って思うくらいの領域にまで到達したのだ。

 

あえて言うが、本当に頑張ったと思う。頑張ったと思う。マジで。

 

ここ一年間くらいの羞恥と戦ったといっても過言ではない。

 

「意識が保てているなら、話は早い。トランシーバーを使わず、いづなとの交戦がわかり、かつ俺らがやられる前に八幡が駆け付けられる場所。そこまでいづなをおびき寄せたらあとは八幡がいづなを篭絡して終わり。仲間だと勘違いしてくれているなら近づくことは容易だし、殺気を感じたとしても、交戦中なら俺らへ向けたものであると誤解する。気づくのは不可能だ」

 

『最初から…狙っていたというのか!?』

 

「…じいさんさ、ずっと俺らの心音をモニタリングしていづなに報告してただろ?そっちに意識割かなきゃ、八幡のトラップに気づけたかもしんないのになぁ?」

 

確かにそうだ。いづなからの弾丸と俺の弾丸を喰らうまでの差は本当にわずかな時間の差だけだ。心音の拍動に影響が出なかったのは、そのせいだろう。

 

いや待てよ。そんなことしてたのかよ。気づかなかったわ。というかどうやって分かったの君?

 

『それすらも…利用したというのか』

 

「いや俺はしてないよ?偶然だよ?」

 

「ゲームってのは、究極的には二つしか取れる行動がない」

 

「‥‥戦術的行動か、対処的行動‥‥主導権、‥‥どっちが握るか」

 

「今回は俺らがずっと主導権を握っていた。それだけのことだ。アンタらは動いているつもりで、ただ単に動かされていた。その結果は必然であって、偶然じゃない」

 

あ、はい。君たちはずっと利用してたってことですね知ってます。めっちゃやりそうだし。

 

「弱者には弱者のやり方がある。獅子に素手で挑むのは、獅子に任せるよ」

 

「‥‥ぐすっ。ぅぅ」

 

後ろから、むせび泣くような声が聞こえる。どうやら、いづなへのメロメロガンの影響が切れ、正気に戻ったようだ。

 

だが、正気に戻って突き付けられたのは敗北の現実。とてもじゃないが立ち上がることなんてできないだろう。

 

手を差し伸べようかとも思ったが、やめた。

 

俺は、最後の最後で直接手を下した。つまり、俺のせいでいづなは負けた。幸福の絶頂から、不幸のどん底へ叩き落されたときの絶望は、どれほどだったのか。想像もできない。

 

そんな相手から同情され、手を差し伸べられるなど、屈辱でしかないだろう。

 

「さて!?勝者のコールはまだかな!?じいさん!?」

 

「なぁ、お前って人の心無いの?負けた相手煽るなよ。死体蹴りすんな」

 

『‥‥‥勝者。エルキア。盟約にしたがい、東部連合はルーシア大陸の全ての権利を‥‥エルキア王国に移譲する』

 

モニター越しではあるが、エルキア国民の盛大な雄たけびが聞こえてくる。

 

まぁ当然か。負けたら死ぬゲームに勝ったんだから。叫びたくもなるだろう。

 

「で、このゲームってエンディングでもあるの?いつこのゲームから解放されるの?」

 

モニターに向かってそう告げる俺を、空と白はしらけた目で見つめていた。

 

「おまえさぁ、もうちょっと強敵に勝った達成感ってものを感じたらどうだ?お前にとっちゃちゃんとしたゲームで初めて勝ったわけだしさ」

 

「いや、俺今回お前らの指示に従っただけだから。ゲーム開始前には「とりあえず情報集めるまで時間稼いで」といわれ、白からの伝言では「己の湧き上がる感情を克服しろ」といわれ、白が地面に書いた「練習の成果を見せるとき」っていう命令に従ってただけだ」

 

いや待って。よくよく考えたら俺何気にすごくない?命令が命令として不十分なほど情報不足なのに、完ぺきに仕事こなしてるって。

 

実は俺強キャラ?HACHIMANなっちゃった?

 

「マスター。おそらくではございますが、ナルシスト感情に耐性が付いた結果、自己肯定感が一時的に高まっているだけかと。はたから見ればただの痛々しい人間ですので自重することをお勧めいたします」

 

ジブリールが空から飛んできた。いや、跳んできた、が正しいか。何回も言うけど脚力どうなってんの?

 

「なんで心読めるの?魔法使えないのにどうやったの?」

 

「ご自身の顔を確認してみるのはいかがでしょう?」

 

あれか。めちゃくちゃ顔に出てたってことか。うーわはっず。

 

「おう、ジブリールお疲れ。すべて作戦通りよくやってくれた」

 

「今回ばかりは、素直に感謝いたします。マスターの顔に泥を塗らずに済みましたので」

 

空とジブリールは互いの労をねぎらう。

 

ジブリールは俺と違い、このゲームで悪影響は受けていなさそうだ。よかったよかった。

 

これで一件落着。さて帰ろ。

 

 

 

 

 

 

 

「これで…東部連合は…獣人種(ワービースト)は…」

 

‥‥とはならないんだよなぁ。

 

いくら面倒ごとが嫌いな俺でも、後ろで泣いている幼女を置き去りにして帰るなんてことはしない。

 

ただ、さっきも言った通り、俺が直接何かすることははばかられる。

 

俺だけではない。空や、白、ジブリールだってそう。敵からの慰めは悲しいだけだ。

 

気まずいなかただ遠目で見つめながら、泣き止むのを待つことしかできない。

 

「‥‥違うよな?いづな」

 

そんな俺とは対称的に、空がそんな俺の考えを意にも介さずいづなに話しかける。

 

その言葉を受け、いづなは空へと顔を向ける。

 

「楽しかったから、どうすればいいかわからなくなって戸惑っている、だろ?」

 

目尻に涙を浮かべながら、いづなはハッとした顔つきになる。

 

ああ、そうだ。俺に撃たれる前のいづなは、確かに楽しんでいた。

 

空と白という強敵と出会い、本気でやりあうことの楽しさを知っていた。

 

「そんなわけ、ねぇ、です。負けたせいで、たくさんの人が苦しみやがる、です」

 

しかし、いづなはそれを受け入れられないようだ。

 

結果的に見れば敗北。楽しんでいたせいで、とは違うかもしれないが、勝った時の余韻で警戒を怠ったせいで負けた、と解釈していても間違いはない。

 

それゆえに仲間が傷つき、悲しむことになった。その事実を受け入れられないのだろう。

 

「‥‥でも、あのとき、いづなたん‥‥笑ってた」

 

「‥‥なんで、‥‥なんで、この顔は笑いやがった、です!?そのせいで、東部連合は支配され…たくさんの人が…いづなが、楽しいなんて思ったせいで…」

 

いづなは顔を両手で覆い、ボロボロと涙をこぼす。

 

何にもできないのがもどかしい。何かいいことを言おうと考えてみるが、思いつかない。

 

「安心しろ。いづなが何を思おうが、どうせ俺らは勝ってたから」

 

「おいちょっとまて。それは流石に駄目だ。八幡ストップだ。言い方考えろ。いづな、大丈夫だからね?そんなことないからね?たまたまだから。偶然、ラッキーだっただけだから。次やったら俺ら負けちゃうから」

 

俺は焦って、慰めまいとした決意はどこかへ吹き飛び、いづながこれ以上深く傷つかないようフォローに入った。

 

こいつは、人としての何かが欠落している気がする。

 

絶対に今言っちゃダメな言葉だと思うんだが、そこんとこどうだろう。

 

空は俺のストップに止まることなく、いづなに声をかけ続ける。

 

「どうだ?全身全霊を、死力を賭しても勝てない相手がいる気分は。控えめに言って、サイコーじゃね?」

 

白と肩を組み、笑顔を浮かべる二人。いづなはその言葉に驚きの顔を見せた。

 

「初めて負けて悔しかった。だからこそ楽しかった。それがわかったら、俺らはもう友達だ」

 

空と白がいづなに手を差し伸べる。

 

「ようこそいづな。お前はもうゲーマーだ」

 

その手を見て、いづなは少し硬直した後、かすかな微笑みを浮かべ、二人の手を取った。

 

そして、

 

「‥‥こんどこそ、負けねーぞ、です」

 

固い握手を交わした。

 

これが、二人の、「 」(くうはく)の強さかもしれない、と思った。

 

ゲームではなく、ゲームを通じて得た絆。それを、確かなものにすることのできる力。

 

俺にはできない、このディスボードをクリアするための能力だと思う。

 

「‥‥やっぱ、すげぇわ。お前ら」




一週間も決着!


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事後処理が一番面倒なのはどの仕事でも同じ

ある日の二人(八幡&アズリール)①

「比企谷君はウチのことどう思ってるにゃ?」

「別にどうも思ってませんよ。そんなに何回もあってないし、会話もほとんどしてないでしょ」

「それでも第一印象とかあるにゃ?ちょっとの会話でも何か思うところはないのかにゃって聞いてるにゃ」

「正直に言ったら怒りません?」

「大丈夫大丈夫、お姉ちゃんはそんな第一印象がちょっと悪かったくらいで怒ったりしないにゃ。大人の余裕ってやつにゃ」

「じゃあ遠慮なく。あざとくて裏があって笑顔が怖くて自分の立場を理解してるのにあたかもそれを気にしてませんという振る舞いをして俺の警戒心を解こうとする強化外骨格みたいな仮面をつけてる人」

「比企谷君、ちょっとこっちでお話しするにゃ」

「えっ。今怒らないって」

「ちょっとどころじゃなくとんでもなく悪かったから怒ってるにゃ。嘘はついてないにゃ」

「すんませんした」


あれからなんやかんやあったが、簡単にまとめるとこうだ。

 

 

ゲームから意識が戻り、現実世界へと意識が覚醒する。

 

とんでもない歓喜と雄たけびに包まれ、人間って異世界でも現金なんだなぁと思案にふける。

 

控室に戻され、詳しいことはまた後日話し合おうということでまとまる。

 

結果、東部連合とのゲームが一段落し、俺達はそれぞれの住む場所へと帰る。

 

 

 

とまぁ、こんな感じになる。

 

そして、そのゲームが終わってから約一週間が経過した。

 

惰眠をむさぼる生活に戻りつつある中、ついさっき空と白から連絡を受けた。東部連合とこれからの国外政策の話し合いがあるそうだ。

 

そんでもって、俺にもついてきて欲しいとのこと。あまりにも急に話がきたもんだから、今すぐは無理と言って断ってやろうと考えていたのだが、「そういうと思って三日後にした。用意しとけ」と先に逃げ道をふさがれてしまっていた。

 

だが、これが終われば、本当に俺のやることはなくなる。ついにお役御免ってわけだ。

 

思い返してみると、長いことあの二人に付き合わされていた気がするが、悪くないなと思ってしまう自分がいるのがなんとなく腹立たしい。

 

最後の仕上げを行うため、俺はジブリールに頼んで、再びアヴァントヘイムへと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「にゃ~ん♡久しぶりだにゃ~比企谷君、ゲームお疲れにゃ」

 

「どうも」

 

アヴァントヘイムについて早々、アズリールが「お姉ちゃんにゃ!!」‥‥‥おねぇちゃんが俺たち二人を出迎えてくれた。

 

前に来た時とは違って、本はある程度綺麗に整えられていた。ジブリールのご機嫌取りのためなのか、それとも何か心境の変化があったのかは知らないが、いい変化だと思う。

 

ただ、そうはいっても相変わらずジブリールは冷めた目でアズリールを「だからお姉ちゃんにゃ!!」…なんで心の中で呼び捨てにしてるのわかるの?エスパーなの?それとも俺が顔に出すぎなの?

 

「お姉ちゃんなら比企谷君(おとうと)の考えてることはわかって当然にゃ?そんな半端な気持ちでお姉ちゃんになる覚悟してないにゃ~」

 

「怖いって。あと、俺はあなたの弟ではないですよ」

 

「似たようなもんにゃ。既成事実作っといてるだけだから気にしたらまけにゃ」

 

「絶対にこれから弟と呼ばないでください。なんですか既成事実って。あんまりいい響きないんで止めてもらっていいですかね」

 

「にゃ~。しょうがないにゃぁ。わかったにゃ」

 

やっぱりこの人と話すと疲れる。それに話したいメインの内容も話せない。面倒だ。

 

「アズリールさん。マスターからのご命令で、あなたと東部連合の事後処理について話し合いたいのですが」

 

待たされるのを面倒と思ったのか、ジブリールが前に出て俺の代わりにアズリール‥‥お姉ちゃんと会談の開始を試みる。

 

だが、そんな風にありもしない俺からの命令といって、代わりに済ませといてくれるなら、俺来る必要ないから今日こいつに任せておけばよかったと思ってしまう。

 

「ジブちゃんもお姉ちゃんって呼んでくれるなら、比企谷君の代わりに会談やってもいいにゃ?」

 

「それは‥‥」

 

「やめとけジブリール。せっかくこのあいだ俺が代わりに姉呼びすることにしたんだ。普通に俺がやるよ」

 

くそ。ちょっとでもさぼらせてくれねぇのかよ。この堕天使め。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ~面白かったにゃ。じゃ、そろそろ会議始めるにゃ~」

 

「‥‥‥そうっすね。とっとと終わらせて帰ります。ジブリール。転移魔法の準備よろしく」

 

アヴァントヘイムについてからかれこれ三時間たった。そのあいだ、何も進まなかった。

 

会議を始めようと声をかけても、「椅子とかいろいろ準備あるから待つにゃ」と言われて雑談を続行させられた。

 

というか、面接に近かった。

 

こっちに来てから誰にも聞かれたことのない、趣味とか、特技とか、俺の黒歴史やらなんやらの個人情報を根掘り葉掘り聞かれた。

 

答えなくてもよかったのだが、なんとなく逆らうとろくなことにならなさそうな嫌な雰囲気を感じたので、仕方なく聞かれたことにはすべて答えた。

 

おかげでかなりのメンタル的耐性をもつ俺でも、俺の心は崩壊寸前の空前の灯となっている。

 

「じゃあ、始めるにゃ?比企谷君が今日ウチに話したかったことって何にゃ?」

 

「以前話した、東部連合の牽制についてですよ。俺らが東部連合に行く日にちが決まったんで、その一日前から東部連合の上空に転移してもらっていいですかね」

 

東部連合とのゲームの前、布石として残しておいた東部連合を詰めるための一手。

 

天翼種(フリューゲル)幻想種(ファンタズマ)が敵に回ったと錯覚させ、戦意を喪失、エルキアの傘下に入れるためのブラフ。

 

「了解にゃ。約束は守るにゃ。で、いつになるにゃ?」

 

「俺らが行くのが三日後なんで、明後日の昼くらいには東部連合上空にいておいて欲しいです」

 

「今から行っておいてもらえばよろしいのでは?どうせ何もせず無駄に時間を浪費しているだけでございます」

 

ジブリールが辛辣な言葉で、アズリールに働け、と威圧する。仲間だよね?

 

「いや、できればそれは止めておいてもらいたい」

 

「なぜでございましょうか?」

 

「ゲームが終わってから一週間がたった。その間、獣人種(ワービースト)は何もせずぼーっとしてたわけじゃない。そのあいだ、どうやってやり返すかを試行錯誤していたはず。そして、その結論が出たから俺達に来いって言ってきたんだ」

 

「まぁ、ウチもそれはそうだと思うにゃ」

 

「んで、それを覆すためにアズリールたちを向かわせるわけだが、早く到着すると、余計なことを思案させてしまう恐れがある。三日もありゃ、十分に考えられちまう。だから、思案する猶予は短い時間にしたい。だがかといってノータイムで行ったら、何も考えることなくそのままの案で強行突破する可能性も出てくる。だから、早くても一日前、遅くても半日前くらいにしといて欲しいんだよ」

 

「なるほど。配慮が足りず、マスターの意図をくみ取れなかったことをお許しください」

 

「いや謝らなくていいよ」

 

責めてるわけじゃないし。

 

「わかったにゃ。じゃあ、時間には気を付けておくにゃ。他には何かあるかにゃ?」

 

「東部連合の件についてはこれで終わりです。それ以外で、伝えときたいことが一点」

 

そろそろ、来そうな気がするんだよな。なんとなく、そんな気がした。

 

「多分、近いうちに空と白がゲーム挑みにやってくると思うんですけど、俺関係ないんで。負けても怒らないでくださいね。八つ当たりは勘弁です」

 

「にゃはは~♡比企谷君、それはウチが負けるって言いたいのかにゃ?」

 

「まぁ、そうですね。今のところあいつら全戦全勝ですし。負けるビジョンが見えないというか」

 

「‥‥ふ~ん」

 

そういうと、アズリールは席から立ち上がり、俺の顔を両手で包み込み、動かせないようにがっちりとつかんできた。

 

まずい。あまりにも正直に言いすぎた。怒らせたか?

 

「そぉんな礼儀知らずのわるぅいことを言う口はこの口かにゃぁ?」

 

チュッ。

 

‥‥‥‥。

 

‥‥‥‥?

 

‥‥‥チュッ?

 

「んー‥‥‥レロッ‥ちゅ」

 

え?え?え?

 

‥‥。

 

え?なんで?どんな脈絡?

 

怒ってなんでキスするの?痴女なの?キス魔?

 

やばいやばいやばい顔近いいい匂い髪さらさらなんでくちびるやわらかいどうしよう。

 

「‥‥んちゅっ。うん、美味しかったにゃ♡」

 

ぺろっと軽く唇をなめるそのしぐさは、姿かたちのイメージとは異なりあまりにも妖艶で。

 

まさしくその立ち振る舞いは、天使というよりは小悪魔のようだった。

 

しかも、されたのはアメリカとか海外のドラマで友達同士にするような、ライトなキスではなく。

 

フレンチ・キス。つまりはディープなやつ。

 

インパクトが強すぎてあんまり覚えてないが、なんというかこう、内側から塗り替えられるような…

 

「マスター♡この脳内花畑の無能堕天使殺していいでしょうか?殺していいですよね?殺しましょう♡」

 

ジブリールが鮮やかな殺害予告三段活用をしながら、笑顔で天井に手を振りかざすも、今の俺にツッコんでいる余裕はない。

 

初めて深いやつをやったもんだから、どうしてもその感触を反芻してしまう。上手いのか下手なのかわからんが、間違いなく俺の記憶には根強く刻まれてしまったことだろう。

 

「ま、ままま待つにゃ!?ジブちゃん、落ち着くにゃ!?こんなとこで「天撃」なんて打とうもんなら比企谷君もろとも爆散にゃ!?それに、今のはどう考えてもキスする流れだったにゃ!?」

 

「どう考えてもそのような流れではございませんでしたが?」

 

必死になってアズリールは、今にも爆発しそうなジブリールをなだめるが、焼け石に水だ。

 

「う、ウチもふざけてやったわけじゃないにゃ!?真剣に考えてこれはベストな選択肢だったにゃ!!」

 

「へぇ、さようでございますか。では特別に、遺言としてそのベストだという理由を聞いて差し上げます。これで私が納得したら、この振りかざしている右手を穏便に収めることを考慮いたします」

 

「それ考慮するだけでやらないやつにゃ!?」

 

「信じるも信じないもあなた次第ではございますが、あまりにも長いと温厚な私でも怒りに任せて手を振り下ろしてしまいそうでございます」

 

「わ、わかった言うにゃ!?こ、これはジブちゃんのせいなのにゃ!!」

 

「この期に及んで責任転嫁とは、呆れて笑いが止まりませんね」

 

「違うにゃ!!ジブちゃん、こないだ東部連合とのゲームで、比企谷君からキスしてもらってたにゃ!?ゲーム中で半分意識が別人だったとはいえ、確かに比企谷君はジブちゃんにあっつあつのキスしてたにゃ!!!

 

「ねぇ、もうちょっと言い方と声の音量考えて?あんまり人の黒歴史の墓掘り返さないでくれる?あと、なんでゲームの中の出来事知ってんの?」

 

「魔法でちょちょいのちょいにゃ」

 

「魔法すげぇ」

 

ようやく何かしら抗議の声を上げることができるくらいには回復した。

 

ただ、回復した傍からゴリゴリとSAN値を削られ、ヒッキーポイント略してHPが底をつきかけている。

 

「ともかく、忘れたとは言わせないにゃ!?ジブちゃんはゲームの仕様を利用して、比企谷君からいい感じに愛を受け取って、その唇をわざと奪わせたのにゃ!!!」

 

「ま、まぁとらえ方によってはそうとも受け取れるかもしれませんが‥‥」

 

「そして、ジブちゃんは比企谷君以外にはくちびるを奪わせるなんてこと、絶対にしないにゃ!?」

 

「そうですね。それは断言できます」

 

「ということは、ジブちゃんの唇を奪うには、比企谷君とキスするしかないにゃ!?」

 

‥‥‥うん?

 

「何言ってんだお前」

 

「つまり、ジブちゃんからくちびるを奪った比企谷君のくちびるをウチが奪えば、間接的にウチがジブちゃんのくちびるを奪ったことになるにゃあ!!!!」

 

「何言ってるんですかアズリール先輩。頭大丈夫ですか?」

 

「ウチはいたって正常にゃ!!」

 

なるほど。俺とキスしたのはあくまで結果論に過ぎないと。

 

本当にキスしたかったのはジブリールで、ジブリールがしてくれないから代わりにお前で我慢してやるよと。そういうことか。

 

あっぶねぇ。これ以上なんかアプローチ受けてたら、告っちゃってたわ。そして振られちゃうわ。いや振られちゃうのかよ。

 

「それに比企谷君もまんざらでも無かったにゃ?だったら別に問題ないにゃ」

 

「なわけないだろ。ありまくりだわ。まんざらも問題もありまくりだよ」

 

「でも、「十の盟約」で嫌がることは絶対できないにゃ。比企谷君は口ではいやだいやだ言ってても、ウチにキスされて内心喜んでたってことにゃ?にゃ~ん。比企谷君ってツンデレさんなのかにゃあ?」

 

その一言で、俺の心に、恥ずかしさと同時に、ふつふつと湧き上がる怒りが生じた。

 

この野郎。人の初ディープキス奪っといて偉そうな口ききやがって。なんとかしてぎゃふんと言わせたい。

 

何かないか…。

 

いや、あるな。こいつをぎゃふんと言わせる方法。

 

「アズリール。ゲームしようぜ」

 

「にゃ?なんで急にそんなこと言うにゃ?あと、お姉ちゃんって呼ぶの忘れて…」

 

「アズリールが勝てば、ジブリールを一日好きにしていい。俺も口約束じゃなく、盟約に誓ってお姉ちゃん呼びをすることを約束する。ただし、お前が負けたら俺の言うことをなんでも聞け」

 

「ひ、比企谷君?なんか雰囲気こわいにゃ?」

 

「ゲーム内容は俺が決め、アズリールはそれに従ってゲームを行ってもらう。いやならやらなくてもいいが、その場合はジブリールが振り上げた手をそのまま思いっきり振り下ろすように命じる」

 

「正気かにゃ!?比企谷君木っ端みじんになるにゃ!?」

 

「大丈夫だよ。「十の盟約」あるし。仮にそれが働かなくても、その場合はみんなまとめて仏さまってことで」

 

「い、いや~。な、なんとな~くだけど、止めといたほうがいいんじゃないかっておねぇちゃん思うんだけどにゃ~。あはは」

 

「よし、ジブリール。振り下ろせ」

 

「わかったやるにゃ!?その代わり、命令できるのはウチの行動一回分、それが条件にゃ!!」

 

よし。かかった。ざまぁみろ。

 

「じゃ、盟約に誓おうか」

 

「うう、ひどいにゃ比企谷君。こんなことする子だとは思わなかったにゃ」

 

「マスターを怒らせたアズリール先輩が悪いかと」

 

「あ、ジブリールも参加な」

 

「かしこまりました」

 

「「「盟約に誓って(アッシェンテ)」」」




一難去ってまた一難。

ゲームが終わってまたゲーム。

オリジナル要素入れたくなったので入れただけです。

そんなに長いこと続きません。


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お仕置きの時間

ある日の二人⑰

「マスターは何かこうしたい、とかなりたい、といった願望はないのですか?」

「働かずに飯が食いたい」

「しかし、それはもうすでに叶っているのでは?もしや、食事にご不満がございますので?」

「そういう意味で言ったわけじゃない。あれだ。言い換えりゃ最低限の努力と最低限の人付き合いで人生を送りたい、とかそういった感じ?」

「なるほど。マスターは今までたゆまぬ努力と多くの人付き合いをしてきたから、なるべくそれが少ないほうが良いと、学んだのでございますね?」

「‥‥‥その通りだ」

「‥‥‥今、間がありましたが」

「気のせいってことにしとけ。この話やめやめ」


「さて、盟約に誓ったことだし、さっそくゲーム内容を説明する。といいたいところだが、その前にジブリールに聞きたいことがある」

 

「何でございましょう」

 

「俺らの勝利報酬さ‥‥()()()()()()()()

 

俺は、隣で何も文句を言わずにゲームに参加したジブリールに視線を移す。

 

「‥‥と、申されますと?」

 

「別に。ただリスクリターンが見合ってないって話だよ。俺はまぁ百歩譲って呼び方が強制されるってだけだし、さほど変わりはしないが、ジブリール。お前にとっては大ごとだろ。勝手に俺に一日服従権を賭けられたのに、勝利しても一つだけしかいうことを聞かせられないなんてのは」

 

「‥‥確かにそうではございますが、マスターの決定に異議を唱える理由はございませんで」

 

ジブリールは恭しく頭を下げる。

 

その忠誠心は大したものだが、あいにくと今俺が言って欲しいセリフはそれではない。

 

「いや正直に言えよ。このゲームやりたくないだろ?」

 

「はぁ、まぁそうでございますね。最初から負けを回避するだけのゲームとなる故、モチベーションもわきませんし」

 

「だよなぁ」

 

そうそう。普通はやらない。いや、やりたくない。そもそもこんな勝利報酬でゲームをしようと持ち掛けるほうが間違っている。

 

うんうんと俺はちょっと大げさにうなずいてみる。

 

アズリールがどんな反応をするのかを確かめるためだ。

 

「比企谷君は、何が言いたいにゃ?」

 

ちょっと真面目な顔をしてアズリールが俺に質問してくる。

 

何を疑っているのか、何を警戒しているのかは知らないが、ゲームに参加するといった以上、もはやアズリールが打てる手はない。

 

「いや、別に。なんで俺がそんなに割の合わないゲームを吹っ掛けたのか、気にならないかなーって思っただけだ」

 

「‥‥比企谷君、何企んでるにゃ?」

 

顔では警戒心を見せているが、こういう時は羽を見るに限る。目は口程に物を言うというが、こいつらにとっては羽は口よりも素直であるということわざが作れるくらいだ。

 

そして、その羽が見せる感情は怯え。こいつもおびえたりするのか。ちょっと新鮮かも。

 

「別に何も企んでないって。なんか勘繰らせて悪い。じゃ、ゲーム内容を言うぞ。いたってシンプル。ルールも簡単。一回聞けばすぐわかる」

 

さぁ、絶望しろ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アズリールが今日一日、俺らの命令を全てこなすことができたらお前の勝ち、そうじゃなきゃ負け、だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「にゃーーーーーー!!!!!!?????だ、だめにゃ!!そんなの!!ずるにゃ!!認められないにゃ!!!!」

 

「え?俺なんかずるしたっけ?ジブリールわかる?」

 

だめだ。笑いが抑えられん。

 

にやけたまんまジブリールの方に視線を向け、わざとらしくジブリールに問いかけてみたが、してやったと思っているのはジブリールも同じだったようで。

 

「いえ。盟約に背くことは一切していないかと。ゲーム内容の説明はゲーム開始後。東部連合と似た手法を使っただけでございますし、ずると言われる筋合いは皆無でしょう」

 

「い、いやでもさすがにこれは認められないにゃ!?む、無効勝負にゃ!!」

 

アズリールが右手をぶんぶん振り回し、ノーカン、ノーカン、と叫ぶ。班長かな?

 

「まぁ降りるならいいけど、その場合お前の負けだぞ」

 

「にゃ!?」

 

「東部連合とのゲーム見てたなら知ってると思うが、東部連合はゲーム開始前に、『ルール説明はゲーム開始後。よって、ルールを聞かされてからのゲーム拒否は無効勝負とする』っつってたが、俺らはそういうの決めてないから。単純に不戦勝ってことで俺らの勝ちになるぞ」

 

「いやいやいや、そんなこと言ったら、『ルールを聞かされてからのゲーム拒否は不戦敗になる』とも決めてないにゃ!?問題ないにゃ!!」

 

「確かに決めてはないが、普通はそうなるだろ。ゲームが始まってから自分の都合で拒否するなら不戦敗。ゲームに限らずスポーツだろうが何だろうがそういう風に相場が決まってる」

 

うぐ…。と言葉に詰まらせ、反論することができないアズリール。その醜くあらがう姿は今の俺には滑稽に見えてしょうがない。

 

…なんか悪役っぽいなこのセリフ。いつから闇落ちしたんだっけか。

 

「それに、お前言ってただろ。『()()()()()()()()()』ってさ。こっちの世界じゃ日常茶飯事なんだろ」

 

そういうと、アズリールは抵抗することをあきらめたのか、うなり声を上げなくなった。

 

そして、今度はその顔を大きく歪めた。簡単に言えば笑みを浮かべた、と表現するのがいいだろうか。だがその顔にはたのしげな要素を孕んではいない。

 

怒りか、苦しみか、それとも憎しみか。どれであるかはわからないが、間違いなく敵意を俺に向けてしまった。

 

「やってくれたにゃぁ?比企谷君?君、なかなかいい子だったのに残念にゃ。これで、天翼種(フリューゲル)を敵に回すかもしれなくなったこと、気付いてるにゃ?」

 

だが、やってしまったとは思わない。なぜなら。

 

「いや、そうはならない。だって、アズリールは全権代理じゃないって知ってるからな。ようわからんが、全員を意のままにする権力は持ち合わせてないと見た。なら、仮に敵に回ってもせいぜい数人だろ。加えて、アズリールは俺の敵には回らない」

 

「こんなに怒らせてよくそんな減らず口が叩けるもんにゃ。ウチが怒ってないとでも思ってるにゃ?確かに騙されたウチが悪いにゃ。けど、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、観音様でも大激怒必至にゃ」

 

「今は怒ってるな。だが直に止む。理解力があればそもそも怒らんかったかもな」

 

「はぁ?まだ怒らせる気かにゃ?今の発言煽りにしか聞こえないにゃ」

 

どうやら思ったより理解力はないらしい。いや、頭に血が上って冷静な判断ができていないだけかも。

 

「ご安心くださいマスター。私は理解しておりますので、どうぞご不安なきよう」

 

ジブリールが屈託のない笑顔を見せる。俺の意図を読むことができてうれしかったのだろうか。

 

正直不安しかなかったが、本人が幸せそうなので特に何もツッコまず一任することにした。

 

「なら、後処理と説明も任せていい?その間俺本でも読んでるわ」

 

「かしこまりました。ここには今まで集めた天翼種(フリューゲル)の知識となる本が無数にございますので、どうぞ遠慮なくご活用ください」

 

「悪い。じゃ」

 

俺はそう言って席を立った。そのときにアズリールはちらりとにらみつけるだけで何も言ってはこなかったが、その元に戻した視線の先にジブリールがいたことを踏まえると、ジブリールに威嚇でもされていたのだろう。

 

こわいこわい。南無三。

 

そう言って俺はジブリールに転移してもらい、本が大量に保管してあるアヴァントヘイム内部の図書室へ向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ、ジブちゃんが説明してくれるにゃ?ウチが怒らないだの敵に回らないだのと比企谷君が言っていた理由を」

 

「まだお分かりにならないので?だから「 」の二人にも負けると言われるのでございます」

 

まったく。新たなる主を見つけられなかった同胞が、こんなにも愚かになるものだとは思いもよりませんでしたね。

 

「いいからとっとと話すにゃ。こう見えてもウチはかなり怒ってるにゃ」

 

「では、率直にお話ししますが、このゲーム、マスターに何のメリットがございますので?」

 

「は?そんなの、ありとあらゆる命令をウチに聞かせることができるにゃ。それこそ、「このゲームが終わった後隷属しろ」「今後は人類種(イマニティ)に協力を惜しまないこと」「虚偽の発言を今後一切しないこと」なんて言われればおしまいにゃ。メリットなんて考えればいくらでもあるにゃ」

 

「だから申し上げているのです。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

そう。マスターは人類種(イマニティ)の王でもなければ、人類種(イマニティ)発展のために尽力する善人でもありません。

 

東部連合の件も、自分が責任を感じたから、それを果たすつもりで乗り掛かっただけの話でございますゆえ。

 

マスターの目的は、元の世界に帰ること。そしてそれがご自分で達成不可能となっていると考えていらっしゃる今、特に望むことがあるはずもありませんで。

 

「私たちが思いつくありきたりなメリットのある命令なんて、今のマスターにとっては塵ほどの価値もございません。先輩が隷属する件にしても、私一人いれば十分でございます。これ以上奴隷を増やす意味はないかと」

 

「だったらなんでこんなゲームやらせたにゃ?メリットがないなら意味のない勝負。無駄なことをやる気概があるようには思えないにゃ」

 

「そうですね。マスターの性格上、人と上っ面だけで慣れあうのを嫌い、社会の在り方を嫌い、面倒を嫌う性格ですから。そう思われるのも無理はありませんね」

 

「なんかそれだけ聞くとダメ人間みたいだにゃ」

 

何を言いますか。このダメ天使は。つまりは人と親密な関係になれるよう努力し、常に新しい社会となるよう未来を注視し、物事を効率的に済ませるように最善を尽くしているということ。素晴らしい事ではございませんか。

 

「しかしながら、マスターはそんな性格を持ち合わせる一方で、それらよりも重要視していること。いうならばモットーというべき考えがございます」

 

「モットー、かにゃ?」

 

「はい。私が観察して得られた、マスターが何よりも重要視していること。そのひとつが、「やられたらやられた分だけやりかえすこと」でございます。先輩は先ほど、マスターをかなり待たせたあげく、煽ったり恥ずかしい思いをさせて反感を買ったのでございます。ですからマスターも、先輩に対しておなじような反応をしてもらうためにこのようなゲームを強いたと愚考いたしました。私が先輩に考え付く限りの辱めを与えることこそがマスターの意図と言い換えてもよろしいかと」

 

「でも、ウチにそういう恥ずかしい思いをさせるなら、別にこんな風に「なんでもできる」ゲームにしなくてよかったんじゃないかにゃ?ジブちゃんも巻き添え喰らってるし、いまいち何が目的なのかまだ理解できないにゃ」

 

まだ理解できませんか。これは、ゲームを通してマスターの偉大さを知らしめておいてもよいかもしれませんね。

 

わたしははぁ、とため息をつき、マスターがゲームを強要した理由を話しました。

 

「マスターの目的は二つ。一つは今話した通り、先輩に悔しい、恥ずかしいという感情を抱いてもらうため。もう一つはマスターの契約をより確実なものにするためでございます」

 

「契約を確実にするってどういう意味にゃ?」

 

「マスターのモットーはもう一つございます。「約束は必ず守り、責任から逃げないこと」でございます。マスターは今回の東部連合の件で、先輩に協力してもらう代わりに「お姉ちゃん」呼びをすることとなりました。私としては非常に不本意ではございますが、マスターはそういったことはきちんと守ります。いやいやながらも約束を違える事はしないでしょう。先ほどまではあえて先輩をゲームに参加させるために呼び捨てにしてございましたが、今後そうなることを先に防ぐと宣言しているも同じなのでございます」

 

「ということはつまり…比企谷君はこのゲームでウチに何も命令する気はなく、ただやり返したかっただけ、ってことかにゃ?」

 

ようやく理解していただけましたか。先輩の頭の悪さには同類として憐れみを抑えきれないほどでございます。

 

「おっしゃる通り、今回の件で、先輩に危害を加えることはもちろん、マスターが何かすることはございません。今この場にマスターがいないことが何よりの証拠。ゲーム内容と成功時報酬から言って、ただ私と先輩がお互いに一日の間、いじめたり辱めあったりするだけで終わります。どうですか?これでもまだ怒る理由がございますか?」

 

「…むー…」

 

頬を膨らませ、足を浮かせ、じたばたとする先輩はまるで子供のよう。

 

一度激怒してしまった手前、素直に認めるのが少しばかり恥ずかしいのは理解できますが、そう言った反応は私の前ではなく別の性癖の方にしてあげてはいかがでしょうか?

 

正直に言って、今の先輩の行為は私にとって不快、と言わざるを得ません。

 

なんでしょう。気色悪いという言葉が正しいでしょうか。吐き気がする、とも違いますが、まぁとにかく非常にうざったいです。

 

「こんなことは自称姉を名乗るのであれば、すぐに分かっていただきたかったですね。マスターのリスクリターンの天秤の精度は非常に高いですし。本当に先輩を敵に回すなんて事態になるわけないでしょう」

 

「でっ、でもにゃ?それはウチがこのゲームに勝つ場合の話にゃ?ウチがジブちゃんの言うことを一切聞かないで、負けを認めた場合はウチが一方的に一つ何でも言うことを聞くことになるにゃ?それはいくら何でも非道じゃないかにゃ?」

 

「戯言をはかないでください。負けたのに非道も何もあったものではないでしょう。もとより敗者には、素直に言うことにしたがうしか道はないのです。もっとも、マスターが先輩に要求することは最初から決まっていそうですが」

 

もしもゲームに先輩が負けるように動いた場合、マスターは二つの目的を果たせなくなる。

 

であれば、マスターが考えそうなことはこんな感じといったところでしょうか。

 

「推測にはなりますが、もしも先輩が負け、一つ要求できるとなったら、マスターはこう言うでしょう。「もう一度同じ条件でゲームを行うからそれに参加しろ」と」

 

「にゃっ!?それってつまり…」

 

そう、その通りでございます。まさか必ず自分が負ける、そんなゲームを仕掛けると誰が思いつくものでしょうか?

 

「はい。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

あの二人の片割れ。空様が前に言ったことを思い出します。

 

『ゲームっていうのは戦う前から始まってるんだよ』

 

まったくその通りです。このゲームは、アズリール先輩が参加する、といった時点ですでに勝敗は決しており。抗う隙も術も与えずに負け、しかし自らの利益となるように仕組まれたもの。

 

半ば反則まがいでありつつも、しかし理屈は通っているといういやらしさ。

 

本当に、「 」にしろ、マスターにしろ、異世界人とは私に大いなる驚きをもたらしてくれますね。

 

「さて、最後にもう一度聞きます。今までの話を鑑みたうえで、それでもマスターにたてつく気でございますか?」

 

うううとうなり声を上げ、考えるふりをしても結果はもうすでに分かり切っております。

 

もう今のあなたは、怒る気すらないでしょう?

 

以前、私がマスターとまだ主従関係になるときの様に。

 

「わかった!わかったにゃ!もう何も言わないにゃ好きにするにゃ!ウチが間違ってたし、怒ったのも謝るにゃ!結局何も起こらないならもうそれでいいにゃ!」

 

やけくそ気味に謝罪ことばを吐き捨て、負け惜しみがごとく許可を与えたアズリール先輩。これでようやくゲームを始めることができそうです。

 

「分かればいいんです。分かれば。では、さっそく始めましょうか」

 

そう言って私は。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

先輩の顔を思いっきり蹴り上げました。

 

ぐふぅ、というみっともない声とともに後ろに吹き飛ぶアズリール先輩。なかなかに見ものですね。

 

「にゃ!?急に何するにゃ!?ウチはそんな暴力をふるう子に育てたことないにゃ!?」

 

「まず育てられておりませんからね。何、と問われるとは思いませんでした。強いて言えば、ゲームですか?」

 

「‥‥‥あっ」

 

「察していただけて何よりです。今日一日は、先輩に何をしてもよろしいのでございましょう?マスターが直接手を下さないのは承知の上ですが、それでもマスターを侮辱し、あまつさえ敵に回ろうとした愚か者に忠誠を誓わせるいい機会でございますから。遠慮なく、思うがままにこの身をふるいましょう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

半日ほど経過したでしょうか。

 

あまりにも早く、アズリール先輩は音を上げてしまわれました。

 

「も、もう勘弁にゃ…。頭の中壊れそうにゃ…。な、何もしないから…いうこと全部聞くから…ゆ、許してくだぐふにゃ」

 

許しを請うアズリール先輩の頭を踏みつけ、なるべく笑顔で答えることに注意して。

 

私はマスターのために、自由も何もかも、同胞でさえも差し出しましょう。

 

「何言ってるんです?今はゲーム中。先輩は私の命令に従うほかないのです。どうぞ十二分にマスターの偉大さに崇拝し、心より懺悔してください」

 

「ま、待つにゃ。何度も言ってるにゃウチが悪かったにゃ。だからすこしおちつ…にゃ…にゃ…にゃーーーーーーー!!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっべぇ。どっかから悲鳴聞こえたけど。あいつやりすぎてねぇかちょっと心配になってきたわ。俺に殺意が向けられないかひやひやもんだ。どうしよう」




忙しかったんで一時的に休止してましたが、ちょくちょく書いていこうと思います


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やっぱ不安的中した①

ある日の二人⑱

「俺、元の世界だったら高校生だったわけなんだけど」

「はぁ、なんでございましょう。唐突に」

「流石に死ぬなら高校生らしいことしてから死にたかったなぁと思って」

「…具体的には?」

「‥‥‥可愛い同級生の女子と放課後デートしたり」

「マスターには無理でしょう。他には?」

「青春らしく男の友情を確かめてみたり」

「友人ができてからその発言をしていただきたいですね。他には?」

「‥‥後輩と生徒会の運営を手伝ったり」

「他の生徒に支持されない以上不可能でございます。他には?」

「‥‥‥とか?」

「生きていても不可能なことを、死んだせいにして現実逃避をするのはおやめになったほうがよろしいかと」

「なんか今日辛辣過ぎない?」


「なぁジブリール。確か今日だよな?東部連合にもう一回行って、話し合いを行う日って」

 

「そうであったと記憶してございます」

 

「じゃあなんで風呂入ってんだよ」

 

アヴァントヘイムから帰ってきた後、二日が経過。要は話し合い当日なのだが。

 

俺達は今、なぜか空と白がいる王城の風呂場にいる。

 

「敵地に行く前に体を清めておくことが悪いと申すのかね?八幡くん」

 

「ああ、悪いな。何が悪いって、絶対にそんな理由じゃないってことと、俺の居心地だな」

 

まぁ、その理由が本当に敵陣に乗り込む前に身だしなみを整えておくべきである、といった常識的モラルからくる考えなら文句を言おうはずもない。

 

しかしながら俺の隣にいる最強ゲーマー「 」の片割れが提案したとなれば、理由がそのような一般的マナーや善行からくるものではないと考えるのはごく自然のこと。なんなら絶対に違うと断言したっていい。

 

当然、俺と空は風呂には入っていない。湿度と温度が非常に高い風呂場という空間の中で、隣に(こいつ)がいるせいで変に気を使うし、何より壁一枚隔てているとはいえ、裸の女子と同じ空間に居るという事実がなんとなく気まずくてしょうがない。

 

男子がいるということに気を回すことなく、白やジブリールといった女性陣はさも当たり前かのごとく水浴びに徹している。もはや仕切り越しに聞こえる甲高い声を聴きながら現実逃避をするのも慣れたものである。

 

なお、これは以前聞いた話なのだが。空のこういった理不尽な招集、かつ強制風呂パーティーについて、女性陣はどう思っているのかというと。

 

空が直接肉眼で覗いたりするわけではないので、まぁいいか、と軽く諦めているところがあるとステファニーはため息交じりに答えてくれた。

 

ジブリールはそういった羞恥は皆無であるし、異世界人の裸を見ることができる機会と、邪な視線を浴びることを天秤にかけたとき、前者が圧倒的に勝っているから絶対に風呂には入る、と言ってたな。

 

白は「‥‥にぃ、なら‥‥だいじょうぶ、だから‥‥いい」とのこと。何が大丈夫なのはわからなかったが、本人がそういうのならばまぁ大丈夫なんだろう。

 

ただ、今回は白とジブリールだけが風呂に入っているわけではない。なんと東部連合在エルキア大使であるいづなまで風呂にいるのである。

 

何故いるのか、とか、いづなは風呂を見られても平気なのか、とか、なんでいづなはいるのに一番いるはずであろうステファニーがいないのか、とかいろいろ聞きたいことはあるが、風呂に入っているという事実があれば十分だろうと思い、何も聞かないことにした。

 

「‥ふろは(きれ)ぇ、です」

 

「…超、同意‥‥でもいまは、却下」

 

「白様は今日は乗り気でございますね」

 

「いづなたんのしっぽ‥‥洗うのワクワク」

 

「くすぐってぇ、ですぅ」

 

わしゃわしゃと、背後からシャンプーで洗っている音が聞こえる。ふと横を見ると空が涙ながらに合掌し、「てぇてぇ…まじてぇてぇ」と呟いていた。やっぱこいつやばいわ。

 

「しかし、ずいぶん仲良くなったものでございますね。あれほど勝負に負けて悲観していたというのに」

 

「にぃ‥‥あの後、いづなたんに…話した。東部連合‥‥エルキアに統合されても、誰も苦しまない‥‥理由」

 

「それはなんなのだぁ!?」

 

うぉっ。びっくりした。いつの間に俺の隣に居やがったいのさん(こいつ)。いづながいるからもしやとは思ってたが、だからといって敵の隣で半裸で仁王立ちしてるとか頭狂ってんのかこの男。いや逆にふんどし一丁で筋骨隆々の男が隣に来るのに気が付かなかった俺の方がおかしいのだろうか。

 

あと、女子の会話にしれっと混ざるのも止めよう。そんなことしようものなら、「は?なに急に。こいつ私たちの会話聞いてたの?キモ。つーか勝手に会話の中に入んないでくれる?ウザイから」と言われること間違いなし。ソースは俺。

 

「は?」

 

「何を吹き込んでいづなを誑かしたんだと聞いているこの禿猿が!」

 

「誑かした?事実を言ったまでだ」

 

「なんだと?」

 

「心配するな。詳細を話したところでお前には何もできない。それに…」

 

空がそういった瞬間、風呂の扉がバーン!と開かれる。「大変ですわぁ!!!???」と声を荒げる騒がしい女性。ステファニーである。っていうか、俺がここに来てからだいぶたってるけど、バスタオル一枚だけで風呂にも入らず今まで何してたの君?

 

「東部連合が…東部連合が…あっ!?」

 

焦って空の元へ駆けるステファニー。しかしここは風呂場である。濡れていなくとも、つるつるとした材質の床と湿度があれば、いとも簡単に足を滑らせる。

 

それはそれは見事なヘッドスライディングを、俺にめがけてかましてくる。これが何かの主人公なら、華麗に避けたり、もしくは男らしく受け止めたり、はたまたラッキースケベに陥ったりするのだろうが、あいにくと俺はそんな星の元に生まれてはいなかった。

 

やばいと思って動き出したときにはすでに時遅く、ステファニーの頭が俺のみぞおちに直撃。ドシーンという効果音が似合うくらいのクリティカルヒット。まって。馬鹿いてぇ。

 

「も、申し訳ありませんの!!怪我はないですの!?」

 

「気にすんな…それよりこの状況を面白がって写真撮ってる隣の男を黙らせろ…」

 

写真撮ってねぇで見てたなら助けろや。まぁ俺も空の立場なら助けないけど。

 

「東部連合がゲーム前、大陸領土からめぼしい人材や技術を大陸外に移していた、だろ?」

 

「知ってたんですの!?」

 

「普通に考えたら俺だってそうする」

 

まぁ、不誠実かもしれんが不条理ではない。万が一の保険として必須の方法ともいえる。

 

「なら、どうして放っておいたんですの?せっかく大陸を取り戻したのにこれじゃあ…」

 

「それでいいんだよ。まだゲームは終わってないんだから」

 

「え?」

 

「なぁ?東部連合の全権代理者さん」

 

空がそういうと、場の空気が重くなる。いのさんとステファニーが同じ方向に視線を向けていたから、俺もついその方向に視線を移してしまった。

 

「ふふふふ。ようよう、楽しそうやねぇ。(あて)も寄せてもらおうか」

 

その視線の先にいたのは、盃片手に風呂に入る、狐の獣人。いづなとは打って変わって、大人の女性特有の余裕を持った態度、妖艶な色気、にじみ出る策略家のオーラ。まさに、全権代理者たるにふさわしいその気風に俺は目を奪われた。

 

「 」もアズリールもどこか遊び人であった。国を治めることに対する気概というものがあまり感じられなかったせいで、全権代理者は全員彼らと似ているという固定観念がついてしまっていた。

 

しかし目の前のその女性はまさしく女王。国の代表として、国を守る気迫が感じ取れた。

 

じーっと見つめていた俺の視線に気づいたのか、彼女は少しだけ風呂に深く浸かって、ふりふりとこちらに手を振ってくる。

 

俺はこの時ようやく全裸の女性をガン見していたことに気づいて慌てて目をそらした。ただ言わせてもらうが、俺は悪くない。と思う。仕切りあるんだから、俺達から見えないところで風呂に浸かってて欲しかった。

 

「み、巫女様…」

 

いのさんがそうつぶやく。いやまて。そういえばずっとガン見してんのこの人も同じだろ。目をそらせジジイ。

 

(あて)が巫女。よろしゅうなぁ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「海よりも遠からに、月読の光(つくよみのひかり)へようおいでやす」

 

風呂場で軽い挨拶を交わし、全員が上がった後、わざわざ俺やいのさんが風呂に入る時間も作り。

 

全員が風呂から上がった後、俺達はようやく東部連合の元へと向かった。よって、現在時刻は月明かりが美しく輝く真夜中である。

 

東部連合の首都、巫鴈(かんながり)。技術が発展し、元の世界に肉薄するほどの近未来国家である東部連合の首都ともなれば、真夜中だろうと電気の明かりで街全体が輝いている。

 

そして現在俺達はそんな美しい夜景を特等席で見ることができている。理由はこの場所、巫社(みやしろ)に招いてもらったからである。簡単に言えば東部連合流の王城で、塔の形をした巫女さんの住居。東部連合の中で最も標高が高い位置に作られていて、王城にふさわしい立地である。その中の最上階の部屋ともなれば、絶景が見渡せない理由などない。

 

「本当によろしいのですか?このような場所にこんな禿猿どもをいれて…」

 

「かまへんかまへん。もう勝負は終わっとるんやろ」

 

いのさんの忠言を軽くあしらい、大人の対応を見せる巫女さん。月明かりを背景に窓際でお酒を飲む姿は、別に目をそらす理由も何もないのだが、さっきの風呂の一件であまり見ることができずにいた。

 

「すまねぇ、です」

 

「うっひょ~めっちゃきれいだわ一枚いい?」

 

「ちょっと!?他国の要人ですわよ!?礼儀をわきまえなさいな!?」

 

いづなが巫女さんに頭を下げて謝罪している目の前で「 」のふたりは巫女さんを堂々と写真撮影。ステファニー。お前が正しい。

 

「…しっかし、ほんにやってくれよったな禿猿」

 

巫女さんは空に視線を向け、軽く怒りの表情を見せながら言葉を投げかける。

 

「ん?あ~。さっすが森精種(エルフ)。思ってた以上に手が速いこって」

 

けらけらと、全てを理解し笑っている「 」の隣で、まったくと言って事の顛末を理解できずに?マークを浮かべるステファニー。ちなみに、俺もよくはわかってない。

 

「どういうことですの?」

 

「技術者や物資を大陸外に移動すれば、あんたらは領土を活用できない。再び(あて)らに勝負を挑みに来る」

 

「そこで潰せばいい。そう考えていた」

 

「ほんに。その隙に、間者を通じて森精種(エルフ)と接触。(あて)らのゲームのからくり晒して勝ち目を消す。なんてな」

 

なるほど。クラミーを味方につけ、フィールの記憶改ざんの権利を得たのはこういうことだったのか。ある程度理解した。

 

「せやけど、(あて)はそれも読んどったよ。ちゅうか、あんたらこそがエルヴンガルドの回し者やと思うとったしね」

 

巫女さんは不敵な笑みを浮かべ、こっちの狙いを看破していた、と告げる。二回戦目を始める前に別勢力を向かわせる、という空の考えを読んでいたという。

 

流石女王。いのさんやステファニー、当事者であるクラミーですらも、空の考えを先読みできたことはなかった。半世紀で国を治めた頭脳は伊達ではないようだ。

 

しかし。

 

「けど、まさか…アヴァントヘイムまで巻き込んどったとは」

 

巫女さんは天空に浮かぶ異形、位階序列第二位幻想種(ファンタズマ)を見つめ、深くため息をついた。

 

東部連合に向かわせる別勢力が一つではなく。アヴァントヘイムとそれに連なる天翼種(フリューゲル)までもが敵に回るとは思っていなかったようだ。

 

まぁ、実際に敵になるわけではない。あくまで脅しだけど。

 

「なぁんだか面白そうなことやってるにゃあ?」

 

‥‥‥。

 

おい。予定にないぞ。アズリール(おまえ)が参戦するなんて聞いてねぇ。はよ帰れ。俺が空に怒られちゃうだろ。

 

アズリールが窓際まで来て巫女さんと会話できるくらいまで近くに来たことを確認すると、俺はジブリールの後ろに隠れた。

 

なぜか?見つかったら面倒だからである。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、なに話してたか、ウチにも教えてくれないかにゃ?」

 

「ほんまに申し訳あらへんのやけど、(あて)らは今重要な会談中や。そう簡単に内容話すわけにはいかへんのよ。第六位様の全権代理者なら、こんくらいのことはわかる思うとったけど、買いかぶりやったみたいやねぇ」

 

巫女さんの返答はとげとげしいものだった。当然、それを受けたアズリールは笑顔ではいるが天翼種(フリューゲル)の生態を長いこと見てきた俺からすると、明らかに怒っている。やっぱ険悪な雰囲気になるんかい。どいつもこいつも敵対意識持ちすぎだろ。

 

「ふーん。まぁもう今となってはどうでもいいにゃ。()()()()()()()()()()()()()()()、だからにゃ」

 

「‥‥?どういう意味や?」

 

この場にいる俺とジブリール以外の全員が、アズリールの発言に疑問符を浮かべている。まぁそりゃそうだ。

 

いやそんなこと言ってる場合じゃないな。早く対処しないと手遅れになる。

 

俺はジブリールに隠れながら、小さな声でアズリールから姿を隠すことを要求する。

 

「ジブリール。姿隠す魔法で俺の存在消してくれ。不味いことになる」

 

「承知しております。しかしながらマスターのその思考はすでに読まれているようで。先ほどから一切魔法が編めません」

 

「は?なんでだよ」

 

「おそらくですがそれは…」

 

「それは他の天翼種(フリューゲル)たちでジブちゃんの力を抑えてるからだにゃ~」

 

‥‥その回答はできればジブリールからして欲しかった。

 

俺はジブリールに隠れているから見えないが、声の大きさや気配から察するに、もうジブリールの目の前まで接近しているのだろう。

 

「ジブちゃんや比企谷君が考えてることなんてお見通しにゃ。分かったなら観念してジブちゃんの後ろから出てくるにゃ。素直に出てくれば手荒にはしないにゃ」

 

終わった。

 

ああ。あの時ゲームなんて吹っ掛けるんじゃなかった。あんなことしなきゃ、こうはならなかったのに。

 

俺は内心怯えながらもアズリールの前に立つ。

 

もう巫女さんやいづなを置いてけぼりにしている。申し訳ないと思いつつ、どうか助けてほしいと切にお願いする視線を送ってみたが、いづなも巫女さんも反応は鈍かった。ちくしょう。

 

「いい度胸にゃ。覚悟はいいにゃ?」

 

「できてないんでまた今度でいいすか?」

 

「ダメにゃ」

 

ダメか―。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…あー。ジブリール君?俺達はそっちのほうは全くと言って報告を受けていないのだがね?なぜ君の同胞たる彼女が八幡くんに多大なる怒りを覚えているのか説明を頼む。あとあいつ誰だ」

 

()()の名前はアズリール。我ら天翼種(フリューゲル)の全翼代理にして十八翼議会(せいふ)の議長でございます。詳しい話は割愛させていただきますが、とりあえず今は天翼種(フリューゲル)代表代理と認識していただければ結構でございます」

 

「ふむ。で、そのアズリールとやらと何があった?つーか、よくあそこまで怒らせておいて協力をこぎつけたもんだ」

 

「空様。その認識は間違っておいででございます。アズリール先輩のマスターへの感情は、怒りなどという生半可な表現が許されるほどのぬるい感情ではございません」

 

マジで?こいつ本当に何やらかしたんだ。

 

天翼種(フリューゲル)との協力を取り付けるという俺からの要求はしっかり果たしている。俺が八幡に文句を言うのはお門違いというべきであろう。しかし。しかしである。

 

このゲームの最終目標から言って、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()天翼種(フリューゲル)の代表に目を付けられ、絶対的な憎悪を植え付けるのはどう考えても悪手である。

 

いや、厳密に言えば仲良くはならなくてもいい。ただ、体裁上でもいいから協力関係を築くことのできるほどには親しみを持ってもらわねばならない。

 

もとよりこの世界のそれぞれの種族は戦争で命を落としあった。ゆえに全員が敵。そういう状態であることを鑑みれば、表面上は大して変わっていないと見えるだろう。そう。表面上は。

 

では表面でない中身の部分。これは違うといえるのか?

 

今敵を作ることと、昔から敵であったこと。実はこれには小さいようで大きな違いがあるのだ。何か?経過した時間である。

 

当たり前といえば当たり前のことである。時間というのは偉大であり、時間には感情というものを希薄にする効果があるのだ。

 

どんなに面白いマンガを読んでも、時間がたてば面白みは薄まるし、可愛がっていたペットが死んでも、数年がたてば立ち直れるものである。

 

今もなお戦争当時の恨みが残っているのなら、盟約に止められるまで、無駄だと知りつつも攻撃手段を取る輩がいてもおかしくはない。戦争時代の遺恨は今となっても残ってはいるが、それでもだいぶ薄まったといえるだろう。

 

今敵を作れば記憶に新しく、アズリールから「八幡と同じ種族の人類は信用ならない」という考えを植え付けられてしまうとかなりの痛手だ。

 

さって。どうすっか。とりあえずお仕置きは確定か。一、二発殴るくらいのことはしてもいいだろう。

 

そんなことを考えている間に、八幡とアズリールの押し引き問答は終わったようだった。

 

結果としては八幡の敗北。まぁ、当たり前だな。勝つ気がない。ただ引き延ばしてるだけだったからな。アレがアレでアレなんでまた次回ということで。とか、無理だろ。

 

「おい八幡。こっちはわざわざ東部連合まで出向いてきてるんだ。そっちのいざこざをとっとと終わらせろ。相手方に申し訳ないって思わないのか?」

 

そうやってヤジを飛ばすと、苦々しい表情を浮かべながらも観念したようで、やりすぎないでくださいね、と一言言って、八幡は目をつむった。

 

ようやく終結に向かいそうだ。アズリールは八幡の顔に右手を伸ばし。

 

グイっと自身の胸の方に抱き寄せる。‥‥抱き寄せる?

 

‥‥‥明らかにその豊満な胸に八幡の顔を押し付け、左手で八幡の腰をぐっと支えたかと思うと…

 

「ふぁああああああん♡♡♡比企谷君ヒキガヤクンひきがやくぅ~ん♡♡♡可愛いにゃ愛おしいにゃ愛くるしいにゃ~ん♡♡♡か、かまわないかにゃ????も、もう好きにしちゃってもいいんだにゃ!????」

 

と、アズリールは体を密着させ、こすりつけるように体を揺さぶりながら八幡を押し倒し、はぁはぁと息を荒げながら自身の服に手をかけ‥‥。

 

 

「てめぇぇええええええ!!!!!!何俺の知らねぇところでイチャコラしてんだぁあああああああ!!!!!!!俺はお前にセ〇レや性〇隷作って来いなんつった覚えねぇぞゴルゥァアアアアアア!!!!!」

 

 

「知るか!俺も知らないうちになんでかこうなってたんだよ!疑問や文句はジブリールに言え!」

 

 

「ジブリールゥゥウウウウウウウ!!!!!!これ一体どうなってんだことと次第によっちゃてめぇのご主人様ぎったぎたに叩きのめすことになんぞおおん!!!??????」

 

「…アズリール…怒ってたんじゃ、ない、の?」

 

「はて?アズリール先輩が怒っているなどと発言をした記憶はございませんで。怒りなどといった生半可な感情ではないと。そう、いうなれば()()()()L()O()V()E()()G()I()V()E() ()Y()O()U() ()F()O()R()E()V()E()R()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()でございます」

 

俺が東部連合との会談のために準備している間にこいつらラブコメ展開してやがったのかうらやまけしからん。ギルティオブギルティ。判決無期懲役。人類のために死ね。

 

「‥‥‥なんで、こうなった、の?」

 

「‥‥‥話すと長くなるのでございますが」

 

「構わん。全部言え。というか吐け」

 

「はぁ。これは空様に言われてマスターがアズリール先輩に協力をこぎつけた後、なんやかんやあってマスターとアズリール先輩が行ったゲームの後の話になるのでございますが‥‥」

 

「まてまて飛ばすな。なんやかんやも全部説明しろ」




後半へ続く。


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やっぱ不安的中した②

ある日の二人⑲

「最近お前のスキンシップ減ったよな」

「マスターが嫌がるので、少し趣向を変えたまででございます」

「‥‥?まぁ、ありがたいからその調子で頼む」

「!!か、かしこまりました!!」

「なんなんだ一体」




「‥‥スー」

「起きている間は嫌がられますが、寝ている間は素直でございますね」

「‥‥スー」

「‥‥チュッ」

「‥‥スー」

「‥‥////チュッ」

「‥‥スー」

「♡♡♡////ギュー」


ジブリールにアズリールの処遇を任せてから約一日が経とうとしている。

 

俺がやったことと言えば、軽く本を読んで、一度寝っ転がって睡眠をとり、起きてまた本を読んだだけ。いや~。ジブリール様々だ。本を読むだけで仕事が終わる。

 

そうはいってもジブリールが何をしているのか全く分からず、気にはなると言えば気にはなるのだが、それよりも本を読むのに熱中してしまっていた。

 

知識を尊ぶというだけあって、その知識を得るための書籍は素晴らしい。広く浅い一般教養と言ったものから狭く深い専門知識までありとあらゆる本が置いてある。

 

とは言っても俺が読めるのは人類種(イマニティ)語だけなため、他種族の童話だったり知識と言ったものはなかなか見つからない。

 

そんなこんなで探しては読み、探しては読み、を繰り返していくと、いつの間にかゲーム終了時刻となっていた。ゲームに参加しているのに全くと言って手を付けなかったが、終了したことは感覚で分かった。異世界ってすごい。

 

それからしばらくたっても、ジブリールからもアズリールからも連絡はなかった。ジブリールこそ空間転移なんてものを使って「マスター。ただいまゲームが終了いたしましたので迎えに参りました」とか言ってきそうなものだが。

 

まぁ来ないなら来ないでいい。せっかくの天翼種(フリューゲル)の本を読む機会なのだ。今のうちに読めるだけ読んでおこう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「‥‥‥流石に遅い気がしてきた」

 

ゲーム終了から3時間ほどだろうか。いくらなんでも音沙汰なしというのはおかしい気がする。

 

しかしだからと言って俺が直接迎えに行くことはできない。ここがアヴァントヘイムのどこかなのはわかるが、そこからアズリールたちがいる場所へどうやって向かうかなんて知らない。

 

こんなことなら別行動なんてしなきゃよかった…。俺このまま放置されるなんてことないよね?

 

と、不安感が俺の心を襲い始めたころ、ちょうど空間に亀裂が生じ、ジブリールが中からひょっこりと顔を現す。

 

「マスター。お待たせいたしました」

 

「ずいぶん遅かったな」

 

「ええ。まぁ。少々手間取りまして。こちらへ」

 

ジブリールに言われるがまま、空間を転移する。その先にはアズリールが席について待っていた。

 

どうやら、ジブリールが上手くやってくれていたようだ。その顔からは怒りの顔はみて取れず、どちらかというと慈しみの感情と言った感じだろうか。

 

「待たせたにゃあ比企谷君。気づいてると思うけど、ゲームはウチの勝利で終わったにゃ」

 

「はい。アズリールお姉ちゃん。俺もこの呼び方は守りますし、一日だけジブリールを好きにしていいですよ」

 

そういうと、アズリールは軽く首を振る。

 

「比企谷君。その話はもういいにゃ。色々ジブちゃんから聞いたにゃ。全部聞いて、受け止めて、ウチは変わったにゃ。ウチはまだ何もわかってない。君のことも、ジブちゃんのことも、天翼種(みんな)のことも、自分自身のことでさえも。そんなウチがお姉ちゃんだなんて片腹痛いにゃ」

 

アズリールの目は本当に透き通った眼をしている。何か含みを持っていた目から、ここまで変わるようになったなんて、いったい何をしたらこんなことになるのだろうか。

 

「ウチは改心したにゃ。怒りも苦しみも憎しみも、些末な問題でしかなかったにゃ。今後は比企谷君たちのためにウチも協力するにゃ。そのために、対等な相手として、ウチをそのまま「アズリール」と呼んでほしいにゃ」

 

そういって、すっと手を差し伸べられる。協力してくれるというのなら、拒む必要もない。俺はその手を受け取り、固い握手をした。しかし…

 

「いやでもルールはルールなんで、呼び方は変えられませんよ」

 

「じゃあウチと後でもう一回ゲームをするにゃ。ウチが勝っても、比企谷君が勝っても、呼び方を元に戻すことを賭ける。どうかにゃ?」

 

またゲームすんのかよ。まぁまだ東部連合との会議までには時間あるし、賭けるものもそれなら俺に取ってデメリットはない、か。

 

「わかった。それなら受ける」

 

「ありがとうにゃ」

 

「マスター。不躾ながら、私も参加してもよろしいでしょうか」

 

そういって口をはさむジブリール。そしてアズリールの方に視線を向けて、

 

「私が勝利した暁には、何でも一つ命令を聞いていただきたいのです」

 

と。

 

「何要求するつもりだよ」

 

「マスターの呼び方がチャラになるのなら、私の罰ゲームをチャラにするチャンスがあってもよいかと存じます」

 

なるほど。一日服従権を破棄しろ、と言いたいわけか。なんでも、というからにはまだなにか企んでそうだが、俺に危害が加わるわけでもない。まぁいいか。

 

それから、俺達は東部連合に乗り込む際に、アズリールお姉ちゃんを呼び出す合図、時間帯、方法などを細かく決め、今後空と白が行うであろう面倒ごとに巻き込まれた際の対処法などを話し合った。

 

案外話し合いというものは時間がかかるもので、アズリールお姉ちゃんは俺の要求を全て受け入れ、アズリールお姉ちゃんからの要求は何もなかったというのに軽く二時間はかかってしまった。

 

「これで、話したいことは大体終わりましたかね」

 

「了解にゃ。当日はよろしくにゃ?」

 

「はい。それで、ゲームやるとか言ってましたよね?何にします?」

 

ここでジブリールが挙手をする。はい。ジブリール君。

 

「無難にトランプなどいかがでしょう」

 

「乗ったにゃ。神経衰弱とかどうかにゃ?」

 

「俺は何でもいいんでそれでいいですよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前らそれはずるだろ」

 

「魔法を使ってはいけないとは言われておりませんので」

 

「ごめんにゃ?せっかくやるなら勝ちたいからにゃあ」

 

ゲームが始まるなり、じゃんけんで順番を決めよう、となって、俺はグー。二人はパー。その後、二人がじゃんけんしてジブリールがグー。アズリールお姉ちゃんがパーとなり、順番はアズリールお姉ちゃん、ジブリール、そして俺となった。

 

「フェアになるようにマスターがトランプをシャッフルし、配ればよろしいかと」というジブリールの言葉を鵜呑みにしたのが間違いだった。

 

配り終わるなり、アズリールお姉ちゃんが「じゃあはじめるにゃ~」とかいって次々とペアを完成させていく。運がいいとかそういうレベルではない。十三回連続で初見のペアを当て続けるとか不可能にもほどがある。

 

そしてわざとらしく十四回目で適当な二枚をめくり、「あ~外しちゃったにゃ~。じゃ、次はジブちゃんの番にゃ」と言ってめくったカードを回収していく。

 

その後、ジブリールも同様に連続でカードを当て続け、全ての札を回収。結果、ジブリール、13ペア。アズリールお姉ちゃん、13ペア。俺、一度も番が回ることなく0ペアで敗北。ずるやん。

 

「別に負けても問題ないからいいんだけどさ」

 

「負け惜しみとはカッコ悪いにゃ~」

 

ちがうわい。

 

「では、勝利報酬をいただきたく存じます」

 

「そうだな。で、俺は今後アズリールと呼べばいいのか」

 

「そうにゃ~。これからよろしくにゃ?」

 

あざとく、こてんと首を横に倒して俺を見つめるアズリール。はいはい。よろしくね。

 

「で、ジブリールはさっきの罰ゲームの無効を要求するのか?」

 

「いえ。少しだけ要求を変えさせていただきます。私の勝利報酬は何でも一つ命令をきいてもらう、ですから今変えても問題ございませんね?」

 

ジブリールはアズリールに確認を取る。

 

「もちろん、問題ないにゃ。さぁ、何を要求するかにゃ?」

 

アズリールは文句ひとつ言わず、ジブリールの要求を待つ。

 

「では、宣言させていただきます」

 

ジブリールはスゥーと軽く息を吸って…

 

「マスターは今後、アズリール先輩が愛したいときに、それを拒むことなく受け入れるよう要求いたします」

 

‥‥‥うん?

 

「ちょ、ちょ、ちょ、ちょっとまて。ジブリール。お前何言ってんの?は?どうなってんの?」

 

そういうと、ジブリールは思いっきり頭を地面にたたきつけ‥‥

 

「申し訳ありませんっっっ!!!!マスター!!!!このジブリール、死んでお詫び申し上げますっっっ!!!!」

 

「にゃははははははあああああああっっっ!!!!!!比企谷君、我が手中に得たりぃぃいいいいいいいい!!!!!!!!」

 

二人の天翼種(フリューゲル)が叫びながら頭を地面に打ち付けたり、壁に打ち付けたりし、一人は死のうと、もう一人は喜びのあまり死のうとしている。

 

カオスだ。何がどうなってるかもわからん。頭がパンクしそうだ。

 

「お、落ち着け。何がどうなってんのかわからんがとりあえず説明を頼む」

 

ジブリールにそういうと、ジブリールは土下座の姿勢のまま、答えてくれた。

 

「私がやりすぎてしまった結果にございますっ‥‥!!!!」

 

「何をだよ」

 

「ゲーム中、アズリール先輩をいじめすぎてしまいましたっ‥‥!!!」

 

「それで何がどうなったらこうなるんだよ。一から説明しろ」

 

「ゲーム中、マスターの偉大さ、寛大さ、経験則、価値観、およびその他もろもろの素晴らしさを懇切丁寧に、先輩が間違えるたびに制裁を加えることで教育していたのでございますがっ…」

 

そんなことやってたの?

 

「途中から先輩の様子がおかしくなりはじめ…気づいたときにはもはや手遅れに‥‥」

 

「何がどう変わったってんだ。そこが知りたいんだよ」

 

「私もよくはわかりませんがおそらくは‥‥マスターを崇拝することで、私からの制裁を回避することが可能であるがゆえ、自身の身の保身のため、心の底からマスターを崇拝するように変わり‥‥疲労と感情の崩壊と記憶の齟齬が発生した結果、敬意と崇拝が愛情へ。苦しみや辛さが幸せへと変わったと思われます」

 

「‥‥‥ってことはまとめるとあれか。ジブリールがアズリールの調教に大成功しすぎて、ぶっ壊れたドМになったってことか」

 

「簡潔にまとめるとそうなります」

 

「いろいろ言いたいことはあるが後に取っておくとして、なんでそれでお前がアズリールに協力してんだよ。さっきの要求ってつまり、俺をはめたってことだろ?」

 

「さようでございます。しかしながら抗うことができなかったのです。一日服従という罰からっ‥‥!!!!」

 

そうか。もうすでにその権利は使用されていて。ジブリールは最初からアズリールの手のひらで踊らされていたというわけか。俺を迎えに来るのが遅かったのも、全ては俺をはめるための裏工作をしたいたから。

 

「なんてことしてくれたんだよっ…!!」

 

「申し訳ございませんっ‥‥!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ということがございまして」

 

「事の顛末はわかった。その上で八幡、お前にこの言葉を贈ろう。死ね」

 

「俺は被害者だぞ‥‥誰でもいいからこいつを止めろっ…!!!!盟約で俺は逆らえないんだ」

 

「にゃあああ♡♡♡可愛いにゃあ♡♡♡ほら聞こえるにゃ?ウチの鼓動が?わかるかにゃ?生きてウチと比企谷君が今抱き合ってるっていう現実が!?」

 

そういいながら俺の顔を胸にギューッと押し当ててくる。ドクン、ドクンという心臓の拍動が聞こえるとともに、ムニュムニュとした柔らかい感触が顔全体を覆う。

 

うれしいかと聞かれればうれしいが、幸せかと言われれば幸せではない。

 

「ほらほらウチを堪能するにゃ?見て?聞いて?触って?嗅いで?舐めまわして?君の心の済むままに蹂躙して、ウチに愛を教えるにゃ?」

 

「これドМっていうよりかはヤンデレとかメンヘラに近くないか?」

 

「…愛情が、闇属性‥‥?」

 

どっちでもいいわそんなこと。早く何とかしろ。

 

そう思っていると、思いがけないところから助けの船が来た。

 

パンパン、と二回大きな拍手をし、全員の注目を集める。巫女さんだ。

 

「そこまでにおし。そこんとこの天翼種(フリューゲル)人類種(イマニティ)の関係はよぉわかった。その上でもっぺんゆうたるけど、今(あて)らは重要な会議中。いちゃこらするんは外でやり」

 

そうだ。その通りだ。いけ巫女さん。俺を助けろ。

 

本当(ほん)に、どないしてこの男連れてきたん?そこのいのよりもたち悪いやないの」

 

「悪いな巫女さん。ウチのスケコマシが迷惑かけて」

 

「だから俺のせいじゃねぇって言ってんだろ」

 

くっそ。巫女さんが声をかけてもマジでアズリールが動かねぇ。このままじゃ話し合いにならねぇだろうが。かくなる上は…

 

「アズリールどけ。会議が終わったら好きなだけ愛してやるから胸を押し付けるのをやめろ。そして帰れ」

 

「本当にゃ!?約束にゃ!?嘘ついたら天撃撃つにゃ!?」

 

「わかったわかった」

 

そういうと、ようやくアズリールは俺から体を離し、窓から飛び立ち、

 

「じゃあ帰るにゃ~♡♡♡またにゃ?比企谷君」

 

といって、アヴァントヘイムへ帰っていった。

 

それから数秒の沈黙ののち、床に横たわる俺に向かって、白が一言。

 

「‥‥‥ドン、マイ‥‥」

 

泣きそう。




後後半(?)へ続く

あんまり納得いってないので書き直すかも?コメントください


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やっぱ不安的中した③

ある日の二人⑳

「マスター。この小説に書かれている中二病とはどのような意味なのでしょうか?」

「え。なに?こっちの世界に中二病患者いないの?」

「はい。中二病という言葉を存じ上げませんで。患者、というからには何かの病気の類のものなのでしょうか?」

「中二病ってのはな…かくかくしかじかなんだよ」

「つまり、自分の作ったルールに基づいて役柄を演じてしまう思春期特有の痛々しい発言や行動の総称、というわけでございますね?」

「ああ、だいたいあってる」

「具体的に、どのようなものか、参考までにお聞かせいただけないでしょうか?」

「…」

―元々この世界の七人の神、創造神たる三柱の神、賢帝ガラム、戦女神メシカ、心守ハーティア。そして―

「おっとあぶねぇ。お前誘導尋問上手いな。うっかりつまびらかにしゃべるところだったわ」

「別にそのような意図は全くと言っていいほどなかったのでございますが」


「さて、俺らの知らないうちに繰り広げられていたラブコメが一段落したところで、本題に戻ってもいいかね?八幡くん」

 

「どうぞ。ただ、アレをラブコメとは言わないとだけは付け加えておく」

 

「巫女さん、悪いが続きを頼む」

 

一難が去ったところで、本題であったエルキア、東部連合の会談が再開される。

 

話を振られた巫女さんは俺を一瞥し、ため息をついた後に「ほんなら、続きを話しあおか」と、覇気のない声で答えた。

 

うん。なんかごめん。俺のせいだね。多分ね。

 

「…どこまで言うたっけ?」

 

「アヴァントヘイムを巻き込んだってとこまでは聞いたぜ」

 

「ああ。そうやったねぇ」

 

巫女さんは窓から景色を眺め、一度大きく息を吸い込んで吐く。そして本題の続きを話し始めた。

 

「エルヴンガルドだけやのうてアヴァントヘイムまでもが敵になれば、流石の(あて)らも悠長に準備なんかできへん。人類種(イマニティ)だけならともかく、手のうちバラされた上に森精種(エルフ)天翼種(フリューゲル)を相手にできるわけあらへん。やれやれよ」

 

そういって巫女さんは窓枠から腰を下ろし、空に向き合った。

 

「だから、東部連合はエルキアに対して、即時降伏させてもらうわ」

 

逆転の芽が消えたと悟った巫女さんは、それぞれの国に東部連合が分割して奪われるよりも、最弱の国に降伏することで国の存続を図ったようだ。

 

まぁ、すべて(こいつ)の思惑通りなんだけれども。

 

「ほんにやってくれよったなぁ禿猿ゥ」

 

鋭い視線で空を突き刺す巫女さんを意にも介さないかのように、空はケラケラと笑った。

 

「お褒めに預かり光栄だ」

 

「‥‥ブイ‥」

 

空と白の二人は手でブイサインを作って巫女さんに見せつける。やめて。煽らないで。怖いから。

 

「けど、ただですべて明け渡すわけにもいかへん。最後の勝負といこか。気ぃ張りや」

 

「…ああ。いいぜ。受けて立ってやる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

勝負を受けるといった空の後をコバンザメの様についていくと、なんともまぁ綺麗な町の一角にたどり着いた。なんで東部連合の地理なんて知ってるの?

 

空は急に立ち止まり、ここらでいいだろ、と呟いて、ジブリールに人払いの魔法をかけるように指示する。

 

ものの数秒で魔法は完成し、周囲から俺達を除く全員の人気?がなくなる。獣人って人気って言ったほうがいいのか、獣気って言ったほうがいいのか。

 

そんなどうでもいいことを考えてる俺をよそに、空はポケットから硬貨を取り出し、巫女さんに放り投げる。

 

「『十の盟約』により、勝負内容は持ち掛けられた俺らが決められる。よって、最後の勝負はそいつで行う」

 

「こんなん使うてどんなゲームにするん?まさか、コイントスなんて言うんやないやろな?」

 

巫女さんは怪訝そうな顔をしてコインを見つめながら空に問う。

 

これから大勝負をすると言うのに、それにコインを使います、なんて聞いたら変な勘繰りをしても仕方がないだろう。

 

ただ、これが本当なんだなぁ。駆け引きってやりすぎると、ただの疑心暗鬼な面倒な人間になるって覚えとこ。

 

「ピンポーン!大正解だ。俺らもアンタらも、満身創痍だろ?めんどくせぇ駆け引きなんてナシにして、手っ取り早くコイントスで決める」

 

「満身創痍とか、お前が言うとギャグにしか聞こえないな」

 

全部ひっくるめて俺らの手の上。くらい言うと思ってた。

 

「ひでぇ言い草。東部連合のギャルゲー結構ギリギリだったんだぜ?お前の手も借りたくらいだ」

 

「お前は使えるもんはなんでも使うタイプだろ。別にピンチじゃなくても俺を駆り出してた。違うか?」

 

「…にぃ…なら…やりかねない」

 

「え~そんなことないですしおすし」

 

人差し指をいじり、何かをごまかしてますよ、という体だけ取り繕いながら、全く取り繕う気のない声を上げる。

 

へらへらとした姿勢を崩さないこいつには、礼儀っていうものを一度教えたほうがいいのかもしれない。

 

「ふっふっ…あっはっはは…!」

 

俺が空との付き合い方を今のうちに考えておこうか、と思案するのと同じタイミングで、巫女さんは淑やかに、それでいて豪快に笑い声をあげた。

 

その笑いは俺の空に対する変な指摘によるものでも、ましてや空の変な言葉面によるものでもない。

 

「……不服…?」

 

「いんや?ただ、(あて)の半生が、たかが禿猿二匹に根っこから潰された挙句、その差配がコイン一枚にゆだねられとるゆうんが…どうも面白うてなぁ?」

 

巫女さんはコインを軽く眺めると、そのまま空にはじき返した。コインに不正がないかを確認したんだろう。

 

「じゃ、俺らが勝ったら東部連合は大陸以外の島も含めてすべての領土をエルキアに併合ってことで」

 

(あて)が勝ったら獣人種(ワービースト)の権利の保障、自治権、そして大陸資源の提供や」

 

「そんな保守的なのでいいの?今ならこいつら調子に乗ってるから、どんな注文も平気で乗るぞ?多分だけど」

 

「お前は敵か味方かどっちなんだ」

 

「協力するとは言ったが、味方になるとは言ってない」

 

「どっちにしろ、(あて)らに選択肢はない。森精種(エルフ)やら天翼種(フリューゲル)やらが攻め込んできたらそれまで。そんな保守的なことしかできへんゆうことや」

 

ゲームをするにあたって、俺達と距離を置くために、巫女さんは背を向けて歩き出した。

 

巫女さんの下駄からなるカンラカンラ、という音が狭い街角に鳴り響く。

 

なんとなくその背中からは、哀愁というか、何かを失ってしまうことへの悔しさ…不甲斐なさみたいなものが感じ取れた。

 

そもそも論として、自分たちが負けた相手にゲームを吹っ掛けているという時点で、巫女さんにとっては真の意味で最後のあがきなんだろう。

 

万に一つも勝ち目はない。勝ったとしても、得られるものは搾取を軽減することだけ。

 

それでも、獣人種(ワービースト)の長として。最後まで抗うことを決意した。

 

そういう意味では、やはり空達とは違って、全権代理者としての器が違う、と、そんな気がした。

 

まぁ、杞憂だと思うけど。

 

「せやから…もし(あて)が負けても、いづなやいの、民を無下に扱わんと誓ってたも」

 

「…巫女様…」

 

仲間を大切に思う巫女さんに、それに心を痛めるいのさん。そしてずっとうつむいたままのいづな。

 

「ほ~う?」

 

「…見直し、た…」

 

暗い雰囲気の東部連合チームと、こんな時でも笑みを絶やさないエルキアチーム。というか空と白。もうこれどっちが主人公かわかんねぇな。

 

「そろそろ始めたらどうだ?あんまり長いことやっててもしょうがないだろ。あと早く帰りたい」

 

「お前はそれしか言わねぇな…まぁいい。そんじゃ、リクエストもあったことだし、世界一物騒なコイントスといきますか」

 

空はコインの両面を巫女さんに見せて、ルール説明を行った。まぁコイントスにルール説明なんてほぼあってないようなもんだけど。

 

「落ちる前に、コインの表か裏かを選んでくれ。俺はその逆ってことで」

 

「…ええんか?」

 

巫女さんはコインの選択権を与えられたことに驚いたようだった。

 

そして俺も驚いた。物理限界を超える身体能力を保有する獣人種(ワービースト)の全権代理者ともなれば、コインの表裏くらいなら肉眼で判別がついてしまうのではないか?と。

 

「ああ」

 

こっちが選んだほうがよくね?と思いつつ、空のその自信たっぷりな目をを信じることにした。

 

「じゃあ行くぞ…」

 

「「「盟約に誓って(アッシェンテ)!!!」」」

 

空がはじいたコインが、キィィンという甲高い音を立てて宙を舞う。

 

全員がコインに集中する中、巫女さんは深く息を吸い込み‥‥

 

「はぁああああああああああっっっ!!!!」

 

血壊を発動させた。体に幾何学的な模様が浮かび上がり、体や毛などが少しばかり大きくなった気がする。巫女さんから周囲に熱風を吹き出しているかのような迫力だった。

 

すさまじくもその圧倒的なオーラに、俺は死の恐怖すら感じた。

 

だが、呼吸することすら忘れてしまいそうなその状態は思いのほか早く解かれ…

 

「裏や」

 

と、巫女さんはコインの出目を宣言した。

 

宣言して間もなく、コインは地面に叩きつけられ、一度跳躍し…

 

その回転は、予想を裏切る形で止まることとなった。

 

「なっ…!」

 

「こっ…これは…」

 

「…そんなんアリかよ」

 

コインは()()()()()()()()()()()()()

 

巫女さん、いのさん、俺。三者三様な驚きの声を上げる中、二人だけ、この結果に驚いていない人物がいた。

 

「…引き、分け」

 

「いや~すごい結果になったな~困ったな~こりゃ~両方勝ちか~両方負けか~どっちになるよ~?」

 

困ったそぶりを見せつつ全く困っていない空にイラついて、俺は文句を言おうと思ったが…

 

「ぷっ…くふふ…空…わざとらしいぞ、です」

 

いづなの笑い声に免じて、何も言わないことに決めた。

 

ちらりとジブリールやステファニーのほうを見ると、彼女らも笑い声を出すほどではないが、微笑みを浮かべていた。

 

‥‥いやな雰囲気にさせても可哀想だしな。我慢しといてやるわ。感謝しろよ空。

 

「ほんに…最初から、これを狙って…」

 

コイントスは表か裏、必ずどちらかになるという固定観念がある。数学の問題とかで扱う、理論的な話であれば間違ってはいない。しかし、ここは現実だ。

 

弾いた瞬間にコインが割れるとか、水の中に落っこちて見えなくなるとか、弾いたコインを鳥が咥えて持ってってしまうとか。そういった普通ではありえない、しかし起こりうるわずかな確率が存在する。

 

空はそれを狙って引き起こしただけ。コインの落ちる位置が、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という事象を。

 

どうやったら狙ってそれを引き起こせるのか。たゆまぬ練習を積み重ねれば、コイントスくらいなら自由自在に操れるのか。それはわからないが、とにかく今はコインが立っている。その事実がすべてだった。

 

「両方勝ちだと~両方の要求が通るってことだから~…つまり、エルキアの傘下には入るが、獣人種(ワービースト)の権利は保証され、自治権は維持。大陸資源は相互活用」

 

「…東部連合は、エルキア連邦と…なる」

 

「どう?両方勝ち?両方負け?どっちがいい?」

 

空と白の真の狙い。それは…

 

「お前!東部連合を支配して獣人種(ワービースト)を滅ぼすんじゃなかったのか!?」

 

「それが違いやがる、です」

 

「てめぇ…なんで俺が…ケモ耳っ子パラダイスを滅ぼさなきゃならんのだ!?いづなのような、アルティメットプリティーなアニマルがわんさかいる種族だぞ!?どんな鬱拗らせたらそんな世界の宝滅ぼすって結論になる!?」

 

ケモ耳王国を自分の手に入れること。…なんかイメージ的には滅ぼされるのとどっこいくらいつらい気が…

 

「…にぃ、熱すぎ」

 

「ほんに…ほんに最初っから最後まで踊らされたっちゅうわけやな…」

 

巫女さんはタイルに挟まったコインを拾い上げ、憎々しげに、しかしどこか吹っ切れた様子でコインを見つめた。

 

「けどなぁ…たとえ連邦組もうが、あんたらのおかげで森精種(エルフ)には手のうちがバレとる。いづれエルヴンガルドは宣戦布告してくる」

 

「だろうな。そしたら吹っ掛けたうえで返り討ちにしちまおうぜ」

 

「ふっ…できると思うとるん?」

 

「できるさ」

 

空は自信満々に返す。そう。なぜなら…

 

「実は俺らの間者な。盟約で記憶を改ざんされたうえでエルヴンガルドに報告してる。だからあんたらのゲーム内容、間違って伝わってるぜ?」

 

以前に行ったクラミーとの勝負。それによってフィールの記憶を改ざんする権利を得た理由は、すべてこの時のため。

 

そして、記憶改ざんという権利を握られたにもかかわらず、何故クラミー達が俺達に協力したか?それは、俺達が勝っても負けても、クラミーには得しかなかったから。

 

俺達が勝てば、獣人種(ワービースト)をエルキアが支配する。もし負けても、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

獣人種(ワービースト)のゲームにおける記憶消去は、観戦する人類種(イマニティ)すべてに及ぶ。当然それはクラミーも例外ではないが、フィールだけは別だ。

 

ジブリールの様に、俺、すなわち人類種(イマニティ)の従者扱いであれば影響も及ぶだろうが、クラミーが従者であってフィールは主。クラミーの視界を得ることによって残った記憶は、クラミーからは消えてもフィールには残る。

 

負けた場合はフィールの記憶からエルヴンガルドが対策を立て、獣人種(ワービースト)に直接勝負を仕掛けることになるだろう。

 

勝った場合、すなわち今回の場合はフィールの記憶を改ざんすることで、エルヴンガルドの重鎮を動かし、獣人種(ワービースト)が返り討ちにする。そうすればそいつらは勝手に権威を失墜し、フィールの立ち位置を盤石なものへと変える。長期目標であった奴隷解放に一歩近づくというわけだ。

 

クラミーにとって今回の勝負は、人類種(イマニティ)森精種(エルフ)が勝利を収めればよいので、協力さえしてしまえば勝利は約束されていたのだ。

 

「これでエルヴンガルドが仕掛けてきた時点で、こっちの勝ちは確定。同時に森精種(エルフ)の国もいただきってことだ」

 

「そ、そこまで考えていた、と?」

 

いのさんが空達の考えに驚嘆の声を上げる。まぁ、普通はそこまで考えたりはしないよな。

 

「チェックメイトって、将棋で言う『王手』とは違う。打ち取ったという報告だ。だから最初にお前にあったときに言ったろ?『()()()()()()()』ってさ」

 

空は言う。あの会議のとき。

 

種の駒をかけると、空が宣言したその時点で。

 

()()()()()()()()()()()()()、と。

 

「それで、どっちにするんだよ?両方勝ちか、両方負けか」

 

「お前、性格悪いな」

 

ここまでお膳立てされておいて、選択肢があるはずないだろう。どちらが良いか、明白なのだから。

 

「…それ、は……もとから…いまさら、いうことじゃ……ない」

 

「こういうのは、本人の口から聞くことが重要なんだよ。んで、どっちだ?」

 

「ほんに、憎たらしい禿猿やなこのいけず」

 

巫女さんは、少し恥ずかしそうに頬を染めた。

 

「両方の勝ちでええわ」

 

ピンっと弾かれたコインが、巫女さんから空へと渡る。そいつをポケットにしまい、代わりに携帯を取りだし、『東部連合を飲み込む』というメモにチェックをつけていた。

 

「よし、これで…」

 

「「エルキア連邦誕生!!!!」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「疲れたな」

 

「そうでございますね。よろしければ、お茶でも入れさせていただきますが?」

 

東部連合にかかわるすべてのタスクが終了し、ようやく図書館へと戻ってきた俺とジブリール。

 

ため息交じりに机に突っ伏した俺を見かねて、ジブリールは気を遣ってくれたのだろう。

 

「じゃあ、まかせてもいいか」

 

「かしこまりました」

 

ジブリールはそのままスーッと空をすべるようにしてキッチンへと向かう。

 

お茶ができるまでの間、俺はいろいろなことを考えていた。

 

この世界のこと。

 

俺についてのこと。

 

そして…これからのこと。

 

俺は…おそらくこの先、役に立つことはないだろう。

 

空と白が俺を頼ってきた理由は、仲間がいないから。

 

人手が欲しいのに、足りないから、同郷のよしみで誘っただけ。

 

しかし連邦となり、獣人種(ワービースト)を味方につけた今、人手は有り余るほどにある。

 

実力不足な俺より、いづなや巫女さんを誘ったほうが、勝率は高くなる。俺がもし空の立場なら、迷わずそっちを誘う。

 

お前はいらない、と言われたとき…仕事しなくてよくなった、と俺は素直に喜べるだろうか?

 

元の世界には帰りたい。だから、嫌々ながらも空と白に協力してきた。

 

何もしないうちに、ただただあいつらが世界を攻略していく姿を眺めて待っているだけで、本当にいいのだろうか?

 

元の世界に帰ったとき、小町に「うわー。それはポイント低いよお兄ちゃん」と冷めた声で叱られないだろうか?

 

もしも…もしも、俺は俺がそうなることを拒むなら…何をするべきなのか。

 

「マスター。お茶が入りました」

 

「…おう」

 

どうやら、柄にもないことを考えていたうちに、お茶が出来上がったようだ。

 

そうだ。そんなこと考えていたってしょうがない。

 

どうせ今こういうことを考えているのも、空と白の自信に臆したからだ。

 

なんというか、アウェーというか。この世界では、彼らが主人公で、俺がモブ。みたいな。

 

主人公になりたいわけじゃないし、モブが嫌なわけでもない。ただ、自分で自分がモブであると認めるのが嫌なんだ。きっと。

 

ジブリールが入れてくれたお茶をすすり、舌鼓をうつ。

 

「いかがでしょうか?」

 

「コメントに困るくらいにはうまいな」

 

「ありがとうございます」

 

ああ、そうだ。それと。

 

ジブリール(こいつ)との付き合いも…考えておかなきゃな。




アニメ一期分まで終了。

次からはまだアニメ化されてない原作に突入していきます。

原作見てないよって方、アニメ勢で楽しみに待ってるよって方はご覧にならないほうが良いかもしれません。ネタバレくらうかもです。


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戦いとは、止めるものであって終わるものではない

今日は前書きでなくあとがきに二人のコミュニケーションがあります。

今回は八幡視点でなく、空の視点でのストーリーとなっています。


東部連合とのゲームに勝利した、俺達「 」(くうはく)は、クールダウンを兼ねて巫女さんのところにお泊りをしていた。

 

そしてそのある日の夜のこと。

 

そーっと布団を抜け出し、小さな声で隣に寝っ転がっている妹に声をかけた。

 

「…白?…起きてるか?」

 

「………」

 

よし。返事はない。次はいづなだ。

 

「…いづなたーん?起きてたら耳ピクピクさせて~」

 

「…うみゅう……?…すー」

 

いづなは俺の声には反応したが、ゴロンと寝返りを打つだけで、可愛らしい寝息を立てていた。おそらく獣人種(ワービースト)の聴覚がいいから反応しただけで、意識はないだろう。

 

いづなも白も意識はない。つまり、今この瞬間だけは、何をしてもお咎めはない。

 

そう!ナニをしてもお咎めはない!!!

 

俺はすぐさま枕元に置いてあったうっすい白い紙きれをシュッシュッと何枚か取り出し、タブレットの電源を入れる。タッチID、パスワードを乗り越え、厳重にロックされているマル秘ファイルまでたどり着く。

 

長かった…この日までずいぶんと時間を要した…。

 

思えばこっちの世界に来てからか。一度も致していないのは。昼間は白の視線があるからできないし、夜もあのクソ天使がいつ現れるかわからないからできないし、そのくせそのクソ天使も耳長エルフも巫女さんも性癖に刺さるようなエロい格好してやがるし、あげくの果てにはモブとはいえギャルゲーのNPCのもろパンを散々見せられたんだぞ!?

 

こっちは健全な男の子なんだぞてめぇらのせいで暴発寸前だコラその体○○○いて○○○○まくって○○○○の○○○で○○○○してやろうかああん!!!????

 

っとあぶねぇ。流石に白がいる前で、寝ているとはいえ18禁以上のレギュレーションを口に出すのは不味い。

 

ま、まぁいい。心の中でぶちぎれちまったがその我慢も今日で終わりだ。

 

俺はこれから、扉を開き、使命を果たすのだから。

 

タブレットのマル秘ファイルをタップし、画像が表示され、だんだんと俺の中の使命感が湧き上がってくる。

 

さぁ行くぞ。ついに我が使命を果たすとき。

 

少し腰を浮かせベルトに手をかけ、そして一気にしたまで下ろす。見よ。これぞ俺のエクスカリ―

 

「ぁ、あのう…す、すみませぇん…」

 

「バァァアアアアアあああああああああああああああ!!!!」

 

唐突に背後から小さくかけられたその声で、大声を出して床をのたうち回った。

 

そして、当然のごとくそんな声を出せば、周りにも影響を与えるわけであって。

 

「…にぃ…ヤるなら、静かに…」

 

ヤることを知っていた…もとい、最初から寝てなどいなかった、白と。

 

「うるせぇ、です。やかましい声出すんじゃねぇ、です」

 

ごしごしと目をぬぐいながら、きちんと快眠していたいづなが目覚めてしまった。

 

むくり、と布団から上半身をあげる二人の幼子。い、いかん。脳が活性化し、認識する前に、い、いやそもそも視線を向ける前に、この俺の聖剣を鞘にしまわなければ!!!

 

床を転がりつつ、どうにか視線を逃れてズボンをはきなおし、ベルトを締める。そして絶叫する。

 

「てめぇ背後からいきなり現れて人の賢者的行為ピーピングするとはどういう了見してんだコノヤロー!!!」

 

振り返って声をかけたその主に向かって叫ぶも、その視線の先に、()()はいない。

 

既に意識が覚醒した白も、いづなも、そしてこの俺も、その声をかけた主を見つけることができなかった。

 

しかしながら、()()、はいなくとも、()()は存在しているようで。

 

姿かたちは一切見えない―――ただ、その何かの影だけが、部屋の隅にじっとたたずんでいた。

 

怒りの感情から一気に恐怖へと感情がシフトチェンジし、使命感がグーンと下がっていく。

 

「…なぁ白。兄ちゃんちょっと記憶があやふやなんだけどさ。十六種族(イクシード)の中に幽霊種(ゴースト)とか存在したっけ?」

 

「…そんなの、ない…。一番近いのは…精霊種(エレメンタル)だけど…多分違う…だから…」

 

ふむ。なるほど。白が言うなら違うのだろう。そして、そう言った種族の存在は認められていない、と。

 

ということはつまり、これは何かの聞き間違いや、錯覚といった(たぐい)のもの。光の当たり方で人影のように見えたり、風の音が人の声に聞こえたりすることは、そう珍しいものでもない。

 

第一、幽霊なんてものは非科学的な存在であって前の世界では存在が証明されてなどいなかった。そしてこの世界でも、あの唯一神(テト)が存在を認めていないのだから、ありえるはずが…

 

「…も、もう限界ですぅ…お願いですぅ…た、助けて…くださぁい」

 

「いやぁぁぁああああああああああああああああ!!!!へるぷみージブリーーーーーーーーール!!!!」

 

存在するはずのない幽霊に、たまらず大声をあげ、最も安心感のある人物に救援要請をする。

 

すると間髪入れずに頭上の空間から、亀裂が生じ、幾何学模様の光輪を浮かべた少女が現れた。

 

「こんな夜遅くに人を呼びつけるとは何様のつもりでございましょうか?マスターがすでにお休みになられているからよいものの、そうでなければ逆鱗物でございます」

 

「た、助かったジブリール!あ、あれを見ろ!得体のしれない幽霊的な何かが俺に話しかけてくるんだどうにかしてくれ!!」

 

俺はそういって部屋の隅にたたずむ影を指さす。するとジブリールは少しだけ怪訝な顔をした後、すぐさま不機嫌な顔になった。

 

「これはこれは…この私が存在を少しばかりとはいえ認識できないもの…誰かと思えば吸血種(ダンピール)とは」

 

「だ、吸血種(ダンピール)?」

 

「はい。あれは別に幽霊などではございません。一時的に我々が存在を認識できていないだけ。しかも何やら、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()しかできない状態で接触してくるとは、なんともまぁ哀れなものでございますね。知らぬうちにひっそりと滅びたと思っておりましたが、まだ生きていたとは」

 

し、辛辣ぅ…。

 

ジブリールの相変わらずの毒舌に顔を引きつらせながら再び影に目を向ける。

 

すると、影の奥から夜を編んだような、黒装束の少女が姿を現した。認識阻害というものがかかっていると理解したからだろうか。分からないがとにかくそこにはやはり、少女がいた。

 

青い短髪、爛々と妖しく輝く紫の瞳。白い牙、背にはこうもりの用の小さい翼。なるほど。それはまさしく吸血鬼(ドラキュラ)だった。

 

しかし…

 

「なんつーか、幸薄そうな顔してんな。今にも貧血で倒れそうだ」

 

「だ、だから言ってるじゃないですかぁ…た、助けてって…」

 

十六種族(イクシード)位階序列、第十二位…吸血種(ダンピール)…」

 

俺と同様に存在を認識した白が、自分が得た知識から今の状況を把握しようとしている。なぜこのような姿なのか。なぜ俺達に助けを求めているのか。その答えは案外すぐに分かった。

 

「他の…十六種族(イクシード)から、血―すなわち魂を…吸って、生きながらえる…種族。でも…『十の盟約』…」

 

「あ、そっか」

 

十の盟約のその一。この世界における殺傷、戦争、略奪を禁ずる。

 

テトが定めたこのルールは、一見ゲーム以外での平和を保障するものであるが…

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「つまり吸血種(こいつら)()()()()()()()()()()()()ってことか」

 

「付け加えますと、吸血種(かれら)に噛まれると…」

 

吸血鬼(ドラキュラ)化するってか。まぁありがちだな」

 

「いえ、そのようなことは」

 

え、違うの?

 

吸血種(ダンピール)は血を吸うことで魂を混合させ、成長します。しかしながら血を吸われた側も、魂の混合が行われるのでございます。それにより、魂が少し混ざってしまうという特殊な病気にかかります。つまりは、()()()()()()()()()の欠陥種族でございます」

 

「なにその絶望的に哀れな種族」

 

つまり、助けたければ病気にかかれ、ということになる。

 

ふらふらとおぼつかない足取りでこっちにやってくる吸血種(ダンピール)の少女。

 

俺はそれからゆっくりと距離を取った。非情だと思うかもしれないが、助ける気はない。いや、助ける気だけはある。ただ、目の前の少女を助けたいのは山々だが、いくらなんでも流石に…

 

()()()()()()はちょっと無理があるわ。助けてやりたいが、俺には無理だ。他当たれ」

 

「ただ、成長を伴わないのであれば、必ずしも血を必要とするわけではございません。成長するには、直接牙から血を吸う必要がありますが、生命を維持する程度であれば、血を直接経口摂取すれば可能でございます」

 

「…うん?」

 

俺が無理だと諦めておかえり願おうと口を開いたのと同時に、ジブリールがなにやら風向きの変わるような発言をした。

 

「加えて…血を吸うのはあくまでそれが最も効率が良いから、すなわち液体に占める魂の含有量が最も多いから必要とするのであって、魂を摂取することができるなら別に血でなくともよいのでございます」

 

「…?つまり?」

 

「体液の中で血に次いで魂の割合が高く、かつ簡単に噛まずとも摂取することのできるもの、それは…」

 

「それは?」

 

「精えk

 

「大丈夫かお嬢さぁん!!今すぐ助けるぞ死なせるものかぁ!!」

 

急ぎ吸血種(ダンピール)の少女を抱え、俺が元居たベッドへと横たえる。

 

なるほど!?だとするなら滅びるはずがないだろう。つまりは男の理想の淫魔(インキュバス)!そりゃあ死なないだろう。いや死なせないだろう。こんな種族は滅びてはならない!!!!

 

再び使命感を高ぶらせ、ベルトに手をかけようとしたその時。

 

「にぃ…18禁」

 

白が待ったをかける。そうだった。ここにはお子様二人の視線がある。18禁展開は、NG。

 

またか。またなのか。またこの世界は、俺を苦しめようというのか。

 

いやまて、考えろ。童貞十八歳無職ヒキニートの空白の片割れよ。まだ、まだ舞える。そうだ。別にこれは18禁ではない。なぜなら!

 

「救命行為にそういった煩悩的思考をすることこそ愚考!尊ぶべき美しきその崇高なる行為を褒められこそすれ止める必要などないはずだ!確かにそれ自体は18禁かもしれんがあくまでこれは救命行為…命を救うための一手段にすぎん!ならば俺は非常識と言われようとも彼女を救うために鬼畜になろう…というわけでちょっといづなたんの耳ふさいで後ろ向いててくれんかね白!?」

 

勝った!!これなら反論できまい!?完璧な俺の論理武装を敗れる理屈なんて…!!

 

「…命を、救うだけなら…他の体液、でいい…汗とか、唾液とか…涙とか…」

 

「確かに、魂の含有量は微量ですが、救命には十分かと」

 

わずか3秒にして、完璧な俺の論理武装が完全大破する。終わった…もう俺は一生ナニできないかもしれん。

 

「…じゃあ、白が…唾液を」

 

白が吸血種(ダンピール)の少女とキスをしようとする。

 

百合プレイはいけない口ではないが、それをするのはなんか不味い。

 

何故だかはわからない。ただ、どうしてか、いやだ、と思ってしまった。

 

「だ、ダメだ!情操教育的にアウトだ!ええ~っと、じ、ジブリール!お前の体液!」

 

「拒否させていただきます。それに、私の体液を与えた場合、おそらく魂の密度が濃すぎて爆死するでしょう」

 

「なんだそれは!?じ、じゃあ八幡のだ!ジブリール!八幡呼んで来い!あいつの唾液をこいつに飲ませる!!!」

 

「ダメです。マスターが許可するはずもございませんし、仮に許可したとしても私が許しません」

 

「っっっ~~~~~~!!!!!だ、だったら妥協案で汗しかあるまい!?俺…は白が許さんだろうし、白のも俺が許さん!!ジブリール!八幡の寝汗を採取してこい!」

 

「…まぁそれなら私は構いませんが。本当に微量しか取れないので、救命に足りるかどうか…」

 

よし。もうこれしかない。あとは何とかごり押しでこの案を採用させるっ!!!

 

「だったらジブリール!!お前があいつに汗をかかせろ!!体をくっつけようが抱き着こうが何してもいまなら救命行為という免罪符つきだっ!!」

 

そうするとジブリールはハッとした顔つきになり、すぐさま、

 

「!か、かしこまりましたっ!!!」

 

と、一瞬で図書室へと戻っていった。

 

 

 

 

そして、十分後。

 

再び空間に亀裂が走り、満面の笑みを浮かべたジブリールがグラスに汗をためて持ってきた。

 

「こちら、マスターの汗を採取したものになります」

 

「なにしたのかって聞いたら怒る?」

 

「秘密でございます。確認なさいますか?」

 

「いやなんかグラスごしでも触りたくはないわ。とりあえず吸血種(そいつ)に飲ませてやれ」

 

ジブリールは吸血種(ダンピール)の少女の口を開け、グラスを傾け八幡の汗を口に入れる。…なんか他人の汗を口に流し込んでるって考えたら気分悪くなってきた。

 

吸血種(ダンピール)の少女はこくり、と一口喉を鳴らすと、カッと目を見開いてグラスを手に取り、ごくごくと喉を鳴らして汗を完飲する。

 

「な、なんですかコレぇ!?美味しいですぅ!美味しすぎますぅ!!」

 

…なんだこれ。

 

恍惚とした表情で八幡の汗を飲み干した少女に、俺はドン引きしていた。

 

吸血種(ダンピール)って変態なのか?」

 

「マスターの汗だからでしょう。吸血種(ダンピール)の味覚は魂の味を判別するためにあります。したがって、マスターのような癖が強く、高潔で、珍しい魂は彼らにとって美味として評価されるのかと」

 

「だとしても気色悪い」

 

 

 

 

 

 

 

それから数分の間、飲み干したグラス片手にトリップしていた吸血種(ダンピール)の少女が正気に戻ると、ぴしっと姿勢を正して自己紹介をしてきた。

 

「あっ!!も、申し遅れました!ボク、プラムっていいますぅ。お察しの通り、吸血種(ダンピール)ですぅ」

 

「ふむ。で、なんか助けてくれとか言ってたけど」

 

「そ、そうなんですぅ!東部連合を降した人類種(イマニティ)、エルキアの王のお二人にお願いがあってきたんですぅ。ボクたちの種族を助けてくださぁい!!」

 

この状況。この種族。この発言。

 

全てを総合的に考えた結果、俺は全てを理解した。

 

なるほど。そういうことか。じゃあ仕方ないな。

 

ならばこそ、こう答えよう。

 

エロゲ(よそ)でやれ。じゃあな」

 

「そ、そんなぁああああ!!!!ま、待ってくださいよぉおおおお!!!!」

 

18禁展開はNGだ、と。




後日談

「なぁ、なんか昨日すっごい変な夢見たんだけど」

「どのような夢でございますか?」

「最初は普通に学校に行く夢だったんだが、満員電車で息ができなくなるくらい前の女の人にむ…胸を押し当てられて、そのままその胸が太陽に変わって、世界が灼熱に包まれて終わるっていう打ち切り漫画でもしないような展開の夢」

「そうですか。それを私に言ってどうするおつもりで?」

「…昨日俺が寝てる間なんかした?」

「…いえ?」

「朝起きたら寝汗でパジャマはびっしょりだったのに、体は超綺麗だったんだよ。風呂入った後みたいに」

「変わったこともあるみたいですね」

「もう一度聞く。何した」

「救命行為でございます」

「なんだそりゃ」

「黙秘権を行使する、ということではいけませんか?」

「…はぁ…あんまり変なことはするなよ」

「ご安心ください。誓って変なことはしておりませんので」

「安心できないんだよなぁ…」


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一番の苦労人

ある日の二人㉑

「一応聞いとくけど、お前って女だよな」

「…はぁ。さようでございますが。どこか私に男としか思えないような要素がありましたので?」

「いや別に。ただ、天翼種(フリューゲル)って厳密には生物じゃないらしいじゃん?魂の塊みたいなもんだって」

「その通りでございます。位階序列第七位以下は生物扱いですが六位以上は生命と呼称されます。すなわち、性行為を代表とした魂の交配をするのは七位以下ということになりますね」

「そう。だから気になったんだよ。そもそも性別の概念があんのか?って」

「まぁ厳密には違いますね。女性的個性というか、女性的概念と言えばよいでしょうか。魂の特徴としては女性的、ととらえていただければ」

「じゃあ天翼種(フリューゲル)って、その、交配しないの?」

「マスターがお望みであればいくらでも。今からでもいたしましょうか?」

「いやいい。そういう意味で言ったんじゃないから。だから指で俺の服をめくるな」


「愛とは何でございましょうか」

 

あれから約一週間。

 

東部連合を併合し、ついにエルキア連邦となったここ、エルキア連邦図書館、旧王立図書館において、俺は困惑していた。

 

恋愛感情を有さないという種族、天翼種(フリューゲル)の少女、ジブリールからの唐突な「愛とは何か」という哲学的な質問を投げかけられれば、俺でなくとも困惑することは間違いないだろう。

 

俺はその質問にすぐには答えず、しばし考える。

 

なぜこのような質問を俺に投げかけてきたのか。

 

単純に未知を既知に変える、今までと同じ探求的行動からなる質問なのであれば、答えるのはやぶさかではない。ただそうだとするならば、それはあまりにも聞く相手を間違えすぎていると思う。

 

青春なんて過ごしたことないだろ、とか、お前は恋愛なんてしたことないだろ、とか、手をつないだだけで帰り道デート?はっ。笑わせるな。とかいう意味合いを含んだ罵倒をジブリール本人が俺にしてくるのだ。俺にその答えを聞くというのは間違った選択であると本人も理解しているはず。

 

であれば、愛という言葉の定義を聞いているのだろうか?いや、それもないだろう。知識の塊と言えるジブペディアの脳内辞典に「愛」という項目が追加されていないわけがない。

 

そうなってくると、考えられる選択肢は一つ。

 

「私が『愛』についてのことを尋ねれば、マスターは勝手に勘違いして、いろいろ考えたあげく滑稽な姿をお見せになること間違いなし。存分にからかってあげましょう」作戦にちがいない。

 

やれやれ。とんだ恥をさらしてしまうところだった。

 

よって、俺が導き出した答えは…

 

「辞書引け」

 

適当にあしらうこと。ベストアンサー。ててーん。

 

ジブリールはそんな俺の反応に対してはぁ、とため息をついた。

 

「今マスターが何をお考えになっていたのか、不肖このジブリール、多少察することができます。ゆえにこう述べさせていただくのですが、変な勘繰りなどせずに普通にお答えいただけないでしょうか?」

 

どうやら不正解だったようだ。バッドアンサー。

 

「…つってもなぁ…俺も別に恋人とか居たわけじゃないし。俺もよく分からん。分かってたら恋人の一人や二人できてただろうしな。こっちが教えてほしいわマジで」

 

読んでいた本を一度閉じ、机においてジブリールに向き合う。愛なんて俺に聞くなよな。まじで。

 

「私は別に正解を求めているわけではないので。あくまで一意見としてマスターの見解を求めているのでございます。どうか気軽にお答えいただければ」

 

「聞いてどうすんだよ」

 

「最終的には愛という哲学的なものを定義するための一要因とする所存です。もちろん、マスターのみならずドラちゃんや空様、白様にもすでに話を聞いております」

 

「あ、そう」

 

…まぁ、それならいいか。学術的興味なら、普通に、素直に答えてやるとしよう。

 

「…個人的見解でいいなら、俺は、愛ってのは自分の気持ちを相手に与えることだと思ってる」

 

「気持ちを与える、でございますか?」

 

「よく使う表現に、恋はするもの、愛はされるものっていうのがあるが、俺の意見は違う。愛するし、愛されもする。要は気持ちの押し付け合いなんだ。見たい。聞きたい。知りたい。分かりたい。ずっと一緒にいたい。ずっと一緒にいて安心したい。そんな気持ちの悪くてしょうがない独善的な気持ちを相手に押し付けること。…気持ちを与えるなんて、耳ざわりがいいように言ったが、つまりはそういった醜い自己満足の押し付け合いが愛のかたちなんだ。だから往々にして、愛し合う関係なんて言うのはフィクションの中でしか起こらない。普通の人間はそんな気持ちを受け止められないからな」

 

「ですが、それでは恋人になることや、結婚することはできないのではございませんか?マスターの考える愛が本当ならば、世の人類は未婚のままでいることがほとんどであるということでございましょうか?」

 

「いや?そんなことはない。結婚そのものは知らん奴とでも、婚姻届けさえ書いちまえば別にできるし、互いにメリットがあるなら好きじゃないやつとでも恋人になったりすることはある。結婚することも恋人になることも愛がなくともできる」

 

「では、愛のある婚姻はもはや存在しないと?」

 

「まぁ、多くはないだろうな。だから離婚ってのが横行するんだ。結婚したてのときは相手の気持ちを受け止め切れた気になって、後になって自分には無理だと突き放す。愛情で結婚できているのなら、そんな頻繁に離婚なんて単語を耳にはしないだろ」

 

「…私が言えたことではありませんが、夢がありませんね」

 

「夢は見るものでも願うものでも、ましてや叶えるものでもない。諦めるものだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

このときの俺の答えが、間違っていたのだろうか。

 

俺は本心で語ったつもりだったが、それが良くなかったんだろう。

 

少なくとも、ジブリールが望んだ答えではなかったに違いない。

 

次の日の朝目が覚めると、そこはいつもと同じ図書館の天井ではなかった。なんかやたらと豪華なシャンデリアみたいな照明器具に、仰々しさまであるバロック様式的な派手な文様が天井にのたくっている。今こそこのセリフを使うべき時だろう。知らない天井だ…。

 

のそりとベッドから起き上がり、とりあえず手短なところから、どういう状況なのか情報を集める。寝ているうちに移動しているということは、ジブリールがやらかしたのだろうか。それとも、アズリール?

 

近くにあった机の上に手紙が置いてあることに気が付くと、俺はそれを手に取って読んだ。他の人宛という可能性もあるが、流石に人類種(イマニティ)語でなく、日本語で書かれていれば俺宛のものであるだろう。

 

なになに。「これより数日の間、空様と白様とともに行動し、オーシェンドに向かうこととなりました。つきましてはマスターの世話をドラちゃんに一任します。そしてマスターはドラちゃんとともにエルキア連邦の構築を行ってください」だって。なるほど。なんで?教えてよドラえもん。

 

何故知らないうちに場所が移動しているのかはさておき、何が原因でこんなことになっているかの察しはつく。ただ、昨日のアレで何がお気に召さなかったのかはさっぱりわからない。

 

俺が頭の中を?マークでいっぱいにしているところ、唐突に部屋の扉がバン!と大きな音を立てて開かれる。びっくりしてそちらに視線を向けると、見知った不憫な赤髪の少女が息を切らして突っ立っていた。

 

「見つけましたわよ八幡っ!!!」

 

そういうやいなや、ステファニーはつかつかと歩いてきて俺の手を取ってぐいっと引っ張ってくる。どうやら俺をどこかに連れて行くようだ。

 

なされるがまま引っ張られる方向に従い歩き出す俺とステファニー。しばらく歩いていると、見覚えのある景色が見て取れた。おそらくだが、エルキアの王城の一角だろう。

 

だが先入観はいけない。もしかしたら見た目だけ似せた別の場所という可能性もありうる。なにより目の前に答えを教えてくれる人物がいるのだから、とりあえず聞いておけばいいのだ。

 

「おい引っ張るな。どこ行く気だ。後ここどこ」

 

「玉座の間ですわ。それから、ここはエルキアの王城の一室ですわね。前に使っていた部屋と違う部屋にいたから探しましたわ」

 

ジブリールはどうやら前に使っていたのと違う部屋にわざわざ眠っている俺を転移させたらしい。道理で見覚えないと思った。

 

「これから重要なゲームが始まるんだから急いでくださいな!」

 

そういいながら歩くペースを上げ、腕を引っ張る力を強めるステファニー。…なんか強くね?抵抗する余力もないくらいぐいぐい引っ張ってくるんですけどこの子。あらやだ積極的。

 

いや違う待て待て。今ゲームって言ったか。碌なもんじゃないだろうなそれ。テンションが一気に下がったが、今のところ何もわからないのでとりあえず聞いてみるしかない。

 

「…それって誰とやる、何のゲーム?」

 

「今まで散々無視を決め込んでたくせして甘い蜜を吸おうと群がってきた、在エルキアのクソ貴族どもと行う、東部連合の大陸資源をかけた利権争いのポーカー勝負ですわっ!!!!」

 

クワっと表情を怒りの顔へ変えたステファニー。その荒々しい言葉遣いからも、相当のストレスがかかっていることがうかがえる。そもそもあの空白の二人のお守をしているだけでも大変そうだしな。マジで社畜。もうマッ缶の差し入れをあげたいレベル。

 

今のエルキアは、いうなれば群雄割拠時代。

 

空と白の台頭により諸外国への牙を得た人類種は、次々と他種族を篭絡、もとい侵略している。それに伴い、エルキア国内でも実力主義の時代へと変わりつつある。彼らが力を示したことで、国民たちも奮起しているのだ。

 

しかしそれをよく思わない人物たちがいる。それこそが今話題に上がった貴族たちである。生まれながらにして勝ち組の彼らは、その座から引きずり降ろされることを最も懸念する。万が一「貴族制度を撤廃します」なんて口にしようものなら即座に暗殺者を仕向けるだろう。

 

まぁもちろんこれは俺が元居た世界、リアルの貴族たちの生態であり、ディスボードでは暗殺なんてできないから、ゲームを仕掛けてくるんだろうけど。

 

彼らのスタンスは依然として変わらない。責任を負わず、自らの利益のみを望んでいる。その生き方には共感するし、なんなら推奨するまである。だが、俺がいまそうなっていないのに、他の奴がそれをやるのは許せない。

 

東部連合を併合し、エルキア連邦となった元人類種(イマニティ)最後の国、エルキアの貴族たちはこう思ったことだろう。「国王がゲームで奪った土地、俺が手に入れればめっちゃ楽できんじゃね?」と。

 

たかが人類種(どうぞく)の二人組。彼らが勝てるレベルなら、東部連合も大したことなかったじゃん。先代の国王が弱かっただけで。しかも運のいいことに、その二人じゃなくて腰巾着の女の子しか、今王城にいないんだって。もうこれ勝てる未来しか見えんわ。キタコレ。

 

ということでステファニーは毎日のようにゲームに参加し、それをことごとく返り討ちにしているそう。なお、本人が一昨日くらいに来て直接愚痴ってました。

 

「…お前も大変だな」

 

「分かっていただけますの!?もう本当にあの二人は八幡の爪の垢を煎じて飲んでいただきたいですわ!?このクソ大変な時に留守を決め込んでどこほっつき歩いてるんですのぉ!?」

 

「なんかジブリールと一緒にオーシェンド行くっつってたぞ」

 

「ああ…海棲種(セイレーン)の海底都市ですわね。なるほど道理で全然帰ってこないわけ…じゃねぇですわ関係ないですわよねぇさっさと戻って仕事しなさいなあのダメ国王どもっっ!!!!」

 

うがーっと頭をガシャガシャと掻いて発狂するステファニー。

 

「落ち着け。こっから重要なゲームあんだろ。情緒不安定な状態で心理戦に勝てるか。居もしないやつのこと考えて負けましたなんてそれこそあいつらに馬鹿にされるぞ」

 

そういうとステファニーはピタリと手を止め、ちらりとこちらに顔を向ける。そして数秒の間、俺の顔をじーっと見つめてきた。なんだよ。寝ぐせでもついてんの?

 

数秒謎の時間が訪れた後、ステファニーはおもむろにフラっと俺のほうへと倒れこんできた。貧血でも起こしたかと思いきや、そのままぎゅっと背中に手を回し、胸に顔をうずめてスーハ―と深呼吸をしてきた。一気に心配から緊張に変わり心臓の鼓動が激しくなる。

 

そのままされるがまま胸で深呼吸されている感覚を味わうこと数十秒。どうしたらいいかわからずにフリーズしていると、ステファニーはゆっくりと胸から顔を離し、顔を真剣なまなざしに変えて言った。

 

「だいぶ落ち着きましたわ。先ほどは気がおかしくなっていたようですし。感謝しますわ」

 

「お、おう。だいぶおかしかったな。もう急に何してんのって感じで」

 

「行きますわよ八幡。エルキア連邦となった今、もう人類種(イマニティ)だけじゃない。獣人種(ワービースト)の命運も私たちにかかってるんですもの。あの二人に気をそらしている場合じゃないですわよね」

 

「そうだな。その調子で俺からも気をそらしていただけると…って痛い痛い。冗談だから。だからそんな強く引っ張んなって」

 

そしてその後、無理やりポーカー勝負に参加させられた。結果はステファニーの一人勝ち。じゃあ俺いらなかったんじゃない?

 

いきなり事情も聞かされず、とにかく無理やり引っ張られて、訳の分からない気合の入れ方をされてドギマギし、寝起きでポーカー勝負に参加させられた俺が怒らなかったのは、自分でも快挙だと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あれから一週間弱。短いようでいて長かったこの間、俺とステファニーは毎日ポーカー三昧。

 

当初はステファニーと一緒に俺も参加して三竦みみたいな感じでゲームをしていたのだが、三日を超えたあたりからステファニーが露骨に疲れ果ててきていた。

 

無理もない。俺はポーカーやって食事して寝てるだけだが、ステファニーはそれ以外にも、勝利した後の貴族への指示出し、政治関連のたまった書類の片づけ、食事の用意とすべてこなしているのだ。いくらなんでもオーバーワークだ。

 

流石に見かねた俺はポーカーと食事はステファニーに任せず俺がやることにした。貴族への指示や書類関係なんかは俺が口だすとかえって時間がかかってしまいかねないし、なによりセキュリティという面で第三者である俺を関わらせるのは良くない。この二つはステファニーがやるしかないから、俺が残りをやると口にしたら、泣いて感謝された。

 

まぁポーカーに関しては俺も全責任を負うことはできないので、前座として俺に勝利し、かつステファニーに勝てれば貴族たちの勝利、というルールに変更した。貴族どもは二勝もしなきゃいけないなんてずるだろうと文句を垂れていたが、「いやなら帰れ。初心者一人も倒せないで土地の管理なんかできるか」と煽ったら誰も文句を言わなくなった。

 

ゲームは得意でない俺だが、ことポーカーとなれば話は別だ。オセロとかチェスとかなら実力差が出てしまうが、運ゲー、かつ心理戦がものを言うゲームなら、ある程度戦える。

 

さすがは貴族といったところで、最初に出会った山賊たちとは比べ物にならないくらい強かった。しかし悲しいかな。強いといってもそれはあくまで人類種(イマニティ)として、である。こっちの師匠は神殺しの天使様だぞ?格が違うわボケナス。

 

ただ、運ゲーなので負けるときは負ける。最終的に勝てばよいから、全戦全勝する必要はないと相手も分かっているはずなのに、そのたびに対戦者から煽られると、いくらなんでも気分が悪い。これをずっとやり続けていたステファニーに悪いという意識があったから正気でいられたが、それがなければ怒り狂っていたかもしれない。

 

ちなみに、イカサマは一切していない。バレたら即失格だし、イカサマはするよりも、しているのを見つけるほうが得意だ。

 

ちなみに今の対戦者も数回イカサマをしている。最初に告発しないのは、言及しても言い逃れしやすいチープなイカサマだからだ。何度か見逃してやることで、こいつカモだと思わせ、決定的なイカサマをする瞬間を狙う。

 

そんなことを考えていると、手に隠したカードをデッキの上に乗せ、そのまま手元に引く。いわゆるパームと呼ばれる方法でイカサマをしてきたので、ここでとどめを刺す。

 

「なぁアンタ。今イカサマしただろ」

 

「なっ!!何を言う!!言いがかりだ!証拠はあるのか証拠は!?」

 

矢継ぎ早にまくしたて怒る貴族の一人。証拠があるのかっていうやつは大体犯人なんだよなぁ。

 

「まぁ待て。証拠はデッキの枚数調べりゃわかるし、こっちにはイカサマ判定のスペシャリスト、獣人種(ワービースト)の協力もある。アンタがイカサマしてりゃすぐにわかるんだが、俺も鬼じゃないからな。今イカサマしたって認めたら、次のゲームから仕切り直しってことにしてやらなくもない」

 

こっちがそういえば、相手は認めざるを得ない。実際にイカサマをしていることは確定だし、心を読む種族、獣人種(ワービースト)を引き合いに出されれば、心理戦のポーカーで勝ち目はなくなってしまう。

 

「…わかった。認める」

 

「ちゃんと言え。負けるたびに煽られてんだからお前も屈辱を受けろ」

 

「クソガキが…俺は、イカサマをしたことを認める!」

 

「はい、じゃあアンタの負けね。おつかれ」

 

そういってテーブルを立ち、勝利報告とその後のことを任せるために休息を取っているステファニーに告げようとするが、どうやら対戦相手は納得いっていない様子だ。でしょうね。

 

「何言ってんだ!?イカサマをしたことを認めれば仕切り直しにするって言っただろ!?」

 

「まぁ確かに言ったな。けど、俺にそんな権限あると思うか?」

 

「は?」

 

「このゲームを受けたのはステファニーだし。あくまで俺は前座だからな。ステファニーが言ったならまだしも、俺が勝手にルール変えたらまずいだろ。それに、『十の盟約』でイカサマは発覚した時点で即失格。神が決めたルール変えようなんておこがましいんじゃないの?恥ずかしくないの?」

 

というやり取りをし、今日のゲームは終わった。

 

明日もこれがあると考えると憂鬱だ。早く空白の二人が帰ってくることを祈ろう。



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面倒ごとの予感

ある日の二人(八幡&ステファニー)

「きぃぃいいいいいいっっっ!!!!!やっっってられませんわぁっ!!!!」

「おいどうした。落ち着け」

「あっ!八幡!何か用ですの?」

「いやお前が根詰めてそうだったから、茶を淹れたんだが…」

「あ、感謝しますの。いただきますわ」

「で、さっきのなに」

「ああ…諸貴族どもの馬鹿さ加減にうんざりしてまして…」

「そうか…まぁ愚痴くらいなら聞いてやるよ。ちょっとだけな」

「本当ですの!?」

「ちょっとだけだぞ」




「だからそんなに土地をねだったところで無能な領主をおけば何の役にも立たないとあれほど‥‥!!!」

「すまん。俺が悪かった。気軽に話聞くっつった俺が悪いから、そろそろ止めてくれ。もう三時間経ってる」


空と白の仕事を押し付けられてから、おおよそ二週間。

 

当初は緊張感満載で、やらかしたらどうしようとか考えていたが、人間慣れればなんてことなくなるもので、何度も来る貴族たちの相手も適当にあしらうようになってきていた。もはや作業ゲーである。

 

ダンジョンクエストみたいに、倒した相手よりも強い敵が現れるというシステムならやりがいも感じれるのだが、あいにくと同じレベルの相手をひたすら倒し続けるだけ。やるゲームもポーカー一辺倒であるから、変わり映えもなく終わりの見えない地道な努力を積み重ねさせられている気分。もう面倒を通り越して苦痛まである。

 

正式に仕事を託されたステファニーはすでにダウン。仕事をいくつか請け負ったとはいえ、ステファニーのしなければならないタスクは相変わらず多かった。むしろ俺が請け負ったことで、仕事を処理するスピードよりも追加されるスピードのほうが早くなってしまい、余計に忙しくなってしまった。

 

ステファニーは根が真面目だから、割り振られた仕事を馬鹿正直に期限内に終わらせようとかなりの無茶をしていたようだ。最近はほとんど睡眠をとっていなかったようで、昨日の昼には幻覚まで見えていたらしい。

 

流石にそれはまずいと思い、「仕事休んでいいから寝ろ」と強めに忠告したことで、ステファニーは今ぐっすりと睡眠中。その間にたまった仕事は何とか俺が対処している。といっても、俺ができることなんてせいぜい返答期限を延ばしたり、割り振られる量を減らしたりすることくらいだが。

 

ステファニーも俺達と同じくらいの年齢だろう。それであそこまでの仕事を任せるのはどうかと思う。今度空にはもう少しステファニーをいたわるように忠告しておこう。

 

なお、その空と白からは連絡が全くと言ってない。ジブリールも顔を出さないし、難航しているんだろうか。

 

そんなことを考えていると。

 

ドォォオオオオオオオン!!!!

 

「きゃぁぁぁああああああああああっっっっ!!!!!!」

 

と、ステファニーが寝ているはずの寝室から爆音と、叫び声が聞こえる。

 

俺は急いで部屋を飛び出し、走ってステファニーのいる寝室まで向かう。何があったかは知らないが、爆音があったということは、何かしらの事故があったか、もしくは敵が進行してきたかだろう。どっちにしろ事態は一刻を争う。面倒とか言っている場合ではない。

 

寝室の扉を思いっきり開き、ステファニーの容態を確認しようとする。

 

「おい!なにがあっ…」

 

そこで俺が見たものとは。

 

破壊された本棚。散乱する本。吹き抜けになった壁。舞う羽毛。割かれた枕。倒れたベッド。その上に横たわるステファニー。そして確実に実行犯だと思われる天使が一名。その周りを取り囲むようにして見知った人物が二人と三匹。

 

「…何してんの?」

 

とりあえず中央でふよふよと浮いているジブリールに話を聞いてみる。できれば理解できるまともな回答が返ってくると嬉しいが。

 

「マスター。お久しぶりでございます。空様が()()()()エルキアに空間転移せよとのことで。ですが、人数が多かったので、少々大きめに空間に穴を開けました」

 

ふむ。つまりは全ての原因は空ということか。であれば、なぜこんなことをしたか、空に聞いたほうが良いだろう。

 

「…怒る前に理由を聞こう。空、なぜこんなことをした」

 

「…あー。俺もこうなるとは思ってなかったんだが…理由としては、ステフに仕事頼もうと思ってな」

 

「却下だ。自分でやれ」

 

俺は空のそのセリフを聞いて、何かを考える間もなく、その言葉を口にした。

 

「ただでさえステファニーに仕事任せっきりなんだから自分でやれよ」

 

「…八幡、怒って、る…?」

 

「ヒッキー、キレてん、です?」

 

白といづなの少女コンビが、俺の顔色を窺っている。いづなにいたってはいのさんの背中に半身を隠してしまっている。自分で怒っていたつもりはないが、二人が言うなら俺は怒っているんだろう。

 

「ああ。怒ってるんじゃね?十中八九、もうほとんど、多分、おそらく、そうかもしれん」

 

「だんだん曖昧になってくな」

 

「まぁな。あんまり怒ってる自覚ないし。どっちかっていうと呆れてる」

 

そう。俺は怒っているのではない。呆れているのだ。

 

空と白が国王の仕事のほとんどをステファニーに任せている理由は、なんとなく理解できる。

 

最強ゲーマー空白。彼らはあくまでゲーマーであって、政治家ではない。

 

適材適所、餅は餅屋という言葉があるように、よく知らないやつが時間をかけてやるよりも、できるやつが早いこと仕事を終わらせたほうが全体としての成果は高い。だからこそ、賢者は仕事をせず、他人にうまく仕事を割り振る。

 

その点において、ステファニーは逸材だ。現在のエルキアの政治的立ち位置、貴族たちの力関係、経済に産業に至るまで、様々なバックグラウンドを考慮に入れたうえで、今やらなければならない最適の仕事をしているとはたから見ていて思った。

 

だが、彼女は俺達と同じ人間だ。そこにいるジブリールと比較してはいけない。疲れもするし、悩むことだってある。つまりは受け入れられるキャパシティーがあるのだ。

 

それを越えて仕事を割り振ることは、賢者はおろか、愚者にすらなりえない。ただの暴君だ。

 

キャパオーバーとなったステファニーを知らないから言えるのだろうが、その上にさらに仕事を託すなんてどうかしてる、と俺は思ってしまった。

 

なんとなく、そこらへん空はわかってるんじゃないかと思っていたから。

 

「少なくとも満身創痍のやつの部屋を荒らした相手を目の前にして、何も思わないほど俺は冷徹じゃない」

 

「だから言ってんだろ。こうなると思わなかったって」

 

「それを反省して仕事は自分でやろうとは思わないのかよ」

 

「俺にできるならな。ステフにしかできないからわざわざ戻ってきたんだ」

 

「ほう。ならその仕事内容とやらを聞こうか」

 

そういうと空はポケットからスマートフォンを取り出す。そしてしばらく操作した後、画面をこっちに向けて差し出す。画面に映っているこいつは…水着姿の女性。なんのアニメキャラ?

 

「こいつを作るのが今回の仕事だ」

 

「ステファニーが新しい生命体なんか作れるわけないだろ。それともなに?新手のセクハラ?」

 

僕と一緒にこれくらい可愛い女の子作りませんかって?キモイ通り越して怖いわ。元の世界で言ったら通報されて即逮捕だわ。イケメンが言ったとしてもギリアウト寄りのOKだもん。OKされちゃうのかよ。

 

「ちっげーよ!!!水着だ水着!こいつが着てる水着を作るのが仕事だ!海底都市のオーシェンドに行くには水着が必要不可欠!なのにエルキアにも、東部連合にも俺達が望む水着はなかった!だったらもうオーダーメイドでステフに頼むしかねぇんだよ!」

 

空はこぶしを握り自らの感情を高ぶらせてそう叫ぶ。

 

なるほど。確かにそうかもしれない。こっちの世界の水着は小さい子が着るアレ…なんつったっけ。なんかふわふわしたスカートとちっちゃいズボンの間みたいなやつ。ドロワーズ?的なやつだからな。そもそもこっちの人類は海に行くことなんてないだろうし、水着なんてそれこそ子供たちが水浴びをするときくらいにしか使わないのだろう。

 

巫女さんしかり、ジブリールしかり、こっちの世界の住人達はやたらと美形が多い。せっかくの海。そんな一大イベントに、俺達の世界のようなきれいで派手で、ちょっとエロティックな水着を着せたいという気持ちはまぁわからんでもない。

 

とりあえず何でもできる有能天使にダメもとで聞いてみよう。

 

「ジブリール作れない?」

 

「魔法でよろしければ。しかし何かのはずみで魔法の効力が切れると、その場で全員全裸になることになりますが」

 

「流石に危険だよなぁ…しょうがない。ステファニーに依頼しよう。ただ水着はステファニーに任せるしかないにしても、その間の仕事は手伝ってもらうぞ。巫女さん貸してくれ」

 

そういって巫女さんの方に視線を向けると、巫女さんだけでなく、その場にいる全員が意外そうな顔をして俺のほうへと視線を向けた。

 

「なんだよ。なんか変なこと言ったか?」

 

「お前が自ら仕事をやるって言いだすのは意外だと思ってな」

 

「どうせ空と白(おまえら)やらないだろ。ステファニーの代わりが俺しかいないから、仕方なくだ」

 

「案外、あんたも頭まわるんやねぇ。ほんで一応聞いとこか。なんであてに白羽の矢が立ったんや?」

 

「政治のことはからっきしですし、俺一人で回せる仕事量じゃないから誰かには手伝ってもらいたい。空と白は俺と同じように政治には詳しくないだろうし、ジブリールと違って、巫女さんには実績ありますから。いのさんでもいいけど、その場合いづなを放置することになるんで。変態の中に孫を残させて仕事をさせるのはちょっと…」

 

「ほう。なかなか良い心遣いですな。感謝いたしますぞ。そこらの禿猿とは大違いのようで」

 

いのさんは眉をピクリとゆるめて、感謝の意を示すとともに、いづなを片手で抱き寄せ、空と白に鋭い視線を向けている。当の本人たちは全く意に介していないが。

 

「そういうわけで、手伝ってくれませんかね」

 

「…ええよ。どっちにしろ、そこの子が水着を作らん限り、あてらも動けへんし。なかようしようや」

 

そう言って投げかけた妖艶な微笑みに、俺はちょっとどきっとして、視線を逸らす。そしてそのまま、誰とも目を合わせることなく、巫女さんとともに部屋を後にした。

 

その際、ジブリールがこちらをじっと見つめていたことに、俺は気づく由もなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ステファニーが空達の要求を引き受け、水着を作り上げるのにさほど時間はかからなかった。

 

元王女様だというのに、いや、元王女様だからだろうか。裁縫の腕前もかなりのもので、空達のお眼鏡にかなうほどの素晴らしい水着を仕立て上げた。俺は直接見てはいないが、逐一横から指示を出した空が言うのだから間違いないだろう。

 

その間に行われた仕事に関しても、自分で言うのもなんだが文句ひとつない素晴らしい出来であった。巫女さんの手腕は流石というほかなく、人類種(イマニティ)獣人種(ワービースト)で生活形式や文化だったりするものが違うのも関わらず、そこのところを踏まえてきちんとしたプランを練りこんである。つまり巫女さんを起用した俺の手腕がいい。

 

元の目的であるオーシェンドに向かうにはだいぶ遠回りをしつつも、何とか行く準備を整えた。まぁ俺行かないんだけどね。

 

オーシェンドからの迎えが来ると言われた前日に、書斎で残った仕事を片付けていると、空が突然やってきて、

 

「留守番よろしく。ああ、仕事はお前ひとりじゃ無理だろうから、城門は閉めてていいぞ」

 

といって帰ってった。何様のつもりなんだろうか。

 

特別人魚たちに興味はなかったので別に構わないが、一人で留守番をするとなると少しさびしさを感じるなぁ…と考えていたところに、空間転移の穴が開いて、アズリールがひょっこりと姿を現した。

 

なんでも、今回は俺の知り合いが誰もいなくなってしまうので、致し方なく、断腸の思いで、苦渋の決断で俺のことを任せる、とジブリールから伝言を受け取ったそうだ。なので、あいつらがいないうちはアヴァントヘイムでお世話になるらしい。

 

 

 

 

 

 

 

そんなこんなで当日、いろいろとまどろっこしい事にはなったが、先ほど空と白(あいつら)はジブリールの空間転移でオーシェンドへと旅立ち、俺はアズリールに引っ張られてアヴァントヘイムのベッドに押し倒されている。

 

「‥‥‥‥」

 

「‥‥‥‥♡」

 

アヴァントヘイムにベッドなんてあったんだ…と的外れなことを考えつつ、アズリールの温もりを肌で感じる。

 

今俺の右腕はアズリールに抱きしめられて身動きが取れず、体の上には毛布代わりにアズリールの翼がかぶさっている。

 

うさぎの耳とか猫のしっぽとか、動物の特徴的な部分には触ってみたくなるのが人の性。空いている左手で、少し興味本位で翼を軽く撫でたところ、「ひゃあんっ♡」と危なげな声がしたので今は止めているが、今なおすりすりとこすりつけられ形を変える翼に意識が奪われる。

 

「‥‥‥‥」

 

「‥‥‥‥♡」

 

怖い。さっきからずっと何もしゃべらない。俺は今、基本上を向いて創造的な天井に目線をやっているが、アズリールは俺の顔を瞬き一つせず、じーっと微笑みながら、穴が開くほど見つめている。もう顔が貫通するんじゃないかってレベル。

 

数分ならまだしも、二十分もこの姿勢から変わらず見つめられ続けると身の危険を感じる。軽く視線を合わせてぎこちなく笑みを返しても、ただただにっこりと笑い返すだけで、ピクリとも姿勢を変えず、何も声を発しない。

 

マジで怖いんだけど。本当にどうにかなりそう。助けて!ジブえもん!

 

「‥‥‥いま、他の女の事考えてたかにゃあ?」

 

「ひっ…」

 

「誰のことかにゃあ…人類種(イマニティ)のあの子かにゃ?巫女とかいうやつかにゃ?それとも…ジブちゃんかにゃあ?」

 

やばいやばいやばいやばい。終わったかもしれない。何かやらかしたわけでもないのに人生が詰んだ気がする。さーよーならーありーがとーこえーのかぎりー。

 

あれだな。俗にいう地雷系彼女とかいうやつだな。なんもしてなくてもどっかにあるスイッチ踏んじゃうと人生終了(ゲームオーバー)っていうやつか。ちがうか。ちがうな。

 

「安心するにゃ?今はウチのことを考えられなくても…ジブちゃんたちが帰ってくるまでには、ウチのことしか考えられないようにしてあげるにゃ?」

 

「安心できないんで止めてください。それとそろそろ離して?」

 

「こないだのゲームのこと忘れてるのかにゃ?ウチが愛したいときに比企谷君はそれを拒めない。盟約は絶対にゃ~」

 

「拒んでません。適切な距離で愛してほしいだけです」

 

「ウチにとっては適切だにゃ?」

 

「恋愛って自分の意見の押し付けじゃなくて、いかに相手に譲歩できるかってことだと思うんですよね」

 

「じゃあ比企谷君が譲歩するにゃ」

 

「こういうときに譲歩できる人間こそ器が大きくて、惚れるに値する存在だと思うんですが」

 

「なおさら比企谷君が譲るべきにゃ」

 

「俺は器が小さくて、度胸がなくて、ゲームも弱くて、惚れる要素ないんで譲れません。そっちが譲ってください」

 

「いーやーだーにゃーっ!!!!」

 

「わがままかよ‥‥」

 

このような話し合いを約一時間にわたり続けた結果、バックハグからのなでなでを条件にようやく離してくれた。

 

なお、そのバックハグとなでなでをしている間にもメンタルがすり減り、それをやめるのにもまた一時間かかってしまったことは想像に難くないだろう。



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変態の巣窟―アヴァントヘイム―

ある日の二人(八幡&アズリール②)

「なんか最近視線を感じるようになりまして」

「それは怖いにゃあ?ストーカーってやつかにゃ?そうだ!ウチが守ってあげるにゃ!」

「部屋の中にいるのに視線を感じるんですよね。もうちょっとした恐怖です」

「不思議なこともあるもんだにゃ~?気になるならアヴァントヘイムで過ごすかにゃ?ウチらは大歓迎にゃ?」

「特に怖かったのは部屋を掃除した次の日の朝、目が覚めたら布団の上にびっしり羽根がばらまかれていたことですね」

「ふ~ん。まぁそういうこともあるにゃ。気にしないでおくにゃ」

「‥‥暗に止めてって言ってるのわかりません?」

「何のことかにゃ~?」


空と白が再びオーシェンドなる場所に向かい、アヴァントヘイムにてお留守番を仰せつかった俺。アズリールのご機嫌取り以外に特にやることもなく、飯を食い、本を読み、寝るだけの数日を過ごした。

 

想定よりも快適―というよりかは、俺のためにわざわざ準備した、と言わんばかりの心地よさでついつい惰眠をむさぼってしまう。本来はアヴァントヘイムなんて人間が生活できうる場所ではない。天翼種(フリューゲル)なる殺戮兵器が快適に過ごせるよう設計してあるのであれば、か弱い我々人類種(イマニティ)は生活どころか動き回るのでさえ命がけだろう。

 

そしてなぜかここにある、人類に適したベッドの中、ぬくぬくと暖かい布団で朝目を覚ましたのだが。

 

「‥‥前にも似たような状況になったことがあるから、いまさら驚いたりはしない」

 

俺とともにベッドにはアズリール含む、数百人の天翼種(フリューゲル)が。大奥じゃんこれ。つーか知らないうちにベッドでかくなってるし。

 

以前ジブリールにも同じようなことをされたが、天翼種(フリューゲル)には人の温もりが恋しいとかいう乙女チックな感情があるのだろうか。

 

「アズリールはまぁともかくとして、なんで顔も知らん天翼種(フリューゲル)のみなさんが添い寝してんの?あれか?罰ゲーム?」

 

「んにゃ?ジブちゃんから聞いてないのかにゃ?」

 

真横に陣取っているアズリールは、さも俺が起きる前から起きてましたというようなしゃきっとした目をして俺に問いかけた。なんなら昨日の夜からずっと起きてましたって言われてもおかしくない。だから怖えって。

 

「なにを?俺の天翼種(フリューゲル)間での嫌われ度合い?」

 

「違うにゃ。聖書の件にゃ」

 

「聖書?」

 

なんのことだろうか。俺はジブリールに聖書の話を振られたことはないし、こっちから振ったこともない。こっちの世界の神なんて、テトしか知らんわけだし。ああ。そういえば神霊種(オールドデウス)っていうのもいるんだっけか。

 

何かの比喩としてでも、本物としてでもいいが、そもそもクリスチャンでもなければ「聖書」なんて単語を使うときは存在しないだろう。何の話だかちっとも見当がつかない。

 

「まぁ『聖書』なんて呼び方してるけど、中身は比企谷君の観察日記にゃ。今天翼種(フリューゲル)の間で人気爆増中の激熱商品にゃ」

 

「なんだよそれ聞いてねぇぞ。プライバシーの侵害すんな。あとなんでそんな人気なんだよ。売れ残りまっしぐらだろその商品」

 

どこに需要があるのだろう。俺が日々していることなんて飯食って、ゲームの練習して、風呂入って寝るくらいだぞ。ここにいるときとほぼ変わらんだろ。

 

アズリールはなぜか誇らしげにふふんと鼻を鳴らすと、こんなことを口にした。

 

「それはウチの手腕のおかげかにゃ?中身がどんなものかわからない…そんな子のために用意した試し読み専用『聖書』の導入!加えてサービスとして様々なセットやおまけ付き!そして先着30名には次回の『聖書』ver2.0の優先購入特典も付けちゃったにゃ!さらにさらに!ここまでしてもお値段据え置きでなんと!39800ペリカ!」

 

「ここの通貨単位ペリカって言うんだ」

 

カイジじゃん。地の獄じゃなくて天の獄ってか。確か価値は日本円の十分の一だから…聖書一冊3980円?参考書並みに高いじゃねぇか。ハンチョウとチンチロしなきゃ。いやあの人には勝てないから無理か。シゴロ賽最強。

 

「そのおかげで初版は完売御礼、再販はないからどんどん希少価値が上がっていって、今じゃ元の値段の三倍出しても手に入らない超激レア商品なのにゃ!」

 

「なんでそんなもの俺の許可なく勝手に売ってるの?いじめ?」

 

「布教のためらしいにゃ」

 

「らしいってなんだよ。お前が勝手に売ってるんだろうが」

 

「ウチが売りたくて売ってるわけじゃないにゃ?ジブちゃんが「手っ取り早くマスターのすばらしさを布教するには私の日記を多様な特典を付けて売りさばけばいい」って言って委託してきたのにゃ」

 

ああ。なるほど。アズリールが書いたやつじゃないのか。それならプライバシーの侵害じゃないな。ジブリールは俺の観察をすることを盟約で許可されてるし、問題はない。というより、中身は毎日書いてるアレか。見たことないけど、何書いてるんだろう。

 

まぁだとしてもそれを勝手に販売するのは良くないんじゃないの?せめて俺に確認するくらいしたらどう?

 

やっちまったもんは仕方ないと、ため息をついて体を起こす。右にはアズリールがいるから、ちょっと左に体をずらして起き上がると、左にいた知らん天翼種(フリューゲル)の顔に手をぶつけてしまう。やばいと思いちらっと視線を向けると、ジブ子ちゃんAは目を覚ましていなかった。セーフ。

 

‥‥お前も顔綺麗だな。モブですら可愛いってこの世界の顔面偏差値どうなってんの?

 

「‥‥で、それとこのハーレム状態と何の関係があんだよ」

 

「多種多様な特典を付けたって言ったにゃ?比企谷君との握手券、ハグ券、サイン券、デート券、そして添い寝券。今ここにいる子たちは購入者特典の恩恵を受けてるってことにゃ」

 

「何してくれてんだお前」

 

あまりにも勝手すぎる。もはや人権がない。せめてさぁ…知らせとこうぜ。報連相は社会人の基本だよ?

 

それとなんでそんなものに需要があるんだ。むしろその特典要らなくない?だって相手ただの人間だよ?俺からしてみればウサギとの添い寝券付きでウサギの観察日記売りますって言われてるみたいなもんだぞ?‥‥ちょっと需要ありそうだなオイ。

 

「というわけで、今日からはその特典の有効期日だから、ちゃんとファンの子たちにサービスしてあげるにゃ?」

 

「マジで言ってんの?」

 

「大マジにゃ。嫌なら王城へ帰ってもらうにゃ?」

 

くそが。足元みやがって。いまさら王城帰っても誰もいねぇよ。一週間近く、金なし食事なしでどう生きろってんだ。

 

「引換券持った子にはちゃんと対応するにゃ?そうじゃないと買ってくれた意味なくなっちゃうからにゃ~」

 

「ええ‥‥超理不尽‥‥人生ストライキしようかしら」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それからは、なんというかアイドルみたいな生活を送った。なお、それらはすべてアズリールの指示に従わされてやったものだ。生活を盾にして人を脅すのやめよう?

 

名前を呼ばれればひきつった笑顔で笑いかけ、キャーッという黄色い歓声が周りを包む。握手を求められれば両手でしっかり握って「ありがとう」と微笑みかける。ハグを求められればあすなろ抱き。デートの際は恋人繋ぎで、頭をなでたり耳元で囁いたりする。どっちかっていうとホストじゃないこれ?

 

ちょっと自分がスターになった感覚を味わったが、羞恥心が半端じゃないので金輪際止めていただきたい。もうほんと、切にお願い申し上げまする。

 

ちなみにアズリールはずっと一緒。デート券持ってるやつとのデート中にもずっと横にいる。「いつでも愛せます」券もってるみたいなもんだからしょうがないんだけど…気まずくないのかしら。

 

そんな生活を何日か繰り返していると、流石に精神が疲弊してくる。特に傍にずっといるアズリールのせいで、四六時中、寝てるときでさえも心が休まらない。

 

一週間ほどが経過して、とうとうはりぼてのスターの顔が剥がれかけたとき、ようやく彼らは現れた。

 

空間転移によって気圧差が生じ爆風が起こる。天翼種(フリューゲル)たちが壁になってくれたおかげで吹き飛ばずに済んだが、いつのまにか子供を守るかのようにアズリールに抱きかかえられてしまった。

 

そんな様子を爆風の中心地から見ていた空は、ただ呆れた顔をしてとりあえず確認とばかりに質問をしてきた。

 

「お前が俺らと同じ日本人であることは百も承知だが‥‥一応確認しとくぞ?お前って天翼種(フリューゲル)の代表だったりする?」

 

「一応否定しておくが、実質そうなんじゃない?ここにいるやつら俺の言うことなら何でも聞きそうだし‥‥でも止めろって言ってもやめてくんないから違うわやっぱ」

 

様々な容姿の天翼種(フリューゲル)からもみくちゃにされながら、空の質問に返答しておく。一人ひとり丁寧に剥ぎ取っていき、全員をはがし終えるとゆっくりと立ち上がって、ジブリールの元へ向かう。

 

ジブリールは珍しく我関せず、といった顔であるがこっちはそうもいっていられない。このままいったら本当に天翼種(フリューゲル)(どれい)になる可能性がある。

 

「ジブリール。海棲種(セイレーン)とやらのゲームは終わったんだろ?」

 

「いえ。残念ながら。詳しい内容は省きますが、まだゲーム中と考えていただければ」

 

「そうか‥‥なら、お前はここでリタイアだ。図書館に戻ろう」

 

俺がそういうと、ジブリールはピクリと眉をひくつかせる。

 

「マスター。私の聞き間違いでなければ‥‥()()()()()()()‥‥そうおっしゃるのですか?」

 

ジブリールは怒っているようだ。海棲種(セイレーン)は相当おバカだから、種族関係なく負けることがあれば一生の恥だと前に言ってたっけ。

 

だが俺にとってみればどうでもいいことだし、何より前提が間違っている。

 

「いや。負ける必要なんてない。()()()()()()()()()()()ってことにしとけ。どうせ空のことだ。「このゲームの説明時に途中退出不可なんて言われてねぇ」とかなんとか言って無理やり抜け出してきたんだろ。だったらいつ復帰するかも決めてないんだし、それでいいだろ」

 

リタイアといったのは、事実上参戦しないから。別にもうやらないからと言って律儀に「負けました」なんて言う必要がない。参加者全員がクリアしなきゃ終わらないゲームならまだしも、誰かがクリアすればいいなら空達に任せておけばいい。俺らはおまけ。

 

「見事だ。伊達や酔狂で天翼種(フリューゲル)従えてねぇってか」

 

「だから従えてねぇって言ってんだろ。むしろ従わされてる。そういう意味でも早く帰りたい」

 

「マスターのお考えは理解しました。しかし、その命令は了承いたしかねます」

 

ジブリールが恭しく頭を下げる。とりあえず頭をあげるのを待ってから、話を聞こう。

 

「先ほどはあえて敗北に関して反応して見せましたが、実は敗北することはさほど問題ではないのでございます。重要なのはそのゲームに参加することにより、私の望むものが手に入るかもしれないということにあるのです」

 

なるほど。勝利報酬に「人魚の涙」的なレアアイテムでもあるのだろう。途中抜けしたままだと、もしかしたら空達が譲ってくれない可能性もあるし、心配なんだろう。

 

「‥‥そうか。なら仕方ないな。じゃあまぁ頑張れ。応援はしてる」

 

「何か勘違いなさっているようですが‥‥まぁ今は触れないでおきましょう」

 

ジブリールのぼそぼそと呟いた言葉を耳に入れつつ、帰れなくなったことに悲しみを覚える。触れないほうがいいのならあえて口を出さないほうがいいだろう。お互いのために。

 

そんなことを考えていると、袖をクイクイと引っ張られる。なんだろうと目をやると、白が俺の袖を握っていた。

 

「どうした?白」

 

「‥‥八幡に、お願い‥‥ある」

 

白からお願いとは珍しい。言っちゃあれだが、俺も白もコミュニケーション得意じゃないからな。ほとんど喋らんから、新鮮に感じる。

 

「なんだ?」

 

「‥‥ゲームの、勝利条件‥‥嘘だった。‥‥だから‥‥‥()()()()()()()‥‥探すの、手伝って‥‥?」

 

「なんかまためんどくさそうなことになってんなぁ‥‥。でもなるほどな。だからお前らここ来たのか」

 

「そういうこった。だが時間がない。お前はさっき復帰するまでの時間を決めてないって言ったが、それは逆に()()()()()()()()()()()()()()()()ってことだ。オーシェンド(むこう)に人質を置いてきたからギリ耐えてるが、おそらく一週間と持たねぇ。早いとこ情報集めて再戦しねぇと人質が危ない」

 

「人質ってお前‥‥まぁいい。けど手伝って欲しいっつったってできることには限度がある。俺人類種(イマニティ)語しか読めないし。ここの本、十六種族の言語に加えて俺らで言う古文あるから読めないのがほとんどだぞ」

 

白の様に複数言語読めるならまだしも、一言語しか読めない俺には情報収集だって高難易度だ。手伝って役に立つかどうか…。

 

「大丈夫‥‥。助っ人、たくさん‥‥八幡なら‥‥できる」

 

「ん?どういうことだ?」

 

「‥‥‥」

 

白が無言で俺の後ろを指さす。そこにはおとなしく俺のことを見つめて座っている大量の天翼種(モブてんし)が。

 

()()‥‥貸して?」

 

なるほどなぁ‥‥まぁ確かに理にはかなっている。百を超えるジブリールもどきの協力をこぎつけられれば、一週間どころか三日くらいで終わるだろう。ただ、どうやって協力を得るか。

 

手っ取り早いのはアレだが‥‥まぁ、やるしかないんだろうなぁ‥‥きっと。

 

腹をくくってモブリールたちの前に立ち、できる限り気持ち悪くならないように、笑顔を努めて、お願いすることにした。

 

「自分で言うのもあれだが‥‥俺の風呂写真とツーショット券で二人のこと手伝ってくれないかなぁ‥‥なんて言ってみたり‥‥」

 

「「「「「「「やるっっっ!!!!!!!!」」」」」」」

 

即答かよ。こんなんで大丈夫か?天翼種(こいつら)




原作を大分端折った気がする‥‥

アズリールもあれだし、別になくてもいいかなぁって‥‥

原作知ってる方はまぁ天使とのゲームは一時的にスキップって感じで。

やるならラスト一歩か二歩手前くらいにしれっと入れます。


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惚れられてわかる、リア充のつらさ

ここ数日のみなさん①

「Gエリアの本、精査完了です!もうあの二人に渡してあります!」

「HからJは別の子がやってるから、次Kエリアのやつやって!」

「Eエリアの本、いくつかありません!ファンクラブ以外の別の子たちが持っていったようです!」

「用があるのは本の中身だけ!中身を検めて、それっぽかったら奪ってでも持ってこさせなさい!」

「ちょっと!本出しっぱにしないでよ!調べ終わったやつと区別つかなくなるじゃん!」

「はぁ!?アンタのほうが普段片づけないでそこらへんに置いてあるくせに!調子のいいこと言わないでよね!」

「喋ってないで手動かしてよ!!サボってたからご褒美取り消しなんて言われたら責任とれるわけ!?」

「てめぇら言葉に気をつけろ!!!比企谷様が見てんだぞ!!?ファンクラブの評価落とすような真似すんじゃねぇ!!」

「「「ご、ごめんなさい!!」」」






「愛されてるにゃあ?比企谷君」

「怖い。本当にただただ怖い。助けてくれ小町」


海棲種(セイレーン)とのゲームに勝利するべく、情報を集めることとなった我ら人類種(イマニティ)サイドは、百を超える有能な天翼種(じんざい)を手に入れ、三日三晩、ありとあらゆる書物をあさった。

 

空も白もものすごいスピードで本を読み漁り、ジブリールたちは本の用意と内容の精査を行っている。

 

人類種(イマニティ)語しか読めず、アヴァントヘイムを自由に行き来出来ないので、俺はただ彼らがやっていることを見ていることしかできない。できることと言えば、彼らの邪魔にならないよう端っこでひっそりとしておくことくらいだ。

 

何もせずぼーっとしていると、隣に座っているやつから声がかかった。

 

「あ、あのぅ‥‥‥ところで、その、どちら様ですかぁ‥‥‥?」

 

空と白についてきた、吸血種(ダンピール)の少女。名をプラムというらしい。ジブリールから話は聞いていたが、どうやらそちらさんには伝わっていないようだ。

 

「比企谷八幡だ」

 

「変わった名前ですねぇ‥‥‥あ、いや、別に侮辱するつもりはなくて、ちょっと驚いたといいますかぁ‥‥‥」

 

ほっとけ。つーか、俺からしてみればお前らのほうが変わってるわ。異世界だから仕方ないんだけどさ。

 

「それでそのぉ、お二人とはどういった関係で‥‥‥?」

 

「あいつらとの関係?」

 

関係、か。なんだろう。友達、ではないが、知り合い、というにはいささか関わりすぎている。ちょうどいい関係値が見当たらない。

 

「まぁよくわからんけど、強いて言えば協力者じゃねーの?天翼種(フリューゲル)貸してるし」

 

そもそも俺のものじゃないんですけどね。ただ、協力の代償が重すぎるけど。王城の仕事の件にしても、労働基準法に則り、空たちには給与手当を支給してほしいくらいだ。

 

「‥‥‥一応ですよぉ‥‥?一応ですけどぉ、どこかの種族の全権代理者だったり‥‥‥」

 

「しないな。もしそうなったらその種族は滅ぶ。間違いなく」

 

そんな他愛もない話をプラムとしていると、唐突に空が机をたたいて激昂した。

 

「何故だっ!?」

 

驚いてそちらへ視線を向けると、本の山に埋もれながら空は怒りを露わにしていた。

 

それに加え、不機嫌そうに呻いている白を見て、何か話相手にでもなってやるかと思い、二人の元へプラムを連れて向かう。

 

「どうした?なんかあったか」

 

「なにもねぇ‥‥いや、ありはした。ゲームの勝利条件が記述されている本はいくつか見つかった‥‥だが、それらに書かれていた十九もの『文言』―()()()()()()()()()()()()()()()()()()!!」

 

「もしかしてですけどぉ‥‥無駄骨、だったんですかぁ‥‥?」

 

散々色々な所へ連れまわされた挙句、勝利一歩手前のところで計画がとん挫しかかっているかもしれないという状況に、プラムは悲しげな声をあげる。

 

空は首をふるふると振って、それを否定すると―

 

「いいや。状況はそれより深刻だ‥‥。いったん整理するぞ?」

 

と、空はため息交じりに俺達のほうへと顔を向けて、語る。

 

「話の発端はプラムが俺達人類種(イマニティ)に協力を求めたのに起因する。海棲種(セイレーン)吸血種(ダンピール)の間にあるもろもろは割愛するが、結果的に両種族は滅びの危機に瀕していた。そこで、オーシェンドの海底資源三割の提供、海棲種(セイレーン)及び吸血種(ダンピール)との恒久的友好関係の締結を条件に、吸血種(ダンピール)のプラムと協力し、解決の手助けをすることになる。その解決策というのが、()()()()()()()()()と言って盟約に誓って眠りについた海棲種(セイレーン)の女王を起こすことで、そのために俺らは女王とのゲームに参加することになった。ここまでは前に話したな?」

 

「ああ、あんまり覚えてないけど、そんな感じだった気がする」

 

「俺達はそのゲームに参加し、二つの情報を得た。一つは『確実に惚れる』魔法を使っても女王がオチなかったことから、勝利条件が改竄されているということ。もう一つは、盟約に誓って眠った女王を起こした時にもらえる報酬が()()()()()()()()()()()()()()だった」

 

はぁ、とため息をついて、空は続ける。

 

海棲種(セイレーン)の女王は全権代理者。女王は自分のすべての権利をかけて眠りについた。だが、万が一女王が目覚めてしまえば、海棲種(セイレーン)は種の駒を奪われ致命傷になる。そこで、女王は勝利条件を隠蔽した」

 

「は、はいぃ‥‥‥そうですぅ‥‥」

 

「究極の隠蔽法は、()()()()()()()()。ゆえに、海棲種(セイレーン)と長い付き合いであるプラムですらその条件を暴けなかった」

 

だが、と空はさらに続ける。

 

「現女王が眠りについたのは、女王になる前。先代が命の危機に瀕するまでは、誰か別種族が目を覚まさせる前に、海棲種(セイレーン)は自分たちで女王を起こそうと動いたはず―つまり、()()()()()()()()()()()()()、今の『文言』は()()()()()()()と俺達は踏んだわけだ」

 

そう。だからこそ空達はわざわざアヴァントヘイムまできて、改竄されていない元の『文言』を探すために、わざわざ大量の天翼種(フリューゲル)の協力を得て、徹夜してまで探していたのだ。

 

「たった一勝すればすべてが手に入るこんな美味しいゲーム、過去参加した種族が存在しないわけがない。現にアヴァントヘイム内で集まった情報だけで、過去十九回にわたる、五種族とのゲームを行った記録と、その時の『文言』が出てきた。それらを比較検討すりゃ何が本当の条件かわかる‥‥そう思ってたんだが」

 

そこで一度言葉を区切り、ため息をついて机に再び向かいなおす空。机の上の紙に、過去のゲームでの『文言』が日本語で訳されて記述されていた。それを見てみると、()()()()()()()

 

「結果わかったのは、『()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()』これが限界だった。改竄されていたのはあくまで勝利条件だけで、勝利報酬は間違っていなかった‥‥だが、そんなことはどうでもいい!」

 

空はバン!と大きく机をたたく。

 

()()勝利条件(おこしかた)()()()!?伏せるとこが違うだろッ!!!!」

 

先代の女王が亡くなる直前までであれば、仮に全権利を取られたとしても、種の駒はとられない。次世代の女王が使い物にならなくなるだけの事。

 

だからこそ、直前までは、相手に対してもその勝利条件は絶対に正しく伝えて率先してクリアを目指すはず。となれば―

 

「‥‥最悪の、可能性‥‥‥‥」

 

「え?ど、どういうことですかぁ?」

 

一人だけ状況を理解していないプラム。疲れている空の代わりに、かいつまんで説明しておく。

 

「過去に記述がないなら‥‥勝利条件(そんなもの)ないってことだ」

 

「そ、そんなわけないじゃないですかぁ!それじゃあゲームにならないじゃ‥‥!」

 

「厳密にはあることはあるが、()()()()()誰も知らないってパターンだな。『ご飯食べに行こう』って言われて、こっちが中華とか海鮮とかサイゼとかいろいろ言うけど全部『それはちょっと…』って返すから、『じゃあ何喰いたいんだよ』って言ったら『分かんない』って返されるやつと似たような感じだな。今回の例でいえば、『私を目覚めさせて!何で起きるか一切知らないけど』みたいな感じか?」

 

「そんなぁ!ってことはつまり‥‥」

 

「そうだ。女王が何を求めて眠りについたかを探すことになり‥‥簡単に言えば、プラムの作戦含めた半世紀にわたる吸血種(ダンピール)の策すべてが振出しに戻る」

 

そういうと、プラムは白目をむいて倒れた。空は絶望した顔で机に突っ伏し、白はショート寸前だ。

 

「‥‥なぁ。そのゲームって、具体的に何するんだ?勝利条件決まってなくても、やるゲームは決まってんだろ?」

 

一応何か手伝えるかもと思い、詳しいゲーム内容を聞いてみる。

 

「ああ‥‥そういやゲームについての詳しい話伝えてなかったな。ゲーム内容はねぇ」

 

「は?いや流石に何するかは決まってるだろ」

 

「現女王、ライラの夢の中に干渉し、自分が任意に作成した想像上のゲームにお互いが参加することになってる。だからなんでもいいんだよ。以前までは『惚れさせる』のが目的だったから恋愛ゲーだったが‥‥今となっては何のゲームを持ちかけるべきかすらわからねぇ」

 

なるほど‥‥これは厄介だ。既に設定されているゲームがあるなら、その中の様々な要素をカンストさせればいつかクリアできるかもと思ったが‥‥そういう簡単な話でもなさそうだ。

 

「いっそのこと、夢の中に入った後、普通にポーカーとかして勝てばいいんじゃねぇの?『負けたら目を覚ます』って盟約に誓わせて」

 

「無理だ。普段ならその手法はアリだが、今回は夢の中に干渉してゲームが行われる。夢で誓った盟約が遵守されるなら、お前は今頃天翼種(フリューゲル)の奴隷だろうよ」

 

「怖いこと言うな。マジでされそうだから」

 

ダメか。結構いい案だと思ったが、確かに空の言うとおりだ。夢の中で行われたゲームに負けて、盟約で縛られるとかたまったもんじゃない。

 

「何を求めて眠りについたかわからないうえ‥‥仮にわかっても恋愛関係なら俺らにはお手上げだ。どうにもならん」

 

ここにいるすべての者が、絶望の二文字を頭の中に思い浮かべ、うつむいてしまう。

 

とはいえ、ここでうなだれていたところで無駄に時間を浪費するだけだ。すべてがわからないままであるというのなら、希望的観測に基づいて結論を出すしかない。

 

「仮に勝利条件が隠蔽されてなくて、本当にそのライラとかいう女王を惚れさせるのが勝利条件って可能性はないのか?」

 

聞くところによれば海棲種(セイレーン)は相当のおバカらしい。ただただ何も考えておらず、偶然たまたま、今のところ誰も惚れさせることができていないだけかもしれない。

 

恋愛関係ならお手上げというが、空なら適当に誑かして惚れさせるなんて容易にできそうだし。その可能性があるならやってみるのも一つの手だろう。

 

「なくはない。だが、正直言って『惚れ魔法』使って惚れないなら、惚れさせる方法が全く分からん」

 

なんだその魔法。さっきも話に出たが、超気になる。どういう原理?

 

「その『惚れ魔法』、本当に効果あるのか?」

 

「ああ。効果は立証済みだ。間違いねぇ」

 

「へぇ‥‥なら、ちょっと俺にかけてみてくれ」

 

そういって、床で倒れたままのプラムに声をかけてみる。こっちの世界に来てから色々な魔法とやらを見てきてはいるが、心まで魔法で操れるものなのか、気になるところだ。

 

「ええと、結構大掛かりな魔法なので、今の僕じゃ無理ですぅ‥‥でも、血をいただければ可能ですぅ」

 

「マジでか‥‥どんくらいいるの?あんまり多くは無理だぞ」

 

「魔法を使うだけならぁ‥‥軽く一口くらいでなんとか‥‥」

 

それくらいなら大丈夫か。問題ないと判断し、ジブリールに注射器を準備させる。なぜすぐに取り出せるような場所にそんなものがあるのかを考えないようにし、ジブリールに命令して採血してもらう。いくらなんでも直接噛みつかれるのは無理だからな。

 

注射器から手に入れた俺の血を飲み、恍惚とした表情を浮かべるプラムにドン引きしつつも、状況が整ったことに安堵する。よかったこんなもんで。これ以上抜かれると貧血気味になりそうだ。

 

「ええと、惚れたい相手はどうなさいますかぁ?」

 

「誰でもいい。強いて言えば空か。男同士でも惚れるならマジもんだろうし」

 

「すみません‥‥それは無理ですぅ‥‥流石に異性じゃないと‥‥」

 

「なら、白か?白ならまぁ、多分、大丈夫だろ」

 

「マスター。僭越ながら、その役目私が‥‥‥」

 

ジブリールがすかさずそこで声をあげるが、ダメだと一蹴する。お前ら異世界人組はきれいな顔してるからダメだ。気を抜くとうっかりマジで惚れる可能性がある。

 

白は‥‥まぁ大丈夫だろ。いくらなんでも素面で小学生に惚れたりなんてしない。

 

プラムに魔法をかけてもらうと、なんとなく心がぽわぽわしたような感覚に陥る。だが惚れた、という感覚はない。

 

「失敗してね?」

 

「最後の仕上げがあるんですぅ!では白さま!比企谷さまの胸を揉んでください!」

 

「え?おい白。まてまてまて。聞いてねぇぞそんな話っ‥‥!」

 

「‥‥‥お、け」

 

俺が一度ストップをかけるも、白は止まらない。躊躇なく俺の存在しない胸を手でぎゅっと握る。変な感覚だ。

 

すると―

 

「‥‥あー。確かにな。惚れたわ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。思ってたのと違うが‥‥()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()って感じか」

 

何だろう。生まれてくる感情のことごとくが『惚れた』と再定義されるもんだから、感情の説明が上手くできない。だが、本当に惚れているわけではないことだけはわかる。

 

おそらくだが、胸を揉まれたときに感じるはずの「こそばゆい」とか、「もどかしい」とか、「はずかしい」だとかいったそういう感情が一緒くたに上から「惚れている」に塗りつぶされているのだろう。

 

「なんかずいぶん穏やかだったな。実験のときの巫女さんは結構激しく感情動いてたのに」

 

「まぁ、相手は白だしな。というか、巫女さん実験台に使ったのかよ。あんまり失礼なことすると嫌われるぞ」

 

「お互い納得してるから問題ないな」

 

いや待て。ということは空は巫女さんの胸を揉んだということか。しかも合法的に。よく巫女さん怒らなかったな。

 

‥‥いや余計なことは考えるな。巫女さんの胸なんて想像したら後ろにいる天翼種(じらいげん)を踏み抜くことになる。今はゲームの話に集中だ。

 

「これ使っても、惚れなかったのか?」

 

「ああ。いの(ジジイ)がライラに告った後、命がけでこのチートを使ったが、効果はあったもののゲームクリアにはならなかった」

 

そうか‥‥なら、どうしようもないか?

 

俺も話していて、無理だ、と諦めようとしたとき、ふとジブリールとした会話を思い出す。

 

『愛とは、何でございましょう』

 

あの日、俺は何と答えたのだったか。たしか、自分の感情の押し付けあいが愛だと、そんなようなことを言った気がする。

 

今思い返してみれば、中々に核心を突いた答えだったと思う。惚れるだの好いているだの言う感情は、ただの気持ちの押し付けなんだ。

 

だからこそ、好きでない相手にとってみれば鬱陶しいことこの上ないのだろう。現に、今いる天翼種(フリューゲル)のほとんどが俺にいろいろ尽くしてくれたり、何かとくっつきたがったりするが、されている俺はたまったもんじゃない。

 

まぁ本当に彼女らが惚れているのかは疑問ではあるが‥‥‥ん?ちょっと待てよ?

 

愛とは気持ちの押し付け合いだ。より詳しく言えば、愛し合う、愛をはぐくむといった行為がそれにあたる。つまり双方向に愛のベクトルが向いていることを指す。

 

しかし、愛するという行為そのものは単一方向、誰かから誰かへの愛のベクトルである。惚れるという言葉はこの言葉の類義語に当たる。

 

もしかして‥‥‥

 

「ジブリール。確かお前、海棲種(セイレーン)の女王が眠りについた理由は、ある童話に感化されたからだって言ってたよな?」

 

「確かにその通りでございますが、よくそのような細かいところまで覚えていらっしゃいますね。マスターがこちらの世界に来てすぐ、授業の一環として一度話したキリだというのに」

 

確かに、各種族のことについてはジブリール先生の授業で聞いたっきりで、一度も話題に出してはいない。だが、覚えていなければ授業をしてもらった意味がないし、覚えていなければこっちの世界では生きていけないだろう。

 

「その童話、どんな内容だったかわかるか?」

 

「申し訳ありませんがわかりかねます。加えて、どの種族のどの作品であったかすらわかりません。海棲種(セイレーン)に伝わる童話だけで100は越えますし、全種族の童話の中から女王が感化されるきっかけとなった一作品を見つけるのは困難かと。今となってはその話自体が作り話という可能性もあります」

 

「そりゃそうだが、何かしらは信用しなきゃ全部嘘になる。今のところ、出てきた情報の中で食い違いは発生してないから全部本当のこととして考えんのが手っ取り早い」

 

「今そこらへんの周辺情報はステフに調べさせてる。エルキアは沿岸国。海に面し、隣国と言って差し支えないオーシェンドに対して先代の王が何も調べていなかったとは考えにくい。王城の書斎の中から、血眼になっていまそれを探してるはずだ」

 

であれば、ステファニーの方から、俺の予想する女王の望みと同じような内容が記された文言があれば決定的になる。いまは俺の考えがあっているものとして進めてみよう。

 

「じゃあ空。過去十九回のゲームにわたる内容については、いままでの本の中に記述があったか?」

 

「‥‥んあ?ああ、あるぞ。ただ、内容全部ってわけじゃねーが‥‥」

 

空にいくつか内容を日本語訳して紙に綴らせる。やはり、そうかもしれない。

 

「俺の勘なんだが、過去十九回のゲーム、()()()()()()()()()()()()()()?」

 

「は?そりゃそうだろ。フラグ立てなきゃ惚れるもんも惚れねぇだろうよ」

 

なるほど。だから今まで、全員クリアできなかったんだ。俺の予想が正しければ、クリアできる。

 

当然、勝利条件が惚れさせることを目的としているなら、だが。

 

「あくまで可能性の話だが、勝つ方法、分かったかもしれん」

 

そう言って、俺は空にその勝利方法と思わしき策を伝えるのだった。



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再試合―リスタート―

ある日のみんな①

「ふっ…来たぜぬるりと…反撃開始だ。ツモ」

「にぃ‥‥それ、そんな高くない‥‥」

「そうですぞ。たかが2000点ごときでそのようにかっこつけられてもこちらとしては目が痛いばかりで」

「役満狙って死にまくってるジジイに言われたくねぇな。そういうのは一度でも上がってから言えよ。さっさとはらえ」


「来たにゃっ!!(ペー)にゃっ!!」

「うふふっ♡それロン。国士無双」

「にゃーーーーーっ!!!???イカサマしたにゃーーーー!!???」

天翼種(フリューゲル)の前でイカサマできる種族はこの場にはいないですぅ‥‥」


「幸せですね」

「まぁ、こういうのをテトは望んでたんだろうな」


「なるほど‥‥確かに、一応筋は通ってる。先代王との考察とも食い違う点はないし、やってみる価値はある」

 

「つっても、あくまでも仮説だ。ライラとかいう女王の望みが改ざんされてないってことが前提だから、普通に違ってるかもしれん。普通にゲームオーバーになる可能性もある」

 

「まー俺らにはこれ以上の解決策は思いつかねぇだろうし、勝率は悪くない。これで行こう」

 

「‥‥八幡、ぐっじょぶ‥‥」

 

「え、本当にそれでいいんですの?確かに盲点ではありましたけど‥‥」

 

「そのとおりですよぉ‥‥もしこれでうまくいったら、ボク泣きますぅ‥‥」

 

ステファニーたちと合流し、再びオーシェンドへ向かった一行。前回と違うのは、俺もついてきているということだけだ。

 

途中で合流したステファニーたちと情報のすり合わせを行った後、ちゃちゃっと要点だけ抑えて説明して帰ろうと思ったのだが、説明をする前に迎えが着てしまったので、そのまま流れで俺も連れてこられてしまった。

 

仕方なくオーシェンドにてすべての説明を行い、ようやく再戦、というところである。

 

「じゃ、説明も終わったし、俺帰るわ」

 

「は?何言ってんだ。お前もやるんだよ」

 

「いや、俺要らんだろ」

 

「確かにお前は必要ない。が、天翼種(フリューゲル)どもには用があるんだ。ここで抜けられると困る」

 

「‥‥ゲスト、参加‥‥‥よろしく‥‥‥」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―退屈だわ」

 

我知らず、吐息が漏れた。

 

オーシェンドは、全ての海棲種(セイレーン)の故郷だ。

 

美しき碧を纏い、水精の加護に包まれ、煌びやかな宝物が山と積まれた都。

 

だが、ここは牢獄だ。

 

「あ~もう、何か、楽しいことはないのッ!?」

 

何もかもが苛立たしく、わたしは唇を尖らせた。

 

オーシェンド。永久の遊郭。美も富も恋も、ここにはすべてがある。

 

生まれたときから、それはすべて私のもの。

 

だからこそ、永遠に満たされない。

 

でも、もし、ここにはなくて、私が欲しいものがあるとするなら?

 

それは―愛だ!真実の愛!

 

美しくも素晴らしき、不変の絆。私の心の渇望を満たしてくれる王子様。

 

そんな『彼』を待って、眠りについたのは、どれほど前だっただろうか。

 

盟約に誓って(アッシェンテ)

 

ふと声が響いて、私の意識が鮮明になっていく。

 

どうやら、また誰か来たらしい。私を求めて押しかける浅ましい男ども。

 

どうせハズレだろうけど、退屈だから遊んであげる。

 

今回はうんと優しくしてやろう。そして、こっぴどく振ってやるのだ。

 

そうすれば、おばかさんにも『真実の愛』が、もしかしたら―

 

 

 

 

《―愛が、欲しいか?》

 

「‥‥え?」

 

天上から、若い男の声が落ちてくる。

 

《―愛が、欲しいか?》

 

愛が欲しいか、ですって?もちろん。

 

「‥‥ええ、欲しいわ。あなたが与えてくださるの?」

 

《―そうか―ならば、くれてやろうッ!》

 

「ゆーーーーーーあーーーーーーしょーーーーーーっくッッ!!」

 

天が割れ、空が砕ける。

 

ガラスの様に飛び散ったそれが、天と海を血の様に染め上げる。

 

そんなガラス片に紛れるように、声の主も海に降り落ちてくる。

 

「はじめまして眠り姫(スリーピングビューティー)、お休みのところ毎度お騒がせ、空と白でございます」

 

「‥‥こん、ちわ‥‥」

 

‥‥ふうん?今回は、こういう趣向なのね。

 

多くの男が、様々なシチュエーションで口説きに来たけれど、こんな登場は初めてだ。

 

でも、違う。私が欲しいのは『真実の愛』。決して、奇をてらったものじゃない。

 

私は、すぐさま彼らを『魅了』しようとして、口を開こうとすると―

 

「おっと、先に言っとくぜ。今ここにいる俺らは()()()()()()。何言っても通用しないから、あしからず」

 

「‥‥それだけじゃ、ない‥‥‥」

 

「そのとーりッ!なんと今回はぁ!?世にも珍しいスペシャルゲストをお呼びしました!はいってきてちょ~だいッ!!」

 

その声とともに、今度は一人の男が空から降ってくる。濁った眼で、私を見るなり嫌なものを見たかのような反応をするその男は、私の心を刺激した。

 

「‥‥どうも」

 

「ッあ本日のスペシャルゲスト、比企谷八幡君です盛大な拍手でお出迎えくださいッ!!!」

 

「やめろ。ぶん殴るぞお前」

 

「え~いけず~」

 

空という男は、にやにやとした表情を崩さず、比企谷とかいう男から私に視線を移して、こう続けた。

 

「さぁ、ゲームを始めよう‥‥()()()()()()()

 

 

 

‥‥‥は?

 

「俺か、もしくはこっちの男を惚れさせたらアンタの勝ち。ゲーム終了だ」

 

そういって、空という男はオーシェンドで一番高い塔、女王の間を指さし、

 

「本物の俺らはあそこにいる。ああ、こいつは違うぞ?こいつは正真正銘本物で、アンタの魅了も通じるただの人類種(イマニティ)だ」

 

と、比企谷という男をポンポンと叩く。確かに、さっきからこちらと視線を合わせてこない。私の魅了から逃れようとしているのね。

 

「っつーわけで、説明は終わり。安心しろ。うまくいかなくても、()()()()()()()()。せいぜい楽しんでくれよ女王サマ」

 

「‥‥ばい、ばい」

 

そう言い終えると、比企谷という男を残して、泡のようになって消える。

 

ちらりと女王の間に目を移す。彼らはあそこにいると言った。けれど、あそこまで行くのは面倒ね。

 

となれば、この目の前にいる男を惚れさせるほかないのだけれど‥‥どうしようかしら?

 

甘い言葉でささやいてやろうか。それとも、ストレートに好きとでも口にしてやろうか。

 

告白するにはロマンチックさの欠片もない景色だけど‥‥まぁ、彼にとってみれば私のいるこの場所こそが最も美しいのだから、大して問題ないわよね。

 

目をそらし続けるだけで、先ほどからピクリとも動かない彼に向かって、ゆっくりと歩みを向ける。

 

そして、手を伸ばせば触れてしまうほどの距離まで近づいて、男が好きであろう私を演じる。

 

「ねぇ、こちらを向いて?」

 

びくっと肩を揺らすも、その男は視線を向けようとはしない。

 

ふふっ。我慢しているみたいだけれど、隠しきれていないわよ?もっとも、海の中で私に逆らえるものなんていないのだけど。

 

海は私の味方。私の持つ水精の量の前では、全てが私にひれ伏す。人も、吸血鬼も、魔法だって。

 

誇張表現?いいえ。ただの事実。自慢でも、自信でもない、確固たる原理でしかない。

 

私に従えられぬものなどない。この男を惚れさせろですって?息をするよりも簡単で、笑ってしまうわ。

 

「恥ずかしがっているの?ふふっ、可愛いわね」

 

そっと、男の頬に手を触れ、ゆっくりと顔を近づける。どう?私がここまでしてあげているのよ?好きになったでしょう?

 

「‥‥‥」

 

ようやく視線をこちらに向けるも、その男から一切のアプローチはない。悪あがきを。

 

仕方がない。惚れさせろ、という内容からして、この男から告白をさせなければならないのでしょう。

 

「私ね、あなたのことがとっても気になるの。どうか、この気持ちを汲み取ってくれないかしら?」

 

人差し指で、男の頬をつーっとなぞる。見惚れなさい。ひれ伏しなさい。そして、私の思うがままに、口にしなさい。ほら、愛してるって―

 

「「「「「我慢の限界だボケナスがぁあああああああッッッ!!!!!!」」」」」

 

怒号とともに、再び天上から何者かが姿を現す。あれはまさか―

 

「なっ、なに!?」

 

「あそこだぁ!!!殺せぇぇぇえええええええッッッ!!!!」

 

「「「「うぉぉおおおおおおらぁあああああッッッ!!!!」」」」

 

数十、いや、数百人に上る天翼種(フリューゲル)が、怒りの形相とともにこちらへと飛んでくる。

 

おののいて一歩後ろに後ずさるも、それ以上動くことはできなかった。

 

なぜなら、その時にはもうすでに、私は殺されていたからだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

先ほどまで魅力的に誘惑していた相手が、跡形もなく消し去られる光景を目の当たりにするのは、おそらく一生に一度、あるかないかだろう。いやねぇわ。あってたまるかそんなもん。

 

人が一人亡くなっているにも拘らず、冷静でいられるのは死んだ、という感覚がないからだろう。

 

一瞬にして消し炭となったため、遺体はない。先ほどまで彼女がいた空間に目配せをしつつ、なんとも言えない妙な気持ちに思いをはせていると、

 

「な‥‥なにするのよいきなり!?」

 

と、泡とともに形作られ、そっくりそのまま元の姿に戻った女王、ライラが怒りを露わにする。案外、復活するのが早いな。死にゲーをモチーフにしてるらしいし、リスポーンも早いのかもしれない。

 

ここは夢の中で、しかもゲームの中だ。だから、本当に死にはしない。仮に殺されたとしても蘇る。

 

それは決して女王のみならず、空も白も、そして俺もだ。加えて、この世界そのものが作られたもの。何度景色が変わるほどの大爆発を起こしても、数秒後には元通りになる。

 

だからといって殺されてもいいって訳ではないんだけどね。

 

「それはこっちのセリフなんですけど」

 

海棲種(セイレーン)ごときが調子乗らないでくれる?」

 

「マジで許さないから。夢の中だから容赦なくぶっ殺す」

 

いつの間にか俺の背後に陣取っていた天翼種(フリューゲル)三人に、再びライラは屠られる。そして、また復活する。

 

「夢の中だから、『十の盟約』関係ないし‥‥本気出してもいいんだよね?」

 

「問題ないよ~でも、どうせなら一発大きいのかましたくない?」

 

「いいねいいね。じゃ、マスターくんの号令でどーんでどう?」

 

物騒な話をしながら、空から何人も俺の元へと集まってくる。ちょっとまて。そんなにきたら、ライラの顔見れなくなっちゃうでしょうが。一応、ゲーム上は攻略対象なんだよ俺。

 

「あ…あなたまさか、天翼種(フリューゲル)の全権―」

 

「うっさい。死ね」

 

ライラがすべてを言い終える前に、一人が軽く捻りつぶした。こうも圧倒的な力の差を見せつけられると、位階序列というのは力の指標として正しいものであると認識するいいきっかけになるな。

 

とはいえ、あまり脈絡もなく目の前で殺されるのを見るのは気分が悪い。なるべくはやめにストップをかけておこう。

 

「わるい、すこし女王と話したいから、どいてくれ」

 

「わかりましたっ!みんな!女王を這いつくばらせて!」

 

「やめてください。恨みは買いたくないし、なによりあんまし気分のいいもんじゃないからそれ」

 

しぶしぶといった感じで俺から離れていく天翼種(フリューゲル)たち。なお、このセリフを言ったときにはすでに女王は這いつくばっていた。手の早いことで。

 

ゆっくりと近づいて、這いつくばったままの女王に対して、俺は手を差し伸べる。

 

「‥‥ほれ」

 

女王は一瞬躊躇するも、

 

「‥‥結構よ」

 

といって、手を取ることなく自力で立ち上がった。行き場をなくした俺の右手を何事もなかったようにひっこめ、そのまま頭を掻く。女王が俺の手をとらなかったのは、俺の手を取るのが嫌だったのか、それとも後ろにいる天翼種(フリューゲル)の視線を気にしてか。真相は定かでない。

 

「わるい…俺はここまでするつもりはなかったんだが‥‥空が『やるなら徹底的にやりたい』っていうから仕方なく。恨むなら空を恨め。一応チャンスもくれたみたいだが、関係なかったし」

 

「‥‥どういう意味かしら?」

 

「惚れさせる相手、空を選んで女王の間に向かってたら何事もなくたどり着けたが、お前は俺を選んだ。恋愛ゲーム風に言うなら、俺は「()()()()()()()()()」だったってわけだ。加えて―」

 

と、俺は続ける。

 

「ロードはできない‥‥つまりこうなった以上、あの天翼種(あくまたち)全員倒して俺に愛の告白をさせるか、天翼種(あくまたち)の攻撃で死にまくりながら女王の間までたどり着き、空を惚れさせるかの二択になったってことだ。その‥‥ご愁傷様」

 

「なっ‥‥ふ、ふざけないでっ‥‥」

 

「触るな」

 

女王が俺の胸倉をつかみかかったとたん、またもや一瞬にして吹き飛ばされる。無論、俺は一切ダメージを受けないのだが、ビビるから急にやるのは止めてほしい。

 

女王が再び蘇生されるよりも早く、空からジブリールが駆け付ける。どうしたのだろうか。ジブリールはゲーム中は空達と行動を共にする予定だったはずだが‥‥

 

「マスター。伝言でございます。『思う存分、心的外傷(トラウマ)を植え付けろ』とのことで。私も無理言ってこちらにはせ参じました」

 

「やめとく。少なくとも俺は快楽殺人者じゃない。トラウマを植え付けて、それがトラウマになったらたまったもんじゃない。できれば何もせずに耳ふさいでベッドに入りたいくらいだ」

 

そういうと、ジブリールはにっこりと笑って、

 

「そうおっしゃられると思い、女王の間の上に、簡素ではございますが『王の間』を作らせていただきました。完全防音の快適空間で、爆発音も、海棲種(セイレーン)が死ぬ声も届かぬ極上の空間となっております」

 

と話した。なるほど。そこであれば、空達がゲームを終えるまで何もしなくてもいいということか。

 

そこまで空間転移でつれていくが問題ないか、というジブリールの問に問題ない、と返し、ジブリールと手をつなぐ。

 

「ではマスター。できる限り大きな声で、『やれ』とお命じください」

 

「え?なんで?」

 

「この場にいる天翼種(どうほう)すべてに、私のマスターであるということを再認識していただこうかと」

 

「なにそれ‥‥まぁいいか。『やれ』!」

 

そういうと、ジブリールの頭の光輪が複雑に形を変え、魔法を編む。

 

一瞬にして、俺は「王の間」へと転移した。

 

 

 

 

「みんな…今の聞いたよね?」

 

「もちろんだよ~。マスターくんやっさしー」

 

「しょうがないよね。うん。あの人が()れっていうから、仕方なくだよ」

 

「よし。みんなでやろっか。『神撃』」

 

「あのころと違って、何回撃ってもエネルギー切れにならないし最高かよ!!」

 

「じゃあ、そこの()()()()()()()()()‥‥絶望してね♡」

 

 



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