深海鎮守府と漂着艦 (henry_stein)
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荒波と蜻蛉

 

「っ...ぁあ...」

眩しい。寒い。体が重い。揺れる。

いくつもの感情と感覚がどっと脳を揺り動かし、彼女が海の上で体を起こす。

「こ...こ......は...?」

がらがらの声で呟き、霞む視界で周りを見渡す。荒れ切った海が一面に広がる。

「...自分...は...」

痛む頭を押さえ、ふらふらと立ち上がる。

「自分...は...」

混乱しきった脳裏を引っ掻き回し、必要な情報を探る。

「...本隊...はぐれ...」

そうだ、自分は突然の暴風で本隊からはぐれたんだ。

「現...在地...あぁ。」

地図を取り出そうとする...あぁ、最悪だ。背嚢はとうに流されてしまっているのに。

「...燃料...大丈夫。」

艤装に触り、まだ燃料が残っていることを確認する。

ふらふらとおぼつかない足取りで、少女があてもなく海面を滑り出す。

「...確か、作戦地域は南...」

掠れた記憶を頼りに、艦娘としての感覚を頼りに海を突き進む。

ざぁざぁと海をかき分け、渦潮を突っ切り、ただがむしゃらに前に進む。

暫く後。霧雨が止み、いくらか視界が通るようになった。

行く先に一つの艦隊を見つけ、安堵し声を上げようとした彼女は愕然とする。

「...冗談、でありますよね?」

あれは味方じゃない、敵だ。深海棲艦だ―――

 

――それも、主力部隊の。

 

ばくばくと心臓が脈打ち、途端に呼吸が荒くなる。

何故?自分が参加していた作戦は掃討戦だ。主力がいるはずない。

何故自分はこんなにも混乱している?今までだって満足にやってきたじゃないか。

 

逃げろ、今すぐに旋回して、一目散に。

 

そう本能がけたたましく警告するが、足は一向に動く気配を見せてくれない。

動け、動け、動け!

理性が塗り潰される前に、この口が悲鳴を上げる前に!

 

あぁ、でももう遅い。

 

先頭にいたタ級がこっちを指さし、後続の深海棲艦と何かを話し合っている姿を認める。

 

気が付かれた。

 

体の震えが一段と激しくなるのを感じる。思考がどんどんと塗り潰されていくのが分かる。

「....ぁ」

もう限界だった。海に半ば倒れ込むように。絶叫ともとれる悲鳴を上げながら駆け出す。

「ぁ゛ぁ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛あ゛!」

ばしゃばしゃと海を踏み越え、渦潮に翻弄されながら、あてもなく走り続ける。

「....死にたく...死にたくなぃ...!」

冷えた空気をこれでもかと吸い込んだ肺は、呼吸をするたびに激痛が走る。

足の感覚はもうない。走れていることすら奇跡のように感じる。

「嫌...嫌だ...」

べしゃりと海に倒れ込み、波をもろに被る。

艦娘として生まれたことを恨めしく思う。艦娘じゃなかったら、今すぐにでも海に潜って逃げ出したい。

まだやり残したことがたくさんある。まだあの本も読み終わっていないのに!

そんなどうしようもないことばかりが後悔として湧き上がる。不思議なことに、ずっと戦ってきた仲間に対しての後悔はただ一つだけしかなかった。

「約束を...守れなかったのであります...」

ずっと前に、自分の代わりに沈んだ仲間、彼女の遺言を守れなかったことに対してだ。

 

――何があっても生き残るのです。生き残ればまたやり直せるのですから。

 

フードを被った、鉄仮面を装っていたあの少女の遺言を。

自分を庇い、致命傷を負った彼女の最期の言葉を。

「...無念で...ありますなぁ。」

背後から水を切る音が聞こえる。あの艦隊が追い付いてきたのだろう。

「...あぁ、いい人生でありました。」

背後で砲声が鳴り、それで自分の意識は途切れた。



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軍医と蜻蛉

「………体…大丈夫………」

かすかに声が聞こえる。

眩しい、暑い、体が重い。うるさい。

目を開く。ぼやけた視界に白色の天井と人らしい影を認める。

「…ぁ」

声がまた出ない。喉が焼けるように渇いている。

目を瞬かせる。ちょっとずつ視界が明瞭になっていく。

…海の上じゃない。屋根がある。

目だけで回りを見渡す…壁もある。どこかの部屋の中らしい。

「ンー…お、目ェ覚ましたみたいだな。」

中年の、痩せた軍医が顔を覗き込んでくる。

「こ…こ…は…?」

「ここか?巡洋艦の中だよ。」

軍医が視界から外れ、すぐに手鏡とペットボトルを持って戻ってきた。

「ほれ、顔に見覚えはあるか?」

見慣れた自分の顔だ。

「ええ...自分であります...」

「記憶は問題無ぇな。よし、名前は?」

水を飲んだ後に応えると、軍医が続ける。

「…あきつ丸。あきつ丸であります。」

「あきつっつーと、蜻蛉…」

軍医が口を開いた直後、一度大きく部屋が揺れる。

「おーおー…上はドンパチしてるみてぇだな。」

「上、でありますか?」

「あぁ、どーもまた接敵したみたいでな…」

つと扉の窓に視線を移す。

 

先に見たタ級が走り抜けていった。

 

「…え?」

 

軍医がまだ何かを喋っているが、それどころじゃなかった。

なんで船内に敵が?

無理やり体を起こし、ベッドから降りる。

「お、おい…」

軍医の制止を無視し、点滴を吊るしていたスタンドを杖のようにして立ち上がる。

「…軍医殿、拳銃は?」

「国際法を知らねぇのか?」

自分の問いに軍医が肩を竦める。

護身程度には持てたはず、という言葉は飲み込んだ。

 

戻ってきたタ級が部屋の目の前で止まり、ギィと音を立てて扉を開放する。

ガンと艤装を枠にぶつけ、ほんの少しよろけ、こちらを認める。

「…ヨカッタ。」

「...何が、でありますか?」

自分はこの後に続く言葉を想像する。

 

『獲物がいて』よかった?

 

そんなことが頭をよぎり、冷や汗が出てくる。

何があっても軍医殿だけは逃がさなければ。彼は非戦闘員だ。

そんなことを考えてると、タ級が口を開く。

「ヨカッタ…生キテタ…」

「…へ?」

予想外の一言に気が抜け、へなへなと地面に座り込む。

「あーあーあー…ほら、ベッドに戻れ。」

軍医が自分を担ぎ上げ、再びベッドに寝かせてくれる。

「お前もほら、とっととソレ解除しなさい。」

艤装を小突かれたタ級が、いそいそと艤装をしまい込む。

自分は軍医を見上げながら、声を漏らす。

「えー…?一体全体、どうなってるのでありますか…?」

「…お前、もしかして記憶持ちか?」

軍医とタ級が驚いたようにこっちを見る。

「記憶…持ち…?」

「…此処ニ来ル前ノ、記憶ヲ持ッテイル奴ノコトダ。」

隣のベッドに腰を下ろしたタ級が答える。

「ところでお前…サボりか?」

「滅相モ無イ!医薬品ヲ受ケ取リニ来タンダ。」

あわあわと手を動かしながら弁明するタ級に、軍医がバックパックを押し付ける。

「さ、行った行った。」

「…けが人がいるのでありますか?」

「ここは軍艦だぜ?そりゃいるだろうよ。」

あたまをもたげた軍医が、天井を睨む。

「…医薬品が、足りなくなるほどのでありますか。」

「あぁ、クソッタレなことにな。」

「…自分も手伝いたいのであります。」

部屋の扉に手をかけたタ級が、驚いたようにこっちを振り返る。

一宿一飯の恩とはよく言ったものだ。大和魂持つモノとして、この恩に報いたい。

そんな、懐かしい感情が言葉を紡ぐ。

「自分を助けてくれた、この巡洋艦に恩返しがしたいのであります。」

「後悔しないな?」

確認するように、こちらの目を見据えて軍医が問う。

「…ええ。」

「よし、連れてけ…そうだ、これを。」

慌てて別のバックパックを棚から引きずり出し、がちゃがちゃと医療品を詰め始める。

「…自分は輸送船じゃないのでありますが。」

「鼠輸送ってヤツだよ。効率的に…な?」

押し付けられたバックパックを背負い、つと思い出す。

長い間ずっと口にしていたルーティンを。

「…さて、出撃であります。」

「フフ…アア。行コウカ。」

タ級が笑みをこぼし、走り出す。

「あ…ちょっと待つのであります!自分は低速船であります!」

「…ソウナノカ?」

タ級が速度を緩め、自分の速度に合わせてくれる。

 

自分は、狭く、ゆっくりと揺れ、おまけに頭上から爆発音と銃声が絶え間なく響くこの廊下をタ級と共に走って行った。



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戦艦と蜻蛉

「…ところで、タ級殿は何故我々に味方するのでありますか?」

医務室らしき部屋で合流した時に覚えた疑問をタ級にぶつける。

「タ級…アァ、私ノ事カ。私ハ『コノ土地』由来ダカラナ。仲間ミタイナモノサ。」

タ級が肩をすくめる。

「…仲間、でありますか。」

「アア。皆気ノ良イ奴ダ。トイウカ…私ハ "タ級"ナノカ?」

「えぇ。こちらではそう呼ばないのでありますか?」

「仲間カラハ…ザクセン、ソウ呼バレテイルナ。」

「ザクセン、でありますか。」

「何デモ、"どいつ"ノ未成艦ラシイ。」

カラカラと笑うザクセンに、ふと思いついた仮説を問う。

「…一つお聞きするのでありますが。ザクセン殿の元はなんだったのでありますか?」

「元ハ…確カ、砲戦巡洋艦ダッタハズダ。」

「砲戦巡洋艦、でありますか?」

聞きなれない単語に戸惑っていると、ザクセンが補足してくれる。

「所謂『巡洋戦艦』トカ、ソノ類ノモノダナ。」

「なるほどであります。」

この狭い廊下を走っているうちに、奇妙な感覚を覚えた。

「…何かおかしいのであります。」

「何ガ、ダ?」

ザクセンが振り返る。

「誰もいないのであります。」

「…ソレダケ、切羽詰マッテルンダ。」

そう返され、言葉をつづけようとした瞬間。ひときわ大きな爆発音が頭上から響く。

「着弾でありますか...?」

「イヤ、コッチノ砲撃ダ…第一砲塔ハ動カセタノカ。」

そう呟き、ザクセンが再び走り出す。

「第一砲塔に何か異常があったのでありますか?」

「最初ノ接敵デ、第一砲塔ノ乗員ハ壊滅シタカラナ。」

「壊滅、でありますか…」

「戦艦級相当ノ砲弾ガ、砲塔ニ直撃シタラシイ。」

悔しそうに話していたザクセンが、つと足を止める。

「コノ階段ダ。大丈夫カ?」

「問題ないのであります。」

カンカンと音を立てて登っていくザクセンの後を追い、一つ上のフロアへ飛び込む。

「…此処カラ先ハ、モウ後戻リ出来ナイガ。」

階段を登ってすぐの防水扉に手をかけたザクセンが、つとこちらを見る。

「…本当ニ、後悔シナイナ?」

扉に手をかけたまま、ザクセンが問い直してくる。

「勿論であります!」

自分が即答すると、ザクセンがほんの少し呆れたような顔を見せた。

「…ソウカ、ソウカ!」

嬉しそうに笑い出し、ザクセンが言葉を続ける。

「本艦ハ、貴殿ガソノ義務ヲ尽クス事ヲ信頼シテイル…地獄ヘヨウコソ、アキツ丸。」

扉のハンドルを捻り、ザクセンが力を込めて扉を開く。

ギィと音を立てて開いた扉の先から、嗅ぎ慣れた匂いが飛び込んでくる。

海の匂い、火薬と血、そして死臭。

自分を待っていたのは、地獄だった。

 



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地獄と蜻蛉

「オイ、早ク!」

ザクセンの声に促され、自分は廊下へ飛び出す。

「…何なんでありますか、この惨状は。」

死体と負傷者が並ぶ、ところどころに穴の開いた廊下を走りながら呟く。

「向カウノハ上甲板ダ、突ッ切ルゾ。」

ザクセンが衛生兵らしい人間の間を縫いながら進む。

「…これが地獄でありますか。」

何が地獄だ、ここはそれよりももっとひどいじゃないか。

そう心の中で毒づきながらザクセンの後を追う。

「コレハ、上甲板ノ奴ラカラ頼マレタモノダ。」

ザクセンが一人呟く。

「…残念ダガ、コイツラノ分マデハ無インダ。」

「分かってるであります…」

自分がそう返し、角を曲がった瞬間。

背後から、ドンと強く突き飛ばされるような衝撃を受ける。

ゴロゴロと廊下を転がり、頭を壁にぶつけたのか目の前がチカチカと点滅する。

「……イ!……タ⁈」

ザクセンが駆け寄ってきて、肩を掴む。

「オイ!大丈夫ダナ⁈」

「ええ…何があったのでありますか?」

肩を揺らされた事で意識がはっきりし、頭を押さえたまま爆風が来た方を見る。

「…直撃ダ。」

ついさっき走り抜けた廊下が、血で染まっていた。

角から顔をのぞかせ、来た道を見る。ついさっきすれ違った衛生兵が、頭を失ったまますぐそこに倒れ込んでいた。

さっきまでそこに横たわっていた人が、細切れになって一面に飛び散っている。

すぐそばの壁が大きく抉れ、廊下と同じように真っ赤な隣の部屋も見える。

「先を…先を急ぐのであります。」

迫り上がってくる吐き気を無理やり飲み込み、ザクセンの腕を掴んで起き上がる。

「…ソウダナ。コッチダ。」

すぐそばの扉のハンドルを開放し、二人揃って飛び込む。

「どこに出るのでありますか?」

「後方、主ニ対空砲ヲ管轄スル奴ラノ所ニ出ル。」

自分が体全体で扉を押し閉める。

「クソ、ココモ…」

足首が浸かるほどに溜まった水をバシャバシャと跳ね上げながら廊下を走る。嫌というほどに足が取られる。

応急修理部隊らしい人物が断裂に取り付いている後ろを駆け抜け、ほんの少しだけ階段を下がる。

「まるで迷路のようでありますな、ザクセン殿!」

「同感ダ!コノ先ノ階段ヲ登レバ、後部艦橋ニ出ル!」

腰程度の深さまで浸水した廊下を、二人そろってバシャバシャとかき分けて進む。

息が切れる。ほんの少し寝ていただけでこの有様か、それでも大和魂持つモノかと必死に足を動かす。

「ココダ…アキツ、先ニ登ッテクレ。」

ザクセンに促され、急な階段を駆け上がる。

防水扉を押し開け、どたどたと外に転がり出る。

ざぁと一つ大きな波が直撃し、びしょ濡れになる。

今までくぐもって聞こえていた砲撃音が、明瞭に聞こえる。

「…ただいま、であります。」

気が付いたら、そう呟いていた。

「サァ、行クゾ…オイ、大丈夫カ?」

「…っ、ええ。大丈夫であります。」

ザクセンの声に意識を戻す。頭上を砲弾が飛び越えていくのを見送り、ザクセンの後を追う。



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砲手と蜻蛉

「まさに戦場真っ只中、でありますな!」

そう叫びながら、ザクセンの後を追って階段を駆け上がる。

「全クダ!サッキヨリ酷イマデ…」

ザクセンの言葉を遮るように、何処かから怒鳴り声が響いてくる。

「あのクソ野郎(攻撃機)をぶっ殺してやれ!」 

どがどがどがと機関砲が火を噴き、がらがらと地面に空薬莢が転がり落ちる音が響く。空に曳光弾が軌跡を描き、()()()()()()()()()()()が頭上を通り過ぎていく。

「ボーットスルナ!死ニタイノカ⁈」

ぼぅと機体を見送っていると、ザクセンに腕を引っ張られて物陰に引き摺り込まれる。

ついさっきまで立っていた甲板に銃弾が叩き込まれる。

「間一髪ダッタナ…」

「…ここは?」

きょろきょろと周りを見回す。防盾の付いた艦砲らしいものが見える。どうやらさっきの甲板から1段下がった場所らしい。

「後部艦橋、対艦砲セクション…今回ノ襲撃デ、真ッ先ニ狙われた場所ダ。見ロ。」

ザクセンが海を指さす。

「何でありますか…本当にアレは何なんでありますか、うえっ…」

一目見ただけで吐き気を催した。

艦娘の胴に人間の腕、深海棲艦の艤装をごちゃごちゃとつなぎ合わせた化け物が海の上に浮いていた。

ざぁ、ざぁとこの艦に同航して、生えている火砲をこちらに向かってやたらめったらに撃ち込んでいる。

「ドウヤラ、サッキノ砲撃ニ反応シテイルミタイダナ…コッチニハ微塵モ気ガ付イテ無イラシイ。」

「…どうするでありますか?」

ザクセンが歯を見せて笑う。

「一発、アノ忌々シイ奴ニ…酬イテヤラナイカ?」

「そう来なければ、乗ったであります!」

防盾らしい金属壁を支えに立ち上がる。

この単装砲(こいつ)は?」

140mm(小口径ノ)単装()()ダ…対近接戦闘用ノ火砲ラシイ。」

がちゃりと音を立てて解放された単装砲から、がらりと空薬莢がデッキに転がる。

「役ニ立ッタ試シハ無イガ。」

「砲手殿は?」

ザクセンに促され、すぐそばに転がっていた140mm砲弾を拾い上げ、砲尾にあてがう。

「ソコニ。」

ザクセンが端を指さす。手すりのロープに係るように死体が倒れている。

「…コーヒーガ好キナ奴ダッタ。」

「…本当に、ここは地獄でありますな。尾栓閉鎖。」

砲弾を押し込み、がしゃりとレバーを戻す。

「閉鎖確認、目標...前方ノクソッタレ!」

「ぶちかましてやるのであります!」

ザクセンが旋回装置をぐるぐると回し始める。

「オ前、弾着飛バセルカ?」

「あと1機だけ、残ってるであります。」

艤装を展開し、走馬灯を巻物に翳す。影が実体化して化け物のほうへ向かう。

モールス信号による通信が頭に流れ込んでくる。

「…推定21kt、距離変わらずであります。」

「左ニ5度。」

自分が口に出した情報を基に、ザクセンが砲を左に回す。

「……撃つのであります。」

そう呟いた瞬間、自分たちは轟音に満たされた。

 



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砲戦と蜻蛉

化け物の奥で水柱が上がる。砲弾が飛び越えた。

「ご…ぜろ……」

観測機から絶え間なく流れ込んでくるモールスを復号化しながら砲弾を手に持つ。

ザクセンが開放レバーを押し出す。白煙を上げる薬莢が音を立てて転がり落ちた。

「飛び越したであります。50m手前に。」

「50mダナ。」

ザクセンがハンドルを回す。砲がほんの少し下を向く。

自分が砲弾を再び押し込み、レバーを引き戻す。

「尾栓閉鎖。撃…」

瞬間、防盾がギィンと鋭い音を立てる。

機銃弾が命中したらしい。

「撃つのであります!」

再び砲が轟音を上げる。化け物が爆風に飲み込まれる。

「効力射!撃ち続けるのであります!」

新しい砲弾を手に持ちながら叫ぶ。

「分カッテル!」

ザクセンが再びレバーを押し開ける。

自分が再び砲弾を詰め込み、レバーを引き戻す。

砲が轟音を上げ、化け物が爆発に巻き込まれる。空に壊れた砲が舞い、ぼちゃりと海に沈む。

「クタバレ、忌々シイ化ケ物ガ!」

「次弾装填で…」

次の砲弾を手に取ろうとし、空を切る。

 

もう砲弾がない。

 

「弾切れであります!」

「揚弾筒ハ?!」

すぐそばの箱を覗き込む。

…動作音は聞こえない。

「故障しているか、あるいは砲弾乗組員がいないのでありましょう…」

「…トイウカ、ソモソモ私達ハ物資ヲ運ンデタンダヨナ…?」

「そうでありましょう。先を急ぐのであります。どこへ向かうので?」

ザクセンが少し離れたところの扉を指さす。

「アノ先ダ。」

ガタガタと階段を駆け上がってすぐ、背中を轟音が押し出す。

振り返ると、ついさっきまで2人で取り付いていた単装莢砲が煙を上げ、ぐしゃぐしゃの鉄塊に成り果てていた。

「危なかったでありますな!」

「全クダ。アイツノ知能ガ低クテ助カッタ、トデモ言ウベキダガ…」

木張りの甲板を押し出されるように駆け出したその時。巡洋艦そのものが大きく波に揺られる。

ぐわんとした揺れに体を取られ、その場で尻もちを突く。

「大丈夫カ!?」

「大丈夫であります!扉を!」

慌てて立ち上がろうとするが、波をもろに被っている甲板が嫌というほどに滑る。

「クソ、開ケ!開ケッテ!」

ザクセンが扉を引き開けようとしているのが見える。

つと、空からプロペラの音が聞こえてくる。

放った機体が返ってきたのかと見上げると、まっすぐとこちらに向かってくるレシプロ機が視界に飛び込んでくる。

自分が放ったのは高翼配置の(翼が高い)機体だ。目の前にいるのは低翼配置の(翼が低い)機体だ。

「――ぁ。」

声が漏れる。体が動かない。完全に固まってる。

動かない体に反して、思考がせわしなく動き続ける。

 

あれは攻撃機でも雷撃機でもない(制空戦闘機だ)

1発くらいなら大破しないかもしれない。

本当に喰らっても大丈夫なの(大破で済む)か?

艤装も展開している。大丈夫だ。

ぐっと目を閉じ、来るであろう衝撃に備える。

 

「―――――!!」

誰かの声と共に、自分はドンという衝撃を受けた。



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銃手と蜻蛉

 

 爆発音、機銃の音、砲撃の轟声が耳に飛び込んでくる。

閉じていた目を恐る恐る開ける。

…どこも痛くはない。

「12時方向に3機!中央の奴を…機銃手は⁉︎」

頭上で誰かが怒鳴っている。

「自分、は…」

「起きたな、アレ動かせるか⁈」

自分の呟きを遮り、怒鳴っていた将校らしい人物が機銃を指差す。 

防盾のついた、機銃にしてはいくらか砲身が太い単装機銃だ。

「装填形式は…」

「10発一枚の保弾板、5枚まで保持できる。」

私の問いに将校が捲し立てるように答え、手を差し出してくる。

「弾種は何で?」

「曳光、着発の繰り返しだ。」

差し伸べられた手を取って起き上がり、機銃の方に駆け出す。

「肩押し型でありますか…‼︎」

「他所だとこの口径なら機械だけどな…こんなんでもうちの主力対空だ!」

苦々しげに苦笑し、機銃のすぐ後ろに立ってレバーを引き戻そうとする。

がきりと何かが噛み、途中で動きが止まる。

「っ…!壊れたのであります!」

「手ェ放しとけ、この…オンボロが!」

中途半端に撃ち出された保弾版を引き抜き、真新しい保弾板を脇に抱えた将校が機銃を殴る。勢いよくレバーが前へ進み、勢いのままばたりと倒れる。

「レバーを。」

「委細承知、であります!」

倒れたチャージングレバーを再び起こし、掴みなおして力一杯引っ張る。

がしゃりと機銃が音を立て、積み重ねられた保弾板ががちゃりと揺れた。

「見えるか?あの機体群からこっちに来る奴らを狙ってくれ。」

将校が空を指差す。先に黒い群らしいものが見える。

「距離はどのくらいでありますか…?」

「だいたい1400米で急降下に入る。そこを狙え。」

ちらと階下を見る。焼けこげてひしゃげた連装機銃と、壁と床に広がる人だったものを見てしまう。

「…ああはなりたくない、でありますな。」

「だな。とにかく来る奴らを落とす必要がある。」

何処からか手に入れた双眼鏡を首に下げ、半ば崩れた土嚢に腰掛けて空を睨みながら答える。

「もし、出来なかったら?」

「…皆仲良くお手々繋いで水底へ、それだけだ。」

ぶうん、と羽が風を切る音が耳に飛び込んでくる。

視線を空に向け、体をがくりと下げる。

銃口が天を仰ぐのとほぼ同時に、将校が叫んだ。

「奴さんら来やがった!撃て!」

彼の叫びを聞くか聞かないかのうちに、かちりとボタンを押していた。

がっ、がっ、がっと鈍い爆発音と共に機銃が揺れる。

銃口から煙と火を吐き出され、曳光弾が緑色の軌跡を空に描く。

がしゃがしゃがらんと音を立てて薬莢が地面を跳ね、保弾板が積み重なっていく。

ばちはちと地面に機銃弾が突き刺さり、ぎいんと防盾が金切り声をあげた。

「…捉えた、であります!」

放射状に広がった形をしている対空照準の中央に敵機が入った。

敵機がちらちらと光るたびに、防盾が盛んに声を上げる。

「補正なし!ここで決めろ!」

がちゃがちゃと保弾板を放り込んでいる将校が怒鳴った瞬間のことだった。

 

ごうっ、と爆音が耳をつんざき、眩いばかりの光が自分の視界を埋め尽くした。



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