魔剣凄春譚 (桜餅)
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第一話 壬生狼、凄春の地に立つ!

 

 

 

 

 

 

 

 雨が降っていた。

 

 

 しとしと、のようにも、さあさあ、のようにも聞こえる、小刻みな雨であった。

 天から降るそのような漣のなかを、鬼方カヨコは進んでいた。

 穏やかな歩調とは反対に、右手に握った透明色の傘を時折見上げる眼差しは、濃い憂いに濡れている。それが、低い気圧によって生じた鈍い頭痛に根差している事は、少女自身も深く理解していた。底から浸透した雨水のせいで、靴下はとっくに濡れそぼっている。愉快か不愉快かで謂えば、間違いなくいまのカヨコは不愉快であった。

 しかし、それで引き返す事も、何処かで雨を凌ぐ事も選ばず、淡々と歩を進めてゆく。

 少女のなかに強い意志がある事は、もはや疑う余地もないだろう。

 

「……」

 

 やがてカヨコの足は、一つの路地裏を前にして立ち止まった。

 薄汚れた路地裏である。壁に描かれた無軌道な落書きの群れと、地面に転がった空瓶や空き缶の数々。悪天候も相俟って、近寄り難い空気がこれでもかと放たれている。

 カヨコは、躊躇なく踏み込んだ。

 入ってすぐさま腰を屈ませたのは、銃弾を警戒したからではない。

 地面に置かれた小ぶりな箱──簡素な家としての役割を持ったダンボールにこそ、用があった為である。

 

「出ておいで」

 

 箱に声をかけながら、彼女はもう片方の手に提げていた袋から缶詰を取り出した。猫用のツナ缶である。

 濡れてしまわぬように傘を肩に預け、プルタブを引き開ける。

 その軽い音に釣られたか、入り口の風体をしている四角から、まだ子供と思しき三毛猫が恐る恐ると顔を覗かせた。

 

「ほら、持ってきたから。食べな」

 

 ツナ缶を地面に置き、指で子猫の目前まで押し出す。

 子猫はまだ警戒を解かない。上半身だけを箱から出して、すんすんと鼻を動かしている。だが、缶詰から漂う匂いに気付くと、慌てるようにツナのなかに顔を突っ込んだ。

 

「あんたしかいないんだから、誰も取ったりしないよ」

 

 呆れながら、カヨコはペットボトルを開けると、裏返したキャップのなかに水を注いでいく。

 それを缶の横に置くと、またも子猫は舌を突っ込んで、忙しげな音を奏で始める。

 

「まったくもう……少しぐらい人の話を聞いたら?」

 

 口では苦言を呈しつつも、少女の顔に苛立ちは見られない。むしろ何処までも暖かな柔和さが、爛漫と咲き誇るばかりであった。

 鬼方カヨコがこの路地裏で野良猫と出逢いを果たしたのは、つい先月の事である。

 そこから、毎日とはいかずとも、空いた時間があれば様子を見に行ったり、餌を差し入れに行ったりしている。自分でも不思議に思うほど、カヨコはこの小さな三毛猫に肩入れしていた。

 何者にも縛られず、何物にも囚われず。そのような在り方が、いまの自分と通じているように思えたからである。

 けれど、カヨコは人間であるゆえに、一人でいる寂しさを知っている。だから、時折こうして子猫の傍らで羽を休めた。それは同情などではなく、自己満足の為であった。そうである事を、誰よりもカヨコ自身が望んでいた。

 そうして物思いに耽っているうちに、食事を終えたらしい。ごろごろと喉を鳴らしながら、足に頭を擦り付ける子猫の姿があった。

 

「現金なヤツ」

 

 たまらず微笑が零れた。カヨコが裡から溢れ出ようとしている衝動のままに、子猫の頭を撫で摩ろうとする。

 

「もし、そこの乙女」

 

 その手を、男の低い声が止めた。

 雨のなかにあってよく通る、涼やかな声であった。音色は軽やかで、警戒心というものを知らない風に見える。

 しかし、鬼方カヨコにとっては違う。子猫を咄嗟に抱きかかえ、声がした方向に稲妻の速度を持って銃を向けた。

 そこにいたのは、キヴォトスでは見受けられぬ格好をした男であった。

 浅葱色の羽織を、合羽のように広げて頭に被っている。しばらく雨に当たっていたのか、その色は酷く重たげである。肩に立て掛けている長い棒状の物は、傘かなにかと思ったが、よく見ると持ち手に奇妙な装飾が施されていた。

 羽織の下にちらちらと見える身体は、肋骨が浮いて見えた。手足の長さもある為か、男のそれにしては、些か不安になる細さであった。

 しかし、それは不健康な細さなどではなく、ある強い意志を持って研ぎ澄まされた末に産まれる細さだと、カヨコは自然に理解した。

 

「そう熱く見つめられると照れるなァ。わたしはそんなに美味しそうですか」

「……アンタ、何者?」

 

 指摘されて初めて男の身体に魅入っていた事に気付き、カヨコは羞恥に顔を染める。それでも銃を持つ手は揺らぎない。ぐっ、と眉間に皴を寄せれば、たちまち元通りになった。

 少女が浮かべた文字通り鬼のような形相にも、男は動じず、警戒を緩ませるように軽やかな笑みを浮かべた。

 

「沖田です。沖田総司。当方、よんどころなき事情により、難儀していまして」

「……」

 

 おきた、ソウジ。

 カヨコの脳は男の名を聞いて、直ぐに記憶の抽斗を漁り始めた。

 元より物覚えは良い性質である。抽斗の隅から隅まで調べて、まるで聞いた事の無い名前であるとの結論が差し出され、単なる濡れ鼠であるという判定が下るまでに、五秒もかからなかった。

 

「──残念だけど、人間にまで餌はやってないよ。お腹が減ってるなら、ヴァルキューレにお世話になったら?」

「そーできれば幸いなんですが、そのゔぁる何某には頼れない身の上なんだなァ、わたしは。はは、これ前にも言ったんスけど。

 それはさておき」

 

 男は言葉を切ると、肩に乗せていた傘らしき棒をすっと動かした。

 

「これを売って、着物か履物か──それから大福かなんかに替えてもらいたいんだ」

 

 棒に押されてカヨコの目の前まで滑らされたのは、金属製の板だった。

 出っ張り部分が極端に太い、十字木瓜形のそれこそは、まさしく魔刀菊一文字則宗の鍔である。

 しかし、カヨコに刀剣に関する知識は皆無だった。何故ならキヴォトスは学生の都市であり、同時に銃の都市であったからだ。

 なのでカヨコは、差し出された鍔をただの板だと判断した。もしくは、売れない骨董品かなにかだと。どちらにせよ、無用の長物であることに違いは無い。

 

「──」

「ダメですか」

「ダメも、なにも」

 

 問答を交わす片手間に、カヨコの手は、ポケットに突っ込まれている。

 直ちに通報を行い、然るべき処置を然るべき機関に取ってもらうべく、携帯を取り出す為であった。

 そして既に、携帯の感触は指先に当たっている。

 後は引き抜くだけで事は済む。済むというのに、カヨコの手は石のように固まって動かなかった。ソウジと名乗る男から時折感じる、抜き身の刃物のような気配が、そうすることを躊躇わせていたからである。

 動きたくとも、動けない。

 そのような膠着状態に陥って、抱いていた筈の子猫が何処にもいなくなっている事に、ようやく気が付いた。

 

「……!?」

 

 慌てて周囲を見回すが、それらしき姿は見当たらない。焦燥を感じ始めたその時、にぃ、と甘えるような鳴き声がすぐ近くから響いた。

 子猫は、男の傍らにいた。

 気持ち良さそうに目を瞑って、濡れるのも厭わずに、すりすりと顔を擦り付けている。

 

「あらら。とうとう猫にまで慰められるなんて、土方さんに見られたら大事も大事だ。それとも、あんたが責任取ってくれます?」

 

 困ったように頬を掻く男に、子猫がにぃ、と応える。

 

「参ったなァ。にぃじゃ全然わかりませんよ、にぃじゃ。やっぱり一人で怒られろって? ヤだなー」

「……」

 

 男はまるで、本当に猫と会話しているかのように、自然体で喋っている。その姿に、カヨコはあっという間に毒気を抜かれた。

 警戒を完全に解いた訳ではない。だが、銃口を突きつけられているにも関わらず、あまりにも開けっ広げな男の姿勢に、身構えている事がどうにも馬鹿らしく思えてきたのである。

 

「はあ……」

 

 カヨコは溜め息を吐きながら、携帯で時刻を見る。この時間。走りさえすれば、他の三人がまだ依頼を遂行している途中までに、事務所へ着く筈である。便利屋68が居を構えている今回の事務所は、幸か不幸かシャワールームが備え付けられてあった。

 ちら、と男を見た。男はカヨコの事など忘れたかのように、かりかりかり、と子猫の喉などを掻いてやっている。楽し気である。

 矢張り捨て置くべきかと一瞬思案しかけたが、結局のところ、鬼方カヨコは何処までも甘い少女であった。

 

「……少し走るけど、それでも良いなら」

「あざます!」

 

 子猫をダンボール箱に戻してから、カヨコは小走りに駆け出した。二、三秒してから、男が着いてくる。

 未だ止む気配を見せない雨が、歩調も歩幅もバラバラな足音を上書きしていく。

 瞬く間に隣に並んできた沖田が、ふと思いついたように尋ねてきた。

 

「そーいえば、まだ御名前を窺ってませんでしたね!」

「──カヨコ。鬼方、カヨコ」

「……鬼?」

 

 カヨコの苗字を聞いた沖田は、きょとん、と目を見開くと、それからアハハと大声で笑い出した。眦には涙まで浮かんでいる。

 苗字を笑われて気分が良くなる人間などいない。目つきの鋭さを、数段飛ばしで強くするカヨコに対して、沖田は指で涙を拭いながら弁明し始めた。

 

「いや、申し訳ございません。

 実はね、此処に来てからずうっと、わたしが呼ばれた理由を考えていたんですが。一番物騒なヤツがどうやら消えたようでして。それがどうにも、可笑しかったんです」

「……呼ばれた、理由?」

 

 沖田はええ、と頷くと、悪童のように無邪気な笑みを零した。

 

「──割の合わない、隠密の鬼退治です」

 

 

 

 

 

 



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第二話 壬生狼、便利屋と相見える!

 

 

 

 

 

 土方さん。

 総司は今、風呂に浸かっています。

 

 

 風呂といっても、土方さんが良順先生のススメを受けて屯所に拵えてくれた簡素な造りの風呂でも、江戸のいわゆる鉄砲風呂でも、関西で流行ってた五右衛門風呂でもありません。

 蓋を開けっぱにした棺桶のような、珍妙な形の風呂です。

 火もついて無いとゆーのに、半端()ねーあったかさです。

 どういう仕組みになってるのか、わたしを快く拾って下さったカヨコさんに話を聞いてみたんですが、どーやらカヨコさんも詳しくは知らない様子。

 まァ、わたしだって身の廻りの家具だの寝具だのがどーやって出来たのか説明してみろと言われたって、頭をかかえて困るしかありません。お手上げです。総司、お手上げ。

 それに、知った所でなにかができる訳じゃありませんしね。湯屋になるつもりなら話は違ってきますけど。

 や、そんな事はどうだっていーんです。

 問題なのは、わたしがこうして幕末から違う時代へと飛ばされるのは、これで二度目になるって事です。

 やってらんねーってカンジっす、正直。

 柳生さんと一緒に鬼を退治し終わった後、旗本奴と共に組を立ち上げて江戸市中の警護に就くことを四百石で持ちかけられるも、尻尾を巻いて逐電した所までは覚えてます。

 が、そこから先の記憶が、ぽっかり空いちゃってるんです。

 そうして気付けば、この街に──『きゔぉとす』なる面妖な街に辿り着いていました。

 物覚えは良い方だと自分では思っていたので、ちょっと凹んでます。

 なにはともあれ、辿り着いてしまった以上は仕様がありません。

 帰る手段は思いつきませんし、そもそも帰るといっても、江戸と幕末のどちらに帰ればいいのやら。

 でも、呼ばれたからにはきっと──ここで果たすべき役割が、沖田総司にはあるんでしょう。

 今のところはサッパリ見当つきません。けどまあ、時を超えて江戸へ来た際も、理由がわかったのは大分後になってからだったので、薩長相手じゃありませんが、とりあえず動いてみてから理由は考えたいと思います。

 このきゔぉとすという街は、あまり血風の匂いがしません。

 高そうな服を着た柴犬とか絡繰とかが人間みたく振る舞ってて、幕末よりずっと先にある技術で作られた鉄砲を乙女が刀のように持ち歩いていたりと、まともな街ではありませんが、それでも鬼はいなさそうで、ちょっと安心しちゃったりしてます。

 

 

 慣れぬ土地、慣れぬ風ですが──

 総司、なんとか活きてきます!

 

  

 □ □ □ □ 

 

 

 その頃、鬼方カヨコは沖田が合羽代わりにしていた陣羽織を、近くの洗濯屋に叩き込んでいた。

 ついでにコンビニに立ち寄り、男物の下着や服を買い揃える。突きつけられた好奇の視線は、普段は抑えている睨みを全開に利かせる事で黙らせた。

 

「……なんで私がこんな事……」

 

 心の底からそう思う。

 予想以上に重くなった袋を携えながら、カヨコは便利屋68のオフィスが設置されてあるビルの階段を上ってゆく。エレベーターを使わなかったのは、同じビルを使っている者に見られる事態を避けた為である。

 扉を開ける。他のメンバーが帰ってきている気配は感じられなかった。

 ほう、と安堵に胸を撫でおろし、次にどうしてこんなにも緊張しなければならないのか、と思う。

 すぐさま浮かんできた理由は、面白いほど明確であり、気まずくなるほど鬼方カヨコの自業自得であった。

 拾ってきたのは、捨て猫ならぬ、捨て人。

 もし見つかれば、確実にただでは済まないだろうということは、容易に予測できた。

 それは決して治安的な意味ではない自由と混沌を愛してやまないゲヘナの生徒達にとって、治安という健全な言葉は、一部を除けば即座にゴミ箱に放り投げられる程度の代物でしかないからだ。

 では、誰に見つかればまずいのか。

 それは他の誰でもなく、便利屋68の行動隊長及び突撃隊長を兼ね備えている、浅黄ムツキにであった。

 極度の悪戯好きである彼女の矛先は、一学年上であるカヨコに対しても容赦がない。

 そんな少女が、鬼方カヨコが人を拾ってきたことを知って、どう思うか、なにをするか。

 阻止しなければならない。なんとしても、絶対に。

 その時、きゅっと蛇口が締まる音がシャワールームから響いてきた。カヨコは思考を中断すると、沖田に諸々が詰まった袋を手渡そうと、扉を半開きにする。

 

「──ほんっとにあり得ないっ! 支給される装備があの量なのに、相手の規模があれ!? 足元見過ぎにも程があるでしょうがっ!!」

「くふふ! でも確実に仕事をこなす少数精鋭って売り込んだのはアルちゃんなんだしぃ? 当然といえば当然なんじゃなーい?」

「あ、アル様。アル様が望むのであれば、いまから依頼人の元へ行って、すぐにでも頭をブチ抜いて……」

「そ、そこまでしなくてもいいわ。今は信用を得る事が大事だし、報酬も危険なだけあってそれなりに良かったし──これでカップラーメン生活から卒業ね!」

「わーお、ハードルひっくーい」

 

 その声は、シャワールームではない入り口から聞こえてきた。

 裡に抱いた怒りを隠そうともせず、溢れ出る愉快さをあちこちにばら撒き、目的の為には手段を選ばない危ういそれらは、間違っても沖田の声ではなかった。その声の主達を、カヨコはよく知っている。

 便利屋68の面々が、帰って来たのである。

 

「ただいまー! って、あれ、カヨコちゃん? どーしたの? そんなところで固まって」

「……別に。ちょっと立ち眩みしただけ」

「大丈夫? 体調管理はちゃんとしないと。あなたは便利屋68に欠かせない大事な課長なんだから」

「……ん」

 

 案じるようなアルに相槌を返しながら、カヨコは後ろ手に扉を閉めた。

 沖田はまだ、シャワールームにいる。

 だが、まだ顔を合わせてしまったわけではない。取り返しは幾らでもつく。

 アル達がシャワールームに立ち寄らないよう動きつつ、なかにいる沖田に事情を説明。

 着替えを渡してから、隙を見計らって外に出し、詳しい事は後程伝える。

 一秒で導き出された解答に従おうとカヨコが動き出した刹那である。

 

「──カヨコさん! 良いお湯、御馳になりました!」

 

 扉をいきおいよく開けて、絞り抜かれた上半身を露わにした沖田総司が顔を出した。

 時間が、淀んだように動きを止める。

 

「──」

「──」

「──」

「…………」

 

 カヨコは思った。なにもかもが終わったと。

 だが、アル達はそうではなかった。

 依頼が終わってまだ気が昂っていたところに、半裸の男という明らかな不審者である。つい銃を持ち上げてしまったのも、無理ない話であろう。

 はじめに、アルの銃が跳ねあがった。勢いのままに、銃口を不審者へと向ける。

 それと同時に、沖田の足は床底から銃に目掛けて飛び上がっていた。ただし、狙ったのは銃その物ではない。銃の運搬や保持の際に使用されるライフルスリングである。

 沖田の足指は、まるで自我を持ったかのごとく流麗に蠢くと、紐を器用に絡みとる。そして血管を浮かばせながら、急激に重力が増したかのように地面に向かって落ちた。

 足の力は腕のおよそ三倍であると言われている。

 であるならば、三段突きなる無明の剣を放つ沖田総司のそれは、如何程の物か。

 その答えとして、アルが構えていたライフルは、沖田の足指の道連れとなって、ただの鈍らと化した。

 

「な……」

 

 次に動いたのは、伊草ハルカである。

 アルが銃を動かした瞬間には、追撃を掛けるべくコッキングを済ませていた。

 ショットガンの引鉄には指がかけられており、仮にも住まいでブッ放す事に一切躊躇いは無かった。

 だから沖田の手は、腰に巻きつけたバスタオルを握り締めた。

 褌一丁の下半身を隠す為に巻いていたそれを、剣を鞘から抜き払うような動きで振るう。

 即席の鞭と化したタオルは、音速のしなりを持って、ショットガンを持つハルカの手を強かに打ち抜いた。

 

「い──!」

「アルちゃんハルカちゃん! 退くよッ!」

 

 最後に動いたのは、浅黄ムツキであった。

 アルとハルカを引っ張りながら、既に後退を済ませている。その理由は、沖田の目前に放り投げられたハンドグレネードにあった。

 沖田の勘がぽつりと囁く。

 

 ──ありゃ、厄場(やべ)ーな。

 

 ゆえに、沖田の手は、カヨコが便利屋68から隠す為に持って居る菊一文字則宗の柄を求めた。

 きちんと構えている余裕など無い。束巻の感触を確かめると、逆手のまま伸びあがるような右切り上げの斬撃を奔らせる。

 一閃。

 冷ややかな残像が線を結んだと思った瞬間、真っ二つにされたハンドグレネードが、撃たれた鳥のように地面に落ちて動きを止めた。

 すかさず構え直し、沖田は戦闘態勢に入った三人の少女に、菊一文字の切っ先を突きつける。

 その形相は、かつて幕末の血濡れた夜を駆け抜けた新選組一番隊組長のものになっていた。

 

「──カヨコさん、ここはわたしに任せて。あなたは逃げてください」

「……あのさ」

「手短にお願いします」

「その人達、私の仲間」

 

 ぴたり、と沖田は動きを止める。

 ひどくぎこちない動きで振り返った表情は、完全にポカをやらかした人間のそれであった。

 

「…………マジすか?」

「マジだよ」

「……」

「……」

 

 そして、時間がまた淀む。

 さしもの沖田総司も、時の刻み方は知らぬらしい。膠着は暫く続き、ようやく事態が進展を見せたのは、数分も経ってからであった。

 

 

 

 

 



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第三話 壬生狼、便利屋の食客と相成る!

 

 

 

 

 

 

「カヨコさんの御友人とは知らず、無礼を働いてしまい、申し訳ございません!」

 

 土下座の姿勢を取った沖田総司を前にして、ソファーに深々と腰をおろす陸八魔アルがとった行動とは、詰るのでも赦すのでもなく、ただただ不敵に笑う事であった。

 堂の入った、悪党の笑みである。

 しかしその笑みの裏側に、混乱の嵐が吹き荒れていたことを、果たして沖田総司は知っていようか。

 

(ど、どうすればいいのよ~っ!? 大人に土下座されるなんて初めてなんだけど……!)

 

 ゲヘナで便利屋を営む彼女達は、大人の悪意や策謀に翻弄される事が殆どである。

 あまりにも度が過ぎる輩には、ムツキが爆発という手段をもって対応するのが常であったが、それゆえに正面から真っ当に謝罪を受け入れる機会は皆無だった。

 

(取り敢えず笑ってみたけれど……これってし、失礼よね? せっかく謝ってくれてるんだし、話ぐらいは聞いてあげた方が──)

「頭を下げれば許して貰えるって、本気で思ってるのー?」

 

 懊悩しているアルの横に座っているムツキは、愉快そうに顔を歪めつつも、冷徹な言葉を沖田のつむじに向かって放った。

 慌てたのはアルである。せっかく穏便な方向に持っていけそうだったのにと、ムツキの肩を突っついた。

 

「む、ムツキ……! なにもそこまで……」

「アルちゃんはそれで良いの? ケジメつけなくて」

「ケジメってなんなのよ!?」

「ケジメはケジメだよ」

 

 行動隊長と突撃隊長を担うムツキは、便利屋に迫る危機に対して、誰よりも早く対応しなければならない立ち位置にある。

 数々の依頼をこなす中で培われてきたムツキの感覚は、男が先程みせた一連の動きが尋常の物ではない事を敏感に察知していた。今はカヨコが預かっている、鞘の内側に刃を秘めた物騒な長棒の存在が、それをより研ぎ澄ましている。

 間合いがあれば、必ず勝てる。

 だが、果たしてこの近距離で──得物を手にした男よりも、先に動けるかどうか。

 その自信を持つ事が、ムツキはどうしても出来ずにいる。

 

「ちょっと、ムツキ……!」

「いえ、陸八魔さん。浅黄さんが仰られている事は、最もです。わたしの行いは、決して許されるものではありません」

「じゃあ、どうするの?」

 

 ムツキの問い掛けを受けた沖田は、上げかけた顔を沈み込ませる。

 新選組ではかつて、烏合の衆にも等しい浪人集団を統率すべく、鉄の掟が定められていた。

 

 一つ、士道ニ背キ間敷事──武士道に背く行為をしてはならず。

 一つ、局ヲ脱スルヲ不許──新選組からの脱退は許されず。

 一つ、勝手ニ金策致不可──無断での借金をしてはならず。

 一つ、勝手ニ訴訟取扱不可──無断で訴訟に関係してはならず。

 一つ、私ノ闘争ヲ不許──個人的な争いを行ってはならず。

 

 これら規律のうち一つでも破った者には、厳しい粛清が与えられる。それが死という名前を冠している事を、沖田総司はよく知っていた。

 その隊規を頭に浮かべた上で、沖田はふたたび自分の行いを省みる。

 一度ならず二度までも、素性も得体も知れない自分を拾ってくれた女性に、無礼を働いた。

 それが、士道ニ背キ間敷事──武士道に背く行いである事は、口にするまでもなく明白であった。

 

「──腹を切りましょう」

「はあ!?」

「えっ」

「──」

「……!」

 

 覚悟を決めた沖田の言葉に、アルは面食らい、ムツキは口を開き、カヨコは目を細め、ハルカは頬に熱を宿した。

 その言葉を誰も「冗談だ」と笑い飛ばす事が出来なかったのは、面を上げた男の表情があまりにも真剣だったからである。

 

(局中法度はガチで守護(まも)るべし──でしたよね? 土方さん)

 

 時代や時空を超えようとも、かつて掲げた「誠」の意志は、今も沖田の心に在る。

 ゆえに、カヨコから刀を借り受けた場合、沖田は躊躇なく自身の腹を一文字に割くつもりであった。それを鋭く見抜いたカヨコは、己が身に縛りつけるかのように、菊一文字を抱き寄せた。

 賃貸である事務所内で流血沙汰を起こされては、立ち退く際になにを請求されるかわかったものではない──という冷然とした考えも少なからずあったが、沖田総司という得体の知れない男を少しずつ受け入れつつある事が、一番の理由でもあった。

 このキヴォトスに、ロクな大人はいない。

 便利屋で参謀を担当するカヨコはその事をよく知っていた。知らされた、と言った方が正しいかもしれない。

 勿論、便利屋という稼業を営んでいる以上は、そうした大人と接する機会が自然と多くなるのは承知の上である。

 しかし、カヨコが思っていたよりずっと、大人には子供から搾取する事を憚りもせず行う存在が多かった。

 だから、最初に銃を向けられたのは自分のくせに、土下座までした挙句の果てに腹を切ろうとする男が微かに光って見えたのは、気のせいではないと思った。

 

「……社長」

「な、なに?」

「どうするの? 切腹してもらう?」

「してもらう訳ないじゃないのよ……!」

 

 問いかけに、アルは顔を青褪めさせながら小声で答える。予想していた通りの解答が返ってきた事にカヨコは胸を撫で下ろしつつ、次にムツキに目をやった。

 沖田に一番警戒心を露わにしていたムツキは、カヨコの視線に気付くと、観念したように肩を竦めた。

 

「べっつにー。ムツキちゃんはどーでもいいよ」

「そ。……ハルカは?」

「わわ、わたしの意見なんて露ほどの価値も……けれど、その人は全部本気で言っているのは、その、間違いないです……」

 

 ハルカの目には、沖田に対する奇妙な親愛があった。

 それは自身が犯した失態を償うにあたって、自害という選択肢を含める者同士という、非常に危うい共感から成り立つものであることは、疑いようもない。

 

「……程々にしなよ。それで、社長」

「はい!」

「もう一度聞くけど、どうするの?」

「えっ、ええ……?」

 

 ひと通り意見を聞き終わったカヨコは、最後にもう一度アルを見た。

 どれだけ意見が割れようとも、便利屋68での最終決定権を持っているのは、陸八魔アルその人以外に他ならない。「ここで私に振っちゃうの?」という顔をしていたって、彼女が決めなければ、永久に話は進まないのである。

 その瞬間、アルの脳裏に今日までの思い出がめくるめいた。

 走馬燈ではない。遭遇した未知の事態に対して、脳がそれに対処する方法を記憶の中から探し出そうとしているのである。

 脳内時間で、二分は経ったであろうか。

 答えは、つい先日に足を運んだ映画館のなかにあった。

 

「──沖田、だったかしら。あなたの名前」

「はい」

「私達は便利屋──信用を得る事も重要だけど、それ以上に侮られちゃお終いの仕事なのよ。今日まで私達を嘗めてきた連中を、許した事は無いわ」

「……さっき足元見られたって言ってなかった?」

「あ、あれはノーカンよ。ノーカン。報酬はキッチリ貰えたんだから」

 

 カヨコの指摘にごほごほ、と咳払いを返して、アルは表情を作り直す。

 

「あなたは、私達に武器を向けた。それを許すつもりは無いけれど──……命を捨てる気概があるなら」

 

 アルはそこで言葉を区切ると、艶めかしく光る白い足を組み替えた。

 

「その命──便利屋の為に使ってみるつもりはない?」

 

 

 

 

 

 

 

 



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第四話 壬生狼、地獄で平穏に浸る!

 

 

 

 

 

 ゲヘナ学園自治区の路地裏は複雑に入り組んでおり、迷路さながらの構造となっている。

 土地勘が身に付いていなければ、数時間ほど彷徨ってしまう事もあるその場所は、それゆえに窃盗や恐喝等といった行為が蔓延る魔の巣窟となっているのだが、その隅々まで風紀委員会の手が加えられる事は無い。

 美食研究会や温泉開発部。

 己の本懐を果たす為ならば区画どころか学園の垣根さえ超えて、何もかもを容赦なく吹き飛ばそうとする問題児達こそ、風紀委員会が全力で対応に走らなければならない相手であるからだ。

 ただ、まったく歯牙にもかけないという訳ではない。

 どのような妨害を受けても諦めずに活動を行ってきた成果か、風紀委員会の人員数は、もはや一個大隊に匹敵する程となっている。

 そこに、風紀委員長を務める空崎ヒナが日々の哨戒を怠らぬように呼び掛けている事も相まって、当初と比べれば格段に被害は減っていた。

 それでも、未だに目を付けられていない悪事の痕跡が、あちこちに油汚れの如くこびりついている路地裏のひとつを、『彼女』は必死に逃げていた。

 息は散り散りに切れ、足には濃い疲労が溜まり、脈拍は上がり続ける一方である。

 それでも逃げ続けた理由は、ひとえに自由の為である。

 住処に不満を覚えた訳ではない。

 ただ、誰も自分を知らない場所に行ってみたかった。

 彼女が逃げ出した理由は、言ってしまえばそれだけであった。

 

「──」

 

 この路地裏を自分より知り尽くしているものなどいない。

 彼女が抱いているそのような自負が証明されるかのように、これまでしつこくついてきていた追っ手は、いつの間にか姿を消していた。

 しかし彼女は油断せず、思いつく限りの撹乱を織り交ぜながら、曲がりくねった道をすらすらと進んでゆく。追っ手という存在は、いつだって気が緩んだ隙ばかりを狙ってくる卑怯者であると、彼女はよく知っていた。

 それから暫く経ち、不意に視界の彼方に、細い光の柱が見えた。

 出口である。

 周囲の鬱々した暗闇に、気付かぬうちに精神を蝕まれていた彼女の足は、自然と早まりを見せる。

 もうすぐでたどり着くかと思われた、次の瞬間であった。

 彼女の行方を阻むかのごとく。

 立ち塞がる影が、一つ。

 

「──どうも」

 

 逆光によって輪郭以外が黒く染まったその影は、細い形をしていた。

 長い手足をしている。ぼうっと立っているだけのように見える姿勢は、その実少しでも動けばすぐに捕獲できるよう、節々に適度な力が篭っている事を察せた。

 だが、彼女が最も警戒を露わにしたのは、直前まで全く感じ取れなかった気配だった。

 

「……参ったなァ。この街の路地裏は夜の京に似ているから、ヘンに気分が昂って仕方が無い。だから捕まえるにしたって、あんまり手荒な真似はしたくないんですが」

「……」

「だんまりですか。まあ、当たり前っすよね」

 

 立ち止まって身構えた彼女を見て、影は頭を掻きながら、困った風に笑ってみせる。

 まるで隙だらけだ。しかし、下手な一歩を踏み込めば喰われる──と、彼女の本能が警鐘を鳴らしていた。

 この状態が続けば、いずれもう一人の追手も追いつくであろう事は容易に考えられる。なにか、手詰まりの状況を打破できる一手は無いものかと、彼女の瞳が周囲を探る。

 そして、見つけ出した。

 横倒しになったゴミ箱、その上に取り付けられてあるボロボロの換気扇、その先で外と繋がっているように光を浴びている看板──

 瞬間、彼女は走り出した。真っ直ぐではなく、右へ左へと揺れながら。 

 近づいていくにつれて鮮明になる影の両目は、しっかりと自分を捉えていた。

 やっぱり、という思いと、それでも、という思いが重なる。

 そして極限まで距離を詰めた刹那、彼女は唐突に方向転換を果たして、ゴミ箱へと跳躍した。

 

「おっ」

 

 驚きの声は既に遠い。なぜなら彼女の身体はゴミ箱ではなく、既に換気扇の上に飛び移っているからだ。

 そのまま、換気扇を踏み台に、更なる跳躍。看板を足掛かりに外へ飛び出ようとして、

 

 ──同じ高さに飛んできた影の腕に、成す術もなく抱きしめられた。

 

 自分を真似るように、道の両側を挟み込む壁を踏み台にして飛び上がってきたという事に気付いた時には、既に彼女が得た筈の自由はあっけなく終わりを迎えていた。

 

「あぶないあぶない。軽業師みたいな事しますね。不逞浪士がみんなあなたみたいな動きをしてたら、わたし達はきっと苦労したんだろうなァ」

 

 ニコニコと笑い続ける影の腕から抜け出そうと彼女は藻掻くが、細い腕はびくともしない。

 暴れる彼女を容易に抑え込んでいる影は、ごそごそと身動ぎして掌に載せられる規模の四角いなにかを取り出すと、四苦八苦の末に耳に押し当てた。

 

「陸八魔さん? あ、伊草さんでしたか。

 沖田です。はい……はい、捕まえました。場所っすか? ……最初の集合地点から、ちょっと離れたとこにある路地裏です。あの、近くに美味そーな蕎麦屋があります。

 はい、取り敢えず現地で待ってますんで、はい。じゃ」

 

 影──沖田総司は、耳に押し当てていた端末をしまいこむと、すっかり諦めて大人しく抱かれている、腕のなかの標的を──今回の依頼の捜索対象である、飼い主の元から逃げ出した猫を見下ろした。

 

「忘れてましたね、御用改めです」

 

 そう言ってから、指で喉を搔いてやる。

 ごろごろごろ、と不満そうな音が、薄暗い路地裏で静かに鳴り響いた。

 

 

 □ □ □ □

 

 

 沖田総司が便利屋68の末席に連なってから、早くも三週間の月日が経とうとしている。

 

 

 最悪の初対面を経た事と、キヴォトスとは縁もゆかりも無さそうなところから、一時はどうなる事やらとストッパーを担っている鬼方カヨコは不安であったが、沖田は意外と早くゲヘナに──細かく言えば、便利屋68という会社に順応していった。

 団体行動に慣れており、明るく爽やかで人懐っこい性格をしている事もあるが、やはり荒事に強いという、キヴォトスで生きていくにあたって必要不可欠な性質を備えていた事が一番の要因であっただろう事は、この三週間のなかで共にこなしてきた依頼での様子から見て取れた。

 

「今日はよくやってくれたわ、みんな」

 

 音頭を取ったのは、社長を務める陸八魔アルであった。依頼終わりに立ち寄ったラーメン屋のボックス席で立ち上がった少女に、視線が突きつけられる。

 それを意識するように、殊更に身振り手振りを大きくしながら、アルは発言を口にした。

 

「大きな仕事は、こういう小さい仕事を積み重ねてきた信用を得た者にのみ与えられる──あなた達の働きは、便利屋68を次のステージに進める為の、大きく偉大な一歩になったのよ」

「アル様……!」

「猫探しが本当にアウトローなお仕事に繋がるの~?」

 

 神から託宣を受けたかのように、感動で目を潤ませているハルカとは逆に、ムツキが悪戯な笑みを湛えてそう言った。

 

「先週はお家の雑草取りで、先々週は公園のお掃除。こんなの、アウトローじゃなくてボランティアだよ。ソージもそう思うでしょ?」

「ぼらんてぃあ、ってゆーのがなんなのか知りませんが、わたしは好きだなァ、そーいう仕事。

 都の治安ってやつは、如何に市中が綺麗に保たれてるかに強く影響されますから」

「私も、雑草取りは好きです……お友達が増える機会なので」

「そら見なさい! ハルカもソウジもこう言ってるじゃないの!」

「猫探しがアウトローなお仕事とはひと言も言ってなくない?」

 

 ムツキの指摘を受けて、アルはぎくり、と冷や汗を額に浮かべるも、すぐさま余裕の仮面を被り直す。

 

「私が繋がると言ったら繋がるのよ! それに、大事は小事より起こるって言うでしょ? こうした小さな仕事のなかにこそ、私達便利屋に相応しい依頼への縁が隠れているんだからっ」

 

 その時である。カヨコの隣に座ってメニュー表を覗いていた沖田が、弾かれたように顔を上げて、アルを見た。

 

「な、なに? ソウジ。そんなに見つめて、言いたい事でもあるのかしら?」

「いえ。土方さんの言葉を使ってらしたので、驚いて」

「その土方っていうのが誰かは知らないけど……本か映画から持って来たんでしょ、どうせ」

「そそ、そんな訳ないじゃないのよ! れっきとした陸八魔語録の一つよ!」

「もしかして、老子ですか?」

「さあ、老子じゃない?」

 

 適当に答えたカヨコであったが、沖田は「またまたパクりましたか土方歳三」と訳のわからない言葉を呟いて、しきりに頷いている。どうやらそれで納得したらしい。

 そして沖田は視線をメニュー表に戻すと、対面のハルカとムツキにおすすめのメニューを尋ね出した。

 

「うーんとねえ、ムツキちゃんのおすすめは、これ!」

「はァ、これですか? 随分イカチー色味っすね」

「え、ええっ! あのあの、それって激辛メニューで有名なやつじゃ……」

「こーいうのは見掛け倒しが殆どなんだから大丈夫っ。ソージもせっかく来たんなら、刺激の多いものを食べたいよねー?」

「うぅん、わたしはどちらかと言うと甘味の類が好きなんですが──せっかくの好意、有り難く受け取らせていただきます」

「くふふっ。後でちゃんと感想聞かせてね」

「了解です!」

「ひ、ひええ……」

 

 三人は、なにやら楽しげに会話している。

 その様子はまるで十数年来の友人であるかのようで、カヨコは夢でも見ているかのような、不思議な気持ちに何時もなる。

 その光景を、自分はあまり悪くはないと考えているらしい。

 胸をくすぐる仄かな暖かさとむず痒さを感じながら、カヨコは自らのメニューを頼むべく、沖田の肩を叩いた。

 

 

 □ □ □ □

 

 

 とある高層ビルの最上階にあるオフィスで、二人の異形が顔を突き合わせていた。

 片方は、瀟洒なスーツを身に付けた鋼鉄の偉丈夫。

 そしてもう片方は、全身を文字通り黒一色へと染め上げた、奇怪なる紳士。

 人の形に留まりながら、明らかに人ではない要素が詰め込まれた両者は、互いに剣呑な気配を漂わせていた。

 

「──貴様側から、私を訪ねてくるとは。何事だ? 黒服」

「大した用ではありません。ただ、少し頼み事がありましてね。カイザーPMC理事である、貴方に」

 

 偉丈夫の問いかけに、紳士──黒服は、くつくつ、と乾いた笑い声を喉から捻り出して、そう答えた。

 

 

 

 

 



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