ダンジョンで運命を変えるのは間違っているだろうか (ぺこぽん)
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出会い

アストレア・ファミリア救済ルートを書きたくて書きました。
アストレア・レコードも含みます。

ちなみにヒロインは未定です。


 

 ──―大切な約束をした。 

 

 もう、きっと思い出すことはない。

 だけど。

 

 すごく大切な、忘れてはいけない約束だった気がするんだ。

 

 ──────────────────―

 

 18階層。

 迷宮内のオアシスだ。

 闇派閥(イヴィルス)との闘いの最中。

 アストレア・ファミリアは、一時の休息に訪れていた。

 張り詰めていた空気を解き、気分を入れ替える。

 

「さ、休憩は終わり。地上に戻りましょう!」

 

 そして、アリーゼの声で全員が腰を上げた。

 再び戦場にと赴くために。

 

「……そんな日は来ない。来させない」

 

 ただ、その中で一人だけ。

 リューは柳眉を顰め、呟いた。

 

 ──―大切な仲間たちと交わした約束。  

 

 そんな運命は絶対に、認めないとばかりに。

 

 

 

 

 

 

「なんだ? なんかリヴィラの方で騒ぎが起きているみたいだな」

 

 狼人のネーゼが、その鋭い聴覚で騒ぎを聞きつけた。

 

「まさか闇派閥(イヴィルス)の襲撃!?」

 

 リューが焦燥を顔に出す。

 

「クソッ、またかよ! 息つく暇もねえなぁ!」

 

 ライラの悪態に、アリーゼが号令を掛けた。

 

「行きましょう!」

 

 

 

 リヴィラに街に入ると、杞憂だと分かった。

 喧騒こそあれ、血と騒乱の香りはしない。

 人集りはあれど、騒がしのはここでは通常営業だ。

 

「何があったのかしら」

 

 アリーゼが最後尾から背伸びをして、覗き込む。

 

「あん? な、……紅の正花(スカーレット・ハーネル)!」

 

 アリーゼに気付いた冒険者の男が声を上げた。

 

「お、おまえら【アストレア・ファミリア】……!」

 

 ざわざわと声が広がった。

 

「あら、自己紹介は不要かしら? リヴィラの住人にまで名が知れてるなんて光栄ね!」

 

「いや、知らねぇわけねぇだろ……」

 

「私達も随分と有名になったものね! さっすが私達! フフーン!」

 

 突然、両手を腰に当てて鼻高々となるアリーゼ。

 眼帯を左目に嵌めた男はうわぁ、面倒臭ぇという顔だ。

 

「団長、話が進まない。それで、一体何があったのだ」

 

 輝夜が一歩前に進み出た。

 

「ガキだよ、ガキ」

 

 人込みが割れ、アリーゼ達を騒動の中心に通す。

 

「24階層に行ってたパーティーの前に、一人のガキが現れやがったんだよ」

 

 この街の有力者である男は説明を始めた。

 

「突然襲い掛かってきやがってよ。うっかりモンスターと間違えて、殺しちまうところだったそうだぜ」

 

「襲い掛かる……? どういう事かしら」

 

「知らねえょ。とにかく今はふんじばってとっ捕まえてる」

 

 男の案内で建物の一室に入る。 

 そこには、柱に後ろ手で縛られた子供がいた。

 

「ひっでぇ……」

 

 鼻を押さえてネーゼが思わず声に出す。

 血の匂いがそこには充満していた。

 

「ちょっと血だらけじゃない!? まさか貴方達が!?」

 

「貴様──―!」

 

 見目麗しい少女達。

 特にエルフの鋭い視線に、男は慌てて弁明した。

 

「違ぇ! 俺達は何もしてねぇ!! 出くわす前からそいつはその恰好だったんだッ!!」

 

「ほんとかよ? 嘘じゃねぇ……よな?」

 

 男の追及はライラに任せ、アリーゼは子供に近付いた。

 顔まで覆う赤色かと思われた長髪は、血に染まった黒。

 痩せこけた手足に、こけた頬。

 

「私達より少し下、10歳位かしら。それにしても……。マリュー、治療をお願い」

 

 気を失っている子供の縄を剣で切った後。

 アリーゼは治療師であるマリューを呼んだ。

 

「うん。アリーゼちゃん、わかったわ」

 

「っ、この子。右腕が折れてる!」

 

 体の様態を確かめていたアリーゼは声を上げた。

 ぼろ雑巾の様な衣服から覗く右前腕。

 紫色に変色していた。

 それだけでなく全身血まみれで、あちこち傷だらけだ。

 

「ほぅ、見た所折れたのはごく最近……何もしてないというのは嘘ですなぁ」

 

 輝夜が目を細め、その圧に男は一歩後ろに下がった。

 

「わ、わかった。認める! そいつの腕を折っちまったのは俺達だぁ!」

 

「罪を認めるというのですね。ならば、しかるべき報いを」

 

 平身低頭した男に、リューは木刀に手を掛けた。

 

「だが、誓ってそれだけだ! ただ、派閥(ファミリア)開錠薬(ステイタスシーフ)で確認しようとしただけだ!」

 

 男は弁明を続ける。

 

「そいつが、あんまりにも暴れるからだ。しょうがねぇだろ! ここは託児所じゃねぇんだ!」

 

「…………」

 

 焦りからか非合法な代物の名が、ぽろっと男の口から飛び出す

 正義と秩序を司る女神のファミリアとしては、見過ごすわけにはいかないが。

 だが、それよりも優先すべきものがあった。

 

「どうマリュー?」

 

「う~ん。傷は癒えたけど……失った血までは戻らないわ」

 

 床に横たわった子供は目を閉じたままだ。

 150C(セルチ)もないだろうか。

 傍目にも栄養失調とわかる体だ。

 

「小人族……じゃなくてヒューマンよね」

 

「随分と痩せこけていますけどね」

 

「もしかしてパーティーが全滅したのかしら……」

 

「よくある話だぜ。迷宮の闇に取り残されて、気が狂っちまうってのは」

 

「惜しいな。中層まで行ける冒険者が……何も()()()に」

 

 全員でそんな言葉を交しあう。

 アリーゼが子供の顔に掛かった髪を払いのける。

 

「すごく可愛らしい子ね」

 

 言葉通り、線の細い整った顔が見えた。

 そして次の瞬間、子供の目が開く。

 白銀の瞳がアリーゼの瞳を直視する。

 

「あ、目覚め……」

 

「ああ……あ˝あ˝あ˝あ˝あ˝あ˝あ˝あ˝あ˝あ˝あ˝あ˝ッ!!」

 

 突如の絶叫。

 整った顔を歪ませ、子供は悲痛な叫び声を上げた。

 

「アリーゼ! マリュー! 下がって!」

 

 リューの警告より速く、子供が飛び退いた。

 まるで歩き方を忘れたかの様に四つん這いだ。

 そして大きく見開いた瞳がリュー達を捉える。

 

「あ˝あ˝あ˝あ˝あ˝あ˝あ˝あ˝あ˝あ˝あ˝あ˝あ˝あ˝あ˝ッ!!」

 

 またも痛みに耐えかねる様な、絶叫を発する。

 

「こいつ、うるせぇ!」

 

 ライラが耳を塞ぐ。

 叫び声を上げながら子供は逃げ道を探す様に、視線を動かす。

 

「待って! もう大丈夫だから、安心して!」

 

 アリーゼが手を広げて滲み寄ろうとするも、子供は逃げ出した。

 獣の様に走り回り、アリーゼの手の下を掻い潜る。

 

「なっ!」

 

 そしてリューの足元に飛び込んだ。

 危害はない。 

 ただ、怯えて隠れるように、足にしがみ付いてきただけだ。

 

「離れなさい!」

 

 語気を強めるが、引き剝がせない。 

 自身には、自他共に認めるエルフの潔癖性がある。

 だが、怪我人ましてや、自身より幼い子を力尽くで振りほどく事は出来なかった。

 

「なんだ、リオン。随分と懐かれてんじゃねえか」

 

 警戒を解いたライラ達は力を抜いた。

 子供はリューの足元で、がたがた震えたままだ。

 ローブを掴み、決して離れようとはしない。

 

「もしかし、リオンの知り合いだった?」

 

「いえ……、この様なヒューマンに見覚えはありませんが」

 

 アリーゼが少し残念そうにしている。

 だが、困り果てたのはリューだ。

 

「ア、アリーゼ~。この子が離してくれようとしません……!」

 

「リオンったら。子供はね、ちゃんと笑顔で目線を合わせればわかってくれるものよ!」

 

 助け舟を出そうとセルティが近づく。

 だが、子供はすぐに体を震わせ、怯えた用に隠れてしまう。

 

「さ、この子リオンに任せるとして……」

 

 アリーゼはこちらの様子を見ていたリヴィラの住人に言い放つ。

 

「この子、私達が貰い受けるわ! このまま放っておくわけにはいかないし!」

 

 異論はない。

 元々、オラリオの秩序に携わってきたファミリアだ。

 迷子。

 というのは語弊があるが、その対応も責務の内だ。

 

「ああ、是非そうしてくれ。こっちはその方が助かる」

 

「決まりね! じゃあ、もしこの子の仲間が現れたらギルドに来るようにちゃんと伝えてね!」

 

 散らばっていく住民達。

 薄情だとは思わない。

 命を落とす冒険者など、星の数ほどいるのだから。

 

「ひゃうっ!」

 

 変な声が聞こえた。

 

「うん?」

 

 仁王立ちしたままアリーゼは、首だけ振り返る。

 すっとんきょんな声を出した主はリューだ。

 

「て、手を離しなさいっ!?」

 

 しゃがんでいるリュー。

 子供をローブから引き離す事には成功していた。

 だが、その手。

 

 子供の手がリューの手を握っていた。 

 いや、握るというよりはしがみついているという方が正しい。

 

「──―う~ん」

 

 アリーゼは少し片眉を下げ、困り顔を浮かべた。

 リューの力を使えば振りほどくのは簡単だ。

 

 だが、それをしないのは何故か。 

 他者の接触を忌み嫌うエルフの矜持。

 弱者を助けんとせん正義の誓いか。 

 その両者の均衡か。

 

 ──―それとも。

 

「ア、アリーゼ~! 皆も! 笑ってないで助けて下さい!!」

 

 リューの叫びがリヴィラに木霊したのだった。




ルビふってみましたけど以外と面倒臭いですね。
色々と続くかどうかわかりません。


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ホームでの一幕

主人公の顔は黙っていればウィーネ位可愛い設定です。


 

 星屑(ほしくず)の庭

 

 迷宮(ダンジョン)から帰還を果たしたアリーゼ達は本拠地(ホーム)に帰ってきた。

 

「ただいま帰りました! アストレア様!」

 

「みんな、今日も無事で何よりだわ。おかえりなさい」

 

 主神である女神アストレアのお出迎えだ。

 倦怠感も疲労感も、全てが吹き飛ぶというものだ。

 

「あら、リュー。今日は変わったお客さんを連れているのね」

 

 リューの影に隠れるように子供がいた。

 今もリューを離さまいと、左腕に必死にしがみついている。

 

「そうでした! アストレア様! 実はかくかくしかじかで!」

 

「そう、だったのね……。いえ、ごめんなさい、アリーゼ。それだけではわからないわ」

 

 アリーゼのざっくばらんな物言いに、アストレアは柔和な笑みで悪乗りする。

 

「団長……。私が話そう」

 

 可哀そうな子を見る目で、輝夜がアリーゼを見た。

 

「嘘、冗談よ。待って! 私、ちゃんと説明出来るわよ。団長なんだから!」

 

「「「いいから黙って!」」」

 

 わいわいと騒がしい眷属達を、主神は愛おし気に見守っていた。

 

 

 子供を連れ地上(オラリオ)にと戻った後、まずギルドへと向かった事を話した。

 

「ギルドに行方不明者の確認をお願いしたのに、まともに相手もしてくれなくて!」

 

「まあ、こんな薄汚ねえガキを直接連れて行ったんだ。門前払いは当然だけどよ」

 

 アリーゼの肩を竦める嘆きに、ライラが自重気に答えた。

 

派閥(ファミリア)も人相も、確認しようにもこの有様ですからねえ」

 

 輝夜がこれで何度目か。

 子供の顔を覗き込もうとしたが、またもや逃げられた。

 

「でも、こんな時だもの! あーだこーだと泣き言を言っても仕方ないわ!と納得したの!」

 

 そこで、とアリーゼは前置きをした。

 

「アストレア様のお力をお借り出来ないでしょうか」

 

「ええ。勿論、構わないわ。このままだとリューが困り果ててしまいそうだものね」

 

 アリーゼが両手を合わせると、心優しき主神は快諾してくれた。

 リューは不甲斐ないとばかりに項垂れる。

 

「すみません、アストレア様。私が子供の扱いになれていないばかりに」

 

「リオンは末っ子で一番の子供だものね。それはしょうがないでしょう?」

 

「はは、確かにな」

 

 リャーニャの揶揄いに、ネーゼが笑う。

 

「私は子供ではないっ!」

 

「そういう反応をする所が、まさに子供と言われる由縁でございましょうに」

 

 リューの叫びに輝夜が顔を袖で隠し、なおも揶揄う。

 

「輝夜、貴様ァ……!」

 

「そこまでよ、みんな! 目的を見失わない事!」

 

 間にアリーゼが入り、喧嘩を仲裁した。

 アストレアはゆっくりと子供の前に進み出る。

 

「この子、随分と血だらけだけど、もう怪我の方は大丈夫なのかしら」

 

「はい。骨折も他の傷もすでに治療済みですわ」

 

 マリューが自信に満ちた返答をする。

 アストレアはそれでも痛ましそうな表情で、子供の前にしゃがみこんだ。

 

「駄目です。アストレア様! この子は……!」

 

 オラリオに帰って来ても、自分(リュー)以外には懐かなかった子だ。

 敬愛する主神に、何かあってはならないとリューは警戒したのだ。

 

「大丈夫よ。何も心配はいらないわ」

 

 アストレアは慈愛に満ちた表情で、子供に手を伸ばす。

 それに逃げる事なく子供は、優しく頭を撫でる手に身を任せていた。

 見開かれていた白銀の瞳が細まる。

 逆立っていた全身の気迫が、徐々に静まっていく。

 

「さすがアストレア様! 美人で完璧で、私が敬愛してやまない女神様! こんなに傷付いた子供の心まで癒やすなんて!」

 

「なんで団長が偉そうなんだよ」

 

 ライラの突っ込みが走る。

 だが、主神の在り様は眷属である自分達にとっても誇りだ。

 それを否定する者などいるはずがない。

 

「ありがとう、アリーゼ」 

 

 リューの腕から子供の手が、ゆっくりとだが離れた。

 アストレアは優しい口調で話しかける。

 

「私の名前はアストレア。貴方の名前を教えて貰えないかしら」

 

「…………っ」

 

 子供は叫ぶ以外の機能を失ったかのように、口を開く。

 だが、そこから言葉は出てくる事はない。

 アストレアは急かす事なく微笑んだ。

 

「まずは休息ね。それから神の恩恵(ファルナ)の確認もしましょう」

 

「この子の主神もきっと心配している事でしょうから」

 

 アリーゼは子供の手を引いた。

 

「ちょうど用意が出来た所だから、お風呂に入りましょう」

 

「アストレア様もですか!?」

 

「ええ、この子を一人で入らせるわけにはいかないわ。リュー、貴方も手伝ってくれるかしら」

 

 アストレアの願いに、リューは少し顔を強張らせた。

 いくら子供とはいえ、家族でもない人間(ヒューマン)と一緒に入るのは抵抗を感じたのだ。

 だが、今の所この子が心を許しているのは、リューとアストレアだけだ。

 

「行ってあげて、リオン。だってその子、今も手を離してないわよ」

 

「……あ」

 

 見ればアストレアに引かれる反対の手が、リューのローブを握っていた。

 

「良いのよ、リュー。貴方が嫌なら私一人でも大丈夫だわ」

 

「い、いえ。アストレア様。問題ありません」

 

 リューは問題ない、問題ないと言い聞かせる様に呟きながら付き添っていった。

 アリーゼ達もまずは埃を落とし、お風呂が空くまで団欒室で休憩を取る事とした。

 片腕を伸ばし、伸びをしきった所で、アリーゼは思い出したかの様に、あ、と呟く。

 

「……リオンったら、もしかして気付いていないかしら」

 

 

 

 

 暫く後。

 

「なぁああああああああああああああっ!!!」

 

 リューの悲鳴が風呂場から聞こえてきた。

 それからどたばたと騒がしい音。 

 けたたましい衝突音を響かせ、リューが団欒室に現れた。

 

「な、な、な、な、な……!」

 

 装備は矜持からか脱がなかったのかそのままだ。

 お湯で濡れた衣類が肢体に張り付き、妙に艶めかしい。

 ただ顔だけが、茹で上がったかの様に真っ赤だ。 

 

「つ、つ、つ、つ、つ……!」

 

 先ほどから一音しか発せれていない。

 

「どうしたリオン。ついに名実ともにポンコツエルフと成り果てたか」

 

「違ぁーうっ! 私はポンコツなどではないっ!! ……いや、そうではない!」

 

 輝夜が嘲笑を浮かべ、リューは激昂した。

 

「つい、つい、つい!」

 

「「「つい?」」」

 

「ついている!!」

 

「「「何が?」」」

 

「だから! ……その!」

 

 尻すぼみとなって消えていくリューの声。

 

「ああ、リオン。本当に気づいていなかったの!?」

 

 アリーゼが、頬を掻きながら驚いている。

 少し悪い事をしたかな、という罪悪感と共に。

 

「あの子、()()()よ」

 

「「「「「「「「「…………は?」」」」」」」」」

 

 一瞬だけ団欒室が静まり返る。

 それから天地を引っくり返したかの様な騒動となった。

 

「いや……。アタシは薄々そうじゃねえかと思ってはいたんだが」

 

「ライラ! だったら教えて下さいっ!!」

 

「あん時は……。血で鼻がやられてて気付かなかったなぁ」

 

「ネーゼ! 遠い目しないで下さいっ」

 

 リューは殆ど涙目浮かべている。

 

「ぶ、ぶわあああああああぁぁぁぁかめ!! 気付かない貴様が悪いのだ!」

 

「輝夜! 貴方こそ気づいていなかっただろうに! 自分の事は棚に上げるのか!!」

 

 誤魔化すように声を張り上げた輝夜とリューの応酬が始まる。

 

「ごめんなさい! 私もすっかり言い出すのを忘れていたわ!」

 

 アリーゼが陳謝する。

 

「アリーゼ、貴方のせいでは……ない!? え、ええ。ないはずだ」

 

「そうだ。糞鈍妖精様が悪い!常々言っているであろう。周りにもっと気を配れと!」

 

「貴方という人は……言わせておけばぁ!」

 

 リューは体をふるふると震わせ、拳を握る。

 

「ふん、それで、清廉潔白、穢れなど知らぬなエルフ様は一体、お風呂場で何をご覧遊ばれたので?」

 

「~~~~っ!!」

 

 輝夜の挑発にリューは黙り込むしかなかった。

 

「みんな、ちょっと来てくれるかしら」

 

 そこでアストレアから、声が掛けられた。

 風呂場にと全員で向かう。

 

「私は何も見ていない……! 見ていない! そうだ、あれは夢だ。そうだ。そうに決まっている。あんな可愛らしい子についているはずが……」

 

 自己暗示の様に言い放つリューは最後尾だ。

 

「アリーゼ、困ったわ」

 

 そこで主神の湯浴み姿に出くわした。

 普段の服は濡れない様に脱ぎ、薄い布を体に纏っている。

 見えてはいないが、見てはいけないものを見てしまった気になる。

 

「どうされました?アストレア様」

 

 同性であれ、思わずアリーゼ達は目を逸らした。

 アストレアのその落ち着き払った佇まいからは、余り困った様には見えない。

 

 アストレアが横にずれ、風呂場の中を見せた。

 石台の上に座る子供。

 いや、少年だ。

 

 汚れはすっかりと落ち、素肌を見せたその後ろ姿。

 年頃の少女が多いこのファミリアは、少年の姿に目が奪われる者が多数。

 ある者は目を閉じ、かつて弟がいた者は平然としている。

 だが、それよりもその背中。

 

 長い黒髪に覆われる中、僅かに除くのは神聖文字(ヒエログリフ)

 

「この子、Lv.7よ」

 

「「「「「「「「「「「…………はい?」」」」」」」」」」」

 

 主神の一声に、全員の目が点になった。

 

 




アストレアレコードを読みつつ書いてます。
出来るだけ地の文を減らして、会話だけにしたいな。
その方が長続きする筈!(迫真)


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恩恵(ステイタス)

独自設定の始まりです。


 

 ■■■■■■

 

 Lv.7

 

 力:I0

 耐久:I0

 器用:I0

 敏捷:I0

 魔力:I0

 力:I0

 ■■:I0

 ■■■:I0

 ■■:I0

 

《魔法》

【■■■■■】

【■■■■■】

【】

 

《スキル》

【■■■■■】

【■■■■■】

【■■■■■】

 

 

「―――なによこれ!」

 

 アリーゼが全員を代表して声を上げた。

 

「アストレア様……。これは、一体……!?」

 

「紛れもなく彼の恩恵(ファルナ)よ。神聖文字(ヒエログリフ)が失われていて、解読不能な所が多いけれども」

 

「失われて……って、そんな事がありえんのかよ」

 

 全員が恩恵(ファルナ)を写し取った用紙を回し読み、ライラが呟いた。

 

恩恵(ファルナ)を誤魔化してるって事は……」

 

「それはありえないわ、ネーゼ。神の目は欺けない」

 

 アストレアは首を振り否定する。

 

「だが、……それだと理屈に合わない」

 

 輝夜が眉をひそめた。

 

「この子供の身体能力はLv.7のそれではない。精々Lv.1がいい所だ」

 

「そうだよね。じゃなきゃ、あそこの住人が捕縛出来るはずないし!」

 

 イスカが頷きながら賛同した。

 それも加減など出来ようもない、錯乱していた状態の時でだ。

 

「ねぇ? そもそも今のオラリオにLv.7っているのかしら……?」

 

 アリーゼの素朴な声で、疑問を上げる。 

 一時、その場の時が止まった。

 

「ゼウス・ファミリアとヘラ・ファミリアの時代にはいたと、聞いたことがあります」

 

「でも、それって昔の話でしょう」 

 

 セルティの説明に先輩魔導士であるリャーナが続いた。

 

「今の頂点はフレイヤ・ファミリアの猛者(おうじゃ)でLv.6のはずだけど」

 

 アスタは首を捻っている。

 

「じゃあ、この子は……?」

 

 答えを持ち合わせる者などいない。

 それこそ全知霊能である超越存在(デウスデア)でさえ。

 下界の神秘と呼ぶべき現象の前には。

 

「それに、あのファミリアのエンブレム……」

 

 アリーゼの声に全員の視線が子供に向かう。

 大人しく座ったままこちらに向けている、子供その背中。

 

「あれは洞窟でしょうか。ですが、その傍の果実は……」

 

「ざくろ……。余りオラリオでは見かけな品ですねぇ」

 

 何故か最後尾にいるリューが、恐る恐る覗き込んでいる。

 果実の正体を当てた輝夜が揶揄う様に、リューに向けて手招きする。

 

「っ……少なくとも私達が知る限り、この様なエンブレムには見覚えがありません」

 

 アリーゼは距離を取ったまま、子供の前に回り込む。

 そしてしゃがみ、子供とじっと目を合わせた。

 

「お願い、聞かせて。君は何者なの?」

 

 少年は今度は逃げる事はなかった。

 

「お、おれ、は……」

 

 言葉を絞り出す様に子供―――少年は声を発した。

 

「お、しゃべった」

 

「ライラ、静かに」

 

 少年は、まるで自分が言葉を話せたかの様に驚く。 

 それからぎゅっと体を抱く様にして、背を丸めた。

 

「わ、わからない。俺は……だ、れ。ここは……どこ」

 

「落ち着いて。貴方はもう大丈夫。もう、なんの心配もいらないわ」

  

 アリーゼは満面の笑顔で笑い、立ち上がった。

 それから瞳を暫し閉じ それからカッと見開く。

 

「さて!」

 

 アリーゼの決定が決まったのだろうかと、全員が身構える。 

 

「兎も角、このままじゃ湯冷めしちゃうわ!ほら、リオンもアストレア様も!」

 

 アリーゼは持ってきた布を、少年に近寄らない様にして被せた。

 小さい少年の身体はすっぽりと隠れてしまう。

 

「団長、だがこの少年の処遇は……!」

 

「わからないわ!」

 

 アリーゼの即断即決に輝夜は、はぁと怪訝な顔を浮かべた。

 

「だって、考えてもわからない事に頭を悩ませても仕方ないもの!」

 

「今、この子は傷ついて震えている!なら、私達がしてあげられる事は決まっているじゃない!」

 

 アリーゼは腰に手を当てて、にかっと笑う。

 

「暖かい食事と十分な休息よ!」

 

 ライラは両腕をだらりと下げて、溜息をついた。

 

「たくっ。そう言うとは思ってたけどよ、頭が痛いぜ」

 

 ライラは値踏みするように少年を見る。

 狡鼠(スライル)の二つ名を現すかの如くその視線は鋭い。

 いくら少年が今は人畜無害そうに見えているとはいえ、欺いてる可能性がないとはいえない。

 その万が一にも無き可能性すら無視は出来ない。

 

「ライラ、この子の言葉に嘘はないわ。ただ混乱しているだけよ」

 

 神は地上の人間の嘘を見破る。

 だだし、本人が嘘と自覚していない、そもそも言わない場合は別だが。

 

「皆、私からもこの子の世話をお願いするわ」

 

 主神と団長の言葉を断られる者などいようはずもなかった。

 アストレアは最後に思慮深い眼差しで告げる

 

「この事は私の方からギルドに伝えておくわ。……心辺りがなわけでもないの」

 

 こうして、星屑の庭(ホーム)で少年との生活が始まった。

 

 

 




まさか主人公の能力をまだぼやっとしか考えてないとは言えない……。

3000字位を目安に頑張ろう。
それなら続けられる……はずです。
応援の声があればもっと頑張れます。


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ある朝

時系列はあえてふわっとです。


 

 少年との生活は、穏やかなものだった。

 初めの出会いが嘘の様に、今の少年は大人しい。

 リュー以外の人にも、次第に慣れてきたのだろう。

 体に触れない限り、近寄っても逃げ出す事はない。

 

「食え食え。食ってさっさと元気を取り戻せ」

 

 朝食の席。

 ライラがフォークで肉に突き刺したまま、それを少年に向けた。

 リューの隣に座る少年は、先ほどからスープをちびちびと飲んでいたのだ。

 長い艶のある黒髪がスープに漬からぬよう、アリーゼの髪留めを借りて、後ろで括っている。

 大分、少年の肌には血色が戻り、肉も付き始めた。

 

「ライラ。衰弱していた人に肉は駄目です。まずは消化に良いものからだ」

 

「わぁってるよ。うるせえなぁ、お母さんかよ、リオンママ」

 

「な……っ!誰がママですか!?」

 

 リューは顔を少し赤くしている。

 

「そういや、ロキ・ファミリアんとこの、ハイエルフ様もそんな風に呼ばれてたっけか。人形姫に手を焼いてるって聞いたことあるぜ」

 

「リヴェリア様が?」

 

 リューそれを聞いて、何故かちょっと嬉しそうにしている。

 大丈夫かこのエルフ(狂信者)は、とライラが唇を引き攣らせた。

 

「まさか。まだ、この子と一緒に寝ていらっしゃりますの?」

 

「っ、この子はずっと一人で寝ている! 初日の時も寝るまで部屋にいただけで一緒には寝ていない! 空言を流すのはやめなさい、輝夜!」

 

 輝夜の流し目に、リューは息つく暇なく応える 

 

「そうよ、輝夜! リオンを抱き枕にして寝れるのは私だけの権利なんだからね!」

 

「そんな権利は存在しないっ!」

 

 さらにはアリーゼまで突撃して来て、到底リューだけでは捌き切れない。

 思えば、この少年が来てからというもの、自分は揶揄われっぱなしではなかろうか。

 

「ちゃんと一人で寝てるよ、輝夜」

 

 そこで思わぬ援護があった。

 まだ声変わり前の、少女と聞き間違える程の高い声だ。

 

「わ、しゃべった!」

 

 イスカが驚き、食器を音を立てて鳴らす。

 

「てか……毎回アタシら驚きすぎだろ、逆にそっちの方で驚くぜ」

 

 ライラは頭を掻いて、苦笑する。

 少年が話すのは、何も初めてではないのだ。

 こっちの名前を呼んだりして来るし、普通に話す。

 とはいえ、最初の絶叫の印象が強烈すぎた。

 

「ごめん、ライラ」

 

「いや、お前が悪いわけじゃねぇんだけどよ」

 

 この少年は物覚えが悪いわけではない。

 名前も物の使い方も直ぐに覚えていく。

 まるで思い出していくかのようだ。

 知識を急速に吸収していた。

 

「ただ、普通に話せんのが驚きで……。そういや、あん時、なんであんなに叫んでたんだよ」

 

「……痛かったから」

 

 少年は、ぽつりと答える。

 他に言い表す言葉を持たないのかの様に、唇を噛む。

 

「そりゃ、あんだけ血だらけだったなら、痛ぇだろうけどよ」

 

 ライラが聞きたいのは、そういう事ではないのだが。

 どっちにせよ何を聞こうとも、覚えていないのならどうしようもないが。

 

「辛いのなら、無理に思い出さなくてもいい」

 

 少年の苦しげな表情を見て、リューは優しく囁いた。

 

「あんまり甘やかしても、そいつの為にはならねぇぜ」

 

「だが、まだ子供だ」

 

 ライラは頭の後ろで手を組み、椅子毎後ろに仰け反る。

 

「子供っつったって、アタシよりデケぇじゃねぇかよ……」

 

 それに続いて呟いた言葉は、リューには届かなかった。

 

「それに……ほんとに子供かどうかも怪しいもんだぜ」

 

 そこでパンと両手が大きく打ち鳴らされた。

  

「さ、皆!食べ終わったら、都市の巡回に行きましょう!」

 

 アリーゼが立ち上がり、腰に手を当てる。

 

「リオン、今回はあんたも参加しなさい!」

 

 リューは暫くの間、見回りに参加出来ていなかった。

 まさか、謎だらけの少年を一人でホームに置いて行くわけにもいかなかったからだ。

 

「そうしたいのは山々ですが、この子を置いて行くわけにも……」

 

 リューとすれば当然、参加したい。

 いや、しなければならない。

 だが、少年に面と向かって邪魔だとは言えなかった。

 

「何を言ってるのよ、リオン!この子も一緒に行くのよ!」

 

「連れて行くというのですか?」

 

「ええ!外に出て陽の光を浴びなければ気分は沈むし、体にも悪いわ!」

 

「ですが、もし闇派閥(イヴィルス)の襲撃があれば、この子に危険が及びます!」

 

 元々、巡回の目的は闇派閥(イヴィルス)を警戒しての事だ。

 その際に、衝突する可能性は大いにある。

 それ以外でも今のオラリオ治安は悪化しているのだ。

 

「守ってやればいい。それとも未熟なその身では無理な相談か」

 

「輝夜、私達はアストレア様からこの子を任されたのだ。約束を違える気か!」

 

 リューと輝夜が、正面からぶつかり合う。

 

「リオン、この子の為にもよ。アストレア様からはお世話を頼まれたけれど、今なおこの子を知る人は見つかっていない」

 

 アリーゼは鷹揚に頷く。

 

「それに、アストレア様だけに捜索をさせられないわ! 都市の巡回もして、この子を知っている人も探す! 一石二鳥だわ! フフーン、さっすが私!」

  

 アリーゼは人差し指を楽しそうに回した。

 

「それにいざと時の為に、ガネーシャ・ファミリアに応援を頼んであるの。抜かりはないわ!」

 

 ネーゼが食事を終え、荒々しく口を拭く。

 

「まあ、そうだな。そいつの日用品を市に買いに行く必要があるだろうし」

 

「ああ、さすがに今ある服だけじゃ、足りねぇしなあ」

 

 ライラは、少年が着ている古着を見て言った。

 所々補修した跡があり、まさかしく古着だ。

 

「アストレア様が、アリーゼちゃんの昔の服をしまってて下さってて本当助かったわ~」

 

 マリューは両手を合わせて、嬉しそうに笑う。

 

「思い出すわねその服! 迷宮(ダンジョン)で破ってしまった服を何度もアストレア様が夜なべして、チクチクと縫ってくれたものだわ!」

 

 しみじみとアリーゼは語るが、誰もそんな恥ずかし過去は聞きたくもないし、思い出したくもない。

 

「新しい服を買うお金もない貧乏時代。つるつるてんになるまで着たものよ!」

 

「まあ、それでもちょっと丈は長げぇが、胸周りはぴったりだ!」

 

 ライラはにっと、アリーゼに向けて挑発的に笑った。

 

「……その程度では動じないわ!それがいい女というものよ!」

 

 アリーゼは目を閉じたまま、笑みを崩さない。

 

「それにあの頃より只今絶賛、成長期! 清く美しい私は外も中もさらに成長中よ!ライラ☆」

 

「うざ☆」

 

 アリーゼはようやくスープを飲み終わった少年の前に立つ。

 

「ね、君も行ってみたいでしょ?」

 

「うん。行く。行ってみたい」

 

 少年は、素直にこくんと答えた。

 

「じゃあ、決まりね!」

 

 




評価ありがとうございます。


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家族(ファミリア)

 

 リューとアリーゼは、共に受け持ちの場所に訪れていた。

 その間に、挟まれる様にいるのは少年だ。

 初めは恐る恐る足を進めていたが、次第に街並みにも、人混みにも慣れたのか質問をして来る様になった。

 巡回の聞き込みは主にアリーゼに任せ、リューは少年の相手をする。

 

「リオン、あれは何?」

 

「あれは屋台といって……」

 

「あっちは?」

 

「工場といって……」

 

「あの人は何をしているの?」

 

「しッ! 見てはならない!」

 

 アリーゼが補足してくれながら、いつもと違う巡回となった。

 本当に、この子はよく喋る様になったものだ。

 ただ、少年の時折通りかかる人を振り返る癖が、リューは気になっていた。

 そんな時決まって少年は、その人をひどく気に掛ける様な表情をしているのだ。

 

「誰か、見覚えのある方でもいましたか?」

 

「……ううん。ねえ、あのでっかい建物は?」

 

「あれはバベルです。迷宮(ダンジョン)の上に立つ塔です」

 

「バベル……」

 

 冒険者ならば、親の顔よりも見ているはずの白亜の塔。

 少年はしばし、小さな口を半開きにして食い入るように見詰める。

 

「リオーン!ヤッホー!」

 

 突如、場をぶち破る明るい声が響いた。

 

「アーディ!」

 

「そうだよ!迷子の子猫ちゃん探しから、姉妹喧嘩の仲裁まで、困った事があれば何でも解決してみせるアーディ・ヴァルマだよ!じゃじゃーん!」

 

 ガネーシャ・ファミリアの応援とはアーディの事だったのだ。

 奇天烈な自己紹介の後、アーディは少年の前で急停止する。

 

「この子が話題の迷子ちゃんかぁ。初めまして!」

 

「アーディ。もしかしてこの子を知っている人が見つかったのですか?」

 

「ううん、ごめん。まだ、見つかってないんだ。団員で手分けして都市中を回ってるんだけどね」

 

 捜索をお願いするに当たって、少年の恩恵(ファルナ)がLv.7であるという事実は隠していた。

 こればかりは無用な混乱を避けたいからというのが理由だ。

 

「でも、こんなに可愛い子だったらきっと直ぐに見つかるさ! さらっちゃいたい位可愛い女の子だもん!」

 

「アーディ……。非常に言いにくいのですが、この子は男の子なのです」

 

「えっ!そうなの!? あはは、ごめんね、女の子って言っちゃって!ほら、仲直りの握手!」

 

「あ……!」

 

 リューは止める暇がなあった。

 アーディはあっと言う間に少年の手を握ってしまっていたのだ。

 

「………!」

 

 だが、少年はただ驚いただけだった。

 何の抵抗もなく、暴れる事もない。

 ただ、衝撃を受けたかの様に言葉を失っている。

 

「えへへ、よろしくね!」

 

 少年は、はにかむ様に返事をした。

 

「うん。よろしく、アーディ」

 

 アーディが急にぷるぷると震え始める。

 

「ほんっとに可愛い子だなあ!食べちゃいたいくらい!」

 

「でしょ、でしょ!」 

 

 アリーゼが同意し、アーディが少年に飛びつきそうになる。 

 それを察して、リューは自分の身体でアーディを受け止めた。

 

「アーディ、離れてくださいっ」

 

「ねね! 君、うちのファミリに来ない!? 三食ご飯に昼寝付き、今なら五月蠅いガネーシャ様の雄叫び付きだよ!」

 

「主神の事を五月蠅いと言ってもいいのですか、貴方は……」

 

「駄目よ!この子はうちの子よ!渡せないわ!」

 

 アリーゼとリューで共同戦線を張った所で、アーディは諦めたようだ。

 ちぇーっ、とアーディが唇を曲げた後、

 

「ま、でもそんな可愛い君には、このジャガ丸君を進呈しよう!じゃーんっ!!」

 

 アーディは袋から取り出し、少年に渡した。

 

「ありがとう。アーディ」

 

 少年はゆっくりと、口元に運び一口齧る。

 そして、白銀の瞳を大きく見開いた。

 

「こ、この味は……」

 

「まさか、思い出した事でも……!?」

 

 三人は固唾を呑んで見守る。

 

「……美味しい」

 

 ずこっと全員見事に肩が落ちた。

 

 アーディを連れて巡回を終えた後、買い物に向かう。

 女三人の姦しさに、少年は目を丸くしながらも付いていくしかない。

 隙あらば、少年に女装をさせようとする二人を止めるのに、リューはいたずらに体力を消費する事となった。

 だが、そんな日常がリューには好ましかった。

 

 ―――ああ、こんな平和がずっと続けばいいのに、と。

 

 

 

 星屑の庭(ホーム)に全員が戻るとアストレア様が待っていた。

 さっそく団欒室で集まり、会議を開く。

 

「まず、この子のファミリアについてなのだけれど」

 

 アストレアは、そう切り出した。

 

「ロキとフレイヤにも確認をとってわかったわ。このエンブレムの主神、この子が所属しているのは―――ハデス・ファミリア」

 

「……ハデス?」

 

「貴方達が、聞き覚えがないのも無理もないわ。彼が降臨したのは数百年前も前の事。かつてゼウス・ファミリアと抗争を繰り広げ、その争いに敗れ彼はオラリオを去ったそうよ」

 

「では、今その神ハデスはどこにいるのでしょうか?」

 

「その後の彼の消息は不明なのよ、リュー。すでに送還されているかもしれないし、今なお地上で活動しているかもしれない所在不明な神物(人物)よ」

 

「じゃあ、その眷属が今更どうしてオラリオに現れたっていうんだか」

 

 ネーゼは腕組みして、謎に頭を振る。

 

「現れた……ねぇ」

 

 ライラは鋭い視線を少年に向ける。

 

「それも不明なのよ。ギルドにも古い記録を全て当たって見てもらったのだけれど、記録にある限り、ハデスの眷属はすでにこの世ににはいないはずなのよ」

 

「アストレア様……では、この子は独りぼっちという事ですか」

 

 リューは少年と視線を合わせない様に、頭を下げた。

 自分がアストレア・ファミリアと共にいない未来など考えられない様に、もしかしたらこの少年にも大切な家族がいたかもしれないのだ。

 

「決めた!」

 

 アリーゼが声を張り上げた。 

 

「この子を、私達のファミリに迎えましょう!」

 

「正気か、団長。この子供は謎が多すぎる。どう転ぼうとも危険としかいいようがない」

 

「輝夜、きっと大丈夫よ!こればかりは私の勘だけど」

 

勇者(ブレイバー)の真似事かよ……」

 

「いいえ、彼にはない。女の感よ!それもとびっきり美人で完っ璧な私のね!」

 

「まあ、団長のカンには、結構救われてるけどね」

 

 ノインがしょうがないなぁ、という感じで呟いた。 

 

「アストレア様、構わないでしょうか?彼を迎え入れても」

 

「ええ、アリーゼ。私も貴方が言い出さなければそのつもりだったの」

 

 アストレアは微笑んだ。

 それに慌てている者の残りは、リューだけだ。

 

「しかし、アリーゼ。この子は男性です、今迄、ファミリアに男性を迎え入れた事はないはずだ」

 

「別に男性禁止って訳ではないわ!ただ、ファミリアの正義にかなう相応しい人物が現れなかったってだけよ!」

 

「それならば、この子はまだ幼く、到底正義など……!」

 

 なおも食い下がるリューにアリーゼは告げた。 

 

「いい、リオン!」

 

 アリーゼは真剣な眼差しだ。

 

「可愛いは正義なのよ!」

 

「貴方は何を言っている!? アリーゼ!」

 

 リューはただただ困惑をまき散らしただけだった。

 

「アストレア様と団長がお決めになったのだ。そもそもお前が口出しする問題ではない」

 

 輝夜がずばっと言い放ち、リューは口ごもる。

 

「ね、リオンこそ、本当は賛成しているんじゃないの?一番あの子に接してきたのはあんたでしょう」

 

「本当は、……そうです」

 

 リューは遂に認めた。

 つい、反対してしまったが心の奥底では葛藤していたのだ。

 この子を正義の戦いに巻き込んでいいのだろうかと。

 

「正直な所も言うけれど、このままこの子を孤児院にでも預ける訳にはいかないの。この子には謎がある。放置は出来ないわ。それを解き明かすことが、この子と出会った私達の責務だと思うの」

 

 アリーゼは少年の言葉を待った。

 

「君は、ここにいたい? 望むのなら私達の家族(ファミリア)になりましょう」

 

 少年はゆっくりとだが、確かに頷いた。

 

「うん。ここにいたい。ここは……暖かくて、明るいから」

 

 少年は微笑んでいた。

 初めて見せるかもしれない、自分からの笑顔。

 その笑顔に思わず心を撃ち抜かれる者が数名続出。

 

「そうと決まれば、名前を付けてあげましょ!いつまでのこの子やその子じゃ、呼び辛いったらないわ!」

 

「名前かぁ……」

 

 全員が尻込みをする。

 この少年の容姿に相応しい名前など、そうそう出てくる筈もない。

 

「アストレア様ぁ~。何かいい名前はないでしょうか?」

 

 結局の所、神頼みとなってしまったのだった。

 

「そうね。ではティア……いいえ、テアなんてどうかしら」

 

「賛成!」

 

 二つ返事でそう決まった。

 

「いい!貴方の名前はテアよ。記憶を取り戻す間の、仮初めのものだけどね!」

 

「俺は……テア。うん、テア」

 

 少年―――テアは名前を名乗れることが嬉しいのか、何度も何度も繰り返す。

 

「団員も一人増えた事だし、さあ、みんな!恒例のヤツをやりましょう!」

 

「えっと、ヤツって何?」

 

 リューにいつもの様にテアは質問し、リューは顔を赤らめるしかない。

 しかし、恥ずかしがっていては新団員に示しがつかないだろう。

 

「アリーゼの後に復唱すればいいのです」

 

 そして、十一人の少女と一人の少年から紡がれるのは誓いの言葉。

 

『正義の剣と翼に誓って!』

 

 この日、アストレア・ファミリアに一人の眷属(ファミリア)が加わった。

 

 




つまり、アーディは正義!


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正義

 

「やああああっ!!」

 

 どこか調子外れな掛け声が響いてる。

 場所は星屑の庭。

 その裏庭に位置する広場は、いつも訓練所として使用している。

 

 各自、巡回などの仕事が終わり、時間が空けば自主鍛錬をする日課だ。

 本当は、迷宮(ダンジョン)に潜るのが一番ではある。

 

 だが、闇派閥(イヴィスル)との抗争の最中。

 中々、下層まで潜る時間もなければ、何より対人戦闘技術の獲得が急務だった。

 

「はああああっ!」

「らああああッ!!」

 

 ネーゼとイスカは徒手空拳での乱取り。

 ノインとアスタは盾を構えての、剣と斧の応酬。

 

 リャーナとセルティ、マリューは少し離れたテラスにいる。 

 後衛の動きの確認と、魔法の詠唱の練習だ。

 

 そして、アリーゼと輝夜、ライラが見守る先。

 短剣を構えたテアが、リューに斬り掛かっていた。

 

「やあああっ!!」

 

「遅い。もっと敵をよく観察しなさい!」

 

「ぐは……っ!」

 

 短剣はあっさりと軽く払われ、鳩尾に一撃。

 テアは呼吸が止まり、膝から崩れ落ちる。

 

「はい。これで46回目~」

 

 片目を瞑ったライラが、暇そうに欠伸をする。

 

「リオン、かなりのスパルタね! それに付いていってるテアもなかなか頑張り屋さんだけど」

 

「ああ。だがそれでいい。中途半端は何よりも毒だ。それをあの未熟者には骨の髄まで叩き込んだつもりだ」

 

 アリーゼの満足げな笑顔に、輝夜は目を細めながら首肯する。

 リューが更に、もう一回! と声を上げると、テアはよろよろと立ち上がった。

 

「う~ん、でもやっぱ違ったか。ダメだなありゃ」

 

 ライラは、テアの動きを酷評する。

 動きは素人そのものだ。

 冒険者しての最低限の恩恵(ファルナ)は確かにある。

 だが、剣の腕はからっきしの様だ。

 

「他に試していないのは?」

 

 アリーゼは台の上に並べられた数々の武具を見た。

 全て、テアの為に用意したものだ。

 

 記憶を失っているとはいえ、嘗てこの少年は冒険者であった筈なのだ。

 到底信じられないが、その幼さで都市最強を名乗っても遜色ない程の。

 

「おっかしぃな~、どれかアタリがあるかと思ったんだけどなぁ」

 

「記憶はなくとも、体が覚えている。実際にそういう事起こり得るのだろうか」

 

 ライラはがしがしと頭を掻き、輝夜が疑問をぶつける。 

 

「案外、ありえるんじゃないかしら! 私、この前の朝、気が付いたらリオンのベットにいたもの! きっと眠っている間に移動したんだわ!」

 

「いや、それとこれとは微妙に違ぇだろ……」

 

「ついでにリオンの寝起きをたっぷり堪能させてもらったわ! 知ってる? リオンったら、ちょっと寝ぼけている時が一番可愛いのよ!」

 

 興味ない、とばかりライラと輝夜が白い目を向ける。

 

「邪魔をするのはやめて下さい!」

 

 そこで通算47回目。

 テアが再び膝を付き、リューが声を上げた。

 アリーゼを恨みがましい目で見ている。

 

「……気が散って鍛錬に集中出来ない」

 

 ひとまず木刀を収めたリューだが、テアはその間に荒い息を繰り返す。

 

「み、水~……」

 

 倒れ込みながら手を伸ばしてくるテアに、ライラは水筒を投げた。

 

「ちょっとそこで休んでな」

 

「あ、ありがとうライラ……。そうする」

 

 テアは、よろよろとしながら木陰に入った。

 ライラは入れ替わりテアの位置に行き、腰に両手を当てた。

 

「いいか、テア。お前は弱ぇ。まずは弱さを認めろ」

 

 テアは素直に、こくこくと頷く。

 それから剣を握っていた手を開き、不思議そうに見つめる。

 数日前まで白魚の様だった手が、今では皮が破れ、血が滲んでいた。

 

「その上でだ。力がねぇなら知識だ。知恵だ。それで足りねぇもんを少しでも穴埋めするんだ」

 

 ライラは指を一回鳴らし、テアを指差す。

 

「例えば、アタシらみたいな小人族(パルゥム)なら、選べる武器は多くねえ」

 

 ライラはそう言うと、腰の二対のブーメランを握った。

 

「リーチが足りねぇなら、アタシみたいな投合武器か」

 

 ライラが投げ放ったブーメランが孤を描いて飛ぶ。

 そのまま木製の木偶人形を、真っ二つに切り刻んだ。

 鋭い音を立てたまま、ライラの手に戻ってくる。

 

「よっと」

 

 風を切る音に、思わずテアは首を竦めた。

 

「ま、こいつはオススメしねぇ。練習で指を何度も飛ばす覚悟が必要だしな」

 

 それは嫌だとばかり、テアは首をぶんぶんと振る。

 

「となると、一族の英雄勇者(ブレイバー)様の様に距離をとれる長槍か──―それか魔法だ」

 

 魔法。

 テアは既に、スキルや魔法ついて教えてもらっていた。

 というより、冒険者に関する全てをだ。

 何やら自分には、魔法を使えていたかもしれない可能性あるらしいのだが……。

 

「でも、何も思い出せないんだけど……」

 

「じゃあ、しょうがねぇ。今度はコイツを試してみな」

 

 そう言ってライラが、差し出されたのは木製の槍。

 テアは立ち上がり、柄を両手で握った。

 どうやら休憩はもう終わりのようだ。

 

「あれ……」

 

 槍の構え方など知らない筈だ。

 だが自然とテアは足を開き、持ち手を広げて構えていた。

 

「お。今度こそアタリか?」

 

 ライラは嬉しそうに笑う。

 

「では、行きます!」

 

 リューは、再び鍛錬の開始を宣言した。

 リューの木刀の一撃を、テアは木槍で受け止める。

 

「うわっ……!」

 

 受け止める事が出来たテアの方が驚いている。

 それを見て、さらにリューの攻撃が苛烈になった。

 

「どう思う?」

 

「どうもこうない。やはりあれはどう見てもLv.1。精々Lv.2に成り立てといった所だ」

 

「だよなぁ」

 

 成程、テアの動きは先ほどよりは大分ましだ。

 何らかの覚えがあったのか、剣よりは扱いに慣れている。

 だが、それだけだ。

 我流と言ってもい槍捌きの動きには、無駄があり過ぎる。

 

「アタシとしちゃ、ギルドがテアの捜索を打ち切ったってのが不思議でならねぇ」

 

 あっという間に吹き飛ばされたテアを見て、ライラは言った。

 

「そもそもギルドが今この時に、Lv.7なんて代物知ったら、喉から手が出る程欲しがるはずだぜ」

 

「確かに、余りにも露骨すぎる程音沙汰がない。あのギルドの豚が使いの一つもよこさないとは妙だ」

 

 ライラと輝夜は、目を合わせないまま言葉を交す。

 アリーゼはテアの応援で、先程から無駄に大声を張り上げている。

 

「何者かの意図を感じるぜ」

 

「あるいは神か……」

 

 両者の考えは、ギルドの奥深くで祈祷を捧げる神に至る。

 かの神ならば迷宮で起きた事を全て知っている筈なのだが。

 だが、主神にすら知りえなかった事に二人で辿りつけるはずもない。

 やはり、今はこの少年を観察する以外他なかった。

 

「がッ……!」

 

「テア!?」

 

 嫌な音と共に、アリーゼが心配げな声を上げた。

 見ればリューの木刀がテアの顔を激しく打ったようだ。

 

「しまった……。やりすぎてしまった」

 

 リューは後悔する様に額を抑えた。

 テアが倒れたのを見て、全員が集まってくる。

 

「大丈夫、テア!? かなりいい音がしたと思うけど」

 

 アリーゼがテアに駆け寄る。

 

「だ、大丈夫」

 

 そう言って立ち上がるテアだが、鼻から血が出ていた。

 だらだらと鼻血を出しながらも、まだ槍を構えようとしている。  

 

「鼻血、鼻血! 出てるから!」

 

「鼻血……? あ、ほんとだ」

 

「痛くないの!? もう! さっきから見てるけどやりすぎよリオン!」

 

 血に触って初めて気が付いた様に、不思議そうに顔を傾げた。

 リャーナとノインがリューに抗議の声を上げる。

 

「いきなりテアの動きが良くなって、つい力を入れ過ぎてしまった」

 

「見てたぜ。足払い決まればいい手だったが、隙があり過ぎたな」

 

 リューの弁明にとれる言い方に、ライラが乗った。 

 

「テア。貴方の動きは無謀すぎる。それでは敵に心臓を差し出しているようなものだ」

 

 リューはテアから視線を逸しながらいった。

 だが、謝りはしない。

 これは鍛錬であり、教える側が遠慮していては相手の為にならないからだ。

 

「テアは鼻血が止まるまで、休憩よ!」

 

 アリーゼはぐっと背中を伸ばした。

 

「私も見てたら疼いてきちゃった。輝夜、勝負しなさい!」

 

「いいのか団長。新入りに無様な姿を晒してしまっても」

 

 輝夜はアリーゼに挑戦的な笑みを浮かべた。

 

「フフン! これでも通算勝ち越しよ! テアはそこで見稽古ね! 見てなさい、華麗なる団長が勝利を収める所を!」

 

「言ったな団長。吠え面を掻かせてやる」 

 

 獰猛な笑みを浮かべ輝夜は、広場に進み出た。

 アリーゼも少し離れた場所に進み出ようとして振り返る。

 

「あ、そうだ。リオン、テアに膝枕をしてあげなさい!」

 

「な、なぜその様な事を……!」

 

「これは団長命令よ!」

 

 アリーゼはずびしと、リューに反論を許さなかった。

 

「それに申し訳なく思ってるんでしょ」

 

 そう見透かされてしまってはリューは何も言い返せない。

 

「テア、遠慮しなくていいので座りなさい」

 

 リューは一呼吸、息を吐くとテアに声を掛けた。

 鼻血を止めてもらった後、右往左往困っていたテアは恐る恐るリューに近づく。

 

「痛みますか? 私は貴方をかなり痛めつけた筈だ」

 

 膝にようやく頭をつけたテアにリューは聞いた。

 

「……そっか。これが痛いって事なんだ」

 

 ちぐはぐな返事を返すテアに、リューは緊張を解く。

 不思議な子だ。

 エルフである自分がこうして肌に触れるのを許してしまっている。

 

「テア……? まさか寝ているのですか?」

 

 気付けばテア規則正しい寝息を立て始めていた。

 これでは動くに動けない。

 やはり、自分はやりすぎてしまっていたのだろう。

 

「貴方はまだ幼いのでしたね……」

 

 謎はあれど、リューとってテアは見た目は守るべき相手だ。

 顔に掛かった艷やかな黒髪を手で払ってあげる。

 その際、意識せずそのまま頭を撫でてしまった。

 信じられない様に自分の手を見てしまう。

 

 ──そうか妹、いや弟がいればこの様なものかとリューは納得した。

 

 

 

 

 

「汗かいたー。お風呂入りたーい!」

 

 イスカが両手を上げながら叫ぶ。

 

「や、やるわね輝夜。この私とここまで粘るだなんて見直したわ!」

 

「団長こそ、無理をしているんじゃないのか。いつもより元気がない様に見えるぞ」

 

 アリーゼと輝夜はぼろぼろになりながら、よろよろと戻ってきた。

 あの後、ずっと広場を占拠したまま決着はつかなかったのだ。

 

「おかえりー」

 

 途中で飽きたライラは、一人先に戻っていた。

 机の上で武器の整備をしていたようだ。

 

「輝夜! 帯を緩めるのはやめなさい! はしたない!」

 

「こう暑くてはしょうがないでしょう。誰か男の目がある訳でもございませんでしょうに」

 

 輝夜は着物を崩し、最終的にはさらしと下着が見えてしまっている。

 それをいつものごとく、リューは戒める。

 

「この子がいる!」

 

 テアは視線を逸していた。

 なんとなく見てはいけない様な、見ていたい矛盾に駆られながら。

 

「お、いっちょ前に、顔赤くしてやがるぜ」

 

 ライラのからかいに、リューはテアの目を手で塞いだ。

 

「あの様な品位に欠ける者が、ファミリアの一員である事が恥ずかしい。テア、見てはならない。貴方が穢れる」

 

 輝夜は鼻を鳴らし、堂々と胸を反らす。

 

「テア、そんな堅物朴念ポンコツエルフからは離れてこっちにいらっしゃいな。一緒にお風呂に入りましょう」

 

「良いわね、それ!」

 

「本気か?」

 

「いいんじゃない」

 

 反対する者と賛成する物。

 だが、風紀の乱れを許さない者(リオン)がそこにはいた。

 

「私の目が黒いうちは、そんな事は許されない!」

 

「二度風呂を沸かす必要なく、経済的でしょうに」

 

「駄目なものはダメだ!」

 

 まっすぐほぼ裸体で歩みよってくる輝夜。

 テアを離さまいと体に押し付けるリュー。

 

「うあああああっ!!」

 

 柔らかいものの感触と視覚に支配されたテアは混乱の極みに至った。

 結局、困惑する声を上げて逃げ出してしまった。

 

 

 

 槍を振るう。

 何度も何度も。

 

「……何だろう」

 

 噴水のそばでテアは一人呟いた。

 槍を振るえば振るうほど、何か引っ掛かる。

 嘗てなぞった線をもう一度引くような感覚だ。

 

「テア、ここにいたのですか。お風呂が空きましたので、貴方の番です」

 

 風呂上がりのリューが呼びにきてくれた。

 先程の事を思い出し、少し気恥ずかしい。

 

「分かった。でももうちょっとだけ」

 

「無理は禁物だ。何事も継続してこそ意味がある」

 

「むぅ、わかったよ。リオン」

 

 テアはむくれた様に槍を止め、噴水に腰掛けた。

 ふと頭上を見上げれば無数の星々が覗いていた。

 

「ねえ、リオン。聞いてもい?」

 

「ええ。私に答えられる事なら」

 

 リューはテア隣に腰掛け、同じ様に星を見上げた。

 

「どうしてリオン達はこんな事をしているの?」

 

「こんな事……ああ、昼間の見回りや鍛錬の事ですね」

 

 何も知らないテアからしたら不思議な事だらけだった。

 

「私達は正義を行っているのです」

 

「正義?」

 

「はい、無償に基く善行。弱きを助け、悪を挫く。それこそが私の正義です」

 

 テアは眉間に皺を寄せた。

 

「でも、こんな辛くて痛い事をしててリオンはしんどくないの?」

 

「……時には挫けそうな時もあります。しかし、正義を貫き通した先にはなにものにも代えがたいものがある」

 

 リューが浮かべるのは淀みのない真っ直ぐな瞳。

 深い蒼穹の様な瞳がテアの白銀の瞳色を付ける。

 

「じゃあ、俺もアストレア様の眷属なんだから、リオンの言う正義を目指してみるよ」

 

 テアがそう決意したの対し、リューは首を振った。

 

「テア、貴方がそう思ってくれるのは嬉しい。しかし、まだ子供である貴方が私が掲げる正義を背負う必要はない」 

 

 リューはだから、と前置きした。

 

「テア、いつか貴方だけの正義を見つけて欲しい」

 

「わかった。……期待して待ってて」

 

 正義。

 テアにはそれが何なのかは未だわからない。

 でも、はっきりと目指すものは感じられるのだ。

 

 ──皆、痛くなくなればいいな。

 

 それが一番の願いだとはわかっていた。

 

「さあ、風呂に入って疲れをとりなさい、テア」

 

「やっぱ入らなきゃダメ?」

 

「可愛らしく首を傾げてもダメだ。全く、その仕草。きっとライラが教えたのですね」

 

「だって髪を洗うのが大変で……そうだ、切ってもいい?」

 

「アリーゼと輝夜が許さないでしょう」

 

「リオンはどう思ってるの?」

 

「私は別に……いえ、やはり伸ばしている方が好ましい」

 

「じゃあ、そうするー!」

 

 二人はそんな言葉の掛け合いをしながら、戻っていく。

 それを満点の星々が見送っていた。

 




主人公がただの舞台装置にならないように気を付けてます。
ヨシ! 後は巻いていこう。


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問掛け(エレン)

短めです。


「さあ―――炊き出しよ!」

 

 アリーゼ達は北のメインストリートに来ていた。

 日頃の陰鬱さを吹き飛ばすような晴天が広がっている。

 

「リオン!テアも行きましょう!」

 

 各自散らばり、それぞれ手伝いを始める。

 二人はアリーゼに誘われ、一緒に行く事となった。

 

「本当に活気がある……とても信じられない」

 

「活気?」

 

 リューは道行く人々笑顔を見回した。

 

「ええ、テアは知らないでしょうが。以前は毎日がこうだったのです」

 

 リューは隣を歩くテアの様子を見た。

 今日は一段と周囲に怯える様に、あちこちを見回している。

 

「これだけ人がいれば、もしかしたらテアの事を知っている人がいるかもしれません」

 

「そうそう!だから、そんな顔してないで、テア!明るく笑顔でいましょう!」

 

 アリーゼは励ますが、一層テアは顔を暗くするだけだった。

 

「……ここにいちゃ駄目だ」

 

 テアはひどく訴える様に、リューの手を引っ張った。

 

「何故?」

 

「だって……痛いから」

 

 それは……どういう、と聞こうとしたリューの言葉は搔き消された。

 豪胆なドワーフが威勢の良い声で現れ、アリーゼと旧知の友の様に話し始めたからだ。

 

「炊き出しはお主等の様な可憐な娘達から、貰った方がいいじゃろう」

 

 警備に来ていると言ったガレスは髭を撫でる。

 

「残念、おじ様!この子は男の子よ」

 

「なんと。それはすまん事を言ったな、坊主。……見かけぬ顔だが新入りか?」

 

「ええ!新しいも何も入りたてほっかほっかよ!」

 

 ガレスは手を伸ばして、テアの頭に触ろうとした。 

 テアは何故か逃げなかった。

 それどころか逆に安心した様に、頭を撫でられるままにしている。

 

「何も起こらんとは言えぬが、わし等がおる。そんな顔しとらんで今は楽しめ」

 

「……うん」

 

 テアは口元に少し笑顔を浮かべた。

 ガレスは満足げに頷いた。

 

「わお!さすがおじ様!」

 

 アリーゼは、ばしばしとガレスの広い背中を叩いている。

 それとは別にリューは覆面の下で訝しんでいた。

 

 ―――この子が怖がる人と怖がらない人、何の違いがあるのだろう、と。

 

 

 

「いやあああああああっあああああああああ!!」

 

 突如、悲鳴が聞こえた。

闇派閥(イヴィルス)が現れたのだ。

 

「どいつもこいつも殺っちまいな!」

 

 殺帝(アラクニア)の異名を持つ闇派閥幹部が殺戮を始める。

 魔剣の爆発を合わせ、阿鼻叫喚の地獄が始まった。

 

「悲鳴!?それに爆発!……まさかっ!!」

 

「行くわよ!リオン!テアはそこにいなさい!」

 

 アリーゼとリューは共に走り出す。

 

「え、だって俺も……!」

 

「テアは避難してくる人の手助けをしてあげて!」

 

 テアが追い付けるはずもなく、二人は行ってしまった。

 

「俺も……アストレア・ファミリアの仲間なのに」

 

 呟く言葉を聞いてくれる人は誰もいない。

 抑えようもなく震える手を握り、テアは唇を噛み締めた。

 

 

 

「こっちに来るっす!怪我人には手を貸してあげて下さいっす!」

 

 大勢の人が雪崩のように逃げ延びてくる。

 誰も彼も怯えた表情で、幾人も怪我をしている。

 その人々を誘導する様に、テアより少し上の少年が声を張り上げていた。

 

「痛いよぉ……!」

 

 その中、一人の少女が泣いていた。

 テアもその冒険者に倣って、救助活動をする事にした。

 

 戦闘音はいつの間にか止まっている。

 アリーゼ達もどうやら手助けに来た様だ。

 

「大丈夫?」

 

 少女に声を掛けるも、どうしたらいいかわからない。

 膝から血を流しながら泣き叫ぶ少女に、取り敢えずテアは笑顔を浮かべる事にした。

 自分が誰かからされたように、優しく少女の頭を撫でる。

 

「安心して。もう大丈夫だから」

 

 そうだ、とテアは思い出した。

 腰のバックから回復役(ポーション)が入っているのだった。 

 万が一にと渡された物で、使い方については、既に教えてもらっていた。

 

「馬鹿野郎!そんな怪我に使ってんじゃねぇ!」

 

 そこにライラの怒声が届いてきた。

 いつもとは違う雰囲気に、テアはびくっと硬直する。

 自分は何か間違ったのだろうか。

 

「ほら、泣いたら駄目だよー。この布を傷口にぎゅっと当てるんだ」

 

 混乱しているテアをよそに、いつの間にか隣に人が表れ少女の手当てを始めていた。

 黒髪のどこか頼りなさげに見える男。

 

「……神エレン……」

 

 リューがその男性―――男神の名を呼ぶ。

 初めて会うアストレア以外の神だが、なんと雰囲気が違う事だろう。

 テアが目を丸くしている間に、エレンは応急処置を済ませてしまっていた。

 

「そこの君。この子を避難所まで連れて行ってくれないかな?それぐらいなら出来るでしょ?」

 

「……」

 

 エレンは決して馬鹿にしたようでもなく、自然にテアにお願いをしてきた。

 テアは困った様にリューとエレンの顔を交互に見てしまう。

 

「神エレンの言う通り、その子を連れて避難所まで行きなさい。回復役(ポーション)はこちらで預かります」

 

「……わかった。立てる?行こ」

 

 テアは少女の手を貸し、ゆっくりと歩いていく。

 

「テア。ライラは決して怒った訳ではないのですよ。後で状況に応じての回復役(ポーション)の使い方の勉強をしましょう」

 

「うん」

 

 リューはテアを気遣う様に、最後に声を掛けた。

 テアもライラがする事には意味があるのだとわかっているので、もう気にしてはいない。

 

「神エレン。ありがとうございます。……手を貸して下って」

 

 後ろからリューとエレンの会話が聞こえてきた。

 殆どの内容は自分にとって難しいものだ。

 だが、いがみ合っているという位はわかってしまう。

 だから、リューの怒声が聞こえ、思わず肩越しに振り返った。

 

「黙れぇぇぇぇ!!」

 

 それから、エレンの問いかけが聞こえる。

 

「君達の『正義』とは、一体なんなんだ?」

 

 リューが怒っていた。

 今まで一度も見た事がない表情で。

 

 自分が聞いた時には確かに答えてくれた筈の問い。

 それを何故、彼女は言わないのか。

 

 ―――何故言えないのか。

 

「お兄ちゃん?どうしたの。行こうよ」

 

「……っ」

 

 テアは不安気に瞳を揺らす少女に視線を向けた。

 

「大丈夫。君は痛くならないから」

 

 テアは少女に優しく笑い掛ける。

 

 正義とは、テアには今でも何かはわからない。

 でも、こんな子供が、あの街の人々があの笑顔を失っていい筈がない。

 リューにあんな顔をして欲しくはない。

 

 絶対に間違っている。

 高潔で正しく理想を目指そうとする彼女を。

 

 ―――ひどく穢された気がした。

 

 




ちなみにテアの一人称が俺なのは、数日リヴィラで過ごしたからです。
男は俺と言うのだと学んじゃいました。
流されやすいタイプなんです。


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運命

 夕暮れの道なりをリューは歩いていた。

 一人の影を落とす道なりに、もう一人が重なる

 

「テア。付いてこなくていいと言ったはずだ。帰りなさい」

 

「でも……」

 

 テアは俯いた。

 

 あの日から。

 神エレンとの問答の後。

 リューの様子がおかしい。

 ライラに聞いても、よくあることだからほっとけよと言われる始末。

 だけど。

 

「放って置けないよ……」

 

 呟きがリューに届く事はない。

 自然とテアの足並みは遅れていった。

 リューに掛ける言葉が見つからない。

 

 いつもの様な。

 真っすぐ前を向いた彼女に戻って欲しいのに。

 でも、自分ではどうする事も出来ない。

 

「おやおや! そこの少年、だーれでしょう!」

  

 いきなり目を手で塞がれた。

 ついでに、髪越しの背中に何やら柔らかいものが押しつけられる。

 ようは誰かに、全身で飛び付かれていたのだ。

 

「わっ……、アーディ!?」

 

「せーいかいっ!よくぞわかったね!目を瞑っていてもファミリア内じゃ、ガネーシャ様の次に存在感あると言われたアーディだよ!じゃじゃーん!」

 

 アーディが満面の笑みでそこにいた。 

 弾けんばかりの笑顔である。

 

「どうしたの、そんなに暗い顔して?」

 

 アーディはきょとんと首を傾げている。

 

「えっと。リオンが元気がなくって、悩んでるみたいなんだ。それをどうにかしてあげたいんだけど……」

 

「う〜ん。よし!お姉さんに任せなさいな!」

 

 アーディはぐっと親指を立てる。

 それから、いたずらっ子の様に舌なめずりをした。

 そろりそろりと、リューの後ろから近づく。

 

 そして飛び付いた。

 あっという間の早業であった。

 二人のじゃれ合いの声がテアまで届く。

 

「凄いな。アーディは……」

 

 テアでは出来なかった事。

 いつものリューに戻すという事を、アーディはあっという間に叶えてしまっていたのだ。

 

 

 アーディがリューの悩みを聞いてる。

 テアはその傍で、二人と同じ様に座っていた。

 

 ―――正義とは。

 

 あの日。

 テアが身勝手にも簡単に訪ねてしまった事をリューは未だ、悩んでいるのだ。

 神の児戯でしかない問掛けだというのに。

 それに彼女らしく大真面目に。

 

「……正義って難しいよね」

 

 いつも朗らかに笑っているアーディでさえ、やはり答えは持っていない。

 それでも、アーディは願っている。

 

 ―――誰もが笑顔で、幸せになれる世界を。

 

「だから、こんな風に悩んで立ち止まっちゃう時、私は自分に正直になる事にしてるんだ」

 

「アーディ? い、一体何をっ―――?」

 

 アーディは笑顔を再び浮かべ、リューの手を取る。

 

「ほら、テアも立ち上がって!」

 

 それからテアにも手を伸ばした。

 

「リオン、テア。踊ろう!ここで!」

 

 アーディは、次にテアとリオンの手を握らせた。

 あっという間に三人で輪が出来てしまう。

 

「回って、回って!」

 

 アーディが弾ける笑顔で、二人をぐるぐると回す。

 衆人環視にリューが顔を赤くする。

 

「アーディ、待って下さい!どうしてこんな事!?」

 

 リューの混乱などアーディはおかまいなしだ。

 

「テアも笑ってないで止めて下さい!」

 

「あははは!」

 

 自然とテアも、アーディに釣られて笑っていた。

 アーディが演劇の様に巧みに語る言葉に。

 リューがそれに巻き込まれる道化役みたいな様に。

 

「いいぞ、姉ちゃん達とその妹!」

 

「冒険者様、きれー!」

 

 慣れない動きにテアは直ぐに目を回してしまった。

 眩暈に襲われて、ふらふらと座り込んだ。

 

 アーディとリューは今度は二人だけで、手を握り合って踊りだす。

 それが何だか嬉しくて。

 

「あはははっ、ははは」

 

 テアは、くすくすと気持ちの良い酩酊と共に、笑い声を零す。

 

「リオン、テア!―――『正義』は巡るよ!」

 

 そして、アーディがそう告げた。

 リューに、そしてテアに向かって。

 

「巡るって?」

 

 テア知らない言葉だ。

 リューと共に踊り続けるアーディは答える。

 

「自分が受け取ったものを人から人とに渡していくの!真の答えじゃないかもしれない。間違ってるかもしれない。でもそうする事で世界はもっと良くなると思うんだ」

 

「…………あ」

 

 テアは呟きを漏らした。

 笑顔がふっと固まった。

 まるで何か大事な事を思い出した様に。

 

 問掛けに対し、ずっと出てこなかった答えがふと出てくる事がある、

 そんな感覚だ。

 

 でも、それが何なのかは分からない。

 分からなくても、とても大事なものだという事は分かった。

 

「……正義は巡る」

 

 この光景を。

 アーディがくれた言葉を。

 テアは決して忘れたくなかった。

 

 

 

 ―――そして運命の日が訪れる。

 

 

「テア君。これを見てください。いいですか、貴方は眠くなる。眠くな~る」

 

 マリューがテアの前で語っている。

 テアの前には紐にぶら下げた輪が揺れている。

 テアは、左右に揺れるそれを目で追っていた。

 

「さあ、奥深くに涼んでいくほど、貴方は段々と昔の事を思い出しま~す」

 

「……あの、マリュー。これって本当に効果あるの?」

 

 テアは首を捻った。

 

「あはは、えっと。本にはそう書いてあったんですが。うまくいきませんね」

 

 マリューは苦笑いしながら頭を掻く。

 

「やっぱり、一度思いっきり殴ったら記憶が戻るんじゃない?」

 

「脳筋発言はやめろ、アマゾネス。余計に記憶を失ったらどうする」

 

 ネーゼが拳を打ち鳴らしたイスカを戒める。

 

「俺で遊ぶのやめてくれないかな……」

 

 何か思い出しそうだと、皆に相談したのが間違いだったのかもしれない。

 

「皆、出発の用意は出来たかしら!」

 

 アリーゼは声を掛けた。

 闇派閥の拠点の一つに攻め込むに辺り、ガネーシャ・ファミリアとの打ち合わせが終わったのだ。

 全員が戦闘衣装に着替えているのはその為だ。

 

「それじゃ、出発進行!あ、テアはお留守番ね!」

 

「何で……俺も皆と行く!行きたい!」

 

 テアは声を張り上げた。

 

「駄目よ!テアにはまだ早すぎるわ!今日、行きのは闇派閥の拠点よ。罠があるかもしれないし、新人は連れていけない!」

 

 テア拳を握りしめた。

 

「もう痛いのは嫌なんだよ!なんでわかってくれないんだ!」

 

 痛くて痛くてたまらない。

 そんな痛みを皆に感じて欲しくない。

 それだけだというのに。

 

「だから、誰も痛くならねぇようにアタシらが行くんだろうが。さくっと終わらせて帰ってきてやるよ」

 

 ライラが不敵に笑いながらそう言う。

 

「自分の実力さえ判らぬ様なひよっこ助けなど誰が必要とするか」

 

 輝夜が眼光鋭く告げた。

 

「テア。貴方はここで待っていて下さい。私達は必ず戻ってくると約束します。だから、その時は出迎えをお願いします」

 

 最後にリューに言われ、テアは押し黙るしかない。

 槍の訓練だってずっと続けている。

 その特訓の成果をリューだって知っているだろうに。

 

「テア。ここで皆を見送りましょう」

 

 アストレアがテアの両肩に触れた。

 

「……っ」

 

 何故、皆わかってくれないのだろう。

 

 

 皆が出発した後、幾ばくかの時が経つ。

 うろうろとテアは獣のように行ったり来たりを繰り返す。

 

 どうして皆は耐えれているのだろう。

 立ち向かえるのだろう。

 

 こんなに痛くて痛くてたまらないのに。 

 世の中にはこんなに痛みが溢れているというのに。

 

 名前もなかった頃。

 痛みに叫ぶ事しか出来なかった自分とは大違いだ。

 

 それが正義というなのだろうか。

 リューはいつか自分だけの正義を見つけて欲しいと言ってくれた。

 

 夕日の中に浮かぶアーディの姿。

 

 ―――『正義』は巡る。

 

 そうだ。

 決してその言葉を忘れたくはない。

 そう言ってくれた彼女を失いたくはない。

 

 

「アストレア様」

 

 テアは声を掛けた。

 覚悟は決まっていた。

 

 後でどやされそうが、殴られようが、女装させられようが。

 決めたのだ。

 

「アストレア様。お願いです」

 

「なにかしら、テア?」

 

 アストレアはわかっていた様だ。

 こちらを向く視線は心の中を射抜かれる様で。

 自然とテアも激しい鼓動が落ち着いてきた。

 

「行かせてください。俺は、行かなきゃいけないんです」

 

 アストレアはゆっくりと目を伏せた。

 

「そう。……わかったわ。でも無茶だけはしないで。あの子達の事をお願いね」

 

「はい!」

 

 テアは頷き、飛び出した。

 アストレアはその背中を見送りた。

 

 

 

 場所はわかっていた。

 激しい戦闘の跡が残っている。

 

「やあああッ!」

 

 飛びかかってきた白ローブの敵を叩き伏せる。

 鍛錬成果だ。

 

 冒険者でない相手ならばテアは負ける事はないだろう。

 

「……この人も」

 

 違和感だらけだ。

 どうしてアーディと同じ様な痛みがあちこちに感じるのだろうか。

 

「皆っ……!」

 

 向かう先は最も痛みが強い場所だ。

 きっとそこにいる。

 

「テア!お前、そこで何やってる!」

 

 建物の上から声が聞こえた。

 ネーゼにテアは見つかってしまったのだ。

 

「誰かその子を捕まえて!」

 

 テアは捕まる前に走り抜けた。

 向かうは通路の奥底だ。

 

 

 

「ナイフを捨てて!戦っちゃダメだ!」

 

 アーディの声が聞こえた。

 その声を掛ける相手は少女で。

 テアは大きく息を吸い込んだ。

 

「やめろおおおぉっ!」

 

 叫び、少女に激突する。

 二人はそのまま揉みあったまま転がった。

 

「テア!?」

 

 この子にも痛みはある。

 その痛みほんの一瞬で驚くほど小さく、その理由が判らない。

 でもなんとか止めたくて。

 

「やめてっ…………神さま」

 

 テアは少女を羽交い締めにしようとして気付いた。

 その子が握っているものを。

 

 でも、それが何なのかは最後まで分かる事はなかった。

 

「――――――――――――――――!!!」

 

 

 爆発音が響き渡った。

 

「え……テ、ア」

 

 呆然とリューは呟いた。

 さっきまでテアと少女がいたその場所。

 

 全てが吹き飛んでしまっていた。

 何もかも。

 跡形もなく。

 

 

「うそ…………」

 

 駆け寄ろうとしていたアーディが呆然と呟いた。

 その手は飛び散ってきた血に濡れている。

 

 それが何なのか。

 理解が一向に果たされない。

 したくない。

 

「あのガキッ!邪魔しやがって!!」

 

 答えを持つのは首謀者。

 ヴァレッタは苛立たし気に声を上げた。

 

 アーディが膝から崩れ落ち、震える両手を抱き抱える。 

 

「いや……そんな、うそだ……」

 

 全員が同じ気持ちで呆然とする中

 ただ一人、ライラだけが立ち直り、声を張り上げた。

 

「逃げろッ!吹き飛ぶぞ!!」

 

 倒れ伏した敵兵が一斉に動き出す。

 最後のたったの一動作。

 

「まあいい!今だッ!やっちまえぇ!はははははははッ!!」

 

 純粋極まりない力が、冒険者を襲う。

  

「アーディ!今は立って!」

 

「貴様もだ!」

 

 アリーゼがアーディの肩を。

 輝夜がリューの首元を掴み上げた

 

「だって、あの子が……ッ!まだあそこに!」

 

 足はもつれ、前に進む事などできようもない。

 

 何度あの子の手に触れただろう。

 リューにだけ何故か懐いてきた少年。

 

 短い間ではあったけれど。

 寝食を共にし、語り合った。

 

 ―――守るべきはずだったその子がもういない。

 

「……っ」

 

 アリーゼも、輝夜もライラも同じ気持ちだった。

 それでも今は現実を受け入れ、動くしかない。

 

 心折れている時間など許されなかった。

 

「やっべぇ、崩れるぞ!!」

 

 爆発によって建物が崩壊し始めていた。

 

「―――全員、脱出しろッ!」

 

 シャクティが出口まで先導を開始する。

 

「……テア!どうして……ッ!」

 

 リューは、引きずられるようにして手を伸ばす。

 その姿を痛まし気にアーディが見て、視線を逸らした。

 

「……っ、私があの子を助けようとしたから」

 

 声にならない叫びはアーディの身体を鈍らせた。

 今はその一瞬が命取りにと繋がる。

 

 最後の爆発が連続して起こった。

 

「リオン!ごめんね……」

 

 間に合わないと悟ったアーディは、一歩リューに詰め寄る。

 それからその体を思いっきり押した。

 

 出口まであと僅か。

 

 リューは出口の外に、反動でアーディは一歩遅れた。

 そして、建物は崩壊し、最後に優しく微笑みを浮かべた少女を押しつぶす。

 

「あ……ああああああああッ!!」

 

 さっきまで後ろにいたアーディがそこにはいない。

 岩の隙間から少しづつ赤黒い血が滲み出てきている。

 

「アーディ……?」

 

 先頭で振り返ったシャクティが呆然と呟いた。

 

「ああ……あああぁぁ……」

 

 悲劇の連鎖は止まらない。

 そういう運命だったのだとばかり。

 

 

 

 

 ――だが、それは未だ絶望の始まりに過ぎなかった。

 

 都市に訪れるは破壊と殺戮。

 君臨する嘗ての二大派閥の亡霊。

 

 都市に幾つも並び立つ光柱。

 

 ―――その数は全部で()()

 

 恐怖と絶望がオラリオを包み込む。

 

 そして紡がれるは、絶対悪の宣言。

 

「滅べオラリオ―――我等こそが『絶対悪』!!」

 

 




なんでモチベってすぐ死んでしまうんでしょうね。


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