子連れの怪物 (ラスキル)
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【悪役を押し付けられた者】

昔々、あるところに妖精たちが暮らす小さな集落がありました。そこは妖精たちにとって理想郷であり彼らはそこでつつましやかに暮らしていました。

 

 ある日のこと、妖精たちは不思議な噂を耳にしました。人間たちが一人の青年に”この世全ての悪”をすべて押し付けて洞窟に閉じ込めてしまった、というものです。

 

 所詮噂話程度なので詳しいことはよくわかりません。「何でそんなことをするのだろう、相変わらず人間は不思議だ」と、そのままほとんどの妖精はいつも通りの生活に戻りましたが

 

 一匹の妖精は違いました。

 

”なんて面白そうなんだろう!!”

 

 早速自分でも真似してみようとその妖精は思いましたが、すべての悪を押し付けただけではあまり面白くありません、それでは人間と変わりません。

 

 三日三晩悩みましたがこれといった考えは浮かびません。

 

 少々飽きてきたので、気分転換に外に出てみると遊んでいる妖精たちの姿がありました。何をしているのかと聞いてみると、どうやら英雄ごっこをしているそうです。噂で耳にした様々な英雄たちになりきって遊んでいるのだとか。

 

 だけどみんなが英雄しかやらないので悪役がおらず、面白くないということでした。

 

”なら造ればいいじゃないか!!”

 

 さっそく準備を始めます。まず必要となるのは素体となる人間です。

 

 さすがに一から造るのはめんどくさいですから、近くの人間の村から持ってくることにしました。とりあえず村で最初に見つけた人間を持っていこうと探していると、一人の子供を見つけました。

 

 子供はこれといって優れた能力もなく平凡な人間です。誠実で真面目で努力家で村のみんなから愛されている、そんな人間でした。

 

 妖精は青年を眠らせると、さっそく自分の住処に持ち帰り準備に取り掛かります。

 

 ◇◇◇

 

 

「え...ここは...お父さん?お母さん?」

 

 どうやら人間が目を覚ましたそうです。ちょうど準備も整いましたし、妖精は儀式を始めます。

 

 幸い妖精は魔術に精通しており、ある程度の実力はありました。手始めにあらゆる”悪役”とされた怪物、英雄の情報を人間に押し込みました。それは過去のものであったり、未来であったり、またまた別の世界のもの、それはそれは膨大な量でした。

 

「ひっ、な、なに...い、イタイイタイ!おねが、やめっ、あああああああ!!!」

 

 当然、人間には耐えることができないほどの情報量です。このままでは死んでしまうので、治癒魔術などをかけながら少しずつ儀式を進めていきます。

 

 恐らく人格や記憶などは壊れるでしょうが、そんなもの些細なものです。

 

「.........」

 

 やがて人間の子供は声も上げず、ただ妖精を恨めしそうに睨めつけるだけになりました。そんな人間の姿を見て流石に妖精も心配になったのか頭をヨシヨシと撫でながら囁きました。

 

”もうすぐ終わるからね。そうしたら、みんなで遊ぼう。きっと楽しいよ!”

 

 けれども人間はちっとも嬉しそうではありません。ますます憎悪を込めた目でこちらを睨んでくるのです。やっぱり人間はよくわからないとおもいました。

 

 いよいよ最後の仕上げに取り掛かります。悪役は、最後には英雄に倒されるのは当たり前のことです。

 

 ですが簡単に倒されるのは面白くない、少しぐらい英雄たちと戦えるくらいではないといけないと考えました。最初は魔術などで強化しようかと思いましたがめんどくさくなり、戯れに自分の魔術回路を移植することにしました。

 

 それだけでは足りないと感じたのか一つ能力を与えました、”なんにでも姿形を変えられる”というものです。それは、竜であったり、悪魔であったり、またまた...

 

 ◇◇◇

 

 

”かくして悪役は造られた。”

 

妖精はとても喜びました。これでみんなも喜んでくれるでしょう!

 

———目の前の化け物は嬉しそうにしている

 

姿や表情はよくわかりませんが、この化け物も喜んでいるはずです。頭を撫でてあげましょう。

 

———自分の頭を触ってくる。気持ち悪い、不快感がこみあげてくる。

 

おや?どうやら他の妖精たちが訪ねてきました。ちょうどいい機会です。みんなにも紹介してあげないと!妖精は入り口に向かいます。

 

———いよいよ我慢ができなくなってきた。込み上がる怒り、憎しみ、それらを吐き出す。

 

妖精が入り口にたどり着いた瞬間、後ろから迫る巨大な獄炎に飲み込まれるのでした。

 

———それは、巨大な炎の塊となり辺り一面を包み込みこんだ。

 

 ◇◇◇

 

 

 そこからは地獄さながらでした。妖精たちの集落はあっという間に炎に飲み込まれました。

 

 少し離れた人間の村でもきっと彼の姿は見えたことでしょう。ですが、人間だった頃の彼の面影は全くあらず、ある者は"竜"だと、またある者は"悪魔"だと、そして彼の家族はそれを"神"であると言い祈り始めました。

 

 何もかも、何もかも燃やし尽くされ、食い尽くされる。もはや、人ですらないその怪物は翼を広げ飛び立ちました。

 

"汝、悪であれ。英雄に打ち滅ぼされるべし"

 

 これが記録に残る彼の最古の記録です。その後も彼は様々な神話や物語に登場していきます。次に彼が登場するのは...



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第一話【子連れの怪物】

よければ前作の【悪役を押し付けられた者】を読んで頂いたら嬉しいです。
今作の怪物は少しだけ辿った√が違った感じで行かせてもらいます。

では、どうぞ



【プロローグ】

 

それは誰もが寝静まる夜に始まった。

 

突如、窓ガラスを砕く轟音が鳴り響き、眠りについていた住民たちを飛び起きさせる。

"災害か、事故か、脳裏に憶測が浮かぶ。ならば避難すべきか?、いや防災アラームのように危険を知らせる物の反応はない。"

だが、戸惑っている時間はなかった。

もう一度、轟音が鳴り響いたかと思うと街全体を激しい炎が包み込んだのだから。

 

燃え盛る町を赤子を抱え走る女がいた。

人一倍早く危険を察知し、子供を抱き抱え外に飛び出したは良いもの、もう既に火の手は回っていた。

辺りは炎に包まれ逃げ場は無い。それでも構わず、女は走り続けた。

 

瓦礫の山を飛び越え、町の出口へと向かう。

倒壊した建物の下敷きになった人々が助けを求めているが、そんな余裕はない。

もとより自分の物以外どうでも良いというのがこの女の信条なのだ。

 

“助けて“、“どうかこの子だけでも“、“お願い、お願いします“と嘆きの声が聞こえる。

 

『チッ』

 

声はどうにも煩わしい。

耳を塞いでしまえば声は無視できる。なにより足を止めている暇はない。今、自分が優先すべきことは娘と共に逃げ出すことなのだ。

 

だから指を走らせた。

 

空中に『ᛉ』の刻印が浮かび上がる。

この行為は声を鎮めるため、決して助けようなどとしたわけではない。

 

ゴゴゴッと、倒壊した建物を押し上げるように無数の大樹が生えてくる。

人が抜け出せるほどの空間があき、動けるものは必死の形相で這い出ようとする。それで助かるか、死ぬかは当人達の努力次第だろう。たとえ建物の倒壊から逃げ出したとしても辺りを包み込む炎は誰一人として逃すつもりはないのだから。

 

 

数十分後。

女は走り続け、やがて気づいた。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

なんど外に通じる道を走り抜けても、いつの間にか数百メートル前へと戻されていた。

そうして、女は走るのをやめた。

 

『引き返すか...いや、そう悠長なことはできない。

 せめて、この結界を張っている者を見つけなければ』

 

思考を巡らすこと数秒、女は視線に気づく。

それは背後のビル、その屋上から向けられていた。

 

屋上の影は自身が発見されたと悟る。

彼ら暗殺者にとって相手に目撃されるということは失敗を意味する。ならば一度撤退し、再度機会を狙うのが定石だが。

 

「..........」

 

暗殺者もまた、時間の猶予がなかった。

もう間も無く暗殺者はこの世界から消える。自身を召喚した主人は既にいない。確認をしたわけではないが、令呪を介しての念話ができない以上そういうことなのだろう。

何もしなければ得られる物なくこの世界から退去することになる。

否、それは容認できない。

願いを叶えるために願望機に手を伸ばしたのだ。

現界するための魔力を得られれば、まだチャンスはある。どこかの陣営に取り入りのも良いだろう。最後に出し抜きさえすれば、願いは叶う。

 

幸い、アテは見つかった。

眼下からこちらを見上げる女は、常人にはあり得ぬほどの魔力を有している。

好都合だ、と暗殺者は口角をあげた。

例えあの女が魔術師の類だとしても彼らにとって造作もないこと。

 

『ただいま———にて火災が発生いたしました。 危険は——————が安全の為、———へ避難してください。 ———へ避難して下さい。 ———に従って慌てずに避難して下さい』

 

市内に響き渡る警告音。

町中に敢えて人間の不安を呼び起こすサイレンがけたたましく鳴り響く。

 

一瞬、女の意識が逸れる。

 

それを合図に暗殺者は飛び出した。

 

生身の人間如きに小細工はいらない。

英霊といて聖杯に呼ばれた彼らには、生半可な魔術、銃器等の武器は通用しない。

瞬時に距離を詰め、首を掻っ切る。気配を遮断し生前のように、ただ当たり前のように殺す。

 

あと3歩。

疾風の如き速さで距離を詰めた暗殺者は女の方に視線を向けた。

見た目は二十代前半から後半。

腕には眠り続ける子供の姿。

あと2歩。

だが、ここで違和感が生じる。

ここまで近づいてようやく理解した。

 

———この気配...こいつは人間なのか...?

 

あと1歩。

女と目が合う。

その目は、恐怖に染まっているのではなく、獲物を捉えた蛇のように鋭い物。人間とは思えないほど紅く、血の如き染まっている。

暗殺者は戸惑う。

追い詰めたはずなのに、なぜこの女を恐る。なぜ、自分こそが獲物なのだと認識してしまうのか、と。

いや、そもそも

 

———なぜ、目が合うのだ...?

 

暗殺者は目前で飛び上がり、女の背後にまわる。

その様子を口角を吊り上げ女は見ている。

関係ない。

その首を取れば、それで終わりなのだ。

 

女が何かを口にする。

 

(アンサズ) (ソウェル)———、

 

———なっ

 

女の腕が暗殺者に向けられる。

 

(イングズ)

 

大気を疾る、劫火の導火線。

刻印(ルーン)は空中に浮かぶ人体に刻まれ、コンマ数秒で炎を巻き起こした。

 

「!?———、!!?」

 

内部からの魔術抵抗は意味をなさない。

ルーンは対象を燃やしたのではなく、対象を炎で包み込んだのだから。

 

悲鳴をあげて地面に転げ回る襲撃者。

苦悶に荒れ狂う体、助けを乞うように掲げられる手は、死にかけの虫が蠢くようで、ただただ見苦しい。

転がり回ろうと炎は消えず、暗殺者は息絶えるまで炙られ続ける。

 

「————————————」

 

女の視線は、すでに周りのビル群に向けられている。

生き急ぎの燃えカスなど始めから興味がない。

 

敵は一人ではない。

 

最初に視線を感じた時から女はそれを判断していた。

 

“チッ、まとめて掛かってくれば焼き払えたのに....“

 

腹立たしげに舌打ちしつつ、女は腕を振るう。

 

(エイワズ)!」

 

周囲数百メートル、女を中心にルーンの刻印が刻まれる。

退去(エイワズ)のルーンで彼らの気配遮断スキルを解除し、再びルーンを刻む用意をする。

 

“げっ“

 

顔を顰める。

複数人いるのは判っていた。しかし、これは余りにも多い。多すぎる。

目視で確認しただけでも、ざっと四十人弱。

彼らはそれぞれの暗器を構え、一斉に女を目指して襲いかかる。

 

女は指を振るうが、いかんせん数が多い。

そのため、防御に徹することを選ぶ。これ以上火力を上げてしまえば腕の中で眠るこの娘が危険だ。

女の周りを、ルーンの障壁が覆う。

 

暗殺者たちは百の貌を冠する教団の頂点。

“個にして群、群にして個“、その名に恥じぬ力を以って獲物を捉えた。

 

その時、

 

「———、ガッ」

 

その内の一人が、矢に撃ち抜かれた。

いや、一人どころではない。女を仕留めるために飛び出した暗殺者たちは次々に撃ち抜かれていく。

 

「まさか、アーチャーか!? おのれ、卑怯なっ!」

 

飛来する矢は、正確無比に暗殺者たちの霊核を打ち抜き消滅させていく。

これは堪らないと、運よく矢を避けれた暗殺者たちは退避しようとするが、

 

「———逃すわけ、ないでしょう...!」

「なっ!?キ、キサマ」

 

散らばった個体であれば十分にルーンを刻み込むことができる。八つ当たり気味に“一人一人丁寧に燃やしてやる“、と女は笑った。

 

 

(誰だか知らないけど、腕のいい弓兵ね)

 

あらかた燃やし尽くし、あたりに暗殺者の気配がないことを確認すると、女は名も知らぬ弓兵を探した。

友好的であるのならば、この機を逃すわけにもいかない。

 

「とはいえ、厄介なことに巻き込まれたな」

 

ため息混じりに愚痴を溢す。

暮らしていた家は燃え、サーヴァントには襲われるし、まさに踏んだり蹴ったりと言ったところだろう。

女は弓兵を探すべく、しばらく歩くことにした。

 

「あの弓兵が友好的な人だと有難いんだけど。

 とにかく、お前が安全に寝れるところをみつけなくっちゃね」

 

娘の呑気な寝顔を見ながら女は歩く。

コレは自分の命よりも大事なものだ。決して傷つけさせはしない。

 

と、

 

「呑気なものだ。戦場でよそ見など」

 

背後からの突然の殺気。

 

「っ——————!」

 

振り返る暇もなく、女の首に短剣が振るわれる。

それをしゃがみ込むことでなんとか回避する。

 

「しっ——————」

 

その行動を読んでいたように、容赦なく二対の短剣が女を切り裂くべく叩きつけられる。

それを自身の血液を使用して創り出した盾で防ぐ。

短剣を振るうのは赤い外套の男。

男はしたり顔で言った。

 

「ここまで踏み込めば、ルーンを使うこともできまい」

「!...そうか、お前がさっきの弓兵か」

 

眉間に迫った短剣を弾き、女は忌々しげに口を開く。

弓兵が言った通り、この距離ではルーンを使うことは憚れる。娘を巻き込んでしまうのだ。それだけは避けねばならない。

片手が塞がっている女では彼が振るう短剣を弾くことが精一杯。

打ち崩されて仕舞えば、そこで勝負はつく。

女は少し距離をとり、大地を踏みしめた。

 

「ふっ——————」

 

弓兵が踏み込み、剣を繰り出す。

それを、

 

「なにっ....!」

 

突如、地面から飛び出した無数の剣が弓兵の剣を砕く。

見れば、女が踏みしめた大地からは次々に“宝具“とも呼べるほどの武具が創り出されている。

それは奥の手。

この数千年もの間、女が必要とすらしなかった手である。

武具は女の背後に展開し、敵を捉える。

娘を庇うように体を向け、弓兵に叫ぶ。

 

「弓兵なら弓使いなさいよ弓を、出鱈目にも程があるってのっ!」

 

なにが、友好的だったらだ。英霊に期待などするべきではなかったと、心の中で悪態をつく。

 

弓兵は苦笑し、

 

「それはお互い様、と言っておこう。

 ...いつもの案件だと思っていたんだがね、これは少しばかり骨が折れそうだ」

 

「ちっ」

 

(厄介なもんに目を付けられた)

 

弓兵の背後にも女と同じように、無数の剣が映し出されていく。

それは魔術による投影。

馬鹿げた話だ。この弓兵は弓ではなく剣を取り、あまつさえ魔術を行使するというのだ。

 

無数の宝具が向かい合う。

もはや衝突は避けれず、純粋な力勝負に持ち込まれた。

 

「穿て!!」

「投影、開始。

 装填——」

 

そして、賽は投げられた。




試しに投稿みたいな感じで…

よければご感想など頂けたら嬉しいです。


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第二話

最近の好きな映画は「ミスト」です。あの救われない感じが良い…

よければご感想や評価など頂けたら嬉しいです♪


【怪物】

 

「穿て!!」

 

そして、賽は投げられた

 

「——————待ちなさい、アーチャー!」

 

...かに思えたが、それを制する声に邪魔をされる。

ビルの上からだというのに、透き通るように響く声。

声の主は怒気を孕みながらアーチャーと呼んだ男の側に降り立つ。

 

「アンタ、なに勝手な行動してくれてんのよ!」

 

少女はアーチャーに詰め寄る。

 

「勝手、とはこれは異なことを言う。敵を排除しろというのが君の指示ではなかったかね?」

 

「そうよ、確かにそう言ったわ。でもね、敵であるアサシンを仕留めた以上、これ以上の戦闘は行わず帰ってこいって命令したわよね、わたし」

 

アーチャーの態度に苛立ちを隠せない少女。

 

「そうだな。

 だが、そこの()()()()()()()()()()も、私の敵であることには変わりない。排除すべき対象が目の前にいるのに、君は背を向けて帰ってこいとでも言うのかね?」

 

少女の視線がこちらを向く。

 

「...酷い言われようだ。どっからどう見たって、善良な一般市民にしか見えないと思うんだけど」

 

「良く言うよ。

 お前のような輩は嫌と言うほど相手にしてきた。その中でも、比べ物にならないほどの脅威を感じる。

 本来、私の役目はそういった者達の排除でね。今だけは私情を優先したいのさ」

 

「話にならないなあ。まだやってもない罪を被された気分だよ」

 

眉間に皺をよせる女。

依然として、武具の展開は解いていない。少しでも動きを見せるのであれば少女ごと撃ち抜けばいい。

 

お互いに譲らない膠着状態を見かねた少女はため息を吐き。

 

「アーチャー、貴方の主は誰?」

 

と、問う。

 

「いま答える必要性はないと思うが「いいから答えて」...君だ。マスターである君だよ凛」

 

「そうよね。分かってるならいいわ。

 なら、今は黙っていて。貴方が喧嘩腰のままじゃお互い得もしないから」

 

そう言われてしまってはアーチャーも従うしかない。

サーヴァントである限りマスターの意向は優先しなければならない。

凛はアーチャーに向かって剣を下ろせという仕草をした。

しかし、納得はいっていないようで少しでもマスターである凛を傷つければただでは済ませない、という意思を含んだ視線が送られてくる。

向こうが武器を下げるのであればこちらも合わせる。単純な力比べであれば、絶対に女の方が強い。だが、それも一人であればの話。

優先事項を間違えてはいけない。交戦の必要がないのであれば願ったり叶ったりだ。

 

「で、一体何者なの貴方?」

 

凛は女を見た。

一見するとただの母親とその子供にしか見えない。実際、子供にはなんら魔力は備わっておらず言葉通り、ただの一市民にすぎないのだろう。

問題は母親と思わしきこの女だ。

どう考えても異常だ。

そう感じてしまう程の何かがある。言い表すなら、少しでも隙を見せれば一口で食べられてしまう、それほどの悪寒。

これは、人間ではない。

女の背後の影が、醜い何かへと変わっていく。

 

「......」

 

女は少し悩んでいるようだった。

正体を話したところで、自身に利点があるとは思えず、さりとて黙って見逃してくれるはずもなし。

アーチャーの言う通り、女は人間の敵であることには変わりない。今は、その気がないだけ。

それを分かってもらうには、正直に答えるしかない。

 

(...再び交戦することになれば、町ごと吹き飛ばしてしまおう。後処理は知ったこっちゃじゃない)

 

何秒間か考えたのち、女は口を開いた。

 

「今は()()()()という名があるが....そうだな、通りの良い名は確か、

 ———『黒き怪物』。

 人はワタシをそう呼んで畏れる。」

 

と怪物は、なるべく笑顔で言った。

言った...のだが、その名を聞いた途端、凛の顔はみるみるうちに青白くなっていき、

 

「な、な、な...なんたってアンタみたいなのがここに居るのよぉぉぉぉぉぉ!!!」

 

悲痛な叫び声を上げるのだった。

 

「あ、アーチャー! お願い、後ろに隠れさせて!」

 

「あの、できれば大きな声は...」

 

「ヒッ! こ、こっち来ないでよ!」

 

凛はアーチャーの背後にしがみ付くように隠れてしまう。

怪物としては慣れた反応なので、気分がどん底に落ち込み涙目になるだけで済むが、問題はそこではない。

そんなに大きな声で騒がれると、

 

「...う、うぅぅん...ん〜、お父さん?」

 

ほら、起きてしまった。

目を擦りながら、娘が周囲をキョロキョロと見渡す。

 

「ここどこ? お家でねんねしてたのに」

 

「...ちょっと散歩中なんだ。ごめんね、起こしちゃったね」

 

不安にさせないように、優しく怪物は答える。

そして、凛に向かって“これ以上騒ぐな“と人差し指を口に当てながら視線を送る。

 

「なんで、お家燃えてるの?」

 

「さあ、どうしてだろうね。火事か、地震でもあったのかもしれない。

 ...そうだ、立香。火事の時はどうすればいいんだっけ?」

 

まるで、遊びのように問いかける。

娘である立香は、しばらく頭を悩ませたがパッと顔をあげ、

 

「安全なところに避難します!!」

 

「よくできましたー。

 ...そういうことだから、ね?」

 

手をパチパチを鳴らしながら、再び凛の方を見る。

 

「な、なによ」

 

「安全なとこ、連れてってくれる?」

 

“断ったら食べちゃうぞ?“と意味を含ませながらの脅迫。

それにブンブンと首を振ることしか凛はできなかった。

 




メンタル弱者。
立香ちゃんに嫌いって言われたら泣きます。


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幕間 【泡沫の夢】

前作の短編で書いたような、書いてないような。


 

 遠い遠い昔、ある夜のことです。

 

『貴方、愛を知っていても恋を知らないのね』

 

 月の女神は目の前の怪物に声をかけました。

 彼女の腕には薄緑の産毛が生えた赤子がいます。慈愛に満ちた顔で女神は抱いています。

 

『...同じものだろう?』

 

 やはり怪物にはわかりません。独りぼっちの怪物には、その感情を向ける相手はいないんです。

 女神は首を振って否定します。

 

『全然違うわよ! いい?愛は与えるもの、受け取るものだけど、恋はその、ええっと、胸がこう、ぎゅー、と締め付けられるの!』

『...痛いのは嫌だなあ』

『比喩よ比喩...貴方ずっと一人でしょう?だから相手を見つけた方がいいんじゃないかなって』

『別にいい。一人の方が気楽だし、人間と居るくらいなら動物達と戯れた方がよっぽど有意義だ』

 

 ムッと頬を膨らませる女神。

 

『じゃあこの子をお世話してどうだった? 少しは考えも変わったんじゃない?』

 

 女神は今日一日、怪物に赤子の世話を任せていました。彼が四苦八苦する様子を空から眺めていたのです。

 

『いい迷惑だった...だいたい、子供は嫌いなんだ。すぐ喚くし、ワガママだし、食べ甲斐もない貧弱な生き物だ』

 

 顔を顰めて答えます。

 それをニヤニヤと笑いながら、

 

『え〜、その割には楽しそうだったけど?』と女神。

『...』それを無言で返す怪物。

 

 楽しそうに女神は笑います。

 他の神様は分かりませんが、月の女神は怪物に対して怨みを抱いていません。むしろ感謝しているのです。

 

『愛だの、恋だの、人間みたいなこと言うじゃないか』

 

『ええ、貴方が壊してくれたおかげよ。おかげでわたし愛を知れたの』

 

『...そう、そりゃよかったね。もう少し喰っとくんだった』

 

 怪物は神様たちのことが嫌いです。

 月の女神はともかく、他の神たちは怪物のことを恨み、蔑み、奪われた権能を取り返そうとしてきます。この女神が特別、壊れているだけなのです。

 

『もういいだろ? その赤子を連れて消えてくれ。恋だとか、愛だとか、いらない感情を植え付けようとしないでくれ...他人から向けられる好意ほど気持ち悪いものはないんだから』

 

 人間として生きようとしても上手くいかない。怪物としても生きれない。彼は独りぼっちになりました。

 

『そっ...じゃあ行くわね』

 

 女神は優しく赤ん坊を抱きしめ怪物の元を離れます。

 

『そうだ、この子の名前知ってる?』

 

 怪物は答えません。

 どうせ会うことなどないのです。既に記憶から赤子の顔は消しました。無駄なことをいちいち覚えていてもしょうがないから。

 

『この子の名前は、——————』

 




アタランテの供給不足。
今年こそは水着を!


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第三話

意外と歳を食っているので精神的におじいちゃん?、おばあちゃんなのです。


【目覚め】

 

 ソファーに座り、怪物は眠っている。

 いつものように夢を見ていた。

 

「...っと...きなさいてば...」

 

 夢見の悪さに薄く目をあけた。

 

 昔のことを夢に見た気がした。

 最近はどうも眠気が酷い。あまりいい夢も見れないし、気分は最悪。

 夢というのは自身の記憶が元になっているのだと言う。いつのものか分からない記憶を抱えて生きるのは難しい。捨てていければ楽なんだけど、そうもいかないのだ。

 

「起きなさいって!」

 

 ...そういえば、僕はなにをしてたんだっけ。

 

「———お、は、よ、う! 目は覚めたかしら〜?」

 

 oh...目を開けるとそこには赤い悪魔の姿が。

 ああ、そうだ。確か安全な場所に案内して貰ってそれから...なんだったか。

 

「あのねえ、人がせっかく寝場所を貸して、さらには説明までしてあげてるのにいくらなんでも非常識よ!」

 

「あー、あまりにも退屈だったから、つい...悪いけど三行程度でまとめてくれないかな?」

 

「あ、アンタねぇ。人のことを馬鹿にするのも大概にしなさいよね」

 

「まさか、人聞きの悪い」

 

 悪いとは思っている。

 けど、聞けば聞くほどどうでもいい内容で、つい欠伸も出てしまう。

 なぜだか彼女の顔を見ると、話を聞く気も失せていく。なぜだろうか、と考えたが理由はよく分からない。ただ、どこぞの誰かを思い出してしまうのだ。

 怪物は反省の素振りなく、凛に再度の説明を求める。完全に弄んでいるようだ。

 

 凛はため息をつき、

 

「はぁ...いいわ。ならもう少し噛み砕いて説明してあげる」

 

 再び語り出した。

 ここ、冬木市で行われる魔術師達の大規模儀式のあらましを。

 

 

 遡ること19世紀ごろ。アインツベルン、マキリ、遠坂と言われる魔術師達が手を組み、大規模な魔術儀式を行おうとしました。

 ですが、思想の違いか、もしくは仲違いか、ある日に儀式のシステムを担当するマキリが離反してしまった。

 アインツベルンと遠坂だけでは儀式を作り上げることはできません。そこで、外部の魔術師、協会の魔術師達を招き入れなんとか『大聖杯』というあらゆる願望を叶えられる器を作り上げました。

 三百年ほど遅れに遅れましたが、ようやく魔術師達の悲願は目前となったのです。

 しかし、聖杯を得たところで願いを叶えれるのは一人だけ。当然、争奪戦が起きます。

 そこで考えられたのが『聖杯戦争』。

 この戦いに最後まで残ったのもが願いを叶える権利を得るのです。魔術師達はそれぞれ、サーヴァントという過去の英霊の写し身を使い魔として使役し争うことになりました。

 

 

「ふーん」

 

 いつの時代も、人間は近道ばかりしようとする。過程よりも結果を求めてしまう、それが正しいものだとは限らないと分かっているのに。目先の利益に囚われすぎて、本質から目を背けるのは決して良いものではない。

 しかし、怪物にとっては魔術師達が何しようが知ったことではないのだ。

 問題なのは、

 

「神秘の秘匿が魔術師の義務だろう? この状況は、その義務を放り出してる気がするんだけど...土地の管理者としてどうなのかな、遠坂さん?」

 

 怒りを微かに孕んだ声。

 なにせ、住んでいたアパートを燃やされたのだ。せっかく住み慣れて来たというのに、これではまた引っ越しをしなければならない。家財を持ち出せたから良かったものの、これを無責任と言わずになんと言うのか。

 

「うっ...それは、その、弁解のしようがないというか。

 わたしだって協会の連中がここまでやるなんて思わなかったの」

 

 怪物の至極真っ当な怒りに身を竦めながら凛は項垂れる。

 彼女も予想外のことだったようだ。

 

「連中、町に結界を張ったのよ。()()()()が終わるまで解けない結界をね。町から出る人間がいなければ状況が外に伝わるはずもないし、目撃者ごと消してしまえば秘匿はできるもの。

 全部終わった後でガス漏れ事故やら、災害とか誤魔化すのでしょうね」

 

 現代では情報技術も発達し、神秘の秘匿は非常に困難になっている。

 だが、魔術師達は自身の願いのためになりふり構わない方針のようだ。

 聞けば、時計塔の君主も参加しているようで、彼らにとっては下剋上の機会でもあるのかもしれない。なんにせよ、いい迷惑であることには変わりない。

 

 さて、どうしたものか。

 

「...君も大変なんだね」

 

「ええ、頭が痛くなる程にね。貴方のおかげで悪化しそうだけど」

 

「照れるね」

 

「ほめてないっつうの!」

 

 うーむ、表情の変化が面白い子だ。実に揶揄い甲斐がある。

 最初は警戒心の塊のようだったけど、こちらに敵意がないと見ると即座に状況に対応する。その判断力、才能をどこぞの女神と比べるのは失礼だったようだ。

 

「冗談さ。

 まあ、君たちが何しようがどうでもいいし、関わる気もないけど。僕はあの娘に危害が及ぶならこの町ごと.....そういえば、立香は?」

 

「貴方がうとうとしてる間に家中を駆け回ってるわよ。本当、元気で好奇心旺盛な子ね。

 まあ、あまり暴れられても困るからアーチャーが面倒見てるはずだけど。待って、アンタ今とんでもないこと言おうとしてなかった?」

 

 しまった。膝の上に抱えてたはずなのにすっかり忘れていた。

 あの子はまだ4歳になったばかりなのだ。好奇心旺盛で、目新しいものに飛びついてしまう。子供というのは困ったもので、ふと目を離した隙に消えてしまう。慣れない子育てのせいもあってか、肝が冷える毎日である。

 

 どこにいるのかと視線を巡らせた時、ドタドタと騒がしい足音が近づいてくる。

 

「あー! お父さん起きてた!」

 

 広い家の探索に満足したのか、勢いよく飛び込みながら帰ってくる立香。

 それを仰け反りながら受け止める。

 

「おっと。

 こらこら、人様の家で走り回っちゃダメだ。 それに前から言ってるだろう?勝手に離れちゃダメだって」

 

「えー、だってお父さんすぐ眠っちゃうから、たいくつなんだもん」

 

 ん゛ん゛。それは、確かにそう。

 

「この家すごいよ! 広いし、よくわからないものたくさんあるの!あとねえ、赤いおじさんがいっぱい遊んでくれた!」

 

 夢中で冒険譚を話す立香。

 広い家という今の家とは違う環境は、少女の心を弾ませてしまう。

 

「...立香は広い家の方が好き?」

 

「うん! あのね、広かったらねえお部屋いっぱい作るの! えっとお、立香のお部屋でしょ!あとお父さんのお部屋、あとはお本を読むとこ!それとねえ...」

 

 なら、ちょうどよかったのかな。

 この町を出たらまず、大きな家を建てよう。この子が幸せに暮らせるような立派なものを。今度は火災保険もしっかり入らなければ。

 

「まったく、おま...君の娘には手を焼かされたよ。所々走り回り、タンスをよじ登り、飛び降りる。そして、」

 

「あ、赤いおじさん!」

 

「...おじさん呼びはやめてくれないか」

 

 若干疲れ切った様子のアーチャーが戻ってくる。

 そういえば面倒を見てくれたらしい。意外と良いやつなのかも。

 

「お疲れ様アーチャー。それにしても意外と面倒見が良いのねアンタ」

 

「はぁ、冗談はよしてくれよ凛」

 

「ふふっ、サーヴァントなんかより世話役のがお似合いだね。うん、雇いたいぐらい」

 

「勘弁してくれ...それで?君はこれからどうするのかね?」

 

「そうね。家には戻れないから、大人しくしていたいとこだけど、あまりこの町に留まるわけにはいかない」

 

 魔術師がこの町にたくさんいる。更にはサーヴァントも。出会えば争いは避けられないだろう。だから、この家に留まるのも一つの手だ。

 しかし、彼女達が敗退してしまえばここも安全ではなくなる。優先順位を間違ってはいけない、この子を安全に守るためには...

 

 と、誰かに裾を引かれる。

 不安そうに怪物を見上げる立香の姿がそこにあった。

 

「お父さん」

 

「ん? どうしたの?」

 

「お家、帰れないの?」

 

 怪物は返答に困る。

 しまった。つい顔に出してしまったらしい。

 立香が涙を浮かべてしまう。弱ったなあ、不安にさせてしまったようだ。

 

 怪物はオロオロとなんと宥めようかと思案する。少女の悲しむ姿は見たくないのだ。

 けれど、娘は家に帰れないのが不安じゃないようで、

 

「クマさん...」

 

「え」

 

「クマさん、置いてきちゃったの」

 

 そのクマのぬいぐるみは、怪物が立香の誕生日に買ったものだった。

 それ以来すごく大切にしてくれて、いつも一緒に持ち歩いている。この子にとっては父親からの何より大切なプレゼント。

 

「ああ、それなら大丈夫。ちゃんと、全部持ち出してきたから」

 

 娘に対して笑みを浮かべ、怪物は懐から一本の鍵を取り出した。

 それは一見すると何も変哲もない唯の鍵であるが、怪物が魔力を込めるとその形を変化させていく。

 

 ガチャリと音がしたと思えば、空間が揺らぎ黄金の波紋が開かれる。その波紋の中に広がるのはとても測ることのできない巨大な蔵。

 

「ええっと、どこいったかな。これじゃない、これでもない.....んもう、邪魔!」

 

 怪物は波紋の中に体を突っ込み探し出そうとする。

 

 しかし、怪物には本来の蔵を開くための目がない。精々、空いている隅の隅を倉庫がわりに使うのがやっとのこと。

 急いで家財丸ごと投げ込んだのが運の尽きとでも言うべきか。この中には、彼/彼女が生きてきた数万年の思い出という名のガラクタたちが積もりに積もっている。ので、探し物を探すのは麦藁の山から針一本を探し出すようなものだ。

 

「ちょ、ちょっと。散らかさないでよ! というか何よそれ?!家で物騒なもん開かないでよね!」

 

 ポイポイと辺りを散らかしまくる怪物に注意する凛だったが、ふと、転がってきた石に目がいく。

 

「石ころまで転がってきて....ん?」

 

 手に取ってみると、それは石ころなどではなく、磨けば輝く宝石だった。

 それがゴロゴロと次々に転がってくる。

 

「あ、アーチャー、こ、これ」

 

「むっ...驚いた。処理やテリ、価値も一級品のものばかりだな。

 哀れなものだ。宝石達も持ち主に恵まれなければ、石ころ同然に過ぎないとはね」

 

「こんな価値のあるものを塵みたいに...アンタ、一体どういう神経してんのよ!」

 

 罵声を背中越しに浴びせられる。宝石魔術を駆使する彼女にとって我慢ならなかったのだろう。

 でも、使い道があまりないので埃をかぶってしまうのはしょうがないじゃないか。

 

「価値と言っても、僕はコレクターじゃないんだ。お金に困ったときに市場に売り捌くぐらいしか使い道がなくてね、っと。あったあった」

 

 ようやく探し物が見つかったようだ。

 ぬいぐるみを立香に渡す。

 

「クマさん!」

 

「ふぅ、散らかして悪かったね。すぐ片付けるから」

 

 日頃から整理しなきゃね、と言いながら怪物は指を鳴らした。途端に散らばった宝石達は波紋の中に吸い込まれていく。

 

「あぁ...」

 

「凛、君という奴は」

 

 口から手が出るほどの代物に後ろ髪が引かれる凛。それをアーチャーは呆れた口調で嗜める。

 

「じゃあ、話の続きを...どうかした?」

 

「別にぃ」

 

「凛」

 

「あぁもう、分かったわよ! それで?アンタ達はどうするの?」

 

 なんで怒り気味なんだろうか。

 まあ、それはそれとして。

  

 怪物は凛に向き合う。 

 

「君たちさえよければだけど、少しの間同盟を結びましょうか?」

 

「...一応聞くけど、どうして?」

 

「どうしたもこうしたも、この町から一刻も早く出たいのさ。長居して、他の魔術師やサーヴァントと鉢合いたくない。

 ああ、誤解はしないでほしい。聖杯には興味ないし、対価はここを避難場所として使わせてくれればいい。悪い条件ではないだろう? 君は少ない対価でもう一騎のサーヴァントを得たと考えればいいんだ」

 

 凛は顔を顰める。

 怪物の提案は破格の物だ。アーチャーとの戦闘を見るに怪物の能力は申し分ない。彼/彼女がいれば勝ち残ることもできるかもしれない。

 しかし、疑問が浮かぶ。

 

「私、貴方の信用を買うほどのことをしたのかしら? この瞬間でも貴方を殺すこともできるのよ?」

 

「ふふっ、強がるじゃないか。でも、君はそうしないだろう? あの女神とは似ているようで違う。それだけで十分なのさ」

 

 似ているけど違う。

 怪物はそう笑った。

 

「...そんなに似てるの?私とその女神って」

 

「う〜ん。 君とあの糞は似てるけど、即座に状況を掴む洞察力と判断力、そして才能に甘んずることなく努力する姿勢...どれを取っても君の方が優れている。 

 君こそ、聖杯戦争のマスターを名乗るのに相応しい存在だ」

 

「なっ、そ、そんなに言われると悪い気はしないけど...えへへ、ちょっとアーチャー。貴方も少しぐらい見習いなさいよ」

 

 やれやれと肩をすくめるアーチャー。彼の目は相変わらず怪物の方へ向いている。同盟を反対するわけではないが、目の前の怪物が信頼できるかどうかは別問題である。

 

 とにもかくにも、同盟は結ばれた。

 聖杯戦争が終わるまでのひと時の間、正義の味方と怪物は手を組む。お互いの大義は違えど、守るべき物があるのは変わらないのだから。

 

「まあ、これだけ似ているんだ。性格に多少難があっても、目を瞑ってあげるから安心してくれ。うっかりとか、守銭奴とか」

 

「アンタ、喧嘩売ってる?」

 

「まさか」

 

 前途は多難である。

 

 

「じゃあ、立香。少しの間、このお姉ちゃんと待っていなさい」

 

 怪物はアーチャーと共に戦場に赴く。

 娘の為に、彼/彼女は戦うのだ。

 

「お父さん...ちゃんと帰ってくる?」

 

 立香は心配そうに親を見上げる。

 それを解消させるように怪物は子を抱き上げ笑った。

 

「勿論。お父さんが約束を破ったことないだろう?」

 

「あるもん。 この前、おやつ買ってきてくれなかった」

 

「ん゛ん...そう、だっけ? じゃあ、今度はおもちゃ付きのおやつ買ってあげるから、ね?」

 

「...本当?」

 

「ああ、本当だとも。約束だよ。だから、信じてくれるかい?」

 

「うん! 早く帰ってきてね!」

 

 勿論だとも、と怪物は大きく頷いた。

 

 

 

 それを、凛とアーチャーは見ていた。

 “親子“をではなく、正しくは、彼らの後ろにある鏡を。

 

(疑っていたわけじゃないけど、本物だったのね)

 

 鏡には、立香が映っている

 ()()だけが映っている。

 

(君の決定に意見するわけではないが、よかったのかね? あれは人類の敵だ。いくら人の皮をかぶろうとそれは変わらない)

 

(...しょうがないでしょ。放り出しちゃえばなにするか分かんないし、手綱を握れるだけマシよ)

 

 娘を抱く怪物の姿は鏡には映らない。人間の要素など見た目以外カケラもない。

 

 彼/彼女は、正真正銘の人類史を否定する“怪物“なのだから。




今の彼/彼女は体を人間寄りではなく、戦闘向けの◼️◼️として
作り替えている...まあ、それはおいおい

次回はまた、幕間を挟みます。
過去の怪物と、アタランテの話を。


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 最初の出会いは何の思い入れもなかった。

 

 あの日、一人の青年と出会った。

 彼はアタランテを見上げ、言葉を口にする。

 

『麗しと称されるアナタを一目見たかったのです』

 

 軟弱で、気弱。男か女かも判断しかねる半端者。それが私が彼に抱いた最初の印象だった。

 彼は言った、私に挑まないと。

 少し意外だった。彼も私を手に入れようとする...いや、正確にはこの国の王の後継になろうと画策する愚かな男共と同様だと考えていたからだ。

 

「ふんっ。挑戦者でないのであれば即刻この国を去るといい」

 

 だが、それだけだ。挑戦者ではない、名も知らぬ青年。

 明日になればその顔も声も忘れてしまう...はずだった。

 

 二度目の出会いは最悪だった。

 

 その日の挑戦もひと段落つき、私はいつものように森に入った。

 森の奥に踏み入ってゆくと、岩が剥き出しになった斜面へと出る。そこには湧水が渓流となって沢をつくり、奥まった場所には滝と小さな水場が出来ていた。少し上の方の斜面には無数の木々がそびえ立ち、いくつか獣道らしきものも見える。

 

(あとで、獣を狩るのもいいかもな)

 

 水場の深い辺りはちょうど岩場の影になっており、また滝の音もあるため、たとえ誰かが通りがかってもおそらくは気付かないだろう。それゆえ、私もここでは誰かの目を気にせず解放的になることができた。

 

「———っと...」

 

 身に纏った衣服を脱ぎ、狩りを行うため持参した弓矢も近くの木へ掛ける。そして、全裸のまま水場へ足を踏み入れて、身を沈める。...その心地よい冷たさに思わず、笑みが溢れた。

 

「ふぅ...気持ちいいな」

 

 この国に来てから川や池、湖で水浴びをしたことは多々あるがこの場所が一番気に入っていた。この水場で競争の疲れを癒し、狩りに向かう。それが私の日常であり、日々の中で唯一の心休まる時間だった。

 夕暮れが穏やかに水面を照らして、今日の終わりを告げる風を運ぶ。巣へ帰る鳥のさえずりが遠くの方から、少しにぎやかに聞こえてくる。時折、水の岩陰には小さな川魚の動く気配。そして、適度な水量の滝は直接に浴びても心地良さを全身に伝えて、この長く伸びた髪を梳き洗うにはもってこいだった。

 

(明日も挑戦を受け、勝利し、殺す...その次の日も、また次の日も)

 

 ばしゃばしゃ、と何度も水を手ですくって、脳裏に浮かんだ戯言を冷やす。そしてふと、視線を水面に落とし...そこに映し出された自分に思わず、顔をしかめた。

 

「なぜ、私はここにいるのだろう」

 

 父から呼び出しを受けた時はあんなにも心が躍ったというのに。...家族と、生きれると思ったのに。そんな泡い希望はとうに消えた。

 

 私は、ひとりぼっちだ。

 

 しかめ面を水で洗い流す。栓無きことと押し込み、体を水に沈めた。

 

「...ん?」

 

 その時、頭上に見える木々の奥から、風のものではない葉擦れの音が聞こえる。それは断続的に響いていて、時折土を踏み締める足音も混ざり合っていた。

 

(獣か...? いや、これは人のものだな)

 

 そう思って耳をすませ、その音の正体を確かめようとする。そして反射的に、岩場に立てかけていた弓と矢を手繰り寄せる。

 わずかに岩場の影から身をのり出して、森の奥を見る。

 

「ふむ...」

 

 が、ちょうど死角になっているためかその音の主の姿は見えず、心なしか遠ざかっていくようにも聞こえた。

 

(...狩りか、採取か)

 

 確かこの山には、かなり美味な果実がなる木があると聞いた。

 ただ、ここは人里からかなり離れた奥地のため、危険な獣が住みつきやすく、狩人であっても危険は大きい。ゆえに、この付近を今まで他人が訪れることは滅多になかった。

 

(まぁいい。やり過ごせば、すぐに立ち去るだろう)

 

 正直言って、今は心が疲れていた。ゆえに隠れて、様子を伺うといった好奇心も起こらない。

 

 ———しかし、

 

「...っ?」

 

 先ほどのものとは明らかに異なる気配が重なって伝わる。それは禍々しいほどの狂気と殺気があり...今度こそ間違いはなく、獣と呼べるもの。

 そして、その衝動は明らかにある一点に向けられていた。

 

「わぁ、本当にあった。ありがとう、君たちのおかげだね...ん? どうしたの? 後ろかい?、——え? っ...?!」

 

 それを示すように思いがけない驚嘆に引きつった声が、かすかに聞こえてくる。やはり、人間。それも男で、それほど年を経ていない若者だろう。

 間違いなく獣はそれを狙っており、...そして気の度合いを探っても、このままではその者の生命を奪われることが容易に想像できる。

 

「あはははは、いやぁすまない。キミの縄張りに入るつもりはなかったんだ。できれば話し合いで解決をしようじゃないか...だめ?」

 

「———グォオォォォ!!」

 

「わっ、ちょっと待って! わ、わぁぁあぁぁ.....!!」

 

 叫び声を聞いた途端、私は水場から飛び出ると軽やかな足取りで岩場を一気に駆け上がり、瞬く間に斜面へと登りでる。

 そこにいたのは、やはり若い男と...私の背丈の倍ほどもある、巨大な猪。

 助ける義理はないが、見て見ぬ振りが出来るほど落ちぶれてはいない。男と猪の前に私は飛び出した。突然現れた私の姿に、猪はその動作を止めてその巨体をこちらに向ける。

 その距離はほんの僅かでしかなく、私の乱入があと一瞬遅れていれば、その巨体の突進により青年の体は宙に舞い散っていたことだろう。

 

「えっ!? キミは...」

 

「下がっていろ」

 

 状況が飲み込めていないのか、あっけに取られている青年を庇うように立ち、背中越しに声を掛けてから、猪と対峙する。そして、その獣係の相手を私に選び直し、足を掻き突進を開始しようとした隙を付き、弓を振り絞り矢を放った。

 

「グォオォォォッッ!!」

 

 その矢は猪が突進を開始する前に脳天を射抜いた。震え上がるほどの咆哮が響く。それに気圧されることなく、第二射、第三射を両眼、喉元に放つ。

 

「グォオォォォ!!!!」

 

 しかし、それでもなお猪は突進を止めることなく私に迫ってきた。

 

「このっ...!!」

 

 ...押しつぶされそうな重量感が四肢に伝わって、関節がみしりと、悲鳴をあげる。

 次の瞬間。

 

「——————はぁぁぁァァァ!!」

 

 私をかち上げようとする猪の頭部を掴む。そして、重心を受け流すように巨体を背負いながら、自分諸共に崖下にめがけて投げ放った。

 ドォォンと、豪快な響きと水柱を上げて、私たちは滝壷に打ち付けられる。

 

「え...えぇぇ...」

 

 ほんの数秒の出来事に、しばらく青年は呆然となっていたが... はっ、と我に返り斜面を軽々と下ってゆく。

 そして、滝壷に溢れ返っている大量の血溜まりを見て、思わず沢に飛び降りた。

 

「......」

 

 間も無くして、猪の死体が浮かび上がってくる。だが、彼を身を挺して守ってくれた彼女の姿はどこにもない。

 

「まさか」

 

 沈んでしまったのか?そう悟った青年は、少女を助けようと駆け出し、水音を立てながら沢へと踏み入っていく。

 その時、

 

「....ふん。 馬鹿の一つ覚えのように向かってこなければよかったものを」

 

 猪の身体を掻い潜るようにして私は水面から浮かび上がって、沢のほとりに上がり出る。少し身体を打ったが特に問題ではない。

 

「だ、大丈夫ですか?」

 

「それはこちらの台詞だ、汝こそ大事はないか?」

 

 先程の青年がこちらに駆け寄って心配そうに声をかけてくる。それに答え青年に対しても問いかけをするが、これが不思議なもので青年は顔を真っ赤に染めながらこくこく、と頷くのだ。

 疑問は残るが、青年の様子から無事を感じた私は、共に転がり落ちた弓と矢を担ぎ直し猪の亡骸に振り返ってため息をついた。

 

「気に入った水場だったが、当分は使えそうにないな。まずは猪の身体を運び出さねば」

 

「.......」

 

「むっ? ああ、念のため言っておくが、お前を助けようとしたのではない。後ほど狩りをするつもりだったからな、手間が省けた。ゆえ礼などいらぬ、命を拾ったことを幸いに思い、早急に立ち去るといい」

 

「あ、あぁ...」

 

「....?」

 

 青年の反応を見て、違和感を抱く。恐怖や、不測の事態に思考が停止しているのなら、わかる。ただ、青年はそのどちらでもない。むしろ顔を紅潮させて、何かを恥ずかしがっているような...。

 

 ...あっ。

 

 よく考えてみれば、今私は衣服も何もかも身に付けていない。

 ゆえに、今の姿は———

 

 待て、待ってくれ。咄嗟に飛び出して気が付かなかったが、何も纏っていないということは...つまり、今の私は、

 

 ———裸?

 

「....ひ、ひゃあああぁぁぁあぁぁっっ?!!」

 

 今までほとんど上げたこともないような悲鳴を上げて、大慌てで水場の中へと身を沈める。それを見て、青年も硬直が解けたのか我に返り、急いで背を向けた。

 なんたる迂闊、なんという失態...っ!!

 

「き、貴様...っ!!」

 

「?! い、いやっ、僕は見てないです! ええ、もう全然!! じ、実は目が悪くてね、ええ本当!なのでキミの裸は全く見えてない!!」

 

「———裸だとわかっておろうがっ!!」

 

 見られた! 間近で、力いっぱい見られたのだ!!

 しかも、よりによって全裸! 

 少なくとも、この生涯においてあの船の仲間にも...同性にすら見られたことがなかったのに?!

 それを、よりにもよって、男にだとぉっっ?!

 

「...正直に言え、貴様、どこまで見た?」

 

「い、いえっ、全然見てないから! ち、ちらっと全身見えただけです!!」

 

「〜〜〜〜〜ッッ!!」

 

 よし、殺す。

 この男にとっては精一杯取り繕っているつもりなのだろうが、明らかにそれは逆効果で私の羞恥と憤怒はますます高まる。というか、この男わざと言っているのでは?

 

「あ、あはははっ...あ、あのぉ...」

 

「———はっ」

 

 ぷちん、と頭の中にある何かが切れて、燃え上がるように熱くなった思考が急速に冷えていく。

 そうだ、わざとだ。今の言葉で確信した。背を向けながら、今見た光景を思い出してほくそ笑んでいるに違いない。

 ...殺しても文句はあるまい? 

 私にも恥じらいぐらいはある。少なくとも異性に自らの秘所を曝け出したなど、屈辱以外の何物でもない。

 

「最後に...何か言い残すことはあるか?」

 

「あ、あのあのっ...! と、とりあえず...」

 

「...なんだ?」

 

 青年は満面の笑みで、

 

「ご馳走様でした...」

 

「———沈めッッ!!」

 

「にゃっがぁぁ?!」

 

 襟首を掴み上げて、そのまま後ろの沢に放り込む。

 ドボンッ、と豪快な水柱が吹き上がり、青年の姿は滝壺の中へと消えていくのだった。

 

 

 

「ほら、しっかりせんか。...まったく」

 

 呆然とした気分のまま、私は衣服を羽織って再び滝壷に向かった。...その間、先ほどまで全裸であったことが思い出されて、恥ずかしさで悶えてしまう。本当であれば、この青年を殺してしまいたい程だが、

 

(私も道徳心ぐらいは持っている)

 

 ...一応ではあるが。

 ゆえに、ぷかぷかと水面に浮いていた青年を引き揚げた。

 

「う、うぅん....」

 

「おい、起きろ軟弱者」

 

 滝壷から引き揚げた青年を岩場に横たえて、私はその頬をペシペシと叩く。青年は呻き声をあげながら目をうっすらと開く。

 

「目を覚ましたか。気分はどうだ?」

 

「え———」

 

 声をかけられたことで、青年は側に立つ私の存在に気づき頭を押さえて顔を顰めながら起き上がってくる。

 私は先程の痴態を見られた気恥ずかしさを押し隠す意図もあって、あえてしかめ面のまま見下ろした。

 

「ぼ、僕はなんでここに...」

 

「よい、何も思いだすな。そのほうが長生きができるだろう」

 

「...美しいもの見た気が」「———何か言ったか?」「いえ、綺麗さっぱり何も覚えていません...多分

 

「うむ、よろしい」

 

 お互い何もなかったと、言い聞かせる。...これで、いい。のか?

 いや、これ以上考えるのはやめておこう。一刻も忘れなければ舌を噛み切ってしまいそうだ。

 

「そうだ...さっきはありがとう。おかげで助かったよ」

 

「礼はいらぬと言っただろうに」

 

「いやいや、お礼は大事だよ。お陰様で良いものを見れ「忘れろと言っただろう!!」

 

 なんなのだこの男は!人がせっかく何も考えぬようしているというのに、なぜ掘り返す!!

 

「いや、それはできない。無理だよ。見たのは事実なんだから」

 

「無理でも事実でも、なんでも忘れぬか! さもなければその脳天撃ち抜いてみせようぞ!?」

 

「え、それは困る。せっかく話せたのに...大丈夫、誰にも言わないよ。僕の心の中に永遠に焼き付けるとも」

 

「ふざけるなっ!なれば、その心の臓ごと撃ち抜いてみせる!....?」

 

 ....何をやっているのだろうか、私は。

 我にかえり、弓を取りかけていた腕を引っ込めた。いつにもない自分の反応に、自分自身でも驚く。裸体を見られたことに対する羞恥心は確かにあった。それでも今まで、こんなにも相手に、ましてや名も知らぬ他人に感情的になることなど、思い出す限りほとんどなかったはずだ。

 

「?」

 

私はまじまじと青年の顔を見る。名は確かに知らぬが、その顔には見覚えがあった。男か女、言われなければ気がつかぬ程の中性的な見た目の軟弱者。そういえば、あの日も安い口説き文句をかけてきたことを思い出す。

 

「私は言ったはずだぞ、用がないのであればこの国を去れと」

 

「ん? ああ、そうだったね」

 

「そうだったではないだろう!?」

 

「ごめん。あの日出会ったキミがあんまりにも印象的でね、そんなこと『すっかり』忘れていた。あっはは...」

 

「笑うなっ! ...なんなんだ、汝は」

 

 声を荒げながら、胸にかき抱く戸惑いがどんどん大きくなる。それにさっきから、なぜか顔が非常にほてって...暑い。わけもなく息苦しいほどに動悸が止まらず、言葉が時々もつれるほどだった。

 今まで、私の近くにきた男は皆欲にまみれ、穢らわしい視線を向けてくる輩ばかりだった。しかし、目の前の青年はそれとは違った。会話してる内にやわらかな空気に飲まれるというか、馬鹿らしくなってくると言うべきか。それに猪に対して手も足も出てなかった癖、それを屠った私に対してこれほどに余裕をぶちかました態度は、どこから来るのだろうか?

 あいも変わらず、人当たりのいい笑みを浮かべる青年を見ると、考えるだけ無駄な気がしてくる。

 

「もう、いい...他言しないことを誓い、ここから消えるがいい」

 

「いいのかい? 良かった、その弓で射抜かれたらどうしようかと、少し怖かったんだよ」

 

「そうは思えんがな...ほら、私の気が変わらぬうちに去れ。そして、この国から出ていけ」

 

 私はしかめ面を保ったまま、青年で手で追い払う。青年は「わかったよ」と返事をし、立ち上がる。むぅ...本当にわかってるのだろうか。

 

「じゃあね、今度はたくさんお礼を持ってくるから」

 

「...もしや、話が通じない獣か何かか、汝は?」

 

 思わずため息をついてしまう。

 なんなのだ、本当に。

 

 

 まあ、流石に青年も懲りただろう。

 私はあれ以来水場には足を運んでいない。体を洗い流す程度であれば付近の川でも十分だからだ。だからもう出会うことはない。

 

「...それにしても変な男だったな」

 

 今まで会った男と比べればある意味純粋な目をしており、不思議と向けられる視線は不快ではなかった。

 ...まあ、話を聞かないとこは難点であり私の痴態が広められてないかは不安ではあるが。

 

 今日の競走も終わり、私は自分の天幕の元に帰る。

 間も無く日も暮れる。そろそろ火を焚くかと準備をしようとした時、

 

「———おーい!」

 

 と、何やら聞き覚えのある声が森の奥から足音と共に聞こえてくる。

 ため息と共に、頭を抱えてしまう。

 振り返れば腕いっぱいに果実を抱え、こちらに手を振る青年の姿。

 

「...汝は、馬鹿なのか?」

 

「え゛っ」

 

 それが、私たちの関係の始まりだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「汝が持ってくる果実は(もぐもぐ...ゴクッ)美味いな」

 

「本当かい? それは嬉しいな、わざわざ獲りに行った甲斐があった」

 

 彼が持ってきた果実を頬張る。これがなんとも美味なもので、一口頬張るたびに甘い果汁が溢れ出し喉を潤す。そしてまた一口、また一口と果実に手が伸びる。思わず、顔が綻びそうになるがそれを見られるのは少し癪なのでついそっぽを向いてしまう。

 

「ふふっ」

 

「...むっ、なんだ」

 

「いいえ、なんでも」

 

「むぅ(もぐもぐ)」

 

 不思議なもので、彼は腕いっぱいに果実を持ってくる癖して自分で口をつけようとはしないのだ。聞けば、“食べるよりも、誰かが美味しそうに食べてるのを見る方が好きなんだ“、と嬉しげな声色と共に返事が返ってくる。

 ...本当に変な奴だ。

 

 

 

『よかったら一緒に食べませんか? これ、凄く甘いんだ』

 

『...いらぬ』

 

 出会ったその数日後、彼は何度も私の元を訪れた。この国を去れと言い聞かせたのにも関わらず、何度も何度もしつこく。それを嗜め、時には武力行使で思い知らせる。それでも訪れる彼に呆れ果てる、それが日常となっていった。

 

『今日はブドウを持ってきたんだ、よかったら』

 

『いらん、去れ』

 

『え”』

 

 次の日も

 

『今日はザクロを』

 

『...(無言で矢を放つ)』

 

『なんでぇ?!』

 

 そのまた次の日も

 

『あれ?居ないのかな...』

 

「……(木の影に隠れている)」

 

『...また明日来るね』

 

『(何なのだ、いったい)』

 

 性懲りもなく私のもとを訪れてくる。それが何日続いたのだろうか。そんなある日のこと、こちらもいい加減、我慢の限界がきた。

 

『今日はね、林檎を貰っ『っ...ええい、寄越せ!』え、あ』

 

 一度、食ってやれば満足するだろう。それに、林檎など等に食べ飽きている、こんなくだらないもの...。

 そう考え、少々乱暴に口に入れる。

 

『もぐっ——————こ、これは!』

 

 口いっぱいに広がる甘美な味わい。噛めば噛むほど溢れてくる甘み。何なのだこれは、私が今まで食べた林檎は腐ってでもいたのか?一口食べるたびに身震いするほどの快感が全身を駆け巡る。噛むたびに溢れる果汁はとにかく甘い!思わずほっぺたが落ちそうになる。

 口に運ぶ手が止まらない、あっという間に一つを平らげてしまう。思わずもう一つ食べようと手が伸びてしまうが、ふと視線に気づいた。

 

『...なんだ』

 

『いえいえ、気に入って貰ったみたいで。もしよかったら、一緒に食べませんか?』

 

『...好きにしろ』

 

 林檎につられたとか、断じてそういうわけではない、決して。

 彼はどこか嬉しそうに私の隣に座って話し始める。気に食わないが、私は果実に齧り付く。

 

『森にいる動物たちが美味しい果実が実っている場所を教えてくれるんです。

 

モグモグモグモグ...(林檎を食べるのに夢中)』

 

『え、もしかして聞いてない?』

 

 何か言ってるような気もするが、今は林檎を齧るのに夢中になってしまう。

 そういえば、と青年の方に視線を向ける。名前をまだ聞いていなかった。あちらは知っていて、こちらが知らないのは不公平だろう。

 

『...汝、名はなんという?』

 

『名前、なまえ...そういえば決めてなかったな。ううん、いつもは誰かが名付けてくれるからなぁ、そうだな....。

 

 僕の名は———メラニオス。うん、メラニオスだ』

 

 

 

 

 その日から、彼が何か持ってくるたびに、共に食事をするようになった。始めは彼の話をただ聞いていることが多かったが、次第に私からも話題を振ることが増えていった。所詮たわいのない会話だ。だが、それが心地よい。

 

「どうしてこの国に来た?」

 

「ん?...さあ、なんでだろう」

 

「おい、考えなしにも程があるだろう。汝はもう少しこう、頭を働かせた方が...」

 

「あははっ、そうだね。

 この国に来たのは偶々なんだ。一晩もすれば去る予定だった。ここは居心地も悪いしね」

 

「ならば、なぜ?」

 

「最初に言っただろう? 噂に聞いた君を一目見たかった」

 

 彼はグイッと体をこちらに近づける。

 ち、近い!

 思わず顔を背ける。しかし、彼はクスリと笑って言葉を続ける。

 

「そして想像以上だった。君は強く美しくそして可憐だ。うん、君という女性に会えただけでこの国に来た甲斐はあった」

 

「〜〜〜〜!!」

 

 鼓動が痛みを感じる程早まる。なんなのだろうこの痛みは。今までだってこんなこと、こんな想いを抱くことなかったのに。

 

「おや?顔が林檎のように赤い、熱でもあるのk、———ひでぶっ!?」

 

「っ...ふんっ」

 

 それはそれは見事な肘打ちだった。

 

 つまらないことで騒いだり、軽口を叩きあったり。...まぁ、さっきのように少々勢いづいてしまうこともあったが。イタズラ遊びのような児戯、でも私にとっては、怒りながらも嬉しく、嫌がりながらも楽しいひとときだった。

 

 思えば、あの船に乗るまで私は、誰かと親しく会話を交わした記憶があまりない。まして、男に挑まれ競争し勝利する。———そんな日々の繰り返しに、誰かと触れ合う機会など皆無だった。

 だからこそ、なのだろうか。彼と出会ってからというもの、...自分以外の誰かと会話することがこんなにも心地良いということが、新鮮な驚きだった。

 メラニオスのほうでも、...一度、遠目に見ただけではあるが商人や群がる女性に対しては完璧に気取っていたが、私にだけは子供のような茶目っ気と明るさをさらけ出してくれている。勝手な自惚れかもしれないが、それが私には他の人とは違う、上手く言い表せないが...きっとそれは——に似た感情を持ってくれている所作のようにも思えて。

 

「ん? どうしたのそんなに見てきて」

 

「べ、別に。相も変わらず間抜け面だと感心してただけだ」

 

「え゛...弱ったなぁ、作り替えるべきか?

 

 ...嬉しかった。

 

 

 

 

 

『どうして? 他人から向けられる好意ほど

 

 ———気持ちいいモノなんて...ないのに❤︎』

 

 

 

 

 

 

 私は知らなかった。

 それを知らなかった。

 

大丈夫...大丈夫だから。大丈夫何度だってやってきたことなんだから....失敗なんてしない。こんなの、僕にだって...!

 

 彼と、メラニオスと出会うまでは。

 彼は私を一人の人間として見てくれた。野蛮な男どもの欲望を孕んだ目とは違い、父親からの醜い侮蔑の目とは違い、柔和な優しい目で私を見てくれる。

 

どうして...どうして僕は、助けることが出来ない...!

 

 私が病に浮かされた時、彼は何度も私の名を呼び、手を握っていてくれた。必死に、自分のことではないのに必死に.

 

 初めてだった。誰かに手を握られるのは。

 知らなかった、手を握られるのが心地よいことに。

 

 優しい彼にいつしか惹かれていった。

 似たような男と友人になったこともある。その男は英雄と呼ぶに相応しい男だったが、メラニオスは違う。決して英雄ではない、それでも強い者だ。

 

 私は彼の手を強く握った。

 

...ほら、口を開けて。 そう、この林檎を食べればきっと良くなるから

 

 ...だから、私に挑んで欲しくない。

 アタランテはメラニオスが自分に勝負を挑もうとしてることを、培ってきた経験から察していた。

——————殺したくない。

 その優しさは他の誰かに向けられるべきものだ。決して私ではない。願わくばその優しさに見合う生き方をして欲しい。私を忘れて、どうか幸せに。

 

 ...それでも彼は、

 

「勝つよ。僕は絶対に、君に勝つ」

 

 悲しい笑みを浮かべ、そう言った。

 

 

 

 その日のことは、記憶に焼きついている。

 

「はあぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

「っ....」

 

 メラニオスはアタランテにかけられた呪いを解くために女神アフロディーテの元に向かった。女神に呪いを解くように訴えたが、それと引き換えにある条件を指定された。

 それはアタランテを負かすこと。彼女を汚すこと。

 彼には黄金の林檎が渡された。数は4個。一つは彼女の呪いを解呪するために。残りの三つは、競争の際に彼女の注意を引くために。

 

 女神は笑う。

 怪物がアタランテに——をしているのを知っているから。それを利用しようと画策したのだ。

 

 走り続ける今も、メラニオスの懐には黄金に輝く林檎がある。一つ投げれば目が泳ぐ。二つ投げれば足は止まる。三つ投げれば貴方は虜に。それが林檎の魅了の力。だが、彼は林檎を投げることができなかった。

 

『———隠し事や、卑怯な手を使う者は、あまり好かん。...汝は違うだろう?』

 

 こんな勝負、挑むつもりなどなかった。

 本当に救いたいのであれば、無理矢理攫ってしまえばよかった。翼を生やして、大空へ羽ばたきどこか遠い地へ——————

 

 それはしなかったのは、何故?

 

「はぁっ...はぁ...はっ...」

 

 何はともあれ彼は必死に、がむしゃらに走り抜けた。誰一人、たどり着くことなかったゴールに、彼はたどり着いてしまった。無様なものだったかもしれない。それでもいいとメラニオスは思う。勝たなければならない、それは勿論そう。でも、どんなに無様でも、彼女と並び走れたことが何よりも喜ばしいことなのだから。

 

 

 

 私は彼に駆け寄る。

 

「無茶をする」

 

「絶対に勝つ、と言ったろう?」

 

「そうだな...お前の勝ちだメラニオス」

 

 彼は私に勝利した。手を差し伸べる。

 言わなければならない。今まで言葉にできなかったけれど、今ここで言うのがふさわしい、そうに違いない。

 彼が手を握り、立ち上がる。彼に向かいあい、私は口にする。

 

「メラニオス、私は汝を——————え?」

 

 その言葉は続かなかった。

 

「あ——————」

 

 彼の体が揺れ、こちらに倒れ込んでくる。

 その背中には、一本の矢が突き刺さっていた。

 

「「「うおおおおおおおおおおおおおお!!」」」

 

 沸き立つ観衆。周りを囲んでいた男衆が一斉に叫び出す。それに呼応してか次々と矢の雨が二人に降り注ぐ。

 メラニオスはアタランテを引き寄せ、庇うように抱きしめる。痛みに苦しみ悶えながらも、彼女を守るために

 

 それでもなお、矢の雨は降りそそぐ。

 

 

 

「お、おい。いいのか?アタランテごと撃っちまっても?」

 

「ああ?知らねえよそんなの。あの怪物を退治すれば、この国の王にしてやるって”アフロディーテ”様から直々の神託だぞ。へっ、それによぉ———王になれば、あの程度の女、いくらでも抱き放題だぜ?」

 

「そ、それもそうだな。競争に勝つより、こっちのほうがいいってもんだもんな!!」

 

「おい!早く矢を持ってこい!!あいつを殺し続けろ!!」

 

 男たちは矢を放ち続ける。誰もかれもが、チャンスを狙い続ける。あの怪物を退治すれば王になれるのだ。

 

 

 

 アタランテは自分をかばい続けるメラニオスを前に何もできない。何が起きているのか、理解するにはそう時間はかからなかった。数百もの矢を受け、いまだ自分をかばい続ける彼のことを引き剥がそうとするのに必死だった。”もういい、私を置いて逃げてくれ”と、胸の中で訴え続ける。

 

「———大丈夫。君を自由にして見せるから」

 

「メラ、ニオス?」

 

 そこからの出来事はあまり覚えていない。

 

 瞬間、血の海が広がった。彼は姿を———に変え、その翼を振い、向かい来る矢を———

 それは、古より伝わる———であり、私はただ———だけだった。男衆は、恐れ慄き逃げ出す者もいたが彼はそれを———。

 

「はっ?!なn———ぎゅぎゅぎゅううううう」

「おいおいおい聞いてないぞ!あ”あ”あ”あ”あ”あ”」

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいいいいいい」

「神様、神さ...おっごお」

「殺せ!殺せ!早く!」「殺せったってどうすりゃあいいんだよ!」

 

 

 血に塗れた大地からはあらゆる武具が生み出され次々に———した。彼の身体から無数の触手が伸び———、叫び声と泣き声が響き渡っている。私は何もすることができずただ、目の前の惨状を———。

 

 

 いつの間にか日は暮れていた。空には月が浮かび、星が瞬いている。

 私は憔悴しきっていたんだと思う。黙って彼の腕の中で揺られるだけだった。その腕は言い表せないほど——な物であり、それは彼が人間ではないことを示していた。

 彼は、何も喋らず身体を引きずり続けていた。その身体は血に塗れており、それが彼のモノなのか返り血なのかはもう判断できない。

 

「...すまない、ゴホッ...ここで降ろす」

 

 彼は、私を優しく地に降ろした。

 それと同時に、身体を人の姿に変化させていく。...どちらが、本当の姿なのだろうか。

 

「残念、だ。君の記憶の中では、人の姿で在りたかった」

 

 彼は酷く暗い声色で言った。

 だが、私にとってどの姿の彼も、彼であることには変わりないと信じていた。恐ろしい怪物であっても、あの日あの時、私に向けてくれた青年の笑みを思い出すことができる。

 だから「大丈夫だ」と彼を安心させるように声を掛けた。

 彼は、驚いたように表情を変えたが、すぐに微笑み、

 

「君は優しいね」

 

 と、子供の頭を撫でるように私の頭に手をおいた。

 そして、そのまま

 

「これで、君は自由だ。どこへだって走り出せる」

 

 と、地平線の方へ目を向けながら言った。

 

「...自由?」

 

 聞き返した。「そうだ」と彼は答える。誰も彼も、父ですらも、もう縛ることはできない。

 

「そして、君が西へ行くなら、僕は東へ。北へ行くなら南へ。...ここに留まるというなら、まぁそれも君の自由だろう。どちらにせよ、ここでお別れだ」

 

「い、一緒に来ては...共に居てくれないのか?」

 

 震える声で聞き返す。「何故?」という返事が返ってくる。

 嫌だ、と心の底から声が聞こえた。もう二度と、一人になりたくないのだ。

 彼の目を真っ直ぐ見て、疑問に答えるように言葉にする。

 

「私は、汝を——————愛している、から」

 

 月が私たちを照らしている。

 私はようやく、言葉にすることができた。今まで、胸に抱いていた想いを伝えることができた...

 

 が、

 

「——————嘘だよ、それは」

 

 聞いたこともないような無機質な返事が聞こえる。

 

「え...?」

 

 相も変わらず、彼は笑みを浮かべていた。

 貼り付けたような...まるで、人の振りをしているような異質さを纏って。



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