魔法少女の居る世界で美少女にTS転生したけど、美少女要素がまるで活かせてない件 (魔法少女(フル武装))
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(美少女)腕試す

 さて、クイズだ。

 今ここに、身長190弱体重65+25の騎士と、岩の様にと言うか岩そのものな大男が睨み合っている。

 これから一体何が起きるか、1、2、3はい時間切れ。

 

 答えは戦いだ。

 

 周りを見れば人っ子1人も居ない河川敷が広がっている。いっそ青春の1ページとでもしてしまえるならどれ程平和か。

 

『破壊、破壊、破壊、破壊……』

 

 だが()()()()()()()()()越しに目の前の奴を見ればそんな夢想は切り捨てざるを得ない。蒸気を噴き出しながら今に全てを壊す為走り出しそうな奴の姿はさながら暴走蒸気機関車だ。事故は起きるモノ? いや起こすモノってね。

 

「……お〜怖い怖い。ご近所さんも怖がるからその辺にしたらどうだい?」

『破壊、破壊、破壊!』

 

 壊れたラジカセと会話した事はないけど、多分今みたいな感覚なんだろうと思う。暖簾に腕押し、取りつく島なし、話し合いの余地もなし。

 

「話せば分かる? 大体は問答無用なのよね、悲しいなあ」

 

 破壊破壊とそんなに破壊が好きなら仕方ない。俺は腰の無骨極まる鈍色のブロードソードを引き抜き、鋼の籠手で軽く刃を引く。舞い散る火花を呼び水に、魔法を行使する準備だ。

 

「『グレンバーン』火を纏え」

 

 赤い魔法陣を空に浮かべ、剣で中心をひと突きすれば、刃が熱したかの様に赤く染まる。エンチャント・ファイアと言う奴だ。特別な1発より、重ねて強くなる強化魔法や付与魔法にはロマンがあると俺は思っている。

 

「『ブロウフロウ』風を纏え」

 

 赤熱した風を帯びた剣の完成だ。風は空気を逃さず渦を巻き、その内側には超高温の空間が誕生する。熱され過ぎた空気はほんのちょっとのアクションで軽く発火する。例えば剣を振れば──

 

「喰らえ炎撃!」

 

 炎の刃が岩男の方へ殺到する。無論岩であるらして、生物(ナマ)モノなんかよりは火の通りが悪い。飛ぶ炎撃も打ち払われるのが関の山だ。だがこれは時間稼ぎ。炎を激らせ、吹き抜ける風を待つまでの。

 

「──良いのが来た!」

 

 複合属性、火やら風やらの基本属性を混ぜこぜすればそれは成る。河川敷を真っ直ぐ吹き抜ける追い風は、俺にとって吉兆だ。炎撃を繰り返し高まった周囲の熱と、今来た風、これらをより強い触媒として、複合属性を纏わせる。

 

「『ザンダライガ』雷を纏え」

 

 火はプラズマであり、風はやがて嵐を呼ぶ。二つが合わされば、天災さながらの雷となる。ここで大事なのは、認識である。胡乱でも理屈の伴う認識があれば、魔法は成る。実際にはもっと厳密にした方が強力な筈だが。

 

 岩に電気、と聞くと納得いかないかもしれないが、俺がやりたいのはそんな相手の弱点を探る様な真似じゃない。圧倒的な力で相手が悟る前に潰す、それこそが理想だ。

 

 俺は今、鋼の鎧を全身に纏っている。今この剣に満ちた雷を媒介に、全身に雷を渦を巻く様に流せば──電・磁・力でお馴染み、コイルの理論のお出ましだ。

 

 電気で磁力を作り、それによって鋼の甲冑を超加速させる。

 

「行くぞ──『ブロウフープ』風よ輪となれ」

 

 風は尚もコントロール下にある。風を集めて俺と相手を直線上に閉じ込めるトンネル兼バレルを作り、超高電圧で電気を送るレールとする。

 

 青白い雷光が、剣先から迸り宙を駆ける。さながら隼が如く。

 

 身体の加速、鎧の加速、剣の加速、重ねた力で乾坤一擲の一撃を放つ。その名も──

 

「──紫電ッ! 一閃!」

 

 強い相手は圧倒的な力でねじ伏せる。面倒な奴も、硬い奴も、搦手を使う奴も。そう、今ここにある、()()()()()()()()の様に。

 

 1番厚みが薄そうな腰の辺りを狙ったが、予想よりも簡単に切れてしまった。威力が過剰過ぎたか。いや、そんな事はない。いつかはこの過剰威力も役に立つ筈。

 

 ……ああ、後ここまで聞いたなら察しは付くだろうが、俺は魔法使いである。ただ、他の魔法使いもとい()()()()とは違い、俺はほぼマニュアルで魔法を行使している。()()()()()()からな。

 

「……後始末は他の人に任せるか」

 

 その場を離れ、人気のない通りに来て俺は変身を解除する。甲冑が消え、一瞬だけ紫陽花色の髪を靡かせる全裸のレディの姿が露わになり、次に光が瞬くと、俺はいつも通りの()()1()()()の女児に戻っていた。

 

 足元の水溜まりを見れば、ため息が出る。

 

 目はパッチリ、目の下には子供らしからぬ色気の泣き黒子、整った鼻や顔のラインは将来美人間違い無しと町内会で持て囃された程だ。

 

 だが、折角の美少女フェイスに魔法まで使えるのに、行き着いた先が強制フルプレートの魔法()()とは誰が想像出来るだろうか。

 

 巷の魔法少女達の間で俺は魔法騎士と呼ばれている。ただこの名が非常に厄介なモノで──

 

「──騎士さ〜ん! どこですか〜?」

 

 厄介なファンが着いてくる訳だ。ヅカの男役はこんな気分なのだろうかと、若干現実逃避したくなったが、意を決して通りを出る。

 

「騎士さん……じゃないですね。貴女はこんな所で何を?」

「私、散歩、してる」

 

 普段の俺は、かなり喋りに()があるある。と言うのも、こうして美少女フェイスに生まれてきた俺自身が男言葉で話す事に抵抗があり、しかし女言葉を使う事にも抵抗感を覚えた結果、言葉を選びながら話す辿々しい言葉使いとなってしまったのだ。直したいがすっかり癖になってしまった。子供の頃についた癖は直しにくいと言うのに。

 

「危ないですよ。貴女みたいな可愛い女の子がこんな場所を歩いていたら。悪い人に襲われちゃいます」

 

 さて、目の前に居る女の子を観察してみる。至って普通のポニーテールの茶髪少女だ。制服はこの辺りの中学校のモノ、俺を追って来た以上、九割がたは魔法少女なのだろうが。

 

「あなただって、可愛い、よ?」

 

 一応、一般人の体で此方も答える。実際に彼女は可愛らしい。嘘もおべっかもありはしない。首をこてんと傾げながら見上げれば、僅かに頬を緩ませた少女の姿。眼福だ。

 

「わ、私なんか可愛げが無いってよく言われるし、男の子っぽいって言われたりするし」

 

 たったひと言でこの慌てよう。何だろうか、魔法少女には我が強い人が多いが、彼女は例外らしい。謙虚さの塊か? 

 

「それは、見る目、ない」

「そう、かな?」

「そーそー」

「適当言ってない?!」

 

 いやいやお嬢さん、可愛らしいと思うよ俺は。それに良い相手も居るんじゃないの。ほら、学生カバンの中で呼んでる人が居る。と、俺はカバンに指を指す。

 

「ん、スマホ鳴ってる」

「あっ、ありがと!」

 

 そうして画面を見た彼女の顔は、気合いを入れた女の顔。臨戦体制と言う感じで、んっんっと声を高くした彼女が電話に出るのを見やる俺。

 

 ──邪魔しちゃ悪いね。さっさと帰って、親父が俺の為に撮り溜めた教育番組でも見とくか。たまごボーロを野菜ジュースのツマミにして、晩酌と洒落込もうじゃないの。

 

 俺は少女の意識が少しだけ離れた隙をつき、真っ直ぐ家へと帰って行った。でも、あの子には悪い事したかな。と、少しだけ思わなくもない。

 

 

 


 

 

 

「まだ『銀騎士』の正体は掴めないの?」

『マァ、ソウダナ』

「日本人みたいな誤魔化し方して、キミも随分染まって来たんじゃないの?」

『ウルサイゾ』

 

 途方もない砂漠のど真ん中。数多の砂色に1つの白。

 

 白磁のテーブルに椅子1つその身1つ。真っ白な少女は、テーブルにしなだれて薬指に嵌められた真っ黒な指輪と会話している。

 

「第一、190近くの女の子なんて目立って仕方ないと思うんだけど」

『アレハ、()()()ダ」

「分かってるけど、そうなったら190以下の女の子、以外の情報が無くなるんだよ? そんなの当てはまる人の方が多いに決まってるじゃん!」

 

 純粋無垢、と言った様子の少女はため息をつく。指先を空に泳がせて、その赤色の目はまるで恋焦がれている様に潤っていた。

 

『モシクハ、()()()ナノカモナ』

「そうだったら、見つからない理由もわかるけど。誰であったとしても……私はただお礼が言いたいんだよ」

『ナラ、クビニプラカードデモカケタラドウダ?』

「貴方にお礼が言いたいです、って? 馬鹿よそれ!」

『ナラオマエハ()()イカダ』

「キミ、毒舌過ぎない?」

『オマエノガウツッタ』

 

 少女は急いでいた。今、この世界は危機に瀕している。口では礼を言うと言っても、その内心には誰か共に戦う仲間を求めている。

 

 青く輝く星、地球。この星には別次元の侵略者達の魔の手が迫っていた。だがその競争率の高さ故、侵略者同士が睨み合い、手を出せない状態が保たれていた。

 

 しかし、ある時その均衡は崩れた。人、獣に至るまで魔力を宿した者がほぼ全てを占める灰魔界、魔法の力量を絶対の階級と定める軍事国家が支配する皇魔界が手を組み、地球への侵攻を開始した。

 

 二者の目論みによれば、それは瞬く間に終わる筈だった。事実、その強大な力を持った二つの次元の力があれば、地球がある次元へ入った時点で勝負はついただろう。

 

「グラウンド・ゼロ。あの日から私達魔法少女の戦いは始まった」

 

 あの日とは、二つの次元から地球へ繋がる大規模なテレポーターが破壊された日の事である。

 2つの世界を1つの世界に繋げる橋頭堡とも呼べるそれを破壊し、その侵攻を頓挫させたのがかの『銀騎士』であった。これにより二者は、電撃戦の望みを絶たれ、中長期的な持久戦へ舵を切らざるを得なかった。

 

 そしてその後に誕生した存在こそ、今地球を守る魔法少女達だった。グラウンド・ゼロと呼ばれるその日から、次元の均衡を守る守護者と、地球が二者に総取りされる事を恐れた侵略者が地球に手を貸し、その結果誕生した存在である。

 

『アノ『ギンキシ』ハ、トックニタタカッテイタガナ』

「それが不思議なんだよねえ」

 

 少女の指先で語るこの指輪もまた、侵略者達が寄越した遣いの1人だ。

 

「派閥争いの延長線で誕生した魔法少女。そうじゃなく、他者からの手助けなく最初から魔法に選ばれていた生粋の魔法少女。彼女は、この戦いを終わらせるキッカケになるのかもしれない」

 

 そう言い終えると、彼女は目を閉じる。砂色の世界が解けていく。

 

『ジカンダナ』

 

 指輪は言った、夢から醒める時間だと。

 

 只人にとっては24時間の世界。彼女だけは、26時間の世界で生きている。人より2時間長く生きる彼女の名は『勿忘(わすれな)(はく)』。

 

 彼女もまた、銀騎士の影を追う者であった。

 

 

 


 

 

 

「くちゅん!」

「どうした紫苑(しおん)。風邪か?」

「誰か、自分のこと、ウワサ、してる」

「そんな古典的なネタを今時ぃ?」

「父さんの、小説も、古典的、でしょ」

「ぐふっ!」

 

 その影が、こんな存在であるとも知らずに。



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(美少女)イケメンを拉致る

 あれは、俺が幼稚園児のゆり組から卒園したての小学生だった頃。求婚して来た男がいた。

 

 高身長で金髪碧眼、おまけに白い軍服を来た一刀一銃の軍人だった。胸には勲章みたいなのがぱっと見10以上はついていた気がする。

 

「その力、ただ敵として摘み取るには惜しい」

「……大層にご高説か? 見下してくれるなよ」

 

 あの時の俺は力を手に入れたばかりでそれを教導してくれる奴も居なかったから、しんどい戦いになった。アイツら詠唱とか無しでバンバン魔法使ってくるし、魔法の効果を弱化させる銀の鎧が無かったら速攻で死んでたか魔法少女らしく薄い本コースだったかもしんない。

 

 地球と他の次元を繋ぐゲートとか言うヤバい代物を破壊した時は、地球(こっち)に居た敵がゲート接続直後に大部分が補給に戻った所を強襲しただけだし、真っ当に強い奴とやり合うのはこれが初めてだった。

 

 ああ、もう一本の剣を使うのもあれが初めてだったな。

 

 ともかく、奴は俺が初めて会った強敵、みたいな存在だった。

 

 幼稚園児から小学生になるまでに戦う事都度3回。完敗、負け寄りの引き分け、最後が辛勝。俺が紫電一閃を開発してやっと奴に勝つ事が出来た。

 

 その時の言葉を、今でも覚えている。つい数ヶ月前の事だが。

 

『このローゼングラム・アッシュバルツ、私の名において貴公と尋常なる決闘を申し込む』

『……ああ、この一敗一分一勝、こんな結果じゃお互いに納得しないだろうしな。受けて立ってやる』

『いや、待て。私が挑戦者側なのだぞ? 其方が断り、仲間と共に戦う事も出来る。決闘の対価も聞いていない。そんな不平等は許されない。どうか聞いてくれ、名もなき女騎士よ』

 

 奴は、折れた軍刀一本とバレルが破損した長銃一丁を捨てなかながら俺に話しかけて来た。心なしか、そのゾッとする程美しいラピスラズリの様な瞳を揺らし、その耳を紅くしていた様に思う。今でもどうなっていたかは覚えていない。

 

『次相(まみ)える時、私が貴公に勝てば、貴公を、いや、君を私の妻とする』

『……は?』

『貴公が勝てば、私の身柄も、私が知りうる情報も好きにして良い。大人しく拘束される事も構わない』

 

 奴は言い切った。小学生になりたての少女をつかまえて妻にすると。正直言って3回も戦ってくると相手の気性も分かってくる。奴は嘘をつかない男だと言うのも。

 だからこそ、俺が負けて本当の姿を晒したらどんな面白い顔で慌てふためくのかと思いもしたが、まだ後進の魔法少女が育ってない以上ここは勝つ以外に無かった。コイツだって野放しにしとくと野良の魔法少女十人くらい束でねじ伏せそうだったしな。

 

『決闘場所の指定は其方に任せよう』

『……なら、廃棄地区。ああ、お前には分からないか? あのゲートをぶっ壊した所で再戦だ』

『決闘は受諾されたものと認識して良いのか?』

『それ以外にあるか?』

 

 そう言うと、奴は露骨に安堵した様子だった。よくその裏表の無さで軍人っぽい事やってんな。そんな事を内心で感じながら、来る日に向けて用意して来た。

 

 奴に一度打ち勝った紫電一閃は不完全だった。奴の魔法は言ってしまえば加速魔法である。その魔法を捉える為に土壇場で編み出したのが紫電一閃だったが、あの時は廃線のレールを使わなければ加速出来なかった。

 

 今回は違う。あの河原での決闘で手答えは得た。風で相手を止め、雷撃はあの()()()()で生み出す。それを加速魔法が本調子になる前に撃ち込めば勝ち目は無くはない。何をするよりも早く、だ。

 

 その結果俺は──

 

 

 

 ──✳︎──

 

 

 

『紫電ッ、一閃!』

 

 ──勝った。今地面には奴が膝を突き、俺の剣を首筋に添えられている。

 

 運にも恵まれただろう。ビル風を当てにして廃棄地区を選んだのはあったが、火花を用意するよりも先に凄まじい強風が吹き込んだ事で、俺は先んじて奴を拘束する事が出来た。後は流れで強く当たるだけ。防御に特化していない奴にとって、真っ向からの打ち合いは分が悪かった。

 

 尋常な決闘とは言っていたが、あっさりとした結末だった。お互いに速さを求めた戦い故に、こうなるとは感じていたが。悪くは思わない、格ゲーの十割コンボの初手を決めた様なものである。やられた方が悪い。ましてや世界の危機だ、使わない手はないだろう。

 

 そう言う訳で、さてどうしようか。

 

「はぁ……っ、私の負けだ。好きに、すると良い」

 

 ──まず思った事は、こいつ顔が良い。目鼻立ちは言わずもがな、金髪碧眼、性格も真面目だ。ホストやらせたらNo.3くらいまでなら行けるだろう。それ以上は本音と建前の使い分けが出来ずに頭打ちになるだろうが。

 

「……そうだな」

 

 これは世紀の大発見かもしれないが、ここまで顔が良いと『好きにしろ』と言われた時に相手が男女関係なく如何わしい事を想像してしまうと言う事に気付いた。俺が女の子になった影響でもあるのだろうか。

 

 だがコレは不味い。不味いぞ。

 

 もし野に返して他の魔法少女がコイツと戦って勝ってしまった時、年頃の少女達は正気で居られるだろうか。いや無い。年頃の少年少女など、常に脳内でイチャコラするピンク脳である。大人であった俺だから耐えられたものの、妙に着崩れた軍服から覗く肌なんて歩く猥褻物だ。18禁コーナーの暖簾の奥に収容されてもおかしくはない。

 

 それに加えて、多分コイツは何をされても抵抗しないだろう。字面に起こすのも憚られる様な陵辱の憂き目にあったとしても、唇を噛んで必死に涙を堪えて……いや、俺まで染まるんじゃない。

 

「……クッソ、仕方ねえなあ」

 

 コイツの持ち物には何があるだろうか。

 

 ──通信魔法の類は? 使えない? 発信機とか埋め込まれたりは? え? そもそも発信機を知らない? 魔力の隠蔽とか認識阻害は? なるほど出来ると。

 

 じゃあもう、こうするか。

 

「えー、ローゼン、グラン・アッシュ……バルク」

「すまないが、訂正させてくれ。ローゼングラム・アッシュバルツだ」

「あ〜そうそう。アッシュ君、いやアッ君で良いだろもう」

「アッ君?!」

 

 イケメンは驚いても美形なんだな。羨ましいぜ。

 

「何だ、何も知らないのか? 地球では勝負事に負けた相手にはペットみたいに勝者から名前が与えられるんだぞ」

「……そうだったのか。すまない、私はこの世界の常識には疎く、無知を晒したな。私、いやアッ君はこれから未来永劫アッ君として生きよう」

 

 ──やっぱコイツ野に放ったらダメだわ。何考えてこんなの送り込んで来たんだよ()()()()

 

 めっちゃ悲痛な顔してんだけど。俺、◯と◯尋の◯隠しの婆さんみたいになってんじゃん。いやこれ……面白いけどちょっとやり過ぎたな。貴族の名を奪うのは死よりも重いとか言うしな。

 

「悪かった悪かった。冗談だよ、そんな文化精々百年前くらいまでしか無かったしな」

「あったのか百年前には!?」

「まあ安心しな、お前は変わらずローゼングラム・アッシュバルツだ」

「……いや、俺は決闘に負け、家名に疵を付けた。今の私、いや、()はただのアッシュバルツだ」

 

 生きて来て貴族なんて歴史の教科書かサブカルくらいでしか見た事無かったが、こうして見ると難儀な生き物だな。名前すら自由に出来ないとか。そうじゃないと人の上には立てないのか。

 

「ただ、地球にはこんな文化がある。戦った相手も1度目は敵、2度目はライバル、3度目以降は友達ってな」

「……友達? 俺が、か」

「ま、話の通じる相手に限るがな」

 

 俺は、膝を突くアッシュバルツの手を引き、無理矢理に立たせる。背は俺より少し低い、と言っても185は超えているし、鎧の分俺が嵩増しされているだけで、実際にはそんなに差は無いだろう。

 

「……だから、あだ名としてアッ君って呼ばせてもらう。良いだろ良いよな拒否は受け付けるぞ」

「あ、ああ、構わない」

「じゃあ──」

 

 俺はアッ君を思い切り抱きしめた。俺にとってこの世界でも数少ない男友達だ。嬉しいに決まってる。どんな馬鹿をコイツと一緒にやれるか、ワクワクしてくるぞ。

 

「っな──君の様な婦女子がこんな破廉恥な事を!」

「鎧だし良いだろ別に? 肌も触れねえし」

「いや、抱きしめたと言う事実がだな──」

 

 まあ、聞き流そう。お堅い貴族様もいつかはこの喜びも分かち合えるさ。さて、そろそろ俺も帰るとしよう、基本的に緊急時以外は晩御飯までに家に帰るのがルールだ。

 

 変身解除、と。

 

「き、消えた?」

「? いや、ここ、なんだけど」

「すまないが、君は?」

 

「さっきの、騎士、ですが」

 

「今、何と?」

「耳、悪いのか、てめえ」

「……まさか本当に君なのか?」

 

 いやコイツ大概失礼な奴だな。そうだよ、こんな女子児童がさっきまで決闘してた奴なんだよ。

 

「まさかこの地球と言う星は、年若い少女であればある程強い戦士となるのか……?」

 

 困惑するアッ君をよそに、俺は歩いて帰る。認識阻害魔法、複雑過ぎて使えなかったからこれで大分生活が楽になる。俺はホクホク顔だったが、次の瞬間、顔から血の気が引いていた。

 

 家に帰った瞬間、温和な親父が眼鏡を光らせ待っているビジョンが見えた。普段怒らない人を怒らせたら不味いんだってばばばばっ!

 

「おおお、親父になんて説明すれば」

 

 ノリと勢いで生きているのが女であり、その場凌ぎと空元気で生きるのが男である。その二つが合わさった俺は今、行き当たりばったりの最悪を見せつけられた気がした。

 

 

 

 ──✳︎──

 

 

 

「紫苑、この方は──」

「彼女に全てを捧げ、今は彼女の()()()であるアッシュバルツと──」

「それダメぇぇぇェェェェッ!」

 

 その日の夜、少女の悲鳴がこだましたとか。



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(美少女)戦いに赴く

3話目にして日常回


 俺達は今、食卓で2on1の真っ最中であった。白い軍服を解除し、カッターシャツとズボンだけになったアッ君と、パジャマ姿の俺が並んで親父と三者面談をしている。

 

 男を連れ込んだ娘に対し、親父の眼鏡はピカピカ輝いてた。ビームでも出るんじゃないかって位輝いてた。怖すぎなんよ。

 

「……紫苑(しおん)。正直に話しなさい」

「お父さん、それは、ちょっと」

「──君の父上は魔法の事を知らないのではないか」

 

 耳元で囁くなイケメン、こそばゆいぞ。そして返答はNOだ。首を横に振れば、アッ君は驚いていた。俺も最初は驚いたぞ。親父は結構天然だが、やたら聡い所がある。そうじゃなきゃ自分で言うのもアレだが、多感な一人娘を一人で育てていけないだろうからな。

 

「……父さんは世界の危機なんて本の中でしか知らない。紫苑に比べれば現実を知らないんだろう。でもこんな、こんな明らかにイイ男を連れ込むなんて早過ぎるんじゃないのか?!」

「ち、ちがう、そう言う関係じゃ、ない! 痛みを、分け合った、仲!」

「それは何か意味合いが違うのでは!?」

 

 いや、俺達の関係を示すにはこれしかない。俺とアッ君は既に友人だ。友人を親父に紹介する事の何が恥か。寧ろここで赤面してしどろもどろになっていたら、この友情を裏切る事になる。

 

「分かって、くれない、なら……また、アレ、する?」

「そうか、紫苑がそこまで言うのなら仕方ない、僕も鬼になるよ」

「待って下さい、俺の為にその様な事を──」

 

 親父と俺は足並みを揃えてリビングへ向かい、ローテーブルの下からゲーム機を取り出す。虚空に手を伸ばしたアッ君は目を丸くしていたが、何を考えたのやら。流石に親と子で殴り合いに発展する訳はないだろう、ましてや父と娘で……いや、アッ君の次元(ほう)でも無いよな? な? 

 

「永コンと、バグ技で、ハメ倒す」

「お父さん、紫苑にそんな下品な言葉を教えたつもりはないんだけどね。……矯正してあげようじゃないか」

 

 俺と親父の戦いは常にルール無用のデスマッチ、唯一の禁則事項はリアルファイトだけだ。ある意味、普段の魔法少女としての戦いよりもヒリつくバトルだ。激るぜ。

 

「ど、どう言う流れなのですか、これは?」

「見てれば、分かる」

「見ても分からないから言っているのだが……」

 

 ゲームの電源を入れ、緊張感を高めるロード画面の群を抜けた先に待つのは、決戦の舞台だ。3Dの格闘ゲーム。バランスが終わり過ぎて逆にバランスが取れているとまで言われた伝説のクソ神ゲー。

 

「これは一体?」

「アッシュ君は知らないのかい? これはテレビゲームと言って、娯楽の一つさ」

「テレビ、ゲーム。まさか、その箱にこの世界を創り出す仕組みが?」

「気になる、のは、分かるけど、触らない、で」

 

 全キャラに初撃が入れば相手の体力を削り切るまで繋がる十割コンボが存在し、そのコンボの完遂難度によってキャラのランクが決まると言う異次元がまかり通る世界の中は、より一層の異次元、深淵とすら呼ばれた底無し沼。『十割正道、グリッチ外道』と言う標語はこのゲームから生まれた地獄の煮凝りだ。

 

「こ、これは一体、どう言ったゲームだ?」

「知らない、ほうが、いい」

「……なるほど、これは地球の重要機密と言う事か」

 

 ソワソワしてたアッ君が何か面倒な勘違いをしているが、今は放っておく。後でこの家のルール位は叩き込まないとな。

 

 俺はいつも通りキャラランク最高位、全攻撃に十割コンボのルートが存在するバグキャラを選び、親父は最低ランクのキャラを選ぶ。一見親父は拘り派かと思うかもしれないが、そんな事はない。俺は外道、親父も外道だ。

 

 つまり──

 

「……これは、一体?」

「一体って、これはどう見ても格闘ゲームじゃないか」

「か、格闘? 俺には、画面一杯に光線が飛んでいる様に見えるのだが」

 

 ──これは格ゲーなどではない。シューティングゲームだ。

 

 あるバグ技により、このゲームでは飛び道具がスパン無しで連射出来るのだ。誰が言ったか核ゲー、ゲームを破綻させる核の如き要素が大量にある事で逆に核抑止の如き様相を呈すのだ。

 

 ただこのバグ技には人知を逸した連打が必要で、少しでも気を抜けば終わる。

 

「っ、掠った」

「紫苑、連射が甘いね」

「連コン、頼り、め」

 

 親父は連コンを使うが、それは他の動作に影響を与える為、俺は使わない。それが差となって俺を追い詰めるが、いざ距離を詰めればそれが仇となる。

 

「──今」

「ジャストガードで強引に距離を詰めるだって!?」

「何が起きているんだ……?」

 

 連コンによる誤操作、それが俺の狙いだ。

 

 後は上手くハメ倒して──

 

 

 

 ──✳︎──

 

 

 

「負け、ました」

「僕に勝つには百年早いね」

「……まさか、彼女に勝つとは」

 

 クソッ、懐に潜り込んだ瞬間連コンの機能切りやがって……。大人気ないとかそう言うレベル超越してるぞ、俺が年相応だったらギャン泣きして家出してたわ。ハードウェアチートからの十割コンとか人格破綻者の誹りも免れないだろ……。

 

「しかし、あの攻防においての思考のやり取り、読み合い。アレは実戦に通じる物がある。もしかして、君が行っていたテレビゲームと言うのは、戦闘訓練用に開発された物なのか?」

 

 白い肌を興奮混じりに赤らめアッ君は俺に聞いて来る。側から見ればクソゲー極まってたと思うが、それでも何か興味をそそる物があったのだろう。決してクソゲーマニアへの道を歩み出したとか思いたくはない。

 

「ねえ、アッシュ君。君もこの子のこと、紫苑って呼んであげてよ」

「……良いのですか?」

「この子、しっかりしてるけどあまり友達とか作らないタイプだから。多分、魔法少女ってのをやってるからだろう? 紫苑」

 

 俺は敗者の責務としてゲーム機を片付けながら、何も言わずに頷いた。

 

「君が敵だったとして、今紫苑が友達だって言うなら構わないよ」

「父上」

「あと、僕の事は康太(こうた)って呼んでくれないかなぁ。折角娘に出来た友達だし?」

「分かりました、康太殿とお呼びします」

「まだ硬いけど、まあいっか」

 

 俺は背後で聴こえてくる二人のやり取りに笑みを溢す。なんとか乗り切った。これで明日からは認識阻害使いたい放題……。

 

「──申し訳ありません。康太殿」

「ん?」

「こうして頂ける事は、嬉しく思います。ですが俺は、友達、などと呼べる人物ではありません。俺は紫苑殿を、貴方の娘を決闘を楯に妻にしようとした人物です。紫苑殿が、斯様な少女である事にも気付かず」

 

 慌てて振り返ると、そこには親父に首を差し出す様に頭を下げるアッ君の姿があった。親父は、眼鏡の奥で何かを考える様に目を閉じていた。

 

「僕はね。小説家なんだ」

「……物書き、と言う事でしょうか」

「ああ。そうだね。ところで、物語を書くのに必要な物って何だと思う?」

 

 親父は、怒るでもなく、諭す様に頭を下げるアッ君に語る。一人娘に疾しい事をしようとした男に対する態度じゃないよアレ。……やっぱり遠い背中だな、親父って言うのは。前世も来世も。

 

「話の骨子、始まり、盛り上がり、そして終わり方、でしょうか」

「う〜ん、それもあるし、正直人それぞれなんだけど。僕はね、人物だと思ってるんだ」

「人物?」

「人や動物、物や景色。語るとも語らずとも、そこには過ぎ去った時があって経験がある。だから一通りじゃなくて、物語が生まれる。太陽と北風とかね。だから僕は人物の生き方をまず考える」

 

 親父は、頭を下げるアッ君を覗き込む様にしゃがみ、アッ君は慌てて頭を地面に擦り付けた。

 

「だから、僕は君の事をざっと考えてた。もしかしなくても君って貴族なんじゃないのかな? 何か理由に迫られて奥さんが必要だった、飛び切り()()奥さんが。だって、甲冑に身を隠した紫苑にそう言ったんでしょ?」

「……それは、御二方に聞かせる様な内容でもありません」

「まあ、想像はつくよ。無理に暴く内容じゃないから言わないけど」

「ご配慮、痛み入ります」

 

 正直、俺にはさっぱりだ。かと言って親父が言う様に無理に聞き出す内容ではないんだろう。例えば家から与えられた縁に不満があったとか。まあ、そんじょそこらの女じゃこの美少女たる俺には敵わない、程度の自負はある。面で選ぶ様な奴でもないんだろうけど。

 

「正直言うとね。僕は嬉しいんだ、将来の婿候補が来てくれて」

「ちょっと、お父さん!?」

 

 親父は早くに妻を亡くした。俺もその顔は遺影とアルバムでしか見た事がない。俺の生写しの様な人だった。

 

「僕は今でも思う。僕みたいな木端の小説家と一緒に過ごして幸せだったのか、って。笑顔が子供みたいで、ゲームが好きな、僕には勿体ない人だった」

「康太殿……」

「君は誠実そうだし、いざと言う時には守る力がある。だから紫苑を許嫁にしちゃいなよ!」

「康太殿?!」

 

 この子にして親あり。血は繋がっているが、魂すらも繋がっている気すらする。いや、本当にそうなのかも知れない。途中からマジな空気に耐えられなくてアッ君をイジる事にシフトしたよこの親父。サムズアップに満面の笑みだ。

 

「話、これ位に、しよ」

「ふふっ、そうだな、紫苑」

 

 俺はしまいかけて居たゲーム機を卓上に再び置いて居た。何故かって? 

 

「アッ君、指、疼いてる」

「あっ、こ、これは違っ」

「僕らの戦いを見てて、やりたくなったんだよね。分かるよ。僕だってゲームに興味を持ったのは、ゲーセンに居た妻を見てたからだし」

「また、惚気」

「良いじゃん減るもんじゃなし」

「娘の、メンタル、Hell(減る)

「上手いこと言うね」

 

 俺と親父は阿吽の呼吸でアッ君をゲーム機の前に拉致する。ゴツゴツとした指先を一本一本絡め取り、コントローラーにセットして、最後に座り込んだアッ君の腰に俺が座る。

 

「し、紫苑殿!?」

「これは、正式な、決闘の、スタイル」

「──決闘」

 

 アッ君の目の色が変わる。俺はニヤリと笑った、親父は背後から夜更かしし過ぎない様にと声をかけて来る。ああ良いぜ、この一戦に全てを賭けてやる。

 

 ──さあ勝負だ。




※この後、紫苑はボロ勝ちしました。


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オレとボクと俺

バーに色付いたぜ、ひゃっほい。
今回の話は視点切り替え多めです。


 オレには、幼稚園からずっと一緒だった幼馴染が居る。

 

「……おはよう、紫苑(しおん)時雨(しぐれ)

「おはよう、日向(ひゅうが)、君」

「おっはー。日向、昨日は楽しかったね」

 

 紫の髪をポニーテールにした、パーカー姿の大人しい女の子が、(たちばな)紫苑、藍色の髪を短めに揃えてる白いTシャツを着た元気そうな女の子が、空街(そらまち)時雨。お互いに正反対な感じだけど、何故か仲は悪くない。

 

「ああ、機会があれば遊ぼうな」

「日向君、は、いつも、クール」

「そう言う紫苑ちゃんは不思議ちゃんだよね」

 

 2人は女で、オレは男。そのせいで昔から揶揄われる事もあったけど、2人はずっとオレの幼馴染で居てくれた。口には出せないが、その、大切な友達だ。

 

「……今日は、昼休み、何して、遊ぶ? 人間観察?」

「紫苑ちゃん、渋すぎるよそれ」

「じゃあ、ドッジ」

「3人じゃ無理だろ」

「リアルおままごと……」

『それはやめろ(て)』

 

 そんなオレの幼馴染達は、結構、いや、かなり男子から人気がある。時雨は自覚してそうだけど、紫苑は何を考えているのか分からない。けどラブレターを受け取ったらきっちり断りに行く辺り、根は真面目なんだろう、とオレは思う。

 

「なら、別に何もしなくて良いだろ」

「……じゃあ、3人で日向ぼっこしよ! 日向、だけに」

「上手い、こと、言うね」

「それ程でも」

 

 春の日差しは嫌いじゃない。オレは2人に合わせて首を縦に振った。

 

………………

 

…………

 

……

 

 キンコンカンコン、とチャイムが鳴る。給食を食べ終えた人が急いでグラウンドへ飛び出している。先生は廊下を走らない様に言っているが、聞く耳なんてアイツらは持ってないだろう。

 

「じゃあ、ボクがオススメの日向ぼっこスポットに案内したげるよ!」

「お〜」

「……本当に大丈夫か?」

 

 そんなオレの不安をよそに、時雨はグラウンドとは真逆──屋上へ向かってオレたちを連れて行った。

 

「おい、屋上は鍵掛かってんだぞ?」

 

 確かに、屋上は日当たりが良いが、普段は鍵が掛かっていて出て行けない筈だ。鍵は職員室にあるし、どうやって。

 

「ふっふ、甘い、甘いよ日向」

「まさか、先生を、脅し、た?」

「な、何でバレたの?!」

「そう言う事かよ……」

 

 時雨の母は新聞記者だ。そのせいか、時雨は他人の秘密に鼻がきく。先公の誰かの弱みを握って、鍵を融通する様にしたんだろう。オレ、良くこんな奴と友達続けられてるな。オレだって何度か()()()時があったし。

 

「じゃあ、問題、ない、ね」

「問題しかねえだろ!」

「これで君達もボクの共犯者だね!」

「どこで覚えたんだよその手口と言葉!」

 

 けど、滅多に出来ない経験である事は確か。俺もジジィからよく経験を積めってボコボコにされるし、これも経験って奴か。

 

「お〜い、ぼーっとしてないでさ!」

「来れ、わかもの、よ」

 

 っ、アイツらいつの間に。俺も2人の後を追って屋上に出る。

 

 ──空が近い。雲が流れていくのがよく見える。

 

「久しぶり、空、見るの」

「えぇ? 毎日見てるでしょ〜」

「そう言う年頃なんだろ、チューニビョーって奴」

「断じて、違う、が?」

 

 やる事も無いから、3人で歪な三角になって空を見上げている。こんなにも無駄な時間もないだろう。……ここ最近、色々あって疲れてたんだろうな、オレ。

 

 魔法が飛び交う事も、剣が振り下される事も、血を見る事もない。静かな時間だった。

 

「──平和だな」

 

 オレがそう言った。

 

 

 

 ……そう言ったのが不味かったんだろうか。

 

 ──ガガドガンッ! 

 

 校舎が、揺れた。

 

 

 


 

 

 

「オレ、忘れ物あったんだ」

「日向!? こんな時に何言って……!」

『ヒュウガ、早く来い! 魔物が来てるぞ!』

 

 ──分かってる。けど、今は皆んなが居て無理だ! 

 

 頭の中に呼びかける声と、時雨の声が重なる。校舎に居た生徒はグラウンドへ避難しているが、まだ逃げ遅れた奴が居るかもしれない。

 

 あの時の校舎の揺れは、単なる地震とかじゃない。頭の中の声がそう教えてくれる。だから、行かないと。その為には、2人と別れないといけない。

 

「すぐ帰るから、先行ってくれ!」

「ちょっと、待っ──」

「行こう、時雨ちゃん」

「紫苑? 何で!」

 

 紫苑が叫ぶ紫苑を引き摺っていく。普段は時雨の方がしっかりしている様に見えるが、いざと言う時には紫苑の方がずっと冷静で頼もしい。時々、同い年に見えない時がある。……じゃなかった、早く教室に行かないと。

 

 ──『来たか! ヒュウガ!』

「……ああ、行くぞ」

 

 頭の中で、()()()がする。オレはランドセルを壁の棚から取り出して、布に巻かれたダガーを取り出す。鏡の様な銀の刃に、赤い宝石が刃の根本に嵌ったそれで、居合の構えを取る。

 

 まさか、教室の中でこんな事をするなんて思いもしなかった。

 

「旧き竜よ、来れ!」

 ──『あまねく命に光あれ』

 

 オレは、()()()()と共に刃を抜き放つ。飛び散った血が火となり、身を包む。熱くはない、ただ、暖かい。生まれ変わっていく様な、いつかどこかで感じた心地がした。

 

 火が視界から消え失せた時、オレの視界は少しだけ高くなっていた。初めての瞬間から覚えていた違和感は、ずっと消えない。寧ろ、消えてくれない方が良い。だって──

 

 ──『もはや慣れたものだな?』

「慣れてたまるか!」

 

 視界の端に映る程長い赤の髪。

 

 ()()の上からでも分かる、少し膨らんだ胸。

 

 甘ったるい、アニメみたいな声。

 

 オレが……オレが、こんな()()()になるなんて。

 

 

 


 

 

 

「──隊長からはここで見張れって言われたが、何でここなんだ?」

「外は魔法使いに見つかる可能性があるってよ」

 

 2人の蜥蜴人(リザードマン)が、1階の廊下を歩きながらその蛇の様な目で四方を見回していた。

 

 手には剣と盾。背丈は天井に届きそうな程はあり、身体の厚みも相応だ。到底子供が敵う筈もない。だからこそこの場所に、この人員が派遣されたのだ。将来敵となり得る存在を刈り取る為に。

 

「──なに、あれ」

「っ、静かに、して」

 

 そして、獲物は見つかった。

 

「居た」

「ああ、居たな」

 

 2人の蜥蜴人が見た先には、階段。その陰に目を見開き驚きの声を上げる子供と、その口を急ぎ塞ぐ子供の姿。彼らは目で見た訳ではない。その子供2人の体温で彼女達の姿を捉えたのである。彼らの種族的特性だ。

 

「隊長が言うには、好きにしろ、だとよ」

「はっ、狩りの時間ってか」

 

 蜥蜴人が近付いて来た事を悟った少女達は、急いで階段の裏にある非常口へ向かう。だが、彼らは嗤う。舌をチロチロと揺らして。

 

「無駄無駄、入り口には魔法使いの出入りすら封じる結界があるんだよ──」

 

 そう言って蜥蜴人は、慌てふためく少女達の姿を予想するが、予想外にも1人の少女はあっさりとドアの外へ抜け出した。彼らは直接見ていない故に、何が起きたか分からなかった。

 

「っあぁ?! どう言う事だよオイ!」

「この魔道具、不良品か?!」

 

 1人の蜥蜴人がもう1人へ睨み付けるが、彼らが身に付ける革鎧の下から取り出されたペンダントは煌々と赤く光り輝いていた。何も問題はない、と言う風に。

 

「クソ、急ぐぞ!」

「あ、ああ!」

 

 彼らは任務を果たせない事を恐れ、少女達が隠れていた階段の裏へ向かう。ものの数秒、蜥蜴人は階段裏の非常口をまず目撃するが、そこには結界が機能している証左たる赤い光の膜がドア一面に張っている事が分かる。だが『ではなぜ』と言う疑問よりも先に、蜥蜴人は階段裏に置かれた掃除用のロッカーに目を向ける。

 

 中の箒や塵取りは外にぶちまけられ、いかにも急いで中に入ったと言う様子だ。2人は先程の邪悪な笑みを浮かべた。灰色で縦長のロッカーに隠れてはいるが、その中には確かに熱を持った何かが居ると2人は気付いている。剣先がロッカーへ向けられた。

 

「どっちが開ける?」

「俺が行く」

 

 一歩、一歩と近付く。中で今、1人の少女は震えているのだろうと根拠のない予想、否、妄想を繰り広げながら。

 

 そして、ロッカーの扉に手をかけると、引き剥がす様に戸を開いた。

 

「見ぃつけた……あ?」

 

 見れば、灰色ではなく、一面の銀色。

 

 

 

「イヤーン……なんてな。女の着替えを覗くなんて、教育がなってないぞ?」

 

 その時、彼は気付くべきだったのだ。

 ドアを力強く開いても、ロッカーがビクともしなかった事に。

 ……微かに、ロッカーが膨らんでいた事に。

 

 

 

 ──ロッカーの中には、銀の騎士が居た。ギチギチに詰まっている銀騎士が。

 

 

 

 騎士が腰に付けた拳を一層強く握り込む。

 その瞬間、廊下のコンセントから照明に至るまでがスパークし、銀騎士の居るロッカーに雷光が大挙する。寄り集まった文明の光は黄色の魔法陣を作り、銀騎士の身体を通り抜けた。

 

「『サンダライガ』雷を纏え──変態野郎は、鉄拳制裁ッ! 紫電ッ、一閃!」

『銀騎士ぃぁぁぁァァァぁあァァあああっ!?』

 

 その景色が、彼らの最期だった。

 

 

 


 

 

 

 ──スラグよ。今回蛇王様から与えられた任務は、人間の子供が集まる学校を襲撃する事だ。多くの魔法使いは、あの様な場所から排出されると言う。戦闘員となるのは少女だ。出来る限り排除しろ。出来るな? 

 

「チッ、予想より訓練されてんだな、あのガキ共」

 

 1人の蜥蜴人(リザードマン)が、リノリウムの床を踏み締める。斧を2振握るその姿は、紛れもなく戦闘員だ。

 

「上もやるなら向こうの文化を理解してからやれってんだ。ガラガラの場所に殴り込むなんて馬鹿、やらずに済んだのによ。それに、明らかに人気がねえ、魔法使い共に先手を打たれたか。……撤退も視野に入れねえとな。他の連中は、最悪切り捨てだ」

 

 真っ赤で硬質の鱗に覆われた蜥蜴人スラグは、校舎の2階を探索していた。だが、休み時間の最中であった事、緊急時には2階以上からでも脱出する為の屋外滑り台が用意されていた事、校舎の構造を蜥蜴人達が把握していなかった事で、既に大多数の子供は屋外に居たのだ。目標達成は不可能だと、スラグは薄々勘付いていた。

 

 しかし、ここには1人の少女が居た。

 

「……ん?」

「そこまでだ、魔物め」

「ああ、お前が件の魔法使い、って奴か」

 

 緋色の髪を鈴の髪飾りでサイドテールにした少女。ミニスカートのドレスの様にも巫女服の様にも見える装束に、一本の紅い刀。彼女は気炎に満ちた紫紺の瞳で、敵を見据える。

 

「生意気な目だ。俺の若い頃の目にそっくりだ」

「オレは蛇の目なんかしてねえ!」

 

 鈴の音すらかき消す勢いで怒鳴り声を上げた少女は、床スレスレに踏み込み、蜥蜴人の懐から鋭い切り上げを放つ。一瞬の事だったが、蜥蜴人は一歩下がるのみでこれを回避する。

 

 タンタンタン。一撃目を外した少女は、素早く下駄を床に打ち鳴らして後方へ退く。両者は改めて睨み合った。

 

「へぇ、随分冷静じゃねえか。指示役がいるのかねえ」

 

 蜥蜴人は2振の斧を身体の外側に構えて、戦いの意思を見せる。

 

「そんなの、知るかよ!」

 

 刃を上に向けた霞の構えを赤色の少女は取る。

 

 ──ここに、もう一つの戦いの幕が上がった。




先天的TS & 後天的TS


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(美少女)TS美少女に出会う

 不意打ちからの一撃必殺。本来ならルーティンを挟まないと不可能な雷魔法も、既に雷がそこにあるのならすぐさま発動出来る。が、今の一撃でブレーカーが落ちてしまったらしい。昼間だからそれ程問題じゃないが、使い所には気をつけないとな。

 

「『フルブロウ』風よ吹け」

 

 俺は東の窓を開き風を通す。灰になった蜥蜴達の亡骸を魔法で散り散りに吹き飛ばした。痕跡を残すのは不味いしな。

 

 ひと仕事終えて、辺りを見渡し傷の類が無いかを探す。見つけたとして、その辺のプリントをばら撒いて誤魔化す位だが。こう言う時、土魔法は便利そうなんだが、どうも俺には使えないらしい。他の魔法の様に、火花や微風や水飛沫なんて小物からでも魔法は使えるのに、この広い大地相手には何も出来ないなんて、不思議なもんだ。

 

 そんな隠蔽作業の最中、2階へ続く階段から甲高い音が響いて来た。キンと耳をつん裂くのは恐らく金属と金属が激突する音だろう。

 

「……上にもかよ」

 

 さっきのは下っ端だったのだろうか。道理で反応が遅い訳だ。俺もリザードマンの相手をするのは初めてだ。そのくせサキュバスなんかとは既に戦っていたりもする。魔法の類を弱める鎧のおかげで魅了もへったくれもなかったが。

 

 急ごう、誰かが戦っているのには間違いない。俺は全身フルプレート、身バレのリスクは他の顔出し魔法少女よりは低い。だから俺は魔法少女と見たなら基本的に手を貸していく。

 

 ──だから騎士様なんて呼ばれて追っかけが出て来たりする訳だ。俺はヅカの男役じゃないロリの美少女なんだがなあ。

 

「──ぅぁぁああっ!」

 

 そうして2階に上がった瞬間。廊下の奥からめでたい色合いの何かがすっ飛んで来たのでまず受け止めた。

 ヘソだし脇出しミニスカ巫女服とか言う如何わしい衣装の少女、間違いなく魔法少女だ。

 

「っと、大丈夫? お嬢さん」

「悪い、助かった──って何だよこの体勢!」

 

 受け止めたついでにお姫様抱っこをしていたら、腕の中の少女は真っ白な肌を怒りか羞恥で赤くして今にも爆発しそうな表情をする。

 

 そして視線を前に向ければ、赤いリザードマンが口一杯に火を溜めている。こっちの方が不味いって。

 

「まずはアッチ! 『フルバーン』火よ猛れ!」

 

 そう唱えると、俺の身体から僅かに力が抜ける。次の瞬間、赤いリザードマンが口に蓄えた火はその眼前で赤い魔法陣となり、逆にリザードマンへ炎を噴射する。

 

 俺の魔法に必要なのは、魔力じゃなく体力、即ちタフネスだ。命、と言う程直接的ではないが、体力を削る事、そしてその魔法の呼び水となる物がある事で俺は魔法を使う事が出来る。

 

「っ! 銀騎士ってのは伊達じゃねえな」

 

 炎の中から現れた赤いリザードマンはほぼ無傷だった。これで倒れるなら、この子……日向(ひゅうが)君も苦労はしないか。

 

「今の、何したんだよ?」

「相手の魔法を別の魔法に置き換えた」

 

 一見面倒な条件の魔法だが、その分やれる事は多い。特に()()()()()を呼び水にして()()()()()を作り出せるのは、かなりの強みだ。

 俺の鎧に掛かっている他者からの魔法の影響を弱める能力もそうだが、俺はどうも、()()()使()()にその性質が寄っているらしい。殆どの魔法使いや魔法少女をメタった様な性能だ。

 

「……か、かっけえ」

「だろ?」

 

 俺は彼を降ろし、腰に佩いたブロードソードを抜く。

 

 彼は両手でスカートをパンパンと叩き、一緒に飛ばされていた刀を拾い上げ、素人目にもしっかりとした構えを取る。……ちょっとだけ体に引っ張られないかい君。

 

「俺が前衛! 君は隙を突いてくれ!」

「分かった!」

 

 鎧とは盾だ。それでいて盾を振り回すよりも無駄なく攻撃を捌ける。

 

 今の環境は室内でありながら雨模様。それもその筈、さっきの炎で火災報知器が鳴り出し、スプリンクラーが作動しているから。

 

 火は効かなかった、なら水責めだ。

 

「『アクアスイマ』水を纏え!」

 

 剣に水が纏わりつき蠢動する。こうして使う場合は、剣として使う事はない。

 

 俺は水を()()()()()()()、勢いよく剣を振り抜く、と同時に水を離す。加速した水が鞭の様にリザードマンへ向かう。

 

「邪魔な技を!」

「小細工は嫌いかい?」

 

 廊下と言う一本道は射程がある方がシンプルに優位に立てる。そして仲間が魔法少女であれば、奇抜なアンブッシュも思いのまま。

 

「よそ見すんなよ!」

「っ! 認識阻害?!」

 

 彼はリザードマンの背後、何も無い場所から陽炎の様に揺らぎながら滲み出た。認識阻害に無詠唱とは、羨ましい限りだ。

 

「嘗めるなよ!」

「っ!」

 

 だが、リザードマンは俺達の挟撃に対し、背後から迫る刀に尻尾を盾にした。当然突き刺さるが、刀の一撃は奴の命に届かない。そして俺に集中する事で不確かな水の鞭の動きを見切り、2振りの斧で逸らす様に往なしてみせた。

 

「蜥蜴の尻尾切り、いや、切れてないか」

「まずはお前からだ!」

 

 先にリザードマンは彼を潰しに掛かるが、彼は既に消えていた。その隙に俺は水の鞭で窓と言う窓を開く。風を取り込む為だ。

 

「邪魔だ!」

「こっちの台詞だ! 『ブロウフロウ』風を纏え!」

 

 潤沢な水と風がこれで揃う。危険な複合属性だが、有効打にはなる筈だ。その属性の名は──

 

「──『コラプハイプ』()()を纏え!」

 

 瞬間。漂う錆の匂い。錆に覆われ赤茶けたこの刃は腐敗の力を纏っている。触れる物全てを風化させ、腐食する力だ。

 

「……おい、それ何だよ」

「触るなよ、手が腐り落ちるぞ」

「何てもん出してんだ!」

 

 いつの間にか隣にいた彼に俺は注意して、剣先をリザードマンに向ける。俺はそのまま走り出した。彼もまた、時間をおいて陽炎の様に消えていく。また奇襲を仕掛けるつもりだろう。

 

 俺が振り下ろす剣に、リザードマンは咄嗟に斧をクロスさせるが、たったの一合で斧に入った傷から腐食が進み、刃の部分をボトリと床に落とす。

 

「クソッタレ! 貧乏クジだこれじゃあよ!」

 

 貧乏クジを引いたと思ってるなら大人しく諦めつけてくれれば楽だが、そんな様子はまるで無い。まあ、分かっちゃいたが、どっちかが倒れるまで、か。

 

 ……いや、もう終わりだな。

 

 今度は武器を失ったリザードマンの正面に、刀の切っ先を向けながら陽炎として滲み出た彼が突っ込んでいく。

 

「嘗めやがって!」

「コッチのセリフだ!」

 

 単純な突撃、けれどそれは見せかけなんだろう。俺はもしもに備え、追撃の準備に入る。

 

 彼が鈴を鳴らして踏み込んだその一瞬。彼が握る刀が脈打つ様に赤く輝いたかと思えば、次には目の眩む様な光を放つ。緊迫した状況から放つ目潰し、これ程効果のあるものはない。

 

「一文字切りッ!」

 

 光の中、少女の叫びがこだました。

 

 そして眩い光が収まった瞬間、そこに居たのは、縦に真っ二つの赤いリザードマンと、袖で刀に付いた血を拭う彼の姿。どうやら決着はついたらしい。彼の勝利と言う形で。

 

 リザードマンは灰に成る。それをまた俺は風に流した。血の跡は水で洗い流す。証拠は限りなくゼロにした上で、俺は彼に話しかけてみる。

 

「……お疲れ、よく頑張ったな」

「いつもの事だし」

「素直じゃない奴だな。ほら、頭撫でてやるぞ〜?」

「馬鹿にしてんのか?」

 

 彼はその愛くるしい見目に反した荒っぽい口調でガルルガルル獣みたいに威嚇して俺にガンを飛ばしてくる。俺も結構ガラ悪いし、気にする事でもない。無視して頭を撫でてみる。だって丁度いい所にあったし。

 

「魔法少女は慈善事業じゃねえんだ、素直に貰えるもんは貰おう、な?」

「……撫で方が雑なんだよ」

 

 そう言いながら、彼は頭を手に押し付けてくる。ツンデレか? 口をツンと尖らせて、不満げなのか満足なのか分からない顔をして。

 

「じゃ、これで」

「あっ……」

「可愛らしいお嬢さん、また会える日までさよならだ」

「かわっ?! おいオレは!」

 

 彼も普段は割と落ち着いてるのに、こうなると随分口数が増える。そして知り合いの女体化を見ても心が凪いでるのは、俺も同類だからか、はたまた精神の年齢に差があるからか。

 

 後、スカートの裾を掴みながら怒るのは完全に女子入っちゃってないかい君? 

 

「……おっと間違えた。最後の一撃格好良かったぞ、()()

「っな!?」

「これにて失礼」

 

 認識阻害魔法も無いので、俺は走って現場を後にする。向かう先はあのロッカーだ。

 

 今日は学校が襲撃されるなんて珍しい事もあったが、魔法少女として俺がした事はいつも通り。魔物か軍服姿の奴をぶっ飛ばし、魔法少女に力を貸す。

 こうして思うに、俺は魔法少女じゃなくてタ◯シード仮面とかその類のポジションな気がする。そんな今日この頃であった。

 

 

 


 

 

 

 あの後、この一件は超局所的な地震と言う事で片付けられた。明らかに誰かしらの介入があった様に思うが、事態が露見しない分マシだと思う。

 

 ただ、事態の露見よりも恐ろしい事は──

 

「──バカバカバカ! 2人とも大バカだよ!」

「……おい紫苑(しおん)、何したんだよ」

「校舎から、時雨(しぐれ)だけ、逃した」

 

 泣きそうな、いや泣いている幼馴染に怒られることである。

 

「まさか、紫苑も……いや、何でもない」

 

 魔法少女の正体を知られてはならないと言うルールは存在しない。しかし不文律としてそこにある。アニメだろうと特撮だろうと好き好んで正体をバラすヒーローやヒロインは少ないだろう。現実問題、正体がバレる事により生ずる不都合の方が多い筈だ。だから魔法少女の正体を詮索するのはタブーなのである。

 

「緊急時に、忘れ物、取りに、行く、バカじゃ、ない」

「ちっげぇよ!」

「ふ〜ん?」

 

 けど、さっきは先輩の魔法少女として。今度は、いち生徒として。彼の労をねぎらいたかった。それ位は良いだろう。

 

「でも、日向君も、無事でよかった、よ」

 

 俺は、そう言って彼に抱き着き、耳元で囁いた。

 

「……学校、守って、くれて、ありがとう、ね?」

「っ〜!?」

「しーっ」

 

 何か言いそうになった彼の唇を人差し指で押さえる。美少女の労いだ、今の俺が出せる最大限のモノさ。彼は顔を赤くして目を見開いている。

 

「ちょ、ちょっと紫苑! 大胆過ぎるよ!」

「じゃあ、時雨、も、抱き付け、ば?」

「そう言う問題じゃなぁぁいっ!」

 

 それから俺達は、午後の授業を待たずに下校する事となり、他の生徒は親兄弟に迎えられ次第帰って行く。

 

 そして俺にも迎えが来た。()()()()、高身長の男がママチャリに乗ってやって来た。そう、髪を染め、カラコンで変装したアッ君である。

 

 生徒達はその姿を見て、特に女子達が沸き立った。俺もあの姿を見るのは初めてだが、グレーのシャツとジーパン一枚だと言うのに中々様になっているのには、流石イケメンと言わざるを得ない。

 

「紫苑ど……。紫苑、迎えに来たぞ」

天地(あまち)君、お疲れ、さま」

 

 勿論偽名だ。今の彼は(いばら)天地、遠い親戚で1人旅の最中に我が橘家に居候していると言う設定である。あの金髪碧眼は屋外で目立ち過ぎる為、外ではこうして貰う事になったのだ。

 

「……なぜ皆俺を見ているんだ」

「そりゃ、顔が、良い、から」

「そんな事言われたのは初めてだが……」

 

 恐らく向こうの世界は、美醜より強弱が尊ばれるのだと今の一言で分かった。ただ、今まで相手して来た奴らは皆美形だったから、向こうの平均レベルが高いだけかも知れない。

 

「こちら、お友達」

「──あ、初めまして、ボクは時雨って言います」

「オレは赤井(あかい)日向です」

 

 そうして、俺はイケメンの運転するママチャリで帰宅した。最後、日向君がアッ君をジッと見つめていたのが気になるが──まあ、いつか聞いてみるか。

 

 

 


 

 

 

「──天地」

 

 その名前が頭の中でぐるぐる回っていた。紫苑の近くに降って沸いた見知らぬ男。悪い奴じゃなさそうだった。顔も有名人みたいに格好良かったし。背も高い。

 

「アイツと紫苑、どんな関係なんだ?」

 

 そんな言葉が、ふっと出て来る。兄妹の様な関係か、それとも──いや、ないない。

 

『ヒュウガ、まだ()()()()()()()()は良いが──精々、己を見失わぬ様に、な』

 

 そんな事を考える内に、お母さんが迎えに来てくれた。でも学校を出ても、頭の中のモヤは晴れなかった。



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