エロゲの悪役に転生した俺、勃起中はステータス爆上がりのスキルで破滅を回避する。童貞だけど (ゼフィガルド)
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エロゲの悪役に転生

「エレク様!」

 

 誰のことを指しているか分からない声で目を覚ました。

 周りは見たことが無い景色で、見知らぬ執事服を着た男性が心配そうに俺のことを見ている。妙に体が重かったので下腹部を見れば、付けた覚えのない贅肉がたっぷりと備わっていた。

 

「もう、皆さまはダンジョンの方に向かわれています。早く、お召し物を……」

 

 訳も分からないまま着替えさせられている間、部屋にあった鏡を見れば醜悪な男が映し出されていた。ブクブクに肥えた顔面、首周り、二の腕、腹部に至るまでだらしなく蓄えた脂肪。それと汚い尻。

 ソイツは俺の反応に連動する様にしてコロコロと表情を変えていた。認めたくはないが、この豚の中に俺が入っているらしい。一体、何が起きているのか? 緊張した表情で着替えさせている男性に尋ねる。

 

「確認するが。俺はなんの為にダンジョンに行くんだったか」

「ま、魔王にさらわれたリーミア様をお救いする為です」

「(エレク、ダンジョン、リーミア。そして、この汚い尻……。そうか)」

 

 俄かに信じがたいが、ひょっとして。ここは自分がプレイしていたゲーム『迷宮エレクチオン』の世界ではないのだろうか?

『迷宮エレクチオン』。ファンキーなタイトルから分かる様にして、ダンジョン物のエロゲ―である。

 国を滅ぼそうとする好色の魔王に攫われた王女を始めとしたヒロイン達を助け出し、最後には彼女らと結ばれるというシナリオだ。ただし、主人公はルーカスと言う青年である。

 

「(俺が。あの『エレク』に!?)」

 

 では、エレクが何者かと言うと。有体に言ってしまえば竿役である。

 侯爵家の長男でありながら性根は腐っており、ウザイ位にテンションが高いわ、使用人に手を出すわ、権力を盾にやりたい放題するわ、身の程も知らずに王女であるリーミアのことを好いているわ、主人公の邪魔ばかりして来るわ…。

 好かれる要素が何一つとして無く、その中で最も原因として挙げられるのはこの汚い尻である。

 

「どうしたんですか? エレク様。急に自分の臀部を叩き出しましてからに」

 

 竿役らしくヒロインと合意なく致すシーンもあるが、大体CGの中心にエレクが描かれており、彼の汚い尻を何度も拝む羽目になる為。ユーザーからは某嵐を呼ぶ園児に託けて『ぶりぶり貴族』等と呼ばれていた。

 

「(不味い。本当に俺がエレクになっているのだとしたら)」

 

 だが、シナリオ的にも実用面的にも不興を買ったエレクは最終的に殺されてしまう。これは夢かもしれないし、現実かどうかも怪しいが、このままでは死と言う運命に向かって突き進んでしまう。

 かと言って、何もせずに静観していれば国を滅ぼされてしまうかもしれない。生き残る為には勇者ルーカスを出し抜き、俺が魔王を倒すしかない。

 

「(しかし、どうやって?)」

「エレク様。準備が出来ました。表に馬車も停めております」

 

 今から逃げ出した所で、自分がどうにか出来るとは思えない。それならば、むしろ。エレクと言う悪役が持っている可能性に賭けた方が可能性はある様な気がした。

 

「(そうだ。エレクには何度もルーカスに立ちはだかれるだけの能力があるじゃないか。あの鬱陶しい『スキル』が)」

 

 執事に案内され馬車へと乗り込む。目的地へと向かうまでの間に、俺は小さく呟いた。

 

「ステータスオープン」

 

【名前】:エレク

【年齢】:20

【職業】:侯爵家嫡男

【レベル】:1

【体力】:10

【魔力】:00

【攻撃力】:05

【防御力】:12

【俊敏性】:03

【固有スキル】:勃起無双

 

 ポン。と、目の前にステータスが表記されたウィンドゥが表示された。普段は無駄な動作とローディングが入る鬱陶しい挙動だと思っていたが、世界観に馴染ませるような造りをしてくれていたことに感謝する外ない。

 能力を表す様に並べられた数値は、初期時点のルーカスと比べても低すぎる位だった。だが、俺はガッツポーズを取っていた。

 

「(あった。頼みのスキル【勃起無双】が!)」

 

 これこそが、ピザデブでしかないエレクを敵として成り立たせていた要のスキルであった。だが、本当に発動してくれるのだろうか? 

 チラリと横目で執事の方を見た。俺の視線に気づいたのか、執事は溜め息を吐きながら、飽き飽きした様子で優しく説明してくれた。

 

「エレク様。スキルを理由にメイドを雇うことは出来ませんので。旦那様からも固く禁じられております」

「分かっている。荷物が揃っているか、再度チェックしておけ」

 

 その反応を見て、俺は自身がエレクになってしまったんだと認識した。メイドを雇えない理由は考えるまでもない。

 何故、よりによって嫌われ者の竿役なのか。本来の俺はどうなってしまったのか。どうすれば殺されずに済むのか。考えるべき問題は山積みだった。

 

~~

 

 目的地であるダンジョンの前には、既に人集りが出来ていた。一獲千金や名声を求める者達、彼らに向けて商売を始める商人達。その中でも燦然とした存在感を放っている者がいた。

 端正な顔立ちに、短く切り揃えられた黒髪。エレクとは比べるのもおこがましい程に鍛え上げられた肉体。勇者とはかくあるべしを体現したかのような存在だ。傍にいる執事ですら溜息を漏らしていた。

 

「やはり、ルーカス様は存在感が違いますね」

「(CG通りの見た目だな)」

 

 原作では、ここで初めてエレクと絡む。だけど、俺は面倒ごとを起こしたくはない。一瞬視線が合ったが直ぐにスルーをした所、向こうからやって来た。

 ゲーム内では、普段はクールながらもいざという時には熱い男。今の時点では此方と面識がない筈だと言うのに、一体何の用なのか。

 

「アンタがエレクか?」

「えぇ、その通りです。ルーカス様に名前を憶えて貰っているとは、光栄ですね」

 

 憶えている限り、エレクの喋り方を再現してみた。だが、元から好感度が低いのかルーカスの眉間には皺が刻まれたままだ。

 

「リーミアから話は聞いていたが、身を張る程度の甲斐性はあるんだな」

「ほぅ、私の話をしてくれていたとは、光栄ですね。どの様に話されていたのでしょうか?」

「身の程も知らんデブ。皮袋に詰まった性欲。汚尻。侯爵家の長男だから調子に乗っているようだが、それもここまでだ。俺が彼女を救い出した暁にはお前の悪行も全て表に曝け出してやる。覚悟しておくんだな」

 

 吐き捨てるように言ってから、彼はダンジョンへと進んで行った。隣では気まずそうにしている執事がいたが、気になることがあったので尋ねた。

 

「おい。なんで、リーミアは俺のことを汚尻なんて言うんだ」

「それは、そのぅ。エレク様が尻を見せたからでは……」

 

 自分から見せていくのか…。ひょっとして、CGでアレだけ強調されていたのは単純にエレクと言う人物の性癖を強調したかったからかもしれない。

 俺も遅れを取るわけには行かない。執事から道具一式を受け取り、入り口に立っている衛兵達に声を掛けた。

 

「おい、俺は侯爵家の長男エレクだぞ。通さないか」

 

 ルーカスと言う勇者を見送った後で汚物を目に入れたのが不快だったのか、慇懃無礼な対応を取られたが、俺はダンジョンへと潜って行った。



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第2話:初ダンジョンと試み

「ギーッ!!」

 

 ゴブリンが雄叫びを上げた。俺は慌てて殴り倒すが、既に時遅し。

 周りには同胞を助けに来たゴブリンや漁夫の利を狙おうとしたコボルトがゾロゾロと駆けつけて来た。そっと股間に手を伸ばした。

 

「今こそ、無双の発動時!」

 

 が、生憎。俺はケモナーでも無ければ異種姦性癖がある訳でもない。無理矢理勃たせようとして潜り込ませた手を上下に動かしてみたが、勃たない!!

 

「ギーッ!」

「ぐわぁああああああ!!!」

 

 数で囲まれてあっと言う間にボコボコにされてしまった。あえなく、俺は入り口まで叩き出された。周囲から失笑の声が聞こえてくる中、執事だけが心配そうな顔をしてくれていた。

 

「エレク様。大丈夫ですか?」

「クソッ!」

 

 何故、自家発電をしようとしたのに能力を発揮できなかったのか? 正しいかどうかは兎も角として、俺の中に一つの仮説が浮かんだ。

 エレクは性欲猿である。メイドとしてやって来た女性にも手を出していたし、ヤって来たことは数知れず。

 

「(刺激慣れしていて、自分じゃ勃たせられないんじゃないか?)」

 

 だとしたら由々しき問題だ。スキルが無ければ、ただのデブでしかない。

 周囲を見渡す。冒険者相手の商売の中には売春もある。娼婦を同伴させれば、ひょっとして行けるのではないかと思った。

 

「おい。娼婦を買って来ることは出来んか?」

「何をおっしゃいますか。侯爵家の長男ともあろう者が!」

 

 そもそも、体裁的に不可能な話だった。ならば、女性冒険者と手を組むという方法も考えたが望みは薄い。エレクと言う男が犯して来た罪全てに足を引っ張られていた。

 どうすれば良いのか。本当に相手をしてくれるのが魔物位しかいなさそうだ。ならば、美少女型の魔物が居なかったかを考えてみたが、出現するのはいずれもダンジョンの深部の方だった。

 

「(いや、居た!)」

 

 だが、ここで1匹だけ思い当った魔物が居た。美少女ではないが、魔物ならば物の様に扱っても誰からも咎められることは無いだろう。

 

「エレク様?」

「おい、捕縛用の籠を買ってこい。今直ぐにだ。それと、残飯を引き取ってこい」

 

~~

 

 魔物を捕縛する用の籠を提げて、再びダンジョンに潜っていた。ゴブリンやコボルトに見つからない様に慎重に立ち回りながら、俺はお目当ての魔物を見つけていた。

 

「ピギュ?」

 

 球体状の液体生物『スライム』である。仲間を呼ぶだけの知能も無く、最弱と呼ばれている魔物であるだけに、捕縛は容易かった。

 

「暴れるなよ。暴れるなよ」

 

 機嫌を取る為に、執事に用意させた残飯を差し出した。口も見当たらないと言うのに体内へと消えていく様子は不思議な物だった。

 飯をくれる存在だと認識したのかズリズリと擦り寄って来た。こうしてみると愛嬌すら感じられるが、今は必要なことを手伝って貰うだけだ。

 

「ちょっと借りるぞ」

「ぎゅ?」

 

 ズボンの中に入れて、そして……入れた!! 生暖かい感触が心地良い。何をされたか分からないのか、モゾモゾと動いている。

 

「よし、お前の名前は天雅だ。雅な物だろう?」

「きゅきゅ」

「アォー!!」

 

 気持ち良くなっている最中だったが、残飯の臭いを嗅ぎつけたのか。コボルトが徒党を組んでやって来ていた。だが、今の俺は違っていた。

 

「うぉおお!? 体が!! 軽い!!」

 

 もしやと思い、俺は咄嗟にステータスをオープンした。元来の低ステは変わっていない物の、注目すべきはバフによって加算される数値である。

 

【レベル】:1

【体力】:10(+10)

【魔力】:00(+10)

【攻撃力】:05(+10)

【防御力】:12(+10)

【俊敏性】:03(+10)

【固有スキル】:勃起無双

 

「(こんな物で、此処まで変わるのか!)」

 

 天雅(オナホ)からもたらされた刺激により条件を満たしたことで、体は羽が生えたように軽かった。半勃ち程度で、この強化とは【無双】と呼ばれるだけにある。

 先頭に立っていたコボルトをバターの様に切り裂き、何が起きたか分からずに戸惑っている隙を逃さずに次々と仕留めていく。

 

「オォー!」

 

 残された1匹は仲間の死体に目もくれずに逃げ出した。止めを刺そうと追いかけた所で、不意に体がズシリと重くなった。何事かと思って、ズボンの中を覗き込んでみれば。

 

「みぎゅ」

「そうだよな。食ったモノ、体内に取り入れた物は消化するよな」

 

 幸いにして溶けてなくなる。なんてことは無かったが、消化液の様な物を浴び続けた為か。股間が凄くヒリヒリしていて、無双状態を維持する所じゃなかった。

 猛烈に痒くなって蹲った所、騒ぎを聞いて駆けつけたのかゴブリンとコボルトの団体様がやって来ていた。

 

「ギーッ!!」

「みぎゃー!!」

「あ。ちょっと待って」

 

 薄情なことに天雅は直ぐに逃げ出し、俺は団体様から逃げることも敵わずにボコボコにされて、入り口に戻されていた。

 



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第3話:ダンジョン攻略準備と思考の追走

 天雅(スライムオナホ)作戦は上手く行くかと思ったが、アイツらが生物であることを失念していたが故に失敗した。

 だが、収穫はあった。【勃起無双】のスキルを発動させることが出来れば、ルーカスに迫るだけの活躍も出来る。

 

「(いや、そもそも)」

 

 原作におけるエレクはどういった時に出現していただろうか? 態々、律義にダンジョンを進んでいただろうか?

 

「(執事の提案を跳ね除けて、娼婦と一緒にダンジョンに入るという選択もあるが、まず衛兵に止められるだろう)」

 

 死に戻るという仕様上、命の危険は無いかもしれないが、痛いことには変わりない。それに、誰でも入れるなら犯罪者などの温床になってしまう可能性もあるので、素性のチェックは厳格に行われている。

 

「(だとすれば、エレクはこれらを擦り抜けたってことだ)」

 

 手引きした存在が居たとすれば、ゲーム内でも描写はされるはずだ。

 だが、そう言った存在は一切登場しなかったことから、エレク自身の力でフロアボスまでたどり着く方法があるのは間違いない。

 

「(よし、今の俺はエレクだ。どうすればいい?)」

 

 遺憾ではあるが、今回ばかりはエレクが取って来た方法を真似る為に、奴の思考をなぞるしかない。アイツはいつもどういった時に出現していたのか、ルーカスを邪魔して来たのか。

 

「(迷宮エレクチオンはダンジョン物だ)」

 

 特定の階層ごとにボスと囚われたヒロインが存在している。この時の戦闘には特殊な条件が存在している。一定のターン数が経過するとエレクが乱入して来て、ボスを撃破するのと同時にヒロインを搔っ攫ってしまうのだ。

 

「(ゲーム的には緊張感を増やす為の演出なんだろうけれど)」

 

 あるいはレベルを上げ過ぎた場合でも、特定のシーンが見れる様にと配慮した結果かもしれない。俺が注目したいのはエレクが乱入してくるということだ。

 

「(ボス戦の前にはヒロインがチョメチョメされているCGが挿入されていて、それを見て【勃起無双】を発動させているんだろうけれど)」

 

 スキルが無ければ、エレクは贅肉を蓄えただけの貧弱な男である。そんな彼が、魔物の跋扈するダンジョンを進んでいく方法があるとすれば。二つ。

 一つ、魔物と戦わずに逃げながら進んでいく方法。だが、奴らとの遭遇を完全に避けるのは難しい。見つかり難くなるアイテムはあるだろうが、ダンジョンに持ち込める量は限られている。と、なればもう一つの方法だ。

 

「おぉ! ルーカス様! お帰りになられたのですね!」

「あぁ。持ち物がいっぱいになってしまったからな。誰か、これを買い取ってくれる者はいないか?」

 

 まだ、誰も救い出していないと言うのに。皆がルーカスの帰還を称えていた。

 彼が背負っていたバッグからは魔物の素材や、ダンジョン内で発見される財宝等、国の趨勢に興味がない者達にとっても垂涎の品の数々が取り出されていた。持て囃さない理由がない。

 

「(だが、チャンスだ)」

 

 ルーカスは荷物を整理すればもう一度ダンジョンに潜るだろう。その時、俺は奴の後を付いて行けばいい。アレだけドロップ品を持って帰って来ていることから、レベルも相当に上がっていることだろう。

 

「(原作のエレクは、ルーカスの後を付けて行ったのだろう。倒した魔物は直ぐにリスポンはしない。ならば、ハイエナの様について行けば安全に進んで行ける)」

 

 もう一つの方法。それは、魔物を殲滅していくルーカスの後を尾行すると言う物だった。勿論、途中で勘付かれる可能性もあるので、商人から補助アイテムを購入して少しでも確立を上げる。

 そして、アイツが再びダンジョンに潜るまで俺はジッと動向を見守っていた。



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第4話:ボスとの会敵、エレクとして。

 

 ルーカスが荷物を整理している間、俺も準備を整えていた。後を付けてもバレない様に気配遮断系のアイテムを買い込んだ。一縷の望みを掛けてスケベな本が無いかも、執事に聞いてみたが。

 

「何をおっしゃいますか。そんな物がある訳ありますまい」

 

 ネットで簡単に入手できる環境に慣れ過ぎていたが、アレはテクノロジーの賜物であったらしい。やはり、当初の計画通り。こっそりと後を付いて行くしか選択肢は無さそうだった。

 

「行ってらっしゃいませ。ルーカス様!」

「あぁ。行って来る!」

 

 門番だけでなく商人達にも見守られ、再びルーカスはダンジョンへと潜って行く。彼らが去るのを待ってから、俺も突入した。

 購入したアイテムを使用してルーカスを見失わない様に追いかける。幸い、入り口付近は1本道だったので迷うことも無かった。

 

「ハァッ!!」

 

 少し開けた場所に出た。そこでは、ルーカスが大量の魔物を相手に臆することなく立ち回っていた。スライム程度では戦いの輪に入ることも適わず、ゴブリンやコボルトは幾ら応援を呼んでも切り捨てられるだけだった。

 購入したアイテムの中にあった望遠鏡を取り出してルーカスを覗き込むと、彼のステータスが表示された。

 

【名前】:ルーカス

【年齢】:20

【職業】:勇者

【レベル】:7

【体力】:35

【魔力】:20

【攻撃力】:35

【防御力】:35

【俊敏性】:35

【固有スキル】:成長+

 

「マジかよ」

 

 同じなのは年齢だけ。分かっていたことだが、どのステータスも高水準だった。少なくとも、この階層で苦戦する敵は存在しないだろう。だが、ボスに挑むには少しばかり足りない様にも感じた。

 雑魚敵を殲滅すると周囲には素材や金貨がドロップしていた。その中で価値の高い物だけ拾うと後は全部放置して、先に進んでいく。

 

「(お、役得だな)」

 

 持ち主が居ないなら俺が拾っても良いだろうと魔が差した瞬間、脇を擦り抜けて行く者達が居た。貧弱な装備で身を固めたで乞食の様な連中だった。

 

「へ、へへへ。流石ルーカス様だな、こんなはした金には見向きもしねぇなんて」

「このまま付いて行こうぜ」

 

 まるで使命も決意も感じない薄汚れた連中が後を付けて行くのを見て、俺はチャンスだと思った。連中の後を付いて行けば、俺の気配にも気づかれ難くなるのではないかと。

 しかし、こんなイベントはゲームにはなかったはずだ。疑問に思いながら後を付けて行くと、直ぐに理由が判明した。

 

「見ろよ。アイツ、宝箱も放置してやがる!」

 

 もはや敬称を付けることも忘れて、浅ましくドロップ品を拾い集めている連中の目に入って来たのは仰々しく設置された宝箱だった。

 どうして開けられていないのか? という不自然さもあったが、アイテムを拾い続けていた彼らには既に自制心と言う物が存在していなかった。彼らが宝箱を開ける前に、俺はフロアを通過した。

 

「うわ! 何だこりゃ!?」

 

 俺が通り過ぎた後、フロアは紫色のガスに満たされていた。分かりやすい位にトラップだったが、知識さえあれば引っ掛からずに済む。

 視線の先にいるルーカスは気にした風もなく只管に進んでいく。だが、何処か焦っている様にも見えた。

 

「(期限を気にしているんだろうか?)」

 

 ダンジョンの攻略には期限が設けられていた。一定の期間で、特定の階層まで攻略しないと名声と言うポイントが下がり、これが0になると街に居られなくなると言う物だ。

 と言っても、ダンジョンの攻略が開始されてから日は経っていないし、期限を気にするのは早すぎる気もする。理由を気にしながらも、俺はルーカスの後を付けて階層を下って行く。

 

「グゴッゴオ。ブギィ!」

「グルルァオ!」

 

 徘徊する魔物はゴブリンやコボルトからオークやウェアウルフへと変わっていた。多少の苦戦はしながらもルーカスは進んでいく、ドロップするアイテムは高額な物へと変わって行く。

 

「(やっぱり、コイツって勇者なんだな)」

 

 決してサポートするつもりは無かったが、改めて出し抜く相手の強大さを思い知ると身震いした。そして、俺の記憶の中にある特定の階層へと辿り着いた。

 しばらく、一本道が続いたさき。広大なフロアの中央には、これ以上の進撃を阻むようにして巨大なイノシシが陣取っていた。

 

「ひっ……いや……」

 

その隣には、一糸纏わぬ少女が怯えた顔をしていた。イノシシは嬲る様に肢体を舐め回し、あるいは潰さない様に伸し掛かったりしていた。この行いに堪らず、ルーカスが飛び出していた。

 

「卑しい魔物め! その娘を放せ!!」

「ブァオオオオオオ!!」

 

 耳を劈かんばかりの咆哮が響き渡る。フロアボスとの交戦に入ったが、俺の視線は少女に釘付けだった。

 イノシシの唾液に濡れてテラテラと光る肢体が艶めかしい。目尻に浮かべた涙に、強烈に嗜虐癖を刺激された。先に試した天雅(スライムオナホ)とは比べ物にならない程の興奮と変化が発生していた。震える声で言う。

 

「ステータス、オープン」

 

【名前】:エレク

【年齢】:20

【職業】:侯爵家嫡男

【レベル】:2

【体力】:10(+30)

【魔力】:00(+30)

【攻撃力】:05(+30)

【防御力】:12(+30)

【俊敏性】:03(+30)

 

 現時点で、俺はルーカスを上回るだけのバフが掛かっている。変化はソレだけには留まらない。俺の中にドス黒い感情が沸き上がっているのが分かる。

 

「ヤりたい」

 

 股間を通して、エレクと言う人物の性根が蘇った様だった。滾る欲望をぶちまけたい。この手であの柔肌を引き裂きたい。

 だが、残った理性が強烈に否定する。そんな悍ましい欲望に従えば、俺はあそこにいる図体のデカイ獣と何も変わらない畜生に成り下がると。

 

「(いや、だが俺はエレクだ。そんな、畜生だろう?)」

 

 浅ましいことに、俺は唾棄すべきエレクと言う男の性根に甘えようとしていた。こんな感情が一瞬でも過ったことを恥じる。

 バッグから取り出した短剣で自らの太ももを刺した。驚くべきことに、刃は表皮を薄く切り裂いただけだった。だが、その時に発生した痛みは幾らかの冷静さを取り戻させてくれた。

 

「(いや、ルーカスとボスが共倒れになる可能性だってあるかもしれないんだ。もう少し、収まってからでも)」

 

 だが、戦いはイノシシの方が優勢だった。やはり、レベル的にも早すぎるのではないかと言う懸念は的中していたのだ。ならば、お互いが消耗するまで待機しようかとも考えたが、既に理性は限界に達していた。

 

【体力】:10(+50)

【魔力】:00(+50)

【攻撃力】:05(+50)

【防御力】:12(+50)

【俊敏性】:03(+50)

 

「ウォオオオオオオ!!」

 

 先のイノシシの咆哮にも劣らぬほどに声を張り上げて、俺は邪魔なバッグをフロアの入り口付近に捨てて、巨体を揺らしながら乗り込んだ。

 



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第5話:スキルの行使と余韻

 

「ウォオオオオオ!!!」

 

 天雅《スライムオナホ》の時は羽が生えた様、と形容したが。今の俺は、まるで風になったかの様だった。思った場所へと跳べる、移動できる。

 では、膂力に関しては心許ないかと言われたら、そんなことは無い。全身に力が滾り、胆力も漲っている。強大な殺気を放つ金色の瞳を睨み返していた。

 

「グゴゴゴゴフギィ!!」

 

 イノシシ型のボス、名前は確か『カリドーン』だったか。ゲーム中では最初に出会うボスだが、その強さに多くのユーザーの心を圧し折って来た迷宮の番人である。

 楽しみを邪魔されて腹が立っているのか、フロアが震える程の咆哮を上げて吶喊して来た。あの巨体はもはや武器だと言っても良い。走るだけで、地震が発生しているかの様だった。ルーカスが踏ん張りながら叫んでいた。

 

「おい、避けろ!」

 

 実際に正しい選択ではあるのだろう。しかし、こんな状況で機敏に動ける人間等、そうはいない。……今の俺なら、可能かもしれないが。

 だが、俺はそんなまだるっこしい手を取るつもりは無かった。腰を落として体幹を安定させ、カリドーン目掛けてぶつかった。

 

「!?」

 

 常識的に考えれば勝負すら成り立たない程の質量差だ。敢え無く、撥ね飛ばされて入り口に戻ると言うのが普通だ。しかし、【勃起無双】のスキルが発動している状態ならば話は別だ。

 

「ウォオオ!!」

「グギギギグゲォ!」

 

 超質量同士がぶつかった衝撃で周囲の大気が震え、周囲の床に亀裂が走る。

 お互いに押し切ろうと足腰に力を籠めれば込める程、自重で沈んでいく。まだだ、この力はまだまだ上に行ける。確信があった。

 

「でぇりゃぁああああああ!!」

「グィイイイイ!?」

「嘘……だろっ!?」

 

 ルーカスが間抜けな声を出す。

 カリドーンの巨体が地面から離れ、俺に持ち上げられた。

 

「オラッァァァァ!!」

 

 壁に向かって全力で放り投げると──。

 

「ブイイイィィ!!」

「ぐぉぉおおお!!」

 

 ──獣と勇者の悲鳴が聞こえた。どうやら巻き込んでしまったらしい。

 

 ダンジョン内の反響が収まった。

 ルーカスは静かになったが、カリドーンはそんなに簡単じゃない。

 ムクリ立ちあがると頭を振ってから、鋭く俺を見据える。金色の瞳が真っ赤に染まる。叫んだ。

 

「διώχνω φυσώντας!」

「(鳴き声。いや、違う!!)」

 

 鳴き声ではなく明確な意思を持つ言語。つまり、魔法……!? 今まで、冒険者達しか使ってこなかったこともあり、油断していた。

 ドンッ! と不可視の何かが俺にぶつかる。背中に衝撃が走り、壁まで飛ばされていたことに気が付いた。

 

「ブモォォォオオオ!!」

 

 不味い……! 鼻面が眼前に迫る……!!

 

 ──時間がゆっくり流れ始めた。

 

 ゲームで言う所のハメコンボに値するのだろう。だが、俺の中に渦巻いていた感情は絶望でも恐怖でもない。愚息だけではなく、まるで全身が生殖器になったかのような感覚に陥るほどの興奮。俺は、女と暴力によって覚醒した。

 

【体力】:10(+100)

【魔力】:00(+100)

【攻撃力】:05(+100)

【防御力】:12(+100)

【俊敏性】:03(+100)

 

 今なら魔法だって使える……!!

 

「焼き豚になりやがれ! הפוך לבשר חזיר בגריל!!」

 

 意図して行動した訳ではない。屹立した股間が、赤熱し、湯気が立ち、灼熱を放った。

 

「焼き尽くせェ!!」

「グゴォオオオオオ!!」

 

 フロア一帯を紅蓮が包み込んでいた。カリドーンの皮膚を溶かし、肉を貫き、骨を焼き尽くす。全てが納まった頃には、ドロップ品が転がっているだけだった。

 興奮も冷めやらぬ。ルーカスと一緒にあの娘も焼き尽くしてしまったんだろうか? どうせ、死に戻るだろうし、別に構わないだろう。暫く、達成感に浸っていると人の気配を感じた。

 

「あ、あの……」

 

 先程の娘だった。どうやって逃げ果せていたかは分からないが、無事だったらしい。大事な場所が見えない様に腕で隠しているようだが、そんな物は嗜虐心を煽る恥じらいでしかない。

 

「ひっ」

 

 興奮はまだ冷めていない。ならば、余興に耽るのも悪くはない。

 女に近付く、押し倒す。相手にする豚の種類が変わるだけだ。俺とエレクが一つになった様な感覚の中で、欲望のままに動こうとしていた。



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第6話:エレクと勃起無双

「や、め、て……」

 

 心臓が跳ね上がった。過熱していた本能に冷や水を浴びせられた。目の前にいるのはキャラクターではない。1人の人間だ。俺は今、身勝手な考えで一人の人間の尊厳を踏みにじろうとしていた。

 股間をきつく握る。比喩ではなく、本当に焼けるように熱い。行き場を失った欲望と力が、出口を求めて全身を突き破ろうとしている。

 

「グハッ!!」

「ひっ!?」

 

 堪らずに血を吐いた。鉄の香が口腔に広がり、鼻から抜ける。裸で震える娘の様子が、俺に正気を取り戻させた。戦闘開始前にバッグをフロアの入り口に投げ捨てて来たことを思い出して、這いずって向かう。

 幸い、戦いの余波から逃れていたのか。買い込んだアイテムの多くは無事だった。脱出用の巻物(スクロール)を取り出して、放り投げた。

 

「あの……大丈夫ですか?」

「うるさい! このスクロールを使えばダンジョンの入り口に戻れる筈だ! 俺が正気を保っている間に! 早くいけ!!」

 

 ほぼ全裸の少女を外へと放り出すことになるが、少なくともこのままでいるよりかはマシだ。彼女は直ぐに巻物(スクロール)を使用して、姿を消していた。

 

「ゴブッ」

 

 彼女が居なくなって気が緩んだのか、暴走していた力が内部を破壊し尽くした。動くことすら困難になり、口から夥しい量の血が流れだしていく。立つことも困難になり、俺は意識を手放した。

 

~~

 

「やめて下さい! エレク様!」

「煩い! 口答えするな!!」

 

 いつもは倒されたりしたらダンジョンの入り口に戻るのだが、今回は少し違うようだ。エレクの記憶だろうか?

 場所は館で、メイドに対して醜い欲望をぶちまけていた。汚い尻を曝け出しながら、腰を振っている。同室には、他のメイドや執事もいたが、彼女らは見て見ぬフリをしていた。

 

「いやっ、誰か。助けて!」

「ハハハ! ここにそんな勇気のある奴はいない! 皆、腰抜けばかりだ! 誰か俺を諫めてみろ! さぁ!」

 

 挑発的な物言いだが、皆バツが悪そうに俯くだけ。唯一、歩み出たのは例の執事だけだった。手には木剣が握られていた。

 

「エレク様、無理やりにでも止めさせて貰いますぞ!」

 

 木剣で後頭部を殴打した。普通ならば死に至る可能性すらあるが、無駄だ。情事の最中に【勃起無双】が発動していない訳がない。

 

「カスが! 効かんわ!」

「ぐほっ!?」

 

 軽く払い除けただけで、執事は壁際まで吹っ飛ばされていた。他の者達は一斉に駆け寄って、彼の体を運び上げた。

 

「大変だ! 執事長が怪我をされたぞ! 早く、治療しなくては!」

 

 彼らは犯されているメイドから目を背ける様にして、倒れた執事長を別室へと運んで行った。暫く、高笑いをしながらメイドを嬲っていると、背後に人の気配を感じたのか、振り返った。

 

「また、メイドに手を出したのか?」

 

 エレクとは似つかぬほどに精悍で屈強な中年の男性だった。原作では見たことのないキャラだが、接し方から察するに。

 

「なんだ。俺を注意する気か? 親父、アンタが俺に勝てると思っているのか?」

 

 やはり父親だったらしい。だが、息子に向ける視線は冷たい物だった。怒りを孕んだ物と言うよりかは、無機質で無関心な物だった。

 エレクのことを無視して、彼はメイドへと歩み寄った。彼女は救いの主がやって来たのかと、安堵の表情を浮かべたが。

 

「これをやる。さっさと館から出て行け」

「え?」

 

 メイドに渡したのは金貨の入った袋だった。彼女の腕を掴み上げ、部屋から出ようとして、エレクが叫んだ。

 

「この腰抜けめ! 怒りすらしないのか!」

「お前には勝てんからな。弱者は弱者らしく従っておくよ。良いスキルを持ったじゃないか。亡くなったアイツも喜んでいるだろうよ」

 

 相手をする気が全くなかった。彼が去った後、エレクは部屋中の物を壁に向かって投げつけていた。【勃起無双】で強化された投擲は、投げつけた物が壁にめり込む程の威力となっていた。

 

「クソ! クソ!! クソが!!!」

 

 欲望は満たした。だと言うのに、晴れやかな物も嗜虐に満ちた喜びも無い。怒りのままに暴れ狂っていた。

 スゥッと意識が浮上していく。そろそろ、目を覚ます頃だろうか? 『迷宮エレクチオン』では描写されることのなかったエレクの過去。ルーカスと言う勇者の輝かしさを前にしては、不快感を覚える者すらいるかもしれない。

 

「(なんでだろう)」

 

 エレクのしていることは許されることではない。だが、彼の中には怒り以外の何かが存在している様な気がした。

 

~~

 

 目を覚ました時、俺はダンジョンの入り口に戻っていた。周囲の者達からは侮蔑と嫌悪感に塗れた視線を向けられている。

 どれ位のラグがあったかは分からないが、全裸の女性が帰還した後に俺(エレク)が帰って来たとなれば、過去の所業と結び付けられるのは当然のことだった。唯一心配して駆け寄って来てくれたのは、執事の男だけだった。

 

「エレク様! ご無事ですか?」

「ふん、ちょっと火遊びをしただけだ。今日は疲れた、もう帰るぞ」

「かしこまりました。馬車は停めておりますので」

 

 有能な男だと思った。馬車へと乗り込み、一息ついた所でドッと疲れが押し寄せて来た。何を話そうかと考えて、俺は先程見た光景について質問した。

 

「親父は今、どうしている?」

「旦那様はダンジョンに付いて、諸外国と協議中です。最近は口にすることすら、珍しかったのに、何かありましたか?」

 

 とすれば、長いこと。エレクは父親とも会っていないのだろう。他にも色々と聞きたいことはあったが、思考を中断する様に眠気がやって来た。

 

「何でもない。爺、少し寝る。着いたら、俺をベッドの上まで運んでくれ」

「分かりました。お休みください」

 

 スッと目を閉じる。本当に一瞬で意識が落ちて、今までの活躍の反動の様に。俺は泥のように眠った。



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第7話:最初のフロアボス撃破と後始末

 

 ゲームをやっていて、一々心を痛める奴なんて居ないと思う。

 グロテスク表現のあるゲームで無意味に暴力を振るったり、R-18ゲーでCG回収の為にヒロインを酷い目に遭わせても感慨は無かった。

 CGをコンプする為だと思ったら割り切れたし、どうせグッドエンディングが正史になるんだから、失敗したルートはIFでしかないと思っていた。

 

「つまる所、お前は誰にも興味が無いんだ」

 

 薄暗い中で声が響く。粘着質で擦り寄ってくるような声。この声の主を知っている。視線を向ければ、エレクが居た。

 

「女を肉壺としか見ていない俺と何も変わりない! お前はアイツらの未来にも幸せにも何の興味も無いんだよ!」

 

 言われて固まった。俺はこの世界や人々をどう見ているんだろう? あくまで破滅したくないから足掻いているだけだ。彼らの幸せを願っている訳では無い。

 だからと言って、俺がこんな畜生と同一視されるのは心外だ。真面目に善良に生きて来たことだけが取り柄だと言うのに。

 

「お前は俺だ。お前が俺を拒否し続けるならば、俺もお前を拒否するだけだ」

 

 スゥっと暗闇の中に溶け込んでいき、俺は再び意識だけの状態で闇の中を彷徨うことになった。

 声色には喜色よりも怒りの方が強かった。拒否されたことに腹が立っているということは、アイツも仲間を求めていたんだろうか?

 

「何故、俺なんだ?」

 

~~

 

 最初のフロアボス『カリドーン』が撃破されてから翌日のこと。現場に居合わせた、癖っ毛の茶髪と眼鏡が特徴的な少女『セレン』はルーカスと共に国王に呼び出されていた。

 

「二人に来て貰ったのは外でもない。カリドーンの件についてだ」

「もう、国王の耳にも入っているのですか?」

「例の魔王が態々、教えに来てくれたよ。討伐したのが、あの『エレク』だということもな。なぁ、ルーカス?」

「も、申し訳ありません……」

 

 国王の顔には深い皺が刻まれていた。散々、援助して祭り上げた勇者ではなく、侯爵家の長男だからというだけで見過ごして来た犯罪者が先に手柄を上げて来るとは思わなかったからだ。

 ルーカスが怒りと悔しさに下唇を噛んで震える中、国王は兵に命じて何かを持って来させていた。熟練の職人によって鍛え上げられた剣と杖だった。

 

「これは?」

「お前達が『カリドーン』を倒した功に対する、労いだ。期待を裏切ってくれるなよ」

 

 直ぐにセレンは気付いた。国王はエレクの功績を横取りするつもりなのだと。

 そして、自分達が賜った逸品は口止め料だと。彼女が戸惑う中、ルーカスは剣を手に取っていた。

 

「必ずや、期待に応えてみせましょう」

 

 自らの中にこみ上げる感傷を無理やり押し込めた、絞り出す様な声だった。セレンもまた、杖を受け取りはしたが。

 

「(国王からすれば、醜聞しかないエレクさんを表彰したくはないんだろうけれど)」

 

 この1日の間に、彼女はエレクの風聞を集めていた。彼を評する言葉のどれもが憎悪と侮蔑を込めた物だったが、あの時。自分を助けてくれた姿とはどうしても重ならなかった。

 もしも、彼が皆の言う様な人物であれば。あの時、自分は襲われていたはずだ。だが、彼は血を吐くほどの苦痛を受けながらも自らを抑え、逃がしてくれた。

 

「(どうして?)」

 

 何処に、この矛盾を埋める答えがあるのか? セレンの胸にはエレクと言う人物への疑問でいっぱいだった。

 

~~

 

 更に、数日後。勇者ルーカスは『カリドーン』の突破を契機に快進撃を続けていた。人々の期待が高まり続け、王女の奪還も間近と叫ばれる中。セレンは足繁く、エレクの館へと通っていた。

 

「セレン様。本日もありがとうございます」

「いえ、私に出来ることはこれ位しかないので」

 

 案内されて寝室へと向かう。ベッドの上では苦しそうに呻いている彼の姿があった。執事と共に寝汗を拭き、召し物を替えていた。

 

「こうして、坊ちゃまが人に慕われる様なことをしてくれたことが、私は本当に嬉しいのですよ。……罪が消える訳でないにしても」

 

 善行をしたからと言って、過去の行いが水に流される訳では無い。もしも、彼が処断される様なことがあれば周囲諸共となりかねない。それを恐れて、使用人達は次々と離れて行った。

 

「執事さんは、それで良いんですか?」

「はい。エレク様を止められなかった、私達も同罪ですから。……もはや、ルーカス様に裁かれることだけが救いだと思っていたのですが」

 

 いつもは下卑た表情を提げていたが、今は苦悶の表情を浮かべている。セレンが治癒の魔術を唱えたことで、若干痛みは和らいだように見えた。

 

「今は違うんですよね?」

「えぇ。今は、セレン様が信じるエレク様を、私も信じてみたいのです」

 

 どういった心持の変化があったのか、何があったのか。早く目を覚まして話を聞いてみたい。1日でも早く目覚めることを願い、彼女は一心不乱に世話と治癒の呪文を施しに来ていた。

 しかし、甲斐甲斐しく通う疲れからか、不意に彼女は体制を崩してしまった。その拍子に、エレクに倒れ込んでしまったのだ。

 

「む?」

 

 異変に気付いたのは執事だった。セレンに覆い被さられた瞬間から、ジワジワシーツが盛り上がり始めていたのだ。

 やがて、テントと言えるほどに張った頃、今まで目覚める兆しも無かったエレクの瞼が開いた。上体を起こして、キョロキョロと周りを見渡して。トイレにでも行こうとしたのかベッドから出た瞬間、執事は叫んだ。

 

「立った! セレン様のおかげでエレク様が立ちました!!」

「は?」

 

 泣いて喜ぶ二人を傍目に。当の本人は何が起きているのかサッパリだった。

 

 

――――

 

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第8話:透明な人間

「お前は良い子だね」

 

 俺は良い子だった。アリを見つけても巣穴に水を流したりはしないし、踏み潰したりもしない。学校では、他の奴らが掃除をサボってもちゃんと残った。

 人の言うことを聞いて、やっちゃいけないことを我慢し続ければ認められる。褒められる。だから、俺は良い子であり続けた。

 

「なぁ、金貸してくれよ。必ず返すからさ!」

「え、でも。この間、借りたのを返して貰っていないし……」

「前回の分もまとめて返すからさ。お前だからこそ頼んでいるんだよ」

 

 クラスメイトが両手を合わせて俺に頼み込んでいた。俺を信頼していた訳でもないのに、頼られたんだからと軽々に応じた。

 

「悪い。俺、塾があるからさ。作業は任せたぞ」

「俺も妹を迎えに行かないと行けないからさ。後はお願いな」

「よっし! 俺達だけでも頑張るぞ!」

 

 文化祭の時もそうだった。興味のない出し物の為に、休みの日も学校に来て展示物の作成をしていた。本当にやる気のあるメンバーには混じれないし、やる気のない奴ほど割り切れる訳でもない。

 

「学校はどうだい?」

「うん。楽しいよ」

 

 俺がやっているのは『良い子』と言うイメージの再現だけだった。そこに自分の本音や心は伴っていなかった。まるで、誰かに動かされるキャラクターの様だった。

 

「ありがとうございます」

 

 その中で、エロゲを買ったのは『良い子』から逸脱する為のささやかな反抗だった。どうせ、あと少しで大手を振って買える代物だ。

 

「これから、2人で幸せな未来を歩んで行こう」

「はい。ルーカス様!」

 

 エンドロールが流れる『迷宮エレクチオン』は面白かった。

 ルーカスは誰からも慕われ、称賛を浴び、栄光に向かっての道筋が出来ている。ゲームで欲望を満たして、好き勝手にやっても。現実で咎められることも無ければ、現実を変えられる訳もなく。

 

「え、お前いたの?」

 

 俺は良い子であり続けた。言うことを聞いて、皆の言葉に頷いて。気づいたら、居ても居なくてもいい透明な人間になっていた。

 

~~

 

「エレク様が立ちました!」

「は?」

 

 執事と知らない少女が手を取り合って喜んでいた。催して来たのでトイレに行きたくて立ち上がったのだが、その場で崩れ落ちてしまった。

 

「大丈夫ですか?」

「体が動かん。どういうことだ?」

 

 執事が俺の体を支えてくれたが、何が起きているのかまるで分らない。仕方なくベッドに戻って、説明を求めた。

 

「実はですね。エレク様がダンジョンから戻ってきた後、数日の間。寝込んでいたのです」

「なんだと?」

 

 ルーカスが先にダンジョンを制覇してしまえば、俺に待っているのは破滅だ。

 こうして休んでいる時間も惜しいと言うのに、ロクに体が動かないことに焦る。今、出来ることがあるとすれば現状把握位だ。

 

「そして、カリドーンを倒したのはルーカス様ということになり、国から積極的な補助を受けるようになりまして」

 

 俺が評価されたら、国としても体裁が悪いだろう。その点、国王の判断は腹が立つ物の正しいとは納得できる範疇ではある。だが、一つ疑問がある。

 

「カリドーンを撃破したって証拠は?」

「あの後、追加で来た人員がドロップ品を持ち帰ったそうです」

 

 幾ら俺が激闘を繰り広げた末に勝利を収めたとしても、証拠が無いのなら手柄にしようがない。結果を我が物顔で主張する奴は見慣れている。

 ゲームをしていた時はアイテムパックを圧迫する邪魔な品物だと思っていたが、こう言うことならちゃんと確保しておけば良かった。と思っても、あの時は状況が状況だったから仕方ない。それと、気になったことがある。

 

「当たり前のようにいるけれど、お前は一体?」

「あ、すみません! 自己紹介が遅れました。あの時、カリドーンに捕まっていた所を助けて貰った『セレン』と申します!」

 

 くせっ毛の茶髪眼鏡と言う容姿にセレンと言う名前を聞いて、俺の記憶に遭った情報と符合した。

 『セレン』。最初に救助するヒロインだが、能力的にも活躍的にもパッとしないことから最終的にフェードアウトしていく人物で、ユーザーからは『セレなんとか』さんとか。酷い弄られ方をしている。

 

「そうか。なんで、此処に?」

「なんでって。助けて貰ったから、少しでも恩を返したくて」

 

 一瞬、言われたことが良く分からなかった。だって、俺はエレクだぞ? 性欲猿として人々から忌み嫌われている存在だ。猛獣の檻に自分から足を運んでいく餌なんているか?

 

「奇妙な奴だ。俺の風聞は知っているだろうに」

「貴方の評判が散々だということも聞いています。なのに、どうして私を襲わなかったんですか?」

 

 改めて言われたら、あの時。何故、俺は彼女を襲わなかったのだろうか?

 破滅の未来が見えているのなら、自暴自棄になったとしても不思議ではない。自壊しかねない程に能力が暴走していたと言うのに、どうして畜生の道に走らなかったと聞かれたら、大した理由はない。

 

「あんなに弱っていた奴に手を出すのは、人間のすることじゃない」

 

 執事が目を見開いた。エレクの人間性から掛け離れた答えに戸惑っている事だろうか。一方、セレンは何かの確信を深めた様子だった。

 

「率直に聞きます。貴方は、本当にエレク様ですか?」

 

 心臓が跳ね上がった。同時に、この世界に来てから掛けて欲しいと思っていた言葉でもあった。

 今後、ルーカスを出し抜いてダンジョンを攻略する上で女性の協力者は欠かせない。ならば、彼女を仲間に引き込む為にも。俺は率直に打ち明けた。

 

「実で言うと。俺はエレクの体を借りているが、エレクではない」

「なんと!?」「やっぱり……」

 

 そして、俺は彼女達に説明した。この世界を『迷宮エレクチオン』と言うゲームとして知っているのだと。故に、エレクという人物に待ち受けている破滅を避ける為に行動を起こしていることを。2人は決して笑うことも茶々を入れることも無く。真剣に話を聞いてくれた。



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第9話:はじめまして

「俄かに信じ難い話ですが」

「俺だって、今でも信じられない。だが、これが現実なんだ」

 

 突拍子の無い話だが、今まで暴虐の限りを尽くしていた男が急遽改心したとすれば、こうでもないと説明が付かない。

 

「信じます。今までのエレク様の風評を鑑みれば、信憑性があります」

「むぅ、確かに執事の私としても。理解は出来ませんが、納得は出来る所です」

「信じてくれるのか?」

 

 だとすれば、2人は心強い協力者になってくれるかもしれない。幾ら【勃起無双】の能力が強くても、発動できなければ俺はただのデブでしかないのだから。

 

「はい。このままだと破滅しちゃうんですよね? 私で良ければ、ダンジョン攻略の手伝いをさせて頂きます!」

「ありがとう。本当に助かる」

 

 善意が巡り巡って自分に帰って来るのは本当に喜ばしい。……だが【勃起無双】の発動を手伝って貰うとなると、話は変わってくるかもしれない。

 どうやって打ち明けるべきかと考えていると。俺達の会話を遮らない様にしていた、執事が機を見て口を開いた。

 

「では、貴方様のことは何と呼べば良いのでしょうか?」

「今まで通りで良い。変えた方が不自然だ」

 

イレギュラーを増やしたくないので、原作準拠な所はそのままにしておきたい。だが、執事は複雑な顔をしていた。

 

「ということは、今。本来のエレク様は何処に行ってしまわれたのでしょうか?」

「俺も分からない」

 

 ひょっとしたら、俺の肉体に入っているかもしれない。元に戻った時、牢獄に居た、なんてことも考えて身震いした。

 

「そうですか……」

 

 執事と言う立場からして、エレクには散々迷惑を掛けられて来た立場だろうに、彼は悲痛な表情を浮かべていた。彼にとっては大事な人物だったんだろうか?

 ふと、【勃起無双】を行使した直後に見た光景のことを思い出していた。使用人達から目を背けられ、父親からすら見放されていた彼に対して、力量の彼我も顧みずに体を張ったのは、彼だけだった。

 

「俺はエレクの嫌な面しか知らない。どんな奴だったか、俺達に教えて欲しい」

「私も聞きたいです。どうして、エレク様はあんな酷いことをする様になったんですか?」

「そうですね。そのことを語るには、まず生まれから遡らなければなりません」

 

 これはゲームをプレイしていても、設定資料集などにも載っていなかった情報だ。一体、エレクは何が原因で歪んでしまったんだろうか?

 

「エレク様は早くから母親を亡くされているのです。御父上は仕事に忙しく、世話は私達に一任しておりました」

「侯爵家ともなれば多忙だろうしな。ひょっとして、妻を亡くした寂しさから仕事に逃げていたのかもしれないが」

 

 エレクをぞんざいに扱っていたのは、妻を亡くして子への接し方が分からなくなってしまった故の対応だったのかもしれない。

 

「私達が推し量ることも憚られます。女性からの愛に飢えていたエレク様でしたが、その容姿から疎んじまれ、拒絶されてばかりでした」

「やがて、憎しみに変わって行った。ということでしょうか?」

「はい。後は、皆さまも知っての通りです」

 

 母を亡くし、周りにいる執事やメイドは対等な立場ではなく。唯一残った肉親からすらも見放されている。俺はその一端を見ている。

 

「だからと言って、非道を許していい理由にはならない」

「おっしゃる通りです。ですから、こんなことを言えた義理は無いのですが。お願いです。この国とエレク様をお助け下さい!」

 

 絞り出すような懇願だった。父親よりも誰よりも真摯に彼と向き合い、生傷も絶えぬ日々だっただろう。

 

「……実は、俺はエレクの記憶を見ているかもしれないんだ」

「どういうことなんですか?」

 

 セレンに尋ねられたので、俺が見た記憶に付いてを話した。メイドに暴行したこと、彼を止めようと執事が身を張ったこと。彼以外は誰もが事態の対処に当たらなかったこと。

 

「これは事実か?」

「お恥ずかしながら、事実でございます。私の力が足りぬばかりに」

 

 心底悔いている様だった。どうして、ここまで親身になれるのだろうか? 彼に対して興味が湧いて来た。

 

「そうだ。まず、名前を教えて貰えないか?」

「申し遅れました。私、ケイローと申します。改めまして、よろしくお願いします。エレク様」

 

 真の意味での初対面ということで、俺はケイローから差し出された手を握った。掌に固い感触が伝わって来た。

 

「剣タコ。って奴か?」

「はい。私、エレク様の身の回りと言うことで勉強以外にも剣術や弓術なども教えていたのですよ」

「その割には、この体は随分と贅肉を蓄えているようだが」

「スキルに気付かれましてから、する意味が無い。と、おっしゃられまして」

 

 【勃起無双】は強力すぎるが故に心身の成長を大きく妨げてしまっていたのだろう。時間があれば、じっくりと鍛錬。と言いたい所だが、手っ取り早さを考えると……。

 

「剣術の指南。ということは、ケイローさんは今でも戦えるんですか?」

「厳しいでしょうな。エレク様からも邪魔だから付いて来るなと言われていたので」

 

 俺よりも先にセレンが聞いてくれた。実際、今回のカリドーン戦に彼が居ても邪魔にしかならなかっただろう。【勃起無双】のことを考えたら、そもそも身内に見られるのも嫌だが。

 

「ケイローには引き続き日常面で頼りにしている。俺を支えて欲しい」

「かしこまりました。私に出来ることがあるとすれば」

「私のことも頼って下さいね!」

 

 事態は悪くなっているはずだと言うのに俺の心は軽かった。意識した訳でもなく、自然と笑みが溢れていた。

 

「ダンジョンの方でもよろし」

 

 と言いかけて言葉に詰まった。よろしく頼むって、何を? ナニを? 朗らかな笑みを浮かべる彼女に対して、シて欲しいことを説明しなければならないと思うと、気は重くなるばかりだった。

 



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第10話:快進撃と裏事情

 スキルの発動、勃起の手伝いをして欲しいなんてことをうら若き少女に言える訳がない。セクハラでもあるし、品性を疑う。

 そんな発言をかましたら失望されて逃げ出されるかもしれないので、まずは他に必要なことを聞いておこう。

 

「俺が意識を失っている間、ダンジョンの攻略は順調なのか?」

「はい、ルーカス様が快進撃を続けています。既に6階層まで進んでいるとか」

「6階層か。折り返し地点に居るのか」

 

 『迷宮エレクチオン』のフロアボスは全部で12体。『カリドーン』で苦戦していたことを考えると、驚異的な成長速度と言う外ない。この事が気になったのは、ケイローも同じだったようで。

 

「参考までに聞きたいのですが、エレク様の知っている情報ですと6階層まで踏破するのはどれ程のステータスが必要でしたか?」

「全基礎ステータスが『100』は欲しい。その上で強力な武具や防具も。他にもギミックや特攻もあるから一概には言えないが」

 

 現時点で6階層を突破できる程の能力があるなら【勃起無双】のバフを使っても勝てないかもしれない。俺が気落ちしたのを見て、慌ててセレンが慰めようと口を開いた。

 

「でも、最近のルーカス様は少し様子が変だって。皆から噂されています」

「どういった風に?」

「ダンジョンで持ち帰って来る戦利品が少なくなったそうです。以前までは魔物のドロップ品やアイテムを沢山持ち帰って来ていたのに」

 

 妙な話だ。魔物のドロップ品は強力な武具を作ったり、資金を手に入れる為にも数が欲しいハズだし、アイテム収拾はダンジョンの制覇に欠かせない要素だ。

 イベントで国王から武器を貰えたりすることもあるが、6階層まで行けるほどの物は貰えなかったはず。

 

「(必要最低限の量だけを回収することにしたのか?)」

 

 攻略を急ぐ上ではあり得ない選択ではない。実際、RTA動画では最低限の素材だけを回収して速攻で制覇するという物もあった。

 

「それと、もう一つ。今まではソロで行っていたのですが、PTを組むようになったんだとか。ただ……毎回メンバーが違うんです」

 

 これまた奇妙な話だ。PTを組むことは珍しいことではない。ちゃんと集団で動けるかどうかを試す為にメンバーを入れ替えることも珍しいことではないが、毎回メンバーが違えば連携を取るのが難しくなるはずだ。

 

「セレン様。元・パーティの方とお話をされたりとかは?」

「したんですけれど、守秘義務がある。って、なにも答えてくれなくて」

「勇壮に活躍したのなら胸を張って話せると思うんだが」

 

 話せない。ということは何か、後ろめたいことがあるんだろうか? 原因が分からず頭を悩ましていると、部屋に年若い執事が入って来た。

 

「すみません。執事長、お客様が来られているのですが。『話がしたい』とのことです。自らのことを『イアス』と名乗っていました」

「ほぅ、イアスですか。久しぶりですね」

 

 俺も名前は知っている。『迷宮エレクチオン』においてはダンジョン内でアイテムを販売してくれる行商人であり、最終ダンジョンの手前まで付いて来てくれるので、彼に助けられたプレイヤーは数知れず。ルックスが良いこともあって人気も高い。

 

「ケイローと知り合いなのか?」

「昔の教え子ですよ。エレク様がよろしければ、話を聞いてみましょうか?」

 

 拒否をする理由が無い。俺はイアスを部屋に招き入れる様に伝えると、程なくして件の人物がやって来た。

 

「お久しぶりです、先生」

 

 美しい金髪を靡かせ、澄んだ碧眼は何処までも遠くを眺めている様だった。商人らしく豪奢な衣装を身にまとっているが、これが憎らしい程に様になっていた。

 

「えぇ、貴方も大成された様で。して、話と言うのは?」

「単刀直入に言いましょう。貴方達にはルーカスの罪を暴いて欲しいのです」

 

 全員が驚いていた。ルーカスの罪? 犯罪とは程遠いアイツが一体なのを犯したと言うのだろうか? 堪らず、セレンが尋ねた。

 

「どういうことですか?」

「まず、何処からお話しましょうか。彼に事情を合わせた方が良さそうですか?」

 

 イアスが俺の方に視線を向けて来たので頷いた。行商人と言う立場もあり、セレンやケイローよりも噂話などには聡いに違いない。

 

「貴方がカリドーンを倒してから、ルーカスがPTを組んでダンジョン攻略を始めたのは有名な事ですが、同時に未帰還の女冒険者が増えました」

 

 未帰還とは奇妙な話だ。ダンジョン内では致命傷を受けても、入口へと戻される力が働いている。ただ、セレンだけが何かを勘付いた様に顔を青褪めさせていた。

 

「それって、まさか」

「貴方は経験があるから分かるようですね。彼女達はダンジョンに囚われています。私の友人も帰って来ていませんので」

 

 最後の部分だけ語気が強くなった気がした。女冒険者がダンジョンに囚われる。だと言うのに、ルーカスが快進撃を続ける。二つの事柄を繋げると。

 

「つまり、ルーカスはPTを組んだ女冒険者をフロアボスに差し出して、先に進んでいるということか?」

「そういうことです」

 

 これには絶句した。攻略を焦るあまり、人の道を外れたのか。何がアイツを早まらせたのかは分からないが。

 

「どうして俺に?」

「ダンジョンの攻略を蔑ろにされると、我々の商売に影響が出る。正々堂々と攻略して貰わないと困るんですよ」

 

 道理だ。ダンジョン内で商売を営む行商人からすれば、攻略に必要なアイテムを買わず、魔物のドロップ品やアイテムを売り払ってこない状況が続くのは困るのだろう。

 

「加えて、彼女を罠に嵌めたこと。私は決して許しません」

 

 涼やかな顔に確かな怒りが浮かんでいた。あまりの剣幕に俺は息を呑んでしまった。ルーカスは踏んではならない尾を踏んでいたらしい。

 

「分かった。貴重な情報、感謝する」

「どうも。それと、これは餞別の品です」

 

 卓上に置かれたのはオイルの入った小瓶だった。優雅な動作で一礼をして、部屋を出た後。俺は一息吐いた。セレンも意気込んでいた。

 

「まさか、ルーカス様がそんなことをしているとは知りませんでした! 許せません!! 絶対に彼女達を助け出しましょう」

 

 これだけ意気込んでいたら案外、すんなりと飲み込んでくれるかもしれない。俺は意を決した。

 

「じゃあ、頼みたいことがあるんだ。これはセレンにしかないできないことだ」

「はい! 何でもします!」

 

 今、なんでもしますって言ったよな? やる気はバッチリだ。気恥ずかしさから、少し口内で言葉を転がした後。ようやく、吐き出せた。

 

「俺が勃起するのを手伝って欲しい」

「…………」

 

 長い、長い沈黙の後。館内に悲鳴が響き渡った。

 



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第11話:作戦会議

「わ、分かりました。では直接的でない方法を考えましょう!」

 

 俺が本題を打ち明けるとセレンがグズり始めたので、ケイローが代案を一緒に考えてくれることになった。なんでもするって言っていたのに。

 だが、彼女の気持ちは分からなくもない。恩義があるとしても、出会ったばかりの人物と致すなんて嫌だろう。もしも、俺が彼女の立場だったらこんな風に嫌がるとは思う。

 

「直接的でない方法。ですか?」

「はい。口にするのは憚られるのですが、エレク様は直接セレン様と致していた訳では無いのですよね?」

 

 ケイローが彼女の方を見ながら確認を取って来た。実際、俺はヤってはいない。ただ、現場を見て触発されただけだ。

 

「そうだな。その通りだ」

「でしたら、視覚的な物でも効果はある訳です。セレン様に恥を掻かせないラインで実用的な物を見極めて行きましょう」

 

 なるほど。と頷いた。それなら彼女に手を出すことは無くなるかもしれない。反動で再び自死する可能性があることは一旦置いておくにして。

 ケイローが部屋に備え付けられていたチェストから幾つか衣装を取りだした。何故、エレクの部屋に女性用の衣服があるのか? という問いに対する答えは直ぐに返って来た。

 

「こちら、エレク様がメイドに着せていた物の中で特にお気に入りの物ですが」

 

 衣服と言うには面積が少なく、女性用のインナーかと思ったが違う。

 紺色の生地は胸部から下腹部を覆う程しかなく、身に付ける為に肩紐がある位だった。何よりも特徴的なのは『あるく』と書かれた名入りのワッペン。

 

「スクール水着じゃないか」

「ほぅ、この衣装はそう言う名前だったのですな」

 

 最初から人の尊厳のギリギリラインを攻めて行くストロングスタイル。当然の如く、セレンは抗議していた。

 

「嫌ですよ!? こんなのを着て生活している奴が居たら、痴女ですよ!」

「普段はこの上から外套を羽織って貰えば問題ありません。なんでもすると言ったのですから、貴方も覚悟を見せて下さい!」

 

 ケイローの眼差しは真剣な物だった。このままでは俺達に待ち受けるのは破滅だし、イアスの件もあるのだろう。

 全員が真剣な面持ちをしているだけに、両手でスクール水着を摘まみ上げている絵面に笑いそうになったが堪えた。

 

「わ、分かりました。今から、着替えるので覗かないで下さいね」

 

 言われた通り、俺達は目線を逸らした。が、俺の胸中に一つの疑問が思い浮かんだ。

 

「態々、コスプレしなくても胸を見せて貰えば良いのでは?」

「いえ、あくまで最終手段に取っておいてください。何度も胸を見てスキルを発動させていたら、いざという時に使えなくなる可能性があります」

 

 確かに。俺も手で扱いてみたが、エレクの愚息は立たなかった。この体が刺激に慣れてしまっている為だろう。人は刺激に慣れると反応が芳しくなくなる。その点、視覚的情報に関しては俺の感性が良い方向に働いているのだろう。

 一見、ふざけている様に見えるが、スキルの発動トリガーを幾つも用意しておくアイデアには感心した。

 

「も、もう良いですよ」

 

 言われて振り返った。冴えない眼鏡女子、スクール水着により強調される身体のライン、恥らう表情……。興奮よりも先に罪悪感がやって来て、顔を逸らしてしまった。

 

「女性が真剣に奉公しようとしているのですから、ちゃんと見なさい!」

 

 ケイローが無理矢理俺の顔をセレンの方に向けさせた。

 学校の授業では中学生の頃から、水泳は男女別で行われていた。友人も碌にいなかったのでプールや海に行くことも無い。家族で向かった覚えもない。

 つまり、俺がこの姿でいる女性を見るのは、エロゲを始めとしたサブカルチャー位な訳で。何が言いたいかと言えば、甚く刺激的だった。余計なことを口走る前に必要なことを口にした。

 

「ステータスオープン」

 

【レベル】:8

【体力】:30(+30)

【魔力】:00

【攻撃力】:15(+30)

【防御力】:22(+30)

【俊敏性】:03(+30)

 

「発動はしているのですが、バフの数値が高くはありませんな」

 

 訳も分からないまま興奮している。ということで、身体の方が戸惑っているのかもしれないし、理性がストップを掛けてしまっているのかもしれない。

 

「こう、何というか。罪悪感とか、驚きとか、緊張とか。色々……」

「あの。もしかしてですが、貴方は童貞でしょうか?」

「そうだよ。俺は生まれてこの方、1度もヤったことが無いゾ」

 

 恥辱に塗れた発言を強いられたことにより、最後ら辺の方は声が裏返ってしまった。女子の友達もいなかったし、そう言った機会に恵まれたことは一切なかった。風俗に行く度胸も無かった。

 

「なるほど、相当に貞操観念の固い方だったのですね。ですが、そういった意味ではむしろチャンスかもしれません」

「チャンスですか?」

 

 人は自分より失意の中にいる者を見ると冷静さを取り戻すらしい。セレンが発言の意図を確認していた。

 

「はい。上手く行けば、今のエレク様は今以上にスキルを使いこなせるかもしれません。貴方が童貞のおかげで」

「うるせェ!!」

「非常に重要なことを知れました。これを基に特訓と攻略の足掛かりにして行きましょう。では、早速今からして欲しいことがあります」

 

 失意の底から引き上げられる。俺としては尊厳に傷が付けられた気分だが、有利に作用してくれるなら凹みすぎる必要も無い。セレンも息を呑んだ。

 

「まず、ダンジョン内で発動が出来るか確かめて来て下さい。安心できる環境と緊張感がある場所では勝手も違って来るでしょう。ルーカス様のペースを考えると、今日中に第2フロアボスを制覇する勢いで行きましょう」

 

 俺達に残された時間は多くない。いきなり体を動かすのはきついが、四の五の言っていられない。

 

「俺もケイローの意見に賛成だ。実際、このシチュエーションがダンジョン内で使えるかどうかを試してみなければ」

「……分かりました」

 

 衣服を着替える。普通、数日も動かなければ筋肉はかなり衰えるはずなのだが、少し痛む位で問題は無かった。彼らの介抱の賜物だろう。

 

「外に馬車を停めております」

「助かる」「行ってきます!」

 

 外套を羽織ったセレンと一緒に乗り込んだ。心強い仲間が出来たことは嬉しいが、同時に滅亡までのリミットも早まった。

 馬車に揺られながら、目的地に着くまでの間。俺達はお互いの持ち物やダンジョンでの立ち回りに付いて確認し合っていた。

 



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第12話:再走と再会

 ダンジョンの入り口に着いた俺達に向けられた視線は、嫌悪と不快に塗れた物だった。俺にとっては慣れた物ではあるが、セレンは居心地が悪そうだった。

 

「これ、仕方のないこと……なんですよね?」

「エレクは嫌われ者だからな」

 

 好意的な人間と交流を持ち、事情を話すことが出来たので気が緩んでいたこともあったが、エレクは悪役である。非難されるだけのことをして来たのだから、これ位は当然のことだろう。

 だが、直接何をして来る訳でもない。侯爵家の長男、と言う立場を恐れて何もして来ない。負の感情を晒し続けるだけ。彼らを見ればルーカスの方がよほど人間的な交流を持とうとしていた。

 

「エレク様と回復術士(ヒーラー)のセレン様ですね? どうぞ、お入りください」

 

 ダンジョンに足を踏み入れる。以前はルーカスの後を付いて行くことで戦闘を回避していたが、今後は自分達の力で進む必要がある。セレンの方へと視線を向けた。

 

「今のステータスなら浅い階層なら進めるだろう。発動のタイミングを見極めながら、探索をして行こう」

「はい。この辺りなら問題ないとは思いますけれど」

 

 エレクの能力が低いと言っても、カリドーンを倒して得た経験値もある。ここ等辺の敵位なら能力を使わずとも対処は出来た。得られるドロップやアイテムはショボイ物ばかりだったが、バッグに詰め込んでいく。

 コボルトやゴブリンを叩きのめしながら探索していると。他の同族よりも栄養状態が良いのか一回り大きくなっており、数匹の同族を連れているスライムが居た。透き通った体内には異物の様に白濁した液体が浮かんでいた。

 

「みぎゃ! みぎょ!」

「うぉ!?」

 

 まるで、実家に帰って来た主人に飛びつく犬のように。スライムは俺へと飛び掛かって来た。器用に粘性の体を触手の様に伸ばして、バッグの中から食料を奪い取ると、背後にいた部下に放り投げた。

 だが、追撃してくるような真似もせず体を摺り寄せて来ていた。もしやと思ったが、このスライムは。

 

「お前、もしかして。天雅なのか?」

「みょ!」

 

 同意する様に体を震わせていた。あの時は、俺を見捨てた薄情者だと思っていたが、こうやって再会するや駆け寄って来る所なんて、愛犬めいた可愛さがあるじゃないか。

 

「知り合いなんですか?」

「ここに来たばかりの頃にな。寂しかったから、このスライムに餌付けしていた。倒されずにいたことに驚いた」

 

 魔物達は倒されると死ぬのか、一定時間が経つと復活するのかは分からない。ただ、天雅は俺のことを忘れていなかった。故に、ホームポジションの様にズボンの中に移動しようとしていた。

 セレンが目を丸くしていた。折角、餌付けした理由であるオナホにしようとした経緯を隠し通せそうとしたのに。仕方がない、本当のことを言うのか。

 

「ついでに。スキル発動の手伝いをして貰った。具体的には中に入れた」

「そんなことしたら消化液で大変なことになっちゃうんじゃ……」

「ヒリヒリした。めっちゃ痛かった」

「みー……」

 

 お前は悪くない。強いて言うなら、俺の頭が悪かった。だから、こうして再び会えたことは嬉しく思う。ただでさえ味方は少なく、スキルを発動させる可能性がある物は手元に置いておきたい。

 

「なぁ、セレン。スライムの消化液による怪我は治療できるのか?」

「ちょっとした麻痺みたいな物ですから、問題はありませんが」

「よし、じゃあ俺はコイツを連れて行く。天雅、また頼んだぞ」

「み!」

 

 ゴソゴソとズボンの中に入って行った。ジンワリと快感が増幅していく様な感覚だ。俺には突飛に与えられる刺激よりもこういった物の方が向いている。

 セレンと天雅(オナホ)の助けもあって、カリドーンと戦った階層へと辿り着いていた。フロアボスの存在も無くなったフロアにはイアスを始めとした商人達が居着いていた。

 

「おや、エレク様。思ったよりも早い再会でしたね」

「早速、商売をしているな」

 

 簡易的な休息所や、此処まで制覇して来た者達だけが使える転送陣。勿論、商品を並べた店頭もある。

 

「国を救おうとする冒険者の手助けをして、我々も利益を得られる。双方良しですよ。ここまで自力で辿り着けたなら、こちらを渡しておきますよ」

 

 イアスが差し出して来たのは巻物だった。ゲーム的に事情を知っている俺は、これが一体どのようにして使う物だということを知っている。

 

「休憩所ごとの移動に使える転送用の巻物(スクロール)だと思っても良いんだな?」

「話が早いですね。ここまでたどり着けたなら、お渡ししても問題ないと」

 

 実力が無いまま深層に来られても邪魔にしかならない。ある程度、俺の実力が認められたと思っても良いのだろう。

 

「エレク様。折角ですから、ここで一休みをして行きましょう。股間がどうなっているか心配ですし」

 

 後半の方はイアスに聞かれない様に小声になっていた。少しヒリヒリして来たので丁度良いと思っていた。

 イアス達に代金を払って、場所を借りた後。セレンに治癒の魔術を掛けて貰った所、痛みは引いた。残されたのは興奮の矛先が分からずに半立ち状態になっている、俺の象徴。

 

「ステータスオープン」

 

【レベル】:10

【体力】:40(+20)

【魔力】:00

【攻撃力】:20(+20)

【防御力】:32(+20)

【俊敏性】:05(+20)

 

「優秀なバッファー。と言えるんでしょうか?」

「かもしれんな」

 

 とは言え、あまりに使いすぎるのも良くはない。刺激に慣れすぎると、いざという時に使えなくなるかもしれないからだ。ただ、セレンの生理的嫌悪感を減らす上では大いに役立ってくれるかもしれない。

 

「みぎゃ」

「よっし、手持ちの整理とコイツの餌でも買ってやるか」

「先に言っておきますが、ここまで来た危険と手間を考えて割高になっています。また、素材に関しても少し安めに買い取らせて貰います」

 

 だとしても、ダンジョン内で済ませられる便利さには変えられない。ここまでは復習だ。次の階層から攻略が再開される。荷物を軽くしながら、食事なども取って、着実に準備を進めていた。



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第13話:剛・直・真・槍

 第1フロアボスの階層を超えると、現れる魔物にも変化が現れる。

 今まではコボルトやゴブリンの様に数で殴って来る雑魚敵が多かったが、この階層から単体で強い個体が出て来る。

 

「ブギギッブギィ!!」

 

 豚の亜人、いわゆる『オーク』なんかは中々に強い。攻撃力は高くないが、HPと防御が高いので長期戦を強いられる。戦闘が長引くと、フロア内を徘徊しているモンスターも乱入してくる。

 

「エレク様! ラッシュ・ガゼルです!」

「事故要員め」

 

 多くのユーザーを入口へと戻して来たこともあり、クソ鹿の名前で呼ばれている。ジンワリとスキルを発動させているお陰もあり、事故もなく順調だ。

 ドロップ品やアイテムを回収しつつ、緊張しすぎない位に雑談なども交えつつ、奥へ奥へと進んでいく。

 

「あの、エレク様は私達に付いてはどれ位、ご存じなんですか? その。『ゲーム』? と言う物である程度知っているんですよね」

「そうだな。俺が知っているのは」

 

 セレン、平民出自の娘。ダンジョンに潜った理由は病気がちな母親を治療する薬を探す為であり、彼女が回復を得手としているのはここら辺が理由だ。

 

「私、一言も喋っていないのに。もしかして、これからどうなるかも?」

「知らん。俺が知っているのは、お前がルーカスと行動した場合だけだ」

 

 もしも、セレンルートに入った場合はルーカスと共にダンジョンを攻略していく中で万能の霊薬『エリクサ』を入手するのだが、手に入れた直後。ルーカスは、倒したはずの毒蛇による魂を蝕む毒により死に戻りが許されない程のダメージを受ける。

 その時、彼女は母親の為に取っていた霊薬を使うかどうかを葛藤する。というシナリオなのだが、滅茶苦茶評判が悪い。

 

「(ユーザーがルーカスを動かしている以上、アイツに肩入れをするのは当然のことなんだが)」

 

 ユーザーの多くからツッコミとして挙げられたのは『助けられた癖に、自分が助けるときは迷うのか』。『回復術士が1人で深層まで行ける訳もないのに、なんで渋るんだ』。『回復をケチる回復術死』等。このせいで彼女は『セレなんとか』さんと揶揄されるようになった。

 勿論、こんなことを言うべきではないし。俺にとってのセレンは、真摯に話を聞いてくれた協力者である。……なのだが。

 

「どうかしました?」

 

 何も知らない彼女は心配そうに尋ねて来る。この気遣いが胸に響く。

 何故なら、俺も彼女の立ち振る舞いを揶揄していたユーザーの一人だったからだ。でなければ、セレなんとかさんなんて呼称が出てくるわけがない。

 

「何でもない。先へ進んで行こう」

「みぎゃ」

 

 股間に張り付いている天雅に餌を与えながら、時折股間の治療もして貰いつつ。俺達は階層を進んでいく。

 

~~

 

 オークやラッシュ・ガゼルを退けながら辿り着いた先。暫く、長い通路が続いた後に広大なフロアが待ち構えている。望遠鏡で確認しようにも、不思議な靄が掛かって覗くことは出来なかった。

 

「セレン。早速、試してみるぞ」

「わ、分かりました。天雅君越しで良いんですよね?」

「みぎゅ!」

 

 ハラリと外套を脱ぐと表れたのは『あるく』と名前が書かれたスクール水着。彼女の手がズボンの中に入り、天雅に触れた。

 

「オッ」

 

 彼女がスクール水着になった時点で既にスキルのバフ値は上がっていたが、他人にして貰うのは全く感じが違う。刺激と言うのは、感触的な物だけではなく視覚的な物だけでもないらしい。

 嗅覚、聴覚までもガンガン揺さぶられる。ずっとこうされていたいと思いつつも、果ててしまっては発動が終わってしまう。このお預け感は酷過ぎる。全ての目的を放り出して、放出したい欲求に駆られながら言葉を吐き出した。

 

「ステータス。オープン」

 

【レベル】:13

【体力】:60(+100)

【魔力】:00(+100)

【攻撃力】:30(+100)

【防御力】:42(+100)

【俊敏性】:05(+100)

 

「後は。段取り通り、ですよね?」

「あぁ、絶対に始末してくる」

 

 帰還用の巻物(スクロール)を耐火布で覆い、懐に仕舞う。天雅とバッグを預け、歩を進める。フロア内では第2のボス『ケリュアー』が女性冒険者を相手に盛っていた。

 

「うあっ、あっ。やめっ、見ないで……」

 

 カリドーン程の体躯ではないが、巨大な鹿の化け物であるケリュアーの交尾は何処か現実感の様な物があった。

前回の様に突飛に見た訳ではなく、準備を踏まえた上だとしても。性欲の全てが暴力へと置換されたような感覚に気が狂いそうになる。

 

「剥製にしてやらぁ!」

 

 フロアの入り口と出口が閉ざされる。凄まじい速度で動き回るが、コイツの対策については考えるまでもない。既に俺の全身は焼けるように熱かった。

 

「εκπυρσοκροτώ!!」

 

 空間のあちらこちらで爆発が起きる。如何に機動力が高くても絨毯爆撃をすれば当たるだろうと考えていたが、ケリュアーの速度と危機感地能力は想像の遥か上を行っていた。

 爆撃を避け、縦横無尽に飛び回りながら、突進と後ろ脚で蹴り上げて来る。【勃起無双】越しでも若干体力が削られるのだから、本来ならば相当に苦戦する相手なのだろう。

 

「あっ、ぐ。もうダメだ」

 

 意識が朦朧としてきた。全身が破裂しそうなほどに加熱している。今、思えばエレクが【勃起無双】を使ってヒロインを拉致、強姦するのは合理的な行動だったのだ。そうしなければ、自分の能力で自死しかねないのだから。

 

「ピャンッ!!」

 

 視界の中にある物がゆっくりと見えた。俺の姿を見て驚愕の声を上げる、名前を思い出せないヒロイン。そして、尻をこちらに向けながらトドメの後ろ脚蹴りを放とうとして来るケリュアー。だが、俺の心に思い浮かんだのは悔しさでも怒りでもなかった。

 先程、ケリュアーの交尾は現実的だと言った。青銅の蹄から伸びた脚は華奢で美しく、額から伸びた雄々しい2本の金角はブロンドヘアーの様に見えた。何よりも、こちらに向けた尻の形は整っていた。キュッと締まった肛門が実にセクシーだった。

 

「堪らねぇ!!」

「ビャッ!」

 

 ズボンがズルリと脱げ落ちた。ガッシリと胴体を固定して、ケリュアーの体内をぶん殴る一撃を入れた。周囲から上がった悲鳴が誰の物だったかは分からないが、ひたすらにぶん殴った。

 

「マ”ッ!」

 

 取り付いた俺を剥がそうと暴れ回るが意味が無い。何故なら、今の俺は欲望を解き放つまで微動だにしないからだ。

 

「食らえ! 俺の一撃!!」

 

 正しく、全身全霊だった。ボゴボゴと体が膨れ上がり、ケリュアーは破裂した。同時に俺の意識も遠のいて行く。転がって来た目玉から憎悪を始めとした色々な物が籠った視線を向けられたが、俺は気持ちよく死に戻った。

 



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第14話:一石を投じる

「大した奴だ」

 

 派手にケリュアーを蹴散らした直後、死に戻りをしたが未だにダンジョンの入り口は見えてこない。靄が掛かった空間の中で浴びせられた言葉は、賞賛だった。

 

「お前は、エレクか?」

「俺の体で面白いことをしてくれたものだ。女を犯すか暴力を振りかざすなら未だしも、魔物相手に腰を振るなんて正気じゃない」

 

 まさか、悪党から正気を疑われるなんて思わなかった。だが、あの行為は決して狂気に陥った故の行動ではなかった。

 

「とんでもない。あの場において、ケリュアーを打倒しうる最適の手段だった」

 

 【勃起無双】におけるデメリットを相手の内部から叩き込み、なおかつ戦闘終了後にヒロイン達に手を出すことをも防げる最適解と言えるだろう。上手く制御できれば、自死すら避けられるかもしれない。

 

「まさか、俺のスキルをそんな風に使う奴がいたとは。今度、試してみるのも悪くはないな」

 

 声色は喜色に弾んでいた。今度、という言葉が気になる。エレクは今、自分が何処にいるかを理解している様だった。

 

「お前は今、何処にいるんだ?」

「何処にも行ってはいない。最初から、俺は俺の中にいる」

 

 当然のことだった。だとしたら、俺の体は今どうなっているのだろうか? どうして、俺が呼び出されたのだろうか?

 

「なぁ。どうして、俺を呼んだんだ?」

「覚えていないのか? 以前も言っただろう。お前は全てに対して無関心なのだと。そう、自分自身にさえ」

「質問の答えになっていない。俺を呼んだ理由はなんだ?」

「敢えて言うなら、偶然だ。本当に偶々タイミングがあっただけだった。と言っておこう」

 

 俺を弄んでいるのか。あるいは本音なのかは判断し辛いが、それ以上の疑問を投げかけるよりも先に意識が浮上していく。

 

~~

 

 目を覚ました。入り口に戻ったかと思ったが、ここはイアス達が設置した第1フロアボスの跡地を利用した休憩所だった。頭がひんやりして気持ちが良い。

 

「みぎゃ!」

「天雅。お前が、付き添ってくれていたのか」

 

 透明な体内には自身の一部を凍らせたのか、氷の結晶が浮かんでいた。俺を介抱する為にやってくれたのだとしたら、健気さに目頭が熱くなった。

 少し離れた場所では商人達が集まって何かを話している。痛む体を起こそうとした俺に気付いたのか、セレンが駆け寄って来た。

 

「あ、まだ起きないで下さい。スキルの反動があるので」

「ケリュアーは? 囚われていた奴は?」

「ばっちりです!」

 

 彼女の手にはボスを討伐した証である黄金の鹿角が握られていた。解放したヒロインはと言うと、商人達から衣服やスープを貰って一息吐いていた。

 自らの成果を見て胸を撫で下ろしていると、セレンから麦粥の入った食器を渡された。薬草などが入っており、疲れた体にはよく効きそうだった。一口掬って、喉へと流し込む。臓腑に沁みる温かさだった。

 

「ありがとう、美味いよ」

「でしょ! 私、粥作りには自信があるんですよ!」

「頼もしいな」「みぎょ!」

 

 おっと。俺だけが食事を楽しんでいてもいけない。天雅にも一口与えると、体を震わせて喜んでいた。少し体を休めて判断力を取り戻した後、俺はセレンの方を見た。

 

「セレン。彼女から話を聞いたりしたか?」

「はい。エレクさんが寝ている間に色々と聞いておきました」

 

 あんな現場を見せた後では、俺からは話しにくい。なので、先んじて事情聴取してくれた、彼女の気の利きように感謝した。まず、聞きたいことがあるとすれば。

 

「ルーカスから囮にされた。というのは本当だったのか?」

「残念ながら……事実です」

 

 信じられない。ゲーム内では、プレイヤーと言うメタ視点から見捨てることはできるにしても、作中の選択肢として囮にするという展開は無かった。

 それに、手段としてもデメリットが大きすぎる。もしも、この所業が露呈すればどれだけ非難されることか。

 

「王国の方で取り締まりの方は?」

「ダンジョンに入る時に書かされる誓約書で『何が起きても、国は一切責任を負わない』と言う文言がありますから」

 

 殺人が起きたとしても死に戻りがあるし、ダンジョンで何が起きているかなんて外野には分からない。

 重大な犯罪を起こしそうな奴は入り口で弾くのだから、ダンジョン内での出来事に干渉しない。というのは、仕方ないこともあるのだろうが。

 

「一冒険者とルーカス、どちらの話が信用されるかと言われれば」

「言うまでもありませんよね」

 

 勇者と言う立場を使って弱い人間を抑圧する。やっていることがエレクと変わりない。なりふり構っていられない程に王女を助けたいのだろうか? あるいは俺に助けられるのが我慢ならないのか。

 色々な可能性を思案していると、転送陣を通してイアスがやって来た。俺達の方を見るなり、拍手をしていた。

 

「素晴らしいですね。こんなに早くに第2フロアボスを倒すだなんて」

「皆の協力があってこそだ。あの女冒険者は、件の人物か?」

「いいえ、違います。恐らく、別の階層に居るのでしょう」

「そうか、残念だったな」

「とんでもない。貴方達のおかげで、彼女の尊厳はこれ以上辱しめを受けずに済んだのですから」

 

 チラリと女冒険者の方を見た。原作では見なかった顔だ。きっと、ルーカスがイレギュラーを働いた為、起きてしまったのだろう。ともすれば、俺も遠因の1つになっているかもしれない。

 

「彼女はどうするんだ? このまま地上に戻るのか?」

「いえ、彼女はダンジョン内で保護します。スポンサーである国王からすれば、余計な事を知っている人物ですから」

「そんな、まさか」

 

セレンの表情が固くなった。王女を助ける為に命を懸けた勇士に対して、その様な振る舞いが行われる可能性があることはショックだったらしい。

 

「あくまで念の為だ。イアスに任せよう」

「はい、お任せください。それとこれを」

 

 脱出用の巻物(スクロール)を渡された。忘れていたが、今の俺は病み上がりだった。あまり無茶をし過ぎる訳には行かないだろう。

 

「有難く使わせて貰うぞ」

「どうぞ。ケイロー先生にもよろしくと言っておいてください」

 

十分に体を休めた後、俺達はケリュアーの黄金鹿角を持って帰った。

賞賛こそは無かったが、多くの人々に困惑を与えた。何故、エレクが持って帰って来ているのだと。

 

「偽物だ。あんな物は偽物に決まっている!」

「だが、ルーカス様はカリドーンの品以降は何も持って帰って来ていない」

「その様な希少品を衆目に晒す必要が無いからだ。ともかく、奴が持って帰って来たのは偽物だ!」

 

 喧々囂々。衆人の困惑を他所に悠々と馬車に乗って帰って行くのは、少しばかり気分が良かった。



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第15話:情けは人のためならず

 

 ケリュアーを撃破して数日後。

 アレから、俺達は【勃起無双】を使って幾つものフロアを突破した。今まではルーカスの快進撃で持ち切りだった噂は徐々に変化しつつあった。

 

「聞いたか? 実はルーカス様はダンジョンのボス達を倒していなくて、エレクが全部後始末をしているんだって」

「じゃあ、どうやってルーカス様は先に進んでいるんだ?」

「コソコソ逃げながら進んでいるじゃないのか?」

 

 数日前までは称えていたのに、こうも簡単に翻るのか。やはり、実際にボスのドロップ品を毎回披露していたのが大きかったのか。あるいは、イアス達が陰ながら手を回してくれているのかもしれない。

 

「だとしたら、どうしてエレクが?」

「今まで犯して来た所業の贖罪だとか。あるいは、デカイ功績を立てて正式に無罪放免を勝ち取るためだとか」

「いや、付き人が非常に強力な力の持ち主であるらしい」

 

 好き勝手な推測が出回るが、少なくともダンジョンを本気で攻略しようとする姿勢は伝わっているらしい。徐々に風向きは変わり始めていた。

 そして、俺は今もまたフロアボスと戦っていた。9つの首を持つ不死の毒蛇『ヒュドラ』は、死に戻りすら許さない魂を蝕む毒の持ち主であり、通常のプレイではバッドエンディングが存在する程の強敵だが。

 

「頭切っても再生するって言うんならよぉ! 中からぶちまけてやるよ! オラ! 俺の10本目の頭を受け入れやがれ!!」

「シィーーーー!!!」

 

【レベル】:25

【体力】:100(+100)

【魔力】:00(+100)

【攻撃力】:50(+100)

【防御力】:62(+100)

【俊敏性】:07(+100)

 

 艶めかしく光る体は極上の肢体の如く。変温動物特有のひんやりした肌が気持ち良い。散々に毒を浴びせられたが、このスキルは状態異常も無効にするらしく、可愛らしい吐息の様だった。

 もはや腰を打ち付けて全身で殴る戦い方にも慣れて、自死と言うデメリットは強力な武器へと変わっていた。決着という名の果てが付こうとしていた。

 

「オラァアアアアア! お前がイブになるんだよ!! κορύφωση!」

「ギャアアアア!!!」

 

 ヒュドラの体内で、スキルの反動を含めた魔法を解き放った。9つの首がフロア内に飛び散る光景は凄惨な物だったが、ビチビチと生を諦められずに藻掻いているさまは何処か事後を感じさせた。

 全ての毒蛇が生命活動を停止した所で、フロアの中央に宝箱が出現した。安全になったと合図を送ると、セレン達が部屋に入って来た。

 

「やりましたね! こちらの人は……」

「ヒュドラの毒にやられたんだろうな」

「あ、え、う?」

 

 今までと違って、頭がやられている。今まで助けた女冒険者達はどれだけの辱めを受けても精神までやられることは無かったというのに。それだけ、ヒュドラの毒が強力だったということだろうか。

 実際、ゲーム内ではヒュドラ戦の時だけ、最初から犯されているヒロインはおらず、ルートに入っているヒロインが餌食となる理由が分かった気がする。囚われてから時間が経過しすぎてしまうと、此処までやられてしまうのだ。

 

「(表現とか色々と引っ掛かるんだろうな)」

 

 だが、今起きているのは現実だ。魔王に立ち向かうと決めた以上、こうなることを本人も覚悟していたかどうかは分からない。

 

「どうしましょうか?」

「宝箱の中身を回収した後。商人達が作った休憩所に運ぼう」

 

 ヒュドラのドロップ品である蛇皮を拾い、宝箱の中身を回収しようとしたとき。セレンが目を見開いた。

 

「それって、まさか」

「万物の霊薬『エリクサ』だ。必要なんだろう?」

 

 恐らく、彼女が一番欲しがっていたアイテムだ。幸いにしてヒュドラの最期の一撃とかは無く、このまま彼女に渡しても何ら問題は無い。

 

「ちょ、ちょっと待って下さい。良いんですか!? これを売り払えば、孫の代まで遊んで暮らせるのに!?」

「お前が居なければ、俺はここまで来れなかった。遠慮なく受け取ってくれ」

「みぎゃ!!」

 

 天雅も同意する様に体を震わせていた。彼女が居なければ俺はスキルをロクに発動させられず、第2のフロアボスで積んでいた可能性さえある。だから、彼女に渡すことに何のためらいも無かった。

 

「ありがとうございます! 本当に、ありがとうございます!」

 

 目尻に涙を浮かべながら喜ぶ彼女を見て、俺の心が温かい物で満たされて行く。便宜的に聞き慣れた言葉だと言うのに、こんなにも俺を思って掛けてくれるのだとしたら、なんて素敵な言葉だと思った。

 だから、この正気を失ってしまっている女冒険者を休憩所に連れて行くことが心苦しかった。連れて来るや、商人達が一斉に声を上げた。

 

「そんな。ミーディ様が! 一体、何があったんですか!?」

「まさか、彼女が?」

「はい。イアス様の……恋人です!」

 

 ズシリと心が重くなった。誰が犠牲になっても良い訳では無いと言うが、どうしてよりによって彼女が? 信じて送り出した恋人の有様を見て、商人達が顔を覆い、手伝いをしている女冒険者達が声を上げた。

 

「なんとかならないの!?」

「ありったけの道具を使え! 回復術を使える奴らは総動員させろ!」

 

 高級な回復薬が持ち出され、色々な調合も試された。セレンも治療行為を手伝っていたが、ミーディは一向に正気を取り戻す気配が無かった。治療に当たっていた女冒険者の1人が叫んだ。

 

「なんでよ。この人、私達にも優しくしてくれた良い人なのに! なんで、こんな目に遭わなきゃいけないのよ!?」

 

 悔しさと怒り。誰のせいでこうなったかは、ここにいる全員が分かっている。だが、犯人に怒りを向けた所で事態は変わらない。

 これを見たイアスはどう思うだろうか? 俺達に色々と便宜を図り、冒険者達を支えてくれている彼が、最後には勇者に裏切られる。そんなことがあっていいのだろうか?

 

「(いや)」

 

 一つだけ、ミーディを救う方法がある。チラリとセレンの方を見ようとして、目を伏せた。彼女が持っている万能の霊薬は、探索の目的その物だと言っていい。

 物語として知るならば、霊薬を惜しむ彼女を非難する気持ちも分かる。だが、現実で彼女が今までどれだけ頑張ってくれていたかを知っているなら、使えと指示する気にはなれない。というのに、彼女は懐から迷うことなくエリクサを取り出していた。商人が声を上げた。

 

「それは、まさか!?」

 

 ミーディに飲ませた。見る見る内に体内の毒素が浄化され、正気を失っていた顔は安らかな物へと変わって行き、眠りに落ちた。

 

「治療の為の薬ですから。ね?」

「あぁ! ありがてぇ! ありがてぇ!!」

 

 全員が彼女に感謝していた。全員が歓喜に打ち震える中、俺はコッソリと彼女に耳打ちをした。

 

「良かったのか?」

「はい。私が此処まで来れたのは、エレクさんやイアスさん、皆さんのお陰ですから」

 

 顔では笑いながら、下唇をキュッと噛んでいた。本当は母親に使いたかったのだろう。だが、その心を押し殺して恩義を返した。到底、出来ることではない。

 

「ありがとう。お前は素晴らしい人間だ。絶対、母親を助ける方法を見つける」

「期待していますよ!」

 

 商人達から拍手喝采を浴びながら、俺達は恒例となったドロップ品を持っての凱旋の為に入口へと戻った。



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第16話:存在理由

「随分楽しくやっている様じゃないか」

 

 最近は、スキルを発動しても気絶したり自死したりすることも無くなった。レベルが上がったことにより反動に耐えられるようになって来たのだろう。

 ただし。使用後には、エレク本来の意識と対話する様になっていた。最初は妬みや怒りの混じった接し方だったが、今では皮肉っぽい位に収まっていた。

 

「そうだな。今の所は順調だ。このままいけば、死ぬイベントも回避できるかもしれない」

 

 待ち受けていた破滅の回避が現実味を帯びて来た。後は、魔王を倒し王女を助け出せば、いよいよ目的が達成されることになると言うのに、エレクの声色は浮かない物だった。

 

「死亡イベントを回避したとして。なんだ?」

「なんだ。と言うと?」

「今、皆が慕うエレクはお前だ。今更、俺が表に出た所で成り代われる訳もない」

 

 言葉に詰まった。事故のような物とは言え、俺はエレクと言う人間を乗っ取った。待ち受ける破滅から回避したとして、その後はどうなるんだろうか?

 本来の俺がどうなっているかもわからない。でも、態々元の世界に戻る必要があるんだろうか?

 

「(元の世界は。そんなに魅力的な物だったか?)」」

 

 元の世界に戻った所で、皆から言われた良い子を演じ続けるだけ。本音も話せず、常識に従い続けるだけの日々が待っている。

 だが、この世界には甲斐甲斐しく世話を焼いてくれる執事がいる。可愛らしいペットもいる。共に困難を乗り越えていける相棒がいる。何よりも希望と冒険が詰まっている。

 

「お前も、元の世界に戻る気なんてないだろう?」

 

 俺の考えは見透かされていた。破滅を回避した後、いわゆるゲームクリア後の世界がどうなるかなんて分からない。精々、オマケモードとしてダンジョンのフリー探索が出来る位だ。

 破滅を回避した後も、俺が居ては表に出ることができない。本来の体の持ち主であるエレクからすれば鬱陶しいこと、この上ないだろうか。

 

「早く出て行って欲しいのか?」

「違う。逆だ。お前にはずっといて欲しいと考えているんだ」

 

 返って来た答えは意外な物だった。この提案には心が揺らぐ所だが、エレク本人として良いのだろうかと思う。

 

「そうしたら、お前はずっと俺の意識の底で沈むことになるのでは? それで良いのか?」

「良いんだ。お前を見ていて、俺は思ったんだ。必要とされていないのだと」

 

 俺が知っている傍若無人なエレクとは掛け離れた、気落ちした声だった。その弱音に心臓がギュッと締め付けられた様な気がした。

 

「どういうことだ?」

「最初は、お前のことを憎んだ。俺と同じで、誰からも必要とされていない分際で、俺より上手くやっているお前が妬ましかった」

 

 思い出すのはカリドーンを倒した直後に見た記憶の断片だった。ケイローを除いた使用人からも、父親からもまるで相手にされていなかったこと。

 

「次には利用してやろうと思った。お前が破滅を回避した後で、手に入れた名声を使って好き勝手にやってやろうと」

「今は違うのか?」

「……ケイローがな、お前を見ていると嬉しそうにしているんだ。当然だ。遥かに人格に優れていて、国を憂いて活躍し続ける奴が主人で誇らしくない訳がない。セレンもイアスも皆がお前のことを信じて、頼りにしている。俺が戻った所で、お前の居場所に納まれる訳が無いんだ」

 

 目の前に靄が集まり、人の形を作って行く。輪郭がハッキリして顔の凹凸や細部が出現していくと、俺もよく知っているエレクの姿が浮かび上がって来た。

 いつものように下卑た笑みを浮かべている訳でも無ければ、制裁を食らう悲壮感がある訳でもない。ただ、本当に自分の場所を無くして疲れ果てた表情を浮かべているだけだった。

 

「だとしたら、お前はどうするつもりだ?」

「このまま、眠る様に消えてしまいたい。今更、俺が言えた義理じゃないが。王女のことを助けてやってくれ」

「待ってくれ!」

 

 スゥと泡のようになって消えていく。何かを言わなければいけないと思ったが、気の利いた言葉が出てこない。意識が浮上していく。

 

~~

 

「エレク様、イアス様達がお越しになられています。セレン様と共に応接室にてお待ちしておりますので」

 

 目を覚ました直後にケイローから報告を受けたので、着替えをして向かった。

 応接室では少し緊張しているセレンと、上機嫌さを隠せずにいるイアス。そして、理知的な表情を取り戻したミーディがいた。

 

「待たせた」

「いえ、構いませんよ。急に訪れたのはこちらの方ですから。どうしてもお礼が言いたくて」

「ご迷惑をお掛けしました。お二人のお陰で、この通り。以前よりも調子が良くなっている位です」

「本当ですか!? 良かったです!」

 

 幸いなことに後遺症などが残ることも無く全快したらしい。セレンが我がことの様に喜んでいる中、俺も深く頷いた。

 

「無事に回復して良かった」

「仲間からも聞きました。あの貴重な霊薬『エリクサ』を使ってくれたのだと。本当に、感謝してもし尽くせません」

「顔を上げてくれ。礼なら、俺ではなくセレンに言ってくれ」

「どういうことですか?」

 

 俺は横目でセレンを見た。事情を話しても良いのか? と。彼女が小さく頷いでくれたので、事情を説明した。すると、イアスは胸を張って言った。

 

「ならば、任せて下さい。私の友じ……恋人のミーディは回復術士でもあり、薬学においても権威です。セレン様の母君の治療に全力を賭します!」

「え!? 良いんですか!?」

「はい。貴方達が私を助けてくれたように、今度は私が貴方達を助けたいのです」

 

 ミーディも確固たる決意の上で言った。エリクサ以外でも治せるかどうかは分からないが、この世界においてはかなりの好環境で治療を受けられるのだから願ってもない話だ。

 

「良かったな。セレン」

「はい!」

「エレク様は何かご希望などは無いのですか?」

 

 俺自身の希望。と言われても、特には無い。暮らしについても整っているし、欲しい物もない。

 

「特には無いな。引き続き、ダンジョンの攻略を支援して欲しい」

「分かりました。このイアス、必ずやエレク様の助けとなることを約束しましょう」

 

 固く握手を結んだ。だが、俺自身の望みとは何だろう? このまま破滅を逃れることだけだろうか? それともエロゲらしくヒロインと結ばれることを願っているのだろうか?

 

「どうかしましたか、エレク様?」

「いや、なんでもない」

 

 何処かで俺は彼女達と違う世界の住人であることを意識して避けてしまっているのか。誰かに対して真摯に接することから逃げているのか。ただ、何となくそう言った立ち振る舞いをしている理由は分かる。

 もしも、俺が誰かと本気で向き合った時に考えなければならない問題があるからだ。俺は、この世界に居ても良いのだろうか? と。



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第17話:過去と未来

 

 ダンジョンの攻略は進む。持ち帰って来るボスドロップ品を前に、評判が覆って行く。この国を救うのはエレクしかいないと。畳み掛ける様にして、イアス達がルーカスの非道を糾弾した。

 

「彼は! 国王からの支援を受けながらも! 成果に目が眩み、共に国を救う同志を囮にしてダンジョンを進んでいると騙っていた! 魔物達の欲望の捌け口にされた勇士の中には、私の恋人もいた! 彼女らを救ったのは誰か!そう! 今や皆も知っての通り、真の勇者。エレク氏である!」

 

 イアス商会を通じての宣伝は抜群だった。元より、侯爵家長男と言う恵まれた立場もあって権威は十分だった。加えて、イアスはここに悪魔の文言を付け加えた。

 

「国王も不幸だった! ルーカスと言う非道の本性を見抜けなかったのだから! 娘を攫われた父の胸中を利用した卑劣な男の罠にハマってしまったのです! 目覚めるべき時は今です!」

 

 共倒れの可能性からルーカスを切ることの出来なかった国王に逃げ道を与えたのだ。しかも、理由も十分に市民の同情を誘える物であり、乗らない訳が無かった。

 

「どうやら、私も目を覚ますときが来たようだ。エレクよ、今までの我が無礼を許して欲しい! そして、この国と王女を救って欲しい!」

 

 トントン拍子とはこのことか。嫌われ者のエレクはあっと言う間に英雄に祭り上げられていた。一方で、ルーカスは人々を陥れる犯罪者となり果てていた。もはや、表に出て来ることも適わないだろう。

 

「なんか。嘘みたいですよね」

「この間までは、アレだけ嫌われていたのにな」

「みぎゅ!」

 

 街の人達からは歓迎のムードを受けている。屋台で受け取った串焼きを天雅に食わせつつ、すれ違う人達からは期待に満ちた眼差しと声援が送られながらセレンの家へと向かっていた。

 

「あら、セレン。それに隣の方は……」

「エレクだ。娘さんが世話になっている」

「まぁ! 貴方が!」

 

 セレンの茶髪のくせっ毛は母親譲りなのだと思った。年老いて、目尻にも皺が刻まれた分。彼女よりも優しい感じがした。

病人と言うには顔色も良く、食事もちゃんと食べていた。順調に快復している様だった。

 

「お母さん。あまり大声を出しちゃ駄目だよ?」

「大丈夫よ。イアス商会の人達やミーディさんのお陰で調子が良いんだから」

「ならば、よかった」

 

 エリクサに頼らずとも治せるなら、それが良い。彼女達の幸先の良さを見れば、心残りなことは何もなかった。後は、魔王を倒せばいい。

 

「何時も娘から話は聞いています。とても勇敢で頼りがいのある人だとか。その上、娘と恋仲にあるだとか」

「お母さん!? 何言っているの!?」

「え? だって、貴方はこの方と……」

 

 慌てて母親の冗談を取り繕う光景は微笑ましい物だった。一体この方と……の先は何を言おうとしていたんだろうか? 気にはなるが、聞いてみたら将来まで決まってしまいそうなので、話題を逸らすことにした。

 

「セレンはダンジョンを攻略した後は、どうするつもりだ?」

「そうですね。ミーディ様の下で回復術や薬学を勉強して、病気や怪我で苦しんでいる人達を助けたいんです!」

 

 素晴らしい目標だ。彼女にはダンジョンを攻略した後の未来も見えている。きっと、沢山の人達を助けてくれることだろう。

 

「良い目的だと思う」

「エレク様にも何かあるんですか?」

「暫くは考えてみる。まずは、国を救わないとな」

 

 本当はしたいことなんてない。だけど、焦る必要はない。ダンジョンを制覇した後は時間もたっぷりと出来るだろう。何時かは生きる目的も見つかるだろうと自分に言い聞かせる。

 

「(そもそも、どうなるかなんて俺にも分からない)」

 

 胸中に沸いた不安を掻き消す様にして、俺はセレンと彼女の母親の会話を楽しんでいた。彼女との出会いから振り返って話をしていると、気づけば日も傾き始めていた。

 

「すまない。楽しくて話し込んでいた様だ」

「私もです。エレク様と出会ってから、沢山のことがありました」

 

 カリドーンの救出劇から始まり、本当の自分を打ち明け、ダンジョンの攻略を進め、色々な人達を助けて、ルーカスに代わって国を救おうとしている。

 以前の世界で生きていた頃には考えられない程に充実した日々だった。エンディングはもう、目の前まで来ている。

 

「そうだな。最後まで頼むぞ」

「はい!」

「セレン。貴方はエレク様を支えて上げるんだよ」

「勿論です!」

 

 母親からの奨励にも元気に応える彼女を見て、俺は暖かな気持ちになっていた。彼女達に別れを告げて、帰路に付こうとした俺の前に1人の女性が現れた。

 みすぼらしい姿をしていた。俺に声を掛けて来た乞食か娼婦の類かと思った。彼女が口を開いた。

 

「お久しぶりです。エレク様、私のことを覚えていますか? かつて、貴方の館で働いていたメイドです」

 

 心臓が跳ねた。思い出した。彼女はエレクの記憶の中にあった、暴行されていたメイドだった。俺を強請りにでも来たのだろうか?

 

「なんだ? 恐喝でもしに来たのか?」

「いいえ。私は貴方に知って欲しいんですよ。付いて来て下さい」

 

 彼女を放置することも出来たが、罪悪感に駆られて後を付いて行く。

 活気付いている表通りから離れて、裏路地へと進んでいく。物乞いや浮浪者が蔓延り、少し前まで向けられていた視線を向けられるようになった。

 怒り、軽蔑、嫌悪。最近、忘れていた負の感情だ。俺が守ろうとしている社会から捨てられた者達。作中で描写はされていないが、居ない訳がない。

 

「着きました」

 

 彼女が指差した先にある光景を見て、俺は息を呑んだ。

 辺り一帯は異臭に満ちていた。小汚い男達が薄汚れた女と交わっている。彼女達は一様に口の端から涎を垂らし、衣服を開けさせていた。ここには人間の尊厳が存在していなかった。

 

「これはまさか、エレクの」

 

エレクが暴行して来た者達の末路だった。館を追い出された彼女達がどうなったかなんて考えたことは無かったが、答えがあった。

 

「貴方が国を救おうとも。罪は消えない」

 

 今まで、俺が頻りに口にしていたことだ。分かっているつもりで、俺は何も分かっていなかった。エレクは、幾多もの尊厳と人生を破壊して来た罪の形が目の前にある。

 

「俺に。どうしろと言うんだ」

「私達も救え。今の貴方は英雄なんでしょう? じゃなきゃ、許さない」

 

 ギョロリと。幾つもの胡乱な瞳が俺を見る。責めるように、助けを求めるように。

 彼女達が此処にいるのは、本来のエレクが犯して来た所業に拠るものだ。俺には関係ない。なんて言える訳が無かった。

 

「(俺はエレクなんだ)」

 

 残りの人生は彼女達の贖罪へと捧げなくてはならないのだろうか? だが、この存在を切り捨てることなんて出来る訳がなかった。

 

「分かった」

 

 約束する以外の道は無かった。セレンと話しながら見えた僅かな未来と希望は、罪の清算という暗闇で閉ざされて行くのを感じていた。

 



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第18話:決戦の最終フロアへ

 

 いつも通りの光景。散らかった部屋で『迷宮エレクチオン』をプレイしていた。CGもイベントもコンプした。他にも色々とエロゲはインストールしていたが立ち上げる気さえ起きなかった。

 ドアノブに紐を括りつけていた。もう片方に作った輪に頭を通した。体重を預ける、体が宙に浮く、首が締まる、意識が遠のく。

 

~~

 

「っは!?」

 

 目を覚ました。呼吸は荒いが、気管が詰まった様子はない。

 ダンジョンの攻略は順調だったが、それ以外にトラブルが多すぎた。溜め込んだストレスに反応するような形で、この世界に来る前の俺が何をしていたかを思い出した。

 

「そうか、俺は」

 

 ライトノベルやアニメでも見られる『転生』と言う奴だろうか。俺の体がどうなったのかという疑問の答えが最悪の形で得られてしまった。戻るべき肉体など、既に存在していないのだ。

 本当を言うと、僅かな可能性に賭けていた。魔王を倒せば、自分は元の世界に戻れるんじゃないかと。そして、今までの旅路は良き思い出になるのだと。

 

「そんなエンディングは用意されていないか」

 

俺は、エレクとしてこの世界を生きていく外ないのか。

残すは12階のフロアボス、すなわち魔王のみとなっていると言うのに。だからこそ、ルーカスの姿を借りて現れたのだろうが。

 

「(現時点で破滅を回避することはできる)」

 

 俺を脅かす存在は失脚している。後は魔王を倒せば良いだけだ、覚悟を決める時間位はあっても良いだろうと考えていたが、異変に気付いた。直ぐに布団を捲った。

 

「え?」

 

 朝を告げる様に立っていた股間のモノが萎えていた。日常生活ならば元気が無いで済むだろうが、エレクにとっては重大な出来事だった。

 直ぐにケイローとセレンを呼んで事情を説明した。ダンジョンの最深部の攻略を前に、スキルの発動が困難になっているということを。

 

「でしたら、回復するまで攻略の時期をずらしますか?」

「いや、そうは行かない理由があるんだ」

 

 迷宮エレクチオンの終盤。最終フロアの近くまで進んでいくと、ダンジョンから魔物が解き放たれるというイベントが発生するのだ。

 物語のクライマックスということもあり、今までの仲間も駆けつけるという胸熱展開ではあるが、今の状態を鑑みれば非常に状況が悪い。

 

「モタモタしていられない。ということですな?」

「幸い、今はまだイベントが発生していないが、何時現実になるかもわからない。だから、攻略を止める訳には行かない」

「そんな! 無茶ですよ!?」

 

 セレンが抗議の声を上げた。だが、残された時間は多くないはずだ。

 幸いにして、今までのダンジョン攻略のお陰で適正レベルはあるし、武装は良い物が揃っている。……ただし、適正レベルと言うのはあくまでルーカスの成長率で語った上での話ではあるが。

 

「原作において。エレク様が魔王を倒すというルートは存在しているのですか?」

「いや。そもそも、エレクの乱入を許してばかりいると途中でバッドエンディングになるんだ。物語が途中で終わる」

 

 だから、エレクと魔王が直接対峙するという描写は無い。ただ、好色の魔王と言うだけにあって、性関係に関して強い【勃起無双】なら有利に立ち回れると考えていた。……手前に、コレである。

 

「じゃあ、今回ばかりは勝つかも分からないんですね」

「あぁ。だから、何とかして立たせないといけないんだ」

「セレン様」

 

 ケイローに促され、セレンはマントを脱いだ。体のラインが浮かび上がったセクシーな水着姿ではあるが、スキルの反応は無かった。

 

「みぎゃ?」

「そうだ! 直接刺激すれば」

 

 天雅を纏わせて何時もの様に扱くがまるで立つ気配が無い。他にもキスをしたり、胸を触ってみたり、色々と試してみたが何の反応も無かったので途中で辞めた。

 

「もういい。止めてくれ。自分が惨めになってくる」

「そんな……」

 

 これだけ奉仕されて立ちもしないとなれば、セレンに恥を掻かせるし俺も情けない気分になって来る。俺達2人の様子を見ながら、ケイローが厳しく指摘をして来た。

 

「スキルありきの立ち回りをしている二人が、今決戦に挑むのは無謀と言う外ありません。おやめください」

「いや、行かない訳には行かない」

「どうしてですか!?」

 

 街には、イアス商会の人達やセレンの母親。そして、裏路地で今も必死に生きようとしている彼女達がいる。

 

「もう、この街を見捨てられない位に沢山の人達との思い出があるんだ」

 

 終盤のイベントで街中に魔物が溢れるイベントは、作中では描写されていなかった物の犠牲者も出ていたハズで。既に、彼らはテキストのフレーバーとして処理されても良い人達ではなくなっていた。

 セレンも俺と同じ様に覚悟を決めていた。ケイローもまた、止めることは出来ないと悟ったのか。静かに言った。

 

「分かりました。エレク様の決意は固い様です。ならば、私も出来る限りのことをさせて頂きます。セレン様、天雅様。どうか、ご無事で!」

「はい!」

「みぎゅ!!」

「ありがとう。ケイロー、俺がこの世界に来て初めて会った人間がお前だったこと。本当に嬉しく思う」

「勿体なきお言葉。どうか、これを持って行って下さい」

 

 今まで瀟洒な様子を崩さなかった彼が、感極まって涙を浮かべていた。彼に差し出された護符を受け取った。見た所、気休め位の効果しかなさそうだが嬉しかった。

 昨日の内に用意された荷物を馬車に運び、ダンジョンへと向かう。これが最後になるかもしれないと思うと、感慨深い物だった。

 

「あぁ! エレク様だ! 英雄の癒し手であるセレン様も一緒だ!」

「どうか! この国と王女をお救い下さい!」

 

 今や期待の声で溢れていた。彼らの声援を受けながらダンジョンの入り口に立つ。門番が誇らしそうな顔をしていた。

 

「今でも信じられませんよ。貴方がこの国を救う英雄になるなんて」

「俺もだ。それじゃあ、行って来るよ」

「はい。お気をつけて」

 

 門番に見送られてダンジョンを潜って行く。転送陣を用いて、最終フロア一歩手前の休息所まで出た。イアスとミーディも見送りに来てくれていた。

 

「エレク様。とうとう、ここまで来ましたね」

 

 最奥部手前ということもあり、確保した安全が盤石な物とは限らない。だからこそ、彼らの様な実力者が直接来ているのだろう。

 いつもは商人然としたイアスも鎧を着こんで、エンチャントが付与された武具を身にまとっていた。

 

「何かあったら、直ぐに撤退して来て下さい。私達が必ずここを守ります」

 

 ミーディが言う。背後にはボス達に囚われていた女冒険者や彼女達の仲間が詰めかけていた。俺のスキルの余波も考えて、後詰めに徹してくれるらしい。

 

「皆。頼んだぞ」

 

 全員から応! と返事された。彼らにも見送られた長く続く1本道を進む。道中でもセレンが懸命に奉仕してくれたが、やはり立つ気配が無かった。

 

「もしかして、私じゃ飽きて」

 

 現実世界の俺がどうなったか。街中で見たエレクの罪の形とこれから。

 過去と未来の両方に落とされた影が、俺の中で想像以上のストレスとなって膨らんでいるのかもしれない。

 

「そう言う訳じゃない。今更言うのも気恥ずかしいが、一緒にするならお前とが良い。お前とじゃないと嫌だ」

「それって……」

 

 お互いの顔が赤くなった。散々、ボスの肛門を掘って来て純情ぶるのもおかしな話だが、生涯を添い遂げるなら彼女以外に考えられなかった。

 この戦いが終わったら。と言いかけたが、止めておいた。死亡フラグになってしまうかもしれないからだ。

 

「行くぞ」

「いよいよですね」

 

 広いフロアに出た。俺達が来るのが分かっていたのか、魔王は玉座で悠々と待ち受けていた。背後にはルーカスと王女の二人が吊るされていた。

 

「まさか、勇者ではなくお前達が来るとはな」

 

 聞いているだけで背筋がゾクゾクとするようだった。

 自身の体こそが一番美しいと言わんばかりに一糸まとわぬ姿で現れ、妖艶な笑みを浮かべていた。

 

「お前が魔王か」

「如何にも。余が魔を束ねる王『ヘラ』である。退屈しのぎに地上に出て来たが、いやはや。お前らは何を起こすか分からない。実に面白い」

 

 一瞬で姿が消え、気づけば目の前に居た。剣を振るうが肌には傷一つ付かない。軽く手を当てられただけで、刀身は砕けて散った。

 

「バカな!?」

「こんな玩具が余に通じるとでも思っているのか。本気を出して貰わねばな」

 

 白く美しい手が、俺の股間を撫でた、脳髄に痺れんばかりの快感が迸った。俺のスキルを知っているなら、こんな行為は利敵行為でしかないはずなのに。

 

「エレク様に何を!」

「下がっていろ、小娘。それから、これも邪魔だな」

「ミ”ッ!!」

 

 手を翳しただけでセレンが吹っ飛ばされた。股間に張り付いていた天雅も剥がされて、壁に叩き付けられていた。

 

「セレン! 天雅!!」

「人のことを気にしている場合か?」

 

 エンチャントを施したローブが溶かされ全裸になっていた。ヘラが聞き慣れない言語を発すると体の自由は奪われたのに対し、股間は信じられない程に脈動していた。

 

「(スキルが発動しているってのに!)」

 

 強制的にスキルを発動させられたと言うのに、体の自由がまるで聞かない。

 ヘラに押し倒され、跨られた。この世界に来て、人型との始めてになるのか。全身が快楽に侵され、カリドーンの時とは比べ物にならない程の全身に痛みが走る。スキルが暴走を超えて暴走している。

 

「余の眷属達とは別格だろう。お前は面白い。あの2匹と一緒に飼ってやろう」

 

 視界が明滅する。快楽を前に意識を保っていられない。やがて、体に走る痛みも快楽もぶつんと途切れて、全身から力が失われた。

 

「(あ、死んだ)」

 

 全てが閉ざされて行く。首を傾けることも能わず、俺と言う存在が暗闇の中に沈んでいく。



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第19話:キセキ

 

「何故、負けているんだ」

 

 意識を取り戻した時、真っ先に聞こえて来たのはエレクの声だった。

 スキルの使用後に訪れる空間だが、今回は勝利してのことではない。無理矢理使わされた挙句に敗北した。

 

「そうか。俺は、負けたのか」

 

 全身から力が抜けていくようだった。皆の期待を散々背負って、裏切った。

 だけど、何処かホッとしたような感覚もあった。もう、頑張ったり苦しんだりする必要も無いのだと。最初から俺には無理だったんだ。

 

「諦めるのか」

「俺には無理だったんだ。自分の人生も諦めていた奴が、世界を救える訳が無かったんだ」

「お前、思い出したのか」

 

 だとしたら、あの記憶は事実な訳で。俺の過去も未来も閉ざされていることには変わりない。散々、綺麗ごとを吐いていたが、周りに乗せられた調子に乗っていたガキでしかなかった。

 

「もういい。後はお前が表に出て好きにやってくれ。今なら名誉も仲間も何もかもが揃っているぞ」

 

 これ以上、頑張りたくはない。エレクと同じ様に、意識の最下層で泥の様に沈んで何も考えたくはない。

 自分の主導権を差し出す様な弱音を前に歓喜の声が聞こえて来るか、あるいは怒りの声が飛んで来るかと思ったが、どちらでも無かった。隣にエレクが座った様な気がした。

 

「俺はこの世界に来てからずっとお前のことを見ていた。嫉妬していた」

 

 以前にも聞いた話だ。そして、自分の戻る場所が無くなったことに絶望して俺に主導権を渡して来た。奇しくも、あの時とシチュエーションは似通っていた。ただ、あの時と違ってエレクの言葉が続いた。

 

「俺はお前みたいに誰かの為に動けなかった。見返りが欲しかった。愛して欲しかった。どうして、お前はそんなにも動けるんだ?」

「大した理由がある訳じゃない。俺には欲しい物すら思い浮かばなかった。俺には何もなかったんだ」

 

 安寧や名誉。金や女が欲しかった訳でもない。死にたくなかったから動いていただけに過ぎなかった。今や、生存本能すら失って本当に何もない。

 このまま全てが終わるならば、それでもいいと思った。無責任だけれど何も感じなくなるなら救いのようにも思えた。

 

「そんなことはない。この世界には、お前が救って来た物が沢山あるだろう」

 

 不意に外の様子が見えた。傷だらけの天雅が周囲の瓦礫を呑み込んで、自らの体を広げて俺とセレンを守っていた。

 

「ダメ。死なないで!!」

 

 セレンは体裁も気にせずに、半裸になりながら必死に呪文を唱えていた。

 自分に回す分も全て俺に回して、グッタリと萎びている俺の分身を必死に扱いている。アレだけ素手で触るのを嫌がっていたのに。でも、出し尽くしたから立つ訳もない。

 

「天雅、セレン」

 

 傷付きながらも戦っている。どれだけ差が絶望的でも打ちひしがれずに、必死に運命に抗っている。

 

「俺もお前みたいになりたかった。誰かを思って、誰かに思って貰えるような人間に!!」

 

 ヘラの攻撃は激しさを増していく。天雅が耐えきれずに弾けるかと思われたが、彼の体が急速に再生されて行く。高位の回復術だった。

 

「天雅くん! セレンさん!」

「ミーディさん!? それに……」

「預けた護符が弾けたので居てもたってもいられませんでしたのでね」

 

 ミーディだけではない。控えていたイアスや女冒険者と仲間達。ケイローまで駆けつけていた。

 

「雑魚共が! 何匹現れようと同じことだ!」

 

 ヘラの背後に質量を持った影が出現した。カリドーンやケリュアー、今まで倒して来たボス達だったが、誰も逃げ出そうとはしていなかった。イアスが高らかに叫んだ。

 

「今度は、私達がエレク様を守る番です!!」

 

 全員が咆えた。誰も怯みはせず、傷付くことを恐れずに勇敢に立ち向かう。この国を守る為、そして。俺を守る為。

 

「そうか、俺の歩んで来た軌跡は」

 

 良い様に利用されていたハズが無かった。自分が守り、紡いできた物が確かにあった。何もないなんて馬鹿なことを考えていた。

 萎えていた心が立ち上がる。背中をバンと叩かれた気がした。そこで、俺は始めてエレクの笑顔を見た。

 

「行ってこい。皆が待っている」

「いや、俺だけじゃない」

 

 送り出そうとしてくれたエレクに手を差し伸べた。信じられないような表情で俺のことを見ている。

 

「いや、俺は……」

「俺みたいになりたかったんだろう? だったら、一緒に来いよ。俺達がエレクなんだ。お前も一緒に、戦ってくれ!」

 

 少し迷った後、差し出した手は固く握られた。周囲の靄が晴れて行く。今はただ、皆の想いに。自分が歩んで来た軌跡に応えたい。

 

「名前。お前の名前を教えて欲しい」

「家守。俺の名前は家守っていうんだ」

 

 2人して駆け出していく。過去に過ちがあった。未来も閉ざされているかもしれない。現在は困窮の真っただ中で、乗り越えるべき壁は果てしなく高い。

 だが、止まっている場合ではない。今奮い立たせた心に従って突き進むだけだ。落ちていた意識が浮上していく、魂に火が入った様な気がした。



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第20話:勃・起・無・双

「エレク様!」

 

 皆が守ってくれていたおかげで、俺の周囲は無事だった。

 だが、セレンも天雅もボロボロだった。ケイローやイアス達も満身創痍で、唯一悠然と佇んでいるのはヘラだけだった。

 

「ほぅ、目を覚ましたか。力を使い果たしたお前に何が出来る?」

「お前を倒すことだ」

 

 果てたと思った体には力が漲っていた。心と体が完全に一つになっていた。

 今までの俺は【勃起無双】という力を借りていたに過ぎなかったのだろう。エレクと一つになったことで、更に進化していた。

 

【名前】:家守/エレク

【固有スキル】:フル勃起無双

 

 股間から光が伸びた。力の奔流である光柱は、暴れていた影達を薙ぎ払って消し飛ばしていく。そして、傷付いた仲間達の傷を癒していく。

 ヘラの表情に変化が現れた。嘲笑が掻き消え、何の感情も無い。何の感慨も浮かべていない無表情へと変わっていた。

 

「貴様、その力は」

「尻を出せ。お前に、受けて立つだけの矜持があるならな」

「良いだろう。やって見せろ!」

 

 尻が差し出された。エレクと比べるべくもない、美しいラインを描いた芸術品と言っても良い尻だ。同時に誘惑した物を枯らし尽くす、不浄の快楽を伴った悪魔の如き尻だった。

 光を放つ剛直を刺し込んだ。床には交戦した跡で砂利などが転がっていたので、駅弁体位でヤることにした。

 もしも、これが俺だけの魂でやっていたなら、あっと言う間にヘラの魅力に心をやられて一瞬で果てていただろう。だが、今は1人ではない。

 

「オラァ! この程度で俺のやる気が萎えると思うじゃねぇ!!」

 

 性欲猿とまで言われたエレクの魂が共にある。不浄の快楽がなんだ。こっちは不潔な尻と魂の持ち主だ。

 自分の精神が侵されることまでは想像していなかったのか、ヘラの顔に焦りが浮かんでいた。

 

「ひゃ、あっ。余が、貴様の様な下賤な輩にヤられて堪るか!!」

「うるせぇ! イけ!!」

 

 戦いはいよいよ最終局面に差し掛かっていた。互いの快楽がぶつかり合い、やがて頂へと辿り着いた瞬間。刺していた剛直から、天に向かって光が放たれた。ヘラを貫き、天井を貫いて、昇って行く。

 

「そんな、余が。お前みたいな顔面土砂崩れに――!」

 

 ヘラの体が光の中へと消えていく。消滅を確認すると、ダンジョンが大きく揺れた。主が消えたことで維持する力が失われたのだろう。

 

「皆! ルーカスと王女を連れて逃げるぞ!」

 

 拘束されていたルーカスと王女を運ぶように指示して、皆が帰還用の巻物を使った。崩落に巻き込まれないことを祈りながら、俺達は地上へと戻って行く。

 

~~

 

 地上へと戻った俺達は、背後でダンジョンが砂の様に掻き消えて行く様子を見ていた。街を支える要所にもなっていただけに惜しむような顔をしていた者達も居たが、大抵の人間は歓喜の声を上げていた。

 

「エレク様だ! エレク様達が! 王女を救ったんだ!!」

 

 ワァと歓喜が伝播していく。王女が丁重に扱われる中、抵抗する気も無いルーカスは衛兵達によって連行された。

 俺達は互いに顔を見合わせた。誰一人として欠けていないことを確認して、全員で互いを抱きしめ合った。

 

「私達! 私達本当に!!」

「あぁ。俺達がこの国を救ったんだ」

 

 こうしてはいられないと。街の人々は浮かれ、宴が始まった。

 昼間から始まったと言うのに、夜になっても静まる気配は無い。世話になった人達に労いの言葉を掛けながら、あるいは掛けられながら。俺は料理に舌鼓を打っていた。

 

『酒は飲まないのか?』

「この体で飲めるとしても。本来は未成年だからな」

「みぎゅぎゅ」

「私も本当は飲まないんですけれど、今日は楽しい日ですしね」

 

 エレクの意識は簡単に表に出て来るようになっていた。天雅に食事を与えつつ、セレンと一緒に食事を楽しんでいた。

 全てが終わった。明日には国王からの表彰もあるし、色々と忙しくなるだろう。……だが、俺は一緒に出来そうになかった。

 

「二人に話がある」

「何ですか?」

 

 ヘラを倒した辺りから予感はしていた。この世界における俺の役割は終えたのだと。エレクの意識が表層に上がって来たのも、一つの兆候だろう。

 

「多分、俺は元の世界に戻る」

「みきゅ~?」

 

 シンと静まり返った。ただ、二人共慌てる様子は無かった。何処かで予感はしていたのかもしれない。唯一、天雅だけは首を傾げる様に体をくねらせていた。

 

「そう、ですか」

『待て。お前が、元の体に戻ったら死んでしまうのでは』

「いや、多分。俺は死んでいないんだと思う。自殺は図ったと思うが」

 

 あくまで気休めだ。生き返ったら植物人間状態だった。という可能性もあるかもしれない。だが、俺の意識が何処からか持ち上げられている様な。そんな不思議な感覚がずっとあるのだ。

 

「家守さんが生きてくれているのは嬉しいんですけれど」

『行かないでくれ! お前が居ないと、俺は不安なんだ……』

 

 セレンも口にはしないが同じ気持ちだったのだろう。目を伏せた。

 俺だって名残惜しい。この世界にずっと居たいが、きっとそうは行かない何かがあるのだろう。

 

「お前はもう1人じゃない。セレンや皆もいる。……俺だって、セレンや皆が居ないない世界に戻るのは不安だ」

 

 きっと、俺達の胸中は一緒だ。でも、この別離を止める方法を知らない。何を言えばいいか分からずに口籠る俺に代わって、エレクが声を上げた。

 

『もしも、俺達が同じ様な不安に駆られた時には。同じ様な慰めの言葉を思い出そう』

「それは一体?」

 

 右手が勝手に動き、股間を叩いた。今まで、俺達の冒険で活躍し続けてくれた主役と言っても良かった。

 

『勃起! と』

「何だよそれ。馬鹿じゃねぇか」

「でも、2人らしいですよ」

 

 最後は笑って別れたいと思ってのネタだったけれど、やっぱりあふれ出る感情は堪えきれず。最後には涙になって溢れた。やがて、俺の意識は体からエレクから離れて行った。

 

「セレン。皆を集めてくれ。話したいことがある」

「はい。エレクさん」



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最終話:勃・起・夢・想

 目を覚ました俺は病室に居た。色々な機器に囲まれていて、どう言う状況かも分からなかった。

 

「先生! 先生!」

 

 部屋に入って来た看護士が、俺を見るや驚いた。間もなくして色々な人がやって来て、事情を説明してくれた。

 俺が自殺を図ったこと。幸いなことに早めに発見され病院に運ばれたが、今まで目を覚まさなかったこと。声を発することも難しかったが、彼らの指示に従って治療を進めていく。やがて、喋れるようになった頃に尋ねた。

 

「どうして、俺は早期に発見されたんですか?」

「なんでも、君の部屋に流れていたゲームの音量がうるさいからって注意しに来た時に気付いたそうよ」

 

 行動が衝動的だったこともあり、ゲームを閉じることも忘れていたらしい。

 直前まで何をプレイしていたかを思い出すと、奇しくも『迷宮エレクチオン』のエレクの凌辱ルートだった。まさか、アイツに助けられるとは思っていなかった。

 

「ハハッ。こんな偶然もあるんだな」

 

 回復が進んでいくとやがて親もやって来た。学友や先生も見舞いに来てくれて、自分は1人じゃないことを思い知った。早く皆に会いたいと思いながら、両親が持って来てくれたPCを触っていた。

 

「……久々に起動してみるか」

 

 今まで避けていたが、俺は迷宮エレクチオンを起動した。セレンや皆を見ると、あの日々を思い出して辛くなるだろうと思っていた。

 会社のコールと共にゲームが起動した。だが、トップ画面には見慣れない選択肢が増えていた。

 

「『それから』?」

 

 こんなルートは見たことが無い。気になってネットでも調べてみたが、パッチが出た訳でも追加ルートが配布されている訳でも無かった。

 運命の導きを感じずにはいられなかった。震える手でマウスカーソルを動かして、クリックした。

 

『ダンジョンを制覇し、王女を救ったエレクは受け取った報酬を贖罪に費やした』

 

 描写されていたのはルーカスの話ではなかった。俺が居なくなった後、彼らがどの様に生きていたかが綴られていた。

 

『ケイローは大往生だった。最期まで、エレク達に仕えた。彼の葬儀には弟子だった者達が大勢駆け付けた』

 

 1枚絵で表示されただけだったが、葬儀に訪れた人達を見ればどれだけ慕われていたかも分かる。あの世界で、初めて俺に気を使ってくれたのはケイローだった。

 

『イアスはダンジョンから持ち帰った秘宝の数々を用いて、増々商会を大きくした。また、ミーディと共に衛生の概念を普及させ、人々の暮らしを豊かにした』

 

 ケイローの弟子であり、商会の主でもあった。ダンジョンの攻略を始めとして色々と世話になった。アレからもきっと、美味く商いを続けて行ったのだろう。

 他にも王女や女冒険者達がどうなったかも説明されていた。ルーカスと国王は行方不明になったそうだが、アイツらのことはどうでも良い。心臓が早鐘を打つ。場面が切り替わる。とある家屋にて、老夫婦が取材を受けていた。足元にはプルプルと動き回るスライムがいる。

 

「(天雅だ)」

『エレクさん。何が貴方を変えたのですか?』

 

 若い新聞記者はよく勉強をしていたのだろう。エレクがどの様な過ちを犯して来た、国を救って来たのかも知っていた。その上で質問していた。

 

『友との出会いだ。私達は素晴らしい友人に出会った。彼のお陰で、私はここまで変われたのだ』

『その方は、今何処に?』

『さぁな。きっと、もう二度と会うことも無いだろう。もしも、私達の友人が迷い、悩み、苦しんでいる時はこの言葉を伝えたい』

 

 隣にいる老婆は、何時かに見たセレンの母親とソックリだった。

 会いたい。という一抹の憧憬と寂しさが過ったがグッと堪えた。彼らとは時間の流れも住む世界も違うのだ。だから、奇跡の様に許された一言一句聞き逃すまいと姿勢を正した。

 

『勃起!!』

 

 パァンと股間を叩いた。取材をしている青年は疑問符を浮かべていた。セレンが深く皺の刻まれた顔で薄く微笑み、エレクが笑い声をあげた。

 

『こっちでは元気にやっているぞ。これも皆、お前が運命に立ち向かってくれたからだ。辛いこと、苦しいことがあっても、俺達を思い出して、勃て! お前もエレクなのだから。俺達の勃起無双なのだから』

 

 浮かんでいた涙を堪えることが出来なかった。でも、悲しむ必要は無かった。ディスプレイ越しに届くように願いながら、俺は笑った。

 

「バカ野郎。本当に約束を守りやがって」

 

 自分の息子を眺める。長らく、ご無沙汰していたこともあって天に向かっていた。何時までも落ち込んでいては彼らに申し訳が立たない。

 勃起。異世界にて友と交わした約束とあの世界での冒険を忘れない様、愚息と共に顔を上げた。―—これは1人の少年の心が勃きあがるまでの話。

 



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