ゾンビ世界で元研究者の女と共依存しながら退廃的な生活を送る話 (POTROT)
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プロローグ
20XX年 8月16日 天気:晴れ 気温:32℃
色々ととんでもないことになったので、今日から日記を書いていこうと思う。
いや、日記というよりかは報告書や記録書に近いか。
俺は出来るだけ今回のこの事件の内容を詳細に記録し、他にこの日記を見た生存者に伝えたいと思っている。
しかし、俺の主観と記憶を基に書いているので、事実とは多少異なるかもしれないがそこは了承して欲しい。
まず、この日記を見る者はもう分かっているだろうが、この辺りに突然ゾンビパニックが発生した。
まぁ、実際に奴らがゾンビであるかは疑問が残るが、便宜上奴らのことはゾンビと呼称する。
発生したのは恐らく昨日の深夜から今日の朝にかけてのどこか。
俺がそれを初めて知覚したのは、両親の部屋から発生する奇妙な音について、文句を言いに行った時だ。
扉を開ければ、うーうーと唸り声を上げて部屋を徘徊するゾンビが2体いたので、木刀で叩き潰した。
俺も詳しくは覚えていないが、状況証拠的におそらくそう言う事だったのだろう。
ゾンビ二人の死体は火事に気をつけた上でベランダにて燃やした。
ゾンビは火に弱いと言うのはガセだと言う事が分かったことは収穫であるはずだ。
ついでに、その時ある程度外の様子を見たのだが、それはそれは酷いものだった。
車はどれもこれも事故を起こし、火事が起きたらしい、煙が上がっている場所もちらほら見えた。
そして何より、町中を徘徊するゾンビどもの存在だろう。思ったよりも数は多くなかったが、それでも結構な数だ。
両親の遺体を袋に詰め込んだ後は、家の中にある電子機器全てを調べた。
その結果は次のようなものだ。
・電気自体は通っている。
・水道・ガスも今のところ問題なく使える。
・テレビは砂嵐
・ネットは全て切断されている
・ラジオも全部ダメ
あからさますぎて笑いすら出ない。
こんなの人為的にやりました、と言っているようなものだ。
しかし、誰が何故どこでどのように、というのはもちろん分からないし、確かめようが無い。
ゾンビがうろついている外を歩きに行くなど自殺行為もいいところだ。
此処に限界まで籠城することに決めた俺は、まず水を蓄えられるだけ蓄えることにした。
今は通じているが、いつ止まってもおかしくはない。とりあえず今家にある全ての容器に満タンまで溜めておいた。これで水道が止まってもしばらくは大丈夫だろう。
それを終えた俺は、次に近所の住民の現状を把握しようとした。
だが、恐らく全滅。どの部屋のインターフォンを鳴らしても反応は無かった。
しかし、どの部屋からもうーうーと言う唸り声は聞こえたので、俺以外の全員がゾンビと化したのだろう。
そうなって来ると逆に何故俺が助かったのか、と疑問に思えて来るが、ゾンビ化の原因がウィルスであるのならば、多分エアコン含む全ての穴と隙間を埋めていたからだろう。
まさか俺の花粉症対策と埃アレルギー対策が、ゾンビ化対策にもなるとは思わなかった。
まぁ、そう考えると確かにこの時期であるのならば、どの家でも少なからずどこかが開いているはずなので、ウィルス散布には持ってこいの時期だったはずだ。
今のところまだ何の違和感も出ていないが、今後はマスクを着けて生活した方がいい。
クソ暑くなるだろうが、死ぬよりかはマシだ。
20XX年 8月17日 天気:晴れ 気温:35℃
寝て起きれば全て元通り。今日もいつもの日常がスタート。アレは全部悪い夢。
なんてことは勿論無く、両親は袋の中で黙りこくってるしお隣さんはうーうー唸り続けている。
しかし、常に唸り声が聞こえてくるので、ストレスが凄まじい勢いで増加している。気の休まる時間がない。
トイレならギリギリ聞こえないが、あんなに狭い場所に留まり続けるとか苦行でしかないし、エコノミークラス症候群とかにでもなりそうで怖い。
昨日はそこまで気にならなかったはずなのだが、やはりしっかりと認識してしまったことがまずかっただろうか。
エコノミークラス症候群云々書いていて思い至ったのだが、そういえば■■■病院と言う馬鹿でかい病院がこの近くにある。
今回のゾンビ騒動はあそこの病院に関係があるのだろうか?
しかし、確かめる術は俺に無い。正しく言えば、確かめに行く勇気が無い。
意気地なしと言われても受け入れよう。つい先日まで夏休み真っ只中であった男子高校生にそんな意気地など、あるわけがないのだ。
そんな話はさておき、今日は新たな問題が発覚した。
簡単だ。食料が心もとない。
一応、冷蔵庫内だけでなく、カンパンやら何やら、非常用食品も色々とあるのだが、どれだけ甘く見積もっても精々が半年。
ただ、マンションの隣にはコンビニがあるので、いざとなればそこに行くことにしよう。
20XX年 8月18日 天気:曇り 気温:31℃
今日も今日とて外は地獄絵図だ。
火事の煙はまだもくもくと上がっているし、ゾンビもうろうろと徘徊している。
火事の煙に関しては夏だし湿気があるので、ある程度収まって若干少なくなっている気もしなくもないが、ゾンビの数は増減を感じさせない。
実際、増えても減ってもいないのだろう。恐らく連中は鍵のかけられた家の中から出ることが出来ないのだ。
それが事実であれば、今外にいるのを皆殺しにすればもう解決なのではないか、とも考えられる。
まぁ、怖いのでやらないが。
それと、もしかしたら重要な問題かも知れないので書いておくが、どうやらゾンビの変貌度合いは個体差があるらしい。
俺の中学の同級生らしきゾンビを発見した時に気づいた。今になって思い返してみれば、俺の両親も母親の方が面影を残していた気がする。
個体によっては人間の頃と姿がほぼ変わらない者もいたりするのだろうか。
そう考えれば、俺も実はゾンビになっていて、個体差的な問題で知性と見た目が人間の頃とほぼ変わっていないだけ、なんて事もあったりするのかも知れない。
というか、どっちかというとそっちの可能性の方が高いまである。
ふざけている。冗談では無い。
しかし、そんな「もしかしたら」の事を考えてもどうにもならない。
とにかく、俺がまともにものを考えられて、この日記を書き続けられる限りは書き続けていく。
かの有名な「かゆうま」にはならないようにしたいが。
20XX年 8月19日 天気:雨 気温:30℃
ゾンビ騒動が始まってから初めての雨だ。
雨がゾンビどもを洗い流してくれる、なんて事はなく雨とか関係なしにいつも通り町を徘徊しているが、これで殆どの火事が収まってくれるだろう。
これで火の手に怯える必要が無くなったのは有難い事だ。
今日はマンション全体を歩いて回ってみた。
喜ばしいことに、このマンション内にゾンビの姿は一切見られなかった。怪しいと思っていた地下室にも痕跡すら見られないし、変な隠し扉みたいなのも無い。
まぁ、各部屋の中からは普通にゾンビどもの唸り声が聞こえるが、やはり誰一人として外には出られないようだ。
そして、そんな気はしていたが、ゾンビは知覚した生存者を襲おうとするらしい。
外に散見されたゾンビが、俺の事を視界に入れた瞬間、俺に向かってのろのろと進んできたのだ。
柵に阻まれて俺の元へ辿り着く事は出来なかったが、柵の隙間から指を伸ばしてくるのには大いに怖気を感じた。
あまりにも怖かったので、念には念を入れて柵の隙間から木刀で肉塊になるまで潰しておいた。
あとついでに焼いておいた。再生とかされたらたまったもんじゃない。
今これを書いていて普通に殺人だったと気づいたが、まぁ、仕方がないだろう。
それと、初めて犬のゾンビを見た。犬種はドーベルマンだ。
しかし、身体能力は低下しているようで、動きが鈍い。
某ゲームのように凄まじい身体能力で柵を越えて来られたらどうしようかと危惧したが、全然そんな事はなく、大いに安心した。
とりあえず他のゾンビと同じように柵の隙間から木刀で破壊して、燃やした。
これで、少しはこの辺も安全になったはずだ、と信じたい。
20XX年 8月20日 天気:雨 気温:28℃
女を拾った。
完全に性癖を詰め込むために書いた作品。
できれば評価と感想おくれ。
※追記 この日記は主人公が書いたヤツなので、主人公の主観とか脚色とかが多少入っているぞ!あと、結果に至るまでの過程とかも色々すっ飛ばしてるぞ!気をつけてくれ!
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おわりのはじまり
窓から差し込んで来た日光を浴びて目を覚ます。
俺の心中に渦巻く暗澹とした不安とは相反する、スッキリとした気持ちの良い寝起き。
アラームを使っての起床とは大違いだ。
……もう、アラームを使わなくなってから三日になるのか。
最近のはずなのにひどく過去の事のように感じられる。
十中八九、この三日間の圧倒的な密度のせいだ。
何故俺がこんな目に遭わなくてはならないのか、と腹の底から湧いてくる真っ黒な思考を振り払うべく布団を畳み、押し入れへ放り込む。
埃が舞い上がり、鼻水が出てきた。もっと普通に仕舞えば良かったよ畜生。
今日も今日とて顔を洗い、無駄な望みを持って両親の寝床を覗いてみる。
勿論のこと、そこにあるのは生活感溢れる内装と、明らかに不相応なゴミ袋一つだけ。
壁一つ隔てて接している隣の部屋からは、相も変わらずうーうーと唸り声。
いい加減、鬱病かノイローゼにでもなってしまいそうだ。
いや、ストレスで髪が抜け落ちるかも知れない。どちらにせよ御免被る。
しかし、本当に声が五月蝿い。
さて、日課が終われば朝食の時間だ。
冷凍庫から冷凍たこ焼きを3個取り出して、レンジへと放り込む。
ピッピと設定を終え、スタートを押してから食卓の席へ腰掛けてから、溜息を一つ。
……まだまだ冷凍食品が山のようにある。電気の使える今のうちに消費し切るべきだ。
しかし、俺の中には食える食べ物は残しておくべきだと言う考え方もある。
どちらの意見が正しいのか、正直言うと俺にはサッパリわからない。
一度脳内で会議をさせてみたが、新しい人格でも生えてきそうだったので止めた。
いくら脳内が楽しくなったところで、結局は一人芝居だと気付いて絶望するのがオチだ。
「はぁ…………」
現実の難解さと非情さに溜息を吐き、ベランダへと出る。
救出用のヘリでも何でも来ていないかな、なんて言う望みをかけて空を見上げてみるが、そんなのは影も形も見つからない。
やはり現実は非情だと項垂れる。伴って下を向く視界に入り込んでくるのはゾンビ達。
とうとうこの光景を見ても何とも思わなくなった俺に嫌悪感を抱きつつ、この前見かけたクラスメイトのゾンビを探す。
一体一体を目で追い、コイツは違うコイツも違うと判別していって────
「……ん?」
一体だけ、明らかに動きのおかしいのを見つけた。
移動速度は他のゾンビとあまり変わりないが、確実に何か違う。
目を凝らし、その違和感の正体を探ろうとして、すぐに気付いた。
あれは生存者だ。
他のゾンビ達があれに追従しているのがその証拠。
移動速度が遅いのは、怪我をしているらしい足を引きずっているからだ。
俺は細かいことなど考えず、ようやく話し相手が出来ると木刀を持って飛び出した。
もう、これ以上の孤独は耐えられそうにない。
飛び降りるように階段を下り、柵を乗り越えて外に出る。
見てみると、先程の生存者はまだすぐそこにいた。
俺は木刀を邪魔だと柵内に放り投げて走る。一団の中にいたゾンビ達が俺の存在に気付き、一団を離れて迫って来るが、やはり遅い。
10秒もせずにゾンビ達を引き離し、生存者に追いついた。
勢いのままに生存者を持ち上げ、マンションの裏口目指して走り出す。
どうやら高校生の身体能力は人一人を担いでいてもゾンビ程度には遅れを取らないようで、追いつかれるなんてことなく無事に安全地帯まで逃げ込めた。
担いでいた生存者を下ろそうとするが、一向に動く気配がない。
どうやら長く続いた極限状態から解放され、気絶しているらしい。
呼吸音と心臓の鼓動は確認できるので、死んではいないはずだ。
仕方がないと、力の抜けた体をとりあえず地面に横た…………
………………研究者じゃね?コイツ。
血で染まってわからなかったが、この人が着てるこれ、白衣だ。
もしかしたら、俺は拙いのを拾ってきてしまったのかも知れない。
捨てるべきか………………?
横たえた研究者(仮)を観察する。どうやら女性であったらしい。
艶やかな黒い髪。長い睫毛。白衣の上からでもわかる起伏のはっきりとした肢体。
浅ましい衝動が俺の中を走り抜ける。童貞には刺激が強すぎたか。
だが、流石の俺もリスク管理というものは出来ている。ここで欲求に身を任せでもしたら後々面倒なことになるのは必至。
というか、そもそもが怪しすぎるし、食糧の問題がまだまだ解決していない。
俺の事を殺しに来る可能性だって充分に考えられる。
しかし、やはり話し相手が欲しい。
この三日間、家族との会話はおろかテレビやネットも失い、まともな言葉と一度も触れ合っていないのだ。
もうこれ以上は俺の精神が危うい。
…………ああクソ、俺は一体どうすればいいんだ?
どっちを選ぼうにも、最終的に後悔する気しかしない。
結論が一向に出ず、時間だけがどんどんと過ぎてゆく。
……これは拙い。このままでは研究者(仮)が目覚めてしまう。
仕方がない、ここはまず、コイツのことを縛っておいて…………
そうだ。椅子にでも縛り付けておけば良いんだ。
そうすれば俺は殺されるリスク無く、話し相手を得ることが出来る。
何故最初から気付かなかったのだろうか。こうしてはいられない。
まずは紐を持って来て、ここで縛ることから始めよう。
嗚呼、やった。これで俺は、孤独から解放される────
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けいやく
────思った以上に上手く行ってしまった。
今、俺の目の前には、椅子に縛り付けられながらも眠っている彼女の姿がある。
彼女は俺が紐で縛っても、俺がその体を持ち上げて部屋へ運んでも起きることはなく、今この状況になっても起きる気配を見せなかった。
まさか死んでいるのではないかと不安に思ったが、呼吸はしている。
……まぁ、とりあえず気長に彼女が起きるのを待つとしよう。
時間は文字通り腐るほどあるのだ。
まずは、レンジの中に入れっぱなしのたこ焼きを食べなければ。
レンジの蓋を開け、手掴みでも問題ないほどに冷めたたこ焼きを口へ放り込む。
ひやっとした感触に眉を顰めつつ噛み潰すと、添加物のたっぷり含まれた、安っぽいソースと小麦の味が広がってきた。
……うん、どう良く形容しようと頑張っても、クソ不味いとしか言えない。
というかタコはどこに行ったんだ。ほんの少しもタコの感触を感じないぞ。
結局タコの行方は分からないまま、一つ目のたこ焼きを嚥下し、二つ目、三つ目と食べてゆく。
が、やはりタコの行方はわからない。よし、この冷凍たこ焼きは今後一切買わないことにする。
まぁ、そもそも何かを買うってこと自体、もう出来るかどうか怪しいところだが────
「………………う」
「!!」
確実に俺のものではない声。
どうやら彼女が目を覚ましたらしい。
「…………?…………ッ……これは…………」
「……俺がやった」
「ッ!?…………君は………………誰だ?」
彼女の青く、大きい眼が俺を射抜く。どうやら、海外の血が混じっていたらしい。
素人の俺から見ても、その瞳には警戒と疑念の色が宿っていることは明らか。
そりゃあそうだ。流石に縛られた相手に警戒しないなんてことはないだろう。
とすると、疑念はなんだろうか。襲っていないことだろうか。だとしたら心外だ。
まぁ、まずは質問に答えておこう。
「……こう表現して良いのかは分からないが、生存者だ」
「生存者……?いたのか……?」
「……では、次は俺の質問に答えて欲しい……貴女は何だ?何処の誰なんだ?」
その質問に、彼女はハッと目を見開く。
それから目を逸らし、考える素振りを見せ、そのまま口を開く。
「……研究者だ。あそこの■■■病院で、研究者をやっていた」
「……そうか」
「ッ……」
……成程、やはり、原因はあそこだったらしい。
まぁ、わかったからと言って、調べる気には到底ならないが。
先程は彼女を助けたが、本来の俺にわざわざ命の危険に飛び込む勇気は無いのだ。
「……な、なぁ、どうだ?取引といこうじゃないか」
「………………取引?」
「あぁ、そうだ。取引だとも。まず、私の右足の靴を取って、足を見てくれないか?」
再びその瞳で俺のことを見ると、突然そんなことを言い出した。
……いきなり何を言っているんだ?この人は?
何かあるのか?足に近づいた俺のことを蹴り飛ばすつもりなのか?
……いや、しっかりと縛ってあるし、そういう可能性は殆ど無いだろう。
とりあえず、言われた通りに靴を脱がせて、その足を見る。
「…………これは」
そこには、血で赤黒く染まった布が巻かれていた。
赤い雫がポタポタと垂れていて、相当量の血が出ていることは明らか。非常に痛々しい。
ゾンビどもから逃げる時に足を引きずっていたのは、確実にこれが原因だろう。
「見ての通りだ。君も察しはついているだろうが、あそこの病院……より正確に言うなら、私達が全ての原因なんだがね。私は他の連中と意見が食い違ってしまって、追い出されてしまったのさ」
「……それで?」
「ま、まぁ、落ち着いて聞いてくれよ。追い出されてしまったから私はもうあの病院には帰れないし、怪我もしているから、外に出ればあれらに殺されてしまうんだ。だから、私はなんとしてでもここに居たいんだよ」
「…………」
……なんか話の流れが見えた気がする。
これ絶対『ここに住まわせてくださいなんでもしますから』って来るぞ。
「そこでだ!君は私に『ここへ生きた状態で住み着く権利』をくれる代わりに、私は君に、『私の事を好きにしてもいい権利』をあげようじゃないか!」
うん、想像通りだったわ。
まぁ、そう言うのなくても元から住まわせるつもりだったし、受けるけども。
「別に、悪い条件ではないはずだ!決して君に危害を加えない事も約束しよう!」
「わかった、受ける」
「それでも不安というのならこのまま椅子に縛り付けたままでもいいし、首輪を繋いでくれても構わない!なんなら腕を切り落……へ?」
「受ける」
「い、いいんだね?……よし、それじゃあ契約成立だ!…………ふぅ」
目に見えて安堵する彼女。
どうやら彼女も相当に必死だったらしい。疲れ切ってぐったりとしている。
俺はそんな彼女を拘束している紐を切って、体を解放してやる。
彼女の証言と助けた時の状況証拠的に、本当に彼女は俺に対して危害を加えるつもりはないのだろうと判断したからだ。
ここで寝首をかかれたりしたら、その時はその時と受け入れよう。まぁ、きっと後悔はするんだろうが。
「あ?……あぁ……成程、早速か……」
椅子からずり落ちた彼女がうわ言のように何かを言っている。
まぁ、どうせ何かそっち方面へ盛大に勘違いしているんだろう。
覚悟を決めているところ悪いが、今のところそういうことをするつもりはない。避妊具とかが手に入ったらまぁ、話は変わってくるんだろうが。
とりあえず、彼女を両親の布団の上に寝かせておいて、部屋の外に出る。
これから同居人が増えるのだ。色々と準備をしなくては。
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じゅんび
────さて、ではまず彼女の食事を用意するところから始めるとするか。
いつ彼女が追い出されたのかはわからないが、病院からここまでの距離と、先ほどの彼女の移動速度から考えるに、最後の食事はだいぶ前のはずだ。きっと腹を空かしていることだろう。
それに、契約内の『生きた状態で』には恐らく食事のことも含まれる。
誰かとの会話がしたい俺としては、絶対にあの契約を反故にするわけにもいかないのだ。
……というか、現状においてあの契約を破るメリットは双方に無い。
彼女は俺がいないと生活すらままならない。俺は彼女に居なくなられると精神的にキツい。
つまり、こちらが契約を履行しようとすれば、確実に彼女も契約を履行してくれるということ。
これほどわかりやすく、有難いことはない。
……ああ、そうだ。ついでだし、歓迎会とでも銘打っておくか。
歓迎会に冷凍食品だけしか無いというのも何か気が引けるし、久々に手料理……まぁ、ネットでレシピ探れないから今作れるのは限られてるが……野菜炒めなら作れるな。
うん、そうだ。それにしよう。野菜もいつまで保つかわからないし、今消費してしまえ。
野菜室を開けて、キャベツ、ニンジン、もやしを取り出す。
それとチルド室から肉も少し。……冷凍庫に余裕も出てきたし、残りの肉は冷凍しておくか。
……肉って冷凍していいんだっけ……まぁ、別に大丈夫か。最終的に食えれば問題ない。
肉を冷凍庫に詰め込めるだけ詰め込んで、野菜を洗う。
毎度毎度思うのだが、これってどれくらいまで洗えばいいのだろうか。
まぁ、とりあえず手でゴシゴシやっておけば間違いは無いんだろうが。
野菜を一通り洗い終えたら、まな板を召喚し、その上に野菜を安置。
この時にまな板も洗うことを忘れてはならない。
安置できたら、包丁を召喚……する前に、フライパンに油を敷き、火を出しておく。
野菜を切る間に、フライパンを温めるのだ。
……おっと、換気扇を忘れていた。しっかり付けなければ。
火加減を調節できたら、今度こそ包丁……ではなくピーラーを召喚。ニンジンを剥く。
シャッシャッと、表皮を残さないように剥いていく。
両親はこの時に出た皮を
まぁ、栄養にはなると思うのでタッパーに詰めて取っておくが。
見た感じもう皮は残っていないかな、と思えたら、三度目の正直で包丁を召喚。
ヘタの部分と尻の部分を切り落として、その他の部分は短冊切りにする。
薄すぎたら歯応えが無いし、厚すぎたら火が通らないので、加減が難しい。
……まぁ、とりあえず、これだけ切っておけば十分だろう。
そうなれば後はキャベツだが、キャベツは普通に手で千切って大丈夫だ。
さて、野菜の準備が終わったら、いよいよ炒めに入る。
まず火を強火にして、肉をしっかりと温まったフライパンに投入。
跳ねる油に気を付けつつ
肉全体の色が変わったな、と思ったら次はニンジンを投入。
これも油に気を付けながら
特にここからは本格的に油が跳ねてくるので、火傷に気をつけなければならない。
ニンジンがいい感じにへたり、火が通ったなと思ったら今度はキャベツを投入。
順次
適度に味見しながら味を調節し、そのまま全体に火が通れば、完成だ。
それじゃあ、いい感じに皿へ盛り付けて…………あ、そういや俺もう朝飯食ってたな……
まぁ、結構いっぱい作ったし、残った分は昼にあっためて食えば良いし、少しでいいか。
彼女の皿にたくさん盛り付けて、俺の皿は少なめに。
……彼女の方は肉も多めに入れておくか。女性が肉で喜ぶか知らんが、豪華な方が良いだろ。
盛り付けが終わったら食事を食卓へ運び、彼女を呼びに行く。
が、どうやら疲れが出てしまったらしい。両親の布団の上ですやすやと眠っている。
流石に起こすわけにはいかないし、食事はもう少し後にするかな────なんて考えながら彼女を見ていたら、布団が血で染まっていることに気づいた。
……そういえばあの怪我の手当てをやっていなかったな。最初にやるべきはこっちだったか。
戸棚にしまってあった救急箱の中から包帯を引っ張り出す。
巻き方はよくわからないが、まぁ、とりあえず今は血をどうにかするのが先決だ。
しかし、寝ている間にいきなりやっては拙いだろう。
彼女の肩を揺らし、覚醒を促す。
すると、彼女は目を閉じたまま言葉を紡ぎ始めた。
「……ん……う……あぁ……申し訳ないが、私は今自分から動けない。勝手に使ってくれ」
……うーん……なんなのだろうこの研究者は。
男が四六時中女を抱くことにしか興味のない猿だとでも思っているのだろうか。
非常に心外だ。まぁ、そう言う男が居ないとも言えないのだが。
とりあえず、勝手に巻いていいなら勝手に巻かせてもらおう。
彼女の足に巻かれた布を外し、包帯を当てる。
「あぐあッ!?」
彼女の体が一瞬大きく跳ね、のたうち回る。
予想外の痛みというのもあっただろうが、まぁ、傷だけでもそうなる程の痛みはあるはずだ。見たところ、銃弾が足を貫通している。
銃弾を摘出する必要が無いのは幸運だったのだろうが、想像を絶する痛みであることは確かだ。
「……ッ!!ぐゥッ……!あぁッ…………!!!」
しかし、痛いからとはいえ、暴れられると上手く包帯が巻けない。
気の毒だが足を腕でしっかりと固定して、出来るだけ迅速に巻いてゆく。
……が、やはり俺は素人。どうしてももたついてしまう。
「ハァッ、ハァッ!フゥーッ!」
結局、巻き終えるまでに1分程度の時間を要することになった。
彼女を見てみると、どうやら痛みを堪えていてくれたらしい。
汗をじっとりと滲ませ、布団を引きちぎらんばかりに握りしめている。
……その姿は、何と言うか……いや、直接的な表現は避けよう。
「フーッ……フーッ……」
「終わったが……大丈夫か?」
「フゥーッ、だっ、大丈ッ、夫、だとも……!」
とりあえず安否を聞いてみるが、どうやらダメらしい。
しばらく待ってみても、彼女の全身に入った力が緩む気配は見えない。
仕方ない。彼女が再起できるようになるまでに出来ることをやっておこう。
まず、洗面所でよく絞った濡れタオルを持って来て、彼女の額の汗を拭ってやる。
すると、彼女の表情が幾分か和らいだ気がした。気がしただけだが。
濡れタオルをその辺に置いておいたら、つい先程まで彼女を拘束していた椅子の周りに散らばっている紐を回収、ゴミ箱に捨てる。
……しかし、今更だがこれゴミはどうすれば良いのだろうか。
ゴミ捨て場には持って行けないし……ベランダから投げ捨てるか?
いや、そうなると下にゴミが溜まって、後から色々と問題になりそうな気がするな……
かと言って燃やすと変な有毒ガスとかが発生しそうだし……どうするべきか。
……いや、今はまだその辺は考えないでいいな。次の作業に取り掛かろう。
食卓に置かれた野菜炒めを、一旦フライパンに戻す。
彼女が再起可能になったら、温め直すためだ。
流石に歓迎会で冷めた飯を食べさせるわけにいかない。
……そろそろ、大丈夫だろうか?
寝床に戻って彼女の様子を見てみる。
すると、どうやら大分楽にはなったらしい。息は先程よりも穏やかだし、手の力も緩んでいる。
「……大丈夫か?」
「ふぅ……あぁ、もう大丈夫だよ。すまないね、こんなことをやらせてしまって」
「構わない。……ところで、腹は減っているか?」
「……?まぁ、減ってはいるが……まさか作ってくれるのかい?」
「いや、もう用意はほとんど出来ている。席に座……座れるか?」
「席というと……すぐそこだろう?そのくらいなら大丈夫さ」
「そうか」
確かに、ゾンビに襲われていた時も歩いてはいたからな。一応歩けはするのだろう。
……いや、でも不安だな。転ばれでもしたら大変だし、食卓まで運んでおくか。
「ああ、大丈夫……って、うわわっ!?」
「食卓まで運ぼう。あまり動かないでくれ」
「い、いや、大丈夫だって言ったんだが!?」
「転んだりして怪我でもすれば大変だ」
「……う、ぬ、まぁ、その通りなんだが……流石に……」
彼女を横抱きにして持ち上げる。
なんかごちゃごちゃと言っているが、そんなことは気にしない。
彼女の脚と頭をドアの縁に当てないようにしながら寝床を出て、食卓に座らせる。
さて、それじゃあ歓迎会だ。
出来る限りこの関係を長く続けられるように、頑張らなければ。
銃の痛みって、実際どれくらいなんでしょうね?
今回は自分がハサミを足の甲に突き刺した時の経験から書いてますが、銃では撃たれてないし貫通もしていないので、実際のところは分かりません。
そんでもって評価と感想くれ。
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かんげい
温め直した野菜炒めを、再び皿へと盛り付ける。今回も彼女の方は多めに、俺の分は少なめに。
いや、やっぱり俺の分は無しでいいな。腹はそこまで減っていないしな。水だけ飲もう。
……ああ、そうだ。彼女の水も持って行かなければ。彼女は今、水分も不足しているはず。
コップを食器棚から取り出し、水道から水を注ぐ……ちょっと多すぎたか?
まぁいい。そのままコップを片手に彼女の方の皿を持って、食卓へと運んでいく。
「……おぉ、野菜炒めか。いいね、美味しそうじゃないか。正しく男飯という感じだ」
男飯というのは褒め言葉なのか少々疑問に残るところだが、今はそんなこと確かめようがない。
さっさとキッチンへと戻り、俺の分の水を持ってくる。あとついでに箸も。
そういえば彼女の分の箸が無いな……とりあえず、母親の箸を使ってもらうか。
「……ん?君の分は……?」
食卓へ戻ってきた俺に、彼女がそんなことを聞いてくる。
まぁ、向こうは俺がもう朝食を摂っていることは知らないからな。
何か疑問に思っても仕方がないことだろう。
「俺は大丈夫だ。遠慮せずに食べてくれ。これは歓迎会だからな」
「……あ、ああ……か、歓迎会か……歓迎会なら、仕方がない、な、うん」
「水は、麦茶とオレンジジュースがある。そっちの方が良ければ言ってくれ。持ってこよう」
麦茶はパックのストックが死ぬ程あるし、オレンジジュースは普段から両親が大量に購入していたので、冷蔵庫にとんでもない量が眠っている。消費しても全く痛くない。
というか、オレンジジュースは好きじゃないので、俺としてはアレを消費して欲しいのだが。
「……な、なぁ。まさか……これは、私を……?」
「ああ、貴女に食べてもらうために作ったんだ。むしろ食べてもらわないと困る」
「…………あ、え、そ、うか……そう……だよな……では……い、ただきます」
……何やら彼女の顔色が悪い。汗もひどくかいている。
よく見てみると、箸を持っている手が大きく震えていることもわかった。
……まさか、あの傷が痛むのだろうか?
もしかしたら、痛みのせいで食べようにも食べられないのかもしれない。
「……自分で食べられるか?」
「ヒッ……あ、だ、大丈、夫、だ。……じ、自分で、食べる……!」
彼女は何か吹っ切れたように皿を持ち上げ、野菜炒めを掻き込む。
大丈夫アピールにしては少々やり過ぎではなかろうか。詰まらせでもしたら大変だぞ。
「ッ……………………!」
彼女は皿を机に置き、水をがぶりと飲んで目を瞑ると、そのまま静止した。
その様は何かを待っているようにも、何かを耐えているようにも見える。
なんだ?どうしたんだ?……ま、まさか、それ程までに不味かったとでも言うのか……?
「…………あれ?」
「だ、大丈夫か?口に合わなかったのか?」
「え……………あ、い、いやいやいや!とても、とても美味しかったとも!」
「それなら、良かったが……一体どうしたんだ?」
「そ、それは、そのぉ……き、気にしないでくれたまえ!女の秘密というヤツだ!」
「……あぁ、成程」
ぬぅ、非常に気になるが、女の秘密と言うなら仕方が無い。
母も父も、女の秘密には絶対に手を出すな、と俺が幼稚園の頃から言っていた。
何なら祖父も言っていた。女の秘密は絶対不可侵なのだと。
「……おかわりは、要るか?」
「えあっ…………も……ら、えるのかい?」
「ああ。構わない」
「じゃ、じゃあ……貰おうじゃないか」
彼女の皿を回収して、キッチンへ。おかわりを皿の上へ盛り付ける。
もしかしたら彼女は俺が思っている以上に腹を空かせていたのかもしれない。
先程より気持ち多めに入れておこう。残りはまだたっぷりある。
「さ、どうぞ」
「うん、有難う」
先程とは打って変わって、今度は目の前に置かれた野菜炒めを味わうようにゆっくり食べる。
……本当に、先程のは何だったのだろうか。
「…………美味しい」
「それは良かった」
「……私は……これを、毎日食べてもいいのかい?」
「いや、そうもいかない。食材には限りがある。これ以降は比べ物にならないくらい貧相になるから、出来れば今のうちに味わって食べてくれ」
「………………ッ、じゃあ、今回は……」
「歓迎会だからな」
「……そう、か…………勿体ないことを、してしまったかな」
罪悪感を感じているのだろうか。彼女が顔を伏せる。
こう言う時はどう言葉をかければいいのだろうか。
女を泣かせたことはあれど、慰めた経験なぞ一回も無い。
……もういいや。当たって砕けろの精神で行こう。
「……まぁ、気にするな。いざとなればかき集める。好きに食べても構わない」
「ッ…………すまない……すまない……!」
ポタポタと涙が食卓に落ちる。
ふむ、どうやら俺には女を泣かせる才能があるようだ。
ものの見事に地雷を踏み抜いたらしい。
……いや、本当にどうしようかこれ。
とりあえず、俺にはサッパリわからないし、泣き止むまで待つか。
…………あー……先行きが不安だ…………
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契約
「………………う」
寝ていたのか……?
いや、違う。そうだ。嵌められて、追い出されて……ああ駄目だ、記憶が曖昧になっている。
ええと、確か、迫ってくる連中から逃げて、■■市の方へ行こうとして……攻撃された?
そうだ、あの十字路の辺りで、後ろから……となると、私はもう……いや、それは無いな。
元とは言え、あんなのを研究していた研究者。今更になって死後云々とか、そんなスピリチュアルな物を信じることなど出来ない。
とりあえず、今現在の状況を確認してから‥……ッ!?
「これは……」
体が動かない……椅子に縛りつけられている……!?
縄抜けは……出来そうにないな。ご丁寧に全く体が動かせないようにされている。
……というか、そもそも縄抜けしたところでという問題だよな。
こんな穴の空いた足では、まともな抵抗すら難し────
「俺がやった」
「ッ!?」
男だ。見た目は若いが……社会人では無いな。高校生か大学生だ。
日本人らしい黒い髪と黒い瞳に、白いマスク。
恐らく運動系の何かに所属しているのだろう。腕から覗く筋肉はよく発達している。
しかし……彼は一体…………?
「君は…………誰だ?」
「……こう表現して良いのかはわからないが、生存者だ」
「生存者……いたのか……?」
馬鹿な。この時代の時期にエアコンはおろか、窓すら開けていない人間がいるだと?
正気の沙汰とは思えない。気でも狂っているのか?この男は。
もしくは何かしらの病に犯され……てはいないか。肉体が健康を全力で表現している。
……あぁ、もしかして、トレーニングの一環だったのか?
人体について多少知っている身からすると、即刻止めることをお勧めしたいが……
「では、次は俺の質問に答えて欲しい……貴方は何だ?何処の誰なんだ?」
ッ………………これは……どうする?偽るべきか……?
彼は生存者だ。馬鹿正直に研究者などと名乗れば、それこそ殺され……
……あ、そう言えば私、バッチリ白衣着てた。
あークソ、失敗した。脱ぎ捨てておけば良かった。これでは嘘を言っても即行でバレる。
いくらでもタイミングはあったのに……完全なる失敗だ。正直に言う他に何も無い。
「……研究者だ。あそこの■■■病院で、研究者をやっていた」
「……そうか」
「ッ……」
元々低かった男の声が更に一段低くなる。……どうしよう。
……最悪死ななければ何でも良い……何か……そうだ、体を差し出そう。
これでもルックスとスタイルには自信がある。髪とかは先程の逃走中に乱れているかも知れないが、それでも大抵の男なら釣れる……はずと思いたい。思春期ならば、なおさらだ。
しかし、これでも正直賭けだ。男の憎悪が欲を上回れば普通に殺されてしまう。
やはり…………いや、もういい。当たって砕けろだ。どうせ賭けなら盛大にやってやれ。
「……な、なぁ、どうだ?取引といこうじゃないか」
「………………取引?」
男が疑念に満ちた目でこちらを見る。底冷えするような、絶対零度の瞳だ。
あまりの恐怖に口を噤みそうになってしまう。
しかし、ここで弁を止めるわけにはいかない。
「あぁ、そうだ。取引だとも。まず、私の右足の靴を取って、足を見てくれないか?」
男は少し考えてからゆっくりと私の前に跪き、靴を外してゆく。
小さいとは言え衝撃を受けた傷が痛むが、別に耐えられないわけではない。
歯を食いしばり、声を抑える。
「…………これは」
若干の驚きが混ざった声。これは手応えがあったか。
しかし、ここで急いではいけない。落ち着いて、順序立てて話さねば。
「見ての通りだ。君も察しはついているだろうが、あそこの病院……より正確に言うなら、私達が全ての原因なんだがね。私は他の連中と意見が食い違ってしまって、追い出されてしまったのさ」
「……それで?」
「ま、まぁ、落ち着いて聞いてくれよ。追い出されてしまったから私はもうあの病院には帰れないし、怪我もしているから、外に出ればあれらに殺されてしまうんだ。だから、私はなんとしてでもここに居たいんだよ」
「…………」
男が足から目を離し、こちらの目を見た。
相変わらずの冷たい瞳だが、その奥には先程とは違って何かを見出すことができる。
それが何の感情かは読み取れない。しかし、何かを感じていることは確か。
…………ここだ、ここで決める。
「そこでだ!君は私に『ここへ生きた状態で住み着く権利』をくれる代わりに、私は君に、『私の事を好きにしてもいい権利』をあげようじゃないか!」
もう後先は考えない。どうなろうと最終的に生きていれば良いんだ。
四肢を失おうが、耳を切り取られようが、目を抉られようが、生きていればなんとかなる。
どんなに不利な条件であろうと、生存さえ保障されていれば構わない。
ひたすらに相手に都合のいいことを捲し立てる。
「別に、悪い条件ではないはずだ!決して君に危害を加えない事も約束しよう!」
「わかった、受ける」
「それでも不安というのならこのまま椅子に縛り付けたままでもいいし、首輪を繋いでくれても構わない!なんなら腕を切り落……へ?」
あれ?……あ、あれ?思ったよりあっさり……
え?えー……あー……えー……?
もしかして、思春期の男って思っていた何倍もチョロいのか?
いや、もしかしたら聞き間違いって可能性も……
「受ける」
無かった。
「い、いいんだね?……よし、それじゃあ契約成立だ!…………ふぅ」
体が弛緩する。どうやら私は私が思っていた以上に緊張していたらしい。
……しかし、まだ安心は出来ない。こんななんの強制力も無い契約、向こうが破棄しようと思えばいつでも破棄できてしまう。
やはりそこは体で何とかしなければならないんだろうが……できるだろうか?そんな類いの経験は一回もないし、飽きられないようにするにはどうすればいいかとか、その辺全く知らないぞ?
あー……何で過去の私は全ての時間を研究にぶん投げてしまっ────
「あ?」
いきなり体がずり落ちる。どうやら、男が私の拘束を解いたらしい。
ハサミを持った男が視界の端に映っている。
一体何のために……ああ、そうか、まぁ確かにあんなぐるぐる巻きだと邪魔だよな。
「あぁ……成程、早速か……」
体の下に腕が差し込まれ、持ち上げられる。行き先は一つだろう。
初めてがこんなのというのも少し残念だが、仕方がない。命よりは安いんだ。
下ろされたのは、やはり柔らかい感触。視点の低さ的に布団だろうか。
……さて、覚悟を決めるとしよう。全身の力を抜き、目を閉じて、その時を待つ。
「…………あれ?」
しかし、聞こえてきたのはドアの開閉音。
ゴムでも取りに行ったのかと思ったが、いつまで経っても帰ってこない。
まさかこれが放置プr…………あ、拙い。いきなり眠気が──────
はい、研究者視点でした。頭真っピンクですねこの研究者()
こういうところで勘違いしてくれるのが私的には非常に大好物なわけですよ。
というわけで、次回も引き続き研究者視点になります。
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準備・歓迎
「……ん……う……」
体が揺さぶられ、意識が急激に浮上していく。
しかし、予想以上に疲労が溜まっていたらしい私の体は実に重く、目を開くことすら億劫だ。
一瞬だけ薄目を開けて見てみると、男が何かを持っているのが見えた。
形状から見るに、恐らくアレはゴムだろう。
きちんとしている。どうやら学校の性教育にはしっかりと効果があったらしい。
こちらとしても、孕む心配が無くなってくれるので大歓迎だ。
「あぁ……申し訳ないが、私は今自分から動けない。勝手に使ってくれ」
そう言い終わると、男が私の下半身の方へと回りこむ。
そのまま私の足を持ち上げて……あれ?
私が傷に当てておいた布を外
「あぐあッ!?」
突然の激しい痛みに体が跳ねた。眠気が一瞬で吹き飛ぶ。
涙も出てきた。あまりにも痛い。
だが、その後も心臓の鼓動に合わせて、焼けるような痛みは押し寄せて来る。
「……ッ!!ぐゥッ……!あぁッ…………!!!」
体を捻り、四肢を動かし、何とか痛みを分散させようとするも、痛みは一向に収まらない。
ならばもう、暴れるだけ無駄だ。布団を握り、歯を食いしばって痛みを堪える。
これならば、もう少し耐えていられそうだ。
「ハァッ、ハァッ!フゥーッ!」
永遠にも思えるような長い時間の後、急に痛みが和らいだ。
その変わりに、足には何かできつく縛り付けられているような感覚がする。
……成程、恐らくだがアレはゴムではなく包帯で、この痛みは包帯を足に巻こうとしたためのものだった、という事なのだろう。
まぁ、そりゃあ血塗れの女を抱くって言うのは気が引けるか。
「フーッ……フーッ……」
「終わったが……大丈夫か?」
上から男の心配そうな声が降って来る。
大丈夫か大丈夫でないかと聞かれれば勿論大丈夫ではないが、今の私には大丈夫と答える以外の選択肢など存在していない。
折角ここまで来れたのに、たかが痛み程度で台無しにするわけにはいかないのだ。
「フゥーッ、だっ、大丈ッ、夫、だとも……!」
未だ襲いくる痛みに堪え、私はなんとか言葉を紡ぎ出すことができた。
しかし、言葉の節々に大丈夫では無い感じが滲み出てしまう。
男は何かを考えている様子だったが、しばらくすると立ち上がり、何処かへ去っていった。
流石にこの状態は無理と判断したのだろうか。まぁ、そうしてくれると非常に有難いが。
「ハッ……ハァッ……ッ!」
だが、実際はそうで無かったらしい。男はすぐに戻ってきた。
今度こそゴムを持って来……全然違った。
私の額をタオルのようなもので拭ってから、また何処かへ行ってしまう。
おかげでかなり楽にはなったが……あの男は一体いつになったら私を抱くつもりなのだろうか。
抱くのならさっさと抱いてくれた方が私の精神的に有難いのだが。
「ふぅ……ふぅ……」
……数分程時間が経って、痛みもかなり治まってきた。
後方からドアの開く気配と、男が近づいて来る気配がする。
どうやらこちらの様子を見に来たらしい。
「……大丈夫か?」
「ふぅ……あぁ、もう大丈夫だよ。すまないね、こんなことをやらせてしまって」
「構わない。……ところで、腹は減っているか?」
「……?」
腹が?……そういえば、最後に食べたまともな飯は……昨日の夜か。
菓子パンを幾つか食べて、その後すぐに追い出されたんだった。
思い出したら急に腹が減ってきた。
「まぁ、減ってはいるが……まさか作ってくれるのかい?」
「いや、もう用意はほとんど出来ている。席に座……座れるか?」
……まぁ、私のあの醜態を見ればそう思ってしまうのも当然か。
しかし、ドアの先の光景を見てみると、食卓らしき席はすぐそこにある。
あの程度ならば、今の私でも辿り着けるはずだ。
「席というと……すぐそこだろう?そのくらいなら大丈夫さ」
「そうか」
「ああ、大丈夫……って、うわわっ!?」
「食卓まで運ぼう。あまり動かないでくれ」
体がいきなり宙に浮く。どうやら抱き上げられたようだ。
目と鼻の先にまで近付いた男の顔から目が離せない。
「い、いや、大丈夫だって言ったんだが!?」
「転んだりして怪我でもすれば大変だ」
「……う、ぬ、まぁ、その通りなんだが……流石に……」
恥ずかしい、と言葉にする前に男が動き出す。
私の体をぶつけないようにしてドアを通り抜けると、優しく椅子私を座らせた。
そして、こちらが何も言えないうちにキッチンの方へと行ってしまう。
それから数十秒もすると、何かが焼ける音と共に美味しそうな匂いが漂って来た。
……いや、本当に何なのだろうかあの男は。
先程から何がしたいのかさっぱりわからない。
それに、私の覚悟を何度も何度も弄んで……私を一体どうするつもりなんだ?
などと考えていると、男が料理を乗せた皿と水を持って来る。
湯気を立ち上らせる彩り溢れたそれは、非常に美味しそうだ。
「……おぉ、野菜炒めか。いいね、美味しそうじゃないか。正しく男飯という感じだ」
……とりあえず語感で男飯と言ったが、男飯って褒め言葉なのだろうか?
しかし、男は気にした素振りを見せていないので、多分褒め言葉なのだろう。
男は一度キッチンに戻り、箸を一膳と水をもう一つ持って来た。
そして私の前に箸を置くと、そのまま椅子に座る。
「……ん?君の分は……?」
「俺は大丈夫だ。遠慮せずに食べてくれ。これは歓迎会だからな」
歓迎会……歓迎会……?私の……?
「……あ、ああ……か、歓迎会か……歓迎会なら、仕方がない、な、うん」
「水は、麦茶とオレンジジュースがある。そっちの方が良ければ言ってくれ。持ってこよう」
何故、そんなに私に良く……いや、まさか、これ……毒……?
成程、歓迎会とは、そう言う……やはり、抱けなかったのが気に食わなかったのか?
いや、そもそも最初からこうするつもりだったのかも知れない。
「……な、なぁ。まさか……これは、私を……?」
「ああ、貴女に食べてもらうために作ったんだ。むしろ食べてもらわないと困る」
「…………あ、え、そ、うか……そう……だよな」
念のために確認してみるが、やはりそうだったらしい。
……上げて落とすとはこのことか。
しかし、仕方が無い。どうせ食べるしか無いのだ。
「……では……い、ただきます」
体温が下がり、全身の血の気が引いていることがハッキリわかる。
その上汗は出るし手も震える。上手く箸が持てない。
逃げたい。このまま皿を落とせば少しは可能性が────
「……自分で食べられるか?」
「ヒッ……あ、だ、大丈、夫、だ。……じ、自分で、食べる……!」
いや、もう、無理だ。目の前に男が居る。死ぬしか無い。
……せめてあまり苦しまないようにしよう。
さっさと致死量を取り込めればそれで良いはずだ。
皿を持ち上げて中身を掻き込み、水で流し込む。
「ッ……………………!」
……ん?普通の味だぞ……?
変な気体が発生するわけでも無いし、異物っぽいものが入っているわけでも、キノコが入ったりしていたわけでも無いし……
「…………あれ?」
「だ、大丈夫か?口に合わなかったのか?」
「え………………」
どうやら、本当に心配しているらしい。
……まさか、これ普通の料理で、毒だのなんだのってただの杞憂だったり……?
いや、そうなるとまた……あ、違う、拙い、早く返事をしなくては。
「あ、い、いやいやいや!とても、とても美味しかったとも!」
「それなら、良かったが……一体どうしたんだ?」
「そ、それは、そのぉ……」
ど、どう切り抜ける……?
毒が入ってると思ってました、なんて言ったら本当に毒殺されそうだし……
…………あ、そうだ。こう言う時に便利なのがあった。
「き、気にしないでくれたまえ!女の秘密というヤツだ!」
「……あぁ、成程」
よし、やはりこの手は強いな。こう言う時に女に生まれて良かったと思う。
しかし、まだ切り抜けたわけでは無いはずだ。早急に次の手を……
「……おかわりは、要るか?」
「えあっ…………も……ら、えるのかい?」
「ああ。構わない」
「じゃ、じゃあ……貰おうじゃないか」
……どうやら、考える必要は無かったらしい。
彼が皿を持ってキッチンに戻る。
「さ、どうぞ」
「うん、有難う」
彼が再び野菜炒めを持って来た。最初よりも少し多く盛り付けられている。
今度は先程のように掻き込んだりせず、ゆっくりと咀嚼し、味わって食べる。
「…………美味しい」
「それは良かった」
心底安心したかのような声色。
マスクの下にある表情はわからないが、その目は確実に柔らかくなっている。
……成程。つまり、私はただただ善意で出してくれた料理に対して、毒だのなんだのと疑っていたわけだ。
………………あー……拙い。
理解してしまうと、湧き出して来た罪悪感で押し潰されそうになる。
「……私は……これを、毎日食べてもいいのかい?」
「いや、そうもいかない。食材には限りがある。これ以降は比べ物にならないくらい貧相になるから、出来れば今のうちに味わって食べてくれ」
「………………ッ、じゃあ、今回は……」
「歓迎会だからな」
「……そう、か…………」
…………考えてみればそうだ。
病院にいた頃はこのくらい普通に食べられたが、ここは一般家庭。
この状況において、食料は貴重なものだろう。
つまり、私は彼を疑っただけでなく、彼の貴重な食料を無駄にしたと言うことになるのか。
「勿体ないことを、してしまったかな」
「……まぁ、気にするな。いざとなればかき集める。好きに食べても構わない」
「ッ…………!」
ああ、拙い。本格的に拙い。
自己嫌悪が止まらない。涙腺も決壊する。
「すまない……すまない……!」
もう、謝ることしかできない。
到底許されることではないと言うのはわかっているが、それでも謝るしかない。
今の私には、それくらいしか出来ることは無いのだから。
うん、誤解が解けて良かったですね。まぁ、変わりに罪悪感をGETしたわけですが。
彼女には今後この罪悪感で苦しんでもらいます。
いやー……可哀想ですね。それが良いんですがね。
次回からは主人公視点に戻ります。
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りょうしん
────彼女の震える背中を眺めながら、今後のことについて考える。
この空間で暮らす人間が一人から二人に増えるのだ。
一人の時と比べて出来ることは増えるが、比例して解決すべき問題も増えてしまう。
彼女が怪我で動けない今、それらに俺が一人で対応しなければならない。
……まぁ、最初は彼女の衛生的なところからだな。
流石に血塗れの服を着たままって言うのは色々と拙い。
着替えは母親の服でいいだろうか、サイズが合うかどうか知らんが。
とりあえずここは彼女が落ち着くのを待って────
「…………ふぅ、あー……」
彼女がゆっくりと顔を持ち上げ、手の甲で涙を拭う。
どうやら、丁度良いタイミングで落ち着いてくれたらしい。
であればまず、彼女の地雷を踏んでしまったことについて謝らなければ。
今後共に暮らす相手を泣かせておいて謝りもしないのは常識的に考えて有り得ないし、今後彼女と良い関係を築くにあたって、こういうのは解消しておいた方が絶対に良い。
ここで謝っておくに越したことは無いだろう。
「……すまないね。こんなみっともない姿を晒してしまって」
「気にするな。元はと言えば俺が変なことを言ったせいなんだ。こちらこそ申し訳ない」
「ッ!?……何、を……?」
しっかりと頭を下げて謝る。
土下座とまではいかなくても、これで誠意を見せるには十分なはずだ。
「俺は、今後貴女と良好な関係を築いていきたい。だから、これで許してくれないか」
「あ、違、違う……ただ、私が勝手に…………ゆ、許す。許すから、顔を上げてくれ、頼む」
どうやら許してもらえたようだが……何故か彼女が酷く狼狽えている。
何だ?謝られ慣れていないのか?
よく分からないが、とりあえず頭を上げて彼女に視線を戻す。
「ッ…………」
すると、彼女は俺から逃げるように目を逸らした。
……これ、本当に許されて……いや、まだ彼女とは会ったばかり。これから良い関係を築いて行けるように努力すれば、彼女も俺に心を開いてくれるはずだ。
「……その、なんだ。今更だが……ようこそ、我が家へ。これからよろしく」
「あ、ああ。よろしく、頼むよ」
「……………………」
「……………………」
沈黙の時間が続く。空気が重たい。
このままでは駄目だ。良い関係を築くために努力云々言っておいて、この状況はキツい。
ここは会話をして、少しでも空気を改善しなければならない。
……しかし、話題が一向に思いつかない。一体何を話せばいいのだろうか。
ふむ………………
「……あー……どうだ?この家は?」
「え……あ、ああ、そうだね。良い家だと思うよ。整理整頓がしっかりと出来ている」
「父が、綺麗好きだったからな。小さい頃から、その辺はしっかりと躾けられていた」
「そう、なんだね。……では、お母様はどうだったんだい?」
「母は……母は、綺麗好きというか、何かを順番通りに並べることが好きな人間だった」
「へぇ……まぁ、気持ちはわかるかな。そうした方が分かり易いし」
「そうだな。分かり易かった。……ああなる前日も、鼻歌を歌いながら…………」
「ッ……!」
あ、拙い。失言した。
「ああいや、その……………………」
「……………………」
あー……もう、駄目だなこれは。
やはり俺はこう言う気を利かせようとすると、かえって酷いことになってしまう。
仕方がない。動こう。動いて全部有耶無耶にしよう。
「…………悪いが、着替えを頼めるか?」
「え、あ、そう、だね。流石にこのままだといけないな。……ぬ、脱げば、良いのかい?」
「まぁ、そうだな。さっきまで居た部屋の箪笥の中に、母親の使っていた服がある。それを代わりに着てくれ。脱いだ物は洗濯する。……一人で、出来るか?」
「ああ、まぁ、そのくらいなら、出来るかな。……あと、出来れば濡れたタオルを貰えるかい?体を拭きたいんだ」
「それなら、さっきのヤツが枕元に置いてあるが……新しいものを持って来るか?」
「い、いや、じゃあ、大丈夫だ。それで構わない」
「そうか。……では、部屋に運ぼう。着替えが終わったら呼んでくれ」
「だ、大丈夫だ。このくらいなら……自分で……行ける……!」
彼女は立ち上がると、壁に手をつきながら両親の寝床まで歩いて行く。
危なっかしい足取りではあるが、確かにこれで行けばこの距離はなんとかなりそうだ。
実際、彼女はしっかりと扉を開き、部屋の中にまで入ることが出来た。
「……ふぅ、どうだ?このくらいなら、大丈夫……うぐっ!?」
しかし、その後が駄目だった。
壁から手を離して箪笥のある方へ向かおうとしたその瞬間、彼女の体がガクンと揺れ、倒れる。
幸い転んだ場所は布団の上で、打撲の心配はなさそうだが、どうやら足を捻ったらしい。
足首を押さえ、唸っている。
「……やはり、移動する時は俺が運ぶことにしよう。その状態では無理だ」
「……どうやら、それがいいらしいね……わかった」
弱々しく返事をする彼女を箪笥の前に運び、ついでに濡れタオルを手渡す。
……目に見えて意気消沈しているが、俺がここでなんとかしようと思ってしまうと、また変な方向に拗れてしまうだろう。先程の2件で、それはもう十分にわかった。
彼女を無視して箪笥を開け、中身の説明をする。
「この下三段に服が入っている。この中から好きなものを選んでくれ。遠慮は要らない」
「……ああ」
「サイズが合わなかったら、まぁ、そっちの方に父親のものが入っている。そっちを使って欲しい。では、終わったら呼んでくれ」
両親の寝床を出て、扉を閉める。
……あー……本当に、不安すぎる。
距離を縮めようとしているのに、遠ざかっている気しかしない。
しかしまぁ、今はいい。えーと、まずは湿布を出しておこう。
流石に両足を使えないのはキツいはずだ。
さて、救急箱、救急箱……っと。
圧 倒 的 罪 の 意 識
その上に、迷惑をかけまくっていることに対する申し訳なさ。
うぅん、最高。どんどん苦しめて行きましょうねぇ(外道)
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ふくろ
先程包帯を取り出したばかりの救急箱を再び引っ張り出し、湿布を探す。
だがしかし、見当たらない。まさか、使い切ってから買い足していなかったのか?
いや、そんなことは有り得ない。つい先月、父だけでなく母も腰がヤバくなってきたと────
……ああ、そうだ。よく使うからと別の入れ物の中に入れていたんだ。
確か、こっちの缶の方に……良かった。大量に入っていた。
些か買い過ぎではないかという気もしなくもないが、この状況では有難い。
それに、殆どが未開封のままだ。恐らく、本当につい最近買い足したんだろう。
これならば、しばらく湿布の在庫については考えなくても大丈夫そうだな。
湿布を一枚取り出して、救急箱と缶を戸棚に戻す。
まぁ、彼女の着替えはもう少し時間がかかると思うので、先に他をやっておこう。
まずは食器だ。皿を流しに持って行き、洗剤で油を落としてから水で流す。
そして、良い感じに綺麗になった皿を乾燥棚に置いたら完了だ。
……しかし、やはり日用品の確保もしなければならないな。
洗剤の残りが少なくなっている。いや、別に洗剤は無くなってもまだ大丈夫なんだが、トイレットペーパーとかが無くなりでもしたらストレスで死にかねん。
一応、隣の部屋に突撃すれば回収は出来るんだろうが、人道的にあんまり……いや、手段なんて選んでいられる状況じゃないな。それに、もう既に10人くらい殺してるんだ。今更になって人道なんて気にしたところで無駄だろう。
……よし、じゃあ、今日のところは彼女がここで暮らすにあたっての準備に専念して、明日か明後日くらいに行ってくるとしよう。ベランダの蹴破れる壁から中に入れるはずだ。
ついでに、あの声の主も始末してこなければ。これでやっと静かに……は、もう片方の隣人を殺さなきゃならないんだが……あっちとはベランダが繋がっていないんだよな……うーん……廊下にある格子付きの窓を破壊すれば入れるか?
格子はヤスリで削るとして、あの分厚い窓は木刀だと無理そうだが、金槌なら……あー……クソ、なんでこうもスラスラと……って違う。駄目だ駄目だ。
拙いぞこれ。早いうちにこの感性をどうにかしないと、いつか自己嫌悪で自殺するぞ俺。
わかってはいる。わかってはいるんだから、さっさと割り切らなければ。
……ってか、そういえば木刀を回収していなかったな。
彼女は多分まだ時間がかかると思うし、今のうちに取ってくるか。
しかし、手ぶらで行くのは怖いな。何か…………ダンベルがあった。これの持ち手でいいや。
リーチの短さが難点だが、重量は結構ある。武器にはなってくれるだろう。
ダンベルの重りを外し、持ち手の部分だけを持って外に出る。
足早に階段を降りて出入り口のあたりを探してみると、あっさり目当ての物は見つかった。
拾い上げて確認してみると、多少ではあるが傷がついている。まぁ、ここの地面はゴツゴツしているタイプのアスファルトだし、そんなところに投げたのだから当然だ。
しかし、ガムテープあたりでしっかりと巻けばゾンビ相手にもまだ使えるはず。
あとついでだし、滑り止めも付けるか。この前も手汗で滑りそうになって大変だった。
何を滑り止めにすれば良いか考えつつ階段を登り、廊下を歩く。
部屋に近づくと、彼女の声が聞こえてきた。どうやら、丁度着替えが終わったらしい。
木刀とダンベルを置き、湿布を持って両親の寝床の扉を開ける。
「……大丈夫だったか?」
「あ、ああ、大丈夫だったよ。サイズも大体は同じだったらしいし、ちゃんと着れた」
そういう彼女が今着ているものは、落ち着いた暗い色のシャツに、ジーンズ。
どちらも、母親が好んで着ていたものだ。俺も普段からよく見ていた。
しかし、どうも服という物は、着る者が変わると印象もガラリと変わるものらしい。母と同じ服なはずなのに、全く違う服のように見えてしまう。
念のためよく見てみるが、やはり母の服だ。
「それは良かった。では、湿布を貼ろう。足を出してくれ」
「あー……いや、それは後で私が貼る」
「そうか、では、脱いだものを渡してほしい」
「うん……ほら、これでいいかな?」
「大丈夫だ」
彼女に湿布を渡して、かわりに洗濯物を受け取る。
うーん……血塗れ。洗濯機じゃなく、手洗いでやった方が良いな、これは。
「では、これで俺は失礼する。今日からここが貴女の部屋だ。要望があったら呼んでくれ」
「……あー……じゃあ、ちょっと……」
ドアノブに手をかけ外に出ようとすると、彼女から呼び止められた。
早速何かあるのだろうか。
「……どうした?」
「……その……お、お手洗いに……」
あー……まぁ。
「…………成程」
「………………本当に、迷惑を……」
「いや、構わん」
そりゃあな。人間だからな。うん
洗濯物を一旦置き、彼女をトイレに運んで、便座に座らせてから、退散。
流石に女性の入っているトイレの前に陣取るとか、常識的に考えて無い。
食卓で木刀の改造を行いながら、彼女が終えるのを待つ。
……輪ゴムって、結構優秀な滑り止めになるんだな。初めて知った。
これは他にも色々と活かせそうだ。…………ダンベルとかに。
「────────もう、大丈夫だ」
と、どうやら終わったらしい。
一旦手を止めて、彼女をトイレから回収。部屋に戻る。
なんかもう、この数時間で彼女を運ぶことに慣れてきた気がする。
「……なぁ」
「……どうした?」
「アレは、なんだ?」
ドアを通り抜け、彼女を布団の上に下ろそうとした時。
彼女が何かに対して疑問を呈する。……まぁ、十中八九アレだろう。
この部屋の中で、目につく位置に置いてある不思議なものなど、たったひとつしか該当しない。
念のため彼女の視線を追ってみるが、そこにあったのはやはり大きなゴミ袋。
何かと問われれば、両親の焼け焦げた死体(バラバラ)と答えるのが正解だろう。
しかし、ここで本当のことを伝えてしまうと、彼女に余計な罪の意識を植え付けてしまうかも知れない。流石に自殺こそしないだろうが、それでも伏せておいた方が彼女の為だ。
「あぁ……まぁ、ゴミだ。気になるようなら……あー……他へ移すが」
「……いや、いい。そこまでしてもらうわけにはいかないさ」
「そうか。それなら、そのままにしておこう」
洗濯物を持ってから寝床を出て、風呂場に向かう。
……あ、開けないように言っておくのを忘れていた。……いや、普通ゴミの中身なんて覗こうとも思わないし、まぁ大丈夫か。
さて、では早急に洗濯をするとしよう。
うーん……どれくらいまで落ちてくれるんだろうか。
もちろん覗かせます(ニッコリ)
いやー……まぁ、うん。今、彼女は代価も払えないどころか、自分一人では用も足せないのかとね、情緒がぐちゃぐちゃになってるんでね。うん。
つまりそういうことですよ。可哀想ですね。
そんなわけで、次回は研究者視点でお送りします。楽しみって人は評価と感想お願いします。
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両親(良心)
……私は、一体どうすれば良いのだろうか?
いや、わかっている。どうにか償いをしなければならない、というのはわかっている。
勿論、私のしでかしたことは償いの出来るようなことではない。
だが、それでも私は何かしらの償いをしなければならないのだ。
というか、そうでもしなければ私の精神が保たない。
しかし、どのようにして償えば良いのかがさっぱりわからない。
家事の手伝いをしようにも、この体では出来ることは
あー……もう、本当に私は、なんでこんな……
……クソ、駄目だ。まともな思考が出来なくなっている。
まずは一旦落ち着こう。一旦落ち着いてからまた考えるべきだ。
「ふぅ、あー…………」
涙を拭いつつ、顔を上げる。
すると、椅子に座ってこちらを見ている彼と目が合った。
どうやら、私が泣き止むまでずっと待っていてくれたらしい。
「……すまないね。こんなみっともない姿を晒してしまって」
「気にするな。元はと言えば俺が変なことを言ったせいなんだ。こちらこそ申し訳ない」
「ッ!?……何、を……?」
彼が頭を下げて私に謝罪する。
その額は、あとほんの少し下ろすだけで机に届いてしまいそうだ。
…………何故?
何故君が謝っている?何故君がそんなに頭を低く下げている?
悪いのは全て私であって、君に悪かった点など何一つとして────
「俺は、今後貴女と良好な関係を築いていきたい。だから、これで許してくれないか」
……許……?……あ、あ、そうか、そういうことか。
彼は、私が泣いたのは彼の言葉のせいだと思っているんだ。
私が変に泣いてしまったばかりに、彼に変な誤解を植え付けてしまったのか。
「あ、違、違う…… ただ、私が勝手に……」
…………いや待て。駄目だ。これは言ってはいけない。
毒殺を疑ってしまって、それで自分が情けなくて泣きました、なんて言おうものなら……
「……ゆ、許す。許すから、顔を上げてくれ、頼む」
……ああ、言った。言ってしまった。
なんて烏滸がましい。我が身可愛さに、彼に向かって「許す」だなどと。
息が苦しい。体の感覚が鈍い。口内が乾く。
凄まじいまでの罪悪感に、もはや彼の顔も直視できない。
「……その、なんだ。今更だが……ようこそ、我が家へ。これからよろしく」
っぐ、うううぅぅぅ…………
純粋な善意が心に刺さる。
ただひたすらに辛い。
「あ、ああ。よろしく、頼むよ」
「…………」
「…………」
沈黙の時間が続く。私はずっと下を向いたままだ。
言うべきことは山のようにあるはずなのに、喉元まで出かかっては消えてゆく。
空気が重い。
「……あー……どうだ?この家は?」
「え……あ、ああ」
彼が質問を投げかけてくれた。
気を遣わせてしまっただろうか。
「そうだね。良い家だと思うよ。整理整頓がしっかりと出来ている」
「父が、綺麗好きだったからな。小さい頃から、その辺はしっかりと躾けられていた」
「そう、なんだね。……では、お母様はどうだったんだい?」
「母は……母は、綺麗好きというか、何かを順番通りに並べることが好きな人間だった」
「へぇ……まぁ、気持ちはわかるかな。そうした方が分かり易いし」
「そうだな。分かり易かった。……ああなる前日も、鼻歌を歌いながら…………」
「ッ……!」
彼の目線が本棚の方を向く。
きっと、あれに侵食される前のお母様の姿をあそこに投影しているんだろう。
………………私、が、彼から、奪った………………
視界が明滅し、五感が急激に遠ざかってゆく。
私が……違う、私は、ただ……もっと、あれが……
そうじゃなかったんだ……最初は…………
「…………悪いが、着替えを頼めるか?」
「え、あ」
思考が現実に引き戻される。
言われた言葉を反芻し、自分の服に目をやってみると、それは血に塗れ、固まっていた。
これは確かに駄目だろう。
しかし、私は着替えなんて持ち合わせていない。
まさか、裸で過ごせとでも……いや、無いか。
「そう、だね。流石にこのままだといけないな……ぬ、脱げば、良いのかい?」
「まぁ、そうだな。さっきまで居た部屋の箪笥の中に、母親の使っていた服がある。それを代わりに着てくれ。脱いだ物は洗濯する。……一人で、出来るか?」
「ああ、まぁ、そのくらいなら、出来るかな。……あと、出来れば濡れたタオルを貰えるかい?体を拭きたいんだ」
「それなら、さっきのヤツが枕元に置いてあるが……新しいものを持って来るか?」
「い、いや、じゃあ、大丈夫だ。それで構わない」
「そうか。……では、部屋に運ぼう。着替えが終わったら呼んでくれ」
「だ、大丈夫だ。このくらいなら……自分で……行ける……!」
壁伝いにして先程の部屋に戻る。
足は痛むが、歩けないこともない。
時間をかけつつも、なんとか部屋の中に入ることができた。
見たところ箪笥は部屋の反対側の壁だが、距離は近い。もう大丈夫だろう。
「……ふぅ、どうだ?このくらいなら、大丈夫……うぐっ!?」
体がガクンと揺れると同時に、足首に嫌な痛みが走り、体が横に倒れる。
倒れ込んだ場所は布団だったようだが、足首がズキズキと痛む。
どうやら、さっきのアレで捻ってしまったようだ。
「……やはり、移動する時は俺が運ぶことにしよう。その状態では無理だ」
「……どうやら、それがいいらしいね……わかった」
自分の情けなさに再び涙が出そうになる。
一体私はどれだけ彼に迷惑をかければ気が済むのだろうか。
そんな私に気を遣ったのか、彼は私に濡れタオルを手渡し、棚の説明をして、足早に戻っていった。
…………本当に、私は何なのだろうか。
都市一つの壊滅に手を貸して、追い出されて、善良な人にここまで迷惑をかけて……
……………………屑め。
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袋
……いつまでも落ち込んでいては駄目だ。いい加減、動き出さなければいけない。
これ以上彼の厚意を踏み躙ったのなら、いよいよ死にたくなってしまう。
「っぐ、う」
痛む足に歯を食いしばりながら、箪笥の中を覗いてみる。
きっちりと畳まれていて、それでいて少しぐちゃりと並べられた服の数々。
シャツの列の中央付近に、たった一つだけ埋まっているスカート。
そして、その上に少しまばらな間隔で置かれた防虫剤。
つい数日まで、これをお母様が使っていた。
この箪笥から溢れる生活感が、その事実を強烈に叩きつけてくる。
「ッ」
思わず目を逸らしてしまった。
しかし、さっさと選んで着替えないと、彼を待たせてしまう。
自分に喝を入れて、箪笥の方に向き直る。
とりあえず、シャツと、ズボンと……下着って今、どうなっているんだ?
襟を引っ張り、上から下着の様子を確認してみる。
うん、完全にアウトだ。既に血でガチガチになっていた。
恐らく、この分では下も駄目だろう。
確か下着は……一番下の段だったか。
箪笥を引っ張り、空いた隙間から適当な一枚を掴んで、引っ張り出す。
……これ、私のより3つ下の……いや、なんてことを思っているんだ。
だがしかし、流石にこれは……まぁ、流石に着ないよりかはマシだよな。
服を脱いで、体を拭く。タオルが一瞬で赤茶色になった。
どれだけ汚れていたというんだ、私は。
……っていうか、これ、まさか、結構臭っていたのか?
大丈夫だよな?彼に臭いとか思われてないよな?
……い、いや。とりあえずまずは着替えが先決だ。
下もしっかりとタオルで拭いてから、服を着る。
靴下は……流石に止めておこう。
普通に痛いし、包帯を取り替える時に面倒だ。
座ったまま、お母様の服を着させていただく。
ズボンとパンツは腕と踵で体を持ち上げて、履いた。
……ふむ、下着のサイズは多少アレだが、それ以外のサイズはほぼ同じだったらしい。
問題なく着れた。
念のために鏡で違和感が無いか確認してみるが、しっかりと着れている。
これならば、彼に見せても大丈夫だろう。
さて、それじゃあ彼を……
……あ。
そういえば忘れていた。
最後に行ったのが……昨日の……いつだったか?
取り敢えず、長いこと行っていないのには違いない。
早くしなければ、大人としての尊厳が保たれない事態になってしまう。
「スゥ……おぉぉ”ぉ“ッ、ゲフッ、ゴフッ!?」
喉に声が引っかかり、思いっきり咽せてしまう。
ま、拙い。そういえば大声なんて数年間くらい出していない。
私の声帯は、もはや完全に弱り切っている。
しかし、ここで呼べなければ大惨事だ。
何としてでも大きな声を出さなければならない。
「うぐっ、うぅ……スゥ……おぉぉーい!できたよー!!」
二回目にしてなんとか成功できた。
扉の向こうから、ドタドタという足音も聞こえてくる。
私の声は、どうやら無事に伝わったらしい。
「……大丈夫だったか?」
「あ、ああ、大丈夫だったよ。サイズも大体は同じだったらしいし、ちゃんと着れた」
扉を開けて、彼が入ってきた。
……いや、そんなにガン見しないでくれ。仕方ないだろう、そこのサイズは人それぞれ……っていや、違う。
彼が見ているのは、これじゃない。服だ。
恐らく彼はこの服を着た私に、母親の面影を重ねているのだろう。
彼の母親もこんな風にこの服を着て、彼と一緒に買い物に行ったり、遊びに、行ったり………………
……あー、駄目だ。また思考がいけない方向に進もうとしている。
それが彼にとって、一番の迷惑になるんだ。それだけはいけない。
「……それは良かった。では、湿布を貼ろう。足を出してくれ」
「あー……」
いや、流石にそこまでやってもらうわけにはいかない。
っていうか時間がない。早くしないと拙い。
「いや、それは後で私が貼る」
「そうか、では、脱いだものを渡してほしい」
「うん……ほら、これでいいかな?」
血塗れになった布の塊を手渡す。
……そんなにじっと見つめないでくれ。汚いのは分かっているんだ。
「……ん、大丈夫だ」
「では、これで俺は失礼する。今日からここが貴女の部屋だ。要望があったら呼んでくれ」
「……あー……じゃあ、ちょっと……」
彼がこちらを向き、不思議そうに首を傾げる。
……拙いぞこれ、いざ言うってなったら滅茶苦茶恥ずかしいぞこれ。
「……どうした?」
「……その……お、お手洗いに……」
うぐぅ……ッ!は、恥ずかしい……ッ!!
何でいい歳になってこんな……こんな…………こん、な…………
あれ?……もしかして、今の私って、赤子とか要介護老人とか、その辺と一緒くたの……?
「………………成程」
「………………本当に、迷惑を……」
「いや、構わん」
そう言って彼は私の体の下に手を差し込み、持ち上げる。
……本当に、本当にもう駄目だ…………もう、無理だ…………
そっと、優しく便座の上に置かれる。
そうすると、彼はさっさと扉を閉め、何処かへ歩いて行ってしまった。
………用を足す。
「────────もう、大丈夫だ」
ズボンを直してそう呼ぶと、彼はすぐに来てくれた。
先程と同じように手を私の下に差し込んで、持ち上げる。
そして、私を部屋の方にまで運んで……ん?
なんだ?アレは。
先ほどまでは気づかなかったが……ゴミ袋……にしては、何か違う。
だったら、あんなにガムテープで密閉する必要は無いし、ベランダあたりから下に落としてしまえばいい。
だとしたら、アレは一体……?
「……なぁ」
「……どうした?」
「アレは、なんだ?」
布団に寝かされる寸前に、問いかけてみる。
彼は少しの間考える素振りを見せると、たっぷり間を置いて言った。
「あぁ……まぁ、ゴミだ。気になるようなら……あー……他へ移すが」
「……いや、いい。そこまでしてもらうわけにはいかないさ」
「そうか。それなら、そのままにしておこう」
絶対に嘘だ。目が泳ぎまくっている。しかし、私はそれを指摘しない。
彼は私を布団に寝かせると、洗濯物を持って部屋を出て行った。
……………………………気になる。
……いや、駄目だ。
彼が慣れない嘘までついて隠そうとしているのだから、アレは相当な秘密なのだろう。
ただでさえ迷惑しかかけていない私が、興味本位で彼の秘密を覗くなど、言語道断にも程がある。
……しかし…………駄目だ駄目だ!
…………寝よう。寝て忘れよう。
明日になれば、きっとどうでも良くなっているはずだ。
どうでも良くなんてなりません。
しっかりと覗いてもらいますよええ。
やっぱり彼女も研究者。好奇心を抑えることなんて出来ないんですねぇ!!
さて、次回はまた主人公視点に戻ります。これで彼女は寝てしまうので、日を跨ぐまでは主人公視点ですね。
まぁ、そうしたら皆様のお楽しみが遂に行われますので、ご勘弁を。
では、評価と感想お願いします。
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せんたく
洗濯物を持ったまま扉を開き、風呂場の中へ入……れない。
なんということだ、風呂場のただでさえ狭い床が、水の張った容器の群れで埋まっている。
こんな状態で一歩でも踏み出そうものなら、少なくとも大惨事は確定だろう。
仕方が無いので洗濯物を一旦置き、容器を退かしてスペースを作る。
最低限、座って作業できる分有れば問題は無い。
……よし、このくらいのスペースがあれば十分か。
洗濯物を持って風呂椅子に座り、蛇口を捻って水を出す。
とりあえず、まずは一枚一枚水で濯ぐとして……あ。
これ……うわ、なんだこれ。母親のと明らかにサイズが違う。確かに服の上からでも随分大きかったが……って違う、今はそんなくだらないこと考えている場合じゃない。
かなり血に濡れているから洗いたいんだが、俺は女物の下着の洗濯の仕方を知らん。
いや、洗濯機使う時はネットに入れると知っている。だが、手洗いの場合がさっぱりわからん。
どうなんだこれ。普通に手洗いでいいのか?
……ってああ、そうだ、こういう時のためのタグだ。家庭科で散々習わされたのがここでようやく活き……血で濡れてさっぱり読めなくなっている。
いやどうすればいいんだこれ。本当にどうすればいいんだこれ。
クソ、まさかこんなところで家庭力の無さが浮き彫りになるとは。もっと家事の手伝いとかしておけば良かった……いやまぁ、両親は手洗いなんて一切してなかったが。
っていうか、どうなったら下着までこんなことになるんだ。服の状態から考えるに、彼女の傷では無さそうだが……真正面から誰かをチェンソーで切り刻みでもしたのか?
仕方がない、ここはアレだ。出来るだけ優しく洗うことを心がけよう。
とりあえず適当な容器の中に入れて……うわ一瞬で真っ赤になった。
……いや良い機会だな、これ。ついでにこの辺の水を全部交換しておこう。このまま放置していたら、多分腐るだろうからな。
洗濯に加えてなかなかの重労働になるだろうが、いつ水道が止まっても問題無いように行動しておいた方が良い。
もう一度水道がまだ通っているか確認して、血に染まった服を別個の容器の中にそれぞれ入れる。
……うぅん、真っ赤。まるでサスペンスドラマの殺人現場だ。
いや、だとしたら予算が無さすぎるにも程があるし、本当の殺人現場はここじゃなくて両親の寝室なんだが。
ああだがしかし、俺の今の状況を映画にでもしたら割と売れそうではある。
少なくともリアリティーは歴代のゾンビ映画の中でも一番だろう。
何しろ実際に起こったことだからな。…………クソが。
溜息を吐き、洗濯の作業に入る。
とりあえず一度赤く染まった水を捨て、再び水を入れてから出来るだけ優しく揉んで洗う。
それを繰り返し、洗い流せるところまで血を洗い流してゆく。
……するとまぁ、やはりと言うか見事にシミが出来ていた。
ええと……シミってどうやって抜くんだっけ。確か家庭科の被服でやった時は……
いや、まずは他の服の血を洗い流してからか。
とりあえず、下着を干してからまた風呂場に戻る。
天日干しがダメかよくわからなかったから部屋の中に干したが、これで大丈夫なのだろうか。
まぁ、ダメだったらダメだったで謝るとしよう。
さて、次は白衣だ。
正直なところ、ここまで汚れてしまったら、洗ったところで実用品としてもファッションとしても、到底使えるとは思えないが、念のために洗っておく。
白衣をつけていたバケツの水を流し、蛇口から出る水で直接洗う。
やはり、元が白かった分、シミがとんでもないくらいに目立っている。
しかも血でわからなかったが、擦り切れたり穴空いてたりと、かなりボロボロだ。
どう考えても、洗ったところでゴミ箱ちょっこ────痛って!?
突然、左手に鋭い痛みが走った。
慌てて手を引き抜いてみると、中指と薬指の間がザックリと切れていて、ドクドクと血が溢れて来ている。
傷はかなり深い。早急な手当てが必要だ。
水を止め、急いで救急箱の所へと駆け寄る。
しかし、どうにも片手だと開けにくい。
一応右手は利き手であるのだが、やはり支えがないと難しいものは難しい。
仕方が無いので、左腕で救急箱を押さえながら開く。
そしてズキズキと痛む傷を歯を食いしばって耐え、なんとか包帯を取り出した。
しかし、今度は包帯が巻けないという問題に直面する。
普段ですら一人で手に何かを巻くことは難しいと言うのに、こんな状態でどうしてそんなことが出来ようか。
しかも、今回は止血のために強く巻く必要がある。
流石にこれは難しいと、扉をノックし彼女に助けを求めるが、どうやら彼女は相当深く眠っているらしい。
まぁ、相当疲れていた様子だったからな。
何はともあれ、俺はこの状況をどうにか一人で突破せねばならないわけだ。
ふぅむ……どうするか。
とりあえず、まずは普通に巻こうとしてみる。まぁ無理だ。
次に、包帯の端を口で咥えながら巻いてみる。
どうにもこの方法は人間には合っていないということが分かった。
その後にも試行錯誤を繰り返し、最終的に包帯の端をテープで手に固定することで、なんとか包帯を巻くことに成功した。
まぁ……うん、時間をかけすぎたな。机が血で大惨事だ。
となれば、さっさと机を拭かなければならないところだが、この手を水に濡らすわけにもいかないので、ビニールで縛って水が入らないようにしてから台布巾で拭く。
これで洗濯物が一つ増えた。
しかし、一体どうしてこんな傷が出来たのだろうかと疑問に思いつつ、血塗れになった台布巾を持って風呂場に戻り、白衣を調べる。
すると、白衣のポケット付近に、薄めのガラス片が刺さっているのを見つけた。
十中八九、原因はこれだろう。
慎重にガラス片を抜き、ゴミ箱に捨てる。
さて、予期せぬ事故はあったが、洗濯の再開といこう。
勿論、今度はガラス片に注意しつつ、だ。
はい、もう察したでしょう。つまりそう言うことです。
あ、一応人間のままではいますよ。一応ね?
……うん、まぁ、ね。可哀想ですよね。(圧倒的元凶による同情)
早く滅茶苦茶になった心理描写を書きたくてうずうずしてますよ、私は。
そんなわけで、次回も主人公視点です。
高校に入学して書ける時間が滅茶苦茶減ったので、次回がいつになるかはわかりませんが、楽しみって人は是非評価と感想をお願いします。
あと、もしかしたら高校の課題研究で外部にアンケートを取らないといけなくなるかもなので、その時は協力していただけると嬉しいです。
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そーじ
洗い終わった洗濯物を干してゆく。
服のタグは全部お釈迦になっていたので、下着と同じく全部室内干しだ。
いや、タグがあったところで読めたかどうかは別の話だが。
俺の服なんて、どれもこれも適当に洗濯機にぶち込んで、適当に天日干しして、適当にアイロンかければそれで終わりだったからな。
タグをまともに読んだことなんてほぼ無いぞ。
一応、押入れに中学時代の家庭科の教科書があったはずだし、寝る前辺りに読んでおくとしよう。
何はともあれ、これで全部干し終えた……む、白衣の脱水が足りていなかったか。
白衣の裾からポタポタと水が滴っている。下に風呂桶────は、全て埋まっているので、新聞紙を重ねて置いておく。
まぁ、恐らくこれで大丈夫だろう。これで洗濯は終わりだな。
さて、となると……他に何かやることはあっただろうか。俺の記憶では特に何も無かった気がするが。
うーむ……あぁ、そうだ、部屋の掃除をしておこう。
思えば、随分と長い間掃除なんてしていなかった。
俺が独りでいた間は、本を読むか、飯を食べるか、外で探索するかくらいしかやっていなかったからな。
両親がああなったのが、定期的な掃除の日だったから……最後にしたまともな掃除は、一週間以上前になるのか。
そうなって来ると……やはり、かなり埃が溜まっているな。
拙い。これは拙い。埃アレルギーの俺としては、早急に対処しなければ割と死ねる。
というか、マスクを着けていなかったら死んでいたまであるのではなかろうか。
折角孤独から解放されたと言うのに、こんなくだらない理由で死ぬわけにはいかない。さっさと掃除を始めるべきだ。
しかし、俺が掃除を行うとなると、それ相応の装備が必要になる。
目に埃が入らない為のゴーグルと、マスクの上から鼻と口を覆う布だ。
これが無いと、鼻が詰まりまくって夜が眠れなくなってしまう。
……ああ、ずっとビニールのままというのもかぶれそうだし、この際手袋か何かでも付けておこう。
そうだな……おお、ゴム手袋がある。これにしよう。というか、最初からこれにしておけばよかった。
まぁ良い。兎に角、装備が出来たのなら、いよいよ掃除に入るとしよう。
まずは窓を密閉してから、押し入れの中にしまってある羽箒を取り出す。掃除機では無い。
最初はこれを使って、色々な物の上に溜まった埃を落とすのだ。
この時、特に気を付ける場所はエアコンや箪笥、棚などの上、普段は目につかない場所だ。
普段は目に入りにくいということで気付かない事が多いが、こう言うところによく埃は溜まる。
溜まった埃はちょっとした衝撃で降って来てしまうので、ここを丁寧にやっておかないと、埃アレルギーである俺は死んでしまうのだ。
そして、埃をある程度払い終えたら、埃が床に落ちて来るまで待つ。
この時間で下手に動き回ると埃が舞い散り、色々と面倒な事になるので、ここは大人しく待たなければいけない。
十分から二十分程待てば、やっと埃が床に落ちる。
ここで活躍してくださるのがお待ちかねの掃除機様だ。
ただ、掃除機を使う時は、部屋の奥から手前に向けて、後退りするようにかけるのが最善とされている。
詳しい事はよく分からないが、掃除機とは引く時に埃を吸収する物だから、と言う事らしい。
床一面の掃除機がけが終われば、次は拭き掃除だ。
我が家の拭き掃除は、基本的にクイックルワイパーで行われる。
正直、拭き掃除はこれが一番効率的だと思う。隅の埃も取れるし、壁と天井にも余裕で届くし。
未だ拭き掃除は雑巾が一番とか言っている者もいるが、そんな物はもう既に過去の遺物。
今の時代、拭き掃除はクイックルワイパー一択だ。
しかし、クイックルワイパーの先の部分は、消耗品なんだよな。
残りはかなり少ないようだし、明日の突入の時に補充出来ればいいんだが……
……っと、このくらいでリビングは大丈夫だろうか。
うむ、綺麗になった。見違えるようだ。
これならばマスク無しで生活しても何ら問題はないな。
まぁ、現状だと埃よりももっととんでもない物が空中を漂っているかも知れないので、これを外す訳にはいかないが。
さて、時間は……昼過ぎと言ったところか。
ふむ……まだ腹は減っていないし、他の部屋もやっておくとしよう。
まずは俺の部屋。
………………次は風呂場。
………………次、書斎。
………………両親の部屋は今、彼女が寝ている。風呂場をやるか。
………………ついでだ。トイレもやっておこう。
………………さて、これで大体の場所は終わったか。
結構時間をかけてしまった。で、今の時間は……7時だと?
何と言う事だ。夏で日の入りが遅いと言うのもあるが、つい掃除が楽しくなってしまって、時間の感覚を忘れていた。
まぁ、やってしまったものは仕方がない。取り敢えずまずは飯を食うとして……いや、その前にまずは日記をつけておくか。
今日は色々とあったからな。色々と書く事はありそうだ。
20XX年 8月20日 天気:雨 気温:28℃
女を拾った。
どうにも、近くにあるあの病院でゾンビの研究をしていたが、そこで他の研究員達と意見が食い違い、追い出されてしまったらしい。
大量のゾンビに追われているところを発見し、そこを保護した。
しかし、まさかあの病院が原因という俺の考察が当たっていたとは。
兎にも角にも、これで俺は孤独から解放されたという訳だ。
だが、どうにも彼女、男のことを性欲の化身だと思っているきらいがある。
足を怪我していたようだったので包帯を巻こうとしたら、「好きに使ってくれ」なんて言われた。
何をどうしたらそんな事になってしまうのだろうか。
もしかしたら、過去にそう言う事があったのかも知れないが、流石の俺もリスクの管理くらいはできる。
こんなゴムも無い状況だ。子供なんて出来てしまえば、どうなるか分かったものではない。
あと、少々怪我をした。
彼女の着ていた服を洗濯していた時、ガラス片が刺さっていたようで、それで手を怪我してしまったのだ。
まぁ、そこまで深い傷というわけでもないので、適時消毒して包帯を替えれば大丈夫だろう。
しかし、洗濯する際に、あまりにも返り血が多い事が少し気になった。
俺が彼女を発見する前に、幾らかゾンビと戦っていたのかもしれない。
もしそうだとしたら、後で話を聞いておくべきだろう。
と言うのも、俺は明日、隣の家に突入する事に決めたのだ。
そうなればゾンビとの戦闘は避けられないだろうし、もしゾンビと正面きって戦う時の注意点があれば、知っておくべきだ。
しかし、やはり孤独から解放された喜びが大き過ぎる。
彼女さえいてくれれば、俺は生きる意味を保っていられるだろう。
言い方は良くないが、彼女を引き留める為には、手段を選ばないつもりだ。
はい、主人公にも若干片鱗が見えてきましたね。
皆さんもうお分かりでしょうが、主人公は現在の時点で既に割と狂っています。
『死なない事』と『彼女を手放さない事』の二つの為になら、本当に手段を選びません。
それこそ、四肢の一つや二つくらいなら、苦痛に顔を歪めこそしますが、躊躇せず切り落とします。
つまりそう言う事です。
さて、これで次回から日付が変わりまして、彼女視点も少ししたら復活します。
まぁ、少々強引すぎた気もしますが。彼女視点が書きたかったんや。許せ。
というわけで、次回は主人公視点です。楽しみって人は是非評価と感想をお願いします。
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とつげきようい
窓から差し込んで来る光を浴びて目を覚ます。
まさに最高の寝起きだ。スッキリと爽快で、心も晴れ渡っている。
昨日までのような陰鬱な朝とは大違いだ。
それもこれも、偏に彼女の存在のおかげだろう。
やはり孤独というものは、人の精神を侵す毒であったらしい。
もし昨日、彼女を見つけることができていなかったら、俺はどうなっていたことか。
たった三日間ですらあれだけ辛かったのだ。今この瞬間にとは言わないが、数日後、数週間後ともなれば、少なくとも、まともな精神状態のままではいない事だろう。
本当に、彼女を保護することができて良かった。
布団を畳み、慎重に押し入れへと突っ込む。
……しかし、そろそろ、布団を干す頃合いだろうか。
昨日の掃除の時、ついでにやっておけば良かった。布団に巣食うダニ共は、埃アレルギー患者たる俺には正しく天敵だ。定期的に殲滅する必要がある。
……だがまぁ、これについては後でだな。
取り敢えず、まずは洗面して、その後は朝食か。
まだ昨日の野菜炒めが残っているから、それを温めて食べるとして……彼女は、もう起きただろうか。気づいたら死んでいたとかないだろうか。
一旦顔を洗ってから、部屋の扉をノックする。
「起きているか?」
そう問いかけてから数十秒間ほど待ってみるが、一向に返事の声は聞こえない。
まさか本当に死んでいるのでは無いかと心配になって、ほんの少しだけ扉を開けて中を覗いて見るが、彼女は布団の上で穏やかに寝息を立てていた。
しっかりと胸も上下している。これで死んでいるとい言うことは、まず無いだろう。
しかし、これでもう彼女は丸一日近く眠っていることになるのか。
まぁ、仕方が無いと言えば、仕方が無い。
文字通り、死に物狂いでここまで逃げてきたのだ。
昨日の彼女の様子から考えれば、それこそ三日間くらいずっと寝ていてもおかしくないだろう。
会話が出来ないと言うのは少々残念だが、孤独では無いと言うだけでも有り難い。
まぁ、首を長くして待っておくとしよう。
扉を閉め、キッチンへと赴く。朝食だ。
換気扇のスイッチを入れてから、火をつけて温める。
そして、油の音が良い感じになってきたら火を止め、皿に移し、食べる。
…………うん。美味い。
今後野菜炒めを食う機会が何度あるかもわからないのだ。味わって食べなければ。
そう思いつつ、たっぷり十分ほどかけて皿を空にする。
さて、朝食も終わったし、それでは予定通り、襲撃のための準備に取り掛かるとしよう。
……しかし、他人の家への襲撃に必要な物とは何なのだろうか。
当然のことだが、俺は他人の家に襲撃に行ったことなど無い。
まぁ、取り敢えずゾンビとの戦闘用に木刀は確定として、他に何がいる?
……一旦、シミュレーションをしてみるか。
まずベランダに出て……俺の家のベランダ、サンダルしか無ぇ。
サンダルで襲撃とか舐めてるのか。素人の俺でも阿保だって分かるぞ。
よし、靴だ。まずは靴が必要だな。
えーと……それで、壁を蹴破って隣の家のベランダに侵入、そして窓から家の中へ……
いや、窓に鍵がかかってる可能性があるな……どうだろうか。
ここからは角度的に見えないが、エアコンをつけるために窓を閉め切っていた、と言う可能性は十分考えられる。
そうなると無理矢理破って侵入することになるわけだが、木刀で……は、無理か。
ダンベルあたりで殴れば割れるか?
……いやしかし、殴って割るとなると、破片が心配なんだよな……
ふむ……どうするか……何か良い案は……あ、そうだ。
確か、ドライバーを使って侵入する手法があったはず。
三角割りとか言うのだったか? よし、それにしよう。
ドライバーと……あと、それだったら軍手も必要だな。用意するか。
で……多分、ゾンビとの戦闘があって、木刀で突き殺して……後処理用の油とマッチか。
まぁ、これはベランダのところに置いておくだけで良いな。
それで、ゾンビを処理した後は……特に何も要らないか。
どうせ部屋は隣だし。
さて、それでは今出たものを準備しよう。
まず靴を玄関から持って来て、ベランダに置く。
……しかし、こうして見ると、この靴もだいぶ色が着いたな。
まぁ、しっかりと消毒しておけば大丈夫か。
靴を置いたら、次に戸棚からマッチと工具箱を引っ張り出して、工具箱からドライバーを取り出し、ポケットに突っ込む。
プラスでは無く、マイナスのドライバーだ。
そして、そのまま工具箱の中に入っていた軍手を装着。
他に要りそうなものが無いかと念の為に確認した後、工具箱を仕舞う。
そうしたのならば、次は油だ。
先日使った油がコンロの近くに置いてあるので、それを持って行く。
菜種油なので、燃焼性に問題は無い。両親もこれで焼いた。
油とマッチをベランダに置けば、最後は木刀を持って、準備は完了だ。
……いや、念のため、軽く厚着して行くか。
多少暑くなるが、防御力は少しでもあった方が良いだろう。
野球部時代に使っていたジャンバーを着て、チャックを閉める。
さて、これで本当に準備完了だ。
行って来ますと彼女の方に言ってからベランダへ。
靴を履き、木刀を握りしめて蹴破れる壁の前に立つ。
……ふぅ。
深呼吸をして、気を落ち着ける。
そして軽く後ろに下がってから、壁を目掛け────
はい、突入します。
彼女が起きるのは、まぁ次ですかね。
そして彼女視点は次の次、と言ったところでしょうか。
まぁ、取り敢えず大惨事は確定ですよ。
さて、そんなわけで次回も主人公視点。楽しみって人は是非評価と感想をお願いします。
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