【第一章完】四国?五国で良いんじゃね? (阿弥陀乃トンマージ)
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第一章
プロローグ


                 プロローグ

 

 四国山地――四国の中央部を東西に貫く、千数百メートル級の山々が連なる山地――この山地のとある場所にて騒動が起こった。

 

「きゃあ!」

 

「うわあ!」

 

「ふっはっは! ここらは俺たち、『亜人』の縄張りとする!」

 

 豚の顔と人間の体をしたものが高らかに叫ぶ。その手には槍が握られている。槍の先には血が滴っている。それを目にしたものたちが恐れおののき、悲鳴を上げながら散り散りになって逃げる。

 

「お頭! どうしやす?」

 

「貴重な労働力だ! 逃がすな、適当に痛めつけろ!」

 

「へい!」

 

 お頭と呼ばれたものの指示に従い、豚頭たちが逃げるものたちを追いかけまわす。

 

「お、お助けを!」

 

「どうする?」

 

「娘以外は要らねえな、爺は始末しちまえ」

 

「ああ!」

 

「な、なんてことを⁉ 血も涙もないのか⁉」

 

「うるせえ! てめえらみたいな『はみ出し者』に情けなんかかけるかよ!」

 

「うっ⁉ ……ん? はっ⁉」

 

 老人は閉じた目を開いて驚いた。自身の体に突き立てられていた槍の柄を片手でガシッと掴む者がそこにはいたからである。その者はコートで体を覆い、フードを目深に被っている。豚頭は戸惑う。

 

「な、なんだ、てめえは⁉」

 

「ん~?」

 

 その者はフードを外す。短い銀髪の青年の顔が露になった。

 

「に、『人間』か⁉」

 

「人間? う~ん、まあ、()()()()言うな……」

 

 青年が片手で槍を抑えながら、もう片方の手で顎をさする。

 

「ヒ、『ヒト』如きが俺たちに逆らうんじゃねえよ!」

 

「あん? そういうお前らは何者だよ?」

 

「お、俺たちは亜人の一種。『獣人』だ!」

 

「ああ、『ケモノ』ってやつか……」

 

「そ、そうだ、誇り高きケモノだ!」

 

「そのわりには汚ねえ真似をしているな……」

 

「な、なんだと⁉」

 

「埃臭いの間違いじゃねえのか?」

 

 青年が自らの鼻をつまんでみせる。豚頭は激昂する。

 

「てめえ、良い度胸してんな、殺してやる!」

 

「お、おい! 若いやつは生かしておけってお頭が言ってただろう⁉」

 

 傍らに立っていた他の豚頭が慌てて止める。

 

「はっ! 一人くらい関係ねえよ! ……ん⁉」

 

「……」

 

「う、動かねえ……⁉」

 

 豚頭が槍を引き抜こうとしたが、全く動かないことに戸惑う。青年があくびをする。

 

「ふあ~あ……どうかしたか?」

 

「は、離せ!」

 

「ああ、悪い悪い……」

 

「あっ!」

 

 青年が槍の柄をポキッと折ってしまう。青年が目を丸くする。

 

「ああ、ごめんな、力加減を誤った……」

 

「て、てめえ、マジでぶっ殺してやる!」

 

 豚頭が青年の首根っこを掴む。

 

「うおっ……」

 

「へへっ、槍の代わりにてめえの首を折ってやるよ……」

 

「……そりゃあごめんだな」

 

「あん⁉」

 

「お前にはこれで良いか……」

 

「ああん⁉」

 

「おらっ!」

 

「! が、がはっ……」

 

 青年が強烈な頭突きを喰らわせ、豚頭が崩れ落ちる。

 

「て、てめえ!」

 

 他の豚頭が槍を突き立てる。

 

「ふん!」

 

「んなっ⁉」

 

 青年が頭突きで槍の刃先を破壊する。青年が額の辺りを撫でる。

 

「ふん……」

 

「な、なんだてめえは……ひょっとして『超人』か?」

 

「超人……まあ、()()()()言うな」

 

「俺たち獣人に……『亜人連合』にケンカ売るってんだな⁉」

 

「え?」

 

「それならば報告しなきゃならねえ!」

 

「ちょい待ち」

 

「ぐえっ!」

 

 その場から離れようとした豚頭の首根っこを青年は掴む。

 

「よく分からねえが……面倒事は避けてえ……眠っとけ!」

 

「ぐはっ⁉」

 

 青年が頭突きを喰らわせ、豚頭を倒す。

 

「ふう……」

 

「ど、同胞⁉ な、なんだ、てめえは⁉」

 

「ん? まだいやがるのか……」

 

 他の豚頭たちが青年を取り囲む。

 

「こいつ……やっちまえ!」

 

「……しょうがねえなあ!」

 

 青年が首の骨をコキコキっと鳴らしてから、豚頭たちの集団に勢いよく飛びかかる。それからわずかな時間をおいて……。

 

「……ごはっ……」

 

「お前がこの連中のお頭か?」

 

 青年の頭突きを喰らい、豚頭たちのお頭がガクッと跪く。

 

「な、なんなんだ、てめえは……」

 

「俺か? 通りすがりの石頭だ」

 

 青年が額を撫でながら、精悍な顔つきをほころばせる。

 

「ふ、ふざけんな……」

 

「我ながら上手いこと言ったつもりだったんだが……って、聞いてねえな?」

 

「あ、ありがとうございます……」

 

 老人が若者に支えられながら、青年に礼を言う。青年は手を軽く振る。

 

「なあに……大したことはしてねえよ」

 

「いえ、これから大変なことになるかと思われますぞ……」

 

「ん?」

 

「ここは『四国』の中で、どの国の勢力も及ばない緩衝地帯にある集落群……ここでこのような騒動が起こったことは、四国になんらかの波紋を起こすやもしれません」

 

「ひょっとして……迷惑になるか?」

 

「い、いえ! 恩のある方にそのようなことを申すわけではありませんが……」

 

 老人が慌てて首を左右に振る。青年が顎に手を当てて呟く。

 

「緩衝地帯っていうのは……」

 

「我々、はみ出し者が住み着く場所です。この四国の中には、居場所が少ないのです……」

 

「はみ出し者っていうのは……」

 

「はい。それぞれ何らかの事情を抱えているものたちのことです……」

 

「何らかの事情ね……くだらねえ」

 

「!」

 

 老人の顔が険しくなる。青年が手を振る。

 

「おっと、気を悪くしたならすまねえ……俺もその何らかの事情を抱えている側だ……」

 

「! それでは、貴方も……」

 

「ああ、重なっている……」

 

「重なっている?」

 

「まあ、それは別にどうでも良いんだ」

 

「はあ……」

 

「記憶があいまいなところがあるが……この島は変わりねえってことだな?」

 

「は、はい……『ヒト』、『ケモノ』、『アヤカシ』、『キカイ』がそれぞれの国を治めていて、四つに勢力が分かれています……」

 

「『人』、『獣』、『妖』、『機』か……」

 

 青年は老人の言葉を繰り返す。

 

「そうです……」

 

「今ふと思ったんだが……」

 

「はい?」

 

「ここらも含めて、その勢力には馴染めない連中が形成しているのが、集落群だよな?」

 

「そ、そうなります……」

 

「そうか……」

 

「あ、あの……?」

 

「……だったらよ」

 

「は、はい……」

 

「集落群を一つにして、国にしちまえば良いんじゃねえか?」

 

「ええっ⁉」

 

 驚く老人をよそに青年は手を叩く。

 

「決めた! っていうか、それが俺に課せられた使命、あるいは俺にしか出来ないことかもしれねえな……ちょっとカッコつけすぎか?」

 

「あ、あの、貴方は一体……?」

 

「俺か? ただの石頭だ」

 

「い、いえ、お名前は……?」

 

「名前ね……タイヘイだ」

 

「タイヘイさん……」

 

「ああ、天下泰平から取った! 今思い付いた! 俺がこの島の仕組みを変えてやる!」

 

 タイヘイは力強く宣言するのであった。



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第1話(1)再襲撃

                  1

 

「……なんか、悪いな」

 

 行列の真ん中あたりでタイヘイが呟く。老人が首を傾げる。

 

「なにがですかな?」

 

「いや、俺のせいで住み慣れた場所を離れざるを得なくなっちまって……」

 

「そんな、タイヘイさんのせいではありません」

 

「そうか?」

 

「ええ、あの襲撃してきた者たちを退けてくれたことには皆、大いに感謝しております。ただ……恐らくは次はもっと強力な侵攻が予想されます」

 

「もっと強力な……」

 

「はい。その為に近くの集落に移動するのです。はみ出し者たちははみ出し者同士で助け合わないといけませんからな……」

 

「そうか……だけどよ……」

 

「はい?」

 

「いつまでも守り一辺倒ってわけにもいかねえだろう」

 

「皆が皆、タイヘイさんのように力を持っているわけではありませんから……」

 

 タイヘイの言葉に老人は苦笑しながら答える。タイヘンは頭をかく。

 

「それはそうかもしれねえが、このままだとよ……」

 

「タイヘイさん、貴方は記憶があいまいだとおっしゃっていましたが……ひょっとして、外からこの四国にいらっしゃったのですか?」

 

「いや、それもあいまいなんだよな……」

 

「はあ……」

 

「どこかで頭を強く打ちすぎたのかもしれねえ」

 

「あれだけの石頭なのに?」

 

「それもそうだな、じゃあどこかで雷にでも打たれたかな……」

 

 老人の言葉にタイヘイは笑う。老人は頭を下げる。

 

「失礼、大恩ある方に余計な詮索を……」

 

「いや、気にすんな」

 

 タイヘイは手を左右に振る。老人はやや間をおいてから口を開く。

 

「……先日、貴方は国を造るというようなことをおっしゃった……」

 

「無茶か?」

 

「無理ですかな」

 

「無理か」

 

「無謀とも言います」

 

「無謀か」

 

 タイヘイは苦笑する。

 

「……ですが……」

 

「ですが?」

 

「あるいは……可能な道筋もあるかもしれません」

 

「本当か?」

 

「ええ、ただ、蜘蛛の糸のようにか細いものですが……」

 

「ゼロじゃないってんなら、それに賭けるのもありだろう」

 

「!」

 

 タイヘイの言葉に老人は驚く。タイヘイは首を傾げる。

 

「どうかしたか?」

 

「い、いえ、若者らしい言葉だなと……」

 

「青臭いか?」

 

「いいえ、案外そういう方が時代を変えてしまうものなのかもしれません」

 

「勢いだけはあるからな」

 

「ふふっ……」

 

 腕をぶんぶんと振り回すタイヘイを見て、老人は笑う。

 

「それでよ」

 

「はい?」

 

「その可能な道筋ってのを示してくれよ」

 

「ああ、そうでしたな……」

 

「あ、亜人の襲撃だー!」

 

「む!」

 

「なに!」

 

 タイヘイたちが目をやると、行列の側面から豚頭たちの集団が襲い掛かってくるのが目に入った。リーダー格の者が行列の中で声を上げる。

 

「行進を止めるな! 戦える者は応戦を!」

 

「戦う⁉ おまえら如きが⁉ 笑わせるな!」

 

「ブヒヤッヒャッヒャッ!」

 

 豚頭が下卑た笑い声を上げる。

 

「くっ!」

 

「お礼参りだ! やっちまえ!」

 

「おおっ!」

 

「そうはさせねえ……よ!」

 

「うおっ!」

 

 タイヘイが前に飛び出し、強烈な頭突きを喰らわせ、豚頭を一体吹き飛ばす。

 

「て、てめえはひょっとして⁉」

 

「噂の銀髪石頭野郎か⁉」

 

「どんな噂か知らねえけど……多分そうだな」

 

 タイヘイはとりあえず頷いてみせる。

 

「こ、こいつをまず仕留めるぞ!」

 

「お、おおっ!」

 

 豚頭たちはタイヘイを取り囲む。タイヘイは笑みを浮かべる。

 

「へっ……」

 

「な、なにがおかしい⁉」

 

「いや、わざわざ集まってくれるとは……」

 

「なに⁉」

 

「手間が省けて助かるぜ!」

 

 タイヘイが一瞬で豚頭たちとの間合いを詰める。豚頭が驚く。

 

「うわっ⁉」

 

 タイヘイは頭を思い切り振りかぶる。

 

「そらあ!」

 

「ぐえっ!」

 

「おらあ!」

 

「ぎえっ!」

 

「うらあ!」

 

「ごえっ!」

 

「……ざっとこんなもんか?」

 

 タイヘイが周囲を見回す。あっという間に豚頭たちの大半が制圧された。

 

「! 同胞! くっ……」

 

「ん? 第二陣か……」

 

 タイヘイが上の方を見上げると、小高い丘になっている部分に豚頭たちの集団が見える。

 

「よくも同胞たちを!」

 

「お前らが先にケンカ売ってきたんだろうが……」

 

「か、囲め! 数で圧倒す……」

 

「同じことだ!」

 

「げえっ!」

 

 タイヘイが指示を出そうとした豚頭に頭突きをかます。タイヘイは頭を撫でる。

 

「……さっさと片付けさせてもらうぜ」

 

「ぐっ……」

 

「どうした? 怖じ気ついたか?」

 

「調子に乗るな!」

 

「⁉」

 

 何者かの突進にタイヘイが吹き飛ばされる。



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第1話(2)猪突猛進

「ふん……」

 

「!」

 

「やったぜ、ざまあみろ!」

 

「自慢の石頭も、体に攻撃喰らっちゃあ、ひとたまりもねえな!」

 

「ああ! 所詮はもろい人間だ!」

 

 豚頭たちが歓声を上げる。その内の一頭が突進を繰り出した者に声をかける。

 

「さすがはイノマル様……見事な突進でした」

 

「……こんなものかよ、拍子抜けもいいとこだぜ……」

 

 豚頭たちとは少し異なった、猪の頭をした獣人が肩をすくめる。

 

「亜人連合の幹部、イノマル様の突進を喰らって無事でいられる者などいません」

 

「俺がわざわざ出るまでのことだったかね……?」

 

 イノマルが首を傾げる。

 

「後は我々にお任せ下さい」

 

「ああ、任せる」

 

「あ~痛って……」

 

「⁉」

 

 イノマルたちが驚く。吹き飛ばされたタイヘイが体を起き上がらせたからである。

 

「そ、そんな……」

 

「……そこの豚頭、なかなかやるじゃねえか」

 

 タイヘイがイノマルをビシっと指差す。

 

「お、俺は猪だ!」

 

「豚も猪も似たようなもんだろう」

 

「全然違う!」

 

「そうか?」

 

「そうだ!」

 

「どういうところが?」

 

「この突進力だ!」

 

「うおっ!」

 

 イノマルが再度突進を敢行し、タイヘイを豪快に吹き飛ばす。

 

「どうだ!」

 

「……」

 

「返事がねえな……くたばったか」

 

「あ~効いた~」

 

「なっ⁉」

 

 イノマルが驚く。タイヘイがまたも起き上がったからである。

 

「なるほどね、豚とは違うわ……一緒にして悪かったな」

 

「へ、平気なのか……?」

 

「まあ、なんとかな」

 

「人間にしてはタフなようだな」

 

「人間にしてはね……」

 

 イノマルの言葉にタイヘイが笑みを浮かべる。

 

「まあいい、今度こそ終わらせる!」

 

 イノマルが足で地面を軽く二、三度蹴る。

 

「来るか……」

 

「二度あることは三度あるだ!」

 

「三度目の正直……っていう言葉もあるぜ?」

 

「抜かせ!」

 

 イノマルが凄まじい勢いで突進する。

 

「おっと!」

 

「な、なに⁉」

 

 イノマルが驚く。自身の突進をタイヘイが受け止めてみせたからである。

 

「……ふふっ」

 

「な、なんだ、その細身でその力……一体どこから出てるんだ⁉」

 

「そ、それはこの体からだよ!」

 

「!」

 

 タイヘイの両腕がググっと膨らみ、イノマルを徐々に押し返す。

 

「ぐっ……」

 

「ま、まさか……?」

 

「そのまさかだ……よ!」

 

「うおっ⁉」

 

 タイヘイがイノマルを投げ飛ばす。豚頭たちが驚く。

 

「イ、イノマル様が投げられた⁉」

 

「あ、あいつ、なんて力だ⁉」

 

「し、信じられん⁉」

 

「腕が膨らんだぞ⁉ 風船か⁉」

 

「ただのチャラい銀髪野郎じゃないのか⁉」

 

「石頭の頭でっかちじゃなかったのか⁉」

 

「うおい! 後半、単なる悪口じゃねえか!」

 

 タイヘイが豚頭たちの反応に文句をつける。

 

「く、くそ……」

 

 イノマルが立ち上がる。タイヘイが笑う。

 

「へえ、結構タフみたいだな」

 

「だ、黙れ!」

 

「お~怖……」

 

 タイヘイが首をすくめる。

 

「な、舐めるなよ、人間如きが……」

 

「別に舐めちゃいねえけどな。どっちかというとそっちだろう、舐めてたのは」

 

「獣人が人間に後れはとることなど決してありえん!」

 

「世の中、例外っていうのは結構あるぜ」

 

「うるさい!」

 

「うるさいって……」

 

 タイヘイが苦笑する。イノマルが地面を力強く踏みしめる。

 

「次で終わらせる!」

 

「気が合うな、俺もそう思っていたぜ」

 

「うおおおっ!」

 

「!」

 

 イノマルがこれまでよりも早い勢いで突進する。

 

「終わりだ!」

 

「おりゃあ!」

 

「⁉」

 

 再び腕を膨らましたタイヘイがイノマルの側頭部を思い切り殴りつける。イノマルは真横に吹っ飛び、岩壁にぶつかり、動かなくなる。タイヘイがため息をつく。

 

「ふう……」

 

「イ、イノマル様が……」

 

「負けた……」

 

「な、なんなんだ、てめえ!」

 

 豚頭の内の一頭がタイヘイを指差す。

 

「え?」

 

「え? じゃねえ! ただの人間がそんなこと出来るわけねえだろう!」

 

「そうか?」

 

「そうだよ!」

 

「別にただの人間なんて言った覚えはないけどな……」

 

「なに⁉」

 

 タイヘイが三度両腕を膨らませてみせる。豚頭たちが驚く。

 

「‼」

 

「俺にも獣の強さが備わっている……それだけのことだよ」

 

「なっ……⁉」

 

 タイヘイの言葉に皆が驚く。



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第1話(3)ウザい角

「ふん……獣と人のハーフか……」

 

「!」

 

 鹿の頭をした者が現れる。豚頭たちが声を上げる。

 

「シカオ様!」

 

「シカオ様がいらっしゃったぞ!」

 

「イノマル様が倒されましたが……?」

 

「僕をイノマルなどと一緒にするな……」

 

 シカオと呼ばれた者が豚頭を睨みつける。

 

「も、申し訳ありません!」

 

「し、しかし、あの銀髪、かなりやります!」

 

「所詮、パワーが少しばかり秀でているだけだろう……案ずることはない」

 

「は、はあ……」

 

「戦いはパワーだけではないということを証明してやろう……」

 

「おおっ!」

 

「頼もしいお言葉!」

 

 シカオの言葉に豚頭たちが沸き立つ。

 

「あの~盛り上がっているところ悪いんだけど……」

 

「ん?」

 

「次はお前さんが相手してくれるってわけかい?」

 

 タイヘイがシカオに問う。シカオが頷く。

 

「ああ、そうだ」

 

「そうか……大丈夫か?」

 

「大丈夫とは?」

 

 シカオが首を傾げる。タイヘイがシカオの体を指し示す。

 

「いや、結構、細い体つきだからよ……」

 

「なに……?」

 

「俺のパワーに耐えられるかなって……」

 

 タイヘイが腕をゆっくりと振り回してみせる。

 

「はっ、まさか心配してくれているのか?」

 

「ああ」

 

「何故に?」

 

「弱いものいじめはしたくねえからな」

 

「弱いものだと……?」

 

 シカオの目が険しくなる。タイヘイが頭をかく。

 

「あ、怒った?」

 

「ふっ……」

 

「ん? 笑った?」

 

「そうやって怒らせようとしても無駄だよ。そんな手には引っかからない」

 

「あら……」

 

 タイヘイが首を捻る。シカオが掌を広げて指をクイっとする。

 

「……かかってきなよ」

 

「へっ、行くぜ!」

 

「はっ!」

 

「なっ⁉」

 

 タイヘイがシカオに飛びかかるが、シカオの頭に生える長い角によって、タイヘイは体をすくわれ、地面に叩きつけられる。シカオが鼻で笑う。

 

「ふん……」

 

「ぐっ……」

 

「パワーにご丁寧にパワーで対応する必要などない……」

 

「ちっ……」

 

 タイヘイがゆっくりと立ち上がる。

 

「ほう、なかなかタフではあるね」

 

「くそっ!」

 

 タイヘイが再び飛びかかる。

 

「それ!」

 

「おっと!」

 

 シカオが再び足元をすくおうとしたため、タイヘイがジャンプして、それをかわす。

 

「む!」

 

「もらった!」

 

「甘い!」

 

「ぐわっ⁉」

 

 かわしたと同時に攻撃を繰り出そうとするが、シカオが頭を素早く振り回して、長い角を器用にタイヘイの顔を突く。タイヘイはバランスを崩し、攻撃を中断して着地する。

 

「そらっ! そらっ!」

 

「くっ……」

 

 シカオが間髪入れず、角による連続攻撃を行う。素早いラッシュにタイヘイはそれを防ぐのが精一杯という状況になる。

 

「おおっ! シカオ様が優勢だ!」

 

「あの銀髪野郎、手も足も出ないぜ!」

 

「やっちまえ!」

 

 豚頭たちが口々に快哉を叫ぶ。タイヘイが舌打ちする。

 

「ちっ……」

 

「ギャラリーの期待に応えて、そろそろ終わらせようか!」

 

「調子に乗んなよ!」

 

「む!」

 

 タイヘイがかろうじて角を弾いて、後方に飛び、距離を取る。

 

「くそっ!」

 

「うん?」

 

「はあ……はあ……」

 

「ははっ、何をやるかと思えば、呼吸を整えるだけかい?」

 

 シカオがタイヘイの様子を笑う。

 

「はあ……」

 

「自慢のパワーを発揮出来なければ、打つ手なしか……」

 

「……」

 

「本当に終わらせるとしよう……この角で串刺しにしてあげるよ」

 

 シカオが角をタイヘイに向ける。

 

「…………」

 

「行くよ!」

 

「……自慢はパワーだけじゃねえぜ?」

 

「なにっ⁉」

 

「そらっ!」

 

 タイヘイが両手を振るうと、斬撃が飛び、シカオの角が切断される。シカオが驚愕する。

 

「なっ……⁉」

 

「悪いな、その角を斬らせてもらったぜ、ウザいから」

 

「な、なんだ、その腕は⁉」

 

 シカオが指を差す。タイヘイの両腕が鋭利な刃物に変形していた。タイヘイは両腕をわざとらしく掲げてみせる。

 

「なんだろうな? 当ててみな」

 

「ま、まさか……『妖』の力か?」

 

「そのまさかだよ」

 

「ば、馬鹿な……人と獣の力だけでなく、妖の力まで……?」

 

「鹿に馬鹿って言われるとはな……はっ!」

 

「し、しまった⁉」

 

 タイヘイは相手の隙を突き、シカオの懐に入り込む。

 

「近寄ればこっちのもんだ!」

 

「がはっ⁉」

 

 タイヘイの膨らんだ腕から繰り出された強烈なパンチがシカオの腹にめり込み、シカオは力なく膝をついた。



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第1話(4)タイヘイの謎

「シ、シカオ様がやられた……」

 

「マ、マジかよ……」

 

「な、なんなんだアイツ……」

 

 豚頭たちが困惑する。タイヘイが睨みをきかせる。

 

「さて、今度はお前らの番か……」

 

「! ど、どうする⁉」

 

「や、やるしかねえだろう!」

 

「お、俺らで歯が立つ相手かよ!」

 

「うろたえるんじゃないわよ。みっともないわね、これだから獣人は……」

 

 高い声が聞こえてくる。豚頭たちの表情が変わる。

 

「そ、そうだ! まだあの方がいた!」

 

「ああ! 『猪鹿蝶』の最後の一羽!」

 

「フジン様!」

 

「うおおおっ!」

 

 豚頭たちが大声を上げる。

 

「うるさいわよ!」

 

「す、すみません……」

 

「ったく、なんで私があいつらとひとくくりなのよ……」

 

 フジンと呼ばれた蝶の頭をした者が背中の大きな羽を動かしながら現れる。タイヘイがそれを見て驚く。

 

「うん⁉ ちょうちょ⁉」

 

「そうよ、『虫人』よ」

 

「ちゅ、虫人……」

 

「『亜人連合』だからね……獣人だけだと思った?」

 

「じゃ、若干そう思っていた……すまん……」

 

 タイヘイが申し訳なさそうに頭を下げる。

 

「別に謝らなくてもいいけど……」

 

「お前さ……」

 

「ん?」

 

「女か?」

 

「分類的にはそうね」

 

「そっか……じゃあ、苦しまない程度に……」

 

 タイヘイが手を組んで骨をポキポキとする。フジンが戸惑う。

 

「そ、そこは手加減するとか、そういう流れじゃないの⁉」

 

「加減してどうにかなる相手じゃねえだろ?」

 

「ふっ、分かっているじゃない!」

 

「!」

 

 フジンが羽を広げる。タイヘイが身構える。

 

「あいつらの尻ぬぐいをするのは気が進まないけど、ここでアンタを始末すれば、私の覚えもめでたくなるはず……! 始末させてもらうわ!」

 

「やれるもんなら……やってみろ!」

 

「はっ!」

 

 自身に飛びかかろうとしたタイヘイに対し、フジンは羽を高速で羽ばたかせる。そこから粉が散布される。タイヘイの顔にかかる。

 

「む! こ、これは……⁉」

 

 タイヘイは慌てて顔を覆う。フジンが笑う。

 

「ふふっ、なかなか勘が良いけど……遅かったわね!」

 

「くっ……な、なんだ……?」

 

 タイヘイの足元がふらつく。フジンがさらに笑う。

 

「ふふふっ、私の鱗粉には相手を痺れさせる効果があるのよ」

 

「な、なんだと⁉」

 

「アンタのパワーもそれでは十分に発揮出来ないでしょう?」

 

「くっ……」

 

 なおも足元がふらつく中、タイヘイが構えを取り直そうとする。

 

「おっと、先手を打たせてもらうわ!」

 

「‼」

 

 フジンが低空飛行し、タイヘイの懐に入り、タイヘイの体を掴む。

 

「は、離せ!」

 

「まあまあ、そうつれないことを言わないで……よ!」

 

「うおっ⁉」

 

 フジンがタイヘイを抱えたまま空高く舞い上がる。フジンが笑いかける。

 

「ふふっ、どう? ここからの景色……アンタにとっては新鮮じゃない?」

 

「くそっ……」

 

「なによ、バタついて……風情ってもんがないわね……ああ、そうだ」

 

「⁉」

 

 フジンがタイヘイの体をパッと離す。タイヘイの体が空中から地面に向けて落下し、思い切り叩きつけられる。フジンが笑みを浮かべる。

 

「ふっ、ざっとこんなもんよ……」

 

「おおっ! さすがはフジン様!」

 

「俺たちは信じていた!」

 

「ざまあみろ銀髪野郎め!」

 

「さ、さっきからなんとなく耳には届いていたけれど……アンタらも調子がいいわね……」

 

「そこが俺らの取り柄ですから!」

 

「全然褒めてないわよ」

 

 豚頭の言葉をフジンは切って捨てる。

 

「そ、そんなあ……」

 

「情けない声出している暇があったら、さっさとあの銀髪にとどめを刺しなさい……」

 

「は、はい!」

 

「返事は良いのよね、返事は……」

 

 見下ろしながらフジンは苦笑する。

 

「よし! お前ら、まず慎重に包囲網を狭めていき、一気に槍を突き立てるぞ」

 

「りょ、了解……」

 

 豚頭が慎重に倒れているタイヘイの周辺に集まり、それぞれ距離を詰めていく。

 

「よ、よし、今だ!」

 

「ああん⁉」

 

「うおおっ⁉」

 

 豚頭たちが一斉に槍を突き立てようとしたその時、タイヘイが勢いよく立ち上がる。空中でそれを目にしたフジンが目を丸くする。

 

「痺れの効果は、そんな簡単に切れないはずなんだけれどね……」

 

「おりゃあ!」

 

「フ、フジン様!」

 

 フジンが視線を移すと、タイヘイが周りに群がった豚頭たちに頭突きをして回っている。思わぬ反撃をとられたことによって、豚頭たちは混乱している。フジンはしばらく様子を見ていたが、ハッと気がついて、考えを改める。

 

「獣人どもが何頭やられようが、知ったこっちゃないって思っていたけど……どれだけ戦力を残すのかも、私の評価につながるのよね……ならば、ねえ、銀髪!」

 

「あん⁉」

 

 タイヘイが見上がると、ほぼ真上の位置にフジンが立っていた。

 

「弱い物いじめをしてないで、亜人連合の幹部の首、欲しくないかしら?」

 

「……じゃあ、降りてこいよ」

 

「嫌よ、なんでせっかくのアドバンテージを失うような真似をすんのよ」

 

「それもそうか……」

 

 タイヘイが頭を抱える。フジンが戸惑い気味に笑う。

 

「ア、アンタって、ひょっとしてアホ?」

 

「アホって言うな!」

 

 タイヘイが頭を上げて叫ぶ。

 

「だってそうとしか思えないじゃない……⁉」

 

「……その高さなら届く」

 

「くっ⁉」

 

「はっ!」

 

 タイヘイの鋭い刃に変身した両腕から、斬撃が放たれる。フジンが舌打ちする。

 

「ちいっ、これがあったわね! ……あら?」

 

 斬撃の勢いが鈍く、フジンの高さまで届かない。タイヘイが俯く。フジンが高笑いする。

 

「痺れの効果はまだあったようね……おかげで助かったわ」

 

「くっそ……」

 

 タイヘイは膝をついて、悔しそうに地面を殴る。フジンにとっては愉快な光景だった。

 

「あの様子だったら豚頭ども相手にも相当消耗しそうね、私は上で優雅に様子見させてもらおうかしら……」

 

「おい! お前!」

 

「え?」

 

 タイヘイが大声を上げ、フジンを指差す。

 

「降りて来いよ!」

 

「……え、やだ」

 

 一瞬面食らったフジンは断る。タイヘイは苦笑する。

 

「だよな~」

 

「こんなアドバンテージをむざむざと捨てるバカはいないでしょうが……ちょっと考えたら分かるでしょ」

 

「そう……だな!」

 

「なっ⁉」

 

 フジンは驚いた。自分と同じ高さまで、タイヘイが達していたからである。

 

「ちょっと考えたら分かったぜ、俺にはまだこれがあった……」

 

 タイヘイは自身の両脚を指し示す。もの凄い量の火が足裏あたりから噴き出されている。

 

「そ、その脚……まさか、『機』の力?」

 

「当たりだ! はっ!」

 

 フジンの体を掴んだタイヘイは反転し、きりもみ回転をしながら、地上に落下した。自身の体もろとも、フジンの体を地面に叩きつけたのである。タイヘイはゆっくりと立ち上がる。

 

「ア、アンタ、なんなのよ……?」

 

「お、お前まだ喋れたのか……俺は……人と妖のハーフと獣と機のハーフの間に生まれたハーフ……言い換えれば人のクオーターか?」

 

「! そ、そんな存在が……」

 

「お、大人しくなったな……さてお前らだが……後で大事な話がある」

 

「ひ、ひいいっ⁉」

 

 タイヘイの睨みに豚頭たちは震えあがる。タイヘイは首元を抑えながら、歩き出す。

 

「爺さんにさっきの話の続きを聞かなきゃな……」



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第2話(1)旅立ち

                  2

 

「いやはや驚きました……」

 

 老人が呟く。タイヘイが苦笑する。

 

「爺さん、昨日からそればっかりだな」

 

「いや、例えば人と獣の、人と妖、人と機のハーフというのはありますが、それぞれの流れを受け継ぐ方がいるとは……」

 

「やっぱり珍しいか?」

 

「相当珍しいかと」

 

「ふ~ん……」

 

「記憶の方は……?」

 

 老人が聞きづらそうに尋ねる。タイヘイが頭をかく。

 

「いや~それが曖昧なんだよな……」

 

「ふむ……恐らくはこの四国のご出身かと思われますが……」

 

「それすらはっきりしないんだよな……」

 

「まあ、そういったものは何かの拍子に思い出すことがあるかもしれませんからな……」

 

「そうなのか?」

 

「専門家ではないので、はっきりとそうだとは言えませんが……」

 

「希望はあるってことだな」

 

「そうです」

 

「そうか……それにしても、この集落に受け入れてもらえて良かったな」

 

 タイヘイが周囲を見回す。

 

「はい。ただ、心配事がありまして……」

 

「うん?」

 

「我々の集落同様、ここも狙われるのではないかと……」

 

「ああ、その辺は手を打ってある」

 

「手ですか?」

 

「後で説明するよ」

 

「はあ……」

 

「それよりもだ、昨日は結局バタバタして聞けなかったんだが……」

 

「なんでしょうか?」

 

「国を造る為の道筋ってやつだよ」

 

「ああ……」

 

「だいぶか細いみたいだけどな」

 

 タイヘイが苦笑を浮かべる。

 

「いえ、それがそうでもしれないかもしれません……」

 

「ん?」

 

「可能性はわずかかもしれませんが高まったかと……」

 

「ほう、なぜそう思う?」

 

「あなたという存在です」

 

「俺?」

 

 タイヘイは自らを指差す。

 

「ええ、ヒトとケモノとアヤカシとキカイの流れを受け継ぐあなたという稀有な存在は、新たな時代の象徴たりえるかもしれません」

 

「大げさだろう」

 

「とはいえ、ご自身でもなにか運命めいたものを感じておられるのでしょう?」

 

「まあな」

 

 老人の問いにタイヘイは頷く。老人は話を続ける。

 

「ですから、あなたが旗頭となるのです」

 

「旗頭?」

 

「言ってしまえば、勢力を持つということですな」

 

「それは……簡単に行くかね?」

 

「もちろん、困難を伴うでしょう。ただ……」

 

「ただ?」

 

「あなたの強さならあるいは……」

 

「結局ものを言うのはこれか」

 

 タイヘイは力こぶを作ってみせる。

 

「ええ、ですがもちろん、話し合いなど平和的な手段で済めば、それに越したことはないのですけれども……」

 

「う、うん、まあ、それはそうだな……」

 

 タイヘイは深々と頷く。

 

「……」

 

 老人がじっとタイヘイを見つめる。

 

「そ、そうなるように努力するよ」

 

「それは良かった。いや、あなたの身を案じておるのです」

 

「多分無理そうだけどな……」

 

 タイヘイが小声で呟く。老人が首を傾げる。

 

「なにか?」

 

「い、いや、なんでもない! それより勢力を持つって、具体的にはどうすれば良いんだ?」

 

「この辺りの集落群とその周辺は、四つの国の勢力がそこまで及んでいない、緩衝地帯ということは申し上げましたな?」

 

「ああ、聞いた」

 

「四つの国に対して不満を持っている者もそれなりの数がいるのです」

 

「へえ……っていうことは……つまり」

 

「ええ、その連中を一つに束ねることが出来れば……」

 

「四つの国にも対抗出来るだけの勢力が出来上がるってことか」

 

「はい」

 

「なるほどな」

 

「ですが、いずれも一筋縄ではいかない連中です……」

 

「国を相手しようってんだ、多少荒っぽい方が頼りになる」

 

「ふむ、そういう考え方もありますな」

 

「で? そいつらとはどこに行けば会える?」

 

「この集落を中心に考えれば……南西の森、北東の林、南東の山です」

 

「ほう……」

 

「簡単ではありますが、地図を用意しました。赤い点がこの集落、青く塗ってある辺りが、その連中がいると思われる場所です」

 

 老人が紙をタイヘイに渡す。タイヘイが礼を言う。

 

「ありがてえ、早速向かってみるぜ!」

 

「ご無事をお祈りしております……あの、それで……」

 

「うん?」

 

「打ってある手というのは?」

 

「ああ、それな……」

 

「…………」

 

 出発の準備を整えたタイヘイが語りかける。

 

「俺は少しここを留守にするが、この集落になにかあれば、お前ら……分かっているな?」

 

「は、はい!」

 

 豚頭たちがビシっと整列する。

 

「しっかり警備を頼むぜ……お前らもありがとうな」

 

「ふん……」

 

「任せたぜ、イノサル」

 

「イノマルだ!」

 

「情けない話ですが、亜人連合に戻っても居場所はないでしょうから……」

 

「よろしくな、シカモ」

 

「シカオです……」

 

「制裁を受ける可能性もあるからね……とりあえずはここに身を寄せるとするわ」

 

「お願いするぜ、ミボウジン」

 

「フジンよ!」

 

「それじゃあ行くか!」

 

 タイヘイが勢いよく走り出す。



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第2話(2)南西の森

「……って、勢いよく走り出してみたはいいけれどよ……」

 

 タイヘイが周囲を見回す。似たような森が続いている。

 

「南西の森……本当にこっちで良いのか?」

 

 タイヘイは地図を広げて確認する。地図には『この辺!』とだけ書かれている。タイヘイはため息をついて地図を閉じる。

 

「はあ……あの爺さんも結構アバウトな性格なんだな……まあ、ろくに確認もしないで出てきた俺も俺だけどよ……うん⁉ なんだ⁉」

 

 なにか物音がした為、タイヘイは周囲の様子を伺う。

 

「…………」

 

「風で木の葉が揺れたのか……って、そんなわけねえだろう!」

 

 タイヘイが拾った石を投げる。

 

「痛てっ!」

 

 人の姿をした翼を生やした者が姿を現す。タイヘイが驚く。

 

「!」

 

「ちっ、なかなか鋭いじゃねえか……」

 

「て、適当に投げてみたら当たった……」

 

「適当かよ!」

 

「なんだお前……『鳥人』って奴か?」

 

「違えよ!」

 

「違うのかよ! ごめん!」

 

「あ、ああ、分かれば良いんだよ……」

 

 タイヘイが素直に謝ってきた為、翼を生やした者は面食らう。

 

「じゃあ……」

 

「ちょ、待てよ!」

 

 自然にその場を立ち去ろうとするタイヘイを、翼を生やした者が呼び止める。

 

「なんだよ?」

 

「なんだよじゃねえ! 俺らの縄張りに入り込んできてタダで帰れると思うなよ⁉」

 

「お前らの縄張り?」

 

「そうだ!」

 

「ここはお前ら鳥人の縄張りか?」

 

「だから違えって言ってんだろう!」

 

「? でも、鳥みたいな翼生やしてんじゃねえか」

 

「顔や体は人間だろうが!」

 

「ああ、まあ、それはそうだな……」

 

「なんだよ、その反応は?」

 

「正直、いまいちよく分かってねえんだ……」

 

 タイヘイが首を傾げる。翼を生やした者が不思議そうに見つめる。

 

「お前、知らねえのか? 俺らは人と獣のハーフ、『人獣』だよ」

 

「人獣……」

 

「厳密に言えば、人鳥か」

 

「ふ~ん、亜人連合とやらとは違うのか?」

 

「あんな野蛮な奴らと一緒にするな!」

 

「そうか、悪かった、すまん」

 

「わ、分かれば良いんだよ……」

 

「それじゃあ……」

 

「いや、だから待てよ!」

 

「……なんだよ?」

 

 タイヘイがウンザリしたような顔になる。

 

「俺らの縄張りに入ってきて、タダで済むと思うなよって言ってんだよ!」

 

「ああん?」

 

「石をぶつけられた仕返しだ! 痛めつけてやるよ!」

 

「どこが野蛮な奴らと違うんだか……?」

 

 タイヘイが首を傾げる。

 

「そらっ!」

 

「む!」

 

 翼を生やした者がその翼を思い切りはためかせ、砂や小石、折れた木の枝をタイヘイに向かって飛ばす。タイヘイはそれを防ぐのに精一杯になる。

 

「ははっ、手も足も出ねえな!」

 

「……そんなもんか?」

 

「あ?」

 

「お前の巻き起こす風はそんなもんかって聞いているんだよ」

 

「じょ、上等じゃねえか! 体ごと吹き飛ばしてやるよ!」

 

「おっと!」

 

 翼を生やした者がさらに強く翼をはためかせる。タイヘイの体が浮き上がり、大木に向かって飛んでいく。

 

「ははっ! ぶつかって終わりだ!」

 

「……そうはいかねえよ!」

 

 タイヘイが大木を蹴り飛ばし、その反動で翼を生やした者との距離を一瞬で詰める。

 

「なっ⁉」

 

「おらっ!」

 

「がはっ⁉」

 

 タイヘイの頭突きを喰らい、翼を生やした者がその場に崩れ落ちる。

 

「ふう……」

 

「サ、サブローがやられた⁉」

 

「ん?」

 

 翼を生やした者があらたに姿を現す。

 

「て、てめえ! 許さねえぞ! よくも弟を!」

 

「弟って……」

 

「俺はそのサブローの兄貴、ジローだ!」

 

「そうか。許さねえって、どうするんだい?」

 

「こうするんだよ!」

 

「うおっ!」

 

 ジローがタイヘイに接近し、顔面を連続で突き出してくる。

 

「そらっ! そらっ!」

 

「な、なんだ、顔を近づけてきやがって⁉」

 

「鳥がくちばしで相手をつつくあれだよ! 俺にはくちばしはねえが、あの速さなら真似出来るってわけだ! そらっ! 喰らえ!」

 

「く、唇突き出してきて、不気味なんだ……よ!」

 

「ぐはっ⁉」

 

 タイヘイの頭突きカウンターが綺麗に決まり、ジローがその場に崩れ落ちる。

 

「な、なんなんだよ……」

 

「ジ、ジローまで⁉ よくも弟だちを……て、てめえ、許さん!」

 

「どわっ⁉」

 

 あらたに現れた翼を生やした者が空中からタイヘイを蹴りつける。

 

「サ、サブロージローときたら……今度はイチローか⁉」

 

「シローだ!」

 

「なんでだよ!」

 

「家庭の事情だ!」

 

「ちっ!」

 

 タイヘイがジャンプし、シローと同じ高さまで飛び上がる。シローが驚く。

 

「な、なんだ、そのジャンプ力は⁉」

 

「うらっ!」

 

「ごはっ!」

 

 タイヘイの頭突きを喰らい、シローは地面に落下する。

 

「……片付いたか?」

 

「三兄弟を簡単に退けるとは……なかなかやるじゃないの」

 

「⁉」

 

 タイヘイが声のした方に目を向けると、木の枝に逆さまにぶら下がった女の姿があった。



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第2話(3)上から目線

「ふふふ……」

 

 黒い翼で身を包んでいる美しい顔立ちのその女が妖しげな笑みを浮かべる。

 

「お前は……逆さま女!」

 

「⁉ 見たまんまじゃないの!」

 

 女が妖しげな笑みを崩し、タイヘイに突っ込みを入れる。

 

「お前……」

 

「なによ……」

 

「頭に血が上らないのか?」

 

「余計なお世話よ! 私を見て最初に抱く感想がそれ⁉」

 

「だって、初めて会ったわけだしな……」

 

「私のことを知らないの?」

 

「あいにく……ちっとも」

 

「ち、ちっとも⁉」

 

 女は愕然とする。タイヘイは申し訳なさそうにする。

 

「すまん……有名なのか?」

 

「有名もなにも!」

 

「!」

 

 女が木の枝をくるっと半周し、タイヘイの方に向き直り、体を包んでいた黒い翼を広げて、高らかに宣言する。

 

「この辺を抑えているリーダー的存在、『黒き翼のモリコ』とはこの私のことよ!」

 

「黒き翼……?」

 

「そうよ」

 

「黒一色の間違いじゃないのか?」

 

 タイヘイはモリコを指差す。黒い髪に黒い瞳、そして服装も上下黒で統一している。

 

「そ、そんな二つ名を付けるわけないでしょう!」

 

「似たようなもんだと思うが……」

 

「似てないわよ!」

 

「そうか?」

 

「あ、あなた……この辺のリーダー的存在である私に対して、良い度胸しているわね……」

 

「この辺のリーダー的存在って結構曖昧だな」

 

「う、うるさいわね! ただの人間が偉そうな口を!」

 

「ただの人間?」

 

「そうよ、あなたみたいなのは、私に頭を垂れるべきなのよ!」

 

「へえ……そうかよ!」

 

 タイヘイはモリコが立っている太い木に思い切りぶつかる。モリコが驚く。

 

「なっ⁉ なにをするつもり⁉」

 

「その上から目線が気に食わねえから、引きずり下ろす!」

 

「ど、どうやって⁉」

 

「こうやってだ! うおおっ!」

 

 タイヘイが木を引っこ抜く。モリコが驚く。

 

「ぶ、物理的に……⁉」

 

「そらっ!」

 

「くっ⁉」

 

 タイヘイが木を投げる。

 

「はあ、はあ……どうだ?」

 

「危ない、危ない……」

 

「ん⁉」

 

 モリコが空中に浮かびながら腕を組み、タイヘイに尋ねる。

 

「ひょっとして……あなた、『超人』?」

 

「は?」

 

「それならばその怪力も説明が付くわ……でもそれなら、三兄弟に喰らわせた石頭は一体どういうこと? まさか天然?」

 

「何を訳の分からないことを言っていやがる! 降りてこい!」

 

 モリコはタイヘイの言葉を鼻で笑う。

 

「はっ、降りるわけがないでしょう。怪力自慢とまともにやり合う気はないわ」

 

「そうか……よ!」

 

「えっ⁉」

 

 タイヘイが足裏から火を噴き出して、モリコの高さに到達する。

 

「どうだ、これでもう見下せねえな!」

 

「高さを保っている……? 超人は人並み外れた能力は一つくらいしか体得出来ないはず……ほ、本当にどういうこと?」

 

「面食らっている暇あんのかよ!」

 

「むっ⁉」

 

 タイヘイが足裏から火をさらに噴き出し、モリコに向かって突っ込む。

 

「行くぞ!」

 

「ちっ!」

 

「のわっ⁉」

 

 モリコが翼をはためかせ、強風を起こして、タイヘイを後退させる。

 

「き、気安く接近させるわけがないでしょうが……」

 

「ぐっ……な、なんて圧だ、さっきの連中とは違う……」

 

「当たり前でしょう! リーダー的存在をあんまり舐めないでちょうだい!」

 

「どわっ⁉」

 

 モリコがさらに高速で翼をはためかせ、より強い風を起こし、タイヘイを後方に吹っ飛ばす。モリコは笑みを浮かべる。

 

「はん……私が本気を出せばざっとこんなものよ……」

 

「そ、その翼が厄介だな……」

 

「ん?」

 

「まずそれを黙らせないと話にならないな……」

 

「そうね、接近すらままならないものね」

 

「ああ、よって……」

 

「よって?」

 

「その翼を黙らせる!」

 

 タイヘイはビシっとモリコの黒い翼を指差す。モリコが首を傾げる。

 

「はあ?」

 

「悪いがそのご自慢の翼、無力化させてもらうぜ」 

 

「出来るものならやってみなさいよ、出来るものならね!」

 

「ああ、やってやるよ!」

 

 タイヘイの両手が鋭い鎌のような形状に変化する。モリコが驚く。

 

「なにっ⁉」

 

「行くぞ!」

 

「ちょ、ちょっと待った!」

 

「待たねえよ!」

 

「マ、マズい……!」

 

 危険を察知したモリコが慌てて回避行動を取ろうとする。

 

「逃がさねえよ!」

 

「ぐっ⁉」

 

 タイヘイが両手を振るうと、風の斬撃が飛び、モリコの黒い翼を傷つける。モリコはバランスを崩し、空中でよろめく。

 

「もらった!」

 

 タイヘイがモリコとの距離を詰める。モリコが呟く。

 

「な、なによ、その斬撃は……?」

 

「これは俺に受け継がれる妖の……『かまいたち』の力だ」

 

「はあ⁉ あ、妖の力? そ、そんなのあり?」

 

「これで決まりだ! おらあっ!」

 

 タイヘイがモリコの頭に頭突きを喰らわせる。

 

「ぐふっ! ……」

 

 空中から地面に叩き落とされたモリコが動かなくなる。タイヘイが額をさする。

 

「ふう……」



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第2話(4)黒き翼のモリコ

「……はっ!」

 

 モリコが目を覚ます。

 

「モリコさん!」

 

「シロー……」

 

「良かった……」

 

「ジロー……」

 

「目を覚まさないかと……」

 

「サブロー……」

 

 横たわっているモリコを三兄弟たちが取り囲む。

 

「……ほんのちょっとで目を覚ますとは、さすがだな」

 

「あ、あなた⁉」

 

 モリコはガバっと半身を起こしてタイヘイのことを睨みつける。タイヘイが笑いながら肩をすくめる。

 

「はっ、闘争心も失っていないってわけか……」

 

「ええ、むしろ燃えてきたわ……くっ!」

 

 モリコが自分の胸を抑える。

 

「だ、大丈夫ですか⁉」

 

 シローが心配そうに尋ねる。

 

「だ、大丈夫よ……」

 

「やっぱりもうちょっと休んでいた方が……」

 

「へ、平気だから……」

 

 モリコがジローに応える。

 

「いつも抱いて眠っているぬいぐるみ持ってきますか⁉」

 

「そ、それには及ばないわ……って、な、なんでそんなこと知っているのよ⁉」

 

 サブローの提案にモリコが驚く。

 

「マジで元気そうだな……」

 

 タイヘイが感心する。

 

「そ、そうよ、これで勝ったと思わないでくれる?」

 

「……モリコ」

 

「よ、呼び捨て⁉」

 

「お前よりは良いだろうが」

 

「ま、まあ、そうね……そうかしら?」

 

 モリコが首を傾げる。

 

「モリコはあれか? その黒い翼……」

 

「ふっ、なかなか鋭いわね、そうよ……」

 

「カラスの人鳥か」

 

「ち、違うわよ!」

 

「違うのか?」

 

「コウモリよ!」

 

「コウモリ⁉」

 

 タイヘイが驚く。

 

「そんなに驚くことじゃないでしょう⁉」

 

「まったく予想だにしなかった……」

 

「逆さまで木の枝にぶら下がっている時点で分かるでしょう!」

 

「そ、そうか、コウモリか……」

 

「そうよ、この島の空の支配者よ」

 

「支配者とは大きく出たな」

 

「いいじゃないのよ!」

 

「そうだ、モリコさんは偉大なんだぞ!」

 

「良いこというじゃない、シロー……」

 

「その翼の美しさは他の追随を許さない!」

 

「照れるわね、ジロー……」

 

「この鳥なき島の女王だ!」

 

「ちょ、ちょっと待ちなさい、サブロ―!」

 

「え?」

 

「え?じゃないわよ。『鳥なき島の蝙蝠』って言いたいわけ?」

 

「は、はい……」

 

「それって、見下している言い方じゃないのよ!」

 

「ええっ⁉ そうなんですか⁉」

 

「そうなのよ!」

 

「ヤバい……」

 

「……なにがヤバいのよ?」

 

「いや、かっこいいと思って、あちこちで言いふらしていたんですけど……」

 

「あちこちってどこよ⁉」

 

「えっと、この辺一帯に……」

 

「一帯に⁉」

 

「あ、俺も……」

 

「シロー⁉」

 

「お、俺もです……」

 

「ジローまで⁉」

 

「す、すみません!」

 

 サブローが頭を下げる。モリコが頭を抱える。

 

「私のリーダー的存在の威厳が……」

 

「まあ良いじゃねえか、そんなことは」

 

「良くないわよ!」

 

 モリコがタイヘイに向かって声を上げる。タイヘイが頭を下げる。

 

「わ、悪い……」

 

「素直に謝るのね……なんだか調子が狂うわ。大体、あなたは何なの?」

 

「ん? 俺はタイヘイだ」

 

「名前を聞いているんじゃないの? 超人だと思ったらむちゃくちゃ怪力だし、空は飛ぶし、おまけに風の斬撃まで操るときた……どういうことよ?」

 

「俺は……人と獣のハーフと妖と機のハーフの間に生まれたようだ……」

 

「ええっ⁉」

 

「なんて言えばいいのか……妖の、かまいたちのクオーターとも言えるのかな」

 

 タイヘイが腕を組んで、首を傾げる。モリコが呟く。

 

「そ、そんな存在が実在するというの……?」

 

「ここにいるだろう」

 

 タイヘイが自らの胸を右手の親指で指差す。モリコが絶句する。

 

「し、信じられない……」

 

「まあ、そんなことはいい……それよりもモリコ」

 

「な、なによ……」

 

「俺の仲間になれ」

 

「仲間?」

 

「ああ、リーダー的存在のモリコが仲間になってくれれば、この辺の腕の立つ連中が皆、俺に協力してくれるようになるだろう?」

 

「な、何をするつもりなの……?」

 

「俺はこの四国という島に、もう一つ国を造る。はみだし者たちの国をな」

 

「⁉」

 

「どうだ?」

 

「さっき胸がチクっとしたのは痛みじゃなくて高鳴りだった……?」

 

「モリコさん?」

 

「闘争心ではなく、違う心に火が点いたということ……?」

 

「何をぶつぶつ言っているんです?」

 

「……この『黒き翼のモリコ』、タイヘイ殿に喜んで協力させて頂きます」

 

「モ、モリコさん⁉」

 

 モリコが三つ指をついてタイヘイに頭を下げる。サブローたちが驚く。

 

「決まりだな」

 

 タイヘイが笑みを浮かべる。



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第3話(1)記憶に関して

                  3

 

「ふむ……」

 

「タイヘイ殿……?」

 

「ん?」

 

「今更ですが、どこに向かっているのですか?」

 

「北東」

 

「さ、ざっくりとした答えですね……」

 

 タイヘイの言葉に、モリコが困惑する。

 

「まあ、厳密に言うと……」

 

「ああ、良かった……」

 

「北東の林だな」

 

「厳密とは⁉」

 

 モリコが愕然とする。

 

「だって、そういう風にしか聞いてないからな~」

 

「で、出たとこ勝負過ぎませんか?」

 

「それは否定できないな」

 

「否定して欲しかった……」

 

「地図もあるぞ」

 

 タイヘイは地図を取り出して広げる。

 

「ああ、それは良かった、どの辺なのですか?」

 

「う~ん、この辺だな」

 

「え?」

 

「『この辺!』と書かれている」

 

「ア、アバウト!」

 

「これに関しては地図を渡してきた爺さんに文句を言ってくれ」

 

「な、なんてことなの……」

 

 モリコが頭を軽く抑える。

 

「俺についてきたことを後悔しているか?」

 

「若干ですが……」

 

「その感覚は正しいと思うぜ」

 

 タイヘイが笑う。

 

「しかしですね……」

 

「うん?」

 

「タイヘイ殿も空を飛べるのでは?」

 

「あ、ああ、まあな……」

 

「何故飛ばないのです? その方が速いでしょう?」

 

 モリコが首を傾げる。

 

「あれはなんていうか……燃料を食うからな」

 

「燃料?」

 

「要は長時間飛べないってこったよ」

 

「そうなのですか?」

 

「実はちゃんと試したことはないんだけどな」

 

「あ、そ、そうですか……」

 

「肝心な時に燃料切れっていうのを避けたいと思ってな」

 

「なるほど……」

 

 モリコは腕を組んで頷く。

 

「モリコは飛んでいっても良かったんだぜ?」

 

「はい?」

 

「歩くのしんどいだろう?」

 

「い、いえ、たまには歩いたり走ったりするのも新鮮な感じで良いですよ」

 

「そうか?」

 

「ええ、健康にも良いでしょうし」

 

「そうなのか?」

 

「いや、分かりませんけど」

 

「なんだよそれ、モリコも結構適当じゃねえか」

 

「ふふっ……」

 

「へへっ……」

 

 モリコとタイヘイは互いに笑い合う。やや間をおいて、モリコが真顔になる。

 

「……タイヘイ殿」

 

「あん?」

 

「質問よろしいですか?」

 

「なんだよ?」

 

「タイヘイ殿はどうして……そういう体に?」

 

「それがよ……」

 

「はい」

 

「よく覚えてねえんだ」

 

「覚えてない?」

 

「気が付いたら、山の中にこの恰好で立っていてな……」

 

「そんなことがあるのですか?」

 

「あるんだな~これが」

 

 タイヘイが腕を組んで苦笑する。

 

「……記憶喪失というわけですか」

 

「まあ、そういう感じだな」

 

「ご自身がどこから来たかも覚えていないのですか?」

 

「ああ」

 

「そうですか……」

 

「ただ……」

 

「ただ?」

 

「自分が人と獣と妖と機のクオーターだっていうことは覚えていた。あと、この四国がそれぞれ四つの勢力に別れているっていうこともな」

 

「ほう……」

 

 モリコが頷く。

 

「まあ、それくらいなんだけどな」

 

 タイヘイが両手を広げて天を仰ぐ。

 

「……これからなにかのきっかけで思い出すかもしれませんよ」

 

「あ、そうか……」

 

「そうです」

 

「モリコ、なかなか良いことを言うな」

 

「恐縮です……」

 

 モリコが頭を下げる。

 

「別に頭を下げなくてもいいよ」

 

「はっ……タイヘイ殿、もう一つよろしいですか?」

 

「なんだ?」

 

「この四国にもう一つ国を造るということをおっしゃっていましたが……」

 

「ああ、言ったな」

 

「それはどこまで本気なのですか?」

 

「どこまでもなにも、一から十まで全部本気だぜ」

 

「なんと……」

 

「だって、それが俺に課せられた運命みたいなものなんだろう」

 

「! 運命……」

 

「うん、知らんけど。そう思うようにしている」

 

「そうですか……」

 

「帰るなら今の内だぜ?」

 

 タイヘイが笑みを浮かべてモリコを見る。

 

「……いえ、タイヘイ殿に賭けてみようと思います」

 

「へっ、なかなかのギャンブラーだな。ん⁉」

 

 タイヘイたちを小柄な鬼のようなものたちが取り囲む。その内の一体が叫ぶ。

 

「よそ者め! 痛い目みたくなかったら金目のものを置いていきな!」



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第3話(2)オニグモ団の襲撃

「なんだ? こいつらは……」

 

「小鬼ですかね……」

 

 タイヘイの問いにモリコが答える。

 

「小鬼か、なるほどそう言われると……」

 

「おい! 聞こえてねえのか! 金目のものを置いてけってんだ!」

 

「ねえよ」

 

「あ⁉」

 

 タイヘイの答えに小鬼は驚く。

 

「いや、見りゃ分かんだろ、金持っているなりか?」

 

「む……」

 

「モリコは?」

 

 タイヘイは振り返ってモリコに問う。

 

「……あっても渡すつもりがありません」

 

「ははっ、だよな」

 

「くっ、俺らを『オニグモ団』と知って、そんな舐めた態度取ってやがるのか!」

 

「いや、知らねえ」

 

「い⁉」

 

「モリコ、知ってる?」

 

「一応は……盗賊まがいのことをしているコソ泥集団だと……」

 

「コ、コソ泥だと⁉ ゆ、許せん! お前ら、やっちまえ!」

 

 小鬼たちがそれぞれ腰に差していた短刀を抜く。

 

「おいおい物騒だな……」

 

「タイヘイ様、私が片付けます……」

 

「いやいいよ、俺がやる」

 

「行くぞ! かかれ!」

 

「と言っても、なんだか弱いものいじめみたいになるな……手加減するか」

 

「うおおっ!」

 

 小鬼が飛びかかる。

 

「そらっ」

 

「ぐはっ!」

 

 タイヘイの繰り出したパンチが飛びかかった小鬼の腹を正確に打つ。

 

「おおおっ!」

 

「それっ」

 

「ごはっ!」

 

 もう一体小鬼が飛びかかってきたが、タイヘイがキックで蹴り落とす。

 

「くっ、怯むな! 一斉にかかれ!」

 

「そりっ」

 

「がはっ!」

 

「そるっ」

 

「ぎはっ!」

 

「そろっ」

 

「げはっ!」

 

「……ざっとこんなもんか」

 

 タイヘイが両手をパンパンと払う。

 

「石頭を使わないのがせめてものなさけなんだろうけれど、強烈なパンチとキックね。あれをまともに喰らってしまったらたまらないわ……」

 

 モリコが淡々と呟く。

 

「おいおい! かわいい弟分たちになにやってくれてんだ!」

 

「ん?」

 

 タイヘイが視線を向けると、自分と同じかやや大きい鬼のようなものたちが現れる。タイヘイは無言でモリコに視線を向ける。モリコが肩をすくめて答える。

 

「……さながら中鬼と言ったところではないでしょうか」

 

「マジか?」

 

「言ってみただけです」

 

「適当だな……」

 

 タイヘイが苦笑する。

 

「何をごちゃごちゃ言ってやがる!」

 

「おっと!」

 

 中鬼が持っていた槍で鋭い突きを放つが、タイヘイはそれをかわす。

 

「か、かわしやがった⁉」

 

「それなりにやるようだな……加減はいらねえか!」

 

「うおっ⁉」

 

 タイヘイは自らに向かって突き出された槍の柄を掴んで、思い切り引っ張る。中鬼がタイヘイの方へつんのめるような形になる。

 

「そらっ!」

 

「どはっ!」

 

 タイヘイの頭突きが炸裂し、中鬼が崩れ落ちる。

 

「……!」

 

「結構数が多いな……一気に決めるぜ!」

 

「‼」

 

 タイヘイが他の中鬼たちの群れに飛び込み、次々と頭突きをお見舞いしていく。それからあっという間に片付いた。タイヘイが額をさすりながら呟く。

 

「まあ、こんなもんか……⁉」

 

 遠くから弓を射かけてくる中鬼たちがいた。その中の一体が叫ぶ。

 

「距離を取れ、遠くから仕留めろ!」

 

「ちっ、弓兵部隊もいやがるのか!」

 

「タイヘイ殿!」

 

「いや、問題ない! おらあ!」

 

「なっ⁉」

 

 タイヘイが鋭く尖らせた両腕を振り、そこから斬撃を飛ばして、弓を持った中鬼たちを素早く薙ぎ倒した。タイヘイがため息をつく。

 

「ふう、ちょっと焦ったぜ……」

 

「! タイヘイ殿!」

 

「ん⁉ うおっ⁉」

 

 タイヘイたちの背後から大柄な鬼たちが数体現れ、金棒を振り下ろしてくるが、タイヘイたちはすんでのところでそれをかわす。大柄な鬼が舌打ちする。

 

「ちっ……」

 

「デ、デカいな……小鬼、中鬼と来たら。次は大鬼か……」

 

「ふん!」

 

 大鬼たちが太い金棒を振りかざし、振り下ろす機会を伺っている。木々に隠れたタイヘイがその様子を眺めながら顔をしかめる。

 

「ちっ、なかなか接近するのは難しそうだな……」

 

「ここはお任せを!」

 

「モリコ!」

 

 モリコが黒い翼を広げ、翼をはためかせて、大鬼たちの頭上に舞い上がる。

 

「⁉」

 

「ふん、図体ばかりデカいところで! はああっ!」

 

「うおっ⁉」

 

 モリコが翼を思い切りはためかせ、鬼たちのバランスを崩す。

 

「もらった!」

 

「ごわっ⁉」

 

 大鬼の顎を掴んで、引きずり倒す。まとまっていた大鬼たちはボウリングでボールに倒されるピンのように、あえなく崩れていく。

 

「まあ、こんなものよ……きゃあ⁉」

 

 モリコが空中で身動きが取れなくなる。

 

「モリコ⁉」

 

「まさかコウモリが捕れるとは……巣は張っておくものだね~」

 

 黒い短髪に黄色いメッシュを入れ、黒と黄色を基調としたジャージを着た女が呟く。



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第3話(3)糸を巻きつけてからのキック

「お、お前は……!」

 

「パイスーのあねご!」

 

「姉御が来てくれた!」

 

「アネゴ……これで勝てる!」

 

「……こいつらの親分ってことか」

 

「親分とかなんかダサいからボスって言ってよ~」

 

 パイスーと呼ばれた女が指で髪をくるくるとさせる。その指先から少し飛び出した白い糸がわずかに揺れる。タイヘイが目を細める。

 

「……蜘蛛の糸か?」

 

「そう」

 

「お前さん、人と蜘蛛を受け継ぐ『人虫』か?」

 

「は? 全然違うんだけど」

 

 笑みを浮かべていたパイスーの顔つきが変わる。

 

「そ、その女は、人と蜘蛛の妖怪のハーフ、『人妖』です……」

 

「知っているのか、モリコ⁉」

 

「う、噂レベルですが……」

 

「蜘蛛……」

 

「油断しました……『オニグモ団』のボスが蜘蛛の流れを受け継ぐ者で、こうして蜘蛛の糸を自由自在に使えるとは……」

 

「……オニグモ団からある程度推測できないか?」

 

 蜘蛛の巣でもがくモリコをタイヘイはやや呆れた視線で見上げる。パイスーが呟く。

 

「アホコウモリはとりあえず放っておいて……」

 

「だ、誰がアホコウモリよ!」

 

 パイスーはモリコの声を無視し、タイヘイを見つめる。

 

「うちのかわいい鬼たちを随分とかわいがってくれたみたいじゃないの?」

 

「いきなり向かってきたからな、自己防衛をしたまでだ」

 

「ふん、いずれにせよ、お礼はさせてもらうよ……」

 

「む……」

 

 パイスーが身構えたため、タイヘイも身構える。パイスーがぶつぶつと呟く。

 

「見た感じ、石頭の超人であり……かまいたちの斬撃も使える……ってことは、超人と妖のハーフ? あまり聞いたことがないんだけど……」

 

「?」

 

「接近するのは愚策だし、距離を取ってもヤバい……」

 

「さっきから何をぶつぶつと言っている?」

 

「……となると、やっぱりこれっしょ!」

 

「うおっ⁉」

 

 パイスーが両手で銃の形を作り、その指先から大量の糸が吐き出される。大量の白い糸はあっという間にタイヘイの頭部を覆ってしまう。パイスーが笑う。

 

「ふふっ、うまくいった!」

 

「くっ、視界が……」

 

 タイヘイが糸をほどこうとする。

 

「その糸はなかなかほどけないよ!」

 

「なに?」

 

「むしろほどこうとしたら余計に絡まる感じかな?」

 

 タイヘイの頭部を覆っていた糸がさらにこんがらがる。

 

「~~ぐっ!」

 

「あ~あ、言わんこっちゃない」

 

 パイスーがクスリと笑う。

 

「ならば!」

 

「え⁉」

 

 タイヘイが両腕を鋭く尖らせて糸を切ろうとする。

 

「これなら!」

 

「させるかっての!」

 

「ぬおっ⁉」

 

 パイスーが右手を横に振り、タイヘイの両腕と二本の大木を糸で縛り、タイヘイは両手を磔にされたようになる。パイスーが呆れ気味に苦笑する。

 

「かまいたちの力をハサミ扱いする奴は初めて見たわ……」

 

「う、腕が動かん!」

 

「これで、アンタは視界も奪われ、石頭も斬撃も使えない……アンタの力は抑えたよ」

 

「……」

 

「そこで黙る? 嫌な感じだね……一応、念の為……!」

 

「ぬ!」

 

 パイスーは先ほどと同じ要領でタイヘイの両足を二本の大木と糸で縛りつける。タイヘイは立ったまま、大の字状態になる。

 

「足の自由もこれで奪った……」

 

「ど、どうするつもりだ⁉」

 

「こうするつもり!」

 

 パイスーは自らの真後ろにそびえる大木の太い枝に糸を巻き付け、上に勢いよく舞い上がる。そのまま太い枝を支点にして何回か回転し、さらに糸を伸ばして、勢いに乗った状態でタイヘイに向かって飛び込む。モリコが声を上げる。

 

「タイヘイ殿!」

 

「な、なんだ⁉」

 

「パイスーキック‼」

 

「ぐほっ⁉」

 

 パイスーのキックがタイヘイの腹にめり込む。

 

「ふふっ、勝負ありでしょ?」

 

「くっ……な、なんの!」

 

「あらまだ元気があるの? そんじゃあ、もう一丁!」

 

 パイスーが糸を伸ばして高い木の枝に結び付け、飛び立つ。

 

「糸の伸縮が自在とは……!」

 

「それくらい出来ないとね!」

 

 パイスーがモリコの言葉に応える余裕を見せつつ、また何回か回転する。素早い回転で、その音がタイヘイにも聞こえる。

 

「な、なんだ、このビュンビュンとした音は⁉」

 

「それを知る必要はないよ!」

 

 パイスーが再び、回転の勢いを利用した鋭いキックを繰り出す。強烈なキックがタイヘイの腹に当たる。モリコが叫ぶ。

 

「タイヘイ殿‼」

 

「ふっ……」

 

「効かん!」

 

 タイヘイがパイスーの蹴りをはね返す。パイスーが驚きながら、着地する。

 

「なっ……⁉」

 

「来ると分かっていれば、耐えられる!」

 

 タイヘイが腹を突き出す。パイスーが首を傾げながら呟く。

 

「頭だけでなく、体も硬いってこと? いや、そんなことはまずありえない……全身が強化されているなんて、そんなの超人でも滅多にいないはず……」

 

「ぶつぶつ言っている暇があるなら、遠慮なく反撃するぞ! うおおおおっ!」

 

「はっ⁉」

 

 パイスーが驚く。タイヘイが糸に結ばれたまま、両腕を動かし、大木を引き抜こうとしたからである。タイヘイがさらに声を上げる。

 

「うおおおおっ!」

 

「た、大木を引き抜く⁉ なんていう怪力よ! 一旦離れる!」

 

 パイスーが糸を伸ばして、上方に逃れる。モリコが告げる。

 

「タイヘイ殿! 蜘蛛女は上に逃れました!」

 

「何時の方向だ⁉」

 

「えっと……2時の方向です!」

 

「そうか! ……って、聞いてはみたが、よく分からん……斜め上ら辺にいるんだな!」

 

 タイヘイがニヤリと笑う。



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第3話(4)鬼蜘蛛のパイスー

「な、何を笑っているの⁉」

 

「足も糸で縛ったのは良い判断だった……だが、問題は足の裏だぜ!」

 

「はあっ⁉」

 

「おおおっ! エンジン全開!」

 

「なっ⁉」

 

 パイスーが己の目を疑った。タイヘイが足裏からもの凄い勢いの火が噴き出したかと思うと、空に浮かび上がったからである。

 

「糸が切れん……木が重いが、問題はねえ!」

 

「くっ⁉」

 

 タイヘイがグングンと上昇する。

 

「声が聞こえる! 方向もこちらで間違いねえな!」

 

「な、なんなのよ、アンタ! 石頭と斬撃だけだと思ったら、怪力に空飛ぶ力……何者よ⁉」

 

「俺は……人と獣のハーフと妖と機のハーフの間に生まれた……!」

 

「ええっ⁉」

 

「なんて言えばいいのか……機、ロケットブースターのクオーターとでも言うのかね」

 

「そ、そんな存在が……」

 

「ここにいる!」

 

「ちっ!」

 

 パイスーが両手を掲げ、自らの前に大きな蜘蛛の巣を張る。

 

「む!」

 

 タイヘイが蜘蛛の巣に引っかかる。パイスーが笑う。

 

「ふん、ワタシの蜘蛛の巣は簡単には破れないわよ!」

 

「むう……」

 

「このまま、全身を蜘蛛の糸で覆ってやるわ!」

 

「そうは……させねえ!」

 

「え⁉」

 

 蜘蛛の巣に引っかかったまま、タイヘイがさらに加速する。

 

「破れないならそのまま突き進むまで!」

 

「そ、そんな⁉」

 

「うおおっ!」

 

「がはっ!」

 

 スピードに乗ったタイヘイの頭突きがパイスーの額にぶつかる。

 

「手ごたえ、いや、頭ごたえあり!」

 

 タイヘイが叫ぶ。

 

「……ん」

 

「あ、あねご!」

 

「姉御、目が覚めたんですね……」

 

「アネゴ、良かった……」

 

 小鬼と中鬼と大鬼のそれぞれの代表者が目覚めたパイスーを見てホッと胸をなでおろす。

 

「ア、アンタたち……ワタシは確か」

 

「タイヘイ殿の頭突きを思いっきり喰らったのよ」

 

 モリコがパイスーに告げる。パイスーが目を丸くする。

 

「アンタ、蜘蛛の巣から抜けたの?」

 

「タイヘイ殿がロケットブースターの火を使って焼き切ってくれたわ」

 

「焼き切る……そんなことが……」

 

「俺はなんとか無理やりほどいたぜ。時間がかかったけどな……」

 

 タイヘイが後頭部をかく。

 

「ロケットブースター……無理やり……ははっ、なんでもありね……」

 

 パイスーが苦笑を浮かべる。モリコが深々と頷く。

 

「それについては同意だわ」

 

「ん……」

 

 パイスーが半身を起こす。

 

「あねご、無理しないで!」

 

「平気よ」

 

 パイスーが小鬼に応える。

 

「姉御、頭を打ったのですからもう少し安静に……」

 

「そんなにヤワじゃないわ」

 

 中鬼の言葉にパイスーは笑みを浮かべる。

 

「アネゴ……地面への落下はこいつが寸前で拾ってくれた……」

 

 大鬼がタイヘイを指差す。

 

「そうなの?」

 

「ああ、視界が覆われていたからほとんど野性的な勘で動いたけどな。なんとかギリギリで地面に叩きつけられるのは避けられた」

 

 タイヘイが説明する。

 

「ありがとう……と言うべきかしらね?」

 

「よせよ……」

 

 タイヘイが首をすくめる。

 

「散々打ちのめされて、大怪我するところまで助けられたとは……ワタシらの完敗ね」

 

 パイスーが苦笑を浮かべながら呟く。

 

「うん、まあまあ手ごわかったぜ」

 

 タイヘイが腕を組んで頷く。

 

「ちょ、調子に乗るな!」

 

「そ、そうだ、まだこれからだ!」

 

「我々はしつこいぞ!」

 

「……やめな」

 

「‼」

 

 パイスーが低い声色で呟くと、小鬼たちは気を付けの姿勢になる。

 

「繰り返しになるけど、ワタシら『オニグモ団』の完全なる負けだ……なにか欲しいものはある? これまでそれなりのお宝を集めてきたけどね」

 

「集めてきたって……盗んだんでしょう?」

 

「この辺一帯で勝手に争うだけでなく、無駄に荒らしまわってやがった四国の軍の連中から掠め取っただけさ……悪党から盗んで何が悪いのよ?」

 

 モリコの言葉にパイスーが反論する。

 

「……盗んだは言い過ぎたわ。単なる落ち武者狩りね」

 

「ああん?」

 

「なによ、事実を言ったまででしょう?」

 

「このコウモリ女……」

 

 パイスーとモリコが睨み合う。

 

「おいやめろ……それよりもパイスー」

 

「な、なによ……」

 

「俺の仲間になれ」

 

「仲間?」

 

「ああ、ボスのパイスーが仲間になってくれれば、オニグモ団が皆、俺に協力してくれるようになるだろう?」

 

「傘下に入れってこと?」

 

「泥棒からは足を洗え。俺は盗賊団を結成するつもりはさらさらねえ」

 

「な、何をするつもりなの……?」

 

「俺はこの四国という島に、もう一つ国を造る。はみだし者たちの国をな」

 

「⁉」

 

「どうだ?」

 

「負けた上に命も救われ、さらにそういう提案をされた日には……物盗りでもなく、国盗りでもなく、国造り……? 面白そうじゃないの」

 

「姉御、何をぶつぶつ言っているんです?」

 

「……この『鬼蜘蛛のパイスー』、タイヘイ兄さんに喜んで協力させて頂きます」

 

「あ、あねご⁉」

 

 パイスーが三つ指をついてタイヘイに頭を下げる。小鬼たちが驚く。

 

「決まりだな」

 

 タイヘイが笑みを浮かべる。



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第4話(1)南東へ

                  4

 

「ふむ……」

 

「あの、タイヘイ兄さん……?」

 

 パイスーが問う。タイヘイが苦笑する。

 

「その兄さんってのが、いまいち慣れねえな」

 

「兄さんは兄さんですから」

 

「まあ、好きに呼べばいいけどさ……なんだ?」

 

「今更ですが、どこに向かっているんです?」

 

「南東」

 

「さ、ざっくりとしたことを……」

 

 タイヘイの言葉に、パイスーが困惑する。

 

「まあ、詳しく言うと……」

 

「ああ、はい……」

 

「南東の山だな」

 

「詳しくとは⁉」

 

 パイスーが愕然とする。

 

「だって、そういう風にしか聞いてないからな~」

 

「さ、さすがに成り行き任せ過ぎやしませんか?」

 

「う~ん、それは否定できないな」

 

「否定して欲しかった……」

 

「一応だが地図もあるぞ」

 

 タイヘイは地図を取り出して広げてみせる。

 

「ああ、それは良かった……どの辺を目指しているんですか?」

 

「う~ん、この辺かな」

 

「え?」

 

「『この辺!』と書かれているからな」

 

「お、大雑把!」

 

「これに関してはこの地図を渡してきた爺さんに文句を言ってくれ」

 

「な、なんてこった……」

 

 パイスーが頭を軽く抑える。

 

「俺についてきたことを後悔しているか?」

 

「ちょっと……」

 

「へへっ、その感覚はわりと正しいと思うぜ。なあ?」

 

 タイヘイが笑いながら、モリコに視線を向ける。

 

「……帰るなら今よ、止めはしないわ」

 

「あん?」

 

 モリコの言葉にパイスーが反応する。

 

「タイヘイ殿が進む道は修羅の道……生半可な気持ちでついてこられても迷惑なのよ」

 

「生半可だあ?」

 

「分かる? 中途半端ってことよ」

 

「それくらい分かるわ! 誰が中途半端だって⁉」

 

「アンタよ、他にいないでしょう?」

 

「いい度胸してんな、コウモリ女……また、糸で絡め取ってやろうか?」

 

「同じ手を二度食うほど馬鹿じゃないわ、アンタと違って」

 

「面白えじゃねえか……」

 

「やってみる? 蜘蛛女さん」

 

「人獣が人妖に勝てるとでも?」

 

「あ、あやかしだったのね? それなのに虫って、色々中途半端ね?」

 

「てめえ……」

 

「……やめろ」

 

 タイヘイが低い声色で言い放つ。

 

「!」

 

「‼」

 

 タイヘイの静かな迫力にパイスーたちは気圧され、黙り込む。

 

「……今は志を同じくする同志、仲間だろうが」

 

「同志……」

 

「仲間……」

 

「そうだ、必要以上に仲良くしろとまでは言わねえが、味方で争いあうなんてくだらないことはやめろよ」

 

「むう……」

 

「分かったか、パイスー?」

 

「は、はい……」

 

「モリコもな?」

 

「はい……」

 

「モリコ、一応謝れ」

 

「え?」

 

「ケンカを売ったのはお前の方だろう」

 

「し、しかしですね」

 

「あと……」

 

「あと?」

 

「中途半端とか言うな、それはお互い様だろうが、俺も含めて……」

 

 タイヘイが笑う。

 

「……!」

 

「そうだろう?」

 

「ええ、タイヘイ殿のおっしゃる通りです……悪かったわね」

 

 モリコがパイスーに頭を下げる。

 

「あ、ああ、まあいいさ……」

 

 パイスーが鼻の頭をこする。タイヘイが満足そうに頷く。

 

「よし、これで解決だな」

 

「は、はあ……」

 

「ええ……」

 

「それじゃあ、先に進むぞ」

 

 それからやや時間が空く。三人は険しい山道を進む。

 

「……なあ?」

 

「なによ?」

 

「お前は飛べば良いんじゃねえか?」

 

 パイスーがモリコの背中に生える翼を指差す。

 

「アンタも糸とか使って、この木々を辿っていけば良いんじゃない?」

 

「それも考えたんだが……」

 

「だが?」

 

 パイスーが小声で囁く。

 

「タイヘイ兄さんとはぐれちまうだろう。あの人のことだ、絶対合流が困難になるぜ?」

 

「奇遇ね」

 

「ん?」

 

「私も同じことを考えていたわ」

 

「! へっ……」

 

「ふふっ……」

 

「おい、俺の悪口言ってねえか?」

 

「い、いや、言ってないです! なあ?」

 

「え、ええ……」

 

「急にこそこそ話をするとか仲良くなってんじゃねえか……ん?」

 

「どうかしましたか?」

 

 モリコが問う。

 

「いや、あれは……」

 

 タイヘイの指差した先には荒れ果てた建物があった。パイスーが首を傾げる。

 

「なんだありゃ?」

 

「こんな山の中に……」

 

 タイヘイが顎に手を当てる。



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第4話(2)侵入者排除

「……何かの研究施設?」

 

「何を研究しているんだよ?」

 

「そんなの私に聞かれても知らないわよ」

 

 パイスーの問いかけにモリコが困惑する。

 

「まあ、あれだな……」

 

「え?」

 

「実際に確かめてみれば良いだろう」

 

 タイヘイが建物に接近する。パイスーたちが慌てる。

 

「タ、タイヘイ兄さん⁉」

 

「き、危険です!」

 

「大丈夫だって」

 

「何を以って⁉」

 

「……侵入者確認、侵入者確認……」

 

 機械音声のようなものが流れる。タイヘイが首を捻る。

 

「ん?」

 

「ほ、ほら、言わんこっちゃない!」

 

「いたぞ!」

 

「うん?」

 

 施設の前には二車線の道路があり、その道路をすたすたと歩いてくる集団がいた。それを遠目で見ながらパイスーが首を傾げる。

 

「なんだ? 人間?」

 

「ふん!」

 

「!」

 

 集団が人から軽自動車に姿を変える。モリコが声を上げる。

 

「人と機のハーフ、『人機』の集団⁉」

 

「軽自動車部隊、侵入者を排除する!」

 

「は、速い!」

 

「このままじゃぶつかるわ!」

 

「ちいっ!」

 

「む⁉」

 

 パイスーが大きな糸を発生させ、軽自動車の集団を絡め取る。

 

「あ、危ねえ、危ねえ……」

 

「くっ! 動きを封じられた!」

 

「衝突されたらたまったもんじゃねえからな」

 

「やるな、パイスー!」

 

「これくらいお茶の子さいさいですよ!」

 

「ふん、我々が排除する……」

 

「うん⁉」

 

 逆方向から別の集団がスタスタと歩いてくる。モリコが呟く。

 

「ま、まさか……」

 

「行くぞ!」

 

 集団がセダン型の車に姿を変える。

 

「ま、また違う車種で⁉」

 

「セダン型車部隊、侵入者を排除する!」

 

「ちっ! 逆方向からかよ!」

 

 パイスーが舌打ちする。モリコが声を上げる。

 

「ここは私が! それ!」

 

「‼」

 

 モリコが翼を思い切りはためかせ、強風を起こす。風を受け、車はほとんど横転する。

 

「はっ、こんなものよ……なに⁉」

 

 モリコは目を疑った。横転せず、こちらに向かってくる車がいたからだ。その車はタイヤを横滑りさせながら向かってくる。

 

「風にも強弱がある! そこを見極めてドリフト走行すれば!」

 

「そ、そんな馬鹿な!」

 

「こっちに突っ込んでくるぞ!」

 

「し、仕方がないわね! ちょっと失礼!」

 

「どわっ⁉」

 

 モリコがパイスーを抱えて飛び上がる。

 

「荒っぽいけど、そいつをぶつけて!」

 

「! ああ!」

 

 パイスーが両手を振り、糸に絡めた軽自動車たちを突っ込んでくるセダン型にぶつける。

 

「ぬおっ⁉」

 

 セダン型はたまらず横転する。

 

「同士討ちさせるとは、お前さんも結構えげつないないな……」

 

「目には目を車には車を、って言うでしょう?」

 

「初耳だよ……」

 

「それにしても……」

 

「あん?」

 

「……重いわね」

 

「く、車を何台も抱えているからだよ! ワタシの重さじゃねえ!」

 

 モリコの言葉にパイスーが反発する。

 

「……我々が」

 

「うん⁉」

 

「まだいるの⁉」

 

 施設の重い扉が開いたかと思うと、そこそこ広い駐車場から大柄な人間の集団が出てこようとしている。先頭を歩く者が叫ぶ。

 

「行くぞ!」

 

「おっと⁉」

 

 集団がバン型の車に姿を変える。モリコが驚く。

 

「こ、今度はバン⁉」

 

「バン型車部隊、侵入者を排除する!」

 

「くっ⁉」

 

「また車をぶつけるわよ!」

 

「い、いや、軽自動車とバン数台じゃ、吹き飛ばされるのがオチだろう!」

 

「やってみなくちゃ分からないでしょう⁉」

 

「やるのはワタシだけどな! 結構力いるんだぞ!」

 

「ここは俺がやる!」

 

 モリコとパイスーが空中で言い合っているのをよそに、タイヘイが前に進み出る。

 

「あ、兄さん⁉」

 

「タイヘイ殿、危険です!」

 

「大丈夫だ!」

 

「⁉」

 

 タイヘイが両手を刃のように尖らせ、それを思い切り振る。そこから発生した斬撃がバン型車たちのタイヤを切り裂き、パンクさせる。何台かはバランスを失い、横転する。

 

「どうだ!」

 

「まだまだ!」

 

「む!」

 

 残った一台が果敢に突っ込んでくる。

 

「喰らえ!」

 

「そうはいくか!」

 

「何⁉」

 

 ロケットブースターで空中に舞い上がったタイヘイが残りのタイヤも切り裂く。一台はあえなく横転する。タイヘイが着地する。

 

「こんなもんかな……」

 

「ふ~ん、なかなか興味深いわねえ……」

 

 灰色のタンクトップ姿にジーンズを履いた茶髪のロングヘアーの女性が現れる。

 

「誰だ⁉」

 

 タイヘイが声を上げる。



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第4話(3)ダンプアタック

「誰だって……それはこっちの台詞でしょうが」

 

「それもそうだな、すまん!」

 

「あ、い、いや、えっと……」

 

 素直に謝ってきたタイヘイに女性が困惑する。

 

「ト、トップ!」

 

「トップが来てくれたぞ!」

 

「これで勝てる!」

 

 横転したり、蜘蛛の巣に引っかかっている車から声が上がる。タイヘイが首を傾げる。

 

「トップっていうのか、お前さん?」

 

「違うわよ、わたしの名前はクトラ」

 

「クトラ……!」

 

 地面に降り立ったモリコがハッとする。タイヘイが尋ねる。

 

「知っているのか、モリコ?」

 

「ええ、噂レベルですが……この辺りの人機、主に車の人機を集めて、レジスタンス活動を行っているグループのトップとか……」

 

「そういや、ワタシも聞いたことがあるな」

 

 パイスーが手をパンパンと払いながら呟く。クトラが肩をすくめる。

 

「結構有名になったものね、わたしも」

 

 タイヘイが口を開く。

 

「この辺を束ねている者なら話がある……」

 

「嫌よ」

 

「そうか、嫌か……ええっ⁉」

 

 タイヘイが間抜けな顔で驚く。

 

「同志たちをこんな目に遭わせた連中とする話なんかないわ」

 

「こ、これは成り行き上というか……」

 

「言い訳するの?」

 

「い、いや、言い訳というか……」

 

「どうしても話がしたいなら……」

 

「したいなら?」

 

「わたしを倒してご覧なさい!」

 

「!」

 

 クトラが派手な装飾が施されたトラックの姿に変化し、タイヘイに向かって突っ込む。

 

「ぶっ飛ばすわよ!」

 

「あ、危ねえ、兄さん! それっ!」

 

 パイスーが大きめの糸でクトラを絡め取ろうとする。

 

「その程度で止められると思う⁉」

 

「どわっ!」

 

 クトラの突進で、パイスーが糸ごと引きずられる。

 

「パイスー!」

 

「仕切り直していくわ!」

 

 方向転換したクトラが再びタイヘイに向かって突っ込む。

 

「タイヘイ殿! 危ない!」

 

 空中に飛び上がったモリコが翼をはためかせ、強風を起こす。

 

「なんてことはないわよ!」

 

「なっ⁉ ト、トラックでドリフト⁉」

 

「ふん!」

 

「うわっ!」

 

 クトラが荷台の部分を斜めにさせる。荷台の部分が当たり、モリコは吹っ飛ぶ。

 

「モリコ!」

 

「邪魔が続けて入ったけど……」

 

「む……」

 

「今度こそいくわ!」

 

 再び方向転換したクトラがタイヘイに向かって突っ込む。

 

「ちっ!」

 

 タイヘイが斬撃を飛ばし、タイヤを切り裂こうとする。

 

「甘いっての!」

 

「なに⁉」

 

 クトラは絶妙な動きで斬撃をかわしてみせる。

 

「な、なんというドライビングテクニック!」

 

「お褒めに預かり光栄だわ! サヨナラ!」

 

「はっ!」

 

 タイヘイがロケットブースターを点火し、空中に逃れようとする。

 

「それはさっき見たわ!」

 

「‼」

 

 クトラは素早くターンすると、荷台を斜めに持ち上げる。

 

「ダンプアタック!」

 

「⁉」

 

 勢いよく持ち上がった荷台がタイヘイに当たる。クトラは笑いながら淡々と呟く。

 

「ふふっ、かまいたちの斬撃にロケットブースターによる飛行……世にも珍しい、妖と機のハーフね。本当に興味深いわ。あとで研究させてもらうとしましょう……」

 

「……悪いがお断りだ」

 

「なに⁉」

 

 クトラが視線をやると、荷台がぶつかったのにも関わらず、空中に浮かび続けるタイヘイの姿があった。タイヘイが呟く。

 

「俺もこれはさっき見させてもらったからな、来ると分かっていれば、十分耐えられる」

 

「そ、そんな……どうやって?」

 

「ここで」

 

 タイヘイが前髪を持ち上げ、ちょっと赤くなった額を見せる。

 

「な⁉ 頭突きで防いだというの⁉ 馬鹿な⁉」

 

「極度の石頭なもんでな……」

 

「あ、ありえない!」

 

「ありえたんだからしょうがないだろう」

 

「そ、そんな……」

 

「隙あり!」

 

「なに⁉」

 

「うおお……!」

 

 クトラに張り付いたタイヘイの両腕が倍以上に膨らむ。クトラが困惑する。

 

「な、なんなの、あなた⁉ 斬撃と飛行能力だけだと思ったら、石頭にその怪力……一体何者なのよ⁉」

 

「俺は……人と獣のハーフと妖と機のハーフの間に生まれた……!」

 

「ええっ⁉」

 

「なんて言えばいいのか……獣、ゴリラのクオーターとでも言うのかね」

 

「そ、そんな存在が……」

 

「いるんだな、ここに!」

 

「のわっ!」

 

 タイヘイがクトラを投げ飛ばす。

 

「とどめだ!」

 

 タイヘイがロケットブースターを点火させ、クトラに突っ込む。

 

「くっ!」

 

 クトラがライトを点滅させる。タイヘイが声を上げる。

 

「目くらましか! 無駄なことを!」

 

「こ、これなら!」

 

 クトラが水を噴出させる。タイヘイにかかるが、タイヘイはお構いなしに叫ぶ。

 

「この程度の小細工でどうにかなると思ってんのか! そらっ!」

 

「がはあっ!」

 

 スピードに乗ったタイヘイの頭突きがクトラと正面衝突する。

 

「頭ごたえあり!」

 

 タイヘイが叫ぶ。



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第4話(4)暴走のクトラ

「う……」

 

「トップ!」

 

「ケイ……」

 

「目が覚めたんですね……」

 

「セダン……」

 

「良かった……」

 

「バン……」

 

 軽自動車とセダン型の車とバン型の車のそれぞれの代表者が目覚めたクトラを見てホッと胸をなでおろす。

 

「あ、あんたたち……わたしは確か」

 

「タイヘイ殿の頭突きと正面衝突したのよ」

 

 モリコがクトラに告げる。

 

「そ、そうだったの……確かにちょっと痛いわね」

 

 クトラが頭を抑える。

 

「ロケットブースターの加速付きの頭突きを喰らってちょっとで済む?」

 

 モリコが呆れ気味に首をすくめる。

 

「頑丈さには多少自信があるのよ」

 

「かといって、限度ってものがあるでしょ……」

 

「ふふっ……」

 

 クトラが笑いながら半身を起こす。

 

「へえ、もう起きれるのか? タフだねえ」

 

 パイスーが目を丸くする。

 

「こんなところで寝転がってもいられないでしょう。それにしても、あなた……」

 

 クトラがタイヘイに視線を向ける。

 

「ん? 俺か?」

 

「他に誰がいるのよ……少し確認させてもらえる?」

 

「確認?」

 

「ええ」

 

「? ああ、いいぞ」

 

「えっと、その怪力が……」

 

「ゴリラ由来の怪力だ」

 

 タイヘイが力こぶを作ってみせる。

 

「それが獣の分ね……」

 

「そうだ」

 

「斬撃を飛ばしていたのは……」

 

「かまいたち由来の斬撃だ」

 

 タイヘイが両手を交差させる。

 

「それが妖の分ってわけね……」

 

「そういうことになるな」

 

「それで空中を飛行出来るのは……」

 

「ロケットブースターによるものだ」

 

 タイヘイが足裏を見せる。

 

「それで頭が……」

 

「石頭だな、超人由来の」

 

 タイヘイが自らの頭を撫でまわしてみせる。

 

「どんな超人よ?」

 

「さあな」

 

「さあなって……」

 

「そういうもんなんだから仕方がないだろう」

 

「そういうもん……」

 

「ああ、そういうもんだ」

 

「えっと……」

 

 クトラが頭を抑える。タイヘイが尋ねる。

 

「どうした?」

 

「いや、ちょっと頭を整理しているの……」

 

「整理?」

 

「ええ、つまりあなたは……体や腕がゴリラで」

 

「うん」

 

「手足がかまいたちで」

 

「ああ」

 

「足裏にはロケットブースターが付いていて」

 

「うむ」

 

「超のつく石頭だと」

 

「そうだ」

 

「なんでもありね……」

 

 クトラが苦笑を浮かべる。モリコが深々と頷く。

 

「それについてはまったくの同意だわ」

 

「ん……」

 

 クトラが立ち上がろうとする。

 

「トップ、無理しないでください!」

 

「大丈夫よ」

 

 クトラが軽に応える。

 

「トップ、頭を打ったのですからもう少し安静にした方が……」

 

「修理すれば平気よ」

 

 セダンの言葉にクトラは笑みを浮かべる。

 

「トップ、無理はしないで下さい……」

 

「心配性ね」

 

 クトラはバンの肩をポンポンと叩く。

 

「そいつらの言う通り、無理はしない方が賢明だぜ?」

 

 タイヘイが語りかける。

 

「ふっ……」

 

「なにがおかしいんだよ?」

 

「散々打ちのめされて、体の心配までされるとは……わたしたちの完敗かしらね」

 

 クトラが苦笑を浮かべながら呟く。

 

「うん、まあ結構手ごわかったぜ」

 

 タイヘイが腕を組んで頷く。

 

「ちょ、調子に乗るなよ!」

 

「そ、そうだ、まだ勝負はこれからだ!」

 

「決着はついていない!」

 

「……やめなさい」

 

「‼」

 

 クトラが低い声色で呟くと、ケイたちは一斉に気を付けの姿勢になる。

 

「繰り返しになるけどわたしたちの完全なる負けよ……なにか欲しいものでもある?」

 

「そうだな……クトラ、俺の仲間になれ」

 

「仲間?」

 

「ああ、トップのクトラが仲間になってくれれば、この辺の連中が皆、俺に協力してくれるようになるだろう?」

 

「あなたが新たにトップに立つってこと?」

 

「レジスタッフだかネジスタンプだか、まわりくどいことをするつもりはねえ」

 

「何をするつもりなの……?」

 

「俺はこの四国という島に、もう一つ国を造る。はみだし者たちの国をな」

 

「⁉」

 

「どうだ?」

 

「レジスタンス活動の枠を超えて。国造り……? なかなか面白そうじゃないの……この『暴走のクトラ』、タイヘイちゃんに喜んで協力させてもらうわ」

 

 クトラが跪き、三つ指をついてタイヘイに頭を下げる。ケイたちが驚く。

 

「へっ、決まりだな」

 

 タイヘイが満足気な笑みを浮かべる。



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第5話(1)現状を把握

                  5

 

「しかし……」

 

「どうしたよ、爺さん?」

 

「まさか本当にそれぞれの勢力を束ねてしまうとは……」

 

 老人がタイヘイの脇に控えるパイスーとクトラを見ながら感心する。

 

「おう、やってみたら出来たぜ」

 

「やってみたらって……」

 

「驚いたか?」

 

「驚きましたよ」

 

「それはこっちの台詞でもあるぜ」

 

「え?」

 

 タイヘイが周囲を見回す。

 

「ちょっと離れている間にこの集落もかなり住人が増えたじゃねえか」

 

「まあ、この緩衝地帯周辺もなかなかきな臭くなって参りましたからな、自衛の為に互いに寄り添う必要性が高まってきたのです」

 

「ふむ……」

 

 老人の説明にタイヘイが頷く。

 

「今後はどうなさるおつもりで?」

 

「それはこれから考える」

 

「ほう……」

 

「まったく何も考えてないわけじゃないぜ? 色々と情報を集めている段階なんだ」

 

「情報収集をなさっているのですか?」

 

 老人が目を丸くする。

 

「……そんなに驚くことか?」

 

「いや、少々意外だなと思いまして……」

 

「考えなしに突っ込んでいくと思ったか?」

 

「は、はい……」

 

「どんなイメージだよ……」

 

 タイヘイが苦笑する。

 

「では、集まった情報次第では、周囲の出方を伺うということも?」

 

「なくはないだろうな」

 

「ふむ、慎重ですな……」

 

「マズいか?」

 

「いえいえ、結構なことだと思います」

 

「……まあ、とりあえずの報告だ。あとは話し合いをしてくるぜ。あそこの建物を借りても良いんだな?」

 

 タイヘイが大きめの建物を指差す。老人が頷く。

 

「集会所として使っておる所です。話し合いには恰好の場所かと……」

 

「それじゃあ、お言葉に甘えて……」

 

 タイヘイが席を立って、集会所に向かう。老人が頭を下げる。

 

「お疲れ様です……」

 

「結構広いな……」

 

 集会所に入ったタイヘイが呟きながら椅子に腰を下ろす。クトラが口を開く。

 

「しかし、驚いたわ、タイヘイちゃん」

 

「ん?」

 

「この集落よ、かなりの規模じゃない。それに……」

 

「それに?」

 

「あの連中よ」

 

 クトラが窓の外を指し示す。豚頭の連中が警備兵として立っていた。

 

「ああ、あいつらか……」

 

「亜人連合の連中がどうしてここに?」

 

「ちょっかいをかけてきたから返り討ちにしただけだよ」

 

「ほ、ほう……」

 

「上に処分されるかもしれねえから国に戻れねえとかなんとか泣き言言いやがるから、じゃあ俺が留守の間この集落守っとけって言っといた。この集落のみんなに危害を加えやがったただじゃ置かねえぞとも釘を刺しておいた」

 

「な、なるほど……」

 

 タイヘイの説明にクトラが頷く。壁際に寄りかかるパイスーがタイヘイに尋ねる。

 

「で? どうするんです?」

 

「なにがだ?」

 

「今後ですよ。まさか本当にここに引きこもるわけじゃないでしょう?」

 

「それは周囲の出方次第だ」

 

「打って出なきゃマズいですよ?」

 

「とはいってもな……別にいたずらに戦いたいわけじゃねえ」

 

「そんな弱腰じゃダメですよ!」

 

「う~ん……」

 

 タイヘイは苦笑しながら後頭部をポリポリと掻く。クトラが口を開く。

 

「まあ、落ち着きなさいよ、パイスーちゃん……」

 

「落ち着いていられるかよ!」

 

「そこは落ち着いてもらわなきゃ、報告も出来ないわ……」

 

「!」

 

 窓にモリコが逆さまにぶら下がる。

 

「おお、モリコ、斥候ご苦労さん」

 

「なんてことはありません」

 

 モリコが窓から身を翻して、中に入る。

 

「どうだった?」

 

「北西の……『人』の国が動きました」

 

「‼」

 

「こっちに向かっているのか⁉」

 

「いいえ……」

 

 パイスーの問いにモリコが首を振る。クトラが首を傾げる。

 

「どういうことかしら?」

 

「狙いはあくまで北東の……『妖』の国」

 

「そこに向かって進軍しているということ?」

 

「そうね」

 

 パイスーが重ねて問う。

 

「派手に衝突か?」

 

「それはないと思うわ」

 

「何故そう思うんだよ?」

 

「……兵力がそこまで多くない。それなりに精鋭を揃えてはいるみたいだけど、緩衝地帯を含めての国境付近の制圧が目標だと思うわ」

 

「ふ~ん……」

 

「どうする、タイヘイちゃん?」

 

 クトラの問いにタイヘイが口を開く。

 

「……モリコ、妖の国は兵を出しているのか?」

 

「国境付近を固めつつありますが、こちらまでは出してきていないです」

 

「そうか……」

 

 タイヘイが頷く。

 

「どうしますか?」

 

「ここは静観?」

 

 モリコとクトラが尋ねる。

 

「いや……」

 

「え?」

 

 パイスーが首を傾げる。

 

「打って出るぞ!」

 

「‼」

 

「人の国の軍を追い払う!」

 

 タイヘイが声を上げる。



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第5話(2)突進

                  ♢

 

「ほ、報告です! ヤヨイ様!」

 

 鎧を着た兵士が列の後方に向かって走る。

 

「何事だい?」

 

 ヤヨイと呼ばれた長いドレッドヘアーを後ろで一つにまとめた褐色の女性が尋ねる。屈強な体格を鎧で固めている。

 

「て、敵襲です!」

 

「敵襲? 妖の連中め、国境を固めているのはフェイクか!」

 

「い、いえ……」

 

「ん?」

 

「襲ってきたのは別の勢力です!」

 

「なんだと? 何者だい?」

 

「そ、それが……分かりません!」

 

「分からない?」

 

「は、はい!」

 

「それじゃあ報告にならないだろう!」

 

 ヤヨイが兵士を一喝する。

 

「す、すみません……」

 

「ちっ、仕方がない……アタシが行く!」

 

「は、はっ!」

 

 ヤヨイが隊列の前に出る。

 

「む……?」

 

 そこには、兵士たちを薙ぎ倒すクトラの姿があった。クトラが笑う。

 

「これはこれは『怪力のヤヨイ』さん……お会い出来て嬉しいわ」

 

「あいつは……」

 

「『暴走のクトラ』と思われます……」

 

 別の兵士がヤヨイに耳打ちをする。

 

「あいつはここから離れた南東の地域を根城にしているんじゃなかったのか?」

 

「わ、分かりませんが、あの戦いぶりは間違いないかと……」

 

「ふん……」

 

 ヤヨイがゆっくりと前に進み出る。

 

「あら、お相手してくれるの?」

 

「お前は『機』の国に対してレジスタンス活動を行っていたんじゃなかったか?」

 

「よくご存知で……」

 

「何故ここにいる?」

 

「それは色々と理由がありまして……」

 

 クトラが肩をすくめる。

 

「アタシらにケンカを売るっていうのかい?」

 

「ケンカを売ってきたのはそっちでしょう?」

 

「は?」

 

「ここはわたしたちの国よ。許可もなく軍勢を入れないでちょうだい」

 

「何を言っている? ここは四国の緩衝地帯だ」

 

「これからはわたしたちの国になるのよ!」

 

「!」

 

 クトラが突っ込んで、拳を繰り出す。ヤヨイが剣を抜いて、それを受け止める。

 

「へえ、さすがの反射神経ね……」

 

「話が見えないんだが……」

 

「あなたがそれを知る必要はないわ。ここでわたしに倒されるのだから」

 

「はっ、面白いことを言う!」

 

「おっと!」

 

 ヤヨイがクトラを押し返すと、すかさず剣を横に薙ぐ。クトラがそれをしゃがんでかわすが、彼女の後方にあった大きな岩が割れる。ヤヨイが舌打ちする。

 

「ちっ……」

 

「な、なんという豪剣……まともに喰らったらヤバいわね……」

 

「クトラ、アンタのことはそれなりに知っているよ」

 

「あらそう?」

 

「人と機のハーフ、人機だろう?」

 

「ええ」

 

「トラックに変化出来るんだよな?」

 

「……そうよ」

 

「ところがそれをしない。トラックで隊列に突っ込んできた方が手っ取り早く済むっていうのに。何故だろうな?」

 

「……」

 

「答えは至極簡単だ。このオフロードでは、トラックになってもまともに動くことすら出来ない……違うか?」

 

「……意外と……」

 

「ん?」

 

「頭が回るのね、ただの脳筋ちゃんかと思っていたわ……」

 

「! 言ってくれるじゃないのさ!」

 

 ヤヨイが剣を振りかざす。

 

「‼」

 

「これでジエンドよ!」

 

「そうはさせない!」

 

 クトラが再度、ヤヨイとの距離を詰める。ヤヨイが笑いながら剣を振り下ろす。

 

「トラックになれないあんたの突進なんて怖くないんだよ!」

 

「……これならどう⁉」

 

「⁉」

 

 ヤヨイの剣が弾かれ、その大柄な体が後方に吹っ飛ぶ。兵士が叫ぶ。

 

「ヤ、ヤヨイ様!」

 

「ぐっ、なにを……⁉」

 

「ふふっ……」

 

 立ち上がったヤヨイは目を疑った、クトラの右腕が大きなタイヤに変化していたからだ。

 

「ぶ、部分的な変化……」

 

「こういうことも出来るのよ!」

 

「なっ⁉」

 

 クトラは四つん這いの体勢になると、左腕、両足もそれぞれ、タイヤに変化させる。

 

「至近距離からの突進を喰らいなさい!」

 

「がはっ⁉」

 

 スピードに乗ったクトラの突進を受け、ヤヨイが倒れ込む。

 

「……こんなものかしらね」

 

 人の体に戻ったクトラが立ち上がる。

 

「ヤ、ヤヨイ様……!」

 

「……あなたたち、ここで退却しないなら痛い目に遭わせるわよ?」

 

「くっ……」

 

「終わったような口を利くな……」

 

 ヤヨイがゆっくりと立ち上がる。クトラが驚く。

 

「! へえ、かなりタフね……」

 

「アタシは、アタシたちは……人を超えた、超人の集まりよ」

 

「うん?」

 

「その力を見せてやろう……」

 

「もう立っているのもやっとみたいだけど?」

 

「黙れ……!」

 

「があっ⁉」

 

 一瞬で距離を詰めたヤヨイの繰り出した拳がクトラの鳩尾を打つ。クトラは崩れ落ちる。

 

「ふん……」

 

「こ、こんな……」

 

「受けた衝撃を吸収し、返すことが出来る……これがアタシの力だ」

 

 ヤヨイが力こぶをつくる。



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第5話(3)黒い噂

                  ♢

 

「一体、何事だというのだ!」

 

「あ、シモツキ様!」

 

 隊列の前の方に、シモツキと呼ばれた整えた短髪の青年が進み出てくる。

 

「襲撃を受けているということだが⁉」

 

「は、はい、その通りです!」

 

「諸君らでなんとかならないのか⁉」

 

「わ、我々の手には余ります!」

 

「我はあの方の側を片時も離れたくないのだ!」

 

「え?」

 

「い、いや、警護的な意味でだ!」

 

 シモツキが慌てる。

 

「はあ……」

 

「相手は妖の国の者か⁉」

 

「ち、違います!」

 

「なんだと⁉ 誰だ⁉」

 

「あ、あれをご覧ください!」

 

 兵士が指し示した先には、兵士たちを薙ぎ倒すモリコの姿があった。

 

「奴は……!」

 

「あら?」

 

 モリコがシモツキの姿に気が付く。

 

「『黒い噂のモリコ』!」

 

「はあっ⁉」

 

 モリコや周りの兵士がずっこけそうになる。

 

「ち、違うのか?」

 

「違うわよ、『黒き翼のモリコ』よ!」

 

「ああ……」

 

「ああ……じゃないわよ!」

 

「当たらずといえども遠からずだろう」

 

「全然違うでしょう! なによ、そのゴシップまみれの二つ名は⁉」

 

「人と獣のハーフ……良い噂はまったく聞いたことがないが?」

 

「ま、まったく⁉」

 

「ああ」

 

 シモツキが頷く。

 

「そ、そんなはずはないわ……」

 

「いや、実際そうだからな」

 

「かなりの美貌な持ち主って噂は⁉」

 

「自分で言うか……」

 

「どうなのよ!」

 

「そんな噂は特に聞いたことが無いな」

 

「アンタがその目で見た感じはどう⁉」

 

「話が変わっていないか?」

 

「どうなの⁉」

 

「……美しいとは思うが、あの方には及ばないな」

 

「なかなかのスタイルだって噂は⁉」

 

「それも聞いたことが無いが」

 

「実物を見てどう⁉」

 

「……良いとは思うが、あの方には遥かに及ばないな」

 

「あの方って誰よ⁉」

 

「貴様が知る必要は……無い!」

 

「!」

 

 シモツキが槍を突く。モリコがなんとかそれを飛んでかわす。

 

「コウモリか……厄介だな」

 

「な、なんて鋭い突きなの……」

 

「……貴様が我々に向かってくるのが理解出来ないのだが?」

 

「私たちの領地を荒らしたからよ」

 

「荒らしてない。通過しているだけだ」

 

「同じようなことよ」

 

「待て。貴様らの領地? ここは四国の緩衝地帯だろう?」

 

「これから私たちの領地になるのよ!」

 

「……意味が分からん」

 

「分からなくて結構!」

 

「‼」

 

 モリコが翼を思い切りはためかせる。強風が発生し、周囲の兵士たちが吹き飛ばされるが、シモツキは槍を地面に突き立てて、踏ん張る。モリコが笑う。

 

「ははっ、しぶといじゃない!」

 

「こ、こんな風如きでどうにか出来ると思うな!」

 

「そんな不格好な体勢で何が出来るの!」

 

「むっ!」

 

 モリコが急降下し、シモツキの体を掴むと、急上昇する。

 

「な、なにをする⁉」

 

「こうするのよ!」

 

「⁉」

 

 モリコが勢いをつけて、シモツキの体を地面に向かって投げ飛ばす。シモヅキは成す術なく、地面に叩きつけられる。

 

「ふっ……」

 

「シ、シモツキ様!」

 

 兵士が叫ぶ。モリコが見下ろしながら呟く。

 

「普通はもう動けないでしょう……」

 

「ふ、普通はな……」

 

「なっ⁉」

 

 モリコが驚く。シモツキが起き上がったからだ。

 

「我は、我々は人を超えた超人の集まりだ……」

 

「?」

 

「その力を見せてやる……」

 

 シモツキがふらふらと歩く。

 

「足元がだいぶおぼつかないようだけど?」

 

 モリコが笑みを浮かべる。

 

「ふん……」

 

「その様でどうやって力を見せてくれるの?」

 

「そう慌てるな……!」

 

 シモツキが自らの槍のもとに向かい、槍を地面から引き抜く。

 

「槍の突きに自信があるようだけど……残念ね」

 

「なにがだ?」

 

「なにがって、見て分からない? 私は空を飛んでいて、あなたは地べたをはいずり回っている……この距離をどうやって埋めるつもり?」

 

「なに、やり様はあるさ……」

 

「槍だけに?」

 

 モリコが首を傾げる。

 

「ふっ、なかなか面白いことを言う……な!」

 

「がっ⁉」

 

 シモツキが投げた槍が、モリコの肩を貫く。モリコが地面に落下する。

 

「ちっ、心臓は外したか……」

 

 シモツキが舌打ちする。モリコが呻く。

 

「ぐっ……」

 

「この『剛腕のシモツキ』を侮ってもらっては困るな、あの程度の距離ならば十分届く……この力こそが我を超人たらしめる……」

 

 シモツキが胸を張る。



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第5話(4)実力者

                  ♢

 

「えい!」

 

「がはっ!」

 

「せい!」

 

「ぐはっ!」

 

「てい!」

 

「ごはっ!」

 

「ふん、大したことねえな……」

 

 パイスーが笑みを浮かべる。兵が声を上げる。

 

「前方の兵が皆倒されました!」

 

「あの方の応援を呼べ!」

 

「はっ!」

 

「……もう来ている」

 

 黒い忍び装束に身を包んだ青年が乱れた隊列の中に現れる。その青年は口元を覆っているが、青い目とさらりとした金髪が覗く。

 

「キ、キサラギ様!」

 

「騒ぐな……」

 

「助けに来て下さったのですね!」

 

「勘違いするな……」

 

「え?」

 

「障害を取り除きに来たまでだ……」

 

 キサラギと呼ばれた青年は取り出した苦無をパイスーに向ける。

 

「へっ、強そうなやつが出てきたじゃねえか……」

 

「貴様のことは知っている……」

 

「あん?」

 

「『鬼蜘蛛のパイスー』、人と妖のハーフの人妖……」

 

「知っているとはな……」

 

「『オニグモ団』のボス的な存在……」

 

「的じゃなくて、ボスだよ」

 

「ここら辺は活動範囲ではなかったはずだが? コソ泥の血が騒いだか?」

 

「はっ、どうせ大したものを持っていねえだろうが……それにそういうのからはもう足を洗ったんだよ」

 

「ならば、何故我らの進軍を邪魔する?」

 

「シマを土足で踏み荒らしているてめえらにお仕置きするためだよ」

 

「シマだと? ここは四つの国の間の緩衝地帯だ」

 

「その緩衝地帯も店じまいだよ」

 

「? 意味が分からん」

 

「ここがワタシらの国になるってことだよ……分かったか?」

 

「なるほど……分からん」

 

 キサラギが首を傾げる。パイスーがため息をつく。

 

「はあ……まあ、いいや、ここで消えてもらうぜ。それっ!」

 

「む!」

 

 パイスーが両手から長い糸を出し、キサラギの腕を苦無ごと絡め取る。

 

「へっ! それじゃあ、武器を振るえねえだろう!」

 

「……確かにな」

 

「!」

 

 キサラギがいつのまにか、パイスーの後ろに回っていた。キサラギが苦無を振りかざす。

 

「背後がお留守だぞ……⁉」

 

「へっ!」

 

「な、なんだと⁉」

 

 キサラギの手足の自由が奪われる。パイスーが自身の背後に巨大な蜘蛛の巣を張っていたからである。パイスーが笑う。

 

「ははっ! 忍者がやりそうなことはこっちもお見通しなんだよ」

 

「くっ……」

 

「なかなか間抜けな姿だぜ、キサラギとやら……その糸は簡単には切れない、解こうとしたら余計に絡みつく……厄介な代物だ」

 

 キサラギは少し動いてみせるが、すぐにそれをやめる。

 

「……なるほどな」

 

「案外物分かりが良いんだな」

 

「諦めも肝心だ」

 

「そ、そうかよ……」

 

「キ、キサラギ様……」

 

 兵士たちが心配そうな視線を向ける。

 

「アンタらの頼みの綱はもう諦めたみたいだぜ?」

 

「う、嘘だ!」

 

「嘘じゃねえよ、悪いことは言わねえ、これ以上痛い目に遭いたくなかったら、さっさと撤退するんだな」

 

「キサラギ様をどうするおつもりだ!」

 

「実力者のようだからな……人質としてこちらの手札にさせてもらおうかね……」

 

「ひ、卑怯な!」

 

「褒め言葉として受け取っておくよ」

 

「ぐっ……」

 

「さあ、さっさと撤退しな……そうしないと!」

 

「‼」

 

 パイスーが糸を大量に出し、キサラギの体を丸ごと包む。兵士が声を上げる。

 

「な、なにをするつもりだ!」

 

「こういうつもりだよ!」

 

「⁉」

 

 パイスーがキサラギを糸でぐるぐる巻きにしたまま、地面に何度も叩きつける。

 

「な、なんてことを⁉」

 

「人質にするとは言ったが、何も元気でいる必要はねえからな!」

 

「動けない相手を! 外道が!」

 

「侵略者に言われたくねえんだよ!」

 

「……国を立ち上げるのなら、まず周辺国家にそれを周知するのが先なのではないか?」

 

「なっ⁉」

 

 キサラギがパイスーの糸を突破していた。兵士が叫ぶ。

 

「キサラギ様!」

 

「ど、どうやった⁉」

 

「拙者、拙者たちは、人を超えた超人の集まり……これくらいの縛りなぞ造作もない……」

 

「焼き切ったのか⁉」

 

「いや、違うな……脚だ!」

 

「脚……!」

 

「『烈脚のキサラギ』とは拙者のこと……この脚で進めぬ場所なとないし、破れぬ場所などない、ましてや……!」

 

「がはっ⁉」

 

 キサラギの蹴りがパイスーの鳩尾に入る。パイスーが崩れ落ちる。

 

「……倒せぬ敵などいない」

 

 キサラギはやや乱れた装束を直す。兵士が問う。

 

「この女はどうしましょうか?」

 

「……ヤヨイとシモツキが何やら騒いでいる。拙者が連れて行く」

 

 パイスーを抱えたキサラギがヤヨイたちの前に現れる。

 

「キ、キサラギ、アンタ……」

 

「『暴走のクトラ』、『黒き翼のモリコ』……この辺りの実力者が揃っているとは……」

 

「まさか手を組んだというのか?」

 

「『自分たちの国』がどうとか言っていた、その可能性が高いが……誰が糸を引いている?」

 

「俺だよ」

 

「「「!」」」

 

 キサラギたちが振り返ると、そこにはタイヘイが立っていた。



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第6話(1)詫びを入れる

                   6

 

「だ、誰だ⁉」 

 

「名乗るほどのものでもねえが……」

 

 タイヘイは鼻の頭をポリポリとこする。

 

「ふざけるなよ!」

 

「ふざけてはないけどよ……タイヘイだ」

 

「タイヘイ……?」

 

「何者だい?」

 

 シモツキが首を傾げ、ヤヨイがキサラギに視線を向ける。

 

「いや、知らんな……」

 

 キサラギが首を左右に振る。ヤヨイが苦笑する。

 

「なんだい、それでも諜報活動が得意なのかい?」

 

「情報をろくに扱えんやつに言われたくない……」

 

「どういう意味だい?」

 

「そのままの意味だ……」

 

「ケンカを売ってるってことだね?」

 

「単細胞もここまでくると呆れてものが言えんな……」

 

「いい度胸しているじゃないか……」

 

「こちらの台詞だ……」

 

 ヤヨイとキサラギが睨み合う。タイヘイが苦笑する。

 

「なにやら盛り上がっているみてえだな」

 

「お、おい、貴様ら! 相手を間違っているぞ!」

 

 シモツキが声を上げる。

 

「……」

 

「………」

 

「いい加減にしろ! あのお方に報告するぞ!」

 

「ちっ……」

 

「ふん……」

 

 ヤヨイとキサラギが視線をタイヘイに戻す。シモツキがタイヘイに尋ねる。

 

「タイヘイとやら……貴様の狙いはなんだ?」

 

「狙い?」

 

「ああ、何故に我らの進軍を妨害する?」

 

「そいつらから聞いてねえか?」

 

 タイヘイが倒れているモリコたちに向かって顎をしゃくる。

 

「……私たちの領地がどうとか言っていたな。どうだ?」

 

 シモツキがヤヨイたちに尋ねる。

 

「そういえばそんなこと言っていたね、ここが自分らの国になるとか……」

 

「大体同じようなことを言っていたな……」

 

「領地、国か……」

 

 シモツキが顎に手を当てる。タイヘイが頷く。

 

「……つまりはそういうこった」

 

「待て、やっぱり話が見えん」

 

 タイヘイに向かってシモツキが手を挙げる。タイヘイが首を傾げる。

 

「分からねえのか?」

 

「ああ、分からん」

 

「ここら辺はよ、かんぴょう地帯なんだろう?」

 

 タイヘイが地面を指差す。

 

「……緩衝地帯か?」

 

「そう、それだ」

 

 タイヘイが今度はシモツキを指差す。

 

「それがどうだというのだ?」

 

「そういう曖昧なことはもう止めにしようかなと思ってな……」

 

「止めにするだと?」

 

「ああ」

 

「どういうことだ?」

 

「ここに新しい国を造るってことだよ、俺たちはみ出し者たちのな」

 

「!」

 

「‼」

 

「⁉」

 

 タイヘイの言葉にシモツキたちは驚く。タイヘイは笑う。

 

「へっ、言葉も出ねえってか?」

 

「ああ、呆れてな……そんなことを我々が許すと思うか?」

 

「いちいち許可が必要なのか?」

 

「挨拶くらいはあってしかるべきだな」

 

「面倒だな……」

 

 タイヘイが肩をすくめる。

 

「もっとも……」

 

「うん?」

 

「それを認めるつもりはさらさらない!」

 

「なんで?」

 

「な、なんでって……我々の兵も随分と世話になったからな」

 

「だから、勝手に国を通るからだよ」

 

「ふざけるなよ! 貴様らの国なぞ認められるか!」

 

「まあ、そうなるだろうな……」

 

 タイヘイが後頭部をポリポリとかく。シモツキが告げる。

 

「ここで詫びを入れて引き下がるなら、見逃してやる……」

 

「詫び?」

 

「ああ、そうだ」

 

「どうするんだよ?」

 

 シモヅキが地面を指差す。

 

「地面に四つん這いになり、頭を下げるのだ」

 

「おい、シモツキ!」

 

「なんだ、ヤヨイ?」

 

「随分と甘いんじゃないか?」

 

「こんなところでこれ以上余計な時間や労力なと使っておられん……」

 

「だからといって!」

 

「まあ、シモツキの言う通りかもしれんな……」

 

 キサラギが頷く。シモツキが笑みを浮かべる。

 

「キサラギの賛同は得た。これで2対1だ」

 

「ちっ……」

 

 ヤヨイが舌打ちして、視線を逸らす。シモツキが尋ねる。

 

「納得したと言うことで良いな?」

 

「ああ……」

 

「よし、タイヘイとやら……」

 

「?」

 

「話の続きだ、詫びを入れろ」

 

「要はあれか? 土下座をしろってことか?」

 

「要するまでもないことだが、そうだな」

 

「はいはい……」

 

 タイヘイが両膝をつく。

 

「やけに素直だな……」

 

「ビビったんだろう、面白くないね……」

 

 キサラギの呟きにヤヨイが応える。

 

「え~申し訳ありませんでした……!」

 

「「「!」」」

 

 タイヘイが頭を地面に打ち付けると、地面が激しく揺れ、砕けた土塊がいくつかシモツキたちに向かって飛んでいき、周囲の兵がそれらの直撃を喰らって倒れる。タイヘイが笑う。

 

「詫び、入れたぞ?」



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第6話(2)三将との戦い

「そ、それのどこが詫びだ!」

 

「なんという石頭……超人の類か?」

 

「まあ、なんでもいいさ……」

 

「む……」

 

 キサラギたちを制し、ヤヨイが前に進み出る。

 

「こいつが親玉だってんなら、ここで始末する……」

 

 ヤヨイが剣を構える。タイヘイが呟く。

 

「来るか……」

 

「すぐに終わらしてやるよ!」

 

「!」

 

 ヤヨイがあっという間にタイヘイとの距離を詰め、剣を振り下ろす。タイヘイはなんとかそれをかわすが、地面がさらに粉々に砕ける。

 

「へえ、よくかわしたね!」

 

「そんな大振り当たるかよ!」

 

「ならば!」

 

「うおっ!」

 

 今度はやや細かい振りをしたが、これもタイヘイはかわす。

 

「良い反応だ!」

 

「音がすごいな! 結構な力じゃねえか!」

 

「当然さ、アタシは『怪力のヤヨイ』だからね!」

 

「へえ、わりと……」

 

「わりと……なんだい?」

 

「そのままの二つ名だな。捻りがないというか……」

 

「! ケンカ売ってんのかい⁉」

 

「そう怒るなよ……おっと⁉」

 

 タイヘイが穴の空いた地面に足をとられて体勢を崩す。

 

「もらったよ!」

 

「ちっ!」

 

「なっ!」

 

 タイヘイの足裏が火を噴き、ヤヨイの攻撃を横に飛んでかわす。

 

「あぶねえ、あぶねえ!」

 

「な、なんだい、それは!」

 

「ロケットブースターだよ!」

 

「がはっ!」

 

 ロケットブースターによって急加速したタイヘイの頭突きを鳩尾に喰らって、ヤヨイは崩れ落ちる。

 

「一丁上がり!」

 

「ヤヨイが!」

 

「ロケットブースターだと……」

 

 シモツキが驚き、キサラギが顎に手を当てる。

 

「人と機のハーフ、人機か⁉」

 

「そうかもしれんな……」

 

「ふん、おらあっ!」

 

「む⁉」

 

 ロケットブースターで上昇したタイヘイが両手に抱えた土塊を次々と投げつける。

 

「これでも喰らいやがれ!」

 

「ちっ、ちょこざいな……」

 

 キサラギが舌打ちする。

 

「ここは任せろ、キサラギ……」

 

「む?」

 

「それっ!」

 

 シモツキが槍を構え、タイヘイに向かって投げつける。鋭く飛んだ槍はタイヘイの膝に突き刺さる。タイヘイがバランスを崩す。

 

「むう⁉」

 

「この『剛腕のシモツキ』を舐めてもらっては困るな……それくらいの距離ならば、我が槍は十分に届く……」

 

「ふ、ふん……」

 

「ん?」

 

「剛腕でもノーコンじゃ意味ないぜ? 心臓か頭を狙わねえと……」

 

「言われなくても……! 槍をよこせ!」

 

「はっ!」

 

 シモツキが兵から槍を受け取る。タイヘイは苦しそうに膝を抑える。

 

「ちっ、油断した……」

 

「飛んでいるのもやっとだろう……これで仕留める!」

 

「甘えよ!」

 

「なにっ⁉」

 

 シモツキの投じた槍をタイヘイが両手から放った斬撃で斬る。

 

「ふ、ふん……」

 

「りょ、両手が尖った……?」

 

「隙有り!」

 

「ぐはっ⁉」

 

 タイヘイが続け様に放った斬撃を喰らい、シモツキが倒れる。

 

「二丁上がり!」

 

「両手から斬撃……かまいたちの斬撃か?」

 

「へえ、察しがいいねえ……くっ!」

 

 地面に着地したタイヘイがキサラギの呟きに応えながら、膝に刺さった槍を引き抜く。

 

「どういうことだ? 妖の力も有しているということか?」

 

 キサラギが首を捻る。

 

「そういうことだよ」

 

「そんなことが……」

 

「あり得るんだよな、これが」

 

 タイヘイが笑みを浮かべる。

 

「ふむ……」

 

「降参するなら今だぜ?」

 

「冗談も休み休み言え!」

 

「うおっと!」

 

 飛び込んできたキサラギに対し、タイヘイが斬撃をいくつか飛ばすが、キサラギはそれをことごとくかわしてみせる。

 

「ふっ……」

 

「なっ! あ、当たらねえ!」

 

「この『烈脚のキサラギ』の脚を見くびるなよ! その程度の斬撃ならば、避けることなど実に容易い!」

 

「ちっ⁉」

 

「もらった!」

 

 キサラギがタイヘイの懐に入り込み、心臓に向けて苦無を突き立てる。

 

「うおおっ!」

 

「ごはっ⁉」

 

 タイヘイの大きく膨らんだ腕がキサラギの横腹を襲った。キサラギは吹っ飛ぶ。

 

「……正確に心臓を狙ってきてくれて助かったぜ……半分あてずっぽうで腕を振ったら、タイミングドンピシャでカウンターが決まった……」

 

 タイヘイがほっと胸をなでおろす。

 

「さ、三将が倒された!」

 

「そ、そんな……」

 

「ど、どうすれば⁉」

 

「落ち着きなさい……」

 

「‼」

 

 見事な馬体の青鹿毛の馬に跨った鎧姿の美しく凛々しい女性が、綺麗で長い黒髪をなびかせながらその場に現れた。



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第6話(3)愛の国の姫

「……誰だ?」

 

 タイヘイが首を傾げる。

 

「カ、カンナ様だ! カンナ様が来て下さったぞ!」

 

「これで勝てる!」

 

 兵たちが大いに沸き立つ。

 

「カンナ様だと?」

 

「あなたたち……」

 

「!」

 

 カンナと呼ばれた女の声に兵たちのざわめきが止む。

 

「わたくしに二度も同じことを言わせないで下さい……」

 

「は、はい!」

 

「お、お前ら、落ち着け!」

 

 兵の部隊長らしき者たちが部下らに声をかける。カンナは頷く。

 

「そう……乱れた隊列を戻して、負傷兵は回収しなさい……」

 

「し、しかし、こやつはどうしますか?」

 

 兵の一人がタイヘイを指差しながら、カンナに問う。

 

「わたくしが相手をします……」

 

「! き、危険です! 三将を倒した男ですよ!」

 

「……それは見ておりました」

 

「それではなおさら!」

 

「これ以上の戦力の損耗は出来る限り避けたいところです……」

 

「は、はあ……」

 

「ここでこの方を倒します」

 

「は、はっ!」

 

 カンナの言葉に兵が敬礼する。タイヘイが口を開く。

 

「おい、カンナちゃんよ~」

 

「ちゃ、ちゃんだと⁉ カンナ様だ!」

 

 兵の言葉を無視して、タイヘイが問いかけを続ける。

 

「お前さん、偉いやつか?」

 

「ええ」

 

「ひ、否定しないんだな……」

 

「否定する理由がありませんから……」

 

「っていうことはもしかして……」

 

「……」

 

「人の国の軍団長かなにか?」

 

「ふっ……」

 

 タイヘイの言葉にカンナは笑う。タイヘイがややムッとする。

 

「なにがおかしいんだよ」

 

「いや、随分と的外れなことをおっしゃるものだと思いまして……」

 

「違うのか?」

 

「ええ、違いますね」

 

「そうか、それなら……」

 

「え?」

 

「悪いことは言わねえ、ここから撤退してくれ」

 

「……なんですって?」

 

「俺たちにとっては、ここら辺に新しい国を造るっていう挨拶代わりも兼ねてやってきたんだよ。だが、あくまでも目的はお前らの軍勢を追い払うってのが主な目的だ」

 

「ふむ……」

 

 カンナが俯く。

 

「理解してもらえたか?」

 

 カンナが頭を上げる。

 

「……国を造るということは三つの条件が必須です」

 

「む……」

 

「あなた……えっと……」

 

「タイヘイだ」

 

「タイヘイさん、その条件はご存知ですか?」

 

「え?」

 

「まず一つ目、『領土』です」

 

「領土? ああ、それなら心配いらねえ」

 

「ほう?」

 

「この緩衝地帯を丸々、俺たちの領土ということにさせてもらう!」

 

「そういうわけには!」

 

「……少し下がっていて下さい……」

 

「は、はあ……」

 

 カンナの言葉に従い、兵が下がる。

 

「……この緩衝地帯が丸々、あなたたちの土地になるということですね」

 

「ああ、そうだ!」

 

「それならば、国を名乗ってもおかしくないほどの広さですね……」

 

 カンナはいつの間にか取り出した、四国の地図に目を通しながら呟く。

 

「そうだろう!」

 

「もう二つ、条件があります」

 

 カンナが右手の指を二本立てる。タイヘイが面喰らう。

 

「むう……」

 

「二つ目は『国民』です」

 

「国民?」

 

「土地があっても住む者がいなければ、国とは言えません」

 

「国民は大勢いるぜ!」

 

「ほう……」

 

「四国のどの国にも馴染めなかった、お前らの言う“はみ出し者たち”が肩を寄せ合って助け合いながら暮らしている!」

 

「ふむ……」

 

「これでいいか?」

 

「三つ目は……」

 

「まだあんのか?」

 

「『主権』です」

 

「主権?」

 

「自分たちの国の政治を、自分たちで決める権利です。つまり他の国からの支配はうけないということです」

 

「ああ、そういうことに関してなら、皆覚悟は決まっている! っていうか、他の国の連中からのちょっかいにうんざりしているんだよ!」

 

「そうですか……」

 

「これで文句はねえな!」

 

「いえ……」

 

「なんでだよ! 領土、国民、主権が揃っているんだぜ!」

 

「……周辺国の理解や承認を得なければなりません。そういったことに関しては?」

 

「……これからだよ」

 

 カンナの問いにタイヘイはバツの悪そうな顔をする。

 

「……考えの相違があったとはいえ、いきなりわたくしたちの軍勢に殴り込んできたのはいささかマズかったのではないでしょうか?」

 

「ぐっ……」

 

「これでは平和的な話し合いなど望むべくもありません……」

 

「……なにが言いたい?」

 

「タイヘイ殿、あなたたちの目論見はのっけから破綻しているのです」

 

「あ~! お前さんじゃあ、全然話にならねえ! もっと偉いやつと話をつけりゃあ良いだろうが!」

 

「……いますよ」

 

「は?」

 

「わたくしが人の国……通称『愛の国』の姫、カンナです」



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第6話(4)薙刀を振るう

「なっ、ひ、姫⁉」

 

「ええ」

 

「まあ、そう言われると姫って感じだな……」

 

「褒め言葉として受け取っておきましょう」

 

「姫様が自ら軍勢を引き連れてきたとは……」

 

「これは我が国にとって大事な戦ですので……」

 

「ほう……」

 

「ですから……」

 

「ん?」

 

「それを邪魔するあなたはここで倒させていただきます」

 

「む!」

 

 カンナが馬に跨りながら、薙刀を構える。

 

「国の樹立に燃えているところに水を差すようで恐縮なのですが……ご退場願いましょう」

 

「そういうわけにはいかねえ」

 

「そういうわけにいくのです」

 

「……」

 

「………」

 

 タイヘイとカンナが静かに睨み合う。

 

「はっ!」

 

「!」

 

「モリコ⁉」

 

「タイヘイ殿のお手を煩わせるまでもありません! ここは私にお任せを!」

 

 負傷から回復したモリコが羽ばたき、強風を起こし、カンナを吹き飛ばそうとする。

 

「うああ!」

 

「カ、カンナ様!」

 

 周囲の兵たちがモリコの起こした風によって吹き飛ばされる。

 

「『黒き翼のモリコ』……厄介な風ですね……」

 

 カンナが馬にしがみつく。モリコが笑う。

 

「大好きなお馬さんから落としてあげるわ!」

 

「ぐっ……」

 

「これで終わりよ!」

 

 モリコがさらに風を強める。

 

「はっ⁉」

 

 カンナが馬から落ちそうになる。モリコがさらに笑う。

 

「はっ! 落ちた方が楽になるんじゃない⁉」

 

「……大将が落馬してしまっては士気に関わるので……」

 

「ま、まだ落ちてないの! しぶといわね!」

 

「貴女も大概しつこいですね……!」

 

「なっ!」

 

「はああっ!」

 

 馬から落ちそうになったカンナが薙刀で地面を強くこすり、大きな炎を巻き上げる。その炎が、空を飛ぶモリコの方に飛び、モリコの体の一部を炎で包む。

 

「ぎああ!」

 

「モリコ!」

 

 体勢を崩したモリコが地上に落下する。

 

「火の勢いが不十分でした……全身丸焦げを狙ったのですが……」

 

「な、なかなかエグいことをするな……」

 

 タイヘイが戸惑う。

 

「それも褒め言葉として受け取っておきましょう」

 

「ポ、ポジティブだな……」

 

「さて……」

 

 カンナが馬に乗り直す。

 

「こ、今度はワタシが!」

 

「‼」

 

「パ、パイスー⁉」

 

「タイヘイの兄さんは控えていてください! この女はワタシが!」

 

 パイスーが両手から出した糸がカンナの両手を巧みに絡み取る。

 

「むう!」

 

「それなら薙刀も使えないっしょ⁉」

 

「確かにそうですね……」

 

「む……」

 

「なにか?」

 

「妙に余裕ぶっているのが気に入らないね……」

 

「気に入られたいと思っていません……」

 

「これで終わりだよ!」

 

「うおっ⁉」

 

 パイスーが糸を振り上げ、カンナを馬から引き離し、地面に思い切り叩きつける。

 

「終わったかね……?」

 

「…………」

 

「! まだか! なっ⁉」

 

 パイスーが驚く。カンナが口で横からくわえた薙刀を地面に突き立てて、地面への直撃を避けたのである。

 

「ふう……」

 

「ど、どんな芸当よ……」

 

「ふん!」

 

「はっ⁉」

 

 カンナは器用に薙刀を扱って、手に絡んでいた糸を切断し、パイスーと向かい合う。

 

「それっ!」

 

「ごああ!」

 

 カンナが薙刀を上下に振るうと、薙刀の先端から雷が飛び出し、パイスーの体の一部を貫いた。パイスーが崩れ落ちる。タイヘイが困惑する。

 

「こ、今度は雷……?」

 

「まだわたしがいるよ!」

 

「うおっと!」

 

「クトラ!」

 

 全身トラックになったクトラがカンナに向かって飛び込んできたが、カンナがなんとか横に飛んでそれをかわす。カンナが呟く。

 

「こんなところでトラックに轢かれるのはごめんです……」

 

「遠慮しないでちょうだいよ!」

 

 一度通り過ぎたクトラが素早くターンして、カンナの方にまた向かう。

 

「せいっ!」

 

 カンナが馬に跨り、馬を走らせ、トラックに向かっていく。

 

「お馬さんでトラックに挑もうっての⁉ 命知らずだね!」

 

「ご心配なく。勝算はあります!」

 

 カンナが薙刀をかざす。

 

「炎や雷での攻撃? 来ると分かってさえいれば、なんとでもなる!」

 

 クトラがスピードを上げつつ、蛇行運転をする。カンナが呟く。

 

「なかなか狙いが定めにくいですね……」

 

「これで終わりよ!」

 

「こちらの台詞です!」

 

「⁉」

 

 破裂音がしたかと思うと、クトラのタイヤが破裂し、車体のバランスを崩したクトラは派手に横転する。カンナがため息をつく。

 

「ふう……」

 

「発炎、発雷、そして、発破か……」

 

「! ほう、察しが良いですね……」

 

「さすがは姫さまだな。相手にとって不足はねえぜ……」

 

 タイヘイとカンナが向かい合う。



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第7話(1)姫として

                   7

 

「参ります……!」

 

「むおっ!」

 

 カンナが薙刀を振るうと、破裂音がして、タイヘイがややのけぞる。カンナが目を細める。

 

「常人より丈夫ですね」

 

「常人ではないからな」

 

 タイヘイが自らの少し膨れ上がった肉体を誇示する。

 

「なるほど、ゴリラのそれですか……」

 

「そういうこった」

 

「ならば……!」

 

 カンナが薙刀を上下に振るう。薙刀の先端から雷が一条飛ぶ。

 

「おっと!」

 

 タイヘイが足裏から煙を噴出させて、素早く雷をかわす。

 

「む!」

 

「よっと!」

 

 カンナが雷をもう一条放つが、タイヘイはこれもかわす。カンナが顔をしかめる。

 

「ロケットブースター……すばしっこいですね」

 

「来ると分かっていれば避けられるぜ」

 

「それならば!」

 

 カンナが薙刀を地面に突き立て、地面を強くこすり上げ、炎を巻き上げる。

 

「あらよっと!」

 

 タイヘイがロケットブースターを駆使して、空に飛び上がる。

 

「そうくると思っていました!」

 

「なにっ⁉」

 

 カンナが素早く、前のよりも大きな炎を巻き上げて、タイヘイに向かわせる。

 

「空中、しかもこのタイミングなら逃げ場がないでしょう!」

 

「ちぃっ!」

 

「なっ⁉」

 

 タイヘイは両腕を振るうと、斬撃が飛び、炎はかき消される。驚くカンナに対し、タイヘイは得意気に笑ってみせる。

 

「へっ! どうよ!」

 

「かまいたちの斬撃の風圧ですか……」

 

「そういうこった!」

 

「なかなかどうして、厄介ですね……」

 

 カンナが薙刀を構えながらため息交じりで呟く。

 

「もう打つ手なしか?」

 

「……はい、そうです、と言うわけがないでしょう……」

 

「まあ、それはそうだな」

 

「……」

 

「こちらから仕掛けさせてもらうぜ!」

 

「!」

 

 タイヘイが急降下し、カンナとの距離を詰める。タイヘイが腕を振るう。

 

「おらあ!」

 

「くっ!」

 

 タイヘイが斬撃を飛ばすと、カンナは馬を器用に乗りこなし、その斬撃を飛んでかわしてみせる。タイヘイが感心する。

 

「へえ……」

 

「ふう……」

 

「あまり馬をいじめたくはないんだが……」

 

「む……」

 

「うおおっ!」

 

「‼」

 

 タイヘイが腕を大きく膨らませ、地面を思いきり殴りつける。地面が派手にひび割れ、カンナの跨っていた馬が動揺する。

 

「そらそらあ!」

 

「ちっ!」

 

 タイヘイが砕け散った土塊をいくつも殴りつけ、カンナに向かって次々と飛ばす。カンナは舌打ちをして馬から飛び降り、馬を逃がして、自分も土塊をなんとかかわす。それを見て、タイヘイが笑みを浮かべながら声を上げる。

 

「もらった!」

 

「む!」

 

 タイヘイがロケットブースターを噴出させ、カンナの懐に入る。

 

「機動力を手放したのは誤りだったな!」

 

「……!」

 

「おら!」

 

「くう!」

 

 タイヘイが拳を振るう。カンナが薙刀の柄でそれをなんとか受け止めてみせる。

 

「やるじゃねえか!」

 

「それほどでも!」

 

「どっこい、まだペースは上がるぜ!」

 

「⁉」

 

「おらおら!」

 

 タイヘイがラッシュを繰り出す。カンナは防戦一方になる。

 

「ぐっ……」

 

「どうしたどうした⁉」

 

「せい!」

 

「うおっ! 眩し……!」

 

 カンナが薙刀を横にしてかざすと、薙刀がピカっと光った。タイヘイはその眩しさに思わず目を瞑ってしまう。

 

「はっ!」

 

「うおっと!」

 

 カンナが薙刀を回転させ、柄の部分でタイヘイの顔を狙うが、タイヘイは後方に飛んでそれをかわす。カンナが再び舌打ちする。

 

「ちっ、それもかわすとは……」

 

「刃じゃなくて、柄でくるとは予想外だったけど惜しかったな! ……って、あ、あれ?」

 

 タイヘイが足元をふらふらとさせる。カンナが笑みを浮かべる。

 

「ふっ……」

 

「な、なんだ……?」

 

「顎を掠めたでしょう、それによって脳が揺れたのです」

 

「な、なんだと……?」

 

 タイヘイがなおもふらふらとする。

 

「まともに歩けないでしょう?」

 

「む、むう……」

 

「脳は人間のそれだったようですね」

 

「くっ……」

 

「もっともあなたの場合は空っぽに近いようですが」

 

「言ってくれんじゃねえか!」

 

「⁉」

 

 タイヘイがパンチを繰り出す。カンナはそれをかわす。

 

「あ、当たらねえ……」

 

「鋭い一撃でしたね、危ないところでした」

 

「くそ……」

 

「野生の勘というやつでしょうか」

 

「急な発光と言い、お姫様だってのに随分と汚い真似を……」

 

「姫だからこそ手段を選んではいられないのです。国を背負っているわけですから」

 

「! むう……」

 

「お覚悟!」

 

 カンナが薙刀を構え直す。



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第7話(2)額応え

「!」

 

「はっ!」

 

「おっと!」

 

「なに⁉」

 

 カンナが鋭く突き出した薙刀の刃をタイヘイが額で受け止めてみせる。タイヘイが不敵な笑みを浮かべる。

 

「はっ……」

 

「くっ、その石頭が残っていましたか……」

 

「どっせい!」

 

「む!」

 

「おらっ!」

 

 タイヘイが自分の足元を思いきり殴りつける。地面が砕け、土塊が飛び散る。カンナが薙刀を振り回して、それらを上手く弾き飛ばす。

 

「くっ!」

 

「よっと!」

 

 タイヘイが一旦距離を取る。カンナが舌打ちする。

 

「ちっ……」

 

「……」

 

「むう……」

 

「やれやれ……頭の揺れがなんとか治まったようだぜ」

 

「ふう……」

 

 タイヘイが片手で後頭部をそっと抑える。対するカンナが呼吸を一つ入れ、薙刀をさっと構え直す。タイヘイがカンナの方に向き直る。

 

「……さて、仕切り直しといこうか」

 

「む……」

 

「……はっ!」

 

「‼」

 

 タイヘイがロケットブースタ―を噴出させて、再びカンナの懐に入る。

 

「もらった!」

 

「せい!」

 

「なっ⁉」

 

 カンナが薙刀を素早く振り回すと、小さな爆発が数度起こり、カンナのか細い体が爆風に乗ってバッと浮かび上がる。

 

「えい!」

 

「自分の足元を破裂させやがったのか! またまた無茶をやるな!」

 

「無茶は承知!」

 

「大した心がけだな! だが!」

 

「……!」

 

「恰好の的だぜ!」

 

 タイヘイが今度は垂直にロケットブースターを噴出させ、カンナに向かって飛びかかる。

 

「くうっ!」

 

「今度こそ逃げられないぜ!」

 

「ふっ……」

 

 カンナが笑みを浮かべる。タイヘイが声を上げる。

 

「諦めたか!」

 

「狙い通りです!」

 

「なんだと⁉」

 

「はあっ!」

 

「がはっ⁉」

 

 カンナが薙刀を縦に振るい、雷を一条放つ。放たれた雷が真上に飛び上がってきたタイヘイの体を貫く。カンナが笑みを浮かべながら呟く。

 

「直線的に突っ込んできてくれて助かりましたよ……」

 

「……ぐわっ!」

 

 バランスを失ったタイヘイが地面に激しく打ち付けられる。

 

「とどめ!」

 

 空中で体勢を立て直したカンナが地面に倒れ込んでタイヘイに向かって薙刀を勢いよく振り下ろす。

 

「くそ!」

 

「ぬっ⁉」

 

 タイヘイが両手を鎌のように尖らせると、自身の胸を狙ったカンナの薙刀の刃を器用に受け止めてみせる。

 

「お、おおう……」

 

「ちっ……」

 

「そらっ!」

 

「……⁉」

 

 タイヘイが両腕を大きく膨らませ、さらに両手を素早く振るう。巴投げのようにカンナが投げ飛ばされる。カンナはなんとか受け身を取る。さっと起き上がったタイヘイがその様子を見て苦笑する。

 

「しぶといな……」

 

「……しつこい殿方は嫌われますよ」

 

「その言葉、そっくりそのまま返すぜ」

 

「私は殿方ではありません」

 

「うっせえな、言葉のアヤってやつだよ!」

 

 カンナが呆れた視線を向ける。

 

「適当な方ですね……」

 

「そこは型破りって言って欲しいね!」

 

 タイヘイが両手を元に戻し、周囲に転がる土塊を拾って投げつける。カンナがため息交じりにそれに対応する。

 

「……あまりにも苦し紛れすぎますよ!」

 

 カンナが地面を薙刀でこすり、炎を巻き上げる。土塊が炎に包まれる。

 

「それが狙いだ!」

 

「なに⁉」

 

 タイヘイがカンナの前に広がった炎の中に突っ込んできた。思わぬ行動に対し、カンナの反応が遅れる。

 

「うおりゃあ!」

 

「⁉」

 

 タイヘイが頭突きをカンナの胸部に喰らわせる。胸部の胸当てが粉々に砕け、カンナは後方に吹っ飛ばされる。タイヘイが額をさすりながら呟く。

 

「……額応えあり」

 

「……がはっ!」

 

「うん? まだ意識があるのか?」

 

「ま、まさか、炎の中に突っ込んでくるとは……」

 

「炎が俺にとっても良い目くらましになったぜ……」

 

「な、なるほど……」

 

 カンナが半身をゆっくりと起こす。タイヘイが再び苦笑する。

 

「マジでしぶといな……」

 

「あ、貴方は……」

 

「ん?」

 

「常識外れな滅茶苦茶な方だということがよくよく分かりました……」

 

「いやあ……」

 

 タイヘイが後頭部をかく。カンナが呆れ気味に呟く。

 

「……誉めてないですよ」

 

「あ、そうなの?」

 

「なんで誉めていると思ったのですか……」

 

「まあいいや、これで形勢逆転だな」

 

「くっ……」

 

「とどめといかせてもらうぜ……」

 

 タイヘイがカンナを見下ろしながら呟く。



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第7話(3)三将の反撃

「……」

 

「もらったぜ……」

 

「そうはさせん!」

 

「!」

 

 横から槍が鋭く突かれるが、タイヘイがかろうじてこれをかわす。視線を向けてみると、そこにはシモツキがいた。シモツキが舌打ちする。

 

「ちっ!」

 

「へえ、復活しやがったのか……」

 

「呑気に休んではおられん!」

 

「そんなこと言わずに、もっと休んでいて良いんだぜ?」

 

「そういうわけにはいかん! 姫様の危機である!」

 

 シモツキがカンナとタイヘイの間にさっと割り込む。

 

「シ、シモツキ……」

 

「姫様、ご無事ですか⁉」

 

「な、なんとか……」

 

「それはなにより! 後はお任せを!」

 

 シモツキは槍を構え直す。タイヘイが笑う。

 

「はっ、さっきやられたってのに懲りねえな……」

 

「タイヘイ、貴様の手の内はよく分かった! 後れはとらん!」

 

「手の内って……これかよ?」

 

 タイヘイが両腕を尖らせる。シモツキが頷く。

 

「そうだ!」

 

「斬撃をかわせるのか?」

 

「来ると分かっていれば!」

 

「かわしたら後ろの姫様に当たっちまうぜ!」

 

「! ひ、卑怯な!」

 

「戦いに卑怯もなにもないだろうが……」

 

 タイヘイが首をすくめる。

 

「ならば! 先手必勝だ!」

 

「む!」

 

 シモツキが槍で突きを繰り出す。タイヘイがそれをなんとかかわすが、シモツキは間髪入れずに追撃をくわえる。

 

「それ! それ!」

 

「ちっ、なかなか鋭いな!」

 

「はっ!」

 

「くっ!」

 

 タイヘイがロケットブースターを噴出させて、空に舞い上がる。シモツキはそれを見てニヤリと笑い、呟く。

 

「狙い通り……」

 

「なにっ⁉」

 

「待っていたぞ……」

 

「はっ⁉」

 

 タイヘイの体にキサラギが飛びつき、羽交い締めにする。

 

「どうだ……」

 

「くっ! は、離せ!」

 

「そう言われて離す馬鹿はいない……」

 

「くそっ!」

 

「ご自慢のロケットブースター……」

 

「なに?」

 

「見たところ、連続での使用は出来ないようだな……」

 

「むう!」

 

「その隙を突かせてもらう!」

 

「うおっ⁉」

 

 キサラギがタイヘイを羽交い締めにしたまま、空中で逆さまになり、声を上げる。

 

「喰らえ! 『飯綱落とし』!」

 

「⁉」

 

「はああっ!」

 

「‼」

 

 タイヘイを掴んだキサラギがきりもみ回転しながら地面に落下し、地面に激しく衝突する。土煙が舞う中、キサラギがすっと立ち上がる。シモツキが声をかける。

 

「やったな」

 

「ああ、上に誘い込む攻撃……貴様にしては上出来だ」

 

「……偉そうに言うな」

 

「なんだ? やるか?」

 

 シモツキとキサラギが睨み合う。カンナが声を上げる。

 

「二人とも!」

 

「ひ、姫様!」

 

「失礼しました……」

 

「キサラギ、まだですよ!」

 

「なっ⁉」

 

 カンナの言葉にキサラギが振り返る。土煙が治まったところで、ゆっくりと立ち上がるタイヘイの姿があった。タイヘイは呟く。

 

「さすがに焦ったぜ……」

 

「む、無傷だと……?」

 

「いやあ~額で着地したのが良かったぜ……」

 

 タイヘイが額をすりすりとさする。キサラギが愕然とする。

 

「い、石頭で地面を砕いたのか……?」

 

「そういうこった。さて、反撃といくか……」

 

「むう……」

 

「仕方がないねえ……」

 

「ん?」

 

 タイヘイが視線を向けると、そこにはヤヨイの姿があった。ヤヨイは左手に持った剣を振るって、タイヘイに襲い掛かる。

 

「うおおっ!」

 

「遅い!」

 

 タイヘイが腕を鎌にして剣を受け止める。ヤヨイが笑う。

 

「はっ! まんまと引っかかったね!」

 

「なんだと⁉」

 

「本命はこっちさ!」

 

「ぐおっ⁉」

 

 ヤヨイが右腕でパンチをタイヘイの鳩尾に喰らわせる。タイヘイがたまらず崩れ落ちる。

 

「どうだい⁉」

 

「なっ……」

 

「アタシは受けた衝撃を吸収して、返すことが出来るのさ。ご自慢の頭突きと同等の威力の攻撃はどうだい?」

 

「ぐっ……」

 

 タイヘイは立ち上がろうとする。

 

「へえタフだね……タフな男は嫌いじゃないよ」

 

「ヤヨイ、無駄口を利いている暇はありませんよ……」

 

「これはすみません、カンナ姫……次で終わらせます……」

 

 ヤヨイが剣を構える。タイヘイが顔をしかめる。

 

「くっ……」

 

「急報! 急報! カンナ姫!」

 

 そこに馬に乗った兵が駆け付ける。カンナが尋ねる。

 

「なんですか?」

 

「本国でクーデター発生です!」

 

「なんですって⁉」

 

 衝撃の知らせにカンナが驚く。



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第7話(4)ちょいと提案

「繰り返します! 本国でクーデター発生です!」

 

「そ、そんな……」

 

「カンナ姫!」

 

「……」

 

「カンナ!」

 

「!」

 

 ヤヨイの言葉にカンナがハッとなる。

 

「……お気を確かに」

 

「……都はどうなっていますか?」

 

 カンナが使者に尋ねる。

 

「現在、混乱の真っ只中です」

 

「お父様……陛下は?」

 

「所在不明です……」

 

「安否は分からないのですね?」

 

「残念ながら……」

 

「クーデターの首謀者は?」

 

「それについても情報が錯綜しており……」

 

「それらを確認するのも貴様の仕事ではないのか⁉」

 

「も、申し訳ありません!」

 

 シモツキの叱責に使者は慌てて頭を下げる。

 

「シモツキ、無茶を言うものではありません」

 

「し、しかし……」

 

「よく報せてくれました。疲れたでしょう、休憩しなさい」

 

「は、はい……」

 

 使者は静かに下がる。

 

「姫様、いかがなさいますか?」

 

 腕を組むカンナにキサラギが尋ねる。カンナが間髪入れず答える。

 

「……こういう事態になったからには一旦国へ戻りましょう」

 

「お、お待ち下さい!」

 

「どうしました? シモツキ?」

 

「このまま戻るのは危険かと思われます!」

 

「しかし、この地に留まっているわけにもいかなくなりました」

 

「そ、それはそうですが……」

 

 カンナは視線をシモツキからキサラギに戻す。

 

「キサラギ、先行して都周辺の様子を探ってもらえますか?」

 

「分かりました」

 

 キサラギが頷く。カンナが顎に手を当てながら呟く。

 

「クーデターの首謀者には大体ではありますが見当はついています……その者が考えそうな手を読めば裏をかくことが出来ます……」

 

「そ、それでは……」

 

「こういう時にこそ冷静さが問われます。落ち着いて行動しましょう」

 

「か、かしこまりました!」

 

 シモツキが頭を下げる。カンナが告げる。

 

「皆、撤退の準備を……」

 

「カンナ姫……」

 

「なんですか、ヤヨイ?」

 

「妖どもが追撃してくる可能性があります」

 

「! ふむ、それは確かに……」

 

 カンナが頷く。シモツキがヤヨイに問う。

 

「なんだと、奴らと手を組んで事を起こしたというのか?」

 

「アタシに聞かれても知らないよ」

 

 ヤヨイが両手を大げさに広げる。

 

「あまり適当なことを言うな」

 

「なんでも最悪の可能性を考慮に入れるべきだ、撤退中に後背を突かれたらあっという間にジエンドさ」

 

「むう……」

 

「……というわけでカンナ姫。このアタシの軍勢が殿を務めさせていただきます」

 

「! そうですね、お願いしますか……」

 

「……ちょっと待った」

 

 キサラギが口を開く。

 

「なんだい、キサラギ?」

 

「姫様の警護を薄くするのは危険だ」

 

「なんだキサラギ、我だけでは役不足だというのか?」

 

「それも当然ある」

 

「なっ⁉」

 

 キサラギの言葉にシモツキが顔を赤くする。それを無視して、ヤヨイが答える。

 

「今言ったように撤退戦では殿というのも重要になってくる。それが務まる者はこの中ではアタシしかいないだろう」

 

「聞き捨てならんな」

 

「ちょっと黙ってな」

 

「なにっ⁉」

 

 ヤヨイの言葉にシモツキがムッとする。

 

「アンタはカンナ姫にぴったりとくっついて、姫のことを死んでも守れ。どうせそういう方が得意だろう?」

 

「む、そ、それは確かに……」

 

 シモツキが腕を組んで頷く。ヤヨイがキサラギに告げる。

 

「追撃がないようだったらアタシもすぐにカンナ姫に追いつくさ」

 

「まあ、それがベストか……」

 

「ベターだが、ベストじゃねえな」

 

「‼」

 

 立ち上がったタイヘイが口を開く。キサラギがため息交じりで呟く。

 

「そういえば、貴様にとどめを刺さねばならなかったな……」

 

「ちょっと待った」

 

 タイヘイが右手を前に突き出す。シモツキが首を傾げる。

 

「なんだ、命乞いか?」

 

「違えよ、ちょいと提案だ」

 

「提案?」

 

「……俺たちと手を組もうぜ」

 

「⁉」

 

「殿は俺らが引き受ける。お前らは後ろを気にすることなく、素早く国へと戻れる……どうだ、悪い話じゃないだろう?」

 

「調子に乗るなよ、何故貴様ら如きと手を組まなければならないのだ!」

 

「手を組むというのが気に入らないなら同盟ってのはどうだい?」

 

「もっと気に入らん! 対等ぶるな!」

 

「国を取り戻したいんだろう? 利用出来るものはなんでも利用した方が良いと思うぜ」

 

「なにを生意気な!」

 

「シモツキ……!」

 

「は、ははっ!」

 

 カンナが声を上げる。シモツキが頭を下げる。

 

「……確かに常識破りな貴方という存在は利用価値がありそうですね……」

 

「だろ?」

 

「貴方の望みは?」

 

「言っただろ? 俺らの国を認めて欲しいんだよ」

 

「私がそれを反故にしたらどうします?」

 

「残念ながらまたぶつかるだけだな」

 

 タイヘイが肩をすくめる。

 

「ふっ……良いでしょう。手を貸して頂きます」

 

 カンナが手を差し出し、タイヘイと握手をかわす。



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第8話(1)馬乙女

                  8

 

「よろしかったのですか、姫様?」

 

「シモツキ、もう五回はその質問をしていますよ」

 

 カンナが苦笑をする。

 

「す、すみません……どうしても心配で」

 

 シモツキが恐縮しながら呟く。ヤヨイが笑みを浮かべる。

 

「やれやれ、気が弱いねえ……」

 

「慎重だと言え」

 

「臆病の間違いだろう?」

 

「なんだと?」

 

 ヤヨイのからかいにシモツキがムッとしているなか、カンナが口を開く。

 

「……ここまでかなり飛ばしているとはいえ、妖の襲撃はありませんし、あの者たちの追撃もないです。タイヘイ殿……緊急の同盟はとりあえず正解だったようです……」

 

「追撃してくる余力がないだけかもしれませんよ?」

 

 ヤヨイが後ろを振り返りながら呟く。

 

「ふっ、案外そういうことなのかもしれませんね……」

 

「奴め、姫を謀ったということですか! 許せん!」

 

「落ち着きなさい、シモツキ」

 

「は、はい……」

 

「それならそれで、ということです……」

 

「きっちりとお礼参りですね?」

 

 ヤヨイが笑う。カンナも穏やかな笑みを浮かべる。

 

「まあ、これからの向こうの出方次第ですが、それに……」

 

「……」

 

「今はクーデターの鎮圧が最優先です」

 

「む! キサラギか!」

 

 カンナたちの下にキサラギが接近してきた。カンナが問う。

 

「クーデターの首謀者は分かりましたか?」

 

「はっ……!」

 

「!」

 

 カンナに向かって矢が飛んでくる。シモツキがそれを叩き落として叫ぶ。

 

「襲撃か! 全軍、隊列を止めろ!」

 

 ヤヨイが呟く。

 

「横から来るとはね……」

 

「この機動力は……」

 

「みなまで言うな、キサラギ。あいつの部隊しかないだろう……おい、サツキ!」

 

 ヤヨイの声に反応し、かなり離れたところから上半身が人で、下半身が馬の女性が顔を出す。やや面長ではあるが、凛々しい顔立ちをしている、サツキと呼ばれた女性は、ペロっと舌を出す。

 

「ちっ、バレたか……」

 

「バレバレなんだよ。この距離で、しかも走りながらこんな鋭く正確な矢を放てるのは、ケンタウロスのアンタにしか出来ない芸当だ」

 

「ヤヨイが褒めてくれるなんて珍しいこともあるもんだね、明日は矢でも降るかな?」

 

 サツキがおどけながら空を見上げる。

 

「毛づやが良いとか、体がよく絞れているとか、結構褒めていただろう?」

 

「褒め方に偏りがあるんだよ……」

 

「そうかい?」

 

「そうだよ、一応乙女なんだけど……」

 

 サツキが首をすくめる。

 

「それは悪かったね、でも……」

 

「うん?」

 

「この行為はとても褒められたもんじゃないね……!」

 

 ヤヨイが大声を上げる。サツキが呟く。

 

「おおっ、激おこってやつだね……」

 

「人獣のアンタをそこまで取り立ててやったのは他でもないカンナ姫だってのに、その姫に弓を引くとは……!」

 

「もちろん姫さまには大変な恩義を感じているよ、だからせめて苦しまないようにと心の臓を狙ったんだけどな……」

 

「黙れ! シモツキ!」

 

「! 分かった!」

 

 シモツキがヤヨイを抱き抱え、思いっきり投げつける。ヤヨイがサツキとの距離をほとんど一瞬で詰めてみせる。サツキが虚を突かれた表情になる。

 

「なっ⁉」

 

「ふん!」

 

「くっ!」

 

 ヤヨイの斬りつけた剣をサツキはなんとかかわす。

 

「む!」

 

「へへっ、間一髪だね……」

 

「それはどうかね?」

 

「なに? うっ……⁉」

 

 サツキが体勢を崩す。

 

「アタシの膂力があれば、当たらなくても十分さ……」

 

「ま、まさか、風圧だけで……⁉」

 

 サツキが目を丸くする。

 

「足が痛むだろう、さっさと終わらせる!」

 

「なめるな!」

 

「‼」

 

 サツキがヤヨイの攻撃を続けてかわし、距離を取る。

 

「それっ!」

 

「むん!」

 

 サツキが放った弓をヤヨイが剣で叩き落とす。サツキが驚く。

 

「なっ、こんな近距離で……!」

 

「アンタの射撃は正確だからね、その分、狙いは読みやすい」

 

「そ、そうだとしても、どんな反射神経してんの⁉」

 

「それは決まっているだろう……」

 

「え?」

 

「アタシは超人だからね!」

 

「! しまっ……」

 

 ヤヨイが素早く踏み込んで、剣を振るう。サツキは咄嗟に弓で防ぐが、弓の本体がぶった切られてしまう。ヤヨイが感心する。

 

「ほう! よく防いだね!」

 

「な、なんとかね!」

 

「しかし、得意の弓は使えない! これでしまいだ!」

 

「はっ!」

 

「なにっ⁉」

 

 ヤヨイが驚く。サツキが剣を両手で受け止めたからである。

 

「し、真剣白刃取り、初めてだけど上手くいった……」

 

「は、反応はともかくとして、なんだその力は?」

 

「ビギナーズラックってやつかな?」

 

「ふ、ふざけるな!」

 

「真面目に答えると……!」

 

「はっ⁉」

 

 サツキが体を素早く反転させ、後ろ足を向ける。

 

「アタシも超人の流れを汲んでいるのさ!」

 

「がはっ……!」

 

 サツキの強烈な蹴りを喰らったヤヨイが崩れ落ちる。

 

「人の恋路を邪魔する奴はなんとやらだね……恋路じゃないか」

 

 サツキは再び舌をペロっと出す。



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第8話(2)プラスにマイナスを

※キャラクター名の訂正

「シモヅキ」を「シモツキ」と訂正します。

間違えておりました、すみません。過去回も直しました。

ご了承ください。


「ヤ、ヤヨイが……」

 

 シモツキが愕然とする。

 

「おい! シモツキ!」

 

「はっ! 姫様の守りを固めろ! 伏兵にも警戒だ!」

 

 キサラギに声をかけられ、ハッとしたシモツキが指示を出す。兵士たちが盾を高く掲げながら、カンナを取り囲む。

 

「ちっ……」

 

 配下から新たに弓を受け取ったサツキだが、弓を射るのを諦め、舌打ちしながら首を振る。ポニーテールがそれに合わせて揺れる。

 

「ヤヨイ……」

 

 カンナが心配そうにヤヨイを見つめる。

 

「ううっ……」

 

 ヤヨイがわずかだが動く。

 

「ヤヨイ!」

 

 カンナが嬉しそうに声を上げる。サツキが再び舌打ち交じりで呟く。

 

「脚を痛められた分、キック力が低かったか……それにしても厄介なタフネスだね。知っているつもりだったけど……」

 

 サツキがうずくまるヤヨイに向けて弓を構える。カンナが声を上げる。

 

「ヤヨイの救援を!」

 

「間に合いませんよ、姫さま……」

 

 カンナの言葉にサツキが苦笑する。

 

「ヤヨイを!」

 

「……らしくもない、いや、流石に幼馴染がヤバいと焦るのかね……」

 

 サツキが今にも矢を放とうとする。キサラギがシモツキに声をかける。

 

「おい、拙者を投げ飛ばせ!」

 

「……」

 

「無視をするな!」

 

「ふん!」

 

「なっ⁉」

 

 シモツキは地面に転がっていた大小様々な石をサツキと彼女の部隊に向かって投げつける。物凄い勢いの投石にサツキたちは面喰らう。

 

「くっ、正真正銘のバカ力だから質が悪い……」

 

 サツキは体勢を立て直そうと、隊列を後退させる。

 

「よし!」

 

「なにがよしだ!」

 

 キサラギがシモツキに迫る。

 

「え?」

 

「え?じゃない、ヤヨイに当たったらどうするつもりだ!」

 

「当たらないようにちゃんと狙っている。もうちょっとよく見てみろ」

 

「なに……た、確かに」

 

 ヤヨイの周りには石は転がっていないことが確認出来た。シモツキが笑う。

 

「忍者は暗い場所でも目が利くと思っていたが、どうやらポンコツか?」

 

「! 貴様!」

 

 再びキサラギがシモツキに迫ろうとするが、シモツキが手のひらをキサラギの眼前に突き出して、これを制す。

 

「待て……ヤヨイ救援は我が隊の援護の下、ヤヨイ隊が行う」

 

「我々は⁉」

 

「言っただろう、伏兵に警戒しろと!」

 

「む!」

 

「おっと!」

 

 上空からカンナ目掛けて急降下してきた、戦場に似つかわしくない黒いスーツ姿の男がカンナの首を狙うが、キサラギがそれを防ぐ。男はカンナとキサラギから離れ、これまたスーツに似つかわしくない黒い翼を背中に広げながら着地する。

 

「ナガツキか……」

 

「どうもどうも、噂の伏兵部隊です」

 

 ナガツキと呼ばれた男性は恭しく礼をする。丁寧にセットされた黒髪オールバックの髪型と、右眼にかけた眼帯が特徴的だ。

 

「人と妖のハーフ、人妖、吸血鬼である貴様も姫の首を狙うか……」

 

「はっはっは!」

 

「?」

 

「嫌だな~狙ったのは首元だよ、首元!」

 

 ナガツキが自分の首元をトントンと叩く。

 

「……どういうことだ?」

 

「女性のこの辺に噛みつくと、とっても美味しい血が吸えるんだ。知らなかった?」

 

「知るか!」

 

「おっと!」

 

 キサラギが一瞬で間合いを詰め、苦無で斬りかかるが、ナガツキもサーベルでそれを受け止めてみせる。キサラギが少し驚いた顔になる。

 

「剣術の心得もあったのか……」

 

「流石に長い爪と体術だけじゃ限界があるからね。もっとも付け焼刃レベルだけど……」

 

「ふん!」

 

「おっと!」

 

「はっ!」

 

「よっと!」

 

 キサラギの素早い連撃もナガツキは受け止める。

 

「……ふん、対応出来ているな」

 

「そうかい? いやあ~自信を持っちゃって良いかな~」

 

 ナガツキが後頭部をかく。

 

「ならば……それっ!」

 

 キサラギとナガツキの周囲に白い煙が立ち込める。

 

「⁉ 煙幕か⁉ ベタな手法を……ん? こ、これは!」

 

 ナガツキは慌てて自身の鼻をつまむ。キサラギが呟く。

 

「……にんにく入りの煙幕はいかがかな?」

 

「うおおい! もたベタにしゅうけつきにょ弱点をちゅいてきたね!」

 

 ナガツキは鼻をつまみながら叫ぶ。

 

「降参するなら今だ」

 

「冗談!」

 

「む!」

 

 ナガツキが翼を勢いよくはためかせ、煙を飛ばし、得意気に叫ぶ。

 

「どうだい! いない⁉ ……はっ⁉ う、上か?」

 

 ナガツキが見上げると、高く舞ったキサラギの姿がある。

 

「……」

 

「空中戦をご所望なら、判断ミスだね! 翼のある僕には勝てない!」

 

「そうはさせん……あいにく持ち合わせが無いのだが、これで代用する!」

 

「‼」

 

 キサラギが両手を水平にし、両足を揃えて伸ばして、『十字架』のポーズを取る。ナガツキが思わず目をそらす。

 

「効いている……!」

 

「……今までならね。はっ!」

 

「⁉」

 

 両手両足を揃えたナガツキが空中で体を90度倒したのだ。キサラギが困惑する。

 

「これは『マイナス』のポーズ!」

 

「マ、マイナス?」

 

「そう、そっちがプラスなら、こっちはマイナス! 『+×-』はマイナス! よって……」

 

「ぐっ⁉」

 

「君の動きを僕が凌駕するっていうことだ!」

 

「が、がはっ!」

 

 ナガツキの長い爪にひっかかれ、キサラギは地面に力なく落下する。



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第8話(3)投げ技メイド

「キ、キサラギまで……なんなんだ、今のは……」

 

「マイナス理論さ!」

 

 シモツキの呟きにナガツキが反応し、右手の親指をグッと立てる。

 

「なんだ、それは!」

 

「説明しよう……」

 

「いい、そんなことを聞いている場合ではない!」

 

「ちぇ……」

 

 ナガツキは唇をプイっと尖らせる。

 

「ぐっ……」

 

「む?」

 

 倒れ込んでいたキサラギがわずかに動く。

 

「キサラギ!」

 

「なるほど、受身を取ってダメージを軽減させたか、咄嗟の判断力……流石だな」

 

 ナガツキがうんうんと頷く。

 

「ぐぅ……」

 

「おっと、とどめをささせて……もらうよ!」

 

「!」

 

 ナガツキが爪を突き立てるが、その爪はキサラギの体ではなく、丸太に突き立てられた。

 

「なにっ、ま、丸太⁉」

 

 ナガツキが周囲を見回すと、キサラギがカンナの近くにしゃがみ込んでいるのが見えた。

 

「……」

 

「煙幕の次は『変わり身の術』か、またベタなことを……」

 

「……こ、ことごとく引っかかってくれて助かる……」

 

「くっ……」

 

「姫様の守りを固めろ!」

 

 シモツキが指示を出し、ナガツキとカンナたちの間に兵士たちがひしめく。

 

「ちっ……」

 

 ナガツキが舌打ちする。キサラギがシモツキに尋ねる。

 

「シ、シモツキ……」

 

「なんだ?」

 

「ヤヨイはどうした?」

 

「ああ、身柄は保護した!」

 

「そ、そうか……」

 

「キサラギ、今は喋らなくても良いです。傷に障りますよ。下がっていなさい」

 

 カンナが声をかける。キサラギはゆっくりと首を振る。

 

「拙者のことはどうでもよろしい……それより進言したいことがあります」

 

「え?」

 

「お耳を……シモツキも来い」

 

「あ、ああ」

 

 キサラギがカンナにそっと耳打ちする。シモツキもそれに耳を傾ける。カンナが困惑する。

 

「で、ですが……」

 

「迷っている暇はありません。シモツキとともにここを突破するのです」

 

「貴方はどうするのです?」

 

「ここに残り、奴らの目を引き付けます。それくらいなら容易いことです」

 

「しかし!」

 

「早く! 合図と同時に今申し上げた方角へ向けて走って下さい!」

 

「くっ……分かりました」

 

 カンナが苦渋の表情で頷く。キサラギがシモツキと目を見合わせる。

 

「……よし! 今だ……」

 

「そうはさせません……」

 

「⁉」

 

 カンナが馬の鼻先を向けたその先に一人の女性が立ちはだかる。その女性は小柄な体格で黒いショートボブの髪型をしており、クラシカルなメイド服を着ている。

 

「カンナ様、お通しするわけには参りません……」

 

「ハヅキ、貴女までも……」

 

「ご無礼をご容赦下さい」

 

 ハヅキと呼ばれたメイドはカンナに対し、恭しく礼をする。

 

「許せるわけがないだろう!」

 

 シモツキが声を上げる。ハヅキは少し困った顔になる。

 

「左様でございますか……では、いかがすればよろしいでしょうか?」

 

「簡単なことだ、そこをどけ!」

 

「それは出来かねます」

 

「ならば、力ずくでいくぞ!」

 

「はあ……」

 

「うおお!」

 

 シモツキが素早く間合いを詰め、槍を突き立てる。

 

「ふむ……」

 

「なっ……⁉」

 

 シモツキの槍をハヅキが片手で事も無げに受け止める。

 

「そちらがそういったお考えならば致し方ありません、無力化させていただきます……」

 

「な、なめるなよ!」

 

「‼」

 

 シモツキが腕を振り上げ、ハヅキの体を空中に投げ飛ばす。

 

「空中ならば身動きは自由にとれまい!」

 

「……ご指摘はごもっともです」

 

「そらっ!」

 

 シモツキが槍を投げつける。

 

「……はっ!」

 

「なにっ⁉」

 

 ハヅキが槍をはたきおとしたのを見て、シモツキは驚く。

 

「……それほど驚かれることでしょうか?」

 

 ハヅキは空中で首を傾げる。

 

「お、驚くだろう! なんだ、その反応は⁉」

 

「防衛機能が正常に作動したまでです……よっと」

 

 ハヅキが身を翻して、着地する。シモツキが顔をしかめる。

 

「くっ、そういえば貴様は人と機のハーフ、『人機』だったな! 失念していた!」

 

「……お言葉ですが」

 

「なんだ⁉」

 

「私自らがそういうのもなんなのですが……結構なインパクトがあると思うのですが、私のような存在は……」

 

「むう……」

 

「それをお忘れになるとは……失礼ですが、大分ポンコツでいらっしゃいますね……」

 

「ポ、ポンコツ⁉」

 

「もしくはカンナ様以外にはまるでご興味がない……ということでよろしいでしょうか?」

 

「! き、貴様、いきなり何を言い出す!」

 

 ハヅキの発言にシモツキが慌てる。

 

「……重ねて失礼」

 

「むおっ⁉」

 

 ハヅキが飛びかかり、太ももでシモツキの顔を挟み込む。ハヅキが呟く。

 

「お言葉でございますが、あまりにも隙だらけでございましたので……」

 

「むぐっ……」

 

「はっ!」

 

「ごはっ⁉ ……」

 

 ハヅキはその体勢からバク宙の要領で回転し、シモツキの頭を地面に叩きつける。シモツキは動かなくなる。

 

「……メイドによるフランケンシュタイナーの実演でございます。冥土の土産にいかがでしょうか?」

 

 ハヅキは両手を腰の前で組んで、丁寧に頭を下げる。



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第8話(4)姫様の奮戦

「シ、シモツキ……」

 

「……三将の無力化を確認」

 

 ハヅキが機械的な口調で呟く。

 

「頼みの三将は倒れましたよ?」

 

「くっ……」

 

 ナガツキの言葉にカンナは唇を噛む。

 

「さてと……」

 

「……」

 

 両手を広げたナガツキに対し、カンナは馬上で薙刀を構える。

 

「おや、まだやる気ですか?」

 

「……黙って命を取られるわけには参りません」

 

「ふむ、生き物としての生存本能ってやつですかね?」

 

 ナガツキが顎に手を当てて呟く。

 

「……わたくしはまだ無傷です」

 

「この状況ではあまり意味が無いと思いますよ?」

 

「………」

 

「……一つ、お伝えします」

 

 ハヅキが口を開く。

 

「?」

 

「先ほど、キサラギ様から伝えられていた……潜伏先でしょうか? 既にそちらにも兵を差し向けました」

 

「!」

 

「ですので、そこに逃げ込もうとしても無駄なことです」

 

「な、なぜ……?」

 

「私、耳の性能もよいもので。こそこそ話もしっかりと聞こえます」

 

 ハヅキが耳に手を当てる。

 

「むう……」

 

「さすがハヅキちゃん、万事抜かりが無いね~」

 

「メイドとして当然のことです」

 

 近寄ってきたナガツキに対し、ハヅキが軽く頭を下げる。

 

「み、皆の命は保証してもらえないでしょうか?」

 

「‼」

 

「カ、カンナ様⁉」

 

 カンナの言葉に、彼女の周囲にいた兵士たちが驚く。ナガツキがハヅキに尋ねる。

 

「……どうなの?」

 

「『殲滅せよ』といった類の指令は承っておりません。投降などはどうぞご自由に」

 

「そうですか、それを聞いて安心しました……」

 

 ハヅキの回答にカンナが笑みを浮かべる。

 

「カ、カンナ様……?」

 

「皆、三将のことをよろしく頼みます……」

 

 カンナは周囲を見回して、優しい声色で告げる。

 

「ど、どうされるおつもりですか?」

 

「無論、突破口を開きます!」

 

 カンナは薙刀をナガツキたちに向ける。ナガツキは口笛を鳴らす。

 

「~♪ なんとも勇ましい限りだね」

 

「ならば……!」

 

「むっ!」

 

 ハヅキが飛びかかり、強烈な蹴りを放つが、カンナが薙刀の柄で防ぐ。

 

「ほう、薙刀を器用に扱って……さすがでございます……」

 

「えい!」

 

「はっ!」

 

 カンナが押し返すと同時に薙刀を振るうが、ハヅキは後方に飛んでかわす。

 

「くっ……」

 

「次は仕留めます……!」

 

「ふん!」

 

「むっ⁉」

 

 カンナが薙刀をかざすと、破裂音がして、ハヅキが後方に吹っ飛ぶ。

 

「どうです⁉」

 

「なにもないところで爆発……不意を突かれました。ですが……」

 

「なっ……」

 

「まだ動けます……」

 

 ハヅキが立ち上がったことにカンナは唖然とする。

 

「ふふっ!」

 

「! しまっ……」

 

 ハヅキに気を取られていたところ、ナガツキが空からカンナに襲いかかろうとした。

 

「もらった!」

 

「ちぃっ!」

 

「うおっ⁉ ま、眩しい……」

 

 カンナが薙刀を横にしてかざすと、薙刀が強い光を放つ。ナガツキは目を覆って、地面に転げまわる。カンナはため息をつく。

 

「ふう……ん?」

 

 カンナがハヅキの方に目をやると、ハヅキも目の辺りを抑えていた。

 

「視覚に異常が発生……」

 

「ふっ、目が良すぎるのが仇になりましたね……」

 

「学習しました……しかし、早期に正常な状態へ戻ります」

 

「ふむ、それは良くない知らせですね……」

 

「戦闘継続は十分に可能です」

 

「それはご勘弁を……ここは仕切り直しと行きましょう。それっ!」

 

 カンナが馬をナガツキたちとは逆方向に走らせる。兵士長が声を上げる。

 

「カ、カンナ様、我々はどうすれば⁉」

 

「投降すれば、命までは取られません!」

 

「し、しかし!」

 

「ですが、志あるものは!」

 

「‼」

 

「三将を連れて、わたくしについてきなさい!」

 

「ちょっと待った! 逃がさないよ!」

 

 サツキが快足を飛ばし、カンナに接近してきた。

 

「せい!」

 

 カンナが振り向き様に薙刀を上下に振るい、一条の雷を放つ。雷はサツキの体を貫く。サツキは苦しそうに倒れ込む。

 

「ぐはっ! こ、これがあったか……」

 

「はあっ!」

 

 カンナが声を上げる。それからやや間を置いてナガツキが立ち上がる。

 

「……ようやっと見えてきたぜ! くそっ、姫様め! どこ行った⁉ うん⁉」

 

 ナガツキは呆然と立ち尽くすハヅキの背中を見つける。

 

「…………」

 

「なにをやっている! 早く後を追わないと!」

 

「どうやってでしょうか?」

 

「! こ、これは……」

 

 ナガツキは驚く。地面に無数の大穴が空いていたからである。

 

「発光などの他に、発掘も出来たのですね……学習しました」

 

「くっ、まさか地中を逃げるとは! これじゃあ追跡は困難だ!」

 

 ナガツキが地団駄を踏む。

 

「さすがは超人の国の姫様といったところだね……発想も常人離れしている」

 

 サツキが体を起こしながら呟く。

 

「しかし、どこに逃げたんだ?」

 

「皆目見当がつきません……」

 

 ナガツキの問いかけに対しハヅキは首を傾げる。



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第9話(1)凛々しさと美しさと力強さと

                  9

 

「はあ、はあ……」

 

 カンナが馬を走らせる。大分走ったところで馬を止め、振り返る。

 

「ここまで逃げればとりあえずはひと安心ですか……」

 

 そう呟いた後、自らの呟きを自嘲する。

 

「ふっ、大体どこまで逃げるつもりなのですか、当ても無い癖に……」

 

 カンナは後方だけでなく、周囲を見渡す。

 

「わたくしについてきた者はどうやら誰もいませんか……まあ、それも止むを得ません。敗軍の将についていくより投降した方が賢明な判断ですからね……!」

 

「⁉」

 

 カンナは薙刀を地面に勢い良く突き刺す。馬が少し驚く。馬の背中を優しく撫でながら、カンナが苦笑交じりに話しかける。

 

「いよいよ命運が尽きたということでしょうかね?」

 

「?」

 

 馬が不思議そうなに首を傾げる。カンナは笑う。

 

「ふふっ、サツキみたいに貴方と色々とお話が出来たら良かったのだけど……そういうわけにも参りませんよね……」

 

「……」

 

「……少し疲れました。どこかで横になりたいですね……」

 

 カンナはあらためて周囲を見回す。少し離れたところに小さな洞窟を見つける。

 

「ああ、あそこは良さそうですね……」

 

 カンナは薙刀を地面から抜き取って、洞窟へと馬を進ませる。洞窟の入口に着くと、カンナは馬を降り、馬具を外そうとする。

 

「……!」

 

 馬が抵抗する。カンナが首を傾げる。

 

「どうして? もう自由になって良いのですよ?」

 

「……‼」

 

 カンナが馬具を外そうとするが、馬はなおも抵抗する。カンナは悲しくもあり、嬉しくもある、複雑な笑みを浮かべて呟く。

 

「……仕方ありませんね、勝手になさい」

 

 カンナは洞窟に入っていく。入口は狭いが奥に進むと、それなりの広さがあった。

 

「ほう……これなら足を伸ばせて眠れそうですね。ただ……」

 

 カンナは入口の方を振り返る。馬の足が見える。どこかに繋いだわけでもないのだが、そこから離れようとしない。カンナは苦笑する。

 

「あの子があそこにいたらすぐに見つかってしまいそうですね。ただ……」

 

 カンナは鎧を外して、地面に腰かけてから、ゆっくりと横になる。

 

「今はとにかく休みたい、流石に疲れました……」

 

 カンナが目を閉じる。

 

「ヒヒーン!」

 

「!」

 

 カンナが目を開ける。追手が来たか。カンナはゆっくりと起き上がり、鎧を素早く身に着け、薙刀をそっと手に取る。そこに意外な人物が現れる。

 

「よっ」

 

「タイヘイ殿……」

 

「元気か?」

 

「……そう見えます?」

 

「そうだな、悪かった」

 

 タイヘイが苦笑しながら後頭部をポリポリと掻く。カンナが薙刀を持つ手に力を込めながら尋ねる。

 

「わたくしの首を取りに来たのですか?」

 

「は? なんでそうなるんだ?」

 

 タイヘイが目を丸くする。

 

「なんでもなにもないでしょう」

 

「あのなあ、俺たち一応同盟関係だろう?」

 

「……今のわたくしは単なる一人の女……国を追われた者です」

 

「単なる?」

 

「ええ」

 

「う~ん……」

 

 タイヘイが頭を片手で抑える。

 

「わたくしの首を差し出した方が、意味があるでしょう」

 

「差し出すってどこにだよ?」

 

「知れたこと、わたくしが元いたあの国です」

 

「ああ、なるほどなあ……」

 

 タイヘイが顎をさすりながら頷く。カンナが続ける。

 

「もしくは妖どもの国へ持っていくのもありかもしれませんね……」

 

「挨拶ついでの手土産ってやつか」

 

「そういうことです」

 

「それは嫌な手土産だな」

 

 タイヘイが苦笑を浮かべる。カンナが地面にドカッと座り、目を閉じる。

 

「さあ、どうぞ……」

 

「……」

 

「………」

 

「…………」

 

「? 何をしているのです?」

 

 カンナが目を開いて尋ねる。タイヘイが答える。

 

「……アンタの首には価値がない」

 

「なっ⁉」

 

 カンナが愕然とする。

 

「だから……」

 

「くっ!」

 

 カンナが懐から小刀を取り出し、自らの喉元を掻き切ろうとする。

 

「待て!」

 

「うっ!」

 

 タイヘイが素早く手刀を繰り出し、カンナの手から小刀を叩き落とす。

 

「バカなことをすんじゃねえ……!」

 

「価値がないとまで言われて、生きる意味があるのでしょうか⁉」

 

「……言葉が足りなかったな」

 

「え?」

 

「今のアンタの首には価値がない」

 

「今の?」

 

「ああ、そうだ……よっと!」

 

「きゃっ⁉」

 

 タイヘイが右手でカンナの背中を、左手でカンナの両脚を抱え、持ち上げる。

 

「……重いな、いや、鎧の分か」

 

「な、何をするのです!」

 

「まあ、そう暴れるなよ。良いとこに連れていってやるから」

 

「い、良いとこって……お、下ろしなさい!」

 

 カンナは抵抗するが、タイヘイはびくともしない。ああ、そうか、こういう末路か、出来れば想像はしたくなかったが、十分考えられることであった。敗軍の将、もとい姫というのはみじめなものだなとカンナは思った。それでもしばらく抵抗は続けたが、タイヘイは自分の体をがっしりと掴んで離さない。暴れ疲れたカンナはタイヘイの腕の中で眠りにつく。

 

「……おい、着いたぜ」

 

「……⁉」

 

 目を覚めたカンナが驚いて目を丸くする。小高い丘の上から、シモツキら三将を初め、多くの兵士たちが揃っているのが見えたからである。タイヘイはカンナを下ろして告げる。

 

「同盟関係は継続だ。国を取り戻して、自分の首に価値を取り戻そうじゃねえか」

 

「! ……分かりました!」

 

 カンナが頷く。その目には凛々しさと美しさと力強さが戻っていた。



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第9話(2)反攻開始

「どうぞ」

 

「ここはこの辺でもひときわ大きな集落……ここまで領土を広げているとは……」

 

 タイヘイに促されて建物の中に入りながらカンナが呟く。

 

「協力をしたいという連中は意外と多くてな……」

 

「いつの間に……なかなか侮れませんわね……」

 

「この場合は案外頼りになると言って欲しいね……」

 

 タイヘイが肩をすくめる。カンナが笑う。

 

「ふっ……」

 

「この部屋だ」

 

 タイヘイが指し示した部屋にカンナが入る。

 

「姫様! よくぞご無事で!」

 

「カンナ……」

 

「……なによりでございます」

 

「シモツキ、ヤヨイ、キサラギ! あなた方もよくぞ無事で……」

 

 カンナが三将を労う。

 

「兵たちがここまで運んでくれましたので」

 

「それにしても傷は?」

 

「数日寝たらなんてことはありません」

 

「こんなものは唾を付けておけば治ります」

 

「そんな……」

 

 シモツキとヤヨイの返答にカンナが苦笑する。

 

「……この集落の者たちの献身的な介護もあって、ある程度回復しました」

 

「そう……」

 

 キサラギの言葉にカンナが頷く。

 

「悪いが積もる話は後だ、とりあえず座ってくれ」

 

「ええ」

 

 タイヘイに促され、カンナは上座にタイヘイと並んで座る。三将とモリコ、パイスー、クトラが顔を合わせる形で座っている。

 

「それじゃあ、モリコ、説明を頼む」

 

「はい……斥候からの情報によると、愛の国で勃発したクーデターは成功。クーデター側は国の大半を手中に納めた模様です」

 

「むう……」

 

 カンナの顔が曇る。シモツキが尋ねる。

 

「クーデターの首謀者は?」

 

「……首謀者と言って良いのかは分かりませんが、現在、国家元首の座にカンナ姫の遠縁に当たるケンガイ殿を擁立したという情報があります……」

 

「ケンガイ殿だと!」

 

 シモツキが驚く。

 

「これはまた……」

 

「ああ、傀儡ですよと言わんばかりだ」

 

 ヤヨイの目配せにキサラギが頷く。クトラが口を開く。

 

「ということはやはり裏で糸を引いている奴がいるということだね?」

 

「ああ」

 

 ヤヨイが頷く。

 

「それについての心当たりは?」

 

「うむ……それが……さっぱり分からない」

 

 ヤヨイが腕を組んで首を傾げる。パイスーが呆れる。

 

「おいおい、分からないって……」

 

「こう言ってはなんだが王族の方々にここまでやる度胸はないはずだ……」

 

「文官連中にも似たようなことが言えるな」

 

 ヤヨイの呟きにシモツキが反応する。キサラギが補足する。

 

「有力な武官は軒並み、南の『亜人連合』との小競り合いに駆り出されている……」

 

「ああ、各地に散らばっている……」

 

 シモツキが頷く。カンナが口を開く。

 

「サツキ、ナガツキ、ハヅキたちが気になりますね……」

 

「ええ、あの傭兵連中はカンナ姫の直属と言ってもいい部隊です――曖昧なところもありますが――それらを動かすとは……」

 

 ヤヨイが首を傾げる。

 

「……まあ、難しいことは良いんじゃねえか?」

 

「適当なことを言ってもらっては困るな」

 

 シモツキがタイヘイを睨む。

 

「モリコ……」

 

 タイヘイが再びモリコを促す。

 

「はい、先ほど、国の大半をクーデター側が掌握したと言いましたが、実は都周辺ではそうではありません」

 

「む?」

 

「近郊も含めて都ではまだ混乱が続いているということです」

 

「ほう……」

 

 シモツキが腕を組む。タイヘイが頷きながら呟く。

 

「ってな感じだ……」

 

「……早急に動けば、都を奪還することは可能だと?」

 

「つまりはそういうこった」

 

 カンナの問いにタイヘイが頷く。

 

「スピード勝負ですか……」

 

「ああ、早ければ早い方が良い」

 

「ということは迂回ルートを通っている時間はありませんね……」

 

 カンナは目の前に広げられた地図を指でなぞる。パイスーが両手を広げる。

 

「周りには網を張っている恐れがあるぜ」

 

「それならばなるべく直進でいくしかありませんね……」

 

「逆に相手の虚を突けるんじゃないかな?」

 

 クトラがカンナの言葉に頷く。カンナが腕を組む。

 

「……問題はやはり、サツキ、ナガツキ、ハヅキですね……彼女らは手ごわい……」

 

「それはこちらが引き付ける」

 

「え?」

 

 タイヘイの言葉にカンナが驚く。

 

「同盟だって言っただろう? 援護するのは当然だ」

 

「そう言って、我が国の混乱につけ込むつもりではあるまいな?」

 

「それならば適当に放っておいた方が得じゃねえか?」

 

「む……」

 

 タイヘイの問いにシモツキは黙る。

 

「誤解があるようだが、俺らは自分たちの国を認めてもらいたいのが一番なんだ」

 

「……極力争いは避けたいと?」

 

「ああ、言っちゃ悪いが、特にこういう無駄な争いはな」

 

 カンナの問いにタイヘイは頷く。カンナが呟く。

 

「それでも手を貸してくれると……」

 

「どうせ話し合いをするなら、よく知っている相手の方が良いしな。その話し合いが上手くいくかどうかは別としてだが」

 

「ふっ……」

 

 カンナが笑みを浮かべる。タイヘイが問う。

 

「どうだい?」

 

「……援護をお願いします。わたくしたちは出来る限り一直線に都を目指します。わたくしがもっとも信頼出来る方も無事なはずですし……」

 

「よし、決まりだな」

 

 タイヘイが笑顔を見せる。明くる朝、集落を見渡せる丘の上にカンナが再び登る。

 

「クーデターなどと愚かな行動を取った連中を打倒し、わたくしたちは都を、国全体の平穏を取り戻します……志ある者はわたくしについてきなさい!」

 

「うおおおっ‼」

 

 馬に跨り、薙刀を高々と掲げたカンナに兵たちが力強く応える。



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第9話(3)暴れ馬と車

「ん?」

 

「へえ、あれが噂のケンタウロス娘とその仲間たちか……」

 

 クトラが遠目にサツキの姿を確認する。サツキをはじめとするケンタウロスの集団がやや高い丘の上に陣取っている。

 

「軍勢が動いているって聞いていたけど、なんだあいつらは……?」

 

 サツキが首を傾げる。副官が告げる。

 

「『暴走のクトラ』かと思われます……」

 

「ん? そいつはもっと南東の方を根城にしているんじゃなかったの? なんでまたこんなところに?」

 

「どうやらこの四国の中心あたりの緩衝地帯の連中が連帯して、新たに国を立ち上げようとしている模様です……」

 

「新たに国を?」

 

「はい……」

 

「ひょっとしてカンナ姫は連中がかくまっているの?」

 

「そ、それはまだなんとも……」

 

 副官は汗を拭いながら首を傾げる。

 

「ふ~ん……どうすれば良いと思う?」

 

 サツキが顎をさすりながら副官に尋ねる。

 

「な、なんとも難しいところですね……」

 

「いや、簡単だよ」

 

「は?」

 

 サツキはクトラたちを指差す。

 

「要はこの四国の秩序を壊そうって連中なんでしょう?」

 

「ま、まあ、そうですね……」

 

「それなら行きがけの駄賃じゃないけど、倒さなきゃいけないよね」

 

「はっ、それではまず降伏勧告を……」

 

「その必要はないよ」

 

「え?」

 

「こいつが挨拶代わりだ!」

 

 サツキが矢を射る。

 

「!」

 

「うおっ!」

 

「あ、あんな遠くから……」

 

 遠くから飛んできた矢をクトラはかわす。かなりの距離があったにもかかわらず、強烈な射撃に兵たちはざわめく。

 

「ふん、やる気ってわけね……」

 

 クトラは笑みを浮かべる。

 

「ト、トップ、どうしますか⁉」

 

「慌てないで、手はず通りにいくわよ……」

 

「はっ!」

 

「……」

 

「行くぞ!」

 

 クトラが無言で右手を挙げると、兵の一部が車に変化し、その場から離れる。それを見たサツキが目を丸くする。

 

「ああ、『人機』の集団か……」

 

「こ、このままだと、左右から挟撃される恐れが!」

 

「落ち着きなって」

 

「し、しかし!」

 

 サツキが顎をしゃくる。

 

「見たところ、連中はきちんと舗装された道しか走れない」

 

「あっ!」

 

「こっちは多少無茶がきく、冷静に対処すれば良いんだよ」

 

「な、なるほど!」

 

「そんなに多くを割かなくて良い、少数だけ迎撃にまわして」

 

「了解しました!」

 

 サツキの指示に従い、部隊の何名かが、左右に別れる。それを見てクトラが舌打ちする。

 

「ちっ……もうちょっとばらけるかと思ったけど、そんな手には引っかからないか……」

 

「トップ!」

 

「まあ、油断はある程度あるはず……行くよ!」

 

「はい!」

 

「⁉」

 

 クトラが再び右手をかかげ、それをすぐ下ろすと、クトラを先頭に車へ変化した集団が、正面から突っ込んでいく。副官が慌ててサツキに声をかける。

 

「れ、連中、正面から突っ込んできました!」

 

「これは驚いたね……」

 

「ど、どうされますか⁉」

 

「無理はしているはずだよ。冷静にあれを射抜けば良い……」

 

「はっ、分かりました! 各員、用意!」

 

 副官の指示で、ケンタウロスの集団が横一列に並び、弓を構える。サツキが声を上げる。

 

「……放て!」

 

「‼」

 

 一斉に放たれた弓が突っ込んでいった車の集団のタイヤを射抜き、次々とスリップ、横転させていく。兵が慌てて、クトラに声をかける。

 

「ト、トップ!」

 

「怯むんじゃないよ! このまま突っ込め!」

 

 先頭を走るクトラは器用に、矢継ぎ早に飛んでくる矢をことごとくかわしてみせる。

 

「か、回避しています!」

 

「やるねえ……だが……所詮は暴走……だ!」

 

「どこを狙っている! ぐはっ⁉」

 

 サツキが矢を放つ。勢いは鋭かったが、狙いはクトラから外れているように見えた。しかし、真の狙いはクトラの斜め前にある大岩であった。サツキの矢は大岩を粉々に砕き、そのかけらがクトラの側面に激突、クトラは横転しそうになる。サツキが鼻で笑う、

 

「ふん、あっけなかったね……」

 

「なんの!」

 

「なに⁉」

 

 サツキが驚く。クトラが車体を斜めにしながらも片輪で巧みに走行を続けたからだ。

 

「このまま突っ込むよ! アンタたち!」

 

「は、はい! トップ!」

 

「い、勢いが止まりません!」

 

「それは見れば分かるよ!」

 

「撤退しましょう!」

 

「それこそ奴らの思う壺だよ!」

 

「で、では、いかがされるのですか⁉」

 

「こうするんだよ!」

 

「なっ⁉」

 

 今度はクトラが驚く。サツキが斜面を駆け下り、クトラたちに向かってきたからだ。サツキは走りながら、弓を構える。

 

「近くなら外さない!」

 

「高さと距離の優位をあえて捨てるとは! その発想は無かったわ!」

 

「ぶつかる前に終わらせる!」

 

「ならばこちらもあえて捨てる!」

 

「! がはっ……」

 

「ぐうっ!」

 

 クトラがタイヤを外し、サツキに向かって勢いよく転がす。予期せぬ攻撃にサツキはかわしきれず、派手に転倒する。その一方でサツキの狙いはやや外れたが、彼女の放った矢はクトラの肩を鋭く射抜いてみせた。

 

「はっ、なかなかやるもんだね……」

 

 クトラは肩を抑えてその場にうずくまる。



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第9話(4)首元がお好き

「……」

 

「モリコさん!」

 

 シローがモリコに声をかける。モリコが振り返る。

 

「何よ?」

 

「なんでゆっくりと移動しているんですか、俺たちなら飛んでいけるのに……」

 

「姫様から借りた連中に合わせているのよ」

 

 モリコが顎をしゃくった先に歩兵の集団がいる。

 

「なんでですか? せっかくの機動力が失われているじゃないですか!」

 

「今、敵の領地に乗り込んでいるのよ? 私とあなたたち三兄弟、さらにその部下だけじゃ、どう考えても頭数が足りなすぎるわ」

 

「そ、そういうことですか」

 

「そういうことよ」

 

「ど、どうしてもっと高く飛ばないんですか⁉」

 

「そんなの見つけてくれと言わんばかりでしょう」

 

「で、では……!」

 

「まだ何か?」

 

「なぜこんな木々の間を進むんですか⁉」

 

「……二つ理由があるわ」

 

 モリコがピースサインをつくる。シローが首を傾げる。

 

「二つ?」

 

「開けた場所を進んだら、それこそ見つかる危険がある……」

 

「もう一つは? あ、出発前に言っていたことですか?」

 

「そうよ。まあ、これはちょっと矛盾するんだけど……!」

 

 木々の合間を飛んでいたモリコに黒い影が襲い掛かる。モリコはなんどかそれを回避する。黒い影は近くの大木の枝に降り立って、まじまじとモリコを見つめる。

 

「う~ん、君は確か……『黒い翼のモリコ』ちゃん?」

 

「ちゃん付けとか馴れ馴れしいわね」

 

「いやいや、これは失礼……」

 

 黒い影はその姿をあらわにし、両手をわざとらしく広げる。

 

「あなたはナガツキね?」

 

「おっ、ご存知だとは嬉しいね~」

 

「それなりに有名だからね」

 

「それなりか……」

 

 モリコの言葉にナガツキが苦笑する。

 

「気に障ったのならごめんなさい」

 

「いや、それは全然構わないんだけど……どうしてだい?」

 

「何が?」

 

「君はもう少し南の方を根城にしていたはずだ。何故にここまで北上してきたんだい?」

 

「……乙女の気まぐれよ」

 

「ははっ、そうきたか……」

 

 ナガツキは片手で顔を覆う。モリコはため息交じりで尋ねる。

 

「はあ……大方見当はついているでしょう?」

 

 ナガツキはオールバックの髪を撫でながら答える。

 

「ああ……緩衝地帯を一つの国にしようと目論んでいるらしいね?」

 

「そうよ」

 

「また大胆なことを……」

 

「自分たちではそういう自覚はないわね」

 

「カンナ姫も君たちの下に身を寄せているのかい?」

 

「さあ、どうかしらね?」

 

 モリコが首をすくめる。ナガツキが苦笑する。

 

「どちらともとれる返答だね……」

 

「どうとらえるかはあなた次第よ」

 

「……とにかく、このままにしておくと君らは厄介な存在だということだ。よって……」

 

「よって?」

 

「叩き潰す」

 

 ナガツキが先ほどまでのヘラヘラした様子とは打って変わって、低い声色で告げる。

 

「やってごらんなさい」

 

「かかれ!」

 

「‼」

 

 周辺の木々から息を潜めていたナガツキの部下たちがモリコの部隊に襲い掛かる。

 

「ふははっ!」

 

「ええい!」

 

「……何⁉」

 

「モリコさん、マジで来ましたね!」

 

 シローが向かってくる相手と戦いながら声を上げる。モリコが頷く。

 

「ええ、そうね」

 

「慌てずに冷静に対応出来ている……まさか⁉」

 

「そのまさかよ」

 

 モリコが笑みを浮かべる。ナガツキが愕然とする。

 

「僕らをおびき寄せたのか⁉」

 

「そうよ、まさかこんなに上手く行くとは思わなかったけどね!」

 

「どわっ⁉」

 

 モリコが翼をはためかせ、強風を発生させる。それを喰らって、ナガツキは体勢を崩す。

 

「もらった!」

 

 モリコがナガツキに飛びかかり、その体を羽交い絞めにする。

 

「くっ! な、何をする気だい……?」

 

「こういう暗がりの木々で待ち構えていたのは理由があるんでしょ?」

 

「‼ や、やめろ!」

 

「まあまあ、少し付き合いなさいよ!」

 

 モリコがナガツキを抱えたまま急上昇する。木々の間を抜け、日光が射すところまで引き上げたのだ。ナガツキが顔を歪める。

 

「ぐっ!」

 

「少し曇っているけど……それでも吸血鬼のあなたにとっては結構辛いんじゃない?」

 

「は、離せ!」

 

「そう言われて離す馬鹿はいないでしょ」

 

「お痛が過ぎるんじゃないかな⁉」

 

「む⁉」

 

 ナガツキが強引にモリコを振りほどき、空中で向かい合う。ナガツキが肩で息をする。

 

「はあ、はあ……」

 

「日陰に戻らないの?」

 

 モリコが下を指差す。

 

「体力をそれなりに消耗した。その代償は支払ってもらう!」

 

「代償?」

 

 モリコが首を傾げる。

 

「こういうことだよ!」

 

「きゃあっ⁉」

 

 ナガツキがモリコの首に噛みつく。ナガツキが笑う。

 

「ふははっ!」

 

「コ、コウモリってあまり体に良くないのよ?」

 

「ぶはっ! 人妖の僕にはさして問題はない……うん⁉」

 

 ナガツキが体に違和感を覚えてモリコから離れる。モリコは首元を抑えながら尋ねる。

 

「どうかした?」

 

「か、体の自由が……な、何をした⁉」

 

「とある方々からの助言で、強烈な痺れ薬を塗っておいたの。左の首元がお好きだって」

 

「く、くそ……」

 

 ナガツキが落下していく。

 

「わ、私も血を吸われ過ぎたわね……」

 

 モリコも力なく降下していく。



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第10話(1)繋がる糸

                  10

 

「ハヅキ様、いかがなされますか?」

 

 立ち止まっているハヅキに対し、同じようにメイド服を着た者がハヅキに問う。

 

「……カンナ様の兵の一部隊がこの先で目撃されたということですが……」

 

「はい、そのような報告がありました」

 

「……退却していたというわけではないのですね?」

 

「ええ、追加の報告によればこちらに向かっているようです」

 

「ふむ……」

 

 ハヅキは腕を組んで考え込む。

 

「いかがいたしましょうか?」

 

「まさか退却を諦め、やけになっての反転突撃とは考えにくいですね」

 

「はい……」

 

「恐らく、なんらかの策があっての反攻作戦行動と考えた方が良いでしょう……」

 

「ふむ……」

 

「とにかく、現在近くにいる我々が迎撃に動かねばなりませんね」

 

「はっ……」

 

「最短距離を取るのならばあの森を突っ切るのが正解ですが……」

 

 ハヅキが目の前に広がるそれなりに大きい森を指差す。

 

「ええ、そうですね」

 

「何らかのトラップが仕掛けられている可能性も考慮に入れなくてはなりません」

 

「それでは……」

 

「はい。迂回して、平地のルートを通ります。少し時間を要しますが、致し方ありません」

 

「分かりました」

 

「それでは各員、進軍を再開します」

 

「了解しました。皆、ハヅキ様に続け!」

 

 ハヅキが走り出す。足裏から大量の空気を下向きに噴出し、少し宙に浮き上がっての、いわゆるホバー走行である。メイド服を着た集団がホバー走行する異様な光景であった。

 

「……隊列を乱さぬように」

 

「了解しました!」

 

「もう少し速度を上げます……」

 

「はい! 了解しました!」

 

「……ふん!」

 

「⁉」

 

「うわっ⁉」

 

 走行するメイドの集団が糸に絡め取られる。先に速度を上げたハヅキは難を逃れた。

 

「これは……?」

 

「ちっ、頭は逃しちゃったか……」

 

「む……」

 

 ハヅキが視線を向けると、さほど大きくない岩陰から黒い短髪に黄色いメッシュを入れ、黒と黄色を基調としたジャージを着た女が姿を現す。女は首をすくめながら両手を広げる。

 

「ホバー走行が移動の基本だって言うから、ゴツゴツした荒れ地を嫌って、平地を通ってくるだろうっていう読みはドンピシャだったんだけどね~」

 

「……貴女は『オニグモ団』のボス、パイスーさんですね?」

 

「おっ、ご存知だとは光栄だね~」

 

「当然です。情報はメイドの命ですから」

 

「は、初耳な気がするけど……まあ、無知じゃあ務まらない役割だろうけどね」

 

「しかし……」

 

 ハヅキがわずかに首を傾げる。

 

「ん? どうかした?」

 

「貴女方の活動範囲はここから東南東の地域のはず……どうしてこんな場所に?」

 

「いやなに、最近マンネリだったからさ。たまには気分を変えてみたくなってね……」

 

「それは嘘ですね……少々お待ちください」

 

「?」

 

 ハヅキがやや俯いて、自らの側頭部を抑える。しばらくして、頭を上げて口を開く。

 

「なるほど……この四国の中心にある緩衝地帯を一つにまとめ上げて、新たな国を造ろうと動いている……カンナ様と組んだ可能性もあると。情報を整理・確認しました」

 

「ふ~ん、情報を集めるのが早いね……」

 

「無視するのも一つの選択肢でしたが……そういうわけにもいかなくなりました」

 

 ハヅキが構えを取る。パイスーがハヅキの後ろを指差す。

 

「アンタの配下は糸でまとめて絡めとったよ?」

 

「……それがなにか?」

 

「い、いや、いわゆる人質ってやつなんだけど……」

 

「無駄なことです」

 

「ええ……?」

 

「そのようなことでいちいち動揺するようなプログラミングはされておりませんので……」

 

「これはまた……随分と冷血だね~」

 

「そういった煽りもまったく意味がありません……体が冷たいのは事実ですし」

 

 ハヅキが自らの首に手を当てながら呟く。パイスーが苦笑する。

 

「そういう自虐は良くないよ~?」

 

「そこまでは卑下しておりません、これは自嘲というものです」

 

「そのわりには笑顔が見られないんだけど?」

 

「……ですから、そういうプログラミングはなされておりません」

 

「笑った方がカワイイと思うけどね~」

 

「な、なっ⁉」

 

「隙あり!」

 

「‼ しまっ……」

 

 パイスーの両手から発せられた糸がハヅキの両手両足と首に複雑に絡みつく。

 

「ははっ、なんだ、わりと簡単に動揺するんじゃん……」

 

「くっ……」

 

「アンタの戦い方はよく聞いている。両手両足を塞がれたらどうにもならないでしょ?」

 

「……」

 

「あらら? もしかしてフリーズしちゃった?」

 

 パイスーが意地悪な笑みを浮かべる。やや間を置いてからハヅキが口を開く。

 

「……パターンを検出・検討しておりました」

 

「パターン?」

 

「ええ、貴女に勝つためのパターンです」

 

「そんなの万に一つもないでしょう!」

 

「首に巻き付けたのはなるほど、理にかなっていますが、私にもチャンスです」

 

「なにっ⁉」

 

「はむ!」

 

「はあっ⁉」

 

 パイスーが驚いた。ハヅキが自らの首に巻き付いた糸に噛みついたからである。

 

「ふむ!」

 

「がはっ⁉」

 

 ハヅキが首を大きく振ると、パイスーは持ち上げられ、地面に激しく叩きつけられた。

 

「……付け加えると、足裏にも配慮すべきでしたね」

 

「な、なに? うおおっ⁉」

 

 ハヅキがホバー走行を再開する。先ほどよりも速度が速い。それによってパイスーは固い地面をズルズルと引きずられる格好になってしまった。パイスーはうつ伏せに倒れ込む。

 

「停止……糸を切らないとは理解に苦しみますね。貴女なら糸は自由に扱えるでしょうに」

 

「……も、もう一回、お願い出来るかしら? なんだったらスピードもっと上げていいわよ」

 

 パイスーが半身を上げて、右手の人差し指を立てる。ハヅキがやや間を置いて頷く。

 

「……熱烈なリクエストにお応えします……!」

 

「うおおっ! これならどう⁉」

 

「なっ⁉ 摩擦で熱を起こして、糸を燃やした⁉ 火が糸を辿って……むうっ⁉」

 

 ハヅキが火に包まれ、倒れ込む。消火機能を発動して、火は消したが間に合わなかった。

 

「オーバーヒートを起こしちゃったわね……こっちもかなり限界だけど……」

 

 パイスーは一度立ち上がるが、再びうつ伏せに倒れ込む。



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第10話(2)脳筋対能ある鷹

「都だけでなく、王宮まで潜入出来るとは……」

 

 先頭を歩くシモツキが周囲を警戒しながら呟く。

 

「たったの四人だけだがね」

 

 ヤヨイが苦笑する。

 

「多人数では目を引く、致し方ない……」

 

 キサラギがヤヨイに応える。

 

「って、ちょっと待て!」

 

 シモツキが立ち止まる。ヤヨイが尋ねる。

 

「どうしたのさ?」

 

「四人だと? あいつはどうした⁉」

 

「そういえば……いつの間にかいないね」

 

 ヤヨイも周囲を見回して答える。

 

「な、なんだって?」

 

「迷子かね?」

 

「何をやっているんだ!」

 

「大声を出すな、見つかるよ」

 

「戻って探している暇などはない、さっさと進め」

 

「ちっ……」

 

 ヤヨイとキサラギの言葉にシモツキは舌打ちして黙り、前進を再開する。

 

「キサラギ、これもあの方の手引きなのですね?」

 

「はい」

 

 カンナの問いにキサラギが頷く。

 

「こうして王宮まで入れたということは……」

 

「局面を再逆転出来ることが可能だということです」

 

「それはなにより……」

 

「そこまででございます……」

 

「!」

 

 大陸の古代王朝の文官が着ていたような服装に身を包んだ初老の男性がカンナたちの前に現れる。男性が長いあごひげをさすりながら呟く。

 

「緊急用の経路、ここを通ると思っておりました……」

 

「む……」

 

「しかし、直前に情報が入らなければ危なかった。玉座の間に入られては水の泡ですからな」

 

「それはつまり、貴方もクーデター側ということですか……?」

 

「左様です」

 

「何故です⁉ ワス先生! わたくしたちの教師であった貴方が!」

 

 カンナが声を上げる。ワスと呼ばれた男性が答える。

 

「御父君――あえて先王と呼びましょうか――あの方のやり方にはもはやついていけない者が多くなったのです……」

 

「それは文官の皆さんの総意ですか?」

 

「文官に限らず、武官連中もそうです……それだけではなく……」

 

「え?」

 

「民もそうです。政変が起こったというのにも関わらず、都がさほど混乱に陥っていないという実態を目の当たりにしてきたでしょう?」

 

「むう……」

 

「ほとんどの民も歓迎しているということです」

 

「くっ……」

 

「それでもなお抵抗するというのならば……」

 

「‼」

 

 ワスが右手を挙げると、カンナたちの周囲に兵士が現れる。

 

「拘束させていただきます……」

 

「ふん!」

 

「⁉」

 

 ヤヨイが自らに近づいてきた兵士を殴り倒す。

 

「カンナ姫! ここはアタシにお任せを!」

 

「ヤヨイ!」

 

「玉座の間を抑えてしまえば、こっちのもんです! 急いで!」

 

 ヤヨイが飛び上がって、シモツキの前にいた兵士たちを蹴り倒す。

 

「……ヤヨイ、無理はしないで!」

 

「すぐに後を追いかけますよ!」

 

 ヤヨイがウインクする。カンナがシモツキに声をかける。

 

「参りましょう!」

 

「は、はい!」

 

 カンナたちが包囲を突破する。

 

「おらあ!」

 

「ぐはっ!」

 

「そらあ!」

 

「がはっ!」

 

 兵士たちはヤヨイによってあっという間になぎ倒される。ヤヨイが鼻で笑う。

 

「……ふん、こんなもんかい?」

 

「……」

 

「正式な処罰は後にして……と言いたいところだが、ワス先生よ、アンタにも少しお仕置きしなけりゃならないね……」

 

 ヤヨイが両手を組み、指の骨をポキポキと鳴らす。

 

「力を行使するか? そなたは子供の頃からそういうところがあるな……」

 

「野蛮でもなんでも勝手に言うがいいさ、姫を……カンナを守るために強くなったんだ」

 

「ふむ……それは立派な心掛けだ」

 

 ワスの言葉にヤヨイが目を丸くする。

 

「へえ、意外なことを言うね……」

 

「だがな……」

 

「ん?」

 

「お仕置きされるのはそなたの方だ……」

 

「! ははっ、何を言い出すかと思えば、ヒョロヒョロの文官の爺さんがこのアタシに敵うわけがないだろう?」

 

「……人を見かけで判断するなと教えたはずだが?」

 

 ワスが服を脱ぎ捨てる。地面に落ちた服がズシンと音を立てる。ヤヨイが驚く。

 

「は⁉」

 

「これでもヒョロヒョロだというか?」

 

 上半身裸になったワスの体は筋骨隆々という言葉が良く似合うものだった。

 

「い、一朝一夕で手に入る肉体じゃない。そんなにマッチョだったのか……」

 

「『能ある鷹は爪を隠す』ということわざも教えたはずだが?」

 

「あいにく脳筋なもので……」

 

「ふっ、それもそうだったな……」

 

「いや、そこは否定してくれよ! 傷つくから!」

 

「どうでもいい、お仕置きの時間だ……」

 

 ワスが構える。

 

「……やめた」

 

 ヤヨイが腰の剣に手をかけるが、鞘ごと投げ捨てる。ワスが首を傾げる。

 

「何故捨てる?」

 

「素手の老人相手に剣を使っただなんて知られたらアタシの武名に傷がつくだろうが」

 

「心配はいらん」

 

「あん?」

 

「いずれにせよ、そなたの武名とやらは数分後には潰える」

 

「抜かせ!」

 

 ヤヨイが飛びかかる。

 

「ふっ……!」

 

 ワスはヤヨイの突進をかわし、その太い左腕に飛びつき、両脚で挟んで横に倒れ込む。引っ張られるように倒れたヤヨイが驚く。

 

「と、飛びつき腕ひしぎ十字固めだと⁉」

 

「……我ながら見事に極まったものだな」

 

 ワスがヤヨイの左腕を伸ばす。ヤヨイが顔を歪める。

 

「ぐっ……」

 

「……投降しろ」

 

「ああん⁉」

 

「このままでは左腕が折れるぞ」

 

「うぐ……」

 

「そなたのことも子供の頃からよく知っている。大人しく投降しろ。悪いようにはせん」

 

「それはそれは……お優しいことで!」

 

 ヤヨイがジタバタとする。ワスが声を上げる。

 

「やめろ! 本当に折れるぞ! 分かっているだろう!」

 

「折ってみろよ!」

 

「なっ⁉」

 

「こんなことで降参したら、カンナに合わせる顔がないね!」

 

「つまらん意地を張るな!」

 

「今意地を張らないで、いつ張るんだよ!」

 

「愚かな……」

 

「うおおっ!」

 

 ヤヨイがさらにジタバタとする。ワスは深いため息をつく。

 

「はあ……」

 

「離せ!」

 

「仕方がない……な!」

 

「⁉ ぬおおっ……!」

 

 鈍い音が響く。ヤヨイが動きを止め、うめき声を上げる。

 

「しばらく大人しくしておけ……さて、姫様たちを追うとするか……」

 

「……待ちな」

 

「ん?」

 

「うおりゃあ!」

 

「ごはっ⁉」

 

 立ち上がったワスの顔面にヤヨイが強烈な右ストレートパンチを叩き込む。

 

「はあ、はあ……」

 

「ば、馬鹿な……腕を折られて、そんなにすぐに動けるはずが……」

 

 ワスが気を失う。

 

「どんなに鍛えていても根っこは文官だね……書物だけに書かれていることが全てじゃないよ。左腕一本くらいくれてやらあ……いや、やっぱ痛いもんは痛いね……」

 

 ヤヨイが苦笑しながら、腕を抑えて膝をつく。



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第10話(3)彼女が甲冑を着替えたら

「ヤヨイ、大丈夫でしょうか……」

 

 カンナは走りながら、心配そうに後ろを振り返る。

 

「奴なら大丈夫ですよ。熊でもそうそう倒せない」

 

「いや、象でもまず倒せんだろう……」

 

「ふ、二人とも、随分と好き勝手言っていますね……」

 

 シモツキとキサラギの言葉にカンナが戸惑う。

 

「それは冗談ですが……」

 

「じょ、冗談なのですか……」

 

「後を追いかけると言っていたではありませんか!」

 

「! 確かに……」

 

「それを信じましょう!」

 

「そうですね……」

 

 シモツキの言葉に対し、カンナが頷く。

 

「玉座の間に急ぎましょう!」

 

「そうはさせん……!」

 

「む!」

 

 走る三人の目の前に大剣が振り下ろされる。三人は散らばってそれをかわす。

 

「ふん、かわしたか……」

 

 綺麗な金髪をたなびかせ、甲冑に身を包んだ、碧眼の美女が大剣を肩に担ぎ直して、三人の前に立ちはだかる。カンナが驚く。

 

「ミ、ミナ⁉」

 

「ご機嫌麗しゅう、姫様……」

 

 ミナと呼ばれた女性は大剣を床に突き立てると、右手を左脇に添え、右足を左足の後ろにもっていき、左膝を少し折り曲げて、頭を軽く下げて一礼する。

 

「あ、貴女までも……」

 

 シモツキが声を上げる。

 

「き、貴様は元々、姫様のガードとして雇われたのではないか⁉」

 

「ああ」

 

「それが姫様に対し、刃を向けるというのか⁉」

 

「うむ」

 

「……あ、あっさりとしているな……恥ずかしいと思わんのか⁉」

 

「別に思わないな」

 

「なっ⁉」

 

「よりよい条件を提示されたので……そちらに移るまでだ」

 

「そ、そんなことが……」

 

「傭兵だからな。どうぞ悪しからず」

 

 戸惑うシモツキに対し、ミナがふっと微笑む。シモツキが唇を噛む。

 

「くっ……」

 

「さて……」

 

 ミナが大剣を構え直す。

 

「はっ!」

 

「!」

 

 次の瞬間、煙がもくもくと立ち込める。キサラギが叫ぶ。

 

「シモツキ! 姫様を連れて先に進め!」

 

「し、しかし⁉」

 

「こいつは俺が相手をする! 早くしろ!」

 

「ああ! 姫様、急ぎましょう!」

 

 煙が晴れたころには既にカンナとシモツキの姿は無かった、ミナが舌打ちする。

 

「ちっ、煙幕とは古典的なことを……まあいい」

 

「む……?」

 

「行き先は分かっている。貴様をさっさと片付けて追いかければ済むことだ……」

 

 ミナが大剣の切っ先をキサラギに向ける。

 

「その言葉……」

 

「ん?」

 

「そっくり返すぞ!」

 

「むっ!」

 

 キサラギが飛んで、苦無で斬りかかるが、ミナが大剣でそれを防ぐ。

 

「はっ! はっ! はっ!」

 

「くっ! ぬっ! むっ!」

 

 キサラギが連撃を仕掛ける。ミナがなんとかそれを防ぐ。

 

「どうした⁉ さっさと片付けるのではなかったのか⁉」

 

「ちっ! 鬱陶しいな!」

 

「おっと!」

 

 ミナが大剣を勢い良く横に薙ぐが、キサラギはバク転でかわす。ミナが再び舌打ちする。

 

「ちっ、思ったよりすばっしっこいな……」

 

「ふう……」

 

「どうした? スタミナ切れか?」

 

「……」

 

「おいおい無視か。寂しいな」

 

 ミナが苦笑する。キサラギはミナから目を逸らさずに考えを巡らせる。

 

(模擬戦などで手合わせをしたことがないからな……思ったよりもやるというのはこちらも同じような思いだ。あの大剣を器用に使いこなすとは、さすがは名うての傭兵か……)

 

「考え事とは余裕だな!」

 

「うおっ‼」

 

 ミナが距離を詰め、大剣を振る。キサラギが苦無でそれを受け止めるが、衝撃を吸収しきれず、後方に吹っ飛ばされる。ミナが顎をさすりながら呟く。

 

「ふむ、大した反応だ……」

 

(かなりのパワーだ……力勝負では分が悪い……それならば!)

 

「おっ?」

 

 倒れていたキサラギがバッと起き上がり、構えを取る。

 

「手数で圧倒する!」

 

「‼」

 

 キサラギがあっという間にミナの懐に入り、苦無を素早く振り回す。

 

「はあっ! えいっ! それっ!」

 

「うぐっ! むぐっ! ぬぐっ!」

 

 キサラギの振るった苦無が厚い鎧の隙間部分を正確に斬りつけたため、ミナはその端正な顔を思わずしかめさせる。首筋に隙が出来る。キサラギが叫ぶ。

 

「もらった!」

 

「そうはさせん!」

 

「どおっ⁉」

 

 ミナが大剣を振り上げる。キサラギはなんとかかわすが、風圧で飛ばされる。

 

「ちっ、これもかわすか……」

 

「首筋を空けたのは誘いだったか、油断ならんな……」

 

「しかし、そのスピードは厄介だな……仕方がない」

 

「⁉」

 

 キサラギが驚く。ミナが鎧を脱ぎ捨て、黒いスポーツブラとスパッツのみの恰好になったからである。ミナが左手で体を扇ぐ。

 

「あ~やっぱり涼しいな……」

 

「なっ、なっ……⁉」

 

「どうした?」

 

「そんな薄着になるとは……何を考えている⁉」

 

「貴様こそ何を考えている? はは~ん、さては女の肌を見るのは初めてか?」

 

「そ、そういうわけでは……い、いや、そんなことはどうでもいい! そんなに肌を露出するとは弱点をさらけ出しているようなものだぞ⁉」

 

「ご心配いただいて嬉しいな……ただ、守りを考えていては勝てない相手だと思ったのだ」

 

「ど、どうなっても知らんぞ!」

 

「貴様の武器さばきは既に見切ったさ……」

 

 ミナが大剣をゆっくりと構え直す。キサラギが呟く。

 

「接近戦は危険だということはさすがに理解した……」

 

「ほう……」

 

「これならどうだ!」

 

 キサラギが数枚の手裏剣を投げつける。手裏剣は鋭い軌道を描いてミナに向かって飛ぶ。

 

「はんっ!」

 

「な、なんだと⁉ はっ⁉」

 

 キサラギは再び驚く。ミナが手裏剣をことごとくかわしたかと思うと、次の瞬間、自らの懐へと入ってきたからである。ミナが大剣を横に薙ぐ。

 

「そらあっ!」

 

「ちっ⁉」

 

「……なにっ⁉ 手応えありかと思ったら、身代わりの術か……」

 

 ミナが苦笑しながら大剣をかざすと、そこには丸太が突き刺さっていた。キサラギは横方向に飛んで距離を取り、驚き交じりで呟く。

 

「な、なんというスピードだ……」

 

「身軽になったからな。どうする? これで貴様の有利は失われたぞ?」

 

「どうやらそうなるな……」

 

「なんだ、認めるのか?」

 

 ミナが拍子抜けといった表情になる。キサラギがわずかに首を傾げる。

 

「……なにをがっかりしている?」

 

「もっとこうなにかないのか? 煙幕、手裏剣、身代わりの術と来たら次はなにかと期待が大いに膨らむだろう?」

 

「別に期待に応える義務などないだろう……」

 

「ファンサービスもニンジャの務めだろう?」

 

「なんだファンとは……まあ、諦めはしないが!」

 

「おおっと⁉」

 

 キサラギが分身して、ミナに迫り苦無を振りかざす。

 

「喰らえ!」

 

「邪魔な分身を片付け、返す刀で……⁉」

 

「ぐおっ……」

 

 キサラギが脇と苦無を使って、大剣を防ぐ。もっとも完璧とは言えず、腹に傷を負う。

 

「なっ⁉ 本体であえて攻撃を受けただと⁉」

 

「あらためて……喰らえ!」

 

「ぐはっ⁉」

 

 分身の攻撃を受け、ミナが倒れ込む。キサラギが苦笑する。

 

「期待に沿えたか? ……こちらもダメージが……骨を断つ前に肉を切らせ過ぎた……」

 

 キサラギは苦しそうに脇腹を抑えながら、片膝をつく。



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第10話(4)運命を覆す

「キサラギ……平気でしょうか?」

 

 カンナは走りながら不安そうに後ろを振り向く。

 

「平気です!」

 

 前を走るシモツキが大きな声を上げる。カンナがやや戸惑う。

 

「……これはまた、断言しましたね」

 

「はい!」

 

「その根拠はなんでしょうか?」

 

「キサラギ……あいつは、いつもクールぶって、とにかく恰好をつけて、なにかと我を小馬鹿にしてきて、正直いけ好かない奴ではありますが……」

 

「は、はあ……」

 

「ですが、やる時はやる男です!」

 

「!」

 

「それについては姫様もよくご存知なはずです!」

 

「……はい、そうですね!」

 

「ご安心いただけましたか⁉」

 

「ええ! とっても!」

 

 カンナが笑顔で頷く。

 

「それでは先を急ぎましょう!」

 

「そこまでですよ……」

 

「む!」

 

 シモツキの走る前に矢が突き刺さり、シモツキは慌てて立ち止まる。

 

「ここらへんで観念していただきましょうか……」

 

 金色の錫杖を持った、立派な法衣を身に纏い、これまた立派な頭巾を被った妙齢の女性が、弓兵を何人か引き連れて現れる。その女性を見てカンナが驚く。

 

「ウ、ウヅキ様! 貴女様までもが……」

 

「姫様……」

 

「な、何故ですか⁉」

 

「ふむ……これも運命、なのでしょうね……」

 

 ウヅキと呼ばれた女性は細い目をさらに細めて悲しげに呟く。カンナが呆然とする。

 

「さ、運命……そ、そんな……」

 

「ふざけるな!」

 

「! シ、シモツキ……」

 

「運命などとそのような曖昧な言葉で片づけようとするな!」

 

 戸惑うカンナの前に立ち、シモツキが槍をかざす。ウヅキがため息をつく。

 

「はあ……シモツキ、貴方という人は子供の時分から……」

 

「なにかと反抗的で申し訳ありません!」

 

「いいえ、とにもかくにも愚かですね……」

 

「と、とにもかくにも愚か⁉ そ、そんな風に思われていたのですか⁉」

 

 シモツキが思いもがけないあんまりな言われように愕然となる。ウヅキが頷く。

 

「ええ……」

 

「くっ……と、とにかく! そこを避けてもらいます!」

 

「残念ながらそれは出来ない御相談ですね」

 

「ならば押し通るまでです!」

 

 シモツキが槍を構える。ウヅキが呆れ気味に話す。

 

「愚かさもここまで来るとは……これだけの弓兵相手に槍一本でどうする気なのですか?」

 

「気になるのでしたら、かかってくるといい!」

 

「……構え」

 

「……」

 

 ウヅキが片手を挙げると、弓兵たちが一斉に弓を構える。ウヅキがその手を下げる。

 

「放て!」

 

「うおおおっ!」

 

「なっ⁉」

 

 ウヅキと弓兵たちが驚く。シモツキが槍をクルクルと回転させて、飛んでくる矢をことごとく叩き落としてみせたからである。シモツキが胸を張って叫ぶ。

 

「……どうだ!」

 

「そ、そんな馬鹿な……有り得ない……」

 

「運命なんてものの方が馬鹿馬鹿しくて有り得ん!」

 

「な、なにを⁉」

 

「そんなものはいくらでも覆してやる! うおおっ!」

 

 シモツキが槍を振るい、前に立つ弓兵たちを何人か倒す。ウヅキが戸惑う。

 

「む、むう……!」

 

「前方が空きました! カンナ様、どうぞお先に!」

 

「シ、シモツキ!」

 

「ここから玉座の間まではもはや目と鼻の先です! 急いで!」

 

「は、はい! で、ですが……」

 

「心配ご無用! 我もすぐに後を追いかけます!」

 

「分かりました! ここはよろしく頼みます!」

 

 カンナが頷いてその場から走り出し、玉座の間へと向かう。ウヅキが声を上げる。

 

「先に行かせるな! 脚を射抜け!」

 

「そうはさせんぞ! うおりゃあ!」

 

「⁉」

 

 シモツキが槍を振り回し、弓兵たちをあっという間になぎ倒してみせる。

 

「どうだ!」

 

「ちっ……」

 

「ウヅキ様! 投降するのならば今の内です!」

 

「投降? ……そんなことするわけがないでしょう……」

 

「それならば仕方がありません! 少々痛い目を見ていただきます!」

 

「……この私に槍を向けるというのですか?」

 

「先に姫様に対して弓引いたのはあなたの方だ!」

 

「ふん……」

 

「ご心配なく! 出来る限りの手加減はいたします! はああっ!」

 

「……それには及びませんよ」

 

「な、なにっ⁉」

 

 シモツキが驚く。シモツキの繰り出した鋭い槍を、ウヅキが事もなげに手に持った錫杖で受け止めてみせたからである。ウヅキがふっと笑う。

 

「ふふっ……手加減というか、なんともお粗末な槍さばきですね……」

 

「そ、そんな……」

 

「運命を覆すだとかなんとか御大層なことを言っておいて……所詮はこんなものですか?」

 

「お、おのれ!」

 

 シモツキが錫杖をグイっと押し退ける。ウヅキはやや後ろに下がる。

 

「おおっと……」

 

「せい! えい! てい!」

 

「はっ、よっ、とっ……」

 

 シモツキが素早く繰り出す連撃をウヅキは冷静に受け流してみせる。

 

「な、なんだと……」

 

 シモツキが信じられないものを見たという表情になる。ウヅキが呟く。

 

「ふむ……まだまだ修行が足らないようですね。もっとも……」

 

「え?」

 

「時すでに遅しですがね!」

 

「どわあっ!」

 

 ウヅキの繰り出した突きに反応しきれず、攻撃をまともに喰らってしまったシモツキが後方に吹っ飛んで転がる。それを見てウヅキが苦笑する。

 

「……ふっ、かろうじて受け身だけは取りましたか」

 

「ぐうっ……」

 

「技のキレや冴えなど、私が上回っているようですが……投降するというなら今ですよ?」

 

 ウヅキがわざとらしく小首を傾げてみせる。

 

「……まだだ」

 

「はい?」

 

「まだだ! 技で劣るというのならば、力で勝るまで! どおりゃあ!」

 

「うおっ⁉」

 

 シモツキの強烈な攻撃で、今度はウヅキが後退を余儀なくされる。シモツキが声を上げる。

 

「どうだ! ここから一気に畳みかけるぞ!」

 

「ええい、鬱陶しいことこの上ない!」

 

「⁉ が、がはっ……」

 

 地面に突き立てた錫杖が光ったかと思うと、衝撃波が発生し、それを喰らったシモツキが膝をつく。ウヅキがややずれた頭巾を被り直しながら呟く。

 

「ふう……まさか貴方相手にこの力を使うことになるとはね……」

 

「くっ、な、なんという威力だ……」

 

「ほう、まだ立ち上がれますか……ですが、貴方はもう私に近づくことは出来ませんよ」

 

「……そんなことはやってみなくては!」

 

「分からない方ですね!」

 

「がはあっ⁉」

 

 飛びかかろうとしたシモツキに、ウヅキは再び衝撃波を喰らわせる。シモツキが倒れる。

 

「まったく……本当に呆れる方ですね……」

 

「まだだ……」

 

「なんですって?」

 

 シモツキがバッと勢いよく立ち上がる。

 

「三度目の正直だ!」

 

「二度あることは……三度ある!」

 

「……と見せかけて!」

 

「なにっ⁉ がはっ⁉」

 

 シモツキが落ちていた弓を手に取り、槍をつがえ、矢のように放つ。槍がウヅキに刺さる。

 

「な、なにごともやってみるものだな……」

 

「槍を矢の代わりにするとは……な、なんという……」

 

「ち、巷では剛腕などと言われておりますので……」

 

「ち、違います……」

 

「えっ?」

 

「そのようなご立派なものではありません……」

 

「で、では、なんですか?」

 

「こ、これは……」

 

「こ、これは?」

 

「ただの馬鹿力です……くっ」

 

「! そ、そんな……ぐっ」

 

 三度目の衝撃波を喰らったシモツキはウヅキと同時にその場に崩れ落ちる。

 

「はあ、はあ、はあ……」

 

 カンナがついに玉座の間にたどり着く。警備する兵などはまったくいない。

 

「カンナ! いや、姫様! ここまでよくぞご無事で!」

 

「⁉」

 

 カンナに声をかけて近づいてくる男性がいる。スラっとした長身で、眼鏡をかけた短髪でハンサム、かつ穏やかそうな男性である。服装は神職が着るものと同じものを羽織っている。

 

「ムツキ……」

 

「いやいや、心配していたのですよ。僕も手助けに参ろうと思っていたのですが、こちらの安全を確保することに思ったより手間取ってしまって……」

 

 ムツキと呼ばれた男性は眼鏡のつるを触りながら語る。

 

「……キサラギの話によると、貴方が手引きをして下さったそうですね?」

 

 乱れていた呼吸を整えてから、カンナは尋ねる。

 

「ええ、そうです。本来は別の場所を用意していて、ひとまずそこに潜伏してもらおうかと思っていたのですが……情報を集めたところ、王宮の警備が薄いというのが分かりまして」

 

「玉座の間を抑えれば、王宮全体の制圧することも容易だと……」

 

「はい。オセロの角を取るようなものです。王宮を取り戻せば、政変を起こした側にもたちまち動揺が起こり、勢力の速やかな瓦解につながるでしょうから」

 

「なるほど、そうですか……」

 

「実態は案外と脆いものですよ。この政変、さほど周到に用意されたものではないようです」

 

「ふむ、それでは……」

 

「ええ、直ちに玉座の間に姫様が戻られたことを伝えて参ります。この王宮、そして都にいる兵士はすぐさま己のした行為を悔やみ、恥じ入り、あらためて姫様、そして、国王陛下に厚い忠誠を誓うことでしょう。我らが愛の国はこれで安泰と安寧を取り戻します……」

 

「お待ち下さい、ムツキ、いや、ムツキ様……」

 

 カンナがその場を離れようとしたムツキを呼び止める。ムツキが振り返る。

 

「? どうかされましたか?」

 

「……わたくしは幼きころ、貴方のことをとても好いておりました……」

 

「! きゅ、急に何をおっしゃるのですか……」

 

 カンナのいきなりの告白にムツキが困惑した様子を見せる。

 

「いつも貴方ばかり見ておりました……それ故に分かってしまったことがあります」

 

「分かってしまったこと?」

 

「……貴方は嘘をつくとき、眼鏡のつるを触る癖があります」

 

「‼」

 

 ムツキの穏やかな顔が一変し、険しいものになる。

 

「……このクーデターの首謀者は貴方ですね、ムツキ……!」

 

 カンナがムツキをキッと睨みつける。



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第11話(1)お眼鏡違い

                  11

 

「……ふっ、やはり貴女という人は聡明だ……」

 

 ひと呼吸置いてから、ムツキが笑う。

 

「ムツキ、否定しないのですね……」

 

「ああ、眼鏡のつるうんぬんは実はかまをかけていたとか? 残念ながら、僕にもそれほどの余裕があるわけではないのですよ」

 

 ムツキが肩をすくめる。

 

「そ、そんな……」

 

 カンナが信じられないといった表情になる。ムツキがそれを見て首を傾げる。

 

「? そこまでショックを受けることですか?」

 

「そ、それは受けるでしょう!」

 

「何故?」

 

「何故って、貴方はわたくしにとっては家庭教師または師匠のような存在……!」

 

「そこです」

 

 ムツキが右手の人差し指を立てる。

 

「え?」

 

「何故王女の教育係に僕が任命されたのかご存知ですか?」

 

「そ、それは、貴方が周囲に比べてひときわ優秀だから……」

 

「そう、僕は努力に努力を重ねた……群を抜くためにね。それは何故でしょうか?」

 

「な、何故?」

 

「そうです、何故でしょう?」

 

「……分かりません」

 

 カンナが首を左右に振る。ムツキは笑みを浮かべながらため息をつく。

 

「はあ……好いていたというわりには、僕のことに関してはそれほど興味があったというわけではないようですね」

 

「そ、そんな……」

 

「よくある憧れの一種に過ぎなかったのでしょう。それを好意だと勘違いした……」

 

「そんなことはありません!」

 

 カンナが声を上げる。ムツキが手を挙げてそれをなだめる。

 

「まあ、それは別にどうでも良いのです」

 

「良くはありません!」

 

「それよりも」

 

「それよりも?」

 

「……僕の血筋については特にお調べになっていないようですね」

 

「血筋?」

 

 首を傾げるカンナを見て、ムツキが再度ため息をつく。

 

「……王女のまわりも大分うかつというか……いや、僕がすっかり舐められていたということでしょうか……まあ、そのように振る舞った部分もありますが……」

 

「話が見えません」

 

「……僕も王家の血を引く者なのですよ」

 

「!」

 

 ムツキの言葉を聞いてカンナが驚く。

 

「とは言っても、大分遡らなければなりませんが……四国が現在に近い状態に分かたれた辺りまでですね……そう、この『愛の国』が成立した頃です」

 

「……」

 

「王宮内の権力闘争に敗れた僕の先祖は、王家自体から追放された……ご丁寧に――当然と言えば当然なのですが――その存在は記録の類からほぼ抹消されております」

 

「な、なんと……」

 

「……とは言っても、聡明な貴女ならばある程度調べれば分かる、察しがつくことだと思ったのですが……やはり僕に対してそれほどの興味関心が無かったということですね」

 

「そ、そんなことは……!」

 

「いえ、別にショックなどは受けておりません。それは大した問題ではありませんから……そんなことよりもあらためて……」

 

 ムツキが眼鏡の蔓を触りながら話す。

 

「あらためて?」

 

「……この国を僕のものにさせて頂きます」

 

「! な、なにを⁉」

 

「今申し上げたように、僕も王家の血を引く者……この国を治める資格は有している」

 

「し、資格があるからと言って……」

 

「ん?」

 

「国民がいきなりの話に納得するでしょうか?」

 

「まあ、血筋の話はあくまでおまけのようなものです」

 

「おまけ?」

 

「……国民からたいへん人気のある貴女の師匠的な存在ということで、僕自身も大分崇敬を集めています。権力移行は存外スムーズに進むことでしょう。これは貴女に感謝しなければならないかもしれませんね」

 

 ムツキが微笑む。カンナが俯きがちに呟く。

 

「それならば……」

 

「はい?」

 

「わたくしをこのままにしておくわけにはいかないでしょう!」

 

 カンナが顔を上げ、薙刀を構える。

 

「ふむ、それは確かにそうですね……」

 

 ムツキが腕を組んで頷く。カンナがさらに声を上げる。

 

「投降なさい!」

 

「? 何故そうなるのです?」

 

「貴方と争いたくはありません!」

 

「その口ぶり……争った結果が既に見えているようですね」

 

 笑みを浮かべるムツキに対し、カンナが薙刀の切っ先を向ける。

 

「貴方もよく知っての通りです! 今やわたくしの薙刀の腕前は貴方の武芸を遥かに凌駕した、してしまった!」

 

「……これ以上は無駄な抵抗だと」

 

「そういうことです!」

 

「ふむ……」

 

 ムツキがカンナにゆっくりと近づく。カンナが戸惑い気味に声を上げる。

 

「む、向かってくるのなら容赦はしませんよ!」

 

「ほう……」

 

「素手の貴方に何が出来るというのです!」

 

「……こういうことが出来ます」

 

「がはっ⁉」

 

 ムツキが右手を掲げると、衝撃波のようなものが発生し、カンナが壁にめり込む。

 

「僕の本領はこちらですよ? 武芸など僕に言わせれば児戯のようなものです」

 

「ぐっ……!」

 

 壁から床に落ちたカンナが尻餅をつく。ムツキが淡々と呟く。

 

「……薙刀を手放さないのは感心すべきところでしょうか。もっともその体勢では満足に振れないと思いますがね」

 

「ちょ、超能力……?」

 

「そういう俗っぽい言い方はあまり好きではありませんね。僕は神官の血を汲む者でもあります。言うなればこれは神力です」

 

「神力……」

 

 ムツキが三度ため息をつく。

 

「貴女が聡明だというのはどうやら僕のお眼鏡違いだったのかもしれませんね。僕のこの力に全く気が付かないとは……眼鏡のレンズ、交換しましょうかね……」

 

 ムツキがわざとらしく眼鏡を外す。カンナが呟く。

 

「……眼鏡をかけていた方が良かったですよ」

 

「何? うおっ⁉」

 

 カンナが薙刀を横向けにかざす。薙刀が光る。その眩しさにムツキがたじろいだ隙に、カンナはすっと立ち上がり、薙刀を構えて叫ぶ。

 

「もう一度言います! ムツキ! 投降なさい!」



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第11話(2)おじさんって

「甘いですね……」

 

「?」

 

「僕が眩しさにたじろいだ瞬間、その薙刀で突けば良かったのに!」

 

「!」

 

「呑気に呼びかけるから反撃の隙を与える!」

 

「ぐっ!」

 

 ムツキが両手を前に出す。カンナが壁に吹っ飛ばされる。

 

「このまま……圧し潰してしまっても……」

 

「そ、そうはさせない!」

 

「むっ⁉」

 

 カンナが壁際から転がるように離れる。ムツキが感心する。

 

「単純に力を込めるだけで圧力から逃れましたか……大したものですね」

 

「……なさい」

 

「え?」

 

「投降なさい!」

 

 体勢を立て直したカンナが薙刀を構えて声を上げる。ムツキがため息をつく。

 

「はあ……だから、それが甘いのですよ……」

 

「ではどうすれば良いのですか⁉」

 

「そんなことまで教えなければならないのですか?」

 

「……」

 

「今、貴女に出来ることは僕を倒すか、もしくは倒されるか、です……」

 

 ムツキは自身の首筋をとんとんと叩いてみせる。

 

「そ、そんなことが出来るわけがないでしょう!」

 

「何故?」

 

「な、何故って……」

 

「今、貴女の目の前に立っているのはクーデターを起こした首謀者ですよ?」

 

「たとえそうであっても! それ以前に!」

 

「それ以前に?」

 

「幼いころから貴方のことを知っていました! 慕っていました!」

 

「ふむ……」

 

「まるで近所のおじさんのようだと思っていたのに!」

 

「き、近所のおじさん⁉」

 

 ムツキがカンナの言葉に面喰らう。

 

「ええ!」

 

「そ、そこはお兄さんとかじゃないのですか⁉」

 

「いいえ、おじさんです!」

 

 カンナはぶんぶんと首を振る。ムツキが戸惑う。

 

「そ、そこまで互いの年齢は離れていないと思うのですが……」

 

「はっ!」

 

 カンナが薙刀を地面にこすらせ、火を巻き起こす。ムツキはなんとかそれをかわす。

 

「むう!」

 

「逃がしません!」

 

 カンナがムツキのかわす方向を先読みし、その辺りをどんどんと燃やしていく。

 

「くっ……」

 

 ムツキがあっという間に火に囲まれる。

 

「逃げ場はありませんよ!」

 

「あまり舐めないで頂きたい!」

 

「むっ⁉」

 

 ムツキが右手を水平に振ると、強風が吹き、火が消える。ムツキがその方向に走り、火の包囲から抜け出す。

 

「これくらいの包囲ならば、いくらでも突破出来ますよ!」

 

「その神力……やはり厄介ですね……」

 

「それはなんといっても神の力ですからね」

 

 ムツキはわざとらしく胸を張る。

 

「ならば!」

 

「うおおっ⁉」

 

 カンナが薙刀をかざすと、ムツキの周囲でいくつかの破裂音がする。ムツキがたまらず自らの両腕を抑える。それを見てカンナが淡々と分析する。

 

「体ごと吹き飛ばすほどの威力を発したつもりでしたが、それも神力でしょうか、何らかの障壁を展開して、ダメージを最小限に抑えた……?」

 

「ぐ、ぐう……」

 

「しかし、両の腕は使い物にならないはず。貴方の神力は防ぎました」

 

「しょ、勝利を確信したつもりですか? それはいささか気が早いのでは?」

 

 ムツキが苦しげに笑みを浮かべる。カンナが頷く。

 

「それもそうですね、ダメ押しと参りましょう……」

 

「む……?」

 

「それっ!」

 

 カンナが薙刀を上下に振るう。雷が発せられ、ムツキの体を貫く。

 

「ぐはっ……!」

 

 ムツキが仰向けに倒れる。ムツキが呟く。

 

「障壁を展開していても、なかなか防げるものではありません……」

 

「ぐっ……」

 

「……終わりですね」

 

 カンナがゆっくりとムツキに近づく。

 

「……はっ! はーはっはっは!」

 

「……なんですか?」

 

 いきなり笑い出したムツキをカンナは怪訝そうに見つめる。

 

「ははは……」

 

「気でも変になりましたか?」

 

「いやあ、おかしくてね」

 

「おかしい?」

 

「ええ、この状況がです」

 

「貴方が無様に倒れ込んでいる状況がですか?」

 

「それもあります」

 

「それも? それ以外になにが?」

 

 カンナがわずかに首を傾げる。

 

「僕がただ笑ったとお思いですか?」

 

「なんですって?」

 

「確認をしたのですよ」

 

「確認?」

 

「そうです……」

 

「おっしゃる意味が分かりません……」

 

「……!」

 

「⁉」

 

 ムツキがなにやらぶつぶつと呟いた次の瞬間、カンナの体が激しく横殴りされたようになり、カンナは膝をつく。ムツキはゆっくりと半身を起こす。

 

「ふふっ……」

 

「……文章を読んだ?」

 

「ご明察、言霊の力ですよ」

 

「そ、そんなことが……」

 

「口を塞がなかったのは迂闊でしたね。神官や僧侶は口が主な武器のようなものです」

 

 ムツキが笑みを浮かべながら立ち上がる。

 

「むう……」

 

「……はっ!」

 

「なにっ⁉」

 

 ムツキが両手を振り下ろす。カンナがうつ伏せに地面に押し付けられる。

 

「わずかではありますが、両腕も回復させました。形勢逆転ですね」

 

 ムツキがカンナを見下ろしながら呟く。



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第11話(3)援軍対神器

「ぐう……」

 

「さて……」

 

「む……」

 

「これで終わりにして差し上げましょう……⁉」

 

「うおおっ!」

 

 ムツキが手を掲げたその瞬間、ヤヨイが斬りかかってきた。

 

「おっと!」

 

「ちっ!」

 

 ヤヨイの振り下ろした剣をムツキがかわす。

 

「ヤ、ヤヨイ……」

 

「カンナ、ムツキのおっさんが首謀者ってことかい?」

 

「え、ええ……」

 

「そうか、分かった……」

 

「お、おっさんって……だから貴女たちとはそんなに年齢は離れていませんよ……」

 

「黙れ!」

 

「むっ……」

 

 ヤヨイが剣を振るうが、ムツキはまたもかわす。

 

「すばしっこいな……」

 

「貴女の動きが鈍いのでは? 見たところその左腕……」

 

「ふん!」

 

「はっ!」

 

「なにっ⁉」

 

 ムツキがどこからか発生させた剣を取って、ヤヨイの剣を防ぐ。

 

「ふむ……」

 

「アタシの剣を防ぐ……ここまでの使い手だったとは予想外だ」

 

「……これくらいで予想外と言われても困りますね」

 

「なんだと?」

 

「むん!」

 

 ムツキがヤヨイの剣を弾く。

 

「しまっ……」

 

「はあっ!」

 

「!」

 

 ムツキの振るった剣を食らい、ヤヨイの大きな体が凍り付く。

 

「左腕さえ折れていなければ、もう少し分からなかったかもしれませんね……」

 

 ムツキが剣を鞘に納め、腰に提げる。カンナが驚く。

 

「こ、氷の剣? ヤ、ヤヨイ……!」

 

「ご心配なく。ちょっとうるさいから凍らせただけです。命に別条はありません」

 

「い、生きている……?」

 

「ええ、ただ、これを砕いたりすれば……」

 

 ムツキが鞘に手をかける。カンナが声を上げる。

 

「! やめて!」

 

「……させん!」

 

「おおっと!」

 

 キサラギが苦無で斬りかかるが、ムツキが剣を抜いてそれを防ぎ、その場から後退する。

 

「キサラギ!」

 

「申し訳ございません、遅くなりました……」

 

「忠実なる忍者のご登場ですか……」

 

「貴様がクーデターの首謀者だったとはな……」

 

「ええ……」

 

「まんまと欺かれたぞ……」

 

「ふふっ、なにも知らずに連絡係を務めて下さってありがとうございます。おかげで姫の情報はこちらに筒抜けでしたよ」

 

「……借りはキッチリと返してもらう!」

 

「むっ!」

 

「はああっ!」

 

「おおっ⁉」

 

 キサラギがあっという間に間合いを詰め、ムツキに斬りかかる。ムツキはこれも防ぐ。

 

「はっ、はっ、はっ!」

 

「よっ、ほっ、とっ!」

 

 キサラギが素早い連続攻撃を仕掛けるが、ムツキはなんとかこれも凌ぐ。

 

「……ここまでやるとは」

 

「貴方ももうボロボロのわりにはなかなか動けますね……目を見張るスピードだ」

 

「ふん、もっと上がるぞ……」

 

「え?」

 

「止められるものなら止めてみろ!」

 

 キサラギが後ろに数歩下がってから飛びかかる。

 

「うおっ⁉ ならばこれです!」

 

「‼」

 

 ムツキがどこからか取り出した鏡から雷が発せられ、キサラギの体を貫く。キサラギはうつ伏せに倒れ込む。ムツキが額の汗を拭う。

 

「ふう……なかなか焦りましたよ」

 

「こ、今度は鏡……キサラギ!」

 

「急所は外しました……というか、とっさにかわしましたね、大したものです」

 

 ムツキが感嘆とする。カンナがほっとする。

 

「よ、良かった……」

 

「やはり厄介な存在です……ここでとどめを刺しておきますか……」

 

 ムツキが鏡をしまい、再び鞘に手をかける。カンナが叫ぶ。

 

「や、やめなさい!」

 

「うおおっ!」

 

「うおおっと!」

 

 シモツキが突き出した槍をムツキは横っ飛びしてかわす。

 

「シモツキ!」

 

「カンナ様! たいへん遅くなりました! 申し訳ございません!」

 

「……」

 

「どうした! 驚きのあまり声も出ないか⁉」

 

 シモツキがムツキに向かって声を上げる。

 

「ええ、貴方がここまでたどり着くのは予想外でした」

 

「な、なんだと⁉」

 

「かなり戸惑っています……」

 

「ば、馬鹿にするな!」

 

「いえ、むしろ感心しているのです」

 

「どっちでも良い! 喰らえ!」

 

「むう!」

 

「そらっ! それっ!」

 

「む! ぬ!」

 

 シモツキの繰り出す鋭い突きをムツキはかろうじてだが、かわしてみせる。

 

「ぐうう……」

 

「距離を取りますか……」

 

 ムツキが言葉通り、シモツキから離れる。シモツキは笑みを浮かべる。

 

「それは悪手だぞ! それっ!」

 

「はっ!」

 

「⁉」

 

 ムツキが取り出した勾玉を握りしめると、強風が巻き起こり、シモツキは自ら投じた槍ごと吹き飛ばされて、壁に叩きつけられる。ムツキが淡々と呟く。

 

「剣、鏡、そして勾玉……神器の力のお陰ですね……」

 

「神様に感謝を述べるのはまだ早いですよ……」

 

「! ちい……」

 

 ムツキが舌打ちする。カンナが立ち上がってきたからである。



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第11話(4)真打ちは遅れてやってくる

「三人との戦いに気を取られて、わたくしへの注意が薄れましたね」

 

「まだ動けるとは……」

 

「正確には多少動けるようになった……という感じですかね」

 

「ふん、神器も含めた僕の力に敵うとでも?」

 

「三人のお陰で貴方の手の内は分かりました……」

 

 カンナが薙刀を構える。

 

「手の内が分かったところで……む⁉」

 

 ムツキが自分の周囲を見回す。白い煙が立ち込めていたからである。

 

「ふっ……」

 

「これは『発煙』か⁉ そんなことまで出来るとは……」

 

「もらった!」

 

「近づかせません!」

 

「む!」

 

 ムツキが勾玉を握りしめると、強風が吹く。煙も吹き飛び、ムツキは笑う。

 

「煙に紛れて接近しようとしたのでしょうが、そうはいきません……なに⁉」

 

 ムツキが目を疑う。自らの視界からカンナが消えたからである。

 

「ふん!」

 

 カンナがムツキの斜め下から現れる。

 

「! 下から! 『発掘』で穴を掘ったのか!」

 

「そういうことです!」

 

「ちっ!」

 

「!」

 

 ムツキが鏡を取り出す。雷が発せられ、カンナに直撃する。

 

「……急なことであまり加減は出来ませんでしたが、さすがに丸焦げにはなっていないでしょう……なっ⁉」

 

 一瞬目を瞑ったムツキがその目を開けると、カンナが自らにさらに接近し、薙刀を振りかざしているのが目に入った。カンナの薙刀には電気が走っている。

 

「隙有り!」

 

「電気……! 雷を『発電』に使ったのか! くっ!」

 

 ムツキが剣を抜き、カンナの振り下ろした薙刀を弾く。カンナは舌打ちする。

 

「ちぃ!」

 

「面倒です! 氷の剣で凍らせます!」

 

「くっ……」

 

 カンナが再び距離を取る。ムツキが再び笑う。

 

「ははっ、どうしたのです? せっかく距離を詰めたというのに……」

 

「……」

 

「多少離れたところで無駄ですよ。この剣の放つ冷気はその気になればこの玉座の間全体を覆うことだって出来るのですから……」

 

「………」

 

 カンナが薙刀を構え直す。ムツキが思い出したように頷く。

 

「そういえば、『発火』で火を起こせますね……ただ、あの程度の火でどうこう出来る冷気ではないというのは貴方も見ているでしょう?」

 

「…………」

 

 沈黙を続けるカンナに対し、ムツキが肩をすくめる。

 

「やれやれ、無視ですか……まあ、最後は得意の技にすがりたくなるという気持ちは分からなくもないですが……それっ!」

 

「はあっ!」

 

「⁉ がはっ……」

 

 ムツキが剣を振るうとほぼ同時にカンナも薙刀を振るう。薙刀から炎が巻き起こる。その炎はムツキの放った冷気を吹き飛ばし、ムツキの半身を覆った。ムツキは倒れ込む。

 

「ふう……」

 

「ほ、炎……?」

 

「……『発炎』です。貴方は勝手に『発煙』と勘違いしてくれましたが……」

 

「さ、さきほどの煙は、その前段階か……」

 

「そういうことです。多少準備が要るので……」

 

「そ、そんな技を隠し持っているとは……」

 

「最後にすがるのは奥の手です。違いますか?」

 

「ふふっ……」

 

 ムツキが笑みを浮かべたまま黙る。カンナが淡々と呟く。

 

「冷気の影響もあって、炎は全身には回っていない……医者か治癒者を呼べば助かる……いや、助かってもらわなければ困ります……」

 

「なんだなんだ、ムツキの旦那、くたばっちまったのか?」

 

「⁉」

 

 カンナが振り返ると、黒く長い髪を一つにしばって背中に垂らした、大陸風の服を着た精悍な顔つきの男が立っている。腰の辺りには四つのひょうたんを垂らしている。男はもう一度ムツキの様子を確認する。

 

「いや、まだ息はあるか……しぶといねえ~」

 

「特別武術師範のフンミ……貴方も絡んでいましたか」

 

「ああ、一枚噛ませてもらった」

 

「何故です?」

 

「大陸からはるばる流れてきて、よく分からん肩書だけで満足できるかい?」

 

 フンミと呼ばれた男は大げさに両手を広げる。

 

「陛下はどこの誰かとも分からない貴方に十分な待遇は与えてきたはず……!」

 

「どうせならトップになろうと思ってね。まあ、政やら面倒な部分はムツキの旦那に任せることになるけどよ……」

 

「そんなことは……させません!」

 

 カンナはフンミに薙刀を向ける。フンミが苦笑する。

 

「やめとけよ、元々の実力差もあるし、今の手負いのアンタじゃあ俺には勝てねえよ」

 

「やってみなければ分かりません!」

 

「その強気な態度、良いねえ……やっぱり決まりだな」

 

「決まり?」

 

「国を取った暁には、アンタには俺と夫婦になってもらおうかと思っていてな。民心を慰撫するにも実に効果的だ」

 

「か、勝手なことを!」

 

「許可を求めるようなことでもねえだろう?」

 

 顔をしかめるカンナに対し、フンミは肩をすくめる。カンナはフンミを睨む。

 

「貴方……!」

 

「怒っているねえ~こりゃあ一戦交えるしかねえか……」

 

 フンミはひょうたんを一つ取り、飲む。カンナが目を細める。

 

「なにを……?」

 

「……ひっく!」

 

「酒を飲んだ⁉ 馬鹿にして! はああ!」

 

「せい!」

 

「がはっ……」

 

 飛びかかったカンナの鳩尾にフンミの拳がめり込む。フンミは口を拭いながら告げる。

 

「酔拳ってやつだよ……酔えば酔うほど、調子が良いんだ」

 

「ぐっ!」

 

「おっと!」

 

 カンナが薙刀を振るったため、フンミは後ろに飛んでかわす。カンナは腹を抑える。

 

「はあ、はあ……」

 

「繰り返しになるが、アンタじゃ勝ち目は無いと思うぜ? 大人しく……」

 

「嫁になるつもりなどありません!」

 

「仕方ねえなあ。もう少し続けるか。弱いものイジメみたいで嫌なんだが……」

 

「うおりゃあ!」

 

「はっ⁉」

 

 玉座の間の壁が壊れ、そこから銀髪の男が現れる。

 

「……強いものならいいんだな?」

 

 タイヘイがニヤリと笑う。



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第12話(1)ヨッパライ、本領発揮

                  12

 

「タ、タイヘイ殿⁉ 今までどこに⁉」

 

 カンナが驚きの声を上げる。

 

「悪い、迷った」

 

「ま、迷った⁉」

 

「王宮広いんだもんよ……メンゴ、メンゴ」

 

 タイヘイが右手を挙げて謝る。

 

「そ、そんなことで済む問題では……!」

 

「ギリギリ間に合ったから良いだろう?」

 

「間に合っていますか……?」

 

「まあ、とにかくこっからは俺に任せな。話はなんとなくだが聞こえていた。とにかくコイツをぶっ飛ばしちまえば良いんだろ?」

 

 タイヘイがフンミをビシっと指差す。フンミが顔をしかめる。

 

「……なんだあ、てめえは?」

 

「俺はタイヘイだ」

 

「いや、名乗られても分かんねえよ」

 

「そこの姫さんと同盟関係を結んでる」

 

 タイヘイがカンナを指差す。

 

「同盟関係だあ?」

 

「ああ」

 

「『亜人連合』のもんか?」

 

「違えよ」

 

「『妖』の国か? それとも……」

 

「国を造んだよ、これから」

 

「!」

 

 タイヘイの言葉にフンミは目を丸くする。

 

「……知らねえか?」

 

「はっ、そういえば小耳にはさんだな、そんなバカが出てきたって……」

 

「バカだと?」

 

「なんだ? アホって言った方が良かったか?」

 

「いや、どっちでもいいさ……人の国を掠め取ろうとする、心底ダセえセコセコ野郎に何を言われたって響かねえ……」

 

「ああん?」

 

「おっと、怒ったか? セコセコ野郎?」

 

「……これまで俺にそんな舐めた口を利いた奴は片っ端からぶっ飛ばしてきた……」

 

「……ってことは、結構舐められてんだな、お前」

 

「‼ ……殺す!」

 

「……やれるもんならやってみろよ」

 

 タイヘイが構える。

 

「……ひっく!」

 

 フンミが酒を飲む。タイヘイが首を傾げる。

 

「そんなんで戦えんのかよ……」

 

「はっ!」

 

「うおっ⁉」

 

 フンミがあっという間に距離を詰め、タイヘイに正拳突きを繰り出す。鋭い一撃だったが、タイヘイはかろうじてガードする。フンミが感心する。

 

「へえ、良く反応したじゃねえか……」

 

「……これくらいなんてことねえよ」

 

「とはいえ、そんな体でいつまでも耐えられねえだろう?」

 

「体格は似たようなもんだろうが」

 

「一発一発の重さが違うぜ……」

 

 フンミが右手をヒラヒラとさせる。

 

「まあ、それはそうかもな……」

 

「分かったか?」

 

「それなら重さを増すまでだ……」

 

「なに?」

 

「ふん!」

 

 タイヘイが上半身を大きく膨らませる。フンミが驚く。

 

「な、なんだ⁉」

 

「ウホッ!」

 

「どはっ!」

 

 タイヘイのラリアットを食らい、フンミは後方に勢いよく吹っ飛ぶ。

 

「ゴリラのパワーはどうだ?」

 

「ゴ、ゴリラだと……?」

 

 かろうじて受け身を取ったフンミがゆっくりと立ち上がりながら呟く。

 

「ああ」

 

「なるほど、『人』と『獣』のハーフか……」

 

「なにをブツブツ言ってやがる!」

 

「む!」

 

「おらあっ!」

 

「ぐっ!」

 

 タイヘイのパンチをフンミがガードする。

 

「へえ、よく止めたな! これならどうだ!」

 

「‼」

 

「ウホッ! ウホッ! ウホッ!」

 

「がはっ! ぐはっ! ごはっ!」

 

 タイヘイがラッシュをかける。スピードとパワーを兼ね備えた猛攻にフンミは耐え切れず、ガードを崩されてしまう。タイヘイが笑みを浮かべる。

 

「とどめだ! ウホホッ!」

 

「げはあっ!」

 

 タイヘイの強烈なパンチが顎に入り、フンミはさらに後方に吹っ飛ぶ。

 

「はっ、こんなもんか……」

 

 タイヘイが両手をパンパンと払う。

 

「みゃ、みゃて……」

 

「お?」

 

 フンミがゆっくりと立ち上がり、口を開く。血が滴り落ちる。

 

「ひゃ、ひゃってくれんひゃねえか……」

 

「顎砕けてんじゃねえのか? 無理に喋んねえ方が良いぞ?」

 

「ふ、ふん、しゃけがにゃがし込めれば充分だ……」

 

 フンミがひょうたんを取り、口に流し込む。タイヘイが顔をしかめる。

 

「うわ……傷に染みんじゃねえか?」

 

「……ぷはあっ! ふん……」

 

 先程よりも酒を飲んだフンミが口元を拭って構えを取る。タイヘイも構えを取る。

 

「おいおい、まだやる気か? 無理すん……な⁉」

 

 一瞬で距離を詰めたフンミの拳がタイヘイの顔を捉える。今度はタイヘイが倒される。

 

「無理すん……なんだって?」

 

「て、てめえ、なにを……?」

 

「話は聞こえていたんだろう? 俺は酔えば酔うほど調子が良いんだよ……!」

 

「それにしたって……さっきとはケタが違う!」

 

「ちょっと舐めたくらいだからな、ちゃんと飲めばこんなもんよ……」

 

「か、活舌が治ってるのはどういうこった?」

 

「故事によれば、『酒は百薬の長』っていうからな……」

 

 フンミはドヤ顔で顎をさする。

 

「アルコールで誤魔化してるだけだろう……がはっ⁉」

 

 フンミの攻撃がまた決まる。見ていたカンナが驚きながら呟く。

 

「な、なんて速さなの……!」

 

「故郷の東部の酒を飲んだからな……速さ特化の『青龍の型』ってやつだ」

 

 フンミが龍の姿を模した構えを取る。



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第12話(2)足癖と酒癖

「は、速さ特化だと……?」

 

 タイヘイが起き上がる。フンミが感心する。

 

「へえ、まだ起き上がるかい?」

 

「あ、ああ……」

 

 タイヘイがゆっくりと立ち上がる。

 

「タイヘイ殿!」

 

 カンナが声を上げる。

 

「ふん!」

 

「む!」

 

「遅えよ!」

 

「がはっ!」

 

 フンミが距離を詰めてきたことに対し、ガードを固めようとするタイヘイだったが、そのスピードに反応が追いつかず、攻撃を食らってしまう。

 

「はっ、どうした?」

 

「くっ……」

 

「おらおらっ!」

 

「ぐうっ……!」

 

 フンミが連続攻撃をかける。タイヘイはついていくことが出来ない。

 

「おらあっ!」

 

「ぐはっ!」

 

 フンミの拳を受け、タイヘイが再び倒れ込む。フンミが鼻で笑う。

 

「はん、こんなもんか……」

 

「ぐっ……」

 

 タイヘイが再び立ち上がる。フンミが肩をすくめる。

 

「そのまま寝ていた方が良かったんじゃねえか?」

 

「酒は一人で飲んでもつまらねえだろう?」

 

「お前さんじゃあ、酒の肴にならねえよ」

 

「へっ、そうかい……」

 

「そうだよ」

 

「その割には……」

 

「あん?」

 

「とどめをさせていないな」

 

「……」

 

「何故だか分かるか?」

 

「……なんだよ?」

 

「速さに特化するあまり、一撃一撃の重さが軽いんだよ」

 

「ああん?」

 

「もっとしっかりと叩き込んでこいよ……!」

 

 タイヘイが自らの胸をドンと叩く。

 

「特別武術師範の俺に対して指導とは……随分と傲慢だな」

 

「これは余裕ってやつだよ」

 

「お望み通り、叩きこんでやるよ!」

 

 フンミがタイヘイに迫る。

 

「はっ!」

 

「ぬおっ! なっ⁉」

 

 フンミが転倒する。何事かと自らの脚を確認してみると、切り傷がある。次いでタイヘイに視線を移すと、両手が鋭い刃と化したタイヘイが立っていた。

 

「ちっ、仕留めきれなかったか……」

 

「な、なんだ、その姿は⁉」

 

 舌打ちするタイヘイに対し、フンミが問う。

 

「これか? かまいたちだ」

 

「かまいたち?」

 

「簡単に言うと、風を操る妖怪みたいなもんだ」

 

「妖怪だと?」

 

「ああ、そうだ」

 

「人と獣のハーフじゃねえのか、てめえは?」

 

「え?」

 

「え?じゃねえよ、『妖』の流れも汲むとは聞いてねえぞ!」

 

「そりゃあ、言ってねえからなあ」

 

 タイヘイはわざとらしく大げさに両手を広げる。

 

「ちっ……俺を誘いやがったな?」

 

「ん?」

 

「しらばっくれんな、俺の動きを直線的に限定させて斬撃を放った……そうだろう?」

 

「……まあ、それくらい気付くか……」

 

「タイヘイ殿! そう簡単に手の内を明かしてしまっては……!」

 

「まあまあ、心配すんな、姫さん」

 

 カンナに対し、タイヘイは片手を挙げる。

 

「しかし……!」

 

「ちょうど良いハンデさ」

 

「! ハンデだと? 舐めやがって……!」

 

「お、怒ったか?」

 

「ふざけんなよ!」

 

「おっと⁉」

 

 タイヘイの前からフンミの姿が消えたようになる。フンミが叫ぶ。

 

「依然として、俺の速さを捉え切れていないことには変わりはない! 対して、俺はお前のその刃だか、鎌だかの軌道はもう見た! 終わりだ!」

 

「……よっと!」

 

「! ぐ、ぐはっ……!」

 

 タイヘイの後ろに回り込んだフンミだが、斬撃を食らって仰向けに倒れる。片足を刃に変えて、後ろに軽く上げたタイヘイが笑う。

 

「……手の内は明かしたが、足の内は明かしてなかったんだな、これが」

 

「あ、足も変化するのかよ……」

 

「どうやらそうみてえだ」

 

「くそが……」

 

 フンミがゆっくりと立ち上がる。振り返ったタイヘイが首を傾げる。

 

「攻撃が浅かったか? だけど、もう動かない方が良いんじゃねえか?」

 

「ふん、まだだ……!」

 

 フンミがひょうたんを取り、酒を飲む。タイヘイが顔をしかめる。

 

「うわっ……傷に染みるぜ?」

 

「ヒック! 余計な心配だよ!」

 

 フンミが両手を広げてポーズを取る。タイヘイが首を捻る。

 

「……虫か?」

 

「違えよ! 鳥だ!」

 

「鳥?」

 

「はっ!」

 

「むっ⁉」

 

 飛ぶように舞い上がったフンミがタイヘイの斜め上に接近する。

 

「そらそらっ!」

 

「ごはっ⁉」

 

 フンミの蹴りを食らったタイヘイが後方に吹っ飛ぶ。

 

「ふん……」

 

「と、飛んでいる⁉」

 

 カンナが驚く。フンミが空中に浮かんでいるからである。タイヘイが半身を起こす。

 

「くぞっ、酒癖が悪いな……」

 

「そう褒められると……照れるな」

 

「褒めてねえよ!」

 

「そうか? まあ、技量特化の『朱雀の型』……とくと味わえ」

 

 フンミが空中に浮いたまま両手を翼のように大きく広げ、あらためて構えを取る。



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第12話(3)フンミの本気

「ぎ、技量特化だと……」

 

「ああ、そうだ」

 

「と、飛んでいるのはどういうわけだ?」

 

「極めれば、空も飛べるはず……」

 

「いや、その理屈はおかしいだろう!」

 

「だって飛べるんだから仕方ねえだろう!」

 

「まるで子どものケンカね……」

 

 カンナが呆れ気味で軽く額を抑える。タイヘイが立ち上がる。

 

「まあいいさ、かまいたちで切り裂くまでだ!」

 

「ふん!」

 

「なっ⁉」

 

 タイヘイが右手を振るって斬撃を飛ばすが、フンミは軽やかにそれをかわしてみせる。

 

「へっ!」

 

「むっ!」

 

「そらっ!」

 

「ぐはっ!」

 

 懐に飛び込んできたフンミの蹴りを食らい、タイヘイは後退する。

 

「ふふっ……」

 

「な、なんでだ……スピード自体はさっきより落ちているはず……」

 

 タイヘイは蹴られた胸のあたりを抑えながら呟く。

 

「……技量特化だと言っただろう? この型ならばお前の放つ斬撃をかわすことくらいわけないのさ」

 

 フンミが両手を広げて肩をすくめる。

 

「それならば!」

 

「おっ!」

 

「連続の斬撃はどうだ!」

 

 タイヘイが両手を素早く振り回す。

 

「ふふん!」

 

 フンミが連続して向かってくる斬撃をこれまたかわす。タイヘイは驚く。

 

「な、なんだと⁉」

 

「隙あり!」

 

「しまっ……!」

 

「おらおらっ!」

 

「がはっ!」

 

 再び懐に入り込んだフンミの蹴りを連続で食らい、タイヘイは後方に倒れ込む。フンミが笑みを浮かべる。

 

「連撃のお返しだ……」

 

「く、くそ……」

 

 タイヘイが半身を起こす。フンミが納得したように頷きながら呟く。

 

「なるほど、そのタフさが超人としての流れを汲んでいるってわけか……」

 

「な、なんで……」

 

「あん?」

 

「なんで斬撃を簡単にかわせるんだ……?」

 

「……お前の腕の角度などから軌道がある程度予測出来るからだよ」

 

「! そ、そんなことが……」

 

「出来るんだよ、技量特化……つまり、今の俺は達人の領域にいるからな」

 

「腕の角度か……いいことを聞いたぜ」

 

「ん?」

 

「それならば、これならどうだ!」

 

 ガバッと立ち上がったタイヘイが両手をめちゃくちゃに振り回す。

 

「うぜえな!」

 

「ぐはあっ……」

 

 フンミがタイヘイの後方に回り、斜め下から脇腹を蹴り上げる。タイヘイがよろめいた後、膝をつく。フンミが淡々と告げる。

 

「言っても無駄だろうが、一応言っておく。お前の場合、ベースが人間のそれみたいだからな、腕の可動域にはどうしても限界がある。その死角に回りこめばいいだけのことだ……」

 

「ぐ、ぐっ……」

 

「さらに付け加えるなら、お前は斬撃を放った後、けっして小さくはない隙が出来る。そこを突けばいい……」

 

「ご、ご指導ありがとうございます……って言うべきか?」

 

「そんなの要らねえよ、金ならもらうが」

 

「あいにく持ち合わせがねえ……」

 

「まるでいつもはあるみたいなこと言うなよ」

 

「ふっ……」

 

 タイヘイが笑う。フンミが両手を大げさに広げる。

 

「特別だ。サービスしてやるよ」

 

「それはありがてえ……なっ!」

 

「!」

 

 タイヘイが足を刃に変えて、斬撃を放つ。フンミがそれを飛んでかわす。

 

「当然、飛んで避けるよな!」

 

「‼」

 

「な、なんだと⁉」

 

 タイヘイが空中に向かって斬撃を放つが、フンミは天井ぎりぎりまで上昇する。斬撃はそこまでは届かなかった。フンミはタイヘイを文字通り見下ろしながら呟く。

 

「……この場所がアホみたいに天井の高い玉座の間で良かったぜ。お前の斬撃にも射程ってもんがあるようだ……」

 

「くそっ……」

 

「もしかしたら射程をもっと伸ばせるのかもしれねえが……鍛錬不足ってやつだな」

 

「まあ、そういうのはこれで補えるから……な!」

 

「なにっ⁉」

 

 フンミが驚く。タイヘイが足の裏から強風を噴き出し、空に飛んできたからである。

 

「おらあっ!」

 

「ごはあっ⁉」

 

 タイヘイがパンチをフンミの腹に叩き込む。フンミの体がくの字に曲がる。

 

「もう一丁!」

 

「くっ!」

 

 フンミがタイヘイから離れる。

 

「遅えよ!」

 

「ぶはあっ⁉」

 

 タイヘイが素早く回り込み、フンミに強烈な回し蹴りを食らわせる。フンミが地面に激しく叩きつけられる。今度はタイヘイがフンミを見下ろしながら呟く。

 

「まあ、斬撃の射程を伸ばすってのは、良い考えだ。試してみるわ……」

 

「そ、そんなことより!」

 

「うん?」

 

「な、なんだそれは⁉」

 

 半身を起こしたフンミがタイヘイの足裏を指差す。タイヘイが腕を組んで答える。

 

「ロケットブースターだ」

 

「はあ⁉ てめえ、『機』の流れも汲んでやがるのか⁉ 聞いてねえぞ!」

 

「言ってねえからな……」

 

 タイヘイがゆっくりと地面に下りる。フンミが指折り確認する。

 

「『人』、『獣』、『妖』、『機』のクオーターってことか……そんなやべえ奴がいるとは」

 

「やべえだろ、降参するなら今だぜ」

 

 タイヘイが腰に手を当てて胸を張る。立ち上がったフンミがひょうたんを飲む。

 

「ふん……ひっく」

 

「まだ飲むのか? ひょっとしてあれか? ヤケ酒ってやつ……か⁉」

 

 フンミの引き裂くような攻撃をタイヘイは食らって吹っ飛ぶ。

 

「……攻撃力特化の『白虎の型』……遊びは終わりだ」

 

 フンミが虎の姿を模した構えを取る。



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第12話(4)タイヘイの一撃

「こ、攻撃力特化だと?」

 

 タイヘイが半身を起こして問う。

 

「ああ、そうだ……」

 

「……艶めかしいボーズではあるな……」

 

「な、なんだ、艶めかしいって……」

 

 フンミが戸惑う。

 

「ある意味攻撃的ではあるか……」

 

「は?」

 

「どちらかといえば……挑発的じゃねえか?」

 

「待て、さっきから何を言っている……?」

 

「いや、それ……いわゆる『女豹のポーズ』ってやつだろ?」

 

「違えよ! 『白虎の型』だって言ってんだろ!」

 

「ええっ⁉」

 

「そんなに驚くことに驚くっつうの!」

 

「ケツを強調し過ぎじゃねえか?」

 

「どこを見てんだよ!」

 

 フンミが思わず尻を抑える。

 

「な、何を言い合っているの……?」

 

 カンナが困惑する。

 

「と、とにかく……この型は一撃一撃が重い……もうお前には万の一つも勝ち目はねえよ」

 

「なんだと?」

 

「どうせロケットブースターとやらも燃料が無限ってわけじゃねえだろう?」

 

「な、なかなか鋭いじゃねえか……」

 

「分かりやすい動揺!」

 

 タイヘイの様子にカンナが思わず声を上げる。

 

「大体見当がつくさ……よく頭が回るんでね」

 

 フンミが指で自らの側頭部をトントンとつつく。

 

「ちっ……」

 

 タイヘイが立ち上がる。

 

「はっ!」

 

「む!」

 

「ふん!」

 

「がはっ⁉」

 

 素早くタイヘイの懐に入ったフンミが右手を鋭く振るう。タイヘイの胸のあたりが引き裂かれたように傷付く。

 

「ま、まるで、虎の爪!」

 

 カンナが驚く。

 

「くっ……」

 

 タイヘイが胸を抑えてよろめく。

 

「まだ粘るか……そらっ!」

 

「ちっ!」

 

「!」

 

 フンミの爪をタイヘイがかまいたちの鎌で受け止める。

 

「ど、どうよ⁉」

 

「はん! 攻撃で使う鎌を防御に回している時点で、お前はもう詰んでんだよ!」

 

「ま、まだ逆転の目はある!」

 

 タイヘイがロケットブースターを噴出させ、浮上を試みる。

 

「そうはさせねえよ!」

 

「ぎゃっ⁉」

 

 タイヘイの左足にフンミが噛みつく。

 

「ひょら!」

 

「ぐはっ⁉」

 

 フンミに思い切り引っ張られ、タイヘイは地面に叩きつけられる。フンミがわずかに噛み千切ったものを吐き出して呟く。

 

「ふん、とても食えたもんじゃねえな……」

 

「ぐっ……な、なるほど、虎の牙か……」

 

 タイヘイが左足を抑えながら呟く。

 

「そういうこった」

 

 フンミが口を大きく開ける。白く鋭い歯がキラリと光る。

 

「きょ、強烈だな……攻撃力特化はダテじゃねえってか……」

 

 タイヘイが立ち上がる。フンミが驚く。

 

「おいおい、まだ立ち上がるのか……」

 

「一発で仕留めるくらいのつもりで来いよ……」

 

 タイヘイがくいくいっと手招きをする。

 

「へえ……ならばお望み通りにしてやるよ!」

 

 フンミがタイヘイの喉元に噛みつこうとする。

 

「そらっ!」

 

「もはっ⁉」

 

 タイヘイがタイミング良く自分の頭を差し出す。フンミはその頭に噛みついたかたちとなったが、あまりの硬さに戸惑い、後ろに倒れ込む。タイヘイが頭をさすって笑う。

 

「足よりは美味いと思ったんだが……」

 

「な、なんだ! その頭は⁉」

 

「さあな、大体の見当はつくんじゃねえのか?」

 

 タイヘイがわざとらしく肩をすくめる。フンミが立ち上がりながらぶつぶつと呟く。

 

「ゴ、ゴリラの頭が硬いとは聞いたことがねえぞ……待てよ、『人』としては……それは異様なタフさのはず……『獣』のゴリラ、『妖』のかまいたち、『機』のロケットブースター……まさか、他にも何かの流れを汲んでいるのか?」

 

「そっちが来ねえなら、こっちから行くぜ!」

 

「むっ⁉ くっ!」

 

 タイヘイの突進をフンミが後方に飛んでかわす。

 

「逃がさねえよ!」

 

 タイヘイが追撃の構えを見せる。

 

「ちっ! これだ!」

 

 フンミがひょうたんを飲む。

 

「‼」

 

「ひっく!」

 

 フンミが両手両足を閉じる。

 

「なんだあ、そりゃあ⁉」

 

「防御力特化の『玄武の型』だ! この鉄壁の守り! 崩せるものなら崩してみろや!」

 

「ほ~う?」

 

「なっ⁉」

 

 タイヘイが右手を回してフンミの後襟をガシッと掴む。

 

「喰らえ!」

 

「⁉」

 

 タイヘイの頭突きをまともに喰らい、フンミは崩れ落ちる。

 

「ふん……」

 

「なっ……」

 

「よく回る頭で色々と考え過ぎたな。俺はな……“ただ単にすげえ石頭”なんだよ」

 

「な、なんだと……」

 

「俺の勝ちだな」

 

 タイヘイが額をさすりながら告げる。

 

「く、くそが……!」

 

 フンミは気を失う。

 

「よし! 一丁上がり!」

 

 タイヘイが仁王立ちして叫ぶ。声が玉座の間に響く。

 

「な、なんという……」

 

「姫様、守ったぜ、アンタの大事な国!」

 

 タイヘイがカンナに向かって右手をサムズアップしながらウインクする。



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エピローグ

                  エピローグ

 

「お待たせしました……」

 

「おっ、きたきた! いっただきまーす!」

 

 タイヘイは目の前に並べられた料理を勢いよく食べ始める。

 

「す、すごい食べっぷりですね……」

 

 タイヘイの隣に座るモリコが戸惑いを見せる。タイヘイが答える。

 

「すっげえ腹減ってたからな!」

 

「随分と激闘だったみたいだね?」

 

「ああ、あいつは強かったな! 超人だったぜ!」

 

 モリコの横に座るクトラの問いにタイヘイが食べながら答える。

 

「食べるかしゃべるかどっちかにしなって……」

 

 モリコたちとは反対側に座るパイスーが呆れる。

 

「え? なんだって⁉」

 

「だから! ああ、口からなんか飛んだ⁉」

 

 パイスーが嫌がる。

 

「おい……もっと行儀よく食事出来ないのか? ここは王宮だぞ?」

 

 タイヘイたちと向かい合って座るシモツキが顔をしかめる。

 

「良いのです、シモツキ……」

 

「しかしですね……」

 

「この国を救ってくれた恩人たちです。この場は無礼講と行きましょう……」

 

「おっ、それならもっと酒をもらえるかな?」

 

 カンナの言葉にクトラがグラスを持つ。

 

「ええ、構いません。この国でも一番上等なお酒を用意させましょう」

 

「おおっ、やったね♪」

 

「……飲酒運転になるんじゃないか?」

 

 ヤヨイが笑みを浮かべながら尋ねる。

 

「普通に歩く分には問題ないよ」

 

「ははっ、そりゃあそうか……」

 

「お酒で思い出しましたが、フンミらをお許しになるようですね?」

 

 モリコがカンナに問う。代わりにキサラギが答える。

 

「……なにか文句があるのか?」

 

「いえ、ただ随分と寛大なご処置だなと……」

 

「もちろん、全くの不問とは参りませんが、彼らの能力はこの国に必要なものですから……」

 

「ふむ……」

 

「例えば、ムツキの政務を司る力はやはり必要不可欠ですし、ワスやウヅキにもそれを補助して欲しいと思っています……」

 

「なるほど……」

 

 カンナの答えにモリコが頷く。

 

「さらに言えば……」

 

「さらに?」

 

 パイスーが首を傾げる。

 

「フンミの高い戦闘力もやはり惜しいです。ミナについてもそれは同様です。ただ牢屋に閉じ込めておく方が我が国にとって損失だと考えております。もちろん、目を光らせておかなければなりませんが……文官たちに対してはシモツキ、武官たちに対してはヤヨイに用心してもらおうと思います。キサラギには、一歩引いた位置から全体を見てもらえばと……」

 

「……御意」

 

「任せといてくださいよ」

 

「精一杯務めます!」

 

 キサラギが頭を下げ、ヤヨイとシモツキがそれぞれ力強く頷く。クトラが尋ねる。

 

「……あのケンタウロス娘とかは?」

 

「サツキ、ナガツキ、ハヅキらも、これまで通り働いてもらいます。貴重な戦力ですから」

 

「戦力ね……まだ戦うんだ?」

 

「無論です。妖の国はこちらに色々と仕掛けてきています。南の『亜人連合』もなにやらきな臭いですし……『愛の国』と名乗っておりますが、愛だけで平和は保てません」

 

「はっ、なんとも勇ましいことだ……」

 

 クトラが酒を口にする。カンナが続ける。

 

「ただ、当面は国の立て直しと言いますか、体勢の見直しが急務ですが……」

 

「……国王陛下もご無事でなによりです」

 

「ありがとう。本当に良かったです……」

 

 モリコの言葉にカンナは笑みを浮かべる。

 

「ごちそうさん!」

 

「早っ⁉ あれだけの量を……」

 

 食事を終えたタイヘイにパイスーが驚く。タイヘイが腹をさすりながら、カンナに問う。

 

「姫さまよ……俺たちとの同盟関係は維持されるんだよな?」

 

「もちろん……タイヘイ殿たちに危機があれば、わたくしだけでも駆け付けます……!」

 

「そうか……それじゃあ、この辺でお暇するわ……」

 

「あ、も、もう行かれてしまうのですか? もっとゆっくりなさっても……」

 

 立ち上がって歩き出したタイヘイの背中をカンナは切なそうに見つめる。タイヘイは振り返って、笑みを浮かべながら告げる。

 

「ああ、大事な『俺らの国』に戻らなきゃな!」

 

                  ~第一章完~




(23年8月1日現在)

これで第一章が終了になります。第二章以降の構想もあるので、再開の際はまたよろしくお願いします。


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