蛇寮の獅子 (捨独楽)
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ハリー·ポッターと賢者の石編
蛇に憑かれた子


 

 グルニングズの社長であるダーズリー夫妻は、普通であることを生き甲斐としている英国の一般家庭であった。しかし当人たちにとって不幸なことに、彼らの周囲では度々不思議なことが起きるので、ご近所からは、少しおかしな一家だと思われていた。

 

 彼らが周囲の家庭から内心そう思われながらも、ご近所と友好的な付き合いを維持できていたのはひとえに家長であるバーノンの社会的地位と、普通の主婦たらんと周囲の主婦たちとの付き合いを続けていたペチュニアの努力の賜物だった。

 

 しかし彼らの努力も虚しく、彼らが家に住まわせている親戚の少年、ハリー・ポッターに対する虐待じみた扱いと、ハリーの周辺で起きる様々な不思議な出来事。動物園から蛇が脱走したり、いつの間にか運動場から屋根へと移動したりといった出来事のせいで、周囲の家庭からは、あの家は少しおかしいと思われているのだった。

 

 

 そして、ダーズリー家の評判を落としている張本人であるハリー・ポッター少年は。

 

 

(……こんな扱いは不当だ)

 

 と、いつも不満に思っていた。だが、それを口に出すことはできず、鬱屈とした日々を送っていた。

 それは自分に対して養父であるバーノンやペチュニアから向けられる、汚物を見るような視線が原因だった。

 

 ハリー自身、自分の周囲で起こる不思議な出来事を面白がる気持ちはあった。蛇が抜け出した際、自分を殴ってくる義理の兄が腰を抜かしたときは胸がすく思いだった。

 だが、その罰として階段下の物置に閉じ込められ、勉強で気をまぎらわせる時にもダドリーの愚かな妨害を受けつづければ、最高だった気分はたちまちのうちに消え去り、惨めな気持ちで一杯になる。

 

(まともになれってバーノンおじさんは言うけどじゃあどうすればいいんだよ?)

 

 蛇が抜け出した時もダドリーから逃げた時も、確かにハリーはそうなって欲しいと思った。

 だが、だからといってそう思っただけでそれが実現するなんてことがあるはずがない。

 

 ハリー自身、バーノンとペチュニアが自分を育ててくれたことには感謝しなければいけないという義務感はある。だから、自分の衣類がダドリーのお下がりなのも、お小遣いがないのも、家事を手伝うのも当たり前だと思っている。同年代の子供に比べてハリーが痩せっぽちなのは、食べ物があまり与えられないせいだ。

 

 それでも、子供は大人や周囲の顔色を敏感に感じ取る。どれだけ見て見ぬふりをしようとも、バーノンやペチュニアが内心で、自分を愛してはいないことに気付いていたし、ハリーにとってはそれが一番辛いことだった。

 

 ハリーの本当の両親は、自動車事故で死んだと夫妻から聞かされていた。それが本当か嘘かはともかく、ハリーにとっての親はバーノンであり、ペチュニアなのだった。

 

 だが、それを口に出すことはできない。バーノンとペチュニアにとってはハリーはあくまでも、義務感で預かった親戚の子供でしかないのだ。

 

 

 その日は、ダーズリー家の一人息子、ダドリーの誕生日だった。

 義理の兄のようなものであるダドリーの誕生日を祝うためにポタージュを作り上げ、スクランブルエッグにしっかりと火を通す。家事の一部がハリーの仕事であるのにはもう慣れていたが、勉強のための学習時間が削られるのだけは困り者だ。

 新学期から、ハリーは金のかからない公立の学校に行くことになっている。自分の進路をつかみとり、この環境から抜け出すためには学力がいる。

 

 が、主にダドリーのせいでハリーの学習時間は削られていた。ハリーが将来のために勉強すればするほど、年相応の子供でしかないダドリーとの溝は深まる。ダドリー自身、勉強よりも周囲の友達と遊ぶ方を優先するガキ大将だからだ。勉強をしているハリーが目障りなようだった。

 

 あるいは、そんなダドリーに合わせて自分ももっと遊んだりすべきだったのかもしれない。だがそのダドリーの遊びが、周囲の気にくわない人間への暴力になったとき、ハリーはダドリーと仲良くする気がなくなった。

 口でやめろと言えば、暴力の対象は周囲の子供からハリーへと切り替わった。だから、ハリーとダドリーはお互いにとって不倶戴天の敵になり、二人が二人とも、和解するのは不可能だと思っていた。

 

 

 

 そんなハリーの生活に、転機が訪れようとしていた。

 

 生まれてはじめて、ハリー宛に手紙が届いたのである。

 ハリー宛に手紙が届いたときの、ペチュニアやバーノンの動揺は目を見張るものがあった。とりわけバーノンの動揺はすさまじく、大事な会社を放り出してでも、ハリーに手紙を見せまいと手を尽くし、しまいハリーを外れのあばら小屋に閉じ込めるありさまだった。

 

(狂ってる)

 

 ハリーはそう思ったが、バーノンに対してか、それとも増え続ける手紙に対してそう思ったのかはハリー自身にもわからない。

 

(もしかすると本当に、僕はまともじゃないのか?)

 

 毛布も与えられず、嵐の中ですきま風をその身に受けていたハリーは、その日が自分の誕生日だということを忘れていた。

 

 そんなハリーにも、誕生日のプレゼントは与えられた。

 

 今にも崩れ落ちそうな古小屋の扉が轟音と共に蹴破られ、大男が入ってきた。その大男の身長は明らかにハリーが見た誰よりも高く、横幅もダドリーやバーノンとは比較にならない。

 

(まともじゃない)

 

 ハリーは興奮とも諦めともつかない視線で男を見ていた。男の黒曜石のような瞳は、純真な子供のように輝いていて、暗く濁ったハリーの緑色の瞳とはまるで違う。

 

 なのに、ハリーは一目で男に対していい印象を持った。その理由が分からず、困惑するばかりのハリーに、男から衝撃的な事実が告げられた。

 

「ハリー。お前さんは魔法使いだ。それも、そんじょそこらの魔法使いじゃあねえぞ。魔法使いのなかでも、一番優秀で立派な魔法使いの、ジェームズとリリーの子供だ!!」

 

 銃まで持ち出して大男を撃退しようとしたバーノンの努力は虚しく、ハリーにその衝撃的な事実が告げられたとき、ハリーの内心はぐちゃぐちゃになった。

 

 バーノンとペチュニアは、今の今まで自分を騙していたのだ。

 

 それも、犯罪者に立ち向かった立派な両親を散々貶めて!!

 

(許さない……!!)

 

 ハリーはその時、バーノンとペチュニアからは自分は愛されていなかったのだと確信した。まがりなりにもハリーのなかにあった、今まで育てられた感謝の気持ちは、騙されていたという怒りで塗り替えられ、

小屋の一部を吹き飛ばすという形で発露された。

 

 その時ハリーに向けられた視線を見て、ハリーは自分のやったことを後悔した。バーノンとペチュニアの瞳には、ハリーに対する恐怖しかなかった。

 

 

(あ、もう駄目だ……)

 

 本当に取り返しのつかない出来事があるとすれば、この時、この瞬間だ。後になって思い返す度に、ハリーはやり過ぎたことを悔やみ続けた。ハリーは三人に謝るべきだったのだろう。だが、そんな心の余裕はその時のハリーにはなく、大男のハグリッドが優しい言葉でハリーをなだめ、ぐちゃぐちゃになった小屋を少し乱雑に傘を振り回すことで(どう見ても魔法だった)元に戻し、逃げるように小屋を後にした。

 

 その時ハリーが抱いたバーノンとペチュニアに対する諦めの感情は、ハグリッドというハリーにとってはじめての友達を得ても消えることはなかった。

 

 

「……すまんかったのう、ハリー。お前さんには辛い思いをさせちまった。もう少し早くに気付いてやれてれば……まさか、ダーズリー家がお前さんにあんなことをしとるとは思わんかった」

 

 空飛ぶバイクに乗りながら、ハグリッドはハリーを慰めた。

 

 ぐちゃぐちゃになった小屋を見ても自分を気遣ってくれたことが嬉しく、ハリーはいいよ、と言ってハグリッドの背中にしがみついた。

 

「ねぇハグリッド。僕は魔法をちゃんと、コントロールできるかな?」

 

「できる。さっきお前さんがやったことは、子供の魔法使いなら誰にでもあることだ。気にするんじゃねえぞ、ハリー」

 

 わしゃわしゃとハグリッドに頭を撫でられ、脳みそをシェイクしながら、ハリーは少し冷静になることができた。

 

(あれはまずかったなぁ……)

 

 魔法使いが通うという学校でまた同じことをしてしまえば、ハリーに友達なんて出来ないだろう。ハリーは何とかして、自分の魔法という力を制御したいと思った。

 

「出来るとも!オリバンダーの杖がありゃあ、お前さんも立派な魔法使いだ。オリバンダーの店にゃあ英国一の杖があるんだぞ?」

 

 そしてハリーは、ギャリック・オリバンダーなる老人の店で杖を与えられた。老人の営業トークは非常にうまく、ハリーの購入した杖が、今世紀最大の闇の魔法使いが持つ杖の兄弟杖であると言われたとき、ハリーは自分が、特別な魔法使いになれるのではないかという期待を持った。

 

(僕はもう……マグルの世界には戻れないんだ)

 

 

 なら、両親のように立派で偉大な魔法使いになるしかない。ハリーははじめての魔法界で自分に向けられる期待を込めた視線を見て、強くそう思うようになった。

 

 赤ん坊の頃に自分が闇の魔法使いに勝った、なんてことが普通に考えてあるはずがない。あるとすれば、自分の両親が物凄く頑張って、悪い魔法使いを追い払ってくれたのだろう。

 

 そんな、まだ見ぬ本当の両親に恥じないような立派な魔法使いになろう。ハリーはそう心に決め、ハグリッドと一緒に次の店に向かった。

 

「そういやあ、今日はお前さんの誕生日だったなあ、ハリー」

 

「うん、そうだよハグリッド」

 

 ハリーはきょとんとした。なんでそんなどうでもいいことを気にするのかわからない。

 

「ワシからハリーに何かプレゼントしてえんだが……ワシならカッチョいい魔法生物を飼うんだが、お前さんは何か欲しい生き物とかねえか?」

 

「ペットって校則でダメだって決まってるんじゃないの?」

 

 ハリーは手元の入学許可を見る。そのなかに、ハリーが飼いたいと思えるような生き物はなかった。

 フクロウを飼っても、手紙を送る相手が居ない。ダーズリー家のまわりで飛び回らせれば、ペチュニアから要らぬ反感を買うことは分かりきっていた。

 

 

「ヒトに迷惑をかけねえなら、寮の先生も管理人もうるさくは言わねえ。何でも言ってエエぞ?」

 

「じゃあ……蛇をお願い。小さくて、なるべく長生きしそうな子がいいな」

 

 この時ハリーは、動物園で蛇の声が聞こえたような気がしたことを思い出していた。生き物の世話ははじめてだが、会話できるならうまく世話することもできるかもしれない。

 何より、ホグワーツに行くまでの間、まともな話し相手も居ない生活を送ることは耐えられなかった。あれがもし幻聴だったらと思うような余裕はハリーにはない。

 

 

「おお、ハリーは蛇が好きか?蛇はええぞ、ドラゴンやサラマンダーと同じ爬虫類じゃし、魔法界の蛇は長生きじゃからな!ええのを見つけてくるぞ!」

 

「小さくて大人しそうな子を頼むよ、ハグリッド!」

 

 ハグリッドが自分に蛇をプレゼントしてくれるのを待っている間、ハリーはマダム・マルキンの洋装店で時間を潰していた。

 

 そこで出会ったのは、金髪でいかにも金持ちの息子ですといったような雰囲気を持つ同年代の子供だった。ダドリーのお下がりでみすぼらしいハリーとは違い、衣服に困ったことはなさそうだった。ハリーはその子の、何かにつけてハリーを見下すような雰囲気にあまり好意を持たなかったが、ハリーの両親が死んだことや、ハリーがマグルの家で暮らしていること、そのマグルのせいでみすぼらしい格好をしていることを伝えると、その男の子は憤慨した。

 

「やっぱりマグルなんてろくなものじゃあないね!もしホグワーツで君がスリザリンに入ったら、僕は君の力になってあげるよ」

 

 少年は魔法使いの名家の生まれらしく、魔法が使えない人間を強く見下しているようだった。共通の話題ができたことで、二人の間の距離感はほんの少しだけ縮まっていた。

 ハリー自身、初対面の子供に今まで溜め込んだバーノンやペチュニア、ダドリーへの恨みつらみを打ち明けることに対する不安もあったが、今は話し相手が欲しかった。

 

 孤独は心を腐らせる。

 

 それをまぎらわせるために、人は時としてそれを打ち明ける相手を欲するのである。

 

 

「……でも、スリザリンには純血じゃないと入れないんじゃないの?」

 

 少年は自分の家や両親の寮をことさらに自慢した。四つの寮のなかでも一番強く偉大な魔法使いを生んだというスリザリンは、ハリーでも知っている魔法使い、アーサー王伝説のマーリンを生んだ寮でもあるらしい。

 そして、そのなかに入れるのは、魔法使いとの間に生まれた、純血の魔法使いだけなのだと、ドラコは言った。

 

「身のほどを弁えれば、スリザリンは君を歓迎するよ。僕が君の後ろ楯になってあげてもいい。ところで、君の名前を教えてくれないかな?じゃないと、忘れてしまいそうだ。僕はもちろん純血の、それも最高の家の魔法使いで、両親の言いつけでやってる習い事とかで大変でさ」

 

(ドラコは単に嫌なやつってだけでもないかな?)

 

 ハリーの中で、ドラコへの嫌悪感や苦手意識が少しだけ緩和されていた。そもそも最初にハリーに話しかけたのもドラコのほうで、それはつまり引っ込み思案なハリーよりも社交性を持っているということだ。

 

「ハリー・ポッターだよ。じゃあ、ホグワーツでまた会おうねドラコ。出来ればスリザリンで会えるといいね」

 

 ハリーはドラコの言葉を全て信じたわけではなかったが、スリザリンは偉大な魔法使いを輩出しているという情報は、ハリーの心に強く残った。

 

 衝撃で固まったドラコに気付くことなく、マダム・マルキンの洋装店を後にし、ハグリッドが連れてきてくれた外国産のクスシヘビに対してハリーは自己紹介をした。

 

『こんにちは、蛇さん。ぼくは、えーと、ハリー・ポッターです。……えっと、君が良ければだけど、僕と仲良くしてくれないかな?』

 

 ハリーはじっとクスシヘビの目を見て語りかけた。何となく、通じているような気がしていた。

 少しの間があって、クスシヘビはハリーに返事をくれた。

 

『……へえ。人間の癖に俺の言葉をしゃべれんのか?

いいぜ。お前に飼われてやるよ。いい名前を貰えるんだろうな?』

 

『え?なんで?魔法使いならみんな話せるんじゃないの?』

 

 そう言ってハリーはハグリッドの方を見た。ハグリッドは、どこか懐かしそうな、ハリーではない別の何かを見るような、複雑そうな表情をしていた。

 

「ハリー、お前さんは蛇語が話せるんか……?」

 

「ど、どういう意味?」

 

「何かまずかった?」

 

 ハリーは不安になってそうハグリッドに聞いたが、ハグリッドはそんなハリーの言葉を笑い飛ばした。

 

「いやぁ、なんの心配もねえぞ!蛇語が使えるやつはダンブルドアとか、ダンブルドアの知り合いだとクラウチみてえな超一流の魔法使いだけでそう多くねえ。蛇を飼う上で話が出来るんなんていいことずくめだ。出来るんならワシが欲しいくれえだ」

 

 ただ、とハグリッドは言葉を付け加えた。

 

「ト……いや、イギリスで一番有名な蛇語使いがな……

最悪の闇の魔法使いだったんで、ちーと良くねえ印象をもたれちょる」

 

「そんな……ヴォルデモートが?僕と同じ?」

 

「その名を呼ぶんじゃあねえ!」

 

「ごめん、ハグリッド」

 

「いや、怒鳴ってすまんかったな。じゃけども、蛇語が使えるっちゅうのはあまり見せびらかさん方がいい。どうしても、今の時代は蛇語によくねえ誤解がつきまとうからなあ……」

 

 ハリーはクスシヘビにアスクレピオスと名付け、そのまま飼うことにした。

 闇の魔法使いには、蛇語使いが多い、と、言外にハグリッドの態度が示していた。

 

 (じゃあ僕は……僕が進むべき寮は……)

 

 ハリーはこの時、自分が行くべき寮がどこなのか、はっきりと確信した。



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眼鏡と赤毛

ハリーと赤毛、運命の出会いを果たす


 

 ハグリッドにプレゼントされたクスシヘビは、ハリーによってアスクレピオスと名付けられ、ハリーにとって掛け替えのない友達になった。ハリーの生涯における二人目の友達だ。

 

 ハリーはハグリッドと別れる前に、自分の両親に関する色々な話をせがんだ。母も父も、魔法薬学をはじめとした色々な魔法を習得し、ホグワーツ魔法魔術学校でもトップクラスの秀才だった、と聞いたとき、ハリーのなかでこれ以上なく両親に対する誇らしさが沸き起こった。生まれてはじめて、自分自身に対する肯定感が芽生えた。

 

 両親に恥じないような魔法使いになりたいと、入学までの間、ハリーは教科書を熟読して理解に努めようとした。

 今までハリーが学んできた算数や理科とも異なる魔法界独自の理論はハリーを混乱させたが、周囲にハリーの疑問に答えてくれる魔法使いはいない。この時だけは、ハグリッドにフクロウを貰わなかったことを後悔した。

 

 ダーズリー家に戻ったハリーは、相変わらずダーズリー家の家事手伝いをし、食事もダーズリー家よりも貧相なものを食べるいつも通りの生活を送っていた。欠食児童ではいくらなんでもまずかろうとハグリッドが贈ってくれた食糧がなければ、ハリーは飢え死にしていたかもしれない。ホグワーツに行ったらハグリッドに心からお礼を言おうとハリーは決めていた。

 

 小屋での一件以来、ダドリーやペチュニアやバーノンの顔には恐怖が浮かぶようになっていた。ハリーはひどく後悔していたが、自分から謝るような勇気はなく、また、謝る必要があるのだろうかという意地もあり、ダーズリー家とはほとんど会話らしい会話もなく過ごした。

 

 

『……ねえアスク。僕にホグワーツで友達が出来るかなあ?』

 

 そんなハリーの唯一の心の拠り所が、クスシヘビのアスクレピオスだった。小さな身体で、解凍した小型の鼠の子供を飲み込むアスクレピオスと、ハリーは夜中に会話する。

 万が一ダドリーやペチュニアにハリーが蛇と話をしていることがばれれば、アスクレピオスがどんな目に遭うか分からないからだ。

 

『そいつはハリー次第だろ。……にしても、ツガイでもないトモダチってやつが居なきゃやってけねえなんて、人間ってのは不憫な生き物だな?』

 

 蛇に友情の概念はないらしいが、ハリーにとってはそれでも構わなかった。今のハリーにとって、話し相手がいればそれが友達だ。

 

『人は友達が居なきゃ生きていけないんだ。……僕の友達は君とハグリッドだけだよ』

 

『そうか。……他の人間を見かけたら、俺にするみてえに自分から話しかけてみろよ』

 

『そうするよ。ありがとうアスク』

 

 ハリーはダーズリー家の皆が寝静まった夜中に、アスクレピオスとそんな話をした。

 ハリーはホグワーツに行ける日を今か今かと待ちわびていた。ホグワーツに行ってまずしたいことは、自分の古着を変身魔法で新品にしなおすことだった。

 

 両親からもらった遺産は、魔法界の基準では膨大だ(ハグリッドがそう言った)。だが、マグルのポンドに換金して使えば、ダーズリー家にあらぬ疑いをかけられる。それはハリーの待遇をさらに悪化させるので、おいそれと使うわけにはいかない。

再びダイアゴン横丁に行くことも出来ないハリーは、入学式の日を今か今かと待ちわびた。

 

 そんなハリーは、ペチュニア・ダーズリーがひそかに誰かと連絡を取っていたことに気がつかなかった。

 

 そして、入学当日。

 

 

 ハリーはトランクにアスクレピオスの入ったケースを乗せ、9と4分の3番線からホグワーツ特急に乗り込んでいた。

 自分の前を行く赤毛の大家族に内心感謝しながら、ハリーは空いているコンパートメントをさがす。だが、なかなか空きは見つからなかった。

 

(どけてとは言えないし……いれてって言うのは勇気がいるし……)

 

 より正確に言えば、勇気を出して仲間にいれて、と言えば小柄なハリー一人分の席はあっただろう。だが、十年間を一人で過ごしてきたハリーにそんな勇気はなかった。

 

 そして、車両の最後尾付近でやっと空きのあるコンパートメントを見つけることができた。

 

「隣、座ってもいいかな?君が嫌じゃなければだけど……」

 

 ハリーはそう聞いてみて、座っていた少年がハリーの前を進んでいた赤毛の大家族の子供だったことに気づいた。

 

「勿論さ!実は俺、ぼっちで退屈してたんだ。スキャバーズだけが会話相手さ」

 

 

 赤毛の少年はお下がりの古着を着ていて、ハリーに負けず劣らずみすぼらしかった。その姿に、ハリーは親近感を持った。

 

 ドラコのように、生まれてからずっと衣類に困っていないような相手ではない。ハリーは、自分の境遇に対する劣等感を共有できる相手を求めていた。

 

「実は僕も、ペットだけが友達さ」

 

「はは、ナイスジョーク。俺はロン・ウィーズリー。君は?」

 

「ハリー・ポッター」

 

「マジ?マジで?マーリンの髭(オーマイゴッド)だわ」

 

 魔法界に伝わる慣用句で驚きを隠さないロンに対して、ハリーも少し笑った。ロンの視線に好奇心は感じるものの、過剰な持ち上げや浮わついた有名人への興味はそこまで感じなかった。

 

 ハリーとロンは、それから少しの間話をして、魔法界のおやつを食べながら仲良くなっていた。ロンが母親から持たされたコンビーフのサンドイッチにうんざりしているのを見ると、ハリーの中でロンに対する羨ましさが沸き上がっていた。

 

 

「このチョコカード、ダンブルドアって名前があるね」

 

 話題を変えようとハリーが手に取ったカードの偉大な魔法使いのなかには、アルバス・ダンブルドアという名前があった。ハリーはそれが、ハグリッドがことあるごとに誉めそやしていた校長先生の名前だと気がついた。

 

「あ、ダンブルドアだったんならラッキーじゃん。俺なんてアグリッパがダブっちゃったぜ。もう5枚も持ってる」

 

「じゃあレアカードなんだ。……賢者の石を作ったとかグリンデルバルドを倒したとかが書いてあるね」

 

「らしいな。パーシーが前に言ってたけど、賢者の石は、黄金とか長寿の源になる命の水を作り出すんだってさ。庭の石ころと取り替えてほしいよ」

 

「黄金なんて、魔法でいくらでも作れるんじゃないの?」

 

「それが違うんだってよ。俺も詳しい理論は知らないけど……」

 

 ロンによると、変身魔法で実在する黄金の量を増やすことや、異なる鉱物を黄金に替えることはできる、らしい。しかし、そうして作り上げた黄金は時間と共に効力を失ってしまうのだという。英国魔法界で流通する黄金の鉱脈はゴブリンが所有しているので、本物の黄金を入手するのは難しいらしい。ガリオン金貨は魔法で引き伸ばされた混ぜ物であるらしい。どこまで本当かは知らないが。

 

 もとに戻らない、変身魔法の枠組みを超えた本物の錬金術師であり、大魔法使い。それがアルバス・ダンブルドアなのだろう。

 

「僕も勉強して、ダンブルドアみたいになりたいな。賢者の石とかも作ってみたい」

 

 冗談半分、本気半分でハリーがそう言うと、ロンは愉快そうに笑った。 

 

「そりゃあいいや。出来たら見せてくれよ。……あ、でももしも君がうちの兄貴のパーシーみたいながり勉になったら、俺は君と絶交するね」

 

「大丈夫だよ僕は勤勉じゃないから。がり勉ってほどじゃない」

 

 実際には、ハリーはここに来るまでの間に教科書は何度も読み返した。出来れば使って練習もしてみたかったが、ハリーは今まで一回も魔法を使っていない。未成年が勝手に魔法を使ってはいけないという法律があるからだ。

 

 自分が授業についていけるのか、寮で孤立してしまわないか。ハリーはそれがひどく不安だった。

 

 

「ロンはさ、ホグワーツで入りたい寮とか決めてる?」

 

 ハリーがそう聞くと、ロンは迷わずグリフィンドールだと言った。

 

「断然グリフィンドールだね。最高の寮さ。……まあ俺なんかが入れるかは分かんないし、グリフィンドールがダメでもレイブンクローなら悪くないかもしれない。ハッフルパフだったら……まぁうちの双子にとやかく言われるくらいかな」

 

 がり勉を揶揄するわりに、ロンはなかなか現実的な思考をしているらしい。彼は知性を重んじる寮を第二志望に挙げたのだから。

 

「ロンの兄さんは全員グリフィンドールなんだね」

「まーね」

 

 ロンによれば、上二人は銀行員にドラゴンの研究家をしているのだという。加えて三男は監督生、双子の兄はスポーツチームのレギュラーだというのだから相当なものだ。

 

「もしかして、君の両親も?」

 

 魔法界は血統を重視する雰囲気でもあるのかな、とハリーはなんとなく察した。

 

「たまたまさ。スリザリンみたいなこと言うなよハリー」

 

「そうだね、ごめんロン。何となく魔法界ってそういうものなのかなって思って」

 

 

 ロンは家で決まっている、と言われることを嫌がったし、この感情はハリーにも理解できたので素直に謝った。

 

(ハリーのやつ、兄弟とかがいないことを気にしてんのかな……まずったかな?)

 

 何となく気まずい沈黙が流れかけたとき、ロンは流れを変えようと道化を演じることにした。

 

「じゃあ俺に何ができんのって言うと、兄弟のなかではなんの取り柄もない落ちこぼれさ。双子に教えてもらった魔法があるんだけど、見てろよ?」

 

 双子のインチキ魔法を披露し、当然発動しないそれを見てハリーが自信と笑いを取り戻す。

 

 そんなロンの目論見は、コンパートメントに入ってきた女子生徒の声で掻き消えた。

 

 出歯で、お洒落には気を使わないのかボサボサの髪をした女子だった。彼女は男子生徒のペットを捜していたようだが、ロンが魔法を使おうとしたのに興味を持ったようで、ハリーと二人でロンの魔法を見守った。

 

「お陽さま、雛菊、溶ろけたバター。デブで間抜けなねずみを黄色に変えよ!」

 

 ハリーは女子の前で笑うのにも気が引けてしまい、ロンが恥をかいただけで終わってしまった。その女子は、ロンとハリーに言いたいことだけ捲し立てると、ペット探しを手伝おうかというハリーの申し出も断って嵐のように去っていってしまった。

 

「どの寮でもいいけど、あの子と同じ寮は勘弁だな。めっちゃ疲れそう」

 

「あの子はきっとレイブンクローだよ。頭良さそうだし」

 

「それだと俺がグリフィンドールを弾かれた時に困るんだよなあ。第二志望なのに……」

 

 何はともあれ、彼女のお陰でハリーとロンの間にあった微妙な雰囲気はなくなった。

 

「まー、こうなったらどの寮でもいいけどさ。スリザリンだけは勘弁だな。もしそうだったら、俺は荷物をまとめてホグワーツを去るね」

 

 そうロンは話に落ちをつけようとした。スリザリンが悪というのは、兄弟や魔法族の子供たちの間で共通認識であり、鉄板のジョークでもあった。

 ロンがスリザリンを嫌う気持ちには、実感が籠っている。家では双子からスリザリン生の悪事について教えられたし、ロンのおじはスリザリン出身の闇の魔法使いに殺されている。そういう境遇の子供は珍しくなく、ロンの意見は、大多数の魔法族の総意でもあった。

 

 スリザリンは、ろくでもない悪党の子供たちが行く犯罪者予備軍だと。

 

 スリザリンや、スリザリンに所属する生徒に対して警戒心が薄いのは、皮肉にも、ハリーや先程の少女のような魔法界で過ごしてこなかった子供たちなのだ。

 

「ロン、そんな言い方は良くないんじゃないかな?

スリザリンにだっていい生徒はいるよ」

 

 

(え、君がそれ言う?)

 

 ロンは両親をスリザリン出身の闇の魔法使いに殺された子に、スリザリンに対する擁護意見を言われるとは思わず、目を見張った。

 

(……そっか、ハリーは魔法界のことが分かってねえんだな)

 

 そう思ったロンは、純粋な好意からハリーに友達として忠告しようとした。

 

「かもしれないけどなあ……基本的にスリザリンだと、悪くてずるいことをするやつが正しいんだぜ?

それってさ、正しいやつが損するってことじゃん?」

 

 

 

 ハリーはロンの意見を尊重して、スリザリンには基本的に悪いやつが多いという趣旨の発言をした。もしもスリザリン生に聞かれたら、快くは思われないだろう。いいやつもいるというのはつまり、基本的に嫌なやつが多いということなのだから。

 

 ハリーはハグリッドから、スリザリンがヴォルデモートを輩出した寮だということを聞いていた。だが、いいやつも沢山いる、とも聞いている。

 

 しかし、ハリーはスリザリンに入る気があった。蛇語を話せる自分を受け入れてくれるのは、スリザリンくらいしかないだろうという期待もあったし、両親に恥じないような偉大で立派な魔法使いになりたかった。

 

 魔法界にきてから、ハリーは英雄として崇められた。だが実際のハリーは、痩せっぽちの子供でしかなく、みんなの期待には応えられそうにない。

 それでは、自分を受け入れてくれた魔法界に申し訳ないとハリーは思っていた。だから立派な魔法使いとして、蛙チョコレートに載るような功績を立てたかった。

 

(……ロンは僕が蛇語を話せると分かっても、一緒に居てくれるのだろうか?)

 

 ロンと話をするのは、楽しい。蛇のアスクレピオスとは違い、はじめてできた同年代の友達だ。ハリーは、ロンを大切にしたいと心から思っていた。

 だが、だからこそ、ハリーはあと一歩踏み出す勇気がなかった。自分に闇の魔法使いと同じ才能があると知って、ロンの視線が変わるのが怖かった。

 

 それでも、たとえハリーがスリザリンに入ったとしても、ロンに友達で居て欲しいというのはハリーの高望みなのだろうか?

 

「それでも……ロンが言ってるマーリンだってスリザリン出身なんだし……スリザリンの人たちだって、なにもしてないのに貶されたら嫌な気分になるよ」

 

 そう言ってハリーがロンにスリザリンの話を聞こうとした時、コンパートメントに入ってくる人がいた。

 

 金髪をオールバックにし、周囲を威圧するような傲慢さを携えた少年、ドラコ・マルフォイが、二人の大柄な少年を従えてハリーとロンのいるコンパートメントにたどり着いたのだ。

 




地味にハーマイオニーも登場。なお容姿はエマではなく原作通り。


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獅子身中の虫

原作ハリーさんとは性格が異なるのでタグをつけた方がいいでしょうか?


 

 ハリーとロンのコンパートメントに出てきたドラコは、ハリーのとなりにいる赤毛の少年を見て、明らかに機嫌が悪くなった。

 

「……やあ、久しぶりだねポッター」

 

「うん、久しぶりドラコ。マルキンさんの店以来かな」

 

「ああ。後ろの二人の紹介がまだだったね?左はクラブ、右はゴイルだ。僕や君と同じように、スリザリンに入るだろう」

 

 

「……はぁ?」

 

 こう言ってハリーがドラコと挨拶を交わすと、ロンは困惑してハリーを見た。

 

 ドラコの家は、ドラコ本人が自慢してハリーに聞かせたように、魔法界で有数の金持ちだった。魔法界とマグルの世界に土地を持ち、いくつもの大会社の株主として多くの安定した資産を持っている。

 

 それだけなら、ドラコの家はいけすかない金持ちというだけですんだ。だが、この話には続きがある。

 

 ドラコの父親は、史上最悪の闇の魔法使いであるヴォルデモードの右腕として、大勢の魔法使いや罪のないマグルを傷つけ、時には残酷に殺した。そんな人として最低最悪の外道であるにもかかわらず、金持ちで有力者との間に人脈があったという理由で、見え透いた言い訳のもと、罰も受けずに今日までのさばっているのだ。

 

 ロンが堂々と自慢げにしているドラコに対して、呆れとも嘲りとも取れる声を漏らすと、ドラコはロンに対して侮辱的な態度を取った。

 

「そっちの君の紹介は要らないなあ。ポッター、僕が君の立場なら付き合う人間は選ぶね。

ウィーズリー家みたいな、子沢山で没落してるような貧乏臭い連中とは付き合わない。君も、こんなところに居て辛かっただろう?僕のコンパートメントに行こう。スリザリンは君のことを歓迎するよ」

 

 ドラコはマルキン婦人の洋服店でハリーと出会ったことを、自分の父親に伝えた。ハリーがマグルに対して、敵意を向けていることも。

 その情報を得たルシウスは、自分の後輩であるセブルス・スネイプのことを思い浮かべ、ハリーをスネイプのように利用できるかもしれないと思った。

 

 普通に考えれば、純血でもない魔法使いが純血を尊ぶスリザリンに受け入れられるはずもない。ましてや両親をそのスリザリン出身者に殺されている子供が。しかし、マグルの血が混じっていても、マグルに恨みを持つ子供は、自らの出自を否定するために純血主義に傾倒することがある。

 現在スリザリン寮で寮監をしているスネイプも、そしてルシウスの主である闇の帝王ですら。魔法界に馴染もうとして、悪の道へと手を染める魔法使いは多い。

 

(ポッターは使える)

 

 ドラコの友人として囲い込み、恩を与えて闇の魔法使いとして育て上げてもいい。かつてルシウスが恩を着せたことで、スネイプはルシウスにとって非常に都合のいい友人になったのだから。ハリーもやがてそうなるだろう。闇の帝王から生き延びた子供は、神輿にする価値があった。

 さらに、万が一闇の帝王が甦れば、ハリーを帝王に差し出すことでマルフォイ家は安泰になる。ハリー一人を所持するだけで、善の側にも悪の側にも立つことが出来るのだ。

 

 

 そんな都合のいい未来を期待して、ドラコの父親はドラコにハリーと友達になるように焚き付けた。

 

 

 親の教育と愛をたっぷりと受けたドラコは、なんとしてもハリーと友人になりたかった。だが、ドラコには、対等な友人と言える対人経験があまりなかった。

 

 セオドール・ノットのような同年代の魔法使いの子供は、ルシウスの交友関係から出来た友人だった。ルシウスのお陰で難を逃れた父親の影響か、セオドールがドラコに配慮することはあっても、ドラコからセオドールの気持ちに配慮することはなかった。ドラコは王であり、孤独だった。

 

 生まれながらに恵まれ、持てる者だったドラコは、持たざる者であるロンを侮辱されたときのハリーの気持ちを理解できなかった。ハリーは生まれこそ持てる者だったが、境遇は持たざる者だったのだ。

 

「……悪いけど。ドラコ、誰の友達になるかは自分で決めるよ。スリザリンだからって、ロンを邪険にすることなんてないだろう」

 

 ハリーは、少しの逡巡のあと、ドラコが差しのべた手を断った。

 

 ピュウ、とロンの口笛が響く。

 

 ドラコがロンに投げ掛けた言葉は、ロンの家族に対する明確な侮辱だ。スリザリンに対するロンの偏見はハリーにとって不安要素だったが、会話して、ロンと意見を交わして、議論する余地があった。

 

 だが、侮辱と罵倒で得られるものは何もないことをハリーはダーズリー家での十年間で学んでいた。

 

 ロンの貧乏に対する侮辱は、間接的にハリーに対してもぶっ刺さるのである。

 

 クラブとゴイルは、ぽかんと口を空けてハリーを見た。今の今まで、ドラコに対してここまではっきりと意見する子供は居なかった。

 

「今なら僕の聞き間違いってことにしてやるぞ、ポッター。それとも君も、君の腐った両親と同じ道を歩みたいのか?」

 

 両親を侮辱するような言葉に、ハリーも黙ってはいなかった。

 

「ドラコ。僕は君の社交的でユーモアのセンスがあるところは凄いと思ってる。でも、悪意で人を傷つけて平然としているようなところは嫌いだよ」

 

 ドラコに対してあまりいい印象がなかったハリーだが、彼になんの美徳もないとは思わない。少なくとも二人も、人間の友人がいる時点でハリーと同じか、少しだけ上の社交性があるということなのだ。

 

 だからこそ、ドラコに人を侮辱してほしくはなかった。その姿はダドリーを思い出させ、ハリーに対してドラコへの嫌悪感を掻き立て、美徳を見えにくくさせたからだ。

 

「仲良くする必要があるのは、純血の魔法使いだけなんだよポッター」

 

「僕は、そうは思わない」

 

 ロンもクラッブも固唾を飲んで二人のやり取りを見守るなか、ハリーとドラコは互いの目をにらんだまま動かない。

 

 先に折れたのは、ドラコだった。

 

(どうしよう……ポッターと友達になったって父上に言ったのに。このままじゃあ、父上に叱られる……)

 

 ドラコの脳内に、ルシウスの失望したような顔が思い浮かぶ。ルシウスに誉めてもらいたくて、ポッターと仲良くなったと話を盛ってしまったのだ。

 

(ここでポッターと完全に敵対したら、父上は僕になんて言うだろう?)

 

 だが、ドラコは振り上げた拳を降ろせない。よりによってウィーズリーを相手にそれをしたとなれば、クラッブやゴイルからなんと言われるか分かったものではない。

 

 ドラコ自身、クラッブやゴイルが両親に義理立てして自分についてきていることは何となく気付いている。ここでウィーズリーと和解なんてすれば、彼ら二人に対して示しがつかない。

 

 気まずい沈黙を破ったのは、そのゴイルだった。

 

「腹が減ったなぁ。お菓子、あまってんだろ?俺にもくれよ」

 

「え?お菓子?別にいいよ。何がいい?」

 

 ドラコの後ろに控えていた大柄な男子、グレゴリー·ゴイルは、家同士のマウントの取り合いやドラコの葛藤など知ったことではない。彼にとって重要なのは、己の空腹感を満たすことだけだった。

 

 ハリー自身、ロンとの話題作りのために買っただけでお菓子には何のこだわりもない。ハリーがゴイルにお菓子を渡そうとしたとき、ハリーの側を風が吹き抜けた。

 

「ギャ!?」

 

 風だと思ったのは、ロンが飼っているお下がりのペット、スキャバーズだった。スキャバーズはゴイルの指先にかじりつき、指を食い破らんばかりに前歯を突き立てていた。

 

「いてえっ!」

 

「指はだ、大丈夫、ゴイル君?」

 

 ゴイルが指からスキャバーズを振りほどいたとき、ゴイルの指にはうっすらと歯形がついていた。

 

「こ、こんなところに居られるか!行くぞゴイル!クラッブ!」

 

「でも、お菓子が……」

 

「宴まで我慢しろ!僕にこれ以上恥をかかせるなよ!」

 

 ハリーに対する態度を有耶無耶にし、ロンに謝罪することもなく、ドラコはこれ幸いにハリーとロンのいたコンパートメントを後にした。

 

「ナイススキャバーズ。……いい仕事だったぜって、こいつ、グースカ寝ちゃってるよ」

 

「ゴイル君には悪いことしたね」

 

「ほんとか?ホントに悪いと思ってるか~?」

 

 自分のペットを見て誇らしそうに笑っているロンに、ハリーもニヤリといたずらっぽく笑った。

 

 

 そんなハリーに、ハリーの耳にだけ届く声が聞こえた。

 

『ハリー。おい、ハリー。聞こえてるよな?俺への返事は要らねーからそのまんま聞けよ』

 

「なんだ?」

 

「すきま風かな?」

 

 ロンに対してシラをきって、ハリーは何事もないようにロンとの雑談に興じた。その間にも、ハリーの愛蛇であるアスクレピオスは言葉を続ける。

 

『そこの赤毛に飼われてる鼠。スキャバーズだがよ……そいつは鼠じゃあねえなあ。小さい鼠を喰ってる俺が言うんだから間違いネーゼ?ハリーなら俺の言葉に嘘がないって分かるヨナ』

 

 ハリーはかぼちゃのジュースを吹き出しかけたが、ぐっとこらえてジュースを飲み干した。

 

『おおかた、闇の魔法使いってやつがネズミに化けてそいつん家に入り込んでんだろうなぁ。早いとこ、大人の前につきだしちまいな。じゃねえと怪我じゃすまねーぞ』

 

 アスクレピオスはクスシヘビであり、爬虫類でしかないはずだが、魔法界で育った動物は魔法の影響か、人間に近い知能を持つ。言語を完全に理解しているわけではないが、人間の細かい動作に込められたニュアンスを感じとる能力はあるようだ。

 

 ハリーは迷った。

 

 アスクレピオスの勘違いで、単にスキャバーズが賢いだけの、魔法界で生まれた鼠という可能性はある。

 

 

 しかし、もしもそうではなかったら?

 

(どうしよう……今すぐ社内販売の大人に言って捕まえてもらう?スキャバーズがホントに人間だったら、そっちの方が安全で確実……いや、大人はダメだ。信用できない。どうにかして証拠を見つけてつき出さないと)

 

 ハリーがダーズリー家の十年間で学んだことは、大人は嘘をつくし信用ならないということだった。大人に話をしても信用されなければ、ハリーは単なる狼少年でしかなくなり、ロンとの友情を失うことになりかねない。

 

 しかし、スキャバーズをこのまま捨て置くことはできない。もしもスキャバーズが闇の魔法使いなら、ロンに危険が及ぶかもしれないのだから。

 

 ハリーは頭のなかで、自分がすべきことを思い浮かべ、有効そうな魔法を反芻する。

 

 どうやってスキャバーズの正体を暴こうかと考えている間ハリーはロンとの雑談に興じた。ドラコたちの乱入で有耶無耶になっていた、自分の入りたい寮についての話だ。

 

 

「ハリーはさ、スリザリンに入りてーの?」

 

「……うん、そうだよ。ロンは僕がスリザリンには合わないって思う?」

 

 その時ハリーは、ロンのペットがハリーの言葉に頷いたように見えた。

 

(落ち着け……動揺するな。そう見えるってだけかもしれないし、もしも本当にそうだったら、気付いたことに気付かれるのもまずい)

 

 もしかすると、アスクレピオスの言葉で疑いを植え付けられてしまっただけかもしれないし、そうではなくスキャバーズは本当に人間で、ハリーの言葉も理解しているのかもしれない。

 いずれにせよ、ハリーの内心の緊張感を鼠に悟られるわけにはいかなかった。

 

「そっか……俺は、ハリーはスリじゃなくてグリフィンドールが合ってるって思う。勇敢だったぜ、さっきのは」

 

 グリフィンドールの重んずるべき価値観は、強大な敵にも臆することのない勇気であり、弱者に手を差しのべる騎士道精神だった。

 ロンから見ても、ドラコ相手に堂々と啖呵をきったハリーの行動は、騎士道精神と勇敢さがあるものだった。

 

「ありがとう。そう言ってくれるのは凄く嬉しいよ。

……でも、ぼくは立派な魔法使いになりたいんだ」

 

 ハリーはロンの賛辞にくすぐったい思いになりながら、しかし自分はグリフィンドールではないと思っていた。

 

「……勇気があるやつなら、ぼくはここにはいないよ」

 

「勇気はあるよ!じゃなきゃ。マルフォイに喧嘩なんて売れないぜ」

 

「あれはあれで、ドラコを信用したから言えたんだよ。言ってもわからない、聞いてくれないやつじゃないと思って言ったんだ」

 

(……たとえば、ダドリーたちみたいな奴らとは違うって)

 

 ロンの賛辞に、今度は弱々しい笑みで返した。

 ハリーに、もしも必要な勇気があるとすれば。

 

 ダーズリー夫妻に、ダドリーに、小屋を吹き飛ばしたことを謝る勇気。それがハリーには必要だった。だが、明らかにもう時を逸していた。

 

 ハリーは自分のなかで、どうしてもその勇気を持つことができなかった。

 グリフィンドールの誇る美徳である勇敢さは、何かと悪い意味合いが混じるスリザリンの狡猾さとは異なる。己自身に対して嘘をつかず、なすべきことをするという、正直さや素直さというハッフルパフの精神にも近い美徳だ。

 

 対して、ハリーが求めているのは栄光だった。

 スリザリンに入り、偉大な魔法使いになる。

 

 そうならなければ、自分の命を捨ててまでハリーを生き残らせた両親に申し訳ない。

 せめてそれくらいできなければ、自分を育てたバーノンやペチュニアを裏切ってまでマグルの世界を捨てた意味がない。

 

 ハリーは栄光と名声で、己の中の空白を埋めようとしたのである。

 

 だが、ハリーは強欲でもあった。

 

 

「でも、もし。もしも僕がロンと違う寮でも、ロンは僕と友達でいてくれるかな?」

 

 

 強欲だから、そんな虫のいいことが言えた。なにかを選ぶということは、同時に他のなにかを切り捨てるということでもある。このときのハリーには、それがわかっていなかった。

 

「当たり前だろ!」

 

 ロンは反射的にそう言った。このときのロンには、スリザリンへの嫌悪感や不信感はない。ただ、友達になった子と、また友人でいたいという気持ちがあるだけだ。

 

 そんなロンの胸元で、スキャバーズがせせらわらったような気がした。

ロンは勢いでそう言ってから、気恥ずかしくなったのか。ボソボソと言葉を付け加えた。

 

「あ、でも、俺は本当にハリーにはグリフィンドールが合ってると思うんだよ。本当に、悪い意味じゃなくてな」

 

「グリフィンドールには、ロンの方があってるよ」

 

 ロンの耳が少し赤くなった。ロンにとっては、なんだかんだ言ってグリフィンドールに入ることが夢であり、グリフィンドールに選ばれることこそが最大級の賛辞なのだろう。

 だが、ハリーはその勇敢さを選ぶことはできなかった。というより、選ぶ資格がないと思っていた。

 

「……まぁそれでも、まずあり得ねえとは思うけど、万が一ハリーがスリザリンだったら、それはたぶん、スリザリンも思ったほどには悪いとこじゃないってことなんだろうな」

 

 そんなロンの言葉で、ホグワーツ特急の旅は終わりを告げた。

 

 

 ホグワーツ特急を降りたハリーたちの目に飛び込んできたのは、鬱蒼と生い茂る木々に囲まれた湖と、湖に写し出されるホグワーツ城の雄大な姿だった。

 その偉大な景観に見とれ、上級生たちが馬のいない馬車に乗っていく中、ハリーはロンと一緒に渡し船を待った。そして、ハリーは思いもかけぬ人と再会を果たした。

 

「おーい、イッチ年生!イッチ年生はおるか!こっちじゃ!」

 

「ママに連れられてダイアゴン横丁に行ったときに見たなあ。ハグリッドが出迎え役なんだ……」

 

 

 ハリーに魔法を教えた恩人であり最初の友達、ルビウス・ハグリッドだ。彼は、新入生を迎えに来るという大役を仰せつかっているのだという。

 

「ハグリッド!会いたかったよ!」

 

 親しげにハグリッドへ話しかけるハリーを見て、ドラコや、ドラコ以外の何人かの生徒はハリーのことを見下すようにヒソヒソと言葉をかわしあった。

 

「おおう、元気にしとったかハリー!お前さん、ちいっとだけ背が伸びたか?」

 

「ハグリッドのお陰でね。ハグリッド、この船でホグワーツに行くの?」

 

「おう。イッチ年生のみんな、危ねえからしっかりとしがみついとれよ!」

 

「待って、ちょっと待ってください!トレバーがいないんです!」

 

 ハグリッドがそう言って船を動かそうとしたとき、泣きべそをかきながら訴える男の子がいた。

 

「トレバーって……」

 

「居なくなったっていうヒキガエルか?」

 

 ハリーとロンは顔を見合わせる。彼のペットはまだ見つかっていなかったのだ。しかし、ハグリッドのお陰で事態はすぐに解決した。

 

「あー、さっきヒキガエルがオールにはりついとった。もしかしてこいつか?」

 

「トレバー!……ありがとうございます、ハグリッド!」

 

 

 ハリーはもっとハグリッドにお礼を言いたかったし、久しぶりに会ったので色々と話をしたかったが、流石に自重した。

 今はそれよりも、ホグワーツに行くことを優先するべきだ。

 

 

 そうして、ハグリッドが動かす船の上で、湖に浮かび上がる古城の姿と、目の前に悠然とそびえ立つホグワーツの壮大な城を見ながら、ハリーたち一年生はホグワーツへと足を踏み入れた。

 

 はじめてみるホグワーツ城の大広間は、赤、青、緑、そして黄色の、ホグワーツの四つの寮を誇示するかのような飾り付けが至るところにあった。

 

 ハリーたちは、魔女らしい装いをした副校長のミネルバ・マクゴナガルからホグワーツの四つの寮についての説明を受けた。

 ……誠実さと勤勉さを重視するハッフルパフ。ハリーは、自分は誠実でも善良でもないことを知っていた。

 ……知恵を重んじ、探求をよしとするレイブンクロー。ハリーにとって知識は使うもので、勉強も自分の将来のためにやっていることだ。ここもハリーの求める寮ではないと思った。

 ……勇敢さと騎士道精神を持つグリフィンドールについては今さらいうまでもなかった。

 ……そして、狡猾さと伝統を重んじるスリザリン。秩序と伝統を重んじる考え方は、ダーズリー家のそれにも似ている。

 ハリーは、自分がどの寮に入りたいかを今一度深く考え直した。

 

(……でもその前に、やらなきゃいけないことがある)

 

 ハリーは、チラリとロンの胸元を見た。ロンのペットであるスキャバーズは、胸元のポケットに入り込んで寝息を立てている。

 

 組分けの儀式が始まるというので、新入生の生徒たちにアルファベット順に並ぶよう伝える。大人の教師たちの目が新入生に集まったその時を狙って、ハリーはロンの胸元に杖を向け、ひとつの呪文を唱えた。

 

 

「スペシアリス・レベリオ(化けの皮よ剥がれろ!)!」




原作プロットが崩壊してしまう~


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招かれざるもの

 ピーターはグリフィンドールっぽくないという意見はたまにありますが、それはピーターやグリフィンドールに対する愚弄だと思うんですよね(あくまで個人の意見です)。


 

「スペシアリス・レベリオ!」

 

 その言葉と共にハリーの杖から放出された閃光が、ロンの胸元に直撃する。呪文を受けたロンには痛みはない。レベリオは、単に魔法によって隠された中身を明らかにするだけの魔法だ。

 

 未熟な魔法使いによくある、魔力を制御しきれずに魔法を暴発させ、余計な被害を出してしまうという不運はこのときのハリーにはなかった。

 

 ハリーはただ、友達を、ロンを守りたかったからだ。なら、そのために何をすべきか、ロンと話をしている間もずっと考えていたのだ。

 

 ハリーはこう考えた。ただ訴え出るだけでは大人はハリーのことを信じてくれるかどうかわからない。ハグリッドなら信じてくれるかもしれないが、それでもとりあって貰えない可能性のほうが高い。

 

 英雄だなんだと言われたって、ハリーの言葉を大人全てが聞いてくれるわけがない。

 

 それでも信じて貰うためには、みんなが見ている目の前で、動かぬ証拠を暴き出すしかない。

 

 普通ならばここで行き詰まる。ハリーにあるのは自分のペットの証言だけで、大人たちはそれが本当かどうか判断できない。

 実際にはダンブルドアならば蛇語の教科書と照らし合わせ、時間さえかければアスクレピオスの証言が本当だと判断できたのだが、ハリーの頭には蛇語使いが貴重で、ものすごく縁起が悪いという情報しか残っていなかった。

 大広間のみんなが見ている目の前で、初めて魔法を成功させることができたのは、ハリーが魔法界での生活を楽しみにするあまり教科書を読み返していたからに他ならない。ボンバーダ(爆発)やディフィンド(切断)でダドリーを懲らしめる妄想をするよりも、ルーモス(光よ)で手元を照らしたり、アクシオ(召喚)でちょっとしたものを取り寄せたりできたほうが便利で、何より誰も傷つけないと思ったので、ハリーはチャームやヘックスの教科書を読み返していた。その経験が、土壇場で活きた。

 

 レベリオも、ハリーが使いたいと思って、実際に発動させずに杖の振り方や発音だけ練習した魔法のひとつだった。魔法界の知識がないハリーにとって、本物と偽者を見分けることができる魔法はとてもありがたい。

 

 レベリオを受けて、ロンの胸元から鼠が、いや、鼠だったものが現れはじめていた。もうもうと立ち込める煙の中には、明らかに人のようなシルエットが見える。

 

 

「な、何だよいったい?」

 

「ハリー?なんで……?」

 

 事態が飲み込めず困惑するロンや、周囲の生徒たち。ハリーにその疑問に答える余裕はない。

 

(やった……)

 

(成功だ!)

 

 はじめて自分の意思で魔法を発動させ、そして成功させた高揚感で、ハリーの頭は一杯になっていた。

 

 

「ひっ……?い、いやぁぁぁ!!」

 

 ロンの近くにいた女子生徒たちが悲鳴をあげた。半裸の男がなんでこんなところに!と言いたいのだろう。

 

 この動揺が伝播してパニックになっていれば、あるいは結末は違ったかもしれない。しかし、この騒ぎを静める落ち着いた声があった。

 

「静まりなさい」

 

 まさしく、教師が生徒へとかけるべき威厳と優しさに溢れた落ち着いた声。半狂乱になりかけた生徒たちは、ホグワーツ校長のアルバス・ダンブルドアによって落ち着きを取り戻した。

 

 この時、ダンブルドアは誰も気付かないほどの速度で杖をふるい、突然現れた男を拘束していた。

 

「怪我はありませんか、ウィーズリー!」

 

「……どうやらないようね。良かったわね、入学前にベッドで休まずにすんで」

 

 副校長のマクゴナガルと、校医のマダム・ポンフリーがロンの様子を確認する。

 

「……え、あ、はい。でも……スキャバーズが……」

 

「……そ、そうだ!ロン!ロン、無事か!?」

 

 ロンや、グリフィンドールのテーブルに座る兄らしき双子、監督生のバッジをつけた真面目そうな青年は、弟の胸元から現れた男を見て呆然としていたが、監督生の青年はすぐにロンの身を案じてテーブルから駆け出した。

 

「席に戻りなさいウィーズリー。あなたを呼んではいません」

 

「ですが、僕には監督生として責任が……それにスキャバーズは……」

 

「落ち着きなさいと言っているのです。この一件は、監督生の手には余る出来事です。さぁ、分かったのなら席に戻りなさい」

 

 

 マクゴナガルの言葉に、ロンの兄である監督生はすごすごと席に戻った。席に戻るパーシーには目もくれず、マクゴナガルは男の顔を観察している。

 

(この男はまさか……いえ、しかし……だとするとなぜ?)

 

 

 寝転がる男の顔を見て、マクゴナガルの顔は驚愕の色に染まっていた。その顔をぼんやりとながめていたハリーですら、マクゴナガルが男に心当たりがありそうなことはわかった。

 知らない人間なら、興味深そうに観察するだけのはずだ。隣人との噂話に興じるペチュニアが見せたどの表情より、マクゴナガルの顔には動揺が浮かび上がっていた。

 

 

「……どうやら、招かれざる客人がこのホグワーツに足を踏み入れたようだ」

 

 冷静な老人の声が、大広間に響く。

 ハリーは声のした方向を振り返った。そこには、蛙チョコレートのおまけで見たままの魔法使いがいた。その老人は白く長い顎髭を生やし、青く輝く瞳には澄んだ輝きがあった。

 

 

「今日の日の宴は、先にここに足を踏み入れた先輩たちと、これからここで魔法を学ぶ若者たちのためのもの。

宴に混ざりたいという気持ちはよく理解できるが……

招かれざる客人には、退場して貰わねばな」

 

 老人、もとい、ホグワーツ校長のアルバス・ダンブルドアが杖をひと振りすると、地面に転がっていた男の姿はたちまちかき消えた。動揺していた新入生たちは、マダム・ポンフリーやマクゴナガル教授の助けを借りて落ち着きを取り戻していった。

 

「だ、だ、、ダンブルドア校長先生。よ、よろしければ私からま、ま、ま、魔法省に、れ、連絡をいれましょうか?」

 

(……あ、クィレル教授?)

 

 頭にターバンを巻いた、神経質そうな男がどもりながらダンブルドアに提案していた。ハリーはその男に見覚えがあった。ダイアゴン横丁で一度出会っている。

 

「それには及ばん。クィレル教授には、ここで生徒たちの組分けを見守って貰いたい。ハグリッド、魔法省にふくろうを飛ばしてくれるか」

 

「へえ、すぐに!」

 

「……あなたも列に戻りなさい。まったく、こんなことをした生徒はホグワーツでもはじめてです」

 

「マクゴナガル教授の仰る通りですな。規則を破り未熟な魔法使い未満の分際で魔法を使い、あまつさえこれから入学する仲間を危険に晒すとは。なぜ事前に教師に報告しなかった?」

なぜ事前に教師に報告しなかった?」

 

「す、すみません……」

 

 マクゴナガル教授がハリーに二言忠告をすると、それに便乗してさらにハリーを責める声が教授たちの座る席からあがった。

 

 黒いローブに身を包み、脂ぎった髪の毛で清潔感のない男が、ペチュニアと似たような目でハリーを睨み付けていた。ハリーと視線があった、と思った瞬間、男の視線はハリーから切れた。

 

「そこまでにしておけ、マクゴナガル先生、スネイプ先生。私としては、私を含めた教授たちも、他の上級生たちも気付いていなかった不法侵入者に気付いた功績を称えて大量加点をしたいところだが」

 

 

『へえマジかよ。良かったなハリー。ところで加点って何が貰えるんだ?ウサギか?』

 

 意気消沈して反省するハリーに、なんとダンブルドアから声がかかった。ハリーは思わぬところからの擁護の声に目をまるくする。

 

「今は学期の始業前、まだ君は組分けもされておらん。よって、加点はないが、罰則にも値せん。スネイプ教授、新入生にそう目くじらを立てることはあるまい」

 

「……仰る通り」

 

 スネイプ教授は苦々しいという気持ちを隠そうともせず、形式的に校長先生の言葉に従った。

 

 

 それから、組分けの儀式は滞りなく行われていった。まずは組分けの歌が響き渡る。

 

『グリフィンドールとスリザリン。この世にこれほどの友はあり得ないだろう』

 

 

 ハリーの頭には、その一節がよく残っていた。

 

 古びた帽子の歌による四つの寮の説明が終わると、ハンナ・アボットを皮切りにアルファベット順に名前が読み上げられ、ハーマイオニー・グレンジャーは少しの間があったのち、グリフィンドールに組分けされた。

 

 生徒たちが名前を呼ばれる度に、獲得した寮から歓迎の拍手や挨拶が交わされていく。グリフィンドールやハッフルパフが大袈裟なほどはしゃいで喜びを伝えるのに対して、レイブンクローやスリザリンは穏やかに、落ち着いた雰囲気の中で新入生を迎え入れていく。

 ハリーは緊張で頭が真っ白になりそうだった。自分の順番が近づく度に、心臓の音が大きくなっていく気がした。

 

「ハリー・ポッター!!」

 

「……ポッター?マジで?」

 

「どのポッター?」

 

「さっきの子がポッター?!」

 

 どよめきが大広間に広がる中、ハリーは駆け出すように帽子までたどり着き、おもいっきり帽子を被った。

 

『…うむ……難しい。実に難しい』

 

 すると、ハリーの頭のなかで声が響く。

 

 

『己の決めたことをやり抜く頑固さがある。そのためには規則すら時に無視する傾向もある。これはグリフィンドールとスリザリンに共通する素質だ』

 

『ありがとうございます』

 

 ハリーは帽子に礼を言った。たとえ社交辞令のお世辞でも、誉められて悪い気はしない。

 

『君は立派な魔法使いになりたいのだね。どんな魔法使いなのか、想像はできているかな?』

 

 帽子はそう言うが、具体的なビジョンがハリーにあったわけではなかった。

 ただ漠然と両親の死を知り、ドラコからマーリンがスリザリン出身だと聞いた。グリフィンドールより勉強に力を入れている寮だとも。

 

 ハリーは最後にもう一度考える。なぜ自分が、スリザリンに入ろうと思ったのか。

 

 ドラコの偏見を抜きにすれば、スリザリンがグリフィンドールより学業に力を入れているという評価は間違っていない。裕福な魔法族出身者が多く、家庭教師を雇うなどしているため、初期の学力では他の寮よりも勝っている人が多く、また、同じ寮の生徒であれば勉学を侮蔑する風潮もないらしい。スリザリン内で勉学に力を入れる生徒は、スリザリンで得た人脈を活かして出世することも多々あるのだという。

 

 実際のところ、ハリーは自分に才能があるとは思っていない。そこまで傲慢になったつもりはない。

 

 赤ん坊の頃に生き延びたのはたぶんきっと、両親がハリーを守ってくれたのだろう、と漠然と思っている。でなければ闇の魔法使いに勝てるはずがない。

 才能のないハリーが、両親を超えるような偉業。たとえばダンブルドアの発明のような立派なことを成し遂げるためには、しっかりと勉強をして両親が選ばなかった道を進むべきなんじゃないか、と思ったのである。

 

 そして、そのためには、ハリー自身がまともに勉強できる環境が必要だった。少なくとも、ダーズリー家の階段下の物置のように勉強を揶揄されたり、暴力を振るわれて妨害されないような環境が。

 

『僕の両親を超えるような、歴史に名前が残るような立派な魔法使いになりたいです』

 

 

『よろしい。ならば、君は偉大な魔法使いになれるだろう』

 

「スリザリィィィィィン!!!!」

 

 

 帽子の宣言とともに、ハリーは笑顔で緑色の装飾が施されたテーブルへと駆け出した。深紅の旗がたなびくテーブルから驚愕の声が響き、スリザリンのテーブルからその日で一番大きな拍手と歓声が上がるなか、黒色のローブをまとった清潔感のない教師が、じっとその背中を見つめていた。

 




他の生徒は原作通り。
この作品内のハリーがなんでスリザリンだったかっていうと、ダーズリー家での経験がトラウマ過ぎたからですね。
レイブンクローは普通に適正がないし。
ハッフルパフも当然適正がないので除外。
するとグリフィンドールとスリザリンしか候補がないのです。


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ピーター·ペティグリューと騎士団の老兵


ピーターの余罪がちょっとだけ増えてます。


 

 

 ホグワーツの校長室で、アルバス・ダンブルドアは険しい顔をして人を待っていた。

 ダンブルドアの眼前には、幾重にも重ねがけした拘束系の魔法で身動きひとつとれない小柄な男、ピーター・ペティグリューの姿がある。

 

 

 ピーターに対して、ダンブルドアは当初、ほんの世間話でもするような調子で話しかけた。

 

「……やあ久しぶりだな、ピーターよ。少し見ない間に随分とやつれた。

 君の母君は、君のことをたいそう気に病んでいたぞ」

 

 

 これはダンブルドア式の最大級の皮肉である。ピーターの母親は、ピーターがかつて闇の魔法使いと戦い、死んだと思い込んだまま数年前に他界していた。ピーターに対して、暗に合わせる顔がなかったのだろうと責めているのだ。口調こそ穏やかだが、ピーターを見るダンブルドアの目に生徒に向けられた慈しみはなかった。

 

 二言、三言、ピーターの愚にもつかない言い訳を聞いては、その矛盾点を洗い出し、彼がなぜ、十年もの間世間から身を隠していたのかを聞き出した。

 

「ハリーを……ジェームズの子供をホグワーツで守るためです!」

 

 ピーターは、いくつもの苦しい言い訳の中でそんな言葉を放った。

 

 その言葉を聞いて、ダンブルドアの脳内にはいくつもの感情が浮かび上がるが、その最たるものは呆れだった。

 

(見下げ果てたやつだ)

 

 シリウス・ブラックを追い詰めたものの、シリウスに敵わないと悟り、シリウスの追撃から逃れるために指を切って逃走し、ハリーが魔法界に戻るのを待っていた。ダンブルドアが他人の心の中を見透かす奥義、レジリメンスで見たピーターの心と、ピーターの言葉には嘘はなかった。肝心要のハリーを守るためという部分以外は。

 

 嘘つきの嘘のつき方として最も効果的なのは、嘘の中に真実を混ぜることだ。今も、そして、恐らくはかつても、そうやって自分をはじめとした周囲の人間を欺いてきたのだ。目の前にいる小男は。

 

 そうやって取るに足らないやつと思っていた存在に、不死鳥の騎士団の全員が出し抜かれたのだ。

 

 

 英雄として死んだはずの男が、鼠に化けてホグワーツに潜入するなどあり得ない。そんな必要は全くない。

 

 

 そんなことをしなくても、戦後にふくろうを借りて飛ばすだけで、ダンブルドアならば警備員としての仕事を融通しただろう。

 

 もしもピーターが、戦後ダンブルドアのところを訪れて、騎士団の仲間として戻っていたならばだが。

 

 ピーターにはそうできなかった。真っ先にそうすべきというところが、出来ないような後ろ暗い罪があったのだと、ピーター自身の行動が証明している。

 

 ピーターは、己の罪と向き合わず逃げようとしている。

 

 

 

 ピーターの言葉に相槌をうちながら、ダンブルドアは迎えの客が来るのを待った。

 

 そして、ピーターにとっての死神が、ホグワーツの校長室を訪れた。

 

 

『合言葉は?』

 

「百味ビーンズ」

 

 ダンブルドアにとって全くいい思い出のない冗談のような菓子の名を発したのは、低く、重々しい大人の男の声だった。

 

 予め告げてあった合言葉を言って校長室に入ったのは、二人の男だった。

 

 ひとりは全身が傷だらけで、片方の目は義眼である。校長室に足を踏み入れた瞬間にはもう、杖の切っ先が部屋の中のピーターへと向けられていた。

 

 止まることなく回り続けていたピーターの舌が、まるで沈黙魔法(シレンシオ)にかけられたかのように止まる。

 

「……まさかとは思ったが……」

 

 一人は、全身が傷にまみれた男だった。治療不可能な闇の魔術(カース)によって鼻は削げ、片方の目は義眼である。まだ残っているほうの目はピーターを見据え、義眼はくるくると校長室を見回して、隠された罠がないかを調べている。およそ真っ当な人が出せるような雰囲気はなく、体よりも心を傷つけられた戦士の佇まいだった。ピーターも、ダンブルドアもこの男とは面識がある。

 老練の闇祓い、アラスター・ムーディである。

 

 魔法界の犯罪者の中でも、最も悪質な闇の魔法使いや闇の魔法生物を取り締まる精鋭部隊。それを呼んだということは、ダンブルドアははじめからピーターをかばう気などない。

 

「久しいな……ええ?ピーター。随分と、卑屈な顔になったようだが」

 

 ムーディの声と共にそれを理解したピーターは、小さく声にならない悲鳴をあげた。

 

 もう一人は、マグルの役人が身に纏うスーツに身を包んでいた。黒人で、ムーディのように殺気や疑心を周囲に撒き散らしてはいない。

 キングズリー・シャックルボルト。現時点では中堅の闇祓いであり、これから魔法使いとしての長い全盛期を迎えていくだろう人材だった。

 

「……おお、アラスターが来てくれるとは話が早くて助かる。そちらの方とははじめて会うな」

 

 ダンブルドアは、キングズリーとも面識がある。ムーディから、優秀な若い人材がいると紹介されていたのである。

 

 あえて初対面を装ったのは、ピーターを最大限に警戒したがゆえであった。

 

「部下のキングズリーだ。だが今はそんなことよりも」

 

 マッドアイの異名を持つ魔法の義眼が、しっかりとピーターを見据える。

 

「貴様の持っている情報を全て吐いて貰うぞ、ピーター」

 

 

 ムーディが杖をふるった後、ムーディの掌には、真実薬が入った瓶が握られていた。

 

 

 

 

 ピーターに真実薬が投与されてから一時間。

 

 

 アラスター・ムーディの怒りを鎮めるために、ダンブルドアは少しの間ムーディを説得しなければならなかった。

 

 

「……ギデオンとファービエンも!エドガーも!!挙げ句、親友のポッター夫妻まで売ったというのか!?」

 

 ムーディは、長く魔法省の闇祓いとして魔法省に勤務し、幾多の闇の魔法生物や闇の魔法使いたちを捕縛してきた。

 ムーディについてダンブルドアをはじめとした魔法使いたちが最も尊敬している点は、彼が、敵対者の殺害という手段を取らず捕縛にとどめてきたという部分にある。

 人間が人間であるために、人間に対してすべきではないことを理解し、それを回避するための手段を全力で考え、実践するだけの下準備という名前の血の滲む努力を重ねて、彼はその困難な偉業を成し遂げてきた。代償として己の体を犠牲にしようとも。

 そんな彼だが、己の体の傷よりも深く残る傷はある。

 

 ヴォルデモート陣営との魔法戦争のとき、あらゆる命の尊厳は踏みにじられた。単純に殺す、という手段だけでは飽き足らず、服従の魔法によって味方へ襲い掛かるもの、情報を漏洩するもの、拷問によって人格を破壊されるものがいた。ありとあらゆる形で、人が人として尊重すべきものが奪われ続けた。それはムーディの人生に対する冒涜だった。

 

 ムーディが奪われたのは、人への信頼だった。

 

 闇祓いとしての誇りは、服従の呪文に屈した仲間によって砕かれ。組織のしがらみに囚われる形で、魔法法執行部との連携すらままならなかった。

 

 騎士団員として、組織に属さない形での正義というなけなしの抵抗は、自分を深く尊敬していたブラック家の若者が裏切り者だったという結末によって奪われた。

 

 それでも犯罪者を逮捕するという矜持は、戦後疲弊した魔法省が財界を牛耳る純血一族に忖度したことで踏みつけられた。

 

 それから十年の月日が流れた。およそ人が信じるべき正義の全てから裏切られてきた老兵は、深い疑心暗鬼に囚われ、周囲から白眼視されるという不遇な戦後を過ごしてきたのである。

 

 

「わ、私は……怖かったんです!!あの人が、シリウスが!!生き残るためには仕方なかった!」

 

 

「そんなものは理由にはならん。自分の意思で、成人し卒業してから参戦した男が何をほざく。貴様が自分かわいさに殺したマグルたちには子供も、親も妻もいたのだ」

 

 ムーディは杖先をピーターに向けたまま、ピーターに向けていた殺気を弱めることはない。

 

「……ポッター夫妻を売ったのが、この男だったとは……」

 

 キングズリーがそう呟く。

 

「……ピーターの母君は、ピーターの身を案じていた。裏切りの理由にはなったかもしれん」

 

 ダンブルドアは、あえてムーディの前で善人の仮面をつけたままそう言った。己への怒りと失望で腸は煮えていたが、それに支配されないだけの理性は残しておく必要があった。

 相手がどれだけ憎い裏切り者でも、血の通った人間で、そこに至るまでの積み重ねがあったことを理解しなければならない。

 

 そうでなければ、また、同じ過ちを繰り返してしまう。

 

「君の怒りは正当だ、アラスター。だがここは、どうか、ピーターに鼠としてではなく人としての権利を。裁判で発言する自由を与えてやってはくれんか」

 

 これは確認だ。ダンブルドアは、ムーディがその心を奪われてなお、より良くあろうとする善人だと知っていた。

 

(私でも我慢したのだから、君ほどの男ならば我慢できるだろう)

 

 ただ、深い悲しみと怒りをしまいこむには、いくらかの時間が必要なのだ。

 

 なおも怒りが収まらないアラスターに代わって、キングズリーが瞬間移動や変身魔法などのあらゆる魔力の行使を阻害する捕縛魔法、さらに失神魔法、ステューピファイをかけ、ピーターを逮捕する。

 

「闇の魔法使い一人を私刑に処したところで、なにも変わらないでしょう。ピーター・ペティグリューは、マグル大量殺害の容疑で魔法省に連行します」

 

「常に変身呪文を阻害する措置をしておくことだ。一度鼠に化けられれば、二度と見つけられなくなるぞ」

 

 分かっていることだろうが、歳を重ねるとつい要らぬ心配をしてしまうのだ、とダンブルドアは付け足す。キングズリーはええ、と頷いた。

 

「……しかし、あらゆる闇の魔法使いの中でも、最も厄介な男ですね、ピーターは。これで緑の閃光まで使えたらと思うとゾッとする」

 

 キングズリーはピーターをそう称した。ダンブルドアは深く頷いた。

 ピーターは誰からも蔑まれ、弱い魔法使いだと思われていた。ダンブルドアも、ピーターをジェームズの友人の一人として見たことはあれど、特別な能力を持つ魔法使いだと思ったことはない。

 

 それは、普段から誰かのために何かを為すことがないピーター・ペティグリュー自身の素行から下される評価が原因だったが。

 

(……ピーターがデスイーターであることに気付かなかったのは私の落ち度だ)

 

 と、ダンブルドアは己を責めた。

 

 何の勇気もない魔法使いを友人とするほどジェームズは迂闊ではなく、何の能力もない魔法使いを友人とするほどシリウスは残酷ではなく、何の能力もない魔法使いが友人になれるほどリーマスの抱えていた事情は単純ではなく、そして誰よりもピーター自身のためにピーターを評価すべきだった。

 

「闇の魔法使いとは、己の心の弱さに負け、それを糧として生きている人間だ。最も弱く見えるものほど厄介なのは道理だろう。移送にも、当然拘束にも、最上級の警戒が必要だ」

 

 

 

 ゆえに、ピーターにはアズカバンに投獄されて貰うことにした。それと引き換えに、無実の魔法使いが解き放たれることを期待して。

 

「言われるまでもない。もうここに用はない。邪魔したな、ダンブルドア。行くぞ、キングズリー」

 

 ようやく怒りを内に閉じ込める演技ができたのか、ムーディはくるりと踵を返した。その背に向けて、ダンブルドアは言葉を投げ掛ける。

 

「私からファッジに手紙を送る。生徒たちのふくろうが日刊予言者新聞に届いて、明日には記事になるだろうが、闇の魔法使いが一人捕まったと書く。

今回の一件は、私の管理者としての能力不足が原因だった、と記者の質問に答えれば、ファッジに対する突き上げも最小限で済むはずだ」

 

 かつてピーターが死を偽装したとき、シリウスを誤認逮捕したのが、当時魔法法執行部の隊長であり、現在は魔法省大臣であるコーネリウス・ファッジである。

 今回の一件が明らかになれば、記者によるファッジへの追及と批判は免れないだろう。まともに裁判もせずシリウスをアズカバンへ送った魔法省に対しても、世間からの批判と、無能という評価は避けられない。その矛先を、ダンブルドアは騎士団の旗頭であった自分自身に向けるつもりだった。

 

 そうすることで、少しでもファッジをコントロールしたい。可能なら有事のとき、ファッジが純血保守派ではなく、魔法界全体のために動くように。

 

「……お前らしくもない。名誉を捨てて泥を被るつもりか、ダンブルドア?」

 

 昔を知る男からのこれ以上ない皮肉を、ダンブルドアは甘んじて受け入れた。

 

「……まさか。これは泥ではなく、責任というものだ。それに」

 

 ダンブルドアは深呼吸をしてこう言い足した。

 

「真実が公の場で明るみにならなければ、いつまでも彼の冤罪は晴れぬ」

 

 その言葉を背中で聞きながら、ムーディとキングズリーはピーターを留置所へと移送するのだった。

 




某薬学教授と違ってピーターにはダンブルドアから見て信頼できる要素がなんにもないんですよねえ……
扱いが悪すぎると思ったピーターファンの皆さん本当にごめんなさい。


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スリザリンの王


スリザリンではもしかして きみは真の友を得る


 

 

 スリザリンのテーブルについてから、ハリーは監督生に対してお辞儀をし、痩せたノットという少年の隣に座った。そのとき、すでにノットの隣に座っていた少年が席を立たされていたのでハリーは彼に申し訳ないと思った。  

 スリザリンの寮生たちは一見すると落ち着いた雰囲気で、実際にはチラチラとハリーの顔の、髪の毛で隠された額の傷を見ようとしていた。それでもスリザリン生は好意的にハリーを受け入れたが、それを見る周囲の三つの寮生たちは友人たちと囁き合いながらハリーのことを見ていた。ハリーは、三つの寮から嫌われているような気分がしてひそかに不信感を抱いた。

 

(……そんな目で見なくてもいいじゃないか)

 

 三つの寮生たちはまるで、ハリーがなにか悪いことをしたかのようにハリーを見ていた。確かにハリーは規則違反をしたかもしれないが、誰かを傷つけたわけではない。確かにスリザリンに組分けされたが、どこに組分けされようとハリーの自由のはずだった。

 

 

 ブレーズ・ザビニという、まるで映画のなかから出てきたような整った顔の黒人男子がスリザリンに組分けされ、ハリーの隣の席に座る。彼は例によってハリーの顔を、額につけられた傷を見ようとしていたが、薄く馬鹿にするように笑った。

 

「あんまりいい顔じゃねえな、ハリー・ポッター」

 

 魔法界がマグルの世界より優れていると断言できる点のひとつに、肌の色での差別はないということが挙げられる。マグル的な価値観やマグルの世界とあえて距離をおくことで、差別的な視線を受けずに育つことができた子供も確かにいる。

 

 その結果、ザビニは人の痛みに鈍感で、控えめに言って性格が悪い子供になっていたが。

 

「ヒーローっぽくなくて悪かったね。僕は君みたいなイケメンじゃないけど、魔法はそこそこ出来るよ。よろしく、ブレーズ」

 

「そりゃあ、スリザリンはヒーローじゃねえ。ヒールさ」

 

 このときのザビニは、どうやら年頃の子供が罹る病気になっていた。英雄よりも、悪役のほうが自由でかっこいいと心の底から信じていた。スリザリンに組分けされたのも、最高にカッコいいワルになるためだった。

 

 ハリーは不当な罵声を受けるのは嫌だったが、歯の浮いたようなお世辞を受けるのにも落ち着かない気分になっていた。ハリーに向けられていたお世辞のほとんどはハリー自身の行動に関わらない、赤ん坊の頃に生き残ったらしいということについてで、ハリーについて適正な評価を下したのはロンとザビニで二人目だった。

 

 

 ハリーはドラコともなにか話をしたかったが、まだ組分けは終わっていない。徐々に少なくなっていく新入生たちの姿を見ながら、スリザリンのテーブルだけ人数が少ないことに気がついた。

 

「……あんまりスリザリンに来てくれないね」

 

「スリザリンに入れるのは、選ばれた魔法使いだけさ」

 

 ザビニがそう言った。混血でありながらスリザリンに選ばれた自分は、それこそ純血でスリザリンの魔法使いよりスリザリン生としての才能があると信じていた。

 

 ウィーズリー・ロナルドの名前が告げられると、スリザリンのテーブルから揶揄するような下品な笑い声が響き渡った。ロンは一刻も早く組分けを終わらせようと、真っ赤に染まった耳が隠れるほど深く帽子をかぶった。

 

 数秒の間のあと、組分け帽子は高らかにグリフィンドールへの組分けを宣言した。

 

 ハリーはスリザリンで唯一、ロンに対して拍手した。

 

 ハリーの拍手はスリザリンで浮いていたが、ハリーはそれでも構わなかった。ザビニやノットはなにかいいたそうな目でハリーを見ていたが、ハリーはそれに気付かないふりをした。

 

 

 最後の生徒がスリザリンに組分けされると、いよいよ宴の始まりだった。といっても、ハリーには食事を楽しむ余裕はなかった。年齢や性別を問わず、スリザリンの生徒と挨拶を交わさなければならなかったからだ。ハリーの話す中流階級の英語ではなく、洗練された上流階級の英語で挨拶してくる生徒たちは、はじめのうちはパーキンソンだのグリーングラスだのといった、ドラコが自慢していた聖28一族の子供たちで、次第に知らない家の子供たちの名前になっていった。

 

 ハリーは愛想良く、ときにはジョークを混ぜて話をしたが、全員の名前を覚えるのは無理だなと思った。記憶にとどめておくのは、良く話をする同年代の子だけにしようと思った。

 

 

 ハリーがやっと子牛のソテーを口に運んだときには、校長席にはアルバス・ダンブルドアがついていた。ダンブルドアは学校内に通ってはいけない場所があることや、森への侵入を禁ずること、夜間の外出を禁止することなどを伝えると、暖かいベッドでゆっくりと眠るように生徒たちに伝えて宴は終わりを告げた。

 

 

 スリザリンの談話室は、なんと城の地下にあった。新入生を先導する監督生が告げたピュアブラッドという合言葉によって、談話室への扉は開かれた。

 

 するとそこに広がっていたのは、穏やかな緑色を基調とした高級そうな調度品で整えられた談話室だった。ふと窓の外を見ると、琥珀色の魚が窓の外を泳いでいるのに気がついた。

 

 監督生の女生徒は、スリザリンについてこう締め括った。

 

「貴方たちの中には、この中にスリザリンらしくないと思っている生徒がいるかもしれないわ。でも、そう判断するのは早計よ。サラザール・スリザリンが認めた狡猾さや信念、素晴らしい魔法への才能が、貴方たちには備わっているの。それを認めて、仲間として団結することが、私たちの役割なの」

 

 さらに、ガフガリオンという男の監督生はこうも付け加えた。

 

「俺たち上級生が、スリザリンの談話室で軽い冗談で言い合っている身内のノリを談話室の外で出すんじゃあねえぞ。

必ず後悔する。

公私の区別はきっちりつけて、今年もスリザリンに優勝をもたらしてくれ。期待しているぞ、新入生諸君」

 

 

 そしてハリーはやっと、寮のベッドで休むことができた。ハリーの同室はザビニと、ブルーム・アズラエルというブロンドの金持ちそうな少年と、ファルカス・サダルファスというスリザリンにしては少しみすぼらしい男の子だった。それでもこの中では、ハリーがもっともみすぼらしかった。

 

 スリザリン内にも、明らかな純血一族とそうではない一般家庭の出で序列の差はあるらしい。ハリーは、聖28一族の誰とも同じ部屋にならなかったが、ドラコがハリーのほうを羨ましそうに見ていたのに気がついていた。

 

 部屋に入って、ザビニやアズラエルが持ち込んでいた高級そうな持ち物の数々を見て、一瞬ハリーは自分がいじめられるのではないかと身構えたが、その心配は杞憂だった。アズラエルやファルカスは、ハリーがどうやって鼠を見破ったのか知りたがったし、ハリーは曖昧に笑って質問をのらりくらりと受け流しながら、興味がないふりをしながらこちらを見ているザビニにヒントを出すつもりで愛蛇のアスクレピオスに蛇語で語りかけた。

 

『全部君と、君を連れてきてくれたハグリッドのお陰なんだよね。僕ってズルしてる?』

 

『褒美に鼠をくれるかい、ハリー?』

 

『いいよ。スキャバーズみたいな、でかいのをあげる』

 

 部屋の友人たちは顔を見合わせて、ハリーがどうやって鼠を見破ったのか悟った。ハリーは、悪戯っぽく笑ってこう三人に頼んだ。

 

「友達のよしみで、このことは黙っててくれるかな。

蛇語って、あんまり普通ではないみたいだし」

 

 真っ先にファルカスが頷き、アズラエルも仕方ないねと笑った。

 

「ありがとう、ファルカス、ブルーム」

 

 話をしてみると、第一印象よりも善い人間であることは多い。ハリーを気遣ってか、二人はいたずらに蛇語のことを喧伝しないと約束した。

 

 しかし、ザビニはそれを喧伝したくてたまらないようだった。

 

「蛇語使いなんて最高にワル……いや、クールじゃねえか!何で隠すんだよ!」

 

「変な目で見られたくないし……」

 

「そう言うやつは蛇語で脅せば一発で黙るぜ。やろうぜポッター!!スリザリンで天下取れるぜ!!」

 

 結局ハリーは、自分にみんなを脅すつもりはないし、アスクレピオスが穏やかに成長するためにも、そういう虐めをするつもりはないということを説明しなければならなかった。それを聞いたザビニは不満そうだったが、友達との間だけの秘密だというと何だかんだで機嫌を直した。そして、寮の仲間にならいいだろう、という妥協点を見出だしてハリーも折れた。

 

 スリザリン生にいい印象が持たれない原因のひとつに、寮生にいじめっ子が多いという周囲の三寮生からの視線がある。これは偏見かもしれない。

 しかし、偏見ではない事実もある。金や権力や、容姿や、あるいは生まれや、魔法の才能を笠に着て他人を虐める人間のクズは、一年生から七年生までのスリザリンに一人はいる。そういう人間に対抗するために他の寮生は結束し、スリザリン内の生徒たちは身内のスリザリン生を庇って対応するので、しばしば寮ぐるみでの対立へと発展することがある。

 ハリーは、スリザリンには悪目立ちするいじめっ子がいるという純然たる事実をこの時知るのだった。

 




ほぼオリキャラのザビニくんとオリキャラ登場。

ザビニくんは原作だと死食い人を揶揄してたのに映画で役者の都合て死食い人になったのは素直にかわいそうでしたね……
この二次創作では何かの間違いで原作でもそうなりかねない危うさがある生徒だと思って描写してます。

オリキャラたちの名前はゲームやらアニメやらからそれっぽいやつを拾ってます。


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眼鏡と薬学教授


スネイプ教授の苦悩は続く


 

 新学期の朝は、ハリーにとっても新入生たちにとっても忘れられないものとなった。ほとんどの生徒が、昨日ハリーが見つけ出した小男についての話をし、ふくろうを飛ばして自分の保護者か、日刊予言者新聞にリークしたらしく、ドラコは手に取った新聞を見て嬉しそうにこう言った。

 

「『ホグワーツに不法侵入者現れる、その正体は死んだはずの英雄!!』だってさ、ポッター。まったく、新聞記者は君の話を聞きに来なかったのかい?君が見つけたってことを書いてないじゃあないか。これじゃ片手落ちだね」

 

「ドラコ、頼むからあんまり騒がないでくれよ。見つけられたのはたまたまで、本当に運が良かっただけなんだ」

 

 わざわざ周囲に聞こえるような大声で言うので、四つの寮の生徒たちの視線がハリーに集まってしまう。ハリーにとってはたまったものではない。

 ハリーは新聞の中身に興味を持たなかった。それより、周囲からの視線が多いことのほうが問題だった。

 

 しかし、ドラコはそんなハリーの内心にはお構いなしに周囲の寮生に聞こえるくらいの大声で話をする。

 

「君が一目で気がついたというのに、ウィーズリーの連中は誰も気がつかなかったんだろう?本当にきみは上手くやったよねえ。友人のふりをしてウィーズリーに近づいて、ここぞという時に付き出したんだから」

 

「違う!僕はそんなつもりは……ロンを傷つけたかった訳じゃない」

 

 ハリーの弁明は、スリザリンのテーブルから沸き起こった爆笑に呑まれてかき消された。この性質の悪い虐めに荷担したのはスリザリンに限った話ではなく、ハッフルパフやレイブンクロー、果てはグリフィンドールの生徒ですら、ドラコの悪意ある揶揄に乗っかってウィーズリー家を笑った。スリザリンでもアズラエルやグリーングラスなどは笑わず、ドラコに引いている生徒はいたが、そんな生徒は少数で目立たない。

 

 グリフィンドールのテーブルには、その時ロンや双子もいた。見る見るうちにロンの耳は真っ赤に染まる。

 

 

(違うんだ……!!ロンを守りたかっただけなんだ)

 

 ハリーは何とかロンにそう弁解したかったが、そうする前に、グリフィンドールのテーブルから呪文が起こった。

 

「「アヴィホース(鳥になれ)!!」」

 

 ほとんど同時に、ほとんど同じ声で魔法が唱えられ、二羽のふくろうが出現してドラコの顔面に突撃した。突然のことに、ドラコはそれを避けることもできない。

 ドラコに衝突した瞬間、ふくろうは糞爆弾に戻り、ドラコの周囲に汚臭を撒き散らした。スリザリン以外の三つの寮生のテーブルからは歓声が上がった。

 

「うわああああ!」

 

「きゃあああ!!」

 

 朝食を台無しにされたスリザリンのテーブルは大混乱に陷り、ドラコの隣にいたハリーは(最初にハリーの隣にいたアズラエルはドラコが来るや否や席を移動した)ドラコともども朝食を抜く羽目になった。双子は監督生のパーシー・ウィーズリーによって大量減点と罰則をくらい、ハリーとドラコは上級生にスコージファイをかけてもらうことで事なきを得た。

 

 

「人を公共の場で侮辱するんじゃねえ。反省しろ」

 

 スリザリン監督生のガーフィール・ガフガリオンはそう言ってドラコを叱ったが、罰則を与えたり、スリザリンから減点するといったことはしなかった。ドラコは早くもグリフィンドールを減点させたということで、同年代のスリザリン生からは人気者になった。

 

 

***

 

 ハリーはドラコとは距離を置き、ザビニやアズラエル、ファルカスたちと行動を共にすることにした。変身呪文の授業でも、呪文学の授業でも、ハリーはそこまで飛び抜けて優秀な生徒ではなかった(合同授業のときはほとんどの点をハーマイオニー・グレンジャーがかっさらっていった)が、予習していたお陰で授業についていくことができ、何点か加点を受けて、ファルカスにアドバイスすることもできた。薬草学では、レイブンクローの生徒たちから話しかけられることもあった。

 

 

***

 

 そして、ハリーが一番受けたかった魔法薬学の授業が始まった。教室は大鍋から立ち上る湯気で蒸し暑く、スネイプ教授の毒のある視線はハリーを不安にさせたが、予習した内容を反映させることができそうなのは魔法薬学だった。

 

「この授業では他の授業とは異なり、猿のように杖を振り回したりはせん。君たちが学ぶのは、心を操り、死にすら蓋をする魔法の奥義とでも言うべきものだ」

 

 スネイプ教授の魅力に溢れる言葉で魔法薬学の授業は始まったが、ハリーにはそこでひとつの試練が与えられた。

 

「ポッター!!」

 

 スネイプ教授の指名に、ハリーは急いで立ち上がった。

 

「アスフォデルの球根の粉末にニガヨモギを煎じたものを加えると何になる?」

 

「?!い、生ける屍の水薬です」

 

 

 

「どうやら教科書を暗記する程度の知能はあるようだな。その効能は?」

 

「三滴で八時間の睡眠を使用者に与えます」

 

 

 スネイプはハリーがそう答えると、忌々しそうに首を縦に振った。そして、メモを取っていない生徒たちを罵倒し、グリフィンドール生たちからを不当に減点した。

 

 ハリーがスネイプの質問に解答できたのは、たまたま予習したところがあたっていただけで運が良かったからに過ぎない。ハリーが答えられたのはここまでで、ここから先はスネイプのペースだった。

 

「では、四錠ならばどうなる?」

 

「死にます」

 

 教科書には死に至る、としか記載されていない。魔法薬は適量であれば人体に有効な効果をもたらすが、過剰であれば毒にしかならない。睡眠薬はその最たるものだ。

 

「不正確だポッター!その知ったかぶりに対してスリザリンから一点減点」

 

 グリフィンドール生とスリザリン生はポカンと口を開けてスネイプを見た。

 

 

 スネイプはスリザリン生を減点しない。

 

 

 それはホグワーツにおけるすべての生徒に共通する認識で、スリザリンの生徒が他寮生から嫌われる原因のひとつだった。ハリーたちも、グリフィンドール生であるロンたちも、スネイプはスリザリン生には甘いと先輩から教わっていたのだ。

 

「水薬の効能は脳に対して負荷を与え、睡眠状態にあるにも関わらず、起きている時と同じ状態にする。その状態が継続し八時間の睡眠状態を超過したとき、人間の生命活動は停止するのだポッター。

 

それを防ぐには八時間の段階で解毒薬を投与する必要がある。その解毒薬は……」

 

 矢継ぎ早に黒板へと記述されていく教科書にもない薬の説明に、ハリーたちはついていくのに必死だった。

 

(……でも、面白いな魔法薬)

 

 量を少し変えるだけで、原料が同じでもまったく別の効能を発揮する魔法薬もある。ハリーはスネイプのことは嫌いになったが、魔法薬の奥深さには同意せざるを得なかった。ハリーが減点されたことで、スリザリンが過剰に贔屓されていると言い出すグリフィンドール生も(少なくともハリーの代では)居なくなった。

 

 魔法薬学の授業でのハリーは(挙手して発言しようとするハーマイオニー・グレンジャーを無視して)スネイプ教授から指名されるのがお決まりの流れになった。間違ったり答えられなければ減点されるという過酷さから、ハリーはスリザリンのためにより一層魔法薬の予習と復習に力を入れることを決意し、スリザリンではマルフォイの次に魔法薬の調合がうまい生徒になっていった。

 

***

 

 

 セブルス・スネイプは、苦々しい気持ちでハリー・ポッターを見ていた。

 

 昨晩、彼は突如現れたピーター・ペティグリューにクルーシオをかけたい気持ちを堪えて己の職責を果たしていた。

 そうせねばならなかった原因は、言うまでもなく目の前のハリーである。彼を守ることこそが、スネイプがかつて誓った贖罪の証であり、生きる意味だからだ。

 

 スリザリンに相応しい高貴さも、(スネイプにとって)崇高な闇の魔術を扱う頭脳も才能も無さそうな、ジェームズ・ポッターに瓜二つの傲慢な思い上がった子供が緑色のローブに身を包んでいることに、スネイプは吐き気を覚えていた。これから七年もの間、己の寮生として規則違反の常習者を管理するなどたまったものではない。

 

 それでも、ハリーを守るためにスネイプがしたのは、ハリーを純血主義者たちから隔離することだった。

 スリザリン生である以上、大なり小なり全員がマグルに対して嫌悪感や、大小を問わず差別意識を持っている。あるいは、無関心ゆえの残酷さを。

 純血主義はそういった感情や思想の行き着く先であり、今のスリザリンでは純血主義の穏健派が勢力を持っていた。

 穏健派は、ルシウス・マルフォイを筆頭とした、恩赦を受けた元死食い人たちである。闇の帝王の死亡後、帝王に忠誠を尽くさず、体制側に寝返って事なきを得たものたち。ルシウスは帝王が復活した瞬間にハリーを売ることがわかりきっている以上、その子供たちをハリーと同室にするわけにはいかなかった。

 

 何より、スネイプ自身が、自分にとっての恩人であるルシウスの息子と、宿敵の息子が友人となることに耐えられなかった。

 

 次にハリーの相部屋の候補からはずしたのは、レストレンジ家のような純血過激派の子息だった。彼らの親族は純血主義、ひいてはその指導者である闇の帝王のためなら死すら厭わず、己の罪を認めて牢獄に入った。

 そのせいで、社会的な制裁を受けたそれら過激派旧家は貧困にあえいでいた。名誉と地位を失う原因になったハリーへの恨みは穏健派の比ではなく、間違いなくハリーにとっての敵となる。

 

 消去法の末にハリーと同室になったのが、ザビニであり、アズラエルであり、ファルカスだった。

 

 彼らは純血を自称してはいるが、実態はスネイプやハリーと同じ半純血の家の生まれである。そういう家の人間ほど純血主義に迎合しようと時に過激に純血主義者になるのだが、それでも、子供から親を通して闇の帝王にハリーの情報が伝わる確率は減らすことができる。最悪の選択肢のなかで、比較的マシだと思える人選がこれしかなかったのだ。

 

 内心でスリザリンに来たハリーを罵倒し、ハリーをジェームズに、ハリーの近くにいたザビニをシリウスに重ねてハリーに憎しみをぶつけることで、セブルス・スネイプは自身にかかるストレスを発散していた。

 




マイナスとマイナスがかけ合わさってプラスになる……
いやならないなぁ……


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友情のありかた

 

 ホグワーツでの最初の授業を終えたあとは、ハリーは同室の四人、ザビニ、アズラエル、ファルカスと行動を共にした。ロンにスキャバーズのことを謝りに行こうかな、と一瞬思ったが、そのスキャバーズの一件もあったし、何より、スリザリン生である自分がグリフィンドールの談話室を訪れるのは、あまりにも敷居が高かった。

 

 ダーズリー家での、勉学の時間すら満足に取れない日々を牢獄とするなら、ホグワーツでの時間はハリーにとっては天国にも等しかった。ここでは憂さ晴らしに殴ってくるダドリーはいないのだから。一人ではないというだけでも、ハリーはホグワーツに来て良かったと思っていた。

 

「めちゃくちゃ嬉しそうだなお前……」

 

「そりゃあスリザリンに入れたからね」

 

「スネイプ教授から減点されてるっていうのに、変なやつだなぁ……」

 

 ザビニはそんなハリーを見て半ば呆れていた。スリザリン生にしてはあまりにも狡猾さがない。ザビニは柄にもなくハリーの今後を心配してしまうほどだった。

 

 

「この後どうします?」

 

 アズラエルが聞くと、ザビニが箒に乗ろうと言い出した。

 

「明日飛行訓練だろ?だったらそれの練習って名目でクィディッチごっこやろうぜ。スニッチとブラッジャーなしで」

 

「でも、一年生は箒を持っちゃいけないよ?」

 

「備品を借りればいいだろ」

 

 

 ハリー以外の三人で話が進んでいくので、ハリーはアズラエルに頼んでクィディッチのルールを教えてもらった。ハリーはシーカー以外のポジションに意味はあるのだろうかと一瞬思ったが、それを言うのは無粋な気がして言わなかった。

 

「四人じゃパスも出来ないし、他の人も誘おうよ」

 

 ファルカスがそう言うので、ハリーは談話室にいたドラコやクラブ、ゴイルと、一人でぽつんとしていたセオドール・ノットを誘った。ザビニはドラコの参加に少し嫌そうな顔をしていたが、ハリーは気付かないふりをした。

 

 

 

 学校の備品である古くてボロボロの箒にまたがり(ドラコは古いものを使うのを嫌がったので、ハリーは自分が使おうとしていた比較的綺麗な箒を渡した)、キーパー一人、チェイサー三人ずつの四人対四人で試合をすることにした。リングは練習用の大きめのものだったが、初心者が遊ぶにはそれで十分だった。ハリーは箒に乗れなかったらどうしようと不安で仕方なかったが、意外なことに、一発で箒に乗って飛ぶことができたのはドラコとハリーだけだった。

 

 ドラコの献身的で丁寧な説明のおかげで、クラッブやゴイルを含めた全員が箒で浮くことに成功し、二回ほど試合のようなハリーとドラコによる点の取り合いを終えた後、ハリーたちはくたくたになってスリザリンの談話室に戻った。

 

 

***

 

 次の日、ハリーは充足感に満ちた朝を迎えていた。魔法薬をはじめとした授業の復習や予習はバッチリだったし、宿題も終わらせ、ゴブストーンゲームでファルカスに惨敗するなどして(ハリーは友達がいなかったので対戦型のゲームに極めて弱かった)、ハリーははじめて楽しく学校生活を送ることが出来たのだから。

 

 最高の気分のまま大広間のテーブルにつくと、今日もまたふくろうが飛び交っていた。大勢の生徒がグリフィンドールのテーブルをチラチラと見ていたが、ハリーがスリザリンのテーブルにつくと、一斉にハリーのほうを見た。

 

「……今度は何?」

 

 ハリーは昨日の反省も踏まえてドラコではなく、アズラエルに何があったのか聞いた。左手に持ったトーストを口に運び日刊予言者新聞に目を通していたアズラエルは頷くと、日刊予言者新聞の見開きをハリーに渡した。

 

 

 そこには、『冤罪だった男、真の英雄、善の魔法使いシリウス・ブラック勝訴』という見出しと共に、痩せ衰えた骸骨のような男が愛想よく笑顔を振り撒いて欠伸をしたり体操をしている写真が載っていた。

 

 ポッター家を裏切り、十人ものマグルを殺害した罪で服役していたはずのこの男が最高裁で無罪を勝ち取ったこと、真犯人は先日ホグワーツに侵入した男であることなどが書かれている。

 

 

「……?…………え?何?どういうこと?何がどうなってるの、ねぇ」

 

 ハリーは何度もポッター家を裏切ったという部分を読み返して混乱する。

 ハグリッドから、両親が人気者で、素晴らしい魔法使いであることはハリーも聞いていた。しかし、当然ながらその両親が親友に裏切られて死んだことになっていたという経緯までは聞かされていない。

 

 頭の中で情報をまとめると、シリウス・ブラックという見知らぬ人は、ハリーの両親やハリーのために命を懸けて、当のハリーからは認識すらされずに10年も無実の罪で服役していた人ということになる。

 

 ハリーにとってはあまりにも非現実的で、立派すぎる人がハリーの関係者だったという事実に困惑するしかない。記事には先日ハリーが捕まえた男が真の裏切り者だったとも載っていたが、怒りよりも困惑のほうが大きかった。

 

「いえ……僕たちに聞かれても分からないですよこれは…パパなら何か知ってるかなあ…」

 

「こうなったのは間違いなくハリーのせいだぜ?」

 

 ハリーには何がなんだか訳が分からないまま、朝食をオニオンスープで流し込んで授業に向かうしかなかった。

 

 

***

 

 ハリーの周囲で起きている出来事とは無関係に日常は進む。

 

 マダム・フーチの飛行訓練で、ハリーは何回目かになるトラブルに見舞われていた。

 

 

「またドラコか……この短期間に何回目だよアイツ」

 

 

「ブレーズ、命が惜しければ頼むから黙ってて下さい!同じ寮の仲間になんてこと言うんですか!」

 

アズラエルはザビニの失言が誰かに聞こえていないかと、辺りを見回していた。

 

 マダム・フーチの飛行訓練は、グリフィンドール生とスリザリン生の合同授業だった。いかに仲が悪い二つの寮生でも、箒を用いて飛んでいる最中に喧嘩をすれば命に関わる。この授業は安全性を重視したもので、本来は怪我人などは出ないはずだった。

 

 しかし、緊張と焦りで魔力を暴走させたネビル・ロングボトムは、年配の魔女ですら制御できないほどの速度で浮かびあがり、事故を起こしてしまった。骨を折るほどの大怪我を負ったネビルを医務室に連れていくために、マダム・フーチは生徒たちにその場への待機を命じて去った。

 

 そんなときに、ドラコがネビルの私物を拾い上げた。

 

「思い出し玉か。ロングボトムの馬鹿、珍しいものを持っていたね。まったく、アイツには宝の持ち腐れってやつだと思わないか、ポッター?」

 

「そういう言い方はよせよドラコ。ロングボトムが可哀想だよ」

 

 ハリーはネビルに同情してそう言った。頑張ろうとして出来なかった人間を嘲笑うことほど残酷なことはない。ネビルが、フーチ先生の指示を聞き終わらずに暴走してしまったことは事実だったが、だからこそネビルが一番辛いのだということもハリーには想像できた。

 

「いいじゃないか。ロングボトムはここにいないんだぞ。固いこと言うなよ」

 

 

「おい、マルフォイ!それはネビルのだぞ。ネビルに返せよ!」

 

「ロン!」

 

 

 案の定、ドラコの言葉に神経を逆撫でされたグリフィンドール生たちはドラコへの嫌悪感を募らせた。その中でも、ロンの怒りは大きかったようで、ドラコが奪うつもりで拾ったかのようにドラコを責めた。

 

 人間は印象の悪い相手にほど、よくない見方をしてしまう生き物である。公然と家族を侮辱されたロンがドラコに悪印象を持つのも、ドラコがロンに悪印象を持つのも、人として当然の反応だった。

 

 ロンとドラコに差があるとすれば、そこから先に他人に対する悪意があるかないかだった。

 

 ドラコはその時、自分にとって最高に面白いいじめを思い付いた。箒の上からグリフィンドール生を見下せばどれだけ気持ちがいいだろうかと。

 

「ふん。嫌だね。ロングボトムみたいなやつは、ピーター・ペティグリューになる前にホグワーツを去ればいいんだ。ウィーズリー、返してほしければ取りに来ればいいだろう!」

 

 

「ドラコ!」

 

「まぁ、何てこと、ロン!飛んじゃダメよ!!!フーチ先生の言いつけがあるのに!規則違反だわ!退学になるわよ!」

 

「友達より規則が大事なのか、ハーマイオニー!」

 

 気分を害したドラコは、器用にも片手に思い出し玉を持ったまま箒で空を飛ぶ。ロンがハーマイオニーと口論になっているのに目もくれず、ハリーは反射的に、自分も箒に乗って空を飛び、ドラコを追った。

 

「ドラコ!意地を張らないで降りよう!玉だって返せばいいじゃないか!」

 

 ハリーはドラコにそう呼び掛けた。ドラコが声に反応して後ろを振り向くと、眼鏡の奥の緑色の瞳がドラコの顔を悲しそうに見上げているのが見えた。

 

「何で、スリザリンなのにグリフィンドールの肩を持つポッター!この裏切り者!!」

 

 こう言われては、ハリーも黙ってはいなかった。箒に乗ってハイになっていたせいもあるが、ハリーはずっとドラコに言っておかなければならないことを言えていなかった。

 

「ドラコの友達だからだよ!友達に悪いことをしてほしいわけがあるかこのバカ!」

 

「……バカだと。この僕に向かって!そんな悪口、父上にも言われたことがないのに!!」

 

 ドラコもドラコでプライドがある。スリザリンで頂点に立てと、ルシウスから常にプレッシャーをかけられてきた。優秀な家庭教師を付けられ、勉強だってきちんとやってきた。そんな自分が、つい最近まで魔法を知らなかったやつに説教をされるなんて許せない。

 

 ドラコは箒で加速した勢いのまま、思い出し玉を地面へ投擲した。

 思い出し玉は、複数の記憶に関する魔法が込められた高度な魔法道具である。

 もしも玉が破壊されれば、レパロ(直れ)で玉の外見は修復できても、魔法道具としての機能は失われていただろう。

 

 

 ハリーは本能的に、体の重心を玉が投擲された方向に傾け、箒に体重をかけて急加速した。

 

 思い出し玉が地面に衝突する寸前、ハリーの手が玉を掴み、箒は空へと浮かび上がる。勢いに任せて地面に衝突するかと思われたハリーの体は、箒のおかげでなんとか怪我をせずにすんだ。

 

 ハリーは遠くで聞こえるグリフィンドール生やスリザリン生の歓声を聞きながら、歓声の中にロンのものがないことにがっかりしている自分に気付いた。ハリーは冷めた頭で、どうやってマダム・フーチに弁明しようかと反省していた。

 

***

 

 結局、ハリーとドラコはマダム・フーチからたっぷりとお叱りの言葉をいただき、退学にこそならなかったものの、十点の減点と小さな罰則を仰せつかった。減点は授業で取り返せる自信があったし、禁じられた森に行けばハグリッドに会えるので内心ハリーは嬉しく思ってもいた。

 

 ネビルに思い出し玉を返却するのには、アズラエルやファルカスは他所の寮生だし自分はなにもしていないからと参加を見送った。ハリーはザビニと二人で医務室を訪れると、気落ちしていた丸顔の少年は、嬉しそうに思い出し玉を受け取った。

 

「本当にありがとう、ハリー!」

 

「お大事に、ネビル。怪我はひどくはないんだね?なら良かったよ」

 

 ハリーとネビルが笑顔でやり取りをしていると、ザビニがネビルにこう言った。

 

「グリフィンドールを裏切って第二のピーター・ペティグリューにならなきゃいいな、ロングボトム」

 

「ザビニ!?」

 

「えっ……?う、うーん……」

 

 ネビルは半泣きになりながら頷くことしかできない。

 どうやらザビニはネビルに追い討ちをかけるために参加したようだった。

 

「ザビニ、いくらなんでも酷いぞ。怪我をした本人の前で言うことか?」

 

「これくらいは言う権利がお前にはあるだろ。ハリーはロングボトムのために同じ寮の仲間に喧嘩を売ったんだぞ」

 

 

「僕はロングボトムからの見返りが欲しくてやったわけじゃない」

 

 

 

「そうかい。悪かったよロングボトム。ちょっとした冗談のつもりだったんだ」

 

 ザビニは深く礼をしてネビルに謝罪したが、ハリーはこれ程に陰険で誠意のない謝罪を見たことがなかった。

 

 ハリーは気まずい雰囲気のままネビルに謝り、ザビニに真意を問いただした。

 

 ザビニはハリーの問いに、こう答えた。

 

「スリザリンの狡猾さってのはタダじゃあないんだ。弱いやつにお優しくて甘いのは結構だけどよ、誰彼構わず八方美人に振る舞うのはやめとけよ、ハリー。

じゃないとお前の身を守れないぜ」

 

 スリザリン寮生の美徳のひとつは、身内に対する愛情深さである。しかし、愛とは必ずしも善ではなく、社会的な立場や善悪とは対立することもある。だからこそスリザリン生は危ういと思われ、他の三寮から距離を置かれているのだ。




この二次創作内のハリーはジェームズにもリリーにも似てるつもりで書いてます
相手の立場を気にせずに友達になろうとするところはジェームズ
相手の善性を信じて相手が変わってくれるだろうと思ってるところとか自分は正しいと思ってるところとかはリリー
という感じで


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眼鏡と森番


ハグリッドとスリザリン生の関係についてですが、スリザリン生(マルフォイ)からの受けが非常に悪い一方でハグリッドが帰って来たことを喜ぶスリザリン生もいるんですよね


 

 スリザリンの女子寮で、豊かな黒髪を持った少女、ダフネ・グリーングラスは上級生に複製してもらった日刊予言者新聞の一面をじっと見つめていた。そこには、痩せ衰えた骸骨のような男が欠伸を噛み殺し、顎をかいている姿があった。

 

 シリウス・ブラックがポッター一家への友情のために、己の全てを捧げたという事実は、たちまちのうちにホグワーツ中に広がった。ダフネをはじめとして大勢の生徒が、上級生に記事や写真を複製してもらってシリウス・ブラックを見ていた。

 

 シリウス・ブラックは、大勢のホグワーツ生の脳を焦がしていた。それはあまりにも美しい友情への憧れであり、正義のために己の全てを捧げたシリウスのあり方に対する尊敬が入り交じっていて、ホグワーツの低学年の子供たちにとってシリウスはヒーローになった。それは、スリザリンの子供たちも例外ではなかった。

 

(……なんでシリウス・ブラックはグリフィンドールなんだろう)

 

 ダフネはシリウスの写真を見て、シリウスについての素朴な疑問を友人のミリセントやパンジーらと話し合った。

 

「シリウスも親のほうのポッターも、スリザリンに来るべきだったのよ!ハリーはうちに来たじゃない!!」

 

 ミリセントはそう言った。

 

「そうよそうよ!スリザリンだったら牢獄入りなんてさせなかったわ!」

 

「そうね。愚かな選択……」

 

 ダフネはパンジーに頷くしかなかった。自分だってスリザリンの魔女だ。純血の魔法使いが一番正しくて、それ以外はゴミなのだという家族の言葉を信じてきたし、そういう姿勢を取らなければ一族の命が危ないと教えられた。だから、ダフネは組分け帽子で数秒とかからずにスリザリンになった。

 

 それが当然で当たり前だと思っていた。思っていたのに。

 シリウスの行為の気高さに、自分では出来ないだろう態度に、ダフネもまた脳を焼かれた一人であった。

 

 シリウス・ブラックは純血の名家に生まれた。当然、ダフネやドラコのような、純血主義を至上とする教育を受けてきたはずだ。新聞では、シリウスは素行不良ではあったものの非常に優秀な魔法使いだったとも書かれていて、何度読み返しても、スリザリンに入って、純血主義を掲げるべき王子様だった。

 

「……でも、スリザリンに選ばれる能力のない人間がブラック家の当主になれるのかしら」

 

 ダフネは、シリウスはスリザリンに選ばれなかったのではなくて、スリザリンを選ばなかったのではないかと発言した。その瞬間、場の雰囲気は凍りついた。

 

「ヤダ、冗談よ。ごめんなさい」

 

 その考え方は、親の言いつけこそが正しくて、それ以外の考え方はゴミだと思い込もうとしている純血の一族の子供にこそ深く深く突き刺さった。

 シリウスのあり方は、友情や愛情といったスリザリン的な美徳を肯定しながら、現在のスリザリンにおける純血主義という美徳、もとい思想を真っ向から否定するものだった。スリザリン出身で、友人のために監獄に入ろうという気概があった人間は、皮肉にも大量殺人犯の一味として没落していたし、仲間を裏切って知らぬ顔をした一族がスリザリン内でいい顔をしていた。

 

 ダフネの一族も例外ではなく、デスイーターにこそならなかったが、例のあの人の支持を表明していたからこそ生き延びた。例のあの人の圧倒的な力があれば、グリーングラス一族の問題を解決してくれるかもしれないという思惑もあった。

 

 ダフネや、ダフネだけでなく、もしかしたらスリザリンのほとんどの生徒は、そんな親族のせいで自分はなにも(他の寮の生徒たちの失敗を友達と一緒にクスクスと笑うだけだ)していないのに他の寮生から厳しい視線を受ける可能性があることを知っていたし、それを恐れていた。他所の寮生に辛くあたるドラコに喝采を送っていても、心のどこかでしっぺ返しがくることを恐れていた。

 

 シリウス・ブラックが、たまたま純血の一族に生まれただけの、まったくスリザリン的ではない人間で、遠くの世界の住人だったのなら、ダフネたちは悩みはしなかっただろう。シリウスの行動を冷笑し、ただの馬鹿だと笑い飛ばすことができた。

 

 しかし、シリウスは生まれからしてスリザリンに非常に近い立場にいた。その一点で、もしかしたら自分達にも、シリウスのような、皆から認められるような、誰かを傷つけなくてもいいあり方があるのではないかと、そう思わせられたのだ。

 

 ダフネがそう思った原因は。

 

 スリザリンに組分けされ、魔法界からは英雄視されている一人の少年だった。

 

(どうしてポッターはスリザリンなんだろう)

 

 ハリーはスリザリンらしい賢明さを発揮しているとは言えなかった。どちらかと言えば、グリフィンドールらしい無鉄砲さを発揮しているようにダフネには見えた。しかし、紛れもなくハリーはスリザリン生なのだ。

 

 ハリーと同じ部屋にいる男子、ファルカスを通して、ハリーがペットの蛇を使ってピーターを見破ったことをほとんどのスリザリン生が知った。女子たちはこれをスリザリン内だけの秘密だということにして、他所の寮よりも自分達が優れているという証明だと笑いあったし、ハリーがそれを他所の寮生に隠していることが、彼のスリザリンらしい狡猾さの証だと自分を納得させた。

 

 そんなハリーが言った言葉が、ダフネの耳に残っていた。

 

『友達だからだよ!』

 

 たったそれだけの真っ当な理由で寮の仲間を止められるということが、ダフネにはたまらなく眩しく見えた。

 

(スリザリンの何かが変わるかもしれない)

 

 英雄であるポッターが所属し、今年の最後までスネイプ教授の過剰とも言えるスリザリン寮への贔屓がなく優勝することが出来れば、ダフネの代のスリザリンは、真っ当なホグワーツ生として他の三寮生から受け入れられるかもしれない。

 それは親から聞いていたスリザリンの形とは異なる。現状への反逆である。とても恐ろしいことのはずなのに、その変化を期待してしまう自分がいることに、ダフネは気がついていた。

 

 

***

 

 ハリーはザビニとも離れて、一人で禁じられた森の小屋を訪れていた。ひどく臆病なハグリッドの飼い犬、ファングは、ハリーの姿を見て激しく吠えたので、ハリーはファングにシレンシオ(沈黙魔法)をかけなければいけなかった。ハリーが困ったときに相談できそうな相手は、ハグリッドしかいなかった。ハリーの愛すべきペットであるアスクレピオスはどれだけ賢くても蛇であり、友情や人間関係について相談することは難しかった。

 規則を破ることに対する罪悪感はなくなっていた。今のハリーにとって、友情こそが何よりも優先するべきものだった。

 

「ハリー。お前さん、なんでこんなところに来とる!森には来ちゃなんねえと言われとろうが!」

 

「そうだったね、ごめんハグリッド。次からは気を付けるよ。どうしてもハグリッドに相談したくて」

 

「スネイプ教授がおるだろう?」

 

「僕、スネイプ教授からは嫌われているみたいで……」

 

 ハグリッドは黒く輝く瞳でハリーをまじまじと見ながら、ハリーが紛れもなくジェームズの息子だということを実感するのだった。

 

 

「そんな風に考えるのは良くねえぞハリー。あれでも、スネイプ教授はスリザリンの寮監だ。自分の寮の生徒のことはちゃんと守ろうとする。

……まぁ、そのせいでやりすぎて、嫌われることはあるみてぇだが……」

 

 これはハグリッドの配慮によるオブラートな言い方だった。スネイプ教授は明確にスリザリン寮生だけを贔屓しており、スリザリンが他の寮生から嫌われる原因のひとつだったからだ。それに付け加えると、スネイプ教授はスリザリン生の中でハリーだけを特別扱いしていて、ハリーから信じられる要素があまりなかった。

 

「うん、ハグリッドのいう通りだね……」

 

 ハリーは適当に相槌をうったが、心はスネイプ教授ではなくハグリッドのほうを向いていた。

 

「まぁ、分かってくれたんならええ。そんで、何かあったんか?顔色が良くねえが……」

 

 

 ハグリッドは金属のように硬いロックケーキと紅茶を用意して、今回だけだぞとハリーの話を聞いた。ハリーはハグリッドにぽつぽつと友人関係の悩みをうちあけた。

 

 ロンと話がしたいのに出来ていないこと。ドラコとグリフィンドール生に対するスタンスの違いで対立してしまっていること。ザビニにも、暗にスリザリンらしくないと言われたこと。ハグリッドには全ての悩みをうちあけた。ハグリッドは、ハリーがシリウス・ブラックについて無関心なことに驚いたが、あえてそこには触れないことにした。

 

「ねえ、これって僕が悪いのかな、ハグリッド?僕はどうすれば良かったんだろう」

 

 ハリーの言葉に、ハグリッドはいいや、と首を横にふった。

 

「わしはお前さんが悪いことをしたとは思わん。人として間違ったことはなーんもない。お前さんに足りんのは、自信くらいだぞ」

 

 ハグリッドがそう言うと、ハリーの顔色は目に見えて明るくなった。そんなハリーの姿を見て、ハグリッドは昔もこんなことがあったと思い出した。

 

(そういえばリリーも、ジェームズとセブルスが喧嘩ばかりすると言っとったのお……)

 

 ハグリッドの記憶のなかでそんな言葉が思い返され、そのあと何年経過しても、似たような悩みを相談されたことを思い出した。

 

 実はハグリッドは、低学年の生徒たちから人間関係の相談を受けることがある。慣れない寮の生活で一番困るのが頼れる相手がいないことで、次に困るのが相談した秘密が漏れることだが、ハグリッドは年齢の割に純粋な心を持っていたし、普段学校の中にいるわけではなかったから秘密も漏れないだろうと、子供たちから相談されることがよくあった。

 そして、ハグリッドに相談してくる生徒はスリザリンに所属する子供もいた。彼ら彼女らは、まさか高貴なスリザリン寮の生徒がハグリッドのような森番に近づこうとはしないだろうと思って、寮生活の悩みを相談しに来るのである。

 

 

 ハリーの悩みをひとしきり聞き終えると、ハグリッドは一つだけアドバイスをした。

 

「納得行くまで話し合うほうがええぞ、ハリー。話もせんと相手はこうだと決めつけるより、目を見て話をして、相手のことを知って、気持ちいい距離を知るほうがええ」

 

「僕に出来るかな。友達を作ったことなかったのに」

 

 ハリーは不安そうにそう言った。

 

「全部うまくはいかんかもしれん。そんでも、中途半端に煮えきらんよりはずっとええ」

 

「……そうか、そうだよね、ハグリッド。僕、ザビニに話をしてみるよ」

 

 

 小屋を去っていくハリーを見送りながら、ハグリッドは子供たちの友情が続いてくことを願った。スリザリンの緑色のローブが、夕焼けを浴びてグリフィンドールの赤に近く輝いていた。

 

***

 

 

 そして、ハリーはザビニをはじめとしたスリザリンの子供たちとはすぐに和解することができた。二人で話し合って喧嘩した(その度にアズラエルが喧嘩を仲裁した)末に、互いのやり方にはあれこれ言わないが、困っていたら助けるという形で落ち着いた。ドラコとはグリフィンドール生に対するスタンスで明確に溝があったが、クィディッチごっこをしているときは、諍いを忘れて笑いあった。11歳の少年にとっては、一緒にスポーツをして、その実力が近いこと以上の友情はそうそうなかった。

 

 

***

 

 しかし、ロン・ウィーズリーとだけは、二人きりになる時間を作ることができなかった。入学してからずっと、まともな会話も出来ないまま時間が流れていき、ハリーはいつしか、ロンとの友情を諦めかけていた。

 

 そんなある日、転機が訪れた。

 

 

 




 


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ハロウィンと転機の子

原作で読んでてすごいなと思ったのは、寮を変えたいって言ってる生徒がほとんど一人もいないことですね。みんな自立心が高くて精神力が強い


 

 ザビニといくつか口論を繰り返したとき、ハリーは内心自分も無駄に頑固になり、ザビニやドラコに言い過ぎたと思うことは多々あった。それでも他人へのいじめに対するザビニの残酷さや、ドラコのいじめを見て見ぬふりをすることは出来ないといい続けた。

 

 英雄気取りとかかっこつけだとか、散々な罵倒を受けたハリーは友情など成立しないのではないかと思ったが、ザビニとの間を取り持ったのはアズラエルだった。

 

「二人で共通のルールを作りましょうよ。ザビニはグリフィンドールに甘いと受けとられたくないし、ハリーは虐めなんてしたくない。あらかじめルールを決めておけば、この二つは、矛盾なく両立できるはずです」

 

 グリフィンドール生に何かされたらすぐに相談するとか、ザビニたちスリザリンの仲間を頼るというルールをザビニは言った。要するにザビニの言いたいことは、スリザリンの仲間を頼れというものだった。

 

「優しさをむやみやたらに振り撒いたって、他の寮生から感謝なんてされないぜ。都合よく利用されるだけさ」

 

 と、ザビニは言った。確かに、明確にハリーのためを思っての友人としての忠告だった。

 

 ハリーは生まれてはじめて、寮の共同生活の中で喧嘩をした。ダーズリー家でダドリーと揉めたとき、ハリーは居候でしかなく発言の自由はなかった。しかし、スリザリンでは確かに対等の立場だった。ハリーがどの寮生とも仲良くしたいと辛抱強く言い続けると、ザビニも最後には折れた。

 

「本当に石頭だな、ハリーは」

 

 ハリーは話をしたことで、何となくザビニのことを理解できた気がした。ザビニは露悪的なだけで、友達思いのやつなのだ。

 

「こんなに友達と話をしたのははじめてかもね」

 

「ウッソだろお前。どんだけ友達いなかったんだよ」

 

 

 ハリーはそう思うと嬉しく、スリザリンの仲間を大事にしようと今まで以上に勉強に力をいれた。しかし、勉学に力をいれ始めても、グリフィンドールとの合同授業では、箒の飛行訓練以外で点を稼ぐことは出来なかった。

 

***

 

「ドラコは僕より勉強が出来るのになんで言わないの?」

 

 変身呪文の授業の終わり際に、ふとハリーが聞いた。ドラコの授業態度はお世辞にも真面目とは言いがたかった。

 

「他の人に発言の機会を与えるのが僕の仕事なのさ」

 とドラコは気取って言った。

 

 そういう友達個人のやり方を、それが他人の迷惑にならないならなるべく尊重する必要があることをハリーは何となく意識し始めていたが、一方でそれが上手く出来ず、あるいは些細な失敗をして人間関係につまづいている人間もいた。

 

 ニキビだらけのハッフルパフ生のエロイーズ・ミジョンは周囲に笑われるほどにきびを気にしていて、ハリーは彼女にスネイプの授業で作ったニキビ消しの魔法薬を贈った。

 

「ハリーお前、センスがねーな。選ぶにしてももっと顔のいい子にしろよ」

 

 ミジョンに薬を贈ったとき、ザビニの他人の顔面に対する辛辣な評価を無視して、ハリーは魔法薬のレポートを書き終えた。

 

「僕も傷でいろいろ見られるのにちょっとうんざりしてきたからさ。

魔法薬でなんとか出来るなら、それが一番じゃないかと思って」

 

「ザビニはそういう意味で言ったんじゃないと思うよ……」

 

 ファルカスが呆れたようにハリーに言った言葉の意味は、ハリーには分からなかった。ちなみにザビニやドラコ、アズラエルたちとは異なり、ファルカスの話す英語はハリーと同じ労働者階級の英語である。ハリーにとってファルカスは、劣等感を抱かずに接することが出来る相手だった。

 

 

***

 

 10月になってしばらく経っても、上級生から魔法のコツを教わってもハリーがグリフィンドールとの合同授業で点を取れなかったのは、学年一の才女、ハーマイオニー・グレンジャーが原因だった。彼女の努力と集中力、記憶力はすさまじく、正確すぎる解答をするので他の生徒が点を稼ぐには、先生が配慮して質問に答える生徒を指名する必要があった。スリザリンの女生徒たちはそんな勉強熱心なハーマイオニーをせせら笑い、それを庇うべきグリフィンドールの女生徒も、彼女の高圧的な態度に辟易した様子だった。ハーマイオニーは孤立無援だった。

 

 あるとき、廊下でロンが彼女について話をしているのをハリーは聞いた。

 

「本当に悪夢みたいなやつだよ。あんなだから友達がいねえんだ」

 

 

 その時、誰かが廊下を駆け抜けていった。全く手入れされていない栗色の髪の毛の少女だった。彼女が相当に追い詰められていることが分かる。

 

 ロンは、話をしていたグリフィンドールの黒人男子と気まずそうに顔を見合わせていた。

 

 

「見なよ、グリフィンドール生は仲間を追い詰めるときだけ勇気を発揮するんだねえ。そういえば、グリフィンドールの象徴たる獅子っていうのは女性にばかり働かせる生き物らしいよポッター。知ってたかい?実に獅子らしいと思わないかい?いや、あいつは獅子じゃなくてウィー……」

 

「僕たちがとやかく言うことじゃないよ。ほっとこう、ドラコ」

 

 そのままドラコに話をさせ続けるとろくなことにならないと、ハリーはドラコを引き摺って次の授業に向かった。

 

 ロンとハーマイオニーの問題に、表立って介入することはハリーには出来なかった。何をどうすればいいのか分からなかった。

 

 

 その日の夜、ハリーはザビニたち同室の友達三人に、ロンとハーマイオニーについて相談した。

 

「なるべく目立たないように、ロンと彼女を和解させる方法はないかな」

 

「放っておいたほうがいいんじゃねえの?あの子がいないほうが、点数稼ぎはしやすいだろ。うちとしては」

 

 ザビニはハリーの話には興味なさげに、クィディッチの雑誌を読みふけっていた。

 

「僕は助けることには反対です。他所の寮生だし、別にいじめって訳じゃあないでしょ、それ。よくある弄りですよ。そんなもの気にしてたらホグワーツで生きていけませんって」

 

 そう言ったのは、ハリーたち四人のなかでは一番優しいアズラエルだった。彼はスリザリン生の中では温厚で、当たり障りのない理屈をつけることがうまい。

 

「そもそも、原因だってハッキリしてないでしょう。下手に口を挟めば、グリフィンドール生からの反感を買うだけですよ」

 

「それは……まあそうだね」

 

 ミジョンの時とは違い、原因もハッキリとは分かっていないのだ。

 

「いっそグレンジャーを虐めてやればいいんじゃねえの?そうすればあいつらはグレンジャーを庇うだろ」

 

 ザビニは手に持った雑誌を放り投げてそう言う。雑誌は宙を舞ってファルカスの手に渡った。

 

「ザビニ、君僕の言ったこと聞いてた?」

 

 ハリーは呆れと、かすかな軽蔑を含んだ目でザビニを見た。込み入った話をしてから、ザビニに対してはあまり遠慮をしなくなっていた。

 

「うわ…流石にないわー…」

 

「イケメンの本性見たりだよね」

 

 アズラエルやファルカスがザビニのブラックジョークにドン引きした顔を見せ、ザビニはそんなハリーたちを鼻で笑った。

 

「オメーらだって俺の同類だろ」

 

(……そうか。ハーマイオニーはマグル生まれだった……)

 

 ハリーは純血こそが貴ぶべきもので、マグル生まれは入学すらさせるべきではないとドラコが言っていたことを思い出した。ハリー以外の三人は、彼女と関わりたくないと暗に言っている。

 彼ら三人の名誉のために言えば、彼らはマグル生まれを虐めたことはなかった。上級生の一部が、時折談話室でマグル生まれについて聞くに堪えない汚い言葉を吐いているのを耳にして、互いに顔を見合わせていただけだ。そして、それはハリーも同じだった。スリザリンがそういう生徒を受け入れる寮であり、彼らは先輩で、寮の仲間だった。

 

 ハリーは、もしかしたら自分に兄弟と呼べるような人間がいるとすれば、それは寮で寝食を共にする三人かもしれないと思っていた。毎日顔を合わせても、罵倒も暴力もなく普通に話すことが出来る相手ははじめてだった。その彼らが乗り気でないのなら、ハリー一人で、何とかする方法を考えなくてはいけない。

 

 ファルカスとアズラエルは気まずそうにザビニから目をそらした。ハリーはそれでも、ロンのために彼女のことを何とかしたいと思っていた。そして。もう一度だけロンと話がしたい。鼠のことを謝りたいと。

 

***

 ハリーは、結局事態を好転させることはできなかった。マクゴナガル教授に相談したが、彼女の反応は冷たかった。

 

「ポッター。私としては、貴方がどの寮の生徒に対しても友人として、人としての礼節を持って接していることを嬉しく思います。ですが、ホグワーツでは生徒間のトラブルは生徒間で解決するものです。そうやってみんな、己自身で対人関係を学んでゆくのです」

 

 マクゴナガル教授の名誉のために言えば、これはホグワーツの古くからの伝統のせいであり、彼女の怠慢というわけではなかった。むしろ彼女は、大勢の生徒に対して公平で、時には自分なりの援助をすることもあった。

 

 何ら有効な打開策を見いだせないまま、時間だけが過ぎ去っていた。ハロウィンの飾りつけを見ながら、ハリーはハロウィンの衣装でダーズリー家を脅しつける自分の姿を想像した。

 ハロウィンの当日、ザビニたち四人やドラコもふくめた、ホグワーツのほとんどの生徒が、ホグワーツの大広間に集まっていた。ハリーはファルカスに、自分の分のお菓子を分け与えていた。

 

 

 

 その時、大広間の扉が開かれた。

 

 いつもスリザリン生から馬鹿にされていたクィレル教授が、息も絶え絶えにこう言った。

 

「トロールが……地下室に!!」

 

 たちまち大広間は大混乱になった。監督生たちが生徒を落ち着かせようと躍起になる中で、ハリーはグリフィンドールのテーブルでロンたちが慌ててテーブルから走り去っていくのが見えた。

 

「やあネビル。ちょっといい?」

 

 ハリーは混乱の最中、グリフィンドールのテーブルで怯えていたネビルから話を聞こうとした。ネビルはハリーの隣にいたザビニを怖がりながら、ロンがハーマイオニーを助けにいったことを話した。

 

 

「ザビニ!!ロンが危ない!!助けに……!!」

 

 ハリーはザビニがついてきてくれると思っていた。だが、ザビニの足はその場から動かない。

 ザビニは、日刊予言者新聞でシリウス・ブラックの偉業を知った。他の大勢のスリザリン生のように表向きはブラックの行動を嘲笑ったが、ホグワーツの大多数の生徒や、スリザリン生のように、シリウスに憧れる気持ちもあった。

 そして、今の自分の立ち位置がシリウスに近いことに気付いていた。

 

 ……自分ならハリーの側で、ハリーが道を踏み外さないように誘導し、魔法界の英雄の側で栄光を掴みとることが出来る。

 

 そんな、スリザリン生の美徳の一つである野心家な一面がザビニにはあった。自分なら出来ると、思い込んでいた。

 

 

 だが。ザビニの足はいつまで経っても、その場から動かなかった。アズラエルも、ファルカスも。

 

「ごめんみんな。たぶん僕は間違ってるのかもね……

でも、行くよ」

 

 ハリーはスリザリンの仲間を置いて、一人で行くことを決めた。ハリーは、みんなが来ないことに失望しつつ、どこかで安堵してもいた。これで、みんなを傷つけずに済む。シリウス・ブラックのように。

 

 ハリーにとってシリウス・ブラックは、立派すぎて想像も出来ないような、それこそ映画のなかにいるかのような人だった。父親のために、そんなすごい人を牢獄に入れたのかと思うと、ハリーはシリウスについて後ろめたい気持ちになったし、もしも自分の友達がシリウスのように冷たい監獄に入れられたり、ひどい目にあったらと思うと耐えられなかった。

 

(そんな目に遭わせるくらいなら、一人で行くべきだ)

 

 ハリーは、運命の分岐点に足を踏み入れた。

 

「……だって。グレンジャーは、マグル生まれだろ……?」

 

 ザビニは信じられないものを見る目でハリーのうしろ姿を見送った。ハリーの背中は、ザビニたちにはあまりにも眩しすぎた。スリザリン生でありながらマグル生まれの生徒を助けるのは、スリザリンにとって背信的な行為であるはずなのに、人として正しいと思わずにはいられなかった。なのに、自分達の足は一歩も動かない。ザビニはこの時、自分ではジェームズ・ポッターにとってのシリウスのような存在にはなれないと感じた。そしてザビニと同じように、ドラコ・マルフォイもまた、ハリーがいなくなったと聞いても動かなかった。動けなかった。固まっていたファルカスが、先生にハリーがいなくなったことを告げるまで、スリザリン生たちはハリーの行動の是非を考えていた。

 

 大多数のスリザリン生の名誉のために言えば、彼らの多くに共通する傾向である自己保身を優先する性格は、スリザリンの寮生として正しい。スリザリンの目的である純血の保全のためには、軽々しく純血が命を懸けるなどあってはならないからだ。

 

 命を懸けるべき場面で先に命を散らすべきなのは、スリザリンの教えに従うならば半純血の役目であり、純血はその高貴な血を軽々しく懸けるべきではないのである。

 

 

 ハリーが命を懸けたのも、スリザリン生として過ごすうちにスリザリンの価値観を覚え始めたからかもしれない。己が半純血であり、栄光以外にスリザリンのなかで己の存在価値が見いだせないからかもしれなかった。

 

(……来ちゃったよ……)

 

 ハリーは三階の廊下にいた。ハリーより一回り背が高く、赤毛の少年、ロンがトイレの前にいる。ロンは、女の子の泣き声が響きわたる廊下にいた。ロンの先にはトロルがいる。ロンは今まさに廊下で魔法を使って、こん棒を持った醜悪な怪物を、トイレからロンのほうに誘導しようとしていたのだが……

 

「ロン!」

 

 後ろから走ってきたハリーは、思わずロンに話しかけてしまった。そのタイミングが最悪だった。

 

「ハリー?どうして君が!!」

 

 ハリーがロンに話しかけたことで、ロンは使おうとしていた魔法を中断せざるをえなくなった。そのせいで、トロルは女子トイレの扉の前に立ったまま、女子トイレとロンとを見比べながら立ち往生している。

 

 その時、女子トイレから女の子の泣く声が聞こえた。

 

「どうして私……グリフィンドールにしちゃったの?レ、レイブンクローにしておけばよかった!!組分け帽子は薦めてくれたのに」

 

 誰もいないと思ってか、トロルに気がついていないのか、ハーマイオニーの嘆きすすり泣く声が廊下にまで反響して聞こえてくる。

(ソノーラスでもかかっているのか?どうして?)

 

 ハリーは明らかにおかしな状況に違和感を感じた。スリザリンの女子生徒の誰かが(ハリーですら、こんな虐めをするのはスリザリン生くらいだろうと思っていた)虐めでかけたのかもしれないが、タイミングが良すぎる。まるで、誰かがこの廊下にトロールを誘導したような都合の良さを感じた。

 

 どうしてかおかしなことに、ハーマイオニーに対して答える女の子の声もした。

 

 この時ハリーは、嘆き悲しむハーマイオニーに同情した。ソノーラスの効果か、聞きたくない時や聞くべきでないときに限って声が耳にはいってくる。

 

『レイブンクローなら虐められないなんて、ウソよ。レイブンクローの叡知は、虐められない方法をわたしにもたらさなかった。もちろんハッフルパフやスリザリンでもダーメ!

人間はね、虐める生き物なの。そうしないと生きていけないの』

 

 命なき悪霊の囁きが、薄暗いトイレの中に響いていた。

 

『私はレイブンクローだった!友達も出来ず、頼れる後ろ楯もなく。明るい兆しも見えない悲惨な学校生活。落ち着けるのはトイレだけ……』

 

「いやあ!」

 

 ハーマイオニーのすすり泣きが響き渡った。

 

「ラ、ラベンダーもみんなも私がグリフィンドールじゃないって言うの!!みんなが、みんな、強気で陽気じゃなきゃいけないって!グリフィンドールらしくなくちゃいけないって!!」

 

 ハリーはかすかに胸が傷んだ。ハリーにはハーマイオニーの痛みが分かったような気がしたからだ。ザビニやドラコからスリザリンらしくないと言われたときは辛かった。ハリー自身はスリザリンであることを誇らしく思っているのに、それを否定されるのは辛い。周囲から期待されるような、スリザリンらしさを発揮できない自分が辛い。

 グリフィンドール生が過剰にグリフィンドール生らしくなろうとすることにも、ハリーは罪悪感を感じていた。ハリーによって真のグリフィンドールOBであるシリウスの存在が明らかになったが、グリフィンドールOBの恥であるピーターの存在はグリフィンドール生たちの誇りを大いに傷つけ、他の寮生たちから要らぬ中傷をされていた。

 

ハリーとロンは、トロールを誘導するタイミングを完全に失っていた。トロールはハーマイオニーの声にも反応せず、じっと立っているようにしか見えない。もしかしたら、このままなにもしないで先生が来るまで待っているほうがいいのではないだろうか。

 

と、その時、トロールがひときわ大きな唸り声を上げた。ロンがなにか魔法を飛ばしたが、魔法はトロールに直撃したにもかかわらず、なんの効果もない。トロールはロンに目もくれず、女子トイレの扉をこん棒で殴り付け、魔法で強化されていた扉を粉砕した。

 

 ハリーとロンは、恐怖にすくむ足を必死に動かしてトロルへと立ち向かった。

 

 

 




本作のハーマイオニーはレイブンクローよりもグリフィンドール生の適正が高い子ではなくて、グリフィンドールの適正が高すぎる子のつもりで書いています。
そのせいでグリフィンドール適正が並な周囲とは浮いてしまうんです。  


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グリフィンドールとスリザリン

トロルとかいう劣化巨人……
意外と強くね?


 

 トロルは轟音と共に、圧倒的な突進力でもって女子トイレに突入した。ハリーはロンに先んじてトイレに入り、今まさに個室へと向かおうとしていたトロルの背中に魔法をぶつけた。

 

 

「ボンバーダ(爆発しろ)!!」

 

「ペトリフィカストタルス(石になれ)!!」

 

 爆発によってトイレの中の設備を壊し、トロルにぶつけて足止めしようとする。ロンは石化魔法でトロルを倒そうとした。しかし、トロルには何の効果もなかった。トロルがその太い腕を使って破損物をハリーたちに投げ返した。ハリーとロンは倒れ込むことで何とか死を回避した。

 

(……!!)

 

 ハリーの心臓が大きく跳ねた。トロルはダドリーとは違う。野生の猛獣よりももっと獰猛で、人を殺そうとしてくる化け物だ。それを肌で感じたハリーは、この時はじめて恐怖を知った。

 

 ハリーの撃った小さな花火は確実にトロルの背中を撃った。しかし、トロルはびくともしない。確実に背中に当てたにも関わらず、火傷などの外傷もない。ハリーはトロルが怖くてたまらなかった。

 

 そのとき、ふわふわと漂う何か。女子学生のゴーストが、トロルの前に立ち塞がった。ゴーストは生前の記憶を魔力によって模写しているだけの存在で、そこに魂はない。有事の際には、その魔力でもってホグワーツの生徒を守るのがゴーストの役目だ。

 

 ゴーストの守りは、時間稼ぎにはなった。

 

 トロルはこん棒の一振りでゴーストの守りを貫こうと腕を大きく振りかぶる。ハリーたちにとって明確な隙だ。ハリーは腕に向けて切断魔法を撃った。

 

「き、効かないの……?どうして?」

 

「トロルはタフなのよ!一年生の魔法じゃ倒せない!!」

 

 ダドリーに対して使いたいと心の底から思って練習していた魔法だが、生物に向けて撃ったことは一度もなかった。ハリーの撃った切断魔法は、トロルの魔法抵抗力に阻まれてろくな効果を発揮しない。ハリーの学んだ知識はなんの役にも立たなかった。

 

「そんなら……アグアメンティ(水よ)!こっち向けゴイル!!」

 

 ロンはゴイルと名付けたトロルの頭上に水を噴射し、トロルの注意をハーマイオニーがいる個室ではなく、ロンとハリーに向けようとする。しかし、トロルはハーマイオニーのいる個室へ狙いを定めているのか、注意を引くことはできない。

 

 

「ダメよ!!トロルは痛みに鈍感なの!」

 

「それはどうも!ゴイルとは大違いだね!」

 

 ハリーは叫びながらそう言うハーマイオニーにどなり返しながら、打開策がないかを考えていた。このままでは、トロルはハーマイオニーのもとにたどり着いて彼女を殺してしまうだろう。

 

(何かないか……トロルを止めるものが何か……)

 

 ハリーは、トロルがこん棒を振りかぶっている瞬間がやけに長く見えた。ダドリーのパンチを受ける時も、ハリーはこんな感覚に陥ることがあった。ハリーは、一か八かでトロルの腕に飛び付いた。

 

 

 トロルは痛みに鈍く、反応も遅い。腕にしがみついたハリーを振りほどこうとするより、そのまま腕を振り回してしまったほうが早いとばかりに、頭上に振り上げたままのこん棒を振り下ろそうとした。

 

「ボンバーダ!!」

 

 ハリーはトロルの腕がトロルの頭上に上がった瞬間、逆さになりながらトロルの汚く濁った瞳に向けてボンバーダ(爆破魔法)を撃った。クィディッチごっこで箒に乗ったま空中を飛び回ったお陰で、逆さになった状態でも正確に狙いをつけることが出来た。

 

 魔法に対して高い耐性を持つ魔法生物に弱点があるとすれば、それは眼球である。魔法生物の眼球は宝石よりも固いと言われるが、その反面、体表に施されている魔法に対する抵抗力は弱いという傾向がある。これはトロルに限った話ではなく、ドラゴンなどの最上級の魔法生物も変わらない。トロルは、この時はじめて傷を受けた。一瞬だけ、トロルのこん棒を握りしめる手が緩んだ。

 

「ハリー、離れろ!!」

 

「ロン!」

 

 ハリーは無我夢中でロンの言葉にしたがい、トロルの腕にボンバーダを撃ってトロルから距離をとった。

 

「ロン!ビューン、ヒョイよ!!」

 

 トロルは痛みに鈍い。爆破によって視力を一時的に失っても、トロルのすることは変わらない。トロルは、ハリーを持ち上げたまま頭上に振り上げたこん棒を振り下ろそうとするが。

 

「ウィンガーディアム レヴィオーサ(浮遊せよ)!!」

 

 トロルの握っていたこん棒がスルリとトロルの腕から離れる。くるくると回転しながら、こん棒はトロルの頭上に高く舞い上がり……

 

 

 何かが砕けるような音がした。

 

 トロルはロンのレヴィオーサ(浮遊せよ)によって浮いたこん棒で、信じられないような痛手を受けた。これはロンが、たった一人の友を守るために己の勇気と、魔法の力を全てかき集めて、たった一つの魔法のために最高の効果を発揮したからに他ならない。

 

 

 ハリーは魔法使いとして、ロンに対して完全に敗北感を味わっていた。レヴィオーサ(浮遊せよ)は初歩の呪文だ。それを完璧に使いこなしてトロールを倒したロンと、たくさん覚えた魔法はどれも通用しなかったハリー。明確に差がある。ハリーは、ロンを自分より優れた魔法使いだと思った。

 

「すごい!!凄いわロン!」

 

「あ、あのさハーマイオニー。俺……ハーマイオニーに謝りたくてさ。意地はって君に酷いこと言ったけど、良く考えたら君の言ってることは正しいって気付いたんだ。だからレヴィオーサも練習したし……」

 

 ロンは泣いていたハーマイオニーに謝罪し、ハーマイオニーはそれを受け入れた。ハリーは自分が場違いなことに気付き、トロルの髭を切って保管することにした。魔法生物の体の一部は、様々な魔法薬の原料になる。

 

 ハリーはトロルの髭を切りながら、まじまじと信じられない気持ちでロンを見た。授業で成功できなかった呪文を、あの土壇場でやってのけたのだ。

 

(グリフィンドールの生徒はみんなこうなのか?)

 

 だとしたら、スリザリンの生徒がグリフィンドールに勝つために全力を尽くすのは当然だった。グリフィンドール生には、スリザリン生がどれだけ手を尽くしても、何をしてくるかわからない怖さがあるとハリーは思った。魔法薬の授業で大鍋を焦がしていた生徒のように。ハリーは普段からずっとグリフィンドール生と一緒にいるわけではないので、ロンの実力が今年のグリフィンドール生全体で具体的にどの位置なのかは分からなかったが、ロンがハリーより優れた魔法使いなのは確かだった。これにハーマイオニーもいるのだからたまらない。実技と座学でそれぞれ差をつけられているのだ。

何かこれだけは勝てるという強みが欲しいと思った。

 

 

「あの、あなたもありがとう。えっと、ハリー!」

 

「……あ、いや、グレンジャーさん。僕のことは壁の染みとかそんなんだと思って」

 

「なに言ってんだよ!ハリーがいなきゃ彼女も俺も壁の染みになって死んでたよ」

 

 やいやいと三人で騒いでいたが、開きっぱなしだった女子トイレの外に人が立っているのに気がついた。クィレル教授とマクゴナガル教授が、仰天してハリーたちを見ている。

 

「ト、トロルを……ス……」

 

 クィレル教授はハリーたちとトロルを見比べ、何かを恐れるように身を震わせた。クィレル教授はアルバニアの森で良くない化け物に襲われたらしく、トロールを見ては震えてを繰り返している。

 

「これは……一体どういうことですか!?生徒には待機を命じたはずです!」

 

 マクゴナガル教授は、まずは三人に状況の説明を求めた。ハリーはスリザリン生らしい答えを言おうとすれば、ハーマイオニーを助けに来たという説明はできないことに気付いた。

 

(まぁもうどうでもいいか……)

 

 グリフィンドールの寮を束ねる教授に対して、今さらスリザリン生らしい言葉など必要なかった。

 ハリーが何かを言うよりも先に、ハーマイオニーが弁明した。

 

「私、覚えた魔法を駆使すればトロルを倒せると思ったんです。それで女子トイレにトロルが……」

 

 ロンは驚いたようにハーマイオニーを見た。ハリーはマクゴナガル教授がそんな自寮の二人のためにあえてハーマイオニーの嘘に気付かないふりをしているという状況が面白く、吹き出さないように必死で笑いをこらえた。

 

「全く、あなたには失望しました、グレンジャー。グリフィンドールからは五点を減点します。今後は、危険な行動を慎むように」

 

「はい、マクゴナガル教授」

 

 

「お待ちいただこう、マクゴナガル教授」

 

「スネイプ教授」

 

 そしてマクゴナガル教授がハリーたちに向き直ったとき、マクゴナガル教授の背後からねっとりと撫でるような声がした。ハリーはそちらを見るのが怖かったが、ハッキリと背筋を正してスネイプ教授に向き直った。

 

「どうやら……我がスリザリンの英雄様は規則と教師の命令を無下にするのがお好きらしい……自分が大怪我をして、寮に迷惑をかける可能性など全く考えなかったようだ!なんという傲慢さだ!!」

 

「スネイプ。ポッターはグリフィンドールの生徒を助けてくれました」

 

「そういう問題ではありません、マクゴナガル教授。これは規則と、生徒の安全の問題です。我々がいかに生徒が安全に過ごせるよう手を尽くしても、生徒がそれを無下にしたのでは労働の甲斐がない」

 

 スネイプ教授はかつてないほどに怒っていた。副校長のとりなしを受けても彼の怒りは収まらず、ハリーには規則を厳守することを誓わせた上で、スリザリンから10点も減点しその場を去った。ハリーはスネイプ教授の歩みがやけに遅いことに気がついた。

 

「……スネイプ教授の言い方には多少トゲはありますが、内容は何ら間違ってはいません。あなた方には可能な限り、規則を守り、己の身を守ることを求めます」

 

「「「はい……」」」

 

 うなだれる三人に対して、マクゴナガルは悪戯っぽくウインクした。

 

「さて。この場を解散する前に、今回の件で特に功績があったものを称えなければいけませんね。グレンジャーの話では、浮遊魔法でトロルを倒したと?」

 

 

「はい。ロンがやりました」

 

「いや、運が良かったっていうかもういちどできるかどうかは正直……」

 

 ハリーがすかさずそう言うと、ロンは別に、と遠慮しようとしたがマクゴナガルはにっこりと笑った。

 

「基礎的な魔法を必要なときに適切に行使することは、大人の魔法使いでも難しいことです。友のためにその力を発揮した勇気を称えて、グリフィンドールには15点を進呈します」

 

 さらに、とマクゴナガルは話を続けた。

 

「魔法生物はその体に高い魔法への抵抗力を持ちます。強力な魔法に頼る者は時として、魔法生物の高い耐性に足をすくわれます。ですが、そんな魔法生物にも、目という弱点は存在します。トロルの弱点をついたその集中力を称えて、スリザリンにも15点を進呈します」

 

「ありがとうございます、マクゴナガル教授」

 

 ハリーは深くお辞儀をしてマクゴナガル教授に感謝した。スネイプの減点による悪影響を気にする必要がなくなったのは、ハリーにとって良いことだった。グリフィンドールのほうが加点が多くなってしまったのはハリーのせいであって、マクゴナガルのせいではない。

 

「ウィーズリー、グレンジャー。それからポッター。あなたたちは入学式から何かと苦労を重ねてきました。恐らくはこれからも、何かとトラブルがつきまとうでしょうが」

 

 そこでマクゴナガルは言葉を切った。教師としての経験豊富な彼女には、まるでハリーたちを待ち受ける困難が予測できているかのようだった。

 

「胸を張り、堂々と困難に立ち向かいなさい。己に非がないと確信できるとき、あなたたちが卑屈になる必要はありません。前を向きなさい。あなたたちは間違いなく、学年で一番勇敢な生徒なのですから」

 

 勇敢さを称えることで締め括るのが、いかにもグリフィンドール出身の教授だった。ハリーは彼女の言葉に胸の奥が熱くなりながらも、ハリーがスネイプ教授からスリザリンらしいと誉められることはないのだろうな、と何となく思った。

 

 

 マクゴナガルも居なくなり、トイレにはハリーとロン、ハーマイオニーだけが残った。この中ではハリーが一番小柄だった。

 

「ロン。本当に良かったね、仲直りできて」

 

 ハリーはそう笑って言うと、ロンも笑った。二人はハイタッチして勝利の喜びを分かち合ったが、ハーマイオニーはそれを少し羨ましそうに見ていた。

 

「ハリー、助けに来てくれて本当にありがとう!何かお礼ができればいいけど」

 

「そんなのいいよ。……ただ、そうだな、お礼の代わりにちょっとだけロンと二人で話をさせてくれない?」

 

「え?ええ。じゃあ私、トイレの外で待ってるわね」

 

 ハーマイオニーはハリーの頼みを快く受け入れた。彼女は、二人が何を話しているのかとても気になったが、高い自制心でそれを制御しようとした。

 

 

 そんなハーマイオニーではあったが、足元から話しかける声があった。ハーマイオニーは、思わずそれに耳を傾けた。

 

『秘密の話って、何を話しているのか本当は興味があるわよね?

分かるわよ。私もそうだったから!

あなたもうトイレには来ないでしょう?寂しいから、私からのお土産をあげる。

来たくなったらいつでもおいで……』

 

 嘆きのマートルが、トイレで話をしているハリーとロンの声をハーマイオニーに届けてきた。ソノーラスの亜種だろうか。ハーマイオニーはそれを聞きたくなかったが、そう思っている間にも、彼女の耳に二人の会話が届いてきた。

 

 

「それで、話ってなんだよハリー」

 

「……いや、そんな大したことじゃない……いや、やっぱり大したことだったかな。僕は君に、ネズミのことでずっと謝りたかったんだよ、ロン」

 

「遅いよ!」

 

「……ごめん。許して欲しいとは言わないけど、これだけは信じて。決して君を傷つけたい訳じゃなかったんだ」

 

 ハリーが入学式でネズミを付き出してから、もうかなり時間が経過していた。その間ロンが受けた様々な苦痛、スリザリン生からの中傷や他の寮生からの視線を、ハリーはどうすることも出来ずにただ黙って見逃していた。

 

「それは分かってるよ。冷静に後で君がなんかおかしな動きをしてたことを考えれば、君が組分けとかいきなりのピーターでパニックになってたんだろうなってのは分かったし」

 

 ロンはハリーの謝罪を苦笑しながら、仕方なくではあるが受け入れた。

 

「そりゃあ少しはハリーのことを恨んだぜ?何で話してくれなかったんだって。でも良く考えたら、言われたって信じなかった。そうだろ?ペットが人間だったなんて想像つかねーよ」

 

 ハーマイオニーは、ロンもまた自分と同じように苦労してきたことを思い出していた。スタートダッシュにつまづいたのはハーマイオニーだけではなかった。だからこそ、ハーマイオニーはもしかしたらロンとなら友達になれるかもしれないと思ったのだ。

 

「……ありがとう、ロン」

 

 ハリーとロンはしばし和解の握手をした。そして、今度はロンの方から、ハリーにこう言った。

 

「……なぁ、ハリー。君がもし、もしも辛かったらだけど、グリフィンドールの寮に来ないか?どう考えても、ハリーはスリザリンには向いてねえ。ハーマイオニーのこともあったし……ちなみに今の合言葉は、金獅子だ」

 

(?!え嘘よ!きっと錯乱呪文にかけられているんだわ!)

 

 ハーマイオニーは、マートルの力でロンの言葉を聞いたときに耳を疑った。いくら英雄と呼ばれているからといって、いくら今回のことで友達になったからと言って、ロンがスリザリン生にここまで友好的になることなどあっただろうか。

 それに、自分のことで何かあって、というのはどういうことだろうかとハーマイオニーは首を捻った。ハリーは結果的に見れば、スリザリンに加点したはずだ。周囲から多少のやっかみはあるだろうが、それは有名人だから仕方のないことのはずだった。

 

「ロン。君が僕のことを友達だと思ってくれたのは嬉しいよ。僕も、君のことを友達だと思ってる。でもね、僕はスリザリン生なんだ。寮の仲間も大好きだし、誰よりもスリザリンに適してると思ってる。他の誰より、立派なスリザリン生だって胸を張りたい」

 

 ハリーの言葉を聞いて、ロンはなら仕方ねえか、と残念そうに言った。その言葉には、ハリーを心配するような不安そうな響きがあった。




 トロルって原作で一年生二人でも倒せたから甘く見られがちですし実際実力のある魔法使いからしたら雑魚なんでしょうが(レガシー主人公を見ながら)。
 本来はこの時点のハリーたちが相手していい相手じゃないと思います(作者の意見です)。
ちなみに修正前はロンの石化魔法の詠唱文が間違ってましたが、修正したので魔法は発動したけどトロルの抵抗力で魔法が効かなかったということになります。


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スリザリンの背信者


暗黒時代でマグル生まれのリリーと交流があったセブルスはスリザリンの内部で突き上げくらってたということにします(この二次創作の中での独自設定です。原作のスリザリンは身内には寛容なはず)。


 

 ホグワーツ校長のアルバス・ダンブルドアは、一人の生徒の保護者からのクレームに頭を悩ませていた。その一人の生徒とは、スリザリンの新入生であるハリー・ポッターであり、保護者とはシリウス・ブラックである。ダンブルドアとシリウスは、ホッグズ・ヘッドという寂れた酒場で会っていた。バーの店主は、二人の注文を聞かず黙って皿を磨いていた。周囲に客の姿はなく、店主が皿を磨く音だけが店内に響いていた。

 

 シリウスはハリーの両親の依頼で、ハリーのゴッドファーザーとなった。ハリーの両親に万が一の事態があったとき、神に代わりハリーの後見人となる役目がシリウスにはあった。彼は出所直後の骸骨のような容貌から、少しずつではあるがかつての容貌を取り戻そうとしていたが、未だに目の下には大量の隈があった。

 

 

「今……ハリーは何歳なんですか、ダンブルドア?」

 

 シリウスは、裁判で無罪を勝ち取った後で真っ先にハリーとの面談を求めた。しかし、魔法省はシリウスの精神状態を鑑みて、それを許可しなかった。シリウスは戦争と十年にわたる監獄生活で、マッドアイ・ムーディですら比較にならないほど精神を壊されていた。子供の前で親を演じる精神的な余裕は、今のシリウスにはない。

 

 シリウスは焦燥感に駆られながら、ダンブルドアにハリーの年齢について問いかけた。アズカバンでの生活は、シリウスに年月の認識を曖昧にさせていた。

 

「11歳だ。入学したばかりだよ、シリウス」

 

 ダンブルドアは表面上は冷静に、何でもないことのように言った。しかしその胸中は、シリウスに対する罪悪感で満たされていた。

 

「入ったばかりではありませんか!!なら良かった。今ならまだ間に合う。スリザリンからハリーを転寮させてあげてください!」

 

 シリウスは、裁判が終わり無罪を勝ち取った後でダンブルドアからハリーがスリザリンに組分けされたことを聞いた。シリウスの動揺と衝撃は凄まじく、何かの間違いであってくれと願い、次に、スリザリンに組分けされたハリーの境遇を思って悲嘆にくれた。何より、ダンブルドアの頼みとはいえ後見人としての役割を放棄した己自身を深く責めていた。

 

 シリウスの頼みは、今世紀で最も偉大な魔法使いと呼ばれるダンブルドアでも到底承諾できるものではなかった。組分けの儀式は、魔法契約によってホグワーツと生徒の間に結ばれた誓いであり、誰に変更できるものでもなかった。

 

 

「……シリウス。君には、心の休息が必要だ。ハリーが心配な君の胸中は察するに余りあるが、今の君の頼みを聞くことは出来ん」

 

 ダンブルドアはシリウスの動揺が見るに堪えず、そっと目を閉じた。シリウスは半狂乱になって取り乱していた。シリウスを落ち着かせるために、ダンブルドアはあらゆる言葉を尽くしてシリウスを説得せねばならなかった。

 

 アズカバンの中で過ごしたシリウスにとって、スリザリンには暗黒時代の思い出しかない。闇の魔法を探求する一部のスリザリン生が寮内で力を持ち、マグル生まれの学生に悪質な呪いをかけまわっていた。死食い人の子弟が気に入らない学生と揉めた後、その学生の親族の家に闇の印が浮かび上がったことさえあった。スリザリンは唾棄すべき差別主義者と犯罪者を生む土壌に成り下がり、自浄作用など働いていなかった。

 

 よく他人から誤解されるが、ダンブルドアはスリザリン寮を憎んではいない。彼はスリザリン出身の魔女や魔法使いが、時に愛するもののために信じられないような力を発揮することを知っていたし、それに対して敬意を抱いていた。

 

「今のスリザリンは、暗黒時代のそれとは違う。闇の魔法使いが犯罪者であることは広く知れわたっている。闇の魔法を賛美する傾向も弱い。今のスリザリンは、権力あるものを望む野心家の集う寮だ」

 

「ハリーが純血主義に染められたらどうします!デスイーターのガキどもがうろつく中で、あの子が無事でいられると?!まだ十一歳の子供が!!」

 

 

 シリウスの言葉は差別的だった。シリウスの名誉のために言えば、このときのシリウスはアズカバンの影響が色濃く残っている。あの戦争の悲惨な記憶がフラッシュバックし、スリザリンの卒業者たちが大勢の罪なき人々を殺して回った記憶の怒りが、シリウスにスリザリンに対して頑なにさせていた。

 シリウスの反応は、ほとんどの魔法使いたちの本音でもあった。ただ、十年という歳月における平和が、その怒りと恐怖を薄れさせ、あるいは忘れたふりをする処世術をシリウス以外の人々に与えていた。

 

 

「君が親に反発して家を出たように、子供は大人が思うよりも常識と倫理を備えている。スリザリンの子供たちはハリーに手を出すほど愚かではないよ。ハリーも、他人に影響されて純血主義に染まるような子供ではない」

 

 

「……ダンブルドア。それは貴方らしくない楽観主義です。七年間、毎朝毎晩寝食を共にして、家族のように育つ。それで影響を受けないほうがおかしい。貴方ならご存知のはずだ」

 

 シリウスは、いくらか落ち着きを取り戻してそう言った。その表情には苦渋の色があった。

 

「私はかつて、グリフィンドールではじめて人間になることができました。ジェームズから闇に立ち向かう勇敢さを、リーマスから他人への敬意を、リリーから弱者への優しさを学びました。ピーターからは……」

 

 シリウスが言い淀んだのを見て、ダンブルドアは

 

「言わずともよい」

 

 と言った。シリウスは、ピーターのことについては言及しなかった。

 

「だが、授業で毎日顔を合わせていたスリザリン生から人として学べることは一つもなかった。彼らにあったのは、ただ弱者をいたぶって欲を満たしたいという軽蔑すべき性根だけだ」

 

 それはまぎれもなくシリウスの時代のスリザリン生の実態だった。ダンブルドアはシリウスのためにそれを否定しなかった。代わりに、ダンブルドアは現在のスリザリン生について話をした。

 

「……今の時代のスリザリン生たちは、先の時代の犠牲者だ。今の三年生や二年生、一年生には、暗黒時代の記憶すらない。それなのに、スリザリンの子供たちは自分達の両親を、親族を世間から責められているのだ、シリウス。

 

君なら彼らの痛みが分かるはずだ。

 

世間からの視線を受けたスリザリンの子供たちは、自分達がなぜ責められねばならないのかと怯え、怒り、その気持ちが彼らを頑なにさせている。

……私にもどうにもできなかった。ただ、誉めるべきを誉め、罰するべきを罰したかったが……」

 

 そして、ダンブルドアは口を濁した。罰せられるべき男を救った代償として、救われた男はスリザリンの生徒を贔屓し、他の寮生を不当に扱った。それが、スリザリンと他の寮生との禍根となっている。

 

「スリザリン生もまた、今の時代で平和に生きたいと願っている。彼らは、君やジェームズたちが守った新しい世代なのだよ」

 

 シリウスは高潔な男である。決して弱者や子供に残酷な男ではない。たとえスリザリンの生徒でも子供だと己に言い聞かせて、シリウスは今のスリザリン生を知ろうとした。それは紛れもなく、シリウスの人としての成長だった。

 

「……今のスリザリンで、ハリーはどうしていますか?」

 

 シリウスは静かに、ダンブルドアにそう尋ねた。ダンブルドアは、ハリーがスリザリンに入りたいと思い入ったことを組分け帽子から聞いていたので、ハリーが入学してからの出来事を順を追って説明した。

 

 ハリーがスリザリンに望んで入学したことを知ったときのシリウスの動揺は凄まじかった。ダンブルドアがレジリメンスで垣間見たシリウスの心の中には、自分自身に対して向けられる悔恨と怒りに満ちていた。

 

(俺を罰してくれ、ジェームズ、リリー!!一瞬でも、ハリーに対して怒りを向けてしまった!!子供は親の思いどおりにならないと俺が一番知っているのに!!子供が大人の操り人形になることを、誰より嫌っていたのに!)

 

 シリウスの動揺を垣間見ながら、ダンブルドアはシリウスにハリーのハロウィンまでの行動を話して聞かせた。それは、スネイプがダンブルドアにスネイプの主観を交えて報告したものも含まれていた。

 

 ハロウィンでハリーがグリフィンドール生と協力してマグル生まれの生徒を助けたと告げたとき、シリウスは驚いて椅子から転げ落ちた。

 

 

***

 

 

 ハロウィンの騒動以降、ダフネ・グリーングラスのような他の寮生たちとの融和を望むスリザリン生は、つかの間の幸せを享受した。しかし残念ながら、素晴らしい魔法が効力を失ってしまうように、それは一週間と続かなかった。

 

 ハリーはスリザリンの外を出ると、それなりに好意的な視線で迎えられた。規則を破ったことについてはそれ以上に批判的な意見があり、ハリーはそれを受け止めて、なるべく規則違反をしないよう気をつけなければならなかったが、フィルチをはじめとした多くの人々からは冗談交じりに次はどんな校則を破るのかと弄くられた。

 

 ハリーが行動したことで、特に好意的になったのはハッフルパフ生だった。ハッフルパフ生はハリーや、ハリーの周囲にいるザビニなどのスリザリン生に積極的に話しかけるようになった。ブロンドのアーニー・マクラミンは、元々ハリーたちを周囲と区別して話していたわけではなかったので、そんなハッフルパフ生たちをたしなめていた。

 

「みんな騒ぎすぎだよ。授業に集中しよう!!」

 

 アーニーはマグルの学級にも一人はいたような真面目な生徒で、ハッフルパフ生であることを誇りに思い、真のハッフルパフ生らしく誠実で、勤勉であろうとしていた。ザビニやマルフォイはハッフルパフを見下していたが、ハリーはそんなアーニーやハッフルパフの生徒たちを羨ましく思いながら、呪文学の授業で浮遊魔法の復習をした。

 

 

***

 

 幸せは、長くは続かないものだ。ハーマイオニーを助けられたグリフィンドール生たちは、ハーマイオニーを寮の仲間として受け入れた。ハーマイオニーが自分の非を周囲に謝罪し、彼女はロンとよく行動を共にするようになった。ハーマイオニーとロンは相性最高であると同時に最悪なようで、軽い冗談や言い争いの仲裁に、日によってネビルだったり黒人の少年だったり、黄土色の髪の毛の少年が駆り出されていた。今日は誰が真ん中に居るのかはスリザリンで賭けの対象になった。

 

 スリザリン生であるハリーが、グリフィンドール生であるハーマイオニーを助けたことで二つの寮の軋轢が収まるかといえばそんなことはなかった。これはハリーにも分からないことだったが、実はこのとき、ハーマイオニーはスリザリンの女子たちから陰湿で分かりにくい嫌がらせを受けていた。スリザリンの女子たちはハリーのいないところで、ハーマイオニーに嫌がらせをしていたことをハリーは後になって知り、その原因が自分だと暗に言われたことでハーマイオニーとは距離を置いた。そうするのが彼女のためだった。

 

 ハーマイオニーによれば、虐めの主犯は聖28一族の女子、パンジー・パーキンソンだった。彼女はハリーに特別な好意を持っているわけではなかった。ただ、有名人に命の危機を救われるというコミックのような体験をしたハーマイオニーに嫉妬していた、らしい。ハーマイオニーいわく、気に入らないというだけの理由で虐めを受けたグリフィンドールの女子たちは、一致団結して虐めに立ち向かった。結果として、二つの寮に和解が訪れることはなかった。

 

***

 

 外から戻り、家……スリザリンの寮の中に戻ると、ハリーは非常に危うい立場にあった。ドラコはある時、スリザリンの談話室でハリーを激しく非難した。

 

 

「汚いぞポッター!君はマグルが嫌いだって言っていたのに。この僕を騙したのか!スリザリンの裏切り者め!」

 

 

「いや違うよドラコ。そんなつもりはない。僕はマグルが嫌いだよ」

 

 ハリーはドラコの目を見て、しっかりと本音で向き合わなければならなかった。ハロウィンでハリーがハーマイオニーを助けてから、ドラコはハリーがクィディッチを誘っても誘いに乗らなくなった。それでハリーもドラコとは距離を置いていたが、そんな日が4日ほど続き、ついにドラコの怒りが爆発した。

 

 

「どう違うんだ!!グレンジャーは、薄汚い低俗なマグル生まれだろう!」

 

 ドラコはハリーがマグル生まれの生徒を助けたことを、自分に対する裏切りだと思っていた。これはスリザリンの価値観に照らし合わせると正しく、異端児はハリーだった。スリザリンは、マグル生まれの生徒は入学させるべきではないとしていた。

 

 実際のところ、スリザリンにマグル出身の魔法使いや魔女が所属することはあった。例えばハリーがそうで、完全な純血でなくても、組分け帽子がスリザリンに相応しいと判断されれば見逃されていた。初日に監督生の女子が話をしたように、身内に対しては甘く、融通をきかせるのがスリザリンの寛容さだった。

 

 しかしそれは、マグル出身者がスリザリンの秩序を守り、序列に敬意を払っていればの話だ。ハリーはドラコと度々対立し、スリザリン生の中では浮いていた。ハーマイオニーを助けにいったのも、ザビニによればスリザリン生らしくはなかった。堂々とマグル生まれの女子を助けるよりは、完璧に助けられるようにこっそりとばれないように先生を呼ぶのがスリザリン生らしい利口さだった。

 

「ドラコ。君がそう思ってるのは認めるけど、だからって放置すればよかったとは思わないよ。そんなことをすれば、僕は彼女に勉強で勝てなかったまま彼女の勝ち逃げで終わるじゃないか。高貴なスリザリンの生徒がマグル生まれに負けたまま終わっていいの?」

 

 ハリーは自分がドラコの厚意を無下にしてきたことは謝った。だが、見捨ててしまえとは思わない。最後に付け加えた言葉は、ハリーなりのスリザリン生らしい皮肉だ。これは、ハリーの完全な失言であった。

 

 ドラコはハリーの皮肉に怒りをたぎらせた。ドラコにとっての友情とは自分への追従であり、自分の意見、つまり尊敬する父から教わった純血主義の全肯定だ。

 ドラコのあり方は、スリザリン生としては実は対応が楽だった。適当に寮の中にいないマグル生まれを見下す言動をしていれば、ドラコのターゲットになることはないからだ。ハリーの態度はドラコに、友人が必ずしも自分の意見に賛同するわけではないことを教えていた。ハリーに対して少なからず友情は感じていたが、それを認めてハリーの意見を肯定することはドラコのプライドが許さなかった。

 

「じゃあ君はマグル生まれのあいつを魔女だというのか?君を虐めていたマグルたちと同じ血なのに!」

 

 ドラコはハリーが、マグルに虐待されていたことを談話室で暴露した。授業を終えたスリザリン生たちの多くは談話室に集まっていて、一年生を含めた大勢のスリザリン生がハリーがマグルに虐待されていたという事実を知った。ハリーの自尊心はこのとき一度死んだ。

 

 ハリーは自分がマグルから虐待されていたことを、同じ部屋のザビニたちと、ドラコにしか明かしていない。これが寮のほぼ全員に明かされたことは、ハリーに大きな衝撃を与えた。

 

「……だったらなんだって言うんだ?死にそうなグレンジャーに向かって憎いマグルにしたようにボンバーダをぶちこんで、そのままトロルに殺させれば良かったのか?それとも、ディフィンドで頸動脈を切って殺せば良かったのか?」

 

 ドラコの暴露は、ハリーの11歳の少年としての尊厳を破壊し、攻撃的にさせた。労働者階級のダーズリーに罵倒され育った経験を生かしたハリーの言葉に、ドラコははじめて本気で動揺した顔を見せた。

 

「マグルは最低なんだよ!魔法使いを人だと思ってない!あいつらは僕らを化け物だと思ってる!!だから平気で傷をつけられる!!痛め付けて言葉の暴力で傷をつけてもなんとも思わない!!僕はそんな連中と同じやつになりたくないからスリザリンに来たんだよ!!」

 

 ドラコは本気で親の言葉を信じて純血主義をやっていたが、本気でマグルを殺したいと思ったことなどなかった。マグルなどドラコにとっては究極的にはどうでも良く、結論としてはドラコはファッションでスリザリン生と、純血主義をやっていた。

 

 だから、はじめて見せたハリーの本気の憎悪にはたじろいだ。それはハリーを遠目から見ていた他のスリザリン生も同じで、アズラエルはハリーのことを恐れた目で見ていた。その姿を見て、ハリーは感情に流されたことをひどく後悔した。

 

 

(……ああ、言っちゃったよ)

 

 もう、ドラコとの友情は望めそうもなかった。もしかしたら、他のスリザリン生とも。

 

 周囲のスリザリン生からの、腫れ物に触るような、哀れむような視線に耐えられず、ハリーは口をつぐんだ。

 

「ごめん、言いすぎたよ、ドラコ。それじゃ……」

 

 

 ハリーはふらふらと寮の自室に行き、その日は長く愛蛇のアスクレピオスと話をした。アスクレピオスは脱皮の時期を迎えており、ハリーの話を聞き流して相槌をうっていた。ザビニは、マグルが嫌いであると明かしたハリーに対して、その日は一言も皮肉を言わなかった。

 ファルカスは不安そうな目でハリーを見ており、普段は率先してハリーに話しかけるアズラエルはハリーのほうを見ようともしなかった。

 

***

 

 スリザリンの女子寮で、ダフネは思索に耽っていた。ハリーの行動と言葉についてだった。

 

 端から見ると、ハリーの行動は完全に破綻している。マグル嫌いでありながらマグル出身者を助けるのは理屈に合わない。マグル生まれを生んだのは、ハリーが嫌いなそのマグルなのだ。

 

 ただ、マグルと同じになりたくないという一点だけで、ハリーはハーマイオニーを助けにいったのだという。これは紛れもなく、ハリーの本心に違いないとダフネは確信していた。

 

 ダフネは思案する。マグル生まれを助けたハリーはスリザリンに相応しくないのだろうか。

 行動だけを見れば、ハリーはグリフィンドールとなにも違わないように見える。ウィーズリー家と同じように、穢れた血(ダフネは実家の両親だけでなく、寮の上級生すらマグル生まれをこう言っているので、いつの間にか頭のなかですらそう思うことに抵抗がなくなっていた)を助けたのは、スリザリンに対する背信行為に他ならない。

 

 しかしハリーは、最低なマグルと同じ行為をしたくないと主張し続けている。マグルが穢れて卑しいものであると暗に言い、魔法使いたちをそれよりも高尚なものであるとする主張は、ある意味ではハリーは、マグルを自分達魔法使いと同じ存在だとは認めていない。ウィーズリーと噛み合っているように見えるのは、ウィーズリーがハリーの一面しか知らないからだ。ハリーがマグルを嫌いだと知ってもなお、ウィーズリーはハリーと友達で居ようとするだろうか。しないだろう。ハリーの本質は蛇に違いないと、ダフネは喜んだ。

 

 ダフネのこの推測は間違っていた。程度の大小こそあれ、マグル蔑視の風潮があるのは、スリザリンに限った話ではなかった。ダフネはウィーズリー家や、マグルと結婚した魔法使いたちと積極的に話をしたことがなかったので、そのウィーズリー家やマグルと結婚した魔法使いたちですらいつでもマグルの味方というわけではないことを知らない。ウィーズリー家だって、マグルが不当に子供を虐待していると知れば、そのマグルに嫌悪感を抱くということをダフネは知らない。彼女は家と寮で培養された姫であり、無知であることを強要されていた。それはスリザリンに集う多くの純血一族の生徒も似たようなものだった。

 

(彼は、辛うじて善の側に立っているだけの蛇だわ)

 

 と、ダフネは思った。この推測はある意味正しかった。ハリーの境遇とスリザリンの環境は、シリウスのような大人から見れば、闇の魔法使いを誕生させようとしているようにしか見えなかったからだ。

 

 ダフネはこの時、ハリーが誰よりもスリザリン生であることを確信した。彼女はハリーがスリザリンに相応しい蛇であり、自分達の同類だと認め、ハリーを見守ることにした。もっとも見守るだけでハリーが辛いときになにもしなかったので、ハリーがその存在に気がつくことはなかった。大多数のスリザリン生は、ハリーに対して何もせず、沈黙することを選んだ。

 

 しかし、その沈黙は長くは続かなかった。スリザリン生らしくないハリーに対して、誰かが鉄槌を下さんと計画したのだろう。ハリーは、ハーマイオニー・グレンジャーのような窮地に立たされることになった。

 

 ハリーの教科書やノートが、誰かに盗まれはじめた。

 





ハリーの言ってることは某海賊漫画の海賊フィッシャー·タイガーと似たようなものだと思ってください。
ある意味では誰よりも魔法使いに夢を見ていてマグルを自分と同じものだとは認めたくない高潔な差別主義者、それが現時点でのハリーです。
これから壊します。


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蛇寮の今昔

アンブリッジ先生やらスネイプ先生を見る限りスリザリン内の半純血って大分性格歪みそうですよね……
胸糞注意。


 

 シリウスはダンブルドアの紹介を受けて、一人の知人と再会を果たしていた。その知人とは、シリウスの従姉妹にあたるアンドロメダ・トンクスであった。彼女は、かつてスリザリンで七年間を過ごして無事卒業した魔女だった。

 

 

「十年ぶりか、ドロメダ?」

 

 シリウスは笑って言ったつもりだったが、アンドロメダからはそうは見えなかったようだ。彼女はブラック家特有の美貌に心配そうな顔を浮かべ、シリウスを気遣った。

 

「十二年よ。随分とやつれたわね、シリウス」

 

「ドロメダは昔と変わらんな」

 

「あら、いつの間にお世辞を覚えたのかしら?」

 

「ガキ扱いはやめてくれ。もう三十路のおっさんだ」

 

 アンドロメダはくすりと笑った。魔法族の寿命はマグルと比較しても長いが、加齢による外見の変化は魔法使いにも訪れる。アンドロメダは年齢を重ねたことで、シリウスの知る姿よりも落ち着きと知性を得ていた。それは、彼女が良い年月を送ったことをシリウスに想像させ、シリウスを喜ばせた。シリウスにとって、アンドロメダは姉のような存在だった。

 

「……貴方を信じなかったことを謝罪するわ、シリウス。せめて私だけは、貴方を信じてあげるべきだった」

 

「あれは私の態度に問題があったんだ。過ぎたことだ。顔を上げてくれ、ドロメダ。今日は他に、聞きたいことがあるんだ」

 

 シリウスはこのやり取りをもう何度したのか分からなかった。シリウスが投獄されたとき、アンドロメダは死食い人たちから逃れるため、英国魔法界のなかで身を隠していた。彼女の夫はマグル生まれのテッド・トンクスで、彼女は純血でありながら純血主義を否定した裏切り者として、夫と共に命を狙われていた。シリウスが投獄されたとき、まだヴォルデモード陣営の闇の魔法使いは残っており、自暴自棄になりながら殺戮を繰り返していた。彼女にシリウスを弁護するために出てくる余裕などあるはずもなく、また状況から言ってシリウスがシロである可能性はなかった。ポッター家を守っていた忠誠の魔法は、忠誠を尽くす秘密の守り人本人の意志でしか破棄できないからだ。

 

「……ドロメダに聞きたいのは、スリザリンについてだ。実は、ジェームズとリリーの息子が、スリザリンに組分けされた」

 

 シリウスは、昔話もせず単刀直入に言った。これを聞いたアンドロメダは大いに驚いた。

 

「あのハリー・ポッターが?!なぜ?!」

 

 

「ゴッドファーザーとして恥ずかしいことだが、それは私にもわからない。……ただ私は、ハリーの後見人として、スリザリンが一体どういった環境なのか知っておく必要があると思ったんだ」

 

 シリウスは静かにアンドロメダに頼み込んだ。彼女はしばらく悩んでいたが、やがて口を開いた。

 

 

「……あなたの心配は想像できるわ。シリウス、あなたはスリザリンが、レイシストや殺人鬼の巣窟だと思ってハリーを心配しているのでしょう」

 

 アンドロメダは聡明な魔女だった。シリウスの表情から、シリウスの懸念を的確に読み取っていた。

 

 無言で頷くシリウスに対して、アンドロメダが告げた言葉はシリウスを仰天させた。

 

「……そう思っているならあなたは正しいわ。スリザリンはクソよ。今すぐに滅ぼした方が良いわ」

 

「ドロメダ!?」

 

 シリウスは、アンドロメダを止めたかったが、彼女は手でシリウスを制して言葉を続けた。

 

「……シリウス。私が入学したときは、例のあの人はまだ本性を表してはいなかった。だからスリザリンは、たぶんあなたが思っているほど他の寮に対して残酷ではなかったわ。大多数の生徒は、マグル生まれに対しては……自分達に友好的なら、見て見ぬふりをしていたけれど」

 

「暗黒時代の直前か?」

 

 シリウスが聞くと、アンドロメダは杯を呷った。

 

「これからはスリザリンの時代だって皆が言って、スリザリンの卒業者たちにとってより良くなる。そんな風に思っていた子達が大半だった。でもその頃から、思い返せば火種はそこら中にあった」

 

「……」

 

 シリウスは視線でアンドロメダに続きを促した。彼女は、深く息を吸い込んで言った。

 

「……私がスリザリンに入寮したとき、わたしはブラック家の令嬢としてのふるまいを強制されたわ。あそこでは、よその寮の誰かが隙を見せればそれを突いて、どれだけライバルを無様に失墜させられるかが全てだった。友達になろうとしてくれた相手は、ブラック家の権力が目当てで、親が権力のない子供は権力のある子供に近づかなければ生きていけなかった。そんな環境が、子供の教育に良いと本当に思うの?

だから私は、自分の娘にはスリザリンだけはやめろと暗に誘導したのよ。私が一族の裏切り者だから、というのももちろん娘にそう教育した理由にはなるけれど」

 

 彼女の意見は、一人の母親として至極真っ当だった。自分自身の体験をもとに語られるスリザリンは、11歳の子供には過酷だった。然るべき教育を受けた子供でさえそうなのに、魔法界について無知なハリーが、そんな環境で生きていけるのだろうか。シリウスは、アンドロメダの話にますます不安を募らせた。

 

「……ただ、そうね。男子は少し違ったかもしれないわ」

 

「というと?」

 

 シリウスは興味深そうにアンドロメダの話を聞いた。

 

「あの年頃の男子は、親の力よりもその本人の力を見たがる子も多かった。ハリーがスリザリン生らしく過ごしているのなら、そう悪いようにはしないと思うわ」

 

「……それが……ハリーはスリザリンらしくはないようだ。私にはそれが誇らしいが、ハリーが寮でどんな扱いを受けているかを想像すると……」

 

 アンドロメダは、シリウスの言葉に絶句した。シリウスの言葉は、アンドロメダの胸中にスリザリンにおけるハリーの立場の危うさを感じさせた。それは、入学間近の比較的安定していた時期ではなく、卒業も近くになっての最悪の時期の記憶がアンドロメダの中に色濃く残っていたことも理由の一つだった。古き良きスリザリンの美点が残っているのか、残っていたとしても、ハリーがそれをはね除けてしまっているのではないかと危惧した。

 

 実はアンドロメダには、まだシリウスにも明かしていない事実がある。彼女はテッド・トンクスと付き合うまでは、寮内の純血主義者たちとも交流があった。彼らは多くが半純血で、純血主義の総本山であるブラック家の令嬢と懇意にして、見返りに自分達に利益をもたらしてくれることを期待していた。アンドロメダの、正確にはその背後にいるブラック家の力を期待し、勝手に未来を想像して横暴なふるまいをしていた彼らは、アンドロメダがテッドと交流しはじめると立場を失い、多くが後に死食い人になり下がった。本人たちは成り上がったつもりだったのだろうが。

 

 スリザリンの純血と半純血の生徒が互いを利用し合う関係であるという事実をアンドロメダはシリウスに告げられないでいた。それは深い絆となり本当の友情になることもあれば、打算的な付き合いの果てに悲劇的な破局を迎えることもある。アンドロメダは、シリウスにさらにスリザリンの実情を話し、ハリーに対して手紙を送るべきだと諭した。シリウスは、アンドロメダがスリザリンに対して時にはシリウス以上に批判的なことに驚いた。

 

「……あそこはね。恥知らずにならないと生きていけない場所なのよ」

 

 アンドロメダはスリザリンについてそう言った。彼女は時と場を弁えて、先生の前ではマグル生まれに寛大な態度を取る一方で、同寮の生徒と共にいじめに荷担した経験もあったからだ。それは環境のせいだけではなく己のせいでもあり、それを指して彼女は自分を恥知らずと称した。

 

「……自分の家をそこまでこき下ろせるのか、という顔ね、シリウス」

 

「ああ、すまないドロメダ。顔に出ていたか」

 

「家だったからこそ、良くない部分も分かるのよ」

 

 アンドロメダがここまでスリザリンについて語れる相手はシリウスを除くと、夫のテッドや娘のトンクス、そして信頼できるほんの数人の友人に限られた。アンドロメダはブラックではなくトンクスとなった後も、時にスリザリン出身者であり、死食い人の親戚として批判的な視線を受けることがあった。暗黒時代に、夫が惨殺される悪夢にうなされた彼女にとって、スリザリンに向ける憎悪はいっそシリウスよりも上かもしれなかった。

 

 

 シリウスはスリザリンについて雄弁に語るアンドロメダの姿に、一つの確信を得た。

 

(……そうか、ドロメダは誰よりもスリザリンの魔女だったのか)

 

 それを察することが出来るのは、シリウスが人として深い観察能力と、独自の視点を持って物事を判断する能力を備えていたからに他ならない。だからこそシリウスは、生まれてからずっと純血主義の親の教育を受けながら、それがなぜなのか、本当に正しいのか、正しくないのになぜそうするかを考え、批判し、純血主義に反発することが出来たのだから。

 

 スリザリンを愛し、スリザリンの愛を受け、そしてそこから脱して一人の魔女となったからこそアンドロメダはスリザリンに対して批判的になることが出来る。愛があったからこそ、憎悪がある。過去のスリザリンについての精度の高い情報を得ることが出来るのはありがたいことだったが、シリウスが欲しい情報とは少し違った。シリウスはこの瞬間、自分が本当に知りたかった情報が、何であるのかを確信した。彼が知りたいのは今のアンドロメダ・トンクスの意見ではなかった。

 

(私が知りたかったのは、スリザリンに入った子供の気持ちだ)

 

 シリウスは一つ確信を持ってアンドロメダに問いかけた。

 

「なぁドロメダ。君はスリザリンに組分けされた時……どう思った?」

 

 

 続くアンドロメダの言葉を聞いて、シリウスは自分がハリーにかけてあげられる言葉を確信した。

 

 

「…………嬉しかったわ。とても」

 アンドロメダの言葉は、長い沈黙の後だった。

 

 

***

 

 

 ハリーのノートや教科書を盗んだ犯人はすぐに分かった。その犯人にハリーは驚愕し、どうか嘘であって欲しいと思った。ハリーは泣きそうになりながら、ブルーム・アズラエルの青い瞳を見ていた。

 

『俺は見てたぜ……そこの背の高いやつがハリーのノートを取ってくところをな……』

 

 

 犯人を突き止めたのはハリーではなくて、ハリーの愛蛇であるアスクレピオスだった。ハリーはアスクレピオスの言葉を誰よりも信じていた。

 

「おいハリー、どうするよこいつを!?俺が代わりに呪ってやろうか!」

 

「やめてよザビニ!」

 

「どけファルカス!ハリーがやらねえなら俺がやる!」

 

 最初、アズラエルはとぼけようとした。証言の信憑性はハリーの言葉だけだ。皆がハリーの言葉を信じなければ、アズラエルは罪を免れることができた。

 

 意外なことに、ザビニはハリーの側についた。ザビニは最近、アズラエルの様子がおかしいことに気がついていた。顔色が悪く、口数が少なく、何よりもハリーを避けていた。ハリーに対して嫌悪感があったのではなく罪悪感から、ハリーを避けていたのだとザビニは感づいた。

 ザビニの内心はハリーには知る由もないが、ザビニはハリーの行動力に賭けることにしていた。ザビニはシリウス・ブラックの一件で脳を焼かれたスリザリン生の一人で、友人が、自分に危害を加えたわけでもないのに、ひとつミスをしたというだけで自分が友人を見捨てるのは恥知らずだと心のどこかで思っていた。

 

 対して、アズラエルは普通の少年だった。彼はシリウスの一件にほどほどに脳を焼かれ、そして自分はそこまで出来ないと思っていた。それでも彼は、己の出来る範囲で、自分に危害が及ばない限りは善良でありたいと思っていた。彼はザビニとハリーに詰められると、自分の中の罪悪感に耐えきれずに全てを白状した。

 

「僕は……僕だって本当はこんなことしたくなかったんです!ごめんなさい!ごめんなさいハリー!僕は最低の人間です!!」

 

 アズラエルが嫌悪感を抱いていたのはハリーに対してではなかった。上級生に脅されてとはいえ、友を陥れた自分自身に対してだった。上級生に脅されていたと聞いて、ハリーはアズラエルに同情して喉を詰まらせた。とても怖かったはずだ。ハリーはダドリーに殴られたときのことを思い出していた。ハリーが時折、夢でダドリーやダーズリーたちに謝罪しているのを、この部屋の三人は知っていた。三人はこれを他人に話したことはなかった。

 

「どいつ?」

 

 ハリーはほとんど魔力を爆発させそうになりながら、アズラエルに犯人を尋ねた。

 

「スリザリン四年生の、リカルド・マーセナスです」

 

「……聞いたことないね」

「会ったこともない。どうして僕を?」

 

「分かりません。僕はただ、彼に脅されたんです。ハリーのノートを奪って届けないと、僕の持ち物を全部奪うって……」

 

 ハリーはアズラエルに対する怒りをなくしていた。ハリーは彼から、人当たりの良さや面倒見の良さを教わっていた。アズラエルはスリザリンの寮生たちと付き合いが良く、ザビニとハリーとの関係を取り持ってくれたのだ。ハリーは、同じ部屋の三人を信頼していたし、それをぶち壊した上級生に強い怒りを持った。

 

「それで許されると思ってんのか?!」

 

 ザビニが持ち前の、弱い人間に対する残酷さを発揮しそうになったとき、ハリーはザビニを止めた。

 

 ハリーはこの時、アズラエルのためにある提案をした。

 

「……ねえ皆。僕、ちょっと皆に提案があるんだ。悪いことをしない?この四人でさ」

 

 

 それは、ハリーがスリザリンらしい悪事をしようと思っての提案だった。

 

 

***

 

 

 

 スリザリンの談話室で、二人の男子生徒が友人の男子生徒と共に歩いていた。一人は色白の美男子、マクギリス・カロー。一人はその友で、茶髪の目立たない男子生徒の、リカルド・マーセナス。リカルドは授業のために、バッグに教科書やノートを入れていた。

 

「……ポッターは大丈夫かなあ……」

 

 カローは友人のリカルドに、そう問いかけた。彼は親族にデスイーターを輩出して、その親族は監獄入りしている。実家の都合で、純血主義を教え込まれていた。

 

「もうそろそろ頃合いだよ」

 

 一方のリカルドは、純血ではなかった。彼は歴史ある家のスクイブと魔女とのハーフで、スクイブは家系図から抹消されていた。母がリカルドに向ける期待は大きく、彼は徹底的に純血主義を教え込まれた。

 リカルドは、スリザリンで生きていくために、より過激なグループと付き合おうとした。しかし、特に他人と比べて優秀な成績ではないリカルドのような半端者を引き立ててくれそうなのは、親族に犯罪者を出したとして世間から不遇を囲っていたカロー家の男子しかいなかった。カローはよその三つの寮生への反発から過激な言動を取ったり、闇の魔術を学ぼうとしたりしたが、幸いにして本人に闇の魔術の才能はなかった。

 

 リカルドは四年生になって、純血主義に対して懐疑的になっていた。自分達が世間から白い目で見られるのは、もしかして純血主義のせいなんじゃないかと気づきはじめていた。リカルドとスリザリンに馴染むために純血主義に染まろうとして、他の寮の生徒に暴言を繰り返した。結果カローやリカルドに与えられたのは先生からの罰則とスリザリンへの減点だった。スリザリンの寮生たちはそんな二人であっても、温かく家族として扱い排斥しなかったが、他の三寮生からは嫌われていた。

 

 そして四年生になって、ハリーが現れた。ハリーはスリザリンらしくない行動を繰り返しながら世間から称賛されていた。それがリカルドには面白くなかった。

 

「ハリーに純血主義を教えてやろう」

 

 リカルドは悪意を持ってカローにそう提案した。カローはこれを喜んだ。

 

「そうだね。かれも寮に馴染めるようにしてあげないと」

 

(何が馴染むだバカめ)

 

 リカルドは内心でカローにそう毒づいた。実家が純血主義で、純血主義をやめられず、純血主義に疑問を持つほどの知能もなかったカローとは違い、リカルドはスリザリンと、純血主義に染まったことを後悔していた。だから、ハリーに良からぬことを吹き込んでやろうとした。

 

 リカルドに何か案があると言うので、カローはリカルドを信じてハリーにはなにもしなかった。

 

 リカルドは、まずハリーの心を折ろうとした。ハリーの私物を奪わせ、周囲の人間に対して疑心暗鬼にさせ孤立させる。そうやって頃合いを見計らって親切な上級生のふりをして近づき、純血主義のなかでも過激な思想を吹き込もうとした。

 

 かつて自分がそうだったように。

 

 こういった手法は、マグルの犯罪者団体でも、そしてスリザリンの中でも使われる。最低の状態にして尊厳を破壊してから親切さを装って近づき、深みに嵌めて闇から抜け出せないようにするのである。

 

 談話室でカローが女子生徒と談笑していると、三人の生徒がカローに接触してきた。その中の顔立ちのいい生徒は、糞爆弾をぶちこまれて異臭を発していた。

 

「すみません、ウィーズリーの双子に糞爆弾を投げつけられました……」

 

「監督生の方はいらっしゃいませんか?!」

 

 みすぼらしい生徒と黒人の端正な顔立ちの生徒がそう言うので、カローは親切にスコージファイをし、監督生を呼んであげようとその場を離れた。彼は他の寮の生徒からは蛇蝎のごとく嫌われていたが、寮の仲間に対しては親切だった。

 

 そうして一人になったリカルドだが、先ほどカローと話をしていた生徒はリカルドにはあまり友好的ではなかった。彼女はさっさとその場を離れようとして、眼鏡をかけた少年がリカルドのバッグに杖を向けているのに気がついた。彼女は先ほどの一年生たちとは違い、その少年には見覚えがあった。

 

「……ポッター?」

 

「ディフィンド(裂けろ)!!」

 

「きゃあ?!」

 

「何?!」

 

 ハリーは切断魔法の威力を弱めて、バッグだけを切り裂いた。バッグの中には、リカルドのものと思わしきノートが散逸する。リカルドが杖を向ける前に、ハリーはノートの山に杖を向けてさらに呪文を唱えた。

 

「スペシアリス・レベリオ(化けの皮よ剥がれろ)!!」

 

 

 リカルドの私物の中に、ハリーは見知ったノートを見つけた。ハリーがノートを拾い上げたとき、ノートにはしっかりとハリーの名前が刻まれていた。

 

 

「……僕の友達に頼んで、僕に断りなくノートを借りたそうですね、マーセナス」

 

 ハリーはわざとらしく周囲に聞こえるように言った。興味深くやり取りを見守っていた中には、監督生の姿もあった。彼らの多くはハリーの味方についていた。なぜならハリーがレベリオした中に、他の誰かの私物があったからだ。マーセナスは同様の手口で、純血主義者を増やしていた。

 

「ポ、ポッター!!いきなり杖を向けるなんて何事だ!」

 

 リカルドはまさか、自分がハリーに攻撃を受けるとは思っていなかった。彼は用心のために、盗んだものを持ち歩く癖がついていた。今回は、それが完全に仇となった。

 

「僕は一度も、マーセナスに杖を向けていません」

 

 ハリーはぬけぬけと言った。

 

「マーセナスの鞄に向けました」

 

 そのやり取りを見守っていた監督生のガーフィール・ガフガリオンは頃合いだなと思った。リカルドは弁明の言葉すら思い浮かばず、ハリーに杖を向けようとしていた。

 

 

(……誰かの入れ知恵かもしれねえが、取り巻きを呼び出してマーセナス一人にさせといたのは及第点だ。マーセナスはありゃあダメだな。バレた時点でノートや鞄をインセンディオすりゃあ口裏を合わせてやらんでもなかったが……)

 

 ガフガリオンは、リカルドとハリーを天秤にかけ、ハリーを取った。ハリーの知恵を評価したというよりは、リカルドの軽率さを見て彼を見限ったと言った方が正しい。ハリーは明らかにスリザリン的ではないが、寮に得点をもたらしてはいるし、寮の評判も良くなってはいるからだ。ガフガリオンは面倒くさそうに仲裁に入った。

 

「そこまでだ。あー、俺たちは家族だ。大抵のことは笑って流すのが家族ってもんだろ?家族なんだから口論になることもあるだろうし、うっかり家族の持ち物に杖を向けちゃうなんて事もまぁあるかもなあ。だがよリカルド。お前、恥ずかしくねえのか?」

 

 ガフガリオンは顎でカバンのあった方向を指した。そこには、他のスリザリン生の手に戻り少なくなったリカルドの私物があった。

 

 その中に、露出が多い女性の写真があることに気が付き、ハリーは顔を赤くして目を逸らした。

 

「ハッ!!アンタ、そういう趣味だったのね。見損なったわマーセナス」

 

 ハリーは、スリザリンの女子たちがマーセナスに向ける視線が凍るように冷たいことに気が付いた。何故だろうと思い返していると、写真が動いていないことに気が付いた。

 魔法のカメラで写された写真は動く。しかしあの写真は動いてはいない。ということはマーセナスは、マグルの女性が写った雑誌を買っていたことになる。それがスリザリンの逆鱗に触れたのだろうかとハリーは何となく思った。

 

 実際のところ、マーセナスの行動はスリザリン女子たちにとって軽蔑に値した。他人に純血主義を強要し、自分も純血主義を公言しながら、自分はマグルの女性を愛していたのだから!!

 

「……あ、ち、違うんだ、これは……」

 

「まぁ罰則はしねえよ。マーセナス、お前はこれから充分に罰を受けるからな。ポッター、見事なディフィンドとレベリオだったぜ。二点くれてやる」

 

 その日、ハリーの私物は全て戻り、ハリーはアズラエルたち三人とハイタッチして、四人で蛙チョコレートやカボチャパイによるささやかなパーティをした。

 

***

 

 

 その日の夜、寮のベッドでハリーは悩んだ。最近良く眠れていなかったアズラエルは、すやすやと寝息を立てていた。ハリーは、自分の行動が原因で、周囲に迷惑をかけていることに気がついていた。それはついにハリーの友人にまで及んだ。ハリーがこれ程悩んだのはホグワーツに来てはじめてだった。

 

(僕のせいでこうなった。それは、間違いなくそうだ。僕だっていつも正しい訳じゃない。今回の襲撃も、ザビニたちが案をリテイクしてくれたから辛うじて成功したんだ。でも)

 

 

(……ドラコの言葉を受け入れて、マグル生まれを見下すのは違う。それは魔法を否定することだ)

 

 ドラコとは結局、仲直りは出来ていなかった。あれ以来クィディッチの練習はできず、ハリーは箒に乗ってもドラコという好敵手がいないことが寂しかった。その寂しさは、代償として受け入れなければならなかった。それでもハリーには、友達も、蛇も、魔法もあるのだから。スリザリンという家があるのだから。

 

 ハリーは、魔法によってもたらされた奇跡を思い返していた。トロールの撃退、ピーターの暴露、そしてダーズリー家からの脱出。どれも、魔法なくしてはあり得なかった。

 ハリーはこの魔法という力で、ハグリッドがしてくれたように自分や誰かを助けたかった。魔法が使える間は、ハリーは階段下の物置で一人で居るわけではない。

 ハリーは、スリザリンを愛していた。寮を愛していた。だからこそ、誰よりもスリザリンで立派な魔法使いになろうと思った。ハリーの思う立派さを、いつかスリザリンの中でも誰かが分かってくれると信じた。そして、そのために自分や友達に何かがあれば、立ち向かおうと思った。それは怖かったが、同時にハリーはワクワクしてもいた。

 

 ハリーはようするに、途轍もなく頑固だった。ハリーの一番の才能は、ハリー自身やザビニは蛇語だと思い込んでいたが、アズラエルはハリーの才能がそちらにあると見ていた。

 

 

***

 

 

 次の日の朝、ハリー宛に一通の手紙が届きハリーは驚いた。

 

 そこには、シリウス・ブラックという名前があった。

 

 

 

 

「おい、なんて書いてあるんだよハリー?」

 

 ザビニたちが興味津々で聞くと、ハリーはにっこりと笑って言った。

 

「色々と難しいことが書いてあるけど……僕の事が大好きだってさ。

あと、スリザリンへの入学おめでとうって」

 

 その手紙の言葉は、ハリーへの何よりの勲章になった。シリウスは、ハリーに愛を与えたのである。




自分の寮に対して愛を持っていたからこそ歪み、それを捨てたという皮肉。
まぁ自分の寮に対する愛着もないやつがホグワーツで生きてけるわけないんだが……
今回の話を思い付いたとき、最初、主犯はドラコの予定でした。でも後半ならともかく初期のドラコはこういう回りくどいやり方はしないタイプだと思ったので没になりました。


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クィディッチ

クィディッチって実際にみたら凄く興奮すると思います。


 

 ハリーはスリザリンの寮の中で、それなりに受け入れられていた。ドラコとは対立したままだったが、スリザリンの一年生たちはハリーをザビニたち三人を含めた四人組の長として扱った。

 ハリーは四人の中で、上下関係みたいなものが出来るのは内心嫌だった。ハリーにとって同じ部屋のザビニたちは、兄弟のようなものだった。しかし、ハリーの行動がスリザリンらしくないとされ、時としてスリザリンの生徒との間で不和を生む以上は、リーダーとして率先して行動し、外の三人を守ることがハリーの責務だった。幸い、ハリーがまたスリザリンの象徴である蛇語を使ったことや入学式の日にピーターを見つけたことをスリザリンの生徒たちは思い出したようで、ハリーは周囲のスリザリン生と友好的に話をすることが出来た。

 

 ノートの一件以来、監督生のガフガリオンはハリーを呼び出してこうこっそりと諭した。

 

「あんまり魔法使いに夢を見るンじゃねえぞ、ポッター。入学式の日に、俺が言ったことを覚えてるか?」

 

 彼はほとんど面倒くさそうに言った。本人によれば11科目も授業を受けているそうで、試験の勉強で忙しそうだった。

 

「寮の中の話を外に持ち出さない、ですか?」

 

 ハリーは幸い、ガフガリオンの言葉を覚えていた。女性の監督生が言った言葉も、ハリーにとっての誇りだった。ハリーは自分がスリザリンに相応しいのだと信じていた。

 

「そうだ。寮の中でマルフォイの坊っちゃんと話を合わせるのは、当たり前の事だぞ。中と外で、しっかりと区別をつければ何の問題もねえ。そうだろ?」

 

「……ご指導ありがとうございます」

 

 ハリーはガフガリオンにしっかりとお辞儀をしてお礼を言い、ガフガリオンの言葉の意味を考えていた。スリザリンの特に五年生たちは、O.W.L.という魔法使いの試験のために日に日に殺気を増していた。彼らはストレスからか寮の中で雑談するとき、当たり前のように良くない言葉を使ってマグル生まれを中傷し、一致団結しているようだった。彼らの真似をして、ドラコに意味のない追従をするべきだろうか。

 

(やっぱり違う)

 

 それはハリーがやりたくないという理由の他にも、ドラコに対しても失礼なことのように思われた。ハリーはドラコとは仲直りできていなかった。

 

 ハリーはガフガリオンの忠告には従わなかった。寮の外でマグル生まれの生徒にこちらから話しかけたりはしなかったが、困っていたときは魔法で分からないように手助けした。アズラエルはそんなハリーを褒めた。

 

「そうですよ!!それがスリザリン式のやり方なんですよ!!」

 

 ハリーは喜ぶアズラエルの顔を見ながら、クィレル教授の授業を受けてノートにメモをしていた。アズラエルは注意深くハリーを観察し、ハリーが突飛な行動をしなくなってきたことに安堵した。

 

 

***

 

 ハリーはグリフィンドール対スリザリンの開幕戦でスリザリンを応援するために、スリザリンの応援席に座っていた。ハリーの右隣にザビニが、左側にファルカスが座り、ハリーたちは一致団結してスリザリンの勝利を願っていた。

 ドラコはこの時はハリーへの遺恨を忘れたようだった。彼は魔法族の男の子らしくクィディッチを愛していたし、誰よりもスリザリンチームのクィディッチでの勝利を願っていた。

 

「みんなでチームを応援しよう。ポッター、ちゃんと声は出せるんだろうな?」

 

「ソノーラスのど飴は持ってきたよ」

 

「だったら全力で応援だ!!みんな、キャプテンたちが出てきたぞ!手を振れ!!」

 

 クィディッチは魔法族で一番人気のあるスポーツだった。クアッフルというボールを相手チームのコートにある三つのリングのどれかに入れれば十点、金色に飛び回るスニッチを二つのチームのシーカーのどちらかが取れば、取ったチームに百五十点が加算されて試合が終了する。得点は寮のポイントとして加算されることから、クィディッチ・チームのプレイヤーは寮の中で格別の扱いを受けていた。

 

 ハリーはルールを聞いたときは、少しへンだなと思ったものだ。シーカー次第で勝負がつくなら、クアッフルを放っておいて全力でシーカーを援護すればいい。ハリーはドラコたちとのクィディッチごっこで、クアッフルでコツコツと得点することに魅力を覚えていた。

 

 しかし試合が始まると、ハリーのそんな違和感はたちまち消し飛んだ。両チームのレギュラーのプレイヤーたちは、時速百五十キロを優に超える超高速で飛び回りながら、超高速でクアッフルをパスしたり、あるいはカットしたり、チェイサー(クアッフルで得点する役割の人)を妨害したりしていた。何よりもスリリングだったのは、ブラッジャーという重たい鉄の塊を、ビーターという役割の人がこん棒を振り回して弾き飛ばしながら相手チームのプレイヤーを妨害しようとすることだった。ハリーはたちまちクィディッチの魔法にかかった。他の寮生たちと同じようにスリザリンの得点を喜び、グリフィンドールの得点に落胆した。

 

「あ、すごいタックルだ……」

 

 ハリーはスリザリンチームがラフプレーでグリフィンドールを妨害し、得点を防いでいるのが気になった。箒に乗りながらタックルできるという時点で、物凄く精度の高い箒の操縦技術が要求されるので感心していたが、そこまでするものだろうかとファルカスに問いかけた。

 

「ハリーがそれを言うの?」

 

 とファルカスは言った。

 

「今まで沢山ルール違反をしてきたじゃん。あれくらいクィディッチでは普通だよ」

 

 そういうものか、とハリーは思った。実際に試合を注意深く観察していると、スリザリンはラフプレーによってペースを掴んでいた。グリフィンドールのキーパーはスリザリンのキャプテンであるフリントより箒の操縦技術そのものは上だったが、スリザリンチームのラフプレーに怒り、判断を誤って失点を重ねていた。

 得点が寮のポイントになり、百五十点以上取れば事実上の勝ちが確定するクィディッチのルールに従えば、ハリーの発想よりも実はスリザリンは真っ当にプレイしているなとハリーは思った。クィディッチの試合展開は早いが、シーカーがスニッチを取る前に、点を積み重ねるというのはとても困難な偉業であることに違いはなかった。そのためにはあらゆる手段を尽くしてのチームとしての完成度の高さと勝利への欲求が必要で、スリザリンチームはそれを満たしていた。

 

 実際、スリザリンチームのプレイヤーたちは全力で勝利を追求していた。空の上では純血も半純血もマグル生まれもなく、他の寮生になんと言われようとも、勝ちさえすれば、勝つためならあらゆる所業は肯定される。クィディッチは、スリザリン生がスリザリン生らしくあれる場所だった。

 

 ハリーがファルカスと話をするために試合から目を離していた一瞬、スリザリンの観客席から悲鳴が上がった。スリザリンのビーターが弾き飛ばしたブラッジャーを、グリフィンドールチームのシーカーであるコーマック・マクラーゲンという二年生はギリギリのところでかわした。コーマックはグリフィンドール期待の新シーカーで、彼はニンバス2000というとても早い箒を持っていた。

コーマックにかわされたブラッジャーは、そのままスリザリンの観客席へと突っ込んだ。観客席にはプロテゴという防御魔法がかかっていて、ブラッジャーが観客席に進入することも、逆に、観客席から魔法でブラッジャーに干渉することも出来ないはずだった。その日ダンブルドアはファッジと話をするために不在で、プロテゴの担当はスリザリンの寮監であるスネイプ教授だった。

 

 ブラッジャーは真っ直ぐにハリーを狙って飛んできた。ハリーは魔法で妨害することも出来ず目をつぶった。

 

 ブラッジャーはハリーを直撃する寸前のところで、勢いを失った。試合は一時中断され、プロテゴが競技場の周辺にかけ直されると共に、ブラッジャーは別のブラッジャーへと交換された。

 

 

「こ、怖かったね……これがクィディッチなんだね」

 

「い、いや……こんなこと普通はないはずなんだけど……」

 

 ハリーの巻き添えになりかけたザビニは、皮肉屋の普段の仮面を捨て、ハリーと若干距離を置きながら試合の行方を見守った。

 

***

 

 グリフィンドールの応援席にいたロンとハーマイオニーは、試合が始まる前に、スリザリンの応援席に座っていたハリーに手を振った。

 

「やっぱり気付いてないな。そりゃスリザリンにベッタリだから当然だけど」

 

 ロンはハロウィンの一件で、ハリーが何か大変なことになっていないかと内心で心配していた。スリザリン寮内部の出来事は他の三つの寮生には秘匿されていたので、ハリーはスリザリンで変わらず過ごしているように見えた。ロンは言葉とは裏腹にほっとしていた。

 

「もうロン。スリザリンに対して穿った見方をするのは失礼よ!そりゃあ、中には嫌な人もいるけれど」

 

 ハーマイオニーはスリザリンについての偏見は無かったが、スリザリンの女子から受けたいじめを忘れていなかった。特に首謀者のパンジーについては、内心でいかれた牝牛と罵倒するほどに憎悪を燃やしていたし、ロンがスリザリンに対して批判的なので、一旦落ち着いてバランスを取ることが出来ているという側面はあった。

 

 

「ハイハイ。中にはね。外に見えてこなきゃ嫌なやつの集まりってことだけど」

 

「もう、相変わらずなんだから。シェーマスもロンが偏見でみてるって思わない?」

 

「偏見なもんか。事実だよな、シェーマス。みんながみんなハリーみたいに聖人じゃないよな」

 

「さ、さぁ、僕に聞かれてもなあ」

 

 ハーマイオニーとロンのやり取りはグリフィンドールでは定番となっていて、日によって緩衝材となる人が入れ替わりながら二人の掛け合いを楽しんでいた。傍目から見れば、仲のいい友達以上の人間に挟まれたかわいそうな子だったが、グリフィンドールの女子も男子も、ハーマイオニーの教えたがりや、実力に裏打ちされた言動を時に皮肉で、時には称賛で受け流せるロンの存在をありがたく思っていたので、二人の掛け合いを微笑ましく見守っていた。

 

 

***

 

「あ、卑怯だぞ!」

 

 スリザリンチームのプレイを、グリフィンドール生のほとんどは非難した。ハーマイオニーも同感だった。これは開幕戦で、ハーマイオニーは知らないことだったが、ハッフルパフはもとよりレイブンクローもスリザリンチームのようなラフプレーは行わない。スリザリンチームは三つの寮生から嫌われる存在だった。

 

 ハーマイオニーはスリザリンチームの応援席にいるハリーたちを見た。スリザリンの生徒は大喜びで、当然ハリーもその中にいたのでハーマイオニーは内心で幻滅を隠せなかった。ハーマイオニーがスリザリンの応援席から目を逸らした先には、教授席があった。ターバンを巻いたクィレル教授や、普段通り清潔感のないスネイプ教授、スプラウト教授やフリットウィリック教授の姿もあった。ハーマイオニーは、スネイプ教授が何かぶつぶつと呟いているのが気になった。

 

 

 と、その時、不思議なことが起きた。ブラッジャーが突然プロテゴを貫通し、ハリーめがけてすっ飛んでいった。ロンの悲鳴を聞きながら、ハーマイオニーはスネイプが全力で何かを呟いているのを見た。

 

 彼女は猛勉強によってグリフィンドールの、いや、もしかしたらこの学年の生徒で一番の知識があった。ハーマイオニーはその豊富な知識によって、スネイプがブラッジャーに防御魔法を貫通する魔法をかけているのだと確信した。スネイプが何故かハリーを憎み、スリザリン生なのにグリフィンドール生や、他の寮の生徒であるかのように、ある意味では公平に、ある意味では不当に扱っているのは誰の目にも明らかだった。

 ハーマイオニーは本人に自覚はなくても、スネイプが教授として不適格だと無意識に見なしていた。スネイプはハーマイオニーがどれだけ正解を言い当ててもグリフィンドールに加点したことはなく、不当に減点しさえした。だから、スネイプがハリーを狙って魔法をかけているという自分の推測に疑いを持たなかった。

 

「ロン!ハリーが危ないわ!!スネイプが魔法をかけてる!止めないと!!」

 

 ハーマイオニーはハリーへの借りを返すために立ち上がった。ハロウィンの一件以来、彼女は誰よりもグリフィンドールらしい生徒になろうとしていたし、事実この瞬間そうなった。

 

「え、ええ?!……おいハーマイオニー?どうしたんだよ!止まれって!」

 

 ロンの制止も振り切って、ハーマイオニーという一人の獅子はスネイプという蝙蝠のところにかけ出していった。

 

 

 

 




頑張れハーマイオニー!!


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疑惑

かわいそうなセブルス……
ひとえにてめえの素行と過去の所業のせいだが……


 

 クィディッチの試合が続くなか、スリザリンは順調にリードを広げていた。しかし百五十点の大差とは言えず、試合の勝敗はまだシーカーにかかっていた。

 

 

 ハリーが興奮しながら試合の行方を見守っていたとき、決定的な勝敗の分かれ目が訪れた。

 

 グリフィンドールのシーカーであるコーマック·マクラーゲンは何かを見つけたかのように箒を傾け、加速する。赤いマントが、閃光のようにピッチの上を駆ける。スリザリンのシーカーもそれに続いたが、箒の性能の差か、赤と緑の影の差が埋まることはない。

 

 グリフィンドールのビーター、ジョージとフレッドの双子は敵ながら優秀だった。彼らはスリザリンのビーターがコーマックに向けて撃ったブラッジャーを、完璧な連携でことごとく弾き返した。その時、不思議なことが起きた。ブラッジャーが突然軌道を変え、ハリーに向けて動き出した。

 

 ブラッジャーがハリーに狙いを定めたのと、コーマックがスニッチを取ったのはほとんど同時だった。観客も、プレイヤーも、視線のほとんどはスニッチに夢中で、ブラッジャーには気付かない。

 

 ブラッジャーがハリーに向けて迫ってくる。

 

 

 

 

 ハリーは二回目だったので、杖をブラッジャーに向けてボンバーダ(爆発)と叫んだ。呪文の閃光はブラッジャーに衝突する前に、プロテゴの障壁に阻まれて四散した。もっとも、仮にブラッシャーに当たったとして、勢いをつけた鉄の塊に効果があったとは思えなかったが。

 

 ハリーへと衝突するかと思われたブラッジャーは、しかし、ギリギリのところで勢いを失った。グリフィンドールの選手とスリザリンの選手や教師たちがブラッジャーを魔法で拘束するなか、スネイプ教授は燃え広がる己のローブを消火するので手一杯になっていた。炎はスネイプ教授の隣にいたクィレル教授にまで燃え広がっていた。

 

 

 

***

 

「間違いなく箒のせいだね。スリザリンのシーカーにニンバスのようないい箒があれば、スリザリンが勝っていたさ!!!」

 

 ドラコは敗北の原因をそう言った。スリザリンのシーカーは敗北の責任を感じてか、スリザリンの応援席に頭を下げていた。彼は周囲のスリザリン生徒たちから労られながらピッチを去った。ドラコはクラッブとゴイルを連れて、悔しそうに応援席から出ていった。

 

 勝利に沸き立って大盛り上がりのグリフィンドール生(マクゴナガル教授が一番喜んでいた)を眺めながら、ハリーはザビニたちと共に競技場を去ろうとした。

 

「……なあハリー。ちょっといいか?」

 

 その時、グリフィンドールの生徒から呼び止められた。ハリーはその姿を見て、更に驚いた。ロン·ウィーズリーが深刻そうな顔でハリーを呼び止めていた。ロンは今まで、スリザリン生からの悪質な野次に対して返す以外はスリザリン生に話しかけようとはしなかった。

 

 

「何の用だウィーズリー。俺たちを笑いに来たのか?そりゃあ負け犬の顔をみるのは楽しいよな。いい趣味だぜ」

 

 

 ザビニはロンに突っかかった。彼はスリザリンが敗北したことで、普段より不機嫌になっていた。それはアズラエルやファルカスも同じだった。

 

 

「待ってザビニ。ロンがスリザリンに話しかけるなんて相当のことだよ。ロン、続けて」

 

 ハリーはザビニをなだめてロンの話を聞くことにした。ハリーは、ロンが勝利の喜びを全く感じていなさそうなことが気になった。

 

「……ああ実は、俺の友達が、スネイプ教授がブラッジャーに魔法を使ってるってところを見たんだ」

 

 

 ロンの話では、スネイプ教授が魔法を使ってハリーを襲おうとしていたというものだった。ハリーたち四人は、この話を単なる見間違いとして否定することは出来なかった。

 

「……確か、試合が終わったときにスネイプ教授のローブに火が着いてましたね」

 

「スネイプの魔法が途切れたからハリーが助かったのかもしれない。人を疑うのは良くないことだけど、可能性はあるだろ?」

 

 ロンはハリーがスリザリンで友人と一緒なことには安心していたが、スリザリン生に寮監を疑えと言うのはとても勇気がいることだった。ハーマイオニーの証言ではスリザリン生に信じてもらえるか分からないと、ロンが彼女の代わりに伝えに来たのだ。

 

 

「……そうか、教えてくれてありがとうロン。僕はスネイプ教授から嫌われてるからね。ロンの忠告を無駄にはしないよ」

 

「気をつけろよハリー。スネイプは闇の魔術に興味があるんだ」

 

 

 ロンがそう言うとアズラエルは顔をしかめたが、なにも言わずにロンの背中を見送った。あとに残されたハリーたちは、ヒソヒソと周囲に聞こえないように、ブラッジャーの犯人を考察しあった。

 

***

 

 次の日、寮の自室でハリーたちは意見を交わしあっていた。

 

「犯人は」

 

 ザビニは自信ありげに持論を展開した。

 

「リカルド・マーセナスだ。あいつしかいないだろ。ハリーのことを恨んでる」

 

 ザビニは敵対関係にあるグリフィンドール生の証言を鵜呑みにするほど、愚かではなかった。彼はまず、スリザリン生のほとんどが思いつく候補を挙げた。

 

「でもザビニ。僕がマーセナスなら、今ハリーに手は出さないと思う。スリザリン生なら誰だってマーセナスを疑うよ」

 

 ファルカスがそう言うと、ザビニはがしがしと頭をかいた。

 

「それじゃあウィーズリーの言う通りスネイプなのか?アズラエル、ハリー。お前らはどう思うんだ」

 

「僕は……スリザリンの仲間がハリーを狙ったなんて思いたくはないです。スリザリンの先生がハリーを狙ったとも……」

 

「お前マーセナスのせいで散々な目に遭っただろ」

 

 ザビニが呆れた目でアズラエルを見るが、アズラエルは憤慨していた。

 

「簡単にスリザリンの仲間や先生を疑う方がどうかしてますよ!ハリーはどう思うんですか?」

 

 アズラエルはそれまで黙っていたハリーに意見を求めた。ハリーの心は、他人の言葉ばかりを根拠にして動くことに警鐘を鳴らしていた。

 

「……僕、シリウス・ブラックから手紙のやり取りをしてるけど。シリウスは、今度会って話がしたいって書いてきたんだ。ロンの証言で僕がスネイプを疑ってるから」

 

 ハリーは自分の友達と、持っている情報を共有することにした。ハリーは最近、シリウスが定期的に手紙を送ってくれるので、それに返事を出していた。ハリーは手紙を出した経験がない。手紙に書く内容について、どうすればいいのかとファルカスに尋ねると、ハリーは彼の返答に顔を赤くした。

 

「僕は両親に、君のことを書いてるよ」

 

「たぶんホグワーツのほとんどの子がそうだよ」

 

 ハリーはシリウスと一度も会ったことがない。話をしたこともないので、自分のことはほどほどにしながら、普段は寮の三人の友達について書いて送っていた。シリウスのふくろうであるヘドヴィグは、本当に良く働いてくれた。シリウスの手紙には時としてユーモアを交えながら、スリザリンでハリーが健やかであることを喜ぶ内容が綴られていた。シリウスが、ハリーのことをまるでグリフィンドール生のようだと書くのには辟易していたが。ハリーはどうせならスリザリン生らしいと褒められたかった。

 

 

「君のことを心配してくれてるんだね」

 

「……僕もスネイプじゃないほうがいいとは思うんだけど……」

 

 スネイプ教授は何故かハリーに対して異様に厳しかった。ロンの証言を信じるなら、スネイプが実行犯の可能性は高い。

 

 しかし、ハリーはアズラエルと同じように、スリザリンを愛していた。状況と動機が黒に近い灰色であっても、感情がスネイプは無罪だと主張したがっていった。マーセナスにしても、マーセナスから仕返しをされる可能性はあっても、殺されるほどとは思っていなかった。その裏付けのための調査が必要だった。

 

 

 

「……まずはマーセナスが黒の線で調べてみようと思う、マーセナスができなくても、マーセナスの友達にならできるかもしれない」

 

 

 ハリーは悩んだ末に、可能性を調査して潰していくことを選んだ。

 

 

***

 

 ハリーたちが談話室に顔を見せると、スリザリンの生徒たちも、ハリーが狙われたことについて話し合っていた。

 

「やっぱりマーセナスがポッターを……」

「やめろよ、仲間を疑うのは……」

「いや、でも……」

 

 一年生のハリーたちが疑ったように、生徒のほとんどはハリーに恨みを持つマーセナスに疑いの視線を向けていた。マーセナスはカローと二人で、居心地が悪そうにしながらそんな視線に耐えていた。ハリーはそんなマーセナスに同情する気持ちと、アズラエルに手を出した報いだという気持ちで葛藤していた。マーセナスはあまり顔色が良くなく、ハリーの方をちらちらと見ていた。

 

 スリザリン生のほとんどがクィディッチの競技場にいた。その中には、もちろんカローとマーセナスもいる。マーセナスが視線に耐えきれずに自室に戻ろうとしたとき、一人の女生徒が、マーセナスのアリバイを証明した。彼女はハリーがマーセナスの持ち物をレベリオしたときに現場にいた女生徒だった。

 

「みんな、気持ちは分かるけどマーセナスを、私の友達を疑うのはやめて。彼は私と一緒にスリザリンを応援していたのよ。スリザリンのために心を入れ換えたの」

 

 意外なことに、彼女はマーセナスを擁護した。蛇寮としての仲間意識なのか、それとも別の感情があったのかは分からない。マーセナスのアリバイが証明されたことと、彼女が後ろ楯になったことで、スリザリンの寮内ではハリーを狙ったのは彼ではない、ということになった。それでも疑惑と不審の種が寮内に蔓延することを恐れた監督生たちは、ブラッジャーが古いために起きた事故だという噂を蒔いた。そして、後日ハリーに、それを支持するようにハリーにも頼んだ。ハリーはそれを了承した。犯人捜しをしていると思われるのは得策ではなかった。

 

 ハリーは次の日から、カローとマーセナスの二人が女子生徒に追従して、女子生徒の取り巻きのようになっているのを見た。女子生徒は満更でもなさそうな顔でマーセナスとカローの二人をこき使い、休日にはホグズミードという村に三人で外出して遊んでいた。ハリーはプライドの高そうなマーセナスが、今ハリーを狙うわけはないと思った。ハリーはマーセナスを容疑者から外した。

 

***

 

 ハリーは、シリウスからの定期連絡でヘドヴィグから手紙をもらった。ハリーが試合で起きたことを話すとシリウスは憤慨し、会って話がしたいと言った。

 

「夜の10時に、スリザリンの寮の談話室で話そう。私はフルーパウダーの秘密の抜け道を知り尽くしている」

 

 シリウスによると、フルーパウダーというのは暖炉の中を通行できる魔法の粉らしい。手紙には学生時代に、学校中の暖炉を攻略したと書かれていた。

 

 

 ハリーは一度、シリウス・ブラックと会ってみたいと思った。直接出会ったとき、ハリーは自分がシリウスとどう話せばいいのだろうかと少し悩んで、手紙をくれてありがとうと言おうと思った。ハリーは自分が、手紙でのやり取りができるとは思っていなかった。そして、自分のことを息子のように思うと言ってくれる大人がいるとは、思っていなかった。

 

 

***

 

 寮の談話室で、ハリーはザビニから買ったフルーパウダーを暖炉に入れていた。ザビニは(シリウスに会いたい気持ちをこらえて)、三シックルと引き換えにハリーに粉を手渡した。

 

「ホラよ。貸し一だぞ」

 

「この借りはダンブルドアのカードでチャラってことでどうかな」

 

「いらねーよ。蛙チョコレートのカードは全部持ってる。シリウスにちゃんと話せよ」

 

「何を話したか、僕たちにも教えて下さいね」

 

「今日はもう寝るから明日聞かせてね」

 

「約束するよ」

 

 そしてハリーは暖炉の前にいた。魔法で彩られた緑色の炎が、暖炉の中に輝いていた。眼鏡に緑色の焔が反射して煌めく。ハリーは、今か今かとシリウスを待った。もしかしたらあの手紙は、自分の勘違いだったのではないか、炎の中でシリウスが焼けてしまったのではないかとハリーが考えたとき、暖かいそよ風のような炎に動きがあった。

 

 

「……やれやれ。暖炉の掃除をサボってるな、ここのハウスエルフは」

 

 ハリーの目の前には、少し痩せこけてはいたが、黒髪で、新聞で見たよりもずっと格好いい大人の男の姿があった。ハリーが魅せられたのは男の目だった。男の目からは、まるでアルバス·ダンブルドアのような強い輝きと意志が感じられた。

 

「あの、はじめまして。シリウスさん。ハリー・ポッターです。いつも僕なんかに手紙をくれて、ありがとうございます」

 

 シリウスはハリーの姿を見て固まっていた。シリウスは少し涙ぐんで、ハリーに言った。

 

「いや、すまない。本当に驚いたんだ。まるで、ジェームズが現れたように見えて」

 

 ハリーは大人の男性が、自分のために泣いているという状況に驚いていた。シリウスもハグリッドのような人なのだろうかと、ハリーは第一印象でシリウスのことを悪くは思わなかった。

 

 シリウスは、まずはハリーに自分の過去の過ちを謝罪した。

 

「……君のゴッドファーザーでありながら、私は君に何もしてあげられなかった。今まで君に会えなくてすまなかった、ハリー」

 

 ハリーは手紙で、何度もシリウスから謝罪を受けていた。シリウスが、ハリーのことを気にかけてくれているのは明らかだったので、ハリーもシリウスのことを少し信用してみよう、という気になった。

 

 

「積もる話をしたいところだが、この煙突飛行も時間が限られている。単刀直入に言うぞハリー。スネイプ教授が黒であるか白であるかは問題じゃない。君が危険な目に遭う可能性があるなら、犯人捜しはすべきじゃない。クィディッチの観戦も控えたほうがいい。スリザリンの友達と、平穏な学校生活を送って欲しい」

 

 

 シリウスのこの言葉に、ハリーは納得しなかった。

 

「でもシリウス。犯人が誰なのか分からないと、僕だけじゃなくてみんなが不安になるよ。それに、僕だけ仲間外れなんて……」

 

 ハリーがそう言うと、シリウスは悩んでいたようだった。少しの沈黙の後、シリウスはしっかりとハリーに言い聞かせた。

 

「君の友達は、その程度で君をハブるような子達じゃないだろう。いいかハリー、スネイプ教授のプロテゴを貫通するというのは、それこそカース級の魔法を習得した闇の魔法使いだ。一年生が太刀打ちできる相手じゃない」

 

 そこまで言ったとき、シリウスの顔色が変わった。

 

「……時間切れだ!!ハリー、次は手紙で話そう。いいか、絶対に危険なことはしないでくれ!」

 

 

 シリウスは大慌てで暖炉から姿を消してしまった。残されたハリーは、恨めしそうに暖炉の炎を見ていた。

 

***

 

 暖炉で話をした次の日、スネイプ教授の機嫌は過去最悪だった。彼は、ハリーの前の席で作業をしていたアズラエルの作業を妨害したと難癖をつけてハリーを狙い、スリザリン寮からなんと十点も減点した。



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獅子とのクリスマス


人間はずっとぼっちでいることには耐えられてもいきなりぼっちになることには耐えられないんだ……


 

 ハリーはシリウスの言いつけを、いい子のように守ろうとしたわけではなかった。クラスの環の中に入って楽しみを共有する喜びを知ってからそれを取り上げられるのは、それを全く知らずに耐えるのとは違った。スリザリンの談話室で犯人捜しをしても、それらしい人間がわかるわけでもなかった。カローが親しい女生徒と一緒にいるとき、マーセナスは女生徒の友人に声をかけながらその場を取り持っていた。彼らはもうハリーのことを忘れて日常を送っていた。

 

 ハリーは小屋でふくろうを借り、ハグリッドにも手紙を出し意見を求めたが、ハグリッドの答えも似たようなものだった。ハグリッドはもっと楽観的に、気にせずクィディッチを観戦しろと言ってきた。

 

「スネイプ教授はダンブルドア校長が選んだ素晴らしい教師だ、ハリー。お前さんが心配することはなんにもねえ」

 

 ハリーはその言葉に少し心が軽くなったが、ザビニたちはハリーがブラッジャーに襲われるのが怖いのか、それとも自分達が巻き込まれるのが怖いのか、ハリーが観戦したいと言うのをあまり喜ばなかった。ハリーは仕方なくクィディッチの観戦を断念した。

 

 

 次の週の休日にハリーは少し拗ねた気分になりながら、ファルカスを伴って図書館に行った。ザビニとアズラエルは、なんとスリザリン一年生の女生徒たちからティーパーティーに誘われていた。二人は笑顔でファルカスとハリーを置き去りにした。ハリーとファルカスはモテない少年同士で互いの友情を確かめあった。

 今日ハリーたちは、クィレル教授から許可をもらって闇の魔術についての本を探しに来た。シリウスがハリーを襲ったのがカースだと話していたことから、ハリーはカースについてもう少し詳しく知らなければいけないと思った。正しい知識がなければ、対策もできないのだ。クィレル教授は、ハリーを見て怯えながらも最後には許可した。

 

「い、い、い、一年生には少し、早いとはお、おもいますが。し、し、しかしなぜ……い、いえ、知りたいと思ったときがべ、勉強のしどきです……」

 

 クィレル教授は吃りながらこう言った。

 

「や、闇の魔術について……防衛のために……知っておくことはいい心がけです。ポッター。スリザリンにい、一点を差し上げましょう。そして禁書の閲覧をき、許可します」

 

「ありがとうございます、クィレル教授」

 

 ハリーは他のスリザリン生徒のように、クィレル教授を馬鹿にするのは申し訳ないなと思った。教授は魔法の発音が不正確だったが、杖の振り方や理論については尋ねれば正確に教えてくれた。呪文学のフリットウィック教授によると、クィレル教授はレイブンクロー出身で、スリザリン生であっても知識欲があれば何でも教えようとしてくれる。ハリーにとってはいい先生だった。

 

 図書館には五年生たちの他に、一部のレイブンクロー生やハーマイオニーとロン、そしてネビルがいた。ネビルは、グリフィンドール生のシェーマスという生徒やスリザリン生のゴイルなどと同じようにスネイプ教授の魔法薬学が苦手な生徒の一人だった。彼はスネイプ教授にレポートで減点されたくないと、必死で魔法薬学の参考書を探していた。

 

「……なんか、彼女は随分と難しそうな本を読んでるね」

 

 ハリーは隣にいたファルカスにそう言った。ハリーの視線の先には、何冊もの分厚い本の山に埋もれているハーマイオニーとロンがいた。

 ハーマイオニーの読んでいる本は、ハリーたち一年生が読んでいた初級の教科書よりもっと難しそうで、五年生などが読みそうな高度な本もあった。

 

 

「きっと成績でトップになりたいんだよ。ねえ、カースの本、禁書棚にあったよ」

 

「ありがとうファルカス。早かったね」

 

 ファルカスはハーマイオニーにはほとんど興味がなさそうだった。彼はハリーがハーマイオニーと接触を持つことを嫌がった。

 

 ハリーはファルカスが持ってきた闇の魔術について書かれた専門書を読み進めた。禁書の棚にあったそれは、ハーマイオニーが読んでいた本より分厚くはなかった。ハリーにはまだ使えないような高度な魔法制御理論がまず第一章から順に細かい字で書かれていた。内容を要約すると、闇の魔術はプロテゴ(防御魔法)が発展した以後に発展した魔法で、ほとんどは初級のプロテゴを貫通するような強力な魔力が付与されていた。肝心の魔力制御理論や、プロテゴを貫通するための魔力増幅理論の数式を一年生のハリーたちには理解できず(後になって気がついたが、もしかしたらハーマイオニーにならば理解できるかもしれないとハリーは思った)、ハリーたちはほとんどの時間を無駄にしながら図書館を出た。

 

「闇の魔術って凄いよね……まだ僕たちには使えないだろうけど……もし使えたら……」

 

 ファルカスは少し興奮していた。闇の魔術を使いこなす自分の姿を想像したのかもしれない。トロルのように、魔法に対して強い強力な魔法生物であっても、カースであれば耐性をねじ伏せて倒すことができる。ハリーは興奮するファルカスに苦笑しながら、ハリーを襲ったのがカースなのだと改めて結論付けた。

 

「あんまり良くない魔法みたいだね。でも、どうして……」

 

 ハリーは、自分がなぜ狙われるんだろうか、と不思議がっていた。カースは、本当に強い意志がなければ発動できないものだった。スリザリンの中で嫌われることはしたが、そこまでして狙われる理由があるのだろうかと。

 ハリーは、自分が昔ヴォルデモードに狙われたという話をハグリッドから聞いたことを思い出した。ハリーは自分がただのスリザリン生で、そんな特別な魔法使いではないと思った反面、カースを使いこなせば特別な魔法使いになれるのだろうかと思った。組分け帽子の言葉を現実にしたいなら、それこそハーマイオニー·グレンジャーのように闇の魔術について勉強すべきではないだろうかと思った。

 

 

(いや……でも……カースなんて覚えてどうするんだ?)

 

 しかし、カースを覚えて一体誰に使うと言うのだろうかとハリーは思った。ダドリーや、ハリーを襲ってきた魔法使いに使うことが出来ればと一瞬思ったが、使えばダドリーは死んでしまう。襲ってきた相手もだ。何よりもそれをすることはハリーのプライドが許さなかった。そして、ハリーは将来強力な魔法生物を駆除する仕事をしたいわけでもなかった。ハリーは単に、今、この時、自衛する方法を探していただけだ。

 

 あの闇の魔術の本は知識をくれたが、対策方法は教えてくれなかった。

 

(クィレル教授には申し訳ないけど、時間の無駄だったかな)

とハリーは思った。ハリーの聞き方も悪かった。

 

 ハリーが本当に知るべきだったのはそれに対抗するような防衛用の魔法だったのだ。闇の魔術ではなかった。結局、ハリーは闇の魔術で遠回りしようとするのではなく、カースには通用しないとしても、プロテゴに至るように普通の魔法から地道に習得していくしかなかった。ハリーは今ならシリウスの言葉の意味が分かるような気がした。

 

***

 

 シリウスは、ハリーと会うために不法侵入したとして魔法省の職員からお叱りを受けていた。魔法法執行部は事情が事情なだけにとシリウスを不起訴処分にしたが、シリウスの精神がまだ不安定として、シリウスとハリーに面会の許可が降りるのはまだまだ先の話になった。ハリーはシリウスに、手紙で防衛用魔法の理論と発音、そして魔法と、杖の振り方を教授してもらった。手紙にはこう書かれていた。

 

「エクスペリアームズは防衛術の基本にして王道の魔法だ。これを習得したいなら、まずは基本の呪文学を学びなさい。フリットウィック教授は、きっとハリーの助けになってくれる」

 

 ハリーはシリウスの言いつけを信じて、呪文学の練習に取り組んだ。放課後にザビニやアズラエルと呪文をかけあっていたとき、ファルカスがハリーに包みを持ってきた。

 

「ハリー宛に郵便物だって」

 

 

「何だろう?……差出人が書いてないね。怪しいな。……父さんから預かったって?」

 

 

 ハリーが確認した手紙には、ハリーの父親から渡されたという情報と、うまく使えという言葉だけが簡潔に記されていた。差出人の筆跡はシリウスのものでも、ハグリッドのものでもない。中身を確認すると、ハリーたち全員が入れる程度には大きな、古びたマントがあった。

 

「……ハ、ハハハハハハ!!……イ、イィヤッタァァァア!!」

 

 

 そのマントを見たアズラエルは壊れた。彼はマントを見るや否や、今まで見たこともないような顔で笑い転げて三人全員をドン引きさせた。

 

「お、おいアズラエル……お前……まさかとは思うけどまたハリーの私物を盗む気じゃねえだろうな……?」

 

 

「そんなわけないじゃあないですかザビニ。僕をなんだと思ってるんですか」

 

「スリザリン生」

 

 ザビニの言葉は正しかった。スリザリンの蛇たちは毒を持っているからこそ、お互いを尊重するところはあった。あえて嫌われることで他人から距離を置こうとする人間関係もある。今のハリーには理解できないことだったが。

 

 ザビニの言葉で、アズラエルはやっと普段の調子を取り戻した。ハリーはアズラエルに説明を求めた。

 

「ねぇアズラエル。これってそんなに凄いものなの?僕には普通の……古びたマントにしか見えないんだけど」

 

 ハリーはそう言った。マントには豪華な刺繍が施されていたが、マントそのものは所々に使い込まれた跡が見えた。新品のマントを買った方がずっといいとハリーは思った。

 

「凄いなんてもんじゃあないですよ罰当たりな!!透明マントはそれこそ、一部のトップエリートしか持ってない超貴重品なんです!!買えば何千ガリオンするか分かりませんよ!」

 

「へ、へぇ~。そんなに凄いものなんだ、これ……」

 

 アズラエルの力説によると、透明マントはデミガイズという稀少な魔法生物の毛皮が原料で、着たものを透明にして包み隠せるらしい。なるほどその効果は凄いのだが、興奮してその凄さと価値を力説するアズラエルを見て、ファルカスはそれを延々と聞かされるハリーに同情的な視線を向けていた。

 

 ようやくアズラエルの力説から解放されたハリーは、興奮して早速マントを腰に巻いてみようというザビニやファルカスの薦めを断った。アズラエルのせいでハリーの中のマントへの欲求は疑念に変わっていた。

 

「まずはハグリッドにこれが本当に透明マントかどうか聞いてみるよ。それを父さんが持っていたのかどうかも。そんな凄いものがいきなり僕に届くなんて、この状況から考えたらおかしいよ」

 

 とハリーが言うと、ザビニたちの興奮は一旦収まった。

 

 

 そしてハグリッドによって、ハリーの父親が本当にマントを持っていたことが明らかになるまでは、マントは誰にも使われずに放置された。シリウスにマントを送り、シリウスからなんの呪いもかけられていないと分かると、ハリーはマントの力で動き始めた。

 

***

 

 透明マントの力で、ハリーはこっそりと悪事を働いた。シリウスの言いつけを破り、スリザリン対レイブンクローのクィディッチの試合を観戦した。

 試合は両チームが百点以上の得点を重ね、非常に白熱した。最終的に、スリザリンのビーターが撃ったブラッジャーによってレイブンクローのシーカーが負傷したことで、スリザリンのシーカーがスニッチをもぎ取ることが出来た。ハリーはマントにくるまって隠れながら、ザビニたちと共にスリザリンを応援することができた。

 

 ハリーがスネイプ教授の方を見ると、スネイプ教授はクィレル教授に嫌味を言いながらスリザリンチームの勝利を誇っていた。ハリーはスリザリンの勝利を喜ぶと共に、レイブンクロー出身だというクィレル教授に同情した。

 

 ハリーが上級生たちから聞いたところによると、クィレル教授はマグル学を教えていたらしく、そのせいでスリザリン生やスネイプ教授からの受けは悪かった。クィレル教授の後任だという新任の女性教授、チャリティー·バーベッジは、クィレル教授とスネイプ教授の間に入り二人の関係改善を図ろうとしていたが、上手く行っていないようだった。

 

 スネイプ教授の名誉のために言えば、防衛術の基礎においてもっとも必要なものは、ハリーが背伸びして調べたような複雑な魔法理論などではない。

 防衛術の基礎において必要なのは、シリウスがハリーに呪文学を教えたことからも分かるように、自分にとってもっとも必要な魔法を、状況に応じて正確に発動するための能力である。特に一年生から五年生までの魔法使いは、詠唱することで魔法を発動する。吃音持ちのクィレル教授が防衛術教師として不適格だと見なすスネイプ教授の態度は、客観的に見て行きすぎではあったが一理はあり、バーベッジはスネイプにもクィレルにもつかず、互いを尊重しながら場を仲裁しようとしていたが、上手くはいかなかった。

 

***

 

 

 月日は流れ、クリスマス休暇に入った。ハリーはホグワーツにアスクレピオスとともに残り、一人と一匹で過ごすことになった。寮の部屋には、ザビニたちからもらったプレゼントがある。ハリーはザビニたちに、それぞれ通販でプレゼントを購入し、贈っていた。

 

 アズラエルには伸縮自在という触れ込みの最新式のマントを、ザビニには自動で髪の毛を整えてくれるという謳い文句の櫛を。ファルカスには、ブランドもので中に何十キロ入れても重さが変わらないというバッグを購入して贈った。ハリーはこういう場合のプレゼントの贈り方を知らなかったのでシリウスにアドバイスをもらったのだが、はたしてこれで良かったのかは分からない。

 

 

 クリスマス休暇は、ほとんどの生徒が実家に帰省した。ファルカスを含めて、ハリーの同室の生徒たちは一人になるハリーを気にしていたが、ハリーは笑顔を作って三人を見送った。

 

「じゃあ、また休暇明けによろしくね!僕のことを忘れないでね」

 

 

 

 ハリーは笑顔で言った。少なくともハリー自身はそのつもりだった。

 

「ハリーこそ気をつけて下さいね。もし犯人がまだホグワーツの中にいたら、君が危ないんです。迷わずゴーストの男爵か、スネイプ教授の助けを呼ぶべきです」

 

「じゃあ男爵しかねえな。ハリーに親身になってくれるかは知らねえけど」

 

「襲撃者が純血でないことを祈るよ。元気でね、皆」

 

 ザビニの言葉に、ハリーは苦笑した。血みどろ男爵はスリザリン生には友好的だが、それでも明確に純血ではないハリーやファルカスのような生徒に対しては他の生徒よりも扱いが軽かった。生徒たちはそんな男爵を敬いつつ恐れていた。

 

『広くなったな』

 

 閑散とした寮の部屋を見てアスクレピオスが言った。彼は最近、ザビニやファルカスたちから餌を与えられることもあった。

 

『みんな狩りに行ったんだよ』

 

 とハリーは蛇語でアスクレピオスにささやいた。

 

 クリスマスでは、ホグワーツにはほとんど人が残らなかった。ドラコはハリーがホグワーツに残ることと、それがハリーの実家がマグルで、マグルに飼われているのだというスリザリン生としてはあり得ないという意味での最低の侮辱だったが、ハリーはそれに耐えることができた。ダーズリー家に帰らなくて済むというだけでありがたかった。ハリーの側には愛蛇のアスクレピオスもいる。

 ハリーは、襲撃者がもし現れるならこのタイミングなのではないかと思った。ザビニたちを巻き込まずに済むのならそれでもよかった。いっそ現れて全てをぶち壊して欲しいとも思った。

 

 

 クリスマス当日、ハリーは談話室を出て、大広間に足を踏み入れて驚いた。教授席にスネイプ教授の姿はなかったが、なんと、ダンブルドア校長が鼻飾りをつけて遊んでいた。ウィーズリー家が、イニシャルの入った手編みのセーターを身に付けていた。ハリーはふと猛烈に嫉妬心が沸き上がり、グリフィンドールのテーブルから目を背けた。スリザリンのテーブルにはハリー以外、ほとんどいなかった。

 

 

「ヘイヘイポッター、こっち来いよ!」

 

「スリザリンの小獅子ちゃんを、獅子寮にご招待だ!」

 

「えっ」

 

 そんなハリーを見かねてか、ウィーズリーの双子はハリーをグリフィンドールのテーブルにつかせた。大広間は閑散としていて、スリザリンに残ったわずかな生徒も、レイブンクローの生徒と談笑していた。ハリーがグリフィンドールのテーブルにつこうと、今日はどうでも良さそうだった。

 

「ど、どうも。はじめまして。ロンのお兄さんですよね」

 

 クィディッチの試合からも、普段の態度からも、双子がグリフィンドールらしい生徒であることは一目瞭然だった。ハリーは双子には苦手意識があった。双子はスリザリン生にとっては不倶戴天の敵であり、目をつけられれば必ず酷い目に遭うとして有名だった。

 

「はじめてじゃねえな」「糞爆弾をくれてやった」

 

 フレッドとジョージの双子はそう言って笑いあった。スリザリン生の印象とは異なり、双子が悪戯で手を出すのは、カローやマーセナスのように他の生徒に酷い侮辱をした生徒や、悪質ないじめっ子に限られていた。双子にしてみればスリザリン生に手を出しているというより、嫌いな奴にスリザリン生が多かったと言った方が正しい。もっとも、その侮辱を繰り返した生徒が反省せずに意固地になって反発し、抗争のような形で毎日のように双子と呪いを投げつけあうこともあった。

 

「あの、一つ訂正してもらっていいですか。」

 

とハリーは言った。

 

「僕はスリザリン生です。獅子じゃありません。蛇です」

 

 この部分はハリーは譲れなかった。双子の目は、

ハリーを品定めするものに変わった。

 

「へーえ?」「言うね。ちびちゃん」

 

「こら。お前たち、一年生に手を出すのはやめろ。彼も萎縮してしまうだろう。すまないねポッター。こいつらのことは無視してやってくれ」

 

「パースはそう言うが」「こいつは一年生にしては見込みがあるぜ」

 

「「何たってハリー・ポッターだ!!」」

 

 双子はそう言って笑ってハリーをからかい、パーシーがそれを叱る。これがウィーズリー家の日常風景のようだった。では、ロンは何をしているといえば。ハリーがロンの方をチラリと見ると、彼は手持無沙汰にハリーの方を見ていた。六男のロンは基本的に、どうでもいい扱いで放置されるか、双子に弄くられるかのどちらかで、発言権はあまりなかった。言えば必ず双子に揚げ足を取られるからだ。ロンの隣にはハーマイオニーもいた。彼女は、お行儀よくパーティが始まるのを待っていた。

 

 ハリーはそろそろと双子から距離を離れて、ロンの隣に身を寄せた。ロンは片手を上げてハリーを迎えた。

 

「よ、ハリー」

 

「……君の言ってた通り、凄いお兄さんたちだね。お陰でこっちのテーブルに来れたよ。ありがとう」

 

「ま、今日くらい、寮の区別なんてなくていいだろ」

 

 ハリーはその日、蛇寮の子獅子として獅子寮生から歓待を受けた。ハリーがマナーを守って食事に手をつけないでいると、ロンとハーマイオニーが、ハリーに、襲撃者の件について相談を持ち掛けた。

 

 

「ねぇハリー。あなた、スネイプ教授のことをどう思う?私、あの時からスネイプ教授のことを観察してたの。あの人、いつもあなたに厳しいけど、時々凄く厳しくなる時があるわよね?」

 

 ハーマイオニーはスネイプ教授の態度が、ハリーに対して何か特別な意味があるとこの頃考え直していた。普段の恨みを含めて教授を燃やし、ハリーを救ったと思った。それ以来ハリーが襲撃されることはなくなったが、彼女はスネイプ教授の真意を探りたがっていた。当事者であるハリーなら、何か知っているのではないかとも思った。

 

「スネイプは優秀な薬学教授だよ。少なくとも僕以外のスリザリン生にはね。スリザリンが好きなんだよ、あの人は」

 

 ハリーは皮肉とも取れる発言をしてハーマイオニーを困らせた。結局、それは判りきっていることだった。

 

「ハリー、お前、スリザリンで回りくどい言い方を覚えたのはいいけどさあ。もう少しだけ腹を割って話そうぜ」

 

 ロンは何気なくそう聞いた。ハリーはグリフィンドールのテーブルに来て、二人をグリフィンドール生として見ていたことに気がついた。ハリーは少しだけ心を開いた。少なくとも二人はハリーの味方のはずだった。

 

「……色々と調べたけど……ハグリッドも、僕の回りの人も、肝心なことは分からなかったよ。何も掴めないまんまだ。どうしてぼくが、誰に狙われたのか、まるで判らない」

 

 ハリーはスリザリンの内部の生徒から自分が狙われているかもしれないことは言わなかった。いくらロンとハーマイオニーでも、寮の内情を漏らすわけにはいかなかった。

 

 ハリーはしばし考えて腕を組んでいた。ハリーは行き詰まっていて、それはハーマイオニーも同じなように見えた。

 

「……スネイプ教授に絞って考えてみましょう。私、スネイプ教授がハリーに時々、凄く厳しくなるときがあるって気がついたの。ハリー、どうしてか分かる?」

 

「スネイプはいつだってハリーに熱心だろ?」

 

「でも、特別厳しくなるときがあるじゃない。それはどうしてかなって思ったの」

 

ハーマイオニーの視点は、ハリーたちスリザリンの子供たちが、寮の先生だからと思考停止しているのともまた違った。彼女はスネイプの行動や言動から、スネイプについて判断しようとしていた。だからこそスネイプを黒として疑い、疑惑の段階で火をつけるという行動に至ったのであるが。

 

「驚いたぜハーマイオニー。君、そこまでスネイプのことが好きだったなんて。スネイプ博士になれるぜ」

 

「まぁロン、冗談言わないで。私は真面目に話をしてるのよ?」

 

「君たちは本当に仲がいいね」

 

 二人の関係を茶化しながら、ハリーは今までのスネイプ教授とのやり取りを思い出し、ハーマイオニーやロンとこれまで起きたことを話し合った。

 

 

 

 入学式の日に、ハリーはネズミを見つけてスネイプ教授の不興を買った。先生に報告しなかったからというのがその理由だった。

 授業では、ハリーだけでなくネビルや、シェーマスなどの生徒に厳しい。薬学で薬品を取り扱う以上、下手な調合は命の危険がある。一年生だからこそ、薬品の調合を疎かにするのは命に関わる。

 ハロウィンで、ハリーたちが勝手に持ち場を離れたことに怒っていた。生徒の安全を守れないという理由で。

 

 ハリーは自分が、シリウスからハリー自身の身の安全を最優先するように言われていたことを思い出した。それはシリウスが大人の中でも例外的にいい人で、ハリーのゴッドファーザーで、ハリーのことを気にかけてくれるからだと思っていた。だがもしかしたら、スネイプは言い方が嫌らしいだけで、生徒を守ろうとしているだけなのではないだろうか。

 

「スネイプ教授って、もしかして僕たち生徒を守ろうとしてる?」

 

「……それにしては、言葉に刺がありすぎるぜ?まぁ、うちのママもフレジョにガチギレするときは怖ぇ~けど」

 

「いいえロン。規則違反を咎めて厳しく罰するのは、私たちがもう一度規則違反をするのを抑制するためよ」

 

 ロンは冗談めかしてそう言うと、ハーマイオニーは冷静に状況を把握することができた。

 

 ハリーはハーマイオニーと話しながら、過去の状況について鮮明に思い出すことが出来ていた。ハーマイオニーの明晰な頭脳は、曖昧になりかけていたハロウィンや入学式のときのスネイプや、他の怪しそうな人の様子をハッキリと覚えていた。ハーマイオニーはこの時、内心でスネイプへの疑いを晴らし始めていた。

 

「……そういえばハロウィンのとき、スネイプ教授の様子がおかしかったような……」

 

 ハリーは額の傷跡を擦りながら、何か違和感があったことを思い出した。

 

「…………歩き方が変だった」

 

「あ、それなら俺も思い出した!!てっきり、双子が作った悪戯グッズに引っ掛かったんだと思ってた!」

 

「……スネイプ教授は、あの時トロルを捜していたのかしら?」

 

「っていうかトロルがあんなとこにいるのも変だよな……」

 

「……誰かがあそこに誘導したんじゃないかな」

 

 ハリーはそう言った。

 

「何のために?」

 

「分からない。だけど、知ってそうな人がいる」

 

 ハリーはそう言って、一人の名前を挙げた。

 

「嘆きのマートルだ」

 




今までフリットウィック先生のことをフリットウィリック先生だと思っていました。


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眼鏡とケルベロス

三頭犬とかいう実はめちゃくちゃ強そうな第一関門。


 

「……スゲーな、本当に見えなくなったよ」

 

「ロン、しゃべったり、走ったりして音を立てるのはダメよ。透明マントは音までは消せないわ。『本当に役に立つ魔法道具十選』に書いてあったの」

 

「よくそこまで覚えてられるね!?」

 

 クリスマスパーティーの後、ハリーは透明マントを取りにスリザリンの寮に戻り、ハリーはロンとハーマイオニーと一緒に、透明マントにくるまって学校を探索することにした。

 ハリーの透明マントは、ハリーとロン、そしてハーマイオニーをまとめて覆い隠すだけの長さがあった。ハーマイオニーはロンにくっつくのを嫌がり、ハリーはどぎまぎしながらロンとハーマイオニーの間に入り込んで、地下室を目指した。

 

「メリークリスマス、マートル。私よ、ハーマイオニーよ」

 

 女子トイレに入り、ハーマイオニーが杖でトイレの壁を叩き、マートルへと呼びかける。女子トイレは魔法によって、ハロウィンの破壊が嘘のように元通りに修復されていた。

 

(マクゴナガル教授の力かなあ……)

 

 ハリーが優れた魔法の力に感心していると、こぽこぽと水が動く音がした。

 

『うふふふふ、私のことを呼んだかしら?……あらハーマイオニー。お連れの二人もお久しぶりね。今日はどんなご用件で?』

 

 よりによってトイレの中から、大量の水と共に銀色に輝く女の子が姿を見せた。ロンは思わず顔を背けるが、ハーマイオニーは平然とした顔でマートルと話を進めた。

 

「ええ。実は私たち、マートルにどうしても聞きたいことがあって」

 

「マートル。ハロウィンの夜にこのトイレでソノーラスをかけていたのは、あなたなんですか?」

 

 ハリーは、記憶の中でトイレからの声が響き渡っていたことを思い出した。トロルは恐らくはその音を聞いてここに来た。もしもマートルの仕業であれば不幸な偶然だが、そうでなければ、誰かが意図的に、トロルをここに導いたのだとハリーは思った。

 

『いいえ、私、いじめられ仲間が増えるのは嬉しいけど……仲間がもっと虐められるのは好きじゃないわ』

 

「……じゃあ、考えたくはないけどスリザリン女子の悪戯か、誰か悪意のある人がこの部屋に魔法をかけたのかのどちらか、だね」

 

「ええぇ……ちょっと悪戯にしては陰湿すぎねえ?」

 

 ロンは自分の兄弟を棚に上げてそう言った。

 

「スリザリンでは日常茶飯事だよ」

 

 ハリーは嘘をついた。スリザリン生はよっぽどのことがなければ、身内には手を出さない。ハリーはハーマイオニーから、スリザリンの女子がハロウィンの後に彼女に嫌がらせをしたことを聞いた。スリザリンがマグル生まれの魔法使いたちについてどう思っているかを考えたら、たとえ身内でも、それくらいの悪意がないとは言いきれなかった。

 

「ハリー、今回に限っては無いと断言するわ。確かにやりそうな人に心当たりはあるけど、彼女にそんな高度な魔法は使えないもの。ホグワーツの建築物には高度な保護魔法がかかっていて、これに干渉するのは大人の魔法使いでもないと難しいの」

 

 ハーマイオニーは強い確信を持って言った。

 

「なんでそんなことを知ってるの?」

 

「ハーマイオニーは『ホグワーツの歴史』を丸暗記してるんだ」

 

 ロンの言葉に、ハーマイオニーはほんのりと頬を赤く染めた。

 

『良かったわね、あなたはいい友だちができて』

 

 

 マートルはそんなハーマイオニーを嬉しそうに、しかし少しだけ恨めしそうに見ていた。ハリーは何となく彼女の気持ちが分かる気がした。

 

 

 

「となると、大人……七年生以上の魔法使いが犯人か?」

 

 

「ミス・マートル、何か心当たりはありませんか?ハロウィンの日に、女子トイレの前を通った人がいたとかでもいいんです」

 

 ハリーはなるべく丁寧に、マートルに対して礼儀正しく聞くようにした。マートルはそんなハリーを見て、悲しそうに言った。

 

『ごめんなさい。本当に心当たりはないの。私は、その子に呼び出されるまではここに居なかったから』

 

「いや、誰かが意図的にかけたことが分かってよかった。本当にありがとう、マートル」

 

『私にまで優しくしてくれるなんて、いい子ね。スリザリンにしておくのが惜しいわね』

 

「スリザリンはいいところですよ」

 

『私はダメよ。どこでも爪弾きだけど、スリザリンは特にね』

 

 ハリーの言葉に、マートルは一瞬嬉しそうに笑い、そしてもとの悲しげな表情に戻った。ハリーはその姿を見ながら、マートルがまるで生きているみたいだと思った。ゴーストには魂がないし、生きてもいないとザビニたちから度々言われていたが、感情がある相手として話すことが出来るマートルを見ると、僕たちと何が違うんだろうかとふと思った。

 

 結局、ハリーたちは犯人の手がかりを掴むことはできなかった。

 

 

「また行き詰まりかあ。何か手掛りがあるかと思ったんだけど……」

 

 

 

「ハリー、気を落とさないで」

 

 ハーマイオニーの言葉にハリーは頷いた。全く収穫がなかったというわけではなかった。城の防壁を突破するような魔法が使えるということは、トロルを侵入させた襲撃犯はカース級の魔法を使えるということだ。ハリーをブラッジャーで襲った犯人もカースが使えるのだから、この二つの事件が同一犯である可能性は高い。

 

「考えたら、最初にピーターを捕まえられたのが奇跡みたいなものだったのかな……」

 

 ハリーは少し弱気になって呟いた。

 

「あの時は幸運が積み重なって出来ただけで……」

 

 ハリーはその時、ひとつ案を思い付いた。校内に、アスクレピオスではなくてどこかで買った蛇を解き放って、怪しそうな人がいればハリーに蛇語で教えてもらうのだ。

 

(って無理に決まってるよな。学校は広すぎる)

 

 蛇がそこらの廊下をうろついていたら、すぐに誰かの魔法で捕まってしまうだろう。廊下では魔法を使ってはいけないという校則を、真面目に守るのは一部のハッフルパフ生徒だけだ。ハリーは時々、スリザリン生が管理人のフィルチに密告して他の寮の生徒が罰を受ける光景を見ていた。あまりにもその頻度が多すぎて、ハリーはそれになにも感じなくなっていた。

 

「最初の日……そういえば、あのとき……」

 

「ハーマイオニー、どうしたんだい?」

 

「入学式の日に、ダンブルドア校長は四階に近付かないようにおっしゃっていたのを思い出したの。死にたくなければ近付くなって」

 

 それを聞いたロンは、あまり気が進まないようだった。

 

「そういうの、俺の双子の兄貴が真っ先に調べてると思うんだよなあ。単にダンブルドア校長の脅し文句で、何も見つからないと思うけど……」

 

「いや、この際だ。怪しいと思ったところは全部行ってみよう」

 

 ロンを押しきって、ハリーたちは調査を続行した。ぐるぐると移動するホグワーツの魔法の階段を上り、校長が警告した場所へと近付いていく。四階に到達し、廊下を進むと、教室への入り口があった。しかし、その扉には鍵がかかっていた。ハリーは掌にじんわりと汗が滲むのを感じた。

 

 

 鍵がかかった扉ということは、ここから先には進んではならない何かがあるかもしれない。ダンブルドア校長の言いつけ通り、ここから先には進むべきではないのかもしれない。ハリーはロンとハーマイオニーを見た。透明マントのなかで、二人はハリーを見て頷いた。

 

(行くなら三人でか)

 

 ハリーはトロルを撃退したときのことを思い出し、意を決して魔法を唱えた。

 

「……アロホモラ(開け)」

 

 解錠魔法によって、がちゃりと何かが動く音がした。ハリーがそのまま杖を扉にあてると、扉は物悲しい音を周囲に響かせながら開き、ハリーたちを部屋へと導いた。部屋の中は薄暗くて何も見えない。ハリーは顔をしかめた。

 

「……私が。ルーモス(光よ)!!」

 

 ハーマイオニーは杖先に光を灯し、マントの隙間から部屋の中を照らした。彼女の判断は正しかった。光によって、部屋の奥にある扉と、扉を守るように異形の怪物をハリーたちは目の当たりにすることが出来た。

 

 その怪物を見たとき、ハリーはこんな生き物がいてほしくはないという思いに囚われた。その生き物は、赤黒い犬のようにも見える。一般的な犬と違って、ハリーたちを一瞬で食い殺せそうな尖った牙と、鋼鉄でも貫いてしまいそうな牙を持ち、あのトロルより大きな体を持っていた。何より、その犬は顔が三つあった。犬の顔のひとつが、杖の光に反応して目を開こうとしている!!

 

 

「逃げるぞ!!」

 

 ロンはハーマイオニーをひっつかんでハリーにそう言った。三人が扉に到達する寸前、ハリーは何か固い金属が壊れるような破壊音を聞いた。

 

 

 恐ろしい怪物の唸り声を背中に浴びながら、ハリーたちは必死で扉を閉じた。ようやく唸り声がおさまったとき、三人の全身は冷や汗で一杯だった。ハリーの眼鏡にまで汗がついていた。

 

「ケ……ケルベロス(三頭犬)!!」

 

 ロンはガタガタと震えていた。

 

「なんてものを学校においてんだ!!」

 

 ハリーも同感だった。うっかりと迷い込んだ生徒が、噛み殺されたらどうするのだろうかと思った。教師がさんざん警告し、施錠までしたのに踏み込むような生徒は死んでも文句は言えないというのだろうか。

 

 ハーマイオニーは少しの間深呼吸をして、落ち着きを取り戻していた。彼女は、部屋の奥にあった扉のことについて真っ先に気が付いた。

 

「ねえロン、ハリー。気が付いた?あの犬、扉を守っていたわ!きっとあの先には何かがあるのよ!」

 

「なんでそれを学校で守るんだよ!!銀行があるだろ!?」

 

 ロンはほとんどキレそうになりながら言った。ハリーも同感だった。あんなところで、あんな怪物を飼ってまで守るべきものなのだろうかと不思議だった。

 

「……でも、銀行に口座がなかったのかも……」

 

「校長が口座を持ってないわけないだろ」

 

 ハリーはハグリッドに連れられて、両親の遺産を取りに行ったときのことを思い出した。魔法族の銀行に口座を作ることは難しいのだとハグリッドが言っていたような気がした。ロンは即座にそれを否定した。

 

「トロル騒動の犯人も……ここにある何かを探していたのかな」

 

「今のところその線で考えましょう。女子トイレに人が集まっている間に、ここを通ろうとしたんだわ」

 

「……またスネイプ教授が怪しくなってきたな。もしかしたら、あの人ハロウィンのときにケルベロスに噛まれたんじゃないか?」

 

「僕としては、スリザリンの先生にはそうであってほしくないんだけど……」

 

 ハリーたち三人はくたくたになって、透明マントも脱いでその場にへたり込んでいた。またもや疑惑の人になってしまったスネイプ教授のことをハリーは疑っていなかったが、常に悪人という想定もしておかなければならないというのが、犯人捜しの辛いところだった。

 

 

 結局、ハリーたちは透明マントを悪用して校内を探索して回った。マントの力は、ハリーたちの姿を覆い隠してくれていたが、ミセス・ノリスの通り道を賢い動物がうろつくのはハーマイオニーが嫌がった。ホグワーツをこんなに探検したのはハリーもはじめてのことで、ロンやハーマイオニーと夢中になって探索した。楽しかった。

 

 

 そして、歩き過ぎたハーマイオニーが疲労の色を表情から隠せなくなったころ、ハリーたちは空き教室で大きな鏡を発見した。

 



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みぞの鏡

今回は短めです。


 

 

「……なんか……吸い込まれそうになるくらいにきれいな鏡だね」

 

 空き教室にあった鏡は、ハリーたち三人どころか、大人が二人いても全身を写し出せそうなほど大きかった。鏡の周囲にはみたこともない彫刻がなされている。

 

「なんか書いてあるぞ」

 

 ロンが台座に書かれている文字を見つけた。ハリーも文字を読もうとした。左右反転した上で、やたらと読みにくい文字が彫られている。

 

「鏡文字ね。『……これは、あなたの姿ではなくあなたの心の望みを映す』ですって」

 

 真っ先に鏡文字を解読してのけたハーマイオニーは、視線を上げて鏡を見た。彼女は二、三度瞬きすると吸い込まれるように鏡を見続けていた。ハーマイオニーの隣のロンも、クィディッチを観戦しているときのハリーたちのように、夢中になって鏡を見ていた。そして、ハリーも吸い寄せられるように鏡を見ていた。

 

 ハリーは最初、鏡に映っているのが誰なのか分からなかった。鏡にはロンやハーマイオニーの姿はなく、知らない大人の男女や、髭を生やし、皺だらけの男女がハリーの後ろに立って微笑んでいた。大人の男は癖のある髪の毛で眼鏡をかけていて、ハリーと似ていた。大人の女性はハリーと同じ緑色の瞳だった。彼らは魔法のカメラで生成された写真のように、時折ハリーの後ろでハリーの髪を弄くったり、杖で魔法をかけてそれを直したりしていた。そして、ハリーが見続けているうちに映像はより深く、鮮明なものになっていった。

 

(父さんと母さん?)

 

 ハリーはシリウスや、いろんな人から自分が父親と似ていて、母親と同じ目を持っていると言われたことを思い出していた。

 

 

 その鏡の中のハリーは、ダーズリー家で育ったわけではなかった。額に稲妻のような傷がない。魔法使いの父親と母親に魔法を教えてもらったり、ザビニたちとクィディッチをして子供の頃を過ごしていた。

 クィディッチの相手は色々な子供がいた。ロンであったり、双子であったりした。その中にはドラコもいて、ハリーはブラッジャーを恐れることなく、何も考えずに自由に空を飛ぶことができていた。そして飛び疲れて家に帰れば、そこには両親がいた。ハリーがスリザリンの緑のローブを着て家に帰ると、両親はハリーを笑顔で出迎えてくれた。

 

 ハリーは自分が、ロンやハーマイオニーたちと一緒に空き教室にいるということを忘れていた。

 

「ハリー、ハリー!!」

 

 

「しっかりしろ!」

 

 ハリーは気づくと、ロンに頬をこづかれていた。ハリーはいつの間にか、鏡に直に手をつけて鏡の中を覗こうとするかのように鏡を見ていた。

 

「……あれ……ねぇハーマイオニー。これって……」

 

「魔法でできた幻よ」

 

 ハーマイオニーは頬を赤く染めていた。

 

「鏡の中では、私はテストで一番の成績を取っていたわ」

 

「俺は……クィディッチのキャプテンで、監督生だった」

 

 ロンが言った。彼は耳を赤くしていた。

 

「僕は、多分だけど、両親がいたよ」

 

 ハリーが言うと、二人は黙りこくった。

 

 

「もうここには来ないようにしましょう。これを見続けるのはきっと、体によくないわ」

 

 ハーマイオニーがそう言うと、ロンもこの時ばかりはハーマイオニーに同意した。

 

「うちの親父が言ってたんだ。どこに脳みそがあるかもわからないものを信用しちゃいけないって。もしかしたら、闇の魔術がかけられてるかもしれない」

 

 ロンとハーマイオニーは、もう鏡を見たいとは思わないようだった。しかしハリーは、その鏡の中の人々が、まるで生きているかのように動いている光景が目に焼き付いて離れなかった。

 

 

***

 

 その日から、ハリーは取り憑かれたように、毎晩一人で空き教室に行き、両親の幻を追い続けた。頭の中では、そこには魂はないという警鐘が鳴り響いていた。

 

 しかしそんなものは、鏡の中に広がっている光景とは比べ物にならなかった。

 

 

「……そこまでにしておきなさい」

 

 

 鏡の中の世界に取り憑かれたハリーを止めたのは、アルバス・ダンブルドアだった。白髪の老人は、深い悲しみを宿した瞳でハリーを見ていた。

 

「校長先生。すみません、僕は……僕は、校則を破りました。これを見るために」

 

 ハリーは校長に謝罪し、罰を受けようとした。しかし、校長先生はハリーを責めなかった。

 

 

「この鏡は、見た人間の望みをそのまま見せてくれる」

 

 ダンブルドアはそう言った。

 

「深い失敗をして、失意のうちにある魔法使いや魔女は、誰もがこれに取り憑かれる。たとえば大人であったとしても、この魔力に抗うことはできない。どうして君を責めることができるだろうか」

 

 

 ダンブルドアは、ハリーの校内の探索を責めなかった。それよりも、ダンブルドアが次に言った言葉の方がハリーを打ちのめした。

 

「……必要がなくても、壊すべきだと分かっていても、どうしても壊せない道具というものはある。これは、この場所に置くべきではなかった。私の失敗だ。鏡は別の場所に移すとしよう」

 

「そんな!あそこには父さんがいたんです!!母さんも!」

 

 ハリーは相手が校長先生であることも忘れて叫んだ。ハリーはあの世界を見続けたかった。できることなら、あの場所に行きたかった。

 

「……ハリー。ここに見えるものは、どれだけ精巧でも、どれだけ素晴らしくても、偽物なのだ」

 

 

 ハリーはダンブルドアに恨みすら抱きながら、はい、とダンブルドアの言葉に承諾した。ハリーは深い沈黙のあと、ダンブルドアの目を見てこう言った。

 

「鏡の中では、両親は僕がスリザリンで良かったって喜んでくれるんです」

 

 

「シリウスもハグリッドも、僕がスリザリンで良かったって褒めてくれました。両親も褒めてくれたんでしょうか?」

 ハリーはダンブルドアに、自分の悩みを打ち明けた。ダンブルドアは、ハリーを悲しそうな、そして、ハリー自身は気付くことはなかったが、冷徹な目で見ていた。

 

 

「君の父上とシリウスは、双子のように仲が良かった。そのシリウスがそう言ったのなら、それは父上がそう言っているのと同じことだ」

 

 ハリーは少しだけ、胸が晴れる気がした。ハリーはダンブルドアに依存しそうになった。ダンブルドアは、望めばハリーに答えをくれた。

 

「いろんな人が、僕をグリフィンドール生みたいだって言います。でも、僕はスリザリン生だし、スリザリン生で良かったって思ってるんです。だけど、スリザリン生らしくないって……」

 

「私は、君がスリザリン生らしくないとは思わないよ、ハリー」

 

 

 ダンブルドアは確信を持ってそう言った。

 

「創設者のサラザール・スリザリンは、教える生徒に断固たる意志や、機知に富む才能、そして……必要ならば規則を破るという傾向を求めた。実はこれは、ゴドリック・グリフィンドールと同じなのだ。君は、グリフィンドール生らしいのではない。君は誰よりも、スリザリンが求めた才能を持っている」

 

 その言葉を聞いて、ハリーは喜んだ。

 

「そして、君ならば、その才能によらず、自分の意志で選択をしてくれると私は信じている」

 

「自分の意志で選択……ですか?」

 

 ハリーは、言葉の意味が分からずにダンブルドアに問いかけた。ダンブルドアは、こくりと頷いた。

 ダンブルドアはハリーを信じた。そして、ハリーを自分から遠ざけようとした。

 

「人は時として間違う。私も、かつてシリウスの件で間違えた。シリウスは、元気にしているかね?」

 

「えっと……はい。いつも僕に手紙をくれます」

 

 ハリーはダンブルドアがシリウスのことを知っているのが不思議だった。シリウスは、ダンブルドアとの関係についてはハリーに話していなかった。

 

 

「……ハリー。私は君にひとつ、謝らなくてはならないことがある。……シリウスについてのことだ」

 

 

「シリウス?先生が、どうしてですか?」

 

 ダンブルドアが語った言葉は、ハリーを打ちのめした。

 

「君の両親が殺されたとき。私はシリウスを裏切り者だと疑い、彼の弁護をしなかった。彼が君を保護し、ゴッドファーザーとしての役割を果たそうとしたとき。私はマグルの慣習に従って、君をマグルの親戚の家に預けた。シリウスは君といてあげられなかったことで、自分をずっと責めているが、悪いのは彼ではないのだ。私が君と、シリウスの幸せを奪ったようなものだ」

 

 

***

 

 ハリーはふらふらと自室に戻り、自分の机を見た。そこには、アルバス・ダンブルドアのカードがあった。ハリーはインセンディオを唱えた。

 カードの中のダンブルドアが、苦しんでいる様子が見えた。しかしダンブルドアは苦しんではいても、ハリーを責めることなく、悲しそうな顔でハリーを見ていた。

 

(お前のせいだ)

 

 ハリーは腹が立って、怒りのままもう一度インセンディオを唱えて、カードごとダンブルドアを燃やそうとした。

 

『やめとけ』

 

 

 そんなハリーを止める声がした。

 

『ハリーらしくねえ』

 

 クスシヘビのアスクレピオスは、つぶらな瞳でじっとハリーを見ていた。ハリーはこの愛らしい蛇の前で、ダドリーのようなことをするわけにはいかないと思った。

 

『そうだね。そうだよね』

 

 ハリーは杖を下ろした。愛すべき蛇にお礼を言って。

 

 ダンブルドアのカードは燃え尽きることはなかった。魔法のカードには防火処理が施されていた。ハリーは自分への戒めとして、カードをそのまま自分の宝物として保管した。胸の中には、ダンブルドアへの怒りと、自分のふるまいへの深い悲しみがあった。

 

 

***

 

 クリスマス休暇を終えたザビニたちが帰ってきた。ハリーは本物の友達との再会を喜び、普段通りの一日を過ごした。鏡の中の世界のことを、ハリーは忘れなければいけなかった。ハリーは今ここで、ここにある友達や自分のために、前に進まなくてはならないのだと思った。

 



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フラッフィー


原作では尺がないせいかハリーたちはそもそもスリザリン生とほとんど会話してないですよね……
行間では普通に会話してたりするのかもしれませんが……


 

 

 ハリーは三頭犬のことをアズラエルたちに話し、勝手に調べたことを謝った。アズラエルたちは、ハリーが勝手に探索したことに怒ったが、それ以上に、四階にいた三頭犬のことを聞いて震え上がった。

 

 

「……学校で殺人事件でも起こす気なんですか、校長先生は?」

 

「きっと生徒の命なんてなんとも思ってないんだよ。ダンブルドア校長は苦しむ子供のことなんてどうでもいいんだ」

 

 ハリーの心の中には、ダンブルドアへの恨み辛みが渦巻いて膨らんでいた。それは普段は暖かいもので覆い隠されていたが、一度噴出すると、ハリーはそれを抑えられなくなりそうだった。

 

 ある時ハリーは、ドラコがダンブルドアを辞めさせるべきだと父親が言っていた、ということを聞いて、ドラコの父親を内心で支持した。良く考えたら校長には校則違反をしたにも関わらず特別に恩情をかけられていたが、それでダーズリー家に閉じ込められた恨みが薄れる訳でもなかった。ハリーはみぞの鏡の中の、絶対にあり得ない光景が夢に出てこないかと期待したが、夢に両親の姿が出てくることはなかった。

 

 

 

***

 

 休暇が明けてからの数日、ハリーたちは放課後でケルベロスについての情報を漁った。図書室にいたハーマイオニーと筆談でこっそりとやり取りしたところ、ケルベロスは飼育が非常に難しい魔法生物のようで、その体にはくまなく保護魔法がかかっており、闇の魔術にすら高い耐性を持つのだという。確かにそれなら、闇の魔法使いに対しての番犬としてはうってつけだった。ハリーはハーマイオニーにお礼を書いて送り、今度ハグリッドにケルベロスについて話を聞こうと約束した。

 

***

 

 

 そしてハリー、ロン、ハーマイオニー、なんとザビニの四人は、ハグリッドの小屋でハグリッドから話を聞こうとしていた。ハグリッドが紅茶を淹れてくれる間、ハリーは気まずそうなザビニとハーマイオニーたちとの間を取り持たねばならなかった。ザビニとロンやハーマイオニーは友達の友達でしかなく、ハリーの記憶では会話したことすらない。

 

「でもブレーズ。ガールフレンドの相手をしてあげなくていいの?」

 

 ハリーはまずはザビニにそう話題の種をふった。ロンならば、この話題に乗っかって場を盛り上げてくれるだろうと期待してのことだ。

 

「あいつが好きなのは俺じゃなかった」

 

 ザビニはふて腐れたようにそう言った。

 

「お前の話ばかり聞きたがってたぜ。ブルームの方もそんな感じさ。あいつは、自分に振り向かせて見せるとかなんとか言ってたがな」

 

 

「アズラエルならきっと大丈夫だよ。ザビニと違ってマメだし」

 

「彼女作ったことねえやつに言われたくねえな!そっちのウィーズリーでも見習ったらどうだ?」

 

 ザビニはからかうようにロンを手で示すと、ロンとハーマイオニーが揃って顔を赤くした。

 

「な……俺とハーマイオニーは友達だよ!」

 

 ハリーは、ザビニがロンのことをゴミを見る目になったような気がした。

 

「まあそんな……そんなことは別に……」

 

 ゴニョゴニョと否定するハーマイオニーの後ろから、ハグリッドがお盆に紅茶をのせてやってきた。紅茶はダーズリー家のものよりも茶葉の品質がいいのか、香りが高くスッキリとした味わいがした。

 

「しかしおめえさんたち、校則違反ばかりしとるなあ……」

 

 ハグリッドは呆れたものを見る目でハリーたちを見ていた。ハリー自身、一年生にしてここまで校則を破ったのは、おそらくは双子くらいだろうという自覚はあった。

 

「俺は危険なことも校則違反もやってないけどな。他の三人を見ろよ。眼鏡とそばかすと出歯だぞ?何か企んでるに違いないってフィルチからマークされてる。でも俺は違う。そういう怪しまれるような顔はしてない。俺に何かあったら、ホグワーツの顔面偏差値に激震が走るぜ」

 

 ザビニはなぜかハグリッドに対しても、ハリーたちに話しかけるように親しげだった。そして、ハリーが今まで見たなかで一番初対面の相手に対して失礼だった。

 

「ザビニ。ドラコじゃないんだから初対面の相手の顔を貶すのはやめよう」

 

 ハリーはザビニではなく、せめてファルカスをつれてくるべきだったかと思った。

 

「お前、ハーマイオニーのことを悪く言ったか?」

 

「ロン、本当にごめん!ハーマイオニー、気を悪くしないで。ザビニは誰に対しても容姿を貶すところから入るんだ」

 

「最低じゃねーか!自慢の顔におできでもつけてやろうか?」

 

「まぁ、ロン。喧嘩腰になるのはよくないわ。私たちは今まであまり話をしたこともなかったんだもの。これから歩み寄っていけば、お互いの良いところは見えてくる筈よ」

 

 ハリーはザビニと二人との間を取り持とうと必死だった。ハーマイオニーはザビニの容姿がお気に召したのか、ザビニに対してひどく甘かった。そこから友情へと発展するかどうかは未知数であったが。

 

「ワシとしては、お前さんたちが仲良くしてくれたほうが嬉しいが……」

 

 ハグリッドがビートルのような瞳でザビニに頼んで、ようやくザビニは話を止めた。ハリーはハグリッドの目を見て、ハグリッドからケルベロスについて聞こうとした。

 

「前置きはこれくらいでいいかな。ねぇハグリッド。四階の部屋にいたケルベロスについて何か知らない?ハグリッドなら、ケルベロスって生き物にも詳しいよね?」

 

 ハリーはハグリッドが見つけてきたクスシヘビが、あまりにも賢く、気高い蛇だったことを本当に感謝していた。ハグリッドには魔法生物を見抜く目というか、才能と呼ぶべきものがある気がした。そんなハグリッドなら、あのケルベロスのことも何か知っているのではないかと思った。ハリーは、ハグリッドのことを心の底から敬愛していた。

 

 

「お……おめえさんたち、まさかフラッフィーを見たのか!?」

 

 ハグリッドは仰天してハリーたちを見た。ハリーたちがなぜ知っているのか、そもそも、どうしてあそこに入り込んだのかと問い詰めたいのだろう。

 

「そう!奥に扉があった!ケルベロスは何かを守ってた!」

 

 ロンはハグリッドに叫んだ。

 

「そ、それはおめえさんたちの気のせいだ。フラッフィーは日に弱くてな、暗くて落ち着いたあそこがお気に入りなんだ。あそこには何にも、なーにも怪しいもんは……」

 

 ハグリッドが言い訳をしている間、ハリーはハグリッドがハリーとはじめて出会ったとき、銀行から何かを取り出していたことを思い出した。

 

「ねえハグリッド。僕と銀行に行ったとき、ハグリッドは関係ない金庫から何かを持っていったよね?もしかしたら、あの奥にあのとき持っていたものがあるの?」

 

 このハリーの問いかけは、どうやら偶然にも核心をついていたようだ。ハグリッドは目に見えて狼狽え、ハリーたちを小屋から追い出した。

 

「あれはニコラス・フラメルのもんだ!お前さんたちが気にするようなものじゃねえ!お前さんたちは四階の廊下のことは忘れて、勉強をしなきゃなんねえ!もう、危ないことは二度としちゃなんねえ!!」

 

 そのハグリッドの言葉を聞いて小屋を飛び出しながら、ザビニはロンと顔を見合わせていた。

 

「……まさかここにきて手掛かりが見つかるとは思わなかったぜ……」

 

 

「やったわね、ザビニ!」

 

「……ああ、そうだな。ハリーの話じゃ、あんたから捜査が進展したらしいな」

 

 ザビニは喜ぶハーマイオニーに、ぎこちないながらも相槌をうっていた。ハリーはそんなザビニを見て、少しだけ胸の奥が温かくなった。

 

「ニコラス・フラメルについて探してみようか。きっと図書室に手掛かりがある筈だ」

 

 

 しかし、図書室に手掛かりはなかった。ハリーはハグリッドの望み通りに図書室で色々な書物を読み、魔法の知識を深めることに成功したあと、ハリーの部屋で、アルバス・ダンブルドアの蛙チョコレートカードにフラメルの名前を発見するのだった。

 





ダンブルドアがハグリッドを尊重する理由を考察します。
ハグリッドは他の魔法使いと違って素で呪いに強い耐性があることから、おそらくは許されざる呪文にも非常にかかりにくいか、かかっても耐えられる可能性があると思われます。どんな魔法使いでも許されざる呪文で転げ落ちる可能性を考えたら、ハグリッド以上に信頼できる魔法使いはいないでしょう。


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賢者の石の使い方

 

「じゃあ学校で、賢者の石を守ってるって言うんですか?!」

 

「まだ決まった訳じゃないよブルーム。あくまでも僕の推測」

 

「まさかフラメルの名前が蛙チョコレートに載ってるとは思わなかったぜ……」

 

「僕、蛙チョコレートのカードはたくさん持ってるけどフラメルのカードとか持ってないよ?賢者の石を作った人なのに、なんで今まで出てこなかったんだろ」

 

「カードになるかどうかは本人の承諾が必要ですから。奥ゆかしい人だったんでしょ、フラメルは」

 

 ハリーがアルバス・ダンブルドアのカードに、ニコラス・フラメルの名前を発見すると、寮の部屋でザビニたちと賢者の石についての話になった。

 ダンブルドアはフラメルとの共同研究によって、賢者の石という魔法のアイテムを作り上げたことで知られている。賢者の石は世界に一つしかないと言われる石で、永遠に残り続ける黄金と、長寿を与える命の水を精製できると言われている。

 

「もしも賢者の石だったら全部の辻褄が合うぜ!ハロウィンのときも、クィディッチ会場でハリーを襲ったのも、騒ぎを起こしてパニックになったあとで、石を盗むつもりだったんだ!」

 

「狙う動機としては十分ですもんね、賢者の石って」

 

「……凄いとは思ってたけど、皆から見ても凄いんだね、賢者の石は」

 

 ハリーは苦笑して言った。アズラエルが次第に興奮して、賢者の石についての蘊蓄を垂れ流すのを見るのも楽しみだった。四人の話題は犯人についてのものから、石を使って何をするのかに逸れていった。

 

「そりゃあそうですよ。僕だったら、黄金でキャノンズのオーナーになって、キャノンズを優勝させてみせます」

 

 アズラエルは胸を張ってそう言った。実家が金持ちなせいか、アズラエルの言葉は大袈裟なわりに妙に大人びていた。

 

「どんだけ黄金を積んでも無理なやつだな……」

 

「僕だったら黄金で好きなものを買うなあ。服とか魔法の本とか……闇の魔術の本とか」

 

「闇の魔術の本は専門家じゃないと所持してるだけで違法らしいね」

 

 ファルカスはアズラエルよりは現実的だった。最後の一言を除けばだが。

 

「ザビニならどうする?」

 

 ハリーがザビニに聞いた。ザビニもアズラエルと同じく実家が太いようなので、ハリーはザビニも黄金を使うのかな、と思った。

 

「……俺なら……命の水で俺が一番かっこいい時間が続くようにするな。ハリーならどうするんだ?俺らにばかり言わせるのは狡いぜ」

 

「ザビニらしいね」

 

「僕だったら早く大人になりたいですけどねえ。さ、ハリーの番ですよ」

 

 意外にも、ザビニが選んだのは水の力だった。命の水で優れた自分を保つということらしい。考えてみれば。容姿に自信のあるザビニならそれが一番いいのだろう。

 

(犯人は何のために石が欲しいんだろう)

 

 ハリーは心の中で犯人のことを考えながら、自分ならこうすると思ったことを言った。

 

「僕はアスクレピオスに命の水を飲んで欲しいな。長生きして欲しいから」

 

 

 ハリーが石を使うのなら、今は自分の愛すべき蛇に使いたいと思った。将来のための黄金より、自分のクスシヘビが長生きすることのほうがよほど大事だった。アスクレピオスはまだ若くて、まだまだハリーと共に居ることはできる。それでも、蛇と人とでは時間の進み具合が異なるということを、蛇と会話できるハリーだからこそ敏感に感じ取っていた。

 

「それはハリーらしいけどよ……自分でパーっと使うほうがいいんじゃねえの?」

 

「ハリーは本当にアスクレピオスのことが好きだもんね……」

 

「命の水と黄金だけでも、考えたらいろんな使い道があるもんですねえ」

 

 アズラエルはそう締めくくった。ハリーは心の中で、犯人は一体何に賢者の石を使うつもりなんだろうと思った。

 

「……もし扉の先に石があったとして、やっぱり、石を守るべきだよね……?」

 

 ハリーは珍しく、迷いを持って三人に問いかけた。ハリーはダンブルドアに対して、今すぐインセンディオしたいほどの怒りはあった。強盗犯に石が盗まれたとしても、それはダンブルドアの自業自得だ。ハリーの心の恨みも少しは晴れるかもしれない。

 

 それと同時に、たとえダンブルドアでも、石を盗まれるということがとても気の毒なことだという思いもあった。ハリーは自分のものを奪われる辛さを知っていた。

 

「僕らが危ないことをする必要はないんじゃないですか?ハリー。石はダンブルドアが管理してるんですから」

 

「ダンブルドアが学校に居るうちは、敵も変なことはしないんじゃないかなあ。それに、強盗犯と関わるのはちょっと怖いし……」

 

 アズラエルとファルカスは、積極的に危ないことをするべきではないと言った。対して、ザビニは悩んだ後、ハリーに任せるとはっきりと言った。

 

「俺たちのボスはハリーだ。お前がやれって言うなら守るし、盗めって言うんなら、盗んでもいいぜ?スリザリン生だろ、俺たちは」

 

「いや、ザビニ。盗むのなんてやっちゃいけませんよ……いくら僕たちがスリザリン生だからって犯罪はまずいですって」

 

「アズラエル。それをお前が言うなよ」

 

 

「……そうか、ありがとうザビニ。ちょっと考えてみるよ」

 

 ハリーはこの友の申し出を受け止めて、心の中で答えを探し続けた。

 

 賢者の石を守るべきか、それとも……







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竜とマルフォイ

 

 ハリーは自分の中のダンブルドアに対する怒りを、ザビニたち親友三人にも打ち明けられずにいた。ザビニたちにダンブルドアに対するハリーの怒りを話すということは、ハリーがマグルに育てられたことに触れることになる。ハリーはザビニたちに、そんなつまらなくて何も面白くない話をしたくはなかった。スリザリン生として、ザビニたちとは対等でいたいというつまらないプライドがあった。

 

 ハリーは入学してからずっと、ダンブルドアのような立派な魔法使いになりたいと思って勉強してきた。今だって、自分の知識欲を満たすための勉強に妥協するつもりはなかった。だがそれは、ダンブルドアのような魔法使いになるためなのか、ハリーにはわからなくなっていた。ハリーにとってのダンブルドアは今でも尊敬する大魔法使いの筈なのに、自分を最低の環境に追いやった憎い相手だった。ハリーはダンブルドアの折れた鼻に、いつかカースをかけてやりたいとすら思った。

 

 ハリーが一番信頼し、自分を救ってくれた人として感謝しているハグリッドも、尊敬する教授たちも全てダンブルドアのことを信頼している。それがハリーには嫌だった。ハグリッドや大人たちのことを嫌いになりたくないハリーは、ハグリッドにも自分の悩みを相談できなかった。

 

 ハリーが、自分の中のもやもやした感情を相談する相手に選んだのはシリウスだった。ハリーは小屋で借りたふくろうに、ダンブルドアへの恨みを書いた手紙を持たせてシリウスへと送り届けた。

 手紙には、賢者の石のことは書かなかった。その代わり、嫌いな人間がひどい目に遭いそうなとき、シリウスならどうするのかを聞いた。

 

(シリウスなら僕の気持ちがわかるはずだ。何か、答えをくれるはずだ)

 

 ハリーはきっと、シリウスもダンブルドアを恨んでいるに違いないと思っていた。ハリーに共感して、何か言葉をかけてくれるのではないかと期待した。

 シリウスとはたった一回会話しただけで、手紙でのやり取りしかしていない。それでも、たった一回でも、わざわざ自分のことを気にかけて直接会いに来てくれた大人だ。ハグリッドの次に信頼できる人だと、ハリーはすがるような思いでシリウスの返事を待った。

 

 

 数日後、シリウスの返事は届いた。そこには、ハリーにとって衝撃的な言葉があった。

 

「話はわかった。ハリー、君がダンブルドアを憎む気持ちはよくわかる。私も監獄で一人のとき、この世のありとあらゆるものがどうしようもなく憎くなった」

 

 

 ハリーは手紙の文面を見て、シリウスに対して同情し、同時に申し訳なく思った。ハリーが学校にいてダドリーと離れている瞬間ですら、シリウスは監獄で苦痛を味わっていたのだ。

 

「だが、ダンブルドアを悪く言うことはできない。ハリー、君を辛い目に遭わせてしまったのは、私が、他人から信頼されるように行動しなかったからだ」

 

 シリウスは手紙の中で、過去の自分が決して周囲から無条件で好かれるような人間ではなく、日刊予言者新聞に載っていたような非の打ち所のない人間ではなかったと書いた。

 

「君の父が私を君のゴッドファーザーにしたとき、周囲の人間はきっと、私ごときにその大役が務まるのだろうか、と思っただろう。昔のわたしを知る人間なら、シリウスならやりかねないと思っただろう。ダンブルドアがもしもそう思ったとしても、それはダンブルドアではなく、私の責任だ」

 

 シリウスは、手紙の中でハリーにこう綴った。それはとても丁寧で、ハリーにはシリウスが立派な大人に見えた。

 

「ハリー。大人は相手の行動によって、鏡のように対応を変える生き物だ。皆忙しくて、時間がない。だから、私のように普段の態度が悪かった人間は、いざというときにあまり信頼されない。だから、ハリーはなるべくお利口さんにしておくんだ」

 

 ハリーはスネイプ教授のハリーに対する機嫌が日に日に悪くなっていったのを思い出した。まあ確かに、ハリーが規則を破ったのがそのきっかけではあった。

 

「ジェームズとリリーは、卒業してからずっとレジスタンスとして私と戦っていたから私を信頼してくれた。ダンブルドアも、わたしを信頼して騎士団に加えてくれた」

 

 そしてシリウスは、もしもハリーがダンブルドアを信じられないなら、ハリー自身を信じて行動しろ、とハリーに言った。

 

「ハリーが困っている嫌なやつを助けたくないと思うのは当然だ。それは人として当たり前の感情だし、昔の私だったら助けなかったと思うよ」

 

 シリウスは子供の気持ちを知り尽くしているかのようだった。ハリーの気持ちを否定せず、その上で、ハリーを上手く誘導していた。

 

「でもそう考えるということは、君の心にそいつを助けたいという良心があるということだ。私は、君がジェームズやリリーのような良心を持った人間であることがわかって嬉しい」

 

 シリウスはハリーを誉めるとき、グリフィンドールらしいとか、ハリーの両親らしいという言い方をよくした。それを言われる度に、ハリーの心はざわついた。

 

(僕はもう話せないのに)

 

と。

 

 手紙はこう締めくくられていた。

 

「ハリー。君がどういう選択をするにしても、私はいつでも君の味方だ。また、何かあったらいつでも手紙をくれ。君のゴッドファーザー、シリウス」

 

(……この人を裏切りたくないな……)

 

 今まで、ハリーのことをこんなに無条件で信じてくれた大人がいただろうか。ハリーはシリウスの言葉を支えに、自分が何をすべきかを考えた。

 

 ダンブルドアがどれだけハリーに対して冷酷でも、自分で作ったものを奪われる理由はないはずだった。仮にダンブルドアが石を独占していて、他人にそれを使わせないようにしていたのだとしても、石はダンブルドアのものだ。文句をつける権利はハリーにはない。

 

 そして、ザビニが冗談で唆したように、石をハリーが盗むという選択もあり得なかった。もしもアスクレピオスが明日も知れない命だったなら石を盗もうとしただろうが、アスクレピオスは健康そのものなのだから。ハリーはペットと会話できるという利点を最大限生かして、アスクレピオスの健康には気を遣っていた。

 

 いざというとき、自分の身や賢者の石を守るために、呪文学の勉強を頑張ろう。ハリーがそう決意し朝食を胃に流し込んでいたとき、グリフィンドールのテーブルにいたロンがハリーに話しかけてきた。

 

 

「おはよう、ハリー、あと……」

 

 ザビニは無言でロンに目配せした。俺のことは知らないふりをしろ、という合図だ。ザビニは周囲にスリザリン生の目がある時に、ロンやハーマイオニーと親しくする気はないようで、それはアズラエルやファルカスもそうだった。

 

 ロンはザビニの気配から、ザビニの意図を察したようだった。

 

「誰か知らねえけど、スリザリンの奴にはちょっと悪いけどハリーに話を聞いてもらうぞ。ハリー、実は、ハグリッドから手紙が届いたんだ。ハリーにも来て欲しいって言ってる」

 

「……ハグリッドから?珍しいね」

 

 ハリーが手紙を見ると、ハグリッドの筆跡で、凄いものが見れるから小屋に来て欲しい、と書かれている。

 

「俺も驚いたけど、そういうことだ。今週末に行こうぜ」

 

 ロンは言うだけ言うとグリフィンドールのテーブルに戻った。ファルカスは不安そうな目でハリーを見ていた。

 

「ねえハリー。本当に今更なんだけどさ、狙われているかもしれないのに校外に行くのは危なくない?」

 

 スリザリン生には自己保身的な傾向が強い子供が多いとされる。それは言い換えれば、危機管理能力があるということでもある。前のめりになりすぎるハリーにとって、ファルカスのような意見を出してくれる相手は貴重だった。

 

「ハリーの目と鼻の先に森番がいるんだ。ハグリッドの目の前で生徒を襲えるやつがいるか?」

 

 ザビニがそう返す。ハリーもザビニの言葉に頷いた。ハグリッドは生徒を守るためなら、危険な闇の魔法使いにだって立ち向かってくれるんじゃないかと思った。

 

「あ、そうか、そうだね」

 

 ファルカスはそれで引き下がったが、アズラエルはあることを思い出した。

 

「確かハグリッドは魔法禁止なんですよね。用心しておくにこしたことはありませんよ、ハリー」

 

「そうだね、念のために行き帰りは透明マントを持っていったほうがいいかもしれない。有り難うファルカス、ブルーム。でも、どうして魔法を使っちゃいけないの?」

 

「なんでも彼は昔、杖を折られたらしいんですよ。法律違反をしたとかで」

 

「俺らスリザリン生からバカにされんのも、追放処分を受けたのが原因だな。……ハグリッドは学校を出てねえってマルフォイのやつが言ってた」

 

「だとしても、僕にとっての恩人であることには変わりないよ。僕はそんなこと気にしない」

 

 ハリーはそう即答した。アズラエルはでしょうね、と肩をすくめた。

 

「でもハリー、くれぐれも注意だけはしておいてくださいね。ハグリッドが善人なのは話を聞くだけでも伝わってきますけど、それでハリーの安全が保証されるかは別問題ですから」

 

 そのアズラエルの言葉を、ハリーは実感することになった。

 

***

 

「ウィンガーディアム・レヴィオーサ(浮遊せよ)」

 

 ハグリッドの小屋で、ぺきりと床板が割れる音がした。乱暴に引きちぎられた床板は、ぶんっと振り回されてハリーたちめがけて突っ込んでくる。ハリーは高速で向かってくる板を浮遊させ、小屋の脇へと移動させた。

 

「ノーバードは乱暴な赤ちゃんなんだね」

 

 ハリーは笑って言った。

 

「まるでダドリーみたいだ」

 

 しかし、ハリーの目は笑っていなかった。眼鏡の奥にある緑色の瞳には疲労の跡があった。

 

 

 ハグリッドの見せたかったもの。それは、最も有名でかっこいい魔法生物であるドラゴンの卵だった。

 ドラゴンは強力な魔法耐性を持ち、その鱗はほとんどの呪いを弾いてしまうそうだ。口から放出する魔法は広範囲を薙ぎ払えるほどに強力で、爪はケルベロスのそれとすら比較にならないほど強大になる。それに加えて、自由に空を飛行する移動能力の高さから、あらゆる魔法生物の中で最も危険で、育てにくいのだ。

 

 ハリーはハグリッドから卵を見せられて、秒でマクゴナガル教授に密告しようとした。ハーマイオニーによるとドラゴンの飼育には許可が必要なのに、ハグリッドは免許を持っていなかったのだから。ハグリッドならば大丈夫だったかもしれないが、素人が誤った知識で無理に育てた結果、ノーバードを殺してしまう危険だってあった。

 

 ロンが自分の兄に報告してドラゴンを引き取ってもらうと言わなければ、ハリーとハグリッドとの友情はどうなっていたか分からなかった。

 

 そしてロンの兄が来るまでの期間、ハリーはロンやハーマイオニーと共に生まれてきたドラゴンの子供……ノーバードの世話を焼こうとした。当然、一年生にドラゴンの世話が務まるわけもなく、ドラゴンはハリーたちを敵と認識し、顔を合わせるや否や戦闘が開始するという有り様だ。

 

 

「ハグリッド。この子をどこで手に入れたの?」

 

「手に入れたというのは人聞きが悪いぞハリー。ワシはちゃーんと、賭けで勝ってこいつを譲ってもらったんだ」

 ハグリッドが満面の笑みでそういうのを、ハリーたち三人は顔を見合わせるしかなかった。ハリーは、ノーバードの件にザビニを呼ばなかった。こんな貧乏くじを友達に引かせたくはなかった。

 

「きっと、密漁の証拠隠滅のための相手として選ばれたんだわ……」

 

「ハグリッド、卵を持ってきた相手の特徴わかる?分かったらチャーリーが取っ捕まえてくれると思うんだけど」

 

「いんや?フードで深く顔を隠しとったから詳しいところはわからん。若い男だったと思うがの……」

 

 ハグリッドはその時酒に酔っていて、相手の顔を覚えていないと言った。

 

「けんど、魔法生物のことがもっと知りてえって言っとったな。ケルベロスが良いとか!最近の若いもんにしては謙虚な良いやつだった……」

 

 魔法生物を飼育する授業をハリーたち一年生はまだ受けられない。飼育学は、ホグワーツでは三年生以上が選択科目で学ぶのだ。

 

「ねぇハグリッド。もしかしてだけど、ケルベロスの飼育方法をそいつに言ったりしてないよね?」

 

 ハリーは恐る恐るハグリッドに聞いた。残念なことに、ハリーの不安は的中した。

 

 

「そんなもんは、ちょっと笛の演奏がうまけりゃ一発だって言ってやったらえらく喜んどったぞ」

 

 ハリーはもはや泣くべきか笑うべきか分からなかった。確かなことは、謎の密漁者は明らかにハグリッドを狙って近づき、ケルベロスの攻略法を手に入れてしまったということだった。

 

 ……その時、小屋の外で、なにかが動く音がした。ハリーは杖を持って、小屋の外を確認する。小屋の外には、大慌てで校内に戻るドラコ・マルフォイの姿があった。

 

***

 

 ドラコの報告によってハリーの校則違反を知ったマクゴナガル教授は一切の容赦がなかった。ハリーとドラコは無断で校外をうろついた罰として一人五十点、合計百点をスリザリンから減点させてしまった上、罰則を課された。悲惨だったのはグリフィンドールで、ロンとハーマイオニーだけでなく、たまたま合言葉を忘れて廊下をうろついていたネビル・ロングボトムまで減点と罰則をくらい、グリフィンドールは百五十点を失って寮杯レース首位の座から陥落した。

 




シリウスによるメンタルケア入りました。


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魔法探究会


スリザリンにおけるハリーいじめが懸念されてますが、まぁアンドロメダの台詞は女子かつ暗黒時代寸前というのも考慮する必要があります。


 

 スリザリンの談話室では、二人の生徒が寮生たちの視線を集めていた。一人はブロンドの少年、ドラコ・マルフォイであり、もう一人は眼鏡の少年、ハリー・ポッターである。対照的でありながら同じ緑のローブに身を包んだ二人は校則違反のかどで百点も減点されてしまい、スリザリンの圧倒的一位の座を危うくさせていた。二位のレイブンクローとは、もう二十点も差がない。

 

 彼ら二人の前で腕を組んで立っているのは、プラチナブロンドの監督生、ガーフィール・ガフガリオンだった。ガフガリオンは呆れたような目で二人を見、そして口を開いた。

 

 新しくスリザリンに入寮した一年生の面倒を見るのは、その年の新監督生の役割である。七年連続で寮杯を獲得してきたスリザリンが寮杯を落としたとなれば、それは新監督生であるガフガリオンにも責任がのしかかってくる。監督生のバッジは、生徒に特権を与えるだけのものではない。新入生たちが寮に溶け込めるよう世話をするのが監督生の仕事なのだ。

 

「あー、まずはマルフォイ。今回は不幸にも減点されちまったが、校則違反を教授に報告するのは何も間違ってねえ。次からは、減点されねえようにもっと上手く立ち回れ。出来ればスネイプ教授に言っとけ」

 

「は、はい!もちろんですガフガリオン!」

 

 ドラコは内心、怒鳴られたり叱られたらどうしようと怯えていたが、ガーフィールはドラコを責めなかった。余所の寮の失敗を嗅ぎ付けて教師に密告することはスリザリンでは常套手段だ。そもそも校則違反はそれを教授に報告する方ではなく、違反する方に問題があるのだから当然の言葉だろう。

 

 

 

 次にガフガリオンは、ハリーに向き直った。ドラコに向けるものと同じ視線だ。

 

「いいかポッター。余所の寮生を利用してでもそれがスリザリンのプラスになるなら、家族のやることに一々口出しはしねえ。規則に反しない限りなら、俺たちはお前が何をしようが見逃してやるが……」

 

 そう言ってガフガリオンは一呼吸置いた。周囲のスリザリン生、特に二年生以上の生徒たちはそそくさとその場から退散した。

 ガーフィール・ガフガリオンはスリザリンの監督生に足る器を持っていた。基本的に寮の仲間に対しては鷹揚で、ほどほどに面倒見がよく、勉強も良くできた。同学年でガフガリオンより家柄が良いフリントは勉強が得意ではなかったから、ガフガリオンが監督生であることに異を唱える人間はいない。

 そんな彼でも、怒るべきときは怒るのである。特に、寮に対してマイナスを与えた人間に対しては。

 そうやって怒り、叱ることで寮生たちにハリーと同じ失敗を繰り返さないようにさせるための、ガフガリオンなりの配慮だった。

 

 

「……その好意に胡座をかいて、好き勝手に規則を破るってンなら、自分がスリザリンの仲間からどう思われるか位は覚悟しろよ?ウィーズリーみてえな悪い友達とは。悪いことは言わねえからとっとと縁を切れ」

 

「でもガーフィール。グレンジャーは優秀な魔女です。ウィーズリーも……」

 

 ハリーはこの時はじめてガフガリオンに反抗した。ガーフィールのことは尊敬していたが、ハーマイオニーやロンとの交遊関係にまで口を出される筋合いはないと思った。

 

「『でも』って言うんじゃねえ、ポッター!!ここがどこだか分かって言ってンのか!脳筋のグリフィンドールでもお間抜けなハッフルパフでもねえ!!スリザリンだ!!純血と狡猾さを尊ぶ場所なンだよ!!手前勝手に暴れて駄々をこねてンじゃあねえ!」

 

 ガーフィールの説教はその後五分に渡って続いた。ハリーは規則違反したことをスリザリン生たちに謝ったが、ハーマイオニーやロンと友達であることをやめるつもりはなかった。スリザリンが純血主義で、その中においてはハーマイオニーの優秀さも、ロンの勇気も、何の価値もないものとして扱われるという事実を再認識しなければならなかった。ガフガリオンの言葉は紛れもなく、スリザリン生としての教育であった。

 

(でも、今止まるわけにはいかない)

 

 それでもハリーの心は折れなかった。

 賢者の石を狙う犯人は、もうケルベロスの守りを突破する方法を知っている。もしも石が狙われているなら、ハリーは一人でも、規則を破ってでもそれを止めるつもりだった。

 

 ハリーはまた孤独になることを覚悟していた。寮の部屋に入ったハリーは、ぎこちなく三人の友人に謝った。

 

「皆、ごめん。失敗しちゃったよ」

 

 ハリーは三人から無視されても仕方がないと思った。それでも、もしかしたら今後三人にまで害が及ぶかもしれないと思うと、言わずにはおれなかった。

 

 意外にも、ハリーと同じ部屋の三人はハリーのことを見捨てなかった。ハリーの謝罪を受け入れて、普段通りに勉強しようとアズラエルは言った。その言葉通り、次の日からスリザリンの同級生たちがハリーに対してよそよそしくなっても、三人は普段通りにハリーの友達であり続けた。

 

「何で仲良くしてくれるの?」

 

 ハリーは友情が続いていることが、不思議で仕方がなかった。ハリーが二人きりのときにザビニに聞くと、ザビニは悩んだ末に言った。

 

「俺は……正直に言うとウィーズリーはそばかすだし、グレンジャーは出っ歯のブスだしであまり好きじゃないと思ってた。実際今でもそう思ってるし」

 

 ただ、とザビニは続けた。

 

「ウィーズリーと……グレンジャーがハリーの友達なら、俺がそれにどうこう言う権利はねぇよ。あいつらと話してみて、あいつらは一度だってお前を裏切ったり悪く言ったりはしなかったし」

 

 ザビニはハリーの友達であることを選んだ。ザビニは自分がロンやハーマイオニーの友達になろうとは、思わなかったが、ハリーが彼らを友人として扱うなら、それを止めるつもりはないと言った。

 

 アズラエルは、罪悪感を抱えていた。

 

「いやだって。この状況で君を見捨てたら、僕って泥棒した挙げ句友達を蹴落とす屑になるじゃないですか?それってピーター以下ですよね?」

 

 

 

 ファルカスは、一緒に勉強できる仲間を求めていた。

 

「僕ってスリザリンではみすぼらしくて浮いてるし……闇の魔術を一緒に勉強できて、あんまり怖くなさそうなのってハリーしか居ないしさ」

 

 スリザリンは身内に対して甘いと言われる。そのせいで自浄作用がなく、悪い方向に進めば歯止めが効かなくなりがちである。

 

 よくも悪くも、それなりに深く付き合ってきた相手をあっさりと見限るほど、スリザリン生同士の友情は浅くはないということでもあった。

 

***

 

 校則違反をしたことで、これまで寮の外では優等生扱いだったハリーの信用は失墜した。性格の悪い一部のレイブンクロー生は自寮に勝利の可能性をもたらしたハリーを英雄だと揶揄し、ハッフルパフ生のほとんどは純粋にハリーの規則違反を非難した。そしてグリフィンドールの生徒は、ハリーに限らずロンやハーマイオニーに対して非常によそよそしく、二人を無視したり避けるようになっていた。ハリーはどうにかして二人を助けたいと思った。ロンはともかく、ハーマイオニーはこれまでの授業で五十点以上は稼いでいるはずだった。

 

 ハリーの行動に最も憤り、ハリーから距離を取ったのは、ドラコのような純血主義の穏健派や、カローやマーセナスのような純血主義の過激派ではなかった。

 

 ダフネ・グリーングラスのように、スリザリン生であり、他の寮との友好を望み、真っ当な形でのスリザリンの栄光を望んでいた生徒たちほどハリーへの失望は大きかった。

 

(余所の寮生と規則違反をするなんて……)

 

 規則違反をしたハリーも悪いし、そんなハリーがいたスリザリンの寮に対する他寮生の心証も悪いだろう。ダフネたちは、スリザリンの評判が回復せず、今よりも悪化することを恐れていた。

 

 真っ当なスリザリンの生徒は、グリフィンドール生のようにハリーを虐めたり、無視したりこそしなかったが、ハリーと積極的に話しかけようとはしなくなっていた。

 

 代わりにハリーに接触を図ってきたのが、純血過激派のマクギリス・カローだった。彼はハリーに対して好意的に、かつ親切に手をさしのべた。

 

「大変だったねポッター君。余所の寮生に頼まれて断れなかったんだろう?そういう時は、断る勇気というものも必要なんだよ。スリザリンの仲間として、君はスリザリンの子供たちともっと遊んだ方がいい。どうだい?今度純血主義を考える同好会のパーティがあるんだが、出席してみないかい?」

 

 カローはハリーを貶めるつもりもなく、心の底から純血主義とスリザリンを愛していた。しかし、カローの親友のマーセナスはハリーの友人に手を出していた。そのためハリーは内心の心苦しさを圧し殺して、カローの申し出を断る勇気を持たなければならなかった。

 

「僕なんかに声をかけていただいてありがとうございます、カロ-先輩。でも僕は正装を持っていませんし、その日はドラコたちと補習の予定が入っています」

 

 ハリーが断ると、カローは心底残念そうにハリーが来ないことを惜しんだ。

 

「皆、君に期待しているんだ。不安になったり、純血主義について知りたくなったら僕を頼ってくれ。スリザリンの仲間として、僕はいつでも君を歓迎するよ」

 

「はい、ありがとうございます。あの先輩、同好会ってクィディッチチームのようなクラブなんですか?」

 

 ハリーは会話のなかで、同好会という単語があったことに反応した。

 

「同好会だからクラブとして認められてはいないけどね。五人以上の集まりだから先生に申請して認められれば、正式なクラブにはなるだろうが……僕たちスリザリン生が結束を深めるための集まりだから、あえて公にする必要もないのさ」

 

(いいことを聞いたぞ)

 

 マクギリス・カローはハリーの言葉に対して、どこまでも親切に回答してくれた。ハリーはカローに心の底から感謝してお礼を言ってから、すぐに行動を起こした。

 

 

 マクゴナガル教授の許可を貰って、魔法探求会、という勉強クラブをハリーは立ち上げた。部長は形式上はハリーだが、上下関係はなかった。ザビニたちを含めた三人はハリーの提案に賛同し、ハーマイオニーは積極的に、ロンはやや面倒くさそうにハリーの提案に乗って魔法探求会に賛同して人数が揃った。こうしてハリーたち六人は、クラブの付き合いとして仕方なくという体裁を整えることで、寮を越えて放課後を過ごすことが多くなった。

 

 

 実際のところ、ゴブストーンクラブや決闘クラブなどで寮の垣根を越えた友情を育む生徒たちはスリザリン生が思っている以上に多い。単にそれを大っぴらに主張しないか、自分で加入するという行動力のない生徒もそれなりに多いだけである。

 

 

***

 

 ドラコ・マルフォイは、ハリーのことを羨ましそうな目で見ていた。

 ハリーがスリザリンを選んだことを、ドラコも内心で喜んだ。ウィーズリーではなく自分を選んだのだと思った。

 

 入学して早々に闇の魔法使いを暴いたハリーを、スリザリンの上級生たちは内心で恐れていた。ガフガリオンのように闇と関わりのない生徒はハリーをただのスリザリン生としか見なかったが、両親のどちらかが死食い人である子供たちは、蛇語が使えるハリーが、闇の魔法使いとして成長することを……あるいは、ピーターのように身内の犯罪を暴かれることを恐れていた。

 

 

 ドラコには上級生たちの思惑などどうでもよかった。ドラコにとっては、ルシウスから友達になっていいと言われたことが全てだった。そしてハリーとは、完璧ではないにせよスリザリンで友情を育むことはできるはずだった。

 

 だが、ハリーはドラコの思い通りにはならなかった。ハリーと一番親しいスリザリン生は、同じ部屋のザビニやアズラエルやファルカスであって、ドラコではなかった。その上、ハリーはグレンジャーやウィーズリーとも親しくなった。

 

 命懸けでトロールと闘って!!

 

 そんなことができるのは、心の底からの友情があるからに違いないとドラコは思った。ドラコは自分の周囲の友人を見た。クラッブとゴイルはドラコの言葉には全て肯定の返事をくれるが、トロールと闘ってくれるわけがなかった。ドラコと同じ部屋になったセオドール・ノットは知的だが単独行動を好んでいて、一緒に何かをするというタイプではなかった。

 

 クィディッチごっこをすれば、ハリーは鬼のように容赦がなかった。ドラコは今まで、自分にこれ程忖度なく向かってくる相手を見たことがなかった。真剣勝負は、それまでよりもクィディッチに対するドラコの愛を深めた。負けたくないからこそ、本気で戦うからこそ、勝ったときの喜びは何にも代えられないものがあった。なのに、狂ったブラッジャーのせいでその喜びは奪われてしまった。

 

 ドラコはハリーが憎らしくなって、ハリーのことをこっそりと追跡するようになった。ハリーは時々(これもドラコにとっては受け入れられないことに)、森番の家に出入りしていた。挙げ句、ザビニやグレンジャーやウィーズリーと仲良く何かの秘密について話し合っていた。

 

(お前たちばかりずるいぞ。僕もその話に混ぜろよ!)

 

 ドラコはハグリッドの小屋で、そう言うことはできなかった。

 ウィーズリーの家族を散々に侮辱したのに、今さらどうして謝れるだろうか。そんなことが父上に知れたら、ドラコは父上から勘当されてしまうだろう。ウィーズリー家のことを、ルシウスは誰よりも警戒して敵視していた。

 

 大量減点と罰則を食らって、ドラコは今度こそ、ハリーと友達になれるのではないかと期待した。ウィーズリーやザビニと疎遠になったとき、ハリーが過ちを受け入れて考えを正し、ドラコに謝罪するのだ。

 

 ハリーがドラコに謝罪することも、考え方を変えることもなかった。ハリーは異常な行動力で、魔法のクラブを作ってしまっていた。ドラコはそれを横目に見ながら、ルシウスの指示通りにハリーと友情を育んで、ハリーに闇の魔法使いになってもらう方法を考えるのだった。

 

***

 

 ハリー、ドラコ、ロン、ハーマイオニー、そしてネビルの五人は、罰則を言い渡された。ハグリッドの引率で禁じられた森に行くという、シリウスが聞けば顔面蒼白になって抗議するだろう過激な罰である。ハリーはファルカスたちに顔色が変わるほどに心配されながら、蒼白な顔のドラコを励まして罰則を受けにハグリッドの小屋を訪れた。

 





クラスで気になる人が何かの話で盛り上がってたら自分もそこに混ざりたくなりますよね?
ドラコの心境は大体そんな感じ。


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禁じられた森の冒険


喜べドラコ
ハリーと冒険できるぞ(暗黒微笑)


 

 ハリーはドラコの顔色を見て、心配そうにドラコに声をかけた。時計はすでに夜の十時五十分を過ぎ、罰則開始まで十分を切っていた。

 

「ドラコ、顔色が悪いけど大丈夫?これから罰則だけど。ポンフリー校医に診てもらう?」

 

 元々青白いドラコではあるが、今日は一段と顔が白く、大丈夫そうには見えない。

 ハグリッドに無理を言ってでも罰則を別の日にずらしてもらうべきではないか、とハリーは思ったが、ドラコは気丈だった。

 

「僕を心配してくれているのかい?それとも僕を侮っているのかいポッター?心外だね。言っておくけど、僕はポッターよりずっと多くの呪文を知っているし使うことだってできる。森が危険なのは、一部の無能な生徒にとってだけさ。あのロングボトムのようにね。僕は体調が悪かった訳じゃない。単に、自分の制服が森なんかで汚れるのが嫌で嫌で仕方がなかっただけさ」

 

「良かった、いつものドラコだね」

 

 ハリーがドラコともう少し親しければ、ドラコの声が普段よりも高かったことに気付けたかもしれない。

 

 しかしこのときのハリーは、ドラコが普段通りのドラコの調子に戻ったのだと思った。そもそも最近はドラコと会話する機会自体が減っていたのも原因だが。

 

 ドラコが元通りになったと思ったハリーはすぐにドラコから離れ、ロンとハーマイオニーのところに向かってしまった。ドラコはそんなハリーの背中を目で追っている。遠目でそれを見ていたネビルは、不思議そうに首をかしげていた。

 

「ロン。ハーマイオニー、二人ともこんばんは。あとネビルもね。これから森だけど、準備はできてる?おやつは持った?」

 

「こんばんはハリー。罰則に不要なものを持ってきてはいけないわよ。杖の準備はできているけど」

 

 ドラコと比べると、ハーマイオニーは落ち着いていた。彼女はハリーと同じように、森の探索をちょっとした冒険であり、受けて仕方のない罰だと思っているかのようだった。その姿はまさしく模範的なグリフィンドール生だった。

 

「森には出来れば来たくなかった……」

 

 ロンはドラコほどではなかったが、罰則には乗り気ではないようだった。

 

「どうしたの?やけに元気がないけど」

 

「だって森には、蜘蛛がいるだろ?」

 

 ロンはまるでゴキブリゴソゴソ豆板を食べたような顔をしていた。彼は森に必ずいる蜘蛛を恐れていた。

 

「蜘蛛なんて、いつも魔法薬の素材にしてるじゃないか」

 

「あのうにょうにょした手足がダメなんだよ!昔フレッドが俺の枕を蜘蛛に変えて脅かしてきたんだ!」

 

「ひ、ひどいお兄さんね…知ってたけど…」

 

「この森にそんなばかでかい蜘蛛はいないはずだよ。いたら僕たちに探検なんてさせるわけないし。ネビルも大丈夫?」

 

 ハリーはそう言ってロンに笑いかけた。誰にも苦手なものはあるのだ。

 

「う、うん……皆がいるから」

 

 ネビルはドラコの方をじっと見ていたが、ハリーに話しかけられるとうんうんと頷いた。一人だけならば絶対に怖くて無理だっただろうが、幸か不幸か同じ罰則を受ける仲間がいた。それがネビルを奮い立たせていた。

 

「おーし、皆揃っとるな?」

 

 ハグリッドは罰則開始の定刻通りに小屋から出てきた。手には魔法のランプを持ち、愛犬のファングはネビルやロン以上に森に入ることを嫌がっていた。

 

「こんばんはハグリッド」

 

「おーう。こんばんはハリー。今日はケンタウロスの誘導で、森の奥にある星読みの場所まで行って皆で星を見るぞ」

 

 ハグリッドによると、禁じられた森にはケンタウロスの管理しているケンタウロスのための居住区があるらしい。ケンタウロスは誇り高い人種で、人間に対して下手に出ることはないが、子供にはとても優しいのだという。ケンタウロスの管理する安全な場所で星を見に行くのが今回の罰則らしい。

 

 これはダンブルドアやハグリッドによって決められたものではなく、管理人のフィルチがただ生徒の嫌がる顔が見たいがために決められた罰則だ。フィルチは生徒を嫌い、規則違反者に対してはむち打ちによる罰を復活させるべきだと強硬に主張していた。

 

 ロンとハーマイオニー、ハリーがトロール事件をきっかけに友情を育みはじめたように、人間の心理には吊り橋効果というものが存在する。年頃の子供に存在する未知への恐怖心や、冒険に対する好奇心を利用した罰則といえた。

 

「ケンタウロスは星を見て世界の行く末を占っとる。まあ占いが本当かどうかはワシには分からんが。ケンタウロスに出会ったら礼儀正しく挨拶するんだぞ」

 

 ハグリッドは全員に聞こえるように言った。ハリーたち四人はイエスと頷いたが、ドラコだけは鼻で笑って返事をしなかった。ドラコは恐怖で青ざめた顔でハグリッドにくってかかった。

 

「言っておくが、僕に何かあったら父上が黙ってないぞ。野蛮な半獣の縄張りまでちゃんと入れるんだろうな?そもそも、森に入るのなんて召使いの仕事だぞ。生徒にやらせることじゃないって父上が言ってた」

 

(いざとなったらドラコはシレンシオしないとダメだな……)

 

 ハリーはケンタウロスに会ったことはないが、ドラコがこの調子だと不味いことになりそうだと思った。それはハグリッドも同じだったようで、聞き分けの悪い子供に言い聞かせるように、ハグリッドは辛抱強くドラコに注意を促した。

 

「お前の父親は、お前がちゃんと規則を守らんかったせいだと言うだろうよ。ホグワーツに残りたいなら、罰は受けにゃならん。もう一度言うが、ケンタウロスは誇り高ぇ奴らだ。礼儀知らずな態度だけは取るんじゃねえぞ。お前の父親は息子にどんな教育をしとるんだと笑われるだろうからな」

 

 そう言われて、ドラコは屈辱を感じたように押し黙った。ハグリッドは重々しく忠告した。

 

「この森はイッチ年生には正直に言ってあぶねえ。五体満足でホグワーツに帰りてぇなら、絶対にワシかファングの側を離れるんじゃねえぞ。ワシとファングの側にいるやつなら、この森の連中は襲ってはこんからな」

 

***

 

 ハリーはファングの先導に従って森を探索していた。森には薬草学で学んだ毒キノコや薬草が自生していて、ハーマイオニーはそれを見かけるたびに得意気に知識を披露していた。

 

「あれはワライタケね!元気爆発薬の原料になるわ!そしてあれは……」

 

「毒ツルヘビの遺体か。ねぇドラコ、蛇の牙って魔法薬の原料になったよね?何の魔法薬だった?」

 

 ハリーがドラコに話題を振ると、ドラコは普段より高い声で胸を張って言った。

 

「誰に聞いてるんだポッター。おでき直しの原料だ。僕ならわざわざ作らなくても、父上に頼んで最高級品を寄越してもらうけどね」

 

「流石だね。まあおできができないと薬を使う機会はないだろうけど……」

 

 ハリーとハーマイオニーは猛勉強のお陰で、ドラコは英才教育と本人の努力のお陰で魔法薬の成績がいい。そのあとも三人は、森の中の薬草や毒物を発見しては何であるかを当てていった。

 

 しかし、そんな三人でも分からない薬草は存在した。岩の影にひっそりと生えたその薬草は、蕾のままうなだれていた。

 

「ネビルは薬草にとても詳しいのよ?。ねえネビル、あの薬草が何だか分かる?私にも分からないの」

 

「えっと……あれは満月草。満月の夜にしか咲かない花だから、今採集しても無駄になっちゃう」

 

「へえ……ネビルはハーマイオニーより薬草に詳しいんだね」

 

 ハリーがネビルに対して一目置いた表情をすると、ドラコはネビルを睨み付けた。

 

 ハリーたちは肝試しのように、恐れながらも楽しんで森の中を進んでいった。ハリーは多種多様な毒草を採集したいという欲求に駆られ、採集のための籠を持ってきていなかったことを心底後悔した。ファングが誘導するままに歩調を早めていったハリーとドラコ、ハーマイオニーは、いつしか疲れて休憩したネビルや、そのネビルにお茶を与えたハグリッドやロンと距離が離れていた。

 

「遅いぞ!お前たち、何をモタモタしてるんだ!?」

 

「いいじゃないかドラコ。ハーマイオニーも少し疲れてるし、僕らもお茶を飲んで休憩しよう」

 

 ハリーは保温魔法がかけられた魔法瓶を取り出した。魔法瓶のお茶は、淹れたてと変わりない香りで疲れたハリーの体から疲労を取り除いてくれた。ドラコの口には合わなかったようだが。

 

「安物の茶葉だね。うちのハウスエルフならもっといい茶を淹れる」

 

「……ハウスエルフ?お屋敷に妖精が棲んでいるの?」

 

 ハーマイオニーが興味津々で聞くと、ドラコは得意になって言った。

 

「君たち庶民には分からないかもしれないけどね、折角だから教えてあげよう。僕らのような立派な家には、家事全般を行う妖精が仕えるのさ」

 

(……あ!)

 

 得意になって言ってから、ドラコはしまったという表情をした。ドラコが親しげに会話をするのは、自分が認めた相手でなければいけなかった。いい家柄か、ハリーのような有名人でなければいけなかった。でなければ父上に何と言われるだろうか!

 

「そうなの、凄いわね!」

 

 ドラコの家やハウスエルフの実態を知らないハーマイオニーもハリーも、ドラコの言葉を素直に受け取った。ドラコは胸のなかで両親の言いつけを破ったことを後悔しながら、しぶしぶその言葉を受け入れた。

 

 ハリーはルーモスの光で周囲を照らしながら進んでいたが、突如、激しい頭痛に襲われた。稲妻型の傷跡が頭を割るかのように痛む。ハリーの心臓が早鐘をうった。

 一匹の蛇が、梶の木の中から這い出てきた。木々の間ではない。梶の木の中からだ。

 

(この先に何かいる)

 

『逃げろ……』

 

 這い出てきた一匹の蛇がすり寄ってきて、ハリーにそう話しかけた。ハリーはそれに答えなかった。

 

 

 ハリーは緊張し上ずった声で、後ろを振り返らずに二人に指示を出した。

 

「……ハーマイオニー。ドラコ。杖を構えて。この先に何かある」

 

「?」

 

「……ハリー?」

 

 ハリーは一歩、足を踏みしめた。そして、声高く叫んだ。

 

「スペシアリス・レベリオ!!」

 

 

 ハリーが杖を向けた先は、ルーモスの光で照らされていた。長生きした樫の木が生えているだけの、何の変哲もない森の筈だった。

 

 しかし、レベリオによって真の姿が明らかになった。梶の木だと思い込んでいた場所には何もなかった。ドラコの杖の先に灯ったルーモスの明かりは、梶の木があったはずの場所がただの道であることを明らかにしていた。

 

 

 そして、そして。ルーモスの光が照らし出す先には、光輝く一匹の白馬がいた。

 

 正確には、それは白馬ではなかった。心正しき少女を背に乗せ、強力な魔法力によって災いから守ると呼ばれている魔法生物だった。

 

「ユニコーン……?」

 

 ハーマイオニーはそう呟き、そしてユニコーンが血を流して倒れているのに気がついた。ユニコーンが助からないかもしれないと思い、ハーマイオニーの顔面は蒼白になった。

 

 ドラコはユニコーンの先にいる何かを見ていた。ユニコーンの腹部から流れる血を、まるで蛭か何かのように夢中になって啜っている化け物がいることに、ドラコとハリーは気がついた。

 

 化け物は黒いフードをつけていた。黒いフードが動くたびに、ユニコーンの血が啜られ、化け物の体内へと取り込まれていくのがハリーには分かった。

 

「……う、うわあああああっ!!!!!!」

 

 ドラコは化け物を吸血鬼だと思った。吸血鬼は危険な闇の魔法生物で、一年生が太刀打ちできる相手ではない。しかしドラコの頭にあったのはそんな知識ではなく、血を啜る化け物が目の前にいるという恐怖だった。

 

 

 ドラコは逃げ出した。ファングを連れて。ドラコの悲鳴に反応して化け物が顔をあげた。ハーマイオニーは恐怖で動けなかった。

 

 化け物は起き上がると、ハリーたちに向けて木の蔓を伸ばしてきた。蔓はハリーたちを捉えようと、高速で空中を浮遊して近づいてくる。

 

「……ボンバーダ(爆発しろ)!!」

 

 ハリーは割れるように痛む頭を押さえながら、化け物に爆破魔法を放った。爆風が周囲の木々やハリーたちに迫る蔓を焦がして、化け物の頭部へと迫る。

 

 しかし、爆風は化け物が手を振っただけでかき消された。トロルとの戦いで己の力不足を知り、ダンブルドアを憎み、彼を傷つけたいと思って数式を学び独自に訓練したハリーの魔法の威力は、入学当初のそれの比ではない。にもかかわらず、爆風は何の効果も与えていないように見えた。

 

 化け物は大量の木を一瞬で斬り倒し、ハリーとハーマイオニーへと投げつけた。

 

「インセンディオ(燃えろ)!!」

 

「ウィンガーディアム・レヴィオーサ(浮遊せよ)!!」

 

 ハリーは炎で自分に向かってきた木を燃やして撃退した。ハーマイオニーに指示する余裕はなかった。ハーマイオニーは、ハロウィンの頃の彼女ではなかった。トロルとケルベロスという二つの恐怖を経験した彼女は、命の危機にあっても最適な行動を取ることに成功した。浮遊させ所有権を得た木々は、謎の化け物が取った次の攻撃をしのぐ盾になった。

 

 化け物は木を投げつけた、ハリーの見立てでは魔力で動かした後、石を動かしてハリーを狙っていた。ハーマイオニーの浮遊させた梶の木は、ハリーの盾になって化け物の攻撃を防ぐことに成功していた。

 

(化け物じゃない!!知恵がある魔法使いだ!!)

 

 ハリーは化け物の攻撃が、明確な意思を持っていることに気がついた。化け物は己の身を隠すための隠ぺい魔法を使っただけではない。明らかに、ハリーを狙って石を投げていた。炎を出すハリーを脅威だと見なしただけでなく、切断魔法に浮遊魔法を使いこなしている。ハリーは足下の木をインセンディオで燃やして、浮遊魔法でぶつけ返そうとした。

 

「うおおおお!!!」

 

 その時、二つの影がハリーたちと化け物の間に入り込んだ。一つは三メートルを優に越える大男。ルビウス・ハグリッド。そしてもう一つは、半身が馬で、プラチナブロンドの体毛とブロンドの髪を持つ精悍なケンタウロス。

 ハグリッドはその巨体だけで、化け物の放つ魔法を全てなぎ払っていた。ハグリッドの傘から放出された魔法を、化け物はうまくかわしながらハグリッドを突破しようと前進する。しかし、ハグリッドの巨体は信じられないような速度で化け物の前に立ちふさがり、その行く手を阻む。

 ケンタウロスが化け物に向けて弓を放つと、化け物は弓を脅威と見なしたのか、はじめて後ろに退いた。

 

 

「背中に乗りなさい!私はケンタウロスのフィレンツェ。君たちを安全な場所へと避難させる」

 

「でも、ハグリッドが……!!」

 

「聞き分けなさい人の子よ!!!彼が何を守ろうとしているのか分からないのか!」

 

 その場に留まろうとするハリーを、フィレンツェは一喝した。

 

 フィレンツェはハリーとハーマイオニーをその背中に乗せると、ハグリッドを置いて怪物から逃走する。ハリーの背中に、呪文を唱えるハグリッドの叫び声が響いていた。

 

 

***

 

 ドラコとネビルとロン、ついでにファングは、ケンタウロスたちに保護されていた。ロンは心配そうな顔でガタガタと震えるハーマイオニーに声をかけ続け、ドラコはハリーのほうをチラチラと見ながら、何を言えば分からないと俯いていた。

 ハリーはドラコを責めなかった。

 

「あの状況だったら誰だってああしたよ。ドラコが無事で良かった。僕は……不用意だった。気づかなければ良かったんだ」

 

「黙れポッター!!お前があれを見つけたせいだ!!何で見つかった!いや、そもそもあれは一体何なんだ!何であんな化け物が森にいるんだ!」

 

 ハリーはドラコの疑問に答えられなかった。その疑問に答えたのはハリーではなく、フィレンツェだった。

 

「……ユニコーンの血は、それを口にした者に命と活力を与える。あの怪物はそれが目的だったのだろう。生き長らえる代償に、死よりも大きな苦痛と呪いがその身体を苛むことになるが」

 

 ハリーたちを助けたフィレンツェは、清廉で高潔な男だった。少なくともハリーの目にはそう見えたし、心の底から彼を尊敬した。フィレンツェはハリーとハーマイオニーを背中に乗せたことで、同族のケンタウロスから激しい非難を受けたにも関わらず、そのことでハリーたちを一切責めなかった。

 

 フィレンツェは、『今宵は火星が明るい』としか言わない同族たちとは違い、帰還したハグリッドやハリーたちに具体的で、そして核心に近い助言を与えた。彼は森の同族を守るためなら、同族や掟を破ることも辞さないと宣言して言った。

 

「ユニコーンの呪いを受けてでも生き延びたいと思うならば、呪いに対抗する術を持っているか、克服する手段を探しているはずだ」

 

 ハリー、ロン、ハーマイオニーは、呪いを克服する手段が何であるか気付いた。

 

 賢者の石だ。石が生成する命の水があればいい。

 

 フィレンツェは、特にハリーの目を見て言葉を続けた。

 

「星は凶兆を告げている。弱々しく、今にも消えそうな命を持った邪悪なものが、何らかの手段を使って力を取り戻そうとしている。ダンブルドアに伝えなさい。闇が近づいていると」

 




ドラコの心境(あ、あいつ僕以外に友達いるんだ…しかもあんなに楽しそうに…)

原作だとユニコーンが襲われた犯人を見つけてユニコーンを保護するために森に入らせたんですけど改編させていただきました。
原作にはフィレンツェという作中でもトップクラスに高潔で善良な男を見下す魔女がいるらしい。


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選択

スリザリンでハリーは何を選択するのでしょうか。


 

「例のあの人が、賢者の石を狙ってる。僕は森で、魔法使いがユニコーンを襲ってるところを見たんだ。ユニコーンの血で延命して、石の力で復活するつもりなんだと思う」

 

 次の日に寮の自室で話したハリーの言葉を、ザビニたちは最初信じなかった。

 

「半獣が適当なこと言ってるだけじゃねぇの?」

 

「フィレンツェは僕を助けてくれたんだよ。ザビニ」

 

 ハリーは普段より冷たく言った。

 

「わ、悪かったって。そんなに怒るなよハリー」

 

 ザビニはドラコと同じように、一般的なスリザリン生らしくフィレンツェのようなケンタウロスの言葉を軽視していた。杖を持たぬ者の言葉を軽く見る傾向にあった。

 

「占い学ってオカルト的な奴ですよね。占いの結果を鵜呑みにするのは危険だと思います。けど、密漁者がまだ捕まってないのは心配ですね……」

 

「密漁者は行方をくらましたらしい。ハグリッドの話だと、ユニコーンを襲うような奴らは例外なく凶悪な犯罪者で、闇の魔法使いのようだけど」

 

 ハリーはずきずきと傷む額の傷跡に、痛み止めを塗り込んでいた。痛みは引かなかったが、頭はずっと冴えていた。夕べからずっと、額の傷跡はハリーを警告するようにハリーの頭を痛めつけていた。

 

「そりゃ呪いを受けてまで血を飲むような奴だもんな。まともな魔法使いじゃねえよ」

 

 積極的に会話に参加するザビニたちと比べて、ファルカスは寡黙だった。ファルカスはじっと腕を組んで考え事をしているようだった。ハリーはファルカスに発言を促した。

 

「ファルカス、何か言いたいことがあるなら言って」

 

「……う、うん。ハリーに助言をくれたのはケンタウロスなんだよね?」

 

「うん。ケンタウロスのフィレンツェだった。僕たちを助けてくれたんだ」

 

「だったら……信じたほうがいいかもしれない。ケンタウロスの占いは、天文学の知識に基づいたれっきとした魔法だって、父さんが言ってた。ケンタウロスの助言には従えってうちの家訓であるんだ。彼らはヒトに滅多に干渉しないけど、関わってきたときは絶対に間違わないって」

 

 ファルカスがここまで多弁になるのは珍しかった。ファルカスはじっとハリーを見て、強く宣言した。

 

「僕はハリーを信じるよ」

 

 しかし、ザビニは納得したわけではなかった。ザビニは大半のスリザリン生と同じように、ケンタウロスのような異種族に差別感情を持っていたし、ファルカスの言葉にもより深い信頼性を求めた。

 

「……ファル。お前んち、一体どんな魔法使いなんだよ?適当なことを言ってるだけじゃねぇの?」

 

「いや、ザビニ。家族のことを突っ込むのはやめましょうよ。それはお互い干渉しないのがスリザリンでのルールじゃないですか」

 

「ファルカス。言いたくないなら言わなくていいんだ。僕たちは友達なんだから」

 

 アズラエルとハリーは場を収めようとしたが、ファルカスは止まらなかった。

 

「僕の家は、爺ちゃんも父さんも闇祓いだったんだ」

 

「闇祓い?」

 

「闇の魔法使いを捕まえる役人です。マグルで言うと警察の中のエリートですね」

 

「……そんで?」

 

 ザビニはうっかりと地雷を踏んでしまったかもしれないと後悔しながら、ファルカスに続きを促した。ファルカスがここまでハッキリとザビニにものを言ったのははじめてだったし、思ったよりも深い事情がありそうだった。

 

「爺ちゃんはスリザリン出身で、父さんはグリフィンドールだった。例のあの人の暗黒時代に、まだ僕が生まれる前、爺ちゃんはあの人の支持者たちがマグルを襲う計画を立てていることを知ったんだ。その直前にたまたま助けたケンタウロスが、事前に警告をくれていた。危機が迫っているって」

 

 この時のハリーには、ファルカスがどれだけの覚悟をして話をしているのか、何となく察することはできても実感を持ててはいなかった。スリザリンにはドラコをはじめとして、親族が例のあの人の関係者だった魔法使いや魔女は多い。もしかしたらファルカスの親族が誰かの親族を捕まえたか、殺害しているかもしれないのだ。親族が闇祓いであると明かすことは、スリザリンの中では自殺行為にも等しかった。

 

「……爺ちゃんはその襲撃計画を知ったとき、仲間とはぐれて一人だった。だから瞬間移動して、人員を増やして闇の魔法使いたちを迎え撃とうとしたんだって父さんは言ってた。そうやって時間をかけて戻ったら、あの人の支持者はマグルを襲って殺してしまっていた」

 

「……」

(そんな、そんな簡単に)

 

 ハリーは絶句して何も言えなかった。マグルは確かに嫌いだ。だけど、そんな簡単に人が殺せるのかと思った。そんな簡単に、人が死んでいいのだろうかと。

 

「平和になった後で、周囲の人たちは爺ちゃんを責めたんだ。なんで止めなかったのかって。臆病風に吹かれて逃げただけなんじゃないかって。結局スリザリン出身だから、マグルの命なんてどうでもいいんだろうって散々に貶して、爺ちゃんはそのことを気に病んで死んじゃった」

 

「君の爺さんは何も悪くないだろ!悪いのは殺人犯たちだ」

 

 ハリーは憤慨した。どうして、必死で頑張ろうとした人間を何もしていない他人は責めるのかと。どうしてマグルを守れなかっただけで、ファルカスのお爺さんが責められないといけないんだ、と。

 

 それまでずっと頑張ってきた人をだ。

 

「……勝てる体制を整えるのはビジネスの基本だって、僕の父さんも言ってました。君のお爺様に悪口を吹き込んだ連中は、よっぽどの馬鹿だったんでしょうね」

 

「ありがとう。……でも、僕の周囲の家の人は、スリザリン出身の魔法使いのことをすごく悪く言うんだ。……爺ちゃんのことがあったから、父さんも闇祓いじゃなくて、ずっと給料が安い窓際に左遷されちゃったんだよ」

 

 入寮したとき、ファルカスはスリザリンの中ではハリーの次にみすぼらしい見た目だった。闇の魔法使いのせいで、いろんな人が迷惑を被るのだ。

 

「ハリー。僕は爺ちゃんみたいな闇祓いになりたいんだ。スリザリン出身でも立派な闇祓いになれるって証明したい。だから、僕はハリーを信じるよ。闇の魔法使いが石を狙ってるなら、それを止めなくちゃ」

 

「うん。ありがとうファルカス。でも、スリザリンは学校の外でも嫌われものなんだね……」

 

「……よく話してくれましたね、ファルカス」

 

「それはこの三人だったから。みんなは、他の誰にもこのことは言わないでしょ?」

 

「言うわけねーだろ。俺は簡単に友達を売るほど落ちぶれてないぞ」

 

 

「……それに俺も……スリザリンの評判は正直言って上げたい」

 

 ファルカスの告白は、アズラエルとザビニの心を動かしたようだった。ザビニはばつが悪そうにファルカスを見ながら、そっぽを向いて腕を組んでいた。

 

「ここに来たときは、悪役にでも何にでもなって。誰に嫌われたって成り上がってやるって思ったけど……スリザリンってだけで悪く言われるのは気に食わねえ」

 

 ザビニにはザビニの野心があった。ジェームズ・ポッターの親友として名を上げたシリウスのようにハリーの側で英雄としての座を掴みたいなら、今がその時だとザビニの直感が働いていた。ザビニはうまく自分の本心を明かさずにファルカスの告白に乗っかり、誰にも本心を気取られなかった。

 

「……石を狙ってる奴が、例のあの人を復活させようとしてるとして。いつ狙ってくるだろう」

 

 ハリーは改めて三人に問い直した。ファルカスの告白によって、少し気まずい雰囲気が流れていた。

 

 

「ユニコーンの血の呪いを受けているなら、すぐにでも奪おうとしてくると思います。それこそ今晩中に」

 

 アズラエルはそう推測した。が、それに待ったをかけたのはザビニだった。ザビニは反論を考えることに関しては人一倍上手かった。

 

「でも、学校にはダンブルドアがいるぜ。もし四階を進んだ先にダンブルドアが居たらどうすんだ?」

 

「……ダンブルドアは……

僕はあてにならないと思う」

 

「何でだよ?イギリス最高の魔法使いだろ?」

 

「それでもダンブルドアは一人だ。ダンブルドアが居ない時、必ず犯人は石を奪いに来る」

 

「……なるほど。隙が来るまで待つと?」

 

「いや。隙を作るんだ。学校で騒ぎを起こすなり、森で騒ぎを起こすなりして、ダンブルドアが石を守りつづけるような状況を作った後で、ダンブルドアが寝た後に行動を起こす。僕ならそうする。魔法薬を服用したって、無限に起き続けられる訳じゃないしね」

 

 ハリーの懸念は的中していた。その日は日曜日だった。ハリーたち四人は石を守るために四階に向かおうとしたとき、途中を警戒しているマクゴナガル教授と、彼女に猛抗議しているロンとハーマイオニーに遭遇した。ロンたちは賢者の石が狙われていることを、マクゴナガルに明かしていた。

 

「愚かなことを言っていないで、すぐに校庭に出なさい!どこでそれを知ったのかは知りませんが、あなたたちが気にするべきは自分の成績と寮の得点についてです!!もしあなたたちが四階に近づくことがあれば、私は五十点を減点します!!ええ、ウィーズリー。たとえグリフィンドールでもです!!」

 

 

「……大丈夫、ロン、ハーマイオニー」

 

 マクゴナガルの剣幕に押されながらも、ハーマイオニーとロンは重要な情報を入手していた。

 

「大変だハリー!ダンブルドアは今日は戻らない!!緊急の用件があるって魔法省に行っちまったんだ!!」

 

 

 ハリーはその時、自分達で石を守ることを決意した。

 

 盗人たちより先に、ハリーたち六人で賢者の石を守るのだ。闇の帝王の復活を、ハリーたちの手で阻止するのだ。

 

***

 

 その日の晩、皆が寝静まったころ、ハリーたち四人はスリザリンの談話室を抜け出そうとした。アズラエルが血みどろ男爵と交渉し、ポルターガイストを遠ざけてもらった。談話室を出たらすぐに隠れられるように、透明マントに拡大魔法をかけておいた。これで、ハリーたち四人はロンとハーマイオニーを迎えに行くことができる。

 

 しかし、誰も居ないはずの談話室には、三人の人影があった。

 

「止まるんだポッター」

 

 談話室の出口には、青白い顔を病人のように白く染めながらドラコと、眠たげな目のゴイルと、チラチラとドラコを見ているクラッブの姿があった。いつもなら二人を全面に立たせるドラコは、今日は杖を片手に一人前に出ていた。

 

「……ドラコ」

 

 ハリーはドラコが無理をしているのがわかった。いつものドラコなら、ハリーが夜に抜け出そうとしていることを皮肉混じりに責めるはずだからだ。今日のドラコは、そんな余裕も無いほどに追い詰められていた。

 

「君を寮から出すわけにはいかない。あのケンタウロスの予言を僕も聞いたんだ。……闇の帝王が戻ってくるんだ!」

 

 ドラコの声には普段の高慢さはなかった。ハリーはドラコに構っている訳にはいかなかった。これから、ロンとハーマイオニーを迎えに行かなくてはならない。

 

(……でも、おかしいな……)

 

 ハリーは、ドラコは本当にハリーを止める気はないんじゃないか、と何となく思った。ハリーがドラコなら、ソノーラス(響け)でハリーが出歩こうとしていることを寮中に暴露するからだ。

 

 

「そうなったら困るよ」

 

 ハリーはにべもなく切り捨てた。そんなハリーを、アズラエルは後ろからみていた。

 

(……ここまで言われてるのに、よくマルフォイをあしらえますね……)

 

 そもそもドラコがここまで執着する相手はハリーだけだった。そして、ドラコ相手にこんな態度が取れるスリザリンの一年生はハリーだけだ。二人はスリザリンの中でひときわ目立つ一年生で、対照的でありながらどこかで似ている部分があった。

 

 とんでもなく我が儘なところが。

 

「困らない!僕たちスリザリン生にとってはいいことだらけじゃないか!例のあの人ならマグル生まれだって排除して、僕らにとってきっといい学校にしてくれる!僕の父上はそう言ってたんだ!君だってマグルは嫌いだって言っただろう!」

 

 

 ドラコはあらゆる言葉を駆使してハリーを止めようとしたが、ハリーは止まらなかった。ドラコの脇を通りすぎると、冷たく言った。

 

「ブラッジャーに魔法をかけて僕を殺そうとしたり、トロルを侵入させて人を殺そうとする奴だよ。そんな人を僕は立派だとは思わない。ヴォルデモートは、人の命を何とも思ってない」

 

 ハリーがその名前を口に出した瞬間、場は凍りついた。ハリーにとってはそれが狙いだった。

 

「僕はホグワーツが好きだ。スリザリンが好きだ。スリザリンで、はじめて同い年の友達が出来て嬉しかったんだ。他の寮に居るライバルと、切磋琢磨できるのも楽しかったんだ」

 

「だけどアイツはそれを奪おうとした!奴が戻ってきたら。きっと今まで通りにみんなでクィディッチを楽しんだり、魔法を楽しむことなんて出来なくなる!」

 

「『みんな』が何だっていうんだ!?」

 

 ドラコは悲痛な顔でハリーに訴えた。

 

「君は君のために生きればいいじゃないか!僕が父上に頼めば、例のあの人だってきっと君を……」

 

「……ごめん。一つ嘘をついたよ。みんなのためじゃない。僕が嫌なんだ。例のあの人に頭を下げて生きるくらいなら、人としてはダンブルドアのほうがまだマシだ」

 

 ハリーの言葉は、ドラコにとっての地雷だった。ドラコは杖を振り上げて呪文を放とうとした。

 

「この分からず屋め!ペト……」

 

「インカーセラス(縛れ)!」

 

 迷いのあるドラコより、迷いの無いファルカスのほうが詠唱は早かった。ファルカスとアズラエルは、その場に残って殿をかって出た。

 

「ハリー、ザビニ!先に行って!!ここは僕たちが止めます!」

 

「頼んだ!ブルーム、ファルカス!!」

 

「負けるなよ!」

 

 駆け出すハリーの後ろ姿に、ドラコは杖を向けていた。杖を向けながら、ドラコはついに呪文を唱えることが出来なかった。




これだけわがままで独善的じゃないと主人公なんてやっていけないんだ。


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最初の試練

ハリーロンハーマイオニーに混ざる実質オリキャラ(ザビニ)


 

 ハリーとザビニは、音を立てないように忍び足でグリフィンドールの談話室を目指した。スリザリンの地下室からグリフィンドールの談話室を目指すのは遠回りだったが、ハリーは二人と合流することを優先した。今は2月だ。廊下は凍えるように寒かった。

 

(……ロンとハーマイオニーとなら、怪物のようなトロールだって倒せた)

 

 ハリーはハロウィンでの成功体験を思い出して、気持ちを奮い立たせていた。

 

(今はザビニもいる。透明マントだってある)

 

 ザビニは何も言わずにハリーについてきてくれたが、途中、フィルチの飼い猫を見つけるとハリーのローブを引っ張って止めた。ザビニはローブの袖に忍ばせておいた貢ぎ物のキャットフードを一欠片備えて、ミセス・ノリスを遠ざけた。スリザリン生は他の寮の生徒を蹴落とすために、フィルチと手を組むことがよくあったし、ザビニもいざという時のためにその準備をしていた。

 

「ありがとう」

 

「先に進もうぜ」

 

 そしてハリーとザビニの二人がグリフィンドールの入り口にたどり着くと、ロンとハーマイオニーは毛布にくるまって身体を暖めていた。

 

「随分と仲がいいなウィーズリー」

 

「ザビニ!!お前、どこに居るんだ?ハリーは?他のみんなは居るのか?」

 

 ザビニが二人を揶揄するように挨拶したが、ロンとハーマイオニーは深刻な顔をしてハリーたちと合流した。

 

「ファルカスとブルームがドラコを足止めしてくれた。僕たち四人で、石を守りに行こう」

 

「今さらやめたいなんて言うなよ。俺たちは本気だぞ」

 

 透明マントから出たザビニが脅すように二人に言ったが、ハーマイオニーは強い決意でザビニに言葉を返した。

 

「……私たちも、ネビルに呪文をかけて出てきたの。全身が金縛りにあっていて、凄く怖い思いをさせてしまっているわ」

 

 ハリーたちだけでなく、ロンとハーマイオニーもまた自由の代償を支払っていた。

 

「僕らは共犯だね。寮の垣根を超えて、賢者の石を守る。もう後戻りは出来ないんだ。進もう。これは遊びじゃないんだ」

 

 ハリーたち四人には、ここにきていっそう奇妙な連帯感が生まれかけていた。ハリーたちは本気だった。四人全員が置いてきた友達のことが心配で、でももうそれを口に出すものは居なかった。石を守るというただそれだけのために、ハリーたち四人はハリーを先頭にして透明マントにくるまり、身を寄せあって四階の廊下を目指した。

 

 ポルターガイストの妨害も、フィルチの飼い猫の見張りもない。ハリーたちは目標の廊下へとたどり着いた。恐怖に震えながらケルベロスが潜む扉を開けようとしたとき、そこで、ザビニがケルベロスを眠らせるための笛での演奏をすると言った。

 

「俺がやる。習い事で笛をやらされたことがある。途切れずに吹き続けるくらいはわけねえさ」

 

「それは助かる。僕はそういうのしたこと無かったし。ロンとハーマイオニーもそれでいい?」

 

「ああ。俺も笛の習い事はやったことない」

 

「私もよ。お願いね、ザビニ」

 

「……じゃあ行くよ。ザビニ以外は杖を構えて!1、2……アロホモラ(開け)!」

 

 ハリーは準備が完了したことを確認すると、呪文をかけて施錠された扉を開けた。古びた扉は音を立ててハリーたちを地獄の入り口へと招き入れた。

 

 三人の期待を一身に背負いながら、ザビニは演奏を開始した。ザビニの曲は、ハリーがマグルの世界で聞いた曲ではなかった。こんな時でなければ、もっと長く聞いていたはずだ。ハリーたちはその曲の音色に耳を傾けるより先に、ケルベロスのフラッフィーが微睡みはじめたのを確認した。

 

「……すげーぞザビニ!その調子だ!」

 

 ロンの励ましはザビニの耳に届いていなかった。ザビニが実際にケルベロスを見たのはこれがはじめてだった。ザビニは汗びっしょりになりながら、無我夢中で笛を吹き続けた。

 

 ザビニが細かい息継ぎをした瞬間、フラッフィーの瞼はぴくりと動いた。ハリーたちは心臓の鼓動がやけに早くなるのを感じながら、フラッフィーの守りを突破し、次の扉を開いた。扉は、地下へと続いていた。

 

「ロン、ザビニと演奏を交代してあげて」

 

「ああ!」

 

 ハリーはルーモスで地下に降りる前に、地下を探った。ルーモスが照らし出す先には、確かに何かの植物があった。植物のつるが、床全体に敷き詰められるように繁茂していた。

 

「悪魔の罠!スプラウト先生の罠だ!!」

「何でもいい!早く降りようぜハリー!ケルベロスは危険だ!!」

 

 ハリーは薬草学の知識で罠を看破できたが、ザビニは床の悪魔の罠より、ケルベロスが気になって仕方ないとハリーを急かした。

 

「わかった。床に降りたら僕がインセンディオするから、ザビニはハーマイオニーを待って受け止めて。いいね皆!!行くよ!!」

 

 ハリーの指示で、ハリー、ザビニが床へと落ちるように着地した。ハリーたちの命を脅かそうと悪魔の罠が迫ってくる。

 

「インセンディオ(炎よ)!!」

 

 ハリーの杖から吹き出した炎は、悪魔の罠に向かって燃え広がる。ハリーは燃えすぎないように魔力を調整しながら、自分やザビニに近づく蔓を効率よく焼いていった。ダンブルドアを燃やしたいと思って練習した呪文は、ダンブルドアの管理する石を守る罠を燃やしていた。

 

「こっちだグレンジャー!よーし、意外と軽かったな。俺も燃やすぞハリー!!インセンディオ(燃えろ)!!」

 

 ハーマイオニーを受け止めたザビニは、自分の仕事をやった高揚と、ケルベロスや悪魔の罠を見た恐怖に包まれていた。そんな精神状態で、しかも熱心に練習していたわけでもない呪文が上手くいくわけはなかった。ザビニの放たれた炎は、ザビニの右足に迫っていた蔓と、ザビニの右足を燃やした。

 

「うわっ?!!」

 

「ザビニ!?誰か水を出して!インセンディオ!!!」

 

 

 ハリーは迫りくる悪魔の罠を残しておくわけにはいかなかった。ザビニが魔法を使えない間、ハリーは一人で悪魔の罠を退治しなければならなかった。

 

「ア、アグアメンティ(水よ)!アグアメンティ(水よ)!!ザビニ、右足の靴を脱いで!!」

 

 すぐにハーマイオニーがザビニの右足を水で消火する。生き残った悪魔の罠を、最後に降りてきたロンと二人で退治し終えたとき、ハリーは真っ先にザビニに駆け寄った。

 

「ザビニ、大丈夫!?」

 

「わ、わりい……こんな時にミスっちまった……」

 

「そんなの気にするなよ!ハーマイオニー、ザビニは大丈夫なのか!?」

 

「エピスキー(癒えろ)!!」

 

 ハーマイオニーの杖から放たれた光は、ザビニの右足を包んで火傷を癒した。

 

「どう、ザビニ。痛む?」

「いや。もう痛みはねえ。」

 

「本当に良かった……レパロ!

……簡単な火傷だったし、ザビニの傷は浅かったわ。けれど、これはただの炎じゃなくて魔法でできた火傷だから。まだ十数分はアグアメンティしないと」

 

 ザビニの右足は、傍目には火傷もなくほとんど元通りになっていた。それでもハーマイオニーの見立てでは、アグアメンティで冷却し続ける必要があるらしい。

 

「けど、俺だけここに残るなんて。お前らだけ行かせて、俺は安全なところで……」

 

(……いや……今のブレーズを連れていくわけにはいかない。もしかしたら、魔法に余計な力を込めてしまうかも……)

 

 ザビニは残ることを躊躇っていた。ハリーは、ザビニに残ってもらうために一つの提案……いや、命令をした。

 

「ザビニ。僕らは石を持ち帰ったとき、上に戻らなきゃいけない。けど、そのときに透明マントや、笛が無くなっていたら困るんだ。君にはここで、帰るときの準備をしてほしいんだ」

 

「ハリー……本当に、帰れるのか?お前だけじゃねえよ!ウィーズリーだって……グ、グレンジャーだって、お前らだけで進んだら……この先どんな罠があるかわからないんだぞ!」

 

「……お前……」

 

 ザビニは端正な顔に、怯えの色を見せていた。ザビニはスリザリン生としての仮面を捨てて、一人の生徒としてはじめてハーマイオニーを本気で心配していた。ロンはそんなザビニをしっかりと見た。

 

「約束する。ザビニのためにも、ファルカスとブルームのためにも、僕たちは必ず帰ってくるから」

 

「……今言った言葉、嘘にするなよ、ハリー!したら罰金だからな!!」

 

 ハリーはザビニと抱きあって、ザビニに自分の宝物を託した。そして、ハリーと、ロンと、ハーマイオニーは命を懸けて先へと進むのだった。





この二次創作だとハリー、ハーマイオニー、ロンはレベリングしてるけどザビニたちはそこまで……


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悪魔の罠を突破したハリー、ロン、ハーマイオニーは、ザビニを置き去りにして先へと進んだ。ルーモス(光よ)で部屋を照らし、先へと進む間、ハリーは自分の胃がひっくり返るような感覚に襲われていた。

 

(……ザビニが無事だったのは運が良かっただけだ)

 

 ハリーは石を守るために仕掛けられた罠が、自分達にとってはかなり難しいものだと実感していた。悪魔の罠は暗黒を好み、増殖した蔓はハリーたちの首を絞めるのにも容赦がない。この先に、ハリーたちの手に負えない罠が潜んでいても不思議ではない。

 

「……ちょっと待って二人とも」

 

「どうしたハリー。先に進もうぜ。ザビニだって俺らのことを待ってくれてるんだぞ」

 

 ロンはハリーを急かしたが、ハリーは一度慎重になった。ハリーは悪魔の罠の燃えかすを取り出して、変身魔法で青い羽の蝶々に変えた。

 

「こいつを先に進ませて、戻ってくるかどうか確認する。もしも戻ってこなかったら、この先には悪魔の罠みたいな、厄介な罠があるかもしれない」

 

「焦れったいな……!」

 

 この期に及んで慎重さを見せたハリーに、ロンははじめて苛立ちを見せた。

 

「いいえロン。私もハリーに賛成よ。ハリー、私もいい考えだと思うわ。ロン、レベリオは使える?」

 

「そりゃ俺も使えるけど……レベリオなんて今何に使うんだい?顔の汚れを落とすの?」

 

「レベリオは汚れ落としじゃありません!」

 

 漫才をはじめそうになったロンとハーマイオニーをみて、ハリーは少し笑った。笑い声に反応したロンとハーマイオニーがハリーをじっとりとした視線で見てきたので、ハリーは咳払いして誤魔化した。

 

「じゃあ、蝶がもしも戻らなかったらロンは前方の空間に向けてレベリオして。罠があるか、フラッフィーみたいな怪物がいるかのどれかだと思う」

 

 ハリーは何とか全員無事に先へと進み、賢者の石を、例のあの人の信奉者より先に手に入れたかった。ハリーはこの時グリフィンドール生のような勇敢さではなく、スリザリン生に共通する保身能力を発揮した。あえて速度を落としてでも、誰かが死ぬ可能性は極力減らしたかった。

 

 そして、ハリーたちは無事に次の部屋へとたどり着いた。蝶々は無事にハリーの手元に戻ってきた。ロンは耳を澄ませて、部屋の先から何かの音がすると言った。

 

「……なんか……風をきるような音がするぞ」

 

 部屋に突入したとき、音の正体がなんであるのかはわかった。無数の光輝く鳥が、部屋のなかを自由に飛び回っていた。

 

「蝶々は無事だった。だから、この鳥たちも襲ってはこない……と思う」

 

 ハリーは慎重に言った。

 

「先に進むよ。ロン。ハーマイオニー、鳥が何かしてきたら援護をお願い」

 

 

 ハリーは曖昧な指示を出して、奥の扉へと駆け出した。扉までの間に、ハリーは鳥にすれ違ったが、蝶々と同じようにハリーが攻撃されることはなかった。ハリーは間近で見た鳥は嘴もなく、ただ魔法で動かしているだけの棒に羽がくっついているだけだと気がついた。

 

(……もしかしたら、扉を開けた途端に攻撃してくるかも……)

 

「ハーマイオニー、ロン、気を付けて!!」

 

 ハリーは二人に注意を促して。扉に向けて杖を構えた。

 

「アロホモラ(開け)」

 

 しかし、何も起こらない。ハリーは扉をもう一度よく見て、しっかりと錠がかかっているのを知った。一際大きい鍵が必要だった。

 

「……鍵がない!ロン、ハーマイオニー、鍵がどこにあるか分かる?!」

 

「もしかしてこれ、この中から探せって意味なんじゃないか?箒が置いてある。ご丁寧に五本も」

 

 ロンは部屋を探索して、ロッカーにあった箒を持ち出していた。フーチ教授の飛行訓練のときに使ったものと同じくらい古い。

 

「この中から探すしかないか。二人とも、箒に乗って探そう」

 

「よーし、箒なら俺もハーマイオニーより上手いぞ!」

 

 ハリーとロンが意気込んで箒にまたがったとき、ハーマイオニーは適切な助言を二人に与えた。

 

「ハリー、ロン。私、遠目から小鳥たちを観察していたんだけれど。小鳥たちのなかで大きめの鳥は、時々星座のように模様を描いてとどまることがあるの。今、オリオン座のように動きを変えているわ」

 

「……もしかしたら。一番光る星のところに鍵があるかも?」

 

 ハーマイオニーは小鳥たちの動きのなかに、規則性があることを見抜いていた。ハリーたち三人は半信半疑になりながら鍵を探して飛び回った。

 

「リゲルのところにはないわ!ロン。そこはさっき確認したの!!次は左に飛んで!!」

 

 飛び回りながらハーマイオニーが叫んだ。ハリーも天文学の知識を思い浮かべながら、鍵持ちの鳥を探し回った。

 

「……あった!ベラトリックスのところだ!!ロンは上から、ハーマイオニーは下から追い込んで!!」

 

 ハリーは思わずそう叫んだ。大きな銀色の鍵が、他よりも少しだけ飛びにくそうに空を飛んでいた。ロンとハリーの尽力のもと、ハーマイオニーは加速で息を切らしながら三人で力を合わせて羽を追い込み、ハリーは何とか鍵を捕獲することができた。ハーマイオニーは聡明ではあったが箒の扱いに関しては、ロンやファルカスやザビニのほうが上だった。ハリーはこのときは側にザビニたちがいないことを寂しく思った。

 

 

「よし、上手くいった!完璧だ、そうだろハリー!」

 

「うん。これで罠が終わりだといいんだけど……」

 

 ハリーは扉を開けながら、三人が無事に前に進めることを喜んだ。何はともあれ、五体満足で誰も欠けることはなかったのだ。それで満足すべきだった。

 

「これはフリットウィック教授とシニストラ教授の考案だと思うわ。悪魔の罠はスプラウト教授、フラッフィーはハグリッドだから……」

 

「スネイプ教授やマクゴナガル教授のものもあるはずだね」

 

「絶対俺たちを殺す気でくるやつだ……」

 

 ロンが絶望を知った顔をした。

 

「罠に飛び込んでいってるのは僕らだけどね。心構えができたほうが楽だよ」

 

 

 ハリーは例によって蝶々を扉の先へと進めたが、青い羽はもがれることもなくハリーのもとに戻ってきた。そのことに安心してハリーたち三人は、次の部屋へと足を踏み入れた。

 

 部屋に一歩足を踏み入れると、ルーモスの光ですら意味をなさない暗闇から一転して部屋が明るくなった。目の前に広がる光景を見てハリーはうめいた。

 

「……チェス……!?」

 

 ハリーはチェスは強くなかった。元々遊び相手がいなかったせいもあったが、ザビニたちとチェスをしたときのハリーの勝率は三割を切っている。近頃はそれでも、ハリーの次にチェスが弱いザビニが相手ならいい勝負にはなってきたが。

 

 ロンによると、魔法使いのチェスは自分が駒に乗って戦わなければならないらしい。自分の乗った駒が取られたとき、どんな目にあうのかは考えたくなかった。

 

「これは……一人一人挑戦すべきなのかな?僕がやるよ」

 

 ハリーはいっそ悲壮な決意を固めて言った。ハリーが最初に戦えば、たとえハリーが負けたとしても相手の手筋はある程度わかるはずだ。

 

「いや、待ってくれハリー。俺が全部やるよ。……気を悪くしないでくれよ。これでもハーマイオニーより強いんだ」

 

「思わないよ、凄いじゃないか?!」

 

 ロンはハリーの言葉に何も言わなかったが、耳を少し赤くした。

 

「じゃあ、いくぞ。ハリーはビショップ、ハーマイオニーはルークに乗って」

 

 ロンの指揮のもとで、魔法のチェスは淡々と進んでいった。はじめてロンの駒が相手に取られたとき、相手の駒はハロウィンのとき遭遇したトロル以上の速度で、一瞬にしてロンの駒を粉々に打ち砕いた。

 

「ひっ……」

 

 

 ハーマイオニーは思わず息を飲んだ。ハリーも震えが止まらなかった。もしも、相手の攻撃で自分のビショップが破壊されたら?ロンやハーマイオニーの駒だったら?

 

「二人とも、俺を信じて」

 

 ロンはそう言って、淡々と駒を進めていった。ハリーたちが先の展開を考えるよりずっと早くに、盤上の駒はせわしなく動き回った。そして、ハリーやハーマイオニーが次の手を考えるよりも、ロンと相手の駒が先の手を読み合う速度のほうがずっと早いのは確かだった。

 

「……詰めが近い」

 

 ロンは唐突にそう言った。

 

「ダメよ!!」

 

 ハーマイオニーはそう叫んだ。ハリーも叫びたかった。だが、ハリーには何もできなかった。

 

(ボンバーダでロンを襲う駒を吹き飛ばしてやりたい)

 

 ハリーは心の底からそう思ったが、それをすれば、この魔法でどんな罰を受けるのかわからなかった。何より、それをすれば。ロンのこれまでの戦いを無駄にすることになってしまう。

 

「俺の駒が一歩進むと取られるから、ハリーがキングにチェックをかけてくれ」

 

「ロン……ボンバーダで、相手の駒を吹き飛ばしても……」

 

 ハリーの理性は感情に負けようとしていた。ロンが死ぬかもしれないと思うと、何とかしてロンの駒が取られるのを回避したかった。

 

「ダメだ、ハリー。これがチェスなんだ。……もう、もしかしたら敵が石を奪ったかもしれない。ザビニのところを通り過ぎてこっちに来るかもしれない。どれだけ怖くたって前に進まなきゃ、何も得られないんだ、ハリー」

 

 ロンは蒼白になりながら、誰よりも勇敢だった。ハーマイオニーが目を瞑って何かに祈りを捧げるのを見ながら、ハリーは自分達が魔法使いなんだということを思い出した。魔法使いに神はいない。

 

 無慈悲な鉄槌が、ロンの乗る駒を粉々に打ち砕いた。ハリーはキングにチェックをかけると、ハーマイオニーと一緒にロンのところに駆け寄った。

 

 

 誰よりもグリフィンドールらしいグリフィンドール生は、石のように硬直して瓦礫のなかに埋もれていた。しかし、目だった外傷はなかった。

 

「……きっと失神呪文だわ」

 

 とハーマイオニーは言った。肉体へのダメージを最小限にして意識を刈り取る。そういう魔法がかかっていたらしい。

 

 

「ロン、必ず石を取って帰ってくる」

 

 ハリーは意識のないロンにそう誓って、警戒のために蝶々を、扉の先に進ませた。

 

 蝶々は、ハリーのところへは戻らなかった。

 

 





最後には自己すら犠牲にして前に踏み出せるグリフィンドール。
臆病さゆえに死なないための手段を考えるスリザリン。
どちらも本来は必要なものなんですよねえ……


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雪辱戦

 

 ハリーとハーマイオニーは二人で一緒にアロホモラを唱え次の試練……あるいは、賢者の石を狙う犯人がいる部屋に足を踏み入れた。

 

 そこには地獄のような光景が広がっていた。

 

 

 ハリーが魔法で変化させた蝶々を使って、二匹のトロルが遊んでいた。彼らはわざと蝶々に当てないよう、超高速でこん棒を振り回し、どちらがより素早くこん棒を振り回せるかと、遊び相手である蝶々が消えないよう楽しむことに専念しているようだった。遊んでいたトロルたちは、扉から入り込んだ風を受けてぴたりとこん棒を止め、ハリーたち二人を見た。二匹のトロルはハロウィンのトロルより一回り以上も大きく、腕の筋肉はハリーの頭よりも大きく膨れ上がっていて、巨大な筋肉の鎧の上からさらに頑丈そうな鎧を着込んでいた。

 

 ハリーとハーマイオニーはトロルを一目見るなり、扉を閉じた。魔法で錠をかけ、トロルがチェスの部屋に入ってこないことを祈った。

 

「……トロルがいるなんて……!?それも二匹も?!」

 

「どうしましょう……今はロンもいないのに!!」

 

 ロンがいれば、二匹のトロルにさぞ愉快な名前をつけてくれただろう。しかし、ロンは気絶していて、ハリーたちを落ち着かせてはくれなかった。

 

(甘かった……!)

 

 ハリーとハーマイオニーは一時的にパニックになりかけた。ハロウィンのことがあったのに、トロルが学校の中にいて待ち構えているとは思わなかった。心のどこかで、罠を軽んじていた。

 

「……とりあえず、トロルを倒すための何か……何でもいいから武器が欲しい。チェスの駒の残骸が使えないかな。ウィンガーディアム レヴィオーサ(浮遊せよ)!」

 

 ハリーは比較的大きな残骸に浮遊魔法をかけてみたが、残骸はピクリとも動いてくれない。

 

「いいえハリー。トロルは岩を投げ返すことも出来るわ。……武器よりも、トロルの攻撃をどうにかする方法を考えないと」

 

「……でも、倒す方法すら思い付かないのに……」

 

 ハリーはハロウィンのとき、ロンがこん棒でトロルを打倒したことを思い出した。高く、高く舞い上がったこん棒が、トロルの頭上から落下したときのことを。

 

(高く。そうだ!高さだ!!)

 

「ハーマイオニー!鳥の部屋に戻ろう!!あそこの箒を使うんだ!!箒でトロルの攻撃が届かないところに行ってから、ハロウィンの時みたいにこん棒をぶつけてやるんだ!頭に!!」

 

 ハリーはこれならやれるかもしれないと思った。ハーマイオニーも、絶望的な状況から、少しだけ光明を見いだしたようだった。彼女は蒼白になりながら、ぎゅっと自分の髪の毛を握りしめた。

 

「そ、それしか……ないわね。でもハリー、トロルがこん棒を投げつけてくるかもしれないわ。それに、飛び上がって攻撃してくるかもしれない」

 

「こん棒は僕がエクスペリアームス(武装解除)で何とかするよ。シリウスが教えてくれたんだ。トロルを挑発して気をひくから、ハーマイオニーはトロルの頭を後ろから思いっきり叩いて」

 

「ハリー、怖くないの!?そんなことをしたら死んでしまうかもしれないわ!!」

 

 ハリーは怖かったが、自分がロンの代わりにハーマイオニーの前に立つしかないと思った。それはグリフィンドール的な勇気ではなかった。

 

「もう怖がってる場合じゃないんだ!ここに来るまでに、みんなを置いてきてしまったんだ……!!」

 

「……あなたはとても勇敢よ、ハリー」

 

 ハーマイオニーは反論しようとして、その時間が惜しいことに気がついた。代案が浮かばない上、自分はハリーほど箒の扱いも上手くはない。トロルの攻撃を受けずにトロルを倒すという無理難題を攻略する答えがあるとしたら、これしかないのだ。

 

「そんなことはないよ。ハーマイオニー。君が居なければ、僕だってこんなアイデアは浮かばなかった」

 

 ハリーはもう止まるわけにはいかなかった。アズラエルとドラコとファルカス。ザビニ。そしてロンも。友達をみんな置いてここまできたというのに、どうしてここでハリーだけ、立ち止まれるというのだろう。それは勇気ではなく、責任感というものだった。四つの寮の徳目のどれでもなかった。

 

「……ハーマイオニー。行くよ、準備はいい?」

 

 

「いつでもいいわ、ハリー」

 

「……3、2、1、アロホモラ(開け)!!」

 

 

 ハリーとハーマイオニーは、扉が開くなり箒に乗ってトロルの待ち構える部屋に突入した。二匹のトロルはすでに蝶々を粉々にして、臨戦態勢でハリーたちを待ち構えていた。

 

「ハーマイオニー、上だ!上に飛んで!!」

 

 ハリーがそう指示し、ハリーとハーマイオニーは箒の性能に任せた加速で上空に舞い上がる。

 

 直後、先ほどまでハリーたちがいた空間に一匹のトロルが突撃していた。ハリーはそのままトロルがチェスの部屋に入ってしまうのではないかと思ったが、トロルは魔法でこの部屋を出れないようになっているのか、魔法の障壁に阻まれ痛そうに呻き声をあげていた。突撃したトロルではないもう一匹のトロルは、獰猛そうな声ではなく、何かトロルの言葉でそのトロルに話しかけていた。

 

「ハリー、この子は任せて!!ウィンガーディアム レヴィオーサ!!」

 

 ハーマイオニーは突撃したトロルのこん棒を浮かそうと、こん棒に魔法をかける。トロルは左手に握りしめたこん棒が浮かないよう、必死で手を握りしめていた。

 

 ハリーはそちらのトロルをハーマイオニーに任せて、ハリーを狙おうとしていたもう一匹のトロルが握るこん棒めがけてまっすぐに杖を振り下ろした。

 

「エクスペリアームス!!」

 

 ハリーの杖から武装解除の閃光が放たれる。しかし、トロルはその閃光を左に避けてかわした。トロルの獰猛な顔が笑みを浮かべているように見える。

 

(……箒に乗っているから?!)

 

 不安定な箒の上で魔法を使ったことはない。ハリーがトロルのこん棒を奪うには、トロルにもう少しだけ近づかなければいけないようだった。

 

 

 ハリーが箒を加速させ接近したとき、トロルは鎧の肩当てを外した。肩当てを握りしめ、投擲の体勢に入る。

 

(まずい!鎧を武器に使うなんて!)

 

「エクスペリアームス!!」

 

 狙いがハリーならば躱せる。しかし、ハーマイオニーが狙われたら?

 

 ハリーは咄嗟に、こん棒ではなく肩当てに武装解除の閃光を放つ。肩当てはくるくると宙を舞って、ハリーのところに飛んでいこうとする。

 

 しかし、肩当てがハリーのものになることはなかった。トロルは主を裏切った肩当てに、渾身の力を込めてこん棒をぶち当てた。

 

 

 ハリーはトロルがこん棒を振り下ろす直前、咄嗟に全体重を左に傾けて避けた。それは勘に過ぎなかったが、それがハリーの命を救った。

 

 肩当てはトロルの馬鹿力にも原型をとどめたまま、音速以上の速度でハリーが先ほどまでいた位置を通り過ぎ、天井のシャンデリアへとぶつかった。シャンデリアは耳が苛立つ音を立てて揺れ、その破片が部屋中に飛び散った。

 

「ウィンガーディアム レヴィオーサ!!ウィンガーディアム レヴィオーサッ!!」

 

 ハーマイオニーはその喧騒のなかでも、目の前のトロルにだけ専念していた。というより、気にする余裕などなかった。ハーマイオニーはトロルのこん棒を浮遊させ、幾度も幾度も、休むことなくトロルの頭だけを狙い続けていた。声がかれようと、トロルが頭から血を流そうと、止めることはできなかった。ハーマイオニーも必死だった。やらなければ自分もハリーも死んでしまうのだから。

 

 

 ハリーはもう一匹のトロルがハーマイオニーを狙わないよう、反対側の壁際に沿って箒を高速で動かした。ハリーを狙うトロルはトロルとは思えないほど俊敏に鍛え上げられていて、あっという間にハリーとの距離をつめる。ハリーは上空に逃げたが、何とこのトロルは鍛え上げられた真の戦士だった。箒の高さにも負けることなく、跳躍してハリーへと向かってくる。

 

「エクスペリアームス!!」

 

 

 

 ハリーはトロルのこん棒を今度こそ弾き飛ばした。こん棒を飛ばされたトロルは、その勢いで空中で姿勢を崩す。箒に乗って、戦闘の緊張感で高揚したハリーは、トロルの動きがいやにスローに見えていた。トロルの顔の動揺がよくみえる。暗い夜道のようなどんよりとした目が、大きく見開かれていた。

 

「ボンバーダ(爆発せよ)」

 

 ハリーはトロルの眼球を、正確に爆破することに成功した。ハリーはふと、マクゴナガル教授の言葉を思い出していた。

 

『強力な魔法に頼る者は時として、魔法生物の高い耐性に足をすくわれます。ですが、そんな魔法生物にも、目という弱点は存在します』

 

 ハリーはこの一年で学んだことを出しつくし、トロルへの雪辱を果たすことが出来た。友達と飛ぶことで培った箒の操縦技術も、シリウスのアドバイスを受けてフリットウィック教授から教わった呪文学も、マクゴナガル教授の適切なアドバイスとハロウィンの経験、そして、クィレル教授から教わった呪文の理論。どれが欠けていても、ハリーは死んでいた。おそらく戦いにすらならなかったはずだ。

 

 

 トロルを倒すのに、強力なカースは必要なかった。ハリーは目を爆破されたトロルが、痛みでそのまま落ちていくのを見た。トロルは鍛え上げたことで俊敏さを手に入れた代わりに、痛みへの耐性も失ってしまっていたかのようだった。

 

「ウィンガーディアム レヴィオーサ!!」

 

 ハリーは奪ったこん棒を使い、地面へと頭を打ち付けたトロルに追い討ちをかけた。棍棒がトロルの頭へと何度も叩きつけられる。何かが砕ける音がし、気がついたときには、トロルの頭からは血が流れていた。トロルはピクリとも動かない。

 

「ハーマイオニー!無事!?」

 

 ハリーは荒い息で箒に乗ったまま、自分がハーマイオニーを守れていなかったことに気がついた。くるりと方向転換すると、ハーマイオニーは涙を流しながらトロルにこん棒をぶつけていた。

 

「ハーマイオニー、大丈夫!大丈夫だよ!!もう終わったから!」

 

 ハリーはトロルとハーマイオニーとの間に割り込んで彼女を止めた。ハーマイオニーははっとしたように杖を止めると、荒い息のまま箒を地面に降ろし、へなへなと箒から降りた。

 

「……怖かったよね。君を守れなくてごめん、ハーマイオニー」

 

(ごめんじゃないだろ、何やってんだハリー)

 

 

 ハリーは自分の脳内で、ハリーを責めるロンの声を聞いたような気がした。

 ハリーは自分が情けなかった。

 

(こういうとき、アズラエルならハーマイオニーを立ち直らせる言葉をかけられるかもしれないのに)

 

 ハリーにできたのは、なんとなく持ってきたハンカチをハーマイオニーに手渡すことくらいだった。

 

「ち……違うの。私、私……トロルを殺してしまったかもしれない!この子たちは命令を聞いていただけなのに!石を守っていただけなのに!!」

 

 ハーマイオニーは生き物を殺したかもしれない恐怖で震えていた。

 ハリーもハーマイオニーも魔法族だ。魔法薬の材料となる生き物が、時には殺されていることは理解しているし、授業で蛙などの生き物を解剖したこともある。

 

 

 しかし、自分の意思で、何の罪もない生き物を傷つけたのはじめてだった。

 

 ハリーの脳内で、ドラコの、声が響いた。

 

『全部お前のせいだぞ、ポッター!!』

 

「ハーマイオニー。これは君のせいじゃない」

 

 ハリーはしゃがみこんで、同じくへたりこんでいたハーマイオニーに言った。

 

「僕がやれって言ったんだ。トロルを倒したのは君のせいなんかじゃない。やらせた僕のせいなんだ。誰が聞いたってそう言ってくれる。ハーマイオニー、だから……だから君が気にすることはないんだ」

 

 ハリーは悪魔が唆すような言葉をかけて、ハーマイオニーを立ち直らせようとした。それはハリーなりにハーマイオニーを思っての言葉だった。

 しかし、ハーマイオニーは、ハリーの予想よりもずっと強かった。彼女はハンカチでごしごしと目をこすると、涙の跡が残る顔を上げて言った。

 

「……いいえ!!ハリー、それは絶対に違うわ!私は私の意思で、自分の意思でここに来たの!!絶対にハリーのせいなんかじゃない!!前に進みましょう、ハリー!」

 

 ハーマイオニーは、ハリーが止める間もなく次の扉を開けて進んだ。彼女はハリーが思うより、ずっとずっとずっと、強くあろうとしていたのだ。

 




視点を変えてみるとスリザリンの不良とつるんでるグリフィンドールの優等生の図。


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最後の試練 学年一の魔女

 

 

「ハーマイオニー!せめて箒に乗って入ろう!!」

 

 ハリーは突撃するハーマイオニーを追いかけて、急いで箒に乗り込んだ。ハーマイオニーは、ハリーが止める間もなくアロホモラで次の部屋へと突入していく。彼女の姿はまさに、勇敢な獅子そのものだ。

 

『そういえば獅子は女性のほうがよく働くらしいよ。知ってたかい、ポッター?』

 

 

 ハリーは今になってドラコの言葉を強く実感した。本気になった時のハーマイオニーを止められるのは、恐らくは自分のような蛇ではないのだ。彼女にはロンのような獅子の相談役が必要不可欠だったのだ。

 

 

 ハーマイオニーは油断なく杖を構えて、片手に箒を持って部屋を見回している。ハリーは薄暗い部屋がよく見えるように、ルーモス(光よ)を上部に放って部屋全体を照らそうとした。

 

 薄暗い部屋が明るくなってくると、部屋の奥に頑丈そうなテーブルと、形と大きさの異なるいくつかの小瓶があるのが見えた。ハリーがそれに疑問を抱くより先に、ハリーは背後から驚くほどの熱気を感じた。

 

「何だ?!」

 

 驚いて後ろを振り返ると、紫色の魔法的な炎がごうごうと燃え盛って入り口を塞いでいた。炎自体に何らかの特殊な効果があるのか、それともホグワーツ城の魔法耐性を突破できなかったのかはわからないが、紫色の炎は入り口を燃やしているのに周囲に燃え広がる気配はない。

 

「ハリー。奥を見て。黒炎よ」

 

 ハーマイオニーは冷静に杖でテーブルの先にあった扉を指し示した。杖の示す先には、奥に進む扉があった。しかし、その扉は黒く立ち上る不吉な炎で燃え盛っていて、とても近づくことなどできそうにない。

 

「これも罠だよね。僕たちをここに閉じ込めるための仕掛けだ。でも、最悪の場合は水で消せるかも……」

 

 ハリーはまだ罠を楽観視していた。悪魔の罠がインセンディオで突破できたのなら、前と後ろの炎も、魔法で攻略できないだろうかと考えた。チェスのような形式的な罠や、トロル以上の怪物に不意に出くわすよりは、魔法で攻略できそうな罠でよかったと安心した。

 

「待ってハリー。テーブルに紙が置いてあるわ。……文章が書いてある。読んでみるわね」

 

 そしてハーマイオニーはつらつらと書かれている内容を読み上げてくれた。この紙は、親切にもハリーたちに前進するための薬と、引き返すための薬の在りかを教えてくれていた。瓶の大きさは見ればわかる。一番大きな瓶と、一番小さな瓶のどちらにも毒薬はない。冷静に考えれば分かる問題だった。

 

 

(……右端から二番目と左端から二番目の瓶がイラクサ酒、イラクサ酒の左隣は毒薬で両端の瓶は種類が違う、つまり右端は毒じゃなく酒でもないけど前進はできないから……)

 

 ハリーが答えを導き出すよりも先に、ハーマイオニーは七つの瓶のどれを選べば前進できるのか、答えを導き出していた。

 

「ハリー、これね!一番小さな瓶なら、黒い炎の守りを突破できるわ!!」

 

「あ……そうか、やっぱりそうだったんだ。うん、そうだね。……凄いねハーマイオニー。右端が戻るための薬だし、酒の位置と毒薬もヒント通りだ。小人の瓶と巨人の瓶のどちらにも毒薬はないんだからそれしかないよね」

 

 授業の時と同じだった。先生が教科書にない問題を出したとき、ハリーが答えを導くより前に、ハーマイオニーは正解を導き出してしまう。ハリーは今まで一度もハーマイオニーに勝ったことはなかった。箒の乗り方以外では。

 

「すごいわ。これを考えた人は。これは魔法じゃなくて論理よ。パズルよ。大魔法使いと呼ばれる人って、論理の欠片もない人が多いの。そういう人は、永久にここで行き止まりだわ」

 

「そうだね。僕は小魔法使いだから、アグアメンティ(水よ)で突破できないかなって考えちゃったよ。きっと、それじゃダメなんだろうね」

 

 魔法使いは魔法が使えるからこそ、魔法で何でもかんでもやりとげてしまおうとする。この罠は、それだけでは行き詰まるということを教えてくれていた。

 

「これを考えたのは、きっとスネイプ教授だよ」

 

 

「私も、そう思うわ。あの教授はときどき、あなたとスリザリンに対して論理的ではなくなるけれど」

 

「はは……」

 

 ハリーは苦笑するしかなかった。ハリー自身が暴走するとき、特にスネイプ教授が理性的でなくなることは確かだったが、スネイプ教授は常にスリザリンの生徒だけを尊重し、贔屓する姿勢を崩さなかったからだ。

 

(自分が無視して一点もやらなかったハーマイオニーが罠を突破したって知ったら、あの人はどう思うんだろ)

 

 ハリーは、ふとそんなことを考えた。

 

「スネイプ教授は君をもっと誉めるべきだったよ。授業でも、この石を守る試練でも君が一番の魔女だったんだから」

 

 

 ハリーは心の底からそう思って言った。ハーマイオニーは、少し嬉しそうに眉をあげたが、やがてそっと悲しそうに目を伏せた。

 

「でも私、いい子ではなかったわ。スネイプ教授を疑って、火をつけてしまったもの」

 

「……僕を守るためにやったんだろ?なら、君のせいじゃないって」

 

「ううん。私も知らず知らずのうちに、偏見でものを見ていたのかもしれないわ。だってあの人は、魔法薬では素晴らしい能力を持った教授ではあったもの。普段の態度だけで人を判断するべきではなかった」

 

「……普段の態度だけでしか人は人を見れないと思うよ、ハーマイオニー。スネイプ教授が君への態度に罪悪感を持っていたとも思えないけど。スネイプ教授は誰よりスリザリンだから」

 

 ハリーは言った。一人のスリザリン生徒として、スネイプ教授が、寮が違うというだけの理由ではなく、彼女がマグル生まれだから差別をして、減点したのではないかと疑ってしまうようなことはしょっちゅうあった。

 

「……いい年した大人のクセにね。守ってもらっといてなんだけど。これだけは確かなことだと思うよ」

 

 ハリーは入学してから少しの間だけだが、スリザリン生として過ごした。だから、分かることがある。

 

「あの人は君を見ないようにして、君を遠ざけようとした。けれど、それが間違っていたってことをこの試練が証明したと思うよ。あの人は君がグリフィンドール生だからってだけで授業で減点さえしたけど、君がもしスリザリン生だったら、減点なんてしなかったと思う」

 

 ハリーはダンブルドアが言っていた言葉を思い出した。機知に富む才能を、グリフィンドールとスリザリンは求めたとあの白ひげの魔法使いは言った。ハーマイオニーの能力がスリザリンの求める能力に重なることは当たり前だ。それなのに、寮が違うというだけの理由で、いや、下手をすればマグル生まれというだけの理由で、ハーマイオニーは正当に評価されてこなかったのだ。スリザリンに求められる薬学や論理的思考能力の才能を持っているのにだ。

 

 

「ハリー。あなたも今日は過激ね」

 

「……そうだね。ハーマイオニーほどじゃないけどね。ここで、本音を話しておきたかった」

 

 進む薬は一つしかない。この先に進んでしまえば、戻る術はない。だからハリーは、ハーマイオニーに後を託すつもりだった。

 

「スプラウト、マクゴナガル、ハグリッド、フリットウィック、シニストラ、そして、スネイプ。トロルの試練が魔法生物学の教授だとすると、次はクィレル教授の防衛術だ。今までで一番の難易度になると思う。もしかしたら、もう例のあの人がそこにいるかもしれない。今本音を言っとかないと、もう言えないかもしれないんだ」

 

 

 

「……ハリー。この先には私が行くわ。私、これは自慢なのだけれど、一年生で一番魔法が上手いの」

 ハーマイオニーは胸を張った。一年生に限定するだけ謙虚だとハリーは思った。

 

「知ってる。一年生ならみんな知ってるよ、ハーマイオニー」

 

 客観的に見て、ハリーとハーマイオニーとでは魔法使いとしてはハーマイオニーのほうが上だった。魔法使いの強さは、使える魔法の多彩さ、つまり知識にも左右される。論理パズルをいち早くといた頭の回転の速さも合わせれば、ハーマイオニーを進ませるべきなのかもしれないとハリーは思った。

 

(確かにハーマイオニーならできるかもしれない。でも)

 

「ハーマイオニー。テストをしたとしたら、僕は絶対に君にはかなわないと思う。だけど僕には、そこそこの反射神経と、箒の腕と、エクスペリアームスがある」

 

 ハリーは思いきってそう言った。

 

「この先にいるのが怪物なら、箒で空に逃げればいい。人なら、箒で上に飛んでからエクスペリアームスすればいい。僕は、……決闘だけなら、君にも勝てるつもりだよ」

 

 ハリーは大言壮語したつもりはなかった。

 ハーマイオニーの強みである知識量は、その積み重なりが大きくなればなるほど実力差が開いていく。ハリーが今言った手段も、ハーマイオニーなら対策を思いつくし、そのための魔法を会得するだろう。

 

 しかし、今このときに限ってなら、自分が前に進むべきだとハリーは思った。ハーマイオニーをこれ以上の危険に進ませて、自分は引き返すという選択は、ハリーにはできないと思った。

 

 

「……けれど、ハリー。それは」

 

 ハーマイオニーはその答えには納得しなかった。納得するわけにはいかなかった。

 

「あなたが辛いでしょう。あなただって怖いのに」

 

 ハーマイオニーは勇敢だった。そして、友達の痛みを自分のことのように思える人間だった。

 

「……そうだよ。この先に進むのは怖いよ。だけどさ、ハーマイオニー」

 

「僕は、ハグリッドの管理する森を荒らして。僕の命を狙って、友達を傷つけようとしたやつが許せないんだよ。それに、僕は君に……友達に死んでほしくなんてない」

 

 

「私だってそうだわ、ハリー」

 

 友情はハーマイオニーを説得する材料にはならなかった。当然だ。ハリーもハーマイオニーも、友情を犠牲にして、友を置いてきぼりにしてまでここまで来たのだ。

 最後の最後で、本当に命の危険があるという状況に進む友を黙って見送れるはずがない。そんな雁字搦めなジレンマがハリーとハーマイオニーを襲っていた。

 ハリーは胸を締め付けられそうになりながら言った。

 

「僕はここに来るまで、友達とか居なかったから……アスクレピオスとか、ドラコとかロンとか、君とかザビニたちに会えて凄く嬉しかったよ」

 

「私もよ。魔法にかけられたみたいだった」

 

「だから僕は、……側にいてくれた皆に、みんなに何かを返さなきゃいけないんだ」

 

「……」

 

 ハーマイオニーは黙っていた。

 

「僕はどうしてか、生き残った男の子なんて呼ばれてた。魔法界でいろんな人が……シリウスが、僕のことを誉めてくれた。スリザリンらしいとは言ってくれなかったけど」

 

 

 ハリーは今まで、誰にも言えなかった恐怖を彼女に打ち明けた。

 

「僕はスリザリン生だけど、スリザリンらしくないって色んな人に言われた。スリザリン自体が良くない寮だみたいに見られてることも知ってるし、実際良くないことをしてるやつも知ってる。だけど、それを見てなにもしなかったら、たぶんきっと何も変わらないんだ。もしだよ。もしも、僕が……スリザリン生が、スリザリンの恥みたいな例のあの人から石を守ったってことになれば、スリザリン自体の評判も、良くなるんじゃないかって思ったんだ」

 

 ハリーは、いつの間にかうつむいていた。床の木板は、きしきしと軋む音がした。

 

「……ハリー!」

 

「!」

 

 ハーマイオニーは大声でハリーの目を見た。ハリーの緑色の目は、ハーマイオニーの瞳と髪の間をうろうろとさ迷っていた。

 

「あなたはとても立派だわ、ハリー」

 

 

 ハーマイオニーは、しっかりとハリーを抱き締めた。

 

 ハリーはハーマイオニーが何を考えているのか分からなかった。ただ、少しだけどぎまぎして言った。

 

「最後まで、君には勝てなかったけどね。立派な魔法使いって、本当に色々あるよ」

 

 ハリーは苦笑して、それからこう付け加えた。

 

「僕は偉大な魔法使いになりたくてスリザリンに入った。入って良かったと思うよ。だって僕は、そこで色んな人に出会えたんだ。優しくても臆病な奴とか、嫌な奴だけど友達思いの奴とか、本の虫だけど行動力のある子とか……」

 

 ハリーは笑っていた。ホグワーツに来て一番良かったことは、ちょっとした会話に入れたつまらないジョークでも、笑えるようになったことだった。

 

「ハリー?誰のことかしら?」

 

 ハリーの言葉に、ハーマイオニーはじろりとした視線を向けた。ハリーは気付かないフリをした。

 

「たぶん立派な魔法使いって、そういう人の良さとか悪さを見て、自分も……ちゃんと勉強して、必死に生きてる魔法使いのことだと思うんだ。君みたいにさ」

 

 

 ハリーとハーマイオニーは、それぞれが持つべき瓶を持った。二人に迷いはなく、二人はそれぞれがすべきことを理解していた。

 

 

「ハリー」

 

 ハーマイオニーが言った。

 

「また明日」

 

「うん。学校でね、ハーマイオニー」

 

 ハリーは何でもないことのように言った。なんでもない今日を守り、何かが違う明日を迎えるために、ハリーは今日、命を懸けるのだ。

 

 ハリーはハーマイオニーの説得に成功した。ハーマイオニーは、箒に乗って燃え盛る黒炎に飛び込むハリーの背中をじっと見送って、ロンの横たわる部屋に引き返した。

 

 



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蛇に憑かれた男

 

 ハリーは箒を加速させて、黒い炎の中を突き進んだ。スネイプ教授の魔法薬は、箒や衣服や眼鏡も含めて、ハリーのものをすべて守ってくれていた。ハリーはスネイプ教授の才能に恐れおののきながら、闇の中を進んだ。

 

 

 唐突に炎の幕が途切れた。ハリーが気付いた時には、ハリーの目の前には、ターバンを巻いた背の高い男の後ろ姿があった。

 

 ハリーは迷わなかった。加速する箒を上空へと上昇させながら、男の右手に握られた杖に向けて魔法を撃った。

 

「エクスペリアームス(武器よ去れ)ッ!!」

 

 ハリーの杖から放出された赤い閃光が、無防備な男の手に直撃する。そして杖は、男の手を離れてふわり、と宙を舞った。飛行するハリーの手に向かっていく。

 

(や、やった……やった!!勝った!!)

 

 エクスペリアームスは、シリウス・ブラックがハリーのために教えたチャームだ。決闘術の初歩で習う魔法であり、難易度もそう高くはない。この呪文の利点は、その難易度の低さにも関わらず、成功すれば相手の武器……魔法使いにとっては命の次に大事な杖を奪えることにあった。

 

(……あとは……攻撃してぶっ飛ばせば……!)

 

「ボンバーダ(爆破)!……何で出ないんだ!!」

 

 ハリーは杖を男に向けて爆破魔法を撃とうとした。しかし、魔法は発動しない。ハリーの杖は、ハリーの願いに応えてはくれなかった。

 

「どうしたポッター。私は丸腰だぞ?撃たないのか?それとも撃てないのか?君が来るのではないかと思っていたが……少々拍子抜けだな」

 

 男は杖を奪われたことに驚愕した視線を見せたが、すぐに笑顔を見せた。

 

「一年生にはまだ早いと教えていなかったな?攻撃のために魔法を発動させるのは、頭の中で魔法の理論を完璧に理解して魔力を制御し、発動後の状態を正しく想像し、そして明確に相手を傷つけるという悪意が必要なのだ、ポッター!スリザリンを十点減点しよう!!」

 

 男……DADA教授のクィリナス・クィレルは、普段の何かに怯えきった冴えない先生ではなかった。ハリーが来たことに驚いた顔を見せたものの、来たのがハリーであったことで落ち着きを取り戻していた。

 クィレル教授はハリーに杖を奪われたにも関わらず、全く動揺した素振りもない。完全にハリーを子供と見なして甘く見ていた。

 

 

「……降参してください、クィレル教授!もう先生に勝ち目はないんだ!!」

 

 ハリーは箒の上から、クィレル教授に降参を呼びかけた。

 

 ハリーは無意識のうちに、無抵抗の相手……それも、人間に強力な魔法をかけることを躊躇っていた。トロールを倒した直後で、トロールのように見知った人を殺してしまうかもしれないという可能性が、ハリーの心に待ったをかけていた。悪意のないちょっとした魔法で懲らしめてやろうと思えるほど、ハリーの精神状態に余裕はなかった。

 

 クィレル教授は、ニンニクの香りを漂わせて常に何かに怯えているような態度から、生徒に好かれてはいなかった。ザビニが影で教授をバカにしていたし、大半のスリザリン生はクィレル教授がマグル学を教えていたことを挙げて彼を馬鹿にしていた。

 

 それでもハリーは、クィレル教授のことが嫌いではなかった。尋ねれば分かりやすく理論を教えてくれるクィレル教授のことは、ちゃんとした大人で先生なのだと思っていた。目の前に出てきたのがクィレル教授だったとき、ハリーはハーマイオニーの言葉からスネイプ教授が彼女に服を燃やされたということを思い出して吐き気がした。スネイプ教授ではないと思っていたが、クィレル教授であってほしくもなかった。

 

 武装解除が成功するまで逃げきり、武装を解除したあとは杖を突きつけて降参させる。

 

 ハリーの想定は言ってしまえばその程度のものだ。だが、ハリーは自分を過小評価していた。ここまで武装解除がうまくいくことも、杖を奪われた相手が降参しないことも、ハリーにとっては想定外だった。

 そのため、自分にもたらされた圧倒的なアドバンテージを生かすことはできなかった。

 

「勝ち目がない?……所詮は子供だな。面白いことを言うなポッター!」

 

 クィレル教授は右手の指をパチン、と鳴らした。

 

「闇の帝王は私に叡知と力を授けて下さった!!これもその一つだ、ポッター!」

 

 その瞬間、箒で飛び回っていたハリーの全身に縄が巻き付いていく。縄は、ハリーの全身を拘束し、そのまま首に巻き付こうと動き回る。クィレル教授は勝ち誇りながら、ご高説を垂れ流していた。

 

「かつての私は世の中に善人と悪人がいるという馬鹿げた理屈を信じた下らない若造だった。深い森の奥で、闇の帝王は私のそんな思い上がりを正し、真実を教えて下さった。この世には力あるものと、力を持つには弱すぎるものがいるだけなのだ!」

 

 勝ち誇り続けるクィレル教授は、ハリーが取った行動の意味を理解できなかった。

 

「……インセンディオ!!」 

 

 ハリーは反射的に、左手で持っていたクィレル教授の杖ごとハリーの首にかかっていた縄を焼いた。ハリーの首にインセンディオの熱気が伝わってくる。それでも構わなかった。自分が怪我をする覚悟も、場合によっては死ぬことだって覚悟してきたつもりだった。

 

 ハリーの視界が煙でぼやけ、ハリーは箒から転げ落ちた。

 

「?!き、貴様ぁ!私の杖を!!」

 

 クィレルにとっても完全に想定外の事態だった。

 英雄と呼ばれようが何だろうが、結局は11歳の子供。まさか自分を傷つけるような手段が取れるはずがないとたかをくくっていた。その慢心が、ハリーではなくクィレル自身の首を絞めていた。ハリーは転げ回って火を消すと、クィレル教授に杖を向け、ハッキリと呪文を唱えた。

 

「ディフィンド(裂けろ)!!」

 

 ハリーの杖からは、今度は呪文の閃光が放たれた。まっすぐにクィレルめがけて、切断呪文が迫る。

 

「……もうよい、愚か者め」

 

 しかし、奇妙なことが起きた。まっすぐに飛んでいた呪文が、突然軌道を変えてハリーめがけて跳ね返ってくる。ハリーは倒れ込むようにしてそれをかわした。その勢いで、服に広がっていた炎が少し消える。

 

「ご主人様!?今力を使うのは危険です!!あなた様はまだ完全ではありません!!」

 

(誰の声なんだ?)

 

 ハリーはぞっと背筋が凍るのを感じた。炎で体が焼けただれているはずなのに、それ以上の何かが感じられた。目の前にはクィレル一人しかいないはずなのに、クィレルとは別の、男の声がした。ハリーはその声を聞いたとき、頭が割れるように痛むのを感じた。

 

「このためなら……使う価値がある……君を試してやろう、ポッター……来るがいい」

 

 まるで教師が教え子に語りかけるような優しげな声で、クィレルからの声はハリーに語りかけた。体勢を立て直したハリーは、ぱちぱちと音を立てる箒を見た。

 

(もう使えない。それなら……)

 

 もうハリーは飛ぶことはできない。ならば、箒を武器として使ってやるとハリーは思った。

 

「ウィンガーディアム・レヴィオーサ!!」

 

 ハリーは箒を飛ばしてクィレルにぶつけようとした。箒は勢い良く回転しながら、クィレルの頭部めがけて加速していく。

 

 クィレルが両手を叩くと、箒は一瞬で砕け散った。あわれな木片と化した箒は、魔法の支配を失って地に落ちていく。

 

「……インセンディオ(燃えろ)!!!!」

 

 ハリーはありったけの魔力を込めて、杖から今までにないほどに大きな火炎を放出した。木片を飲み込んだ赤い火球は、その勢いを増してクィレル教授に迫る。

 

 ハリーは本気だった。クィレル教授の様子は、先程までとは何かが違った。彼はハリーを圧倒しているのに、先程までの高慢な雰囲気はなく、何かに怯えているような雰囲気があった。ハリーはなぜかそれが、たまらなく恐ろしかった。クィレル教授から逃げたかった。

 

 

「……見事だ」

 

 一言、ハリーを誉める声がした。

 

 クィレルは、手を全く動かさなかった。それなのに、クィレルを狙った炎はクィレルを狙わなかった。

 

「モースモードル」

 

 クィレルのものではない声が何かの魔法を唱えた。ハリーはそれが何なのか分からなかった。しかし、それによってインセンディオの炎をハリーは制御できなくなった。杖が何かに引っ張られるような感覚があって、ハリーは炎の放出を止めた。

 

 ハリーのものでなくなった炎は、髑髏のような紋様を浮かべて宙を漂った。ハリーはそれを見たことがなかったが、それに込められた魔力に恐ろしさを感じた。炎はハリーの赤い炎ではなく、スネイプ教授の罠で見た黒い炎へと生まれ変わっていた。

 

「ボンバーダ(爆発)!!!」

 

 ハリーは破れかぶれに黒い炎めがけて爆発を、ぶちこんだ。炎が爆発すればハリーもただでは済まないが、クィレルも倒せるかもしれないというわずかな希望があった。ハリーは、自分に残されたすべての魔力を爆発魔法に流し込んだ。

 

 しかし、ボンバーダの爆炎は黒い炎には反応しなかった。爆風のあとも、髑髏の炎はその場にとどまり続けてハリーを見続けていた。炎がハリーに迫ってくる。ハリーは、壁に向かって必死で逃げようとした。だが、ハリーの足は何かに縛られたように動かない。ハリーは炎に焼かれて殺されると思った。自分の目を閉じた。

 

 

 

「よい戦いだった。君の勇気を称えよう…褒美に、俺様から君に授業をしてやろう。……これは闇の印というのだ、ポッター」

 

「どこにいるんだ!!隠れているなら正体を現せ!!」

 

 謎の声は、ハリーに語りかけるようにそう言った。ハリーはほとんど自棄になりながら怒鳴った。透明マントを使ってどこかに隠れているにしては、声はクィレル教授のところからしか聞こえてこない。

 

「これは失礼した。俺様ともあろうものが、礼儀を欠いていたな……」

 

 そう声がした瞬間、クィレルはハリーに背を向けた。ハリーは背中を狙えると思ったが、ハリーの手は金縛りにあったかのように動かない。

 

(金縛りだ……!魔法をかけられたんだ!!)

 

 一体いつ魔法をかけられたのか、ハリーには分からなかった。分かっているのは、隙だらけの敵を前にして、自分はただ敵の思いどおりに間抜けに見物するしかないということだった。

 

 クィレルが巻いていたターバンがほどかれていく。ハリーの額は、激痛を出して警告を発していた。ターバンがなくなったクィレルの後頭部を見て、ハリーは思わず唾を飲み込んだ。

 

 蝋のように、全く生気が感じられない白い顔に、ハリーの緑色の瞳とは異なる、血のように赤い瞳。そして、蛇のような裂け目の鼻孔。そう感じてしまうのは、ある意味では蛇に対する冒涜だった。目の前に現れたものは人間ではなく、ましては蛇のような神聖で犯すべきではない生き物ではなく、怪物としか思えなかった。

 

 その怪物こそスリザリンを貶めた元凶であり、ハリーの両親を殺した、今世紀最悪の闇の魔法使い。

 純血主義を掲げる人間たちの王にして、神。ヴォルデモート卿その人だった。

 

「……ハリー・ポッター……スリザリンの子よ……」

 

 怪物はハリーにささやいた。自分がハリーのせいで、影のような存在になり身を隠していたことを。ハリーを守るために父親が死に、母親はハリーを守るために死ぬ必要のない死を迎えたことを。

 

「しかし俺様は寛大だ。特にこのクィレルのように才能あるもの……君のように、スリザリンの子供に対してはな。……君の両親に悔い改める機会を与えたように、君にも改心の機会を与えてやろう。君の友人にもだ」

 

「ふざけるな!!お前が父さんと母さんを殺したんだ!今すぐ父さんを返せ!母さんを返せ!」

 

 ハリーは絶対にこいつに屈してはならないと思った。何を言われようと、何をされようと、たとえハリーがここで死んだとしても、こいつにだけは屈してはならなかった。

 

 

 ヴォルデモートに屈するということは裏切りだった。ここまで来た友達に対して、そして、何よりもハリー自身に対する裏切りだった。ハリーはどうして皆がピーターを嘲るのかを、今やっと、心の底から理解した。

 

(こいつは……こいつだけは許せない!!殺さないといけない!!)

 

 他人の一番大切なものを人質にとって、踏みつけて、そしてそれを嘲笑っている。ハリーの一番嫌いなタイプの人間が、最も邪悪な方法でそれをやっているのだ。

 

「偉大になる道を自分で閉ざすのか、ポッター?魔法を自由に使いたくはないのか?己を虐げたマグルを殺したくはないのか?己をその場所に追いやったダンブルドアに復讐したくはないのか?

……スリザリンで、皆から認められたくはないのか?」

 

 悪魔はそう言ってハリーにささやいた。その言葉は、ハリーをますます怒らせた。

 

(こいつがそうしたんだ!)

 

「私に協力すれば君は偉大になれる。君にはカースを扱う才能がある……それを最も正しく導けるのはこの俺様なのだ、ポッター」

 

「お前に協力するくらいなら死んだほうがマシだ!!」

 

 ハリーはもはや、表面上だけでも合わせて機嫌を取るという考えすらなかった。頭の中にあるのは、ヴォルデモートに対する怒りだけだった。ここで炎に焼かれて死んでも、両親を殺した外道に落ちるよりずっとマシだと思った。

 

「泣かせるねえ……クィレル。ポッターを鏡の前に立たせろ」

 

「は、ご主人様!!」

 

 闇の帝王がそう命令すると、クィレルはくるりと振り向いてハリーを鏡の前に立たせた。クィレルはなぜか肩を怒らせていた。

 

 

「鏡を見ろポッター!!何が見える!ここに石があるはずだ!!石を使って火傷した体を治したいだろう?」

 

 ハリーは石を使いたいとは思わなかった。絶対にこいつらに協力などしてやらないと思っていた。

 

(……あれ!?)

 

 しかし、鏡の中のハリーが微笑むと、ハリーは自分の右足のポケットにずしりとした重さを感じた。ハリーはそれが、賢者の石なのだと思った。

 

 

「……狙い通りだ、ポッター。俺様に石を献上しろ……」

 

 闇の帝王は、ハリーが石を手に入れたことを見抜いていた。ハリーは石を渡すまいと、クィレルから逃げようとした。しかし、ハリーの足は思いどおりに動いてはくれなかった。何かの魔法をかけられたのか、ハリーの足は鉄でできたかのように重くなっていた。

 

「待てポッター!!」

 

 クィレルがハリーを追いかけ、ハリーを憤怒の形相で睨み付ける。ハリーは、せめてもの抵抗にと、クィレルを睨み返した。ハリーの目とクィレルの目があったとき、二人は確かに互いのことを心底憎みあっていた。

 

***

 

 ハリーは一瞬、何が起こったのか分からなかった。自分はクィレルと向かい合って、今まさに賢者の石を奪われそうになっていた筈だった。しかしハリーの目の前には、クィレルと、そしてアルバス・ダンブルドアがいた。クィレルはハリーと敵対したときのような表情ではなく穏やかで温厚そうだったが、少しだけやつれていた。

 

「……ダンブルドア校長先生。私に……DADAの教授になれと?」

 

「うむ。君にしか頼めないと思ってな、クィリナス」

 

 ダンブルドアは普段となにも変わらないような調子でそう言っているようにハリーには見えた。しかし、クィレル教授はダンブルドアの言葉に、明らかに怯えを見せていた。

 

「わ……私ではマグル学教授は務まらないと?保護者からのクレームがあったのでしょうか?」

 

 クィレルの声は次第に力を失っていった。

 

「そうではない。クィリナスも知っての通り、DADAは闇の魔術や魔法生物に対する数多くの知識と多彩な魔法を扱う技量が要求される、ホグワーツで最も難しい授業のひとつだ。これを教えることができる教授は限られる。君の魔法使いとしての実力を買って、君にこれを教えてほしいと思ったのだ」

 

(……そうでしょう!!私は本当は、優れた魔法使いなのです!無言呪文も呪文学もトロールの扱いも、他の教授に劣らないと自負している!なのに、なぜ私なのです!!)

 

 この時、ハリーの脳内にクィレルの思考が流れ込んできた。クィレルは、あのアルバス・ダンブルドアが自分の力量を認めてくれたことを喜び、それを誇らしく思っていた。しかし、クィレルは防衛術の教師となることに不安も抱えていた。

 

「……セブルス・スネイプはいかがです?彼は常々、防衛術の教師となることを望んでいましたが……」

 

(……私が先にそれに就任したとなれば、あの男がなんと言うか!……それにこの科目は縁起が悪い。私を信頼しているといいつつ、ダンブルドアは私を追い出したいのか?)

 

 防衛術の教師は、一年もった試しがなかった。大抵は不幸な事故で入院する羽目になるか、不祥事を起こして辞職に追い込まれるかというありさまだ。クィレルは、ダンブルドアは言葉とは裏腹に自分を信頼していないのではないかとも思った。ようは人材の墓場に左遷されるようなものだからだ。

 

「セブルスは君も知っての通り、脛に傷のある男だ。彼がそれを教えることに納得できない保護者は多い」

 

「それは……ダンブルドアが擁護すればよろしいのでは?」

 

「私の擁護で納得するほど、皆が心に負った傷は癒えてはいない。君しかいないのだ、クィリナス」

 

 

(……つまり、つまり私はスネイプ以下だと?元デスイーターのほうが、ダンブルドアは大事だということですか?)

 

「承知しました。……ですが。私はまだ校長先生の期待に応えられるほど、己を知りません。一年、修行して己を見つめ直す機会を頂けませんか?」

 

(必ず……偉大な功績をあげて、ダンブルドアの期待に応えてみせましょう、大丈夫、私は……レイブンクローで培った叡知があるのだから)

 

 クィレル教授は表面上は冷静さを保っていたが、その内心は台風のように荒れ狂っていた。ハリーは不安な気持ちで、クィレル教授を見守っていた。クィレル教授が校長室から出た瞬間、ハリーの視界は暗転した。

 

***

 

(……甘かった。浅はかだった。ここに来るべきではなかった!!)

 

 

 ハリーはクィレル教授が、可能な限りは善良であろうとしている姿を見ていた。一年間の休職期間中、彼は多数の魔法使いたちと交流をもって、魔法の腕を鍛えていた。

 

 ハリーが気がつくと、クィレル教授はトロールを四匹も従えてどこかの森の奥地に潜入していた。クィレル教授は、ヴォルデモートを倒すために、力を失ったヴォルデモートが潜むという森に入ったのだ。クィレルは、正しいことをしようとしていた。

 

 

 しかし。

 

(なんて浅はかだったのだ!!)

 

 クィレルが鍛えた魔法も、引き連れたトロールも、森に潜んでいた闇の帝王には意味をなさなかった。クィレルは気付けば影の前で倒れ、死を待つだけになっていた、

 

(い、嫌だ、死にたくない……私はまだ何も成し遂げていない……)

 

 クィレルの恐怖がハリーに入り込んできた。

 

 ハリーはクィレルが可哀想に思えてきた。だれも知らない森の奥に入り、正しいことをしようとしていたのに……

 

(どうして……)

 

 ハリーはクィレルが、ヴォルデモートに忠誠を捧げたところを見た。その時のクィレルは確かに、自分自身に対して失望していた。

 

***

 

 

「……ポッター!!」

 

 気付いたとき、ハリーは現実世界にいて。クィレルに追い詰められていた。

 

「この世には力あるものと!!力を持つには弱すぎるものしかいない!!力に屈して何が悪い!!なぜ屈しない!」

 

 ハリーは、目の前のクィレルと、ダンブルドアの校長室にいたクィレルが同じ人だとは思えなかった。確かに正しいことをしようとしていたのに。人を殺そうとするなんて。

 

 クィレルは心の底からハリーを憎んでいた。今のハリーにはそれが分かった。あれだけ正しいことをしようとしていた人間が、ここまでハリーを憎悪していることが恐ろしかった。

 

「石を渡せ、ポッター!!」

 

 クィレルはハリーにつかみかかり、石を奪おうとした。だが、物事はクィレルの思いどおりにはいかなかった。

 

 クィレルがハリーに触れた瞬間、クィレルの手は一瞬のうちに焼けただれた。苦悶にうめくクィレルを見ながら、ハリーは涙を流して逃げようとした。鉄のような足を引きずるようにして、黒炎の燃える出口へと向かう。

 

(なんで?)

 

 どうしてクィレルが焼けたのか。ハリーには意味が分からなかった。ただ、ほんの一瞬、隙ができたことは確かだった。ハリーのどんな魔法も例のあの人には通用しなかったのに、今この瞬間。クィレルはダメージを負っていた。

 

「逃がさん……!!」

 

 クィレルはまだ残っているほうの手で、何とか呪文を使ってハリーを転ばせた。ハリーのポケットから、賢者の石と炭が出てきた。

 

「命の水ッ……!!」

 

 クィレルが願うと、石から水が溢れだした。ハリーは這いずって石のうえに覆い被さろうとした。しかし、クィレルのほうが早い。

 

「ご、ご主人様、やりました、これで……!」

 

 クィレルは水を飲もうと手を伸ばしたとき、奇跡が起きた。

 命の水を浴びた炭が、突然生き物のように蔓を伸ばしはじめた。悪魔の罠だ。ハリーが蝶々に変化させるためにいれていた炭は、命の水を吸収したことで本来の力を取り戻していた。悪魔の罠としての力を。

 

「ば、バカな、そんな……バカなぁ!こんなことが!?ご主人様!!お助けください!!」

 

「燃やせ!燃やしてしまえ愚か者め!」

 

 燃え盛る部屋のなかでハリーは泣きながら、クィレルが石に手を伸ばすのを見た。

 

「やめろおおおおお!!!」

 

 ハリーは泣きながらクィレルに体当たりした。石に手を伸ばしていたクィレルは、石を手にすることなく倒れ込んだ。クィレルの腹が焼ける臭いがした。

 

「そいつを殺せ、殺してしまえ!!」

 

 クィレルは必死に石を守るハリーに手を伸ばす。クィレルの手に、命の水の力で燃え残った悪魔の罠が巻き付いていく。ハリーは煙の中で意識を失った。



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教師

 

 ハリーは暗闇の中にいた。ザビニたち三人がなにかを話題にしているのに、自分はそれについていけなかった。ロンとハーマイオニーが二人だけの世界にいて、そこでもハリーは一人だった。ドラコはハリーから離れていった。皆を追いかけようとしてハリーは必死で足を動かした。動けない。

 ハリーの足に、何かがつかみかかっていた。振り返ると、顔面が焼けただれたクィレル教授が、ハリーの足を掴んでいた。ハリーは逃げられなかった。

 

 その時、ハリーの側に近づいてきてくれた何かがいた。アスクレピオスだった。気付けばハリーはアスクレピオスと一緒に9と4分の3番線にいて、ハグリッドがハリーを見送っていた。ハリーの進む先にはシリウスはおらず、ハリーはアスクレピオスと二人でダーズリー家に……

 

「嫌だ!」

 

 ハリーは叫び声をあげて目を覚ました。ハリーの上に、アルバス・ダンブルドアの白い髭が見えた。ダンブルドアは水晶のように綺麗な青い瞳で、ハリーのことをじっと見ていた。

 

「ハロー、ハリー」

 

 ダンブルドアはまるで何でもないようにハリーに挨拶した。ハリーは自分がダーズリー家ではなく、ホグワーツの医務室に居ることに気付いた。ハリーは自分がクィレルと戦っていたことを思い出した。ダンブルドアへの怒りは、どこかに吹き飛んでいた。

 

「せ、先生?!クィレル教授が……クィレルが石を狙っていたんです!あいつが……あいつが例のあの人を復活させようとしてて……!!止めようとしたら、何でかあいつの手が焼けて、悪魔の罠があいつの首を……」

 

(石を取られた?!あのあとどうなった!?皆は!?……クィレルは……?)

 

 ハリーは真っ青になって叫んだ後で、がたがたと震えだした。クィレルは恐ろしい形相でハリーを殺そうとしていたことを思い出した。そして、悪魔の罠がクィレルとハリーに巻き付いていく姿を。悪魔の罠によって、クィレルは……

 

「落ち着きなさい、ハリー。深呼吸をして。クィレルは石も、命の水も得ることは出来なかったよ」

 

 ダンブルドアは穏やかに落ち着いた声でハリーに対して語りかけた。その言葉は、すっとハリーの頭に入ってきた。ハリーは憎い相手の言葉の筈なのに、安心してしまっている自分がいることに気付いた。

 

「間一髪だった」

 

 と、ダンブルドアが言った。ダンブルドアは順を追って、クィレルがどうなったのかを説明してくれた。

 

「君は本当によい友人に恵まれた。私が間に合ったのは、君の日頃の行いの賜物だよ、ハリー。ミスタ・サダルファスが魔法でミスタ・クラッブとミスタ・ゴイルを足止めした。ミスタ・マルフォイは友を攻撃したサダルファスを止めたあと、逃げるミスタ・アズラエルを追わなかった。アズラエルは、いち早くスネイプ教授のもとに駆け込んでことの次第を説明してくれた」

 

 

(アズラエルが……でも、アズラエルらしいか)

 

 ハリーはアズラエルがスリザリン寮のなかで周囲に対して気を遣っていたことを思い出した。アズラエルなら、真っ先にスネイプ教授を頼るのも頷けた。だって担任なのだから。

 

「スネイプ教授は真っ先に私にふくろうを飛ばして私を呼び戻してくれた。そのお陰で、私は君がクィレルに襲われている現場に駆けつけることができた」

 

 ハリーはスネイプ教授に心の底から感謝した。スネイプ教授ならば感謝することができた。どれだけ普段の授業が酷くても、スネイプ教授がハリーを救ってくれたのだ。

 

「……ありがとうございました、ダンブルドア先生」

 

 そしてハリーは憎しみを抑えてダンブルドアに感謝の気持ちを伝えた。どれだけ憎くても、ダンブルドアもハリーにとっての命の恩人だった。ダンブルドアは首をふってそれを否定した。

 

「その気持ちを受け取るのは私ではなく、スネイプ教授だよ、ハリー。彼にその気持ちを伝えてあげなさい。最も彼は、それを受け取らないだろうが」

 

「スネイプ教授は、どうして僕を憎むんですか?」

 

「……さて、どうしてかな。私にもわからない。」

 

 ハリーの問いをダンブルドアははぐらかした。そしてダンブルドアは、話を変えるために賢者の石を破壊してしまったとハリーに告げた。

 

「でも、あの石は……フラメルと先生が作った貴重なものじゃ……」

 

 ハリーはダンブルドアの言葉が信じられなかった。スネイプ教授のことよりも、貴重な石を破壊してしまったということのほうが衝撃だった。

 

「……フラメル夫妻は承知の上だ。ハリー、あの石は人の手には負えないものだ。生成された命の水は、あらゆるものに命を与えてしまう。それが決していいことばかりではないというのは、悪魔の罠を見た君ならば分かるね?」

 

「でも、使い方が良ければ、いろんな人を救えるんじゃ……もしかして僕が、石を壊してしまったんじゃ……」

 

 ハリーは自分のせいで石が壊れてしまったのではないかと不安になった。ダンブルドアは、もしかしたらハリーのことを気遣って嘘をついているのではないかと思った。

 

「いいや、ハリー。あれは元々、ヴォルデモートをおびき寄せるための撒き餌だった。ことが済んだ後は、修復不可能なほど粉々に壊すつもりだった。君が石を取り出してくれたから、壊すことができたのだよ」

 

「先生、その名前は言っちゃダメだって皆が……」

 

「この名前は単なる記号に過ぎない」

 

 ダンブルドアは穏やかに言った。

 

「名前を恐れ、その存在を忌み嫌うことは、恐怖をより大きくしてしまう。例のあの人という言い方は、ヴォルデモートが己を持ち上げようとするための一種の宣伝に過ぎないのだよ」

 

 そしてダンブルドアは、フラメル夫妻が石の力に頼らず、人生を終わらせることを選んだのだと言った。

 

「ヴォルデモートは誰よりも死を恐れている。彼には、フラメル夫妻や君のような行動を取ることも、なぜそうするのかを理解することも出来ないだろう。きちんと整理された心を持つ人間にとっては、死は次の冒険への旅立ちに過ぎないのだよ」

 

 ハリーはダンブルドアの言葉を理解しようとして、分からない自分がいることに気がついた。

 

「……分かりません」

 

「君にもいつか、理解できる時が来る」

 

 ダンブルドアは穏やかにそう言った。ハリーは、最も死を恐れていた人のことを思い出した。

 

 

「あの、ダンブルドア先生……クィレル教授はどうなりましたか?」

 

 ハリーは答えを聞くのが恐ろしかった。クィレル教授は最後の最後まで、死に抗おうとしていた。ハリーは自分がクィレルを殺してしまったのではないかと思った。

 

(だとしたら僕は……もうここには居られない)

 

 ハリーは自分の意思で、誰に誘導されることもなくここに来た。友達を唆して、トロルを殺させて、そしてクィレルを手にかけた。恐ろしいことだった。きっとホグワーツを退学になるだろう。

 

(僕は魔法使いの刑務所に入れられるんだろうか)

 とハリーは思った。

 

「……クィレルはヴォルデモートに殺された」

 

 ダンブルドアは重々しく言った。

 

「君が気に病むことはない。私の落ち度だ。私が現場に駆けつけた瞬間、ヴォルデモートはクィレルから離れて霞のように消えていった。クィレルのすべての魔力と生命力を吸い尽くして、ヴォルデモートは消えてしまった。命の水の力でも、死を迎えた命を救うことはできない」

 

 

 ハリーは目の前が暗くなっていくのを感じた。ハリーの顔は涙と鼻水でぐしゃぐしゃになっていた。

 

「クィレル教授は……ヴォルデモートと、た、戦おうとしてたんです」

 

 ハリーはクィレルのために言った。

 

「クィレルと目があったとき、僕は……クィレルが先生と話をしているのを見ました。クィレルが……ヴォルデモートに立ち向かったところも」

 

「……」

 

 ダンブルドアは何も言わず、杖を動かした。ハリーの顔から流れていた涙と鼻水は、一瞬で全てが拭いさられた。ハリーは、ハグリッドが言っていた言葉を思い返していた。優れた魔法使いは、色々な言語を操ることが出来ると。クィレルもそうだったのだ。

 

「……クィレル教授は、トロールを操るのが上手いって……トロールの言葉を覚えて、操ることが出来るって言ってました……クィレル教授はすごい魔法使いで……」

 

「いいや。クィレルは決して凄くはない」

 

 ダンブルドアは、きっぱりとハリーの言葉を否定した。

 

「クィリナス・クィレルはその力で、最終的に君を殺そうとしたのだ。彼は教師でありながら、こともあろうに生徒を殺そうとしたのだよ、ハリー。どんな理由があろうと、その選択をした人間は立派ではない。人間は能力ではなく、その選択によって、歩く道を決めるのだ。ハリー、これを見なさい」

 

 ダンブルドアはいっそ冷たく聞こえるような声でそう言った。ダンブルドアは自らの杖を、ハリーのベッドの脇に向けた。

 

 そこには、色とりどりの菓子や花、そして早く良くなってくれというハリーへのメッセージがあった。ザビニたち三人やシリウス、ロンやハーマイオニー、ハグリッド、そして知らないスリザリン生からのものもあった。

 

「……本当に立派な人間というのは、君の友達のように、人を愛することができる人のことを言うのだよ」

 

「……はい、先生」

 

 ハリーとダンブルドアは少しの間、無言でお見舞いの品を眺めていた。やがてダンブルドアが口を開いた。

 

「君が倒れたと聞いて、君のゴットファーザーのシリウス・ブラックは慌ててホグワーツにやってきた。マダム・ポンフリーが君を治療する間、君を護衛すると言って病室を離れなかった」

 

 ハリーの胸の中に、暖かい何かが広がった。

 

「君の友人たちは、最後まで君についていけなかったことを悔やんでいた。彼らに、笑顔の君を見せてあげなさい。それが、彼らの友情に対して君が出来ることだ。君が楽しければ、彼らもきっと楽しいのだ。君と一緒に、ホグワーツで穏やかな日常を送りたいのだ。

……もちろん、君も皆と一緒に、泣いて、笑って、学んで、喧嘩して、そしてたまにであれば遊んでいいのだ。君にはその権利がある。君の選択がヴォルデモートを撃退し、魔法界を救ったのだから」

 

「でも僕は、何も出来ませんでした。僕の使った魔法は、どれも効かなかった……」

 

 ハリーはそこで、あることを思い出した。クィレルがハリーに触れて、手を焼けただれさせたことを。

 

「なのにどうして、クィレルは僕を殺せなかったんだろう?僕はあの時死ぬ筈だったのに……」

 

「……ハリー、君に教えるのはまだ早いと思っていたが、言わねばならないな」

 

 そしてダンブルドアは、ハリーにとって衝撃的な事実を明かした。ハリーの母親が、愛の守りによってヴォルデモートを撃退したこと。ハリーにその守りがかかっていたからこそ、ヴォルデモートはハリーを殺すことが出来なかったこと。

 

 

(……)

 

 ハリーは、両親のことを思って俯いた。ダンブルドアは、そんなハリーを見ながらゆっくりと言葉を続けた。

 

 ダンブルドアが愛の守りを拡大したこと。その守りを継続させるために、ハリーは必ずダーズリー家に帰らなければならないことを聞いて、ハリーは思わずダンブルドアに言った。

 

「どうして……どうしてそれを僕に言ってくれなかったんですか?」

 

 ハリーの中には怒りと困惑だけが残った。ダンブルドアは、時期が早いと思った、と言った。

 

「……君にとってはあまりにも辛いことを、苦しんでいる君に言う勇気がなかった。君がシリウスを恨んでいるのではないかと的はずれな推測をして、君の憎しみをマグルやシリウスではなく、私に向けたかった」

 

(……じゃあ。ダンブルドアは僕のことを全部お見通しだった?僕がどう考えるかを全部わかっていた?)

 

 ハリーは内心でむかついた。自分が、ダンブルドアの操り人形になったような気がした。何よりも癪なのは、そうやってダンブルドアに怒りと憎しみを持つことまで、ダンブルドアはお見通しなようであることだった。

 

 

 そしてダンブルドアは、透明マントを贈ったのは自分だと明かした。

 

「君の父から借りていたものだ。あれを君に返すことができて良かった。あれが君にとって助けになったと知れば、君の父はきっと喜ぶだろう」

 

「はい、先生。あれのお陰で、僕たちは色々なところを調べることが出来ました」

 

 ハリーは居心地の悪さを感じながら言った。透明マントは、あまりにも悪事に向きすぎていた。規則違反を自白しているようなものだった。

 

「ならば良かった」

 

 ダンブルドアはにっこりと笑って、賢者の石をめぐる戦いの裏側をハリーに明かしてくれた。最後に、ハリーと一緒に百味ビーンズを食べたとき、ダンブルドアが少し涙ぐんでいたのを見て、ハリーはダンブルドアのことが分からなくなった。

 

(一体どっちが本当のダンブルドアなんだろう)

 

 ハリーを動かして、ハリーに戦う権利を与えた人と、目の前の、百味ビーンズの味に一喜一憂しているお爺さんとで、あまりにも隔たりがあった。ハリーは病人に百味ビーンズを食べさせたとしてマダム·ポンフリーに病室から追い出されていくダンブルドアを見送りながら、ダンブルドアのことをいつまでも考えていた。

 

***

 

 ホグワーツの校長室で、漆黒のローブを身に纏った薬学教授が、校長に抗議していた。

 

「今すぐにポッターを退学にすべきです!!」

 

 セブルス・スネイプは、ハリーが入学してから賢者の石を守るまでの間に、ハリーがどれだけの校則違反を犯したかを明らかにした。

 

「……部外者のホグワーツへの侵入幇助!!夜間の無断外出!!挙げ句、友人たちを引き連れての決闘騒ぎに殺人未遂!!やつはジェームズ・ポッターの生き写しです!規則を何とも思っていない子供を放置すれば、他の生徒は確実に悪影響を受けていく!なぜ罰しないのですか!友人ども共々退学にすべきです!!」

 

「ハリーは非常に授業態度が良く、スリザリン以外の寮生とも仲が良いと他の先生たちから報告は上がっている。今回の一件の功績を考えれば、彼を退学にする理由はない」

 

 これはある意味ではマグルでいうところのレスリングのパフォーマンスのようなものだった。スネイプはハリーを退学に追い込めるなどとは思っていない。単に彼は、自分のストレスを上司にぶつけているに過ぎなかった。

 

「私の仕事がどれだけの負担か、あなたはご存知のはずだ!平等の筈のスリザリン生のなかで、ポッターだけが特別の計らいを受けている!私がいくら注意しようと、やつは違反を止める気がない!!こんな馬鹿な話が許されていいのですか!?」

 

 ダンブルドアに対して、自分がいかにハリーを守るために手を尽くしたかと愚痴をこぼすセブルス・スネイプを見ながら、ダンブルドアは静かに口を開いた。

 

「君は私より、よほど良い教師だな、セブルス」

 

 スネイプ教授は、雷の直撃を受けたようにダンブルドアを見た。たった一言で、ダンブルドアはスネイプの嵐のような愚痴を止めてしまった。

 

「ハリーに規則を教え、それを守るよう導くのは担任である君や監督生の仕事だ。だが、それで君に負担をかけてしまっていたならば、私にも考えがある。対応しよう、セブルス」

 

 そしてダンブルドアは、石を巡る争いにおけるスネイプの働きを称賛した。ダンブルドアの言葉を聞いた後、校長室を出るスネイプの足取りは軽やかだった。

 

***

 

「……じゃあダンブルドアは。全部分かっててハリーを例のあの人と戦わせたってわけ?やっぱり狂ってるね、ダンブルドアは!!」

 

 ハリーが目覚めた後、ハリーの寝る病室にはロン、ハーマイオニー、ザビニ、アズラエル、ファルカスが入ってきた。ロンは軽く口笛を吹いて、グリフィンドール出身の偉人であるダンブルドアの深謀遠慮を称賛していた。

 

「……狂ってるねじゃないわ、ロン!そうだとしたら酷いわよ!!ハリーは殺されていたかもしれないのよ?!」

 

「グレンジャーのいう通りですよ!明らかに学校側の怠慢です!うちのパパに魔法省へのコネがあれば、ダンブルドアを追い出してるところです!」

 

「そうだよね。僕もそう思うよ。ありがとう、ブルーム、ハーマイオニー」

 

 アズラエルとハーマイオニーはダンブルドアに対して怒ってくれた。ハリーはそれが嬉しかった。一方でザビニとファルカスは、ハリーの回復を願っていた。

 

「早く良くなってね。僕たちがスリザリンで生きていけるかどうかは冗談じゃなくてハリーにかかってるから」

 

「そうだそうだ。全部お前のせいなんだから責任取れよな。寝込んでた分のノートは取ってやってるんだから感謝しろよ?」

 

「ほとんどがグレンジャーのノートの写しですけどね」

 

「ハーマイオニーよりノートが上手いやつはスリザリンにも居ないって分かって良かったぜ」

 

「うっせーぞ、ブルーム、ウィーズリー。こういうのは言ったもの勝ちなんだよ」

 

「ありがとうザビニ。たぶん、僕も明後日には退院出来ると思うよ。ノートも見て、勉強についていけるように頑張るよ」

 

 

「賢者の石を守ったのに勉強漬けかあ?」

 

 ザビニはゴキブリ豆板をかじって顔をしかめた。

 

「守ったから、勉強漬けで済んでるんだよ、ザビニ」

 

 ハリーたちは互いの健闘を称えあった。ハリーは自分が、皆との日常に帰れることを喜んだ。クィレルの影は、ハリーの友達が癒してくれた。ハリーは皆を見送りながら、心のなかでこう思った。

 

「勉強か~。英雄なのにな……」

「時々パーシーみたいなことを言うよな。ハリーって」

 

冗談めかしてザビニは言った。

 

「うん。でもさ、今は凄く勉強したい気分なんだ。うまく言えないんだけどさ……僕は賢者の石を守る戦いで、最後は何も出来なかったんだ。運が良かっただけなんだ」

 

 アズラエルたちはシーンとなった。五人は神妙な面持ちでハリーの話を聞こうとしていた。ハリーは少し恥ずかしくなって言った。

 

「だけど、しっかりと勉強して、自分の中に正しい知識があれば、次は何かが変えられるかもしれない。勉強すれば、自分で賢者の石を作ることだって出来るかもしれない。だからさ、また皆で集まろう。退院しても、皆でバカやって遊ぼう」

 

「ええ、ハリー。テスト期間まで少しの間だけれど、目一杯遊びましょう。そして、テストでどっちが勝つのか正々堂々と勝負しましょう」

 

「そうだね、ハーマイオニー。受けて立つよ」

 

「ハリー、勝てない勝負を受けるのはスリザリン生らしくはありませんよ?」

 

「いやぁ、勝負をさせてやろうぜアズラエル。そんで、どっちが勝つのか賭けようぜ。俺はグレンジャーに四シックル」

 

「あ、僕もグレンジャーに四クヌート」

 

「それじゃあ賭けが成立しないだろうが!!」

 

 笑い合うみんなの中に、ハリーも確かに居た。ハリーは一人ではなかった。

 

 

(そうだ。きっと……きっと、これでいいんだ)

 

 その日、ハリーは夢の中でクィレルに襲われることはなかった。




おいたわしやダンブルドア上……


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二人の友情

賢者の石編はもう少しだけ続きます。


 

 ハリーはマダム・ポンフリーから、今後二度と自分に杖なんて向けないこと、自分を燃やしたりしないことを固く誓わせられた上で、スリザリンの談話室に戻ることができた。久しぶりのスリザリンの談話室で、ハリーに向けられる視線は今までのものとは少し違っていた。クラッブやゴイルですらハリーの話を聞きたがっていた。ハリーは同級生の前で、クィレルが泥棒で、ハリーはそれに襲われたんだと言うことにした。ザビニたちとはあらかじめ口裏を合わせていた。

 

「……つまり、クィレル教授は泥棒で、僕はたまたまそこに気付いたけど、それだけで何も出来なかったんだ」

 

 

「でも、君がクィレルを倒したという噂があちこちで流れているよ?どうなんだい、ポッター?」

 

 

 噂を流した張本人はアズラエルだった。彼はスリザリン内で生き残るために、全力でハリーを持ち上げることにした。泥棒相手に立ち向かった野心あるスリザリン生ハリーという話をでっち上げ、それとなく女子生徒に話した。

 噂というものは広がるにつれて尾ひれがついていく。ハリーの実像とはかけ離れた強力な魔法使いハリー像(笑)が生まれはじめていたので、急いでハリー自身が訂正しなければならなかった。

 

 ハリーが自分とハーマイオニーしか知らない箒での攻防やトロールとの戦闘を意図的に省略したことでがっかりした顔をする生徒もいたが、中にはしつこくロンやハーマイオニーを含めたあの夜の冒険を聞きたがる生徒もいた。マーセナスやカローや女子生徒も、こっそりとハリーの話に聞き耳を立てていた。ハリーはロンとハーマイオニーとザビニの活躍に関しては隠すこともないと、トロールのこと以外は正直に話した。

 スリザリンの生徒たちは、ハリーたちの冒険を面白がり、ハリーの肩を叩いて笑いながら去っていった。ザビニは自分の活躍を女子たちに誉められて満足そうだった。

 生徒たちが満足して去っていくのを待ってから、ハリーに声をかける人間がいた。監督生のガフガリオンだった。彼はDADAの参考問題集を片手にハリーの話を聞いていた。

 

「ポッター?お前、談話室であんまり騒いでンじゃねえぞ」

 

「ゲ、ガフガリオン!!」

 

「行っていいぞお前ら。ぐっすり寝ろ。……ポッター、お前は残れ」

 

 ザビニたち三人はガフガリオンに恐れをなしていた。ハリーよりも先にしっかりとお説教を受けたらしい。ザビニたちはハリーを置いてきぼりにしてそそくさと部屋に戻った。

 

「お騒がせしてすみません、僕もすぐに部屋に戻ります」

 

 ハリーはガフガリオンにお辞儀をして、部屋に戻ろうとした。正直なところ寝たきりだったのでまだまだ目は冴えていたが、一刻も早くガフガリオンから逃げたかった。

 

「ン?俺がお前を逃がすと思うかポッター?ン?」

 

 

 ガフガリオンはハリーを逃がしはしなかった。彼はハリーが規則違反したことと、ハリーが友人を巻き込んで騒ぎを起こしたことを指摘して、やめるように言った。

 

「規則ってのは守るためにあるンだ。破るためにあるんじゃねえ。くれぐれもそこんとこを履き違えるな」

 

「はい……」

 

 反論を許さない理詰めの説教にハリーがやられたのを見てから、ガフガリオンはポツリと言った。

 

「ま、それでも生きて帰ってこれただけ儲けもんだ。よく帰ってきたな、ポッター」

 

「え、あ……ありがとうございます」

 

 散々なじられ皮肉をいわれた後に優しい言葉をかけられたので、ハリーとしては複雑な気持ちだったが。

 

「……言っとくが、俺はお前とマルフォイならマルフォイを取るぞ。ドラコはスリザリンの模範生で、ポッターお前は……問題児だ」

 

 だが、とガフガリオンは付け加えた。

 

「お前とクィレルなら俺はお前を支持するし守る。なんでかっていうと、お前がスリザリン生で、俺はスリザリンの監督生だからだ。それがスリザリン流だ。わかったな、ハリー?」

 

 ガフガリオンははじめてハリーの名前を呼んだ。彼はスリザリンの監督生らしく、ハリーの人心を掌握するべく飴と鞭を使い分けた。

 

(これが監督生かぁ……)

 

 そしてハリーはその手に引っ掛かった。ハリーは先輩監督生のことを、改めて心から尊敬した。厳しいだけの人ではなく、優しさにはスリザリン生らしい棘がある。それでも、決して残酷な人ではないと、ハリーは思った。

 

「はい!!ありがとうございます!!」

 

 ハリーは先輩監督生の目を見て元気よく返事をし、深くお辞儀をして去った。ガフガリオンはそんなハリーの背中を見もせず、談話室で相方の女子監督生と一緒に勉強して駄弁っていた。

 

「随分とポッターに甘いのね、ガーフィール」

 

 ガフガリオンと同じ五年生の女子監督生のジェマ·ファーレイは、相方のガフガリオンをからかうように言った。

 

「もしかして、ポッターのことを気に入ったの?あんなに不器用な子はうちでは絶滅危惧種だものね。遠くから眺めるだけならあんなに楽しい見世物はないわ」

 

「監督生ともあろうものが後輩を見世物扱いか?胸糞が悪くなるぜ」

 

 ガフガリオンとジェマのじゃれ合いは軽い。二人とも、互いのことをそう悪くは思っていない。二人は一年生の頃から悪事を重ねあった蛇寮の同志だった。

 

「あなたとポッターはお似合いだと思ったわ。だってあなた、双子を止めようと必死に走り回ってるウィーズリーを羨ましそうに見てたじゃない。夢が叶ったんじゃないの?」

 

 クスクスと笑うジェマに、ガフガリオンはにこりともせずに言葉を返した。一年生の頃からつるんでいれば、自分の弱みは大体知られている。ガフガリオンからジェマの弱みを口に出すことはなかったが。

 

「まさか。そんな感傷は監督生になって一週間で捨てたよ。俺は単に監督生としての義務を果たしただけだ」

 

「どうかな?ガーフィールはそう言いながら絆されやすいからなあ。ウィンガーディアム・レヴィオーサ!」

 

 ジェマが杖をふって問題集の山をどかして次の問題にとりかかるのを見ながら、ガフガリオンは面倒くさそうに言った。

 

「パーシーの奴の気持ちなンざ分かりたくもなかったが、聞き分けのねぇ後輩を持つことがどんだけ大変かは理解したよ。今度アイツには胃薬をくれてやる」

 

「あら。貴方がグリフィンドール生と話すなんて珍しいわね」

 

「アイツから話かけてきたんだ。あの頑固眼鏡は自分の弟と、自分とこの有望な魔女がうちの不良とつるむのを止めたいそうだ」

 

 それを聞いたジェマは面白くなさそうだった。羽ペンを動かしながら、ジェマはパーシーに悪態をつく。

 

「……ふーん、相変わらず糞生意気ねあの石頭。虐めが足りなかったかな?」

 

「家族思いのいい兄貴ってことだ、ジェマ。パーシーに手を出すんじゃねえぞ。奴が壊れたら、誰がウィーズリーの双子を止める?お前がやってくれンなら俺もお前を止めねえが」

 

「……ッチ。分かったわよ」

 

 ジェマは舌打ちをしながらも、渋々と頷いた。

 ガフガリオンはパーシーのことは同じ監督生として信頼していた。ジェマの言う通り融通のきかない石頭で、おまけにウィーズリー家ではあるが、一年生の頃からその能力の高さを疑ったことは一度もない。グリフィンドール生との交渉の糸口を潰したくはなかった。

 

「ポッターのお客様期間は終わったンだよ。この先はあいつも俺らと同じようなスリザリン生として見られるってこった」

 

「同じ?」

 

 ジェマはすとんと問題集を落とした。

 

「ポッターは英雄様でしょう?ピーターを見つけて、ハロウィンでマグル生まれを守ってクィレルを阻止した。正直、異常な成果よ?一年生にしてはだけど、一年生の時に同じことができる奴はいなかったわ」

 

 ガフガリオンは静かに首を横にふった。

 

「能力の問題じゃねえ。今は英雄扱いでちやほやされててもな、すぐに周囲の目も変わるさ。ポッターは生まれから、入学して早くから……あまりにも目立ちすぎた。あまりにもグリフィンドールみてえな行動だったンでスリザリンぽくねえと思ってたが……」

 

 ガフガリオンは自分の声が周囲に漏れないように魔法を唱えて、ジェマだけに聞こえるように伝えた。

 

「ポッターは今回、クィレルを殺しちまった。今はまだクィレルが死んだことは明らかになってねえけどな。時間が経ってから皆知るだろうさ。世間から見たら、危険なスリザリン生が闇の魔法を使ってクィレルを返り討ちにしたってことになる。スリザリンらしい闇の魔法使い予備軍って訳だ」

 

「ちょっと待って。クィレルは聖マンゴ送りになったって聞いたわよ。まさか死んだなんて……」

 

 ジェマの目にはガフガリオンを責めるような色があった。憶測でものを言うほど愚かだとは思っていないが、後輩を人殺しだと揶揄するような発言は聞いていて気持ちの良いものではない。何より、ジェマは自分の寮が例のあの人や、闇の魔術と結びつけられる風潮を好んではいなかった。偏見をあえて自分のために悪用するしたたかさは持っていても、偏見でみられること自体が不快であることに変わりはない。

 

「俺は聖マンゴに親戚が勤めててな。最近、ホグワーツから運び込まれた奴が死んだとふくろうで教えてもらった。どんな高度な医療魔術も効かねえほどに、顔面が焼けただれていたそうだ」

 

 ジェマはごくりと唾を飲み込んだ。

 

「一年生に闇の魔法が使えるわけないわ」

 

 

「ああ。もちろん、実際に殺ったのはダンブルドアか、教授の誰かだろうさ」

 

「ちょっと、やめてよ怖いことを言うのは」

 

「すまねえ」

 

 ジェマを怖がらせ過ぎたことをガフガリオンは反省した。彼はお詫びにジェマに菓子を貢いでから、話を続けた。ジェマは夜だからと菓子には手を出さなかった。

 

「……クィレルはマグル学の教師としてはいいおっさんだった。ジェマもマグル学は取ってるから知ってるだろ?」

 

「……ええ。学期末では簡単なテストで満点をくれるいい教師だったわね」

 

 ジェマは渋々ながらクィレルを認め、そしてこう付け加えた。

 

「防衛術教師になってからは、人が変わったように無能になったけどね」

 

「その人が良かったおっさんがポッターと一緒に姿を消して、ポッターだけが生き残った。ほとんどのやつは、ポッターが運良くとち狂ったクィレルを撃退したって思ってくれるだろうが……」

 

 ガーフィールは防衛術の問題集を閉じて、変身呪文の過去問にとりかかった。

 

「俺らスリザリンにくっついた悪評は並じゃねえ。俺と同程度の知能があって、俺と同程度に悪意のある一部のアホはこう思うだろうよ。スリザリン生らしい闇の魔術で、ポッターがクィレルを殺したんだってな」

 

 ジェマはあえてそれを否定しなかった。人がどう感じ何を考えるかは自由だが、ことスリザリンにおいては、悪意に対しては敏感である必要があった。そしてジェマは人間が集団になると時に悪評に流されるということを、嫌というほど知っていた。

 

「……残酷な話ね。ポッターにとってはだけど」

 

 ジェマはガフガリオンの話を否定しなかった。

 

「ポッターは素直にグリフィンドールでも行っときゃ良かったんだよ。そうすれば変な悪評も立たず、俺がスネイプからお叱りを受けることもなかった」

 

「……そうね。でも……」

 

「あ?」 

 

 ジェマはガフガリオンの言葉を否定はしなかったが、ハリーがスリザリンを選んだことも否定はしなかった。

 

「ポッターの行動を褒めて、ついでにスリザリンの寮を称賛する声の方が今はずっと多い。それはスリザリンと私たちにとってとても喜ばしいことだわ。ポッターには気の毒だけどね」

 

「…………まぁ、そうだな。スリザリンに栄光あれ、だ」

 

 ガフガリオンも、ジェマの言葉を否定しなかった。スリザリンの談話室には、二人の生徒が羽ペンを動かす音だけが響いていた。

 

***

 

 ハリーは復帰して最初の授業で、スネイプ教授のターゲットとなりそれはそれは酷い減点を受けた。ハリーの魔法薬が完成した直後、うっかりとスネイプ教授の手が滑り、薬が駄目になってしまったのだ。薬は一瓶分しかなく。したがってハリーの課題点は0点となった。ハリーはスネイプ教授に感謝の言葉を伝えるために研究室を訪れたが、それはそれは酷い剣幕でのお叱りの言葉を頂いた。

 

 

「…………私の前に姿を見せるとは、いい度胸だなポッター。忙しい私の時間を更に削りに来るとは。それとも君の、……その目には、私が暇を持て余しているとでもいうのか?」

 

「いいえ、思いません先生。先生が僕を守ってくれたと校長先生から聞きました。そのお礼を言いたくて……」

 

 

「何度も言わせるなポッター。私は暇ではないのだ。君は休んだ分の勉強がまだ出来ていないだろう。余計なことを考えず、巨人薬のレポートでも書いていたまえ」

 

 スネイプはハリーに礼を言わせなかった。ハリーはスネイプ教授から追加で魔法薬の課題を頂戴し、すごすごと研究室を後にした。

 

 

***

 

 スリザリン寮に戻ってからの日常はとても穏やかだった。四年生のマクギリス・カローが決闘クラブで同い年のグリフィンドール寮生のガエリオ・アイン・ジュリスに勝利したり、リカルド・マーセナスがハッフルパフのバナナージ・ビストを怒らせて完膚なきまでにボコボコにされるという一幕はあったが、概ね平和だった。ハリーは何気ない日常のありがたさを噛みしめて授業を受けていた。

 

 復帰した週の土曜日に、ハリー、ロン、ハーマイオニー、ネビル、ドラコは再び禁じられた森での罰則を受けることになった。前の罰則が半ばで終わってしまったからだ。今回は前と違って、ユニコーンの遺体や怪物に出くわすことはなかった。

 

 

 森の中の、ケンタウロスが守る聖地にフィレンツェがいた。彼は美しいたてがみを風にたなびかせてハリーたちを待っていた。フィレンツェの横には二匹のトロールもいて、ハリーとハーマイオニーは顔を見合わせた。

 

 

「……お久しぶりです、フィレンツェ。お元気でしたか?」

 

「こんばんは、ハリー、ハグリッド、ファング。そして魔法使いの子供たちよ。私は見ての通り健康そのものだ」

 

 フィレンツェは、輝いていた凶兆は去ったと告げた。

 

「しかし、油断をしてはいけない」

 

 彼は美しい顔に迷いを浮かべながら言った。

 

「闇の兆しを示す星は、光が強まるほど深く、暗く沈む。光と闇は表裏一体だ。光が輝きを失ったとき、闇は再び凶兆を示すだろう」

 

「その時は、また私たちに助言をいただけますか?」

 

 ハーマイオニーの問いに、フィレンツェは分からないと告げた。

 

「私たちは見えない運命の糸によって縛られている。今回はたまたま、私がその語り手に選ばれた。しかし、運命が次に私を選ぶかは分からない。私たちはただ、その時が来る瞬間を待ち、備えることしかできない」

 

「フィレンツェはかなりつまらないことを言うよね……」

 

「ロン、頼むから今は黙って頂戴」

 

「……だが、私は約束しよう。一族を守るため、森の安寧を守るために、必ず子供たちに力を貸すと」

 

「お前さんには苦労をかけるな……」

 

 ハグリッドの労いの言葉は、フィレンツェを確かに癒したようだった。彼はその時はじめて笑ったようにハリーには見えた。

 

「……ありがとう、フィレンツェ。ところで、そちらのトロールは……?」

 

 

 ハリーとハーマイオニーは気まずそうにフィレンツェの後ろで座るトロールたちを見ていた。トロールたちに目だった外傷はなく、健康そのもののようだったが、ハリーは二匹に見覚えがあるような気がした。ネビルとドラコは、ハグリッドの後ろから決して動かなかった。トロールが無事だったことでハーマイオニーの心理的な後ろめたさは軽くなったが、罪悪感もぶり返してきた。

 

「彼らは、石を守る必要がなくなったとして解雇されたトロールだ。自分を倒した子供たちに頼みがあるというので連れてきた」

 

 

「た、頼みですか……?一体どんな?」

 

 ハーマイオニーの声は震えていた。ハリーも不安になった。

 

(まさか、もう一度戦えとか言うんじゃ……)

 

「彼らは解雇される直前、美しい蝶々をどちらが吹き飛ばせるかの勝負をしていたらしい。何か心当たりはあるかな?」

 

「あ、はい。それは僕が出しました」

 

「ならば出してやってくれ。彼らは互いで決着をつけたいのだ」

 

 ハリーが草を青い蝶々に変化させると、トロールたちは蝶々を追って森の中に消えていった。ハリーは、出来ればトロールたちはそのまま健康でいてくれますように、と願った。

 

「……見たまえ。今宵は星が良く見える」

 

 フィレンツェが指し示すまでもなく、夜空には星が瞬いていた。

 

「……シリウス」

 

 ハリーは一等星を見て、シリウスのことを思った。今回の自分の働きは、果たしてグリフィンドール寮生らしかったのだろうか。それとも、スリザリン生らしい狡猾さだったのだろうか。

 

(もしシリウスに嫌われたら嫌だなあ……)

 

 ハリーは六人で星を眺めながら、物思いに耽っていた。そんなハリーを、ドラコはじっと見ていた。

 

***

 

 罰則を終えて、ハリーとドラコはスリザリンの談話室に戻ろうとしていた。ハリーは何となくドラコに話しかけた。

 

「……二人きりになれたね」

 

 ロンもハーマイオニーもザビニもクラッブもゴイルもいない。今ならば本音で話し合えるのではないかとハリーは思った。散々友人の忠告を足蹴にしておいて今さらだが、何か、何でもいいのでドラコと話がしたかった。

 

「黙れ、ポッター。きみは自分が何をしたのか分かってるのか?僕の父上が帝王に取りなしてやったのに。きみは僕の好意を、いつもいつも無駄にする!」

 

 ドラコはハリーに怒りをぶつけてきた。ハリーは真正面から、ドラコの怒りを受け止めた。

 

「僕は、この学校を……て言うか、自分の居場所を守りたかったんだ」

 

 ハリーはドラコにそう言った。それはハリーの本音だった。

 

「もしも例のあの人が戻ってきたら、あの人も僕をスリザリンの子供として扱うって言った。だけど、僕はどうしてもそれが嫌だった」

 

 ハリーはドラコに謝らなかった。それで、ドラコはますます怒った。

 

「あの人に協力すれば良かったじゃないか!そうすれば、きっとあの人は君を褒めた!グレンジャーだろうがなんだろうが、きっと気前良く見逃してくれたんだぞ!!」

 

 ドラコの言葉に、ハリーは首を横にふった。

 

「ドラコはあの人を勘違いしてるよ。あの人は、自分に尽くしたクィレル教授を殺したんだ」

 

 ドラコはうめいて顔を背けた。

 

「……自分の役に立つ人に良くしても、そうでなくなったらあの人は必ず僕を殺す。ハーマイオニーだって、ロンだって、ザビニだって、きっと誰の命だってあの人には何の価値もないんだ」

 

「でも、ドラコは違うんだろう?ドラコは、僕を前に行かせてくれたってアズラエルが言ってたんだ。ドラコは本当は、人の命が大切だって誰より分かってる。誰より優しくなれる……」

 

「死んだらおしまいなんだぞ!」

 

 ドラコはハリーのローブにつかみかかって言った。ハリーは抵抗しなかった。

 

「あの人に逆らったら誰だって……どんな魔法使いだっておしまいだって、父上も母上もずっと僕に言ってたんだ!死んでしまうんだ!だから父上はあの人に従ったって!他にどうしろって言うんだ!何ができたって言うんだよ!それを間違ってるって君は言うのか!」

 

 ドラコは明らかに、例のあの人を怖がっていた。例のあの人が、自分の両親や、ハリーを殺してしまうのではないかと思っていた。

 

「違う!」

 

 だから、ハリーはハッキリとドラコに言った。ハリーの心はヴォルデモートへの怒りで燃えていた。

 

「……僕は……僕は、悪いのはヴォルデモートだと思ってる!あいつが全部悪いんだ!あいつが、人を操って、したくもないことをさせたんだ!あいつが、スリザリンを悪者にしたんだ!」

 

 ドラコはハリーが例のあの人の名前を口に出したことで、驚いて固まった。ハリーは、ドラコの目を見て言った。

 

「……だから僕は、絶対にヴォルデモートを倒す。君に約束する。そうじゃなきゃ、スリザリンはずっとバカにされたまんまだ」

 

「できるもんか、君なんかに」

 

 ドラコは力なくそう言って、ふらふらと自分の部屋まで歩いていった。ハリーはその背中に強く言った。それは自分自身に対する誓いだった。

 

「やるんだ、絶対に!」




友情は時として理屈を超えるんだよなぁ。


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スリザリンの子供たち

元ネタに比べてオリキャラたちが大人しすぎる……
ちょっとだけ元ネタの要素を入れてみます。


 

 

 

 

 ある日、ハリーたち六人は魔法探究会の活動という名目で空き教室に集まっていた。六人の話題は、闇の魔術に対する防衛術の代役についてになった。

 

 

 

「信じられるかよザビニ?一目見て俺は自分の目を疑ったよ。ガマガエルが目の前にいるみたいだった」

 

 

 

「ウィーズリー、お前の目は正常だぜ。俺もあの魔女を人だと思えなかった」

 

 

 

「アンブリッジ先生スリザリンの卒業生らしいですよ。僕にはとてもそうは見えませんでしたけど」

 

 

 

「セルウィン家だって言ってたよ。本当とは思えないけどね」

 

 

 

「聖28一族?じゃあロンの遠縁の親戚なんだ?」

 

 

 

 ハリーがロンに話題をふると、ロンは嫌そうな顔をした。

 

 

 

「やめてくれよハリー、サダルファス。うちの親戚はただでさえ多いんだぜ?これ以上増えたらたまらないよ。あとうちはそういうのやってないからな」

 

 

 

 ザビニや、普段スリザリンに対して忠誠心を発揮するアズラエルですら酷評するクィレルの後任は、魔法省から派遣されてきたお役人だった。小柄で常にピンク色のローブを身に纏った、ガマガエルのような容姿の魔女、ドローレス・ジェーン・アンブリッジは防衛術の専門家ではなく、おまけに教師が本職でもなかった。彼女は魔法省の方針に従い、クィレルの計画したカリキュラムに従って授業を進行したが、防衛術の授業は非常につまらないものになった。

 

 

 

「やっぱり人間は顔だぜ。あんな顔じゃちゃんと教えられるわけねーよ。グレンジャーのほうがよっぽどマシな教師だ。インセンディオを教えてくれよ、グレンジャー。アンブリッジは教科書通りにしか説明しねえからわかんねえ」

 

 

 

 

 

「ザビニってすごくお世辞が上手いのね。きっとそうやって女の子を騙すんだわ」

 

 

 

 賢者の石の一件以来、ザビニは口にこそ出さないが、ロンやハーマイオニーを友人として認めるようになった。ロンやハーマイオニーも、ザビニがスリザリン生であるということをあまり意識してはいないようだった。他のスリザリン生が居るところで二人に話しかけるわけではないが、ハリーと一緒に、ロンとハーマイオニーの二人には手を出さないように他のスリザリン生をそれとなく牽制するようになった。もちろん他のスリザリン生には悪ぶって、あいつらは俺の獲物だからとか何とか言ってはいたが。

 

 アズラエルは二人に対して礼儀正しく、ファルカスはまだ打ち解けてはいない。それでも、友人関係が少しずつ動いていることは確かだった。

 

 

 

「ハーマイオニー。ザビニは騙すんじゃなくてひっかけるんだよ。自分についてこさせるんだ。だから安心して」

 

 

 

「て言うかザビニはまた彼女変えましたからね。これで三人目ですよ」

 

 

 

「ハリーお前言うようになったじゃねーか……!」

 

 

 

 ハリーたちはアンブリッジについての不満を話の種に、同好会の活動場所としてでっち上げた空き教室で自分達で魔法を掛け合って練習した。ハリーは母親の使った古代の魔法について図書館で調べようとアンブリッジ先生に閲覧許可を求めたが、彼女の返答はハリーの望んだものではなかった。

 

 

 

「まぁいけませんわポッターくん。まだ一年生のお子さまがそんなものに興味を持っては。あなたにはこの、魔法省推薦初級図書……テセウス・スキャマンダー著の『防衛理論初級』をおすすめしますわ。さあ、頑張ってくださいな」

 

 

 

 というのが、アンブリッジ先生の返答だった。ハリーはなんだか変なおばさんがやって来たなとしか思っていなかったが、アンブリッジが推薦した書物は内容も良くとても勉強になったので、ハリーは彼女は変なおばさんではなくアンブリッジ先生と呼ぶことにした。

 

 

 

 ハリーのせいでフクロウとイモリの試験前にクィレル教授が消えたわけだが、五年生も七年生ももはやそのことで動揺してはいなかった。彼らは防衛術を捨てるか、自分で完璧に自習するかで対応していたし、アンブリッジ先生は実技方面では無能という評価だったが、自分の評価を落とさないために過去問を配布するなどしたので、受験生たちからはそれなりに好評だった。

 

 

 

 

 

 アンブリッジ先生はむしろ低学年の生徒たち……具体的には、双子のウィーズリーの標的になって遊ばれていた。彼女は放課後は双子の起こした騒ぎを鎮圧しようとフィルチと一緒に学校中を駆けずり回るのが日課になっていて、ハリーたちは双子が逃げきるかアンブリッジ先生が勝つかを賭けるのが楽しみになった。

 

 

 

「ロン、ファルカス、アズラエル。みんな勉強はもう終わったよね?僕と決闘をやって復習してみよう」

 

 

 

「じゃあ今日こそハリーに勝ち越すぞ」

 

 

 

「応援してますよウィーズリー。僕はファルカスにボコボコにされておきますから」

 

 

 

「そこは勝つんじゃないんだ……」

 

 

 

 ハリーは浮遊魔法を自分の衣服にかけて浮いてみたり、変身呪文で出した動物でエクスペリアームスが防げないか試してみたりした。同レベルの相手と闘うことで、ハリーは少しずつだが、着実に決闘の腕や魔法の習熟度を上げていった。

 

 

 

***

 

 

 

 同好会の活動を終えてロンとハーマイオニーを見送り、ハリーとザビニが寮に戻るとき、ファルカスはトイレに行くと言って、アズラエルと二人で空き教室に残った。アズラエルはトイレに行こうとしたが、ファルカスは行かなかった。

 

 

 

「どうしたんですファルカス?」

 

 

 

「……ねぇブルーム。ザビニは変わったと思わない?」

 

 

 

「変わったというのは?」

 

 

 

「……前より、ウィーズリーとグレンジャーに近くなった」

 

 

 

 そう言うファルカスの眉間には皺がよっていた。

 

 

 

(もしかしてファルカス、ハリーやザビニがウィーズリーやグレンジャーと親しくするのを良く思ってないんですかね?)

 

 

 

 アズラエルはふとそんなことを思った。ファルカスの実家は闇祓いだが、没落する前はスリザリン出身者の中でそれなりに歴史のあった名家だったらしい。純血主義を家で教わっているのであれば、ハリーに二人が近づくのをあまり快くは思わないのかもしれなかった。

 

 

 

「ま、でしょうね。ザビニもハリーも二人と冒険をして、彼らのことを人としてリスペクトしてますから」

 

 

 

「……」

 

 

 

 アズラエルの言葉は、ファルカスの機嫌を損ねたようだった。

 

 

 

「そんなに心配しなくても、僕らがザビニやハリーの親友であることに変わりはありませんよ?」

 

 

 

 実はアズラエルは、ハリーたち四人の中では一番社交的で顔が広い。純血主義を信じる家の子供たちに、ハリーは何を考えているのかと問い詰められたことは一度や二度ではない。

 

 

 

「そうだけどさ……特にグレンジャーと親しくして、付き合うなんてことになったらどうするのさ。今度こそスリザリンの中に居られなくなるよ?僕はスリザリンの中でハリーに成り上がってもらいたいのに」

 

 

 

(まあ……そう思っちゃいますか……)

 

 

 

 ファルカスの言葉はどちらかといえば視野が狭かった。ドラコと交遊関係がありながらも友好的ではない現状、せめて寮の外に人脈を持っておくことは必要不可欠だとアズラエルは思う。ましてやファルカスの実家が元闇祓いの家系なら、小さなこだわりなんて捨てたほうがまだ成り上がれる可能性は高い。

 

 

 

「心配しすぎですよ。ザビニもハリーもめちゃくちゃ面食いじゃないですか。この間、パドマ・パチルとチョウ・チャンのどっちが美人かで喧嘩してたのを見てるでしょ?」

 

 

 

「……でも、好きでもない人のことを助けに行くかな?」

 

 

 

「ハリーは助けるでしょうよ。彼はどういうわけかそういう……お人好しなところがありますから」

 

 

 

 ハリーの思い人は誰かというのは、女子たちとの話題の鉄板だった。アズラエルは、ファルカスの思考が正常であることに安堵した。一部の上級生の女子は、ハリーはウィーズリーに恋をしているだのとのたまってきたからだ。

 

 

 

「ザビニも少し前までは僕と同じだったのに。今は、『グレンジャーはどっかの家のスクイブの末裔だった』とか言って、グレンジャーはマグル生まれじゃなかったって言い出すし……」

 

 

 

「それが僕らスリザリン流の方便なんですよ。みんな嘘だって分かってますけど、そういうことにしとけばだれも傷つかないでしょ?」

 

 

 

 魔法族に生まれて、魔法が使えない人間はスクイブとして家系図から存在を消される。しかし、スクイブと魔法族やあるいはスクイブ同士、スクイブとマグルとの結婚で生まれた子供が魔法を授かることはある。スリザリンの純血主義者は、それを利用してどこかの魔法族の遠縁ということにして、半純血の魔法使いをうけいれてきたのである。

 

 

 

「……」

 

 

 

「気持ちは分かりますよ。君は純血主義なのにグレンジャーやウィーズリーと仲良くすることが後ろめたいんでしょう?でも、ハリーはちゃんと建前を用意してくれたじゃないですか。部活の仲間と交流を持つことに口を出す奴はいませんよ」

 

 

 

 アズラエルは笑顔でファルカスを諭すが、ファルカスはまだ受け入れられないでいるようだった。

 

 

 

「アズラエルはどうして割り切れるの?君も純血主義なのに。純血主義を捨てたの?」

 

 

 

 ファルカスとアズラエルの中に、一種の緊張感が走った。しかしアズラエルは涼しい顔で、淀みなく答え合わせをした。

 

 

 

「僕は純血主義を捨ててませんよ?」

 

 

 

「じゃあ……」

 

 

 

「パパが教えてくれたんですけど、純血主義ってようは結婚相手を純血の子同士でしましょうねってことでしょう。僕はまだ結婚とか全然分かりませんけど、将来結婚する相手には純血の女の子として、誠実に対応するつもりです。純血主義なんてそんなんでいいんじゃないですかね?」

 

 

 

「いや、でも……それは……まあ良いのかな?」

 

 

 

 ファルカスの心に迷いが生まれたのを見て、アズラエルはさらにまくし立てた。

 

 

 

「この際だからぶっちゃけますけど、ハリーが純血でないのは魔法使いならみんな知ってるじゃないですか。ハリーが純血主義を信じるわけありませんよ。信じたらただのアホじゃないですか」

 

 

 

 アズラエルにとってこの一言は冒険だった。ハリーの前では決して口に出せない言葉だ。ファルカスは冷や汗を流して言った。

 

 

 

「……ポッター家は名家だよ」

 

 

 

「純血ではありません。ですから純血主義にハリーが入る意味がないんですよ。もしもハリーが、グレンジャーのことが好きでハリーが彼女と付き合いたいなら、僕たちはそれを友達として見逃すのがスリザリン流だと思いますけどね」

 

 

 

「止めないの?」

 

 

 

 責めるようなファルカスの視線を、アズラエルは受け流した。

 

 

 

「僕は止める勇気を持ち合わせていません。ファルカス、大丈夫ですよ、君は一人じゃない。僕も君と同じ純血主義で、ただ少しだけ、ずるいだけなんです」

 

 アズラエルの言葉に、ファルカスはしぶしぶうなずいた。そんなファルカスを見ながら、アズラエルは真面目な子ほど損をするよなあと頭の中で考えていた。




ファルカスの元ネタ→ゴーント家みたいな没落貴族のレイシスト。
アズラエルの元ネタ→マルフォイを百倍ひどくした資本主義の権化。


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蛇寮のテスト


スリザリン生って先輩から過去問とかもらってそう(偏見)


 チャリティー·バーベッジは、クィリナス·クィレルの葬儀に出席し、クィレルの棺を見送っていた。

 彼女はクィレルのことを先任の教授として尊敬し、また授業のことで相談に乗ってもらったこともあった。そのクィレルが、石を奪おうとし、生徒を傷つけようとしたというダンブルドアの言葉が今でも信じられなかった。バーベッジはクィレルのために、一粒の涙を流した。

 

 彼女は、葬儀に出席した教師たちを見た。レイブンクローと縁のあるフリットウィックやトレローニー、学生時代のクィレルに目をかけていたというマクゴナガルに混じって、セブルス·スネイプの姿もそこにあった。

 

(……どうしてあの男が……?)

 

 バーベッジは、スネイプが葬儀に出席したことが信じられなかった。スネイプは防衛術の職を望むあまりクィレルと対立しているところを何度も見てきたからだ。

 

 葬儀場のスネイプは普段と変わらないしかめっ面だった。バーベッジは、スネイプがクィレル個人のためにここに来たのではないと思った。彼は教師として、義務感で同僚を見送りに来たのだ、と思った。

 

 バーベッジはスネイプに好感を持ったわけではなかったが、それでも、葬儀が終わった後、スネイプに話しかけて真意を問うた。

 

「セブルス。あなたはクィレルと対立していた筈ですが……?今日はどうしてここに?」

 

 スネイプはバーベッジになにか言おうとして口を閉じ、しばらく考えてからこう言った。

 

「クィレルは闇の魔術に傾倒するにはあまりに愚かで、そして強欲だった。クィレルの死は、己の力量を見誤った人間が迎える当然の結末だという他はない。私は己への戒めとして、敗北者の姿を脳に刻もうとしたにすぎない」

 

 スネイプのクィレルへの侮辱とも言える言葉に、バーベッジは何か反論をしようとして、できないことに気が付いた。クィレルは確かにすべきではないことに手を染めたのだ。

 

 スネイプの言葉は、バーベッジ自身も肝に命じておくべき言葉ではあった。一度でも闇の魔術に手を出せばどうなるのかは、目の前の人を人とも思わない冷血漢が証明しているからだ。

 

 

「……セブルスは今でも闇の魔術がお好きなのね?」

 

 バーベッジたち教員は、スネイプがクィレルを監視してきたことをダンブルドアから聞いた。ハロウィン騒動のとき、バーベッジを含めたほとんどの教員はスネイプが何かしたのではないかと内心で疑っていた。そんな状況で、ホグワーツを守るために力を尽くしたスネイプのことを見直しかけていたが、やはり人として何か欠けているとしか思えなかった。

 

(今のセブルスは死喰い人ではなく教師のはずなのに)

 

 スネイプは闇の魔術に関してだけは、少し饒舌になった。

 

「闇の魔術は深く、魔法の真理に到達しうる学問だ。私はその真理の一端を求めている。しかしクィレルは、その深さも知らずに手を出し、すべきではないことをした。それを正しく評価したまでだ」

 

 スネイプには、バーベッジには見えない何かを闇の魔術から見いだしているようだった。バーベッジはスネイプを恐れながら、彼がまがりなりにも教師として、普通の同僚だと思える人間であってほしいと願った。

 

***

 

 ホグワーツに平穏が訪れてから、ハリーたちの日常は瞬く間に過ぎ去っていった。ハリーは穏やかな日常の中を楽しんでいたが、だんだんと物足りなさを感じはじめていた。

 

 

(……飛びたい。ドラコとじゃないとダメだ)

 

 ハリーはロンやファルカスと箒でクィディッチの真似事をして遊んだりはしたが、ハリーの相手になるのはファルカスくらいだった。ロンは動きそのものは悪くないのに、どうしてか肝心なところで余計な力が入っていて、いいところでつまらなくなってしまう。手を抜かずに全力を出しても、勝てるかどうか分からないくらいの相手が欲しかった。なのでハリーは、臆面もなくドラコに声をかけた。

 

 

「今週末、またクィディッチの練習をしてみない?」

 

 そんな風にドラコを誘うハリーはスリザリンの中では異端だったが、ハリーはもう気にしなかった。クィレルに比べれば怖いものなどなかった。

 

「僕は君と違って、試験の対策で忙しいんだポッター。父上から、最高の成績を取るようにせっつかれていてね。……ああ、君には父上がいないから僕の気持ちなんて分からないか?これは悪かったね」

 

 ドラコの皮肉は相変わらず最低だったが、ハリーはもう聞き流していた。今のハリーにはシリウスがいた。ハリーも負けじと言い返した。

 

「そっか。試験前の最後のクィディッチだったからせめて君と勝負したかったのになあ……残念だなあ。ドラコに勝てると思ったんだけど」

 

 ハリーはドラコのことを信頼していた。ドラコは負けず嫌いで、そしてハリーと同じくらいに飛ぶことが好きだと分かっていた。これを逃せばもう飛べないぞ、と脅してやれば、乗ってみたくなるのが箒好きの性だ。

 

 ドラコを誘うときは、決まってロンやハーマイオニーとの予定が合わない時でもある。ハリーはドラコとのつきあい方を分かってきていた。

 

「……言ったなポッター。このぼくに勝てる気でいるのかい?心外だね。身の程というものを教えてやる。ゴイル、クラブ、お前たちも来るんだ!」

 

 結局、ハリーとドラコは週末に太陽が沈むまで延々とクァッフルを投げ合い、奪い合って闘った。最終的にアズラエルがボールを見失ったことで引き分けとして決着させなければ、夜明けまででも箒に乗っていたかもしれなかった。

 

 

***

 

 ハリーは分からなかったが、ドラコはハリーが賢者の石をクィレルから守ったという話を、父親のルシウスに手紙で知らせていた。ドラコは、ハリーが闇の帝王の復活を阻止してしまったかもしれないと、森で見た化け物のことも正直に書いて、ルシウスの判断を仰いだ。ハリーとの友人関係はもうやめろ、ハリーは帝王の敵だと言われるのではないかと、ドラコは内心で怯えていた。

 

 ドラコはハリーと、ドラコ本人の願っていた形ではないが、確かに友達になった。それはドラコ自身も認めざるを得なかった。

 

 しかし、父親の教えの通りに純血主義をハリーに教え、ハリーをルシウスの側に引き込むというルシウスの指示は果たせていなかった。それがドラコには恐ろしかった。自分が取り返しのつかない間違いをしたのではないかとも思っていた。

 

 ルシウスの返信は、ドラコにとって予想外のものだった。

 

『ポッターの友人となったのは実に良かった。お前は私の自慢の息子だ、ドラコ。ナルシッサの助言通り、ホグワーツに入れて良かったと心から思う。

……そして、ポッターが賢者の石を守った、というのはダンブルドアの流した噂だろう。気にすることはない。ダンブルドアはポッターを自分の操り人形にしたいのだ。ダンブルドアはそういう老人だ』

 

 ドラコはダンブルドアのことは、実はなんとも思っていなかった。ただ単に、父上にとって都合が悪い人間だから嫌いというだけだ。だが、もしも闇の帝王が復活したなら、対抗できるのはダンブルドアだけのはずだ。

 ハリーが帝王に反抗する必要はなかったはずだ。

 

(そうだ。父上の言う通りだ……ダンブルドアが間違っていて、父上が正しいんだ。そうじゃなきゃ……)

 

 ドラコはルシウスからの手紙を読み返して、自分にそう言い聞かせた。ルシウスは間違っていないはずだと、尊敬する父親を信じた。

 

『ただの一年生がどうやって大人から石を守れるというのだ?ダンブルドアが何かしたことを、ポッターの功績にしたのだろう。ダンブルドアはポッターを持ち上げて、誤った道に進ませようとしているのだ。

 ポッターを救えるのはお前だけだ、ドラコ。

 ダンブルドアの手からポッターを保護し、純血一族のトップとして、お前が彼をこちら側に導くのだ。期待しているぞ』

 

 ルシウスは闇の帝王が復活するとも、ハリーが帝王の復活を阻んだことも信じていなかった。尊敬する父親からそう言われて、ドラコもだんだんと森で感じた恐怖が薄れてきた。ケンタウロスの予言というこれ以上ない証拠のことは、半獣がおかしなデマを流したんだと差別感情を理由にすることによって忘れることができた。ドラコは、父親の指示を守るという体でハリーと交流を続けることにした。できれば闇の帝王なんて、二度と戻らないでくれと思いながら。

 

***

 

 ドラコとの最後の飛行戦を終えて、ハリーたちは本格的に試験勉強をはじめていた。普段からすべての科目の予習と復習をやっていれば、先生の言った細かな解説だとか、要点を見直すくらいしかやることはないと思うかもしれないが、スリザリンの子供たちにはそれ以外にもやるべきことがあった。

 

「ガーフィール先輩。一年生の試験の過去問を見せていただけませんか?」 

 

 スリザリンの後輩たちは、先輩のスリザリン生から過去の問題を融通してもらっていた。ハリーは五年生のガーフィールから、ザビニは二年生の女子生徒から、アズラエルは三年生の女子生徒から、ファルカスはマーセナスやカローの面倒を見ていた四年生の女子生徒からそれぞれ過去問をもらっていた。

 過去の問題を見るという行為は、グリフィンドール生ならばあまりやらない。ハッフルパフ生も、自分で勉強することを選ぶだろう。レイブンクロー生は誰かの頭を覗き見ることで過去問を得ようとするかもしれなかった。

 

 スリザリン生のほとんどが過去問を手に入れるなら、過去問を持っているかいないか、知っているかいないかで少し差がついてしまう。ハリーはどうせなら万全の状態で試験に挑みたかった。ダンブルドアのように賢者の石を作れるようになるまでには、ほとんどの科目で優秀な成績を取る必要があった。ハリーは監督生のガーフィール·ガフガリオンを標的にした。

 

「何で俺を選んだ、ハリー?スリザリンの先輩は山ほどいる。そういうのは他のやつに聞くべきだ。監督生が特定の生徒を贔屓することは問題になると思わなかったか?」

 

 ガフガリオンはいつも通り面倒くさそうに言った。五年生と七年生は、試験を控えて目に見えて落ち着きをなくしていた。ハリーは恐れずに言った。

 

「あなたは僕が知っているなかで、一番頭がよくてかっこいい先輩だったからです」

 

 ハリーはお世辞を言ったつもりはなかった。マクギリス·カローは親切だったが、言動の端々から過激さが見え隠れしていたし、成績もそこまで良くはなかった。

 ガフガリオンはハリーの言葉に心を動かされた様子はなかったが、じっとハリーを値踏みするように見た。

 

「この時期はみんなそう言うンだ。お前、テストの前でだけノートを見せてくれって友達が増えるやつの気持ちが分かるか?都合がいいっなんてもんじゃねえぞ」

 

「僕も、いろんなスリザリン生がそう言ってノートを見にきます。僕はお礼に彼らのノートを見せてもらいましたけど…今、ガーフィールに返せるお礼は持ってないです…」

 

 実際。ハリーは自分のノートを見せるように何人かのスリザリン生からこっそりと頼まれていた。彼らは魔法薬学だったり呪文学だったりが苦手で、ノートを取ることに難儀していた。ハリーも彼らにノートを見せる代わりに、彼らの得意な科目のノートを見せてもらっていた。

 

「……ふん」

 

 ガフガリオンは一呼吸置いて、ハリーに過去問の束を渡した。

 

「そいつをせいぜい上手く使うンだな。読み終わったら綺麗にして返せよ。それを礼の代わりにしてやる」

 

「ありがとうございます!」

 

 ガフガリオンはさっさと立ち去った。ハリーは、やけにあっさりと過去問を手に入れられたのが腑に落ちなかった。

 

***

 

 ほとんどのスリザリンの一年生は、過去問を手に入れて浮かれていた。ザビニやファルカスもほっとしていた側だったが、ハリーは何かおかしいとアズラエルに相談していた。

 

「過去問で点が取れるなら、皆が皆、O(最優秀)かE(期待以上)じゃなきゃ変だ。でも、実際はそうじゃない。アズラエルもおかしいと思うよね?」

 

「ですよねえ。実は僕、やけにあっさりと問題が手に入っちゃって拍子抜けしたんですよ。わりといい対価を用意してたんですけど、いらないって言われましたし……」

 

 ハリーはガフガリオンからもらった呪文学の過去問を見た。問題は授業でやった小テストの内容を中心に、それなりに難しくはあるが解けないほどではない。これならば過去問なしでも、ほぼ満点が取れてしまうだろう。アズラエルの過去問も似たり寄ったりで、ハリーはますます違和感を濃くした。問題の難易度も、出題している内容も細かい違いしかなくほぼ同じだったからだ。違和感を決定づけたのは、スネイプ教授の問題が優しすぎたうえ、問題数も少なかったことだ。スネイプ教授なら、難易度を下げるにしても生徒がきちんと幅広く学習しているかを試すくらいはするはずだった。時間が余りすぎるようなテストを作るとは思えなかった。

 

「アズラエル、問題の写しを取ってくれた?」

 

「ええ、完璧に」

 

 ハリーはコピーをとっておいてから、ガフガリオンからもらった魔法薬の過去問に杖を向けた。ただの勘だが、やってみる価値はあった。

 

「スペシアリス レベリオ(化けの皮よはがれろ)」

 

 ハリーが杖を向けると、過去問はその問題を変えた。問題の難易度にはばらつきがあり、教科書の中でも簡単なものから、ひっかけて間違えやすい薬の効能を聞く問題、巨人薬に関する記述式の問題などもあった。全部を真面目に解いて時間が足りるかどうか、という難易度だ。問題には答えがついておらず、代わりにガーフィール直筆らしき字で、こう書いてあった。

 

「勉強しろ……か。流石は監督生。その通り過ぎて何も言い返せないよ」

 

「話がうますぎると思ったんですよねえ……」

 

 

 ハリーとアズラエルは苦笑しながら過去問にレベリオをかけていった。アズラエルがもらった過去問も、レベリオの下に本物らしき問題が隠されていた。

 

「げぇ?!マジかよ!」

 

 

「じ、じゃあもしかして僕がもらったテストも?」

 

 ザビニとファルカスがもらった過去問も、例外なく隠蔽の魔法がかけられていた。

 

「……まぁ、実際にこれが本物かどうかなんて分からないんだよね。だって過去問なんだから」

 

「これは上級生が僕たちを試すテストなんでしょうね。このカラクリに気がつくかどうかと、これを頭から信じるかどうかの」

 

「当然この過去問は解くとしても、勉強内容を理解するほうが先だよ。僕らは油断せずにできることを全力でやればいいんだ」

 

「回りのみんなはこの仕組みに気がつくかな?」

 

 ファルカスは目を丸くしていた。ファルカスは過去問をもらったことで完全に油断して、勉強に手を抜こうかなと思っていた。

 

「俺は気付かなかったぜ。いつもぼっちの奴とか、友達が作れてないやつは気が付かないんじゃないか?」

 

「普段から勉強してれば、過去問がどうであれ点数はとれるはずだよ。……まあ、この事は黙っとこう。先輩たちがこういうやり方をするってことは、あんまり大っぴらにしても良くないんだろうし」

 

 ハリーたちは図書館にこもって勉強に明け暮れた。ハリーはハーマイオニーが図書館で本の山に埋もれているのを、浮遊呪文で助けたりもした。ハーマイオニーは不安からか、二年生の範囲の問題まで手をつけようとしていて、ロンに大慌てで止められていた。勉強のしすぎでみんなの頭が混乱しているうちに、試験の日になっていた。

 

***

 

(よーし、負けないぞ……)

 

 試験当日。ハリーにとって、ハーマイオニーやドラコとの純粋な勝負の時間はやってきた。一年間の勉強の成果を見せるときが来た。最初の試験は魔法薬学と変身術だった。

 

 スリザリンの一年生は、ほとんどが先輩から過去問をもらっていた。ハリーは後ろの席で試験を受けたので、誰が過去問をもらったのかわかった。パンジー·パーキンソンやゴイルが前の席に座ってテストを受けていたが、彼女たちはテストが始まってしばらくすると、羽ペンの動きが止まった。テストを受ける前の自信満々の様子とはまるで違う。

 

 隠蔽された過去問に気付かず、あるいは気付いても勉強しなかった子供たちは、予想とは違う試験問題を前にして頭を抱えていた。

 

 実際のところ、試験問題は過去問をやったから解けるというものではなかった。過去問とは問題の形式も、配点の割合も違った。ほとんどの試験では記述式の配点の高い問題と、基礎学力を見るためのボーナス問題、そして授業を聞いていれば分かる問題などが混ざっていた。ハリーやドラコ、ノットやアズラエルなどは調子良く問題を解くことができた。ザビニは学科試験のあと、ハリーにこう漏らした。

 

「……俺、今度から教授の話は真面目に聞くようにするわ……」

 

「いい問題だったよね。特にスネイプ教授の試験は」

 

 スネイプ教授は板書の速度が速く、説明はねちっこいほどに深く掘り下げて説明する。一問だけ授業を聞いていなければ分からない問題があったが、ハリーはその問題で満点を取れたという自信があった。もっとも、問題の配点はそこまで高くはなかったが。

 

「切り替えようよ。もう試験は終わったんだ……」

 

 ファルカスは完全に燃え尽きていた。彼は、

 

「まだまだ別の試験があります。僕は座学はともかく学科はダメですから、ザビニやファルカスはそっちで点を取り返しましょう」

 

 

 変身術の実技試験は、ハリーたちにとっては拍子抜けするほど簡単だった。ハリーたちは決闘ごっこで嫌になるほど魔法を使いまくっていたからだ。不安があるとすれば、変身呪文の持続時間が短くて減点されるかもしれない、というくらいだった。

 

***

 

 すべてのテストを終えて、空は驚くほどに良く晴れ渡っていた。ハリーはザビニたちと校庭を歩いていると、スネイプ教授がハリーたちを見送った。スネイプはハリーの目を見ていた。

 

「やあ諸君。今日は珍しい晴れの日です。こんな日は、校庭に出て遊ぶべきだとは思わないかな?」

 

 

 スネイプ教授は笑顔だった。スネイプ教授の嘲笑ではなく、笑顔を見たのははじめてだった。ハリーたち一瞬、ポカンと口を開けた。

 

「そう思います!行こうみんな!」

 

 ハリーは何か良からぬことが起きるのではないかと思いながら、ザビニたちと校庭に駆け出していった。校庭にいるロンとハーマイオニーは、試験にでない範囲まで勉強したことを悔やんでいて、ハリーたちはそこに加わってじゃれあった。

 

 ハリーは、スネイプ教授が遠くからそれを見守っていたのに気付かなかった。日だまりにいたハリーたちを、薬学教授は影から見守っていた。

 

 

 




ハリーくん蛇寮の試験に無事合格!


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優勝杯のゆくえ

 

 ハリーは校庭でザビニやロンが口論するのを眺めていた。ザビニとロンは、きっとポリジュース薬でスネイプに化けた奴がいたんだと話し合っていた。

 

「二人とも悪意がある見方だね。スネイプ教授だって一年に一回くらいそういう気分の日はあるはずだよ」

 

「一年に一回とかスネイプ教授は普段どれだけ不機嫌なんですかね。うちのパパも決算前はピリピリしてますけど」

 

「僕はもう少し笑顔でいられる大人になりたいな……」

 

 ハリーは試験が終わって気が抜けていた。やれることを全部やりきったという解放感があったが、同時に、ホグワーツでの生活が一段落したことを意識しなければならなかった。

 

(試験が終わって……クィディッチの最終決戦が終わって優勝が決まったら…………またダーズリー家に戻らなくちゃいけないのか……)

 

 ホグワーツでは色々なことがあって、暴力どころではない命の危険に直面したりもした。それでもダーズリー家の、階段下の物置に閉じ込められる生活が待っていると思うとハリーは陰鬱になりそうだった。話し相手がアスクレピオスしかいないなんて、今のハリーには考えたくもないことだった。

 

「ファルカスなら大丈夫だよ。実技はほんとに楽だったろう?」

 

 ハリーは落ち込んでいるファルカスに声をかけたが、ファルカスの声には力がなかった。

 

「実は変身魔法でひとつ間違えたんだ……急いで訂正したけど減点されたと思う……」

 

 ファルカスは気落ちしていたが、そう言うとロンが怒るふりをした。

 

「それは魔法薬の実技で薬が飴みたいになった俺への当てつけ?ミスに気付いたんなら全然ましだぜ」

 

「僕、大丈夫な気がしてきたよ。……ありがとうウィーズリー」

 

 ロンは最近、ファルカスがスリザリン生であることを忘れかけているようだった。裕福で見た目が整っているザビニやアズラエルと比べると、ファルカスやハリーは親しみやすく見えるようだった。

 

「ああ、ミントを入れるタイミングを間違えたのねロン」

 

「除草剤が肥料になるミスだね。失敗の中では全然マシな方だよ。土を駄目にするタイプの失敗もあるんだし」

 

 ハリーたちも、自分のしたミスを明かして笑いあった。どういうわけかハーマイオニーだけは、ミスらしいミスをハリーたちにあげることができず、魔法史の問題で書きすぎたのではないかと言っていた。ハリーは少しハーマイオニーに嫉妬した。

 

「……ところで皆さん。七月の二十日って予定空いてますか?」

 

 アズラエルはそんなことを聞いた。

 

「うん。僕はいつでも暇だよ。ザビニは?」

 

「おれも予定とか入れてねえな。なんだブルームビーチにでも行くのか?」

 

「いえね。うちのパパは社長をしてる箒の新作がお披露目になるんだけど、そのパーティーをする予定なんです。僕も出席することになってまして、友達として皆さんも来てくれるとありがたいかなって」

 

 アズラエルはロンやハーマイオニーも含めて、ハリーたち五人を誘った。ロンは力なく言った。

 

「誘ってくれたのは嬉しいけど、俺、そういう場所の服とか持ってないし……」

 

「服なら僕のパパが用意してくれます。実は僕、箒が苦手だったんで今までそんなに友達がいなかったんです。ホグワーツでできた新しい友達を紹介したいんですよ。グレンジャーはどうです?」

 

 アズラエルは狡猾に狙いを定めた。ハリーはうまいと思った。

 

(ハーマイオニーが行くなら、ロンも来るはずた)

 

 ハリーは内心でハーマイオニーに承諾してほしいと願ったが、彼女は心底残念そうにアズラエルに言った。

 

「ごめんなさい。私、その週は旅行の予定が入っていたの……」

 

 

「なら仕方ないですね。またの機会に取っておきましょう。ハリーたちはどうですか?」

 

「俺はママが許可を出すかどうかだな。ま、アズラエルみたいな真っ当な家となら百パー大丈夫だ」

 ザビニは行く気満々で、ファルカスは行きたそうだったが、

 

「僕は……正装を持ってないから、君に負担をかけることになっちゃうけど……」

 

「ノープロブレム。ハリーはどうです?」

 

「もちろん絶対に行きたいし、行くよ。ただ……シリウスとの面会許可がまだ降りてないから、行くのはギリギリになると思う。うちは魔法界のことを良く思っていないんだ」

 

 

「それなら、マグルのメーカーに偽装してハリーを招待しますよ。ブルーコスモスってスポーツ用品店も経営してるんです、うち。どれだけ阿呆なマグルでも、無視はできない筈です」

 

 アズラエルが事も無げに言うと、ハリーやザビニやロンは面食らった。

 

「え?魔法界の会社じゃないの?」

 

 ハリーはアズラエルから聞いた会社の名前に心当たりがあった。ダーズリー家にいたとき、お高いためにハリーとは縁がなかったが、フットボールをやっている子はそのメーカーのシューズをはいてプレーしているのを見た。

 

「お前んち箒メーカーだろ?」

 

「裕福な魔法使いは、魔法界で財を成すと同時にマグルの世界でも資産を持って、どちらでも立ち回れるようにするんですよ。だからうちは表の……マグルの世界での立場も持っているんです。皆分かってることですけど、あえて言わない公然の秘密って奴です」

 

「そ、そういう所が好きになれないんだよなあ……」

 

 ロンはアズラエルの告白に若干引いていた。ハリーはひたすら困惑していた。見た目が完全にスリザリンなアズラエルがマグルの世界の常識にも詳しくて、ロンはそうではない(電話も知らない)ことが不思議で仕方なかった。

 

「……あ、ガフガリオンがいるぜ、ハリー」

 

 校庭で寛いでいるのはハリーたちだけではなかった。ザビニが指差した先には、スリザリンの監督生の姿もあった。

 

「アズラエル、ガフガリオンって誰?」

 

「スリザリンの監督生ですよ」

 

「隣にいるのはグリフィンドール監督生のアグリアス先輩だわ……!」

 

「解説ありがとうハーマイオニー。僕、ガフガリオンにお礼を言ってくるよ。勉強を見てもらったから」

 

 ハリーはガフガリオンに礼を言おうと、木陰から出ていった。

 

 

***

 

「ガーフィール先輩、試験お疲れ様です」

 

「おー、ポッターか。その顔だとまぁ……合格したみてえだな」

 

 ガフガリオンは敵対しているはずのグリフィンドールの監督生と、木を背にしながら何か話していた。グリフィンドールの女監督生、アグリアス·ベオルブはパーシーと同い年で、長い金髪をセンター分けにしていた。ガフガリオンもアグリアスも、OWLの呪縛から解き放たれたからかとても穏やかな表情だった。アグリアスはちらりとハリーを見たが、ハリーがガフガリオンと話すために何も言わずにすやすやと寝たふりをしてくれた。

 

 

 ハリーはガフガリオンに過去問を返した。過去問はレベリオによって真の姿が明らかになっている。ガーフィールはニヤリと悪い笑みを浮かべた。

 

「どうだ、ポッター。尊敬する先輩に騙された気分は?」

 

「はい。最初は驚きましたけど、結果的にはガーフィールのお陰でうまく行きました」

 

 過去問そのものは試験に出たわけではない。それでも、ハリーたちが普段以上に必死になって勉強できたので、あの問題には意味があった。

 

 ハリーが言うと、ガフガリオンはがりがりと頭をかいて言った。

 

「どうしてお前はそういうところでは知恵が回るンだろうなポッター?」

 

 ガーフィールは悪戯っぽい笑みを浮かべて、ハリーの頭をがしがしと撫でた。

 

「……ま、そうやって注意深くあれるならいい。勉強は誰かにやらせてもらって身に付くもんじゃあねえ。普段からの習慣と規則正しい生活、そんでもって本人の努力で身に付くもんだ。お前ならわかるな、ポッター」

 

「はい」

 

「俺らスリザリン生の美徳は利口さと、寮の仲間のためになら団結できるってところだ。だが、それに甘えて勉強しねえような奴がこの先もやってけるほどホグワーツは……っつーか、魔法の世界は甘くねえ。最後の最後に自分を守れるのは、自分自身で培った力なんだからな」

 

 ガフガリオンはスリザリンの先輩として、後輩に一言指示を出した。スリザリンに代々伝わる伝統だった。

 

「もしも来年、スリザリンでいい後輩がいるって思ったら優しくしてやれ。そんでもって、俺がやったような偽装工作をして過去問をくれてやれ」

 

 

「はい、必ず」

 

 ハリーはガーフィールに約束した。もしもハリーの後輩がスリザリン生らしい利口さや狡猾さを備えているなら、偽装に気付くことはできるはずだ。そうでなかったとしても、過去問に慢心せずに勉強しようとするだろう。ハリーはこの風習を悪いものだとは思わなかった。

 

 ハリーは自分がまた一歩、スリザリン生として成長できた気がした。以前仕立てた緑色のローブは、気がつけば今のハリーには少し小さくなっていた。

 

 

***

 

 試験が終わると、あっという間に時間は過ぎ去っていった。クィディッチの優勝決定戦はギリギリまでもつれ込み、最終的にスリザリンとグリフィンドールで試合をすることになった。スリザリンは勝てば八年連続の歴史上初の快挙となる。ハリーはこのときばかりはロンやハーマイオニーとは席を分けて、スリザリンの生徒として力の限り自分の寮を応援した。応援席にはアンブリッジ先生もいた。彼女は自分が勝利の女神であるかのようにスリザリンの選手たちに微笑み、ニタニタと勝負の行方を見守っていた。

 

 

 しかし、グリフィンドールは強かった。

 

 グリフィンドールチームキャプテンのウッドは、前回の反省を活かして徹底的にラフプレー対策をしていた。グリフィンドールの三人の女性チェイサーは素早く正確なパスワークで、スリザリンにラフプレーの隙を極力減らした。序盤戦はグリフィンドールが二つのゴールを決めた。

 

 業を煮やしたスリザリンのキャプテン、フリントが雑なファウルをして無駄なペナルティをもらったことで、試合は完全にグリフィンドールのペースになった。ファウルはただすればいいというものではなく、相手のペースを乱すためにするものだが、フリントは最終戦のプレッシャーからか、完全に裏目に出ていた。

 

 スリザリンの得点は、ラフプレーを極力しない技巧派チェイサーのエイドリアン·ピュシーが決めた三つのゴールだけだった。ピュシーのゴールによって同点となり、スリザリンの応援席は活気が出たものの、それも長くは続かなかった。そのピュシーが、フレッドとジョージの双子が撃ったブラッジャーに撃墜されたのだ。フレッドとジョージは最近アンブリッジ先生という玩具を得たことで波に乗っており、スリザリンのビーターは二人の動きについていけなかった。

 

 ブラッジャーを制されたこととエースチェイサーの退場で、試合は完全にグリフィンドールのペースになった。途中、スリザリンキーパーのマイルズ·ブレッチリーはアリシア·スピネットのゴールを二回も阻むなど意地を見せたが、グリフィンドールのキャプテンであるオリバー·ウッドは五回もスリザリンのシュートを防ぎ、流れをスリザリンに渡さなかった。

 

 見る見るうちに百点の差がつき、スリザリンはシーカーに勝利を託すしかなかった。ハリーはハラハラしながら試合を見守っていたが。あるとき、敗北を確信して叫んだ。

 

「ダメだ、そっちに行っちゃー!!」

 

 グリフィンドールのシーカー、コーマック·マクラーゲンが何かを見つけたように箒を動かし、スリザリンのシーカーもそれを見てコーマックを追った。コーマックは後ろにシーカーが追ってきたのを見るや、すぐに箒を反転させた。

 

 実はスニッチは、スリザリンのシーカーの方が近かったのだ。しかし、シーカーはブラッジャーを回避することに気を取られてそれに気付いていなかった。コーマックは一か八かでシーカーをスニッチからひき離すと、ニンバス2000の性能を発揮してスニッチめがけて突撃した。ハリーは敵ながら、コーマックが優秀なシーカーであることを認めざるをえなかった。

 

勝利の女神が微笑んだのはグリフィンドールだった。ハリーたちは嬉しさを爆発させるマクゴナガル教授や、ロンやハーマイオニーを見ながら、静かにスリザリンの談話室に戻った。皆落ち込んでいたが、一番辛いのは選手たちだった。多くのスリザリン生はプレーした選手たちを労うこともできず、気の毒そうに選手たちを見ることしかできなかった。

 

「……現実ってこんなもんだよね」

 

 そうファルカスは言った。スリザリン寮生は、教師の贔屓だけではどうにもならない壁があることを期末試験とクィディッチで思い知っていた。

 

 お通夜のような雰囲気の中で、ドラコは決意を表明した。

 

「決めたぞ。僕は来年シーカーになってやる。そしてこの僕が、スリザリンを優勝に導いてやる!」

 

 この宣言は、少なくとも同学年のスリザリンの子供たちにとっては頼もしく見えた。ドラコは同年代で、ハリーと同じくらいに箒に乗るのが上手かったからだ。

 

 そして、ドラコはハリーをチームに誘った。

 

「お前も来い、ポッター!お前と僕で、シーカーの座をかけて争うんだ。勝った方が、スリザリンのトップになるんだ」

 

 ハリーはドラコの宣言を聞いて、来年の楽しみが増えたことを喜んだ。

 

「わかった。全力で頑張るよ。僕が勝っても、君が勝っても、スリザリンは強くなる。僕が勝つけどね」

 

 周囲のスリザリン生たちは、ハリーとドラコのどちらが勝つのを応援すべきか途方にくれていた。ハリーはそんなことは露知らず、箒に乗っているときのドラコの癖や細かな弱点を思い浮かべて、どうやってドラコに勝つか考え、最高の勝負になるという期待に胸を膨らませていた。

 

***

 

 ホグワーツの校長室で、ダンブルドアは防衛術の穴埋めのために呼ばれた魔法省庁の役人、ドローレス·アンブリッジを労っていた。

 

 

「急な話ではあったが、期の半ばから仕事を引き継ぐという困難な仕事を文句ひとつ言わず良くやってくれた、ドロレス。ありがとう」

 

 ドローレス·アンブリッジは校長の賛辞を素直に受け取った。彼女は、この仕事を五体満足で、それもそこそこの評価でやりとげたことで、自分が魔法省のなかで出世街道を歩めるのだと信じていた。

 

「お安い御用ですわ、校長先生。また機会があれば、いつでもこの学舎に足を運びましょう。子供たちが規律と規則を守り、従順であるように教育する。魔法省はそれを望んでいます」

 

 ダンブルドアは、アンブリッジが性格に多大な欠点を抱えていることを見抜いていた。しかし、彼女がそれを改めるには、彼女自身が挫折し、己の行いを省みて以後の行動を見直すというプロセスが必要だった。ダンブルドアは、あえて彼女に何も言わなかった。アンブリッジはスネイプと違い、ダンブルドアの部下ではなかった。

 

「規則を守りたくはないという子供たちも、君の名をしっかりと脳に刻み込んだだろう。規則を守らせる、というのは、人から嫌われることを意味する。孤独で、忍耐が必要な仕事だ。子供たちを見守るのは大変だったろう」

 

「規則とはそれを守る人間と守らせる人間がいて機能するものですわ、校長先生。教師の方々が普段どれだけ生徒のために尽くしているか、よく理解することができました。魔法省も、いずれ教育改革に乗り出すことになるでしょう」

 

「……改革、か」

 

 ダンブルドアはあえて何も言わないことに決めた。改革という体裁でアンブリッジが強権をふるおうとすれば、必ず上手くはいかないだろう。しかしその失敗は、次の改革者の糧にはなるだろう。ダンブルドアはそこまで読んでいた。

 

 ドローレス·ジェーン·アンブリッジはダンブルドアからの労いの言葉を受けて、ホグワーツの宴に参加した。彼女は生徒を物理的に傷つけたいという人として最低な欲求を持っていたが、この短い期間でそれが発揮されることはなかった。彼女に与えられた権限は一教師と同等でしかなかったからだ。彼女は内に秘めた野心を改めることなく、また、己の行動を省みることもなく、生徒たちとの交流に心が動かされることもなかった。

 

***

 

 ハリーは寮で荷物を整理しながら、暗く沈んだ気持ちになっていた。明日でハリーはホグワーツを離れて、ダーズリー家の階段下に戻る。ハリーがのろのろと教科書をトランクに詰めていると、ザビニはハリーに錠剤を手渡した。

 

「これって………熱舌薬?青いのは解毒剤か」

 

 飲むと舌が熱を持ったように赤くなり、食べるもののほとんどが辛く感じるという薬だ。ゾンコで人気の薬だった。

 

「魔法省はいい加減で、魔法は関知するけど魔法薬はわかんねえって上級生が言ってたぜ。もしもマグルが何かするんなら、そいつをこっそり飲ませてやれ。二度とお前に手出しできなくなるぜ。解毒薬がないと一日中辛いままだからな」

 

「僕、君のお陰で……マグルの連中に会うのが楽しみになってきたよ」

 

 ザビニはスリザリン生らしく狡猾に笑った。ハリーもまた、笑うことができた。ハリーは薬を使わないことに決めた。薬を見るたびに、自分には友達がいることを思い出すことができるだろう。ハリーの胸には暖かいものが広がっていた。ハグリッドから貰った両親の写真もある。ハリーはダーズリー家での日常に耐える覚悟を決めた。

 

***

 

 ホグワーツの大広間は、グリフィンドールの旗が掲げられ、深紅の彩りがあちこちで見受けられた。グリフィンドールの生徒たちは皆笑いあっていて、優勝をもたらしたコーマック·マクラーゲンはふんぞり返って周囲の生徒から少しうっとおしがられていた。

 

 実際のところ、グリフィンドールに優勝をもたらしたのはコーマック一人の手柄ではなかった。ハリーはハーマイオニーが監督生たちから誉められているところを見た。彼女は得点をスリザリンの女子たちから揶揄されようが、スネイプ教授に無視されようが、グリフィンドールの中で孤立しようが、双子が毎日のように減点されようが勉強を止めなかった。ほぼ全ての授業でほぼ毎日のように得点を続けた彼女のような優等生の存在が、グリフィンドールに優勝旗を与えていた。

 

(僕も見習ってそれなりに頑張らないとな……)

 

 ハリーもハーマイオニーほどではないが、五十点の減点を差し引いても授業では得点を重ねていた。差し引きで言えばスリザリンに加点して貢献している自信はあったが、それでも優勝に貢献できたわけではなかった。

 

 宴の前に、ダンブルドアはまず、グリフィンドールを労った。

 

「新学期の前に、君たちの脳みそが空っぽになる夏休みがやってくる。今日は夏休みを前に、この一年の君たちの努力を振り返る日でもある。老人の戯言に付き合って貰いたい」

 

「寮対抗杯の結果を表彰する。四位ハッフルパフ、三百五十二点」

 ハッフルパフのテーブルからは四位にも関わらず歓声が上がった。彼らはスネイプの贔屓によってスリザリンが過剰に得点していることを知っていた。ハッフルパフの生徒たちは、教師の贔屓にたよらず、自分達の努力で稼いだ得点を誇りにしていた。

 

「三位スリザリン、三百八十二点」

 

 スリザリンのテーブルからは気のない拍手が続いた。八年連続の優勝という偉業は達成できなかった。監督生のジェマ·ファーレイやガーフィール·ガフガリオンは、魔法数学的に八は縁起が悪いからと強がっていた。

 

「二位レイブンクロー、四百二十六点」

 

 レイブンクロー生は優勝こそ逃したものの、この結果は自分達のプライドを満足させたようだった。エリート思考の強い彼らは普段個人主義で同じ寮生同士でもそこまで仲がいいわけではなさそうだったが、この時ばかりはスリザリンを上回ったことを喜んでいた。

 

「そして一位グリフィンドール、四百七十二点」

 

 グリフィンドールのテーブルから爆発的な歓声が上がった。双子は喜びのあまり花火を撃とうとしてパーシーに止められていた。ハリーは少しだけ嫉妬したが、ロンとハーマイオニーが喜んでいる姿を見てかすかに微笑んだ。

 

 スリザリンの得点三百八十二点に対して、グリフィンドールの得点は四百七十二点。実に九十点もの開きがあった。特にハーマイオニーはこの勝利を喜ぶ権利があった。ハリーの記憶が確かなら、ハーマイオニーは百点以上は得点していたはずだからだ。

 

「よしよし。グリフィンドール、よくやった。しかし、最近の出来事も勘定に入れなければならない」

 

 ダンブルドアがそう言うと、グリフィンドールのテーブルは落ち着きを取り戻した。

 

「ガーフィール、後から加点するってアリなんですか?」

 

 ハリーが聞くと、ガフガリオンはああ、と頷いた。

 

「その年で一番活躍した魔法使いが加点される。ま、選ばれるとすりゃあグリフィンドールのシーカー辺りだろうな。見てみろ、期待でワクワクした顔をしてやがる」

 

 ガフガリオンがグリフィンドールのテーブルを指し示すと、コーマック·マクラーゲンは自信に満ちた顔でダンブルドアの発表を待っていた。グリフィンドールを優勝させたという自負があるのだろう。

 

 

 ダンブルドアはひとつ咳払いをすると、大広間の全員に聞こえるような声で高らかに宣言した。

 

「駆け込みの点数をいくつか与えよう。まずは……ファルカス·サダルファス君」

 

「……誰だ?」

 

 大広間は困惑に包まれた。スリザリン以外の三つの寮の生徒は呼ばれた名前に心当たりがなかった。スリザリンの子供たちは、全員がファルカスへと視線を向けていた。

 

 

「!?」

 

 ファルカスはどうして自分が呼ばれるんだろうと思いながら、ダンブルドアの言葉を待った。

 

「他者を傷つけることなく複数人を無力化した見事な決闘術と、その杖さばきを称えて、スリザリンに三十点を進呈しよう」

 

「やったね、ファルカス!!」

 

「なんだよ、よく分かってんじゃんかあの爺さん!!」

 

 

 ハリーをはじめ、スリザリンの寮生たちは歓声をあげてファルカスを称えた。ファルカスは真っ赤になりながら幸せそうに笑った。スリザリンの生徒たちが歓声を上げるなか、レイブンクローの生徒たちは不安そうな目でスリザリンを見ていた。

 

(ポッターの友達……だよね?)

 

(ってことは、もしかして……)

 

 

「次に、ブルーム·アズラエル君」

 

「い、いや……ちょっと待ってください……」

 

「黙ってろブルーム!!大人しく加点されとけ!!」

 

 アズラエルはファルカスと違い、注目されることを喜んでいなかった。彼は辞退しようと席を立ちかけたが、ザビニやガフガリオンはそれを許さなかった。

 

「窮地にあって己を見失わず常識的な判断を下し、教師を信頼することで友を救った功績を称え、スリザリンに三十点を進呈しよう」

 

「おめでとう、アズラエルくん!」

 

「よかったねブルーム。女子たちにも人気だよ」

 

「いいやぁ……常識的な判断をしただけなんですけど……」

 

 アズラエルは交流のあったスリザリン中の女子や、スリザリンの男子たちからも誉められていたが、アズラエルは釈然としない様子だった。アズラエルは他の皆と違って、特別なことをしたつもりはなかった。異常な事態のときには教師を頼るという、大勢のスリザリン生がすることをしただけだった。

 

 そして、ダンブルドアはそれを称えて加点した。大喜びするスリザリンのテーブルの裏で、レイブンクローの生徒たちは得点が抜かされたことで呆然としていた。

 

「さて。まだまだ加点されるべきものがいる。皆の衆にはもう少しお付き合い願いたい。ブレーズ·ザビニ君。

ホグワーツで最も美しい演奏を聞かせてくれたことを称えて、スリザリンに五十点を進呈しよう」

 

 スリザリンのテーブルは爆発的な歓声に包まれた。皆がザビニを見て、その活躍を褒め称えていた。ザビニに抱きつこうとする女子たちが抗争を起こしかけている光景をスルーし、ハリーはザビニとハイタッチした。

 

「やったぜ、マジで俺めちゃくちゃ頑張ったもんな!!」

 

「自分で言っちゃ台無しですよ……」

 

「二人より二十点多いね。石の課題を突破したからかな」

 

 ザビニの得点は、アズラエルやファルカスより多い。ダンブルドアは点数調整のためか、それとも課題を突破したことを評価したのか、得点に色をつけていた。

 

「いいんだよ、どうせこの後ウィーズリーに加点されて逆転されるんだから!」

 

 ザビニの言葉は当たっていた。ダンブルドアはロンのチェスの腕前を、ハーマイオニーは火に囲まれながら論理パズルを解いた功績でそれぞれ五十点、合計で百点が加点された。

 

 スリザリンのほぼ全生徒の視線がハリーに集まっているのを感じ、ハリーは居心地が悪くなった。現在の得点はスリザリンが四百九十二点、グリフィンドールが五百七十二点。八十点もの開きがあった。

 

「六人目はハリー・ポッター君。最後まで己の行いを貫いた断固たる決意と勇敢さ……そして、その慈悲深い精神を称えて、スリザリンに六十点を進呈しよう」

 

 グリフィンドールのテーブルからは歓声が、スリザリンのテーブルからは落胆のどよめきがあがった。スリザリンとグリフィンドールの点差は二十点。ハリーの働きだけでは埋められない差があった。

 

(そうだよね)

 

 ハリーは潔くこの結果を受け入れようと思った。ロンとハーマイオニーがいなければ、自分は鏡の部屋に到達できなかっただろう。母のくれた愛がなければ、ハリーはあそこで殺されていただろう。クィレルのことを、ハリーは忘れようとはしていたが、それでもたまに夢に見ることがあった。

 

 しかし、ダンブルドアの加点はそこで終わらなかった。

 

「勇気にも色々ある」

 

 ダンブルドアはそう言うと、友に立ち向かう勇気を発揮したネビル·ロングボトムに十点を与えた。ネビルはグリフィンドールに貢献できたことで泣き崩れていた。

 

大広間中の視線がダンブルドアに集まるなか、彼はさらに、三人の生徒に点を与えた。

 

「最後に許されるならば、私は三人の生徒に加点をしたいと思う。友情とは、とても難しいものだ。常に友の側に立ち、その歩みを支え合う友人関係もあれば、本当に大切にすべきものを守るために、時には対立する友情もある」

 

 そしてダンブルドアは、スリザリンのテーブルに視線を注いだ。その先には、ドラコ·マルフォイの青白い顔があった。

 

「組分けの歌にあるように、スリザリンでは友情を尊ぶ。三人の寮生が見せた真の友情を称えて、ドラコ·マルフォイ君、ピンセント·クラッブ君、グレゴリー·ゴイル君に十点ずつ……合わせて三十点を進呈しよう」

 

「さて。これで得点が出揃った。私の計算が正しければ……一位グリフィンドール、五百八十二点、同じく一位スリザリン、五百八十二点!!」 

 

「……私としたことがうっかりしていた。飾りつけを変えねばならないな」

 

 ダンブルドアが杖を一振りすると、大広間にはグリフィンドールの深紅の装いと、スリザリンの緑色の旗がたなびいた。たったひとつの優勝杯を、この日、二つの寮に分かちあうことになった。金色と銀色の垂れ幕は互いの良さを潰しあうことなく、それぞれの栄誉を称えるかのように大広間を彩った。

 

 スリザリンのテーブルは、今度こそ爆発的な歓声に包まれた。単独優勝を逃したグリフィンドール生は悔しがりつつも、次は自分達が優勝するのだと気炎を上げていた。ハリーはドラコを見た。ドラコはガフガリオンに自分の行いを誉められて、嬉しそうに自慢話をしていた。ダンブルドアは、その言葉で素晴らしい魔法をかけてくれた。スリザリンの子供たちは、今日、最高の気分で家に帰ることができるだろう。グリフィンドールもそうであって欲しいな、とハリーは思ったが、何人かのグリフィンドール生はハリーの方を悔しそうに見ていた。

 

 ハリーはザビニやファルカスに笑って言った。

 

「やっぱり悔しいね。全部ダンブルドアの思い通りみたいだ」

 

「いいじゃんかよ、誉めてくれたんだからさ」

 

「批判は聞き流し称賛は素直に受けとる。それが正しいスリザリンの流儀ですよ、ハリー」

 

「アズラエル、何でもスリザリン流って言えばいいと思ってない?」

 

「楽しければいいんだよ。きっとね」

 

 ハリーは宴を楽しみながら、心の中で思った。

 

 

(まだまだダンブルドアは遠いけど……皆を笑顔にできるような本当にすごい人だけど……それでもぼくはあの人が嫌いだ。

……いつか、ダンブルドアと同じくらいに魔法が使えるようになって、ヴォルデモートを倒そう)

 

 ハリーはこの時、ダンブルドアを越えたいと思った。ダンブルドアに幸せを与えられたままでいるのは、ハリーの心は落ち着かなかった。

 

 今世紀で最も偉大な魔法使いの影を、一人の少年は追っていた。その背中が大きく偉大であればあるほど、ハリーの心は負けるものかと奮い立っていた。

 

***

 

 ホグワーツ特急を降り、キングズ·クロスの九と四分の三番線にハリーたちは降り立った。ザビニの面影があるきれいなザビニの母親や、アズラエルをふた回りも大きくしたようなアズラエルの父親がザビニやアズラエルを迎えに来たとき、ハリーに向かって歩いてくる人影があった。

 

 その男性は周囲のローブを身に纏った魔法使いとは違い、マグル的な格好をしていた。茶色いサングラスをかけたその男性は、子持ちの大人というよりも、どこか若く大人ではないような印象を受けた。ハリーはその男性に駆け寄って話しかけた。

 

「あの、こんにちはシリウス!!面会の許可は?!」

 

 フルーパウダーで見たシリウスの姿より、そのシリウスは随分と若く見えた。何より、周囲のどの大人よりも印象に残るほどの美貌がシリウスにはあった。

 

「……こんにちは、ハリー。そう慌てるな。魔法省のお役人も、やっと許可を出してくれた。こうして出会えるのは、随分と久しぶりだな。そちらにいるのがハリーの友達だね?」

 

「えっ……もしかして、シリウス·ブラック!?」

 

「もしかしなくてもそうだ。君がザビニだね?いつもハリーと遊んでくれてありがとう」

 

 シリウスはこの時、ハリーがスリザリンの中で孤立していないことをはっきりと確認して安堵していた。ハリーの顔を見て、ハリーがホグワーツで色々あったにも関わらず健康で、充実した生活を送れていたことが何より嬉しかった。

 

(あのスリザリンでか……)

 

「僕もハリーが居なかったら、スリザリンで友達がいなかったかもしれませんから……」

 

「結構楽しませて貰ってます。今度のパーティーなんですけど、シリウスさんも出席されるんですよね?うちのパパはシリウスさんの大ファンで……」

 

 シリウスは大人びたアズラエルの言葉に苦笑しながら頷いた。

 

「ああ、もちろん参加させて貰おう。ハリーは本当にいい友達を持った。……君が例の鼠を飼っていた子だね?」

 

「あ、はい。兄貴のお下がりでしたけど……」

 

 ロンはピーターの件を蒸し返されてばつが悪そうだった。

 

「君にも謝りたいと思っていた。今度、君のお父さんと一緒にペットショップに行く予定があるんだ。君の好きなペットをひとつ、私から君にプレゼントさせて欲しい」

 

 どうやらシリウスは事前にロンの両親と話をつけていたらしい。ロンの耳は真っ赤に染まりながら、ありがとうございますとシリウスに言った。ハリーたちは再会を約束し、手紙でやり取りをすることを誓って別れた。

 

「ダーズリー家に戻る前に、君にこの子を貸しておく」

 

 シリウスが貸してくれたふくろうは、雪のように白く優しげだった。ヘドヴィグというふくろうのお陰で、ハリーは夏休みの間、手紙に困ることはなさそうだった。

 

 皆と別れた後、ハリーはシリウスと二人でダーズリー家を待った。ハリーがホグワーツでの出来事、特に石を守るためのように一連の顛末を改めて話すと、シリウスはとても驚いたようだった。

 

「そうか……スリザリンは、本当にいいところのある寮だったな」

 

「うん。……ねえ、シリウス、気になっていたことがあるんだけど聞いていいかな」

 

「どうした、ハリー?」

 

「僕はダンブルドアに誉められたんだ。最後まで自分の行いを貫いた、あの人に立ち向かった、勇敢だったって。だけど、それはそんなに凄いことじゃないよね?だって、クィレルも戦おうとしたんだ。僕は確かに戦おうとしたけど、何もできなかった。

本当に立派なら、ヴォルデモートを倒してクィレルを助けられたはずだ」

 

 シリウスはハリーの瞳から、まだハリーが自分の凄さが理解できていないことを理解した。

 

「いいや。それは違うぞハリー」

 

 シリウスは、ハリーに言い聞かせるように言った。

 

「そのクィレルも、私や君の両親を裏切ったピーターも、能力や勇気を持たない魔法使いじゃなかったと思う」

 

 ハリーはシリウスの言葉の意味を考えた。

 

「勇気っていうのは、最初の一歩を踏み出すだけじゃない。踏み出した後、最後まで走り続けるのにも、勇気は必要なんだ」

 

「最後まで?」

 

「ああ。ピーターやクィレルやそれ以外の大勢の優れた魔法使いでも、それを持つことはできなかった。君や、君の両親は最後の最後までそれを持っていた。だからこそ、ダンブルドアは君を誉めたんだ」

 

 ハリーはグリフィンドール的な勇気の意味を理解しようとして、それでも自分にそれがあるとは思えなかった。ロンやハーマイオニーのような勇気と、ハリーのそれは別であるようにハリーは思ったが、何が違うのかハリーにはうまく言語化できなかった。

 

 シリウスは納得できない顔のハリーを見て、笑ってこう言った。

 

「……君たちを見たとき、私は昔を思い出したよ。グリフィンドールの寮生としてホグワーツにいた頃を」

 

「……そのときはどうだったの?僕たちみたいだった?」

 

 

「ああ。……いや、少し違ったな。私達はスリザリン生とはあまり仲良くはなかった。君のお母さんは違ったけどな」

 

「シリウスもスリザリンを悪く思ってたの?」

 

「昔の話さ」

 

 ハリーはシリウスの言葉に、少し納得できない気持ちになった。スリザリンの良さを、シリウスにも知って貰いたいと思った。

 

「だが、もしもあの時、君みたいなスリザリン生や、君の友達みたいなスリザリン生がいたら……」

 

「居たよ、きっと。気付かれなかっただけで」

 

 ハリーは強く言った。スリザリンの名誉のためにも言わなければいけなかった。

 

「……そうだな。それに気付けていたら、きっともっと楽しくて、面白いホグワーツだったろうな。スリザリンのことも、そんなに悪くは思わなかっただろう」

 

 ハリーはシリウスの言葉に、満足げに笑った。スリザリンの名誉を守ることができたことが嬉しく、少し誇らしかった。シリウスはそんなハリーを見て、さらに嬉しそうに言った。

 

「ダーズリー家との交渉は済ませてある。君の事情もあるから、必ず一度はダーズリー家に戻らなければならないが……パーティーの前には、必ず君を迎えに行く」

 

 

「本当に!?」

 

「私は、君との約束は守る。絶対にだ」

 

 ハリーはシリウスを信じようと思った。その言葉を支えに、ハリーは魔法の世界から、階段下の物置小屋へと向かって歩みを進めていった。

 

 




グリフィンドール「うおおおお!ウィーズリー万歳!!ハーマイオニー万歳!!」
スリザリン「マルフォイの面子を潰さずに棚ぼた優勝イェーイ!」
ハッフルパフ「」
レイブンクロー「」


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登場人物紹介

ハリー·ポッター

 主人公。原作要素は箒が上手いことと蛇語。スリザリンに入ってしまったことで大勢の登場人物の運命を変えることになるのか。容姿は原作通りの眼鏡をかけた少年だが緑色のローブを着ている。

ハーマイオニーがいなくても原作より成績が良いのは最年少シーカーではなく、自分の野望のために勉強熱心だったため。

好きなもの……蛇、飛ぶこと、友達、ハグリッド、シリウス、魔法、スリザリン寮、勝つこと

嫌いなもの……ヴォルデモート、マグル、ダンブルドア

 

アスクレピオス

 オリジナルキャラクター。オス。クスシヘビ。ハリーの最愛のペット。ヒトの癖に蛇語が話せるハリーのことを生暖かく見守っている。

 

好きなもの……ネズミ

嫌いなもの……飲み込めないもの

 

ロン·ウィーズリー

 原作の相棒。ハリーが初っ端からやらかしたことでスリザリン生から陰湿ないじめを受けた。一人称が原作と違って俺なのは小説初心者の作者がハリーと書き分けができず困ったから。容姿は原作通りの赤毛でのっぽ。

好きなもの……家族、兄妹、勇気、チャドリー·キャノンズ、グリフィンドール

嫌いなもの……貧乏、優秀な兄、お下がり、いじめっ子

 

ハーマイオニー·グレンジャー

 原作のヒロイン。容姿は原作通り出っ歯。ハリーなしのために原作よりロンとの距離が近く、原作と性格に違いがあるのはグリフィンドール内部での人間関係も微妙に変わっているため。

好きなもの……友達、勉強、勉強で一番になること、魔法、両親、イケメン、努力などなど

嫌いなもの……差別、偏見、合理的でない勉強、孤立すること、失敗

 

ドラコ·マルフォイ

 原作のライバル。原作よりマイルドになってなおいじめを繰り返す性根と言動のせいで友達になったもののハリーの相棒にはなり損ねた。

好きなもの……父親、母親、家柄、純血、高級なもの、クィディッチ、友情、勝利、闇の魔法のかかったアイテム

嫌いなもの……貧乏人、グリフィンドール、落ちこぼれ、マグル生まれ、恐ろしいもの

 

ブレーズ·ザビニ

 一応原作のキャラ。金持ち。他人をまず顔面(容姿)で評価するタイプ。黒人の美男子で女子にモテる。本作ではスリザリンの野心家担当。純血主義だったが……?

本作では世間的にはロンの代わりにハリーの相棒ポジとなり良い空気を吸っている。

好きなもの……母親、美しいもの、立派なやつ

嫌いなもの……マグル、父親、カッコ悪いやつ

 

ブルーム·アズラエル

 オリジナルキャラクター。純血(ということになっている)。金持ち。元々純血主義だったがとある一件がきっかけでアホらしくなり利用するだけ利用することに決めた。本作ではスリザリンの狡猾さ担当。それなりにモテる。金髪。エリート思考。箒メーカー関連の会社を一族が経営しているが本人の飛行術の腕はへたくそ。

元ネタは某人種差別をテーマにしたロボットアニメの盟主王。

好きなもの……魔法のアイテム、勝利、利益、友達、優秀な人間

嫌いなもの……馬鹿、敗北、損

 

ファルカス·サダルファス

 オリジナルキャラクター。お辞儀台頭のせいで没落したスリザリンの元名家出身。純血(と主張している)。本作ではスリザリンのデスイーターとは無関係の純血主義担当。貧乏ゆえにロンやハリーのことは複雑な目で見ている。小柄。

元ネタは某国民的SRPGの家畜王。

好きなもの……天文学、母親、勉強、スリザリン

嫌いなもの……うるさい人、マグル、マグル生まれ、貧乏

 

 

シリウス·ブラック

 原作キャラクター。運命の歯車がずれたことで原作より早くに解き放たれ名誉を回復した。イケメン。

 スリザリンや純血主義への(事実と体験に基づいた)偏見は消えていないもののハリーのためにそれをこらえている。

 理解のある従姉や親友(ルーピン)のお陰で持ち直し社会復帰を果たした。ちなみに彼自身の個人的な技能や、もう一人の親友の存在については世間的には伏せられている。

好きなもの……ジェームズ、親友、冒険、尊敬できる人間、大人、子供、強いものに対する反抗

嫌いなもの……権威、血統、純血主義、残酷な人間、家

 

ピーター・ペティグリュー

 原作キャラクター。ファッジの胃袋に致命的なダメージを与えた。ぶっちゃけ殺した総数で言えばルシウスのほうがよほど多いのだが魔法省にコネがなかったので裁判であっさりとアズカバンに送られた。

好きなもの……強者、ジェームズ、友達

嫌いなもの……弱者、自分

 

 

セブルス·スネイプ

 原作キャラクター。ハリーがスリザリンに入ったせいで苦労してる人。寮のルームメイトの人選でハズレを引かせなかった。ある時期にポリジュース薬の材料を紛失したらしい。

 

好きなもの……???

嫌いなもの……???

 

アルバス·ダンブルドア

 原作キャラクター。明確な覚悟を持って、アラベラ·フィッグを介してハリーが虐待を受けていることを知りながら放置した。

 

好きなもの……???

嫌いなもの……自分自身

 

ルビウス·ハグリッド

 原作キャラクター。絶対に闇落ちしない精神と高い魔法耐性、魔法生物の飼育能力を持つ。ハリーから尊敬され懐かれている。

 

好きなもの……ドラゴン、かっこいい魔法生物。

嫌いなもの……残酷な人間、無礼者

 

クィリナス·クィレル

 原作キャラクター。元マグル学教授。実技面の指導はそこまでだが理論を教えるのは上手い。

 

好きなもの……称賛、信頼

嫌いなもの……悪事、弱い人間

 

ドローレス·アンブリッジ

 原作キャラクター。控えめにいって糞教師だが短期間の代役のため傷は浅かった。つまらない授業だが、自分の出世がかかっていたので生徒に点を取らせるためのアドバイスはした。

 

好きなもの……権威、権力、魔法社会、純血主義

嫌いなもの……半人間、混血、無能、友情

 

ミネルバ·マクゴナガル

 原作キャラクター。クィディッチが絡むとスリザリンに対する敵対心をむき出しにするが、基本的に公平で、教え方も上手く威厳がある名教師。

 

好きなもの……グリフィンドール、クィディッチ、子供

嫌いなもの……スリザリンのラフプレー、例のあの人

 

ガーフィール·ガフガリオン

 オリジナルキャラクター。プラチナブロンド。ハリーたちより四年歳上のスリザリンの監督生。純血(ということになっている)。この二次創作ではハリーにスリザリンらしさを教えた。そこそこ金持ち。パーシーには全科目で敗北している。

元ネタは某国民的SRPGの暗黒騎士。元ネタは平民。

 

好きなもの……後輩、話が通じる人間、立場に応じたふるまいができる人間

嫌いなもの……理不尽な先輩、同調圧力、義務を果たさないやつ

 

ジェマ·ファーレイ

 一応原作キャラクター。この二次創作ではハリーたちより四歳歳上。スリザリンの女子監督生。スリザリンに対する偏見を快く思っていないが、行動の選択肢の中にいじめがあり、ナチュラルにハッフルパフ生を見下すなどよくも悪くもスリザリンらしい生徒。

 

好きなもの……好成績を取った自分、出世、友人、仲間、恋人、面白いやつ

嫌いなもの……偏見、偏見で見てくるグリフィンドール生、つまらないやつ

 

パーシー·ウィーズリー

 原作キャラクター。いわずと知れたグリフィンドールの堅物監督生。弟と目をかけている優秀な少女がスリザリンの不良とつるんで怪我をするのではないかと心配している。ハッフルパフ生よりも勤勉で真面目なため現在登場しているオリキャラたちはパーシーに成績で勝てない。

 

好きなもの……家族、地位、権威、権力、富

嫌いなもの……不良、差別、不真面目な人間

 

アグリアス·アルトリア·ベオルブ

 オリジナルキャラクター。ブロンド。グリフィンドールの女子監督生。面倒見がよくアリシア·スピネットやラヴィアンに慕われている。昔からパーシーにアプローチしていたが気付かれず、レイブンクローの後輩女子にかっさらわれた。

元ネタはガフガリオンと同じ原作に登場する女騎士。

 

好きなもの……騎士道、勇気

嫌いなもの……揚げ足取り、マグル差別

 

マクギリス·カロー

 オリジナルキャラクター。スリザリン生。ブロンド。長身でマッシブ。ハリーたちの三年歳上。カロー家はデスイーターを排出した家として社会的地位が低下していたが、マクギリスはそんな家に深く愛された。そのため純血主義を盲信し、純血主義が肯定されるスリザリンを愛している。他所の寮生からの評判は最悪だが自分の寮であれば混血であろうと優しく迎え入れる。

元ネタは某鉄血の例のあの人。

好きなもの……スリザリンの子供、純血主義、力、歴史

嫌いなもの……グリフィンドール生、スリザリンへの偏見

 

 

リカルド·マーセナス

 オリジナルキャラクター。スリザリン生。ブロンド。スラッとした長身。ハリーたちの三歳歳上。スリザリンの中で混血だったので、馴染むために純血主義に手を染めた結果嫌われものになった。自分と同じ境遇の嫌われものを量産するために同じスリザリン生にも陰湿ないじめを繰り返していたがハリーによって明らかになりスリザリンの内部ですら人望を失った。

元ネタは某一角獣のリディ。汚れ役なのでそのままでは不味いと名前を変えたらたまたま一角獣の登場人物だった。

好きなもの……仲間、クィディッチ

嫌いなもの……綺麗事

 

 

謎の女生徒

 オリジナルキャラクター。スリザリン生。ハリーたちの三歳歳上。寮の内部で付き合いがよく人当たりがいい。野心家。監督生になるために面倒見の良さをアピールしようとカローやマクギリスに接近した。

 

好きなもの……友達、権力、イケメン

嫌いなもの……貧乏、ブサメン

 

 

バナナージ·ビスト

 オリジナルキャラクター。黒髪。ハッフルパフ生。ハリーたちの三歳歳上。実家は金持ちだが複雑な家庭環境にある。ハッフルパフの徳目に従い勤勉で誠実。おっさんから人気。名前通りの甘ちゃん。

元ネタは某一角獣の登場人物。元ネタと名前が違うのはそのままだと主人公力が強すぎるため。

 

好きなもの……機械いじり、魔法による決闘

嫌いなもの……偏見、差別、いじめ

 

アンドロメダ·トンクス

 原作キャラクター。二次創作らしく勝手なキャラ付けがなされている。ダンブルドアの仲介でシリウスと再会し、シリウスに現実的なアドバイスを送ってスリザリンへの偏見を多少和らげた。

 

好きなもの……家族、酒

嫌いなもの……スリザリン、マグル生まれへの差別、宗教にはまった親戚

 

ダフネ·グリーングラス

 原作キャラクター。ハリーたちと同学年のスリザリンの女子。二次創作らしく勝手なキャラ付けがなされている。黒髪。モブスリザリン生らしく直接的ないじめの首謀者になったことはないが、傍観者あるいは消極的な加担者になったことはある。世間的には汚名を免れている純血一族の一人。

好きなもの……名誉、名声、スリザリン、純血主義、家族

嫌いなもの……スリザリンへの不当な扱い、過剰な贔屓をする寮監、血の呪い



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ハリー·ポッターと秘密の部屋編
蛇の子とハウスエルフ


ドビーはさぁ(呆れ)……


 

 ペチュニア·ダーズリーは、自宅に帰還した甥の様子をつぶさに観察していた。

 

 ハリーがダーズリー家に戻る少し前、刑務所に入っているはずの男……シリウス·ブラックが、弁護士と共にダーズリー家を訪れた。弁護士は魔法の世界だけでなく、現実世界……ペチュニアたちの世界でも弁護士としての身分を持っていた。シリウスはバーノンに過去の経緯を説明した上で、自分は犯罪者ではなくハリーの後見人であり、今までハリーを養育してくれた恩を返すために訪れたと告げた。

 

 シリウス·ブラックは、こちらの世界でも大量殺人を犯した人間として大々的に報道された。記憶力がよく、常日頃から犯罪に関わる刑事であれば、その名前から大量殺人犯に行き着くだろう。しかし十年の歳月が流れた今となっては、シリウスの名前から事件のことを即座に連想することは難しい。バーノンは最初、シリウスがその大量殺人犯として報道された男だとは気がつかなかった。

 

 会話を続けるうちにシリウスの正体……かつて普通の人間を十人以上も殺害した犯罪者であること……が明らかになると、バーノンもペチュニアも血の気が引いた。シリウスは冤罪で、魔法の世界においては彼の無実は証明されたことも説明を受けた。しかしマグルの世界において発行された新聞などのメディアの情報や、人々の記憶全てを取り除くことはできない。

 

 万が一にもないとは思うが、勘のいいご近所様が、シリウスが大量殺人犯であると気付いたら……いや、シリウスとダーズリー家に付き合いがあることが知れたら、ダーズリー家は破滅だ。会社はバーノンの手を離れ、別人が経営することになるかもしれなかった。バーノンは破滅を恐れて恐怖した。

 

 バーノンとペチュニアは、シリウスからの無言の圧力を受けながらハリーを家に迎え入れた。愛しい息子であるダドリーには、ハリーとはなるべく関わらないよう言い聞かせた。

 

 ペチュニアがかつて足を踏み入れることを許されなかった世界へと旅立ち、戻ってきた甥は、表面上は何も変わらなく見えた。指示を与えればペチュニアの命令にも、バーノンの命令にも、そしてペチュニアにとって愛しい息子であるダドリーの命令にもハリーはノーと言わず従った。その姿は一年前までのダーズリー家での『日常』で、表面上は何も変わらなく見えた。

 

 しかし、ペチュニアは甥が自分達に向ける視線の中に、嘲りや蔑みといった負の感情が込められているのを感じ取っていた。それはバーノンも同じで、ハリーの態度が表面上は従順であるだけに、尚更ペチュニアを不安にさせた。

 

 

(あんな子ではなかったのに)

 

 かつて自分の妹が魔女となって帰ってきたとき、妹は完全に魔法の世界に毒されていた。ポケットに蛙を詰め込み、何か訳の分からない言葉を話すようになっていた。それと比べればハリーは『まとも』なのだろうか?少なくともペチュニアたちの前では、魔法使いと分かるような行動は取らない。夜中に何か音を立てていること以外は。

 

 違う。少なくともハリーは、一年前まではバーノンとペチュニアのことを親として見ていたはずだった。今のように、他人行儀な視線を向けるような子供ではなかったはずだった。甥の父であり、ペチュニアの義理の弟に当たる男も、先日顔を見せたシリウスも、あんな……あんな冷たい視線をペチュニアたちに向けることはなかった。

 

 一体魔法界の、ホグワーツで何があったのか。

 

 ペチュニアはそれが気になった。だが同時に、それをハリーに聞くことは、魔法の世界に対して理解を示すことは、ペチュニアの中の何かが許さなかった。

 

 

 ペチュニア·ダーズリーは、表面上はなにも変わりないように見えながら、何かが変わってしまった甥に恐怖していた。それはまぎれもなく、得体の知れない化け物に対して向ける視線だった。

 

***

 

 ハリーはダーズリー家での居候としての生活に耐えていた。ハリーには階段下の物置ではなく、個室が与えられたが、ペットのアスクレピオスとその餌以外の私物は没収され、階段下の物置にしまわれてしまった。鍵がかけられていて、魔法の使えないハリーでは取り出すことはできない。

 

 ホグワーツでは、ハリーは暖かい寝床と信頼できる仲間と共に眠ることができた。しかし、ハリーが住むダーズリー家では、ハリーは個室にいても腫れ物のように扱われていた。ハリーにとっての家族とはダーズリー家ではないと、ハリーは強く思った。

 

 ハリーは居候から一週間が経ったのに、友達に送った手紙が帰ってこないことが気になった。実に六人もの友達……ザビニ(ザビニは友人たちからはザビニと呼ばれたがった)、ブルーム、ファルカス、ロン、ハーマイオニー、そしてドラコと手紙のやり取りをするのは借りたふくろうにとっても大変なのだろうと思い込むことにしたが、ダーズリー家での居候が二週間経っても、ハリーにはなんの返事もなかった。

 

(皆、僕のことを友達だって言ったのに……)

 

 ハリーのなかで友達に対する怒りが沸き上がってきて、ハリーはそんな自分が嫌になり無心で庭の雑草をむしった。前学期にあれだけの冒険を共にして、毎日のように一緒にいた友達を疑うなんて、自分はなんて心が狭い人間なのだろうと。そんなときは、飼っている蛇に愚痴を吐き出した。

 

『僕の友達は君だけかもね、アスク』

 

『……そんなことはねえ。ファルカスとか言う奴は俺にネズミをくれたぞ』

 

 ハリーは夜な夜なアスクレピオスに愚痴を吐き出した。賢き蛇は最近、ハリーにとって友達というものが、つがいよりも大事なものだと理解し始めていた。ハリーはこの蛇が愛おしく、できる限りの愛情を注いでケースを常に綺麗な状態で保った。

 

 

 ハリーは保護者のシリウスにも手紙を出していた。三日経ってもシリウスからの返答がなかったとき、ハリーはさすがにおかしいと思い始めた。シリウスはこれまで、少なくとも二日後にはハリーに返事をくれたからだ。

 

 何かあったのではないかと思った。ハリーはダイアゴン横丁に行きたかった。あそこに行けば魔法使いのためのふくろう小屋がある。ロンの家族にも会えるかもしれない。だが子供のハリーの足では、あの場所まで行くことはできない。バーノンがハリーを魔法界に関わらせることはないし、ハリーはペチュニアから家事……掃除や料理、庭の手入れなどの面倒な労働の一切を押し付けられていた。

 

 それだけならまだしも、ダドリーに自分が一番気にしていること……友達からの連絡がないことを揶揄されるのはハリーの心を傷つけた。ダドリーは下等なマグルで、魔法について何も知らないバカなのだと内心で見下すことで、ハリーは魔法を使わないように耐えることができた。そうでなければ、魔法を使うふりをしてダドリーを脅していたかもしれない。

 

(そうだ。僕はホグワーツで何を学んだんだ?)

 

 ハリーはふと思い立った。自分はどうしてここにこだわっているのだろうか、と。バカ正直に家事をこなすだけなんて時間の無駄ではないか。

 魔法を理解しないマグルに、魔法の素晴らしさを教えてあげればいい。しつこい油汚れを一瞬で取るスポンジや、ピカピカに車をコーティングしてくれるようなグッズが魔法の世界にはあった。それを渡す代わりに、階段下の物置にある教科書を解放して貰わなければならない。家事手伝いにかける時間で、忘れかけている魔法の記憶を取り戻さなければならないとハリーは思った。

 

 ハリーには野望がある。今世紀で最も偉大な魔法使いであるダンブルドアを越えるような発明をして、今世紀で最も偉大な闇の魔法使い、闇の帝王ヴォルドモートを倒すという野望が。その野望のためにも、時間の無駄を続けるわけにはいかなかった。記憶の中の魔法を忘れないように書き取りをしたり、理論の暗唱をするにも限度があるのだ。

 

 

(交渉の材料を手に入れるためにダイアゴン横丁に行けばいい。そこでふくろう小屋に問い合わせよう。そうすれば、どうして連絡が取れないのか分かるはずだ)

 

 横丁のふくろう小屋に問い合わせれば、ハリーが借りたふくろうがどうなっているのか分かるだろう。横丁への行き方は聞いている。ハリーは手早く家事を済ませると、バーノンに提案した。

 

「あのう、バーノンおじさん。僕はダドリーに誕生日プレゼントを買いたいんですけど……お金は魔法の世界の銀行にしかないんです。お金をおろしたいので、連れていってくれませんか?」

 

「……小僧。一体何を企んでいる?」

 

 バーノンはハリーを訝しげに見た。ハリーは愛想良く笑うことを心がけた。

 

「あのふざけた学校で一体何を学んだ?大人を騙そうとするようになるとは。私やペチュニアが、お前がふざけたものに関わることを許すと思うか?お前が何か企んでいることに気がつかないと思うのか?」

 

(糞マグルめ。僕がその気になれば、ダドリーを一日中苦しめることだってできるんだぞ)

 

「僕はただ、ダドリーにプレゼントをしたいだけなんです。その……この間ダドリーと喧嘩をしてしまったから、仲直りしたいんです」

 

「掃除も洗濯も、今まで通りにちゃんとします。ですからどうかお願いします……」

 

 ハリーは頭を下げてお願いした。そんな態度と言葉とは裏腹に、内心でバーノンを罵った。そんなハリーに助け船を出したのは、意外にもペチュニアだった。

 

「バーノン、ブラックが何か言ってくるかもしれないわ。この子の提案をあまり無視するのは……」

 

「む……」

 

 結局バーノンは、シリウスへの恐怖からハリーを横丁に連れていくことを決めた。バーノンとダドリーは横丁には入らず、ペチュニアが横丁についていくことになった。ハリーはこのやり取りの中に愛情を感じ取ることはできなかった。魔法という力を持つ人間と、そうではない人間は分かりあえないんだという気持ちがますます強くなった。

 

 

***

 

 プリベット通りを離れてダイアゴン横丁への入り口までは、バーノンの車で向かう。バーノンはあまり整備されていない道路に悪戦苦闘しながら、目的地まで車を走らせた。

 

 

「ええい、一体どうなっている?!」

 

 だが、おかしなことが起きた。バーノンの車で、ハリーたちは魔法界への入り口まで向かっているはずだ。それなのに、一度通過したはずの道路に気がつけば戻っている。目的地まであと少しというところで、巻き戻ったかのように道路に戻されるのだ。ハリーは何らかの魔法が働いているんだと気がついた。

 

「……バーノンおじさん。車から降ろしてください」

 

 ハリーはそう懇願した。

 

「僕一人で行ってきますから」

 

 

「子供は黙っていろ!」

 

 だが、バーノンはそれを許さなかった。バーノンは車で目的地の近くまで行くことを強く主張した。頑迷なマグルは、自分が明らかに魔法の被害に遭っていても、それを認めようとはしなかった。ペチュニアとダドリーはハリー一人に行かせたがっていたが、バーノンを恐れて何も言わなかった。

 

 ハリーがバーノンに苛立って窓の外を見たとき、ハリーは不思議な生き物を見た。ボロボロの、服とは言えないような薄汚れた布切れを見にまとった小人だった。ハリーがもしも映画を見れる環境にいたなら、その怪物からETを連想しただろう。周囲に人影はなく、その小人は何か手をかざして、バーノンの車に魔法をかけていた。ハリーはクィレル教授が手だけで魔法を使っていたことを思い出した。

 

「パパァ!!」

 

 ハリーにつられて窓の外を見たダドリーが叫んだ。

 

「宇宙人がいる!窓の外に宇宙人がいるよ!!車を止めてよ!」

 

「ダドリーちゃん、近寄っちゃダメよ!!」

 

 ダドリーはハリーと違って、映画を見れる環境にいた。ハリーは内心でそんなダドリーをバカにした。

 

(どう見てもあれは魔法界の生き物じゃないか)

 

 ハリーは昨年、下手をすると人間よりも気高い魔法界の生き物に会っていた。

 

(ケンタウロスのフィレンツェのように、話し合いが通じる相手ならいいんだけど……)

 

 ハリーは内心で不安がり、杖を持っていない自分がひどく頼りなく見えた。車を停車したバーノンは、その小人を一目見るなり小人を恐れて車の中から出なかった。

 

「話を聞いてみます」

 

「待て小僧、勝手な行動は―!!」

 

 

 ハリーはバーノンの怒号を無視して車から降りて、その謎の生き物に話しかけた。

 

「こんにちは。あのう……あなたは誰ですか?」

 

 果たして目の前の生き物に言葉が通じるのか、ハリーは不安だった。魔法生物はヒトの英語だけではなく、その生物独自の言語を持っているものも多い。蛇は蛇語、トロルはトロル語を。言葉が通じなければ、ハリーは目の前の生き物と交渉することはできない。

 

「ハ……ハリー・ポッター!!私は卑しいハウスエルフの、ドビーと申します!!お会いできて光栄です」

 

 その生き物は、ハリーが言葉をかけると感激してむせび泣いた。ハリーはひたすら困惑した。一年前、はじめて魔法界に足を踏み入れた時もここまで感激されたことはなかった。

 

「あのう……立ち話も何ですから……まずは座って話をしませんか?」

 

「座ってなんて!!め、滅相もない!!ドビーはそんな言葉を……これまで一度も魔法使いの方から頂いたことはありません……!!」

 

 ハリーはなるべくドビーを刺激しないように丁寧に、そこらにあるベンチに座って話さないかと提案した。ドビーはそんなハリーに対して過剰に感激してしまった。

 

(な、何なんだこの子……?)

 

「きみはあまり礼儀正しい魔法使いに出合わなかったんだね……」

 

 ハリーは困惑しつつも、少しだけドビーに対して同情心が沸いた。ドビーの衣服はもしかしたらそういう種族で、そういう文化なのかもしれないが、少なくともドビーは自分を虐げる魔法使いを嫌がる心を持っていた。

 

「僕もそうなんだ。あんまりいいマグルとは会わなかったんだよ。君の気持ちは良く分かるよ。だから落ち着いて、事情を話してくれない?君の愚痴を聞くくらいはしてあげられるよ」

 

 ハリーは何となくだが、ドビーの事情を察し始めていた。ハウスの妖精。つまりドビーは、家に住み着く魔法生物なのだ。恐らくは魔法使いの。ドビーは魔法使いの家で良くない扱いを受けているのだろう。

 

 だが、それでどうしてダーズリー家に魔法をかけるのか、ハリーには分からなかった。

 

 ドビーはハリーの言葉にうなずいた。そして突然立ち上がると、アスファルトに頭をぶつけ始めた。

 

「ドビーは悪い子!!ドビーは悪い子!!」

 

 ハリーは驚いてドビーを止めた。ドビーの額からは血が流れている。今のハリーにはハンカチも杖もないので、服の袖でドビーの血を拭ってあげた。

 

 ドビーはまたもや感激して、ハリーに自分が魔法使いの名家に仕えていることを明かした。しかし困ったことに、ドビーは主人に黙って独断で、ハリーを助けようとしているのだという。

 

 

「ハリー·ポッターはホグワーツに戻ってはいけません!」

 

 ドビーは善意からハリーを助けようとしていた。ドビーはホグワーツに危機が迫っていて、その危機はヴォルデモートとも違うことを話してくれた。それはとても貴重な情報だったが、続く言葉はハリーを怒らせた。

 

「君がみんなの手紙を止めていたの?返して!みんなを返してくれ!!」

 

 ドビーは、ハリーの友達六人全員の手紙を持っていた。それなりに雑なザビニの字、丁寧なドラコやハーマイオニーの字、やたら読みにくいファルカスの字、可もなく不可もないロンやアズラエルの字。ドラコを除いて、全員の筆跡をハリーは知っていた。

 

 

 

 ドビーは手紙を返さなかった。それどころか。ドビーはベンチを浮遊させて、浮かし、粉々にしてしまった。ハリーは驚いて飛び退いたが、気がついた時にはドビーは姿を消していた。

 

「戻って……戻ってきてくれ、ドビー!!」

 

 ハリーは叫んだ。

 

「僕のためを思うなら、僕から友達を奪わないで!!」

 

 ハリーは魔法の世界に戻る道を閉ざされた。その日バーノンは何も言わずに急いで車を家に戻したあと、杖と魔法の教科書を階段下の物置に移動させたあと、蛇と一緒にハリーを階段下の物置に閉じ込めた。ハリーには夏休み中に魔法を使ったとして魔法省から警告文が届いた。次同じことがあれば、ハリーは杖を奪われてホグワーツを退学になるだろう。

 

 




親って子供の何気ない仕草から何を考えてるか何となく察するものですよね。
まあダーズリーは分かった上で虐待するんだけどな。


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救世主

 

 ハリーは階段下の物置で、アスクレピオスにあらんかぎりの呪詛をぶちまけていた。アスクレピオスはいつも通り、ハリーの言葉に舌を傾けていた。

 

『やっぱりマグルは糞だ。僕の話を聞きもしないで閉じ込めて……悪いのはあのドビーなのに……』

 

 階段下の物置からは、しゅうしゅうという不気味な音が響いている。ハリーの蛇語は、そうと分からなければ単なるすきま風にしか聞こえないのだ。

 

『そのドビーも、ウラに親分がいるんだろう?何か事情があるんだろうさ』

 

 

『だけどドビーは主人に内緒で勝手にやったって言ったんだ。僕を殺そうとしてる奴から守るために、僕を社会的に殺そうとしてるんだよ?こんなバカな話がある?』

 

 ハリーの怒りはダーズリー家だけではなく、ドビーにも向けられていた。ドビーのせいで警告文が届いたのもその怒りの原因だが、もっと他に怒る理由はあった。友達やシリウスへの手紙を、ドビーに奪われた。それどころか、友達からの手紙すらドビーに奪われていた。可能ならドビーの顔面にインセンディオでもぶちこんでいただろう。

 

 ハリーは友人であるアズラエルから、七月二十日にパーティーの誘いを受けていた。パーティーまではあと一週間もない。ハリーはパーティーに備えての身支度をしたかった。

 それなのにドビーのせいで、ハリーはもう三日間も階段下の物置に閉じ込められ、トイレの時以外は出ることを許されなかった。このままでは身支度どころか、せっかく招待してくれたパーティーをアズラエルに無断で欠席しなければならなくなる。ハリーはそれを想像して恐怖で震えた。友達を裏切るような行いをして、友情を失うのが怖かった。アズラエルはきっとハリーを許さないだろう。ハリーは去年、アズラエルもこんな気持ちだったんだろうかと思った。

 

 四日目の朝……といっても、ハリーには時間の感覚がわからなくなっていた。アスクレピオスに呪詛を吐き出して眠り、頭がはっきりしてきた頃、バーノンが誰かと言い争いをしている声が聞こえた。

 

 

「待て、ここは私の家だ!勝手に進むことは許さん!」

 

「私の息子はどこにいると聞いているだけだ!なぜ顔も見せてくれない!いや。どうして手紙すら寄越さない?!何かあったのだろう!!」

 

「ブラック。落ち着いていただきたい。ミスターダーズリー、我々はただポッター少年を引き取りに来ただけです。あなた方に危害を加えるつもりはありません。顔を見せてはいただけませんか?」

 

 男の声はバーノンに負けず劣らずはっきりしていた。シリウス·ブラックの声だ。それに混じって、聞きなれない男の声もする。ハリーのゴッドファーザーは、ハリーを助けに来たのだ。

 

 ハリーは飛び起きて、急いでダボダボのダドリーのお古に着替えた。ハリーが魔法界で買ったまともなマグルの服は、ダーズリー家に戻った瞬間にペチュニアに取り上げられていた。着替え終わると、ハリーは力の限り叫んだ。

 

「助けて!!助けてシリウス!!僕はここだよ!階段下に閉じ込められているんだ!!助けて!」

 

 ハリーの叫びが届いたのか、その数秒後には扉の前で何かぶつかる音がした。ガチャガチャと錠が開く音がする。

 

 物置の扉は開かれた。ハリーは外の眩しさに目を細めた。

 

 少しずつ明かりに目をならして見開くと、目の前にはハリーにとっての救世主がいた。ハリーのゴッドファーザー、シリウスだ。彼はマグルの社会人のようにスーツを着ていて、ダーズリー家から見ても恥ずかしくない姿だった。そのとなりには、シリウスと同じようにスーツを着て、帽子を被った厳格そうな初老の男性の姿もあった。男性は良く見ると非常に疲れた顔をしていた。

 

「おはようございます。君が、ハリー·ポッター君ですね?」

 

 男性はハリーを見ると、帽子を脱いでハリーに挨拶をした。

 

 

「は、はい。はじめまして。僕がポッターです。お、おはようございます」

 

 ハリーが丁寧にお辞儀をすると、男性はかすかに微笑んだ気がした。

 

「ハリー、こちらは魔法省の児童福祉課担当のユルゲン·スミルノフ氏だ。彼の許可を得て、この夏休みの間、私が君を預かることになった」

 

 

「絶対に行かせんぞ!」

 

 バーノンは大声でシリウスにまくし立てた。

 

「わしは小僧に化け物が跪くところを見た!十二歳の子供をよってたかって祭り上げるような環境はまともではない!貴様らのような連中に小僧を預けられるものか!!」

 

「ですが、ミスターダーズリー。あなたの行動は、あなた方の常識に照らし合わせても躾の範疇を越えています。子供を軟禁し、子供の交遊関係を制限することは虐待と判断できます」

 

「わしらがやったわけではない!」

 

 

 バーノンはスミルノフ氏の言葉に憤慨していた。

 

「得体の知れない化け物が、小僧の手紙を奪っていたとわしは車のなかから聞いた!いいか、ぼろ雑巾を身に纏った子供のような化け物がだ!わしらやその子は、訳のわからん化け物に狙われているんだぞ!!貴様らのが杜撰なせいだ!!」 

 

 さらにバーノンは言った。

 

「小僧はこちらに帰ってから、一年前とは別人のようだった!全く、うちの息子のような子供らしい子供ではなくなった!わしらの顔色を伺い、表面上は大人しくしながら……内心でわしらを蔑んでいる!間違ってもこんな子供ではなかったのだぞ!!」

 

「………………ハリーは私の誇りだ。ハリーへの侮辱は慎んで貰おうか、バーノン」

 

 シリウスは深いため息をついたあと、何かを堪えるように言った。スミルノフ氏は、ハリーの様子をつぶさに観察し、ハリーの目をじっと見ていた。スミルノフ氏は杖を一振りするとハリーの身なりを整えた。

 

「残念ですがミスターダーズリー。その件の調査は私の管轄外となっております。私は私に与えられた職責を果たすだけです。私はこの子とそして……あなたの精神状態を監察した結果、この子をこの家に置くべきではないと判断します」

 

 バーノンはお役所仕事めと悪態をついた。スミルノフ氏はその言葉を聞き流していた。バーノンの怒りはまだ収まらず、スミルノフ氏にくってかかった。

 

「貴様らにそんな権限があるというのか!今の今までこの子を放置し続けたではないか!」

 

「それは先日、別の担当者から申し上げた通りです。ハリー·ポッター君のゴッドファーザーであるシリウス·ブラック氏には、神に代わってこの子を養育する権利があります。彼はつい最近まで、自由の身ではありませんでした」

 

 スミルノフ氏はそう言うと、荒れ果てたダーズリー家を魔法で修復した。階段下の物置小屋はぴかぴかになった。ハリーは口を挟むべきではないと思い、固く口を閉ざした。

 

 バーノンが折れたのは、スミルノフ氏が真っ当なマグルとしての理論を言ったからではなかった。バーノンは、明らかにスミルノフ氏の杖を怖がっている。杖から放たれる魔法が、自分達に向けられるのではないかと怯えていた。

 

(やっぱり、魔法だ)

 

 ハリーはバーノンを見てそう思った。

 

(話し合えない相手には魔法で……力で黙らせるしかないんだ。だってマグルは魔法使いを怖がっているんだから)

 

 ハリーは内心でマグルへの差別感情を増幅させながら、バーノンやペチュニア、ダドリーに形だけの礼をして、シリウスの手を握ってダーズリー家を後にした。ペチュニアは呆然とその背中を見送っていたが、ハリーがそれに気がつくことはなかった。

 

 

***

 

 

「ありがとうございます。シリウス、スミルノフさん」

 

 ダーズリー家から解放されたハリーは、はじめて心の底から笑うことができた。ダーズリー家では見せることができなかったものだ。ハリーに抱えられたアスクレピオスはハリーに、

 

『良かったな』

 

 と声をかけた。ハリーはにっこりとアスクレピオスに笑いかけた。

 

「遅くなってしまってすまなかった、ハリー。許可を取るのにも時間が必要だった……」

 

 シリウスは、ハリー宛の手紙が届かないことに業を煮やしていたという。何か闇の魔術が関係しているのではないかとダーズリー家を見守っていたところ、ふくろうの手紙が奪われたところを目撃した。さらにドビーがハリーの前で魔法を使ったところも見たのだという。

 

「魔法省はそこまで言っても、ハウスエルフが主人の命令以外で魔法族に危害を加えるわけがないという主張の一点張りだった。仕方ないので、私はアーサー·ウィーズリーの伝手でスミルノフ氏を紹介して貰った。君を助けにこられたのは、アーサーとスミルノフ氏のお陰だ」

 

「私は職責を果たしたに過ぎません」

 

「……あの、スミルノフさん。誰が魔法を使ったのかって、もっとちゃんと分からないんですか?」

 

 ハリーは失礼かもしれないと思ったが、そう聞かずにはいられなかった。スミルノフ氏は申し訳なさそうに言った。

 

 

 

「魔法省は、未成年の居場所を把握することはできます。ですが、そのシステムも完璧ではないのです」

 

「……!」

 

 ハリーは信じられなかった。自分がやったわけでもないことで警告を受けたのも理不尽だし、それで退学寸前になっていることも理不尽だった。

 

「マグルの前で魔法を使ったのが誰であれ、無関係のマグルが魔法を知れば、魔法の存在がマグルに知られてしまうかもしれない。それを防ぐためには仕方のないことなのです」

 

 スミルノフ氏はハリーの目を見てそう言ったが、ハリーはおかしいと思った。

 

(どうしてマグルのことなんて気にするんだ?僕は酷い目に遭ったのに……他にもマグルのせいで酷い目に遭った子だっているかもしれないのに)

 

「……あの、それじゃあ。大人の魔法使いの周りで反応があったのなら、子供が使ったかどうかは分からないんですか?」

 

 ハリーは恐る恐る、スミルノフ氏の顔色を伺って尋ねた。

 

「……もしかして、その場合は罪には問われないんですか?」

 

 スミルノフ氏の答えは沈黙だった。ハリーはなんだか腹の底から怒りのようなものが沸き上がってきた。

 

(僕は魔法を使うのを我慢したっていうのに……

みんなは使い放題だったのか?)

 

 もしもそうだったなら、こんなバカバカしいルールはないとハリーは思った。納得できなさそうなハリーに対して、スミルノフ氏は語りかけるように言った。

 

「未成年が魔法を使ってはならない、というのは確かに君や、マグル生まれの子供にとっては理不尽なルールだ。しかし、そのルールによって、大勢の魔法使いの安全が保たれているんだ」

 

「魔法さえ使えれば、魔法使いの安全は保たれるんじゃないですか?どうしてマグルなんかのことを気にしなくちゃいけないんですか?」

 

(それに。僕は学校にはいる前は魔法を使ってたじゃないか)

 

 ハリーはついに、不満をむき出しにした。目の前のスミルノフ氏は恩人だと分かっていても、ハリーの中の疑問と怒りはハリーの理性のふたを壊して、中の怒りを溢れさせようとしていた。

 

 ハリーは自分が母の愛に守られているというダンブルドアの言葉を忘れていた。ダーズリー家での体験は、ハリーにとっては愛ではなく折檻でしかなかった。魔法という力が使えれば、物置に閉じ込められることはなかったはずだ。

 

「ハリー。君のような子供は、練習で魔法を失敗してしまうことがある。もしも周囲に魔法使いの大人がいなければ、大変なことになる可能性があるのは分かるな?」

 

「そ、それは……そうなんですけど……」

 

 シリウスはそんなハリーに待ったをかけた。尊敬するシリウスの言葉に、ハリーは口を閉ざした。ハリーは去年、ザビニが燃焼魔法に失敗し、火傷を負ったことを思い出した。魔法でつけられた傷は、普通の怪我とは違いマグルの医療で治療するのは手間がかかることをハリーは知っていた。

 

 

 つまりハリーの感情がどうであれ、マグルの前で魔法を使ってはならないという慣習そのものは正しいのだ。マグル生まれの子供が魔法に失敗したら、そこに魔法省の役人が駆けつける前にその子が死んでしまうかもしれないのだから。

 

 ハリーはそこまで理解した上で、やっぱり理不尽だという思いを捨てきれなかった。ザビニがハリーに魔法薬を渡してくれたように、合法的に自分に危害を加えてくるマグルに対処する術はある。だが、魔法薬を入手できるのだってダイアゴン横丁に行ける人間、つまりは魔法族だけだとハリーは気付いた。マグル生まれで親族に魔法使いがいない子供は、とんでもなく不利なんだとハリーは思った。

 

 スミルノフはハリーとシリウスを乗せて車を運転し、ダイアゴン横丁まで車を進めた。車はドビーに妨害されることもなく歩みを進め、今度は無事にダイアゴン横丁にたどり着いた。

 

「……今回は、妨害はなかった……ようですね」

 

(あ、そうか……スミルノフさんは犯人捜しをしてくれていたんだ……!)

 

 スミルノフは残念そうに言った。ハリーの心の中で、魔法省庁の職員に対する好感度が少し上がった。バーノンにお役所仕事と言われはしたが、スミルノフ氏は己のできる範囲のことをやろうとしていたのだとハリーは思った。

 

「ユルゲン。今日はありがとう。あなたのお陰で、比較的穏便にハリーを連れ出すことができた。あなたが仲裁していなければ、私は連中に呪いをかけていたかもしれん」

 

「シリウス。子供の前ですよ。……さて、ハリー君。魔法省の大人たちは。君のような子供が一人でも多く安全で。幸福に過ごせるように努力を続けています。また何かあれば我々に連絡を。

……できることなら何も悪い知らせがなく、君が幸福であることを祈っています。シリウス、あなたは私たちへの定期報告を欠かさないよう気をつけてください」

 

「承知した。また会おう、ユルゲン」

 

 スミルノフ氏は車の窓を開けると帽子を取り、軽く会釈をして去っていった。

 

 その日から、シリウスの借りた家に転がり込んで、ハリーとシリウスの同居生活が始まった。

 

***

 

 ユルゲン·スミルノフは、ハリーたちと分かれてから近くのスーパーマーケットに駐車し、煙草をふかしていた。今の部署に異動になってから、胸糞の悪い家庭を目にする機会が増えた。そんな仕事の後は、一服でもしなければ精神が持たない。

 

「魔法界の救世主が……マグルに対しては差別主義者か。笑えない話だ……」

 

 バーノンの言葉は、スミルノフの臓腑をえぐっていた。確かにスミルノフをはじめとした魔法界の大人たちは怠惰で、無責任だった。スミルノフにはその自覚があった。裕福な純血主義者たちが出した金で魔法省が運営されている以上、マグル関係の福祉が充実することはない。人員は最低限な上で、通報がなれけばスミルノフのような職員は動くこともできない。全て分かっていた上で、どうにもならない社会の歯車になるとスミルノフは決めたのだ。

 

 

 

 やれやれと、そんな自分に呆れて首をふると、スミルノフは煙草を消し、スコージュファイで匂いも肺にたまった煙も除去した。スミルノフは余計なことを考えるのをやめた。

 

(……まぁ。それが現実というならばそれでもいい。偏見と排斥が人間の本質だ。どんなシステムであれ歪みはある。システムの不備の果ての不幸が避けられないとしても、だから私のやっている仕事が必要なのだ。私は私の仕事をするだけだ)

 

 スミルノフはそう自分に言い聞かせると、一人でも多く、目の前の不幸な子供を減らすために次の家庭へ向けて瞬間移動した。魔法界の秩序は、彼のような名も無き職員の手によって支えられていた。

 

 

 



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宴の前の準備

この二次創作のハリーにファンタビ1~3のジェイコブおじさんを見せて脳破壊してぇ~


 

 ハリーはシリウスに、自分の身の回りで起きたことを話した。シリウスによるとハウスエルフとは、マルフォイ家やアズラエル家のような裕福で大きな家に住み、その家の当主に仕えるのだという。

 

「つくづく災難だったな。しかし、ヴォルデモートとは別の災いがホグワーツに迫っている、か……」

 

 

「ドビーが言った通り、それは僕を狙っているのかな?」

 

 シリウスは腕を組んで何かを考えていた。ハリーはシリウスに、誰かが自分を狙っているのではないかと尋ねた。

 

「そうとも限らん。ホグワーツは無駄に歴史が長いからな。あらゆる魔法に関する書物、古代魔法の伝説、創設者の秘宝……それ以外にも、ろくでなしが欲しがるお宝はごまんとある。名家ということになっているろくでなしの阿呆どもも、欲に目がくらむことはあるだろうよ」

 

「シリウスはその……そういうのに辛辣だね…僕の友達も何人かはそういう大きな家なんだけど…」

 

 ハリーの記憶のなかで、ファルカスの言葉が木霊していた。『シリウスの家は間違いなく純血とされる二十八の一族のひとつだよ』と。

 シリウスは間違いなく純血の魔法使いだが、ドラコと違ってそれを誇ることはなかった。

 

「昔から続いている家というのはな、ハリー。進歩を受け入れず停滞している家ということでもあるんだ。……まぁ、君の友達の家を悪く言ったつもりはない。そういう連中の可能性があるという話だ」

 

「それよりもだ。ハリー、もう一度友達と連絡を取ってみよう」

 

「手紙を出すんだね」

 

「……おいおい。たった一年で頭魔法使いになったのか?君には慣れ親しんだ文明の利器があるだろう」

 

 そう言って、シリウスは備え付けられた電話を指差した。

 

「……電話!!」

 

 ハリーは鞄からノートを取り出して、急いでハーマイオニーの連絡先を探した。ダーズリー家に入ったとたんノートを取り上げられてしまったので、電話をかけることはできなかったのだ。

 

(そうだ、僕はなんてバカだったんだ。ハーマイオニーの電話番号を暗記しておけばよかったのに……)

 

 実際にはそんなものは結果論に過ぎないが、とにかくハリーは震える指でハーマイオニーの自宅の電話番号を入力した。ジリリリと鳴る電話の音が、ハリーには長く感じた。三回ほど鳴ったあと、電話を受ける人がいた。

 

「はいもしもし。こちら、グレンジャーですが?」

 

 受話器からは、大人の男性の野太い声がした。

 

(繋がった!!)

 

「と、突然お電話をかけて申し訳ありません。僕は、ハーマイオニーさんの友人のハリー·ポッターと言います」

 

「ああ!!君がハリーくんかい!?いやぁ、うちの娘がお世話になっていると聞いていたよ!少し待ってくれ……」

 

「ハリー!!ハリー、どうしたの?ああ、でも話ができてよかった!私、あなたのことを心配して電話をかけたり、何回も手紙を出したのよ?!ロンもザビニもアズラエルもハリーから返事がないって言うから……」

 

 ハリーはそのあと、五分以上はハーマイオニーと話し込んだ。ハーマイオニーは、すぐにクラブのみんなに連絡すると言ってくれた。ハリーは久しぶりに人間の友達と会話できたことが嬉しくて涙が出そうだった。ハリーは念のために、アズラエルやザビニにも電話をかけてみた。ザビニの皮肉げで嫌みな声も、アズラエルのどこか勇敢さが溢れた声を聞くのも久しぶりだった。ロンとファルカスの家には電話がなく、ドラコはマグル関係のものなんてと冗談交じりに言っていた。

 

 

「マルフォイ一族はな、ハリー」

 

 他のみんなには、横の繋がりでハリーの無事を伝えることはできた。しかしドラコにだけは。ふくろうを使って手紙を送るしかない。そう悩むハリーに、シリウスがこっそりと教えてくれた。

 

「昔はマグルとも繋がりを持っていた。その時の名残で、今も電話を使おうと思えば使えるはずだ」

 

「ドラコの家が?」

 

 ハリーはそのギャップに驚いたが、同時に納得もしていた。ロンは電話も知らなかったが、ドラコは箒に乗っているときにヘリコプターにぶつかりそうになったという冗談を飛ばしていたからだ。

 

 友達と会話できたハリーを、シリウスは暖かく見守っていた。ハリーを見るシリウスの視線は暖かく、ハリーは気がつかなかったが、シリウスの心中は穏やかではなかった。

 

(そりゃあ、あんな環境でマグルのことを嫌いになるなという方が無理だろうが……)

 

 シリウスは自分の中にあるスリザリンに対する偏見を脇においても、ハリーがマグル蔑視に傾いている現状をよく思ってはいなかった。シリウス個人としてはハリーにはジェームズのような存在になってほしいと思っていたし、マグル差別なんぞにかぶれてほしくもなかった。しかし、シリウスは従姉のアンドロメダから保護者としてのアドバイスを受けていた。

 

『ハリーの中に、純血主義に近い傾向が生まれていた場合?そうね、あなたならそれを躾て、正しい方向に矯正したいと思うでしょうね』

 

『それが大人としての義務だろう!』

 

『ええ。子供が可能な限り健やかに育てる環境を与えるのが親の義務であり、可能な限り真っ当に育てるように躾をするのも親の責任。でも、あなたが子供だった頃を思い出しなさい。あなたは大して親しくもない大人や、人として尊敬できない親から押し付けられた言葉を信用したかしら?』

 

『……む……』

 

 シリウスは自分がハリーから信頼されているとは思っていなかった。ハリーと直接話したのはこれで三度目で、ハリーにとってはいきなり出てきた文通相手のおじさんでしかないと自分を客観視していた。だからこそ、少しずつ共同生活で信頼関係を育みながら、ハリーの心の傷を癒してマグルへの怒りを和らげたいと思った。自分にできるかどうかではなく、それをやることがゴッドファーザーとしての役目だと思った。

 

(マグル差別なんてやめておけ。レイシストにまともな友達なんてできないぞ、ハリー)

 

 そうシリウスが言うタイミングは、少なくとも今ではない。今のハリーは、ダーズリー家から受けた仕打ちでとても冷静ではないからだ。シリウスはハリーの保護者として、ハリーのために行動しようとしていた。まずはハリーがなるべく冷静にこの言葉を受け止められるようにすることが、シリウスがすべきことだった。

 

 

 

***

 

 シリウスとの共同生活が始まって、ハリーは充実した日々を送っていた。シリウスが用意した家はマグルの住む住宅街の中にあり、二階建てだったが小さく、二人が住むには丁度いい広さに見えた。しかし家の中に入ると、シリウスの魔法によって空間は何倍にも広く拡張されていた。電球はシリウスの魔法によって自在に色を変え、家の中には色々な魔法に関する書物や魔法の道具があった。家の中を探検するだけで、ハリーは楽しくなった。

 

 あるとき、ハリーが箪笥の引き出しを開くと、中からバーノンの姿が見えた。バーノンは恐ろしい形相でハリーを怒鳴りつけ、ハリーを家に連れ戻すと言い張っていた。ハリーは反射的に魔法を使おうとした。

 

「ボー」

 

「リディクラス(馬鹿馬鹿しい)!」

 

 シリウスが杖をふると、バーノンは痩せて若返り歌を歌い出した。

 

 

「すまんハリー。こいつはボガートだ。箪笥の引き出しの中のような暗くて狭いところで繁殖し、人の怖がるものに化ける性質がある。怖がらせてすまなかったな……」

 

「……休暇中に魔法は厳禁だぞ」

 

「ううん、ごめんなさいシリウス。魔法を使おうとしてごめんなさい……」

 

 ハリーはボンバーダでバーノンを爆破しようとした。魔法を発動する前にシリウスに止められたが、止められてよかったとハリーは思った。こんなことで退学になるのはそれこそ、馬鹿馬鹿しいことだった。ハリーは反省して杖をシリウスに預けることにした。

 

 ハリーにとってシリウスは、ハグリッドと並んで一番尊敬する大人になった。シリウスは普段魔法省で闇の物品を取り締まる仕事をしていたが、家に帰るとハリーに魔法を教えたり、二十日のパーティーに向けていくつかの礼儀作法を教えてくれた。一番助かったのは、タラントアレグラ(踊れ)の魔法をハリーにかけて踊り方を教えてくれたことだ。ハリーの運動能力は確かで、一度踊ったステップを忘れずに再現してくれた。ハリーはパーティーの日を楽しみにすることができた。

 

***

 

(……私が子供の時は、ジェームズはもう少し社交的だった気がするんだが……)

 

 ハリーを見るシリウスは、ハリーが周囲のマグルの子供と遊ばないのが気になっていた。シリウスが子供の頃、ジェームズの家に居候していたときは、マグルの子供たちとフットボールをして遊んだものだ。

 ハリーとの共同生活をはじめてから、ハリーは周辺の図書館に行って理科や数学の本を読むか、魔法の勉強をするかといったことはしていたが、マグルの子供と関わることをしなかった。

 

(少しアプローチの仕方を変えてみるか)

 

 シリウスは、パーティーが終わったあとでハリーを、躾ようと決意した。直接友達と会えば、ハリーの心にも余裕ができるだろうと考えていた。

 

 

***

 

 一方その頃、豪勢でありながらどこか陰鬱さが漂う屋敷の一室で、プラチナブロンドの魔法使いが己の所有するハウスエルフに魔法をかけようとしていた。

 

「よく見ておけドラコ」

 

「はい、父上」

 

 ルシウスの表情は普段とかわりなく気だるげだ。ドラコも普段と同じような冷酷で、残酷な罰を見れるという喜びに震えていた。

 

 ドラコは夏休みに入ってから、ハリーから手紙が来ないことに苛立ちハリーに怒っていた。友達面しておきながら、自分をまた裏切ったのかと思った。

 しかし夏休みに入ってから二週間で、ハリーからの手紙が届いた。手紙にはまずドラコへの謝罪が書かれており、ドビーというハウスエルフのせいで手紙が届けられなかったこと、マグルに監禁されていたことなどが書かれていた。

 ドラコは怒りに任せてドビーを問い詰めると、ドビーは自分を罰しながら白状した。そして今、ドビーは当主であるルシウスの罰を待っていた。

 

「下賎なしもべの行動は、マルフォイ家への裏切りに等しい」

 

 ルシウスは普段の調子を崩さない。

 

「お……お許しくださいご主人様……ドビーめは、ドビーめはハウスエルフ失格です……」

 

「誰がお前の発言を許可した?」

 

 

 ドラコは冷たくドビーを睨んだ。ドビーは両手で口をおさえた。

 

「本来であれば忠実ではないしもべには『洋服』をくれてやるところだが……私は寛大だ。家の恥を外に出すわけにはいかん。覚えておけドラコ。『ヒト』ではないものにこの魔法をかけるのは違法ではない。クルーシオ(苦しめ)」

 

 ドビーは哀れにも、ドラコの命令を忠実に守ろうとしながらカースを受けた。数分間もの間、痛みや火傷、窒息、骨折、内蔵の激痛……その他のあらゆる痛みを受けたドビーは、のたうちまわりながらも絶叫をこらえた。

 

 最初は心の底から笑ってそれを見ていたドラコは、やがて少しずつ怖くなった。しもべが本当に死んでしまったのではないかと思った。顔に笑みを張り付けながら、ドラコは父親の所業を黙って見ていた。

 

 やがてルシウスは呪文を止め、ドビーに命じた。

 

「地面が汚れたな。しもべの手で掃除しておけ」

 

 ドビーはのろのろと起き上がると、緩慢な動きで掃除に取りかかった。ドラコはそんなドビーを罵倒しながら、父上がしもべを殺さなくてよかったと内心でほっと胸を撫で下ろした。

 




ねえんだよぉ!ハウスエルフにゃあ!
人権がよぉ!


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パーティータイム


今週は平和です。


 

 

 ハリーは目も眩むような光輝くパーティー会場の中にいた。

 

 ハリーは魔法使いのパーティーだというので、てっきりホグワーツの大広間のような、歴史のある魔術的な建物に集まって、ローブを着た魔法使いたちでパーティーをするのかと思っていた。ところが実際のパーティー会場は、マグルの車が止めてある大きく、新しいドームだった。認識阻害の魔法でドームをマグルのイベントとして貸し切ってしまったというのだから驚きだった。アズラエルの一族が持っている経済力がマグルの世界にも及んでいるからできることであり、他の一族に対してそれをアピールするために見栄を張ったのだとアズラエルは言っていた。

 

 ハリーは自分の希望で選んだスリザリン風の緑色のネクタイと、黒いスーツを着ていた。スーツ姿の自分がひどく不格好に見えた。はっきり言って似合っていないにも程がある。

 

(よし……大人しく壁のしみになろう!)

 

 そんな後ろ向きな決意を新たにしたとき、ハリーは会場に見知った顔を見かけて声をかけた。

 

「ファルカス!おはようファルカス!」

 

 ハリーの友人であるファルカス·サダルファスは、ブロンドで短髪、かつハリーと同じくらい小柄なスリザリン生だった。彼も灰色のスーツと緑色のネクタイをしている。スーツは着慣れていないのがよくわかり、会場の中で見知った相手を探そうとキョロキョロと周囲を見回していた。

 

「ハリー、久しぶりだね。僕、自分がこんなところに来てるのが今でも信じられなくて……」

 

「僕もだよ。魔法使いのパーティーだって言うからローブを着て来るのかと思ったら、スーツなんだもんね」

 

 ハリーはファルカスと一緒に会場の隅から、会場にいる人々を眺めた。アズラエルの一族が経営する会社のなかには、スポーツ用の箒のメーカーもある。今日はそのお披露目のために、大勢の大人たちとその子供たちが会場に集まっていた。広い会場の中で知らない大人が沢山いたが、マグルの社会でも通用するようなスーツを着ているのが不思議だった。ダイアゴン横丁にいた魔法使いは、皆がローブを身に纏っていたからだ。

 

「僕のスーツはアズラエルに見繕ってもらったんだ。似合ってるかな?君から見て変じゃないかな、ハリー?」

 

「似合ってるよ。僕に比べたらだけどね」

 

 ハリーはあまり慰めにならない事実を言った。会場にいる人たちのほとんどは明らかに場馴れしていた。それは子供たちも例外ではなく、ハリーやファルカスのような初心者にとっては少し居心地が悪かった。

 

 ハリーは大人たちではなく、ハリーと年が近そうな子供たちを探した。その中にザビニやアズラエルやドラコがいるのではないかと思ったからだ。グリフィンドール生で、シーカーとしてグリフィンドールを優勝に導いたコーマック·マクラーゲンの姿もあった。

 

「……あそこにいるの、ハッフルパフの人だよね?」

 

 そんなとき、ファルカスがハリーの肩を叩いて言った。

 

「……誰?」

 

「バナナージ·ビスト先輩。うちの寮の先輩のリカルド·マーセナスを決闘でぶちのめした人だよ」

 

 ハリーは昨年の終わりごろ、スリザリンの上級生が医務室に担ぎ込まれた事件を思い出した。ハリーの所属するスリザリンは高貴な純血が所属する寮という売り文句だが、寮監督の過剰な贔屓もあり、他の寮生に対して失礼な態度をとる不良も多い。マーセナスはそんな不良の一人で、ビストを侮辱した挙げ句決闘を挑んで返り討ちにあったのだ。

 

 バナナージは黒髪に茶色い瞳をした、今年五年生になる学生だった。どうやらアズラエルの会社の交遊関係は広く、寮を問わずお金持ちの家は数多く招待されているらしかった。

 

 この会場には名家とされる人間が数多く招待されていた。ハリーは他にもグリフィンドールの金髪の女子監督生アグリアス·ベオルブやスリザリンのプラチナブロンドの男子監督生ガーフィール·ガフガリオン等を見つけ、ようやく黒人の美男子が女子と一緒にいるところを発見した。

 

「久しぶりだねザビニ。相変わらずモテモテそうで安心したよ。トレイシーも、相変わらず元気そうだね」

 

「ザビニはいつか天罰を受ければいいと思うよ。久しぶり」

 

「オメーら今までどこに居たんだよ?会場を探してもダサい眼鏡がなくて、また何か変なもんに巻き込まれたんじゃねえかって思ったんだぞ?」

 

 ザビニはファルカスの僻み混じりの冗談を笑って受け流した。ザビニと一緒にいたのは、スリザリン生の女子、トレイシー·デイビスだ。彼女はハリーたちと同い年である。栗色の髪の毛を団子状にセットして、肩の空いたドレスでお洒落をしていた。

 

(確かデイビスさんって、非常におしゃべりでやかましい女の子だったっけ)

 

「僕とファルカスは大人しく壁のしみになってたよ」

 

「そいつは壁の方が御愁傷様だぜ。……トレイシー、後で踊ってやるからちょっと席を外してくれ」

 

 

「あら、私が居るとお話の邪魔なの?ザビニったらレディに対して失礼ね!」

 

「勘弁してくれよ。俺の口は一つしかないんだ。トレイシーと話さずにこいつらとばかり話すのはお前に悪いだろ?」

 

 そう言うとザビニはトレイシーを女子たちの輪に戻して、ハリーとファルカスに向き直った。

 

「お前ら、折角こういうところに来たんならもっと話せよな。滅多にないイベントなんだし楽しまないと損だぞ?」

 

 ザビニは明らかにファルカスやハリーより場馴れしていて、ジュースで喉を潤した後は中央付近のテーブルを指差した。

 

「折角お前のシリウスさんが、面倒な奴らの相手をしてくれてるんだからよ」

 

 シリウスは、パーティーに来てから怒涛の歓迎を受けた。よく見るとシリウスを歓迎している人間のなかには、ハリーの同級生であるブルーム·アズラエルの姿もあった。

 

「シリウスは人気者だからね」

 

ハリーはそう言った。シリウス本人はこういう集まりは苦手なんだ、とハリーに言っていたが、ハリーにはとてもそうは見えなかった。色々な大人たちと親しげに会話をして、場を盛り上げているように見えたからだ。

 

 

 

「ハリーはそこら辺はぼうっとしてるよね。シリウスさんは間違いなく純血の一族の最後の生き残りだよ?どの家も、シリウスさんと結婚して影響力を持ちたいって必死になってるのに」

 

「……そうかな?」

 

 確かによく見れば、シリウスに挨拶する大人たちの中には女性も多かった。皆ドレスを着込み、化粧をして見映えのいい格好をしていたが、シリウスは時に笑い、時に驚いたような顔をしながら彼女たちを満足させているように見えた。ハリーはシリウスが誰かと結婚するのだろうかとふと思い、近づいて耳をそばだてた。

 

 

「こちらの娘はビスト家の遠縁であるマリーダ·ジンネマンと言います。決闘クラブの元チャンピオンで今は法執行部に所属しているのですよ。歴戦の魔法使いであるシリウス氏には是非、彼女に決闘術を一手ご教授を頂きたい」

 

「それは素晴らしい。私はあくまで本職の闇祓いの指導を受けたとはいえ、持っている技術の大半は我流にすぎません。貴方のような素晴らしい魔女と知り合えて光栄ですよ、マリーダ」

 

「ええ、私もです、シリウス」

 

(……なんだかそういう雰囲気じゃなさそうだな)

 

 ハリーは取り越し苦労だと思い直した。大人の世界にはここから色々とあるのかもしれないが、少なくともファルカスが言うようにすぐに結婚がどうのという話になるとは思えなかった。ハリーは中央のテーブルに近づくと、ほっと一息をついてローストビーフを頬張っているアズラエルの肩を叩いた。

 

 

「ブァリー(ハリー)!!」

 

 アズラエルはビックリしてローストビーフを一気に飲みこんでしまったようで、少し涙目になっていた。

 

「あ~もう、驚かせないでくださいよ、まったく……」

 

「ごめんごめん。大分疲れてそうだね?」

 

「さっきまでずーっとマルフォイの愚痴に付き合わされてたんですよ」

 

 アズラエルはうんざりしたように言った。

 

「やれチキンの味が薄いだのサラダが新鮮じゃないだのと……ハウスエルフが料理するのにも時間がかかるし、新しい味付けをするのにも手間がかかるってことを分かってないんですよ。マルフォイ家を怒らせるわけにはいきませんから、僕がうちのハウスエルフのユーリックに頼んで全力で対応させましたけどね……」

 

(やっぱりドビーじゃないよね。そうだよね)

 

 ハリーはそれはそうだろうと思った。そもそもアズラエルやドラコにもハリーは手紙で事情を説明していて、アズラエルとは電話でやり取りすらしていた。

 

「何にせよ、君とシリウスさんが来てくれて良かったですよ、ホントに。君やシリウスさんを招くことができたってことで、うちのパパも大喜びでした」

 

 何せシリウスさん目当てで人が集まってくれましたから、とアズラエルは言った。

 

「大袈裟だね。まぁ喜んでくれたのは嬉しいけど」

 

「そもそも、君やシリウスさんはこういう集まりははじめてでしょう?君は事情があったにしても、シリウスさんは名家でありながらこういうイベントは毛嫌いしてるって有名だったらしいんです。それでも参加してくれたってことで、うちの株価は少し上がりますよ。パパの言葉ですけど」

 

 アズラエルはハリーたち四人のなかでは大人びていた。彼は大きな経済力を持つ資本家一族の次男で、グループを支えたいという夢があった。ハリーはいまいち実感がなかったが、その助けになれたのなら良かったと思った。

 

「っていうかブルームよぉ!マルフォイを誘うんならウィーズリーとグレンジャーは誘うなよ!?ぜってえ酷いことになるのが目に見えてんだろ!」

 

「……うん。まぁ確かに、もしロンとハーマイオニーが来ていたら酷いことになっていたね」

 

 ザビニは大喜びするアズラエルに突っ込みを入れ、アズラエルを現実に引き戻した。

 

「いや、マルフォイを誘ったのは兄さんとパパのほうですから……僕は彼が来るなんて知らなかったんですよ。……でも。もしも二人が来ていたとしても、最低限の常識があればこういう場所で相手の顔を潰すような真似はしないでしょ?」

 

「アズラエルは頭はいいんだけど……人間はもっとバカだってことを知るべきだね」

 

 ハリーははじめてアズラエルの欠点を見つけた。アズラエルは社交的で常識人で、良識もある。スリザリン的な考え方と一般常識を照らし合わせて、時と場合を選ぶことができる。しかし、多くの人にとってはそれはそう簡単にできることではないのだ。

 

「いやぁいくらドラコでも……」

 

「そのドラコに今さんざんいびられてたんだよね、ブルームは」

 

 ファルカスの指摘に、アズラエルは黙るしかなかった。彼は苦笑して、

 

「まぁいいでしょう」

 

 と言った。

 

「後は、皆でダンスして新製品をお披露目するだけです。ちゃんと踊る準備はできてますか?」

 

「踊ってくれる相手を探してくるよ」

 

「待ってハリー。僕も行くよ」

 

 ハリーはファルカスと一緒に、ダンスのパートナーを探しに行った。

 

***

 

 ハリーたちがパートナーを探して悪戦苦闘している中、会場の中央に、二人の大人が冷たい目で向かい合っていた。周囲の大人たちは、緊張感を持ちながらそれを見守っていた。アルベルト·ビストのように保身に長けた大人は、そそくさと中央から距離を取っていた。

 

 

「君が名家の当主としての立場を自覚してくれたのは、本当に嬉しいことだ、シリウス。こうして互いに平和な戦後を迎えられたこと、心から嬉しく思うよ」

 

 口調は気だるげに、言葉だけなら友好的に、そして目は全く笑わずに、ルシウス·マルフォイは形だけの握手を求めた。シリウスは嫌悪感を必死になって抑え、己の手を差し出して握手に応じた。

 

「互いに命があったことは幸いだったと思う。子供たちの為にもな」

 

 だが、とシリウスは付け加えた。

 

「私は自分の家を名家だと思ったことはない。今日ここに来たのは、あくまでも息子の保護者としてだ」

 

 シリウスは挑発とも取れる発言でルシウスを牽制した。シリウスはこの会話の中でも、ハリーの位置を把握してハリーが無事であることを確認していた。ハリーのスーツにはあらゆる防御魔法を施していたし、それはシリウスのスーツも同様だ。仮にルシウスが何らかの誓約魔法をシリウスに仕込もうとしても、無駄になるよう守りを固めているし、今この瞬間も警戒を緩める気はなかった。

 

 

 

「なるほど、なるほど。友の忘れ形見を守ろうとするその心、本当に健気なものだ……」

 

 実際のところ、ルシウスはこの場でハリーやシリウスをどうこうする気はなかった。単に彼は、その目でハリーを観察し、闇の帝王が復活しない間、闇の勢力を纏める旗印になるかどうか見極めに来ただけだった。

 

 

(今はまだ表の顔を演じてやろう。この顔を演じるようになって長い……刑務所暮らしの長い親戚をいびるのも悪くはない)

 

 ルシウスは内心でそんなことを考えながら、シリウスを挑発するように教育談義を始めた。

 

「君がそれほど高潔であるだけに、私は誠に残念でならないよシリウス。君がグリフィンドールの勇気とやらに絆され、間違った道を進んだことがね」

 

 シリウスはハリーの身に危害がないことを確認すると、ルシウスとの談笑に応じた。

 

「ほう。ルシウスはグリフィンドール的な価値観に疑問がある、と?」

 

「私はホグワーツの理事をしている身でね。常々ホグワーツの教育方針に疑問を感じていた。

中でもグリフィンドールは……勇気の名のもとに、友を裏切るような教育をしているらしい。私は君がグリフィンドール的な価値観から抜け出せていないことが残念でならないのだよ」

 

「なるほど、一理ある」

 

「……ほう?」

 

 シリウスがルシウスの言葉を一部分だけとはいえ肯定したことで、ルシウスははじめて驚いた顔を見せた。

 

「我々グリフィンドール生の徳目は勇気、そして騎士道精神だ。我々は時として、勇敢であろうとするあまりに臆病さを嫌悪し、それに理解を示さないことはあった」

 

「子供の成長を阻害する要素だとはおもわないかね、シリウス?」

 

「……だが、その勇敢さは、時として未知に対する好奇心や冒険心に通じるものもある。大人の保護のある環境で、失敗しても次があるという環境でしか許されない挑戦もあるものだ。そういうものが許される環境こそ、子供には必要だと思うがな」

 

 シリウスの返しに、ルシウスは意味深に頷いた。今度はシリウスが驚く番だった。

 

「確かに、君の言わんとすることはわかる。適切な管理下で、安全が担保されている環境で。そう。そうでなければ。子供の勇気など大人は許すべきではないのだ」

 

 ルシウスの目を見ながら、シリウスはルシウスの内面を読み取ろうとした。しかしルシウスの閉心術は、その内面を明かすことはなかった。

 

 





ルシウスとシリウスの教育論争の是非に関しては読者の皆様のご想像にお任せします。


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シリウス·ブラックの受難

グリーングラス家はデスイーターとは無関係と言ったが……あれは嘘だ。
設定を読み込んでいなかった作者のミスです申し訳ございませんでした。


 

 

 ハリーはなるべく同年代で踊ってくれそうな相手を探していた。パーティー会場にはホグワーツ生らしき少年少女がちらほらといたが、皆もう自分の相手を見つけていたようだった。ハリーはガフガリオンがアグリアスと、ドラコがパンジーと、ザビニがトレイシーと組もうとしているところを見た。

 

 意を決して声をかけた相手をザカリアス·スミスに奪われ、このままではファルカスと踊るしかなくなるかとおもわれたとき、ハリーに救いの手が与えられた。

 

「お困りのようね、ポッター」

 

 そんなハリーに声がかかった。振り返ると、自信ありげな表情をした黒髪の女子が、少しだけ背が高い青い髪の毛の女子と共にハリーとファルカスを見ている。

 

「うん。物凄く困ってた。……ええと。君はダフネ·グリーングラスで合ってるかな?」

 

 ハリーは確信が持てなかった。スリザリン寮でのダフネはどちらかというと控えめで、地味で、目立たない黒髪の女の子という印象だった。今日の彼女は、スリザリンらしい緑色のドレスを身に纏い、長い黒髪を艶やかにたなびかせていた。金色のドレスを身につけたパンジー·パーキンソンほど派手な装飾こそないが、お洒落な装いといえるだろう。

 

「一年間毎朝見ていた顔を忘れるなんて、その眼鏡は飾りなのかしら」

 

(特に親しくはなかった気がするんだけど……)

 

 ハリーがダフネとまともな会話をしたのは数回くらいしかない。同じスリザリン生でも女子と男子ということで距離感はあったし、何より彼女がこんなに強気なのははじめてだった。パンジーの前では猫を被っていたのだろうか。

 

「あの、そちらのかたはホグワーツでは会いませんでしたよね?はじめまして。僕と踊ってくれませんか?ぼ、僕はファルカス·サダルファスといって、ポッターの友人なんです。ホグワーツではスリザリンに所属しています」

 

「ええ、お察しの通り私はボーバトンのメリアドール·フォルズです。ダフネとは親しくしています。ダンスの相手がいなくて困っていたの」

 

 ハリーはその時、フォルズが意味深にダフネに視線を送ったような気がした。気にしないことにした。女子の間でどんな協定があったのかは知らないが、変に詮索すべきではないこともある。

 

 ハリーが何となく察したように、この流れは仕組まれていた。ダフネは家の両親から、ハリーと親しくなっておくようにとせっつかれていた。

 

『我がグリーングラス家は、とにかく純血一族の中でも扱いが悪い。繋がりを広く持っておくことにこしたことはない……』

 

 そう父のお墨付きを得たことで、ダフネは晴れてスリザリン生らしさを発揮することができた。パンジーをおだてあげてドラコのパートナーとなるように誘導し、前々からザビニの顔面に惚れ込んでいたトレイシーを『応援』した。今ごろミリセントはアズラエルと楽しい一時を満喫していることだろう。邪魔物は居なくなったと、ダフネは勝利を確信していた。

 

 ダフネにとって誤算だったのは、いつまで経ってもハリーが自分を見つけなかったことだった。普段より大人びて見えるように化粧まで施されたことで、ハリーは最初ダフネをダフネだと認識できず、明後日の人間に声をかけていたのだから。

 

「じゃあ僕達も踊ろうか。……ええと、僕は相当気が利かないパートナーだから君がリードしてほしいな」

 

 ハリーはプライドをかなぐり捨てて言ったが、ダフネは不満げだった。ハリーは女の子の心というものを全く理解していなかった。

 

「私はどんなテンポでもついていけるわよ。あなたからリードしないってことがどういうことか、後悔することになるわ」

 

 ハリーはダフネと二人で、魔法界の曲調がめちゃくちゃな音楽に合わせて何曲か、マグルの優雅なクラシックに合わせて一曲踊った。マグルの曲は初心者でも踊りやすいように、スローテンポで回るような動きが多かった。

 一方、魔法界の曲はなかなかに難易度が高いものだった。ダフネにとっては見知った曲や、流行のものらしく鼻唄まで歌えるような曲でもハリーにはその知識はない。シリウスにダンスの手ほどきを受けていなければ、ハリーはダフネの足を踏んでいたか、最悪転倒していただろう。ハリーはシリウスに心の底から感謝した。

 

「ダフネは凄いね。君がここまで運動神経がいいとは思わなかったよ。クィディッチはやらないの?」

 

 ダンスの後、ハリーは笑顔でダフネに言った。ダフネはハリーの言葉に満更でもない様子だったが、クィディッチについては真っ向から否定した。

 

「ハリー、クィディッチは男子がするものよ。私たちレディが棍棒を振り回したり、ボールを追うなんて優雅さに欠けるわ」

 

「折角運動神経が良いのに勿体ないね」

 

 スリザリン、ひいては純血主義の一族は、うっすらと男尊女卑的な傾向を残していた。グリーングラス家ではそうでもないが、一族に産まれたとしても女性は家系図に名前が残らなかったり、結婚したら名前が削除される家は少なくない。その風潮のせいか、スリザリンクィディッチチームでは女子は一人もいなかった。

 

 もっとも、ダフネはクィディッチをしたいと思ったことはなかった。純血主義の家で親に厳しくしつけられた少女たちは、自然とそう思うように幼少期から養育されるか、あるいは途中で空への憧れを忘れていったからだ。

 

 ハリーはダフネと軽く踊りながら、周囲を見回した。皆こういった場所に慣れていて、踊りかたを間違えているような子供はいない。

 

(あ、いた……)

 

 いないというわけではなかった。はじめて社交界に顔を出したファルカスは、踊りの指導を受けたわけではない。彼はパートナーであるフォルズを怒らせて叱られてしまっていた。ハリーは助けに行こうとして、ダフネに腕を掴まれた。

 

「やめなさい、ポッター。ここは戦場なのよ」

 

 ダフネの目はこれ以上なく冷たかった。

 

「ここではできない人間が脱落していくの。この世界に残り続けるのは簡単じゃないのよ。だから私たちは、小さい頃から毎日お稽古をしてきたの」

 

「でもファルカスは僕の友達だよ。僕と同じように、アズラエルの誘いでここに来たんだ」

 

「アズラエルに頼み込んで踊りの訓練をしなかった彼が悪いわ。後でメリアドールの機嫌を取る私の身にもなってよ、ポッター」

 

 ハリーがダフネに反論したとき、ファルカスに差しのべられる手があった。ハリーはバナナージ·ビストが、アルベルト·ビストにささやいているのを見た。アルベルト·ビストは慣れた杖捌きで無言で魔法をファルカスにかけた。タラントアレグラ(踊れ)の魔法だった。次の曲を、ファルカスは一度も転倒することなく踊りきることができた。

 

「……甘いわね。ビスト家は」

 

 

 

 壁際でその様子を見ていたダフネは苦々しげに言った。

 

「私たちはちゃんと練習してダンスを習得したのに……」

 

 ハリーは、自分もシリウスの魔法でダンスを練習したことはダフネに言わなかった。その代わりに、ダフネにジュースを差し出した。

 

「踊って疲れちゃったよ。これで喉を潤そう、ダフネ」

 

 ハリーとダフネはしばらくの間、無言でみんなの踊りを見守っていたが、ハリーはふと疑問に思ったことを言った。

 

「今、ふと思ったんだけど……ダフネって寮生活はあんまり楽しくなかった?」

 

「どうしてそう思うの?」

 

「寮で見るよりも生き生きしてるから」

 

 ハリーは周囲を見回して、いろんなことに気がついた。普段スリザリンだ、グリフィンドールだといがみ合っていたガフガリオンとアグリアスは激しい曲を苦もなく踊っていて楽しそうだった。コーマック·マクラーゲンはスリザリン出身の女子ともいつも通り尊大な態度ではあるが踊っていたし、ハッフルパフを下に見ているトレイシーはザビニの後でザカリアス·スミスとも踊っていた。寮やホグワーツで見たときより、明らかにこちらのほうが楽しげな人もいた。

 

「ホグワーツでこんな態度を取ってみなさい。周囲から袋叩きにあうわよ」

 

「それはそうだね」

 

 ハリーは苦笑するしかなかった。明らかにお金持ちの、大人の世界と同じ態度をホグワーツで取れば浮くのはわかりきっていた。

 

(ホグワーツと今とで全く態度が変わらないのはそれこそドラコくらいだ)

 

 とハリーは思った。

 

(……でも。じゃあ、どうしてガフガリオンはスリザリンらしくなんて言うんだろう)

 

 ハリーは去年、ガフガリオンからスリザリン生らしくしろと言われたのを思い出した。あれは実は、ガフガリオンはスリザリン生らしくしたくなかったのではないだろうか、と、そんな考えが頭をよぎったのだ。

 

 ハリーが考えている間。ダフネはホグワーツでの愚痴や色々な話をハリーに聞かせてくれた。ハリーはうん、うんと相槌をうちながら話につきあった。ダフネの話は二十分以上も続いた。ハリーは、ダフネが内心でスネイプの贔屓を快く思っていなかったことに驚いた。みんな案外まともなのだ。

 

「寮で四人一部屋と聞いたときはどうしようって思ったわ。だって私は一人部屋でしか寝たことがなかったんだから。ポッターたちは普段どうして眠れたの?」

 

「たぶんダフネと変わらないと思うよ。魔法を使ってほどほどに騒いで、疲れたら眠るだけ」

 

 

 ハリーは冗談めかしていった。実際のハリーたちは、大抵は誰かに関する噂話だとか、先輩の愚痴だとか、クィディッチでどのチームが勝っただのといった下らない話をして寝ていた。

 

「野蛮ね。聞かなければよかったわ」

 

 ダフネは黒髪を弄っていた。ハリーはダフネに申し訳なくなって、話題を変えることにした。

 

「でも、スリザリンに入れたのは良かったと思うよ。夏休みに皆と会うことも出来たしね」

 

「スリザリンが優れているのはこういうところよ。こういう集まりできちんと親睦を確かめあって、来年もまたよろしくねって別れるの。それがスリザリン、そして私たちにとっての普通なのよ」

 

 ダフネはハリーや、他の大勢のスリザリン出身の生徒と同じようにスリザリンに愛情を注いでいた。ハリーはそれがなんだか嬉しかった。

 

「そうだね。来年も来れると良いけどなぁ」

 

 ハリーは今年学校で無事にいられるか不安だったが、同時に楽しみにもなってきた。一大イベントを無事に終えることができたのだ。学校にどんな闇が待ち構えていようが、恐れる必要はないはずだ。

 

(何とかなる……いや、何とかしよう)

 

 そうハリーが思っていると、ハリーにファルカスが話しかけた。ダフネは他人の目があるとわかれば、すました顔になった。

 

「ハリー。僕、バナナージさんからフリットウィック先生が顧問の決闘クラブに誘われたんだ。ほら、僕が学年末パーティーで表彰されたから、良ければどうかなって……」

 

「スカウトを受けるなんて凄いじゃないか!やったねファルカス!」

 

 ハリーは素直に友人の躍進を喜んだが、ダフネはそうは思わなかった。彼女はバナナージの意図をこう考察していた。

 

(……どこが。どう見てもハリー目当てだわ。友人のファルカスを誘って、それからハリーを引き込もうって魂胆ね。ハッフルパフ生が誠実で、善良だなんて誰が言ったのかしら?)

 

 恩を着せてから自分の陣営に引き込むというのはスリザリン生が多用するやり口だが、はっきり言って誰でもやることだ。直接ハリーを勧誘するのではなく、ハリーの周辺から引き込むあたり周到だとダフネは思った。

 

「うん。ありがとう。それで、二年生からは探究会に、行くのは木曜と金曜日だけになりそうなんだ。いいかな?」

 

「ファルカスがしたいならそっちを優先してよ。僕らも、ファルカスの活躍を応援してるからさ」

 

 

 こうして、パーティーではいくつかの新しい縁ができた。トレイシーはザビニのガールフレンドの一人になり、ファルカスは決闘クラブに入部し、ハリーはダフネ·グリーングラスを同じスリザリンの仲間の女子から、少しだけ親しい友達として認識した。その他にも、このパーティーではいくつかの縁が生まれていた。

 

 

***

 

 ハリーたち男子は、アズラエル一族の経営する会社が新しい箒である『ニンバス2001』を発表したことで沸き立っていた。ニンバス2001はニンバス2000に存在した欠点を設計段階から除去した最新モデルで、その性能は旧式を凌駕している。シリウスはドラコ·マルフォイのような子供がニンバスに試乗し、年齢相応にはしゃいでいるのを見て頬を緩めた。

 

(……平和、か。いい時代になったもんだ)

 

 ニンバス2001の値段は相応に高い。シリウスの金銭感覚でも、あれは学生向けではなくプロリーグの二軍から使うような代物だと思った。それでも売れると確信して新製品として出せるということは、それだけ魔法界が豊かになったという証明だった。

 

 

 シリウスとルシウスは、表面上は和やかに、友人のように話を終えた。たとえ裏で杖を向けあっているような関係でも、それが続く限りは『平和』なのだ。

 

 シリウスはそれとなくハリーを狙ったハウスエルフ。ドビーについて話題をふってみたが、ルシウスからは何も情報を引き出すことはできなかった。シリウスはルシウスに対する疑いを持ったままだったが、尻尾を出さない限りは白として扱うことしかできなかった。

 

 今回のパーティーは、シリウスにとっては全く収穫がないというわけではなかった。ハリーの友人たちにねだられて自分のサインを書く羽目になったときはこの世の終わりかと思ったものだが、ハリーの友達が気持ちのいい少年たちであることにシリウスは安堵した。シリウスは彼らの中に、昔の自分たち四人組の姿を見いだしていた。

 

(ドラコは性格に難があるが……俺が気にしてハリーに何か言うことではない。ハリーも距離感をわかっているようだし)

 

 シリウスはかつて、このような集まりを激しく嫌悪していた。暗黒時代が近づくにつれて、純血主義者たちの集会では遊び半分にそこいらのマグルやマグル生まれにカースをかける狂気がまかり通っていた。

 

 このパーティーは、それとは比べ物にならないほど平和で健全だった。弱者に対する弾圧的な雰囲気を感じ取る場面はいくつかあったが、シリウスはルシウスやその他のハリーにとって害になりそうな大人たちへの対応を優先してそれを見過ごした。そんな自分のことが、シリウスはますます嫌いになっていた。

 

 シリウスはこのパーティーに出席したことで、社交界からの誘いを受ける羽目になった。社交界は決して、富裕層たちの集う優雅な場所ではない。富裕層が富と権力を誇示しあい、競争相手を蹴落とすための場所だ。シリウスに権力欲はなく、その誘いのほとんどを断るつもりでいたが。それでも何人かの参加者の誘いには応じた。ハリーの友人であるアズラエル一族とは、ハリーの保護者として親しくしておくべきだと思ったからだ。

 

(……ハリーの今後には、特に気を配るべきだな。子供はともかく、背後の大人どもは洒落にならん変な思想を吹き込まれなければいいが……)

 

 シリウスはマルフォイ家をはじめ、パーティー会場で何人かデスイーターを輩出した一族の大人と談笑した。シリウスはパーティーの間中、ルシウスに魔法をかけたくて仕方がなかったが、グリーングラス家を見たときも同じ気持ちになった。

 

 世間では知られていないが、ダフネ·グリーングラスの叔父、フロック·グリーングラスはデスイーターだった。シリウスは騎士団としての活動中、何度かフロックの仮面の下の素顔を目にしていた。フロックは腕そのものは大したことはなく交戦し、撃退したことがあったが、フロックの手にかかったあわれな魔女や魔法使いを見たことがあった。フロックは戦争中にいつの間にか居なくなったためシリウスは気にしていなかったが、どうやらグリーングラス家はフロックを行方不明扱いとし、例のあの人の信奉者の手にかかったのだとして罪を逃れていた。

 

 大した力量のないデスイーターも、ポリジュース薬などの他人に変身する薬を使えば戦力にはなる。シリウスには知る術もなかったが、フロックは死ぬ前の戦闘でポリジュース薬を使い奇襲を試みたが、乱戦の中で死亡の呪いを受けて他人として命を落としていた。フロックが例のあの人直属の部下で、ルシウスをはじめとしたデスイーターたちからも存在を認識されていなかったことで、グリーングラス家は汚名を免れていたのだ。

 

 シリウスはハリーと共にドームを出ると、すぐに本拠地には戻らず、いくつかの場所を巡り、ブラック家の屋敷を訪れてから家に戻った。シリウスはこれから自分をどんどん嫌いになることになる。しかし、嫌いになっていて良かったと思う日が訪れる日が来ることを、このときのシリウスはまだ知らない。

 

 

 

 




呪いの子でなんとなくグリーングラス家にはいい印象があったけどそもそもいくら金持ちとはいえデスイーター歴のある家に嫁がせる家がまともなわけもなく……
この二次創作ではちゃっかりバレないまま戦死したことでグリーングラス家は世間的にはデスイーターとは無関係になっている(他の家と同じく脅されての資金提供はした)という設定です。


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教育

シリウスおじさんの英才教育はじまるよー!


 

 パーティーが終わって数日が経った。ハリーはパーティーの最後に、ルシウス·マルフォイから声をかけられたときのことを思い返していた。

 

 

『ときにシリウス』

 

 と、ルシウスは尊大にシリウスに言った。シリウスはその時アズラエルの両親と話し込んでいたのに、アズラエルの両親を無視してシリウスに話しかけた。その瞬間、アズラエルの両親は息を合わせてルシウスから逃げた。

 

『私の息子はこう見えて優秀でね。スリザリンでも総合一位の成績を取ったのだよ…そう、ミスターポッターよりも上なのだ』

 

 ルシウスはアズラエルの両親など眼中にないと言わんばかりだった。

 

『ドラコはこれからスリザリンを導く身ではあるが……ポッター君もスリザリン……ひいては我々純血主義を導く存在になってもらわねば困る。どうかね?ドラコと共に学ぶというのは?』

 

 ハリーはスネイプ教授の怒涛のしごきによって薬学で優秀な成績(O)を修めた。クィレル教授に教わり、アンブリッジ先生から問題集を渡された防衛術、シリウスの指導があった呪文学、ファルカスに教わった天文学、ザビニとアズラエルと共に学んだ魔法史でもOを取ることはできた。飛行術については言うまでもなかった。

 しかし、薬草学のテストではつまらないミスを連発しE、変身術もE止まりだった。天文学と魔法史のOはギリギリのOであり、学年でトップクラスの成績を修めたハーマイオニーやレイブンクローの秀才、そしてドラコとハリーの成績とでは明確に壁があった。

 

 ハリーの野望である賢者の石作成のためには、錬金術の習得は必須だ。錬金術は、五年生の授業で全ての科目でOを取らなければ受講することができない。今のままではダンブルドアを超えて例のあの人を倒すなど到底無理な話だった。

 

 シリウスはルシウスの誘いを保護者として丁重に断った。

 

『競い合うライバルが居たほうが二人にとって刺激になるだろう。ハリーは私が責任をもって指導する。箒でも勉強でも、ドラコとハリーが妥協せず全力でぶつかれるようにな』

 

『失礼を承知の上で言うが、君がかね?その道の専門家を呼んだほうが、その子のためになるのではないかな、シリウス』

 

 ルシウスの言葉は一見すると当然のようでいて、実際には明らかにシリウスとハリーの問題に踏み込んでいた。ハリーは何となくルシウスのことを嫌がった。

 

(何でこの人は僕のことに口を出してるんだろう……)

 

 今までいろんな人から同情されたり生き残った男の子だと呼ばれたりはしたが、ルシウスのように自分の正しさを押し付けてくるタイプの人間ははじめて……ではなかった。

 

(ドラコと同じだ)

 

 思えば、ドラコにもそういうところはあった。ルシウスは目をかけた人間には口を出さずにはいられないタイプのようで、それはドラコにもしっかりと引き継がれているのだった。ハリーはきっぱりとルシウスの誘いを断った。

 

『誘っていただいてありがとうございます。けれど、僕はシリウスに勉強を見てもらいたいと思っています』

 

『ルシウス。ハリーがこう言っている。この子には自分の意思がある。私はそれを尊重したい』

 

 ルシウス·マルフォイは残念だと呟いたが、ハリーには全く残念そうには見えなかった。ルシウスはハリーの頑固さを貶したあと、ハリーにはスリザリン生らしく、純血主義を尊ぶことを求めた。

 

『ならば……君のためにこれだけは言っておこう。ハリー・ポッター。君はスリザリンに選ばれた子供だ。スリザリンの子供は、愚かなマグルの血統を尊ぶのではなく、魔法族の血統と高貴さをこそ尊ぶ。君の父上は、薬学に優れたポッター家の出だ……君の父上を見習い、ポッター家の人間として相応しい行動をすることだ。そうすれば、スリザリンは君を偉大にしてくれるだろう』

 

『……ありがとうございます、ドラコのお父さん』

 

 ルシウスはハリーの母親には一言も触れず、ハリーの父親の家と血筋を誉めてその場を後にした。シリウスいわく、マルフォイはああやって人を見下さねば気が済まないのだという。

 

『あれはポジショントークというやつだ。気にするなハリー。自分が相手より優位であることを示さなければ気が済まないというタイプの人間はどこにでもいるが、ルシウスはその極致だ。

ハリー、分かっているとは思うが、あんな誰に対しても失礼な男にだけはなるなよ』

 

 シリウスの言う通りだったが、ハリーはドラコの言葉を思い返していた。ドラコや母親を守るためにあんな振る舞いをしているんじゃないだろうか、という期待を持っていた。ルシウスは昔酷いことをしていた人だとハリーは聞いていた。大それた犯罪者で、昔ハリーの両親とも戦ったと聞いていたのに、不思議とダーズリー家よりは嫌悪感が沸かなかった。何故だろうと思ったが、すぐに理由はわかった。

 

(友達の父さんだもんな……)

 

 ハリーはルシウスの真似をする気持ちも、純血主義を尊ぶ気持ちもなかったが、友達の父さんを尊ぶ気持ちはあった。たぶんドビーはルシウスとは無関係のはずだとハリーは思った。

 

 ハリーはシリウスの言葉に頷きながら、ドラコに勝つための勉強をしようと本気で一年生で習った部分の復習にとりかかった。

 

***

 

 ハリーにとって、シリウスはこれ以上なく立派な教師だった。シリウスはハリーに魔法を使わせなかったが、ハリーに木の枝を持たせて呪文の練習をさせてくれた。

 

「ボンバーダは使えるんだったな、ハリー。ウィンガーディアム·レヴィオーサのように杖を回してボンバーダを撃つと、通常の爆発ではなくて青い花火に変えることができる」

 

「うわぁ、凄い……!」

 

 シリウスは自分で実演しながら杖の振り方を教えてくれた。フリットウィック先生と同じくらいに丁寧で、説明はクィレル教授よりもわかりやすかった。ハリーは夢中になってシリウスに魔法を教わった。シリウスは貴重な休日をハリーのために割いて、薬草の生い茂る山につれていってくれたりもした。ハリーはふと、シリウスにこんなことを言った。

 

「シリウスが先生だったらいいのにね。防衛術とか。毎年変な先生ばっかりだって先輩たちは皆が言ってるよ。シリウスが先生だったら、防衛術で落第する子は居なくなるのに」

 

 

 ハリーは冗談のつもりで言った。自分のゴッドファーザーが先生だというのは色んな意味でやりにくい。シリウスがハリーにとっていい先生だというのは本気だったが。

 

「実はダンブルドアに教職を志願したんだがな……私は教師には向いていないと断られたよ」

 

 実はシリウスは、今年の防衛術の教師としての仕事をしたいと面接を受けていたらしい。ハリーはダンブルドアが断ってくれて内心ほっとした。パーティーの後ですぐにニンバス2001をハリーに買い与えたシリウスのことだ。教師になったらどんな贔屓をするかわかったものではない。

 

 ハリーは、それはそれとしてシリウスを貶したダンブルドアを嘲った。シリウスは少なくともアンブリッジ先生やクィレル教授よりも教え方が上手かったからだ。

 

「ダンブルドアって人を見る目がないよね。シリウスはちゃんと教えてくれるのに」

 

 ハリーはダンブルドアに対して辛辣に言った。ハリーはダンブルドアがハリーや友達を退学にせず便宜を図ってくれたことも、スリザリンを優勝させてくれたことも感謝はしている。それはそれとして、ダーズリー家に放置してなにも教えてくれなかったことは恨んでいた。 

 

 クィレル教授とアンブリッジ先生の名誉のために言えば、ハリー一人に一対一でものを教えるのと、教師として一年生の生徒から七年生までの授業計画を立ててものを教えるのとでは負担がまるで違う。違うのだが、子供であるハリーにはそんな視点は持てなかった。

 

「そんなことを言うもんじゃないぞハリー。ダンブルドアの判断は確かだ。前にも言ったが、私は品行方正な子供じゃなかったからな。子供たちに悪影響を与えることになると判断したんだろう」

 

 シリウスの言葉に、ハリーははーいと頷いた。ハリーはシリウスのことを親のように尊敬していた。

 

***

 

 夏休みの間でハリーは、箒の練習に苦労した。シリウスと住んでいる家の近くには、スミルノフ氏の家やその他のいくつかの魔法使いの家があった。ハリーはスミルノフ氏の子供でレイブンクローの三年生であるアンドレイや、ハッフルパフ生でクィディッチチームのチェイサーをしているセドリック·ディゴリー、奇抜な格好をしたルーナ·ラブグッドというブロンドの女子、その他にもウィーズリー家などの色々な魔法使いの子供たちと会った。ルーナ以外の子供たちと、ハリーはよくクィディッチの練習をした。セドリックの箒はニンバスではなかったが、セドリックにはニンバスの性能差を埋めるほどの技量があり、ハリーはセドリックには一度も勝てなかった。そのため、必死になってセドリックから技を盗もうとした。

 

***

  

 ある時、ハリーとシリウスは休日にユルゲン·スミルノフ氏のお宅に招かれた。クリスティーナというプラチナブロンドでおでこを出した女性と、アンネローゼというハリーより少し年上の、プラチナブロンドの女の子がハリーたちを出迎えてくれた。ハリーとシリウスは歓待を受けた。ハリーは自分のことを助けてくれたスミルノフ氏のことが好きになっていたし、優しいクリスティーナさんや、アンネローゼのことが好きになった。

 しかし、ハリーはクリスティーナが一度も魔法を使っていないことに気がついた。

 

「私が魔法を使えないことが不思議?」

 

 クリスティーナさんはにっこりと笑って言った。

 

「私はマグルなの。今日はユルゲンが魔法使いのご友人をお招きすると言っていたから張り切って作ったのだけれど、お口に合ったかしら」

 

「ああ、最高の料理だったよ。ありがとう、クリス」

 

「……お、美味しかったです。冷やしたサラダのスープはとても……」

 

「それはスイバのシチューよ。作り方を知りたい?」

 

 

 

 アンネローゼはハリーに料理のレシピを教えてくれた。ハリーは親切なアンネローゼやクリスティーナさんに丁寧にお礼を言ったが、内心では困惑していた。

 

(……マグルがどうして……いや、クリスティーナさんはマグルだけどいい人で……でもマグルは、魔法使いを嫌ってるはずで……)

 

 ハリーは目の前の人たちとダーズリー家が同じマグルだとはとても思えなかった。スミルノフ氏の家を出た後でも、ハリーの頭はぐるぐると泥のような思いが回っていた。

 

***

 

「……シリウス。あれは子供にとっては少し酷なのでは?」

 

 後日、職場に向かう途中のシリウスにユルゲン·スミルノフは声をかけた。言うまでもなくハリーのことについてである。

 

「いいや。夏休みが終わる前にハリーは現実を知っておくべきだった。スリザリンの閉鎖環境に行く前にな」

 

 スリザリンでは、魔法使い同士の結婚が望ましいとされる。より過激な純血思想では、先祖代々が由緒正しい魔法使いの家の人間同士でなければ結婚してはならない、とされている。スリザリン出身の魔法使いたちは、その思想を過激にしていった結果、マグルの排斥やマグル生まれへの排斥へと傾倒していった。

 

 この思想は、今の時代においては時代遅れである。ほとんどの魔法使いはユルゲンのようにマグルの異性を配偶者として家庭を持っているからだ。

 

「……ポッター君は確かに、あの家に居た頃より精神は安定していました。紛れもなくあなたのおかげです。マグルへの憎しみも薄れていた。……私はポッター君が承知しているものと思っていましたが……騙してマグルと接触を持たせるようなことは良くありません」

 

 ユルゲンはシリウスを誘ったとき、ハリーがユルゲンの妻がマグルであることを知っているものと思っていた。だからハリーの経過観察も兼ねて自宅へと招待したのだが、まさか話していないとは思ってもみなかったのだ。

 

「それはそうだがな……あの子は放っておくと、一生マグルと関わろうとしないだろうからな。そのまま変な思想をこじらせる前に、まずは『マグルにも善人はいる』と思わせなければならなかった」

 

 シリウスは断固たる決意を持って言ったが、ユルゲンは頭を抱えていた。

 

「……私の妻を善人だと言ってくれたことは、妻の夫としては誇らしいが……シリウス。子供の教育は時間をかけてゆっくりと行うべきだと忠告しておきます。本人の意思を無視した押し付けは、かえって子供の成長に悪影響を招きますよ」

 

 ユルゲンはその道の専門家として、子供を持つ親としてのアドバイスをシリウスに重ねた。シリウスには自分の思想を押し付けるような真似だけはするなと重ねて説いたが、はたしてシリウスがどこまで話を聞いているのか、ユルゲンには分からなかった。シリウスの顔には断固たる決意が滲んでいた。

 

 




シリウスおじさんの英才教育!
ハリーの精神が二回復した!ハリーの知識と魔法の腕が上がった!ハリーの精神に1のダメージが入った!ハリーは困惑している!


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すれ違い

閉心術って上流階級の必須技能だと思う。
それはそれとしてシリウスの思想教育は進みます。


 

 ハリーはシリウスの教育を受けることで、自分でも驚くほど勉強が捗った。ハリーにとってシリウスは心から尊敬できる大人で、完璧な存在のように見えた。

 

 そんなシリウスだが、ハリーにとって一番重要なところでハリーの気持ちが分かっていなかった。シリウスがハリーをマグルと関わらせようとすることに、ハリーは悩んでいた。

 

(僕はマグルが嫌いなのに。何でシリウスはマグルなんかと関わろうとするんだろう)

 

 シリウスは闇の魔法がかかった道具や、マグルの世界では麻薬となるような違法な魔法薬を取り締まっているらしい。八月に入ってから、その仕事におわれてシリウスがハリーに授業をしてくれる回数は減った。それでもシリウスは、ハリーが魔法使いの友達やマグルの子供の友達と遊んでいるかどうかを聞いてきた。

 

「大丈夫だよ。僕はマグルとだって遊んでる……」

 

 ハリーはシリウスに嘘をついていた。ハリーが遊ぶのは魔法使いの友達とだけで、マグルの子供に話しかけようとはしなかった。ハリーは、シリウスがマグル好きであることを軽い愚痴のつもりでザビニやファルカス、アズラエルに相談していた。

 

「シリウスは分かってないんだよ。マグルとだって仲良くしろって言うけどさ……そりゃ、クリスティーナさんはいい人だよ?だけど、僕がマグル嫌いだってことももう少し考えてほしいよ」

 

「流石に失礼ですよ、礼儀正しく対応してくれた人を嫌うなんて」

 

 アズラエルはどこまでも常識的で、かつスリザリンの美徳に反しない限りでハリーの話に乗った。アズラエルはマグル嫌いであることを否定せず、きちんとした人にはしっかりと対応すべきだと言った。

 

「……分かってるよ。クリスティーナさんはいい人だってことは分かってるんだ。でもシリウスは僕の気持ちを考えてくれないんだよ」

 

 ハリーはシリウスに対する愚痴をシリウスには言えなかった。ダーズリー家を離れた今、唯一の保護者への不満なんて言えるはずがない。なので、ハリーはすまないと思いながら友達に愚痴を漏らした。

 

「大人って、目の前にいきなり嫌なものを出された人の気持ちとか考えないのかな」

 

 この夏休みでロンやハーマイオニー、ドラコとも再会したが、この不満を明かせるのはアズラエルたち三人しか居ないとハリーは思っていた。

 

(ドラコやダフネはたぶん純血主義だし……ロンはマグル好きだ。ハーマイオニーは……両親がマグルだ……)

 

 純血主義というほど過激ではなく、マグル好きというほどでもない友達はハリーにとってはこの三人だけだ。ハリーはマグル嫌いであることを友達と共有したかった。変な考えに結び付かない範囲でだ。マグルだから魔法で傷つけてもいいなんて考えてもしやってしまえば、ハリーは退学になった上で嫌いなダドリーと同じ存在になってしまうからだ。

 

「シリウスさんは純血なんでしょ?」

 

 ファルカスは首をかしげていた。

 

「それなのにマグル好きになるなんて変な人だよね……」

 

「あの人はグリフィンドール出身だからな。スリザリン生の気持ちはわかんねーんだよ」

 

 ザビニは腕を組んでいた。ザビニもマグルは嫌いだが、シリウスに憧れる気持ちはある。そのためハリーの言葉には好意的だった。

 

「シリウスは血統に拘る気はないって言ってたよ。この間のパーティーの後で色んなところからふくろうが来てるのを見たけど、それだけさ」

 

「そう言えば色んな女のひとから声をかけられてたね……」

 

「そのほとんどは縁談でしょうね、間違いなく」

 

 ハリーの言葉に、アズラエルはここぞとばかりに話題をそらした。マグルが嫌いだという愚痴はスリザリン生としては正しいが、アズラエルにとっては合理的な感情ではない。アズラエルはハリーの思考を一回、別方向に誘導した。

 

「うまくいくといいですねえ。もしシリウスさんが結婚したら、お相手が義理のお母さんになるんでしょう?」

 

「アズラエルは自分が親戚になりたいだけだろ」

 

 アズラエルは意味深に笑って肩をすくめた。シリウスに縁談を申し込んだ相手のなかには、当然アズラエルの一族もあった。

 

「……さあ。どうなんだろうね」

 

 ハリーはシリウスが結婚したらシリウスにとっていいことなんだろうな、と何となく思っていたが、自分の母親になるという実感はなかった。だが、アズラエルの言葉でふとこんなことを思った。

 

(もしかしたら僕に弟ができるのかな)

 

「どっちにしろ心配はいらねーだろ。うまくいったら相手は魔女になるんだろうし、嫌ならシリウスさんだって断るだろ?ハリーにとって損はねーよ」

 

「うん。あそこに来てる人たちは魔女だもんね」

 

 心の底から安堵している様子のハリーを、アズラエルは少し冷静に見ていた。

 

(ハリーは相当メンタルをやられてますねぇ……)

 

 ホグワーツにいたころは、ハリーはマグル嫌いであることを明かさなかった。ドラコに暴露されるまで、ハリーがマグルに差別的になったことはない。

 

 しかし今は、一年かけて友達になったとはいえアズラエルたちにマグル嫌いであることを明かすまでになっていた。友情を感じてくれているのは嬉しいのだが、アズラエルの目にはハリーがどうも変な方向に進んでいるような気がしてならなかった。

 

 そんなハリーに、ザビニはこうアドバイスした。

 

「マグルは基本クソだけどよ。そのクリスティーナさんみたいないいマグルもいるんだろ?」

 

「……ああ」

 

 ハリーは渋々頷いた。クリスティーナ·スミルノフが、ハリーをひどく扱ったことは一度もなかった。マグルの全てが悪いわけではないと、ハリーだって認めざるをえなかった。

 

 それはそれとして、嫌いなものは嫌いなのだ。ハリーとしてもそれだけは譲れなかった。

 

「だったら、その人は例外的ないいマグルなんだって思えよ。俺だって最初はグレンジャーにそうしたんだぜ」

 

「……ザビニが……?」

 

 ハリーはザビニの言葉に驚いた。

 

「話して分かったけど、あいつは魔女だ。そうだろ?あんなマグルがそう何人もいてたまるかよ」

 

「でも、マグルとマグル生まれは違うよ」

 

 ハリーはほとんど反射的にそう言った。

 

「んなことは分かってんだよ。例え話だ。揚げ足をとるんじゃねー」

 

「ごめん」

 

 ハリーはザビニに謝った。

 

「まぁ、マグルが魔女になることはそりゃあないけどよ……話してわかる相手ならちゃんと話せよ。そういう筋は通すべきだぜ」

 

 ザビニは前髪をかきあげながら、珍しく露悪的な言葉を使わずに言った。ハリーは友達のアドバイスであるだけに、もう一度頑張ってみようという気になった。

 

 アズラエルのアドバイスはよりハリーの心理をついていた。アズラエルはマグル代わりの練習台になろうかと提案してきた。

 

「シリウスさんの手前、君もマグルに失礼な態度は取りたくないでしょう?僕で良ければ色んな作法の練習相手になりますよ」

 

 

「ありがとう、ブルーム。ファルカス、僕と一緒に練習しようか」

 

「うん。……え?ハリー、僕もやらなきゃいけないの?」

 

「諦めろ。お前も四人組の一員なんだからな、自分だけ逃げるなんてのは許されねえんだ」

 

「ブラック過ぎる……」

 

 夏休みの間、ハリーはマグルへの差別心を消すことはできなかった。その代わり、マグル相手でも差別心を表に出さないようにと、アズラエルが実践しているマナーを教わった。

 

「閉心術、ってパパは言ってました」

 

 アズラエルはそう言った。

 

「自分の心を相手に悟らせないように制御し、失礼のないように動く。僕ができるのはその初歩までで、パニクるとどうにもならなくなりますけどね」

 

 ハリー、ザビニ、ファルカスの三人は、アズラエルの指導のもとでその技術を学んだ。ハリーは杖を使った魔法だけでなく、心を制御する術を教わる楽しさを覚えたが、残念ながら閉心術に関しては三人のなかで一番進みが遅かった。

 

***

 

 

 シリウス·ブラックは激務の疲労で疲弊していた。シリウスはマグルの犯罪組織と癒着して麻薬になる魔法薬を流した魔法使いたちを取り締まり、その後処理に奔走し続けた。

 

 例のあの人の失脚によって、魔法界は暗黒時代より平和になった。暗黒時代であれば、もっと大規模な犯罪組織が、それこそ手におえない数英国内部に存在しただろう。

 

 しかしたとえ平和になったとしても、需要と供給があるかぎりこの手の犯罪が無くなることはない。シリウスは容赦なく犯罪者を取り締まることで、激務のストレスから解放され休日を迎えていた。

 

 このところ、ハリーはマグルの子供とも遊ぶようになった。良く笑い、日焼けしたハリーの姿は年相応の少年として健康そのもののように見えた。シリウスは、ユルゲン·スミルノフとその妻クリスティーナのお陰だと考えた。ハリーのなかの差別感情は限りなく小さくなったのだと誤解したのである。

 

(……よし。そろそろ次の段階に行くか)

 

 シリウスは即座にハリーを教育すると決めた。今は小康状態にあるシリウスの仕事だが、すぐに次の犯罪組織との戦いがやってくる。時間があるときにハリーの教育をしておきたかった。子供は純粋で、ハリーの交遊関係には闇の誘惑も多い。ハリーに対して、純血主義に傾倒し闇の魔術や闇の組織と関わることの危険性を教えておきたかった。

 

 シリウスはハリーを連れて、自らの実家があるグリモールド·プレイスに瞬間移動した。ハリーがこの場所を訪れるのは二回目だが、以前は屋敷の中に入ったことはなかった。

 

「……ねぇ、シリウス。この屋敷に入っても大丈夫なの?」

 

「いいや。大丈夫じゃあない」

 

 シリウスの瞳には強い光が宿っていた。ハリーはシリウスのその瞳を見ると、なにも言えなくなった。ハリーはシリウスの強い信念と決意がある瞳に惹かれ、その願いに応えたいと思っていた。マグルを好きになること以外で。

 

「ハリー。今日は君に純血主義の負の側面を教えようと思う。純血主義のいいところは、スリザリンで聞いているだろう」

 

「うん。カロー先輩とかドラコは、魔法使いの伝統や文化を残すためだって言ってたよ。僕はあんまり良いとは思わなかったけど」

 

「そうなのか?」

 

 シリウスは意外そうに言った。スリザリンにいながら、純血主義に染まらずにいられるのは難しいことだと従姉のアンドロメダから聞いていたからだ。

 

「……だって、学年でトップの魔女はマグル生まれだし。その子とは友達だし。僕はマグル生まれの母さんから産まれたし。これでどうやって純血主義になれっていうのさ」

 

「それでこそだ!いいぞジェームズ。そうやって、環境に流されずに自分の頭で考えて、しっかりと答えを出すことが重要なんだ」

 

(……え?)

 

 シリウスはハリーを良く誉めた。自分がジェームズの名前を出したことには気がついていない。無意識だった。

 

(…………気のせい、だよね?)

 

 ハリーは空耳だと思った。シリウスはそのあとすぐに、ハリーの名前を呼んで屋敷を案内したからだ。

 

「君の友達を侮辱するつもりはない。純血主義の全てが悪いとは……今は言えない」

 

 シリウスは本音では純血主義の全てを否定したかったが、ハリーの友人のためにそれをこらえた。

 

「今から見せるのはあくまでも最悪のケースだ。……だが、純血主義を過激に信奉したものの末路は、ろくなものじゃない。私の実家はそうやって破滅した」

 

 

 そしてシリウスは、一つの宗教に傾倒したことで滅びた家を見せてくれた。かつては栄華を極めだろう屋敷は、人が住まないことで見るも無惨に荒れ果てたごみ屋敷となっていた。ハリーは、シリウスが杖で無造作に荒れ果てた屋敷を修繕する後についていった。肖像画のかかった部屋に足を踏み入れると、恐ろしい老女の肖像画がハリーたちを思う存分罵倒した。

 

「何者だ!!」

 

 女性は叫び声をあげたが、最初はハリーたちに恐ろしい視線を向けるだけだった。しかし、シリウスの姿を一目見るなり鬼のように恐ろしい形相になった。

 

「よくも顔を出せたなこの裏切り者め!!穢らわしいマグルの血に敷居を跨がせるとは恥を知れ!!出来損ないのー」

 

 シリウスが杖をふると、肖像画は強制的に口を閉じさせられた。ハリーは嫌な気分になった。その女性の人を人とも思わないような数々の罵倒は、バーノンと重なって見えた。

 

「私の母親だ。血縁上のな」

 

 シリウスの声は淡々としていた。ハリーは無言になった。なんと言えばいいのか分からなかった。

 

(ここは……ここは、ダーズリー家だ)

 

 ハリーははっきりとそう感じた。シリウスにとって、この場所はダーズリー家と同じ監獄なのだとハリーは悟った。

 

 ハリーは屋敷や、そこにあるものを見て純血主義に傾倒した人間の末路をシリウスから聞いた。元々純血主義に入信する気はなかったが、ハリーは一周回ってブラック家に同情する気持ちさえした。

 

(どうしてこんなにひどいことになったんだ?)

 

 

 その答えはすぐに分かった。シリウスは、ハリーを自分の弟……デスイーターに加入して死んだ人間、レギュラス·ブラックの部屋に導こうとした。

 

 

 シリウスが先に進もうとしたとき、ぶつぶつと不快な呟きが聞こえた。

 

「……アズカバン帰りがお屋敷をうろついている。見知らぬ子供を連れている。これはいったいどういうことだ?ご主人様とは似ても似つかない……」

 

 ドビーと同じハウスエルフが、ドビーよりも不快な視線でなめまわすようにハリーの顔を見ていた。ハリーはその姿を見て、思わず後ずさった。

 

「クリーチャー。この子はハリー·ポッターだ。私の息子として丁重に扱え」

 

 

「畏まりましたご主人様」

 

 

 

 クリーチャーは形ばかりのお辞儀のあと、ぶつぶつとシリウスへの怨み言を呟いて、レギュラスの部屋の前に立ちふさがっていた。

 

「あの……クリーチャーさん。はじめまして、ハリー·ポッターと言います。勝手にお屋敷を歩き回ってしまってすみません」

 

 ハリーは何となく丁寧にクリーチャーに言った。クリーチャーはそんなハリーの態度に不快感を示し、ハリーを拒否した。一方で、ハリーが闇の帝王を退けたことに興味を持っているようだった。

 

「……相変わらず不快なやつだ。そこをどけクリーチャー。用がある」

 

 するとクリーチャーは、自分を罰するふりをしてまでその命令に抵抗した。ハリーはその姿に、ドビーの姿を重ねてクリーチャーがかわいそうに思えた。

 ハウスエルフは主人に従順な生き物だと、ハリーはアズラエルから教わっていた。それだけに、クリーチャーのその態度からはシリウスへの並々ならぬ敵意が感じ取れた。

 

「やめようシリウス。止めさせてあげてよ。僕は、この先に行きたくはないから……」

 

「……仕方ない。もうよせ、クリーチャー」

 

 シリウスはクリーチャーが罰を止めると、杖でクリーチャーの傷を癒した。そのあと、シリウスはクリーチャーにドビーというハウスエルフについて知っているかと問いかけた。

 

「いいえ。クリーチャーめはそのハウスエルフを存じませんご主人様」

 

「……そうか。まあいい。相変わらず見上げた忠誠心だな、クリーチャー」

 

 クリーチャーも、ドビーについての情報をハリーたちに提供してはくれなかった。シリウスはクリーチャーに質問し終えるや、もうここに用はないと言わんばかりに屋敷を出ようとした。

 

「え、待ってシリウス」

 

 ハリーは思わずシリウスを止めた。

 

「クリーチャーはどうなるの?」

 

 ハリーはクリーチャーが、この広い屋敷に一人だけ残されている光景を幻視した。不愉快すぎる上に失礼すぎる相手だったが、ハリーはクリーチャーをドビーと重ねて、ほんの少しだけ同情心が沸いていた。

 

(シリウスがこいつを嫌うのは当たり前なんだけど……)

 

 ハリーも一目見てクリーチャーが嫌いになったが、それはそれとして、たった一人でこの屋敷に残されるのはかわいそうな気がした。

 

「ハウスエルフは屋敷に残るものだ。そういう生き物だ。お前はこの屋敷を守れ、クリーチャー。命令だ」

 

「仰せのままに、ご主人様」

 

 クリーチャーはシリウスの曖昧な命令を受け入れ、そのあとぶつぶつとシリウスを罵倒した。家を守らぬ不忠者、貴族としての義務を果たさぬ男だと。

 

 ハリーは、シリウスが結婚するかもしれないというアズラエルの話をクリーチャーに伝えるべきかどうか迷った。間違いなく一人でこの屋敷を守っていたのに、主人の小さな身の回りの話すら知らないというのは、あまりにもかわいそうだと思った。

 

 最悪の末路を教わったことで、ハリーは純血主義を信仰することはないだろうと思った。一方で、友達がこうならないためにはどうすればいいのだろうかとハリーは思い悩むことになった。

 

 

 

 ハリーは今年、この屋敷にもう一度訪れることになる。クリーチャーの驚愕した顔を見ることになるということを、ハリーはまだ知らなかった。

 




相談相手がロンやハーマイオニー→ド正論の説教でハリーと確定で大喧嘩になるがハリーを更正させようとしてくれた。
相談相手がドラコやダフネ→ハリーのマグルに対する憎しみを助長させて純血主義に入信させてくれた。地雷。
相談相手が同じ部屋の三人(実質オリキャラ)→とりあえず嫌いなのは分かったから相手がマグルだろうがまともに対応しろよという当然のアドバイスをする。


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ギルデロイ·ロックハートという屈辱

 

 

 夏休みの終わり際に、ハリーとシリウスはダイアゴン横丁を訪れていた。闇の魔術に対する防衛術の新しい教師は、なんと全ての生徒に七冊も自分の著書を買わせるという蛮行に及んでいた。ハリーはロックハートという魔法使いについて、シリウスに聞いてみた。

 

「ロックハート先生ってどんな人なの、シリウス?すごい人らしいけど……」

 

 ハリーは大人をあまり信じていないが、シリウスとハグリッド、そしてスミルノフ氏の言葉は基本的に信じるつもりだった。

 

「ハリー、面識がないやつのことは私にもわからないぞ」

 

「数々の魔法生物と冒険を成し遂げた偉人だ……と本人は言っている。トロルとの冒険、鬼婆との旅行、その他にも闇の魔法生物との心暖まる物語……全てをやり遂げたのなら、間違いなく偉大な魔法使いだ。少なくとも文才は確かなようだな」

 

 シリウスはハリーに淡々と言った。

 シリウスの時代に、そういった冒険を成し遂げられる魔法使いはいなかった。暗黒時代において能力のある魔法使いはほぼ例外なく例のあの人にスカウトされ、闇の魔法使いになることを強要されたからだ。

 

 腕に覚えのある魔法使いであっても己の最も得意とする魔法は隠し、偉業を誇示しない。それがシリウスの時代の魔法使いの標準だ。ロックハートのような魔法使いが己の力量を誇示できるのも、それだけ時代が平和になったからなのだ。

 

「シリウスなら全部できるんじゃないの?」

 

 ハリーはシリウスの魔法使いとしての力量を疑っていなかった。ロックハートのことは知らないが、シリウスなら全部できたっておかしくはないとハリーは思った。

 

(他の魔法生物のことはよく知らないけどトロルとは、去年さんざん冒険したし……シリウスなら出来そうだけどなあ)

 

 ハリーやロンやハーマイオニーにできたことが、シリウスに出来ないとはとても思えなかった。ロックハートの偉業が魔法使い全体にとってどれだけ凄いことなのか、ハリーには今一つ分かっていなかった。

 

「私が?いいや、それは違うぞハリー。功績ってのはできるかどうかじゃなく、やったかやらないかだ。私はロックハートのように色々な種族との心暖まる交流を経験したことはない。私がやった昔のことは……人に大っぴらに話せるようなことでもない」

 

 シリウスは青春時代の思い出を明かさなかった。友人との交流はその友人の非常に個人的な問題について触れなければならなかったし、何よりシリウスには自分を誇大広告する趣味はなかった。

 

 シリウスはロックハートに対しては複雑な心境だった。防衛術の職を望んでいたシリウスにしてみれば、その立場をかっさらっていった相手ではあるが、ハリーの保護者として見ればこれから少なくとも一年はハリーがお世話になる相手なのだ。ハリーの前でロックハートを貶すわけにはいかなかった。

 

 ホグワーツの授業料は無償だが、教科書代は各家庭の負担になる。通常の教科書よりも高価な自分の本を全生徒に七冊も買わせようとするロックハートがいい教師だとは思えなかったが、シリウスは内心を外には出さず、フローリッシュ·アンド·ブロッツ書店に赴いた。

 

「とんでもない人だかりが出来てるね」

 

 ハリーは書店に魔女が集まっていることに気がついた。

 

(失礼だけど、おばさんが多い気がする……)

 

「さっさと教科書を買って帰るぞ。……ハリーが良ければ、変身術の専門書を追加で買ってもいいが」

 

「本当に!?いいの?!」

 

「この夏休みの間、ハリーはかなり頑張ったからな。ちょっとしたご褒美だ」

 

(これがご褒美になるというんだから分からんもんだな……)

 

 シリウスは緑色に輝くハリーの目を見て苦笑した。ハリーは試験でOを取れなかった変身術に並々ならぬ意欲を持っていて、シリウスに何回も質問をしていたからだ。同年代のときのシリウスやジェームズはハリーよりも成績が良かったが、ここまで勉強熱心ではなかった。そもそもシリウスやジェームズは幼い頃からうんざりするほど勉強を押し付けられていたので、意欲が沸くことはなかったのだ。

 

 マグル生まれの魔法使いと、シリウスのような魔法使いの家庭で育った魔法使いとでは修学環境に圧倒的な差がある。そのため、成績では後者に軍配が上がりやすい。しかし勉強はやらされるものではなく、本人の意思でやるものだ。マグル生まれの魔法使いが魔法使いの家庭に勝るものがあるとすれば、魔法が未知であるがゆえの学習意欲の高さである。ハリーにはそれがあった。

 

 ハリーは目を輝かせて書店の中に入り、困惑しながら目の輝きを失っていった。書店の中にいる一人の魔法使いが、自分のサインを魔女たちにばらまいていた。魔女たちのせいで、変身術のコーナーには近づくことさえできない。

 

「……書店でサイン会、か。商売上手だなロックハートは」

 

 シリウスは、忘れな草色のローブを着た美形の魔法使いが満面の笑みで撮影されているのを確認した。

 

「本を探せなくて迷惑なんだけど……」

 

「今日は潔く諦めろ。後で通販で買ってやるさ」

 

 シリウスはハリーに笑いかけ、『私はマジックだ』というロックハートの著書を手に取った。

 

 その時、小男のカメラマンの撮影を受けていたロックハートが大声をあげた。

 

「おお!その姿はもしや……シリウス·ブラックとハリー·ポッターでは!?」

 

「人違いだ」「人違いです」

 

 シリウスとハリーはほとんど同時に否定したが、人の波がそれを許さなかった。ロックハートに群がっていた魔女たちは、シリウスの姿を一目見るやシリウスの方を向いて話しかけてこようとする。

 

(いかん。さっさと終わらせねば他の客に迷惑がかかる……!!)

 

 魔女たちに群がられたシリウスの判断は早かった。シリウスはロックハートに、ハリーはまだ子供なので撮影はやめるように言うと、自分が身代わりになって撮影を受けた。ハリーはシリウスのお陰で、お人形のようにカメラで撮影されるという屈辱を免れた。アズラエルから閉心術の初歩を学んだからといっても、やりたくないことはある。

 

「いやあ、今日はいい日です!!私とシリウスが揃えば、雑誌は売り切れ間違いなしですよ!!何せ英国魔法界の英雄が二人も揃っているのだから!」

 

 ロックハートは終始笑顔を崩さずに撮影を受け、最後にシリウスと握手した。

 

「それは良かった」

 

 

 シリウスはロックハートにほとんど事務的な笑顔を見せた。ハリーには見せない営業スマイルだったが、ロックハートはいたく感動した様子で、シリウスに今度ハリーを交えて食事はどうかと誘いをかけていた。

 

「私もこれから忙しくなりそうでな。申し訳ないが……」

「それは残念!いやしかし、また機会があればお会いしましょう!私がホグワーツで偉業を達成した暁には、あなたにも私の偉業をお伝えしますよ!今日のお礼に、私の全著書をハリー君にプレゼントいたしましょう!」

 

「あなたの厚意はありがたいが、ハリーの分はもう購入している。他の客に抽選したらどうだ?」

 

「それは名案ですね!」

 

 シリウスはロックハートにうんざりし、その厚意をはねのけた。英雄だなんだと言われてからロックハートのように近づいてくる相手は珍しくない。シリウスはそのあしらい方も板についてきた。

 

 結局、ロックハートの全著書を無料で入手するという幸運にみまわれたのは赤毛の少女だった。ハリーはそのとなりにのっぽの赤毛……見知った顔の親友を見つけて嬉しくなった。ロンたちの傍には栗色の髪の毛で出っ歯の少女もいた。

 

「ロン、君も本屋に来てたんだね。ハーマイオニーも。……そっちのきみは妹さん?かわいい子だね。はじめまして」

 

「は、はじめまして。……ジニーです」

 

 ロンの妹は随分と引っ込み思案なようで、ハリーに挨拶したあとロンの陰に隠れてしまった。

 

「妹は君にお熱なんだよ」

 

「君の活躍をロニー坊やが語って聞かせるもんだからな」

 

 フレッドとジョージがそうからかうと、ジニーは二人を威嚇するように睨み付けた。その貫禄は凄まじく、その視線を受けても平然としている双子もまた凄まじい精神力だった。

 

「ロックハートってなんだか目立ちたがり屋のクソ教師の雰囲気がするよなあ。あんなんで一年持つのかな?」

 

「まぁ、ロン。先生にあんなのなんて言うのは良くないわ。まだ授業が始まってもいないのに」

 

 ロンは妹が新品の本を手にしたことで少し羨ましそうな顔を妹に見せていたが、防衛術の授業の心配をしていた。ハーマイオニーはそんなロンをたしなめていた。彼女は学年一位を取れるほど優秀な魔女だが、美男子には甘かった。

 

「シリウスによると、防衛術は自分で学ぶものらしいよ」

 

 ハリーは何の慰めにもならないことを言った。

 

「ハーマイオニーならそれでもいいけどさ……俺は皆みたいに優秀じゃないからなあ」

 

 

「気にしすぎだよ。君だって優秀じゃないか。君が優秀じゃないならザビニはどうなるんだよ」

 

「そうだそうだ。子獅子の言うとおりだぜ」

 

 フレッドが言った。ハリーはスリザリン生らしくない勇敢さがあるとして、双子から冗談交じりに好かれていた。

 

「成績を気にするなんて、このウィーズリーの恥め」

 ジョージはロンをこづいた。

 

「んー」

 

 実際のところ、ロンの成績はそう悪くはなかった。ハリーたちスリザリン生と比較してもファルカスやザビニよりも総合点は上だ。実技のみならアズラエルにも勝る。ハリーもシリウスの指導を受けたり、先輩から過去問をもらって猛勉強していなければ負けていたかもしれない。

 

 ロンは上の兄に十二科目で最優秀な成績を取ったパーシー·ウィーズリーが、すぐ傍には学年一位のハーマイオニーもいる。自分に自信が持てないのも無理はなかった。

 

 ハリーたちがそんな会話をしていると、表で何かざわついた声がした。ハリーたちは急いで書店を出た。

 

「おやおやおや……アーサー·ウィーズリーではないか……」

 

 

 周囲を道行く通行人は、道のど真ん中で悠然と周囲を見下すように立つ魔法使いをちらちらと見ていた。高価なローブに身を包み、杖を一点もののドラゴンの形をした装飾品に差した魔法使い……ルシウス·マルフォイが、少し禿頭が見える赤毛の魔法使い、アーサー·ウィーズリーに声をかけていた。ルシウスの傍にはドラコがいて、ドラコもルシウスと同じ高慢な顔をしていた。赤毛の魔法使いの隣には、誰かによく似た男女がいた。

 

(ハーマイオニーのご両親だ)

 

 とハリーは気付いた。マグルは嫌いだが、ハーマイオニーの両親ならちゃんと礼儀正しく対応しなければならないと思った。ハリーは夏休みの間、散々練習したので今ならできるはずだった。

 

 ハリーが(おそらく)グレンジャー夫妻に気を取られている間、ルシウスはウィーズリー氏を散々に侮辱した。貧乏であることやアーサーが仕事熱心であることをなじり、散々に貶めている。ついにはジニーのお古の本を手にとって、使い古しであることを侮辱した。

 ハリーはルシウスの姿を見て胸が悪くなった。ルシウスは人間として最低だと思った。

 

「どうしてそんなことを言うんですか、同じ魔法使いなのに……!」

 

 ハリーはほとんど反射的にそう言ったが、大人たちに聞こえてはいないようだった。ルシウスがグレンジャー夫妻を見て、彼らのことを……正確には彼らと交流があるアーサーを侮辱し、アーサーがそれに激怒してルシウスに殴りかかったからだ。

 

「や、やめて!」

 

「父上!」

 

 ドラコは蒼白な顔になり、ハリーはほとんど反射的にアーサーに言ったが、声は届かなかった。双子やロンは歓声をあげてアーサーを応援した。

 

 アーサーが殴り、ルシウスが応戦し……人に呼ばれてやってきたハグリッドが二人を止めようとしたとき、一人の魔法使いが二人に杖を向けた。

 

「レラシオ(離せ)」

 

「プロテゴ(守れ)」

 

 その男、シリウス·ブラックは、魔法でもって二人の喧嘩を仲裁した。シリウスと一緒にいたはずのロックハートは、ルシウス·マルフォイを恐れて姿を消していた。

 

 

***

 

 表の騒ぎを聞きつけたシリウスは、内心でアーサーを応援した。

 

(いいぞ!もっとやれアーサー!!ついでにその前髪を引っこ抜いてやれ!!)

 

 と、シリウスの中のグリフィンドール魂が叫んでいる。ルシウスの態度に誉められるところはなく、それに激怒したアーサーはシリウスの中では人として正しかった。

 

 ルシウスは公的には、闇陣営に服従の呪文で操られ、呪文が解けて改心したということになっている。しかし実際のルシウスの態度は財力や権力を振りかざすもので、改心したという態度ではない。ルシウスの手にかかり、あるいはルシウスの命令で命を落とした魔法使いたちのことを思えば、杖を向けていないだけアーサーは理性的だ。

 

 

 

 だが、シリウスはハリーの友人、ドラコが怯えている姿を目の当たりにした。父親の姿を見せることはドラコの教育にはどう考えても良くなかった。さらにハリーを見た。ハリーは明らかに暴力に拒否反応を示していた。シリウスは本音をおさえて二人の仲裁に入った。

 

「そこまでだ、アーサー、ルシウス。子供の前ですることじゃない」

 

 シリウスはぴしゃりと言った。二人のおっさんは荒い息を吐いて、ぎらぎらした目で互いを睨み付けていた。

 

 明らかに腹の虫が収まらない様子のアーサーを、ハグリッドが引き取ってなだめてくれた。その間、シリウスはルシウスの話し相手となる役目を押し付けられた。

 

「シリウス……まったく、君という人間には驚かされる」

 

 ルシウスは普段の高慢な態度を取り戻していた。

 

「己の子供があのような連中と交流を持っているなど、私の立場なら許しがたいことだ。君は保護者としての自覚が足りないのではないかね?」

 

 ルシウスは己が正しいという立場を崩さなかった。純血主義の権化であり、そのつまらない考えに縛り付けられた姿を哀れに思いつつ、ルシウス個人の性格の悪さを嫌悪しながらシリウスは言った。

 

「……私の親戚だと言うのならば、せめて息子の友人やそのご両親に対しては敬意を払ってもらいたい、ルシウス」

 

 

「シリウス。私ならば……息子の交遊関係には気を使うがね。特にポッター君にはご両親から受け継いだ遺産があるのだから、それを狙って悪い虫がつかぬとも限らん」

 

 ルシウスも時には正しいことを言う。ハーマイオニー·グレンジャーが変な虫だと言う気は欠片もないが、ハリーの境遇を思えば、財産狙いの変な女にひっかかられない保証はどこにもない。シリウスはルシウスの言葉に頷きながら、ハリーを信じるという姿勢を崩さなかった。

 

 

「ハリーは自分の頭で考えることができる子だ。心配してくれるのはありがたいが、私もハリーには言い聞かせている」

 

「だといいのだがねぇ……ポッター君のスリザリンに相応しい才能を、むざむざ潰してしまうのではないかと心配なのだよ。今のホグワーツはただでさえ教育の質が落ちているのだからね」

 

「ああ。確かにそうだな」

 

 シリウスはダンブルドアがスネイプを登用したことについては懐疑的だった。ユルゲン·スミルノフや他の大勢の子供をもつ保護者から聞こえてくるスネイプの教師としての態度は最悪の一言に尽きるからだ。ルシウスはシリウスに教育論を展開し、最後にはこう締めくくった。

 

「アルバス·ダンブルドアは、誤った人材を登用することで有名だ。特にロックハートのような愚物を採用するなど。君も魔法使いならば、一流とそうでないものの差は理解できるだろう?」

 

 シリウスの中で教師を断られたときの痛みがぶり返した。今の仕事に不満はないが、ハリーを自分の手で護れないことはシリウスの中で不満として燻っている。

 

「ロックハートが教師として一流かどうかはこれから分かるだろう。……店の予約をしているので、この辺りで失礼する。……行くぞハリー。友達には挨拶をしておけ」

 

 シリウスはルシウスの長話に付き合わされたあと、親戚が侮辱したことをグレンジャー夫妻に謝罪した。夫妻はルシウスとシリウスが親戚であることに驚きながら、目を丸くして謝罪を受け入れた。シリウスはハリーを連れて喫茶店に向かった。ハリーに元気がないことが気になっていたが、カレーライスを食べて元気になったハリーを見て、ほっと胸を撫で下ろした。

 

***

 

(アズラエルの言うとおりだった……)

 

 ハリーはレストランでカレーに舌鼓をうちながら、先ほどのやり取りを思い返していた。

 

(人を侮辱して、殴られないわけがないんだ)

 

 ハリーは先ほどの光景に既視感を覚えていた。スリザリンの上級生たち、例えばリカルド·マーセナスは、他所の寮の生徒に対して侮辱的な態度を取り、温厚なバナナージ·ビストすら激怒させて魔法で反撃を受けていた。先ほどのルシウスの態度は、純血主義というスリザリンの徳目を原理主義的に運用してしまった末路だと言えた。

 

(マグルは嫌いだけど……それを表に出すのはやっぱり違うよね……)

 

 ハリーの中にマグルへの差別感情は依然として残り続けたが、ハーマイオニーの両親を憎むわけにはいかなかった。魔法界にはハーマイオニーの両親だけではなくて、スミルノフ氏の奥さんや、その他にもいろんな魔法使いの親のどちらかはマグルかもしれない。マグルへの差別感情を表に出したって、何も良いことはないのだ。

 

 何より、ハリーには自分は悪くないのに侮辱される苦しみがわかった。ダーズリー家にされたことを、無関係のマグルにしたって気が晴れるわけでもなかった。

 

 ルシウス·マルフォイはハリーにとって最高の反面教師になった。ハリーはマグルに対する差別感情を、少なくともホグワーツでは封印しようと決めた。

 

 




自ら(反面)教師になるルシウスさんはある意味有能。
名誉不死鳥の騎士団と言われるだけはある。


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ホグワーツへの帰還

いよいよ二年目開始です。
ウィーズリー家なしでホグワーツまでたどり着けるのか?


 

 

 ハリーはシリウスと一緒に、二年生用の『基本呪文集』やロックハート先生の著書を読んでいた。基本呪文集のうち、エクスペリアームス(武器よ去れ)やタラントアレグラ(踊れ)といった呪文には見覚えがあった。ハリーは二年生の勉強にもついていけそうな気がしたし、基本呪文集に書いてあった新しい呪文には心を踊らせた。

 

「……ふむ……なかなかやるな、ロックハートは」

 

 シリウスがロックハート先生を褒めたので、ハリーもロックハートの著書を一巻から順に読み進めた。ロックハートは一巻から、自分がいかに偉大で高潔な魔法使いかということをこれでもかと書きなぐっていた。ハリーはロックハートの冒険には心を動かされた。しかし、読み進めるうちに疑問が沸き上がってきた。

 

「ねぇシリウス。この本長いよ」

 

 ハリーは端的に著書の問題点を指摘した。

 

「内容、薄いんじゃない?」

 

 ロックハートの文章力は素晴らしかった。小説を読む趣味のないシリウスや、ハリーのような子供にも分かりやすいような言葉を使いながらすらすらと読み進められ、読んでいるうちにグールや雪男が危険な怪物ではなく、きちんとした文化を持っている種族なのだと理解することができた。

 

 問題なのは、これが小説だということだった。ハリーは正直に言って無駄が多すぎると思った。本筋に至るまでの余白、ロックハートの人格を説明する部分は丸々要らないんじゃないかとハリーは思った。

 

「……まぁ、そう言うなハリー。ロックハートの本の良いところは、魔法使いが陥りやすい罠を避けているというところにある」

 

「罠って?」

 

 ハリーはそうシリウスに聞いた。

 

「闇の魔術を使っていないところだ」

 

 とシリウスは言った。ハリーは内心で少しどきりとした。ハリーは闇の魔術に対抗するために、カースの知識を得ようとした。このことはハリーと親友のファルカスだけの秘密だった。

 

「強力な魔法生物に対抗するためにカースに頼るのは魔法使いが陥りやすい罠だ。だがロックハートの本では、適切な対処方法によってその罠を避け、魔法生物との相互理解ができなくても歩み寄ることによって、力のみで状況を打開しようとすることの愚かさを説いている。道徳の本として見れば及第点だ。立派だよあいつは」

 

「じゃあ防衛術の教科書としては?呪文とかその理論とかは全然書いてないんだけど……」

 

 ハリーはシリウスに問いかけた。シリウスは肩をすくめた。

 

「この本なら、魔法使いがどういうものかよく分からんマグル生まれの親御さんにも安心して見せられる。一年生にとっては理論だけで魔法が成り立っている訳じゃないってことを知る上でも、良い本ではある」

 

 シリウスは、魔法族の魔法がマグルから見て危険度が高く、悪質なことを知っていた。低学年の魔法使いが使う魔法ですら、マグルに知られれば危険視されることは間違いない。低学年向けには丁度良い本だというのが、シリウスの主張だった。

 

「無能なやつほど高望みしてできもしない魔法を使いたがる。手に余る魔法を使って火傷をするくらいなら、基礎を極めたほうがよほど現実的だ」

 

 シリウスはそう言ってハリーを納得させた。ハリーはマクゴナガル教授の言葉を思い出して納得させながら、それでもロックハートに対して不安が沸き上がってきた。

 

(シリウスはそう言ったけど、これ、一年生とかにとっては正直どうなんだろう……)

 

 ハリーはロックハートの教科書がまともに魔法理論を説明していないことも気になった。一年生が使える魔法でも、インセンディオやボンバーダは決して軽々しく扱って良い魔法ではない。しっかりとした理論に基づいた知識が必要になるのだが、ロックハート教授はそれを教えてくれるのだろうかと。

 

***

 

 夏休みはハリーにとって最高の形で終わりを迎えた。ハリーは来年ダーズリー家に戻ったとき、アズラエルの言葉を実践できるのか不安になった。それほどシリウスと過ごした時間は楽しかったし、ホグワーツでの生活が待ち遠しく、ダーズリー家での生活は恐ろしかった。

 

「明日からホグワーツだ。友達と一緒に頑張ってこい、ハリー」

 

「うん。シリウスもお仕事を頑張ってね」

 

「最近は仕事も一段落してな。大分暇になっているよ」

 

 シリウスの仕事は、闇の魔法がかかった製品を取り締まる仕事である。シリウスはハリーにひとつ嘘をついた。シリウスの仕事そのものは小休止して暇になったが、シリウス本人は暇ではなかった。シリウスは貴重な時間をハリーに割いていた。

 

 現在、魔方省では一人の職員が気炎を上げていた。マグルの製品に対して悪質な魔法をかけた人間を取り締まる仕事をしているアーサー·ウィーズリーだ。彼の仕事はマグル製品に対して魔法がかかったものを取り締まるというものだが、アーサーはある筋の情報からルシウス·マルフォイの屋敷に闇の魔法がかかった品があることを知り、ルシウスの屋敷に何回も捜査をかけていた。

 

 本来ならば、シリウスの所属する部署の管轄である。しかし魔法省は、あえてルシウスの邸宅にガサ入れする貧乏くじを引きたくはなかった。シリウスの上司はマルフォイ氏の疑惑に対して、そんな報告は受けていないの一点張りだった。

 シリウスの上司はよくも悪くも魔法省らしい組織の理屈で動く男で、正義のために動く男ではなかった。

 

 実際のところ、上司のシリウスへの対応は穏当だった。これが何の後ろ楯もない局員であれば、疎まれて左遷されていたのは間違いない。しかし、上司はシリウスのブラック家としての家名を恐れていた。上司の名誉のためにいえば、圧倒的な財力と魔法使いとしての高い能力、何より由緒正しい家柄をもつシリウスは扱いにくい部下でしかなかったが、彼はシリウスをこれまでうまく使いこなして仕事をし、実績をあげていた。

 だからこそ、シリウスの言葉を聞いても、上司はシリウスへの対応を変えず通常通りに業務を割り当てた。組織の倫理に反しない範囲であれば仕事ができる男だったのだ。

 

 

 

『これは駆け引きです。あなたが動いてはいけませんよ、シリウス』

 

 苛立つシリウスを、帰宅途中のユルゲン·スミルノフが諭した。ユルゲンは恵まれない子供たちのために今日も奔走していた。

 

『アーサー·ウィーズリーの越権行為ということにして、近頃増長しているマルフォイ家に圧力をかける。マルフォイ氏は己の権力を保持するために、有力者や魔法省へ多額の寄付をするでしょう。その寄付によって充実する政策もあるはずです』

 

『純血にとって都合の良い政策だろう』

 

 シリウスの言葉をユルゲンは否定しなかった。その代わりに、ユルゲンはシリウスを諭した。

 

『……それが嫌ならば、あなたが純血として責務を果たしていただきたい。あなたには組織の理を動かせるだけの力があるはずだ。その気にさえなれば』

 

 ユルゲンははじめてシリウスを突き放した。シリウスはユルゲンの言葉に胸を抉られた。ユルゲンもまた、シリウスのことをブラック家として考えている人間だったのだ。それは仕方のないことではあるが、シリウスは衝撃を受けていた。大人になってからできた友は、確かに友ではあった。しかし、シリウスの理解者ではなかった。

 

『今あなたが局員として動けば、それは魔法省が本腰を入れてマルフォイ家と敵対しているということになる。いいですね、絶対に動いてはいけませんよ。誰のためにもなりません』

 

 シリウスがユルゲンや上司の語る組織の倫理で動くというのは、本来ならば到底無理な話である。シリウスはハリーの将来のため、己の正義感のために今の仕事を選んだのだ。本来であれば暴走するはずのシリウスには、暴走できない理由があった。そのために、シリウスは正義感を閉じ込めなければならなかった。

 

 

***

 

 九月一日の早朝に、ハリーとシリウスは家を出た。シリウスの瞬間移動によって、ハリーと飼っている蛇のアスクレピオスは九と四分の三番線に来ることができた。マグルの世界から魔法界に繋がる入り口には既に色々な家族がいて、ハリーはルーナ·ラブグッドがその父親と共に突入していくのを見た。ルーナは頭にライオンの帽子をかぶっていたのですぐに見分けがついた。

 

「じゃあ、僕から先に行くね」

 

 ハリーもトランクを押し込んで突入しようとした。しかしいくら押しこんでも、トランクは前に進んではくれなかった。

 

「…………あれ?シリウス。これってどうなってるの?」

 

「何?……ちょっと見せてみろ、ハリー」

 

 シリウスも突入しようとしたが、入り口は反応を示さない。杖で入り口を調べたシリウスは、入り口が細工されているとハリーに告げた。入り口には人だかりができていた。このままでは、ハリーたちだけでなく大勢の子供たちがホグワーツに行くことができない。

 

「ねえシリウス……これってもしかして……ドビーの魔法かな?」

 

 ハリーはこんなことをする存在に心当たりがあった。あのハウスエルフが、ハリーをホグワーツに行かせないために、善意で何か細工をしたのだとハリーは思った。

 

「分からん。だが、このままここで立ち止まるわけにはいかない」

 

 もしもそうであれば、無関係の魔法使いたちまで迷惑を被っているのだが。シリウスは原因を突き止めるより、ハリーがホグワーツに行けるように頭を回転させた。シリウスはセドリックの父親に話しかけた。セドリックの父親は、魔法省に連絡を取ろうとしていた。

 

「どうやら入り口に不具合があったようです。私は魔法省に連絡を入れて、管轄の局員を呼んできましょう」

 

「エイモス。どうもハリーが通る前に魔法をかけられたようだ。たちの悪い悪戯だろう。私たちは独自のルートでホグワーツに行くことにする。我々が去れば改善するかもしれん」

 

「そ、そうなのか……?シリウス、承知した。念のために担当の局員は要請するが。まあ緊急事態だし、ダンブルドアもとやかくは言わないだろう」

 

 その場にいたセドリックの父親が困惑しながらも対応をしてくれたが、シリウスはハリーを連れて瞬間移動した。ハリーは周囲の視線がハリーに集まっている中、閉心術の初歩を使ってすました顔をしながらシリウスの腕に捕まり、瞬間移動した。

 

 

***

 

『ぐるぐるぐるぐると、ひどく揺れたなあ』

 

『ごめんねアスク。大丈夫だった?』

 

『俺は問題ねえ。ハリーに比べたらな』

 

 ハリーが目を開けると、アスクレピオスの声がした。ハリーは蛇語で蛇に話しかけ、アスクレピオスが無事であることを確認してほっとした。

 

 ハリー、シリウス、アスクレピオスはグリモールド·プレイスにいた。シリウスは瞬間移動で自分の実家に移動したのだ。

 

「ハリー。アスクレピオスに何度も移動させてすまなかったと伝えてくれ」

 

 シリウスは申し訳なさそうにハリーに言った。シリウスはハリーのペットを面白がり、何回も蛇語で話しかけようとしたがあまりうまくはなかった。

 

『アスクレピオス。シリウスがごめんって言ってるから許してあげて』

 

『俺は無事だったから許すもなにもねえ……』

 

 賢き蛇は人間に対して寛容であることが、自分の生活を保障するのだと理解していた。ハリーはこの蛇のために最高級のえさをプレゼントしようと決めた。

 

 

「でもシリウス。屋敷なんかに来てどうするの?」

 

「ここにはホグワーツへの連絡手段がある。移動手段もな」

 

 シリウスとハリーは屋敷の中をさっさと進んだ。ハリーはもうすぐホグワーツ特急が出発してしまうと思ったが、シリウスを信じた。屋敷の中を進むと、シリウスの母親の肖像画がまたシリウスを罵倒した。シリウスは、杖で面倒くさそうに肖像画を黙らせてカーテンに押し込んだ。

 

「クリーチャー、出てこい」

 

 シリウスは淡々と言った。

 

 命令にしたがって、小汚いハウスエルフがハリーたちの前に出てきた。

 

(……礼儀正しくしなきゃ……)

 

 ハリーはハウスエルフを残酷に扱うべきではないと思った。もしも朝の出来事がドビーの仕業なら、本気になったハウスエルフは簡単に魔法使いの邪魔ができるからだ。ハリーはペコリとお辞儀をした。

 

「おはようクリーチャー」

 

 やはりハウスエルフはハリーに不快げな視線を向けた。ハリーはハウスエルフと言っても色々あるんだなと思って内心の不快さを殺した。夏休みの間に学んだことはハリーを少し大人にしていた。

 

 クリーチャーは例によってハリーやシリウスに悪態をついていたが、ハリーが蛇を連れているのを見て興味深そうにアスクレピオスをみた。ハリーは蛇語でアスクレピオスにも挨拶するように言った。

 

『こちらは僕のペットのアスクレピオス。アスク、クリーチャーに挨拶して』

 

『クスシヘビのアスクレピオスだ。ハリーに飼われてやっている』

 

 クリーチャーはハリーの蛇語を理解できなかったようだが、ハリーが蛇語を話していることは理解したようだった。もう一度クリーチャーはハリーを見て、ぶつぶつと疑問を言った。

 

「なぜポッター家の人間が蛇語を……?生き残った男の子は穢れた血を継いでいるはずなのに……クリーチャーにはわからない…なぜスリザリンの、緑色のローブを着ているのか……」

 

「クリーチャー!リリーを侮辱するのはやめろ、命令だ!」

 

「いいよ、シリウス。クリーチャー、僕はスリザリンが最高の寮だと思ってるよ」

 

 ハリーはクリーチャーに怒る気持ちもあったが、それをこらえた。今クリーチャーに怒っても時間の無駄だと思った。直接言われたことは許しがたかったが、今はそれよりも時間が惜しかった。ハリーの言葉にクリーチャーは意外そうな顔をした。クリーチャーがはじめてハリーに侮蔑以外の感情を見せた。

 

「クリーチャー。フィニアスの肖像画を持ってこい」

 

「承知いたしましたご主人様。クリーチャーめは命令に従います……」

 

 クリーチャーは悪態と共に、一人の男性の肖像画を連れてきた。男性はとても美形な壮年の男だったが、すやすやと狸寝入りを決め込んでいた。

 

「フィニアス。起きているんだろう。ダンブルドアに取り次いでくれ。ハリーが狙われ、ホグワーツ特急に乗れなくなった。緊急事態として、暖炉の使用許可をいただきたいとな」

 

「……久々に顔を見せたかと思えばその物言いはなんだね?もっと自分の先祖と家に敬意を持てないのか、シリウス?」

 

「持っているとも。少なくとも生まれてきたことにだけは感謝している。だが、今は家は関係ないはずだ。ホグワーツの校長だったのなら生徒のために少しは働いたらどうだ?」

 

 フィニアスと呼ばれた男はハリーを見てうんざりしたようなうめき声をあげた。

 

(何なんだろうこの人……)

 

 何となくルシウスの同類のような、そうではないような気もする不思議な人だとハリーは思った。

 

「肖像画になってまで働かされるとはねぇ……」

 

 フィニアスの肖像画はその言葉と共に姿を消した。

 

「シリウス。今の人は……?」

 

「フィニアス·ナイジェラス·ブラック。ホグワーツの歴代校長の中でも、最も人望がなかった男だ。校長室にやつの肖像画があるから、ダンブルドアと連絡が取れる」

 

「……凄い人なんだね、フィニアスさんは」

 

 ハリーはどう言うべきかわからなかったが、感じたままのことを言った。いろんな人から尊敬されているダンブルドアと違って、いろんな人から嫌われているのに校長になれるのはきっと凄い人だったのだろうと。

 

「人間の凄さは地位で決まるものじゃあない」

 

 シリウスはフィニアスを認めなかった。少しの間があって、フィニアスは帰ってきた。

 

「スリザリンの暖炉を解放するそうだ。ホグワーツもずいぶんと柔軟になったものだ……穢れた血を入学させ、混血をスリザリンに入れるとは……嘆かわしい」

 

「あなたが見ないふりをしていただけで、昔からスリザリンには混血がいただろう」

 

「校長先生、ありがとうございました」

 

 ハリーはフィニアスの肖像画にお辞儀をしたが、フィニアスはふんと鼻を鳴らしただけだった。

 

「クリーチャーも、その、お元気で」

 

 クリーチャーも同じだった。ハリーは二人を通して、純血主義の家から自分がどう見られているのかを意識しなければいけなかった。内心では、薄汚い混血の人間だと思われているのだろうか。

 

(でも、ドラコやダフネは……友達だ)

 

 ハリーは内心の不安をふりはらい、友達を、スリザリンの仲間を信じようと決めた。そんなハリーに、シリウスは抱きついた。

 

「これからホグワーツだな、ハリー。不安はないか?」

 

「ううん、シリウス。全然ないよ。僕はむしろワクワクしてるんだ」

 

 ハリーは悪戯っぽく笑った。

 

「これから僕の冒険が始まるんだよ、きっと」

 

 

「……!」

 

 シリウスは感極まって言葉をつまらせた。ハリーは気がつかなかったが、シリウスはハリーの中にジェームズの姿を見ていた。

 

「わかった。私の取り越し苦労だったな。ハリー、ホグワーツで何があったとしてもこれだけは約束してくれ」

 

「……?うん」

 

 シリウスのアドバイスは短かった。シリウスはその短い言葉の中に、万感の思いをこめてハリーを激励した。

 

「友達を大切にするんだ。君は、どんな時でも絶対に一人じゃない。それを忘れるな」

 

 

「わかった。約束する。シリウスに誓うよ」

 

 ハリーはシリウスに背中を押されて、フルーパウダーの炎が燃え盛る暖炉にアスクレピオスと共に飛び込んだ。

 

「ホグワーツ城 スリザリン寮の談話室!」

 

 ハリーの言葉と共に。ハリーとアスクレピオスの姿は消えた。シリウスはそれを見送ってから、フィニアス·ナイジェラスの独り言を聞いた。

 

「まったく……スリザリンに半純血を入れるべきではないというのだ。どれだけ優秀であろうとも、我々純血に使い潰されて終わるだけだというのに……」

 

「あの子は大丈夫だ」

 

「何故かね?」

 

 シリウスははっきりとフィニアスを否定した。

 

「私とジェームズ……いや、ジェームズとリリーの子供だからだ」

 

 フィニアス·ナイジェラスの肖像画は、屋敷から去る子孫の背中を見送った。その表情には呆れだけではなく、憐れみが浮かんでいた。

 

 

***

 

 シリウスは今学期、ハリーに送る手紙の回数を減らさなくてはいけなかった。シリウスは大人として、本当に子供に構っている時間がなかった。

 

 ドローレス·ジェーン·アンブリッジが起草しようとしている反人狼法を潰すために、シリウス自身が嫌悪するありとあらゆる手段を用いねばならなかったのだから。

 




原作よりシリウスもハリーも早々に家を出たせいで被害甚大に……


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新入生と新監督生

スリザリンについてなんですが
公衆の面前で差別発言するドラコがシーカーで
公衆の面前でディメンターの仮装をするドラコが監督生
になれる時点で他所の寮生と揉めてて素行不良でも寮の仲間と仲がよくて勉強ができて歴史のある家なら良いんだと思います。
まぁグリフィンドールも二巻で法律違反したロンが監督生になれてるしスリザリンのことを悪く言えませんが。


 

 ハリーが暖炉の火を潜ると、むせ返るような煙の香りがした。ハリーはじっと目を瞑り、アスクレピオスのケースを抱えて視界が歪む感覚を耐えた。

 

 何秒ほどそうしていただろうか、ハリーの頭の中に平衡感覚が戻ってきた。ハリーはアスクレピオスと共にそっと目を開けた。

 

「それで?」

 

 ハリーの耳に、よく覚えのあるねっとりとした声が響いてきた。ハリーは背を正してスネイプ教授に向き直った。

 

「特別扱いここに極まれりというわけか?お早い到着だなポッター?」

 

 スネイプ教授はスリザリンの寮監であり、ハリーの面倒を見る立場にある教授である。しかしハリーは、この教授ととことん相性が悪かった。ハリー自身は自分の規則違反が原因だと半ば諦めているが、この教授がハリーに加点したことはなかった。

 

 

「お久しぶりですスネイプ教授。相変わらずお元気そうでー」

 

「元気なものか」

 

 スネイプ教授は吐き捨てるように言った。

 

「ホグワーツの暖炉を一学生のために解放するなど本来はあってはならないことだ。君は我が身可愛さに保護者の権力を用いて特別扱いを受けたというわけだな?どんな気持ちだ、ポッター?」

 

 これはあんまりな物言いだった。あの場面でハリーに何ができたと言うのだろうか。シリウスはハリーが狙われている可能性を考慮して、他の生徒に危害が加わらないようにハリーだけ先に入城させたかもしれないのに。

 

 ハリーがアズラエルと練習した閉心術を実践する時がやってきた。ハリーはスネイプ教授の目を見て、背筋を正して静かに言った。

 

「先生の仰る通りです。僕もあそこで待機して、他の生徒と一緒にホグワーツに来るべきでした」

 

「誰が君の発言を許可した?」

 

 スネイプ教授はハリーの目を一瞥するとそう言って唾をはいた。

 

「すみません、スネイプ教授」

 

 ハリーはしまったと思った。

 

(次はもっといい言葉を言わないと)

 

「寮の部屋に荷物を置いてきたまえ。他の生徒は、本来の予定より三十分遅れてやってくる……それまで、部屋の中で大人しくするのだな。勝手な行動をして指示を無視するようなら、私が君を退学にしてやる」

 

 スネイプ教授の物言いは、ハリーがホグワーツに帰ってきたのだということを実感させるには充分だった。ロンに言わせれば、『人生というものはそうそう自分に都合よくできていない』ということだ。ハリーはスネイプ教授の言いつけを守ろうと部屋に入り、ホグワーツの中で宴が始まるのを待った。

 

(もっと食べ物を持ってくればよかったな……)

 

 ハリーは少し空腹を我慢していた。

 

 ハリーの食事といえば自分で作った卵とハムのサンドイッチ程度で、夜まではかなり時間があった。ハリーは友人たちが今頃ホグワーツ特急の中で楽しく軽食をつまんで、とりとめのない会話をしていることを羨ましく思いながら、朝の一件の犯人について考えた。

 

(もしもドビーだったとして……ドビーが捕まったらどうなるんだろう。犯人がドビーでなければいいんだけど……)

 

 ハリーはザビニやロンから、魔法使いは罪を犯すとアズカバンという監獄に入れられるのだと聞いていた。絶海の孤島で怪物に囲まれて過ごすという刑罰を犯人が受ければ、確かにハリーの気持ちも晴れる。今回は前回よりももっと大勢の魔法使いに迷惑をかけているので、犯人はひどい罰を受けることは間違いない。だがもしも犯人がドビーだったとしたら、ハリーを助けようとして……つまり自分のせいでそんな目に遭うことになるのではないだろうかとハリーは思った。

 

『これって僕のせい?』

 

 そんな自分の考えをアスクレピオスに言うと、アスクレピオスは呆れた様子でハリーに語った。

 

『捕まらなかったらもっと酷いことになるかもしれねえだろう。でも、捕まればハリーにはもう迷惑がかからねえだろう。ほっとけほっとけ。お前は被害者だ』

 

『……そうだね。アスクレピオスの言う通りだ』

 

 ハリーはシリウスに、ドビーというハウスエルフに邪魔されていたことを話していた。魔法省の職員であるスミルノフ氏にもその話は伝わっている。そのうちドビーか、それともドビー以外の何者かを捕まえてくれるはずだ。それが捕まったとして、ハリーのせいではない。散々規則違反をしているハリーではあるが、今回の件に関しては間違いなく被害者なのだ。犯人の心配より、自分のホグワーツでの生活について心配すべきだった。

 

 ハリーは部屋の中で、浮遊呪文や変身呪文を試して暇を潰しながら過ごした。シリウスの指導のお陰か、夏休み前よりも呪文の効きが良いような気がした。

 

***

 

『じゃあ、祭りに行ってくるねアスク』

 

『楽しんでこいよ』

 

 パーティーの開始時刻が近づくと、ハリーはそっと部屋を抜け出してスリザリンの談話室からホグワーツの大広間に向かった。ホグワーツ城の内部を歩きながら、ハリーは大広間に向かった。

 

 大広間ではそれぞれの寮の生徒たちが席につこうとしていた。ハリーは周囲の視線がハリーに集まるのを感じながら、急いでスリザリン生たちの列に紛れ込んだ。

 

「ハリー!?お前今までどこに居たんだよ!探したのに!」

 ザビニは心配させやがってとハリーをこづいた。

 

 

「グレンジャーやウィーズリーも心配してましたよ。君がまた変なことに巻き込まれたんじゃないかってね」

 

 

「ごめんごめん。ちょっと道に迷っちゃってね……」

 

 ハリーは冗談を言いながら、アズラエルとファルカスの間の席についた。スリザリンのテーブルは他の寮生たちのテーブルよりも生徒の数が少なく、ハリーたちは簡単に居場所を確保できた。ハリーがドラコに手を振ると、ドラコは少し笑ったように見えた。

 

「でも、無事で良かったね。僕たち、ハリーが間に合わなくなるか心配だったんだよ」

 

「皆は大丈夫だったんだね」

 

「入り口が通れるようになるまでホグワーツ特急を止めてくれてたんです。ちょっとした渋滞にはなりましたけど、魔法省の役人が隠蔽したので大丈夫でしょう」

 

「やっぱり騒ぎになったんだ……犯人は見つかった?」

 

 

「見つかったら明日の日刊予言者新聞に載るでしょうね。早く見つかってくれることを祈りますよ」

 

「おい、ハグリッドがやって来たぞ」

 

 ザビニが笑顔でハグリッドと、ハグリッドに率いられた新一年生を指さした。ハリーは新一年生の姿を見ながら、一年前の自分を思い返していた。自分が望み通りの寮に入れるか不安だったが、新一年生たちも不安げにハリーたち上級生を見回していた。一年生のなかの小柄な男子が、はじめて魔法をみたかのようにはしゃぎ回ってマクゴナガル教授に注意されていた。

 

(あの子はマグル生まれかな……)

 

 一年前のハリーやハーマイオニーも、あんな感じだったなとハリーは思った。魔法が楽しくて楽しくて仕方がないのだ。ハリーにはその気持ちがよく分かった。

 

 ハリーはその子がスリザリンの生徒に目をつけられないか心配だったが、口には出さなかった。

 

 組分けの儀式は粛々と進んでいった。アボットやバルトなどの姓を持つ子供たちが組分けされていく。アボットはハッフルパフの新監督生であるバナナージ·ビストに歓迎されていた。グリフィンドールの新監督生であるガエリオ·ジュリスは、自分の寮に入ったバルトという女生徒を大袈裟に囃し立てていた。

 はじめてスリザリンに組分けされるという栄誉を勝ち取ったのは、イーライ·ブラウンという小柄でみすぼらしいブロンドの少年だった。彼は帽子を被って数秒とかからずに組分けされた。

 

 

 ハリーたち四人は新しい仲間が増えたと喜んで拍手し、ブラウンを迎え入れた。ドラコはブラウンの服が小汚ないと文句を言いかけて、監督生のマクギリス·カローにたしなめられていた。

 

「仲間に対してそんな言い方をするものではないよ、ドラコ。ブラウン、スリザリンへの入学おめでとう。スリザリンに選ばれたからには君は間違いなく純血の魔法使いだ。これからは高貴な寮に選ばれたという自覚と誇りを持って、寮の仲間として勉学に励んでくれ。大丈夫だ。純血主義はいつでも君の味方だよ」

 

 カローは純血主義の過激派で、他所の寮生、特にグリフィンドールの生徒と度々揉め事を起こしていた。カローは自分で、僕は勉強が苦手だと公言していたこともあった。

 

(……いい人なんだけど、監督生があの人で大丈夫かな?)

 

 ハリーはチラリとカローの隣に座っていた女子監督生を見た。カローやマーセナスと親しかった女生徒が監督生のバッジをつけているのを見て、今年も他所の寮生と揉めそうだなと何となく察した。彼女は勉強はできるようだったが、他所の寮生と揉めそうなカローやマーセナスを止めたという話は聞かない。

 

 

 組分けの儀式において、今年一番受けた拍手が少なかった生徒はルーナ·ラブグッドだった。ライオンの帽子を被った彼女のファッションセンスはハリーから見ても独特で、個性的過ぎた。個人主義を信条とするレイブンクロー生ではあるが、その見た目は知性的とは言えなかった。彼女がレイブンクロー生からあまり歓迎されていないのを察したハリーは、せめてもの情けにパラパラと拍手した。

 

 マクゴナガル教授に注意されていた生徒は、コリン·クリーピーという名前だった。彼は十数秒組分け帽子を被った後で、グリフィンドールに組分けされ、大喜びでグリフィンドールのテーブルに走っていった。ハリーは隣の席のアズラエルが呟く声を聞いた。

 

「良かったですね。グリフィンドールならあの性格でも浮かないでしょう」

 

「そうだね」

 

(……いや、それはどうなんだろう?)

 

 ハリーは反射的に相槌をうったが、去年ハーマイオニーが孤立していたことを思い出した。寮に向いた性格であっても、それが行きすぎれば孤立することはあるのではないだろうか。

 

(……ハーマイオニーとか、グリフィンドールの監督生なら何とかするかな)

 

 ハリーはグリフィンドールの良心に期待することにした。その期待が裏切られることを、ハリーはまだ知らない。

 

 組分けされる人数は徐々に少なくなっていった。一人また一人と生徒が呼ばれ、スリザリンに呼ばれた生徒にハリーは大きく拍手をし、後輩たちにおめでとうと言った。ハリーがスリザリンにいることに目を丸くする後輩が多かった。その中にはアズラエルのパーティーで見かけた子もいた。

 

「僕、ハリーはグリフィンドールだと思ってました」

 

「よく言われるよ。でも僕はスリザリン生だよ。一番好きなものも蛇だしね」

 

 

 ハリーは後輩の男子生徒ににっこりと笑いかけた。その後輩はロウルという姓の痘痕面の子供だった。

 

 最後に組分け帽子を被ったのは、ロンの妹であるジニー·ウィーズリーだった。ハリーはガフガリオンがこう言うのを聞いた。

 

「お、ウィーズリーだな。お前ら見とけよ?ウィーズリーはどいつもこいつも秒でグリフィンドールに行くからな。ホグワーツ名物だ。『グリフィンドールには一人は必ずウィーズリーがいると思え』ってな。」

 

 しかし、ガフガリオンの予想を覆し、組分け帽子は判断を迷っているようだった。組分けにかかった時間は三分を超え、四分目に突入していた。

 

「一体どうしたんだろう……?」

 

 

「あれ、ハットストールって言うらしいぜ」

 

 ザビニが言った。

 

「複数の寮に選ばれる才能があるやつは、帽子も判断に迷うらしい。ウィーズリーなのに珍しいよな、あいつ」

 

「希望する寮に行ければ良いけどね……」

 

 ハリーはロンたちが何だかんだで妹を愛していることを察して気をもんだ。これで他の寮であれば、兄たちは妹が心配で夜も眠れないだろう。

 

(……たぶん、グリフィンドールに入れってのは本人からしたら余計なお世話なんだろうな)

 

 ハリーは、ジニーが自分の希望する寮に行けることを望んだ。

 

 ハリーたちの心配をよそに、組分け帽子はグリフィンドールを宣言した。ジニーは耳まで真っ赤になりながら、双子やロンやハーマイオニーに入寮を祝福されていた。ハリーもスリザリン生たちも、拍手してそれを見送った。

 

 組分けが終わったあと、新しく防衛術の教師に就任したロックハート先生は、なんと自分の顔の形をした華麗な花火をあげて新入生たちを祝福した。スネイプ教授に限らず、マクゴナガル教授やスプラウト教授をはじめとした大勢の教授がロックハート先生に白い目を向けていたが、新入生たちやダンブルドア校長先生はそんなロックハート先生を面白そうに笑って見ていた。ハリーは何て命知らずな先生だと思った。

 

(もしかしてロックハート先生は、グリフィンドール出身なのかな?)

 

 ハリーはロックハートが勇気と無謀を勘違いした、悪い意味でのグリフィンドール出身者なのではないかと思った。

 

***

 

 ロックハート先生の一幕のあと、ダンブルドアは咳をひとつしただけで場の雰囲気を落ち着かせた。ダンブルドアには威厳と、そして好好爺らしい茶目っ気があった。

 ハリーは壇上に立ったダンブルドアの鮮やかな青い目を見ながらダンブルドアに対する怒りを燃やしていた。マグルの世界にハリーを閉じ込めながら、ダンブルドアはハリーがどんな目に遭っているかも知らずに放置していた。ダンブルドアに対する怒りは、夏休みにダーズリー家の虐待を受けたことでますます深くなっていた。

 

(別にダンブルドアのせいじゃあないけど。もう少し僕のことを気にかけてくれていればダーズリーもあそこまでしなかったんじゃ……)

 

 ハリーの中にはダンブルドアへの敬意はあったが、敵意も間違いなく渦巻いていた。

 

 ハリーはいつかダンブルドアを超える魔法使いになってみせると思いながらダンブルドアの言葉を聞いた。

 

(いつか……錬金術を覚えて、命の水だって作ってみせるぞ。ダンブルドアを超えるんだ)

 

 ダンブルドアはそんなハリーの方を見て微笑んだような気がした。少なくともハリーにはそう見えた。ダンブルドアは茶目っ気たっぷりに言った。

 

 

「何はともあれ……食え!話はその後だ!」

 

 宴の開始と同時に、ハリーはドラコと並んでスリザリンの新入生たちと挨拶を交わした。

 

 ハリーは有名人、ドラコは魔法界一の金持ちだったので、名家の子供だという新入生は特にハリーと話したがった。ハリーは食事をそっちのけで新入生たちの家を誉めたり、励ましたりする作業に勤しんだ。シリウスについて聞きたがる子も多かった。そうこうしているうちに宴は終わってしまった。結局宴が全部終わった後で、寮の部屋でファルカスが取っておいた食べ物をつまむことになった。

 

 

「今年は平和な一年になるでしょうかね?」

 

 部屋の中で、アズラエルがそう呟いた。アズラエルは少し不安そうだった。

 

「賢者の石は無いんだろ?だったら大丈夫じゃねえの?」

「そうそう何度も、学校で事件なんて起きないよ」

 

 楽観論を言うザビニやファルカスに対して、ハリーはそこまで楽観的ではなかった。

 

「夏休みの間にも散々不思議なことがあったからね。今年が平和になるとは思えないよ。だけどどんな試練があったとしても」

 

 ハリーはチキンにかじりつきながら言った。

 

「必ず乗り越えてみせるよ」

 

 

 そして、ハリーにはいきなり試練が襲いかかった。翌日の日刊予言者新聞には、電車を止めた犯人の名前はなかった。代わりにあったのは、ロンの父親であるアーサー·ウィーズリーが、自分の持っていた車に不適切な魔法をかけていたというニュースだった。

 

 ハリーはロンのために、ロンがスリザリンの生徒たちから虐められないように立ち回らなければならなかった。

 

 

 




(朗報)スネイプ教授、今回は本物だった。


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ウィーズリーとマルフォイ

アーサーは透明ブースターで車を透明化(それもそれなりの長時間)させられる時点で魔法使いとしての力量は上澄み。




 

 

 アーサー·ウィーズリー氏の不祥事とは、通勤から帰宅途中、車に取り付けていた透明ブースターがうまく作動せずに、大勢のマグルに空飛ぶ車が目撃されてしまったというものだった。アーサー氏はマグル製品に魔法をかけてはいけないという法律と、魔法を無関係の人間から秘匿しなければならないという法律の二つを破ったことになる。スリザリンの子供たちはこぞってウィーズリー家を馬鹿にした。ひどいことに、一部のハッフルパフ生やレイブンクロー生もそれに便乗した。双子や監督生のパーシー、去年のロンなど、ウィーズリー家は優秀なことで有名で、ほぼ全てのホグワーツ生がその存在を知っていた。それはつまり、何となく有名な奴が気にくわないという屑の標的になる危険性を孕んでいた。

 

 

 アーサー氏の不正が明らかになった日の朝、ドラコはロンのことを散々に嘲笑い、犯罪者の息子だと貶した。その日の晩に、ハリーはドラコに声をかけた。ロンに手を……正確には、アーサー氏の失態について揶揄して虐めないようにするためだ。ロンが父親のことで色々と言われるのを黙って見ているだけなのは耐えられなかった。ハリーはドラコの部屋を訪れていた。ドラコはクラッブとゴイルを追い出して、ハリーと話をした。ハリーは二人に謝った。セオドール·ノットは自主的に席を外したが、ハリーはノットがハリーのことを見ていたのに気がついた。ノットの表情から彼が何を考えているのか、ハリーには分からなかった。

 

 この時点で、ドラコはハリーにかなり期待を寄せていた。ハリーがドラコになにか相談事でもあるなら、ドラコは快く相談に乗るつもりだった。しかし、ハリーから告げられた言葉はドラコを落胆させた。

 

「ドラコ。単刀直入に頼みがあるんだけど、ロンに手を出さないでくれないかな?この件に関しては、ロンには落ち度はないと思うんだ」

 

 

「どうして君はやつを気にかける?僕がすることに文句をつける権利が君にあるのか?」

 

 ドラコはハリーに口出しされるのを嫌がったが、ロンを攻撃するつもりであることは否定しなかった。

 

「スリザリンの評判のためだよ。前学期は良い雰囲気で終わったのに、グリフィンドールを過剰に攻撃して、雰囲気を悪くするのはよくないと思うんだ」

 

 ハリーの本音は、友達を虐めから守りたいという、ただそれだけのことだ。この建前も理由のひとつではあったが。ロンだけではなくドラコという友達のためにも、ドラコには虐めの加害者になってほしくはなかった。

 

 

 去年のハリーにはそれが言えた。一年が経過して少しだけ大人になったハリーは、スリザリンの子供らしく遠回しに建前を交えて言う術を身につけた。

 

 

「つまらない言い訳だな。君は奴のことを友人だとでも思っているんだろう」

 

 しかし、そんなハリーの建前はドラコには通用しなかった。ドラコは冷徹にハリーの意見を切り捨てた。

 

「いいか、ポッター。ウィーズリーの奴の父親が僕の父上を傷つけたところを見ただろう。あいつらは僕たちの敵だ。親を見ればわかるだろう。純血主義を見下して、スリザリン生には何をしても良いと思っているんだ」

 

「……まさか、お父さんの仕返しのつもりだって言うの?あれをやったのはロンの父親だ。ロンじゃない。それに、ロンは向こうからこっちに手を出してきたことはないじゃないか」

 

 ハリーは冷静にそう言った。そもそもあのやり取りは、アーサー氏やハーマイオニーの両親を挑発したルシウスに非がある。暴力をふるわれたことは同情していたが、その件でロンにあたるのは逆恨みだった。ルシウスの非礼については指摘しなかった。それを言えば、ドラコは話を聞くことすらしなくなるだろう。

 

「だから、アイツはなにも言われる筋合いはないって?ポッター、君は知らないんだな。ウィーズリーは君が大嫌いなマグルが好きな連中だぞ。君がマグル嫌いだと知れば、掌を返して君を攻撃するさ」

 

「……」

 

 ドラコの指摘にハリーはほんの一瞬、言葉をつまらせた。マグルに対する憎しみが反論を途切れさせた。さらにドラコは畳み掛けた。

 

「グレンジャーだってそうだ。グレンジャーの両親はマグルなんだぞ。それなのに、君はよくあんな連中と付き合える。連中を騙して利用できる忍耐力には驚かされるけどね。良心が痛まないのか?」

 

「ちょっと待って」

 

 ハリーは言い返した。言い返さねばならなかった。ハリーは二人を利用しているつもりはなかった。

 

「僕はロンの父親や、ハーマイオニーの両親のマグルについて話をしてた訳じゃない。マグルは嫌いだけど、彼らは僕を前学期に助けてくれた。彼らはマグルじゃなくて魔法族だ。僕は二人を利用するつもりはない」

 

「随分と都合が良いねえ。連中は君が英雄だから付き合っているだけかもしれないのに?」

 

 

 ドラコは高慢な仮面でハリーをせせら笑った。そんなドラコに、ハリーは負けじと言い返した。

 

「もしもそうなら、前学期にあんなことはしなかったよ」

 

 ハリーは断言することができた。ロンとハーマイオニーの人格については信頼できていた。その根拠もあった。

 

「違うね」

 

 ドラコははっきりと断言した。

 

「連中は君がスリザリンの生徒だから友達になったんじゃない。君が英雄で、利用価値があるから近づいたのさ。彼らが他のスリザリン生徒と話をしているところを見たことがあるかい、ポッター?」

 

 

(……あるけど……)

 

 

 魔法探究会の活動で、ロンとザビニはだいぶ仲が良くなったと思う。ハーマイオニーはザビニ(の顔面)に好意的でよく会話をするし、前学期の最後にはアズラエルやファルカスとも話をしているところをハリーは見た。とはいえそれを言えば、今度はアズラエルたちがドラコの標的になるかもしれなかった。ハリーは黙ってドラコの話を聞いた。

 

「いいか、ポッター。グリフィンドールとスリザリンの間に友情が成立すると思ったら大間違いだぞ」

 

「何でそう言い切れるの?」

 

(……友情、成立してるんだけどなあ……)

 

 ハリーはロンとハーマイオニーをグリフィンドール生として意識してはいたが、友達だと思っていた。向こうもそのはずだった。

 

「ウィーズリーがその証拠だ」

 

 ドラコは堂々と胸を張った。

 

「僕がはじめて奴に会った時、やつは僕がマルフォイ家だと聞いて見下した。僕もやり返してやったがね。ポッター、ウィーズリーは所詮は卑しい貧乏人だ。性根が貧しいんだ。だから僕たちのような金持ちに突っかかる」

 

 ロンもドラコも、明らかに両親の影響を受けていることは確かだった。傷跡とは無関係に、ハリーは頭が痛くなった。少し前のハリーなら、家なんて関係ないと心の底から言えただろう。だが、シリウスに少しの間とはいえ養育された今のハリーには、ドラコの気持ちもうっすらとだがわかった。

 

「仮にそうだとしても。過剰に叩く理由にはならないだろう?ロンが君に直接何かしたことはないんだから」

 

「なるね。あいつの父親は、僕の家に勝手に上がり込んだんだ」

 

「……いつ?」

 

「この夏休みにだ。闇の魔法がかけられた製品があるとかなんとか言って、僕の家を散々荒らして回った。父上が……闇の魔法使いだと思っているんだろう」

 

 ドラコの声は怒りに震えていた。ハリーは冤罪を受けた経験から、ドラコに同情した。

 

「僕の父上は、色々なところに寄付をして、魔法省にも多大な貢献をしてきたんだ。それをあいつらは……」

 

「認めなかったんだね」

 

 暫くの間、気まずい沈黙が続いた。ハリーはドラコに同情する気持ちがあった。誰だって、自分の父親が悪人だと言われたくはない。

 

 

「人に正しくしろと言ってきた奴が、自分は散々規則を破ってたんだぞ。こんな馬鹿なことがあるか」

 

 ハリーは迷わなかった。これは規則ではなくて、気持ちの問題だと思ったからだ。ドラコはロンに、正確にはウィーズリー家に対する感情を抑えられていないのだ。

 

「……それでも、悪いのはロンの父親だよ。ロンじゃない」

 

 ハリーははっきりと言ったが、ドラコは聞かなかった。

 

「……僕がどれだけ不安で惨めな気持ちだったか、君には分からないだろう。英雄と呼ばれているから」

 

「……マグルの家だと、ぼくの両親は礼儀知らずのクズ扱いだったよ」

 

 ハリーは慰めのつもりで言った。ドラコの心に届いたかどうかは分からなかったが。また気まずい沈黙が続いた。

 

「……それでも、ほんの少しでも悪いって気持ちがあるなら、ラインを超えるようなことはしないでくれ。君はドラコなんだ。ルシウスさんじゃない。ロンも、アーサーさんじゃないんだ。僕の両親はグリフィンドールだけど、僕はスリザリンだったんだ。君のパパの良いところはいくらでも真似たらいいよ。だけど、全部真似ることはないはずだよ」

 

 ハリーは閉心術を解いて、思ったままのことを言った。ドラコに対して、本心から向き合わなければ言葉など届きようがなかった。

 

「僕は向こうがやってきたことをやり返すだけだ。僕の邪魔をするな、ポッター」

 

 ドラコはくるりとハリーに背を向けた。今のままでは、ハリーにもっと酷いことを言ってしまいそうだと思ったからだ。

 

「ポッター。君の言葉を聞いていたら、僕はおかしくなる」

 

 最後に一言だけそう呟いて、ドラコは布団にくるまった。ハリーは静かに自分の部屋に戻った。

 

 そんなハリーの背中を見ながら、セオドール·ノットはハリーには聞こえないほどの小さな声で、吐き捨てるように呟いた。

 

「鬱陶しいな、あいつ」

 

 セオドール·ノットは、自分たちデスイーターの親を持つ子供たちは加害者の子供で、憎まれる存在でしかないと諦めていた。ハリーのような態度を取って目立てば、被害者の子供たちから反感を買うのは明白だと思っていた。英雄の息子が、自分たちに出来ないことをやって動き回り、昔から付き合いのある友人を変えていくのは面白いものではなかった。

 

 

***

 

 

 部屋に戻ったハリーの顔を見て、ザビニは交渉が無駄に終わったことを悟った。

 

(そりゃそうだろうよ……)

 

 ザビニはドラコが、人の話を聞くような奴ではないと思っていた。

 

「……ま、仕方ねえって諦めろよ、ハリー。ドラコには何を言っても無駄だって」

 

「そんなことはないよ」

 

 ザビニはやれやれと言った。ハリーはムッとなって反論した。ハリーはドラコの家が家宅捜索を受けたことは伏せて、ロンの家と仲が悪いことだけ明かした。

 

「だったら、マルフォイに何を言っても無駄だと思います」

 

 いつもなら交渉の糸口を探すアズラエルも、今回はお手上げだと言った。

 

「ウィーズリー家は純血一族に目の敵にされてますから、ドラコが引くことはないでしょう。彼にも立場ってものがありますし」

 

「親か……」

 

「親のせいじゃないよ。ドラコ個人が悪いんだ。他のみんなは、親のことで言われたって耐えてるし、親のことを言わないように気を付けているんだから」

 

 ファルカスは珍しくロンを擁護し、そしてドラコを非難した。

 

「ドラコみたいな奴がいるからスリザリンの評判は良くならないんだ。ああやって他所の寮生から嫌われて、スリザリンや純血主義の評判を悪くしてる元凶じゃないか」

 

 ファルカスはマルフォイには辛辣だった。ファルカスの家は闇祓いだったこともあるので、その影響もあるのかもしれなかった。闇祓いにしてみれば、かつて闇の魔法使いだったマルフォイの父、ルシウスは敵だからだ。

 

「ファルカス……君がロンをかばうなんて珍しいね」

 

「別にウィーズリーを庇った訳じゃないや」

 

 ハリーが微笑むと、ファルカスは照れたようにそっぽを向いた。アズラエルはハリーを諭した。

 

「ドラコをどうこうするのは諦めましょう。仲間のスタンスへの過剰な干渉はスリザリンではNGってもんです。君がマグル嫌いを直せって言われるようなものですよ?」

 

 そう言われるとハリーの心は傷んだ。自分に出来ないことをやれと言うのは、確かに無理があることだ。

 

 皆がアズラエルのように合理的に動ける訳じゃないのだ。

 

「……でも、少しでも被害を小さくすることはできるはずだ」

 

「何するんだよ?」

 

「ドラコが駄目でも、周囲が虐めに乗らなければいい。そのうちドラコだって飽きるはずだ」

 

 ハリーは諦めるつもりはなかった。自分の友達を守るための手段はまだ残されていた。

 

***

 

「ダフネ。君から女子たちをそれとなく説得して、ロンを虐めないように手を回してくれないかな?」

 

「なんで私にそんなことを言うの!?」

 

「僕は女子とあまり会話してないし、人気もないから」

 

 ハリーの次の手段とは、ロンを囃し立てる女子たちに大人しくしてもらうことだった。スリザリンの中でも虐めをする生徒は数多いが、その中でもパンジー·パーキンソンは別格だった。ハリーはハーマイオニーから彼女が虐めの首謀者であることを聞いていた。

 

 

「わ、私がウィーズリーのためにそこまでする義理は……」

 

 ダフネは最初ハリーの頼みを断ろうとした。ハリーは何度か頼み込んだ末に、最後にこう言った。

 

「君しか頼れる人がいないんだ、ダフネ。今回だけで良いから力を貸してくれないかな。その代わり、僕にできることなら何でもするから」

 

 ハリーはダフネに強く頼み込んだ。ダフネはハリーの頼みを断りきれないようで、ハリーに説明を求めた。

 

「……そこまで言うなら……理由を話してよ。なんでそこまでするのよ。他人事よ?しかも相手は裏切り者のウィーズリーよ?」

 

『二人の友達だからだよ』

 

 とは、ハリーは言わなかった。代わりにハリーは建前のほうを口に出した。

 

「スリザリンの評判をあんまり落としたくはないんだ。折角前学期に頑張って雰囲気を良くしたのに、これじゃまたいじめっ子の嫌われものに逆戻りだ。僕はスリザリンの評判が良くなるには、そういうところを少しでも良くしていかないといけないって思ってる」

 

「………………」

 

 ハリーの言葉は、偶然ダフネの心に響いた。ダフネはスリザリンの悪評を決して快くは思っていなかったからだ。といっても今までその悪評を改善するために、自分から何かしたことはなかった。

 

「し、仕方ないわね……パンジーたちをそれとなく誘導するくらいならできるわ。それでもささやかな嫌がらせはあるでしょうけど」

 

「それでも十分だよ。ありがとう、ダフネ。……僕は何をすればいい?」

 

 ハリーは笑ってダフネにお礼を言ったが、ダフネは怒った。

 

「待ちなさいポッター。見返りくらい最初に考えておきなさい!協力するかどうかは本来なら、その見返りによって決めるものなのよ!」

 

「あ、そうか、そうだね……次からは考えておくよ」

 

 ハリーはダフネの言葉に頷いた。素直なハリーの様子を見て、ダフネは溜飲を下げたようだった。

 

「まぁ、いいわ。私への報酬はあなたが私たちのお茶会に出席すること。時刻は来週の火曜日の4時。あなたへの罰ゲームよ、わかったわね?遅れたら許さないわよ?」

 

「オーケー、ダフネ。本当にありがとう!」

 

 ハリーが言うと、ダフネは黒髪を弄くって言った。

 

「本当に、ウィーズリーの裏切り者なんかのために面倒なことになったわ。あなた、あいつを友達として見てるの?いつかきっと裏切るわよ」

 

「どうして裏切り者なんだ?」

 

 ハリーは改めてダフネに聞いた。ロンはどうも、ドラコをはじめとした純血の一族から目の敵にされているように思えた。それはロンが貧乏であることも理由のひとつのようだが、それだけではなさそうだと思った。

 

「私もお父様から聞いた話だけれど。ウィーズリーは昔、純血同士で結婚しておきながら、純血主義を馬鹿馬鹿しいものだと言って私たちに喧嘩を売ってきたのよ」

 

 ダフネによると、ノット家が間違いなく純血ですと言い張って二十八の神聖なる一族を提唱した。その中にはウィーズリー家もあったが、ウィーズリー家は自分の家にはマグルが混じっているから外せと言い張ったのだという。

 

「外してあげれば良かったじゃないか」

 

「それができないから苦労してるんでしょう!?あいつらは無駄に数がおおくていろんな家と結婚してるから、色んな純血一族が面目を潰されたのよ!」

 

 これは完全な被害者意識だった。そもそもウィーズリー家は代々グリフィンドール出身と言われる家で、純血主義を信仰したことはない。親戚が勝手に言い出したことに乗らなかったというだけのことだ。

 

「……事情は分かったよ。でも、ロンが僕を裏切ったことは一度もないんだ。僕がロンを友達だと思わない理由にはならないよ」

 

 

「本当に強情ね……」

 

 

 ダフネは呆れながら言った。ハリーにはそれで構わなかった。

 

***

 

 三日目の放課後、ハリーたちは魔法探究会の集まりとしてロンやハーマイオニーと魔法の練習をしながら駄弁っていた。ロンはアズラエルから、アーサー·ウィーズリー氏に再就職する予定はないかと声をかけられていた。

 

「単なる車を透明化できる技術なんて、どこの企業でも引く手数多で欲しがりますよ、きっと。アーサーさんは魔法省なんかじゃなくてうちの企業に就職すべきです。今の倍は高給取りだったはずです。特許料でも、収入があるはずですよ」

 

 アズラエルは商売人の家系らしく、魔法の製品に対して目がない。彼はアーサー·ウィーズリーの魔法技術を高く評価していた。ハリーがアズラエルに聞いたところ本気だそうだ。

 

「いや。うちの親父はマグル製品が好きだから今の仕事で良いって言ってるから。て言うかあんまりその話をしないでくれよアズラエル。うちのママがガチギレしてんだよ……」

 

 ロンに対する虐めは今のところ最小限の範囲で収まっていた。ロンの顔色は悪くなかった。ハリーはその事に安堵しながら、ハリーはロンとハーマイオニーに、新しいDADAの授業はどうだったのかを聞いた。

 

「あー……うん、まぁ……」

 

 ハリーはロンの表情から全てを察した。

 

「アンブリッジ先生とどっちがマシ?」

 

 

「それはゴキブリ豆板と百味ビーンズを比べるようなもんだぜ?ハーマイオニーは圧倒的にロックハート派だけどさ」

 

 

「噂ではピクシーを解き放ったけど制御できなくてひでーことになったらしいな。明らかに糞教師じゃん」

 

 

 ザビニは既に情報を得ていたようだった。ハリーは明日の授業で自分の腕を試すことになるかもしれないと覚悟を決めた。

 

「いや駄目なのはそれだけじゃないんだよなぁ……」

 

 

「えっまだ下があるの?冗談じゃなくて今の情報本当なの?その上で下があるの?」

 

 

 ハリーは恐怖した。実技で頼りにならないのも駄目だが、果たしてそれ以下の授業などあるのだろうか。

 

 

「エクスペリアームス!!まぁ、ロン。そんな考え方は良くないわ。ロックハート先生は私たちを試しておられるのよ」

 

 

 ハーマイオニーは笑顔でエクスペリアームスを使い、ファルカスを圧倒していた。そんなハーマイオニーを見ながら、ロンは悲壮な顔で言った。

 

 

「俺さ、ロックハートに何か不幸があってハーマイオニーが一刻も早く正気に戻ってくれることを祈るよ」

 

 

「重症みたいだね、ハーマイオニーは……」

 

 ハリーは自分を棚にあげて言った、ハリーはザビニと同じく、異性のことはまず顔面で評価する派だった。

 

「僕らも美人を前にしたときは似たようなもんですけどね」

 

 アズラエルはどこまでも冷静だった。

 

 ハリーは気がつかなかったが、ロンはハリーたちに感謝していた。

 

(変わらずに接してくれる仲間っていいな……アズラエルは少しウザいけど……)

 

 ロンは友達のためにひとつのアドバイスをすることにした。

 

「とにかく気をつけろよ、皆。ロックハートに目をつけられたら、延々と無駄話に付き合わされるぞ。目立たないようにしろ。あれはもう授業っていうか……」

 

 

 ロンの忠告は、はっきりとハリーの耳に残った。

 

 

「……劇だから」




原作見るとロンもロンでクソガキではあるんだけど

·そもそも双子が日常的に車を使ってそうな原作の描写
·親の管理責任の割合もデカイのに吠えメールを送られて全校生徒の前で叱られるという罰
·頑固で忠誠心を発揮してくれないお下がりの杖
·家のせいで自分からスリザリンに手を出したことはないのに虐められる(五巻)
など環境が悪い部分はめちゃくちゃある


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最悪の初恋

今回も展開を少し変えて原作キャラに悪事を盛っています。原作キャラファンの方はすみません。
その代わり青春っぽいイベントもありまぁす!


 

 ハリーたちが受けるロックハート先生の授業は恐ろしいものだった。ロックハートは防衛術とは無関係の、自分の好きな色や自分の誕生日を小テストの問題として出し、芝居形式で教科書を再現するという暴挙に出た。ハリーは全問正解するのも癪だったので、わざと数問間違えて提出した。

 

 ロックハートの小テストは、教科書を読み込んでいるかどうかという国語の授業としては良かったのかもしれない。しかし残念ながら、彼は防衛術の教師としては無能だとハリーは思った。ザビニはロックハート先生に対して露骨に失望していた。

 

「俺さ、人間の九割は顔で決まるっていつも言ってるけどよ……」

 

 ザビニは端正な顔立ちに怒りを乗せていた。

 

「あそこまで顔の良さを無駄にできるやつは見たことがねえよ」

 

「ロックハート先生は女子たちには人気だから……」

 

 人間は見た目で決まるというのが信念のザビニにとって、ロックハート先生は許しがたい相手だった。ハリーはザビニがロックハートの授業を妨害したり、教師虐めをしないようにザビニをなだめた。

 

 

 ロックハート先生の授業は見世物としてはなかなかだった。強制的に役者をやらされるのがハリーでなければ、ハリーも楽しんでいたかもしれない。ハリーはロックハートの演技に付き合わされた挙げ句、見世物にならざるを得なかった。スリザリン生らしくロックハートへのお世辞も忘れなかったが、ロックハートはそのお世辞で調子に乗り、ますますハリーをこき使った。

 

 

「あんな無能を採用するダンブルドアは校長失格だよ。僕の父上はいつもそう仰っていた。父上なら、もっと優秀な教師を見つけてきてくれる」

 

 ドラコはそう言ってスリザリン内部の女子以外からも人気を得はじめていた。

 

 ロックハート先生の名誉のためにいえば、彼は教育熱心だった。放課後には女子たちの相談には快く応えたし、自分の支持者であれば男子にも優しくした。自分で劇の脚本を作り上げ、演出し、道化から主役まで幅広くこなす手腕は天才的だった。

 しかし残念ながら、ロックハート先生は簡単な呪文にすら失敗した。彼の杖の動きは間違っていた。防衛術の教師としてのロックハートは凡人だと言わざるをえなかった。

 

(これならシリウスで良かったんじゃ……)

 

 ハリーはドラコの言葉に全面的に同意するつもりはなかったが、それでもロックハート先生の授業はまずいと思った。上級生たちは、ハリーよりももっと事態を深刻に捉えていた。

 

 

「やベエよマッキー。こんなんじゃ俺たちは防衛術のテストに落ちるぜ?」

 

 スリザリンの談話室では、リカルド·マーセナスが親友で新監督生のマクギリス·カローとよく話していた。カローはロックハートの教科書ではなく、中級防衛理論の参考書を読んでいた。

 

「……私たちは去年まで遊び過ぎたな……決闘クラブで汗を流すしかないな。下級生たちの相談にも乗らなければならないし……やることが山積みだ。イーライ、グリフィンドール生と揉めたそうだね?私で良ければ相談に乗るよ?連中を撃退する呪いを教えてあげよう」

 

 マクギリスの相方の女子監督生、イザベラ·セルウィンは、後輩たちをこう諭していた。

 

「いい、かわいい後輩たち?防衛術は教師に教わる科目じゃないの。今年みたいにハズレ教師の年もあるわ。あんたたちも今は分からないでしょうけど、四年後、自分が受験の時に困らないように、自学自習はしっかりしておくのよ。……そして、今年は駄目でしょうけど、アタリの教師だった時は、そいつをおだてあげてしっかりと勉強するのよ」

 

「もしもアタリ教師が来なかったらどうすればいいですか?」

 

「できる奴と仲良くしてノートを見せてもらいなさい。ちゃんとお礼はしなきゃ駄目よ」

 

 ハリーたち生徒の話題は、しばらくの間ロックハート一色になった。ハリーはザビニが度々ぼやくのを聞いた。

 

「……クィレルって今から思うとマシな先生だったんだな。俺、あいつに厳しすぎたよ」

 

 ザビニがそう言うと、ハリーの胸がチクりと傷んだ。ハリーはクィレル教授のことを忘れていた自分を責めた。

 

「そうだね……」

 

「ないものは無いとして考えましょうか。防衛術を捨て科目にしてる人も多いですからね……」

 

 

 

 生徒の誰もがセルウィンやアズラエルのように合理的に考えられるわけではなかった。ハリーは五年生たちがロックハートに呪詛を撒き散らしているのを見ながら、スネイプ教授に防衛術を教わろうとした。スネイプ教授はいつも防衛術の教師やハリーに対して当たりが強い。ハリーは、ロックハート先生を出汁にして関係が改善できるのではないかと思った。万が一の可能性もなかったが。

 

「防衛理論は防衛術の教師に聞きたまえ」

 

 予想通り、スネイプ教授はハリーに冷たくそう言った。スネイプ教授は地下の実験室である魔法薬を煎じていた。ハリーは魔法薬の成績が良かったので、その魔法薬が何であるのか気がついた。

 

 ハリーが薬とスネイプ教授を意外そうに見比べているのを見て、スネイプ教授は言った。

 

「ロックハートの依頼だ。あの阿呆は、これを授業で用いるそうだ。おそろしい闇の魔術に対抗する術を教えるのだと言ってな。……私はあの男が生徒に何を教えたとしても、それがまともな防衛術だとは思わん。私はあの男の……失態をつぶさに教育委員会に報告するつもりだ。私の邪魔をするな、ポッター」

 

「はい、先生。どうかお願いします」

 

 スネイプ教授はハリーの視線が大鍋に向かっていたのでそう説明した。ハリーは少し微笑んで研究室を出た。

 

***

 

 ロンへの虐めや弄くりは、ハリーの知る限り最小限ですんだ。今や生徒たちの話題はウィーズリー家ではなく、ロックハート先生にかっさらわれてしまった。

 ハリーはダフネへのお礼のために、女子寮にお邪魔してティーパーティーに参加していた。落ち着いた緑色のテーブルクロスに銀色の刺繍が施され、用意された紅茶からは落ち着いたいい香りがした。

 

 女子会のメンバーは、パンジー、トレイシー、ミリセント、そしてダフネの四人だった。彼女たちは同じ部屋ということで非常に仲が良く、いつも四人で行動していたが、クインビーはパンジーだった。ハリーはパンジーと正面の位置に座らされ、彼女の話につきあった。

 

 パンジーの話は、誰と誰がつきあっているとか、よその寮の誰々が気にくわないとかいう話から、ブランドもののバッグを持っているのよというような自慢まで幅広かった。ハリーは内心つまらないと思いながらも、閉心術の初歩を駆使してパンジーの話に時に笑い、時に驚いたフリをしながら駄弁った。

 

 実に三十分はパンジーの話につきあった頃、ハリーは喉が乾いて紅茶を口にした。紅茶は、今までハリーが飲んだどの紅茶より美味しかった。ハリーは紅茶の香りに嗅ぎ覚えがある気がした。

 

「ああ、すごくいい茶葉だね、これ。どこの茶なの?」

 

 ハリーは心の底から言った。パンジーは私が用意したのよと言った。ハリーはそんなパンジーが好きになり、嬉しくなって心の底から彼女のセンスを称賛した。パンジーが笑うと、ハリーも嬉しくなった。

 

 紅茶を飲んでから、ハリーは心地よい浮遊感のようなものを味わっていた。ハリーはいつしかパンジーに釘付けになっていた。

 

(僕はどうして彼女の魅力に気がつかなかったんだろう?)

 

 とハリーは思った。パグ犬のような顔も、狡猾なスリザリン生らしい振る舞いも、何もかもが魅力的に思えた。そんなハリーを、トレイシーたちは明らかに異様なものを見る目で見ていた。トレイシーは口数が少なくなり、ミリセントはパンジーを、恐ろしいものを見るような目で見ていたし、ダフネは今までになく青ざめていた。

(……みんなどうしたんだろう。パンジーはこんなにかわいいのに……)

 

「私、あなたがこんなに話せる子だとは思わなかったわ」

 

「僕もだよ。ああパンジー。僕はどうして君のことを今までどうでもいいと思って、君の魅力に気がつかなかったんだろうね?君のパグ犬みたいな顔も、性格の悪さも、その全てがこんなにも魅力的なのに……」

 

 ハリーがそう口に出したとき、ハリーの額の傷がずきりと傷んだ。パンジーは驚いてショックを受けたような顔をしていたし、ダフネたちは確かに笑った。だが、ハリーの緑色の瞳はパンジーしか見ていなかった。

 

「……ねぇポッター。喉が乾いていない?紅茶、まだ残ってるじゃない」

 

 パンジーは笑顔ではあったが、目は笑っていなかった。ハリーはそんなパンジーも魅力的に思えた。

 

「飲みなさい」

 

「だ、駄目よポッター……」

 

「うん。パンジーがそう言うなら」

 

 ハリーはダフネの制止も聞かずに紅茶を飲んだ。また額の傷跡がずきりと傷んだ。

 

「ねえポッター。あなたってスリザリン生よね?」

 

「うん。歴としたスリザリン生だよ。君も知ってるじゃないか」

 

「じゃあ、マグル生まれの穢れた血なんかと付き合っちゃ駄目じゃない。私、あなたがスリザリン生らしくないのがとても悲しいわ……」

 

(…………穢れた血?)

 

 ハリーの中で、何かが葛藤している気がした。パンジーの言葉を聞きたいという思いと、聞きたくないという思いがハリーの中で沸き上がった。

 

「いまここで約束してよ。グレンジャーみたいな穢れた血なんかとは縁を切るって。そうすれば、私もあなたを許してあげる」

 

 ハリーの中で、パンジーを喜ばせたいという思いが沸き上がった。

 

(パンジーのいう通りじゃないか……僕はスリザリン生なんだ……穢れた血なんかと付き合っちゃいけないんだ……)

 

 そう思って口を開きかけた時、ハリーの額はずきりと傷んだ。ハリーの心の底から、怒りが沸き上がってくる。

 

(おかしい……おかしいおかしい。僕はパンジーが好きなんだ。彼女の言葉には従わなきゃ……いや、何で友達を穢れた血なんて言える?どうして母さんをそんな風に思えるんだ?)

 

 

「そんなことを言っちゃ駄目だよ。君はこんなにも魅力的な女の子なのに」

 

 ハリーはそう即答して、じっとパンジーを見た。パンジーの顔が驚愕の色に染まり、やがて怒りに変わっていくのがハリーには見えた。ハリーはその顔が魅力的に……

見えなかった。パグ犬はどこまでいってもパグ犬にしか見えない。

 

(ざまあみろ)

 

 という内心と、

 

(どうしてパンジーを悲しませるんだ?どうかしてるのか僕は?)

 

 という思いがハリーの中で渦巻いていた。

 

 ハリーはずきずきと痛む頭で、紅茶に目を落とした。紅茶からは、箒の香りがした。それでハリーは全てを悟った。

 

「パンジー、トレイシー、ミリセント、ダフネ。今日は楽しい時間をくれてどうもありがとう。僕はちょっと用事を思い出したから、悪いけどここで失礼するよ」

 

(早くここから出るんだ。これ以上パンジーを悲しませるな)

 

 ハリーの内心は、もっとパンジーの側にいるべきだと叫んでいた。ハリーのなかのもうひとつの声は、そんなハリーを説得する理屈をつけていた。女子寮を出たハリーは、急いで医務室に向かった。

 

 

***

 

「待ちなさいポッター!!医務室はこっちよ!!」

 

 ハリーの足は医務室ではなく、のろのろと、魔法探究会に向かおうとしていた。ハリーはついてきたダフネにこう言った。

 

「でも僕は……僕は……パンジーに従わないと……ハーマイオニーに僕は……でも……」

 

(う、動いたせいで薬が回ってるのね!?)

 

「ペトリフィカス トタルス(石化しろ)!!」

 

 うまく動かないハリーに向かって、ダフネが魔法を撃った。ハリーは石のように身動きがとれなくなった。

 

「何をするんだ!?」

 

「あなたは医務室に行くのよ!ウィンガーディアム レヴィオーサ(浮遊)!」

 

 ハリーはダフネの魔法で服ごと体を浮かされ、強制的に医務室に連行された。ポンフリー校医は、ほとんど面倒くさそうに石化を解除すると、ハリーに解毒剤を飲ませた。

 

「う……あぁ!?僕は……何をしてたんだ!?」

 

 ハリーにかかった魔法が解けると、ハリーは頭を抱えてうずくまった。マダム·ポンフリーはそんなハリーを呆れたように見た。

 

「惚れ薬に引っ掛かったのはあなたで四人目です。全く、何であんな薬が流行っているのかしら……」

 

 ハリーはマダム·ポンフリーの話を聞いていなかった。ハリーは自分を責めていた。

 

(僕は知ってたじゃないか!惚れ薬は本人の好きな香りがするって!何で気がつかなかった!

いや、そんなことより……何であんなことを考えた!?)

 

 ハリーはあと少しで、自分がもっとも大切にしたいものを失うところだった。親友と、母親の愛だ。

 

(魔法薬なんかに負けてしまうなんて……)

 

 ハリーが頭を抱えている間、ダフネがポンフリーに説明をしていた。

 

「……私の友達が……彼に惚れ薬を飲ませたんです。友達は前の日に、ロックハート先生の部屋にお邪魔していました」

 

「またあの男!?生徒に惚れ薬をばらまくなんて何を考えているの!!」

 

 ハリーは顔をあげた。ハリーは薬の出所に心当たりがあった。

 

「スネイプ教授は、ロックハートが授業で使う予定だからと惚れ薬を作っていました。たぶんロックハートは、それを生徒に配ったんだと思います」

 

 ハリーはロックハート先生に敬称をつける気にならなかった。ポンフリー校医はひとしきり憤慨したあと、スネイプと校長に報告することを約束した。

 

「今日はもう少しここで休みなさい。下手に動いてはいけませんよ」

 

 ハリーはポンフリーの厚意で、医務室に留まることを許された。医務室の中で、ハリーはダフネと気まずい沈黙に包まれていた。

 

「…………助けてくれてありがとう」

 

 ハリーはダフネに対して、逆恨みのような感情が沸くのをこらえてお礼を言った。悪いのはロックハートと、薬を盛ったパンジーの筈だった。それでも閉心術を使う余裕はなく、声は自然と刺々しくなった。

 

「私……パンジーがあんなことをするとは思わなかったのよ」

 

「……僕は別に、ダフネを責めてる訳じゃない」

 

 ダフネの声は弱々しかった。彼女の黒髪も、へたりこんでうなだれていた。

 

「あなたを招待したということで、パンジーが他の女の子たちに自慢話をする種を提供したつもりだったの」

 

「じゃあ見事に失敗したわけだ。まぁ最初から僕と仲良くする気なんてなかったんだろうね。仲良くしたい相手に薬を使うわけないんだから」

 

 ハリーはパンジーを貶した。ダフネには悪いが取り繕う気にはならなかった。ダフネにとってパンジーは大切な友達の筈だが、今のハリーにはそれを考える気にならなかった。

 

「人の心を操ろうなんて思うからだよ」

 

「パンジーを悪く言うのはやめて」

 

 ダフネはかろうじてハリーにそう言った。ハリーは鬱陶しそうにダフネに目を向けた。

 

「あの子はきっと……マルフォイのためにあなたにスリザリン生らしくさせようとしたのよ。あなたがグレンジャーと仲がいいままだと、マルフォイはあなたとギクシャクしたままだもの」

 

「そして僕の友人関係を破壊しようっていうのかい?彼女は本当に狡猾な魔女だね。余計なお世話だ。吐き気がするよ」

 

 ハリーはパンジーに対して嫌悪感を隠せなくなった。パンジーが友達のために動いているのはハリーと同じだ。スリザリン生らしく、どんな手を使ってでもドラコのためにと目的を達成しようとしただけだ。もっともそれをされた方は、吐き気がするほど相手を嫌う権利があるということをハリーは知った。

 

 ハリーはあらん限りの罵声を吐き出したかったが、ダフネの顔を見てはっとしてやめた。彼女の瞳には涙の粒が見えた。

 

 ハリーはハンカチでダフネの涙をぬぐった。ダフネと暫くの間見つめあっていると、ハリーはパンジーへの怒りを漏らすことはできなかった。

 

「……今日は誘ってくれてありがとう。もう、パンジーがいるならお茶会は参加できないけど」

 

 

 やがてハリーは気まずい雰囲気の中で言葉を紡いだ。

 

「君と二人とか……とにかく、僕に失礼なことをしない人となら、また誘ってくれると嬉しいよ」

 

 結局ハリーは、ダフネのために閉心術を発動させなければならなかった。気落ちしたダフネを女子寮の前まで送ったあと、ハリーは男子寮に戻りニンバスを取り出した。箒に乗らなければ、ハリーは呪文で何もかもを壊したくなりそうだったからだ。

 

 

 

 




トレイシー(あれ……もしかしてパンジーってなんかヤバイ?)
ミリセント(ドン引き)
ダフネ(おまっ……お前~!?何してくれてんのぉぉぉぉぉ!????)


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コリン·クリービーとスリザリンの獅子

この時期のコリン君は色々言われるけど最終的にはハリーが学校カースト最下位になっても信じてくれて命まで捧げたファンの鑑だからよ……
止まるんじゃねえぞ……


 

 ハリーは次の日から、パンジーとは距離を置くことにした。といっても精神的なものだ。元々ハリーはパンジーとはクラスメイト以上の間柄ではなかった。ハリーの中ではパンジーは、ダーズリー家やヴォルデモートに次ぐほどに嫌悪感が沸く存在になっていた。パンジーがドラコと仲良くしているのを見て、ハリーはなんとも言えない気持ちになった。腹の底からムカムカした。

 

(あいつだけはやめた方がいい……なんて、僕が言いたくなる日が来るなんてね)

 

 ハリーは恋愛については鈍感だった。そもそも自分が人から好かれる筈がないという気持ちもあったが、恋というものがどういうものであるのかすらまだ分かってはいなかった。愛の妙薬の恋は単なる興奮作用であり、麻薬による錯覚だった。結論から言って、ハリーの初恋は最悪の味だった。

 

「お前なあ。惚れ薬くらいで気にしすぎなんだよ」

 

 アズラエルやファルカスはパンジーに対して嫌悪感を示したが、ザビニはそうでもなかった。

 

「油断してまんまと薬を飲んだお前の負けなのさ。さっさと忘れて次行けよ」

 

 魔法界では比較的簡単に愛の妙薬の材料が手に入る。ファルカスによると普通は、好きな相手に告白するために使うか、好きな相手同士でお遊びで使うのだという。その基準でいくとパンジーの行動は礼儀知らずであった。ザビニに言わせれば、薬を盛られた方が悪いということだった。

 

「そもそも僕はパンジーのことをなんとも思ってないんだけどね。今までパグ犬だと思ってた子が、パグ犬に失礼な別の何かだったと知っただけさ」

 

 ザビニがハリーを笑い飛ばしてくれたことは救いだった。ハリーは、惚れ薬を飲んだときに考えたことを頭の隅に追いやった。ハリーの中に友人への差別心などなかった。

 

(あれは僕じゃない。僕は、あんなことを考えない。惚れ薬のせいだったんだ)

 

 探究会でハーマイオニーの少し出っ歯な顔を見たとき、ハリーは心の底から安心した。薬の効果は消え去っていて、ハリーは彼女と友達として接することが出来たのだ。これ程嬉しいことはなかった。

 

 

 ハリーはその日、ドラコとのシーカー決定戦が近づいていたので、その調整のために箒を持ってグラウンドに向かっていた。ファルカスは決闘クラブに呼ばれていたので、ハリーはアズラエルやザビニと共にグラウンドに来ていた。スリザリン·クィディッチ·チームはまだ全体練習を開始しておらず、ハリーたちはアップを取っていた。

 

 グラウンドにはドラコの姿もあった。ドラコもハリーと同じニンバス2001を持ち、シーカー決定戦に備えて着々と準備を進めている。準備運動としてのランニングを終えたハリーたちが箒に乗ろうとしたとき、ハリーの耳に甲高い声が聞こえてきた。

 

「あの、ちょっといいですか?お元気ですか?」

 

 ハリーたち三人が目を向けると、グリフィンドールの赤いローブに身を包んだ小柄な少年がハリーを見ていた。少年はハリーの額を見ようとして、傷がないことをいぶかしがっていた。ハリーはあまりにも皆が額の傷をじろじろと見るので、魔法薬で見た目には傷が見えないようにしていた。

 

「あの……もしかして、眼鏡のあなたがハリー·ポッターですか?」

 

「そうだよ。君の名前は?」

 

「ハリー。僕……僕の名前はコリン·クリーピーと言います」

 

「一体ハリーに何の用件ですか?君はグリフィンドールの子ですよね。練習中に声をかけられても困るんですけど?それと、その手に持ったカメラは何のつもりですか?」

 

 アズラエルはコリンを無視してもよかったのだが、手に持っていたカメラが気になってコリンに声をかけた。カメラでハリーやスリザリンチームのプレイを撮影されれば、グリフィンドール·チームに分析される恐れがあったからだ。

 

「まぁいいじゃねえかアズラエル。こいつ、チビだし一年だろ?大目に見てやろうぜ」

 

 一方のザビニは、相手が一年の後輩ということもあり寛大さを発揮しようとしていた。

 

「あ、ご迷惑だったら謝ります、すみません。ただ僕、どうしてもハリーに頼みたいことがあって」

 

(頼みを聞く義理は無いんだけどな……)

 

 ハリーは内心でコリンのことを迷惑だと思いながらも、話を聞くことにした。聞けない頼みなら断ればいいし、断ればこの子もこの場を去るだろう。クィディッチ競技場には少しずつ人が集まってきていて、その中にはロンとハーマイオニーの姿もあった。

 

「…………君の名前は?」

 

「僕、コリン·クリーピーと言います!!グリフィンドールです!」

 

「そうか、コリン。はじめまして。僕がハリー·ポッターだよ。横のかっこいいお兄さんたちは、」

 

「横のあなたはブレーズ·ザビニで、金髪の方はブルーム·アズラエルですよね!先輩たちが話をしているのを聞きました!!あなたたちはグリフィンドール生くらい勇敢で素晴らしいって!!」

 

「あ、そう……」

 

 ハリーたちはグリフィンドールの寮内でも有名なようだった。ハリーはむず痒かった。知らない人が自分を知っているという居心地の悪さは慣れてきたが、後輩にまで知れているのは何となく嫌だった。

 

 少年……コリンは、それから弾丸のように矢継ぎ早に自分がマグル生まれであり、ハリーに憧れていることを公言した。……よりによって、ドラコの前で。

 

 

(誰か教えておけよ!!グリフィンドールの監督生は、誰もこの子に教えなかったのか?!スリザリン生には気を付けろって!)

 

 ハリーはグリフィンドール生の誰も、コリンに魔法界の予備知識を教えなかったのかと思った。スリザリン生の前でマグル生まれであることを公言するなんて、喧嘩を売っているにも等しい。いずれわかることとはいえ、せめてドラコのような純血の魔法使いの前では、それを隠すようなことを言わせるべきだった。

 

 確かにハリーに差別意識はない。ないが、その周囲にいるスリザリン生が差別意識がないとは限らないのだ。これはグリフィンドールの監督生、ガエリオ·ジュリスがスリザリンの生徒に対する偏見を持っていないという証明ではあった。同時に、グリフィンドールの監督生たちはスリザリンの生徒たちの差別意識を楽観的に見ていて、問題が起こらないようにするという予防意識が欠けているという証明でもあった。

 

 

「あの、あなたたちにお願いがあって……もしよければ、僕と一緒に写真を撮ってくれませんか!?……そして、それから写真にサインしてもらってもいいですか?」

 

「……君、グリフィンドールの勇敢さを命知らずだと勘違いしてませんか?」

 

 アズラエルはコリンを呆れた目で見ていた。スリザリンの生徒にマグル生まれであることを明かすなんて、本来はあり得ないことなのにと。ハーマイオニー一人ならまだしも、自分からマグル生まれであることを公衆の面前で明かされてはスリザリンお得意の見てみぬフリをすることも出来ないではないか。

 

 コリンは、ハリーを完全に都合のいいヒーローか何かのように見ていた。コリンの瞳はきらきらと宝石のように輝いていた。

 

(ダンブルドアを尊敬してた僕にそっくりだ)

 

 ハリーはその姿に、かつての自分やハーマイオニーの姿を見た。コリンに対しては怒りよりも、同情心の方が強かった。

 

 

「君には悪いけど断るよ。ごめんねコリン。僕は、君が思ってるような奴じゃないから。それから、君は今すぐに寮に戻った方がいいよ。今すぐに」

 

「そんなぁ……」

 

 コリンはみるみるうちに元気をなくして萎んでいった。そんなコリンの背中から、嘲るような声がかけられた。

 

「サイン入り写真だって?ポッター。君はグリフィンドールの子にサイン入り写真を配って回っているのかい?」

 

 案の定、ドラコがやってきた。ドラコはコリンの持っているカメラを小馬鹿にしたようにせせら笑ったあと、グラウンドに集まった観客に向けて大声で言った。

 

「みんな、こっち来いよ!!ハリー·ポッターがサイン入り写真を配ってくれるそうだ!」

 

「そんなつもりはないよ、ドラコ。僕はこれから君との試合に向けて忙しいんだ」

 

「自分を慕ってきた後輩に対して、随分と冷たいねえ、ポッター」

 

 ドラコはハリーの回答を聞いて満足したように笑い、そのあとコリンを標的にした。

 

「君のような世間知らずな生徒、グリフィンドールの中ですらすぐに浮くだろうね!かわいそうに、ハリーは君なんかには興味がないそうだ……何処にも居場所がないんだねえ?」

 

「ドラコ、言い過ぎだよ。下級生だぞ」

 

 並の子供ならば、ここで泣いて逃げていたかもしれない。しかし、コリンは並の子供ではなかった。

 

「君、ハリーに嫉妬してるんだ。だからそんな言い方しか出来ないんだ」

 

 

(うわっ……)

 

 アズラエルはコリンの言葉を聞いた瞬間にドラコから目を背けた。

 

(オイオイオイオイ言いやがったよ。こいついつか死ぬぞ……)

 

 ザビニはコリンが根っからのグリフィンドール生であることを知り、組分けの正しさと救えなさを実感した。

 

 スリザリン生の大半が何となく察しつつ、触れないでいる部分はある。人間関係において重要なのは、そういったデリケートな感情の部分にはうまく触れずにおくことだ。

 

 しかし、マグル生まれであるコリンにはそもそもドラコの家の複雑な事情などわからない。コリンにわかるのは、ドラコがハリーに並々ならぬ執着を持っているということだけだ。

 見たものに対してオブラートに包み込んだ表現をする技術を、マグル生まれで入学したてのコリンに求めるのはあまりにも酷だった。

 

 案の定、ドラコは激怒した。ドラコはコリンのことを礼儀知らずのマグル生まれだと罵倒し(差別用語はギリギリ言わなかった)、ロンと口論になりかけた。

 

「おやおやおやおや?いけませんねえ喧嘩などしては?今日は絶好のクィディッチ日和だというのに!」

 

 その場を丸く納めたのは、ギルデロイ·ロックハートだった。彼は白く煌めく歯を輝かせ、満面の笑みで颯爽と場に割って入ると、コリンと記念撮影をしてコリンを満足させた。ドラコとロンも、先生の目の前で喧嘩をするほどバカではない。ハリーは複雑な思いだったが、ロックハート先生に感謝の気持ちを伝えた。ロックハートは爽やかにハリーに言った。

 

 

「君にはまだ、サイン入りの写真を配るのは早いでしょう。私のように偉大な魔法使いになるまで、君は慎みを覚えることをおすすめしますよ」

 

 ロックハート先生のアドバイスと、ロックハート先生がコリンに与えた厚意は、結論から言うと役に立たなかった。コリンはロックハート先生の厚意を受け、写真を撮ってもらえたことで舞い上がり、次の日から箒で飛行中のハリーを撮影し出したからだ。コリンは何度言っても、ハリーを撮影することを止めようとはしなかった。

 

(……こいつ……)

 

 

 

***

 

 ハリーはコリン対策として、マクギリス·カローの伝手でグリフィンドールの新監督生であるガエリオ·ジュリスを紹介してもらった。ガエリオから、コリンを諌めてもらえばいいと思った。マクギリスはガエリオについて、正義感に酔った部分があるとハリーに忠告していたが、ハリーは気にしなかった。

 

(自分の寮の一年生の面倒を見るのが監督生の仕事ですよね)

 

 とハリーは思った。現にマクギリス·カローは、イーライ·ブラウンをはじめとしたスリザリンの子供たちの話をよく聞いて彼らから慕われていた。

 

「お願いします、ジュリス。コリンを何とかしてください」

 

「スリザリン生の言葉を信じるのもなぁ……」

 

 最初は面倒くさそうにハリーの言葉を信じなかったガエリオだったが、実物のコリンを目にした彼の反応は早かった。ガエリオはコリンに対して他人に迷惑をかけるなと注意したあと直接ハリーに謝罪した。

 

「いや、悪かったな疑ってしまって。スリザリンには性格が悪い奴が多いもんで、ついつい俺たちも色眼鏡で見てしまうんだ」

 

「いえ。これで僕も安心です。お世話になりました、ガエリオ」

 

 ハリーはこれで終わったと思った。しかし、コリンの襲撃はこれで終わらなかった。コリンはその二日後。またしてもハリーの写真を撮った。

 

 

 

***

 

「止めるなよグレンジャー。寛大な俺らも流石にキレてんだからよ」

 

「……その……いじめのようになるのは良くないわ……」

 

「いや、ハーマイオニー。コリンは一回痛い目を見た方がいいって。そうすればあいつも何が悪かったのか反省するだろ……」

 

 ロンですら、コリンに思い知らせることに異論はなかった。ハーマイオニーはやり過ぎないようにとハリーに釘をさしたが、ハリーがこういうと流石の彼女も黙った。

 

「じゃあハーマイオニー。僕の代わりにコリンのアフターフォローをしてくれる?僕のこの方法なら、汚名は僕一人で済む。コリンもグリフィンドール生として、日常生活に戻れる筈だよ」

 

 ハリーたちは探究会で、コリン対策について話し合った。ハリーがコリンを問い詰めて詰問したところ、コリンに反省の色が見られなかったからだ。

 

「ハリーはグリフィンドールみたいな人だから」

 

 コリンの目は実際のハリーではなく、肥大化された理想のハリーを見ていた。

 

「僕を差別しないし、許可を取れば許してくれますよね?僕、ロックハート先生に許可を取ったんです。学校の敷地内でカメラを撮影することは校則違反じゃないって先生も仰ってました」

 

 

 反省の色が見られない言動に、ハリーはキレた。コリンの姿は、一年前にガーフィール·ガフガリオンの忠告を全部無視したハリー自身にも重なって見えた。それがまたハリーには嫌だった。

 

(僕がしたことが、全部悪いかたちで返ってきてるみたいじゃないか)

 

 ロンとハーマイオニーの心証を悪くするのは嫌だったので、予め話を通した上で、ハリーは悪事を実行した。

 

 

***

 

 曇りがちな空の隙間にわずかな陽射しが降り注ぐ日。ハリーはコリンと一緒に校庭に出ていた。コリンはワクワクした顔でハリーを見ていた。ハリーは閉心術を使い、コリンに好意的に接した。

 

「僕、ハリーに魔法を教えてもらうなんて光栄です!」

 

「そんなに大層な魔法じゃないよ。コリン、あの木の枝に向かって、ウィンガーディアム レヴィオーサって言ってみて。スペルは難しいけど、発音を意識してね」

 

「はい!ウィンガーディアム レヴィオーサ!!ウィンガーディアム……」

 

 コリンは発音や、杖の振り方に苦戦し、六回ほど魔法が不発に終わった。ハリーは七回目の挑戦を笑顔で待った。

 

「大丈夫。大分よくなってるよ」

 

「ありがとうございます!ウィンガーディアム レヴィオーサ!!……やったー!!」

 

 コリンは七回目にしてついに魔法を成功させた。喜びに震えるコリンに、無慈悲な声がかけられた。

 

 

「おい。誰だ昼寝してた俺に木の枝をぶつけたのは?お前か?校庭での魔法使用は厳禁だぞ。グリフィンドール一点減点」

 

 スリザリン寮の六年生で監督生のガーフィール·ガフガリオンだった。彼は予め、ハリーと打ち合わせた場所に待機していた。ガフガリオンの側にはグリフィンドール監督生のアグリアス·ベオルブもいたが、彼女はコリンを一瞥もしなかった。

 

「え。えぇー?!そんなぁ……!!」

 

「コリン。ここまでは全部仕込みだよ。僕は最初から君を嵌めるつもりでここに呼んだんだ」

 

「え、どうして……」

 

 ハリーは落ち込むコリンに種明かしをして追い討ちをかけた。

 

「君の事が嫌いだったからだよ。僕がスリザリン生らしくないなんて、回りの人が勝手にそう思ってるだけだ。君はもっと現実を見た方がいいよ」

 

 コリンは泣きそうな目でハリーを見たが、くるりとハリーに背中を向けて走り去った。ハリーはこれで良かったのだと思った。ハリーは偉大な魔法使いになりたいと思っているが、それはコリンが望むような、コリンにとって都合のいいアイドルではない。

 

(そういうのはロックハート先生で満足すべきだ)

 

 と、ハリーは思った。そんなハリーを、ガフガリオンはスリザリン生らしくなったと褒めた。

 

***

 

 しかし、ハリーの予想はまたしても覆されることになった。コリンはハリーに教わった呪文でグリフィンドールに十点も加点したと大喜びし、魔法探究会に入れてくれとハリーたち六人の前に顔を見せた。ハリーは頭を抱えた。

 

 




ハリー&ガエリオ&ハーマイオニー&その他大勢の生徒「コリン止まれ、止まって!……止まれっつってんだろうがぁ!」


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ドラコのプライド


唐突ですが水星の魔女3話グエルのプライドを見返しました。


 

 

「随分と困っているようだね、ポッター」

 

 スリザリンの談話室で、ハリーはドラコに声をかけられた。何についての話かは聞くまでもなかった。コリン·クリーピーは今でもハリーに付きまとっていたからだ。

 

 

「心配することはない。身の程知らずの穢れた血には、思い知らせてやるさ」

 

「ドラコ。僕は君にそんなことをしてほしくはないよ。それに、そんな言葉を聞きたくもない。かまってちゃんの事なんて僕はもう気にしてない。僕が今興味があるのは、クィディッチのシーカー決定戦のことだけさ。君と最高の勝負ができるんだからね」

 

 ハリーはドラコを注意しながら話題をそらした。クィディッチの選抜は今週の土曜日で、今日はもう木曜日だ。ハリーは選抜への期待と不安でハイになっていた。

 

「君に土をつけてやるぞ、ポッター。僕に楯突いたことを後悔させてやる」

 

「僕は後悔はしないよ。やれるだけのことを全力でやるだけさ」

 

 口とは裏腹に、ハリーは何としてでもドラコに勝ちたいと思っていた。クィディッチ選手として自由に空を飛べるなら、ハリーには何もいらなかった。それはきっと、ドラコも同じ気持ちの筈だった。空の上では、クィディッチ選手は自由なのだから。

 

***

 

 ハリーはコリンの入部志願を部の長としてはっきりと断った。絶望的な顔をしたコリンを見て少し気を晴らしたハリーは、コリンに対して、もう人の嫌がることをするなと釘を刺した。

 

 

 

 ハリーに付きまとうコリンは、次はターゲットをハリーからザビニに変えた。ハリーと一緒にクィディッチの練習をしていたザビニやアズラエルは、飛行中にコリンから撮影される羽目になった。

 

「やベーだろあいつ……グレンジャー、どうにかしてくれよ」

 

 青筋を浮き上がらせながらザビニがハーマイオニーにそう頼んだ。彼女はコリンを止められなかったが、コリンがその暴挙に至った経緯は突き止めた。

 

「どうも一部の女子が、あなたたちの写真を欲しがっていたみたいなの……その、あなたたちは目立つからって……」

 

「人の欲望は恐ろしいね」

 

 ハリーはパンジーを思い出して気分が悪くなった。別に女子がどうこうという訳ではない。人は時として、酷いことを平気で思い付くものなのだ。

 

「寛大な僕らでもキレることはあるんですけどねぇ。有名税の概念にも限度があるってこと、分かってます?いや、グリフィンドールやグレンジャーたちを責めてる訳じゃありませんよ?」

 

 アズラエルは嫌味も込めてロンにそうぼやいた。ファルカスは、ぽろっと不穏なことを言ってロンを怒らせかけた。

 

「駄目だと分かってても虐めたくなるよ、コリンは」

 

「いや……コリンはグリフィンドールだとは俺らの中では認められてねえから。だけど本気で虐めようなんて思うなよ?そうしたら絶交だかんな」

 

(……こいつら、話してみれば普通なとこもあるんだけどな……)

 

 ロンは内心、スリザリンの子供たちではなくアズラエルやファルカスを一人の友人だと思っていた。ただ、スリザリンの子供たちには選択肢の中にナチュラルに『虐め』が入っているところがあった。ロンはその部分だけはいけすかなかった。

 

「ファルカスは本気で言った訳じゃないよ、ロン」

 

 ハリーはひりついた雰囲気の中でも落ち着きを崩さないように心がけた。

 

「監督生もコリンを注意してくれてるんだ。またすぐ復活するだろうけど暫くの間は無事の筈だ。ザビニと僕はクィディッチの事だけ考えよう」

 

「そうだな……」

 

 ハリーとザビニはクィディッチの選抜を受ける予定だった。ハリーはシーカーとチェイサー、ザビニはチェイサーの試験を受ける。ポジション不在のシーカーはドラコをはじめとした強敵が待ち構えており、レギュラーが残っているチェイサーはレギュラーを蹴落とせるほどの実力を示さなくてはならない。コリンに構っている暇などなかった。

 実はザビニよりも、ファルカスの方がクィディッチはうまい。だがファルカスは貧乏で、クィディッチ用品を揃えられないからとクィディッチを諦めていた。そのことについて葛藤はあった筈だが、ファルカスは笑顔だった。ファルカスは最近、決闘クラブで自分の居場所を見つけたようだった。

 

「僕もアズラエルと一緒に応援するよ」

 

「俺、マルフォイじゃなくてハリーががシーカーになることを願ってるよ。ザビニもレギュラーになってくれ」

 

 ロンはハリーにそう言った。ロンもハリーたちだけでなく、ロンなりにスリザリンに対して歩み寄ろうとしていた。

 

「もしお前らがレギュラーだったら……グリフィンドールの試合ではグリフィンドールを応援するけど……スリザリン対レイブンクローとかなら、スリザリンを応援してもいいかなって気になるし」

 

「何か悪いものでも食べたの?」

 

 ハリーは気恥ずかしくなってロンにそう言った。

 

「茶化すなよ!良いことを言ったつもりなんだから」

 

「私たちも応援に行くわ。頑張ってね、ハリー、ザビニ」

 

「いや待て。お前死ぬ気かグレンジャー?」

 

 ザビニは恐ろしいものを見る目でハーマイオニーを見て止めた。ハリーは案を出した。

 

「透明マントを貸すよ。二人は少し暑いだろうけど、マント越しに見てくれると嬉しいかな」

 

「ありがとうハリー。暑さに関してはなんとかするわ。魔法があるんだもの」

 

 こうしてハリーとザビニは、アズラエル、ロン、ファルカス、ハーマイオニーの四人から応援されることになった。ハリーは少し重圧を感じていた。誰かから期待されるのは、ハリーにとってはじめての感覚だった。これほど勝ちたいと思ったのははじめてかもしれない。ハリーは迫り来るブラッジャーをかわしながら、ザビニを相手にして調子を上げていった。

 

 

***

 

「ザビニにも、ハリーにも勝ってほしいね」

 

 ファルカスはハリーとザビニの練習を見ながら、アズラエルと話をしていた。ザビニのクイーンスイープがハリーのニンバスを抜き、丸いリングにゴールを決めていた。

 

「こればっかりは運も絡みますからねえ……僕は地上から見上げながら、二人の勝利を祈るしかできません」

 

 アズラエルは普段通りの笑みを浮かべて練習を見守っていた。アズラエルはハリーのニンバスを見ていた。ニンバスが活躍すればするほど、アズラエルの会社の宣伝になる。アズラエルもまた、ハリーの勝利を望んでいた。

 

「もしも。もしもだよ?もしハリーが勝ったら」

 

 ファルカスは周囲を見回して人がいないのを確認してから、小声でアズラエルに言った。

 

「スリザリンの中で、ハリーがトップに立てるんじゃないかな?」

 

 ファルカスは純血主義を持っている。持ってはいるが、かつては闇祓いを輩出した家の子供だ。スリザリンの中でデスイーターの子供が大きな顔をすることを、あまりよく思っていないようだった。

 

(気持ちは分かりますけどねえ……)

 

 アズラエルは暖かい目でファルカスをなだめた。

 

「そんなに甘い話じゃあありませんよ?去年のシーカーを忘れたんですか?」

 

 去年のスリザリン·チームのシーカーは、グリフィンドールとの試合ではあまり良い結果を残せなかった。スリザリン内部の力関係はそう簡単に覆るものではないことを、アズラエルはよく知っている。

 

 

「……それはそうだけど……ニンバス2001のアドバンテージもあるしさ……」

 

「コーマックもニンバスですよ。勿論ニンバス2001の方が性能は上ですけど、絶対に勝てるとは言えません。何よりも、ドラコはハリーが絶対に勝てるような相手じゃないでしょう。経験値の差を考えれば、ハリーが不利まであります」

 

「何よりも、ハリーにその気が無さそうですからねえ。ハリーは優しすぎますから。ドラコに勝ったとしても、ドラコを立ててトップを任せるんじゃないですかね」

 

「……そうか、それなら仕方ないね……」

 

 アズラエルの言葉に、ファルカスは残念そうに頷いた。それでも、ファルカスの中では期待が渦巻いていた。

 

(ハリーなら、スリザリンを変えられるんじゃないかな)

 

 英雄としての名声、純血名家のブラック家の後ろ楯。ハリー自身は純血ではないし純血主義でもないが、そこにシーカーという地位まで加われば、ハリーの意見を聞く人間も多くなる筈だとファルカスは持論を展開していた。それに相槌をうちながら、アズラエルはハリーやザビニの練習を見守っていた。

 

(でもそれ、ハリーにメリットがありませんよね?)

 

 内心で、そんな面倒くさいことをする奴はこの世にいないだろうと思いながら。

 

***

 

 土曜日の朝、ハリーは自分が何を食べたのか覚えていなかった。味のしない朝食をザビニと共に胃に流し込むと、ハリーはニンバスを抱えてクィディッチ競技場に向かった。競技場にはスリザリン内部のクィディッチ志望者が集まっていた。三十人以上も集まっていた志望者の中には、五年生のリカルド·マーセナスもいた。リカルドの近くには、変身呪文の参考書を握りしめたマクギリス·カローやイザベラ·セルウィン、一年生のイーライ·ブラウンの姿もあった。彼らはクィディッチの趣味はないが、友人を応援しに来ていた。イーライはカローの援助を受けて小綺麗になっていた。その他にも、志望者たちの友人もグラウンドに駆けつけていた。大勢のスリザリン生が、今日の選抜に関心を持っていた。

 

 ハリーがグラウンドの脇を見ると、アズラエルとファルカスがいた。二人の隣には、透明マントに身を包んだロンとハーマイオニーがいる筈だった。

 

 ハリーとザビニは念入りにアップを取った。アップを取っている間、カシャカシャという音がしても無視した。ロックハート先生とコリンは、共にスリザリン·チームのレギュラー選抜を見にきていた。

 

 ハリーやザビニと反対側では、ドラコが入念にアップを取っていた。その表情に普段の高慢さはなく、真剣そのものだった。ドラコの近くにはビーターを志望しているクラッブとゴイル、ドラコの応援に来たパンジーや、それに付き合わされたダフネ、トレイシー、ミリセントなどの姿もあった。

 

 グラウンドを走り回り体があたたまってきたところで、クィディッチ·チームのキャプテンであるマーカス·フリントがやってきた。フリントは体格が大きく、山のような威圧感があった。

 

 

「よく来たな、クィディッチ馬鹿ども!」

 

 フリントは大声で威圧するようにスリザリンの生徒たちに言った。スリザリンのキャプテンでありレギュラーのチェイサーでもある彼は、クィディッチの勝利に並々ならぬ執念を燃やしていた。彼は、大演説をぶちかまして選手たちを鼓舞した。

 

「今日は栄光あるスリザリン·クィディッチ·チームのレギュラーを決める日だ!!普段は小さな恨み辛みを飲み込んで、仲良く寮の仲間として楽しくやってる俺らだが、今日は日頃の恨みを存分にぶつけ合え!!俺たちは全員が敵だ!」

 

 どよめく志望者たちを前に、フリントは杖を背後のグラウンドに向けた。

 

「ウィンガーディアム レヴィオーサ!!」

 

 フリントが呪文を唱えると、グラウンドの土が浮かび上がった。その土に隠されていたものを見て、グラウンドに集まった生徒たちは歓声をあげた。グラウンドには、ピカピカに磨かれた新品の箒が七本隠されていた。

 

「ここに七本の箒がある……!!クィディッチ馬鹿どもに改めて説明は要らねえだろう!ニンバス2001だ!」

 

 大盛り上がりの志望者たちのなかで、フリントは声を張り上げた。

 

「OBのルシウス·マルフォイ氏がこいつをチームに寄贈してくださった!!スリザリンのレギュラーには、こいつを駆る名誉が与えられるッ!!喜べ馬鹿ども!全力でライバルを蹴落とせッ!!そしてこの箒を手に入れて見せろ!!」

 

 クィディッチ競技場の気温は、一気に1℃ほど上昇した。しかしその中で、シーカー志望者たちの熱気は急速に冷めていた。

 

(要するに、ドラコに良いところで勝たせろって訳ね……ハイハイ、分かりましたよフリント先輩)

 

 リカルド・マーセナスをはじめとしたほとんどの選手が、シーカー選抜が形だけの選抜試験だと諦める中、ハリーとドラコだけが闘志を燃やしていた。

 

***

 

「おい。幾らなんでもあれはズルだろ」

 

 ロン·ウィーズリーは透明マントの下から、アズラエルとファルカスに突っ込みを入れた。

 

「あれってどう考えても、マルフォイを勝たせろっていう指示よね?いい箒を揃えてお金の力で勝とうなんて、恥ずかしくないの……?」

 

「僕も選抜を受ければ良かったかなあ…ニンバスかぁ…」

 

 ロンとハーマイオニーが憤慨し、ファルカスが試験を見送ったことを後悔する中で、アズラエルは笑って言った。

 

「勝つためにより強いチームを作るのは当たり前じゃありませんか。箒の性能だけで勝てるほど、クィディッチは甘くありませんよ。スリザリンはあくまでも勝つために全力を尽くしているだけです」

 

(……まぁ。あそこまで露骨なことをするとは思いませんでしたけど……)

 

 アズラエル自身、まさか七本もニンバス2001を揃えてくるとは思わなかった。キーパーやビーターは安定感重視で別の遅めの箒を選ぶだろうと思っていたし、ルシウスが七本、ドラコの分も含めれば八本もニンバスを購入したのは予想外だった。

 

(……まぁ。こうなったら居直るしかありませんねぇ)

 

 アズラエルは二人にスリザリンのやり方を知ってもらおうと思った。気持ちいい筈もない。二人はスリザリンに失望しているだろう。だが、それで友情が壊れるほどではないとアズラエルは思っていた。

 

「やり口が汚えよ……」

 

「そうでしょうか?ニンバスが七本もあるということは、テストでもみんながニンバスに乗れるってことです。みんなの箒を見てください。ハリーやドラコはニンバスですが、他はクイーンスイープでしょう。スリザリンの希望者たちは、限りなく公平な条件で試験を受けることができるんですよ」

 

「慣れ親しんだ箒以外にいきなり乗っても全力を出せるわけないだろ」

 

「それができなきゃレギュラーなんて夢のまた夢、ですよ」

 

「納得いかねぇ……」

 

ロンは透明マントの下でうめいた。グリフィンドールをはじめとしたほとんどのチームは今年、スリザリンへの勝率を著しく下げるだろう。

 

「何とでも仰って下さい。箒の性能で勝ったと言われるなら、うちの会社としてもこれ以上の名誉はありませんよ」

 

「アズラエル、あなた無敵?」

 

 ハーマイオニーはスリザリン的な価値観を好きになることはできなかったが、堂々と居直ったアズラエルには畏怖の念を持った。

 

(こういう面の皮の厚さがなければ、企業の経営なんてやっていけないのかしら……)

 

 清廉潔白とは程遠い社会の縮図を見る思いで、ハーマイオニーたちは選抜試験を見守っていた。

 

 

 

***

 

 当事者であるハリーは、真剣に選抜に挑んでいた。最初の試験は、箒による短距離飛行。次が長距離飛行だ。

 

 短距離飛行開始の合図を告げるのはフリントだ。フリントは杖を空高く掲げると、ボンバーダと唱えた。爆音が響き渡る中を、ハリーは最高のスタートを切った。

 

 ハリーは夏休みの間、セドリック·ディゴリーや双子のウィーズリーらと競いあって、彼らから技術を盗もうと奮闘していた。その全てを盗めたわけではないが、箒をどう傾ければ最も速度が出るのか、ハリーは体感的にわかるようになっていた。

 

 短距離飛行の勝者はハリーだった。ドラコはハリーよりもほんの一瞬遅れてゴールに到達し、そのあとからマーセナスたちが到着した。

 

 

***

 

「やっぱりこれって八百長じゃねえか?」

 

「いや、真面目にやってる人もいますよ。マーセナス辺りは怪しいですけど」

 

「二人ともクィディッチに詳しいのね……」

 

「僕たちは子供の頃からクィディッチの試合を見てるからね。本気か手を抜いているのかは遠目からなら必ずわかるよ」

 

 短距離飛行を遠目で見ていたロンは、一人の生徒が開始の瞬間、わざと出遅れたように見えた。ハリーもドラコも、ロンに比べれば格段に箒の扱いがうまい。その上、ニンバスの扱いには慣れている。ほとんどの選手と比べても優れた選手だとは思う。わざわざ手を抜かれなくても勝っていたかもしれない。

 

 それでも、露骨に手を抜いている人間がいる試験を見るのは胸糞が悪かった。ロンはハリーとマルフォイに同情した。

 

(飛んでて気持ち良くないだろうな)

 

***

 

 

(腐れポッターめ……勝ってるんじゃねえよ……!!)

 

 試験を見守っているマーカス·フリントは気が気ではなかった。良いところまで競り合った上で、気持ちよくドラコに勝たせて自信をつけた上でシーカーとして迎え入れる。それがフリントの作戦だった。そのために、事前にサクラも用意してあった。スリザリンの生徒ならば、本物の挑戦者であってもシーカー選抜がドラコを勝たせるためのものであることは察せる筈だった。

 

 

 しかし、ハリーは違った。ハリーは試験に漂う雰囲気を察しても、あえてその道を選ばなかった。ハリーの頭の中にあるのは飛べることへの喜びと、勝つための飛び方を想定し、それを出力することだった。

 

 

 しかし、フリントにとってはそれでは困るのだ。万が一ドラコが負ければ、ルシウス氏を怒らせるかもしれない。ニンバスを取り上げられるだけならまだしも、キャプテンのフリントがルシウス氏に目をつけられて責められたり、最悪の場合は家族に圧力をかけられる恐れもあった。最悪の最悪はフリントの学友たち……クィディッチ·チームの家族にまでその害が及ぶことだ。

 

(こうなったら……)

 

 フリントは用意しておいたサクラと、いい成績を残していたリカルド・マーセナスに目で合図を送った。

 

(ポッターを潰せ)

 

 リカルド・マーセナスは去年、ハリーに悪事を暴かれてスリザリン内で立場をなくしていた。ハリーには恨みがある筈だった。

 

(どんな手を使うかはどうでもいい。とにかくポッターを潰して、マルフォイを勝たせろ!!)

 

 フリントは必死にそう念じながら、長距離飛行の開始を告げた。

 

「ボンバーダ(爆発しろ)!!」

 

***

 

 

 長距離飛行の序盤は、ドラコの独走だった。ドラコは短距離飛行の敗北を取り返そうと、普段より早いペースで箒を飛ばした。

 

 ハリーは終盤に向けてペースを維持しようとした。しかし、そんなハリーの前には、見知らぬ生徒……フリントの用意したサクラが、後ろにはリカルド・マーセナスがくっついていた。彼らはハリーがスピードを出そうとすると、その動きを妨害し、ハリーに速度を出させないようにした。

 

(邪魔だな。そうだ。風避けになってもらおう)

 

 しかし、ハリーにとっては彼らは驚異ではなかった。双子のウィーズリーやセドリックに比べれば、彼らの動きは稚拙そのものだ。ハリーは箒を操って前の生徒の陰に入り、風による抵抗を極力少なくした。

 

「くそ、ポッター!邪魔なんだよ!!お前はいつも俺の邪魔をしやがる!」

 

 マーセナスはハリーを止められないことに焦り、手でニンバスの先端を掴んでハリーを妨害しようとした。

 

 ハリーはスルリと箒を動かして勝負に出た。彼はハリーの箒を掴みそこね、バランスを崩して箒から落ちた。マーセナスは見学していたマクギリス·カローの浮遊呪文によって事なきを得た。

 

 ハリーは箒を傾け、全速力を出した。序盤から中盤にかけて体力を温存したハリーは、序盤に飛ばしたドラコとの差をみるみるうちに縮めていく。観戦していたアズラエルたちは歓声を、ドラコを応援していたパンジーたちは悲鳴をあげた。

 

 最終的に、ハリーとドラコは同着だった。二人は荒い息をしながら睨みあった。

 

「…………ど素人にしては……やるじゃないか、ポッター!」

 

「勝ったと思ったのに……君は本当に強いね……!!」

 

 互いに睨み会う二人に対して、フリントが声をかけた。

 

「ドラコ。それからハリー。水分補給してしっかり休憩しろ。五分たったら、二人でスニッチ探しをしてもらう。ブラッジャーも出す!!先に見つけた方がシーカーだ。わかったな!」

 

「「ハイ!!」」

 

 二人はほとんど同時に返事をして、すぐに自分の仲間のところに戻った。最後の勝負に向けて、作戦を見直さなければならなかった。

 

***

 

「気を付けろハリー。何か変な妨害をされるかもしれねぇぞ。さっき、金髪の選手がお前の箒を掴もうとしてきた!」

 

「あんな不公平な試験なんてないわ!あなたが勝っていたかもしれないのに……!!」

 

 ハリーはファルカスからタオルを受け取り、レモン入りの冷えた紅茶をザビニから受け取ってお礼を言った。そんなハリーに、ロンとハーマイオニーは警戒を促した。

 

「うん、知ってる。あのマーセナスって人はそういう人なんだ」

 

 ハリーも試験が仕組まれていることには気がついていた。しかし、それを言っても始まらなかった。ハリー側で事前に下準備し、対策をできなかった以上は、どれだけ不服でもその流れに乗るしかない。それがスリザリンの流儀だからだ。

 

「え、そうなのか……?」

 

「一年前に色々あってな。個人的に恨みを買ってるんだよ」

 

 ロンは困惑した様子だった。そんなロンに対してザビニは諦めた声を出した。ファルカスはハリーにプレッシャーをかけないようにと黙ってハリーからタオルを受け取った。

 

「何か細工をするなら、スニッチかブラッジャーか……あるいは、その両方です。ハリー、気をつけて下さいね」

 

「いいや違うね」

 

 ハリーはきっぱりと言った。

 

「僕が警戒すべきなのは、ドラコだ」

 

***

 

 フリントが三度目の花火をあげた。それと同時に金色のスニッチと、暴れるブラッジャーが解き放たれた。

 

 ハリーとドラコは開始と同時にスニッチに飛び付いた。実際の試合とは違い、フィールド上空には他の選手はいない。二人はすぐにスニッチを追いかけることができた。

 

 と、その時、異変が起きた。不規則な軌道を描いていたブラッジャーが、突然ハリーだけを狙い出したのだ。

 

 

「うわっと!?」

 

 ハリーは上空から降り注いだブラッジャーをほとんど勘でかわした。そのすぐあとに、ブラッジャーは軌道を変えてハリーに襲いかかる。

 

 

 ドラコは一瞬、スニッチではなくハリーの声に反応してハリーの方を向いてしまい、スニッチを見失った。そして、ドラコは見るべきではないものを見た。不規則な動きをする筈のブラッジャーが、ハリーだけを狙っているではないか!?

 

(こ……これ、は……)

 

 ドラコは急いでフリントを見た。フリントは手に杖を持っていたが、ブラッジャーを止めようとはしない。フリントの顔は驚愕に染まっていたが、ドラコの位置からはその表情までは見ることができない。ドラコには、フリントがブラッジャーを操ってハリーを襲っているようにしか見えなかった。

 

 

(まさか……もしかしたら、今までの試験も……!?)

 

 ドラコの頭の中で、疑念が一気に膨れ上がった。休憩時、ドラコはスリザリン生たちから激励を受けていた。付き合いの長いドラコには、彼らが本気で言っているかどうかはわかる。パンジー以外の生徒は、どこかドラコに対してよそよそしかった。

 

(先頭にいた僕には分からなくても、試験に何か細工があって、外から見ていた彼らの目にはそれが見えていたのかもしれない)

 

 不幸なことに、ドラコはその考えが思い浮かぶほどに地頭もあった。

 

 ルシウスがレギュラー全員に箒をプレゼントしたことは、ドラコにも予想外だった。ドラコはクィディッチでシーカーになりたかった。ドラコはクィディッチに憧れを持っていた。自分自身の技量で勝利を掴みとるシーカーになり勝てば、ドラコはマルフォイ家のドラコではなくて、ドラコという自分自身を見てもらえるのではないかと思っていた。

 

 どんな手を使っても勝ちたいという気持ちと同時に、自分の実力で勝ってその座を手にしたいという願いもあった。同じニンバス2001を持っているハリーが相手なら。公平な条件での勝負の末に、その願いが叶えられていたかもしれなかった。

 

 しかし、ドラコの目の前にはどこまでも残酷な現実が広がっていた。ドラコは涙のにじむ目でスニッチを探した。父親の期待に、応えるために。

 

***

 

 

 試合を観戦していたマクギリス·カローは、ハリーだけを狙うブラッジャーに不快感を示していた。

 

「誰だか知らないが、なぜ真剣勝負の邪魔をする?どうしてフリントは勝負を中止にしない?」

 

 カローは純血主義の過激派であるが、スリザリンの監督生としてスリザリンと、後輩たちを心のそこから愛していた。彼は、不純な形での決着など望んではいなかった。親友のマーセナスがハリーを妨害しようとしたことにも気がついていなかった。

 

「ええい。誰も止めないならば私が止めよう!!プロテゴ(護れ)!!」

 

 カローの成績は、監督生たちのなかでは悪い。彼もそれを認めていて、自分の成績を誇ることはしない。

 しかし、彼は決闘術に関してはそこそこの実力があり、盾の呪文も習得していた。カローは躊躇なくそれを使い、ハリーを無粋な妨害から守ろうとした。

 

「ちょっと待って。マッキー、空気読んで~!」

 

 イザベラ·セルウィンの制止も聞かず魔法を使ったカローは驚愕することになる。狂ったブラッジャーは、プロテゴの護りをすり抜けてハリーを狙い続けたのだから。

 

***

「ザビニ。君はここで準備運動をしながらウィーズリーたちと一緒にいて。アズラエル。僕らは会場を動き回って、怪しそうな人がいないか探そう!」

 

 

「やりますか、ファルカス!!」

 

 ファルカスとアズラエルは、ハリーを狙う犯人を探して動き回った。しかし必死の捜索も虚しく、ハリーを狙い呪文を使っている相手を見つけることは出来なかった。

 

***

 

 ハリーは大粒の汗を滝のように流しながら、ブラッジャーをかわし、スニッチを探し続けていた。ハリーの頭の中に驚愕はない。覚悟はできていた。今のハリーは、ドラコとスニッチのことしか頭にない。

 

 

 片足で箒からジャンプし、迫り来るブラッジャーをかわしたハリーは、ゴールリングの陰に光を見つけた。

 

(……行くか、いや……!!)

 

 ハリーはドラコを警戒していた。暴れ狂うブラッジャーがある状態でハリーが動いても、ドラコに勝つことはできない。ドラコをスニッチから遠ざけなければ。

 

 ハリーは賭けに出た。スニッチを見つけたふりをして、ハリーはその場から急上昇した。

 

 ドラコはそんなハリーに釣られて上を見た。そして、箒を上空に傾ける。

 

(ここだ!!)

 

 ハリーはドラコの箒が上向いた瞬間、急ブレーキをかけて箒の上昇を止めた。ドラコの箒は上昇しようとする。

 

「うぉおおおお!!」

 

 ハリーは負荷に耐えながら箒を回転させてスニッチのある方向に向きを変える。高い追従性のあるニンバスの性能に頼りきった芸当だ。お世辞にも誉められた動きではない。

 

 スニッチへと向かうハリーを、ブラッジャーが下から狙う。ハリーはとっさに箒を左に傾けて回転しながらそれをかわす。一瞬の間に、スニッチを見失う。

 

(スニッチは!?)

 

 ハリーはスニッチが、ハリーの側を横切ったような気がした。反射的に上を向く。金色の太陽のような玉が、ドラコの手に向かって進んでいく。ブラッジャーはドラコに近づくが、ドラコからは逸れていく。

 

 ハリーは再度箒を急上昇させて、必死で箒を飛ばした。上空で待ち構えていたドラコの顔が驚愕に染まり、自分も箒を傾けてスニッチに向かう。

 

 ハリーの視界が暗転する。ハリーが左手を伸ばした先に、スニッチと……ブラッジャーがある。ハリーは左手の砕ける音を聞きながら、スニッチの羽根を掴んだ。

 

 

「そこまで!!そこまでだ!!し、勝者は……ドラコ·マルフォイ!!」

 

 紙一重の差で、勝利の女神はドラコへと微笑んだ。ハリーの左手には敗北の証である羽根だけがあった。ドラコの右手には、勝利の証である金色の球が握られていた。

 

 歓声の中のドラコの顔は、勝者のものではなかった。ドラコは蒼白な顔で、ハリーと、手の中のスニッチを見返していた。

 

 

「……おめでとう、ドラコ」

 

 

「君の勝ちだ」

 

 敗北したハリーは、敗者としてドラコを讃えた。ハリーの声は震えていた。悔しさで泣きそうになりながら、必死でドラコを讃えていた。そんなハリーやドラコをカシャカシャと撮影していたコリンは、ザビニやアズラエルに殴られそうになっていた。

 

「何がだ!僕をバカにしているのか!こんな、こんな、勝ち方で……!!」

 

 ドラコはハリーに殴りかかりそうな勢いでハリーにつめよった。

 

「君は僕に勝ったんだぞ!!勝ったならそれらしくしろよ!何なんだよその顔は!!勝った方が正しいんだろう!!それが僕らのルールなんだろう!!だったらそんな顔をするなよ!!君に負けた僕は何なんだよ!」

 

 ハリーも怒っていた。八つ当たりにも近いものがあった。

 

 ハリーはドラコに勝ったと思った。全力を尽くして、ドラコを罠にはめたと思った。だがハリーの作戦は失敗し、最後まで諦めなかったドラコの手にスニッチがもたらされた。その結果が全てだった。クィディッチ競技場にいる人間の中で、ハリーだけが本気で敗北を認めて悔しがっていた。

 

(このままじゃ終われない)

 

(まだ僕は飛べる。飛べるんだ!!)

 

 ハリーの頭の中では、自分への怒りとアドレナリンが渦巻いていた。ハリーは断固たる決意で言った。

 

「僕はチェイサーの試験を受ける。退いてくれ、ドラコ」

 

「何を言ってるポッター!お前は今すぐ医務室に……」

 

「クィディッチに退場はないでしょう!!怪我をしたからって、飛べる限りは飛び続けなきゃいけないんだ!!僕は絶対に、試験を受けます!負けたままで終わることなんてできない!!」

 

「……言うじゃねえかクソガキ!!おい野郎共!こいつに負けるんじゃねえぞ!左手が使えないやつに負けたとあっちゃあスリザリンチームの名折れだぜ!!」

 

 

 結局、ハリーは周囲の人間が恐れおののき、チェイサーの面々から敵視される中で、折れた左腕のままチェイサーの試験を受けた。そして、カシウス·ワリントンを精神的に責め立て、執拗に狙って彼からレギュラーの座を奪い取った。ハリーはスリザリンチームの試合を見ていて、フリントやピュシーに比べてワリントンの技量に穴があることを見抜いていた。無論ハリーもそうで、まだまだ向上の余地があった。

 

 

 

 ハリーは自分のレギュラー入りが決まった直後にアドレナリンが切れて倒れかけ、ザビニに支えられて倒れずにすんだ。医務室に向かうザビニとハリーのもとに、ギルデロイ·ロックハート先生が出現した。

 

「全く、君には驚かされましたよハリー!腕はひどいことになっているでしょう?私が直してあげましょう!」

 

「いえ、先生。そのお言葉だけで結構です」

 

 ハリーたちの顔色が一瞬で悪くなった。ロックハートが呪文に成功したところは見たことがなかった。

 

「遠慮するものではありませんよ!それ~」

 

「「……プロテゴ(護れ!)!!」」

 

 ハリーに向けて杖をふったロックハートの呪文を、マクギリス·カローやイザベラ·セルウィンのプロテゴが防いだ。ロックハートは反射された魔法によって骨抜きになった自分の右腕を抱えて、ハリーたちはスリザリン生たちの爆笑の渦の中で、笑いながら医務室に向かった。

 





スリザリンの美徳に従えばドラコにもルシウスにも何の落ち度もない。
しかしそこに思春期少年のスポーツへの憧れと友情をIN!!
ドラコのプライドはもうズタボロ。


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暗転


このままじゃ青春スポコンものになってしまう……!!
せや!本編に戻したろ!


 

 ハリーは医務室でマダム·ポンフリーからきつくお叱りを受けた。

 

「この短期間に二度も運ばれる子がありますか!」

 

「申し訳ありません、マダム·ポンフリー」

 

「怪我は魔法で治るとはいえ、体に悪影響がないわけではありません!今晩はここで眠りなさい。体を休ませなければいけません」

 

 マダム·ポンフリーはあっさりとハリーの腕を治してくれた。ハリーの左腕の骨は砕けて変な方向に曲がり、肉はぐちゃぐちゃで血が滲んでいたが、彼女の杖は何でもないことのようにハリーの腕を治してくれた。筋肉が戻り骨がくっつくときに、少しだけ痛みはあったが。

 

「結局、ブラッジャーの犯人は分からずじまいでした……」

 

「虱潰しに怪しい奴がいないか探したけど、怪しそうなやつはいなかったぜ。グリフィンドールの赤毛女がいたと思ったらウィーズリーの妹だったし」

 

 ザビニたち五人はハリーの見舞いに来てくれた。ハリーは五人から称賛と心配の声を受けた。

 

「あのう……ハリー?」

 

 ハーマイオニーは心配そうな顔で言った。

 

「あそこまでする必要があったの?あんなことまでしてスニッチを追って、折れた腕で空を飛ぶ必要が……」

 

 ハーマイオニーはハリーを心配して左腕を見た。

 

「ハーマイオニー、これは理屈じゃないんだよ」

 

 ハリーはハーマイオニーにクィディッチの魅力を説明するということは難しいと思った。空を飛ぶことが出来るなら他に何も要らないという自分の感情は、およそ合理的とはいえないものだったからだ。

 

「今日一日眠ったら、明日には退院なんだろ?」

 

 ロンはハリーを気遣ってかなるべく明るく言った。

 

「だったら、ゆっくり休んで疲れを取れよ。明日また図書館で会おうぜ」

 

「そうだね。ありがとう皆」

 

 そして話題は、ハリーを狙った謎のブラッジャーについての話になった。六人の視線は、隣のベッドのカーテンの中で必死に痛みに耐えている教師に向けられた。

 

(……クィレルの時の例に習うならロックハートが怪しいけど)

 

 ハリーは右手の人差し指でロックハートを指差し、人差し指を口にあてた。

 

(疑ってることは知られないほうがいい)

 

 五人はこくりと頷くと、

 

「俺、スリザリンの上級生がハリーを守ろうとしてたところを見たぜ」

 

 ロンが言った。

 

「あれはプロテゴよ。大抵の呪文なら防げる筈の魔法だけど……ブラッジャーには通用しなかったわ」

 

 ハーマイオニーはことの深刻さを理解していた。謎の存在は、クィレルと同じようにカース級の魔法を使ってハリーを狙ったのだ。

 

「もしかしたら……ドビーかもしれないけど……」

 

 ハリーは慎重に考えていった。

 

「あの子は僕を危険な目に遭わせたくないみたいだった。となると、別の奴が怪しいと思う」

 

 五人はもう一度カーテン越しにロックハートを見ると、ごくりと唾を飲み込んだ。ハーマイオニーは何やら葛藤があるようで、何度もロックハートとハリーを見て首を振っていた。

 

「俺はここに残るぜ。ハリーを一人にしておけるかよ」

 

「ザビニ一人じゃ心配だ。俺も残るよ」

 

 ロンとザビニは残ってロックハートを見張ると言い出したが、マダム·ポンフリーはそれを許さなかった。

 

「バカを言ってはいけません!ここは怪我人が来るところですよ!さぁ、さっさと帰りなさい!!」

 

「でも先生、ハリーは異常者に狙われてるかもしれないんです」

 

「ハリーはプロテゴでも防げない魔法で狙い撃ちされたんです」

 

「つまらない妄想も大概にしなさい!!さぁ、帰った帰った!!」

 

 ザビニたちはしつこく嘆願したものの、マダム·ポンフリーに追い返された。彼女はハリーを休ませるために手段を選ばなかった。

 

「さぁ。お薬ですよポッター。すぐに眠ることができます。安静にしていなさい」

 

 こうして、ハリーはすぐに医務室に来なかった罰として、左腕をギブスで固定した上で一晩は医務室で大人しくするように申しつけられた。隣のベッドにいたロックハートは、自分の雑な呪文がはねかえったことで片腕の腕の骨がなくなってしまい、それを再生させる痛みにうめいていた。ハリーの中でロックハートに同情する気持ちが生まれかけたが、先輩たちがいなければ痛みで呻いていたのはハリーだ。

 

(ありがとうございます、カロー先輩、セルウィン先輩。どんなお礼をすればいいのかな……ザビニに相談してみようかな)

 

 

(…………ドラコに勝ちたかったなあ…………あそこで回転しなければ……あそこでもう少し箒を早く飛ばせたら……もう少し……)

 

 選抜試験に落ちたザビニの前で泣くことはできなかった。ハリーは悔し涙で枕を濡らした。

 

 薬の影響か、ハリーの思考は曖昧になっていた。ハリーは悔しさで目に涙を浮かべながら、医務室の中で眠りについた。ロックハートの呻き声が子守唄のようにハリーを夢の中に誘ってくれた。

 

 ハリーは自分の顔がむず痒くなる感覚で目を覚ました。覚醒したハリーの鼻先に、誰かの手が見える。しわしわで老人のように萎びているのに、子供のように小さな手だった。

 

「うわっ?!」

 

 ハリーは飛び起きようとして、左腕がうまく動かないことに気がついた。右手でベッドの脇に置いておいた杖を取ろうとする。

 

「ハリー·ポッター!ああ、お目覚めですか……!」

 

 ハリーが身を起こすと、両手の指に包帯を巻いたハウスエルフがハリーを見て目を潤ませていた。

 

「あ、ああ、君か、ドビー。……久しぶりだね。君はもしかしてここで働いているの?」

 

 ハリーは内心で動揺をおさえて言った。少なくとも寝起きでは見たくない顔だった。

 

「いえ違います。ドビーめは……」

 

 ドビーは自分の主人を明らかにしようとして、はっと口をつぐんだ。ハリーは気分が悪くなった。

 

(不法侵入じゃないか……いや、去年シリウスもやったけど……)

 

 ハリーはドビーに対しての疑惑が胸の中から沸き上がってくるのを止められなかった。

 

(何で僕が怪我をしたことを知ってるんだ?)

 

 ハリーはドビーに対して、可能な限り親切に接した。寝起きの頭では閉心術もままならないが、ハウスエルフをあまり怒らせるべきではないと思って優しくした。心の底からのものではなくて打算的だったが、ドビーは涙を流して喜んだ。

 

 そしてドビーは、自分がホグワーツ特急を止めて、ブラッジャーを操ったことを白状した。全てはハリーを護るためにだと言った。その姿がコリン·クリーピーにも重なって、ハリーはドビーに対しての殺意が沸き上がってくるのを感じた。

 

(僕たちの勝負を君が邪魔したのか?!)

 

 ハリーはドビーへの怒りで頭がおかしくなりそうだった。クィディッチへの敗北も、スリザリンの流儀に従って負けたのだと自分を納得させていたところに、自分のせいで誰も得しない結果になったのだと言われたようなものだった。

 

「ドビー。今すぐ僕から離れたほうがいいよ。僕の右手には杖があるんだ。君を焼いてしまうかもしれない」

 

 ハリーは今すぐインセンディオでドビーの目を焼きたいと思った。それをしなかったのは、隣にロックハートが眠っていたからだ。ロックハートは先生としてハリーを止めてしまうだろう。医務室という場所も悪い。マダム·ポンフリーに迷惑をかけてしまう。

 

(…………この子は……!!)

 

 ハリーは必死で怒りをこらえた。ドビーから何でそんなことをするのかと問い質す前に、まずはもうハリーのために何かするのをやめろと諭した。ドビーは頷いたが、ハリーはドビーのことを全く信用できなかった。コリン·クリーピーもその場ではハリーの言葉に頷く。暫くすると、新しい理由を引っ提げてハリーたちに害をもたらしてくるからだ。ハリーの中では、コリンとドビーは同じくらいに迷惑だった。

 

 ハリーがドビーへの殺意を最後までこらえることができたのは、ドビーがハリーの心の底からではない社交辞令のような優しさにすら涙を流して喜んだからだ。その優しさに飢えた姿があまりにも可哀想で、ハリーは杖を出すタイミングを見失ってしまった。

 

 ドビーは最後に、ハリーに警告をした。

 

「お気をつけ下さい、ハリー·ポッター!秘密の部屋は開かれてしまいました……!!ホグワーツには危機が訪れます!!」

 

「僕にとっては君のほうがよっぽど―」

 

 危険だよ、というハリーの言葉を聞く前に、ドビーは姿を消してしまった。ハリーは腹の虫が収まらないまま、ドビーの言葉の意味を考えていた。

 

***

 

(一体、彼らは何の話をしてるんでしょうね??)

 

 カーテン越しに、ギルデロイ·ロックハートはドビーとハリーの話を聞いていた。ロックハートは骨を生やす痛みのせいであまり眠ることができていなかった。ハリーと五人組の会話も、ドビーとハリーのやり取りも聞いて何か良くないことが起きていることを把握していた。

 

(ま、さか本当に、ホグワーツに良くないことが起こっているとでも……)

 

 ロックハートは内心で恐怖した。とうとう自分も年貢の納め時になるのかと身を震わせた。

 

 監督生たちにプロテゴで呪文を跳ね返されたとき、ロックハートは自分がDADA教師が受ける呪いにかかってしまったのかと思った。かつてロックハートはOWL、そしてNEWTでいくつもの科目をOでパスした。昔のロックハートであればハリーの腕を治すことなど訳もなかった。しかし、ロックハートは大人になり、既に学生時代の記憶も朧気だ。かつて学んだ魔法の使い方を少しずつ忘却し、腕はすっかり錆び付いてしまっていた。

 

 防衛術の仕事を受けるのであれば、シリウスのように腕を鍛え直し、学び直し、万全の体制で受けるべきだった。しかし名声を得たロックハートは慢心からそれをしなかったのだ。

 

(ま、まさか……まさか、この私を狙って?!)

 

 ロックハートは恐怖した。ロックハートには誰にも明かせない秘密があった。その過去が、忘れ去った筈の罪が、ロックハートのことを思い出して狙ってきたのではないかと思った。

 

(こ、こんな筈では……ホグワーツで信頼と名声を獲得し、新しい仕事に向けて若い素材を確認する筈だったのに……!!)

 

 ホグワーツの仕事を望んだのも、次の自分の仕事のために必要な素材を探すためだ。魔法の実力があり、何か功績を立てそうで、かつ魔法以外の才能に乏しい隠れた逸材。そういう人間を見つけ、交流を持っておいて……何年か後に育ちきった後で仕事をするつもりだったのだ。

 

 ギルデロイ·ロックハートの鍍金はわずか一月も経たないうちにはがれ落ちようとしていた。

 

(……落ち着くのです……私はこんなところで終わる男ではない…ここはホグワーツ。復讐者もダンブルドアの庇護の下にある私を狙う筈がない。…私は何も聞かなかったし知らなかった。そう、秘密の部屋などというものは頭のか弱いスリザリンの子供たちが作り上げた迷信!!ポッターが狙われているというのも、思春期の子供たちの妄想!私は何も聞かなかった!!明日からまた、私の素敵な一日が始まるのです!!)

 

 こうしてロックハートは沈黙を選んだ。彼はドビーというハウスエルフのことも、ハリーたちの会話も、そして己に迫っているかもしれない破滅への恐怖も全て忘却するという道を選んだのである。ロックハートは己に杖を向けて、いつものように無言で魔法を唱えた。

 

(オブリビエイト(忘れろ))

 

(…………おや?私はどうして自分に杖を向けているのでしょう。まぁ、忘れていいことだったんでしょうね)

 

 ロックハートは満面の笑みで眠りについた。すやすやと寝息を立てる彼の顔は作り物のようにとてつもなく端正で、そしてとてつもなく歪だった。

 

***

 

 ハリーはなかなか寝付けなかった。秘密の部屋というのはいったい何なのか、考えても答えは出ない。ドビーはハリーに必要な情報を明かしてはくれなかった。

 

(ホグワーツのことだから、どんな危険があったっておかしくはないけど……)

 

 ハリーは去年あった出来事を思い返した。学校にケルベロスやトロールを配置し、毒薬を置くことはマグルの基準なら最低だが、魔法の世界であれば防衛上必要な措置なのだとハリーは理解していた。そういうことがあった以上は、あれよりも危険な魔法や、魔法の道具が秘められた部屋があったっておかしくはない。

 

 

 ハリーがしっかりと眠るために何回か深呼吸をしていると、医務室の外から足音が聞こえてきた。足音はだんだんと医務室に近づいてくる。

 

 

 ハリーは布団の隙間をあけて入ってきた人間を見守った。ナイトキャップをかぶったアルバス·ダンブルドアや、ミネルバ·マクゴナガル、そしてマダム·ポンフリーだった。彼らは空いているベッドに石像を置いた。ハリーは胃袋が逆転するような思いがした。

 

(……コ、コリン·クリーピー……どうして君が……?)

 

 ハリーはマクゴナガル教授が、コリンがハリーにお見舞いをしようとしていたのだと言っているのを聞いた。ハリーにはどうして、という思いがあった。ハリーはコリンにあれだけ冷たく接したというのに。

 

 

 ハリーは先生たちの会話で、コリンが何者かの手で石にされ、持っていたカメラも焼けてしまっていたことを聞いた。どういうことかと首を傾げるマクゴナガル教授に向けて、ハリーは我慢できずに思わず叫んだ。

 

「秘密の部屋が開かれたんです!!」

 

「ポッター?!なぜ起きているのですか?眠りなさいと言ったでしょう!」

 

 

 ハリーの声に、マダム·ポンフリーは激怒した。マクゴナガル教授は驚いてハリーを見た。アルバス·ダンブルドアですら驚いたような顔でハリーを見ていた。ダンブルドアは手で己の白い顎髭を撫でると、静かにハリーに語りかけた。

 

「落ち着きなさい、ポンフリー。ハリー。何か知っていることがあるなら、話してくれるかね?」

 

「……はい、先生」

 

 ハリーは閉心術の初歩を使いながら、ダンブルドアにドビーの一件を説明した。話をしている間中、ダンブルドアの深い青色の瞳は、じっとハリーの緑色の瞳を見ていた。

 

「先生、秘密の部屋というのは何なんですか?」

 

「それはー」

 

「あなたが知る必要はありません、ポッター。この一件は、二年生が関わって良いものではありません。……ハウスエルフが二度と悪さをしないように、城の防衛魔法を見直しておきましょう。それはそれとして、貴方は秘密の部屋という情報を話してはなりません。ええ、絶対にです。あなたがすべきことは、まずはマダム·ポンフリーの言い付け通り眠ることですよ、ポッター」

 

 ダンブルドアが発言する前に、ミネルバ·マクゴナガルが厳格な態度でハリーに釘を指した。ハリーは仕方なく頷き、先生たちがいなくなるとベッドに潜り込んだ。隣にいるコリンのことを考えると眠ることなど出来ないと思ったが、クィディッチの疲労がハリーの精神を闇へと誘った。

 

***

 

 次の日、ダンブルドアはコリン·クリーピーが何者かの手で石にされたのだと全校生徒の前で告げた。ホグワーツの生徒の間に緊張が走った。コリンの石化は、ダンブルドアですら解除できなかったのだから。

 

 ハリーは次の日から、少しずつスリザリン生以外のホグワーツ生から遠巻きにされ始めた。大勢のホグワーツ生たちがハリーが邪魔なコリンを石にしたのだと思い込んで、ハリーに化け物を見るような視線を向けるようになった。

 

 

 

 

 




ちなみにコリンはクィディッチ選抜で撮影した写真を現像して依頼者たちに渡してからお見舞いに来ました。
芸術作品はすぐに形にしたいからね、仕方ないね。


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悪貨は良貨を駆逐する

今回の話はハーマイオニーがサークルの姫みたいになってます。


 

 

 ハリーたち魔法探究会の六人は、月曜日の授業が終わった後、いつものように空き教室に集まっていた。スリザリン·クィディッチチームの練習は毎日というわけではなく、月曜日と日曜日は休みだ。もちろんハリーは個人練習をして初試合に備えるべきだったが、今はそれどころではない事態になっていた。

 

「納得いかねえよ。ホグワーツにはバカしか居ねぇのかよ」

 

 

 ザビニはそう吐き捨てた。

 

「落ち着いて、ザビニ」

 

「俺たちはお前らがコリンを石にする筈がないって信じてるよ」

 

 ロンもハリーも動揺を最小限にとどめてはいたが、表情は暗い。ハリーはホグワーツの生徒からは白い目で見られていたからだ。

 

「ウィーズリーに擁護される日が来るとは思わなかったよ……」

 

 

 ファルカスは複雑そうな、それでいてほっとしたような顔をしていた。ハリーの前では隠していたし、全校生徒もそのことを知らないが、ファルカスは純血主義だった。純血主義を掲げるスリザリン生が、安易にマグル生まれの生徒と問題を起こすということがどういう意味を持つのか、ファルカスはまざまざと思い知っていた。ファルカスは朝の出来事を思い返していた。

 

***

 

 ハリーのストーカーだったコリン·クリーピーが石になり医務室に封じ込められて一日が過ぎた。その噂は瞬く間にホグワーツ中に広まってしまっていた。月曜日の朝、ハリーはスリザリン寮の後輩であるイーライ·ブラウンから、よりによって朝食の大広間で的外れな称賛を受けた。

 

「やりましたねハリー!『穢れた血』に制裁を加えてやるなんて!どんな手を使ったんですか?!」

 

「…………は?」

 

 ハリーは絶句して言葉が出なかった。公衆の面前で差別用語を口に出すイーライの無神経さに腹が立ったし、いくらコリンだとはいえハリーがコリンを石にしたのだと決めてかかる思慮のなさにも、そもそも石にされた被害者を笑う異常な神経に対しても、共感することはできなかった。

 

 イーライはとても貧乏で、スリザリンの中でも浮いた生徒だった。ハリーは彼がマクギリス·カローの援助を受けて身なりを整えていたところを目にした。

 

 しかし、イーライに与えられたものはそれだけではなかった。彼はリカルド·マーセナスから純血思想を吹き込まれていた。リカルドやカローだけではなく、スリザリンの談話室ではちょっとした会話の端々でも、先輩たちが差別用語を連発しているのだ。ガーフィール·ガフガリオンは他所の寮生の前ではそれを隠す程度の狡猾さを持っていたし、ジェマ·ファーレイのように純血主義を快く思っておらず、表面上は他寮とも親しくしている生徒よりも、そういう悪い意味でのスリザリンらしい生徒のほうが下級生の印象に残る。どの世界においても、悪貨は良貨を駆逐するものなのだ。

 

 先輩から受けた恩に応えようと、純粋で素直で真面目なイーライは純血主義を信仰するようになった。そして、深く考えることもなく公衆の面前でそれを明らかにしてしまったのである。

 

「イーライ……君ねえ。そういうことは寮の中だけにしてください」

 

「そういうことは、相手を見て話した方がいいよ。スリザリン生の誰もが純血主義って訳じゃないから」

 

 アズラエルは慌ててイーライの口を塞ぎ、内心では純血主義を持っているファルカスは優しくイーライに言ったが、もう遅かった。

 

「……なんだぁあいつ……?喧嘩売ってんのか?」

 

「糞レイシストがよ……ぶっ殺すぞ」

 

 グリフィンドールのテーブルやハッフルパフのテーブルからはイーライとハリーに対する侮蔑の視線が向けられた。レイブンクローのルーナ·ラブグッドは、チューインガムを噛みながらイーライに呆れた視線を向けていた。

 

「今年はグリフィンドールだけじゃなくて、スリザリンにもバカがいるね」

 

 内心でその同意していても、ルナの独り言に相槌をうつ生徒はいない。奇抜なファッションセンスと存在しない幻獣を信じていることでレイブンクローの中でも孤立し始めていた。客観的に見れば、彼女も周囲に合わせることができないはみ出しもの。バカの一人であることに違いはなかった。

 

 

「……え、どうしてですか?!ハリーはクリーピーを迷惑がっていたじゃないですか!」

 

「ハリーは純血主義じゃねえんだよ。とっとと授業に行けよ、イーライ。邪魔だ」

 

 ザビニは一瞬で雰囲気が悪くなったことに怒っていた。イーライを邪険に扱うことが、今出来る最大の処世術だった。イーライを犠牲にしてでも、ザビニはハリーと自分の名声を守りたかった。

 

「そんなのおかしいですよ!だってカロー先輩はスリザリンは純血主義だって言ってました!スリザリン生なら純血主義でしょう!!」

 

(ああああああ……!!これだからお馬鹿さんは―っ!!)

 

 アズラエルは見たことのない形相でブラウンを睨んでいた。ブラウンの行動は狡猾でも利口でもなく、グリフィンドール生の嫌悪感に火を注ぐだけだった。コリンはわずかな期間でグリフィンドール生の中ですら孤立しかけていたが、差別されて嘲笑されたとなれば、まともな神経を持つグリフィンドール生ならコリンに同情するだろう。

 

 さらに悪いのは、一部のスリザリン生たちはブラウンの思慮にかけた発言に眉を潜めることはあっても、概ね好意的にブラウンの言葉を受け入れていたことだ。大半のスリザリン生はコリンの人格は知らないか、知っていてもマグル生まれな上に自分の寮の仲間に迷惑をかける奴としか思っていない。差別発言ですらされて当然だと思っているだろう。

 

 ハリーたちの去年の活躍によって、グリフィンドールとスリザリンの対立は多少は緩和された。少なくとも理由もなくスリザリン生がいじめをする回数は減った。

 

 だが、それで過去に行ったスリザリン生の悪事がなくなったわけではない。虐められたグリフィンドールの生徒……例えばネビルなどは今もドラコやザビニを怖がって避けている。虐めたスリザリン生もその事についてとくに謝罪をしたわけでもない。英国においては先に謝ったほうの負けなのだ。スリザリン生に限らず、ハッフルパフ生以外のほとんどの生徒は自分の非を認めて謝るということをしないのである。

 

「……イーライ。主義主張はその人の自由なんだけど、今そういうことを言うのは良くないと思うな」

 

 ハリーはイーライを一瞥もせずさっさと授業に向かったが、グリフィンドールやハッフルパフのテーブルから向けられる視線が冷たくなっているのを感じた。実際、授業では話す間柄だったアーニー·マクラミンなどの生徒からは一気に他人行儀な扱いを受けて、距離を置かれてしまった。まともな人間なら誰だってレイシストと付き合いたくはないということだ。

 

 

 

 ロンとハーマイオニーはここに来てグリフィンドール生らしい勇気を見せた。昼食の時にグリフィンドールのテーブルからハリーたちのテーブルに来て、一緒に食事を取ろうとしたのである。ハリーと二人が親しいことは公然の秘密として、ホグワーツの生徒なら誰でも知っていた。この状況でも友情が継続したことはありがたかったが、公衆の面前で集まるのはますます状況がややこしくなると思ったハリーは、メッセージを書いた紙を蝶に変えて二人に合図を送った。空き教室で話そう、と。

 

***

 

「ウィーズリーに擁護される日が来るとは思わなかったよ……」

 

 ファルカスの言葉をハーマイオニー·グレンジャーは深刻な顔で聞いていた、今日の彼女には全く元気がなかった。いつものように授業では率先して発言し、グリフィンドールに得点をもたらしていたが、それでも喜ぶことはできなかった。

 

 ハーマイオニーは意を決して、ハリーに話を聞くことに決めた。空き教室に来てから、アズラエルやファルカスが気まずそうに自分を見ているのに気がついていたからだ。朝の一件があってから、スリザリンの生徒たちが時折自分のことをじろじろと見ているのにも気がついていた。

 

「……ねえ、みんな。私に隠していることがない?」

 

「……隠していることって?」

 

 ハリーも、ハーマイオニーの顔色が優れなかったことに気がついていた。ハリー自身、朝の一件以来、彼女にどう説明をすればいいのだろうかと頭を悩ませていた。できればこんな日が来なければいいと思っていた。

 

 

「…………穢れた血って、なに?」

 

 ハリーたちの間に緊張が走った。ファルカスは青ざめた顔でハリーを見ていたし、アズラエルは思わずハーマイオニーから目をそらした。ハリーがなにか言う前に、ロンが言った。

 

「あいつが思う限り最低の侮辱の言葉だ」

 

 ロンの声は怒りで震えていた。

 

「……両親二人とも魔法使いじゃないってだけで、自分達より下なんだって言いたがる奴が考えた最低の呼び方なんだ。マルフォイみたいなやつは、魔法使いとの間に生まれた自分達を純血だとか言ってお高く止まってるけど、そんなことは全くないぜ。ネビルだって純血だけど、ハーマイオニーに勝てるところは一つもないんだから」

 

「ハーマイオニー、誤解しないでほしい」

 

 ハリーはロンの言葉に安堵しつつも、スリザリンの差別主義的な考え方にショックを受けているハーマイオニーに素早く言葉を被せた。

 

「スリザリン生でも、別に全員が純血主義を信じてる訳じゃない。僕は君を他の皆と同じ……いや、ロンやザビニと同じ親友だって思ってる」

 

 ハリーの目には、ハーマイオニーの瞳が少し揺れたような気がした。

 

「そりゃそうですよ!」

 

 と、アズラエルは相槌をうった。

 

「前学期に、僕たちは協力して困難を乗り越えたじゃないですか!!そういう考え方をしていたら、あんなことはしませんよ!ねぇ、ザビニ、ファルカス?」

 

 アズラエルはそう言ってザビニとファルカスに目で合図を送った。

 

(頼むから余計なこと言わないで下さいよ……!!)

 

 アズラエルにも、二人との友情を継続する意志はあった。本音を言えばスリザリンとグリフィンドールの思想的な違いに触れることなく、ぬるま湯のような友情に浸かっていたかったのだが、もうそういう訳にはいかないのだ。触れずにいた部分が明かされてしまったのだから。

 

 

「……ウィーズリー、グレンジャー、すまねえ」

 

 ザビニは二人にいきなり謝った。

 

「ど、どうしてザビニが謝るの?」

 

「俺は正直……お前らのことは最初、嫌いだった。純血主義を信じてたんだ。スリザリンに入ったときも、純血主義ってやつを信じれば成り上がれると思って、よく知らないのにお前らのことを見下してた」

 ロンは黙ってザビニの言葉を聞いていたが、やがてポツリと言った。

 

「……知ってたさ」

 

「俺、自分がどういう目で見られてるかは結構気にしてたんだぜ。ザビニが俺たちのことをよく思ってなかったのも薄々分かってた」

 

「ロン……」

 

「けど今ならそれは……純血主義をただ信じて人を見下すのはバカな考え方だったって分かるぜ。ウィーズリーは……普段全然パッとしねえ癖に、賢者の石を守るときは俺よりも役に立ったしよ。グレンジャー、お前は……俺を助けてくれたし……もうそんな風には見れねえよ」

 

 ハーマイオニーは無言で、ザビニの告白に首を縦にふった。ザビニはそれだけで、深いため息をついてその場にへたりこんだ。

 

「……皆は狡いよ……」

 

「ファルカス?」

 

 ハリーは不安な気持ちでファルカスを見た。ファルカスは、悔しそうに唇を噛んでいた。ハリーは今まで、ファルカスのそんな顔を見たことはなかった。

 

「どうして皆は、親から言われた言葉をそう簡単に捨てられるのさ?」

 

「ファルカス、ザビニは簡単に考え方を変えた訳じゃないよ」

 

「そうですよ、ザビニだって色々と葛藤して……」

 

「だからって、純血主義やスリザリンの考え方を悪く言われてるのに、何でそれを否定しないのさ!ましてや僕たちは、やったわけでもないことで疑われてたのに!ザビニだって、ハリーだってグリフィンドール生には腹が立つだろ?!」

 

「いや、俺は……」

 

 ザビニはファルカスにどう言えばいいか分からずに打ちのめされていた。普段大人しいファルカスがここまで攻撃的になったのははじめてだった。

 

「お、落ち着いて下さいよファルカス。ザビニは何も僕たちのことを悪く言った訳じゃありません。純血主義を、自分は上手く利用するって決めただけですよ、ね」

 

 ハリーはファルカスが純血主義を信仰しているとは思っていなかった。だから、ファルカスの言葉を深刻に受け止めていた。ファルカスはロンとハーマイオニーだけではなく、ハリーやザビニとも距離を置いてもおかしくはなかった。

 

「……ファルカス。グリフィンドール生である前に、ロンとハーマイオニーは友達じゃないか。君だって二人のことは嫌いじゃないんだろ?」

 

「……そうだけど、それはそうなんだけど……!ハリーだってマグルが嫌いなのに。大人たちだってマグルのことを見下してる人は多いのに、僕らスリザリン生の純血主義『だけ』が悪く言われるのはおかしいよ!皆、スクイブやマグル生まれやケンタウロスや……違うなにかを差別してるのは同じじゃないか!何でスリザリンだけが悪く言われなきゃいけないんだ!」

 

 ファルカスは何かに納得できない様子だった。ファルカスはハリーにも、ロンに対しても溜め込んでいたものを吐き出すかのように思いをぶつけてきた。

 

「……ファルカスは悪くないよ。スリザリンが悪く言われるのは、全部ヴォルデモートのせいだよ」

 

 ハリーはそう言った。ヴォルデモートの名前が出たとたん、部屋の空気が凍った。

 

「ハリー……?」「お前……」

 

 マグル嫌いであることを、ハリーはロンとハーマイオニーには明かしてこなかった。ハリーはザビニや、ファルカスを見た。本心を明かしてまで友達と向き合ったのに、何で自分だけ閉心術を使えるというのだろうか。

 

 ハリーはロンが自分に対してはじめて嫌悪感を向けるのを辛く思いながら、本心を明かした。ハリーはまずロンの方を見て言った。

 

「僕がマグルのことが嫌いなのは、あいつらが僕の話を聞かずに……聞いてもろくな扱いをしなかったからだ。最低だよ。だけど、僕がそれで誰かを傷つけようとしたことはない。ファルカスも……ハーマイオニーを傷つけたかった訳じゃない。今まで純血主義だってことを黙ってたのは、君を傷つけたくなかったからで……」

 

 ハリーはどうしてもハーマイオニーに謝ることができなかった。言い訳がましく言葉を重ねるハリーに、ハーマイオニーは悲しそうに言った。

 

「ハリー、ファルカス。それでも、差別は良くないわ。だって私……私、今、後悔しているもの。二人がそんなに苦しんでいたことに気付けなくて…」

 

「……ごめん……」

 

 ファルカスは絞り出すように言った。

 

「僕は……自分でもどうすればいいのか分からなくなったんだ。ロンやハーマイオニーといて、楽しくなってきている自分がいて、純血主義をやめた方がいいのかなって思った。だけど……朝に僕たちのことを良くない目で見ていた奴らは、クリービーと親しくもなかったじゃないか。そんな奴等のために、僕らの考え方が否定されるのはおかしいよ」

 

 ファルカスの言葉に、ロンは反論した。

 

「確かに朝怒ってた奴等はクリービーの友達じゃなかったけどよ。自分の寮の後輩があんな風に差別をされたら誰だって怒るよ。当たり前だろう」

 

「本当に全員がクリーピーのために怒ったって言いきれるの?スリザリンのことを悪だって思ってて、スリザリン生だから何をしてもいいって理由で僕たちを悪い目で見てるんじゃないの?」

 

 

「……それは……」

 

 ハーマイオニーは言いよどんだが、ロンは譲らなかった。

 

「ファルカスの言葉を否定はしねえよ。スリザリン生だからって良くない目で見てたことは、俺にもあるよ。確かに怒った奴等の中には、ファルカスが言うようなスリザリンへの偏見で動いたやつもいたかもしれない」

 

「けどな。そうやって団結して、スリザリンの虐めっ子が相手だろうと集団で反論しねえと誰も虐めなんて止められねえだろ?孤立してる奴のために何かをしてやりたいなんて物好き、普通はいねえんだ。……それって、大抵は余計なお世話になっちまうから。とんでもなく勇気がいることだからさ」

 

 

「……それは、確かにその通りだけど」

 

 ファルカスはロンと議論を交わした。ハリーもロンと議論せざるをえなかった。マグルについての意見で、ロンとハリーは真っ向から対立し、アズラエルに仲裁してもらわなければならなかった。

 

 四人はいつしか、アズラエルの先導によってディベートを交わしていた。ザビニは誰にもつかず、ディベートが終わるまで真剣に流れを見守っていた。

 

 

 ロンはハリーに対しても、はっきりと意見を言った。

 

「なあ、ハリー。マグルが嫌いだっていうのはさ。それはたまたま、ハリーを育てたマグルが糞だったってだけなんじゃねえか?」

 

「……俺の友達にシェーマスって奴がいるんだけど……そいつの父さんはマグルで、凄く立派な奴だぞ」

 

「……たとえそうだとしても、僕がマグルを嫌いってことまでは変えられないよ」

 

 ハリーはロンの言葉に、怒りと憎しみを掻き立てられた。マグルがどれだけ人の話を聞かないか知らないロンにそれを言われるのは心外だった。ハリーとロンの議論はいつまでも続いた。マグルが嫌いなハリーと、それはおかしいと言うロンの議論は平行線のままだった。時計の針は議論をはじめてから四十分は経過していた。ハーマイオニーとファルカスとザビニは一致団結して二人の議論が平穏に終わることを望んでいた。

 

 

(グリフィンドールとスリザリンはコインの裏表と言いますけど……)

 

 アズラエルは持論の押し付け合いになりかけるロンとハリーを見て思った。

 

(なんかわかった気がします。めちゃくちゃ仲がいいのに一度拗れると似た者同士なのかすげえ長引くんですね……)

 

 ディベートを進行していたアズラエルは、不毛な議論を続けようとするハリーとロンに対してへそを曲げて、ある提案をした。

 

「ファルカスがバナナージ先輩に誘われていた決闘クラブに行きましょう」

 

「いくら話しても決着がつかないなら……あとはもう決闘しかありませんよ」

 

 

 

 こうして、ハリー、ロン、ハーマイオニー、ザビニ、ファルカス、アズラエルは六人で決闘クラブを訪れることにした。クラブを訪れるハリーとロンの空気は最悪だったが、ファルカスやアズラエルやザビニは、ロンとハーマイオニーのことを名前で呼ぶようになっていた。

 

 





唐突ですがオリキャラのバナナージ·ビストの兄貴であるアルベルト·ガロード·ビストにはティファ·アディール·ロックハートという婚約者が居ます。


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決闘クラブ


ロンの杖とかいう特大デバフ
(最初の持ち主に忠誠を尽くし、他の持ち主には真の意味での忠誠を捧げることはしない)


 

「……決闘までさせる必要があったの、アズラエル……?」

 

 ハーマイオニーは決闘クラブの決闘場で向かい合うロンとハリーを交互に見ながら、悲しそうに言った。二人とも一日前までの和やかな雰囲気ではなく、お互いにやり場のない怒りを抱えて今にも爆発しそうだった。

 

「お互いに言っちゃいけないことを言い合ってましたからね。あれ以上はダメですよ」

 

 具体的に言えば、ハリーはロンの家族が法律を破ったことに触れかけたし、ロンはロンでドラコと親しくしていることはおかしいと言いかけた。

 

「でも、だからって決闘なんて野蛮だわ」

 

「本格的にやばくなる前に公衆の面前に連れてくる必要があったんですよ……」

 

 アズラエルは疲れきった顔でハーマイオニーに言った。

 

「二人とも、人の目があるところで思想をぶちまけるほどバカじゃない筈ですし……ここなら先輩がいますから。決闘クラブなら、二人がヒートアップして止まらなくなる前に誰かが止めてくれる筈です」

 

「要するに他力本願ということ?」

 

「自分で出来ないことは人に投げるっていうのは、ビジネスの世界では常識なんですよ。うちのパパの口癖ですけど。今僕はそれをひしひしと実感してます。二人の頭がここまで固いとは思いませんでした」

 

 アズラエルはチラリとロンを見て、それからハリーを見た。ロンの家がマグル差別をしないという考え方は有名だったが、ハリーが頑固にマグル嫌いを否定しなかったこともアズラエルにとっては想定外だった。

 

「……純血主義とかマグル保護とか……そんな考え方なんて、大人が言ってるお金を生むための建前っていうか。単なる道具だと思うんですよね。それで友達を無くすなんて馬鹿馬鹿しいじゃないですか」

 

「アズラエルは、ファルカスと同じ純血主義なの……よね?」

 

「家の方針でやってるだけですよ。本気じゃありません」

 

 アズラエルはハーマイオニーの言葉に肩をすくめた。周囲にスリザリン生の姿がなければ、その姿はグリフィンドール生と変わらない。

 

(……でも、私たちが居ないところでは……)

 

 ハーマイオニーはブラウンの姿を思い出した。アズラエルが内心で自分達のことを友達だと思ってくれていたとしても、影で差別されているのだと思うのは気分が悪かった。アズラエルはそんなハーマイオニーの気持ちを知ってか知らずか、こんな言葉をハーマイオニーにかけた。

 

「本気でそう思ってたらパーティーに君たち二人を誘いませんって。僕は自分の両親には、君は混血の魔女でロンはウィーズリーだけどマグル保護とか考えてないって嘘ついてましたからね」

 

「……自分のご両親に?!」

 

 ハーマイオニーはアズラエルの二枚舌に驚いた。どこまでも狡猾に、どこまでも面の皮の厚い男子だと思った。

 

(確かに私を傷つけたことはないけど……別方向に人として信用できない子なのでは?)

 

 ハーマイオニーが内心でアズラエルに引いているとも知らず、アズラエルは言った。

 

「黙ってればバレないと思いまして」

 

 アズラエルは、その言葉の後でブロンドの髪をかきむしって言った。

 

「僕らがそういう差別をしてるっていうのは……事実としてありますけど、僕はただ、そういうのじゃなくて……僕らの世界にも楽しいものがあるってことを二人に知ってほしかった。それだけなんです」

 

 ハーマイオニーはアズラエルに対して複雑な気持ちだった。

 

(他にどうしようもないということは、分かるけれど……)

 

 アズラエルや、純血の一族の立場でご両親に反抗なんて出来るわけがないというのはハーマイオニーにも分かる。その中で、彼ができる限りのことをしていることも分かる。

 

 理屈の上ではそう納得することはできても、感情はそう簡単に割りきれるものではなかった。勝手に自分の両親をなかったことにされているのは気分が悪かった。それに。

 

「……純血主義の中で、わたしとコリンと何が違うの?」

 

 ハーマイオニーにとって、純血同士でしか結婚しないという考え方はひどく前時代的で、合理的ではなかった。ハーマイオニーやコリンのような存在を蔑むのもそうだ。

 

(新しい考え方を排斥していっても、腐り続けるだけだわ)

 

 アズラエルは、ハーマイオニーの言葉に目をそらした。アズラエル自身、まだ自分が純血主義を信仰していた頃ですら、純血主義を窮屈に思ったことは幾度となくあった。だが、ハーマイオニーの言葉は止まらなかった。

 

「マグル生まれだからって理由で見下されるのは……私もコリンも同じよ。あなたたちがそういう理由でコリンを嫌った訳じゃないのは分かっているけれど」

 

 ハーマイオニーの視線を受けて、アズラエルは罪悪感に押し潰されそうになっていた。

 

(僕は……甘かったんですね)

 

(……同じ境遇の人が差別されてて、自分だけが違うなんて……ハーマイオニーが我慢できるわけがないって、気が付くべきでした)

 

 差別された側の痛みというものを、アズラエルは理解していなかった。大人の真似をして利口ぶって、その辛さというものを軽く考えていたのだ。言われた方は、ぶつけようのない怒りを抱えながら泣くしかないということに、もっと早くに気が付くべきだったのだ。

 

「もしもそうだったのなら……私、皆とは友達では居られないわ」

 

「誓って違います。コリンをマグル生まれだからっていう理由で嫌った訳じゃありません」

 

 アズラエルは自分がウソと本音を使い分ける悪癖があることを重々承知していたが、これは本当だった。

 

「僕らは、コリンに対してはできる限り親切に対応したつもりです。ファルカスもそうです」

 

「……ただ、スリザリンにはそういう風潮がある。僕が、時と場合を選んで使い分けているのは事実です」

 

 アズラエルはハーマイオニーやロンが眩しく見えていた。自分には、彼らのように絶対に正しいということのために行動することは出来ない。自分や友達の安全を守るために、今後も純血主義の友達の前では、ハーマイオニーのことを見下さなければならないからだ。

 

「そうやって柔軟に動くということが出来ない人もいるのよ。普通の人は、簡単に自分の考え方を変えるなんて出来ないわ、アズラエル」

 

「……ええ、その通りです」

 

 アズラエルは、自分がいかに恵まれていて愚かだったのかを実感しながらハリーたちの試合を見守っていた。

 

***

 

 決闘の審判は、ハッフルパフの五年生で監督生でもあるバナナージ·ビストだった。彼はファルカスがここに来たことを喜び、ハリーたちを連れてきたことも面白がった。彼はスリザリンに対する偏見はなく、ハリーがコリンを石にしたとも思っていなかった。

 

 

「決闘して腕を試したいって?いいね。最近はそういう活きのいいルーキーがいなかったんだ。歓迎するよ、ファルカスの友人たち」

 

 と言ってハリーとロンのお試しでの決闘を認めたバナナージだったが、グリフィンドール生のリー·ジョーダンをはじめとした聴衆はこの決闘を面白がった。聴衆の中にはハリーがコリンを石にしたと噂している人たちもいた。

 

「ポッターとウィーズリーの決闘だってよ。面白そうじゃん!なぁ皆、どっちに賭ける?俺はウィーズリーに五シックル賭けるぜ!」

 

「俺はポッターっす!!三シックルと四クヌート」

 

「ウィーズリーに五シックルよ!賭けは大穴狙いじゃないとね!」

 

「ジョーダン!それからリヒティとクリス!うちは賭けは禁止だって言っただろう!エクスペリアームス(武器よ去れ)!!!」

 

「あ、待ってくださいこれはほんの冗談で……」

 

 バナナージはリー·ジョーダンが賭けで集めた金を全て没収し、全員に返却して決闘場の中央に戻った。ハリーは決闘場の右側からロンの燃えるような赤毛を見ていた。

 

「それではこれより決闘を執り行う。ハリー·ポッターの立会人はファルカス·サダルファス。ロン·ウィーズリーの立会人はブレーズ·ザビニが、そして勝敗の判定はこの俺、バナナージ·ビストが務める」

 

 ロンの立会人になると申し出たのはザビニだった。ロンはそれを了承して向かい合っていた。周囲の観客は、グリフィンドール生の立会人にスリザリン生がいることに驚いていた。

 

 

 バナナージ·ビストが言葉と共に杖を一振りすると、決闘場の回りが炎に包まれた。炎はロンの赤毛と共鳴するかのように赤かった。

 

「この炎には実害はない。炎のように見えるだけの作り物だよ。決闘クラブ独自のルールとして、先にこの炎の線を超えたもの、杖を失ったもの、戦闘能力を喪失したものは敗北とする。両名、分かったかい?」

 

「「はい」」

 

「……ああ、そうだ。当たり前のことだけど一つ言い忘れていた。この決闘では、互いに後に残る怪我をさせたものは問答無用で反則負けとする。いいね?」

 

 決闘の開始目前になって、ハリーはロンに対する怒りが沸き上がって来るのを感じた。

 

(マグルと暮らしたこともないくせに。どうしてマグル差別は良くないなんて言えるんだ!)

 

 ハリーはロンが友達だからこそ、自分の痛みを分かってくれないのが許せなかった。よくマグルのことを知りもしないのに、運が悪かったなんていう理屈で、ハリーの感情が間違っていると言われることは許せなかった。友達だからこそ、ロンにハリーの思想を、マグルへの差別感情を認めさせたかった。決闘に勝って、ロンにこう言うつもりだった。

 

『君もダーズリーと暮らしてみろよ。一日でマグルが嫌いになるから』

 

 と。ロンは真っ直ぐにハリーの目を睨み付けていた。

 

 

(……ファルカスの話では仲がいいって聞いていたんだが……)

 

 決闘場の中央に立っていたビストは、ハリーとロンの雰囲気が友人に向けるものではなく、どこか殺気だっていることに気が付いた。

 

(……もしかしたら、止めに入らないといけないかもしれないな)

 

 

 ビストは内心でそう考えながら、ハリーとロンをむかいあわせた。

 

「……決闘者は互いへの敬意を忘れず己の技量を試すように!礼!!……それでは、はじめっ!!」

 

 

 ハリーは開始の合図と共に、右後ろにバックステップしながら自分ができる最高の呪文を唱えた。

 

「エクスペリアーム……」

 

 ロンの杖が魔法を撃ってもハリーに届く前に、ハリーがロンの攻撃能力を奪えばいい。ハリーはエクスペリアームスの最大射程まで退避しながら、最速で武装解除の呪文を唱えた。

 

 

 初心者同士で行なう決闘場での決闘では、互いの魔法を試し合うために最初の数回は遊ぶのが通例になっている。どうでもいい小手調べの呪文を使ってから本命の魔法をぶつけ合うのが、決闘の作法だった。

 

 だが、ハリーにそんな余裕はなかった。自分にできる最大の手段を使いロンを一刻も早く無力化することが、最善だと確信していた。実際、その判断は正しかった。

 

 ハリーが呪文を唱え終えるより、ロンの杖の一振りのほうが早かった。無言で放たれた緑色の閃光が、ハリーの顔面に直撃した。

 

 

***

 

 ロンは耳の先から頭の中まで真っ赤に染まりながら、決闘の開始が告げられるまでずっとハリーのことを考えていた。

 

(……バカやろう)

 

 ロンはハリーがマグル差別をしていることも、ファルカスが純血主義だったこともはじめて知った。生まれた頃からウィーズリー家にいたロンは、自分が純血だと思ったことも、人よりも優れていると思ったことも一度もない。自分の先には常に自分よりも優秀な兄たちがいて、自分は単なるおまけでしかなかった。

 

 そんなロンでも、マグルをマグルと言うだけで差別するのは良くないことだというのは分かる。何故なら。

 

(俺らにだってマグルの血は流れてるんだぞ!!)

 

 純血ですと言い張っている家だって、ロンたちウィーズリー家だって、それこそハリーだってそうだ。ハリーの母方の祖父母はマグルのはずだ。それなのに、マグルを差別するなんて馬鹿げた考え方を、友達が持っているなんて信じられなかった。

 

(自分自身を否定するようなもんだろ。そんなこと、絶対に止めねぇと……!!)

 

 要するに、友達が滑稽で愚かで馬鹿げた考え方に嵌まるかもしれないのを見過ごせなかったのだ。ハリーだけでなく、ファルカスも友達だった。

(純血主義なんていう考え方は、人を傷つけるだけなんだ。自分も……他人も)

 

 ロンはそう信じていた。純血主義者たちに自分の親族を殺された恨みは、自覚はなくとも教育としてロンの中に受け継がれていた。

 

 そして、ロンの中にあるのは怒りだけではなかった。友達なのに肝心なことを黙っていたことに対する怒りは勿論あるが、間違った方向にいきかねない友達を黙って見ていることはロンにはできなかった。ロン自身にその自覚はなくても、その姿はまさにサラザール·スリザリンの暴走を止めるために立ち向かうゴドリック·グリフィンドールの姿そのものだった。

 

 ロンはハリーと同じように、自分にできる最大最速の魔法を撃つことで勝負を決めようとした。ロンはハリーと何度も決闘ごっこをして、ハリーの強さを分かっていた。だからこそ足を止めて、確実に最速に呪文を撃つことを選んだ。

 

***

 

「エクスペリアーム……」

 

 ス、という言葉をいい終えるより先に、ハリーの顔面に緑色の閃光が直撃した。

 

「ハリー!大丈夫!?」

 

 ハリーを心配したファルカスが叫ぶ。ロンは魔法が直撃したにも関わらず、追撃して来なかった。ハリーはもう一度武装解除の魔法を撃とうとした。

 

「エクスペリアー……?!」

 

 ハリーはその瞬間に、激しい吐き気に襲われた。耐えきれずに地面に伏せたハリーは、公衆の面前であることも忘れて嘔吐した。ハリーの口から吐き戻されたのは、ハリーの昼食ではなかった。うようよとうねる巨大ななめくじが、ハリーの口から吐き出された。

 

「それまで!勝者、ロン·ウィーズリー!」

 

「いよっしゃーあ!クヌートゲットだぜぇ!!」

 

 リージョーダンをはじめとした観客たちが沸くなかで、アズラエルはほっとした顔でロンを見ていた。

 

(……ありがとうございます、ロン……!)

 

 武装解除術を習得し、高い反射神経を持つハリーに向かい合っての決闘で勝つことは現時点ではハーマイオニーでも難しい。ロン以外で勝つことはできなかっただろうとアズラエルは思った。アズラエルは、ハリーがこれ以上面倒になる前に終止符をうってくれたことに、心の底から感謝した。

 

 

 

 バナナージ·ビストは勝負の終了を宣言すると、ハリーを抱き起こして体内から発生しているナメクジを消失させた。バナナージはさらに、反対呪文によってハリーの症状を治した。ハリーは涙目になりながらバナナージにお礼を言った。

 

「……ウィーズリー。呪文の詠唱を防ぐ魔法をかけるのはいい判断だ。この魔法を無言で撃てるようになるほどに練習していたのかい?」

 

「え、あー、いや……ハリーに勝つならこれしかないって思って、夢中で……」

 

(つまり無意識か。変身魔法を無言で!!)

 

 バナナージ·ビストはロンの杖をじっと見た。商社に務めている親族を持つ関係上、杖などの道具の知識はそれなりにある。ロンの杖は古びたトネリコと、ビスト家にとって縁の深いユニコーンの毛が使われていた。

 

(使い込まれた杖だ。お古だな。こいつは最初の所有者に忠実なはずだ。それで無言呪文を成功させたのか?)

 

 トネリコとユニコーンの杖は、最初の所有者に対して強い忠誠心を発揮する杖だ。最初の所有者に忠義を尽くすいい杖なのだが、別の所有者に対しては魔力を十分に発揮しない杖でもある。ビストはウィーズリー家の家庭事情を察して、ロンに対して同情した。ウィーズリー家が貧乏であることはホグワーツ生の常識だった。

 

(……この子はちゃんと鍛えたら伸びるかもしれないな……)

 

 バナナージ·ビストはロンを決闘クラブの一員として認めた。一年生のときに、忠誠心が十分ではないだろう杖でトロルを倒した才能を埋もれさせるわけにはいかなかった。

 バナナージが五年生でありながら六年生のパーシーや他に在籍している七年生を差し置いて決闘クラブの部長に抜擢されたのは、彼が他の魔法使いが気にしない知識を持ち、偏見による判断ではなく正しい理解をした上でそれを乗り越える能力があると期待されてのことだった。事実、バナナージは正しい判断をした。バナナージに誉めてもらったことで、ロンは少しだけ自信を持つことが出来たのだ。

 

 

「呪文を使ったときの感覚を忘れないように練習をすることだね、ウィーズリー。地道にやっていけば、君はいい魔法使いになれるよ」

 

 バナナージは敗北したハリーにも笑いかけた。

 

 

「ハリー。相手から距離を取って魔法を使うのはいい判断だ。最初にエクスペリアームスを選んだのも悪くない。あとは、それを無意識で出来るようにしよう。相手の視線や杖の動きに注意していれば、呪文をかわして撃つことも出来るようになる。君の戦略は間違ってないよ。あとは、練習あるのみさ」

 

 ビストは話をしながらはハリーの杖を見た。ハリーの杖は、彼が今まで見たなかで最も珍しい杖の一つだった。

 

(柊に……不死鳥の羽根?!柊は幸運を呼び寄せるとは言うけど、不死鳥の羽根なんて見たことがないぞ!!

感情的で不安定な人間を好む杖、か……)

 

 ビストが持つ杖の知識は正しかった。ハリーの内面は感情的で不安定なタイプの魔法使いだったからだ。

 

(この子も将来が楽しみだけど……注意が必要だな。決闘術は少しずつ教えようか)

 

 精神面に不安要素がある人間に危険な魔法……特に、カースなどは軽々しく教えられない。バナナージはハリーの能力を高く評価した一方で、ハリーには基本的なチャームやヘックスから教えることにした。その方がハリーの成長のためになると思ったからだ。その判断はシリウス·ブラックとも同じものだった。

 

 ハリーはバナナージがそんなことを考えているとは知らず、悔しさを滲ませていた。

 

(また負けた……ドラコだけじゃなくて、ロンにも……僕に何が足りないんだ?)

 

 正々堂々と決闘をして、完膚なきまでに負けた。ハリーは敗北を受け入れて、ロンの言葉に従わなければならなかった。最初からそういう約束だった。ハリーが負ければハリーのマグル差別を撤回するし、ハリーが勝てばロンのマグル好きを改めるという条件で、ハリーとロンは本気の決闘をした。そして、ハリーは負けたのだ。

 

「いい戦いだったよ。両者向かい合って。互いの健闘を讃えて、礼!」

 

 ハリーはロンに綺麗なお辞儀をした。それはアズラエルに教わったものだった。ハリーの心の中には、マグルに対する恨みが渦巻いていたが、ロンとの約束を守らなければならなかった。誰のためでもなく、ハリー自身のために。

 

 決闘が終わったあと、ハリーはロンと握手して言いづらそうに言った。

 

「……君が正しいってことを認めるよ」

 

 ロンはほっとした顔をして言った。

 

「じゃあ、これでもう変な考え方はやめるって―」

 

 安堵した顔のロンに、ハリーは言葉を被せた。

 

 

(約束は守る。守るよ?……今はね)

 

 

 ハリーの負けず嫌いで感情的な部分は、ロンに負けたままでいることを許さなかった。

 

「一ヶ月後にここでまた勝負しよう。それで僕が勝てば一勝一敗でイーブンだ。それなら僕が考え方を改める必要はないだろ?」

 

 

 ロンはぽかんと口をあけて、そして怒った。

 

「お、お前全っ然反省してねえじゃねぇーか!!」

 

「諦めろよロン。ハリーは負けず嫌いなんだ」

 

 ザビニがニヤニヤと笑いながらロンと肩を組んだ。

 

「何だ君たち。何か賭けでもやってたのか?」

 

 

「いいえ、バナナージ先輩。何もなかったんです」

 

 バナナージに説明するハーマイオニーは満面の笑みだった。ハリーもロンも、前よりも口喧嘩をすることは多くなるかもしれない。それでも、前よりも距離が縮まった悪友としてやっていける。そんな気がしたのだ。

 

「ハリーが負けたのは残念だけど、これで僕たちも元通りだね」

 

「まぁ……いいでしょう。ハリーが暴走しても、次もきっとロンが止めてくれます」

 

「みんなして俺のこと何だと思ってんの?!」

 

 アズラエルはロンに負担を丸投げした。こうしてハリーたち六人は、決闘クラブにも顔を出すようになった。魔法探求会としての活動は、決闘クラブとしての活動と重複することが多くなった。その中で、ハリーたちはめきめきと呪文の腕を上達させていくのである。

 




ハーマイオニー→石化、武装解除、レヴィオーサその他多種多様な呪い
ハリー→武装解除、レヴィオーサ、インセンディオ、ボンバーダなど(武装解除と浮遊魔法以外は対人戦封印)
ロン→武装解除、なめくじの呪い、レヴィオーサ
自分がスリザリンの三人の立場だったらハーマイオニーを相手にするのも嫌だけどロンだけは怒らせたくないと思う。


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スリザリン·クィディッチチーム


原作を読んでいて驚いたこと
クィディッチチームには……コーチが居ないのである!!


 

 ドラコ·マルフォイは、イーライ·ブラウンが穢れた血と差別発言をした場所に居合わせていた。

 

 普段のドラコであれば、純血主義の支持者としてブラウンに塩を送ったかもしれない。ハリーたちを冷笑した上でコリンを蔑んでいただろう。

 

 だが、バカ笑いをするクラッブやゴイルたちと同じ気分ではなかった。クスクスと面白いものを見たように笑うパンジーが、いつもなら笑うはずのドラコを心配して話しかけてくる。

 

「どうしたのドラコ?どこか悪いの?」

 

「僕は至って健康さパンジー。心配させてしまったかい?ただ、マグル生まれの連中なんかに関わりたくないと思ってね。授業に遅れるわけにもいかない。どうだい?次の授業は、君と僕で隣の席に座るというのは?」

 

「まぁ、恥ずかしいわドラコ……!」

 

 パンジーは満更でもなさそうな顔でドラコについてくる。ドラコ自身、パンジーのことは憎からず思っていた。親をきっかけでできた友人で、昔からの付き合いだが、こうやって自分に好意を示してくれるのはパンジーだけだ。

 

 だからこそ、そのパンジーにシーカー就任を、あの無様な勝利を祝福されたとき、ドラコは違うと思った。

 

(……違う)

 

 ドラコは自分自身の力でハリーと戦って勝ちたかった。それが出来るだけの練習はやってきたし、クィディッチの知識も自分のほうが上だった。

 

(……まともにやったって、僕が勝てるはずだったんだ……!)

 

 ドラコは戻れるならあの試合の瞬間に戻りたかった。だが、一度シーカー就任が決まった以上はもう引き返すことはできない。フリントやパンジーたちはドラコを支持している。ドラコが、ただ気分が悪いからとシーカーを降りるのは、彼らの顔を潰すことになるのだから。

 

 

(何がスリザリンだ。穢れた血だ?クィディッチ競技場の空には、そんなものは無かったはずなのに……)

 

 ドラコが親から教わった知識は、純血の魔法使いは他の魔法使いより優れていて偉く、そうではないものには何をしてもいいという都合のいいものだった。だが、現実はそんなものではないとドラコは知った。スリザリンのチームにはドラコの親が与えた箒がある。寮間での試合は公平な戦力による戦いとは言い難く、勝ったところで金の力による勝利だという批判は免れないだろう。これで敗北でもしようものならいい恥さらしだ。

 

 ドラコは、生まれてからずっと魔法の勉強をしてきたのに、穢れた血と内心で見下していたハーマイオニー·グレンジャーに成績で負けた。それだけではなく、前学期には彼女に命を救われていた。ハリーとグレンジャーが森で怪物相手に足止めをしなければ、ドラコだってどうなっていたか分からない。脳内に、前学期のハロウィンでハリーから言われた言葉が木霊する。

 

(『僕は彼女に勉強で勝てなかったまま彼女の勝ち逃げで終わるじゃないか。高貴なスリザリンの生徒がマグル生まれに負けたまま終わっていいの?』)

 

 負けた。勝ちたくもない戦いには勝って、負けられないと思っていた戦いにも負けた。教師たちの贔屓だとルシウスに強がっても、マグル生まれに負けた自分の責任だと突き返された。ドラコはその事を思い出してしまった。マグル生まれの子供より自分たち純血の魔法使いのほうが能力が高いという幻想にすがることもできなかった。

 

(『君は僕に勝ったんだぞ!!』)

 

 ドラコは授業を受けている間にも、ハリーの言葉を思い出して羽根ペンの字を書き損じてしまった。どんな手段を用いてもの勝利、結果のためにあらゆる手を尽くすというスリザリンの美徳。それはドラコがこれまで信じてきたことで、世界の全てのはずだった。

 

 ハリーは魔法薬の授業をザビニと同じ席で受けていた。スリザリンとグリフィンドールの生徒が同じテーブルにつくことはない。そのしきたりを表面上は守っているように見えた。だがドラコは、後ろの席からハリーがウィーズリーと魔法で何かのやり取りをしているところを見た。

 

 ドラコはパンジーと笑っていても、心の底からは笑えなくなっていた。自分がこんなに苦しんでいるそもそもの原因が、スリザリン的な狡猾さや純血主義的な価値観にあるのではないかと思って、それを疑ってしまったからだ。

 

(考えるな。こんな馬鹿馬鹿しいこと。父上や……パンジーたちへの裏切りだぞ)

 

 ドラコは自分の中の声におされて、その考えをしまいこんだ。スリザリンの中で生きていく上で、そんな考え方は邪魔でしかなかったからだ。クラッブやゴイルだって、ドラコが望んで得た友達ではなかったが、確かにドラコの友人ではあったのだから。

 

***

 

 ドラコの考えとは無関係に、シーカーはドラコということはもう覆しようがなかった。人が立ち止まりたくても、時の流れは歩みを止めてはくれないのだ。

 

 ドラコとハリーは、クィディッチの合同訓練のために競技場を訪れていた。練習が始まるより早くに競技場に来て、箒の調子を確認したり、基礎練習をしておくためだ。スリザリンクィディッチ·チームの合同練習の時間は短い。それは合同練習の時間は他チームの戦術や対策を確認したり、パスの練習に当てるためのもので、個人の技術を磨くのは当人の努力と才能次第というのが一般的な学生スポーツのありかただった。チェイサーのエイドリアン·ピュシーやキーパーのマイルズ·ブレッチリーはハリーたちより早くグラウンドに来ていた。

 

「おはようございます、エイドリアン、ブレッチリー」

 

「我らがシーカーとチェイサーの到着か」

 

「待っていたぞ、ドラコ。早くから熱心だな」

 

 ハリーが挨拶すると、ブレッチリーは笑顔でドラコとハリーを迎え入れたが、ピュシーはドラコにだけ挨拶を返した。ハリーとピュシーは同じチェイサーだ。ハリーはカシウス·ワリントンの技量の隙をついて彼に勝ち、正チェイサーの座を奪い取っていたことから、ピュシーはハリーに思うところがあるのかもしれなかった。ハリーはそんなピュシーに嫌がられながらも、笑顔でピュシーと空中でクァッフルを投げ合った。

 

(まずは基本に忠実に。捕球しやすいようにパス)

 

 ピュシーは試合中はあまり多弁な選手ではなかった。ハリーはスリザリンチームの試合でそれを見ていた。同時にハリーは、ピュシーが高い能力を持ったプレイヤーだと思っていた。こんなものではないはずだ。

 

(次に、捕球してそのままゴールに向かえるように、回転のない高速のパス)

 

 ハリーはピュシーを信頼して、少し難しいパスを出した。ピュシーはそのパスを受けた勢いのままゴールに突き進み、ブレッチリーからゴールを奪った。

 

 お返しとばかりに、ピュシーもハリーに高速のパスを出した。ハリーもそれを胸元で捕球し、抱き抱えた状態のまま箒をスライドさせてリングに向かう。マイルズは手の先でハリーのシュートを阻もうとしたが、惜しくもクァッフルはゴールを追加した。

 

「お前、今のは無茶なシュートだったな。行けると思ったのか?」

 

「はい。いいパスだったのでそのまま行きたくなりました」

 

「グリフィンドールには今のプレーは通用しない。ああいう場面では、俺かフリントにパスを出せ」

 

 ピュシーもまた、ハリーと同じようにクィディッチのプレーで語るタイプの選手だった。ハリーは少しだけピュシーに認められたような気がした。クィディッチを通してなら話が通じるからだ。

 

(やっぱり、上手い人とプレーできるのは気持ちが良いなあ)

 

 ハリーと対等か、格上のプレイヤーはドラコやセドリックだが、彼らはほぼライバルだった。彼らとは主に敵としてスニッチやクァッフルを奪い合ったが、チームメイトとしてプレーできるのは心強いとハリーは思った。

 

 暫く練習をしていると、ビーターの先輩たちやキャプテンのマーカス·フリントも競技場に姿を見せた。ハリーはドラコの表情が少し固くなったような気がした。なぜそう思ったのか、ハリーには分からなかった。

 

 

 ゴリラのような大男であるキャプテンのマーカス·フリントは、笛を吹きならしてハリーたちを呼び寄せた。フリントはチームメイトを見渡し、堂々と宣言した。

 

「しばらく見ない間に見違えたもんだ。このチームで試合をするのは、月末のハッフルパフ戦が初だが……」

 

「正直に言えば、負ける気がしねえ。そうだろう、ブレッチリー?」

 

「ああ。最強のチームになったぜ、キャプテン」

 

 フリントが同意を求めると、ブレッチリーはニヒルに笑った。

 

「キャプテン。次の試合では二百点差をつけてやろう」

 

 

「おう。こっちにはニンバスがあるんだ。どうとでもなるさ。……さぁハッフルパフの説明に入るぞ。眠るんじゃないぞポッター。ハッフルパフは今年七年生になるフレデリック·ニートがシーカーでキャプテンを努めるチームだ」

 

 そしてフリントはハッフルパフをこき下ろした。

 

「連中は才能もないのに、良く考えもせずに無駄な練習に時間を費やした挙げ句、去年の俺達にすら打ちのめされた木偶の坊だ。今年も新しい戦力はなく、戦略と言える戦略もない。試し斬りにはもってこいだ」

 

「でも、ハッフルパフにはセドリック·ディゴリーがいます」

 

 チーム全体に漂う楽観的な見方を、ハリーは否定した。新入りが言うことではないと自分でも思ったが、言っておくべきだと思った。

 

 

「彼にクァッフルを集めてしまったら、ニンバスがあっても何点か取られてしまうかもしれません」

 

「そんなことは言われなくても分かっている!」

 

 

「やつはハッフルパフの得点王だからな。ボールが集まるとまずいぞ、キャプテン」

 

 案の定フリントはハリーを叱りつけたが、ピュシーにそう言われて考えを改めたのか、ハリーを誉めもした。

 

「……だがまぁ、どこに気を付けるべきか分かってるのはルーキーとしては上出来だ。これからも気がついたことがあれば話せ、ポッター。それで情報を共有できる」

 

「はい、キャプテン」

 

「ビーターたちは、パフの連中はセドリックにボールを集めるだろう。ハリーとピュシーは小回りがきく。ニンバスのスピードを活かしてパスカットして、セドリックにボールを持たせるな」

 

 

 そしてフリントはハリーとドラコを見た。

 

「クィディッチ·シーズンは長い。これから先優勝したいなら、グリフィンドールやレイブンクローとの戦闘に向けて、俺やピュシーが習得した新しい個人技はなるべく温存しておきたい。前半はお前を中心に攻めるぞ、ポッター。パフの連中が対応できるようなデータが無いからな。レイブンクローやグリフィンドールの目がお前に向けば、それだけ次の試合で俺達が楽になる」

 

 ハリーの役割は得点役も含めた囮だった。はじめての公式戦でどこまで活躍できるのか分からない。だが、ハリーはニンバスの性能を本当の試合で発揮できるのかと思うと期待に胸を膨らませた。

 

「ドラコ、スニッチを見つけたら、五十点は差をつけるまで待て。レイブンクローとグリフィンドールに得失点差で圧力をかけたいからな」

 

「承知しました、キャプテン」

 

 そしてフリントはハッフルパフ戦でハリーを矢面に立たせると宣言した。さすがはキャプテンというべきか、フリントは目先の勝利だけではなくその先を見据えているようだった。

 

「ハリーには死んでも点を取ってもらうぞ。泣き言を言うなよ?あのおかしなブラッジャーが来たとしてもだぞ?」

 

「はい!」

 

 そして、合同練習の最後にフリントはドラコを肩車してこう宣言した。

 

「いいか、野郎共。俺達の新シーカーが安心して勝負に専念できるように場を整えるのが、俺達シーカー以外のその他大勢の役目だ」

 

 フリントの声は良く通っていた。

 

「今更言うまでもないが、シーカーは試合の決定権がある。クィディッチの勝敗を決める主役だ」

 

 そしてフリントはハリーを見た。フリントは、ニヤリとスリザリン生らしく笑っていた。

 

「あの決定戦についてとやかく言うやつはいるだろう。外野はいつも下らねえ仮定に文句をつけたがる!だが俺は、ドラコこそシーカーに相応しいと思っている!なぜか分かるか!?」

 

「なぜだキャプテン?」

 

 フリントの演説を、ビーターのデリックが笑いながら囃し立てた。ここまではフリントの仕込みである。

 

「ドラコはスリザリン生らしいスリザリン生だからだ!!」

 

 フリントは堂々とそう宣言した。デリックは驚いた顔をしていた。実際、デリックは本気で驚いていた。

 

(言ってたことがちがうじゃねえか、キャプテン)

 

「俺達チェイサーもビーターもキーパーも、シーカーに比べれば『おまけ』みてえなもんだ」

 

 フリントはそう言った。

 

「キーパーはゴールを守ることができる。チェイサーは得点を積み重ねれば百五十点以上を取ることもできる。ビーターはシーカーだろうがチェイサーだろうが、気に入らねえやつをコートから追い出すことができる」

 

 フリントは一息でそこまで言うと、また大きく息を吸い込んだ。

 

「……だが、試合を終わらせられるのはシーカーだけだ。シーカーは常に冷静で、先を見据えることができなきゃいけねえ。…そして、俺達スリザリン生が『信頼』できる人間でなきゃあいけねえ。シーカーが出来るのはドラコだけだッ!!試合では全力でドラコに尽くせよっ!」

 

 フリントの大演説の直後、スリザリンチームの面々は大盛り上がりでドラコを支持した。ハリーも拍手してその流れに乗って、その勢いのまま先輩たちは寮に戻った。

 

先輩たちが寮に戻る背中を見送りながら、ハリーとドラコは最後までグラウンドに残った。ハリーは箒に乗って飛び、ターンや停止、加速や減速、空中での上昇やロールなどの動きを練習していた。ドラコは時折ハリーを見ながら練習をしていた。ドラコは箒の速度そのものはハリーより遅かったが、ハリーより無駄のない箒の動かしかたをしていた。

 

「僕を笑えよ、ポッター」

 

 練習を繰り返し、日が沈んできたところでドラコが言った。

 

「これが、父上の力で。金と権力でシーカーを手にした人間のチームだ。君もその一員というわけだ。どんな気持ちだい?絶対に負けるはずがない勝負をするという気持ちは?」

 

 ハリーはドラコの言葉に、いつになく棘があることに気がついた。ハリーはどうしたのかと思いながらドラコに言葉のドッジボールを与えた。

 

「僕に勝って、キャプテンからも認められた癖に随分と贅沢なんだね、ドラコは」

 

 ハリーはドラコに負けた上、直近でロンにも負けていた。勝った人間から煽られるのは気持ちがいいものではなかった。

 

「これ以上何が欲しいんだい?」

 

「キャプテンだって?」

 

 ドラコは吐き捨てるように言った。

 

「どうせあの試験は仕組まれたものだったんだろう?僕が何も気が付かない無能だとでも思ったのか、ポッター?あんなブラッジャーで勝ったからと言って喜ぶと思っているのか?そもそも僕は!あんなものが無くたって勝てた!フリントに横槍を入れられなくたって、僕の力だけで―」

 

 

 ハリーはドラコがまだ勝利を割りきれていないことに驚いていた。同時に、フリントの横槍だと思っていることもはじめて知った。ハリーはチーム内の人間関係のためにも、ドラコの誤解をといておかなければならないと思った。

 

「ちょっと待ってドラコ。あのブラッジャーはキャプテンの仕業じゃないよ」

 

「どうして君なんかにそれが分かるんだ?ブラッジャーを避けることで必死だったくせに」

 

「犯人が名乗り出たんだよ。入院したとき、ハウスエルフのドビーが僕を心配して見舞いに来たんだ」

 

 ハリーはドビーのことを思い出して少し腹が立ったが、言葉を続けた。

 

「ドビーは僕を助けるために、僕をホグワーツから追い出そうとしてブラッジャーを操ったらしいよ。本当に迷惑な話だけどさ」

 

 

 ハリーはドラコが何も言ってこないことに少し戸惑いながらも、そのままドラコにも事情を説明しようと思った。ホグワーツを狙う謎の何かはヴォルデモートとは関係ないとシリウスも言っていたからだ。

 

「ドビーによると、秘密の部屋が開いたらしいんだ。その直後にクリーピーが石にされたから、ドビーの言葉も嘘じゃなくて本気なのかもしれないと思ったけど、もしかしたらドビーがクリーピーを石に変えたのかもしれないね」

 

「……何だよそれは……?そんなことの……ために……?」

 

 

「ああ。部屋を開けて人を石に変えるなんて、あっちゃいけないことだよ。ダンブルドアとかスネイプ先生に早く解決して欲しいと思うけど、もしダメだと思ったら僕が何とかしないと……ってどうしたの、ドラコ。顔色が悪いよ?」

 

(一体どうしたんだ、ドラコは?本当にドラコなのか?)

 

 ドラコの様子は普段とは違った。ハリーの目には、普段のドラコにあった高慢さが薄くなっているように見えた。先程までのドラコは目に光が無かったが、今のドラコには目に光がある。その代わり、高慢さや悪辣さが感じられないのだ。ポリジュース薬を飲まされた別人だと言われても信じたかもしれない。

 

「僕は元々色白だ、ポッター。……他人の心配をする暇があるなら、自分やグレンジャーの身の心配でもしているんだな」

 

「どういう意味だい?」

 

「自分がどれだけ恵まれているのか、自覚しろって言ったんだ」

 

 ドラコはそう言うと、城までの道のりをニンバスに乗って帰って行った。ハリーもその背中を追いながら、

 



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絶命日パーティー

 

 

 

 ハリーはクィディッチでの初試合が近づいていた。秘密の部屋やコリンを石にした犯人への確たる手がかりはなく、ハリーは日常のあれやこれやに追われていた。本格的にクィディッチを始めたことで、日々の勉強にもメリハリができ、充実していた。

 

 シリウスはとても忙しいようで、ハリーに対して返事をくれる回数は減っていたが、その分一回の手紙の情報量は膨大になっていた。ハリーはパンジーの惚れ薬や、マグル差別についてロンと対立したことや、スリザリンクィディッチチームがニンバス2001を揃えているという情報は伏せて、コリンのことやクィディッチの選抜でシーカーに落ちてチェイサーに選ばれたこと、決闘クラブのこと、ドビーについての話と秘密の部屋という単語について、何回かに分けてシリウスに伝えていた。シリウスはハリーが秘密の部屋に関わることを望まなかった。

 

『秘密の部屋は、一部のスリザリン生が私たちのような他の寮の生徒をビビらせるために話していたことがある。サラザール·スリザリンがホグワーツの中に怪物を残したという謂れがあるそうだ。恐らくは単なる噂か怪談で、それに便乗した輩の犯行だろうが、用心するにこしたことはない。君が対処できる案件ではない。そちらは教師たちに任せておけ、ハリー』

 

 シリウスのこの言葉は悠長なものに思えた。すでにクリーピーが被害にあっているのに、教師に任せていていいのだろうかとハリーは思った。防衛術の教師であるはずのロックハートが頼りにならないのに、どうして心穏やかでいられるのだろうか。

 

 そして、シリウスはハリーがチェイサーに選ばれたことを本当に喜んでいた。

 

『君は本当によくやった、ハリー。今は悔しいだろうが、その悔しさを忘れずに練習するんだ。君の父さんもチェイサーだったが、本当にいいチェイサーになった。あいつは試合の度にゴールを決めて、君のお母さんからはたかれていたものだ』

 

 シリウスに父親のことを言われると何だかむず痒い思いがした。ハリーはチェイサーに選ばれた喜びを胸に、シリウスに勝利の報告ができるように頑張った。そしてハリーが頑張れば頑張るほど、ドラコの口数は少なくなっていった。普段ならハリーに向けて嫌みのひとつでも口にするはずなのに、ドラコは箒に乗ることしか頭にないようだった。

 

 

「最近、ドラコの様子がおかしいんだ。何か調子が悪いみたいでさ」

 

 魔法探究会の集まりは決闘クラブやクィディッチの活動に押されて休業状態だったが、その日は珍しく六人が揃っていた。六人は図書館でヒソヒソと声を潜めながら、話し合っていた。

 

「ハリーが気にするべきは次の試合の得点数だぜ。これで点が取れなかったらいい笑い者だ」

 

「マルフォイのことはマルフォイが自分で何とかするでしょう。ハリーは結果を出さないと批判の矛先にされますよ?ハリーが純血主義でないことを快く思わない人は居ますからね」

 

「そういう人の声は聞き流すことにしたよ」

 

 ハリーはパンジーのむかつく笑い顔を思い出した。純血主義を掲げるのもそれを信じるのも勝手だが、ハリーに押し付けることだけはやめて欲しいものだと切に願った。

 

「ニンバスはいい箒だもの。練習通りにやれば大丈夫だよね、ハリー?」

 

「うん。本番でどれだけ練習通りにやれるかが鍵かなぁ」

 

 ハリーはハッフルパフを舐めているわけではなかった。アズラエルに頼んでハッフルパフの練習を偵察したところ、彼らには確たる戦術や人員の変化は見られないという言葉が返ってきた。スリザリンにとっては大事な初戦において、勝つための手を尽くしているスリザリンと無策なハッフルパフとでは雲泥の差があると踏んでいた。この場にはロンも居るので、練習の詳細を明かすことはしなかったが。

 

「……どうしたの、ロン。ずいぶん浮かない顔だけど」

 

 ロンを心配してか、ファルカスが声をかけた。ロンも今日は口数が少ない。いつもなら冗談の一つでも飛ばして司書のマダムにどやされるのに、今日はハーマイオニーの図書探しに付き合いながら魔法薬のレポート作成に没頭していた。

 

 充実した表情のハリーと比べると、ロンの顔には本当に元気がなかった。ハリーたち六人はたまに決闘クラブに顔を出して魔法を試すようになったが、ロンはバナナージ先輩や黒人のリー·ジョーダン、グリフィンドール監督生のガエリオやグリフィンドールの六年生の監督生であるアグリアスなどに可愛がられていて、魔法の腕も少しずつ向上していた。暗い顔をするような要素はなかったはずだ。

 

(寮で何かあったのかな?それこそ、僕と一緒にいることが駄目だと兄さんに言われたとか?)

 

 ハリーは暗い顔をするロンが心配になった。もしかしたら、スリザリン生と親しくしていることでグリフィンドール生から何か言われたのではないかと思った。スリザリン·クィディッチ·チームの全員がニンバス2001を手にしたことは学校中に知れ渡っていて、今ではスリザリンは三つの寮にとって共通の悪役だった。

 

「あー、ジニーがな。俺の妹なんだけど、このところ調子が悪いみたいで」

 

「妹さんか……それは心配だね」

 

「そうなんだよ。ジニーは家にいるときは物凄ぇワガママなんだけど、学校じゃ人見知りしてるみたいでさぁ」

 

 ジニー·ウィーズリーがどういう生徒なのかはハリーには分からなかった。単純に寮も学年も違うからだ。コリン·クリーピーが石になっていなければ、ジニーについて今頃詳しく知っていただろうが。

 

「何だよシスコンか?心配性なんだな」

 

「は?」

 

「ザビニ、煽らない」

 

 

(間違いなく、空飛ぶ車の一件が尾を引いたんでしょうね……)

 

 アズラエルは内心で、原因はアーサー·ウィーズリー氏が罰金を受けたことだと思った。わざわざ口に出すということはしなかったが、彼はスリザリンの女子がジニーをあまりからかわないようにこっそりと手を尽くした。その代償に、アズラエルには最近彼女ができていた。

 

「……寮生活と普段の生活じゃあ勝手も違うんだろうね。ハーマイオニーから何かアドバイスとかしてあげられない?」

 

「そうね。私も去年は苦労したから、ジニーの気持ちになって助言できると思うわ。最初の友達づくりに失敗すると、尾を引いてしまう気持ちも分かるもの」

 

「グリフィンドールはスリザリンほど身内意識は強くないんですねえ。上級生が声をかけたりしないんですか?」

 

「監督生が何かしら助言はしてると思うわ。……けれど、監督生はお兄さんお姉さん過ぎて心を開けていないんじゃないかしら」

 

「気持ちは分かるなあ……」

 

「決闘クラブに誘えたらいいけど、クラブはほとんど上級生ばかりで一年生が居ないしね……」

 

 ファルカスはそう言ったが、ハリーは何となくロンの妹が心配になってロンに言った。

 

「僕が練習相手になるから、妹さんを誘ってみてよ。気が紛れるかもしれないよ?」

 

「ジニーにはまだまだ決闘ははえーよ。危ないし、まだ基本の魔法だって覚えてないし。せめて来年……いや、再来年になってからだな」

 

 ロンの言葉に、ロン以外の五人は目配せをしあって共通の認識を持った。

 

(本当に妹さんが好きなんだな……)

 

「決闘クラブはハーマイオニーですら負け越す魔境だもんなぁ」

 

「相手が上級生だからだぜ。ハーマイオニーはこないだリー·ジョーダンをボコボコにしてたじゃないか」

 

 ハリーやロン、ファルカスだけではなくハーマイオニーも決闘クラブでめきめきと力をつけていた。秘密の部屋がスリザリンが残したもので、マグル生まれを襲うために作られたものだと知ると、ハーマイオニーは野蛮だと言っていた決闘にもやる気を見せていた。反射神経の関係でハリーやファルカスを相手にしたときの勝率はそこまで良くないが、彼女が適切な動きかたを覚えたら勝負はわからないとハリーは思った。今は十回やれば七回はハリーが勝てるのだが、確実に差は縮まっている。これからどんどん勝てなくなっていくだろう。ハーマイオニーに勝ち越し続けるには、ハリーの側でも何らかの対策が必要だった。それこそ、プロテゴを習得するような根本的な進歩が。ハリーは今度、バナナージ·ビストに頼み込んでプロテゴを教わろうと思った。

 

 

***

 

 コリンが石にされて一月あまりの月日が過ぎた。石を解くためのマンドレイクの栽培も順調だった。ハリーたちスリザリンの部屋の四人は、大広間でハロウィンのパーティーを楽しんでいた。

 

「ロンとハーマイオニーがいないね。せっかくのパーティーなんだから戻ってくればいいのに」

 

 ハリーはグリフィンドールのテーブルを見た。監督生のガエリオは双子のウィーズリーに監督生のバッジを花飾りに変えられていた。いつもなら間にネビルなり、ディーン·トーマスなり、シェーマス·フィネガンなりを挟んで駄弁っているはずのロンとハーマイオニーは、ハロウィンのパーティーではなく、寮つきゴーストのニコラス卿の絶命日パーティーに参加していた。

 

「肝試しデートのつもりなんだろ。パーティーの料理は同じ寮のダチにとってもらっておけば後で食べられるしな」

 

 ザビニは二人についてそう茶化した。ザビニはロンとハーマイオニーがいつ付き合い出すかでファルカスと賭けをしていた。

 

「僕はデートじゃなくて遊んでるだけだと思うなあ」

 

 ファルカスは二人は友人同士だという意見だった。この手の話題になると、ファルカスは決まってハリーのほうを見た。

 

「ハリーはどう思う?」

 

「どうって……そりゃ、デートなのか遊んでるのかは二人の認識次第なんじゃないかな。二人は滅茶苦茶仲がいいんだし、それでいいだろ?」

 

 ハリーは恋愛というものをしたことがないが、今はその手の話題はあまり考えたくなかった。惚れ薬で抱いた最悪の感情が本物の恋愛だというのなら、いっそ一生その手の感情とは距離を置いていただろう。惚れ薬での感情は薬品による依存症のようなもので、本物の恋愛感情ではないと頭では分かっていても、恋愛について考えると少しだけ額の傷が痛むのでハリーはその手の話題を避けていた。

 

「まぁあの二人は普通にライクでしょうよ。ファルカス、チキンが冷めますよ?」

 

 ハリーの内心を知ってか知らずか、アズラエルがその後別の話題を提供してくれたのでハリーは恋愛について考えずにすんだ。

 

 

***

 

 ハロウィンの喧騒の中、ハリーはロンとハーマイオニーのことが気になってふと席を立った。特に何かしら考えがあった訳ではないが、脳内にはザビニの肝試しデートという言葉が木霊していた。

 

(……って。何を考えてるんだ僕は。仮にデートだったら水を差したら悪いだろ)

 

 ハリーはロンとハーマイオニーの顔がみたいと足を運んだが、絶命日パーティーの会場に入る勇気はなかった。二人に嫌われたくはない。偶然を装って出会ったようにできないものかと思ったが、うまい言い訳が思いつかない。

 

(……去年のハロウィンのときはトロルが来て。トイレで三人で戦ったんだったっけ。そう言えば、あのときはマートルが助けてくれたんだった……)

 

 ハロウィンの会場を抜け出してきたのに、ハリーは結局絶命日パーティの会場には入らなかった。そもそもハリーは二人と違って、ニコラス卿から誘われてすらいないのだ。ハリーは仕方なく廊下をうろついて、男子トイレに入ろうとしたとき、隣の部屋の女子トイレから出てきた女の子とぶつかった。ぶつかった勢いで、女の子の帽子がパタリと落ちた。夏休みの間に良くみたライオンの帽子ではないが、奇抜な鷲の帽子だったハリーはこの帽子を被っていた少女に見覚えがあった。

 

「ぶつかってごめんね。ちょっと急いでたんだ……ルナ?」

 

 ハリーと衝突した少女は、一年後輩のルナ·ラブグッドだった。彼女の目元や鼻の辺りにはひどい泣きあとがあった。

 

「……アンタ、ハリー·ポッター。スリザリンに魂を売ったヒトだね」

 

 ルナは独特の感性を持っているサブカル系の女子で、歯に衣着せぬ物言いをすることがあった。周囲の空気が読めないところはあるが、コリンとは違って自分から周囲に関わって害を振り撒くところはない。

 

「そうだよ。スリザリンは僕に良くしてくれるからね。他の寮とは違って」

 

「ふうん。アンタ、スノーカックを探してたの?」

「いや、まあ……それでいいか。そうだよ」

 

 

 ハリーはコリンが石にされてから、決闘クラブのメンバー以外の他寮生からは少し遠巻きにされていたので、それらしい物言いをすることにしていた。ハリーとルナの会話を、トイレの中からマートルが羨ましそうにみていた。ハリーはマートルにも挨拶をすると、礼儀正しくそっとドアを閉めた。マートルの嘆きが扉ごしにハリーの耳をうった。

 

「夏休みのアンタはもっと楽しそうに見えたけどな?」

 

 ルナはハリーのあとについてきた。ハリーは彼女の目元の涙が見るに耐えなかったのでハンカチを貸した。ハリーは彼女がなぜ泣いていたのかについては触れなかった。何となく去年のハーマイオニーを思い出したからだ。ただ、ハロウィンの喧騒に戻ることはせず、あてもなくぶらぶらと校内を散策した。

 

「去年、三階でアンタたちは賢者の石を守ったってホント?」

 

「僕以外の皆が活躍したのは本当だよ。僕は何もできなかった」

 

「ふーん。案外大したことないんだね」

 

「だから立派になるために頑張るんじゃないか」

 

 ハリーはルナに笑顔が戻ったのを見計らって、ひとつの提案をした。

 

「その帽子を被ってこないって約束できるなら、決闘クラブに参加してみない?決闘のときは帽子が邪魔になるからさ」

 

「ルナティックスノーカック探しが落ち着いたら考えてあげてもいいよ」

 

 そんなどうでもいいやり取りをしながら時間を潰していると、ハリーはふと、『殺してやる!』という声を聞いた。

 

「誰だ?!」

 

「アンタがどうしたの?」

 

 ハリーは声を聞いたのが、ハリーだけだと気がついた。最初は聞き間違いかと思ったが、引き裂いてやるだの飲み込んでやるだのと物騒な声が聞こえることに変わりはなく、ルナがそれを聞こえないことにも変わりはなかった。

 

(蛇語だ!!)

 

 ハリーは汗を流して焦りながら、ルナにパーティーに戻るように言った。そして、声のするほうまで急いだ。ポケットのハンカチを蝶に変えようとして、ルナに貸していることに気付いた。

 

「ルナ、君はパーティーに戻るんだ。ここにいちゃ危ない」

 

 ハリーはそう言ってルナを戻そうとしたが、彼女は引かなかった。

 

「アンタだけに聞こえる声があるの?アンタ、もしかしてスノーカックが見えるの?」

 

(違うよ!!)

 

 ルナに構っている時間はなかった。声はハリーから遠ざかり、別の獲物を探しているようだったからだ。ハリーは声のするほうに走り……ルナは女の子とは思えない脚力でハリーについてきた。そして、ハリーとルナはミセス·ノリスが石にされていたのを発見した。

 

「『秘密の部屋は開かれた 継承者の敵よ、心せよ……?』何これ?ハリーは何か知ってる?」

 

 ハリーとルナはミセス·ノリスが石にされた現場の第一発見者となり、次の日、ハリーはまたしても三つの寮の生徒から遠巻きにされるという被害にあった。今回の件で良かったことと言えば、ルナが決闘クラブに顔を見せるようになったことくらいだった。



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レイブンクローとの奇妙な縁

スリザリンとレイブンクローはわりと相性いいらしいっていう設定が二次創作ネタなのか公式設定なのか……


 

 ハリーとルナはミセス·ノリスの第一発見者となり、当然のようにアーガス·フィルチから犯人であるという疑いを向けられた。

 

 フィルチ氏が魔法が使えないスクイブであることは、スリザリン生ならば誰でも知っていた。賢明なスリザリン生たちはフィルチ氏やその飼い猫に非礼を働かず、彼らの前では愛想良くしてグリフィンドール生の不正を密告するのが日課になっていたが、フィルチ氏が生徒を憎んでいることは間違いなかった。彼にとっては、スリザリン生だろうがグリフィンドール生だろうがレイブンクロー生だろうが変わりなく憎悪の対象でしかなかった。

 

 それこそたかが罰則でむち打ちをしたり、天井から吊し上げたりすべきだと強硬に主張してはダンブルドアに却下されるほどに。

 

(……それでも、マグル……とは……違うよな……フィルチさんは……)

 

 ハリーは内心でフィルチに同情する気持ちもあった。ハリーたち生徒にとっては敵になることのほうが多いが、グリフィンドールやスリザリンの問題児の尻拭いに奔走している姿を見ると、彼を本気で嫌いになることはできなかった。フィルチが傲慢で陰湿な管理人になった経緯には、明らかに生徒の側にも問題があったことは想像できるからだ。

 

「こいつらがやったんだ!こいつらが……私がスクイブだからだろう!」

 

「落ち着くのだアーガス。猫は死んではいない」

 

 ダンブルドアがフィルチとハリーたちとの間に入らなければ、フィルチはハリーに掴みかかっていただろう。愛すべきペットを石にされたフィルチの姿を見ると、ハリーはフィルチを憎むことはできなかった。

 

 

(もしもアスクレピオスがこんな目に遭ったら……)

 

 ハリーだってその犯人を許さないだろう。それこそ、容疑者にだって杖を向けてしまうかもしれない。第一発見者というだけで疑われることは理不尽だったが、ハリーはせめて猫が早く良くなりますようにと祈った。

 

 フィルチよりもハリーたちにとって脅威だったのは、スリザリンの寮監であるスネイプ教授だった。彼はハリーがハロウィンのパーティー会場にいなかったことを咎めて、ハリーはクィディッチチームのチェイサーには相応しくないと言った。

 

「問題行動ばかりの人間をチームに置いておくことはスポーツマンシップに反する……ポッター。君を我がスリザリンのチェイサーとしたことは、どうやら見込み違いだったようだ……」

 

 スネイプ教授は寮監であると同時に、クィディッチチームの監督も兼任しているのだ。業務が多すぎるので練習を見にきたことは一度もないが、ハリーがクィディッチの選手としてとぶことはもう不可能なのだとスネイプ教授は告げ、今までで最も嬉しそうに笑った。

 

「残念だよ、ポッター。代わりのチェイサーを見つけなければならないようだ……いや、君を退学にするべきなのかもしれんな。君の保護者はさぞかし悲しむだろう……」

 

 スネイプ教授はなぶるように言葉を投げ掛けて、ハリーの反応を楽しんでいるようだった。ハリーは必死で弁明しなければならない。

 

「待ってください、スネイプ教授」

 

 

(まずい。まずいまずいまずい……)

 

 クィディッチができないと告げられることはハリーにとって何より辛いことだった。それに加えて、現場に集まっている人たちの目も気になった。ハリーが蛇語で聞いた声について話せばどうしてうろついていたかの説明にはなるが、蛇語を話せるのがハリーであることを明かせば、彼らはハリーが犯人なのだと噂するだろう。ハリー自身の首を絞めるようなものだ。クィディッチどころではなく、この事件の犯人として退学にさせられる可能性もある。何せ魔法社会は、シリウスを裁判にすらかけずにアズカバンに送った前例があるのだ。

 

 その時、ハリーはロンとハーマイオニーがハリーのことを心配そうに見ているのに気がついた。ザビニやファルカスも、アズラエルもその近くにいる。

 

 

(……たとえ退学になっても……犯人に近づく手がかりを黙っているわけにはいかない……!)

 

 ハリーは迷いをふりきって、スネイプ教授やダンブルドア校長に事情を説明した。

 

「勝手に歩き回って申し訳ありません。僕は……ロンとハーマイオニーがハロウィン会場に居なかったので、二人を探そうとしていたんです」

 

 生徒たちの動揺する声が大きくなり、ハリーは声を張り上げた。

 

「二人を探していたらルナがいて、僕たちは二人でロンとハーマイオニーを探しました。しばらく探索していたら、偶然ミセス·ノリスの石像があったんです」

 

「おやおやハリー。嘘はいけませんよ、嘘は。大人をからかってはいけません。スネイプ教授も、本気であなたを罰しようと思ったわけではありませんよ……」

 

「ロンとハーマイオニーに……いえ、グリフィンドールのゴーストに聞いてください。彼らはゴーストのパーティーに参加していたんです」

 

 

 ロックハートは場を和ませようととりなしたが、ハリーは更に声を張り上げた。

 

「それはグリフィンドールのお二人のアリバイを証明しても、君とミス·ラブグッドのアリバイを証明することにはならんな」

 

 スネイプ教授は冷たく言った。ハリーは力なく俯いた。

 

(駄目だ、スネイプ教授は僕を退学にしたいんだ)

 

(確かに去年は散々規則を破ったけど、ここまで嫌われているなんて……)

 

 それはあまりにも異様な光景だった。本来であれば優しく事情を聞き、自分の寮の生徒が無罪であれば守るべき立場の寮監が、率先してハリーを追い込んでいるのだから。その場に集まった生徒たちは、恐ろしいものを見る目でスネイプ教授を見ていた。スネイプ教授が本気でハリーを追い出そうとしているように見えたので、どう声をかけるべきか分からなかったのだ。

 

「私は知ってるよ」

 

 その時、ハリーの隣にいたルナ·ラブグッドが言った。

 

「ポッターはクリーピーみたいに誰かが襲われる前に、犯人を見つけたかったんだ。友達だっていう二人を守りたかったんだ」

 

(い、いや……偶然なんだけど……)

 

「え、そうなの?」

 

「いいところあるじゃん……」

 

 思わぬところからの援護射撃だった。だが、ルナ自身の善良さが溢れた言葉に、何人かの単純な生徒は心を動かされたようだった。ハリーには追い風が吹いていた。ハリーはルナに内心で感謝しつつ、居たたまれなくなってダンブルドアに直接的に頼み込んだ。ダンブルドアへの憎しみは閉心術が封じてくれていた。

 

「勝手に動き回った罰なら受けます!でも、その前にダンブルドア校長にお伝えしたいことがあるんです!」

 

「ふむ。セブルス、下級生をそう追い詰めるものではない。ミスタ·ポッターとミス·ラブグッドが発見していなければ、この猫がどうなっていたか分からぬ。彼らには校長室で話を聞きたい。フィリウス、そしてセブルス。二人を校長室につれて来なさい」

 

***

 

『糖蜜タルト』

 

 ハリーはルナと共に校長室を訪れていた。

 

「わぁ、綺麗」

 

 校長室を訪れたルナは大喜びだった。美しく燃える鳥が、ハリーとルナをじっと見て、燃える羽をゆらゆらと動かしてハリーたちの動揺した気持ちをおさえてくれた。

 

「ルナはこの子が何か知っているの?良かったら教えてくれない?」

 

「この子は火の鳥。輪廻転生を繰り返して時を超え続ける鳥だってパパが言ってたよ。ダンブルドアとニュート·スキャマンダーが昔不思議な旅をして出会ったんだって……」

 

 しかし、ルナは父親から聞いた話をハリーに教えることはできなかった。スネイプ教授がルナの話を遮ったからだ。

 

「これは不死鳥だ、ラブグッド。アルバス·ダンブルドアが所有する奇跡の鳥だ。火の鳥などという低俗な生物ではない。……それから、輪廻転生という概念は魔法界の概念ではない。それは遥か古代に低俗なマグルが考え出した馬鹿げた妄想に過ぎない」

 

 スネイプ教授は露骨にルナのことを見下していた。

 

「狼少女を演じて現実から逃避するのはやめるのだな」

 

「セブルス。私の生徒を貶めることは止めて貰おうか?」

 

「……失礼した、フィリウス」

 

 フリットウィック教授は温厚で、怒っている姿を見たことはなかった。しかし、普段温厚な人ほど怒るときは怖いということをハリーは知った。ハリーはこの時のフリットウィック教授のドスのきいた声を忘れることはないだろう。スネイプ教授ですら、フリットウィック教授に気圧されたようだった。ルナはフリットウィック教授から校長室の不思議な物体や、歴代校長についての蘊蓄を教わっていた。

 

(……あ、ブラック校長先生だ)

 

 ハリーは何か他に面白そうなものがないかと見回していたところ、フィニアス·ナイジェラスの肖像画があったことに気がつき、肖像画に礼をした。狸寝入りをしていた肖像画の眉がピクリと動いたのをハリーは見逃さなかった。

 

(挨拶をすべきかな)

 

 と思い、お久しぶりです校長先生と声をかけてみたが、フィニアス元校長はハリーを話すべき相手とは見なさなかったらしい。ハリーは苦笑して校長室を見回した。

 

(こんな理由でこの場所に来たんじゃなければ、面白そうなんだけどな……)

 

 今世紀最大の善の魔法使いの部屋を訪れているという高揚感がルナにはある。ハリーも、普段であればそんな気分に浸り、好奇心に任せてこの部屋を楽しんでいただろう。

 

 しかし、今のハリーは自分やルナの進退がかかっているとあって、気が気ではなかった。スネイプ教授は少しでもハリーがおかしなところを見せれば、ハリーを学校から追い出しかねないのだ。

 

「ミス·ラブグッドがこの部屋を楽しんでくれたようで私も嬉しい」

 

 ダンブルドアは冷静で、瞳は相変わらず青く澄んでいた。しかし、その声はハリーが去年聞いたときよりも深刻さを増していた。

 

「ミスタ·ポッターも楽しんでくれたかね?」

 

「はい、校長先生。あの、不死鳥はどんな子なんですか?普段は何を食べているんですか?」

 

「この不死鳥はフォークスと言って、とても気難しい鳥だ。ふくろうフーズが大の好物なのだが、同じ種類のものを二日食べると拗ねる」

 

「へぇー……」

 

 ハリーはまじまじとフォークスを見た。燃え広がる翼を鳥籠一杯に広げた姿はとても神秘的で超然としていて、そんな普通の一面があるとはとても思えなかった。ダンブルドアはハリーがフォークスを憧れの混じった視線で眺めている姿を見て、にっこりと微笑んだ。

 

「そんな時は、私はいつもハグリッドに世話になる。ハグリッドはいつも私に正しい助言をくれる。魔法生物において、ハグリッドの右に出るものはいないよ」

 

 ハリーはダンブルドアが嫌いだったが、ハグリッドのことは恩人として尊敬していたし、大人として慕っていた。ダンブルドアがハグリッドを高く評価してくれていることに悪い気はしなかった。

 

「校長先生、ハグリッドは……」

 

 フリットウィック教授はそんなダンブルドアに何か物申したそうな雰囲気だったが、最終的には言うべきではないと判断したのか口をつぐんだ。ルナもフリットウィック教授と同じ考えのようだった。

 

「ハグリッドは今、雄鶏を殺した犯人を探そうと躍起になっている。このホグワーツにいる良からぬものは、猫や家畜を襲わねばならない理由があるようだ」

 

 そこで、ダンブルドアは本題に入った。

 

「何か気付いたことがあるのならば、私たちを信じて話してはくれないかね?」

 

 

「はい、実は、僕は……僕にしか聞こえない声を聞いて、あの場所にたどり着いたんです。ルナは聞こえずに、僕にしか聞こえない声があったんです」

 

「……ポッター。それは狂気に犯されている証拠だ」

 

「私は聞こえないけど、ハリーは聞いたんだよ。きっとスノーカックのー」

 

「ルナ、今は黙っていなさい」

 

 フリットウィック教授は口に人差し指をあててルナを止めた。ルナは渋々ながらフリットウィック教授に従った。

 

「いえ。スネイプ教授はご存じだと思います。僕は蛇語を聞いたんだと思います」

 

「……なるほど」

 

 ダンブルドアは机の上に肘を乗せ、手を組んで考え事をしているようだった。

 

「秘密の部屋が開いた、ということは、その部屋に何かがいたんですよね。その怪物が蛇科の生物なら、僕なら聞くことができるはずです」

 

「……確かに可能性はある」

 

 フリットウィック教授はハリーを支持したが、同時にそれだけでは情報が足りないと言った。

 

「そんな怪物が動き回っていながら、目撃情報も痕跡もないというのはおかしな話です。側に人がいたのであれば、消失呪文や透明化の呪文で痕跡を消すことはできるでしょうが……」 

 

「あの場には何もなかった。トランクの中に怪物を入れるという手段もなくはないが、トランク内に魔法生物を飼育できるのは相当腕の立つ魔法使いに限られます」

 

 呪文学の専門家の言葉には重みがあった。スネイプ教授もフリットウィック教授の言葉には逆らえないようで、忌々しそうにハリーを見ながらそうですねと言った。

 

「あのように人や猫を石に変えられるのは、相当に高度な闇の魔術でなくては不可能です」

 

 スネイプ教授は闇の魔術に対して並々ならぬ思い入れがあるようで、その部分は認めざるを得ないようだった。

 

「私としては、ポッターが何かした可能性を否定できないのですが」

 

「その可能性はない、セブルス。君がすべきことは場を混乱させることではなく、教師として生徒を守ることだ」

 

「……承知しました、校長先生」

 

 スネイプ教授は、ダンブルドアの言葉には驚くほど従順だった。ハリーはその姿が意外に思えた。

 

「ミスター·ポッターとミス·ラブグッドはよく事情を話してくれた。君たちは罰則を受ける必要もなければ、クィディッチチームを降りる必要もない。今晩は衝撃的な出来事があったが、寮に戻ってゆっくりと疲れを癒して欲しい。フィリウス、頼んだぞ。……ああ、セブルスはここに残りなさい」

 

「あ、ありがとうございます、ダンブルドア校長先生!!」

 

 ハリーはまたしてもダンブルドアの厚意によって罰を免れた。それはダンブルドア嫌いのハリーにとって複雑な心境だったが、ハリーは閉心術を使って満面の笑みでダンブルドアにお礼を言い、深々とお辞儀をした。そんなハリーを見るダンブルドアの瞳には、今までにはない光があった。

 

 

***

 

「フリットウィック教授。僕はここで結構です。一人でも戻れます」

 

「いいえミスタ·ポッター。ミス·ラブグッドを送り届けたら、次は君をスリザリン寮に送り届けます。それが私の仕事ですから」

 

 ハリー、ルナ、フリットウィック教授は、三人でレイブンクローの談話室に向けて足を運んだ。ハリーははじめて塔の最上階に行き、レイブンクローの談話室が合言葉ではなく、謎なぞで入ることができると知った。

 

(……これ、一番駄目なセキュリティなんじゃないか……?)

 

 なぞなぞは一年生でも解けるようなもので、当然ながらハリーにも解くことができた。髪の色を変身魔法でいじくり、ローブの色を青色に変えてしまえば、よその寮の生徒でも簡単に入ることができるだろう。ある意味では、ホグワーツで一番懐が深い寮だった。

 

「じゃあ、ルナ。今日は、色々あったけど庇ってくれてありがとう。君がもしも暇になったら、決闘クラブで会おうね」

 

「……フリットウィック教授、あたしが参加してもいいんですか?」

 

 ルナはその時、はじめてフリットウィック教授に恐る恐る問いかけた。断られたくはないという思いがあることは、ハリーにもわかった。

 

「勿論です。決闘クラブは、やる気のある生徒をいつでも歓迎します」

 

 フリットウィック教授は、クラブの顧問としてルナを迎え入れるよう決めたらしい。ハリーも内心でほっとした。フリットウィック教授の厚意に感謝した。

 

 ハリーがスリザリンの談話室に戻るとき、フリットウィック教授はハリーに感謝していた。

 

「ミスタ·ポッター。私は、君がミスタ·クリーピーにやったようなつるし上げはあまり感心しません。ホグワーツに入ったばかりの生徒は、誰でも間違えてしまうものですから」

 

「……は、はい、先生」

 

「ですが、ミス·ラブグッドにしたように、困っている人間に手を差しのべる行為は評価します。スリザリンに、二十点を加点します」

 

「先生?!そんなにいただけません!!」

 

「いいえ、ポッター。君がいたというだけで、ミス·ラブグッドは励まされたのです。私はミス·ラブグッドが孤立していて、つまらなそうな表情をしていることには気がついていました。ですが、そこに手を差しのべることは私には出来ないのです。ミス·ラブグッド自身が、何かを変えなければ変わらなかったのです」

 

「そのきっかけを与えたのは、間違いなく君です、ポッター。……君は、そうやって何かを与えて、何かを受け取れる人間になりなさい。私は君が犯人ではないことを知っています。もしも犯人扱いされて心細くなったときは、決闘クラブを訪れなさい。ミスタ·ビストや、頼れる先輩たちがあなたの助けになってくれるはずです」

 

 

 こうしてハリーは、フリットウィック教授からの激励を受けた。ハリーは暖かな気持ちで、ハロウィンの夜を終えることができた。 




フィリウス·フリットウィック教授……呪文学教授にしてレイブンクローの寮監。元決闘チャンピオン。大勢の生徒から慕われる名教授


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蛇と鷹と獅子と穴熊

ホグワーツにおいてグリフィンドールとスリザリンは対立しあってるわけですが、レイブンクローはスリザリン寄り、ハッフルパフはグリフィンドール寄りっぽい雰囲気がありますね。そこら辺を書いていきたいです。


 

「賢明な判断だ」

 

 アルバス·ダンブルドアは内心とは異なる言葉を、目の前の薬学教授に投げ掛けた。

 

「ハリーに罰を与えて勝手な行動を抑制したいという君の考えそのものは間違ってはいない」

 

 ダンブルドアの本音としては、ハリーを抑制したいのであれば、むしろハリーにはクィディッチの選手としての重責に没頭させるべきだと思っていた。時間と余裕があれば、あの好奇心の塊のような典型的なホグワーツ生は事態を解決しようと動き出すだろう。スネイプ教授がハリーからクィディッチを取り上げようとしたのは、悪手に他ならない。

 

 にもかかわらずダンブルドアはスネイプ教授を褒めた。言うまでもなく皮肉である。

 

 スネイプ教授は皮肉が理解できないほど鈍くはない。彼はダンブルドアに皮肉を言われた己を恥じたのか、苦々しい顔でダンブルドアに言った。

 

「……ですが校長先生」

 

「ポッターを罰さず、処分しないという対応では学生たちの不満を和らげることはできません。我々教職員が、一人の生徒を故意に贔屓しているのだと思われることは教育上芳しくありません」

 

「君がそれを言うのかね?」

 

 ダンブルドアの指摘には明確に呆れが混じった。スネイプ教授はダンブルドアの言葉に恐縮した。スネイプ教授は前学期にダンブルドアに言われた言葉、優秀な教師であることを己の支えにしていた。ダンブルドアから教師としての信頼を失うことはスネイプ教授にとっては恐ろしいことだった。スネイプ教授は言い訳がましく言葉を重ねた。

 

「彼らは口々に、ポッターが犯人に違いないと言っています。その不満を抑えるためにも、何か『対処』したという実績が必要だったのではないでしょうか?」

 

 スネイプ教授の言葉は真実だった。ダンブルドアはマクゴナガル副校長やフリットウィック教授、スプラウト教授からも同様の報告を受けていた。生徒たちのなかでも低学年の学生ほど、ハリーへの忌避感は強くなっていくだろう。

 

「批判は私が請け負う」

 

 ダンブルドアは事も無げに言った。

 

「責任者の仕事は人気を気にして場当たりの対応をすることではない。事が起きたときに責任を取ることだ。批判は全てこの私が受ければよい」

 

「……ダンブルドア。お言葉ですが、実際に生徒を指導しているのは私たちです」

 

 スネイプ教授は恐縮したままでは終わらなかった。彼はダンブルドア校長に対して反撃を試みた。

 

「それについては、いつも深く感謝している。君が愛の妙薬を防衛術の仕事のためにと作ってくれたことをギルデロイが」

 

 ロックハートの名前が出た瞬間、スネイプ教授は怒り狂った。瞳には明確に殺意が宿っていた。

 

「あの男は!ホグワーツの教職を愚弄したのですぞ!!私は奴が、授業で使うからと貴重な素材と時間を消費して薬を煎じた!!NEWT レベルの授業で使うのだと想定していました!!奴はそれを、事もあろうに生徒たちにばらまいたのです!!未熟な未成年の子供に!!」

 

「マダム·ポンフリーからも報告を受けている。その件については、既に深く警告した。これ以上ホグワーツで生徒に害を与えるならば、この私が黙ってはいないとな」

 

 スネイプ教授の怒りは正しいものだったので、ダンブルドアは内心で面倒くさく思いながら彼の話を聞き入れた。

 

「……なぜあのような愚物を雇用したのですか?」

 

「それは何度も話した通りだ、セブルス。私はギルデロイを教師として評価してはいない。ただ、君という掛け替えのない教師を失いたくはなかったのだ」

 

 ダンブルドアには隠れた思惑があったが、それをスネイプに暗にほのめかした。ほとんど答えを言っているようなものだった。スネイプ教授はその言葉によって、己の自尊心を取り戻したようだった。

 

 ギルデロイ·ロックハートの名誉のために言えば、彼はスネイプ教授よりある一点においてだけは教育者として優れていた。ロックハートは生徒の所属する寮に関わらず、生徒の出自がなんであれ自分の授業を聞く生徒には誰であろうと加点したのである。学年一優秀な魔女だろうが、魔法使いだろうが、スリザリン生ではなくマグル生という理由で加点しないどこぞの薬学教授よりその一点においては優れていた。

 

「君には君のすべき仕事がある。君単独での手に余ることがあれば、フィリウスを頼りたまえ。フィリウスは聡明な男だ。今のホグワーツがかつてない危機にあることを重々承知している。君の言葉には耳を傾けるだろう。君が去年ホグワーツを守ったという功績を、彼は高く評価しているはずだ」

 

「私を評価……?校長先生は冗談がお好きなようですね」

 

 スネイプ教授は他者から評価されることなどついぞなかった。それは教師としての彼の素行のせいでもあったが、それでも教師であると認められていたのは、彼がホグワーツで何年も生徒に教え、そして去年確かに生徒を守ったという実績があるからだった。ダンブルドアは、スネイプ教授に一つの道を与えた。光の側に立って歩くという、スネイプ教授にとって困難で険しい道だった。

 

 それが困難であれなんであれ、受け入れて進むという道もあるのだ。差しのべられた手をスネイプが取るかどうかは、スネイプ教授の自由だったが。

 

 

 アルバス·ダンブルドアはスネイプ教授との面談を終えると、魔法界のさまざまな要人達に向けて手紙を書き出した。ダンブルドアはこのところ頻繁に手紙を書いていたが、それはホグワーツの理事会だけではなく、魔法法律の大家や福祉政策の担当となる局長など多種多様な人材にわたっていた。ダンブルドアは校長でありながら、一人の男の嘆願を受けて、彼を助けるために奔走していた。

 

 

***

 

「二人は絶命日パーティーのあとにハロウィンパーティーに参加できたんだね。良かったよ」

 

「いや俺たちはいいんだけどさ……自分の心配をした方がいいぜ、ハリー」

 

 ハリーはダンブルドアから何の罰も与えられなかった。そのことでハリーへの疑いが晴れたかというとそんなことはなく、ハッフルパフやレイブンクローの同級生たちはハリーを遠巻きにして戦々恐々としているようだった。

 

「ザビニたちも大変ね。スリザリン自体がひどい風評被害を受けているみたいで……」

 

「犯人のせいで、僕たちは凄く迷惑してるよ」

 

 ファルカスはそう吐き捨てた。スリザリンの継承者が生徒やペットを石に変えてしまったという事態は、ファルカスのような普通の、他所の寮にさほど関心がないスリザリン生にとっては芳しいものではない。自分はなにもしていないのに、継承者である何者かのせいでスリザリン自体の評判も落ちているからだ。

 

 救いだったのは、魔法探究会にルナ·ラブグッドが顔を見せたことだった。彼女はスリザリンにも偏見を持っていなかったので、ファルカスやアズラエルは喜んで彼女を迎え入れた。ハーマイオニーはルナの破天荒な態度を、ロンはおかしな言動を、そしてザビニはルナのファッションセンスを理由にルナとは距離を置いていた。中でもザビニは、ルナのファッションセンスが我慢ならないようだった。

 

「見た目をどうにかしてもどうにもなんねーくらい素材が悪いならまだしもなぁ……」

 

 ザビニは美意識過剰な男子だった。暗にルナの容姿を認めつつ、ルナがその独特のセンスでもってそれを(ザビニの基準で)駄目にしていることが我慢ならないようだった。

 

「そのクソダサいライオンの帽子はねえよ!せめて地味目のカチューシャでも着けてこいよ!」

 

 ザビニなりに相手のためを思っての言動かもしれないが、ハリーはルナには逆効果だと思って場をとりなした。

 

「ルナ、ザビニがごめんね。魔法の練習をするときは危ないから、外すだけでもいいと思うよ」

 

「え、そうなの?じゃあ変えちゃっていい?ザビ兄の言う通りにカチューシャにしてみるね」

 

「誰が兄さんだ?」

 

 ルナを叱ろうとしたザビニは、ルナが使った魔法を見て考えを改めた。

 

 ルナは単なる天然サブカル系ではなく、れっきとしたレイブンクロー寮の魔女だった。ルナは変身呪文で獅子の帽子を青いカチューシャに変えてみせた。入って数ヵ月の一年生とは思えないほどに高度に魔法を使いこなしていたので、ハリーはレイブンクロー出身の天才の恐ろしさを思い知った。ルナはハリーたち六人にも少しずつ受け入れられていった。

 

***

 

 決闘クラブの一角で、ルナを含めた魔法探究会の七人は魔法の練習をしながら最近の出来事について話し合っていた。

 

「パパの会社がニンバスを売ってしまったことも悪手でした……あれのせいで、スリザリンは他所の寮から嫌われる羽目になってしまいましたね……」

 

「それは貧乏人の嫉妬なんだから気にすんなよ。試合自体は勝ったんだしいーじゃねえか。」

 

 アズラエルは思わず弱音を吐いて、珍しくザビニに慰められていた。

 

 スリザリンとハッフルパフとのクィディッチ開幕戦はつつがなく行われた。学校には異様な雰囲気が流れ始めていたが、皆がそんな雰囲気を吹き飛ばす明るい話題を、つまりスリザリンクィディッチームの敗北を望んでいた。ハリーたちスリザリンクィディッチームの選手たちは、大勢のハッフルパフ生に混じったグリフィンドール生やレイブンクロー生からのヤジを受けながら試合に挑んだ。実況のリー·ジョーダンはスリザリンには何を言ってもいいと思っているのか、「金でレギュラーの座を勝ち取ったシーカー」だとドラコを批判し(この時点でマクゴナガル教授から厳しい叱責を受けていた)、「スリザリンの不正に魂を売った新チェイサー」だとハリーを紹介した。

 

 ハリーは純血主義者ではないので、当初はスリザリンの応援席からすらあまり歓声を受けなかった。しかし、ザビニたちや透明マントに身を包んだロンとハーマイオニー、そしてレイブンクロー生なのにスリザリンの応援席にいたルナたちを見て、割りきって試合に集中することができた。

 

 ハリーは当初の作戦通りにクァッフルを集められ、最初のシュートを緊張から外して以降は九本のシュートを決めることができた。ハッフルパフの守備は組織的ではなく、セドリック以外に怖いと思う選手はいなかった。セドリックはフリントのファウル寸前のタックルをかわし、ピュシーに読み勝ち、ハリーにプレッシャーをかけられながらもミスすることなく三本もゴールを決めたが、セドリック以外の選手は途中で心が折れていた。セドリックが四本目のシュートを決める直前にドラコがスニッチを掴んだことで、ハリーたちスリザリン生は勝利の喜びを得ることができた。

 

 無論、その代償としてスリザリンへの評判は地の底に落ちていた。ニンバスに乗って試合をする以上は仕方のないことだった。最新のニンバス2001と使い古しのクイーンスイープ5号には、自転車と三輪車ほどにスペックに開きがあるのだから。

 

 

「……ザビニの言う通りだよ、アズラエル。ニンバス2001が良い箒だって宣伝になるんだから、落ち込むことはないよ。スリザリンへの悪評は全部継承者のせいってことにしよう」

 

 ハリーは落ち込むアズラエルを励まして話題を変えた。

 

 

「ドラコから聞いた話だけど、五十年前に怪物がホグワーツに現れたらしいんだ」

 

 ハリーは、スリザリンのすべての生徒から勝利を称えられ、パンジーから頬にキスをされたことで得意気になったドラコから秘密の部屋についての話を聞いていた。

 

「その時は一人の生徒が亡くなってしまったらしい」

 

「……五十年前ですか。今回と同一犯だとは思えませんね……」

 

「犯人の親族がホグワーツに入ってきて悪さをしてる可能性はあるよね?」

 

「そいつの孫とか?可能性はあるよな」

 

 ロンとファルカスが話し合う中、ルナは何かに気がついたかのようにちらちらとハリーを見ていた。

 

「……ねぇ……」

 

 ハリーがルナに話を聞こうとしたとき、ハリーに話しかける声があった。

 

 

「おや。ハリーもここに来ていたのか。決闘を楽しんでいるかな?」

 

 少し大人びた声がハリーに話しかけたので、ハリーはルナではなくそちらに対応せざるをえなかった。

 

「ええ。今はバナナージから教わったプロテゴを練習しています。カロー先輩たちもこちらで決闘を?」

 

 スリザリンの監督生であるマクギリス·カローが、相方のイザベラ·セルウィンとリカルド·マーセナスとともに決闘クラブに来ていた。カローはチラリとロンとハーマイオニーを見たものの、作り笑いを浮かべてハリーににこやかに話した。

 

「嗜む程度だよ。私はそこまで腕が良くなくてね、バナナージに胸を借りようと思ったんだ。彼は最も決闘術がうまい生徒の一人だからね」

 

「お世辞はいいよマクギリス。魔法使いの実力なんて、状況と作戦次第でひっくり返る程度の差しかない」

 

 バナナージ·ビストは謙虚だった。彼はカローの称賛にはにこりともしなかったが、彼らが決闘クラブを訪れたことは喜んだ。

 

「どうする?早速やるか?」

 

「私もそのつもりだったが……後輩のお手並みを見学させてくれ。スリザリン寮期待の新人が四人もいるのだ。監督生として見ておきたい」

 

 ハリーたちは少しだけ居心地が悪くなりながらも、カローの前で実力を披露した。カローは意外にもハリーのエクスペリアームスやハーマイオニーが出した鳥の呪文を称賛した。ハリーはアズラエルがわざとカローの前で手を抜いているのを見た。

 

(目をつけられたくないんだな……)

 

 カローはアズラエルによると、純血主義の過激派らしかった。アズラエルはカローの友人であるマーセナスにもひどい目に遭わされている。変に目だって目をつけられてたくないと思うのは当然だった。ハリーはアズラエルの代わりに矢面に立つことを決めた。

 

 カローはしばらく見物したあと、自分もいくつかの魔法をハリーたちにみせてくれた。カローのプロテゴはロンとザビニが使った本気のナメクジの魔法やインセンディオを完璧に防ぎきっていた。

 

「君たちもすぐにできるようになる」

 

 カローは微笑んでそう言った。

 

「私がここに来たのは去年の今頃だった。ガーフィール先輩に連れられてね。そのときの私は今の君たちと比べても劣るほどの腕しかなかったが、バナナージやガエリオと競いあって腕をあげることができた。切磋琢磨するというのは良いものだよ」

 

「僕もロンと対戦するって約束してるんです」

 

 ハリーがそう言うと、カローは喜んだ。

 

「それは良い。スリザリンの監督生として、君の勝利を願っているよ。……そうそう、この間のクィディッチの試合は見事だった。私は君がチェイサーであることに不満を持っているのではないかと心配していたのだがね。いいシュートだったよ」

 

「ありがとうございます。……でも、僕の実力と言うか箒に助けられてるところも多いですよ」

 

 決闘クラブで見たカローは、寮の談話室で後輩たちに純血主義を吹き込んでいる時よりもずっと笑顔が多いように見えた。しかし、カローはここでハリーに切り込んできた。

 

「……しかし、君に遺恨がないのであればドラコ·マルフォイもここに誘ってあげてはどうかね?かれも将来、純血主義を背負って立つ男だ。君にとってもよい友になれると思うのだが……」

 

 カローが純血主義の単語を出した瞬間、場の雰囲気は凍りついた。ロンは怒ってハーマイオニーの前に立ち杖でカローを威嚇していたし、リカルド·マーセナスは青ざめた顔で頭を抱え、イザベラ·セルウィンは大慌てでカローの口を塞ごうとしていた。しかし時既に遅く、アンジェリーナ·ジョンソンやセドリック·ディゴリーなどの常識人たちは冷ややかな目でカローを見たあと、決闘クラブを退出していってしまった。

 

 

(さ、最悪だ)

 

 今のやり取りを見ていた彼らは、ハリーが純血主義だと誤解したわけではないだろう。単純に、部活に変な思想を持ち込むマクギリス·カローを嫌って部を去っていったのだ。さらにたちの悪いことに、マクギリス·カローには悪意が無さそうなところだった。

 

「……マクギリス」

 

 バナナージはひくひくと口元を震わせていた。温厚な人間がふいに見せる怒りの顔ほど怖いものはない。ハリーは思わず目をそらした。

 

 

「……ここはそういう政治主張をする場所じゃない。そういう話は後で、例の場所で聞いてやるから。ここにそういうのを持ち込まないでくれ」

 

「む、そうか。すまないバナナージ。ではまた後で落ち合おう」

 

 マクギリス·カローは自分が何を言ったのかも分かっていない様子だった。彼は足取りも軽く親友のマーセナスのところに向かおうとしたが、その背中に向けてハーマイオニーが叫んだ。

 

「どうしてそんな風に純血主義を信じられるんですか!?人が石にされているのに!!」

 

「どうしてと聞かれれば、そういうものだからとしか言えないな」

 

 カローは顎に手をあててハーマイオニーやハリーを見ていた。彼は何かを思い付いたように、ハリーたちにある提案をした。

 

「……良ければ君たちもバナナージと共に来るかね?私は彼と議論したいこともあるし、確かめたいこともあるのだよ。そして議論には、より多くの人間の意見が必要だ」

 

「ハーマイオニー、やめておこう。僕たちが聞いても多分意味がないよ」

 

 ハリーたちスリザリンの四人組も、ロンも、そしてバナナージも全力でハーマイオニーを止めようとした。新参者のルナだけは、面白そうにことの成り行きを見守っていた。

 

「マクギリス、下級生にその手の話題をするのはー」

 

 ビストが止める間もなく、ハーマイオニーは即答した。

 

「いいえ、行きます!!」

 

 こうしてハリーたちは、純血過激派であるマクギリス·カローの誘いに乗る羽目になってしまった。決闘クラブの活動が終わった後で、魔法探究会の七人はマクギリスとバナナージに連れられてある部屋を訪れていた。

 

「最初はこの部屋のことかと思ったが、どうやら違うようでね。……ようこそ、『必要の部屋』へ」

 

 

 

 





 こんなのマッキーじゃない!イオク様よ!


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必要の部屋と純血主義談義

サラザール·スリザリンは先の時代の敗北者(ガチ)じゃけえ……


 

 ハリーたちがマクギリスとバナナージに連れられてホグワーツ城の七階を訪れたとき、『必要の部屋』から出てきたらしい人たちとすれ違った。らしいというのは、部屋らしきものがなにもない空間から二人の上級生が出てきたからだ。

 

 一人はロンの兄で監督生でもあるあるパーシー·ウィーズリー、もう一人は知らないレイブンクローの女子監督生だった。ルナはその女子に会釈したが、女子は返答しなかった。

 

「……ロン?どうしてロンがこんなところに来ているんだ?これは一体どういうことだ、バナナージ」

 

 パーシーはこの場にハリーたちがいることを疑問視し、マクギリスとバナナージにつめよった。パーシーは明らかにハリーやカローたちと引き離したいように見えた。

 

「俺たちがここに呼んだんです。ちょっと必要の部屋で話したいことがあって」

 

 バナナージは穏便にパーシーに対応しようとしたが、ロンはパーシーに噛みついた。

 

「自分こそ何でこんなとこに来てるんだよ。人にうろつくなって言っておいて、自分はいいのか?」

 

「ロン、そういう言い方は……」

 

 ハーマイオニーが慌ててロンの口を塞ごうとしたが、間に合わなかった。ロンは耳まで真っ赤になっていた。

 

「僕たちは監督生だ。下級生を守るために怪しい場所を検分する権利がある。だが、お前は下級生だ。下手にうろついて怪物に襲われでもしたらどうする?さっさと食堂に行け」

 

 パーシーはほとんど高圧的に権威を振りかざして、ロンやハリーを必要の部屋から引き離そうとした。

 

「待ってください、ウィーズリー」

 

 マクギリスはそんなパーシーに対して、己の胸にある監督生のバッジを指し示した。

 

「貴方は失念しているようですが……私たち二人も監督生です。下級生を守るために動く覚悟は持っているつもりですが、我々のバッジでは信頼に値しないと仰るのですか?」

 

「バナナージはまだいい。だが君はスリザリン生だろう。これまで散々僕たちや他の大勢の生徒に対しても過激な言動を繰り返している。すまないが信頼には値しない」

 

 パーシーはバナナージはともかく、マクギリスのことは信頼しなかった。ハリーはそれも仕方ないと思った。マクギリスはスリザリンの談話室で純血主義について堂々と話し、イーライ·ブラウンのような下級生を純血主義に染めていたからだ。スリザリンの中でならまだしも、あの姿を外でも見せていたのなら他所の寮生に好かれる要素が見当たらないと思った。

 

 その言葉を聞いたマクギリスは明確に顔色を変えて、杖に手を伸ばそうとした。ハリーは思わずパーシーに食ってかかった。

 

「ちょっと待って下さい。スリザリン生だからって理由で理不尽な言い方をされて、僕たちが怒らないと思ってるんですか?訂正してください」

 

 相手はロンの兄だ。昨年のクリスマスの時は、ハリーは蛇寮でありながら獅子寮らしいと高い評価を受けたこともあった。だが、パーシーが内心でスリザリンのことを悪く思っていると分かって、ハリーは反感を持たずにはいられなかった。

 

「君たちの何を信頼しろと言うんだ?」

 

 パーシーは苛立っているように見えた。パーシーの横に立つ女子学生は、先程から一言も発言しなかったが、パーシーを支持するように頷いた。

 

「疑われているのならば、自分が怪しまれているという自覚を持って、大人しくしているべきだ。君たちスリザリン生は普段から些細なことで他所の寮生に虐めをしているだろう。こういった時に疑われるのも、そうした日々の態度が原因なんだぞ」

 

「ハリーは虐めとかしてねえだろ!」

 

 ザビニも怒ってパーシーに反論したが、パーシーは取り合わなかった。ザビニの言葉は正確ではなかったからだ。

 

「クリーピーをつるし上げたのは虐めじゃないのか?彼はポッターに好意を持っていたのに、ポッターは彼を邪険にあつかったと聞いたが」

 

「あれは単に、クリーピーに自分の行動で僕たちが迷惑してるってことを分かってもらいたくて……」

 

 ハリーはコリンの件を持ち出されるとは思わなかったが、パーシーに反論しないわけにはいかなかった。

 

「そうか?クリーピーはマグル生まれだ。君がマグル生まれの生徒に差別感情を持ってしまったんじゃないかと、周囲の生徒が思うのも無理はないことだ。君たちは去年から校則違反をしているんだぞ。自分の校則違反はよくて、コリンに校則違反をさせて虐めるというのは理屈に合わない。君たちが犯人として疑われるのは自業自得というものだ」

 

「だったらクリーピーに付きまとわれたとき、監督生としてクリーピーを止めてくれれば良かったじゃないですか。ガエリオ·ジュリスはやってくれましたよ?」

 

「……僕は多忙なんだ。コリン一人に構っている時間はない。ガエリオが能力不足だっただけだ」

 

「自分はなにもしていないのに他人の評判とか風評を気にして人を判断して後輩の監督生がした仕事にけちをつけるんですね。そういう人のことを世間では屑っていうんじゃありませんか?」

 

 

「言い過ぎだよアズラエル」

  

 アズラエルは露骨にパーシーに失礼な態度を取って挑発した。アズラエルがここまで苛立つのも珍しいことだったのでハリーも驚いた。

 

「言っておきますけど、クリーピーに迷惑をかけられたのはハリーだけじゃありません。僕らだって迷惑してたんですよ?僕らのことをスリザリン生だって枠組みで責めるなら、あなた達もグリフィンドール生で、嫌がらせの加害者だって自覚、あるんですか?」

 

(さすがアズラエルだなぁ…言い訳と屁理屈では誰も勝てない…)

 

 アズラエルも黙ってはいなかった。パーシーは一瞬言葉につまり、監督生に対して礼儀が足りないとアズラエルを批難した。そんなアズラエルを羨ましそうにファルカスが見ていた。

 

「監督生に対してその態度は何だ?」

 

 ついにパーシーは監督生という権威を持ち出した。ロンはゴキブリ豆板を飲み込んだかのような顔をパーシーに見せた。

 

 

 パーシーの正論はハリーに刺さった。コリンに悪意がなかっただけに、結果論ではあるが、もう少し穏当なやり方で対応すべきだったのかもしれないという後悔はあった。

 

「コリンに対しての対応は……確かに軽率だったと思います。でも、つきまとわれた僕らの気持ちも考えてください。いくら僕を慕ってたからって、無限に親切にするなんてできません」

 

 ハリーは監督生に口答えするのはどうかと思ったが、正直に話した。妥協して、延々と変な人に粘着されるわけにはいかなかった。

 

「反省しているならばいい。だが、それはそれとして規則は絶対だ。ここに来たことは非常に疑わしいものだ。

フィルチ氏に報告して君たちを罰しなければならないぞ」

 

 ついにパーシーはフィルチを利用してハリーたちを七階から追い出そうと試みた。しかし、それはマクギリス·カローによって阻止された。

 

「それは不可能です、パーシー先輩。彼らは監督生である私の誘いを受けてここに居るのですから。同じ監督生に、監督生を罰する権限はない。監督生の指示でここに居る生徒を罰することもできないはずだ」

 

「……む……」

 

 パーシーは言葉につまった。もしかしたら、後輩の監督生が先輩監督生である自分に対して反抗するとは思わなかったのかもしれない。

 

 

「先輩の発言のうち、私への批判は私の自業自得として受け止めます。前半は取り消していただきたいものですね。ウィーズリー先輩。我が寮の後輩たちは、獅子寮に対して敵意を持ってはいないのです。あなたの発言は彼らの友情に軋轢を生むものですよ?」

 

「……だが君たちは」

 

 尚もパーシーは反論しようとしたが、有無を言わさずバナナージが話を遮った。

 

「パーシー先輩」

 

 バナナージは静かにいった。

 

「あなたの立場でマクギリスを信じろと言うのは難しいでしょう。マクギリスとリカルドには、あなたは去年散々手を焼かされていましたからね。でも、俺を信じてはいただけないんですか?」

 

「そういうわけではないが……」

 

 バナナージに対してはパーシーも強くは出れないようで、一気にパーシーの歯切れが悪くなった。バナナージはチラリと女子監督生の方を見て言葉を重ねた。

 

「……あなたは俺に……というか決闘クラブに対して借りがあるはずです。それを、今返してくれませんか?」

 

 バナナージは誰に対しても礼儀正しいハッフルパフ生の鑑のような人だったが、パーシーに対しては容赦がなかった。

 

「ねぇ、もう行こうよパース。バナナ君が居るなら大丈夫でしょ?」

 

「……そうだな、バナナージを信じる。弟を頼んだぞ」

 

 七階から去っていくパーシーを睨み付けながら、ロンはハリーたちに謝った。

 

「みんなごめんな。……アイツは出世の鬼なんだ。俺が規則違反をしたら自分が主席になれないかもしれないからってかっかしてるんだ。最悪なやつさ」

 

 

「オメーも大変だな、ロン。大丈夫、お前はこっち側だぜ」

 

「パーシーさんの正論は耳に痛いね……」

 

 ザビニはロンに反りが合わない兄がいると知るや、ロンに対して甘くなった。ハリーは彼の正論を素直に受け止めたが、それはそれとしてパーシーの言葉通りに親切にできるかどうかは難しかった。実害をもたらすコリンやドビーに優しくできるかは別問題だった。

 

 

「貸しって何があったの、バナナージ??」

 

 ルナはバナナージがパーシーに作った貸しについて興味があるようだった。

 

「簡単な話さ。パーシーさんは強かったし、魔法を教えるのにも上手かったからめちゃくちゃモテててね。あの人目当てで入ってきた連中が多かったんだよ」

 

「いやそんなわけ無いじゃん。パースがもてるわけねーよ」

 

 バナナージの言葉をロンは嘘だと信じなかった。そんなロンに対して、バナナージは苦笑した。

 

「長身で成績優秀の監督生、かつ今の六年生の代では文句無しのトップだったからね。パーシーさん目当てで来た冷やかしの対応には苦労させられたんだよ、俺は」

 

「えっと……うちの兄貴がすみません……?」

 

「いいさ。もうあの人には彼女ができて、そういう子たちは決闘クラブを去ったからね」

 

 バナナージの言葉にザビニは口笛を吹いた。ハリーは案外生々しい決闘クラブの事情を聞いてしまって後悔した。

 

(恋愛なんかで決闘クラブをやめるなんて……)

 

 パーシーの回りだけ物凄く不純な気がした。

 

「うちは恋愛は自由だし、部への参加も強制じゃない。だけど、参加したならちゃんと練習はしてくれると嬉しい。パーシー先輩目当ての子たちは、真面目に練習していなかったから苦労したんだ」

 

「君が謝ることはないよ、ロン·ウィーズリーくん。私は去年まで散々醜態を晒したが、その私を止めたのはバナナージであり、君の兄であるパーシー先輩だった。お互い様というわけさ」

 

 

「「「彼女!?」」」

 

 ロン、ルナ、ハーマイオニーは色めきだって誰が彼女なのかと話を聞こうとしたが、バナナージもマクギリスも口を割らなかった。ハリーたちは誰がパーシーの彼女なのかで盛り上がりながら、必要の部屋に足を踏み入れた。

 

 

 

***

 

「秘密の部屋と聞いたとき、ここの存在を知るホグワーツ生は誰もがここがそうだと思ったはずだ」

 

「……私も最初はこの部屋のことかと思ったが、どうやら違うようでね。……ようこそ、『必要の部屋』へ」

 

(……駄目だったか……)

 

 ハリーは気がつかなかったが、マクギリス·カローは落胆のなかにあった。蛇語が使えるハリーと共にこの部屋を訪れれば、『必要の部屋』は『秘密の部屋』となって自分を迎え入れるのではないかという思いがあった。

 

(……ポッターを純血主義の旗印として迎え入れたかったのだが……)

 

 マクギリス·カローには焦燥感にも似た感情があった。純血主義の過激派であるマクギリスにとって、秘密の部屋事件は迷惑なものだった。自分達ではない何者かが秘密の部屋を使い悪さをしていることでマクギリスが喜んだかと言えばそうではなかった。普段から純血主義を掲げていたマクギリスたちに向けられる視線は決して暖かいものではなかったが、今ではそれに恐怖や怒りが込められていた。先程のパーシー·ウィーズリーの視線も、そうだ。マクギリスにとって辛いのは、無関係の後輩たちまでスリザリン生というだけで冷たい視線を向けられることだった。

 

 ハリーと共に秘密の部屋事件を解決し、純血主義過激派としての失点を限りなく小さくしたい、というのがマクギリスの理想だった。あわよくばハリーに純血主義を知ってもらい、純血主義の旗印として担ぎ上げたいという打算もあった。その展望は一瞬にして潰えたが。

 

 マクギリス·カローはそんな内心を出さず、必要の部屋に招き入れたハリーたちを笑顔で迎えた。ハリーたちはなにもないはずの空間から部屋の中に足を踏み入れたことに興奮してそれどころではなかった。

 

「こんな部屋があったなんて!本や魔法のアイテムが沢山ある!!」

 

「私たち全員がくつろいだ話ができるように柔らかな椅子と紅茶も置いてあるはずだ。ここに足を踏み入れる時は、必要だと思うものをイメージして足を踏み入れればいい。そうすれば、部屋が物品を用意してくれる」

 

 マクギリスによると、成績優秀な監督生や親が監督生だった生徒は大体この部屋を使っているとのことだった。

 

「さてバナナージ。純血主義について、君と語り合おうとしようか。ついてきた君たち、興味がなければ、その辺の図書を見て回ってくれたまえ。私が用意したわけではないが、図書館では置けないような面白いものが揃っていると思うよ」

 

 ザビニとアズラエルは図書のあるほうに向かって一目散に駆け出した。いつもなら一目散にそこに向けて駆け出すハーマイオニーは決意を携えた目でバナナージとマクギリスの間の席に座った。その横にロンが座り、ハリーはファルカスと共にロンの対面に座った。バナナージはポツンと突っ立っていたルナを自分のそばの適当な席に座らせた。

 

 

「マクギリス。決闘クラブで政治的な話をするのはやめてくれ」

 

 開口一番、バナナージはマクギリスにそう言いはなった。

 

「ただでさえ純血主義は普通の子達からはあたりが強いんだ。その手の話をされたくない生徒が部を去ってしまう」

 

「すまなかった、バナナージ。私も必死だったのだ。許してくれ」

 

 

「……やけに素直だな?」

 

 

 バナナージとマクギリスが意外にも親しいことにハリーは驚いた。談話室のマクギリスは他所の寮生のことを見下しているのに、ここに居るマクギリスはバナナージに対して頭が上がらないようだった。

 

「こうでもしなければ、君やポッターをここに招き入れることは出来ないと思ったのだよ。スリザリンの寮生の目がない場所の方が、私も本音を明かしやすい」

 

「どうしてポッターまで巻き込んだ?話し相手なら俺がいるだろう」

 

 バナナージの言葉は厳しかった。マクギリスは悪びれずに言った。

 

「彼からはいつも断られているからね。純血主義について知ってもらうために、私も手段を選ばなかった。まさか、マグル生まれの少女が話を聞きたいと言うとは思わなかったのだが……」

 

 

「言っておくけど、ハーマイオニーは歴とした魔女だ!」

 

 ロンは怒りながらどんと机を叩いた。ルナはビックリして隣に座っていたファルカスに抱きついた。

 

「一言でも彼女に失礼なことを言ってみろ、呪いをかけてやるぞ」

 

「……無論、後輩の友人に対して礼を失しないよう気を遣うつもりだ」

 

「ロン。マクギリスは悪意はないんだ。単なる歴史オタクなんだ。……オタクっていうのは、自分のことに夢中で周囲への思慮には少し欠けてしまうものなんだ」

 

 バナナージはそう言ってロンを宥めた。ハリーはちらりとルナを見た。

 

(ちょっと分かる……気がする)

 

「マクギリスは純血主義的な価値観が根底にあって、それを修正できるほど柔軟じゃない。だが、マクギリスなりに彼女とも対話できると思ったからここに呼んだ。そういうことだな?」

 

「そうだ。私としても、スリザリン寮が批判される現在の状況は好ましくないと思っている。私たちの話を聞いて、純血主義について考えを改めてほしいと思ったのだ」

 

 そこからマクギリスは、純血主義の正の側面について話した。

 

「そもそも我がスリザリンは、他の四寮と比べて圧倒的に不利な構造にある。それは何か分かるかな、ハリー?」

 

「……例のあの人を輩出したことですか?」

 

 ハリーは真っ先に思い浮かんだことを話した。例のあの人はスリザリンの汚点だとハリーは思っていたからだ。

 

「いいや。創設の時代から、我々は敗北者としての歴史を歩み続けたことだ」

 

「れ、歴史ですか?」

 

 しかし、マクギリスは首を横にふった。その言葉にハリーは困惑した。

 

「……ホグワーツが創設してから暫くして、スリザリンはグリフィンドールと対立して決闘したの」

 

 ハーマイオニーはさすがに勉強家だった。彼女は水を得た魚のように、歴史上の出来事について話をした。

 

「マグル生まれの生徒を入学させるべきじゃないと言って、スリザリンはグリフィンドールと対立してホグワーツを去った。だから、スリザリンとグリフィンドールは今でも仲が悪い……ということですか?マクギリス先輩?」

 

「グリフィンドールではそう伝わっているのか」

 

 マクギリスは紅茶を口に含むと、深いため息をはいた。

 

「君たちグリフィンドール生は、悪のスリザリンをグリフィンドールが退治したと思っているのだろうね。だが、実際は違うのだ。パーシー先輩やガエリオには、スリザリンが悪だという考え方を改めてもらいたいものだよ」

 

「どう違うって言うんだ……言うんですか?」

 

 ロンは反射的に噛みつこうとして、不味いと思ったのか言い直した。マクギリスは微笑むと、歴史の一端について話し始めた。

 

「グリフィンドールとスリザリンは無二の親友だったという話は聞いているだろう?ポッター、君は何故彼らが友人になれたのだと思う?」

 

「……それは……何となく、一緒にいると楽しいからですか?」

 

 ハリーは自分にあてはめてみてそう言った。昔の人が何を考えていたのかなど分かるはずもなかった。

 

「そうだ。グリフィンドールとスリザリンはよく似ていた。彼らはそれに加えて、マグルを嫌い、嫌悪しているという共通点もあったのだよ」

 

「嘘だ!」

 

 ロンはグリフィンドールの不名誉をマクギリスが捏造したのだと思い言った。しかし、マクギリスは部屋にあった資料をもとにそれを否定した。

 

「当時は現代ほどマグルも発展してはいなかった。無論魔法使いたちもホグワーツでの教育を受けていないものが多く未熟なものが多かったようだ。そのせいで、子供の魔法使いがマグルの手にかかるという事例もあった。その資料も残っている」

 

 ロンは納得できない様子でマクギリスの話を聞いていた。ハリーは、自分がグリフィンドールにも組分けされかけたことや、ダンブルドアから言われたスリザリンとグリフィンドールとは似ているという言葉を思い出した。グリフィンドールがマグル嫌いであったことは、ハリーにとっても嬉しいことだった。

 

(いいぞ。もっと言って下さい)

 

「グリフィンドールがマグルを内心で差別していたのはこの資料にもある通りだ。創始者のなかでマグルへの差別感情が見られないのは、ヘルガ·ハッフルパフだけだ」

 

 そう言って、マクギリスはバナナージに黙礼した。バナナージは黙って話の続きを促した。

 

「ヘルガは魔法使いやマグルの有力者たちと深い繋がりがあった。彼女の助けがなければ、ホグワーツは成り立たなかった。四人の創設者たちは互いに協力しあってホグワーツを設立したが、一つ問題があった」

 

 そう言って、マクギリスは四つの寮のエムブレムを杖で描き出した。

 

「穴熊寮は初期からずっと、学ぶべきものを選ばなかった。ハッフルパフは非常に革新的だったと言えるだろう」

 

「鷹寮は賢いものだけを教えたいと思っていた。賢い人間というと学力を想定しがちだが、学術方面の意欲のある人間であれば受け入れる、という意味合いにもなる。ここもマグル生まれを受け入れると、マグル生まれ肯定派が学内で二つあることになる」

 

 

「グリフィンドールがマグル生まれ否定派なら、ちょうど二対二になりますね」

 

 ファルカスの言葉に、マクギリスは微笑んだ。爽やかな笑みではなく、暗い怨念が滲んでいた。

 

「そうはならなかったのだがな」

 

「……我が蛇寮は、初期からずっと変わらず。一貫して高貴さと、純血であることを求めた。それは思想的なものもそうだ。マグルが魔法使いの世界に影響を与えないように、蛇寮は気を配らねばならなかった。穴熊がマグル生まれの受け皿になる以上、どんどんマグル生まれの魔法使いは増えていく。それが支配的になってしまえば、元からいた魔法使いの価値観や考え方は押し流されてしまうだろう」

 

「そして、グリフィンドール……獅子寮は勇気ある人間を求めた。当初サラザール·スリザリンは、自分とグリフィンドールがマグル嫌いという一点で一致しているものだと思っていたのだろう」

 

 ここで、マクギリスは語気を荒くした。

 

「マグルと決闘しマグルを殺害した経験もあるグリフィンドールはマグル嫌いに違いない。マグル生まれを受け入れるはずはないとスリザリンは信じていたのだろう。だが、晩年になってグリフィンドールは考え方を変えたのだ」

 

「それの何が悪いって言うんだ。ちゃんと自分の間違いを認めて改心したんじゃないか」

 

 ロンは即座に反論したのでハリーは驚いた。グリフィンドールがマグルを殺害していたというのは、ハリーにとっても衝撃的な事実だった。ハーマイオニーは衝撃で顔を覆っていた。

 

「あの……それって本当なんですか?マグルを殺したって……」

 

 ハリーは心臓が脈打つ音を感じていた。マクギリスは静かにそんなハリーを見ていた。

 

「マクギリス。公平性に欠けた言い方は良くないぞ。いいかい、当時は千年も昔で、まだ治安も悪い時代だったんだ。マグルも魔法使いも武力があるものが強いっていう風潮だった。そんな中で、取り決めのもとで決闘によって揉め事を終わらせるというのは画期的だったんだ。犠牲が少なくて済むからね」

 

 バナナージは可能な限りグリフィンドールを擁護した。マクギリスはそれに異論は挟まなかった。

 

「グリフィンドールは、マグルと揉めて決闘することになったときは剣術のみで戦って勝負を決めたんだ。魔法を使わない決闘なら公平な条件だろう」

 

「結果的にマグルを見下していることに代わりはあるまい?」

 

「そんなこと、信じたくありません……」

 

 ポツリと漏らしたハーマイオニーを慰めるようにバナナージはこう言った。

 

「グリフィンドールは最大限マグルを尊重していたんだと思うけどね、俺は。……まぁ決闘なら万が一死ぬことになっても当事者だけで済むし、身代金を取るために殺さずに終わることもある。結果的にグリフィンドールがマグルを殺害してしまったという記録も残っているけれど、それは双方納得の上でのことだ」

 

 ハリーとハーマイオニーが衝撃を消化できないまま、マクギリスの話は進んだ。

 

「グリフィンドールは英雄的行為だと持て囃されるがね。結果的にマグルを殺害したというのならば、我々スリザリンとあまり変わらなかったのではないかと私は思うな」

 

 

「穴熊だけでなく獅子寮でもマグル生まれを受け入れると分かった時の、スリザリンの孤独感を考えて見たまえ。彼は、親友だと思っていた男に裏切られたのだぞ」

 

 マクギリスの主張は、グリフィンドールがスリザリンを裏切ったというものだった。マクギリスの視線がハリーを責めるようになっているのをハリーは知った。ハリーもマグルを嫌いだと公言しながら、マグル生まれであるハーマイオニーに対して好意的だからだろう。

 

「でもそれは……大昔の話でしょう。僕たちに関係はありません」

 

 

 内心でばつの悪さを感じてはいたが、ハリーも引くわけにはいかない。ハリーがそう言うと、マクギリスは微笑んだ。

 

「我々は、歴史の延長線上に立っているのだよ」

 

 マクギリスの話をつまらなさそうに聞いていたルナは、髪の毛を弄くりながらこう呟いた。

 

「友達がいなかったんだね、スリザリンは」

 

「……なに?」

 

「だからグリフィンドールにつきまとって、決闘騒ぎなんて起こしたんだ。ハリーにつきまとったクリーピーみたいに。グリフィンドールに構ってもらいたかったんだね。女々しいね」

 

(め、女々しい……?)

 

「……む、むう……そ、そんなはずは……」

 

「え?でも、マッキーの言ってることってそういう意味なんじゃないの?」

 

「い、いや……しかし、しかしだね……裏切ったのはグリフィンドールであって……」

 

 ルナの言葉にマクギリスは明らかにたじろいでいた。偉大なスリザリンが女々しいぼっちだと言われることは、マクギリスにとっても本意ではなかったのだろう。

ハリーも内心でルナの言葉にたじろいでいた。友達にマグルへの差別感情を分かってほしいと思って暴走したのも、その友達に敵わなくて執着しているのも今のハリーにそっくりだったからだ。

 

(マクギリス……占い学の授業をサボっているから一年生に核心をつかれるんだぞ)

 

 バナナージはたじろいでいるマクギリスに代わって話を先に進めた。

 

「当時のスリザリンがどう思っていたのかは分からないが、グリフィンドールがマグル生まれを受け入れた理由は察することができる。これは歴史学者の言葉じゃなくて、俺の推測に過ぎないけどね」

 

 バナナージはロンを見ていった。

 

「仮にマクギリスの言ったように、グリフィンドールがマグル嫌いだったとしよう。それでも、マグル生まれの魔女や魔法使いをグリフィンドールは教えてきたはずだ。ハッフルパフが受け入れているからね」

 

「マグル生まれの生徒たちは、マグル生まれなだけで優秀な生徒も多かったんだと思う。グレンジャーさんのようにね。仮にマクギリスのいう通り当初はマグル嫌いだったとしても、好きになることは普通にあり得ると思うよ」

 

 バナナージはそう補足し、グリフィンドールをフォローし、スリザリンを擁護した。

 

 

「マグル生まれを受け入れた三寮に対して、スリザリンはずっと一人だった。徐々に肩身が狭くなっていったことは仕方がないことだったのだよ」

 

(う、ううん……それは無理があるような……)

 

 マクギリスはそう言ってルナの言葉に対しての理屈をつけた。しかし、ハリーはスリザリンがずいぶん格好の悪い人間になってしまったと思った。

 

「実際のところ、大の大人がそんな個人的な感情で動くとは思えない。ハッフルパフが対立するスリザリンを疎ましく思って、政治的な圧力をかけて孤立させて言った可能性もあると思うな」

 

「自分の寮の先祖なのにそんなこと言っていいんですか?」

 

 ハリーはジロリとバナナージを見たが、彼は苦笑して肩をすくめた。

 

「俺はハッフルパフの直系じゃないからね。寮を作った恩人ではあるけど、神聖視はしてないよ。仮にこの仮説が間違いでも、グリフィンドールとスリザリンの喧嘩を止められなかったことに変わりは無いんだから」

 

「……ともかく、スリザリンは敗北し、打ちのめされて学舎を去った。その彼がホグワーツに残したのが、秘密の部屋だ。マグル生まれの生徒を排除するために残したそうだがね」

 

「そんなの理不尽だわ!!」

 

 ハーマイオニーは決意を携えた目で叫んだ。

 

「私たちマグル生まれは、スリザリン生を排除しようなんて思っていません!なのにどうして石にされなければいけないんですか?!」

 

「それがスリザリンの思いだからだ、としか言えないな。今回の犯人が何故そうするに至ったのかは私も興味があるがね」

 

 

「落ち着け、ロン、ハーマイオニー。マクギリスに言っても無意味だ」

 

 バナナージはそう取りなしたが、ロンは怒っていた。

 

「こんなふざけた話を言い出すような人の言葉を信じろって言うんですか?明らかにこいつが怪しいじゃないですか!」

 

「マクギリスは秘密の部屋の騒動を起こせるほど狡猾じゃない。本当の継承者は、スリザリンの中でも、一般的な生徒の中でも浮かない程度に周囲に溶け込むか、スリザリン生を利用して騒動を起こしている他寮の純血主義者だと俺は思うよ。この状況で純血主義を表に出すのは、単に自分を疑って下さいって言ってるようなものだからね」

 

「誤解を解いてくれてありがとう、バナナージ。……私としては、スリザリンの悪評を解きたかったのだが……うまくはいかないものだな」

 

 マクギリスは自虐的に言った。レイブンクロー生の客観的なスリザリン評がよほど堪えたらしい。そんなマクギリスを哀れんだのか、バナナージが純血主義、というよりもスリザリンを擁護した。

 

「……あー、まぁスリザリンの悪評はさておいて。君たちはどうしてそんなスリザリンが存続できたと思う?」

 

「単にスリザリンが怖かったからだろ」

 

「そんな言い方はないじゃないか……!」

 

「……あ、いやごめん。つい……」

 

「いいえ、怖かったというのは違うはずよ、ロン」

 

 ロンはそう言ったが、ハリーはそうは思わなかった。ファルカスがロンに反発する中で、ハリーも頭を回して考えた。

 

「……必要だったから?」

 

 バナナージはハリーとハーマイオニーに微笑んだ。

 

「その通り。スリザリンの考え方はね、魔法使いの伝統や文化を守ろうとするもので、大人の世界では保守的な考え方なんだ。反対に、マグルと融和していいところはどんどん取り入れようって考え方を、リベラルって呼ぶんだけど、そういう考え方をする大人はあんまり多くはないっていうか、少数派なんだ。どうしてか分かるかな?」

 

 ファルカスやハリー、ロン、ハーマイオニーの四人は挙手して案を出しあった。その全てにバナナージは回答してくれた。

 

「ハリーはマグルが魔法族のことが好きじゃないからって意見なんだね。まぁこれは正しくないかな」

 

「何でですか?マグルは魔法使いを差別してるんですよ。歴史の授業にも、魔女狩りだって出てくるじゃないですか」

 

「それは過去の話だよ。今のマグルは、正確には魔法族のことを何とも思ってはいない。自分にとって害なら排除するけど、いい結果になるなら受け入れようっていうマグルも多いんだ」

 

「え?でも……」

 

「マグルは俺たち魔法族のことを認識していない。そういう風に記憶を改竄してきたからね。正しくは、俺たち魔法族がマグルのことを好きじゃなくて、距離を取りたがっているっていうところにあるんだ」

 

「どうしてですか?」

 

 ハーマイオニーは目を輝かせてバナナージの話に聞き入った。バナナージは話上手だった。

 

「……まぁマクギリスが説明してくれると思うけど、英国のマグル……特に、政界がやってきたことは誉められたものじゃなかったからだよ」

 

 マクギリスは勢いを取り戻して、マグルの行った植民地支配やジャガイモ飢饉、アヘン戦争やフォークランド紛争、そして核を背景にした冷戦などを話してくれた。バランス感覚に優れたバナナージは、その度に魔法界にもゴブリンの反乱や魔法戦争があったと言ったが、マグルの歴史が血みどろで、悪意に満ちているとは言った。

 

「俺たち魔法使いは、マグルと比べたら頑丈だし個人ができることは多いよ。でも、マグルは集団で、数の力を生かす術を身につけていて、俺たちより大勢の命を操る術を持っている」

 

「俺たち魔法使いの精神が未熟なまま、マグルの形だけを真似して考えなしにそれを取り入れれば破滅するしかないって大人はみんな分かってるんだ。魔法族の誰かが核魔法を撃てるようになったらこの世は終わりだよ。だからこそ、魔法界の中ではスリザリン的な考えが駆逐されずに残ってきたんだ」

 

 バナナージの言葉は説得力があった。ロンですら、父親の言葉を理由にしてバナナージの言葉を受け入れた。

 

「それなら分かるよ。核っていうのがとんでもない爆弾なら、魔法使いがそれを持ったらいけないのは俺でもわかる」

 

「みんな魔法感覚で使いたがるに決まってる」

 

「アーサーさんはリベラル的な考え方なんだけど、その点はバランスが取れているね。だからマグル保護法が成立したんだ」

 

 バナナージの言葉に、ロンとハーマイオニーは確かに頷いた。ハーマイオニーがまた話を聞かせてくださいとマクギリスに言うと、彼は飛び上がるほどに驚いていた。

 

***

 

 マクギリスとバナナージによる純血思想談義が終わったあと、ハリーたちは必要の部屋の書籍をあさっていた。ハリーは、こっそりとバナナージとマクギリスの方を盗み見た。二人は紅茶を飲みながら仲良く駄弁っていた。

 

 バナナージは、何とか純血主義の話題を軟着陸させることに成功した。彼はほっと胸を撫で下ろしながらマクギリスに笑いかけていた。

 

「純血主義が好きなのは分かるけど、今は耐えろよ。事件が終わるまで大人しくしていれば、いつも通りの日常が戻ってくるさ」

 

「……しかし、私は純血主義が誤解されている今こそ正しい純血主義を広めていくべきだと……」

 

「だから時期が悪いって」

 

「そうは言うがなバナナージ。自分から動かなければ、純血主義が受け入れられる時代は来ないじゃないか」

 

 ハリーは二人の話をもっと聞きたいと思って本棚の影からこっそりと近づいた。

 

「……気持ちはわかるが、後輩にエゴを吹き込むのはやめろ。上級生にそういうことをされたら、下級生は困るしかないんですよ」

 

「しかし、ハリーの保護者……シリウス·ブラックは今度見合いをするそうじゃないか。それも純血の令嬢とだ。彼が純血主義を知らないというのは色々と不味いのではないかね?」

 

「そういうのは余計なお世話って言うんですよ!」

 

 マクギリスの言葉にハリーははっとして持っていた闇の魔法生物の本を取り落とした。本の挿し絵に書いてあったバジリスクは、ハリーを責めるようにハリーのことを睨み付けていた。

 

 




パーシーは屑ではありません。
かわいい後輩と冴えない弟を純血主義やスリザリンの不良から守ろうと躍起になっているだけなのです。
過去のマッキーとリカルドが原作マルフォイとは別方向に他の寮の生徒に多大な迷惑をかけていたのでスリザリン生に悪いバイアスがかかっています。
パーシーファンの方々にはお詫びします。


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悪化

マクギリス……純血主義の過激派。純血主義を布教する迷惑な人。
マルフォイ……純血主義の穏健派。純血主義を信仰しているが布教は(一応)しない。


 

「良くマクギリス先輩の無駄に長い話を我慢できましたね、みんな。僕はそれが一番の驚きですよ」

 

 ハリーはロンとアズラエルと一緒に、ハーマイオニーやルナを送り届けていた。マクギリスによってサラザール·スリザリンが本気でマグル生まれを排除するために秘密の部屋を残したことが明かになったこともあり、特にハーマイオニーが狙われるのではないかと不安になったからだ。アズラエルは帰りがてらにロンとハーマイオニーを称賛した。

 

 

「……うちの兄貴が迷惑をかけたからな。あれくらいは迷惑料だと思って付き合うよ」

 

 ロンはやや不機嫌な顔をしていた。純血主義を称賛するための話に付き合わされた挙げ句、グリフィンドールを貶されたのだから当然だろう。

 

「グリフィンドールがマグルを決闘で殺してたことは、そういう時代だったんだから仕方ないよ。バナナージ先輩もそう言っていたじゃないか」

 

 ハリーは内心でマクギリスの話に驚くと同時に、少し嬉しさを感じている自分を否定できなかった。サラザール·スリザリンがとても酷い魔法使いであることが明らかになったのと同じように、ゴドリック·グリフィンドールも聖人君子ではなかった。ハリーたちスリザリン生にとって、スリザリンを悪く言われることはとても辛いことだった。

 

 だが、近しいライバルであるグリフィンドールが、自分と近いところに落ちてきた。ハリーはロンを励ましていながらも、どこか後ろめたさを感じていた。ハリーはふと、ザビニが言った言葉を思い出した。

 

(『あいつはこっち側だ』)

 

 自分が何かやったわけではなくても、ロンはパーシーやグリフィンドールがやったことで、ハリーたちが感じているような居心地の悪さを感じてくれているのだとハリーは思った。

 

「マクギリスは色々と言ってるけどさ。スリザリンがマグル生まれを差別するのは、マグル生まれが俺たち魔法使いの中で少数派だからだろ」

 

「……ロンはたまに核心をつくね」

 

 ハリーはロンの言葉は正しいと思った。ハリーは自分の考えをロンに打ち明けた。

 

「純血の魔法使いは、純血同士で結婚しなきゃいけないからあんまり増えない。少数派だ。僕らスリザリンの純血の魔法使いたちは、自分が少数派で肩身が狭い思いをしたくないんだ。……だから、魔法使いのなかで縁がなくて、少数派のマグル生まれを差別して自分達が強いんだって思いたいんだと思う」

 

「糞だな」

 

 ロンはそんなスリザリンの身勝手をバッサリと切り捨てた。アズラエルは困ったようにロンに頷きながらも、それをスリザリン生の前で言わないよう頼み込んだ。

 

「僕としては、そういうところには触れないでもらえるとありがたいんですけどね……スリザリンでは色々とあるんですよ、同調圧力とか……」

 

 ロンは一瞬、怒りに歪んだ顔をしたが、渋々頷いた。その代わりに、グリフィンドール生の言い分もハリーたちに聞かせた。

 

「俺らグリフィンドール生がスリザリン生に当たりが強いのは、いじめにはその場で対応しなきゃいけないって分かってるからだ。理不尽な差別には言い返せなきゃ、いじめには即座に対応しなきゃ虐めっ子はすぐ調子に乗るからな」

 

 ハリーとルナはこっそりと目を伏せた。ハリーはロンやグリフィンドール生が眩しかった。コリンをつるし上げた自分がとても薄汚れていて、ロンとは釣り合わないやつだと思った。ハリーもまた、ロンが嫌悪するスリザリン生なのだ。

 

(ああ、とんでもなく嫌なやつだな、僕は……)

 

 ロンにももっと僕たちのようになってもらいたいな、という期待……いや、薄汚れた願望を持っていることに、ハリーは気がついた。

 

(ダドリーに殴られたとき、ロンが居てくれたら)

 

 一瞬そう考えた自分が嫌になったので、ハリーはロンではなくハーマイオニーに話しかけた。

 

「ハーマイオニーも、よくマクギリス先輩と話せたね。怖くはなかったの?」

 

「正直に言うと、怖かったわ。純血主義を主張している人だもの。もしかしたら、スリザリンの継承者かもしれないし、継承者に近い人で、私たちマグル生まれを排除したいと思っていたのかもしれない」

 

 ハーマイオニーは、しかし、決意を携えた目でハリーたちに言った。

 

「……でも、話を聞いてみないとわからないことはあるわ。純血主義の人たちって、マルフォイがそうだけどいつも人がまわりにいて込み入った話しなんてできなかったもの。勇気を出して聞いてみて良かったわ。純血主義の人がどういう考え方をしているのか分かったもの」

 

「ハーマイオニー、あんまり深入りするのは良くありませんよ」

 

 アズラエルはハーマイオニーに警告した。

 

「マクギリス·カローは……まぁ僕たちスリザリンの下級生には優しいいい先輩なんですけど、スリザリンの談話室では純血主義を教えているたちの悪い純血過激派なんです。この間コリンを差別したイーライ·ブラウンも、マクギリスから純血主義を吹き込まれています」

 

「……マジかよ……」

 

「……嘘……」

 

 ハリーも言葉を付け加えた。

 

 

「僕たちの前では優しく見えても、僕やザビニたちスリザリン生の友達だからそうしてるってだけかもしれない。マクギリスが継承者の一派である危険性は消えた訳じゃないよ」

 

「……けどあいつ、バナナージ先輩とも仲が良かったぜ?」

 

「それはバナナージ先輩が純血の一族とも付き合いがある人だからですよ。バナナージ先輩の家は僕の家にも負けないくらいの資産家でもありますからね。仲良くしておくにこしたことはないってことです」

 

「……でも。マクギリス先輩は隠し事ができるタイプには見えなかったわ」

 

 ハーマイオニーはマクギリスとバナナージとのやり取りを思い返して言った。

 

「あの人は裏表がないタイプというか、天然というか……バナナージ先輩も言っていたけれど、隠れて何かをやるには向かない人だと思うの」

 

「辛辣だね、ハーマイオニー。あの人も影で色々と考えているかもしれないよ」

 

 ハリーは茶化したが、ハーマイオニーはハリーを叱った。

 

「正当な評価です!考えてはいても、その底が浅いというか、見通しが甘いというか……想定が甘い人なんだと思うの。でなければ決闘クラブで純血主義について口に出さないわ」

 

「それはまぁ確かにその通りです。ただ、そうなると候補がいないんですよね……スリザリンにはマーセナスっていう先輩もいるんですけど、牙を抜かれてすっかり縮こまってますから」

 

「いっそ継承者からこっちに手を出して来てくれればなあ。返り討ちにしてやれたら……」

 

「ロン。今の僕たちじゃ返り討ちにあうだけだよ。石化できる怪物と言えばメドゥーサだけど、メドゥーサを返り討ちにするには、本職の闇祓いが必要なはずだ」

 

 ハリーたちは必要の部屋にあった年代物の闇の魔法生物図鑑で、石に変えられる化け物について調べた。蛇科の怪物で、かつスリザリンの象徴と言えばバジリスクだが、バジリスクの目を見たならば石化ではなく死んでしまうはずだった。ハリーたちの中では、メドゥーサをどうやって見つからないように匿っているのかが話題にのぼっていた。

 

「敵はおそらくメドゥーサを透明化させているはずです。今まで誰にも気付かれてないんですからね。レベリオを使っても姿が見えるようになるだけじゃあ石にされて終わるだけ……どうにもなりません」

 

 アズラエルもメドゥーサ派で、透明マントによって消えて近づいたのだろうと思っていた。その主張が正しければハリーたちに打つ手はない。運良く石にならずに、レベリオが間に合って姿を明かにできるかどうかをお祈りするしかないのだ。

 

「……これからどうするの?ハーマイオニーはもう寮から出ない方がいいんじゃない?」

 

 ルナは継承者の伝説を聞き、怪物が手に追えないものだと判断して至極真っ当な意見を述べた。継承者から狙われる可能性がある以上、ハーマイオニーはなるべく動き回らずに大人しくしておいた方がいい。

 

「ハーマイオニー、君はそれで我慢できる?」

 

 ハリーは内心で無理だろうなと思った。ハーマイオニーは自分の保身を考えるスリザリン的な傾向や、利口に立ち回ろうとするレイブンクロー的な傾向はない。彼女は根っからのグリフィンドール生なのだ。それこそ、純血主義者相手でも話を聞こうとしてしまうほどに。彼女は迫りくる脅威を知った上で、真相を明らかにするために勇気を発揮することを選んだ。

 

「いいえ。出来ないわ。……それは、継承者に屈したということになるもの。……私、継承者についてもう少し調べてみたいの。あともう少し何か手がかりがあれば、謎に近づくことが出来そうなの」

 

 ハーマイオニーの言葉にルナは頚をかしげていたが、ハリー、アズラエル、ロンは顔を見合わせて笑った。

 

(本当にそういうと思った)

 

「スリザリン生と親しいってところを見せておけば、継承者も僕らを襲ってこない説を提唱します。……スリザリン生は身内には優しいんですよ」

 

「アズラエル、心にもないことを言うのはやめなよ。ハーマイオニーが心配だったんでしょ?」

 

 

「それは僕を過大評価してますよハリー」

 

 アズラエルは悪ぶって冗談を言った。

 

「ハーマイオニーと僕らが親しいってところを見せておけば、学校の連中も僕らをそこまで邪険には扱わないという打算ありきですよ」

 

「パースはハリーのことを疑ってたぞ?」

 

「そういう頭の固い常識人は何もなくてもハリーや僕たちを疑いますよ。僕が言ってる連中は、スリザリン生であっても偏見なくハリーを支持してくれる、ちょっと変わった人たちのことです。そういう層の人たちは、こういう時でも変わらずハーマイオニーと友だちであることを評価してくれるはずです」

 

 アズラエルの考え方はある意味では人気取りに友達を利用しているようなものだ。ロンとハリーは少なからず嫌悪感を抱いた。もちろんアズラエルだって照れ隠しで言っていることは分かっているが。

 

 

「いや……言いたいことは分かるけど……」

 

「そういう考え方なのはちょっと引くね……」

 

 一方で、ハーマイオニーはその考え方を肯定し、それでいいと割りきっていた。

 

「私が友達であることでハリーたちへの疑いが少しでもなくなるならいいことだわ。身の潔白を証明するためにはやっぱり、継承者を突き止めるしかないでしょうけど」

 

 

 アズラエルとのやり取りを見ていたルナは、首をかしげていた。

 

「なんでみんなの顔色を気にするの?人のことなんてそんなに興味ないんじゃない?」

 

「ルナはそう思う?」

 

「だって他人事だし。あたしもハーマイオニーと友達になってなかったら、今回のことも他人事で終わってたと思うな」

 

 ルナはホグワーツに入って数ヶ月であり、個人主義の傾向が強い。集団の意識というものに目を向けるアズラエルの考え方は、ルナにとって新鮮なようだった。

 

「……マグル生まれの生徒はいつ襲われるかわからない恐怖で怯えているのに」

 

 ハーマイオニーはそんなルナに少しだけ不満げだったが、ハリーはルナが羨ましいと思った。

 

「皆に当事者意識を持てなんて無理だよ、ハーマイオニー。はっきり言うと、全員がルナみたいな考え方をしてくれる方が、僕にとってはありがたいけどそうもいかないだろうし。僕たちは僕たちでできることをしようね」

 

「……そうね」

 

「んじゃ、今度は明後日だな。図書館で何か発見があったら魔法で知らせるぜ」

 

「ありがとう。根をつめないでね、ロン、ハーマイオニー」

 

 ハリーはハーマイオニーとロンと別れ、ルナをレイブンクローまで送り届けた。ハリーはすれ違ったレイブンクロー生がルナを小馬鹿にしたような笑みを浮かべていたのに気がついて、その男子生徒を睨み付けた。

 

***

 

 翌日はクィディッチの練習に打ち込み、明後日に決闘クラブに参加したハリーたちは、決闘クラブが閑散としていることに驚いた。バナナージやガエリオやマクギリス、ガフガリオンなどの監督生とハリーたちやマーセナスのようなスリザリン生たちを除くと、ほとんどの人が居なくなっていた。アンジェリーナやセドリックなどもクラブに参加していなかった。レイブンクロー生はルナだけで、グリフィンドール生はロンとハーマイオニーと監督生のアグリアスだけというありさまだ。

 

「……すまない、バナナージ……私はまさかこのようなことになるとは……」

 

 マクギリス·カローは目に見えて落ち込んだ様子で、ひたすらハッフルパフ生の隣にいたバナナージに謝っていた。ハリーはマクギリスがあそこまで誰かにへりくだる姿を見たことがなかった。

 

「今後二度と個人の思想をクラブの中で口に出すな。それで許してやるから。……さ、魔法の練習をしよう、マクギリス」

 

 原因はマクギリス·カローが純血主義について口に出したことにあった。決闘クラブがカルトを広めているのではないかと恐れたまともな生徒たちは、決闘クラブから距離を置くことに決めたのだ。

 

***

 

 しかし、その数日後、事態は急展開を迎える。ギルデロイ·ロックハートが決闘クラブの講師となるといきなり宣言し朝食の席で自分の写真を飾り立てて宣伝したのである。

 

 ロックハートは、著書のなかでこう宣言していた。魔法界とマグルの世界とのハーモニーを何よりも望む、と。彼は教師としては無能の烙印を押されていたが、リベラルな人間であるという一点において評価されていた。皆が継承者に怯えるなかでそれが言えるならと、決闘に興味がない生徒たちも決闘クラブを訪れた。

 

 この一件でマクギリスとバナナージは喜んだが、誰よりも被害を被ったのはハリーだった。ハリーはロックハートのせいで、ドラコ·マルフォイと決闘をすることになってしまったのである。

 

 





ぶっちゃけマグル生まれをスリザリンが狙うのは少数派で反撃されないとなめ腐ってるからだよねって。
グリフィンドールかハッフルパフがないホグワーツはマグル生まれの生徒にとって地獄だと思います。


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決闘クラブにおける賭け


バナナージの立場で考えるとマッキー(不良)のせいで元からいた部員がやめてるのでマッキーやハリーにキレて決闘クラブ出禁にしてもおかしくない
でもバナナージは偏見をよしとしない真のハッフルパフ生だから一度目は許すよ……
一度目はね……


 

 

 ハリーはロックハート先生目当てでごった返す人混みの中をザビニと共に歩いていた。ザビニはロックハート先生目当てに集まった人の中で、満更でもないように笑っていた。

 

「ロックハートのお陰で盛り上がってきたじゃねーか。あのおっさん、案外役に立つよな」

 

「数日前の閑散とした決闘クラブが嘘のようだね……」

 

 マクギリス·カローが純血主義について部のなかで話題に出したことでまともな人たちは去っていった。しかし、今はロックハート先生を目当てに新しい人が集まろうとしていた。

 

「この中の何人がクラブに参加してくれるかは、僕たちにかかってるかな」

 

「バナナ先輩の手前、新規の奴らには優しくしねぇとな。最初の一発はわざと外して、いいところでわざと魔法を受けて負ける……それが初心者勧誘のコツだぜ。おだてて調子にのせてクラブに興味を持たせるんだ。ま、俺は不細工なやつには手加減しねぇけどな」

 

 ハリーたちも決闘クラブに参加してから日は浅いが、元々魔法探究会という名目でエクスペリアームスをはじめとした一年生や二年生の魔法は習得していた。ルナも含めてハリーたち七人はエクスペリアームスを高い精度で、同年代の相手であれば高い確率で勝つことはできる。

 

「ザビニは相変わらずだね。僕は今日はほどほどに楽しむよ。またクラブが賑やかになってくれた方がバナナージ先輩も、マクギリス先輩も喜ぶだろうしね」

 

 

 しかし、決闘において初手でエクスペリアームスを使うということは、出会い頭に銃弾を浴びせる様なものだ。確かに最適解ではあるのだが、初心者にとってはそんなもの面白くない。去年のハリーがインセンディオやボンバーダ、ウィンガーディアムレヴィオーサなどの魔法を多用したように、魔法使いは多彩な魔法を使いこなせる方が面白く、決闘クラブの趣旨にも沿っているのだ。決闘クラブは実践的な魔法を学ぶだけではなく、勉強した呪文を試し会う場所でもあるのだから。

 

 ハリーがザビニと共に会場を見渡すと、ロンとハーマイオニーに混じって丸顔のネビル·ロングボトムの姿もあった。ロックハートはネビルのような子や、ハッフルパフのアーニーやその友達、レイブンクローの下級生、スリザリンのイーライ·ブラウンなどにも人気のようだった。うまくすれば、今日で新規メンバーを大量獲得できるかもしれなかった。

 

 ハリーはドラコがクラッブとゴイルを連れてきていることに気がついた。ドラコはマクギリスから何回か厳重に注意を受けていた。

 

「ここでは思想を表に出すのは止めた方がいいって、マクギリス先輩がドラコに言ってたよ」

 

 ハリーはザビニに苦笑いして言った。

 

「よっぽど懲りたみたいだね、あの人も」

 

「あれがわざとじゃなかった方が驚きだぜ、俺は」

 

 ハリーは新しくクラブに参加したジャスティンというハッフルパフ生と軽い決闘をした。ジャスティンはなぜかひどく緊張していて、ハリー相手に簡単な魔法をミスしたので、ハリーは仕方なくエクスペリアームス(武装解除)でジャスティンの杖を奪い決闘を終わらせた。無意味な勝利だった。

 

「……はい、どうぞジャスティン。決闘の時は、杖はちゃんと相手に向けた方がいいよ」

 

 そしてハリーは、言うべきかどうか迷ったが一言付け加えた。

 

「……それと、決闘でわざと負けようとするなら、もう少し方法を考えた方がいい。僕ならもう少しうまく負け方を考えるよ」

 

 ハリーは怯えるジャスティンのもとを離れて、ザビニと合流しようとしたが、ザビニはトレイシーやダフネの相手をしていた。

 

 組む相手がおらず泣きそうになっていたイーライと対戦し、イーライが浮遊魔法を成功させたのを見届けて、ハリーは再度会場をうろついた。スリザリン生たちはこの集まりでも仲のいいスリザリン生か、グリフィンドール生と対戦していたが、ハリーたちのような例外は黄色のローブや青色のローブの生徒とも対戦した。

 

 アズラエルとファルカスも途中まではハリーと同じように色んな生徒と対戦していたようだが、ある時ハリーは二人がルナになぎ払われているのを見た。

 二人はルナの相手をしていて、ルナはパパから教わった新しい呪文を試したいと言ってファルカスをひっくり返していた。ファルカスは決闘の杖さばきが正確で動き出しも早いのだが、落ち着いて魔法をかけられたルナの腕もまた見事だった。

 

 バナナージやマクギリスを中心に新規メンバーを獲得しようと躍起になっていた決闘クラブの面々だが、クラブの終盤になって水を差されてしまった。ハリーは一通り見知らぬ顔と対戦したあと、突進しながら魔法を撃ってくる手練れのミリセント·ブルストロードとの楽しい決闘を止められて不満だった。ミリセントは体格もよく、発音も正確で鍛えればまだまだ伸び代がありそうだった。

 

「いやぁそれまで!皆さんの決闘を拝見しましたが、皆さんは決闘の初歩をご存知ないらしい!どうやら、皆さんに私からお手本を見せなければいけないようですね!!」

 

 ギルデロイ·ロックハートは命知らずにも、スネイプ教授を助手として指名して、決闘のお手本を見せると言い放った。スリザリン生たちは(自分達の担任であるスネイプ教授の勝利を願って)拍手し、ハッフルパフ生やグリフィンドール生、女子生徒たちは(不当な贔屓ばかりする薬学教授の敗北を願って)ロックハート先生に声援を送った。

 

 スネイプ教授とロックハート先生の決闘は、魔法界の保守派とリベラル派の代理戦争と言ってもよかった。

 

 ハリーは内心、『魔法界とマグルの世界との融和』を目指しているロックハートが負けることを願っていた。しかし、ロックハートが怪我をしないか心配しているハーマイオニーを見て、そんな自分が醜く思えた。

 

(早く終わってくれないかな)

 

 と思いながらハリーは決闘を見守った。すぐにかたはついた。スネイプ先生は開始の瞬間に武装解除に成功してロックハート教授を吹き飛ばした。ロックハート先生はバナナージ先輩に助け起こされたお陰か、どうやら目だった外傷はないようだった。

 

 

***

 

 ロックハートが決闘クラブに介入する一日前に、セブルス·スネイプはフィリウス·フリットウィック教授に断りを入れに彼の研究室を訪れていた。

 

 フリットウィック教授はセブルスが在学中から呪文学の教師だった。スネイプにとっても偉大な先任教師であり、魔法使いとしても優れた知見と実力を持っていた。

 

 セブルス自身、ただ己よりも先にその職にあったからといって無条件でその相手を尊敬するほど愚かではない。フリットウィック教授がその分野において己よりも卓越した人間であるからこそ、スネイプは彼に敬意を払っていた。呪文学の権威であるフリットウィックは、前学期にクィレルが使用したオリジナルのカースに対する対抗呪文を開発していたし、万が一それが再度現れたとき、教職員が対応できるよう指導もしてくれたのである。

 

「……誠に遺憾ながら……ギルデロイ·ロックハートの依頼で、決闘クラブの助手をさせていただこうと思いまして」

 

 セブルスは毒薬を飲んだ後のように苦々しい気持ちをおさえて言った。教師でもない新参者が自分に指図することも苦々しい気持ちの原因だったが、今回ばかりは別の要因が大きかった。

 

 フィリウス·フリットウィックは過去に決闘クラブのチャンピオンだったという経歴を持つ。それはつまり、ホグワーツにおいてその世代最強の魔法使いだったということだ。呪文学という誰もが習熟すべき魔法を極め、更に研鑽を重ねた魔法使いがフリットウィック教授である。

 

(……当然、闇の帝王も彼を臣下に加えようとしたはずだ)

 

 スネイプが純血主義を掲げるデスイーターに与したのは、力あるものに対する羨望と、力に対する渇望もその理由の一つだ。フリットウィック教授は、スネイプから見て称賛に値するだけの力を持っていた。

 

 それほどの高い実力と、(スネイプとは相容れないとはいえ)高い見識を持つフリットウィック教授の誇りとも言える決闘クラブにおいて、こともあろうにあのロックハートが教えるというのはフリットウィック教授の面目を傷つける行為と言えた。

 

 

「話は聞いています」

 

 フリットウィック教授は最近、小柄な顔に皺が増えていた。その原因は言うまでもなくロックハートである。

 

「私は最初、断ろうとしたのですが。あの男は聞く耳を持ちませんでした」

 

 スネイプはそう言うと、フリットウィック教授に一言だけ確認した。

 

「その事ですが……私からお願いします、セブルス。ロックハートをこてんぱんに打ちのめしてあげなさい。君にとっては、無駄な時間になると思いますが」

 

 スネイプはフリットウィック教授から予想外の言葉が出たことに驚きを隠せなかった。

 

「宜しいのですか?私はもとよりそのつもりではありましたが……?」

 

「ロックハートの授業の評判は私の耳にも入っています。自分なりに工夫していることは認めますが、一部の生徒に負担をかけている。あのやり方をいつまでも続けさせるわけにはいかない。どこかでお灸を据えてやるべきです」

 

(お優しいことだ。それで止まる男とも思えんが……)

 

 

 フリットウィック教授の情けということらしい。スネイプは内心でフリットウィック教授の善性を評価しつつも、その思惑通りに進むとは思えず一言確認した。

 

「では……私のやり方で完膚なきまでに叩きのめしますが。宜しいですね?」

 

「頼みます、セブルス。あなたに負ければ、彼も自分を見つめ直すでしょう」

 

***

 

 

 スネイプ教授に完敗したロックハート先生は、助け起こされながらも自分を心配する生徒たちに白い歯を見せ、いつも通りに笑いかけた。ハーマイオニーや女子生徒たちはロックハート先生の健在ぶりを見て安心したように笑っていた。

 

(ここまでいくと凄い人だなぁ……)

 

 

 ロックハート先生とスネイプ教授との決闘は、どちらが先にエクスペリアームスを発動させるかというシンプルな戦闘だった。単純なだけに小手先の誤魔化しがきかず、純粋な杖の操作速度、魔法の発動速度、正確な魔力の操作が必要になる。ロックハート先生は笑顔で取り繕っていたものの、これで、決闘クラブに参加したほとんどの生徒はロックハート先生よりスネイプ教授の方が魔法がうまいと認めざるをえなくなった。

 

 ハリーは、マクギリスやドラコがスネイプ教授の勝利を喜んでいる時に、ハッフルパフやグリフィンドールの生徒たちが少し不安そうな顔をしているのが気になった。

 

(……何も起こらないと良いけどな……)

 

 ハリーの感じた胸騒ぎは単なる杞憂かもしれないと思っていた。しかし、残念ながらそれは杞憂ではなかった。ロックハート先生の指図によって二人一組の決闘をすることになったのだが、スネイプ教授はハリーとドラコを組ませて決闘をさせようとした。ハリーはその時ザビニと決闘をするつもりだったのだが、ハリーはザビニとではなくドラコと決闘をする羽目になってしまった。

 

***

 

 ドラコ·マルフォイは青白い顔を緊張で蒼白にさせながら、スネイプ教授のアドバイスを聞いていた。スネイプ教授はどうやらハリーを驚かせたいらしく、ドラコにサーペンソーティア(蛇よ出ろ)の変身呪文を教えてハリーにけしかけろと迫った。

 

「ええ、任せてください。ポッターも蛇には手が出せませんもんね」

 

「その通りだ。あの目立ちたがりの自惚れ屋に、敗北を教えてやるがいい、ドラコ」

 

(……人の気持ちも知らないで……蛇をけしかけて、またポッターに嫌われたらどう責任を取ってくれるんだ?あいつが蛇好きだってことはスリザリン生ならみんな知ってるんだぞ?)

 

 ドラコは内心でスネイプ教授を罵りながらも、閉心術でそんな気持ちはおくびにも出さずに笑って言った。スネイプ教授はルシウスの旧友で、ルシウスと書簡のやり取りをすることもあるという。ドラコがハリーのために反抗的になったと知れば、ルシウスはドラコに口を出してドラコを責めるかもしれない。ドラコはそれを、何より恐れていた。

 

 気が乗らず蒼白な顔のドラコに、パンジーが声援を送りドラコの手を握って励ました。マクギリス·カローは純粋にドラコを応援した。

 

「良かったではないか、ドラコ。あのシーカー決定戦は君にとっても不本意だったのだろう?」

 

(……知った口を利いてっ……!)

 

 マクギリスはそう言って、ドラコに全力を尽くすように言ってくれた。だが、あのシーカー決定戦のことはドラコのなかで癒えない傷になっていた。今それを思い出したくはなかった。

 

「ポッターは決闘の作法をあまり守らない。少々奇抜な戦法を使って君を追い詰めてくるだろう。足を止めず、落ち着いて魔法を行使することだ、ドラコ」

 

 

「期待に沿えるように全力を尽くしますよ」

 

 ドラコはカローに生返事をしながら、介添人のゴイルから自分の杖を受け取って状態を確認した。自分の杖に問題がないことを確かめると、ドラコはハリーの側を見た。ハリーの介添人は黒人のブレーズ·ザビニだった。同室のアズラエルやファルカスはハリーの側にいて、何かハリーにアドバイスをしているのを見た。それだけならまだいい。

 

(……どうしてあいつには、他の寮の友人まで……!)

 

 ドラコが気に入らないのは、ハリーを応援しているのが彼らだけではないことだった。ハリーの側には、ハッフルパフの監督生であるバナナージと、忌々しい思想を吹き込んで血の裏切り者を四人も作ろうとしているロナルド·ウィーズリーと、よりによってマグル生まれでありながらドラコよりも優秀なハーマイオニー·グレンジャーと、奇抜な蛇の帽子を被ったレイブンクローの女子生徒がいた。

 

(……!?バカな、何なんだアイツは!?何であんな奴がポッターの近くにいる?!)

 

 見知らぬ顔が増えているだけでなく、それがどう考えても正気ではないような生徒であることにドラコは焦り、思わずハリーに話しかけた。

 

「少し見ない間に、きみはどうやら知人を増やしたらしいね、ポッター」

 

「そうなんだよ、ドラコ。まだ紹介してなかったかな?あの子はレイブンクローの一年生だ」

 

「ルナ·ラブグッドだモン」

 

 ルナはドラコが純血主義の家の生まれであることを全く気にしていないかのように、あるいは本当に気にしていないのか、とにかく臆せずにドラコに自己紹介した。

 

「名前を覚えるつもりはないね。君のような奴がポッターの回りをうろつくのは困るんだ。ポッター、きみは友達を選ぶべきだと僕が前に言ったことを忘れてしまったようだね?きみは脳味噌の代わりに忘却魔法を詰め込んだのかな?」

 

 ドラコは本心からハリーのためを思ってそう言った。その言葉にハリーの友人たちは殺気だった顔をしたが、ドラコにとってはどうでも良かった。当事者のルナは平然としていた。

 

(ヤバ……)

 

(……何なんだよあいつら……何で決闘クラブでガチの決闘が始まりそうになってるんだよ)

 

 周囲の生徒たちが息を潜めて見守るなかで、ハリーは苛立ったように言った。

 

「君がどう思うかはあくまでも君の自由だけどね。ぼくの前で友達を侮辱するのはやめてくれないか?気分が悪いよ」

 

 ハリーはそう言うと、ドラコに背を向けて決闘の準備に入ろうとした。その背中に向けて、ドラコは言葉を放った。

 

「平行線だねぇ。ならこういうのはどうだい?賭けをしようじゃないか。この決闘で僕が勝てば、きみはウィーズリーやその帽子の女と手を切る」

 

「ふざけんな!!そんな馬鹿げた話があるか!」

 

 激怒してドラコにつかみかかろうとするロンを、ハーマイオニーとファルカスが必死になって止めていた。

 

「万が一にもあり得ないけど、そうだね。君が勝てば……シーカーの座を賭けて再試合してもいい」

 

(さぁ乗ってこい、ポッター!!)

 

 この提案は、ドラコにとっては何の損もないものだった。あの決定戦で掴んだシーカーの座も、それによって得た実際の試合での勝利も、ドラコの心の空白を埋めてはくれなかったからだ。ドラコが勝てば、ドラコは欲しいものを全て手に入れることができる。

 

 しかし、ハリーは冷静に怒っていた。ハリーはドラコを見もせずに、後ろにいたバナナージ·ビストに話しかけた。

 

「バナナージ先輩。ここでは賭けは御法度ですよね?」

 

「ああ。もしも賭けのために決闘をするというのなら、マルフォイにはクラブを去ってもらわないといけないな……」

 

 

「……!」

 

「もしも賭けが合法だったとしても、僕は賭けには乗らないよ、ドラコ。友達は賭けられるものじゃない」

 

 結局、ドラコは何も賭けることができず、ただスネイプの言いなりになってハリーと決闘をすることになってしまった。ドラコは半ば自棄になりながら、開始の号令が終わる前に呪文を発動させた。



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蛇の孤独

秘密の部屋事件はあれですね。ライト版暗黒時代ですね。


 

「それでは構えて!!」

 

 ハリーはドラコと向かい合いながら、急速に頭が冷えていく感覚があった。先程までドラコが言った言葉は、ドラコにとっては試合前の動揺を誘うための戦略だとハリーは理解した。ハリーは自分の杖が熱くなっていることを察した。いい相手と試合した後、自分の体調が普段よりも良くなることがある。そういう状態の時は、今どんな魔法でも成功させられるという全能感があった。それは戦闘には邪魔なものだ。

 

(やるべきことは分かってる。あとはベストを尽くすだけ)

 

 ロックハート先生の号令がかかる。三、二の段階でもうドラコが杖を振り上げている。ハリーは反射的に左側に飛んで、使おうと思っていた魔法を唱えた。

 

「デパルソ(ぶっ飛べ)!!」

 

「ルーモス(光よ)!!」

 

 ドラコの龍の杖から放たれた白い閃光は、ハリーを捉えることなくハリーの後ろにいた介添人のザビニの腹にあたった。ザビニは呻き声をあげた。

 ドラコの狙いは、簡単なチャームで先制攻撃をすることだった。決闘に不馴れな魔法使いは、自分の最も得意とする魔法、あるいはエクスペリアームスなどの一撃必殺となりうる魔法を撃ちたがる。それはリスクが高いものの、決まれば一発で勝利をもたらしてくれるからだ。

 

 しかし、ドラコは慎重派だった。そんな博打をうたなくても、ドラコは色々なチャームやヘックスを知っていた。簡単な呪文で機先を制してから畳み掛ける手段はいくらでもあるのだ。ドラコの戦略は決闘の基本をおさえているといえた。

 

 しかし、ハリーもまた決闘クラブで腕をあげていた。ロンと戦い一撃で返り討ちにあうという経験をつんだハリーは、簡単な魔法で相手の魔法の成功率を下げるという手段を覚えていた。ルーモスは初歩の魔法であり、杖から光を生み出すだけのシンプルなものだが、詠唱は短く、魔法力次第で数秒は相手の視力を奪うことができる。ハリーのルーモスの強力な光は、ドラコと周囲の生徒たちの視界を一時的に零にしていた。

 

「……(足を止めるわけには……!!)サーペンソーティア(蛇よ出ろ!)!!」

 

「ウィンガーディアムレヴィオーサ(浮遊せよ!!)!!」

 

 強力な光で狙いがつけられないドラコは、ハリーの追撃をかわすために右後ろに後退りながら変身魔法で空気を蛇に変える。蛇はドラコの指示がなくてもハリーを襲ってくれるはずで、ドラコは不測の事態にあっても満点に近い対処をしていた。

 

 しかし、ハリーは文字通りその上をいった。自分の靴を浮遊させたハリーは、一瞬のうちに浮かび上がってドラコの頭上を飛び越えた。

 

「どこだポッター!?何を浮かせた?!」

 

「エクスペリアームス(武器よ去れ)!!」

 

 視力が戻ったドラコの前には、いたはずのハリーはいない。ドラコの頭の中に、ハリーが自分を浮かせたという発想はそもそもなかった。一瞬のうちにドラコの頭上から放たれた赤い閃光が、ドラコの持つ龍の刻印が彫られた杖を奪い去った。この時点で勝敗は決した。ハリーの勝利だった。

 

 仮にドラコがクラッブかゴイル、あるいはミリセントなら、杖が奪われた瞬間にハリーに接近して反撃を試みればそれでも勝ち目はあった。だがドラコの身体能力はハリーと同程度であり、ハリーがドラコに反撃できるだけの距離があった。

 

(ダメだ、蛇が……!)

 

 だが、ハリーは勝利に喜ぶよりも先にすべきことがあった。ドラコが変身呪文で生み出した美しい黒蛇が、目の前にいないハリーではなく、自分に近い観客席のジャスティンへと襲いかかろうとしていたのだ。ハリーは杖を振り上げて蛇を止めるための魔法を唱えた。

 

『踊れ(タラントアレグラ)』

 

『……承知しました!いかがですか?これで宜しいでしょうか!?』

 

 ハリーの中で、奇妙な感覚があった。黒蛇を止めるために魔法を行使したはずが、ハリーの杖からは魔法が出なかった。にも関わらず、黒蛇はまるで魔法にかけられたかのようにジャスティンの方に向かうのをやめ、とぐろを巻いてハリーのところに近寄ってきた。

 

(可愛いな……)

 

 ハリーはほとんど反射的に蛇に笑いかけた。魔法で生み出された数秒の命とはいえ、蛇は確かに蛇だった。

 

「一体何を悪ふざけしているんだ!?人を怖がらせてそんなに楽しいのか!」

 

 そんなハリーを現実に引き戻す声がした。ジャスティンの視線はハリーの心を傷つけた。バーノンやペチュニアがハリーを見るのと同じ、得体のしれないものに対する恐怖と、ハリーに対する怒りを持った目だった。

 

「……いや、そんなつもりはないよ。僕はただ、この子がたまたま君を襲わなくて良かったなって……」

 

「嘘つきめ!蛇をけしかけるつもりだったんだな!?」

 

 ブロンドのアーニー·マクラミンがハリーをそう言ってなじった。ハリーが何か言う前に、ジャスティンはくるりと背を向けて決闘クラブから去っていってしまった。

 

「……おい!?戻れジャスティン!人の話は最後まで聞かなきゃダメだって教えただろう!ハリーも、こういうときは誤魔化さずに何が起きたのか正直に話すんですよ!」

 

 バナナージがジャスティンを制止しても、ジャスティンは戻らなかった。ハリーは決闘場の上で、ドラコの杖と自分の杖を握りしめながら呆然とその背中を見送った。

 

(何で)

 

 ハリーの中にやり場のない怒りが沸き上がってきた。

 

(蛇と話せるってだけじゃないか……蛇は何も悪くないじゃないか……!)

 

 ハリーはドラコに杖を返した。ドラコは杖を受けとるとき、誰にも聞こえないような小声でハリーにささやいた。

 

「あれが穢れた血の本性だぞ、ポッター」

 

「あいつらは君が好きなんじゃない。君が自分達に都合がいいからって持ち上げていただけだ」

 

 ハリーも小声でドラコに言い返した。

 

「そんな人たちばかりじゃない」

 

 ハリーは重たい足取りでザビニたちのところに戻った。ザビニたちスリザリンの三人はハリーのことを心配そうに見ていて、ロンとハーマイオニーはハリーをホールの外へ連れ出そうとしていた。ルナはハリーに勝って良かったねと、何でもないことのようにハリーを労った。ハリーにとってはそれだけが救いだった。

 

 決闘クラブはもはや決闘をする雰囲気ではなかった。主催者のロックハートが、何か急用を思い出したと言い出して今日の決闘はここまでだと言った。バナナージやマクギリスとハリーたちを除くと、ほとんどの生徒はハリーに近寄りたくないとばかりに足早にクラブを去ってしまった。バナナージはアーニーを無理やりその場に残らせて、ハリーに事情を説明させた。

 

「……じゃあ、きみは蛇語使いだったんだね、ハリー。そして君が蛇語使いであることは、今までスリザリン寮だけの秘密だったと」

 

 バナナージは納得が言ったとばかりに頷いていた。

 

「……こういう目で見られるかもしれないと思ったので黙っていました。でも、僕は継承者じゃあありません。信じてください」

 

 ハリーはバナナージやロンに必死で訴えた。

 

「一年前にピーターを見つけることができたのは、ペットの蛇が人間だって教えてくれたからなんです。……蛇は本来は、穏やかで賢い生き物なんです」

 

「あ、あー、それで……それでそうだったのか……いや、でも俺たちには教えてくれたっていいじゃないか!」

 

 ロンは困惑していたが、やがて少し怒ったように言った。

 

「友達なんだからさ、それくらい話してくれたって。別に俺とハーマイオニーはハリーを変な奴だとは思わないぜ?」

 

「スリザリンの癖にグリフィンドール生と仲がいいんだぞ。変人に決まってるだろ」

 

 そんなロンに対して、ザビニの鋭いツッコミが炸裂した。バナナージはハリーの説明で納得してくれたが、アーニーは信じなかった。

 

「そんなことを言って、君が継承者じゃないなんて根拠はどこにもないじゃないか!現に、ジャスティンは君と決闘して君を怒らせたって怯えていたんだぞ!蛇語使いなんてことを隠しておいて、またどんな後ろぐらいことを隠しているか……!」

 

「じゃあもう僕はジャスティンには話しかけないよ。それで君の気がすむかい、アーニー?」

 

「ああ!もうジャスティンには近寄らないでくれ!」

 

 アーニーは友人を守るためにと、自分が嫌われ役になることに決めたようだった。あるいは、ハリーを疑ってしまい引っ込みがつかなくなったという方が正しいのだろうか。

 

「……本当に理解力のない人にはイライラさせられますねぇ……!」

 

「こうなると分かっていたから、私たちは今までハリーの能力を隠していたのだ。無知と偏見が誤解を生み出し、迫害に繋がることを恐れてな」

 

「言いたいことは分かるがそれを君が言うなよマクギリス。それは言葉を尽くした人間だけが言っていいことだ」

 

 ハリーの気持ちはアズラエルが代弁してくれた。マクギリスは諦観の念でアーニーを見ていた。ハリーはもうジャスティンにもアーニーにも話しかける気はなくなっていたが、バナナージは諦めないようだった。

 

「ハリーとアーニーはここに残ってくれるかい?ちょっと三人で話したいことがある」

 

 バナナージはハリーとアーニーだけを残して他の皆を帰らせた。彼は他の皆が帰ったことを確認すると、ポケットから機械を取り出した。

 

「あのう、バナナージ先輩。これはラジカセ……ですか?どうしてこんなものを?」

 

 

 ホグワーツにおいては、マグルの製品は使うことができないように城全体に防御魔法がかけられている。それはラジオカセットデッキも例外ではないはずだったが、ここに例外が存在したようだった。そのカセットは異常に圧縮されていて、杖を操作するだけで聞きたい音楽や番組を自在に聞くことができ、また録音も出来るらしかった。

 

「魔法講義や魔法史の教育番組を寮で聞くためさ。さ、ハリー。蛇語を話してみてくれ」

 

「……あの、蛇を出していただけませんか?僕は蛇がいないと蛇語は話せないんです。……さっきも話すつもりはなくて、呪文を唱えたはずだったんですけど」

 

 バナナージはサーペンソーティアによって蛇を出現させ、ハリーに汚名返上の機会を与えてくれた。ハリーの蛇語を録音した圧縮ラジカセは、驚いて目を丸くするアーニーをよそに蛇語を完璧に再現してバナナージが生み出した蛇を操ってくれた。

 

「これでハリーが蛇をけしかけたってことは誤りだとわかったな」

 

 バナナージはニッコリと笑って言った。

 

「さ、アーニー。ハリーに謝ろう。……ジャスティンも、明日ハリーに謝ればいいさ。きみはそれが出来るやつだろう?」

 

 

 アーニーはハリーに謝罪して、ハリーもそれを受け入れた。即座に誤解が解けたのでなければ、ハリーは自分のなかでアーニーへの怒りを燻らせていただろう。

 ハリーはアーニーとの間にあった誤解をひとつ解くことができたが、複雑な気持ちだった。マグルの製品を使って窮地を救われたという事実は、シリウスやハーマイオニーやロンの言葉よりハリーを打ちのめした。

 

 

「ありがとうございました、バナナージ先輩」

 

 それでも、ハリーはバナナージにお礼を言った。バナナージは鼻をかいて、ハリーに弱々しく笑いかけた。

 

「いいさ。偏見は誰にでもあることなんだ。……それを怖がるのも、誰にだってあることさ。君も、アーニーも、責められるものじゃない」

 

 そして、軽くハリーの肩を叩いた。

「その代わり、こいつのことはロンやパーシー先輩には内緒だぞ」

 

「……はい」

 

 ハリーはアーニーも去って、喧騒が嘘のように静まりかえった決闘クラブを見渡した。

 

「……明日から、何人の人がここに来てくれるんでしょうか」

 

 バナナージは力なく首を横にふった。

 

「……静かな方が、勉強は捗るよ。気にするな。こういうときは誰にだって、ある」

 

(それはそうかもしれないけど)

 

 ハリーはバナナージの言葉を聞いて、強く思った。

 

(スリザリンの継承者が捕まらない限り、いつまでもこんなことが続くんじゃないのか?)

 

 

***

 

 ギルデロイ·ロックハートは今日も己に杖を向けていた。忘却の対象は蛇語使いへの恐怖、スリザリン寮への恐怖、そして何より、己自身の敗北の恥辱。

 無言で杖を向けていたギルデロイは、自分が魔法を唱えていなかったことに気がついた。

 

「……ああしまった。私としたことが詠唱を忘れるなんて。オブリビエイト(忘却せよ)!」

 

 無言呪文による目にも止まらぬ杖捌きの技術も、高速の魔法技術も。己がそれを使えたということすら忘却したギルデロイは、詠唱によって己の恥辱をぬぐいさるのだった。

 

 

***

 

 

 翌日は、ハリーにとってはさんざんな一日だった。蛇語使いであることが発覚して、スリザリン生やロンとハーマイオニーとルナ以外のいろんな生徒から避けられ、腫れ物扱いは加速した。

 

 ハリーに追い討ちをかけるように、朝食の席ではいろんな生徒が日刊予言者新聞の一面を目にしていた。そこにはでかでかと、『シリウス·ブラックに迫る女性の影 婚約者か、浮気相手か』という見出しがついていた。シリウスと、パーティーで見た女性とが歩いている写真がハリーを見て驚いていた。

 

「良かったねえポッター!君の保護者は素晴らしい純血同士で結婚をするらしいよ?」

 

「シリウスが結婚したいならすればいいじゃないか。僕は何でも気にしないよ」

 

 ハリーは強がってそう言ったが、シリウスにあまり学校でのことを相談するのは控えた方がいいかもしれないと思い始めた。シリウスは何か非常に忙しそうだったし、ハリーのことで手を煩わせたくなかった。ハリーは動揺する気持ちをおさえてオートミールをかきこんだ。

 

***

 

 しかし、事態は更にハリーにとって悪いものとなった。放課後にジャスティンと会うと約束していた場所に行ったハリーは、石になったジャスティンとニコラス卿を発見したのである。威圧感を与えてはいけないとハリー以外の面々は先に決闘クラブに向かっていたが、それが仇となった。ハリーのアリバイを証明できる人間は誰もおらず、ハリーは事件の容疑者だと気が動転したアーニーから指を指されてしまった。

 





 無言呪文が使えるはずのロックハートがどうして一番得意な魔法で詠唱してたのかの答え合わせです。


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友情と倫理

 

『皆、蛇の良さをわかってないんだ。君のような蛇と話せるってことを変なことだって思い込んでるんだよ、アスク』

 

『ハリー以外のヒトは俺たちの言葉を知らないんだって?教えてやればいいじゃねえか』

 

『皆、英語さえ話せればそれでいいって思ってるんだよ』

 

 ハリーは寮の部屋でアスクレピオスを腕に纏わせながら話しかけた。アスクレピオスは、チロチロと舌を出しながらザビニの指をなめていた。ザビニはそっとアスクレピオスに餌を差し出した。

 

「……これは僕の勘違いか、単なる思い込みかもしれないんだけどさ」

 

 ハリーは今度はアスクレピオスではなく、ザビニに話しかけた。

 

「あのタイミングでジャスティンが狙われたのは、僕に犯人の座を擦り付けるためだよね」

 

「混血の魔法使いがスリザリンの継承者なんて、スリザリンの純血主義からしたら赤っ恥もいいところだと思うんですけどねえ」

 

 アズラエルは皮肉を交えて話すが、その言葉にはいつものような力はない。アズラエルは、この事態を深刻に捉えていた。

 

「噂が広まってから実行するまでが早すぎるぜ。この事件の犯人はイカれてやがる」

 

「無駄に目立つ僕なら罪を擦り付けやすいと思ったのかな。事件がこうも連続してくると、最悪『怪しい』とか『その場にいた』ってだけで容疑者になりかねないけど、僕はちょうど蛇語使いだもんね」

 

「疑わしきはまずは疑ってから無実を証明するのが魔法使いの原則ですからね。バナナージ先輩やハーマイオニーのお陰でハリーはギリギリ黒のグレーだと思われてますけど、もういつ犯人に仕立て上げられてもおかしくありません」

 

 アズラエルの言葉は真実だった。一部の生徒たちがハリーを信じてくれていても、大勢の生徒たちはハリーが犯人だということにして、安心したいと思っているようだった。

 

「やられっぱなしは嫌だぜ。こっちからもやり返してやらねえと状況は良くならねえ。なんか案とかねえのかよ?」

 

 ザビニが言うと、ファルカスは腕を組みながら言った。

 

「元々ハリーに恨みをもつ純血主義で、ハリーを追い出したいと思ってる奴には心当たりがあるよ。マーセナスを僕たちで調べてみようよ。あいつから何か情報が得られるかもしれない」

 

 ファルカスの提案でハリーたちは談話室にいたマーセナスを観察した。マーセナスはここ最近苛立ちを募らせていたが、今日は監督生のマクギリスに愚痴を溢していた。

 

「だからさぁマッキー。純血主義は大事だけどさ、俺は今は受験勉強に集中したいんだよ。マッキーだって分かるだろ?」

 

「うむ……しかし、本当に君ではないのか?」

 

「俺にそんだけの魔法の腕があったら、将来のために全力で勉強して試験でOを取ることに使うね」

 

「っていうか、ハッフルパフの子が石にされたときマーセナスは私と図書館で薬学の問題を解いてたから。マーセナスが魔法をかけるのは無理よ。マダムが証言してくれるはずだけど」

 

「……ったく。何が継承者だよ。こっちはそれどころじゃねぇんだっての」

 

 マーセナスは周囲のスリザリン生徒たちの疑いの目に苛つきながら、呪文学の問題に視線を戻していた。マーセナスの態度が本物か偽物かはともかく、イザベラ·セルウィンやマダムの発言には一定の信頼性があった。ハリーたちは犯人へと到達するための手がかりを得られずにいた。

 

***

 

 スリザリン生たちも、学校全体を覆う重苦しい雰囲気と無縁ではいられなかった。コリンに続き、ジャスティンという被害者が出たことを学校は重く受けとめ、秘密の部屋事件が解決するまでクィディッチの試合は無期限の延期となってしまった。キャプテンのフリントは意気消沈して練習をせずに勉強をするようハリーたちに告げた。

 

「……あんなキャプテンははじめて見たぜ」

 

 エイドリアン·ピュシーは落ち込むフリントがユニフォームを着替えて教科書を手にしている姿を呆然と眺めていた。デリックたちはもっと過激に、何でクィディッチが中止にならなければいけないのかと憤っていた。

 

「穢れた血なんかのことを気にしてクィディッチを止めるなんて馬鹿げてるぜ、そうだろ?学校に抗議してくれよ、ドラコ」

 

「いえ、父上も継承者が捕まるまでは大人しくしているようにと仰っていて……」

 

「そんなの!!穢れた血だけの問題だ!俺たちスリザリンの生徒は全員無事じゃないか!!」

 

 ハリーはデリックがそうドラコに詰め寄るのを見かねて割って入った。

 

「僕らスリザリン生がみんなそういう考え方でいるから、こんなことになったんじゃないでしょうか」

 

 ハリーはそう捨て台詞を吐いて、ドラコを連れてクィディッチ競技場を後にした。デリックはそんなハリーの背中に怒りの言葉をぶつけた。

 

「お前だって腹が立ってるだろう!あいつらはお前を裏切ったんだぞ!去年お前がどれだけホグワーツのために頑張ったのか連中は知ってるはずだ!!!」

 

 

 クィディッチの競技場ですら、ハリーたちは何者かの掌の上で踊る駒でしかない。ハリーは単にその憤りを先輩にぶつけただけで、生産的なものではなかった。

 

 デリックだけではなく、大勢のスリザリン生たちは不満を溜め込んでいた。それはマグル生まれの生徒たちが感じている恐怖に比べれば何てことはない逆恨みのような感情だ。スリザリン生たちは襲われていないのだから。

 

『どうして俺たちが、後ろ指を指されなきゃいけないんだ』

 

 ハリーはスリザリン生たちがほとんどみんなそう考えているとわかった。元々純血主義を信仰していたパンジーですら継承者の登場を喜んでいるような態度こそ取っていたが、それはそうしなければ自分の立場が危ういからだ。ハリーのようにスリザリン生でありながら、そのなかで例外的な行為ができる生徒は少ない。仮にスリザリン生が他の寮生と仲良くしたければ、スリザリン生らしく陰ながら気付かれないように行動することになる。

 

 もちろん他の寮の子供たちにしてみれば、そんなことは知ったことではない。虐めの被害者の視点に立てば、虐めっ子たちはもちろん、その周囲にいる傍観者も加害者なのだ。善意の傍観者に徹するスリザリン生がいたとして、それが他のスリザリン生と見分けがつくはずもなかった。

 

 面と向かって好意を示さない相手を信頼するのは難しい。マクギリスのように人柄がわかりやすい男はバナナージのような友人に恵まれたが、そうではないスリザリン生たちは周囲から避けられ、恐怖の視線を浴びるという被害を被っていた。

 

 

「……僕だって他の寮の皆に対して怒ってます。だから僕は、真犯人を見つけ出そうと思ってます」

 

 

 ハリーはデリックたちのほうを振り返ってそう宣言した。それは単なる思いつきではなくて、ハリー自身がそう決めたことだった。

 

(こんなことが続いちゃいけないんだ。スリザリンの皆のためにも)

 

 

 

「スリザリンの継承者だぞ!スリザリンを裏切るって言うのか!?」

 

「違います。僕は僕のために、自分の濡れ衣を晴らしてクィディッチをするために邪魔物を消すだけです」

 

 ハリーの言葉にデリックは何を思ったのか、恐怖を込めてハリーを見た。ハリーは今度こそデリックに背を向けて競技場を去った。

 

***

 

 ハリーたちは決闘クラブでバナナージからプロテゴ(防御魔法)を教わっていた。バナナージは座学の成績も良く、少し前から教師のようにハリーたちにプロテゴを教えてくれていた。今日はその復習もかねてプロテゴの理論からおさらいをしていた。

 

「プロテゴは魔法の障壁を作って維持することで、大体の魔法を防いでしまう魔法だ。決闘において、この魔法があるとないとで勝率は大きく変わる。さて、何で大概の魔法を防いでしまうのか分かる人?」

 

「はい!」

 

「ほい、ルナ」

 

「不思議な力で魔法を異世界のナルニアに送るからです」

 

 ザビニやハリーはくすりと笑った。バナナージ先輩も苦笑した。

 

「残念だけど違うんだなぁ。他に分かる人?……グレンジャーさん」

 

「はい。魔法は杖から放出されたとき、魔法の効果を閃光の状態で放出するものが多くあります。ハリーが良く使うエクスペリアームズなどがそうです。多くの魔法は、閃光状態で魔法の効果を保存して放出されます」

 

 ハーマイオニーはすらすらと教科書の内容を述べた。プロテゴは六年生で習うはずの魔法だが、彼女はその魔法の構築のための計算式まで完璧に把握していた。ハリーたち六人やマクギリスが見守るなか、黒板に魔法を成立させるための計算式が書き込まれていく。

 

「ですが、この閃光状態の魔法が対象に到達する前に魔力を込めた障壁で閃光を阻むことで、魔法の発動を防ぎ、閃光を跳ね返すことができます」

 

 ハーマイオニーの解説にバナナージは満面の笑みで頷いた。

 

「そうだ。まさかそこまで解説できるなんて驚いたよ。グリフィンドールに一点あげようか。生物や障害物を盾にするようなやり方では防げない魔法も、その発動前にプロテゴが防いでくれる。決闘においてとても有効な魔法だよ」

 

「じゃあ何でみんなこれを習得しないんすか?」

 

 ロンの質問に、バナナージはいい質問だと言った。

 

「実はこのプロテゴ、大人でも使いこなせる人は少ないんだ」

 

「どうしてですか?」

 

 ハリーが聞くと、バナナージは一つ一つ丁寧に説明してくれた。

 

「一つは持続時間の問題だね。プロテゴを発動してから効果を継続させるまでの時間は、込めた魔力量や本人の習熟度に左右される。長時間プロテゴを持続させるのは熟練者じゃないと難しいし、最初はもって数秒ってとこだ。プロテゴばかりを練習するのは時間の無駄だって考える人や、あえてプロテゴを覚えないって人もいる」

 

「有効な自衛手段を覚えないなんて非合理的だわ」

 

 ハーマイオニーの言葉に頷くと、バナナージは言葉を続けた。

 

 

「二つ目の理由が、通常のプロテゴで防げないカースクラスの魔法があるってことだね」

 

 そしてバナナージは黒板にチャーム、ジンクス、ヘックス、カースという魔法の種類を書いていった。

 

「プロテゴの登場と共に、魔法使いの魔法の分類は見直されていった。強力な魔法生物に対抗するために元々あった魔法は、貫通力を高めるために魔力の増強効果が魔法自体に組み込まれている。そういう魔法はプロテゴでは減退できるだけで、発動を防ぐことはできない。だから、プロテゴの防御力以上の魔法はカースクラスに分類されているんだ。そしてまだ他にも理由はある。分かる人はいるかな?」

 

 ハリーとハーマイオニー、ファルカス、ルナが挙手し、ファルカスが指名された。

 

「ファルカス、どうぞ」

 

「プロテゴの隙をつかれるからですか?」

 

「隙?」

 

「……プロテゴで守りを固めても、持続時間に限りがあるんですよね。だったらプロテゴをしたとき、周囲に変身呪文で罠を仕掛けたりしながらプロテゴの切れ目で勝てるように状況を整えればいい」

 

 バナナージはうんうんと頷いた。

 

「そうだね。いい意見だよ。スリザリンに一点。自分がプロテゴを使うってことは、攻撃できる可能性をその瞬間捨てるってことだ。熟練者はその隙に自分が有利になるように準備を整える。だからプロテゴを使う手間で他の攻撃手段をしたほうがマシって考え方もある」

 

 

 だから、とバナナージは言葉を結んだ。

 

 

「この魔法は今の君たちには早いかもしれない。最近だと出来たのはセドリックだけで、五年の先輩だってできないやつは多いくらいに高度な魔法なんだ。今できなかったとしても気負わずに、他の対抗手段を考えていろんな魔法を覚えていけばいい。そうすれば、プロテゴを使うための魔力の操作もできてくるよ」

 

 そしてバナナージの指導によって、ハリーとハーマイオニーはプロテゴの基礎を習得することができた。維持できたのは数秒で、すぐに消えてしまったとはいえマクギリスのチャームを跳ね返してみせたのだ。ルナやアズラエル、ロンはプロテゴを保護障壁するための魔法の制御にてこずっていて、ザビニやファルカスは障壁の形に魔力を整えるのに苦戦していた。

 

 

(……やった。……僕はよくやったけど……これだけじゃダメだ)

 

 ハリーは内心で焦っていた。メドゥーサを透明化させられる相手に対して、数秒のプロテゴだけではな心許なすぎる。ハリーはチラリとプロテゴを習得してマクギリスから感心されていたハーマイオニーを見た。

 

 もしもハリーが継承者から罪を擦り付ける相手として狙われているとすれば、ハリーに近しい人間を襲う可能性は高い。そして、ハリーがもしも継承者なら、ハーマイオニーを放ってはおかないだろう。

 

(次はハーマイオニーが狙われるかもしれない)

 

 ハリーは内心で胸騒ぎを起こしていた。この考えは馬鹿げた想像なのかもしれないが、そう思うたびに、額の傷がハリーに警鐘を鳴らすかのように傷んだ。ハリーはプロテゴを習得した今日、ついに決断してハーマイオニーに言った。

 

「ハーマイオニー。ちょっと二人だけでしたい話があるんだけど、この後空いてるかな」

 

「え?ええ、私は大丈夫だけど……」

 

 

「何だ?ついに告白か?」

 

「告白?ホント?」

 

(何いってんだよ……今はそんな状況じゃあないだろ)

 

 ザビニが冗談で言った言葉に、ルナの目が興味津々という様子で輝いた。ハリーはそんな二人を内心で少し鬱陶しく思いながら否定した。

 

「秘密の部屋についてちょっと話したいんだよ。全く確信がある訳じゃないから、ハーマイオニーに相談したいんだ」

 

 スリザリン生のアズラエルやファルカスは意味深に顔を見合わせた。マクギリス·カローはあからさまにほっと胸を撫で下ろしていた。

 

「じゃあ俺も一緒に聞いていいか?」

 

 ロンはそう申し出たが、ハリーはごめんねと断った。

 

「馬鹿馬鹿しい話しかもしれないし……」

 

「何だよー。そういうバカな思いつきでも教えてくれよ。面白そうじゃんかー」

 

「話してもいいことだったら後で話すわ、ロン。……バナナージ先輩、決闘クラブの教室をお借りしてもいいですか?」

 

「魔法でしっかりと施錠することを忘れないようにな。……それから、分かってるとは思うけど絶対に一人にならないように」

 

 バナナージ先輩は本当にハリーのことを疑っていないようで、スリザリン生とマグル生まれの女の子を二人だけで残すという暴挙を許した。ロンはアズラエルとザビニに引きずられながら恨みがましい目でハリーを見ていた。

 

 

 教室に自分とハーマイオニーしかいなくなってから、ハリーはハーマイオニーにお礼を言った。

 

「ありがとうハーマイオニー。僕を信じてくれて。ロンもそうだけど、この状況でも君たちが友達でいてくれて、僕は……っていうか、僕だけじゃなくてザビニたちはみんな救われてる」

 

「そんなことは当たり前のことだわ。だって、あなたたちが継承者じゃないってことは私とロンが一番よく知ってるもの。今さら水くさいわ。前置きはもういいでしょう、ハリー?秘密の部屋についての話って?」

 

「うん。それなんだけどね。ちょっと早いんだけど、君にクリスマスプレゼントをあげたいなって思って」

 

 そう言って、ハリーは鞄から包みを取り出した。

 

「……これは何?」

 

「スニーコスコープ。カース級以上の闇の魔術とか闇の魔法使いとか、あとは闇の魔法生物が側にいたら知らせてくれる。アズラエルの伝手を借りて買ったんだ」

 

 ハリーはハーマイオニーに携帯型のスニーコスコープを手渡した。ハーマイオニーの手に収まった砂時計のような形状の箱は、何も言わずに彼女の手に収まっている。

 

 

「ハリー、こんな珍しいものを……」

 

「これは単に気休めでしかないよ。僕は大人じゃないから、人の内面まで見透かすような上等なスニーコスコープは買えなかった。それは単なるおもちゃに過ぎないけど、それでもないよりはマシだと思って」

 

 ハーマイオニーにお礼を言われる筋合いはなかった。スリザリンの継承者がいなければハーマイオニーは今も楽しく授業を受けていたはずだが、今のホグワーツは誰もがスリザリンを恐れていて、授業でも笑みを浮かべる生徒はほとんどいなかった。

 

「それで、ここからが本題なんだ。ハーマイオニー、秘密の部屋の怪物がもしも君を襲ってきたらどうする?」

 

 

「……私は、プロテゴで身を守るわ。スニーコスコープがあれば、石になる前にプロテゴを唱える猶予があるかもしれないもの」

 

 

「それだけじゃ足りないと思うんだ」

 

 ハリーはハーマイオニーの目を見て、本気で訴えた。閉心術を使うことはできず、ハリーの額からは汗が流れていた。ハリーの額の傷がずきずきと傷んだ。

 

「……ハーマイオニー。相手はカース級以上の怪物なんだ。君が身を守るためには……君もカースを覚えるべきだと思う」

 

 ハリーはついに本題を切り出した。

 

(これしかないんだ)

 

 と、ハリーは思っていた。ハーマイオニーを守るためには、手段を選んでいる場合ではないと思った。スリザリン生らしく、どんな手を使ってでも守れるだけの力が必要で、しかしハリーは寮も性別も違う。いつもハーマイオニーの側にいるわけではない。

 

「ハリー!?何を言っているの!?」

 

「……これを見てくれ、ハーマイオニー」

 

 ハリーはハーマイオニーに無理やり持ってきたノートを見せた。変身魔法で普段は隠蔽していて、ハリー以外の生徒には単なるコンジュレーションの数式にしか見えないようになっている。しかしハリーが見せたノートには、確かにカース級以上の魔法……闇の魔術が書かれていた。ハーマイオニーの明晰な頭脳は、それが闇の魔術であることも、そしてその使い方も、制御の方法も理解したはずだ。ハーマイオニーの頭脳はこんなときでも知識を吸収するという使命を果たしていた。

 

(そ、そんな……)

 

「ハ……ハリー。あなた……どうしてこんな魔法を……?」

 

 ハーマイオニーははじめてハリーに恐怖を抱いたように言った。

 

「去年ブラッジャーに狙われていたとき、対抗手段を覚えるために先生の許可をもらっていろんな本を読んだんだ。その中にたまたまカースの本もあった」

 

 ハリーは嘘はつかなかったが、全てを話したわけではなかった。ハリーにカースの本を薦めたのは故クィリナス·クィレル教授で、彼は悪魔に魂を売り渡した闇の魔法使いだった。

 

「自分でカースを撃って試してみたけど、そのスニーコスコープはちゃんと反応したよ。……だから、君もカースを撃って練習した方がいい」

 

 

「そういう問題じゃないわ!カースなんて一歩間違えば大惨事を引き起こす魔法なのよ!法律で厳しく制限されてもいるわ!ハリー、貴方は自分が何をしているのか分かっているの?!」

 

 ハーマイオニーはハリーのためを思って抗議した。ハリーが闇の魔術に没頭するかもしれないということは、ハーマイオニーにとっても見過ごすことはできない事実だった。

 

「ハーマイオニー、僕は死なないために……殺されないためにそれを学んだんだよ」

 

 ハリーはハーマイオニーの言葉に心を痛めながらも彼女を説得しようとした。

 

「強力なメドゥーサかバジリスク相手に、万が一反撃の機会を与えたら君は死んでしまうかもしれない。カースだって人に撃てば犯罪だし、三種類のカースは人に使うだけで終身刑だってことはファルカスから聞いて知ってるよ。だけど、その三種類以外は、自分の身が危ういときは緊急避難として黙認されるって過去の判例が出てるんだ」

 

 ハーマイオニーはハリーの言葉にかすかに心を動かされかけていた。彼女はパラパラとハリーのノートを見て、その内容を暗記した。

 

「命がかかっているんだ。僕も自分の身を守るために、みんなを守るためにそれを使わなきゃいけないかもしれない。使わない方がいいってことは僕だって知ってるよ。だけど、使わずに死んでしまったり石にされたら……」

 

「……ハリー。貴方が私のためにこのノートを見せてくれたことは分かったわ」

 

 ハーマイオニーはノートから顔をあげると、ハリーの言葉を遮った。彼女は出現呪文で鳥を出現させると、杖で鳥を捉えてカースを唱えた。

 

「エクスパルソ(爆破)」

 

 ハーマイオニーの杖から青い閃光が迸り、飛行する鳥に直撃した。その瞬間、大爆発か起きた。鳥は粉々に砕け散り、青い炎に包まれて骨すら残さず燃え尽きた。

 

 

「……すごいね、一発だよ。ボンバーダじゃこうはいかない」

 

 ハリーはハーマイオニーの手腕を褒め称えた。しかしハーマイオニーはにこりともせず、決意に満ちた目でハリーを見た。

 

「なら次だね。いい魔法があるんだ」

 

 ハリーは練習した魔法をハーマイオニーになら習得できると思い、次の魔法をと思った。これでハーマイオニーは安全だと、ハリーは思い込んだ。

 

「ハリー、私はこの魔法以外は使わないわ。少なくとも今は」

 

 そしてハーマイオニーはつかつかとハリーに歩み寄って、ハリーの頬を軽くはたいた。

 

「……え?」

 

 ハリーは自分がどうしてハーマイオニーに殴られたのか分からなかった。

 

「ハリー、自分が何を言っているのか分かっているの?プロテゴ·ディアボリカなんて……そんな危険な魔法を一人で練習して。もしも失敗していたら、貴方が死んでいたかもしれないのよ?」

 

 ハーマイオニーの目には涙が浮かんでいた。ハリーは何も言い返せなかった。

 

「で、でも……」

 

「シリウスさんはこの事を知っているの?」

 

「……それは……」

 

 ハリーはハーマイオニーに弁明することはできなかった。ハーマイオニーは深く決意をした目でハリーを見て言った。

 

「私、シリウスさんに手紙を書くわ」

 

「や、やめて。ちょっと待って、ハーマイオニー!!」

 

「いいえ!待ちません!ハリーは少し反省すべきだわ!」

 

 ハリーが止める間もなくハーマイオニーは教室から出ていってしまった。ハリーはハーマイオニーを守るために教室を出て、グリフィンドールの談話室の前で大勢の生徒たちからハーマイオニーを泣かせたと批判され、追い返されてしまった。

 

 




闇の魔術オタクが人に好かれようなんて思うなよ!!
無免許で銃の使い方を知って銃を持ってるようなもんで本人にとっても周囲にとっても危ないやつ過ぎるんだよ!!
……なぁスネイプ?


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馬鹿

この作品のハリーにしろ原作の学生時代のスネイプにしろ、闇の魔術どうこう以前に友達の願いをちゃんと聞けてないことに問題がある。



 

 

 次の日、ハリーはハーマイオニーに謝ることも、会って何かを話すこともできなかった。ハリーはハーマイオニーに話しかける勇気が持てずにいたし、ロンはハーマイオニーの機嫌が悪くなっていたことに戸惑っていた。

 

(……でも、シリウスに知らせることはないじゃないか?僕を嫌うならまだしも、何でシリウスに……)

 

 ハリーが謝れずにいたのは、ハリー自身の中でそんな言い訳がましい思いがあったからだ。カースは確かに危険で、人に向けるべきものではない。だが、今の情報で推測できる限り、ハリーもハーマイオニーも人を越えた怪物に狙われている可能性は高いのだ。化け物から身を守るためにカースを覚えることの何がいけないんだとハリーは思っていた。

 

(ハーマイオニーに謝らなきゃいけない、いけないんだけど……)

 

 ハリーの中にハーマイオニーに対するわだかまりがあって、ハリーからハーマイオニーに話しかける勇気が持てずにいた。昼食の時間になってもハーマイオニーとロンはさっさと食事を済ませて行ってしまって、ハリーは話す機会を失ったままだった。運の悪いことに、この日はグリフィンドールとの合同授業もない。ハリーたちスリザリンの四人組は昼休みの時間、必要の部屋を訪れて話し合っていた。

 

 

「オイ、ハリー。お前昨日はどうなったんだよ。告白してフラれでもしたのか?」

 

「グリフィンドールのテーブルからの視線が痛かったね…ロンまでちょっと怒ってるよ…」

 

「ハリーが話したくなければ無理にとは言いませんよ。例のものは渡せたんですね?」

 

 

「うん。ハーマイオニーはスニーコスコープを携帯してくれてるよ」

 

 ハーマイオニーはハリーが闇の魔術を学んだことを怒りはしたが、しっかりと自分の身を守るための備えはしてくれていた。それはハリーにとっても救いだった。彼女がこれでスニーコスコープまで手放したとなれば、何のためにアズラエルに頼んでスニーコスコープを購入したのか分からなくなる。

 

「決闘クラブでどうせ会えるだろ。そんときに話して頭を下げろよ」

 

「……でも、それで許して貰えないかもしれないよ」

 

 ハリーはザビニに反論したが、ザビニはそんなハリーを睨んだ。

 

「じゃあお前は何でグリフィンドールのテーブルを目で追ってんだよ。話がしたいって気持ちがバレバレじゃねーか。許して貰えなくても謝るんだよ、そういうときは。そんでそっからの態度で誠意を示すもんだぞ」

 

「別に、僕はハーマイオニーを目で追ってたわけじゃないよ。食事の席の先にグリフィンドールのテーブルがあっただけだよ」

 

 スリザリンのテーブルは大広間の左端にある。テーブルの左側に座れば、視線の先は自然とグリフィンドールのテーブルになるのだ。

 

「あーまーたつまんねー言い訳しやがった。捨てられてもしらね~ぞ?」

 

 ザビニはハリーをせっつかせようとしたが、ハリーはその忠告には乗らなかった。食事時には大勢の生徒の目がある。昨日のことを公衆の面前で謝るのは、ハリーにとっては難しいことだった。

 

「その辺にしましょう、ザビニ。スニーコスコープがあるんですから、継承者もハーマイオニーをあえて狙う可能性は低いと思います。今日の決闘クラブで謝ればいいじゃあありませんか」

 

「ザビニ、ハリーの好きにさせるのが一番なんじゃないかな」

 

 アズラエルとファルカスはハリーの側に立ってくれたが、ザビニは首を横にふっていた。

 

「お前らなぁ……後で謝ればいいとか後で話そうとか、友達ってそういうもんか?喧嘩とかしたらすぐ謝るもんだろ」

 

「それはそうかもしれないけど……ハーマイオニーに怒られるのはともかくハーマイオニーがやったことには納得がいかないっていうか……」

 

「じゃあ何があったのか俺らに言ってみろよー」

 

「……」

 

 ハリーはザビニの言葉に答えられなかった。ザビニはやれやれと首を横にふった。

 

 ハリーはザビニの言葉が正しいと分かっていて、それでも踏み出すことができなかった。ハリーは自分自身のつまらない意地を理由に、ハーマイオニーの正しさを認めることができなかった。それは間違った思い上がりだったと、ハリーは後悔することになる。

 

「ザビニ、そこまでにしておきましょう。ハリー、僕は無理にとは言いませんよ。ただ、友達として彼女の精神状態に配慮する必要はあるとは思いますね」

 

「配慮?」

 

「……ええ。ロンやルナ、あとは僕らをクラブに入れてくれているバナナージ先輩もそうですけど、僕らと友達で居続けるって物凄いストレスだと思います。純血主義のマクギリス先輩と関わっている訳ですからね……」

 

「僕らからカロー先輩と関わった覚えはないような……」

 

 ハリーはマクギリス·カローが直接ハリーを害したことはないとは思った。一応、ロックハート先生の魔の手からハリーを救ってくれたこともある。

 

「この状況で純血主義を信じ続けてるのは凄いことですけど、被害者の友達や周囲の生徒がどう思うかってはなしです。カロー先輩の態度を見て不快に思った連中のヘイトが、僕らや僕らと親しくしてるハーマイオニーたちに向けられてるってことですね」

 

「……じゃあ、みんなが快適に過ごすためには僕らと距離を置くことは間違いでもないって言いたいの?」

 

「アズラエルよぉ、今さらそれはねーだろ。それじゃあ継承者の狙いどおりじゃねーか」

 

「違います」

 

 アズラエルはキッパリと言った。

 

「彼女に甘えて無駄な負担をかけるのはやめた方がいいってことです。あとは、彼女の安全とスリザリンの継承者を誘き寄せるために、会う機会はなるべく厳選した方がいい気がするんです」

 

「僕らがいつハーマイオニーに甘えたのさ?」

 

 ファルカスが疑問に思ったことを率直に口に出した。ハリーも同じ気持ちだった。

 

「マグル差別だの純血主義だのを口に出してなお寛大に付き合ってくれてることですかね」

 

 アズラエルは肩をすくめた。

 

「……ハリーの事だからマグル嫌いか何かでハーマイオニーと揉めたんでしょう?」

 

「いや、そんなことは……」

 

 アズラエルの推測は的外れではあったが、ハリーはアズラエルの言葉には内心でどきりとした。マグル差別を口に出したことはハリーにとっては変えられない思いだったが、言われたハーマイオニーはどう思ったのか。

 

(アズラエルの言う通り、傷ついたのかな……)

 

 ハリーの胸ははじめて不安でどきどきした。考えたくなかったことを突きつけられている気がした。

 

「君は言った意見を簡単には変えませんからね。ハーマイオニーもここまで話してみた限りはそういうタイプですから揉めたらとことん拗れることになるのは仕方ないんですけど……ハーマイオニーの両親がマグルだってことは承知してますよね?内心で両親を差別する奴と友達になるって滅茶苦茶ストレスですよ」

 

 アズラエルの言葉は、ハリーが今まで目を背けていた現実を指摘するものだった。

 

 

「それは!……そうかもしれないけど、今は関係ないっていうか……!!喧嘩した原因はそこじゃないんだよ!」

 

「え?!……マジですか?……じゃあなんで喧嘩なんかしたんですか!?この状況で!?」

 

 アズラエルは驚いた後で呆れ、そしてやがて怒りを堪えたようにハリーに問いかけた。

 

 

「ただでさえハーマイオニーが狙われる可能性が高いのは分かってたでしょう!君と揉めたマグル生まれの子が二人も狙われてるんですよ!?どうして喧嘩なんてしたんですか!?ハーマイオニーを狙わせたいんですか!?」

 

 アズラエルもまた、友人として本気でハーマイオニーのことを心配していたのである。アズラエルはハリーが迂闊にハーマイオニーと喧嘩したことを責めた。ハリーも負けじと言い返した。

 

「アズラエル、喧嘩したくてする奴はこの世に居ないんだよ!僕だって彼女を守りたかったから色々と言ったんだ!!」

 

「ちょっと待て熱くなるな!!ブルーム、お前がハリーと揉めたらマジで冷静に考えられる奴が居なくなるからやめろ!ハリーも感情的になるな!余裕がねえのは分かってるからよ、深呼吸して落ち着けよ!」

 

(何で俺が仲裁してんだ?俺は不良だったはず……)

 

 ザビニはアズラエルとハリーとの間に割って入って喧嘩を止めた。ハリーはアズラエルに謝ってから、ゆっくりと考えた。

 

(……僕は少しでもハーマイオニーがどう思ってるのか聞いたか?ちゃんと確認を取ったりしたか?)

 

 ハリーは思い返してみて、ハーマイオニーに自分の考えを押し付けていたことに気がついた。アズラエルの言う通りだった。最善で最短だと思う道を取ろうとするあまり、ハリーはハーマイオニーの気持ちを尊重せずに自分の考えを押し付けていたのだ。

 

「……アズラエルの言う通りだよ。……僕は僕のしたいことばかり押し付けて、ハーマイオニーの気持ちとかを全く考えてなかった」

 

「……すぐに会って話をしたいけど、もうハーマイオニーは話してくれないかもしれないよね……」

 

 

 ハリーが冷静になって逆に落ち込んだことで、アズラエルも冷静になったようだった。

 

「それなんです。実はさっき、ハーマイオニーから連絡を受け取りました」

 

「!?」

 

 アズラエルの手には、ハーマイオニーの書いたメモ書きが握られていた。ハーマイオニーは午前の授業中に、変身魔法を使ってアズラエルにメモを送ったのだ。

 

「……ハーマイオニーはこの状況を利用するつもりです。自分がハリーと揉めたことで、継承者は必ず自分を狙ってくると、ハーマイオニーは推測しています」

 

「……まずいよね、それは……」

 

「だから自分が被害に遭うまでに、ロックハート先生に媚を売って図書館でメドゥーサやバジリスクについての書物を調べるそうです。それで有効な対策を備えられたとき、ハリーと話し合いたいと彼女は言っています」

 

「そう上手くいくのかよ?すぐに狙われる可能性もあるんじゃねえか?!」

 

 アズラエルは首を横にふった。

 

「うまく行くとかいかないとかじゃないんです。ハーマイオニーの安全のためにはもうこれしかないんですよ」

 

「……メモにはこう書かれています。『対策が分かったら手紙でハリーに知らせる』と。『皆で継承者を捕まえてこの騒ぎを終わらせよう』それから……『ハリーに対しては本当に怒っている』とも。それまでは、ハーマイオニーは僕らと会う気はないようです。ザビニ、これは彼女の賭けなんですよ」

 

 そしてアズラエルは、必要の部屋に備え付けられていた椅子を蹴り飛ばした。

 

「彼女がここまで覚悟しているのに!ハリーがこの期に及んでつまらない意地を張ったら僕がハリーに呪いをかけますよ!いいですね、ちゃんと心の底から彼女に謝ってください!!ハリー!」

 

***

 

 

 決闘クラブに行っても、ハーマイオニーの姿はなかった。バナナージによると、今日は図書館で調べものをしたいから欠席するとハーマイオニーから連絡があったらしい。アズラエルの手紙にあった通り、ハーマイオニーは継承者対策の知識を調べ尽くしているようだった。

 

「ハリー。ハーマイオニーに何をしたのか言ってみろ。ことによっちゃただじゃ済まさないぞ」

 

 

 ロンはかつてないほどに怒り狂っていた。ハリーはロンが怖いと思った。ハリーの行動でハーマイオニーを傷つけ怖がらせたことは明確にロンに対する裏切りだった。ハーマイオニーによると、最後の最後までロンには作戦のことを黙っていてほしいということだった。ロンが怒っていれば、スリザリンの継承者はハーマイオニーの作戦に気がつかないはずだとメモには書いてあった。

 

「僕は、ただハーマイオニーにスニーコスコープを渡しただけだ」

 

 ハリーは今すぐにカースを教えたことを話してロンに謝りたかった。ハリーの思い込みでどれだけハーマイオニーを混乱させたのか、ハーマイオニーがどれだけ不安になったのか、そしてロンがどれだけ怒りを堪えているのかと思うと、ハリーは申し訳なさを表に出しそうになった。そういうときは、閉心術の初歩がハリーを助けてくれた。

 

「俺にも言えないのか?また隠して秘密にするのか、友達なのに!」

 

「友達だからこそ言えないってこともあるだろ、ロン。きみは自分のことを何から何まで全部友達に話すのかい?僕は君がそんなに僕に興味があるとは思わなかったんだ」

 

 ハリーはアズラエルやマルフォイの真似をして、わざとロンをイラつかせた。今日はバナナージも試験勉強のために不在にしていて、

 

「……あのー、喧嘩は良くないかなァって私は思うんですケド……」

 

「ルナは僕と決闘しようか。ハリーたちは話し合いがあるから」

 

 いつになく剣呑な雰囲気のハリーとロンに怯えるルナは、ファルカスに声をかけられてほっとしたように決闘場に向かった。ルナはチラチラとハリーの方を見てなにかを言いたそうな顔をしていたが、何も言わなかった。

 

 ハリーはその日、ロンとの決闘でわざと負けてナメクジまみれになった。それでもハリーの気持ちは晴れなかった。その日の晩、ハリーはハーマイオニーに謝罪の気持ちを書いては捨て書いては捨てて手紙にしたためたが、そんなものでハーマイオニーの気が晴れるとは到底思えなかった。

 

***

 

 その次の日の朝、ハリーのもとにシリウスからの吠えメールが届いた。吠えメールは短かったが、全校生徒がシリウスの声を聞いた。シリウスは一言だけハリーを叱った。

 

『友達を大事にしろと言っただろう、馬鹿め』

 

 そのシリウスの言葉すらハリーにとっては救いだった。ハリーは自分の杖を握りしめて、ハーマイオニーからの手紙を待った。

 

 ハリーに吠えメールが届いた日の昼休みに、ハーマイオニー·グレンジャーはレイブンクローの監督生であるペネロビー·クリアウォーターと共に、女子トイレの中で石になって発見された。ハリーはその日の午後、自分が何をしたのか覚えていなかった。ただ、気がつくと医務室にいて、物言わぬハーマイオニーに語りかけていた。

 

 

「シリウスや、ロンや、アズラエルや……君の言う通りだったよ」

 

 ハリーは保健室のベッドに石になったハーマイオニーに語りかけていた。ハーマイオニーはハリーの言葉に何も言わない。いや、言うことすらできないのだ。ハーマイオニーの瞳は恐怖で見開かれ、その顔は青ざめていた。スニーコスコープもカースも、ハーマイオニーを助けてはくれなかった。

 

「……本当に、僕が馬鹿だったよ……ごめんね、ハーマイオニー……」




吠えメールイベント完了!!
ちなみに以下がシリウスの内心
(……あー私の時代にもいたなぁ正論を言う女子……言ってきたのは……リリーだったな…)
(……………………言ってくれるだけありがたいと思えよ)


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ルビウス·ハグリッドの冤罪


これでハリーの暴走を止められる子は居なくなった……


 

 ハーマイオニーが石にされたことで、事態は急展開を迎えた。アーニー·マクラミンはハリーを疑って済まなかったと謝罪した。

 

「気にしないで、アーニー。……君の気持ちが分かったよ」

 

 ハリーは謝ってきたアーニーにそう言った。

 

「きみは友達を守るために必死だっただけなんだろう?……ジャスティンが早く退院できることを祈ってるよ」

 

 ハリーはもうアーニーの事はどうでも良かった。適当に流して謝罪を受け入れたが、ハリーの頭のなかではスリザリンの継承者を潰すことしか頭に浮かんでこなかった。ハリーは冷たい頭で、継承者に対する憎悪を募らせながら継承者への対策を考え続けていた。

 

 ハーマイオニーが石に変えられてから暫くして、ハグリッドが逮捕され、ダンブルドアが学校を追われた。ロックハート先生は事件が解決したと喜んだし、大勢の生徒たちは、ハグリッドがスリザリンの継承者であるはずはないと思いつつも、事件が解決したことにして喜ぼうとしていた。

 

 

(……違う。真犯人は必ずいる。必ず追いつめてみせる……!)

 

 ハリーの頭の中に、ダンブルドアに対する恨みは消え失せていた。ハグリッドを救い、ハーマイオニーやコリンが安心して復学できるホグワーツにできるのはダンブルドアだけだと認めるしかなかった。ルシウスの派閥の純血主義は、マグル生まれを認めていないのだから。

 

 

 

 ハリーは、ハーマイオニーがその手に『パイプ』と書いたメモ用紙を握りしめていたことを思い出した。

 

(ハーマイオニーは、パイプに潜む何かを見たのだろうか)

 

 ハリーはもう怪物の正体にはほとんど辿り着いていた。ハーマイオニーのヒントのお陰でそれを突き止めることは出来ても、なぜ石になったのかという結果がノイズとなる。そのノイズを脇において、ハリーはハーマイオニーが石になった状況を思い出した。

 

(女子トイレの中で、監督生と一緒に石になった……スニーコスコープのお陰でハーマイオニーには対応する時間があったんだ。……問題はどうやって生き残ったか。現場には……そうか、鏡が……)

 

 ハリーはスリザリンの談話室で黙りながら静かに考え事をしていた。アズラエルやザビニは何も言わない。ハーマイオニーの一件があってから、ロンとザビニはそれぞれで会って何かを話し合っていたが、ハリーは誰とも話していなかった。ロンと会うのは後ろめたかった。

 

 

 ハリーは怪物の正体と、被害者たちが怪物から生き残ったカラクリを見破ることが出来た。ハーマイオニーが身を以て証明してくれた。少なくともハリーはそう思っていた。そう思わなければ自分への怒りで頭がどうにかなりそうだった。

 

「……あとは対策だ」

 

 ハリーはその日、決闘クラブを訪れていた。一度クラブを離れた生徒たちは、表向き事件が解決した後でも顔を見せていない。ハリーはバナナージ先輩に、ラジカセを貸してほしいと頼み込んだ。

 

「どうかお願いします、先輩。あのラジカセを使わせていただけませんか?」

 

「別に構わないが……何に使うつもりだ?ちょっとラジオが聞きたいって顔じゃないな、ハリー」

 

「ハーマイオニーが退院したとき、魔法薬の講義の内容を聞かせてあげたいんです。スネイプ教授は大事なことは黒板に書きませんから……僕も時々聞き逃してしまって」

 

「そうか、そうだな。分かった。ハーマイオニーが退院したとき聞かせてやれ。……念のために言っておくけど、壊さないように気を付けろよ?実はそれ、ダンブルドアの魔法のお陰でホグワーツでも動くように出来てるんだ。ダンブルドアがいない以上、壊れたらもう直せないからな」

 

「ありがとうございます、先輩。大切に使います」

 

「おう。俺も試験勉強に専念できる。真犯人はまだ見つかってないが、もうすぐスネイプ教授がマンドレイク薬を作ってくれるはずだ。ハーマイオニーと仲直りできるといいな、ハリー」

 

「……退院したハーマイオニーに何て言えばいいのか分からないんです。喧嘩したあとにあんなことになって、どう謝ればいいのか分からなくなって……」

 

「取り繕うなよ」

 

 バナナージはあえてハリーを突き放した。

 

「……もしも俺だったら、寝起きに辛気臭い顔してる奴がいたら鬱陶しく思うかもしれないが……喧嘩しておいて、しかもその原因が自分なのに謝りもしない奴がいたらそれはそれで腹が立つ。大事なのは誠意だぞ、ハリー」

 

 ハリーは自分がハーマイオニーと仲直りできる気はしなかった。これからやろうとしていることを知れば、きっとハーマイオニーは反対するだろう。怪物の対抗手段にはカースを使わざるをえない。ハーマイオニーが起きてそれを知れば、ハリーのことを良くは思わないだろう。怪物と遭遇して、まだハリーが生きていればの話だが。

 

 決闘クラブの終わり際になり、ザビニもアズラエルもファルカスも、どんよりと落ち込んだロンも寮に帰っていく。そんな中で、ルナはバナナージと一緒に決闘クラブの教室にとどまっていた。

 

「ルナは帰らないの?……送っていこうか?」

 

「ウン。ハリーに言っておくべきかなってことがあって」

 

 ルナはポーカーフェイスで何を考えているのか今一つ分からなかった。ただ、ハーマイオニーが石に変えられてから、ルナは同性の友人がいなくなったことで凹んで魔法に集中できていなかった。

 

「どうしたんだ?ハリーに話があるなら俺は席を外そうか?」

 

「いえ、バナナージ先輩もいてください。ルナ、言いたいことってなに?何かあったの?」

 

「……嘆きのマートルって知ってる?女子トイレに住んでるゴーストなンだけど」

 

「うん。……ハロウィンの時にいたね」

 

「???女子トイレに行ったのか、ハリー?」

 

「去年の話ですよバナナージ先輩」

 

「……ああ、なんだ去年か」

 

 優等生のバナナージは変人を見る目でハリーを見ていた。監督生で男子のバナナージは、女子トイレに足を踏み入れるという発想はなかったのだろう。ハリーだって好きで脚を踏み入れたわけではなかった。

 

「ハグリッドが逮捕されたとき、レイブンクローの子達はみんな真犯人はハグリッドだって言ってたンだ。ハグリッドに怪物を操るような知能はないから、うっかり飼ってた怪物を放しちゃったンだろうって」

 

「レイブンクローの子達はハグリッドの良さを知らないんだよ。……それがマートルと何の関係があるの?」

 

「ハリーはハグリッドの悪さを知らないンだよ。……嘆きのマートルも、昔ホグワーツにいて、秘密の部屋が開かれたときに殺されちゃったらしいンだ」

 

「何だって?!」

 

「それは本当?!」

 

「うん。でもその時にハグリッドが犯人扱いされたのは、アクロマンチュラを飼ってたからなンだってマートルが言ってた。トム·リドルって監督生がハグリッドを追放したんだって。……このことを、大人たちは知ってるのかな?」

 

 バナナージはルナの話に頭を抱えていた。ハリーは心が動かされなかった。闇の魔法を学んだハリーに比べたら、ハグリッドの過去の悪事なんてほんの些細なことだ。その程度でハグリッドから受けた恩を忘れる気はなかった。

 

「ア、アクロマンチュラ……?闇の魔法生物じゃないか!?……いや、ルナ。たぶん大人たちはその事を知ってるはずだ。……知っててあえて無関係なハグリッドの責任にして、事態を沈静化させようとしてるんだな、これは……」

 

「僕もハグリッドのせいじゃないとは思います。蛇語で蛇の声を聞いてますから。……でも、バナナージ先輩がそう言うからには根拠があるんですね?」

 

 ハリーはバナナージが知識と体験に基づいて結論を出そうとする人間だと思った。ハリーの予想通り、バナナージは根拠をもとに推論した。

 

「ああ。アクロマンチュラってのは人も食べてしまうような巨大な蜘蛛なんだ。仮に幼体の小さなアクロマンチュラを校内に放したのだとしても、毒で生徒を石にするメリットがない。アクロマンチュラの習性から言えば、毒で痺れさせたらそのまま食うか、巣に持って帰ってしまうはずだ。種族の特性として、目の前に極上の餌があって我慢できるわけがない」

 

「つまりハグリッドは、少なくとも秘密の部屋事件の犯人じゃない」

 

「違法ではあるけどな。……魔法界は、バレなきゃいいかくらいのノリで犯罪やる奴が多いからなぁ……」

 

 バナナージ自身も、ダンブルドアに断りをいれたとはいえマグル製品をホグワーツに持ち込んでいる。他人に迷惑がかからなければ良いだろうという自分への言い訳で、法で定められたラインを越える人間は多いのだ。魔法が万能であるがゆえに、順法意識というものはなかなか生まれにくいのである。

 

 そんな魔法族ではあるが、明確に悪として定めているものがある。それが闇の魔術や一部のカースを使い、人を攻撃することだった。

 

「ねぇハリー、レイブンクローの談話室でハグリッドの事を言ってもいい?」

 

 ルナはそう言うが、ハリーは首を横にふった。

 

「今はやめた方がいい。ルナは僕と親しいせいで、あんまりみんなから良くは思われていないだろうし。正しいことを言っても、誰も信じてくれないかもしれない」

 

「……そっか。まぁいいや。みんなの話に混ざりたかったなー」

 

(彼女がいまだに孤立してるのは僕らのせいでもあるか……)

 

 ハリーはルナに自分がやろうとしていることを伝えるかどうか迷ったが、結局何も言わなかった。ルナにはムラがあり、調子が良いときはハリーやロンにも勝てるが、悪ければアズラエルにすら負けるくらいにはムラがある。鉄火場に放り込むわけにはいかないと思った。

 

 ただ、ルナが寮の中で孤立しているのではないか、という心配はずっとハリーの頭の中にあった。初めて会ったハロウィンの時から今に至るまで、ルナと一緒にいるレイブンクロー生を見たことがなかった。ハロウィンの後でハリーが継承者だと噂され、とばっちりでますますルナが孤立したことは想像に難くない。ルナにとって寮は帰りたくない家なのかもしれなかった。

 

(……寮に馴染むきっかけを、ぼくが潰したってことになるんじゃないか?)

 

 ハリーはそう想像するとばつが悪くなった。

 

「何かあったら僕とかアズラエルは相談に乗るよ。ファルカスもザビニも、君のことは仲間だと思ってる」

 

「ホントに?」

 

 

「ロンは私のこと変だって言ってたモン。ちょっと前にだけど」

 

 ルナは鳥の嘴のように口を尖らせて拗ねていた。

 

「ウィーズリー流のいじりだよ、それは。ロンも本気で言った訳じゃない」

 

「じゃあ、皆がやろうとしてることに私も混ぜてくれる?」

 

「ああ、必ずね」

 

 

 

 

 ハリーは嘘をついてルナを安心させた。ルナには悪いが、これからやろうとしていることは決していいことではない。ハリーの行動は、一般的には悪とされることだからだ。

 

 

 

***

 

「必要の部屋に集まれって言うから来たぞハリー。……で、何の話があるんだ?」

 

 ハリーはロン、アズラエル、ザビニ、そしてファルカスの四人を必要の部屋に呼び出した。ハリーが信頼できる最高の仲間であり、そして、ハリーが秘密を打ち明けなければならない相手でもあったからだ。

 

「うん。今日集まって貰ったのは、皆に継承者騒ぎについてどうにかする方法を思い付いたから、計画を立てようと思って聞いてほしかったんだ。……それから、ロンにも謝らないといけないことがあって」

 

「……喧嘩のことならザビニから聞いたよ」

 

 ロンは深い悔恨の気持ちを持って言った。

 

「ハーマイオニーがそこまで覚悟してわざと君と喧嘩したふりをしてたなんて、俺は想像もしなかった!そうとも知らずにハリーを責めて、俺……自分が恥ずかしいよ」

 

「!?」

 

 ハリーはぎょっとしてザビニを見た。ザビニはハリーに視線を向けられると、ふいと横を向いた。

 

(ロ、ロンに嘘を吹き込んだのか……!)

 

 油断も隙もないとはまさにこの事である。ザビニは自分達の関係を良好に保つために、ロンに嘘を伝えておいたらしい。

 

(……い、いや……ザビニを責めるのは違うな……そもそも僕も、ザビニたちに原因を伝えていなかったし……)

 

「実はよ、俺たちは森に入る計画を立ててたんだ。まさかオメーも、森に入ろうとか思ってたのか?」

 

 ザビニはハリーからの咎めるような視線を意に介さず、逆にハリーにそう切り出した。

 

 

「どうして森に?」

 

「ハグリッドから手紙を貰ったんだ」

 

 そうハリーに言ったのはファルカスだった。

 

「ハグリッドは蜘蛛の後を追え、っていう手紙を僕らに残してくれたんだ。秘密の部屋の怪物は蛇のはずだから関係ないかもしれないけど、何かしなきゃいけないと思って」

 

「ファルカスがハグリッドと仲がよかったなんて初耳だよ……」

 

 ハリーは驚き呆れていた。そして聞き逃せない情報もあった。

 

「言ったら茶化されると思ってね」

 

 ファルカスが照れ臭そうに鼻をかいていた横で、アズラエルは咳払いしてから畏まって言った。

 

「僕ら四人で、ガーフィール先輩に適当な罰を貰って合法的に森に入ろうって計画を立てたんです。手練れの監督生が護衛についてきてくれますし、ロンは以前森に入ったことがありますからケンタウロスの皆さんの支援も受けられます。ハグリッドの無罪を証明するためなら、ケンタウロスさんも手を貸してくれるのではないかと思ったんですよ」

 

「……そうか。いい考えだと思うけど、森に入る必要はないよ。ルナがいい情報をくれたんだ」

 

 そしてハリーは、五十年前にハグリッドが追放されたという情報を明かした。アズラエルはブラックコーヒーを飲んだときのような顔をしていた。

 

「危うく命を落とすところでしたよ……」

 

「アクロマンチュラの飼育は別の意味でやベーんじゃねえか?」

 

「でも、五十年前だ。今回の一件とは無関係だと思うんだ。ハーマイオニーが残したメモから推理できる」

 

 そしてハリーは自分の推理を皆に語って聞かせた。アズラエルとファルカスは半信半疑だったが、ザビニとロンは乗り気になった。

 

「じゃあ、ハグリッドは白だな!怪物の正体も分かった!……あとは部屋の場所だけか?」

 

「部屋の場所と、継承者の正体を突き止めるための考えがあるんだ。皆、ちょっといいかな?」

 

 そしてハリーは、四人に作戦を打ち明けた。その作戦は荒唐無稽で、勝算は低いものだったが、バレるリスクがないというアズラエルの一言で、四人はその作戦に乗ることにした。

 

(やっぱり皆、内心では禁じられた森に行きたくはなかったんだね)

 

 とハリーは思った。当然の判断だった。

 

 

 

***

 

 その日のホグワーツの朝食の場では、何やらすきま風の音が響き渡っていた。ひゅうひゅう、シューシューという耳障りな音や風の音に生徒たちは首をかしげていた。

 

 ハリーはじっくりとグリフィンドールのテーブルを観察していた。ファルカスはスリザリンのアズラエルはレイブンクローの、ロンは教職員の、ザビニはハッフルパフ、そしてルナには事情を聞かずに、レイブンクローのテーブルで何かおかしな挙動をしている人がいないかを観察していた。

 

 ハリーはペットのアスクレピオスの協力のもと、継承者に対する殺意のこもったあらゆる罵詈雑言を蛇語で話し、それをバナナージから貰ったラジカセに吹き込んだのだ。ラジカセは透明マントで隠しておき、ソノーラス(響け)で出所が分からないように、まんべんなく食堂中に響き渡るように設置した。蛇語使いだけを狙い撃ちにした脅しである。

 

 蛇語使いを炙り出すというハリーの作戦は、継承者が蛇語とは無関係に強力なカースを使えていた場合無意味となる。アズラエルはその点を指摘したが、ハリーは引かなかった。しかしハリーには、継承者は蛇語使いに違いないという強い思い込みがあった。仮に無関係の蛇語使いでも、協力者になって貰えるというハリーの言葉にアズラエルは押しきられ、この無茶な作戦は実行されてしまった。

 

(正体を見せないならこちらからお前を殺すぞ)

 

 ハリーは継承者への敵意を滾らせながらテーブルを観察していた。じっくりとグリフィンドールのテーブルを見ていたとき、ひどく顔色の悪い赤毛の少女がいたのが気になった。

 

(……あの子。もしかして蛇語が分かる?)

 

 ハリーがじっとその少女に目を向けると、ちょうど蛇語の切れ目、罵倒が終わる瞬間にびくりと肩を震わせて怯えていた。ハリーはロンの肩を叩き、少女が誰であるのかを尋ねた。

 

「……誰って。あれは……妹だぜ」

 

 ロンの言葉はハリーにとって衝撃的だった。

 

「俺の妹のジニー·ウィーズリーだよ。ハリーも会ってるだろ?」

 

 

***

 

 ラジカセで蛇語をばらまいた朝食のあと、授業は全て休校になってしまった。ジニー·ウィーズリーが、秘密の部屋に連れ去られてしまったからだ。

 

 

 

 




逃げてー!!ジニー逃げてぇー!!悪い闇の魔法使いに殺されるよー!


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heathen

 

「……何で……ジニーが狙われたんだ……どうして……?」

 

 虚ろな目でそう呟くロンを、ハリーはじっと見ていた。ハリーの心の中に痛ましい気持ちが沸き上がってくる。

 

(ジニーが怪しいってことを伝えるか。ロンに…?)

 

 ジニーがなぜか蛇語を理解できていた事と、彼女が継承者によって拉致させられたことは、ハリーの中では無関係とは思えなかった。普通ならハリーの関係者だからとか、血を裏切るウィーズリー家の魔女だからという推測もできる。しかし、ハリーの頭の中には今までの犠牲者のことが浮かび上がってきた。

 

(コリン、ハーマイオニー、ジャスティン。みんな僕に関わりのある魔法使いや魔女だ。でも、レイブンクローの女子監督生は?継承者はどうしてフィルチの猫を狙ったんだ?)

 

 レイブンクローの女子監督生は、女子だが監督生だ。監督生は自分の寮の生徒を監督するものだが、同性であればよその寮の生徒でも多少は気にかけてくれる。例えばバナナージやガエリオもそうだ。

 

(もしかして、自分に干渉してくる女子監督生を石に変えようとしたんじゃないか……?)

 

 ハリーはその考えが頭から離れなかった。こじつけのように、ジニーに対する根拠のない疑念が沸き上がってくるのをとめられない。

 

 ハリーはさらに思考を巡らせた。継承者はなぜフィルチの猫、ミセスノリスを襲ったのか。

 

(ミセスノリスはいつもホグワーツを動き回っている。特に僕たち下級生、グリフィンドールの生徒には鬱陶しかったはずだ。ミセスノリスが動き回る生徒をフィルチに報告して、フィルチがそれをダンブルドアに打ち上げたら、ダンブルドアがその生徒を容疑者として扱うかもしれない)

 

(……そもそも、上級生やロックハートが継承者なら、わざわざ猫を石に変える意味はない。猫にコンファンド(錯乱)をかければ誤魔化せる。そうしなかったのは、コンファンドが使えなかったからじゃないか?)

 

 ハリーは内心でジニーへの容疑を固めつつ、ロンやザビニたちを誘って必要の部屋に赴いた。ロンは暗い顔でなにも言わずにハリーについてきた。

 

 

「ロン……なんと言えばいいか分からないけど、僕らにできることをしよう」

 

「できることって言っても、何があるんだよ!俺たちはやれることを全部やったろ!……それで……そうしたらジニーが……ジニーは純血なのに……」

 

 ロンは呻くように言った。ハーマイオニーを石にされ、次に妹を拉致されて、ロンの精神状態は不安定になっていた。普段のロンならば、自分達が純血だなんて口にしないだろう。

 

「マートルが殺された場所……三階の女子トイレに行ってみよう。マートルに話を聞けば、何かが分かるはずだ」

 

「本当か!?」

 

「ルナが話してたんだ。手がかりがあるかもしれない」

 

「じゃ、じゃあ誰か大人を連れてったほうがいいよな。俺、ロックハートを呼んでみる。あいつ普段はあんなだけどDAの先生だし、バジリスクだって何とかするかもしれない!」

 

 ハリーは事前に、ロンやザビニたちに怪物について自分の推測を話していた。

 ハーマイオニーの残したメモには、パイプと書かれていた。バジリスクがパイプを介して移動していたなら、バジリスクの目撃者がいない理由はわかる。何故被害者が石になっていたのかは憶測の域を出ないが、直接バジリスクの目を見たわけではなかったから、というのが一番の理由になるだろう。コリンがいい例で、彼はカメラのレンズからバジリスクの目を見たことで石になったのだ。

 もちろん、魔法によって透明化させ、怪物を目撃されないようにしたという疑念も捨てきれない。しかし、ハリーはこれはないと考えていた。

 

(透明化できなかった、としたら)

 

(たまたま蛇語が使えるだけで、透明化の魔法が使えなかったのなら話は変わってくる)

 

 メドゥーサにしろバジリスクにしろ、強力な魔法生物に魔法で干渉することは難しい。皮膚そのものが高い魔法に対する抵抗力を持っているからだ。わざわざそんな手間をかけるより、パイプの中を動かすほうがずっと簡単なのだ。

 

 ハリーは結局、ジニー犯人説をロンに伝えなかった。ジニーが犯人であったとしても、そうでなかったとしても、ロンと無駄に衝突する必要はないと感じた。

 

 ハリーはすぐに飛び出そうとするロンを呼び止めた。

 

「ロン、ザビニ、アズラエル、ファルカス。怪物探しをする前に、皆にはこれを見ておいて欲しい。……怪物を倒すために練習した切り札がある」

 

 

「マジか?いつ練習してたんだよ」

 

 ザビニの問いに、ハリーは申し訳なさそうに言った。

 

「夜中に透明マントで必要の部屋に入って、こっそりとね」

「何でもいいから早く。ジニーが待ってるんだぞ」

 

 

 

 ロンに急かされたが、その前にハリーは言っておかなければならないことがあった。

 

「……僕はこの魔法をハーマイオニーに教えようとした。彼女はこんなもの必要ないって言ってたのに、ハーマイオニーが心配だったからって無理やり教えようとしたんだ。本当にバカだったと思う」

 

「待ってください。じゃあ、ハーマイオニーを守るためにハーマイオニーを追い詰めてしまったって言うんですか?!」

 

「…………そうだよ。僕のせいだ」

 

 アズラエルの指摘に、ハリーは心をかき乱された。ファルカスは何か言いたそうにハリーを見た。

 

「ハリー。それって……」

 

 ハリーは杖を無造作にふって呪文を唱えた。ハリーの額の傷が少しだけ傷んだ。

 

 

「……ロン、ファルカス、ザビニ、……アズラエル。僕がこの魔法を。……闇の魔術を練習したのは、怪物から皆を護りたかったからなんだ」

 

「闇の魔術だって?」

 

 ロンの顔には、明らかな嫌悪感があった。ハリーはロンにすがるような目を向けた。

 

(……ああ、嫌になる)

 

 ハリーは内心でますます自分の事が嫌いになった。

 

(どこまで言い訳がましいんだ、僕は?)

 

 ハリーは一人一人の顔を見渡した。ロンのそばかすが浮いた赤毛は、不安と焦りで汗を浮かべていた。ザビニの黒く端正な顔にはよく見れば隈が浮いていた。ファルカスの痩せた顔にはハリーへの期待が、アズラエルの顔にはハリーを品定めするような挑発的な雰囲気が見てとれた。

 

「僕を信じて」

 

「分かった」

 

 誰よりも先にロンが即答した。ザビニとファルカスは無言で頷いた。アズラエルは雄弁だった。

 

 

「信じられるかどうかは君次第です。これでバジリスク相手に通用しなさそうな切り札だったら、僕は君を見限りますよ」

 

 

 ハリーはアズラエルに微笑んで深く息を吸い込むと、己の切り札となる魔法を唱えた。

 

「プロテゴ·ディアボリカ(悪魔よ 全てのものを炎で護れ)」

 

 ハリーの不死鳥の杖から、禍々しい黒い炎が放出された。魔法の美しさが心の清らかさを示すというのなら、その炎は邪悪な精神を示すものだろう。己を拒むもの全てを焼こうとする幼稚な精神の具現化だった。

 

 この魔法を習得したとき、頭のなかにカースの理論式を展開していった。要領としてはインセンディオの炎を極限まで増幅させ、プロテゴのように障壁として展開するというものだ。

 

 普通、ハリーのような二年生が魔法を使おうとしてもうまくはいかないはずだった。単純に魔力の量が足りないからだ。しかし、ハリーの頭のなかにはカースを使用するために必要な理論式があり、それを理解できていた。

 

 闇の魔法を使うためには、負の感情が必要だとされる。その負の感情の燃料は、ダーズリー家の面々やヴォルデモートを思い浮かべ、彼らを燃やすことを想像するだけでよかった。ハリーがはじめてこの闇の魔法に成功したときは額の傷が凄く傷んだのだが、何回か練習するうちに傷の痛みはなくなっていた。それどころか、闇の魔術を使うほどに魔力が増幅され、痛みが引いていくような感覚すらあった。ハリーはこの魔法にのめり込まないよう細心の注意をはらう必要があった。

 

 触れるもの全てを拒むような悪魔のごとき黒い炎は、穏やかにハリーの周囲を漂い、ハリーの周囲を寄せ付けない炎の壁としてハリーを包んだ。揺らめく炎にハリーが触れても、炎や煙がハリーを害することはない。やがて、邪悪な黒い炎から穏やかな、しかし強力な蒼い炎が放出された。凝縮された魔力による闇の魔法を使っても、ハリーは心を乱すことはなかった。バジリスクを倒すために、絶対に必要な魔法だと確信していたからだ。

 

 

「このプロテゴ·ディアボリカは、僕のことを信じてくれる人を焼くことはないんだ」

 

 

「……インセンディオ(燃えよ)の何倍の威力だ、これ?」

 

「分からないよ。……ねえ、皆」

 

 ハリーは炎の壁の中から四人に呼び掛けた。

 

「僕と一緒にジニーを助けたいなら、黒い炎を越えてこっち側に来て。……それが駄目だと思ったり、ほんの少しでも僕じゃ駄目だと思うなら、誰か先生に僕の推測を伝えに言って。万が一僕が駄目だったとき、その先生がバジリスクを倒してジニーを助けてくれるように」

 

 ハリーは炎の中で四人を待った。

 

「すごいねハリー、よくここまで……」

 

 ファルカスはハリーの使った圧倒的な『力』に魅せられていた。力強い炎の動きが、何者も寄せ付けないような魔力を感じさせていた。ファルカスはハリーが止める間もなく炎に触れて、ハリーの側にやってきた。焼かれずに無邪気に笑っていた。ハリーはありったけの感謝を込めてファルカスに抱きついた。

 

「ありがとう、ファルカス」

 

「いや、別にこれくらいはね。闇祓いは闇の魔法を使うことだってあるし……」

 

 

 悪魔の護りは、術者の仲間を害することはない。その仲間が術者の味方でいる限りは。ロンは異様な光景を前にして腹を立てていた。

 

 

「ロン。今まで黙っててごめんね。これが僕なんだ」

 

「……闇の魔術が録でもないことは知ってる。だけど、バジリスクかメドゥーサに対抗するためには力が必要だと思ったんだ」

 

「……お前ら、何でそんな風に喜べるんだ!?いろんな奴らが闇の魔法でひどい目にあったんだぞ!?」

 

 ロンははじめて見る闇の魔術に対する嫌悪感を抑えきれないようだった。ハリーは後ろめたさで思わず目を伏せた。

 

(こうするしかなかったんだ……こうするしか……)

 

 半端な覚悟や戦力で継承者捜索に皆を巻き込むわけにはいかない。この魔法は、友達ですら焼いてしまう可能性があるのだから。震えるハリーのところに、見慣れた黒い肌の男の子が姿を見せた。

 

「俺はお前に賭けたんだ。こんなもんは潜って当然だな。……それよりハリー、途中で降りたら赦さねえぞ。スリザリンの継承者を捕まえねーと、俺らはいつまでもホグワーツの厄介者だぜ」

 

 

「分かった。必ずやり遂げるよ」

 

 ザビニはハリーに拳を突き出した。ハリーはザビニとも拳を合わせた。

 

「ハリー、僕は一緒には行けません」

 

「……うん」

 

 アズラエルはハッキリとハリーにそう言った。ハリーはこっちに来てくれと言いたくなった。

 

「僕は……君を、心の底から信じてる訳じゃない。一年前に君も分かってるでしょうけど……自分にどうしようもないことが起きたら、君を裏切ってしまう自信があります。そうなったら、君の炎で事故死しかねません」

 

 アズラエルはどこまでも理性的に、己の命を天秤にかけて己の命を取った。それはスリザリンらしいバランス感覚の賜物だった。ザビニとファルカスもアズラエルを責めなかった。

 

「最初にそう言ってくれて、助かるよアズラエル。……もしも僕が戻らなかったら、アスクレピオスを頼むね」

 

 その言葉に、アズラエルは何か言いたそうな顔をした。アズラエルは大きく首を縦にふって俯いたあと、ロンに声をかけた。

 

「……ロン、僕と一緒に先生のところに行きますか?」

 

 隣のロンは、闇の魔術に対する嫌悪感を剥き出しにしていた。

 

「ああ行くぜ」

 

 ロンは躊躇なく足を踏み入れた。悪魔の炎は、ロンの燃えるような赤毛を焼くことなく親友を迎え入れた。ロンはそのままの勢いで呆気にとられていたハリーの右頬に拳を叩き込んだ。今までダドリーにふるわれたどんな拳より軽く、今までハリーが受けたどんな罰よりも重かった。

 

「ハリーに説教してからな!!」

 

「お、オイ、ロン?!やめろって!」

 

「ハリー!?」

 

「ハーマイオニーが闇の魔術を好きなわけないって分かるだろ!常識だろ!分かれよそれくらい!何で分からねぇんだよ!なんでそんな大事なことを今まで黙ってんだよ!友達なのにっ!!」

 

 

 ロンの拳がもう一度ハリーに叩き込まれたとき、ハリーはもうプロテゴ·ディアボリカを解除していた。その代わり、ハリーはお返しとばかりにロンに拳を叩き込もうとしてかわされた。リーチも身長も、ロンのほうが上だ。

 

「じゃあ他に!何か案があったら教えてよ!皆が傷つかずにすむ力があったら教えてくれよ!」

 

 ハリーはほとんど自暴自棄になりながら叫んだ。ロンの足めがけて組み付いてタックルをしてロンを倒そうとしたが、ロンは思い切り腰を落として踏ん張った。

 

 

「ねぇよそんなもん!それでも闇の魔術に頼るなんていいわけないだろ!闇の魔術は使えば人を殺せるんだぞ!」

 

「正しいだけで護れるなら誰も苦労しないんだよ!」

 

「正しくいるために皆苦労してんだっ!思考停止して諦めやがって!」

 

 ロンの拳をかわして、ハリーはロンの股間を蹴りあげようとした。しかし、ハリーの足はロンの膝で阻まれた。

 

「どんな手を使ってでも護るべきものはあるだろ!力がなきゃ何も護れないんだよ!殺されてから後悔したって遅いんだ!」

 

 

「ハーマイオニーはそんなこと望んでねえっ!!」

 

 ロンはハリーの目を見て怒鳴った。ハリーは目をそらすことができなかった。

 

「ハーマイオニーも俺も……コリンが石にされてからずっと、回りの皆にいろんなことを言われたよ。ハリーは怪しいとか、スリザリン生は闇の魔法使い予備軍だとか。でも、違うって信じた!ハリーや皆が友達だったからだ!」

 

 その言葉は何よりもハリーの心を抉った。ハリーはロンの言葉を受け止めた。

 

「闇の魔法が悪いものだって知ってて、何でそんな馬鹿なこと言ったんだよ……!」

 

「…………失くしたくなかったんだ」

 

 ハリーは微かな声で呟いた。

 

 

「スリザリンに入ってから、ぼくも……いろんな人が圧力をかけてきたんだ。君たちと付き合っちゃいけないって。でもそれは嫌だった。はじめてできた友達を、寮が違うからって失くしたくなかった」

 

 

 ハリーはパンジーに惚れ薬を盛られたことを話した。ハーマイオニーやロンを侮辱して、そのまま友達付き合いを壊されていたかも知れなかった。アズラエルやファルカスはパンジーの素行に引いていたが、ザビニは顔色一つ変えなかった。

 

「……どうしてそこまでして俺たちに拘るんだよ」

 

 ロンはハリーから聞いた言葉に絶句していたが、やがて絞り出すように言った。

 

「僕にも分からないよ」

 

 ハリーは言った。

 

「ただ、大切だったから…それを護るためなら何をしてもいいって思ったんだ。ハーマイオニーやロンの気持ちも考えずに。……本当に馬鹿だったよ……」

 

 ロンもハリーも殴り疲れて、お互いにばつの悪い顔をしていた。そんな二人を心配そうにアズラエルやファルカスやザビニが見守っていた。

 

(それは二人に依存してるんじゃあないでしょうか、ハリー?)

 

 アズラエルは喉元から出かけた言葉を飲み込んだ。代わりに、ロンにたいして弁明した。

 

「ロン。スリザリン生の全部が闇の魔法に興味があったり、純血主義だったり、魔法で無理やり言うことを聞かせたりしてるとは思わないで下さい。説得力はありませんけど、そんなのは僕らのなかでも異端です。ねえ、ザビニ、ファルカス?」

 

 

 アズラエルは助けを求めるように二人を見て、二人は渋々頷いた。それを見て、ロンも荒い息を整えて少し冷静さを取り戻していった。

 

 ハリーとロンはザビニとファルカスとアズラエルにとめられるまで、互いの顔を殴りあって、少なくないアザもできていた。必要の部屋にあった薬草で怪我は一瞬で引っ込んだが、ハリーとロンは腕を組んでそっぽを向いていた。

 

「いいか、勘違いするなよ!闇の魔術を認めたからじゃない!ジニーを助けて、ハーマイオニーを石にした糞やろうに落とし前をつけるためだ!見逃すのは今回だけだぞ!」

 

「……ありがとう、ロン」

 

 

「継承者はもしかしたら魔女かもしれませんよ、ロン」

 

 ハリーはアズラエルを見て笑った。どうやらアズラエルは、ハリーが意図的にロンを参加させないようにしていたことに気付いたらしい。

 

「これで君は闇の魔法使い予備軍ですよ、ハリー」

 

 アズラエルの視線にはハリーへの恐怖も込められていた。

 

「闇の魔法は知ってて嬉しい知識じゃあない。……使いどころを間違えないで下さいね?」

 

「分かった。約束するよ」

 

 ファルカスはカースの本を読み込んでいたので、術者が解除する以外の悪魔の護りへの対処方法を知っていた。

 

「フィニート·インカンターテム(呪文よ終われ)で止める方法もあるよ。ここで練習していこう」

 

 フィニート自体は二年生でも使える汎用的な反対呪文魔法である。発動している魔法の種類によって終わらせるための理論が異なり、魔力も余計に消費することになるが、発動している魔法を終わらせる効果があった。ハリーが再発動させた悪魔の護りは、ザビニたち四人が使ったフィニートによって何とか終息した。

 

 

 ハリーたち四人は準備を整えて必要の部屋を出た。自分でも不思議だったが、ハリーたちの関係には何の変わりもなかった。ロンなどはむしろ、闇の魔術をちゃんと嫌悪してくれるやつがスリザリンにいてよかったと溢していた。ハリーはアズラエルにも感謝した。

 

***

 

 ハリー、ロン、アズラエルは、必要の部屋を出てロックハート先生の教員室に向かった。ザビニとファルカスは、ハリーの部屋に透明マントや魔法のアイテムを取りに行った。ハリーは自分の足取りが軽いことに気がついた。懐に忍ばせたもう一つの切り札のせいではない。ハリーのとなりに友達がいるからだった。

 

 

 ハリー自身は気がつかないふりをしていたが、ロンは闇の魔術を肯定しなかった。状況が切羽詰まっていなければ、ロンはハリーのことも拒絶しただろう。それでも炎を乗り越えたのは、ロンがハリーを信じてくれたからに他ならなかった。アズラエルは悪魔の護りこそ潜らなかったが、ハリーについてきて先生を呼ぼうとするだけの義理堅さがあった。

 

(……ああそうか……僕はロンやアズラエルに着いてきてほしかったんだ……)

 

 ハリーは自分の内心を表に出さないようにしながら、ロックハート先生の部屋をノックした。部屋からは疲れはてた様子のロックハート先生が出てきた。

 

「や、やあ君たち。一体どうしたんだね?私のところを訪れてくれるのはありがたいけれど、私は今たて込んでましてね……」

 

「ロックハート先生、お願いがあるんです!秘密の部屋探しに協力してください!」

 

 ロンは熱心にロックハートに頼み込んだ。ロンは腐ってもDA教師ならハリーの悪魔の護りで事故死する恐れはないだろうと思っていた。

 

「お願いします先生!ハーマイオニーは先生の大ファンだったんです!ハーマイオニーのためにも、力を貸してください!」

 

 ハーマイオニーはロックハートの大ファンで、ロックハートにとって一番優秀な生徒だった。彼女の敵を討って、妹を救うために一緒に来て欲しいと言うと、ロックハートは明らかに嫌そうな顔をした。ロックハートは怯えた目でハリーを見ていた。

 

 

(……この人じゃ頼りにはならないよ、ロン、アズラエル……)

 

 ハリーは内心でロックハートに見切りをつけていた。プロテゴ·ディアボリカは、ハリーに心の底から忠誠を誓う味方以外を焼いてしまう魔法だ。ロックハートだって焼いてしまうかもしれない。激しい戦闘の最中に、簡単な魔法にも失敗するロックハート先生がフィニートを使えるのか甚だ疑問だった。ハリーの中ではロックハートは戦力外だった。

 

 ハリーはロックハート先生に、ジニーが何かを知っているという可能性を伏せて自分の推理を説明した。もちろん、ハーマイオニーがヒントをくれたことを忘れなかった。

 

「なるほど……パイプですか……!それはいいことを聞きました!」

 

 ロックハートは先程までの狼狽えきった様子を一転させ、白い歯をキラリと光らせて笑った。そしてあろうことか、ハリーたちに杖を向けた。

 

「な……何をしてるんですか!?」

 

 あまりのことに絶句するハリーたちに、ロックハートは普段と変わらない笑みを見せた。その様子は無能教師である普段のロックハートと全く同じものだった。

 

「そこまで分かっているなら、後は私が教師たちに提案してホグワーツ中のパイプを調べて貰いましょう。私の功績でホグワーツが救われる。そして私の功績のために、真実を知っているものにはそれを忘れて貰わなければね」

 

 ロックハートはペラペラと自分の悪事を明かした。他人の功績を聞き、当人の記憶を消して己のものとして奪い取る畜生でもしない行為に、ハリーたち三人は言葉が出なかった。

 

(こいつは)

 

 ハリーのなかで、ロックハートへの強烈な嫌悪感が沸き上がった。

 

(邪悪な奴だ)

 

 ハリーは咄嗟に、懐に忍ばせたラジカセのスイッチを入れてそれをこっそりと録音した。ロックハートが有頂天になって喋れば喋るほど、彼は自分の首を絞めていることに気がついていなかった。

 

 

「記憶喪失になった君に濡れ衣を着せるのもいいですねえ、ハリー。蛇語使いのスリザリン生なんて格好のスケープゴートですよ!君をアズカバンに送ったあと、私は悠々とホグワーツを去って南国のビーチでバカンスを楽しむとしますかね!オブリビエイー」

 

「プロテゴ(守れ)!!」

 

 ロックハートは杖を振り上げたが、その動きはあまりにも遅すぎた。ハリーは間髪いれずにプロテゴの障壁をロックハートの周囲に展開した。

 

 ロックハートの周囲を覆ったプロテゴの障壁は、オブリビエイト(忘却)というチャームをはねかえした。ロックハートの周囲を覆ったのは、自分とロン、そしてアズラエルの誰を狙うか分からなかったからだ。ロックハートの周囲を覆ったプロテゴの障壁は一瞬で破壊されたが、ロックハートは己が撃ったオブリビエイトの直撃を受けてしまった。ハリーはロックハートの顔を見た。端正な顔立ちがひどくいびつに歪んでいた。

 

 オブリビエイトは人間の脳に働きかけるチャームの一種で、記憶を忘れさせる効果を持つ。人間の脳という繊細な部品に対して発動させるために、その出力は弱く、プロテゴでも反射させることができるのだ。

 

 ハリーたちには知るよしもない。ロックハートが己にその魔法をかけ続け、一流だった己の腕を劣化させていたということなど。本来のロックハートであれば無言で背後からオブリビエイトをかけ、かけられた本人にその記憶がないことにすら気付かせなかっただろう。しかし腕を腐らせたロックハートにはそんな芸当は不可能だった。己の最も得意とする魔法すら詠唱しなければならないほどにロックハートの心も、魔法の腕も腐りきっていた。

 

 

 間髪いれずに、怒ったロンが無言呪文でロックハートに追撃した。ペトリフィカス トタルス(石になれ)だった。ロックハートは自分がなぜここにいるのかも分かっていないような呆然とした表情を浮かべたまま、石のように硬直した。ハリーはさらに追撃をかけた。ロックハートに慈悲をかけるのは危険だ。前学期の闇の魔法使いとの戦闘で、ハリーはそれを学んでいた。

 

「エクスペリアームス(武装解除)!!」

 

 ハリーはロックハートから杖を奪い取った。ロンは、そのままロックハートの腕に向けて魔法を撃とうとした。

 

「ダメですよ、何をやろうとしてるんですか!石になってるのに追撃までかけたら砕けちゃいますよ!!」

 

 

「こいつは俺たちを石に変えようとしたんだ!」

 

 

「……ロン。こいつにかけてる時間が惜しいよ。ブルーム、ロックハート先生を医務室に運んでくれるかな?」

 

「任せてください。……後で必ずスネイプ教授か、フリットウィック教授か、マクゴナガル教授を呼んできます。それまで耐えてください、ハリー、ロン。ロン、僕のスニーコスコープを君に託します。必ず生き残ってください」

 

 そしてハリーたちは三階の女子トイレに向かった。ハリーたちがトイレに到達したとき、ザビニとファルカスはまだ来ていなかった。ハリーたちは、二人を待たずに女子トイレの扉を開き、目的の人物へと話しかけた。

 

 

「ミス·マートル!いたら返事をして!」

 

 ロンはそう言ったが、ハリーは女子トイレのドアを杖でノックした。杖で合図を出した瞬間、ハリーたちの前に、五十年前にここで命を落とした女生徒の残骸が姿を見せた。

 

 




当初のプロットではスリザリンの継承者と対峙して窮地に追い込まれたギルデロイがオブリビエイトを継承者に使おうとして返り討ちにされ、バジリスクの餌になる予定でした。
もしもそのルートならギルデロイは立派な大人としてハリーやロンの心の傷となり二人に成長を促したでしょう。
でもギルデロイは闇の魔法使い(オブリビエイトはチャームだけど)だからそのルートはあり得ないんですね。


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Reach out to the truth

 

 ロンは祈るような、何かにすがるような気持ちでハリーと共に女子トイレの先に足を踏み入れていた。ロンは必要の部屋にあった眼鏡をかけていた。マートルは驚くほどあっさりとハリーたちが女子トイレに足を踏み入れたことを受け入れて、自分が死んだときの様子を話してくれた。ハリーはマートルにお礼を言って、マートルをその気にさせてしまった。

 

「本当にありがとう、マートル。蛇の入り口が見つかったのは君のお陰だよ!」

 

「私……そんな風にお礼を言われたこと無かったわ!」

 

「この入口から入った先に君の命を奪った化け物がいるかもしれない。ジニーを助けられれば撤退してもいいけど、出来たら君の仇を討ってみる」

 

 マートルが感激で頭から滝のように水を流すのを何とも言えない顔で見ながら、ロンはマートルに増援を頼んだ。

 

「マートル。きみはその、誰か頼れそうな人を呼んでくれよ。バジリスクにも勝てそうな人を」

 

 ロンの頼みを聞いたからか、マートルはその場から姿を消してしまった。ハリーが蛇語で出現させた秘密の部屋と思われる入り口を、ロンとハリーは進んでいた。ロンは、変身魔法で蜘蛛を出現させて先行させていた。ロンは蜘蛛が大嫌いだったが、皮肉にも、蜘蛛嫌いになったときにフレッドが唱えていた魔法をロンはよく覚えていた。ロンは今回ばかりは嫌悪感を捨てて、蜘蛛にも頼って道を進んでいた。ロンの懐にはスニーコスコープもある。蜘蛛とスニーコスコープの二段構えで索敵し、バジリスクの目を見る前に切り札を叩き込むのだ。

 

「凄いよロン。この蜘蛛を試験で見せればOだって取れるさ」

 

 ロンに何とか元気になって貰いたいというハリーの賛辞に、ロンは振り返らずに左手をあげて応えたが、ロンの内心はそれどころではなかった。

 

(頼むから無事でいてくれ、ジニー…………)

 

 ロンにとって、というよりもウィーズリー家にとって、ジニーは自分の命よりも優先すべき大切な存在だった。七人兄弟にやっと産まれてくれた妹。奇跡の子。ウィーズリー家に望まれた救い主。それがジニーだ。そしてその一つ上のロンは、望まれたわけではない微妙な子だった。

 

 ロンが物心ついたときから、ロンには何をしても勝てない兄たちがいた。兄弟たちの中で、ロンはいつもおまけだった。兄弟の誰よりも出来が悪かった。兄弟の誰と比べても、一番になりたい分野で他に誰かがいた。

 

 父さんはいつも忙しく働いていて、母さんはロンたちを毎日食べさせ、家事をするので手一杯だった。ウィーズリー家では自然と、両親の目が届かないときは上の兄たちが下のロンたちの面倒を見るという習慣ができていた。

 

 チャーリーは箒の乗り方を教えてくれたが、ロンは兄弟のなかで誰より箒の扱いが下手だった。それこそ妹のジニーよりも。チャーリーに対しては挑むという気すら起きなかった。単純に年が離れすぎていた。 

 

 ビルとチャーリーが実家を出てからは、パーシーがロンにとって一番厄介な兄になった。パーシーには何かときつく注意された。ホグワーツに入る前に勉強の面倒を見て貰えたが、昔のパーシーが簡単に分かった問題でもロンの頭では理解できず、パーシーを苛立たせた。そんなパーシーは当たり前のように十二もの科目で優秀な成績を取ってOWL試験に挑もうとしていた。

 

 

 フレッドとジョージなら年が近いから勝てるかもしれないと思った。けれど、はじめて貰えたペットのピグミーパプをブラッジャーの代わりにされて殺され、おもちゃのテディベアを蜘蛛に変えられたとき、絶対にあいつらにはかなわないと思った。実際にロンがなにかをしようとした時、いつも二人がロンに立ちはだかった。

 

 勉強で、魔法で、クィディッチで、いたずらで。なにかひとつでも兄弟のなかで優れたものがあればよかった。ロンには何もない。少なくともロン自身はそう思っていた。

 

 ロンはホグワーツに入る前、こう考えて眠れなくなったことがあった。

 

(自分は要らない子なんじゃないか)

 

 と、ふと思ってしまったのだ。他の兄弟にはこれしかないと言える強みがある。これでいいという何かがある。ロンには何もない。人に誇れるものなど何も。

 

 そんなロンの鬱屈を感じ取ったのか、ビルだけはロンにも、他の兄弟と同じように優しくしてくれた。だがそれでも、ウィーズリー家の中では自分は一番どうでもいい存在なのだと思わざるをえなかった。ロンの中には常に劣等感があった。

 

 そんなロンの鬱屈はホグワーツに入ってから少し変わった。家から飛び出して、知らない奴や嫌な奴も大勢いるホグワーツへくると、兄弟との諍いは些細なことに思えた。少なくとも、パーシーとも双子とも距離を取ることができた。ホグワーツではロンはウィーズリー家の六男ではなくて、ただのロンとして動くことができたのだ。

 

 

 ホグワーツでできた友達は、兄とロンを比べたりはしなかった。それがロンにとっては何よりも嬉しかった。グリフィンドールの中ではディーン·トーマスやシェーマス·フィネガンだった。ディーンはロンが知らないマグルの知識を知っていて、ロンが思っているよりマグルがずっと栄えていることを教えてくれた。同じ部屋でグリフィンドールの生徒でも、ザムザ·ベオルブやネビル·ロングボトムとは少し距離があった。ザムザはグリフィンドール生らしくない研究オタクで、ネビルはドジだったからだ。

 

 同じグリフィンドールの中でもハーマイオニー·グレンジャーとは特に馬が合わなかった。ことあるごとにロンの魔法が間違っているという彼女と何度も衝突して、ロンは思わず酷いことを言ってしまい、取り返しがつかなくなってしまったと思った。しかし、去年のハロウィンをきっかけに一番の親友になった。

 

 ロンがハーマイオニーと友達になる手助けをしてくれたのはハリー·ポッターだった。ハリーはロンのペットが闇の魔法使いだと暴き、その直後になぜか邪悪な闇の魔法使いを養成しているスリザリンに入ってしまった。だが、それでもハロウィンでハーマイオニーを助けようと駆けつけたハリーを見て、ロンはハリーが真っ当な心を持っている奴だと信じることができた。

 

 ハリーがスリザリン生にしては真っ当な感覚を持った奴なのだとロンはある意味で誤解していたのかもしれない。ロンはハリーと親しくなるまでスリザリン生と交流したことはなかった。だがハリーをきっかけにして冒険を繰り広げたことで、ハリーだけではなく他のスリザリン生とも友達になった。

 

 ロンは自分がスリザリン生と友達になったことに最初は戸惑っていた。話してみてさらに困惑したのは、スリザリン生にもふつうの奴がいるということだ。

 

 ロンが一番いい奴だと思っているのはファルカス·サダルファスだった。ファルカスはロンと同じように家が貧乏で、みすぼらしい身なりをしていた。ファルカスはロンの使い古しの学用品を見ても他のスリザリン生のように笑わなかったし、同情したり上から目線で憐れんだりもしなかった。

 

 ブルーム·アズラエルのことはちょっとだけマルフォイのようないけすかない奴だと思っていた。アズラエルの、手よりも口がよく回り嫌味なところは、ロンは最初嫌いだった。だが後々、アズラエルがハリーを通して知り合ったスリザリン生の中で一番マグルのことを知っていることに気がついた。スリザリン生の全てがマグルやマグル生まれの魔法使いを差別しているというわけではないというのはロンにとっては衝撃だった。そして主義主張と、個人的な性格の一致とは別だというのも新鮮な経験だった。

 

 ブレーズ·ザビニのことは実は最初は嫌いだった。ザビニは授業中によくハリーの隣にいたスリザリン生だった。端正な顔立ちで自信家なザビニはロンの嫌いないじめっ子のような雰囲気がかなりあった。何度か他のスリザリン生徒と一緒にロンの身なりをバカにされたこともあったし、ザビニはその事を忘れていてもロンは未だに少しだけ根に持っていた。それでも、ハリー、ロン、ハーマイオニーと一緒に冒険を超えたときを境に、ザビニはそういうことをしなくなった。人は変わっていけるものなんだとロンは知った。一度打ち解けてみるとロンの冗談にもザビニは笑うようになったし、一緒に悪戯をしたいときはザビニはハリーよりも相性がいい相棒になれた。ザビニと一緒に悪戯をして、ハーマイオニーに叱られたのも楽しかった。

 

 

 ロンのホグワーツでの生活は最初は散々なものだったが、一年が終わった頃には充実して楽しいものになっていた。そんなロンとは異なり、一年生として入ってきたジニーはとても苦労していた。ジニーには新しい杖が与えられ、私物もかわいい末娘だからとロンよりマシなものが買い与えられていた。それでも他の生徒に比べて貧乏なことと、入って早々に父親のちょっとした犯罪が世間にバレたことで、ジニーは友達を作ることに苦労しているようだった。ロンはジニーが日記帳を片手に談話室でなにかを書き込んでいるところを見た。ジニーの隣には友達がいなかった。あろうことか、それでほんの少しだけ、ロンは妹に勝ったような気になってしまったのだ。年下の妹にである。

 

 ロンはジニーを気遣ってアドバイスをしてみたり、話を聞こうとしたこともあったがうまくいかなかった。ジニーにとってロンは目の上のたんこぶでしかない。もしかしたら、ロンが内心でジニーに嫉妬していたことがジニーにも分かっていたのかもしれない。少なくとも、監督生のパーシーの方がジニーには好かれていた。五つも年が離れていると、パーシーにとってのジニーは嫉妬の対象ではなくて護るべきかわいい妹なのだろうとロンは思った。

 

 

 自分はどうだっただろう。本気でジニーの身を案じて何かしただろうか。そんなことを考えていたロンに、ハリーが話しかけてきた。

 

「ロン。こんなときに何だけど、一つだけ聞いていい?」

 

「何だよハリー?」

 

「……君の妹さん……ジニーについてなんだけど、最近おかしなところはなかった?」

 

 

 

「ここんとこ、……そうだな、コリンが石に変えられた辺りからジニーはずうっと様子がおかしかったんだ。話しかけても上の空だし、日記に何か書いてばっかりで友達も作ってなかったし」

 

「……ジニーと親しい友達はいなかったの?」

 

「たぶんな。まぁいたとしても、俺らからは隠してたのかもしれねえ。兄弟に交遊関係を詮索されんのってウザいしな」

 

「もしかしたら自分が狙われてるって気付いてたのかもしれねえ。俺がジニーを決闘クラブに誘ってたら……フリットウィック先生なら何か分かったかもしれねえのに……」

 

 そうロンが言うと、ハリーは慎重に言った。

 

「それは結果論だよ、ロン。フリットウィック先生だって授業でジニーを見てるんだ。ジニーがおかしくなっていたって気が付けるわけがない」

 

「……それでも……ジニーは何かに気がついていたのかも……俺と違ってあいつは優秀だし……」

 

 ハリーたちの中では、ロンはみそっかすでもなく、いらない奴でもなかった。ザビニやファルカスたちとは少し考え方が違うところはあったが、それだって話し合えばそれなりに折り合えるくらいの違いだった。

 

 それなのに、よりによってハリーが闇の魔術なんかに手を出していた。闇の魔術をうっかり人に使ってしまえば、ハリーはそれだけで退学になってしまうかもしれない。それでもハーマイオニーを護りたいという気持ちだけは理解できた。

 ハーマイオニーはお節介で、口煩くて、知ったかぶりで、自分が一番じゃなきゃ気が済まないと思っている子だ。悪魔みたいな奴だと思ったことだってある。

 

 だけどハーマイオニーは、誰よりもロンのことを見てくれていた。ロンにとって他の誰でも代えられない友達だった。

 

 ジニーに決闘クラブのことを教えなかったのは、ジニーにはまだ早いと思ったから、だけではない。

 

 ジニーに自分の居場所を取られたくなかった。

 

 

 兄や妹に、友達との付き合いのなかに入ってほしくなかった。たとえどれだけ大切だとしてもだ。家でのロンと、学校でのロンとは違う。そうふるまっている部分はあったし、そうでなければホグワーツで生きていけない。ジニーに学校での自分を見せたくはなかった。

 

「優秀、か。つかぬことを聞くけど、ジニーは蛇語を話せたりしない?」

 

「話せねぇよ。話せたら親戚中で大騒ぎさ。十年間ジニーと張り合ってきたけど、あいつが蛇どころか動物と話してるとこは見たことねぇ」

 

「……そうか、ありがとう」

 

 何かを考え込んでいるハリーを見ると、ロンは不安になった。ロンはハリーが蛇語で継承者への宣戦布告をしたとき、ジニーを見ていたことを思い出した。

 

(こいつ……)

 

 ロンは自分の頭が急速に冷めていくのを感じていた。

 

「ハリー。お前まさか、ジニーを疑ってるのか?」

 

 

 ロンは自分の杖を握りしめながら言った。秘密の部屋を探索しているときに、何てことを言うんだと思った。ハリーはロンを刺激しないように、事務的に言った。

 

 

「ジニーは蛇語を使えないんだよね。でも、食堂で彼女が蛇語に反応したことが気になってるんだ。もしかしたら、ジニーに蛇語を教えた人間がいるのかもしれない」

 

 ハリーはあくまでも冷静にロンを諭すように言ったが、ロンはハリーを睨み付けた。

 

(それができるのは自分しか居ないって分かって言ってるのか!?)

 

 蛇語が使えて、闇の魔法を知っているスリザリン生。

 

 該当するのはハリーだけだ。

 

 今すぐその事を指摘してやろうかと思ったが、ハリーがそんなことをするはずはないとロンも分かっていた。ロンはどうしてハリーがそう思ったのか聞いた。

 

「何でわざわざジニーにそんなことをさせるんだよ!スリザリンの継承者が!」

 

 

「……前学期にヴォルデモートがクィレルに取り憑いていたのを思い出したんだ。大人の魔法使いを操っても、変なことをしていたらみんな警戒する。だけど入学したての一年生を操れば、誰も本気で疑いはしないだろ?入学したてで慣れてないんだなって勝手に思ってくれる」

 

「……!」

 

 ロンが口をつぐむと、さらにハリーは言った。

 

「ジニーに蛇語を教えたやつは、きっとジニーを操ってバレないように悪事を重ねたんだ。ジニーは操られていたことに気がついて抵抗しているんだと思う。……ロン。この先に、ジニーと、ジニーを操ったやつがいるかもしれない」

 

「許せねえ……!」

 

「ロン、もしかしたらジニーも操られて僕たちを攻撃してくるかもしれない。バジリスクはぼくがやる。君はジニーが何かさせられる前に、エスクペリアームスでもいいから、ジニーを止めてあげてくれ」

 

 ロンは無言でしっかりと頷いた。ロンの脳内には継承者に対する怒りがあり、自責の念による焦りは脳内から一時的に追い出された。ハリーはそんなロンを頼もしそうに見た。

 

「必ずジニーを取り返そう、ロン。大丈夫だよ。君は僕よりずっと勇敢で強い奴なんだから」

 

「当たり前だ!」

 

 決意を深くしたロンは、偵察に出ていた蜘蛛が戻って来ないことに気がついた。バジリスクを見かけたらすぐに逃げてくるはずの蜘蛛が来ない。

 

 ハリーとロンは顔を見合せ、ハリーが先頭に立って前に進んだ。ハリーは常に自分の正面にプロテゴを展開し、ロンは後ろからルーモスで明かりを灯し続ける。

 

(蜘蛛が何か見つけた、のか?)

 

 ロンの中で期待が大きくなってきた。トンネルのような暗くて狭い空間を、ハリーとロンは二人で身を寄せあって進んだ。蛇の彫刻が施された壁が見えたとき、ハリーは蛇語の力でその壁に話しかけた。ロンの耳にはただの雑音にしか聞こえなかったが。

 

『開け』

 

 ハリーの言葉に反応したのか、石造りの壁に刻まれた蛇の瞳の宝石が怪しく光った。何かが動く音がした。目の前の扉が動く。しかし、動いているのは扉だけではない。ハリーの上空のトンネルが、ゆっくりと崩れようとしていた。ハリーはプロテゴの防壁のせいで、それに気付けていない。

 

「ハリー、あぶねぇ!」

 

 ロンが最後まで言いきる前に、スニースコープがロンの懐で甲高い警告音を出した。ロンはとっさにハリーを突き飛ばした。ハリーのいた空間に岩石が降り注いでくる。

 

 ロンは自分の体に傷がついていないことに気がついた。ハリーのプロテゴは、降り注ぐ岩石からロンの身を護ってくれていた。だが、降り注ぐ岩石の質量はロンとハリーとを分断してしまった。

 

 

 

***

 

 本来の予定であれば、ザビニとファルカスは寮の部屋から透明マントを取って、すぐに三階の女子トイレに行くはずだった。しかし、透明マントを取ったザビニたちは、自分でそれを身につけて隠れながら進むより、一刻も早くハリーたちと合流しようとした。

 

 結果的に、そのせいでザビニとファルカスはハリーと合流することはできなかった。二人が普段ならつけないはずの眼鏡をつけていて、部屋からマントを持って出ていった瞬間をドラコが目撃していたのだ。ドラコは彼らの様子に既視感があった。一年生のとき、賢者の石を護ろうとしていたときと同じだ。

 

 

(……まさかあいつら、また危険なことをするつもりか!)

 

 ドラコにとって、ファルカスやザビニはどうでもいい存在ではある。彼らが何か危険なことをしていても、それが自分の不利益にならないのならスリザリンのシーカーとしては静観してやってもいいのかもしれない。

 

 だが、継承者が相手となると話は別だった。スリザリンの継承者には間違いなくドラコの父親、ルシウスの息がかかっていた。彼らが継承者の怒りを買って、継承者

の気まぐれで死なれてはドラコだって寝覚めが悪いのだ。ドラコは彼らが危険なことをする前に止めなくてはならなかった。自分の父親のせいで人が死ぬのは御免だった。

 

 ドラコはクラッブとゴイルと三人で談話室から出た二人を追って、ザビニに不意打ちしようとした。ザビニはすんでのところで不意打ちをかわし、二対三の遭遇戦になった。ザビニとファルカスは決闘クラブで鍛えたお陰か、反射神経が磨かれていてドラコでも一筋縄ではいかなかった。クラッブとゴイルをほぼ捨て石にしてザビニをインカーセラスで拘束し、ファルカスからエクスペリアームスで杖を奪い取った後で石にしたときには、ドラコの息は絶え絶えになっていた。

 

「……さぁ、君たちが何をしようとしているのか話して貰うぞ?悔しいだろうねぇ。君たちは今回は何もできずに終わりだ」

 

 ドラコは自分の力で難敵に勝利できたことが嬉しく、その余韻に浸っていた。それは致命的な隙だった。

 

「エクスペリアームス」

 

 間延びしたような気の抜けた女の子の声がした。気がついたときには、ドラコの手にしていたファルカスの杖とドラコ自身の杖は、金髪の少女の手に握られていた。

 

「ルナ!?何でここにいるんだ!?」

 

「みんなを探してうろうろしてたら面白いもの見ちゃったンだモン」

 

 ルナは朗らかに言った。ドラコは呆然と立ち尽くしていた。

 

(あ、あんまりじゃないか……こ、こんなことがあっていいのか……!)

 

 

 年下の少女に裏をかかれた衝撃で真っ白になっているドラコをよそに、ザビニはルナにインカーセラスを解くように叫んだ。

 

「おい、こいつを切断呪文で切ってくれ!」

 

「ごめーん。私それ使えないんだよ、なんだか切るってことが怖くて……」

 

「オメーそんなキャラだったか!?」

 

 ルナは天才ではあったが、興味のある魔法に挑戦するタイプで広範な魔法を満遍なく使いこなせるわけではなかった。ザビニは仕方なく、床に転がっていた眼鏡をかけて透明マントを着て、マートルのところに行けとルナを急かした。

 

「急げ!ハリーとロンはもう先に行ってる!継承者からジニーを取り返そうとしてんだよ!」

 

 

「な、何だって!?」

 

 ザビニの言葉に、ドラコは覚醒した。それではドラコのやっていたことは何だったのか。ハリーが既に危険のなかにあるというなら何の意味もないではないか?

 

「私は行くけど、マルフォイも一緒に行く?」

 

 ルナはそんなドラコを見て、杖を返そうとした。ドラコはその杖を受け取らなかった。

 

 

「ふ、ふざけるな!スリザリンの継承者にどうしてスリザリン生が歯向かうんだ!」

 

 ドラコの虚勢を見て、ルナは杖を引っ込めた。

 

「だって友達だモン。友達は助けたいでしょ?……ファルカス、ザビニ、今は置いていくけどごめんね?後で迎えに来るから」

 

 

 

 ドラコはブロンドの女子が透明になって駆け出すのを見送るしかなかった。

 

(…それが出来たら苦労しないんだよ……!僕が関わったってことが継承者にバレたら……)

 

 ドラコは歯噛みしていた。ドラコだって助けられるものなら友人の命くらいは助けたい。

 

(継承者にバレずにハリーを助ける方法なんて、あるわけ)

 

(……そんな、都合のいいことが、いや、やってくれそうなやつが……僕に……)

 

(……いた!!)

 

 ドラコはふと、脳内で思い浮かんだ考えを叫んだ。

 

「ドビー!!聞こえているか!見ているか!?見ていたら姿を現せ!」

 

 ドラコの言葉と共に、一体のハウスエルフがドラコの前に姿を見せた。その妖精は恐怖に怯えた目で、自分が仕える一族の後継者を見ていた。



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闇の魔法使い

 

 

 二対の蛇が絡み合うような彫刻が施された石柱が、ハリーを怪しく見つめていた。ハリーはそんな物言わぬ蛇に睨まれながら、プロテゴを展開し続けていた。スニーコスコープは既に鳴りやんでいる。

 

 

「……ロン」

 

 ハリーは天井から降り注いだ石から、プロテゴで身を護った。ロンにもプロテゴがかかっていた筈だが、ハリーの心臓は不安で脈打っていた。

 

(嘘だ、ロンは生きてる筈だ……)

 

 

「ローン!!」

 

 ハリーは思わずそう叫んだ。ロンの返事はない。ハリーは自分の体がすっと冷たくなっていくのを感じた。

 

 

 ハリーはすぐにロンを助けようと思って、額の傷が猛烈に痛むのを感じた。

 

(プロテゴを出し続けたからか……?)

 

 

 ハリーのような二年生では、よくてもプロテゴ(護れ)による防壁は数秒維持するのがせいぜいのはずだった。しかし、ハリーは既に一分以上もプロテゴを維持していた。

 

 それは、ハリーの額の傷と関係があるとハリーは薄々思っていた。ハリーは自分の額が痛むとき、魔法をうまく使い続けられることに気付いていた。だからこそ、プロテゴ·ディアボリカという闇の魔法すら成功させることができたのだ。

 

 

「ハリー!!ハリー、大丈夫か!?」

 

 ハリーは岩の隙間からロンの声を聞いた。

 

「君は無事なの!?」

 

「プロテゴのお陰で傷ひとつねえ!そっちは!?」

 

「うん、僕は大丈夫だよ!待ってて、岩を退かせるから」

 

「た、タンマ!!今レヴィオーサで岩を退かしてるから!!プロテゴが無くなったら危ない!!」

 

「……うん、ロン、すぐに来て!僕はジニーを探す!」

 

 ハリーはプロテゴを解除して一か八かのウィンガーディアムレヴィオーサ(浮遊せよ)でロンを助けるか、プロテゴを解除しないでおくかの選択に迫られた。今すぐにでもロンを助けたかったが、ハリーがその選択肢を選ぶ前に、ハリーは赤い閃光が自分の杖に到達しかけたのを見た。赤い閃光はプロテゴの障壁によって阻まれたものの、敵がハリーの杖を奪おうとしていた。

 

 結局ハリーは一人で秘密の部屋を進むことになった。スニーコスコープはまだ、ハリーの懐で沈黙している。それがよりいっそう恐怖と不安を掻き立てる。

 

 

 

 

 ある場所にたどり着いたとき、ハリーの心臓は恐怖で震えた。サラザール·スリザリンと思われる魔法使いの石像の側に、赤毛の少女が横たわっていたからだ。少女の顔には全く生気がなかった。

 

 

「ジニー!ジニー!返事をして!!聞こえるかい!?助けに来たよ!」

 

 ハリーは反射的にジニーに駆け寄ろうとして、思い止まった。

 

(おかしい……)

 

 ジニーの様子は何もかもおかしかった。顔面は蒼白でハリーの呼び掛けにも反応しない上、彼女の手には杖がなく、左手に古いノートを握りしめている。

 

 

(囮だ……)

 

 ハリーはジニーに駆け寄ろうとして、踏みとどまった。

 

 ジニーを操った人間か、バジリスクが必ずいる。周囲を警戒しなければならない。ハリーはプロテゴの出力を上げた。淡いプロテゴの光が輝きを増すと、ジニーの隣に人がいるのが見える。

 

 パチパチパチ、と気の無い拍手の音が響いた。ハリーは杖先を音の方に向けながら、慎重に懐に忍ばせたものを握りしめた。

 

「そこにいるのは誰だ?」

 

 ハリーは冷たく言った。

 

「姿を見せろ」

 

 ジニーを操った人間がそこにいると、ハリーは信じて疑わなかった。思い込んだものをそのまま頑固に信じてしまうというハリーの性格がこの土壇場で発揮されたのである。

 

 闇の魔法使いを相手にすると想定した場合、この判断は正しいとは言えなかった。ハリーは自分が気付いているぞと脅しをかけるのではなく、持てる全力の魔法でもって奇襲すべきだった。それこそ操られた疑いのあるジニーごとだ。相手が本当に操られていたかそうでないかは容疑者を気絶させた後、専門家に調べさせてしまえばよいのである。

 

 この時、ハリーに杖を向けられた相手はハリーは少し魔法が上手いだけの子供に過ぎないと確信し、満面の笑みでハリーの前に姿を見せた。

 

 

 

 

 ハリーの前に姿を見せた黒髪の少年に、ハリーは見覚えがなかった。その少年は背が高くハンサムで、スリザリンであることを示す緑色のローブを身に纏っている。彼は背が高いもののマクギリス·カローやガーフィール·ガフガリオンのように筋肉質ではなく、すらりとしていて非常に女性受けのしやすそうな整った体型だった。その少年は監督生であることを示すバッジを胸につけていたが、スリザリンの監督生であるはずがなかった。スリザリン七年生の監督生は彼とは似ても似つかない小男のティリオンという青年だった。

 

 

「会いたかったよ、ハリー·ポッター。はじめまして、というべきかな?僕ときみは初対面の筈だからね」

 

 その青年はくるくると指先で杖を弄んでいた。

 

「会いたかった、だって?」

 

 ハリーは額が大きく痛むのをこらえながら言った。

 

「そんなことを言う前に、ジニーを助けようとは思わなかったの?そもそも君は誰なんだ?君みたいな人をスリザリンの談話室で見たことはないのに」

 

 ハリーは目の前の少年を責めるように言った。目の前の少年は笑みを嘲笑に変えながら言った。

 

「そんな必要がどこにあるんだい?ハリー·ポッター。そこのガキは助ける価値のない人間さ。君も気がついているだろう?秘密の部屋の継承者はジニー·ウィーズリーだった」

 

 

「確かに実行犯はジニーだと思うよ。でも、助ける価値なんて君が決めることじゃない」

 

 ハリーはそう言ったが、心は目の前の少年に対する疑念と怒りで震えていた。

 

(こいつ、よくもぬけぬけと……!)

 

 ジニーを連れ去った少年に怒りを向けるハリーに対して、少年は朗らかに笑った。

 

「おいおい。この子に助けられる価値なんてあるはずがないだろう?いろんな人を襲って迷惑をかけた後、その罪に耐えきれずに自殺を図ったのさ」

 

 少年は明らかにハリーを挑発するように大袈裟な身振りで首をかきむしった。

 

「僕は彼女を止めようとしたんだよ?説得もした。けれど彼女は止まらなかった。だから僕は仕方なく彼女を倒して、ここで助けを待っていたのさ」

 

「嘘だね」

 

 ハリーは冷たく言った。

 

「この部屋まで来て犯人を倒したのなら、助けなんて待たずにさっさと引き返した筈だ。……それに秘密の部屋の犯人がジニーであることを知っていたなら、ジニーが脅し文句を残すのはおかしい」

 

 ハリーは自分の考えをまくし立てた。

 

「ジニーは実行犯に仕立て上げられたんだ。そう動かされたジニーは、自分の基準で面倒になるやつから潰していくしかなかった。……生徒を監視する猫をうざったく思うのなんて下級生だけだ。上級生なら、フィルチに疑われたってフィルチを錯乱させてしまえばすむだけなんだから」

 

 

「うーん正解。最低限の知能はあるようだね。スリザリンに一点!」

 

 その少年がハリーに拍手した後、ハリーは言った。

 

「君は僕に肝心なことを言ってないよね。僕がここに来たとき、魔法で僕と僕の友達を攻撃したのは君だろ。つまらない嘘をつくのはやめてよ」

 

 そしてはじめてその少年を見たときから気になっていたことを、言った。

 

「君みたいなスリザリン生はいない。僕は談話室にいたから知ってるんだ。一体君は何なんだ!?どうしてこの部屋にいるんだ!」

 

 ハリーがそう言ったとき、少しの沈黙があった。

 

 その少年はハリーをつまらなさそうに見ていたが、やがて静かに口を開いた。その瞬間、ハリーは息がつまるのを感じた。額が大きく痛みだし、汗が滲んだ。

 

「スリザリンの継承者が自分の部屋にいることに理由が必要なのかい?随分と無礼な少年だね、君は。同じスリザリンの子供だからと優しくしてあげたのが間違いだったかい?」

 

 その少年が少し言葉に力を込めるだけで、空間が歪むような気がした。それは大きすぎる魔力に対して魔法使いが抱く本能的な恐怖心であり、単なる錯覚にすぎない。ハリーは負けじと言い返した。

 

「スリザリン生がスリザリンにいない人を糾弾するのがそんなに悪いことかな?さっさと正体を見せてよ。君がハッフルパフ生でもレイブンクロー生でも、グリフィンドールの生徒だったって僕は驚かないから」

 

 そのハリーの言葉は、目の前の少年の自尊心をいたく傷つけたようだった。目の前の少年は静かに言った。

 

「僕は紛れもなくスリザリン生だ。トム·マールヴォロ·リドルという」

 

 その少年はスリザリン生であることを誇りにしているのか、胸元の監督生のバッジを誇るように言った。ハリーはふと、リドルという名前に引っ掛かるものを感じた。

 

 

(…………何だ?どこかで聞いたような気が……)

 

「この僕が、スリザリンの継承者であるこの僕が!よりによって低能なハッフルパフ生や役立たずのレイブンクロー生や、グリフィンドール生と思われるとはね。こんな屈辱を受けたのははじめてだよ。つまらない嘘をついたせいかな?」

 

「そうだね」

 

 リドルは手で髪を撫で付けるような仕草をした。整った顔立ちの人間にしか許されない動作だった。

 

 

「けどね、ハリー。僕が助けを待っていたというのは本当なのさ。僕はずうっと時を待っていた。いつの日かこのホグワーツに戻り、スリザリンの継承者としての役目を果たすべき時をね」

 

 リドルはなんと、自分から全てを明かしはじめた。秘密の部屋を開き、マグル生まれの生徒を手にかけたこと。かつてハグリッドに己の罪を押し付けたこと。ジニーを操り、ホグワーツを改革すべく動いたこと。その一つ一つが最低の屑の所業だとハリーは思った。

 

 ハリーは黙ってリドルの言葉を聞いていた。それは、リドルの言葉に驚いていたからでもある。しかし、一番の理由は、リドルに隙がなかったからだった。リドルの体はよく見ればゴーストのように実体がないような、しかし、ゴーストではなくそこに肉体を持って存在しているかのような矛盾した状態にあった。ハリーはそのリドルに対して魔法が効くのかどうか分からなかったし、リドルから伝わってくる圧倒的な魔力量に恐怖心を抱いてもいた。それがハリーの動きを鈍らせた。

 

「僕が今、ここに君を招いたのは。このホグワーツを正常な姿に戻すためさ」

 

 

 そんなハリーに対して、リドルはハリーの地雷を踏んだ。

 

「スリザリン生でありながら穢れた血と親交を持つもの。闇の帝王に抗った不忠者。スリザリンに相応しくないもの、ハリー·ポッターを粛清し、マグル生まれを粛清し、マグル生まれと親しくする血の裏切り者を粛清する!ホグワーツをあるべき姿へと戻す!これは聖戦だ、ポッター!!」

 

「……ああ」

 

(僕の友達を否定(ころ)すのか)

 

(僕の家族を否定(ころ)すのか)

 

(…………だったら僕が君を否定(ころ)してやる)

 

 

 ハリーの頭の中にどす黒い殺意が芽生えた。

 

 

(もう、失ってたまるか)

 

 ハリーの頭に、トムへの恐怖はない。今のハリーにあるのはトムへの怒り。純血主義の名を借りてハリーの邪魔をする存在に対する癇癪だけだった。

 

 それは勇気と言えるのか、それともー。

 

 

 

毒蛇の王(バジリスク)よ、顕現せよ!』

 

 トムがバジリスクを喚んだことがハリーにはわかった。ハリーには蛇語と、そうでない言葉の違いは分からない。だからトムの言葉が単なるハッタリである可能性もあった。

 

 しかし、ハリーの懐にあったスニーコスコープが、何かが床を砕き這いずるような物音が、ハリーに危険を教えてくれていた。ハリーはプロテゴを強めた。

 

「プロテゴごときでバジリスクは止められないよ、ポッター」

 

 

 リドルの嘲笑を聞き流し、ハリーは即座に、ラジカセのスイッチを起動した。

 

(舐めすぎだよ)

 

 トム·リドルはハリーを侮っていた。正確にはハリーだけではなく、ダンブルドア以外のこの世の全てを。

 

「!?」

 

(……雄鶏の鳴き声!?どこからだ!?)

 

 リドルの傲慢で、しかし端正な顔が驚愕に染まる。

 

 ハリーが隠し持っていたバナナージ·ビストから借りたラジカセから、雄鶏が閧を告げる声が響き渡る。リドルの顔が驚愕に染まった。バジリスクの動きが止まった瞬間を。ハリーは見逃さなかった。

 

「ディアボリカ(悪魔よ!)」

 

 ハリーはプロテゴの守りを発動させたま、プロテゴ·ディアボリカを重ねて発動させた。

 

 ハリーの周囲に展開されていたプロテゴの聖なる防壁が、邪悪な闇の魔力を帯びた黒い炎の防壁へと置き換わる。己の護りたいものだけを護り、それ以外を焼き払わんとする悪意。それはすぐに蒼炎に変わり、リドルとバジリスクへと向かう。

 

「!?」

 

 トムの顔には一瞬、驚愕が浮かび。

 次の瞬間には歓喜に変わった。

 

 

(それでいい……それでいいぞポッター!!)

 

 リドルの杖が振り下ろされフィニート(終われ)によって闇の炎が終息していく。闇の炎がその役目を終える前に、ハリーは次の魔法を撃っていた。その間、バジリスクは震え上がり動くことができない。雄鶏がときを告げる声は、バジリスクにとって本能的な恐怖心を呼び起こさせるのだ。

 

「エクスパルソ(爆破)」

 

 ハリーは蒼炎がその役目を終える前に、矢のように爆破魔法を放った。

 

 プロテゴ·ディアボリカの炎は、防御魔法ではあるがハリーの呪文を阻むことはない。その炎はハリーに好意的な人間を守る。それはつまり。ハリーやハリーの魔法も同様である。

 

 トムは自分と、ジニーの周囲にプロテゴを展開させた。ハリーから放たれた爆破の魔力を秘めた閃光は、悪魔の炎と一体となってバジリスクの顔面に吸い込まれた。トムが舌打ちをうつ音をハリーは聞いた。

 

 バジリスクは恐ろしい断末魔と共にのたうち回った。ハリーはもうバジリスクを見ていなかった。

 

 

 ハリーは本能的に恐怖心の根元が何なのか悟っていた。ハリーの額の傷跡はまだ痛みをハリーに訴えていた。ハリーは全力で柱の角に隠れながら、次の手をうった。

 

(本当に恐ろしいのはバジリスクじゃない!)

 

「プロテゴ·ディアボリカ(悪魔よ 護れ)」

 

 ハリーが再び魔法を展開させた瞬間、秘密の部屋の入り口に人影があった。大岩が動き、人が足を踏み入れる。

 

「!?」

 

「ジニー!!!お兄ちゃんだぞ!いるのかジニー!!」

 

 入ってきたのは、ロンだけではなかった。

 

 パーシー·ウィーズリー。ウィーズリー家の三男であり、ジニーの兄である少年が、妹を救わんと足を踏み入れた。

 

 

 ハリーはパーシーの顔を見た瞬間に、ほとんど本能的に、プロテゴ·ディアボリカを解除した。それは理屈ではなく、飛んでいたら目の前に石壁があったのでブレーキをかけたようなものだった。

 

 それは致命的な隙となった。トム·リドルはバジリスクの牙の破片を操り、ハリーを追撃した。

 

 

 

  花びらのように舞う猛毒の牙をハリーらはウィンガーディアム·レヴィオーサでかわす。パーシーがプロテゴでハリーを護ろうとしたが、バジリスクの牙はプロテゴの護りを、貫通した。ハリーの左手に、バジリスクの牙がかすった。

 

 

 

 

 




パーシー「どけ!!僕はお兄ちゃんだぞ!」


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愛と勇気の物語

って何でパーシーが来てるんだ……?


 

 

***

 

 パーシーが秘密の部屋へと到達する、ほんの少し前。

 

 パーシー·ウィーズリーは、己への無力感に苛まれながら監督生に与えられた個室に閉じ籠っていた。パーシーは胸元につけていた監督生のパッジを無造作に放り投げて、虚ろな目で部屋のベッドに横になっていた。

 

 ジニーが秘密の部屋に拐われたとミネルバ·マクゴナガル教授から聞いたとき、パーシーはその言葉が嘘であってくれと思った。マクゴナガル教授は、パーシーの望んでいた言葉をくれなかった。

 

「ジニーは……ジニーは助かるんですよね、先生?秘密の部屋は、ホグワーツのどこかには必ずある筈だ!」

 

「今は教師たちが総出で秘密の部屋がどこにあるのか、探索しているところです」

 

 マクゴナガル教授の言葉は、パーシーの望んでいたものではなかった。まだ、秘密の部屋は見つかっていない。それはつまり。

 

 

(ジニーはもう……)

 

 パーシーには、ジニーの生存を絶望視するだけの根拠があった。

 ウィーズリー家は、両親共に魔法使いであり、スリザリン的な言い方をすれば『純血』ではある。しかし、純血主義には賛同せず、ウィーズリー家がその思想を信仰したことは一度もない。両親がそうだったから、パーシーもジニーも好きな人が純血であるかどうかなんて気にしなかった。人を好きになることに血筋は関係ない筈だとパーシーは信じていた。

 

 そんなウィーズリー家は、スリザリン生の中でも特に柄の悪い一部の生徒からは『血の裏切り者』として蔑まれている。純血主義者の中でも特に悪意に満ちたスリザリンの継承者が、ジニーを無事にしておく可能性はないと言っていい。

 

 パーシーはウィーズリー家の三男だが、今のホグワーツにおいては兄弟のなかで一番年上だ。パーシーがホグワーツに入ってから、パーシーはスリザリンの生徒たちから執拗な嫌がらせを受けた。幾らなんでも自分ばかりターゲットにされるのはおかしいと談判しても、スリザリン生は耳を貸さなかった。

 

 ビルに相談すると、長男のビルはパーシーに暗黒時代が原因なんだと語って聞かせた。

 

『俺たちの叔父さんのギデオンさんとファービエンおじさんは闇払い(オーラー)だった。多分、どっかでスリザリンの子達の親を取っ捕まえたのかもな』

 

 理不尽で残酷な現実だけが、パーシーの周りにはあった。対等な友人だと思っていたスリザリン生との間には、パーシーが何をしても覆せない壁があったのだ。

 

 弟のロンがスリザリンに入ったハリーと仲良くなったとき、ハリー·ポッターならば大丈夫なのではないかと思った。規則を破る問題児ではあったが、両親の身元は確かなのだ。純血主義に走ったりすることはないだろう、と甘く見ていた。

 

 しかし、前学期にハリーはロンや、優秀なグリフィンドール生のハーマイオニーを唆して賢者の石を守るためにと大立ち回りを演じた。闇の魔法使いを相手にである。

 

 パーシーにしてみれば、冗談ではなかった。本当に余計なことをしないでくれと思った。うちのロンはたいした取り柄も才能もないふつうの子供だ。ハリーに関わっていては、いつか必ず命を落としてしまうだろう。叔父たちのように。

 

 ロンにはロンの人生がある。なるほど、闇の魔法使いを相手にして世のため人のために戦うのは立派なことだったが、それに巻き込まれて命を落としてしまってはたまらない。ハリーと仲良くなっていく弟を、パーシーは不安な気持ちで見守っていた。

 

(……僕が何とかしなければ……)

 

 パーシーは兄弟たちを闇から守れるのは自分だけだと本気で信じていたし、それが出来るだけの能力はあった。

 勉強に勉強を重ねたことで、OWL試験の成績で12科目に合格したことがその自信の根拠だ。パーシーは自分こそ学年で最も優れた魔法使いであると自負していた。その傲慢とも言える自信は今、粉々に砕け散っていた。

 

 

 パーシーは両親にジニーが誘拐されたことを手紙で報告した。高齢の愛すべきフクロウは、主人が憔悴しきった様子で持たせた手紙を抱えてよろよろと飛び去った。

 

 

 

(どうして僕はロンばかり心配して、ジニーの側にいてあげなかったんだ……どうして継承者はジニーを狙ったんだ。何でジニーじゃなくて、他の子にしてくれなかったんだ……何でもっと早くから、ロンとポッターを引き離さなかったんだ……)

 

 一人で横になっていたパーシーは無力感のあまり自棄になり、普段の彼であれば考えないようなことまで考えかけた時、部屋の水道が突如動き出した。

 

 

『ここにいると思ったわ、エロ眼鏡!!』

 

 

 水道から声がしたかと思えば、眼鏡をかけた女生徒……の、ゴーストがパーシーの前に姿を見せた。パーシーは彼女に対して反応する気力もなかった。

 

『まぁ、伝統あるホグワーツの監督生の癖に何をやっているの?そうやって眠っていれば妹さんが帰ってくると思うなんて、随分と監督生の質も落ちたものね?』

 

 

 普段のパーシーであれば、突如として出現したゴーストに叫び声をあげてチャームをぶちこんでいただろう。あるいは、監督生を貶めるような発言を注意したかもしれない。パーシーは神経質で、権威主義の青年だった。だが、今のパーシーはマートルを見ても驚く気力がなかった。無反応のパーシーを見て、マートルはゴーストとしての力を使ってパーシーをたたき起こそうとした。

 

『あなたの一番小さな弟は、ハリー・ポッターと協力して妹さんを助けるために秘密の部屋に入っていったわよ!!監督生ならさっさと助けに行きなさい!!!!さもなくばトイレの水を浴びせるわよ!!』

 

 

「何だと!?ロンがポッターと二人で?……ジニーはまだ無事なのか!?」

 

『それを確かめに行けるのは貴方だけよ!三階の女子トイレに行きなさい!』

 

 

 ゴースト少女の発した言葉に、パーシーは飛び起きた。断じてトイレの水が怖かったからではない。嘆きのマートルの導きに従って、秘密の部屋への入り口に入ったのである。マートルが秘密の部屋の場所を告げてから到着まで、ほとんど時間をかけなかった。パーシーは自分自身に加速呪文をかけて、肉体を強化することで無理矢理部屋に到達したのである。マートルを置き去りにするほどに加速して、パーシーは秘密の部屋の入り口から先へ、先へと進んだ。

 

(無事で居てくれ……!ジニー!!ロン……!)

 

 

 

***

 

「フリペンド·マキシマ(遥か遠くへ吹き飛べ)!!」

 

「ロコモータ(動け)!!レヴィコーバス(吊るせ)!」

 

 ……そして、瓦礫に埋もれていたロンを衝撃呪文や浮遊呪文で救出してから、パーシーは秘密の部屋の最奥へとたどり着いた。パーシーの後ろにはロンがくっついている。ジニーとハリーを救出せんと勇んでやってきたパーシーを待っていたのは地獄だった。

 

 明らかに邪悪な闇の魔法を操るハリー・ポッターがいて。

 

 

 ハリーのさらに奥には、人間を丸呑みできそうなほどに巨大なバジリスクの無惨な死体がある。バジリスクの骸は何か爆弾でも投げつけられたかのように焼け焦げていた。

 

 信じたくはないがハリーがこれをやったのだ。恐らくは闇の魔術を使って。

 

(……化け物め!)

 

 

 わずか一瞬のうちにそこまで推測したパーシーだった。内心で抱いた嫌悪感は、ハリーに対してか、バジリスクに対してか、それとも目の前の謎のスリザリン生に対してかはパーシーにも分からない。

 

 パーシーに気がついた瞬間、ハリーは何故か闇の魔法を解除した。そして、ハリーに大小様々なバジリスクの牙が呪文によって放たれる。

 

 パーシーは咄嗟にプロテゴでハリーを守ろうとした。詠唱する余裕などなく、無言呪文でハリーを守ろうとする。パーシーがハリーを守るのは、後ろにいるロンがハリーを信じていたから、というのもある。しかし、一番の理由は、始めて見た謎のスリザリン生がよりによってジニーの杖を行使していたことだ。

 

 ジニーは一番下の妹ということもあり、新品の杖が与えられていた。ジニーが何よりも大切にして、誰にも触らせようとしなかった最高の杖だ。

 見知らぬスリザリン生が、ジニーの魂とも言えるものを持っていたことにパーシーは激怒した。兄として当然の怒りだった。

 

 

(……あの男、ジニーの杖を奪ったのか!?)

 

 現場の光景だけ見れば、スリザリンの継承者であるハリーが闇の魔法を使って人を殺そうとしていたように解釈も出来る。だが、パーシーは迷わなかった。継承者であるなら、ハリーが闇の魔法を使う必要はない。ハリーは継承者のバジリスクから身を守るために戦っていたのだと、パーシーはその明晰な頭脳で理解した。

 

 

 だが、現実は残酷だった。パーシーの明晰な頭脳と、磨き上げた魔法の腕をもってしても届かないものはある。

 

 パーシーの造り上げたプロテゴは、高速で動き回るハリーの動きを阻害しないように、ハリーの身を守る鎧となった。充分な強度と持続時間、そして防御範囲を併せ持つプロテゴは円熟の域にあり、アクシオ(引き寄せ)やレヴィオーソ(浮遊)といった厄介な呪文であっても、防ぐことは容易かっただろう。

 

 不幸なことに、謎のスリザリン生徒はロコモータ(移動)でバジリスクの牙を動かすという選択をしていた。それはパーシーの予想外の速度で動き、パーシーが戦術を切り替える隙を与えなかった。バジリスクの牙には毒があった。その毒はパーシーのかけたプロテゴの鎧を軽々と突き破り、ハリーを襲わんと迫る。

 

 ハリーは縦横無尽に空を逃げながらかわそうとするも、謎のスリザリン生は巧みにハリーを追い込んでいた。ハリーが牙をかわしたと思った瞬間、ハリーの死角に潜ませていた牙を起動させる。ハリーは反射的にそれをかわしたが、左手にかすり傷を負った。

 

 ぐらり、とハリーが力尽きたように落下する。上空に飛んでいたわけではないのに、倒れ方がおかしかった。

 

 

 バジリスクの毒。

 

 ほんのわずか人体に侵入しただけで、人を死に至らしめる猛毒。

 

 それを、12歳の後輩に使ったのだと理解したパーシーは激怒した。パーシーは基本的に善性の人間なのだ。年下の子供が殺される姿を見て、冷静でいられるわけもなかった。

 

「……何故だ!!何故こんなことをするんだ、君は!?」

 

 同じ人間とは思えない。

 

 確かにハリーは闇の魔法使いかもしれないが、だとしても、自分より年下の子供を躊躇なく殺せる神経が理解できない。したくもない。

 

 目の前のスリザリン生は、パーシーが見たどのスリザリン生より端正な顔立ちをしていながら、誰よりもおぞましく笑った。彼は、自らをトム·マールヴォロ·リドルと言い、今世紀最悪の闇の魔法使い、ヴォルデモートの記憶だと明かした。結論からいうと、リドルは人間ではない。人のかたちをした怪物だった。

 

「理解したかい?大人になった僕を権力の座から引き摺りおろし、スリザリンを汚す混血のハリー・ポッターを始末するために、僕は策を練っていたのさ。君のお陰で思ったより簡単に事がすんだ。ありがとうウィーズリー」

 

 

「……っ……!!ふざけるなぁ……!!人殺しが気取ってるんじゃないよ!」

 

 パーシーの無言失神呪文はリドルのプロテゴに弾かれる。ロンは怒りで震えているのに、倒れたハリーを介抱しに行きたいのに、パーシーのように戦うことができなかった。無言呪文の応酬を繰り広げるパーシーとリドルの攻防が早すぎて、呪文を唱える隙すらないのだ。

 

「ヴォルデモートだと……?それが……どうしたぁ!!」

 

 パーシーは叫びながら無言呪文による変身術で大岩を造り出し、リドルの操るバジリスクの牙を捕らえた。 パーシーの変身呪文はそのまま捕らえた牙を貝に変えてしまった。さらに、貝は瞬時に爆発する。変身から爆発までの流れを自動で行うパーシーの開発した独自の魔法で、魔法省へのインターンで闇の魔法がかけられた物品を破壊するために編み出したものだ。

 

 パーシーは、ギルデロイ·ロックハートやハリー・ポッター、ドラコ·マルフォイやガーフィール·ガフガリオンが到達できなかった、学年で最も優秀な成績を修めた魔法使いである。12もの科目を優秀な成績で合格したことを考えれば、パーシーは数年に一度の逸材と言ってもよかった。

 

 

「流石は監督生といったところか、見事だよウィーズリー」

 

 パーシーの攻撃にも、リドルは余裕を崩さない。

 

 パーシーはロンがリドルの標的にならないよう、自分がロンとリドルとの間に立ち、変身呪文で大量に産み出した鳥を壁にし、さらにその鳥全てに失神呪文を付与してリドルに突撃させた。黄金に輝く鳥たちが一人の怪物に向かっていく様は壮観で、圧倒的ですらあった。

 

 

 杖のたった一振りでパーシーはこれを成し遂げたのである。

 

 パーシーの技量は、間違いなく現在のホグワーツの全学生のなかで最高のものだった。だからこそ、リドルはパーシーと『遊ぶ』気になった。

 

「どれ。僕が遊んであげよう。君はどこまでこの絶望に耐えられるかな!?」

 

 パーシーは事前に自分自身に付与していたルーンの補助によって魔法力を底上げしていたが、対するリドルにはルーンの加護はない。にもかかわらず、初見でパーシーと全く同じ呪文を造り上げ、パーシーの鳥を迎撃した。

 

 一羽、また一羽。

 闇の魔術への対策となる筈の鳥たちが、リドルの産み出した禍々しい蜂に腹を貫かれ相討ちになっていく。徐々に形勢はリドルに傾いていた。

 

 実をいうと、これでもリドルの全力からは程遠かった。リドルの使っている杖はイチイの木ににユニコーンの毛を芯材とした、ジニーの杖だ。リドルはイチイの杖を使いなれていたものの、ユニコーンの芯は闇の魔術や、闇の魔法使いに屈することはない。ゆえに本来の持ち主の血縁に対して、リドルの得意なカースや闇の魔術を使うことは出来なかった。それが、圧倒的な力の差がある二人が一瞬でも拮抗できた原因だった。

 

「ここで殺すには惜しい!!投降したまえウィーズリー!!」

 

 リドルはそうパーシーをからかった。

 

 

「君のお陰で、ポッターを殺せたんだ。今ならば、闇の帝王は君を忠実な臣下として迎え入れるよ。何なら闇の魔術の手ほどきもしてあげよう」

 

 

 果たして、パーシーの返答は、どうか。

 

「死んでも断るっ!!」

 

 やはりと言うべきか、パーシーもまた、ウィーズリー家の人間だった。彼は、服従よりも誇りを取った。

 

「つまらない意地のために死ぬ、か。まぁいい。ウィーズリーは放っておいても増える」

 

 そして、リドルが持っていたジニーの杖が振り下ろされる瞬間。

 

「ロコモータ(動け)!!」

 

「!??」

 

 リドルは呪文を放つことが出来なかった。彼は、耐え難い激痛にのたうち回った。ロンはあっと息を飲んだ。

 

 

 誰かの腕が、リドルの後頭部に直撃していた。腕は血まみれだ。奇妙で、そして恐ろしいことに、その腕が当たったリドルの後頭部は、まるで業火に焼かれたかのようにひび割れ、焼けただれている!!その隙に、パーシーは上空の鳥を動かし、劣勢を挽回していた。

 

 ロンは信じられないものを見る目で思わず犯人にかけよった。その犯人は、立ち上がることも出来ず、蒼白な顔で魔法を唱えていた。

 

 ハリーだ。

 

 バジリスクの牙を受けたハリーが、自分の左腕を切り落としてリドルにぶつけたのだ!!

 

 ハリーの中にあるのは、狂気でも殺意でもなかった。

 

 ただ、ハリーは友達を守ることが出来れば何でもよかった。自分がどうせ死ぬのだとしても、友が死ぬのを黙って見ていることは出来なかった。ハリーはロンに抱き抱えられながら、最後の力を振り絞って叫んだ。

 

「ロ……ン……ジニーの持ってる……日記だ。あれが……怪しい。日記を……壊してくれっ」

 

「プロテゴ ディアボリカ(悪魔よ 僕の友達を護れ)!!!!」

 

 自分の持てる全ての力を、友のためだけに捧げたハリーはその場で意識を失った。

 

「ハリー!!」

 

 ハリーの産み出した暗黒の炎が、ロンの周囲を包み込む。ロンはハリーをそっと地面において、ジニーの傍にある日記まで駆け出した。

 

「させるものかっ!!ゴミどもがよくもやってくれたな!!」

 

 思わぬ反撃を受けたリドルは、その本性を現した。倒れたハリーとロンめがけて、失神呪文の閃光を放つ。一振りで複数の閃光を放つ妙技だ。込められている魔力も、尋常ではない。まともに受ければ死は確実だった。

 

 ロンは怖れなかった。

 止まらなかった。

 逃げなかった。

 

 倒れた親友のために、妹を救うために、駆けつけた兄のために、ここにいない仲間のためにロンは突き進んだ。そして、ロンにかけられた悪魔の護りと、血の護りが闇の帝王の本気の失神呪文を阻んだ。

 リドルはミスを犯した。

 

 ジニーの杖を用いながら、ジニーの血縁者に向けて殺意ある魔法を撃ったこと。神聖なユニコーンの毛を用いた杖で何度も悪意と殺意のある魔法を行使したこと。

 

 その二つが、闇の帝王の魔法からロンが生き延びることが出来た理由だった。失神呪文は悪魔の守りを突破できなかった。

 

 ハリーに向けて迫る閃光を撃ち落とさんと、パーシーは全ての鳥を動かしハリーを守ろうとした。闇の帝王の本気の失神呪文は、その全ての鳥を破壊し、ハリーへの殺意が込められた呪詛が動けないハリーに迫る。

 パーシーの魔法でもない何かが閃光とハリーとの間に割ってはいったが、閃光はその何かを貫通した。

 

 リドルは己の勝利を、つまりはハリーの死を確信し、邪悪に笑った。

 

 その時、不思議なことがおきた。動けない筈のハリーの姿が、突如として消えた。

 

「……なんだと?!」

 

 

「ハリー·ポッターを……ドビーめが御守りするのです!!若様の命令を遂行するのですっ!!ドビーはいいこ、ドビーはいいこ……!!」

 

 見るからにみすぼらしいハウスエルフが、ハリーを抱いてテレポートしたのである。ドビーの奮闘によって、ハリーは間一髪のところで呪文の直撃を避けていた。

 

「エクスペリアームス!!」

 

 さらに、間の抜けた少女の声で武装解除の魔法がリドルにかけられる。リドルの手からジニーの杖がスルリとすり抜けていく。本気の魔法を行使したことで、リドルの肉体にかかっていた護りは薄くなっていたのだ。

 

 透明マントにくるまったルナは、すぐにでも参戦したい気持ちをこらえて待っていたのだ。彼女は透明マントから出ると、頭には何故か組分け帽子をかぶり、手には見事な彫刻が施された剣を持っていた。剣には、バジリスクの牙から抽出した毒が塗りつけられていた。

 

「ロコモータ!!ロン、これ使って!!」

 

「ええっ!?何でここにいんの!??」

 

「森のようせいさんのお陰だモン!!」

 

「……分かった!!」

 

「舐めるなガキども!!杖がなかろうと、子供一匹止められないと思うなっ!!」

 

 リドルは杖なし魔法でロンへと向かう剣を引き寄せようとする。それを阻んだのは、パーシー·ウィーズリーだった。

 

「プロテゴ·マキシマ(全てのものから護れ)」

 

 完全詠唱によってパーシーの杖から放出された障壁が、神々しい光と共にリドルの邪な魔力からグリフィンドールの剣を守る。剣はすっぽりとのっぽなロンの手にに収まり。

 

 

「……やめろぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!」

 

 

 悪魔の護りと、バジリスクの毒を吸収した剣が、ロンの全体重を乗せてリドルの日記へと振り下ろされ。

 

 リドルの日記は、まっぷたつに破壊され、暗黒の炎に包まれた。

 

 

***

 

 目を覚ましたハリーはがばりと起き上がり、覗き込むようにしてハリーを見ていた金髪の少女とおでこをぶつけ合った。

 

「いったああいっ!!ハリー、痛いモンっ!!」

 

「ごめんルナ……って何でルナが?……?あれ?痛くない?何で僕は生きてるの?」

 

 ハリーはバジリスクの毒にやられ、死んだと思った。目を覚ましてみると、色々とおかしなことになっていた。ハリーの左腕はなく、体をバジリスクの毒に侵食されている筈なのに、全身を襲う苦痛がないのだ。

 

 さらに奇妙なことに、ここにいない筈のルナやドビーがいて、宿敵は全身から血を吹き出し、血を吐きながら消えかかっている。ハリーはそこまで長い時間気絶していたわけではないらしい。

 

「フォークスちゃんとドビーちゃんのお陰だよ。ちゃんとお礼を言ってあげてね?」

 

「…………そうか。君たちが助けに来てくれたんだね?」

 

 ハリーは自分とルナや、ウィーズリー家を見守っていたフォークスにお礼を言うと、ルナの肩を借りてドビーに向かい合った。

 

「……ありがとう、ドビー。皆を君が護ってくれていたんだね?」

 

 

 ハリーは何となくそう言ったが、それは偶然にもあたっていた。ルナとドビーはテレポートして秘密の部屋の入り口に到達した直後に、フォークスと合流した。その時パーシーが駆け抜けていく後をついていったのだが、ドビーが消音魔法や消臭魔法を使っていなければ、フォークスもルナもリドルに察知されていただろう。

 

「みんなMVPだよ」

 

 ルナはニッコリと笑ってピースサインをした。

 

「は、はいっ!はい、ハリー·ポッター!!しかしドビーめは、あなた様を護りきることが出来まー」

 

 ハリーはドビーの言葉が言い終わらないうちに、ルナに支えられながら片ひざをついて自分の右手を差し出した。

 

「……僕は君の事を嫌いになって色々と悪い気持ちになったりもしたけど、君の事を見直したよ。ありがとう、ドビー」

 

 ハリーはドビーのシワだらけの手を握って、お礼の握手をした。そして、こう付け加えることも忘れなかった。

 

「人を助けるときは、今日みたいなやり方をするって約束してね、ドビー」

 

「はいっ!勿論でございます!!」

 

 そんな平和なやり取りが行われている裏で、リドルは苦痛にのたうち回っていた。ハリーたちも、パーシーたちも、リドルに気を取られている余裕などなかった。リドルはありとあらゆるものに対して恨みつらみを吐き出していたが、やがてジニーに対して恨みをぶつけた。ジニーははらはらと泣いていた。

 

 

「僕は与えてやったんだよお!そこの小娘に力を!!邪魔なコリンやグレンジャーを排除すれば自分がハリーの隣に立てると願った!だから願いを叶えてやった!そうだろう小娘!!!?」

 

 

「インセンディオ マキシマ(全て燃えろ)!!!!」

 

 パーシーの焼却呪文が、リドルの日記をさらに燃やす。リドルはいよいよ肉体が薄くなり、ゴーストと変わらない半透明な姿になった。

 

「ち、違う、私は……違うのぉ!!」

 

 泣き腫らすジニーを、何も言わずにロンはぎゅっと抱き締めた。

 

「聞くな、ジニー……」

 

「僕は望みを叶えてやった筈だ!何でもくれてやった筈だ!他の生徒を圧倒する成績!つまらない同級生とは比べ物にならないほど満たされた時間を!!!その力を与えた代償に、お前の命を僕に寄越せ!!」

 

 ハリーはリドルの言葉を聞きながらふと、フリットウィック教授の言葉を思い出した。

 

『君は何かを与えられる人間になりなさい』

 

(リドルも、そうなりたかったのかな)

 

(…………与えるって何だ?)

 

 ハリーはふと、自分とトムで何が違ったのだろうかと悲しい気持ちになった。ハリーも闇の魔法を使っている。闇の魔法使いと言ってもいいかもしれない。ハリーは、自分の全身から力が抜けていくのを感じた。

 

 その時、ロンとパーシーはリドルの手がジニーへと掴みかかる幻影を見た。二人は必死で魔法を放ちリドルを妨害しようとしたが、リドルを阻むことはできなかった。

 

 それを阻んだのは、なんと、一人の少女の姿をしたゴーストだった。

 

「誰だお前はっ!!」

 

 リドルの声に、嘆きのマートルは悲しそうに言った。

 

「マートル·ワレン……の幻影よ。私ったら、殺された相手にすら覚えてもらってないのね」

 

「どけっ!!僕は闇の帝王だぞ!!この世界を支配して、純血主義の夜明けをもたらす存在なんだっ!!」

 

 必死に叫ぶトムを、マートルは蔑んだ目で見ていた。ハリーは何も言わずにマートルを見守った。マートルがそんな目で人を見ることはなかった。

 

(当たり前……だよな……)

 

 マートルは本物のマートルではない。だが、殺された被害者としてトムと会話する権利はある筈だった。マートルは、ここに、トムと会いにやってきたのだ。

 

「気付いてないなら教えてあげるわ、トム·リドル。アンタはスリザリンの継承者だの、闇の帝王だのと大層な人間じゃないの」

 

「ゴースト風情が偉そうにっ……!!」

 

 

「あんたはそのゴースト未満のカスだって言ってるのよ。あんたは負け犬。ただの犯罪者。昔のアンタはみんなの人気者だったのに、今ではそれもだーれも覚えちゃいない」

 

 そして、マートルはトムの全身を金縛りにして、トム·リドルを嘲笑った。

 

「惨めねぇ?人を殺したんだから、殺された奴にはこれくらいは言われて当然なんだけどね!」

 

 クスクスと嘲笑するマートルを、パーシーはなんとも言えない感情を持って見ていたが、マートルを止める権利は誰にもなかった。マートルはさらに言葉を紡いだが、トムにそれが響いたかどうかは怪しかった。

 

「皆からの人気者で。何でも出来て。何にだってなれたくせに、自分からその権利を棄てた。ただの人生の落伍者よ。人を殺しちゃいけないって、両親に教わらなかった?」

 

 

 

 最後の言葉は、トム·リドルにとって最悪の煽りだった。

 

 

「貴様……貴様ああああ!!!恵まれただけの人間がっ!!この僕を!持たざるものを笑うのかっ!!穢れた血の分際でっ!!」

 

「リドルという姓!!トムという名!!それを捨てて何が悪いっ!!なにも与えなかったお前たち恵まれただけの人間に、恵まれながらこの僕よりも劣る愚図どもに復讐して何が悪いっ!!」

 

 ハリーは心臓を捕まれたような気持ちになった。

 

(そうか。リドルには……)

 

 リドルにはいなかったのだ。

 

 間違っている時に立ち向かってくれる人間も。

 自分を負かすほどに優れた友も。

 心から尊敬できる先輩も。

 生意気でも芯のある後輩も。

 

 ……そして、親も。

 

 全てを持っていたハリーが、リドルに共感するなんておこがましいことだとハリーには思えた。自分とリドルとでは、何もかもが違いすぎたのだ。

 

 

「あんたは持たざるものじゃない。奪うものよ」

 

 怨霊であるマートルは、最後の最後にトムへと復讐を果たした。魔力の固まりであるマートルに阻まれ、トムは動くことも出来ず、あがいていた。その姿は監督生としての威厳も、絶対的な超越者としての格もない。

 

 ただの人間がそこにいた。

 

「い、嫌だ……死にたくない、死にたくない……ちくしょお……」

 

「人を自分の意思で殺したらね。どれだけ優秀でもこうなるのよ。あなたたちはせめて真っ当に生きてね」

 

「……杖にかけて誓うよ、ミス·マートル」

 

 ハリーは、マートルにそう言った。マートルは、ハリーとトムを見比べて何かを言いたそうにしていたが、口をつぐんだ。

 

 トム·リドルは涙を流していた。ルナはリドルに駆け寄ろうとしたが、パーシーがルナを抱き止めた。

 

「何をしている!?」

 

「だって、かわいそうだって思って……いくら悪いやつでも、あんなことを言われるのは辛いよ……」

 

「見た目に騙されてはいけない。本当に悪いやつは、人の善意や同情心を食い物にして生き血を啜るんだ」

 

 パーシーはきっぱりと断言した。ルナはのたうち回るリドルのために、駆け寄るのではなく歌を歌った。ハリーにはそれが何の歌なのか分からなかった。リドルにも分からなかった。ルナの歌に呼応するかのように、不死鳥が嘶いた。リドルの体が、真っ黒な炭の塊になって消滅していく。

 

「何だ?それは…その歌は…」

 

 

 トム·マールヴォロ·リドルが最後の最後に抱いた感情は怒りでも、死への恐怖でもなかった。パーシーの呟きすら耳に入っていない。パーシーとロンは、ルナの歌が何であるのか気がついているようだった。パーシーはそっと目を伏せていた。

 

 

 トムは自分に与えられたものが何であるのか分からないまま、その意識を永遠に手放した。消滅したリドルの最期を見送った後に、ロンがつぶやいた。

 

「……何だかさ」

 

「……とても、悲しいな……」

 

 ハリーは、ロンが居てくれて良かったと思った。

 




鷹寮の獅子、爆誕。


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ヒーロー失踪

改めて考えるとパーシーが強すぎる。原作でマキシマを使った学生なんてほぼいないし無言呪文で戦闘できたのも大人で変身呪文を実戦レベルで使えたのも一部の上澄みだけなのに……
まぁパーシーも上澄みということで。


 

 

「ドビーくん、君も疲れているとは思うが、ホグワーツの生徒として無理を承知で頼む。ポッターとうちの妹を医務室までテレポートさせてくれないだろうか?」

 

「承知いたしました、ウィーズリー様!!」

 

「様は不要だ。……よろしく頼む、ドビーくん」

 

「いえ、僕は歩いて行けますが……」

 

「ハリーはいいから休め!ひどい顔だぞ!ドビー、ハリーを頼んだぜ!」

 

 トム·リドルの消滅を見届けたハリー、そしてジニーは、パーシーの頼みでドビーによって医務室へと送られた。パーシーはルナやハリーも含めて、リドルの正体がヴォルデモートだということはまだ話さないように言った。どうすべきか自分には判断できないので、マクゴナガル校長代理と相談して決めるのだそうだ。ハリーも異論はなかった。ハリーはリドルの消滅を見届けてから、緊張の糸が切れかかっていた。ハリーはドビーの小さな手に捕まって、医務室までテレポートさせてもらった。医務室にはポピー·ポンフリー校医はおらず、石にされた人たちが横になっていた。その場にいたハッフルパフのカップルは、ハリーたちが一瞬で出てきたことにまず驚き、ついでハリーの左腕の先を見て仰天してポンフリー校医を呼びに行った。

 

「待ってろよ、すぐに呼んでくるからな!!」

 

「ねーちょっとこれどう言うこと?どうなってんの。ねぇ?何で腕がなくなってんの?」

 

 

 バタバタと遠ざかる足音を聞きながら、ハリーはドビーにお辞儀をしてお礼を言った。

 

「ありがとう、ドビー……助かったよ……」

 

「いいえ、ハリー·ポッター。わたくしめは若様の申し付けに従って、当然のことをしただけでございます!!」

 

「若様?」

 

 ハリーの疑問に、ドビーははっと口をつぐみ、自分を罰そうとした。ハリーは何とか頼み込んでそれを止めた。

 

「待ってドビー。今のはなし。聞かなかったことにするから。本当にありがとうね」

 

 ハリーは、自分を助けようとしてくれた人間が居るのだと知った。日記を送り込んでホグワーツを混乱させた親と、ハリーを護ろうとしてくれた子供が居るのだろう。そこまではわかったが、そこから先に考えを巡らせる前に、ジニーが不安から泣き出したからだ。

 

「わ、私……私退学になっちゃう!皆を石にして、ハ……ハリーにこんな大怪我をさせて……!パパもママも、クラスメートもみんな私のことを嫌いになるっ!もうおしまいよ!!」

 

 

 医務室にたどり着いたジニーも、秘密の部屋から解放されたことで緊張が解けたのか、ハリーの左腕が無いことに青ざめてまた泣きじゃくってしまった。

 ハリーはジニーの様子を見て、去年の自分を思い出した。ハリーは疲労から朧気になっている頭を最大限稼働させて、ジニーを慰めるために言葉をかけた。

 

「マクゴナガル教授は厳しい人だから、君のためにきついことを言うかもしれないけど。君を見捨てたりはしないよ」

 

 ハリーの言葉に、ジニーはそんなことないわと首をふった。

 

「わ、私……私、日記がおかしなものなんじゃないかって思ったの。だから捨てようとしたけれど捨てられなくて……リ、リドルは……とても優しくて…私、日記に抗えなかった…」

 

「ジニー……」

 

 ハリーはパーシーの言葉を思い出した。リドルは本当に余計なことをしてくれたと思った。

 

「……きみは強い子だよ。今回死人が出なかったのは、君が無意識にリドルの力に抗っていたからだと思う」

 

 ハリーはそう言って、去年、ハリーが闇の魔法使いと戦ったときのことを話そうと思った。

 

「リドルが全力を出せたなら僕はもっと早くに殺されていたし、みんなだってそうなっていた。石にされた人たちが石にされるだけで済んだのも、君がリドルに抗ったからだ」

 

「何でそんなことが言えるの!?」

 

「去年、強制的に闇の魔法使いにされたひとを見た。君はその人より子供だけど、どれだけ辛くても闇の魔法使いなんかにはならなかった」

 

 ジニーの泣き声がぴたりと止まった。

 

「その人は……昔は悪い人じゃなかったと思う。だけど、自分が生き残るために平気でひどいことをするようになってしまっていた。……その人は僕を殺そうとしたし、闇の魔法やカースだって平気で使うようになった」

 

 僕も同じだけどね、とハリーが言葉を続けたとき、ジニーは怖がってハリーから少し遠ざかった。ハリーは構わずに言葉を続けた。ジニーが泣いて自分を責めなくなっただけで、ハリーの説得はハリーにとっては成功だった。

 

「でも君は、誰も傷つけたくないって思って、リドルに立ち向かったんだ。闇の魔法を使わずに君は、闇の魔法使いに勝ったんだよ」

 

 ハリーはジニーの自尊心を回復させてあげたいと思った。ハリーの言葉を聞いたジニーは何を思ったのか、ハリーから距離を取ってぷいと目をそらした。

 

(そうだよね。それでいいんだ)

 

 ジニーが泣き止んだので、ハリーは少し微笑んだ。ジニーはこれからいくらでもやり直せるのだ。

 

 

 ジニーは診察室の椅子に座りポンフリー校医が来るのを待った。ハリーもジニーとは目を合わせず、椅子に腰かけてポンフリー校医を待つことにした。座ったとたん、ハリーは全身から力が抜けていくのを感じた。やがてハリーの瞼は重くなり、いつしかハリーは意識を手放していた。

 

***

 

 ハリーは左腕を襲う激痛に苛まれながら、夢と現実の狭間をふらふらと彷徨った。ハリーが夢の中にいるとき、ハリーはルナの歌を聞いたような気がしたし、夢の中にいない時は、左腕から肉が盛り上がってくるような奇妙な感覚に耐えきれず嘔吐した。ハリーがやっと意識を取り戻したとき、ハリーは、自分の左手を握りしめている人がいることに気付いた。ごつごつした大人の男性の手だ。目を閉じていても、それが誰であるのかハリーにはハッキリとわかった。

 

「シリウス?……わっ?」

 

 ハリーが目を開けると、シリウス·ブラックがハリーの左腕を握りしめていた。シリウスは魔法省からの帰りなのか、スーツにネクタイという装いだった。今のハリーは眼鏡をかけていないので、シリウスの顔がハッキリとはわからない。しかし、鍛えた大人の男性がスーツに身を包んでいるのは非常に威圧感があった。

 

 シリウスはハリーが目を開けるや否や、破顔して大喜びしハリーに抱きついてマダム·ポンフリーに大目玉をくらっていた。ハリーは何故かその光景に既視感があった。ハーマイオニーに注意されているロンやザビニにそっくりだと思った。

 

「……ハリーが目を覚ましたことが嬉しくてついな……腕は、大丈夫か。動くか?……指の感覚はあるか?」

 

 

 ハリーは左腕を動かしてみた。左腕で眼鏡をかけて、シリウスの顔をハッキリと認識する。左腕は支障無く動くし、眼鏡を触ったときは冷たい感覚を指先に伝えてくる。ハリーは自分のベッドのそばに学校の宿題や、一輪の百合の花が花瓶にあることに気がついた。誰かがハリーの見舞いに来てくれていたのだ。ハリーの友達やスリザリン生(ハリーの知らないスリザリン生からのメッセージが異様に多かった)、ハグリッドからのメッセージカードもあった。

 

「マダム·ポンフリーにきちんとお礼を言うんだぞ、ハリー」

 

 シリウスは目に涙を滲ませていた。

 

「うん。……ありがとうございます、マダム·ポンフリー」

 

「私はお礼ではなく、あなたが二度とこんな怪我をしないことを望みます」

 

「は、はい……」

 

 ハリーは大袈裟だと思ったが、自分が片腕だったことを思い出して沈黙した。普通に考えて片腕がなくなることは異常事態だった。

 

「……本当に……学生時代そのままですね、シリウス?昔ジェームズといたときと何も変わっていない!」

 

 マダム·ポンフリーはその言葉の後もハリーに対して小言を言いたそうにしていたが、叱責を受けたシリウスが嬉しそうにしているのを見るや呆れながらため息をつき、ハリーの診察をしてくれた。ハリーの状態は健康そのものだ、とマダム·ポンフリーは診断した。念のために今日はゆっくり休み、明日、明後日はリハビリをして腕と体調が完全に元通りになってから復帰するようにと言った。

 

「バジリスクの毒から身を守るためとはいえ、自分の腕を切り落とした生徒は後にも先にもあなただけでしょう、ポッター」

 

 マダム·ポンフリーは皺だらけの顔に真剣な表情を乗せていた。

 

「バジリスクの毒は、微量でも致死性を持ちます。……認めたくはありませんが、毒が体内に回る前に不死鳥が間に合ったのは、あなたが即座に腕を切り落としたからです。何故そうしようと思ったのですか?」

 

 

「それは……ロンたちを守るためです」

 

 ハリーはあのときの状況を思い返しながら言った。

 

「毒でやられたとき、犯人は僕に勝ったと思って有頂天になってました。ロンたちを守るために、僕は何かしなきゃと思って……僕は毒のせいでまともに動けなかったけど、左腕に染み込んだ毒をぶつけ返してやれば効くんじゃないかと思いました」

 

 後半部分は嘘である。たまたまリドルがヴォルデモートだったから、母の愛に護られたハリーの体が武器になることに気がついた。毒が体内に回る前に切り落とした腕をぶつけることにしたのはほとんど偶然の産物だった。

 

(頭がおかしいのですか、この子は……?そんな、そんな風に己を犠牲にして……結果的に闇の物品を壊しただけとはいえ、こうも殺人的で破滅的な思考を……)

 

 マダム·ポンフリーが厳格な仮面を保ったまま愕然としていることにハリーは気がつかなかった。彼女は12歳の子供が、英雄と呼ばれながら兵器のように立ち回り、己も他人も顧みない行動を取ったことに絶句していたのである。命を救うヒーラーとして当然の思考回路であった。

 

「よくやったハリー。その場ではそうするしかなかっただろう。それでこそジェームズの息子だ」

 

 マダム·ポンフリーの内心とは異なり、シリウスはハリーの勇敢さを喜んだ。そんなシリウスに対して、シリウスの本質は学生時代となにも変わっていない、とシリウスの学生時代を知るポンフリーは思案した。

 

(……ダンブルドアに報告する?いいえ、保護者と生徒の問題に介入することをダンブルドアはやりたがらないでしょう……)

 

 彼女は己の職分をわずかに超えて、それとなくシリウスをたしなめた。

 

「それでこそ、ではありません。ポッターは死ぬ寸前まで追い詰められたのです。保護者様には、もう少し子供の教育をしていただかなくては……」

 

「も、申し訳ない、マダム」

 

「そんな、ポンフリー校医。シリウスのせいじゃなくて、僕が勝手にやったことです」

 

「お黙りなさい。今回は運良く上手く治療できましたが、次もうまくいく保証はできません。ポッター、あなたの行動による結果はあなた自身が背負うべき責任ですが、親には子供をそう教育したというまた別の責任があります。未成年の子供を持つ保護者とはそういうものです」

 

 ハリーは自分のせいでシリウスが責められることに憤慨したが、ポンフリー校医は取り合わなかった。彼女の監視を受けながら、ハリーはシリウスに頼まれて秘密の部屋での出来事を話した。

 

 ハリーは寝起きではあったが、パーシーとの約束を覚えていた。リドルがヴォルデモートであることを伏せたまま、バジリスクと対峙して殺されかけたこと、パーシーが助けに来てくれたこと、気がついたときにルナやハウスエルフのドビーが助けに来てくれたことを明かした。ハリーが闇の魔術を行使したことを、シリウスもマダム·ポンフリーも喜ばなかった。

 

「まぁ、何てことを……闇の魔術は治療困難な魔法ですよ、ポッター……」

 

「あれほど言ったのに、闇の魔術を使ったのか。ハリー」

 

「うん」

 

「何のために?」

 

「敵をこ…………倒して、ロンを……友達を守るために」

 

 ハリーは真っ直ぐにシリウスの瞳を見た。しかし、シリウスの瞳に明らかな失望があったことにハリーは思わず怯んだ。闇の魔術に頼るのは良くないことだし、非難されるのだって覚悟していたつもりだ。だが、覚悟していたって、辛いものは辛い。親しい人にその視線を向けられるのは、想像よりずっと辛かった。

 

「…………状況を考えれば、使わざるをえなかった。バジリスクが相手なら、生き残るために使うのは仕方なかった。それは分かる」

 

 シリウスはハリーが闇の魔法を使ったという事実に衝撃を受けていた。実際のところ、シリウスは既にダンブルドアから、秘密の部屋での出来事を聞いていたのだ。パーシーとロン、そしてルナは、マクゴナガル副校長と、魔法省から復帰をするように嘆願されたダンブルドアに事態の経緯を説明し終えていた。

 

「友達を護りたい、か、ハリー」

 

「うん」

 

 ハリーは迷わず頷いたが、シリウスは厳しかった。

 

「私は闇の魔術の専門家じゃない。だが、君が使った魔法についてはスネイプ……教授から説明を受けた。悪魔の護りはな、ハリー。自分が護りたいと思っている人間まで燃やしてしまうリスクがある。ジニー·ウィーズリーを燃やしてしまう可能性を考えたか?君の友達をうっかり焼いてしまうかもしれないと思わなかったか?」

 

「それは……秘密の部屋では考えてなかった。友達なら……大丈夫だと思って……」

 

 シリウスはハリーの頬を軽く叩いた。ハリーはそれを受け入れた。マダム·ポンフリーは厳しい目でハリーとシリウスを見ていた。

 

「闇の魔法を友達に向けるんじゃないっ!君は友達を殺していたかもしれないんだぞ!?」

 

「ごめんなさい……」

 

「いいかハリー。友達が、絶対に自分や友達に対して都合がいいものだなんて思うな。自分が友達のために尽くすのはいい。大切な友達のために何かしたいと思うのは当たり前だ。だが……それを友達に強要するな」

 

「……それをしてしまった奴が君の目の前にいるんだ。分かるな、ハリー?」

 

 

 

 ハリーは反論できなかった。全くもって、シリウスの言う通りだった。アズラエルが炎の輪を潜らなかったのは当たり前のことだった。だがハリーにとって、アズラエルも大切な友達であることに違いはなかった。そんなハリーに、シリウスはポツリとあることを呟いた。

 

 

「……君はジェームズには似ていないな。あいつなら闇の魔術に頼るなんて考えもしなかっただろう」

 

 

「……うん」

 

 ここまでハリーはシリウスの目を見て話を聞こうとしていた。しかし、シリウスの失望したような声色が怖く、ハリーは耐えきれず、ついに俯いた。マダム·ポンフリーはシリウスに何か言うべきか迷ったが、あえて口を挟まなかった。

 

(……かわいそうですが、これもあなたのためです、ポッター。闇の魔術で成功体験を得てしまうなど、あってはならないことです……)

 

 マダム·ポンフリーはヒーラーである。軽度のチャームやヘックス、ジンクスなどの様々な呪いやカースから患者を治療し、日常生活を送れるようにするのが仕事である。

 

 

 しかし、カースや強力な闇の魔術というものは、治療手段がないものが多い。多感な時期の12歳の子供がそれを行使し、取り返しがつかない事故を起こす危険性を考えれば、止めるのは当然のことだ。マダム·ポンフリーは大人として、ヒーラーとしてハリーの行動を肯定することはできなかった。ハリーの話を聞いている限りでも、パーシーが事故死する可能性だってあったのだ。その場合ハリーは生き残ったとしても杖を取り上げられ、退学になっていただろう。

 

 闇の魔術は、子供が使うべき魔法ではないのだとヒーラーとしてのマダム·ポンフリーは確信していた。訓練された大人の闇祓いでなければ危険すぎる。

 

 しゅんと落ち込んだハリーとシリウスの間に気まずい沈黙が流れた。シリウスはハリーが落ち込んでいるのを見かねてか、あることを言った。

 

「君はジェームズには似ていないが、私に似ているな」

 

 シリウスはそう言ってハリーの頭を撫でた。マダム·ポンフリーは毒物を丸飲みしたような顔でシリウスを見たが、シリウスもハリーもそれに気がつかない。ハリーは、呆気にとられてシリウスを見た。

 

「私もな。昔、友達を護りたくてどんな手でも使おうと思ったことがあった」

 

「……シリウスも?」

 

「闇の魔術こそ使わなかったが、君の気持ちだけは痛いほどよく分かる」

 

 そう言って、シリウスはハリーの左手を強く握りしめた。

 

「ハリー、今学期のはじめに私が君に言った言葉を覚えているか?」

 

「『友達を大切にする』」

 

 ハリーは迷わず言った。ハリーはこの言葉を忘れたことはなかった。もっとも、大切にしたいと思ってロンやハーマイオニーを傷つけてしまったことは何度もあった。

 

「僕はそうしたかったんだ。だけど、うまく行かなくて。喧嘩したり、すれ違ったりしてばかりで……」

 

「そういうもんだ。ハリー、それでいいんだよ」

 

 シリウスは、俯くハリーの顔をあげてハリーと向き直った。ハリーはシリウスの表情が穏やかなことに驚いた。

 

「ハーマイオニー·グレンジャーが私に手紙をくれた。彼女は君のことを本当に心配していたんだ。そして、君が闇の魔術に手を染めることも望んでいなかった。君自身のためにだ。ハリー、友情っていうのは、噛み合わなかったりすれ違ったりするものなんだよ」

 

「……」

 

 

 ハリーはなにも言えず、ただシリウスに頷いた。ハーマイオニーが闇の魔術に手を染めるわけがないと、ロンに言われたことを思い返した。

 

「僕、ハーマイオニーとその事で喧嘩したままだったんだ。ハーマイオニーに謝らなきゃ……」

 

 ハリーは立ち上がろうとした。マダム·ポンフリーが大慌てでハリーを止め、シリウスは笑ってハリーに言った。

 

「石にされた子供たちは、スネイプ教授のマンドレイク薬で快癒したそうだ。君も治ったら、元気な顔を見せてあげるといい。……そのあとちゃんと、何について悪かったのか話すんだぞ」

 

 

「うん。約束するよ、シリウス」

 

 

 そのあと、ハリーは今学期に起きた出来事についてシリウスに色々と話した。ハリーは時間を忘れて話し込んでいた。シリウスはハリーの話を楽しげに聞いていた。やがて去り際に、シリウスはハリーにこう言った。

 

「……強くなれ、ハリー。闇の魔法に頼らなくても、胸を張って生きていけるようにな」

 

 

 シリウスが去った後も、ハリーはシリウスの言葉を胸の中で反芻していた。ハリーは今すぐにでも退院して、ロンやザビニやハーマイオニーの顔を見たかった。ハリーはベッドの脇に添えられた宿題の問題を解きながら、左手の感覚を取り戻していった。

 

 

***

 

 ハリーが慌てて動かなくても、ハリーはロンたちと再会することができた。目を覚ましたその日のうちに、ロンたちはハリーの見舞いに来てくれた。ロンはハリーが寝込んでいる間に、ロックハート先生が逮捕されたとハリーに告げてハリーを仰天させた。

 

「……じゃあ、ロックハート先生は裁判を受けるんだ?」

 

「ああ。被害者の記憶を取り戻さなきゃいけないらしいからな」

 

「記憶喪失になったとはいえ、忘却呪文で奥にしまいこまれた記憶はあるはずですからね。熟練の忘却術使いが時間をかければ、ロックハートの記憶から被害者を特定することは可能なはずです」

 

 アズラエルはそう言ってハリーに日刊予言者新聞を手渡した。新聞には、『記憶喪失の男、アズカバンか聖マンゴか』という見出しが載っていて、写真の中のギルデロイ·ロックハートは呆けた顔できょろきょろと周囲を見渡している。

 

「記憶がないのに罪に問われるんだね……」

 

「ハリーが借りてたラジカセに証拠が残ってたからなぁ……まぁ、多分殺しはしてねーだろうしアズカバンに入っても十数年で出れるだろ。民事ですっげぇ賠償金取られるだろうけど」

 

「君が訴えても勝てると思いますが、どうしますかハリー?」

 

「……やめとくよ。面倒くさい」

 

「だよなー」

 

 忘却呪文は、人間の記憶を司る脳に働きかける魔法だ。オブリビエイトは本来、持っている記憶を破壊するのではなく、持っている記憶を思い出すためのきっかけを奪うのが基本なので、ロックハートが本来の自分を取り戻すまで、忘却術師とヒーラーたちが奮闘することになるだろうと記事には書かれてあった。ヒーラーの皆様には申し訳ないが、被害者たちが本来の名誉を取り戻せるならば、それに越したことはないとハリーは思った。

 

 ハリーは日刊予言者新聞をアズラエルに返すと、うんと背伸びをした。ハリーの左腕が問題なく動くのを見て、ロンはほっとしたようだった。

 

「今年に入って一番いいニュースだね。他には何かあった?……そういえばロン、妹さんは大丈夫?ハーマイオニーは?」

 

「ジニーならピンピンしてるし、もう復帰して同級生の男子にガンガン呪いを飛ばしてるぜ。ジニーったらうちのパパにこっぴどく叱られたから、吹っ切れてさ」

 

「流石ウィーズリーだな。転んでもただでは起きねえってか?」

 

 ザビニがニヤニヤと茶々を入れると、ロンは笑顔で肩をすくめた。

 

「うちの妹はタフなんだよ。じゃなきゃフレジョの妹なんてやってけないって」

 

「そのメンタルは見習いたいね」

 

 ファルカスの言葉に、ハリーもそうだねと頷いた。ホグワーツには平和が戻ったのだと、ハリーは実感することができた。

 

 その時、ハリーはハリーのベッドの敷居の外にいるハーマイオニーらしき影を見てどきりとした。カーテンの隙間から、ハーマイオニーのボサボサの栗色の髪の毛が見える。ハリーの心臓の鼓動が早くなる。

 

「どうかしたの?サンダーバードに撃たれたような顔だよ?」

 

 ルナが心配してハリーにそう声をかけた。ハリーは無理矢理笑顔を作って言った。

 

「ごめん、皆。悪いんだけど、ハーマイオニーと二人で話をさせてくれないかな」

 

(今は……今だけはグリフィンドール生みたいな勇気が欲しい……)

 

 ハリーはやっとそう言うことができた。今すぐに話さなければ、ハーマイオニーと会話することから逃げてしまうような気がした。ずるずると謝ることを引き伸ばして、シリウスとの約束も破って、自分が間違っていたこともなかったことにして、ハーマイオニーから逃げてしまうような気がしたのだ。

 

「え?それならおれも一緒に聞くけど……」

 

「……!ええ、行きましょう皆さん。僕はこの後デートの予定があることを忘れていました」

 

「オラ。ロンも行くんだよ!俺と決闘する約束だったろーが」

 

「え?そんなのしてないだろ?待てってザビニ。引きずるなって。……ファルカスまで!?」

 

「約束してたよ。ロンが覚えてないだけでね。じゃあ、行くねハリー。……頑張ってね」

 

 ザビニとファルカスに抱えられて病室を後にするロンを見送りながら、ハリーは深呼吸をした。全員の足音が聞こえなくなってから、栗色の髪の友達に話しかけた。

 

「……もしもし、ハーマイオニー?」

 

 ハーマイオニーからの返事はない。ハリーは不安になった。もう、自分とは口もききたくないのだろうかと。

 

「……あの……怒ってる、よね?そうだよね……」

 

 ハリーは恐る恐るハーマイオニーに尋ねた。ハーマイオニーは、つかつかと敷居を越えてハリーと向き直った。

 バジリスクによって石にされ、マンドレイク薬によって復帰したハーマイオニーはいわば病み上がりの筈だったが、顔色は健康そのものだった。いつも通りの出っ歯に、ボサボサでまとまっていない髪。そんな彼女の瞳が恐怖に歪んでいなかっただけで、ハリーの胸の中に暖かいものが広がった。

 

(きっと寮に帰ってからずっと勉強の遅れを取り戻そうとしてるんだろうな……)

 

 ハリーは心臓の音を聞きながら、ハーマイオニーの返事を待った。ハーマイオニーは何を言うべきか迷っているようだったが、ぽつりと言った。

 

「今はもう怒ってはいないわ、ハリー。貴方が本当に死にそうな目に遭ったって、ロンから聞いたもの」

 

「バジリスクの毒を浴びて……左腕を失うなんて」

 

 

「……いや、多分本当に左腕は問題ないよ。ウィンガーディアム レヴィオーサ(浮遊)!」

 

 ハリーはハーマイオニーを安心させようと、左腕に杖をもって浮遊呪文で花瓶を浮かせた。ハリーはそのまま、左手に握った杖を回す。ふわふわと宙を浮く花瓶をくるくると一回転させ、ハリーは元通りの位置に花瓶を戻した。

 

「ね?」

 

「上手いわ、ハリー」

 

「入院する前よりも調子がいいかもしれないよ。……ねぇ、ハーマイオニー」

 

 ハリーはそう冗談を言った。そのすぐ後、ハーマイオニーに闇の魔術を教えたことを謝った。

 

 

 

「確かにひどい目に遭ったし、闇の魔法でそれを切り抜けたのも確かだけど。あの時、嫌がってる君に無理矢理闇の魔法を伝えたのは間違いだった。本当に、ごめんなさい」

 

「君を怒らせたのは僕だよ、ハーマイオニー」

 

「いいえ、私が悪いわ!」

 

「私、あの時、貴方のことが理解できなかったの。正直に言うとね?二年生になるまで、私は貴方がスリザリン生だって意識したことはなかったわ。貴方だけじゃなくて、ザビニたちも対等だと思ってたし、今も思ってる」

 

「うん」

 

「けど、マグルを嫌いだって聞いて、ハリーのことが分からなくなったの」

 

「どうして?」

 

「人を生まれで差別するなんて、本来あってはいけないことだもの。私は貴方たちがそんな風に考えていたなんて信じたくなくて、でも現実はそうで。あなたや、ファルカスのことが怖くなったの」

 

「僕は、……僕はただ、マグルが嫌いなだけだよ。マグル生まれが嫌いになったことはない。ファルカスもハーマイオニーを嫌いだとは思ってない筈だ」

 

 ハリーがそう言うと、ハーマイオニーは首を横にふった。

 

「勿論英国には階級制度があるし。魔法使いにも、階級制度に近いものがあると教えてもらったけれど……そういう不平等や偏見は、是正していくべきものだもの」

 

 

「ハリーのことをもっと高潔な……英雄みたいなものだって思ってたのかもしれないわ」

 

 ハリーにとって、これは心外だった。ハリーは憤慨して言った。

 

「そんなことないよ!僕は普通のスリザリン生だ。僕が、コリン·クリーピーや他の皆が思ってたようなヒーローだなんて馬鹿げてるよ。僕なんかより、ロンの方がよっぽどヒーローだ」

 

 ハリーがロンに言及すると、ハーマイオニーの頬が少し緩んだ。

 

「だから、貴方が闇の魔法を知っていると聞いて、ハリーのことがとても怖くなったし、目の前のハリーがとても……気持ち悪かったの」

 

「ごめん、ハーマイオニー」

 

 気持ち悪い、と言われたことはハリーにとってなかなかの衝撃だった。ハリーは思わず反射的にハーマイオニーに謝った。

 

(そうだよね。押し付けられたら誰だって、そう思うのは当たり前だよね……)

 

 

「……あの時僕は……君を護りたかったんだ。友達だったから、狙われるかもしれないと思ったらどんなことでもしたいと思った。どんな手を使ってでも」

 

「……失くしたくなかった」

 

 ハリーは内心で自分に言い聞かせながら、ちゃんとハーマイオニーの目を見続けるようにした。ハーマイオニーは強い決意を持った瞳で真っ直ぐにハリーの緑色の瞳を見返した。ハリーは閉心術を使って泣きたい気持ちをこらえた。

 

「けどそれが君のためにならないなら、同じことはしないようにする。約束するよ、ハーマイオニー。僕は二度と君に闇の魔術を押し付けないし」

 

 ハリーは少しいいよどんだ。

 

「…マグル差別も、しない」

 

「いいのよ、ハリー。分かってくれたなら」

 

 ハーマイオニーはあまりに高潔だった。ハリーはハーマイオニーが眩しかった。

 

「……だけど……だからこそあの時、友達として貴方のことを信じるべきだったって思うの。もしも私がハリーと喧嘩をしなくて、石に変えられずにいたら、友達にこんな怪我をさせなかったのにって」

 

(……………そうだね。その代わり、君がターゲットにされてたよ…………)

 

 ハリーは内心でそう思った。リドルがマグル生まれの生徒を見逃す筈もなかった。狙われたのが自分で良かったと心の底から思った。

 

 ハーマイオニーが自分のことを友達と呼んでくれたことが嬉しくて、ハリーは泣きそうになった。ハリーは、ハーマイオニーに手を差し出した。何となく右手ではなく、左手の方がいい気がした。

 

「僕も、色々とダメなところがあるんだけどさ。これからもよろしくね、ハーマイオニー」

 

「……そうね、ハリー。早く良くなってね」

 

 

 ハリー·ポッターとハーマイオニー·グレンジャーは、そのあとも友達であり続けた。ザビニやロンは何を話したのかしきりに聞きたがったが、ハリーは口をつぐんだ。何となく、話すのが気恥ずかしくなったからだ。

 

***

 

 退院したハリーは、自分の中にあるマグルに対する差別感情を消すにはどうすればいいのだろうと悩みはじめた。ザビニやアズラエルが乗り越えた内心の葛藤期を、ハリーもまた迎えようとしていた。

 

 なかなかうまく行かない差別感情とは別に、退院以来、ハリーは闇の魔術の練習をしなくなった。ハリーの中に闇の魔術に対する崇拝心はなかったからだ。あくまでも友達と自分を護るためだけに欲した力であって、闇の魔術そのものに価値を見出だしてはいなかったからだ。ただしハリーは、命の危機にあって必要なとき、自分が闇の魔術でも使ってしまうだろうということを分かっていた。シリウスとの約束を護るため、友達を護るためにも、ハリーは闇の魔術がなくても生き残れるように強くならなければならなかった。ハリーは闇の魔術から逃避するように、決闘クラブやクィディッチや勉強に勤しんだ。




プロテゴ·ディアボリカなんて友達に向けるんじゃねえ。
友達だからって友達の何もかも全て肯定できるわけないんだから……


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スリザリンの簒奪者

今回は短めです。


 

 無事医務室から復帰して、皆と共に授業を受けることができるようになったハリーだったが、復帰してからは色々なことがあった。

 

 ハリーがスリザリン生でありながらスリザリンの継承者を止めた、ということはホグワーツ生徒の間で爆発的に広まっていた。ハリーがそのとき腕を失くしていたことも、医務室にいたカップルのせいでホグワーツのほぼ全ての生徒が知っていた。ザビニによると、ほとんどの生徒は噂に対して半信半疑になっていたという。

 

「他の寮生の間じゃ、ハリーが何かやったってよりは、一緒に行ったパーシー·ウィーズリーが解決したって方向になってるけどな。おいしいところ持ってかれたなー」

 

「闇の道具を壊したのはロンで、壊す道具を出したのはルナで、ロンやルナたちを護ったのはパーシーだよ」

 

「謙遜は嫌味になるよ、ハリー。パーシー·ウィーズリーは君がバジリスクを倒したって言ってる。スリザリンの生徒は皆、君が殺ったって知ってるよ。他の寮の生徒は、パーシーが殺ったって思ってるけど」

 

「パーシーが『自分はギルデロイ·ロックハートになったつもりはない。バジリスクを倒したのはハリーだ』って憤慨する度に、他の寮の皆はパーシーのことを好きになるんだ。ハリーがどうやってバジリスクを殺したのか説明できないから、パーシーがやってくれたって思い込みたいんだよ」

 

 ファルカスは心底残念がって言った。ハリーは内心でパーシーに感謝し、彼が面倒な立場に置かれていることを察した。

 

 

「ロンのお兄さんも大変だなぁ。僕ら、事後処理とか全部あの人に丸投げしちゃったもんなぁ」

 

「ハリーが闇の魔術を使ったことについては公に出来ませんからねえ。生徒の間でモラルハザードが起きるリスクを考えたら致し方なしですが……」

 

 アズラエルもハリーの功績が闇に消えることを残念がった。ハリーは自分の後ろめたい功績についてはどうでも良かった。ハリーにそう言ってくれる仲間が居るだけでハリーは報われた気持ちになった。

 

「ちょっとした喧嘩で闇の魔法を使ったら洒落になんねーからな。ま、たかが喧嘩で闇の魔法を使うバカなんていねーとは思うけどよ」

 

「バジリスクから生き残れただけで儲けものだよ」

 

 ハリーが蛇寮の談話室に入ると、大勢のスリザリン生たちがハリーを待ち構えていた。下級生や同級生や、年の離れた上級生までがハリーのことをみていた。反対に、ハリーが来たとたんに席を外す生徒もいた。ドラコはふかふかのソファに身を預けながら、ハリーの方をチラチラと見ていた。

 

 いなくなったのは、セオドール·ノットだった。これまでハリーとは親しくもなければ敵対していたわけでもなかったが、ハリーが帰ってきてからは露骨にハリーを避けることにしたようだった。

 

(セオドールは、純血主義だったのかな)

 

 ハリーはこれまでセオドールに特別な興味があったわけではなかったが、ぼんやりとそう思った。スリザリンの継承者を純血主義ではないハリーが止めたことは、純血主義の生徒たちにとってはあまり面白くはないだろう。

 

 ハリーは席を外したセオドールにはむしろ好感を持った。パンジー·パーキンソンが例のパグ犬のような瞳を潤ませながらハリーに近づいてきたからだ。

 

「心配したわ、ハリー!ああ、スリザリンの貴方がスリザリンの継承者を止めるなんて!!よその寮の連中と関わらなければこんなことにはならなかったのに!!辛かったでしょう?苦しかったでしょう?マグル生まれなんかのために戦うのはもうやめるべきよ!」

 

(スゲーよこの女、空気読めてねー……)

 

 ハリーの後ろでザビニが呆れ半分、面白半分でパンジーを見た。パンジーはハリーをお茶会に誘った。

 

「ねぇ、今度の日曜にゆっくりとお茶をしないかしら?パパの伝手で、とても良い茶葉が手に入ったのよ。貴方も気に入ると思うわ」

 

(純血主義者の執念を感じますね。ぼくもハリーが居なくなっていたらこうしていたでしょう……)

 

 アズラエルは内心でパンジーに同情した。スリザリンにおける純血主義者たちの肩身が狭くなることは確定事項だったからだ。継承者の恐怖が消えた今、他の寮生の怒りの矛先は、純血主義を誇って過激な言動を繰り返したパンジーやドラコなどの純血主義者に向かうだろう、とアズラエルは先の展開を予想していた。

 

 

 パンジーの芝居がかった言動はハリーを大いに苛立たせた。パンジーに追従する女子たち(その中にはダフネもいた)とパンジーに向けて、ハリーは閉心術を使いながら、にっこりと笑って言った。

 

「僕は継承者に立ち向かったことを後悔してないよ、パンジー。それから、悪いけれど日曜日は別の予定が入ってるんだ」

 

 ハリーは残酷にパンジーをはねのけた。その時のパンジーの顔は、ハリーの苛立ちを解消させてくれた。

 

 

 

 ハリーに対して変わらずに接してきてくれたのはエイドリアン·ピュシーやガーフィール·ガフガリオンだった。彼らは、ハリーを必要以上に持ち上げようとするスリザリン生たちからハリーを遠ざけた。ハリーを持ち上げようとした人間の筆頭が、監督生のマクギリス·カローだった。

 

 

「君たちはかつてのスリザリンの継承者を打ち砕き、スリザリンの新しい時代を作った、というわけだ、ポッター。実に、見事だ」

 

 マグギリスはスリザリンの談話室でそう言って過剰にハリーを持ち上げた。ハリーは今すぐ回れ右して帰りたかったが、人混みはそれを許さなかった。

 

「新しいスリザリンの継承者として、君は今後スリザリンをどうしたい?」

 

 マクギリスの問題発言は場の雰囲気を凍らせた。ハリーはつとめて冷静に言った。

 

「何も。変わらないと思います」

 

「現状維持で、本当に良いのかな?」

 

「今回の一件は、純血主義の方々に原因があったわけではありません。闇の魔法道具が原因でした」

 

 ハリーがそう言うと、カローのとなりにいたリカルド·マーセナスが髪を弄くりながらハリーに聞いてきた。

 

「噂は本当だったのか?古い日記が原因だって他の寮の奴らが話してたが……」

 

「はい。闇の魔法が込められた日記のせいです。スリザリンの純血主義の生徒がやったことならば、その責めをその生徒が負うのは当たり前だと思いますけどそうじゃない。ならぼくを継承者だ何だと言って持ち上げる必要もない。違いますか、カロー先輩?」

 

「しかし、功績は消えない。君がバジリスクを打ち倒したのは純然たる事実だ」

 

 カローはそう言って引かなかった。ファルカスは厳しくカローに言った。

 

「ハリーの後見人になりたいなら、無駄だと思いますよ。ハリーにはシリウス·ブラックが居ますから」

 

 ファルカスは取り繕わず直接的な言動でカローの目論見を看破した。元闇祓いの実家を持つだけあって、ファルカスは元デスイーターの家系に厳しかった。

 

「む……確かにそのとおりだ」

 

 カローは潔くそう言ったが、ハリーには継承者を名乗る権利があると言った。

 

「きみは前の継承者を打倒して生き残った。力あるものが継承者となることはこの世の真理だ」

 

「ならば、君には新しいスリザリンの継承者として何か成すべきことがあるのではないかと思うのだが……」

 

「オイ……マクギリス……それから他の連中。てめぇら退院したての小学生に何言ってやがンだ?ポッターをさっさと部屋で休ませてやれ」

 

「ポッターにはなるべく早くチームに復帰してもらわなきゃならないんでね。そういった話を選手にするのはやめてもらえますか?」

 

 ガーフィール·ガフガリオンが半ば怒りながらマクギリスをこづいた。エイドリアン·ピュシーがマクギリスを引き離しても、それでもマクギリスはめげなかった。

 

 マクギリスは強い目でハリーを見ていた。パンジーにはない目だった。ハリーはマクギリスが、やたらと政治的な主張に熱心だったことを思い出した。

 

(そういうのがやりたいなら事前に打ち合わせでもしてくれないかなぁ……)

 

「それなら」

 

 ハリーは寮生たちの視線にうんざりしていたが、ハッキリと宣言した。

 

「秘密の部屋は閉鎖します。マグル生まれをマグル生まれだからという理由で排斥するのも、マグル生まれを襲うのも僕はやらない。マグル生まれを襲うのがスリザリンの継承者の使命なら、僕は継承者の立場を放棄します。バジリスクは死んだんだ。スリザリンの継承者の歴史はもう、終わったんです」

 

 

 そう言ったハリーの言葉を聞いて、意外なことに、マクギリスは安心したように笑った。

 

「なるほど、これが新しい歴史というわけか」

 

 マクギリスは、純血主義が敗北したことを悲観しているようには見えなかった。ハリーにはマクギリスの意図が読めなかった。

 

(この人はただのバカなのか……それとも大馬鹿なんだろうか)

 

 世の中には、ハリーの物差しでは測定できない人間がいる。マクギリス·カローもまた、ハリーにはわからない価値観で動いている人間の一人だった。

 

「監督生の癖に自分に酔ってんじゃねえっ!さっさと散れ!解散!!」

 

 ソファに座っていたドラコはクラッブとゴイルと一緒にソファに座り続け、ガフガリオンの声を聞いても席を立たなかった。ドラコはふんと鼻を鳴らすと、最後の一人になって自分の部屋に戻った。ハリーはドラコの背中に声をかけた。

 

「ドラコ。……ただいま。また、クィディッチをやろう」

 

 ドラコは返事をしなかった。しかし、小さく右手を上に上げて返事の代わりにした。

 

 

 ドラコが自分の部屋に戻ったあと、ガフガリオンはハリーをソファーに座らせた。彼の視線は、ハリーの左腕に向けられていた。

 

「耳を疑ったぜ、ポッター。お前が左腕を失くしたと聞いたときにはな」

 

「もう問題ありません。左腕で魔法だって使えます」

 

 ハリーが変身呪文を実演して見せると、ガフガリオンは小さく、ン。と頷いた。

 

「……ポッター。お前、パーキンソンが間違ってると思うか?」

 

「?思います。友達を悪く言われたら怒るのは当たり前でしょう」

 

 ハリーが正直に言うと、ガフガリオンは頭を抱えた。

 

「そうだな。そうなんだが……」

 

「あれでもお前のことを心配してるのは確かなンだ。だがまぁ教育の結果として、あれ以外の出力方法を知らねえっつーかな……」

 

「……?」

 

 

「ま、いいか。ポッターには合わねえってことだな。お前は良くやった。本当によーく頑張った。だから頑張った分だけ、もう少しだけでいいから自分のことを大事にしろよ。色々と言いてえことはあるが、今日はゆっくりと休め」

 

 ハリーはいつになくガフガリオンが自分に優しいことを不思議に思いつつ、久しぶりに部屋に戻った。部屋に戻ったハリーはアスクレピオスを左腕にまとわりつかせながら、三人の仲間とゴブストーンに興じた。

 

 




ハリーがバジリスクを闇の魔術で殺したことは公表できないんだ。
流れ弾でパーシーに風評被害が行ってる……パーシーかわいそう……


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パーシー·ウィーズリーの推測

ハリーというダブスタ糞野郎……許せねえ……!
自分はマグルを差別してるくせに他人にはマグル生まれ差別をやめろだなんて……!


 

***

 

 ホグワーツ城の地下室、魔法薬学の教室では、六年生の授業を終えた生徒たちが薬品を片付けていた。大鍋から立ち上る薬品の煙を吸い込まないように気を使いながら、生徒たちは消失呪文で薬品を消し去っていく。

 

 六年生で魔法薬学を受講している生徒の数は十名しかいない。グリフィンドールからはパーシー·ウィーズリーとアグリアス·ベオルブ、スリザリンからはジェマ·ファーレイとガーフィール·ガフガリオン。それ以外の生徒はハッフルパフ生とレイブンクロー生が三人ずつで、OWLの難関を突破し、NEWTの課程へと進んだ学生がいかに少なかったかを物語っている。

 

 これでも、今年の六年生はまだ豊作の年だった。

 

 スネイプ教授の方針により、魔法薬学のNEWT課程を受講するためには、OWLの試験でO(最優)の成績を取らなければならない。一点差のEでは、受講資格はない。ジェマ·ファーレイの親友も、あと一歩のところでOを逃し、魔法薬学の教室を去っていた。

 

 そんなジェマは、グリフィンドール生のアグリアスが薬品を片付けるのを待っていた。別に、ジェマとアグリアスは特別仲がよかったわけではない。ただ、魔法薬学の課程を取った人間のうち、女子はジェマとアグリアス、そしてハッフルパフ生のサンサーラ·スタークスだけだった。これまでさほど仲がよかったわけではなくても、同性の人間の方が気安いこともある。ジェマとアグリアス、そしてサンサーラは、薬学の教室に限っては友人だった。

 

 アグリアスは自分の長い金髪に薬品がかからないように髪を上げていたが、消失呪文によってすべての薬品を消去し終えたことを確認して豊かな胸を撫で下ろした。

 

 と、その時。アグリアスの視線がジェマの後方でピタリと止まる。ジェマも後ろを振り返った。

 

「どうしたのアギーちゃん」

 

「アギーはやめて、ジャム」

 

 

 ジェマがアグリアスをからかいながら後ろを振り返ると、スリザリンの緑色のローブに身を包み監督生バッジをつけたプラチナブロンドの男子が、グリフィンドールの赤色のローブに身を包んだ背の高い男子に何事か話しかけていた。

 

「……お、面白くなってきたわね。サンサ、あんたはガーフとウィーズリーのどっちが勝つか賭ける?」

 

 ジェマは黒髪の女子、サンサーラにトトカルチョを持ちかける。

 ガーフィール·ガフガリオンはスリザリンの中でも優等生として通っていて、表向きは喧嘩をしないよう、罰則を受けないように立ち回っていた。それでも、真面目が行き過ぎた上で、同年代の中でも群を抜いて優秀だったパーシーとは衝突することがあった。次の授業でどちらが多く加点するかとか、どちらが早く課題をクリアするかという真っ当な競争だったが、二人のやり取りはこの世代ではちょっとした見物になっていた。

 

 昔は、パーシーをうっとおしがって突っかかる生徒は多かった。パーシーが成長するにつれて実力で彼らを完膚なきまでに叩きのめすうちに、パーシーに対抗できる人間は限られていった。ガフガリオンが勝ったことは、ここ最近では二ヶ月前まで遡らなければならなかった。

 

「ええと……さすがに今回もパーシー君が勝つんじゃないかなあ。パーシーに四シックルで」

 

 

「だって。どうするアギーちゃん?」

 

 ジェマはニヤニヤと厭らしく笑いながら、アグリアスに水を向けた。アグリアスは首を横に降った。

 

「賭けの必要はないようだ。……二人とも、なにか話してさっさと出ていったぞ。私たちも次の授業に行こうか」

 

「えー。……あいつらも大人になったのね……」

 

 ジェマはどこか口調に寂しさを滲ませながら、教室から出ていくパーシーとガフガリオンを見送った。彼らの背中を見ながら、アグリアスは小さく呟いた。

 

「ガフガリオンもパーシーも、随分と怒っていたな」

 

「怒ってた?普段通りだったじゃない」

 

 ジェマが聞くと、アグリアスは首を縦に降った。

 

「ガーフは怒るとき笑顔になるし、パーシーは苛立ったとき、机を軽く叩く。見てれば分かるわ」

 

「そこまで分かるの、アグリアス?よく見てるわね」

 

「何年顔を付き合わせたと思ってるんだ?」

 

「ぐぬぬ……アグリアスに一本取られるとはね……」

 

「今回は私の勝ちだな。デザートのマフィンを譲ってもらうぞ」

 

「あ、あんたが憶測で勝手にそう言ってるだけじゃない!人のデザートを奪うとデブるわよ!」

 

「落ち着いて、ジェマちゃん……!」

 

 ぎゃあぎゃあと姦しい三人娘も教室を後にすると、教室には死んだ目のスネイプ教授だけが残された。スネイプ教授は少ない休憩時間の間に、次の授業で使用する材料を出せるよう準備していた。

 

***

 

 ガーフィール·ガフガリオンは、見知った顔の知人、あるいは友人に対して、普段なら絶対に言わないような言葉を投げかけていた。

 

「おい、ヒーロー。人がいるとは聞いてねえぞ」

 

「僕はついてこいと言ったはずだ、ガーフィール。二人だけで話すと言った覚えはないぞ」

 

「お先にお邪魔してます、ガーフィール先輩、パーシー先輩。では、入りましょうか」

 

 ガフガリオンは、パーシーと、決闘クラブ部長でありハッフルパフ寮の監督生でもある一年年下の後輩、バナナージと共に『必要の部屋』へ訪れていた。必要の部屋は、三人の願いに応じて座り心地のいい肘掛けのついた椅子と、木製の品のいいテーブルがある部屋を出してくれた。テーブルにはご丁寧に紅茶とマグカップが人数分用意されている。

 

「まずはかけたまえ。君たち二人には、ことの次第を明らかにしておきたいと思っていた」

 

 素で尊大な態度のパーシーにも慣れた様子のガフガリオンは、フンと拗ねたように鼻をならして言った。

 

「嘘つけぇ。俺が声をかけなきゃバナナージだけに話してたンだろ?」

 

「後日改めて、な。しかし、二人一度に話した方が効率がいい」

 

「おい舐めた口訊いてンじゃねぇぞパーシー」

 

 そのまま喧嘩に突入しかけた二人の間に、バナナージが割ってはいった。バナナージは自分より年齢も実力も上の相手でも、臆すことなく自然体で接していた。

 

「秘密の部屋事件の全容を話してくれるのは、俺もありがたいですよ。情報が錯綜しててどこまでが真実で、どこからが嘘なのかよく分からないんですけど」

 

 そこまで言ってから、バナナージは困ったように頭をかいた。

 

「正直、部長としてあいつら、あ、いえ、パーシー先輩の弟さんやガーフィール先輩の後輩さんをどう扱うべきか困ってたんです」

 

「レイブンクローの監督生にゃあ今回のことを話さなくていいのか?あいつらにも監督責任あンだろ、一応よ」

 

 今回問題を起こした、もとい功績を立てたルナはレイブンクロー生である。パーシーはため息をついた。

 

 

「正直言って、彼らに期待はできない。秘密の部屋事件の時連携を持ちかけても、個々で対応するの一点張りだったからな。ペネロピーの精神が安定したら、折を見て話すつもりだ」

 

 

「そうですか。ならしかたないですね。……彼女さんも、早くよくなるといいですね」

 

「ああ。心の底からそう思うよ」

 

 レイブンクローは、四つの寮の中でも最も個人主義の風潮が強い。そのため、ルナ·ラブグッドの偉業や、彼女が飛び越えたいくつものリスクについて知ったとしても、監督生たちが何かすることは期待できなかった。

 

 パーシーより先に、ガーフィールがバナナージに椅子を引いてもらい腰をかけ、足と腕を組んでパーシーをじっと見据える。行儀のいい態度ではない。その態度は、ガーフィールの苛立ちをそのまま表現していた。

 

 いつになく緊張感のあるガーフィールに対して、バナナージは自然体のまま、お行儀よく椅子に腰かけた。背もたれにも身を預けず、背筋を正してパーシーの話を待っていた。

 

「……まず、君たちは今回の一件について、どこまで知っている?」

 

「ポッターが秘密の部屋を突き止めて、ロックハートのアホを返り討ちにした。そんで、バジリスクにはバナナージから借りたアイテムのお陰で何とかなった」

 

 そこまでいい終えて、ガフガリオンはバナナージに向き直り、姿勢を正して礼を言った。

 

「うちの後輩が、お前やお前の部に迷惑をかけた。それだけでもすまねえとは思ってたが、生き残ったのはお前のお陰らしい。ありがとう、バナナージ。この恩は必ず返す」

 

「え。いえ……いや。俺はただ、機械を貸しただけですよ。頭を上げてくださいガーフィール先輩」

 

 先輩に頭を下げられたバナナージの方がかえって恐縮してしまった。そんなバナナージに対して、内心でガーフィールは複雑な胸中になる。

 

(……あー、こいつみてぇな後輩ばかりなら俺も苦労はしねえんだけどなぁ……)

 

 バナナージ·ビストは品行方正、成績優秀な優等生である。しかし、今回の秘密の部屋の一件では、ハリーをはじめとしたスリザリンの関係者に部を引っ掻き回された被害者なのである。スリザリン寮に対して文句を言う権利は誰よりもあるのに、それがスリザリン寮のせいだとは考えもしない。

 

 スリザリンにおいては存在すら許されないような理想の後輩だ。お人好しは絶好のカモなのだから。

 

 他人の善意を利用する己の浅ましさに吐き気がしながら、ガフガリオンはバナナージからパーシーに向き直った。その様子は普段と何ら変わらない。ガフガリオンは閉心術を会得していたからだ。

 

「ポッターはバジリスクを引き連れた敵……闇の魔法がかけられた日記……に返り討ちにされたが、パーシーや友人の助けで生き残ったとポッターの口から聞いた」

 

(あ、ああー……そうなんだ……魔法のアイテムが原因ねぇ。パーシーさんの話はどうなんだろう……)

 

 バナナージはハッフルパフの内部で広まった噂との食い違いに驚いた。ハッフルパフ寮では、闇の魔術でポッターが全員を錯乱状態にしただの、パーシーがグリフィンドールの剣でポッターたちを救いだしただの、実はロックハートが真の黒幕だの、実は正義のロックハートをポッターが闇の魔法で操っていただのという噂がまことしやかに錯綜していたのだ。

 

「そうか。随分と謙虚だな、ポッターは」

 

「てめぇがポッターを助けたことには感謝してるよ」

 

 

 ガフガリオンはそう言ったし、その口調も穏やかなものだった。しかし、言葉とは裏腹に彼の内心は水面の下で白鳥の足がもがくように疑問と怒りで荒れ狂っていた。

 

(つーか何でポッターが右腕切断なんてことになってンだ……お前ほどの奴がついていながらよぉ……)

 

 優秀な人間ほど、かけられる期待は大きい。ガフガリオンですら、パーシーには無意識でも期待してしまっていた。

 

 パーシーなら、後輩を守れたのではないかと。

 

 パーシーが自分の世代最強の男だからこそ贔屓目で見てしまうということはある。実際にはパーシーとて完璧ではないだろう。それでも、人間は結果が本人にとって望ましいものではなかったとき、他にやりようがあったのではないかと他責思考になってしまうのだ。

 

(突っ込んでったポッターが悪いのは分かってるがよぉ……)

 

 ハリーという後輩が、命の危機に陥ったことはハリー自身に責任がある。それを頭で、理屈で理解していても、感情が仲間の傷の原因を他に求めてしまうのだ。

 本来、スリザリン生であるハリーの監督責任があるのはスリザリンの監督生であるガフガリオンや、マクギリスである。グリフィンドールの監督生であるパーシーを責めるのはあまりにも見当外れだった。それが分かっているから、ガフガリオンは向けどころのない怒りを抱えていたのである。

 

「助けたんじゃない」

 

 パーシーはガフガリオンの言葉に対して、首を横に振って言った。その声色は静かだった。

 

「僕は。僕らはあの時ハリーに助けられたんだ。彼の闇の魔術によって」

 

 闇の魔術の単語が出た瞬間、場の雰囲気は一段と厳しさを増した。

 

 

「……おいパーシー。その話がマジだってンならこれを飲んでみろ」

 

 

 ガフガリオンは、持参した魔法薬をコップに注ぎ入れる。魔法薬学において優秀な成績を修めるパーシーとバナナージは、それが何であるのか一目でわかった。

 

 

「べリタセラム!?そんなものまで使うんですか、ガーフィール先輩!?」

 

「話に嘘を混ぜられたらたまらねぇからな。後輩が闇の魔法使いだって嘘を言ったんなら、俺はてめえと絶交する。どうだ?飲めるか、パーシー?」

 

「飲もう」

 

 パーシーは迷いなく、ガフガリオンの差し出した自白剤を飲み干した。

 

(こ、この人たち……)

 

 それを眺めているバナナージは、貴重なベリタセラムを持ち歩いていたガフガリオンと、躊躇なくそれを飲んだパーシーの双方に圧倒されていた。

 

 パーシーは躊躇いなく真実薬を飲むことで、自分の話が真実であることを二人に示した。パーシーは真実薬を飲み干してなお、ポッターは闇の魔術でパーシーたちの命を救ったと主張した。

 

「ポッターの名誉のために、闇の魔術を行使したことは君たちにしか明かしていない。……君たちなら秘密を守り、ポッターに対して公平に接することができると見込んでのことだ」

 

「信頼してくださってありがとうございます」

 

 バナナージはそう言ったが、ガフガリオンはしかめっ面のまま紅茶を口に運んだ。

 

「……俺はポッターに闇の魔術なんぞ教えちゃいねえ。マクギリスのアホが教えたのか?」

 

「それはないです。マクギリスは単純な奴です。ちょっと考えなしなところはありますが、闇の魔術を二年生に教えるほど腐ってはいない」

 

 

 バナナージはそう断言したあと、闇の魔術を行使したことについてもフォローを入れた。

 

「……本当の継承者をポッターが殺しに行ったのだとしたら、闇の魔術を使ったのかどうかよりもそちらの方が問題だと思いますけどそうじゃないんでしょう?ポッターはあくまでもパーシーさんの妹さんを救いに行ったんだから」

 

 人が好いバナナージは、ハリーが闇の魔法を使ったことについてそう前向きに解釈していた。バナナージの言葉に、黙ったままガフガリオンは考え込んだ。

 

(いや、もしかしたら……殺しに行ったのかもしれねえ……)

 

(人を殺すような奴じゃねえと思いたいが、俺だってポッターのことを一から十まで把握してる訳じゃねえ)

 

(去年、ポッターはクィレルに殺されかけた。……その経験が、ポッターを変えたのか……?)

 

 自分が闇の魔術に殺されかけたならば、ほとんどの人間なら闇の魔術に嫌悪感を示し、距離を取るだろう。

 

 しかし、その恐怖を、闇の魔術そのものを会得し敵に対して行使することで自衛しようとしたのなら。それはバナナージの言う通り仕方のないことなのだろうか。

 

 ガフガリオンには、ハリーが自衛のためという名目で他人を殺しに行っているように思えてならなかった。

 

「以外と冷静だな、バナナージは。君は物事を公平かつ客観的に見れる人間だと思ってはいたが……闇の魔術に対して嫌悪感はないのか?」

 

 パーシーはバナナージを意外そうに見たが、バナナージは即座に答えを返した。

 

「ないです」

 

(嘘だけど)

 

 バナナージの発言は見栄も入っていた。

 

「ポッターが使ったことについては?」

 

「ポッターの杖は、柊の木と不死鳥の羽でできています。感情的で不安定な魔法使いを好む杖ではありますが、優れた魔法力を発揮します。感情に呼応した杖の魔力増幅作用によって、ハリーが闇の魔術を使えても、まぁおかしくはないでしょう」

 

「お前、随分とどうでもいいことを知ってンな……試験にでねぇだろそんな雑学は」

 

「将来の仕事に使うからと父や兄に仕込まれまして」

 

 バナナージはガフガリオンの皮肉に笑顔で返した。好青年には皮肉すら通用しないのである。

 

 

「俺はパーシー先輩が、ポッターが闇の魔術を使っていたことを受け入れていることの方が驚きです。先輩こそ、闇の魔術を嫌悪されていると思っていましたが」

 

 バナナージの発言に、ガフガリオンも同意した。

 

「石頭の監督生らしくねえな。闇の魔法使い予備軍なんざ、以前のお前なら屑として見向きもしなかっただろう」

 

 ガフガリオンがプラチナブロンドの髪をかきあげながらそう言うと、パーシーは視線を落とした。

 

「……僕が秘密の部屋に突入したとき、ポッターは戦いの最中だった」

 

「……」

 

「ポッターは既に闇の魔術で、バジリスクの頭を吹き飛ばしていた。直接使っているところを見たわけではないが、威力からして燃焼系と爆発系のカースだろう。……バナナージの機械による助力があったのだろうが、まず僕はその時点でポッターに一度、命を救われている」

 

「ええ……?あ、そうかバジリスクの目を見た人間は……」

 

「死ぬ。まぁパーシーは眼鏡をかけてっからワンチャン石になるだけで済むだろうが、そのあと殺されてもおかしくはねえな」

 

 ガフガリオンの説明に、パーシーは大きく頷いた。

 

「……ポッターは僕が入ってきたとき、闇の魔法……プロテゴ·ディアボリカ(悪魔の護り)を発動させていた」

 

 

「!」

 

 本能的な恐怖心からか、バナナージが身じろぎする。ガフガリオンは口に手をあてて考えていた。

 

「魔法史で習ったな。そいつはグリンデルバルドの使う魔法だ。……自分の信者じゃねぇと死ぬ、か」

 

「先輩はよくご無事でしたね。巻き込まれて死んでもおかしくなかったのに……」

 

 バナナージはパーシーを尊敬の目で見るが、パーシーの顔は浮かない。

 

「ポッターは僕を見た瞬間に魔法を解除した。僕を殺さないためにだ。そのせいで無防備になったポッターは、敵が動かしたバジリスクの牙を左腕に受けてしまった」

 

「え!?」

 

「何だと?」

 

 ガフガリオンは厳しい目でパーシーを睨み付ける。パーシーは、悔いるようにガフガリオンに向けて言った。

 

「そのときは、後悔する余裕もなかった。だが、今は……僕が突入したことでポッターが死にかけたのだと振り返ることができる。済まない……」

 

 ガフガリオンは掌を強く握りしめた。

 

「何だぁ?お前の……うっかりミスのせいで後輩は死にかけたってのか?」

 

「………………そうだ」

 

(………………くそったれが…………)

 

 ガフガリオンは、苦い気持ちでパーシーを見た。

 反射的にパーシーを責めたガフガリオンだが、自分にその権利がないことは分かっていた。そうする権利があるのはこの世でただ一人、ポッターだけだ。

 

 しかし、ポッターはパーシーを責めはしないだろうとガフガリオンもパーシーも分かっていた。だからこそパーシーは、真実薬を飲んでガフガリオンにこの事を明かしたのだろう。

 

 パーシー·ウィーズリーは糞がつくほどに真面目な男だ。その上、完璧主義の傾向もある。

 

 

 たとえ責められることではないとしても、己が手を出したことで人命が失われていた可能性に気がついて、冷静ではいられなかったのだろう。ここ数日、色々な生徒に持て囃されながらもパーシーは常に不機嫌だったそれこそOWLの試験前よりも。

 

 周囲にそれとなくことの経緯を説明しても、信じてもらえない。ハリーの闇の魔術について明かすことができなければ、ハリーがどうやってバジリスクを倒したのか証明できないからだ。

 

 パーシーは自分への罰を望んでいた。しかし、ダンブルドア校長も、フリットウィック教授も、マクゴナガル教授も、スネイプ教授ですらパーシーを責めはしなかった。だから、ガフガリオンが今罰を与えることになったのである。

 

 

「……その、伝達ミスによる不具合は実際よくあることですよ。結果的に、ポッターは生き残ったんでしょう?先輩が気にすることは……」

 

 

「本当に気にしてるってンなら、今回のことを話してもらおうか。続けろよ」

 

 ガフガリオンの叱咤を受けたことで、パーシーは持ち直した。

 

「……ああ。だが、皆が思っているように僕がポッターを助けたという訳じゃない。僕はポッターを護ろうとはしたが、圧倒的な敵の魔法に手も足も出なかった。そのまま敵に殺されかけたとき、ポッターは自分の左腕を自分で切り落とし、敵にぶつけて敵の注意を引きつけた」

 

「……冗談ですよね?」

 

「バナーナ。パーシーは冗談が苦手だ。真実薬も飲んだから、信じたくなくてもこれが真実ってこった」

 

 そう言うガフガリオンも言葉ほど冷静ではない。

 

(イカれてンだろ、何もかもが……)

 

「恐らくはバジリスクの毒が体に回る前の最後の賭けだろう。ポッターは、僕の弟のロンに悪魔の護りをかけた。ロンが闇のアイテムに突貫したが、敵の魔法はロンを貫けなかった」

 

「悪魔の護りの効力、ですか?」

 

「恐らくはそうだろう。敵はポッターにも魔法を撃っていたが、突然現れたハウスエルフがポッターを移動させて護った。透明マントで姿を隠していたラブグッドが援護し、彼女はグリフィンドールの剣を組分け帽子から取り出してロンに与えた。そのお陰で、ロンは闇のアイテムを破壊することができた。これが真実だ、二人とも」

 

 

 パーシーは自己評価の低さから、己の活躍を極力削りきっていた。ガフガリオンはハリーからパーシーが強力な魔法で援護をしていたことを聞いていたので、パーシーを白い目で見た。

 

「そんでてめえは木偶の坊だったってか?謙遜も度が過ぎると嫌味だな。パーシーのやったことも包み隠さず話しやがれ」

 

「僕は大したことはできなかった。プロテゴの防壁でハリーを護ろうとして失敗し、変身魔法で作った鳥の大群を防壁にして敵を攻撃しようとしたが、敵との打ち合いを制すことはできなかったよ。僕など大したことはない」

 

 

「そ、そうか……」

 

 そこまで言うと、ガフガリオンはマグカップを口に運び、紅茶を飲み干した。鼻腔を通る香りが、頭をすっきりさせてくれた。

 

(いや、うーん。どいつもこいつもやってることが大分おかしいですよ?)

 

 バナナージは決闘でもそれなりの腕を持つが、実戦レベルで変身呪文を使いこなせるわけではない。パーシーが自分より強力な魔法使いであることも、その実力を遺憾なく発揮してハリーたちを護ろうとしたことも充分に伝わり、バナナージは圧倒されていた。

 バナナージが感嘆していたのはパーシーだけではない。ロン、ハリー、ルナの三名も、鉄火場に放り込まれながらよく動けたものだと、感心して言葉が出なかった。

 

(こいつですら勝てなかったってのか……)

 

 ガフガリオンは、パーシーの実力を高く評価していた。普通の大人の魔法使いと決闘しても勝てるだろう、と踏んでいた。大人の誰もが戦闘能力に優れているわけではない。反射神経は年齢と共に劣化するし、使わない魔法は忘れていく。多彩な魔法を使いこなし、優れた反射神経を兼ね備えたパーシーは強い。

 

 それが手も足も出なかったのなら、それはもう仕方がないのだ。ガフガリオンはパーシーへの敬意と皮肉を込めて言った。

 

「…本当に何を考えてやがる?お前、命が惜しくねえのか?」

 

「あの時そんなことを考えている余裕はなかったよ。僕は家族を守りたかっただけだ」

 

 パーシーがそう断言したのは、真実薬のせいではない。それが分かっているので、ガフガリオンはパーシーのことが羨ましくて仕方がなかった。

 

 

 ふぅ、とバナナージは紅茶を飲み込んでため息をつく。そして、パーシーの目を見て言った。

 

「お話は分かりました。ポッターについては精神面も含めて経過を観察しながら、うちの部で面倒を見ますよ」

 

「闇の魔法使い予備軍だぞ?本当にいいのか?」

 

 ガフガリオンが念を押して確認すると、バナナージは首を縦にふった。

 

「立派な魔法使いですよ。パーシー先輩の弟さんも含めて将来が楽しみな後輩たちだ。正直俺はポッターのことは他の後輩と同じ程度にしか思い入れはありませんし、気楽にやりますよ」

 

「ありがとう、バナナージ。君に話をしてよかった……と、言いたいが。この話には続きがあるんだ。それも含めて聞いて考えてくれ」

 

「……はい?」

 

 

 バナナージは目をぱちぱちと動かしてパーシーを見る。パーシーは、深いため息をついていた。

 

「続き、だと?」

 

「……二人とも、僕の話におかしな点がいくつかあったのは気がついているだろう。違和感を感じなかったか?」

 

「違和感ですか。まあいくつか疑問に思うところはありましたが」

 

「ルナ·ラブグッド……だったか。その女子はレイブンクローなンだろ。何でグリフィンドールの剣を取り出せる?伝説じゃあ真のグリフィンドール生しか剣を取り出せねえ筈だが」

 

 ガフガリオンは真っ先に思い付く疑問点をあげた。パーシーの話が他の生徒からあまり信じられず、スリザリン生以外の三寮の生徒からはパーシーの功績だと思われてしまったものに、ルナがグリフィンドールの剣を取り出せたということがある。

 

「彼女が剣を取り出せたことは何も不思議ではないと僕は思う。命懸けの戦いの場に参戦するという行為が勇敢でないはずがないからな。帽子が彼女を認めたのだろう」

 

「まぁ……な。バジリスクがいるかもしれねえ場所に飛び込むなんざ、イカれてるか勇敢かじゃねぇとできねえ」

 

「ルナ·ラブグッドは狂人扱いされることはありますが、正気ですよ。勇敢だったって事でしょう。……もっとも、それを認めたくない生徒が多いってことなんでしょうね……」

 

 バナナージの声に同情的なものが混じる。

 

「認めたくねえだと?どういうことだ?」

 

「彼女はいわゆるナードというか、孤立ぎみの子というか。とにかく、友人がいない弱い立場の生徒なんです。そんな子が華々しい功績を挙げたことを認めたくないって思う生徒がいるのは……胸糞が悪いですが仕方ないでしょう。ガフガリオン先輩だって、自分よりバカだと内心で見下してるやつが自分よりテストで上の点を取ったって納得できないでしょ?」

 

 バナナージの推測は残酷だが、分かりやすかった。ガフガリオンは内心でルナに同情しながらも、自分もルナを見下す側の人間だと自覚していた。

 

「なるほどな。説明あんがとよ、バナーナ。人間の薄汚い本性ってのはどの寮だろうと、どんな年齢だろうと変わらねえって訳だ。むしろガキの方が残酷か」

 

 ガフガリオンはあえて露悪気味に言ったが、これでも気を遣っている方だった。

 

 スリザリンの理屈では、そうやって追い込まれるような弱い立場にならないように徒党を組み、自分の立場を護るために時には他の弱い立場の人間を蹴落とす。弱者ならばそれを自覚して自分自身の手で立場を護らなければならないのだ。

 

「……さっきも言ったが、彼女の功績が認められるようにペネロピーに話すつもりだ。君たちは、今の話をおかしいとは思わなかったか?どうして組分け帽子なんてものをピンポイントで不死鳥が持ってくる。秘密の部屋に行く彼女とハウスエルフのもとにだ」

 

「!組分け帽子はホグワーツの校長室にある」

 

「……まさか、分かっていて行かせたのか!?」

 

 パーシーの言葉に、ガフガリオンとバナナージはある可能性を思いつき震えた。

 

「当時ダンブルドアはおらず、マクゴナガル副校長は対策会議で校長室を不在にしていた。だが、ダンブルドアから指示を受けていた教職員の誰かが、不死鳥と組分け帽子を彼女のもとへと派遣したんだ」

 

「それはおかしいですよ!」

 

 バナナージは怒りに震えて椅子から立ち上がった。

 

「……そんなの……!それじゃあ、先生たちは秘密の部屋の場所を把握していて、放置していたっていうんですか!?その上、自分で部屋に行かずに生徒任せにしたって!?」

 

「さ、流石にそれはねえだろう。いくら命が惜しいからってよ……バジリスクがいるとこに生徒を送り込むなんざ、正気じゃねえ……」

 

 ガフガリオンは柄にもなく良心的な推測を述べた。露悪的な言動を積み重ねたところで、彼では邪悪な発想に至ることはできなかった。

 

「証拠はない。全ては僕の推測だ。恐らくはダンブルドアは、学校を去るまえに準備をしていたんだ」

 

 パーシーは己の推測を語った。

 

「自分が学校から追い出されたとき、継承者は本性をむき出しにするだろう。その時、教師ではなく……」

 

「ハリー·ポッターに、手柄を立てさせたいと」

 

「……」

 

 バナナージ·ビストは正義感から怒りに燃えた表情になり、ガーフィール·ガフガリオンはうめいて言った。

 

「幾らなんでもあり得ねえ。そんな胸糞が悪い話がこの世にあってたまるか。ここは学校だぞ?兵隊の養成所じゃあねぇんだぞ」

 

「先輩はどうして冷静でいられるんですか!?貴方や弟さんや妹さんも死にかけたんですよ!?今すぐダンブルドアに直談判すべきです!」

 

「……君たちと話をしていて考えがまとまったんだ。ここ数日、いろんな考えが出ては消えて考えが纏まらなかった」

 

 パーシーは腕を組んで言った。

 

「……僕に、ダンブルドアを責める権利があるのだろうか?」

 

 

「何言ってる。当事者だろお前」

 

 ガフガリオンがそう突っ込むと、パーシーは目を伏せた。

 

「出来れば僕の考えすぎであってほしい。これも僕の推測だが、ポッターやラブグッドは僕らの政治的な争いに巻き込まれただけなんだ」

 

「どういう……意味です?」

 

 パーシーは、頭に疑問符を浮かべるバナナージに向き直って言った。

 

「今回の騒動の原因になった闇のアイテムを送り込んだやつが誰なのか、思い出したんだ。僕は記憶力がいいからね。……夏休みのとき、ジニーに日記帳を渡した男がいる。その男は純血主義で、血の裏切り者である僕たちを見下していた」

 

 パーシーはあえて明言を避けた。真実薬は真実を明かすが、尋ねなければ曖昧な言葉を言うことは可能だ。ガフガリオンは耳を塞ぎたかったが、バナナージは怒りのままにパーシーにその男について尋ねた。

 

「誰なんです、そいつは?」

 

「……ルシウス·マルフォイだ。父と乱闘騒ぎを起こしたあと、日記をジニーに投げ渡したのを思い出した」

 

 パーシーの言葉にバナナージとガフガリオン少し黙ったあと、ガフガリオンが言った。

 

「魔法省はマルフォイ家を切らねえぞ。都合のいい財布を手放すわけがねえ。日記にしても、証拠とするには弱すぎる」

 

 それは、パーシーにとって残酷な現実だった。闇の魔法がかけられた品物で家族に手を出されようが、権力のないウィーズリー家では泣き寝入りすることしかできない。

 

 かといって、ダンブルドアを責めることもパーシーにはできないだろう。魔法省という権力がマルフォイ家に忖度する以上、光陣営の拠り所はダンブルドアだけなのだから。

 

「御自分を責めないでください、パーシーさん。今の話は、ダンブルドアにはしていますか?」

 

「……まだ話せてはいない」

 

「なら、すぐにでもダンブルドアに話すべきです!……ダンブルドアがやったかもしれないことは最低ですが、そこら辺も含めて話をしないと本当に泣き寝入りですよ!」

 

「…………」

 

 ガーフィール·ガフガリオンは、パーシーとバナナージのやり取りを黙って見ていた。恐らくは最初から、パーシーはバナナージに相談して身の振り方を決めるつもりだったのだろう。ガフガリオンは、聞かなくてもいい話を聞いてしまったのである。

 

「バナナージの言う通りか……マルフォイ家の専横とダンブルドアの横暴、それが僕の妄想でなかったのならどちらも許せはしないが」

 

「……僕は、ダンブルドアに縋るより選択肢がない。少なくとも今は」

 

 

 パーシーの瞳に、強い決意の炎が宿ったのをガフガリオンは見た。今はということはつまり、権力を手にすればダンブルドアとも縁を切りたいのだろう。

 

 

 そんなパーシーを、ガフガリオンは愚かだと思った。

 

 ダンブルドアに利用されたくないのならば権力を持つしかないが、権力を持つ人間もまた、逆らえない大きな流れに沿って生きている。パーシーのようにウィーズリー家で育ち、純血主義権力と縁がない人間が権力を得るには中道派閥にうまく取り入るか、自分たち家族を虐げた純血主義に尻尾を振るしかないだろう。

 

 パーシー·ウィーズリーにそんな器用さがあるとは到底思えないというのが、ガーフィール·ガフガリオンの率直な感想だった。パーシーは最後に、バナナージとガフガリオンに向き直って言った。

 

「……バナナージはポッターやラブグッドのことを良く見てあげてくれ。僕は秘密の部屋の一件まで、ポッターと関わるからロンは危険なことに巻き込まれるんだと誤解していたが」

 

「……実際には、うちに関わるせいでポッターも、酷いことに関わっていたのかもしれない。……もしかしたらダンブルドアに、そういう風に誘導されていたのかもしれない。これ以上僕たちに関わり続ければ友人たちの命も危ないかもしれないが」

 

「ロンは、友達のことをとても大切に思っている。だからこの事は」

 

「誰にも話さん。俺の杖にかけてな」

 

「ビスト家の名誉にかけて、話さないことを約束します。パーシー先輩」

 

 必要の部屋を出たパーシーを見送りながら、ガフガリオンはただ黙っていた。パーシーが出ていったのを確認すると、ガフガリオンは無言呪文で机を粉々に吹き飛ばした。

 

「うおっと!?」

 

「あんの野郎、つまらねえ話を聞かせやがって!!」

 

「お、落ち着いてください、ガーフィール先輩!」

 

「こんな話聞かされて俺にどうしろってンだ!ポッターを止められるわけねぇだろうがっ!人の話を聞かねえんだぞあいつはよっ!大体ダンブルドアが黒幕って何だ!知りたくなかったよそんな話はっ!」

 

「真実薬のせいだと思いますっ!」

 

「うるせえっ!」

 

「はい、うるさかったです。生意気言いました!」

 

「そもそも俺が面倒を見たいのはスリザリンらしいスリザリン生だぞ!そういう奴らが割りを食わねえようにするのが俺の仕事なんだっ!何であいつはスリザリン生のくせしてらしくしやがらねえっ!ふざけンじゃねぇっ!」

 

 バナナージがエクスペリアームスでガフガリオンを止めるまで、ガフガリオンは必要の部屋の物品を壊しまくった。癇癪を爆発させたガフガリオンは、バナナージのお世辞によってなんとか感情を落ち着かせた。

 

 

「ポッターは、マクギリスのことはあんまり好きじゃなさそうでしたけど貴方のことは尊敬してましたよ。真っ当なかっこいい先輩だって」

 

 その言葉が真実かどうか確認する機会は先延ばしになった。ガフガリオンはその後数日間は、他所の寮生からの鬱憤ばらしにあったスリザリン生へのフォローに追われた。鬱憤ばらしにあったのは純血主義を掲げていた生徒ではなく、スリザリンの中でも弱い立場の生徒だった。愚かな他寮の生徒は純血主義に対する恐怖からかスリザリンの生徒をひとくくりにし、反撃しない相手を見極めて攻撃してきたのである。

 

 

 それらの対応が終わって数日たった後、ガーフィール·ガフガリオンは、ハリーたち四人組がカメラを持ったコリン·クリーピーに追い回されているのを発見した。コリン·クリーピーは石にされた恐怖を克服し、前と変わらずスリザリン生徒にも、ハリーにも態度を変えず接した。

 




我ながらパーシーいじめが酷すぎる


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二年目の終わりに

 

 

 ハリーが授業に復帰して暫く経ってから、DADAの代役教師が魔法省から派遣されてきた。

 

 ハリーはまたドローレス·アンブリッジ先生のような役人が派遣されたのかと思ったが、そうではなかった。世間的に知名度のあるロックハートが犯罪者だったことで魔法省も本腰をあげたのか、それとも何らかの政治的なやり取りがあったのか、最高の人材が選ばれた。

 

 ロックハートの代役として赴任したのは、キングズリー·シャックルボルトという禿頭の黒人男性だった。キングズリーは現役の闇祓いらしく、的確な指導で男子生徒たちにとっての救世主になった。少なくとも、教師の趣味趣向を問うような授業ではなかった。

 

 

「ロックハート先生の教科書の内容はもう終わってしまったので、今日からは闇の魔法がかけられた物品とその対処法について勉強しよう。闇の魔法がかけられたものと、そうではないものの違いとしてー」

 

 キングズリーが生徒たちの間で教師として受け入れられるまで数日とかからなかった。ロックハート先生がいなくなったことを残念がるハーマイオニーに、ロンが投げ掛ける言葉が印象的だった。

 

「アンブリッジと来てロックハート。んでもって今度はシャックルボルト先生だったじゃないか。顔面偏差値は交互に切り替わってる。次は飛びっきりのイケメンの先生が来るかもしれないよ」

 

「わ、私は先生を顔面で評価したりしないわ、ロン!今すぐに訂正して!」

 

 キングズリーは冷静で理知的な教師だったが、ロックハートのように陽気なイケメンというわけではなかった。

 

 

 ハリーはキングズリー先生に決闘クラブで新しい魔法の指導をしてもらえないか頼んでみたものの、多忙な新任教師はそれを断った。

 

「すまないがハリー。私は五年生や七年生たちの指導をすることになっているから直接指導をする時間がない。決闘クラブはフリットウィック先生の城でもあるし、私が立ち入るべきではないだろう。その代わりに、君の役に立ちそうな魔法を教えよう。クラブで先輩に聞いてみるといい。奥の深い魔法だ。極めてみるのもいいだろう」

 

 シャックルボルト先生は、アクシオ(引き寄せ)の実演をしてくれた。ハリーは図書館でアクシオについての理論を調べながら、それがとても便利で実用的な魔法だと知った。

 シャックルボルト先生のように、実演して見せてから理論を自分で学ばせるやり方は意外とハリーに合っていた。杖の振り方、声の出し方、魔力放出のコツは先生の動きを思い出せば良く、自分の動きをどうやって理想に近づけるか考えるのもよい訓練になった。

 

 決闘クラブでもバナナージからアクシオについて教わり、ハリーはまたひとつ魔法の腕を上げていった。そんな日々のなかで、ハリーと親友の三人のスリザリン生は復活したコリン·クリービーから付きまとわれていた。コリンはカメラを買い換えたらしく、以前よりも軽量で小型のカメラを片手にハリーたちを追いかけてきた。

 

 

「きみはあれですか、学習能力がないんですか?あれだけ酷い目に遭ったのに、良くまたスリザリン生と関わろうなんて思えますね」

 

 アズラエルは呆れたようにコリンを皮肉ったが、コリンは瞳をキラキラと輝かせて言った。

 

 

「パーシーが、ハリーたちが活躍したことを教えてくれたんです!石にされた僕たちのために頑張ってくれたんだよね、ハリー!」

 

「お前、あの話を信じてんの?全部パーシーの功績になってるやつだぞ?」

 

 ザビニはハリーの功績があまりにも喧伝されないことを不満がっていた。だから、ハリーが活躍したことを疑わないコリンに対して多少は心を動かされたようだった。

 

「そのパーシーが本当に活躍したのは自分じゃないって言ってるから。僕はパーシーとハリーを信じます!……ねぇ、だからどうか僕と写真を撮ってください!……おねがいします!」

 

 

「悪いけどサインは断るよ、コリン」

 

 ハリーはあくまでも冷たく言った。

 

「……ただ、写真なら……今回だけならいいよ。きみは僕と関わって酷い目に遭ったしね」

 

 ハリーは同情心からコリンに手を差しのべた。ハリーと記念撮影ができたことでコリンも満足したのか、嬉しそうに新品のカメラを撫でさすっていた。

 

「そうだ、良かったら皆さん四人での写真とかもどうですか?」

 

「……そうか、それなら写真を撮ってもらっていいかな」

 

「ちゃんと四人分もらえるか?」

 

「もちろんです!」

 

 ハリーはコリンのお陰で、友達との記念写真を撮ることができた。コリンから受け取った写真は宝物にしようとハリーは固く誓った。

 

「……僕たちは彼のことを嫌ってだけど、そんなに悪いやつじゃなかったのかもね、クリービーは」

 

「性格は悪くないけど。僕のことをヒーローだって誤解してるのはコリンの頭が悪いね」

 

 ハリーはコリンを見直しはしたが、コリンの態度を好きになったというわけではなかった。ちょっとした軽口を言ってファルカスを驚かせた。

 

「どうしてそう思うの、ハリー?」

 

「だってコリンを助けたのはスネイプ教授だろ。コリンは僕じゃなくてスネイプ教授を尊敬すべきだ」

 

「……ほんとだ」

 

 そう言って笑うファルカスと一緒に、ハリーは決闘クラブの扉を開けた。そこにはロンやハーマイオニーやルナの姿だけではなく、部を去ってしまった人たちの姿もあった。

 

 

***

 

 ハリーはニンバス2001を駆りながら、迫り来るブラッジャーがとても遅く感じていた。

 

 今日はクィディッチシーズンの最終戦。グリフィンドール対スリザリンの優勝決定戦だ。ハリーの左下からフレッド·ウィーズリーが打ち上げてきたブラッジャーは、ハリーにかすることなく空高く舞い上がり、別の獲物を探そうと不規則に軌道を変える。ハリーは自分を止めようと進行方向に立ちふさがって来たアリシアを見向きもせず、この日五本目のシュートを決めた。スリザリンの応援席から歓声が、グリフィンドールの応援席からは悲鳴や野次が上がる。

 

『ああーっと、これで70対40!!スリザリン30点のリード!蛇寮の獅子は手加減はしてくれないっ!やはり箒の性能の差が大きいか!』

 

『ジョーダン!真面目に解説をなさい!』

 

 スリザリン·クィディッチチームは黄金期を迎えていた。オリバー·ウッドという強力なキーパーは、組織的にチェイサーやビーターを動かした強力なディフェンスによって何度かハリーのシュートを止めたが、スリザリンは構わず攻撃的な姿勢を取った。点の取り合いを挑むような攻撃的なスリザリンのフォーメーションに対して、グリフィンドールチームのアリシアなどは幾度かフォーメーションが乱れる。それが綻びとなり点を重ねることができた。

 

 チェイサーは得点によってチームに貢献する選手だ。点取りほど楽しいものはない反面、ディフェンスは地味で難しい。グリフィンドールのチェイサーたちは徐々に陣形を乱していく。

 

 

(点を取りたい)

 

 大観衆の前で得点したいという欲求はチェイサーなら持って当然のことだ。オリバー·ウッドがタイムアウトを取ったとき、スリザリンとグリフィンドールの点差は80点まで開いていた。グリフィンドールチームは得失点差の影響で、40点差以内にした上でスニッチを取らなければ優勝できない。

 

 ウッドは戦術を変えて点取り合戦を挑んできたが、フリントもタイムアウトの間に戦術を変えた。スリザリンチームはリードがあるうちに、スニッチの捜索に全力を注いだ。ハリーがグリフィンドールをおちょくるように飛び回りながらシュートもせず逃げ回る間、ピュシーやフリントがスニッチを探す。

 

 

 この作戦が功を奏した。フリントの誘導に従ってドラコが箒を動かした先にスニッチがいた。ピュシーが巧みにグリフィンドールチームのシーカー、コーマック·マクラーゲンに立ち塞がった。ハリーがフレッドに撃墜されかかったとき、ドラコは黄金のスニッチを手にとって大空を飛び回った。

 

 スリザリン寮はハリーが継承者を倒してからどことなくぎくしゃくしていたが、この勝利がスリザリンのほとんどの生徒の不安や不満を洗い流した。勝利は細かな不満を解消してくれるものだ。純血主義ではないハリーと、純血主義のドラコが同じチームとして活躍したことで、不安定だったスリザリン内の力関係はひとまず落ち着いたように見えた。純血主義過激派のマクギリスが浮かれて花火を打ち上げていたのが印象的だった。ドラコはパンジーから祝いのキスをもらっていた。

 

 しかし、どの派閥にも所属しない一匹狼のセオドール·ノットは、そんな喧騒にも加わらず孤高を貫いていた。

 

 

***

 

 さらに季節は流れ、試験の日が近づいていた。バナナージは試験前の復習として変身呪文やチャームを使い倒し、ハリーらも実技試験のために決闘クラブで復習に明け暮れた。

 

「……そう言えば、コリンは試験を受けても大丈夫かな」

 

 ハリーはハーマイオニーにそう聞いてみた。

 

「学期のはじめから石にされてしまって、勉強についていけたんだろうか」

 

 秘密の部屋事件が早期に解決されたため、試験は通常通りに行われることが決まっていた。ハーマイオニーのように石となった期間が短い生徒はあまり影響はなかったが、コリンはそうではなかった。生徒のなかで誰よりも石にされた期間が長かったのだ。

 

「多分大丈夫じゃないかしら。グリフィンドールは勉強にはあまり力を入れないし……」

 

 そう言うハーマイオニーは、たわしをハリネズミへと見事に変化させていた。ハーマイオニーはコリンにはあまり関心がなく、ロンやネビルの面倒を見るので忙しいようだった。ハリーは内心で、コリンへのフォローが必要かもしれないなと思った。

 

 

 試験前三週間になって、ハリーはコリンを校庭の中庭に呼び出した。コリンは喜び勇んでハリーの前に現れた。

 

「ハリー!!僕に話って何ですか?」

 

「あー、まぁ君が良かったらだけど、試験の過去問はどうかなと思って」

 

「いいの!?いただきます!」

 

「試験が終わったら返してね」

 

 スリザリンの寮生たちは、自寮の後輩に過去問を渡す風習があった。アズラエルたちはそれぞれ後輩に過去問を渡していたし、ハリーもルナに渡しはした。コリンに渡すのはそのついでだった。

 

 笑顔で過去問を受け取るコリンを見ながら、ハリーは苦笑した。

 

(コリンは過去問のからくりに気付くかなー。気付かないだろうなー)

 

「そうだハリー、試験問題のなかでわからない魔法があったら、教えてもらっていいですか?」

 

 

「グリフィンドールの監督生がいるだろ?」

 

「僕はハリーに見てもらいたいんです!」

 

「……わかった。週末に中庭でね」

 

 笑顔で中庭を去るコリンを見送りながら、ハリーは過去問にかけた偽装を解いておくべきだったかと思った。過去問は二段構えになっていて、ただ書いてあることを鵜呑みにしただけでは合格点を取れるかも怪しくなっている。そんなハリーに、後ろから声がかけられた。

 

「…………いい先輩を演ってるじゃねえか、ポッター」

 

 

「ガーフィール先輩」

 

 ガーフィール·ガフガリオンは手に問題集を持っていた。どうやら、相方の女子監督生ジェマ·ファーレイと共に校庭で参考集の問題を解いていたようだ。

 

「校庭じゃ魔法は禁止だぞ?」

 

「そこはどうにかお目こぼしを頂けないでしょうか?」

 

 

 ハリーがそう頼み込んでみたが、ガフガリオンは頷かなかった。

 

「規則は規則だ、例外はねえ。クラブなり人目につかねえ場所で面倒を見てやれよ」

 

「はい、わかりました」

 

 ハリーが素直に頷いたことにガフガリオンは満足げだったが、すぐに顔をしかめて言った。

 

「しかし、本当にいいのか?お前はクリービーを嫌っていたはずだが」

 

「コリンのことは好きじゃありませんが、あの子は僕を嫌ってる訳じゃありませんから」

 

「パンジー·パーキンソンはどうだ?あの子もポッターを嫌っている訳じゃあねぇだろう」

 

「……パンジーにはドラコがいますから。僕なんかじゃ彼女の友人は務まりません」

 

 ハリーは閉心術を使って言った。ハリーの内心は穏やかではなかった。

 

(パンジーと友人になるくらいなら、コリンの方が何十倍もマシだ)

 

 とハリーは思った。

 

 

「なるほどな。お前は出自で区別をしねえというわけか。グリフィンドール的な考え方だな」

 

 ガフガリオンの言葉に、ハリーは素早く反応して訂正した。

 

「……いえ。そういう訳じゃないと思います。僕は学校で浮きたくないから、コリンに優しくしてるだけです。これってスリザリン的な考え方だと思いませんか?」

 

 これはハリーの本心でもあった。

 コリンの人格を見てコリンと友人になりたいと思っているわけではない。コリンに対して失礼な考え方だと思っていた。

 

 ガフガリオンはハリーの言葉に、ひとつため息をついた。

 

「まぁ、そうだな。要するに自分のために人に優しくする。それが俺たちスリザリン生のやり方だ。ポッター、何でそうするか分かるか?」

 

「いえ、分かりません」

 

 ハリーが首を横にふると、ガフガリオンはハリーに教えてくれた。

 

「お前みたいに分け隔てなく誰にでも優しくするってやり方には限界があるからだ。自分の体が一つである以上はな」

 

 この言い方は正確ではなかった。実際には、自分に迫る過酷さや面倒さから逃げるために他人を利用しているだけだった。

 

「……だから俺たちやパンジーみたいな普通のスリザリン生は、スリザリンの生徒を身内として、それ以外の連中とは区別する。そうやって自分のできることと出来ないことをはっきりと分けて、割り切るんだ。そうでねえと身が持たねえからな」

 

 ガフガリオンは穏やかに、諭すようにハリーに語りかけた。

 

「お前がそうなる必要はねぇ。だが、世の中にはパンジーや、普通のスリザリン生みたいな考え方もあるってことだけは理解しておけ。……ほとんどのやつは、余裕を作り出して自分の身内を助けるんだ。自分の身は削らずにな」

 

「……そんな都合のいい話はないと思います」

 

 ハリーの言葉に、ガフガリオンは笑っていった。

 

「ああ。『自分を汚さずに利益を得る』なんて都合のいいことが出来るのは、上から押さえつけてお前みたいな誰かに、自分を犠牲にさせているからだ。……要するにだ」

 

 ガフガリオンは、自分の鞄からテスト用紙を取り出してハリーに手渡した。

 

「スリザリンの仲間はな、お前に犠牲になって欲しくねえってことだよ、ポッター。お前はもうスリザリンの一員だ。時にはグリフィンドールの友人を犠牲にしてでも、自分の身を大事にしろってこった。…そういう生き方もあるンだぜ」

 

 ハリーは二年生の過去問をガフガリオンから受け取りながら、それは無理だと内心で思った。

 

(僕なんかと友達になってくれる子を、犠牲には出来ない)

 

(……それに)

 

(ガフガリオンやパーシーみたいな人たちは、そんなことはしない)

 

 ハリー·ポッターに対して、ガーフィール·ガフガリオンやパーシー·ウィーズリーといった先輩たちもまた影響を与えていた。これからもハリーは己の身を犠牲にするだろう。そしてハリーが己を犠牲にしてでもなにかを守ろうとする限り、ハリーは蛇寮の獅子として、スリザリンのなかであり続けるだろう。それがハリーのなかで、ハリー自身のためにやったことであったとしても。

 

***

 

 試験が終わり、残された日程をすべて消化し終えたハリーたちは、大広間に集まっていた。ホグワーツ校長のアルバス·ダンブルドアは宴を始める前に、まずはザビニ、アズラエル、ファルカスの友を思う気持ちを称えて20点を加点した。ダンブルドアの加点はそれで終わらなかった。

 

「今年は皆も知っての通り、奇妙な出来事があった。ホグワーツにスリザリンの継承者を自称するものが現れ、大勢の生徒を恐怖と混乱に陥れた。しかし、皆も知っての通り、継承者は破壊され、ホグワーツを覆った闇は晴れた。まことに勝手ながら校長としてその功績を表彰したい。パーシー·ウィーズリーくん」

 

 そう言って、ダンブルドアはまずはパーシーを指名した。

 

「規則を遵守するという監督生の職務を放棄したことで、パーシーくんは一度自ら罰則を受けようとした。……しかし、ホグワーツの監督生は、下級生に己の在り方を示し、時には間違えることもあるということを示す必要がある。パーシー·ウィーズリーくんは偉大な間違いを犯した」

 

(そ、そうなんだ……)

 

 ダンブルドアの話が進む度にパーシーの顔が渋くなっていくのをハリーは見た。ハリーはパーシーが思っていたよりも石頭であったことに驚愕した。ロンの話と同じように、パーシー·ウィーズリーは本来規則の鬼であったのだ。

 

「規則に反してでも闇に立ち向かい、下級生を守り抜いた魔法の力量と、その下地になったたゆまぬ努力を称えて、グリフィンドールに200点!」

 

 グリフィンドールのテーブルから大歓声が上がった。たった今、レイブンクローと同じだったグリフィンドールの順位は浮上した。3位から、スリザリンと同じ1位へと繰り上げになり、パーシー本人は渋い顔のまま周囲から祝福されていた。

 

 ダンブルドアがぴたりと手を上げると、グリフィンドールの歓声は止んだ。ダンブルドアはさらに言葉を続けた。

 

「次に。勇気とは、それを持ち続けるものが非常に難しいものだ。勇気を出して行動し、それを続けることが難しいものであるがゆえに、勇気を称賛する人間はそれ以外の行為を時として軽んじる」

 

 ダンブルドアの言葉は、グリフィンドールの寮生たちにも向けられていた。グリフィンドールの一部の生徒たちは顔をしかめながらダンブルドアの話を聞いていた。

 

「しかし真の勇敢さとは、必ずしも己が勇敢であることを誇示するものではない。己の知恵を信じ、悪に立ち向かうこともまた勇気だと私は思う。レイブンクローらしい知謀と、グリフィンドールに劣らぬ勇気を発揮したルナ·ラブグッド嬢に200点を進呈する!」

 

 そのダンブルドアの言葉に、ハリーたちやバナナージ、ロンやハーマイオニーやパーシーらは喜んで拍手した。しかし、ルナを称えるべきレイブンクローの生徒たちは、ルナが称賛されたことに驚きを隠せないようだった。レイブンクローはこの瞬間、あまりのことに動揺を隠せなかったと言っていい。誰もルナが成し遂げたことを信じていなかったのだ。

 

「……そして、ロン·ウィーズリーくん」

 

(来た)

 

 ハリーはわくわくしながらロンが誉められる瞬間を待っていた。ロンの耳は、ダンブルドアに自分の名前を呼ばれた瞬間からみるみるうちに赤く染まっていった。

 

 

「この一年、ホグワーツでは疑念が渦巻いた。あらゆる悪意に満ちた思想が蔓延し、互いの絆を疑うこともあった」

 

「闇の魔法使いの最も恐るべきところは、こうした人々の弱さを利用し、恐怖に付け入るところにある」

 

 大広間はダンブルドアの言葉に静まり返った。気まずそうにダンブルドアから視線を外す生徒も多かった。ハリーもまた、この一年でハッフルパフ生たちから疑われたことを思い出していた。

 

「しかし、彼は友を信頼することによってそれに打ち勝った。友を信じる真心と、闇の魔法道具を破壊した功績を称えて、グリフィンドールに200点を進呈する!」

 

 その瞬間、グリフィンドールのテーブルが爆発した。今この瞬間、グリフィンドールは4寮のトップに立ったのだ。

 

 ロンはフレッドとジョージから頭をくしゃくしゃにされながら、ハリーを見て苦笑した。ハリーはロンの顔が髪の毛と同じくらい赤くなっているのを見てザビニと一緒に笑い転げていた。

 

 

「最後に……一人の生徒について話したい」

 

 ダンブルドアの言葉に、スリザリンのテーブルが一段と緊張した。ハリーは身構えながらダンブルドアの言葉を待った。

 

「今回、私たち大人は一つ間違いを犯した」

 

「皆も知っての通り、本来であれば継承者に立ち向かうべきギルデロイ·ロックハートが、そのつとめを果たさなかった。彼はそのつとめを果たさず、あまつさえ生徒に手をかけようとした。悪質な闇の魔法使いに勝るとも劣らない人の悪意がホグワーツの生徒を襲おうとしていた」

 

 ロックハートファンの生徒たちから悲鳴があがった。ロックハートファンの生徒はホグワーツでは絶滅危惧種となっていたが、ロックハートの顔面と性格、そして文才は本物だった。それに惹かれた生徒たちは、その話を蒸し返されることを恐れていた。キングズリー·シャックルボルトは興味深そうにダンブルドアの話を聞き入っていた。

 

「しかし、一人の生徒が彼を止めた。彼はロックハートの悪意から友人を守ったあと、ロックハートに代わって自らの手で継承者から被害者を取り戻そうと動き……己の身を呈して友と被害者を守った」

 

 

「……その恐るべき精神力と、友を守り抜いた功績を称えて、ハリー·ポッターくんに200点を進呈しよう!」

 

 この瞬間、スリザリンとグリフィンドールの優勝が確定し、スリザリンのテーブルからは歓声があがった。

 ザビニやアズラエルが逃げようとするハリーを捕まえて、もみくちゃにした。ハリーはダンブルドアが、輝くような瞳でハリーのことを見ているのを気味悪く思った。

 

 

(……なんだか全部ダンブルドアの思いどおりのような気がする……)

 

 ファルカスからお祝いのプティングをとり分けてもらいながら、ハリーは宴のなかでアルバス·ダンブルドアの姿を盗み見た。ハリーが越えたいと思っている偉大な大魔法使いは、ハグリッドから渡されたロックケーキに涙目になりながらかぶりついていた。その姿はひょうきんなご老人にしか見えず、ハリーはますますダンブルドアのことが分からなくなった。

 

***

 

 ホグワーツの校長室で、キングズリー·シャックルボルトはアルバス·ダンブルドアと向かい合っていた。彼は代理教師としての功績を称えられ、少しだけはにかんだ。ホグワーツの校長室では、ダンブルドアの愛鳥が今まさに燃え尽きようとしながらキングズリー·シャックルボルトを知性のある瞳で見つめていた。

 

「マッドアイによい土産話が出来そうです。ホグワーツには良い芽が育っている」

 

 キングズリーに対して、ダンブルドアは無理を承知の上で頼み込んだ。

 

「生徒たちから聞こえてくる君の評判はすこぶるよい。出来れば来年も、ホグワーツに留まって欲しいが……」

 

「その要請を受けることは出来ません。私はあくまでも、闇祓いであって教師ではない。これ以上続けても、生徒を導くことは出来ないでしょう」

 

 キングズリーの返答は否である。闇の魔法生物や闇の魔法使いに抗う専門家であっても、己は教師ではないと固辞した。

 

 実際のところ、キングズリーは非常に勤勉で努力家だった。彼は授業で拙い箇所があれば次の授業ではそれを修正したし、ロックハートと違い同僚には敬意を払い続けた。そのため同僚である教師たちの評判も、一人を除いては悪くなかったのである。

 

 

 

「……ならば仕方ない。君の魔法省での栄達を願っている、キングズリー」

 

「こちらこそ、ホグワーツの安寧と、先生方の無事を心から祈っています。我々が来るような事態にならないことを祈ります」

 

 ダンブルドアから差し出された手を握りしめたあと、キングズリーはダンブルドアから一人の生徒についての所見を求められた。

 

「君の目から見て、ハリー·ポッターやパーシー·ウィーズリーらはどう見えたかね?防衛術の専門家としての意見を聞きたい」

 

 キングズリーは就任当初、セブルス·スネイプ教授からハリーが規則違反の常習者であり問題児であることや、闇の魔術を行使したという説明を受け、特に注意するように警告を受けていた。

 

「例の一件で活躍した生徒たちについてですか。正直なところ、私は彼らに対して特別の関心を払ったわけではありませんし、事件前の彼らを知っていたわけでもない。彼ら個人のパーソナリティーに関しては、スネイプ教授やマクゴナガル教授の見解の方が正確でしょう」

 

 キングズリーはあえて明言を避けた。その上で、闇の魔法の専門家としての見解を口に出した。

 

「ロナルド·ウィーズリーに関しては、いたって普通の少年のままです。精神的に不安定な面もなく安定していたと思われます」

 

 

「それは彼の非凡な……いや、よくも悪くも平凡な才能と言うべきだろう」

 

 ダンブルドアはロンにとっては残酷な発言をした。

 

「平凡な人間ほど、非常時においては非凡な戦果を求める。英雄的な活躍と栄誉を求めるものだ。しかし、心の奥底で自分が平凡だと認めている人間は、非常時でなければ平凡に過ごす術というものを心得ている。ロナルド·ウィーズリーは能力的には平凡だが、その一点においては非凡だと言えるだろう」

 

「マッドアイが羨むような資質です」

 

 キングズリーは内心で平凡と断言されたロンに同情しつつ、健全なロンの在り方を羨んだ。

 

「まったくだ。真に平凡な人間こそが、己の幸せというものを受け入れられるのかもしれん」

 

 

 次にキングズリーが言及したのはルナ·ラブグッドについてだった。

 

「ルナ·ラブグッドには奇怪な言動や行動が目立ちます。今すぐカウンセリングが必要かと思われますが……」

 

「彼女の言動は元からだと教授たちから報告を受けている」

 

「……左様ですか。ですが、なぜレイブンクロー生が勇気を重んじるグリフィンドールの剣を取り出せたのです?」

 

 

 キングズリーはいぶかしみながら言った。

 

「彼女が相当に無理をして勇気を沸き起こし、結果として精神に何らかの異常をきたしたのではないかと思ったのですが……」

 

「ルナ·ラブグッドはフリットウィック教授によれば、マイペースで楽天的な生徒だという。その在り方は、事件の前も後も変わってはいないそうだ」

 

 キングズリーはダンブルドアの言葉に疑問を抱いて言った。

 

「ではなぜ、彼女はレイブンクロー生だったのですか?それほどまでに勇敢ならば、グリフィンドールに組分けされているべきだったのでは?」

 

「そこは組分けの妙というべきかな」

 

 ダンブルドアは己の髭を撫でながら言った。

 

「組分け帽子は本人の資質を判断して組分けを行うが、これは正確ではない。本人自身のそうなりたい自分や、重要視している価値観というものを汲み取って、その希望による選択を尊重する場合もある。彼女は入学当初、数秒とかからずにレイブンクローへと組分けされた。それは彼女が入学当時、レイブンクローの叡知や智恵を重んじたからだ。恐らくは今も変わらないだろう」

 

 そこでダンブルドアは言葉を切った。

 

「……だが、彼女はレイブンクロー生でありながらスリザリン生やグリフィンドール生を助けるという選択をした。それは寮の区別を越えた、勇気ある行動だったと言ってよいだろう。組分け帽子が、そこに勇気を見出だしたとしても私は驚かない」

 

「校長先生が何か細工をされたのではありませんか?」

 

「私ごときに細工ができるほど、組分け帽子は甘くはないよ。組分け帽子を細工して騙すことができるのならば、ホグワーツはもっと平和だったはずだ」

 

 ダンブルドアは首を横に振ってキングズリーの推測を否定した。キングズリーはまだ納得できていない様子だったが、ダンブルドアの言葉には頷かざるをえなかった。

 

「正直なところ、彼女がグリフィンドールの剣を抜いたと聞いたときには私も驚いた。子供は時として、理屈に凝り固まった我々大人の予想を越えた成長をするものなのかもしれない。そうは思わんかね?」

 

「……ええ。確かに」

 

 キングズリーはそう言うと、パーシー·ウィーズリーについての話に戻った。

 

「パーシー·ウィーズリーは精神的に不安定な傾向が見られますが、授業には何の支障もありません。むしろ最も優秀な生徒の一人でした」

 

「彼は元々、少し神経質な傾向を持っていたが……」

 

「今回の一件で一番影響があったと言えますね。挫折知らずの若い魔法使いが一度は陥ることです」

 

「……彼が心配ですか、ダンブルドア?」

 

「優秀だと呼ばれている若者ほど、挫けたときは脆い。己の弱さや失敗に目を背け、自分は完璧なのだと思い込もうとする。そういった若者の多くは、他人に頼るということが下手でもある」

 

 キングズリーは無言で頷いた。そういう若者には覚えがある。キングズリー自身もそうだったからだ。

 

 

「……しかし、彼ならば必ず乗り越えてくれるだろう。彼が見せた家族への愛情や善意は、一点の曇りもなく肯定できる素晴らしいものだ」

 

 ダンブルドアはそこまで言うと、何かを考え込んでいる様子だった。

 

「ミネルバも、若く優秀な才能を潰すことはしない」

 

 

「ならばよかった。最後に、ハリー·ポッターに関しては」

 

 そこまでいうと、キングズリーは一旦深呼吸した。

 

「貪欲に知識を求めています。彼も優秀な生徒の一人だったと言えるでしょう。あの年齢にしてはですが、体験を機に向上心を高めたものと思われます」

 

「ポッターは元々、特に意欲的な生徒の一人だった」

 

 ダンブルドアはそこまで言ってから、怜悧に目を光らせた。

 

「ポッターが闇の魔術についての知識を求めたことは?」

 

「ありません」

 

 キングズリーは即答した。そして、少し考えてからダンブルドアに尋ねた。

 

「ずいぶんとあの少年を警戒しておられますね。伝え聞くような体験をしたにしては、健全な精神状態だと思われますが……」

 

「危機にあって力を求める傾向は、スリザリンに限らず人間ならばあって当然のことだ。特に、今年の彼にふりかかった災いは大の大人ですら危機感を覚えるものだった」

 

「バジリスクは私でも相手にしたくはありません。恐らくマッドアイでも、ルーファス局長でもそうでしょう。あらゆる手段を用いることを責めることは出来ません」

 

 キングズリーは正直に言った。

 

「……しかし、闇の魔術は容易に人の悪意と結びつき悪意を肥大化させる。強大な力というものを未熟なまま持った人間に訪れるのは約束された破滅だ。ポッターが闇の魔術に溺れないように、私たち教師は細心の注意を払う必要がある」

 

 キングズリーは、ダンブルドアの言葉を聞きながら目を閉じた。ポッターの未来を案じてのことか、それとも、ダンブルドアの言葉に疑問を抱いてのことか。いずれにせよ、ダンブルドアと視線を合わせないことで、キングズリーは己の内心を隠しきった。

 

 やがてキングズリーは目を開くと、ダンブルドアにある提案をした。

 

「人の悪意を遠ざけるのではなく、それを制御するためにポッターに闇の魔術(あくい)を教えるいう手段は取れませんか?」

 

 およそ真っ当な教師ならばそんな提案はしなかっただろう。仕事柄闇の魔術を自らも行使するキングズリーだからこそ、そう言うことができた。あるいは教師ではなく代役であり、今日にはホグワーツを去るキングズリーだからこそ、その発言が出来たのかもしれない。

 

「それは出来ん。どれほどポッターが優れた精神を持っていたとしても……闇の世界に英雄はいないのだから」

 

 キングズリーの予想通り、ダンブルドアはキングズリーの提案をはね除けた。キングズリーはこの時、ダンブルドアは政治家ではなく一人の教師なのだと確信した。

 

 校長室から出たキングズリーは、ホグワーツ特急へと乗り込む生徒たちを見送った。緑色のローブに身を纏った眼鏡の少年が、深紅や赤、緑色のローブに身を包んだ少年少女と共に手を振っていた。キングズリーはその姿を見送ると、己も箒に乗ってホグワーツを去った。

 




秘密の部屋編はこれで終了です。次はアズカバンの囚人編……ではなくて失われた時の秘宝編です。


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登場人物紹介(二年目)

ハリー·ポッター

 主人公。色んな経験をしたこととプロットをかかずにノリで進めた結果闇の魔法使いとして成長してしまった。自分の蛇語スキルを本としてまとめてザビニに布教しようとしたが面倒くさいと嫌がられた。

 

ロン·ウィーズリー

 主人公の相棒。不憫な境遇にもめげずに頑張っている。本気でキレたら無言呪文の関係で格上にも勝てる可能性はあるが、一角獣の杖はチャーリーに忠誠を誓っているのでよほどのことがないと本気を出してくれない。

 

ハーマイオニー·グレンジャー

 猫化イベントをスルーしたグリフィンドールの女傑。本編よりは穏当な形で魔法世界の差別の一面を知る。アズラエルと共にハリー一味のバランサー担当。

 

ブレーズ·ザビニ

 口がわるい不良の筈が、一年生のときにハーマイオニーに助けられたことがきっかけで入学当初よりまともになった。それでも容姿至上主義は継続中。

 

ブルーム·アズラエル

 ハリー一味のバランサーにしてハーマイオニーにスリザリン式の考え方を穏当に教える役割を持つ。元ネタ同様、こいつが感情的になったときが一番危ない。

 

ファルカス·サダルファス

 決闘クラブに所属して才能を開花させつつある没落貴族。ロンと同様に貧乏だが杖がいいのですくすくと成長中。

 

ドラコ·マルフォイ

 保身と友情、父への敬愛に揺れ動く悩み多きクソガキ。ドビーには真犯人の口止めをした上で洋服を与えたが、なぜかドビーに滅茶苦茶感謝された。悪役令嬢ものの主人公になれるのか、どうか。

 

シリウス·ブラック

 定職に就いて仕事を通して知り合った知人(友人)を得て、客観的に見れば充実した日々を送っている。とある法律がアンブリッジからぶちあげられたことを境に慣れない政治活動を行わなくてはならず、ハリーを助けられなかったことを悔やんでいる。

 

コリン·クリーピー

 本作最大の被害者。被害に遭った時期を早めたせいで授業にはついていけておらず、ハリーや監督生のガエリオには頭が上がらなくなった。

 

ルナ·ラブグッド

 レイブンクロー生だが理論重視ではなく、実践も行ける感覚派。あんまりにも感覚派な上に言動が言動なので理論派のハーマイオニーとは本来合わないのだが、貴重な女子ということもあり可愛がられている。

 

パーシー·ウィーズリー

 現時点でのホグワーツにおける生徒最強の男。汚名返上は果たしたが自分の家が騒動のきっかけというところまで推測してしまい抱える必要のない悩みが増えてしまった。

 

バナナージ·ビスト

 決闘クラブ部長。ハリーたちに部を滅茶苦茶にされたが、決闘クラブには良くあることとしてこころを無にして耐えた。強い。

 

ガーフィール·ガフガリオン

 入学当初のハリーにスリザリンらしい同調圧力によって純血思想や、スリザリン生徒らしい振る舞いをするよう躾ようとしてうまくいかず放任した結果、齢十二にして闇の魔術を使うとんでもない危険物が生まれてしまった。本人は俺のせいじゃねえと思っているし実際正しい。

 

セブルス·スネイプ

 ハリーが闇の魔術を使ったことに誰よりも怒っている人。描写はカットしたがハリー復帰直後にハリーから五十点減点した。保護者となったシリウスとの面談では互いに呪いを掛け合う寸前までいったのでミネルバが仲裁に入る必要があった。

 

パンジー·パーキンソン

 この人やダーズリー家のお陰でハリーが友情に拘ることになった、ハリーの人格形成における影の立役者。原作最終巻の言動から逆算し、「人並みに悪意は持っているが、他人(の命や立場)を心配して最終的には善意からやらかすふつうの女子」というイメージで書いた。原作にはない悪事を盛ってしまったので、後々汚名返上させたい。

 

ギルデロイ·ロックハート

 実力者たちを騙し討ち込みで倒せる力量と原作のポンコツっぷりに整合性を持たせようとした結果、悲惨なことになった詐欺師。たぶん今後は登場しない。

 

ユルゲン·スミルノフ

 原作ではたぶん魔法省に児童福祉担当の職員なんていないのだが、あんまりだと思って二次創作独自のオリジナル設定として追加したキャラ。児童福祉課自体、出来たのはたぶんつい最近。子供たちや妻のために社会の歯車として働く。

 

バーノン·ダーズリー

 ペチュニア共々同情の余地は多々あるが毒親。ハリーの恐怖の象徴。

 

 

ドビー

 自由を得たハウスエルフ。ハウスエルフという種族が受けている教育のせいか、本気を出したこいつは下手な魔法使いを一蹴できるくらいには強いのだが、本人が自分を強いと思っておらず、守るため以外で人に危害を加えようとしないことが弱点。

 

マクギリス·カロー

 バナナージと共に勉強を重ねたことで、OWLを優秀な成績で突破した純血主義者。純血思想を広めるのはカローから見て見込みのありそうな子供や、スリザリンから浮きそうな子供に限っている。

 

嘆きのマートル(マートル·ワレン)

 見事トムに雪辱を果たしたが、マートルのゴーストは未だにホグワーツに囚われている。

 

 

 

 



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ハリー·ポッターと失われた時の秘宝編
ハリー·ポッターと魔法界の闇


 

 ハリーの夏休みは、ハリー自身が覚悟していた通り最悪な形で始まった。ハリーはホグワーツからダーズリー家に収監された。その際、ハリーの魔法界の私物は一時的に取り上げられてしまった。

 

 魔法省職員のユルゲン·スミルノフ氏がダーズリー家にハリーの様子を確認しに来てくれたお陰で、ハリーは夏休みの一週間後から魔法界の宿題に手をつけることができた。そうでなければ、目を盗んで鍵を奪い、強行手段で私物を取り戻すしかなかっただろう。ハリーは親友のハーマイオニー·グレンジャーと同じように、今年から魔法生物飼育学、古代ルーン文字学、数占い学、占い学、そしてマグル学を受講することを決めていた。

 

 ホグワーツの三年生は、新しくこの五科目のうち最低でも二科目は必ず受講することになっている。五科目受講する人間は希で、五科目を合格できる人間はもっと希だとハリーは監督生のガーフィール·ガフガリオンなどから忠告を受けていた。時間をドブに捨てる気かと。ハリーは捨てる気はなかった。たとえ自分に合格する実力がなかったとしても、挑戦できるならそれをやってみたいと思っていた。ハリーは今世紀最高の大魔法使いであるダンブルドアを越えたいという目標があったが、それよりも何よりもハリーの周囲では色々なことが起きる。ハリ-には自衛のために、あらゆる知識が必要だった。

 

 ハリーの親友たちのうち、ロンやザビニは魔法生物飼育学と占い学を受講する。ファルカスはそれに加えて数占いを、アズラエルは古代ルーン文字学とマグル学、そして数占いを受講した。ハリーは、あらかじめ通販で購入した参考書を読み漁って過ごしていた。家にバーノンやダドリーがいないとき、ご近所様と話し込むペチュニアの隙を見て友人に電話をかけることがハリーの楽しみだった。

 

 そんなハリーには、ひとつの試練が訪れていた。ダーズリー家の家長であるバーノンの妹、マージがダーズリー家を訪れたのだ。

 

 ハリーがマグルを嫌いになった原因のひとつが、このマージにもあった。彼女は甥のダドリーと飼い犬をこよなく愛する反面、居候のハリーを疎ましく思っていた。ハリーが過失でマージのブルドッグであるリッパーの足を踏んでしまい、犬に追い立てられたとき、彼女は深夜までハリーを木の上に釘付けにした。

 

 ハリーにとって屈辱的なことに、ハリーはバーノンの妹にとっては『セント·ブルータス更生不能非行少年院』に収容されていることになっていた。マージがハリーを気に入る筈もなく、ハリーはマージの嫌味に耐えながら、愛想よくマージの御機嫌を取らなければならなかった。

 

 

 マージは控え目に言って、ハリーにとっては最低の親戚だった。マージは、兄嫁の姉を出来損ないだと貶めた挙げ句、ハリーの父親を無職のろくでなしだとなじったのだ。

 

(落ち着け。こいつは……知らないだけなんだ。マグルなんか相手にする価値はないんだ……)

 

 ハリーは持ちうる限りのすべての理性を総動員して耐えた。前学期に、ハリーはマグルを嫌いだと言って、殺してもいいと言い放つ屑の姿を見てきた。マグルのなかでも最低の人間のために、自分が同じところに堕ちる必要はまったくないと言い聞かせた。

 

 そもそも、ハリーの家は魔法使いの間でも差別されていた。ハリーの母親はマグルとの間に生まれた魔女で、ハリーの所属する寮ではそういう境遇の魔法使いや魔女を穢れた血と呼んで見下している。マージを殺すならば、ハリーは自分のクラスメートをダース単位で殺さなくてはならなかった。

 

 何よりも、ハリーにはマグル生まれの友達がいた。彼女の顔を思い浮かべ、ハリーは必死で地獄のような時間に耐えた。マグルを傷つけるということは、友達に対する裏切りだった。それはやってはいけないことだ。

 

 マージがやっとダーズリー家を去ったとき、ハリーは自分の部屋に閉じ籠って、愛すべき蛇のアスクレピオスに体を預けながら延々と愚痴をこぼし続けた。

 

『やっぱりさ。こういう考え方はよくないとわかってるけど』

 

『ぼくはマグルなんて嫌だよ』

 

『マージを思いっきり肥え太らせて、どこかに飛ばしてしまえばよかった』

 

『そのうちやり返してやれよ。どうせわかりゃしない』

 

 ハリーの口からこぼれた本音に、ついに賢き蛇は折れた。この蛇はつねづねハリーが過激な言動をする度にハリーを止めてきたが、二年目の月日を共に過ごしたことでハリーを飼い主として認めたのか、ハリーに対して随分と甘くなっていた。

 

『そう言ってくれるのは君だけさ。シリウスだってハーマイオニーだって、僕が受けた仕打ちなんて気にもしないで……』

 

 ハリーは、自分の手元にある『ホグズミード行き許可証』をじっと見つめた。ホグワーツのホグズミード行きの許可をダーズリー家に求めたくなかった。バーノンやペチュニアに自分の行動が見返りがほしくてやったことだと思われたくはなかったし、彼らが自分の訴えを聞いてくれるとも思わなかったからだ。ハリーが頼るべき親はシリウスであって、ダーズリー家ではないとハリーは心の底から思った。

 

 ハリーは怒りを頭の片隅から追いやると、古代ルーン文字で書かれた参考書を読み漁った。そうしなければ、ものにあたって壊してしまいそうだったからだ。ストレスを溜めたとき、ハリーは勉強でそれを発散する癖をつけていた。

 

 勉強を終えたハリーは、溜めておいた日刊予言者新聞の記事を読んだ。日刊予言者新聞には、ロンの父親が宝くじを当てて、エジプトに旅行することになったことに加えて、一つの記事が小さく掲載されていた。記事には反人狼法が議会で否決され、廃案になったとあった。

 

***

 

 ハリーがダーズリー家から解放される瞬間は、思ったよりもあっけなかった。去年のハリーは階段下の物置小屋に収監されていたのだが、今年は客室でダーズリー家から解放されることを聞いた。ユルゲン·スミルノフが、一週間後に、ハリーが後見人であるシリウス·ブラックのもとに行ってもよいというお墨付きを頂いたのである。ハリーはシリウスから事前にその連絡を受けていて、ラムズゲートに行くことを聞かされていた。

 

 シリウスはハリーの後見人だったが、女性関係が非常に派手で、前学期には日刊予言者新聞などでたまに取り沙汰されることもあった。そんなシリウスは、魔法省では闇の物品を取り締まる職員として多忙な日々を過ごしていた。そのため後見人であるにも関わらず、仕事が一段落するまでハリーと暮らす許可がなかなかおりなかったのだ。

 

「何でわしらが貴様らの都合で振り回されねばならんのだ……」

 

 バーノンは魔法使いの世界から上から目線で干渉されることに不満を見せたものの、最終的にはハリーがダーズリー家からシリウスのもとに行くことを了承した。ダドリーからこれで厄介払いができると言われたとき、ハリーは心の底から笑顔になることができた。

 

 ダーズリー家では、どこまで行ってもハリーは居候であって家族ではなかったのだ。ハリーは結局、自分がラムズゲートに行くことをダーズリー家に明かさなかった。自分一人で家に残されたことは幾度となくあったし、ダーズリー家にはダーズリー家の予定がある。彼らは、魔法界や魔法使いと関わりたいとは思わないだろうとハリーは思っていた。

 

***

 

 ハリーはダーズリー家をお暇した後、シリウスにホグズミードの許可証をねだった。

 

「ハリー、どうして……許可証を私に?」

 

「シリウスから許可して貰いたかったんだ」

 

「ダメかな……?」

 

 

 ハリーは自信なく言った。ハリーはシリウスにとって、あんまりいい息子である自信がなかった。ダーズリー家を離れたとたんに自分がシリウスにとって邪魔になるのではないかという不安がぶり返していた。

 

「いや。私をそこまで信じてくれているのが嬉しくてな」

 

 

 シリウスはそう言うと、意外と整った字でホグズミード行きの許可をハリーに与えた。ハリーはシリウスから貰った許可証を見つめながら、小さくシリウスにお礼を言った。

 

***

 

 ハリーはシリウスと共にラムズゲートに行くことができた。ラムズゲートに行くまでは車で移動したが、運転したのはシリウスの婚約者であるマリーダ·ジンネマンだった。

 

「車の運転がお上手なんですね……?」

 

「マグル関連の仕事をしていると、マグル社会で生きていくために一通りのことはこなさなくてはいけなくなるからな。マリーダは運転免許も持っているぞ」

 

「魔法で誤魔化せばいいんじゃないの?」

 

 ハリーがそう言うと、マリーダは笑って言った。

 

「魔法で人の記憶を誤魔化すことができても、ありとあらゆる機械の類いを誤魔化すには膨大な手間がかかる。だから私たち魔法使いも、マグルの社会で生きる術を身に付けるんだ。かくいう私も、卒業してから免許を取った」

 

「みんなそうしてるんですか?」

 

 ハリーは意外だった。ユルゲン·スミルノフ氏のように配偶者にマグルを持つふつうの魔法族ならばそうするのも当然だと思うが、大きなパーティーに出席できるマリーダのような魔女がそうするのは不自然に思えた。

 

「そうだな。あえて大っぴらに言わないだけで、皆そうしている。着いたぞシリウス。起きてくれ」

 

「……ん?もう着いたのか、マリーダ?思ったよりも早かったな」

 

「最近の車は性能が良いんです」

 

 マリーダはシリウスにとって、非常に理解のある魔女だった。彼女はマグルの文化を否定しなかったし、ハリーの見るところバーノンよりずっと車の運転が上手かった。ダーズリー家がマリーダとシリウスを見たとしても、中年の男性と若い女性のカップルが連れ添って浜辺を歩いているようにしか見えなかっただろう。マリーダは、マグルの社会で存在する会社で社長秘書として仕事をしているらしかった。朱色の髪の毛の、運動神経のよさそうな女性だった。

 

 

 ハリーはビーチでハーマイオニーやアズラエル、ファルカス、ルナとその両親に再会した。観光客の中に溶け込んでいたアズラエルたちと違い、ルナはカモメの被り物をしていて目立っていた。

 

 

「……やあ、皆。久しぶり。ねえ、ザビニはどうしたの?まだ来てないの?」

 

 

 ハリーはその中に、自分の相棒がいないことに気付いて周囲を見渡した。ハリーの言葉を聞いたとたんに、四人の親友は暗い顔になった。

 

「久しぶりね、ハリー。あなた、日刊予言者新聞は読んでいないの?ザビニは今日は来ることが出来ないわ」

 

「読んでないよ。どうしたの?ザビニに何かあったの?ザビニは無事なの!?」

 

「それは……」

 

 ハリーの問いかけに答えたのはファルカスだった。彼は言いづらそうにしていたハーマイオニーに代わって、ハリーにあることを伝えた。ファルカスがそうするときは、大抵ろくでもなく、だれも言いたがらないようなことだったのでハリーは身構えた。

 

「……ザビニが悪い訳じゃない。ザビニは無事だよ、ただ、ザビニの母親が捕まったんだ。……その、保険金詐欺の容疑で」

 

「……えっ!?」

 

 どうやらハリーたちの三年目は、やはりろくでもない幕開けとなってしまったようだった。

 




ザビニの母親ァ……
デスイーターとか無関係にろくでもないやつ多いな魔法界!魔法なんて力があるなら当然だな!


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悪魔の子

ブレーズ·ザビニとかいう振れ幅の大きいキャラ
原作だとデスイーターではなかったのに映画だと闇堕ちしてやがる……!


 

 

 ブレーズ·ザビニは豪勢な飾り付けがなされた自室のベッドに寝転び、呆然と天井を見上げていた。

 

 

(別に……死ぬことはなかったんじゃねえかな……)

 

 一昨日、ブレーズの父親が鍵のかかった部屋のなかで息絶えていた。死んだ父親であるデギン·ザビニのことを、ザビニはあまりよくは思っていなかった。なにせ、ザビニの母親より年上の息子たちがいる資産家のマグルで、ブレーズとは血も繋がっていなかった。そして、ブレーズの義理の兄たちは明らかに母親やブレーズのことをよく思っていなかった。ブレーズは物心ついたときからこの屋敷にいたが、どれだけ記憶を遡っても7歳より前の記憶がなかった。

 

 それでも、ザビニは豪邸のなかで個室を与えられ、メイドや家庭教師もつけられ、なに不自由ない暮らしを与えられた。そんな人が、別に悪事をしたわけでもない人間が、自分の母親に殺されたという事実がザビニの心を締め付けていた。

 

 ブレーズは自分の実の母親を見た。ザビニに対して美しくあれとしつけ、マグルは下等なものだと教え込んだブレーズの実の母親は、取り乱したように自分より40歳も年齢が離れた夫の死体にすがりついてすすり泣いていた。

 

 

 その実の母親の姿が、ブレーズには醜悪なものに思えて仕方がなかった。母親は、週末の度に魔法の世界へと息子を誘い、ブレーズにこう言った。

 

「ブレーズはマグルとは違うのよ、マグルとは」

 

 

 

「あんたは誰よりも美しく、立派な魔法使いになるのよ。スリザリンで純血の魔法使いに取り入って、連中の弱みを握るの。そうすれば、魔法使いのなかで生きていけるわ。私の愛しい子」

 

 ブレーズの母親にとって、マグルは愛すべきものではなかった。踏みつけて利用し、奪うだけのものだった。少なくとも、ブレーズの目にはそう見えた。

 

 

 

 少し前のブレーズならば、マグルだからと考えないふりをしただろう。ほんの少し前、ホグワーツに入るより以前ならば。ブレーズはかつてはマグルの私立校に通っていたが、容姿がよく、習い事をしていて、おまけに魔法のアイテムが使えたブレーズにとってマグルの世界はあまりにも張り合いがなかった。勉強すらせず魔法のアイテムによるカンニングだけで満点を取っても、だれも気付きはしないのだから。

 

 

 

 ブレーズの義理の父親の死亡から一夜明けた時、ブレーズの母親は、魔法世界の警察組織である魔法法執行部の職員によって拘置所へと連行されていった。その時、わざとらしく職員がこぼした言葉を、マグルであるザビニの兄たちも聞いていた。

 

「これで七回目というわけか?まったくもって懲りない女だ。……今度は、いったいどれだけの保険金をかけたのだ?」

 

 ブレーズがその場に居たにも関わらず職員がそう発言したことは、恐らくはザビニの母親に対する罰のつもりだったのだろう。その時だけは、ザビニの母親は鬼のような形相で職員を睨み付けていた。

 

 ブレーズを見て、ブレーズの下の兄、カルマ·ザビニは悪魔の子だとブレーズに言った。上の兄であるギーレンは多額の保険金と、実の父親が残した遺産についてザビニの母親には一ポンドも与えないと言いはなった。だれも、デギン·ザビニという老人の死を悼むことは出来なくなった。魔女によって、ひとつのマグルの家が壊された様をブレーズは見ていた。自分がそれに荷担したのだと、ブレーズの兄たちは信じて疑わなかった。

 

 

 ベッドに横たわりながらそんな場面を延々と思い返していたブレーズは、自室の電話がジリジリと鳴ったことで身体を起こした。

 

 

「もしもし。ブレーズだ」

 

 ザビニ家への電話は使用人が取り次ぐことになっている。ブレーズの部屋の電話が鳴るということは、ブレーズ個人への電話ということだった。使用人たちは律儀にも、悪魔の子に対してもマニュアル通りに電話をとりついだ。

 

「もしもし。ハリーだよ、ザビニ」

 

「んだよ、お前かよ。海に行ったんじゃねーの?」

 

 電話の受話器から、声変わりしかけたかすれ声が聞こえてくる。ブレーズは、学校ではザビニという自分の姓を呼ばせていた。

 

「行ったよ。行ったけど……君のお父さんのことを聞いて。大変だと思って……」

 

「俺は大変じゃねーよ。大変なのは俺の家だよ」

 

 ブレーズは苛立ちながら電話越しのハリーに言った。

 

「なんだよ。もう皆知ってるのかよ」

 

 ブレーズはそう口に出したが、なるほどとも思った。殺人犯が逮捕されたという記事は刺激的だ。たった数日で忘れ去られるとしても、一面に載れば見映えがいいだろう。なにせブレーズの母親は、マグルの映画に出しても主役を張れるほどの美貌を持っていた。

 

「今朝の朝刊で、ね……」

 

「記者たちもご苦労なこった」

 

 ザビニはつとめて平静を装った。自分を気遣ったような声をかけてくるハリーの姿勢が癪だった。

 

(同情なんてしてんじゃねえよ!)

 

 ブレーズは、ハリーに憐れまれるほど落ちぶれたつもりはなかった。

 

「まぁ。お前が気にすることは何もねえよ。お袋は自業自得だろ。お前には言ってなかったけど社交界でも有名だったんだぜ?六人もマグルを殺してるってな。今回も、有罪になるような証拠は残してねえよ」

 

「……」

 

 電話越しのハリーが絶句したのを聞いて、ザビニは少しだけ気分が晴れた。

 

「っつーか折角海に行ったんなら遊べっつーの。俺のことなんか気にしてて、お前は楽しめてるってのかよ」

 

「いや、そんな気分にはなれなくて」

 

 

「楽しめよ。お前がホグワーツの医務室で入院してたとき、俺はトレイシーとデートして楽しんでたんだぞ。お前が死にかけた後にだぜ」

 

「そりゃ、きみはモテるから」

 

 ブレーズはこれからもトレイシーが自分のそばにいるとはおもわなかった。ほとんど虚勢を張って、普段通りの自分を出そうと心がけた。

 

「……大体な。悪いことして捕まるなんて、考えるまでもなく当たり前のことじゃねぇか。なんにも珍しいことじゃねえよ。なんだよ、大騒ぎしやがって……!」

 

 

「でも、きみのお母さんだよ。ザビニだって大変だったんだ。そんな風に、悪くいうことは……」

 

 

「皆が皆、お前の親みてえに立派じゃねえんだよっ!ガタガタ言うなっ!!」

 

 ブレーズはついに怒りを爆発させて受話器を叩きつけた。ハリーからの電話を打ち切ってしまい、かすかな罪悪感と少しの解放感を感じていたザビニは、その日の晩にハーマイオニーから電話をかけられてしまい途方に暮れた。

 





マグルの配偶者に魔法をかけるとか恋人に魔法をかけることはよくあることなんだと思います(某お辞儀の両親を見ながら)。

でも以前に6回も不審な死に方してりゃそら目をつけられる。


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触れられたくないもの

パーシーとザビニでメンタルブレイク時の行動が丸かぶりなのは作者の引き出しが狭すぎる……
もっと言うと困ったら女の子を泣かせてるのもダメすぎる…


 

 

 ハリーはビーチで日に焼けながらナンパに興じるファルカスや、砂に身を埋めるアズラエルとハーマイオニーを尻目に、どこかに行こうとするルナのお守りをして過ごした。ルナはビーチ場をうろつき回ったかと思えば、見知らぬマグルのカップルの間に挟まって砂に埋もれたりとやりたい放題で、変な大人に引っ掛からないように気を付けなければならなかった。ゼノフィリウスは自由人だが娘を愛してはいるらしく、ルナが自分の視界から消えると通知を受けるブザーをつけていたせいで、常にバイクのエンジンのような音を発して周囲のマグルから不審がられていた。

 

 砂に埋もれたアズラエルとハーマイオニーが二人で何事かを相談する一方、ファルカスはビーチで出会ったマグルの女子と仲良くなっていた。出会ったときには痩せていたファルカスも、ホグワーツでの生活ですくすくと成長し少しずつ体格がよくなっていた。ハリーはファルカスと遊びたかったが、何やら運命的なロマンスを感じているらしきファルカスとマグルの女子との邪魔をするわけにもいかず、一休みして寝転がった。

 

 ハリーが一休みしていた隙を見て、ルナがみるみるうちに沖まで遠泳に行ったとき、シリウスとマリーダが沖までクロールをしてルナを迎えにいった。この大人二人は運動神経もよく、マグルのチームとビーチバレーに興じて周囲を沸かせていた。

 

 

 昼食のあと、ハリーたちはアズラエルの父が所有するクルーザーに乗ってぐるりとビーチを見渡した。ハリーが船の上でカモメを眺めていると、ファルカスに突っつかれた。ファルカスの隣には、海で仲良くなった女の子が立っていた。

 

「楽しそうじゃないね、ハリー」

 

「十分楽しんでるよ。こんなに遊べたのは久しぶりだったし、皆とはじめて海に来れたんだし。ファルカスは凄くエンジョイ出来てるね」

 

「まぁね」

 

 ハリーは少しだけ嘘をついた。シリウスと来れたのは良かったが、ザビニが来ないことはハリーの気持ちを萎ませた。アズラエルはいいところで必ず手を抜くし、ファルカスはフィーナという黒髪の、垢抜けない女の子に夢中だ。ハーマイオニーとルナはそもそもスポーツで競争しようという意志がなかった。この場にザビニが居ればと思わなかったと言えば嘘になる。ザビニなら、ハリーと競おうとしてくれたはずだった。

 

「ファルくんのお友達?あなたはどこに住んでるの?ファルくんと同じところ?」

 

「プリベット通り……じゃなくて、今は親戚のマンションに厄介になってるんだ」

 

 ハリーがシリウスの住まいの住所を告げると、少女は目を丸くした。

 

「本当に住んでるところもバラバラなんだー。寄宿舎っていいなあ。私は町の学校だから皆顔見知りで嫌になっちゃう」

 

「寮生活だと色んな地域から人が来るからね……でも、長い間過ごしてると皆顔見知りだから嫌になるよ。息がつまる」

 

「ええー。それはやだなー。公立学校で良かったー」

 

 ハリーが知らない間に、ファルカスは随分と大人の階段を上っていた。ハリーとおなじようにマグルに対して差別的だったはずの少年は、いつの間にか差別感情をかなぐり捨てていた。

 

(ファルカス……そうか、君もそうなんだ。もう、マグルだなんだなんて考えてないんだ)

 

 ここにはスリザリンの寮生たちの目もなく、あれこれと難癖や嫌みを言ってくる上級生もいない。周囲の同調圧力から解き放たれてはじめて、スリザリンの子供たちは素直になれるのだ。

 

 ハリーはアズラエルがクルーザーの自慢話をするのを聞きながら、船の上から海を見渡した。雲ひとつなく晴れ渡る空と、注がれる太陽の光。この港町の景色を友達と見たかったとハリーは思った。

 

***

 

 ハリーは思い立って、コテージの電話を借りてザビニの様子を確認しようとした。ザビニは普段より声に力がなく、会話していてもどこか投げやりになっているような気がした。ハリーはザビニを心配して励まそうと思ったがうまく行かず、逆にザビニを怒らせてしまった。

 

「……どうでした?」

 

「うん、今は話したくないって」

 

 ハリーはアズラエルが腕を組んで問いかけるのを尻目に、くしゃくしゃと自分の頭をかいた。

 

「もう少し気の効いた励ましをしてあげられれば良かったんだけど……」

 

「僕たちに、今のザビニにかけられる言葉なんてありませんよ。僕はザビニとはハリーより長く付き合いもありますからわかりますけど、ザビニはそういう同情を喜びません。あいつは強がるタイプです」

 

 アズラエルは、そう言ってハリーに警告した。

 

「ザビニはプライドが高いやつです。ハリーに心配されたり、憐れまれる方が、かえって彼の自尊心を傷つけることになるかもしれませんよ」

 

「別に憐れんだりはしてないよ」

 

 ハリーは反発したが、アズラエルも引かなかった。

 

「でも、怒らせたんでしょう?」

 

「……それはそうだけと」

 

「だったら、ザビニのことは暫く放っておくべきですね。夏休みが過ぎたあと、ホグワーツでいつも通りにしていれば、それでいいんですよ。僕らとザビニは一蓮託生なんですから。何か不思議なことが起きたとき、一番に頼るのがザビニであれば、あいつはそちらの方が嬉しい筈です」

 

 ハリーはアズラエルが、人間観察においては優れていることを知っていた。少なくとも、去年ハーマイオニーに関してハリーが動いたことはことごとく裏目に出たし、アズラエルの推測は大体あたっていた。仕方なくハリーは苦笑した。

 

「なんか悔しいなぁ、そういうことで間違えるのは。勉強の難問を間違えるよりよっぽどね」

 

「それは国語の勉強が足りないだけですね」

 

「手厳しいね」

 

 ハリーはアズラエルに向き直った。行動的なハリーに振り回されないように、アズラエルは日陰からいつも動く。ハリーたちが間違わないように。間違ったあとの損失を最小限に抑えるように、アズラエルはいつも適切な助言をくれていた。

 

「……ま、僕だっていつもいつでも正解できる訳じゃありません。人の頭の中身なんて、本当の意味で理解できるわけありませんし」

 

 アズラエルはいつになく真面目な顔でそういった。

 

「特に君の行動に関しては、読み違えてばかりですよ」

 

(アズラエルには頭が上がらないな)

 

 とハリーは思った。ホグワーツで、人の目を気にせずに無茶苦茶なことをしていた自覚はあった。人の目を気にしないようにして小さな無茶を積み重ねた分だけ、ハリーは人の気持ちに少し鈍感になっていた。

 

***

 

 その日の夜、コテージに戻ったハリーはシリウスとマリーダがそれぞれの部屋に荷物を置くのを手伝おうとして止められ、手持無沙汰に二人が動き回るのを見守った。ハリーたちはそれぞれが個室をとっていたが、ハリーはシリウスと一緒にマリーダの借りた部屋に招かれていた。マリーダの借りた部屋は広い上に位置もよく、窓の外を眺めればビーチを一望することができた。シリウスはマリーダの部屋で紅茶を淹れながら、ハリーが気になっていることを察してザビニについて話し始めた。

 

「ザビニという子は、口が悪くて顔がいい子供だったな」

 

「うん。去年の集まりのときには箒にも乗ってたんだけど、覚えてない?」

 

「箒の方はたいした才能は感じなかったがな……」

 

 

 シリウスは、ハリーの友人たちの中で今日遊びに来ていない少年のことを思い返していた。シリウスの印象の中のザビニ少年は、相手の容姿次第で露骨に自分の態度を変える子供だったと記憶している。ハリーの友人であるという色眼鏡を捨てれば、多少性格が悪いクソガキと言うべきだろうか。

 

(まぁ、その程度の性格の悪さで済んでいたのであれば、本人の善性が強かったのだと考えることも出来るが……)

 

 ザビニの母親が、一般的な親とはかけ離れた経歴を持っていることは新聞を読めばわかった。子供を持つ親の十人に聞けば、九人は子供の教育に良くないと答える人物だと断言できる。教育に良いと答える残りの一人は、ザビニの母親と同類か、それ以下の危険人物に他ならない。

 

「本当に年相応に子供らしい子だった。パーティーでも何度か見かけたことはあるが、同年代の女の子たちに囲まれていたな」

 

「複数人の女の子から?そいつは将来有望だな」

 

 シリウスが面白がって意地悪く言うと、マリーダは紅茶を手に取って結論を言った。

 

「少し性格がわるい方が、女心はくすぐられる。少しならな。貴方のように自分より友達を優先するようなひどい男子だと、女心は傷つくけれど」

 

(う、ううん……大人だ……)

 

 シリウスとマリーダが何の話をしているのか、ハリーは聞きたい衝動に駆られたが耐えた。まだそのことに踏み込むには早いような気がしていた。

 

「参った参った。マリーダには敵わない。ハリー、ザビニくんの調子はどうだったんだ?」

 

 シリウスは言葉とは裏腹に全くこたえた様子がなかった。明らかに叱られなれていることに呆れと尊敬が入り交じった思いを抱きながら、ハリーはシリウスに言った。

 

「うん。ザビニはだいぶ無理をしてたよ。今、ザビニは……その、お父さんのお屋敷に居るんだ」

 

 ハリーがシリウスにそう言うと、シリウスは驚くような提案をした。

 

「ハリーが会いたいと言うならば、今すぐにでもフルーパウダーで会いに行かないか?」

 

「えっ……フルーパウダーで?ザビニの家に?それって大丈夫なの?」

 

「フルーパウダーを真夏に使ってマグルのお宅に断りもなく魔法で侵入するのは、魔法がらみで不幸があったマグルの家にとってはこれ以上ない侮辱だ。もしそんなことをすれば、ザビニ少年の立場をこれ以上なく悪くするだろう」

 

 マリーダは素早くそう言ってシリウスを牽制した後で、やんわりと代替案を出した。

 

「待った。シリウスの友人に、児童福祉担当の職員がいたでしょう。その方に連絡を取ってもらうのは?」

 

 

 ハリーはマリーダの提案を案外悪くないのではないかと思った。ユルゲン氏ならば、ザビニと親族との間を取り持ってくれるかもしれない。彼はよほどのことがなければ魔法を使ってマグルを脅したりはしないだろうし、ザビニのために動いてくれる筈だ。

 

「ユルゲンも今は休暇中でな……二週間はドイツから帰らない」

 

 マリーダは少し考えたあと、ハリーに尋ねた。

 

「ザビニくんは何と言っていた?」

 

「えっと、海を楽しめと言ってくれました、マリーダさん。ただ僕は…そのことにちょっとだけ罪悪感が」

 

 ハリーは、ザビニから言われた言葉を反芻していた。『皆が皆、ハリーの両親のように立派なわけではない』。自分の両親のことを立派だと言ってくれる友達が大変なことになっているのに、自分だけ楽しんでしまっていることにハリーは悩んでいた。

 

 

 

「君は、全力で今を楽しめばいい。ザビニくんのことは、ザビニくん自身が君と会ってもよいと思える状態に精神を回復させてから考えるべきだと私も思う」

 

「……ザビニくんの母親に関しては、よくない噂は前からあった。社交界でも、彼女の派手な経歴は話題の種だった。ザビニくんも自分の母親のことを分かっていた上でハリーと友人になって、今は一人になりたいと言っている。本人もこういう日が来ることを覚悟していたのではないだろうか」

 

 マリーダはシリウスと、そしてハリーに言った。シリウスは顔をしかめながら言った。

 

「友人が困っているときになにもしないというのか?ハリー、君はそれでいいのか?」

 

「………………それをザビニが望まないなら」

 

 

 ハリーの言葉に、シリウスはいい顔をしなかった。明らかに不服そうではあったが、シリウスはハリーを認めた。

 

「そうか……なら、仕方ないが」

 

「誰にとっても触れられたくない話題はあるということだ。たとえ友人であったとしても。……いや、友人だからこそ。本人が踏み込んでほしくないと言っているのに土足で足を踏み入れるのは間違っていると私は思う」

 

 マリーダの言葉は正論だった。ハリーはアズラエルから忠告を受けていたことや、当のザビニ本人から、踏み込んでくるなという言葉を聞いていたこともあって、これでいいのだと思った。その時、マリーダの部屋の扉がノックされた。

 

「すみません、ハリーは居ますか?ハリーの部屋に居なかったんですが……」

 

「ここだよ。……扉を開けてもいいですか?」

 

 アズラエルの声だった。ハリーは、マリーダとシリウスに断りを入れて扉を開けた。

 

「ハーマイオニーたちも交えてTRPGでもしませんか?まだ時間はありますし、退屈しのぎにはなるでしょう?」

 

「へぇ、いいね。皆で?」

 

「ファルカスの部屋で集合です。もうルナは先に行ってますよ。あ、ちなみに今回のゲームはマグルの女の子も居ますから魔法はナシのマグル式です」

 

「それはいいね。……シリウス、遊びに行ってもいいかな?」

 

「十時になったら呼びに行くぞ。夜更かしは厳禁だ」

 

 アズラエルは予め遊ぶつもりだったのか、分厚いルールブックを持参していた。魔法界のものではなく、マグルでも遊べる古典的なものだ。ハリーとアズラエルはハーマイオニーの部屋に誘いをかけに行ったが、彼女は一階のロビーにいるとハーマイオニーの御両親から教えられた。

 

「あの子ったら、お友達に電話をするんだって聞かなくて。ごめんなさいね」

 

「全然大丈夫です。夜分にお邪魔しました」

 

「あの子と遊んでくれてありがとう。ハーマイオニーもきっと喜ぶよ」

 

「いえいえ。ハーマイオニーならいい具合に話を動かしてくれると思います」

 

 ハリーたちはハーマイオニーの御両親にお礼を言ってから一階に降りた。

 

「ロンに電話をかけてるのかな?」

 

「あの二人は本当に仲良しですからねぇ。長話になってなければいいですけど」

 

 そんなやり取りをしながら一階に降りてみると、ハリーたちはハーマイオニーが興奮したような口調で電話越しに捲し立てている姿を目にした。

 

「そんなことおかしいわ!だって、ハリーも私たちもカーストなんて気にしないもの!それは貴方だって分かってるでしょう?私達は友達なんだから!」

 

 ハーマイオニーと誰かとのやり取りはその後も三分ほど続いた。ハリーとアズラエルは、ハーマイオニーの口からマシンガンのように矢継ぎ早に説得と思わしき言葉が流れていくのを聞きながら、電話が終わるのを待った。

 

 三分が過ぎ、ハーマイオニーの意見に通話相手が折れたのか、それとも何かしら話題の切り替えがあったのか、ハーマイオニーが聞き手の側に回り始めた。ハーマイオニーの後ろにマグルの老人が並んだこともあり、ハーマイオニーは明日もまた電話すると言って電話を切った時には、彼女の声色は穏やかになっていた。

 

 

「お疲れ様。ロンとの話はどうだった?」

 

「ひゃっ!?」

 

 ハリーは後ろからハーマイオニーにそっと声をかけたが、ハーマイオニーを驚かせてしまったようだった。そんなハーマイオニーを見て、アズラエルは吹き出した。

 

「ハリーったらダメですよ、レディに後ろから声をかけるなんて礼儀知らずな」

 

「アズラエルも。どうしたの?二人も電話を?」

 

「いや、皆でTRPGとかどうかなってアズラエルが言ってきてね。ハーマイオニーもどうかな?」

 

「私、ボードゲームはやったことないわ」

 

「簡単ですよ、鉛筆を転がすだけですから」

 

 そう言ってアズラエルから差し出されたルールブックを見ると、ハーマイオニーは俄然興味を惹かれたようだった。

 

「皆でファルカスの部屋に集まることになってるんですよ。フィーナさんも、ルナさんもいます」

 

 アズラエルがそう言うと、ハーマイオニーの目の色が変わり決然とした表情になった。

 

「私も行くわ。ルナ次第では、この夏の思い出をフィーナさんから奪わなくてはならなくなるもの」

 

 ハーマイオニーは、ルナの言動でフィーナに魔法界のことが発覚することを恐れていた。ハリーとアズラエルは少し顔色を変えたものの、考えすぎだと笑い飛ばした。

 

「さ、流石にルナも僕たちの事情は分かってるよ。フィーナさんも、ちょっと変わった子だとしか分からない筈だし」

 

 いっそ悲壮な決意すら携えてファルカスの部屋に向かおうとするハーマイオニーをなだめ、ハリーたちは三人でロビーから上階に上がろうとする。その時、ハリーは入口付近にいた男子がハリーを指差すのを見た。その男子は黒髪で、ハリーよりも少し背が高い。ハリーは背筋が凍るような気がした。

 

「……どなた?」

 

 ハーマイオニーが不安そうにハリーに尋ねた。

 

「知り合いですか、ハリー?」

 

「人違いだよ。早く行こう、二人とも」

 

 ハリーは一刻も早くその場を離れたかったが、物事はハリーの都合良く進んではくれなかった。ハリーたちがその場を去るよりも先に、その少年は、困惑と、そして獲物を見つけた喜びが入り交じった表情で後ろにいた太った少年に声をかけていた。甲高く、耳障りな声はハリーだけではなくその場のほとんどの人の耳に届いた。

 

「おい見ろよビッグD!!お前の家のサンドバッグが居るぜ!何で言ってくれなかったんだよ?」

 

 ハリーの従兄弟であるダドリー·ダーズリーの親友、ピアーズ·ポルキスが、ハリーの従兄弟であるダドリー·ダーズリーと共にハリーを見つけた。ハリーは思わぬところで、最も会いたくない人間との再会を果たしてしまったのである。

 

 

 

 




ハリーェ……
他人の触れられたくない部分に踏み込むやつは自分もその痛みを受けることが……あるんだよなぁ。


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ヒーローごっこ

 

 ハリーは、自分の境遇をスリザリンの子供たち以外には明かしていない。スリザリンの生徒たちがハリーの境遇をおぼろげに理解しているのも、入学当初のハロウィン騒動の時にドラコを介して伝わったから、というだけに過ぎない。ハリーが居候先のマグルから虐待を受けていたことを知っているのは、ハリーから直接そのことを聞いたアズラエル、ファルカス、そしてこの場にはいないザビニだけだった。

 

 実際、ハリーの認識は正しかった。良くも悪くも、一般的なスリザリンの子供たちは閉鎖的だ。外敵に対しては限りなく残酷になれる反面、同じ寮生に対しては義理堅い一面もある。ドラコやパンジーですら、ハリーの境遇についてこれまでよその寮生に明かしたことはなかった。

 

 そのため、ハーマイオニーやロンにとってのハリーは『魔法界の英雄でありながら』、『(スリザリンに対しては失礼だが)なぜかスリザリンに入り』、『純血主義ではないもののマグル嫌い』という、お前は一体なにがしたいんだと言いたくなる、良く分からないふわふわした少年だった。

 

 ロンやハーマイオニーに対してハリーが自分の境遇を明かさなかった理由は二つある。一つは、自分がマグルに虐待されていた、という境遇を知ってほしくなかったこと。ハリーにとって、ホグワーツでの生活は救いであり、そこで得た友人は宝物だった。自分のつまらない境遇を教えて、二人に心配させたくはなかったのだ。マグルの世界を楽しめないハリーと違って、ハリーの友達はそうではないことをハリーは二年目のホグワーツで嫌というほど理解した。だからこそ、ハリーはこのまま秘密を守るべきだと頭の中で考えて実行し続けていた。

 

 もう一つの理由。ハリーが理屈ではなく、心の奥底でしまいこんで、気付かないようにしている本音は、恐怖心だった。

 

 もしもハリーがいじめられっ子であったことを知ってしまえば、ロンやハーマイオニーやルナは去ってしまうかもしれない。魔法界の英雄ではなくて、単なるいじめられっ子でしかないことを知ってしまえば、ハリーと友達でいたいとは思わないだろう、とハリーは思った。ハリーは、友達がハリーに幻滅して去っていくことを恐れていたのだ。環境を変えてヒーローを演じることで、過去から逃げ続けたのである。

 

 ハリーは自分の過去を黙秘し続けることにした。しかし、どれだけ目をそらしたところで、現実はハリーの目の前に迫ってきて、積み上げたものを容赦なくぶち壊すのだ。

 

「……サンドバッグ……?それが人に対して言う言葉ですか?」

 

 ハリーの後ろにいたアズラエルが、明らかに軽蔑した視線をピアーズに向ける。しかしハリーは、アズラエルの言葉がハリーを責めているように思えてならなかった。

 

 マグル相手に殴られ、蹴られてなにも出来なかった自分が。

 

 それを隠してヒーローを演じていたことを。

 

(何……これは一体どういうことなの?)

 

 絶句するハーマイオニーをよそに、金色の豚のような体型で、ビッグDと呼ばれた少年の後ろにいた小柄な少年がビッグDに聞く。

 

「あれ、でも。ハリーは少年院に行ったんだろ?何でここにいるのビッグD?」

 

 

「え、いや、それはだな、デニス……」

 

 その場には異様な雰囲気が漂っていた。気まずそうにハリーから視線を外す豚のような少年に対して、最初にハリーに気がついた黒髪の出っ歯な少年が苛立つ。

 

「どうしたんだよビッグD。ハリーはサンドバッグだろ?久しぶりに会えたんだぜ?だったら大人しくしてろよななぁハリー!」

 

「少年院……」

 

 絶句するハーマイオニー

 

「僕の知り合いに君たちみたいな礼儀知らずなやつらはいない」

 

絶句するハーマイオニーをよそに、ハリーは平静を装って肩を組もうとしてきたピアーズの手をはねのけた。そのまま足をひっかけてピアーズを転倒させることも忘れない。

 

「ふげっ」

 

 ハリーのことを舐めきっていたピアーズは前のめりになって倒れこんだ。

 

 ハリーはホグワーツに入るまでは、ダドリーと取り巻きのことを怖いと思っていた。集団でハリーを囲み、あるいは追い回して執拗に殴られた恨みを忘れたことはなかった。

 

 しかし、ホグワーツに入ってからは、さほど怖いとは思えなくなった。実際に命を狙ってくるような連中を見てしまえば、ダドリーの恐怖などかわいいものだ。ホグワーツでしっかりと食べて、クィディッチの練習や決闘クラブのトレーニングで体力をつけたことも、ハリーの自信を裏付けていた。

 

 しかし、今になると、かつてとは違う別種の嫌らしさがダドリーたちにはあった。どれだけ邪魔であっても、ダドリーがハリーの従兄弟であるという事実は消えない。ダドリーたちが相変わらず気にくわない人間を殴り付ける人間の屑であることに変わりはない。ハリーの過去を知られてしまった上に、それが従兄弟であると知られることにもハリーは耐えられない。そういう気持ちが溢れてしまったのか、ハリーは閉心術を使ってその場をやり過ごそうという理性を超えて、ピアーズに反撃をしてしまったのである。

 

「お前、良くもピアーズを!ハリーの癖に生意気だぞ!」

 

 友人が転ばされたことに、ついにダドリーが怒った。集団のなかでリーダーになるだけはある。友達が傷つけられて怒らないようなリーダーには誰もついていかないのだ。たとえ、その友達に原因があったとしても。

 ダドリーはパンチをハリーに繰り出した。ハリーは簡単にそれをかわすことが出来、微笑みを浮かべることすらできた。単に自棄になっていたとも言える。

 

(正当防衛なら、魔法が使えるかもな)

 

 ハリーの頭のなかで、ふとそんな悪魔的な考えがよぎる。ハリーはその悪魔の囁きに身を任せた。

 

「勝手に転んでおいて良く言うよ」

 

 ハリーは笑ったが、ハーマイオニーは笑わなかった。彼女は金切り声をあげてダドリーとハリーの喧嘩を制止した。

 

「やめてっ!!それ以上何かしたら人を呼ぶわっ!」

 

 ハーマイオニーの叫び声を聞いて、ボーイが駆けつけてくる。ダドリーは、出しかけた手を引っ込めた。後ろからはバーノンとペチュニアの姿も見える。

 

 ハリーがさっさとその場から立ち去ろうとするとき、アズラエルはピアーズに軽蔑の視線を投げつけながらも、手をさしのべてピアーズを助け起こした。

 

「あの子は君の知り合いと良く似た人違いだった、と言うことにしませんか?その方が君のメンツも立つでしょう」

 

 そのアズラエルの言葉に納得したわけではなかっただろうが、ピアーズはアズラエルが明らかに裕福な家の子供であることを感じ取った。身なりが綺麗で礼儀正しいことは、時として人に威圧感を与える。ピアーズはこくりと頷くと、アズラエルの手を借りてしっかりと立った。

 

 

***

 

「……ハリー。今の人たちは……」

 

 ハリーはファルカスの部屋を目指して廊下を突き進んだが、ハーマイオニーがおずおずとかけてきた言葉に聞こえないふりは出来なかった。

 

「金色の豚がダドリー。僕の従兄。黒髪のやつがピアーズで、他が……いや、あいつらの名前は覚えなくていいな。とにかく、マグルの親戚とその取り巻き連中だよ」

 

 ハリーはなるべく事務的に言った。ハーマイオニーの顔を見るのが怖かった。勇気を出してハーマイオニーの顔を見たとき、彼女の視線がハリーを責めるのではなく、可哀想なものを見る目であったことに気がついて、ハリーは愕然とした。

 

(…………!!)

 

 年頃の少年にとって、同年代の少女から哀れまれることもはっきり言えば辛いのだ。いっそ裏切ったとか、騙したとハリーを避難してくれた方が良かったかもしれないとハリーは思った。もっとも、そうなったらそれはそれでハリーは傷ついていただろうが。

 

 

「ハーマイオニー。アズラエル。今まで黙っててごめんね。あいつらがここにいるとは思わなくてさ」

 

「ハリーのせいじゃありませんよ。……脅しはかけましたし、向こうからちょっかいをかけてくることはないでしょう。嫌なことは記憶から消し去るに限ります」

 

「ロックハートみたいに?」

 

 ハリーが意地悪く言うと、アズラエルは不快そうに言った。

 

「不謹慎ですよハリー。本当にそうなったらどうするんですか」

 

 アズラエルは、ハリーの過去について詮索せず現状維持を選んだ。ハリーの気持ちを汲んでくれたことがハリーにとっては何よりありがたかった。

 

「さっきのことは気にせず、パーっとゲームで憂さ晴らししましょうよ。ね、ハーマイオニー?」

 

 アズラエルは、まるで大したことではないと言うように努めて明るくハーマイオニーに言った。閉心術を使っていたが、不自然きわまりないものだった。

 

「……分かったわ。けれど、シリウスさんには今日のことを言っておくべきよ。あの人たち、何をしてくるか分からないわ」

 

「そうするよ。ハーマイオニー、明日はルナから目を離さないでなるべく単独行動は避けて。連中もさすがに女子は殴らないけど、嫌がらせの範囲でちょっかいをかけてくる可能性はあるから」

 

「シリウスさんの側にいれば下手なことはしないでしょ。あの金色の豚は、シリウスさんのことを知ってるんですよね」

 

 

「ああ。でも、シリウスだっていつでも僕らの側にいれる訳じゃないから」

 

 ハリーは断言した。ダドリーたちは自分より弱い人間をいたぶるのが趣味なのだ。取り返しがつかなくなるような悪事はしなくても、ハリーと一緒にいたくなくなるような嫌がらせをする危険は十分にあった。

 

 ハリーはハーマイオニーがどうすれば前のように、フラットにハリーに接してくれるのかを悩みながら、ノックしてファルカスの部屋に入った。女子二人を部屋に招き入れていた哀れなファルカスは、ルナの枕投げを受けていたところだった。

 

「やぁ皆、遅かったね?」

 

「ハーマイオニーの電話が長かったんですよ。いやぁ、惚気話を待つのは大変でした」

 

 

「ちょっとアズラエル?惚気話ってなんのこと?」

 

「まぁまぁ落ち着いてハーマイオニー早く入って、。皆で遊ぼうよ」

 

 アズラエルの持ち込んだTRPGは初心者のハリーでも分かりやすくプレーできるように考えられた最新のものだった。設定した役割を忠実にロールするファルカスは、プレーの途中で発狂したり運が悪くて退場することもあったが、ハリーは時に力業で、時に豪運でピンチを切り抜けて生還した。

 

 ゲームは白熱し、盛り上がった。意外なことに、この手のゲームは男子よりも女子たちの受けがよく、理詰めでルールブックの穴をつき、堅実にゲームを進めるハーマイオニーだったが、初心者でコツがよく分かっていないフィーナや、狂気的な行動を繰り返すルナに振り回されて二回ほど育てたキャラクターをロストしていた。ゲームマスターがアズラエルからハーマイオニーに交代した後は、アズラエルは意外なほど熱血漢を演じてゲームを盛り上げたが、大事なところで狂気に陥ってすべてのプレイヤーを全滅に導きかけた。

 

「ようし、もう一回やろう!」

 

「ね、次は私が勝つからね、ハーマイオニー!」

 

 ハリーたちは熱中して次の戦いを繰り広げようとしたとき、扉をノックしたシリウスはそれを許さなかった。シリウスはフィーナやルナのブーイングにもめげず、ゲームを強制終了させてハリーたちを眠らせた。

 

 

 ハリーはシリウスに連れられて部屋に戻ったとき、ザビニを差し置いて楽しんでいる罪悪感はあったが、ダドリーのことを忘れていた。ハリーがダドリーのことを思い出したのは、次の日の朝に朝食の場でダドリーたちの姿を見かけた時だった。ダドリーはよせばいいのに、食べきれないほどの料理を見境なしに取っていた。

 

 ハリーはダドリーを見て、次にファルカスと仲良く朝食を取っていたフィーナを見た。フィーナの両親やファルカスの母親は、二人のことを微笑ましそうに見ていた。

 

(……マグルが、僕たち魔法使いに比べて劣ってるとか。糞なんじゃない)

 

 ハリーは内心で、嫌でもそのことを言い聞かせなければならなかった。

 

(ダドリーたちや叔父さんたちが屑だったんだ)

 

 そう思う度に、ハリーの気持ちは惨めになった。かつてのハリーはそのことに気付かないふりをして、ダーズリー夫妻を尊敬しようとしたし、誉めてもらおうと必死で勉強したことを思い出したからだった。そう思う度に、ハリーの中で夫妻やダドリーたちへの憎しみが膨れ上がった。

 

***

 

 ダドリーたちはシリウスを恐れたのか、アズラエルと敵対することを恐れたのか、それともハリーに魔法をかけられることをダドリーが恐れたのか、ハリーたちにちょっかいをかけてくることはなかった。ハリーたちは強烈な日差しの中を動き回り、ビーチバレーや水泳に興じた。

 

 その日の昼に泳ぎ遊んだハリーたちがコテージに戻ったとき、テレビからはアナウンサーの注意喚起を促すメッセージと共に、一人の男の顔写真が大きく写し出されていた。テロップには、連続殺人犯、アントニン・ドロホフ、脱獄という文字があった。

 

 

 そのニュースを見た後、シリウスも含めた大人たちの空気は一変した。元々二日間の予定で、午後もビーチで遊び回る予定だったハリーたちだったが、シリウスとマリーダはハリーたちをあまり遊ばせようとせず、早々に切り上げさせた。子供たちと保護者たちは緊張した面持ちで来年も集まれることを願いあって解散した。一日経過したことでハーマイオニーにどんな心境の変化があったのかは分からないが、ハーマイオニーはハリーとも握手を交わし、教科書を購入するときにまた会うことを約束した。

 

 

 




ハーマイオニー =マンチキン
ファルカス   =リアルロールプレイヤー
アズラエル   =リアルマン
ハリー     =リアルマン寄りロールプレイヤー
フィーナ    =初心者
ルナ      =ルーニー


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悪魔

原作三巻冒頭に出てくるフローリアン·フォーテスキューさんは良く考えたらただ者じゃないですね。テロリストから狙われてる可能性のある子供を受け入れるとか。
ファッジの要請でハリーを保護しているし、実は魔法省の関係者だったりしないだろうか。
この二次創作で登場の機会はありませんが彼の話を書ける作者さんとかいないかなあ。


 

 ビーチから帰宅した次の日、ハリーはアントニン・ドロホフという犯罪者の名前を、日刊予言者新聞の一面で見ることになった。日刊予言者新聞はザビニの母親に関する事件を忘れ去ってしまったようで、アントニン・ドロホフという男がいかに残忍な闇の魔法使いであったかについて書き連ねていた。

 

デスイーター(死を食らうもの)。アントニン・ドロホフか……」

 

 ハリーは他人事のようにその名前を反芻する。ドロホフは、闇の帝王の部下として大勢の罪のない人々、つまりはマグルや闇の帝王に立ち向かうレジスタンスや、デスイーターを取り締まる闇祓いを殺害した。ドロホフの被害者のなかにハリーの両親は居なかったが、それはたまたまに過ぎない。一歩間違えば、ハリーの両親だってそのなかにいたかもしれないのだ。たまたまハリーの両親が強かったから、ドロホフではなくヴォルデモートに殺されることになったというだけで。

 

(いや、考えるな。僕には関係ないことだ)

 

 ハリーはデスイーターたちについて、深くは考えないようにしていた。スリザリンにいるハリーの友人たちは、かつてはデスイーターだったという親を持つ子供もいる。それについて深く考えてしまうと、ハリーはいたたまれなくなる。スリザリンの友人たちを悪い目で見たくはないし、ハーマイオニーのように憐れむなんてもっての他だ。

 

 ハリーを心配して、ファルカスは頻繁にハリーに手紙を送るようになった。彼は元闇祓いの家系らしく、ドロホフという男がデスイーターの中でも幹部であり、ドロホフがハリーや元不死鳥の騎士団の団員、あるいは闇祓いや寝返った元デスイーターを襲うのではないかと予想していた。手紙には、ハリーはなるべく出歩かないようにした方がいいという忠告が綴られていた。

 

(まるでハーマイオニーみたいだな)

 

 ハリーがそう思いながら手紙を読み進めた。ファルカスは最後にとんでもないことを書き残していた。

 

『最近、爺ちゃんが隠していた秘密の書庫を見つけたんだ。いろんな魔法に関する専門書のなかに闇の魔術に関する本もあったよ。僕は将来闇祓いになるつもりだし、もしもの時のために勉強しておくね。ハリーもよかったら聞きにおいでよ』

 

 ファルカスはそんな言葉を添えてハリーを困らせた。

 

(自衛のために闇の魔術を覚えるのはいいと思うけど……ぼくが止める権利も資格もないし)

 

 他ならぬハリー自身が自衛のために闇の魔術を使ったこともあり、ファルカスが自衛のために闇の魔術を知ろうとすることを止める権利は自分にはないとハリーは思った。ハリーより魔法界の暮らしが長く、ハリーよりも魔法界の法律に詳しいファルカスならば、本当に危険な闇の魔術を使いはしないだろう。ハリーはファルカスのことを、自分より地頭がいいだろうと信頼していた。

 

 

 ハリー自身は闇の魔術を使うことなく強くなると決めたこともあり、闇の魔術に関する知識をもらうことは断った上で、変身術やチャームに関する魔法については一緒に勉強することにした。ハリーはファルカスに、勉強で行き詰まったときには一緒に考えると返事を返した。

 

***

 

 ハリーは日曜日になり、マリーダやシリウスに手解きを受けていた。マグル避けの結界をかけたシリウスの家は、騒音や破壊音などは聞こえない。しかし、シリウスの家の内部ではシリウスとマリーダが激しい決闘を繰り広げていた。

 

 これは、シリウスが浮気をしたとかマリーダが乱心したからではない。ハリーから魔法を教えて欲しいと頼まれた二人は、決闘という形で実演することで魔法を見せることにしたのである。ハリーが決闘クラブに所属して決闘に慣れてきたということも、二人がこの実演形式の決闘ごっこをすることにした理由だった。ある程度呪文の知識があり、実際に使うにあたって難しいことが何なのかを感覚的に理解し始めたハリーならば、上級者の実演を見ても参考にすることができるだろう、というのがシリウスの弁である。

 

 決闘はまず、リビングから始まった。ハリーは二人がかけたプロテゴの守りごしに、成人済みの魔法使いの決闘を見守った。

 

 マリーダは、ハリーに見えるようにルーン文字が刻まれたリストバンドを着用していた。左腕につけたそれは、マリーダが臨戦態勢に入るや否や赤く輝いたようにハリーの目には見えた。ルーン文字を刻んだ魔法道具は使用者にさまざまな恩恵をもたらすが、その効果は道具の使用者と、ルーン文字を刻んだ術者の力量によって差が出る。マリーダはルーン文字を専攻したらしく、いざというときに使えるように身の回りのものにさりげなく文字を刻んでいるとのことだった。

 

 マリーダと相対するシリウスは自然体だ。全身から殺気を放出するマリーダに対して、シリウスは何の気負いもないようにみえる。シリウスは、ハリーに向けてウインクした。

 

 それは明確な隙だった。マリーダは高速で杖をふる。

 

(ロコモータ(移動魔法)だ!)

 

 ハリーが杖の動きで魔法を理解するのと同時に、マリーダは叫んだ。マリーダが叫び終わるより早く、床板が抜けて無数の木片となってシリウスに向かう。

 

「ロコモータ!!」

 

 マリーダがわざわざ詠唱するまでもなくロコモータはすでに発動している。無言呪文で発動している魔法を、ハリーが見ていてもわかるようにあえて詠唱しているだけである。

 

 

 無数の木片は、ハリーが驚くほど高速に、かつ複雑な動きをした。複数の木片の一つ一つが、異なる意思を持つかのように動いていた。ハリーの目で追いきれないものもあったが、ものの影やシリウスの背後、あるいは頭の上など巧妙にシリウスの死角に潜み、影からシリウスを狙う木片もあれば、正面からシリウスに突き刺さるように動く木片、マリーダを守るように盾になろうとする木片もあった。

 

 呪文学の真髄は、物体を操作することにある。マリーダは呪文学を勉強した上で、自分にもっとも扱いやすいように魔力をコントロールした。ロコモータという単なる移動魔法に、『自動で移動する』効果と、『任意で操作する』という効果の二つを持たせたのである。元は一つの木片を分解したからできる芸当であり、複数の物体にかけたのではこうはいかなかっただろう。

 

(どうやって動かして……?いやそもそも、杖をちょっと動かしただけであんなにも精密に動かせるのか?)

 

 ハリーが木片の挙動に惑わされている間、シリウスはひょいひょいと動き回り木片を回避し、あるいはレダクト(砕けろ)で木片を叩き壊していた。

 

 

「レダクト!ほいレダクト!どうしたどうした?狙いが甘いぞ、マリーダ!」

 

 シリウスの表情には余裕があり、それに対してマリーダの顔は険しい。死角から狙い撃ったはずの木片が、全く掠りもせずに迎撃されているのである。その反射神経と呪文の発動速度、そして何より、掌ほどの大きさしかない物体を狙い撃つシリウスの魔法の正確さに舌を巻いていた。

 

 シリウスは驚くほどすばやい反射神経を見せた。木片の動きを察知して、己に迫る攻撃をかわし、背後の木片も難なく撃破する。この超反応は、シリウス個人の才能によるところが大きい。シリウスは、ハリーにもマリーダにも伏せているが、ある特殊能力を持っている。それを発動している間、シリウスの嗅覚は人間とは比べ物にならないほど敏感になるし、身体能力も飛躍的に向上する。特殊能力を完璧に制御し、慣れ。そして己の一部として熟すことで、向上した身体能力を普段の状態でも擬似的に再現できるのが、シリウスや、それらの技能を持つ魔法使いの強みだった。背後からの攻撃を察知する術をシリウスは持っていたのだ。

 

 木片を失ったマリーダは、一転してシリウスに追い詰められていく。

 

「ペトリフィカストタルス(石化)」

 

「プロテゴ(守れ)!」

 

 シリウスの杖から放たれた石化魔法を、マリーダはプロテゴの守りで跳ね返す。マリーダのプロテゴは、一般的な盾とは異なり、盾の間に隙間が空けられていた。

 

 盾の一つが石化け魔法を跳ね返して消滅しても、近くにある盾はそのまま存在している。マリーダが次の魔法を詠唱する間も、残りの盾はマリーダを守るために存在し続け、シリウスの魔法を跳ね返していた。

 

(ルーンの効果……なのかな?)

 

 

 ハリーは、どうやってプロテゴを維持しているのかわからなかった。一つ言えることは、大抵の魔法ならば防いでくれるプロテゴは、態勢を立て直す上で非常に有益な魔法だということだ。

 

 マリーダは額に汗を浮かべながらも、シリウスを打倒しようと靴を犬に変えて突撃させた。シリウスは不敵に笑うと、傘立ての傘に粘着魔法をかけて犬を生け捕りにしてしまった。

 

 ハリーにとって面白い攻防は、そのあとも数分続いた。変身呪文によって生物を作ると場が荒れて状況を撹乱しやすいということが、遠目から見ると良くわかる。シリウスはマリーダ相手に決定的な勝機があったが、プロテゴと変身呪文の盾に阻まれることが何度かあった。逆に、マリーダからのエクスペリアームスも、シリウスにはことごとく躱された。

 

 マリーダの杖さばきは早く、動きもハリーから見ても反応できないほどに良かった。しかし、シリウスの方が悪辣さにかけては上だった。

 

 シリウスの放った石化魔法を、マリーダはついにかわしきれずにプロテゴで防ぐ。マリーダは変身呪文で扉を巨大化させ石造りの防壁に変えていたが、扉はすでにシリウスの手で紙切れに変化させられていた。マリーダがさらに後退したとき、彼女は両手をあげて降参した。

 

「……参った。私の敗けだ、シリウス」

 

 

「え、何で?」

 

 ハリーは拍子抜けしてマリーダに問いかける。マリーダはふう、とため息をついてハリーに微笑んだ。

 

「逃げられなくなった」

 

 マリーダは自分の足下を指差してハリーに見せた。マリーダの靴は、シリウスのかけた粘着呪文によって床板に貼り付き一歩も動けなくなっていた。

 

 呪文の閃光が飛び交うなかでハリーも、そしてマリーダも見落としていたが、シリウスは足下を狙って魔法を撃っていたのだ。

 

「……私にかかっていたルーンの効果も切れた。あのままではどのみち私に勝ち目はなかっただろう」

 

 マリーダは元決闘クラブの部員らしく、潔く敗けを認める度量があった。ハリーには分からないが、マリーダはあそこから逆転する手段がなかったのだろうとハリーは思った。

 

「でも、本当にいい勝負でした。ロコモータがあれだけ複雑に動くとは思いませんでした。どうやったらあんな風に動かすことが出来るんですか?普通はあんなことできませんよね?」

 

 ハリーは心の底からマリーダとシリウスの力量を称賛した。ハリーはまず、マリーダに物体を操作する魔法について教わった。チャームでものを動かすとき、普通は動かした物体が砕ければ魔法は途切れてしまうはずだからだ。シリウスは家を魔法で直しながらハリーとマリーダを見守った。

 

(よしよし。順当にいい感じの魔法に興味を持ったな。頼むぞマリーダ)

 

 シリウスは、この夏休みの間、期間限定でダンブルドアに『忠誠の呪文』を使ってもらいシリウスの家を外敵から守り、ハリーを保護することにした。元デスイーターがハリーを狙っている可能性がわずかでもあるのなら、ハリーの保護には万全を期さなければならないのだ。ハリーの外出機会を減らす分だけ、ハリーの興味のある分野については答えてあげたかった。

 

「いや、あれはそう難しいことではないよ」

 

 マリーダによると、物体にかけたチャームを意識して動かすコツがあるのだという。

 

「呪文学で習うチャームは基本的には、『物体』を操るものだ。エクスペリアームス(武装解除)、ウィンガーディアムレヴィオーサ(浮遊)。デハルソ(吹き飛ばし)。これは、ある物体を認識してものに対して魔法をかけている。使用者が意識した、ある特定のものを動かす。だから壊れたら動かせないと思いがちだが」

 

「使用者の習熟次第で、その認識を変えることはできる」

 

「そうなんですか?」

 

「ちょっとした裏技だが、別に珍しい話じゃない。例えばこのコップ。持ち手がついているだろう」

 

 

 マリーダは台所にあった花柄のマグカップを手に取った。マリーダがシリウスの家に持ち込んでいたものだ。マリーダは浮遊呪文でコップを浮かせると、シリウスに頼んだ。

 

「シリウス。持ち手を取ってくれ」

 

「オーケーだ。ディフェンド(切断)」

 

 シリウスの魔法によって、マグカップの取っ手は切り離されてしまった。

 

「あー……勿体無い」

 

 ハリーが残念そうな声を出すものの、マグカップは取っ手共々空中にとどまり続けた。

 

「この状態でも、意識すれば問題なく魔法を発動させ続けることはできる。持ち手が壊れようがコップはコップだ。取っ手もすぐに直すことができるからな」

 

「そ、そんな雑な認識でいいんですか?」

 

「いいんだよ。魔法だからな」

 

 シリウスはニヒルに笑ったが、ハリーは少し納得できない部分があった。

 

(百歩譲って、本体部分はまだコップとして使えるんだろうけど。取っ手の部分はもう、『コップだった別の何か』のような気がする……)

 

 ハリーは呪文学の基礎はやり込んでいたが、応用になると途端に難しくなるなと思った。本人の認識次第で効果の持続性が変わるというのは、なかなか厄介な性質をしている。

 

「『ちょっと壊れただけ』で、『すぐに直せる』ような物体を動かすことは簡単だ。『どうあがいても元通りにできない』状態まで変容してしまうと、それを動かすことは難しくなる」

 

「シリウスがレダクトで粉々にしたみたいに?」

 

「そうだ。良く見てたな」

 

 ハリーはシリウスを見た。シリウスは、マリーダにチラリと視線を向けて話してもいいかと目で聞いた。マリーダは何もいわずに頷いた。

 

「対人同士の決闘ってのは己の認識のぶつけ合いみたいなところもあるからな。変身呪文で物体そのものを変えたり、レダクトで物体を修復できないまで粉々にするのは以外といろんな状況で役に立つ。相手の認識の上で、『これはできない』っていう状況まで持っていくのがコツだ」

 

「相手が何も出来ないって状況に追い込む?」

 

「そうだ。プロテゴだって無限に続く訳じゃないからな。変身呪文の疑似生物なら盾がわりにもなるし、ものを増やしたり変えたりすれば、相手の判断を鈍らせることにもつながる。思い付いた戦法があれば言ってみろ、ハリー。実験してやろう」

 

「ありがとう、シリウス」

 

 シリウスの意見も非常にためになった。変身呪文を実戦レベルで使いこなすことは難しいが、難しいということはそれだけ対処がしにくいということでもあるのだ。

 

「基本的に、魔法は当てれば勝ちってものが多い。だから先手必勝がベターだが、当然相手だってそれを狙ってくる」

 

「僕、速撃ちになると勝てない相手もいるよ」

 

 ハリーは正直に言った。

 

「エクスペリアームスやペトリフィカストタルスは、詠唱が長くて不安定だ。それならいっそ、デパルソで態勢を整えろ。距離を取って、変身呪文で隙を作り出せ。勝負を焦ってるやつほど、基本戦術が通じなくなると脆いもんだぞ」

 

 

 ハリーはそれから、シリウスとマリーダからいくつかの魔法とその対処方法について教わった。マリーダから教わったルーン文字を試したくてハリーはウズウズしていたが、例え杖を使わないルーン文字であっても魔力を込めて発動させれば、法律に触れてしまう。ハリーはイメージトレーニングをしながら、夏休みの間三年目の勉強に精を出していた。

 

***

 

 ハリーたちがそれぞれの夏休みを満喫していたころ。

 

 ロンドンから遠く離れた田舎町に、フィーナという少女が両親と共に帰宅した。フィーナにとって見慣れた、悪く言えば退屈な家に帰ると思うとフィーナは少し残念だった。旅行で散々遊んでロンドン市街を観光したり、ビーチで一期一会の出会いと別れを楽しんだフィーナは旅行前よりも大人になった気分でいた。家に帰れた、やっぱり家が一番ねと喜ぶ両親を尻目に、帰ったら自転車でちょっと遠出してみるのもいいかもしれないと思っていた。ファルカス·サダルファスというフィーナが知り合った少年の家は、思ったよりもフィーナの家に近い。自転車で遠出していけばまた会えないというわけではない。

 

(楽しかったな~。明日会いに行こうかな)

 

 ファルカスという少年はクラスの子供っぽい男子とはちょっと違っていて、フィーナにとっては悪くない相手だった。これから友達になっていけるかどうかは、ファルカスがフィーナをどれだけ楽しませてくれるか次第だが。

 

 そんな風に考えていたフィーナは、両親が家に入るのと同時に自分の手提げ鞄を持って家に入った。フィーナはそこで、両親が驚愕したように立ちすくんでいたのを目の当たりにした。

 

「何だ、電気がついている?消し忘れたのか?」

 

「そんなわけないでしょう。おかしいわ、鍵をかけたはずなのに……いえ、でも、外から見た時は電気なんて……」

 

 フィーナの生まれ故郷である田舎町は悪くいえば平凡で、退屈だ。バスだって二時間に一本しかなく、道路だってろくに舗装もなされていない。しかし、それは、裏を返せばそれでも構わないほどに平穏な町だということでもある。

 

 

 フィーナは恐る恐る、入り口扉から外に出ようとした。それは幼い少女の持っていた直感だったのかもしれない。フィーナは、入り口扉の取っ手に手をかけたところで両親に叫んだ。

 

「パパ、ママ!扉が開かないわ!」

 

「バカなことを言わないでフィーナ」

 

「どうせチャチな空き巣だろう。心配するな、父さんが追い払ってやるっ!」

 

「あなたまでバカなことを言わないで下さいな」

 

 フィーナの母親が違和感を感じ、夫を宥めようとしたまさにその時。

 

「……やぁ、お早いお帰りだな。親愛なるマグルの諸君」

 

 痩せ衰えた骸骨のような男が、ギラギラと光らせた目でフィーナたちを睨んでいた。その男は、左手に酒瓶を、右手に、30cmほどの細長い杖を握りしめていた。

 

***

 

 フィーナたちは自分の家のなかで、まるで自分の家のようにくつろぐ男に脅され、三人とも台所の端の壁に貼り付けられていた。

 

 男の手にあった酒瓶を見て、フィーナの父親は苦々しい表情になる。愛娘の誕生祝いに購入したスコッチ·ウイスキーの封が空けられていた。娘の祝い事の時、空けるつもりでいたのに。

 

 男が手に握りしめていた杖をふると、フィーナたちの足は自分達の意思とは関係なく動いた。フィーナたちは戸惑いや恐怖に怯えながら柱まで歩かされ、我が家を好き勝手に荒らして食品を貪る男の様子を観察させられる羽目になった。

 

 フィーナの母親と父親は、自宅に侵入した男が何者であるのか気がついていた。彫りの深い骸骨のような顔に、およそ人間の出せる輝きがない暗く淀んだ瞳。生まれてから一度も剃ったことがないのではないかと思わせるような髭。その男は、ここのところテレビのニュースで毎日のように報道されていた。アントニン・ドロホフ。大量殺人を犯した罪で終身刑となったにも関わらず、脱獄した危険人物。彼は、フィーナの父親の服を奪って身に付けていた。ドロホフに対してうかつな言動をすれば、何をされるか分かったものではない。そのドロホフのそばには、これまた奇妙なことに、長身で若い女性の姿があった。その女性はプラチナブロンドの髪を頭の後ろでくくり、体のラインが見えるような、己の美貌に自信がなければ許されないような服を着ていた。およそドロホフとは似つかわしくない雰囲気を持っているように見えた。……その顔に、髑髏の面をつけていなければ。その手に、ドロホフのものより短い杖を持っていなければ。

 

「あんたらには感謝しているよ」

 

 冷蔵庫から奪ったハムを丸かじりし、ウイスキーをそのまま喉に流し込みながらドロホフは言った。

 

「人間らしい食事というものがどういうものか、俺はすっかり忘れていた……旨かったぜ、ここのウィスキーはな」

 

 フィーナの母親は恐怖に怯えながら口をつぐんだ一方、フィーナの父親は、勇敢にもドロホフと交渉を試みた。腸が煮えくり返るような思いを持ちながら。

 

「……ど、どうしてこの家を狙った。何が目的なんだ……か、金か?」

 

 フィーナの父親は、せめて取引や交渉によって事態を穏便に打開できないか、と一縷の望みをつないで言った。そんなことはどう考えても不可能だと、この時点で悟っていながら。

 

「……ああ、金はいらん。落ち着ける場所を探していたらちょうど空き家があったんで使わせてもらった、というだけだ。ようはたまたまだ」

 

 ドロホフは何かを確かめるようにくるくると指先で杖をいじくっていた。笑顔のドロホフに対して、側の女は微動だにしない。

 

「……な、なら……私たちはあんたを通報はしないと誓う。金も……ありったけを差し出すと約束するから……どうか見逃してくれ」

 

 フィーナの父親は、犯罪者を相手に恥も外聞もなく命乞いをした。連続殺人犯に対して、ただの会社員ができることなどないに等しい。

 

 はたして、ドロホフの側の女がクスクスと笑い声をあげた。フィーナでも嘲笑と分かる、陰湿な笑いかただった。フィーナは不快そうに女を睨みつけた。

 

「いいや。あんたらの金はいらんよ。その代わり、あんたらには実験台になってもらう。このお嬢ちゃんのためにな」

 

 そう言って、ドロホフは笑っていた女に目を向けた。

 

「お嬢ちゃん。俺はまだあんたの力量を見せてもらっていない。俺の前で、あんたの力量を披露することができるか?」

 

「具体的には?」

 

「三種の神業を見せてもらおうか」

 

 先ほどまで笑っていたドロホフから、張りつめたような雰囲気が放たれたのをフィーナたち家族は感じ取った。フィーナの母親は、恐怖に震えながら女の手に持っていた杖を見つめた。

 

「お安い御用よ、アントニン」

 

 ドロホフから放たれたプレッシャーを受けても、女は平然としていた。彼女はつかつかとフィーナの前に立つと、杖を一振りしてフィーナの拘束をといた。

 

「運が悪かったな。恨むなら、マグルに生まれた己の不幸を呪うがいい」

 

 ドロホフはそう言うと、まるで侮辱するようにフィーナたちの前で十字を切った。意味が分からず呆然としていたフィーナは、身軽になれたことで反射的に女に立ち向かおうとした。フィーナの視線は、女が手に持っていた杖だけを見ていた。

 

「よすんだフィーナ!!」

 

 父親の制止の声が響くより先に、女の杖がフィーナに向けられる。

 

「クルーシオ(苦痛)」

 

「きゃああああっ!?」

 

「フィーナ!?や、やめろ、やめてくれ!」

 

 杖を向けられたフィーナは、うつ伏せになって倒れ、ジタバタともがき苦しんだ。その姿はまるでこの世のものとは思えないほど、おぞましい苦痛を受けているようだった。両親二人の絶叫が、平和だったはずの家の中に響く。

 

 

「助け、助けて…………!!」

 

 フィーナの言葉が聞き届けられることはなかった。

 

 両親か、目の前の仮面をつけた女か、危険な連続殺人犯か。

 とにかく誰でもいいから、今すぐにこの地獄から自分を救いだして欲しいという少女の願いが……叶うことはなかった。

 

「インペリオ(支配)」

 

 

 やっと絞り出すようにフィーナが助けを乞う言葉を呟いたとき、髑髏の仮面をつけた女が杖をフィーナに向けた。フィーナはその瞬間、自分を襲う地獄のような苦しみから解放された。代わりに頭の中がふわふわして、何も考えたくなくなった。

 

 

「こっちへ来なさい」

 

(来いって言ってる……行かなきゃ!!)

 

 フィーナはすぐに立ち上がると、力強い足取りで仮面女の命令に従う。仮面の女は、杖を一振すると台所からフィーナの母親が愛用していた包丁を手元に引き寄せ、フィーナに手渡した。フィーナの瞳孔は開き、口元からはよだれがしたたっている。明らかに普段のフィーナではない。

 

「そこのゴミを刺しなさい。全力でね。やったらご褒美に魔法をかけてあげる」

 

 仮面をかけた女性は、嗜虐的な声でフィーナに命令した。フィーナの頭の中に、女性の声に歯向かうという選択肢は、ない。

 

「はい。お姉さま」

 

 恐ろしいことに、フィーナはそれを嫌がることもなかった。実の両親を殺すことすら、仮面の女に与えられる快楽に比べれば何でもない。仮面の女に与えられる苦痛を回避するためならば、今のフィーナは何だってやるだろう。

 

「フフ。いい子ね」

 

「や、やめろ……どうしたんだ、フィーナ!!」

 

「いや、いやぁっ!あなたぁっ!!フィーナ!!」

 

 フィーナは、仮面の女の命令に従って包丁を手に取ると、力強い足取りで父親に近づく。その手には、母親が愛用した包丁が握られている。

 

(ああ、素晴らしいわ。母の愛の結晶で母と父を殺すなんて……なんて素晴らしいのでしょう)

 

 仮面の女は仮面の下に満面の笑みを浮かべながら、己の命令に従うフィ-ナを満足そうに見守っていた。

 

「フィーナ!やめて!!ダメ、あなた、あなたぁ!逃げてっ!!!」

 

 恐怖で声すら出ない父親に、己の愛用する包丁が、実の娘の手で振り下ろされようとした瞬間。

 

「アバダ·ケダブラ(死ね)」

 

 野太い男の声がした。

 

 緑色の閃光がフィーナに直撃し、フィーナは糸の切れた人形のように吹き飛ばされて動かなくなった。

 

「「フィーナッ!!」」

 

 大人二人の呼び掛けにも、フィーナは反応しない。勢い良く頭から倒れたことで、フィーナの頭部からは血がどくどくと流れ出していた。

 

 仮面の女は、楽しみが邪魔されたことを非難するような目をドロホフに向けた。仮面の下からでも、女の瞳からは不快感を隠しきれていない。その姿は父親に己の楽しみを邪魔された子供のようで、年齢に反して幼さすら感じられた。

 

「どうした?俺はお嬢さんに力量を示せと言ったはずだが?」

 

 

 仮面の女の視線にも、ドロホフはどこふく風だ。

彼は杖でフィーナの両親を指し示した。

 

「まさか、これだけか?」

 

 その挑発は効果があった。フィーナを抱き抱えて泣き叫ぶ母親に、仮面の女は杖を向けた。

 

「アバダ·ケダブラ(死ね)」

 

 ドロホフが放ったより大きな緑色の閃光が、フィーナの母親を通りすぎた。そう思った瞬間には、フィーナの母親はフィーナを抱き抱えたまま事切れていた。

 

「あ、悪魔め……」

 

 フィーナの父親は、目の前の光景を受け入れることができなかった。全てが悪い夢で、自分達家族はまだホテルで眠っているのだと思い込みたかった。

 

「アバダ·ケダブラ」

 

 彼が最後にできたせめてもの抵抗は、目の前の怪物たちを呪うことだけだった。悪態ですらない事実を告げた次の瞬間、女から放たれた緑色の閃光が、一人の無力な男性を貫いた。

 

「いい仕事だった、お嬢さん。……さて、ゴミが増えてしまったな。エバネスコ(ゴミは消えろ)」

 

 ドロホフは軽い調子で仮面の女を労うと、己の杖を一振する。それだけで、大人二人と子供一人の遺体は跡形もなく消え去った。

 まるで、最初から彼らなど存在していなかったかのように、あっさりと。

 

「私の力量に不服がおありですか?」

 

「いいや。あのお方の部下に相応しい力量を持っている。復活の際には、あのお方に取りなして功労者として名を残せるだろう。誰に教わった?」

 

「私に師など必要ありません。私は私の心の赴くままに魔法を極めました」

 

「……そうか。それほどの才能は、俺の時代には居なかった」

 

 ドロホフの称賛に、仮面の女は幾分か気を良くしたようだった。ドロホフは手に持っていた酒瓶をテーブルに置くと、仮面の女に問いかけた。

 

「さて。これから共にあのお方の復活を目指すのだ。いつまでもお嬢さん、と呼ぶのも失礼だろう。そろそろ君の名前を教えてもらえるか?」

 

 男、アントニン・ドロホフは、骸骨のような恐ろしい形相に笑みを浮かべていた。その表情はまさに、悪魔と呼ぶに相応しい笑みだった。

 

「フィーナ、とお呼びください、アントニン」

 

 

 そう言って、女は仮面の下で邪悪に嗤った。その笑みを見ながら、ドロホフはいつこの女を切り捨てようかと思案していた。

 

(なるほどな)

 

 ドロホフは、若く才能ある魔法使いや魔女たちが闇の魔術に傾倒し、破滅へ至るまでを何度となく見てきた。己が生き残るために、若い魔法使いたちを囮にし、あるいは捨て駒にして生き延びてきた。アントニン・ドロホフはそういう魔法使いだ。もっともそれは現場レベルでの話で、他の同僚、例えばルシウスのような政治的な立ち回りができたわけではないが。

 

(才能はある。三種の禁呪を使いこなし、消耗した様子もない)

 

(……だが。こいつは負けたことがない)

 

 自身に裏打ちされた態度と、信用を得るためとはいえ初対面のドロホフにあっさりと手の内を明かしたことがその証拠だ。普通より閃光の幅が大きく、当てやすいアバダ·ケダブラをわざわざドロホフの前で明かす必要はない。マグル相手に使う必要のないような過剰な威力で魔法を撃ったことは、仮面の女……フィーナが実力を誇示し内心で他人に認められたいという欲求を抱えていることを示していた。

 

 ドロホフの時代、優れた魔法使いほど己の得意な魔法は隠す。身内相手だろうが手の内をさらすということは、この魔女がその教育を受けていないという証拠だ。

 

(己より優れたもの、己より単独で勝る存在を見たことがない)

 

(……己を狩人だと思っている)

 

 ドロホフは、酒を呷った。アルコールの苦味が舌を焼き、脳を鈍らせた。

 

(狩人だと思い込んで暴れたガキの末路は呆気ないものだ。自分が狩られる側であることを認識したとき。それがこいつの命日だろう)

 

 目の前の女がどうなろうと、自分にとっては痛くも痒くもないが。

 

 この女の破滅に巻き込まれるのはごめんだと、ドロホフは彼女に助けられたことも忘れて内心で仮面の女を値踏みした。

 

 その巻き添えをくわないよう、いかにして生き延びるか。アントニン・ドロホフはそれだけを考え続けていた。

 

 フィーナと名乗ることにした仮面の女がテレポートによってマグルの家から姿を消す瞬間、ドロホフは内心でこう考えていた。

 

(フィーナ、か。まさかマグルから名前を奪うとはな。幼稚で安易な性格が見て取れるが……こいつを裏で操っている純血が誰なのか、探りを入れる必要があるな)

 

 闇の魔法使いとして名を馳せたドロホフも、最後には純血の魔法使いたちの派閥争いに乗れず牢獄に入った。同じ轍は踏まない。ドロホフはいつでも自分だけは逃げられるよう杖を握りしめていた。

 

 





闇の魔術を使うやつは漆黒の殺意あるいはゲロ以下の思想が必要なんだ。社会に存在してほしくないんだ。
だから色んな人がハリーに延々と闇の魔術の危険性について説教したんだが……みんなハリーの友人はまともだと思っててスルーしたからなぁ……


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闇の魔法使いの卵

ホグワーツの選択科目って結構必要なやつが多いと思います。
占い→国語
数占い→数学
魔法生物→生物
マグル→公民等々
ルーン文字→古文
何とは言わないけど一年生からやっとくべき科目がちらほらあるような。


 

 夏休みも残り二週間を切ったころ、ハリーはシリウスに、アントニン・ドロホフについて尋ねていた。ドロホフという男の行方は依然として謎のままで、日刊預言者新聞は次第にドロホフ脱獄を許した魔法省の怠慢や、ドロホフの足取りを掴めない闇祓い局の無能さを叩く論調が強くなってきていた。闇祓いに批判的な記事はリタ·スキータという女性記者が担当していた。

 

「シリウス。記事に出てるドロホフってどんな奴だったか知ってる?」

 

 

「どうした急に。ドロホフについて聞きたいのか?」

 

「うん。シリウスはドロホフと戦ったこともあるんでしょう?シリウスの活躍を聞くついでに、ドロホフの話でもあればみんなと話せるかなあと思って」

 

 

 ハリーがそう思ったのは、新聞を読んだからというだけではない。ドラコ·マルフォイが、ハリー宛に手紙を寄越したのだ。

 

 ドラコの手紙には、やたらと形式張った文面で前置きを述べたあと、まずザビニの母親は危険人物だしザビニも危険だから気を付けた方がいいと書いていた。ハリーはその事については気にしないし、ドラコもスリザリンの仲間としてザビニのことを尊重してほしいと返すつもりだったが、ドラコが次に書いた言葉は無視できなかった。

 

『父上が怯えている。ドロホフの脱獄を知ってからだ。あんな父上は始めてみた』

 

 ドラコの手紙には、恐怖が滲み出ていた。

 

『君は自分の身辺についてもっと気を付けた方がいい。ドロホフは、闇の帝王の最も忠実な部下だと父上は仰っていた。君のことを憎んでいるはずだ。必ず君の命を狙うだろう。……ああそれから、この手紙は君が読み終えたら燃えるようになっている。火傷しないようにせいぜい気を付けてくれ、ポッター』

 

 この手紙をロンが読んでいれば、お前が言うなと即座に破り捨てただろう。ドラコの父親であるルシウスはかつてデスイーターだった。ルシウスはその方が自分達にとって都合がいいからか、それとも親戚たちを切り捨てるわけにはいかないからか、現在もマグルは排除すべきだという過激な思想を捨てたわけではない。血縁にマグルが混じっていることがほとんどである魔法使いたちの中で、ルシウスは危険人物なのだ。

 

 マグルが嫌いであることはハリーも同じだったが、最近はその考え方を公にすることがどれだけ愚かなのか、親友のおかげで身に染みて理解してきていたし、ルシウスを反面教師にして直そうと努力しているつもりだった。

 

 しかし、ハリーはドラコの父親と、ドロホフについては分けて考えていた。ルシウスを危険人物と見なすことは、スネイプ教授も危険人物と見なすことになる。ドラコが立場を曲げてまで警告を送るということは、本当に危険なことなのだ。ホグワーツの一年目と二年目でハリーはそれを嫌というほど理解している。ドラコの危機を察知する能力は、同年代のホグワーツの生徒の中でも最高レベルだとハリーは高く評価していた。

 

 

 シリウスの返答を期待して、ハリーはじっとシリウスの言葉を待った。シリウスは何を言うべきか吟味していたようだったが、ハリーにドロホフについて教えてくれた。

 

「面白い話じゃないぞ」

 

「いいよ、それでも」

 

「確かに何度か杖を交えたかもしれんがな。やつの個人的な性格は知らない。何を感じて何に笑い、何に憤るような人間だったのかを知っている訳ではない。だがしいて言うなら」

 

「面倒な敵だった」

 

「面倒?強かったの?」

 

「強い訳じゃない。ドロホフなんぞ単なる人殺しだ。ただただひたすらに厄介な敵だ」

 

 シリウスはドロホフについて悪態をついたが、咳払いをすると気を取り直してドロホフについて話した。

 

「デスイーターなんて連中は、大半が強いやつの下にへりくだって弱い人間を叩きたい、そんな屑の集まりだった。私の弟も含めてな」

 

「……」

 

 ハリーは否定も肯定もできず、黙ってシリウスの言葉を聞くことしか出来なかった。

 

「やつはそうやって集まった屑たちを統率する能力があった」

 

 

「まとめ役だったの?」

 

「そうだ。そういうチンピラどもを闇の魔法使いに仕立て上げて、使い捨ての駒にする。最初は優しく接して下っ端の信頼を得てから、取り返しのつかない悪事を働かせて逃げ道を塞ぐ」

 

 

「ブラックだね」

 

 ハリーは笑おうとして、笑えなかった。シリウスの表情が真剣そのものだったからでもあるし、軽々しく誘いに乗ってしまった人たちの末路を想像してしまったからでもある。

 

 

 きっとろくなことにはならなかっただろう。

 もしかしたら、シリウスやハリーの両親に正当防衛で殺されたかもしれない。

 

 ハリーはシリウスやハリーの両親が間違っているとは思えなかった。ただ、シリウスの言葉の端々に、悲惨すぎる過去の内戦のにおいを嗅ぎとってしまった。

 

 

 シリウスはそんなハリーの様子を観察しながら言葉を紡いだ。

 

(……子供だからと先延ばしにするより、今話しておいた方がいいこともある。腹をくくらせたほうが、ハリーのためだ)

 

「ドロホフが指揮すれば、そこらのチンピラでもカースを使い出す。ドロホフに罰されたくないからな。下手をすれば闇の魔術をダース単位で撃ってくる。それだけでも厄介だが、奴が率いていた連中は、他の連中が率いていた奴よりは纏まりがあった。ドロホフの手足となっている奴らをとっちめて闇祓いに引き渡しても、いつの間にか次の手足が補充されてドロホフには届かない。情報を共有して対抗策を考え出して、前回通用した手段も次には通用しなくなる。とんでもなく面倒な組織だっだ」

 

 

「もっと強い奴かと思ったけど」

 

「強いぞ。少なくとも今の君よりはな」

 

 シリウスはハリーに強く言った。

 

「……ハリー。分かってるとは思うが、ドロホフを捕まえようなんて思うなよ」

 

「思わないよ。そこまで僕は無謀じゃないし、自惚れてない……って、僕のこと信じてないね」

 

「そりゃあな。君は私に似ているから。ホグズミードでドロホフが出現したなんて噂を聞き付ければすぐに捕まえたいと思うはずだ。何せあのバジリスクに勝ったんだからな」

 

 ハリーはそれはシリウスの過大評価だと思った。ハリーは、正直に言えばシリウスが言うほどお人好しではない。

 

 しかし、シリウスは年頃の子供の心理を思い出そうとしていた。ハリーはまだホグズミードにも行けない段階で強力な魔法や防衛用の魔法を覚え、実際に怪物を討伐してしまったのである。これで調子に乗るなと言う方が無理な話だ。このタイミングでハリーの行動範囲が広がる三年生になってしまったことが、シリウスの懸念を強くしていた。

 

 

「僕はバジリスクの後、真犯人に殺されかけたことを忘れてないよ。返り討ちにあって殺されるかもしれないのに、自分の命を危険に晒すわけないでしょう?」

 

 ハリーはなるべく素直な優等生ぶろうとした。

 

「君の友人が危険に晒されていてもか?」

 

 シリウスの言葉に、ハリーは眉を吊り上げた。

 

「シリウスならそういう時、友達を見棄てろって言うの?」

 

「……すまない。意地悪な問いかけだったな。そういう時は、必ずDADAの教師かマクゴナガル教授か、……スネイプ教授を頼るんだ。魔法省にふくろうを飛ばしてくれる。そして教師たちでもどうしようもない時は、私がいる」

 

 シリウスはそう言うと、古びた手鏡をハリーに手渡した。

 

「こいつは両面鏡だ。君がピンチの時、ここに顔を覗かせれば私の鏡と繋がる。事情を説明してくれれば、フルーパウダーでもテレポートでも何でも使って、必ず君のもとに駆けつける」

 

「……ねぇシリウス、それって合法なの?」

 

「緊急時のやむを得ない場合として処理されるさ」

 

(絶対嘘だ)

 

 ハリーはシリウスはハリーのためなら、本気でホグワーツへの不法侵入でもドロホフの殺害でも何でもやるかもしれないと思った。何せ十何年も会っていなかったハリーのために夏休みの間ハリーを預かってくれているくらいなのだ。それこそ法律に触れ、有罪になってアズカバン送りになったとしても、シリウスは躊躇わないだろうとハリーは思った。

 

 それはとても頼もしい反面、申し訳ないとも思った。ハリーは嬉しくむず痒くなる気持ちと、そんなむず痒さが受け入れられないような気持ちで揺れていた。出来ればシリウスに頼るような事態にならないことを祈りながら、ハリーはシリウスの言葉を聞いた。

 

「私が君にコンジュレーション(変身術)を教えて、マリーダがルーン文字の文法や初歩を教えているのは、君が健康で安全に過ごせるようにするためだということを理解してくれ」

 

「うん」

 

 ハリーはシリウスと約束を交わしたあと、今度はシリウスから質問されることになった。

 

 

「さて。私はハリーの質問に答えたから、そうだな……ハリー、私からの質問にも答えてくれるか?」

 

「うん、いいよ。何?」

 

「ハリーは、カロー家の男子について何か知っているか?ホグワーツの上級生で、ブロンドでマッチョな青年だった」

 

「カロー先輩?ちょっと気取ってて空気が読めてないところはあるけど、いい人だよ」

 

 ハリーは本当のことを言わなかった。マクギリス·カローはスリザリン生にとっては好意的ないい監督生だ。ハリーのように、スリザリンらしくない生徒ですら無視したり虐めのターゲットにしたことはなく、スリザリンの下級生にとっては頼もしい先輩である。

 

 しかし、マクギリスは純血主義者でもある。マグル生まれの生徒に対して、純血主義は素晴らしいものだと説くようなその態度は客観的に見ればとても善人とは言えないだろう。マクギリス·カローは、スリザリン以外のほとんどの寮の生徒にとっては、迷惑な嫌われものでもあるのだ。よその寮の生徒でマクギリスをいい人だと思っているのは、親交のある一部の監督生くらいだろう。

 マクギリスが純血主義であることを明かせば、シリウスはきっと『いい人』だとは思わないだろう。だからハリーは、マクギリスの個人的な信条に関しては触れなかった。

 

「ハリーにも優しいのか?」

 

「まぁね。……ああ、でも僕だけじゃなくてほとんどのスリザリンの後輩に優しいよ。決闘クラブではバナナージ先輩とも仲がいいし」

 

 

 ハリーはマクギリスが純血主義者であることは黙っていようと思った。マクギリスは純血主義をスリザリンの後輩に布教してはいるが、あれでも一応強要したことはない。マクギリスがスリザリンの監督生としてハリーを気にかけてくれていることはわかっている。ハリーは可能な限り、マクギリスの印象が良くなるように事実を言った。

 

「ほう、他所の寮の生徒とも交流がある、か。カローはビーターでもやってるのか?ずいぶん鍛えられていたが」

 

「ううん。カロー先輩は箒はダメだって言ってたよ。……そのカロー先輩がどうかしたの?」

 

「仕事中に見かけた」

 

 シリウスはコーヒーを啜りながら、何でもないことのように言った。

 

「……!それって、カロー先輩が何かやったってこと?」

 

 ハリーは一瞬で、あまり良くない想像にたどり着いてしまいシリウスに問いかけた。

 

 シリウスは現在、魔法省で闇の魔術に関する物品を取り締まる仕事をしている。闇の魔術がかけられた魔法道具は強力かつ悪質なもので、人を殺したり、死ぬより酷い目に合わせた上で治療困難になるものも多い。言ってしまえば所持しているだけで違法なものなのだ。

 

「詳しくは言えないが、いかがわしい場所に出入りしているところを見た。現行犯で捕らえられれば良かったが、直接の取引はしていなかったし、証拠もない……今は、まだ、というだけだがな」

 

「きっと人違いだよ」

 

 ハリーは素早くそう言った。

 

「現場で話を聞くと、本人がマクギリス·カローだと言ったんでな」

 

「ちょっと興味が沸いただけだよ、きっと」

 

 ハリーは胃袋がきつく締まるのを感じた。

 

(……何か、そう、それこそ、前学期の僕みたいな事情があったのかもしれないじゃないか)

 

 ハリーは内心でそう自分に言い聞かせた。見知った人間が犯罪を犯したかもしれないというのは、思ったよりもショッキングだった。

 

 厄介なことに、マクギリス·カローという先輩が法律のラインを踏み越えるか越えないかで言うと、越えるかもしれないとハリーは思っていた。前学期、スリザリンの教義を粉々に破ったハリーを見ていたマクギリスの顔は、今まで見たこともないほどに輝いていた。もしかしたら、マクギリス先輩が何かとんでもなく駄目な方向に舵をきったという可能性はあった。

 

「ハリー、念のために聞くが、その先輩は純血主義者か?」

 

「違うよ」

 

 ハリーは今度こそ明確に嘘をついた。

 

「あの人は、自分の寮と自分の後輩が好きなだけだよ。他には何も考えてないんじゃないかな」

 

「確かに、安易なお坊っちゃまではあった」

 

 その言葉はほとんどハリーの願望ではあったが、嘘は事実を混ぜることによって説得力を増す。シリウスはハリーからマクギリスに関する話を聞き、談話室にいるマクギリスの様子や普段つるんでいる二人の親友の話などからマクギリスのプロファイリングを進めてくれたようだった。ハリーはシリウスを見ながら、どうか先輩が犯罪に手を染めていませんようにと願った。

 

(…………でもこれ、僕がそう考える資格は無いかもしれないなあ)

 

 ハリーはまだまだ、シリウスに隠している秘密があった。ファルカスとの手紙のやり取りは続いていて、ファルカスは、ルーン文字で書かれた闇の魔術の解説をハリーに寄越した。

 

『爺ちゃんは他人に読まれないようにルーン文字で遺したんだ。数占いの知識を使って、魔法の制御方法を導き出すことは出来たよ。数式の理論に従えば亡者を操ったり、悪霊の火を制御したり出来ると思うけど、ルーン文字の解説は理解しておいた方がいいと思う。ハリー、ちょっと解読を手伝ってくれないかな?』

 

 ファルカスは宿題を早々に終わらせたあと、ハリーと同じように専門科目の予習もしていたらしい。なるほどその理論に従えば、インフェリを操り、気に入らないものを焼き殺すことも可能になるだろう。

 

 ファルカスはどうやら、フィーナというマグルの女子とは続かなかったらしい。文通をしたいと思いマグル学の教科書通りにマグルの形式に則って手紙を出したものの、返信は無かったとファルカスは手紙で残念そうに言っていた。ハリーはファルカスが上手く行かなかったことに安堵していた自分に気がついて、そんな自分に吐き気を覚えた。

 

 魔法使いの世界で忌避されるものに自分達が片足を突っ込んでいると、ハリーは理解していた。数式を理解したあとルーン文字を解読する傍ら、ハリーは強く心に誓い羽ペンを手に取った。

 

 

『ルーン文字の解説は七割終わった、亡者が有効な範囲や悪霊の火の対抗魔法について書かれていたよ。悪霊の火の対抗魔法について覚えておきたいし、ルーン文字の解説もまだ残ってるから、イメトレだけにしておこう』

 

 そしてさらに、ファルカス宛の言葉を続けた。

 

『この力は、将来誰かを守るときのためだけに使おう。僕らは絶対に、これを正しいことのために使うんだ。僕らならそれが出来るはずだ。この事は僕とファルカスの二人だけの約束だよ』

 

 ハリーはこの約束を、ある時振り返ることになる。この約束は将来への誓いであると同時に、ハリー·ポッターとファルカス·サダルファスにとっての呪いとなる誓いだった。

 

 

 




着々と闇の魔法使いのスキルが上がっていきますがファルカスもハリーも呪文学、コンジュレーション(変身術)、チャームの勉強もしています(夏休みなので理論だけですが)。
ハリーはシリウスに言って額の傷を隠すための魔法薬を自作したりもしています。魔法薬の作成は魔法使わなくても出来るんで……


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ハリー・ポッターと一人の親友

 

 ハリーの夏休みは、シリウスの家での魔法の鍛練と、プロテゴ·ホリビリス(悪しきものから護れ)をかけた空間内でのクィディッチの練習によって過ぎていった。クィディッチの練習は、セドリック·ディゴリーやザカリアス·スミスといったハッフルパフの選手たちと一緒だ。ハリーのようによその寮の生徒はまばらだった。数少ないハッフルパフ以外の生徒はチョウ·チャンやアンジェリーナ·ジョンといったクィディッチチームの関係者でセドリックの友人だったり、家が近いという理由で参加していた。

 

 ハリーはこの集まりに参加する予定ではなかった。エイドリアン·ピュシーやドラコ、キャプテンのフリントたちと合同練習をするはずだったのだが、フリントはルシウス·マルフォイ氏が嫌がっていることを理由に練習を断念し、個人練習を徹底するようにと手紙を送ってきた。

 

『アントニン·ドロホフの記事は読んだな?ルシウス氏はドラコの安全を最優先させたいとお達しだ。ドロホフは今、ルシウス氏やドラコの命を狙っているかもしれないからな。合同練習が無いからってサボるんじゃないぞ。ホグワーツで下手くそになっていたら、レギュラーの座は無いと思え』

 

 ハリーはレギュラーの座を明け渡すつもりはなかった。そこでシリウスに相談したところ、セドリックたちの練習に混ぜてもらえることになったのだ。

 セドリックはハッフルパフチームのチェイサーで、ハリーから見て最も優れた飛び手の一人だった。ハッフルパフ対スリザリンの試合では、性能に劣るクイーンスイープを駆りながら、スリザリンチームのニンバス相手に上手く立ち回り得点を重ねていた。

 

 セドリックがハリーを練習に混ぜてくれたのは、何も純粋な好意からだけではないだろうとハリーは思った。ハリーがセドリックを観察して技を盗んだり、プロの使っていた技を試したように、セドリックもハリーを観察して癖を見抜いているに違いないとハリーは思っていた。

 

 あえて敵に自分の手の内を晒すリスクを考慮しても、セドリックと合同練習する意味はあった。スリザリン·クィディッチチームのチェイサー選抜は今年も行われる。ハリーはフリントやピュシー、ワリントン、それ以外の野心家のチェイサー志望者たちとポジションをかけて争わなくてはならない。ハッフルパフ生相手に技を盗まれる心配をするより、まずは自分の技量を磨いておく必要があった。

 

 

「やっぱりクィディッチの練習が出来るのはいいですね」

 

 

 ハリーは笑顔で長身かつ黒髪の青年、セドリック·ディゴリーに笑いかけた。シリウスとは異なるしっとりとした黒髪と、シリウスよりも人の良さそうな笑みを絶やさないこの青年が怒ったところをハリーは見たことがない。

 そんなセドリックはハリーに対しても、他のハッフルパフ生相手と同じように接してくれた。

 

「ここは人っけもないしね。ポッター、ザク、次は別チームで模擬戦だ。暑いからって手を抜くなよ。勝ったらフローリアン·フォーテスキューの店でアイスを奢ってやるから頑張れ」

 

「はい!」

 

 

「……うす」

 

 ハリーは集まったハッフルパフ生徒たちから好意的に迎え入れられた訳ではなかった。特に、ザクと呼ばれたハッフルパフ生、ザカリアス·スミスはハリーとはあまり話をしようとはしなかった。ハリーはそれを責める権利などなかった。ハリー自身、何度も規則違反を繰り返しているし、真っ当に勤勉で誠実であることをよしとする生徒からすれば、自分が不良であるという自覚はあった。

 

 その代わり、集まった選手たちとはプレーで会話した。

 

 ザカリアスは自分が思っているほどには優秀ではなく、特にパスを投げる前に腕を大きくふる癖があった。ハリーはあえてザカリアスにボールを集めるように仕向け、ザカリアスからのパスをカットして何回かゴールを決めることに成功した。

 

「ポッター……」

 

 ザカリアスが不満げな顔でハリーを見てくる。やっと話したな、とハリーは思った。

 

「えげつねープレーしてんなハリー。いじめか?」

 

 

 そう呟くのは、端正な顔立ちの黒人の少年。ハリーの親友の一人、ブレーズ·ザビニだ。ザビニはユルゲン·スミルノフ氏の判断で、現在ユルゲン氏の家に居候していた。ザビニはハリー経由ではなく、ユルゲン氏の息子のアンドレイ経由でこの練習に参加していた。

 

「審判!今のプレーはオフサイドじゃないのか?」

 

「ルール上問題はありません。プレーを続行してください、スミス」

 

 ユルゲン氏の息子でレイブンクロー生のアンドレイは、笛を持ちながら審判役として試合を俯瞰していた。その後も、ハリーはザビニやハッフルパフ生と組んで試合形式の練習に明け暮れた。

 

 

「ヘイパス、パース!!」

 

 ハリーは絶好の位置でザビニからクァッフルを受け取ると、レイブンクロー生のチョウ·チャンのディフェンスを掻い潜ってゴールポストにクァッフルを投げ込む。クァッフルはくるくると宙を舞いながら、金色の枠すれすれにあたり、運良く枠を潜り抜けた。チョウの顔が悔しさで滲む。彼女もクィディッチにかける情熱は凄まじく、ハッフルパフ生たちの集まりであるにも関わらず参加を申し出たらしい。彼女はクラスでも一番と評判の美人だったが、何よりもそのクィディッチにかける熱意がハリーは好きだった。

 レイブンクロークィディッチチームのレギュラーたるチョウは、男子相手にも物怖じせずに果敢にプレーした。ハリーがキーパー役のとき三本ものシュートをハリーから奪って雪辱を果たした。

 

 

 ひとしきり飛び回ったクィディッチ愛好家たちは、三時の休憩のために地面に降りた。ハリーはザビニと共に、大樹の影でレモンティーを飲んだ。

 

 

 

「見ろよ、ハリー。セドリックはモテモテだぜ。セドリックはな」

 

 ザビニが顎でセドリックのいるところを指した。チョウ·チャンがセドリックのところに駆け寄って、自分の持参した紅茶を渡していた。

 

「そりゃあそうだよ。セドリックを嫌いな奴なんて居ないだろ」

 

 ハリーは微かな胸の痛みを抑えながらそう言った。セドリックとチョウは、チョウがセドリックから見て小さいというところを除けばとてもお似合いだった。チョウが連れてきた女子友達やザカリアスたちはひとしきり笑いあった後に集まって、ぱしゃぱしゃと集合写真を撮影していた。

 

(こうして見ると似合ってるなあ。あの二人は……)

 

 チョウ·チャンもセドリック·ディゴリーも、スリザリン生のような嫌われガチな生徒とは違ってクラスの中心になれるような華やかさがあった。

 

 二人と比べ、ハリーは冷静に自分の能力を評価していた。チョウより歳上で長身かつ優等生なセドリックと違って、ハリーはセドリックより二回りほど小柄で、眼鏡で、おまけにチョウよりも年下だった。もっと言えば、チョウとはまだまともに会話したこともない。この練習をきっかけに会話してハリーのことを知人として認識してもらえるかどうかから始める必要があるだろう。

 

「ひるがえってこっちは俺とオメーだけか。人望の差を感じるな?」

 

「ザビニも向こうに混ざりたい?」

 

 ハリーはザビニにそう聞いたが、ザビニは首を横にふった。

 

「別に。今日ここに来たのは、今の俺の立ち位置を確認するためさ。あいつらと仲良くするためじゃねえ」

 

「仲良くしておいて損はないよ。いい人たちだし」

 

 ハリーはそう言ったが、本音でもなかった。ザビニが馴染めるかどうかというより、彼らのなかに馴染む気がなさそうだと感じた。

 

「こっちがその気でも、向こうは仲良くなりたくはないだろうよ。俺と関わるだけ損だぜ」

 

 ザビニが自分の母親が起こした事件のことを気にやんでいるのは明白だった。

 

「僕はもっと仲良くなりたいと思ってるけどね。秘密の部屋の時も一年生の時も、ザビニは僕を見捨てなかったじゃないか」

 

 ハリーはそう言った。この場に集まったハッフルパフの選手たちが、ザビニの両親の出来事について気にしているのは一目瞭然だったから、今さら言わなくてもいいことだと思っていてもあえて口に出した。セドリックは平常心を保ちザビニに対しても他の生徒と同じように接していたが、ザカリアスのような普通の生徒たちにそれが出来ているかというと無理があった。

 

「ハリーと揉めなかったのは、そりゃあお前の性格が良かったとか、ましてや気に入ってたからとかじゃねえよ。同じ部屋に居たからだろ。同じ部屋のやつと喧嘩とか出来るかよめんどくせえ」

 

 

 ザビニはタオルを肩にかけると、腕を組んでハリーに聞いた。

 

「あいつらがびびってるのは別にいい。でも、俺と関わるとお前もそういう……碌でもない奴だって思われるのはわかってんだろ」

 

「今さらだろ」

 

 ハリーは取り合わなかったが、ザビニはそんなハリーに苛立ったようだった。

 

 

 ザビニはチョウの方を指差した。

 

「あの子だって嫌うかもしれねえぞ。それでもいいのか?」

 

「そうだとしても、僕はザビニの方が大事だよ」

 

「……それがアホだって言ってんだよ。お前、やっと自分の力で人気者になれそうだったのに。全部パァだぞ?自分がどれだけ恵まれてるのか分かってんのか?」

 

 ハリーはザビニが、ハリーの名誉というものを気にしてくれていることが嬉しかった。しかし、残念なことにハリーの名誉というものは、たとえハリーが守りたかったとしてもハリーの中では既に無くなっていた。

 

「……もう僕の人気なんてパーになってる。僕は人気者にはなれないよ、ザビニ」

 

「何でそう決めつけるんだよ?」

 

「ハーマイオニーたちに、僕の家族のことを知られたよ」

 

 ザビニは怪訝な顔をした。

 

「……海に行ったときに、たまたまマグルの養父たちが居たんだ。僕が、あいつらにどういう扱いをされてきたのかはみんなが知ったと思う。取り繕おうとしたけど無理だった。まだ、みんなのヒーローで居たかったんだけどね」

 

 ザビニは反射的にこう言葉を投げ掛けようとした。

 

「そんなもん、今さら気にしてどうす……」

 

 だが、すんでのところで思い止まった。ハリーとザビニの抱えている問題は、あるいはザビニの方が重いだろう。だがその軽重はともかく、ハリーが自分と本質的には同じなのだとザビニは思った。

 

 あまりにも、『普通』の枠の中で踏み留まることが出来ない。頑張っても、どこかで弾き出されてしまう。あの輪に戻ろうと頑張って走っても、どこかでつまづいてしまうのだと諦めかけている。

 

 たとえそうだとしても、『普通』でいるために努力するのが『普通』の人なのだ。

 

 しかし、ザビニもハリーも忠実さや誠実さを美徳とする『普通』の子供ではなかった。彼らは狡猾さをよしとするスリザリン生だった。『普通』に走ってもその枠に止まれないのならば、抜け道を探して、『普通』ではない『特別』な人間になろうとするのが、スリザリン生だった。

 

「……だから頼むよ。君のためじゃなくて、僕のために僕と友達で居てくれよ、ザビニ」

 

 結局、ハリーは懇願するようにザビニにそう言った。ザビニはそんなハリーに呆れたような目を向けたが、やがて自分の紅茶を飲み干すと、木にもたれかかってタオルを顔にかけ、寝たふりをした。ハリーはザビニの隣で紅茶を飲みながら、体力の回復に努めた。

 

 

 ザビニは練習中、何回かシュートチャンスこそあったものの得点できずにいた。キーパーが本職ではない相手に対してフリーでも得点できないというのは、チェイサー志望者にとっては致命的だった。

 

 何より、ハリー自身もチェイサーのポジションをザビニに譲る気はなかった。たとえ親友であったとしても、選抜試験で敵対すれば蹴落とす覚悟はあった。ハリーに出来ることと言えば、ザビニがうまく行くようにセドリックの技術をザビニの前で披露することくらいだった。

 

 

 三日にもおよぶ合宿練習の末に、ハリーもザビニも確実に技量が向上したという手応えがあった。合宿の後で、ザビニはハリーにこう言った。

 

 

「夏休みももう折り返しだけどよ……何か面白い話とかねーのかよ。暇すぎて死にそうだ」

 

 こうしてハリーとザビニは、結局夏休みの残り期間をつるんで過ごした。ハリーが居候しているシリウスの家で遊ぶか、ザビニが居候しているユルゲン氏の家で遊ぶかして、たまにアズラエルとゴルフをしたりファルカスとクィディッチの練習をしたりして過ごした。

 時折、ロンが送ってくるエジプトの写真を見て嫉妬心に駆られたり、ルナがネス湖のネッシーにまたがっている写真を見ながら、ハーマイオニーとハリーとザビニの三人で魔法界の図書館で調べものをしたりした。ハーマイオニーは、『最も強力な魔法薬』という書物の『フェリックス・フェリシス』や、『ポリジュース薬』を読み込んでその中身を暗記してしまったようだった。ハリーは薬品の理論と調合方法を理解するために、ハーマイオニーと違って参考書を探して三日ほど図書館に通わねばならなかった。

 

***

 

 そんな平和な時間は、ある時唐突に終わりを迎えた。

 

「何で闇の魔術のノートがあんだよてめぇっ!」

 

 ハリーが自分の部屋に隠していた闇の魔術に関する数式を、ある時ザビニが見つけたのだ。

 

「そりゃ俺も母親のこと黙ってたけどさぁ。お前の昔のどうでもいい話と釣り合うか?!つーかなんで新しい闇の魔術なんだよプロテゴだけじゃねぇのかよ!」

 

「じ、自衛のために学んでただけだよ……」

 

「いや……死体を動かす魔法は自衛にするには無理があるだろ。こんなもん存在しちゃいけねえよ、マジで。今すぐ焼くぞ」

 

「ちょっと待って、待てザビニ!!」

 

 ザビニは闇の魔術の内容に激怒してハリーのノートを焼こうとし、ハリーとはじめて本気で喧嘩になりかけた。ハリーはノートを焼くという行為自体に嫌悪感があったものの、最終的にはザビニに任せて闇の魔術についての数式の部分を燃やさせた。遺体を操る闇の魔術があまりにも倫理的に不味いということは一切否定できなかったからだ。

 

「お前もう普通になれるんだからよ……こういういかがわしい魔法の勉強まですんのは止めといた方がいいぞ。俺の母親みたいな碌でもねえ大人になりたくなきゃ、マジでな」

 

 ハリーがザビニに屈したのは、ザビニがとうとう母親まで持ち出して説得しようとしたからだった。ザビニの持っていたライターでノートに灯を灯し、メラメラと燃えていく数式を眺めながら、ハリーはなんとなしに呟いた。

 

「一応、インフェリ使いに対抗する知識は得られたよ。インフェリ相手なら炎を出すか、インフェリそのものを操り返せばいい」

 

「インセンディオでいいならインフェリを操れなくても出来るじゃねぇか。インフェリに対して闇の魔術で操り返すなんて回答、防衛術のテストでは零点だぜ」

 

「それでも、自分の身は守れる」

 

 ザビニはハリーのその言葉は否定しなかった。ハリーはさらに言葉を続けた。

 

「まぁ、インフェリと遭遇することなんて無いと思うしないほうがいいけどさ。もしあの魔術を知っていたら、ご遺体を傷つけずに無力化出来るよ。一応だけど」

 

「あー言えばこう言うな、ホントに。お前ダームストラングに行った方が良かったんじゃねえか?」

 

「ダームストラング?」

 

「闇の魔術も、そこでは当たり前みたいに学ぶってユルゲンさんが言ってたぜ。だけどよ、お前はスリザリン生なんだからそこんとこ弁えとけよ?ファルカスの奴は必死でスリザリンの評判を良くしようとしてるってのに、お前が悪くしてどーすんだよ」

 

 インフェリを操る闇の魔術は倫理的に最悪と言っていい魔法だが、別にその魔法を知らなくてもインセンディオ(燃やせ)で対抗はできる。ハリーは知的好奇心と、ドロホフに対する防衛本能に負けて知る必要の無い闇の魔術を理解してしまったのである。

 既にハリーは、三種類もの闇の魔術を習得していた。これは三年生としては驚異的な早さである。

 

 

「でも、確かにザビニの言う通りだ。あの魔法の理論は荼毘に付して良かった。ありがとう」

 

 ザビニと議論したものの、結局燃やされたことに異論はなかった。その魔術は残しておいていいものではなかった。ザビニにその理論が書かれたページを燃やしてもらったとき、心の荷が少し軽くなった気がした。

 

 とはいえ、闇の魔術の理論は全てハリーの頭のなかに入っていて、既にファルカスにも報告済みだった。ハリーは、ザビニにはファルカスが闇の魔術に長けていることは言っていない。言わない方が良いこともこの世にはあると、分かりきっていたからだ。

 

 

 完全に燃え尽きた数式部分を見て、ザビニは満足そうに笑った。そしてハリーに聞いた。

 

「ったく。今日はなんか疲れたから帰るぞ、俺は。ゲームする気分じゃなくなっちまった」

 

「じゃあまた明日。明日は何をする?TRPG?」

 

「いや……そう言う中で篭るやつじゃなくて外で何かやろうぜ」

 

「でも、クィディッチをやるには人数が足りないしね。図書館でも行く?」

 

「ん」

 

 

 ハリーとザビニは腕を組んで考えた。ハリーは提案してみたものの、図書館に行く気はあまりしなかった。正直なところ、二人でやれるゲームの類いはやり尽くしていたし、夏休みの終盤でまた勉強と言う気分でもなかった。大体の勉強はやり尽くしたからだ。ザビニはふとノートの切れ端を見た。

 

「こういう、いかがわしい魔法を学ぶみてえな後ろ暗いようなことでもなくて。もう少し健全っつーか……正しいことがやりてえんだけどな。そんなことそうそう転がってねえよな」

 

「いや、それならシリウスから聞いたんだけど……」

 

 ハリーはザビニに、シリウスから聞いたとある話を語った。ザビニの瞳に光が灯り、俄然乗り気になった。

 

***

 

 次の日、ハリーはユルゲン氏の家でザビニと二人、暖炉の前に佇んでいた。ハリーの手には透明マント、ザビニの手には二人で透明マントを纏ったときに使う魔法の冷却材がある。これを使えば、八月の熱気であってもマントにくるまって快適に移動できるというわけだ。他にも簡単な変装グッズがあり、ハリーは瞳の色を青に変えてメガネを外し、ザビニは長髪材によって髪を長く伸ばしてドレッドヘアにしていた。

 

「さぁハリー。正しいことをしようぜ、正しいことを」

 

「ザビニ君がやる気なのは珍しいわね。行ってらっしゃいね、ザビニ君、ハリー君」

 

「うす」

 

「ありがとうございます、アンネローゼさん」

 

 ユルゲン氏の娘のアンネローゼは魔法が使えず、魔法世界のことについてはあまり興味もないようだった。しかし彼女はそれでも構わず、ハリーやザビニを年下の友人として扱っていた。

 

「頑張って彼女を見つけてきたら、私にも紹介してね?お茶を用意して待ってるわよ」

 

「いや別にそういう訳じゃあ……」

 

「成功したら紹介します。行こうよザビニ」

 

 モゴモゴと誤解を解こうとするザビニを尻目に、ハリーは暖炉にフルーパウダーを投げ込んだ。ゆらゆらと燃え盛る炎を眺めながら、ハリーとザビニは二人一緒に叫んでその炎に身を任せた。

 

「「ノクターン横丁!!」」

 

 炎のなかに消えていくハリーたちを見送りながら、アンネローゼはプラチナブロンドの髪を撫でつつ感心したように呟いた。

 

「どうしてあんな方法で移動するのかしら……怖くないのかな、あの子達」

 

 魔法使いの父親を持っていても、炎のなかに飛び込める神経はアンネローゼにはなかった。彼女は自宅に招いた自分の親友を待ちながら、テレビのスイッチを入れてソファーに寝そべった。

 

 

 




さぁ冒険だ


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闇のアイテムと意外な客

 

 ハリーとザビニは、透明マントを被ったまま炎に身を任せた。身体中がぐるぐるとかきみだされるような不快な感覚を味わったあと、ハリーとザビニはノクターン横丁という標識を目にした。陽光に照らされる看板と、どこか寂れて退廃的な雰囲気を漂わせる通りとが不釣り合いだった。

 

 

『……じゃあ行こうぜハリー。まずはあの店からだ』

 

 ザビニがハリーにそう話しかける。その声が外に漏れることはない。透明マントの下に遮音のルーンを刻んだ紙を貼り付けているからだ。ハリー自身だけでなくザビニにも書かせたお陰で、二人の声や物音が外部に漏れることはない。

 

『見つかるかな?』

 

『正直期待はしてねえ。ま、他に出来ることもねえしな。単なる暇潰しさ』

 

 ザビニとハリーは、背の高い白人男性の後ろをこっそりとついていき、『古書専門店』へと足を踏み入れた。

 

 古書専門店、と名前がついていた本屋は、なるほどフローリッツ·アンド·ブロッツとは異なり年代物の本で埋め尽くされている。白人男性は無人のカウンターに、無造作に袋からガリオン金貨を出して置いた。

 

(こ、この人……一体何ガリオン出したんだ?!)

 

 ハリーはあんな大金を使ったことは今まで無かった。ハリーが目を白黒させているうちに、ガリオン金貨は消え去った。男は本棚から一つの本を見つけると、満足そうな笑みを浮かべた。

 

「いい仕事だ。礼を言うぞ」

 

 本棚へと手を伸ばし料理本を手にとって読んでいる。ザビニはそっと虫眼鏡をハリーに手渡した。

 

『これを見てみろよ。あいつが読んでるの、料理本なんかじゃねえぞ』

 

 ハリーが虫眼鏡を覗き込むと、そこには闇の魔術の理論が書かれていた。ハリーはもう知っていたが、プロテゴ·ディアボリカを使うときに見た魔力の増幅理論だ。

 

『ザビニ。ここは……』

 

『古書専門店みたいな面をしてるけど、中身は録でもない犯罪目的の……闇の魔術の本だな。勿論違法だぜ。ここはそういういかがわしい知識を求める連中が集まってる』

 

 ザビニは虫眼鏡に写し出された白人男性の顔を、バッグから取り出した写真に撮影して記録した。

 

『こいつが何を目的で闇の魔術を求めてるのかは知らねーけど、一応違法だかんな。写真に撮っとくぞ。後でシリウスさんに渡しとけよ』

 

『……ああ……』

 

『違法なんだよ。ちょっとは反省しろよな』

 

 ハリーはいたたまれない気持ちになった。ハリーがホグワーツの図書室で、無料で得てしまった知識をこの男は金銭をはたいて自分の金で買った。闇の魔術に関する物品を所有することは違法だが、ハリーより男の方がまだ知識に対して敬意を払っていたのではないだろうか。

 

 白人男性はその後もいくつかの書物を手に取った。その中には闇の魔法生物の交配記録に関するレポートや、闇祓いに対して行われた凄惨な拷問を再現した魔法実験の記録、さらには19世紀にマグルに対して行われた闇の魔術による人体実験の記録に関する書物などもあった。白人男性はさらに金貨を出して、そのうち人体実験と拷問に関する書物を購入した。

 

『……こいつ頭おかしいんじゃねえか?理解できねえぞ』

 

 ザビニは嫌悪感を露にしてくれたので、ハリーは冷静に男の目的に思いを巡らせることができた。おぞましい、理解しがたいという思いはハリーにもあったが、理系ならば

 

『魔法の実証記録が欲しかったのか……案外理系なのかもね、この人は』

 

『糞みてえな実験の記録なんて何で知りたがる?』

 

『知識として知っていても、実際に使ってみなければ本当に効果があるのかわからない。記録と結果から効果を逆算したかったんだと思う。実際に法律を犯して人間に使う度胸がないなら、過去の記録に頼るしかないからね』

 

『……』

 

 ザビニが納得できないという思いを募らせる一方、ハリーは白人男性の闇に思いを馳せていた。

 

『あの男は案外僕と同じタイプの小心者だったのかも』

 

『……この古書店はそういう後ろ暗い知識を集めて、保管しておく場所なんだね』

 

 ハリーが一人でそう納得した一方、ザビニは眉間に皺を寄せていた。

 

『黙れ。二度と自分をあいつと同類とか言うんじゃねえぞ。吐き気がする』

 

 男が書店を出た後を追って、ハリーとザビニも書店から出る。書店から出た男は深く深呼吸をすると、瞬間移動でどこかへと消えてしまった。

 

『本の外装は撮ったし、男の顔も撮った。……見てやがれよ。シリウスさんが捕まえてくれるからな』

 

(変装していた可能性もあるよなぁ……)

 

 ザビニは一人で虚空を睨み付けた。ハリーは、男がポリジュース薬を使用していた可能性について思い至ったが口にはしなかった。

 

(……でも、カロー先輩はそのままこういう場所をうろついたんだよな)

 

 ハリーは、どうか無関係な人が逮捕されませんようにと願いながら、どうやってシリウスに説明するかと悩んだ。ハリーがノクターン横丁をうろついたことを、シリウスは快くは思わないだろう。偶然を装ってたまたま見てしまったと言い訳しなければならなかった。

 

 

 その後、ザビニとハリーは背の高い黒髪の魔女の後をつけて化粧品店に足を踏み入れた。どれも正規の化粧品が、見本として展示されている。

 

 黒髪の魔女はフィーナと名乗った。彼女は出迎えた老婆にまず一ガリオンを差し出し、ついで『メメントモリ』と言った。老婆はにやりと笑うと、「こちらをご覧ください、お客様」と告げ、杖を一振してぐにゃりと化粧品棚をねじ曲げた。すると化粧品棚は、がらりとその形を変えた。

 

 化粧品棚だったものは、どれも法律で製造が禁じられている違法薬物だった。黒髪の魔女は店員と何か話をすると、言い値に従って徐福薬を二瓶分も購入した。徐福薬とは、『最も強力な魔法薬』に禁止毒物として記載されていたもので、別名は偽不死薬。水銀を様々な素材と共に煎じたそれは、飲めば一時の健康と引き換えに、服薬したものに緩やかな死を与える。偽りの命の水だ。ハリーは本当の犯罪の現場を目撃した衝撃で震えた。

 

(れ、例のあの人とも無関係そうな人が、こんなにもあっさりと犯罪を……)

 

 彼女が、例えば危険な魔法生物を処分するためにあの薬を購入したことを願うしかなかった。もっともそういう正規の取引を行うことができる人間は、このような場所で毒薬を購入しないだろう。

 

『……おいハリー。どうした?何かあったのか?』

 

 ザビニがハリーを突っつく。ザビニは、ハリーやハーマイオニーのように参考書を隅々まで暗記したわけではなかった。ハリーは反射的に、女性が取引した薬ではなくその隣の瓶を指差した。

 

『あ、うん。危険な毒物ばかりで驚いちゃって。ほら、あれはケシの花が使われてる。中国に輸出して大問題になった薬品だよ。まだ作ってたなんて……』

 

『薬か?それって毒じゃねえか?』

 

『……うん、麻薬』

 

 ハリーが言いづらそうに断言すると、ザビニは深く深呼吸をした。恐怖心からか、それとも怒りからか、ザビニの手が微かに震えている。

 

『……ハリー。ここの薬品は念入りに撮影しとくぞ。ちょっと時間かかるけどいいか?』

 

『オーケー。任せるよ、ザビニ』

 

 ザビニはハリーに話していなかったが、彼にはある目的があった。

 

 ザビニの母親の起こした事件。恐らくは高確率で殺人事件……に使われた呪いか、薬品か。あるいは証拠の残らないような魔法のアイテムについて探ることである。

 

 ザビニは、自分の母親が養父たちを殺害したことを最早疑ってはいなかった。しかし問題となるのがその殺害方法だ。ザビニの母親は、これまで何度も起訴されながらアズカバン行きを免れている。それは強運によるものなのだろうか。

 

 違う。ザビニはそう確信している。

 

 ザビニは、母親が違法な薬物で父親を殺害したのではないかと疑っていた。理想は、常習性があって残留しづらく、魔法による隠蔽が容易な薬だ。

 

 魔法薬は、マグルの医療技術では認識できない成分も多い。そして魔法界であっても、配偶者の死亡から魔法省の役人が到達するまでには時間差がある。そのわずかな時間の間に、遺体に残留しているわずかな薬物を除去すれば証拠は残らない。

 

 ザビニは、化粧品入れに偽装された薬物を睨み付けながら撮影した。ザビニが考えているようなことは、魔法界の闇祓いや執行部の鑑識ならとうに検証済みで、何かしら有益な情報をもう持っているかもしれない。それでも、なにかせずにはいられなかった。

 

 

 ハリーはいつになく真剣に薬品を撮影するザビニを見ながら、展示されている違法薬物、あるいは毒物の成分について推測を巡らせていた。

 

(毒と薬は紙一重とは言うけどさ。人の悪意の結晶みたいだな、これは……)

 

 ハリーはスネイプ教授がこの店のことを知った瞬間を想像した。スネイプ教授ならまず魔法薬を違法に作った愚か者たちに怒り、次に展示された薬品と毒物の性能について誰よりも緻密で詳細に考察し、ほとんどの製品に駄目出しをするだろうなと思った。フィーナという名前の魔女が偽の化粧品店を出た後で、ハリーとザビニはこっそりと店を出た。フィーナという魔女は瞬間移動によってどこかへと消え去っていたが、ハリーとザビニの胸中に渦巻く複雑なもやもやは消え去ってくれなかった。

 

『次はどうする、ザビニ?僕は一回戻ってもいいと思うけれど。……マクギリス先輩は居ないみたいだし』

 

 今回ハリーがザビニとノクターン横丁を訪れたのは、ハリーがザビニにマクギリス先輩がシリウスから職質を受けたと話したことが切っ掛けだった。ザビニはマクギリス先輩を探すためにノクターン横丁を訪れたはずが、いつの間にかギラギラした目になってノクターン横丁を通る人を凝視していた。ハリーは出来れば一旦帰って証拠写真を保管しておきたかったが、ザビニは正義感に駆られて違法な取引の現場を撮影したいと言い出した。

 

『……まだ散策しようぜ。日が暮れるまでには時間があるだろ』

 

『オーケー』

 

 ハリーはいざというときのために、自分の杖をぎゅっと握りしめた。

 

 ノクターン横丁には、明らかに堅気ではなさそうな雰囲気の人間が足を運んでいた。吸血鬼と思わしき青い肌の男性と女性のカップル、からだの一部が異形となってタコの触手を生やした女性、それらを呼び止めて店に連れ込もうとする成人の魔女と魔法使いたち。それらはハリーの目から見て異様な雰囲気を持っていた。どこか目つきに余裕がなく、攻撃的になっているように見えた。ハリーはザビニと共に取引の現場を撮影する間、そういった人々からクィレル教授を連想した。

 

 しかしハリーを失望させたのは、穏和な雰囲気を漂わせた初老の魔法使いやその辺に居そうな太った主婦までが先程の偽化粧品店や闇の古書店を訪れていたことだった。闇の魔術は、麻薬のようにああいう『普通』の人々まで奈落へと誘い、破滅させてしまうのではないかと思えてならなかった。

 

 日が暮れかけた頃、ハリーとザビニは意外な人物を発見して後をつけた。その人物とは初老の魔法使いで濃紺のローブに身を包んでいたが、その人物が連れていた少女のことは二人ともよく知っていた。

 

『ダフネ·グリーングラス……?』

 

 ハリーは初老の魔法使いが連れた少女が、スリザリン寮のダフネに見えた。彼女は普段つけないような口紅をさせられ、日除けの帽子を深く被って俯きながら歩いていたが、歩き方が普段のダフネとそっくりだった。ダフネは友人のパンジー共々ドラコの回りをついて回ることが多く、ハリーは足音でダフネ、ミリセント、パンジー、トレイシーの区別がつくようになっていた。四人のなかでもっとも足が遅く、目立つダフネの歩きをなんとなく覚えていた。

 

『お前そんなわけ……いやマジだ。あのおっさんダフネの親父じゃねーか』

 

 ハリーとザビニは虫眼鏡から見えるダフネの顔を見て、困ったように顔を見合わせた。ハリーの顔には少しの迷いがあったが、ザビニの顔はすぐに強い決意を取り戻した。

 

 

『オーケーザビニ。行こうか。ただし慎重にね』

 

 ハリーはザビニに先んじてそう言った。止めたってザビニは行こうとするだろう。ザビニは無言で頷くと、ダフネたちの後をつけ、ボージンアンドバークスというアンティーク店に足を踏み入れた。

 

 ノクターン横丁の例に漏れず、この店も闇の魔術に関するアイテムを扱っていた。ただし他の店と異なり、店内に堂々と闇の魔術がかけられたアイテムを展示していたのでハリーは面食らった。

 

 

『……良かった、のか?こんだけ大っぴらにやってるっつーことは、許可を取ってるってこと、だよな』

 

『でも、闇のアイテムは効果を知っていながら購入することも、効果を知りながら所持することも違法なんだよね?』

 

『ああ』

 

 ハリーは緊張しながら、店主の男性とダフネの父、グリーングラス氏のやり取りを見守った。グリーングラス氏は年代物の懐中時計をケースごと差し出すと、多額の金銭を店主に要求した。ハリーもザビニも、クラスメートの父親が闇の魔術に関わっていないと思って安堵した。

 

 

 ところがだ。

 

 

「時に旦那様、こちらはどのような効能で?」

 

「身に付けた人間の時間感覚を狂わせる効果がある。これを身に付けた人間は一分が一秒に感じられるようにも、一秒が一分に感じられるようにもなる。秒針と短針を操ることでそれができるのだ。実演して見せよう」

 

 

「やめて、お父様!!」

 

「だ、旦那様。ここには大変危険で希少なアイテムがございます。魔法はお控えいただければ……」

 

 グリーングラス氏はそう言うと、懐中時計を杖で取り出して嫌がるダフネに持たせた。ハリーは杖をグリーングラス氏の背中に向けたが、ザビニがハリーを止めた。

 

『止めろ!!気持ちは分かるけどよ!今止めたら戻しかたも分からなくなるぞっ!』

 

 ザビニの制止でハリーは思い止まった。嫌がるダフネは、時計を持たされた瞬間にその表情のままで固定された。グリーングラス氏がダフネの耳元で花火をあげても、ダフネの顔は瞬きもせずに恐怖で凍りついている。

 

 

「こ……これはなんとも……素晴らしいもので。ですが、お嬢様はのご様子がおかしいようですが……?」

 

「時計を外せば問題はない」

 

 杖を動かしてグリーングラス氏がふわりと時計を浮かせると、ダフネは固定されていた時間が襲いかかったのか、悲鳴をあげて倒れこんだ。

 

「きゃあっ!!」

 

 ハリーは反射的に倒れこんだダフネをかばった。ザビニはこっそりとグリーングラス氏の頭に小石をぶつけた。

 

「な、何だ!?」

 

「お、お止めください旦那様!!ここで魔法はお控えください!」

 

「店員ごときが私に何を命令するっ!?」

 

『ずらかるぞハリーっ!!』

 

『……ごめんねダフネ。すぐに助けてあげられなくて』

 

 ハリーはダフネの耳元で囁くと、グリーングラス氏に向けて煙玉を投げ込んだ。ハリーとザビニは、店内ということでグリーングラス氏と店主が言い争っている間に店を出ると、最寄りの暖炉めがけて走り去った。

 

 

 

 




グリーングラス氏の胸中
「うちの長女はマルフォイ家の一人息子ともポッター家の忘れ形見ともあんまり親しく出来ないし成績はパーキンソンの娘に負けるしで一体何をやってるんだ。今まで甘やかしすぎた……」
「ちょっと痛い目を見せて教育しなければ。そう言えば倉庫に闇のアイテムもあったな。躾には丁度いいだろう」


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光への誘い

 

 

 

「ば……ばれてねーよな?」

 

「ばれてたら僕たちはここには居ないよ……」

 

「二人とも!今すぐにシャワーを浴びなさい!今すぐっ!いいわね!?」

 

「ちょっと待ってくれアンネローゼ、写真の確認がしてえんだが」

 

「問答無用よ!」

 

 ハリーとザビニは、肩で息を吐きながらユルゲン氏の家の暖炉の前に帰還した。二人とも汗だくで出てきたものだから、アンネローゼは驚愕に目を見開きながら急かしてハリーたちの汗と汚れを落とさせた。ハリーとザビニは、本気になったアンネローゼの剣幕に圧倒され借りてきた猫のように大人しく水を浴び、冷たい紅茶で失った水分を補給した。

 

 

「……で、撮った写真なんだが……」

 

「一体どこに行ってきたの?これ本屋の写真?それでこっちは化粧品店?この女の人、モデルさんみたいに綺麗ね。なんて化粧品なの?」

 

「魔法世界の日焼け止めです」

 

「ええ、とってもいいじゃない。どうして買ってきてくれなかったの?言えばお小遣いをあげたのに……」

 

 

「すみません。今度いいのを買ってきます」

 

 

 ハリーとザビニはアンネローゼに夏休みの宿題で街ゆく人々を撮影していたと誤魔化しながら、現像した写真に証拠がしっかりと残っているのかを確認した。

 

「思ったよりちゃんと撮れてるな」

 

「コリンより上手く撮れてるんじゃないかな」

 

「……よし。じゃあこの写真はお前に預ける。シリウスさんにちゃんと見せろよ。ダフネの親父さんには悪いけどな」

 

「わかった」

 

「……私には魔法界のことはよくわからないけれど、何だかわからないけれど、今日はとても楽しかったのね。良かったわね、ザビニ君」

 

「いやぁ、まぁ色々とあったんすよ」

 

 そう言って、ザビニはハリーに写真を押し付けた。ハリーは重い気持ちに沈みながら、軽い写真の山を手に取った。しかし、必ずシリウスに渡すつもりだった。ザビニの晴れやかな顔を見ていると、この冒険をなかったことにしてはいけないような気がしたのだ。

 

 取引されていた闇のアイテムは多種多様で、重い罪に問われるようなものもあれば、軽い警告や罰金刑ですむものもある。シリウスにどう説明しようかなと考えながら、ハリーはユルゲン氏の家を辞した。

 

 

 その日の晩、シリウスは普段よりも遅くに帰宅した。シリウスによると、苦手な書類仕事に時間を割かれてしまったらしい。最近のシリウスは本人曰く不本意ながら昇進してしまい、現場での任務だけでなく余計な雑務までやらなければならなくなったとのことだ。

 

(出世して不本意そうなのも変な話だよなぁ)

 

 ハリーはシリウスが贅沢を言っているように思えたが、よくよく考えてみれば書類仕事はシリウスの魔法の腕を腐らせるだけなのかもしれない。シリウスの苦労を想像したハリーは、さらにシリウスの仕事を増やすことになるかもしれないことに申し訳なさを感じながら、話を切り出すタイミングを待った。

 

「あの、シリウス。実は今日、友達と一緒に遊びに行ったんだけど迷ってしまって。ノクターン横丁ってところで、変なものを見たんだ。これを見て」

 

 

 ハリーがキドニーパイを並べ、シリウスがひとしきり仕事について語り追えたタイミングで、撮影した写真をシリウスに渡すと、シリウスはまず怒りの形相になり、次いで困惑したようにハリーを見た。

 

 

「……ハリー……これは……これを、ハリーが撮影したのか?」

 

「友達のザビニがね」

 

 ハリーは心の中でザビニを呪いながら言った。どう考えても、一番面倒なところを押し付けられたようなものだった。

 

「……そうか。いや、犯罪の決定的瞬間を『たまたま迷い混んで』『たまたま持っていたカメラで撮影した』というのはちょっと無理があるだろう」

 

 ハリーはシリウスから説教を受けると思っていたが、シリウスは意外にも、興味深そうにハリーと写真を見比べていた。

 

「かなり念入りに準備したようだが、どうやって撮影したんだ?こんな現場を気付かれずに済むなんて奇跡だ」

 

 シリウスは穏やかに、しかし厳しくハリーに聞いた。

 

「透明マントと遮音のルーンで何とかなったよ」

 

「なるほどな……よく実行できたものだ。その心意気はいいぞハリー」

 

 シリウスは自分の中に残る子供の部分で、ハリーたちの手腕に感心していた。透明マント、ルーン、そして魔法のカメラ。道具を駆使すれば出来なくはないだろうが、実際にそれを気付かれずに実行するには度胸が必要不可欠だ。シリウスの中の大人になりきれない部分は、ハリーとザビニの行動に在りし日のジェームズを見出だして歓喜していた。

 

 

(それでこそ、ジェームズの息子だ……)

 

(ああ……今すぐジェームズと仕事がしたい)

 

 シリウスの中では、シリウス自身も無自覚ではあるが、そんな感情が肥大化していた。

 

 シリウスはゴッドファーザーとしてハリーの成長を見守りながら、社会人としての努めを果たしてきた。魔法省庁に就職して仕事に追われる傍らでルシウスのような人間とも交流せざるをえず、最後に唯一残った友のために色んな人間に頭を下げて全く向いてもいない政治活動を行って悪法を排除した。そういった行動が積み重なるうちに、シリウスの中でますますジェームズ·ポッターは美化され、神格化されていった。

 

 本来ならば、ハリーと会話していたのはジェームズのはずだったという思いがシリウスにはずっとある。ハリーに今さら打ち明けるわけにはいかない、己の行動によってハリーから父親を奪ってしまったという罪悪感。ハリーを間近で見ながらハリーの中でジェームズを見出す度に、シリウスはハリーと共に仕事がしたいという思いに駆られるのだ。

 

 シリウスの名誉のために言えば、シリウスは自分の中にあるその感情を理解できていない。あくまでもゴッドファーザーとしてゴットソンの健全な成長を願っているのだ。闇の魔術や犯罪を嫌悪し、弱きを助け、力でもって理不尽を強いる強者を挫く。そんなグリフィンドール的な大人になってほしいとシリウスは心の底から願っている。ただ無意識に、ハリーとジェームズを重ねてしまっているだけなのである。

 

「だが、今の君達にはまだ早い。友達の身を守りたければ、こういう危険な行動は慎むことだ、ハリー」

 

「ごめんなさい、シリウス……」

 

 幸い、今回はシリウスはハリーをジェームズとは呼ばなかった。ハリーは素直にシリウスの叱責を受け、罰として掃除を言いつけられた。その後の食事は和やかに進んだ。シリウスはザビニにも興味を持ったようだった。

 

「ハリー。君と君の友達のザビニだが、将来なりたい仕事とかはあるのか?」

 

「え?うーん。僕は魔法道具の研究がしたいんだけど、ザビニは分かんないな。多分決めてないと思うよ」

 

「そうか。いや、話を聞く限りでは君やそのザビニ君は、闇祓いや私がやっている闇のアイテムの取り締まりの仕事が向いてるんじゃないかと思ってな」

 

「そう思う?贔屓目が入ってるんじゃない?」

 

 ハリーは疑問符を浮かべながら言ったが、シリウスは丁寧に言った。

 

「そうでもないさ。その年齢でそこまで出来るなら有望だ」

 

 

「まだまだ未熟だが将来的には、私を超えるくらいにはなれるかもしれない。だが、折角興味があるのに無茶をして悪人たちに捕まりでもしたら本末転倒だ。もしザビニ君が良ければ、うちに招いていくつか危険な部分と、面白いところを教えておいた方がいいと思ってな」

 

 ハリーは腕を組んで考えた。ザビニが大人の話を長く聞いているイメージはなかった。魔法史の授業中、眠っているザビニの姿を思い出してハリーは不安になった。

 

「うーん。ザビニに言ってみるよ。まぁ、あんまり期待しないでね」

 

「無理なら無理でもいい。だが、もう無茶はするなよ、ハリー」

 

(……よし)

 

 シリウスは内心で手応えを感じていた。

 

 現在のハリーは研究職志望だが、まだまだOWLの受験までは時間がある。まずはハリーの友人から、闇に対抗する仕事に興味を持たせ、徐々にハリーも仕事に興味を持ってもらいたい、というのがシリウスの思惑だった。

 

 

 シリウスの思惑は、シリウスが思っていた以上の効果を発揮した。ハリーから話を聞いたザビニは一も二もなく承諾し、ハリーと一緒にシリウスの講義を受けたのである。ハリーはそこまで熱心ではなかったものの、少しずつではあるが、闇のアイテムを収集するという活動には興味を惹かれていった。

 

***

 

 夏休みが開ける前に、ハリーはロンがエジプトで購入し、ハリーの誕生日プレゼントとして送ってきたスニーコスコープを身に付けながら、ブラック家の屋敷を掃除していた。屋敷にはシリウスとマリーダもいて、二人はそれぞれ破れたカーテンを直したり、今にも落ちそうなシャンデリアを綺麗に整え直したりとせわしなく動き回っていた。

 

 ハリーが杖もなく廊下を拭いて回っているのは、言うまでもなく、ザビニと共に危険な場所を動き回った罰だ。ブラック家の屋敷は大分老朽化が進んでいた上、ハウスエルフのクリーチャーも主が住まわぬ屋敷を本気で管理する気などないのか、屋敷のあちこちに蜘蛛の巣があり、埃がハリーたちを歓迎してくれた。

 

 

 ハリーが寝たふりをしたフィニアス·ナイジェラスの肖像画を綺麗に磨き上げていると、スニースコープがけたたましく鳴り響いてフィニアス氏を飛び起きさせた。

 

「何だ!?」

 

 ハリーはスニーコスコープを止めながら周囲を見渡した。ロンが送ってきてくれたスニーコスコープはアズラエルのものとは形状が異なり、小型だ。しかし感度が良すぎるのかそれとも仕様が異なるのか、闇の魔術や危険な魔法に反応する代わりに音の調節ができない。ハリーがはじめて包みを開けたときもけたたましく鳴り響いたほどだ。

 

 ハリーが周囲を見渡すと、そこにはハリーに言わせれば老いた小人、ルナが見れば森の妖精さんと呼ぶ存在、ハウスエルフのクリーチャーがいた。首からロケットをぶら下げたハウスエルフは、ぶつぶつとシリウスへの呪詛を呟きながら、ハリーの手に持った雑巾を絞るためのバケツと水を用意してくれていた。

 

「クリーチャーさん、ありがとう。シリウスに頼まれたの?」

 

 

「……クリーチャーは……クリーチャーは……卑しいハウスエルフでございます。このブラック家を守るものに従います。お嬢様のお口添えによって純血が保たれるのであれば、私はお嬢様の命令に従うまででございます……」

 

「マリーダさんか。マリーダさんによろしくね」

 

「……ハリー·ポッターはスリザリンに入っている。あのお嬢様も。なのになぜ、あの男は……あの男ばかりが……どうしてレ……」

 

 クリーチャーは、シリウスに対して全く忠実ではなく、シリウスもまた冷淡でクリーチャーと会話しようともしなかった。それでもハリーはなるべくクリーチャーには礼儀正しく接しようとはしたが、クリーチャーは最近マリーダに心を開きはじめているようだった。

 

 ブラック家のハウスエルフであるクリーチャーにとって、たとえシリウスの子供だったとしても、ブラック家に後継者が出来るかどうかということはやはり気になるのだろう。マリーダが(聖28一族ではないとはいえ)純血でシリウスの婚約者であることと、彼女がシリウスをとりなして、ブラック家の歴史を肯定する姿勢を示したことで、クリーチャーは去年はじめて見た時より幾分か背筋が伸びていた。

 

 しかしそれでも、クリーチャーは悪態と不快なぶつぶつとした呟きをやめることはなかった。ハリーは雑巾で掃除を続けながら、とぼとぼと歩いていくクリーチャーの背中を見送った。

 

 

(……少しずつでも、いい雰囲気になっていければいいんだけど。やっぱり難しいのかな)

 

 クリーチャーの心中を思いながら掃除を続けるハリーは、どうしてスニーコスコープが反応したのかについて思考を巡らせることはなかった。

 

 




どうしてスニーコスコープが反応したのでしょうね……?


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ハリー·ポッターとアズカバンの守護者

 

 ハリーは長いようでいて短い夏季休暇を終えてシリウスにしばしの別れを告げ、9と4分の3番線からホグワーツ特急に乗り込んでいた。夏季休暇を終えたとたんに夏の熱気は少しだけ陰りを見せ、今日は分厚い雲と季節外れの霧が陽光を遮っていた。

 

 特急の窓からロンが手を振っているのを見て、ハリーも手を振り返す。ロンの隣には、ハーマイオニーの栗色のぼさぼさ頭の姿もあった。

 

 ハリーが急いで特急に乗り込みロンのコンパートメントへと入ると、ロンとハーマイオニーの正面の座席で白髪交じりのくたびれた男性がすやすやと寝息を立てて眠り込んでいた。

 

(……新しいDADAの先生か、それとも魔法生物飼育学の先生かな?)

 

 ハリーはおそらくは前者ではないだろうか、と何となく思った。くたびれた顔の男性は、マグルの世界にも良くいるつかれた大人の顔をしている。ハリーは魔法生物飼育学の先生が、実に魔法使いらしい非常識さを持った存在だと確信していた。着古しているとはいえマグルと変わらないファッションセンスの持ち主であれば、魔法生物飼育学の担当ではないはずだった。

 

 ハリーは眠りこける男性から視線をはずすと、ロンとハーマイオニーに言った。

 

「ハロー。二人とももう来てたんだね。……この子がハーマイオニーの飼い猫だね?はじめましてクルックシャンクス。……アスクレピオスも挨拶をして」

 

 

『よぉ。俺様はハリーのペットをやっているアスクレピオスだ。お前さんも突然ヒトが増えてストレスだろうが我慢してやってくれ』

 

 ハリーのペットのクスシヘビは冗談めかしてそう言ったが、驚いたようにハリーを見た。

 

『おいおいハリー。こいつバイリンガルだ。俺様の言葉を理解してやがる!!』

 

 

 

 ハーマイオニーの膝には、彼女が飼い始めた猫が載っていた。確かに、ハリーにも、クルックシャンクスはアスクレピオスの言葉に反応して微かに左手をあげ、さらににゃあとないたように見えた。

 

『本当に!?それは凄い!……やぁクルックシャンクス。きみは本当に運がいいよ。僕の知る限り一番優秀な魔女が君の飼い主なんだ。僕は彼女の友達だけど、これから仲良くして貰えると嬉しいな。……アスクレピオスを食べないでね?』

 

 クルックシャンクスは小さく、にゃあとだけ鳴いた。ハリーはロンとハーマイオニーに視線を戻した。ロンとハーマイオニーは、蛇語を話すハリーについていけずに目を白黒とさせていた。

 

「ファルカスたちは?」

 

「……え?あ、そうね。ファルカスたちなら間に合ったみたいよ。ここから見えたもの。……でも、この場所が分かるかしら?」

 

 ハーマイオニーが窓の外を指差した。ハリーは手を振ってみたが、ファルカスはハリーの様子に気付いた素振りもなく、前方の車両へと乗り込んでいく。

 

「あっこっちに気付いてないな。呼びに行ってくるよ」

 

 ハリーはロンたちとは反対側の席にトランクを置くと、ファルカスを呼ぶためにコンパートメントを移動した。ファルカスを呼ぶ途中で出くわしたコリンをあしらい、一人、誰もいないコンパートメントでザ·クィブラーを呼んでいたルナをコンパートメントに誘ってファルカスを連れてくると、ザビニとアズラエルもコンパートメントに合流していた。アズラエルはチラチラと眠っている大人の男性に視線を向けていたが、ハリーたちが合流すると笑顔でファルカスと握手した。

 

 

 コンパートメントに合流したハリーたちは、夏休みの間にロンが目撃したエジプトの神秘についての話題で盛り上がった。ロンによると、ピラミッドそのものに古代の強力な魔法がかけられていて、木乃伊やスフィンクスといった神秘や、ピラミッドの隠し部屋に行った時のことを雄弁に語ってくれた。

 

「ピラミッドの中の壁画がパズルになっててさ。壁画を揃えてパズルを解かないと次の部屋に進めないんだ。皆も行ったら面白かったと思うぜ?」

 

「マジかよ、大冒険じゃん。お前の兄貴はそれを保護してんの?」

 

「ああ。ビルは最近配置されたばっかりだって言ってたけどめちゃくちゃ案内が上手くてさ。ジニーなんて最初は怖がってたのに、終わった頃にはもう一回入りたいって夢中になってたくらいだぜ」

 

「一年生の時の罠を思い出すね」

 

 ハリーは魔法界の罠が悪意だけではなく、時として魔法使いの知恵を試すものであることが嬉しかった。ピラミッドの建設を指示した王も、自分の権威を知らしめたかっただけで無駄に悪意があったわけではないらしい。ただ訪れた魔法使いが自分の偉業を目撃するに足りうる人間であるかどうか、それを確認したかっただけのようだ。

 

 ハーマイオニーはロンが持っていたパズルのスケッチを確認しながら、ピラミッドの試練を攻略することにしたようだった。そんなハーマイオニーにかわって、ハリーたちはロンを質問責めにした。

 

「木乃伊って……死体……だよね。どうやって止めたの?というか、どうやって動いてるの?もしかして闇の魔術だったりしない?」

 

「スフィンクス!スフィンクスについて教えて!」

 

 ファルカスもロンの話に興味津々になり、興味がなさそうにクロスワードパズルを解いていたルナは珍しい魔法生物の話を聞きたがった。

 

 

「あー、まずファルカスの質問からな。木乃伊はピラミッド自体にかけられた契約魔法で動いてるらしい。もちろん、倫理的にクッソ問題があるから闇の魔術扱いさ。もちろんエジプトでも普通の魔法使いがやったら違法だし、イギリスだってアズカバン行きは確定さ。ディメンターが飛んでくる」

 

「やっぱり闇の魔術か……じゃあ、ピラミッドの管理者の命令には従うんだね」

 

「ああ。人を襲ったりはしなくて、ちょっと脅かすだけになってるんだ。凄かったぜ」

 

 

「ろくでもねぇなぁ、死体を動かすなんて」

 

 ザビニが嫌悪感を示すと、ロンも同調した。ファルカスはなにも言わなかったが、罰が悪そうにハリーに視線を向けた。ハリーは何食わぬ顔でカボチャジュースをあおった。

 

「昔の魔法使いがやることだからなぁ……」

 

「過去と現在とでは価値観が違いますからね。そもそも闇の魔術として指定されてすらいなかったでしょう」

 

 ロンが渋々と言い、アズラエルは当然だという風にロンを支持した。二人とも、木乃伊は倫理的に問題があると理解している。真っ当な倫理観があれば、生きた死体を動かすなんて冒涜的なことを肯定できるわけもないのだ。しかし、時代が違えば価値観も異なるという歴史の原則を無視することはできなかった。何せピラミッドが作られたのは十年前や二十年前ですらないのだ。木乃伊の遺族ももはや生きてはいない。だから、木乃伊の存在も黙殺されているのである。

 

「……良いことではないけれど、疫病を発生させず、かつ死体を効率良く埋葬する手段として用いていたという記述が『エジプトにおける魔術』のなかにあったわ」

 

 ハーマイオニーは歴史上の事実を口にだした。

 

「歴史か。確かに昔はそういう魔法もよしとされたのかもしれないけど、今は違う。少しずつ少しずつ変わっていって、その積み重ねで今があるのかもね」

 

「そうですね。……けれど、ピラミッドの雄大さを僕も見てみたかったですよ」

 

「今度旅行に行けば良いじゃないか」

 

 ロンはそう言ったが、アズラエルは肩をすくめた。

 

「次の休みには予定がびっしりと入ってますし、夏季休暇にはワールドカップがありますからねえ。何時行けるようになるか見当もつきません」

 

「じゃあ再来年……は、OWLがあるんだったな」

 

「誠に遺憾ながら、旅行している暇はなさそうなんですよねぇ……」

 

「まぁまぁ、これをあげるから元気出せ。けっこうレアだぞ?」

 

 ロンが肩を落とすアズラエルを励まそうと蛙チョコレートの『変わり者のヴェンデリン』のカードを投げている間、ハリーは木乃伊について考えていた。

 

 

(木乃伊の制御は……間違いなく、ファルカスのところで見たインフェリの魔法だろう。……あれはほとんどの魔法が効かないっていう欠点があったはず……)

 

 

 魔法使いの観光客が歴史を学ぶために、動く木乃伊は今日もピラミッドの中で動き続けるだろう。ホグワーツの中で存在する魂なきゴーストたちのように。

 

 しかし、木乃伊がピラミッドの中から外に出たとしたらどうだろうか、とハリーの中で懸念が大きくなっていった。

 

 

「ねぇ、ロン。木乃伊についてなんだけど……」

 

 グリンゴッツは観光資源として木乃伊を使い、ピラミッドを訪れた魔法使いの観光客を驚かせ楽しませているらしい。ハリーはインフェリの知識から、木乃伊もまた制御できない闇の怪物になるのではないかと危惧した。

 

「危険じゃないの、木乃伊みたいな動く死体をピラミッドに残しておくなんて。管理者の命令は聞くと言っても、何かの手違いで制御できなくなったら大問題だよ?」

 

 ハリーの懸念には根拠があった。

 インフェリを操る魔法の厄介なところは、一度魔法をかけたあと、使用者がその場を離れてもインフェリは動き、人間を襲うというところにある。使い手、つまり管理者の制御が出来ない状況で、外部に木乃伊が解き放たれたとしたら人的被害は避けられないだろう。

 

 ハリーが闇の魔術の知識を見せず、懸念だけを言うと、ロンは大丈夫だと肩をすくめた。

 

「木乃伊はホグワーツのゴーストと同じで、ピラミッドの外には出れない契約になってるらしいから安全面では問題ないぜ」

 

 ハリーの懸念は杞憂だった。どうやら木乃伊はハリーが知っているインフェリよりもさらに高度で複雑な理論によって制御されているらしい。ロンはいい加減に木乃伊の話題から離れたかったようで、別の話題を切り出した。

 

 

「……で、ピラミッド観光のあとはエジプトを見て回ったんだけどさ。パーシーのやつ、魔法が使えるからってビルに魔法を教わろうとしてこてんぱんにされてたんだ」

 

「パーシーさんが?」

 

 ハリーは少なからず驚いた。パーシー·ウィーズリーはホグワーツの主席で、学生の中では最強と言ってもよい腕を持っていたからだ。その腕前は大人とだってそう変わりはしないだろう。

 

 

「二人とも瞬間移動しながら戦いまくってて、途中から何をやってるのかまるで分かんなかったけどな」

 

「やっぱりすげえんだな、グリンゴッツ勤務のエリートはよ」

 

 ザビニがそう言うと、ロンは少し肩をすくめて頷いた。

 

「あの戦いを見てたら、ちょっと柄にもなく魔法が使いたくなったっていうか。もっと勉強したくなった。いや俺がパーシーみたいに出来るとは思わないけどさ?決闘クラブで頑張れば、もしかしたらちょっとパーシーをびびらせる位にはなれるかもしれないじゃん」

 

「ロンが……?」

 

「勉強?」

 

 

 ハリーたちは、普段ラックスパートに乗り移られてぼうっとしているルナを含めて驚いた目でまじまじとロンを見た。勉強ばかりのハーマイオニーやハリーを揶揄することもあるロンが、自分から勉強したいと言い出すのは珍しいことだった。

 

「君、ロンの偽物ですね!レベリオ(化けの皮よ剥がれろ)!!」

 

「ちょっと俺の扱いが酷くねえ!?」

 

 アズラエルはロンに杖を向けたが、何も起こらない。ロンはどうやらエジプトで入れ替わった偽物ではなく本物のようだった。

 

「ロン、夏休みの間にちゃんと勉強はしたのね?とてもいい傾向よ!」

 

「それなんだけどやれてない科目があってさぁ……」

 

 ロンは不安そうにハリーたちを見回して、恐る恐る言った。

 

「……皆、魔法生物飼育学の勉強って大丈夫だったのか?俺はフレッドとジョージのお下がりの教科書があったから良かったけど……」

 

「僕はシリウスのお古がシリウスの家にあったから……」

 

 

「父さんのお古が……」

 

「いいよなあコネがある奴らは。俺とハーマイオニーは図書館で予習だぜ。……早くも糞教師の香りがするよな、飼育学」

 

「あー。皆それぞれなんとかなったんだな。なら良かった」

 

「へえ、ファルカスが言ってたモンスターブックですか。飼育学を受講しなくて良かったと心の底から思います」

 

 魔法生物飼育学は、今年から新任の教師に交代する。ケトルバーン教授が高齢を理由に引退を申し出たからだ。ハリーたちは後任の教授が誰であるのか知らないが、なかなか刺激的な人物であるに違いないという見解で一致していた。

 

「本当にアズラエルはそういうところちゃっかりしてるね。僕はモンスターブックが教科書を食べるんじゃないかってヒヤヒヤしながらゴミ箱に棄てたんだよ?」

 

 ハリーが恨みがましくアズラエルにジョークを飛ばすと、アズラエルは勝利の笑みを浮かべた。ハリーたちの中では唯一アズラエルだけが、魔法生物飼育学を受講していなかった。

 

「俺は本を庭に放ったよ。ただでさえ貴重なお古の教科書が食われかねなかったからな。モンスターブックが庭小人たちを食べ尽くしてくれたら庭の掃除も楽が出来るんだけどな」

 

(……本を愚弄するのは良くないのだけれど……モンスターブックばかりは仕方ないわ。闇のアイテムかと思ったもの……)

 

 ハーマイオニーはモンスターブックについては擁護できなかったものの、教師に愚痴を聞かれるのは不味いと思い咳払いをした。

 

「皆、ここに先生と思わしき人がいるということを忘れないでほしいわね」

 

「このおっさんは飼育学の担当じゃあ無さそうだぜ。あんなモンスターブックを買わせるやつには見えねえよ」

 

「人を外見で判断しないで頂戴、ザビニ」

 

「へーへー。白髪のおっさんがロックハートでないことを祈るぜ」

 

「……もう」

 

 ハーマイオニーはボケを続ける男子たちを止めようかどうか迷ったが、すんでのところで思いとどまった。

 

 

 魔法生物飼育学の教科書として指定されたモンスターブックは、確かに魔法生物たちの飼育方法が記載されているのだろう。魔法省の認可も降りた本として、一般的な書店での取り扱いも許可されている。それは生きた怪物のような本であろうが、大人の魔法使いが杖を振ればどうとでも制御できるからだ。

 

 しかし、夏季休暇中で魔法の使用を禁じられているホグワーツ生に指定する教科書としては落第点だった。不用意に起動させてしまったモンスターブックは蜘蛛と蟹を合わせたように動き回ってはところ構わず噛みつきを繰り返す厄介な代物で、本を止めるためにハーマイオニーは力一杯箒を叩きつけて気絶させた。結局ハーマイオニーですら、そのあともモンスターブックに書かれている内容を読み解くことはできなかったのである。

 

 そのあとも、ハリーやファルカスはモンスターブックネタを擦りながら冗談に興じた。誰が一番うまくモンスターブックを撃退できたかという話で、ペットのドッグフードを食べさせたら大人しくなったと

 

「その手があったか!!」「いやいやそれは無いでしょ……」

 

 

 ロンとハリーが涙目になりながら爆笑していたとき、ハリーたちのコンパートメントに人が入ってきた。ハリーは足音だけで誰なのかわかった。

 

 プラチナブロンドの少年と、その少年に付き従うように動く二人の少年だ。ハリーはスリザリンで過ごすうちに、あることに気が付いていた。はじめて三人と会ったとき、ハリーはプラチナブロンドの少年を守るために二人の少年が付き従っているのだと思っていた。事実そういう側面はあっただろう。しかし実際のところ、大柄な二人の少年はあまり勉強が得意ではなかった。プラチナブロンドの少年は、面倒見良く二人の大柄な少年たちに勉強を教えているのだ。

 

「やぁごきげんようハリー。今日は生憎の天気だが、君は相変わらずのようだね?何時になったらウィーズリーや……いや、ろくでもない家の連中と手を切るんだい?」

 

 

 ドラコ·マルフォイは夏季休暇の間に少しだけ背を伸ばし、オールバックだった髪型をアズラエルと同じマッシュセンターパートに変えていた。ハリーは何事もなければドラコの髪型を褒めただろう。ドラコが友人たちを愚弄しなければ。

 

「……あ?」

 

「……お前」

 

「やめろ二人とも」

 

 平穏だったコンパートメントは一気に殺気立った。真っ先に反応したのはザビニで、不当に家庭を貶められて貧しい生活を強いられていたファルカスも嫌悪感を隠さずにドラコたちを見た。ハリーは手で二人を制しドラコとはなそうとしたが、その前にがたりと大きな音がした。

 

「……俺の家のことをああだこうだと揶揄するのは、いい加減にしてくれねえかな。正直、うんざりしてるんだよ」

 

 ロンだ。

 

 

(ええ-、どうしよう……)

 

 ロンの斜め前に座っていたルナは、立ち上がったロンを止めるべきか悩んだ挙げ句、手にしていたザ·クィブラーを読むふりをして嵐が過ぎるのを待った。ハーマイオニーはロンを止め損なった。

 

 ロンは耳まで真っ赤になりながらドラコに詰め寄ろうとして、クラブとゴイルに阻まれた。

 

 このやり取りは、ザビニとファルカスにとっては追い風だった。ハリーはロンを援護するために立ち上がろうとする二人をアズラエルと共に止めなければならなかった。ドラコの言動次第では、クラブとゴイル、ファルカスとザビニまで混じった大乱闘に発展しかねない。ハリーは言葉でマルフォイを止めようとした。

 

「ドラコ。君の言い分は良くわかったよ。でもね、少しは言っていいことと悪いことの区別をつけてくれないかな!?」

 

 相手が反論できないような事実を述べて、それを理由に相手を必要以上に責め立てる。ハリーとロンたちやザビニたちとの仲を割くためにか、あるいはスリザリン的ではないハリーの交遊関係を理由にしてか、とにかくハリーは純血派閥からの受けが悪い。ハリー自身がそれを流せてもハリーの友人がそれを無視できるかは別問題だし、逆も然りだった。ハリーもドラコに対して怒っていた。ロンやザビニにとって、今のドラコはハリーにとってのマージ叔母さんのようなものだ。

 

「区別と言われてもねえ、ポッター。やっぱり僕にはこいつらと付き合うメリットが見出だせないよ。何せザビニの家は-」

 

 

 一瞬、ザビニは力強い目でドラコを睨み付けた。ザビニがここまで怒りを見せたことはなかった。

 

「……いや。どうでもいいな。ウィーズリーの家はろくなものじゃない。新聞によれば、君の父親は宝くじに当選したらしいじゃないか、ウィーズリー。それなのに君は新品の杖もローブも持っていないんだろう?」

 

 ザビニの本気の剣幕に、はじめてドラコは自分の発言の迂闊さに思い至ったようで、ファルカスとロンを交互に見比べると、矛先をロンの実家へと変えた。クラブとゴイルはゲラゲラと嘲るようにロンを笑った。

 

「そんな連中と付き合うなんてー」

 

「ロン、静かに」

 

 ロンが怒りのままにドラコたちになにか言おうとする前に、ハーマイオニーはロンを止めた。そんなハーマイオニーを見て、ロンは仰天したような顔をする。ぱくぱくと抗議するようにハーマイオニーを見た。

 

 

 動いたのはハリーだった。

 

 

「ドラコ、ビンセント、グレゴリー。ここには教師が眠っているんだ。揉め事を起こさないでくれ」

 

「教師だって?こんな……」

 

 ドラコは立ち上がったロンの陰に隠れていびきをかいていた白髪の男性に気がつき、彼がローブではなくカッターシャツにネクタイという夏場のマグル的な服装をしていることや、その衣服が古く、あまり男性が裕福ではなさそうなことに不快げに眉をひそめた。

 

 しかし、ドラコもさすがに教師の眼前で罵倒するほど馬鹿ではなかった。ドラコは小さく舌打ちをして踵を返そうとした。

 

 その時、けたたましい轟音がハリーのコンパートメントに鳴り響いた。

 

 ハリーは突然、全身が金縛りにあったような気がした。一年生のときクィレルと対決したときの恐怖より冷たく、二年生でトム·リドルと対峙したときの怒りとも違う。もっと恐ろしいなにかが、ハリーの全身を包み込んだ。

 

 

 そのまま、ハリーは意識を手放した。

 

***

 

 笑っている男性の顔が見える。手には玩具を持っていて、自分に向けて振りながら、楽しませようと懸命に努力していた。

 

 自分を抱き上げながら歌を歌っている女性の顔も見える。ハリーは二人の顔をよく知っていた。

 

 ハリーの全身は、冷たい氷で覆われてしまったかのように動かない。ハリーは痺れるような感覚のまま、二人のカップルが自分の両親であることに気がついた。ハリーが今居るのは、ポッター家の寝室なのだろう。

 

 玄関のチャイムが鳴る。男性が手に持っていた玩具を置いて、シリウスか、と呟いて出迎えに行こうとする。

 

 その手には、杖すら持っていなかった。男性は、安心しきっていた。そしてそれは女性も同様だ。幸福に包まれた時間がこの後も続くことを疑っていない。

 

(やめろ……やめて……)

 

 ハリーは胸がどうしようもなくざわつくのを感じた。ハリーの全身は氷に覆われたまま動かない。これから起こることがハリーには分かっている。なぜだか分からないが、ハリーには確信があった。

 

 だが。ハリーは動くこともできない。ただ、見ていることしか。

 

 やがて、男性が、ハリーの実の父親のジェームズが絶叫する。ヴォルデモートが来た、時間を稼ぐから逃げろと叫ぶ声。狼狽えるハリーの母親、リリーは動けない。

 

(僕が居るせいだ)

 

 とハリーは思った。ハリーが居なければ、杖がなくてもジェームズとリリーは逃げられた。瞬間移動すれば逃げられるだけの時間の猶予はあった。

 

 だがジェームズは妻子を守るために、そしてリリーは幼いハリーの命を守るために、ハリーの命に危険が及ぶテレポートを使用できなかった。少なくとも、この時、過去を思い出した13歳のハリーはそう思った。

 

 ハリーの心は、深い悲しみと絶望に覆われていった。

 

 ……やがて、ハリーの居る寝室まで分かるほどに、膨大な魔力を秘めた緑色の光がほとばしる。光が消えると同時に、何かが倒れる音。

 

 

 そして、死が訪れた。

 

「退くのだ小娘。私は貴様には用はない。用があるのはそこの子供だけだ。差し出せば見逃してやろう」

 

 蛇のような、骸骨のような存在。漆黒のローブに身を包んだ暴力の化身がハリーの命を要求している。

 

「お願いやめて、どうかハリーだけは……この子だけはどうか…私の命ならいくらでも…」

 

 リリーは何もかもをかなぐり捨ててハリーだけを守ろうとした。だが。

 

「退くのだ!」

 

 死の化身は、ハリーの命を狙っていた。ハリーは頼むから退いてくれと願った。あるいは、父親の敵である禿頭に、今すぐに死んでくれと。

 

「やめて!」

 

 リリーは逃げなかった。ハリーとヴォルデモートの前に立ち塞がり。

 

「アバダケダブラ(息絶えろ)」

 

 ……緑色の閃光が、リリーに突き刺さった。

 

 

***

 

「ハリー、ハリー!!、しっかりしろ!大丈夫か、意識はあるか!?俺が誰か分かるか?!」

 

「……う、あ?ザ、ザビニ?」

 

 ハリーの意識は、父親と母親が死亡した瞬間からホグワーツ特急の中へと舞い戻った。ハリーの目の前には、ブレーズ·ザビニの顔があった。スニーコスコープは音もたてず、ハリーの懐に収まっている。ザビニはハリーが意識を取り戻したことで、ふうと息を吐いた。

 

「すまないが、そこを退いてくれないかザビニくん」

 

 大人の男性の、落ち着いた声がした。ハリーが見上げると、男性は杖から銀色の光を放出し続けていた。ハリーはその光から微かな暖かみと、それ以上に清浄な光のような魔力を感じた。闇の魔術を使ったときの、どす黒く邪悪な魔力とは、まるで正反対だった。

 

 白髪の男性はしゃがみこんでハリーと目線を合わせた。ハリーが意識して男性と目を合わせると、男性は少しだけ微笑んだ。

 

「仕方のないことだ」

 

 男性はハリーたちに言い聞かせるように言った。

 

「あれはディメンター。アズカバンの看守で、人の幸福な記憶を吸収し、最悪の記憶を想起させる。辛い経験をした人間が何の備えもなく遭遇してしまえば、誰であってもそうなる」

 

「……はい、先生」

 

 ハリーの心に抑えようのない羞恥心が沸き上がってきたが、ハリーは頷いた。意識を喪ったのはハリーだけだ。ルナやハーマイオニーは蒼い顔で身を寄せ合っていて、ザビニも非常に顔色が悪い。ロンですら普段の陽気さをどこかに手放している。ハリーはコンパートメントにドラコたち三人がいないことにすら気がつかないほど疲弊しきっていた。

 

「ポッターくん。チョコレートだ。これを食べなさい。……皆もだ。甘いものは、ディメンターと遭遇した後にとても有効だ」

 

「……頂きます。ありがとうございます、先生」

 

「ルーピンだ。私は車掌に今回の一件を報告しなければならない。……もしも体調が悪くなったならば、私か監督生に報告するように。いいね?」

 

「はい、ルーピン先生」

 

 ハリーたちは素直に、白髪の男性の言葉に従った。味のしないチョコレートを胃の中に流し込みながら、ハリーはロンたちから、ディメンターがコンパートメントに入り込んでハリーが意識を失い、白髪の男性が「エクスペクトパトローナム(パトロナス召喚)」という魔法でディメンターを追い払ったという一部始終を聞いた。

 

「そうか、ディメンターか。……僕だけ意識をなくすなんて恥ずかしいな」

 

 ハリーはなぜ意識を失ったのかを友人たちにも明かさなかったし、ザビニたちも無理に聞こうとはしなかった。白髪の男性から貰ったチョコレートを

 

「気にするなよ。……ディメンターが来たとき、俺たち全員怖くて何にも出来なかったんだから」

 

 ロンのその言葉は慰めにはならなかった。ハリーだけが意識を失ったという事実はすぐに人から人へと広まるだろう。ハリーの三年目は波乱の幕開けとなったのである。

 

 

「けれど、どうしてディメンターが入り込んできたのかしら……?」

 

 ハーマイオニーが口にだした疑問に答えられる人間はいなかった。ハリーたちは揺れる特急のなかで、不安な思いを抱えながら身を寄せ合って過ごした。

 




ルーピン先生というDADAの良心
……なお


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不可視の天馬とスリザリン生

Q.スリザリンの伝統って秘密の部屋事件で何か変わるの?
A.スリザリンの伝統が嫌なら余所の寮に行ってください。これでもマシになってます。


 

 ハリーたちはホグワーツ特急を降りて、一年生を残して馬のいない馬車へと乗り込もうとした。ハグリッドが一年生を渡し船へと誘導する傍ら、上級生たちは用を足したりホグワーツ特急への忘れ物を取りに戻ったりしながら、ゆっくりと馬車へと乗り込んでいく。上級生たちを守るように、ルーピン先生と監督生たちは杖を構えて生徒たちを見守っていた。

 

 そんな中で、ルナは馬車の前の何もない空間に手を伸ばし、手に持った草がなくなる様子を見てにっこりと笑いかけていた。

 何もない空間に手を伸ばしているように見えるルナを見て、青色のローブを纏ったレイブンクローの生徒たちがひそひそと囁く。ハリーは彼らを無視して、ルナに馬車に乗るようにと促した。

 

「ルナ。早く馬車に乗った方がいいよ。後ろもつかえてるし……」

 

「うーん、ちょっと待って」

 

「終わったら早く乗れよ。まったく、何も居ねえところに手を伸ばすから何事かと思ったぜ」

 

 ザビニはルナが何に対して手を差し出しているのかも分からず、馬車へと乗り込んでいく。

 

「先に乗っているわね、ルナ。セストラルに餌をあげるのはほどほどにしておくべきよ。セストラルだって仕事中なんだから」

 

「隣の子が道草を食べてたから、この子も食べたいって顔してたんだモン」

 

 ハーマイオニーはルナが何に手を差し出していたのか察したようで、ルナに苦笑しながらも馬車に乗り込んだ。ルナは左手一杯に盛った草が減っていく様子を眺めながら、満足そうに笑っていた。ハリーは他の生徒たちが馬車に乗り込んでいく間、ルナを待つことにした。

 

 ルナの手に持っていた草が全てなくなると、ルナは何もない空間に手を伸ばし、何かを撫でるような仕草をする。

 

(……セストラルか……)

 

 ハリーには、いや、ある条件を満たした人間でなければ見えないとされる魔法生物。ハリーは図書館で魔法生物飼育学について予習したとき、その生物についての記述が妙に印象に残ったので覚えていた。

 

(……『人の死』を目撃した人間にしか見えない……

僕は条件を満たしたんじゃないのか?だけど僕にも見えない。どうしてだ?)

 

 漆黒の翼を持つペガサスの一種であるセストラルは、現行のどの箒より早い速度で空を駆けることが出来、温厚で知性もある生物として書物に記されていた。

 

 しかし、人の死を目撃していなければ魔法使いにすら見えないのだ。そのため、セストラルは他の魔法生物と比較して温厚であるにも関わらず管理が難しいということで危険生物として指定されていた。

 

 書物にはこうも記されていた。

 

 セストラルが見えるということは、不吉の前触れであるとも。

 

 ハリーはルナを見ながら、ディメンターによって目撃した両親の死を思い返していた。

 

(ルナは……誰の死を見たんだ?どうしてルナには見えるんだ?

……どうして見えなきゃいけないんだ?)

 

 紛れもない死を目撃したハリーですら見えないというのに、セストラルが見える。この違いは一体何なのだろうとハリーは思った。あるいは、才能というものなのだろうかとハリーは考えながら、セストラルが見える条件について思いを巡らせていた。

 

 ハリーはルナを見ながら、ふとルナがセストラルが見えるということが、ひどく悲しいことのように思えた。死を目撃したというだけでも暗く沈んだ思いになるというのに、セストラルが見えるというだけで周囲から浮いてしまう原因になっている。

 

 

 ハリーは閉心術を使いながら、ルナに対して抱いた複雑な感情を抑えて笑って言った。

 

「凄い食べっぷりみたいだね。セストラルがどんな顔をしていたのか、僕も見たかったよ」

 

「ハリー、本当に居るんだよ-ここに。つやつやした毛並みで柔らかい羽根を持っててね。綺麗な目で見てくるの。のっぺりした顔だけど草を美味しそうに食べてたんだ。皆もラックスパートが見れたらいいのに。スッゴく可愛いのに……」

 

「ラックスパートじゃなくて、セストラルだね」

 

「えー」

 

 ハリーはわざとルナに聞こえるよう少し意地悪く言った。ルナは少し怒りながらもハリーに続いて馬車に乗り込んだ。

 馬車の中で、ルナが書いたセストラルのスケッチを皆で流し見つつ、ハリーたちはホグワーツへの到着を待った。

 

 ルナが杖を振って自動で書き上げたセストラルは毒々しい色合いの謎の生物だった。ハリーは苦笑しながら、ルナの作り上げたセストラルらしき馬の絵を受け取った。ハリーはいい絵だと思った。絵の中のセストラルは、つぶらな瞳で草を食んでいた。

 

***

 

 

 ホグワーツに到着したハリーたちを待ち構えていたのは、いつにもまして不機嫌そうなスネイプ教授と、いつも通りに毅然とした態度で生徒たちを出迎えるマクゴナガル副校長の姿だった。マクゴナガル副校長は、訪れた生徒たちに異常がないことを確認して宴への出席を許可した。

 

 

 席に着いたハリーたちは、ケロッグ·フォルスターというスリザリンの新監督生から今年入学するであろうスリザリン生について説明を受けていた。

 

 

「諸君、僕が新監督生のケロッグだ。今年の入学者の中には聖28一族のミス·グリーングラスやミスタ·ブルストロード、ミスタ·セルウィンがいる。我がスリザリンに招かれた時は温かく迎え入れてあげてほしい」

 

「勿論ですよ、フォルスター。スリザリンの仲間なのですから。その子達のために席を空けておきましょうか?」

 

 ドラコは如才なくそう申し出てケロッグを喜ばせた。

 

 ケロッグは決闘クラブに顔を出したことはない。スリザリン生らしく余所の寮生とあまり交流を持たないものの、マクギリスをはじめとした純血主義を掲げる上級生や同級生とも仲が良い。純粋に仲間思いであるがゆえか、それとも余所の寮生に対して苦手意識があるがゆえかは分からないが、ケロッグはマクギリスを見習ってか、スリザリンの仲間に対しては一際寛容だった。

 

(……わざわざグリーングラスだのセルウィンだのに言及したのは、まぁ、スリザリンがそういう寮だよってことを新入生たちに示すためか。僕みたいなのがいたら面倒だもんな)

 

 ハリーは、ケロッグの意図を推測した。

 

 スリザリンの監督生として、ケロッグは確実に純血とされる生徒以外でも支援はするだろう。それでも、『純血』である生徒に対しては特別の待遇をする。そうやって序列を示して作り上げることで、スリザリンの一年生同士の揉め事を極力起こさないようにしようという意図を読み取った。

 

「是非そうしてくれ、ドラコ。それからポッターもな。有名人に気にかけてもらえたというだけでも、あの年頃の子達にとっては心強くなるものだ」

 

 ケロッグは冗談目かしてそう言うと、真面目な顔でこう付け足した。

 

「新入生たちは慣れない寮生活で戸惑うことも多いだろうし、困っていても、本人の口から相談することは難しいかもしれない。新しく入った子たちが何かに困っているようであれば僕に報告してくれると助かる」

 

「分かりました、ケロッグ先輩」

 

 ハリーたちも頷き、やがて新入生たちが大広間に到着すると組分けが開始された。

 

「さて、今年はどんな子が来ますかねえ」

 

「……問題児でないといいですけど」

 

 アズラエルがのんびりと言った。アズラエルは新入生たちの顔を見回しながら、何か心配しているようだった。

 

「……僕のときみたいな変わり種も混じってると思うなぁ。三十人もいれば、そりゃあね」

 

 ハリーはアズラエルにそう言った。ハリーや去年のイーライもそうだが、スリザリンに求められる資質を持っていても、スリザリン内部の人脈を持っていない生徒というのはいつの時代も入ってくる。純血とされる魔法使いの数が少なくその数が減少傾向にある以上、外部からの血を受け入れなければスリザリンというコミュニティが存続できないからだ。

 

「ま、ハリーほど変わった奴は居ねーだろうけどよ。うちの売りは『狡猾さ』だぜ?問題児であることは覚悟したうえで迎え入れるべきだろ。ファルはどんな奴が来ると思う?」

 

「僕は案外いい子が来てくれると思うんだけどなあ。ほら、秘密の部屋も無くなったしさ」

 

 ファルカスは希望的観測を口にしたが、ハリーはそれはないと首を横にふった。

 

「ケロッグ先輩は28一族を優先しろって言ってたから、普通のいい子を迎え入れる気は無いとおもうな」

 

 ハリーの言葉に、ファルカスは残念そうな顔をした。ファルカスは小さく、周囲に聞こえないような声でハリーに言った。

 

 

「君が少しやる気を出してくれたら、そういう風潮も変わるんじゃないかな」

 

「聖28一族について本人たちがどう思ってるのかをまず知らないと駄目だろ。当人の意思も確認せずに動くのは良くないよ。それに僕はディメンターに気絶させられたんだよ?新入生たちから見て、僕の言葉には威厳もなにもあったものじゃないよ」

 

 ハリーがそう言うと、ファルカスは不満そうだった。ハリーはファルカスが小さくため息をついたような気がした。その代わり、とハリーは付け足した。

 

「……もしも寮に馴染めない変わり者が居たとしたら、決闘クラブに誘うくらいはするけどね」

 

 スリザリンに組分けされる生徒たちは、今年も例年通り他の寮より数が少なかった。彼ら彼女らがドラコの次にハリーに挨拶してくるのを若干恥ずかしく思いながら、ハリーも新入生たちを温かく迎え入れた。ダフネの妹らしき新入生はドラコに釘付けになっていて、ミリセントの弟らしき新入生はアズラエルのことを睨み付けていた。セルウィン家の少年は同年代で見知った生徒がその女子二人しか居ないらしく気まずそうにしていたので、監督生のイザベラ·セルウィンに小突かれて小さくなっていた。

 

 宴の最後に、ダンブルドアは普段の陽気さを少し抑えて言った。

 

「皆も知っての通り、現在魔法界では一人の闇の魔法使いが世に解き放たれてしまった。魔法省はどうやら、闇祓いではホグワーツを守るには足りないと判断したらしい。誠に残念なことに、闇の魔法使いが捕縛されるまではディメンターがホグズミードやホグワーツの周辺で警戒にあたる」

 

 ダンブルドアは、ハリーや双子のウィーズリーに視線を向けたような気がした。

 

「ディメンターは危険な闇の魔法生物だ。彼らと交渉しようとしたり、出し抜こうなどと考えてはならない。生徒諸君は彼らと適切な距離を保ち、己の身を守ることを最優先にするように。……それでは、解散とする!」

 

***

 

 宴が終わった後、白髪交じりの茶髪の男性、リーマス·ルーピンはダンブルドアに報告を行なっていた。報告内容は、列車にディメンターが紛れ込みルーピンの手でディメンターを撃退したことだ。ルーピンには一つ疑問があった。

 

「ディメンターは理由を『闇の魔法使いが居るかどうか調査するため』と言っていました。私は無言呪文でコンパートメントを調べましたが、闇の魔法道具や闇の魔法使いの痕跡を見つけることは出来ませんでした。DADAの教師に任じられながら不甲斐ないばかりです」

 

 ルーピンはダンブルドアに対して恐縮して言ったが、ダンブルドアはルーピンの言葉に、己の瞳を輝かせていた。

 

「いいや。生徒たちを守ってくれたばかりか、そこまで調べてくれていたのは僥倖だ。リーマスよ、君がいて本当に良かった」

 

「私には勿体ないお言葉です」

 

 ルーピンはひたすらダンブルドアに対して恐縮していた。ルーピンの中で、ダンブルドアには返せないほどの恩があったからだ。

 

「ダンブルドア。ひとつ質問をしても宜しいですか?」

 

 ルーピンはダンブルドアに対して恐縮しながらも、DADAの教師として確認しておかねばならないことがあった。ルーピンの言葉に、ダンブルドアは快く応じた。

 

「何かな?言ってみたまえ、リーマス」

 

「……ディメンターは理由を明かしませんでしたが、なぜコンパートメントに侵入したのでしょう?闇の魔法使いや闇の魔法道具の痕跡が無い以上、連中が引き寄せられる理由は無い筈です」

 

 ルーピンの問いに、ダンブルドアは少しの間を置いて言った。

 

「ディメンターの生態から考えれば、若い生徒たちの幸福感を感じとり、それを補食しにやってきたと見るべきだろう」

 

「……やはり、そうでしょうか?」

 

 ルーピンはダンブルドアの言葉に納得したような、しかし半信半疑な様子だった。そんなルーピンを見て、ダンブルドアは安心したように言った。

 

「その推測では納得できないと思うのだね?」

 

「……ええ。ディメンターの言動を信用することは出来ません。連中は、幸福を吸収できれば何でも良いと考えている。ダンブルドアが仰っているように危険な存在です。ただ……」

 

「……その機会を我慢できないほどに愚かでもない」

 

 ダンブルドアは言葉を引き継いだ。

 

「ディメンターにも、知性はある。損得の計算が出来る。合法的な形で少しずつ人間から幸福を吸収し続けるほうが、法を犯して生徒に近付くより得な筈だ。だからディメンターの言葉に嘘はないと思うのだね?」

 

「ええ。しかし、闇の魔法使いや闇の魔法道具を探していた、というその原因が分からない」

 

「一体何に反応したのか。それさえ分かれば、同じことが起きないよう対策も立てられるのですが……」

 

 ダンブルドアは優しく微笑むと、ルーピンに己の推測を明かした。

 

「……私の所感だが、彼らは闇の魔法使いに反応したのだと思うよ、リーマス」

 

「それは一体……?私でしょうか?」

 

「いいや。君は闇の魔術を行使したことはあるまい。少なくともこの十年は」

 

「……ええ。戦争が終わってからは一度も」

 

 ルーピンは断言した。魔法戦争の際には、ルーピンも生き延びるために最悪の魔法すら行使した。しかしルーピンが心の底からそれを好んだことは一度もなく、情勢が安定してからは闇の魔術とも距離を置いた。

 

「ディメンターが狙ったのは、おそらくはハリーだ」

 

「ジェームズの息子を?なぜ?」

 

 ダンブルドアはショックを受けたような顔のリーマスを見ながら、言葉を続けた。

 

 

「……ハリーは前学期、生き延びるために闇の魔術を行使して、バジリスクを殺害した。この事は他言無用で頼む」

 

「……なっ!?……!…………勿論です。私の杖にかけて誓います」

 

 ルーピンが内心でダンブルドアの言葉を理解し、驚きを噛み殺しながら杖にかけて他言無用にすることを誓うと、ダンブルドアは青い瞳に憂いを帯ながら言った。

 

「多感な時期の少年だ。私たち教師も距離を置くようにと再三言った。それにあの子も頭では、闇の魔術が誉められた手段ではないと理解しているだろう。しかし」

 

 ダンブルドアの後ろで、不死鳥のフォーカスが悲しそうに鳴いた。

 

「ハリーは成功体験を得てしまった。闇の魔術による殺害という結果は、この際致し方ないことだが、それによって生き延びたという体験は脳と魂に強く刻まれてしまった。人は一度手にした成功体験をおいそれとは捨てられん。頭で、知識としては悪いものだと理解していても、魂が闇の魔術をさほど悪いものだと認識できなくなっているのだ」

 

「……まるで麻薬中毒者のように?」

 

 リーマスは呻いた。戦争中に嫌というほど見てきた闇の魔法使いという名前のチンピラたちがリーマスの脳裏によぎった。

 

「ハリーは闇の魔法使いになりかけているかもしれん。少なくとも、ディメンターがそうだと認識できるほどに」

 

「……」

 

 リーマスは掌を強く握りしめた。

 闇の魔術に手を染めたとしても、大成した魔法使いはいる。ダームストラングにはそのカリキュラムがあるし、実際近年のダームストラングでは、犯罪者としての闇の魔法使いを排出した数も少ない。しかしホグワーツにおいては少々事情が異なる。

 

 まず、英国魔法使いの間では長きにわたって闇の魔術と死の呪いや支配、そして拷問は禁じられてきた。それによって、闇の魔術を行使しながらそれを制御するという精神面の制御技術は一部の闇祓いたちに独占され、戦争時代にやっと犯罪者に対して闇の魔法を使用することができるようになった。要するに、闇の魔法使いを社会にとって益となるものとして制御するためのノウハウがホグワーツのカリキュラムから失われていたのである。

 

 闇の魔術に適応するように変化した魂や精神を矯正することが出来ないなら、闇の魔術を知り行使できるまま、精神面を可能な限りケアし、犯罪に至らないように真っ当な方向に進ませなければならないのだ。これはホグワーツのDADA教授が求められる仕事ではなかった。

 

 あるいはディメンターという存在が来なければ何の問題もなかった。闇の魔術に手を染めていても、ハリーは他の生徒と同じように日常生活を送ることが出来ている。そこから体験を積み重ねて距離を置けば、変質した魂ももとに戻っていくだろうからだ。

 

「リーマス。君に頼みたいことがある」

 

 ダンブルドアは少しの沈黙の後、ルーピンにそう切り出した。

 

「どういった用件でしょうか」

 

(……この仕事を引き受けた以上、逃げ場は存在しない。そもそも私に、ダンブルドアを裏切るという選択肢はない筈だ。そうだろう)

 

 ルーピンは何となく、この先に告げられる言葉を理解していた。そして、覚悟した上でダンブルドアの言葉を待った。

 

「ハリーに『挫折』を、与えてほしい。君にしか出来ない役目だ」

 

 そうして告げられたダンブルドアの言葉は、ルーピンの予想から斜め上にあった。ルーピンは困惑しながらも、ダンブルドアの頼みを了承した。

 

 

 

 




セストラルが見えないザビニとハリー(ハリーは原作通り)……
前者は心の底から養父たちの死を悼めているのかどうかザビニ自身にも分からないし後者は記憶で死を実感しただけだからだと思う。
きっと、多分、おそらく二人が薄情な訳ではない筈です。


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薬学教授と防衛術教師

ハリーは原作からしてアバダだけは使わなかったけどインペリオ(服従)もクルーシオ(拷問)も使えて効果不明のセクタムセンプラも一発成功させてるから闇の魔術に関しては天才だと思う。


 

 リーマス·ルーピンはダンブルドアとの面談の後、着任の挨拶として先輩教師たちのもとを訪れて回った。

 一年限りの雇われ教師だからこそ、先輩教師たちを立て、その協力を得なければ生徒たちの万全なケアなど望むべくもない。リーマスはやって当然のことをしただけなのだが、マクゴナガルやフリットウィック、スプラウトをはじめとした教授陣の評判は悪くはなかった。不思議に思い理由を聞くと、前任と比較して常識的だというなんとも残念な理由からだった。

 

「キングズリーは良かったのだよ、キングズリーはね……リーマス」

 

 フリットウィック教授は小柄な体で小さめの椅子に座りながら、リーマスが持参した菓子を嬉しそうにつまんでいた。

 

「ただ、その前があまりにもね……」

 

「はははご冗談を。私は当然のことをしているだけですが……」

 

 リーマス自身、ここでの評価が次の仕事に繋がりかねないので気が抜けない。ホグワーツ内部での評価はダンブルドアの耳にも当然伝わってくる。ダンブルドアに対して不義理を働くわけにはいかないリーマスは、教授陣に挨拶をして回りながら、特に注意を払うべき生徒について話を聞いて回った。

 

 最後にリーマスが訪れたのは、地下にあるスネイプ教授の部屋だった。

 

(…………)

 

 リーマスがかつてこの部屋を訪れたとき、部屋の主は別の人間だった。時の流れと共にその主は変わったが、まさかセブルス·スネイプがそこに居座っているとは思わなかったし、自分がこの部屋を訪れることになるとは思っていなかった。

 

 二度、三度と深呼吸をして、リーマスは部屋を軽くノックする。少しの間があってから、ギィ、という音を立てて研究室の扉は開かれた。

 

「……こんな時間に誰が何の用件だ?…………どうしてここに来た、ルーピン」

 

 果たして、セブルス·スネイプが姿を現した。脂ぎったベトベトの黒髪を頭に乗せている姿はリーマスの記憶していた学生時代のそれを、そのまま大きくさせたように見えた。学生時代よりも皺が刻まれた顔は、スネイプが歩んできた年月の重みを感じさせた。

 

「夜分にすまない、セブルス。着任の挨拶にと思って持参した」

 

「不要だ」

 

 リーマスは教師陣に配った包みを、セブルスに渡そうとすする。セブルスは中身を見ようともせずにリーマスにそれを突き返した。

 

「ルーピン。貴様は私と違って、随分と暇を持て余しているようだな。わざわざご機嫌を取るために時間を費やすとは」

 

 

 そう言いながらも、セブルスは仕方なくといった態度でリーマスを招き入れた。セブルスの研究室では、調合を終えたばかりの薬品が、大鍋の上で毒々しい紫色の湯気を立ち上らせている。

 

「これが誰のための薬であるのか、愚鈍な魔法使いでなければ察することが出来るだろう?」

 

 お前のためにやっているのだぞ、とセブルスは釘をさした。

 事前にリーマスが差し出した自らの身体的情報をもとに、ポンフリー校医との綿密な打ち合わせのもとでスネイプが煎じている薬。それは紛れもなくリーマスのための薬であることに相違なく、セブルスが一年間だけの同僚のために、貴重な時間を費やしているという事実に変わりはなかった。

 

 

「それは済まなかった、セブルス。……私のためにここまでしてくれるとは、本当に言葉もない」

 

 リーマスは素直にセブルスに対して非礼を詫びた。セブルスはリーマスを睨み付けるような顔になったあと、仏頂面のままリーマスに椅子に座るように促した。

 

「……それで?本題は何だ?貴様はわざわざ私のところにご機嫌取りのために訪れるような人間ではないだろう」

 

 

 セブルス·スネイプは、その人柄を知る人間が見れば驚くほど丁寧にリーマスに対して対応した。それに対して、リーマスは居たたまれないような表情のままだった。

 

「……ああ。私は今のホグワーツについては寡聞にしてなにも知らないからな。教授陣に、特に気を付けるべき生徒について聞いて回っている。時間を取らせるかもしれないが、心当たりのある生徒は居ないだろうか?」

 

「……」

 

 リーマスの言葉に、セブルスは微かに眉を動かし、じっと次の言葉を待った。リーマスはそれを同意とみなして言葉を紡いだ。

 

「私が担当する科目はDADAだ。生徒たちのトラウマを刺激するような闇の魔術や闇の魔法生物について教えることになるし、感情や理性によって制御しなければならない高度な魔法も教えることになる。極力事故を起こさないためにも、スリザリンで特にそういったものにトラウマを持っている生徒について教えてくれないだろうか?」

 

 リーマスはそう言ってセブルスに白髪交じりの頭を下げた。セブルスにどんな感情があったのかは分からないが、暫くの沈黙の後、セブルスはリーマスに対して話し始めた。

 

「……最低限、教師らしく行動する気概はあるようだな。いいだろう、話してやる」

 

「ありがとう、セブルス。……メモを取っても構わないか?」

 

「記憶しろ。これから話すのは生徒の個人情報だ。外部に漏れでもすればどうなる?まずは上級生からだが、七年生にわざわざ注意すべき愚図は残ってはいない。だが六年生には一人、マクギリス·カローという阿呆な生徒がいて……」

 

 セブルスはスリザリン生徒の中で問題のある生徒や、学力的に授業についていけていない生徒、家庭環境に問題のある生徒について話し始めた。リーマスにとって意外だったのは、セブルスが饒舌に、時には愚痴っぽく生徒たちについて話したことだった。

 

 自分の寮の生徒に対して甘く接するセブルスであっても、生徒の持つ欠点が認識できていない訳ではない。過去に何かしらの問題を起こした生徒や、自分の担当する魔法薬学の授業についていけていない生徒にはたとえスリザリンの生徒であっても容赦がなかった。

 

 

「……次は三年生だが、今まで話した問題のある生徒について正しく記憶は出来ているか?」

 

「カローやフリントやケロッグという生徒の話しはインパクトがあって印象に残ったよ」

 

 

 話しながら、リーマスはかつてホグワーツに居た頃のことを思い出していた。

 ホグワーツ時代、リーマスはスリザリン生との交流はなかったが、監督生として最低限話す機会はあった。その時監督生たちから抱いた印象を思い出し、セブルスから話を聞いたことでリーマスはひとつの推測を得た。

 

 ……問題のある生徒というのは、スリザリン生として振る舞おうとするあまり空回っている生徒が多いのではないかと。

 

 中途半端に適性があって寮に染まることは出来たものの、時と場と相手を選ぶことが出来ず、また選んだ上で切り捨てることを選択した生徒。

 

 リーマスがセブルスから伝え聞く上級生の問題児たちから抱いた印象はそんなものだった。既に偏見と差別心が根付いた生徒が、特定の疾患を抱えたリーマスの指導をよしとするとは到底思えない。

 

 

 

 

 

「ならばいい。次は長いぞ」

 

 そう言うと、セブルスはゴイルとクラブという生徒については今までのどの生徒よりもひどく貶した。リーマスを驚かせたのは、セブルスが生徒の指導についてリーマスに忠告までしたからだ。

 

「どれだけ手を尽くして教えても、聞き入れない生徒というものはいる。君が己の時間を大切にしたいのであれば、そういった生徒を切り捨てる覚悟を持つことだな」

 

「忠告には感謝する、セブルス。しかし私は一年限りの雇われだ。生徒を全て水準まで引き上げられると思うほど傲慢ではないつもりだが、DADAに興味を持って貰えるよう手は尽くすつもりだ」

 

 リーマスの言葉に、セブルスはねっとりと嘲るような笑みを浮かべた。

 

「その心意気がいつまで続くか見物だな。……次に、三年生のハリー·ポッター。そう、貴様も知っての通り。あのポッターだ」

 

 そしてセブルスはハリーについての話になると、ねっとりとリーマスを睨み付けながらハリーの素行について話した。

 

「ポッターは父親と瓜二つだ。それに加えて、シリウス·ブラックの感情的な一面まで受け継いでいる。規則など、奴にとっては何の意味も持たないのだ。ご存知だろう?」

 

「……私からそれについて言及することは控えよう」

 

 リーマスの内心に、様々な葛藤が沸き起こった。リーマスはまず、自分の中でセブルスへの怒りが沸き上がったことに驚いた。自分にまだジェームズに対する友情が残っていたことや、そんな自分を浅ましいと思う気持ちで居たたまれないまま、リーマスはハリーの行動についてセブルスから話を聞いた。セブルスは、ハリーが闇の魔術を行使したことについてもリーマスに打ち明け、怒りを滲ませた。

 

「ポッターは闇の魔術を冒涜している。闇の魔術とは、愚鈍な学生風情が安易に手を出していいものではない。法律で禁じられているという理由もあるが」

 

 

 セブルスは怒りで自分の拳を強く握りしめた。

 

「それ以上に許せんのは、闇の魔術という、神秘の真髄に迫るための技術を無知と好奇心にかられて濫用するその浅はかな思考回路だ」

 

(……ダンブルドアはスネイプは改心したと言ったが本当か?こいつは本当に改心しているのか?生徒の前で闇の魔術を賛美しているんじゃないのか?)

 

 リーマスはセブルスが闇の魔術を賛美するともとれる発言をしたことに内心で動揺したが、ここはセブルスを立てることにした。闇の魔術を賛美していることを除けば、セブルスの発言は間違ってはいない。閉心術でセブルスの発言を肯定しつつ、論点を微妙にずらす。

 

「君のいいたいことは分かる。使用するリスクに対して、生徒たちに確実に安全だといえる環境を確保できないからな」

 

「……ああ。ポッターは己の力量を弁えていない愚か者だ。魔法が暴発する可能性を考えていない」

 

 闇の魔術の訓練は、本来は闇の魔術を抑止できる上位者の監視のもとで行わなければならない。かつて闇の魔法使いだったセブルスは、皮肉にもそれをよく知っていた。そしてセブルスに言わせれば、ハリーの行動は誉められる部分が何一つとしてなかった。

 

 独学で闇の魔術について学んだ挙げ句。たったひとりでそれを訓練し習得した。たまたま、あまりよいことではないがハリーに闇の魔術の才能があったから良かったようなものの、そうでなければ魔法を暴発させてハリーは焼け死んでいただろう。ハリーの行動はそれほど非常識で危険なものだったのである。

 

 セブルスはその後も、ハリーの行動についてリーマスに語った。語り続けた。

 

(……)

 

(…………おい)

 

(……おい……スネイプ……お前はいつまで話すつもりだ……?)

 

 リーマスはハリーの行動について問題のある箇所は素直に相槌をうっていたが、次第にセブルスの愚痴はハリーの些細な行動にまで及びはじめた。

 

 

 流石に長い。リーマスの体感でしかないが、ハリーに関する愚痴だけで既に20分は経っている。

 

 リーマスは、セブルスに対してハリーに関するダンブルドアからの依頼を打ち明けるべきか迷った。ダンブルドアは当初、リーマスにハリーに対する厳しい指導を行なうように指示し、セブルスにはそのフォローとしてハリーに対するケアを行なうという計画を立てていた。だからリーマスは、セブルスとハリーとの間に最低限教師と生徒としての信頼関係が構築されているものと思っていたのだが。

 

(これは……不味いな)

 

 セブルス·スネイプには、ハリーから信頼されようという意志が感じられない。ホグワーツの寮生は通常、自寮の教授に対して絶対に近い忠誠心を持つものだ。自分の少年時代からずっと寮監として君臨し、やがて就職活動のアドバイスを受ける存在なのだから当然なのだが、セブルスにそれが出来ているのだろうかとリーマスは不安になった。

 

 最悪なのは、セブルス自身がハリーと信頼関係を構築する気がないように見えることだ。セブルスはハリー自身の行動からハリーを嫌っているというよりも、過去にセブルスに対して屈辱を与えたハリーの父親とハリーを同一視し、過剰に嫌悪しているようにリーマスには見えた。

 

 とはいえ、リーマスはそもそも他人からの評判でしかハリーの人柄を知らない。ハリーがセブルスの言動通りにジェームズの悪癖を引き継いでいる可能性もないではないし、その場合セブルスには同情の余地があるとリーマスも理解はしている。過去の件に関してはリーマス自身も加害者でもある上に、過去について今さら謝罪しようとは思っていない。セブルスたちとリーマスたちは互いに加害者同士という間柄で、今さらそこに触れても何一つ変わりはしないからだ。

 

(ハリーに対して精神面のケアを行なうのは、セブルスでは不可能なのではないだろうか……?)

 

 リーマスは不安を感じながらも、セブルスにダンブルドアからの依頼について打ち明けることにした。セブルスに対しては話しても良いというダンブルドアからの許可も貰っているので、今話しておいた方がよい。

 

 

「……セブルス、ポッターが前学期に闇の魔術を行使したことについてだが……」

 

 リーマスはついに、セブルスが一息ついた瞬間を見計らって言った。

 

「ダンブルドアは、それを快くは思っていない」

 

 

「当然だろう。闇の魔術は、ポッターごときに扱えるような力ではない」

 

 セブルスは何を当たり前のことを、とリーマスを睨み付けた。リーマスは軽く頷いた後、セブルスに問いかけた。

 

「ダンブルドアは、ディメンターはポッターを狙ったと考えている。闇の魔術を使ったポッターを、闇の魔法使いと見なしていると。ディメンターは闇の魔法使いを見分けると言うが、どうやって認識しているのか知っているか?」

 

 リーマスからの問いを、スネイプはどう受け取ったのか。セブルスは少し考え込んだあと、リーマスにこう言った。

 

「…………少し待て、ルーピン。私は魔法生物飼育学を受講していないし、魔法生物の専門家でもないが……しかし、闇の生物に関する書物は買った覚えがある」

 

 

 

 セブルスはそう言ったあと、自らのトランクの中に消えた。

 

(……分からない、と言うのはプライドが許さないか、セブルス·スネイプ)

 

 

 リーマスは自分の知らないセブルス·スネイプという人間の一面を知った。だからと言って特に感慨があったわけでもないのだが。

 

 セブルスの研究室となっていた場所をぐるりと見渡し、整髪剤の材料や胃腸薬の小瓶を発見してはどの学年の授業で用いるものかあたりをつけた。流石と言うべきか、セブルスの研究室は整理と整頓が行き届いていて無駄がなく、どの棚を見ればどんな素材があるのか大体の検討がつくようになっていた。

 

 リーマスが戸棚を見回して四年生の授業で使った覚えがある発髭剤の素材を発見したとき、スネイプはトランクの中から這い上がってきた。

 

「これを見ろ。ディメンターの生態と、連中の行動について記載されている。『連中は獲物から吸収する幸福感から魔力を生成し、獲物の魔力を吸収する。闇の魔法使いに対してはその吸収量が少ない』と書かれている」

 

 

「……ああ、確かに書かれているな。これに従えば、ハリーを狙ったというわけでは無さそうだが……」

 

 セブルスがリーマスへと渡したのは、学術的に闇の生物の生態を纏めた貴重な本だった。現在のリーマスでは手が届かないような値段に恐れを抱きながらも、リーマスは本を手に取りセブルスが指定したページを読み込んだ。

 

「アズカバンにて、闇の魔法使いと軽犯罪者がディメンターに接した場合の単位時間におけるディメンターの魔力吸収量の比較、か。魔法省も随分録でもない研究をしている」

 

「闇の魔法使いは、ディメンターが近づいた時、ディメンターに吸収される幸福感そのものは少ない。その少ないとされる原因は、度重なる闇の魔術の行使によって精神が磨耗し、ディメンターの食糧である『幸福な感情』の絶対量そのものが少ないためだ」

 

「……なるほどな。わかりやすい。だが、疑問があるので聞いてもいいか?」

 

「構わん。つまらない質問でなければな」

 

 セブルスは、リーマスの知る限り最も闇の魔術に魅せられた人間だった。話題がディメンターと闇の魔法使いとの相関々係になったとき、薬学教授は当初の不機嫌さが嘘のように饒舌に話し続けた。

 

「その資料には、ディメンターが吸収する幸福の感情が闇の魔法使いは少ない、と書かれているのか?」

 

「ああ。欠けた魂の持ち主から得られる幸福感では、ディメンターの足しにならないというのが最新の学説だ……異論があるようだな?」

 

 リーマスは話の後半に関しては信用しなかった。魂の観測という分野は闇の魔術に両足を突っ込んでいて、闇の魔術の専門家ではないリーマスにその真贋を判定することはできない。リーマスは、話の前半部分、つまりディメンターが幸福感から闇の魔法使いを見分けている部分についてセブルスと議論した。

 

「セブルス。揚げ足を取りたくはないが、食事後のディメンターの魔力増加量から、ディメンターが吸い取った幸福の量を比較するというこの研究は……無理があるんじゃないか?闇の魔法使いであるかそうでないかは抜きにして、元々持っている幸福感には個人差があるだろう。相対的な量の多い少ないを他人が推し量ることは無理があるし、ディメンターにその判断が出来るというのが、私は疑問だった」

 

「『食事』として考えてみろ、ルーピン。貴様は肥えた豚と痩せた豚ならばどちらを好む?品種だけでなく、環境や育ちで味が変わるという程度の知識はあるだろう。ディメンターにとっては闇の魔法使いは普段食べている豚に過ぎん。しかし、ディメンターにとっては抵抗されることなく食べられる餌なのだ」

 

「……闇の魔法使いはパトロナスを出せないからか」

 

 リーマスはこれを言っていいのかどうか迷った。セブルスは元闇の魔法使いで、パトロナスを出せないとリーマスは認識している。しかし、セブルスは気にした様子もなく話を続けた。

 

「パトロナスを出すために必要な幸福な記憶、幸福を幸福として認識する感受性。それらが欠乏している人間に-」

 

 セブルスの言葉を、リーマスは引き継いだ。

 

「パトロナスは出すことが出来ない、いや……より悲惨な結末を迎える」

 

 リーマスは暫く黙って考えた後、セブルスに聞いた。

 

「しかし、私は昔パトロナスを出せるにもかかわらず邪悪さを持った人間を見たことがある。闇の魔法使いは出せないという法則から言って、そいつは闇の魔法使いではなかったということだが……一体、どうやってその差が生まれているんだろうな」

 

「……ほう」

 

 その人間とは、あえて明言は避けたが、ピーター·ペティグリューであった。

 

 ジェームズとリリーが死亡する四日前に、リーマスはピーターと行動を共にしていた。デスイーターとの戦闘のとき、共同戦線を張っていた闇祓いたちが死亡しディメンターが制御不能になったことがあった。

 

 その時、リーマスだけでなくピーターも有体のパトロナスを使用したのである。この事はリーマスが未だに抱え続け、そして悩んでいる秘密だった。

 

「話がディメンターから少し逸脱している気もするが、まぁいい。闇の魔法使いとそうでない人間との差が何か、あえていうならば……体験と罪悪感の差だ」

 

「体験、というのは闇の魔術を使うことか?」

 

「そうだ。闇の魔術を行使し、明確な意思を持って生命を殺害する。が、これだけではディメンターが闇の魔法使いだと認識する要因にはならん。それは貴様もよく知っているだろう」

 

「……」

 

「問題は犯した行為に対する罪の意識だと、私は考える。それがある人間は、闇の魔法使いとしては不適当なのだ」

 

「罪悪感、か」

 

 リーマスは自分自身、先の戦争において生き抜くために行なった闇の魔術や、いくつかの犯罪的な行為に罪悪感を抱えながら生きている部分もある。しかし、セブルスの考え方には賛同しかねていた。裏切っていたピーターに罪悪感があったのか、それとも他責的な思考回路でいたのか、リーマスには判断できなかったからだ。後者だとすれば、ピーターがパトロナスを召喚できるのは疑問が残る。しかし、セブルスは自らの推測に自信があるようだった。

 

「訓練された闇祓いたちは、公的な意思のもとで『正義』や『秩序』、あるいは『市民の安全』のためか。それらのために己の罪を認識した上で覚悟のもとに手を汚すと聞いている。それは、貴様の方が詳しいだろうがな」

 

「……ああ。確かに、闇祓いは法律に従って行動している」

 

「あるいは貴様たちのような不死鳥の騎士団の団員たちも、親しい友人や家族のために戦っていただろう。正義のための行為というわけだが、そこに罪の意識は持っていたと思う。だが、闇の魔法使いが何を考えていたのか教えてやる」

 

 スネイプはほとんど感情の読み取れない顔で、リーマスに言った。

 

「己のためだ。己にとって都合のいいもののためだけに行動する。……そしてその行為の一切に罪悪感を持たない。それが闇の魔法使いの本質だ」

 

「…………罪の意識の有無が、闇の魔法使いとそうではないものを隔てる壁だというのか?」

 

 リーマスは理不尽さを感じ取っていた。暗黒時代、闇の魔法使いとして開き直った人間の屑は何人も見てきたし、死ぬべきではない人たちを殺されもした。それでもジェームズたちは、相手は人間で、自分達が同じところに堕ちないためにと殺害ではなく無力化という手段を取れる時は取った。

 

 しかしながら、一切の罪悪感を感じないような怪物たちを相手にしていたとなれば、寒気がする。そのために何人の尊い命が犠牲になったことか。

 

 何より、かつてはそんな連中と行動を共にしてきたセブルス·スネイプが教師をやっていることにも理不尽さを禁じ得なかった。セブルスはリーマスの内心の葛藤には気が付かなかったようで、リーマスに冷静に言った。

 

 

 

「この知識は防衛術の授業で言う必要はないぞ。はっきり言えば、無駄な知識だ。この知識が一般化された日には、罪の意識を抱えているから己は闇の魔法使いではないと言い張る輩が出てくるだろう」

 

「勿論だ。……ありがとう、セブルス。曖昧だった認識が整理された気がする」

 

 

「この程度はどうということはない」

 

 

 闇の魔術について議論できてどこか満足げなセブルスに対して、リーマスは思い悩んでいた。ハリーを闇の魔法使いから更生させるというダンブルドアの試みの難しさを改めて思い知っていた。

 

 

(ダンブルドアの推測が正しければ……ハリーは心の底の底では、闇の魔術に対する嫌悪感は消失している。その上、状況的に殺害が肯定されるような体験を二度もしている。ハリーに挫折感を与えろとダンブルドアは言うが……)

 

 リーマスはいくつかの不安要素を抱えたまま授業に臨むことに、危機感を覚えた。最悪の中の最悪の事態を想定して、リーマスはセブルスに言った。

 

「……ダンブルドアは私に、ハリーが闇の魔法使いでは無くなるよう指導しろと仰った。セブルス。もしもわたしが防衛術の呪いで依頼を果たせなかったときは、君にその役目を頼んでも良いだろうか?」

 

 リーマスの言葉に、セブルスは先ほどまでの上機嫌な様子を一変させて唸った。やがて、忌々しそうに頷いた。

 

「あの方はいつも私達に無理難題を押し付ける。それがどれだけ難しいのか、考えもせずに……」

 

「それだけ君を信頼しているということだろう、セブルス」

 

 

 リーマスは暫くセブルスの愚痴に付き合わされたあと、セブルスといくつかの取り決めをかわした。

 

「……ポッターの精神状態に関しては、互いに気付いたことを共有する他あるまい」

 

「分かった。何か違和感を感じたら話そう」

 

 

 一つ、ハリーの精神状態については共有すること。

 

「貴様はブラックから聞いているだろうし、私の話しでも察したとは思うが。ポッターは無能な働き者だ」

 

「学生ならそんなものだろう。怠惰であるよりはまだマシだと思うが……」

 

「奴に武器を与えるな。これ以上力を与えて増長させれば取り返しがつかなくなるぞ」

 

 一つ、戦闘技術の指導をしないこと。

 

 そして最後の一つ。これは、ハリーとは関係がなかった。

 

「……ルーピン。貴様のために煎じた薬を、必ず全て疑い無く飲み干すと誓え」

 

 

「生徒の安全のためだ」

 

 それはリーマスの持病に関するもので、リーマスにそれを否定する気はなかった。リーマスは一も二もなくそれを了承した。

 

 




スネイプ(ルーピンを下手に貶めると後が怖いなあ)
スネイプはアンブリッジと違って最低限のリスクの計算が出来る男……
やっぱり学生時代に失敗して学ぶべきことってありますね。


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ハリー·ポッターと三年目の授業

スリザリン生の中でもデスイーター系列の子供とかデスイーターの被害者遺族の子供とかホグワーツで教える先生はマジで大変だと思う。地雷しかないからな。


 

 ハリーにとって、新学期は多忙の幕開けとなった。ハリーが倒れたことを揶揄する生徒もそこそこ居たものの、それを気にしている暇もないほどハリーは多忙だった。

 

 12もの科目を受講するという暴挙に出たハリーは、ある特権が与えられていた。スネイプ教授が二回も繰り返してハリーに忠告した上でハリーに貸与されたのは、タイムターナーという使用者の時間を巻き戻すことが出来る砂時計だった。

 

 タイムターナーを三回ひっくり返せば、最大で24時間前まで巻き戻る。ハリーはこれを使って、マグル学を受講した後、同じ時間に開講されている魔法生物飼育学を受講することが出来る。

 

(……これ、『休み』も取らないと駄目だな。張り詰めてばかりじゃ身が入らなくなる)

 

 人間の自律神経は、一日を二十四時間として朝から晩まで動けるように出来ている。しかし、タイムターナーを使用すればその周期はずれる。一日が二十四時間ではなくなり、去年とは異なる生活リズムを繰り返さなければならなくなるのである。精神状態を良好に保つために、ハリーは『休息』を入れた。

 

 曲がりなりにもスポーツをやっているハリーは、他人より多い授業に耐えられるだけの体力があった。それでもハリーは占い学の授業を終えた後、休息が必要であると確信した。それは占い学という科目そのものが才能が前提とした学問で、そういう知識があると学ぶ意義はあれどハリーには占い学における才能は欠片もないと確信したからである。

 

 ハリーは巻き戻りを体験して一日で、タイムターナーで十分だけ多く巻き戻り、脳みそを休ませてから授業に臨んだ。スネイプ教授は、『授業で必要な時以外にタイムターナーを使用しない』ことをハリーに誓わせていたし、ハリーもその誓いを破ったつもりはなかった。

 

 ハリー以外に、ハーマイオニーも十二科目を受講していた。そのため選択授業でマグル学になったときや古代ルーン文字を受講したときは、ハリーたちと普段より近い席で授業を受けることができた。スリザリン生でマグル学を受講した生徒はほとんどおらず、ハリーたちはゆったりと穏やかに授業を受けることができた。

 

 マグル学教授のチャリティー·バーベッジは公平な教師で、スリザリン生だろうがグリフィンドール生だろうが正しい発言や授業の進行に必要不可欠な疑問なら加点した。マグル学で学ぶ内容はハリーやハーマイオニーにとっては全て既知のものだったが、マグルの知識があやふやなアーニー·マクラミンのような生徒でも理解できるように、バーベッジ教授は丁寧に教えてくれていた。チャリティー教授は授業の最後には必ず小テストを出題してハリーたちを楽しませた。

 

「問1、マグルはどうして魔法が使えないのに発展できたのか、か。授業をちゃんと聞いてれば答えられる質問ばかりだね」

 

 ハリーが苦笑しながら言うと、ハーマイオニーは眉間に皺を寄せていた。

 

「……けれどハリー。私、マグル学は少し問題だと思うの。チャリティー教授はいい先生だけど、マグル学っていう科目自体がマグルのことを馬鹿にしすぎているわ」

 

「マグルは魔法使いより劣っているっていうのはもう魔法使いたちの共通認識ですからねえ。でも僕はあれには意味があるって思いますよ」

 

 アズラエルは穏やかにハーマイオニーを諭した。

 

「僕らスリザリン生がその代表格なんですけど、魔法使いはマグルよりも凄いんだぞって思いたいじゃないですか。そういう認識を持った僕らみたいな人間でも、マグルのことを小馬鹿にしながらも授業を受けてみれば、マグルの技術が素晴らしいことは分かるようになっている。逆に言えばそうやってマグルを見下しておかないと、誰もマグル学を受講しないんですよ」

 

「去年マクギリス先輩も言ってたね。……まぁ、今年のスリザリン生でマグル学を受講したのは僕らだけだけど……」

 

 ハリーは残念そうに言った。マグル学を受講しているハリーはスリザリンでは変わり者で、スリザリンの後輩たちから理由を聞かれる度に、12科目を受講しなければ錬金術の授業を受けられないからだと説明するのが面倒で仕方なかった。

 

「私、マグル学は一般教養として皆受講すべきだと思うわ。少なくとも内容をもう少し是正した上でだけれど」

 

「そんなことしたら暴動が起きますよ。思想の押し付けだってね。……ハーマイオニー、こればっかりは英国魔法世界の伝統だと思って割り切って下さい。マグル学を学びたくもない人にそれを押し付けても、マグルへの差別感情を広げるだけだと思いますよ。グリフィンドールでもロンは受講してませんからねえ」

 

「……」

 

 ハーマイオニーは不満そうに押し黙った。彼女がロンと一緒に授業を受けたかったことは明らかで、恐らくはそれとなく誘導もしていたのだろう。それでもロンは、その鈍感さゆえにマグル学を受講することはなかった。ロンだけではなく、大半の魔法族にとってはマグル学は『必須ではない』知識なのだ。

 

(…………もしかしてカロー先輩は開明的だったんじゃないか?)

 

 マグル学に対する関心の薄さを感じ取る度に、マクギリスがなぜそれを受講しようと思ったのかハリーは気になった。しかし、今はハーマイオニーに機嫌を直してもらうことが先決だった。

 

「まぁまぁアズラエル。ロンはロンで必要になったら勉強するよ、きっと。……ハーマイオニー、次はDADAだ。気合いを入れて受講しよう」

 

 栗鼠のように出っぱのまま頬を膨らませたハーマイオニーを宥めながら、ハリーたちはルーピン先生の待つ教室へと足を踏み入れた。そこにはザビニやロンが既にいた。選択授業が増えた三年生であっても、DADAはグリフィンドールとの合同授業だった。

 

 

 

***

 

 リーマス·ルーピン先生は、ホグワーツ生たちの心を一発でつかみとった。ポルターガイストのピーブズが仕掛けたガムを、ワディワジ(逆詰め)によってピーブズに詰め返すという鮮烈なデビューを飾ったルーピン先生をグリフィンドール生は喝采をあげて、スリザリン生は拍手によって迎えた。

 

 

(この人は期待できそうだな)

 

 ハリーはザビニやファルカスと顔を見合わせて、ルーピン先生がキングズリーのような『当たり』の先生ではないかと期待に胸を膨らませた。ホグワーツ特急でデイメンターを追い払ったことと合わせれば、魔法の腕があることは確かだ。少なくとも、ロックハートのようなことにならなければそれだけで当たりと言えるだろう。

 

 ハリーたちの世代では、DADAの教師にはある法則があるとまことしやかに囁かれていた。それは、『最初の教師は無能』だというジンクスだ。原因はもちろん去年のロックハートと、その代役だったキングズリーの教師としての差によるものだった。

 

 ある程度ホグワーツを過ごした高学年の学生からすると、DADAの教授は就任して授業をしてくれるだけでも偉い、という認識になる。就任すれば高確率で破滅する仕事など誰だってやりたくはないからだ。しかし、ハリーたちは13歳。これから先、進路を決定するOWLを意識しながら勉強し始めなければならない。優等生のハーマイオニーも含めて、最低限の教育の質は保証してほしいと思い始める年齢だった。

 

 

 ルーピン教授の最初の授業は、理論重視ではなく実践重視だった。白髪交じりの新米教師は最初に、古びた箪笥を生徒たちの前に出して中に何がいるかと問いかけた。

 

「この中にはボガートという闇の魔法生物が入っている。さて、皆はボガートが何なのか答えられるかな?」

 

「形態模写生物です」

 

「その通り。グリフィンドールに五点あげよう。では、何に変化する?」

 

「……対峙している人間の、一番恐ろしいものに変化します」

 

「これまた正解だ。スリザリンに五点。ボガートは暗く、人の手に触れないような場所で生まれ育つ。そして不意に遭遇した人間の最も恐ろしいものに姿を変えて、人間の恐怖心を糧に成長する」

 

 真っ先に挙手したハーマイオニーの近くで、ハリーや何人かの生徒たちも手を上げた。ルーピン先生はハリーを指名し、ハリーは正解を言い当てた。

 

 

 ハリーは教科書で予習していたこともあるが、実際に体験したことでその生物の恐ろしさをよく知っていた。

 

「ボガートは姿を変えるだけで、実際にそのものの能力を再現するわけではない。ボガートに対抗するものは、『笑い』という感情だ」

 

 

(まずいな……)

 

 ハリーは内心で、ボガートと対峙することを恐れた。ハリーが恐怖の象徴として思い浮かべたのは、ヴォルデモートでも、両親の死体でも、バジリスクでも、そしてトム·リドルでもなかった。ハリーが真っ先に思い浮かべたのは、ハリーを罵倒するバーノン·ダーズリーの姿だった。

 

 ボガートがハリーの恐怖を感じ取れば、ボガートはバーノンに変化するだろうことはハリーには分かっていた。

 

(……落ち着け。すぐに馬鹿馬鹿しい姿にすれば、誰も僕がマグルを恐れているなんて気がつかないだろ?)

 

 ハリーは自分にそう言い聞かせて、リディクラスで馬鹿馬鹿しい姿になったバーノンを想像しようとした。しかし、その試みはうまくいかなかった。

 

 一年前の夏期休暇で、ハリーはボガートと遭遇してリディクラスでボガートを撃退するという方法も教わった。しかし、ハリーにはどうしても、バーノンを馬鹿馬鹿しい姿にするというイメージを持つことが出来なかった。どうしてか、それで笑うことが出来なかったのだ。

 

 

 ハリーは気がつかなかったものの、スリザリン生の多くはボガートと対峙することを嫌がった。自分が恐れていることを暴かれるというのは思春期の少年少女にとってあまりにも酷なことで、それを笑いに変えるというのは、『勇気』が必要な行為だった。

 

 

 リーマス·ルーピンがこの授業を三年生の一発目に持ってきたことには理由がある。ルーピンは、家庭環境に問題がなさそうなグリフィンドール生たちやネビル·ロングボトム、そしてスネイプ教授から警告を受けていたクラブとゴイルという劣等生に、笑えるイメージというものを事前に想像させた。スネイプを恐怖するネビルにはネビルの祖母の姿に女装したスネイプを、勉強嫌いのゴイルにはノートを補食するモンスターブックの姿を、空腹が怖いクラブには山ほどのご馳走をイメージさせ、ロンをはじめとしたグリフィンドールの生徒やアズラエル、ファルカスなどのスリザリン生たちにボガートをリディクラスで追い込ませたあと、ネビルやクラブ、ゴイルらにもリディクラスを唱えさせ、彼らに呪文を成功させてみせた。

 

 ルーピンの思惑は驚くほどにうまく行き、ネビルやクラブ、ゴイルは飛び上がるほどに喜んだ。クラブとゴイルはドラコから肩を叩かれ、少しだけ見直された。

 

 劣等生と呼ばれるネビルは自身への自信のなさから、クラブとゴイルは勉学の苦手さゆえに、理論への理解の不十分さから魔法をうまく発動できずにいることが多かった。しかし、リディクラスという魔法は、変身呪文の一種でありながらボガートの性質を利用しているためか、使用者がイメージさえ出来れば発動させることは容易い。リーマス·ルーピンは見事に、彼らに魔法を使うことへの喜びを教えた。苦手意識を持っていた子供たちに成功体験を得たことによって、授業が進めやすくなったのである。

 

 

 しかし、リディクラスに参加した生徒たちの中にハリーやザビニ、ドラコやノット、ダフネやグリフィンドール生のザムザ·ベオルブなどの姿はなかった。ルーピンは予め、抱えている事情が重い生徒をスネイプ教授から聞いていた。そのため、そういう生徒の前にボガートが進まないようにうまく誘導していたのである。

 

 丸い黄金の球体へと変化したボガートをルーピン先生がリディクラスで霧散させたときには、教室のなかは爆笑に包まれ、大盛り上がりになっていた。ルーピンは授業の終わりの質問にも快く答えた。

 

「あのー先生。俺、ボガートへの対処方法が思い浮かばなかったんすけど、どうすればいいですか?」

 

「……心の底から恐ろしいと思うものを笑うというのは、本来とてつもなく難しいことだ」

 

 笑いに包まれていた教室は、ルーピン先生の言葉に息を飲んで耳を傾けていた。

 

「この授業の本当の意義は、笑いで恐怖を撃退することだけじゃない。自分が恐ろしいと思うものを、自分の中で想像しておくことだ。相手が『ボガートだ』と一瞬でも認識できれば、恐怖は薄れて足も動く。どうしようもないと思ったときは、逃げて大人の魔法使いに対峙してもらうことも頭にいれておいてほしい」

 

 ルーピンの言葉は的を射ていた。理屈の上では、ルーピン先生の言う通りにすべきなのだろう。しかし、ハリーは納得出来なかった。

 

(いや……それじゃ駄目だろ。大人に任せるんじゃ……自分の力で出来るようにならないと……)

 

 昼休憩へと向かうザビニたちを尻目に、ハリーはルーピン先生に頼み込んだ。

 

「ルーピン先生。僕もボガートの退治がしてみたいです。自分が怖いものを他人に押し付けるなんて僕には出来ません。先生のご都合の良い時間で構わないので、どうか補習をさせて頂けませんか?」

 

「あのっ……わ、私もやってみたいです。どうか私にも教えて頂けませんか?」

 

「僕も教えてください。難しいかもしれないけどやってみたいし、自分が本当に恐ろしいと思ったものにボガートが変化するのか確認したいんです」

 

 ルーピン教授にそう頼み込んだのは、意外なことにハリーだけではなかった。ダフネやグリフィンドールのザムザといった一部の生徒たちも、教室に残ってルーピン先生に頼み込んだ。ルーピン先生は一日にして、ホグワーツの生徒たちから信頼を勝ち取ったのである。ルーピン先生は、一人一人に個別に指導をすると言い残して教室を後にした。

 




ここのハリーのボガートはディメンターではないっ!!
毒親ことバーノン·ダーズリーその人だぁっ!!!


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ハリー·ポッターとレイブンクローの髪飾り

 

 リーマス·ルーピン教授は、ホグワーツの生徒たちの中でたちまち名教師として評判になった。スリザリンの監督生であるジェマ·ファーレイやイザベラ·セルウィンらは、談話室で後輩の女子生徒たちにこんこんと語って聞かせた。ルーピン先生に対しては他の教授たちと接するときのように、一定の敬意は払うようにと。

 

「これはチャンスよ。DADAの授業では積極的に発言するにこしたことはないわ。寮を問わず加点する先生なら、積極的に貴女たちが得点すればそれだけ他の寮の得点機会も減るわけだし、私たちにとってはプラスになる。だから授業は真面目に受けなさいね?」

 

「でもイザベラ、あの先生は小汚ないです」

 

 一年生の男子がそう言うと、一年生の女子たちもそれに同調し始めた。

 

「あんなみすぼらしい先生はホグワーツには相応しくありません!お父様が見たらなんて言うか……」

 

「アストリア。それを決めるのは貴女じゃないの。貴女たちは分からないでしょうけど、学期のはじめから優秀な教師が防衛術を教えてくれることなんて滅多にないことなのよ?狡猾なスリザリン生なら、その幸運を噛み締めてしっかりとルーピン先生から学びなさい。今が一番大事な時なんだから」

 

「うう……でも…あんな貧乏そうな先生…」

 

「でもじゃないのアストリア!あんたまさかルーピン先生に失礼な態度を取ったんじゃないでしょうね!」

 

「ダフ姉!?」

 

 アストリアは何か後ろめたいことでもあったのか、それとも実の姉から注意されることが恥ずかしかったのかダフネから目をそらした。ダフネは前者だと解釈したらしく、かんかんになった。

 

「教師に失礼な態度を取るなんてスリザリン生として恥ずかしいと思わないの?!学校ではもう少し聞き分けを持ちなさい!あんたのふるまいが寮の得点や減点にもなるんだから!」

 

 

 スリザリンの下級生たちも、ルーピン先生が優秀であるということを認めないわけにはいかない。ただし、それを認めるのはそれまで両親から受けてきた教育と相反する。ルーピン教授のように裕福そうでもなく、恐らくはスリザリン派閥でもない先生をすぐに受け入れるということはなかなか難しいようだった。一年生の中でもアストリア·グリーングラスはなかなか納得できないと上級生たちに食い下がり、結局は姉のダフネに叱られてしゅんとしていた。

 

 

「……ダフネも姉らしいところがあるんだね。アンネローゼさんと怒り方がそっくりだ」

 

 ハリーは談話室でリディクラスの練習に興じていた。どうすればバーノンを馬鹿馬鹿しく笑える姿に出来るのか分からないが、適当なコメディアンの写真を見てはコンジュレーションでその奇抜な衣装を再現し、バーノンがそれを着た姿を想像しようとしていた。

 

「だな。……それにしても、一年生たちは典型的なスリザリン生だよなぁ。昔の俺らを見てるようだぜ」

 

「そう言えば、ザビニはルーピン先生の容姿についてとやかく言わないね。珍しいこともあるもんだ」

 

 ハリーはザビニをそう茶化したが、ザビニは呆れたような目をハリーに向けた。

 

「命の恩人を見た目だけで貶したらそれはもう単なる屑じゃねぇか……?」

 

「ごめんザビニ。僕は君のことを誤解していたよ」

 

 ファルカスが感心したようにザビニを見ると、ザビニは肩をすくめて魔法薬の教科書に目を通した。明日は魔法薬の授業があり、スネイプ教授が夏期休暇の間に生徒たちの腕が落ちていないか確認することは必至だった。

 

「僕たちが一年生の時は、もう少し聞き分けが良かったと思いますけどねえ。ま、ハリーは例外でしたけど」

 

「そのネタを擦るのはやめてくれよアズラエル……」

 

 ハリーたちはスリザリンの中で過剰に持ち上げられるわけでも、過剰に貶されるわけでもなかった。ホグワーツ特急で倒れたハリーの醜態は知れ渡っていたはずだが、面と向かってハリーを揶揄する生徒はいなかったし、時折ザビニを怖がるような目を向ける生徒たちはハリーが追い払った。

 

 ハリーがガフガリオンの警告を無視してスリザリン生らしくないふるまいをしたことも、笑い飛ばせる雰囲気が今はあった。スリザリンの談話室では、純血を重んじる風潮は残っていたものの、自分たち自身が得をするためによその寮に対しても寛容であろうという雰囲気も生まれつつあった。

 

***

 

 

 次の日の放課後、決闘クラブでハリーはアズラエルと合流した。その日タイムターナーを使用してハリーが受けた最後の授業は、冤罪の汚名を晴らし、ケトルバーン教授に代わって新人教師となったルビウス·ハグリッドが担当する魔法生物飼育学だった。ハリーたちのなかでアズラエルだけが、その科目を受講していなかった。

 

「マルフォイってさあ、やっぱりお前のライバルなだけはあるよな、ハリー。喧嘩は同類しか発生しねえとは言うけどよ」

 

 

 ザビニの言葉に、もともとマルフォイに好意的ではないファルカスが同調する。

 

「はっきり言ってバカだよ、あいつは」

 

「そういう言い方はやめろよ二人とも。ドラコは……プライドが高くて融通がきかなかっただけだ」

 

 ハリーは強く抗議して怒ったが、ザビニとファルカスは呆れたような視線をハリーに向けた。

 

「それがバカだってんだよ、っとに。動物が人間の事情を考慮してくれるわけねぇだろ」

 

「皆さん、ハグリッド先生の授業で一体何があったんですか?……ねぇ、ロン、僕にも教えてくださいよ」

 

 ただ一人魔法生物学を受講していないアズラエルは、ロンに対してそう問いかける。ロンは気まずそうにハリーに視線で言ってもいいかと尋ねてきた。ハリーは仕方なく頷いた。

 

「あー、まぁ、ハグリッドの最初の授業はヒッポグリフだったんだ。最初は良かったんだぜ?ハリーはハグリッドのアドバイスに従ってお辞儀をして、乗馬の経験がないからマルフォイに乗り方を聞いたりもしてさ。『ヒッポグリフは誇り高いけど、ちゃんと礼儀をわきまえて挨拶をすれば誰でも乗せてくれる』ってハグリッドの指示通りに乗りこなしたんだ。けど、まぁ……」

 

 

 そこから先は言わなくても分かるだろ、とロンはアズラエルに視線を回す。アズラエルは、確認のためにハーマイオニーに問いかけた。

 

「……ドラコは礼儀を尽くさなかったんですね。まぁ、ドラコはそういうやつです」

 

 アズラエルは平静を装って言ったが、内心は動揺しまくっていた。

 

(……いやいやいやアホですか?そんなのがうちの寮のトップとか不安しか無いんですが……)

 

 ドラコは成績ではスリザリン寮の中ではトップクラスである。恵まれた家柄と、優秀な成績。そしてハリーとは異なり、スリザリン生らしいスリザリン生としての行動ができるドラコは、スネイプ教授からの受けもよい。ハリーのように将来は監督生か、クィディッチ·チームのキャプテンに任命されてスリザリンの顔となる可能性が高い。

 

 そんな男が、成績がいいだけのアホですというのはアズラエルやザビニたちスリザリン生にとっては困るのである。ロンやハーマイオニーが遠慮がちになるのも無理はなかった。

 

 単純な話、『そんな奴が監督生なんて、他の奴は何をしていたの?』と同学年から評価されてしまうからだ。

 

「……念のために聞きますけど、ドラコは無事だったんですよね?」

 

「あーそれは問題ねえよ。ハリーとハーマイオニーがプロテゴで防いだからな」

 

 

「へぇ、それは流石ですね二人とも。怪我人がでなくて良かったです」

 

「大袈裟だよ。僕よりもハーマイオニーの方が呪文の発動は早かった」

 

「ここはホグワーツだもの。油断していたらいつの間にか石になることだってあるんだからこれくらいは当然だわ」

 

 ハーマイオニーはそう言って胸を張った。ハリーがリディクラスやコンジュレーションの練習をしている間、ルナ·ラブグッドやコリン·クリーピーたちも決闘クラブにやってきて、ハリーたちは勉強の成果を互いに見せあった。コリンは魔法世界から離れていたせいか前学期に教えたこともかなり頭から抜け落ちていたので、ハリーはコリンの復習に付き合いながら魔法の精度を高めていった。

 

(……今ならハーマイオニーにも勝てそうな気がする)

 

 ハリーはコリンに教える傍ら、自分の目指すべき戦法をイメージしながら魔法の反復練習を繰り返した。夏休みの間にシリウスから教わった魔法や戦法を駆使すれば、無言呪文が使える高学年以外には負けないという自身があった。あとは自分自身の魔法の腕を上げていけば、おもしろく暴れることが出来る筈だった。学んだ理論の通りに魔法を使える楽しさで、ハリーは時間を忘れて魔法を使いまくっていた。

 

 

 決闘クラブの終わり際に、ルナはハリーに頼みがあると言ってハリーを呼び止めた。彼女の話を聞いてみると、レイブンクローの髪飾りを探したいから捜索を手伝ってほしいということだった。

 

「着けた人に叡知を授けてくれるアイテムなんだけど。無くなっちゃったらしいんだ。けれど、ホグワーツのどこかにあるかもしれないから探してみるの」

 

 どう考えても見つかりそうもない伝説のアイテム探しである。ハーマイオニーは、早々にいつものルナの狂気的な言動が始まったのかと思って顔をしかめた。

 

「面白そうだね。……明日はルーピン先生の補習があるから明後日でいいかな?」

 

「ごめんなさいルナ。私はその日はパーシーさんに勉強を教わる予定なの」

 

 そう言って、ハーマイオニーはなぜかロンの足をこづいた。

 

「……?……あ、あー、そう言えば俺もパーシーに魔法を教えてもらうんだった。悪いなハリー。宝さがしはまた今度な」

 

「実はその日は僕も図書館デートの予定でして……」

 

「相手は?」

 

「ミリセントですよ。すみませんねルナ。そういう伝説のアイテムを探すのは楽しそうですし、僕も是非参加したいと思います。……もしも明後日に見つからなくて、それでも探したいときは僕も誘ってください」

 

「ええーっハーマイオニーもアズにゃんも?」

 

「にゃんって何だよ……俺も行けないんだけどそれはスルー?」

 

「うん!」

 

「失礼だな!」

 

 ハーマイオニーやアズラエルが来ないとわかりルナは不満そうに口を膨らませた。ハリーも残念だったが、全員の予定が合うことなどそうそうありはしなかった。

 

「……そうか、なら仕方ないね。三人は欠席か」

 

「うーん……皆にも来てほしかったんだけどなぁ」

 

「どうしてそう思ったの?」

 

 ファルカスが聞くと、ルナは首を傾げて言った。

 

「そういう伝説のアイテムって、相応しい人のところに転がり込む気がするから。私じゃなかったとしても、この中の誰かじゃないかなあって思って」

 

「ルナ、そもそもホグワーツに存在しないものだったら手に入りっこないよ……」

 

 ハリーが苦笑していると、つかつかとハリーたちのところに歩いてくるプラチナブロンドの魔法使いがいた。

 

 ドラコだった。引き連れているクラッブとゴイルは仏頂面ではなく、どこか穏やかそうに見えた。

 

「話は聞かせてもらったぞ、ポッター。人手が足りないんだろう?」

 

「いや聞いてたんかい!」

 

 ザビニの的確な突っ込みをドラコはスルーした。ドラコの後ろで、クラッブはひくひくと笑いたそうに頬を緩ませた。

 

「え?うん、足りないけど」

 

(珍しいな、ドラコがこうやって来るのは)

 

 ハリーは新鮮な気持ちになりながらも素直に頷いた。ドラコはハリーを制止するためにやってくることが多かったが、こうやって、協力して何かを成し遂げようとすることは今までになかった。スリザリンの生徒たちが固唾を飲んで見守る中、ドラコはハリーに手を差しのべた。

 

「三人分の人手を貸してやる。君がどうしてもと言うならだが」

 

 ハリーの後ろでザビニが呆れたような視線を向けるなか、ハリーはドラコの手を取った。

 

 

 この時、この場にいた全員が全員、二日後に起きることを想像だにしていなかった。まるで何かに導かれるように、ハリーたちは奇妙な体験をすることになるのである。

 

 

 

 




ドラコ「勘違いするなよ!ハリーやグレンジャー魔法生物飼育学の一件でできた借りを返すためなんだからな!」

……というわけでハリー一味(ロンハーアズラエル抜き)とドラコ一行も組んで髪飾りの探索開始です。頑張れ。


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LOVE (1)

愛じゃよ。愛。


 

 

***

 

 はじめての決闘クラブから一夜明けたとき、魔法薬学教授の苛立ちは頂点に達していた。

 

 ルーピン教授のDADAの授業で出現した、『女装したスネイプ教授』……ネビルの祖母の姿に女装したスネイプ教授のボガートの噂が学校中に広まり、この度めでたくスネイプ教授本人の耳にも届いてしまったのだ。

 

 スネイプ教授が味わった屈辱は相当のものだったに違いない。スネイプ教授はその鬱憤を、あろうことか生徒にぶつけた。もしかしたらルーピン先生本人にも何かをしたのかもしれないが、それはハリーたちの知るところではない。哀れな実行犯となったネビル·ロングボトムは、魔法薬学の授業で上手く薬を煎じることが出来なければ愛するヒキガエルのトレバーを『縮み薬』によって殺害すると脅されてしまった。

 

(流石に可哀想だな……)

 

 ハリーはスネイプ教授の薬学の腕を尊敬しているし、自分の寮の先生としてハリーなりに尊敬している。それでも、ペットを愛する飼い主として今回ばかりはネビルの味方をしてあげたいと思った。ネビルがハーマイオニーに泣きついている間、ハリーはスネイプ教授に薬品の質問をした。

 

「…………ポッター。どうやら君は薬学の貴重な時間を無駄にすることが好きなようだ。わざわざ答えてみれば出来ているではないか!!」

 

 スネイプ教授はハリーが無駄な質問をしたとして一点を減点した。

 

「はい。ファルカスが困っていたので、代わりにと思いまして」

 

「スリザリンは更に二点減点!」

 

 ハリーは減点されたところでどうということはなかった。これまでもハリーはスネイプ教授から減点された後は、それ以上に他の授業で発言することで取り返していた。

 

 結局その日、ネビルのヒキガエルは縮み死ぬことなく解放されネビルの手元に戻った。スネイプ教授はハーマイオニーがネビルを助けたところを目にしていたようで、難癖をつけてグリフィンドールから五点を減点した。

 

***

 

 レイブンクローの髪飾り探しを翌日に控えたその日の放課後、端正な顔立ちをした黒人のスリザリン生は決闘クラブに行く前に、ホグワーツで最も高い場所である塔の上に向かった。いつも一緒にいるハリーたちの姿はない。ハリーもアズラエルもファルカスもまだ授業中なのだ。選択科目の数が少ないザビニは、友人たちよりも空いた時間を自由に使うことが出来るのである。ヒソヒソと囁きあうレイブンクロー生の青いローブを無視し、鬱陶しいポルターガイストを糞爆弾で撃退して一気に塔の天辺へと向かった。

 

「……やぁ、ミスターザビニ。元気そうで何より」

 

 塔の屋上は珍しく青く晴れ渡っていた。ザビニの目は一瞬、待ち合わせをしていた男性の澄んだ青い瞳と、男性の肩で美しく炎を滾らせながらさえずる不死鳥に魅せられ、息を呑んでいた。ザビニはこれまでの経験から美しいものだけが素晴らしいわけではないと学んでいたが、それでも尊ぶべき『美』というものがあると確信していた。

 

「……あ、はい!ありがとうございます、校長先生!!」

 

 ザビニは不慣れながらもしっかりとお辞儀をしてダンブルドア校長に向き直った。

 

「いや、そう固くならなくても良いよ、ミスターザビニ。今日は晴れたよい日だ。こんな日は、レモンキャンデーでも食べながら紅茶を呑んで寛ぎたいと思っていた」

 

 ダンブルドアの言葉が終わった瞬間、一瞬にしてテーブルと椅子、そして紅茶がザビニの前に現れた。ザビニはまた言葉も忘れて圧倒されていた。

 

(……うわー、どうやったんだこれ。杖は振ってなかったよな。透明化か?テレポートで持ってきたのか?でも、ホグワーツじゃ使えない筈だよな)

 

「あ、ありがとうございます。それで相談の件なんですけど」

 

「ああ、手紙で教えてくれた魔法についてかな」

 

「……はい」

 

 ザビニは夏期休暇のとき、ハリーの部屋で『悪霊の火』や『死体操作』といった、許されざる呪文の次くらいには危険で、気持ち悪い魔法の理論を発見した。その場で理論の紙は焼却しザビニの脳内にはもうそれは残ってはいないが、ザビニが心配していたのはハリーについてだった。ハリーがもしそれを使ったとき、友人としてどうすればいいのだろうと思った。

 

 シリウス·ブラックなり、ザビニを一時保護してくれたユルゲン·スミルノフなりに相談するという手段もあった。しかし、ある意味でそれは意味がないことでもあった。

 

 ハリーは自分から厄介ごとに突っ込んでいくが、前学期の日記などは明確にハリーを殺しに来ていたと後でわかった。そして今も、推定でハリーを狙っているかもしれないドロホフというデスイーターが英国を徘徊しているのだ。

 

 ハリーが生き残るために、そして出来ることなら、闇の魔術で人を殺さずにすむようにするにはどうすればいいか。ザビニは夏期休暇が終わる寸前まで悩み、英国最高の善の魔法使いだと言われているアルバス·ダンブルドアに手紙を出した。驚いたことに、ダンブルドアはすぐにザビニへと返信をくれた。手紙には、新学期が始まったあとすぐに直接会って話を聞いてくれるというダンブルドアのありがたい言葉があった。

 

 

(本当に良かったぜ……ちゃんと話を聞いてくれるなんて思っても見なかったけど、ダメもとでも相談しておくもんだな……)

 

 実際のところ、ダンブルドアは暇ではない。一学生と会うよりも重要な雑務、ファッジという、ダンブルドアの知恵を求める存在との会談の予定もあったが、無理を言ってそれを後にずらしたのである。ザビニはそんなことは露知らず、尊敬と期待の目をダンブルドアに向けていた。

 

(ハリーはダンブルドアを嫌ってるけど、一番強い善人の魔法使いなんだからダンブルドアに頼るのが安牌だろ)

 

 ザビニは、ハリーがどういうわけかダンブルドアを嫌っていることを知っている。大方ドラコあたりに根も葉もないことを吹き込まれたのだろうと思っていた。だから真っ先にダンブルドアを頼ったのである。

 

「夏休みに魔法の紙を燃やして以来、ハリーは闇の魔術とかには手を出してないと思うんです。ですけどもし、ホグズミードとかでドロホフと出会ったら……」

 

 ザビニは意を決して言った。これを言うことで、ダンブルドアのハリーに対する心証は悪くなるかもしれない。だがザビニはダンブルドアを、ある意味でその評判の通りの人間に違いないと盲信していた。

 

 善の側にいる存在で、最強の魔法使いで、色んな人から頼られているんだから。

 問題児であったとしても、ハリーを守ってくれる筈だと。

 

 

 

「ハリーはそれを使うと思います。何とかあいつが使わなくてすむように出来ませんか?……その、先生がドロホフを捕まえるとか……」

 

「私もそうしたいのは山々なのだが……」

 

 ダンブルドアはザビニに申し訳なさそうな視線を向けた。しかし、校長ならばドロホフにも勝てるということは否定しなかった。

 

「ドロホフの居所が分からない以上は手の出しようがない。脱獄してから、あの犯罪者は尻尾を見せてはくれない。肝心なときに役立たずの校長ですまない」

 

「そりゃそっすよね。……あ、いや、それはそうですよね」

 

 ザビニはがっくりと肩を落とした。当たり前の話である。

 

「……私はそこまで悲観してはいないよ、ザビニ」

 

「ドロホフは凶悪な魔法使いだ。闇の魔術の中でも炎の魔法の扱いを熟知している。しかし、ドロホフという魔法使いのことを、英国中の闇祓いたちは血眼になって追っている。彼らの総力をもってすれば、ドロホフ一人を捕らえることはそう難しいことではないと信じている」

 

「……」

 

 ザビニはこくりと頷いた。

 

「ハリーについても、闇の魔術そのものに興味があった訳ではないのだろう。君の話を聞く限り、ハリーは勤勉な普通の学生だ。自衛のために学んだ知識である以上、格上であるのを分かっていて挑もうとするほど愚かではないと信じる」

 

「いや……まぁ……ハリーも一応スリザリンなんで勝ち目のない相手に向かうほどアホじゃないとは思うんですけど」

 

(でもなんか、ハリーは目の前で何かあったら絶対ドロホフを殺そうとするだろうし……)

 

 ザビニは歯切れが悪くなりながらも頷いた。ハーマイオニーが石にされてからのハリーの狂気を思い返して、果たしてハリーが目の前にドロホフが出現したとき、冷静でいられるだろうかと思った。しかし、面識のない校長先生にそれを言うにはザビニには度胸が足りなかった。

 

「期待に応えられない代わりと言っては何だが、君に渡しておきたいものがある」

 

「え?……俺に、ですか?」

 

「うむ。火消しライターというマジックアイテムだ」

 

 ダンブルドアが懐から取り出したライターをカチカチと鳴らすと、燃え上がっていたフォークスの炎は一瞬のうちにライターへと吸い込まれた。

 

「スゲー……」

 

 ザビニが口笛を吹くと、ダンブルドアはザビニに微笑んだ。フォークスは自身の炎を奪われたことで、不満げな顔を見せているように見えた。

 

「これは本来、ノックス(闇よ)という魔法で街灯の明かりを消すためのものだが、このように炎を消すことも出来る。『悪霊の火』であろうと、これがあればどうということはない」

 

「ドロホフの炎をこれで消せってことっすね!」

 

「ドロホフには、それ以外にも強力な魔法がある。君に期待しているのは、これのもう一つの使い方だ」

 

 

「別の使い方…ですか?どんな?」

 

「テレポートだ。これがあれば、ドロホフが命を狙い近寄ってきても『逃げる』ことと『逃がす』ことが出来る」

 

「……!!」

 

 ダンブルドアは、穏やかな目でザビニを見た。ザビニは、汗が背中をつたうのを感じた。

 

(……そ、そんなすごいものを貸してくれるって……?俺に?何で!?)

 

「い、いいんですか、本当に?ハリーじゃなくて俺で?」

 

「ハリーに持たせたら、周囲の皆を逃がして自分だけ残ろうとする可能性もあると思ったのでね。これは君に持っていて欲しい」

 

 ザビニは恭しく校長から火消しライターを受け取った。ザビニの手の中にあるライターは、マグルの世界で売ってある普通のライターとそう変わらないように見える。

 ザビニは何度か試しにライターを使わせてもらい、不死鳥の炎が吸い込まれていくさまを存分に楽しんだ。ダンブルドアは抗議の声をあげるフォークスを撫で、火消しライターを面白がるザビニをにこにこと見たあと、ザビニに対して話しかけた。

 

「ところでザビニ。君は何か、悩み事などはないかね?」

 

「ハリーですか?まぁ……今のところはないんじゃないですかね。夏休みに無茶苦茶勉強したお陰か調子がいいみたいですよ?」

 

「いいや、君だよ」

 

 ザビニはまさか自分が気にかけられたとは思わなかったようで、まじまじと校長先生の顔を見た。校長先生はのほほんとした顔のままだった。

 

「っあー……悩みっていうか何ていうか。つまんない話なんですけど」

 

 ザビニはダンブルドアの瞳を見ていると、心が落ち着いていくような気がした。ザビニの話を無条件で信じてくれた上に、貴重なアイテムまで貸してくれたとあって、ザビニの中でのダンブルドアに対する心証は非常によい。

 

 

 ザビニは自分の母親の問題については、ダンブルドアには話さなかった。話したところでどうなるものでもないと割り切るしかなかった。

 

「友達の友達にすっげー嫌な奴がいて、そりが合わないんですよ。だけど今度そいつとも遊ぶことになっちまって」

 

 ザビニは誰がそうなのかまでは話さなかった。ダンブルドアはザビニの話にしっかりと耳を傾けた。

 

「なるほど、良くあるがそれゆえに『面倒』だと思っているのだね」

 

「まぁそうです。あいつ、自分が悪くても絶対謝らないんすよ。その上で滅茶苦茶なことばっか言ってくるからストレスが溜まるっていうか……」

 

 ザビニは一度愚痴をこぼすと、それを止めることはできなかった。ザビニが嫌なのは、『友達の友達』であるドラコがハリーたちの集まりに入ってきて、ザビニにまで大きな顔であれこれと指図することだった。

 

 

 ザビニはドラコが自分の母親を貶めたことを赦さない。自分の母親がどうしようもない人間であることをザビニは良く理解している。

 

 

 ……他の誰に言われても我慢するだけの分別はあるつもりだったのだ。しかし、よりによって親が人殺しかもしれないドラコが、その事もわきまえずにザビニの地雷を踏んできた。

 

 ファルカスやアズラエルと組み、ドラコに陰湿な嫌がらせでもして排除するという手もあるのだが、ハリーの手前何とか自制している。しかし、まかり間違ってこの先もドラコが顔を出してくるならばそういう手段にも出ようと思っていた。

 

「そういう『友人未満』の他人に対しては、同じテーブルでゲームをしてみるのもいいのではないだろうか」

 

「ゲームっすか?俺、あいつと仲良く遊びたくないんですけど」

 

 ザビニは悩んだ。そもそも、ドラコなんかと仲良くなりたくはないというのがザビニの悩みなのだ。ダンブルドアの口からゲームという単語が出たことは意外だった。

 

「仲良くなろうとする必要はないのだよ、ザビニ。ゲームはゲームだからこそ、気楽にやることが出来る。相手のそれまで知らなかった一面が見えてくることもある。まず相手を知ってみて、それからつきあい方を考える、ということだよ」

 

「……友達にそういうのが詳しい奴がいるんで、いいのがないか聞いてみます。ありがとうございました、校長先生」

 

「うむ。下り階段はよく消えるので足もとに気をつけて帰りなさい、ザビニ」

 

 ザビニはダンブルドアに深くお辞儀をしたあと、ニヤッといたずらっぽく笑ってかちりと火消しライターを使った。フォークスは自分の炎がまた奪われたことで抗議の声をあげたが、ザビニはけたけたと笑いながら廊下を駆け降りていった。

 

(……ミスターザビニの精神状態はひと安心、といったところか)

 

 ダンブルドアは空になったティーカップを魔法で片付けながら、ザビニの話す『友人の友人』について検討をつけていた。

 

(しかし、彼らの間に構築された関係が、新しい人間関係によって破綻すれば、たとえザビニが善側であっても、ハリーの善側に傾いている精神の均衡はまた崩れる……か……)

 

 ダンブルドアは、ハーマイオニー·グレンジャーやブルーム·アズラエルから受け取った手紙を見返し、またため息をついた。

 

(ハリーの精神状態は、夏期休暇の度に闇に近づいている。シリウスに憧れてくれると思っていたのだが……)

 

 

 ダンブルドアは、ハーマイオニーやアズラエルからも相談されていたのである。ダンブルドアはシリウスに預けた自分の采配が間違っていたのか、少しの間自問自答した。

 

(ハリーはシリウスを間違いなく慕っている。しかし、これほど早く闇の魔術へ傾倒するとは…)

 

 実際のところ、ダンブルドアの誤算は、ハリーの友人に闇の魔術に対して寛容な生徒が紛れ込んでいたことにあった。

 

 ハリーがスリザリンに組分けされたとき、スネイプに寮の部屋割りを任せた結果として、ハリーのルームメイトはデスイーターとは無関係の両親を持つ生徒で構成された。しかし、闇の陣営とは距離を取っていたとしても闇の魔術に対する興味や関心を持つ生徒はスリザリンに入りがちである。ダンブルドアの誤算は、闇祓いを祖父に持ち闇の魔術に対しても寛容なファルカス·サダルファスという生徒がハリーの友人になったことなのだ。

 

 ハリーは純血主義を信仰することこそなかったものの、結果として高い攻撃性を持ち、憎悪や怒りを消費する魔法を多く身に付けることになった。同年代の少年たちの中では過剰とも言えるハリーの才能が悪しき方向に成長すれば、ハリーの人生はとても忌まわしいものになるであろうことは想像に難くなかった。

 

 しかし、この時、ダンブルドアは自らの力を発揮し魔法省のドホロフ追跡捜査に協力するという選択も、ハリーに対して直接面談し、回りくどい手を使わずに彼を指導するという手も取らなかった。その選択が正しかったのかどうかは、これから明らかになる。

 

***

 

 その日、ハリーはルーピン先生の個人指導を受ける予定だった。薄暗い廊下を杖の明かりを頼りに進んでいると、ルーピン教授の部屋の前で待ち構えていたロンに遭遇した。

 

「ロン?どうしたのそんなところで」

 

「あー、ハリー。実は思い出したことがあってな」

 

「占い学の授業で不吉なお告げでも出たの?」

 

「そうだったら気にしねーよ。だって俺預言者じゃないし」

 

「そりゃそうだ」

 

 ハリーとロンのどうでもいい漫才はすぐに終わり、ロンは真面目な顔になってハリーに言った。

 

「例のルナが探そうって言ってたレイブンクローの髪飾りなんだけどさ。『被るとアイデアをくれる』っていうのがどうも怪しくて、気になって」

 

 ハリーが続けてほしいという目で見ると、ロンはそう思った根拠を言った。

 

「ほら、ゴーストとか肖像画は色んな魔法とかの知識が内包されてても、本人が知らないことはわからないんだ」

 

「……なるほど、それなのにレイブンクロー本人が知らないかもしれない知識をくれるっていうのはおかしい?」

 

 ロンはこくりと頷いた。

 

「そう。ハリー、去年キングズリー先生が授業で言ったこと、覚えてるか?」

 

「『脳ミソが何処にあるかわからないものは信用してはいけない』。闇のアイテムを見分けるときの鉄則だったね」

 

 

「うちの親父も同じことを言ってたんだ。レイブンクローの髪飾りも、もしかしたら闇のアイテムかも」

 

 ハリーは困ったように頭をかいた。

 

「……まぁ。宝さがしの最中にルナに話を聞いてみるよ。詳しい言い伝えが残ってるかもしれない」

 

 

「俺が闇のアイテムかもって言ったのは内緒にしてくれよ。レイブンクローへの侮辱になるし」

 

「スリザリンよりは全然マシだよ。レイブンクローが闇の魔法使いだったって話は聞いたことがないし、多分僕よりもマシだね」

 

 ハリーの自虐にロンは吹き出しそうになったが、こらえた。

 

「……まぁ、レイブンクローの髪飾りなんて見つけたって奴は聞いたことないし、どうせ見つからないだろうけどさ。ちょっとだけ気をつけておいた方がいいと思う」

 

「……そうだね。教えてくれてありがとう、ロン。用心して君がくれたスニーコスコープを持っていくよ」

 

「……あれ役に立つのかなぁ。安ものだぜ?」

 

「ディメンターに反応したから大丈夫さ。髪飾りのことは期待しないで待っててよ。どうせ見つからないだろうし」

 

 ハリーはロンと別れ、ルーピン先生の部屋を三回ノックした。一瞬の間のあと、穏やかそうな防衛術教師が扉を開いてハリーを招き入れた。

 

 

***

 

 ルーピン先生に対して深くお辞儀をし、軽い挨拶のあとハリーはボガート退治のために杖を構えた。準備万端という様子で身構えるハリーに対して、ルーピン先生は微笑みを絶やさずに言った。

 

「ハリー、そうやって緊張して身構えるのはよくない。リラックスして、恐ろしいものに対して笑える姿をイメージするんだ」

 

「そんなに緊張してましたか?」

 

「ボガートっていうのは不思議な生き物でね。気の持ちようと、イメージの明確さで難易度が大きく変わるんだ。目をつむって深呼吸をして、すきま風に耳を澄ませよう」

「……」

 

 ハリーは言われたとおりに目をつむり、じっと周囲の音に耳を傾けた。振り子時計の音だけが、ルーピン先生の部屋に響き渡っている。ハリーは自分の張り詰めていた魔力がいったんほどけていくのを感じた。

 

 

 

「いい兆候だ。肩の力が抜けてリラックスできている。……ハリーは、どんなものが恐ろしいと思った?」

 

 ルーピン教授の問いに、ハリーは少し声を上ずらせながら言った。

 

「……バーノン叔父さんです」

 

「……そうか。それでは、その叔父さんはどんな格好かな?」

 

「上等のシルクハットに、茶色のスーツを着ています」

 

「うむ。それではその叔父さんの。ハリーにとって一番笑える姿をイメージしよう。言ってごらん、ハリー」

 

 ハリーはバーノンの帽子が脱げて髪の毛ごと吹き飛ばされた姿を話した。ハリーが少し笑っているところを見て、ルーピン先生はハリーに目を開けてもよいと言った。

 

「オーケーだ。しっかりとイメージできているようだね、ハリー。ボガートの馬鹿馬鹿しい姿は、曖昧なものより明確で、より笑える姿である方が望ましい。考えてきたのかい?」

 

「はい」

 

 

「勉強熱心なのはいいことだ。その姿でやってみよう、ハリー」

 

 

 そして出現したボガートは、ハリーの前でバーノン·ダーズリーの筋肉質な巨体へと変貌した。ハリーは手に汗を滲ませながら、イメージした姿をボガートに押し付けた。

 

「リディクラス(馬鹿馬鹿しい)!!」

 

 ハリーは手応えを感じた。バーノンのシルクハットは吹き飛ばされ、ついでに髪の毛は禿げていた。

 

 しかし。

 

 バーノンの目を見て、ハリーはたじろいだ。

 

「この親不孝者が!!どの面を下げて私に杖を向けているっ!!!」

 

「リディクラス(馬鹿馬鹿しい!!)!!」

 

 ルーピン教授の部屋に、ボガートの怒号が響き渡った。ハリーは無視してバーノンのスーツのポケットを全て外そうとした。

 

 しかし、バーノンの服は何の変化もない。バーノンはまたハリーを罵倒しようと口を開いた。

 

「お前を引き取ったのは失敗だった!!お前のせいで私やペチュニアやダドリーの人生は滅茶苦茶だ!!ええ?どう説明すればいい?ご近所様やマージやお得意様に、お前のいかれた魔法のことをどう説明しろというんだ!」

 

(そんな筈はない!!)

 

 ハリーはバーノンの声を聞きたくなく空いた左手で耳を塞ぎながら、リディクラスを唱えようとした。しかし、バーノンの罵倒がハリーの耳元に届くよりも先に、ルーピン先生のリディクラスがバーノンを丸い球体へと変化させた。ハリーはそれがスニッチに見えた。

 

「ハリー、すまない。大丈夫かい?」

 

「せ、先生。もう一度、もう一度お願いします。今はイメージが上手く行かなかっただけで……」

 

 ルーピン先生は、仕方なく、もう一度ボガートを出した。ハリーは失敗した。今度はまたイメージを変えて挑んだ。ボガートは弱るどころか、ハリーの恐怖を感じ取って膨れ上がった。また挑戦し、そしてまた失敗した。五回目を頼もうとしたとき、ルーピン先生はついにハリーの挑戦を禁じた。

 

「ハリー、無理をするのはよくない」

 

「無理じゃありません!僕はまだイメージができていないだけで……!!」

 

 ルーピン先生は、悲しそうな顔でハリーを見ていた。ハリーはルーピン先生のその視線に耐えられなかった。

 

「ハリー。自分の手を見てみなさい」

 

 ハリーは思わず杖を握っていた手を見た。杖はハリー自身の嫌な汗で滲んでいる。

 

「……ハリー。ボガートに勝てないということは、誰にでもあることなんだ。私も、私の友人も昔はそうだった。本当に恐ろしいものに遭遇したとき、人はそれに打ち勝つことはなかなかできないものなんだ。それを恥じる必要はないんだよ、ハリー」

 

 ルーピン先生の声は、教室の中で聞いたものと同じ穏やかな声だ。ハリーはルーピン先生の指示に従うべきだと自分に言い聞かせようとした。自分は、スリザリン生であってグリフィンドール生ではない。勝算のないことに無為に挑むのは蛇寮のやり方ではない。

 

「…先生。僕は、どうすればボガートを越えられますか?今は、無理だとしても……」

 

 ハリーは閉心術を使えず、ただ背筋を伸ばしてルーピン教授の指導を待った。

 

「君が、心の底から面白いと思えるものをイメージするんだ、ハリー。理屈ではなく、心の底から」

 

 ルーピン教授の言葉をハリーは心に刻み込んだ。ハリーは屈辱で震えていた。今までハリーは、努力で乗り越えてこれた。DADAは誰よりも得意な科目だった。これだけはハーマイオニーにも負けないという自信があった。

 

 しかし、それでも越えられない壁に、ハリーははじめてぶち当たったのだった。

 

 

 

 

 

 

 




おめでとう。
ハリーのLOVEが上がった。


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LOVE (2)

ホグワーツ内部ではテレポートの類いはハウスエルフでもなければ出来ないという設定ですが、ダンブルドアならその制限を外したアイテムも製作可能ということでよろしくお願いします。火消しライターのテレポートの機能は原作にもあるし。


 ハリーはスリザリンの談話室までの帰り道で、ダフネ·グリーングラスとすれ違った。ダフネは豊かな黒髪をかきあげ、ハリーと遭遇したことに驚いたように言った。

 

「ポッター?……もしかして貴方、ルーピン先生のところにいたの?」

 

「その通り。ダフネもこれから?」

 

「ええ。名教師のお手並み拝見といったところかしら。貴方は当然うまくいったのよね?」

 

 ハリーは何とか成功したという風な態度を取り繕った。ダフネは首を横にふったハリーに驚き、まぁ、と手を口に添えた。

 

「どうも僕の頭が固かったみたいでね。馬鹿馬鹿しいイメージをもっと考えておけばよかったよ」

 

「あら。ゴリラ組にできることが貴方に出来ないなんて珍しいわね」

 

 クラブとゴイルは同じ寮の仲間ではあるが、仮にもクラスメートではあるが、ダフネからの評価は低い。ハリーだってパンジーに対する心証は良くはないのでお互い様だ。ハリーは内心で二人に黙祷を捧げた。

 

「それはクラブとゴイルに失礼だよ、ダフネ。君がうまく行くことを願ってるよ」

 

 

 ハリーはダフネが上手く行くことを願ったが、すぐに気分は沈みこんだ。リディクラスを使える人が増えれば増えるほど、ハリーは落ちこぼれということになる。何とも言いがたい葛藤がハリーを襲った。

 

 

***

 

 ハリーは次の日の授業のあとも、ボガートへの対策を考えていた。

 

(要するに。頭でイメージした内容が間違ってたんだ)

 

 バーノンの姿をしたボガートに対して何をすればいいか、ハリーは何となくわかっていた。単に馬鹿馬鹿しい姿を想像するのではなく、ハリーが最もしたいと思っていることをやればいい。

 

 しかし、ルーピン先生に対して想像したイメージを見せることは出来ないとハリーは思った。ルーピンだけではなく、他の誰にも相談することは出来ない。ハリーは自分の気持ちが暗く沈んでいくのを感じながら、魔法史のノートを取っていた。

 

 ザビニは一つくらい使えない魔法があるくらいで丁度いいと言う。ロンははじめてハリーより先に魔法を覚えたと笑っていた。確かに、使えない魔法があることはなにもおかしくないかもしれない。しかし、ハリー自身がそれでは納得できなかった。よりによってバーノンの姿をしたボガートに魔法を阻まれるということは、ハリーにとっては耐え難いことだった。そして自分がそう思うことに、ハリーは内心で後ろめたさを感じてもいた。

 

(……僕は……あの人がマグルだから怖いんじゃない。マグルだから憎いんじゃない)

 

 ハリーは、自分がバーノンやダドリーやペチュニアに対して恐怖しているという事実を認めないわけにはいかなかった。彼らをマグルという種族だと認識して、ひとくくりに魔法使いはそれよりも上だという思想に逃げて、恐怖を克服しようとした。

 

 しかし、マグルの全てをバーノンたちと同じものだと認識するのはどう考えても無理があった。意図的に考えないようにして目をそらしたって、そもそもマグルは魔法族を敵とすら認識していない。ハグリッドは出会う度にハリーの緑色の瞳を褒めてくれた。それは母親のリリーから受け継いだもので、マグルの血脈から受け継がれてきたものだ。

 

 ロンに負け、ハーマイオニーとも接して、シリウスからも教えられて。いや、そもそもマグルが魔法使いのことを必ずしも迫害するわけではないと知って分かった筈だ。マグルを憎んではいけないんだとハリーは自分に言い聞かせた。

 

 差別主義者になったところで恐怖は消えなかった。それどころか、友達との関係すら悪化した。そもそも、差別はよくないことだという常識くらいは、ある。ハリーは自分の感情の置き場がないまま、ぐるぐるとダーズリー家への憎しみを募らせていった。そして、バーノンの姿をしたボガートにリディクラスを実行するということは、マグルを差別するハリーの心を写し出すことになるのではないかと恐怖した。

 

***

 

 放課後になり、ロンとハーマイオニーはパーシーから魔法を教わるために決闘クラブへと足を運ぶ。ハーマイオニーのぼさぼさとまとまりのない髪の毛が目の前で揺れるのを眺めながら、ロンはポツリとハーマイオニーに尋ねた。

 

「なんで宝さがしをしなかったんだ、ハーマイオニー?俺らも行ってもよかったじゃないか」

 

「ロンは知らないのね、ルナに流れてる悪い噂」

 

「噂?どんなの?」

 

 ロンは首を傾げながら、ハーマイオニーに聞いた。

 

「ルナはね、レイブンクローの女子たちから虐めのターゲットになっているのよ。原因は去年、ルナがグリフィンドールの剣を抜いて目立ったことね」

 

「いやいや………夏休みが過ぎたら普通みんなそんな昔のこと忘れるだろ!?それに虐めなんて、レイブンクローの奴らがするとは……」

 

 ロンは吃驚してハーマイオニーを見るが、ハーマイオニーは残念ながらと言葉を重ねた。

 

「レイブンクロー生の嫉妬は深いのよ、ロン。ちょっと話を聞くだけでも、人より勉強ができる分だけ、人よりずっとプライドも高い子が多いって分かるの。貴方も話を聞いてみれば分かるわ」

 

「いやでも、虐めって……」

 

「……その寮らしくないというだけで、人は人を嫌いになれるの。それに一度そういう空気が出来てしまえば、流される人の方が圧倒的に多い。勉強が出来るかどうかなんて、雰囲気の前ではなんの意味もないのよ」

 

(……あー。まぁ、うん……)

 

 ロンが一年生の時の自分やハーマイオニーのことを思い出して顔をひきつらせているなかで、ハーマイオニーは腕を組みながら言った。

 

「私やロンみたいなグリフィンドール生と親しくしていることがルナのマイナスになるかもしれないの。というよりは、虐めの口実になるかもしれない。ただでさえホグズミード休暇で、私たちはルナの相手をしてあげられない時間が増えるじゃない?ハリーと親しいって噂が立てば、ルナにちょっかいをかける生徒は減ると思うの。グリフィンドールじゃなくてレイブンクロー生のルナが、レイブンクローらしい手柄を立てれば……」

 

「皆もルナを認めるって?そりゃ名案だ。レイブンクローの遺産が見つかればだけど」

 

「どう考えても見つかりっこないのは分かってるわ。だからハリーに、ルナと仲良くして貰う。スリザリン生とは揉めたくないっていう子は多いはずだから」

 

「ハーマイオニー。でもハリーと仲良くしたら、今度はスリザリン嫌いのレイブンクロー生から怒りを買うんじゃない?」

 

 ロンの指摘に、ハーマイオニーはそうね、と頷いた。

 

「これからパーシーに頼んで、クリアウォーター先輩経由でルナへの虐めを止めてもらう。ロンも頼んでね?」

 

「分かった。……ちゃんと対応してくれるかなぁ」

 

「するわよ。責任のある立場の人は、『問題がない』ということにして見て見ぬふりをしている人でも、『問題です』って指摘されれば動かないといけないはずよ。クリアウォーター先輩は監督生なんだから、仕事をしてもらわないと」

 

 ハーマイオニーとロンは顔を見合わせると、頷きあって決闘クラブの部屋へと足を踏み入れた。そこには眼鏡をかけた赤毛の首席生徒と、その彼女で、監督生のレイブンクローの女子、ペネロピー·クリアウォーターがいた。

 

***

 

 放課後にハリーとザビニ、ファルカスは珍しくドラコ、クラブ、ゴイルと連れだって移動した。ルナは、『必要の部屋』の前にいてハリーたちに手を振った。

 

「こんちは!このメンバーで行くのははじめて?」

 

「クィディッチ以外でドラコと一緒に遊んだの、森での罰則以来だね」

 

「森の罰則で遊ぶなよハリー……」

 

「それって遊んだって言えるの?」

 

 わちゃわちゃと雑談をしながら、ハリーたちはルナの先導で『必要の部屋』へと足を運ぶ。

 

「ふん。そんな都合のいい部屋があったなんてね。……しかし、レイブンクローの髪飾りがそこにあるわけがないだろう?もしも保管されていたとしても、誰かが見つけて持ち去っているに決まっている。千年間も誰一人として同じことを考えなかったとでも言うのかい?」

 

 ドラコの指摘はもっともな話だった。ハリーもそうに違いないと思った。伝説のアイテムが失われたのなら、きっとホグワーツではないどこか別の場所にあるに違いないからだ。

 

「まぁまぁドラコ。こういうのはあるかもしれないって想像しながら探すのがいいんじゃないか。書店でいい本がないか想像しながら探すのと一緒だよ」

 

「生憎、僕にはそんな時間を無駄にするような庶民的な趣味はないね。……まぁ、君に借りを返すために今回だけは付き合ってあげるよ。その馬鹿げた思い付きにね」

 

(よっしゃ!今回だけだな!!)

 

 ドラコの言葉に、ザビニが内心で喝采をあげていたことなど知るよしもない一行は、必要の部屋の入口付近まで来たところでルナにこう言われた。

 

「額の部分に大粒のサファイアが埋め込まれたティアラを想像して。レイブンクローの肖像画は知ってるよね?皆で髪飾りを考えながら部屋に入れば、きっと見つかると思うンだ」

 

「オーケー。三、二、一でレイブンクローの髪飾りを思い浮かべながら突っ込もう。皆もいいね?」

 

「分かった」「やるぞクラブ、ゴイル」「いつでもいいよ、ハリー」

 

 ハリー、ザビニ、ファルカスのトリオにドラコ、クラブ、ゴイルのトリオ。そこにルナが集まって丁度七人。数占いの知識に従えば、魔法的に最も縁起のよい人数だった。

 

「三、二、一!!」

 

 ハリーたちは言葉と共に、必要の部屋へと突入した。もしも部屋に先客がいた場合、廊下を勢いよく走るだけになっていたのだか、そうはならなかった。

 

 必要の部屋に足を踏み入れたとき、部屋には大小の様々な大きさのキャビネットが並び、ハリーたち七人を出迎えていた。外側から中が見える棚には、生物の標本が保管されていたり、金色の豪華なトロフィーが飾られているところもある。

 

 必要の部屋は、部屋自体に何か保護魔法がかけられているのか、飾られた物品には埃一つなく、窓のない部屋であるにも関わらず、カビ臭い匂いもない。ドラコは興味深そうに部屋を見渡していた。いつもの皮肉はどこへやら、今すぐに探索したそうにあちこちに視線を向けている。

 

「……じゃあ、まず、僕が部屋を回る」

 

 ハリーが言うと、ザビニは首をかしげた。

 

「いや手分けして皆で探せばいいだろ?」

 

 ハリーは自分の首に掲げたスニーコスコープを指さした。ロンがエジプト旅行で手に入れたお土産だ。

 

「それもいいけど、危険物がないか調べてからだね。スニーコスコープが反応したら闇の魔法がかけられたアイテムがあるから、その場所には赤い印をつけておく。そこには絶対に触らないってことでいいね?」

 

「ふん、随分と慎重だな、ポッター。闇のアイテムが学校にあるっていうのかい」

 

 ドラコの言葉にクラブとゴイルもうんうんと頷いたが、次のハリーの言葉を聞いておとなしくなった。

 

「これはハーマイオニーの言葉なんだけど。バジリスクがいた学校だよ、ホグワーツは。それでも安全だと思う?」

 

 その言葉に反論する人間は居なかった。学年一の才媛であるハーマイオニーの言葉が持つ魔力は凄まじく、ルナやドラコたちも含めた皆が、ハリーが部屋を一周するまで外側から見える物品を確認して回ったが、手は触れなかった。

 

 ハリーはスニーコスコープが反応する度に反応したキャビネットに魔法で赤い印をつけていったが、だんだんと反応の間隔が短くなり、しまいにはスニーコスコープが鳴りっぱなしになる棚もあった。ハリーは危険な棚から最も遠い棚から探索しようと言うと、ドラコはクラブとゴイルに最も安全な棚を探索させた。油断さえしなければ、ドラコにも危機管理能力はあるようだった。

 

「探索し終わった棚は、魔法で青い印をつけてね。二度手間がなくなるから」

 

「分かったぜハリー。じゃあこっからは別行動だな。ファル、行こうぜ。……マルフォイも来るか?」

 

「結構だよ。僕はポッターに借りを返す」

 

 安全マージンを取った上で、必要の部屋の探索は開始された。ハリーはドラコやルナと共に、高所にあるキャビネットをアロホモラ(開錠)で開いては中身を確認していった。

 

「うえー、これ二十年前の生徒のラブレターだ……二百通もある!?誰だこいつ!?」

 

「ギルデロイ·ロックハートだと?なんだ、何なんだあいつは……?」

 

「こっちのは……クィディッチチームの記念写真だね。誰か忘れていったっていうか、置いていったのかな」

 

 

 必要の部屋には、珍しい魔法のアイテムだけではなくホグワーツの卒業生たちが残した思い出の品物も数多く残されていた。ドラコは価値のあるものを選んでは満足そうに頷いていた。

 

 

「部屋に闇の物品の反応だらけだったときはどうしたことかと思ったが……こういうのでいいんだよ。学校の探検なんて」

 

 

 ドラコはキャビネットに圧縮して格納されていた年代物の箒、『シルバーアロー』を見つけて満足そうに笑った。

 

「レイブンクローの髪飾りはそうそう見つからないね。まぁ、簡単にある筈もないか」

 

 

 ハリーは鉛が含まれた化粧品を発見して、丁重に元の場所に戻した。過去のアイテムは、現代の知識でいえば危険で、製造を禁止された薬品もある。歴史的な資料としては価値があるとしても、実用の面では全く役に立たないガラクタも多かった。

 

「ねぇハリー。隣の赤い印のところ開けちゃダメ?」

 

 ルナは赤い印をつけたキャビネットを指差してハリーに尋ねたが、ハリーは許可しなかった。

 

「君がそれをする前に、僕が妨害呪文で君を止めるよ」

 

「ちぇ~」

 

「ちぇ~じゃないよ、ルナ」

 

 ロンの仮説に従えば、むしろ闇のアイテムのある箇所の方がレイブンクローの髪飾りがある可能性は高い。とはいえ、友人たちに命を危うくさせるつもりはハリーにはなかった。

 

「じゃあ私、この棚は全部調べたしザビ兄たちの方に行ってるね」

 

「ああ、気をつけてね」

 

 ハリーはドラコと二人、重量のあるキャビネットを慎重にアロホモラ(開錠)したり、棚の奥に隠されたアイテムをレベリオで見つけながら探索を続けた。探索に飽きたのか、それとも少し疲れたのか、ドラコは手を止めてハリーに問いかけた。

 

「もし髪飾りを見つけたらどうする気なんだい、ポッター。誰か意中の女性にプレゼントでもするのかい?」

 

 ドラコの問いかけにハリーは適当に答えた。

 

「それもいいかもね。でも、貴重な物品すぎるからね。先生に報告して、安全な場所に管理してもらうかも」

 

「バカだな君は。知恵が沸くアイテムなんだぞ?意中の人を射止めるのにだって使えるっていうのに」

 

「貰っても困ると思うよ。レイブンクローの髪飾りなんて派手すぎる」

 

 ハリーが笑いながら乾燥したチョウセンアサガオの種を見つけると、大きな悲鳴があがった。

 

「…………ぎゃぁぁああ!!!」

 

「ルナ!?」

 

「何事だ!?」

 

 ハリーは咄嗟に声の方向に振り向いたとき、額の傷がずきりと傷んだ。

 

(!?)

 

 ハリーの全身に冷や汗が走る。額の傷が痛むときは、大抵が『闇の帝王』絡みの案件か……ろくでもない闇の魔法生物に関する出来事だからだ。

 

「ルナ!!待ってろ今行く!!」

 

 ルナのもとまで駆けつけたハリーは驚愕した。血の気のない青い肌をして、腐敗した卵の匂いを漂わせたブロンドの女性……の『遺体』がルナの前に立ち、涎を垂らしながらルナへと近付いている!!

 

「ハリー……!!これは……!」

 

 ルナは杖を構えていたが、どうすればいいのか分からず困惑しきっていた。その顔には恐怖の色がありありと浮かんでいる。

 

 ハリーは、それほど醜悪なものを見たことがないと思った。女性の眼窩には光がなく、生命であるべきはずの輝きがない。そしてその女性は、サファイアが青い輝きを放つ髪飾りを身に付けている。ハリーはそれに気が付く余裕などなかったが。

 

 インフェリだ、とハリーは思った。命なき死体がルナを襲おうと近付いている。

 

(いや、おかしい!それはないっ!)

 

 あんな刺激臭に気がつかないということがあるだろうか。魔法でどこかにインフェリが格納されていたとしても、スニーコスコープが反応しない筈がない。

 

 ハリーが違和感を感じながらもかけ込むようにインフェリに近づき、とにかくルナから遠ざけるためにカダバ ロコモーター(死体よ動け)の闇の魔法を唱えようとしたとき。

 

 インフェリは大きな音を立てて姿を変えた。

 

「本物じゃないよ!キャビネットを開けたら出てきたンだ!!」

 

 ルナが叫ぶと同時に、ブロンドの女性の姿をしたインフェリは、バーノン·ダーズリーへと姿を変えていた。

 

 バーノンの怒号が、周囲一帯に響き渡る。ルナの悲鳴を聞いて駆けつけたザビニにファルカス、遅れてやって来たクラブやゴイル、そしてドラコもルナも、ずんぐりとした体格の良いマグルが怒鳴り声をあげる姿を見ていた。

 

 ハリーは迷わず呪文を唱えた。

 

「リディクラス(馬鹿馬鹿しい)!!」

 

 

 バーノンの姿をしたボガートは空腹感に苛まれていらいらと罵声を放ち続ける。ハリーはその姿を見て。

 

 

 ハリーははじめて、心の底から解放感を味わっていた。最初から、こうすれば良かったのだ。

 

「リディクラス!!」

 

 バーノンの周囲に、とても狭い部屋が出現し、バーノンはそこに閉じ込められる。窓もなく、明かりも蝋燭の光しかない物置だ。ハリーは自分が笑っていることに気が付いていなかった。

 

 しかし、ハリーのそのイメージは明らかな悪手だった。ファルカスがルナに駆け寄って立てるかどうか聞いていたとき、ハリーは強い罪悪感と羞恥心に襲われた。

 

「お前……何やってんだよ……」

 

「……ポッター……」

 

 ザビニが恐怖心を、ドラコが嫌悪感を滲ませたような目でハリーを見ていた。

 

(……っ!)

 

 ハリーは苦い気分で、二人から目をそらした。

 

(……あれしかなかった。そうだろう?僕は何も間違ったことはしてないじゃないか)

 

 ハリーは自分で自分に言い聞かせながらも、バーノンの姿とバーノンのハリーや魔法使いへの罵倒を、この場にいた全員に聞かれたという事実で一杯になって、ファルカスのようにルナに駆け寄ることすらできなかった。

 

 一同がなんともいえない空気に包まれているとき、ハリーが監禁したバーノンの姿をしたボガートが、ガタガタと音を立てて再び現れた。

 

 ボガートに対して、ハリーの一回目のリディクラスは効果があった。ハリーが心の底から望んだイメージを押し付けた結果、ハリーも心の底からそれを喜び、笑ったのだから。

 

 しかし二回目のイメージの時は、ハリーの笑いはすぐに霧散した。リディクラスによるボガートへのダメージはさほどでもなかったのである。

 

 しかも二回目のイメージは、『閉所にボガートを閉じ込める』という手段として具現化した。ボガートという生物自体、光のない閉所を好む。ハリーの笑いがすぐに霧散したこともあり、ボガートを閉じ込めるには至らなかったのである。

 

 再び顕現したボガートは、ハリーではなくザビニに近寄った。バーノンの姿はすぐに、ザビニの面影がある女性の姿へと変化した。その女性は、ルナの時に現れた死体と同じ、サファイアの宝石が埋め込まれた髪飾りを身に付けていた。その女性が誰であるのか、ハリーやファルカスやドラコには察しがついた。ザビニの母親だ。

 

 女性は杖を構えてザビニに近づく。ザビニは後退る。

 

「ブレーズ……私のかわいい子……ねぇあんたなら分かってくれるわよね?あのデブを殺したのも、その前もその前もその前も全部、全部全部全部あんたの為だった-」

 

「「リディクラス(馬鹿馬鹿しい)!!」」

 

 ハリーと、そしてファルカスが同時に杖をボガートへと向けた。ハリーの中に、女性のことを笑えるような明確なイメージがあったわけではない。ただ、ハリーは女性をザビニに近付けてはならないと思った。ザビニは明らかに女性を恐れていた。

 

「……プロテゴ(護れ)」

 

 そして。

 

 信じがたいことに、ボガートは持っていた杖をふって、リディクラスを防ぎ切ったのだ。単なるイメージの産物でしかないはずの杖でだ。魔法生物が魔法を使ったことで、ハリーたちは混乱と恐怖に陥った。




おめでとう。
ハリーのLOVEが上がった(Undertale風)!!


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LOVEGOOD

ハリーの受難は続く。


 

「な、何でだ!どうしてボガートに魔法が使える!?」

 

 ドラコの上ずった声が、必要の部屋に響く。それに答えたのはルナだった。

 

「ボガートってなに?ラックスパートの亜種?それとも-」

 

「人の怖がるものに変化するモンスターだ!」

 

 ルナの疑問に答えたのはハリーだった。ハリーは異常事態に混乱しながら、何とか普段通りの平常心を保とうとしていた。

 

「……すごい!!魔法が使えるの!?」

 

「普通は使えないんだ!!」

 

「じゃあ新種!?……すっごい!!」

 

 純粋に喜ぶルナの言葉は場違いだった。

 

 闇祓い志望のファルカス以外の人間は思考を停止して怯えていたし、ハリーやファルカスも目の前の異常事態を認識するのに数秒の思考を要していた。

 

(……ボガートが魔法を使うなんて……!!)

 

 それは本来ならあり得ないことだった。

 

 歴史上、ゴブリンが魔法使いの杖を奪って魔法使いに『反乱』を起こしたことはある。それは純粋に脅威ではあった。魔法世界のヒエラルキーの頂点に魔法使いが立っていられたのは、杖を持ち、他の知的生命体よりも優れた魔法を使いこなすことが出来たからだ。少なくともスリザリンではそう信じられている。魔法使いが絶対であり、それ以外の種族を根本的に見下しているのだ。

 

 その優位性が、崩れる。

 

 ボガートという魔法生物は不死身ではない。リディクラスという対抗呪文による『笑い』の感情によって消滅する生命体だ。しかし、それが杖を持ってしまったとしたらどうなるか。リディクラスを防ぎ、魔法使いと同じ魔法を使うボガートは恐ろしい。人間に恐怖を与えるために、明確な害意を持って魔法使いを襲うことが出来るようになるのだから。ハリーの額はずっと、リドルに立ち向かった時のような痛みを発し続けていた。

 

 ハリーはもしかすると、ボガートにはリディクラス以外の魔法は通用しないのではないかと思った。ハリーだけではなくドラコもそうで、この場で最も成績が良い二人は冷や汗を流していた。ハリーはせめてボガートをザビニから遠ざけようと、魔法を唱える。

 

 

 

「ロコモータ リーブリ(法典よ動け!)!!こっちを向けボガート!!」

 

 分厚い法律書の山が女性へとぶつかり、女性は吹き飛ばされる……ことはなかった。

 

 ザビニの母親を象ったボガートは、プロテゴで防ぐことすらしない。分厚い法典が胴体に直撃しようとも構わずにザビニに近寄っていく。

 

「アクシオ リーブリ(法典よ来い!)」

 

 ハリーは法典を引き寄せることで、ボガートをハリーの側に引っ張ろうとした。しかし、ボガートは実体化した肉体をゴーストのように魔力として霧散させることもできるらしい。法典は女性の身体をすり抜けてハリーの手元へと戻った。

 

「え、ええい!リクタスセンプラ(嗤え!!)リディクラス!!」

 

 ドラコは自分にリクタスセンプラ(爆笑魔法)をかけて笑い、ボガートへとリディクラスをかけた。しかし、女性はプロテゴで防ぎもしない。

 

 リディクラスによる笑いのイメージは、魔法や薬品によって引き出されたものではなく、本人が心の底から笑えるものでなければならないのだ。ハリーはファルカスに頼んだ。

 

「ファルカス、ルナ!何でもいいから笑える姿をイメージしてボガートにリディクラスを撃ってくれ!!」

 

「うん!リディクラス(馬鹿馬鹿しい)!!」

 

「プロテゴ(護れ)」

 

 ルナのリディクラスは練習もなにもない不完全なイメージでしかなかったはずだが、ザビニの母親はプロテゴを唱えた。魔法によってリディクラスは阻まれる。

 

 

 極々稀にではあるが、知識が物事の足枷になることがある。二年生でボガートの知識がなかったルナは、ボガートが魔法を使えることに違和感も嫌悪感も恐怖心もない。何なら世界に一匹だけかもしれない珍しい生き物にあえたルナの精神は高揚していて、ハリーやドラコやファルカスよりは『笑い』のイメージを浮かべやすかったのだ。

 

 

「リディクラス!!……ハリーは!?」

 

「あの壁を爆破する!……クラブ!!ゴイル!!君たちの力を貸してくれ!!リディクラスでボガートをやっつけてくれ!!」

 

 ファルカスのリディクラスもプロテゴの障壁に阻まれる中、ハリーはありったけの悪意や害意を貯めて、カースを撃とうとしていた。ボガートの姿をバーノンだと思って、障壁を破壊するために必要な理論を頭に思い浮かべ、魔法を唱える。

 

「エクソパルソ(爆破)!!」

 

 

 ハリーは闇の魔術に近い危険な魔法、爆破のカースをプロテゴの障壁へと向けた。大抵のチャームを弾いてしまうプロテゴの固い障壁は、悪意を持ったハリーの魔法によって障壁が爆発する。

 

 爆発によるボガートへのダメージはない。しかし、そこに二人の男子による魔法が襲いかかった。

 

「ヒャハハ!!!俺たちが人から頼られるなんて!!リディクラス!!」

 

「母ちゃんにも褒められたことないのに!リディクラス!!」

 

 グレゴリー·ゴイルとビンセント·クラブ。今までドラコの取り巻きとしか認識されていなかった二人ではあるが、ルーピン先生の指導によって感情を起点とする魔法、リディクラスを習得していた。

 

 クラブとゴイルは、二人とも座学が苦手である。勉強の習慣がないのか集中力がないのか、教科書を読み込むということもしない。

 しかしそのお陰で、二人は魔法を使うボガートの異常性を認識して萎縮するということがなかった。この場の誰よりも、二人のリディクラスはボガートに対して有効だったと言ってよいだろう。

 

 ザビニの母親は長い髪の毛に足を取られて転び、クラブかゴイルのどちらかがイメージしたブーブークッションに倒れこんでその美しい容姿とは不釣り合いな間抜けな音を立てた。ハリーは冷や汗をかいて恐る恐るザビニを見た。ザビニは己の母親の姿になにかを諦めたような、力のない笑みを浮かべていた。

 

「……ザビニ……」

 

「ハリー、今は……それどころじゃねえだろ。リディクラスをやってくれよ」

 

 ルナもファルカスもザビニを気遣って手を止めている間に、ボガートはもくもくと音を立てて煙のように薄くなっていく。

 

 クラブとゴイルの爆笑に包まれたボガートは、しゅうしゅうと音を立ててまた姿を変えた。

 

「……ふん。勝ったのか?なんだ、驚かせてくれたが大したことはなかったじゃないか。お前たちにしてはよくやったぞ、ゴイル、クラブ-」

 

 ドラコがほっと胸を撫で下ろして杖を降ろしたとき、ドラコの近くで何かが弾ける音がした。

 

「ドラコ、後ろだ!退いてくれ!!」

 

 ハリーは叫んだが、遅かった。ボガートはクラブとゴイルの爆笑に包まれて尚も余力を残していたらしい。ボガートの姿は、プラチナブロンドの長髪で、表情に高慢さを携えた裕福そうな男性へ姿を変えた。その顔はドラコとよく似ていた。

 

「ドラコ……駄目ではないか。マルフォイ家の次期当主ともあろうものが下賎な輩と遊ぶためにこんなところにいては」

 

 ドラコの肩が本能的にピクリと震える。ハリーにはドラコの気持ちがよくわかった。

 

 

 ボガートについて知識があれば、怖いと思うものに姿を変えることはわかっている。自分の怖いものがわかっていれば対処することは不可能ではない。理屈の上では、事前に想定さえしておけば面白い姿を思い浮かべることはできるだろう。

 

 しかし、本能は恐怖に呑まれる。理性とは別のところにある、その人にとっての根本的なアイデンティティに関わる恐怖。それは頭で考える理屈を超えて、魔法使いを動けなくさせてしまうのだ。

 ハリーにとってはバーノンによる制裁や魔法の剥奪であり、ルナにとっては女性の死体。ザビニならば犯罪者の疑惑がある実の母親で、幼い頃から家の長男としての教育を受けてきたドラコにとっては、実の父親からの失望というわけだ。

 

 その姿を見て、ファルカスが震えた。

 

「皆警戒して!だけど怖がらないで!!」

 

 ファルカスの声は上ずっていた。

 

 ドラコの父親は、かつて英国史上最悪の闇の魔法使いの右腕だったとされる男だ。その実力は並の大人を遥かにしのぐだろうと、闇祓いを祖父に持つファルカスだからこそ警戒していた。

 

 そのボガートは、先程まで対峙していたボガートに相違なかった。ボガートの手にはルシウス·マルフォイ本人のものを再現した杖が握られており、その杖はファルカスがリディクラスを撃つよりも早く、無言でファルカスに向けて振るわれた。

 

「アヴィホース(鳥になれ!)」「リディクラス(馬鹿馬鹿しい)!!」

 

 ハリーが魔法をかけた法典のページを破ると、法典は無数の鳥になってファルカスを守るように飛んだ。たったひとつの呪文ではあるが、ひとつのページに魔法をかけた後それを破ると、発生する動物を増やすこともできる。シリウスとマリーダから教わったことをハリーは覚えていた。

 

『闇の魔法使いはな、プロテゴじゃあ防ぎきれない魔法を撃ってくる。だから障害物をうまく使って変身魔法で魔法を躱すんだ、ハリー』

 

 シリウスは夏期休暇の間、ハリーに実演しながら指導をしてくれていた。ハリーがこの土壇場で動くことができたのも、シリウスの薫陶の賜物と言えるだろう。

 

 ルシウスの撃った魔法は、ステューピファイ(失神)の赤い閃光だった。無数の鳥のひとつがぽとりと落ちると、ルシウスはハリーの方へと向き直り杖を構えた。

 

 ルシウスはザビニの母親とは異なり、よく動き回りよくリディクラスを躱していた。クラブもゴイルもルシウスの姿をしたボガートに攻撃できないなか、ルナとファルカスのリディクラスだけが頼みの綱だった。ハリーは、何としても二人を死守しなければならなかった。ルシウスがハリーを狙ってくれて、ハリーは正直に言ってほっとしていた。ザビニによるプロテゴの援護もあり、ルシウスの使う魔法はカース以上の危険な魔法に限定されている。それがまがり間違ってファルカスたちに向かえば、最悪の場合は命を落とす。

 

(好都合だ!!ここで引き付けて隙を作ってやる!!)

 

 ハリーはルシウスとの鬼ごっこに興じることで、友人たちを守るという行動に出た。それに対して、ボガート·ルシウスも禁じられた手札を切った。ボガートに人間社会の法律や倫理を守る必要などないからだ。

 

「クルーシオ(拷問)!!」

 

「や。やめてください父う……父上を侮辱するなボガート!!リディクラス!!」

 

 アヴィホースによって産み出した無数の鳥と、レヴィオーサによる浮遊魔法でハリーはルシウスが撃った魔法を躱した。ドラコは抗議の声をあげる。ファルカスは恐怖で声を上ずらせる。

 

「逃げてハリー!!闇の魔術だ!!当たったら不味い!!」

 

 

 ハリーは言われなくても当たる気はしなかった。今のところボガートルシウスの攻撃を躱し続けることはできていた。ルシウスはハリーを狙っているが、地面に足をつけて走り回るルシウスに対して、空を飛んでいるために機動力ではハリーに分があった。

 

(……大丈夫だ!!杖の射線に入らないように移動していれば、怖くはない!!)

 

 ハリーが割れるように痛む額にも構わずにそう思いかけたとき、ボガートは呪文を唱えた。

 

「クルーシオ(拷問)!!」

 

 当たる筈がない攻撃だった。鳥によって、ボガートとハリーとの間の射線は遮られていた。

 

 しかし、その魔法はハリーへと直撃した。

 

 ボガート·ルシウスは、ドラコの恐怖心によって実体化した偽りのルシウスである。本来のルシウスであれば、ホグワーツの生徒に杖を向けるのはよほど切羽詰まった状況でしかあり得ない。しかし、ドラコの恐怖を色濃く反映したこのルシウスは、本来のルシウスより魔法の技量でこそ弱体化していたものの、本来のルシウスが抱く筈の高慢さや大人であるがゆえに子供に対して持つ慢心がなく、ドラコが見た範囲でのルシウスの魔法や、魔法技術の再現は完璧だった。

 

 ルシウスはその高い技量によって、魔法の光線そのものをねじ曲げるというルシウスしか知らない魔法を体得し、度々ドラコの前で披露していた。そしてドラコの前で、禁じられた闇の魔術をのひとつ、クルーシオを見せたこともある。その二つが最悪に噛み合った。

 

 クルーシオが直撃したハリーは、墜落した。ハリーは受け身も取れずに落下したために額から流血し、左足は変な方向に折れ曲がっている。

 

 しかし、そんなものは苦痛ではなかった。

 

 

 ハリーがクルーシオによって受けた痛みは、ハリーが味わった中でも最悪のものだった。バジリスクの毒による、命が潰えていくような激痛をボガートのクルーシオは再現していた。

 

「ハリィィィィィッ!!!!!……逃げるぞ皆、こっちに来い!!!」

 

 ザビニはハリーが墜落したのを見るや、即座に火消しライターを灯して自分の近くにいたドラコを逃がした。ファルカスはハリーを抱えてザビニのもとへ走り寄ってくる。ドラコは目に泪を浮かべながら火消しライターによって必要の部屋から追い出された。皮肉なことにドラコがいなくなったことで、ボガートはルシウスの姿を保てなくなろうとしていた。その間に、クラブとゴイルもザビニに合流する。

 

 それでも。ハリーを倒したことで一行のなかにルシウスに対する恐怖が生まれようとしていた。ボガートはだんだんとルシウスの姿を取り戻していく。ザビニの手が震え、火消しライターを取り落とす。ルシウスの杖が、ザビニに向けられる。

 

「クルーシオ(拷問)」「プロテゴ ディアボリカ(悪魔よ 僕の友達を護れ)」

 

 

 ルシウス·ボガートがかけ続けたクルーシオが解けたことで、ハリーは意識を取り戻していた。目覚めたハリーが見たのは、ルシウスボガートがザビニに杖を向けている姿だった。

 

 ハリーはもはや闇の魔術への嫌悪感などなかった。ただ己を殺しかけたルシウス。否、友人たちの親の姿を象って散々ハリーたちを苦しめたボガートへの憎しみと、殺意に飲み込まれていた。

 

 本来のルシウスであれば、コンディションも整っていない中学生が撃った闇の魔術では倒せない。しかし、ボガートは弱っていた。ハリーが息を吹き返したことで、ファルカスやザビニやルナの恐怖感が薄れたからだ。

 

 ボガートのクルーシオは、ハリーの悪魔の炎に阻まれてかき消される。ハリーは額から血を流しながら、ボガートに近寄った。

 

「どうするのハリー!?」

 

「ボガートの姿をバーノンに変える!マグルなら魔法は使えない!楽に殺せる!」

 

(殺す……いまここで殺さないと、次に部屋を訪れた人をこの化け物は殺す!)

 

 ファルカスに対してハリーはそう返答すると、折れた足を引きずって弱ったボガートに歩み寄る。最早痛みなど気にしている場合ではなかった。

 

 ルナはそんなハリーを追い越して、ボガート·ルシウスの前に立ちはだかった。ボガートの姿は、破裂音の後でルナによく似た大人の女性の死体に変わった。

 

「何を……してるんだ、ルナ?」

 

「気が付いたんだ。何でママはレイブンクローの髪飾りを付けてたんだろうって。エクスペリアームス(武装解除)!」

 

 ルナが魔法を唱えると、遺体が被っていた髪飾りはするりと女性の遺体から離れる。後には、緩慢な動きの遺体だけが残った。ボガートはクラブが近寄るとなにも並べられていないテーブルに変わり、ゴイルなら勉強用具に、ファルカスならスリザリンの得点がゼロになった寮杯が出現した。一同は顔を見合わせた。

 

「……そうか。新種のボガートの原因は、この髪飾りか……」

 

 ハリーは冷たい目でレイブンクローの髪飾りを見ると、何の躊躇もなくルナに言った。

 

「そいつを壊す。貸して」

 

「……えーっ!?やだぁ!!レイブンクローの遺産だモン!ボガートも新種だよ!?消すのは待って!」

 

 ルナは新種のボガートとレイブンクローの髪飾りを見つけた喜びで一杯になっていた。ハリーはてこでも動かないルナに対してどうしたものかと思ったが、最終的にファルカスやザビニとの三人がかりで説得した。

 

 クラブとゴイルが泣きながらごねるルナを哀れんで珍しくルナの擁護に回るなか、ハリーもザビニもファルカスも折れなかった。

 

「その髪飾りはやべえと思う。ボガートも……魔法を使って人を傷つけたんだぞ。どっちも生かしとくわけにはいかねえ」

 

「大人に任せればいいじゃん!」

 

 ルナの言葉に、ハリーは首を横に降った。

 

「その前に、始末だけはしておくべきだよ、ルナ。前学期のことを思い出して。あのときもそうだっただろう?」

 

 ハリーの言う前学期のこととは、トムとバジリスクのことだ。ルナはトムのことを思い出したのか、渋い顔になった。

 

「新種を見つけたのはすごい発見だけど、ボガートは可能なら駆除しなくちゃいけない闇の生物なんだ。もし新種が生き延びて繁殖して、同じことが起きたら不味いってルナならわかるだろ?」

 

 ファルカスもそう言葉を重ねる。駄々っ子をあやすように説得を続けられ、ルナも徐々に言葉の勢いをなくしていった。

 

 最終的に、ルナもボガートと髪飾りを引き渡した。ボガートがクラブとゴイルのリディクラスによって消滅すると、ルナはクラブとゴイルにお礼を言った。

 

「ありがとう、ゴイルちゃん、カニちゃん……きっとボガートも苦しまなかったと思うよ……」

 

「僕たち全員を代表して、君達にお礼を言うよ。二人ともありがとう。二人が居なかったら、誰か死んでいたかもしれない」

 

「いや……」

 

「俺たちドラコに付き合ってただけだし……」

 

 お礼を言われた二人は、自分が言われたことが信じられないという顔をしていた。ハリーは少しだけ暖かい気持ちになりながらも、憎悪と殺意を滾らせてレイブンクローの髪飾りを破壊するための魔力を蓄えていた。

 

 レダクト(粉々)、コンジュレーション、エクソパルソ(爆破)といった数々のカースや魔法をザビニやファルカスと共に試して髪飾りの破壊を試みたが、髪飾りの魔力には何の影響もない。ハリーがそこまで躍起になったのは、ボガートの消滅を確認しても額の傷跡の痛みが引いてくれなかったからだった。

 

 この髪飾りがもしもボガートに魔法という叡知を与えただけのものだったとしたら、ハリーの行動は狂気そのものだった。歴史的な本物の遺産かもしれないものを、壊そうとしているのだから。しかし、その場にルナ以外でハリーの行動に異論を唱える人間はいなかった。髪飾りが闇のアイテムに違いないと、皆が思っていたからだ。

 

 

「ペスティス インセンディウム(黒い死をもたらす炎よ 全てを焼き尽くせ)」

 

 ハリーはロックハートが書いたラブレターに悪霊の火を灯すと、そこに髪飾りを投げ入れた。膨大な魔力を蓄えていたサファイアはその輝きを失い始め、やがて禍々しい蛇と髑髏が合わさったようなものがサファイアから浮かび上がった。

 

 ハリーの悪霊の火は、青く輝く蛇となって黒い髑髏を飲み込んだ。ハリーのイメージに従って悪霊の火は髑髏を燃やし尽くし、後にはレイブンクローの髪飾りが残された。髪飾りの額のサファイアは、それまでの神々しいような輝きを失ったものの、飾ったものを引き立てるような淡い光を放ちながら微かに輝いていた。

 

 

 

 

 




おめでとう。
ハリーのLOVEが上がった(某インディーズゲーム風)!!


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現代版マローダーズ

ことの次第を聞いたルーピン先生は話を聞くにつれて胃痛と頭痛とに苛まれることになる。
ルーピン先生、これがホグワーツだ。
昔の自分達を思い出してくれたかな?


 

 ハリーはレイブンクローの髪飾りをルナに持たせ、ザビニの持っていた火消しライターによって医務室へと送られた。ハリーはザビニが見覚えのないものを持っていることに驚いた。

 

「……ザビニ、それはどうしたの?さっきマルフォイが消えていったけど……」

 

「ダンブルドアが貸してくれたんだ。ハリー、お前は医務室で診てもらえ。報告は俺らでやっとくから」

 

「え?ちょっと待ってザビニ。どうしてダンブルドアが出てくるの……?」

 

「……医務室でちゃんと治してもらえよ、ハリー」

 

 

 ハリーの疑問には答えず、ザビニがかちりと火消しライターを鳴らすと、ハリーは炎に包まれた。フルーパウダーの青い炎とも異なるオレンジ色の光りに包まれたハリーは、気がつくと医務室にいた。紅茶を飲んで一息ついていたポンフリー校医が飛び上がってハリーを診察し、杖の一振りで足を治す間、ハリーは頭のなかでぐるぐるとダンブルドアについて考えていた。

 

(…………どうしてダンブルドアが出てくるんだ?何でザビニがダンブルドアからアイテムを借りてるんだ?)

 

 ハリーは、自分の友達がダンブルドアとそこまで親しいとは思わなかった。ダンブルドアについて、ハリーは複雑な憎しみを持っていた。とにかくダンブルドアがもう少しなにかをしていてくれれば、バーノンたちもあそこまでしなかったのではないかという気持ちがいまだにある。

 

 しかし、ハリーはその憎しみの理由までは友達に打ち明けることはできなかった。ハーマイオニーを筆頭に、ハリーの友達は大なり小なりダンブルドアのことを世界で一番凄い魔法使いか、一番凄い善人だと思っている。ロンやファルカスですら、陽気で親しみやすい校長先生だと思っているだろう。だからハリーはダンブルドアがザビニにアイテムを貸したと聞いて、浮かない顔のままポンフリー校医の治療を受けた。

 

「……はい。もう終わりましたよ。今回はたいした怪我でなくて良かったですね、ポッター」

 

「いつもありがとうございます、ポンフリー先生。それでは僕はこれで帰ります。明日のための予習もしなくちゃ」

 

「いいや、君は今日はここで眠るのだポッター。寮に戻ることは許さん」

 

「まぁスネイプ教授?一体どうされたのです?例の魔法薬の件ですか?」

 

 ハリーは治療を終えてすぐに医務室を去ろうとしたが、スネイプ教授はそれを許さなかった。スネイプ教授は例によってハリーに厳しい視線を向けていたが、今日はそれだけではなく、どこか落ち着きがないような気がした。良く見ると、スネイプ教授の後ろにはくたびれた紳士服のルーピン先生の姿もあった。

 

「マダム。ポッターは『クルーシオ』を受けました」

 

「……?……!!馬鹿なことを!そんな魔法がホグワーツで繰り出されることなどあり得ません!」

 

「『あった』のです。それが。……あってはならないことですが」

 

「一体どうして……?」

 

「それは……」

 

 ハリーが説明しようとすると、スネイプ教授がハリーの言葉を遮った。

 

「君に発言を許可した覚えはない、ポッター。安静にしていたまえ、ポッター」

 

「説明はダンブルドアが。……ハリー、君は本当に、誰よりも良く頑張った。だから今日はもう、休んでもいいんだ」

 

 苦虫を噛み潰したようなルーピン先生の言葉を聞いて、ハリーは押し黙った。ハリーはルーピン教授から、ボガートに勝つ必要はないと言われたことを思い出した。

 

 ポンフリー校医は、震える声でハリーに命令を下した。

 

「今日一日は絶対安静です、ポッター。この医務室で大人しく眠るのです。それから、それから……」

 

 ポンフリー校医の瞳に、今までにないものが浮かんだようにハリーには見えた。

 

「……少しだけ待っていなさい。いいですね?」

 

「はい、先生」

 

 

 ハリーはスネイプ教授がハリーに対してなにも言わないことが気になって仕方がなかった。クルーシオというのは、恐らくはハリーがルシウスの姿をしたボガートから受けた呪いで、カースだろう。受けた時は死ぬほどの苦しみを味わったが、今のハリーは全く問題ないというのに、どうしてそこまで気にするのかハリーにはわからなかった。

 

(今日のスネイプ教授はどうしたんだろう。……こっちを見ないし、叱ってもこない)

 

 もしかして、ハリーが闇の魔術を使ったことを、スネイプ教授は知っているのだろうか、とハリーは思った。

 

(ファルカスとザビニが必要の部屋での出来事を全て話したとして……ダンブルドアと親しいザビニは全てを話したかもしれない。なら、僕は退学になるのか……?)

 

 

 これから退学になる人間に、かけてやる言葉はないということなのだろうか。そんなことを考えながら、ハリーは医務室で一夜を過ごした。ポンフリー校医から貰った睡眠薬の効果で、ハリーはすぐに眠ることができた。

 

 その晩、ハリーは夢を見た。すぐに夢だと気がついた。

 

 夢の中のハリーは、ダーズリー一家に対して杖を向けていた。ハリーが杖を一振りすると、ダーズリー家はのたうち回って苦しんでいた。ハリーは夢だと思った。そうでなければならなかった。そうでなければ。ハリーは杖を奪われて魔法使いではなくなってしまう。法律は、マグルを迫害することを許していないのだ。

 

 あるいはこれもハリーにとって都合のいい妄想なのかもしれなかった。ハリーはホグワーツを退学になれば、杖も没収されるか、折られるだろう。そうなれば、ハリーの持っている杖は柊の杖ではないはずなのに、ハリーは柊の杖を持ち、楽しそうに魔法でダーズリー家に痛みを与えていた。夢の中のハリーは、クルーシオをペチュニアにかけていた。

 

 悪夢は終わらなかった。バーノンたちの姿が消えると、ドラコ、ザビニ、ロンやハーマイオニーらがハリーを責めた。どうしてあんなことをしたんだ、と。ハリーは彼らから逃げた。杖はハリーの手にはなかった。少しずつ、ハリーの周囲には人が居なくなっていく。アズラエルたちはハリーとは会おうとせず、ハリーはひとりぼっちだった。夢だとわかっているのに抜け出せない。

 

 飛び起きたとき、ハリーはびっしょりと汗をかいていた。小鳥のさえずりを聞きながら、ハリーは深呼吸をしてもう一度眠りについた。あれは夢だと自分に言い聞かせながら。

 

***

 

 セブルス·スネイプ教授は深刻な様子で、リーマス·ルーピンとポンフリー校医と共にダンブルドアの前にいた。ダンブルドアの机の上には、サファイアの宝石が輝く髪飾りが乗っていた。

 

「……ハリーの様子はどうだったかな?」

 

 ダンブルドアがハリーの様態について訊ねると、ポンフリーはきびきびと報告した。

 

「直接診察し、治療を行いましたが、肉体的には健康そのものという状態まで戻しました」

 

 肉体的には、という部分を強調する。そのポンフリーの様子が、クルーシオという魔法の恐ろしさを物語っていた。セブルスはそんなポンフリーのことを大袈裟だとは言わなかった。

 

 魔法使いの呪文は、一般的なマグルの観点で言えばどれもこれもろくでもないものばかりだ。クルーシオという闇の魔術は、対象の脳に働きかけ電気信号を操り、苦痛を与えこそするが、呪文を解けば肉体的には何の問題もなく、端からは健康そのもののように見える。にもかかわらず、この魔法が魔法使いの間で禁じられるにはそれだけの理由がある。

 

 クルーシオという呪文は、生物の脳だけではなく、魂にも作用するのだ。

 

 一般的に言って、人間は多少の苦痛に耐えることはできる。我慢強い人間であれば痛みを与えたとしても、怒りや復讐心を燃料にして耐えることはできる。魔法使いであればその許容範囲は一般的な人間よりも広い。大抵の怪我は魔法で治るし、魔法族自体が一般的なマグルよりは耐久力があるからだ。

 

 しかし、この世に絶対に割れない風船など存在しないように、許容量を超えた苦痛を与えられれば壊れない人間はいない。訓練を受けた闇祓いですら、複数人から長時間にわたりクルーシオを受け続ければ痛みは限界を超える。脳という肉体の器を壊され、魂を破壊された廃人となってしまうのだ。まだ13歳の少年が、どうしてそれに耐えられるだろうか。

 

 セブルスはハリーが好きなわけではない。しかし教師として、スリザリンの寮監として自分の寮の生徒が拷問を受けたという事実を重く受け止めねばならなかった。

 

「ハリーの精神状態はどうだったのだ、セブルス?」

 

「ポッターの心中には、極度の高揚感と達成感がありました。彼のなかではちょっとした冒険を成し遂げた、とでも思っているのでしょう。……我々の気も知らず」

 

 例によってセブルスのハリーに対する評価は低い。闇の魔術に対する知識も経験も、間違いなくこの中で誰よりもある専門家であるにも関わらず、その性格だけで周囲からの信頼を損なっていた。

 

「リーマスから見て、ハリーの状態はどうだったかな?」

 

 セブルスに対して、ポンフリー校医は非難するような視線を投げかけたが、セブルスにそれを気にする様子はない。

 

「ハリーには罪悪感と恐怖があったように見えました。クルーシオの影響か、感情に偏りが見られます」

 

「偏りとはどういう意味ですか、ルーピン先生?」

 

 ポンフリーの疑問にも、リーマスは教師らしく答えた。

 

「……以前の戦争で目にした被害者にままあったことで、クルーシオをかけられた大半の人間は痛みへの恐怖から萎縮し、弱気になり、己の尊厳を否定されたような状態になります。闇の魔法使いはそうして魔法使いを弱らせ、従順にさせるためにクルーシオをかけます」

 

「……」

 

 ポンフリーはチラリとセブルスを見た。かつて闇陣営にいた男は、黙ってリーマスの言葉に頷いた。リーマスの発言は正しいのだ。

 

「また、クルーシオにかけられてなおかつ強くあろうとする人間は、かけた相手への強い怒りによってその恐怖を吹き飛ばそうとする。今のハリーは後者の状態です」

 

「その……後者がポッターだと言うのですか?13歳の少年にしては……その精神力はあまりに強すぎると思いますが」

 

 ポンフリーの言葉に、リーマスは頷いた。

 

「強くあろうとする気力がまだ残っている。かけられた時間が短かったこともあるでしょうが、13歳としては異常なほど強い子です」

 

「貴様はポッターを過大に評価している。ポッターにそんな高尚なものはない。単に恐怖を感じる能力が著しく欠如しているに過ぎない」

 

 

 セブルスの言葉に対して、リーマスはあえて反論しなかった。客観的に見て、ハリーは魔法に触れて三年で命の危機に遭遇しすぎている。大抵の命の危機に対して鈍くならなければやっていけない目にあっているのだ。しかしそれを言えば、ハリーのため、というよりは生徒の命を護るために尽力しているセブルスをはじめとした教授陣を侮辱することになる。リーマスはだからこそ、闇のアイテムやレイブンクローの髪飾りが生徒の手が届く場所にあったことを指摘しなかった。

 

 

「……なるほど。二人とも、よくハリーを気にかけてあげてほしい。マダム、貴女にもいつも苦労をかけるが……ハリーが明日起きたとき、診察を頼みたい」

 

「当然です」

 

 ポンフリー校医は強い決意を持って頷くと、その代わりとばかりにダンブルドアの説明を求めた。

 

 

「……その代わりに教えてください、校長先生。なぜポッターが医務室に運ばれたのかを。またスリザリンの継承者が現れたとでも言うのですか?」

 

「……ダンブルドア。可能ならば私にも教えてください。セブルスから呼び出されたかと思えば、『ポッターがクルーシオにかけられた』という言葉だけです」

 

「では、一から順番に説明しようか。実はセブルスにも全てを説明していたわけではないのでね」

 

 そのダンブルドアの説明こそ、セブルスが待ち望んだことだった。セブルスですら、ダンブルドアからの緊急連絡でハリーがクルーシオを受けたので様子を確認しろと命令を受けただけだったのだ。

 

「では、話そう。ミスタマルフォイや、ミスタサダルファスが語った彼らの冒険を」

 

***

 

 ダンブルドアが語ったところによると、ハリーたちはルナ·ラブグッドの呼び掛けに応じてレイブンクローの髪飾りを探索した。探索の最中にボガートが出現し、あろうことかボガートは人間の姿になって魔法を使いだしたというのだ。ボガートのクルーシオ(拷問)を受けて、ハリーは気絶したのだと聞いて、ポンフリーは悲鳴に近い声をあげた。

 

「それを……信じるのですか?そんな荒唐無稽な話を?」

 

 ポンフリーはその話を信じなかった。ボガートはあくまでも人間が恐怖するものに化けるだけで、化けたあと直接的に危害を加えたり、魔法を使ったりすることはない。そういう生態であることは、大人の魔法使いならほぼ誰でも知っていることだった。

 

 

「信じるとも。彼らの言葉に嘘はない。この髪飾りがそれを証明している。髪飾りが保管されていたキャビネットにボガートが紛れ込み、ボガートは魔法という知恵を得たのだ。それによって、人間から恐怖という糧を得るためには……人間を魔法で苦しめれば良いと『学習』したのだ」

 

 

「……ダンブルドア校長。他の生徒に怪我はなかったのですか?」

 

「不幸中の幸いにして、クルーシオをかけられたのはハリーだけだったようだ」

 

「……本当に、不幸中のと言うべきですね」

 

 リーマスが力なくそう言うと、ダンブルドアはリーマスを労った。

 

「不幸中ので済んだのは、君がリディクラスの呪文をよく指導してくれていたお陰だ。そうでなければ、今頃七人の生徒が魂を奪われていたかもしれぬ」

 

 事の重大さを改めて認識した三名のうち、最初に発言したのはセブルスだった。

 

「一つ疑問があります。なぜボガートは最初からクルーシオを使わなかったのです?最初からルシウスに化け、近い人間にクルーシオをかけていけばよい。その方が、効率よく恐怖の感情を得られたでしょうに」

 

 リーマスはその問いに対して、起きた現象について一つ一つ考察を深めながら話した。

 

「ボガートの行動を、ボガートの生態と結びつけて考えると辻褄が合う。ボガートは恐怖を与える手段として魔法を使ったが、実際に使ったのは今回が初めてだったのではないだろうか」

 

「……ボガートにとって魔法はあくまでも手段にすぎなかったということか?」

 

「ああ」

 

「……?言っている意味がよく分かりません。説明してくださる?」

 

 セブルスの問いに、リーマスはそうだと言った。ポンフリーが少し拗ねて訊ねると、リーマスは言葉を重ねた。

 

「失礼、マダム。ボガートは髪飾りによって、杖なしでも魔法を行使できるほどの知性と魔力を得た。しかし、それを使ったのは今回だけか、あるいはもっとずっと昔か。とにかく、ボガートには経験がなかったのだと思います」

 

「経験……人間を襲う経験?」

 

「ええ。ボガートは暗がりを好み、多くは不意に遭遇した人間から恐怖を奪いますが……『必要の部屋』という場所で人間に遭遇する確率はどれほどでしょうか」

 

「ほぼ0ということね?」

 

 リーマスはポンフリーの言葉に頷いた。

 

「……必要の部屋を生徒や教師が訪れても、ボガートが遭遇するには、闇のアイテムが存在する場所を想像して入室し、さらにたまたまボガートの居る棚を開かなければならない。ボガートが人を襲ったのも今回が初めてでしょう」

 

「そしていざ人間に出会い化けてみれば、魔法を使うまでもなかった。わざわざ魔法を使わなくとも恐怖を得ることはできていたんです。途中までは」

 

「……途中というと、リディクラスを向けられるまではということ?」

 

「そうです。リディクラスをプロテゴで防げば消滅はしない。次第にリディクラスを使う人間が増えてきたところで手当たり次第に化けてみたら、それが元闇の魔法使いだった。ボガートに人間の判別ができたかどうかは定かではありませんが、ルシウス·マルフォイの姿をしているときに子供たちから恐怖を吸収しやすいと悟ったのは、ほぼ終盤だったのでしょうね」

 

 セブルスも無言でリーマスの言葉を聞いていた。

 

(自分の仮説と照らし合わせて齟齬がないか検証しているのだろうな)

 

 とリーマスは思った。仮にリーマスの意見が間違っていると思えばセブルスはそれを指摘するだろう。それはそれで、有意義なことだった。様々な視点から原因を検証して対策を検討した方が、突然変異のボガートがまた生まれた時に対応を誤らずにすむからだ。

 

 

「そして、ルシウス·マルフォイの姿でクルーシオを唱えた。そうすることで恐怖を煽ることが出来るから」

 

 

「……変身術は複雑で、解除にも魔力を消費する。ボガートが化けるにしても、イメージが明確であった方が魔力消費も少なく済む?」

 

「ええ。……あるいは、あの場で最も恐怖を感じていた人間の恐れるものに化けたのかもしれません」

 

 リーマスの推測は推測でしかなかったが、一定の説得力はあった。

 

「君にしては筋の通った仮説だ。ルシウス以上に優れた魔法使いなどドラコには想像もできないだろうし、魔法を使いこなすボガートなど前代未聞だ。ドラコたちが混乱に陥るのも無理はない」

 

「……よく分かりましたわ。校長先生、ルーピン先生。ありがとうございました。スネイプ教授、ポッターのことは心配なさらないでください」

 

「…………本当に、お手数をおかけします、マダム」

 

 珍しく、セブルスもリーマスの仮説を支持した。これは自寮の、それもお気に入りの生徒を護るためにである。

 

 ダンブルドアもそれに頷き、ポンフリー校医は納得した様子で校長室を去っていった。去り際に、ポンフリー校医に対してセブルスは深々と頭を下げた。

 

 

 

 

 後に残ったセブルスとリーマスは、部屋を出ようとするとダンブルドアに引き留められた。ある意味では、ここからが本題だった。ダンブルドアがあえて伏せた話を聞いて、リーマスは胃に痛みが起きた。

 

「…………ダンブルドア校長先生。ハリーが闇の魔術を使ったというのは本当ですか?」

 

「ああ。エクスパルソ(爆破)、プロテゴ ディアボリカ(悪魔の護り)、そして……フィンドファイア(悪霊の火)を用いた。ハリーは闇の魔術の……力によって、敵を征服するという道を選んだようだ」

 

 ダンブルドアがハリーに対して好意的でないことは明らかだった。リーマスは胃の痛みを感じながら、今後の対応策についてダンブルドアに提案した。

 

「校長先生。ハリーに挫折を与えるという話ですが。今のハリーにそれはあまりにも重荷なのではないでしょうか」

 

「……与えられた役目を放棄するというのか、ルーピン」

 

 セブルスの声に一段と厳しさが増した。ルーピンは、頚を横にふって言った。

 

「挫折はもう与えたんだよ、セブルス。ハリーはボガートを退治したいと私に相談した。私はそれを聞いて、ハリーが上手く行くように指導したが……ハリーはリディクラスが出来なかった。昨日の話だ」

 

 リーマスはセブルスの方を見ていたので、ダンブルドアの目の輝きが強まったことに気がつかなかった。

 

「何だと?昨日?そして今日ボガートに遭遇したと?」

 

「ああ。……ボガートは人の内面にも深く関わる存在だ。無理をして笑わせようとすれば歪みが生まれる。だから、出来なくてもいいと教えたが……」

 

 

「ハリーはリディクラスに成功した、と聞いた」

 

「……何ですって?それは本当ですか?」

 

「うむ。先程は省いたが、ミスターマルフォイやミスターザビニが話をしてくれた」

 

 リーマスの表情は曇った。ダンブルドアの瞳に冷酷な光が宿っていたことに気がついたからだ。リーマスは、役割を果たせなかったのだ。ハリーが闇の魔術を使うに至った経緯が、リーマスには想像できた。怒りや羞恥心に突き動かされ、最悪の精神状態だったはずだ。

 

「……ポッターのボガートは何なのだ、ルーピン」

 

 

「……それは……セブルス、今言うことではない。しかし、ボガートの話を聞いて確信しました」

 

 ルーピンは深く恥じ入りながらもダンブルドアに言った。

 

「今のハリーに挫折感を与えて、闇の魔術は良くないと言ったところで、受け入れるだけの心の余裕があるとは思えません。怒りで恐怖をかき消すという行為は、人の心を頑なにさせるんです。無論、時間を置いてから闇の魔術の危険性については教えなければならないし、ハリーの友人たちには今すぐにでも指導をするつもりです」

 

 

「……分かった。ハリーへの指導のタイミングはリーマスの判断に任せる。セブルスも、リーマスと共にハリーを支えるのだ」

 

「……それが校長先生のご命令であれば」

 

 セブルスは苦々しい不本意さを隠さずに言った。

 

「ご理解頂き、ありがとうございます校長先生」

 

 ダンブルドアに対して、リーマスは深々と頭を下げた。リーマスは、ハリーの内面を考えて指導のタイミングを後に見送った。これは闇の魔術自体が、ハリーの悪意を糧にして発動されていることに起因する。ハリーの精神を適切にケアした上でなければ、挫折させた後そのまま闇の魔法使いとして更なる覚醒をしかねないとリーマスは考えた。

 

 教師は生徒に対して好かれる必要も、媚を売る必要もない。しかし人間関係において、信頼関係というものは必要なのだ。リーマスがハリーからの信頼を得なければ、挫折による成長など促せるはずもなかった。

 

「……しかし、ダンブルドア先生。私には一つ気になることがあります」

 

 セブルスは苦々しい気持ちを顔に出しながらリーマスを睨んでいたが、やがておもむろに口を開いた。

 

「何かな?」

 

「誰がポッターに悪霊の火を吹き込んだか、ということです。ポッターが闇の魔術を知るには、誰かの入れ知恵がなければあり得ない。それを潰さなければ、今後も同じことが繰り返されます」

 

 セブルスは、強い決意を携えた瞳でダンブルドアに言った。

 

「監督生のマクギリス·カローか……あるいは、シリウス·ブラックがうっかり闇の物品をポッターに見せたのではないでしょうか?」

 

 リーマスがセブルスの言葉に抗議する前に、ダンブルドアが首を横にふってそれを否定した。

 

「それについては本人から話を聞いている。ハリーに闇の魔術を教えたのは、友人のファルカス·サダルファスだ」

 

「……!?」

 

 あまりの事実に絶句するスネイプ教授にかわって、リーマスが聞いた。リーマスもすくなからず驚いていた。ファルカスが普通に優秀な生徒であったということも理由の一つだし、セブルスはファルカスという少年については特になにも言ってはいないことを思い出したからだ。それはつまり、彼がセブルスから見て問題のない優等生だったということだ。

 

「な、何故です……?何故、闇の魔術を……?」

 

 

「ポッターに感化されたのですか?」

 

 セブルスの言葉を、ダンブルドアは否定した。

 

「いいや。純粋にハリーの力になりたいという一心で、祖父の書物をハリーに見せたのだそうだ。ハリーは夏休みの間に、悪霊の火と死体操作の闇の魔術を理解してしまった」

 

 ダンブルドアが冷静なことが、逆にリーマスには恐ろしかった。そしてセブルスは、頭にデパルソを受けたような気分になっていた。

 

 ハリーのルームメイトを決めたのは、セブルスである。ハリーの個人情報が闇陣営に漏れないよう、闇陣営からも純血主義からも遠い家の人間を配置した筈だった。それが、全くの裏目に出たのだとセブルスは苦々しく思っていた。

 

「……では、そのミスタサダルファスも闇の魔術を……?」

 

「理解しているだろう。あるいは理解した気になっているか。いずれにせよ、リーマスにはミスタサダルファスについても配慮を頼む。……セブルス。きみはただでさえ仕事を抱えすぎている。ミスタ·サダルファスについては、あまり気に病むな」

 

 ダンブルドアらしからぬ物言いだとリーマスは思ったが、セブルスの表情が動かないことを見て何かを察した。セブルスの怒りか、ストレスかが許容限界を超えようとしていることは明らかだった。

 

 校長室を辞したリーマスは、セブルスが忌々しげに呟く声を聞いた。

 

「…………マローダーズめ……!」

 

 その呟きに対して、リーマスは怒ろうとした。怒ろうとして、自分にはその権利も、資格もないと思った。リーマスとセブルスは一言も会話しないまま、それぞれの部屋へと足を運んだ。

 

 

 




推定闇の魔法使いなハリーたち四人をマローダーズ呼ばわりはマローダーズに対してあまりにも失礼な気もするが。
あくまでもスネイプ視点で見たハリーたちなので許してください。スネイプも大変なんだ……


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真の友

スネイプ視点のハリーたち
ハリー→ジェームズ(容姿的に)
ザビニ→シリウス(容姿的にザビニは女子人気があるので)
ファルカス→コリン、ピーター(取り巻き)
アズラエル→リーマス(良心枠)
ハーマイオニー→リリー(出自的に)
実際の立ち位置
ハリー→シリウス(外付け良心装置が必要)
ザビニ、ロン、ハーマイオニー→ジェームズ枠
ファルカス→ピーター(闇の魔術に興味あり)
アズラエル→リーマス(キレたらヤバイ枠)
リリー枠→不在


 

 目覚めたハリーは、ポンフリー校医からその日普通に授業を受けることを許された。ハリーにとって意外なことに、ハリーはポンフリーから説教を受けることはなかった。

 

(一体どうしたんだろう……?)

 

 ハリーはポンフリー校医から少なからず叱責を受けることは覚悟していた。前学期に入院したときも、一年生の時も、ハリーが無茶をする度にそれを叱ったのがポンフリー校医だった。ハリーは違和感を感じながらも、改めてポンフリー校医にお礼を言って大広間に向かった。

 

 大広間では、ドラコたち三人がスリザリン生たちから称賛を受けていた。称賛しているのは純血派閥の生徒たちで、クラブやゴイルは自分が魔法で誉められていることに夢中で、嬉しそうに顔をほころばせていた。それこそ、いつもならばがっついて食べる筈の朝食を忘れるほどに。

 

「ハロー、ポッター。君も無事で何よりだよ」

 

「カロー先輩。お早うございます」

 

 ハリーがザビニの隣に座る前に、大広間の視線はちらちらとハリーの方を向いているのを感じた。ハリーは視線から隠れるように、ザビニの斜め前の席に座っていたマクギリス·カローの影に座った。

 

「……お疲れ、ハリー。もう大丈夫なんだな」

 

「うん、まぁね……それで、どういう話になってるの?」

 

「どういう話とは?君たちがレイブンクローの髪飾りのレプリカを発見したことは、皆が知っているよ。クラブとゴイルがボガートを退治したこともね」

 

(なるほど、そういう流れか……)

 

 ハリーは頭の中で口裏を合わせるための話を思いついた。ハリーが闇の魔術を使ったことや、リディクラスの一件は隠しておきたい。クラブとゴイルのお陰で助かった、ということにしようとハリーは心に誓った。

 

「正直なところ、たかがボガートで君が負傷するとは思えないのだがね。一体何が起きたのか、良ければ話をしてくれないだろうか?」

 

「そんな。僕はボガートにはなにも出来ませんでした。失敗して怪我をしたんですよ。けれど、皆が助けてくれたんです。クラブとゴイルには感謝してもしきれません」

 

「……本当に、そうなのかな?バジリスクを倒した君が?」

 

 気がつけば、大広間の注目はハリーに集まっていた。

 

(……やられた……!?)

 

 マクギリスは最初からこれを狙っていたのだろうか。ハリーに注目が集まることを狙って、ここに陣取ったのだろうか。

 

「私は、君が純血主義に理解を示してくれたことをとても嬉しく思っているのだよ、ハリー」

 

 ハリーの心臓が大きく跳ねた。スリザリン生たちがハリーを見ている。ヒソヒソと何事かを囁き合っている。アズラエルたちは、マクギリスを恐れてなにも言えないでいた。

 

「クラブ君もゴイル君も、君が必要の部屋で見せた魔法を知りたいと思っている。どうかな?今度の茶会に君もー」

 

 

 

「マクギリス!今朝は監督生のミーティングがあるっつっただろ!油売ってんじゃねえ!」

 

「は、はい!すぐに!!」

 

 困っていたところに助け船をくれたのはガーフィール·ガフガリオンだった。今年七年生であり、スリザリンの監督生でもある彼は学年首席の座をパーシウィーズリーに奪われたものの、スリザリンの七年生として文句のない貫禄を備えており、下級生たちにとっては畏怖の対象となっていた。

 

 

 ハリーはグリフィンドールのテーブルから視線を感じた。ロンとハーマイオニーが、ハリーのことを心配そうに、そして、何があったのか聞きたいという目でハリーを見ていた。ハリーは二人の視線から逃げるように朝食を口に入れると、アクシオ(来い)でトランクを呼び寄せて、ザビニと共に魔法薬の授業へと向かった。大広間に残された生徒たちは、口々に隣の生徒と好き勝手に話し合っていた。

 

「動物園の蛇になった気分だよ。鑑賞する分には、さぞかし楽しいんだろうね」

 

 薬学の教室に入る前、ハリーは思わず呟いた。マクギリスは最早ああいう人なので置いておくとしても、ホグワーツ生たちの好奇心に満ちた視線は鬱陶しかった。ハリー自身に隠したいものがあるからだが。

 

 

「……ハリー。昨日あったことは気にすんな。マジで。事故に遭ったみたいなもんなんだからよ。あんなことになるなんて想像できねーよ。誰も悪くねえ。もちろんお前もな」

 

「皆、一月もすれば髪飾りのことなんて忘れるよ。クィディッチが始まるまでの辛抱さ」

 

「……ありがとう、二人とも」

 

「昨日何があったのかは、僕にも話せないことなんですか?」

 

 

「昨日も言っただろ。わざわざ話すほどのことじゃねえってことだよ」

 

 アズラエルは自分に話をしてくれないことに不満があるようだった。しかし、ボガートが相手だったということもあり最後には引き下がった。アズラエルは友人のデリケートな部分に土足で入り込む人間ではなかった。

 

「なら、笑い話として話せるようになるまで待っておきます」

 

 ハリーはザビニとファルカスが沈黙を守ってくれたことが嬉しかった。ハリーはザビニにダンブルドアについて問い質そうかと思ったが、やめた。ザビニはハリーの最も醜い姿、ハリーの恥を黙ってくれたのだ。ザビニがダンブルドアと親しいことは嫌だったが、ハリーは自分が闇の魔術を学んだことを思い出した。

 

(そうだ。僕だってザビニに不快な思いをさせてるじゃないか。……ダンブルドアと仲がいいことくらい、大した問題じゃないはずだ……)

 

 ハリーは自分にそう言い聞かせながら、薬学の教室へと足を踏み入れた。スネイプ教授の刺すような視線がハリーたちを出迎えて、ホグワーツでの何気ない一日がまた始まった。

 

***

 

「……今日はやけにスネイプ教授のあたりが強かったね」

 

「そうか?やらかした次の日はいつもこんなもんだろ?」

 

「だけど、僕だけじゃなくてファルカスからも減点したのは始めてだよ」

 

 ハリーが無茶をして入院した後の魔法薬の授業では、スネイプ教授はハリーの手際を見ては至らない部分を作り出して減点する。簡単に言えば、ハリーの作業中に質問に答えさせた上で、中断した魔法薬を見てハリーの手際が悪いと言うのである。スネイプ教授を尊敬しているハリーでも気づくほどに理不尽な扱いではあったが、今日はどういうわけかファルカスにまでそれを実行した。

 

「……多分スネイプ教授は、僕がハリーの友人なのが気に入らないんだ。僕の祖父は闇祓いだからね」

 

 ハリーたちの顔に陰りが見えた。スネイプ教授が、かつてテロリストの容疑をかけられていたことはあまりにも有名だ。

 

「ファルカス。そんなこと部屋の外で言うもんじゃありませんよ。誰に聞かれているかわからないんですから……」

 

「そうだね、ごめんアズラエル……」

 

「ま、魔法生物の授業で気分転換しようぜ。じゃーなアズラエル、ハリー」

 

 ハリーは一度ザビニたちと別れてアズラエルと一緒に古代ルーン文字学を受講する。ルーン文字の授業を受けたあとは、ハーマイオニーと一緒にタイムターナーをひっくり返して魔法生物学の授業を受ける予定だった。

 

 ハーマイオニーも、ハリーから昨日の話を聞きたがった。ハリーは後で話すと告げて、授業に没頭するふりをした。正直なところそれは嘘だった。古代ルーン文字の授業はまだ初歩の段階で、ハリーもハーマイオニーもアズラエルも内容は予習済みだったからだ。

 

 ハリーがハーマイオニーに邪険にしたのは、ハーマイオニーのことを嫌いになったからではなかった。昨日ボガートに対してしでかしたことが今もハリーの頭のなかにこびりついていて、後ろめたかったのだ。そのせいで、ハーマイオニーの瞳をまともに見れなくなっていたからだった。

 

(……ふーん?視線が合わせられない?なるほどこれは……?)

 

 アズラエルはそんなハリーの様子を横目で見て、一つの仮説を立てていた。

 

(どういう心境の変化があったのかは分かりませんが……そういうことですか)

 

 授業のあと、アズラエルはハリーの肩を叩いて言った。

 

「ハリー。僕は君のことを応援していますからね」

 

「……?待って。ちょっと待って。いきなりどうしたのアズラエル?」

 

 アズラエルは頭が回る。深読みもできるし、政治的な配慮もハリーたちのなかでは一番優れている。

 しかしそんなアズラエルだからこそ、間違えることも時にはあるのである。ハリーはアズラエルの言葉の意味が分からないまま、タイムターナーを起動させてハグリッドが教える魔法生物学の授業へと向かった。

 

***

 

 昨日の今日であるためか、魔法省の役人はまだハグリッドのもとを訪れてはいない。ハグリッドも初回の授業を反省してか、昨日の四年生の授業ではフロバーワームの観察という課題を出したようだったが、生徒たちから大不評を受けた。フロバーワームは、ルナ曰く『王蟲のなり損ない』という芋虫と団子虫を合わせたような蟲で、魔法薬の原料や食用として用いられるが、とにかく容姿が悪く可愛さがない。

 

 ハグリッドの魔法生物学を楽しんでもらいたいという熱意は本物で、今日の授業では子供のユニコーンを連れてきて、生徒たちと触れあわせてくれた。ハグリッドのことを馬鹿にしていたパンジー·パーキンソンですら、うっとりとユニコーンの挙動を眺めていた。

 

「素敵ね……こんなに可愛いなんて……」

 

「美しいだろう?ユニコーンはな、無垢で純粋な魂を見分けるという謂れもある。角に触れないようにそうっと撫でてやりゃあええ。きっと喜ぶぞ」

 

「はは、無垢で純粋だってよ。じゃー俺には懐かねーな」

「多分スリザリン生の大半が無理だよ。気にしないで、ザビニ」

 

「いやいやそこまで卑下することないだろ。お前ら普通に立派じゃん?」

 

 ロンが自虐するザビニを珍しくフォローするという歴史的一幕のあと、生徒たちはユニコーンと交流した。

 

 ユニコーンはグリフィンドール生だけではなく、パンジーやドラコにも、ザビニやファルカスやクラブやゴイルといったスリザリン生にもよく懐いた。ほとんどの生徒がユニコーンと触れあって大満足のなか、ユニコーンはハリーの差し出した手を嫌がり、森へ逃げようとした。

 

「コラコラ。落ち着けバルス。眼鏡のあんちゃんはお前を傷つけようなんて思ってねえ。……ハリー、もうちっと目線を低くしてそっと撫でてやれ。お前さんの蛇にしてやるように柔らかくな」

 

「はい、ハグリッド先生」

 

 ハグリッドのアドバイスのお陰で、ハリーもユニコーンの子供を撫でることができた。しかしユニコーンの子供は、ハリーから撫でられている間も警戒心を保ったままだった。

 

 スリザリン生やグリフィンドール生のほぼ全てがハグリッドの評価を上方修正し、満足感を得て大広間に向かうなか、ハリーは心の中に刺が刺さったまま歩いた。授業中にロンが何か聞きたそうにハリーのそばに来たときも、ハリーは何も言わなかった。言えなかったのだ。

 

(あの賢いユニコーンの子供はきっと、僕の心を見抜いたんだ)

 

 とハリーは思った。ハリーの心の中には、罪悪感が重石となってのし掛かっていた。

 

***

 

 

 その日の放課後に、ハリーたちは校長先生に呼び出された。呼び出されたのは、昨日ボガートと対峙した面々で、ドラコやクラブやゴイルも校長室にいた。ハリーとルナ以外の面々は、始めてみるフォークスや歴代校長の肖像画に興味津々といった様子だった。

 

「あ、火の鳥ちゃん!!」

 

「ルナ、校長室では静かにした方がいいよ……」

 

「いやいや。元気がよいのは良いことだよ。今日は君たちに、この髪飾りを返そうと思ってね」

 

「……え。レイブンクローの髪飾りをですか?」

「じゃあやっぱり、それはレプリカだったんですね?」

 

 ハリーたちは顔を見合わせ、困りはてた。破壊して既に機能を停止させたとはいえ、曰く付きのアイテムをもらってもあまり嬉しくはなかった。

 

「ああ。しかし、とても優れたレプリカだったので修復をさせてもらったよ。……ただ、それを受けとるべきものはこの世にはいないのでどうしようかと困ってしまってね」

 

「……?この世には……?」

 

 ダンブルドアは、回りくどいようでいてほとんどハリーたちに分かるように指示を出していた。まずレイブンクローの生徒であるルナが、次にドラコやハリーやファルカスが指示の意図に気付き、ルナが代表して髪飾りを受け取った。

 

「それ、どうするんだ?質屋に換金するのか?」

 

 ゴイルが興味津々でルナに聞くと、ルナはううんと首を横にふった。

 

「受けとるべき人が居るンだ。ついてきて」

 

 ハリーたちは、ルナの後をついてレイブンクローの談話室に足を踏み入れた。レイブンクローのセキュリティであるクイズは見えないがそこにあるものは何かという概念的な問いかけで、ルナは夢、ザビニは生命を、ハリーは死、ファルカスは信念と答えて通った。クラブとゴイルは通らせてもらえなさそうだったが、ドラコの血統という答えに情けをかけられて温情で通らせてもらった。

 

 レイブンクローの談話室ではルナも含めて、ハリーたちは針の筵だった。ルナが持っているものが何であるのか信じられない、あるいは信じたくないという生徒たちが、ルナの前に立ちはだかろうとした。少女たちはルナと同年代らしく背丈もルナと同じくらいだったが、ハリーには見覚えがなかった。

 

「ちょっと。……どうして……それをあんたなんかが持ってるというの」

 

 リーダー格の茶髪の少女は震えていた。ルナは普段通りの調子で朗らかに言った。

 

「ごきげんよう、レコア。私、これを届けたい人が居るンだ。そこを通してくれる?」

 

「…………だ、ダメよ!!だって……だって、スリザリン生と協力してそれを見つけたなんて……あんたの力じゃないじゃない!あんたの知恵じゃない!ルーニーなんてレイブンクローじゃないっ!」

 

 

 

「これは彼女が勝ち取ったものだぞ。君たちがでしゃばることじゃない」

 

「もし難癖つけようって言うのなら相手になるぜ?」

 

 ハリーとザビニがルナの後ろでレイブンクロー生を威嚇する。ドラコはふんと鼻を鳴らすと、レイブンクロー生に対して言った。

 

「ポッター。ザビニ。下級生に強く当たるのは感心しないね。ここは彼らのホームグラウンドなんだ。僕たちも彼らの理屈である『知恵』で相手をすべきだ」

 

「……確かに、ドラコの言う通りだ」

 

 ハリーは一理あると思い、ドラコに説得を任せた。そして、ドラコは。

 

「そこの君、レコアと言ったかい?君の両親は魔法省の官僚だったね……?僕の父は魔法省にも伝手があるんだが、その僕に歯向かうということがどういう」

 

「お前が一番脅してるじゃないか!!」

 

 ファルカスが憤慨して止めに入る。ハリーは冷や汗をかいて杖をドラコへと向けた。

 

「……シレンシオ(沈黙)」

 

 ハリーが沈黙魔法でドラコを黙らせた時には、レイブンクローの女子生徒たちは逃げ散っていた。ルナは、ドラコにお礼を言った。

 

「えーと。私って助けられたの?それともいじめの片棒を担がされたの?……まぁいいや。ありがとうドラちゃん」

 

「ごめんな、ルナ……」

 

 シレンシオのせいで抗議の声をあげることも出来ないドラコを伴って、ハリーたちはルナが目標としていたゴースト、灰色のレディのもとへ到達した。

 

 灰色のレディは、ルナが持ってきたティアラを見て、信じられないという風に泪を流した。頬からつつと流れる涙にハリーたちは気まずくなりながらも、代表してハリーがハンカチを差し出した。

 

「……ありがとう。それにしても、まさかスリザリン生がこれを取り戻してくれるなんて……」

 

「……まさかっていうのは?」

 

 灰色のレディは少しだけ悩んだ後、自分がレイブンクローの娘で、母親から髪飾りを『借り』て逃亡したこと、思いを寄せられていた男爵に殺害されたこと、男爵が灰色のレディを殺害したことを悔やみ、スリザリンの寮付きゴーストになったことを明かした。

 

「……そ、その…………」

 

 スリザリン生一同が絶句するなか、灰色のレディは一人一人の掌に口付けをしてくれた。ハリーは掌に雪を突っ込んだ時のような感覚を味わった後、灰色のレディからお礼を言われた。

 

「……悲しい歴史もあったけれど、あなたたちがそれを払拭してくれたわ。レイブンクローの知恵と、スリザリンの狡猾さはどちらも人が生きる上で、なくてはならないもの。私たちレイブンクローの子供たちは、知恵を求めるあまり他のことをないがしろにしがちなの」

 

 そう言って、ヘレナはルナを見やった。ハリーたちは、ヘレナの言葉に、ほんの少しだけ頷いた。

 

「……レイブンクローの子供たちに、あなたたちが仲良くしてあげてくれると嬉しいわ。きっとそれが、お母様の望んだこと。今はそんな気がするの」

 

 ルナからレイブンクローの髪飾りを受け取り、ハリーたちへと微笑んだその瞬間のヘレナ·レイブンクローは、ゴーストとしての縛りから解放され、生前の輝きを取り戻したようにハリーには見えた。数秒の後、ロウェナ·レイブンクローの肖像画のもとへと向かったヘレナのゴーストを、ハリーたちは晴れやかな気持ちで見送った。

 

 

「……行っちゃったね」

 

「俺らは帰ろうぜ。……あのゴーストさんは、これから色々と謝ったりなんやかんやでやりたいことが山盛りだろうからよ」

 

 こうして、レイブンクローの髪飾りをめぐる一連の騒動も終わりを迎えた。晴れやかな気持ちでレイブンクローの談話室を後にするハリーに、クラブとゴイルが駆け寄ってきた。ハリーは決闘クラブに行く前に、空き教室で二人を説得しなければならなかった。

 

「おいポッター、この後時間あるよな?お前が使った魔法教えてくれよ!」

 

「あの炎のやつ!かっこよかったじゃねえか!」

 

「……それは出来ない。あれは駄目な魔法なんだ。使っちゃいけない闇の魔術で、下手にやれば自滅する可能性もあるんだ」

 

「……ええ……」

 

「つまんねーな……」

 

「でも、代替的な魔法ならあるよ。決闘クラブで見ていく?」

 

 ハリーがクラブやゴイルをそう説得すると、二人はとても残念そうな顔をした。ハリーはその代わりに、二人に魔法を教えようとした。それを、ドラコが強い口調で止めた。

 

 

「待て、ポッター。ぼくの友人に手を出すな」

 

 ドラコは何かを覚悟したような、強い口調になっていた。今までにない雰囲気のドラコに、ザビニは何かを感じ取ったのか口を閉ざす一方、ファルカスが声を張り上げた。

 

「いや、教えてって言ってきたのはそっちだろ。何でもかんでもハリーのせいにするなよ」

 

 ファルカスの指摘に、ドラコは普段の高慢さを携えた仮面で対応した。

 

「ふん。それは失礼。……だが僕は、自分の気持ちに正直になろうと思ってね。 はっきり言うが……二人にはポッターに関わって欲しくはないんだ」

 

 そう言ったドラコの表情は、今までになく冷たかった。

 

「理由を聞いてもいいかな、ドラコ。……僕たちは、あの一件を一緒に乗り越えた友達で、仲間だと思うんだけど」

 

 ハリーは、内心で恐怖を感じながら言った。ドラコの冷たい目が、今までにない冷徹な口調が、ハリーに対する失望と、軽蔑を表現していた。

 

「……あのボガートが化けたマグルへの仕打ちは何だ、ポッター?」

 

「……っ!!」

 

 ドラコの声は、ハリーの恐れを的確に撃ち抜いた。ハリーは咄嗟に返答することも、閉心術を使うこともできなかった。

 

「君は昔、僕にこう言った」

 

「あいつらは僕らを化け物だと思ってる。だから平気で傷をつけられる」

 

「……やめろ」

 

 ハリーの心を想定外の痛みが襲った。それは、過去のハリーからもたらされた痛みだった。

 

「痛め付けて言葉の暴力で傷をつけてもなんとも思わない」

 

「やめてくれ」

 

「僕はそんな連中と同じやつになりたくないからスリザリンに来たんだよ」

 

「……………………」

 

 ハリーはもう、ドラコになにも言えなかった。言い返せずただドラコの顔を見返すしかないハリーには、ドラコが感じ取っている失望が、ありありと伝わった。

 

「僕は今の君を友達にしたいとは思わないし、大切な友人に君と関わって欲しいとも思わない」

 

 ドラコはきっぱりと、そう言いきった。ハリーは自分の掌の感覚がなくなっていくのを感じた。

 

「…………ラブグッドもウィーズリーもグレンジャーも、そんな君に心の底からは仲良くしたいとは思わないだろうよ」

 

「黙って聞いてりゃうだうだと好き勝手言いやがって!他に!!あの糞みたいな状況で!!何が出来たって言うんだ!!ハリーからも何か言ってやれ!黙ってる必要なんてねえぞ!!」

 

 ついにザビニが怒りを爆発させたが、ハリーは何も言えなかった。ただ、自分自身の恥を認めることしかできなかった。

 

「……僕は、あの時……僕は、心の底から楽しんでいた。………………楽しかったんだ」

 

 

「ブレーズ·ザビニ。ファルカス·サダルファス。お前たちはポッターが強いからついていっているだけだ。ポッターが、光の陣営として輝いているから着いていっているだけだ。そんなお前たちの言葉に、どれ程の説得力があるんだろうな」

 

「違う!」

 

 ファルカスがそう吠えたが、ドラコは振り返らずに去っていった。ハリーは、長い時間が経った後、ファルカスとザビニに頼んだ。

 

「……二人とも、ボガートのことは、黙っていてくれ……ロンにも、ハーマイオニーにも…………アズラエルにも知られたくない」

 

 頷いてくれた二人の顔を見て、ハリーは顔を洗うことを決めた。ハリーの頬からは、一滴の涙が流れていた。

 

 

 

 

 




リリー枠……ドラコ?!
……まぁ冗談はともかくとして。
スリザリンではもしかして、きみは真の友を得る。
真の友だから失うことだってあるんだ。
現実は悪夢と違って覚めないんだ。
ハリーが悪夢をいやがっていたのでつい……


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デート(挿絵あり)

アズラエル「ハリハーなんですかね?」
ザビニ「いやあいつの本命はチョウだぞ」
ファルカス「チョウって誰だっけ?」

ハリーの知らないところで交わされた会話である。
今回はアズラエルによるハリーのメンタルクリニク回です。


 

 数日後、ハリーはアズラエルからデートの誘いをかけられていた。アズラエルが彼女と一緒にデートスポットを回るので、ダブルデートとして彼女を連れてきてはどうかと言ったのだ。

 

「週末は僕らもホグズミードデビューってやつじゃないですか。気分転換にハーマイオニーでも誘ってみたらどうですか?」

 

「どうしてハーマイオニーが出てくるんだい、アズラエル?」

 

 ハリーはほとんど面倒くさそうに、展開していた魔法の炎を止めた。赤い炎はハリーの杖に向けて収束し、やがてちりちりと音を立てながら鎮火した。ハリーはデートなどする気分ではなかった。

 

 ドラコはあの後、ハリーと行動を共にすることはなかった。今までは朝会ったとき挨拶をしたり、何だかんだで二人で協力することもあった授業も受けず、ハリーとドラコの距離感は、単なるクラスメート以上のものではなくなった。ハリーはドラコに、また友達になってくれとは言えなかった。言って拒絶されることをハリーは恐れた。

 

 ハリーは週末までの期間、ロンやハーマイオニーになるべく以前と同じように接することを心がけた。それは心の底からのものではない。二人に嫌われたくないという思いがハリーの心をちらついて、楽しむことができなかった。

 

 

 ハリーの頭には、ドラコの声がこびりついていた。

 

 

(確かに、最低なやつだ。ダーズリーと同じだ。人を傷つけることを楽しんだ、それが今の僕だ)

 

(心の底から僕と仲良くしたいとは誰も思ってない……)

 

 ハリーは恐怖で、誰かを従えたいと思ったわけではなかった。ドラコの言葉は間違っているはずだった。

 

 ファルカスにしろザビニにしろ、ハリーが昨年、スリザリンの継承者だと学校中から疑われているときも変わらずハリーと行動してくれた。ただ、功績やスリザリンの名誉を求めているというだけで、どうして友達を続けられるだろうか。

 

 ロンもそうだ。ハーマイオニーを石に変えた敵を倒すため、妹のジニーを助けるためにプロテゴ·ディアボリカを越えてくれたことをハリーは覚えている。友情は本物のはずだ。

 

 だが、当のハリー自身が彼らを裏切っていたのである。闇の魔術にまた手を染めたばかりか、最も最悪な形で失望させてしまった。期待に応えられなかった。英雄らしく行動できなかった。ハリーは自分自身の恥を払拭するために、こう考えた。

 

(僕が強いからついてきてくれているのなら、もっと強くなればいい。

二度と失望させないように)

 

 

 ハリーは決闘クラブでの魔法の練習に打ち込み、自分の醜態も、ボガートのことも、ドラコの言葉も忘れようとした。それは逃避だった。ハリーはプロテゴ ディアボリカよりも難易度の低い合法的な魔法の、プロテゴ インセンディオを習得した。悪魔の守りのように広範囲に展開することは出来ないが、炎の防壁によってプロテゴとほぼ同等の防御力を維持したまま、焔に触れた術者の守りたい対象以外を燃やすというNEWTレベルの魔法だった。

 

 魔法の訓練に明け暮れるハリーを心配してか、金曜日のクラブ活動の後でアズラエルがハリーへと声をかけてきたのである。

 

「ま、ハーマイオニーを例に挙げたのは冗談ですけどね?君たちが髪飾りを探索しているとき、僕はミリセントに誘われてお茶会に参加していたんです。彼女からホグズミードにはいい雰囲気のデートスポットがあるって聞いたんですよ。折角ホグズミードに行くのなら、君も女の子と一緒に気分転換すればいいじゃないですか」

 

「デートしたいわけでもないから断るよ。今はそういう気分じゃなー」

 

「おや、そうですか?残念ですね……ザビニもファルカスも彼女持ちなんですが……」

 

(い、いつの間に……!?)

 

 ハリーはアズラエルの言葉に動揺した。ザビニがトレイシーと付き合っていたのは知っていたが、母親の一件があった後も付き合いが続いているとは知らなかった。ファルカスもモテないというわけではないだろうが、もうデートの約束を取り付けるような特定の相手がいたとは思わなかった。

 

「……へえ。それは知らなかったなあ」

 

 

(ま、まずい。まずいまずい。どうしよう?!)

 

「いや、皆でデートスポットを回るのも楽しいなあと思ったんですけどねえ」

 

(お、やっとハリーが魔法以外のことで動揺してますね……!!)

 

 ハリーは友人たちの中で自分だけが取り残されているような感覚に襲われた。みんなはいつの間に大人になったのだろうか、と焦った。

 

「日曜日の九時半に、ホグズミードの噴水広場に集合の予定なんです。良ければ好きな人を誘ってみたらどうですか?」

 

「…………考えておくよ。ありがとう、アズラエル」

 

「気が変わってくれて良かったです」

 

 アズラエルはハリーを煽るだけ煽ると、颯爽と部屋へと引き返した。ハリーの様子がおかしかったのを気にかけていたアズラエルは、見事ハリーの思考を魔法から引き離したのである。

 

***

 

 そして日曜日の朝九時に、ハリーはホグズミードの入り口で待ち合わせをしていた。拙いファッションセンスのまま直毛剤で髪を整えたマグル的な装いをしたハリーに対して、その女子は魔女らしく三角帽子を被り、緑色を基調とした落ち着いた色のローブを着ていた。

 

 

「おはよう、ダフネ。付き合ってくれて嬉しいよ」

 

「あなたが前に言ったことを覚えていたから、仕方なく付き合ってあげたのよ。感謝しなさい」

 

 

「君みたいな子と外を歩けて光栄だよ」

 

 ハリーの世辞に、ダフネは当然でしょうと言って鼻を鳴らした。どうやら彼女はその手の称賛は聞き飽きているようだった。

 

 ハリーは土曜日のクィディッチの練習後、ドラコの応援で競技場に来ていたパンジー一味を発見した。パンジーの友人であるダフネにはハリーは以前茶会に招かれたことがあった。そのお礼がしたいと頼み込んで、何とかOKを貰えたのである。ハリーはダフネには頭が上がらなかった。

 

 ハーマイオニーはそもそもロンと町を歩くのがわかりきっている。チョウはセドリックに首ったけで、アズラエルからの話を聞いた後で誘ったが丁重に断られてしまった。ハリーの交遊関係にいる女子と言えばあとはルナくらいだが、ルナは二年生でホグズミード行きを許可されていない。友人たちのなかで一人だけぼっちというのはなかなか精神的に厳しいものがあったハリーにとって、ダフネだけが最後の頼みの綱だった。

 

「直毛剤でもその髪は真っ直ぐにならないのね。安物なんじゃなくて?」

 

「考えてみるよ。……あ、ザビニたちも来た」

 

 ザビニの彼女はなんと、あのトレイシーだった。彼女はザビニの母親の悪評も気にせず、ザビニを選んだようだった。ハリーは内心でトレイシーとザビニの評価を上げた。

 

(流石に二人とも見る目があるなあ……)

 

 そういう子を選んだザビニに対しても、ザビニを見捨てなかったトレイシーに対してもハリーは敬意を抱いた。

 

 アズラエルがミリセントと共に合流し、最後にやってきたファルカスの彼女はレイブンクロー生のパドマ·パチルだった。学年一の美人と名高いパドマが居るとは一体どういうことかとザビニが詰めよったが、パドマ自身が言った。

 

 

「ファルカス君は下級生への虐めを止めてくれたでしょう?あの時私もいたの。かっこよかったわよ」

 

 何とも言い難い表情で照れているファルカスを冷やかしながら、ハリーたちは皆でホグズミードを探索した。デートと言っても健全なもので、ペットショップを見て回り、ハリーの愛蛇であるアスクレピオスやミリセントの愛猫用の玩具を購入したり、女性陣のお菓子や化粧品などの買い物に付き合ったりというのどかなものだった。ハリーはダフネへネックレスを贈り、ダフネはハリーに目薬をくれた。目薬は一時的に瞳の色を変えるというもので、一同はハリーの目がいつもの緑色から青色へと変わったことに驚いた。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 魔法でふわふわと購入したものを漂わせながら、ハリーたちはホグズミードのあちこちを見て回った。

 

「……ねぇザビニ。あれってバナナージ先輩だよね」

 

「隣に居る人は……誰だっけ?名前が出てこねーな」

 

「六年生のオードリー先輩よ。あの二人が付き合っていたなんて知らなかったわ……」

 

「げ、あっちのボートに居るのはマーセナスじゃないですか。セルウィン先輩もいます。ファルカス、ちょっと僕の姿を隠してください」

 

「アズラエルは本当にマーセナスがトラウマなんだね……」

 

 ホグズミードでは、見知らぬ顔も多かったが見知った人たちが余暇を満喫している姿を目にすることができた。アズラエルが嫌いな先輩を見て意気消沈している時、ハリーはガーフィール·ガフガリオンがアグリアス·ベオルブと釣りを満喫している姿を目撃した。

 

「……あの人たち、今年はNEWTの試験と就職活動があるはずだよね?大丈夫なのかな」

 

「推薦で就職先が決まってるらしいわ。ガーフィール先輩は成績がいいっていう噂よ」

 

 ダフネによると、就職を決める面接にはNEWTの成績は関係ないのだという。NEWTの成績で重要なのは、所属したあとの配属先なのだそうだ。

 

「興味のない部署に配属されないように、手を抜けるところでは手を抜くつもりなんじゃないかしら」

 

 ハリーたちは様々な見知った顔ぶれや、ゴーストが出没する心霊スポットに面白がりながらホグズミードを見て回り、歩き疲れたと文句を言うダフネやトレイシーにアイスクリームを渡して、木陰で涼んだ。

 

「ハリー、息抜きの筈が気を遣ってばかりじゃありません?」

 

「いや、こんなのは気を遣ってるうちには入らないよ」

 

 木陰で涼んでいたハリーは、マクギリス·カローが一人で人気の少ない通りへと向かっていくのを目にした。カロー先輩は筋肉質であり、なおかつ長身でもある。体格が良いので、フードを被っていてもすぐにわかるのだ。

 

(…………怪しい)

 

 ハリーは、カロー先輩が闇のアイテムを探していたことを思い出した。木陰から立ち上がり、カロー先輩が行った先をよくよく観察する。

 

「……気になるね」

 

 カロー先輩を追おうとしたハリーを、ザビニが手を掴んで止めた。

 

「今日は休みだ。そうだろ、ハリー」

 

「……ザビニ。いいんだね、それで?」

 

「いつもいつでも良いことやれるって訳じゃねえじゃんかよ。休みの時は休めば良いし、ちょっと悪いことだってやっていい。……少なくとも今はそーいう気分なんだよ」

 

 そう話している間に、マクギリスの姿は見えなくなった。ハリーたちは木陰から立ち上がると、三本の箒に向かって歩いていった。

 

 

 三本の箒で女子たちはバタービールを頼み、ハリーたち男子はノンアルコールのミルクやジュースを注文した。八人は上機嫌で三本の箒の店主から箒を四本借りると、男子たちの後ろに女子を乗せてホグズミードの空を飛んだ。

 

「……きゃ!?ポ、ポッター!!大丈夫!?これ大丈夫よね!?」

 

「揺らさないように細心の注意を払うよ。でも心配ならしっかりとしがみついていてね、お嬢さま」

 

「お、落としたら承知しないわよ!パパに訴えるからね!」

 

「クィディッチ選手としてそんなへまはしないよ」

 

 夕暮れ時のホグズミードの空をゆったりと箒が浮かぶ。女子たちは束の間の空中遊泳で、ホグズミードの夕焼けと酒の影響で赤く染まった女友達の顔を楽しんだ。

 

 指定された箇所に置いた箒が、アクシオ(来い)によって三本の箒へと戻っていくのを眺めながらハリーたちはホグワーツへと帰還した。ハリーはダフネにお礼を言いながらも、マクギリス·カローの怪しげな行動が頭の隅に残っていた。

 

 

 別れ際、ハリーはダフネに呼び止められた。

 

「……ねえ、ポッター。あなたに相談に乗ってほしいことがあるの。今日はもう遅いから、日を改めて聞いてくれない?」

 

「……?わかった、いいよ。君の頼みなら喜んで」

 

 ハリーはアルコールの影響でほんのりと頬を赤く染めたダフネとミリセントをアズラエルと共に女子寮まで送り届け、自分の部屋に戻った。部屋に戻る途中。アズラエルは、

 

「……こうなるとは正直予想外でした」

 

 と言った。

 

「……?うまくいったのならこれでいいだろ?」

 

「ええ。まぁ……」

 

 ハリーは変なアズラエルだなと思いつつ、自分達の部屋へと真っ直ぐに突き進んだ。その足取りは朝よりもしっかりしていた。




オリジナル魔法 プロテゴ インセンディオ(炎の護り)
ディアボリカより難易度は低く、他人依存のディアボリカとは違い己の意思で焼く相手を選ぶ魔法。他者依存の傾向がある今のハリーにとって精神的に必要な魔法であると考えたフリットウィック教授が教えた。七年生のDADAで教える魔法としては難易度は低め(ちなみに悪魔の護りも悪霊の火も闇の魔術であるため、使用方法は授業では教えない)。


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獅子戦争

今回オリジナル設定がありますが似たようなことは原作のハリポタ世界でもあったと思います。


 

 スリザリン寮六年生のリカルド·マーセナスは、親友のマクギリス·カローが後輩たちに噂を流す様を呆れながら眺めていた。マーセナスの彼女のイザベラ·セルウィンは、興味津々といった様子で後輩たちが去ったあと優雅に紅茶を楽しむマクギリスへと問いかけた。

 

「ねぇマッキー。どうしてあんな根も葉もない噂を流しているの?『ポッターは純血主義に理解を示してる』とか、『闇の魔術に興味がある』とか『純血主義の子とデートした』とか……」

 

 マクギリスは髪の毛を弄くりながら、親友の問いに答えた。

 

「フフフ。良く聞いてくれたね、ベラ。これもひとつの政治的な駆け引きさ」

 

「政治ねぇ……」

 

(それはマッキーには向いてねえんだよなぁ……)

 

 親友であるリカルドは、内心で呆れながらマクギリスを眺める。マクギリスとリカルドの黒歴史は、純血主義を過激に信仰し、他所の寮生に散々迷惑をかけて嫌われたことから始まった。そこから抜け出すことができたのは、普通に友達を作り、学生らしくきちんと勉強して青春したからである。マクギリスはそもそも直情的なタイプで、『政治』というものには向いていないのだ。

 

 しかし、純血主義の一族であるカロー家の後継者とあろうものが『政治に向いていない』では済まされない。学生のうちに経験を積んでおくにこしたことはない。だからリカルドは、マクギリスの稚拙な謀略にも口出しはしなかった。それは、スリザリン生らしいリカルドの親友としての情がゆえだった。

 

「ポッターに根も葉もない噂を流すことが政治?良くわからないんだけど」

 

「昨年度の秘密の部屋の時、ホグワーツ中の人々がポッターを恐れたことを覚えているだろう。あれと同じように、ポッターが純血主義に理解を示し始めているという風潮を作るのだよ」

 

 マクギリスは自信満々に己の計画を話した。

 

「……まぁぶっちゃけ九割の連中は、面白がってその噂を広めるでしょうね。ポッターのことなんてどうでも良い、楽しめればそれで良いっていう奴らがほとんどなんだし」

 

「有名人のそれっぽい噂というものは、たとえ嘘であったとしても気になるものだ。インフルエンサーの目星はついている。彼らは、面白おかしくポッターの噂を吹聴してくれるだろう」

 

「…………それでポッターを純血派閥に引き入れるってことが出来ると思う?本気で?」

 

「可能性はゼロではない。今学期、ポッターはミスタウィーズリーやミスグレンジャーではなく、ドラコと組んで困難を乗り越えた。加えて、ミスグリーングラスとデートしている。これは本当のことだ。噂というものは、九割が嘘であっても一割の真実があることでそれっぽくなるのだよ」

 

 イザベラ·セルウィンはフロバーワームを噛み潰したような表情でじっとマクギリスを見ていたが、やがて意を決したように言った。

 

「……ポッター自身が噂に対して首を縦にふらなければ、なんの効果もないわ。ねぇ、今すぐ噂を止められないの?」

 

「……良い案だと思うのだが、君の気に入らなかったかな、ベラ」

 

「根も葉もない噂を流されて困るのはダフネよ」

 

 イザベラはぴしゃりと言った。

 

「たった一回、出来心でデートしただけでも、ポッターは純血じゃないのよ。あの子が周囲から好奇心の視線にさらされて辛い思いをするって、マッキーだって想像できるでしょう?」

 

「……純血主義の未来のためには、必要なことだよ」

 

 マクギリスの表情に、はじめて陰りが見えた。マクギリスは基本的に後輩思いの男だ。自分の謀略のために後輩の、それも女子が不利益を被ることに良心が痛まないわけはない。

 だが、マクギリスは止まらなかった。

 

「だからって……!!」

 

「……ミスグリーングラスはそこまで愚かな子供ではないと私は思う。こういった噂が立つことも想像していただろう。いや、想定しておくべきだ。無論、ポッターもね」

 

 イザベラはマクギリスの言葉に押し黙った。スリザリン的な価値観から言えば、それは全くもってその通りだったからだ。

 

 

 

 スリザリン寮に入る子供のほとんどは、両親から純血主義について教え込まれる。それは己の交遊関係を、歴史ある家柄の人間か、純血である自分達を尊重してくれる人間かのどちらかにとどめて、両親たちが守ってきた純血派閥の利権を護るためだ。

 

 スキャンダルが怖いのであれば、周囲に発覚しないようあくまでも秘密裏に付き合うべきなのである。

 

(……へえ。成長したじゃないか、マクギリス)

 

 一方で、リカルドはマクギリスを見直した。今まで、マクギリス自身がこうして泥を被ることはなかった。狙った獲物を純血主義に引き込むとき、脅したり立場を危うくするのはいつもリカルドの仕事だった。

 

 

「……私は協力しないわよ。後輩の女子たちには根も葉もない噂だって言うからね」

 

「それで構わないよ、ベラ」

 

 怒りながら去っていくイザベラを見て、マクギリスは寂しそうに呟いた。

 

「友情を失ったかな、私は」

 

「そんな簡単に壊れるような付き合いじゃねえよ。今は頭に血が上ってるだけだ」

 

 リカルドはマクギリスに言った。

 

「……失敗したときは、ベラがグリーングラスをフォローしてくれるさ」

 

「本当に?」

 

 マクギリスの言葉に、リカルドは深く頷いた。

 

「俺が彼女にキスしてでも頼み込むさ。だからお前はそれでいい。迷うなよ、マクギリス」

 

「……私は本当に良い友を持ったな。それも、二人も」

 

 マクギリスは友情に感謝しながら、必要の部屋をあとにした。必要の部屋には、マクギリスが飲み残した紅茶が残されていた。

 

(大人の味がしただろう、マクギリス)

 

 苦くて飲む気がなくなったのだと、リカルドは思った。

 

***

 

 火曜日の一限と二限は、ホグワーツで最もつまらないという評判の授業だった。九割の生徒にとってはその授業は聞く価値がなく、睡眠時間に宛てられていた。

 

 ハリーは魔法史の授業を眠らずに受講する数少ない生徒の一人だった。12科目を受講しているハリーにとって、ビンズ教授の主観を差し挟まない無味乾燥な授業は眠気を誘うこともあったが、ハーマイオニーに負けるものかと踏ん張って授業を受けていた。

 

「……マグルの世界で英仏百年戦争が起きたあと、1403年を境に英国、仏国の魔法使いたちが両陣営に参戦しました。この参戦から終戦までの五十年間を、魔法世界では五十年戦争と呼びます」

 

 ビンズ教授の言葉に対して、ペンを走らせる生徒の数は少ない。ハリーはザビニに見せるため、ノートを二つとっていた。

 

「五十年戦争終結後、英国は慢性的な不況に陥り、また王権の争いにも発展します。マグルの世界では薔薇戦争と呼ばれるこの争いにも、英国の魔法使いたちは参戦し、その多くが内戦で殺しあいました。これを魔法使いの世界では『獅子戦争』と呼びます。混同しやすいので注意して記憶するように」

 

 そのビンズ教授の言葉と共に、授業の終わりを告げる鐘が鳴った。

 

(魔法使い同士で殺しあうなんてな…それも、マグルの戦争で…)

 

 ハリーにとって遠い過去の話で、今を生きるハリーには関係がないことだ。それでもマグルの戦争に荷担して命を落とした魔法使いがいたという事実は、ハリーの心に淀みを生んだ。泥のようなささやかな歪んだ思いを振り払うように、ハリーはファルカスに問いかけた。

 

「でも、どうして『獅子戦争』なんだろう。ファルカスは知らない?」

 

「僕はよく分からない。次の授業の時、ビンズ教授に質問してみなよ」

 

「そうだね。……さ、起きなよザビニ。次はマクゴナガル教授だよ。眠ってたらどやされる」

 

 

 ハリーはザビニの肩を叩いて起こし、次の授業へと向かった。道中、ハッフルパフの生徒やグリフィンドールの生徒がハリーを見て隣の生徒と雑談していた。

 

 

 ハリーはもはや噂話を無視しようと決めていたが、アズラエルは耳をそばだてて噂を聞いていた。その噂を耳にしたとき、アズラエルは表情を曇らせた。

 

(あれ……あっれ??これって不味くないですか……?政治的に……)

 

 アズラエルは、思わぬところでハリーの外堀が埋められていくのを感じ取っていた。そして肝心のハリーは、それに気付いていなかった。ハリーは今週末にもダフネの相談に乗るということで、ホグズミードのカフェに行くとアズラエルたちに話していたのである。

 

 アズラエルは胸騒ぎを感じながら、変身術の教室へと足を踏み入れた。

 

***

 

 その日の変身術の授業の時、ロンはそわそわとハーマイオニーに尋ねた。

 

「あ、ハリーだ。……どうする?俺からあの噂について聞いてみようか?」

 

「きっと根も葉もない噂よ、ロン。あ、ほらハリーも手を振ってくれたわ」

 

 教室に入ってきたハリーが軽くロンへと手をあげ、ロンもそれに応じて軽く手を上げ返す。普段通りの何気ない挨拶だった。

 

(……でも、もしも本当だったとしたら……)

 

 聡明なハーマイオニーは、噂の真偽についてハリーに問おうかどうか迷った。迷った末、今は聞かなくても良いだろうと思った。

 

(……私はあんまりハリーには近づかないほうがいいのかしら。お邪魔になっちゃう)

 

 ハーマイオニーはハリーと、そして噂の女子……ダフネ·グリーングラスの方をちらりと見た。ハーマイオニーの仇敵であるパンジ·パーキンソンと親しげに会話しているその少女のことをハーマイオニーは知らない。しかし友人であるハリーの幸せを祈って、ハーマイオニーはぐっと掌を握りしめた。

 

(頑張ってね、ハリー!)

 

***

 

 ハリーはその日の放課後も決闘クラブで魔法の練習をした。

 

(ドラコも……クラブもゴイルも……今日も来てないか……)

 

 ハリーは胸の痛みを抱えながら、ロンやハーマイオニーと一緒に、今日だけの臨時講師の話をノート取ろうとポールペンとノートを用意した。ハリーがハーマイオニーの隣に座ると、周囲の生徒たちはざわめいた。ハリーは無視した。

 

 そう、この日は決闘クラブにルーピン先生が招かれていたのである。ルーピン先生は、最初にインセンディオでハリーたちの前に炎を出して見せると、ハリーたちに一つの魔法を教えてくれた。

 

「今日はフリットウィック教授に招かれたこともあるし、君たちに魔法の炎に対抗するための魔法を教えようと思う。みんなは『変わり者のヴェンデリン』を知っているかな?マクギリス」

 

 ハーマイオニーとハリーは挙手して答えようとしたが、最前列にいたマクギリス·カローが挙手していたちめ気付かれなかった。マクギリスは自信満々に答えた。

 

「マグルを愚弄するために火炙りの刑を受けた過去の魔女です」

 

「その通りだ。よく勉強しているね、スリザリンに五点。彼女は実に47回も火炙りを受けたが、それを無傷で乗りきるためにある魔法を開発した。 フレイム グレイシアス(炎よ凍れ)という魔法だ」

 

 ルーピン教授が杖を自分の左腕に向けると、杖先から白い光が迸った。ルーピン教授が左腕を火の中に突っ込んだが、ルーピン先生の腕にはなんの変化もなかった。

 

「この呪文をかけるときは、自分自身の体に向けて使うといい。火の勢いはそのままに、炎の影響を無視することができる」

 

「先生、普通に消火するんじゃダメなんですか?アグアメンティ(水よ)で消せると思うんですが」

 

 部員たちがうんうんとルーピン先生の言葉に頷くなか、ファルカスが挙手して聞いた。

 

「いい質問だ、ファルカス。スリザリンに一点。通常のインセンディオならばそうだが、魔法による火災の中には、油や触媒を交えたインセンディオの亜種による火災や、近年ではマグルの電気的設備を利用した火災などがある。それぞれ燃えている物体をエバネスコ(消えろ)で除去したり、二酸化炭素を加えて消火したりととっさの場合において適切な対応が異なるんだ。だからまず、この魔法で自分の身の安全を確保してから対応する消火措置を取る必要がある」

 

 ルーピン先生の臨時講義は、内容で言えば五年生かそれ以上の知識を必要としていた。ハリーは炎系統の魔法を習得するついでにインセンディオの派生も覚えていたが、火災の種類に応じて適切な魔法をとっさに使用するのは難しそうだと思った。そういう意味で、ルーピン先生の教えは理にかなっていた。まず己の身の安全を確保しておけば、パニックで誤った魔法を使用する可能性はぐっと減るからだ。

 

 講義の最後に、ハリーはルーピン先生に一つ質問をした。

 

「より強力で手に追えない火災の時はどうすればいいですか?」

 

 ハリーの想定は闇の魔術による火災だった。ルーピン先生は暗にハリーの言いたいことを理解したようで、腕を組みながら言った。

 

「よく聞いてくれた。スリザリンに一点。その場合も対応は変わらない。……あまりに火の勢いが大きくなりすぎてしまった時は、フレイム グレイシアスの語尾に『マキシマ』をつける」

 

「マキシマ、ですか」

 

「マキシマはほとんどの魔法に対して使用可能な増幅魔法だ。魔法の効用や範囲の拡大、持続時間の向上などさまざまな応用が可能になる。……ただし、出力を込めた魔力以上に増大すれば持続時間が、持続時間を限界以上に引き出せば魔力が拡散して効果は弱まる。あくまでも、術者の制御可能な全力を引き出すための魔法だ。これによって、グレイシアスの効果を最大限に引き出して身を護り、その場から離れるように」

 

 ルーピン先生の講義のあと、バナナージ先輩は立ち上がってルーピン先生に頭を下げ、講義のお礼を言った。ハリーたちはルーピン先生に見守られながら魔法の訓練をしたが、面白い魔法を多く知れたことからか皆はいつもより熱が入っていた。

 

 

 ハリーの目下の目標は、ペスティス インセンディウム(悪霊の火)やプロテゴ·ディアボリカ(悪魔の護り)を使わず、通常のチャームをそれらの領域にまで超えるための魔法、マキシマの習得だった。杖による魔力の増幅作用と魔力の効率のよい運用ができてはじめて習得できるマキシマは、習得できれば闇の魔術に頼らずともそれに近い威力の魔法が使えるようになる。その分、その理論の習得は一筋縄ではいかず、マキシマによって増幅させたい魔法そのものに対しても習熟が必要になる。ハリーは数多くの魔法を習得してはその反復練習を繰り返し、マキシマの習得めざして特訓を続けた。ハリーの顔には自然と笑みがこぼれていた。

 

***

 

 

 そんなハリーの姿を、リーマス·ルーピンはじっと観察していた。生徒たちの杖の振り方や魔法の狙いの付け方、発音の仕方などに関する質問に答えながら、リーマスは気がついたことがあった。

 

 

(………ハリーはあの年にしては実力がありすぎている。ハーマイオニー·グレンジャーもそうだ。昔のジェームズとシリウス程ではないが、戦闘能力に限れば同年代ではすでにトップクラスだろう)

 

 同年代のスリザリン生であるブルーム·アズラエル等と比較すると分かりやすいが、ハリーの腕は三年生にしては優れすぎていた。魔法の発動の早さ、正確さ、射程の長さなども申し分なく、模擬戦でも上級生相手に勝ち星をあげることもあった。

 

 三年前まで魔法について知らなかったにも関わらず、魔法に関して知識があったスリザリンの同級生と比べても遜色ないか、それ以上に魔法を使いこなしている。あそこまで習熟するには、毎日毎日正しい振り方で杖を振らなければならない。正しいというのが問題で、数をこなすだけでは魔法は発動してくれないのだ。魔法に関する異常なほどの熱意があり、適切な知識がなければ、杖捌きを熟すことは出来ないのだ。

 

 ハリーやハーマイオニーがそこまで向上したのは、決闘クラブという基本を習熟できる環境で、フリットウィック教授という適切な指導者のもと、バナナージという理解ある先輩がいたこと、グリフィンドール生と友好的な関係を結べたことも大きかったのだろう。

 

 リーマスは記憶の中の旧友たちがハリーを見れば何を言うだろうかと思った。

 

(……あのときのパッドフットやプロングズなら……あそこまで熱心に魔法をやってるやつは気持ち悪いと言っただろうな。ワームテールはかかわり合いになりたくないと思っただろう)

 

 スリザリン生だろうがグリフィンドール生だろうが無関係に、対等に魔法を習熟できる環境を作り上げたフリットウィック教授に対して、リーマスは改めて尊敬の念を深くした。そういう環境こそ、あのときのリーマスが欲しかったものだった。恐らくは今のハリーたちにとっても、悪いものではないとリーマスは考えた。

 

 ダンブルドアは、ハリーが戦闘能力に傾倒することを好ましくは思っていない。しかしリーマスは、決闘クラブという環境ですくすくと健全に成長するのであればそれは構わないではないかと思った。少なくともここには、寮の違いによる対立はほとんどないと言っていいのだから。

 

 リーマスはクラブが終わったあと、ハリーがマクギリス·カローとバナナージ·ビストに誘われてどこかに行くのを安心した目で見送った。

 

 

***

 

 ハリーとマクギリス、バナナージ、そしてアズラエルは『必要の部屋』に足を踏み入れていた。ことの発端は、ハリーがバナナージにビンズ教授の授業で気になったところを問うたことだった。バナナージは真面目なハッフルパフ生らしくきちんと授業を受けており、OWLの魔法史でもOの成績を納めていた。

 

「俺じゃなくてマクギリスやガーフィール先輩に聞けばいいんじゃないか?」

 

「スリザリン視点の歴史じゃなくて、なるべく客観的な意見が欲しいんです」

 

 ハリーは前年度のスリザリンの継承者の一件もあって、ハリー自身のスリザリンへの愛着とは別にそれを盲信すべきではないと言う結論に至っていた。継承者であるリドルのふるまいは、ハリーの判断の指針とするにはあまりにも危険すぎた。

 

「オーケーだ。じゃ、これから必要の部屋に行こうか?それとも明日にするか?」

 

「良いんですか!?じゃあ今日お願いします!」

 

「待ちたまえ。何やら面白そうな話ではないか、バナナージ。私も混ぜてくれないか?」

 

「俺は別に構わないが……ハリーもそれでいいか?」

 

「はい、ぜひお願いします」

 

「あー、その話ぼくも聞かせてもらっていいですか!!興味がありまして!」

 

 そんなハリーとバナナージに、マクギリスも割り込んできた。ハリーは閉心術でにこやかにマクギリスに対応しながら必要の部屋へと向かった。以前闇のアイテムがあった部屋は、四人が腰掛けるにちょうどいい椅子とテーブルのある部屋へと変わっていた。

 

 ハリーは気がついていないものの、アズラエルが同行を申し出たのはハリーの政治的な立場に配慮してのことであった。マクギリスに連れられて怪しげな会合に参加したと言う噂が広まる前に、アズラエルもそれに参加したあと、バナナージに頼んで純血主義とは無関係の会合だという噂を流してもらうつもりだった。かつてマクギリスの友人に泥棒を強要されたアズラエルにとって、マクギリスとその友人であるリカルド·マーセナスは警戒対象のろくでなしだったのである。最近の不安定なハリーが、彼らの話を真に受けて取り込まれて欲しくはなかった。

 

「んで……獅子戦争についての話だったな、ハリー」

 

「はい。授業ではさらっと流されたんですが、そもそもどうして魔法使いなのにマグルの戦争に参戦なんてしたんですか?」

 

 

「あー、なるほど。今の授業ではそこら辺をやってるのか。話せば長くなるんだが………まず、歴史について考えるときは当時の倫理観は現代のそれとは違うってことを覚えておいてくれよ?」

 

「ええ」「はい」「今と変わらない価値観もあるがね」

 

「マッキー、話の腰を折らないでくれ」「すまんバナナージ。続けてくれたまえ」

 

 バナナージは本棚からアクシオで資料を呼び寄せると、今の主流となっている学説について話し始めた。

 

 

「あの辺りの歴史はいろいろと事情があるんで、まずは百年戦争から話すけど、そもそも当時はマグルの戦争に参加するのは珍しいことじゃなかったんだ」

 

「人を殺すこともですか?」

 

「……いやまぁ……な。グリフィンドールが決闘をしまくってたって話は前にしたよな。グリフィンドール自体昔の人だから、相手がマグルだろうが決闘をして、勝っていた。………そんなグリフィンドールの考え方がホグワーツで根付いてから300年経過して、ルールに則った争いならマグルと戦ってもまぁいいだろうって考える魔法使いは多かった。単純計算で、当時のホグワーツを出たざっと魔法使いの四分の一位だな」

 

「マグルの世界で言う百年戦争が始まったときは、フランスの魔法使いたちも英国の魔法使いたちも呑気なものだった。すぐ終わるだろと思ってたんだな。ちょっと手を貸してやれば終わるとたかをくくってた。……ところが、何十年経っても終わらない。フランス側にも魔法学校があって、その出身者たちは団結してフランスのマグルを支援してたからだ」

 

「……泥沼ですねぇ……考えたくないなぁ、五十年も戦うなんて」

 

「この世の地獄だね、さすがに」

 

 アズラエルの言葉にハリーも頷いた。

 

「マグルへの間接的な支援だけじゃ埒が明かない。なら俺が終わらせてやるって、当時のグリフィンドール出身者たちは思ったんだろう。勇敢で慈悲深い彼らは、疲弊していくマグルたちに杖を差しのべたくなった。かのグリフィンドールと同じように手柄を立てて、英雄として戦争を終結へと導こうとした。フランス魔法使いたちも同じだな。戦争が長引くにつれて、これはどうにかしないと不味いんじゃないかと思い始めて参戦し出した。結果として戦力が拮抗して、百年も続いちまったけどな」

 

「そんで我がハッフルパフ出身者も、マグルと交流を持ってたり親がマグルだったり……そういう事情のある人が多かった。ここで問題だ。自分の親が戦争に駆り出されたとして君ならどうする?」

 

「……!」

 

 ハリーは思わず口に手を当てた。アズラエルは感心したようにバナナージの話に聞き入っていた。

 

「察したか?親を護りたい、知り合いのマグルを助けたいって理由で、俺たちハッフルパフの出身者も大勢参戦したんだ。で、まぁ結末はビンズ教授の言う通りだな。大勢の魔法使いや魔女が命を落とすことになった。大切なものを護るためにな。レイブンクロー出身者も参戦した。彼らは魔法の腕を試すためや、魔法研究のために必要な領地を護るためって理由で参戦したが、フランスの新しい魔法の餌食になる奴らも多かった。レイブンクローは個人主義がいきすぎてて戦争になると連携が取れなかったんだ」

 

「スリザリンはどうだったんですか?」

 

「スリザリンは戦争に直接参戦するって形じゃなくて、王侯貴族といった有力者に近付いて舵取りをしようとした。……まぁ、結果としては上手く行かなかった。スリザリン内部にも派閥争いはあるだろ?だからフランスとの戦争が終わっても、英国国内の内戦……薔薇戦争になっちまったのさ」

 

 マクギリスは眉を潜めたものの、仕方なくといった風に頷いた。

 

「調停に失敗したのは事実だね。魔法使いの間で意思統一をはかれなかった。当時の英国の魔法使いには、魔法省がない。従うべき圧倒的な権威が不足していたのだ。だから権力争いに目が眩み、同族同士で血を流してしまった」

 

 ハリーはなんとも言えない気分だった。マグルと関わったことで魔法使いが悲しむという現実がある。しかしマグルがいなければ、そもそも魔法使いは生まれてすらいないという現実は、今も昔もそう変わらないのだ。そして、理由さえあれば同じ魔法使い同士でも、殺しあう。

 

(……現代は……それよりはマシなのか)

 

 ハリーは何となくそう思いながら、マクギリスとバナナージに尋ねた。

 

「あの、薔薇戦争になったのはスリザリン出身者が舵取りに失敗したのが原因ですよね?なんで獅子戦争になったんですか?」

 

「それは私が答えよう」

 

 マクギリス·カローが、ずずいと名乗りをあげた。アズラエルやハリーは思わず椅子の上で身を引いた。バナナージはニコニコとそれを見守った。

 

「グリフィンドールには勇敢さの他に、もう一つの徳目がある。それがなにか分かるかな、ハリー?」

 

 

「騎士道ですか?」

 

「その通りだ。騎士とは貴族に仕え、報酬を得る身分だ。五十年戦争は、魔法世界としては事実上の英国側の敗北で終わったのだよ、ハリー。いくつかの有名を馳せた魔法族が生まれ、長い戦争のなかで没落していった。それは、マグルの世界があまりにも荒廃してしまったがために魔法使いへの報酬を用意できなかったからなのだ。フランス側も疲弊していたからね」

 

「……それに、参戦した魔法使いたちが怒ったんですね?」

 

 アズラエルは恐る恐る予想を口にした。バナナージとマクギリスはアズラエルを褒めた。

 

「そうだ。マグルと魔法使いとの間で、『対等な取り引き』が成立しなくなったんだ。戦争で友や仲間や家族を失い、報酬も満足にない。それに怒った騎士……つまり、グリフィンドール派閥の魔法使いたちは、自分に報酬を用意してくれるマグルを支援して今度は英国内で殺しあった」

 

「いやおかしいでしょう!?同寮のよしみとかないんですか!?」

 

「戦争で飢え死にかどうかって瀬戸際で、そんなことを気にしている余裕もなかったんだよ。ものが溢れてる現代と違って、当時はマグルの世界も魔法界も今より貧しかった。未開拓の場所は今より多かったんだ」

 

「……そうだったんですか……」

 

 

「結果として、薔薇戦争で一番血を流したのは……グリフィンドール出身者だった。英国魔法界は失った命への敬意と、そして二度と同じことを繰り返すまいという戒めを込めて『薔薇戦争』に『獅子戦争』という名前をつけたんだ。……ま、そういう歴史があったってことだけ覚えとけばいいさ。レポート、頑張れよ」

 

「……はい。ありがとうございました、バナナージ先輩、マクギリス先輩」

 

 なんとも言えない表情で獅子戦争についての話をバナナージから聞き終えたハリーを、マクギリスは穏やかに見守っていた。マクギリスは内心で、必ずハリーを純血主義に引き入れるという決意を強めていた。

 

***

 

 

 




バナナージも言ってますが、グリフィンドールやハッフルパフや一部のレイブンクロー出身者の、『マグルに対して融和的に接する人もOKだよ何ならマグルを護るためにマグル同士の戦争にも荷担するよ』という考え方は当時としては別に悪くないものだということを覚えておいて下さい。
なぜなら国際機密保持法が成立したのは17世紀。当時はマグルとの決闘は合法だったのです。英国中の頭グリフィンドールが参戦していなければ、百年戦争は仏国魔法族が参戦したフランスの圧勝だったでしょう。
あとマクギリスは伏せてますがスリザリンの一族にも親戚が参戦するからうちも参戦するみたいなノリで参戦して、そのまま戦死した魔女や魔法使いはいました。ハッフルパフ出身の闇の魔法使いと同じように喧伝しないから忘れられただけです。


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恋に恋する(1)

パトロナスとか占いとか、原作のここら辺の要素は中学二年生くらいの男子のハートを鷲掴みにしにきてる。


 

 ハリーはアズラエルから、マクギリスについて警戒するようにと強く言い含められていた。

 

「大袈裟だよアズラエル。マーセナスならともかく、あの人は身内には手を出さない。ちょっとノリについていけないところはあるけど」

 

「本当にそうでしょうか……?そうだったらいいんですけどねえ」

 

 アズラエルは半信半疑といった様子で腕を組んでいた。ハリーはマクギリスが夏休みに闇のアイテムを探していたことを覚えているし、純血主義に関してマクギリスが過激派であることも知っている。とはいえ、後輩思いのスリザリン愛に溢れた人であることも事実だ。直接的に他人を害するような人間ではなさそうな以上は、ザビニの言う通り放っておいて問題はないのだろうとハリーは自分を納得させていた。

 

「距離感を間違えなければいい先輩だよ、あの人の方はね。でも、アズラエルの方こそ最近どうしたんだい?何か心配ごとでもあるの?」

 

 ハリーは何か悩みでもあるのかと思いアズラエルに尋ねると、アズラエルは複雑な顔でハリーを見た。

 

「……いや君にそれを言われるのは屈辱ですねえ……」

 

「どうして?」

 

「とにかく、マクギリスには注意してください。あの人は君を、純血主義の旗印にしようとしているかもしれません」

 

 真面目くさってそう言うアズラエルがハリーには少しおかしかった。リディクラス(笑え)もまともにできないハリーを過大評価しているのだから。ハリーは困ったように笑って言った。

 

「僕が純血主義に頷かなければいいだけだよ。アズラエルは細かいところを気にしすぎさ。……っていうか、僕にそんな価値はないだろ?」

 

 ハリーは本気でそう言うと、アズラエルはまぁそうですね、と言った。

 

「君がナルシストでなかったことには安心しましたけどね。一応、ポッター家の生き残りという意味で君の存在には……言い方は悪いですが利用価値がありますから」

 

 ハリーはアズラエルの言葉を受け入れられた。もっとも友人の言葉だったからで、初対面の相手にこれを言われたら頭に血が上っていただろう。

 

 両親に生かされたこと以外に価値がない、『生き残った男の子』。それが重たくて、誇らしくて、そして時に嫌だったからこそ、ハリーは頑張ってきた。ハリー自身の努力を見てくれる人はいるはずだと思った。

 

 ハリーは二年生のとき、パンジー·パーキンソンから受けた仕打ちを思い出してアズラエルの言葉に無言で頷いた。仮に、ハリー自身のことを考えている人間であったとしても、それがハリーにとって好ましいものかどうかは別だ。マクギリスがハリーの家に価値を見いだしたとは思いたくはないが、スリザリンの価値観ならそういう動機で動くことは充分あり得ることだった。

 

「こういうのは君がどう思っているかじゃなくて、周囲が見てどう思うか、なんです。去年の秘密の部屋のときもそうだったでしょう?変なレッテルが貼られる前にもっとロンやハーマイオニーと話した方がいいですよ、ハリー」

 

 アズラエルの言葉はいつも正しい。それができるかどうかは置いておいて。

 

「……それはアズラエルの言う通りだろうけど。自分の評判のためにロンやハーマイオニーを利用するのは気が引けるよ」

 

 ハリーは正直にぼやいた。ハリーはまだリディクラスの一件を引きずっていた。あの時のことを隠しながらロンとハーマイオニーに普段通りに接することができるようになるまで、もう少し時間を置きたかった。

 

「利用じゃないです。これは必要なことですよ、ハリー」

 

 しかし、アズラエルは必要の部屋でのボガートの件を詳しくは知らない。なのでハリーの気持ちよりも、政治的な立場を優先すべきだと強く主張した。

 

「また今度、二人と遊んでみてはどうですか?週末に三人でホグズミードを回るとか」

 

 ハリーは腕を組んだ。土曜日はクィディッチの練習があり、ホグズミード休暇は日曜日だけだ。しかし、今週はその日曜の予定も埋まっていた。

 

「……ハーマイオニーは毎日忙しいし、僕も土曜は動けない。今週の日曜は先約があるんだ」

 

「おや?どなたとですか」

 

「ダフネ」

 

 ハリーは普段通りの調子で言った。ダフネの相談に乗ると約束している以上、それを破るのは人としてどうかと思う。ハリーはダフネを優先するつもりだった。

 

 アズラエルは、さすがにダフネと付き合うべきではないとは言わなかった。アズラエル自身、ミリセントと交流を深めている真っ最中だったからだ。ハリーがハーマイオニーのことが気になっていたわけではなかったのはアズラエルにとっては誤算だったが、友人としてハリーがうまく行くことをアズラエルは望んだ。

 

 

「へぇ、グリーングラスさんですか。いいですね。どこに行くかは決めてるんですか?」

 

「いや、それがまだなんだ。下見に行く時間もないし、目立たないスポットがないかガーフィール先輩に聞いてみようと思ってる」

 

 アズラエルはぽんと手を叩いて言った。

 

「それなら僕、先週のデートの前に先輩たちから聞いておきましたよ。マダム·パティフットの店がおすすめらしいです。詳しくは知りませんが」

 

「……そうか!ありがとうアズラエル。助かったよ」

 

 ハリーはアズラエルに感謝しながらその日の勉強を終えた。多忙な日々はあっという間に過ぎていった。

 

***

 

 ホグワーツ魔法魔術学校では三年生を境に、徐々にカップルが成立し始める。生徒たちの頭の中が急にピンク色に染め上げられたかのようなこの現象を、ミネルバ·マクゴナガルは『恋患い』と呼んだ。ホグワーツという家からホグズミードという外に出る機会を得た生徒たちが、それまでの鬱憤を晴らすように意中の人に思いを告げたり、思春期ゆえの焦りと恋愛への憧れ異性と付き合ってみたくなるという、一種の魔法にかかるのである。

 

 

 日曜日に、ハリーはマダム·パティフットの喫茶店でダフネを待っていた。ハリーの瞳の色はいつもの翡翠色ではなく、微かな青色だ。ダフネから貰った目薬をハリーは使うことにしていた。何となくそれを使った方がダフネは喜ぶだろうと思ったからだ。

 

 暇潰しに、ハリーはファルカスから借り受けたタロットを引いてみた。歴とした占い学である。絵柄の書かれていないタロットを引くと、その日の人物に最も近いアルカナを示すのだ。もっともその精度は使用者の才能に依存する。ハリーに占い学の才能はないので、完全にお遊びだ。

 

 

 ファルカスから借り受けたタロットを引いてみると、タロットはは『愚者』の正位置を示していた。悩みなどないという顔で空を見上げる男の姿を眺めていると、そのタロットがすっとハリーの掌から離れた。

 

「ロコモータ。待たせたわね、ポッター。……あら?」

 

「ああ、ダフネ。もう来たんだ。全然待ってないよ、僕も今来たところだ。いい帽子だね。どこで購入したの?」

 

「エイブリー洋装店よ。あそこは魔女向けの服も多くあるの。ここと違って、落ち着いた店よ」

 

 

「店選びのセンスがなくてごめんね」

 

 ダフネ·グリーングラスも先週と変わらないローブだが、三角帽子のデザインは緑色から紫へと変わっていた。簡単な社交辞令のあと、ダフネは店への不快感を示した。

 

 この店ははっきり言ってハリーの趣味ではなかった。カップル向けの店なのだがとにかく演出がくどく、時折店の中を舞う紙吹雪が紅茶に入り込んで紅茶を台無しにしようとする。ダフネは店の中をちらつくピンク色の光に不快そうな表情を浮かべた。

 

「……場所を変えようか?ここはなんだか雰囲気が良くないし」

 

「また外を歩くのは面倒よ。ここでいいわ」

 

 ダフネはハリーの正面に座ると、向日葵茶を注文してハリーの目の前のタロットに興味を示した。

 

「あなたは『愚者』。ねえ、それは愚者のカードがこちらにあっても問題ないのかしら?」

 

「ああ。今日の君が『愚者』の運命なら、アルカナはそれを指し示してくれる。一枚引いてみる?」

 

「こんなもの、あてにならないわよ」

 

 そう言ってダフネはタロットカードを引いたが、絵柄を見たあとしばらく沈黙した。

 

「どうだった?悪い絵柄だったなら、その回避方法もファルカスから教わっているけど」

 

 ハリーが尋ねると、ダフネはきつい目でハリーを見た。

 

「私がこんなものを信じると思う?これを信じるのなんて、グリフィンドールやハッフルパフの生徒くらいよ。『女帝』の正位置よ。回避する必要はないわ」

 

「そうか、それは良かった。……それじゃ、そろそろ本題に入っていいかな。君の相談っていうのはどんなことなんだい?」

 

「実は……妹のことで悩みがあるの。あの子、学校に馴染めていなさそうなのよ」

 

 ダフネが語ったところによると、妹のアストリアは典型的な純血主義者で、そのために周囲の生徒と衝突してしまっているらしい。

 

「……そうなんだ。それは大変だね」

 

(ダフネの家も、純血主義の風潮はあるんだな)

 

 ハリーは慎重に言葉を選んだ。純血主義をどうこうするのは、ハリーのスタンスではない。ハリーや、ハリーの周囲の友達……例えばロンやハーマイオニーの迷惑にならないなら、勝手に信じて貰って構わないというのが、ハリーの信条なのだ。

 

「私も止めたのだけれど、あの子は私の話を聞いてくれなくて。反抗期なの。姉が圧政者だと思ってるんでしょうね。人の気も知らないで……」

 

「はじめてのホグワーツで気負ってるんだよ、きっと」

 

「そうかしら……」

 

 ダフネの愚痴は長かった。妹に対する不満は相当あったらしく、ハリーは十分ほど聞き役に徹しながらダフネの心労を慰めた。

 

「ねえ、アストリアを決闘クラブで引き取って貰えないかしら。他所の寮生と問題を起こしてばかりなのはあの子のためにならないと思うの。……正直に言うと、私まで極端な純血主義だという目で見られるのは困るし」

 

「決闘クラブで今すぐ引き取るというのは賛成できないよ、ダフネ」

 

 ハリーはまず、最初に断った。

 

「どうして?あなたは一年生だったラブグッドを部活に誘ったと聞いたわよ」

 

 頬を膨らませて怒りをあらわすダフネに対して、ハリーは穏やかになだめるように言った。

 

「部長の方針でね。純血主義を大っぴらに押し付ける人はあの部でも嫌われるんだ。最低限、そういう話は部活が終わったあとでするのが暗黙の了承になってる」

 

「……他所の寮生たちと交流する意味でいい考えだと思ったのだけれど、無理かしら?」

 

「順番が逆で、本人が最低限そういうのを外に出さないってマナーを身に付けなきゃ決闘クラブでも孤立するよ」

 

「うっ」

 

「そもそも、アストリアが他の寮の友達なんて欲しくないって気持ちなら僕らの考えを押し付けるのは良くないことだし」

 

「ううっ!」

 

 ダフネが恨みがましい目をハリーに向けるのを、涼しい顔で眺めつつハリーは紅茶を飲んだ。清涼感のある香りがあたまをスッキリとさせてくれた。

 

 

「……僕からアストリアと話してみてもいいかな、ダフネ。アストリアが本気で純血主義が大事ならそれを変えるのは良くないことだし、尊重すべきだと思う。けれど、もし変わりたい、決闘クラブに入りたいって意志があるなら、その手助けはしてあげられる。入ったあとのバックアップをするって約束する」

 

 ハリーは一縷の望みをかけてダフネに言った。ダフネは数分間悩んだあと、ハリーの目を見て言った。

 

「……なら、頼んでもいいかしら?」

 

「いいよ、ダフネ。交渉成立だ」

 

 そしてハリーとダフネは上機嫌で喫茶店を後にした。二人は自分達を監視する視線に気がつかなかった。

 

***

 

 そしてハリーは、アストリア·グリーングラスと話をした。アストリアは上級生でありながら純血主義ではないハリーには、全く敬意を示さなかった。

 

「先輩に私の思想についてとやかく言われる筋合いはありません!『混血』の癖に『純血』の私に声をかけないで下さいます?」

 

「君がそういう考えなら否定はしないし、ここは寮の談話室だからそれでいい。でもね、寮の外ではそれが通用しないことだってあるんだ」

 

 ハリーの言葉に、アストリアはうっと目をそらした。思い当たるふしはあるのだろう。

 

「知った風な口を!あなたは他所の寮生と仲良くしているではありませんか!」

 

「仲良くしてるけど、それは『絶対』じゃない。失礼な態度を取れば仲のいい友達だって怒るし、魔法をかけることもある。実際、ぼくはグリフィンドール生にナメクジの魔法をかけられたよ」

 

「!?」

 

「……そうなる前に……世間の渡り方、知りたくないかな?」

 

 ハリーは自分も世間が渡れているわけではないにも関わらずそう言った。アストリアはふるふると震えながら叫んだ。

 

「よ、余計なお世話ですわ!とっとと失せやがれ~っ!」

 

「何か困ったことがあったら相談してね、アストリア」

 

 数日後、ハリーはアストリアが女子監督生のジェマ·ファーレイに泣きついているところを目にした。ダフネは、ハリーのお陰で素直になったとハリーを労った。

 

「あれで良かったのよ。素直にならずにずるずると意地を張ってもいいことなんてないわ」

 

「いや。ぼくはちょっと意地悪だったかもしれない」

 

 

「……ポッター、我が妹を侮ったらいけないわ。女子の涙は最後の手段なのよ。信じたらおしまいよ?」

 

 ハリーはダフネからお礼のティーカップを貰い、スリザリンにおける純血主義の難しさを改めて実感した。純血主義者は、そもそもホグワーツでは数が少ない。レイシストが生きていけるほど世間は甘くはない。変わらなければ生きてはゆけないのだ。

 

***




スネイプ教授「ポッター?何だその目は?瞳に対する魔法薬の濫用は視力の衰えに繋がる。スリザリンから20点減点」
ダフネ「!??」

ちなみにダフネの引いたタロットカードは『恋人』の正位置でした。


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恋に恋する(2)


世はまさにホグワーツの大恋愛時代!!


 

「実に三年ぶりの決闘大会が近付いている。当日はダンブルドア校長先生や四寮の教授陣も俺たちの勇姿を見てくれる。部員の皆は、日々の勉強の成果を発揮してベストを尽くしてくれ」

 

 バナナージ·ビストは、ある日部員たちにそう宣言した。部員のなかにアストリアはいない。彼女は監督生のジェマのアドバイスに従い、純血主義を表に出さないように訓練中とは姉のダフネの弁だ。

 ハリーは決闘大会についてバナナージに尋ねた。

 

「どうして今まで開催されなかったんですか?」

 

 一年生の時も二年生の時も、決闘大会が開催された記憶がなかった。

 

「二年前は部員不足で、グラウンドじゃなくてこの教室で開催していたんだ。『わざわざグラウンドを使うくらいならクィディッチの練習をさせろ』ってクィディッチチームの声があったからな」

 

「だから誰も、大会が開催されたことを知らなかったという訳だ」

 

 パーシー·ウィーズリーがそう発言した。パーシーは首席であり、部長ではないが決闘クラブに所属しているなかでは最も強いのではないかとハリーは見ていた。去年、秘密の部屋に突入してリドル相手に大立ち回りを演じたのもパーシーなのだ。

 

「そういうことだ。……それで去年は皆も知っての通り秘密の部屋騒動もあったし、開催自体を自粛したんだ。色々とあったからな」

 

 何人かの生徒は居心地が悪そうだった。秘密の部屋騒動で部を一時的に離れ、騒動が収まってから復帰したからだ。バナナージはニッコリと微笑むと、そんな彼らを安心させた。もう怒ってないよ、と言うように。

 

「無事開催できることになって、俺も嬉しい」

 

「優勝したら賞品はあるんですか?!」

 

 コリン·クリーピーが挙手してキラキラした目でバナナージに尋ねると、大勢の生徒はコリンを暖かい目で見た。コリンは正式に部の一員として加入し、大勢の先輩たちから可愛がられている。

 

「ホグズミードの一日優待券と、優勝記念トロフィーが授与される。このトロフィーは開催期ごとに作られて、優勝した人が卒業してもずうっと部に残り続けるんだ。いわば、ホグワーツ最強っていう名誉が最大の報酬だな」

 

 その言葉に、男子たちや好戦的な女子たちはざわめき、やる気を出していた。部活とはいえ、決闘をやるからには負けず嫌いで血の気が多くなくてはいけない。最後まで勝てば最強という名誉が得られるのなら、誰だってやる気を見せるというものだ。一部の例外を除いては。

 

「ま、決闘はクィディッチと違ってメジャーなスポーツじゃない。グラウンドで開催するけど、どうせ観客なんて集まらないさ。気楽に楽しくやろう、皆」

 

 バナナージはそう言ったが、目は笑っていなかった。部長として誰にも負けるつもりはないと、その目が語っていた。そんなバナナージに、マクギリス·カローがひとつの提案した。

 

「ひとついいかな、バナナージ部長。私は一般からの参加も受け付けるべきだと思う」

 

「一般参加?部員以外での大会への参加か?」

 

「どうせ一日グラウンドを貸し切るのだ。参加人数が多い方が盛り上がるだろう?」

 

「お前にしてはいい意見じゃないか、マクギリス!部長、俺も賛成だ。これをきっかけに決闘の競技人口を増やすべきだ!」

 

 意外にも、マクギリスの意見にガエリオ·ジュリスが賛同した。他の部員たちも否定する様子はなかった。ハリーも、

 

(ロックハートのような人間が扇動でもしなければ決闘大会にわざわざ参加する物好きはいないだろう)

 

 と思った。

 

「ふっ……まさか、君に賛同されるとはな、ガエリオ。正直に言えば複雑な気分だ」

 

「初心者狩りをすることは競技人口の増加には繋がらないんだが……」

 

 バナナージはこのマクギリスの提案に渋い顔をしたが、ハリーも含めた部員たちの多くはマクギリスに賛同した。ハリーはバナナージの了承を得て、ドラコとクラブ、ゴイルに決闘大会への招待状を送った。ドラコたちは髪飾りの一件以来、決闘クラブに姿を見せなくなっていたからだ。

 

 

(これを切っ掛けに、また遊びに来てくれれば……)

 

 ハリーはそんな淡い期待を抱きながら、決闘クラブで魔法の練習に打ち込んだ。闇の魔術なしで結果を出すことで、自分自身のやっていることは間違いではないと思いたかった。決闘大会で結果を出せば、ドラコとも和解できるのではないかと思った。ドラコは近頃、クィディッチの練習のときですらハリーと距離を置いていた。

 

 ハリーはドラコのことを頭から振り払うと、隣で黙々とステューピファイの練習をしているハーマイオニーに言った。

 

「ハーマイオニー。もしトーナメントで当たったら、お互い全力を尽くそう」

 

「ハリー?……ええ。私も、あなたに勝つつもりで全力を尽くすわ」

 

 ハリーはハーマイオニーに勝つという当面の目標を達成することに躍起になっていた。学年で最も多彩な魔法を使いこなせるのはハーマイオニーなのだ。その彼女に勝てたならば、ハリーも自分自身の力量に自信を持つことができる。

 

「おいおい、俺らと当たる可能性もあるってことを忘れんなよハリー。うかうかしてたら勝っちゃうぞ。なぁロン?」

 

「え、俺も?」

 

「いや、ザビニやロンたちのことも警戒してるよ。ぼくは誰相手でも手は抜かない。呪文が当たったら、その瞬間負けるからね」

 

 ハリーはザビニから小突かれつつ、空中に浮かべていた丸太を土管に変えた。土管は制御を失い落ちていく。変身呪文によって物質が変わった結果、浮遊呪文の効力を失ったのだ。

 

「皆頑張るなぁ。私はテキトーでいいやー」

 

 ルナはのんびりと杖を回していたが、コリン·クリーピーから挑発されていた。

 

「あ、ぼく知ってる。そういうのを負けたときの言い訳って言うんだよね!」

 

「コリンには勝てるけど?」

 

「ぼくはハリーから魔法を教わったんだよ?ルナには負けないよ!」

 

「ハイハイ」

 

 やる気の無さそうなルナにやる気を出させるため、ハリーはザビニと相談してひと計らいした。ザビニはルナを釣るなら動物だろうとハリーに提案したのである。

 

「ルナ。もしも一回戦に勝てたらハグリッドに頼んでユニコーンの赤ちゃんを見せてあげるよ。でも、今回は大勢参加するからなあ。頑張らずにいて一回戦に勝てるかな?」

 

 その言葉を聞いたあとは、ルナは集中して魔法の訓練に打ち込んだ。ハリーは苦笑しながらも、ザビニにグーサインを送った。ザビニはピースサインで返した。

 

***

 

 

 決闘大会当日の日曜日、部員以外の参加者は当初予想していたよりは増えなかった。部員以外の参加者はクラブを出禁になっていたフレッドとジョージの双子、運動神経に優れたクィディッチチームのプレイヤー、ホグワーツでの思い出作りとして参加した七年生、OWLを終えて余裕のある六年生という面々だ。ホグワーツ最強(の学生)という肩書きを狙う強者の群れを見て、参加を見送る学生が多かった。

 

 さらに、事前にリー·ジョーダンやフレッドとジョージの双子が大会の開催を喧伝したことで、グラウンドにはクィディッチの時と変わらないほどの観客で満ちていた。ウィーズリーの双子がトトカルチョでも仕切っているのではないかとハリーは疑ったが、自分の組み合わせを見てそれどころではなくなった。ハリーの相手は、レイブンクロー監督生のペネロピー·クリアウォーターだ。ペネロピーは決闘クラブのメンバーで、プロテゴを修得済みの強敵だった。

 

 

「これは……相当厳しい戦いになりそうだね……」

 

「どちらが勝っても修羅の道ですね。お互い頑張りましょう。ミリセントが応援に来てくれている以上、手加減はしませんよ、ファル」

 

「ぼくもだよブルーム」

 

 ファルカスは厳しい顔でトーナメントの組み合わせを見つめる。ファルカスは一回戦でアズラエルとあたり、アズラエルとファルカスのどちらが勝っても次で六年生のリカルド·マーセナスと戦う羽目になる組み合わせだった。

 

「六年生や七年生と当たったらアウト、部員同士でも格上ばっか……一回でも勝てたら御の字だなぁ」

 

 ロンは自信なさげに組み合わせを見やると、自分の相手がクラブであることに気付き目を見開いていた。ロンの目に光が宿った。ハリーの顔は優れなかった。トーナメント表にクラブとゴイルの名前はあっても、ドラコ·マルフォイの名はなかったからだ。

 

 

 

「出るからには年齢は関係ないわ。自分の持てる力全てを使うだけよ」

 

 ハーマイオニーの相手はスリザリンの監督生で六年生のイザベラ·セルウィンだ。ハリーたちは各々の対戦カードを見比べながら、試合の行方を見守っていた。

 

 

 そして、決闘大会が行われた。

 

 一番最初に戦ったのはウィーズリーの双子の一人、ジョージだった。ジョージの相手はレイブンクローの七年生で、誰もが七年生の勝利を疑わなかった。ジョージは五年生でほとんどの魔法を修得しているとはいえ、七年生には無言呪文があるからだ。

 

 しかし、ロンが『天才』と言うウィーズリーの双子は格が違った。双子にとって、単なる秀才はおやつも同然だった。ロンによると、ロンがまだ物心つかないほどの昔から杖を持ったパーシー相手に激闘を繰り広げていたらしいジョージ·ウィーズリーは、無言呪文から放たれる光線を全てかわしきり、余裕をもって詠唱式のエクスペリアームスを使い勝利をもぎ取った。

 

***

 

 リーマス·ルーピンも、体調に優れないながら決闘大会を観戦していた。リーマスの学生時代、決闘大会などが開催できる状況ではなかった。暗黒時代のなかにあって、優秀な魔法使いは己の技を秘匿することを選んだからだ。

 

(しかし、現代の子供たちも負けてはいないな……)

 

 リーマスから見て、フレッドとジョージの双子の反射神経は素晴らしいものがあった。あとはもう少し学業に力を入れて知識を身に付ければ、親友二人の再来になる。つまりは手のつけられない悪童になると思い、リーマスは二人がさほど学業に優秀でなくて良かったと思い直した。

 

「……おや。あの魔法は……」

 

 試合を観戦していたリーマスは、グリフィンドールの男子とハリーの友人らしきレイブンクローの女子の試合を興味深そうに見た。男子の方は、じつに面白い戦法をしている。空中に浮遊しながら魔法を撃っているのだ。機動力を生かして魔法を回避する様は新鮮で、リーマスのみならず多くの観客が男子であるコリン·クリーピーを応援していた。

 

「隙だらけの戦法だ。全く評価できん」

 

 リーマスの隣の教授席で観戦していたセブルスはそう吐き捨てた。セブルスの隣に座っていたマグル学教授のチャリティーは、楽しそうに試合を見守りながらセブルスに問いかける。

 

「そうかしら?とても斬新で面白い戦法だと思うわ」

 

「あの戦法は相手の良心に期待している。呪文を当てたら、当てた相手が死んでしまうかもしれんという心の隙間をついているのだ。とても真っ当な戦術ではない」

 

 リーマスはその言葉を否定しなかった。空中に浮くことで相手の魔法を回避しやすくはなるが、魔法が直撃したときコリンは墜落する。エクスペリアームスですら致命傷になりかねない。もっとも、そういった生徒の事故死を防ぐためにリーマスたちが観戦しているのだが。

 

「……男子の体力が尽きてきたようだ。そろそろ決まる」

 

 リーマスは、勝者はコリンではないと預言した。リーマスは預言者ではないが、その通りになった。一分後、ルナが放った魔法がコリンに直撃した。

 

 

「レヴィコーパス!!」

 

 

 その魔法の詠唱を聞いたとき、セブルスが殺気を放ち、チャリティーがびくりと殺気に気付いて恐怖した。リーマスは胃が痛くなる気持ちをおさえながら、セブルスをなだめなければならなかった。

 

 

***

 

 ルナが浮遊するコリンに魔法を当ててコリンをくるぶしから吊し上げ、勝利をもぎ取った。ハリーは待合室で、ソノーラスによって拡声されたリー·ジョーダンの声でルナの勝利を知った。

 

「二年生とは思えないハイレベルな闘いでした!!終始優勢に進めたクリーピー、逆転勝利をもぎ取ったラブグッド、双方に大きな拍手が贈られています!!」

 

 

(……そうか、惜しかったなコリン。でもこれからだぞ。僕もそうだった)

 

 ハリーは後輩の敗北を惜しんだ。コリンはまだまだ拙いとはいえ、浮遊や炎、武装解除などハリーの得意な魔法を覚えようと頑張っていたからだ。

 

 天才に敵わなくても、積み上げた知識や魔法が無駄になるわけではない。ハリーは自分のそれが通用するかどうか確かめるために、グラウンドに足を向けた。

 

 ハリーの対戦相手は、レイブンクローの監督生であるペネロピー·クリアウォーターだった。

 

***

 

(遅い!!ボガートに比べたら何てことない!行けるっ!)

 

「パルス(沼よ)!!」

 

 ハリーは勝利を確信しながらペネロピーが繰り出した光線をかわしきり、魔法を撃った。ペネロピーは流石と言うべきか、無言呪文のプロテゴを展開している。魔法の光線がペネロピーに当たったとしても効果はない。

 

 しかし、ハリーの杖から撃たれた光線はペネロピーではなく、ペネロピーの手前の地面に直撃した。その瞬間、ペネロピーの両足が沈む。ハリーのコンジュレーションによって出現した沼にはまってしまったのだ。

 

「エクスペリアームス(武装解除)」

 

 ペネロピーが脱出しようと足に杖を向けた瞬間、ハリーの武装解除によって杖はペネロピーの手から離れる。観客たちが歓声に沸くなか、ハリーは勝利を手にした喜びを噛み締めながらペネロピーにお辞儀をしてつえを返却した。

 

「……参ったわ。まさか負けるとは思わなかった。……けれどこの先戦う相手は、私よりずっと強いはず。頑張って戦ってね、ポッター」

 

「こちらこそ、いい勝負ができました。本当にありがとうございました、クリアウォーター先輩」

 

 ハリーがペネロピーと握手した瞬間、スリザリンの応援席がざわめいた。ペネロピー·クリアウォーターがマグル生まれだからだろう。ハリーはスリザリンの応援席を気にせず競技場を去るとアズラエルから満面の笑みで出迎えられた。

 

「あれでいいんです、ハリー。いい試合でしたよ」

 

「まだまだだよ。アクシオ戦法はあんまり通用しなかったし」

 

 ハリーはルーンを刻んだローブを着て、身体能力と魔力を向上させ、相手のアクシオ(引き寄せ)を防いだ万全の状態で戦闘に臨んでいた。己の手で刻んだルーンであれば、ルーン付きの戦闘も認められていた。しかし、レイブンクローの秀才であるペネロピーもどうやらルーンを刻んだローブを着ていたらしく、アクシオによって相手を引き寄せるという戦法は不発に終わった。

 

 ペネロピーは無言呪文によってハリーより早く攻撃できる。だからハリーはレヴィオーサで浮遊し、高速移動でペネロピーを翻弄しながら魔法を回避してハリーのペースへと持ち込んだ。おそらくもう一度戦えばハリーが負けるだろうとハリーは思った。

 

 ハリーが腹立たしかったのは、そんなペネロピーの技量をスリザリンの応援席は見ていなかっただろうということだ。大半のスリザリン生にとって大事なのは個人の技量ではなく、その個人の出自。それだけで、魔法使いとしての腕に敬意を払う生徒は圧倒的に少数だった。

 

「運が良かったよ。先輩がコリンの試合を見ていたら、対策のひとつや二つ思い付いたはずだ」

 

「運も実力のうちです。……あ、ぼくはそろそろ試合がありますんでこれで」

 

 アズラエルは、ハリーにダフネが近寄ってきたのを見て席を外した。今の決闘場ではロンとクラブが激戦を繰り広げようとしていた。

 

「頑張ってね、アズラエル」

 

「ぼくを応援したらファルカスが怒りますよ?」

 

「聞かれてないさ」

 

 アズラエルを見送ったハリーは、ハリーに近寄ってきたマクギリスから逃れてダフネと共に試合を観戦した。ダフネは決闘にあまり関心はないようだったが、スリザリンの選手の勝利に素直に喜んだ。ロンは大観衆を前に本来の実力を発揮できなかったのか、肝心なところで杖の魔法が発動せずにクラブに敗北していた。

 

 さらにいくつかの試合が続き、ハリーはハーマイオニーの勝利を喜んだ。ハーマイオニーはスリザリンの監督生で七年生のジェマ·ファーレイ相手に、押されながらも、プロテゴで何とか耐え凌ぎ持久戦へと持ち込んだ。ジェマが疲労で魔法を途切れされた一瞬の隙にハーマイオニーは魔法を唱え、どうやったかわからないがジェマを倒すという快挙で勝ち上がっていた。

 

「あれはなんの魔法かしら……?」

 

「光線式じゃないね。観衆のせいで詠唱が聞き取れなかったな。流石はハーマイオニーだ」

 

 ハーマイオニーがグリフィンドール生徒から称賛を得るなか、ハリーもぱちぱちとハーマイオニーに大きな拍手を送った。ダフネは拍手しなかった。

 

 ファルカスとアズラエルは二人ともプロテゴを修得していて、二人の戦いは白熱したが、最終的には身体能力の差が勝負を制した。アズラエルが疲労からファルカスのインカーセラス(捕縛)に引っ掛かったことで、親友対決はファルカスの勝利で幕を閉じた。

プロテゴ持ち同士の戦いは、プロテゴを貫通するようなカースを使うか、プロテゴを展開していてもどうしようもない状況まで追い込むというのが鉄則で、ファルカスは見事に後者をやってのけた。

 

***

 

 ハリーはその後、コーマック·マクラーゲンやアンジェリーナ·ジョンソンを倒して勝ち上がった。二人は無言呪文が使えなかったものの身体能力ではジェマを上回っていて、ハリーは変身呪文で動きを妨害したり、アクシオで引き寄せて倒すという形で自分の手の内を晒さなければならなかった。

 

 決闘大会は大盛り上がりだった。マクギリス·カローとガエリオ·ジュリスとの決闘は熱戦の末ガエリオのオリジナル変身魔法、ダインスレイブ(槍よ射て)をディフィンド(切り裂け)で退けたマクギリスの勝ちに終わり、バナナージ·ビストはエクスペクト パトロナム(パトロナス召喚)でリンクスのパトロナスを呼び出し、アグリアス·ベオルブのステューピファイ(失神)魔法を防ぎきって勝利を手にしていた。

 

 熱戦に沸く決闘場では、マクギリスとガエリオのようなライバル関係がある二人の試合を機にますます盛り上がった。その流れを決定づけたのは、ガーフィール·ガフガリオンとパーシー·ウィーズリーの試合だった。パーシーはフレッドを、ガーフィールはジョージを倒して試合に臨んでいた。

 

 ガーフィールもパーシーも今年で卒業だ。グリフィンドールとスリザリンである二人には何か思うところがあったようで、試合は変身呪文やマキシマ系統の魔法が無言で飛び交うハイレベルなものになった。ガーフィールは闘志をむき出しにしてパーシーに喰い下がった。練習していたのか、パーシーの戦法である鳥召喚をパクり、もとい自分も使用して、パーシーと互角の勝負に持ち込もうとした。

 

 最終的にはパーシーがグレイシアス マキシマ(全て凍結しろ)によって鳥ごとガーフィールを凍結させて勝利した。敗北したガーフィールは、闘志が抜け落ちたような、しかし悔しさを滲ませた顔でパーシーと握手して闘技場を去った。

 

「……お疲れさまでした、ガーフィール先輩」

 

 ガーフィールはハリーの言葉に、普段の強気な様子を崩して笑った。

 

「……ま、あいつの戦法の弱点をひとつ暴いてやったンだ。上出来だろう」

 

 ひとしきり笑った後、ガーフィールは言葉を続けた。

 

「あいつは強いし、とても勝てねえと思った。だから俺は、五年生の途中からあいつと競うことがどこか恐くなってたンだが……諦めずに喰い下がってみて良かったよ。あいつだって人間だ。俺もまだまだ魔法の腕を上げられると分かったンだからな」

 

 そしてガーフィールはハリーやザビニ、ロンなどを見て言った。スリザリン生以外がその場にいることに、ガーフィールは言及しなかった。

 

「オメーらもちょっと壁に当たったからって諦めんじゃねぇぞ。マジにならねえフリだけの努力なんざ、なんの価値もねえんだからよ」

 

 ガーフィールの言葉を聞いて、ロンは少し表情を曇らせていた。

 

 

***

 

 ハリーの次の相手はセドリック·ディゴリーだった。セドリックに勝てば、ハリーの次の相手はハーマイオニーだ。ハリーはセドリックとの闘いで切り札を含めて全てを出し尽くすつもりだった。セドリックは高い身体能力を持ちながら監督生として好成績を維持している強敵で、ハリーが勝てる見込みは薄い。それでも、ここで勝ってハーマイオニーと本気の試合がしたかった。

 

「部長の言葉を覚えているかい、ハリー?」

 

 試合の前に、向かい合ったとき、珍しくセドリックからハリーに話しかけてくれた。ハリーは驚いたものの、真っ直ぐにセドリックの目を見て言葉を返した。

 

 

「勉強の成果を発揮して、ベストを尽くす」

 

「そうだ。お互いベストを尽くそう、ハリー」

 

 差し出されたセドリックの手には、黄色のリストバンドがある。リストバンドにはアクシオ(引き寄せ)防止と聴力強化、嗅覚強化のルーンが刻まれていた。セドリックには慢心も油断もない。お前を倒す気でここにいるぞという宣言しているようだった。ハリーは心の底から光栄に思いながら、セドリックの手を握り言った。

 

「僕も、勝つために全力を尽くすよ、セドリック」

 

 セドリックは満足そうに笑い、ハリーたちは向かい合って礼をした。審判であるフリットウィック教授の宣言が、会場に響き渡る。

 

「三、二、一、始めっ!」

 

 セドリックの無言武装解除がハリーを襲い、ハリーは反射的に飛び退いてそれを回避する。完全な不意打ち、ではなかった。セドリックなら最適解を選んできてもおかしくないと覚悟していたハリーは、十回に一回、たまたま魔法を回避するという幸運を引き寄せた。

 

 ハリーは回避しながらも魔法を唱えた。

 

「プロテゴ インセンディオ(炎よ護れ)!!」

 

 青色の炎が、セドリックの周囲を取り囲むように展開される。これこそハリーの切り札だった。速攻で呪文を唱えようものならプロテゴの護りに跳ね返され自滅するし、動けば火傷を負う。ハリーの使える魔法のなかでも、相手に当てずとも効果を発揮し続ける魔法なのである。本来は防御用に使うものだが、相手の周囲に展開すれば拘束用の牢獄にもなるのだ。

 

 しかし、セドリック·ディゴリーは強かった。セドリックはハリーが火炎系統の魔法を使うことを知っていた。予めこういった事態になることを予想していたのか、己に杖を向けて呪文を唱える。

 

「フレイム グレイシアス(炎よ凍れ)!」

 

 ルーピン先生がその魔法を教えてから二週間と経っていないにも関わらず、セドリックは防火魔法を完全に修得していた。

 

 セドリックは自分の呪文が発動したことを疑わず、ハリーが仕掛けた炎の防壁を潜り抜けた。その間にハリーは空に逃げ、セドリックの足元を狙い呪文を放つ。

 

「パルス(沼よ)!」

 

 

「ソーロ(土よ)!」

 

 セドリックの反射神経は素晴らしかった。それだけではなく、ハリーの試合を観戦した後対策を考えていたか、あるいはハリーの戦法を過去に実践した人がいたのかは分からないが、セドリックには足元を狙う手は通用しなかった。ハリーの杖の動きから呪文の着弾地点を予測し、セドリックの杖から放たれた閃光が、生成された沼地を土に戻す。

 

 それでもハリーが空中から呪文を放つ限り、ハリーの優位は揺るがない。セドリックの魔法をかわしながら魔法が使えるからだ。ハリーにはその自信があった。

 

(空の上は僕の場所だ)

 

「ペトリフィカス トタル-」

 

 ハリーはペトリフィカス トタルス(石に変えろ)でセドリックか、セドリックの足元の土を石に変えてセドリックを拘束しようとした。

 

 しかし、セドリックの対応はハリーの予測を超えていた。セドリックが目にも止まらぬ早さで杖を振ると、大量の蝙蝠が杖から飛び出てくる。蝙蝠の呪いだが、それをセドリックは無言でやったのだ。

 

 高度なコンジュレーションを無言で行うには、呪文の理論に対する理解と習熟がなければ不可能である。セドリックは五年生でありながら一部の魔法は無言でできるほどに、魔法に精通していた。それは才能では辿り着けない。セドリックの努力による到達だった。

 

「ボンバーダ デュオ(連続爆発)!!」

 

 ハリーは反射的に魔法を中断し、迫り来る蝙蝠たちを爆発によって撃ち落とした。魔法によって生成された疑似生命体である蝙蝠がいては、呪文の閃光が阻まれてしまうからだ。デュオとは、魔法の効果を拡大させたり、連発させる効果のある魔法だ。これによってハリーはすべての蝙蝠を撃ち落とした。ハリーは視界の端に、動くものを見た気がした。

 

「……プロテゴ!!」

 

 ハリーは嫌な予感に従い、プロテゴを唱えた。その判断は正しかった。ハリーの杖がハリーの手から離れる寸前で、ハリーの周囲を防壁で覆った。

 

 セドリックはハリーの視界が爆風で塞がった好機に、自分の服にウィンガーディアム·レヴィオーサをかけて急上昇していたのだ。ハリーが無防備な一瞬の隙をついて、射程範囲から武装解除呪文を打ち込むのがセドリックの策だったのだとハリーは一瞬で理解した。

 

 しかしこれは好機に違いなかった。浮遊呪文による飛行は数日の練習ではどうにもならないのだ。

 

(セドリックは浮いてるだけだ!飛べる訳じゃない!)

 

 ハリーは自由に動くことができ、セドリックは無防備だ。ハリーはセドリックの後ろに回り込もうとプロテゴを解除しようとした。

 

 

 その瞬間、ハリーは梟に襲われた。セドリックはアヴィホース(鳥になれ)で、リストバンドを鳥に変えて攻撃してきたのだ。

 

「……インセンディオ!!」

 

 ハリーはプロテゴを唱えたまま、プロテゴ·インセンディオで鳥を迎撃する。それは紛れもなくハリーの得意呪文だからだ。

 

 ハリーは勝利を確信して杖を向けた。鳥を始末した後は、セドリックをアクシオで引き寄せてしまえばハリーの勝ちだ。だが、セドリックは強かった。自由落下し続けるセドリックの呪文の射程はまだ、ハリーに届く。

 

「……マキシマ(全力で)!!!」

 

 セドリックは呪文の前半部分を省略し、マキシマだけを詠唱する。ハリーにはセドリックが何の魔法を使ったのか分からない。しかし、プロテゴ·インセンディオならば防げると確信していた。セドリックは学校の試合でカースを使う人ではない。プロテゴの防壁なら、カース以外の魔法は遮断できるし、たとえマキシマでその威力が増大されていても防げるとハリーは思っていた。

 

 それが慢心に過ぎなかったと、ハリーは思い知った。

 

 セドリックの杖から放たれた膨大な水流が、勢い良くハリーのプロテゴ インセンディオを貫こうとする。水はみるみるうちに蒸発していくが、ハリーのプロテゴ インセンディオもまた消えていく。そして、ハリーの視界は蒸気に包まれて見えなくなった。眼鏡には曇り防止の魔法をかけてあったが、そんなものが関係なくなるほど大量の水蒸気に覆われたのだ。

 

 そして気がついたとき、ハリーは凍りついて地面に倒れていた。セドリックのグレイシアス(凍れ)だった。

 

 セドリック·ディゴリーは見事に空中戦を制し、ハリー·ポッターに勝ってみせたのである。ハッフルパフ生たちのいる応援席からは、一際大きな歓声があがった。

 

「……優勝してください、セドリック」

 

 ハリーは悔しさに泪を滲ませながら、セドリックに礼をしてグラウンドから観客席へと戻った。セドリックはハリーの気持ちを受け止めて頷き、観客たちからの歓声を浴びながら観客席を去った。

 

「惜しかったわね、ポッター」

 

「惜しいもんか。完敗だよ」

 ハリーは悔しさを消化できないままだった。セドリックに勝てるタイミングがあったとすればどこなのか、それを考えることで頭が一杯だった。

 

「五年生を相手にして本気で悔しがれるだけで大したものよ」

 

 ダフネの言葉を受け入れるのには時間がかかった。ハリーはもう少しで、ハーマイオニーと闘えるところだったのだ。

 

 ハーマイオニーが激闘の末にバナナージ·ビスト部長の無言ペトリフィカス トタルス デュオに敗北したとき、ハリーはダフネの言葉を受け入れることにした。少なくとも表面上は。しかしそれでも、ハリーの心にはまだやれたはずだという霧のような悔しさが残っていた。

 

***

 

「……やはり、ポッターはいい。まだまだ伸び代があり、力に飢えている。これで純血主義を教えることが出来れば……!!」

 

 ハリーとセドリックの試合を観戦し、マクギリス·カローは悪魔に魅了されたかのように震えていた。マクギリスはかつての自分を思い出す。

 

(わたしが三年生のとき、あそこまでやれただろうか。いいや。あのときの私はプロテゴすら使うことはできなかった。だがポッターは違う。あのハーマイオニー·グレンジャーもそうだ。本当に見事だ。彼らの持つ才能を、純血主義のために使うことができたなら……)

 

 マクギリスから見て、ハリーにはマクギリスが持ち得ない力があった。英雄としての名声、スリザリンの継承者足る資格である蛇語、そして、ハリー自身が積み上げた戦闘能力。ハリーにとって皮肉なことに、ハリー自身が積み上げた戦闘能力こそが、マクギリスを最も魅了した。磨き上げ、研鑽し、積み上げた力の尊さをマクギリスは決闘クラブで学んでいたからだ。マクギリスは主義主張とは別として、セドリックやハーマイオニー、バナナージやパーシーといった面々を尊敬していた。彼らの積み上げた力こそ、マクギリス·カローが最も尊敬するものだった。

 

 それは当の力ある者たちからすれば、その心を見ずに力しか見ていない最も軽蔑すべき存在だということも、マクギリスは理解していた。その上で力に魅了されてしまうのがマクギリス·カローという魔法使いなのだった。

 

 

 




セドリックは五年生ではありますが、勤勉な優等生だし簡単な無言呪文なら使えるということでお願いします。

ちなみにファルカスのタロット占い
マクギリス……悪魔(バエル)

セブルス……刑死者(ハングマン)




セドリック……搭(タワー)


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ホグワーツ最強の生徒

 

 白熱したトーナメントも、いよいよ終わりが近づいてきた。ハーマイオニーを倒したバナナージ·ビストは、ハリーを倒したセドリック·ディゴリーとの闘いを迎えていた。

 

「二人とも、どちらが勝つのかわかりますか?やっぱり部長のビストくんかしら」

 

 

 試合を観戦していたマグル学教授のチャリティーは、隣のセブルスとリーマスに対して闘いの勝者を尋ねる。セブルス一人に聞くと返事はないが、リーマスに聞いたとき、リーマスの予測が外れていると思うや否やセブルスは猛然とそれを否定した。今のところ、セブルスの予想のほうが一回多く当たっていた。

 

「私はディゴリーだと思います。彼は勝負どころでの勘のよさがあるし、身体能力でもビストに勝るので」

 

「どうやら戦闘にかけての見識はないようだな」

 

「では、ビスト君が?」

 

「セドリック·ディゴリーではパトロナスは止められん。魔法使いの決闘においては、知識を蓄え知略と魔力に勝るものが勝利を掴む。ディゴリーに勝ち目はない。そんなことも分からんとは……」

 

 そう語るセブルスの仏頂面を見て、リーマス·ルーピンは苦笑していた。チャリティーはこっそりと開かれていたトトカルチョで、バナナージの勝利に2シックルを投じた。

 

***

 

 ハリーたちはグラウンドの観客席から、セドリックとバナナージの大一番を見守った。ハッフルパフの生徒たちは自分の寮の選手同士の潰しあいということもありどちらを応援すべきか悩んでいるようだったが、僅かにセドリックを応援する声のほうが大きかった。ハッフルパフの生徒たちに混じって、チョウ·チャンとその友人の女子生徒がセドリックを応援していた。

 

 試合は序盤は一進一退の攻防を見せた。

 

 まず、セドリックがコンジュレーションで出現させた犬の群れの対処に追われた。バナナージの杖から放たれたペトリフィカス トタルス デュオ(連続石化)やコンフリンゴという魔法を、セドリックはプロテゴで防いだ。光線系統の魔法は一発でも当たればそれで勝負が決まる。ハーマイオニーも、バナナージの光線連射には押されていた。一回でも当たれば終わりの攻撃は、プロテゴによって防ぐことが出来ても魔力と精神力を消耗するのだ。

 

 バナナージが石化魔法を連射しているのには理由がある。

 一撃で勝負を決める魔法として決闘で多用される魔法として、ステューピファイ(失神魔法)がある。もしも相手を失神させたとしても、反対呪文によって即座に蘇生は可能である。しかし、仮にステューピファイ デュオによって連射した光線が全て一人の魔法使いに直撃すれば命に関わるだろう。だからバナナージは、連続して直撃しても体への負担が少ない魔法を連射しているのだ。

 

 

 セドリックはプロテゴで防ぐばかりでは埒が明かないとみて、コンフリンゴによって地面を爆発させ、幾つもの破片を生み出しながら逃げることで状況を変えようとした。生み出した破片にアクシオ(引き寄せ)を使い、さらにレヴィオーサ(浮遊)とロコモータ(移動)の合わせ技によって幾つもの破片を上空から撃ち下ろしたセドリックの攻撃を、バナナージはエクスペクト パトローナム(パトロナス召喚)でリンクスのパトロナスを呼び出して防ぎ、さらにパトロナスを突っ込ませてセドリックに突撃した。バナナージの生み出した銀色の美しいパトロナスに、観客は興奮して盛り上がった。

 

 パトロナスを攻撃に転用する人間は普通はいない。幽体ではなく実体を持ったパトロナスを出すのは難しく、さらにプロテゴのような頑強さを持たせたまま長時間維持することも難しいからだとハーマイオニーは語った。

 

「パトロナスを出せるのは本当に優れた魔法使いの証だって『今世紀の魔法使いたち』に書いてあったの。バナナージ先輩は相当に高度なことをやっているのよ」

 

「どれくらい高度かはピンとこね~けど、自分は幸せだと言いきれるってスゲーことだよな」

 

 ザビ二は腕を組みながら神妙な面持ちで言った。ザビニは残念ながら一回戦で敗退済みである。ハリーたちの中でハリーとハーマイオニー以外で二回戦を闘ったのはファルカスだけで、ハリーの友達は既に全員が応援に回っていた。

 

「この試合、バナナージ先輩が勝つでしょうか」

 

「僕はバナナージ先輩が勝つ方にデザートのプリンを賭ける。ハリーはどうする?」

 

 ファルカスは狡猾にもバナナージ先輩の優位が確定したときに賭けを持ち出した。ハリーは真っ直ぐにセドリックだけを見て言った。

 

「セドリックの勝利にカボチャのスープを賭ける」

 

 ハリーはセドリックの顔を見て、彼が勝利を諦めていないことを悟った。ハリーはセドリックを信じた。

 

「自分に勝った相手に賭けるなんて、案外分かりやすい性格なのね、ポッターは」

 

 ダフネが呆れたような言葉を漏らした瞬間、グラウンドの地面が動いた。

 

 バナナージの周囲が球状のドームで覆い尽くされる。セドリックはパトロナスではなく、バナナージの周囲を無言呪文で覆い、本体を拘束するという賭けに出た。バナナージの視界は塞がったが、パトロナスは自律式のようだった。銀色のリンクスが目を光らせてセドリックに突っ込む。

 

「やった!バナナージ先輩の勝ちだ!」

 

 ファルカスが叫ぶ。ハリーはじっとセドリックを見つめていた。セドリックは、自分の勝利を確信しているように見えた。

 

***

 

「コンフリンゴ デュオ(連続爆破)!!」

 

 バナナージが自分を拘束したドームを爆破魔法によって破壊したとき、バナナージは違和感を憶えた。

 

(まずい!!)

 

 即座にその場を飛び退き、体勢を立て直す。バナナージの切り札であるパトロナスが、消えかかっているのだ。消えたパトロナスを即座に召喚することはできないため、バナナージは切り札なしでセドリックと闘うことになる。

 

 セドリックはどうしてバナナージの切り札を無力化できたのか。答えは、セドリックの周囲を覆う銀色の靄にあった。バナナージのパトロナスであるリンクスは、セドリックの幽体のパトロナスを見て攻撃意欲をなくしている。銀色のリンクスはちょこちょことセドリックの周囲を跳ね回り、にっこりと微笑んでから消失した。

 

 セドリックのエクスペクト パトローナムによって、バナナージのパトロナスはセドリックを敵ではないと判断して消えたのだ。

 

(この土壇場で幽体とはいえパトロナス召喚に成功した……いや、それ以前に、まさかパトロナスにこんな弱点があったなんて……!!)

 

 バナナージのパトロナスは、フリットウィック教授との模擬戦でも圧倒的な質量で押し潰されたり、マキシマ級、カース級の魔法を使われなければ止めることはできなかった。フリットウィック教授もパーシーも、パトロナスでパトロナスを止めるという発想はない。そもそもパトロナスを攻撃や魔法への防御へと転用したのもバナナージくらいだったからだ。バナナージははじめて見る光景に動揺しつつ、無言呪文によるプロテゴで自分の周囲を護った。バナナージには、まだ決闘の手札は幾らでもあった。

 

***

 

 バナナージとセドリックの決闘は、バナナージのパトロナスが消えたあとも長く呪文の応酬が続いた。

 

「何なのこれは……?」

 

 決闘クラブの部員ではないダフネのような一般観客は、最初は白熱する魔法合戦に盛り上がっていたが、次第に言葉を失くしていった。当たり前のように無言呪文とプロテゴが飛び交い、変身呪文で秒単位で変化する戦局についていけなくなったのだ。バナナージの懸念は当たっていた。初心者は廃人の闘いにはついていけないと距離を置くこともあるのだ。

 

 セドリックは劣勢でも諦めず驚異的な粘りを見せ、最後の最後に逆転勝利をもぎ取った。こっそりと発動させた変身呪文によって、バナナージの背後にオオワシを忍ばせ、バナナージの杖をもぎ取らせたのだ。ハッフルパフの応援席は、ハッフルパフ同士の決闘を称えて拍手を惜しまなかったし、ハリーたちも熱闘を見て拍手した。

 

 ハリーはチラリと、決勝戦の対戦表を見た。セドリックが勝利した結果、セドリックの相手はマクギリスかパーシーのどちらか勝った方となるのだ。

 

***

 

 マクギリスには悪いが、パーシーはあまりにも格上だった。マクギリスは試合前、手を差し出したパーシーと握手を交わした。

 

「君も、監督生としての自覚が出てきたようだな。ガーフィールが喜ぶぞ」

 

(……しまった)

 

 労うような言葉をかけるパーシーに対して、マクギリスは挑発するように言った。そうしなければならなかった。マクギリス個人がパーシーを尊敬していようと、パーシーはリベラル派閥のウィーズリー家の人間なのだ。監督生しかいない集まりでならばまだしも、スリザリン生の視線がある場所では挑発的な態度を取るべきだったのだ。マクギリスは己の失態を恥じた。

 

「試合前に目の前の私ではなく他の人のことを考えているなど余裕といった様子ですね。その鼻をあかして見せましょうか」

 

 マクギリスの取り繕った言葉は、パーシーの心を動かさなかったようだ。フリットウィック教授によって開始の合図が告げられた。

 

 残念ながら、マクギリスの言葉が実ることはなかった。

 

 パーシーは試合開始と同時に消えた。いや、無言で撃った変身魔法で地面を軟化させ、地面に潜り込んだのだ。あまりにも一瞬のことで、マクギリスは理解が追い付かなかった。

 

 その様子を観察していたハリーは、高度な変身呪文の使い手を相手にする難しさを見せつけられ、圧倒されていた。

 

「怖いな」

 

 ハリーはそう呟いた。どう対処すればいいのか考えてみたが、まだ思い付かない。マクギリスは状況を理解するのに必死だ。ハリーが対応策を考えているうちに試合は進んでいく。

 

(地面に魔法を撃ってパーシーさんを炙り出すか……いや試合形式なんだから、変身呪文でパーシーさん本体を見つけなきゃダメだ。でも、ピンポイントで地面に潜ってるパーシーさんを見つけるなんて出来るのか?)

 

 マクギリスがパーシー以上か、そうでなくてもパーシーに迫るくらいに変身呪文を使うことができれば、地面を硬化させてそのまま勝つことが可能だ。しかし、そうでなければ打つ手がない。

 

 ハリーが考えたように、地中に向けてボンバーダやインセンディオを流し込むという手を許すほどパーシーはバカではなく、即座にプロテゴの光が広がるのをハリーは見た。ハリーは知らなかったが、マクギリスは変身呪文がパーシーほど得意ではなかった。そして、パーシーはその事を知っていたのだ。

 

 プロテゴで身を護りながらパーシーの出現を待つしかないマクギリスの周囲を、グラウンドの雑草が伸びてプロテゴごと覆い尽くす。マクギリスはディフィンド(切断)で雑草を切り裂くものの、雑草の成長速度の方が早い。マクギリスはインセンディオを使った。しかし、雑草の勢いを止めることはできない。

 

 

 マクギリスのプロテゴが切れた瞬間、マクギリスの杖はパーシーによって武装解除された。あまりにも圧倒的な塩試合に、パーシーに対するブーイングが鳴り止まない。ブーイングした生徒の中にはスリザリン生だけではなく、ロンや双子も含まれていた。

 

 

「グリフィンドールからすらブーイングされてる……」

 

 ファルカスはマクギリスではなく、パーシーに同情的な視線を向けた。勝って文句を言われる姿にはどこか哀愁が漂っていた。

 

「みんな魔法の撃ち合いとか派手な魔法合戦が見たいからな。あそこまで一方的であっさりなのは見ててつまんね-だろ」

 

「でも観客たちはバナナージ先輩とセドリックとの試合にも引いてたよね。魔法の撃ち合いだったのに」

 

 ハリーが意地悪く言うと、ザビニはやれやれと肩をすくめた。

 

「当たり前だろ。ガチ過ぎるのは嫌なんだよ。参考にならねーからな……」

 

「これってホグワーツ最強を決める闘いなんだけどなぁ」

 

「決闘がクィディッチと比べて興行的に人気が出ないのも分かりますね。勝敗が決するときは一瞬過ぎて地味になっちゃうことがあるし、かといって派手にやりすぎると見てて疲れるというか、ついていけないからなんですねぇ」

 

「僕は決闘のプロにはなれそうにないなあ。上手く盛り上げるのが大変そうだ」

 

 ハリーは今の闘いを思い返しながら、自分ならどうやってパーシーと闘うだろうかと思った。

 

 

(……空に逃げても地面から延々と変身術を使って攻撃されそうな気がするなぁ)

 

 パーシーの戦法は地味ではあったものの、ハリーにとってもあまり勝ち筋がない。光線式の魔法はパーシーを捕捉できなければ意味がなく、変身呪文でパーシーを特定するということも出来そうにないからだ。

 

 光線式の魔法やインセンディオといった魔法が怖いならば、そもそも相手の正面に立たなければいい。当たり前の話である。しかし、当たり前のことをきっちりとやるからこそ強いのだ。

 

(これが、ホグワーツ最強の戦法か……)

 

 

 ハリーは、勝つべくして勝つための工夫というものを先輩たちに教えてもらっている気分になった。熟練した魔法使いは、闇の魔法を使わずともここまで幅広い闘いかたが出来るのだ。

 

 それでも、ハリーは、自分に勝ったセドリックにこそパーシーに勝って、ホグワーツ最強になってほしかった。

 

***

 

 パーシー·ウィーズリーは愛しいペネロピ-におめでとうのハグを受けたあと、次の決勝戦へ臨む前に観客席のロンのもとを訪れた。ロンの近くにはハリーもいた。かつて闇の魔術を駆使した少年が闇の魔術ではなく普通の魔法を地道に鍛えていることを喜びながら、パーシーは弟であるロンに語りかけた。

 

「今の闘いは見ていたか?」

 

「はいはい。見てたよ、さすがヘッドボーイだ」

 

 ロンはパーシーが自慢をしに来たのだと思い、気のない対応をした。パーシーはロンに戦法を学んでほしかったのだが、どうやら今のロンには難しかったらしい。

 

(……まぁ、こんなものだろうな。)

 

 死なないための工夫というのは地味で、勇敢さを信条とするグリフィンドール的ではない。グリフィンドールの信条に正々堂々などというものはないが、『卑怯』あるいは『臆病』、『姑息』と取られかねない手段は疎まれる。仕方のないことだとパーシーは割りきった。ロンの年齢を考えれば、むしろロンの反応は健全そのものだとパーシーは思った。

 

「あの、どうやって地面の上のマクギリスが分かったんですか?地中からは見えないはずなのに」

 

 

 一方で、ロンの親友である栗色の髪の毛をした少女はパーシーの戦法を評価していた。その近くにいるスリザリン生の友人たちも、興味津々か、興味はないというふりをしてパーシーの発言を待っていた。

 

「『ポイントミー(方角を示せ)』という魔法があるんだ。自分の探したいものがどこにあるのか、その方角を杖が示してくれる。もっともこの魔法は難しくてね。慣れるまでは探したいものに魔法で印をつけて分かりやすくしながら練習したほうがいい」

 

「応用すれば、ダウジングにも使えそうですね。その魔法」

 

「元々は自分の現在位置を把握したりするための魔法さ。バナナージの闘いを見ていたか?一つの魔法も、使い方次第でちょっとした無茶がきくようになることがある。得意な魔法や好きな魔法があったなら、それを伸ばしてみるといい」

 

 パーシーは後輩たちに一つ魔法を教えると、決勝戦の準備のために控え室に戻った。控え室に戻ったパーシーは、弟や後輩へ向けた柔和な顔から一変して闘うための顔つきに変化していた。

 

 

(相手はセドリックか。バナナージかと思ったが……ハッフルパフが羨ましいな。有望な人材が揃っている)

 

 パーシーが決闘大会への参加を決めたのは、後輩たち、出来ればロンに自分の戦法を見せてロンを鍛えるためだった。

 

 ロンは元々真面目すぎる自分のことを疎ましく思っていることは、パーシーも気付いていた。あれこれと喧しく口出ししても聞かないことは分かっている。そこで、パーシーは夏期休暇のエジプト旅行の時に、兄のビルに相談したのだ。

 

 ビルの答えは実にシンプルだった。拍子抜けするほどに。

 

『ロンの前でかっこいいところを見せてやれよ。ああ、必要以上にかっこつけるのはダメだぞ。ロンはなんだかんだ言って単純だ。お前の闘い方でも見せてアピールしてやれば、少しはお前の言うことも聞くようになるだろ』

 

 ウィーズリー家である以上、スリザリン絡みのトラブルが舞い込んでくることは避けられない。それに加えて、ハリーと友人であるがゆえのトラブルも舞い込んでくるだろう。だからせめてロンが取り返しのつかないことにならないよう、パーシーは自分の技を教えておきたかった。残念なことに、ロンはまだ興味を持ってはくれなかったが。

 

(……こうなったら次善の策に切り替えるか。次の首席候補に、持てる全てをぶつけておこう)

 

 ロンが緊急事態でも逃げられるように鍛えて魔法を教えるという試みは、うまくいきそうにない。パーシーは仕方なく、決闘大会に参加したもう一つの目的を果たすことにした。

 

 先輩として、後輩監督生の指導と育成である。

 

 ホグワーツ首席は、ホグワーツの全ての生徒の模範となるよう品行方正、成績優秀である必要がある。そして生徒たちに危険が及ぶときは、教師にいち早くそれを連絡して指示を仰ぐ義務がある。必ずしも監督生が選ばれるわけではなく、生徒たちからの人望がある生徒が選ばれる。

 

 パーシーの次に首席となるのは、おそらくはバナナージかレイブンクローの監督生だろうと判断していた。パーシーは自分の寮の監督生で、一年後輩のガエリオには期待していなかった。去年一年間、先輩として監督生の仕事を教えながらガエリオの仕事振りを見守ってきたが、ガエリオは適当な男だった。よくも悪くもグリフィンドールらしく、分かりやすく立派な行いを好むが、面倒になるとさじを投げる。日常業務をこなす監督生としては無難でも、それ以上の仕事や緊急事態における対応は明らかに無理だった。パーシーは試合を見ているバナナージや、これから闘うセドリックに自分が卒業したあとの後輩たちの安全を託すため、ある戦法を実践することを決めた。

 

 パーシーは、秘密の部屋で見たあの悪魔の攻撃を思い返しながらグラウンドへと向かった。グラウンドには、既に待ち人がいた。寡黙なハッフルパフの監督生が、ただ勝利することだけを考えて佇んでいた。

 

***

 

 ハリーたちも、監督生たちも、フリントやアンジェリーナといったクィディッチ選手たちも、応援に来た生徒も含めたグラウンドにいる観客全てが、決勝戦に釘付けになっていた。試合が始まるまでは、ロンはハーマイオニーから「素直じゃない」「お兄さんが好きなくせに」等とからかわれていたが、試合が始まってからは食い入るようにパーシーの魔法を見つめていた。

 

「おいおい。……何だあの殺気はよ」

 

 ガーフィールはパーシーを揶揄するように言う。パーシーは、あろうことかセドリックに殺気を向けていた。パーシーの周囲から刺すような魔力が放出されているのを、ハリーも感じ取っていた。

 

 試合開始の合図が終わるや否や、パーシーは幾つもの爆弾を空から産み出した。空気中の窒素と酸素、そして水素を変身術によって変換してぶつける魔法。ボンバーダを使える魔法使いたちにとって、それそのものは大したことはない。しかし、その量と、そして速度は問題だった。

 

 パーシーの産み出した爆弾は、絨毯のような量を誇りながら銃弾以上の速度でセドリックに向けて降り注いだ。セドリックはプロテゴでそれを防ぐが、明らかに対応できない。というより。対応できる生徒など一人もいやしない。セドリックのプロテゴが途切れる前に、爆弾は空中で爆発し、グラウンドは大量の土埃で覆われた。

 

 外で見ていたハリーには、パーシーの魔法の速度に覚えがあった。どんなブラッジャーよりも速く、どう足掻いても対応できない速度。それは、秘密の部屋での闘いをハリーに想起させた。

 

 意外なことに、土埃が開けても勝敗は決していなかった。血みどろになりながら自分の杖を構えるセドリックと、無傷のパーシー。パーシーの周囲には、セドリックの魔法で生み出した疑似生命体であるドーベルマンたちが横たわり、もとの土くれへと戻っていく。ハッフルパフの観客席から悲鳴が上がったが、セドリックは棄権しない。パーシーも攻撃を止めなかったし、審判のフリットウィック教授も止めなかった。

 

 パーシーの容赦ない魔法が、セドリックを撃った。セドリックはプロテゴを展開しながら、迎撃のため魔法を撃ち返すが、あのセドリックが対応で手一杯などころか、パーシーに押されている。バナナージとの闘いでもハリーとの闘いでも、セドリックにはまだ余裕があったというのに。

 

「セドリックがこうも押されるなんて……」

 

 ハリーは信じられなかった。防戦一方になるだけではなく、反撃の糸口すらことごとく潰されている。パーシーは、秘密の部屋で見たときからさらに強くなっているように見えた。ハリーもあれから腕を上げたつもりだったが、上級者から見ればまだまだ差があるというのだろうか。

 

(……何か、原因があるのか?)

 

「一体どうしてなんでしょうか。ガーフィールは何か分かりますか?」

 

 ハリーは後ろの席でふんぞり返っていたガーフィールに尋ねた。ガーフィールはパーシーと同じ七年生なので、何か知っているかもしれないと思ったのだ。

 

「ハリー。それは、パーシーが『閉心術』を使ってるからだ」

 

「閉心術ですか。あれって戦闘に応用できるんですか?」

 

 閉心術は、心という器を空にし、己れの感情を他人に悟られないようにするための魔法使いの技術である。ハリーはアズラエルからその初歩を学んでいたが、特に最近はうまく出来ているとは言い難かった。個人的な家庭の事情や、闇の魔法生物を前にして感情を支配下に置くことは困難を極めた。

 

「理論上は可能だ。感情を外部に放出する必要があるリディクラスや、エクスペクト パトローナムとの併用は無理だが、理論を頭に満たして使う魔法なら、自分の思考を外部に漏らさねーようにコントロールできる」

 

「え、でもそれって意味あるんですか?使えたって大した意味はないような」

 

 アズラエルは頭に疑問符を浮かべた。

 

「そう思うだろ?だが俺たち魔法使いには、相手の目を見れば、感情の乱れと魔力の流れを感知できる技術がある。レジリメンスって技術だ。決闘術に優れた魔法使いはその乱れを認識して先手を撃ったりできるわけだ」

 

「戦闘で無意識になにか来る!ってなるときは、相手の感情の乱れを感じてたってことですか」

 

 ハリーは今までの闘いを思い返していた。ハリーの額の傷がうずくときは、大体が殺意やどす黒い敵意のある闇の魔法使いや闇の魔法生物だった。

 

「自分を優れていると思い込ンだり、ましてやそれを喧伝するのはやめた方がいいぞ、ポッター、サダルファス。慢心のもとだ。お前らはまだまだ伸びるンだ」

 

 後輩に指導しながら、ガーフィールはパーシーがこんな闘いかたをしている理由を考察した。

 

(最初にわざわざ魔力全開でセドリックを威嚇したのは、セドリックに防御の構えを取らせるためか……だが、わざわざ闘いが長引くようなことをしてンのは何故だ?まるで自分の技を見せてるような……)

 

 

「はい、気を付けます、ガーフィール先輩」

 

「教えていただいて、ありがとうございます」

 

 ガーフィールは、後輩たちの言葉に思考を一旦やめた。考えても埒のないことだからだ。

 

「そんでもって、俺の言ってることが分からねーならまだ分からんでもいい。それよりも決闘での立ち回りだったり戦略だったり、優先して鍛えるべき技術はいくらでもあるからな。アズラエル、ザビニ、分かったか?」

 

「はい!」

 

 ハリーたちはガーフィールに感謝しながら、ガーフィールの言葉に耳を傾けた。

 

「アズラエルの言う通り、戦術や戦略、基本的な魔術の力量が違いすぎる相手には必要ねぇ技術だが、同格以上の相手には結構使える。相手の手の内がどんなもんか予測できなくても、漏れ出た感情からどんな種類の魔法が来るのか予測はできるからな。逆に外に出す感情を調整すれば、相手にフェイントをかけたりもできるってわけだ」

 

 ガーフィールの言葉通り、パーシーはセドリックを翻弄していた。セドリックの周囲にはタコのような異形がまとわりつき、セドリックの左腕は、タコのような異形の姿に変えられていた。しかし、セドリックは反対呪文で即座に左腕を元に戻した。

 

「今の攻防だが、パーシーは無言変身呪文と無言失神呪文を交互に撃った。バナナージがやってたように同じ種類の魔法を連射するって手もあるが、ステューピファイは無機物には効果がねえ。なんでセドリックの足元を異形で沈めて動けなくしたあと、失神させるつもりだったんだろう。ステューピファイの殺気を、パーシーは完全には消せていなかった。セドリックはかわしきれねえ変身呪文を防がず、本命のステューピファイを防ぐことに専念した。そんで生き残った。セドリックの奴も流石だな」

 

 ハリーが思っているより、上澄みの魔法使いたちは随分と高度な駆け引きを繰り広げているようだった。

 

(……つまり、仮に闇の魔術を使おうと殺意を持ったら、目を見て向かい合ってる相手はそれを関知できるってことか……)

 

 ハリーの中でまた一つ知識が増えた間にも、セドリックは意地を見せていた。

 

 土くれたちを五匹のドーベルマンへと変身させ、さらに、セドリックはプロテゴ·マキシマを詠唱してドーベルマンたちを突撃させた。パーシーは、自分の前に迫るドーベルマンを前にしても回避行動を取らない。ハリーは視界のはしで、パーシーが杖を振ったように見えた。それはあまりにも高速で、気がつかないほどに微少な動きだった。

 

 

 瞬間、パーシーの前に大量の鳥が現れた。ロンはその鳥を見て呻いた。

 

「うわっ!!あれって……」

 

「秘密の部屋で見た奴だね。爆発するよ」

 

 ハリーが補足する。ハリーの周囲は爆発という単語にどよめいた。

 

 パーシーが出現させた鳥は分裂しながらドーベルマンたちに突っ込んでいく。

 

 プロテゴ·マキシマの障壁と鳥がぶつかった瞬間、グラウンド中に不協和音が響いた。

 

 プロテゴ·マキシマがかき乱され、圧倒的な火力の爆発によって消されていく。セドリックが自分の体にフレイム グレイシアスをかけているのをハリーは見た。爆発による火の影響を受けることはないが、プロテゴの障壁でも防ぎきれなかった爆風の影響は受ける。

 

 

 しかし、セドリックの健闘をハリーは最後まで見届けた。ハリーはセドリックが、何かの呪文を詠唱したのを確かに見た。

 

 瞬間、爆発を貫くような大量の水流が発生した。

 

 爆発の炎と水流が合流し、一瞬のうちに水流が蒸発していく。パーシーは自分と、そしてセドリックの周囲をプロテゴで覆った。炎と水は溶け合って蒸気となり、グラウンド全体に湯気を発生させた。ハリーは爆発の余波が観客席に来ないことを不思議に思って周囲を見たが、それはリーマス·ルーピン教授がプロテゴを観客席に張り巡らせていたからだった。冷や汗をかいているルーピン教授の側には不機嫌そうなスネイプ教授や目を丸くして驚いているチャリティー教授の姿があり、ダンブルドアはパチパチと拍手しながらルーピン教授を労っていた。

 

 決闘はつつがなく終わり、勝者であるパーシーは敗者であるセドリックを肩で支えながらグラウンドを去った。ハリーはセドリック·ディゴリーに向けて、惜しみない拍手を送った。セドリックには不本意だっただろうが。

 

 

 

 




決闘大会には原作キャラのケイティとかフリントみたいなフィジカルエリートの強キャラもいたけど一回戦で潰しあったあとセドリックに負けたり一回戦でパーシーに潰されたりしました。
フィジカルは大事だけどルーンである程度フィジカルが強化できるから学力も大事。中には学力があってもルーン受講してない人もいるけど。


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秀才と天才たち

原作で不遇ながら強キャラである、セドリックはホグワーツで12科目受けてるのか否か。
この二次創作では12科目は取ってないということにします。理由は本編でまた語ります。
それでもルーン文字は受講してるし、学年トップの成績です。オリキャラたちをのせるくらいに強いです。


 

 優勝者であるパーシーは、フリットウィック教授から金色に輝くトロフィーを授与された。ホグワーツ主席であり、二度も決闘大会で優勝したグリフィンドール生として、パーシーの名前は語り継がれるのだろうかとハリーは思った。

 

 それはハリーの勘違いだった。パーシーは自らそのチャンスをふいにしたのである。

 

 フリットウィック教授から拡声(ソノーラス)マイクを受け取ったパーシーは真面目くさって演説をぶちかました。パーシーの長ったらしい演説を要約すれば、自分は天才ではない。皆も勉強すれば僕くらいにはなれるという、全く説得力のない内容だった。

 

(真面目なのはいいけど、真面目すぎるのもダメなんだな……)

 

 ハリーは半ば呆れながら、周囲を見渡した。

 

 バナナージ·ビスト先輩は天を仰いでいた。バナナージはよく、部員たちに向けて勉強の成果を発揮しようと言う。それは部の理念に則ったものではある。しかし、それを言うのは部長であるバナナージが、自分の意思でクラブへの参加を決めたファルカスやハリーに向けて言うからこそ受け入れられているのだ。スリリングな決闘を見て楽しもうという観客は、自由なクラブ活動で勉強なんてものをしたいとはこれっぽっちも思っていないだろう。

 

 決闘クラブに加入しようという物好きは現れないだろうな、とハリーは思った。勉強という二文字が出たとたん、長い演説に付き合っていた観客たちは席を立ち始めた。

 

(だよね…)

 

 ハリーは内心で観客たちに同意しながら、ガーフィールに問いかけた。

 

「ガーフィール先輩、パーシーさんの言ってることは無理がありますよね?流石に」

 

 パーシーは自分を天才ではないと言ったが、ハリーにはとてもそうは見えなかった。変身術、呪文学、ルーンによる身体強化、そのどれもが高水準だ。ロンなどは、なんて嫌味な奴だと唾を吐いている。ちなみにパーシーの彼女であるペネロピー·クリアウォーターは、にやけながら身をよじらせていた。

 

「ああ~!!やっぱりパースはこうでないと!!最近らしくなかったから心配してたのよ~!!」

 

 ハリーは何か見てはいけないものを見てしまったと思い、ペネロピーから視線を外してガーフィールの言葉に耳を傾けた。

 

「……あのクソマジメガネに才能がないって訳じゃねえ。あいつには昔から優秀な兄貴と、鬱陶しい弟どもに囲まれてきた分だけ、他の奴より経験値があった。それは間違いなく他人にはないものだ。天才に囲まれることだって才能と言ってもいい」

 

 ロンの表情に暗い影が見えた。

 

「だが、あいつの家よりもいい環境のやつはごまんといる。いい家庭教師をつけてもらってたり、裕福だったりな」

 

 

 アズラエルは同意するように頷いた。

 

「恵まれきってるって訳じゃねえのに成果を出せるってことは、あいつがその差を覆すくらい努力したってことだ。だからあんな台詞が言えるんだよ。自分くらい努力すればそうなれる?なろうとするアホは居ねぇんだよ」

 

 ガーフィールがそこまで話してもまだパーシーの演説は続いていた。ハリーたちはパーシーにあきれつつ、ガーフィールの言葉を待った。

 

 

「だが、あいつの言葉も全部が間違いって訳じゃねえ。あいつはギフテッドじゃねえのは確かだ。単に環境に恵まれて、自分に出来るものを積み重ねて出来ねえものを努力で運良く乗り越えられて来た結果、才能によらない魔法を使えるようになっただけだからな。才能が必要な魔法は再現出来てねえから、才能がねえっていうクソメガネの言葉はまぁ……嘘じゃねぇ」

 

 ガーフィールは顔に青筋を浮かべながら言った。ハリーはガーフィールが怒りを抑えているのが分かった。

 

(自分に勝った奴が天才じゃあないとか言い出したらなぁ……)

 

 謙遜も限度を超えれば嫌味になる。ハリーだって、セドリックが自分は大したことがないと言い出したら後ろからボンバーダを撃ってその空っぽの頭を塵にしたくなるだろう。

 

 

「才能が必要な魔法と言うと、ハリーの蛇語みたいなものですか?」

 

 ダフネがガーフィールに話しかけると、ガーフィールはああ、とそれを肯定した。

 

「あいつは、自分には真似できねえような才能がある訳じゃねえから皆も頑張れって言いたいだけなンだろうがな……それが出来るなら誰も苦労はしねえンだよ」

 

 パーシーの言葉に真面目に耳を傾けたのは、おそらくセドリック·ディゴリーだけだった。セドリックは簡単な救護を受けたあと閉会式にも出席し、最前列で真剣にパーシーの言葉を聞いていた。

 

 観客たちがパーシーに呆れてグラウンドを去る直前、演説を繰り広げるパーシーの手からソノーラスマイクが奪われた。ついでに、胸に輝く主席バッジはダンデリオンへと姿を変えた。

 

「……えっ!おい!?何をやってるんだお前たち!?閉会式の最中だぞ!」

 

 エクスペリアームスでマイクを奪ったのは、フレッドとジョージ·ウィーズリーだった。彼ら双子は、箒に乗ってグラウンドを浮かび上がると、空高く花火を打ち上げながら驚く観客たちに向けてソノーラスマイクによって声を届けた。

 

「勉強なんていらねぇーっ!!!!」

 

 フレッド·ウィーズリーが叫んだ。

 

「俺たち皆魔法使い!勉強嫌いのホグワーツ生なんだから、好きな魔法を思いっきり使ってハジケようぜーっ!!」

 

 ジョージ·ウィーズリーが杖を掲げて笑いながらそう叫ぶと、マーカス·フリント、アンジェリーナ·ジョンソンをはじめとした上級生も、ルナやコリンをはじめとした下級生たちも杖を掲げて賛同した。リーマス·ルーピン教授は呆れと何かが入り交じったような表情で苦笑し、アルバス·ダンブルドア校長は隣にいたハグリッド先生やマクゴナガル副校長と共に朗らかに笑いながら花火を打ち上げた。フレッドとジョージはひょいひょいと花火をかわし、向日葵の花びらに変えて観客席に花吹雪を落とした。

 

 

「初心者大歓迎!今なら魔法使い放題!!興味を持ったら、フリットウィック教授かバナナージ先輩に声をかけてくれよーっ!!かっけぇパトロナスの使い方を教えてくれるぜーっ!」

 

「イェーっ!!」「さすがフレッドォ!!俺たちのこと良く分かってるぜぇっ!!」「お前らがホグワーツの裏番だーっ!!」「テメーら途中で負けたくせにいきってンじゃねー!!」

 

 生徒たちの大喝采を浴びながら、フレッド·ウィーズリーとジョージ·ウィーズリーは人混みに揉まれていく。フレッドの手からマイクが奪われ、パーシーの手によってフリットウィック教授に返却されると、双子とパーシーの鬼ごっこが始まった。

 

「勉強なんかしてたら脳みそが腐るぜ!」

 

 双子のどちらかが煽った。ハリーは双子と親しくないので、動き回っているとどちらがフレッドでどちらがジョージなのか判別できない。

 

「お前たちは五年生だろうがぁぁええっ!?一番勉強しなきゃいけないんだよぉっ!?分かってるのかぁ!」

 

「落ち着けよパース!主席バッジが泣いてるぜ!?」

 

「お前たちがやったんだろうがっ!?……僕はもうお前たちのために泣けないけどなぁっ!!OWLに落ちて母さんを泣かせたらどうするんだ!!ええ!?留年する金なんてうちには無いんだぞ!!」

 

 観客たちは大爆笑に包まれた。決闘大会は、こうして大団円によって幕を閉じたのである。

 

「ホグワーツで一番面白いのは、間違いなくあの二人だね」

 

 グラウンドを去るとき、ハリーはそう呟いた。ロンは誇らしそうに胸を張ったが、その髪の毛のように耳まで赤くなった。

 

***

 

 決闘大会のあと、ハリーはルナとの約束を果たすため、ルナとコリンを率いてハグリッドのもとを訪れていた。

 

 どうやらハグリッドの小屋には先客が訪れていたようだ。スリザリン生であることを示す緑色のローブを着た、小柄な生徒が二人。パトリック·ブルストロードとアストリア·グリーングラスが、ハグリッドの小屋から出てきた。アストリアはハリーを見て何か言おうとしたが、パトリックに止められた。ハリーはお互い見なかったことにしよう、とパトリックたちに言って、ハグリッドの小屋に入った。

 

「あの子たちもユニコーンを見にきたのかなぁ?ハリー、僕たちもユニコーンを見せてもらえる?ユニコーンが疲れて人前に出たくないとか、そういうことにならない?」

 

 コリンは二人が去ったとたん、小柄な犬のようにハリーに捲し立てて聞いてきた。去年の一件から、コリンはスリザリン生の前では普段のゴシップ好きを抑制するようにとハリーは言い聞かせてきた。コリンもハリーの前では、スリザリン生にあれこれとものを聞いたりはしない。あくまでもハリーの前では。

 

 

「多分そうだろうね。パトリックは随分と嬉しそうだったよ」

 

 

 ハグリッドはハリーたちに特製のロックケーキと、美味しい紅茶を出してくれた。ハリーは紅茶に口をつけるとロックケーキはそのままにして、ハグリッドのもてなしに喜んだ。

 

「ええ試合だったなあ、ハリー。お前さんはもう少しじゃった」

 

「まだまだだよ、ハグリッド。『もう少し』って言うには差がありすぎた。先輩たちの試合を見てそう思ったよ」

 

 ハグリッドは黒曜石のような瞳を丸くして微笑ましくハリーを見ていたが、コリンはキラキラした瞳でハグリッドに自分の活躍についての印象を尋ねた。

 

「僕の!僕の試合はどうでしたか!?」

 

「コリンもええ飛びっぷりじゃった。俺ぁとんでもねえ魔法使いが出てきたと驚いたわい」

 

「えへへ、やった!」

 

 ハグリッドに褒められたコリンは感動的な表情で自分のカメラを握りしめた。そのまま自分の顔を撮影しそうなコリンを面白そうに観察しながら、ルナはハグリッドにペコリとお辞儀をしてユニコーンを見せてとせがんだ。

 

「ハグリッド先生。もしまだユニコーンちゃんが元気なら、私たちにも見せてください」

 

 

 ルナにしては真摯な頼みに、ハグリッドはええぞ、と頷いた。

 

「お前さんたちは運がええぞ。こいつは保護したユニコーンでな。そろそろ群れに返してやる予定だった」

 

 ハグリッドが教室の机ほどの大きさのトランクを開くと、魔法の空間からユニコーンの赤子が飛び出してきた。純白に輝く体毛はパトロナスの銀色の光沢とはまた違った神々しさがあり、ユニコーンの澄みきった瞳はハリー、ルナ、そしてコリンの顔を見るや否やコリンに抱きついてきた。そのユニコーンは先日の授業で見たユニコーンの子供とはどうやら別個体で、小さいがよりパワフルであるように見えた。

 

「うわぁ、すっげえ!!……ねえ君、写真を撮ってみてもいい?」

 

 コリンはユニコーンの子供をまるで猫のようにあやした。ユニコーンの子供は、コリンから角を撫でられて満足げに微笑んでいたが、カメラを見るとぷいとコリンから顔をそらした。

 

「あっ、ウソウソ。嘘だよ、君が嫌なら絶対に撮らないって約束する。でも、僕たちの言葉が分かるんだ……!!スッゴく賢いんだ、ユニコーンって!!」

 

 感動を言葉にして表現するコリンに対して、コリンとは対照的に、ユニコーンの子供を目撃したルナは感動のあまり言葉も出ないほどに喜んでいる。頑張った二人へのご褒美ができたとハリーは内心でほっとした。ザビニとハグリッドのお陰で、少しは先輩らしいことができたようだ。

 

「そうみたいだね。ハグリッドが教えたの?」

 

 ハリーが聞くと、ハグリッドはああ、と頷いた。

 

「ユニコーンに限らず、魔法生物は魔法のお陰か、子供の頃から人の近くにおると人の言葉を覚えてくれる。もちろん個体差はあるし、完璧ではねえが。この森には賢い個体も多くてな。このユニコーンのダグザや、アラゴグもー」

 

 そこまで言ってから、ハグリッドは咳払いした。ハリーはどうやら前にもハグリッドはユニコーンを保護したんだなと思い深く追及しなかった。

 

「まぁとにかく、話しかけてやってくれ。人の側で育ったユニコーンは、群れに帰ったあと人の言葉を群れの仲間に伝える。そんで密猟者やならず者から逃げるために群れを強くしてくれるんじゃ」

 

「密猟……そうか、二年前にあんなことがあったもんね……」

 

 ハリーは二年前にユニコーンが殺害された事件を思い出した。下手人は闇の帝王の配下となったクィレル教授で、彼はユニコーンの生き血を啜って呪われたのだ。

 

「あれ以来ユニコーンを狙う不届きものは出てねえが、人間はろくでもねえことを考えるからなぁ。警戒しとくにこしたことはねえ」

 

 ハグリッドの言葉に、ハリーは内心で頷いた。

 

(……確かにそうだ。『ユニコーンの生き血を吸った人間が呪われる』なら、生き血は暗殺用にも使える。ユニコーンの呪いを解呪する方法はまだ見つかっていないし)

 

 ハリーはユニコーンの生き血を毒として用いるという手段を思い付いてしまった。クィレル教授ですら呪いに犯され、ダンブルドアの見立てで余命幾ばくもないところまで追い詰められたのだ。

 

(なんだか変な気分だなあ。道具になってる生き物がこんなに可愛いだなんて)

 

 ユニコーンはその神聖さから魔法使いたちのほとんどに好かれているが、全身の魔法道具用素材としての価値の高さから常に魔法使いたちの道具として消費されている。実に矛盾の多い生物だった。いや、矛盾しているのはハリーたち魔法使いなのだろうか。

 

(……ま、どうでもいいか)

 

 ハリーは考えるのをやめて、ユニコーンにそっと手を出してみた。

 

「ハロー、ダグザ。マイネームイズハリー。オーケー?」

 

 ハリーは赤子に話しかけるようにぎこちなく手を差し出してユニコーンを撫でようとしたが、ユニコーンのダグザはルナやコリンとは違い、ハリーには懐かなかった。

 

(……やっぱり駄目か。僕が不純だから?手の出しかた?視線?)

 

 ハリーは内心で歯痒く思いながら手を引っ込めた。純粋なユニコーンに好かれることは、どうやらハリーには難しいようだ。

 

 ハリーはコリンとルナが満足するまで、ユニコーンにフリスビーを飛ばしたり、小屋の周囲を散歩させたりしてユニコーンを遊ばせた。ユニコーンは、ハリーに対する警戒体勢を解くことはなかった。

 

 遊び終わったあと、ハリーはコリンとルナを先に帰らせた。

 

「しゃーない。コリンを送ってくねー」

 

「えっ!そこは僕が君を送るんじゃないの?一応男子だよ!?騎士道のグリフィンドール生だよ!?」

 

「だってレイブンクロー寮は塔の上だモン。グリフィンドールの方が近いじゃん」

 

「コリン、ルナについていって。レイブンクローの入り口のクイズが解けたなら、また魔法を教えてあげるから」

 

「……はいっ!やった、解くぞ~!」

 

「出来るかなー?」

 

 漫才をしながら帰っていく二人を見送ったあと、ハリーはハグリッドへと向き直った。

 

「……ハグリッド。実は、僕は相談したいことがあってここに来たんだ。その、今日はもう遅いけど、話を聞いてもらってもいいかな……?」

 

「わしはハリーの頼みは断らんと決めとる。なんせ、お前さんはわしをアズカバンからホグワーツに戻してくれたんだからな。聞かせてくれ」

 

 ハグリッドは、ハリーの相談を快く受け入れた。ハリーはハグリッドに自分の悩みを……ドラコと仲直りできていないことを打ち明けた。

 

「そうか、マルフォイとなぁ……」

 

 

「……ボガートにやり過ぎたことが原因なんだ。僕はボガートに……その、折檻をしてしまって」

 

「ボガートに?リディクラスで?一体どうして?」

 

 ハグリッドは困惑していた。それはそうだろう。馬鹿馬鹿しいイメージがなぜ折檻になるのか、ハグリッドには理解しがたいだろう。

 

 ハリーがハグリッドに相談した理由はそこだった。シリウスはハリーのボガートがバーノンであることを知っている。ハリーがマグルを、正確にはダーズリー家そのものを虐げたいと思っていることを、シリウスにだけは知られたくはなかった。

 

「……楽しめるイメージを思い浮かべていたらエスカレートして、つい」

 

 ハリーが悩みを打ち明けられる大人は、ハグリッドしかいなかった。

 シリウスとフルーパウダーで話をすれば、リディクラスの件だけではなく、ハリーが闇の魔術を使ったことも打ち明けなければならなくなる。ハグリッドならば、その詳細を聞かずとも曖昧にぼかして説明して誤魔化すことができる。そもそも、ハグリッドはハリーが闇の魔術を知っていることを知らないのだから。

 

 自分の担任であるスネイプ教授は、ハリーのなかで相談の候補には上がらなかった。薬学教授としての腕を尊敬していても、こうした対人関係のトラブルで相談する相手ではなかった。ガーフィールやバナナージは他の生徒と近すぎて、悩みが漏れてしまうのではないかと思い打ち明けられなかった。

 

 ハグリッドは自分を見捨てないだろう、というハリーの中の甘えがハグリッドに悩みを打ち明けるという行為に至らせた。初めて自分を救いだしてくれたハグリッドは、ハリーにとって無条件で信頼できる大人であり、ハリーにとってのヒーローだったのだ。

 

「ドラコは僕のリディクラスを見て、ひどく傷ついたんだ。僕が、昔最低な奴だと言った奴になったから」

 

「そりゃあマルフォイが悪い。緊急事態で気が動転しとったんだろう?その事をドラコに話したのか?」

 

 ハリーはハグリッドの言葉に、いっそう罪悪感を感じた。気が動転してはいたが、ボガートを虐待するイメージ自体は、前日のルーピンとの訓練の時からあったからだ。

 

「うん。でも、駄目だったよ。ハグリッド、正直何を言えば、ドラコと仲直りできるのか分からない。ボガートを虐待して、楽しかったってことはもうどう言い逃れをしても取り消せない事実なんだ。決闘クラブに誘ってみたけど駄目だったし、クィディッチでも会話らしい会話は出来てない。もう仲直りなんて出来ないのかもしれない……」

 

 ハグリッドはハリーの甘えを見抜きはしなかった。真剣にハリーと向き合い、ハリーをまず励ますための言葉をかけた。

 

「ハリー。わしは緊急事態での行動だけでそいつの人格が決まるとは思わんし、お前さんの取った行動が間違いだとは思わん」

 

「ハグリッド」

 

「ボガートっちゅうのは本当にろくでもねえ生き物だ」

 

 この言葉は、モンスターやファンタスティックビーストへの愛に溢れるハグリッドらしくはなかった。ハグリッドは不器用ながら、ハリーを励ますための言葉を紡いだ。ハグリッドの背中に隠れていたユニコーンの子供のダグザは、ハリーのことをじっと観察して、ひと声鳴いた。

 

「そいつが恐れとることを、包み隠さずそのまんま出しちまう。もしもお前さんがその場におらんかったら、他の誰かの恐ろしいものに化けて脅かしとった筈だ」

 

「リディクラスはな……ここだけの話、実はわしも上手くねえ。習う前に退学になっちまったし、普段はボガートなんて出くわさねえからなぁ」

 

「あのボガートは突然変異だったみたいで、魔法を撃ってきたよ」

 

 ハリーがそう言うと、ハグリッドはボガートを目撃できなかったことを残念がったが、ハリーたちが無事であったことを喜んだ。

 

「……そいつは……すげえことだ。ボガートの前に出て戦っただけで、お前さんは立派な魔法使いだ。リリーもジェームズもきっと、お前さんを誇りに思うよ。お前さんはもっと、自分に自信を持ってええ」

 

「……ありがとう、ハグリッド」

 

 ハリーはハグリッドの言葉に甘えた。ハグリッドの言葉に励まされるように、甘ったるいロックケーキにかぶりつくと紅茶でケーキの表面を胃の中に流し込んだ。

 

 一息ついてから、ハリーはドラコとどうすれば仲直りできるかハグリッドと話し合った。ハグリッドはハリーの千倍楽観的で、すぐに仲直りできる筈だと言った。

 

「あのマルフォイがそんなことを言えるようになるのは、本当に珍しいことだ。わしはマルフォイの父親も知っとるが、本当の友達と言える奴はおらんかった。お前さんたちは、本当に仲がええと思う」

 

「うん。でも、僕が変わらない限り仲良くはしてくれないんじゃないかな?」

 

「……お前さんとの会話の内容を聞く限り、マルフォイはお前さんと二人だけで話したいんじゃねえかとわしは思う。ただの勘だが。……二人だけで話す機会を作ってみるのはどうだ?周囲に人がおったら、話せんこともある」

 

「……そうだね。何人かに協力してもらえば、出来ないことはないと思う。ありがとう、ハグリッド」

 

 

 

 ハリーは悩みながら、ドラコとの友情を取り戻すための策を練った。ハグリッドの小屋を去るとき、ケンタウロスのフィレンツェがハグリッドのもとを訪れていた。どうやらハグリッドの予定にもない来訪だったらしく、ハリーもハグリッドも驚いた。フィレンツェはハリーがここに居たことに何か運命的なものを感じ取ったのか、ハリーに微笑みかけてくれた。

 

「……これも、運命か。ハグリッド、連絡もなしに訪れた非礼を詫びたいが、今日は緊急の用件でここに来た。長老の占星術の結果を、ダンブルドアに伝えてほしい」

 

「……あの、僕はお暇します。ハグリッド、今日はありがとう」

 

 ハリーは預言を聞く前に立ち去ろうとした。ケンタウロスの預言に対して、敬意を持ってのことである。

 

 ハリーはそもそも預言を信じていない。占い学の授業の初っ端に、トレローニ教授から死の宣告を受けたからだ。預言を信じれば、ハリーは必ず近い将来に死ぬことになるので、占い学の信憑性を無視する方がハリーにとって都合がよかった。

 

 

 しかし、ケンタウロスの預言を信じないというのは、わざわざ教えに来てくれたケンタウロスや使者であるフィレンツェに対して失礼だ。だから聞かずにその場を去ろうとしたのだが、フィレンツェはハリーに伝えることも私の使命なのだろうと言い、預言を告げた。

 

「『東の空の火星が明るい』『冥王星に輝きの兆しがある』。ダンブルドアに連絡を。この兆しはおそらく、吉兆ではないだろう」

 

 ハリーは冥王という単語に、一人の魔法使いを想像した。それは闇の帝王と呼ばれる存在だ。ハリーがいつか殺したい相手であり、今世紀最大の闇の魔法使いとして恐れられる悪魔だった。

 

 

 

 

 




ギフテッドの例1……天然の開心術士(ファンタビのクイニーなど)。
ギフテッドの例2……魔法生物との混血(フリットウィック教授、ハグリッド先生、四年で登場予定の女性たちなどなど)。

上記の天才たちに比べたらパーシーはよくいる量産型の秀才に過ぎません。ちなみにパーシーの想定した天才はトムくんです。自分が凡人と思えてもしかたないね!


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恋に恋する(3)

ファルカスのタロット占い

パンジー→女帝
ハグリッド→法王


 

 決闘大会が終了したあと、グリフィンドールの英雄となったフレッドとジョージ·ウィーズリーは決闘クラブを出入り禁止となった。妥当な判断だというのがパーシーの主張だった。

 

「あの二人は隙あらば悪戯をして風紀を乱しかねないからな……」

 

 決闘クラブに入らなければ入らないで、パーシーは悪戯を起こした双子の後始末のためにフィルチ管理人に頭を下げて回ることになる。ホグワーツ首席に安寧の時間は存在しなかった。

 

 ハリーはといえば、十二の科目に追われながらクィディッチの練習をし、決闘クラブへは一週間のうちに二回ほど訪れて魔法の練習をするという生活パターンに移行していた。セドリック戦の敗北を機会に、ハリーは自分の戦闘パターンである飛行して上空から優位を取るという戦法自体を改善すべきだという気になっていた。上空から攻撃することは格上相手でも通じるが、他人の戦法、具体的にはセドリックのような部員たちの戦法も取り入れられるように、練習自体を見直した。

 

 上空から狙い撃つという練習をしなかったのは、クィディッチシーズンの開幕が近づいてきたからだ。箒に乗る感覚が体に染み込む度に、飛行魔法の精度は上がる。飛んで戦うイメージはいくらでも沸いてくる。決闘クラブでわざわざ飛ぶよりは、魔法自体の正確さや発動速度、射程、何より立ち回りを見直した方が自分の技量を向上させることができるとハリーは踏んだ。

 

(……フィレンツェの預言は、一応相談はしておくか。信じる訳じゃないけど……)

 

 賢者の石の時は、ユニコーンが襲われ殺害されるという実害があった。今回はまだそのような出来事はなく、ホグワーツは平穏そのものだ。しかし、ドロホフの脱獄を知った闇の帝王が動き出すか、あるいはドロホフが闇の帝王を探し出すか、ホグワーツに賢者の石を奪いに来るという可能性は否定できない。闇の帝王もドロホフも、賢者の石が破壊されたことを知らない筈だから。

 

 預言について、ハリーは決闘クラブでいつもの六人に相談した。ザビニやロン、ハーマイオニーはケンタウロスの預言を信じなかったが、ファルカスは深刻な顔でハリーに警戒するように言った。

 

「ハリー、『火星』っていうのは、大きな闘いや災害の隠喩なんだ。直球で『火事』という解釈もできる。もしかしたらドロホフのことかもしれないけど、流石に安直すぎるかな」

 

 ファルカスの一家はケンタウロスとも親交があったようで、ケンタウロスの預言には信頼を置いていた。トレローニ先生の授業を馬鹿にすることもなく熱心に受講している生徒の一人でもあり、ファルカスは女子たちに占いの解釈について聞かれることも多くなっていた。

 

「『冥王』はそのまま、『例のあの人』かな」

 

 ハリーが聞くと、ファルカスはまた頷いた。

 

「そうとしか思えないよ。『火星』のドロホフと『冥王』のあの人が近付いて、冥王が輝きを取り戻したりしたらこの世の地獄だ。そうなる前にドロホフが捕まらないとー」

 

 その時、ハーマイオニーが口を挟んだ。

 

 

 

「ねえファルカス。ケンタウロスのフィレンツェがとても聡明で、私たち魔法族にも友好的な人だということは分かるわ。けれど占いを信じるのは非現実的ではないかしら」

 

 ハーマイオニーは少し苛立っていた。ハリーには何となくその理由が理解できた。

 

 ハリーたちの中で12科目を受けているのは、ハリーとハーマイオニーだけだ。選択科目である占い学は受講しないこともできるし、事前に先輩たちからどういう授業かは説明を受けていた。

 

 それでも、占い学に蓄積された知識を全て学んだとしても、たとえ試験でO(優)の成績を取れたとしても、ハリーたちは本物の預言者になることは出来ない。タイムターナーを使ってまで受ける価値があるのかと言えば、預言者の才能がある人間以外には価値はないかもしれない。聡明なハーマイオニーは占い学の根本的な問題点に気がついてしまった。だからこそ苛立っているのだ。ハリーはハーマイオニーの気持ちが分かるだけに、ハーマイオニーに怒る気にはなれなかった。

 

「占いって、あえて明言を避けてどうとでも解釈ができるようにされているものよ。そんなものに左右されるなんて、はっきり言って馬鹿馬鹿しいことだわ」

 

(言ったよ……誰もが思ってることを……)

 

(……そこが楽しいんですけどね……ハーマイオニーは理系なんですねぇ)

 

 ハリーとザビニは顔を見合わせ、アズラエルはハーマイオニーの弱点を見たような思いで興味深そうに会話の流れを見守った。ルナはザ·クィブラーのルーン文字占いの記事を読んでいた。

 

 ファルカスは少しムッとしてハーマイオニーに言い返した。

 

「それはそうだよ。占いっていうのはそういう神秘的なものなんだ。本当にあたる預言者なんて今の魔法界には一人も居ないかもしれない。けれど、ケンタウロスの神秘でそういう予兆があったのなら無視していい筈がない」

 

「まぁまぁ二人とも。バナナージ先輩にエクスペクトパトローナムでも教えてもらおうぜ?」

 

 ロンはハーマイオニーとファルカスとの雰囲気が剣呑になる前に、二人を誘ってバナナージ·ビスト部長のもとへと足を運んだ。

 

「センパイ、この間の試合でやってた呪文を教えてください!!」

 

「エクスペクト·パトローナム!!すごくかっこ良かったです」

 

「君らも来たか。んー、そうだな、どうしようか」

 

 バナナージは新しく加入した部員たちの対応で忙しそうだった。決闘大会によって、自分も魔法を使いたいという物好きが数人ではあるが加入していたのだ。

 バナナージは腕を組んでハリーたちを見回したあと、諭すように言った。

 

「あれってそこまで役に立つ呪文じゃないぞ?」

 

 

「えー、何でですか?かっこいいじゃないっすか、パトロナスって」

 

「あれはNEWTレベルの魔法なんだ。今使えてもあまり意味はない。プロテゴを鍛えた方が発展性があるぞ?」

 

 バナナージによると、パトロナスは幸福な感情のエネルギーが形になったものであって、本来は盾にするようなものではないのだという。

 

 

「いろんな人からの魔法を防いでたじゃないですか。利便性ありますって!!」

 

「普通にプロテゴの範囲を広げた方が守る範囲は広がるし、パトロナスは魔力消費も多い。それでもやるか?」

 

 ザビニをはじめとして、男子たちはバナナージの試すような言葉にも退かなかった。ハリーは自分のパトロナスがどんなものなのか確認してみたかった。アズラエルもそうだったようで、いつになくキラキラした後輩たちの視線を浴びて、バナナージ先輩は頭をかいてから、フリットウィック教授に掛け合ってみると言った。

 

「うーん、じゃあフリットウィック教授に掛け合ってみよう。パトロナスチャームの練習は指導者のフォローができる環境じゃないと駄目だからな」

 

「流石NEWTレベル……てっことですか?」

 

 

 フリットウィック教授はパトロナスより、まずはプロテゴを完璧に習得することを部員たちに課した。ブーイングでも発しそうな顔の部員たちに、フリットウィック教授は諭すように言った。

 

「エクスペクト パトローナムを使いたいというなら、まずはエクスペリアームス、プロテゴ、そして五年生レベルのコンジュレーションを習得することを奨めます」

 

「それはどうしてですか?」

 

「この魔法は、君たちの心身の成長と密接な繋がりがある魔法だからです」

 

「己が一番幸福と思える、暖かく素晴らしい記憶を、己の最大の魔法力で一気に放出する。それがパトローナス チャームの極意ですが」

 

 ここで、フリットウィック教授は生徒たちがちゃんと自分の言葉に耳を傾けているのかを確認した。ハリーたちはもとより、その場にいたセドリックやアンジェリーナ、新しく加入した部員たちも真剣になって耳を傾けており、マクギリス·カローがどこかばつの悪そうな顔でフリットウィック教授をみていることを確認した上で、教授は言葉を続けた。

 

「幸福な記憶というものは、道具として軽々しく用いるべきではないと私は思います」

 

 フリットウィック教授にしては良く分からない言い回しをする、とハリーは思った。

 

「皆さんはまだ若い。己が何を幸せと思い、どんな幸福を糧にするのかはまだ定まっていません。だから、この魔法はOWLレベルではなくその先のNEWT レベルで学ぶのです。自分自身の本当に大切なものが何か、それが分かってからこの魔法に取り組んでも遅くはないと思います」

 

 フリットウィック教授はそう言ってから、さらに言葉を続けた。

 

「どうしてもエクスペクト パトローナムが学びたいという人は、エクスペリアームス、プロテゴ、ステューピファイ、そして五年生レベルのコンジュレーションをマスターした上で、私がテストをします。それに合格できたなら、合格者にこの魔法を教えることにします」

 

 フリットウィック教授は(自分や周囲の生徒を嘲笑あるいは中傷しない生徒であれば)誰にでも優しく魔法を教えることに定評がある先生だったが、ことパトローナス チャームに関しては教えることを制限した。ザビニはがっかりしたように言った。

 

「なんでもかんでも教えてもらえるほど甘くはねーか……そりゃあそーか。六年生とか七年生がやる魔法だもんな」

 

「バナナージ先輩は五年生だったときに教わったんだ。頑張れば僕らだって教えてもらえるようになるよ」

 

 ハリーはフリットウィック教授が出した条件に喜んだ。ステューピファイは未習得だったが、逆に言えばそれを習得してテストに合格すれば教えてもらえるのだ。むしろいい機会が来たとさえ思った。

 

「でもさ、アズラエルまでパトロナスに熱心になるのは珍しいよね。効率重視でプロテゴを極めると思ってた」

 

「ファルカス、僕だって男子ですよ?自分のパトロナスがいったいどんな動物なのか、興味が沸くじゃあないですか。みんなもそうでしょう?」

 

 アズラエルの言葉に、ロンはうんうんと頷いた。

 

 

「分かるわー。どうせ出すならライオンみたいなかっこいい動物がいいもんな」

 

「逆にかっこわりー動物だったらちょっと嫌だよな」

 

「それな」

 

 ロンとザビニの言葉に、ハーマイオニーはぷりぷりと頬を膨らませた。

 

「動物の種類はパトロナスの性能には関係ないわ。幸福な感情のエネルギー体なのだから」

 

「確かに動物の種類はパトロナスの性能にさほど影響を与えませんね。ようはメッセージを伝えて、ディメンターを追い払えればそれでいいわけですし。でも、動物の種類によって、その人の一面が垣間見えるという謂れもありますよ?みんなで自分のパトロナス予想をしてみませんか?的中したら蛙チョコレート一箱でどうです?」

 

 アズラエルの言葉に、ハーマイオニーはうーんと唸った。

 

「それは少し面白そうね……」

 

「それってナルシスト判定みたいになるんじゃないかな?」

 

 ファルカスがポツリと呟いたが、みんなあえてその言葉を無視した。自分の思う素晴らしいパトロナスは何か、ハリーたちは夢中になって話し合い、全く成功しないステューピファイの練習をしながら決闘クラブでの時間は過ぎていった。

 

***

 

 週末の日曜日、ハリーはダフネ·グリーングラスと待ち合わせをしていた。ハリーにはデートのつもりはない。友人の相談に乗る代わりに、ダフネを通してドラコと二人きりになれる時間を作るよう調整してもらいたいと思い、二人で会う時間を取り付けたのだ。ハリーが直接話をしたいと言っても、ドラコはハリーと距離を置こうとしている。ならば、ドラコと親しい人間にドラコと話せるよう取り計らってもらう他ない。そこでハリーが白羽の矢を立てたのがダフネだった。

 

 クラブかゴイルのどちらかに頼むことも考えたが、あの二人ではドラコに気付かれずハリーと二人きりになれるよう誘導するという真似は難しい。そのため、そういうことにも頭が回りそうなダフネを頼ったのである。

 

 

 待ち合わせの場所はロサ・リー・ティーバッグという喫茶店で、この間訪れた喫茶店とは全く異なり、客で溢れかえって繁盛しているものの、下品とも言える紙吹雪や目に痛いような演出はなかった。ハリーは約束の十分前にこの喫茶店に入り、奥側のテーブル席でダフネを待った。深く帽子を被ったレイブンクロー生の一団と、グリフィンドールのローブを着た女子生徒や男子生徒ががハリーの方を見た気がしたが、ハリーは無視した。

 

 入店してから五分で、ダフネもやってきた。ハリーのプレゼントした玩具のネックレス(いざというときのルーモス(照光)機能付き)をつけている以外はこの間と変わらない服装だ。ダフネもこの場所を気に入ったらしく、満足げに笑うとハリーのいる席まで来たが、ハリーの前の席に座ると開口一番で自分の渡した目薬を注すようにハリーに言った。

 

「もうあの目薬を使いきってしまったのかしら。それとも、あれはお気に召さなかった?」

 

「いや、ごめんねダフネ。君がそこまで碧眼を気に入ってたとは思わなくて」

 

 ハリーは言われるがまま目薬を注ぎ、瞳の色を翡翠から蒼へと変えた。ダフネは満足げに頷きながら、ハリーに悩みについて相談していった。

 

***

 

「……結構いい雰囲気ね、あの二人。心配していたんだけれど良かったじゃない」

 

 

 ロサ・リー・ティーバッグのテーブル席では、グリフィンドールの深紅のローブを着た女子三人が固まって、奥にいる眼鏡をかけた男子と黒髪の地味そうな女子を見守っていた。

 

「え、ええそうねパンジー。ポッターとダフネがうまくいくのか心配だったけれど、何事もなさそうでよかったわ……」

 

 三角帽子を被ったパグ犬のような少女に、かつらで変装した体格の良い女子が頷いた。彼女はミリセント·ブルストロード。ダフネのルームメイトであり、パンジー共々ダフネとは幼少期から交流がある親友だった。

 

(いくら友達だからって、デートを尾行するなんてやめた方が……)

 

 ミリセントはそんな常識的な一言をついにパンジーに言うことが出来ないまま、ダフネの尾行に参加してしまった。ドラコと親しいパンジーの機嫌を損ねれば、どんな目に遭うか分かったものではない。ミリセントの心中はダフネへの罪悪感で一杯で、今すぐにここを離れたいと思いながらトレイシーの帰還を待った。

 ミリセントは今すぐここを出てアズラエルに相談したかった。ミリセントがアズラエルを誘った理由は、集団のなかでの立ち位置にシンパシーを感じたからだった。

 

 

 

 女子たちはそれぞれ店の中だというのに三角帽子を被ったり、変身術を使って顔のパーツを変えたり、かつらをつけたりして変装していた。狡猾なスリザリン生らしい立ち振舞いといえよう。

 

「でも、ここからじゃどんな話をしているのかは分からないわね……ねぇトレイシー。あんた、トイレに行くふりをして近付きなさいよ。どんな話をしているのか調べて頂戴」

 

「ええ!任せてよパンジー!ダフネがうまく行っているかどうか、ちゃんと見極めてあげるから!」

 

「ポッターがダフネを虐めてたりしたら承知しないわ。すぐに私のところに来るのよ」

 

「分かってるって」

 

「頑張ってね、トレイシー」

 

(……ああ、止めなきゃいけないのに私は何をやってるんだろうか……)

 

 トレイシーに対して、ミリセントはニコニコと笑顔を浮かべたまま、応援の声をかけた。ミリセントやダフネはパンジーを止めたことはない。止めて自分が虐めのターゲットにされることを何よりも恐れているからだ。アズラエルとミリセントの違いは、寮のルームメイトの中でリーダーになったハリーか、パンジーかという違いがそのまま差になっていた。

 

 

 トレイシー·デイビスという少女は、パンジーの指図に目を輝かせて従い、喜々としてハリーたちの側を横切った。彼女もダフネやミリセントと同じくパンジーのルームメイトだ。しかし、トレイシーは二人とは違い、パンジーと幼少期からの付き合いがあったわけではない。もっと言えば、純血でもない。ハリーと同じ、不安定な半純血の生徒なのだ。しかし彼女は、内向的なダフネや良くも悪くも普通の域を出ないミリセントとは別に性格面でパンジーと気が合い、パンジーからとても重宝されていた。

 トレイシー·デイビスは噂好きで、他人のゴシップに弱い年頃の少女だ。そのため、こうした時にパンジーの手足となって動くことに躊躇いはなく、わくわくしながら話に夢中のハリーとダフネの方に向かって気取られないように近付いた。

 

***

 

 

 トレイシーがこっそり近付いていくと、ダフネは妹についての愚痴をひとしきりハリーに語り終えた後だった。ハリーが紅茶に口をつけている一瞬の隙を見て、トレイシーはハリーたちの側を通りながらトイレの入り口に入ると、内側から鍵をかけてハリーたちの言葉に耳をそばだてた。

 

「……ねぇ、ポッター。貴方は恋ってしたことがある?」

 

「さっきの話とはうってかわって、随分とまた哲学的な質問が来たね」

 

(……?!)

 

 トレイシーは耳を傾けてハリーたちの話を聞こうとする。音を立てないよう慎重に、されど冷静に。

 

「正直なところ、僕には恋はまだよく分からない」

 

 ハリーは迷うことなくそう答えた。

 

(こ、こいつ!そこは『君に夢中だよ』とか『答えるまでもないよ、ダフネ!!』とか言うところだろうがぁ!濁すってどういう神経!?)

 

 トレイシーは地団駄を踏んだ。トレイシーにも年頃の少女らしい感性と、友人を心配する心があったのだ。

 半分以上は、娯楽感覚で。ゴシップを楽しむように面白がっている気持ちもあるのだが。

 

 ハリーの言葉は続く。

 

「ほら、一年前にパンジーに薬を盛られただろ。あれで僕は、正直、恋ってものはそう良いものでもないんじゃないかって思ったんだ。大切なものをその恋愛感情為だけに歪めてしまう、危険なものだと思った。だから僕にとっては、ちょっと怖いものだってイメージがある」

 

(…………げ)

 

 トレイシーの地団駄はピタリと止んだ。代わりに、冷や汗がトレイシーの頬を伝う。

 

(や、やなこと思い出しちゃった…)

 

 トレイシーの脳裏をよぎるのは、ハリー相手に毒、もとい愛の妙薬を盛ってハリーの交遊関係をずたずたにしようとしたパンジーの姿。トレイシーはパンジーの手足としてあくどいことは散々やってきたものの、良心がないわけではないし、後に尾を退くほどのことをした覚えはなかった。

 

 しかし悪事というものは、やった方が忘れていても、された方はそれを覚えていて傷になるのだ。トレイシーは自分が報いを受ける日を恐れながらも、好奇心に負けてダフネとハリーのやり取りを見守った。

 

(ど、どうパンジーに説明しようかな……ってゆーかダフネも引いてない?)

 

 トレイシーはドアの隙間からダフネの姿を覗き見る。頬杖をついて不貞腐れながらハリーのお菓子をふんだくるダフネの姿がそこにあった。

 

(……あれ……?)

 

(何、ダフネっち。いつもは澄ました顔でニコニコしてたじゃん?)

 

 トレイシーは普段のダフネとは違う姿を目にして戸惑う。ダフネはもっと地味でお淑やかだった筈なのだが。

 

(……ま、まぁ気にしないことにしよう。ポッターに怒ってるだけだきっと)

 

 もしかしたら、ダフネはハリーの前で自然体になっているのかもしれなかった。友達が自分達の前であまり心を開いていない可能性に思い当たって衝撃を受けていたトレイシーは、ダフネとハリーの一挙手一投足を見逃すまいと目を見開いた。

 

 

「あれは気にしてないって、貴方も前に言ってたじゃない。恋心がどういうものかについて、はぐらかす気ね」

 

「あはは、そうだねダフネ。ちょっと意地悪な言い方だったかな」

 

 ダフネは流石というべきか、ハリーと親しげに会話ができていた。トレイシーはほっとしながら、耳をそばだてる。

 

(こういう時、集音魔法でも使えたらなー!)

 

 トレイシーはその手の魔法を習得していないことを悔やんだ。ゴシップを聞き逃さず集めるものとして、集音系統の魔法を習得しておこうと心に定めた。

 

 トレイシーの思いにも気が付かず、ハリーは少し考えてから、ダフネに言葉を紡ぐ。

 

「……そうだな。僕にはまだ本当の恋なんて知らないかもしれないけど、もしもそんなものがあるとするなら。他の何を犠牲にしても、それ以外目に入らなくなるような感動とかときめきとか……あとは、それを邪魔するものを鬱陶しく思う気持ちとか。そういうものが恋なんじゃないかな」

 

「……ときめき……」

 

 

 ダフネはハリーの言葉に、しばらくの間押し黙っていたようだった。

 

「……どうしたの、ダフネ?」

 

「ハリー、私、恋をしているのかもしれないわ」

 

「ふうん、それは凄い。どんな人?」

 

(う、うおおおおおっ!ここで攻めるの!?ダフネってそこまで積極的だった!?)

 

 トレイシーはドアノブをひっつかみながら、ダフネの一言一句を聞き漏らすまいと耳をそばだてた。そこで、トレイシーは決定的な瞬間を見た。

 

 ハリーと向かい合って座っていたダフネが、ハリーの側に来てハリーの耳元に顔を寄せる。

 

 トレイシーの頬から緊張の汗が流れる。

 

 

(ああっ!何て言ってるのか聞き取れないっ!!)

 

 トレイシーはたまらずトイレから出て、ダフネの言葉を聞こうとする。

 

 そしてトレイシーが扉を開けたとき、ハリーはダフネの手を取っていた。

 

「……する。ダフネ」

 

 トレイシーは満面の笑みでハリーと手を取り合うダフネを見て、ダフネが賭けに勝ったことを悟った。

 

 

(……良かったねぇ……)

 

 トレイシーは、パンジーに対して、ダフネとハリーが付き合うことになったと説明した。感動でちょっと涙ぐみながら。パンジーは友が賭けに勝ったと喜び、心の底からダフネを祝福した。

 

 

 後日、『ハリーとダフネが付き合った』という噂を流そうとするトレイシーとパンジーを、ミリセント·バルストロードがダフネのために全力で止めにかかることになる。

 

***

 

 ダフネ·グリーングラスは、ハリーから恋心についての説明を受けていた。

 

「それ以外目に入らなくなるような感動とかときめきとか……」

 

「ときめき……」

 

 ダフネは自分の中にある思いが、恋心なのかどうか判断がつかないでいた。

 

 

 一目見た時から、ダフネはその人のことを自然と目で追うようになっていた。使い込んで古ぼけたスーツに、苦労の刻まれた皺だらけで、白髪交じりの顔。節くれだった手。そして、ダフネたちを包み込むように指導してくれるカリスマ。

 

 

 ハリーと仲良くなっておくように、と父親に言われたとき、ダフネは悪い気はしなかった。何と言っても『英雄』で、入学したときからほとんどずっと華々しい活躍をしているハリーたちのファンは多い。純血主義だから表立って支持を表明できないだけで、ハリーたちが思っているよりは、ハリーやハリーの友人たちに好意的なスリザリン生は多いのだ。もちろん、ダフネだってその一人だ。ダフネは自分が、成績も性格も取り立てて目立ったところのないスリザリン生だと自己分析できていたし、そんな一人としてハリーを見守るつもりだった。

 

 

 そして、三年生になったあるときハリーから誘われ、悪い気はしなかった。ハリーに自分の好みの目薬を贈ったのも、それをハリーが使ってくれたのも、悪い気持ちはしなかった。

 

 しかし、ハリーに悩みを相談したり、ハリーと仲良くなる度に、ダフネの中でもう一人の自分が囁くのだ。

 

(お父さんの言いなりよね。私って、本当にハリーのことが好きなの?)

 

 自分がハリーに抱いているのは、有名人のファンとしての好意や同じ寮のクラスメートとしての好意であって、恋愛的な気持ちではないのではないか。ハリーと近付く度に、ダフネの中でそんな気持ちが大きくなるのだ。

 

 そして今、ハリーの言葉を聞いて、ダフネは確信した。自分の感情が何であるのかを。

 

「……どうしたの、ダフネ。どこか悪いの?店を変えようか?」

 

「ううん。その必要はないわ。……ねえハリー、今の話を聞いて、私、自分の気持ちに気がついたみたい。恋をしているのかもしれないわ」

 

「ふうん、それは凄い。いいことだね、ダフネ。どんな人?」

 

「…………」

 

 ダフネは少し黙った。

 

 ハリーはフラットにダフネと接してくれている。ハリーの姿を見て、ダフネはハリーにとっての自分は、恐らくは友達以上ではないのだろうと思った。

 

 ダフネは自分の思い人について、自分の心の中に秘めておくつもりだった。

 

(付き合いも短いし……寮のルームメイトとか、ウィーズリーとか。グレンジャーやラブグッドと同じなのよね)

 

 そう思ったとき、ハリーはダフネの顔を見て、穏和な顔で言った。

 

 ハリーはダフネの前で穏和な、余所行きの顔を見せてくれたが、友人たちに見せるような砕けた顔を見せてもらったことはないと、ダフネは思った。

 

「何か悩んでいるなら、相談に乗るよ。僕で良ければ力になる」

 

 ダフネはふと、ここで自分の思い人を告げたら、ハリーはどんな顔をするのだろうかと思った。席を立ち、ハリーの耳元に顔を近づけて囁く

 

「ルーピン先生」

 

 ハリーはダフネの方をまじまじと見た。ダフネが渡した目薬によって青く染まった瞳が自分だけを見ていることに、ダフネはなぜか満足感と達成感を感じた。

 

 ダフネは再び、ハリーに合図をして、耳元に顔を近づけて囁く。

 

「先生の好きなものを知りたいの。貴方なら、魔法を習うついでに聞けるでしょう?私を助けると思って、協力してくれない?」

 

 

 ダフネは自分の中にこんな積極性が眠っていたことに、自分でも驚いていた。心臓はどくどくと脈打っている。

 

 ハリーははたして、満面の笑みでダフネの手を取った。

 

「分かった。協力するよ、ダフネ。その代わりと言ってはなんだけど、僕からも君に、一つ頼んでもいいかな?」

 

「ええ、喜んで」

 

 ダフネもハリーの手を握り返した。二匹の蛇たちは、こうして互いの目的のために突き進んでいった。

  





 この二次創作でのハーマイオニーは原作よりは大分精神的に余裕があります。それは
1.自分と同じように12科目受けてる人(この二次創作でのハリー)が居て、愚痴ったり定期的にストレスを発散できる決闘クラブがあること。
2.ピーターイベントがなくてロンとは細かいケンカ程度で、原作のような険悪な関係ではないこと。
3.決闘クラブで走り込んだりしてたのでそもそも原作より体力があること(地味に重要)。
4.ヒッポグリフイベントがなかったりパンジーの虐めがハリーがダフネと付き合ったことで減ったなどで原作よりは差別されてないこと(精神面ではめちゃくちゃ重要)。
などが原因です。それでも12科目を受けて生活リズムが乱れているのでストレスは蓄積しています。クルックシャンクスとロンが癒し。  


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墜落

ファルカスのタロット占い

ロン……魔術師(正位置)
ドラコ……皇帝(逆位置)


 

「ポッター。何があったのかは知らんが、さっさとドラコと仲直りしろ」

 

 クィディッチの練習後、エイドリアン·ピュシーは珍しくハリーを呼び止めた。ピュシーはリーダーシップを発揮するようなタイプではないが、その彼がわざわざハリーに声をかけたのは、スリザリンチーム内に発生している不協和音が原因だった。

 

 スリザリン·クィディッチチームは、昨年度と変わらない布陣でスタートした。レギュラーを決めるための選抜試験は激戦を極めたが、中でもチェイサーはなかなかのものだった。フィジカルに任せたラフプレーを信条とするモンタギューやワリントンを掻い潜り、腕を上げたザビニを蹴散らしてハリーとピュシー、そしてキャプテンのフリントが正チェイサーとなった。ハリーとピュシーが合格できたのは、ひとえに去年から個人技に優れたグリフィンドールやハッフルパフ(セドリック)、高度な頭脳プレーを仕掛けてくるレイブンクローと戦った経験があったからに他ならない。そうでなければハリーかピュシーのどちらか、あるいは両方がレギュラーを落ちていただろう。

 

 スリザリンチームは昨年と同様、万全の布陣かと言えばそうではない。原因はハリーと、シーカーであるドラコとの不仲にあった。

 

 シーカーとチェイサーは担当する球がスニッチとクァッフルで異なる。そのためポジションの異なる二人がろくに口をきかないほど不仲でもいいかと言えば、そんなことは全くない。

 

 シーカーはスニッチを探しながらも、味方の得点を邪魔しないような動きが求められる。得失点差は優勝争いに直結するからだ。チェイサーは場合によってはシーカーのスニッチ探索をサポートするような動きが求められる。そもそもシーカーがスニッチを取らなければ試合に負けるからだ。七人のチームメイトは、試合中でも頻繁に意志疎通し、互いの位置を絶えず認識し、流れるように箒を動かす必要がある。

 

 

 ……が。

 

 ハリーとドラコは、ほとんど会話らしい会話もなく、義務的なやり取りしか出来ていなかった。それがチーム内の空気を悪くしてもいた。

 

 

 

「どうせお前が何かやったんだろうとキャプテン(フリント)は見ている。まぁこの際、喧嘩の原因がどっちかなんてことはどうでもいいんだ」

 

 ピュシーは一人の箒乗りとして、勝てる可能性を1%でも下げることに我慢ならない様子だった。その判断は正しい。喧嘩が原因でパフォーマンスが低下し、結果として試合に敗北するなど笑えないからだ。

 

「ご機嫌取りでもいいからドラコに頭を下げろ。次の試合のプレーに悪影響があったら、キャプテンはお前をチームから叩き出すぞ」

 

「忠告ありがとう、ピュシー。……ただもしどうにもならなかったら、仲裁をお願いできますか?」

 

 ハリーはピュシーに深く感謝した。チームメンバーとして、そう言ってくれるだけありがたいと思った。ふてぶてしく自分を頼ろうとしてきた後輩を見て、ピュシーは呆れたような視線をハリーに向けた。

 

 

「…………マルフォイ家に嫌われておきながらその態度か。俺は、つくづく自分が話してるやつが例外なんだと思い知らされるよ」

 

 ハリーは何としても、ドラコと和解してみせると意気込んでいた。ハリーはピュシーに言われるよりずっと前から、ダフネに協力してもらい、ドラコと二人だけで話す算段をつけていたのだ。

 

(……大丈夫だ。言い訳は考えたし、頭の中で反復練習もした。ドラコだって話せば分かってくれるはずだ……)

 

 ハリーはシャワーを浴びて汗を流した後、空き教室に足を運んだ。そこには、ハリーの友がいるはずだった。

 

***

 

「やぁドラコ。さっきぶりだね。……どうしたの、そんな顔をして?」

 

「…………」

 

 思わず頭に浮かび上がったハリーに対する下賎な罵倒を、ドラコは自制心によって制御し、飲み込んだ。

 

 

 ドラコは、自分に相談したいことがあるから来てほしいとダフネ·グリーングラスに言われて、空き教室を訪れていた。彼女がハリーと最近交遊を深めているという噂は、ドラコの耳にも入っていた。ドラコは快くダフネの相談に乗り、そして相談の内容に関わらず彼女に忠告するつもりだった。

 

 ハリーと付き合うのは危険だぞ、と。

 

 そのドラコの考えは、当たらずとも遠からずだったようだ。ドラコは顔に軽蔑の色を浮かべて、ハリーを見下しながら言った。

 

「ここにいるはずがない人間がいるのを見れば、誰だってそう思うだろう。ポッター、君はいつからミス·グリーングラスになったんだい?」

 

 ハリーはドラコの皮肉に対して反論しなかった。

 

 

「僕はミス·グリーングラスから相談を持ちかけられた。彼女は最近、妙な噂が立てられて困っているそうなんだ。そう……たとえば、純血ではない人間と付き合っているとかね」

 

「ただの噂だよ。彼女が君に相談したいって言ったのは嘘だ。僕がそう言わせた。こうでもしなければ、君は僕と話そうとしなかっただろ?」

 

 ハリーの言葉に、ドラコはますます苛立った。教室を出ていく前に皮肉のひとつでもぶつけてやろうかと思ったが、ハリーはロコモータ(動け)で椅子を動かし、ドラコに座るように促してきた。

 

「僕から逃げるのか?」

 

 ハリーはドラコを挑発するように、緑色の瞳でドラコを睨み付けてきた。ドラコはその目に怯んだ。

 

「だれが逃げるって?お前ごときに、この僕が?」

 

 ドラコはなるべく傲慢で、尊大に見えるようにふんぞり返って椅子に座った。ハリーはその対面で、静かに椅子に座り、ドラコと向き合った。誰もいない空き教室で、緑色のローブを身に纏った魔法使いの卵たちが二人対峙している。ドラコは自分の恐怖心がハリーに悟られていないだろうかと不安になりながら、閉心術の知識を総動員して尊大な仮面の表情を浮かべた。

 

(ポッターめ……いつの間にグリーングラスを誑かすなんていう悪知恵をつけた?アズラエル辺りの差し金か?それともポッター単独で考えたのか?)

 

 ハリーはダフネ·グリーングラスという人間をたぶらかして、ドラコをここへ誘き寄せた。それはスリザリンらしい、狡猾な蛇と言うべき見事な手並みで。ドラコの中で、ハリーに対する虚像は大きくなっていく。

 

 虚像の中のハリーは、ルシウスによく似た闇の魔法使いだった。残酷な手段を取ることを躊躇わず、人の心を弄び、己の身内以外は誰も信用しない。必要の部屋で見たハリーは、一年生の時のハリーとは全く違って見えた。

 

 ……今のハリーは、ドラコが友達になりたいと思っていたハリーとは、まるで違っていた。ドラコにとっての理想のハリーは、一年生の頃に、ドラコとそしてハリー自身のために啖呵を切ったハリーだった。

 

 真っ直ぐで、頑固で、自分の意見は曲げず。親の影響ではなく、ドラコ個人を見てくれて。

 

 闇の魔術や、マグルへの暴力や、ましてや殺人なんてものには荷担しない安心できる友。

 

 それこそが、ドラコが心の底から望んだ友達だった。闇の魔術だの親の影響ではなく、ドラコのことを見てくれる友。ハリーは、ドラコの望んでいた理想の友に最も近かった。

 

「やっと僕の目を見たね、ドラコ」

 

 ハリーは心の底から嬉しそうに笑っていた。ドラコは笑わなかった。

 

「何の用があって僕を呼びつけた?」

 

「……ドラコに謝りたかったんだ。必要の部屋で、僕は少しやり過ぎた。それは認める」

 

「自分で言ったことも守れないようなやつの謝罪なんて価値はないね」

 

 ドラコの言葉に、ハリーは悲しそうな顔で言った。

 

「確かに僕は最低だよ。君に言ったことを忘れてボガートに暴力を与えたことは取り消せない。……でも」

 

 

「もう一度だけチャンスをくれ。ドラコ、僕を信じてくれ。僕は」

 

「ああやってマグルを傷つけて支配したかった。沿うだろう?」

 

 ドラコはなるべく冷酷に聞こえるように言った。ハリーは反射的にドラコに言い返そうとした。

 

「それの何が……」

 

 ハリーははっとして口を閉じると、取り繕って言い直した。

 

「……何か、誤解があると思う。ボガートを倒すことの何が悪いんだ、ドラコ?」

 

 ハリーは開き直ってそう言った。ドラコの言葉を認めたようなものだった。ドラコに感慨はなかった。あるのはハリーに対する恐怖心だった。

 

 

 ドラコは何度も何度も、過去のハリーとのやり取りを思い返した。そして、あの必要の部屋で見たハリーの姿と、過去のハリーの発言を照らし合わせて、あることに気が付いた。

 

 

 確かにハリーは、頑固で真っ直ぐで自分の意見は曲げない。しかし。

 

『ヴォルデモートを殺るんだ、絶対に!!』

 

 一年生のとき、ハリーはドラコにそう宣誓した。闇の帝王を殺害し、ドラコやスリザリンの生徒たちに対して背負わされる悪評から解放すると。

 

 ドラコは自分の浅はかさを知った。ハリーに理想を見ていたのは、ドラコの方だった。

 ハリーは最初から、邪悪なもの、自分にとって不要なものを殺すことができる。そういう少年だった。それに気が付いたとき、ドラコはハリーのことがとても恐ろしくなった。何か別の生き物のように思えた。

 

 暴力に酔い、闇の魔術を覚えたハリーは、確かにルシウスの言う通り闇の魔法使いとしての才能があったのだ。純血主義、マグル差別。それらの思想を吹き込んで闇陣営のカリスマとして祭り上げるのがルシウスの思惑だった。しかしドラコは、ルシウスの考えには致命的な誤りがあると気がついた。

 

 このままハリーが暴力衝動に従い、マグルへの差別心を拗らせて闇の魔法使いになったとしよう。例えばダフネを誑かして、表向きは純血主義を尊重するようになったとしよう。

 

 それはルシウスの思惑通りのようにに見えて、そうではないとドラコは思った。ハリーがたとえ闇の魔法使いになってくれたとしても、ハリーは必ず例のあの人を殺そうとするだろうとドラコは気付いたのだ。それは、ハリーがマグルを激しく憎むことになったそもそもの原因が例のあの人だという、当然の事実に思い至ったからだ。

 

 ハリーが闇の帝王に殺意を抱き、それを実行するまでの過程で。ハリーはルシウスや、それ以外の大勢のデスイーターを殺害するだろう。バジリスクを殺したように。あるいは、力及ばずデスイーターに……必要の部屋で見たように、ルシウスに殺されるだろう。

 

 ハリーの姿を見て、ドラコは今さら気が付いてしまったのだ。ハリーに友情を持つことがどれだけドラコの良心を揺さぶり、ドラコの純血主義としての価値観を壊し、そしてドラコの敬愛するルシウスにとって危険かということを。

 

 ハリーたちと冒険をして、クラブもゴイルも本当に楽しそうにしていた。ダンブルドアから労いの言葉をかけられ、ドラコの心も、暖かいもので満たされた。しかし……しかし、暖かな友情が必ず破綻する運命にあると気が付いてしまったのだ。

 

 父親の言葉に支配され、盲目的だったドラコは、ハリーという光を見つけて確かに少し成長した。成長にともなって、ドラコの目で見えるものは少し広がった。そして広がった先にあったものは、また別の闇だったのだ。

 

 ドラコは、ハリーに絆されてはならないと強く自分を戒めながら口を開く。

 

「……別に。ただ、僕は不快だったね。あんなものを楽しめるやつの神経が知れない」

 

「僕は必要だからやった。それだけだ」

 

 ハリーはうっすらとスリザリン生らしい笑みを浮かべていた。表面上だけ取り繕って、中身はない。ドラコは、ハリーとそんなやり取りがしたいわけではなかった。

 

 しかし度しがたいことに、ドラコはハリーの闇の部分を受け入れられなかった。

 

 ハリーがこのまま闇の方向に成長すれば、ハリーは強くなりすぎてしまう。そうなれば、ルシウスや、クラブの父や、ゴイルの父や、セオドールの父が死亡するかもしれない。

 

 ハリーを闇の帝王の部下として忠誠を誓わせるなんてことは不可能だと、ドラコはハリーと二年間接して嫌というほど理解した。そうである以上、ドラコはハリーにこれ以上強くなってもらいたくはなかった。ドラコの大切な人たちが死なないためにも。

 

 ハリーとドラコは平行線のまま、丸一分ほどは沈黙していたかもしれない。ドラコはハリーに怯えながらも、席を立つという選択をしない自分に驚いていた。

 

 やがてハリーは、沈黙に耐えかねたのかうっすらとした笑みを崩した。ハリーの目には怒りしかなかった。

 

「……じゃあ僕にどうしろって言うんだよ!」

 

「確かに僕は、スネイプ教授が言うように目立ちたがりやだよ!いろんな魔法に手を出したし、かっこつけて色々やったよ!コリンに先輩ぶったのは今でもちょっと後悔してるよ!十二科目は無茶だったと思うよ!」

 

 

 ドラコは思わずぎょっとしてハリーを見た。

 

(……自覚があったのか……?)

 

「だけどさぁ!心の中まで綺麗でいろなんて無理なんだよ!何で友達なのにそこを突っ込むんだよ!……誰だって心の中では色々とあるのは分かるだろ!」

 

「ポッター!口を慎めよ、僕だって他人の心をあんな形で見せられた被害者だぞ!」

 

「だからお互いなあなあにしてうまくやっていこうってことでいいじゃないか!?何でそこに拘るんだよ!」

 

 

「君に言う気はない!」

 

「このわからず屋め!」

 

 ハリーの剣幕に、ドラコは気圧されそうになったが堪えた。冷静なドラコに対して、一方的にキレただけのハリーは恥ずかしさを覚えたのか、気まずそうに押し黙った。ドラコはハリーに対して湯水のように湧き出る皮肉をぶつけて、ハリーの反応を見てみるのも面白いかもしれないと思った。

 

(……い、いや駄目だ。絆されるな……!)

 

 すんでのところで、ドラコはそれを堪えた。純血主義を掲げるスリザリン生にとって、己れの内心を吐露することは恥ずべきことだ。ハリーは自爆し、ドラコは己の領域を守りきった。ドラコにとってはそれでいいはずだった。

 

 落ち着いたハリーの、継ぎの言葉を聞くまでは。

 

「ドラコ。君が僕に色々と言ったように、僕も君の言葉の意味を考えていたんだ」

 

「僕が?君に何を言ったというんだい?」

 

「『友達は選ぶべきだ』っていうのと、『僕が強いからみんなついてきているだけ』って言葉」

 

 ドラコは最近言った後者の言葉はともかく、前者の言葉については完全に忘れていた。

 

「ふぅん?」

 

「あのときは正直、ドラコの言葉に共感できないところも多かったけど、今なら君が言いたかったことは分かる。みんな僕の名声とか功績とかしか見てなくて、僕本人を見てないって言いたかったんだろ」

 

「……それで?理解できた上での感想はどうだ?ポッター。君の名声や功績に群がる蟻たちに嫌気がさしたのかい?」

 

「コリンを見てちょっと後悔した。……でも」

 

 ハリーは真っ直ぐにドラコの目を見て言った。

 

「秘密の部屋の事件があって、僕が学校中で嫌われても、みんなは……ファルカスたちは態度を変えなかった。だから僕は、みんなを蟻とは思わない。対等な友達だ」

 

 ドラコの心に、サダルファスたちに対する嫉妬心が沸き上がった。

 

(……部屋が一緒だっただけだろう……!)

 

 それでもハリーを罵倒できなかったのは、実際にボガートに勝負を挑もうとしたサダルファスたちの姿を目にしていたからだ。ハリーの言葉を否定できないほどに、ファルカスたちの存在も眩く映る。

 

 ドラコ自身はまだ気が付いていない。

 

 ドラコ自身が心を開けば、セオドール·ノットやビンセント·クラブはドラコに心を開くだろうということに。

 

 

「……でも、ドラコは、僕が一番始めに会った魔法使いだ。僕が何も知らなかった頃の僕を、君だけが知ってるんだ。そうだろ?」

 

「だから君は、僕にとって特別な友達で-」

 

 最初の出会いを蒸し返され、ドラコはまずいと思った。このままでは、ハリーに絆されてしまう。

 

(聞くな)

 

 ドラコは何も言わずに立ち上がると、ハリーの制止も聞かず空き教室を飛び出した。空き教室には、呆然とドラコの背中を見送るハリーだけが残された。

 

 

 

***

 

 一週間後、ハリーは医務室のベッドの上にいた。

 

 その日はクィディッチの開幕戦で、視界が雨で覆われるほどの豪雨のなか、スリザリン対グリフィンドールの伝統の一戦だった。豪雨を防水魔法で防いだハリーは、三本のシュートと二本のアシストを決め、一本のシュートを外したものの、試合は60対20でスリザリンのペースで進んでいた。

 

 ハリーはドラコと和解できていないながらも、試合に勝つことでまた元のように戻れると信じ諦めていなかった。グリフィンドール·チームのキーパーであるオリバー·ウッドから得点した瞬間、ハリーは全身に悪寒を感じて意識を失った。クィディッチ競技場に乱入したディメンターの影響だった。

 

 

 泣き叫ぶ母の悪夢から解放されたハリーは、スリザリンが敗北したとファルカスから告げられた。

 

 

「……マルフォイは君を助けるために勝負を放棄したんだ、ハリー」

 

 ファルカスによると、箒から落ちたハリーを助けようとドラコが急降下した瞬間、スニッチが雲の隙間から出てきたらしい。スニッチに気が付かないドラコをよそに、コーマック·マクラーゲンはスニッチを掴み、グリフィンドールに逆転勝利をもたらしたのだという。

 

「試合中によそ見をしてたってフリントにめちゃくちゃ叱られてたけどな。……だけど俺は、ちょっとだけあいつのこと見直したぜ」

 

 ハリーの胸に、暖かなものが広がった気がした。ハリーはすぐに後悔した。

 

(負けたことを喜んでどうする……僕のせいで、ドラコに恥をかかせたんだぞ……?)

 

 チームが敗北してそれどころではないというのに、自分は一体何をやっているのかとハリーは思った。すぐにでも退院してフリントやドラコに謝りたい、そう思っていたハリーだったが、ポンフリー校医はハリーを解放しなかった。

 

「ルーピン先生の差し入れです。今日はこのホットココアを飲みなさい、ポッター。歯を磨くのですよ」

 

「ありがとうございます。チョコやココアがディメンター対策になるんですか?」

 

「カカオ豆は霊的な効能があったからこそここまで普及したのですよ、ポッター。さぁさ、一息に」

 

 ポンフリー校医によると、身体的にも魔力的にも、疲労した魔法使いにとってチョコレートの成分は効果的なのだそうだ。

 

「ディメンターによって奪われたエネルギーを取り戻そうと、体はカロリーを求めています。さぁ、しっかりと飲むこと」

 

 ハリーは、夢を見ることなく眠りにつくことができた。しかし、悪夢のような現実に襲われることになった。

 

 

 次の日、退院したハリーは放課後にクィディッチ競技場に行き、キャプテン·フリントに謝罪した。ハリーの箒は壊れてしまい、ハリーの手には貸し出された『流れ星』が握られていた。ピュシーやドラコはハリーと目を合わせようとせず、ハリーが挨拶をしても返事をしなかった。ハリーは背中に冷や汗が滲むのを感じた。

 

「チームに迷惑をかけてしまい、本当に申し訳ありませんでした」

 

 ハリーの謝罪に対し、応じたフリントはハリーの姿をくまなく眺め回し、腕を組んでハリーにこう言った。

 

「後に残るような怪我にならずにすんだのは何よりだ。だがポッター、お前に言っておかねばならないことがある」

 

 競技場にいたリカルド·マーセナスが、哀れむような目をハリーに向けていた。

 

「……ポッター。お前はクビだ。チェイサーの任を解く。今まで、ご苦労だったな」

 

 ドラコは急用を思い出したと言ってその場を離れた。沈黙するチームメイトたちは、フリント以外は誰もハリーと目を合わせようとはしない。

 

 ハリーは頭の中でフリントの言葉を反芻した。フリントが信じられなかった。

 

(……ち、ちょっと待てよ……)

 

 キャプテンの言葉は絶対だ。それでもハリーは、混乱する中でフリントに説明を求めた。

 

「……すみません、理由を伺っても宜しいですか?」

 

「『クィディッチに交代制はない』。これが理由だ。分かるか、ポッター」

 

「……!」

 

 ハリーは絶句した。かつてハリーが選抜試験で宣言した言葉が、今になって最悪の形で帰ってきていた。

 

「俺たちプレイヤーは、スニッチがシーカーの手に捕まるまでは何があろうとコートを飛び続けなきゃならねえ。ブラッジャーで腕を折られようが、箒の端っこが曲がって飛び方が滅茶苦茶になろうが、クィディッチは続く。『クィディッチに交代制はない』んだ、ポッター」

 

 フリントは、ハリーに言い聞かせるように言った。

 

「……だってのに、アクシデントが起きたら確実に離脱するような駒を使う気にはなれねえ。俺はお前をレギュラーとして使いたいとは思わん」

 

「キャプテン、無礼を承知でお願いします。も、もう一度チャンスを頂けませんか!?」

 

 ハリーは納得できずに、フリントのマントの端を掴むような勢いで食い下がった。見苦しくても構わなかった。チェイサーとして、ハリーはチームに少なくない貢献してきたつもりだった。少なくない得点を重ね、作戦を覚え、フリントやピュシーが点を取れるよう立ち回った。その結果として、スリザリンは去年ほとんどの試合で大量得点を重ねて勝ってきたのだ。

 

 

「チャンスはない。試合で飛び続けられなかったやつに用はねえ」

 

 フリントの無慈悲な宣告は、ハリーの脳をかきむしった。

 

「多少得点力が落ちようが、ブラッジャーに被弾しやすかろうが……カシウスは、何があろうと最後まで飛びきることができる。プレイヤーとして、お前はカシウス以下なんだ。要らねえんだよ、このチームにはな」

 

 

 カシウス·ワリントンは勝ち誇ったような目でハリーを見ていた。このチャンスを逃してなるものかと野望に燃え、ハリーの失墜を喜んでいた。その手には、ルシウス·マルフォイによってチームへと寄贈されたニンバス2001の予備が握られていた。

 

 フリントたちが箒に乗ってグラウンドを飛び去っていくのを、ハリーは黙って眺めていた。ハリーにとってのクィディッチが、遠く遠く離れていった。そんなハリーを見て、周囲のスリザリン生たちはひそひそと囁きあっていた。

 

 『落ちたポッター』だ。

 

 ……落ちぶれたポッターだ、と。

 

 

***

 

 それから先二週間の間、ハリーはリーマス·ルーピン先生に負けず劣らずの憂鬱な気分で過ごした。ダフネの依頼に答えたり、12科目の対策をしたり、決闘クラブで過ごしていれば気は紛れた。それでも、チームから追い出されたことはハリーにとって少なくない衝撃を与えた。

 

 ハリーはチームメイトに批判がいかないよう、カシウス·ワリントンを立てて道化を演じなければならなかった。仮にもスリザリン生として、チームの足を引っ張るようなことがあってはならないからだ。とはいえ、試合でカシウスがハリーなら入れられるシュートを外したときはハリーも落胆を禁じ得なかった。

 

 そんなハリーに手を差しのべたのは、ロンだった。決闘クラブで会ったロンは、ザビニを誘ってからハリーにも声をかけた。

 

「落ちたらまた上がればいいだろ、ハリー」

 

「ロン、どうしたの……?」

 

「ハリー、ステューピファイはもう使えるだろ?」

 

「そりゃ使えるよ。練習する時間はたっぷりあったし……」

 

 クィディッチの練習ができなかったハリーは、一年生の頃のように一人で箒に乗ってみたりもした。自主トレーニングによるクィディッチの練習がシュート練習や切り込み、あるいは疑似ブラッジャーからの回避練習だけになったハリーは時間に余裕があり、その分だけ魔法の習得に時間を充てることができた。

 

 

「じゃあ、行こう」

 

「行くって何処へさ?」

 

「ルーピン先生だよ!パトロナスを教えて貰おうぜ!パトロナスが使えたら、ディメンターが来ても大丈夫だろ!」

 

 こうしてハリーは、ロンやザビニと共にリーマス·ルーピン先生のもとを訪れた。ルーピン先生は苦笑しながらもハリーたちを迎え入れてくれた。その笑みの意味を、ハリーはこれから知ることになる。

 




原作でスリザリンチームのチェイサーのレギュラーに落ちてるエイドリアン·ピュシーは続投です。
その代わりハリーはレギュラー落ち。部活で死人を出すわけにはいかないからね。ハリーはシーカーならまだしもチェイサーだし。
フリントは恐怖政治を敷くことで自分にヘイトを集めつつ部が割れないように頑張っています。キャプテンやるのも楽じゃねえんだ。


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代償


パトロナスはいいですよね、ペルソナみたいにその人物の一面を示す手懸かりになります。
邪悪としか思えないやつでも使えることで闇の魔法使いの定義や善悪に幅を持たせてくれますし。
つくづく三巻は中二魂をくすぐってくれる。
後今回は、オリジナル魔法がありますがカースでも闇の魔術ではありません。ヘックスとジンクスの中間くらいかな……


 

 エクスペクト パトローナム(パトロナス召喚)。

 

 その呪文は、使用者の最も幸福な記憶を糧として、使用者の一面を司るパトロナスをこの世に呼び出す魔法である。その姿は使用者によって異なるが、実体を持つパトロナスを使用できた魔法使いは、『己にとっての幸福』を認識している一人の人間であるとして人々からの尊敬を勝ち取る。いわば『真っ当な人間』であり『優れた魔法使い』の象徴でもあるのが、この魔法なのだ。

 

 そして、エクスペクト·パトローナムには、象徴的な意味合い以外にも、実用面での利点も一応は存在する。

 闇の魔法生物であるディメンターや、レシフォールドを撃退できるというメリットだ。

 

 ハリーはこの魔法の説明を聞いて、パトロナスとディメンターについてある思いに囚われ、図書館でハーマイオニーやアズラエルと議論した。

 

 ディメンターという、幸福な感情を吸収する魔法生物に対してなぜこれが有効なのだろうか、とハリーは聞いた。ハーマイオニーの考えはこうだった。

 

「ディメンターは人間の幸福を奪うけれど、本当に幸せな思いというものには耐えられないのよ、きっと。この世で最も不幸せな生き物が、幸せの塊を見せられて耐えきれる筈がないわ」

 

 アズラエルは、大きすぎてビックリするのではないか、と冗談めかして言った。

 

「パトロナスも実体じゃなければ、ディメンターにはさほど効かないようですし……単に、ディメンターという生き物が少食なのかもしれませんね。たとえ大好物でも、満腹のところにお出しされて食べようという人間は居ないでしょう?」

 

「けれど、それならばディメンターがパトロナスを撃退したという報告がないのはおかしいわ。実体のあるパトロナス相手なら、どんなディメンターであっても逃げると資料には書かれていたもの」

 

 

「……パトロナス自体にディメンターが好きな『幸福な感情』以外の『何か』があるかもしれないのかな」

 

 ハリーは少し真面目に二人に問いかけたが、二人はうーんと首をひねるばかりで答えは出なかった。幸福な感情がなぜ動物のかたちを司り、なぜパトロナスが逃げるのか。その因果関係について知るには、パトロナスとディメンターに関して専門的な研究が必要となるのだろう。ハリーたちの議論は、それから先も少し続いた。

 

「ディメンターは不死なんだよね?しかもパトロナスで撃退したという例はあっても、死んだっていう報告はない。よく今まで無事だったよね、魔法界」

 

 ハリーは二度も気絶したことで、ディメンターに対する警戒度を上げていた。バジリスクの『目を合わせただけで死ぬ』という理不尽さに比べればましとはいえ、殺すことができない生物というのは、はっきりいって恐ろしいと思った。

 

「正確には、『ディメンターの死亡を観測できていない』ということだと思いますね。本当に不死身の生き物だったら、今頃魔法界はディメンターで溢れかえってますから」

 

「共食いか……あるいは、ディメンターには殖えすぎないような生態があるのかもしれないわ」

 

 ハーマイオニーは、『エクリジスとアズカバン』という一冊の本をハリーとアズラエルに提供した。かつての闇の魔法使いエクリジスがディメンターを生み出し、アズカバンを要塞としていたことが分かる。

 

「普通に考えて、自分でコントロールできないような生き物を産み出す筈もないか……」

 

「っていうかそもそも闇の魔法使いが生み出したもの……いや、生き物だったんですねえディメンターって。そりゃあダンブルドアも、ディメンターをアズカバンに置くべきじゃないって言いますよ。成り立ちからして信用できませんもん」

 

 アズラエルは資料を読んでダンブルドアに対する尊敬の念を深くしていたが、ハリーは何となくダンブルドアを盲信したくはなかった。ハリーはアズラエルに反論した。

 

「でも、ディメンターが野放しになってたらそれこそ問題だよ。僕みたいにディメンターに対処できない魔法使いや、マグルが襲われたらどうするんだい。ディメンターを殺す方法も明らかになってないのに」

 

「まぁそれはそうですねえ。クィディッチ競技場に乱入したこと一つとっても、連中を滅ぼせる手段が見つかるまではアズカバンで飼っておくのがベストですか」

 

 アズラエルも、ハリーがディメンターを『殺す』と言ったことは否定しなかった。ハーマイオニーはハリーを注意深く見守っていたが、やがてハリーにこう言った。

 

「ハリーったら、ダンブルドアに対してだけは懐疑的なのね。ダンブルドアが落ちたハリーを助けてくれたのよ?」

 

 ハーマイオニーは(弟など居ないにも関わらず)聞き分けのない弟をたしなめるようにハリーを諭した。ハリーは不貞腐れながら、渋々頷いた。

 

「ああ、そうだね。ハーマイオニーはいつも正しいよ」

 

(……結局は、僕が弱かったせいだ)

 

 と、ハリーは己を戒めねばならなかった。ダンブルドアが絡むといつもハリーは感情的になってしまうが、実際、ダンブルドアに救われている情けない自分がいるのだ。

 

 それが嫌で嫌でたまらないからこそ、ハリーは知識を、そして力を求めていた。一刻も早くダンブルドアの掌の上から離れて、生きていけるように。

 

「ハリーは今度、ルーピン先生からパトロナスを教わるんですよね。頑張って下さいね」

 

「うん。アズラエルやハーマイオニーはやめておくの?」

 

「ハリーたちと時期が被ってもアレですからねえ。僕らは勉強に専念しつつ、ハリーたちが習得してからルーピン先生に教わることにしますよ」

 

 ハリーとハーマイオニーは12科目を、アズラエルは11科目を受講していた。エクスペクト·パトローナスはNEWTレベルの魔法で、習得難易度が高く、練習に時間を要することは想像に難くない。アズラエルとハーマイオニーは急がず、習得をあえて後回しにして基礎を固めることにしたようだった。

 

 ハリーはこの判断を妥当だと思った。12科目を受けているハーマイオニーの大変さは理解していたし、アズラエルは一科目少ないとはいえ、ハーマイオニーやハリーが使うことのできるタイムターナーがない。今覚える必要のない魔法にかまけるより、覚えるべき魔法に専念するというのは良い判断だった。

 

 とはいえ、ハリーはそうもいかない。ハリーはロンとザビニからパトロナスの習得を誘われ、三人でルーピン先生の指導を受けることになっていた。当然、エクスペリアームスもプロテゴもステューピファイも習得済みだ。

 

 ディメンターがホグワーツの周囲に存在する以上、ハリーはディメンターに対抗する手段を持たなければならなかった。そうでなければ、ハリーはディメンターと遭遇する度に気絶してしまう。クィディッチどころの騒ぎではない。ハリーは己の尊厳を守るためにも、何としてもパトロナスを習得しなければならなかった。

 

***

 

 

「君は、どうしてエクスペクト·パトローナムを覚えたいんだい、ザビニ」

 

 白髪頭に皺が刻まれた顔を持つ防衛術教師、リーマス·ルーピンは、赤毛のグリフィンドール生、ロン·ウイーズリーにパトロナスについて指導をした後、ブレーズ·ザビニというスリザリンの黒人少年に対して指導をしていた。

 

 二人とも、フリットウィック教授が課したエクスペリアームス、プロテゴ、そしてステューピファイという魔法を習得して、リーマスのもとを訪れた。リーマスは防衛術の担当教師として、意欲のある学生を指導しないわけにはいかない。

 

 リーマスの心には、一つの感慨とそして重石のような重責があった。

 

 プロテゴという魔法は、エクスペリアームスほどではないが、五年生までで習得する魔法の難易度を超えている。本来は六年生の呪文学で習う魔法で、習得するには大体のチャームの呪いを知った上で、それらを跳ね返せるような明確な防護理論と、魔力の操作を覚え、反復練習によって防壁を確固たるものにしなければならない。三年生でそれを習得してきた彼らが優秀であることはリーマスの目から見ても明らかだった。リーマスは彼らに、かつての親友達を重ねていた。

 

「パトロナスが、光の魔法使いじゃないと使えない魔法だからです。免許を取るみたいでかっこいいじゃないですか」

 

 スリザリンのザビニがリーマスに言った答えは、俗っぽく取り繕いのないものだった。

 

「パトロナスは光の魔法というほど大袈裟なものではないよ。難易度の高さは否定しないが」

 

 だからこそ必修のOWLレベルではなく、OWLを突破した者しか受講しないNEWTレベルで習うのだ。三年生でこの魔法に挑戦することは、一言で言えば無茶もいいところだった。

 

「でも、闇の魔法使いはこの魔法を使えないんですよね」

 

 ザビニの言葉に、リーマスはううんと唸った。

 

「俺らスリザリン生は、割りと色んな生徒からビビられてますし、闇の魔法使い予備軍とか言われてます。でも俺がパトロナスを使えたら、そういう連中を黙らせられるじゃないですか。これ言うとフリットウィック先生に叱られましたけど」

 

「それはまたフリットウィック先生らしい。……だが、私は、君の動機はいい理由だと思う」

 

 リーマスはなるべくお世辞だと思われないように言った。事実、リーマスは本気でザビニやロン、ハリーたちのことを将来有望な魔法使いとして期待していた。

 

 ザビニの前のロンは、ハリーを守るために何かしたいから、とリーマスに答えた。それもまた年頃の少年らしい良い理由だったが、ザビニの答えも、リーマスにとっては心暖まるものだ。それだけに、身の丈に合わない高難度の魔法に挑戦して潰れてしまわないように気を配らなければならなかった。

 

 スリザリン生が周囲の環境によって不当なレッテルを貼られていることは、リーマスもよく知っている。ザビニの家庭環境が悪いことも把握済みだ。そしてだからこそ、リーマスはザビニを高く評価していた。

 

 

 人は劣悪な環境に置かれ、長く居続けながら耐えられるほど強い生き物ではない。強くあろうとし、周囲のレッテルをはね除けて努力することがどれだけ困難なものか、リーマスは嫌というほどよく知っていた。

 

「ザビニ。パトロナスがNEWTクラスの魔法として扱われるのは、闇の魔法生物であるディメンターや、外国の闇の魔法生物であるレシフォールドに効果的だからだ。この魔法を習得するということは、闇に対して身を守るための手段を一つ、身に付けるということでもある。いいかい?この魔法は、己とそして他人を守るためにも使うことができる」

 

「はい!」

 

「……しかし、習得するには信じられないほどの時間と魔法力、そして根気が必要になるだろう。上手く行かないことも数多くある。それでもやり遂げる覚悟はあるかい?」

 

 

「……やります!やらせてください!」

 

「良い返事だ。それでは、はじめようか」

 

 ザビニがリーマスの言葉で少し自信を持ち、そして少しの覚悟を持ったことを確認してから、リーマスはザビニの指導に入った。若い魔法使いたちを指導できる喜びと、責任を確かに感じながら、リーマスはザビニの指導に没頭した。

 

***

 

 ハリーはルーピン先生の研究室を訪れようとしたとき、ルーピン先生の指導を受けたザビニとすれ違った。ザビニはハリーの手にチョコレート菓子があることを目撃し、意地悪く笑った。

 

「何だよ、先生への賄賂を持ってきたのか?……まずったなー。俺も渡せばよかった」

 

「渡す菓子が多くなりすぎたら先生だって困るだろ」

 

 ハリーは悪びれずに言った。ルーピン先生の好物を調べてほしいとダフネに頼まれ、魔法を習うついでに先生から直接聞き出した結果、ルーピン先生は大人の男性には珍しく甘党であることが判明した。ダフネはそれをとても喜んだが、ハリーは本当にこれが好きなのかなと疑問に思った。ルーピン先生流のジョークではないかと疑いながらも、魔法を教わるお礼にとハニーデュークスのなかでそこそこ人気があり、そこそこの値段のチョコレート菓子を持ってきたのである。

 

「それもそうか」

 

 研究室から帰ってきたザビニが意気揚々とステップを踏んでいたことからして、どうやら初めての訓練にしては成果はあったらしい。ハリーはザビニを労った。

 

「良い感じだったみたいだね」

 

「楽勝さ。ルーピン先生はすげーよ。大当たりの先生だぜ。さっきロンともすれ違ったけど、あいつもまずまずだったみたいだしな。ファルカスも受ければよかったのになあ」

 

 ザビニはいつになく上機嫌だった。エクスペクトパトローナムにそういった副作用があるのなら気を付けないとな、と思いながらも、ハリーはザビニの次にルーピン先生の指導を受けるため、ザビニと別れた。

 

「そのうち受けるよ。ステューピファイさえ相手にうまく当てられたら、ファルカスも教えて貰うってさ」

 

「そうか。……ま、それなら心配いらねーな。せいぜい早く習得して、ファルカスを焦らせてやれよ」

 

 お前ならできる、というザビニの言葉を受け、ザビニとハイタッチしてからハリーはルーピン教授の廊下を歩く。ハリーは深く深呼吸をしながら、己の最も幸福な記憶を思い返していた。

 

 ロン、ドラコ、ハーマイオニー、ザビニ、ファルカス、アズラエル、ルナ。ハリーの中にある楽しい思い出のどれも大切なもので、どれを選べば良いのかハリーは決めかねていた。

 

 しかし、ハリーがホグワーツに来てから培った幸福な記憶の中で、一つ、強烈に印象に残っているものがあった。ハリーは今回はそれを試すと決めた。その記憶は、自分自信の力で成し遂げたものだったからだ。

 

(できる……!)

 

 ハリーには自信があった。パトロナス召喚に必要なものは、実体験に基づく幸福な記憶。必ずパトロナスをものにしてみせると意気込んで、ハリーはルーピン先生の研究室をノックした。

 

***

 

 二回、強くもなく弱くもなく、研究室の扉を叩く。

 

 

「ルーピン先生、夜分に失礼します。ポッターです」

 

 

 すると、研究室の中から温厚そうな大人の男性の声がした。

 

 

「どうぞ、ハリー」

 

 ハリーが研究室を訪れると、そこにはルーピン先生の他に一人の魔法使いの姿があった。10月にさしかかり、漆黒のローブを身に纏う薬学教師を前に、ハリーはしっかりとお辞儀をして挨拶をする。

 

「失礼します、ルーピン先生、スネイプ教授。お邪魔だったでしょうか?」

 

 

「いいや、ハリー。君はそのままでいい。スネイプ教授が、私のために薬を持ってきてくれたんだ」

 

 ハリーがルーピン教授の手元を見ると、ルーピン先生の手には湯気が立ち上るティーカップがあった。スネイプ教授が煎じた魔法薬なのだろう。

 

(ルーピン先生には持病があるんだっけ……)

 

 ルーピン先生は教え方がうまい教師として人気だったが、九月の終わりごろに一度休みを取った。そして十月も終盤になった頃、ルーピン先生は明らかに体調を崩していた。といっても授業そのものには全く支障はなく、ハリーたちは楽しくDADAを満喫できていたのだが。

 

 一体どんな病気なのだろうかという好奇心を抑えるために、ハリーは薬から目をそらした。薬品から漂う独特の刺激臭がハリーにどんな薬であるかの候補を伝えてきていたが、ハリーはそれについて詮索しようとは思わなかった。スリザリンの生徒として、自分によくしてくれる先生の名誉は守るつもりだった。実るかどうかはともかく、友人の初恋の相手でもあるのだから尚更だ。

 

 ルーピン先生が薬に怯えながら一息に薬を飲み干す様を、ハリーとスネイプ教授は黙って見守った。飲み終わったルーピン先生が涙目になりながらスネイプ教授にお礼を言い、スネイプ教授が苦々しい表情で頷く姿を見てハリーは驚いた。

 

(スネイプ教授もルーピン先生のことは一目置いているんだな……)

 

 スネイプ教授は、これまでDADAの教師に対しては当たりが強かった。クィレル教授とロックハートという二人に対しての対応は、ホグワーツ生の間では語り草になっている。二人の代役として派遣されてきたアンブリッジとシャックルボルトに対しては距離を取っていたが、スネイプ教授が最初のDADA 教師に対して適切な対応をするのは珍しいことだった。大抵の場合、最初に来るDADA教師というものは無能か闇の魔法使いかだからだ。

 

 スネイプ教授はルーピン先生が薬を飲み干した後も、その場を離れようとはしなかった。

 

「…………セブルス。これからハリーの指導をしなければならない。来て貰っておいて悪いが、私に話があるのであれば明日の朝にして貰えないだろうか」

 

「いいや、ルーピン先生。君も知っての通り私はスリザリン寮の監督者でね」

 

「君に予め伝えておいたように、そこのポッターは私が最も手を焼く生徒の一人だ。我が寮でも一番の問題児が、病床の君に多大な迷惑をかけるのではないかと気が気ではない。今日はここで、ポッターの挙動を見守らせて貰おう」

 

 ルーピン先生は、スネイプ教授に研究室を去るように声をかけた。しかし、スネイプ教授はその場から貼り付いたように動かない。

 

(もしかして、スネイプ教授も指導してくれるのかな?)

 

 ハリーは少し期待を抱いた。スネイプ教授に好かれていないことも、色々と問題を起こしていることもわかっている。だが、スネイプ教授から直接指導を受けるというのは考えてみればまたとない経験だ。

 

(スネイプ教授にパトロナスを見せることができれば……)

 

 ハリーの心の中に、スリザリン生らしい野心が沸き上がった。スネイプ教授にハリーの実力を披露し、認めて貰うチャンスだと思ったのである。

 

 

「……ルーピン先生、僕は大丈夫です。ご指導よろしくお願いします」

 

 ハリーはハニーデュークスのチョコレート菓子をルーピン先生に手渡したが、ルーピン先生はあまり喜ばなかった。ルーピン先生は真剣な表情でハリーを諭した。

 

「ハリー。エクスペクト パトローナムは、本人の精神状態によって成功率が変化する高度で複雑な魔法だ。無理をする必要はない」

 

「無理?何がですか?」

 

 ハリーは閉心術を使うまでもなく、精神状態が良かった。ルーピン教授はハリーの言葉に嘘がないことを察したのか、それとも諦めたのか、意味深にスネイプ教授に視線を送ると、ハリーに向き直った。

 

「……わかった。君に影響がないのであれば構わないだろう。しかし、ハリー。この魔法を教える前に、いくつか確認しておきたいことがある」

 

「はい、何でしょうか?ルーピン先生」

 

「君はどうしてこの魔法を学びたい?」

 

「ディメンターに対抗するためです」

 

 ハリーは即答した。習得を本気で考えはじめたのはロンがきっかけだったが、今はハリー自身も完全に乗り気になっていた。

 

「あいつらに遭遇する度に気絶するんじゃ、僕はこの先クィディッチどころかまともな日常生活だってできません。どうしても、パトロナスを習得したいんです」

 

 ルーピン先生はハリーを見た後、言い辛そうにしながらも言葉を紡いだ。

 

「その意気はいい。君が本気で習得したいと思うのも、無理はない話だ。ボガートと違って、ディメンターでは逃げることすらできないのだから」

 

 

 

「私は元グリフィンドールの生徒として、恐怖に立ち向かおうとする君の勇気を称える。スリザリンに五点を進呈しよう。DADAの教師として、君にエクスペクト パトローナムを教える。いいね、ハリー?」

 

「はい。ありがとうございます!ルーピン先生!」

 

 

 

「君は、同い年の三年生のなかでも成績もいいし、よく魔法の勉強もしている。パトロナスについても一通り調べてきたかい?」

 

「はい、パトロナスは人間の幸福な感情を基に呼び出すものでー」

 

 ハリーはハーマイオニーやアズラエルと話し合って調べたパトロナスについての蘊蓄のいくつかをルーピン先生の前で披露した。

 

ハリーも調べていたが、ハーマイオニーの説明はハリーのそれより数段は簡潔でわかりやすい。ハリーは説明を終えた後気まずくなった。

 

「実は今言ったことのほとんどは、ハーマイオニーやアズラエルに教えて貰いました」

 

 ハリーの内心で、悔しさが滲む。ハリー自身がどれだけ知識を詰め込んでも、ハーマイオニーにその正確さと量で勝ったことはほとんどなかった。

 

「……そうか、とても仲がいいのだね」

 

「僕にはもったいないくらい、いい友達です」

 

 ルーピン先生は微かに驚いたような表情をした。ハリーは愛想笑いを浮かべてルーピン先生を見ていたので、後ろにいるスネイプ教授から殺気じみた視線を向けられていることに気がつかなかった。

 

 ルーピン先生はスネイプ教授を見ないようにして、ハリーが極力ストレスを感じないようにしようと努力した。ルーピン先生はハリーだけに視線を注ぎ、対ディメンターに有効なパトロナス召喚用の訓練をハリーに施した。

 

「君も知っての通り、パトロナスは人間の幸福な記憶をもとに召喚する。だが、君が立ち向かわなければならないディメンターは人間の幸福な感情を吸収する生態を持つ」

 

 ルーピン先生は杖で虚空に人間とディメンターの絵を描きながら分かりやすくハリーに説明した。

 

 

「ディメンターに遭遇した時にパトロナスを出すには、たった一つの幸福な記憶が必要だ。今の自分を構成する源泉であり、最も素晴らしいと思える記憶を、ディメンターに吸われながら、あるいは吸われる前にすべての魔力を込めて放出する。それがエクスペクト パトローナムの奥義だ」

 

「先生、吸収される幸福な記憶をコントロールできたりはしないんですか?」

 

「出来るか出来ないかで言えば、出来る。だがそれには年単位にわたる閉心術の訓練が必要な上に、吸収されることそのものを防げるわけではない」

 

 ルーピン先生は残念そうに言った。

 

「ハリー。私は契約によって、一年後にはホグワーツを去る身だ。だから君には合わないかもしれないが、『最も幸福と思える感情を最大魔力で放出する』という訓練を積んで貰う。いいね?」

 

「はい、それで構いません。ありがとうございます、ル-ピン先生」

 

 ハリーはルーピン先生に感謝しながら、真剣に杖の振り方、魔力の調整方法について指導を受けた。

 

(いける。これなら大丈夫だ……!)

 

 ハリーがそう思ったとき、ルーピン先生はハリーの心を見透かしたように杖を取り出して、グレイシアス(凍れ)と唱えた。部屋全体の温度が下がり、ハリーは身震いした。

 

 

「ハリー、セブルス。すまないがこれから擬似的にディメンターを模した人形を作り出し、君に恐怖を与える魔法(コンファンド(錯乱)の亜種。合法)をかける。その状態であってもパトロナスを使うことが出来なければ、この訓練に価値はない。怖いと思うならば、訓練を中止するが……」

 

「いいえ、先生。是非お願いします」

 

 ハリーは杖を構えてルーピン先生に向き直った。いつでも魔法が使えるよう、ハリーの心は万全の状態で待ち構える。

 

「君は本当に勇敢だ、ハリー。では、はじめようか。3、2、1!」

 

 ルーピン先生はハリーに微笑みながら杖を振り上げ、ハリーに魔法をかけた。その途端、ハリーの眼前にディメンターの腐敗した肉体が現れ、次にハリーの目に、ヴォルデモートにすがり付いて許しを乞う母の姿が写し出された。ハリーの全身から冷や汗が吹き出す。

 

(幻覚だ!!)

 

 

 ハリーは、秘密の部屋でバジリスクを殺害した瞬間を思い返しながら杖を振り上げ、言葉を紡ぐ。あの瞬間こそ、ハリーが自分自身の力で障害を討ち果たした最も幸福な記憶だと確信していた。

 

「エクスペクト パトローナム(パトロナス召喚)」

 

 幻影のディメンター(実際にはルーピン先生)めがけて

杖を振り下ろしたハリーは、右腕に焼けるような痛みと燃えるような魔力の本流を感じた。杖から、邪悪さの塊のような漆黒の靄が何かの動物の形となって現れようとする。

 

 ハリーはおかしいと思った。すぐに呪文を止めようとして、柊の杖が止まってくれないことに焦る。黒い靄が、ハリーに対して邪悪に微笑んだような気がした。

 

 気が付けば、杖を握っていた右腕の感覚がない。ハリーが恐怖に飲み込まれかけたとき、杖はハリーの手から離れ、プロテゴの暖かい障壁がハリーを黒い靄から護っていた。

 

 ハリーは自分がルーピン先生のプロテゴによって、黒い靄から護られたのだと気がついた。黒い靄はルーピン先生のエクスペクト パトローナムによって出てきた銀色の輝きにかき消された。ハリーにかけられた魔法の効力はなくなっていた。ハリーは荒い息を吐きながら倒れそうになるところを堪えた。

 

「い、今のは一体……」

 

「パトロナスがお前を拒絶したのだ、ポッター!」

 

 スネイプ教授の声が、ルーピン先生の研究室に響き渡った。ハリーが振り向くと、スネイプ教授が怒りに震えた表情でハリーの杖を握っていた。

 

 

「私や、ブラックや、それ以外の大勢がなぜあれほど口を酸っぱくして闇の魔術をやめろと君に指導したと思う!!君がこうなることを予期していたからだ!」

 

「セブルス、今はよせ」

 

 ルーピン先生はスネイプ教授を止めようとしたが、スネイプ教授は無言呪文のシレンシオ(黙れ)でルーピン先生を黙らせた。ルーピン先生が無言で反対呪文を自分にかける間、スネイプ教授はハリーの目を見て、ハリーに力の限り説教した。

 

 

「いいか、ポッター!闇の魔術とは、この世で最も崇高で不可思議な、いわば魔法使いにとっても未知の領域の力であり、魔法という力の根源にも通じるものだ!なぜ、闇の魔術がNEWT レベルですら指導されないのか分かるか!!どうして、専門的な職業についてから学ぶか分かるか!!安易に手を出した人間が破滅する力だからだ!」

 

 ハリーはここまで本気のスネイプ教授を見たことがなかった。なにも言い返せずうなだれようとして、スネイプ教授から目をそらすことはできなかった。スネイプ教授が、ハリーの目だけを見ていたからだ。

 

「ルーピン。ポッターに対してこれ以上の指導は無価値だ。時間を無駄にするだけだ」

 

 スネイプ教授は言い返せないハリーに強引に柊の杖を握らせると、つかつかと歩いてルーピン先生の研究室を去っていった。ハリーは項垂れたまま、先程の出来事を反芻していた。

 

「ルーピン先生……さっきのは、僕のパトロナスですよね」

 

「……ああ」

 

「パトロナスがぼくを襲おうとしたのは……僕が、闇の魔法使いだからですか?」

 

 ハリーが調べた資料の中に、闇の魔法使いでありながらエクスペクト パトローナムを使用して破滅した魔法使いについての記述があった。パトロナスは使用者を護らず、闇の魔法使いを襲った。それは神聖なパトロナスが、主人を排除すべき存在として認識したからだとハリーは解釈していた。

 

 邪悪な、闇の魔法使いを。

 

 ルーピン先生はハリーの言葉には答えず、ハリーの手をよく観察して何かの魔法をかけた。無言呪文なのだろうが、感覚のない右手に少しだけ暖かみが戻ったような気がした。

 

「ハリー。君はこれからどうしたい?」

 

「……えっ?」

 

「今日は右手が使い物にならないだろう。恐らくは明日もかもしれないが……少なくとも明後日にはもとに戻る。君が望むならば、私は何度でもやり方を変えて君にこの魔法を教えるつもりだ」

 ルーピン先生の目はどこまでも穏やかで優しげで、しかし、スネイプ教授ほど甘くはなかった。

 

 ルーピン先生は、ハリーを信じ、ハリー自身に選択を委ねたのだ。それは今のハリーにとってあまりにも重い信頼だった。

 

 

「ですが先生、僕は……闇の魔術を使ってしまって……パトロナスにも……」

 

「私に言った言葉は嘘だったのかい、ハリー。たった一度の失敗、たった一度の過ちで投げ出してしまう程度のことだったのかい?」

 

 ハリーはルーピン先生のことが、あまりにも眩しく見えた。今度こそハリーはうつむいて、絞り出すように言った。

 

「先生……今は、決められません。少しだけ時間を頂けないでしょうか?」

 

 ハリーは逃げるように、ルーピン先生の研究室を去った。研究室を訪れたときとは真逆の、頼りない足取りで。ルーピン先生は、ハリーから目を離さなかった。




ファルカスのタロット占い

ザビニ→戦車
ルーピン→星

本来なら13歳で最高レベルのパトロナスを呼び出せる天才がレイシストになって闇の魔術に手を染めた結果こうなりました。
だから闇の魔術はダメだと言われるんですね。
……まぁ映画で闇の魔法使いになってたやつが光の道を歩もうとしてるのでイーブンかな。


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Believe in yourself

ファルカスのタロット占い

バナナージ……力
ガフガリオン……正義


 

 ハリーはパトロナスの訓練の後、なかなか寝付くことができなかった。やっと意識を失ったとき、ハリーの目の前にギルデロイ·ロックハートとクィリナス·クィレルがいた。彼らはハリーのことを、闇の魔法に手を出した人間の屑だと罵っていた。

 

「あなたたちにそんなことを言われるのは納得できない!」

 

 夢の中でハリーはそう反論した。クィレル教授は、ハリーを見て、どこか悲しそうに言った。

 

「み、見なさい……ギルデロイ。わ、私の言った通りでした。この世には力あるものと、力を持つには弱すぎるものの二種類しかない。ポ、ポッターは後者だったのです」

 

「先生は僕を殺そうとしたくせに!僕がいなければ」

 

「わ、私は生きたかった。生きるために手を汚す必要があった。あ、あの時命の水を手に出来なければ、私はユニコーンの呪いで死ぬより辛い苦痛を味わっていた」

 

「自業自得だ」

 

 ハリーがそう言ったとき、ハリーの右手が割れるように傷んだ。

 

「そ、その通り……自業自得……全く、馬鹿馬鹿しい。今の君と同じように……自分の行いが帰ってきたに過ぎない……」

 

 でも、とクィレル教授は続けた。

 

「力を持たなければあまりにも惨めだった。力をくれた相手がたまたま闇の帝王だっただけ。貴方と何が違ったのでしょうか?」

 

 ハリーは反論しようとして、できなかった。

 

 ハリーは生き残る、ただそれだけのために力を求めた。力を求めて強くなれば生き残れる。そう思っていたのに、ディメンターによって死にそうになっていた。

 今のハリーは闇の魔法使いにすぎない。クィレル教授や、ロックハート先生と同じ存在なのだ。

 

「お言葉ですが。私は自分が持つ力は選びましたよ。あなたやポッターとは違ってね」

 

 ギルデロイ·ロックハートは空虚な笑みを浮かべ、白い歯を輝かせてハリーに笑いかけた。

 

「あなたは闇の魔術以上にひどいことをしてきたじゃないか……!」

 

「ええ。大人になってからはね」

 

 ロックハートには全く反省の色というものがなかった。それはそうだとハリーは気がついた。これは夢なのだと、夢の中ではっきりと自覚した。

 

「私ですら学生時代は闇の魔術には手を出しませんでしたし、清く正しく生きていましたよ。少なくとも学生時代はね。ああ、どうして君に負けてしまったのか!!闇の魔法使いを打倒するという本当の功績が本物の名誉が、後一歩のところで手に入ったというのに!!」

 

 ハリーにとっての本当の悪夢は、そんな支離滅裂な夢から覚めた後の現実だった。

 

 次の日の授業では、ハリーはほとんどの魔法を一回、酷いときは何回も失敗した。杖はハリーに愛想を尽かしたというわけでもなく、ハリーが正しく振れば魔法を発動させたが、痛む右手は思うように動いてはくれなかった。

 

「ハリー。今日は調子が悪かったね。……ポンフリー校医のところに行く?」

 

 ファルカスはハリーを心配してそう言ってくれたので、ハリーは大事を取ってその日のクラブ活動を休んだ。

 

「ん……いや。ちょっと疲れが溜まってるみたいなんだ。休めば治ると思う。ファルカス、今日は決闘クラブは休ませて貰うよ」

 

 ハリーはザビニの背中を見送って、複雑な思いに囚われた。

 

(……どうすればいいんだ……)

 

 ザビニがパトロナスを出せるという事実を思う度に、胸のなかで後悔が広がった。闇の魔法使いがパトロナスを出せたという資料は、図書館にも必要の部屋にも存在しなかった。ハリーは、大切なものを取りこぼしてしまったのだと思った。

 

***

 

「おー、今日はポッターは休みか。調子悪いのか?」

 

 黒髪の六年生であるバナナージ·ビストは、ファルカス·サダルファスから欠席者の名前を聞いて、すぐに受け入れた。

 

 もともと決闘クラブは強制ではない。授業で学んだ魔法や予習した魔法、ちょっと試したい魔法を気楽に、かつ教師の監督下で安全に楽しむためのクラブだ。クィディッチなどの部活と掛け持ちしている部員も多い。そのため、なにも言わずに欠席して、何も言わずに参加する部員たちがほとんどだ。

 

(マメな奴だな)

 

 バナナージはハリーのことを高く評価している。だからこそ、気になるところもあった。

 

「……そう言えば、ポッターは昨日パトロナスの訓練を受けたんだったな。様子はどうだった?」

 

「普段と変わりませんでしたよ?」

 

「そうか、なら大丈夫だなー。ファルカスももう少ししたらパトロナスの訓練をやってみてもいいかもな!」

 

 バナナージはファルカスに笑って魔法を教えていたが、内心では事態を重く見ていた。

 

(……パーシー先輩の言う通り闇の魔法を使ったんだとしたらまぁ……)

 

 バナナージはそもそも、闇の魔法使いがパトロナスを使った姿を見たわけではない。そもそも、自覚のある闇の魔法使いはパトロナスを使ったりはしない。バナナージは内心でハリーのことを心配しながら、クラブに戻ってきたらちょっと遊んでやろうと思った。

 

 

(できれば杞憂であってくれよ、ポッター。……まぁ、立ち直れるようにフォローはしてやるけど)

 

 バナナージは内心でそう決めた。この先、ハリーがバナナージの遠い親戚になる可能性だってあるのだから。

 

***

 

 ハリーがスリザリンの談話室に戻ったとき、談話室のソファ-にはガーフィール先輩と七年生の男子生徒がいた。ガーフィールは男子生徒から、面接についての愚痴をこぼされ辟易した様子だった。

 

「で、その面接官が何て言ったと思うよ!?『多種多彩な人種のお客様が訪れます』だ!純血以外は訪れないっての謳い文句の店がだぞ!?信じられるか!?」

 

「ガリオンを出すなら血筋は問わねえ。世の中はガリオンってこったな」

 

「僕はあんな品性のない職場だとは思わなかったね。ガーフはどうだったんだ?最終面接だったんだろ?」

 

 男子生徒はガーフィールからさかんに話を聞きたがっていた。漏れ聞こえる話では、男子生徒は二十社ほど受けて二次面接や三次面接に落とされ、就職活動に苦戦しているらしい。ハリーはスリザリンらしい差別意識がお祈りの原因なのではないかと思いながら、男子生徒から離れたソファーに腰掛けた。

 

(うわぁ……関わらないようにしよう)

 

 ハリーはぱらぱらと図書室から借りてきたパトロナスの資料をめくった。ハリーは今日は魔法の練習はできないものの、パトロナスについての改善策を考えることにした。

 

(昨日失敗したのは、僕が闇の魔法使いだったから……でも、ルーピン先生は続けるべきだと言った)

 

 

 ハリーは思案に耽っていた。

 

(闇の魔法使いはパトロナスを召喚できない。けれど、ルーピン先生は僕にやらせようとしている。スネイプ教授とは違って、僕を見捨てていない。まだパトロナスを召喚できる可能性があるから、指導してくれるんだ。きっとそうだ)

 

 ハリーはマイナス思考を脇に置いて、前向きに考えるようにした。自分にとって都合のいい考えかもしれないが、パトロナスの召喚において、ネガティブになるよりはよほど建設的だ。ハリーは昨日のことを思い返し、失敗の原因を自分なりに考えた。

(バジリスクの殺害は絶対に必要なことだった。けど……)

 

 ハリーは、ハリーが闇の魔術に手を出したと知ったときのロンやハーマイオニーの嘆きを思い出した。記憶のなかに閉じ込めたそれは、ハリーを最悪な気分へと誘ってくれる。友達やシリウスに対する罪悪感がないわけではない。

 

 それでも、ハリーにとってバジリスク打倒の瞬間は間違いなく幸福だった。一歩間違えば、ハリーから大切なものを殺して奪っていたものを殺した。ハリーにとって間違いなく幸福な記憶だと断言できる。

 

(……駄目だったのは……生き物を『殺した』記憶だからか……?)

 

 ハリーのなかで思い当たる節があるとすれば、そこだった。間違いなく誇らしい記憶をパトロナスが嫌がるのは。どうしてだろうか。

 

(僕がリドルの被害者でしかない生き物を殺したからか)

 

 あの場面を冷静に思い返す。ハリーはプロテゴ·ディアボリカやエクススパルソを使い、バジリスクを殺した。それしかないと思っての行動で、後悔はない。しかしパトロナスのお気には召さなかった。

 

(もしパーシーさんが来なかったら、日記に殺されていた……いや。それ以前に。本当にどうしようもなくなったら、僕はどうした?ジニーを殺して日記を破滅させようとしたか?)

 

 それは恐ろしい仮定だった。ハリーの心は夢の中のクィレル教授に引っ張られていた。ハリーは親友の妹を殺してまで、生き延びようとしただろうか。

 

(違う。絶対にそれだけはしない)

 

 パトロナスの専門書に映る銀色の動物たちを見ながら、ハリーはそう思った。たとえ闇の魔法使いに過ぎなかったとしても、そこだけは越えてはいけない一線だった。

 

 

 ハリーがそう思ったとき、ハリーの前に人が座った。

 

「随分と悩んでるみてえだな、ポッター」

 

 

 プラチナブロンドに長身の七年生。

「ガーフィール先輩?そう見えましたか?」

 

「ああ。わかりやすかったぜ。しかめっ面で……何だ?パトロナスの専門書だと?」

 

 ガーフィールはハリーが手に持った専門書を見て、呆れた声をあげた。

 

「今度はこれに挑戦か……随分と背伸びをしてやがるな」

 

「先輩の仰る通りです。……でも、これを覚えないとディメンターに勝てませんから」

 

 ハリーはそう虚勢を張ったが、ガーフィールは杖でハリーの頭をくしゃくしゃに撫でた。

 

「真面目か、てめぇは。身の丈に合わねえ魔法を覚える前に、体調を管理するところから始めろ。目の下に隈ができてるじゃねぇか」

 

「そんなことは……」

 

 ハリーはガーフィールから差し出された手鏡を見て押し黙った。手鏡のなかのハリーは、目の下に隈取りをつけて寝不足であると主張している。

 

 

「いいから俺についてこい。監督生室に眠り薬がある」

 

「ありがとうございます」

 

 ハリーは素直にガーフィールに従うことにした。人の厚意をあまりにも無碍にすることは、流石のハリーであってもよくないと気がついた。これがマクギリス·カローであれば断ったかもしれないが、ガーフィール·ガフガリオンはカローよりは穏健派で、純血主義者ではないのだから。

 

***

 

 

「ほらよ、マーリン印の眠り薬だ。寝る10分前にコップ一杯の水で流せばグッスリだぜ」

 

「何から何までありがとうございます、ガーフィール先輩」

 

 ガーフィールは監督生室にあった救急箱から睡眠薬を取り出し、ハリーに手渡した。

 

 寮生活を送るホグワーツ生、特に1年生に多いのが、ストレスに由来する自律神経の乱れと睡眠不足だ。ホグワーツの監督生には、自寮の生徒を観察して体調不良の生徒がいれば、魔法薬を与える権限がある。睡眠不足で医務室を訪れる生徒はあまりおらず、医務室に来ないことが多いからだ。

 

 そういう生徒が魔法で致命的なミスを犯す前に休ませ、事故を未然に予防する。地味だがこれも重要な仕事なのである。実際、今年はグリーングラス家の一年生が頻繁に監督生たちの世話になっていた。

 

「……で、ポッター。お前、パトロナスで何かミスったか?」

 

 ガーフィールはハリーに対して遠慮せず、あえてストレートに言った。ハリーは隈ができた目を泳がせた。

 

「ええ、まぁ」

 

「そりゃあそうだろうな」

 

 ガーフィールはハリーに何があったのかを察した。ハリーは知らないが、ガーフィールはハリーが闇の魔術を行使したことを知っている。パーシー·ウィーズリーから特別に情報を貰ったからだ。

 

「どうだ、NEWTレベルの魔法の感想は?」

 

 ガーフィールはにやにやと微笑みながら言った。ハリーが呪文の失敗を深く考えていることは明らかで、気に病んで引きずる前に吐き出させるつもりだった。

 

「何ていうか……理不尽、だと思いました」

 

 ハリーはいつになく素直にガーフィールに心情を吐露した。

 

「理不尽?」

 

「僕は間違いなく幸せな記憶を使いました。けれど、パトロナスはそれを受け入れなくて。パトロナスも僕の一部の筈なのに……」

 

(マジでそういうこともあるのか……)

 

 ガーフィール自身、暴走したパトロナスというのはお目にかかったことがない。それだけにハリーのことを哀れに思う気持ちが沸いてきた。

 

(入れ込みすぎんな)

 

 ガーフィールは監督生として、後輩のメンタルケアに努めた。

 

「そりゃあそうだ。だれでも使える簡単な魔法なら、NEWTレベルに指定されねぇンだ。パトロナスの好きな記憶じゃなかった理由?そりゃあパトロナスに聞かねえと分からねえが、パトロナスにそれを聞けるやつはいねえ。パトロナスを出せねえからな。だからこそのNEWTレベルだ。考え方を変えねえと出来ねえような魔法ってことなンだよ」

 

「何か……パトロナスの好きそうな幸福を思い浮かべるのがいいんでしょうか」

 

「ああ。ポッターが本当の本当に心の底から幸せだって断言できる記憶でも駄目な理由は、それが不幸や悪徳と結び付いているからだろう」

 

 ガーフィールの言葉に思い当たる節があるのか、ハリーはうっと言葉を詰まらせた。

 

「だがな、ポッター。焦る必要はねえ筈だぞ。パトロナスなんて、七年生でも大半のやつが使えねえ。俺も使えねえしな」

 

 最後の台詞は、後輩を励ますためのガーフィールの嘘である。しかし、七年生の大半が使えないというのは本当だった。たとえ授業で学んでも、実用性に乏しいパトロナスの訓練をして覚えようという物好きは少ないからだ。

 

 ガーフィールが貴重な時間を割いてパトロナスを覚えたのは、パーシーに一つでも勝てる魔法を覚えたかったからだ。結局パトロナスもパーシーの方が先に習得したのだが。

 

「ええ……無茶をしてるのは分かってます」

 

「お前は焦る必要はねえだろ、ポッター。付き合ってるやつとのデートだの、クリスマスだのでこの先楽しいことはいくらでもある。俺はパトロナスは使えねえが、そういう記憶を重ねていけば、パトロナスはお前に微笑むさ」

 

 ガーフィールは冗談を交えながら己の体験に基づいてアドバイスをしたが、ハリーは微妙な顔をした。

 

 

「いや、ダフネはそういうのじゃなくて……」

 

「何だ、まだ告白してねえのか?」

 

(つーことはあの噂は単なる噂か。まぁポッターにゃあ早いか……)

 

ハリーはガーフィールの言葉を聞いて悩んでいたようだったが、やがて口を開いた。

 

「なんていうか……大切な友人との記憶を使うというのは気がひけるというか。道具にしているみたいじゃないですか」

 

「マジメガネかお前は」

 

 ハリーの言葉にガーフィールは呆れた。

 

「だってもしそれでもパトロナスが使えなかったら、友達のことが大切じゃなかったみたいで」

 

 ハリーの中には、前に踏み出すことへの恐怖があった。己の大切なものが否定されてしまう気がするのだろう。その姿を見て、ガーフィールはハリーらしくはないと思った。

 

(まだ早いとは思う。思うが……)

 

 ハリーのそんな姿が見るに堪えず、ガーフィールは監督生として、ハリーに言葉をかけた。

 

「それこそパトロナスを基準に友情を量ってるってことじゃねえか。いいか、ポッター」

 

 ガーフィールはハリーと目線を合わせて、ハリーに言った。ハリーは正面からそれを受け止めた。ハリーの緑色の瞳を見ながら、ガーフィールは言葉をかけるだけの価値があると思った。

 

 

(真っ正面から受け止める奴だから、言うんだよ、ポッター)

 

「たかがパトロナスの失敗一つで自分の人生が変わるなンて思うんじゃねえ。お前の人生はそんな安くはねえだろうが。魔法使いならな、それも含めて俺自身だって言えるくらいになってみろ。下らねえ理屈に拘って雁字搦めになる前に、お前自身が一番大切だと思えるものを見つけてみろよ」

 

 ハリーの緑色の瞳にはまだ迷いがあった。緑色の瞳の中に、ガーフィールは闇を感じた。その中の光がまだ消えていないことをガーフィールは願った。

 



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マローダーズマップ

 

 ハリーはガーフィールから譲り受けた眠り薬によって次の日、普段通りに授業を受けることができた。変身術の授業では苦戦したものの、授業の終わりごろにはファルカスの帽子を哺乳類のマウスに変えることができた。マクゴナガル教授から五点の得点を貰ったことで、ハリーの中の自信は少し回復した。

 

(今度ガーフィール先輩にお礼を持っていこう……)

 

 ハリーはガーフィールに対して深い尊敬の念を抱いた。思えば自分は問題行動を起こしてばかりだったと反省もした。

 

 数占いの授業が同じだったハーマイオニー、アズラエル、ファルカスと一緒に決闘クラブに向かったハリーは、クラブの入り口で待ち構えていた赤毛の双子に出くわした。

 

「お久しぶりです、ウィーズリー先輩。先輩たちもこれから決闘クラブですか?」

 

 ハリーがかしこまって挨拶をすると、双子はうげぇと揃って声をあげた。

 

「見ろよジョージ、ポッターは一年生の時より大分スリザリンっぽくなってるぜ。気取ってる」

 

「んー。これはゆゆしき事態だな相棒」

 

「スリザリン生がスリザリンらしくなるのはいいことじゃないですか。そこを通してくださいよ」

 

 ファルカスは少しだけムッとして双子に言った。

 

「まぁまぁ落ち着いてファルカス。これは……いや改めて考えても失礼な言い草ですね。お二人とも、スリザリン生を何だと思ってるんですか!?」

 

 アズラエルはファルカスと一緒に怒ったフリをした。そんな二人のリアクションを見て、双子たちは満足そうに笑った。

 

(楽しそうだな-……)

 

 OWLの年だというのに、双子にはプレッシャーというものがないように見える。その精神力は見習いたいとハリーは思った。行動まで見習うつもりはないが。

 

「ごめんなさいみんな。フレッドは皆をからかって遊んでるだけなのよ」

 

「おやおや我が寮一の才媛がスリザリンに懐柔されている……」

 

「ロニー坊やは何をしてるんだか。親友をほっといて決闘にうつつを抜かすとは。ぼやぼやしてるとどうなるか……」

 

 ハーマイオニーは双子からのからかいを込めた称賛にむかつきつつ喜んでいた。ハリーは双子の片方が、左手に古びた地図を持っていることが気になったが、それには言及せず双子に言った。

 

「これから僕らもクラブで魔法の練習をします。ロンやザビニはもう来ていますか?」

 

「ああ。だがその前にここで話を聞いてけよ。ちょっぴりいいことがある」

 

「フレッドの手元にあるのが何なのか、気になってたろ?」

 

「古びた紙ですか。それを自慢しにわざわざ僕たちを待っていたということですか?」

 

 

 

 アズラエルは目を細めて紙を観察した。ハリーもフレッドの手元の紙を見たが、何も書かれていないように見える。

 

(防読魔法でもかかってるのか……?)

 

 ハリーはそう深読みしたが、双子の行動によってそれは覆された。

 

「まぁ見てなって。いくぞ、『我思う。我、良からぬことを企む者なり』」

 

 フレッドがそう唱えると、古びた紙の表面に、部屋の間取りと思わしきものが浮かび上がる。古びた紙は歌うように、紙の用途を告げ始めた。

 

「こ、これは……?『マローダーズマップ』?」

 

(……マローダーズ……?どこかで聞いたような)

 

 ハリーは紙の表面に浮かび上がるマローダーズマップという文字と、ホグワーツの詳細な間取りや迷路を見て感嘆と、そして頭の片隅に引っ掛かりを覚えた。

 確かにどこかでマローダーズという単語を聞いたような気がするが、思い出せないのだ。ハリーが引っ掛かっている間にも、フレッドはマローダーズマップの説明を続けていた。

 

 

 

「ムーニー、ワームテール、パッドフット、プロングス。これを作った偉大なる先輩たちの名前だ。もしかしたらコードネームかもな」

 

 双子の愛用しているその地図は、双子より前にホグワーツで受け継がれてきたのだという。

 

「ホグワーツの詳細な地図があったなんて驚いたわ。一年生の頃にこれがあったらどれだけ良かったか」

 

 ハーマイオニーは感嘆と少しの警戒を込めて言った。双子のどちらかは笑っていった。

 

「あー、よくチビたちは迷ってるからなぁ。ここの消える通路とか、こっちの一方通行な隠し階段とかをうっかり登って降りられなくなってるやつはたまにいる。去年もクリーピーがハマってたぜ」

 

「コリンを助けてくれたんですか?」

 

「そしたらクリーピーはカメラを持って君のいるところに走ってったけどな」

 

(余計なことを……)

 

「ならそのままにしておいて欲しかったですね」

 

 ハリーはコリンを助けたという双子に感謝しかけたが、双子の片方、おそらくはジョージの冗談には冗談で返した。

 

 

「……これって人体検知と空間検知と……いや、人体検知に加えて個人の識別まで出来るんですか?とんでもないアイテムじゃないですか!魔法省でもそこまでは出来ませんよ!」

 

 

 

「地図の上の黒い点が人だな。そばかすみたいだろ?この小さな点をつーっと押し続けてやればそいつの名前までわかる。フィルチの居場所も丸わかりって訳だ」

 

 アズラエルはマローダーズマップの説明を聞いて飛び上がるほどに喜んでいた。以前ハリーが透明マントを見せたときと同じくらいの喜びようで、ハリーとファルカスは慣れたものだったがハーマイオニーは驚いた顔でアズラエルを見ていた。

 

「これを使って今まで監督生から逃げ回っていたんですね……?」

 

 ファルカスはあまり尊敬していないという目で双子を見たが、双子は褒め言葉と受け取ったのかにやりと笑っていた。

 

「学校からホグズミードへの抜け道も、自分が今、どこにいるのかもわかる。俺たちは、同じ時間に同じ名前が二つ別のところにあっても慌てたりしない」

 

(こ、この人たちは…どこまで知ってるんだ…)

 

「……?」

 

 ファルカスは首をかしげた。ハリーとハーマイオニーは厳しい目で双子を見た。タイムターナーのことは吹聴していいものではないからだ。ハリーは教室への移動の際に時間的な余裕を持たせるために、少しだけ多くタイムターナーを使っていた。その余分な使用まで双子にはお見通しなのかもしれなかった。

 

 

「ま、マローダーズマップは今まで俺たちを助けてくれたわけだが、今年は俺たちも……試験がある。だからそろそろ、次の持ち主が必要だと思ってな」

 

「そこでポッター。君にこれを譲ろう。君が良ければ、だけどね」

 

「なぜ僕に……?グリフィンドールの後輩に渡してあげればいいでしょう。マクラーゲンとか」

 

 ハリーが当然の指摘をすると、双子は口を揃えてこう言った。

 

「「あいつは駄目だ。調子に乗る」」

 

「酷い言われようですね。チームメイトでしょう?」

 

「俺はあいつのシーカーとしての腕は買ってる」

 

 フレッドが言った。ハリーは、双子のうちほとんどの場合、先に発言するのがフレッドであることに気がついた。

 

「……が……後は言わなくても分かるな?」

 

「いえ、あまり」

 

 ジョージは含みを持たせた目でハーマイオニーとハリーを見た。ハリーから見たマクラーゲンは優秀な敵のシーカーであり、そこに敵対心も好意もなかった。ハーマイオニーはうんうんとジョージの言葉に頷いていた。

 

「まぁ……仕方ないわ。マクラーゲンには人望がなかったのよ」

 

「ハーマイオニーもそこそこ酷いね」

 

 ファルカスはハーマイオニーに苦言を呈したが、ハーマイオニーは厳しい顔で言った。

 

「ファルカス。マクラーゲンはね、シーカーだからって自分の寮の生徒は皆自分のことが大好きだって思っているの。そういうちょっと傲慢なところがある人にこれを持たせても、いい結果になるとは思えないわ」

 

 同じ寮の生徒でも、全員と仲良くなれる訳ではない。むしろ他所の寮生より距離が近い分だけ、欠点もより浮き彫りになるのだろう。ハリーは心の中でマクラーゲンに合掌した。

 

「それでフレッドと話し合ったんだけどな。俺たちはあることに気がついたんだよ」

 

「去年、ジニーを助けてくれたお礼をまだしてねえってな」

 

「だからポッター。君がこいつを受け取ってくれ。もしも要らないなら、ラブグッドのところに持っていく。どうする?」

 

「……去年のことは、パーシーさんの功績ですよ。でも、こんなにいいものを貰えるなんて嬉しいです。ありがたく頂戴します」

 

 

「……後で、ロンやルナにも隠し通路のことは教えておきます。お二人から場所を教えて貰ったことも」

 

「せいぜい有効に使ってくれよ。それは俺たちの青春だからな」

 

「地図で分からないところがあったら聞きに来いよ。何ならグリフィンドールに乗り込んでもいいぞ?」

 

 決闘クラブに入らずどこかへと駆けていく双子を見送ってから、ハリーはアズラエルとハーマイオニーに向き直った。アズラエルは目を輝かせてマローダーズマップを見ていたが、ハーマイオニーの顔は険しかった。

 

「……隠し通路の位置と場所を頭に入れたら、皆でそこに行ってみよう。もし正しかったら」

 

 ハリーはマローダーズマップを持って、三人に言った。

 

「この地図は先生に差し出そう。闇のアイテムかもしれない」

 

***

 

「気持ちは分かりますけど……考えすぎですよ!」

 

 アズラエルはハリーがマローダーズマップを推定で闇の魔法道具としたことに異論を唱えた。

 

「確かに、脳みそがないのに思考できるアイテムは危険です。例の日記のように、悪質な闇の魔術がかけられていてもおかしくないでしょう。けれど、これで出来るのはスニーコスコープと同じ周囲の生物の把握と城の間取りとの連動機能です。超高級な普通の魔法道具を組み合わせれば出来なくもない範囲です。闇のアイテムだと断定は出来ませんよ」

 

 アズラエルはマローダーズマップの便利さと質の高さに魅せられており、これを自分達で使うことを主張した。ハリーも内心、マローダーズマップに魅力を感じていないわけではなかった。しかし。

 

(僕は闇のアイテムとは距離を置くべきだ)

 

 と、ハリーは思っていた。

 

 ハリーの脳裏によぎるのは、前学期の日記とレイブンクローの髪飾り。レイブンクローの髪飾りのレプリカ。どちらも、使用者に都合のいい知恵や機能を与えてくれるもので、マローダーズマップには一部、それと似通ったところがあった。

 

 

 マップを起動したとき浮かび上がる制作者たちの言葉。予めそう言うようにプログラムされただけかもしれない。だが、ハリーの心は、マップが意思を持っているのではないかという疑念に満たされていた。

 

「うーん、僕もアズラエルに賛成だけど……ハーマイオニーはどう思う?」

 

 ファルカスはハーマイオニーにハリーを説得するように頼んだが、ハーマイオニーは唇を固く結び、まるでマクゴナガル教授のように厳格な面持ちで言った。

 

「いいえ、ファルカス。悪いけど、私もハリーに賛成よ。これは制作者の悪意が透けて見えるわ」

 

「自分のことを襲撃者なんて呼ぶ人たちが、まともだったとは思えないの。疑わしきは遠ざけるべきよ」

 

「闇のアイテムだとしても、警戒しながら使って管理すればいいんじゃないの?」

 

「それが問題なんだ。残念ながら僕は皆ほどには自制心が強くないから、使っていたらきっと溺れてしまうよ」

 

「……仕方ありませんねえ……それを貰ったのはハリーですから」

 

 ファルカスの案は現実的ではあったが、ハリーは誘惑に打ち勝ってマローダーズマップを然るべき人のもとに送ると決めた。アズラエルは無念そうに、便利な地図を読み込んでホグワーツ内部のあらゆる通路をその脳に叩き込んでいた。

 

 

 数日後、隠し通路が有効であることを確認し、ハリーはロン、ザビニ、ルナにも隠し通路の場所を教えた。ハリーはドラコたちも知る権利があると誘ったが、ドラコはクィディッチの練習でそれどころではないと断った。敗北したシーカーは、元チームメイトに構っている余裕はなかったのだ。コリンにもハリーは通路のことを教えなかった。あの後輩の素行を鑑みて、噂になっている有名人のところに突撃して写真を撮る癖が落ち着いた時に教えることにした。

 

 ふくろう小屋で借りたシマフクロウにマローダーズマップを握らせ、薬学教授宛に匿名で手紙を出した。当然ハリーの筆跡は変えているので、差出人が誰なのかは分かりはしないだろう。

 

(……これで、良かったんだよな。スネイプ教授ならきっと、あれを解析してくれるだろう)

 

 

 制御できない闇の魔術に関するものからは、ひとまず距離をおいた方がいい。たとえ闇の魔術に関するアイテムではなかったとしても、悪用しがいがあるものを持っておくことは、今のハリーにはできなかった。ハリーがすべきことは闇の魔法道具への執着ではない。パトロナスの訓練なのだ。

 

 

 ロンたちとの思い出や、夏休みの記憶。魔法をはじめて使った時の記憶や、授業で得点したときの記憶。ハリーはあらゆる記憶を糧に、ルーピン教授のもとでパトロナスの召喚を夢見て訓練した。パトロナスの召喚は一筋縄ではいかず、ハリーの杖から吹き出てきたパトロナスは銀色に輝く美しい生きものではなく、ハリーを嘲笑うかのように禍々しく黒い、邪悪な何かにしか見えなかった。ハリーのパトロナスは、未だに先の見えない闇のままだった。詠唱を終え杖を振り終えたとたんに、ハリーを滅ぼそうと闇が迫ってくるのだ。

 

 ハリーにとって恵まれていたことに、ルーピン先生はパトロナスからハリーをほぼ完璧に守ってくれた。成果の出ないハリーであっても、ルーピン先生は変わらずにハリーの挑戦を許し、ハリーの魔力が空になるまで訓練に付き合ってくれた。そのお陰か、訓練のあとハリーはぐっすりと眠ることが出来、腕が痛むこともなかった。

 

 目に見えなくても、訓練の効果はある筈だとハリーは信じた。基礎を固める作業は地味だが、続けることに意味があるのだ。

 

 

(焦るな。今は基礎を固めている時期なんだ)

 

 ハリーはそう自分に言い聞かせた。自分を信じてパトロナスを呼び出すべく挑み続けることが、今のハリーにできる全力だった。

 

(たかがパトロナスに、魔法を奪われてたまるか……!

いつか必ずパトロナスを支配してみせる……!)

 

 ハリーは決闘クラブではバナナージからのアドバイスを聞いて、とにかく利用できる記憶は何でも試すことにした。幸福が足りないのではなく、ハリー自身の力量が不足しているせいに過ぎないと自分に言い聞かせた。

 

 

 ハリーはルーピン先生との訓練によって、知らず知らずのうちに魔力の総量が上昇していた。そのお陰か、ハリーは決闘クラブではじめてマキシマ(全力)に成功したのである。

 

 

 それでも、パトロナスはハリーに微笑まなかった。どうやら、ハリーのパトロナスは相当にねじ曲がった性格らしい。あるいは、ハリーの方がパトロナスを呼び出すに値しないほどねじ曲がっているのか。その答えは、まだまだ出そうになかった。

 

 




ジェームズとシリウス=学力と財力のあるフレジョ。
そりゃあ天狗にもなる。


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失われた時の秘宝

力に見せられたハリーはこれからどうなっていくんでしょうね。わくわくします。


 

 

 決闘クラブでは、習得した魔法を皆の前で披露することがある。魔法の難易度が高く失敗する可能性が高いとき、フリットウィック教授や上級生が魔法をフィニート(終息)させたり、対抗呪文を使うなどして事故を未然に防ぐためだ。

 

 ハリーはフリットウィック教授やマクギリス、バナナージ、セドリックやリー·ジョーダンといった先輩たちが見守る中、集中して魔力を杖先に集める。リー·ジョーダンはハリーの魔法の成否をトトカルチョの対象にでもしているのか、盛んにハリーに声援を送っていた。

 

 ハリーがこれから放つ魔法は、NEWTレベルの増幅魔法だ。魔力の増幅理論によって魔法の効果そのものを飛躍的に拡大させたうえ、増幅させた魔力に引っ張られないように制御することは難しい。増幅対象の魔法について習熟していなければ、暴走して自滅してしまう危険なものだった。

 

 

 しかし、見守るフリットウィック教授の目に心配の色はない。ハリーは深く深呼吸をして、ひとつの魔法を唱えた。

 

「インセンディオ マキシマ(燃え尽きろ)」

 

 

 ハリーの杖先から、とてつもない勢いで火が打ち上げられた。誰かがおお、と声をあげた。決闘クラブの温度が数度は上がった。

 

 ハリーはインセンディオ マキシマ(燃え尽きろ)によって決闘クラブの天井に放出された白く輝く炎は球状となり、やがて円を描きながら拡散し、その火力を白から青へと落ち着かせていった。白く輝く特大の炎の火力は、プロテゴ·ディアボリカにも迫るかもしれない。ハリーの魔法を見たコリンは大喜びでハリーが出した炎を撮影しようとした。

 

「おい誰かクリーピーを止めろ」

 

「ほーい。エクスペリアームス」

 

 ザビニの指示に迅速にしたがったのはルナだった。ルナによるエクスペリアームス(武装解除)によってカメラはコリンの手から離れた。コリンは悲しそうにルナに駆けよった。

 

「一枚くらいならいいじゃないか!返してよ!」

 

「コリンは全然懲りないねー。そういうのは、ハリーに許可取ってからにすれば?」

 

 ハリーは漫才を繰り広げる後輩たちを見ながら、余裕を持って炎を操っていった。杖先と連動するように、拡大した炎は収束していき、やがてハリーがフィニート(終われ)と唱えると、ハリーの杖に吸い込まれるように炎が消えていく。ハリーはすべての炎を残らず消火させてから、観客たちにお辞儀をした。

 

(やった……!)

 

 ハリーは笑い出しそうになるのを堪えた。マキシマの習得はハリーにとっても悲願だった。

 

 闇の魔術であるプロテゴ ディアボリカ(悪魔の護り)や、セプティム インセンディオ(悪霊の炎)

 

 ロンやザビニ、フリットウィック教授をはじめとした先輩たちは拍手と、よくやった、という労いの言葉でハリーを迎えた。フリットウィック教授はハリーに15点をくれた。

 

 中でも、マクギリス·カローはハリーのことを大層気に入ったようだった。

 

 

「見事だよハリー。素晴らしい成長ぶりだ……!」

 

「ありがとうございます、マクギリス先輩」

 

「今や上級生でも君に勝てるものはそうはいないだろう。君には才能があるのかもしれないな」

 

 ハリーはマクギリスのお世辞をお世辞として受け取った。

 

「僕にはそんな才能なんてないですよ。ハーマイオニーみたいに催涙ガスを作れるわけでもないし」

 

 ハリーはそう言ってマクギリスを牽制した。事実、ハーマイオニーはハリーも使えない魔法を知っていた。

 

 ハーマイオニーのみ使える魔法とは、麻酔効果のあるガスを噴射する魔法だ。まず麻酔効果のあるガスを無から精製するだけで、魔法薬やコンジュレーションの知識が必要となる上、ガスが自らに影響を及ぼさないよう常に風上に立たなければならない。その代わり、敵対者や敵対生物に直接当てる必要がないというメリットがある。ハーマイオニーは去年、バジリスクに遭遇したときから、直接当てずに敵対者を無力化するにはどうすればよいかと考え、闇の魔術ではない魔法の中でも難易度の高く、NEWTレベルに分類されるこの魔法を習得していた。

 

「ミスグレンジャーにはミスグレンジャーの、君には君の才能があるということだ。自信を持っておいてもよいのではないかな?」

 

「おいおいマクギリス。ハリーはまだまだ伸びるんだ。あんまり煽てるなよ」

 

「ふっ。そうだなバナナージ。……ハリー、何か使いたい魔法があれば私を頼って欲しい。父の人脈で、珍しい魔道書にはいくつか心当たりがあるのだよ。君ならば使いこなせるかもしれない」

 

「……ありがとうございます、マクギリス先輩」

 

 ハリーは内心、マクギリスの称賛に対して満更でもない気分だった。闇の魔術に頼らず強くなったという実感があり、合法的な力を手にしたことでハリーは少し浮かれていた。

 

(今ならパトロナスも従うかもしれない)

 

 

 と思えるくらい、ハリーは幸福感で満たされていた。

 

 さらにマクギリスは巧みにハリーを誘導した。コリン·クリーピーに寛大な態度を取り、ハリーの撮影を許可してあげてもいいのではないかとハリーに取りなした。

 

「ほ、本当にいいんですか!?」

 

 コリンは飛び上がって喜んだ。ハリーは苦笑しながら許可した。久々の成功体験で機嫌がよかったのもあるが、ハリーのなかで、自分もガーフィールやマクギリスのように後輩にはなるべく優しくしようという気持ちも芽生え始めていた。

 

(まぁ……一枚くらいならいいかな……)

 

 

「写真は絶対にばらまかないでね、コリン。杖に誓えるかい?」

 

「はい!誓います!!やったぁ!!」

 

 ハリーはそう念を押して、マキシマで増大させた炎の撮影を許可した。コリンのきらきらと輝く目を見て、それは間違ってはいなかったと思った。

 

***

 

(うーん……ちょっと心配ですねぇ……僕の考えすぎなのかもしれませんが……)

 

 アズラエルはそんなハリーのことを心配そうに見ていた。ハリーが笑顔なのはとてもいいことなのだが、マクギリスの態度のなかに良からぬものを感じ取っていたのだ。

 

(……純血主義者のマクギリス先輩が、マグル生まれであるコリンに対しても寛大で優しい態度を取るなんてただ事じゃありません。本気でハリーを懐柔する気なのでは!?)

 

 アズラエルはハリーたちの中では、ハーマイオニーの次に頭が回る。今まで受けた教育の結果、政治という分野にも通じるアズラエルは、頭の中でマクギリスに対して警鐘を鳴らしていた。

 

 その日、ハリーがマクギリスの誘いを受けて必要の部屋に向かうと言い出したとき、アズラエルはハーマイオニーを誘ってハリーに同行を申し出た。その時マクギリスが一瞬残念そうな顔をしたことを、アズラエルは見逃さなかった。

 

***

 

 ハリーは浮かれた気分で、ハーマイオニーやアズラエル、バナナージ、マクギリスと必要の部屋を訪れていた。必要の部屋には、ハリーたちが望んだ沢山の書物があった。ハリーは、『無敵のアンドロス~巨人を呼び出した男』というエクスペクト パトローナムの達人についての伝記を手に取った。

 

「ほう。パトロナスの練習は順調なのかな、ハリー?」

 

 

 マクギリスは『高校化学基礎』という教科書を、バナナージは『蒸気機関と産業革命』という資料をそれぞれ手にしていた。どちらもマグルの書いた書物であることにハリーは気付いた。

 

 

「ええ。先輩たちはどうしてその本を?」

 

「マグル学の課題さ。図書室には『魔法族の書いた書物』は一通りあるんだが、『マグルの書いた書物』は予算が足りないのかあんまり置いてなくてな。ここにあって助かったよ」

 

「スリザリン生として、マグルのことを大っぴらに称賛するわけにもいかないのでね。バナナージがここを教えてくれて私も非常に助かっているよ」

 

「あの、質問してもいいですか、カロー先輩?」

 

 ハーマイオニーが丁寧に尋ねると、マクギリスは許可した。

 

「構わないよ。何かな?ミスグレンジャー。」

 

「どうして高校化学がマグル学の課題に必要なんですか?」

 

 ハリーもアズラエルも、確かにと頷いた。マクギリスはその質問に対して嫌がることもなく、むしろ嬉しそうに言った。

 

「いい質問だね。私はチャリティー教授にマグルについての知識をいくつか指導して頂いたが、マグルの知識のなかに魔法族のコンジュレーションや魔法薬と似通ったものがあることに気がついた。化学反応とマグルの世界では言うらしいが」

 

「化学は錬金術を発展させたもので、マグルの世界でも昔から研究されていた学問だ……って、説明しなくても三人なら知ってるよな」

 

「ええ。……けれど、それがどうしてレポートになるんですか?」

 

 ハリーは頷きながらもマクギリスに尋ねた。

 

「うむ。マグルの知恵というものもなかなか侮れないと思ってね。私たちが『肥らせ魔法』などの魔法があればや魔法生物の遺骸を肥料として加工して解決していた肥料の不足を、マグルは窒素と水素を合成することで解決した。ハーバー·ボッシュ法と呼ぶらしいが。私はこれは魔法にも劣らない発明だと思うのだ。これの何が優れているのか分かるかね、ハリー?」

 

 バナナージはうんうんと頷きながらマクギリスのことを笑顔で見ていた。アズラエルはマクギリスが思ったよりずっとマグルの学問を調べていたことに圧倒され、ハーマイオニーはマクギリスのことを、尊敬したように見ていた。

 

「……一回限りじゃなくて、理論通りにやれば同じ質のものを大量に作ることが出来る。再現性があることですか?」

 

「ミスグレンジャー、アズラエル。君たちから見てどうかな?」

 

「そうですねえ……材料と設備があれば誰でも可能なところですかね?」

 

「私も同じ意見です。品質がバラバラだった魔法薬が工業化して、同一の性質のものを安価に大量生産できるようになったのは、マグルの工業化に影響を受けた結果だと『新時代の魔法薬』に書かれてありました」

 

 マクギリスは満足そうに頷いた。

 

「そうなのだよ。君たちはやはりよく勉強しているようだ。スリザリンとグリフィンドールに十点と五点を加算したいのだが、構わないかな、バナナージ?」

 

「やっていいと思うぞ。明らかにNEWTクラスの知識だしな。正解できただけ大したもんだ」

 

 マクギリスは少し微笑むと、杖を振って加点の信号を送った。監督生には、監督生以外の生徒を加点したり、減点したりする権利があるのだ。

 

「君たちもマグル学を受けているのだろう?どうかな、今の授業は?」

 

「正直なところ、簡単すぎて退屈なくらいですね。ハリーたちもそうでしょう?」

 

 三人を代表してアズラエルが答えた。ハーマイオニーは明らかに不満そうな表情だった。

 

「私、チャリティー教授を批判したい訳じゃないんです。ただ、マグル学そのものがあまりにもマグルのことを下に見ているというか。あの内容なら、一年生でも理解できると思うんです。どうして必修にしないのかって……」

 

「それは……多分大人の事情があるんだよ」

 

 ハリーは不満そうなハーマイオニーをなだめなければならなかった。

 

「なるほど。マグル生まれの君から見れば、マグル学は退屈な授業だったのか。しかし、だからこそ私のような生徒もついていけたのだよ」

 

 そのマクギリスの意見はハーマイオニーには、新鮮なようだった。ハーマイオニーは真剣な目をしてマクギリスの言葉に聞き入っていた。

 

「どういうことですか?」

 

「私は無知でね。マグル学を受講した当時、マグルのことを正直に言って大したことがない存在だと思っていた」

 

 ハーマイオニーは少し顔色を変えた。ハリーは内心でマクギリスのポーカーフェイスに感心しながら、マクギリスの言葉に聞き入った。

 

「……そんな私が、いきなりマグルの産み出した知識の洪水を浴びせられたところで半分も理解はできなかっただろう。『マグルたちは魔法使いより劣っている』という前提でなければ、とても授業を聞く気にはならなかったと断言できる」

 

「……『魔法使いにとって面白い授業』じゃないと、誰もマグルのことを学びたいとは思わないんだ、残念ながら」

 

 バナナージの端的な補足は、ハーマイオニーを少し傷つけたようだった。ハリーは内心でバナナージに同意した。

 

「いや、もちろん大人たちはちゃんと自分でマグルのことを調べてるんだぞ?ただ、選択制にしておかないと色々と不都合なこともあって……」

 

(僕たちは魔法を学びに来てるんだ。マグルのことを学びたいなら、自分で学べばいいだけだ……)

 

 ハリーはバナナージにフォローされるハーマイオニーの姿を、少しだけ可哀想に思ったがフォローはしなかった。マグルの世界やひいてはマグルに対する愛情の差が、ハリーとハーマイオニーのマグル学に対する受け取り方の差に繋がっていた。

 

「まー、どんな学問も最初は簡単で、退屈なものだよ。そのうち面白くなってくるさ、ハーマイオニー」

 

 

 バナナージにそう慰められるハーマイオニーを尻目に、マクギリスはハリーに話しかけてきた。

 

「君のパトロナスの訓練はどうかな?実は最近、君が根を詰めすぎているのではないかと心配していたのだよ」

 

 

「まぁまぁです。僕のパトロナスは気難しくて、まだ形も分からないくらいですね」

 

 

 ハリーは笑いながらそう誤魔化した。実際には無形かつ銀色のパトロナスどころか、ハリーを闇の魔法使いとみなして従わない最悪の状態だった。それでも、それを素直に打ち明けるほどにはハリーはマクギリスを信頼してはいなかった。

 

「今はそんなものだろう。しかし、君の努力が報われる日を願っているよ」  

 

「ありがとうございます。今日のマキシマの成功体験を使って練習してみます」

 

「ははは、それはいい!君の才能ならばきっと成功するだろう。期待しているよ」

 

 ハリーとマクギリスが親しげに会話していると、アズラエルがその間に割って入った。

 

「カロー先輩はどんなパトロナスをお持ちなんですか?僕、カロー先輩のパトロナスがどんなものか気になるんです」

 

「私がパトロナスを呼び出せるとは思わない。おそらく私には才能がないのだよ」

 

「そんなご謙遜を。カロー先輩もDADAのOWLを突破されたじゃないですか」

 

(どうしたんだアズラエル。今日はやけにマクギリス先輩に親しげだけど)

 

 ハリーはアズラエルが何を考えているのか気になった。アズラエルはハリーには耳が痛くなるほど、マクギリスに気を付けろと忠告していたからだ。

 

「勉強の楽しさを知ったからこそ出来たことだが……今でも思うよ。一年生の頃から頑張っていれば、他の科目でももう少しよい成績を残すことができたとね。君たちは幸い、一年生の頃から努力を重ねている。この調子で進んでくれたまえ」

 

「もちろんです。ご期待に沿えるよう頑張ります」

 

 ハリーがそう言うと、マクギリスはうむ、と頷いた。ハリーは内心、そう、それで間違いはないはずだと思った。

 

 

(……知識と魔法の技術を磨いて力をつける。そう、必要なのは力だ。まずそれがあってはじめて、生き残ることが出来るし、誰かを守ることも出来るはずだ)

 

 ハリーはパトロナスに失敗して以来、自分の歩んできた道のりは間違っていたのかと思った。パトロナスに嫌われた原因についてハリーなりに考え、突き詰めると、闇の魔術に手を出したことが失敗の原因だとハリーは認識した。

 

(闇の魔術から手を引いて、それ以上の強さを身に付ける。間違っていないはずだ)

 

 

 ハリーが内心でそう考えていると、マクギリスは、席を離れて必要の部屋を回りながらバナナージから六年生のマグル学について説明を受けているハーマイオニーをチラリと見て、ついでハリーを見た。

 

 

「君たちは本当によい友人を持っているね、ハリー、アズラエル」

 

「はい。自慢の友達です」

 

「……え、ええ。ありがとうございます、カロー先輩」

 

 間をおかずに即答したハリーに対して、アズラエルは返答が遅れた。純血主義者のマクギリスがハリーたちをテストするためにかまをかけてきたのだと思った。

 

「私は君たちの友情をとても素晴らしいと思うよ。しかし、今のままでよいのかとも思うのだよ」

 

 マクギリスが切り込んできた、とハリーは思った。受けて立とうと、ハリーは真っ直ぐな目でマクギリスを見た。

 

「仰っている意味が分かりません、マクギリス先輩」

 

「……ふ、余計な言葉だったね。いや、実はね。君に力を借りたいと思っているのだ。ミス·グレンジャーの能力もね」

 

「……え?」

 

 アズラエルは目をぱちぱちと見開き、ポカンと大口を開けてマクギリスを見た。ハリーは冷静さを装いながら、内心ではアズラエルよりもずっと動揺していた。

 

(一体どうしたんだ。何があったんだマクギリス先輩に)

 

 ハーマイオニーの力を認めて助力を請うなど、ただ事ではない。非公式の場面ではマクギリスもハーマイオニーに寛大な態度を取っているが、純血主義者であるということは崩していなかった。

 

「お話を、詳しく聞かせて頂いても宜しいですか、マクギリス先輩。その内容によってハーマイオニーに話すかどうかや僕がご協力出来るかどうかを決めます。最終的には、ハーマイオニーの意志にもよります」

 

「ち、ちょっと待ってくださいハリー!」

 

 ハリーはアズラエルからの非難の目を受けて、アズラエルを説得しなければならなかった。

 

「アズラエル。寮の先輩がここまで言ってくれてるのに話しも聞かずに断るなんて出来ないよ。僕は話は聞くべきだと思う」

 

「いや……ハリー、君はちょっと人が良すぎですよ。もう少し人を疑ってください。本当の本当に、よく考えて決めてくださいよ!」

 

「ありがとう、ハリー。……実は、私は密漁者たちの噂を掴んだのだ」

 

「密漁者、ですか?」

 

「ああ。あれはホグズミードでの出来事だったのだが……」

 

 マクギリスはそれから、ホグズミードで遭遇したという密漁者たちについて話した。彼らは五人でホッグズ·ヘッドというパブに集まり、ホグワーツの禁じられた森を襲撃する計画を立てているのだという。マクギリスは密漁の決行日まで掴んでいた。

 

「私が気付けたのは僥倖であり、不幸だった。だが私には……残念ながら社会的な信用がない。君も知っているとは思うが、私は親戚にデスイーターの親族を持つ身だ。通報も一笑に付されてしまった」

 

「マクギリス先輩。そんなことがあったんですか……」

 

(この人、相当危ない橋を渡ってるんじゃないか……?)

 

 ハリーはマクギリスが偶然それを知ったという部分は嘘ではないかと思った。マクギリスは、闇の魔術に関する知識を求めていた。闇の魔術について調べる最中にそういった反社会的勢力と遭遇し、なし崩し的に関わってしまったのではないかと思った。

 

 そしてマクギリスに信用がないのはある意味では自業自得だった。シリウスはマクギリスを逮捕こそしなかったが、同僚や闇祓いに要注意人物として話くらいはしたはずだからだ。

 

 

(……)

 

 ハリーはマクギリスを見捨てようかどうか迷って、マクギリスがハリーとあまり変わらないことに気がついた。マクギリスは、闇の魔術に対して興味があった。そのせいで、自分の身の丈を超えた闇にぶつかってしまったのだ。

 

「じ、じゃあダンブルドア!ダンブルドアに報告しましょう!それが一番安全で確実です!」

 

「それは出来ない」

 

「どうしてですか?ダンブルドアなら、適切な対応をしてくれると思いますけど」

 

 マクギリスはそう断言した。ハリーは当然の疑問をぶつけた。

 

「ダンブルドアは我々純血主義者にとっては敵も同然だ。あの人に対して借りを作るということは、純血主義者にとっては死を意味する」

 

 そんなことに拘っている場合ですか、という罵倒をハリーは飲み込んだ。マクギリスの瞳には、確かな恐怖があったからだ。

 

「……それは、ダンブルドアが例のあの人と敵対しているからですか?」

 

「……そうだ。私の一存で、カロー家を傾ける訳にはいかない」

 

 ハリーもアズラエルも何も言わなかった。ハリーはマクギリスに対して同情する気持ちになりながらも、なら僕はどうなんだという言葉を飲み込んだ。

 

(一応……僕はスリザリン生だ。カロー先輩にとっても家族……みたいなものだ)

 

 ハリーを尻目に、マクギリスは己の内心を吐露した。

 

「このホグワーツを、私は守りたい。ホグワーツの禁じられた森には、過去の歴史の遺物と稀少な魔法生物がそのままの姿で存在しているのだ。それを荒らされることは、ホグワーツにとっては大きな損失だ」

 

「遺物、ですか?」

 

「うむ。密漁者たちによると、古代魔法が祀られた遺跡や、聖石が納められた聖堂があるというのだ」

 

 それからマクギリスは、古代魔法や聖石についていくつかの説明をしてくれた。曰く、現代の魔法では再現できない魔法がそこにあるのだという。

 

「歴史には残っていないが、古代魔法はおよそ百年前のゴブリンの反乱で解き放たれ、多くの災いをもらたしたとカロー家の書物に記載があった。聖石は獅子戦争の際に使用され、何人かの死者をこの世に呼び戻したという伝説がある。私は、聖石は俗に言う『死の秘宝』の一つではないかと思うがね」

 

「死の秘宝?」

 

「おとぎ話で出てくる伝説のアイテムです。まぁ与太話ですよ」

 

 ハリーは一気に話が胡散臭くなったことに頭が痛くなった。マクギリスはそのどちらも、密漁者に渡ってはならないと主張した。

 

「それらは、ゴブリンですら並みの魔法使いを凌駕する魔法力をもたらすだろう。三流とはいえ魔法使いが手にすれば、手のつけられない厄災となるかもしれない」

 

「だが、君ならば。バジリスクを打ち倒した実績がある君ならば、連中を倒すことも~」

 

「自分の都合だけでバカ言っちゃいけませんよ!よりによってハリーに殺人をさせようと言うんですか、貴方は!」

 

 アズラエルが激怒してテーブルにこぶしを打ち付けた。バナナージとハーマイオニーが、驚いてテーブルへと集まってきた。

 

 

「おい、一体……何があったんだ?」

 

「……これは……」

 

 ハリーは、アズラエルを抑えながらバナナージとハーマイオニーに説明をせねばならなかった。すべての説明を終えたとき、衝撃を受けたハーマイオニーと、腕を組んで話を咀嚼していたバナナージの姿があった。

 

***

 

「あの話、お前らは聞かなかったことにしろ」

 

 バナナージはすべての説明を聞き終えたあと、ハリーたちにそう言った。アズラエルはバナナージを見て、ダンブルドアに話してくれるんですよね、と尋ねた。

 

「マクギリス先輩から言うことは駄目ですけど、先輩から伝えるなら問題ないですよね、バナナージ先輩」

 

「勿論だ。……ただ、マクギリスの話の信憑性は正直疑わしい。そもそも森に遺物があるってこと自体、密漁者たちの推測に過ぎないからな。むしろ、森で密漁者たちが死なないように手を尽くさないといけないかもしれない」

 

「……?」

 

 ハリーはバナナージの意味深な言葉に疑問符を浮かべたが、ひとまずバナナージに従って、アズラエルやマクギリスと共にスリザリンの談話室に戻った。談話室に戻るまで、マクギリスは無言だった。そんなマクギリスに、ハリーから話しかけた。

 

 

「どうして僕を誘ったんですか、マクギリス先輩」

 

「ハリー、君ねえ……」

 

 呆れたような怒ったような声をあげるアズラエルをよそに、マクギリスは重々しく口を開いた。

 

「君に、手を汚させるつもりはなかった。私は君に、箔をつけたかったのだ」

 

「……箔?」

 

「密漁者たちは私の目から見ても大した連中ではなかった。成人してから腕を錆び付かせたのか、私でも潜り込める程度だ。ステューピファイはおろか、プロテゴも瞬間移動も満足に使えない連中だ。これ以上ない噛ませ犬になると思ったのだ」

 

「ハリーを引き込んで、純血主義者として祭り上げたかったんでしょう」

 

 アズラエルが軽蔑した言葉をかけたが、ハリーはそうではないという気がした。

 

「待ってください。それなら、ハーマイオニーを誘ったのはおかしい。先輩は何がしたかったんですか?」

 

 

「最初はグレンジャーを誘う気はなかった。しかし」

 

「……気がついたら、私は君だけではなく、ミスグレンジャーも魔法界に必要な人材だと思っていたのだよ。勤勉で、未熟だが、彼女には魔法に対する愛がある。魔法界で生きようという意志がある。だからマグル学について学んだ上で、その是非を真剣に議論できる。グリフィンドールにそれが可能な人材がどれだけいると思う?彼らの大半はマグルのことを知ろうともしないで、仲良く出来るはずだという思い込みだけで生きている」

 

 ハリーはマクギリスの言葉に、少なからず心を動かされた。マグルのことを知った上でマグルと仲良くなろうとする。それは、否定できるものではない筈だった。

 

「私がミスグレンジャーを誘ったのは……彼女が優れた魔女であったからかもしれないな。マグル生まれと、純血主義者の魔法界の英雄。これが手を取り合って密漁者を捕らえたと喧伝されれば」

 

 マクギリスは重々しく言った。

 

「……純血主義者に対する風当たりも、少しは良くなるのではないか……と、儚い夢を抱いた」

 

 ハリーは暫く無言だった。アズラエルは複雑そうな顔で、マクギリスを見ていた。マクギリスの言葉の意味をよく考えて、ハリーは言った。

 

「失礼だと思いますけど、先輩には純血主義は向いていないと思います」

 

 マクギリスはその言葉を否定しなかった。代わりに、ポーカーフェイスでハリーに微笑んだ。

 

「私にはカロー家の次期当主としての義務がある。個人の意志では変えられないものがあるのだよ、ハリー」

 

 それから、マクギリスはハリーと、そしてアズラエルを見て、二人に警告した。

 

「君たちのスタンスは、私たち純血主義者にとっても都合がいいものだった。マグル生まれと親しくはすれど、それを強要はしない。それはこのスリザリンで生活するならば、最も優れた選択だろう」

 

 だが、とマクギリスは言った。

 

「……その考えがスリザリンの内部で根付くには、君たち自身が権力を持ち、後輩たちにその考えを伝えていかなければならない。純血主義者を否定してでも。そうでなければ、君たちの意志はスリザリン内の変わり者、という扱いで終わってしまう。それだけは理解しておくべきだ」

 

「ご忠告、痛み入ります」

 

 アズラエルは、最終的にはマクギリスに礼儀正しく対応した。そこにマクギリスへの怒りと、僅かな敬意を込めて。

 

 ハリーはマクギリスの言った、密漁者たちの密漁決行日を心に刻んでいた。ハリーの心は既に決まっていた。

 

(……純血主義とマグル生まれの和解なんてあり得ない)

 

 それがあり得ないことだとしても。

 

(一瞬でも成立すればそれは、嘘じゃなくなる)

 

 ハリーの心に、スリザリンらしくはないが、スリザリン以上に荒唐無稽な野望が灯った。

 





ハリー・ポッター世界は誰も傷付かなくていい優しい世界、じゃあないんだけど。
このときのハリーやマクギリスはそれを求めてしまったんですねえ。若い。


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期待と野心と打算と不安


マクギリスは夢と希望をハリーに詰め込みすぎている。


 

 

 ハリーはその日の晩、夢を見た。夢の中でハリーは、ふわふわと漂いながら一人の少年を見下ろすように話を聞き、色々な人の顔を見ることができた。

 

 

 整った顔立ちのスリザリン生の少年が、呪文学の授業で十点もの得点をもらった。背格好から考えて一年生だとハリーは思った。ハリーはどこかでその少年の顔を見たような気がしたが、スリザリンの先輩たちや同級生たちと良く似た顔立ちの少年や少女も、その少年と一緒に授業を受けていた。パグ犬のような顔立ちの少年や、ダフネと似た雰囲気の黒髪の少年もいて、ハリーは上空から漂うようにスリザリンの生徒たちが魔法を使う様子を眺めていた。

 

 少年は呪文学の授業が終わった後、大勢のスリザリン生から称賛を受けていた。アブラクサス、と呼ばれているドラコに良く似た生徒が、しきりにその少年を褒めちぎっている。

 

「いやぁ、凄いよ○○。きみはどこの出身なんだい?……○○なんて名前は魔法界じゃあ珍しいし、○○○なんて姓も……聞いたことがないなあ」

 

 ハリーには、アブラクサスの言葉のうち、少年の名前がうまく聞き取れない。しかし、アブラクサスの言葉をきっかけとしてその場の雰囲気が変わったように思えた。アブラクサスの表情には顔立ちの整った、しかし良く見ればみすぼらしい少年に対する微かな見下しが透けて見える。つい先程まで少年の周囲にいた友人たちも、アブラクサスの顔色を窺っている。

 

 反論せず黙ったままの少年に対して、少年への称賛にまみれていたアブラクサスの目に、見下すような意志が宿った。顔立ちの整った少年の近くにいた別の少年、レストレンジが少年に代わって反論する。

 

「○○は蛇語が使えるんだぞ、アブラクサス。○○は、きっとスリザリンに連なる血筋の人間だ。それを疑うのか?」

 

「……?蛇語?何だって?……そ、そうか。道理で……いやぁ、それは済まなかったね、○○」

 

 アブラクサスは蛇語という単語を聞いて、また態度を改めた。○○と呼ばれた少年は、気にしていません、と言いながらも去っていくアブラクサスの後ろ姿を睨み、拳を握りしめていた。

 

「きみほど才能のあるやつはいないよ、○○。アブラクサスは君に嫉妬してあんな風に君を貶めるようなことを言ったんだ。気にしてはいけない」

 

「ああ、分かっているよオリオン。……レストレンジもありがとう。君の名前は何だったかな?」

 

 事態を我関せずという風に見守っていた黒髪の美形な男子、オリオンが、少年をフォローした。アブラクサスに反論するほど少年に入れ込んでいたわけではないが、その心情を傷付けたまま捨て置くほど無情でもない。オリオンというのは、スリザリンらしい子だとハリーは思った。ハリーの目には、オリオンの姿がマクギリスに重なって見えた。

 

 少年を取り巻く人たちの中で、整った顔立ちの少年は明らかに浮いていた。どこか気品すら感じる容姿とは裏腹に、その身なりはスリザリンの中では薄汚れていて、悪目立ちしていたからだ。

 

 

 整った顔立ちの少年の名前が、なぜかハリーには聞き取れなかった。その事に疑問を感じる前にハリーの意識は覚醒し、そして起きたときには、ハリーは夢の内容をすっかり忘れていた。

 

(変な夢を見た気がするけど……思い出せないな)

 

 ハリーはそういう夢を見たとき、どうすべきか知っていた。ダーズリー家で空飛ぶバイクの夢を見たとき、ハリーは夢の記憶を忘れるために勉強に没頭したが、今回は夢を見たという事実そのものを記憶から追い出すために、必要の部屋から持ち出したパトロナスの書物に目を通した。

 

 眠たい目を擦って起きてきたファルカスに挨拶した時には、ハリーは変な夢を見たという事実すら忘れていた。

 

***

 

 次の日の夕食後、ハリーはルーピン先生の使う魔法によって冷気と恐怖を感じながら、再びパトロナスの召喚を試みた。

 

(……インセンデイオ マキシマの体験をイメージして……杖に魔力を込める!)

 

 ハリーは今ならば成功させることも可能だと思った。マキシマの習得は心の底から幸せだと思う記憶で、しかも昨日の新鮮な記憶だ。

 

 ハリーがマキシマの記憶を使ったのは、それが闇の魔術と縁遠いものだったからだ。闇の魔術の記憶でも暴力に関する記憶でもなければ、パトロナスもハリーに従うだろう、と期待を込めて、ハリーの柊と不死鳥の杖から魔力が迸る。

 

「エクスペクト パトローナム(パトロナス召喚)」

 

 ……しかし、ハリーの杖から放たれたものは、純銀に輝く美しいパトロナスではなかった。それは、パトロナスのようでパトロナスではない何か。黒く、不吉で、闇の魔術そのもののようなものが、禍々しい魔力と邪気、そして敵意を持ってハリーの杖の主導権を奪い取ろうとする。パトロナスのような何かは笑っていなかった。少なくともハリーには、それが苛立っているように見えた。

 

「あっ!」

 

 ハリーが不味いと思った瞬間にはもう、ルーピン先生のプロテゴがハリーと黒いパトロナスを覆い尽くしていた。黒い靄が、プロテゴを破壊しようともがくがプロテゴはびくともしない。やがて靄は勢いを失っていき、しゅうしゅうと音を立てて霧散していった。

 

「……ルーピン先生……ありがとうございます。そして、本当にすみません」

 

 ハリーは力無く頭を下げて、ルーピン先生から杖を受け取った。

 

「いいや、ハリー。確実に良くなっている。あの黒いパトロナスは、少しずつ弱まっている。君が、少しずつ良い方向に進んでいる証拠だ。ハリー、今回はどういう記憶を使ったのか教えてくれるかな?」

 

 ルーピン先生はハリーを励ましたあと、今回ハリーが使った記憶について尋ねた。毎度お決まりのやり取りで、ルーピン先生はハリーがどういう記憶を使うのかをハリーの意志に任せ、パトロナスを召喚させてからその記憶について尋ねていた。

 

「昨日、僕はインセンディオ マキシマに成功してフリットウイック教授から労いの言葉をかけていただきました。その記憶を使いました」

 

 

 ハリーはそう答えた。ハリーの中に、パトロナスを支配できない悔しさが滲む。

 

(……これでも駄目なのか……?どうしてなんだ……?)

 

 ハリーは自分だけ、ここまでパトロナスに苦戦することに納得がいかなかった。確かに自分は闇の魔術を使ったかもしれないが……ロンの幸福の記憶である家族旅行や、ザビニの幸福の記憶であるワールドカップ観戦の記憶と比べても、そう劣るものではない筈だった。

 

「ルーピン先生。何がいけないんでしょうか。今回はいけると思ったんですが」

 

 ハリーはルーピン先生にアドバイスを求めた。膨大な魔力を一度に消費するパトロナスの召喚にはクールタイムが必要だった。

 

(……闇の魔術を使ったときは休憩なんて必要ないのに。……いや、そんな考え方じゃ駄目だ。僕が未熟なだけだ)

 

 ルーピン先生のアドバイスは的確だった。ルーピン先生はハリーが行き詰まったとき、必ず別のアプローチを試みるように指導してくれた。

 

「そうだな。君自身が成し遂げた幸福な記憶をパトロナスは嫌がっている、ということは。そこから離れてみる必要があるのかもしれない」

 

「分かりました。やってみます、先生」

 

 ルーピン先生はハリーに、皆での思い出や、大切な誰かとの思い出を使うように求めた。ルーピン先生のお陰で、ハリーの右手は何の痛みもない。ハリーは深く深呼吸をして、ルーピン先生の魔法を待った。

 

***

 

(もう少しだな。時間はかかるが、ハリーも体感的に気付き始める頃だ……)

 

 リーマスは、ハリーのパトロナスをプロテゴで優しく落ち着かせながらハリーの進歩をよく観察していた。

 

 ハリーが使った記憶は、バジリスクの殺害やトロルとの戦いの勝利、あるいは決闘大会での勝利など、戦闘に絡んだものが多い。いずれも、魔法によって何かを獲得した記憶だった。

 

 リーマスが見たところ、ハリーの用いた幸福は戦闘による勝利やその果ての栄光というものが多い。闇の魔術そのものに幸福を感じるようでは先が思いやられるところだったが、一番最初に使った記憶が闇の魔術による殺害というところに比べれば、ハリーは格段に成長していると言える。

 

(問題は、ハリーが力を求めているという部分だな……)

 

 ハリーは生き残るために、闇の魔術に頼らずに一人前の魔法使いとなるために力を求めた。結果として三年生でマキシマを習得し、ハリーの目標は達成されたように見える。

 

 しかし、目標を失った今のハリーこそ最も危うい。リーマスは経験的にそれを理解していた。

 

 生き残るための手段として、大切なものを守るために力を求めていたはずが、力そのものを求めることが目的となっていく魔法使いは多い。手段のために目的を見失い、破滅していく魔法使いや魔女をいやというほど見てきたリーマスにとって、ハリーにその道を進ませることは避けたかった。

 

(パトロナスがハリーに敵対的だったことは、ある意味では幸運だったかもしれない。ハリーに対して、自然と力に執着することを忘れて、別のアプローチを試みるように説得することができる……)

 

 リーマスは、パトロナスからハリーを護る過程でプロテゴの熟練度を取り戻していた。今では無言呪文でもマキシマレベルのプロテゴを使うことは容易く、ハリーを傷付ける心配なく安全に訓練することができる。パトロナスの挙動とハリーの使った幸福との因果関係を調べたところ、ハリーの幸福は戦闘以外のものであったときのほうが、パトロナスの暴走は少なく、パトロナスの闇の魔術に近い力も弱まっていた。

 

 ハリー自身が、自分自身のやり方に疑問を持っている証拠だ。リーマスにとっては嬉しい成長だった。

 

(ハリー自身が気付ければいいが……いや、ハリーを信じよう)

 

 リーマスはハリーの自由意思に任せながらパトロナスを召喚させ、ハリーの更正を促そうと考えていた。闇の魔術や、それに近い類いの暴力の記憶。それは戦争や生存競争で生き残るためには必要なのだが、三年生のハリーが幸福として持っていていいものではないとリーマスは思っていた。

 

(ハリーには沢山の幸福があるが、問題はハリー自身がそれに気付いて受け入れられるかどうかだな……)

 

 パトロナスがハリーの魔術に関する記憶を嫌うのは、ハリーの願う本当の幸せがその中に無いとパトロナスが判断しているからだ。そして、ハリーが本当に楽しいと思える記憶にパトロナスが答えないのは、パトロナスがハリーに改心を促しているからだ。

 

 ハリーの我の強さを反映してか、パトロナス自体もやや我が強い個体となったということだ。ハリー自身が己の在り方を変えるか、あるいは考え方を変えてパトロナスと向き合うか。ハリーとパトロナスとの意地の張り合いはおそらく長期戦になるだろう。しかし、リーマスの任期中に折り合いをつけていくはずだとリーマスは考えていた。

 

 

 リーマスがハリーの様子を観察し、ハリーが魔法を使えるほど回復したことを確認してから杖を取り出す。ハリーの反応は早く、即座に杖を構える。リーマスはその速度に加点したい気分になりながら杖を振り上げたとき、研究室の扉を乱暴にノックする音があった。

 

「ハリー、少し待ってくれないか」

 

「はい、先生」

 

 ハリーに魔法をかける前に、リーマスは来客を出迎える。扉を開けたときに目の前にいたのは、脂ぎった髪に仏頂面を携えた薬学教授だった。

 

「こんばんわ、セブルス。一体どうしたんだ?……生徒が呪いにかかったのか?それとも、例の薬について何か?」

 

 リーマスはセブルスの表情から、良からぬ出来事を想像して言った。

 

「どちらでもない。ルーピン先生に至急確認したいことがある。専門家としての意見を頂きたい」

 

 セブルスはリーマスの意見も聞かず、リーマスの部屋へとつかつかと入ってきた。ハリーが立ち上がりセブルスに挨拶をするが、セブルスは一瞥しただけだ。

 

(流石に露骨すぎるだろう…それとも、ほとんどの生徒にはそんな感じなのか、セブルスは)

 

 リーマスの見るところ、セブルスはスリザリンにおけるお気に入りの生徒とそうでない生徒で対応に差がある。ハリーに対してはその中でも最悪の対応だった。具体的には、他所の寮の生徒と同じ扱いだ。

 

「……数日前、私の書斎に不審なものが届いた。闇の魔術がかけられていると考えられる。君の意見を伺いたくてね」

 

 そしてセブルスは、リーマスとハリーの目の前で、マローダーズマップを起動した。リーマスとハリーは、マローダーズマップがセブルスを愚弄するその瞬間に立ち会わなければならなかった。三人の間に、冷たい沈黙が走った。ハリーは恐怖で口も聞けない。

 

(何の拷問だこれは……?)

 

 リーマスはセブルスから、かつての自分達の歩んだ黒歴史を突きつけられることになった。それは懐かしくも遠い日の記憶である。他人に対して取り繕わず、生の感情をぶつけてもよいと思っていた十代の自分達の残滓。今になって見るには辛いものがあった。

 

 結局、リーマスはハリーの手前、ゾンコの悪戯グッズだと誤魔化して過去の遺物を己の手で管理しなければならなくなった。今でも忘れがたい友の記憶と、今では友ではなくなってしまったかつての友の名残がある地図は、リーマスの手の中で使われる日を待ちわびていた。

 

 




トムくんを闇の帝王だとか言い出したのもマクギリスみたいな人たちだったのかもしれません。
悪意じゃなくてその人なりの善意が歴史を動かしたのだとしたらエモ……
……え?ヴォルデモートは自称?あっそう……


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I need more power!!

 

「マクギリス先輩は、どうして密猟者たちを止めに行ったんですか?大人たちに任せればよかったのに」

 

 ハリーはニフラーの小屋を箒で掃除しているマクギリスにそう問いかけた。マクギリス·カローはハリーの質問には答えず、黙々と箒で隅々まで丁寧に掃除していく。その手際はよく、ハリーは内心で感心しながら自分も箒でニフラーの糞を片付ける。

 

「純血の魔法使いとしてホグワーツを守るのがスリザリンの監督生である私のすべきことだと思ったのだ。……もっとも、心配は杞憂だった。大人たちは私が思っているより、ずっと周到だったのだから」

 

「……」

 

 ハリーはマクギリスの言葉に、密猟者たちが一網打尽にされたときのことを思い返していた。

 箒を握りしめて、ハリーはぽつりと呟く。

 

「でも、弱かった」

 

「君もそうだ、ポッター。全てにおいて、私たちには力が足りなかった……そういうことだ」

 

***

 

 マクギリスが告げたXデーの晩に、ハリーはマクギリスと共に城を抜け出そうとした。密猟者たちを殺害するのではなく、森に棲息する危険度五の魔法生物たちから密猟者たちを守り、森の稀少で温厚な魔法生物を密猟者たちから守るために。

 

 透明マントを持ち出してマクギリスと合流しようとしたところを、アズラエルもハリーへと同行を申し出た。

 

 

「さんざん止めたのに行くんですね」

 

 アズラエルはそう嫌味を言いながらも、自分も協力します、と言ってハリーについてきた。

 

 さらに校内を進み、ホグワーツから森へと通じる入り口へとさしかかったところで、ハーマイオニーとロンもハリーたちと合流した。

 

「これで五人か。密猟者たちと数の上でも互角になった。これなら、確実に彼らを止められる。ありがとう、ハリー」

 

 マクギリスはハーマイオニーたちが同行することに喜びの表情を見せた。ハリーは杖を握りしめて言った。

 

「今はそれよりも先を急ぎましょう」

 

 ハリーはマクギリス、アズラエル、ハーマイオニー、ロンと共に城を出て、禁じられた森に向かおうとしたところをバナナージとルーピン先生に止められた。ルーピン先生の手には、スネイプ教授が渡したマローダーズマップが握られていた。

 

(……!?)

 

 ハリーは己の迂闊さを呪った。マローダーズマップは、城から移動する人間の位置を把握し、個人まで判別することができるものだ。ルーピン先生がそれを理解して使うということは当然予想しておくべきことだった。

 

 ルーピン先生の隣にいたバナナージは殺気だっていた。目の下には隈があり、いつになく苛々している。こうなることを予想していて、それが的中したことで怒りのたがが外れたのかもしれない。

 

「ブルーム、ハーマイオニー、ロン。友達のことが心配なのは分かるが、何でも肯定するのは良くないぞ。時には立ち向かう勇気ってやつも必要だ」

 

 

「一年生の時、ダンブルドア校長はそう仰っただろう?」

 

 バナナージはこれまでになく厳しい口調でハリーたちを諌めた。本気のバナナージを前にして二の句が告げないハリーたちの前に立ち、マクギリスは杖をとって言った。

 

「そこを通して頂きたい、バナナージ、ルーピン先生。なんと言われようとも、私はここから先に進まなければならない」

 

 

 ルーピン先生は感情の色を見せない。バナナージは、ハリーたちを止めるために杖を振り上げた。

 

「それは出来ない相談だ。ここから先は俺たちの出る幕じゃないんだ!」

 

「エクスペリアー」

 

 説得は無理だと判断したハリーは、武装解除魔法でまずはバナナージを無力化しようとした。ここで手間取っていては、密猟者たちが森に押し入ってしまうかもしれないからだ。しかし、ハリーの魔法が成功することはなかった。

 

「ペトリフィカス トタルス(石化)」

 

「エクスペリアームス(武装解除)」

 

「ステューピファイ(失神)」

 

 ハリーは背後から全身を石に変えられ、杖を奪われた。ついでに撃たれた失神魔法の赤い閃光はハリーには当たらず、空中に放たれて消えていった。

 

「すみませんね、ハリー。でも君も悪いんですよ。僕がどれだけ危ないって忠告しても聞いてくれないんですから」

 

 アズラエルの手には、ハリーの柊と不死鳥の羽による杖がしっかりと握られていた。

 

(アズラエル!ロンもハーマイオニーも、最初からそのつもりだったのか!?)

 

「ごめんな、ハリー。でも今回は大人しくしてようぜ。またディメンターが乱入してきたら、俺たちじゃどうしようもないだろ?」

 

「今、石化を解くわ。レベリオ(剥がれろ)。……許してねハリー。今は大人たちが仕事をしているところだもの。彼らの邪魔をしてはいけないわ」

 

 アズラエルもハーマイオニーも、最初からハリーを止めるつもりだったのだろう。バナナージは、もしかしたら二人のどちらかが応援として頼んでいたのかもしれないとハリーは思った。マクギリスとハリーが森に入らずに済むように、ハリーの親友たちは手を尽くしたのだ。

 

 ハーマイオニーによってハリーが石化から解放されたあとハリーが目にしたのは、マクギリスとバナナージとの呪文の応酬だった。

 

「俺が部長にさせられたのは、お前とガエリオを止められるのが俺しかいないからなんですよ!皆、明日の予定だって明後日の予定だってあるんだっ!大人しく寝ろっマクギリス!」

 

「それは怠惰だ、バナナージ!目の前で人が命の危機にあるというのに、それを忘れて眠れと言うのか!いつから君は堕落した!そんな意志薄弱な男だったのか!」

 

「もう少し他人を信じろと言ったんだ!魔法省の役人が来てるんですよ!不確定要素が乱入しても邪魔になるだけなんですよ!それが分からないお前じゃないだろう!」

 

 マクギリスとバナナージの呪文の応酬は無言呪文によるものとなり、より苛烈さを増していく。空気が魔法によって弾け、空間が魔力によって歪む。

 

 だがそんなことよりも。ハリーには優先しなければならないことがあった。ハリーは後ろを振り返ると、アズラエルに食ってかかった。

 

「後ろから撃ったのか!君は!君たちは!……友達なのに!」

 

 

 ハリーの声は震えていた。ロンは少しばつが悪そうに目をそらしたが、アズラエルは怯まなかった。

 

「友達だって言うならぼくの忠告を少しは聞いてくださいね。全く聞き入れられないっていうの、わりとショックなんですよ?」

 

「三人がかりでやるか!?」

 

「それだけ君の実力を買ってたんですよ。僕がエクスペリアームスを外していたら、君の反撃で僕は君を止められませんでしたし、その可能性は高かった。僕はエイムがうまくありませんからね。実際、君を石に変えたハーマイオニーの魔法がなければ止められなかったかもしれない」

 

「どうして止めるんだ!僕なら密猟者くらいはどうとでもなった!セドリックやバジリスクに比べたらならず者なんてなんてことはー」

 

 ハリーは怒っていた。単純に止められたことそのものより、後ろから撃たれるという経験自体が気持ちのいいものではなかった。

 

 

 

 本気で親友たちに嫌味の一つも言いたくなったハリーの肩を、ルーピン先生がぽんと叩いた。

 

「……ハリー」

 

 ルーピン先生の声は穏やかだったが、その目は笑ってはいなかった。

 

「友達は、君にとって都合のいい奴隷ではないよ」

 

 その言葉は、ハリーが放とうとした怒りの気持ちを霧散させた。

 

「ぼ、僕はそんな……都合のいいものだと思ったつもりはありません。……ただ、そんなにも僕は弱く見えるのかって」

 

 

「ブルームもハーマイオニーもロナルドも、君を止めるために勇気を出さなければならなかった。彼らだって気持ちのいいことではなかった。そうまでして君の怒りを買ってでも、君に安全でいて欲しかったんだ」

 

 ルーピン先生は、穏やかな声で諭すようにハリーに語りかけた。その時、マクギリスがバナナージの浮遊魔法によってハリーの横に運ばれてきた。

 

「よくやった、バナナージ」

 

「強かったですよ、マクギリスは」

 

 よく見るとバナナージのローブは所々が裂けており、バナナージの顔も泥と草木にまみれていた。マクギリスとの激闘で相当に消耗したのか、バナナージは荒い息を吐いていた。

 

「ハリー。そして、マクギリス」

 

 ルーピン先生はマクギリスにかけられた石化魔法を無言呪文で解除すると、二人を自分の正面に立たせた。ハリーはルーピン先生を見上げる形になりながら、ルーピン先生の言葉を待った。

 

「君たちの義憤や善意が間違いだと言うつもりはない。人命を尊重し、ホグワーツを守りたいという気持ちは素晴らしいものだ。そのために戦力が必要という考えも間違ってはいない」

 

 ルーピン先生の目は全く笑っていなかった。

 

「……だが、君たちはまだ子供だ」

 

「ですが先生。それを言い訳にしていてはー」

 

「マクギリス。君の使命は純血主義の保護と、家の存続だと私に言ったな。ならば君は、両親から受け継いだ君自身の命を他の何より優先して守る必要がある筈だ」

 

「……この先には、二十人を超えた密猟者たちが潜んでいる」

 

 ルーピン教授は、マローダーズマップを確認して呟いた。

 

「いま、魔法生物規制管理部のディゴリー氏や闇魔術品取締局のブラック氏やハグリッドが密猟者たちを捕らえたところだ。君たちの出る幕はない」

 

 マクギリスはぐうの音も出ないほどに、打ちのめされた。純血主義を持ち出されて止められるというのは、純血主義者のマクギリスにとって何よりも耐え難い経験の筈だった。

 

「ハリー。君もだ。君の命は、ハリーの両親が命を懸けて守り抜いたものだ。そして今も、君のことを大切に思っている人間が確かにいる。決して無闇に投げ出していいものではない」

 

 誰も、何も言えなかった。重たい沈黙が場を支配した。普段温厚で人当たりのよい人が見せる本気の叱責ほど、恐ろしいものはない。ましてやそれが故人を理由にしたものとなれば尚更だ。

 

 ルーピン先生はハリーたちに対して減点も加点もしなかった。それぞれの行動を褒めた上で、ハリーとマクギリスに対して罰則を言い渡した。

 

「ハグリッドの小屋に行って半日掃除すること。それが君たちへの罰とする。……今日はもう遅い。寮の部屋に戻って休みなさい」

 

 ハリーは最低な気持ちで、ルーピン先生に促されるままとぼとぼと帰路についた。談話室への入り口で『マーリン勲章』という合言葉を唱えたとき、ハリーはアズラエルに謝った。

 

「……ごめん、アズラエル。僕が間違っていた」

 

 アズラエルは何も言わず、ただ、ハリーに杖を返した。その瞳は優しげだが厳しく、ハリーはアズラエルの姿がルーピン先生に重なって見えた。

 

***

 

 ハリーとマクギリスは、ルーピン先生の計らいによって罰則を受けることになった。それがハグリッドの飼う魔法生物の小屋を魔法なしで掃除することで、小屋は魔法によって拡張されているのでなかなかの手間だった。

 

「こうしとると、昔のことを思い出すじゃろう、マクギリス」

 

 ハグリッドは綺麗になった小屋を見て罰則は終わりだと告げると、ハリーとマクギリスに紅茶を淹れてくれた。

 

「ええ。ずいぶんと昔のように感じます。一年生のとき、ジュリスと共に罰則を言い渡されました」

 

「僕も罰則でここに来ました。そのときは森の中に入りましたけど」

 

 ハリーはマクギリスをフォローするつもりでそう言った。マクギリスは軽く笑って言った。

 

「二年前の話か。よく無事だったものだ」

 

「ハグリッドやフィレンツェが助けてくれましたから」

 

 ハリーは二年前、森の中でクィレル教授(と教授に取り憑いたヴォルデモート)と対峙した。その時助けに入ってくれたのがフィレンツェであり、ハグリッドだった。

 

「今回もハグリッドは活躍したってシリウスの手紙で知りました。何人もの呪文を跳ね返したって」

 

「んー?ああ、連中の大半は大した魔法を知らんかった。ちょっと面が悪いだけのチンピラじゃったからなあ。腕が立ったのはリーダーを含めた二、三人だ。だが、魔法省の役人たちは凄かったぞ。シリウスもだ」

 

「そうなんですか?」

 

 ハリーは意外な気持ちでハグリッドの言葉を聞いた。シリウスは自分の活躍はほとんどなく、敵の九割はハグリッドが一人で取り押さえたと手紙で書いたのだ。

 

「俺には高度な魔法は分からんからな。連中の一人が蝙蝠の呪文を撃って、その蝙蝠に紛れて逃げたことに気がつかんかった。非合法のアニメーガスがおったんだ」

 

「アニメーガス……杖なしで動物の姿になれるという……」

 

「だがシリウスは違ったぞ、ハリー。アニメーガスの変身だと気付いたシリウスは、闇の魔術が使える腕利きを倒したあと、部下のやつと二人で蝙蝠を追い込んで捕まえた。まるでクィディッチみてえだったなあ。それこそ昔の……ジェームズと居るときみてえだった」

 

「……そうなんだ」

 

 ハリーは曖昧に笑って言った。

 

(それなら、僕もシリウスと一緒に密猟者を捕まえられたらよかったのに。その方がシリウスだって喜んでくれただろうに)

 

 と少しだけハリーは思った。すぐに、いても現場を混乱させただけだと思い直したが。

 

「それだけの局員が動いていたということは、やはり大人たちは事態を認識していたのですね」

 

 マクギリスは冷静にそう言った。確かにとハリーも思った。部署が違うにもかかわらず連携するということは、魔法省も前々から密猟者たちを危険視していて、現行犯で逮捕できるよう準備を整えていたと言うことなのだろう。

 

 実際、その判断は大当たりだった。ホグワーツの敷地内では原則としてテレポートは出来ないからだ。密猟者たちは、そこが死地とも知らずに森に足を踏み入れ、逃げることもできず捕まえられたのである。ルーピン先生のマローダーズマップのお陰で取り零しもない。まさに魔法省の完全勝利だった。

 

「マクギリス。お前さんのたれ込みがあったお陰で裏も取れたし、ダンブルドアもわしを配置することができた。事前にアラゴグやフィレンツェに話を通しておけたのはお前さんのお陰だぞ。そうでなければ、魔法省の役人にも被害が出たかもしれん」

 

「そういうものですか?」

 

 疑問視する二人に対して、ハグリッドはああ、と頷いた。

 

「人を動かすのは簡単なことじゃねえし、知性のある魔法生物なら尚更だ。一秒でも早く避難できて、ケンタウロスの連中はお前さんに感謝しとる」

 

 マクギリスの顔に、はじめて生気が戻った気がした。

 

「それにな。魔法省の役人どももケンタウロスも、どっちもプライドが高いから、かち合ったら余計なことを言って喧嘩になりかねん」

 

 ハグリッドのジョークにハリーは吹き出した。それを見てマクギリスもつられて笑った。ハグリッドは二人の顔に生気が戻ったことを確認すると、よし、と言った。

 

「そんじゃあ行くぞ、マクギリス、ハリー。ルーピン先生からお前さんたちを聖域に通すように言われとるからな」

 

「聖域?ハグリッド、一体どういうこと?」

 

「ハリー、聖域とは今回密猟者たちが訪れる筈だった場所だ。あそこには……」

 

「ああ。聖石と、古代魔法が祀られとる。わしは入り口の部屋にしか入れんかったが、お前さんたちなら入れるかもしれん」




ハリーには某海賊漫画の某最強生物さんの言葉をひとつ。
「人間は裏切るぞ。友情は上っ面!!人は力で支配しろ!」

ジェームズとシリウスは力(人気も含む)があったのでルーピンは裏切ってでも止めるという選択肢が取れなかった。ハリーは力がなかったので止められた。そう考えると弱いことも悪いことではありませんね。


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聖域の試験

ルーピン先生の意図はいかに……?


 

「ほれほれ、ファング。散歩の時間だ」

 

「グルルルルル……!!」

 

「ファングが怯えているね。大丈夫なの、ハグリッド?」

 

「ファングはいつもこんな感じじゃ。怖がるのは健康な証拠じゃな。ほれ、もう元気じゃろう、ファング?」

 

 ファングはとても臆病な犬だが、臆病なだけではない。ハグリッドの散歩という言葉に反応して尻尾を振りながら森を進む様には、どこか慣れたような雰囲気があった。

 

「森にはアクロマンチュラやケンタウロスの一族が張った罠もある。怯えるのは当然と言えるでしょう。動物虐待のような気もしますが」

 

 マクギリスはそう言ったものの、ファングを連れ出すことに異論はないようだった。禁じられた森の危険度を考えて、犬の安全より自分達の身の安全を優先した結果である。

 

 恐怖でガタガタと震えながらファングが先行する。ファングの優れた嗅覚は、森の中で不意に魔法生物と遭遇する可能性を減らしてくれる。ハリーはマクギリスに後ろを任せてハグリッドの後ろに続いた。ハリーのローブに刻まれた警戒のルーンに反応はなく、禁じられた森に一定の秩序がもたらされていることがわかる。ハリーには物思いにふける余裕すらあった。

 

(どうしてルーピン先生は、この罰則を僕たちに与えたんだろう……)

 

 聖域、つまり伝説の古代魔法に関するなにかと、伝説の聖石が祀られた場所。そこを訪れて禁じられた森の中を探索できる機会を、なぜルーピン先生がハリーたちに与えるのか、ハリーには分からなかった。

 

(……もしかして、僕たちが聖域を探索すると思ったのかな……?)

 

 ハリーの中で思い付く可能性は、ルーピン先生がハリーたちを信用せず、ハリーたちが聖域に押し入ると思ったから、だった。ハリーやマクギリスが名誉欲から森に入り、目の届かないところで死ぬ前に先手を打って聖域を見せる、ということなのだろうか。

 

 聖域までの道のりは通常の森の道ではなく、魔法によって草木で覆われ、そうとは分からなくなっていた。聖域までのルートを知るハグリッドがその巨体と杖で草木をかぎ分けてくれるお陰でハリーたちは苦もなく進めていたものの、そうでなければどうしようもなかっただろう。

 

 

 考え事をしていたせいで、小枝に足を取られかけた。倒れそうになったハリーを、マクギリスが魔法で浮かせる。

 

「レヴィオーソ(浮け)!気を付けたまえ、ハリー。森での油断は死を招く」

 

「ありがとうございます、マクギリス先輩」

 

 ハリーは少し恥ずかしい思いをしながらマクギリスに礼を言い、再びハグリッドの後を歩いた。道中には、鋭利な鉤爪で引っ掻いたような後が木々に残されていた。

 

「これは……何かの目印ですか?」

 

「まさかアクロマンチュラの生息地!?」

 

 焦り出すマクギリスに対して、ハグリッドは朗らかに笑った。

 

「落ち着け。こいつは熊の縄張りを示すもんだ」

「なんだ、そうですか……」

 

 ほっと胸を撫で下ろしたマクギリスに対して、ハリーは頭に疑問符を浮かべた。

 

「熊?それはおかしいよハグリッド。イギリスに熊はいない筈だ。……それとも、禁じられた森にはいたの?」

 

 

 

「ああ。わしが森番になるずっとずっと前にはな。この森にも熊がおった。生存競争に負けてもうおらんようになったがの。熊は自分の縄張りにこういう印をつけることはあるんじゃ」

 

 ハグリッドは杖で二回その鉤爪の跡を叩いた。すると、鉤爪の跡が剥がれ、中から青白い光と共にハリーの額の傷と同じ形のルーン(完全のルーンが浮かび上がった。青白い光は、ハグリッドの手に持っていたハンカチに刻まれた。

 

「お、おお……!!」

 

「何と、そんな仕掛けが……!」

 

 驚いて目を見張るハリーとマクギリスに、ハグリッドはにっこりと笑って言った。

 

「これが聖域への鍵じゃ。よーく覚えとくんじゃぞ。鍵は一度使ったら鍵になるルーンも変わるんじゃ」

 

「……ルーン文字を習わなかったことを、これほど後悔したことはありません」

 

 そう言うマクギリスに、ハグリッドはパンパンと慰めるように肩を叩いた。

 

「なーに、わしも習っとらん。習う前に退学になったからな!!ルーン文字を使うことなんてそうそうねえから、そう気を落とすな、マクギリス!さぁ進むぞ!」

 

 ハリーはハグリッドの先導に従って進みながらも、これから待ち受ける聖域の神秘を想像して胸を踊らせていた。

 

(ルーン文字!やっぱり、どんな知識でも活かすことはできるんだな……!)

 

 ルーン文字は、ホグワーツにおいて必修の知識ではない。ハリーにとっては便利ではあるが、杖一本で思いどおりにことを進める現代の魔法使いにとってはマイナーな分野なのだ。しかし、それは逆に言えば、どれだけ優秀な魔法使いでもその科目を選択しなかったために知らないこともあり得る知識ということだ。

 

 古代の人たちがなぜルーン文字をセキュリティに選んだのかを想像しながら、ハリーはわくわくする気持ちを抑えられなかった。賢者の石を守るために、石の守りを突破したときのことをハリーは思い出した。

 

(どんな罠が……いや、どんなものが待ち受けているんだろう)

 

 ハリーは友達と来れないことを残念に思いながら、逸る気持ちを抑えてハグリッドの後に続いた。その足取りは軽く、ハリーの目は期待で輝いていた。

 

 

***

 

 森の中を進んでいくと、一際大きなオークの木が見えてきた。ハグリッドですら比較にならないほどの巨木は、重ねた年月の分だけその太さを増し、陽光を浴びるべく上へと伸び、別れた枝は蛇のように絡み合っていた。

 

「さて、ここだ。よーく見とくんだぞ」

 

「ハグリッド先生。もしやこれが……?」

 

 マクギリスの言葉に意味深な笑みを浮かべて、ハグリッドはルーンが刻まれたハンカチを取り出すと、オークの幹にハンカチをそっと当てた。

 

「……!!」

 

 その瞬間、ハリーは呼吸も忘れていた。ハンカチに刻まれたルーンが青く輝き、オークの幹を引き裂いていく。ハリーはふわりと体が浮かび上がるような感覚に陥った。

 

「うぉっ!?」

 

「レヴィオーソ!」

 

 急な浮遊感覚にマクギリスが耐えきれずに体勢を崩しそうになる。ハリーはレヴィオーソでマクギリスを浮かせると、マクギリスの姿勢は安定した。

 

「……見事だよハリー。ここでは先輩風を吹かすつもりだったのだが、その必要は無さそうだ」

 

「いえ、マクギリス先輩が居られるだけで心強いです」

 

 ハリーとマクギリスがそんなやり取りをしているうちに、ハリーたちを襲った浮遊感は途切れた。ぐるぐると回り続ける視界が安定したときには、ハリーとマクギリス、ハグリッドとファングは大理石で覆われた荘厳な雰囲気のある部屋のなかにいた。

 

「よーし。ここが聖域の中だ。ハリー、マクギリス。お前さんたち、こっから先に進む勇気はあるか?」

 

 

「愚問ですね。我々がグリフィンドール以上の勇敢さを持つということをここで証明してみせましょう。そうだな、ハリー?」

 

「行きます。でも、ちょっと待ってください。……パピリオ エクジ(蝶よ出ろ)」

 

 ハリーは身体にくっついていた木の枝を手に取り、枝に向けて杖を向けた。ハリーの杖から青色の光が灯り、コンジュレーションによって枝は青い羽根を持つ蝶へと変化していく。

 

「なるほど偵察か。良い判断だ、ハリー。ファングの鼻があるとはいえ気を付けるに越したことあるまい」

 

「デザインについてはご容赦ください。戻ってくればよし、戻らなければ、何かの罠や魔法によって消滅したということです。少し待ってくれますか?」

 

「おお……ハリーは随分と慎重じゃのう」

 

 ハグリッドは微笑んでいる。ハグリッドにとって問題ない罠であったとしても、ハリーやマクギリスにとって安全かどうかは全く別の話だからだ。

 

 

 

 ハリーが魔法で生み出した蝶は、一年祭の時とはくらべのもにならないほど早く、そして音をたてずに遠くまで飛べる。一分と立たずに、蝶はハリーのもとまで帰ってきた。

 

「……トラップはなさそうです」

 

 ハリーがそう言うと、マクギリスも慎重に言った。

 

「まだ分からない。こういった建築物では落とし穴や、人体にだけ発動する類いの魔法が多いのだ。私も直接経験するのはこれが最初だがね」

 

 

「最後にならないよう、気をつけて進みましょう。ファング、力を貸してくれるかい?」

 

 ファングはハリーのお願いに対してどうしたものかと目を泳がせていた。ハリーやマクギリスがどれだけ頼もうと、一歩も動きそうにない。

 

(ああ、やっぱり僕は犬は嫌いだ。マージ叔母さんやパンジーを思い出す。犬ってやつは半端に賢いから、主人の言うこと以外聞きやしない……!)

 

 

 

 結局、主人であるハグリッドが、頑張れ、頑張ったら骨付き肉をやるぞ、と言ってようやくファングはやる気を出して前に進み始めた。

 

 ファングの鼻は、結論から言うとよく仕事をしてくれた。聖域を進むハリーたちは、大理石のしっかりとした感触を確かめながらこつこつと音を響かせて前に進む。その過程でハリーたち以外の人間、つまり魔法使いがなにかを仕掛けていれば、ファングは躊躇なく吠えてハリーたちに行く先に何かがあると警告してくれた。

 

 

 ハリーが聖域で最初に遭遇したのは、奇妙な物体だった。子供の落書きのような、不自然な顔が張り付いた何か。顔のようなものが張り付いているのに不揃いで、目が飛び出ていて、苦悶の表情を浮かべているように見える何かたちが、ハリーたちの行く手を阻むように漂っている。ゴーストのように聖域内を漂うそれらは、ゴーストの数倍は不快で陰鬱とした魔力を漂わせている。

 

 ハリーはそれらを確認すると杖を手に取った。とにかく見ていて不愉快極まりない物体な上に、なにやら不審な魔力の気配を感じるのだ。物体からこちらを攻撃する気配はないが、石化魔法で停止させるなり、インセンディオで焼き払うなりして無力化しておきたかった。

 

「待ちたまえ、ハリー」

 

 が、マクギリスは手を添えてハリーの杖を下げさせた。

 

「あれに魔法での攻撃をするのはよくない。あれは……私の推測が正しければ、攻撃系統の魔法をきっかけに発動する罠だ。……間違っても攻撃してはならないと確信を持って言える。あれは、実体化した絵画なのだ」

 

 ハグリッドはほうほうと興味深そうにマクギリスの話を聞いた。ハリーはマクギリスが、あれの正体を知っているのかと尋ねた。

 

「そういう種類の罠があるとはロンから聞いたことはあります……けど、絵画ですか?」

 

 ハリーは意外な魔法に驚いた。マクギリスによると、マグルの芸術作品にインスピレーションを感じた魔法族の絵師が、自分でそのレプリカを作って魔法をかけるということはままあるのだという。

 

「絵画の知名度や技法、描かれた時代や背景。そういったものに魔法族と共通する価値を見出だした奇特な人間が、マグルのことを理解するためにマグルの絵を模倣する。……だがね。魔法族の絵は……動くのだ」

 

 ハリーに言って聞かせるマクギリスの声はだんだんと陰鬱になっていった。

 

「君はこの絵の元になった作品を知っているかい?知らない?そうか。それも無理はない。マグル学の六年生で習う知識だからな。これはピカソというマグルの絵師が書いた絵画なのだよ。ゲルニカ……と、言うらしい」

 

「おー、戦争の被害にあった都市を描いたっちゅう、あの……うーむ、本物のほうが迫力があるのう。下手くそすぎて分からんかったわい」

 

 ハリーは知らなかったものの、ハグリッドはさすがにピカソのことを知っていた。ハグリッドは、魔法使いの絵師が書いたゲルニカを酷評した。

 

「動く絵というのはマグルの価値観でいえば、不粋らしいですね。私に言わせれば動かない絵というものはあまり興味をそそられないのですが」

 

「いんや、本物に比べたら細部が下手くそじゃ。動くとかそれ以前の問題だな」

 

 ゲルニカの元絵を知っているハグリッドとマクギリスが議論しそうになったので、ハリーはあわてて声を張り上げた。

 

「絵画?僕の目には、頭のおかしな子供が作った駄作に見えますけど。そんなに攻撃するのがいけないんですか?」

 

 

 ハリーには絵心や、芸術を理解する高尚な心はない。ピカソがゲルニカに込めた思いなど、ハリーの知ったことではなかった。

 

「うむ。『戦争』をモチーフにした絵画なのだ。下手に刺激すれば、『戦争』を再現して襲いかかってくるかもしれない。そんな事態は避けたい」

 

 

 

「どうすればいいのか、心当たりがあるんですか??」

 

「あの扉の横に、巨大な額縁が見えるだろう。絵画をあそこにあてはめていけばよいのだ」

 

 ハリーはプロテゴを周囲に展開しながら、ゲルニカの劣化した模造品たちの先を見ようとした。不快な絵はハリーたちの周囲を漂い道を塞いでいて、奥に見える扉は固く閉ざされている。扉の横には、大きく広がったなにもない額縁が壁一面に堂々と広がっていた。

 

「私はゲルニカの絵を記憶している。少し難しいが、パズルのように一つ一つの怪物たちを当てはめていくのだ。間違っても破壊などしてはならないし、攻撃してもいけないぞ、ハリー!どんな災いが降りかかるか分かったものではない」

 

「分かりました。お願いします、マクギリス先輩」

 

 ハリーはマクギリスの指示に従った。マクギリスはぶつぶつと己の記憶を取り出し、記憶と照らし合わせてパズルを完成させるという荒業を用いた。

 

「メモリエイト ゲルニカ(ゲルニカの記憶よ 浮かび上がれ!)!」

 

 五年生を超え、六年生になった生徒は、呪文学やDADAでオブリビエイト(忘却)やその反対呪文となるメモリエイト(記憶)など、記憶に関する魔法も学んでいく。マクギリスはどうやら真面目に授業を受けていたようで、ゲルニカという元絵を再現するべく、己の記憶を掬い上げることに成功した。

 

「私は確かにゲルニカの絵を見た……見たということは、脳はそれを確かに記憶しているのだ。自分の認識でそれを引き出せないならば、記憶そのものを確認するのが最も手っ取り早い」

 

「ここまでくれば、あとは呪文を使わずに手で怪物たちを額縁に押し込めばいい。魔法で刺激さえしなければ、絵は攻撃しないはずだ」

 

 ハリーはマクギリスの言葉に従って、手で怪物たちを額縁につれていった。怪物たちは絵であるにも関わらず、質量まで再現したらしく、ハリーの力では持ち上げられないものも中にはあった。マクギリスでもどうしようもない、馬の成り損ないのような怪物を運ぶとき、ハグリッドが手助けをしてくれた。質量だけでハリーを吹き飛ばしかねなかった馬の怪物も、ハグリッドにとっては大した脅威ではないようで、ハグリッドは怪物のタックルを笑って受けながら、杖すら使わずにひょいひょいと怪物たちをつまみ上げている。

 

「お見事です、ハグリッド先生」

 

「俺が先生と言われるのは慣れんな!」

 

 ハグリッドの手でゲルニカの元絵が再現されたとき、ハリーが抱いた感想は、やはり悪趣味で不快な落書きだった。いつの間にか、閉じていた扉は開放され、ハリーたちを次の部屋へと導いていた。

 

「じゃあ行こうか。ふふ、次はどんな試練が待ち構えているのだろうね?」

 

 そして意気揚々と次の部屋へとたどり着いたハリーたちは、そこでまた閉じた青い扉に遭遇した。扉の横には古代ルーン文字で数行記されている。ハリーは一部の文字がかすれていて判別できないことに苛立ったが、文脈から内容を理解した。

 

 内容を理解したハリーは、お宝を前にしてお預けをくらった気分になった。今のハリーにとって、絶望的内容がそこにあったからだ。

 

「ふむ……なんと読むのかな、ハリー」

 

「『あなたが正しき心と、……幸福……?を持っていて、迷いがないならば、この扉の前でそれを示せ』『完全なパトロナスを』だそうです」

 

「……ふむ。君はパトロナスの訓練をしていたのだったね、ハリー」

 

「ええ。ですが僕はパトロナスが使えません」

 

 ハリーは悔しさを滲ませながらそう言った。パズルを突破した後の高揚感は消え失せていた。

 

「そう落ち込むことはねぇぞハリー。パトロナスはわしも使えん!」

 

「無論、私もだ。……しかし、ここまで来て挑まずにいられようか」

 

 マクギリスは深く深呼吸すると、青い扉の前に立ち、深く深呼吸して杖を振り上げ、おろす。

 

「エクスペクト パトローナム(パトロナス召喚)!!」

 

 ハリーとハグリッドは、おお、と息を飲んだ。マクギリスの杖から、銀色に輝く霧が立ち込めた。ハリーの邪悪な靄とは異なる、パトロナスの輝きがあった。

 

 マクギリスの杖から飛び出した霞に反応して、青い扉も銀色に輝く。ハリーはいける、と思った。しかし、徐々にマクギリスの杖かの魔力は弱まっていく。

 

「むぅ……!!」

 

「エクスペクト パトローナム(パトロナス召喚)!!」

 

 ハグリッドが自分もと杖を振り上げてマクギリスを援護する。ハグリッドの杖からも、銀色の霧が輝いた。

 

 それから数分、青い扉は光り輝いていた。しかし、扉は開かない。

 

(実体じゃないからか……!)

 

 マクギリスが魔力を使い果たし、ハグリッドが息切れすると、青い扉は輝きを失い、どうやっても開かなかった。この日、ハリーとマクギリスは与えられたチャンスをものにできなかった。マクギリスはもう一度挑戦したものの実体化させることができず、そしてハリーは、己の闇を知られることを恐れ、挑戦すらできなかったのである。





ルーピン先生「真面目にパトロナスを覚えてもらうために」
ダンブルドア校長「うむ」
ルーピン先生「報酬で釣ります」
ダンブルドア校長「……えっ……まぁ、うん」


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血の呪い

そういえばホグワーツには美術や音楽の科目はないんですね。
……たぶんクラブや塾で頑張ってるんでしょうね。


 

「……で、禁じられた森に入ったって言うんですか」

 

 寮の部屋で、アズラエルのじっとりとした視線がハリーに突き刺さった。呆れてものも言えないというアズラエルに対して、ハリーが何か言う前にザビニが場を取り持った。

 

「ルーピン先生の罰則だったんだ。仕方ねーよ。……だよな、ハリー?」

 

 ザビニからの圧力を感じてハリーは頷いた。アズラエルは腕を組みながら、マクギリスは大丈夫だったのかとハリーに聞いた。

 

「カロー先輩が何か干渉してきませんでしたか?自分の派閥の会合に出席しろとか」

 

「そういうのは無かったよ。ただ、伝説のitemが手に入るかもしれないってかなり気合いを入れていたかな」

 

「……うわぁ。ろくでもないことになりそうな気配がしますね!絶対に何かをしでかしますよ、マクギリスは!!」

 

 アズラエルの中に刻まれた純血主義者への嫌悪感は凄まじいものがあった。アズラエルはマクギリスのことを全く信用していないようで、接触を絶つべきだと主張した。

 

「マクギリスはマーセナスじゃないんだから気にしすぎじゃない?」

 

「アズラエルよぉ、あの人も同じスリザリン生だろ?そんなに目くじら立てるなって。監督生ってことはダンブルドアが選んだ奴なんだ」

 

 ハリーとザビニはアズラエルの考えすぎだと言った。ムッとしかけたアズラエルを遮るように、それまで黙ってアスクレピオスに『高級ハツカ鼠』の餌をあげていたファルカスが口を開いた。

 

 

「ううん…ぼくはアズラエルが正しいと思うなぁ。あの人と関わってもろくなことにならなさそうだし…」

 

 ここでファルカスはアズラエルの側についた。

 

『そうだそうだ。金髪の坊主たちのいう通りだ。信用できないやつとは距離を置いてとぐろを巻く。それが生き延びるコツだぞ、ハリー』

 

 ついでにアスクレピオスもアズラエルについた。アズラエルはアスクレピオスの声は聞こえなかったので、ファルカスに対してだけ感謝の言葉を告げた。

 

 

「掩護射撃ありがとうファルカス。僕の親友はファルカスだけですよ」

 

『アスク、君は友達じゃないってさ』

 

 ハリーは蛇語でしゅうしゅうと音を立てて言った。アズラエルもファルカスもザビニも驚いた。その驚きようがおかしくて、ハリーは意地悪く笑った。

 

「いきなり蛇語なんてやめてくださいよ。どうしたんです?」

 

『俺の言葉が聞こえてないなら翻訳して伝えてくれ』

 

 しゅうしゅうという音が部屋に響く。ハリーはにやにやと笑いながら言った。

 

「ごめんごめん。アスクレピオスも君に賛成だってさ。…三対二だ。君の言葉に従うよアズラエル。マクギリス先輩とは距離を置く」

 

「そ、そうですか……?いや、まぁ分かってくれたのならいいんですけど……」

 

 アズラエルはほっと胸を撫で下ろした。ハリーは話題を変えようと思い、聖域で見た絵について三人と一匹に話した。

 

「へぇ、絵をトラップにするなんて面白いですね」

 

「子供の落書きみたいな絵だと思ったけどね。マグルの絵画のゲルニカをモチーフにしていたらしいよ」

 

「……ふーん、やるじゃん」

 

「あのピカソの絵をですか!?いやぁ、面白い試みですね」

 

 流石というべきか、ザビニとアズラエルはピカソやゲルニカについても知っていた。両親ともに魔法使いのファルカスは首をかしげていたことに、ハリーは内心で少し安心した。

 

 ハリーはさらに、奥の部屋にあった課題についても話した。

 

「……その奥にも部屋があったんだけど、突破は出来なかった。完全なエクスペクト パトローナム(パトロナス召喚)ができないと、奥の部屋には入れない。マクギリス先輩も無理だったよ」

 

「マジか!?それが進む条件なのか!?」

 

「それは……随分とピンポイントな課題ですね」

 

「何でそんな条件にしたんだろうね、聖域の主は」

 

 ハリーが苦笑しながら問いかけると、四人で暫くあれこれと推測しあった。一番もっともらしい意見だったのは、ファルカスのものだった。

 

「エクスペクト パトローナムって、光側の魔法使いじゃないと出せない魔法だよね。泥棒とか闇の魔法使いを弾くにはうってつけじゃないかな?」

 

「……それもそうか」

 

「ハリーはまだ出せなかったんですか?」

 

「……うん。無理だった」

 

 正確には、ハリーは挑戦さえしていない。ハグリッドやマクギリスの前で、自分が推定で闇の魔法使いであることなど明かしたくはなかった。

 

「それなら、誰が一番早く有体のパトロナスを出すかで賭けをしねえか?」

 

「ザビニ。まさか聖域に行こうなんて考えてないですよね?」

 

「俺は森に足を踏み入れるほど命知らずじゃねーよ」

 

「へー」

 

「これ以上に信じてねえ返事はねえな!」

 

 ザビニの言葉に対してアズラエルは懐疑的だったが、ファルカスは乗り気になった。

 

「僕もそろそろステューピファイをマスターしたし、覚えてみようかな、パトロナスを。アズラエルもルーピン先生に教えて貰おうよ。どうせなら競争しよう」

 

「うーん、君にそう言われたら断れませんねえ。ハーマイオニーも誘ってみますか」

 

 四人組のなかで一人だけ挑戦しない、という状況にアズラエルは耐えられなかったのか、自分も挑戦すると約束した。ハリーの額の傷がずきりと痛んだ。

 

(……もし、皆が出来て僕だけが出来なかったら……)

 

 ハリーは内心の不安を圧し殺すように、アズラエルに話題をふった。

 

「……そうだね。いいと思うよ。後は、いい感じの幸せ探しが必要かな。パトロナスを出すには明確な幸福の体験が必要だってルーピン先生も言ってたし」

 

「幸せですか。君くらい色々と成し遂げても出来ないのはかなりハードルが高いですねえ……」

 

「待てよ。そんなに凄い経験じゃなくてもいいんだぜ。俺はクラブでの練習のあとの紅茶の記憶で出したしな。……幽体だけど」

 

「自分にとって幸福な記憶であることが重要なんですねえ」

 

 ザビニのアドバイスを聞きながら、ハリーはファルカスの方をチラリと見た。少し痩せた金髪の少年は、興味深そうにザビニの話を聞いている。

 

(……いや、待てよ。そういえばファルカスは、僕と同じで闇の魔術に興味があったような……)

 

 ハリーの胸中に、ファルカスへの心配が沸き上がってくる。闇の魔術に関する記憶は、おそらくはパトロナスにとっては害あるものだとハリーは学んでいた。

 

(ファルカスが僕と同じ失敗をするとも思えないけど……一応それとなく伝えておこうかな……)

 

「暴力に関する記憶とかもなるべく避けた方がいいのかもしれないね。心の底から幸せになれるものじゃないと、幽体にも有体にもならないと思う」

 

「参考にするよ」

 

「彼女とキスした記憶でもいいんだぜ。ほ―ら、愛しのミリセントと……」

 

 ザビニはにやにやと笑った。

 

「ちょっと……何を言ってるんですか!?」

 

 アズラエルは顔を赤くした。ハリーは笑いながら、アズラエルに尋ねた。

 

「……ぼくも新しい幸せを見つけようかな。そういえば、絵画を展示してる美術館とかはホクズミードにはなかったかな?」

 

「絵画ですか?どうしてまた急に?君はクィディッチと決闘が趣味でしょう?」

 

「……クィディッチは一旦小休止だよ。実は、聖域で珍しいマグルの絵を見たんだ。だけど、その絵の価値がよくわからなくてね。ぼくは芸術……というか、教養方面は全然足りてないみたいだから、色んな絵を見て見識を深めておきたいと思って。そういう記憶も、パトロナスの足しになるかもしれないし」

 

「うーん、そうかなあ?」

 

「絵よりも体を動かす方が楽しいだろ普通」

 

 ファルカスは首をかしげ、ザビニは無駄なことをと言ったが、アズラエルは文化的な活動にも理解を示した。

 

「それはいい考えですね。ホグズミードには小さいですが美術館もありますよ。この間、ミリセントと行ってきました。……マグルの絵画はありませんでしたけどね」

 

「それならそれでいいよ」

 

 ハリーは内心で少し安心している自分に気がついた。魔法世界の絵画なら退屈することはないだろうと思ったからだ。

 

「ミス グリーングラスを誘ってみたらどうですか?」

 

「……どうだろう。彼女なら、魔法使いの絵画は色々と知ってそうだけど」

 

 ハリーはダフネについて考えた。ダフネは魔法族のローブを身に付けてくるほどに魔女らしい魔女で、ハリーがダフネから聞いたところによるとインドア派でもある。ハリーは、ダフネが既に美術館を訪れているのではないかと思った。

 

「新鮮さがなくて退屈するんじゃないかな?」

 

「ハリーお前、そこは自分のトークで場を盛り上げろよ」

 

 ザビニのもっともらしい突っ込みがハリーに炸裂した。

 

「ま、気分転換になるじゃないですか。美術館は大声での会話は禁止ですから大丈夫ですよ、きっと」

 

 ハリーと違ってダフネならば魔法使いの絵画には詳しいだろう。それなりに歴史のある家柄は、幼少期から魔法使いの教養を教え込まれるものらしいからだ。シリウスと共に見た屋敷にも、魔法使いの長い歴史を思わせる書類は数多くあったし、よく見れば絵画もあったかもしれなかった。ダフネの家もそうだろう。

 

「まぁ、断られると思うけどダメ元で誘ってみるよ」

 

 ハリーは週末に友達と遊ぶつもりで、ダフネを誘ってみることにした。

 

 

***

 

 

 次の日、魔法薬学の授業を終えたハリーはダフネに誘いをかけてみた。ダフネは大鍋にこびりついた薬品を取るのに苦戦していた。

 

「やぁ、ダフネ。片付けるのを手伝おうか?」

 

「いいえ、これくらいは自分で出来るわ……エバネスコ(消失!!)……何の用なの、ポッター?」

 

 ダフネは薬品を消失させようとするが、あまりうまくはいっていないようだった。変身呪文の応用で物体を任意の場所へと送る消失呪文を成功させるためには、物体の物性を理解しておかなければならない。調合に失敗し性質が変わった魔法薬を完璧に消失させるのは難しい筈だった。

 

 

「今週末何か予定はあるかなって思って」

 

「私は特にないけれど。どうしたのポッター?」

 

 

 ダフネの側でパンジーが好奇心の塊のような視線をハリーに向けるのを無視して、ハリーは言った。

 

「ちょっと暇潰しに美術館に行こうと思ったんだけど、アズラエルたちに別用があるみたいなんだ。それで、よかったらだけど一緒に見てみない?」

 

「その美術館の展示内容によるわね。チケットを見せてもらえる?」

 

 ハリーはアズラエルから受け取ったチラシをダフネに渡した。そのチラシは一見すると一枚だが、手に持って見ると美術品の製作者宣伝が何ページにも渡って続く。指でページの形をした部分にふれると、次の内容を確認することが出来る。魔法界ならではの凝った造りになっていた。

 

「…………若手のピクトマンサーばかり。ビッグネームは集められなかったのね」

 

 ダフネはチラシを見てそう言った。ハリーはこれはダメだろうな、と思った。

 

「そう、じゃあ―」

 

 ハリーは一人で行こうと思いチラシを受け取ろうとした。すると、パンジーがダフネを取りなした。

 

「え、ねえ待ちなさいよダフネ。折角誘ってくれたんだし……」

 

「いや、つまらなそうなら無理に来て貰わなくてもいいよ。無理に付き合わせるのも悪いし」

 

 ハリーは無理強いするつもりなど無かった。慌ててそう言って引き下がろうとしたが、ダフネは何を言っているのかという風にハリーとパンジーを交互に見返した。

 

「行かないなんて言ってないわよ?観に行くわ。若手ということは、何か新しい技法が見れるかもしれないもの」

 

 意外なことに、ダフネは乗り気なようだった。ハリーはエバネスコ(消去呪文)でダフネの大鍋に残った薬品を消去しながら、意外そうに言った。

 

「いいのかい?」

 

 ダフネは新品同様に輝く大鍋を見て、満足そうに言った。

 

「くどいわ。大体ホグズミードなんて田舎の博物館よ?貴方に分かるように言えば、ルーヴルや大英博物館のような場所でもない。田舎の美術館に大層な期待はしないわよ」

 

(意外と詳しい……!!)

 

 ハリーはダフネが魔法使いの家の教養は備えていることを疑っていなかったが、マグルの世界の教養もあったことに内心で驚きを覚えた。

 

(でも、それなら何か掴めるかも……)

 

「ダフネはルーヴルを見たことがあるの?」

 

 ハリーがダフネにそう尋ねたとき、スネイプ教授の冷たい声がハリーたちの耳朶を打った。

 

「次の授業が始まろうというのに随分と呑気なものだな、ポッター!スリザリン一点減点。スリザリン寮の担任として、寮が恥を晒すような事態は許さん。早く次の授業に行きたまえ」

 

「し、失礼しましたスネイプ教授!!い、行きましょうダフネ、ポッター!」

 

 ハリーはパンジーに連れられ、ダフネと共に薬学の教室から追い出されるように廊下に出た。パンジーやダフネの額には冷や汗が滲んでいるが、ハリーはどこ吹く風という様子で笑って誤魔化そうとした。

 

「いやぁ怒られちゃったね。ごめんごめん、二人とも」

 

「ポッターはスネイプ教授に叱られることに慣れすぎていないかしら!?」

 

「け、けれどスネイプ教授って、ポッターには厳しいわよね。ゴイルですら減点されたことはないのに」

 

 ダフネやパンジーの困惑はもっともだった。しかしながら、ハリーはそれを気にしても仕方がないと笑った。

 

「まぁ……いつものことだよ。そういうのには慣れてるから」

 

 ハリー自身の行動が原因だと言うには、スネイプ教授は初対面の頃から妙にハリーには厳しい。しかしそれでも、スネイプ教授は教師としてハリー自身を一生徒として評価してくれているからだと信じるしかなかった。

 

 

 変身術の授業に向かう間、ハリーはダフネに魔法界の絵画について尋ねた。ダフネは美術クラブに所属しているらしく、ハリーが思ったよりも絵画についてはうるさかった。パンジーはそそくさとダフネから距離を取り、変身術の教室に一足早く足を踏み入れた。つまりは逃げたのである。

 

「魔法使いの画家にはどんな人がいるの?」

 

「高名な画家は全員が六十代以上の人たちばかりよ。動物学者や考古学の研究家らと行動を共にして、未知の秘境を絵にした画家もいるわ。そういう画家たちに比べたら、最近の画家の作品はこじんまりとしていて面白味に欠けるわ」

 

「けど、貴方からもらったパンフレットに載っているのはそれより若い新進気鋭の画家たちよ。もしかしたら、斬新で奇抜な絵画だったり、何か思いもしなかったような発見があるかもー」

 

 ダフネは美術館に行くことに乗り気になっていた。どうやら前々から行きたいとは思っていたようだ。

 

(……まぁ、ああいうところを一人で行くのは勇気がいるもんなあ)

 

 実際、ハリーは美術館に行ったことはない。単純にダーズリー家では小遣いが与えられなかったし、ダドリーやバーノンの趣味ではなかった。

 

 ハリーが魔法使いの貨幣を得たあとでも、ハリー自身が絵画や芸術より魔法に魅せられていたので、美術館を訪れるという発想はなかったのだ。ハリーは少しの期待を少しずつ膨らませながら、その週の数多くの科目をこなしていった。

 

 

 ……しかしながら、ハリーとダフネはその週末、美術館を訪れることは出来なかった。金曜日の呪文学の授業で、ハリーたちのいる教室に五年生のケロッグ·フォルスターが駆け込んできた。彼は胸に輝く監督生バッジにもローブの汚れにも無頓着に、一人の生徒を名指しで呼んだ。

 

「フリットウィック教授。授業中に失礼いたします。……一人の生徒をお借り出来ますか?」

 

 そして、その一人の生徒、ダフネ·グリーングラスが教室から出ていった。なぜそんなことになったのかはすぐに明らかになった。

 

 ダフネの妹であるアストリア·グリーングラスが、DADAの授業中に発作を起こして倒れ、医務室に運び込まれたのである。ルーピン先生の適切な処置がなければ、命を落としていた、と談話室で一年生たちは語った。

 

 ハリーはなぜそんなことになったのかを、嫌でも知ることになった。一年生たちはアストリアの出来事に大きな衝撃を受けていた。他所の寮生に対してはアストリアの秘密を守ったものの、身内である上級生たちには秘密を守ることは出来なかったのだ。

 

「わ、わたし止めるべきだったんです!朝から体調も顔色も悪かったのに!」

 

「落ち着きなさい、ユフィ!そんなことないわ、あなたのせいじゃないから!!」

 

 イザベラ·セルウィンがそう必死に宥めるものの、一年生の女子たちは気に病んでいた。どうやらその女子は、アストリアと相当仲が悪かったらしい。

 

 セルウィンはひとつの判断ミスをした。彼女は後輩思いで、後輩を落ち着かせて宥めるという判断をしていたようだった。しかし、気が動転した一年生が、冷静に言葉を止めることは難しい。

 

「ア、アストリアに血の呪いがあるって分かっていたのに!授業なんて休むべきだって、ルーピン先生は言ってくれたのに、どうして私アストリアを挑発なんて……!」

 

「嘘……あの子が……」

 

「ま、マジか……」

 

「ファルカス、血の呪いってまさか……」

 

 ハリーはその名称に覚えがあった。一年生のとき、ユニコーンを襲いその生き血を啜ったことで、呪いに犯された魔法使いを知っていたからだ。

 

「……魔法使いを蝕む病だよ。……不治のものも多いんだ……」

 

 血の呪い。

 

 それはユニコーンの血の服用や、特定の闇の魔術を受けたことによる後遺症のことを指すこともある。その軽重は様々だが、なぜ血の呪いと呼ばれるのか。

 それは、その呪いが受けた本人だけでなく、遺伝によって引き継がれることが多いからだ。魔法族、特に血統を重視するスリザリンの純血主義者にとっては何よりも恐ろしい病である。

 

 魔法族を苦しめる病に罪のない一年生が犯されているということを、スリザリン生たちは否応なしに知ることになった。頭の先から爪先まで怒りに満ちたイザベラ·セルウィンは、その場にいたスリザリン生たち全員に箝口令を敷いた。

 

「今知ったことを口外した奴には、あたしがクルーシオ(拷問)をかけてやるわ!いいわね!?オブリビエイト(忘却)を喰らいたくなかったらさっさと寝なさい!そして……絶対に誰にも言うんじゃないわよっ!!」

 

 彼女は限界まで怒ってなお、仲間に魔法をかけることを躊躇った。その甘さが仇となり、アストリアの個人的な事情をハリーたちの知るところとなってしまったのである。

 

 ハリーは見舞いのためにアストリアの病室を訪れようとした。しかし、当のアストリアに拒絶され入ることは許されなかった。元々ハリーとアストリアには接点はなく、スリザリン生でありながら公然とマグル生まれの生徒と親しいハリーは、純血主義者であるアストリアにとっては裏切り者だったからだ。




血の呪いって遺伝するんですね(公式設定)。ちなみに幸運なことに、ダフネには遺伝していません。遺伝して体が弱かったら何かしらがあったでしょうが、原作でもそういったことはありませんでしたので。


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漏れ鍋に綴じ蓋

ファルカスのタロット占い結果
アストリア→太陽(正位置)
誰にとっての太陽なんでしょうねぇ。


 

「………本当に、危ないところを助けて頂きありがとうございました。感謝いたしますわ、ルーピン先生、ポンフリー校医」

 

 アストリア·グリーングラスは、倒れてから丸々2日もの間こんこんと眠り続けた。アストリアが倒れたその瞬間、ルーピン教授が石化魔法でアストリアの肉体を一時的に石に変えて肉体へのダメージと病気の進行を最小限に抑え、ポンフリー校医のもとへ駆け込んだ。ポンフリー校医の迅速な治癒魔法が功を奏し、目覚めたアストリアには倒れた瞬間に感じた胸の痛みや目眩、全身を覆っていた疲労感もなかった。

 

 目覚めたアストリアは心の底からの感謝を込めてルーピン先生とポンフリー校医へとお礼を言った。せめて純血の令嬢として振る舞おうと出た言葉には覇気もなく、アストリアの顔色は蒼白だった。呪いの影響で、呼吸の度に心臓にもかすかな痛みが感じられる。

 

 医務室には、アストリアとポンフリー校医、ルーピン先生、そして姉のダフネがいた。ルーピン先生の手には、何かの薬品と思わしき包みが握られていた。

 

 アストリアは、申し訳なさを感じた。授業中に倒れてしまい姉をはじめとして心配や迷惑をかけたこともそうだが、アストリアには、倒れた原因が自分にあると理解していたからだ。

 

「あ、あの……私……倒れた原因に心当たりがありますわ……」

 

 アストリアが倒れてしまったのは、ひとえにアストリア自身の過失によるものだった。倒れた日の朝、アストリアは薬を飲み忘れていたのだ。必ず服用するようにと言われていた三種類の薬のうちの一種類を、である。アストリアは自分の愚かさを責めた。

 

「私…ポンフリー校医から頂いたおくすりを飲み忘れて……それであの日は、調子が悪かったのですわ……」

 

 その事実が発覚したとき、ポンフリー校医やルーピン先生、そして姉のダフネから責められるとアストリアは思った。当たり前のことだ。アストリアは病のために蒼白な顔で不安そうに集まった人たちを見た。

 

(…お姉様が何とおっしゃるか……)

 

 重い病を患っているアストリアがホグワーツに入ることを、父も母も深く心配していた。それでも校医のマダム·ポンフリーに事前に話を通し、アストリアのための薬品を送り届けてホグワーツに通うことを認めてくれたのは、ひとえにアストリアへの愛があったからに他ならない。姉もそうだ。アストリアのことを気にかけてくれている。その介入が煩わしく感じることも多いのだが。

 

 アストリアは自分が愛されているという自覚はある。しかしだからこそ、それを失うかもしれないという恐怖は深かった。

 

 アストリアは瞬きしてから、チラリとダフネを見た。ダフネの無表情を確認し、アストリアは泣き出しそうになる。

 

(ご立腹ですわ……当たり前ですわ……)

 

 事実、ダフネは今にも怒鳴り出しそうなほどに怒っている。何も普段と変わらないように見えても、9年もの間一緒に過ごした姉の機嫌くらいはアストリアにも分かる。

 

 

 しかし、アストリアの懸念は半分しか当たっていなかった。ダフネが責めていたのは、アストリアではなく自分自身だった。

 

(……どうして……どうして私は朝食の時に妹を見てあげなかったの?一言確認するだけでよかったのに……!!)

 

 

 たとえ幼少期から長い年月を過ごした姉妹であろうと、その心の中まで全て理解できるわけではない。ダフネが自分自身を責めているとも知らず、アストリアはダフネに嫌われてしまったのだと思った。

 

 ポンフリー校医は、アストリアを責めなかった。彼女はアストリアの手を取って脈をはかり、安定してきているとアストリアに告げた。

 

「この先、いついかなる時であっても、三度の食後には必ず薬を飲み続けることです、ミス·アストリア。あなたやあなたのお姉さまや、ご両親のためにも。約束してくれますか?」

 

 アストリアは、ポンフリー校医が驚くほど優しげにそう言ってくれたことに驚いた。ポンフリー校医の手から伝わる熱が、そのままアストリアに元気を与えてくれるような気がした。

 

 ポンフリー校医がアストリアに比較的甘い対応となったのは、アストリアが重い病から目覚めたばかりの寝起きで、まだまだ本調子ではなかったからだ。授業に復帰できるまでアストリアが快復したあとは、きつくお灸を据えるつもりだった。

 

「……はい。誓いますわ」

 

「私も側にいてアストリアを支えます。必ずクスリを飲ませます、ポンフリー校医」

 

(ううっ!?)

 

 ダフネはポンフリー校医に強く宣言した。アストリアの内心は、アストリアへの怒りで燃えているであろうダフネを恐れていた。

 

 思春期の少女にとって姉という存在は、常に己の前を歩く存在であり、己をおさえつける一種の理不尽でもある。アストリアからダフネへ向ける感情は、複雑だった。

 

 自分より二歳早く産まれただけで、健康な体の姉。

 

 姉より二歳遅く産まれただけで、不健康そのものな自分。

 

 それだけではなく、ダフネは健康なくせに、最近は良くない人間と交際しているという噂が立っていた。スリザリンの純血主義の裏切者で、不倶戴天の敵である人間と、デートしていたという噂を上級生たちが談話室で口に出すのを、アストリアは屈辱的な思いで聞いていた。

 

 アストリアがダフネのように健康であれば。

 

 血の呪いなんてものがなければ。

 

 ポッターなんかではなくて、純血主義の、しかるべき人間を選んで付き合うのに、と。

 

 自分自身がユニコーンの子供が森番のところにいるという噂に魅了されて、()()()森番の小屋を訪問したことも棚にあげて、アストリアは姉に複雑な感情を抱いていた。

 

 ダフネが嫌いではない。姉のことはむしろ大好きだ。アストリアは、自分が姉から愛されていることは嫌というほど理解できる。

 

 それなのにどうして、という思いが、アストリアからはぬぐえないのだ。尊敬や思慕の念と、嫉妬心は両立するのである。

 

 アストリアは、両親がダフネにハリーと交遊を深めるよう圧力をかけていることは知らない。姉と妹の認識の食い違いがそこにあった。ダフネは、自分がハリーと友人関係にあり、それが端から見れば恋愛関係に近いことをアストリアが嫌っているとは思いもしなかったのだ。

 

 

 その時、アストリアの腹部から猫の鳴き声のような音が鳴った。アストリアの蒼白な頬に、仄かに赤みがさした。

 

 眠り続けたアストリアの体は、何らかのエネルギーを欲していた。

 

「何か欲しいものはあるかな、アストリア」

 

 ルーピン先生がアストリアにそう問いかけた。アストリアは即座に答えた。

 

「……お菓子を頂けますか?できればハニーデュークスの最高級品を」

 

「ダメよ(です)!」

 

 アストリアは羞恥心のままに破れかぶれでそう冗談を言ったが、ポンフリー校医とダフネは病人に菓子を投与するほど間抜けではなかった。結局、アストリアには、ルーピン教授が魔法でペースト状にした林檎がプレゼントされた。

 

***

 

 数日後も、アストリアの体調の快復は緩やかだった。一度活性化した血の呪いが沈静化するまではしばらくかかる。アストリアの内心には授業についていけなくなるという焦りが込み上げるが、学友たちが届けてくれたノートを見て気持ちを落ち着かせ、体力の回復を待った。

 血の呪いによる体調の悪化は厄介で、一度呪いが沈静化しても、低下した体力が戻るまでは安静にしていなければならない。肉体の免疫力も低下しているため、感染症や、血の呪いと相乗効果のある合併症を併発する恐れがあるからだ。ポンフリー校医の指導のもと、簡単なリハビリをこなしながらアストリアは学業に復帰する日を夢見た。

 

 アストリアに与えられた薬は、血の呪いの働きを抑制してくれる優れた薬だ。それでも、一度血の呪いが牙を向けば、呪いは容赦なくアストリアの体を蝕む。呪いによる倦怠感や全身を覆う痛みはこれまで何度もあったことだ。呪いのせいで社交界の付き合いに参加できなかったことだって一度や二度ではなく、それを揶揄するような心ない視線や中傷にも耐えてきた。それが自分を守ってくれているグリーングラス家や、純血主義に対する恩返しだからだ。

 

 両親のアストリアへの態度は溺愛と言っても過言ではなかった。両親は病弱なアストリアには純血主義を叩き込み、健康な姉のダフネに対しては純血主義はさほど熱心に教えなかった。そこにどのような思惑があったのか、子供のアストリアやダフネには察することが出来ない。しかし姉妹の間には、姉妹として互いに愛し合っていても、思想面での隔たりがあった。

 

 アストリアは、姉と共に訪れたハリー·ポッターの見舞いを拒んだ。大好きな姉が純血主義の裏切者と一緒にいるなんて、アストリアにとっては考えたくもないことだった。自分がポッターの見舞いを受け入れるなんて、純血主義の学友たちに申し訳が立たない。一方、アストリアは敵視しているハリー以外のスリザリンの友人たちの見舞いには感謝したし、自分を助けたルーピン教授の見舞いにも感謝した。

 

 アストリアは、両親から貧乏人や純血ではない人間は信用してはいけないと教え込まれている。病弱で世間というものを知らないアストリアは、当初ルーピン先生のことも見下していたし、教師として認めていなかった。しかし、スリザリンの先輩たちはアストリアが思っていたよりもっと柔軟で、優秀な教師としてルーピン先生に一定の敬意を払っていた。

 

 教わった思想と現実との差異に戸惑っているうちにアストリアは倒れ、ルーピン先生に命を救われた。

 

 外の世界を一つ知ったアストリアは、自分の中でルーピン先生を恩人として扱うことにした。純血主義であっても、恩人に対しては礼を持って対応しなければならないことは、アストリアにだって分かるのだ。

 

 ルーピン先生がアストリアの見舞いに来ることに、姉のダフネが複雑な思いを抱いていることなど露知らず、アストリアは見舞いに来たルーピン先生に悩みを相談していた。

 

「先生。わたくし、皆様の見ている前で倒れてしまいました」

 

 それは弱音だった。早く授業に戻りたいと思う反面、アストリアのこころを満たす不安を打ち明けた。

 

「皆の前に姿を見せるのが恥ずかしいですわ……」

 

 ダフネに相談すれば、甘ったれるなとアストリアを叱っただろう。早く治して、復帰することだけを考えなさいと言ったかもしれない。だからアストリアは姉ではなく、優しそうな教師に己の悩みを打ち明けた。

 

「……学校を休んでしまったんですもの…きっと、わたくしのことを軽蔑していますわ…」

 

「ミス アストリア。気休めかもしれないが」

 

 ルーピン先生は穏やかな声でアストリアを励ました。落ち着いた声には、人の不安を和らげる効果がある。

 

「ミス マープルをはじめとして、スリザリンには君の帰りを心待ちにしている友人たちが大勢いる。不安がることはないと思う」

 

 事実、マープルをはじめとしたスリザリンの同級生たちはアストリアの見舞いに医務室を訪れていた。

 

「……そんなことはありませんわ」

 

 しかし、マープルの名を聞いてアストリアは微かに不満げな顔になった。マープルのことが、アストリアはあまり好きではない。アストリアが同い年の男子、ハロルド·ブルストロードと家同士の付き合いで親しいことに嫉妬して、何かと突っかかってくるからだ。

 

 女子同士の関係というのは複雑だ。男子、その中でも人当たりのいいハロルドと親しい女子というのはやっかみを買いやすい。アストリアはグリーングラス家で、ハロルドとは幼少期からの付き合いがある。復帰した後で嫌な時間が待ち受けていることは確実で、復帰目前になってアストリアの心は弱気に負けそうになっていた。

 

「それでも復帰して欲しいと彼女が言ってきたのならば、それは君がミス·マープルと信頼関係を構築できていたということではないかな」

 

 

「…………」

 

(そういうことではないのですわ……そもそもマープルとは友人と言えるかどうかすら……)

 

 アストリアはルーピン先生に言い返そうかと思って躊躇った。面倒な人間関係まで相談することは憚られた。アストリアが欲していたのは建設的な意見ではなく、アストリアへの同意だった。

 

「……私が贅沢を言っていたということなのですね」

 

(大人に相談したのが間違いだったのですわ……)

 

 アストリアが大人に自分のような子供の気持ちは分からないと諦めかけた頃、ルーピン先生は口を開いた。

 

 

「アストリア。君の考えは贅沢ではないよ。休んだ人間が陥る当然の心の動きだ」

 

「そんなことありませんわ。わたくしは軟弱者です」

 

「いいや、君は自分で思っているよりも心が強い」

 

「何がですの?……心?わたくしの?」

 

 困惑するアストリアに対して、ルーピン先生は穏やかな微笑みを崩さずに言った。アストリアはその言葉の意味を尋ね返した。

 

「人間関係に悩めるというのは、それだけ君がミスマープルや、友人たちに向き合っている証拠だ。休むことで周囲から奇異の視線でみられると考えることも、無理もないことだ」

 

「ですが、姉様は私がそういう甘えた考えでいると怒りますわ」

 

「それは君を大切に思っているからだろう。君を大切に思えばこそ、君に強くあって欲しいと思っている」

 

「……はい。その通りですわ」

 

 アストリアは大きく頷いた。姉であるダフネに対して嫉妬しているし、恐怖も持っている。しかし、尊敬していない訳ではない。

 

「だがね」

 

 ルーピン先生は、視線を自分の持っている包みに落とした。アストリアもルーピン先生の視線に誘導されて、それに視線を注いだ。

 

 それは、ポンフリー校医からルーピン先生が受け取った薬だった。ルーピン先生が持病を抱えていることは明白で、それに触れないように、アストリアは監督生のジェマやイザベラからきつく言い含められていた。

 

「病で休みを取るということは、自分自身の命を守るためにも必要なことだ。君は、何も恥じるべきではない」

 

 ルーピン先生の言葉を認めたいという気持ちが自分の中にあることに、アストリアは気がついていた。しかし、それを認めるのがなんとなく釈然とせず、アストリアは拗ねたように目を伏せた。

 

 ルーピン先生にも何かの病があるように、自分にも血の呪いがある。だが、アストリアは堂々と振る舞える自信がない。前のように、呪いへの不安を高慢な態度で取り繕い、純血主義者として高慢に振る舞うということが、今のアストリアにはとても難しいことのように思えたのだ。 

 

 そんなことをしても、周囲の生徒の目には滑稽に写るだけだから。

 

 

(私、そんなに強くありませんわ……)

 

「……気休めを言う」

 

 アストリアは視線をあげた。ルーピン先生の穏やかな顔に、影が見えたような気がした。

 

「周囲の『みんな』は、君のことをからかうかもしれない。だが君の友達は、君が復帰したことを喜ぶだろう。スリザリンの同級生たちを信じることだ、アストリア」

 

(…マープルは、私のことが好きではありませんの)

 

 アストリアはそう沈黙で返した。ルーピン先生にアストリアの内心は分からなかっただろうが、最後にこうアドバイスをした。

 

「友達には心を開いてみてもいいと私は思う。君の見舞いに来た子達は、たとえそれが……君にとって重荷に思えるような君への心配であったとしても、君と仲良くなりたいと思っているのだから」

 

 

 リーマス·ルーピン先生のくたびれた背中に頭を下げて、アストリアはぎゅっとこぶしを握りしめた。

 

「私に友達なんて……きっといませんわ……」

 

 アストリアの心には、いまだに不安が燻っていた。呪いの倦怠感が、アストリアから自信を剥ぎ取ってしまったかのようだった。

 

***

 

 その日、ハリーはアストリアから見舞いを断られ、談話室への帰路についていた。ハリーの顔色は優れない。ハリーの手には、受け取りを拒否された見舞いの花があった。ハリーを励ますように、ファルカスがハリーに話しかけていた。

 

「アストリアのことは心配ないよ。そうだろう?ダフネが見舞いに行ってくれているし、少しずつ体調もよくなってるそうじゃないか」

 

「そうだね……」

 

「見舞いを断られるのはまぁ仕方ないと諦めましょう。ダフネとは友人でも、君とアストリアにはなんの接点もありませんし」

 

「……何より、病気の時に元気に振る舞うのって体力が必要できついじゃないですか。安静にさせてあげましょうよ」

 

 アズラエルはそういう問題ではないことをなんとなくハリーの雰囲気から察していたが、あえてそう言った。血の呪いという病を抱えたアストリアに下手に関わることは、かえってアストリアを傷つけるのではないかと配慮したからだ。

 

「……ハリー。お前さ、そろそろなにを考えてるのか打ち明けろよ」

 

 ザビニはハリーにそうせっついた。

 

「何も考えてないよ。…………いい考えがないから困っているんだ」

 

 アストリアの病について知った次の日、ハリーは決闘クラブにも行かずどこかへと行っていた。さらにその次の日から、ハリーは図書館に籠りきりになっていた。ここ最近のハリーが毎日のように決闘クラブに参加したことを考えれば、これはとてつもない異常事態だった。ついにザビニがハリーに問いただしたとき、ハリーはその問いをはぐらかしたように見えた。

 

「……あのよー、お前がすべきなのは」

 

 ザビニがハリーに対してアドバイスを試みようとしたとき、ハリーに嘲るような声が投げ掛けられた。

 

 

「やぁポッター。医務室からのお帰りかな?アストリアはどうだったんだい?」

 

「……ドラコ。見ての通り、アストリアとは会えなかったよ」

 

 ダフネの妹が倒れたという異常事態は、ドラコとハリーとの間にあった溝を、ほんの少しではあるが埋めていた。ドラコにとっては、それこそ物心ついた頃からの知人の妹なのだ。心配に思うのは無理もないだろう。

 

「俺たちとは話したくねーんだとよ。そういうお前は、後輩の見舞いとかするような奴だったか?見直したぜ」

 

「ちょっとザビニ。今は喧嘩なんてしてる時じゃないでしょう」

 

 ザビニが煽るような言葉を口に出すと、アズラエルがザビニを止める。クラブとゴイルは失礼だという顔をした。ドラコはそんなザビニを鼻で笑った。

 

「ふん。純血には純血主義を同士の交流というものがある。君たちに分かってもらおうとも思わないね」

 

「……君にはアストリアと面会できる権利があるって言いたいのか、ドラコ」

 

 ハリーは多少の苛立ちを感じながら言った。ハリーがそう言わなければ、ファルカスが言っていただろう。

 

 険悪な雰囲気など意に介さず、ドラコは高慢な態度でハリーたちに告げる。ドラコの後ろに控えているクラブとゴイルはひたすら気まずそうにハリーたちから視線をそらしていた。

 

「ああ、そうだね。僕は純血だ。純血の一族の面倒を見る義務はこの僕にある。君たちがでしゃばる必要はないんだよ。余計なお世話というものだ」

 

「そう言われることは慣れてるよ」

 

 ハリーはドラコの皮肉を聞き流した。

 

「さぁ、分かったならそこを退くんだポッター。君に出来ることは何もない。邪魔だぞ」

 

(……!)

 

 ハリーは自分への苛立ちのままに声をあらげようとして、それを抑えた。本当にドラコの言う通りだったからだ。

 

 そもそもの話、当人のアストリアに拒否されている以上はハリーの出る幕はない。ハリーが純血主義ではないということで、アストリアからは嫌われているのだから。

 

「……だったら、ダフネの妹を元気付けてやってくれ」

 

「!?」

 

「ハリー!?」

 

 ハリーにできたことは、その場でドラコに道を譲ることだけだった。このときハリーは、はじめてドラコに頭を下げた。頭を下げていたハリーからは、ドラコが目を見開いて驚いていたことは分からなかった。

 

「……当たり前だろう?ポッターに言われるまでもない。……行くぞ、クラブ、ゴイル。廊下でうろうろしていたら管理人が煩いからな」

 

 ドラコを見送ったハリーは、自分自身に対する苛立ちを抱えたまま肩を落とした。談話室に戻ったあと、重苦しい雰囲気の中でファルカスが口を開いた。

 

「……あれでよかったんだと思うよ、僕は」

 

「どうしてそう言えるんだい?自分は何もしていないのに??」

 

 ハリーは少し刺々しく言った。

 

「純血主義の子のことは、純血主義の人間にしか分からないよ」

 

「そういう問題じゃない。友達の妹が倒れたのに、何も支援せずのうのうとしてることの何がよかったんだ」

 

 ハリーは自分への苛立ちを交えて言った。ハリーは全くの役立たずで、友達が困っているときになんの役にも立てない自分を呪っていた。

 

「今はドラコを信じましょう、ハリー。君だってそう思ったからドラコに託したんでしょう」

 

 アズラエルが宥めるようにそう言った。ザビニは、ハリーがアストリアに入れ込みすぎていることを怪訝に思ってこう言った。

 

「そもそもお前さ、ダフネの妹が倒れてから何やってたんだよ。部屋に籠りきりでよ」

 

「……タイムターナーを使って、アストリアが倒れないようにしようとした」

 

「!?ちょっと待って下さいハリー!それは機密ですって!」

 

 ハリーの言葉に、アズラエルは青ざめて言った。

 

「暗黙の了承で皆気がついてるだろ?僕がタイムターナーを借りてることは。それに、皆が他の誰かに口外するなんてことはあり得ない」

 

 ハリーがそう断言すると、アズラエルは口をつぐんだ。

 

「……だけど、止めようがなかった。僕はダフネの妹が薬品を飲んだことを確認して、安心してここに戻ったけど、アストリアは変わらずに倒れていた。アストリアが飲んだのは複数ある薬品の中の数種類だけだったみたいだ」

 

「…………全部飲み忘れた、よりはマシだ。そうだよね?」

 

「僕は全部飲み忘れたらどうなるのかまでは知らないけど、そうなんだろうね」

 

 ハリーは投げやりになってそう言った。

 

「……それで、図書館で血の呪いに関する書物を漁っていたんですね」

 

「どうして君がそれを知ってるんだ、アズラエル。決闘クラブにいた筈だろう」

 

「さぁ、どうしてでしょうね」

 

「君の友達がいたのかい?」

 

 ハリーの疑問に対してアズラエルは微笑んではぐらかした。たまたまアズラエルと交遊関係のあるスリザリン生が図書室にいたからだが、そのスリザリン生が誰なのかをハリーに明かす気はないようだった。

 

「血の呪いに関して、何か有効な対処法方はあったの?」

 

「そんな都合のいいもんがあったら呪いとして残ってねーよ」

 

 ファルカスはハリーがアズラエルを問い詰める前に話題を逸らそうとした。そこに、ザビニのもっともらしい指摘が入る。

 

「……それはそうだよね……」

 

「いや、ある。……『あった』んだ」

 

「マジか!?」

 

「どんな方法なんです!?」

 

 ファルカスが納得しかけたとき、ハリーは真実を告げた。そのハリーの言葉にザビニは驚愕し、アズラエルの顔が輝く。

 

「『血の呪い』による痛みや倦怠感を打ち消す都合のいい薬は、昔はあった。何だと思う?」

 

 ハリーは苛立ったまま言った。真っ先にアズラエルが答えた。

 

「……?不死鳥の涙とか、仙薬の水銀とかですか?」

 

 不死鳥の涙は、バジリスクの毒にすら効果のある代物だ。仙薬の水銀とは、かつて中国のマグルの皇帝が求めた長寿を約束する秘宝である。どちらも貴重だが、大抵の病に対して効果が期待できそうな上、後者に関しては英国では手に入らないものだから、アズラエルの推測も間違いではなかった。だが、ハリーの心当たりはそれではなかった。

 

「不死鳥の涙に効果があるなら、アルバス·ダンブルドアが試している。あの人は……善人らしいからね」

 

 ハリーはそう皮肉って言った。しかしハリーの顔には笑みはない。ただフロバーワームを噛み潰したような、苦渋の表情がそこにあった。

 

 

 

「……図書館で血の呪いの患者に対して施されていた治療法方は、それじゃなかった。賢者の石で精製できる、命の水だ」

 

「……それは……」

 

 アズラエルが絶句する。

 

 賢者の石は、もうこの世には存在しない。何故ならば

 

「……もうこの世にはない。……命の水も」

 

 二年前、クィレル教授に取り憑いたヴォルデモートが、賢者の石がホグワーツに存在するということを確認してしまった。それを知ったダンブルドアが、石を破壊してしまったのだ。

 

「……あの時、僕があの場にいなければ、ヴォルデモートが石を見つけることはなかった。あれさえなければ今頃」

 

「その名前を呼ぶなっ!!」

 

 

 ハリーが思わず例のあの人の名を口にしたことで、ザビニが怒った。ハリーはザビニに謝った。

 

「……ごめん」

 

 ハリー自身、それが無駄な考えであることは分かっていた。だからこそ、せめてもの償いにアストリアの見舞いに行きたかったがそれも叶わない。

 

 ハリーの心は鬱屈していた。そんなハリーを諭すように、アズラエルが口を開く。

 

「ハリーにしては後ろ向きな考えですね。だからといってあの時君がいなければ、例の鏡ごと盗まれていたでしょう。あの人がグリーングラス家を都合よく支援してくれたわけもない。石が破壊されていなければ、今もあの人の介入でホグワーツが荒れていたかもしれない。あの場に君がいるべきだったし、石は壊されておくべきだった。そうでしょう?」

 

 

 アズラエルは理路整然と語り、ファルカスもうんうんと頷いた。ハリーは深いため息をついて、アスクレピオスにマウスを与えた。ハリー自身は、アズラエルの言葉には同意できなかった。

 

 石を壊すべきではなかった。石そのものは、持っておくべきだったのだとハリーは思っていた。ハリーの中で、ダンブルドアへの逆恨みのような感情が膨れ上がっていた。

 

「ハリー。お前まだ何か隠してるだろ。それだけのことを調べるためだけに数日もかけるわけねえしな」

 

「……何もないよ、ザビニ」

 

 ハリーの脳内にはある考えがあった。

 

 賢者の石が存在しないのであれば、今、作ることは出来ないのだろうか。

 

 ダンブルドアにその作成を依頼することは出来ないのだろうか、と。

 

 しかし、ダンブルドアに対して頼むという行為そのものがハリーには耐えられなかった。だから、ハリーは賢者の石についての論文を探し、自分でその作り方を学ぼうとしていたのだ。

 

 賢者の石に関する論文は閲覧禁止棚にある。ルーピン先生の厚意によって閲覧を許可され手に取ったその論文の内容は、今のハリーでは到底理解できなかった。それも当然のことだった。今のハリーは、錬金術の初歩すら学んでいないのだから。

 

 ホグワーツで錬金術を学ぶためには、変身魔法のOWLでOを取ることは必須で、更に12科目全てで優秀な成績を修める必要がある。錬金術という科目を選択する生徒はここ十年はおらず、あのパーシー·ウィーズリーですら受講していないのだ。それはひとえに錬金術という学問が、現代の魔法使いたちにとっては高度で、割に合わない学問であるからに他ならない。

 

 ハリーが錬金術を学ぶためには、更に深く勉強した上でOWLを優秀な成績で突破する必要があった。そのために、ハリーは学問により一層打ち込まなければならないと思っていた。

 

 そしてその考えは、あまりにも遠大で悠長に過ぎた。

 

 時間をかけて勉強に励み、錬金術を習得し、更に賢者の石を作れるようになるまでにどれ程の時間がかかることか。もしかしたら、一生かかるかもしれないほどの難事だ。何故ならば錬金術師のなかで賢者の石を作ったのは、ニコラス・フラメルとアルバス·ダンブルドアだけ。その間にも、アストリア·グリーングラスというダフネの妹は、病に苦しむことになるのだ。

 

 ハリーは元々、ダンブルドアを超えたいと思っていた。賢者の石だって、その存在を知って作れるようになりたいとは考えていた。しかし、目の前で苦しんでいる人間がいるという事実が、ハリーを焦らせていた。

 

 そんなハリーの苦悩を察したわけではないだろうが、腕を組んでいたザビニは、重々しくハリーに言った。

 

「……それなら言わなくていい。話したいときに話せよ。けどよ、最近のお前はズレてるぞ」

 

「具体的にどこが?」

 

 ザビニが続けた言葉は、全くもって正論だった。

 

「友達だってんならまずはお前はダフネの方を気遣えよ。あいつは妹が倒れてからみるみるうちにやつれてるじゃねえか。……妹を気にかけるのはマルフォイの奴にも出来る。癪だけどよ。ダフネを気にかけて、ダフネを励ませるのはお前だけだろ?」

 

「……………!」

 

「俺らはダフネとはクラスメートでも、そこまで親しく会話してるわけでもねーかんな」

 

 ハリーが今すべきことは、遠大な将来に向けての勉強ではなかった。今苦しんでいる一人の友人をまずは支えろとザビニは言った。

 

「……何つってな」

 

 ザビニは少し照れたようにそっぽを向いた。アズラエルはニコニコとザビニに微笑んだ。

 

「ザビニも成長しましたねえ」

 

「ああ。…………?……いやちょっと待てよ!今まで俺がやらかしたことはなかったろ!何様だアズラエル!?」

 

 ぎゃあぎゃあとやかましく口喧嘩を繰り広げるアズラエルとザビニを眺めながら、ハリーとファルカスは顔を見合わせた。

 

 とにかく、気持ちが落ち込んでいるとき、誰かがいるということは大切なのだ。たとえ何が出来るという訳ではなくても。それを教えられたハリーは、己の不明を恥じてザビニたちに小さく礼を言った。

 

「……そうだね。……本当に、その通りだ。

……ありがとう」

 

***

 

 

 アストリアは、病に犯された蒼白な顔に、ほんの少しだけの生気を蘇らせていた。頬が少しだけ赤らみ、自分の容姿が整えられていないことを悔やんだ。そして心拍数の増加に伴って、心臓に鈍い痛みがぶり返した。

 

「ご足労下さりありがとうございます、マルフォ」

 

「挨拶はいい。難儀だったようだね、アストリア」

 

 

「……そ、そんなことはありませんわ。お越しくださりありがとうございます、マルフォイ先輩、クラブ先輩、ゴイル先輩」

 

 アストリアは慌てて眼前の男子の言葉を否定した。アストリアの目の前には、スリザリンの女子たちの憧れの的が座っていた。アストリアの眼中には、その後ろに控えるトロルのような二人の男子はいない。

 

 少し痩せたプラチナブロンドの三年生は、アストリアにとっては憧れの先輩だった。同年代の友人であるハロルドもクラスに一人はいる人気者だが、ドラコの人気は桁が違う。

 

 何せドラコは、あのハリー·ポッターを下してシーカーの座を勝ち取ったスリザリンのヒーローだった。裕福な純血の家の時期当主として生まれ、本人も純血主義であり、スリザリンにとって余計な思想に浸かっているわけでもない。まさしくスリザリンらしい理想の先輩だというのが、アストリアや純血主義の女子たちの意見だった。

 

(う……嬉しい……けれど落ち着かなければいけませんわ……!舞い上がってしまってはいけません。わたくしを……いえ、グリーングラス家を心配して来てくれたかたですもの)

 

 アストリアは、ドラコが純血主義の家の一員として、グリーングラス家の一員のアストリアを見舞いに来てくれたのだと思った。ならば礼を欠くわけにはいかないと、アストリアはなけなしの体力を振り絞って笑顔を浮かべた。

 

 その笑みは、アストリアがこれまで浮かべた中でも最上級のものだった。上品な花のように淑やかに見えるよう、穏やかに微笑むアストリアを見て、ドラコは満足そうに足を組んだ。

 

「調子はどうなんだい?ここは君をきちんと扱っているのかい?粗末な扱いをしていないだろうね。もしそうであれば僕に言うといい。父上に相談して、別の優れたヒーラーを派遣してくれる」

 

「リハビリは順調ですわ。ポンフリー校医によれば、あと数日もあれば退院できますの」

 

「それは朗報だ。君の姉も喜ぶだろうね。だが、少しでも不安を覚えたら相談するといい。ホグワーツの教員たちは信用ならないからね」

 

 ドラコはアストリアに対して微笑んだ。ドラコの性格が悪くとも、相手が自分を尊重する態度を見せれば優しく接することはある。それが交流のある同級生の妹ならば尚更だ。

 

 一方、アストリアはドラコの冗談に嬉しさを覚えつつも、冷や汗をかいていた。権力を持つドラコならば本当にポンフリー校医をクビにしかねないと思ったからだ。

 

 実際には、ドラコの父のルシウスは前学期にホグワーツの理事を降ろされている。したがって、アストリアの懸念は的外れだった。ダンブルドアは、ルシウスが秘密の部屋の首謀者だと認識することは出来なかったものの、秘密の部屋事件の際にルシウスが他の理事に工作し、ダンブルドアを校長の地位から降ろそうとしたことには気付いた。そんなダンブルドアが反撃を試みないわけもなく、ルシウスはかつてのデスイーターという経歴と、教育者としてあるまじき普段の数々の差別的言動、大衆が見守る書店で生徒の保護者と乱闘騒ぎを起こしたことなどを理由に理事を解任されていたのである。

 

 

「あのう、信用ならないというのは?森番のことでしょうか?」

 

「……ふん。あの森番も問題だが、それ以下の人材もホグワーツには多い。去年のロックハートや一昨年のクィレルがいい例だ。しかし。最たるものは校長のダンブルドアだね。父上はいつもそう仰っているよ」

 

「まぁ……!」

 

 アストリアは、何て勇敢なのだろうという思いでドラコを見た。後ろのクラブが少しだけあきれた視線をドラコとアストリアに向けていることには気付かない。クラブの隣のゴイルは、気を付けの姿勢で立ったまますやすやと寝息を立てていた。

 

 アストリアにとって楽しく、そして奇妙な時間が続いた。ドラコはアストリアに、アストリアがダフネを通して断片的に知っていた去年と一昨年のホグワーツの出来事を語って聞かせてくれた。ドラコはあのポッターと共に森に入り、怪物に遭遇したり、あのポッターに協力して秘密の部屋事件を解決したことを自慢げに語っていた。

 

 アストリアは、ドラコがポッターのことを自慢げに語ったことに衝撃を受けた。アストリアは恐る恐る尋ねた。

 

「けれどマルフォイ先輩は、そのポッターを倒してシーカーになったのでしょう?素晴らしいご活躍ですわ!」

 

「……ああ。当然のことだとも」

 

 ドラコはそのアストリアの言葉に、少しトーンダウンした。

 

(ど、どうしてですの……?いいえ。余計なことを言うべきではありませんでしたわ。……何か話題を変えなくてはいけませんわ)

 

 アストリアには分からなかった。ドラコは随分と、純血主義の裏切り者であるハリーと親しいように見えたからだ。

 

 ドラコとの会話で動揺するアストリアは、己の悩みであるクラスに馴染めるかどうかという相談をすることにした。アストリアにとって理想の先輩であるドラコならば、アストリアの望む答えをくれると思ったからだ。

 

「マルフォイ先輩。わたくしは復帰しても、クラスに馴染めるでしょうか……とても不安ですわ……」

 

 アストリアは少し目尻を下げて見上げるようにドラコに問いかける。ドラコの返答はあまりにもぶっ飛んでいた。

 

「何を気にする必要がある?授業に出席すればいい。あれこれと揶揄してくるような輩は蹴飛ばしてやればいい。何なら、君の学友にそれをさせてみろ」

 

 あまりにもあんまりな言い種に、アストリアはまじまじとドラコを見た。色白の肌とプラチナブロンドのスリザリンのシーカーは、高慢な笑みを浮かべてアストリアに微笑みかけている。ドラコの(アストリアにとって)美しい瞳が、アストリアの瞳を覗き込む

 

(め、目が合った……!)

 

 アストリアは、ドラコの次の言葉に、全身を襲う倦怠感や痛みを忘れるほどにドラコに夢中になった。

 

 それは。純血主義のアストリアにとって理想的な激励だった。

 

「きみは一体、何を恐れているんだい?君は由緒ある家の末裔だ。口さがない混血たちにあれこれと言われたとして、それを踏みつけてそれが君の価値を下げるとでもいうのかい?」

 

 下げる。

 

 それはもう確実に、アストリアの評判は下がる。

 

 

 常識的に考えてそんなことをすれば、三寮生からのアストリアの評価は地に落ちるだろう。スリザリン内部ですら、アストリアへの同情心は吹き飛ぶ。スリザリンにも品性は必要だし、純血主義であっても排他主義ではない生徒も少なからず存在するからだ。

 

 

 ……しかし、アストリアにとってドラコの言葉は励みになった。それは天啓に思えた。元々高飛車な上に堂々と純血主義者であることを公言していたアストリアは、他所の寮生たちからは嫌われていたからだ。実際にそんな風に振る舞うわけではない。そんなことはアストリアには出来ない。

 

 しかし、自分に出来ないことをやってくれそうなドラコの言動に、アストリアは魅了されていた。

 

 もしもポンフリー校医がこの場にいれば、ドラコも言葉を選んだだろう。しかし、ポンフリー校医の配慮によって、この場にはアストリアとドラコしかいなかった。それが仇となった。

 

「わかりましたわ!!ありがとうございます!」

 

 アストリアの頬には、生気が戻っていた。この時点でドラコの目的は達成されていた。

 

 アストリアは、もっとドラコと会話がしたかった。しかし、ドラコはアストリアに生気が戻ったことを確認すると、満足そうに席を立とうとした。

 

「……あの。お待ちくださいな」

 

「うん?……何だい?」

 

 ドラコに少しだけ面倒くさそうな雰囲気が漂ったことにアストリアは緊張しながらも、ドラコに気になっていたことを聞くことにした。今を逃せば、次はいつドラコと会話できるか分からないのだから。

 

「……その、もうひとつ、聞いても構いませんか?」

 

「友人から……噂を聞きましたの。お姉さまと……ポッターが……付き合っていると」

 

「……ふん。誰が流したのかは知らないが。随分と暇な人間もいたものだね?」

 

「全くもってその通りですわ!それで、マルフォイ先輩から見てお姉さまは大丈夫ですの……?ポッターはお姉さまに、何か良からぬことを吹き込むのでは?穢れた血と交流する、とか」

 

 アストリアの差別用語をドラコは咎めなかった。それこそが、スリザリンの腐敗と純血主義の限界を象徴していた。

 

「…………ポッターは、裏のない奴だ」

 

 ドラコの表情に、なんとも言えない雰囲気が出ていた。歯と歯の間に何かが刺さったような物言いだ。

 

「ポッターは途轍もない愚か者だ。自分がどこにいるのかも無視して、自分勝手なことばかりをする。とんでもない奴だよ」

 

「では!…………っ」

 

 アストリアは興奮して、少し胸に痛みを感じ顔を伏せた。痛みに苦しむ顔をドラコに見せたくなかったからだ。

 

 ドラコはこの時アストリアの表情の変化に気がつかなかったが、クラブは確認していた。クラブはそっとその場を離れ、ポンフリー校医を呼びに行った。

 

「……だが、友人をどうこうするようなことだけはないと断言できる」

 

「……そんなわけはありませんわ。だってポッターは『穢れた血』と付き合っているんですもの!」

 

「あいつは平等主義者でね。魔法族であれば、僕たちとそれ以外とに差はない……いや、友達であるのならば、そこに差を設けない。あいつの基準は友人か、それ以外かだ」

 

 ドラコは自分の中でハリーのこれまでの行動を観察して得た結論はそれだった。

 

 

 ハリーは純血主義者でもなければ、差別主義者でもない。

 

 ただただ自分にとって『いい人』か、そうではないか。それがハリーの判断基準なのだとドラコは語った。

 

「君の姉はポッターと良好な関係を構築している。あいつにとっての友人だ。ならばポッターが君の姉を害することはない」

 

(……むしろ、ダフネの方がポッターには……)

 

 続く言葉をドラコは飲み込んだ。

 

 

 

「……マルフォイ先輩がそう言われるのであればわたくし、マルフォイ先輩を信じてみますわ」

 

「そうするといい。姉のことは、この僕が必ず支援すると約束する。きみは自分のことだけ考えているといい」

 

 アストリアの心臓は、ハリーへの怒りで激しく高鳴った。まだ完全に治りきっていない体で、あまりにも感情が昂りすぎた。高揚した感情に呼応するようにまだまだ治りきらない体が躍動し、脳がブレーキをかける。アストリアは胸に激しい痛みを抱えたものの、それを表情に出すまいとした。

 

 苦しみの代わりに、アストリアはありったけの笑顔を浮かべて、ドラコにお礼を言った。ドラコにとって理想的な、純血主義の後輩だと思ってもらうために。

 

「本日はありがとうございました、マルフォイ先輩。わたくし、先輩とお話ができてとても楽しかったですわ」

 

 

 満面の笑みでドラコたちを見送ったあと、アストリアはベッドへと倒れこんだ。アストリアの中に授業への恐れは消しとんでいたものの、ポンフリー校医の判断によって、アストリアは退院するまでにさらに2日間のリハビリをすることになった。

 




作者的にはハリーが責任を感じる必要は無いしダンブルドアが責められる謂れもないと思います。
グリーングラス家は純血主義の家としてリベラル筆頭と目されているダンブルドアに命の水を下さいと頼むことはしなかったからです。ダンブルドアは冷酷でも残酷でもありませんし、望まぬものに手を差しのべて余計な混乱を招くほど愚かではありません。


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光明

 

 

 ブルーム·アズラエルは、ハリーのタイムターナー私的利用についてダンブルドアに報告すべきかどうか迷った。

 

 ハリーの言動によれば、結局ハリーはアストリアを助けられなかった、らしい。タイムターナーによる過去への介入と、それによる過去の改編は、タイムターナーを使うことすら本来の歴史として組み込まれているというわけではない。改編前の世界を認識できる人間はタイムターナーを使ったハリーただ一人であり、改編によってアストリアに重大な影響を与えた可能性も否定できない。ハリーは途轍もなく危ない橋を渡ったのである。

 

(身内のために手段を選ばずに頑張るのことはスリザリンらしいことです。ハリーらしい良いところで、美点ではある。あるんですけど……)

 

 

 

 アズラエルの理性は、タイムターナーの無断使用をダンブルドアに報告すべきだ、と告げていた。スネイプ教授には告げる気はない。ダンブルドアならば、ハリーにとって悪くない形で取り計らってくれるはずだ、と期待して。

 

 

 ザビニやファルカスは、ハリーがタイムターナーを使ったことを問題視してはいない。人助けのために使うのならば別にいいだろうというのがザビニの主張で、ファルカスはスリザリンの後輩のためにやったことなのだからと甘い目で見ていた。

 

 しかしアズラエルは違う。タイムターナーをハリーが持っているのは、12科目という無茶苦茶なカリキュラムを成立させるためのもので、それ以外の目的で使うためではないはずだと推測できた。ハリーのためにも、どこかでブレーキをかけなければならないとアズラエルの理性が告げていた。

 

(……すみませんね、ハリー。だけど、ちょっと僕たちの手には余ると思うんです……)

 

 友を裏切ることに対する罪悪感がアズラエルを襲う。

 

 

 ハリーは、アルバス·ダンブルドア校長のことを何故か嫌っている。それはアズラエルも知っていた。確かに、ダンブルドア校長が学校を私的利用したことで賢者の石騒動が起き、秘密の部屋に気がつかなかったせいでハリーたちがバジリスクと戦うことになった。無関係の他人ならともかく、アズラエルから見て事件の最中さんざん不利益を被った当事者のハリーにはダンブルドアを嫌う筋合いはあると言える。

 

 しかし、アズラエルは客観視できる人間だった。はたしてダンブルドア以外の校長だったとき、ハリーはホグワーツに居続けられただろうかと。

 

 ハリーは闇の魔術に手を染めている生徒なのだ。はっきり言って、退学になっていないのがおかしい位にはハリーは奔放に行動している。アズラエル自身、秘密の部屋事件の時はハリーを支持したのでハリーに悪感情はないが、闇の魔法使いというものがどれだけ世間から嫌悪されるかは理解している。もしもダンブルドアが『見て見ぬふり』をして闇の魔術について黙認してくれていなければ、ハリーは魔法省に一連の事件の犯人として逮捕され、退学になっていたかもしれない。ルビウス·ハグリッドがそうなったようにだ。

 

 アズラエルは、自分がダンブルドアに報告したことを知ったとき、ハリーから嫌われるのではないかという思いに苛まれていた。ハリーとは友情を感じていたからだ。今回のハリーの法律違反である、『友達の妹のためにタイムターナーを利用すること』は、闇の魔術に手を染めたり怪しい先輩についていくことよりはよほど健全で、いい意味で身内を大切にするスリザリン生らしい行為ではある。ハリーの法律違反も、うまく行けば誰にも知られることなく、アストリアは元気に学校生活を送れていただろうから。

 

 

 寮生活で同じ部屋の友人と対立するということは、はっきり言ってストレスしかない。アズラエルは何も聞かなかったことにしてしまおうかと何度も迷った末に、ハリーからタイムターナーの無断使用を打ち明けられた三日後に、ダンブルドアへと手紙を出した。

 

***

 

 アストリア·グリーングラスは医務室への入院生活を終え、再びスリザリンの談話室に舞い戻った。ハリーから見てアストリアは入院前と変わらないほどに回復しているように見えたが、姉のダフネ·グリーングラスはそうは思わないようだった。ハリーはダフネがアストリアの食事の時も、それこそアフタヌーンティーの時ですらつきっきりになっている光景を目にした。それに対して口を挟む人間は暗黙の了承でスリザリンにはいなかったものの、アストリアは目に見えて萎縮しきっていた。

 

(ううん……)

 

 ハリーはアストリアの一件でダフネにあれこれと口を挟むべきではないと分かっていた。アストリアが入院している間、ハリーはダフネを気遣ってあれこれと話しかけたり、いい加減になっているダフネの宿題を見たりもしたが、ハリーが思っているよりもずっとダフネは頑固で、頑ななところがあった。

 

「差し出がましいようだけど。アストリアの居心地が悪そうだよ、ダフネ」

 

 ハリーがようやくダフネにそう言ったのは、アストリアが退院してから一週間も過ぎた頃だった。一週間も経過すれば、過保護な姉に付き添われてアフタヌーンティーの後で薬を飲むアストリアの姿は風景の一部となっていたが、アストリア恥ずかしそうにしているのは明らかだった。学校でまで姉にベッタリとくっつかれるというのは恥ずかしいなんてものではないだろう。

 

「二度とあんなことを起こしてはいけないもの。あの子は昔からちょっと抜けているの。私がついていなくちゃいけないわ」

 

 と、ダフネはハリーに言った。ダフネの手には魔法薬の書物が握られていた。元々ダフネは魔法薬が得意ではなかったが、アストリアの入院以来、魔法薬についてハリーに尋ねてくることが多くなっていた。

 

「……わかった。それなら、図書館で一緒に魔法薬の課題をやらないか。僕はいい薬を思い付いたんだけど、君のアドバイスも聞きたい」

 

 ハリーはダフネの妹思いな姿勢に敬意を持つことにした。アストリアには悪いが、命には代えられない。ダフネ本人がいいと言うまでは、ダフネを支えることが自分に必要な役目だとハリーは思った。

 

(……きょうだいっていうのはこういうものなのかな。大切に思ってるからこそ厳しくなるけれど、行動の底には相手への気遣いがある)

 

 弟として兄たちの『教育』を受けてきたロンに聞けば、そんないいものじゃない、過保護すぎるという答えが返ってきただろうことをハリーは思った。ハリーにとって兄と言うべき存在はダドリーで、ダドリーはハリーをただ殴り、痛め付けて虐げるだけの存在だった。しかし一般的な同姓のきょうだいは、ロンとパーシーのように普段仲が悪くてもいざというときには兄弟のために何かをしようとするものなのだ。

 

 ハリーとダドリーとの関係は、客観的に見ても健全な関係ではなかったな、とハリーは結論付けていた。ホグワーツで、普通のきょうだいというものを目にしたハリーは、ますますダーズリー家への嫌悪感を強くしていた。

 

(……マグルと魔法使いだからとか、僕が他所の子だったとか色々と理由はあると思うけどやっぱりダーズリー家はおかしかったよな……)

 

 ハリーはそんな内心を振り払って、ハリーはダフネと共にスネイプ教授の課題である『特製点眼薬』のレポートを書き上げた。ダフネは一時的に瞳の色を変える魔法の目薬について熱心に書き上げたのに対して、ハリーは夜目がきくようになる薬について書き上げた。

 

「つまらないわね」

 

 と、ダフネはハリーのレポートを酷評した。ハリーのレポートは新規性はなく無難な仕上がりだった。

 

「そうかな?実用的でいいと思うんだけどな。……そりゃ、長時間使いすぎると眠れなくなる副作用はあるけれど、ルーモスを使わないから他人に気付かれる可能性もなくなる」

 

 光一つない夜の暗闇でも昼間と変わらないように周囲を見渡すことができる魔法薬は便利だとハリーは主張した。

 

「夜に出歩く必要があるというの?おかしなことを言うわね。それより、瞳の色を藍色に変えられる薬の方がよっぽど素晴らしいわ。私、使用者のイメージに応じて色彩を変えられるよう調整してみたの」

 

「確かに、面白そうな薬だね。スネイプ教授はそっちを高く評価するかもしれない。ただ、視力低下のリスクとかが心配だね」

 

 ハリーはダフネのレポートに記載されていた調合リストを見て言った。成功するかどうかは別として、試してみたら面白そうなのは真新しさのないハリーのレポートより、ダフネのレポートに違いない。

 

 ダフネは気分しだいで自由自在に容姿を変えられることに魔法族の素晴らしさがあるのだと熱弁した。

 

「質のよい薬品には視力低下のリスクもないわ。スネイプ教授が仰っているリスクは、調合に使用する素材を正規の店以外で流れている粗悪品を使ってしまったり、資格を持たない闇の魔法薬師が作ったクスリを使ったことによるものよ。きちんと実験を重ねていけば問題ないはずよ」

 

 実際のところ、ダフネのレポートの理論そのものは面白味があった。特定の色に瞳の色を変化させる既存の目薬と、あらゆる人間の姿に変化するポリジュース薬の理論とを組み合わせることで、特定部位の容姿を自在に変化させるというものだ。それを実現するために用意する素材の手間、実際の調合によって目的の魔法薬を生み出す難易度はダフネが想像している数十倍は大変なのだが。

 

 

「そもそも魔法薬を正規店以外で買うなって話だけどね……」

 

 ハリーはノクターン横丁の違法薬品を思い浮かべた。あそこまで危険なものではなくても、資格を持たない人間が調合した薬品を使うというのは正気の沙汰ではないだろう。

 

(っていうか逆に、粗悪品のリスクを分かっていてもそれを使わざるを得ないほど困窮している人がいるということでもあるのかな……)

 

 シリウスたち大人がノクターン横丁の店を取り締まらず野放しにしているのも、困窮している人がいてそこに需要があるためか。

 

「ダフネはどうして違法取引が横行するんだと思う?……僕はシリウスから、ノクターン横丁ってところの噂を聞いたんだ。違法なアイテムや麻薬が流通してるって……」

 

(……あ)

 

 ハリーはダフネの雰囲気が微かに変わるのを見て、しまったと思った。夏休みに、ダフネはノクターン横丁を訪れている。

 

 ダフネは澄ました顔でレポートを書くふりをしているのがわかった。ハリーはつとめてポーカーフェイスを装った。ノクターン横丁にダフネやその父親が居たことを思い出させてしまったのはハリーのミスだったが、ダフネはあの場にハリーとザビニが居たことを知らないのだ。

 

「そ、そう。……私にも難しいことは分からないわ」

 

「だよねぇ」

 

 ぎこちないダフネに対して、ハリーは普段通りに言った。

 

「けれど……その方が管理しやすいのではないかしら。店側も役人側も」

 

 ダフネは伊達に生まれた頃から英国魔法界に育っていない。ノクターン横丁の歴史を絡めて、ダフネはその方がメリットが多いと言った。

 

「どうしても薬品を入手したい人間にしてみれば、取引の場所がころころと変わるのは都合が悪いのよ、きっと。いかがわしい薬でも法の許可が降りていないだけの薬品でも、それを探す手間だけで労力になるでしょう?」

 

「だからノクターン横丁で取引する?」

 

「私はそういう下賎な人間なんて興味はないけれどね。あそこは元々、ダイアゴンやホグズミードのような一等地から外れた掃き溜めよ。『そこにいけば何でもある、ただし品質は保証しない』というのが、あそこの最大のメリットなのよ、きっとね」

 

「シリウスはノクターン横丁ごと潰したいだろうね。そういう場所があるから仕事が減らない」

 

 ハリーは安易にさっさと一掃してしまえばいいのではないかと思い、冗談交じりにそう言った。

 

「けれど、そこを潰しても違法取引の需要はなくならないわ。かえって統制が取れなくなる」

 

 ダフネは思ったよりもハリーに対して胸襟を開いていたようで、きっぱりとそう断言した。

 

「統制か。ノクターン横丁を残す方がメリットが大きいってこと?」

 

「あくまでも仮説だけれど。『ノクターン横丁』という場所を見張れば違法な取り引きがあると分かっているのなら、そこを残す方が楽よ。潰せば短期的には大規模な取引はなくなるでしょうけど、別の場所で新しいノクターン横丁が生まれることになる。それが分かっているから、ノクターン横丁そのものを一掃しようという動きがないのよ。……ない、のよね?」

 

 ダフネは最後に、少しだけ不安そうにハリーに尋ねた。事情を知っているハリーから見ると、父親の違法取引の件が発覚するのを恐れているのは明白だった。

 

 或いは、ハリーが偶然目撃した取引以外にもダフネの父親はなにか後ろ暗い取引をしていたのかもしれない。しかし、ハリーはそう邪推しそうになる自分を戒めた。

 

「さぁ、僕にはそこまでは。シリウスも局内で出世してるって訳でもないし。ただ、最近のシリウスは暇みたいだよ、シリウスは。去年よりも手紙の回数が増えているし」

 

「そう。それは良いことね。……いえ、ブラックさんにとっては悪いことかしら?」

 

「良いことだと思うよ。僕もシリウスには無茶をしてほしくないし」

 

「……そうね」

 

 ダフネがほっと胸を撫で下ろすのを見て、ハリーはダフネへの埋め合わせをしたいと思った。ダフネの事情は把握していたのに、意図せず地雷を踏んでしまったのはハリーのミスだった。

 

「……今度、ホグズミードのドラッグストアとか化粧品店でも見て回ろうか。合法で良い薬もあるだろうし。ここのところ根を詰めすぎているし、息抜きくらいはいいだろう?」

 

「……そうね。アストリアへの退院祝いを買っても良いかもしれないわね。それにルーピン先生への見舞い薬も。ルーピン先生、ここのところ体調が思わしくないみたいだし…」

 

 ダフネはそう快諾した。ハリーはルーピン先生の『病気』について察しがついていたので、ダフネが無駄な薬を購入しないよう彼女を誘導しなければならなかった。

 

 そして週末に化粧品店やドラッグストアを訪れることになったハリーは、若干それを後悔した。ハリーはダフネの趣味にあわせ、ダフネの勧めで購入した目薬で瞳の色を翡翠色から碧へと変化させていたが、その目薬は一時的な瞳の色の変化だけではなく一時的な視力強化というハリーにとって嬉しくない恩恵もあった。

 

 ついにハリーのアイデンティティである眼鏡すら外させるという暴挙に出たダフネは笑い、眼鏡を外さなければならなくなったハリーはひたすら困った。ハリーは目の前の女子が狡猾なスリザリン生だという事実を改めて認識しなければならなかった。

 

***

 

 アントニン・ドロホフとフィーナは、ただひたすらに無為な時間を過ごしていた。密漁者を扇動した古代魔法奪取計画も、ハリー・ポッター暗殺計画もまったく進まなかったためだ。

 

 密漁者たちは、フィーナの伝手でその存在を把握した。衰えたドロホフから見ても有象無象のチンピラの集まりで、そんなものでホグワーツの守りを突破できるならば苦労はしない。最初から失敗する前提で、防衛の内容を把握するために送り込んだのだ。

 

 が、密漁者たちは全滅。フィーナとドロホフが思っていた以上に、密漁者たちは杜撰だった。あるいは、ホグワーツの防衛能力を甘く見ていた、というべきだろうか。

 

 古代魔法の奪取が潰えた時点で、ドロホフは撤退を考えた。闇の帝王への合流を優先すべきだとフィーナに言った。しかし、フィーナは強硬にハリー・ポッターの暗殺を主張した。

 

『ポッターを殺害し、その死体をホグズミードに晒せば、闇の帝王も私たちを信頼し重用していただけるはずです』

 

 ドロホフからすれば、フィーナのその考えは甘い見通しだった。帝王復活の助けとなるかもしれない古代魔法とは異なり、ポッターを殺害することは帝王の利益に直結しないからだ。しかし、ドロホフは相談の末、最終的にはフィーナにこう言った。

 

『やってみろ。なんなら俺を上手く使ってみるか?』

 

と。

 

 闇の帝王への忠誠こそ、ドロホフにとっての最優先事項である。しかし、ドロホフは前回の戦争の終盤に、仲間同士で意見を違え、それが原因で捕縛されてしまった。帝王の捜索を主張したドロホフと復讐戦を主張したベラトリクスとで対立し、協力できなかったからである。

 

 その経験が、ドロホフを慎重で寛大にさせていた。フィーナという若い闇の魔法使いはドロホフにとって恩義のある相手でもある。受けた恩義の分だけは、フィーナに尽くすのもやぶさかではなかった。

 

 しかし、週末にホグズミードに居る筈のハリー・ポッターは見つからない。ハリーの容姿の情報はジェームズ·ポッターのような丸い眼鏡をかけた、緑色の瞳の子供だった。しかし、ホグズミードをどれだけ眺めても、そんな少年は見つからなかった。ディメンターに見つからぬよう隠蔽魔法を駆使して確認するハリー・ポッター探索は、まったく効果がなかったのである。

 

 標的であるハリーは別に、ドロホフたちへの防衛意識が高じて変装をしていたわけではなかった。

 

 街を歩く度に生き残った男の子だという視線を浴びるのが億劫で、ザビニからもらったフェイスクリームで額の稲妻形の傷を消して出歩いたこと。

 

 ダフネの好みを尊重して、瞳の色を目薬で一時的に変化させて出歩いたこと。

 

 それらのお陰で、フィーナとドロホフはハリーを発見できずにいたのである。12月の冷えた外気を感じながら、貴重なポリジュース薬と変身魔法を駆使してホグズミードを歩き回ったが、それだけの時間をかけてもなおハリーと思わしき人物を見つけることは出来なかったのだ。

 

 ハリーを強引にでも見つける方法はいくつかある。その辺の子供にポリジュース薬で変装し、ホグズミードで聞き込みをすればいい。しかしポリジュース薬には限りがあり、ハリーを知る人間を見つけることはできなかった。

 

 その日、ドロホフが魔法の研鑽をしてかつての実力の一端を取り戻しながらマグルの殺戮を繰り返して衣食住を満たしていた時、フィーナは一つの提案をした。

 

『ホグズミードでインペリオを使いましょう、アントニン。あれならばポッターを見つけられる筈です』

 

 インペリオ(支配)によって手当たり次第にホグワーツの生徒、あるいは学生に人気のある店の店員を支配し、ハリーを探させるというものだった。しかし、隠蔽が困難だという理由でドロホフはこれを却下した。

 

『それはいかん。それは最後の手段だ、フィーナ。支配した記憶の忘却には精緻な腕が必要だが、俺にもフィーナにもそこまでの腕はない』

 

『支配した後、その魔法使いを殺害してエバネスコ(消去)するのは?行方不明になれば発覚は遅れます』

 

『マグルならばいざ知らず、魔法族が突然居なくなれば闇祓いが動く。次の日には俺たちは大量の闇祓いに囲まれているだろうよ』

 

 死の魔法を行使してから殺した遺体を消去すれば、そのものは容易い。しかし、ホグズミードでホグワーツ生や店の店員が行方不明になれば、警戒レベルが上昇するのは必然だ。マグルならばともかく、魔法族相手においそれと闇の魔術を行使するわけにはいかないとドロホフは言った。

 

 本来ならそういう時のために、犯罪に手を染めた阿呆な子悪党や密漁者を使うのだ。だが、フィーナがホグワーツに送り込んだ密漁者たちは全員が取っ捕まってしまった。使い捨てにできる手駒が残っていないのである。ドロホフのかつての部下はアズカバンで発狂死しており、人手のあてはなかった。

 

 闇の魔術の一つ、インペリオ(支配)は万能だ。しかし、使用後はチャームの一つ、オブリビエイト(忘却)によって支配されたという記憶を忘却させるのが推奨される。操られて本来しない行動を取った人間は、そのときの記憶を覚えている。当然、誰がインペリオをかけたのかも。しかし、今のドロホフもフィーナも、オブリビエイトに秀でているわけではなかった。

 

 闇の魔術に秀でる人間には、闇の魔術に精通するあまり他の魔術が疎かになるという欠点がある。単純に闇の魔術の使用難易度が高いためにそれの修練に時間を取られ、変身呪文や各種チャームを忘れていくことも理由の一つだが、あまりの闇の魔術の強力さに慢心し、無意識で他の魔法を見下すこともその理由の一つだ。

 

 ドロホフ自身は、闇の魔法使いの中では闇の魔術だけではなく他の魔法にも精通している方である。正しくは、かつては精通していた。アズカバンでの十年という無為な歳月は、アントニン・ドロホフから魔法の精密さを奪い去っていた。簡単なオブリビエイトならば成功することはマグルで人体実験し確認済みだが、魔法族相手に通用するような精度ではなかった。現在の腕では、オブリビエイトで忘却させたとしても、必ず後から記憶の欠落があると気付かれてしまう程度の腕しかない。

 

 フィーナはもっと悲惨だった。ドロホフは錆びた腕を取り戻すためにフィーナに胸を借りるつもりで何度か手合わせしたが、フィーナの魔法の腕は十年アズカバンで過ごしたドロホフ未満でしかなく、ドロホフがフィーナを指導しなければならなかった。

 

 フィーナによれば、彼女はDADAのNEWTをEで通過したとのことだった。しかし、そんなことは何の自慢にもならなかった。ドロホフから見て、フィーナはたまたま闇の魔術の才能があっただけの凡人でしかなかった。帝王全盛期の時代にフィーナがいたとしても、闇の印は与えられなかっただろう。

 

(……仕方あるまい。娑婆に出られたのはこの娘のお陰でもある。もう少し付き合ってやるとするか……)

 

 

 ドロホフがそう判断したのは、闇の帝王の居所に関する手掛かりがなかったからでもある。本当ならばすぐにでも主君に合流したいところなのだが、錆び付いた腕のまま帝王と合流し、挙げ句帝王の足手まといになったのでは牢獄にいる同僚にも帝王にも申し訳が立たないし、恩義のあるフィーナの後見人になってやることすら出来ないのだから。

 

 フィーナと自称する娘は聖28一族に数えられる純血でも、経済力を有した魔法使いの一族でもないとドロホフは察していた。そのどちらも、帝王の失墜と共に帝王への支持を取り下げたからだ。レストレンジ家は別だが。

 

 フィーナと名乗った娘は若さゆえの美貌こそあったものの、ベアトリクスや純血の人間たちが幼い頃からしつけられて身に付けた所作の優雅さはなかった。

 

 

(おそらくは名もない半純血の家の出で、スリザリン内の有力な一族に取り入ることも出来なかったのだろう。……ホグワーツには他の寮もあるのだったか?ま、俺に細かい違いなんぞ分からんが)

 

 フィーナという娘がなぜ自分を脱獄させたのか。単純に入手できた鍵がドロホフのものだった、というだけではないと、ドロホフは踏んでいた。

 

 死喰い人として帝王に殉じた者の大半は、ホグワーツのスリザリン出身者だ。ドロホフは帝王に従い己の罪を認めて英国魔法界の牢屋に入ったが、それはドロホフが死喰い人の中で政治能力に欠けていたからに他ならない。例えばルシウス·マルフォイならば、己の罪を免じられるほどに魔法省内に取り入るという小賢しい立ち回りができた。地盤が英国にあるルシウスならではの芸当で、元々外国人のドロホフには出来ない立ち回りだ。

 

 ドロホフの中で思考が巡る。

 

 この娘はなぜ自分を助けたのかと。

 

 はじめてアズカバンに入り込んだこの娘に囚人の誰がデスイーターでどれだけ優秀かの判別がついたとも思えない。

 

 が、この娘がアズカバンの牢屋を破壊して侵入したとき、娘は確かにこう呼び掛けた。アントニン・ドロホフはいるか、と。

 

 

 ベアトリクスやロドルファス、ソーフィンではない。ダームストラング卒業生のドロホフをだ。

 

 フィーナは、スリザリン派閥ではないドロホフしか自分を受け入れないと思ったのかもしれない、とドロホフは考えた。

 

(……結果がどうあれ。生き延びたら。もしもこいつが生き延びたなら、闇の帝王に取り次ぐとするか。……俺も、随分と焼きが回ったもんだ。かつては何十人と手駒が居たのに、今は小娘一人とはな)

 

 己の不甲斐なさを笑ってか、それとも、帝王に対して不敬ではあるが、現在の状況を楽しんでか。ドロホフはフィーナに温かいスープを差し出した。簡単なポトフで味付けも薄めだが、外回りで冷えた体には効くだろう。

 

「まずは食べて英気を養うことだ、フィーナ。次の週末までは時間もある。焦ることはあるまい」

 

「ええ、頂きます……アントニン」

 

 

 フィーナは疑いもせずに差し出されたポトフを飲み干した。その疑いのなさ、ドロホフに対する警戒心の薄さに対して、ドロホフは内心で苦笑した。新しい世代の闇の魔法使いは、ありとあらゆる点で未熟だったのである。

 

 




ドロホフはダームストラング卒業生ということにします(この二次創作の独自設定です)。
ダームストラングファンおよびドロホフファンの方はごめんなさい。でも闇の魔術を習っているダームストラング出身者は闇の帝王からしたら闇の魔術の研鑽と人材コレクションのために欲しい人材だと思うんです。カルカロフもダームストラング出身者でしょうし。

……とはいえダームストラングだけを不当に貶めるのはアレだしそのうちボーバトンやイルヴァーモーニーやマホウトコロ出身のデスイーターを出してバランスを取れるかなぁ……


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シビル·トレローニ

トレローニとかいう『自分を本当は凡人だと思ってるけど気付いてないだけでガチの天才』。

予知能力を凡人どもに愚弄される謂れはないんだけど教師としてはまぁうん……


 

「ハリー、疲れてるか?」

 

 決闘クラブでの一通りの練習を終えたハリーは、壁際に寄りかかって紅茶を口に含んでいた。そんなハリーを心配してか、ロンがハリーに話しかける。ハリーはティーカップを壁際の机に置いてロンに向き直った。

 

「いや全然?クィディッチが出来ない分体力が余ってるくらいだよ」

 

「でも紅茶は欠かせない?」

 

 一服したハリーを茶化しておどけるロンにハリーは頷いた。

 

「まぁね。ロンの方こそどう?疲れてるなら一杯。……生憎砂糖は切らしてるけど」

 

「いや、かなり調子がいいんだ。パトロナスがうまくいったからかもしれない」

 

 その日の決闘クラブは、一つ素晴らしい出来事があった。ロンとザビニがエクスペクト·パトローナム(パトロナス召喚)に一瞬だけ成功したのだ。ハリーはロンの杖から銀色のテリアが、ザビニの杖から銀色の馬が放出されるのを確認した。パトロナスは一瞬で消えてしまったとはいえ、実体を持つパトロナスを見れたことで部員たちは歓声をあげて二人を称賛した。コリンがカシャカシャとカメラのシャッターを切る音も気にならないほど、ロンとザビニの二人は喜びに満ち溢れていた。

 

 ロンもザビニも実践形式、つまりディメンターのそれに近いような恐怖を体感した状態でパトロナスを出したわけではない。しかし大勢の部員たちが見守るなかでパトロナスの召喚に成功したことで、ロンの顔はこれまでになく喜びに満ち溢れていた。ハリーはそんなロンやザビニを見ていると、胸の中に暖かなものが広がっていった。

 

「本当に凄かったよ。ちょっと小さめだったけど毛並みの良い、立派なテリアだった」

 

 ハリーが褒めると、ロンは耳を赤くした。ハリーはロンの耳と髪の毛のどちらがより赤くなるだろうかと思った。

 

「ライオンとかの方が良かったなぁ。グリフィンドールっぼいしさぁ」

 

「それはルナと被るよ」

 

 ハリーが杖で差した先には、ライオンの帽子を被ったルナがファルカスの放出した紫色の布に絡め取られていた。帽子が布によってルナの顔に覆い被さりルナの視界を塞いでいる。ロンはうげえと呻き声をあげて、それもそうだと呟いた。

 

「ライオンじゃなくて良かった。……まぁ冗談はこれくらいにしていいか?……実は、ハリーに相談したいことがあって来たんだ」

 

 ロンは喜びに満ち溢れた表情を少し納めて、ハリーにそう持ちかけた。

 

「もしよかったら聞いてくれねぇかな……いや、ハリーが嫌だったり、忙しいなら……」

 

「まずは話を聞いてみないと判断できないよ。どうしたの?」

 

 ハリーはロンの頼みを断るつもりはなかったが、ロンがハリーにこうやって相談することは珍しかった。ハリーはわざわざ自分に相談してくれたことを嬉しく思いながらも、真面目な表情でロンに続きを促した。

 

「……実は、ハーマイオニーのことなんだけど」

 

「……ハーマイオニーがどうかしたの?」

 

 ハリーはそう言いながら、最近のハーマイオニーの様子を思い返していた。アストリアのことがあってからダフネにかかりきりになっていたが、ハリーは12科目全てでハーマイオニーと同じ授業を受けてきた。

 

(……いや……そう言えば最近は口数が少なくなっていたかな……いつもよりも元気がなかった……)

 

「あいつさ、ちょっと疲れてるんだよ。ほら、ハリーも受けてるようにハーマイオニーも12科目を受けているわけだけど、なんだか滅茶苦茶なスケジュールみたいだし……」

 

 

「ああ。まぁそれ自体は普通のことだよ。でもそんなに心配するほど疲れるって訳じゃないだろう?何かあったの?」

 

 幾らなんでも忙しいだけで相談しに来るとは思えず聞くと、ロンは占い学がハーマイオニーに合わないんだと言った。

 

(そう言えばアズラエルもそんなことを言ってたな……)

 

「……ああ。ほら、占い学のトレローニーってインチキ婆さんで有名だろ?君とか、ハッフルパフのディゴリーに死の預言をしたって噂もあるくらいにデリカシーにも欠けてる。だからハーマイオニーはずっと苛々してたんだけどさ」

 

「ハーマイオニーは真面目だからねぇ」

 

 ハリーから見ても、ハーマイオニーの勉学への向上心の高さは異常だった。だからこそ許せないこともあるのだろうが。

 

 

 

「……そのトレローニの占いが原因で、ハーマイオニーはラベンダー·ブラウン……ほら、知ってるだろ?うちのクラスの女子だよ。あの子と喧嘩しちまってさ。ペットが死んだことを占い婆さんの予知が当たったんだっていうラベンダーと、そんなわけねえだろって言うハーマイオニーとで口論になっちまって」

 

「あー、うん。ハーマイオニーは正しいかもしれないけど人の心はないね」

 

 ハリーは自分がラベンダーの立場にたったときのことを想像してそう言った。まだずっと先の話になるだろうしできればそんな日は来てほしくはないが、アスクレピオスの死を悼んでいる時に横から茶々を入れられて、怒らずにいられるとは思えなかった。ラベンダー·ブラウンという少女が客観的に見て迷信深く、『愚か』な人間であったとしても、自分の手の及ばないことを何か別の超常的なもののせいにして逃避したくなる気持ちはわかるつもりだった。

 

「うん。ハーマイオニーもそれでちょっと参っててさ。勉強のことを忘れられるようないい体験が必要だと思うんだ」

 

「……なるほど……疲れと先生との相性の問題か。休日にリフレッシュするのもいいとは思うけど、ちゃんと手を抜けるところで手を抜いてる?薬草学とか占い学とか、期末テストでもないレポートなら未提出さえなければ成績には反映されないよ?」

 

 宿題のレポートが成績に反映される割合は科目によって異なる。念のためにハリーが尋ねると、ロンは渋い顔をした。

 

「いやぁ、それはあんまり……占い学のレポートも、羊皮紙一枚丸々書いてたしなぁ」

 

「……内容は?」

 

 ハリーは嫌な予感を感じながらロンに続きを促した。

 

「確か、亀の甲羅の占いだったかな。アジア圏で大昔に流行った占いだって言ってた気がする」

 

(……ええ……)

 

「……授業でも習ってないところじゃないか。流石にアドバイスなんて出来ないね、それは」

 

 ハーマイオニーがハリーより疲れているのには理由がある。ロンによれば、

 

「ハーマイオニーは勉強に取り憑かれているんだ」

 

 とのことだが、話を聞いてみてハリーはハーマイオニーの問題点を理解した。

 

(彼女は完璧主義なんだ)

 

 

 例えば占い学の課題であれば、ハリーは天文学の知識を応用した星占いのレポートを書いた後、友達のなかでも天文学に詳しいファルカスから内容について一言確認してもらってから提出する。その代わりにファルカスの薬草学のレポートを見たりもする。スリザリンらしい相互扶助的なあり方だ。この関係が成立するのは、ハリーとファルカスとの間で得意科目がばらけているためだ。これによって、ハリーは自分の勉強の負担をある程度減らしている。実際の作業時間は変わらなくても、心理的な負担はぐっと減るのだ。

 

 しかしこれがハーマイオニーの場合、善意でロンやネビルのレポートを見た後、専門書を読み込んで既存の知識にない甲骨占いについてのレポートを書き上げる。レポートそのものは学年トップレベルの高評価を得るのだろうが、専門書を読む時間に加えてネビルやロンといった友人のレポートを読み込んだあと、自分の勉強は全て自分で確認してから出している。自分の勉強に友人が介在しないのである。

 

 

 勉強は自分のためのものである以上ハーマイオニーのやり方の方が正しい。ハリーの中でハーマイオニーに対する敬意は否が応でも高まったが、しかし、ハーマイオニーの処理能力をもってしてもそれを12科目で続けるという作業は負担となるだろう。手を抜けるところで手を抜き、自分自身の精神を健康に保つという部分での妥協を彼女はよしとしない。それが、ストレスとなってハーマイオニーを蝕んでいる。

 

「……ハーマイオニー、占い学のことあまり好きじゃないだろう。そこまで本気になってやらなくてもいいと思うな」

 

「ハリーもそう思うだろ?一緒に説得してくれねぇ?」

 

 

 占い学にも一定の魔術的な法則は存在する。しかし、それが意味を成すのはほんの一握りの天才だけなのだ。東洋の島国の古代女王のように、占いに対して才能を持った人間であれば占いは正解を示す。

 適当に言った筈の無駄な情報が、当たっていた。あるいは当たった、ということが起こり得る。天才であればの話だ。

 

 つまりは才能のない学生とって、占い学は無意味な授業なのだ。だからこそ、ハーマイオニーは苛立っているのだろう。ギフテッドではなくとも、学問と習熟によって魔法を習得してきたハーマイオニーには許しがたいということは想像できる。

 

 

 ハリーにも勿論占い学の才能はない。しかし、ハリーは自分にその分野の才能がないことを悲観していなかった。占いという才能がなくても、蛇語という才能によってハリーは満たされていたし、自分にない才能が沢山あるということは張り合いがあって案外楽しいものだった。

 

「……作戦を練ろう。ハーマイオニーの気分が安定した時に提案した方が、ハーマイオニーも話を聞いてくれる筈だ」

 

「うん、それだ!俺もそれがいいと思う!」

 

 ロンはぱあっと顔を明るくしたが、すぐにその表情は陰った。

 

「でもどうやって?」

 

 ハリーはホグズミードで遊んで気分転換した後でならどうかとロンに提案した。

 

「今度、スリザリンの友達と美術館に行くつもりなんだけどさ。アズラエルたちが来れなくなってチケットが余ってるんだ。ハーマイオニーと一緒にどうかな?」

 

「いいのか?……ありがとう!ハーマイオニーってこういうの好きそうだし、ナイスアイディアだぜハリー!」

 

「頑張ってね、ロン」

 

 ハリーは以前購入したチケットをロンに渡した。アストリアが入院したことでお流れになったものの、ホグズミード美術館は融通が効くようで、入館さえしていなければ別の日であっても訪れることは可能なようだった。

 

 これはホグズミードを盛り上げようという取り組みの一つで、ホグワーツ生だけが許される特権だった。

 

 ロンの表情に喜びが戻ったことに一安心して、ハリーは決闘クラブの闘技場に足を運んだ。上級生たちに挑んだハリーは調子が良く、その日はじめてバナナージ·ビストに魔法を当て、勝利することができた。それだけではなく、ザビニやロンの晴れ晴れとした姿を思い浮かべたことで、エクスペクト パトローナムに紛れ込んでいた禍々しい気配はすっかりなくなっていた。

 

 

***

 

「ダフネ。今度の日曜の美術館だけど、アズラエルたちは来れなくなったよ。代わりにロンとハーマイオニーが来ることになった」

 

「……ミリセントがオペラに行くと言っていたのは知っているわ、ハリー。けれどグレンジャー?ハリー!私の立場も考えてくれる?」

 

 ダフネ·グリーングラスは木曜日の放課後、ハリーから聞いた言葉に烈火の如く怒りを見せた。道行く通行人が好奇の視線を向けるのも気にしないほどに。そもそもダフネはハリーの友人ではあってもロンやハーマイオニーとは会話したことすらない。ハーマイオニーに至っては、パンジーの取り巻きの一人として悪印象を抱かれて敵視されている恐れがあった。ハリーはダフネの言葉に対して、呑気にもこう言った。

 

「心配は無用だよ、ダフネ。合流するのは美術館の中でだし。たまたま美術館で出くわしたってことにすればいい。ザビニたちも来るんだし」

 

「それは……そうかもしれないけれど」

 

「どうかこの通り。今回だけでいいんだ、ダフネ」

 

 ダフネはハリーの態度に語気を弱めた。ダフネは純血主義を強く信仰しているわけではない。ただ、スリザリン内部で立場を無くすことは避けたいという打算はあった。パンジーなど、ハリーに関する話をダフネから聞くたびに『ハリーに純血主義を教えてあげるのよ』等とダフネにせっついてくるのだから。

 

 が、その場にザビニとトレイシーが来てくれるのならば話は変わる。トレイシーは口喧しく三秒も黙っていられないほどのゴシップ好きだが、スリザリン内部での交遊関係は広く女子たちにもそれなりに人気があるからだ。口下手なダフネの立場も、トレイシーならば守ってくれるだろうという打算があった。

 

 無論、ダフネ自身も親の用意してくれた人脈を便りにして、トレイシーに便宜を図ることができる。だからダフネは、ハリーに対して『お洒落』をしてくることを条件にして頷いた。

 

「……どうしてもと言うのなら、あなたが前あげた目薬を使ってくれるならいいわ」

 

「……あー、あの目薬か。……うーん、まぁそうだね。了解」

 

 

 ハリーは歯切れ悪くダフネの言葉を了承した。その姿を見て、ダフネは少し訝しんだ。

 

「あら、あの目薬は気に入らなかった?」

 

「そういう訳じゃないよ。ただ、眼鏡がないと落ち着かないんだ」

 

「無い方が動きやすくて便利でしょう?」

 

 ダフネの言葉に、ハリーは肩をすくめた。

 

「まぁそうだね。決闘の時とかに使えたら便利だろうと思うよ。クィディッチの時も外したりするし。……でも、眼鏡をかけている人間にとって眼鏡は身体の一部みたいなものなんだ。ないとどうもね」

 

「……そんなものかしら」

 

 ハリーの言葉にダフネは納得して引き下がったが、そう言えば、とふと思った。

 

 

(……ハリーが要求を断ったのは珍しいわね。もしかしたらこれがはじめてかしら……?)

 

「その瓶の蓋のような眼鏡を買い換えたりはしないの?随分と古そうな眼鏡だけれど」

 

 年頃の少女らしい好奇心を発揮して何の気なしにダフネがそう聞くと、ハリーは顔をしかめて言った。

 

「僕にとっては身体の一部だから、これでいいんだよ。新しい眼鏡は慣れるまでに時間がかかるしね」

 

「……ふうん、そうなの」

 

 ダフネはハリーの返答に何か違和感を感じながら、その日は引き下がった。

 

***

 

 その日一晩、ダフネはハリーの眼鏡について考えてみて、ふと思った。あの眼鏡をハリーはいつからかけていたのただろうかと。

 

 

(……そう言えば、入学式の日からずっとあの眼鏡だったような……)

 

 ダフネの記憶は朧気だが、ハリーはとにかく目立っていた。ドラコに対して啖呵を切っていた日も、クィディッチの選抜試験の日もあの眼鏡だったとダフネは思い出した。

 

(……あの眼鏡、マグルからもらったものなのかしら。けれどポッターはマグルが嫌いだって)

 

 記憶の中の印象深い出来事を思い返すと、ハリーがマグル嫌いであることをダフネは思い出す。

 

(日曜日に聞いてみようかな……けれど、そんなことをしたら嫌われるかしら……?)

 

 いくら友人であっても、聞かれたくないことというのはあるだろう。ダフネは自分の交遊関係をこわすリスクを恐れた。代わりに、ダフネの脳裏にあるアイディアが閃いた。

 

(……そうだわ、グレンジャー!グレンジャーが居るじゃない!あの子を唆してみよう。あの子は私よりもハリーと仲がいいもの。何気ない会話の流れで聞き出してくれるはずだわ!)

 

 ダフネは眠気で疲労した頭で、名案に違いないという思いを胸に眠りについた。そもそもダフネはハーマイオニーとは友人でもなんでもない上にハーマイオニーから嫌われている可能性すらあるというのにどうやってハーマイオニーと親しくなるつもりなのか、それを突っ込む人間は夢の中のダフネの脳裏には存在しなかった。

 

***

 

 金曜日の放課後、ハーマイオニー·グレンジャーは、ルナ·ラブグッドに導かれてレイブンクローの塔を訪れていた。ハーマイオニーの顔色はお世辞にもよくはなかったが、ルナはハーマイオニーの頼みを断らなかった。

 

『本当に行くの?』

 

『ええ。私は勉強で妥協はしたくないの。私は、色んな人に会って……ハリーやロンやザビニたちやマクギリス先輩と会ってわかったの。しっかりと話して、その本質を理解しようとしなければならないんだって。占い学というものを理解しようとしなければならないの。お願いルナ、案内してくれる?』

 

『ハーマイオニーの頼みなら。ホグズミードの叫びの屋敷にナーグルがいるかどうか、今度見てきてね!』

 

『ええ。約束するわ、ルナ』

 

 ハーマイオニーとルナはこうして、トレローニ教授の研究室を訪れたのだった。

 

「ここだよ、ハーマイオニー。トレローニ先生!いらっしゃいますか?」

 

 ルナは杖で教授の研究室の扉に文字を描く。それが稲妻形のルーンであることにハーマイオニーは気がついた。

 

「……どなた?」

 

「ハーマイオニー·グレンジャーです。先生にお伺いしたいことがあって来ました」

 

「……お入りなさいな」

 

 そしてハーマイオニーは、己にとって不倶戴天の敵とも言える教授の研究室に足を踏み入れた。

 

***

 

 シビル·トレローニは不快感を感じつつも、研究室を訪れた栗色の髪をした出っ歯なグリフィンドール生の少女を招き入れた。同行していたブロンドのレイブンクロー生は研究室に置かれた色とりどりの札に興味を示すのに対して、ハーマイオニーは強い意思を携えた目でシビルに古代アジアの呪術と占い、そして魔法についての相関性を質問してきた。

 

「その質問は、隔ての無いものを細分化して区切ろうとする盲目な人間の性によるものですわ」

 

 

 トレローニは占い学の教授として、占い学らしい曖昧な返答で答えた。ハーマイオニーは納得できないというように質問を飛ばし、トレローニーがのらりくらりとかわす。そんな時間が続いた。

 

(本当に小賢しいだけの小娘が……)

 

 トレローニにとって、あるいは占い学を楽しむ人間にとってもっとも愚かな人間がいる。

 

 目の前のハーマイオニー·グレンジャーや、あるいは校長のアルバス·ダンブルドアのように、占いという学問の曖昧さに含まれる解釈の余地を理解せず、なんでもかんでも白黒をつけたがった挙げ句、しまいには占いを楽しむ人間すら愚弄する無知蒙昧を極めたような人間である。

 

「ではマグルの占いと、占い学の占いとでは区別がないんですか?」

 

「そうとも言えますしそうではないとも言えますわね」

 

 占いは、白黒をつけてはならないという原則がある。本当に優れた預言者は、その解釈に幅を持たせ、預言によって人が左右されるのではなく、人が歩む道を少しだけ照らすのだという祖父の教えを、トレローニは基本的に守り、そしてあるときは外した。

 

 トレローニの態度にハーマイオニーは苛立ちを隠せなくなってきたものの、ハーマイオニーはトレローニの研究室を離れようとはしなかった。ブロンドのレイブンクロー生、ルナはふわあとあくびをした。時計の針はゆうに一時間以上も経過している。

 

(……そろそろ頃合いですわね)

 

「ミス·グレンジャー。勉強熱心なのはとてもいいことですわ。……ですが、私のように真眼を持つ人間には、一つだけ言えることがありますの」

 

「それはなんですか?……トレローニ教授」

 

 敬意を欠いてはいけないと、ハーマイオニーは渋々言葉を付け足す。そんな彼女に、トレローニは一つの預言を下した。

 

「……わたくし、言うも憚られるほどに恐ろしい未来が見えましたの。その未来では、魔女がこう嘆いていましたわ」

 

 

「『勉強勉強、勉強ばかりしてきた』『今は一人』『あの日いた友達はみんなどこへ行ったのか』と……」

 

 トレローニの言葉に、ハーマイオニーとルナは心臓を鷲掴みにされたような顔をした。

 

「わたくし、未来は一つではないとも考えていますの。真眼を持たない人間には分からないでしょうが、そういった凡俗には凡俗としての道もありますのよ」

 

 トレローニの言葉に何を思ったのか、ハーマイオニーはすっかり意気消沈し、ルナに支えられながらトレローニの研究室を去った。トレローニは一息ついてから、日課の瞑想にふけるのだった。

 

***

 金曜日の晩、ハーマイオニーはラベンダー·ブラウンに対して彼女の気持ちを踏みにじったことを謝罪した。少し晴れやかな顔のハーマイオニーとラベンダーを見守った後、ロンがハーマイオニーを美術館に誘うと、ハーマイオニーは満面の笑みで美術館に行くことを約束した。

 

  





 ハリーが完全にパトロナスを使いこなすためには精神的な成長が必要です。


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吉報

ファルカスのタロット占い結果

ハリー→愚者
シリウス→死神


 

「企みは順調のようだな、ダンブルドア」

 

 生者は一人と一羽しかいない筈の校長室で、アルバス·ダンブルドア以外の男性の皮肉げな声が響く。彼との会話が、部屋の外に漏れることはない。ソノーラス系統の魔法を防ぐだけではなく、校長室内のどんな話も校長室という空間の外に伝わることがないように、アルバス·ダンブルドアが防護魔法を施しているからだ。

 

「企みとは一体何のことかなフィニアス。私にはさっぱり心当たりがないが」

 

 アルバス·ダンブルドアは、一年生の生徒に語りかけるような気安さでフィニアス·ナイジェラス·ブラック元校長の肖像画に返答した。生前のフィニアスはアルバスが入学した頃の校長であり、偉大な先人として最大限の敬意を払っている。それが故に、アルバスはフィニアス·ナイジェラスの肖像画に対しても生前のフィニアスに対してしたように接していた。

 

「惚けたことを。あの半獣を使って、我がスリザリンの生徒を『矯正』しようという試みについてだ。うまくいきそうで、君は枕を高くして眠ることが出来る。違うかな?」

 

「パトロナスの習得は、ハリー自身が望んだことだよ」

 

「わざわざ目の前に大きな餌をぶら下げてまで必死に誘導してかね?過干渉だと思うのだがね」

 

 フィニアスの皮肉を、ダンブルドアは涼しい顔で受け流した。ホグワーツの伝統に照らし合わせるならば、確かにフィニアスの言葉通り、教師陣のハリーへの干渉は度を超えている。

 

 ホグワーツの内部で闇の魔術を独自に習得し、あまつさえ法律で禁じられている信仰する生徒がいるとして、それを見て考えを改めさせようという教師は少ない。良くも悪くも、生徒の問題は生徒自身で解決するのがホグワーツの伝統であり、生徒の所属する寮の担任が対応することで、校長が上から指図するというのは少々行きすぎていた。

 

「ルーピンに指図したのはやむを得ないことだよ。ハリーには、己の意図せぬところではあるが影響力がある」

 

 ダンブルドアはフィニアスに、わざわざ干渉した意図を語った。

 

「あの年代の少年たちは、良くも悪くも分かりやすい力に傾倒しやすい。それに、力を持った人間の影響も受けやすい。突出した一人の生徒が良からぬ手段に傾倒することで何が起きるのかは、貴方もよく理解している筈だ」

 

 その言葉に、フィニアスは昔を思い浮かべるような遠い目をした。フォークスの鳴き声だけが響く校長室の隅で、歴代校長の肖像画の中の一人、ディペットがダンブルドアに懇願した。

 

「……そこまでにしておいてくれアルバス。それ以上は私の耳が痛む……」

 

 そんなディペットを、フィニアスは嘲笑した。

 

 

「ならば肖像画から耳を削り取って貰いたまえ。いやいいや、出来るならば口も、か」

 

 

(……ふん。パトロナスや結界の試練を通して、力に依らない魔法があると教え更正を促す。アルバスらしい迂遠なやり方だが、口で直接ああしろこうしろと言うよりはまだ効果のあるやり方ではある)

 

 ディペットを黙らせたフィニアスは、肖像画の中で思考を巡らせる。

 

(……問題は……なぜそこまで闇の魔術から遠ざけようとするかだ。我がスリザリンには闇の魔術に対して寛容な風潮がある。いかに校長と言えどスリザリンの伝統にまで口を出すのであれば止めねばならぬと思ったが……)

 

 

 黙々と筆を走らせるアルバス·ダンブルドアをチラリと見ながら、フィニアスは渋い顔をした。

 

(……カロー家の若造とポッターにあの試練を受けさせたのも、スリザリンの伝統を壊すためか?)

 

 そう聞きたい気持ちを、フィニアスは抑えた。アルバス·ダンブルドアがスリザリンの伝統を変えるというのは、はっきり言ってあり得ないことだからだ。

 

(……それは、ない。あるとすれば別の理由に違いなかろうが……)

 

 アルバス·ダンブルドアは改革者にはなり得ない。それが出来ないということを、フィニアスは肖像画の中から嫌というほど見てきたからだ。フィニアスは、アルバス·ダンブルドアに対して語りかけた。教師が生徒に対するようにかけた言葉のつもりだったが、フィニアスの尊大な態度は思いやりというものを周囲に感じさせなくしていた。

 

「……アルバスの意見は……ホグワーツの常識から言えば非常識ではあるが、あの年代の子供たちの愚かさを考慮すればもっともな対応ではある。そういうことにしておこう。今はな。だが、あの半獣を信用するのは如何なものかと思うがね。表面を取り繕うことだけを覚えさせかねん」

 

「リーマス·ルーピンは信頼できる人間だよ」

 

「報練相を怠った実績のある元監督生だがね」

 

 フィニアスはそう言うと、肖像画の中でいつものように狸寝入りをしようとアイマスクを取り出す。そんなフィニアスに、今度はダンブルドアから話しかけた。

 

「私も意外だ。フィニアスは半純血の人間には好意的ではなかった筈だが?ハリーがスリザリン生だからと考えを改める君ではないだろうに」

 

 意趣返しのようなダンブルドアの言葉に、フィニアスはいよいよ本当に無言となり、狸寝入りを決め込んだ。純血主義者のフィニアス·ナイジェラスが、なぜ純血主義者ではないハリーを心配するような素振りを見せたのだろうか。ダンブルドアはしばらくその理由を考えながら、コーネリウス·ファッジへの書類をしたためていた。

 

***

 

 土曜日のハリーは、ルーピン先生の前で会心の出来でパトロナスを披露した。ハリーのパトロナスは薄く白い湯気のように杖先を漂うだけで、有体とは程遠い。しかしそれでも、これまでのハリーのパトロナスとは一目瞭然の出来映えだった。ハリーを蝕んでいた邪悪な魔力が消え去ったように、普通の魔法を使うのと同じ感覚でパトロナスを召喚することにはじめて成功したのだ。

 

「ルーピン先生!!やりました!先生のお陰です!!」

 

 ハリーは満面の笑みでルーピン先生の指導に感謝した。遅々として成果を見せず、暴走するばかりのハリーのパトロナスを制御し、見捨てずに指導してくれたことには感謝の気持ちしかなかった。ルーピン先生にやっと成果を見せられたことが、ハリーにはとても誇らしかった。

 

「今の感覚はとても良かったよ、ハリー。君がこんなに早くにパトロナスのコツを掴んだことに驚いているくらいだ」

 

 ハリーは興奮を抑えようと少し息を整えてから、使用した幸福な記憶についてルーピン先生に報告した。それは今朝、ハリーのもとに届いたふくろうからもたらされたものだった。

 

「ええ、先生。僕もこんなに上手くいくとは思っていなくて驚いたんですけど。僕のゴッドファーザーが結婚するんです!今朝、ふくろうでその知らせを聞きました!」

 

「……それは……本当かい?」

 

 ハリーの言葉に、ルーピン先生は目を見開いて驚きの顔をした。

 

「はい!夏休みには式を挙げる予定だそうです。『友人にスピーチを頼むつもりだから楽しみにしておいてくれ』ってゴッドファーザーは言ってましたけど、本当に結婚するなんて信じられなくて!長続きせずに振られるか、怒らせて捨てられるかだと思ってたのに」

 

「ははは。そんな言い方をしてはブラックさんも悲しむだろう」

 

 ハリーはぼかした言い方をしたものの、ハリーのゴッドファーザーがシリウス·ブラックであることは魔法界では周知の事実だったようで、ルーピン先生は顔を綻ばせてハリーを嗜めた。

 

「……はい。でも、僕は自分でも信じられないんですけど、こんなに嬉しいのは生まれてはじめてなんです」

 

 ハリーは心の底からそう言った。友人の誰にもまだ言っていないが、夢のようで、こんなに嬉しいことがあっていいのだろうかとなるほどにハリーの心は浮き足立っていた。

 

「……祝ってあげるといい。他の誰より、君が祝福してあげることが、きっと彼の喜びになる」

 

 ルーピン先生の言葉が、ハリーの胸に染み渡った。

 

「……はい、先生」

 

「さ、喜びの気持ちが覚めないうちに続きといこう、ハリー。パトロナスの幽体を実体化させるのは、これまでの何倍もカロリーと魔力を消費する。ホースの先端から狙った場所に出すようなつもりで、杖の先に自分のすべての幸福を集めるんだ」

 

 

 

 ハリーはその日、ルーピン先生の指導を受けながらエクスペクト パトローナムの感覚を覚えていった。実体化は出来なかったものの、最後の言葉はハリーの心の支えになった。

 

「簡単に出来ることは、少し時間がたった時に簡単に忘れてしまうものだ。だがね。こうして苦労して練習して覚えた魔法というのは、時間が経って大人になった後で覚えている。今日はもうお帰り、ハリー」

 

***

 

 ハリーが研究室から出てしばらくの間、リーマス·ルーピンは己のトランクの中身を取り出した。トランクの中から出てきた写真立てには、深紅のローブを身に纏った四人の学生の姿があった。四人のうち、一人の学生の姿はリーマス自身の手でテープが貼られ、見えなくなっている。リーマスの胸中には祝福の気持ちと、言い様のない寂しさがあった。

 

(そうか……あいつも大人になったんだな……これで独身は俺だけか……)

 

 リーマスは暫くの間、その写真を眺め、それから丁寧にトランクの中にしまった。

 

 

 

 

 



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眼鏡とハリーの神隠し

ハリーって原作からして上げてから落とされるの連続ですよね。
いいことは落とされる展開の前振りっていうか。


 

 

 日曜日の朝、ハリー·ポッターは眼鏡をかけ、ダフネから貰った目薬で瞳の色を赤く染めてダフネ·グリーングラスと共にホグズミードを探索した。ペットショップでの餌やケージ内の遊具の購入を早めに切り上げ、視界が悪い中を美術館に向かって進む。

 

「今日は霧が濃いわね……」

 

「ディメンターが活発化しているね」

 

 ハリーはホグズミード周辺を警戒するディメンターの側を通り過ぎたが、ルーピン先生の訓練のお陰で耐性がついたのか、ハリー自身の幸福感が多かったからか、それともパトロナス習得の兆しが見えたからかは分からないが気絶するようなことはなかった。脳裏に父の声や母の今際の声が聞こえはしたが、ハリーにとって一歩前進だった。

 

「……ディメンターももう大丈夫そうだ。今年はもう無理だろうけど、来年のクィディッチ選抜試験は受けられるかもしれない」

 

「良かったわね。けれど、それならキャプテンに今すぐ復帰させてくれと頼んでみたらいいのではないかしら」

 

「そうしたい気持ちもあるけどね。今のチームは今の状態で上手く回ってるんだ。横から下手に茶々をいれて勢いを削ぐのはよくないよ」

 

 クィディッチ対抗戦は現在スリザリンが一位、グリフィンドールが二位で推移している。グリフィンドールとスリザリンは勝ち星の数で並んでいるものの得失点差でスリザリンが一位となっている。下手にチームを弄ることは致命傷になりかねないと、チームを見ているハリーにも判断できた。

 

 

 

「キャプテンフリントに言いたいことは山程あるけど、あのまま試合に出てもどうにもならなかったのは事実だからね。素直にスリザリンチームの応援に回るよ」

 

 そんな話をして、ハリーとダフネは目的の場所、ホグズミード美術館に辿り着いた。

 

「人の数はまばらのようね。この美術館、お父様が学生の頃に一度燃えてしまったそうなのよ。だから展示品も新しい作品や、姉妹館から持ってきたホグワーツ縁の作品が多いらしいわ」

 

「展示品の解説とか頼んでもいいかな?」

 

「仕方ないわね。その代わり、目玉の大展示品はじっくりと観察させて頂戴。どんな作品があるか楽しみなの」

 

 

 十八世紀の中頃に建築されたホグズミード美術館は、ホグワーツに縁のある魔女や魔法使いの作品や、ホグワーツ出身の偉人を題材にした作品も数多いとダフネは言う。そんなダフネの蘊蓄に相槌をうって、入口付近で入場券を購入すると、ハリーは後ろから肩を叩かれた。

 

「よっす。遅かったなハリー」

 

「ザビニ。デイビスもごきげんよう。待たせたかい?」

 

「こんにちわダフネ、それからハリー!ぜんぜん大丈夫よ!さっきはザビニに頼んで箒で運んで貰ったの。ザビニったら、結構上手いのよ?来年は選手に選ばれるんじゃないかしら」

 

「ハリーほどじゃねえよ。冗談はほどほどにして先に進もうぜ」

 

 

 ザビニを先頭に、ダフネはハリーと歩調を合わせて美術館の中を進んだ。魔法がかかったガラスの中に保存された絵画は、訪れた客たちに寄ってらっしゃい見てらっしゃいと語りかけ、自分がどのように作られどんな絵画であるのかを喧伝していた。。ダフネはそこで、展示された絵画と議論を交わしている女子の姿を見つけた。ダフネの胃が少し縮んだ。

 

「……じゃあ貴方は、ピクトマンサーのリルム·フィガロの弟子が書いた絵だと言うの?」

 

「そうだぞ。動く絵に関してはリルムの右に出るやつはいなかったけど、なかなか上手く書けてるだろう」

 

「肖像画が肖像画の元になった人の人格じゃなくて画家の人格を写してるのは駄目だろ!」

 

 ロン·ウィーズリーのもっともな突っ込みが肖像画に炸裂する。絵描きの腕が良ければ良いほど、肖像画は元になった人物の人格を忠実に再現するものなのだ。リルムは十八世紀から二十世紀の中頃まで生き抜いた高名な画家だが、己の技量を受け継ぐ後継には恵まれなかった。

 

 正確に言えば、育てた後継のうち有力な人間が不幸にも夭逝し、天才の作品は戦火のなかに消え、凡庸な後継者の作品しか残らなかった。魔法界の絵画では希にある不幸である。

 

 だからこそ、真の天才が遺した作品は途轍もない価値を有するのだ。

 

「とても残念ね……芸術というものが失われてしまうのは」

 

 ロンやハーマイオニーに親しげに話しかけるハリーとザビニを見ながら、ダフネは絵画の世界に没頭していた。そんなダフネを見て、トレイシーははぁとため息をついた。

 

「ダフネはさぁ……」

 

「何かしら?」

 

「グレンジャーとポッターが親しそうなのを見て何とも思わない?」

 

「良いことではなくて?少なくともハリーにとってはね」

 

 ダフネの言葉に、トレイシーはまた深いため息をついた。

 

「うーん、私はダフネのほうがいいと思うけどね!」

 

 

(……本当に……)

 

 ダフネとしては、余計なお世話だと言いたい気分だった。父に親しくしておけとせっつかれてハリーと友人になったまではいいが、恋愛感情まで持てと言われるのはごめんである。友人に向ける感情と、胸を焦がすようなあの気持ちとは別だというのに、トレイシーはあえてそれを混同したがるのだから。

 

 それはそれとして、ダフネは当初の目的は果たすつもりだった。目玉となっている絵画の鑑賞と、ハーマイオニー·グレンジャーとの最低限の交流。今後のホグワーツでの生活をましにするためにも、ハーマイオニーグレンジャーと友人になる必要はないし、パンジーの親友である自分がそうなるのは不可能だが、少なくとも敵ではないと思わせておきたかった。

 

 美術館の作品群は、マグルの絵画からインスピレーションを得た作品も多い。良く言えばオマージュとして分かる人間には分かるようにマグルの絵画の要素を取り入れつつ、魔法の世界を描くのが優れた絵画だ。

 

 しかし、中にはマグルの絵画をそのままトレースしたような粗悪な作品もあった。ハリーやロナルド·ウィーズリーがそうと知らずに感心した声をあげるので、ダフネはそれはマグルの作品をそのまま模写しただけだと言いたい気分に襲われた。

 

(……いいえ、駄目よ。人が楽しんでいるところに水を差すのはいけないわ。……絵の元の作品なんて、絵画に興味を持って、いろんな作品を見てから知ればいいことよ)

 

 絵画好きとしては指摘したいが、楽しみを奪ってしまうのは良くないという自制心がダフネにはあった。絵の楽しみ方は人それぞれなのだ。

 

 

「これは良い絵だねロン。タイトルは『ユニコーンと貴婦人』か」

 

「ちょっとユニコーンの角がでかいよなー。でも迫力があるぜ。案外楽しいもんだなぁ」

 

「まぁ、二人とも。これはね……」

 

(……!あの子、もしかして……!!)

 

 ハーマイオニー·グレンジャーが何事かを二人に言おうとしたのを見て、ダフネは急いでハーマイオニーに話しかけた。

 

「ねぇ、ミス·グレンジャー。少しいいかしら。貴方に見てほしい絵があるのだけれど……」

 

「え!?わ、私に?」

 

 突然のことに困惑の色を隠せないハーマイオニーに、ロンは首をかしげながら言った。

 

「……?行ってきたら?俺、ハリーとこのフロアのの骨董品を見て回っとくし。終わったらまた落ち合おうぜ」

 

 ダフネはハーマイオニーを引き連れて、二階の展示室へと上がった。展示室に至る階段はエレベータのように二人を上に上にと押し上げていく。ハーマイオニーは少しだけ警戒しながら、ダフネに尋ねた。

 

 

「……あの、ミスグリーングラス。見てほしい絵って何?」

 

「いきなり連れてきてごめんなさい。見てほしい絵というのは嘘よ」

 

「……?ならどうして私を……?」

 

「貴女が本当のことを言うと思ったから。あの絵が『貴婦人と一角獣』の模写だって知っていたのでしょう?」

 

 

「ええ。本で目にしたことがあるわ。本物はタペストリーになっているけれど……」

 

 貴婦人と一角獣は、元々はマグルの世界の作品だった。この作品の出来映えに感心した一人のピクトマンサーは、魔法絵画の技術でこれを再現してみたくなったのだろう。魔法によって描かれた貴婦人と一角獣は、知らない人が見れば良くできた立派な絵画に見える。

 

「あれが本物をそのまま模写しただけの劣化品というのは事実だけれど、それは黙っておいてくれないかしら?楽しんでいるところに水を差したくないし、……魔法絵画を嫌ってほしくもないのよ。本当に力量のある画家の作品はもっと素晴らしいの」

 

 ダフネはなるべく真摯にハーマイオニーに頼み込んだ。ハーマイオニーがきょとんとした顔でダフネを見ているので、やはり駄目かとダフネは思った。

 

(それはそうよね。向こうからしたら、私は虐めっ子の一員なのだし……)

 

「……いきなりこんなことを言われて困ったわよね。そうよね。今話したことは忘れて頂戴」

 

 ダフネはハーマイオニーにそう言ったが、ハーマイオニーは首を横にふった。

 

「いいえ。私、ミスグリーングラスが絵のことが本当に大好きだって知らなかったからちょっと驚いたの。ハリーとロンには黙っておくわ」

 

「……!ありがとう、ミス·グレンジャー!」

 

 ハーマイオニーは、たとえ気にくわない集団の一員であっても慈悲をかける心はあったようだった。ダフネはハーマイオニーに感謝した。

 

「いいえ。私も魔法界の絵画のことはほとんど知らなくて、ここをすごく楽しんでいるの。それに……」

 

 ハーマイオニーは何事かを言おうとして、言い直した。

 

「それに、貴女みたいに深い教養と知識がある人と会えて嬉しいの。ミス·グリーングラス」

 

「……そ、それほどでもないこともないわ」

 

 それはダフネにとって自尊心をくすぐる言葉だった。それから数分ハーマイオニーと話し込むと、ダフネはハーマイオニーに魅了されかかっていた。ハーマイオニーが水を得た魚のように絵画についても貪欲に学んでくれることが、ダフネには嬉しかったのだ。

 

***

 

「……じゃあハリーに目薬をあげたのはミスグリーングラスだったの?」

 

「ええ、そうよ。そちらの方が見た目もいいと思って。ハリーはいつもあの眼鏡をかけているから、気分転換にもなると思ったのよ」

 

「スネイプ教授はご立腹だったわ。でも私、なにも減点まですることはないと思うの。校則で定められているわけでもないことで減点するのは不当だわ。職権乱用よ」

 

 女子同士の会話は長い。

 

 正確には、ある程度気の合う相手同士ならば時間を忘れるほどに話し込んでしまうこともある。

 

 当初は絵画の蘊蓄についてだった話はいつしかクィディッチや占いに関するものとなり、ダフネの身の回りの世間話からハリーに関する話題へと移った。ダフネはそれとなく、ハーマイオニーに尋ねた。

 

「ハリーはあの眼鏡をとても大切にしているわ。貴女がプレゼントしたのかしら?」

 

「それは違うわ。私の記憶では、ハリーは入学した時からあの眼鏡よ」

 

「……そう。ねえ、ミス·グレンジャー。一つ頼んでもいいかしら?ハリーについてのことなんだけど」

 

「ハリーについて?どんなことを?」

 

「それはね」「オーイ、ハーマイオニー!!」

 

「ハリー!」

 

 ダフネがハーマイオニーに頼みごとをしかけた時、ダフネたちはロンとハリーに発見された。ハリーは件の眼鏡をかけたまま、ロンの後ろからてくてくと歩いてくる。

 

「二人とも、三十分も戻ってこないから心配したよ。どこかで迷子になってるんじゃないかって。邪魔だったかな?」

 

「……い、いいえ。そんなことはないわ」

 

 ダフネは素早くハーマイオニーに目配せした。女子同士で成立する暗黙の了承だ。ハーマイオニーはニコニコと笑って頷いていた。

 

「なら良かった。二階には目玉の絵画があるそうだね。もう見た?」

 

「まだよ。……そろそろ行きましょうか」

 

「ザビニたちは?あいつらも一緒に見なくていいのか?」

 

 ロンが辺りを見回してザビニたちの姿がないか探す。ハリーは肩をすくめて言った。

 

「二人はきっと二人だけの時間を楽しんでいるよ。そっとしておこう」

 

 

「何だか急激に邪魔したくなってきたぜ」

 

「やめなさい」

 

 ロンとハーマイオニーの夫婦漫才を横目に、ダフネたちは美術館の一番の目玉である絵画を四人で鑑賞した。

 

 

「……これは…何?杖を持ったパン屋?……と、紳士?綺麗な絵だけど……」

 

「謎なチョイスだな、これ……」

 

 その絵を見て、ハリーは明らかに混乱していた。ロンもその困惑に同意する。

 

 絵画の中では、ずんぐりした柔和な顔のパン屋が紳士から杖を与えられている。紳士は穏やかな顔で杖を差し出し、パン屋はどこか愛嬌のある顔で杖を受け取っていて、紳士はパン屋からパンを受け取って美味しそうに食べていた。

 

「この絵画は……正真正銘のオリジナルね。凄いわ……」

 

 ダフネも困惑していた。ダフネは絵に使われている技法が精緻を極めていることに感心しきって、無言でその絵画の意味を考えていた。

 

(……パンはマグルの宗教で『肉』の意味を持つわ。この絵画では、このパン屋はマグルの象徴。紳士がパンを受け取っていることから、紳士に肉を差し出している、ということ)

 

 ダフネは絵の内容を読み解きながら、次第に冷や汗が滲んでいた。

 

(…………紳士が杖を与えているのはどう考えてもおかしいわ……マグルに魔法使いが杖を与えるなんて、あってはならないことなのに……)

 

 ダフネの中の純血主義的な思考が、この美術館は大丈夫なのかという思いに駆られ、警鐘を鳴らす。

 

(……こんなに冒涜的な絵画を置くなんて……でも……こんなに幸せそうに……まるで対等の存在であるかのように……)

 

 絵画に込められた政治的な意味合いを読み解いてなお、ダフネはその絵画から目が話せなかった。

 

 魔法族のほとんどの絵画では、マグルのメタファーとなる存在を下に置き、魔法使いのメタファーとなる存在は必ず上位に置く。魔法使いとマグルは対等の存在ではなく、魔法族が上だという暗示を入れるのが一般的だ。

 

 

 だというのに、この絵画では二人は対等の存在であるかのように向かい合って、お互いに友のように笑い合っている。ダフネはこの絵画がどれほど魔法族にとって革新的なものなのかを肌で感じ、これを描いた画家に敬意と畏怖を抱いた。その画家はまだ無名の新人だったが、必ず頭角を表すだろうとダフネは思った。

 

「……これは……ダンブルドアとマグル、らしいね」

 

 ハリーの声が、どこか冷たくなった。ハリーは絵ではなく、絵の前にある看板の解説を読んでいた。

 

「ダンブルドアはマグルと友達になったって書いてある」

 

「ダンブルドア?ダンブルドアってこんなにいかしたおっさんだったの?」

 

 ロンは面白そうに言う。ダフネは何となく納得した。

 

(……そう、そうだったのね……マグルと対等に接する変人、アルバス·ダンブルドアを持ち上げるための絵画……だからこんな絵が……)

 

 その絵に夢中になっていたダフネは、絵を見るハリーの瞳が冷めていることに気がつかなかった。ハリーは腕を組みながらその絵画を見ていたが、やがてぽつりと言った。

 

「……ねぇ皆、次の絵を見に行こうよ。まだまだ見足りないだろう?」

 

 その場に留まろうとするダフネを引きずり、ハリーたちは二階を探索して回った。

 

***

 

 それは、あまりに突然の出来事だった。

 

 ダンブルドアの絵画を見て以来、どこか不機嫌だったハリーと共に美術館を回っていたダフネは、ゴッホの画風を真似た絵画を指で指し示しながらハリーにその絵の素晴らしさを解説していた。

 

「色の塗り肩が独特なのよ。普通なら暖色と寒色の配合を意識して描くのだけれど、あの絵は見ただけで人の不安をくすぐるような配色がなされているの。それにね」

 

 壁にもたれていたハリーに話しかけていたダフネは、その時、ハリーの体が何かに吸い込まれるように消えたのを見た。

 

「!?」

 

 ダフネは二度三度と瞬きをし、周囲を見渡す。ダフネの話しに相槌をうっていたハリーの姿が、ない。

 

 ダフネはそれから数分、ハリーの姿を探した。ロンやハーマイオニーと合流し、さらにザビニたちとも出会い男子トイレを見てもらったが、ハリーの姿はどこにもない。

 

 ハリーが寄りかかっていた壁にレベリオをかけても、何もない。

 

 ハリーだけが、美術館から消えてしまったのだ。

 

***

 

「……なぁザビニ。これって」

 

「……ああ。やべぇよ。絶体またろくでもねえことに巻き込まれてる」

 

「理由を考えるのは後にしましょう。ハリーを見つけるのが先よ」

 

 そう言うハーマイオニーにも名案はないようで、その表情は暗い。その時、ザビニは懐から一つのライターを取り出した。トレイシーがザビニに非難の声をあげる。

 

「それは何なのザビニ。こんなときにライターなんて……」

 

「……こいつでハリーと合流する。対人限定のポートキーみてえなもんだ。トレイシーとダフネはここに残れ。何があるか分からねえし、危険だからな」

 

「……えぇ!?」

 

 トレイシーは不満げな声をあげるが、ダフネは仕方ないと思った。ハリーが消えてから、ロンとハーマイオニーとザビニの雰囲気は普段のそれとはまるで違っていた。肌が焼けるような緊張感があり、下手に関わるべきではないと思わせる何かがあったからだ。

 

「トレイシー。ここは大人しくしていましょう」

 

 そのダフネの懇願を、トレイシーは聞いていなかった。

 

 

 ザビニたちは人気のない物陰に移動して、ライターを逆さにして三度降る。人をすっぽりと覆ってしまえそうな炎が、ライターから解き放たれた。

 

 まずはロンが、次いでハーマイオニーが消える。ザビニが炎の中に消えようとしたその時、トレイシーが叫んだ。

 

「私たちだけ仲間はずれなんてズルいわよーっ!!!!」

 

 

 トレイシーはダフネの手を引いて、ザビニを覆う炎に突っ込む。気付くと、ダフネはトレイシーに引っ張られ、炎の中に飛び込んでしまっていた。

 

 

 

 

 ダフネはフル-パウダーを使ったときとはまた異なる、暖かな毛布の中を泳ぐような感覚を味わった。一瞬でその感覚から解き放たれたあと、腐った卵に夏場の魚を混ぜたような匂いが、ダフネたちを襲った。ダフネはあまりの異臭に絶句して倒れそうになり、トレイシーに支えられた。

 

「あ、ありがとうトレイシー……!!?」

 

「いいわ。……何よこれぇ……」

 

「ハリー!いるか-!?居るなら返事してくれ!ロンだ!!」

 

「ハリー!?」

 

 ロンとハーマイオニーは、トレイシーとダフネの対応をザビニに任せ、ハリーと合流せんと駆け出した。ザビニはトレイシーとダフネに向き直ると、軽薄な態度をかなぐり捨てて言った。

 

「……トレイシー。あとグリーングラス。俺の側から離れんなよ。マジで油断したら死ぬかもしれねえ。俺ならお前らだけなら逃がせる」

 

「う、うむ……ごめんねブレーズ……」

 

「過ぎたことを言っても仕方ねえ。さっさとハリーと合流すんぞ」

 

 ザビニは非常に端正な顔立ちと時に傲慢に、時に軽薄な態度が人気だ。だが、そんなザビニでも真剣になっているという事態がダフネを不安にさせた。

 

(本当に……大丈夫なの……?ここは……)

 

 ダフネたちは、魔法で作られたと思わしきだだっ広い部屋の中にいた。それはダフネが今までに見たなかでも最も不快な部屋だった。

 

 

 部屋には申し訳程度のランプが天井に備え付けられているだけで、家具どころか装飾もなければ、窓もない。部屋と呼ぶのもおこがましいような、白いだけの不愉快な空間だ。その不愉快さを助長しているのは、部屋に充満する強烈な刺激臭だった。匂いの強い食べ物が腐ったとき、スコージュファイ(消臭)でも何日も匂いが取れなくなることはある。

 

(ハウスエルフの穴蔵でもここよりはマシよ……)

 

 ダフネのお気に入りのローブはもう駄目になってしまっただろう。一刻も早くハリーを見つけて、この場所から出たいとダフネは強く願った。

 

「やった!ねぇー聞いたダフネ!!凄いでしょあたしの彼氏!」

 

「おまっ……杖腕に引っ付くなトレイシー!魔法が使えなくなるだろーが!」

 

 

 漂う異臭に負けまいと空元気を出すトレイシーではあったが、その行動はその場に適しているとは思えなかった。冷や汗が止まらない様子のザビニを見て、ダフネはごくりと唾を飲み込み、部屋の奥へと進んだ。

 

 

「ミスタウィーズリー……ミスグレンジャー……置いていかないで……」

 

 不安にざわめく心のままダフネは先行する二人に呼び掛ける。部屋の奥に進み、二人の背中に声を投げ掛けたダフネは、そこで立ち尽くしている三人を目の当たりにした。

 

 のっぽの赤毛と、ぼさぼさで纏まらない栗色の髪の奥には、眼鏡の姿があった。その姿を見たとき、ダフネは思わず駆け出していた。

 

「ハリー!無事だったのね!」

 

「来ちゃ駄目!!あなたは目を瞑って、後ろを向いていて!」

 

 

「ダフネ!……それに、ザビニとデイビスも。……無事だったんだ。良かった……」

 

 

 ハリーはダフネの姿を認めて、笑おうとしたように見えた。しかし、ハリーの顔は蒼白で、笑顔らしきものは作れていなかった。そしてハリーの声色は普段の穏やかなものとも、美術館での楽しんだ様子とも全く違う。触れたら何もかもを壊してしまいそうな危うい雰囲気があった。

 

 

「……一体……どうしたの……?」

 

 

 ハリーの足元には、大きな袋があった。袋は巨大な芋虫のように細長く、三つもあり、そのどれからも強烈な刺激臭がした。

 

「……えっと……ハリー。足もとの袋は……何だ?滅茶苦茶な匂いがするんだけど。腐ったチーズの塊だったりすんの」

 

 ロンが恐る恐るハリーに尋ねる。人間という生き物は、知りたくはないものでも確かめずにはいられなくなることがあるが、ロンは好奇心からそう言ったわけではない。確認しなければならないという義務感と、そうあってほしくないという願望が混ざりあっての言葉だった。

 

「…………」

 

 ハリーは唇を噛み締めていた。誰も、何も言えない。一分が十分にも思えるような沈黙の後、ハリーは小さな声で言った。小さな声だが、その場の全員が聞き取るには十分だった。その言葉を聞いたとき、ダフネは恐ろしさのあまりに悲鳴をあげ、ハリーから飛び退いた。

 

「…………人の、死体だ」




おめでとう。
ハリーのLOVEがあがった!
ダフネはSANチェックに失敗したようです。

……まぁ冗談はさておき十三歳の子供にはちょっときつい体験だったかな……やり過ぎたかな……


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love(3)

ハリーの受難はまだまだ続くよどこまでも。


 

 

 時を少し遡る。

 

 ハリーは、アルバス·ダンブルドアとパン屋の絵を見て、言い様のない不快感に胸がざわついていた。

 

(……何でこんなに腹が立つんだろう)

 

 絵そのものは、ハリーの目から見ても非常に良くできていた。見ていて目が眩むようなこともなく、色彩も過剰ではない。ダンブルドアにパンを渡すマグルの笑顔は、そのマグルがよい人柄であることを示していた。

 

 それでも、マグルとダンブルドアが対等に接する絵はハリーを不愉快にさせた。

 

 

(……ダンブルドアはマグル、マグルと言うけれど。マグルよりも僕たち魔法使いのことを考えてくれたらいいのに)

 

 それはマグルに対してではなく、ダンブルドアに対する八つ当たりじみた感情だった。絵の中のダンブルドアは、微笑んでマグルに杖を与えている。

 

(杖なんてマグルには何の意味もないのに)

 

 ハリーはダフネに話をして、その絵を離れて別の絵を見るように提案した。しかし別の絵を見てもなお、ハリーの胸中にあるのはダンブルドアに対する苛立ちだった。

 

(……あんなの、きっと嘘っぱちだ)

 

 ハリーは、ダンブルドアがマグルと友人であるということに対して怒りを感じていた。魔法使いであるハリーのことはさんざん放置したくせに、無関係のマグルとは親しげにして、あまつさえ杖を授けるなんてなんて人なんだと思っていた。

 

 ダンブルドアは、魔法使いの中でリベラルに理解がある偉人であると思われている。ある程度の価値観の多様性に理解を示し、魔法使いだけではなくマグルやマグルの文化に対しても寛容であると思われている。

 

 今ハリーを苛んでいる怒りは、ハリー自信が体験したダーズリー家での虐待が原因だった。マグルの最も残酷な部分を肌で感じた上、スリザリンで育ったことが怒りという火に思想という油を注ぎかけていた。

 

 スリザリンの考え方は、ダンブルドアの主張する多様性や寛容さとは対極だった。魔法使いの文化を守るべきであるという考え方は保守的な考えだ。ロンに言わせれば現実が見えていない黴の生えた考えなのだろうとハリーも思う。それでも。

 

(マグルの良いところばかり絵にして、マグルの悪いところに触れてないなんて)

 

 それでも、ハリーはダンブルドアがそう主張することがおかしく思えた。ダンブルドアは、マグルがハリーを虐待したと知っているのだ。絵の内容はハリーの出来事よりずっと昔の史実をもとにしているとあった。それでも、だからこそハリーはあの絵が受け入れられなかった。

 

(おかしいよ。そんなのは、綺麗事で事実から目を背けてるだけじゃないか)

 

 そんなことを考えながら柱にもたれ掛かり、絵の内容も頭に入らないままぼんやりとしていたハリーは、柱がなくなるような感覚を味わった。

 

 

「なっ!?」

 

 ハリーは驚いた。体重を預けていた柱がなくなったかのような感覚と同時に、視界が歪んだからだ。それはフルーパウダーを使ったときの視界に似ていたが、決定的に違うのは、背中から地面に落ちるような感覚と、強烈な魔力があることだ。

 

 ハリーは反射的に叫んだ。ハリーの手には杖が握られている。

 

「レヴィ(浮遊)!!」

 

 

 地面に落ちるはずだったハリーの体は、落下を免れて浮遊する。レヴィはウィンガーディアム レヴィオーサの短縮形で、ウィンガーディアム レヴィオーサを習得していれば咄嗟の場面でも使える浮遊魔法だった。ハリーは、「アバダケタブラ」という甲高い声をはっきりと耳にした。

 

 ハリーはクィディッチで培った反射神経と、決闘クラブで培った飛行訓練の技術をもとに浮遊する。瞬間、ハリーの下部に緑色の閃光が駆け抜ける。

 

 

 ハリーは状況が理解できていたわけではない。アバダケタブラの詳細も知らない。それでも、その瞬間ハリーは正解を選択していたと言うべきだろう。ハリーは反射的に杖を、声がした方角に向けていた。

 

「ステューピファイ(失神)!!」

 

 ハリーの杖から赤い閃光が放たれる。それは人影に直撃したものの、三体の人影は倒れずにのろのろと歩んでくる。ここに来てハリーは、異臭がその人影からすることと、人影のさらに奥に、背の高い女性の姿があることに気付いた。

 

 ハリーはまず三体の人影が、生気がなく、ハエや虫がたかっていることに気付いた。そちらに気を取られそうになるのをこらえ、ハリーは奥の女性に杖を向けて石化魔法を打ち続けた。

 

「……ペトリフィカス トタルス デュオ(石化呪文連射)!!」

 

 失神こそしないものの、直撃すれば全身の自由を奪う魔法の連射。決闘クラブのバナナージが多用するそれは、命を奪う危険性こそ少ないものの一対一なら当たれば勝ちが確定する。一対一なら、ステューピファイ デュオ(失神呪文連射)よりも魔力効率がよい魔法でもある。

 

 ハリーがその魔法を選択したのは、ステューピファイの直撃にも関わらず三体の人影が停止しなかったからだ。ハエがたかった三人は、明らかに人間ではないとハリーは気付いた。それがあらゆる尊厳を破壊された遺体であることにハリーは気付き、頭が怒りで沸騰しそうになった。

 

 

 一方、ハリーがここまで反射的に魔法を多用し、即座に戦闘態勢に移行できたことにハリーと対峙する魔女驚いていた。

 

 それは当然の反応だった。ハリーは13歳の子供なのだから。

 

 魔法使いには危険が付き物だ。咄嗟の場面でも反射的に魔法を多用し、いざというときに己の身を守れるのが優秀な魔法使いの証である。魔法使いが身を守る術を身につけているかどうか判断するために、OWLとNEWTが存在する。

 

 しかし、普通に生きていてアバダケタブラ(死ね)という悪意に曝される魔法使いはそうはいない。たとえDADAのNEWTをOで突破しようともだ。暗黒時代ならばまだしも、闇の帝王が失墜したこの時代で、平和に過ごしていた次の瞬間に見ず知らずの仮面をつけた変態に襲われるという経験をすることはまずない。だから現代における多くの魔法使いは、例えば学校で最も優秀とされる人間であったとしても、不意打ちに弱い。突然向けられる死を望むほどの悪意にも耐性がないから、頭で理解していても体が追い付かないか、頭が状況を理解するまもなく不意打ちに屈するのだ。

 

 その点、ハリーは違った。一年生の頃から、否、下手をすれば生まれた頃から命を狙われていたハリーは、恐怖から逃れるため、恐怖に打ち勝つために力を得ようと決闘クラブの門を叩き、自分以上の格上と戦い、揉まれた。ハリーが成長できたのは、本人にたしかなモチベーションがあったからだ。自分を襲う闇の帝王を殺したいというモチベーションが。

 

 結果として、単純な技量ではハリー以上の天才や秀才はいれど、悪意に対する耐性と戦闘の経験値だけはホグワーツ生でも随一となった。クィレル、そしてロックハートとの戦闘が、大人がハリーを襲うという事態もあり得るものとしてハリーに認識させていた。

 

「……く!!一体どうなって……!!!こんなの聞いてない!!」

 

 魔女は無言プロテゴでハリーの呪文を防ぐのに手一杯で、他の行動に移ることも出来ない。ハリーには知るよしもないが、アバダケタブラは大量の魔力と悪意、つまりは殺害対象への殺意を必要とするため、連射できるものではなかった。闇の魔法使いは格下をなぶり殺すことに長けていても、格上との戦闘経験はあまりない。相手を支配したい、殺したい、痛め付けたいという願望は、自分が相手の下である瞬間にそれが実現できないという恐怖へと変わるのだ。

 

「アヴィホース(鳥よ!)!!」

 

 魔女が状況に戸惑っている間にも、ハリーはアヴィホースで産み出した擬似的なフクロウをエンゴージオで肥大化させ、その上に乗る。魔女がハリーの知らない闇の魔術を撃ってきたとしても、フクロウを命の盾にするつもりだった。

 

 

 上空を取られ、盾を作られ、さらにインフェリの肉壁の隙間をぬって正確に放たれる魔法の数々。魔女は追い詰められていた。あまりにも想定外だったのだろう。魔女は上ずった声で叫んだ。

 

「抵抗するな、ハリー·ポッター!!お友達がどうなっても良いのか!?大人しく死を受け入れろ!」

 

 

 嘘によって動揺を誘い、その隙にハリーを殺害せんとする苦し紛れの策だった。この時のハリーにはその言葉が単なるハッタリであるなど知るよしもないが、結果的にその言葉は悪手だった。

 

「僕の友達に手を出すな!!カダバ ロコモータ(死体よ反逆しろ!!)!!!」

 

 ハリーには選択肢があった。女を守ろうとするインフェリをボンバーダやインセンディオで吹き飛ばし、焼いてしまって、魔女との一対一に持ち込むというのが、防衛術の観点から見た正解だった。

 

 しかし、友に手を出されたという怒りがハリーに冷たい怒りを与えていた。ハリーは、目の前の女を捕まえて、人質にしなければならないと思った。友達の安全を確保するためにも。

 

 それにはインセンディオでは駄目だった。女の力量では負傷してしまい、人質としての価値がなくなる可能性があったからだ。ハリーから見て女は突然襲ってきた闇の魔法使いでしかなく、今すぐ燃やしても飽きたらないが、利用された遺体に罪はない。目の前の魔女にとってもっとも残酷で自業自得な方法で、目の前の闇の魔法使いを捕まえなくてはならないと思った。

 

(自分が何をしたのか教えてやるっ!)

 

 ハリーの杖から、禍々しい闇の魔術が放たれた。それは女を護衛する三体の人影を包む。仮面をつけた魔女が息を飲むのがハリーには分かった。

 

「捕まえろ!!左右から回り込め!!」

 

 空中からハリーが指示を出す。女は悲鳴をあげて後ずさった。魔女の周囲にあったプロテゴが弱まる。感情の綻びダイレクトにプロテゴの強度を弱めているのだ。

 

「ステューピファイ(失神)!! エクスペリアームス(武装解除)!!」

 

 ハリーはステューピファイによって女のプロテゴを破壊すると、即座に魔女から杖を奪い取った。19cmほどしかないナナカマドの杖は、ハリーの左手にすっぽりと収まっている。

 

 ハリーがエクスペリアームスを使ったのは、闇の魔術を使ったことで魔力を大量に消費したからだった。一呼吸をおいて魔力の流れを整え、友達に手を出した女への憎しみを糧にしてペトリフィカス トタルスによって石化させようと杖を向ける。黒い仮面をつけた魔女は三体のインフェリに手足を捕まれていた。

 

「仮面を取れ」

 

 ハリーの心に慈悲はなかった。死体によって仮面を剥がれた魔女はプラチナブロンドで綺麗な顔をしていたが、ハリーにとってはこれ以上なく醜い敵だった。

 

「ペトリフィカス トタルス!!」

 

 しかし、ハリーが杖を向けた瞬間、魔女は何かが破裂するような音を立てて消え去った。魔女はテレポートし、白い部屋から消えたのだ。

 

 その場に残ったハリーは、魔女に対する怒りと己の未熟さへの怒りに苛まれていたが、やがて命令を果たそうとする遺体を解放し、変身魔法で産み出した布で遺体を包み、漂う異臭をスコージュファイ(清潔)で清めた。

 

(……ごめんなさい……)

 

 遺体はどれも酷く腐敗していた。ハリーはその遺体を己のために利用したことに気付き、深い罪悪感に襲われた。

 

(……ここを出て、皆を探して……それから弔おう……)

 

 重たい足取りで周囲を見渡したハリーは、天井に青い扉があることに気がついた。

 

 

***

 

 それから暫くして、ハリーは三人の親友と一人の友人、そして一人のクラスメートと向かい合っていた。

 

「……?……!!人の死体……!?」

 

 充満する異臭を前にして、誰もが冷静さを保てていなかった。異臭の原因が人の死体ともなれば尚更で、ダフネは恐ろしさのあまりトレイシーに抱きついて奮えていた。抱きつかれたトレイシーは、言葉の意味を理解するのに精一杯だった。

 

(え……?……え……?何よそれ……)

 

 安全基準が緩い魔法界でも、真っ当に育てられてそんなものに遭遇する機会はそうはない。例のあの人の失墜以来、仮初めとはいえ平和の中に育ったトレイシーやダフネは、事態の異様さに飲み込まれていた。トレイシーは普段の饒舌さも忘れ、ダフネの手を握りしめていた。

 

(嘘でしょ……?来なきゃよかった……)

 

 トレイシーにとって否定して欲しい、悪夢か悪い冗談であって欲しい言葉。しかし現実は非常で、ロン·ウィーズリーはハリーの言葉を疑わなかった。

 

「……それが遺体って……なぁ、まさかハリー……お前が……」

 

「それはねーよ。絶対にねぇ」

 

 ザビニは苦虫を噛み潰したような顔で断言した。

 

 

「人ってのは死んでからすぐにはこんな異臭はしねえ。……そこの遺体は死んでから明らかに日が経ってる。ハリーを閉じ込めたやつが置いてたんだろ?」

 

「……ザビニ、何でそんなことが……あっ……」

 

 黒人の友人がなぜそんなことを知っているのか、ロンは怪訝そうな顔をして、すぐにその理由に気がついた。ザビニは夏季休暇の折に、身内に不幸があったばかりだった。

 

「……ああ。ここに飛ばされたとき、僕は仮面を被った女……おばさんに襲われた」

 

「仮面って?」

 

「趣味の悪い髑髏の仮面の魔女。ルナよりもファッションセンスのないバカそうな魔女だった。黒いローブを着込んでいた不審者だったよ」

 

 ハリーがここまで人を悪し様で言うのは珍しかった。ハーマイオニーは、ハリーに恐る恐る聞いた。

 

「襲われた……!?ハリー、貴方大丈夫だったの!?」

 

「……うん。エクスペリアームスで何とかなった。それより、あそこに扉が見えるだろう?」

 

 ハリーはその詳細について話すつもりはなかった。遺体に闇の魔術を行使したことは、ハリーだけの秘密にするつもりだった。

 

 五人はハリーが杖で指し示した天井を見上げる。白い部屋の、あまり高いとは言えない天井には青い木製の扉があった。扉は固く閉ざされていた。

 

「壁にもたれて絵を観察していたら、いきなり浮遊するような感覚があった。かなり驚いたよ。あの扉から、この部屋に引き込まれたんだって今なら分かるけどね。あの扉は、アロホモラでも開かないようにロックされてる」

 

「あの扉からここに落ちて襲われたってことか?」

 

 ロンが腕を組んでハリーに尋ねた。ハリーは小さく頷いた。ダフネの目薬によって赤く染まったハリーの瞳は、本来の翡翠色に戻りかけていた。

 

「間違いなくね。襲ってきたやつには協力者がいたみたいなんだ」

 

「協力者?そいつだけじゃねぇの?」

 

「……そいつの力量でこんな空間が作れるとは思えなかったんだ。僕に負ける程度の奴が一人でこんなことを考え付くとは思えない」

 

 ハリーは遠い目をして、ロンたちに事情を説明しようとした。ロンたちもあまり冷静ではなかった。神隠しにあった友人と、友人の側にある遺体という状況に飲み込まれて、この時判断を誤っていた。

 

 

「……なぁ、仮面をつけてたって言うけどさ。もしかして、それは」

 

 魔法使いの世界で育ったロンには、襲ってきた相手について心当たりがあった。ロンだけではなく、ザビニとダフネ、そしてトレイシーにも。金切り声が辺りに響いた。

 

「……いい加減にして!そんなこと聞きたくないわ!知りたくもないっ!!」

 

 ヒステリックな声が響き、ロンとハリーはびくりとして声のした方向を見た。そこにはダフネ·グリーングラスの姿があった。

 

「もう沢山よ!こんな場所に一秒だって居たくないわ!さっさと帰りましょうよ!ホグワーツに帰してよねぇ!出来るんでしょう!?!」

 

(うわ……うざ……)

 

 ロンがダフネに面倒くさそうな視線を向ける。ハリーは申し訳なさそうにダフネに謝った。

 

 

「……そうだね。ごめん、ダフネ。せっかくの休日だったのにこんなことになって……ザビニ、頼めるか?」

 

「ハリー……」

 

 ハーマイオニーは痛ましそうにハリーを見た。

 

(どうしてハリーがそんなことを言われなければならないのかしら……)

 

 明らかに異常な事態に巻きこまれ、命の危機に遭い、挙げ句友達から責められるというのは、いくらなんでも理不尽だとハーマイオニーはハリーに同情した。

 

「いいけどよ。お前が謝るようなことじゃねーだろ、これは」

 

 同様の思いはザビニにもあったらしく、気遣わしげにハリーにそう言うと火消しライターを取り出した。

 

「こいつでダンブルドアのところに送るぜ。いいよな?」

 

「ああ、頼むよ……!?」

 

 ハリーはザビニとの会話の途中で、額の傷に襲われた。あの魔女との戦いでは傷は傷まなかったのに、今は割れるような痛みがハリーの額から発されている。

 

(こ、これって……)

 

 

「ザビニ!急いでライターを使ってくれ!」

 

「ハリー!?」

 

 ハリーは命の危機を感じそう言った瞬間、膨大な魔力が青い扉から放たれるのを感じた。

 

「……早く!!扉から何か来る!」

 

 

 

 ハリーの声に反応できたのは、ロンとハーマイオニーだけだった。ハーマイオニーの悲鳴が響く。

 

「なんてこと……!?あれは一体何!?プロテゴ マキシマ(最大防壁)!!」

 

「悪霊の火だ!」

 

「火ー!?アグアメンディ(水よ)!!」「アグアメンディ マキシマ!!」

 

 その場の全てを飲み込みかねない殺意の奔流が、木製の扉を燃やし白い部屋を埋め尽くさんとする。漆黒の炎は数分とかからずこの部屋とハリーたちを飲み込むだろう。

 

 ハーマイオニーのプロテゴ マキシマは、炎に対して有効な防衛方法を試みた。炎が燃え広がらないように青い扉の周囲を包み込み、酸素の燃焼を最小限に留めようとする。

 

 しかし、悪霊の火に込められた悪意は想像を超えていた。元々プロテゴを粉砕する威力をもつそれは、炎ではなく魔力の余波だけで最大防御を突き破らんとする。

 

 そこにロンの杖から放たれた水が吹きかかり、次いでハリーの杖から最大出力の水が到達するが、炎の勢いは弱まることはなかった。

 

「……ち、畜生!!アグアメンディ!!」

 

 ザビニが右手の杖で水を放ちながら、左手に持った火消しライターで悪霊の火を吸い込もうとする。火消しライターは、ハリーの悪霊の火を吸い込んだ実績もあるのだ。

 

「何でだ!吸い込みきれねえ!」

 

 しかし、どうやらこの悪霊の火の術者は、ハリーが使ったより大量の魔力を込めていたようで、吸い込める量より燃え広がる火力の方が高い。ザビニの顔に絶望が広がる。

 

「そうか!制御してないから火力が高いんだ!」

 

 ハリーが原因に気付き叫ぶ。これは、術者が悪霊の火を最も効率よく使っているためだった。悪霊の火を完全制御することは、優れた闇の魔法使いでも難しい。だから己の制御可能な範囲で使うわけだが、あえて制御しないという手段もあるのだ。

 

 密閉され、二次災害がないと断言可能な空間内部に、自分がいない状態で悪霊の火を放つ。これならば、火力を弱める必要もない。酸素が尽きるまで悪霊の火は燃え続け、内部の人間を抹殺するだろう。

 

 ダフネとトレイシーは抱き合って動けない。

 

「もういやぁ!助けてえっ!!!」

 

「……!!フレイム グレイシアス マキシマ!!(炎よ凍結せよ!!)水を出して、二人とも!」

 

 必死で水を浴びせ、悪霊の火を抑えようとするロンとハリー。彼らの奮戦の間に、ハーマイオニーが魔法を唱えた。周囲の全員に耐火性能を与える魔法は、悪霊の火であっても十数秒は命を繋いでくれるだろう。しかし、悪霊の火の火力はあまりにも強すぎた。漆黒の炎は熊のような姿となり、火を吐き出して上空からハリーたちに迫る。

 

「あ……アグア……」

 

「うだ……ぐすっ……ひっぐ……」

 

 トレイシーとダフネは水を出そうとするが、あまりの事態に気が動転してうまく行っていなかった。

 

「ザビニ!皆を逃がしてっ!」

 

「お、おう!」

 

 ハリーは割れるような頭で指示を出し、杖を炎の熊に向け、そのまま叫んだ。

 

(……制御しなければいいっ!!)

 

「プロテゴ ディアボリカ(悪魔の護りよ出ろ!)!!」

 

 禍々しい黒い防壁が、ハリーの周囲に広がり、ハリーの意志に従って上空に舞い上がる。悪霊の火を迎え撃たんと、悪魔の護りの青い炎が衝突した。

 

 通常、悪霊の火を悪魔の護りで止めることは出来ない。

 

 

 悪霊の火は対象を燃やし尽くすための炎であり、悪魔の護りは自分にとって都合のよい、自分の望んだ存在を護るための魔法。込められる悪意の質に差はあれど、悪霊の火は悪魔の護りよりも高い威力を持っている。

 

 それは、悪霊の火が破壊のみを目的とした魔法だからだ。プロテゴの防御機能に性能を割いている悪魔の護りとで火力に差が出るのは当たり前だった。

 

 だからハリーは、ここで賭けに出た。

 

 プロテゴ ディアボリカの機能の一つである、味方に対して害を及ぼさないという機能を排除する。その分の魔力を、防壁の強度に回した。

 

 それは感覚的なもので、上手くいくという確証もない。しかし、ハリーは迷わなかった。生き残るために、そして友達を護るためなら、悪魔に魂を売ろうとも構わなかった。

 

 漆黒の炎と青い炎がかち合い、押し合う。ハリーは額の痛みだけではなく、杖をもつ右腕が消し飛びそうな痛みを感じた。あまりの魔力量にハリーは立っていられなくなりそうだった。

 

 

 そんなハリーを、支えるものがあった。

 

「アグアメンティ!!アグアメンティ!!」

 

 ロンは水を連射しながら、ハリーを支える。ハリーは歯をくいしばって、右腕から魔力を放ち続けた。

 

(……死ぬ……!!)

 

 しかし、ハリーには確信できた。このままでは、全員死ぬ。悪霊の火は強すぎた。プロテゴディアボリカでは、止められない。ハリーは脳内物質のせいか、周囲の動きかスローに見えた。

 

 ザビニがようやくトレイシーを逃がした。しかし、まだハーマイオニーもロンも逃げられていない。ダフネは涙を流しながら、死にたくない、死にたくないと震えている。

 

(……何で僕たちがこんな目に遭わなきゃいけないんだっ!)

 

 ハリーの心に、敵への怒りが沸き上がった。ハリーはもう一度、怒りに任せて悪魔に魂を売った。

 

 

「プロテゴ ディアボリカ マキシマ(悪魔よ本気を出せ!!)!!」

 

 プロテゴディアボリカの炎は、すでにハリーの杖から放出され続けている。

 

 ハリーはさらにそれに、防御効果のある悪魔の炎を重ねて放出した。

 限界を超えるほどの最大出力で。

 

 

「……うおおっ!!」

 

 誰かの歓声が響く。ハリーの杖から放たれた青い炎が、漆黒の熊が放出する炎を飲み込む。そのまま、ハリーの炎は黒く染まりながら悪霊の火を飲み込んでいく。

 

「……!!フィニートマキシマ(終われ)!!」

 

「フィニート!!」

 

「フィニートマキシマ!!」

 

 ハリーはついに立っていられなくなった。ハリーは杖が悲鳴をあげているように感じ、急いでディアボリカの炎を止めた。青い炎が完全に黒く染まろうとしかけたとき、ロンやハーマイオニーの停止魔法がその炎を止める。ハーマイオニーのマキシマは、ハリーのそれより完璧に炎を消化してみせた。

 

 

 炎が消え去ったとき、ハリーはロンに肩を貸してもらっていた。ダフネは涙と鼻水でグシャグシャになった顔で、ハリーを見ていた。

 

「私たち……生きてるの……?」

 

 彼女の杖からもプスプスと蒸気が放出されている。アグアメンディに成功したのだ。自分が生きていることが信じられないようだった。ハリーは深呼吸して息を整えてから、にっこりと微笑んで言った。

 

「まだ分からないよ、ダフネ。ザビニに逃がして貰わないと」

 

「そう俺!俺に感謝してくれよ?」「いや俺も頑張ったんだけど……」

 

 胸を張るザビニと、少し拗ねたような声を出すロン。ハリーは残酷な真実を二人に告げた。

 

「ハーマイオニーの方が頑張ってた」

 

 ハーマイオニーもマキシマを多用したことで息があがっていた。深呼吸のあと、彼女はローブの袖で汗を拭った。

 

「……ええ、油断してはいけないわ。次の魔法が来たらもう生き残れない。一刻も早くここを離れましょう。ザビニ、お願いしてもいいかしら」

 

 

「おう、分かったぜ。順番はダフネからでいいな?」

 

 ハリーたちの頭脳からの指示は説得力があったようで、ザビニはすぐにダフネを、次にハーマイオニーを、そしてロンを逃がした。ザビニがハリーを逃がそうとしたとき、ハリーはザビニを静止してザビニから火消しライターを受け取った。

 

「お前本当に、自分を大切にしろよな!」

 

 そうしてザビニをダンブルドアのもとに送ってから、ハリーは部屋を見渡した。三体の遺体に向けてハリーは黙祷を捧げると、遺体をダンブルドアのもとに送った。最後にハリーが火消しライターの炎に包まれると、部屋には青い扉だった煤と灰、そして煙だけが残った。




一巻からの経験値と度胸の差で動けるロンたち。
動けないダフネやトレイシーはスリザリン生だからとかそんなのは無関係に経験と度胸と有事の際の知識が足りないだけです。
四寮生は幼少期からの環境と教育とラベリングでそういう人間に成っていくだけで、トレイシーとかダフネみたいな普通の人間の方が圧倒的に多いと思います。
それじゃ物語にならんからドラコとかハーマイオニーみたいなその寮に相応しい性格の人間が話を回していくわけですが。


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暗夜航路

さすがにインフェリは倫理的にアウト。


 

 校長室に戻ったハリーたちを待っていたのは、歴代校長の肖像画たちのどよめきと、アルバス·ダンブルドアの動揺しきった姿だった。本物のアルバス·ダンブルドアは、美術館の絵のようなマグルの世界にも居そうな紳士姿ではなく、魔法使いと聞いて誰もが思い浮かべるような白いローブを身に纏っていた。ハリーはあの絵のような時代がダンブルドアにあったなんて信じられないな、とぼんやりと思った。ヴォルデモート卿がトム·リドルだったように誰にでも過去というものは存在するのだが、13歳のハリーにとってはなかなか実感しづらいことだった。

 ハリーにとっては目の前の大魔法使いこそがダンブルドアであって、あの絵画のようなスーツを着こなしたマグルらしい紳士ではなかった。

 

「……皆、よく無事で戻ってくれた。何があったのか説明してくれるかな」

 

 ダンブルドアが杖を一振りすると、ハリーたちに染み付いた刺激臭は柑橘類の香りに変化した。異臭の原因である三名の遺体は、ダンブルドアが杖を一振りすると出現した三つの棺の中に収まった。校長室にある肖像画はホグワーツ内部に遺体が持ち込まれたことに立腹していた(特にフィニアス·ナイジェラスは今すぐハリーたち全員を退学にしろと叫んでいた)が、遺体が棺に入り、人としての尊厳を保たれたことで、ぶつぶつとハリーたちに毒づく程度に収まっていった。

 

 

 ロンやハーマイオニーはハリーの方を見た。ダフネはうつむいたままでダンブルドアの方を向きもしない。ハリーは一歩前に進み出て、自分が白い部屋に拉致されてからの出来事をロンたちに話した内容通りに、つまり自分がインフェリを使役したことは隠して話した。

 

「美術館で絵画を眺めていた最中に、魔法で監禁されて襲われたんです。長くなりますが……」

 

 罵詈雑言を並べていたフィニアス·ナイジェラスは、ハリーが魔法を受けかけたという説明を聞いた辺りから黙りこくっていた。

 

「……ハリー。奇襲を受けたとき、その魔女は髑髏の仮面をつけていたのだね。もう一度確認するが、それは確かかな」

 

「はい」

 

 ハリーはダンブルドアの目を見て言った。ダンブルドアの蒼い瞳に、ハリーの翡翠色の瞳が映った。

 

「……その魔女は、具体的にどんな魔法を使っていたのかな。心当たりのある魔法は?」

 

「……それは……無言呪文のプロテゴ(防壁)を使っていました。あとはカタバ ロコモータ(死体操作)…これも無言でした」

 

 ハリーはわざとインフェリが居たことを明かした。カタバ ロコモータがどんな魔法なのか、ロンたちには分からないだろうしあえて知らせる意味もない。だが、ダンブルドアならばこれで十分なはずだと考えたのだ。

 

「…………」

 

 実際、ダンブルドアは無言でハリーに話の続きを促した。歴代校長の肖像画もハリーの話を遮らない。

 

 

(校長先生なら、闇の魔術に対処するために闇の魔術の知識くらいはあるってことか)

 

 ハリーは少し肩の荷が降りた気がした。何だかんだで自分よりも上の存在がいるのはありがたいことなのだと実感する。ハリーは大きく息を吸い込んで言った。

 

「それから……奇襲を受けたとき、アバダケタブラと言っていました。わざわざ発言して撃ってきていたから、カース以上の危険な魔法だと思います」

 

 

 フォークスの鳴き声だけが、静寂に満ちた校長室に響いた。ハリーは部屋の温度が一気に下がったような気がした。歴代校長の肖像画が絶句していた。

 

 ハリーがことのあらましを話し終えたとき、ダンブルドアはすぐに美術館と魔法省に連絡を入れた。そのどちらにも歴代校長の肖像画はあったらしく、ディペット元校長や小太りの魔女の肖像画が校長室から消えるのをハリーたちは目を白黒しながら見守った。

 

 外部への連絡を終えると、ダンブルドアはハリーたちに微笑み、グリフィンドールとスリザリンになんと百点ずつ加点した。

 

「このような事件に遭遇しながら君たちが生きて帰ってこれたことは奇跡だ。本当によく生き延びてくれた。君たちの帰還を祝して、グリフィンドールとスリザリンに百点を与えよう」

 

 そのダンブルドアの言葉に、緊張していたザビニたちはほっと胸を撫で下ろした。肩に入っていた力が抜けていくのをハリーも感じた。

 

 

「校長先生がザビニに火消しライターを持たせてくれたからです。あれがなければ僕たちはみんな死んでいました」

 

 ハリーはそこだけは心の底から感謝して言った。

 

「ハリーとハーマイオニーはマジでよくやったんすよ。ルーピン先生から教わった魔法とか使って、やべぇ炎も押し返したし」

 

「俺も頑張ったのにそれは無視?」

 

「あー、悪かったよロン」

 

 ザビニがハリーの言葉を補足し、ロンが拗ねたように冗談を飛ばす。ザビニとロンはいつもの風景を頑張って演じていた。

 

 しかし、ハリーたちの顔に喜びはなかった。白い部屋には一時間も居なかったはずだが、誰の顔にも疲労と、そして恐怖の残滓があった。ダンブルドアはそれを重く受け取ったのか、ハリーたちに丸二日の休息を命じた。

 

「今の君たちには休息が必要だ。台無しになった今日という日を終えても、まだ体は悲鳴をあげているだろう。君達の保護者にも連手紙を出す。月曜日と火曜日は休みを取りなさい。スネイプ教授とマクゴナガル教授には私から伝えておく」

 

「私は今すぐ寮のベッドで眠れたらそれで充分です!」

 

「お計らいには感謝します。でも、私は家には帰れません。妹が心配です」

 

「……それならば、本人の意思を尊重しよう。しかし、朝起きて体調に異常があればすぐにポンフリーを頼りなさい。絶対に無理をしてはならない」

 

 ダンブルドアの言葉に、ハリーたちは深く頷いた。やっと寮に帰れるとハリーが思った矢先に、ダンブルドアはハリーを全てを見透かすような目で見ていた。

 

(……!)

 

 ハリーは心をざわつかせながら、ダンブルドアを見返した。

 

「……さて、何か他に報告しておきたいことはあるかな。この場では言い辛いならば、一対一で話して貰っても構わないが」

 

 ハリーはダンブルドアから目を離さず沈黙で返した。ダンブルドアはハリーたち全員に対して言ったはずの言葉だったが、ハリーはなぜか自分に対して言われたような気分になった。

 

(言いたいことなんて……)

 

 ハリーは一つだけ、誰にも明かしていないことを思い浮かべた。動く死体。自由を奪われ、かつて確かに命があった人たち。それをもののように操った不快感は、今もハリーの胸の中にある。

 

(…………ない)

 

 ダンブルドアの視線はハリーから離れ、後ろのザビニやロンたちに移った。やがてダンブルドアは深く深呼吸をすると、魔法省の闇祓いに今回の一件を報告すると告げ、こう言った。

 

「……もう行ってよろしい。ああ、ハリー」

 

「はい。どうかなさいましたか、校長先生?」

 

「魔法省に、君の確認した魔女について報告しなければならない。その魔女の姿を思い出せるかね?」

 

「できます」

 

「ならば、これから心を覗かせては貰えないだろうか。君の記憶が、事件を解決するきっかけになるかもしれない」

 

 ハリーは一瞬躊躇した。記憶を見せれば、ハリーが死体操作をしたことが明らかになるかもしれない。

 

(……!でも……)

 

 しかし、ハリーは深呼吸をして無言で頷いた。襲撃してきた魔女は、ハリーだけではなくその友達まで狙いかねない。とにかく、あんな犯罪者をのさばらせるのは気色が悪かったのだ。

 

 

***

 

 ダンブルドアはその後、ホグワーツの抜け道からすぐにホグズミードへと直行した。美術館はすでに闇祓いが現着している。本来、ハリーという未成年の証言だけで闇祓いが動くことはあり得ない。それにも関わらず闇祓いが動いたのは、ハリーが現場から持ち帰った遺体のせいだった。

 

 遺体は死後の腐敗が進行し、打撲の跡もある。しかしそれは、肉体から魂を失ってすぐに倒れてしまったために起きた後天的なもので、死因とは関係がない。ダンブルドアは一目見てその死因が何によるものであるのか判断できた。かつて散々目にした死因だったからだ。

 

 その死因が闇の魔術によるものであるのは明白な以上、闇祓いが動くのは妥当だった。今回動員できた闇祓いは資格を取得したばかりの魔女トンクスと、暗黒時代を生き延びた精鋭の一人ドーリッシュだった。ダンブルドアは懐かしい顔と再会できたことを喜びながらハリーから読み取った記憶を頼りに現場に入り、闇祓いたちに協力した。あわよくば死喰い人を捕まえんとした探索は空振りに終わったものの、ハリーがどのようにして異空間に引きずり込まれたのかは明らかになった。

 

「美術館の柱には保護魔法がかけられてる。だから魔法で空間を作るなんて出来ないのに…………」

 

 トンクスは紫色の髪の毛が真っ白になるほどに驚いていた。任官したての新米には荷が重い案件であることに相違なかった。

 

「……柱そのものを作っておき、そこに異空間を作るとはな」

 

 ドーリッシュの声に驚きはなかったが、その表情は厳しい。職員の何人かがコンファンド(錯乱)によって認識阻害の影響を受けており、ドーリッシュは片手間に呪文を解除しながら、柱の内部に空間があることを突き止めた。しかし、内部への侵入はドーリッシュの腕をもってしても不可能だった。ハリーを拉致した何者かは入り口を閉じることで、ハリーを抹殺しようとしたのだ。アロホモラマキシマ(全開)も、扉がなければ効力を発揮しないのである。

 

 そこでダンブルドアが、異空間への侵入路をこじ開けた。空間内部へ侵入する扉を新たに構築し、美術館に存在する柱から白い部屋への侵入路を作り上げ、三名で部屋の内部に突入する。部屋の現場検証が終わった後は、美術館をくまなく捜査し罠や魔法がかけられた箇所がないか探索し、その日の捜査を終えた。捜査を終えた頃には、トンクスは長めだった髪の毛が縮み額は汗まみれになっていた。美術館には罠になりそうな物品が多く、それらを一つ一つ解析して回るのは手間がかかるのだ。

 

 最後に、ダンブルドアはハリーの記憶をドーリッシュに差し出した。

 

「……ダンブルドア。これは一体?」

 

「今回の賊と遭遇した少年の記憶だ。犯人の素顔もこの中にある」

 

「ちょっと待ってください。本人の了解を取っているんですか?その子は子供なんでしょう?保護者の了解は?」

 

 トンクスは厳しくダンブルドアを問い質したが、ダンブルドアはさらりと言った。

 

 

「無論だとも。彼の保護者は、ハリーが犯罪者を捕まえることに貢献するならば協力を惜しまない」

 

 そしてトンクスとドーリッシュは、少年が緑の閃光に襲われたことやインフェリに襲撃されたこと、少年が闇の魔術によってインフェリを従えたこと、魔女を返り討ちにしたこと、魔女を倒し、逃げられたこと、友人たちと再会してから悪霊の火に襲われ、闇の魔術によって闇の魔術を制したことを全て把握した。

 

「……私、この魔女知ってる!同期のシオニー·シトレだ!ケンタウロス室送りになったバカ!!」

 

「………………」

 

 襲撃の実行犯は、つまらない失態からリストラ部署へと左遷された若手の魔法省職員だった。興奮するトンクスとは裏腹に、ドーリッシュは無言のまま記憶の中のハリー·ポッターの姿を眺めていた。

 

(………………感情的で、若すぎる。闇の魔法の素質がありすぎる。これは……闇の魔法使い予備軍として記憶しておいた方がいいな。局長に報告しなければ)

 

 

***

 

 誰もいない校長室で一人、ダンブルドアは目をつむった。その日すべきことを終えたダンブルドアは、瞑目したまま動かない。

 

「……なるほどな。あの少年がまた闇の魔術を。袋小路だな」

 

 フィニアス·ナイジェラスはダンブルドアに向けて呟いた。

 

 

「あの少年はまだ幼い心のまま身に余る力を得てしまった。全能には程遠いが、周囲に比べれば圧倒的だ。分かりやすく強力で、己の望みを叶えてくれる。虐げられた人間がそんな都合のいい力を得たとき、大抵はろくなことにならん。その矛先は今はデスイーターとか言う無法者に向くのだろうがな……大成はしないな、あれでは」

 

 フィニアスはそう断言した。フィニアスは若者の弱点を見抜くのが上手い。というよりも、若者の美点を見いだすことがフィニアスには出来ない。子供が何よりも嫌いだと豪語する、歴代で最も人望のなかった校長だからだ。

 

「自分が校長ではないからと好き勝手なことを……!!」

 

「ハリーが自衛のために力を身に付けたいと言うならば、それを阻むことは出来んよ、フィニアス」

 

 

「本音では力すら与えたくはなかったのだろう?」

 

 フィニアスはダンブルドアを皮肉った。

 

 

「幼少期から魔法と隔絶されたマグルの環境に置き、魔法に対して無知な赤子のままホグワーツへ迎え入れる。赤子のまま、目的を達成できるよう誘導するつもりだった」

 

 フィニアスの言葉に、ダンブルドアは答えなかった。

 

「……君の懸念はこうだろう?あの少年が、第二のヴォルデモートとやらにならないかと恐れているのだ」

 

「ハリーはヴォルデモートにはならないよ、フィニアス」

 

 ダンブルドアの言葉は、驚くほど穏やかだった。

 

「ハリーとトムは違う。あれは似て非なるものだ」

 

 

 その言葉に、ディペット元校長の肖像画は力なく頷いた。校長室にいるダンブルドアの瞳は、何かを確信しているかのように強く輝いていた。




Wikiによるとトンクスは1994年に闇祓いに就任しています。なので今回特別出演させていただきました。
トンクスを含めた闇祓い候補生を育て上げたムーディ教官は(ドロホフが脱獄したので現場で働きたかったけど思いとは裏腹に体がボロボロだったので)めでたく退役し、年金生活に突入しました。マッドアイに幸あれ!
そして潰えるハリー闇祓いルート……


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病巣

スリザリン生の悪評=純血主義、病みやすい
この二つが悪い意味で悪いところだけ顕在化したのはお辞儀とデスイーターとかいうテロリストが親世代で暴れまくったせいだと思うんだ……


 

 校長室を辞し、グリフィンドールの談話室との分かれ目がやってきた。ハリーはロンとハーマイオニーに微かに笑いながら、談話室へと向かう二人に別れを告げた。

 

「二人とも、今日はありがとう。また明日ね」

 

「じゃな、ハリー、ザビニ。あーあ、明日休めると思ったのになぁ。ハーマイオニーは分かってないぜ」

 

「ロン。体調で悪いところがないのに休むのは良くないわ。それに明日はトレローニ先生のレポートの締切なのよ?提出しなかったら私落第になるわ!」

 

「落としたって構わないだろ?あれは科目として良くないってハーマイオニーも言ってたじゃないか……」

 

「ダメよロン。レポートの締切を守るのは人として当たり前のことよ……」

 

 漫才を繰り広げながらグリフィンドールの談話室へと戻る二人を見送ると、ハリーたちもスリザリンの談話室へと向かう。道中ですれ違った上級生たちは珍しそうにハリーたちをちらちらと見てきた。トレイシーがザビニの腕にぴったりとくっつきながら歩いていたせいだった。ザビニが満更でもなさそうな態度だったことで、トレイシーはくっつき虫のようにザビニに貼り付いて歩いていた。

 

「……ねぇ、ハリー、ザビニ。貴方達はいつもあんな目に遭っていたの?」

 

 ダフネはとぼとぼと力なく談話室までの道のりを歩いていたが、ポツリとそんな呟きを漏らした。あまりに小さすぎて聞き逃してしまうかもしれないほど弱々しく、か細い声だった。

 

「いつもって訳じゃないよ。やってくる厄介ごとのバリエーションが豊富だから」

 

「あー、まぁ俺はともかくハリーはそうだな……」

 

 ハリーは肩を竦めて茶化したが、ダフネはますます不安そうな顔になっていた。

 

「……ねぇ、ハリー。あのね……」

 

 ダフネは何事かをハリーに言おうか言うまいか悩んでいるように見えた。談話室の入り口にたどり着き、『高貴』という合言葉によって談話室へ入室すると、ダフネはまた口を閉じてしまう。

 

 ザビニがそっとハリーの肩を叩いて目でハリーを促した。

 

(……僕がちゃんとフォローしろってことか。そりゃそうだよね)

 

 休日が台無しにされたのはハリーだけではない。ロンもハーマイオニーもトレイシーもザビニも同様で、ダフネだってそうなのだ。

 

「……とりま、俺は部屋に戻っとくわ」「あっじゃあ私も先に言ってるから!」

 

 ザビニとトレイシーは気を利かせたつもりでその場を去る。談話室のソファーには既にリカルド·マーセナスとイザベラ·セルウィンがいたが、ハリーは無理を言ってダフネの分の席を開けてもらった。

 

「一体どうしたんだ?まぁ、そこまで頼み込むなら開けてやるけどな。ホラよ。感謝して使うんだな」

 

「ありがとうございます、マーセナス」

 

 ハリーはダフネを手で促して、ふかふかのソファへと座ってもらった。ダフネの顔色は相変わらず優れないが、ハリーはダフネに話しかけながら彼女を元気付けようとした。

 

「今日は散々だったね。……だけど、作品はいいものも多かった。はじめて見たけど、ユニコーンと貴婦人の絵とかは良くできてたと思うよ」

 

「そう……」

 

 ハリーの言葉にも、ダフネは生返事だった。ダフネはぎゅっと掌を握りしめていた。

 

(あんなことがあったから気に病むのも無理もないか…いきなりだったもんな…)

 

 ハリー自身、死体との遭遇は悪い意味で不快感が残り続けている。ハリーが理不尽に命を狙われるのは今に始まったことではないが、もうどうしようもない存在がいたという事実は嫌でも不愉快な想像を掻き立てられて気分をささくれ立たせるのだ。ハリーは何とかダフネに慰めの言葉を絞り出した。

 

「……今回は運が悪かったけど最悪でもなかった。狙われたのが僕でまだ良かったと思うよ。君やザビニでなくて本当に良かった」

 

 上手く笑えている自身はなかったが、ハリーはなるべく頼もしく見えるように言った。ダフネは何度かハリーの瞳を見ては驚いたような顔をしていたが、やがて

 

「ありがとう、ハリー」

 

 とだけ言って、ダフネは下を向いた。

 

「……ねぇ、ハリー。私、帰り道で考えていたのだけれど……」

 

 ダフネはハリーと顔を合わせようとはしなかった。これまで、ルーピン先生についての相談を受けるときも妹についての愚痴のときも顔を合わせてくれていたのとは雲泥の差だった。

 

「うん。どんなことを?」

 

 ハリーはダフネの態度に違和感を感じながらも話の続きを待った。ハリーたちを気遣ったのか、マーセナスやセルウィンたちが配慮したのか、共用のはずの談話室にはハリーとダフネしかいない。ダフネは言いづらそうにしながらも、己の考えを述べた。

 

「あのね。ハリー、貴方は純血主義に興味はないかなって思ったの」

 

「……何で?」

 

 ダフネの言葉は悪い意味で予想外で、ハリーが想像もしていない内容だった。ダフネはハリーの驚きに対して、慌てて言葉を重ねてハリーを『説得』しようと試みてきた。

 

「唐突だったかしら?そうよね、そう思うわよね……でも私、今回貴方が襲われたのは純血主義者の不興を買ったのが原因なんじゃないかって思ったの……」

 

 ダフネは心配そうにハリーを見て言った。

 

「パンジーみたいなことを言うね」

 

 ハリーは皮肉のつもりで言った。ダフネに対して、多少の怒りを感じていた。

 

(君はロンとハーマイオニーに助けられたのに、その二人を貶めるんだね)

 

 という皮肉を言わないだけ、ハリーの頭にはまだダフネへの配慮があった。ダフネと、ついでに言えばトレイシーは今回の一件では巻き込まれただけの被害者だったからだ。

 

「そうなのよ!私、昔はパンジーのことを恐ろしい子だと思っていたし、今も思っているわ。だけど、パンジーは間違ったことは言ってなかったのよ!スリザリン生が襲われるなんておかしいもの!ねえ、そうでしょう?」

 

 ダフネはハリーの言葉を皮肉とは捉えなかったらしく、ハリーの言葉を肯定した。ハリーはダフネがおかしくなったように見えた。

 

(何を言ってるんだ……?いや……これがダフネの本音なのか……?)

 

 ハリーがダフネの本音がどこにあるのか頭を働かせているうちに、ダフネは言葉を紡いだ。

 

「私、髑髏の仮面をつけた人間には逆らってはいけないってお父様から教わったの。純血主義者の……闇の帝王の忠実な配下がそれをつけていたって耳が痛くなるほどに仰っていたわ」

 

(……ヴォルデモートの……?)

 

 ダフネは明らかに怯えていた。今回の襲撃者が、英国史上最悪の闇の魔法使いに連なるものの手であるかもしれないとダフネは察したのだ。ハリーは驚いたが、同時にこうも思った。

 

「でも、あの魔女は弱すぎる。とてもそうには思えないよ」

 

「だけど貴方は焼き殺されかけたわ!ウィーズリーやグレンジャーと居たことで不興を買ったのよ!」

 

 ダフネはハリーの反論に不快感を顕にして言った。本気でハリーのことを心配しているからこその怒りであろうことは、これまでのダフネを見てきたハリーにも理解できた。

 

「……そうだね。でも、ダフネ。僕が襲われたのはロンやハーマイオニーが原因じゃあないと思う。僕の勘に過ぎないけど」

 

「どうしてそう言いきれるのよ!」

 

「ハーマイオニーがマグル生まれだと襲撃者はどうやって判断したんだい?確かにハーマイオニーはマグル風の格好だったけど、今時魔女でもマグル生まれの格好をする人間は珍しくない」

 

「……それは……そうね……」

 

「赤毛でそばかすがウィーズリーなのは魔法界の常識なのかな。でもそれなら、ロンを先に狙うはずだよ。ロンと親しい友人を狙う意味がない」

 

 ハリーは更に畳み掛けて言った。ダフネは強気に反論した。

 

「……貴方がウィーズリーの友達で、穢れ……いえ、マグル生まれだと思われたのかもしれないわ!だから貴方が狙われて……」

 

「だとしてもロンを狙わないのはおかしいし、ロンと一緒にいたハーマイオニーを真っ先に狙うべきだと思わない?」

 

 ダフネはハリーから見て、恐怖のあまり冷静な思考能力を欠いているように見えた。それでも知性は残っている。ハリーが常識的な根拠を示すと、ダフネは唸りながらハリーの言葉に頷いた。

 

「……そう……ね……それはそう。でも……」

 

 

(今しかないかな)

 

 ハリーはダフネが迷っているうちに畳み掛けることにした。しっかりとダフネと視線を合わせて、にっこりと作り笑いを浮かべて言う。

 

「ダフネやパンジーは優しいから、僕を心配してそういうことを言ってくれたんだと思う。だけど、純血主義であるかどうかはたぶん関係がないと思うよ。今回狙われたのは僕で、僕の考えなんて連中には関係ないんだと思うんだ」

 

「どうしてそう言えるの?」

 

「魔女がとっとと死ねって僕に言ってきたからさ。まともな人間は相手と対話もせずに殺そうとはしないだろう?」

 

「……」

 

 ダフネは何も言葉を返せない。しかし、その表情は恐怖で青ざめている。ハリーは、ダフネがアストリアを溺愛していることを思い出し、純血主義者を過剰に否定することは避けた。

 

「僕は今日、純血主義者と戦った訳じゃない。ただの人殺しに命を狙われて、ザビニやロンやハーマイオニーや君やトレイシーに助けられた。それが今日あった出来事の全てだよ、ダフネ」

 

「……わ、私は何もしてないし、出来てない……」

 

「でも来てくれた。来てくれて僕は嬉しかったし、心強かったよ。本当にありがとう」

 

「……ええ……」

 

 ダフネはまだ納得は出来ていないようだった。それでもハリーを『説得』するのは不可能だと思ったのか、ハリーに純血主義を勧めることはしなかった。

 

「……心配をかけて、ごめん」

 

 ハリーはダフネに謝った。己への戒めでもあった。

 

「でも、僕は強くなるよ。一人でも、生きて帰れるように。……だからさ。そんな顔をしないでよ。また明日、笑って会おうよ、ダフネ」

 

 ハリーがそう言ったことに、ダフネは驚いていたようだった。ハリー自身、これは気持ちを整理するために必要なことだと思った。ダフネがロンやハーマイオニーを貶めたことに怒りもあったが、ダフネが恐怖でおかしくなっていることは明らかだったからだ。そしてダフネがそうなった原因は、ハリー自身の弱さにあるとハリーは思った。

 

(……強く。もっと強くならなきゃいけない。どんな手段を使っても……!僕のためにも、友達のためにも)

 

 ハリーとダフネは、さよならを言って別れた。ダフネの足取りは、談話室まで歩いた時よりは軽くなっていた。ハリーの足取りは、何かを決意した人特有の重さがあった。

 

***

 

 次の日の月曜日は、ハリーにとってあまりいい一日とは言えなかった。ハリーはその日、鼻の奥が詰まったような感覚に襲われ、料理の味もまともにわからなかった。死体の刺激臭が脳に衝撃を与えた影響が一日経って出てきたのだ。

 

 ザビニやロンたちもハリーと同じ症状に苦しんでいた。その日の授業はつつがなく進行したものの、料理の味がわからないことで関係者の気分は最低に落ち込んでいた。唯一の救いは、スリザリンとグリフィンドールが一気に百点も加点したことで寮の雰囲気が明るくなったことだった。

 

 さらにハリーに負荷をかけたのは、授業の終わりにセオドール·ノットに詰められたことだった。ノットは悪く言えば寡黙、良く言えば孤高なスリザリン生で、非常に頭がいいものの今までハリーと会話したこともなかった。せいぜいが挨拶を交わす程度だ。それはノットが純血主義で、純血主義に喧嘩を売りまくったハリーのことを快く思っていないことにハリーも気付いていたからだ。

 

 そんなノットは、はじめて怒りを滲ませた目でハリーを見てきた。放課後の空き教室内で、ハリーとノットは剣呑な雰囲気で向かい合わざるをえなかった。

 

「どうしてグリーングラスが怯えているんだ、ポッター。一体どういうことなのか説明しろ」

 

「言えない。それを君に言う意味がない」

 

 ハリーは言葉を濁した。純血主義者のノットに、純血主義の恥さらしたちのせいで襲われたと言うのは気が引けた。ノットの父親は過去にデスイーターだったと、ハリーはファルカスから教わっていた。

 

 デスイーターらしき人間に襲われたと言えば、ノットはその事を気にするだろう、とハリーは思い言ったが、当然ノットは怒りを募らせる。

 

「お前がついていながら、どうしてあの子が怯えているんだと聞いている。説明しろ、ポッター!」

 

「……ダフネを怯えさせたのは全面的に僕が悪い。それはすまなかったと思ってるよ、ノット」

 

(……幼馴染みだったのなら自分で護るって言えよ……!何でもかんでも僕のせいにするなよ!)

 

 ハリーはノットに対してそう言いたい気持ちもあったが、ノットがどれだけ本気でダフネのことを心配していたのかを想像してその言葉を抑えた。今まで自分というものを出してこなかったノットがそれを表面に出すほど、ノットはダフネのことを大切に思っている。ダフネの側がどう思っているのかは知らないが。

 

(……多分幼馴染ってやつなんだろうな。昔からの付き合いもあっただろうし)

 

「でも、僕が近くにいて僕が護れる時は全力で護るって約束する。それだけは誓うよ」

 

 ノットは固く拳を握りしめていた。ハリーはノットから殴られるかもしれないと思い、目を閉じた。暫くしてからハリーが目を開けたとき、ノットは空き教室から去っていた。

 

 ハリーは空き教室を後にすると、決闘クラブにいたロンとザビニに頼み込んだ。

 

「二人とも、頼みがあるんだ。昨日の今日で悪いんだけど……」

 

「一体どうしたんだ、ハリー?」

 

「いつになく真剣な顔だけど……」

 

 ハリーは二人に頭を下げて、危険な考えについて明かした。

 

「僕と一緒に、禁じられた森に来て欲しいんだ」

 

 ハリーの考えは突飛なものだった。二人の目が驚愕と、そして恐怖に見開かれた。

 

「禁じられた森に、古代魔法の手掛かりがある。……二人と一緒なら、あの試練を超えられるかもしれない。……お願いだよ。僕は、どうしても強くなりたいんだ」

 

 禁じられた森にある、古代魔法の祀られた聖域に入り、古代魔法を手にする。それが、ハリーの考えだった。




アンドロメダ·トンクス「私がスリザリンの七年間で学んだことはたった一つ。スリザリンはクソということです」


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望まれて生まれたもの

ねだるな、勝ち取れ、さすれば与えられん


 

「それ今すぐじゃなきゃダメか?」

 

 ロンは最初、ハリーの提案にあまり乗り気ではなかった。というより明らかに嫌がっていた。

 

(嫌なのは当然か。森なんていつ死んでもおかしくない場所だもんな)

 

 ハリーの感覚が麻痺しているだけで、禁じられた森は禁じられたと言うだけのことはある。魔法使いであっても命の保証は出来ない場所だ。並の魔法使いとは隔絶した戦闘能力と森の知識を持ったハグリッドがいてはじめて生存の目が出る場所なのだ。ましてや死にかけた昨日の今日で森に行けというのはあまりに酷な話だっだ。

 

「……ロンがいい日ならそっちに合わせるよ。いつがいい?」

 

「金曜とかにしねぇか?」

 

「なんだよ。グリフィンドール生の癖にビビってるのか?四日後って」

 

 ザビニが意地悪く言うとロンは一瞬ムッとしかけたが、次にロンが言った言葉には怒りはなかった。その言葉には切実さがあった。

 

「いや実は昨日の後遺症で食事もあんまり喉を通ってなくてさぁ……体調が戻るまで待ってほしいんだよマジで」

 

「あっ……うん。悪い」

 

「ごめん。本調子になるまで待つよ」

 

 遺体の死臭はハリーたちの体調にも悪影響を与えていた。万全ではない状態で森に入ることは確かに避けた方がいいと、ハリーもロンの言葉に納得した。ロンは自分の提案が受け入れられたことでほっとしたように笑顔を見せた。

 

「サンキューな。……けどさ、どうせ行くならアズラエルとファルカスとハーマイオニーと……あとコリンとかも誘った方がよくないか?」

 

「コリンたちにはまだ早いよ。ルナは場数を踏んでるけど、森でUMA探しに夢中になられても困る。アズラエルとハーマイオニーは僕らの無茶を止めるかもしれない」

 

 ハリーは少し考えたが、まずはロンとザビニという必要最小限の人数で挑む方がよいと思った。それには説明した以外にも理由がある。

 

(パトロナスの試練は二人がいないと超えられないし……それ以外でヤバいものがあったとき、人数が多いと逃げるにも時間がかかる……)

 

 いざというときの逃走手段として有用なのが、ザビニの持つ火消しライターだ。ライターの火に包まれれば、好きな人のところへと避難することができるのだから。

しかし、火消しライターの火にも欠点はある。一度に逃げられる人数に限りがあることだ。多くても二人がせいぜいで、それ以上となると余計な時間が取られてしまう以上は大所帯で挑むべきではないとハリーは思っていた。感情よりも、安全面を重視した選択だった。

 

「犯罪者に狙われてて対抗するために力がいるって説明したら納得すると思うけどな」

 

 ザビニはそう言った。ハリーもそうあってほしいとは思ったが、もしかしたらアズラエルとハーマイオニーの二人は無茶を止めるかもしれないとも思った。

 

「分かった。でも、ファルカスは誘ってみてもいいんじゃないか?俺とザビニだけだと、戦闘とかになったとき不安だろ?」

 

「……うん。じゃあファルカスは僕から誘っておくよ。じゃあ二人とも、金曜日にハグリッドの小屋の前でね」

 

 ハリーは二人に感謝しながらその場を離れ、バナナージ·ビストにレラシオを教わっていたファルカスに声をかけた。ファルカスは決闘クラブでも勉強熱心で、めきめきと実力をつけていた。

 

 

***

 

「ザビニはやけに乗り気だったな。森が怖くないのかよ」

 

 ハリーが去ってから、ロンはザビニにそう話しかけた。赤毛とそばかすの顔には拭いきれない不安感があった。

 

 それに返答する端正な顔立ちの黒人の少年にも、笑みはなかった。いつになく真面目な表情で返答する。

 

「そりゃあ怖いに決まってっけどよ」

 

「ここで取れるリスクを取っておかねえと、この先何があるかわかんねえだろ。古代魔法とかは単なる作り話かもしれねえけど、強くなれる可能性が少しでもあるならやっといた方がハリーと俺らのためだ」

 

 

 

「……また襲ってくるかなぁ?デスイーターが?」

 

「マルフォイに聞いてみるか?『お前んち、デスイーターについて何か知らねえか』ってよ」

 

 ザビニのブラックジョークをロンは笑った。スリザリンの友人たちの中でもザビニは際立って性格が悪いが、面白いところも多いとロンは思っていた。

 

「……古代魔法ってどんなのだろうな」

 

「もしも俺が取っても恨みっこ無しだぞ。その代わり、ロンが取ったら俺にバタービール奢れよ」

 

「何でだよ!?そんなシックルねーよ!っていうか取れねーよ多分!そういう才能がありそうなキャラじゃねーだろ!」

 

 ロンの自虐ネタに今度はザビニが笑った。ひとしきり笑ったザビニを見たあと、ロンはポツリと呟いた。

 

「……でも、ま。正直に言うと欲しいよ。そうでもしねーとハリーにもハーマイオニーにも置いてかれそうだ」

 

「パトロナスを習得したのは俺らの方が早いぜ」

 

 ザビニはそう胸を張った。ロンも笑って頷いたが、ロンの心にはまだしこりがあった。

 

 

(ハリーはどんどん強くなってる。ハーマイオニーも。でも俺は……決闘大会でも結果を出せなかったし、あの炎のときもマキシマすら使えなかった……)

 

 ロンの中には、自分より優れた兄たちへの劣等感が幼少期からあった。今その劣等感を、同年代の友人たちからひしひしと感じる。しかし、ロンを何より焦らせているのは。

 

(今のままじゃ、ハーマイオニーを守れない……!)

 

 

 自分が弱いばかりに、ハーマイオニーに余計な負担をかけていたことだった。自分がマキシマ(最大化)なり、古代魔法なりで炎をどうにかできていれば、ハーマイオニーももっと楽ができた。ハリーだって闇の魔術なんかに頼らなくてもよかったのだ。

 

(……置いてかれたくねえ……!)

 

 

 ロンは焦燥を感じながら、金曜日に向けて体調を整えることを誓った。自衛のための力を身に付けて栗色の髪の少女を守る日を夢見て、赤毛の少年は勇んでいた。

 

 

***

 

 ブルーム·アズラエルは今日は決闘クラブには参加しなかった。クラスメートからの相談事を受けたからだ。

 アズラエルは、ハリーたちの中では純血主義者たちとも親交がある。幼少期から社交界に顔を出していた関係で、そういった考え方に触れる機会も多かったし、それについて疑問を持ったこともなかった。スリザリンに入るまではだが。

 

 スリザリンでの衝撃的な出来事が、アズラエルのなかで純血主義に対する見方を冷めさせたことは確かだ。しかしそれまでに構築した人間関係や、両親の都合で押し付けられた人間関係から解放されるわけではないし、解放されたいとも思わない。人付き合いは好きな方だったからだ。

 

 そんなアズラエルではあったが、この日アズラエルに相談を持ちかけたのはアズラエルにとって意外な相手だった。ダフネ·グリーングラス。最近になってハリーと親しくなったスリザリンの同級生である。

 

 アズラエルとダフネは、顔と名前が一致する知人程度の付き合いしかなかった。ダフネは社交界では壁の花であることを好むタイプで、アズラエルの中ではパンジー·パーキンソンの添え物という印象が強い少女だった。

 しかしひとつ見方を変えると、これはこれでスリザリンらしい振る舞いだと言える。力の強い人間に目をつけられないようにある程度地味に振る舞うことは立派な処世術の一つなのだ。

 

 そんなダフネが大して親しくもないアズラエルに相談を持ちかけるという事態を疑問に思いながらも、アズラエルは聞き役に徹してダフネの話を聞いた。ダフネからハリーがデスイーターと思わしき人間に襲撃され監禁された末に、ダフネたちも含めてまとめて殺されかけたと聞いたとき、アズラエルは椅子から転げそうになるほどに驚いた。

 

「そ、それで昨日二人とも疲れた顔をしていたんですね……」

 

 アズラエルはデートでなにがしかの失敗があったのかと思い詮索しなかったのだが、思えば今朝も二人は不調だった。特にハリーはあまり食べ物を残さないのだが、今朝はスクランブルエッグすら口に運ばなかったことをアズラエルは思い出した。

 

 そこでどんな恐ろしいものを見たのかまではダフネは口に出さなかったが、燃え盛る炎の中で死にかけ、ハリーたちが見たこともない炎の魔法で何とかしたという部分だけは熱っぽく語った。

 

「あの、それってプロテゴ インセンディオですよね?」

 

 デスイーターと思わしき人間に襲われたと聞いて、それを撃退するような炎の魔法となると最悪の魔術に結び付かざるをえなかった。アズラエルは半ばそうあってほしいという願望を込めて聞いたが、ダフネは首をかしげていた。

 

「?いえ。プロテゴ ディブルカ……?ディアバルカ……?とにかく私の知らない魔法よ」

 

「……はは。聞き間違いじゃあありませんか?僕もそんな魔法は存じませんが」

 

 アズラエルは聞かなかったことにしたいと思った。ハリーは闇の魔術から遠ざかるために色々と頑張っていたのに、使わざるを得ないような事態が襲いかかって来ることには同情せざるをえない。アズラエルはせめてハリーが使った魔法が闇の魔術であることに気付かないように、ダフネの記憶違いだということにした。

 

「そうだったかしら。……でも、私はあんな魔法は見たことがなかったわ。決闘大会で見たものとも違ったような気がするし。貴方たちも決闘クラブであれを教わったの?」

 

「いえいえ。僕たちはプロテゴまでですよ。ハリーは二年生の時とか三年生の始めにも色々ありましたから、頑張ってマキシマ(最大出力)を覚えたんでしょう」

 

「……そうなのね。あのときのハリーは本当に凄かったわ。私、自分が生きていることが信じられなかった」

 

「そうなんですか。それは凄い。僕もその場で役に立ちたかったですね」

 

 アズラエルは内心複雑な気持ちになりながらも、頑張って話を合わせる。そうやって相手の話を引き出すのも会話術の初歩である。

 

(……凄いで済めばいいんですけどね……実際ハリーの立場からしたらたまったもんじゃあないでしょうに)

 

 ハリーの友人の癖にあまり役に立てていない上、他人事のような言葉しか言えない自分が少し情けなく思いながらも、アズラエルはしばらくダフネに相槌をうって話を盛り上げた。ダフネは

 

 

「ええ……それでね、ミスタ アズラエル。私、ハリーについて貴方に相談したいのだけれど」

 

 

「ええ。どんな御用件ですか?」

 ハリーについての称賛を口に出していたダフネは気をよくしていたが、次第にその口調は落ち込んで尻すぼみになっていった。アズラエルはこの時は呑気に、

 

(ハリーを元気付けたいとか、励ましたいってことですかね)

 

 などと考えていた。その思いは斜め下に裏切られることになるのだが。

 

「ハリーに黒ミサに参加して貰えないか、貴方からも頼んでみてくれないかしら」

 

 黒ミサとは、悪魔を崇拝して神を冒涜するための儀式である。神に見捨てられた存在である魔法使いの、ひいては純血主義者にとっては神を信仰する愚かなマグルを冒涜するためのサバトであり、スリザリンの純血主義者の間で密かに受け継がれている集会だった。

 

(いやいやいやいやいやいやいやちょっと待って待って)

 

「そんなに悪いものではないのよ。純血主義についてハリーにも知って貰えれば……ほら、私が話したような目には遭わなくなるかもしれないじゃない。ね?貴方もそう思うわよね?ミスタ?」

 

 

(メ、メンヘラ……いえ、それはグリーングラスに失礼ですね。彼女もスリザリン生だったということでしょう)

 

 アズラエルから見て、スリザリン生としてはダフネは何もおかしなことは言っていない。純血の家の長女が純血主義になるのはある意味当たり前のことだ。それがスリザリンの価値観なのだ。

 

 純血主義も、『純血を尊ぶべき』『血統を護り魔法使い独自の文化を保持していくべき』という部分だけ見れば悪いものではなく、魔法族にとって必要な考え方だから存続してきたのだとアズラエルは思っている。スリザリンに入りながら純血主義を信仰していないハリーの方が異端であることは周知の事実だ。大抵のスリザリン生は純血主義を信仰しているふりをするか、純血主義を信仰し、純血の生徒を尊重して半純血との扱いに差をつける。もっとも手っ取り早い方法として他寮のマグル生まれを排斥する。そうやってスリザリン内での立ち位置を確保していくのだ。

 

「そのことはハリーには?」

 

「言ったわ。けれど断られたの。……でも、ね?貴方の言葉なら、ハリーも耳を貸してくれると思わない?」

 

(アホの子ですか?)

 

 問題はこの場合、ハリーにあった。少なくともスリザリンの常識ではそうなのだ。世間ではどれだけ非常識で前時代的だと言われようと、魔法族としての伝統と格式を守るのがスリザリンらしさなのだ。

 

 アズラエル自身は、もう少しスマートに美味しいところだけ取れれば良いじゃないか、と思っている。自分の寮の仲間や優秀な他寮の人材とは上手く付き合っていって、変に波風を立てずに『うまく』やって、大人になったときの財産にすればいいと考えている。それこそがスリザリンらしい理想の狡猾さだとアズラエルは信じている。現実はそうではないから折衝に追われているのだが。

 

 アズラエルのように優秀な人間に取り入ってうまく立ち回りたいという考え方は、実は少し前までのマルフォイ家やスリザリン出身者のそれに近い。闇の帝王の台頭にしたがって有力な家や純血主義の家が帝王に接近したことで、スリザリン自体がより排他的になってしまったのだが。

 

 ハリーの問題点は、ハリー自体が純血主義との相性が悪いというところにあった。

 そもそも赤子の頃に純血主義者に両親を殺された上、現在進行形で命を狙われている。普通なら恐怖に屈するところだが、生憎ハリーは普通ではないのだ。そういった境遇とハリー自信の資質が、純血主義との相性を最悪なものにしているのだ。少なくともアズラエルはそう理解していた。

 

 しかし、アズラエルはそれをダフネに言うのは避けた。自分と仲の良いファルカス相手ならまだしも、歴史ある純血の名家の一員に『ハリーは君の家や純血主義を嫌っているかもしれません』とは言えない。ハリーのためにも、クラスメートであるダフネのためにもだ。

 

(な、何とかして二人の仲を拗れさせずに軟着陸させられませんかねえ……)

 

 ハリーとダフネとの間がぎくしゃくするということは、ハリーがスリザリンの女子たちから目の敵にされるということだ。少なくともパンジー·パーキンソンは快くは思わないだろう。パンジーの政治力をもってすれば、ハリーの評判を落とすことは容易い。アズラエルとしても自分とハリーの平穏のためにそれは避けたかった。

 そこでアズラエルは、最低限門が立たないような言い方をした。

 

「……ハリーのゴッドファーザーのシリウスさんは純血主義が嫌いだとハリーが言っていました。ハリーも保護者の意向を無視して純血主義を信仰するとは言えないのではないでしょうか」

 

「……シリウス·ブラックが……!」

 

 ダフネはあっと口を手で覆った。ややオーバーなリアクションに思いながらも、アズラエルはええ、と言ってカップの紅茶を口に運んだ。

 

「ミスターブラックも純血の家と婚約したとは聞きますが、色々とエキセントリックな逸話がある人ですからね。ハリーもあれで大変なんでしょう。ハリーには同情しますよ」

 

 ダフネはシリウス·ブラックについて何か思うところでもあったのか、苦々しい顔を紅茶に写し出した。

 

「……私たちはシリウス·ブラックに嫌われているのかしら。純血主義は悪いものだと思われているの」

 

「そんなことはありませんよ。僕たちは夏休みにシリウスさんに会いましたが、とても良くして頂きました。君についても、きっといい友人を持ったと言ってくれますよ」

 

(純血主義について口に出さなければ)

 

 最後の一言をアズラエルは口に出さず、穏やかな笑みを浮かべて言い切った。

 

「……そう……かしら」

 

 アズラエルのフォローを聞いても、ダフネは言葉に詰まっていた。アズラエルはダフネの事情まで把握していたわけではないが、この言葉はダフネにとってかなりの効果があった。

 

 そもそもダフネの父親がダフネにハリーと親しくなるよう念を押したのは、グリーングラス家とシリウスとに接点がなかったからだ。ダフネという同年代の子供を通して接点を持つことがダフネに期待されていた役割で、ハリーに純血主義を信仰してもらう必要はないのだ。純血主義について下手に触れれば、ハリーかシリウスどちらかあるいは両方の不興を買うのだから。

 

 ただハリーに入れ込みすぎてしまったがために、ハリーの身を案じ、己自信も恐怖に怯えて空回りをしている。それが今のダフネの状態なのである。

 

 都合良くハリーを友人として利用するのであればなんの問題もない。ハリーが狙われているうちは距離を置き、闇祓いが襲撃者を倒したら何食わぬ顔で友人として接する。実際のところ、ダフネに出来る最善手はそれだった。

 

 もっとも、割り切ってそんな振る舞いが出来るほどダフネの心は凍てついてはいない。情と優しさがあるからこそ、純血主義に走ろうとしたのだから。

 

 

 

(ハリーを見守っていれはいいのかしら。でも……それじゃハリーはまた襲われて、殺されてしまうかも……)

 

「ねぇアズラエル。せめて貴方からもハリーに言ってくれないかしら。純血主義のティーパーティーもそう悪いものではないって……」

 

「言ってはみます。ですが期待はしないでくださいね」

 

(……あれ……これ……この上手くいかなくないですか?なんだか壊れる寸前の橋を見ているような気分になってきました……)

 

 アズラエルはダフネとハリーの間に立ち込める暗雲を見た。今の二人はある程度仲の良い異性の友人という間柄なのだろう。そこまでならまだ良いが、それ以上を考えればお互いの思想を押し付け合う殴り合いになりかねない。

 

 普通の友人関係なり恋愛なりなら、価値観の違いを感じたときにどちらかが歩み寄り、あるいは変わっていくなりして擦り合わせていく。あるいはそれを恋と呼び、愛の魔力と人は呼ぶ。

 

 問題は、ハリーの側がダフネに合わせるということが出来るかだ。

 

 

 良くも悪くも保守的なダフネのために己の価値観を変えるようなことは、ハリーには出来ないのではないかとアズラエルは思った。ハリーには同情しますよダフネを愛せない。純血主義という、ダフネの家やグリーングラス家について回るダフネの一部を許容できないだろうと予測できてしまったのである。

 

 

「……」

 

 アズラエルは言葉に詰まった。そして、ダフネを慰めるように、あるいはアズラエル自身の期待を込めて優しく声をかけた。

 

「ハリーを信じてみましょう、グリーングラス。ハリーは去年も、スリザリンの継承者になった男です。僕たちの常識が通用しないやつなんですよ、ハリーは」

 

「……けれど、もしも……」

 

「その『もしも』が訪れないように、ハリーは全力で……必死になって戦ってるんです」

 

(……そう、きっとハリーはそうする筈です)

 

 アズラエルは二年弱の付き合いで、ハリーの性格と行動を何となく掴んだ。ハリーは破天荒ではあるが、いつだって理不尽に抗うために全力を尽くしてきたのだ。

 

「ハリーなら、きっと……デスイーターなんかに負けはしませんよ。自分のためにも、僕たちのためにも」

 

「……私たちのため?」

 

「ええ」

 

 アズラエルは半ば確信を持って頷いた。それはアズラエルの視点から見た、美化されたハリーだった。

 

「ハリーはふざけたことをさせた先輩だって、学校を震え上がらせたバジリスクだってやっつけました。それはハリー自身の身を守るためでもあったけれど、それだけじゃない。ハリーが頑張ってくれたから、僕らが白い目で見られる機会はぐっと減りました。ハリーは僕たちスリザリンのヒーローなんです」

 

「……そう……ね。私も……そうなってほしいって思ってた……」

 

「だからこそ、僕らがハリーを信じて支えましょう。ハリーならきっと、今回もいい方向に変えてくれますよ」

 

「…………」

 

 それは期待であり、アズラエルの主観でしかなかった。しかし、アズラエルには確信があった。ダフネの望み通りハリーに純血主義を押し付けたところでハリーがそちらに進むことは絶対にないのだ。それならば、たとえどれだけか細い希望であったとしても、ハリーの道を作ることがアズラエルに出来ることだった。

 

 ダフネは暫く考えていたが、やがてアズラエルに礼を言って別れた。アズラエルは次の日、ダフネ·グリーングラスが柄の悪そうな先輩たちにちやほやされているところを目にした。その先輩たちはリカルド·マーセナスやマクギリス·カローよりたちが悪く、純血主義を掲げて他所の寮生に迷惑をかけるしか出来ない不良たちだった。

 

 

 




ハリーのような存在を望むスリザリン生も確かにいます。
過去にはヴォルデモートのような存在を望んだスリザリン生が居たように。


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重なる罪

真面目な人ほどブレーキのかけ方が分からなくなることってあるよね。


 

 

「もちろん行くよハリー。金曜の夜が楽しみだね」

 

「ありがとう」

 

 スリザリンの寮に戻り、四人部屋でハリーはファルカスを見つけ、彼を金曜日の古代魔法の探索へと誘った。ファルカスはハリーの誘いを断らなかった。禁じられた森への侵入は危険だが、闇の魔法使いがハリーを狙っているかもしれないとあって、ファルカスはむしろ積極的に強くなっておく必要があると言った。

 

「闇の魔術でも古代魔法でも、とにかく敵に対抗できる手段はあった方がいい。いい考えだよ、ハリー」

 

「……ああ。自衛のための手段は多い方がいい。ファルカス……」

 

「どうしたのハリー?」

 

(……どう言えばいいかな……)

 

 ハリーはファルカスに対して、闇の魔術の危険性を話した方が良いのではないかと思った。特に、カタバ ロコモータ(死体操作)に関しては。

 

 ハリーがカタバロコモータの有用な使い途として想定していたのは、魔法は昆虫や鳥類、あるいは魔法生物などの死骸を操って盾にするか、死体操作された人の遺体を傷つけずに無力化するという使い方だ。実際無力化できはした。しかしハリーの腕には、まだ人の命を冒涜したという感触が残っている。安易に手を出していい魔法ではないのだ。

 

(……ファルカスは生まれた頃から魔法界にいて、僕よりずっと魔法のことを知ってる。……わざわざ言わなくても分かってるよな……)

 

「金曜日の探索、頼りにしてるよ。森には危険が山ほどある。僕も安全に進むルートを考えているけど、いざってときは君の力が必要になるんだ」

 

「任せてよハリー。僕がどれだけ腕を上げたのか見せてあげられそうだね」

 

「ああ。楽しみだね」

 ハリーは結局、ファルカスに闇の魔術に関して釘を刺すことはしなかった。それはファルカスに対する信頼であり、甘えでもあった。

 

 そんな話をしてから暫くして、ファルカスが風呂に入ったとき、アズラエルとザビニが部屋に戻ってきた。アズラエルはハリーを見るや否や何やら気の毒そうな顔をしたが、すぐにハリーに言った。

 

「ハリー。ホグワーツにシリウスさんが来ているそうです。君のことが心配でかっ飛んできたらしいですよ。今は校長室に居られるそうです。合言葉は、『ヴィクトリアスポンジケーキ』です」

 

「あー多分例の一件についてだな。お前も大変だなハリー。心配してるだろうし急いで行ってやれよ」

 

 

「!?……分かった。すぐに行くよ」

 

 ハリーは生まれてはじめて、意識があるときに学校に保護者がやってくるという経験を味わった。ハリーにとってあり得ない筈の経験は、思っていたよりもずっと羞恥心を掻き立てられた。アズラエルは部屋から出るとき、ハリーの背に声をかけた。

 

「ミスグリーングラスが君のことを心配していましたよ、ハリー。気にかけてあげて下さいね」

 

「!?」

 

 ハリーはダフネがアズラエルに何を言ったのか気になったものの、急いで校長室へと向かった。スリザリンの緑色のローブは、冷えた冬の廊下の寒さを和らげてくれた。

 

***

 

 ハリーが校長室にたどり着き、合言葉を囁くと校長室の扉が開かれた。校長室には黒髪で紳士姿の、ハリーのゴッドファーザーの姿だけがあり、ダンブルドアの姿は見えなかった。

 

「ハリー、無事で何よりだ!」

 

「シリウス。このやり取りを何回してるんだろうね、僕は」

 

 ハリーの顔を見るや否やシリウスはハリーを抱き締めた。ハリーは気恥ずかしさを誤魔化すためにそう呟いたが、シリウスの耳には届いていなかった。

 

「事情はダンブルドアから聞いた。よく生き残ってくれた!本当にいつ死んでもおかしくはなかった」

 

「大袈裟だよ、シリウス。大したことのない魔女だったのに」

「そんなわけがあるか。ハリー。ダンブルドアから聞いたが、犯人の魔女は髑髏の仮面をつけていたそうだな」

 

「そうだよ」

 

「それに加えて、アバダケタブラまで撃ってきた」

 

「それが…一体何なの?シリウスから教わったとおりのやり方で撃退できたけど…」

 

 ハリーは不吉な予感を感じながらも、シリウスに問いかけた。

 

「髑髏の仮面は、ヴォルデモートの支持者がつけるものだ。暗黒時代の中で、デスイーターたちはそれで顔を隠しながらアバダケタブラを……死の呪文を行使して人を殺して回った。本当に危険な連中だ」

 

「ま、まさか……!」

 

 絶句するハリーは、ディメンターが見せた過去の記憶を思い出した。ヴォルデモートが父と母の命を奪い、ハリーの命をも手中にせんと放った緑色の閃光こそ、アバダケタブラだったのだ。

 

 

「ああ、そのまさかだハリー。ドロホフが君を襲った魔女の裏についていても不思議じゃない」

 

 シリウスの目には強い怒りと決意の色があった。ダイヤモンドを思わせるほどの輝きを持つその灰色の瞳を、ハリーはとても美しく思った。

 

 シリウスはハリーに古くずっしりと重い手鏡を手渡した。持ち手には蛇を思わせるような紋様の装飾が施されている。

 

「ハリー、スニーコスコープは肌身離さず携帯しておくんだ。君が襲われたときのように通常の魔法で拉致された時は動作しないとはいえ、不意打ちで闇の魔術を受ける可能性は少なくなる。そしてこの鏡も持っておけ」

 

「シリウス、これは……?」

 

「両面鏡だ。君に何かあったとき俺がすぐに駆けつけられるように、居場所が分かるよう改良した。いいか、ハリー。どんな敵がやって来たとしても俺が必ず助けに来る。だから絶対に、デスイーターの連中に負けるんじゃないぞ」

 

「分かった、シリウス。でも、僕はヴォルデモートやその手下には負けないよ」

 

 ハリーは手の中の両面鏡を握り締めた。ずっしりと重い鏡からは、シリウスの心配が嫌というほど伝わってくる。ハリーはシリウスに結婚祝いも言えないまま、両面鏡を懐にしまった。

 

 

「その意気だ。だが、無茶はするなよ。戦おうとするのも避けた方がいい。死の呪文は直撃すれば問答無用で命を奪われる」

 

「プロテゴで防げないの?」

 

「防げない。分厚い遮蔽物の影に隠れるか、変身魔法で擬似的な生命の盾を作るかしなければな」

 

 ハリーは無言で頷いた。同時に、今までやってきたことが無駄になったわけではないとも思った。

 

(道理で決闘クラブでは魔法をかわす方法をたくさん練習するわけだ……)

 

 プロテゴは大体のチャームやヘックス、ジンクスを防ぐ万能な防御魔法だが、それでも防げないものはあるということだ。ハリーは自分の最大の防御魔法であるプロテゴ·ディアボリカですら防げない魔法があると知り、魔女やまだ見ぬドロホフへの敵意と殺意を高めた。

 

「ハリー。学校はどんな調子だ?何か困っていることはないか?」

 

 シリウスはハリーへの警告を伝えたあと、すぐにハリーの学校生活について聞きたがった。ハリーは一週間前も手紙を出していたが、ここ最近の悩みについてシリウスに相談するべきかどうか迷った。

 

(……古代魔法については……流石に明かせない。心配させたくないし……)

 

 そこでハリーは、無難に学生らしい悩みごとを相談することにした。

 

「魔女に襲撃されてから、精神的に参ってるともだちがいるんだ。シリウス、僕は彼女に何をしてあげられるんだろう……」

 

「ほう?ハーマイオニーか?それとも、ルナ?」

 

 シリウスはハリーの手紙によく登場するクラスメートの名前は大体記憶していた。その二人は夏季休暇の時も来ていたこともあり、即座にシリウスの口から名前が出てきた。

 

「ハーマイオニーはそんなに柔じゃないよ。ルナは今回は巻き込まれなかった。ダフネ·グリーングラスって言うんだけど」

 

「そうか、スリザリンでのクラスメートだったな」

 

(……まぁ、大丈夫だとは思うが……)

 

 

 シリウスはハリーの前では表情に出さなかったが、グリーングラス家についてあまり印象はよくなかった。ここ最近、あの家の周辺で闇のアイテムに関する違法な取引が行われた可能性が浮上し、シリウスの所属する部署でも幾人かが捜査にあたっていた。

 

 シリウス自身は、嗅覚と高い魔法の腕を買われて麻薬組織の捜査に駆り出されている。とはいえ義理の息子とも言える存在がきな臭い家に関わることは好ましいものではなかった。

 

(……アンドロメダの言葉を思い出せ。子供に罪はないし、その親も罪があると決まったわけでもない。ハリーに悪影響があると思うな。ハリーを信じるんだ……)

 

 シリウスは己自身の前回の魔法戦争での遺恨をハリーに持ち込まないように、常に高い自制心を要求されていた。スリザリンの一部に悪い風潮があるとはいえ、ハリーから聞いたダフネという少女はごくごく普通の平凡な女学生だったからだ。

 

「うん。そうなんだ。絵が好きな面白い子なんだけどね。不安がっていて」

 

 ハリーはダフネが純血主義を勧めてきたことは明かさなかった。シリウスが不快に思うことは分かりきっていたからだ。

 

「そういう姿を君に見せたということはな、ハリー。君に傍にいてほしいということだ」

 

 

「傍にいてどうにかなる問題でもないと思うんだよ、シリウス。犯罪者が捕まらないと、彼女の不安はきえないんじゃないかって」

 

 シリウスは流石に女子の心にも精通していた。理屈で考えるハリーに、シリウスはアドバイスを与えた。

 

「ハリー。その子だってそんなことは分かりきっていただろうさ。だがな、人ってのは孤独には耐えられないものなんだ」

 

「孤独……?」

 

(ダフネが……?)

 

 ハリーはダフネが孤独という意味が分からず、首をかしげた。ハリーから見て、ダフネにはトレイシーやミリセント、パンジーのような友人もいて、妹もいる。孤独を感じる要素がないのだ。

 

「人の心ってのは繊細で複雑で、割りきれないものなんだ。その子が君にそう言ってきたってことは、他の誰でもなく君に何かをしてほしかったか、君に傍にいて欲しかったということだ。いいか、ハリー。選択しろ。君自身がよく考えて、君の言葉でそのダフネって子供さと向き合うんだ。それが、君がその子のために出来ることだ」

 

(……もしそれでダフネと合わなかったら……)

 

 そう言いかけた言葉を、ハリーは飲み込んだ。シリウスの言葉の意味は、ハリーには痛いほどよく分かった。

 

(…………たとえ合わなかったとしても、向き合うことが大切だってシリウスは言ってるんだ)

 

 ドラコとハリーとで闇の魔術への解釈が合わなかったように、ダフネを傷つけることになるかもしれない。しかし、それでも、ハリーにはダフネと会って話すことが出来るのだ。

 

 ハリーははじめて人と向き合うことを恐れた。もしもダフネがまた純血主義を勧めてきたとして、ハリーは自分がそれを受け入れることなど到底出来ないと思っていたからだ。自分の言葉で既に傷付いている友人の心をまた傷付けることになるかもしれないことを、ハリーは恐れた。

 

「しかしそうか、ハリーも好きな人が出来たか。君の父さんや母さんも喜ぶな!」

 

「いや、そういうのじゃないよシリウス!」

 

 全てを伝えなかった結果、シリウスは単なる恋愛相談としてハリーの言葉を受け取り、ニヤニヤと悪戯っぽく微笑んでいた。ハリーは半ば呆れながらシリウスの言葉を否定しなければならなかった。

 

***

 

 一方その頃、ハーマイオニー·グレンジャーはラベンダー·ブラウンや監督生のアグリアス·ベオルブから心配されていた。ハーマイオニーの顔色が優れなかったからだ。

 

「ねぇハーマイオニー。昨日のデートでロンと何かあったの?昨夜もうなされていたし……」

 

「そんなに?心配かけてごめんなさい、ラベンダー。きっと体がびっくりしたのね。何もなかったって訳じゃないけど、何とかなったの。だから大丈夫よ」

 

「でも具体的に何があったのかは言ってくれないじゃない。教えてよハーマイオニー」

 

(ううん……困ったわね……)

 

 ラベンダーは心配そうにハーマイオニーに尋ねる。ハーマイオニーの心ない正論に怒ったこともあったが、自分から謝ってくれた相手にいつまでも怒れるほどラベンダーの心は狭くはなかった。

 ハーマイオニーは笑顔でラベンダーをかわしながら、内心の疲労が出てこれ以上ラベンダーを心配させたくないという気持ちから気丈に振る舞った。

 

 いくらホグワーツではバジリスクが徘徊したという実績があったとしても、ホグワーツの外の魔法界で死体に遭遇するような事態はハーマイオニーも想定していなかった。ハーマイオニーの心は恐怖に屈したりはしないが、体調までコントロール出来るわけではない。脳には死臭と、それを認識したことの衝撃がこびりついている。こうしてグリフィンドールの寮でルームメイトや先輩と会話できる喜びを噛み締めながらも、死臭や命の危機にあったという衝撃を脳が忘れるにはまだ何日か時間が必要だった。

 

 

 

 日曜日の事件当日、全力を尽くして生き残ったという喜びと死者を痛む気持ちや、美術館はどうなったのだろうという心配で頭が冴えていた。しかし一夜経つと、脳は異常な事態にあったことでハーマイオニーの体に信号を放ち、身体機能に悪影響を与えていた。これはハーマイオニーに限った話ではない。ハリーも含めたあの場にいた全員が何らかの体調不良に苛まれていたのである。

 

 

 ラベンダーから曖昧に答えをはぐらかすハーマイオニーを見かねてか、監督生のアグリアスはラベンダーを止め、ハーマイオニーを労った。

 

「そこまでにしておきなさい、ラベンダー。ハーマイオニー、こういう日はさっさと眠ってしまうのが一番よ」

 

「ベオルブ先輩。それはそうですね。それじゃあ、私、部屋に戻ります。ハーマイオニーも行く?」

 

「いいえ、私はまだ残るわ。先に行っててラベンダー」

 

 ラベンダーは最終学年の監督生を敬い、素直に引き下がった。とはいえハーマイオニーとラベンダーは同室なので、部屋に戻ればまた質問責めとなるだろうが。

 

「早く寝ろと言ったのに」

 

 アグリアスはずれた眼鏡をかけ直してハーマイオニーに対して苦笑する。アグリアスは仕事熱心なパーシーとは違い、後輩たちに対してはあまり干渉しないが、噂の中心になりがちな後輩のことは嫌でも耳に入ってくるのだ。

 

「部屋では出来ませんから。ここで書かせてください」

 

(止めても無駄か)

 

 下手に休むよりも勉強をしていた方が落ち着く人種が世の中には存在する。一年生の頃から見てきた赤毛の秀才の姿をハーマイオニーに重ねながら、アグリアスは部屋全体が暖まるよう暖炉に杖を向け、無言でインセンディオを放った。これで長時間談話室にいても、体を冷やすことはない。

 

 

「いいぞ。ゆっくり書くといい」

 

 ハーマイオニーは談話室の机に向かうと、鞄から羊皮紙を取り出す。栗色の髪はぼさぼさのまままとまっていなかったのに、アグリアスは一瞬髪の毛がふわりと魔力を帯びるのを感じた。ハーマイオニーの感情の高まりに呼応して、髪の毛に艶が増している。

 

(……もしかして)

 

 アグリアスが瞬きした時には、手元には羽根ペンが握られていた。ハーマイオニーはマクゴナガル教授の出した変身呪文の課題レポートを仕上げるつもりだったのだ。

 

 アグリアスは机に腰掛けて、ルーピン教授から課されたDADAの課題レポートを取り出した。そのままハーマイオニーに話しかける。

 

「今朝起きたらグリフィンドールの得点が百点も増えていた。何か心当たりはないかハーマイオニー」

 

「……」

 

 かりかりと羊皮紙に文字が刻まれていく。ハーマイオニーはレポートを埋めながら、首を横にふった。

 

「スリザリンも百点加算されていた。うちの男子たちは大袈裟に落胆していたが、二つの寮が同時に大量得点するような出来事は一つしかない」

 

「クィディッチですね」

 

 ハーマイオニーの冗談は無視された。アグリアスの眼鏡がキラリと光った。アグリアスはもう決めてかかっているようだった。

 

「ポッター絡みだろう」

 

「どうしてそう言いきれるんですか?」

 

「グリフィンドールとスリザリンが一気に加点されるなんて事態、他に考えられない。というかこれまであった出来事を思えば、君たちが何かしたと考える方が自然だ」

 

 アグリアスの言葉は残念ながらホグワーツにおける事実ではあった。グリフィンドールとスリザリンはそれぞれ競い合うライバル関係ということになっている。両方が加点されるようなことはあまりないのだが、ここ最近のホグワーツでは一年ごとに両方の寮で同時に大量得点する事態となっている。主にハリー絡みで、だ。

 

 ハーマイオニーは否定できる材料を探した。目の前の金髪の上級生の顔をじっと見る。七年生で魔女として成人している目の前の監督生は、ハーマイオニーよりずっと大人びて見える。

 

「その二つの寮でも、仲のいい人たちはいます。私の目の前に」

 

「さて、なんのことやら」

 

 アグリアスはレポートで何かミスを起こしたようで、記入内容をホワイトで修正する。予めかけられていたロコモータ(動け)によってアグリアスが意識するだけで修正液が動き、羊皮紙の内容は書き換えられていく。

 

 アグリアスがスリザリンの監督生と親しいことはグリフィンドールの内部でも有名だった。ハーマイオニーは、ホグワーツでもホグズミードでも、プラチナブロンドの男子と口論しているアグリアスの姿を見たことがあった。

 

「ハーマイオニーの言葉に心当たりはないが、これでも感謝しているんだぞ?ハーマイオニーたちのお陰で、窮屈だったホグワーツが明るい雰囲気になっていったんだから」

 

「……私、自分が特別なことをしたとは思っていません。それが『特別』だっていうのがおかしいと思うんです。……でも、ハリーたちとの友人関係を好意的に受け取って頂けるのは嬉しいです。私、ちょっと寮と寮の間での対立が行きすぎているって思うときがありましたから」

 

 ハーマイオニーは自分の功績については否定したが、アグリアスが二つの寮の対立に懐疑的であることには同意した。実際のところ、グリフィンドールとスリザリンとの対立はハーマイオニーにとって足枷になることもあった。

 

 一年生のとき、ハーマイオニーはスリザリンのパンジー·パーキンソンという生徒が中心となった陰湿な嫌がらせを受けたことがある。ただでさえ友人の作り方がわからず心細かったハーマイオニーに追い討ちをかけるように、パンジーは教師や監督生の目の届かないところで嫌がらせという名の虐めを重ねていった。

 

 ハーマイオニーはスリザリン生の全てが悪人だとは思わない。自分への嫌がらせに荷担した連中への怒りや嫌悪は当然あるが、それをあてはめるのは他のまともなスリザリン生に対してあまりにも失礼だからだ。それこそ、ファルカスやアズラエルのことはハーマイオニーも友人として信頼していた。彼らに差別感情はないと。

 もちろんザビニやハリーから危ういところを感じないわけではない。行動力がありすぎて目を離すとあらぬ方向へ進んでしまいそうなところはある。しかし、行動力に関して言えばロンもハーマイオニーも似たり寄ったりなところはある。だからハリーやザビニのそういう部分も込みで、ハーマイオニーはこう思っている。

 

 『スリザリンにも良い人はいる』と。

 

 ハーマイオニーはふと、目の前の先輩とこの問題について話してみてもいいのではないかと思った。

 

(アグリアス先輩はどう考えているのかしら)

 

 巷で言われるような考え方をしていればスリザリン生と付き合ってはいない筈だ。寮と寮の対立について、彼女がより良くしようと思っているのではないかと期待を込めてハーマイオニーは問いかけた。

 

 アグリアスは一瞬躊躇ったような顔をしたが、ハーマイオニーに微笑んで言った。

 

「ああ、過激になりすぎているところはある」

 

(この子は強いな。私が思っていたよりずっと)

 

 差別されている当事者のハーマイオニーがそれを言えるのは、ハーマイオニーが強く芯のある後輩だからだ。アグリアスはそんな後輩だからこそ、ハーマイオニーに声をかけた。

 

 これから先、潰れてしまわないように。

 

「ですよね」

 

 望んだ答えが帰ってきたことでハーマイオニーは気をよくしたが、アグリアスが続けた言葉には考えさせられた。

 

「けれど、ある程度はそういうものとして受け入れなければならない。クィディッチでの対立や、授業での得点のような競争は必要なことだからな」

 

「それが過激化してしまうのはどうしてなんでしょう。スリザリンチームのラフプレーとか……」

 

 ハーマイオニーは少し悲しんで言った。クィディッチの魅力に取り憑かれているわけではないハーマイオニーにしてみれば、スリザリンのラフプレーやマクゴナガル教授の出したシーカーへのニンバスの贈呈等は少々やり過ぎに見える。ハーマイオニーはマクゴナガル教授への批判は控えたが、スリザリンチームのラフプレーに関しては批判を忘れなかった。

 

「競争意識を育むためだ。寮という一つの集団が一丸になって、寮杯獲得のために自分達が出来る分野で寮に貢献する。これで競争意識が生まれるし、明確な敵がいたほうが仲間意識も生まれやすい。仲間の悪いところに目を向けるより、まずは敵を叩く!その方が団結できるからな」

 

「アグリアス先輩、私はハリーたちを敵とは思えません」

 

「君はそうだろうな。君はな」

 

(アグリアス先輩はどうなんですか……?)

 

 アグリアスの言葉に込められたニュアンスにあまりよくないものを感じ、ハーマイオニーは怪訝な顔をする。それには気付かず、アグリアスは持論を展開した。

 

「ともあれ、グリフィンドールが堂々と先生から加点される方向で頑張ろうとするなら、スリザリンはそれを妨害することもよしとする。これは二つの寮が掲げる美徳の違いからだが、グリフィンドールが目立てばスリザリンはそれを叩くことも、グリフィンドールがスリザリンにやり返すこともよしとする。そうやって競争させることで、私たちはグリフィンドール生、スリザリン生として日常生活を送ることが出来るようになる」

 

「同じ寮でも喧嘩することはあります」

 

 ハーマイオニーの言葉にアグリアスは苦笑した。誰よりも獅子寮らしい気質を持つハーマイオニーだが、獅子寮の中で浮かなかったわけではない。

 

「寮生活をしている以上は、どうしたって日常生活で細かな不満やささやかなストレスは生まれてくる。魔法があったって、対人関係を解消させてくれるわけではないからな。そういう不満も、クィディッチの試合や寮杯で自分の寮が勝てば些細なものになる。……だから、勝つことが目的となって過激になるんだ」

 

 ハーマイオニーは真摯にアグリアスの言葉に耳を傾けた。アグリアスは眼鏡を光らせて言葉を続ける。

 

「勝てば全てが報われる。……が、負けたら今までの努力や苦労は報われない。そういう競争の中で磨かれるからこそ、私たちは成長できるんだ、ハーマイオニー。想像してみるといい。ハッフルパフのように負けてもヘラヘラと笑っている奴らがトップに立てると思うか?負けても嬉しいか?」

 

「思いません。勝とうと全力を尽くさなければ結果は出ませんから」

 

 

 ハーマイオニーは強く言った。学年で最も優秀な生徒と呼ばれるハーマイオニーは、勝ちたいという気持ちと、その気持ちを大事にして努力することの大切さを知っているつもりだ。ただ、勝つための手段が過激になるあまりに大切なものを見落としている気がしてならないだけで。

 

「対立や競争はストレスの発散になると同時に、私たちを大きく成長させてもくれる。……ポッターたちとは友達だが競争相手、というところを忘れなければ大丈夫だ、ハーマイオニー」

 

「分かるところもあります。私も、グリフィンドールが優勝したほうが嬉しいのは確かです」

 

(……けれど……)

 

 ハーマイオニーはアグリアスの言葉に理を見出だしたものの、腑に落ちない部分まで認められたここでハーマイオニーは一つ反撃に出た。

 

「……じゃあ、アグリアス先輩もガフガリオン先輩と競争しておられるんですね?グリフィンドールのために?」

 

 アグリアスの頬が一瞬ピンク色に染まったのをハーマイオニーは見逃さなかった。アグリアスがグリフィンドールの監督生としてあれこれと口に出してはいても、スリザリンを憎く思ってはいないことは丸分かりだった。

 

「……まぁそうなる。実を言えば、監督生同士で賭けをしていてな。自分の後輩のどちらが得点するか賭けている。当然私は君に賭けた。健全な形での競争とはそういうものだ」

 

 アグリアスの惚気のような何かを聞きながら、ハーマイオニーはおお、と思った。

 

「楽しそうですね」「楽しいよ」

 

 今度ファルカスたちと似たような賭けをしても良いかもしれないと思いつつ、ハーマイオニーはアグリアスにさらに尋ねた。

 

「先輩はスリザリンへの偏見は持っておられないんですね」

 

 スリザリン生に対して悪い印象を持っているグリフィンドールの生徒は多い。それこそ、ロンはハリーたちと会っていなければスリザリン生は犯罪者予備軍の集まりだと思っていたとハーマイオニーだけに打ち明けてくれていた。

 

「あるよ。私も。偏見は誰にでもあるものだ」

 

 が、アグリアスからの返答は意外なものだった。ハーマイオニーはまじまじとアグリアスの瞳を見返した。

 

「そうとは思えませんが……」

 

「自分は『絶対に』偏見なんて持っていない、という人間を私は『絶対に』信用しない。そういうやつは、いざ自分が間違えたときに『絶対に』それを認めないからだ」

 

 アグリアスの言葉に何かの重みを感じ、ハーマイオニーはアグリアスに聞き返した。

 

「でも、アグリアス先輩は対等に付き合えています。偏見を持っているなんて……」

 

「それは私がスリザリンに偏見を持っているとあいつが理解した上で、あいつがグリフィンドールに対する偏見を持っていると私が理解した上で接しているからだ」

 

 アグリアスはそう断言した。ハーマイオニーはアグリアスの話を、少し考えながら聞いた。

 

(……互いに偏見があるということを理解した上で……接する。それが必要だと言っておられるのね)

 

 アグリアスは、自分の持っている『偏見』をハーマイオニーへと明かした。

 

「私から見て、スリザリン生は臆病なんだ。勇気がない、とも言える」

 

(私にはそうは見えません)

 

 ハーマイオニーはハリーたちに勇気がないとは思わない。が、ここで余計なことを言って話の腰を折ることはしなかった。

 

「スリザリンは、ある意味でどの寮よりも愛情深い寮なんだ。結束が固くて、仲間意識が強い。その分だけ、余所者や新しいもの……つまりは、『外』のものに対して排他的になる。これはほとんど誰にでもある傾向で、さっきも言ったが寮を区分する以上はどこでも生まれる傾向だが、スリザリンは特にそれが顕著なんだ」

 

「どうしてですか?」

 

「余所者を大切にしていたら、自分や身内にかけるリソースがなくなるからだ。だから思想や血統で優先順位をつけた上で波風が立たないように管理するのがスリザリンらしいやり方なんだ」

 

 ハーマイオニーはあまり納得できなかった。能力に依らず、血統によって決まるというシステムに疑問を抱かない子供はいない。ハーマイオニーのように勉強が出来るならば尚更だ。

 

 アグリアスはあえて説明を省いたが、時代の進みに伴ってスリザリン内も変化している。マルフォイ家がスリザリン内部で高い地位を得たのは、マルフォイ家に高い資本力があり、魔法族においてトップクラスの財力があったことが一因であって、純血という血統だけで地位を得たわけではない。純血(であると主張している)のはどの家も同じだからだ。

 

 

「……その代わり、自分が認めた人間や存在に対しては寛容になることもある」

 

「……!それ、分かります、私もそう思います!」

「そうか」

 

 最後の言葉に対してはハーマイオニーも同意した。ハーマイオニーの脳裏をよぎったのは、スリザリンの監督生であるマクギリス·カローだった。

 

 

 マクギリス·カローは純血主義であると公言していた。しかしハーマイオニーは、マクギリスがハーマイオニーの疑問や主張に耳を傾け、何度も議論に応じてくれたことを覚えている。主義主張の違いはあれど、認めた人間に対して自分の尺度で寛容になる、という部分には同意せざるをえなかった。

 

「そういう部分があまりにも尖鋭化すると、他人や身内以外に対して無駄に残酷になる時がある。何かの拍子に、いい奴だったスリザリン生がただの阿呆に変わる。私はそれが心配なんだ」

 

 ハーマイオニーは、アグリアスの言葉の意味をよく考えた。身内に対する愛情深さと、それゆえの危うさ。ハーマイオニーの中で最もそれに当てはまるのが、ハリーだった。

 

「スリザリン生の友達に言われたことがあります」

 

 ハーマイオニーはアズラエルから言われたことを、アグリアスに明かした。

 

「私は……というか、グリフィンドールの子達は頑固だって。柔軟じゃないってよく言います。もちろん悪い言い方じゃありませんけど」

 

「正しいと思ったことを貫くのは人として当然のことだ。それは私達グリフィンドールの美徳だが、スリザリン生にとっては少し鬱陶しいのかもしれないな」

 

 アグリアスがレポートを書き終わるまで、それからハーマイオニーは暫くスリザリンについて話をしたが、ハーマイオニーは次第にアグリアスからの惚気を聞かされているような気がした。アグリアスから見たスリザリン生というのが、どうも特定個人に限定されているような気がしたからだ。

 

 アグリアスとのスリザリンに関する議論を終えたハーマイオニーは、アグリアスに労われた。ラベンダーと仲直りしたことについて、アグリアスは大層喜んでいた。

 

「ラベンダーと仲直りできて良かったな、ハーマイオニー」

 

「はい。色々とありましたけど、ラベンダーが許してくれて……」

 

 

 その瞬間、ハーマイオニーの脳裏にトレローニ教授の言葉が過る。

 

(『私は一人……皆一体どこへ行ったの……』)

 

 あの言葉はハーマイオニーにとってよくも悪くもインパクトがあった。今のままで友人関係が続けられるのか少し不安になり、頑固だったところを少し見直す気にもなった。

 

(……ちょっとアグリアス先輩のアドバイスを聞いておいたほうがいいかしら……)

 

 ハーマイオニー自身の考えや判断で友人関係を続けていくのは当然だが、トレローニー教授の言葉を聞いて以来、ハーマイオニーの脳裏に燻っている不安がある。ハーマイオニーは思い切って人生の先輩に相談してみることにした。

 

「あの、アグリアス先輩。その……よろしければもう一つ、相談したいことがあるんですが……」

 

「……どうした?」

 

 アグリアスはハーマイオニーから話を聞くことにした。数秒後に後悔することになることも知らずに。

 

「……好きな人に振り向いてもらうためにはどうすればいいでしょうか?」

 

「…………それはもしかしてウィー……いや、答えなくていい」

 

(聞くまでもないことだったな……)

 

 ハーマイオニーは真っ赤になりながらうつむき、顔を手で覆った。アグリアスはううんと唸った。

 

(……あの鈍感一族に、『振り向いてもらう』だと……?)

 

 アグリアスの脳裏に過るのは、二年前の悪夢。一年の頃から何かと親しくしていたウィーズリーの同級生を、見知らぬレイブンクローの後輩に掠め取られた記憶。

 

 アグリアスは嫌な記憶を振り払うように、ハーマイオニーに対してアドバイスを試みた。

 

「『振り向いてもらう』ためには、まずは相手に異性として見てもらうことが重要だ。その相手とはどれくらい親しい?顔見知りか、友達か?」

 

「えっと……友達……です」

 

「女の子として見てもらえているか?」

 

 ハーマイオニーは少し考えてから、首を横に降った。

 

「分からないんです。その男の子が私のことをどう考えているのか。……それに、そう意識してしまうとあんまりうまくいかなくて……友達として接したら普通に接することが出来るんですが」

 

 アグリアスは頭に手を当てる。

 

(……あー……あーあーあーあー…何で今さら嫌なことを思い出す羽目になるのかなあ…)

 

 ハーマイオニーの顔は今や耳まで赤く染まっていた。アグリアスは嫌な予感を感じ、ハーマイオニーに自分を重ねながらアドバイスをした。

 

「ならば、練習が必要だな」

 

「……練習ですか?」

 

 ハーマイオニーはきょとんとした顔でアグリアスを見た。アグリアスは髪に手を当てて、余裕のある大人びた表情でハーマイオニーに諭す。

 

「男子の気持ちを知っているのは男子だ。誰か手頃な男子と付き合って、勉強してみるといい」

 

「そ、そんなことが……?」

 

「案外うまくいくものだ。ハーマイオニーは勉強をして経験と知識を蓄積していくタイプだろう?異性との接し方も同じだ。何事も経験だよ」

 

 アグリアスのアドバイスは虚勢も入っているが、半ば真実も入っている。思春期の少年少女は異性に興味があるとき、何となく悪くない相手と付き合ってみることもあるからだ。

 

 ただし、それは本命がいない女子や男子の話である。アグリアスは見栄を張って、さも経験豊富であるかのようにハーマイオニーにアドバイスをした。

 

 アグリアスの今の彼氏とは、失恋のショックで気落ちしていた時に手頃な男子だったので付き合ってみたら案外気があったという関係だ。だから的はずれなアドバイスではあるのだが、恋愛経験に疎いハーマイオニーにはアグリアスのアドバイスは至言に聞こえた。

 

「まずはその本命の男の子の好きなものを知って、その子の好きな男子と付き合ってみるのもいいかもしれないな。そうすれば、ハーマイオニーにもその男子の気持ちが分かる筈だ」

 

(……まぁ流石のハーマイオニーでもそこまでする行動力はないだろう……)

 

 アグリアスはそんな無責任な思いと共に、ハーマイオニーに化粧のしかたや魔法での髪の整え方を教えていった。ハーマイオニーがアグリアスのアドバイスを活かすことになるのは、まだ少し先の話である。

 

***

 

 

「今日集まって貰ったのは、特に三年生以上の生徒に関わりのあることだ。三年生以上の諸君は、心して聞くように」

 

 

 火曜日の朝、朝食の席は臨時の全校集会になった。ダンブルドア校長は遊びをかなぐり捨てた真剣な表情で、ホグズミードに犯罪者が出没したことを明かした。

 

「今朝皆が目覚めてもいないうちに、魔法省から通達があった。デイリー プロフィットを定期購読しているものはもう知っていると思うが、ホグズミードに凶悪な連続殺人犯が出没した」

 

 雷に撃たれたように、ぺちゃくちゃと喋っていた双子やマーカス·フリント、その他大勢の生徒が固まった。殺人という言葉はホグワーツにはあまりにもそぐわない。

 

(……あの話を信じて貰えたんだ…)

 

 ハリーの中で、大人たちに対する尊敬の念が沸き上がる。自分の言葉や記憶を信じて貰えるとは正直思っていなかったからだ。

 

「魔法省は実行犯の容疑で一人の魔女を指名手配した。決して油断してはならない。皆も知っての通り、闇の魔法使いは非常に危険な存在だからだ」

 

 下級生たちが不安そうに隣の生徒と顔を見合わせ、互いに予想を囁きあった。ハリーの記憶の中の魔女は大して強い相手でもなかったが、それでも闇の魔術やカースを使ってくるという時点で驚異になり得る。どれだけ実力差があろうとも当たりさえすれば人を殺せるからだ。

 

 ダンブルドアは生徒の不安を感じ取ったのか、心配には及ばないと冷静に言った。ハリーはダンブルドアの言葉に安心しそうになる自分が嫌だった。ダンブルドアの言葉には、人を惹き付ける魔力があるように思えてならない。それはダンブルドアを嫌っているハリーやドラコのようなスリザリン生だって例外ではなかった。

 

 

 

「これからホグズミードでは警戒体制が強化され、ディメンターの増員が行われるとの通達があった」

 

 

 そこでダンブルドアは深く息を吸い込んだ。

 

「諸君らの安全を確保するためにも、当面の間ホグズミードでの休暇には制限がかかる。門限の時刻を五時までとし、必ず複数人での行動を心掛けること。また緊急事態の際には、必ず付近の大人の指示にしたがって避難するように。また監督生の諸君には追って連絡がある。生徒諸君はホグズミードでの休暇の際には警戒を怠らず、ホグズミードを楽しむように」

 

 ダンブルドアの言葉が終わるのを待っていたのか、朝食の料理がテーブルに出現した瞬間に、大広間には大量のふくろうが飛び込んできた。ふくろうたちはデイリー   プロフィット購読者たちのもとへ新聞を届けると、羽根を朝食のスープに沈めながら飛び立っていった。

 

「アズラエル。記事を見せてくれないか?」

 

「いいですよ。ダンブルドアの言ってた魔女ですね。一面に堂々と写真が載っています」

 

 ハリーは一目見て納得し、そして同時に後悔した。そこでは、ハリーを襲ってきたあの魔女がダンブルドアの言葉通りに連続殺人ならびに死体操作、その他余罪(おそらくはハリーの殺害未遂についてだろうが)の容疑で指名手配されていた。

 

(……あそこで捕まえることができていれば……!あの魔女は今も人を殺しているかもしれないのに……!)

 

 ハリーの中で後悔と罪悪感が一気に押し寄せてきた。写真の中の魔女はそんなハリーを嘲笑うかのように、整った顔を醜く歪めていた。

 

 

***

 

 アストリア·グリーングラスは火曜日の朝を困惑の中で迎えた。月曜日のアストリアはグリフィンドールのマグル生まれの生徒と喧嘩をして、グリフィンドールから五点も減点させると言う活躍を(スリザリンも喧嘩両成敗で五点減点された)し、取り巻きの生徒たちからの称賛とグリフィンドール生からのヘイトを勝ち取っていた。火曜日の朝にダンブルドアが犯罪者について警告を出そうとも、アストリアにとっては他人事に過ぎない。その日のアストリアは教師に気付かれることなく悪戯をしてグリフィンドール生から五点減点させるという活躍をし、スリザリンの談話室で持て囃されていた。

 

 そういう日は決まって姉のダフネがお小言をくれる。それがアストリアにとっての日常だったし、何だかんだでアストリアはそれに慣れ、そういう日々を楽しんでいた。ダフネはその日もアストリアを叱るものだと思い、アストリアは身構えた。

 

「……そう。よくやったわねアストリア。次はもっと上手くやりなさい」

 

「ハイですわ!…………えっ?」

 

 アストリアは聞き間違いかと思い、ダフネの姿をまじまじと見返した。スリザリンの生徒として、礼節をもって品のある振る舞いをしなさいと言っていた筈なのに。

 

 そういえば普段よりも青白い顔で、目の下には隈が見える。アストリアがさらに驚いたのは、取り巻きのミシェルが大喜びでマグル生まれを嵌めたことをダフネに報告した時のことだ。

 

「昨日と今日で十点も減点させてやったなんて凄いじゃない。アストリアはいい子ね」

 

「……」

 

 アストリアは何となく、その日から他所の寮生にちょっかいをかける気がなくなってしまった。姉に褒められたという嬉しさより、姉がおかしくなったという困惑の方が強い。アストリアの頭の中にあるのは、姉の様子がおかしいというその一点だけだ。

 

(何だか、グリフィンドールとかマグル生まれとかどうでもよくなりましたわ…)

 

 アストリア·グリーングラスはその日を境に、純血主義を表立って主張することはしなくなった。そうすれば、姉が元通りになってくれると思ったからだ。それは姉の変化を戸惑い、そして悲しんだが故に起こった小さな変化だった。

 

 





ダフネの両親がダフネにあんまり純血主義を教えなかった理由がお分かり頂けただろうか。

ハーマイオニーがジニーにしたアドバイスは一体誰から来たんだろうなと思い今回の話を仕上げました。


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スリザリンの英雄

原作ハリーって信頼できない語り手だと思うんです。
少なくともジニーに対しては読者の見えないところでパーフェクトコミュニケーション取ってたと思ってる。


 

 

「ダフネ。君と話がしたいんだけど、時間が空いている日はあるかな」

 

 火曜日の魔法薬学の授業でハリーは

 

「水曜日に黒ミサがあるわ。話があるならそこで聞くけれど……」

 

「いや、他の人がいるところじゃなくて、君と二人だけで話したい」

 

 ハリーは火曜日の晩にダフネにそう話を持ちかけた。ダフネは暫く迷ったような素振りを見せたものの、黒ミサに参加する前にハリーと話すと言った。

 

「……黒ミサの前なら構わないわ……」

 

(……無理を言うのは良くないな……っていうか、黒ミサに参加するのもどうなんだって思うけど……)

 

 ハリーはダフネを見て、彼女の体調が戻りきっていないことを確認した。黒髪にはあまり艶がなく、黒い瞳には輝きがない。

 

 

(……ダフネの体調と予定を尊重すべきだ)

 

 ハリーは内心でそう結論付けた。本当なら黒ミサだって参加すべきではないと言いたかったが、それは堪えた。ハリーとダフネの話の流れ次第では、黒ミサに出席できなくなる。それはハリーにとって良いことであったとしても、ダフネにとってはそうではないからだ。たとえその黒ミサが趣味の悪い催しであったとしても。

 

 

「ありがとう。でも、君の用事を邪魔する気はないんだ。木曜日は?」

 

「その日には予定はないわ」

 

「じゃあ木曜日の放課後に僕についてきて。その日はマクゴナガル教授の講義だったはずだ」

 

「いいわ。……ねぇ、ハリー」

 

 ダフネはそこで、ハリーに何かを伝えようとしたが「ポッター!!」という声に遮られた。

 

 薬学のスネイプ教授は、闇の魔法使いの出現が報じられたことで一段と機嫌を悪くしていた。

 

「どうやら授業など聞かずともいいと考えているらしい。それならば、今私が説明していた薬品の調合方法を黒板に記述してみたまえ」

 

 ハリーが授業中に私語に興じて授業に専念していなかったとしてスリザリンから五点減点し、『酔い止め薬』の煎じ方を黒板に書かせた。ハリーは夏季休暇の時に勉強していたノートを度々見返していたので運良く答えることが出来たものの、スネイプ教授はハリーの解答が遅いとさらに一点を減点した。ハリーはこの減点を取り返すために、タイムターナーを用いて受講していたルーン文字と薬草学の授業で積極的に発言しなければならなかった。

 

***

 

「これはどういうことだい、ファルカス?」

 

 授業を終えた後、図書館で予習とレポートを済ませてから決闘クラブで軽く汗を流したハリーは、寮の部屋でぐるぐる巻きになって吊るされているザビニを目にした。ファルカスの十八番であるインカーセラスによってザビニはまるで芋虫のように身動きが取れなくなっていた。整った顔があったとしてもお世辞にも格好いいとは言えない姿だ。

 

「それはですねえ、ザビニがキスをしていたからですよ」

 

「トレイシー·デイビスとね」

 

「良かったじゃないか!どうだったの、ザビニ?」

 

 

 ハリーは親友の進展を喜んだが、ザビニ哀れにも口をきくことができなかった。ファルカスのインカーセラスは中々に強力だったらしい。

 

「実はですねえ……ザビニはスーザン·ボンズとヘスティア·カローともキスしてたんですよ」

 

「えっ……!?いや、えっ……!?…カローはあのカロー姉妹だったよね。でもボンズって誰だっけ」

 

 ヘスティア·カローはスリザリン内では有名な双子の姉妹だ。ハリーたちのひとつ上の先輩で、マクギリス·カロー先輩の従妹でもある。他の寮の生徒たちと揉めたというような悪い噂はハリーは聞いたことはなかった。

 

 一方、スーザン·ボンズという生徒についてはまるで心当たりがなかった。

 

「誤解だっ!ヘスティアは向こうからキスしてきたんだよっ!俺のせいじゃねえっ!断じて俺のせいじゃねえぞっ!」

 

「スーザンの時は満更でもなさそうだったのを知ってるぞアホめ!口説いてたのも見てたんだからな!しかもまだ関係を切れてないんだろう!」

 

 ファルカスがいつになくノリノリでザビニを弾劾すると、ザビニはぐうの音も出ないという風に項垂れた。

 

「スーザン·ボンズはハッフルパフの女子ですよ。ほら、ハナ·アボットって居るでしょう。あの子のとなりに居る巻き毛の女の子です」

 

「そう言えばそんな子も居たっけ……」

 

 ハリーは秘密の部屋事件以後、アーニーとは和解したもののハッフルパフの生徒とは疎遠になっていた。ザビニが一体どんな経緯で知り合ったのか気になりもしたが、それよりも気になることがあった。

 

(でもザビニ、トレイシーは!?トレイシーのことはどうすんの!?……いや、これってトレイシーが居るのに浮気したってよりは二股してたのにトレイシーに手を出したってこと?!)

 

 ハリーはあまりのことに笑えばいいか、それとも呆れればいいか分からなかった。ハリーはザビニが女子から人気があることは知っていたが、まさかこんなことになるとは思いもしなかった。

 

「カローとの関係は僕が、ボンズとの関係はファルカスが知ってました。僕はカローがザビニの本命だと思って応援してたんですよ」

 

 

「……と、とにかく。ファルカス、ザビニを解放してあげなよ。倫理的に三人と付き合うのは良くないけど、……まぁそれはザビニが何とかしないといけないことなんだ。ザビニ、手を貸そうか?」

 

「……仕方ないなあ。でも、ザビニは刺される前に本命を決めたほうがいいと思うよ、僕は。フィニート(終われ)」

 

 ファルカスが束縛を解除すると、ザビニをくるんでいた布はザビニを地面へと着地させ、そのままほどけた。ザビニはすぐさまファルカスに噛みついた。

 

「うっせーよ!俺の本命はトレイシーだけだって言ったろ!他二人はマジで勝手についてきただけだって言ったろーが!」

 

「……なんか情けないこととカッコいいことを言っててそれはそれで腹立つんだよ、女の子の純情を弄びやがって!」

 

「だから誤解だって言ってんだろーが!俺の話を聞けよバトルギーク!!」

 

「糞ジョックに思い知らせてやる!」

 

 ザビニとファルカスが呪文の撃ち合いをはじめるので、ハリーとアズラエルはプロテゴを張りながら眠る準備をしなければならなかった。決闘クラブでの鍛練のお陰で、今ではハリーたち全員がプロテゴを使いこなすことが出来る。ハリーはザビニのスコージュファイ(清潔)によって生じた泡をプロテゴで包み、エバネスコ(消失)で消しながらベッドの用意をした。そんなハリーの姿を見ながら、アズラエルはポツリと呟いた。

 

「ハリーはああならないように気をつけて下さいね。ザビニは本人の言葉を信じるなら半分被害者みたいですが」

 

「僕のことを恋愛的に好きな人なんていないよ。クィディッチチームも追い出されたしね」

 

 そう答えたハリーに対して、アズラエルはやれやれと肩をすくめた。

 

「そう思ってると痛い目に遭いますよ、君もね」

 

 そのアズラエルの言葉をハリーは本気にしなかった。友人たちが思っているよりも、ハリーの自己評価は低かった。

 

***

 

 木曜日、変身呪文の授業でハリーはマクゴナガル教授から土くれを仔犬に変える方法を教えて貰った。この呪文はとても高度で、今までハリーは何度も挑戦して成功したことはなかったものの、ハーマイオニーやドラコはいち早く習得し、寮に十点ずつ加算されていた。ハリーはこの日、マクゴナガル教授の指導もありようやく瓦礫をゴールデンレトリバーに変えることに成功した。ハリー以外に、ファルカスも元気なブルドッグを造り出すことが出来ていた。

 

「お見事です、サダルファス、ポッター。スリザリンに五点差し上げましょう。……時間ですね。それでは無機物から疑似生命の変身についてレポートを課します。己の変身呪文における課題とその改善策について羊皮紙7cmで纏めること!!」

 

マクゴナガル教授のレポートに愚痴を言う生徒たちの群れのなかで、ハリーはそっとダフネの手を取った。ひんやりとしたダフネの掌を感じながら、ハリーとダフネは『必要の部屋』にたどり着いた。

 

***

 

 必要の部屋は、ダフネの想像を反映したのか少しだけ可愛らしくなっていた。ハリーはダフネが兎の柄をしたクッションが敷かれた椅子に腰掛けるのを待って、熊の縫いぐるみがある棚に見守られながら、蛇のクッションが敷かれた椅子に腰掛けた。ハリーとダフネの間にはゆったりとした広さのテーブルがあり、テーブルには最上級の紅茶とスコーンがあった。

 

 ハリーはダーズリー家で教わった手順通りに紅茶を淹れてダフネへとそっと差し出した。ダフネは何も言わず、紅茶に口をつけない。

 

「ダフネ。最近の調子はどうかな」

 

 ハリーはすぐに本題に入ることはしなかった。ハリーはダフネの様子を見ながら、ダフネの体調を改めて観察した。ダフネの顔色はあまり優れない。

 

「とっても元気よ。黒ミサではね、純血主義について色々なことを教えてくれるの……」

 

(……無理をしてるな……精神的に……)

 

 ハリーはそう感じた。純血主義についての蘊蓄を垂れるダフネの顔に笑顔はない。少なくとも、絵や妹にについて語っていたときの屈託のない笑顔ではないとハリーは思った。

 

(僕がダフネに言うことはダフネのためになるのか……?)

 

 ハリーはダフネの姿を見るまでは、そう悩みもした。アズラエルに言わせれば、スリザリンにおいて純血の家の子供が純血主義を掲げるのは当たり前のことだ。それに対してとやかく言うのはご法度ですらある。

 

 

 だが、ダフネが放った言葉はハリーの心をざらつかせ、ささくれ立たせた。中でもハリーの心にヒビを入れたのは、ダフネが言ったこの言葉だった。

 

「ねえ、ハリー。何度も言うようだけれど、純血主義もそう悪いものではないのよ。黒ミサでも習ったのだけれど、世の中には存在しないほうがいい生命っていうものも確かにあるの。ヴィーラ、巨人、吸血鬼、ディメンター、あとワーウル……」

 

 ダフネの顔には、狂気の色があった。

 

(駄目だ)

 

「ダフネ」

 

 ハリーは思わずダフネを遮った。それは、言わせてはいけない言葉だと思ったからだ。

 

「……何かしら?」

 

 ダフネはハリーが話を遮ったことに驚いた。ダフネは恐らくはハリーに気を遣っていたのだとハリーは思った。マグル生まれについては、ダフネは話さなかったからだ。

 

 純血主義の考え方は、実は一般的な魔法使いが持っている偏見をさらに過激に先鋭化させたものだ。だから異種族に対する偏見から入り、魔法族の優越生を誇り、そこから支持者を増やしていく。そういったノウハウが構築されているのだ。

 

 実際のところ、公に推奨されないが魔法界にも偏見はある。そしてスリザリンはそれを差別心へと増長してもよいとする土壌がある。ハリーがダーズリー家の体験から生まれた恐怖心を、マグル全体への敵対心や差別へと変化させかけたように。

 

 ハリーは自分も差別したことがあることを自覚していた。しかし、そうだとしても今のダフネを見てはいられなかった。なぜならば、ダフネが狼人間も差別の対象とし始めたからだ。

 

(ルーピン先生はダフネの好きな人だ。それを差別したなんて、ダフネが知ったら……)

 

 黙っていれば暗黙の了承で発覚しないかもしれない。しかし、ダフネもそこまで愚かではない。DADAの授業が進むか、そうでなくてもこの年のどこかで気付いてもおかしくはない。

 

 その時、ダフネは必ず後悔する。自分が好きな人を差別したという事実を。少なくともハリーはそう思っていた。ハリーは自分で思っているよりは純粋な少年だった。ダフネの善意を信じていた。それはある意味少年らしい潔癖さであり、押し付けでもあった。

 

「僕には、君が心の底からそう思っているようには見えない」

 

「どうしてそう言えるの?私、すっごく楽しんでいるわ」

 

 ダフネは高慢そうに言った。その姿は、パンジーにもよく似ている。

 

「だって私は純血だもの」

 

「……」

 

(それは違うはずだ。そう思ってないだろう。本当にそう考えていたら、美術館にだって行かない。)

 

 ハリーはダフネがここまで変わりかけたことに驚いていた。何せほんの少し前までは、ハーマイオニーと話をするほどに普通の女の子だったのだから。

 

「……もしも君が、本当にそう思ってるのなら、僕が君に言えることはないのかもしれない」

 

 ハリーは深く息を吸い込んで言った。

 

(……何とか……何とかルーピン先生のことに触れずに言えないか……)

 

 ハリーは悩んでいたが、結局、ハリーは本心をぶつけることにした。ダフネに嫌われたとしても、何とかして彼女の暴走を止めたかった。

 

「でも、ダフネを今まで見てきて思ったよ。君は、それを楽しんではいないし信じてもいない」

 

 ハリーの言葉は図星だったようで、ダフネは苛苛とハリーに言った。段々とダフネの口調は荒くなっていた。

 

 

「……余計なお世話だわ。純血の私が血を誇ることのなにがいけないの。純血主義は、私たちを支えるための理念なのよ。信じたくなくても信じなくちゃいけない。人はね、やりたくないことだってやらないといけないのよ!」

 

 それは渾身の叫びだった。ダフネの体からは、今までにないほどの魔力と憎悪が溢れていた。

 

「あんなことをしてくるやつにどうしろって言うの!あんな目に遭って、何で貴方たちはまともで居られるのよ!」

 

「まともではいられなかったよ」

 

 ハリーは自分自身の悩みをダフネに打ち明けた。ダフネは吐き捨てるようにハリーに言った。

 

「どういう意味よ」

 

 

「そのままの意味だよ。僕は死にたくなかったし、殺そうとしてくる奴らには報いを与えてやりたいと思った。そのためには力が必要で、良くない魔法にも手を出した。君も見たろ?」

 

 ハリーは暗に自分の使った魔法の正体を明かした。ダフネの顔に怒り以外の困惑が宿った。

 

 

「……だけど、そんなものに手を出したばかりに僕はパトロナスも出せなくなった。安易にマグルを嫌って差別して、狭い心のままで暴れて。だけどそれじゃ駄目みたいなんだ。それじゃ足りなかった。広い魔法の可能性がちょっとずつ狭くなっていくみたいだった」

 

「……貴方も……いえ、貴方は……どうして私にそんなことを……?」

 

 

 ダフネはなにかを考えるように、じっとハリーの目を見ていた。ハリーの翡翠色の瞳と、ダフネの黒い瞳とで目があった。

 

(思ったよりダフネの睫毛って長いな……)

 

 

 ハリーはふとそんなことを考えた。それからハリーははっきりと言った。悩むこともなく気負うこともなく、本音だからこそ言うことができた。

 

「君が好きだからだ」

 

「はっ?」

 

「……無理をして純血主義にのめり込んだのも間違いなく君なんだろう。君が悩んでそうしてることも分かってる。……だけど僕は、一緒に美術館を見たり好きなポーションを探していたときの君のほうがずっと好きだ」

 

「……いや」

 

 ダフネの目が泳いでいた。ハリーはここまで言ったのだからと、もう最後まで言うことにした。

 

「……差別ってさ。やりたくなる気持ちも分かるし、世の中にはそうされても仕方ない奴だって居るって知ってるけど。それでも君にはやってほしくないって思うんだ。君がそうしていると、僕も胸が痛むんだ」

 

 ダフネの様子がおかしい。ハリーと目を合わせない。

 

(気持ち悪くなったんだな……そりゃ、そうだよね)

 

 ハリーは悟った。そもそもダフネが好きな人はルーピン先生だ。他に好きな人がいるというのに好きだと言われても迷惑極まりないだろう。それも単なる友人にだ。

 

 

「ダフネ……」

 

 

「ま、待って!私……今すごく混乱してるの……あの、少し考えさせて……」

 

「分かったよ」

 

 ハリーははっとした。やはり言うべきではなかったのだと。そしてハリーは自分の愚かさを悔やんだ。純血主義という思想は、ダフネにとっても捨てられないものだ。ダフネに対してハリーがあれこれと口を出すべきではなかったのだ。

 

(君が好きだからなんて言うべきじゃなかったんだ)

 

 それから暫くの間二人は沈黙していた。ダフネは時々紅茶を口にしたが、ハリーは手をつけなかった。

「……ハリー」

 

 

「私に、時間をくれるかしら」

 

 ダフネはハリーの目を見なかった。

 

(僕が純血主義を悪く言ったと思ったんだ!)

 

 ハリーは自分の気持ちが誤解されたことを知った。しかし、今の会話だけで誤解を解くことは恐らく無理だろうとも知っていた。

 

 その日以降、ダフネは純血主義の黒ミサに参加することはなかった。そしてハリーとすれ違うと、時折慌てて忘れ物を取りに行ったり、目も合わせなくなった。

 

「ダフネに嫌われちゃったね」

 

 そう言ったハリーの後ろでは、アズラエルとファルカスとザビニがハリーのことをとてつもない形相で睨んでいた。




とりあえず一人の魔女が闇に落ちることはなくなった…なくなったけど?
……まぁいいか。


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世界は恋に落ちている

ダフネやアズラエル(一年時)みたいな奴は学生時代のシリウスが見たら反吐が出るほどに嫌いになっていたと思う。
ハリーは学友のそういう部分はシリウスには言っていません。
あと今回は原作ブレイクがあります。


 

 金曜日のダフネ·グリーングラスの様子はスリザリン生の誰から見ても異常だった。その異常さに気がつかないのはダフネと親しくないロンのような他所の寮の生徒か、あるいはハリー·ポッターのように気まずさからダフネを避けている生徒だけだった。

 

 ダフネという女子は、長い黒髪と黒い瞳を持つ平均的な身長のスリザリン生だ。彼女はここ最近まで己をひけらかしたことはなかった。パンジー·パーキンソンのグループに属する少女というだけの彼女が変わっていったのは、ハリー·ポッターと親しくなってからだった。

 

 ハリーがハーマイオニー·グレンジャーやロナルドウィーズリーと親しいことは誰の目にも明らかだった。スリザリン内部で明らかに浮いた存在であるハリーにはそれを差し引いてもスリザリン内部で無視できない影響力があった。父親から受け継いだ莫大な資産と、例のあの人を打倒したという眉唾物の名声。純血を至高とするスリザリンにおいて、かつて道を誤ったとはいえ確実に純血と言えるシリウス·ブラックの後見。そしてそんな箔がどうでもよくなるほどの学校での実績。

 

 サラザール·スリザリンが操ったという伝説の蛇語を使いこなし、魔法の腕では上級生にも引けを取らない。学校に起きた事件を何件も解決し、スリザリンに優勝をもたらした功績。加えてスリザリン生にもかかわらずグリフィンドールのウィーズリーとも友好的に接することから、(スリザリン生にしてはという枕詞がつくにせよ)学校内でも受け入れられている。

 

 ハリーは本人が気付いていないだけで、スリザリン生たちにとって嫉妬と羨望の的でもあった。ハリーがディメンターの影響を受けて墜落し、スリザリン·クィディッチチームから追い出されたとき、同年代のスリザリン生はホッとしたのである。

 

『ああ、ポッターも人間だったのだ』

 

『良かった。マジで良かった失敗してくれて。あいつと比べられたらたまんねえよ』

 

 と。

 

 客観的にハリーたちの世代を評価したとき、同年代でハリーに対抗できていたのは二年生でシーカーに選ばれたドラコ·マルフォイと、学年一位の才媛として名高いグリフィンドールのハーマイオニー·グレンジャーだけというのが、現在の三年生に対する評価だった。

 

 ハリーにも弱点はある。本人の素行による経歴と、母親がマグル生まれであること。しかし思春期の少年少女たちにとっては親よりも実績である。ハリーは自覚していないだけで、既に実績によって名声を勝ち取っていたのだ。嫉妬が畏怖に変わる前に失敗したことで、人間として嫉妬されるだけで済んでいたと言ってもいい。

 

 そして、ダフネ·グリーングラスにとってのハリーは。

 

 自分に親身になってくれる同級生の友人だった。ついこの間までは。

 

 父親から交際の許可が降りていたとはいえ、ダフネにも選ぶ権利はある。ダフネは自分を理解しないような人間と付き合うつもりなど毛頭なかった。父への義理立てとして形だけの付き合いにするつもりだった。

 

 しかしハリーは、ダフネのことを嫌がらなかった。同級生以上の付き合いはなかったのにダフネをレディとして扱い、デートのときはエスコートし、ダフネの趣味に付き合って(たまに嫌そうな顔はしたが)コーデされてくれた。パンジーやトレイシー以外でそれをしてくれる友人が出来るとは思っていなかったダフネは喜んだ。

 

 そして、ダフネに初恋の相手が出来たときもハリーは真摯にダフネの相談に乗った。純血主義を教えられて育ったダフネは、時々ふと頭の片隅に思うこともあった。

 

 

(どうしてハリーはここまでしてくれるのかしら)

 

 視線の先のハリーは普段通りに勉学に励んでいた。羽根ペンを動かす速度も、机に向かう姿勢も普段と変わらない。

 

(……それはきっと、ハリーが半純血だからだわ)

 

 ダフネはハリーを見ながら、そう自答した。

 

 ダフネの中の純血主義者としての思考は、ハリーは半純血だから自分に尽くすのは当然であると叫んでいた。純血であるダフネの血に敬意を払っているのだと。ダフネは純血主義を本気で信仰していたわけではなかったが、それでも両親から習った教義は知識として頭の片隅にあり、冷静になれと己に戒めの言葉を投げかけていた。

 

 しかしダフネの中の悪魔は、時々ダフネに甘く囁いていた。それは純血主義的な思考とは無関係の、年頃の少女としての考えで、ダフネ·グリーングラスにとっては余分なものだ。

 

 余分なものの筈だった。

 

(ハリーは純血主義者じゃないわ。でなければウィーズリーやグレンジャーとは付き合わない。だから私のことを好きになることはない…)

 

 そう思っていたのに、ハリーはダフネのことを好きだという。半純血の癖に。そう反吐を吐き捨てるべきなのに、ダフネの中の悪魔はこう叫ぶ。

 

(嬉しい)

 

 と。

 

 自分のことを好きになってくれたのだ、と。

 

 純血主義者にとっては邪な考えが己の中に沸き上がる度に、ダフネはその考えを殺してきた。それは当たり前のことで、当たり前であるべきことのはずだ。

 

 その均衡が崩れたのは、数日前の日曜日だった。日曜日にハリーが炎からダフネ(と友人たち)を救ったとき、ダフネは壊れた。迫り来る炎と立ち込める異様な臭気、そして自らの死を確信するほどの恐怖の中にあって、絶対に諦めず状況を打破して見えたハリーの姿は眩しく見えた。

 

 ダフネの中の乙女心は、ハリーが『ダフネを』を救ってくれたという都合のいい考えを主張した。純血主義的な冷静な思考がそれは偶然に過ぎないと主張し、ようやく余計な妄想を打破したとき、ダフネの心の中に残ったのは自分の命と、そしてハリーの命を守りたいという思いだった。

 

(ハリーが純血主義者になってくれれば、ハリーがあんな目に遭うことはなくなる。そうなれば、私がハリーを守ることもできる)

 

 己の内を狂気で満たし、マグル生まれのハーマイオニー·グレンジャーや血の裏切り者のはずのロナルド·ウィーズリーに命を救われたという事実も、己が当たり前に持っている人としての良心も無視して、ダフネは純血主義にのめり込もうとした。

 

 

 しかし今、ダフネの中に純血主義的な思考は消え去ろうとしている。それは恐ろしいことだった。

 

 ……体は驚くほど軽い。

 

 ……世界が色づいて見える。

 

 ハリーのことを考えると胸が締め付けられる。

 

 焼けつような経験に、ダフネの脳は焦がされていた。

 

 

 ダフネ·グリーングラスはハリーと一切目を合わせようとはしなかった。というよりも、出来なかった。あたふたと理由をつけてはハリーから遠ざかった。そのくせ、授業中は必ずハリーの見える席につき、ハリーのことを目で追っていた。そして、ダフネ本人にその自覚はなかった。教授の声すら意に介さず、ダフネは頬杖をついて思索にふける。ノートに記入した文字は頭に入っていない。

 

(この先お父様の機嫌が変わったりすればハリーと交流することだって難しくなるかもしれない。でも今はお父様からの了承もある。チャンスは今。今ならハリーとの交際は悪いことじゃない)

 

 ダフネの中の乙女心、もとい思春期特有の思考回路は好機だとダフネに囁く。しかし頭の中の冷静な自分が待ったをかけようとする。授業の終了を告げる鐘が鳴り響いた。しかしハリーはファルカスやザビニらに詰め寄られ、席を動けないでいた。ダフネはそのままハリーの観察と思索に没頭する。

 

(でもハリーは一年生のときにグレンジャーを、二年生のときに……ええと誰だったかしら)

 

(そうよ、ラブクラフトを助けていた。ハリーは誰にでも優しいし、私が特別だなんてことがあるのかしら?もしかしてハリーは、目についた女子全員を私のように口説いているのでは?)

 

 

 

 ダフネの視線の先では、ファルカス·サダルファスを雑にレヴィオーソ(浮遊)で引き剥がすハリーの姿があった。ファルカスは大袈裟な声をあげて空中浮遊を楽しんでいた。

 

「そろそろ何があったのか話してくれよ、ハリー。友達だろう?」

 

「ファルカス。君が僕にのし掛かってこなければね。レヴィオーソ(浮いて)」

 

「おーおーハリーが悪い奴に育っちまって俺は悲しいぜ」

 

(………あれは友達相手だからノーカン。考えないことにしましょう。ハリーは私には優しかったけれど、私だけ特別に優しいという訳ではないわ。気を確かに持つのよ)

 

 

 ハリーが動き出すのを待ってからダフネはトレイシーたちと共に変身術の授業に向かう。トレイシーの話に生返事をして、パンジーの噂話……ハーマイオニー·グレンジャーが占いに傾倒していたとかいう世間話を聞き流しながら、ダフネの時間は流れていく。友人たちはダフネの様子がおかしいことを察しつつも、友人としてそこには触れないであげていた。

 

 変身術の教室に入り、トレイシーと共にハリー見える位置に座る。ダフネの前の席にはドラコ·マルフォイと取り巻きのクラブがいて、にやにやとした笑みをダフネに向けていた。

 

 変身呪文の授業中にも、ダフネの頭の中では叫び声がする。胸を焦がす衝動に従ってしまえと悪魔が囁く。悪魔が反芻するのはハリーのあの言葉だ。

 

『君が好きだ』

 

 ダフネはグリーングラス家の長女だ。グリーングラス家には少々厄介な事情があるとはいえ、美辞麗句を並び立てる男子には慣れている。黒ミサに足を運んだときも、ダフネを純血として遇する人間はいた。お世辞には慣れているつもりだった。しかし。

 

『君が好きだ』

 

 その言葉が頭から離れない。

 

 

 ダフネの中で、ハリーは直情的で物知らずなところのある男子だった。しかしだからこそ、ハリーがお世辞でこれを言ったとは思えない。

 

 否。

 

(ハリーは嘘なんかつかない……!!)

 

 ハリーの言葉を嘘だと思いたくはない。ダフネの視線の先のハリーは、今日も真面目にブレッドボードの内容を書き写していた。

 

 あのときのハリーの言葉が嘘ではないという理由をダフネは自分の中で考えた。ハリーが話してくれた言葉の一つ一つを吟味しながら、ダフネはハリーについて考える。気が付けば、変身術の数式を書く手が止まっていた。

 

(マグルが嫌いだっていうのは、似たようなことを一年生のときに言っていたわ。闇の魔術も、あのときの炎がそうなのね。バジリスクを殺したのもきっと……)

 

 ダフネの中の純血主義的な思考が、それは良いことよとダフネに囁く。ダフネは理性で、闇の魔術は悪いことに違いないと断じる。

 

(気持ち悪い。それにあまりにも危険よ。大人の魔法使いですら暴発して死ぬ可能性があるから使ってはならない魔法も多いとお父様は仰っていたし……)

 

 ダフネは純血主義的な思考回路ですら、闇の魔術が危険であることは否定できなかった。ハリーがそれを使って事故死するのではないかと気が気ではない。

 

(……どうしてハリーはそんな魔法を使えるのかしら?)

 

 考えても答えは出ない。ダフネは闇の魔術にどんな魔法が存在するのかの知識はあっても、具体的な理論の知識はなかった。両親がうまくダフネに教えないようにしていたからである。

 

 しかし、ダフネの中の乙女心は全てに優先した。ハリーが闇の魔術を使ったと明かしたのも、マグル差別を告白したのも私を信じてくれたからだと叫んだ。

 

(そんなことはどうだっていいわ。問題は、ハリーが本当に私のことを好きなのかどうか……!!)

 

 

(……そして私が本当にハリーのことを好きなのかどうか……!!もしもこの気持ちが吊り橋効果なら、私は……)

 

 頭の中で答えの出せない思考を回す内、ダフネは自分が魔法によって立たされていることに気付いた。

 

「ミス·グリーングラス!!授業中に集中力を失うとは何たることです?貴女らしくもない。スリザリンから五点減点します。教科書百八頁の、『無機物の変身とその過程』について読み上げなさい」

 

「す、すみませんマクゴナガル教授!」

 

 クスクスという笑い声が教室内に響く。それはグリフィンドールの生徒たちのものだ。ダフネは恥ずかしい思いをしながら変身呪文の授業に専念した。

 

(私は叱られてしまうほど動揺したっていうのに、ハリーは普通に授業を受けているなんて。何だか腹が立ってきたわ……!)

 

 自分がこんなにハリーについて真剣に考えて、授業もままならないほどだというのに。

 

 ハリーはと言えば、黒板のマクゴナガルにご執心ときている。ダフネは世の理不尽さをまざまざと見せつけられている気分になった。

 

***

 

 昼食の時間になってもハリーと会話する機会はなかった。というよりも、そんな勇気は持てない。勇気はグリフィンドールの専売特許で、スリザリンでそれを持っているのはハリーくらいだとダフネは思っていた。ハリー本人が聞けば、それは過大評価だと言っただろう。

 

 

 ダフネが遠巻きにちらちらとハリーを伺っているうちに、彼はさっさと大広間を出ていってしまったのだ。

 

 

「ダフネったらどうしたの?そんなに彼が気になるなら話しかけに行けばいいじゃない?」

 

 パンジー·パーキンソンがついにダフネを小突いた。パンジーはスリザリンでこそ成績優秀だが、性格的にグリフィンドールのグレンジャーに似ているところがあるとダフネは思った。

 

(そんなことできるわけ……)

 

 

「別に、そういう訳じゃないのよ」

 

「意地張っちゃって!かわいいんだから!何があったのかなんて貴女を見てればわかるわよ!」

 

「だから違うのよ!そういうのじゃないわ!」

 

 ダフネがパンジーを突き返し、パンジーは意味深にニヤリと笑った。彼女の勝ち誇ったような顔は、ダフネにとってはとても恐ろしいものだった。パンジーほど恐ろしい魔女をダフネは知らない。人の心を踏みにじることに躊躇しないパンジー·パーキンソンは、まさしくスリザリンに相応しかった。

 

「これでようやくグレンジャーに思い知らせてやれるわね。ハリーは貴女のもの。そして貴女のものということは()()()魔女のもの。ハリーはスリザリンのものよ」

 

(……えっ)

 

 

 その言葉に、ダフネは返事が出来なかった。パンジーの言葉があまりにも衝撃的すぎて、ダフネはしばらく呆然としたあと、顔を真っ赤にして大広間から出ていった。

 

「パンジー、あんたって子は」「デリカシーが無さすぎだよ」

 

「な、何よ。友達の勝利を喜んじゃいけないってワケ!?」

 

 ミリセントとトレイシーはパンジーを責め、パンジーはむくれて拗ねたようにそっぽを向いた。大広間に残された生徒たちは、ひそひそとゴシップについて噂しあった。スリザリンの女子から他寮の生徒たちへと噂は拡散されていった。

 

 

***

 

 ダフネは訳も分からないまま大広間を駆け出した。廊下を走るダフネは、ぐちゃぐちゃな思考回路を冷静にすることが出来ないでいた。

 

 狭まっていく。

 

 ダフネの自分ですらよく分かっていない今の気持ちが、ありふれた言葉に彩られて型に嵌められていく。

 

 パンジーが悪いわけではない。ただダフネは、自分達をつきまとう周囲の状況というものが、それに振り回される自分自身がたまらなく嫌で仕方がなかった。それに耐えられず駆け出した。パンジーは何も悪くないと分かっていてもなお、羞恥心がダフネの中で沸き上がる。

 

 

(私は別にグレンジャーに勝ちたかった訳じゃ……)

 

 ダフネの中に、ハーマイオニー·グレンジャーに対する嫌悪感はない。純血主義者としては恥ずべきことだが、ハーマイオニーが優れた魔女で(時たまそれを鼻にかけるような行動をすることを差し引いても)、公平であることをダフネは知っている。

 

 ハーマイオニーの人となりを知り、彼女が自分達に敵意がなく、そして一度命を救われた。そういった経緯があっても尚、ハーマイオニーへの感謝を投げ捨てて純血主義に傾倒できる程度には、ダフネ·グリーングラスという少女は壊れていた。人として最低の方向に。

 

 あるいはダフネの行動は、自分自身の良心に気付かないための防衛本能から出た行動だったのかもしれなかった。そうでなければ、己自身の心根の醜さを直視しなければならないから。

 

 日曜日に命の危機に遭って壊れるまでは、ダフネはアストリアに対して他寮への嫌がらせを控えるよう注意をしていたのだから。

 

 

 しかし、物事はダフネにとって都合よくは進まなかった。行く宛もないまま廊下を駆けていたダフネは、曲がり角で人と衝突してしまった。

 

「きゃ!?」

 

「インペディメンタ(妨害)!!あっ……ごめん、大丈夫?」

 

 ダフネは思わず止まろうとして止まれず、そのままぶつかった相手に受け止められる。しかし、ダフネの体に衝撃は来なかった。相手が使った妨害魔法のお陰だった。

 

 インペディメンタはジンクスの一種で、それなりに高度な魔法の一つだ。呪文をかけた物体の運動エネルギーを和らげ、動きを阻害することが出来るのである。

 

 この魔法が高度とされる理由は、動いている物体に魔法を当てることが難しいためだ。しかし相手には優れた反射神経があったようで、衝突の直前に妨害魔法によってダフネの動きを和らげると、ダフネが倒れ込まないようしっかりと受け止めた。その相手の声を聞いて、ダフネの顔は真っ赤になった。

 

「…………?えっ?ダフネ?」

 

 癖のある黒髪で、縁の丸い眼鏡をかけた少年が、驚いたようにダフネを見ていた。その少年の優しげな緑色の瞳を直視できず、ダフネは掠れ声で囁くように言った。

 

「降ろして、ハリー……!」

 

 ハリーの手で丁寧に降ろされたダフネは途方に暮れた。

 

(どうしよう。どうしようどうしよう???助けてパンジー。助けてミリセント、トレイシー……!)

 

 ハリーに対して何を言うべきか。

 

『グレンジャーと何を話していたの』

 

とか、

 

『私がこんなになっているのによくもそんな口が利けたわね』

 

 とか言いたいことは色々とあったはずなのに、ダフネの口からは言葉が出てこない。

 

 ハリーから視線を外したところ、ダフネの胸はざらついた感情に襲われた。ハリーの後ろにはいつものスリザリンの三人だけではなく、のっぼでそばかすの赤毛男子と手入れされていない栗色の髪の魔女がいた。魔女はダフネの様子を確認しようとロンの肩越しに跳ねていた。

 

「ごめん、迷惑だったよね、ダフネ」

 

「迷惑かけられたのはハリーの方だろ?間に合ったから良かったけど、本当に衝突する寸前だったぜ?」

 

 ロンの言葉に、ハーマイオニーは後ろからぎゅっとロンの足を踏んだ。ロンが口を閉ざすと、ハーマイオニーはふんっと生塵を見る目をロンに向けた。

 

 

「…………ダフネ。ロンのことは気にしないでくれ。あれで悪気はないんだ。でも、君はちょっと顔が赤いし、熱もある。医務室で診て貰おうか?」

 

 ハリーはロンの言葉を無視して気遣わしげにダフネにそう声をかけてきた。今度はスリザリンの三人組とハーマイオニーがハリーに対して塵を見る目を向ける。

 

「あー、そりゃ良い考えだ。ハリー、お前がエスコートしろ」

 

 ザビニは腕を組んだままハリーにそう促すと、さっさと魔法史の教室に足を運んだ。

 

「次の授業は魔法史ですね。ビンズ教授には体調不良で欠席すると言っておきますから。では失礼」

 

 アズラエルもそれに続く。

 

「ミスグリーングラスの分も含めてノートは取っておくから。またね、二人とも。ロン、放課後に会おうね」

 

「えっ、皆?」

 

 ハリーとダフネが呆けている間に、スリザリンの三人組は足早に去っていく。赤毛の少年は、栗色の髪の少女に引っ張られて薬草学の教室に向かう。廊下には、ハリーとダフネの二人だけが残されてしまった。

 

***

 

(ダフネは僕のことを嫌ってるよな……)

 

「えっと……じゃあ医務室に」

 

 取り残されたハリーは、ダフネに気まずそうに声をかけながら言った。ダフネの頬は依然として赤いままだ。ダフネは元々あまり運動をするタイプでもないのに、急に長時間全力疾走してしまったのかもしれないとハリーは思った。

 

 

「行かないわ」

 

(……やっぱり、嫌われたよな。僕は純血主義を否定したようなものだし)

 

 覚悟はしていたとはいえ、ハリーの胸は痛んでいた。ハリーはダフネに嫌われるのも覚悟した上で、昨日ダフネと話した筈だった。しかし、ハリーの中では後悔だけが残る。ダフネに目を背けられて相手にされないことに、ハリーは自分でも驚くほど落胆していた。それを誤魔化すために勉強に打ち込んだが、ハリーは心の中でずっとこう考えていた。

 

(バカめ。ダフネの気持ちを考えずに何が好きだからだ。僕は自分の考えをダフネに押し付けただけじゃないか)

 

 そうやって自分を責め、タイムターナーに手を伸ばしてもう一度話し直せないかとも考えた。だが。

 

(……それはダフネの気持ちを余計に踏みにじることになるんじゃないか?)

 

 ダフネのことを思うと、タイムターナーを使おうと考える気持ちは消え失せた。その代わりに、そんな浅はかな考えしか浮かばない自分がますます嫌になった。今日のハリーは、自己嫌悪とダフネともう一度話したいという思いと、どう話せばいいか分からないという思いに苛まれていた。

 

 ハリーの頭には、ドラコから投げ掛けられた言葉があった。

 

『お前は強いだけだ、ポッター!』

 

 生きるために必要な力を身に付け、手段を選ばすにハリーは強くなった。しかし、たった一人の女の子と会話することすらままならない。

 

(僕は強くなんかない。中途半端に役に立たない力があるだけだった……)

 

 自己嫌悪に苛まれるハリーは、そう思いながらもダフネに声をかける。

 

「じゃあ何処へ?寮に戻って休む?それとも必要の部屋で?」

 

 

 ダフネはふいと顔を背けながら、ハリーにこう言った。

 

「塔の頂上へ行きましょう。べ、別に病気というわけではないもの。火照った体を冷ますには外の冷気が丁度良いわ。……途中の階段で落ちそうになったら魔法で補助して頂戴」

 

(……?僕が着いていってもいいの!?)

 

「良い考えだね。今日は珍しく晴天だ」

 

 ハリーはホグワーツに来てはじめて、自主的に授業をサボタージュした。ダフネがハリーの動向を許すことに戸惑いながら。

 

***

 

 レイブンクローの塔の頂上には、溶け残った雪が積もっている。ハリーは少しの肌寒さを感じながら深く息を吸い込んだ。新鮮な酸素が脳に送り込まれ、清々しい気分になる。

 

「授業をサボるのなんて良くないことだけど、中々に開放的だね」

 

「貴方って意外と良い趣味してるわね……私もはじめてよ。真面目なだけが取り柄だったから。ビンズ教授の授業だからそこまで罪悪感が無いのは救いね」

 

 ハリーとダフネは着かず離れずという距離感を保ったまま、屋上からホグワーツを眺めた。太陽光が雪に反射して、美しく七色に輝く。その光景を見れただけでも、ハリーは何となく満たされた気分になった。

 

(次はどうしよう。こう言う時ザビニなら、『お前みたいに綺麗な景色だ』とか言うんだろうけど……)

 

 どんな言葉でも、言い表せないものはこの世に存在する。口に出した瞬間に陳腐になってしまいそうで、ハリーはダフネを見てただこう言うしかなかった。

 

「綺麗だ」

 

 本当は、景色ではなくダフネのことを褒めたかった。だが、自分にそれが許されるだろうか。かえってダフネを苦しめるだけではないのか。

 

「……ハリー。あ、あの……」

 

 ダフネはその言葉を聞いてハリーの方を向く。屋上に来てハリーとダフネの目と目が合う。しばらくの間、二人は無言だった。そのまま、ハリーの方が顔を赤くしてダフネから目を背けた。

 

(何しに来たんだ、僕は……!)

 

 覚悟してダフネに向かっていった昨日とは違う。ハリーはもう一度ダフネと会話できた嬉しさから、すっかり舞い上がってしまっていた。会話というほど長いものではないのだが。

 

 その時、一羽のふくろうがホグワーツから飛び去った。送り主めがけて舞い上がるふくろうは、ダフネとハリーの間をぬって空高く舞い上がる。

 

 しかし、二人の間にあるのはお互いの存在だけだった。

 

「ハリー。私と……」

 

 ダフネはついにハリーになにかを言おうとした。しかし、ハリーの目を見つめたまま動けない。ハリーはダフネに笑いかけた。ダフネは困ったようにはにかんで言った。

 

「……ううん。私、私ね。黒ミサの予定はキャンセルしたから、今は時間が余っているの。それでね、休日には絵を描こうと思っていて。だからその……モデルになってくれるかしら」

 

「うん。君が望むなら喜んで」

 

 その日の晩、ハリーはルーピン先生との追試験ではじめてエクスペクト パトローナムを成功させた。ハリーが出現させた有体のパトローナムは、銀色に輝くクスシヘビだった。クスシヘビはハリーに微笑んだあと、一瞬のうちに雪のように淡く溶けていった。

 




ファルカスお前闇祓いじゃなくて占い師になれ。


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青春狂想曲

***

 リーマス·ルーピンは、目の前で眼鏡をかけた少年が銀色の蛇を召喚する姿を目に焼き付けていた。月曜日に異常事態に遭遇し、闇の魔術を行使したと聞いた当初は、ハリーに訓練をさせてよいものかと不安になったこともある。

 

(一度パトロナスの訓練を止める必要があるかもしれない……)

 

 とすら考えた。ハリー周辺の異常事態が解決し、ハリーの心に平穏が訪れてからでなくては、ハリーがあまりに不憫だと思った。

 

 しかし、目の前の光景を目にすればそんな考えも吹き飛んでしまった。リーマスの予想を裏切り、ハリーは守護霊を作り出した。ハリーが訓練を始めてから数日しか経過していないというのに、闇の魔術に溺れなかったというだけでも驚きに値する。その上、パトロナスを呼び出すにまで至ったのである。

 

「やりました、ルーピン先生!」

 

 

「ルーピン先生でもパトローナスを作り出すことは難しかったのですか?」

 

 ハリーは不思議そうに尋ねた。

 

 

リーマスは、先程頭に浮かんだことを、そのまま話すべきか悩んだが思いきることにした。もう時期も良いしハリーには少し話を大袈裟に言って聞かせてもいいだろうと判断した。

 

「ああ。私がパトロナスを習得したのは15歳の頃だ。君よりずっと年寄りになってからだよ」

 

 ハリーはそれを聞いて少し驚き、それから嬉しそうに笑った。

 

「それは先生に習得の必要がなかったからですよね?だってディメンターとは普通なら遭遇しませんから」

 

「いいや。普通に練習していたが、私は友人たちの中では最も習得が遅かった。パトロナスは汎用性のない魔法ではあるが、念じればメッセージを込めることもできる。ふくろうを持たず、電話にも疎い魔法族にとっては貴重な連絡手段となるんだ、ハリー」

 

 ハリーにはあまり有難味が感じられないようだったが、リーマスの言葉に頷いていた。

 

 その年でパトローナスを習得出来るのは優秀な証拠だ。

 

「そんなことないです。僕はただ、生き残るために力が欲しかっただけで」

 

「……それは悪いことではない」

 

 リーマスはそう言うことしかできなかった。ハリーが、否、ハリーの友人たちが力を欲したのは、生きるためだという。それは生きるという当たり前である筈の権利を、ハリーたちが常に脅かされてきたからでもある。ハリーたちはこれまで子供がすべきではない経験をしてきた。それはハリーたち自身が首を突っ込んだから経験したことで、本人の選択の結果ではある。子供を子供として扱わず一人の人間として尊重するのであれば、スネイプのようにハリーたちの行動の是非をきちんと叱り、そして、リーマスがしたように時には褒めることが必要だ。

 

 しかし一方では、魔法界の不手際のツケを支払ったのがたまたまハリーたちだっただけという見方もできる。他の誰かがハリーたちと同じ事態に遭遇したとして、生き残れた保証はない。少なくとも学生時代の自分では不可能だったとリーマスは思う。

 

「ただ、そのために手段は選びませんでした。」

 

 とハリーが言った。

「僕は闇の魔術に手を染めてしまった。何度も何度も注意されたけど、離れられませんでした。心の何処かでは頼っていた」

「それは……」リーマスが口を開いたがハリーはそのまま続けた。

 

 

「でも、この間。闇の魔術で殺された人たちを見ました」

 

 今度はリーマスも何も言わなかった。リーマスはハリーの瞳に、確かな光が宿っているのを感じた。

 

「僕はぼく自身を守るために、闇の魔術を使いました。だけどあのとき……」

 

 

「使わなくても良かったかもしれない。使うべきじゃなかった。闇の魔術が疎まれている理由が、やっと分かった気がするんです」

 

「闇の魔術は人の命を、それだけじゃなくてもっと大切にしなきゃいけないものを、心を弄ぶ」

 

「そうですよね?」

 

 リーマスは頷いた。

 

「僕は、闇の魔術をもう使いたくない。だから力をつけるだけじゃなくて、手段を選べるような。……好きな人に自分を誇れるような強い人になりたいんです」

 

 ハリーはまっすぐとリーマスの目を見ながら言った。

 

(シリウス。……ジェームズ。リリー。君たちの子供は前に進んでいるぞ)

 

 

リーマスはハリーを見ながらそう思った。ハリーの瞳には、少年にしかない意志があった。こうなりたいという自分に向かって突き進むという強い意志が感じられる。

 

「そうか、ハリーには好きな人が出来たんだね?」

 

 リーマスはそう言った。学生時代のジェームズやリリーのことを思い返しながら。リリーのために己の行いを改めたジェームズと似ているようで、少し違うとリーマスは思った。

 

(この子には根本的に自信がない。根っこのところはシリウスに似ている)

 

 己に対して自信がないからこそ力を求め、色々なことに手を伸ばし、そして外敵に対して容赦がない。シリウスは正義感から闇の魔術に手を染めこそしなかったが、行動の過激さはハリーと良く似ていた。

 

 自分が人から好かれるとは思っていなかったという部分はむしろジェームズではなく、シリウスと似ている。過激な行動は弱さの裏返しだ。その弱さをリーマスは責めることなどできない。リーマス自身が、そうなる気持ちをいやというほど理解できるからだ。

 

「僕は僕のことを好きになって欲しい人ができました。今のままだと、僕はその人に好きだと言ってもらえるような人間になれません」

 

 ハリーは断言した。それは恐らくは、自分を追い込むための意思表示なのだろうとリーマスは思った。

 

(……本当に危ういな。努力を積み重ねなければ人は成長することは出来ないが……)

 

 努力が報われなかったとき、挫折したとき、人は己の限界を知って諦めるか、それでも進むかを選ぶ。これまでの人生で、「挫折」によって人が変わっていった人間をリーマスは何度も見てきた。

 

 何ならリーマスだって、挫折した側の人間なのだ。

 

「そうか。それは素敵なことだね。その人のことを守りたいんだね?」

 

 リーマスはそう言うと、ハリーは迷い無く答えた。

「守るとか、そういうのじゃありません。ただ、側にいたいんです」

 

(強い子だ。……いや、私達の時代よりずっといい子供たちだ。シリウスに手紙を送るとするか……)

 

 リーマスはハリーの、旧友に良く似た瞳を見つめながら思った。ハリーは今よりもっと強くなると言うのだ。ハリーはまだ子供で、世間の残酷さも悪意も無常さも知らない。

 

「君の決意は分かった。私の知っている魔法の技術をいくつか教えよう。ハリー、無言呪文について知っているかな?」

 

「……!はい!ありがとうございます、ルーピン先生!上級生たちが使っていたのを見ました!」

 

 ハリーが、そしてハリー以外のホグワーツの生徒たちには未来があった。リーマスは心の中で決意を強くしていた。

 

(元から、生徒たちを護るために就任した仕事だが。……何があったとしても、護りきりたい)

 

 ……DADAの教職には、呪いがかけられている。

 それは最早否定できない事実だった。その仕事に就いた人間は、一年と持たずに破滅する。例外は、短期間の穴埋めとして寄越された人間だけだった。それはその年の呪いを、就任した人間が全て受けたからだと囁かれている。

 

 

 それによってたとえ命を失うことになったとしても、リーマスは己を捧げることに躊躇いはなかった。

 

 

 そしてハリーがリーマスの研究室を後にして一分もしないうちに、研究室の扉を遠慮がちにノックする音があった。

 

「居ますよ」

 

「ああ、ルーピン。今少し話しても構わないか?」

 

「……どうぞ」

 

扉を開けたのはスネイプだった。いつもと代わり映えのしない仏頂面で、普段と同じ黒いローブを着込んでいる。真冬ということもあり、汗臭さは感じなかった。

 

「やぁセブルス。来てくれて嬉しいよ」

 

 リーマスがにこやかに言う。

 

「ポッターに何を言っていた?」

 

 スネイプはハリーと入れ違いに入ってきたのだ。当然聞こえていたのだろうと思い、リーマスは言った。

 

「そろそろ闇の魔術に対する防衛術を教えようかと思っている。私の経験を踏まえた上での錆びた技術と知識ではあるが」

 スネイプはそれを聞くとフンと鼻を鳴らした。どうやらお気に召さないらしい。スネイプがハリーのことを気に食わないと思うのはいつものことだったので、リーマスはさほど驚かない。

 

「君も知っての通り、今はアントニン·ドロホフが脱獄している。例の襲撃者がドロホフの一味である可能性を否定できない以上は、ハリーには自衛のための知識が必要だ」

 

 リーマスは肩を竦めて言った。

 それから少しスネイプと防衛術についての話でもしようとしたとき、研究室の扉を強くノックする音がした。

 

「し、失礼しますルーピン先生!お時間を頂けるでしょうか!?」

 

 

 その声は、女子学生のもので甲高く上ずっていた。ルーピンが何か言うより先に、スネイプが杖を振ってアロホモラ(解錠)し、扉を開けた。

 

「入りたまえ。……?何をしているミス グリーングラス?」

 

 

 

 スネイプが言うと、入ってきたのは長い黒髪を纏めたスリザリンの三年生、ダフネ·グリーングラスだった。

 

 髪をポニーテールにし、頰は赤く蒸気して興奮している様子だった。恐らく走ってでもきたのだろうとリーマスは思った。

 彼女は息を弾ませながら尋ねた。

 

「えっ!……え?スネイプ教授?」

 ダフネは目を白黒させながらスネイプとリーマスを交互に見ていた。

 スネイプの顔が微かに歪むのを、リーマスは見た。

 

 

「おやおや、どうしたことかね、ミスグリーングラス」

 

「あ、あの……!私、ルーピン先生に魔法の指導をしていただきたいと思って参りました。お邪魔だったでしょうか!?」

 

 ダフネの頬は真っ赤に染まっていたが、その目はしっかりとリーマスの目を見据えていた。

「これは驚いたな、ミスグリーングラス。一体どういう風の吹き回しかな?近頃は授業にも身が入っていないと聞いているが?」

 

「セブルス。彼女が尋ねてきたのは私だ」

 

「我が寮の生徒でもある」

 

「いえ、あの、それは……」

 

 ダフネは逡巡している様子だったが、やがて意を決したように言った。

 

「……私が、闇の魔術に対する防衛術をきちんと勉強すれば、襲われたとき自分の身を守れると思って」

 

 真剣なダフネの表情を見たスネイプはフンと鼻を鳴らした。リーマスは、ダフネが水曜日に見かけたより随分と調子を取り戻していることに気がついた。

 水曜日の授業で見たダフネは、死んだ魚のような目で生気もなく、生ける屍のような有り様だった。しかし今は、水を注がれた百合のように生きる活力に満ちている。リーマスはこれならば問題はないだろうと判断した。

 

「いい理由だね、ミスグリーングラス。DADAの教師として断る理由がない動機だ。ただ、今は五年生や七年生の希望者も多い。君を指導できるのは火曜日の放課後になるが、それでも構わないかな?」

 

「ありがとうございます!」

 

 

 リーマスがそう言うと、ダフネは顔を明るくさせた。しかしスネイプは面白くなさそうな顔をしている。

 

「さて、どんな魔法の勉強がしたい?私が教えられる呪文であればいいが」

 

「それは、盾の呪文と……」

 

 ダフネが希望した魔法の名を聞いて、スネイプはますます不機嫌になった。不機嫌なスネイプを尻目にリーマスはダフネの希望を了承した。

 

「君の寮には熱心な生徒が多いね、セブルス」

 

「いや。己自身で簡単な呪文を習得できないような凡夫が多いだけだ」

 

 そう話すスネイプを見ながら、リーマスは思う。

 

 生徒たちも、大変な担任を持ったものだ、と。

 

***

 

 ルーピン先生の研究室を後にしたハリーは、スリザリンの談話室に戻る途中でダフネ·グリーングラスと遭遇した。ダフネは青いローブに身を包み、髪の毛をコンジュレ-ションで金色に変えていた。ルーピン先生の研究室を訪れていたということを明かしたくないのだろうが、魔法のかけ方が甘いのか髪の色が戻りかけている。ハリーはそのまま進むのは気が引けた。

 

「……ダフネ。これからルーピン先生のところに行くの?」

 

「え、ええそうよ。似合ってるかしら?」

 

「いや、髪の色が戻りかけてる」

 

「ええっ!?そんな、さっきまでは上手く行っていたのに!」

 

 

 コンジュレ-ションによる変装は、簡単なものならば長時間維持することも容易だ。しかしダフネはまだまだ本調子ではないからか、成功した魔法も長時間維持することまでは出来ていないようだ。

 

「ダフネ。今日はもうレベリオで解除して行ったほうがいいよ。中途半端なのは君のプライドが許さないだろ?」

 

 ハリーはそこで、普段通りの方が可愛いと言おうかどうか迷った。変装したダフネもそれはそれで趣があるからだ。

 

 魔法による変装は、簡単なものならば髪の毛や目の色や服装から始め、杖を使って顔のかたちや身長、骨格までもを変化させる。それを杖なしでこなすことができる天才はメタモルフォーガスと呼ばれるのだが、ホグワーツのシステムでメタモルフォーガスになれる人間は稀で、ほぼ0と言ってもいい。

 

 外国の魔法学校、たとえばワガドゥーであればワンドレスマジックのカリキュラムが充実している。そのため本人の努力次第ではメタモルフォーガスを量産することも可能だが、ホグワーツでは杖による魔法の習熟に重点を置いている。結果として、変装やちょっとしたお洒落はダフネのように杖を使って行うのである。

 

 

 

「……癪だけど仕方ないわね。じゃあ、ハリーが解いて頂戴」

 

「……いいの?」

 

 ハリーは驚いて言った。ダフネは目を瞑っている。

 

「くどいわよ。早くして」

 

「オーケー。3、2、レベリオ(化けの皮よ剥がれろ)!」

 

 そしてダフネの髪と、ローブの色が元通りになる。魔法が解けかかって変色していた髪よりも、ダフネ本来の艶のある黒髪がハリーの目の前にあった。

 

「……うん、終わったよダフネ。大丈夫、似合ってる。僕はそっちの君も好きだよ」

 

「……え、ええ。私はあの変装も気に入っているけれど、中途半端な変装は失礼だものね。ハリー、後ろ髪は戻っているかしら?」

 

「大丈夫。ちゃんと戻っているよ」

 

 ダフネは手鏡で自分の姿を確認し、違和感はないことを認識したようだった。

 

「あの姿はあの姿でまた本調子の時に見せてよ。じゃあ。先に行くね、ダフネ」

 

「ええ。ハリー、貴方もね。明日また10時に、湖畔で会いましょう」

 

 ハリーとダフネはそう言って別れた。ハリーはダフネが何を学ぼうとしているのか聞きたい気もしたが、それをいちいち聞くのは野暮だと思った。

 

 そしてハリーは、ロン、ザビニ、そしてファルカスたちと合流した。眼鏡の少年と赤毛でのっぽな少年、非常に端正な顔立ちの黒人の少年と、少し痩せた金髪の少年たちはニヤリと笑って森へと向かう。

 

 悪童たちが四人揃った姿をある男たちが見れば、こう呼んだだろう。

 

 マローダーズ、と。

 

 

 



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Pursuing my true self

原作のロンさんはP3のテレッテとP4のジュネスを足して二で割ったところがある。テレッテたちの方が後発だけど。


 

 ハリー、ロン、ザビニ、ファルカスの四人は、恐る恐るといった様子で森の中を進んでいた。インセンディオランプを持ったザビニを先頭に、ファルカスは定期的にレベリオを唱え、森に隠された罠を暴く。ハリーがプロテゴを維持し続けて四人を護りながら、最も背の高いロンが最後尾を歩いていた。ロンの杖からは、銀色の輝きが灯り続けている。

 

 

 

「どうかな、ロン。テリアからは報告があったりする?」

 

 

 

 ハリーはロンに話しかけた。ロンが発動している魔法は、エクスペクト パトローナム。有体のパトロナスにハリーたちは索敵を任せていた。

 

 最初はハリーとファルカスがコンジュレ-ションで作り出した犬たちの嗅覚を頼りに進む予定だった。しかし、疑似生命でしかない犬たちは禁じられた森の中を進むことを拒否した。擬似的であろうと、生命としての本能が危険を察知したのである。呪文を覚えたてのハリーやファルカスでは犬たちをコントロールできず、ハリーたちは道中でトロルや鬼蜘蛛に襲われた。ハリーのインセンディオやファルカスのインカーセラス等を駆使して鬼蜘蛛を駆除し、トロルを気絶させたものの、スムーズな探索は不可能かと思われた。

 

 鬼蜘蛛の足ををディフィンド(斬り裂け)でもぎ、インセンディオで燃やす。ハリーは半ば作業のように無感情に鬼蜘蛛たちを殺害し、ロンたちはエクスペリアームス(武装解除)とウィンガーディアム レヴィオーサ(浮遊)を駆使してトロルを気絶に追い込んだ。ザビニとファルカスはじめての実戦に高揚し勇み足になるなかで、ロンとハリーは冷静であらねばならなかった。

 

 

 

「……いや、まだ何も引っかからないな」

 

 ロンは集中し続けているのか、少し疲れた声で返事をした。

 

「よし、それじゃあ、ちょっと休憩しようぜ。もう二十分は歩きっぱなしだろ?」

 

「オーケー。ロン、もう解除しても大丈夫だよ」

 

 ザビニが言うと、ハリーはプロテゴを解除した。ハリーは体から湯気が立ち上っていくような気がするほどの脱力感を味わっている間もロンはテリアからの連絡を待っていたが、やがてこう言った。

 

「……よし。まだ何も引っかかってない。安全に休める」

 

「ビビるなよグリフィンドール生がよー」

 

 

「俺のおじさんはグリムを見たあとに死んだんだって。森じゃ何があるか分からねえんだからビビっていいの。ビビらないやつはどっかおかしいんだよ」

 

「うーん、あと十分くらいで目的地だよね。その間に何にも遭遇しなければいいけど」

 

 ファルカスが困った風に言った。休憩はハリーとロンにとって嬉しいことだったが、同時に恐ろしいことでもあった。魔法生物もまた、ハリーたちが休んでいる間に動き出すからだ。

 

「でもその遺跡って案外学校から近いんだな。もっと探しにくいところにあると思ってた」

 

 ロンは自分のパトロナスであるテリアを撫でるとテリアは銀色の霧となって空中に霧散していく。それを見届けると、ロンは不思議そうにハリーに尋ねた。

 

「古代魔法を祀ってるのは外敵に対してそれを渡さないためじゃないかな。だからホグワーツ内部からなら、場所を知っていればすぐに到着するところに置いたんだ」

 

「そっか。それなら何があってもすぐに確認できるもんな」

 

 ハリーは自分の推測をロンたちに語った。ロンはなるほどと頷いた。そんなロンに、ザビニは栄養ドリンクを投げ渡した。

 

「何だこれ?」

 

「ヴィゲンヴェルド薬3%。栄養剤だ、飲んどけよ。オメーが俺らの生命線なんだぜ、ロン」

 

 ヴィゲンヴェルド薬は魔法使いの魔力と体力を回復させ、外傷を治癒する効果もある薬だ。しかしあまりに強力な効能のため学生が入れる店では手に入らない。学生向けのポーションとしては、ヴィゲンヴェルド薬を極限まで薄めた栄養ドリンクが市販されている。こちらは値段も手頃だが、効能はお察しの通りだ。

 

「サンキューザビニ。……マッズ!」

 

「安モンなんだから当たり前だろー?」

 

「ザビニ。その手に持ってるのって同じメーカーのちょっといいドリンクじゃない?」

 

 ファルカスが気付いて言う。ザビニの手には、ロンに渡されたものより高級品のドリンクが握られていた。

 

「オレンジ味だ。結構うめーぞ」

「だったら俺にそっちくれよ!」

 

 それでもロンは汗を拭いてゴクゴクとドリンクを飲み干し、そして百味ビーンズで大外れの味を当てた時より酷い顔を見せた。ハリーもファルカスもザビニも腹を抱えて笑ったので、ロンは全力でハリーたちに突っ込みを入れ、グダグダのまま休憩時間は経過していった。

 ひとしきり笑ったところで、ハリーは三人を集めてこの先の危険を確認した。

 

「……よし。あと十分くらいで目的地だ。だけど皆気を抜かないでね。この森にはまだまだモンスターが潜んでる」

 

「アクロマンチュラ、トロル、グリム。そしてバウンドウルフだね」

 

 ファルカスが確認する。この森にはそれ以外にも気を配るべき魔法生物は多いが、ハリーはそれに頷いた。ロンはアクロマンチュラとグリムの名前を聞いたとき、ぶるぶると震え上がった。

 

「アクロマンチュラはこの森の生態系の中ではトップだ。だからこの領域にはまだ居ない。だけどその配下のカニ鬼蜘蛛はいるかもしれない。グリムやトロルは出てくるとしたら群れのなかで弱い奴単体だろうけど、ウルフは厄介だ。群れをなして来るかもしれない。ロンのテリアで索敵しても、連中の方が足が早い。テリアに何かあったらすぐにぼくの回りに集まってくれ。プロテゴで護るから」

 

 ハリーがそう言うと、ファルカスはほっとした顔を見せた。そしてハリーに確認する。

 

「とにかくヤバいモンスターが出てきたらデパルソ(ぶっ飛べ)でいいんだね?」

 

「うん。何ならインセンディオで燃やしちゃっても構わないし、インカーセラスでもいい。ファルカスの得意な魔法なら何でもいい」

 

「炎は延焼の危険があるから……僕はインカーセラスを使うよ。慣れてるし。頼りにしててよ皆」

 

「うん。頼むよ。とにかく得意な魔法で足止めしてくれれば、皆で囲んで倒せる。皆が無事ならそれでいいんだからね」

 

「思ったよりもスポーツだよなぁ、戦闘って。考えて強力な魔法を使うより、出の早い魔法を当てた方がいいんだから大変だぜ。モンスターは糞早いし逃げるしでステューピファイも当たらないし……」

 

 ロンがぼやいた。ハリーも内心で同意しつつ、士気を上げようとロンを鼓舞した。

 

「生き物が相手だからね。こっちが考えて使ってる間にも動いてくるんだ。だけど、とっさの場面でも何をやるか決めておけばピンチになる可能性は減らすことができるよ」

 

 それでもロンは盾の呪文をマスターし、プロテゴとレダクトを使えるようになっている。まだ練習段階だが、かなり強力な呪文だ。

 

「ロンがいなかったら全滅してただろう場面もいっぱいあったよ。……行こうか、皆。目的地までもうすぐだよ」

 

 ハリーはそう言いながら休憩を切り上げて立ち上がった。ロンもザビニとファルカスにリュックを背負ってもらい、立ち上がる。四人はまた歩きはじめた。

 休憩前と同じようにザビニが先頭になり、周囲に気を配る。ロンのパトロナスであるテリアは相変わらずあちこちから魔法生物達の息遣いを感じるらしく、銀色の光を発してハリーたちに警告を送ってくれる。

 

「前方から何か来る!たぶんバウンドウルフだ!……十匹!?」

 

 少し歩いたところでロンが叫んだ。その声は今までにないほど焦りが見える。前方に目を凝らすと、木立の向こうから這い寄る犬のようなものが、うねうねと体を揺らしながらやってくるのが見えた。痩せこけていて、よだれを垂らした個体もいる。ざっと十匹ほどはいるだろう。ファルカスが立ち止まり、集中して呪文を放った。

 

「インカーセラス(縛れ)!」

 

 金色の縄のようなものが宙を走り三匹のバウンドウルフを巻き取った。しかしバウンドと名がつくように、跳ねるように動き回る狼はまだ七匹。三匹と四匹に別れて左右からハリーたちを挟み撃ちにしようとする。

 

 三匹の方に、ロンのパトロナスであるテリアが立ち向かっている。テリアは頑丈で、バウンドウルフの爪や牙にもびくともせず、小柄ながら奮闘している。。

 

 ハリーは自分に向けて杖を振って叫んだ。

 

「プロテゴ インセンディオ(炎の壁よ出ろ)!!」

 

 ハリーの呪文どハリーを中心に発生した炎の壁は、大きく広がってハリーたちを包み、迫ってきていた四匹のバウンドウルフを足止めした。青い炎が、脂肪が焼ける匂いを周囲に放ちながらバウンドウルフの一匹を燃やす。そしてハリーはザビニに叫ぶ。

 

「ザビニ!レベリオで警戒し続けて!!左右はぼくがやる!」

 

 ハリーは杖をまず、先に到達した四匹に向けた。四匹のうちの一匹はもう虫の息だ。

 

「ボンバーダ デュオ!(二連続爆発)!!」

 

 ハリーの柊の杖から放たれた爆発は、インセンディオの炎を伴って三匹の狼に到達し、轟音をあげてその肉体を弾けさせた。その間にも、ファルカスのディフィンドによって拘束されていた二匹のバウンドウルフはその命を絶たれる。それでもロンのテリアを相手していたバウンドウルフたちはまだ健在で、彼らは手傷を負いながらも賢明に逃走を試みた。

 

 しかし、ハリーはそれを許さなかった。ハリーの杖から放たれた爆発は止まらず、逃げようとする三匹の狼に到達して熱と爆発によってその四肢を焼き、ただの肉の塊として吹き飛ばす。ボンバーダ デュオはボンバーダを連続して放つ魔法で、一度の詠唱で爆発の連射が可能だ。それは生命の命を無に帰すには十分な威力を持っていた。周囲に散らばる不快な肉塊は思わず目を背けたくなるもので、ハリーたちは少しの間何も言うことができなかった。

 

 

 バジリスクとの戦闘経験が、ハリーに対して一つの教訓を与えていた。人間を害する闇の魔法生物は駆除しなければならない、という教訓だ。そこには何の感情も込めるべきではなく、ただ淡々と作業するようにこなさなければならないとハリーは思っていた。

 

 そうでなければ、闇の魔術に頼ってしまうからだ。

 

 

「ナイスキー(ナイスキル)ハリー!流石だぜ!!」

 

「警戒を解かないで!……ごめん。僕が音を立てたから他の魔法生物が寄ってくるかもしれない。エバネスコで死体を消してすぐ先に進もう。ファルカス、周辺に怪しい影はある?」

 

 

「いいや、今ので最後だよハリー。でも僕は君がいれば、大したことないんじゃないかって思うよ。エバネスコ(消えろ)!!」

 

「エバネスコ(消えろ)。そんなことないよ、ファルカス。君の方こそ冴えてた。僕一人だと奇襲に気付けずそのまま死んでたか、数に対応できずにやられてたさ。皆のお陰だよ」

 

「俺はレベリオしてただけだな」

 

「それでいいんだよ。不意打ちをもらうのがいちばん怖いんだ」

 

 ハリーは周囲に他に生き物がいないことを確認し、すぐにエバネスコを唱えた。ロンのパトロナスであるテリアは周囲の警戒を続けている。

 

(……大丈夫かな。)

 

 ハリーたちは、恐らくは自分で思っているよりずっと強かったのだろう。四人もいたことで突発的なモンスターの奇襲にもある程度余裕をもって対応することが出来ていた。ハリーは皆を連れてきて良かったと思っていたが、同時に不安も沸き上がる。何か落とし穴があるのではないかと。

 

 ハリーはロンたちとハイタッチをかわしながら、強く言った。

 

「行こう。もうあと一息だよ」

 

 一行は休憩前より速い速度で歩き出した。ハグリッドの靴下の匂いを嗅いでいたロンのテリアは、瞬く間に目印となるルーンの場所を見つけ出した。ハリーはハグリッドに見せて貰ったように、慎重に木のこぶを叩き、エイワズのルーンを叩く。ハリーの手に持っていたハンカチにルーンが刻まれた。そして、千年樹であるオークの木が見えてきた。

 

 オークの木の根本で、ハリーはルーンが刻まれたハンカチを取り出す。すると、ハリーたち四人の体はふわりと浮かび上がり、オークの中へと吸い込まれていった。

 

 目を覚ました一行は歓声をあげた。森の中にいた筈のハリーたちは、大理石で覆われた荘厳な雰囲気のある遺跡の前にいた。ハリーはその大理石に見覚えがあった。造りが以前見た部屋の中のものと同じだ。あのときは部屋の中に吸い込まれたが、今回は遺跡の前に吸い込まれたらしい。

 

 

「……スッゲェ~……パネェ(半端じゃねぇ)~……」

 

 美しいものに対しては目がないザビニが語彙を消失するほどだった。ハリーが見てもその遺跡は美しかった。森の中に存在する神秘、古代のロマン、そういった言葉が頭の中に浮かんでは消えていく。オークの根が遺跡の内部に侵食している様は永い年月の経過を感じさせる。それは人造の建造物と天然記念物による幻想的な調和だった。

 

「ハグリッドが見せてくれた時より凄いよ。皆とここに来れて良かったと思う」

 

 ハリーは完全に圧倒されていた。本当にここで、あの扉の奥に進むことが出来るのだろうかと思った。そんなハリーの気持ちも知らず、ロンは飛び上がって喜んでいる。

 

「俺の親友の言う通りだった!!すっげぇぞ!ハーマイオニーを連れてくれば良かったかなあ!?な、皆?」

 

 しかしロン以外の三人は微妙な顔だ。ハリーはそっと囁いた。

 

「ねぇロン……ハーマイオニーとアズラエルには黙っておこうよ。森の探索には思ったよりも運動神経が必要だし、時期によっては棲息するモンスターも変わる。確実に安全って言えるまでは二人を巻き込むのは危険だよ」

 

「そうかな?君がいれば何とかなるんじゃないかな、ハリー?」

 

 ファルカスは高揚した顔で言った。ハリーは言うべきかどうか迷ったが、結局口にした。

 

「二人が無茶をすることを許してくれるならね。ハーマイオニーはまだしも、アズラエルはこういうリスクは取りたがらないと思うんだ」

 

 ハリーは意識して厳しい表情でそう言った。するとザビニが首を横に振った。

 

「ここに入る前に言っておかなきゃならないことがあるぜ、ハリー」

 

「なんだい?」

 

 ザビニは背後の遺跡を指差して言った。

 

「こんな冒険の体験を俺らだけで一人占めなんて、アズラエルやハーマイオニーだって怒るだろ。ルナとかコリンもだぜ。それこそマルフォイのヘタレだって悔しがる。そりゃ最初は文句言ってガタガタと下らねーことを言うかもしれねーけど、こんなダンジョンを見たらテンションアガってそれどころじゃなくなるぜ」

 

「それじゃ、君はこの後のことも言うべきだと思ってるのかい?」

 

 ハリーは意外そうに言った。自分が友人たちを危険に巻き込んでいるという自覚はあったし、十匹ものバウンドウルフに襲われたときは内心、ザビニたちに嫌われるのではないか、と思った。だが、ザビニは肩を竦めて答えた。

 

「それが一番だと思うがな。もし俺らで攻略できないってんなら、それも立派な情報だ。一度持ち帰ってブレインの頭脳を頼るのも手だと思う」

 

 ハリーは一瞬考え込んだが、やがて頷いた。ザビニの言う通りだったし、何よりロンたちが本当に嬉しそうに笑っていたからだ。

 

「わかった、進もう。そして成果を持ち帰ろう」

 

 ハリーは三人に告げた。友人たちへのありったけの感謝の気持ちを込めながら。

 

 

(僕って本当に、友達に恵まれてるよな。恵まれ過ぎてる)

 

 四人は頷きあって、遺跡へと足を踏み入れた。

 

 そこは木の中とは思えないほど広い空間だった。大理石で祀られた遺跡の内部には、左右に騎士の銅像がある広大な部屋になっていた。

 

「前に来たときとずいぶん違う……」

 

「魔法で内装を変化させたのかな。ここの管理人が」

 

「管理人か……ハウスエルフみたいな魔法生物かな」

 

「ここで暮らしてるような物好きは居ねーと思うけどなぁ」

 

「でも、ハウスエルフならここまで一瞬で来れるよ。彼らのテレポートにはホグワーツの守りが通用しないから」

 

 ファルカスの意見にロンが反論した。建造物を管理するなら人の手が必要だが、あまりに不便な場所にある。ホグワーツの領域内部であるため、ただの魔法使いではここに来るために危険な魔法生物たちの相手をしなければならない。それは熟練の魔法使いならどうということはないだろうが、そこまでする物好きはそうは居ない筈だった。少なくともここが管理されたのはごく最近ではないだろうかとハリーは思った。

 

「じゃあ、慎重に探索しよう。ロン、スニーコスコープの調子はどう?」

 

「森の中では鳴りっぱなしだったけど、今は大丈夫だ。進んでも問題ない筈だぜ」

 

 ハリーは以前ここに入ったとき、ハグリッドの言ったことを思い出してた。

 

(そういえばハグリッドは、ここがホグワーツと同じように魔法で守られた部屋だと話してたっけ)

 

 それならばこの広大さにも納得がいくというものだ。天井は見えないほど高いし、横幅もドームのように広かった。その空間いっぱいに、巨木のような柱が天井まで何本も立っている。ハリーは一本だけ柱に駆け寄ってみた。

 

 

「扉だ!」

 

 ハリーが見上げると、大きな扉が見えた。隙間があるようだ。この向こうに鍵があるのか?それとも……。ハリーは振り返って皆に叫んだ。

 

「こっちだ!この木に扉がある!鍵はわからないけど、でも開いてるみたいだ!!」

 

 ハリーは扉の前まで走って戻り、皆を手招いた。ザビニがおそるおそる扉に手をかける。ロンとファルカスも周りをキョロキョロと見回しながら近づいてくる。ハリーが目配せをすると、ザビニがゆっくり扉を押した。

 

「下がって!」

 

 ハリーは皆に後ろに下がるよう言いながら杖を構えた。重い扉が鈍い音を立てて開いていく。少しづつ広がる隙間から向こうの様子を覗こうとしたそのとき、何かが飛び出してきた。

 

「うわっ!?」

 

 ハリーは驚いて後ろに飛び退いた。するとそこには、ずんぐりとした紳士姿の巨漢が怒りの形相を浮かべてハリーを見下ろしていた。ハリーを十年間養った、バーノン·ダーズリーその人だ。

 

「何だ?この人誰?」

 

 ロンは事態を理解できず驚いた顔で見ている。

 

(何で男が出てくんの?いや……なんか怒ってる?何に?)

 

「ボガートだ!」

 

 事情を理解していたザビニが叫んだ。そして前に出ようとする。

 

 ハリーの背筋は凍りついたままだ。皆の前で見せたくはなかった。もう二度と遭遇したくもなかった。ハリーの家庭事情は、ロンにだけはまだ知られていない筈だったのに。

 

「ハリー!ハリーのボガートなのか!?」

 

 ロンが叫んだ。ハリーは頷くしかなかった。するとファルカスが言った。

 

「『リディクラス(ばかばかしい)』でやっつけろよ!ハリー、君ならできるよ!!」

 

「……え?」

 

(……いや、ファルカスお前なぁ……)

 

 ザビニはファルカスに意味がわからないと視線を向けたが、ロンはポンと手を打った。そして大声で叫ぶ。

 

「そうだ!ハリー、やっちまえ!」

 

 やれるものならやっている。ハリーはどうすれば笑えるのか分からないから、或いはロンにあれを見せたくないから、リディクラスを使いたくないのだ。

 

 ハリーは杖をバーノンの姿をしたボガートへとに向けようとした。ボガートのバーノンは子供が夜間にうろついていることに腹を立てている。

 

 ハリーのなかで、ぐるぐると思考が回る。

 

(また傷つけるのか!?僕がマグルを!?笑い物にして!?)

 

(それで笑えるのか!?笑っていいのか!?本物じゃないからって、あれはもうおじさんそのものじゃないか!)

 

 結局ハリーはリディクラスを唱えることは出来なかった。ザビニが前に出て唱えたからだ。

 

「リディクラス(笑え!!)!!」

 

 ボガートは一瞬のうちに、ザビニとよく似た美しい女性へと姿を変えた。その女性が着ていた高価そうなローブにトマトジュースがかかっている。ハリーは笑えなかったが、ロンとファルカスは笑った。その笑いを受けて、ボガートは形は保てなくなり、奥へと引っ込んだ。

 

「……ありがとう、ザビニ」

 

 ハリーは自分が情けなかった。ザビニは自分のトラウマをさらけ出して乗り越えたというのに、ハリーは何も出来なかったのだから。

 

 そして救いがたいことに、ハリーはボガートを傷つけなくて良かったと安堵していた。ハリーは自分の心の弱さを恥じていた。それでザビニを傷つけてしまったというのに。

 

「別に気にやむことないぜ。お前は出来なかった。でも俺はできた。つまり俺の方がちょっと凄かったってだけで、ハリーがショボかった訳じゃねえ」

 

 ザビニはハリーに肩を竦めてみせた。ハリーはそうだね、と笑った。

 

 ……そんなハリーたちを、ロンとファルカスは複雑そうに見ていた。

 

ハリーたちは遺跡を探索して回り、やがてハリーが以前見かけた扉を発見した。扉のそばにはルーン文字で『貴婦人と一角獣』と書かれており、扉の周囲には一角獣と貴婦人の姿をした立体的な動く絵と、絵を飾る額縁がある。

 

「見ろよ。俺これ知ってる。『一角獣とユニコーン』だ。ホグズミード美術館にあった!!」

 

 ロンが興奮した叫び声をあげた。他の三人も目を見張った。

 

「じゃあ、額縁にこれを入れて『ユニコーンと貴婦人』の絵を完成させようってこと?」

 

「……うーん……?前に来たときはそうだったけど……?」

 

 ハリーは額に手を当てて首を捻った。額縁のそばのルーン文字を読むと、『貴婦人と一角獣』と書かれている。

 

(何か引っ掛かる……)

 

「貴婦人とユニコーン……この文脈だとそういう順番になる」

 

 そんなハリーの言葉を聞いて、ザビニはピンと来たように言った。

 

 

「そりゃ、『貴婦人と一角獣』の方にあわせろってことだな。引っかけ問題だ。絵を完成させるなら、マグルの描いた絵に会わせなきゃダメなんだ」

 

「……『貴婦人と一角獣』?そういう絵が魔法界に……あっ」

 

 ハリーは以前ここに訪れたとき、題材が『ゲルニカ』であったことを思い出した。

 

(もしかして、元はマグルの絵画だったのか?)

 

 ハリーはダフネがハリーが『ユニコーンと貴婦人』の絵に対してあまり芳しい評価ではなかったことを思い出した。二つの絵にどんな相関々係があるのか気にはなったが、一行はザビニの指示に従って絵を完成させ、無事次の部屋へと進むことができた。ハリーの心臓の鼓動はドクンと高鳴った。

 

 そこには、以前ハリーを阻んだ試練が待ち構えていた。あの時と同じように、ルーン文字で『有体のパトロナスを出せ』と記されている。

 

 

「……ルーン文字必須ってずりぃよな。俺習ってねーわ」

 

「だからこそセキュリティとしては機能するのかなあ」

 

 余裕がありそうにぼやくロンとザビニをよそに、ハリーとファルカスも準備をする。ハリーはファルカスに笑いかけた。

 

「リディクラスは使えないんだけどね。僕、最近これは使えるようになったんだ」

 

「頼むよ、ハリー。僕はまだ有体は出せないんだ」

 

「タイミングは合わせようぜ。ハリー、号令かけてくれ」

 

 ロンが言うとハリーはふっと笑い、こう思った。

 

(ダフネは今頃どうしてるかな。ルーピン先生に相談してるのかな。……何を相談したんだろう。うまく行ってるといいな)

 

 ハリーはそんなことを考えながら、杖を構えて叫んだ。

 

 

「行くよ皆。3、2、『エクスペクト パトローナム』!」

 呪文とともに、四人の杖から銀色の輝きが放たれる。ファルカスの杖から放たれた靄を受けて、ハリーの杖から飛び出てきた銀色のクスシヘビが一回り大きくなる。

 

「おお!?すげえ!?何だアレ!?」

 

 ロンが叫んだ。その現象はどうやらハリーだけではなかった。ザビニの馬も、そしてロンのテリアも、パトロナスたちは集まることで大きくはっきりと形を司り、幽体がよりくっきりとした輪郭を持った有体となっていくように見えた。

 

 ザビニの杖から放たれた馬は最速で扉の前に立ち嘶いた。固く閉じられた扉が少し開く。馬に少し遅れて、ハリーのクスシヘビは小柄な体を使って開いた扉の隙間に入り込んだ。ハリーは杖先が引っ張られるような感覚を味わった。

 

(……僕が貰った幸せを、皆に返すんだ!頼む……!開いてくれ……!)

 

 

 ハリーは今や汗だくになっていた。あと少し、あと少しだけ持ってくれと思った。

 ロンのテリアが扉に体当たりすると、扉はギイ、と音を立てて開かれていく。

 

 やがて扉が完全に開かれたとき、ハリーはロンに向かって駆け寄って抱き締めた。ロンはビックリしたような顔でハリーを見ていたが、やがて飛び上がって駆け寄ってきたファルカスやザビニに押し潰されてしまった。

 

 ハリーは思う。やっぱり、ロンたちは凄い奴らだと。

 

 ……皆に友達でいて貰えるような自分でいたいと。

 

***

 

 ロンはハリー、ザビニ、ファルカスと一緒に森の中を進むうちに、ある思いに囚われていた。

 

(……やっぱり俺って、才能ないよなあ)

 

 ロンは決闘クラブでは一回戦を突破することは出来なかった。ザビニやファルカスは突破したにも関わらずだ。そしてハリーやハーマイオニーは、上級生相手にも勝ってしまった。

 

 才能が違う。それは持って生まれたもので、努力では埋まらない。特に英国魔法界においては、努力は才能のある人間が己の適正に合わせてするものとみなされている。だからこそ四つの寮に分かれ、子供たちは己の適正に合わせて学び、動くのだ。

 

 スリザリンの気質は身内に対しての優しさがあり、彼らがチームワークに優れていることをロンは何となく感じ取っていた。ハリーはやたらとスタンドプレーをすることも多いが、それでもクィディッチでプレーをした経験ゆえかロンたちへの声掛けを欠かさず、ハリーを中心としてスムーズに探索は続いている。

 

 それを見るたびに、ロンの中である感情が膨れ上がってくる。友達に向けるべきではない、あまりにも情けない感情だった。

 

 

 子供の頃から、自分の完全上位互換を見続けたロンの中には、現実に対するある種の諦めがある。どこまで行っても自分は、才能がある側ではないと諦めている。双子を見ればそれは明らかだ。ロンが何かしようものなら、双子はすぐにロンを叩き潰してロンが調子に乗ることがないように教育をしてくれた。

 

 それでも、ロンは頑張ろうとした。自分にできる範囲ではあるが勉強に手は抜かなかったし、決闘クラブも必死にやった。ハリーたちと一緒に遊んだ日々を思い返しているうちに、エクスペクト パトローナムを出すこともできた。

 

 だからこそ、ロンには不安があった。

 

 双子がロンを爪弾きにするように、ロンもいつかハリーたちの輪の中には居られなくなるのではないか、という不安が。

 

 ロンから見たハリーは、決して完璧ではなかった。仲間思いだが手がかかる弟みたいな奴だと思った。それでも、三年生になって魔法を多く習得し出したハリーは頭ひとつ抜けて見えた。少し前までは並んでいた筈なのに、今は追いかけている。離されないように必死になって走っているのが今のロンだった。

 

 ロンの頭の中に沸き、胸を埋め尽くした感情は、ハリーへの嫉妬だった。そんな醜い自分を知られたくなくて、道化を演じて自分を誤魔化した。ザビニとは冗談好きな部分で、ファルカスとは闇祓いへの興味や家計の事情で気が合ったから、ハリーたちのグループの中で居場所がなくなることはないとも思った。

 

 それでも、ロンは不安だった。いつかハリーは、ロンの手の届かないところに行ってしまう。そしてそんな日が来るのはもうそう遠くないのではないかと、ハリーがバウンドウルフの群れを蹴散らしていくのを見てロンは焦った。

 

 大勢の同年代のスリザリン生のように、ハリーを例外として扱い心を守るには、ロンはあまりに若すぎた。ロンが人並みの少年だったからこそ、ロンはハリーに並びたかった。追い付きたかった。

 

 ハリー自身がロンのことをどう思っているのか、聞くことはできない。普通友達にわざわざそんなことは確認しないからだ。ハリーだってそうだろう。だからこそ、ロンの焦燥は燻り続けていた。

 

 遺跡に入り、ハリーがボガートを撃退できないことには戸惑った。あれだけ色んなことができるハリーがどうしてそうなるのか、ハリーの事情を知らないロンには何も分からなかった。だが、ザビニは分かっているようだった。

 

(……あれ……。ザビニはなんか知ってるのかな。何で俺には言ってくれないんだ、ハリー)

 

(俺って居なくてもいいんじゃ……)

 

 ロンにはハリーの気持ちがわからない。人の気持ちに敏感になる能力は、ロンには明確に欠けている部分だった。

 

 それでもハリーがエクスペクト パトローナムを出したとき、ロンは嬉しかった。自分が感じた不安が杞憂だと思ったし、やっぱりハリーは凄い奴だと思おうとした。

 

 そう、嬉しかった。しかし一方では、こうも感じていた。

 

(ああ、パトロナスに関しては一歩先を行けたと思ったのに。

……もう、ハリーに追い付かれていた)

 

 




おや?ロンさんの様子が……?
原作では相棒だっただけはあり、全科目で平均点以上は取れる能力のお陰で他所の寮生たちのグループの中でも要としてしっかりと機能してるのがロンさんの凄いところなんですが当のロンさんにそんな客観的評価ができるわけもなく……


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名前を言うのも憚られるあの人

 

 

***

 

 全力でロンを称え、友人たちそれぞれの功績を労ったたハリーは、開いた扉の前で立ち往生していた。

 

「……パトロナスから連絡が来ないの?」

 

 ファルカスがロンに尋ねた。四人の中で有体のパトロナスを出していないファルカスは、その分だけ回復も早かった。

 

「ああ。全っ然反応がねえ。あれだけ魔力を込めたなら十分は持つ筈なのに」

 

 ロンは回復薬を飲みながら言う。一気に飲み込んで、その味に顔をしかめていた。

 

「僕はそこまでパトロナスを持たせられたことがないから分かんないな。ザビニも同じ?」

 

 ハリーはザビニに尋ねた。ハリーのパトロナスであるクスシヘビは扉の隙間から先へと進んだ筈だが、ハリーの手の中には反応がなかった。とはいえ、パトロナスを使えても長く持たせられないハリーでは確証が得られない。

 

「そうだな……何つーか、扉の中に入った瞬間に途切れた、みたいな感じがする」

 

 

 ハリーたちは顔を見合わせた。ロンは青ざめていた。

 

「扉の中に何かがあるってことかな。……危険な罠に引っ掛かって、パトロナスが壊されたとか」

 

「……パトロナスは別の空間に移動させられたのかもしれない」

 

 ハリーが言うと、ファルカスはどういうことだとハリーに聞いた。

 

「ファルカスは直接みたことはないだろうけど、僕が魔法で作られた異空間に引きずり込まれたことがあったんだ。その時、僕は中で結構暴れたけど外の皆には何も伝わらなかった」

 

「空間が隔絶されているから、音や匂いや魔力とかそういったものも伝わらないってことだね」

 

 流石にファルカスは呑み込みが早く、ハリーの言いたいことを理解していた。

 

「パトロナスとの繋がりが空間を隔てたことで切れてしまったのかも。試しに送り込んだ蝶々も帰ってこないし、まず異空間で間違いない」

 

 ハリーたちの間に、少しの間緊張が走った。

 

「……どうする?ここで一回引き返すか、ハリー?」

 

 ロンの問いに、ハリーは悩んだもののはっきりと言った。

 

「……今はザビニの火消しライターがある。万が一異空間に引きずり込まれたとしても、ブルームかダンブルドアを目印にすれば帰ってこられる。ここまで来たんだ。先へ進もう」

 

 そしてハリーたちはプロテゴを展開しながら、扉の中に足を踏み入れた。

 

***

 

 扉の中に一歩足を踏み入れたとき、ハリーの周囲から音が消えた。微かに聞こえていたザビニたちの息づかいが聞こえない。ハリーは周囲を見渡して言った。

 

「ロン!ザビニ!……ファルカス!!」

 

 返事はない。その代わりに、ハリーの周囲にはそれまでと異なる空間が広がっていた。

 

 そこは、大きな円形の部屋だった。滑らかな石造りの壁は何か動物をかたどった彫刻が施されている。部屋は薄暗く、入ってきたばかりなのもあって目が慣れておらずあまり周囲の様子が読み取れない。

 

(……ヒッポグリフ?それともペガサスか?)

 

 ハリーは目を凝らして彫刻から部屋のヒントを読み取ろうとした。これまでの傾向から、どこにヒントが隠されていてもおかしくはない。ハリーは慎重に呪文を唱えた。

 

「スペシアリス レベリオ(化けの皮よ剥がれろ)」

 

 レベリオによって、隠されていた部屋の内装が少しだけ明らかになった。ハリーは

 

 天井はドーム状で、美しい夜空が見える。夜空に輝く星ぼしが、部屋の中心部にある天球儀のようなものを照らし出していた。

 

(天文学の試練かな……?それとも罠かな?)

 

 ハリーはそう思って天球儀を調べようとした。念のために自分の周囲にプロテゴを展開した上で、レベリオを唱える。

 

 しかし何も起こらない。ハリーはほっとしたが、同時に途方に暮れた。レベリオで部屋の奥を隅々まで探索したが、出口の扉がない。そして困ったことに、入り口となるような扉も存在しないのだ。

 

 ハリーは自分の心臓が震えていることに気づいたがどうにもならなかった。ハリーは息を大きく吐き出したが恐怖で身を縮めることもできず棒立ちになっていた。

 

(皆は……無事なんだろうか……?)

 

 ハリーはロンたちが無事であることを祈った。ハリーが頼み込んで、ここまで皆を付き合わせた。ハリーは深く深呼吸して、気持ちを落ち着かせた。動揺したところで何にもならないのだから。ハリーの前には天球儀と星空がある。今考えるべきは、この繋がりを解き明かすことなのだ。天球儀に背を向けて、ハリーは天を仰いだ。

 

 

(鳥になってここを飛んでいけたら……)

 

 ハリーの頭に、そんな思いがよぎった。異空間において意味があるのか分からないが。

 

 その時、ハリーの背後で何かが動く音がした!

 

 ハリーはすぐさま後ろを振り返った。杖を構えていたハリーは思わず目を見開いた。

 

 そこにいたのは天球儀の上に立った一羽の鳥だった。その鳥はハリーがこれまで見た中で一、二を争うほどに美しい青い瞳を持ち、輝きを放つオレンジの尾羽を持っていた。ハリーはその瞳を見てアルバス·ダンブルドアを思い出した。

 

(フォークス?)

 

 そしてハリーが何かを言う前に、鳥は口を開いた。

 それは女性の声だった。滑らかな、耳に心地よい声だ。ハリーは以前これと同じような声を聞いたことがあった。しかし、どこで聞いたのか思い出すことはできなかった。

 女性の声をした鳥はハリーに言った。

 

「はじめまして!いやこの場合はこんばんわかな?それともいらっしゃいませ?」

 

 ハリーは鳥が流暢に喋ることに対して圧倒されながら言った。

 

「こ、こんばんわ……」

 

 アニメーガスという、生物に姿を変えることができる魔法使いはいる。目の前の鳥は十中八九アニメーガスなのだろうが、ハリーはレベリオを唱えることはしなかった。勝手に唱えることは失礼にあたるからだ。

 

 

「あ、そう?それであってた?良かった~」

 

 

 ハリーは呆気にとられていたが、礼儀正しく挨拶を返した。

 

「僕はハリー・ポッターです。あなたはどなたですか?ここで何をしておられるのですか?」

 

「……!ふーん、ハリー·ポッターなら知ってるよ!前に来たマクギリスって子供が話してくれたからね!私は名乗るほどのものじゃないから名前は覚えなくていいよ!」

 

「そんなわけにはいきません。名前を呼ばないなんて失礼です。貴方にも名前がおありでしょう?」

 

 ハリーは目を丸くして鳥を見た。鳥はハリーに対してふんと鼻を鳴らして言った。

 

「うーん、じゃあ昔呼ばれてた好きな渾名で呼んでよ。私は『転入生』さ」

 

「転入生さんですか?」

 

(ホグワーツで転入生なんて今だと聞いたことないぞ……?)

 

 ハリーは若干面白がりながら聞いた。口ぶりからしてOGなのだろうが、一体何年生から転入したのだろうかと思った。

 

「うん!よろしくね!ところでハリーは、どうしてここに来たんだい?」

 

「実は、ここに失われた古代魔法があると聞いて。友達と一緒に探検しに来たんです」

 

 鳥は面白そうに笑った。そして言った。

 

「そっかあ。私にもあったなぁ、そんな時代が」

 

(シリウスみたいなことを言うなあ……)

 

 ハリーはこの鳥が何者なのか図りかねていた。先輩にしてはハリーと同年代のように話してくれるのだが、今の口ぶりは大人のようにも見える。しかし大人にしては随分と子供っぽいのだから、輪郭が掴めない。

 

「……転入生さんはどうやってここに入ったのですか?」

 

(……というか……もしかして、この人が試練なのかな……?)

 

 ハリーは探りを入れることにした。この状況で出てきたことから聖域や古代魔法と無関係ではないだろう。無人かつテレポートも不可能な筈の場所に一瞬で現れたことから、ハリーの知らない何かの魔法を使っていることは間違いなかった。

 

 

「入ったんじゃナイナイ。私を呼んだのは君だよ、キ、ミ」

 

「……僕がですか?一体どうやって?」

 

 

「私の姿はね、ここにかけられた『魔法そのもの』。君が望んだ姿に化けて出てるわけ。ほら、ボガートって居るじゃん?人の怖がる姿を察して化ける奴。あれのいい感情版が私、『転入生』ってこと。わかった?」

 

「そんなことが……」

 

(……いや、あの時……)

 

 しかし、ハリーには思い当たる節があった。ハリーは星空を眺めながら、一瞬、鳥になって飛べたらと思っていたのだ。

 

「……わかりました。転入生先輩は、ここで何をしておられるのですか?」

 

「知らないよ」

 

 ハリーは思わずずっこけそうになった。そのハリーの姿を見て、鳥がおどけながら羽ばたく。

 

「あははごめんごめん。まあ強いて言うなら、君たちの勇気と友情を称えて、かな?ところでハリーは何で古代魔法なんか欲しいの?ここまで来れるってことはそれなりには強いんだよね?もう必要なくない?」

 

 自分が質問されるとは思っていなかったのでハリーは面食らった。どうやら転入生はハリーを試しているようだ。

「命を狙われている可能性があるからです。僕は自分の身を守るために、力が欲しい。その力は、敵から見て未知のものである方が生き残れると思ったんです」 

 

「ふーん。いつの時代も闇の魔法使いは居るもんだね!目の前にいたらぶち殺してやりたいな!」

 

(ぶち殺……)

 

 ハリーは平静を装いながら転入生を見た。目の前の転入生は親しみやすいように見えるが、実はちょっと前の自分のような危険人物なのだろうかもしれないとハリーは思った。

 

「転入生さん。話をしてくださるのはありがたいのですが、友達が待っているんです。ここから出て、皆と合流する方法を教えて頂けませんか?ヒントでも結構です」

 

 ハリーは恐る恐る聞いた。鳥は笑うような調子で言った。

 

 

「ああ、そうかそうだったね。ごめんごめん。君には友達が居るんだもんね」

 

 しかしそれはどこか、憂いを秘めたような笑い方だった。

 ハリーは少し驚いた。鳥の笑みに、人間らしさを感じたからだ。転入生は言った。

 まだ知り合って間もないが、まるで長年の友人に話しかけるようにハリーに言った。

 

「……ここを出て友達と合流することは簡単だよ……でもね……」

 

「私の身にもなって!?こんな場所で来るかどうかも分からない客を待ち続ける日々!!暇なの!退屈なの!!めっちゃしんどいの!!ちょっと話し相手になって!?」

 

「お辛かったでしょう……」

 

 ハリーは思わず転入生に同情した。暗い部屋に押し込められる苦悩は理解できる。

 

「そうなんだよ。それもこれも全部ランロクって奴のせいなんだ……!」

 

 ハリーはランロクが誰なのか分からなかった。もしもハリーが今日という日を突入日にしていなければ、ビンズ教授の授業でその名前がどういう意味を持つのか察していただろう。しかしハリーは今日、ダフネと一緒に授業をサボり、後で確認するからとファルカスのノートにも目を通していない。予習の範囲である『ゴブリンの叛乱』では、反乱して鎮圧された敗戦の将については名前すら残っていない。だからハリーは、ランロクとゴブリンを結びつけることはできなかった。

 

 それからハリーと転入生は色々な話をした。ホグワーツのこと、禁じられた森のこと、城に住むゴーストたちや先生たちのこと……しばらく他愛もない話をしていた。

 

 

「アルバス!アルバスは元気でやってるんだねえ。おばさんはうれしいよ」

 

 器用に羽根を動かして泣き真似をする転入生は、ダンブルドアの話になると露骨に興味を示した。また、ハリーがスリザリンの生徒であると話すと、うんうんと頷いた。

 

「そうだねえ、スリザリンは魔法族だけどいい奴が多いよね。私の時代だとオミニス·ゴーントとかセバスチャン·サロウ·がそうだった」

 

「サロウ、ですか。聞いたことがありませんね……」

 

「それでいいんだよ。あいつらは元気で、楽しくやってた。それが重要なんだから」

 

ハリーは昔のスリザリンについてを聞くのが新鮮だった。

 

(……そうか……ホグワーツには色んな人がいたんだなあ。サロウ家とか、ゴーント家は残らなかったのかな……)

 

 純血主義は家を残すために全力を尽くす、とハリーはマクギリスやダフネ、そしてドラコから聞かされていた。歴史の彼方に消えてしまった家系もあるからこそ、躍起になって純血主義にこだわるのかもしれないとハリーは思った。

 

 それからもしばらく談笑が続いたが、やがて話題はホグワーツのことから離れ、ハリーの周辺の話題になっていった。ハリーはもう質問する内容が思い浮かばなかったので、転入生の質問に対して答えを返す側になっていた。

 

「ふーん、今の闇の魔法使いは純血主義者たちで、しかもスリザリン出身なんだねえ。おばさんは気に入らないなあ」

 

「僕もそう思います。スリザリン生があいつらのせいでどんな目で見られているか転入生先輩にも知ってほしい。連中はマグル生まれを排除しようとしているんです」

 

 ハリーは辛抱強く長話に付き合いながら、目の前の鳥に気に入られようと思った。なるべくマグルについての話題は避けたかったが、ヴォルデモートのような邪悪な人間に関しては容赦なくハリーの身に起きたことを話した。

 

「ふんふん……ハリーはスリザリンだけどマグル生まれとかマグルは差別しないんだ。私と同じだね!」

 

「ありがとうございます」

 

(心を閉ざせ……!)

 

 ハリーは努めて冷静になるようにした。ダーズリー一家への不快な感情と、マグル全体とを結びつけないように。

 

「うん、うん。今の話で、私はキミのことが分かってきたぞう」

 

 鳥は笑顔で微笑んでいたが、突如、ハリーの前に降り立った。

 

 

「キミ、矛盾してるだろ」

 

「矛盾って、何がですか?」

 

「危険な闇の魔法使いに勝ちたいけど、そいつは殺したくない。規則違反は繰り返すけど先生たちからは褒められたい。闇の魔法は使いたくないけど、古代魔法は使いたい。マグル生まれは仲間だと思ってるけど、マグルは……本音では差別したい。それは手前勝手な理屈で、矛盾していて破綻しているよ。おばさんも昔言われたけどね」

 

「仰っている意味が分かりません。僕はマグルを差別したいなんて思ってない」

 

「ほら、今だってキミは自分を騙し続けている。本当は思ってるんだろう。マグルなんていなければよかったのに」

 

 気付けば、転入生は人の姿をしていた。背の高い女子学生だ。ただしその学生には、顔がなかった。およそ人間と呼んでいいのかも分からないそれは、かつて見たトム·リドルや、ヴォルデモート卿とも異なる異質さだ。

 

 転入生は杖を振った。ハリーは動かなくなった。

 

 

「そうすれば、今の下らないしがらみから解放されるのに、って」

 

 

(……それは……否定できないけど……だけど……!)

 

 ハリーは自分を取り巻く環境が頭を過るのを押さえつけ、心を平静に保とうとした。思い浮かぶのは、自分が半純血であるという現実。それはスリザリン生ならば誰もが直面するもので、そしてどこかで折り合いをつけなければならない感情だった。

 

 

「僕はそれを下らないと思ったことはない。マグルを憎んでも、自分の血を恨んだことはない」

 

 ハリーは柵に囚われていることは否定しなかった。だが、下らないと言わせるわけにはいかなかった。それだけは、絶対に下らないものではない。断言しなから、ハリーは自分の状況を何とか好転させようと手足を動かそうとして、気付いた。

 

(石になった……!?いや違う……!体が動かないだけだ……!)

 

 ハリーは体の自由がきかないまま、転入生の言葉を聞くしかない。転入生はどこか嬉しそうにハリーに言った。

 

「私はね、ホグワーツにそういう子が来ることを予見していたのさ!そして実際にキミに出会った!運命の出会いって奴かな?ウィーズリー先生に自慢したいね!」

 

 

 ハリーが首だけ動かして転入生を見ると、彼女は大声で笑っていた。そんなバカなという声さえ出なかった。ハリーはこの学生に見覚えがあった。顔のない女学生の顔が、ハーマイオニー·グレンジャーとよく似たものになっている。

 

「キミには闇の魔法使いの素質がある。あんまりにも危険きわまりないね!知ってるかい?世間じゃ闇の魔法を使わなくても、不法侵入しただけで闇の魔法使い扱いなんだ。ましてや闇の魔法を使った奴なんてもっての他だ!」

 

「僕は闇の魔術を使ったことはありません」

 

 

 ハリーは即答して嘘をついた。当然の対応だった。

 

 

「マクギリス·カローから聞いたよ」

 

「それは彼がそう言っているだけだ。貴方にはそれが本当か嘘かは証明できない筈です。他人の言葉だけで僕を判断するのは間違っている」

 

 

「……それなら、キミが闇の魔法を使った後で殺せばいい。不法侵入したのは君たちだ。そしてその主犯はキミ。悪いのは全部キミなんだからね!」

 

 転入生は、悪意をもってハリーを責め立てる。それが本音なのか、それとも演技なのかハリーには判断がつかない。鳥だったときと全く口調が変わらない陽気さと気安さだったからだ。

 

「私は闇の魔法使いなら別に殺してもいいとさえ思ってる。そう、今ここでキミを殺してもいいと思ってる!」

 

 ハリーは恐怖した。目の前の転入生は、親しみやすいだけでハリーの味方ではない。この聖域を守る、という価値観で動いているだけの何かでしかないのだ。そして同時に激しい怒りも覚えた。

 

(……またか……!)

 

 また、ハリーは判断を間違えた。会話で転入生と和解できると期待した挙げ句、何もできずにいる。

 

「ああ、その表情!憎しみに満ちた表情だ!それでこそ闇の魔法使いだよ!」

 

「……僕を闇の魔法使いとして、殺すって言うんですか。貴方に危害を加えていないのに」

 

 ハリーは怒りで我を失いそうだったが、それでもこの学生の正体が気になっていた。そして同時に、今の言葉で彼女が怒ったり動揺したりすることを期待していた。僅かでも隙が生まれてくれれば好都合だ。

 

 しかし転入生は笑ったままだった。ハリーの期待を裏切って笑い続けた。

 

「それじゃあつまらないだろう?遺跡に不法侵入した罰当たりには、私が罰を下すことになってるんだ。だってここは私の家だからね!……さ!構えてよ、ハリー・ポッター!!おばさんの杖十字会式決闘術と、キミの決闘クラブ式闇の魔術、どっちが強いか決めようか!」

 

「僕は闇の魔法使いになるつもりなんてありません……!」

 

「あろうとなかろうと、キミはもう闇の魔法使いだよ!法律の上ではね!そして闇の魔法使いには、決闘に異議申し立てをする権利はないよ!コーバス!」

 

 ハリーは観念した。転入生が呪文を唱えると、ハリーの体が勝手に動き、杖を構えたのだ。

 

(……杖十字会は聞いたことがある……!決闘クラブの前身だってハーマイオニーが言っていたな。でもこの人は一体何者だ!?)

 

 ハリーの心中の疑問に答えるように、転入生は声を張り上げた。

 

 

「さぁ!選ばれた闇の魔法使いと!古代魔法の継承者との決闘だ!!!!」

 

 




悪いのは全部ハリーなんだからね!


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スリザリンの継承者と古代魔法の継承者

 

 決闘の際、魔法使いは通常、向かい合って互いに礼をしてから戦いを始める。

 

 しかし、転入生にはそんな作法は存在しないようだった。

 

 転入生が杖を振ると、赤い閃光(ステューピファイ)がハリーの頬を掠める。あと数センチで直撃していたことだろう。ハリーは咄嗟に呪文を唱えた。転入生の側の柱に向かって、杖を向ける。

 

「エクソパルソ(爆発せよ)!」

 

 エクソパルソはバジリスクすら殺害した魔法だ。闇の魔術に最も近いカースであり、閃光が到達すれば柱であろうと砕け散るのは確実だった。

 

「プロテゴ トタラム(全体を護れ)」

 

 しかし、転入生はプロテゴの上位技であるプロテゴ トタラムの障壁によってカースを防ぐ。カースクラスの呪文は通常ならばプロテゴを破壊し、使った人間の力量次第では障壁を貫通して効果をもたらすのだが、ハリーの魔法は何ら効果を発揮することなく霧散する。己の魔力の崩壊ををハリーは確かに感じた。そしてそれが決闘開始の合図だった。

 

 ハリーは自分と相手との間にある圧倒的な力量の差を痛感する。カースが通用しないというだけでも絶望的だが、強力な魔法を知っているとか、高い魔力を持つとか、そんな領域では図れない強さが転入生にはあった。それこそ、あの日記のトム·リドルに近い、底知れない何かが。

 

 ハリーは全力で動き回りながら、転入生の動きを予測してステューピファイ(失神)を放とうとする。だが。

 

(速い……!)

 

 転入生の動きは速かった。ただ動き回っているのではなく、目で捉えられないほど瞬時に動く。まるでワープしたかのようにだ。こんな動きは見たことがない。

 

 ハリーは眼鏡をかけている。しかしクィディッチが可能な程度には魔法使いとしては反射神経がよく、高速で移動する物体を捕捉することには慣れている。

 

 

 にもかかわらず、目の前の転入生はハリーの呪文を避ける、避ける。そして気がつけば、ハリーが攻撃されている。ハリーは自分も防壁を展開した。

 

 闇の魔法使いとの戦闘では変身呪文で作り出した擬似生物を自分と相手との間に挟むか、遮蔽物に身を隠すのが鉄則だ。しかしあまりの戦闘スピードに、そんなことをしている余裕はハリーにはなかった。

 

「アクシオ(来るんだ)……へえ、ルーンが使えるんだ?いいね。私も勉強しようかなあ?……そーれ!」

 

「プロテゴ(護れ)!」

 

「遅いよ。レヴィオーソ」

 

 ハリーは防戦一方だった。反撃どころか、呪文を避けることすらできない。転入生のアクシオはアクシオ防止のルーンのお陰で弾かれたものの、赤い閃光によってプロテゴが割られる。間髪入れずに叩き込まれたレヴィオーソによって体勢を失いかける。

 

「リベラコーパス(身体自由!!)」

 

 ハリーは浮かされたことを逆手にとって身体を自在に操り、空から転入生に襲いかかる。飛行術はハリーの得意分野だった。ここではじめて、ハリーが攻撃に転じる可能性が生まれた。

 

 

 しかし攻撃に転じようとしたところで、殺気を感じ、避ける。先程までハリーがいたはずの箇所には亀裂が走っていた。

 

「ディセンドを避けるんだ。可愛いね!!」

 

 高速で飛行するハリーに対しても、転入生はまるで動じていないようだった。むしろ空を飛ぶ敵には慣れていると言わんばかりに、無言ディセンド(落下)でハリーを地面に落とそうとしてくる。

 

「プロテゴ(護れ!)!」

 

(この鳥は一体何なんだ……!?古代魔法って奴を使ってくる素振りもないのに強すぎる……!?)

 

 ハリーはセドリックとの戦闘の時よりさらに必死になっていた。ハリーのプロテゴが、まるで卵の殻でも割るかのようにあっさりと割られるのだ。ディセンドは単なるチャームの筈なのに。

 

「ほうらほらハリー!早く早く(ハリーハリー)!避けてばかりじゃ私には勝てないよ!闇の魔法使いになりたいんだろう!?証明して見せなよ!我こそ最強の闇の魔法使いだってね!」

 

「僕は闇の魔法使いになることを望んでなんかいない!!」

 

「おや?本当にそうかな?」

 

 ハリーがハッとして転入生の顔を見ると、彼女はまた笑っていた。ハーマイオニーの特徴である出っ歯を歪めて笑うその姿は、友人に対する侮辱に感じる。

 

 その笑みを見てハリーは怒りが沸き上がってくる。ハリーは転入生の攻撃を上下左右にかわし、時には回転して逃げながら心を落ち着かせる。

 

(まずい……心を閉じろ……!)

 

 ハリーは自分の中に入り込んでくる転入生の声を振り払った。そうしなければ、たちまち呑まれてしまうことは分かっていたからだ。

 

 状況を打開するために、ハリーは攻撃を試みた。

 

「……アクム(針よ出ろ!)!」

 

 

 ハリーは転入生が移動した先の柱にコンジュレーションをかけ、柱から針を噴出させた。転入生に回避か防御かの隙を作らせなければハリーの勝機はない。そして生まれた僅かな隙をついて、ハリーが直接呪文を当てなければ勝ち目はないのだ。

 

「ディフィンド(切り裂け)!」

 

 さすがというべきか転入生はその場で旋回しながら針を華麗に回避し、ハリーの呪文を斬り裂いた。周囲には柱に使われていた大理石の残骸だけが残る。転入生はレベリオを唱えると、ハリーの方へと向かってくる。

 

 高速で飛ぶハリーに向かって、ハリーより高速で突っ込んできた。それは悪夢のような光景だった。人の形をした災害とも言うべき存在だった。

 

「キミはランロクに比べたら止まって見えるね!鍛え直すべきじゃない?早く早く!」

 

 そして転入生の杖がハリーへと向けられる。

 

(かかった……)

 

 ハリーは自分に向かって突っ込んでくる転入生を見て、勝利を確信した。そう、あえて自分を不利な場所へと誘導していたのだ。

 

(そうだ……!もっと僕に近寄ってこい……!!)

 

 柱から噴出させた針はもうない。しかし、ハリーにはまだ作戦が残っていた。。

 ハリーは障壁(プロテゴ)で身を守りながら、転入生の突撃を待ち受ける。

 

「レヴィオーソ(浮け)!」

 

ハリーは転入生の足元に向けて魔法を放つ。転入生は華麗に回転してかわそうとする。

 ハリーの最後の作戦は、床を動かすというだけの単純なものだった。しかし、転入生は僅かに体勢を崩す。

 

 高い力量を持つ転入生に、ほんの少し隙が生まれる。

 

(今だ……!)

 

「エクスペリアームス!!」

 

「!」

 

 しかし、転入生の方が一枚上手だった。

 

 彼女はあっさりと、ハリーが浮かせて砕けた瓦礫を身代わりにした。ハリーのエクスペリアームスは杖ではなく、瓦礫を奪い取ったに過ぎなかった。基本的な身体能力の差が、戦闘における経験値の差が、魔法使いにおける戦闘での優劣につながる。

 

「惜しいね、ハリー」

 

 転入生は笑顔で称賛し、ハリーは驚きで顔が強張った。

 

 

「でもね!作戦がうまくいかなかったからって動きを止めちゃいけないよ!」

 

「う、わあああああああああ!」

 

 転入生の杖から放たれた呪文にハリーは吹っ飛ばされた。デパルソ(ぶっ飛べ)だ。無言呪文であるにも関わらず、ハリーのプロテゴでは相殺しきれない。転入生がプロテゴの弱い部分を的確に突いたからだ。

 

「あああああああ!」

 

 空中で踏ん張りがきかないハリーは勢いのまま天上に激突し、その衝撃で床に転がり落ちる。床を転がるハリーに向かって転入生が容赦なく追撃をかける。ハリーは無様に逃げるしかできなかった。

 

(プロテゴで防げない……!どうして……!?)

 

「思いどおりにいかずに徹底的にやられる気分はどうだい?さぁ!泣いてみろ!!」

 

「うわあああ……!」

 

 ハリーは床を転がっていく。転入生の杖から放たれた呪文がハリーの体に直撃した。レヴィオーソだ。この次はきっとディセンドが来るとハリーは直感した。

 

「……っ!フィニート(終われっ!)」

 

 

 フィニートによって呪文を解除はしたものの、このままではまずい、とハリーは思った。杖十字会の決闘はどちらかが倒れるまで行われる。ハリーはまだ動けるものの、体中傷だらけだ。頭からは血を流してもいる。対して転入生は傷どころか汚れ一つついていない。彼女はこれをずっと続けたいに決まっているのだ。

 

(勝機はどこにある……!?)

 

 床に倒れたまま動かないハリーに向かって、ゆっくりと歩き始める転入生の足を見ながらハリーは考えを巡らせていた。そしてふと気が付いた。

 

(この人はどうしてステューピファイを使わないんだ?それで僕を倒せるのにどうして?)

 

 

「おや?考え事かな?」

 

「……どうして僕にステューピファイ(失神)を使わないのかと思って」

 

 ハリーは時間稼ぎもかねて、思ったことをそのまま口にだした。床に散らばった回復薬に手を伸ばすが、回復薬の瓶は衝撃で粉々に砕け散っていた。

 

「へえ!まだ考える余裕があるの?おばさんは嬉しいよ。それはね、キミみたいな闇の魔法使いに悪いことはいけないと分からせるためさ!!」

 

(……来ない?)

 

 ハリーが訝しんでいると、転入生は弾むような声で笑った。どうやらハリーは彼女に何かヒントを与えてしまったらしい。

 

(……!)

 

しかし転入生の隙をついて攻撃に移るほどの体力も残されていなかった。

 

「そうかそうか、君にしては考えたじゃないか!さぁて、それじゃあお望み通りに……」

 

ハリーは息を吞んだ。

 

「ボンバーダ!!」

 

 そして容赦なく放たれた爆発呪文。轟音が部屋全体に響き渡る。しかしハリーの体に呪文は当たっていない。

 

(何か来る……!!)

 

 ハリーは咄嗟に頭を覆ったが、転入生は何もしてこない。それどころか、彼女の杖は別の方向を向いている。

 

 天上だった。

 

(!?)

 

「ディセンド!(落ちろ!)」

 

 ハリーは驚きで目を見開く。天井からバラバラと瓦礫が降ってきたのだ。ハリーは全力で魔法を唱えた。

 

「プロテゴマキシマ(全力で護れ!!)!!」

 

「残念」

 

 しかし瓦礫が落ちるスピードの方が速く、ハリーは勢いよく落ちる瓦礫に被弾した。意識が遠のく。

 

「ぐっ……!」

「あははははははは!!どうだい?痛いかい!?苦しいかい!?」

 

 ハリーは何とか起き上がろうとしていたが、既に限界だった。

 

(いや……まだだ!まだやれる……!!バジリスクの毒の痛みに比べたら……!!)

 

 そう思い直し杖を握る手に力を込めた。

 

「……本当にタフだねキミは。私、結構殺す気でやったんだけどな。そろそろ使ってきなよ。キミの大好きな闇の魔術をさ。キミの意志がどれだけ薄弱か、それでわかる」

 

 ハリーの目の前で転入生は笑っていた。ハリーは転入生を睨みつけた。

 

「まだまだ……!僕は闇の魔法使いになる気はないし、今はマグルを差別したいとも思ってない!」

 

「そうこなくっちゃ!じゃあ第二ラウンドと行こうじゃないか!」

 

 転入生はハリーに向けて呪文を放つ。ハリーは咄嗟に左に動き、何とかステューピファイを回避した。

 

 ハリーはまだ、戦える。

 

 古代魔法の継承者に、スリザリンの継承者は立ち向かっていた。戦いはまだ、終わらない。

 




レガシー主人公とハリーではLoveに差がありすぎる。


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百年後の君へ

 

「ステューピファイ デュオ(失神魔法連射)!!」

 

「プロテゴ トタラム(広範囲を護れ)」

 

 ハリーと転入生それぞれの杖から呪文が繰り出される。ハリーの杖からは赤い閃光、転入生の杖からは白い防壁が生まれる。魔法が衝突するたび、耳を劈くような衝撃音が響いた。ハリーは息継ぎをする間も惜しいとばかりに呪文で攻撃した。頭部を負傷したハリーはこれまでのような回避行動は取れない。エピスキー(癒せ)で治療するような間を転入生は与えてはくれない。先手を撃たなければ敗北しかないのだ。

 

 

 

 ハリーにとって幸いなことに、転入生はハリーの魔法の射程外に離れ、物陰に隠れて狙い撃つといった戦法は取らなかった。ハリーは呪文を撃ちながらも、ある思いを強くする。

 

(やっぱりこの人は……!)

 

「エクスペリアームス(武装解除)!」

 

「プロテゴ!!」

 

 何回目かの呪文の撃ち合いのあと、ハリーの集中力は極限まで高まっていた。決闘クラブでの鍛練と、これまでの戦闘経験。そして目の前の遥か格上の敵。

 

 それがハリーの心を奮わせ、燃え上がらせた。不思議なことに、ハリーが高揚すればするほど体は驚くほど研ぎ澄まされ、余計な力も削ぎ落とされ、ハリーの動きは決闘クラブで鍛練した時のそれに近づいていく。

 

 最も無駄のない、洗練された動きに近付いていく。それはまだ発展途上ではあれど、確かな成長の証だった。

 

(エクスペリアームス!)

 

 ハリーは無意識に無言呪文を使っていた。ハリーがそれに成功したのは偶然に過ぎず、ハリー自身は無言呪文に成功したことに気付く余裕すらない。転入生はついにプロテゴではなく、周囲にあった瓦礫によってハリーの魔法を防御した。さらに転入生のロコモータ(動け)によって、ハリーへと瓦礫が迫る。ハリーは無言プロテゴによってこれを防ぐ。雨あられと降り注ぐ瓦礫が、ハリーから魔力を削り取っていく。

 

 ハリーの額は痛んでいる。体は冷静に、ハリーに残りの魔力量を訴えてくる。

 

 

 本能が恐怖に屈し、まだ余力があるうちに、まだ魔力が残っているうちに一か八か闇の魔術を使えと囁く。目の前の敵を燃やして殺してしまいたいと叫んでいる。 

 

 ハリーはそれを、理性でねじ伏せた。

 

(ボンバーダデュオ(二連続爆発)!!)

 

(グレイシアス(凍れ))

 

 

 ハリーの爆発呪文と、転入生のグレイシアス。熱気と冷却の異なる力を持つ無言呪文が空中でぶつかる。産み出されたエネルギーは周囲に大規模な風圧を発生させ、その衝撃でハリーはよろめき、倒れそうになる。しかしハリーは、同時に転入生もバランスを崩したのを見逃さなかった。ハリーは、転入生に杖を向ける。

 

 

(ステューピファイ!!)

 

 無言、かつ最速の赤い光線が吸い込まれるように転入生へと向かう。そして彼女に当たる直前で、彼女は煙のように消える。

 

「今のは危なかったよ、ハリー」

 

 ……いや、瞬間移動のように現れたのだ。転入生は自分の目の前に飛んできた呪文に驚きながらも、冷静に回避して見せた。

 

「やるね……本当に。マクギリス·カローが感心するだけのことはあるよ。これで闇の魔法使いでなければねえ。自分の間違いに気づくのが遅すぎだよ」

 

 転入生は感心したようにハリーへと向き直ると、杖を構えた。ハリーも息を切らしながら杖を構える。

 

(こっちは限界……だけど向こうは万全)

 

 ハリーの視界の端に、転入生と天球儀が見えた。天球儀はあれだけハリーたちが暴れても、何事もなかったかのように鎮座している。。

 

(…………どっちだ……?)

 

 次の一手を読み合う二人の間を冷たい沈黙が支配する。不意に、転入生が動いた。

 

 

「ステューピファイ!」

 

(プロテゴ!)

 

 転入生が放った呪文を、ハリーは無言呪文で相殺した。しかしその瞬間、ハリーの上に巨大な柱が落ちる。

 

「!」

 

 転入生はハリーと魔法の撃ち合いを演じていた、訳ではなかった。彼女はハリーと互角の戦いを演じるふりをしながら、コンジュレーションで瓦礫をまとめて変身させ、攻撃のタイミングを伺っていたのだ。

 

「レダクトマキシマ(粉々に砕けろ!!!)」

 

 ハリーは咄嗟に己に迫る柱へと粉砕呪文を放つ。物体の破壊のみを目的としたレダクト(砕けろ)によって柱は打ち砕かれたが、恐ろしい速さを維持したまま落ちてきた瓦礫がハリーの左足に当たる。ハリーの心を絶望が支配する。

 

(……終わった……かな)

 

 これでもう、ハリーは動くことはできない。転入生はロコモータ(動け)によって、砕けた瓦礫をハリーへとぶつけ、生き埋めにしようとしていた。

 

 ハリーの脳内に、走馬灯のようにこれまでが思い浮かぶ。辛かった記憶ばかりなのに、ホグワーツに来てからの日々は輝いていた。そこで出会った人々の顔がくっきりと思い浮かぶ。ハリーは、アズラエルに黙ってここに来ていたことを思い出した。

 

 

 ハリーの心に、また火が灯った。ハリーはまずはアズラエルに謝らなければならない。次にロンたちにもだ。そのためにここを、生きて出なければならない。

 

 こんなところで、死んでいる場合ではないのだ。それは勇気とは言いがたい。蛇寮らしい、身内に対する友愛と言うべきものだ。そしてハリーにとって、最も幸福な感情だったことは疑いようがなかった。

 

 

「エクスペクト パトローナム(パトローナム召喚!!)」

 

 ハリーは杖を力強く振った。ハリーの思いに、柊の杖はその能力を全力で発揮して応えた。柊と不死鳥の杖は、感情的な魔法使いにみられる組み合わせの杖だ。この杖は不安定な持ち主を象徴するかのように、悪い感情にも、そしてよい感情にも応えてくれる。

 

 

 

 銀色に輝くクスシヘビが現れたかと思うと、それは恐ろしい速さで柱の残骸に体当たりし、魔法によって硬度を増していた瓦礫を粉々にした。

 

 

 ……そして、その瓦礫が床に落ちきる前には。

 

 もうハリーの目の前には転入生がいた。

 

 

 彼女はハリーの召喚した蛇に驚いてはいたが、恐れている様子はない。飄々とした態度でハリーに近づくと、右手で杖を、左手で何かを振りかざす。転入生の左手から繰り出されたのは毒触手草。育ての親以外の生物を獲物とし、触手と毒を繰り出す危険な毒草だった。

 

 ハリーは、毒触手草の禍々しいシルエットに注意を払う間もなく、転入生の呪文が何なのかを気にしなければならなかった。

 

 

 ハリーはその動きでどんな呪文が来るのか分かった。決闘クラブでマクギリスやバナナージといった先輩たちが使っているところをよく見たからだ。転入生の動きはあまりに正確で、杖の動きだけで先を読むことは容易かった。

 

(ディフィンド(裂けろ)だ!)

 

 ハリーは全神経を集中させて、魔法を唱えた。

 

「プロテゴ インセンディオ マキシマ(炎の護りよ、全てを燃やせ!)!」

 

 それは、ハリーの取りうる最大の防御魔法だった。ディフィンドによって繰り出される斬撃を弾き、毒触手草を燃やし、転入生に対する反撃となる一石三丁の最後の手段。毒触手草はハリーに痛痒を与えることなく、触手を炎に焼かれ燃えていく。

 

 が、転入生に隙はない。

 

 彼女はディフィンドが弾かれても、涼しい顔をしていた。己に杖を向けると、まるで炎などどうでもいいという風にこちらへ向かってくる。ハリーは転入生が、自分自身にフレイム インセンディオ(炎よ凍結せよ)をかけたことを悟った。

 

「コンフリンゴ マキシマ(最大爆破)!!」

 

 ハリーはならばと、インセンディオの炎を火種に爆破呪文の風圧と音で転入生にダメージを与えようと試みる。

 

 

 ハリーの爆発呪文が発動する前に、先んじて転入生が動いた。

 

「サラマンダ エグジ(サラマンダーよ出ろ)」

 

 

 転入生は少しだけ冷や汗を流しながら、ハリーの炎に干渉した。プロテゴの炎から、炎の中で生きる魔法生物、サラマンダーが産み出される。

 

 高度なコンジュレーションによって、彼女は炎からサラマンダーを擬似的に作り出したのである。「燃焼」というひとつの現象であり、他人の使った魔法すらも擬似的な生命へと変換することは、変身呪文の真骨頂と言ってよい。まさに古代魔法の継承者と自称するに相応しい魔法だった。

 

 ハリーは思わず、火の中から誕生するサラマンダーの美しさに見とれてしまった。しかしサラマンダーが己に襲いかかる一瞬で、ハリーは現実に引き戻される。

 

 

 

「ロコモータ(動け)!!」

 

 

 

 ハリーはロコモータによってサラマンダーを天球儀へとぶつけた。天球儀はびくともせず、疑似生命体であるサラマンダーは衝撃によって炎となって霧散する。

 

 ハリーの魔力は尽きかけていた。エクスペクトパトローナム、全力の炎の護りと、そして最大出力魔法によって。

 

 

 ハリーは、どさり、とおとを立てて倒れた。手には杖が握り締められている。

 

 転入生が倒れたハリーにとどめを刺そうと近寄る。

 

「……どうだい、ハリー・ポッター。自分の無力さを痛感しただろう」

 

 転入生は瓦礫の上に立ち、ハーマイオニーの顔でハリーを見下した。ハーマイオニーが、テストで百点を取った時のような顔でハリーに勝ち誇る。ハリーにその顔は見えていなかったが。

 

 ……が、ハリーは諦めが悪かった。転入生の周囲に、プロテゴが展開される。

 

 

「!?」

 

 この時、はじめて転入生は驚いた顔をした。ハリーがまだ意識があったことにか、プロテゴを使ったことに対してか。

 

 いずれにせよ、転入生はハリーの次の魔法を避けきれなかった。この勝負ではじめて、ハリーの魔法が転入生に当たった。

 

「リディクラス(馬鹿馬鹿しい)!!」

 

***

 

 ハリーの使った魔法は、リディクラス。対象を己のイメージする馬鹿馬鹿しいものに変化させる、ただそれだけの魔法だ。

 

 しかし、ハーマイオニー·グレンジャーの姿をした転入生にそれは効果抜群だった。ハーマイオニーの横に、赤毛のグリフィンドール生、ロンが現れる。

 

『ハーマイオニー!!毒触手草だ!』

 

「ええっ!どうしよう!?マッチがないわ!ロン、マッチを取ってきてーっ!!」

 

『君はそれでも魔女か!』

 

 ハーマイオニーの顔をした転入生は、そう言うロンに対して反論も出来ずにうなだれることしかできなかった。

 

「転入生先輩。僕は貴方に勝てませんでした。どんな魔法も機転も、新しい戦術も貴方には通じなかった。闇の魔術を使っても勝てなかったと思います。だって貴方は全力を出していないから」

 

 ハリーの言葉に、転入生はうんうんと頷いた。

 

「素直でよろしい。でも。何でリディクラスを使おうと思ったの?」

 

 

「貴方が自分で答えを言ってくれてたからですね」

 

 ハリーは言った。

 

「『自分はボガートみたいなもの』……つまり貴方は、実体を持たないんだ。僕のイメージする一番強い魔女の形を取っているのが貴方だ。だから、リディクラスの影響を受けてしまうんだ。ボガートみたいな生態だから」

 

 ボガートは人の恐怖する姿に変化する。この転入生はボガートとはまた異なり、人のポジティブなイメージに変化するという生態なのだ。

 

 ポジディブなイメージによって産み出されたハーマイオニーならば、ポジディブかつ気が抜けるようなイメージで上書きしてしまえばいい。そうすれば、戦闘能力を削ぐことができるというのがハリーの推測だった。

 

「遅いよ、私に使うのが」

 

 転入生はそう言って微笑んだ。

 

「それとも私がボガートみたいなものだって言ったこと、忘れてた?」

 

 ハリーは己の未熟さを認めた。

 

「はい。途中までは忘れていました。ただ、思い出した時からは半信半疑でした。もしかしたら本体はあの天球儀で、そっちにリディクラスをかけないといけないのかと疑っていました」

 

「うむ。疑わしきはとりあえず確認するのは基本だよね。そういうときはレベリオを使うといいよ。戦闘中でもわりと便利だよ」

 

「肝に銘じます」

 

 神妙な顔で約束するハリーに対して、ウムウムと転入生は頷く。ハリーは逆に転入生に聞いてみたいと思ったことを言った。

 

「……転入生先輩は最後、どうして僕への攻撃をやめたんですか?僕のリディクラスを受ける必要もなかったのにわざと受けましたよね」

 

 ハリーは瓦礫の山から起き上がることが出来ず、寝転んだまま尋ねた。。転入生はハリーに回復薬を投げて寄越すと、少し感心したように言った。

 

「……キミがあれだけ追い詰めても闇の魔術を使わなかったから、かな」

 

 転入生の声には、確かな称賛があった。ハリーは照れ臭くなる気持ちを抑えて強がった。

 

「使おうと思いました。でも、使っても勝てる見込みはなかった。だからリディクラスに賭けました。けどこれは、僕がギミックに気付くまで貴女に接待してもらっただけです」

 

 

 転入生はしかし、ハリーのハリーの自制心を褒めた。

 

「そう自分を卑下しなさんな。闇の魔法使いはねえ、性格のネジ曲がった奴が多いんだ。そいつらとまともに会話していたらね、キレたくなる気持ちはよーくわかる。でも、キレて闇の魔法を使うのはね、良くない」

 

「……分かっているつもりです」

 

 ハリーは闇の魔女に襲撃されたときのことを思い返して言った。使う必要のない魔法を使って、ハリーは汚す必要のない人の尊厳を冒涜したのだから。

 

「純血じゃないとか、バカな親分に楯突いたとかいう意味不明な理屈で攻撃してくる連中を闇の魔術を使って殺したくなる気持ちもわかる。わかるけど、世間的には闇の魔術を使える奴は尊重されないんだ。スリザリンはちょっと違うけどね」

 

 ハリーは今度は真っ直ぐに頷いた。

 

「キミが私を殺したくなるように仕向けて、それに乗って闇の魔術を使ったらアウトだった。闇の魔法使いなんていつの時代もどんな時でも必ず産まれるんだから、そいつらをいちいち殺してたらキリがない。そのうち私みたいになっちゃうぞ」

 

(貴方にはなれないと思います……)

 

 ハリーは思い浮かんだ言葉を飲み込んだ。

 

「……でも、闇の魔術を使うまでもない時、使わなくてもいい時を見極めることが今のキミなら出来る。だからおばさんもキミを信じて瓦礫を落としたよ。闇の魔術なしで生き残れるかどうか試して、キミはちゃんと生き残った。凄かったよ、キミは。よく頑張った」

 

(殺す気がなかった人に言われても実感がないなあ)

 

 ハリーは褒められて嬉しいやら、負けて悔しいやらの気持ちが入り交じっていた。そんなハリーを知ってか知らずか、転入生は羽根を羽ばたかせて部屋の中を飛び回る。いつしか転入生の姿は鳥の姿へと戻っていた。

 

 

「もしもキミの心が折れて傷ついて、何もかもぶっ壊したくなったり闇の魔法使いになりたくなったりしたらさ。今日私にぶっとばされたことを思い出しなよ」

 

「貴女に負けたことをですか?」

 

「そ。どれだけ格好つけたって、大昔の、時代遅れのおばさん一人に勝てなかった闇の魔法使いなんて格好悪いだけだからさ」

 

 ハリーは心外だという気持ちと、転入生という人が基本的には善人なのだろうという思いとで複雑な気分だった。転入生の言うとおり、ハリーは不法侵入した側だ。しっかりとハリーの言い分を聞いた上で説教してくれるというのは、転入生がハリーにかけてくれた温情なのだ。

 

「その時はまた会いに来てもいいですか?」

 

 転入生はうるさいほどに羽根をバタつかせて、部屋中を飛び回った。

 

「……キミってあれだねえ。そのうち刺されるよ?」

 

「どういう意味ですか?」

 

 ハリーを見る転入生の顔に、呆れが浮かんでいるような気がした。ハリーは転入生に、今一度深く礼をした。

 

「今日は、事前にお断りもせず足を踏み入れてしまって申し訳ありませんでした。……けれど、稽古をつけてくださってありがとうございました。転入生先輩の優しさを決して忘れません」

 

 ハリーは負けず嫌いだった。決闘では、決闘クラブのルールに照らし合わせてもハリーの完敗だった。少なくとも、相手の温情で合格したことになっているのは釈然としない。だが、敗者には勝者の決定に異議を唱える権利はない。ことここに至っては認めるしかなかった。ハリーは杖を胸の上に掲げて礼をし、宣言する。

 

「参りました。降参します」

 

「よろしい。それじゃあハリー。試練を突破したキミにはご褒美だ」

 

 転入生はそう言うと、天球儀の上に止まる。転入生の体が淡く輝き出す。

 

「キミに、ご褒美として聖石をあげる。そうだね、あのパトロナスに免じて……」

 

 そして転入生は、淡い輝きを残して消え去った。

 ハリーが周囲を見回すと、部屋の外れに扉が出来ていた。そして、転入生がいなくなった天球儀の側には、紫色に輝く苺のような大きさの宝石があった。

 

 宝石を手に取ると、ハリーの頭に転入生の声が響いた。

 

『サーペンタリウス(蛇使い座)の聖石だ。使う魔法の効果を最大出力(マキシマ)にまで上げてくれるよ。あ、うっかり魔法を制御できなくなる可能性もあるからご利用は計画的にね?』

 

 ハリーは心の底から微笑んだ。その宝石は、ハリーが愛するスリザリンにちなんだ宝石だったからだ。

 

『さあ、みんなのところに戻りな。気を付けてね』

 

「本当に、お世話になりました」

 

 転入生の声がまたハリーの頭に響いた。ハリーは台座に向けて深くお辞儀をすると、新しく出てきた扉に、アロホモラと唱えた。扉は音を立てて開き、ハリーは迷わず扉をくぐった。

 

 





古代魔法入手ならず。
基礎を鍛えまくった奴はどんな状況でも強い。なぜなら基礎がしっかりしてるからこそ咄嗟の場面でも応用が出来るから。


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嫉妬

人を愛するということは、人に嫌われるということ。


 

 

 試練の間を出て、ハリーは他の三人を探した。

 

 

「おー、ハリー!無事だったか」

 

 最初に声をかけてきたのはロンだった。ロンは部屋の真ん中で腕組みをして立ち、周りをキョロキョロと見回していた。部屋にいるのはロンとハリーだけだった。ハリーがロンに他の二人のことを尋ねる前にロンが口を開いた。

 

「あのさ、試練のことなんだけど……あれ?何を持ってんの?」

 

「あぁ、そうだったね」とハリーは思い出した表情をした。

 

「ロンにだけ言うんだけど……。僕、勝っちゃったんだ」

 

 ハリーは嘘をついた。驚くロンの顔はなかなかに見物だった。

 

「えーっ!ほんとに?」

 

「冗談だよ。でもお情けでこれをもらった」

 

 ハリーはロンに転入生から貰った宝石を見せた。それは苺のように紫色に輝く、綺麗な宝石だった。ロンは感嘆の声を上げると、改めて部屋を見回した。

 

「……すげえ綺麗な宝石だな。ハリーはー、あれだろ?あんなわけわかんない奴にやられるわけないよな。だってさ……」

 

 ロンは何か言いたげだったが、言葉を濁した。

 

「……まぁいいや!それよりみんなを探さないと」

 

「それもそうだね」

 

 二人は、部屋中を探し回った。しかし他の二人の姿はどこにも見当たらない。

 

「ザビニとファルカスはどうなったんだろう……ロンの時はどうだった?女の人が出てきただろ?」

 

「ん、ああ。なんか好き勝手なことを言ってくる人だったな。途中から不法侵入者だ!ってキレられて、レヴィオーソで空に浮かされてから、アクシオだの何だので延々とボコられまくったよ。降参したら許してくれたけど」

 

「転入生は簡単にこっちのプロテゴを割ってくるからね。仕方ないよ。僕はたまたま相性が良かったんだ」

 

 

(僕は運が良かったんだな)

 

 とハリーは思った。

 ハリーが曲がりなりにも善戦できたのは、ハリーがアクシオ防止のルーンをローブに刻んでいたのと、たまたま飛行術に優れていて転入生との相性が良かったという幸運もあった。ハリーの内心では、本気のロンと自分とではどちらが強いかは分からないどころか、まだロンの方が強いとすら思っていた。

 

 憧れや尊敬は、時に人の目を曇らせる。

 

 このときのハリーは、それを言われたロンの気持ちに気がつかなかった。

 

「あとは転入生の昔話に付き合わされっぱなしだぜ。何でも、うちの親戚が転入生の時に先生をしてたらしくてさぁ」

 

 ロンはヘラヘラと笑い言った。

 

「……となると……ザビニやファルカスも転入生の長話に付き合わされてる可能性はあるか。ファルカスはお爺さんの話を聞いているのかもしれないね」

 

「かもな。……じゃあ待ってる間に何する?暇だぜ」

 

「このサーペンタリウスの宝石を試してみるってのはどうかな?」

 

「それだ!」

 

 ハリーはロンに聖石を持たせ、ロンは深呼吸をして呪文を唱えた。

 

「ルーモス(光よ)!」

 

 瞬間、ロンの杖先から真っ白な光が爆ぜた。ハリーは咄嗟に目をつむったが、視界が回復するまでに数秒の時を必要とした。

 

「ノックス(闇よ)!!」

 

「ロン!!大丈夫!?」

 

「あ、ああ。目がチカチカする……」

 

「ダフネから貰った目薬がある。使うよ、ロン。上向いて」

 

「あ、ああ」

 

 ハリーは、懐から取り出した目薬をロンに与えた。ロンは二、三回瞬きを繰り返し、ようやく視界が回復したようだった。

そのときだった。ハリーの背後で物音がした。ハリーが振り返ると、そこには背が高くハンサムな黒人の男子生徒が立っていた。その後ろには、細身でブロンドの少年の姿も見える。

 

「ザビニ!ファルカス!!」

 

 ハリーは喜びの声を上げた。

 

「二人とも無事でよかった!」

 

「おう。オメーらも無事で何よりだぜ」

 

 とザビニは素っ気ない返事を返した。ザビニの手には、緑色に輝く宝石があった。

 

「ちょいと時間はかかったがな。……それはなんだ?」

 

 ザビニは、ハリーの手にある聖石を指差した。ハリーは喜んで聖石について説明をした。

 

「蛇使い座の石(サーペンタリウス)か」と、ファルカスが興味深そうに聖石を覗き込んだ。

 

「スリザリンっぽくていいだろう?魔法の出力を上げてくれるらしいんだ」

 

 ハリーは少し胸を張って言った。

 

「それは凄い!ザビニはどんな聖石をゲットしたの?」

 

 ファルカスがザビニに尋ねた。

 

「俺は魚座(パイシーズ)だ」

 

 とザビニは答えた。そしてハリーは、以外だな、と思った。ザビニに魚のイメージはなかった。

 

(一体どんなやり取りがあったんだろう)

 

 ハリーたちは興味津々でザビニの話を聞いた。ザビニによると、顔と口で聖石を勝ち取ったのだと言う。

 

「あの婆さんにはギタギタに叩きのめされたけどよ。俺が婆さんのことを誉めちぎったらなんか知らねえけどすげえいい気になってこれをくれたんだぜ!」

 

 ザビニはニヒルに笑った。

 

「それで、そのパイシーズ(魚座)の聖石はどんな能力なの?」とハリーは聞いた。

 

「名前の通りさ。水中で息ができる。まあ魚だからな」

 

「なるほど」とハリーが頷いた。ロンは何やら納得できなさそうに呟いた。

 

「伝説の聖石ってわりにしょっぱいな……」

 

「使い道はこれから考えればいいだろ。売ってもいいしな」

 

 ザビニは、ケタケタとまた笑った。

 

「それで?ファルカスはどんな試練だったんだい?いきなり襲われた?」

 

 ハリーがファルカスに尋ねた。ファルカスの手には何もなかったが、ロンが手ぶらだったのを見て安心したように口を開いた。。

 

「僕はファーレイ監督生みたいな女性の姿をした人がやってきた。破天荒な人だったね」

 

「僕はハーマイオニーに似た人の姿だった」

 

「俺も」

 

 ハリーとロンは口を揃えて言った。ザビニは自分が見た転入生の姿を明かさなかった。

 

「空の星は魔法で動かせるパズルになっていて、好きな星座を作ることが出来るんだ。遊んでたら、転入生が楽しそうに笑ってきたんだ」

 

 ハリーもロンも驚いた。二人ともそれは初耳だったからだ。

 

「ファルカスはいいところまで行ったんだね」

 

「だけど石は貰えなかった。二人はどうだったの?」

 

 

 ハリーは自分が受けた試練について話した。ロンやザビニはそれを聞いて、やっぱりな、という顔をした。一方ファルカスの方は面白くなさそうな表情をした。

 

「闇の魔術を使ったら闇の魔法使い扱いなんて横暴だよ。使わなきゃやってられない状況だってあるのに」

 

「闇の魔術を使っていいのは命の危機がある闇の魔法使い相手だけだよ。闇の魔術は基本的には使っちゃだめなんだ。ましてや今回は僕らが不法侵入した側なんだから」

 

 さらにハリーは続けた。

 

「でも、僕たちは使わなかった。だから転入生も認めてくれたんだ。そうだろ?」

 

ファルカスは首を横に振った。

 

「僕はさっぱりだよ。聖石はもらえなかった。いきなり杖を向けられたと思ったら、次の瞬間には水をかけられて『グレイシアス(凍れ)』さ。何も出来なかった」

 

 ハリーは驚かなかった。あの転入生は想像通り、全く本気を出していなかったということだ。

 

「転入生相手じゃ仕方ないよ」

 

 

 

「それで、やられっぱなしで降参したのか?」

 

 とザビニがファルカスに言った。

 

「それにしちゃ、長くかかったな」

 

「いいや」

 

 とファルカスが首を振る。

 

「何かやったの?」

 

「別に大したことじゃないよ」

 

 とファルカスは素っ気ない態度だ。しかしロンは、すかさず口を挟んだ。

 

「教えてくれよ。友達だろ?」

 

「……弟子にしてくださいってお願いしてみたんだ」

 

「名案だね」

 

 その手があったか、とハリーは思ったが、ザビニは違った。

 

「どう見てもあのばーさんは天才側だろ。参考にならねーよ」

 

 

「確かに、あの人はルナと双子を足して割らないみたいな天才だよ」

 

「なんだその地獄はよ」

 

 ザビニがハリーの言葉に突っ込んだ。ホグワーツにおける天才と、天災を掛け合わせたかのような存在は恐らくは誰にも制御できないだろう。

 

「だけど、あの人の魔法はとんでもなく正確で綺麗だった。お手本にするにはもってこいだと思うよ、僕は」

 

「でもフラれたよ。僕はフラれっぱなしさ」

 

「まーそう気にすんなって。いい師匠がそのうち見つかるぜ」

 

 ハリーとザビニは大笑いしながら落ち込むファルカスを慰めた。一方、ロンは何かを考えるように黙っていた。

 

 笑い終えてから、ハリーは気を取り直して言う。

 

「古代魔法は手に入らなかったけど、収穫はあったね。聖石二つと、そしてここでの貴重な体験が手に入った」

 

「だな」とロンが言った。

 

「聖石は取った奴が持つってことでいいよな?」

 

 ザビニは不安そうにハリーたちを見渡して言った。ザビニ自身、貴重なマジックアイテムが手に入るとは思っていなかったのだろう。

 

「異議なし」

 

「そりゃそうだよ」

 

「……じゃあ、サーペンタリウスは僕が、パイシーズはザビニが持とう。あんまり見せびらかさないようにしよう」

 

「よっしゃ。んじゃあ、火消しライターを使うぜ。帰ってアズラエルに石を自慢してやる」

 

 

 ザビニがライターをひっくり返すと、赤く煌めく炎がライターから放たれた。ハリーたちは一人、また一人と炎の中に飛び込みながら、寮の部屋へと帰還していった。

 

 こうして、ハリーたちは二つの宝石を手に入れることに成功した。

 

 ハリーは一つをポケットに入れ、もう一つをローブの中にしまった。

 ハリーにとって、二つの聖石は仲間たちとの絆を強く感じさせた。アズラエルに冒険の成果を話しながら、スリザリンの四人組の夜は更けていった。

 

 

 土曜日の朝、魔法でしっかりと防衛措置を施したトランクに聖石をしまったハリーは思う。

 

(この石は、もしかしたら色々なことに応用が効くんじゃないか?魔法の出力を増大させる以外にも、何かに……)

 

 

 だが今はまだこの考えを皆に話す時ではなかった。これから実験を重ねて検証し、少しずつ鍛えていけばいい。ハリーは逸る気持ちを抑えながら、ファルカスと共に大広間へと脚を運ぶのだった。

 

***

 

 一方、火消しライターの火でグリフィンドールの談話室に戻ったロンは、ちょっとした冒険の秘密を部屋の皆に明かしていた。説明しなければ、夜中にどこへ出掛けていたのかとシェーマスやディーンがひどく心配そうな顔になるからだった。

 

 『あの』ハリー・ポッターと一緒になって冒険したと言えば、マグル出身のディーンはともかく、シェーマスなどはとてつもなく驚く。そして、少しの尊敬を込めた目でロンをみてくれる。

 

 それが、ロンにとってはとても嬉しく、同時にそんな自分がとてつもなくみすぼらしく思えてくる。

 

(今日、俺って何が出来たんだ……?)

 

 今日の冒険で、ハリーたちはますます成長していた。ハリーはロンの知らないうちにいつの間にかパトロナスを習得していたどころか、試練を突破して聖石までゲットしてしまった。しかもハリーだけでなく、ザビニもだ。

 

 対して自分は。自分は違った、とロンは思った。いつだって、自分は『特別』にはなれない。

 

 

 転入生は、ロンを怒らせるためにロンの心の弱いところを的確に突いてきた。ロンは、他人の影でしか生きられない。双子に、パーシーに、ハーマイオニーに、あるいはハリーの影としてしか。

 

 それを否定したかった。だが、どうやっても転入生には勝てなかった。本当に才能がある人間の前では、ロンなんて大したことはないという風に。ロンの目の前にいた転入生の姿は、次第にハーマイオニーの姿からハリーへと変わっていった。まるでロンの中の恐怖を膨らませたかのように。

 

 悪夢のような記憶を振り払うように、ロンは寝返りをうった。

 

 

(こんなのはいつものことじゃないか)

 

 自分は目立たない存在として生きてきた。恐らくはこれからも、そうだろう。そうロンは自分自身に言い聞かせる。

 

(それに、ダメだったのは俺だけでもないし……って、こんな想像にファルカスを付き合わせるんじゃねぇよ……)

 

 ロンは自己嫌悪に陥っていた。ファルカスが聖石を手に入れられなかったと聞いて、ロンの頭によぎったのはファルカスへの同情だけではない。自分の同類だという、悪い意味の安心感だ。

 

 だがそれは、ファルカスという友人への侮辱だとロンは分かっていた。ファルカスは、ロンにだけあることを明かしていた。闇祓いになりたいという己の野望を。

 

 

(本気で闇祓いを目指して努力している奴を、自分の安心感のために自分と同類だと見なすなんて恥ずかしくねぇのか)

 

 ロンだって、闇祓いが格好いいと思ったことは、ある。

 

 ただ、闇祓いになれるのはエリートの中のエリートだけだ。それこそパーシーのように12科目もOを取る必要はないが、変身術や呪文学、DADA、さらに薬学という広範な知識と根気が必要な科目でE以上の成績を取ることは最低条件。

 

 平凡なロンでは目指すことすらおこがましいと言える夢だ。それでも、その夢をもう一度みたいと思った。だからファルカスとも仲良くなった。

 

 そんな気持ちすらも裏切っているような気がした。

 

(…………今日は楽しかった。それでいいじゃないか)

 

 ロンはそう自分に言い聞かせながら眠りについた。負のスパイラルに陥りがちなとき、その原因について深く考えない。それが、ロンが13年の人生で獲得したメンタルコントロール技術だった。実際次の日、ロンは何事もなくハリーたちと接することが出来た。

 

 

 少なくとも、表面上は。

 

***

 

 週末、ハリーはホグズミードには行かず、ホグワーツにとどまった。闇の魔法使いを警戒したのもあるが、ダフネとの約束を果たすためだった。

 

 ダフネは金曜日以降、本来の調子を取り戻したかのように見えた。

 ダフネはハリーと目が合うと視線を反らし、あまり多弁にハリーと会話をすることはなかったが、薬学の実験に必要な毒草を採集した後は絵を書いて穏やかに過ごしていた。ハリーはホグワーツ城の湖畔でダフネが絵を描く間、水草の採集や水鳥の観察に勤しんだ。ダフネと会話するのが何となく照れ臭かったが、努めて普段通りに振る舞えるよう意識した。

 

 ダフネに風が当たらないよう魔法で風避けを作ると、ダフネは少し微笑んで風避けを無地から花柄の刺繍が刻まれたものへと変化させた。

 

「うまいね。流石だ」

 

 とハリーが素直に褒めると、ダフネは澄ました顔で言った。

 

「戦闘だけが魔法の全てではないわ。こういうことに使えてこそ一流の魔法使いなのよ」

 

「僕は戦闘したくて決闘クラブに入った訳じゃ……ないとは言えないね、うん」

 

 ハリーはダフネの言葉を認めた。

 

「一年の頃色々あったから、元々自衛のために魔法を学びたかったんだけど、独学だと限界があったんだ。決闘クラブに入れてちゃんとした先生に教えて貰えたのはラッキーだったと思う」

 

「貴方がそうなったのは、ミスタウィーズリーたちと関わったからかしら?それとも、貴方が貴方だったからかしら?」

 

 ダフネは純粋な疑問を問いかけるようにハリーに聞いた。ハリーは、両方だよとダフネに言った。

 

「君が言うように、僕がスリザリンの中で浮いていたから闇の魔法使いに目をつけられたところはある。間違いなくね。けれど、それがなくても僕は狙われていたと思うよ」

 

「今なら、冷静に考えればハリーの言葉も正しいと分かるわ。けれど、やっぱり納得できないの」

 

 ダフネは黒髪を茶色く染めて、三つ編みにしていた。湖畔からふわりと浮かび上がる水草が髪にくっつかないよう手でガードしながら、ダフネはハリーに問いかける。

 

「どうしてミスタウィーズリーのことを気に入ったの?彼は、失礼な言い方でごめんなさい。凡庸な人に見えるわ」

 

 ハリーはダフネに少し苛立ちを覚えたが、ロンの凄さを分かっているのは自分たちだけだと思い直した。スリザリンでは、ライバルであるグリフィンドールの勇敢さは評価されにくい部分もあるのだ。

 

(……ロンのことを分かって貰おうとは思わない。本当にそれが分かるのは、僕たちみたいにロンと一緒に冒険した人たちだけだ)

 

 ハリーから見て、現在も昔も、ロンは変わらずに勇敢だった。そうでなければ、どうしてスリザリン生の方が多いコミュニティの中でやっていけるだろうか。

 

「友達になれると思ったから、……いや、友達になってほしかったからかな」

 

 ハリーは当時のことを思い返しながら言った。

 

「入学式の時にネズミの一件があって、ロンにはどう接すればいいのか分からなくなってた。だけど、ハロウィンの時にロンは大して仲がいいわけでもない子のために、危険な場所へ踏み込んでいった」

 

 

「それはハリーも同じではないの?」

 

「全然違うよ。僕は自分と仲が悪い奴のために助けようなんて思わない」

 

 ダフネはハリーのことを過大評価しているのか、本当かしらという目でハリーを見た。ハリーは、そんなダフネの視線をスルーして言った。

 

「僕にはロンと同じことは出来ない。面白い冗談を言うとかは専門外さ。まぁ、ロンにも僕とまったく同じことは出来ないと思うけど。とにかく、ロンのそういう部分が僕は好きなんだ。友達としてね」

 

 ダフネは少し考えていたようだったが、やがて絵の下書きを書き終えると、ハリーにこう呟いた。

 

「つまりハリーは、ミスタ ウィーズリーをリスペクトしているのね」

 

(……いや……?)

 

 そうだろうか、とハリーは思った。そういう部分はあるのだろうが、それだけでもないと思っている。何となく不適切な気がして、ハリーはダフネの言葉に素直に頷けなかった。

 

「リスペクトって、友情からはちょっと遠くないかな?」

 

「そうかしら?私、そういう関係が少しだけ羨ましいと思うわ。美しくて」

 

 ダフネはそう言うと、また湖畔に視線を落として筆を動かし始めた。ダフネの筆が動く音を聞きながら、ハリーは湖畔で心地よい風を受けていた。

 

「……うん。君がロンのことを認めてくれるなら、それでもいいかな」

 

 ハリーは体を休め、そして心を休めることが出来ていた。恐らくは三年生でもっとも穏やかな一時を、ハリーは、過ごしていた。

 

***

 

 

 闇の魔法使いがホグズミードに出没して以降、ホグワーツではいくつかの変化があった。

 

 まずひとつは、ホグズミードへのディメンターの増員だった。ダンブルドアはディメンターの増員に難色を示したものの、闇の魔法使いの台頭に対してファッジは強硬な姿勢で臨んだ。

 

 ファッジが強気になったのは、闇の魔法使いらしき魔女も、アントニン・ドロホフも、純血派閥ではない犯罪者だったことが原因だった。

 

 純血に連なる一族の人間を捕まえることは、大衆の支持を受けて次の選挙での勝利に繋げやすい。しかし、純血一族の寄付金や政治献金を失えば、魔法省の運営は厳しい。暗黒時代から十年かけてようやく平和と言える環境を手にしたとはいえ、長い不況によって停滞した経済の建て直しには十年という時間では足りず、純血一族からの寄付金は今も魔法省の生命線であった。そのため、資金力のある一族にはギリギリまで手を出したくない、というのがファッジをはじめとした魔法省高官の本音なのだ。

 

 しかし、長期にわたって闇の魔法使いを野放しにしたとなればファッジの支持率は低下する。今回の闇の魔法使いがスリザリン派閥でも、聖28一族でもないとなれば、ファッジも喜んで本気を出せるとばかりに、ダンブルドアの反対を押しきってディメンターの増員を決めた。ダンブルドアに対しては、一部の保護者(ルシウスなど)から強い要望があったからと説明して。

 

 

 そのせいで、ホグズミード周辺は今では濃い霧が立ち込める異常地帯と化していた。休暇中にホグズミードを訪れようという生徒の数も減り、ホグワーツでは学内のイベント、主に週末のクィディッチ対抗戦がストレス発散のための共通の娯楽と化していた。

 

 そんな中、ホグワーツの生徒たち、特に三年生の間ではまことしやかな噂が流れ始めた。流したのは一部のスリザリンの女子生徒だが、ホグワーツの三年生のほとんどが半ば事実としてその話題を認識した。

 

 ハリー・ポッターとダフネ・グリーングラスは特に親しい、と。

 

 何よりもその噂を補強したのが、金曜日に二人揃って授業を休んだ後、影の薄い女子生徒として認識され、非常にグリーングラスの顔に笑顔が戻っていたことだった。ゴシップ好きで想像力があるの生徒たちの口の端に、何かあったんじゃないか、という話題としてハリーとダフネのことが話題に上がるのにそう時間はかからなかった。ハリーはそんな噂を知ることもなく、普段通りせっせとスリザリンのために点数を稼いでいたが。

 

 金曜日のXデー以降、ハリーの魔法の腕は一段と上達したように周囲の生徒たちの目からは見えていた。ハリーにとって長い長いトンネルから抜けた直後であったことや、さらに上を目指すことが出来る目標が見つかったこともあり、

 

 イースター休暇まで残り二週間となった頃には、そんな『噂』は『事実』として認識され、人の口の端にも登らなくなっていた。

 

 そんな現実を、を苦々しく思う生徒もいた。

 

 セオドール·ノットという、細身で寡黙だが目に強い意志を秘めた生徒は、寮の自室でドラコ·マルフォイに自分の考えを述べていた。話題はもちろん、ハリーとダフネの関係についてだ。

 

「ポッターは純血主義を尊重してなどいない。なぜなら奴は半純血だ。だというのにグリーングラスに近付くというのは、明らかな背信行為だ。それは君もよく知っているだろうがな」

 

 セオドールの冷静で的確な指摘に対して、ドラコは狼狽えなかった。

 

(ノットの奴、やけにポッターに拘る……)

 

 ドラコにとってセオドールは、数少ない同等レベルで議論が出来る友人だった。セオドールが感情を出すことは珍しく、もしかしたらグリーングラスに対して特別な感情があったのかもしれないとドラコは何となく察した。

 

「父上も、グリーングラスの父親もそれは承知の上だろうさ。あいつの母親は穢れた血だ。だが、幸いにして死んでいる」

 

 ドラコは残酷にハリーの母親を嘲笑った。そうすることが、純血主義者としては正しいし、目の前のセオドールもそれを望んでいるのだから。ゴイルはなにか言いたそうにしていたが、クラブから口にお菓子を突っ込まれて黙らせられていた。

 

「半純血ではあっても、ポッター家の遺産や英雄としての名声を取り込める方がいいと判断したんだろう」

 

 ドラコの言葉の理屈を、セオドールも理解していたのだろう。ただ、納得が出来ないというだけで。セオドールは心底苦々しげにドラコの言葉に耳を傾けていた。

 

 

(僕たちは何を言ってるんだ。同級生の色事なんて放っておけばいいものを)

 

 ドラコの中の本音では、この手の話題にうんざりしていた。ハリーをどうするの、と聞いてくるスリザリンの同級生は後を絶たない。

 

(はっきり言ってハリーにも、グリーングラスにも大きなお世話だろう)

 

 と思っている。同じことは、今ではハリーのブレインになっているブルーム·アズラエルも思っているだろう。

 

 しかし、スリザリンという寮が持つ思想が、純血主義という一つの宗教が、邪推や悪意を否応なく沸き起こさせる。

 

 ドラコはそれに内心でうんざりしながらも、純血主義者としての立場を取りながら宥めなければならなかった。本当はクィディッチの優勝決定戦まで、クィディッチのことだけを考えていたいのに。

 

「グリーングラス家の名誉はどうなる?あの家はポッターに侮辱されたんだぞ」

 

 ハリーを明らかに下に見た言動に、ドラコは内心で顔をしかめたものの、表面上はにこやかに頷いた。

 

「君の言いたいことは分かるさ。だがな、ポッターは世間的にはすごい奴ってことになっているんだ。学校の怪事件を解決した英雄だってね」

 

「……それは分かる。分かるが」

 

「グリーングラスもそう悪い気分ではないだろう。今のポッターは話題の英雄なのだから。彼女の視点ではむしろ、ポッターの方がこちらに合わせてきた、とも言える」

 

「そんな悠長なことを。ポッターは僕たちを冒涜しているに過ぎない!」

 

「本当に冒涜している連中は僕たちには近付かない」

 

「……ッ……!!」

 

 デスイーターの息子として、自分たちがどういう目で見られているかはドラコもセオドールも理解している。というよりは、ホグワーツでの生活で理解させられた。頭の芯から分かったわけではないが、自分たちが尊敬などされておらず、殺意すら抱かれるほどに憎まれていることもだ。

 

 ハリーが、それを気にしていないこともだ。気にしていればスリザリンには入らない。

 

「ポッターがどういう立場を取っていようと、世間の連中は僕たち純血の人間を憎んでいる。あいつも直に分かるさ。グリーングラス家と付き合うことで、世間があいつのことをどう見るかをね。僕たちがどれだけ忌み嫌われているのか、これから知っていくことになる」

 

 

 だからグリーングラス家については心配するな、というドラコの言葉に、セオドールは納得したふりをした。高級な毛布を被り、ニーズルの毛で覆われた安眠枕に頭を置いて眠ったふりをした。

 

 

 セオドールはハリーへの怒りで、とても眠れたものではなかった。

 

 

 ハリーが、よりによってダフネ·グリーングラスに対して手を出したこと、だけではない。

 

 

 グリーングラス家はノット家が提唱した"確実に純血と断言できる28の一族"の一つだ。だからノットも幼い頃からダフネとの交流はあった。

 

 社交界で強く自己を主張せず、日陰に咲く花のように微かに儚く笑うダフネが、セオドールは好きだった。そう、好きだったのだとはじめて自覚した。

 

 彼は、は自分が好きだという思いを、自覚することが出来なかった。何故なら、グリーングラス家は純血ではあるものの、致命的な欠陥があったから。

 

 血の呪い。

 

 親から子供へと継承されてしまう確率がある疾患。これがあるだけで、グリーングラス家は富や権力があれど、聖28一族のなかで高い序列を得ることは許されない。子孫に呪いが引き継がれてしまうかもしれないからだ。グリーングラス家の血は濃い。聖28一族同士でも、結婚相手を見つけるのが難しい家なのだ。

 

 幼いながら聡明な少年だったノットは、世界の現実を朧気に理解した。理解できてしまった、という方が正しい。

 

 そんなセオドールが、何よりも赦しがたかったのは。

 

 

 ダフネ·グリーングラスという少女が、変わっていっているということだった。恐らくは、ハリー・ポッターの影響で。

 

 ダフネはあれほど快活に笑う人ではなかった。

 

 あれほど感情豊かではなかった。

 

 ……あれほど、心の底から楽しそうなダフネの姿など見たことがなかった。

 

 

 そんなダフネの姿を見る度に、セオドールは思う。胸の奥に、どす黒い感情が沸き上がってくる。それはとめどなく、呪いのように一人の少年の心を満たしていった。

 

 

(今は笑っていろ。呑気に、何も気にせず間抜け面を晒して笑っていろハリー・ポッター。いつか必ず。お前を殺してやる。殺してやるぞハリー・ポッター)

 

 

 黒い殺意を滾らせながら、セオドールはドラコに毒を撒く。いつかドラコにも、ハリーへの疑念が育ち、やがて敵意へと変わり、それがどす黒い殺意へと実るように。

 

 

「ポッターを味方に引き入れる、か。上手く行くといいがな……」

 

「僕の父上が間違っているというのか、セオドール」

 

「いいや。君の父上は寛大な御方だ。ただ、僕は奴がスリザリンに来た理由を考えていた」

 

「理由、ねぇ。間違いなく蛇語だろうさ」

 

「ポッターは復讐のために、スリザリンに入ったのだと思わないか、ドラコ」

 

 

 ドラコはセオドールの言葉に対して、少しだけ間があった。少しの間の後、セオドールの言葉を笑い飛ばした。

 

「ポッター一人で何が出来る。スリザリンは僕たちのものさ、ノット」

 

 




幼馴染(というにはノットとダフネの間の縁はあまりにも薄かったけど)の間に挟まるハリー。
ジェームズポイントプラス100点!スネイプポイントマイナス100点!!スリザリンは百点減点!


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ルーピンと過去の遺物

今回は時系列でいうとドラコとノットとの会話の前辺りです。


 

 

 

 ホグワーツの教職員に与えられた研究室の一室で、リーマス·ルーピンは一つの宝石を杖で叩いていた。

 

 その宝石は琥珀色に輝いていたが、リーマスが二回、そっと撫でるように杖で叩くと、女性の甲高い声を発した。

 

『やぁ元気?私は元気!ところで貴方はだあれ?』

 

「ルーピンです、ミセス」

 

『ああ、ルーピン。リーマスね。例の子達はどう?元気してる?』

 

「ええ、ハリーたちは健やかに日々を過ごしています」

 

 リーマスはその琥珀色の宝石に向かって丁寧に頭を下げていた。決してその宝石を下に置かない。その宝石はふわふわと机から宙に浮き上がると、リーマスと同じ目線になった。この琥珀色の宝石の名前は、ジェミニ。二対で一つの扱いとなる。その効果は単純で、ジェミニの片割れとなる宝石を持つものといつどこでも会話が出来るというものだ。距離の制限はない。リーマスの学生時代に、リリー·エパンズと二人で取得した思い出の品でもあった。

 

『まぁ!それはよかった。私、久しぶりの来客だったもんで嬉しくてね。加減がきかずにやり過ぎちゃったかな?と反省してたんだ』

 

「彼らは、敗北も日々の糧に出来る子供たちですよ」

 

『青春だねえ。リーマスはどんな気分?昔を思い出したりしちゃう?』

 

「私の世代はもっと殺伐としていましたよ。それこそ、グリフィンドール生とスリザリン生が手を取り合って冒険するなんて考えられませんでした。……いい時代になったと思います」

 

『うーん、おばさんの時代はもう少し健全だったんだけどねー』

 

「以前うかがった、貴女とダンブルドア先生との冒険ですか」

 

『そうそう。一年生のアルバスはねー、凄くちっちゃくて可愛かったんだよー。グリフィンドールにしとくのが勿体ないくらいだった』

 

「ダンブルドアの子供時代は、私には想像も出来ません」

 

『誰にも少年時代はあるものさ。君もそうだったようにね』

 琥珀色の宝石を通して、二人の会話は続く。それはジェミニの特性であった。ジェミニは相手の心が読めるわけではない。しかし、その会話の声色やリズムから感情を読み取ることは出来る。

 スリザリン生でありながらダンブルドアの信頼を勝ち取り、奇妙な信頼関係を築いたかつての転入生の名残がその声からは伝わってくる。

 

(……いい時代、か。俺たちの時代が暗黒時代でさえなければ、シリウスはどうだっただろうか)

 

 話をしながら、リーマスの頭にふとそんな思いが過る。

 

(……シリウスは間違いなくグリフィンドールだったはずだ。そしてスリザリン生と対立していただろうな)

 

 リーマスはそう結論付けた。今のシリウスならばまだしも、学生時代の、ブラック家の環境と過剰な教育方針、純血主義に反発し、正義感に溢れていたシリウスが清濁のうち濁の割合が多いスリザリン生と協調できたとは思えなかった。

 

 

 

 

 

 ひとしきり転入生の長話に付き合ったリーマスは、転入生がポツリと漏らした言葉を聞き届けた。

 

『アルバスも、今回のことは承知済みだよね?』

 

「勿論です。ハリーたちがいつ訪れてもいいように森を整えておきましたから」

 

 禁じられた森の生態系のなかで、ハリーたちに対応が難しいと思われた森トロルや、アクロマンチュラは探索ルートにかち合わないように二週間に一度、リーマスが誘導していた。

 

 森の管理はハグリッドもやっていることだが、ハグリッドだけでは手が回らない部分もある。聖域の周辺はリーマスもよく知っていたので、問題なく管理することができた。

 

 

『……アルバスに伝えてよ。君の目論み通り、あの子供たち……ハリー、ブレーズ、ロナルド、ファルカスの四人は古代魔法の才能がなかったってね』

 

 琥珀色の宝石はなおも言葉を続ける。

 

 

『アルバスが古代魔法を探索することを大っぴらに許すなんてあんまり無いことだ。アルバスは思い上がったガキが何よりも嫌いだ。古代魔法なんてものを中学生の子供に持たせたらどうなるかなんて、火を見るより明らかだからね』

 

 

 

「……中学生には過剰な力だというのは仰る通りです。私は実際にそれを見たことはありませんが、貴女が言うのであればそうなのでしょう。ハリーたちの現状を考えれば、古代魔法は闇の魔術の代替手段としてはありだったと思いますが。古代魔法の痕跡が見えなかったのであれば、ハリーたちが手にすべきではなかったということなのでしょう」

 

 リーマスは転入生の言葉に同意したものの、本心ではハリーたちが古代魔法を得られるとは思っていなかった。リーマスの知る限り、転入生が残した古代魔法の痕跡を視認できた魔法使いはいない。リーマスは、ハリーたちが古代魔法の継承者になることは期待していなかった。転入生の基礎魔法を見せつけて、ハリーたちが普通の魔法や学業により身を入れることを期待していたのである。

 

 実際、ハリーたち、特にハリーの基礎魔法の腕は確実に向上していた。地道な訓練こそが上達のために必要なことで、それは古代魔法や、ましてや闇の魔術という『特別』な力を求めるだけでは手に入らない。それを実感させるために、転入生に力を借りたのである。

 

 リーマスでも、フリットウィックでも、あるいは七年生の誰かであっても出来たことかもしれない。

 しかし、能動的に起こした行動の結果として得た教訓は、案外子供の心に残り続けるものなのだ。だからこそ、リーマスは転入生というハリーたちにとってのイレギュラーに、ハリーたちに体験させたのである。

 

 

 リーマスの言葉に、琥珀色の宝石は笑った。

 心の底から可笑しそうに、大声で笑った。

 

『ま、私の後継者が現れたら私はお役御免になっちゃうからいいんだけどね』

 

「そうならないことを祈っています」

 

 ジェミニはうんうんとリーマスの言葉に頷いた。

 

『ま、アルバスに伝えてよ。私の見る限り、ハリー・ポッターは闇の魔法使いになることはない。少なくとも今のところは、ね。おばさんが何かするまでもなく、あの子は成長していたみたいだ』

 

「ええ」

 

『私ねー、ハリーのタフさにはビックリしたんだよ。平均的な魔法使いなら三日は入院する勢いで痛め付け続けたのに、すぐに立ち上がってくるの。いやー、信じられないガッツだったねえ』

 

(……?ハリーが……?)

 

 リーマスは転入生の言葉に眉を上げた。転入生の魔法は、基礎魔法とはいえ延々と受け続けても大丈夫なものではない。しかしリーマスは、転入生がハリーたちと邂逅した次の日の朝にハリーが何事もなく元気に活動していたのを目撃している。

 

(どういうことか、ダンブルドアに訊いてみるか)

 

 しかし、リーマスはダンブルドアから正しい答えを得ることは出来なかった。ハリーが異様に頑丈である、という転入生の報告について、ダンブルドアは私にも分からないと答えたのである。

 

『……それから。ファルカス君とかロン君とかにはもう少し配慮が必要かな。おばさんから見たらハリー君と大差ない子供だけど、色々と思春期の悩みがあるみたいだし』

 

「ええ。確かに」

 

(思春期らしい悩みか。……あの二人ならば乗り越えられるだろうが)

 

 リーマスから見て、今名前が上がった二人はどちらも似たタイプではあった。ただ、ファルカスの方はロンよりさらに上昇志向が強く、オーバーワークの傾向があった。

 

(……私はまずミスタ サダルファスに声をかけてみるか)

 

 リーマスはそう考えつつ、名前の上がらなかった残りの一人について問いかけた。

 

「ミスタ ザビニはどうでしたか?」

 

『あの子はねー、ガキぶってるけどマセてる。わりと大人だね』

 

(……)

 

「それは一体どういうことです?」

 

『もうねー、私のことをもんのすごく褒めてくれるの!そりゃあね、私はあの子の望み通りの姿になってたわけだけど、あそこまで褒められたら悪い気はしないよ!いやぁ、将来が楽しみだねえ!』

 

(……この人は、まったく……)

 

 リーマスは呆れて声が出なかった。転入生の人格からすれば子供を相手にしてなにを言っているのだろうか。

 

『最後に、もし、万が一よ。あの子に言い寄られたとしたら、おばさんはどうしたらいいと思う?』

 

「全力で止めます」

 

 リーマスのその答えを聞いた転入生は心底嬉しそうな声をあげた。どうやらこの答えは正解だったようだ。リーマスが呆れて話題を変えようとすると、琥珀色の宝石から笑い声が漏れる。

 

 

『あの子も間近で色んなものを見て葛藤してるんだけど、いい方向に進んでると思うよ。私からすると、あの四人の中だと一番安定感があるね』

 

「それは嬉しいことです」

 

 リーマスは心の底から言った。ブレーズ·ザビニは身内に不幸があったばかりで、彼には不名誉なレッテルがつきまとう。そんな少年が、健やかな精神状態でいることをリーマスが喜ばないわけはなかった。

 

『いやぁ、久しぶりに若い子供たちが見れて楽しかったよ!!んじゃ伝言の件よろしく頼んだよ!あとね、またここに来たいって子がいたらそのときは宜しくね!杖を振って出迎えるから!』

 

「分かりました。……それでは、いい夜を」

 

『いい夜を、リーマス』

 

 琥珀色の宝石はそう言い残して静かになった。リーマスは宝石を己のトランクの中にしまうと、ダンブルドアへと報告に向かうのだった。

 



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偽りの平和

ファルカスのタロット占い
コリン→愚者
ルナ→月
トンクス→太陽

リタ·スキータ→塔


 

 週末の土曜日、ハリーは決闘クラブで、アフロ姿になって登場したコリン·クリーピーを迎えていた。コリンの異様な変化にザビニとロンが爆笑するなかで、ハリーはポーカーフェイスを保たねばならなかった。

 

「やぁコリン。どうしたんだい、その髪型は?」

 

「ルナと一緒に冒険をして、ひとつ上の経験をしてきました!似合ってますか?」

 

「うん。似合ってる似合ってる。たわしみたいだよ」

 

 ハリーが適当に誉めると嬉しそうな顔をするコリンに、ハリーは少し心配になった。

 

(君はそれでいいのか、コリン……アフロって維持するの大変だろうに……)

 

「アフロになることがひとつ上の経験になんのかよっていうかお前アフロになれるほどの髪の量じゃなかったろそれどんな魔法だオイ」

 

「魔法の本の中で美容師さんに整えてもらいました」

 

 コリンの話によれば、必要の部屋のなかでルナが見つけた本の中に閉じ込められ、中の世界を探索していたのだという。

 

「その本は?」

 

 ホグワーツ内部には隠し通路や隠し部屋、そして生徒を殺しかねないようなアイテムが至るところにある。三年生のはじめにレイブンクローのダイアデムを発見したときを思い出したハリーは念のためにコリンに確認した。

 

「ダンブルドアに渡しました!」

 

「本当に良くやったね。偉いよ二人とも」

 

 ルナはライオンの形の帽子を身に付け、誇らしげに杖を掲げた。

 

「いあ、いあー。冒険には勇気とアフロが付き物なんんだよ。ホグワーツにはスリルと興奮がいっぱいで楽しいね」

 

 突然異空間に閉じ込められたにしてはまったく普段と変わらないルナを見て、ハリーは呆気に取られていた。

 

 

(……もしかしたらこいつらなら古代魔法も入手できたんじゃないか……)

 

 ハリーはのほほんとした表情で本の中のちょっとした冒険を語るルナとコリンを見ていると、将来大物になりそうだという予感にとらわれた。好奇心の強いコリンと、センスのあるルナならばハリーたちの冒険に負けず劣らない冒険を繰り広げてくれるだろう。それに耐えうるだけの実力は必要だが、それはこれから身に付けていけばいいことだった。

 

「……気のせいでしょうか。ルナを見ていると胃がひりつくような感覚があるんです。ルナは大丈夫でしょうか……」

 

 アズラエルはルナを見てそう呟いた。

 

「アズラエルの気のせいじゃないの?」

 

「なんか変な魔法とか宗教に関わってないかって不安になるんですよ。いあー、とか、いかにも怪しげな掛け声じゃありませんか。まぁ、僕の気のせいだと思いますけどね」

 

 

「きっと考えすぎだよ。ルナがおかしいのはいつものことじゃないか」

 

 ファルカスはルナよりもアズラエルの方に心配そうな視線を向けた。ハリーもじっとルナを観察したが、別段おかしなところは感じられない。

 

(確かにコリンの髪型はおかしなことになったけど、調子は普段通りの健康そのものだ。人をおかしくする魔法なんて、そうそうあるもんじゃ……)

 

(……いや、あるな、この世には)

 

 ハリーはダフネを思い返した。命の危機は人を変える。普通だった人も、何かのきっかけ次第で簡単に変な方向に進むことはある。ハリーが闇の魔法使いになったようにだ。

 

(二人は大丈夫だろう)

 

 ハリーやダフネに比べると、ルナもコリンも健全そのもので、顔色も口調も普段通りに見えた。

 

「だといいんですけどねえ。僕の気のせいであることを祈ります」

 

 アズラエルも自らの杞憂であることを認めた。ザビニはコリンのアフロに手を突っ込んで遊びながら二人に言った。

 

「ルナがおかしいのはいつものことだろ。ここのところお前らの影が薄かったのは、二人で冒険してたからってことか?」

 

「だって、ここ最近は皆ホグズミードに行っちゃって構ってくれないんだもの」

 

 ルナは少し拗ねたように言った。

 

「拗ねんなよ……ったく。しょうがねえな。今ホグズミードは霧まみれで陰気だからここにいるんだ。ほら、なんか覚えたい魔法とかあったら言ってみな。俺が知ってる奴だったら教えてやる」

 

「ザビニが駄目だったら私にも聞いてね。教えられるものがあれば、私がやってみせるから」

 

「本当!?ありがとうザビ兄!ハーマイオニー!!」

 

「結構慕われているわね、ザビニは」

 

 ハリーはそう言ってからかった。ザビニはやれやれとため息をついた。

 

「俺はこいつの兄になった覚えはねぇよ……」

 

 スキップしながら訓練場に足を運ぶルナたちを見送って、ハリーもコリンに声をかけた。

 

「じゃあ、コリン。僕やロンと一緒に訓練をするかい?」

 

 コリンの顔が明るくなった。トレードマークのカメラに手を伸ばしたので、ハリーは手でそれを制した。

 

「カメラは無し。いいね?」

 

「はい!あ、ハリー先輩。その前にちょっといいですか?」

 

「いいよ、どうしたの?」

 

 コリンはキョロキョロと周囲を見渡し、辺りにハリーたち以外の生徒が居ないことを確認した。人に聞かれてはまずいかもしれないという配慮が出来るようになったのだとハリーは思い、コリンの成長に胸があつくなった。

 

 

「……あの、ハリー先輩がダフネ·グリーングラス先輩と付き合っているって噂があるんですけど、本当ですか?」

 

 コリンは十分に声を潜めていたが、ここで大声をあげる人間がいた。

 

 ロンだった。ロンは全く予想外だったらしい。

 

(うん、そうだね。ロンはそうだよね)

 

「……え!?」

 

「ロン、まさか君……」

 

「シレンシオ(静かに)。練習の邪魔をしてすみません。続けてください」

 

 ロンが驚きのあまり大声をあげるので、周囲の部員たちは何事かとハリーたちの方を向いた。アズラエルは呆れ、ファルカスはロンに対して怒りのシレンシオを与えた。

 

 ハリーは耳が赤くなるのを感じた。コリンの言葉が決闘クラブのメンバーに聞こえていなければいいのだが。

 

 決闘クラブの活動中は、恋愛沙汰も政治活動もご法度である。実際にはメンバー同士で付き合っているというのも珍しくないが、少なくとも部活の間は自粛するようにと決まっている。過去に恋愛沙汰で部が崩壊しかけたからというのが、現在の部長であるバナナージの言葉だった。

 

「……さぁどうだろうね。そういう噂は誇張されるものだよ、コリン。噂に左右されるのは良くないと思うな」

 

 ハリーは占い学で培った曖昧な言葉を使い、コリンを煙にまこうとする。コリンはほっと胸を撫で下ろした。

 

「そうなんですか、良かったです。おめでとうございます!」

 

「いや、だからね。そういう訳じゃないんだよ。……声を落として」

 

 コリンがヒートアップしそうだったので、ハリーはコリンを指で制した。コリンはこくりと頷くと、続けて言った。

 

「先輩がそう仰られるのであれば良かったです。最近先輩とか、グリーングラス先輩に関する変な噂が流れてて、僕心配だったんです!」

 

「噂か。どんなものだい?」

 

「先輩もグリーングラス先輩も純血主義だっていう根も葉もない噂です。僕、先輩が純血主義者と付き合ってるっていう奴を一人とっちめてやったんですよ!」

 

「待てコリン。とっちめた?魔法で?」

 

 

「はい。ハリー先輩もグリーングラス先輩も純血主義で、スリザリンのことも悪く言ってる奴が居て。僕、頭に来ちゃって……」

 

 ハリーの裏で、ロンの表情はだんだんと曇っていった。ハリーはコリンを優しく諭さなければならなかった。

 

「コリン。僕のために怒ってくれたのは嬉しいよ。でもね、そういう連中は好き勝手に人のことを想像して遊びたいだけで、僕らを貶めようとは思ってないんだ。暴力で黙らせるなんてことをするのは良くない」

 

 ハリーがそうコリンを諭すことで、コリンは納得したような顔をした。

 

「はい!……あ、でも昔、バナナージ先輩もマーセナス先輩を倒されたんですよね?」

 

 ハリーは顔をしかめた。かつてのリカルド·マーセナスは素行が悪く、スリザリン以外の三寮生から嫌われた挙げ句とうとうバナナージ先輩の怒りを買って叩きのめされたという過去を持つ。ホグワーツでは双子とモンタギュー等の抗争じみた争いを繰り広げる生徒は珍しくないが、自分がその火種になるのは気分のいいものではなかった。

 

「それとこれとは話が別だよ。ただ噂をしていただけの人を倒して、それで君の立場が悪くなったら僕が悲しくなる。そういうことは、笑って受け流してくれ」

 

 コリンはハリーの言葉に納得していたものの、ハリーは内心でどうしたものかと思っていた。

 

(……まぁ僕は素行不良だから何を言われても仕方ない。自業自得だ。だけど、ダフネやスリザリンまで悪く言われるのはな……)

 

 ハリーの自己評価は低い。この噂はハリー自体の評判を落としているのだが、今のハリーが気になっているのはスリザリンとダフネの評判だった。

 

(……去年あれだけ頑張って秘密の部屋事件を解決したのに。スリザリンやダフネがこんなことで評価を下げるなんて……)

 

 ハリーたちには知る由もないが、この噂の出所がスリザリンの女子たちであることも噂の信憑性を裏付けていた。なんと言ってもダフネは純血で、しかも一度純血主義の黒ミサに参加している。純血主義者だと喧伝しても問題ないと思ったスリザリン三年生の女子たちを中心とした噂は下級生、上級生にまで広がっていた。

 

 

 

(……これは……まずいかもしれませんね……)

 

 

 アズラエルは事態が徐々に悪い方向に傾いていることを察していた。ハリーはアズラエルと、そしてハーマイオニーに声をかけ、思い付いた対策を話した。

 

***

 

「噂をどうにか沈静化させたい?」

 

「そうなんだ。根も葉もない噂が流れていて困ってる」

 

 ハリーはハーマイオニーに少し嘘をついた。ダフネが純血主義に染まりかけたことは本当で、実際に差別用語を口にしたこともハリーは見た。ただ、それがスリザリンの外に漏れる前に何とか食い止めることができただけだ。

 

 ハリーはダフネから、学校での生活とスリザリンでの生活を両立したいとも言われていた。

 

 

『……別に、他の寮生と喧嘩をしたいと思っているわけではないの』

 

 ダフネはハリーに本音を打ち明けてくれた。

 

『ただ、平穏に過ごせればそれでいいと思うのよ。競争して勝つ以上は敵は蹴落とさなければならないし、そのために手段を選ばないのは当たり前だとわかっているわ。けれど。……あそこまですることは……』

 

 ハリーはそれが綺麗事だと分かっていた。実際に闇の魔術に手を染めなければ生き残れなかったのだから。それでも、ハリーはその綺麗事を守りたいと思った。

 

 笑ってしまうほど矛盾した綺麗事があったから、ハリーは生き残っているのだから。

 

 だからハリーは嘘をつく。スリザリンがたとえ純血主義の巣窟だとしても、中にいるダフネのような『普通の』スリザリン生が時に純血主義に染まってしまうとしても、そのほとんどは、本当は排斥などしたくはないのだから。

 

「噂に対する対応としては、コリンに言ったようにスルーするのがひとつ。……あと考えられる手段としては、別のゴシップを用意することでしょうかねえ」

 

 

 アズラエルはハリーにそう言った。

 

「別の面白そうな話題ってことかい?」

 

「ええ。噂で盛り上がる人たちは、君も言ってましたけど娯楽として盛り上がっている人たちがほとんどですからねえ。例えばそれが嘘だったとしても、面白そうな話題があれば食いついてハリーやミス グリーングラスへの関心は薄れるでしょう」

 

「なるほどね。一理ある。流石はアズラエルだ。どんな噂を立てるか、だね」

 

 ハリーはダーズリー家での生活を思い返した。

 

(ペチュニアおばさんは朝に政治家が不倫した記事を熱心に読み込んでいたかと思えば夜には人気俳優が浮気したというニュースに耳を傾けていたもんな)

 

 何か面白そうな話題が他にあれば、ハリーたちの関心は別の方向に向く。それは分かる話だった。

 

 

「ねぇハリー。ロンから聞いたけれど、貴方はもうパトロナスを使えるのよね?」

 

 そこで、ハーマイオニーが思わぬ提案をした。

 

「決闘クラブの皆の前でパトロナスを披露するのはどうかしら。ハリーが純血主義者だと噂する人間たちも、ハリーのことを悪意をもって見ている人たちも、ハリーがパトロナスを使えると分かれば一目置くと思うのよ」

 

 ハーマイオニーはパトロナスの権威を利用するという手段を思い付いた。ハリーは名案だとハーマイオニーを褒め称えた。

 

「パトロナスは正義の魔法使いの象徴だからかい?冴えてるね、ハーマイオニー」

 

「実際には必ずしも正しいとは限らないってバナナージ先輩も仰っているけれど、そう考える人が多いのは確かよ。私たち魔法使いの迷信深さを利用しましょう。ラベンダー……ゴシップが好きな子に心当たりもあるわ」

 

「フリットウィック教授は魔法を誇示することはあまり好まれませんから、クラブの身内にだけ披露して、コリンのようなゴシップ好きの生徒が噂を広げて徐々に浸透させていくのがベターでしょうね。……ですがハリー、衆人環境の中でパトロナスを出すのってキツくありませんか?」

 

「全校生徒の前でクィディッチをすることに比べたらなんてことないよ、アズラエル」

 

 

「成る程。愚問でしたね」

 

 

 アズラエルに大言壮語した通り、ハリーは決闘クラブの部員たちの前でエクスペクト パトローナム(パトロナス召喚)を披露した。銀色に輝くクスシヘビを見たマクギリスが喜びに震え、ハリーが蛇を出したことではじめてガーフィールはハリーを手放しで褒めた。ハリーにとって幸福な思い出がまたひとつ増えた。

 

 

 ハーマイオニーグレンジャーとブルームアズラエルというハリーの友人たちの助力、そしてゴシップ好きなインフルエンサーたちの力もあり、ホグワーツに蔓延していた噂は徐々に鎮静化していった。ハリーたちは束の間の平和を満喫することができた。

 

***

 

 

 

 明日がイースター休暇となる日、魔法界に激震が走った。

 

 

「ドロホフと指名手配犯の魔女が死んだって?」

 

「そうなんじゃないかって噂ですよ。ディリープロフィットの記事にはそう書いてありますけど、魔法省はまだ公式見解を出していません」

 

 

 その日の朝刊には、指名手配されていた闇の魔法使いアントニン・ドロホフと、シオニー・シトレという闇の魔女の写真が掲載されていた。ハリーはアズラエルから新聞を借りると、朝食にも手をつけず記事を読み込んだ。ハリーのとなりで、ファルカスも新聞を覗き込んでいる。

 

「ノクターン横丁の古書専門店において、死亡している二人を新聞社所属の記者が発見した。記者はすぐさま遺体が指名手配犯であることを確認した……」

 

「魔法省に通報するよりも記事にする方を優先してそうだよね、ここの新聞社は」

 

 ファルカスは軽蔑を含んだ声をあげた。ザビニはそれに同調した。

 

「ま、新聞記者は目の前で特ダネに出くわしたとしか思ってねえだろうよ。それで食ってるんだからな。けど、これでイースター休暇は大手を振って出歩けるぜ。良かったじゃねえか、ハリー」

 

 

 

 

 ハリーの返事に覇気がないことにザビニは気付いた。ハリーは自分の朝食には目もくれず、ドロホフとシトレの写真を見つめていたのである。

 

「何だ、気になるのかよ?自分の手で捕まえられなくてガッカリしたか?」

 

「……いや。気持ちが軽くなったよ。ただ、呆気なさ過ぎてちょっと違和感があるだけなんだ」

 

「手柄を挙げられなくて残念だったな。闇の魔法使いなんて、結局のところ自分勝手な奴らだぜ。仲間割れして両者死亡なんてこと、珍しくもねえだろ」

 

 ザビニは軽い口調で言いながら、朝食のグリーンピースを口に流し込んだ。ザビニにしてみれば、ハリーが襲われる心配が無くなったと言うだけで万々歳なのだ。ハリーのついでに自分達が襲われる可能性もなくなったということなのだから。

 

「ハリー、ブルームの記事だぜ、そいつは。さっさとブルームに返してやれよ」

 

「あ、ああ。そうだね。ありがとうアズラエル」

 

「いえいえ。これでディメンターがホグズミードから居なくなると思うと清々しますね」

 

 ハリーは胸中に違和感を感じはしたが、皆に合わせて朝食を胃袋に流し込んだ。

 

 何はともあれ脅威が一つ減ったのだ。イースター休暇の到来をみんなで喜びたい気持ちだった。その日の朝刊を書いた記者の名前は、リタ·スキータと言った。

 



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腐敗と怠惰

ホグワーツの謎にはパトロナスを出せる闇の魔女とかメルーラとか、面白そうな設定はあるみたいですが作者が履修していないので拾いません。あしからず。


 

 

 イースター休暇のためにホグワーツから一時帰宅する生徒は過去最高を記録した。アントニン・ドロホフという犯罪者が居る限り、ホグズミードではディメンターが跋扈し続ける。生徒たちのほとんどは、ホグワーツからディメンターのいない家に帰り、予め予定していた旅行へと向かうのだ。

 

 ハリーとザビニも例外ではなかった。ザビニもまた、自らの実家へと帰ることを選んだ。ハリーはザビニのそういう部分を素直に尊敬した。自分にはとても出来ないことだったからだ。

 

 ホグワーツ特急のコンパートメントには、いつもの四人とロン、ハーマイオニー、そしてルナとコリンがいた。コリンはアフロの髪を自分のペットであるフクロウにつつかせていて、ルナはザ·クィブラーを逆さにして読んでいた。

 

「アズラエル、ハーマイオニー。なんで聖域に行かなかったんだよ。お前らならワンチャン古代魔法もゲットできたかもしれねえのに」

 

 ザビニはコンパートメントで紅茶を片手にアズラエルを揶揄した。ハリーたちが危険な『冒険』をしたことを当初アズラエルは喜ばなかったが、ハリーの持ち帰ったサーペンタリウスとザビニのパイシーズを見るとたちまち黙り込んだ。似たような効果を持つアイテムは存在するが、いずれも消耗品だ。使い減りのしない宝石はとても貴重なのである。

 

「ロンやファルカスでも駄目なのに僕が挑戦したって突破は出来ませんよ。僕はまだパトロナスは使えませんしねえ。実力をつけてから挑むことにします」

 

 アズラエルはやれやれと肩をすくめた。ルナとコリンは、顔を見合わせてなんの話だろうと二人で相談している。

 

「いいなー、なんか知らないけどまた楽しそうなことやったんだ」

 

「うわー、僕も参加したかったなぁ」

 

「ハーマイオニーは?」

 

 ハリーはハーマイオニーに話を振った。ハーマイオニーは口を尖らせながら言った。

 

「私はそういう才能によって選ばれる類いの魔法はあまり好きじゃないわ。努力でどうにか出来る部分が少なすぎるもの」

 

「流石、努力家のハーマイオニーらしい答えだね」

 

「まー、アレはかなりキツいからなぁ。無理していかない方がいいぜ、本当にさ」

 

 ロンは聖域での試練を思い出したのか、ハーマイオニーの判断を褒めていた。

 

(ハーマイオニーならあの転入生を見るだけでも刺激になるとは思うんだけどな)

 

 ハリーは内心でそう思ったが、あえて口には出さなかった。転入生の基礎魔法はハーマイオニーにとってもいいお手本となるはずで、それを見ておかないというのはやはり損のような気もする。仮にハリーが受けたような魔法の嵐が打ち込まれるのであれば難しいかもしれないが、試練の詳細は人によって異なるらしい。それならば、ハーマイオニーやアズラエルが眼鏡に叶って何かの宝石を受け取れる可能性も0ではなかった。もちろん、ロンやファルカスもそうだ。

 

 アズラエルは腕を組みながらにやりとハリーたちに微笑んだ。

 

「フフフ。古代魔法とか聖石もいいですけど、僕は今遠大な魔法取得の計画を立てているんですよ」

 

「計画?」

 

「何だぁ、どんな魔法だよ」

 

「習得の目処がついたら教えますよ。ま、僕がそれを習得するかしないかはまだ分かりませんがね」

 

 

「アズラエルなのに今回はやけに勿体ぶるね」 

 

「それだけすごい魔法ってことか……?何か気になるじゃねえか」

 

「んー。どうしてもって言うなら教えてあげてもいいですよ?」

 

 アズラエルのにやけた顔に少しだけ苛立ったのはハリーだけではなかった。ザビニとロンとハリーはアズラエルをスルーし、三人で七並べをはじめた。ファルカスたちにアズラエルが自分の遠大な『計画』を話す間(コリンはアズラエルに尊敬の目を向ける一方、ルナは途中からお菓子を貪っていた)、ハリーはザビニたちとトランプ遊びに興じて時間を潰した。ホグワーツ特急が9と4分の3番線に到着し、ハリーのイースター休暇が始まった。

 

 

***

 

 

「納得できません!!」

 

「君の『納得』はこの際重要ではない、トンクス」

 

 闇祓い局の執務室。歴代局長……魔法使いや魔女としての全盛期からやや下りはじめた頃の闇祓いたちの肖像画が掲げられた部屋の一室で、紫色の髪の魔女、ニンファドーラトンクスは老いた獅子のような魔法使いへ食い下がっていた。

 

「間違いなく、あの死体は偽物です!私が見た限り、時限式の変身呪文で外見を取り繕わされているだけです!」

 

 トンクスは、変身呪文について天性の才能を持っていた。

 

 変身呪文(コンジュレーション)とは、あらゆる呪文の中でも最も理論を組み上げる必要がある魔法である。マッチを針に変えるという比較的簡単な変身呪文ですら、その過程で、マッチの材質である木材を変換したい針の材質であるステンレスへと置換するためには、魔力によって物体に干渉してその性質そのものを作り替えてしまう工程を使用者の脳内で組み上げる必要がある。

 

 そのため、変身呪文において優秀な成績を修めることはとても難しい。闇祓いになりたいという夢を抱く魔女や魔法使いたちが挫折する壁となるのが、この変身術という学問だった。

 

 

 しかし、ニンファドーラ·トンクスは変身呪文に関しては十年に一人と言ってよいほどの天才だった。何せ彼女は、生まれたときから自分の思いどおりに自分自身の外見を弄くることが出来たのだから。

 

 相手の望む容姿に自在に姿を変えることが出来る彼女が、己の容姿として定着させることを選んだのは、紫色の髪の毛、あまり整っているとは言えない顔だった。そこにどんな葛藤がありどんな人生があったのかは、常人の知るところではなかった。

 

 その彼女が言っているのだ。

 

 ドロホフとシトレの死体は偽物だ、と。

 

 濃紺のスーツに身を包んだルーファス·スクリンジャーはおもむろに立ち上がるとトンクスから背を向け、己の背後に立つテセウス·スキャマンダーの肖像画に視線を向けた。

 

「あれが偽物であるということを証明するには君の言動だけでは足りん。時間の経過を待つより他に、あの遺体にかけられたコンジュレーションを解除する術はないのだろう?」

 

 ルーファス·スクリムジョールはトンクスの顔を見ずにそう言った。局長であるスクリムジョールが、一介のそれも新米でしかないトンクスの直談判を許すというのは本来あり得ないことだった。通常ならば階級が上でコンビを組んでいるドーリッシュに提案し、ドーリッシュからスクリムジョールに話を通すべきところだ。

 

 しかし、トンクスはそうせざるを得ないと思っていた。

 

 ドーリッシュから、ドロホフとシトレの追跡を打ち切るという命令が下されたからだ。

 

(そんなことがあっていい筈かない)

 

 遺体にかけられたコンジュレーションは、高度な変身呪文と、カタバ ロコモータ(遺体操作)の会わせ業によって迂闊に魔法での解除が出来なくなっていた。だからトンクスですら、あれが偽物だと客観的に証明することはできない。

 

 魔法でなら、だが。

 

「ええ。ですが、もっと簡易的で、もっと手早くあれが偽物だと証明する手段があります。マグルの司法解剖にかけましょう。あの遺体がドロホフとシトレの血液型や歯形と一致するかどうか試すんです。きっと面白い結果になる筈です」

 

 トンクスは力の限りスクリンジャーに司法解剖の必要性を説いた。

 

「コンジュレーションでの変化で細部まで拘る人間は稀です。ドロホフの過去のデータから見て、血液型が同じ人間を選んで殺すような繊細なことをするとは思えません。必ず本人とは異なるデータが取れる筈です」

 

 魔法界には、ある慣習がある。

 

 『魔法界の出来事にマグルを関わらせない』という、最も形骸化しやすい慣習だ。それがとても難しく形骸化しやすいからこそ、公的な立場にいる人間はおいそれとマグルの世界の技術や、人員を頼ることはできない。魔法界の秘匿のために、魔法使いの愛だの揉め事は魔法使いだけで解決するという不文律が出来上がっている。国際魔法連盟によって、法的にもそう決まっているのだ。

 

 しかし、過去にそれが破られた事例はある。

 

 ある一人のマグルは、単なるパン屋でしかなかった。彼は魔法世界に何の知識もない一般人でしかなかったが、ひょんなことから魔法世界に関わってしまった。彼は闇の魔法使いと善の魔法使いとの闘争で、多大な貢献をした。

 

 魔法使いは、確かにマグルより個人で出来ることの幅は広い。寿命も長く、身体能力にも優れている。

 

 しかし、裏を返せば殆どの魔法使いは、魔法でできないことは何をどうしたって出来ないのだ。

 

 だからこそ、単純なマグルの司法解剖でも遺体が本物か偽物かを把握することは出来る。そうトンクスは確信していた。

 

 

「……」

 

 老いた獅子は、しばし瞑目したままトンクスから背を向けていた。そのまま何かを考えていたようだが、やがてトンクスの方を振り向いて言った。

 

「大臣の指示だ。『事件が解決したと魔法界全体が浮かれている』『今の流れに水を差すことは出来ない』と言っている」

 

 トンクスの脳裏に、ファッジへのありとあらゆる類の罵倒が駆け巡った。その罵倒はファッジだけではなく、目の前の局長にも向きかけたが、かろうじて思いとどまった。

 

『闇祓いが守るのは、英国魔法界全体の秩序』だ。闇祓いに、『正義』を期待するな。闇祓いとして護るべきものを間違えるな。』

 

『我々が護るのは、魔法省の権益だ』

 

 かつてトンクスは老教官マッドアイ ムーディからうんざりするほどにそう叩き込まれた。トンクスは最後までその考えに抗い、ついに己の意思を曲げなかったのだが。

 

 どれだけ反発しようと、それが現実なのだと、今まさに解らせられた。

 

 

 我々は魔法省の駒であり、魔法界全体を守るための駒である、と。

 

 

 ムーディの教えは正しい。ムーディの教えは闇祓いの基本的な理念であり、そこにムーディの私情は存在しない。

 

 闇祓いとは、国家に必要な力であり、英国魔法界を構成する歯車のひとつなのだ。力とは、理性的な判断の元で制御されてはじめて効果を発揮するものだ。秩序なき力は単なる暴力であり、簡単に人を闇の魔法使いへと堕とす。だからこそ、国家権力に縛られることで闇祓いたちは英国を護っているのだ。

 

 放置すれば大量殺戮を繰り返す魔法世界の害虫が、この世から切除してアズカバンへと収監されておくべき歪みが今もなおのさばっていなければ。

 

 肝心の大臣が、自分が決めたディメンターの派遣のせいで支持率の急激な低下を招き、早々にこの一件を『解決』したことにしたいと思ったのでなければ、トンクスも迷うことなどなかったのだが。

 

 闇祓い局は魔法省の一部分でしかない。選挙によって民主的に選ばれた大臣の決定に異論を唱える警察組織などあっていい筈もない。だからトンクスは、口をつぐむしかない。目の前の局長が単なる中間管理職でしかないと分かってしまった。いや、解らされてしまったから。

 

 組織には組織の論理がある。

 

 個人が個人の判断で上の決定に異論を唱えるなどあってはならない。善良なハッフルパフ生だったトンクスにとって、それが正しいこともわかる。

 

 

「……失礼します、局長」

 

 トンクスは閉心術を使いながら慇懃無礼にお辞儀をすると、局長室を辞した。トンクスはこの日、『善良な』自分自身であることを捨てようと決めた。

 

(世間は安心感に沸いているだろうな)

 

 トンクスはやけに冷静な頭でそう考えた。

 

(ドロホフたちは、もしかしたら表だって悪事を働かなくなるかもしれない。まぁそれならそれでいい。いい?)

 

(何が?魔法省にとって?…違う。あの無能のファッジにとってだろうが!!!)

 

 トンクスの心には、強い怒りがあった。それは、ドロホフに蹂躙される弱者たちを思っての義憤だった。

 

(ドロホフたちが……他の、ルシウス·マルフォイみたいな連中と同じように大人しくする?いいや。裏で人を殺しながら生きるに違いない)

 

 トンクスはそう確信した。ドロホフには、グリンゴッツの口座預金もない。シトレの預金も微々たるものだ。他者からの略奪や殺害によって生計を立てることは明白だった。

 

 トンクスは勇敢な魔女だった。そしてその勇敢さは今も損なわれておらず、ドーリッシュやスクリムジョールのように心が諦観に支配されるにはまだ若すぎた。

 

(……………………ダンブルドアに、連絡を取ろう)

 

 闇祓い局に所属しながら、機密情報を外部の民間人に漏らすことをトンクスは決意した。言うまでもなく、警察官であり事実上の軍人でもある闇祓い失格の行為だった。トンクスが一線を越えたのは、今日この日だった。





 ファッジは闇の魔法使い対策を徹底できれば良かったのに徹底できないという一番駄目なやつ。


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 ハリーは九と四分の三番線に到着すると、シリウスとマリーダと共にプリベット通りのダーズリー家ではなく、グリモールドプレイスの屋敷へと帰宅した。ダーズリー家にはフクロウを飛ばしている。もっとも、ハリーはダーズリー家、特にバーノンがフクロウを家に入れるとは思えなかったが。大量の手紙とフクロウの羽根や糞はあの家の人間にとって一種のトラウマになっていた。

 

 

「ハリー。こんなところですまんな。しかし、ここには保護魔法も施されているし、ダンブルドアとの連絡手段がある。ひとまずここに帰ることを許してくれ」

 

 シリウスの言葉から、シリウスはまだ下宿先を引き払った訳ではなさそうだった。

 

「シリウス。僕はダーズリー家でなければどこでも構わないよ」

 

 家に入るなりシリウスに呼びかけられ、ハリーは嬉しそうに返事をした。

 

「うん、シリウス。あなたが守ってくれるなら安心だよ。ダンブルドアが味方でいてくれるのも嬉しい」

 

 ハリーは少なくとも前者については本心からそう言った。ハリーにとってこの家は唯一無二の安息の地だったし、その家を守る人が心強い味方なら何も文句はなかった。

 

「手紙で聞いたが、スリザリンの女友達とは上手くいっているのかな?」

 

 マリーダはハリーにダフネとの関係について尋ねてきた。ダフネの名が出た瞬間、シリウスの顔は少しだけ曇った。ハリーはそれに気付かないフリをして答えた。

 

(ダフネが純血主義的な考えに染まりかけたことは、シリウスには絶対に言わない方がいい)

 

 ハリーはダフネとのやり取りについて、なるべく美化しながら話した。

 

 ハリーにとってダフネは尊敬すべき人物であり、恋愛的な意味でも好きな相手だった。そのイメージが損なわれるような事は話したくなかったのだ。

 

(……出来ればマリーダにも相談に乗って欲しいんだけどな)

 

 ハリーは異性に対する接し方について、マリーダからアドバイスを聞きたかった。マリーダはスリザリン出身で、ハーマイオニーやルナよりもスリザリン的な純血主義教育に理解があると思ったからだ。

 

「そうか。それは良かった。その子もきっと君と居て楽しかったのだろう」

 

マリーダは優しく言った。ハリーはその表情を見て、シリウスに教えなくて正解だったと悟った。

 

(……ダフネについて相談するなら、マリーダにしよう)

 

 ハリーはそう心に決めた。もっともシリウスはハリーが思っていたよりは寛大だったのだが。

 

「それではハリー。荷物を整理してきなさい。部屋まで案内しよう。クリーチャー、ハリーの荷物を持て」

 

 シリウスは努めて明るく振舞うようにしていた。ハリーは少し申し訳なく思ったが、素直に言うことを聞いた。そしてすぐにハリーのトランクは老いたハウスエルフの手でハリーの寝室へと運ばれていった。クリーチャーはハリーには一瞥もくれずシリウスにも悪態をついていたが、マリーダの前を通りすぎる時だけは声のトーンが違った。

 

「若奥様。ポッターの小僧に二階の客室を使わせたらいかがですか?それとも地下牢に閉じ込めますかな?」

 

「馬鹿を言うな。……後で紅茶を持って行きなさい。クリーチャー」

 

「かしこまりました、若奥様」

 

 クリーチャーは老いぼれた顔に狡猾そうな笑みを浮かべ、奥へと消えていった。ハリーはシリウスについて階段を上がりながら、小声で聞いた。

 

「ねえ、シリウス。あのハウスエルフはマリーダに対しては優しいよね?」

 

「……すまないハリー。その通りだ。俺も奴の忠誠など期待はしていない。マリーダが奴の相手をしてくれるというのであれば願ったり叶ったりだがな」

 

 シリウスは暗い顔で言った。ハリーもそれを見てシリウスの気持ちを察した。

 

「……マリーダに感謝しないとね」

 

 

 

 クリーチャーはハリーにとってもシリウスにとっても不愉快な相手ではあったが、同じ屋敷にいて折り合いが悪い相手しかいないというのは辛いことだとハリーは経験的に理解していた。ハリーはクリーチャーの心情を考え、クリーチャーと良好なコミュニケーションが取れるマリーダの存在をありがたく思った。マリーダがいなければクリーチャーの態度は二割増しで酷くなっていたに違いないからだ。

 長い廊下の端に一つだけあるドアの前でシリウスが立ち止まった。

 このドアが、ホグワーツに行くまでハリーの荷物を保管する部屋になる。もっともイースター休暇中はハリーはあちこちに移動することになるので、ほとんど帰ることはないが。ハリーは少し緊張した面持ちで、そのドアをくぐった。

 部屋に入った瞬間、ハリーは驚いて声をあげた。

 その部屋には、たくさんのプレゼントが置かれていたからだ。手紙やカードの類もあり、何か特別な贈り物には封印が施されているものもあった。

 

「これは……どういうこと?ドラコと……ジンネマン家、あとビスト先輩からの贈り物もある」

 

 そのほとんどは魔法界の名家からのプレゼントで、マルフォイ家からの贈り物もあった。贈り物の中ではもっとも特別な魔道書の差出人はバナナージ·ビスト先輩からだった。

 

「知っての通り、俺とマリーダは今度式を挙げる。俺のゴッドソンである君も、マリーダの親戚であるビスト家と付き合わなければならなくなってくる。面倒なことになって済まないな」

 

「そこまで気が回らなかったな。どんな贈り物を返せばいい?」

 

 ハリーはシリウスに尋ねた。シリウスは心配するなとハリーの肩に手を置いた。

 

「今回はもう俺が返礼品を君の名前で返している。魔法界では自分の所持品のなかでも貴重なものを贈り合うのが慣例だが、『本当に貴重』である必要もない。こういった場合の贈り物として相応しいものは、贈られたものと同じくらいの値がつくものでいい。ただ、若者が好きそうな流行りものはよく分からんな。……ドラコの好きそうなものに心当たりはあるか?」

 

 ハリーは他の贈り物に目を移しながら言った。

 

「ありがとう、シリウス。最高の箒用具についてアズラエルに聞いてみるよ」

 

「うむ、そうするといい。……しかし、ハリー。君もこれから考えていかなくてはならないぞ」

 

「……それって?」

 

「グリーングラス家との付き合いだ」

 

 シリウスは真剣な表情で言った。ハリーの頬は少し赤くなった。

 

「ああ……うん。……そうだね」

 

 シリウスは、羞恥心でそう言うのが精一杯のハリーの頭をくしゃくしゃと鷲掴みにして撫でた。

 

「俺も出来る限りフォローしよう。心配するな」

 

「……ありがとう、シリウス」

 

 ハリーは嬉しいような恥ずかしいような気分だった。ハリーはその後、ダフネへの手紙をシリウスに覗き込まれながら書き終えると(シリウスはにやにやと微笑みながらハリーの手紙を見ていた)、バナナージから贈られた本を引っ張り出してベッドに倒れ込んだ。その本の内容は、『継続的な呪いの緩和方法と根本的な対処法』で、著者はセバスチャン·サロウという魔法使いだった。

 

(……この本。血の呪いに関する記述もある。バナナージ先輩……)

 

 

 ハリーはバナナージ·ビストの思い遣りに感謝した。バナナージはハリーがダフネと親しいことも、グリーングラス家の事情についてもある程度把握していたに違いなかった。

 

 ハリーはサロウという著者の名字に聞き覚えがあったが、どこで聞いたのかを著者に関する記述を見て思い出した。

 

(……スリザリン出身で19世紀の魔法使い。……スリザリン出身。サロウ……)

 

 セバスチャンは転入生の友人の一人だったのだ。ハリーは妙な因縁を感じながら、セバスチャンの残した書物を読み進めた。かつてスリザリンに在籍した一人の魔法使いは、真摯かつ詳細にあらゆるカースや呪いについての緩和方法を記載していた。

 

 

***

 

 ブレーズ·ザビニは九と四分の三番線からマグルの世界へと戻っていった。よく見知った顔の運転手迎えられたブレーズは、ベントレーに乗って自宅へと帰還した。

 

「どういう風の吹き回しだよ。俺に帰ってこいなんて」

 

 ブレーズがにこやかに尋ねても、運転手は『存じません』の一点張りだった。

 

「兄さんたちは帰ってきて欲しくねえだろうによ」

 

「存じません」

 

「なぁジーン、みんなして噂してるだろ?俺のお袋が父さんを殺したって。何で俺に帰れって?」

 

「存じません」

 

「……ったく。しょうがねえ。運転の邪魔して悪かったな、ジーン」

 

 ブレーズは欠伸をして背を伸ばし、自宅へと到着するのを待った。憂鬱な世界が待っていると分かりきっていてそこに戻るというのは、あまりいい気分ではなかった。ホグワーツに居た時はついぞ感じなかった感覚だった。ジーンは丁寧に運転をしながら、ブレーズへと話しかけた。

 

「そう悪いことではありませんよ、坊っちゃん」

 

 ジーンの声色に悪意が感じられないことに違和感を感じながらも、ブレーズは黙って到着を待った。

 

***

 

 ブレーズが自宅に戻った時、使用人たちは礼をもってブレーズを出迎えた。

 

(いったいどうなってんだ)

 

 ブレーズは一瞬呆然とした。自分の母親が当主を殺したというのに。

 

「ブレーズ様。まずはカルマ様の寝室へとお入りください」

 

「……?ちょっと待てよロベルト。まずは当主のギーレン兄さんに会ってからだろう」

 

「まずはカルマ様に会うようにとの、ギーレン様のご命令です」

 

 使用人のロベルトにそう問いただしたものの、ロベルトの返事はにべもない。ブレーズも、命令だと言われれば従うより他になかった。

 

(……ったくどうなってんだよ)

 

 ブレーズは、自分が兄たちから憎まれていることは自覚していた。魔法という未知の手段を用いて父親を殺害した相手の息子を憎むくらいは、マグルではないブレーズにだって理解できたからだ。

 

 ブレーズにも兄たちの気持ちは分かる。広い屋敷を歩きながら、ブレーズは何があってもよいように自分の気持ちを整えていた。

 

「カルマ様。ブレーズ様です」

 

 使用人はノックの後、そう呼びかける。しばらくしてから中から鍵が開いた音がした。

 

「……ブレーズ」

 

 兄のカルマの声は、意外なほど落ち着いていた。

 

(……俺を憎んでるんじゃなかったのかよ)

 

ブレーズはそう思いつつも、とりあえずは挨拶をした。

 

「お久しぶりです、兄さん」

 

「よく帰ってきたなブレーズ。まずはここに座りなさい」

 

 カルマの口調に、やはり憎しみは感じられなかった。それどころか、ブレーズは自分が歓迎されているかのような錯覚すら覚えた。

 

「ありがとうございます」

 

ブレーズは礼を述べて椅子に腰掛ける。

 

(……まったくわけがわからん)

 

しかし答えはすぐに示された。カルマがゆっくりと話し出したのだ。

 

「ホグワーツでは変わりないか?」

 

「……?はい?どうして兄さんがホグワーツのことを御存知なのですか?」

 

 ブレーズはこれまで、実家の兄たちに手紙を出したことはない。一年生と二年生のころは母親に手紙を書いていたが、母が逮捕され、起訴されてからは母に手紙を書くことはあれど兄たちに手紙を出したことは一度もなかった。

 

「兄から聞いたのだ。君がホグワーツ魔法魔術学校で友人に恵まれていることも兄は御存知だ。兄は魔法省の役人からホグワーツについての説明を受けたようだが、その時君も随分と優秀であると聞いたそうだ」

 

「はあ……」

 

(いや……ハリーのオマケ扱いだろ)

 

 ブレーズは兄が何を言っているのか、さっぱり理解できなかった。しかしカルマの口調にはどこか優しいものすら感じられた。

 

「その通りですよ兄さん」

 

 

 しかし、兄の言葉を否定しても良いことはないだろうとブレーズはさらりと兄の言葉を肯定した。カルマは嬉しそうな顔になった。

 

 その時、部屋の奥からものすごい音量の泣き声が響いた。それと同時に、部屋にあった布団や敷物がふわりと浮かび上がり、カルマやブレーズもふわりと宙に浮いた。

 

「ぶえええええええっ!!!!」

「カーラ!カーラ!大丈夫だ、ここには怖いおばさんはいない!パパでちゅよ-!!」

 

 カルマは必死で部屋の中を飛び回り、浮いている布団や敷物を押さえようとする。

(すげぇ!)

 

 ブレーズはおくるみにくるまれた可愛らしい赤子の姿を見て、全てを察した。

 桃色のおくるみに身を包んだ赤子は宙に浮きながら右へ左へと暴れまわっていたが、やがて泣き止んだかと思うとゆっくりと床に降りたった。

 

「ほらカーラ。ブレーズだ」

カルマはそう言うと、赤子をそっとブレーズに差し出した。赤子はまだぐずっていたが、ブレーズが赤子をまったく恐れていないのを感じ取ったのか、それともブレーズの顔が気に入ったのか、茶色のつぶらな瞳でじっとブレーズの目を見つめてきた。ブレーズがホグワーツで女子たちに向けるようにニヤリと微笑んでやると、赤子はきゃっきゃと喜んだ。

 

「……兄さん……この子は」

 

「君の姪だ、ブレーズ。カーラと言うんだ。可愛いだろう?」

 

 兄の喜びようからして、この子は……。

 

「本当に可愛いですね。兄さんが産んだんですか?」

 

 ザビニは笑っていった。

 

「何を言うんだ!カーラは私とイセリナの娘だ!」

 

 カルマは怒ったような口調になったが、カーラがぐずりはじめるとすぐに相好を崩した。

 

「おお、ごめんねぇすまないねぇカーラちゃーん?パパでちゅよー!」

 

 カルマはカーラを高く抱き上げ、揺すってあやした。カーラの周囲から魔力の輝きが発されようとしているのがブレーズには一目瞭然だった。

 

(ああ……なるほど……)

 

 ブレーズは自分が置かれている状況がようやく分かってきた。なぜ姪がメイドやシッターではなく、家族から世話されているのか。どうしてこのタイミングで自分が呼ばれたのか。

 

「兄さん。俺にその子と遊んでやってくれ、ってことですね」

 

 ブレーズがそう切り出すと、カルマはハッとしてカーラをブレーズに抱かせた。

 

「いや、確かにその通りだが……」

 

「兄さん。俺はあの母親の息子なんですよ。悪魔の子供って奴です」

 

 ブレーズは兄の言葉を遮ってそう切り出した。カルマがキョトンとした顔を浮かべたのをブレーズは見逃さなかった。

 

(……何でだよ)

 

 ブレーズは言葉を続けることにした。

 

「俺はあいつと同じ悪人かもしれないんですよ。その子に悪いものがうつったらどうします」

 

「……何?」

 

 兄は驚きというより、『何を言っているんだこいつは』という目でブレーズを見た。

 

「兄さんが何を考えてるのか、俺にはさっぱりわかりません。どうして俺を呼んだんです?あなたの父親を殺したのはあいつですよ?」

 

 ブレーズの言葉に、カルマは凄まじい怒りを孕んだ視線を向けてきた。

 

「ブレーズ、君は……ッ!!」

 

 兄は確かに怒っていた。だがそれはブレーズが予想していたものとは違い、ブレーズではなくまるで何か別のものに怒っているように見えた。そしてブレーズには兄の怒りの原因も分からないのだ。

 

「……どうして兄さんが怒るんですか」

 

(何なんだよ……)

 

 カルマは興奮を抑えるためになのか、それともカーラに悲鳴を聞かれたくないのか、声を落とした。

 

「君には……関係のないことだ。君の母親のことは。私は君を信じる」

 

(関係ねーわけあるか!)

 

 ブレーズの中で怒りが沸点に達しかけたが、無理やり抑え込んだ。

 

「……まあ、いいですけど」

 

 ブレーズは兄から視線を外した。

 

(信じていない人間に子供の面倒を見させるか?いくらなんでもそれはねーよ)

 

 

 自分が信頼されるなんてことは、金輪際ないはずのことだった。少なくとも、この屋敷でそんなことがあるとは思ってもみなかった。

 

「兄さんたちだって忙しいでしょう?姪の面倒は見ますよ。このくらいいくらでもやりますよ」

 

「そうか……いやすまないなブレーズ。カーラ、おともだちが出来て良かったな」

 

 続けて、カルマは部屋にベビーシッターを呼んだ。はきはきとよく働く若いシッターだということだった。

 

「シッターのフラウだ。フラウ、この子がブレーズだ。フラウ、ブレーズと共に、この子のことを頼みたい」カルマの声はさっきよりも和らいでいた。

 

「姪の世話くらいいくらでもやりますよ。俺、こう見えて面倒見はいい方なんで」

 

 ブレーズの言葉にカルマは破顔した。

 

「……ったく、調子が狂うぜ。カーラ、お前は両親思いのいい子になれよ?」

 

 ブレーズは、カーラにそう語りかけた。

 

『可愛いだろう?』『親戚だよ』『友達が出来てよかったな』

 

 兄の態度を思い返しながら、ブレーズはフラウと共にカーラの相手をしていった。

 

「この子が怖いっすか?」

 

 ブレーズがカーラに浮かされようと髪の毛を逆立てられようと平然としてカーラに笑いかけているのを、フラウは畏怖のこもった目で見ていた。

 

「坊っちゃまはカーラ様が怖くはないのですか?」

 

「フラウさんみたいな美人といたら、怖いって気持ちも薄れますよ。なぁカーラ」

 

 フラウはカーラの魔法を恐れていたが、自分よりも年下の少年がまったく恐れることなくカーラと接するのを見て、徐々にカーラへの警戒を解いていった。イースター休暇から帰る頃には、フラウとカーラはすっかり打ち解けていた。

 

 フラウはブレーズのことを信頼するようになり、カーラの世話を積極的にこなすようになった。カーラもブレーズか、フラウのどちらかが見ているうちは癇癪で魔法を発動させることはなくなった。とはいえ、赤ん坊の機嫌など大してあてにならないことは重々承知している。結局ブレーズが自分で面倒を見て良かったのかどうか分からなかった。

 

(あー……ホグワーツに残ればよかったかも)

 

 ブレーズはふとそう思った。カーラという姪が、穢れた血と蔑まれる場所それがホグワーツのスリザリンだということをブレーズは認識してしまったのだ。もっともあの母親がしたことを考えれば、友人が残らないホグワーツに残ったところであまり気持ちのいいものでもないのだが。

 

 姪の泣き声が妙に耳に残りながら、ブレーズは自分にとっての家を後にしてホグワーツに戻るのだった。

 

***

 

 イースター休暇中、ハリーはロンと共にチャドリーキャノンズとホーリーヘッドハーピースとの試合を観戦した。女性だけで構成されたハーピースと、一部リーグ最弱とされるキャノンズとの試合は序盤は拮抗した展開を見せたが、次第にハーピーズ優位で進んだ。ハリーはキャノンズが首をインカーセラスで締め上げられるように追い詰められる姿を眺めながら、ロンが必死でキャノンズの旗をふって応援する横でプロ選手の技を盗もうと目を凝らした。

 

(プロは本当に無駄がないなあ)

 

 ハリーはレベルの高さを改めて実感した。学生が正確さのために犠牲にする速度、安全面を重視してこなさないファウルすれすれの危険なプレー、箒の限界を極めたテクニカルな動きによって観客を盛り上げながら得点を重ねていく両チームのチェイサーに対して声援を送り、もっと試合を長く見たいと思ったところでハーピーズのシーカーがスニッチを掴み試合終了となった。

 

 

「いっつもこうだぜ。後一歩ってところでキャノンズは勝てないんだ……」

 

「70対260。点差ほどの実力差はない。いい試合だったよ、ロン」

 

 ハリーはマリーダとシリウスと共に屋敷へと戻った。シリウスはどうやらキャノンズの勝利に賭けていたようで、マリーダに特大のアイスキャンデーを奢っていた。

 

***

 

 イースター休暇が終わり、ホグワーツに戻るという日の晩に、シリウスはデイリープロフィットを穴が空くほど読み込んでいた。

 

「シリウス、どんな記事?」

 

 ハリーが聞くと、マリーダがシリウスの代わりに答えた。

 

「ホグズミードからディメンターが撤退しないそうだ。魔法省がディメンターを管理出来ていないと、記事には辛辣に魔法省の管理責任を問いかけている」

 

 ハリーはディメンターがまだホグズミードにいると聞いて一つの懸念を抱いた。

 

 

「……それは、ドロホフとシトレがまだ生きてるってことなんじゃないかな。シリウスはどう思う?僕は、闇の魔法使いがあれで死んだとは思えないんだ」

 

 ハリーは胸のうちで燻っている懸念をシリウスに話した。シリウスは新聞を畳むと、ハリーの目を見て言った。端正なシリウスの顔には皺が浮かんでいた。

 

「……闇祓いたちの検証がまだ終わっていないということだろう。それがはっきりするまではなんとも言えん。確かなのは、確証が得られるまでホグズミードからディメンターが消えることはないということだ」

 

(仕方ないことか)

 

 とハリーは思った。ハリーもシリウスも、想像の斜め下の理由で検証が中断されたことなど知る由もなかった。

 

「ディメンターは闇の魔法使いに反応するんだよね。ホグズミードに闇の魔法使いがいると確信しているから撤退しないんじゃないかな」

 

「なるほど。ディメンターにも職務意識はあったという意見か。面白い目の付け所だな」

 

 ハリーの意見をシリウスは面白がった。ハリーは内心複雑な気分だった。

 

(……まぁ、ぼくに近付いてきたからっていうのがその根拠なんだけどね……)

 

「しかし難儀なことだ。ドロホフとシトレが生存している可能性がある上、ディメンターがホグズミードにいる以上、また以前のように暴走する可能性も考慮にいれなければならないんだからな。ハリー、パトロナスはもう出せるんだったな」

 

「ああ。アスクレピオスと同じクスシヘビだよ」

 

『俺もハリーの銀色の奴を見たが、中々センスがいいと思うぜ。キマってた。さすがは俺の飼い主だ』

 

『ありがとう、アスク。後で最高級のマウスをあげる。僕は君をずっと見ていたから君みたいなパトロナスになったのかもしれないね』

 

 ハリーがパトロナスについて触れると、アスクレピオスはハリーにそう語りかけた。マリーダはハリーがアスクレピオスと会話する様子を興味深そうに見ていた。

 

「蛇……か」

 

 シリウスは微かにそう呟いた。すかさずマリーダが言った。

 

「それはとても素晴らしいことだな。ハリー、その調子で頑張るんだぞ。ドロホフやディメンターのことは、魔法省や闇祓いが何とかしてくれる。君は自分の覚えたい魔法を覚えればいい」

 

「ありがとうマリーダ。実はまだ出来ない魔法もあるんだ。今はそれを克服するのが課題だね」

 

 ハリーはマリーダに微笑んで言った。スリザリンOGのマリーダにとって、堂々とパトロナスを出せるハリーのような後輩は眩しく見えた。しかしそれ以上に、マリーダはシリウスとハリーのことが気にかかっていた。

 

「パトロナスにしろ他の魔法にしろ、覚えたてが一番事故を起こしやすい。それは気を付けておくんだぞ、ハリー」

 

 シリウスがそうやってハリーを諭す姿を眺めながら、マリーダの胸中は複雑な思いで満たされていった。

 

(……シリウスは今何を思ったんだろう。蛇でなければ良かったと、思ったのではないか)

 

 暗黒時代にあって、グリフィンドールとスリザリンの仲は険悪を極めた。スリザリン内の一部の連中が起こした犯罪でも、世間はスリザリンと一口にまとめてスリザリン生全体を非難し、恐れて遠ざける。そして一部の勇敢なグリフィンドールの過激派は、スリザリンに好き勝手にされまいとスリザリン生全体を憎む。シリウス·ブラックにとってハリーがスリザリンの象徴であるへびを出すことは何よりも辛いことだったのだろうとマリーダは察した。

 

 

(ハリーのパトロナスは獅子がよかったのか?)

 

 そう聞きたい気持ちを、マリーダは堪えた。

 

 シリウスにとってハリーが親友の忘れ形見であり、シリウスが失った親友に深い友愛を抱いていたことはマリーダも気付いている。そこに後から来た女である自分が介在する余地など一切ないことも。

 

 シリウスと同じ時間を過ごし、彼といくつかの秘密を共有してもなお、シリウス·ブラックにとってジェームズ·ポッターが最愛の存在であることが揺るがないことは明らかだった。

 

(……私は……シリウスに何と言うべきだろうか)

 

 ハリーに自分の願望を投影するのをやめろ、とでも言うべきだろうかとマリーダは思った。それはスリザリンらしい衝動的な悪意、否、現在の自分を見てもらえないことから来る嫉妬心の発露とでも言うべきもので、全くもって誰のためにもならない考えだった。

 

(…………振り向いて貰えるまでは、都合のいい女であり続けようか)

 

 

 

 マリーダ·ジンネマンは、けっきょくそう結論を出した。彼女は常人よりずっと我慢強い女だった。シリウスの持つ歪みがハリーにとって重荷になっているのではないかと考えるより、重荷であって欲しいと考える己の思考の歪みに気がついていた。

 

 

(私が今シリウスに感じている感情はエゴだ。側にいる自分より、今いない筈のジェームズ·ポッターに夢中になることが許せないという己のエゴだ。それは殺すべきものだ)

 

 マリーダは己をそう律した。シリウスが失ったものの代わりになり、あわよくばシリウスの心を己のものにしたいと思ったのは昔の話。

 シリウスの持つブラック家当主としての肩書きと血筋。それと繋がりを持つことで、ジンネマン家やビスト家の地位を『自称純血』の成り上がり一族から、聖28一族に次ぐ地位にまで押し上げる。それがマリーダに課せられた使命だと、マリーダは自覚していた。

 

 

「どうしたマリーダ。押し黙って考えごとをしていたようだが」

 

 ハリーが自分の部屋に戻った後でシリウスはマリーダに話しかける。こういうところが、マリーダがシリウスを嫌いになれない原因でもあった。

 

「む、ああ。私はシリウスが無茶をするのではないかと考えていた。ドロホフが死亡したのでなければ、自分の手で捕まえたいと思うのではないかと」

 

 マリーダは不意打ちでシリウスから声をかけられ、咄嗟にそう言った。シリウスはマリーダの内心にまでは気が回らない。シリウスは親しい人間にレジリメンスを使うような人間ではないからだ。

 

 

「よく分かったな。流石はマリーダだ」

 

「……冗談のつもりだったのだが」

 

 マリーダはシリウスがドロホフ逮捕を考えているということには頷けなかった。

 

「ドロホフが死んだのか生きているのか、今の我々には判断ができん。しかし、生きているのであれば早急に捕まえるべきだ。そうでなければ無用な犠牲が増え続ける」

 

 シリウスの言葉は正しい。

 

 ドロホフのもっとも害悪なところは、犯罪行為を全く躊躇しないというところにある。例えば、同じ闇の魔法使い扱いのギルデロイ·ロックハートであれば己のターゲットとなる知られざる英雄や、己の秘密を知った相手以外に手は出さない。

 

 しかしドロホフは、魔法省の手に落ちた瞬間に『ディメンターのキス』を受ける、という超法規的措置が取られている。アズカバンからの脱獄経験がある魔法使いを投獄するより、殺害した方が市民の受けがよいとファッジは判断したのだ。

 

 捕まればもはや後がないと判断しているだろうドロホフは、それこそどんな行為ですら厭わないだろう。ありとあらゆる冒涜的な魔法を用いて敵対者を害することは想像に難くない。それが予想できるからこそ、マリーダはシリウスの考えを恐れた。

 

 ドロホフのような凶悪犯が己の預かり知らぬところで死ぬのであればそれは結構なことだとマリーダも思う。しかし、シリウスがドロホフと接触してシリウスが死ぬか、シリウスがドロホフを殺害するという結末は望ましくないとマリーダは思っていた。

 

「無用な犠牲のなかにシリウスが入るのは嫌だと言わせてくれないか?」

 

 だから、マリーダはそう口に出した。シリウスがそれを聞くことはないと分かった上で、口に出せる最低限の我儘だった。

 

「ハリーがパトロナスを出せるようになったのは、ハリーがシリウスに守られたからだ。後ろ楯もなく、なんの知識もない半純血が幸福を感じられたのは、間違いなくシリウスが居たからだと思う」

 

 マリーダとシリウスはしばし見つめあった後、少しの間、互いの睫毛が見えるほど二人は近づき、ほんの少しの間のあと離れた。

 

「それは違う」

 

 と、シリウスは言った。

 

「俺はジェームズの代わりをしているだけだ、マリーダ」

 

 何を、とマリーダは言おうとした。シリウスでなければ出来なかったことは山ほどある。それを口に出したかった。

 

 だが、結局マリーダは黙ってシリウスの言葉に頷いた。そういうところが、シリウスとマリーダが長続きした何よりの原因だった。

 

「俺はジェームズからゴッドファーザーになるよう頼まれたとき、心に誓った。ジェームズの身に何かあったとき、俺がジェームズになると。だが、その誓いを果たせなかった。俺自らそれを放棄して、過ちを重ねた」

 

「……だから、俺はジェームズが生きていたらどうしただろうかと、最近はそればかり考える。それが、あの子から両親を奪った俺ができる償いだからだ」

 

 

 シリウスの考えはあまりにも自己犠牲的で儚く、破滅的だった。マリーダは何も言わずにシリウスに寄り添った。マリーダがシリウスに惹かれたのも、まさにその破滅的な思考を、献身を、そしてシリウス自身を美しいと思ったからだった。

 

(シリウスがジェームズになれたとしても。私は)

 

(私は、リリー·ポッターにはなれない)

 

 それは人として当然の感情だった。それを告げられないまま、シリウスとマリーダの夜は更けていった。





シリウスとハリーの悲しきすれ違い。
一方ザビ(ニ)家は超展開に。
ザビニが優しい奴になっていたからこうなりました。残酷なだけのクソガキだったらどうなっていたか。


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蛇の毒

 

 朝、ハリーはフクロウが飛び立つよりも早くに目が覚めた。ハリーの体はホグワーツを待ちわびているかのように軽く、目覚めた後寝付くことは出来なかった。

 

 ハリーは屋敷の外に出ると、軽く屈伸をし、膝の筋肉、間接の動きを確かめぼんやりと屋敷の周囲をうろついた。安全のために屋敷の敷地内からは出ず、高く伸びた樹の上に登ってぼんやりとブラック家の屋敷を眺めた。歴史ある家の外観は長くろくな手入れがなされておらず、去年見たときは雨漏りしていたところすらもあったが、近頃は随分と綺麗になっている。

 

(マリーダがシリウスに提案したのかな)

 

 ハリーは何となくそんなことを考えた。シリウスはこの家を嫌い抜いていることは明らかだったが、ハリーがこの屋敷を訪れたとき、去年さんざん罵倒してきたシリウスの母親がハリーのことを罵倒しなくなっていた。シリウスの母親の肖像画には上品なカーテンがかけられていた。ブラック家の屋敷を管理しようという意識がある人が一人でもいるということは、やはり違うのだろう。

 

 ハリーが屋敷に戻り、大広間に向かうとマリーダがいた。ハリーはマリーダに朝の挨拶をした。

 

 ハリーは何となくそんなことを考えた。シリウスはこの家を嫌い抜いていることは明らかだったが、ハリーがこの屋敷を訪れたとき、去年さんざん罵倒してきたシリウスの母親がハリーのことを罵倒しなくなっていた。シリウスの母親の肖像画には上品なカーテンがかけられていた。ブラック家の屋敷を管理しようという意識がある人が一人でもいるということは、やはり違うのだろう。

 

 ハリーが屋敷に戻り、大広間に向かうとマリーダがいた。ハリーはマリーダに朝の挨拶をした。

 

「マリーダ、おはようございます」

 

「ああハリー……おはよう。よく眠れたか?」

 

「はい。いいベッドだったのでぐっすりと眠れました」

 

 

 マリーダは眠たげな目で、なんだかぼんやりとした様子だった。茶色の髪は肩まで伸ばされていたが、いつもなら着けているヘアバンドを今日は着けていなかった。

 

「マリーダ、眠たそうだね」

 

「……ああ。昨日は少し寝るのが遅くなってな。そのせいだろう」

 

(……ふーん)

 

 ハリーはもしかしたらマリーダはシリウスの部屋に泊まったのではないかと思ったが、確証もないことで訊ねるわけにもいかず黙っていた。マリーダはハリーににっこりと微笑んだ

 

「ハリーのことをシリウスは褒めていたよ。自慢の息子だと」

 

「そんな。僕はいつも変なことに巻き込まれてばかりで。シリウスにも心配をかけています」

 

 ハリーは謙遜したが、マリーダは首を左右に振った。

 

「そんなことはない。君は本当に勇敢な少年だ。純血の少女を好きだと言うことの意味を君も理解しているはずだ」

 

 ハリーはマリーダの語調に違和感を覚えた。ハリーはマリーダが純血云々について口に出すのを聞いたのははじめてのことだった。

 

「ダフネは確かに、純血の女の子です」

ハリーは慎重に口を開いた。

 

「だけど、彼女は純血主義ではありません。少なくとも、今は……」

 

「そんなことはない」 

 マリーダはぴしゃりと言った。ハリーはマリーダの口調が真剣なことに驚き、背筋を正した。

 

「ハリー。純血の家に生まれて教育を受け、スリザリンに入るということは、己の立ち位置を表明するにも等しいことだ。純血主義を公に主張したわけではなくても、スリザリンに入った時点で世間は純血主義だと捉える。ダフネという子にも、自分の友人関係があって、すでに人間関係が出来上がっていた。それは君も察していただろう」

 

 ハリーは無言で頷いた。

 

「……そんな環境で君は、彼女を好きだと言った。それが彼女にとってどれだけ嬉しかったか、どれだけ今不安なのか、君には分からないだろう」

 

「それはそうです。僕は、ダフネの痛みを全部知ってる訳じゃない。むしろ全然知らないといってもいい」

 

 ハリーはマリーダの一言一句に耳を傾けた。マリーダがハリーに純血主義に関する話をしてくれたのははじめてだった。

 

「……純血主義がなぜスリザリンで信仰されてきたか。それは、魔法族に純血という一つの基準、絶対的な価値観が必要だったからだ。……誤解をしないでほしい」

 

 マリーダはハリーにそう諭した。

 

「マグル生まれを軽蔑したり、マグルを踏みつけにするわけではない。……ただ、それが尊いと信じ、その枠の中を守ることで、純血主義を信じる仲間たちを守る。それが私の居た時のスリザリンだった」

 

 ハリーの心に、ふと一つの疑問が沸き上がった。

 

「……でも、マリーダさんは純血主義ではない。ですよね?だってあなたはマグルの世界の会社に就職して、そこで働いていたんですから」

 

「そうだ。私はもう純血主義ではない」

 

 マリーダはハリーの言葉を認めた。

 

「それは私が学生時代の頃に、闇の帝王が消えて世界が一変したからだ。それまで正しいと信じていた純血主義はたちまちのうちに否定され、私は胸にぽっかりと穴が空いたようになった。その時はじめて、私には純血主義以外に何もない人間だったと気がついた」

 

 

「何もないなんてことはありません」

 

 ハリーはそう言ったが、マリーダはハリーに苦笑した。

 

「……少なくとも当時の私はそうだったんだ。私にはとにかく、縋るものが必要だった。自分の立ち位置を確保して、自分らしく居られる何か……いや、自分らしさを獲得できる何かが」

 

(……)

 

 ハリーの心が少しだけ傷んだ。自分らしさを獲得できる何かがほしい、という気持ちはハリーにも分かるからだ。

 

 ダーズリー家が、バーノンとペチュニアがハリーに何も知らせなかったと知ったとき、ハリーは二人のことを恨んだ。それまでの自分が耐えてきた痛みも、空腹も寒さも、何の意味もなかったと思った。そんなハリーにとって唯一縋るものが、ハグリッドがかけてくれた言葉だった。自分が魔法使いだという言葉と、自分が起こした不可解な現象。ハリーが頼れるものは、魔法という力しかないのだと。

 

 ハリーが魔法使いだと分かったとき、周囲の大人たちはハリーを父親にそっくりだと言った。ハリー自身は父親のことなど何も知らないと言うのにだ。

 

 ハリーには、命をかけて自分を守ってくれた両親に報いたいという思いもあった。両親を超えるような魔法使いになって、生き残っただけではないと証明したいという思いが。

 

(……マリーダさんもそうだったのかな。純血であること以外に、何かが欲しかったのかも)

 

 ハリーはこれまでマリーダを『シリウスのフィアンセ』だと思っていたが、何となく今までより親近感が沸く気がした。マリーダという人のことを少し知れた気がしたのだ。

 

「僕も、スリザリンでは浮いていました。スリザリンらしくなりたいとずっと思ってはいたけれど、両親のことを思うと皆と同じように純血主義を信じることは出来なかった。マグルのことはすぐ嫌いになりましたけど」

 

「……それは……辛かったと思う」

 

 ハリーがそこまで打ち明けることが出来たのは、この場にシリウスが居ないからだった。シリウスの前ではこんな話は出来はしない。マリーダは柔らかくハリーを労った。

 

「……だが、そんなスリザリンらしくない君を好きでいるということは、そのダフネという子も辛いことが多くなる」

 

 マリーダは腕を組みながら言った。

 

「君に純血主義を信じろとか、シリウスのようにマグル趣味を押し付けるつもりは毛頭ない。だが、これだけは心に留めておきなさい。君を好きになってくれた女の子に、君は報いる覚悟はある?『半純血』であっても。半純血と付き合うことで、彼女の名誉が傷付いても」

 

(……僕が……)

 

 マリーダは何かを確かめるように言った。ハリーは迷わず答えた。迷うわけにはいかなかった。スリザリン生として異端なハリーだからこそ、その問題に触れないわけにはいかないのだから。

 

「僕はダフネのことが好きです。……たとえ僕が、純血でなくても」

 

 ハリーは引かなかった。たとえ自分がダフネを傷付けたとしても、ハリーはダフネのことが好きだった。

 

「僕が出来ること全てで、ダフネを守ってみせます。それに」

 

 ハリーは深呼吸して言った。

 

「ダフネが僕の母親を悪く言ったことはありません。僕はダフネを信じます」

 

 その時マリーダの見せた表情はなんとも言いがたいものだった。落胆しているようにも、笑っているようにも見える。やがてマリーダは口を開いた。

 

「スリザリンらしく、ダフネさんを支えてあげなさい。君ならその子を守ってやれるよ、ハリー」

 

 ハリーは頷いた。心の底からそうありたいと思っていたからだ。

 それからシリウスが起きてきた。三人はしばらく静かに朝食を取った。ホグワーツ特急に乗るためにキングスクロス駅に向かうハリーの瞳は、母親のものと同じように翡翠色に輝きながら世界を見つめていた。

 

 

 マリーダは、三人の中で最後に屋敷を出ようとした。その時、狸寝入りを決め込んでいたフィニアス·ナイジェラスの肖像画がマリーダを呼び止めた。

 

「私は君のことを賢い人間だと思っていたのだがね」

 

 フィニアスの声には、いつものような皮肉だけではなく明確な刺があった。

 

「ポッターとグリーングラスのことを思うならば止めるのが筋だろう。なぜ止めなかったのだね」

 

 マリーダはくるりと向きを変え、フィニアスの肖像画に不敵に微笑んでみせた。

 

「それは、ハリーを見てダフネという子供がハリーのどこが好きになったのかを察したからです」

 

「何?」

 

 フィニアスの声に困惑が混じった。

 

「ナイジェラス校長先生。女という生き物は、自分にないものに憧れるものです。そして、自分にないものを持っていて、自分より弱いところのある人間は守ってあげたくなる。……ちょうどシリウスを好いた私のように」

 

 フィニアスは苦い表情のまま、マリーダの背中を見送った。そのまま視線を宙に彷徨わせていたが、ブラック家の屋敷から出るマリーダにお辞儀をするクリーチャーを見ると、フィニアスはまた狸寝入りを決め込んだ。





 スリザリン式教育(洗脳)


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ファンタスティックビーストと魔法使いの学舎

 

***

 

 イースター休暇が空けてもなお、ボグズミード周辺の霧は晴れなかった。ディメンターはもはや制御不能なのではないかと言う程に冷たい霧でボグズミードやホグワーツの周辺を覆い隠し、訪れようとする春を阻もうとしていた。

 

「折角のホグワーツが台無しだぜ。ディメンターは全部パトロナスで追い払ってやりてえ」

 

 ザビニはそんな冗談を飛ばせる程度には朗らかだった。女子たちはそんなザビニのことを頼もしく思ったのか、週末のボグズミード行きに付き合ってほしいと頼み込まれていた。

 

 

「予定があるんで別の日だ。……無理?それならしゃーねぇな。相談?今日の放課後ならいいぜ」

 

「相変わらず大忙しだね」

 ファルカスは茶化すように声をかけた。

 

「まあな」

 

 ザビニは肩をすくめてそう言った。

 

 

「トレイシーに愛想をつかされるんじゃない?」

 

「心配しなくても愛想つかされるほど甲斐性なしじゃねえよ。俺のことより、アズラエルと相談してた馬鹿話の件はどうなったんだ?うまくいったのか?」

 

 

「ああ、あれね。うん、いい感じに進んだよ。マクゴナガル教授も五年生と七年生の追い込みで忙しいけど、そろそろいいだろうって」

 

「そりゃよかったな。お前やハーマイオニーなら習得できるだろうよ」 

 

 ザビニはにっこりと笑った。

 

 アズラエルの計画は、エクスペクト パトローナムを習得した後、友人たちと一緒にアニメーガス取得を目指すというものだった。

 アニメーガスは、ピーター・ペティグリューやマクゴナガル教授が習得している魔法使いの技能で、杖なしで自らの体を動物に変化させるというものだ。習得には長い時間が必要な魔法薬を煎じる必要があり、失敗した場合は年単位での治療が必要となることから挑戦する人間もあまりいない。ハイリクスかつローリターンな技術の一つだった。

 

 

「どんな動物になるかは自分で選ぶことはできないようですけど、『上級変身用術』によれば、自分のパトロナスの姿になるそうなんです」

 

 とアズラエルは熱弁していた。パトロナスを出せるようになれば、自分がどんな動物になるのかが分かる。フクロウやコウモリ、ネズミやニフラーといった小動物が理想だとアズラエルは熱弁していた。

 

「お前それペティグリューみてえな発想だな。どうせならドラゴンとかにしろよ」

 

 とザビニが突っ込みを入れると、アズラエルは実用性を重視しているんですと反論した。

 

「それは目立ちすぎるし変身したとき困るじゃないですか」

 

 アズラエルの熱弁に、ハーマイオニーとファルカスは乗り気になった。しかし、ハリー、ロン、ザビニは習得を見送った。ハリーは別に習得したい魔法があったからで、ザビニは馬に変身することを嫌がった。ザビニ曰く、格好悪くなるからということだった。そしてロンは経済的な理由から習得を辞退した。ハリーはいずれは習得したいと思ったが、少なくとも今ではないと思っていた。高度なアニメーガスより、リディクラスや、転入生から教わった変身魔法など誰もが使えるような魔法をまずはものにしたいと思っていたのだ。

 

(アニメーガスになるって、何だかピーター・ペティグリューみたいだな)

 

 と、頭によぎった考えをハリーは追い出した。いくらなんでも、アズラエルとピーターを重ねるのはアズラエルに失礼極まりなかった。ピーターと違ってアズラエルがハリーを裏切ったことはただの一度もない。一年生の時アズラエルがやったことは、すでにハリーの記憶からは消え去っていた。

 

 この時ハリーは、アニメーガス習得を軽く考えていた。来年、来学期にやればいい、と。

 

 その判断が正しかったのか、間違っていたのかはまだ先の話であった。

 

 アズラエルがハリーたちに自らの野望を明かしたのは、大目標を定めてモチベーションを高め、パトロナスの習得を効率よく進めるためでもあったらしく、休暇明けのルーピン先生との補習では無形のパトロナスを長時間維持することに成功したようだった。そうしてハリーたちが少しずつだが着実な歩みを進める中、ホグワーツではちょっとした出来事があった。。

 

 

***

 

 イースター休暇明けのはじめての魔法生物飼育学の授業には、ハグリッドの他に特別な講師が招かれていた。その魔法使いは腰の曲がった老人で、時間きっかりにハグリッドの小屋へと現れた。

 

 

「こちらの先生は、お前さんたちも聞いたことがあるぞ。なんと、『幻の動物とその生息地』を書かれたニュート·スキャマンダー大先生だ!」

 

 生徒たちは驚いた。『幻の動物とその生息地』は、『モンスターブック』というなんの役にも立たなかった本とは異なりハリーたちに魔法生物の素晴らしさを教えてくれた名著だったからだ。ドラコはそんな高名な人間がハグリッドの授業に来るはずかないと嘲った。

 

「馬鹿馬鹿しいね。そんな有名人が来るはずがない。お前の言ってることが正しかったことが今まであったかい?」

 

「ハグリッドはユニコーンやサラマンダーやニフラーについて正しく教えてくれたわ。貴方が授業をちゃんと受けていないだけよ」

 

 ハーマイオニーがすかさず反論すると、グリフィンドール生はそうだそうだとハーマイオニーに同意した。その中にはもちろんロンもいた。グリフィンドール生の大勢が敵対的になると、ハリーたち四人を除くほとんどのスリザリン生はドラコの味方をし出した。

 

(……あ)

(やべっ)

(不味いですね) 

 

「誰もお前の意見なんか聞いてない。このー」

 

 ハリー、ザビニ、アズラエルはドラコの癇癪が爆発しそうになるのを感じた。ハグリッドが教師としてドラコに教えるという事実自体が、ドラコの癇に障るのだ。そしてそれをハーマイオニーから指摘されるのも気に食わないだろう。

 

 

 それに、ドラコには純血主義者という立場もあった。ハーマイオニーになにも言い返さないのは面子が潰れると思ってもおかしくはない。実際に差別発言などすれば、スリザリン以外からの評価は地の底に落ちるのだが。

 

 

 幸い、ハリーはドラコの斜め後ろにいた。ドラコが口を開く前に、ハリーはシレンシオ(黙れ)をドラコにかけようとした。しかし、老人がドラコとハーマイオニーの間に割って入った。ハリーはすぐに杖を下げた。

 

 

「いやはや、君の言うとおり、私はニュートスキャマンダー大先生ではない」

老人が小声で言った。よく耳をそばだてなければ聞こえないほどの声だった。

 

「ニュート·スキャマンダーはホグワーツに常勤するわけではない。今学期が終わるまで、ここで君たちの授業を眺めるだけの老人に過ぎない。私のことは気にしなくてもかまわないよ。さ、授業を進めてくれハグリッド先生」

 

 老人は一歩下がったハグリッドの小屋へと入ると、生徒たちに向かい合った。

 

「今年が始めての魔法生物飼育学の授業になるみなさん、どうぞよろしく。魔法生物との触れ合いを忘れないでほしい」

(……あれ?)

(なんか違うぞ?)

 

 ザビニとハリーは顔を見合わせた。ドラコは毒気を抜かれたかのように黙り込んでしまった。それから、小屋の外からこちらを覗いていたファングに気がついた。ファングは老人の匂いを嗅ぐと、突然嬉しそうに尻尾を振りはじめた。ファングが臆病ということは誰もが知っていたが、ハグリッドに対して見せるような態度だった。老人は杖を取り出し振ると、現れた椅子に座り込んだ。

 それから先の授業は終始穏やかだった。ニーズルに適切な量の餌を与えるように、という指示で、生徒たちはニーズルの可愛らしい挙動に魅了されてたちまち熱中した。ドラコはニュート·スキャマンダー氏の前で粗暴な行動をしたくなかったのか、それともニーズルがドラコに対して従順だったことで満足したのか、授業の終わりにはすっかり機嫌を直していた。

 

 

 

 ハリーは当初、ニーズルからはあまり好かれなかった。何人かの生徒はあまりニーズルに懐かれず、ダフネは動き回るニーズルと追いかけっこをする羽目になっていた。

 

(……多分僕の接し方が悪いんだな。……ちょっと毛並みが悪いかな、この子)

 

 ニーズルが腹を空かせていないと思ったハリーは、ニーズルの毛繕いから始めた。古びたブラシをロコモータによってせっせと動かし、ニーズルの毛並みを綺麗に整えると、ニーズルはようやくハリーの差し出した餌を食べ始めた。ハリーが差し出した少量の餌を食べ終えると、ニーズルは満足げに喉を鳴らした。ハリーにとって魔法生物飼育学はあまり得意な科目ではなかったが、それでも一つの気づきはあった。

 

 ニーズルの一匹一匹が、一つの命でありよく見れば個性があるということだ。性格も違うし、その日の体調によって機嫌も変わる。ダフネに与えられたニーズルは活発で運動好きな性格だったし、ドラコや他のほとんどの生徒たちのニーズルは素直で人懐っこい性格だった。それらと比べるとハリーのニーズルは少し気難しかっただけだと言うことだ。断じてハリーが闇の魔法使いだからなどではないとハリーは思った。

 

***

 

「ハリー。ニュート·スキャマンダー先生がホグワーツに来てるって本当!?」

 

「本当だよ。目を合わせてはくれないけど、とても好い人そうだった」

 

「うわぁー。会ってみたい!スノーカックがいるか聞きたいモン!ハリー、ハグリッドの小屋に一緒に来てもらっていい?」

 

「僕は構わないよ。ファルカスたちはどうする?」

 

 ニュート先生がホグワーツを訪れたというニュースはたちまちホグワーツ中に広まった。ルナはコリンを通してこのニュースを知ったらしく、魔法生物学者の話を聞きたがった。

 

「僕は決闘クラブで魔法の練習がしたいかな。ザカリアス·スミスと決闘する約束をしてるんだ」

 

 ファルカスはそう言った。ザカリアス·スミスはハリーたちと同い年のハッフルパフ生で、セドリックの後輩としてたまに決闘クラブを訪れることもあった。

 

「僕もファルカス先輩の決闘を見に行っていいですか!」

 

 コリンはイースター休暇の間に美容院に行ったのか、アフロを元の髪型に戻していた。ファルカスはコリンに対して優しく言った。

 

「いいよ。スミスに勝てるといいなあ」

 

「俺はファルが勝つ方に賭けるからスキャマンダーのところには行けねーわ。なんか面白そうな話が聞けたら教えてくれよ」

 

「そっかあ。ファルファルも頑張ってね。ハッフルパフの野蛮人はこてんぱんにしてもいいから。アズにゃんは?」

 

 ザビニが同行を断ると、ルナは少し残念そうな顔をした。ルナはアズラエルに話をふった。

 

「うーん、僕は魔法生物飼育学を取ってませんからねえ。ハグリッド先生に会わせる顔はありませんよ」

 

 アズラエルはニュート·スキャマンダーという名前を聞いたとき、かすかに眉を上げていた。断ったときも、普段より残念そうな声を出していた。

 

 ルナとザビニは不思議そうな顔をした。ハリーはアズラエルが嘘をついたのだと気づいた。スキャマンダー先生に会いたいなら、正直にそう言えばいいのだ。アズラエルは魔法生物飼育学を取っていないのではなくて、取りたくても取れなかったのではないだろうか、とハリーは思った。

 

(……ここは……)

 

「アズラエル。有体のパトロナスを出すためには、今までの自分がやってない経験を積むことも必要だと思うよ」

 

 ハリーはそうアズラエルを焚き付けた。アズラエルはハリーがそう言うと、少し嬉しそうな顔をして言った。

 

「……経験者がそう言うと説得力がありますね。僕も同伴させてください。本当のことを言うと、ニュート·スキャマンダー先生には一度会ってみたかったんです」

 

 こうして、ハリー、ルナ、アズラエルの三人はハグリッドの小屋を訪れることにした。ハリーはなんだか嬉しかった。アズラエルとはここのところあまり行動を共にできていなかったが、アズラエルはハリーの親友なのだから。

 




ここのハリーにしては珍しくアニメーガス習得を見送りました。

まぁリディクラスと変身魔法と基礎魔法の習熟と体術の強化とやることは山積みですからねえ。しかしハリー、錬金術師志望のわりに戦闘能力にスキルを振りすぎである。環境のせいもあるけど。


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魔法使いの倫理

***

 

『魔法生物に情を持つな。あれは所詮道具だ』

 

 

 それが、三年生の選択科目で魔法生物飼育学を受講したいと言ったときにアズラエルが祖父からかけられた言葉だった。

 

 

 アズラエルの一族が経営する会社は、表、つまりマグルの世界では名の知れたスポーツ用品メーカーである。表の世界でもそこそこ有名なブランドであるが、裏、つまり魔法界では魔法使い用の箒メーカーも経営している。魔法族とマグルの間の倫理観の違いや安全意識の差から両方の世界にまたがって会社を運営するのは容易ではないが、それでも『純血』を自称できる程度には、資産のある一族としての地位を確立できていた。

 

 裏の仕事である箒メーカーとしては、箒やその周辺の整備用道具やクィディッチ用のマント、ブラッジャーやクァッフルまで取り扱っている。他の大勢のスリザリン生と同じく、アズラエルにとっても家族の言葉は絶対だった。

 

『箒を一本作り上げるのにも、数多の魔法生物を殺し、魔法生物が棲息する森を破壊している。そんな我々が魔法生物を飼育するなど、傲慢にも程があるというものだ』

 

 一見すると、祖父の言葉は正しいように思えた。箒にも杖と同じように、魔法生物の肉体の一部が使われている。そもそもクィディッチというスポーツ自体、スニジェットという魔法生物を狩り尽くした果てに生まれた競技だ。自然も魔法生物も征服し自在に管理するためのものであって、愛でるためのものではない。

 

 しかしだからこそ、アズラエルにも言い分があった。

 

『ですが、道具なら正しく管理する方法を知るべきじゃあないですか?どんなにいい箒でも粗雑に扱えばすぐ壊れてしまいます。魔法生物を効率よく飼育する(そだてる)方法だって知っておいて損はー』

 

 そんなアズラエルの反論は、小賢しいと一蹴された。

 

『命を奪う側である以上はそれを弁えろと父上は仰っている。お前が魔法生物飼育学を受講する必要はない』

 

 アズラエルの父も祖父に便乗した。祖父が経営してきたグループの中でも基幹となる箒メーカーを引き継いだ父は一族でもやり手だった。その父も、祖父の意向には逆らえない。

 

『でも。将来のためには皆と同じ授業を受けることだって必要でしょう。ハリーやミスグレンジャーやミスタウィーズリーと交流することは許してくれたじゃないですか!』

 

 アズラエルはそう懇願したが、結局は許されなかった。

 

『ブルーム。純血主義などは本気で信仰する必要もない。思想というものは時代の流れで評価が変わる不安定なものだ。だから裏切り者のウィーズリーやマグル生まれの子供との交流も許した。……しかしそれとこれとは話が別だ。箒作りは我々の稼業であり、我々の誇りなのだ。魔法生物にうつつを抜かすようでは、箒の事業を継がせることは出来んぞ』

 

 祖父も父も、そう言うとさっさと仕事に戻ってしまった。アズラエルは自室で一人、『幻の動物とその棲息地』を眺めながら、自分はこの授業を取らないのだと言い聞かせた。幼き頃に祖父から買ってもらったこの本を、アズラエルは何度も何度も読み返していた。

 

 

***

 

 

 そしてアズラエルは三年生になった今、かつて憧れたニュート·スキャマンダーに会うために、ホグワーツ城から少し離れた森小屋へと足を運んでいた。

 

 アズラエルの前には眼鏡をかけたハリー・ポッターが、後ろには虎の帽子をかぶったルナが続く。アズラエルの胸中は少しの期待と、そして不安に包まれていた。

 

(……スキャマンダー先生に失礼があってはいけません。特にルナには念入りに確認しておかなければ)

 

「今日出会う人は有名な方ですからね。くれぐれもスノーカックとかの話はしないようにお願いしますよ」

 

「なんで~?魔法生物の学者なら見たことあるかもしれないよ?スノーカックとかさ」

 

「そういう問題じゃありません。あの人は魔法生物研究の第一人者なんです。変なことを言って気分を悪くされたらどうしますか」

 

「ええ~?」 

 

 アズラエルとルナは口論になりかけたが、ハリーが間に入って仲裁した。

 

「……スキャマンダー先生は優しそうな人だったよ。外国の珍しい魔法生物について聞いてみればいいさ。話の流れでスノーカックの話題が出るかもしれないし、なかったら自分で探せばいい。そうだろう、ルナ?」

 

「ほーい」

 

 ルナが素直にハリーの意見を聞いたので、アズラエルもほっとした。そしてハリーに視線でお礼を言った。

 

 

(ありがとうございます。柄にもなく熱くなりました)

 

(気にするな)

 

 アズラエルとハリー、ルナがハグリッドの小屋の前にたどり着いたとき、中からハグリッドともう一人、野太い大人の男性の声がした。

 

「スキャマンダー先生、それは無茶と言うものです!!」

 

 

「……どなたでしょう。スキャマンダー先生でも、ハグリッド先生でもありませんね」

 

 その男性の声には焦った雰囲気があった。アズラエルには誰の声かわからなかったが、ハリーが反応した。

 

「二人とも、ちょっと隠れて聞いてみよう。……僕はこの声をどこかで聞いた気がする」

 

 

 ハリー、アズラエル、ルナは耳をそばだてて話し声を聞き取ろうとした。断片的にではあるが、小屋の中の会話を聞くことができた。

 

 

「……しかしエイモス。政治の都合で作られる命が哀れでならない。君ほどの男が、交雑種を安易に産み出すと言うことがどれ程危険で悲惨か知らないわけではないだろう?」

 

 穏やかそうな男性は、諭すような調子でそう話していた。ルナはアズラエルの頬をつつくと解説を求めた。

 

「ねえねえどういうこと?アズにゃん」

 

「どうやらハグリッド先生は、新種の魔法生物を作ろうとしておられるようです。スキャマンダー先生はそれを止めたいようですね」

 

「……品種の違う犬同士を掛け合わせるみたいなものなのかな。純血でないのが問題ってことかい?」

 

 ハリーはアズラエルに聞くと、アズラエルはいいえ、と言った。

 

「どうもそういったレベルではないような雰囲気ですね。それならスキャマンダー先生もわざわざ反対しないでしょう。狼とバウンドウルフとか、野犬と狼の混血は自然界でも起きることです。そんな次元ではなく、生態が異なる魔法生物同士を組み合わせてキメラでも作るつもりなんでしょうか……?」

 

 ハリーはアズラエルの言葉に身を震わせた。一体どんな怪物を作ろうと言うのだろう。

 

(不死鳥とドラゴンを掛け合わせるつもりかな……さすがにそれはない……ないかな。ハグリッドはやるんじゃないか?)

 

 ハグリッドはハリーたちが一年生のとき、ドラゴンを違法に飼育しようとしたことがある。ハリーはハグリッドが一匹しかいない動物に家族を作るために、新種の生物を作ろうとしているのではないかと想像した。ハグリッドの優しさは本物だとハリーは思っていたからだ。

 

「でも新しいUMAが出来るんでしょ?なんでダメなの?」

 

 一方、ルナは純粋な好奇心が抑えきれないようにそう言った。レイブンクロー生は知識や新しい技術、己の興味のある分野の未知に対して時に寛大となり、そして未知を踏み外すこともある。ルナの興味は、まだ見ぬ生命へと向けられ、倫理的な制約にまでは目がいかない。

 

 そんなルナの疑問が聞こえたわけではないだろうが、小屋の中のスキャマンダー先生がその疑問に解答してくれた。

 

「エイモス。それにハグリッド先生。繰り返すが、自分達のやろうとしていることの危険性を今一度よく考えて欲しい。交雑種は子孫を残せない可能性が極めて高い。マグルの科学によれば、染色体異常によって第二世代を残すことが出来なくなる。……そんな不幸で悲惨な存在を産み出すことが、本当に正しいと思っているのですか?」

 

 

「先生、俺はそこまで考えていませんでした……ただ、お偉方が俺を頼ってくださるのが嬉しくて……」

 

 畏まっているハグリッドに対して、

 

「魔法生物は責任をもって魔法省が管理します。これには魔法省の威信がかかっているのです!止めるわけにはいきません!」

 

「エイモス。魔法省が来年のアレに向けて新種の魔法生物を産み出そうとしていると聞いて、私はフクロウを飛ばしてそれを妨害しました。……そして最終的にハグリッドのところに話が回ってきたと言うわけですが」

 

「アズにゃん、わかんない!例のアレってなに?」

 

「え!?えーとですねえ。……大きなイベントだと、確かワールドカップがある筈です。それのエキシビジョン用でしょうか」

 

 ハグリッドとスキャマンダー先生の話を聞いていて、ルナがアズラエルに尋ねた。ハリーは苦笑してルナを取りなした。

 

「……静かに聞いていれば分かるかもしれないよ、ルナ。会話の流れを見守ろう」

 

 しかし、会話のなかで来年にある『何か』について分かる前に、小屋の中で動きがあった。ハグリッドでもスキャマンダー先生でもない第三者、エイモスと呼ばれた人間が立ち上がった音がした。

 

「今になって止めようとされても無駄なことです!魔法省の決定は覆りません。スキャマンダー先生!我々は英国魔法界の威信にかけて、何としても来年のイベントを成功させる義務があるのです!!どうか分かってください……」

 

 

「『我々』は、産み出した生命に対する義務を完遂できないかもしれないのに?」

 

 ハリーはスキャマンダー先生の声の調子は変わらないのに、その場に居たくないと思った。温厚な人が怒るときほど怖いことはない、とハリーは思った。スキャマンダー先生は教師が生徒に諭すように、エイモスという魔法省の役人を説得しようとしていた。

 

「交雑種が長く生きられないと先ほど私は話しましたが、別の懸念もあるのですよ、エイモス。……手に追えないものが産まれるという可能性も、考えなくてはならない。例を一つ挙げましょうか」

 

「今ホグズミードをうろついている霧の正体を君たちも知っていると思います。闇の魔法使いエクリジスが産み出したディメンターを、我々はついに駆逐できなかった。それどころか、あれの『死』を観測できたことすらありません。軽々しく新しい種族の魔法生物を産み出すということは、生態系を乱し、ディメンターと同じ過ちを繰り返すことにもなりかねない」

 

「どゆこと?」

 

 首をかしげるルナに対して、ハリーはディメンターに関する資料で呼んだ記述を思い出し、説明した。

 

「レシフォールドって闇の魔法生物をエクリジスって闇の魔法使いが改造してディメンターを作ったと言われてるんだ。それまではディメンターは観測されていなかったらしいよ」

 

「予想より録でもない経緯でディメンターが誕生していたんですねえ。……そういうモンスターが森とか川とかに君臨すると、食べる側と食べられる側のバランスが崩れるんです」

 

「それは知ってる。食物連鎖ってやつ?」

 

 ルナの言葉にアズラエルは深く頷いた。

 

「ええ。スキャマンダー氏は、『絶滅』する魔法生物を『保護』するというのは人間のエゴだと著書で書いておられました。ですが、安易な考えで自然界で成立しているバランスを乱すことは流石に我慢ならないのでしょう」

 

「アズラエルはスキャマンダー先生派か。ルナはハグリッド派?」

 

「うん。ハリーは?役人派?」

 

「ニュートラル」

 

 ハリーが言うと、アズラエルは肩をすくめた。

 

「スキャマンダー先生には頑張って欲しいですね。魔法省が引くとも思えませんし、この話は長引くかもしれませんね……」

 

 アズラエルは強くスキャマンダー先生に同調した。手がつけられない怪物などお断りだとアズラエルは目で語った。

 

「スキャマンダー先生。魔法省はディメンターを制御できています。揚げ足取りはやめていただきたい」

 

 エイモス氏は心外だと語尾を荒げた。

 

 

 

「ではなぜディメンターを撤退させないんです?新聞では、世間を騒がせた闇の魔法使いはもういないと書いてありますが……」

 

 

 スキャマンダー先生はどうやらデイリープロフィットを信じているらしかった。ハリーにとっても、本当にドロホフやシトレが死んでいた方がいいのは確かだ。何せ連中は、人を躊躇なく殺せると分かっているのだから。

 

「私の預かり知らぬところですよ、それは。大臣はこのところイベントへの準備に余念がなくて睡眠不足だとは聞きますがね!」

 

「ま、まぁまぁエイモス。そういきりたつな。タンポポ茶でも飲んで落ち着け、な?スキャマンダー先生もあんまりエイモスを苛めんでやってください。こいつも上の指示でやっとるだけなんです」

 

 エイモス氏が投げやりにスキャマンダー先生と対立するので、ハグリッドが仲裁に入らねばならなかった。ハリーはそろそろ頃合いだとアズラエルとルナに言った。

 

「入ろうか。たぶんこのままだと事態が進展しないし、僕らの目的も果たせない」

 

「え!?……いや、ハリーらしい考えですけど一体どうするんです!?今めちゃくちゃ立て込んだ話の最中だし帰れって言われるに決まってますよ!?」

 

「そんなの大丈夫に決まってるだろ」

 

 ハリーは事も無げに言った。大人たちの修羅場など、ハリーにとって知ったことではなかった。

 

 

「何食わぬ顔で『うっかり話を聞いちゃった』ってふりをして入って、この事をみんなに話さないって約束する代わりに見せてもらうのさ。一体どんな魔法生物を掛け合わせようとしているのかをね。スキャマンダー先生とハグリッドたちのどっちが正しいのか、それで分かる」

 

「賛成!!あたしも魔法生物見たいモン!」

 

「……いや、貴重な魔法生物だとしたら見せてくれるとは限りませんよ!?気難しい子かもしれないじゃないですか」

 

「でもさ、アズラエル。スキャマンダー先生の話が聞けるチャンスだよ?それもわりとためになるっぽい話。聞きたくないの?」

 

 アズラエルは止めては見たものの、結局はハリーとルナの後ろにくっついてハグリッドの小屋に入り込むことを選んだ。ハグリッドの小屋に入ったハリーは、魔法省の役人が見知った顔だったことに衝撃を受けた。ハリーの好敵手であり尊敬する先輩でもあるセドリック·ディゴリーの父、エイモス·ディゴリーが、ハグリッドの淹れたタンポポチャに口をつけていた。エイモス·ディゴリー氏は魔法生物規制管理部に所属しているとシリウスが言っていたことをハリーは思い出した。

 

(うん……うん、大人って大変なんだな)

 

 ハリーはエイモス氏がすっかりやつれきっていることに気がついた。目の下に隈があり、痩せこけたエイモス氏の容貌から、法規制の穴をつき、規則に抵触しない範囲で合法な新種を作り上げるために奔走していたことを察したからだ。

 

 




魔法生物を道具として見るか
家族として見るか
命として見るかは貴方次第です。


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怪獣の花唄

ルナ、ニュートと邂逅。


 

「おお、ハリー!それにルナとブルームもか。お前さんたち、一体どうした?」

 

 ハリーたちが小屋の中に入ってきたとき、ハグリッドは嬉しそうに破顔した。しかし、ハリーがエイモス氏とスキャマンダー先生を見比べるように視線を移すと、その表情を硬くした。

ハリーはスキャマンダー先生の表情から、何か決意のような物が読み取れた気がしたが、あえて無視することにした。

 

 エイモス氏はハリーの視線に気がついたようだったが、何も言えずに黙っていた。

 

(……魔法生物規制管理部って……)

 

 魔法省の仕事は真面目にやればやるほどきりがない、とはシリウスの言だったが、エイモス氏の姿はまさにそれを象徴しているように見えた。明らかにやりたくてやっている仕事ではなさそうだったからだ。

 

 社会に出れば、必ずしも望んだ仕事に就けるとは限らない。闇祓いの仕事を望みながらも、適正試験と面接で落とされたシリウスのように。魔法使いとしての技量が優れていたとしても、性格や適正で不適格となることはあるのだとシリウスは言った。

 

 望んだ会社や望んだ部署に就ける人間などほんの一握りで、その一握りの人たちでも望まざる仕事は振りかかってくる。ハリーはエイモス氏に内心で黙祷を捧げた。

 

 一方、ハリーの後ろにいたアズラエルはニュート·スキャマンダー先生の姿に釘付けになっていた。憧れの存在が目の前にいるというだけでもアズラエルの気分は高揚していたが、スキャマンダー先生がその高い名声に相応しく、魔法生物学の一員として活動している姿にも感銘を受けていたのだ。

 

 アズラエルは、二年生の時ギルデロイ·ロックハートの正体に少なからずショックを受けていたホグワーツ生の一人だった。アズラエルは、ロックハートを魔法生物について適切な知識を持っている偉大な人だと思っていたのだ。教師として無能でも、人としては真っ当な人間だと信じていたのに、実態は教え子にすら手を出す卑劣な男だった。

 

 しかし、目の前の人は自分の生き方に対して誠実であるように思えた。それはアズラエルにとって非常に好印象だった。

 

「ハリー、ルナ、そして……ブルーム、だね?ルナとブルームははじめまして。ニュート·スキャマンダーです」

 

「はじめましてルナです!」

 

スキャマンダー先生が挨拶をしてくれたので、アズラエルとハリーは丁寧にお辞儀で返した。対して、ルナは元気よく挨拶を返した。

 

 

 スキャマンダー先生は三人の顔を順繰りに見て言った。

 

「君たちは、ハグリッドとエイモスさんが何の話をしていたか知っているね?」

 

 スキャマンダー先生は非難する調子ではなかった。ハリーは今更ここで嘘をつく意味もないとその言葉を認めた。あわよくばどんな生物を組み合わせるつもりなのかこの目で見たいと思っていた。

 

 ……少なくともこの数分後までは。

 

「はい。エイモス氏とハグリッド先生は新しい魔法生物を産み出そうとしておられるんですよね?」

 

「その通りだ。子供たちには分からないことかもしれないが、これはどうしてもやらなければならない事なんだ。英国魔法省が世界最先端の魔法生物学の権威であると証明し、世界の尊敬を勝ち取るための……」

 

 エイモス氏が重々しく口を開いた。エイモス氏自身がそう考えていなくても、仕事である以上はそれを遂行するのが役割なのだろうとハリーは思った。そんなルナは興味がなさそうにぼうっと小屋の中を見回していた。

 

 しかしスキャマンダー先生は頷かなかった。ハリーには預かり知らぬことだが、スキャマンダー氏もかつて魔法省に勤務した経験があった。だからこそ、エイモス氏やその上司が自身のキャリアのためにこのプロジェクトを進めていることを理解していた。

 

「あのう、魔法使いの都合で勝手に生物を産み出すのは正直どうなんです?合法で認可が降りていたとしても、スキャマンダー先生のように不快に思われる人はいらっしゃると思います。最悪、色々な団体から批判を受ける可能性だってあると思うのですが」

 

(……アズラエルにしては積極的だなぁ)

 

 アズラエルが言った。ハリーはアズラエルを意外な気持ちで見つめた。アズラエルは魔法省や権威に対しては寛容な姿勢をとっており、ハリーたちのなかでは最も常識人だと思っていたからだ。

 

(……ということは、そう思う人も多いってことかな)

 

 アズラエルの意見は大多数の魔法使いが思うことでもあるとハリーは考え、事態の推移を見守った。

 

「いやいや。こういった物事にはインパクトが重要でね。新種が産まれたというニュースは、今の魔法省を支えてくれる追い風になる。魔法生物規制管理部としては、実績を出しておくに越したことはないんだ」

 

 エイモスの意見に、ハグリッドはそうだと何か思い付いたような顔をした。

 

「そうだエイモス、ハリーたちやスキャマンダー先生に新しく産まれたあの子を見てもらうのはどうだ!可愛い子を見れば、きっと考えも変わる!」

 

「……ハグリッド、君という人は……」

 

 エイモス氏が苦々しく言った。スキャマンダー先生は衝撃を受けたような顔で、ハグリッドを、そしてエイモス氏を見た。あまりの事実に脳が理解を拒んでいるようにハリーの目には見えた。

 

(……そう言えばイースター前にも役人がハグリッドのところに来ていたっけ)

 

 スキャマンダー先生はホグワーツに来るのが遅すぎた。

 

 もう新種の魔法生物は誕生していたのだと、ハリーは悟った。そして安易に足を踏み入れたことを後悔した。

 

(知らなきゃ良かったなぁ)

 

「……何……ですって……?」

 

 アズラエルは言葉が出ない。この先どんな事態になるのか全く予測できない怪物か、それとも人畜無害な可愛い生き物が出てくるのかは分からないが、脳が思考を拒んでいた。常識人のアズラエルは、ハグリッドが新種の生物を作り上げたという事実に驚いていた。

 

「え!?スゴーい!!どんな子なの?」

 

「ハグリッド。それを見せてくれ」

 

「……ええか?エイモス」

 

「……ここで見たことは他言無用でお願いします。君たちもだ、いいね?」

 

 スキャマンダー先生は何かに耐えるような表情で、しかし努めて冷静な声で言った。ハリーたちが杖にかけて他言しないことを誓ったのを確認すると、ハグリッドは小屋の奥に置いてあった樽に向けて杖をつついた。すると、樽が透明となり、樽の中の見たこともない魔法生物が見えるようになった。

 

 

「見てやってくれスキャマンダーさん!まだ産まれて一月も経っとらんが、もうすばしこい!俺ぁこいつに『スクリュート』って名前をつけてやりてえと思うんです!」

 

「……はじめまして。スキャマンダーです。ハグリッド先生、スクリュートというのはこの子の種族名だったね?この子の名前はあるのかな?」

 

 ハグリッドは嬉しそうに髭をさすった。

 

「スクリュートってのは俺が考えた種族名で、個人名はエリザベスです、先生。おてんばな女の子ですよ!」

 

「そうか。エリザベス。いい名前だね」

 

 

 ニュート·スキャマンダー先生は、慈愛をもって新種の生物に接した。ペット一匹一匹に名前があるように、スキャマンダー先生はハグリッドから名前を聞き、その生き物はハリーの目にはグロテスクに思えた。

 

 小さい樽の中に押し込められたそれは、目のない蠍のように見えた。とても獰猛で、今にも樽の中から飛び出して襲いかかってきそうだ。

 

 

(蠍の毒は猛毒だぞ……!)

 

 刺されれば魔法族でも身動きが取れなくなることは確実だった。マンティコアと同じ毒である保証もないが、とりあえずハリーは友人たちに指示を出した。

 

「アズラエル、ルナ、僕の後ろに。プロテゴ」

 

「こいつはマンティコアとファイアクラブの合の子でなぁ。マンティコアに似て本当に可愛いんだ。そう思うだろう?」

 

 ハグリッドはハリーに向けてそう呟いた。ハリーはスクリュートを見たエイモスが後退りするのを見逃さなかった。ルナは期待していた動物とは違ったのか、それとも頭を働かせながらスクリュートの挙動を観察しているのか、スクリュートを目撃した瞬間に黙り込んでしまっていた。

 

「マンティコア!?危険度XXXXXじゃないですか!ハリー!」

 

「プロテゴマキシマ(全力で護れ)。できればファイアクラブに似ていてほしかったね」

 

 ハリーはそんな必要はないと言うハグリッドの言葉を無視してアズラエルの言葉にしたがった。

 

「そう、可愛い」スキャマンダー先生が訂正した。

 

(感性が違う……)

 ハリーは魔法生物学者との埋められない価値観の差を感じた。

 

「マンティコアの知性とファイアクラブの温厚さを併せ持つ、優れた魔法生物」

 

「……になる、筈だ」

 

 エイモス氏が説明した。ハリーは『プロテゴマキシマ』を解除する気になれなかった。樽の中はひどくボロボロで、スクリュートが体の甲羅を樽にぶつける音が小屋中に響いていたからだ。ハグリッドがレベリオによって隠蔽を解除した瞬間から、樽の中のスクリュートが獰猛に暴れまわる音が小屋に響いていた。

 

「どうしてこうなったんです?……いや、本当にどうしてこんなことに……?」

 

 ハリーは、エイモス氏に質問した。エイモス氏は渋々ながら答えてくれた。

 

「ハグリッドに頼んだとき、私はセストラルとヒッポグリフや、グリフォンとヒッポグリフ……あるいは、ケルベロスとフェンリルの組み合わせを依頼した。しかし、どれもうまく行かず……成功したのがこの組み合わせだった」

 

 

「どうしてどれもこれもろくなものにならなそうな組み合わせなんですか!?」

 

「ハグリッド先生、エリザベスの樽に隠蔽魔法をかけてあげてください。私たちの姿が見えることは、彼女にとってストレスなようだ」

 

 スキャマンダー先生が厳しい口調で言い切った。その目には恐怖ではなく悲しみが見て取れた。

 

「この子は危険なんかじゃねえ!全部危険だと勝手に決めつけとるだけだ!」

 

 ハグリッドが言った。

 

「ハグリッド、この子たちは君が飼っているならば安全だと信じて杖に誓いました。その信頼に答えたいと思わないんですか?」

 

「そりゃあ、そう思うが……。スキャマンダー先生。あんたはどうなんです?危険はないと保証してくれますか?」

 

 ハグリッドは同好の士の理解を求めた。

 

「保証はできません。この子については慎重にならなければいけませんから」

 

 スキャマンダー先生は樽の中を熱心に観察しながら慎重に答えた。スクリュートはスキャマンダー先生がハグリッドのアドバイスに従って餌を樽の中へ投入すると、樽をつつくのをやめて一時的におとなしくなった。しかし、他の生物に対しては依然として興奮状態にあるのが見て取れた。

 

(目はないけど、人間を認識できているんだな。この子、個人の違いは分かるのか……?)

 

 

 ハリーはこの動物の生態について興味を持った。魔法生物は案外賢い生き物だ。スクリュートもといエリザベスに、ユニコーンほどとは言わなくてもニーズル程度の知性があるのなら狂暴であったとしても躾をする余地はある。ハリーはプロテゴに込める魔力を増大させてみた。スクリュートがハリーに特別の警戒を見せるなら、スクリュートには野生生物の本能である危機感や相手を良く観察する能力が備わっていることになる。

 

(……反応がないな……人間はみんな敵だと思っているのか、それとも見分けがついていないのかな?)

 

 飼い慣らされた動物は野生動物ならば持つ筈の警戒心を失うと、ハリーは他ならぬハグリッドから教わった。スクリュートには、そもそも野生という概念が存在しない。産まれてからずっとハグリッドに世話されるだけの生命だっただろう。

 

 それはつまり、スクリュートという生命そのものが非常に危ういということなのではないかとハリーは思った。ハリーたち人間にとっても、スクリュートという生命にとっても。

 

(……この子も不憫ではあるんだよな。産まれてからずっと外に出られないなんて)

 

 ハリーはふと、ダーズリー家にいた自分自身とスクリュートを重ねて考えてしまった。

 

(ストレスも溜まっているだろうし、かといって野放しにはできないし。樽の中は魔法で拡張されているんだろうけど、外敵のいない空間なんて本当の野生とは程遠いだろうしなぁ)

 

 

 ハリーはアズラエルやハーマイオニーからしばしば無謀と言われることはある。それでも、決闘クラブや数々の魔法生物との交戦や闇の魔法使いとの殺しあいを通して、相手を見て戦法を変えたりはする。しかしスクリュートは、そうした経験がない。自らを脅かす天敵の存在も知らず逃げるという選択肢を親から学ぶことができず、群れを作り孤独を癒す術すら知らない。ハリーはスクリュートに感情移入しないよう心を無にした。

 

 一方、アズラエルは不快そうにスクリュートから目をそらした一方、ルナはじっくりとスクリュートの体の隅々まで観察していた。やがてルナはそっと呟いた。

 

「この子の甲羅は綺麗だね」

 

「そうだろう!毒針避けの手袋をつけて撫でてやるとなぁ、エリザベスも喜ぶんだ!やってみるか?」

 

「う」

 

「ダメだよ」

 

 ルナが頷こうとしたので、ハリーが止めた。

 

「やっぱり毒持ちじゃありませんか!」

 

 スクリュートの体はファイアクラブを思わせるような固い甲羅で覆われていて、そこだけ見れば綺麗にも見える。目が存在しない頭部と、尾に存在する蠍の毒、そして、隠しきれない狂暴さを考慮しなければ。スクリュートはハリーたちの存在を認識すると、樽の中からでも分かるほど暴れ始めた。聞き分けのないダドリーのようだとハリーは思った。

 

「この子の好物は何だね、ハグリッド?」

 

「亀の肉ですスキャマンダー先生!」

 

 スキャマンダー先生はハグリッドの話を聞きながら、エリザベスとコミュニケーションを取ろうとしていたが、エリザベスがスキャマンダー先生に興味を示さず、与えられた亀肉だけに興味を示しているのを確認するとハグリッドに言った。

 

「……エリザベスに余計なストレスを与えてしまったな。ハグリッド先生、彼女をもとの安全な場所に戻してくれないだろうか。私が不信感を与えてしまったらしい」

 

「了解です。驚かせちまったなあ、エリザベス」

 

「マンティコアとファイアクラブの子供……。そんな命が産まれるとは想像もしなかった」

 

 

 スキャマンダー先生の言葉に、ハリーは同意した。

 

「先生、僕もです」

 

「……」

 

 アズラエルはなにか言おうとして口を閉じた。ハリーは何となくアズラエルの言いたいことを察した。

 

(……危険すぎるのは確かなんだよな……)

 

 スキャマンダー先生は、エリザベスの能力や特徴を把握することから始めたようだった。矢継ぎ早にハグリッドに質問をしては、驚愕に肩を震わせている。

 

「ハグリッド先生、この子は産まれてからどれくらいだね」

 

「二週間です。最初は三センチくれえのちっせえ群れだったんですがね」

 

「三センチか。それが今は十センチほどの大きさになったというのは素晴らしいことだ。産まれたとき、兄妹はいたのかな?」

 

 二人は意気投合していた。スキャマンダー先生はハグリッドの手綱を握り、産まれた命であるスクリュートに向き合うことを始めたようだった。

 

「十匹の兄妹が居たんですがね。同じところにいると、共食いしちまうんで」

 

「…………」

 

 ハリーとルナとアズラエルは顔を見合わせてヒソヒソと話した。ハリーの中で、スクリュートを可哀相と思う気持ちが一瞬で消え失せていった。

 

(スクリュートってさ、もしかしてお魚さん?それともめちゃくちゃ大食い?)

 

(そんな可愛い生き物じゃあなさそうですよ。そもそもマンティコア自体が最高レベルの危険生物なんです。ましてやその子供なんて……)

 

(でも観察してデータを取らないとなにも分からないよ。産まれてしまったからには育てるのが人間の義務なんじゃないかな?)

 

 ハリーはスクリュートの甲羅や毒針に興味を持った。特に毒針は、マンティコアの持つ蠍の毒がどのように変化しているのか気にかかる。

 

(……もしかしたら人類にとって有効な使い方を確立できるかもしれないし……)

 

 アクロマンチュラの毒のように、強力な毒は時として新薬に繋がることもある。仮にスクリュートがマンティコアと同じ蠍の毒しかなかったとしても、マンティコアより飼育が容易であれば、将来的には魔法使いにとって益にもなり得るのだ。

 

「他の子達は?今も生き残った子達はどれくらいだね?」

 

「四匹います。すぐにご覧いただけます!」

 

 エイモス氏は、スキャマンダー先生がスクリュートという魔法生物を観察する方向に進んだのを見て胸を撫で下ろしていた。

 

 ハリーはルナに目で合図を送り、ルナと一緒にハグリッドとスキャマンダー先生の後に続いた。アズラエルは無言でハリーに従い、三人も残りのスクリュートを見せてもらうことが出来た。その結果分かったことは、スクリュートはバウンドウルフやトロルより狂暴な生き物だということだった。

 

「ハグリッド。マンティコアやファイアクラブの血をひいているからといって、全てのスクリュートが獰猛で危険な生き物というわけではないのだろう?」

 

 スキャマンダー先生が訊ねた。

 

「もちろんです先生!」とハグリッドは嬉しそうに言った。

 

「エリザベスはちいっとばかし攻撃性が高いように見えますがね。末っ子で兄弟から構ってもらえねえのが寂しいんです」

 

「共食いして死ぬなら兄たちに構わせたらダメじゃないですかねぇ!?」

 

 アズラエルの突っ込みをハグリッドはスルーした。

 

 

「群れの他の連中はエリザベスほど狂暴じゃねえ。こいつらが危険なんてことはねえぞ、アズラエル」

 

「いや人間にとっては危険きわまりないと思うんですが。そもそも共食いしている時点で狂暴じゃないってことはありませんよね?」

 

(もっと言っていいよアズラエル)

 

 ハリーも内心でアズラエルに同意した。同族相手にすら襲いかかるような生き物が、他の動物に友好的に接するなど出来るとは思えなかった。

 

「我々魔法生物学者から見ればそうだな、ハグリッド。そういう生態の生き物は珍しくない。しかし残念ながら、一般的な観点から言うと今の時点でも十分に危険だ」

 

 スキャマンダー先生はすっぱりと断言した。その目には優しさとそして諦めがあった。

 

「ハグリッド、この子たちは森に出してはいけない。それは約束してくれるね」

 

「そんなあ先生……。それはこいつらが可哀相です。俺はこいつらを自由にしてやりてえ……」

 

 ハグリッドが悲しそうな顔をしたので、スキャマンダー先生がなだめるように言った。

 

「ハグリッド、君の決断を責めているわけではないよ。君の気持ちそのものは分かる。しかし、禁じられた森には既にコミュニティが存在するんだ」

 

 スキャマンダー先生は学生に説明するように言葉を続けた。ルナもハリーもアズラエルも、ハグリッドも先生の言葉を傾聴した。

 

「危険生物の飼育というのは繊細な扱いを要するものなんだ。それこそ、杖を扱うように丁寧にならなければならない。決して感情的にならずに、専門的な知識に基づいて行わなければならない。ハグリッド先生、君が命をかけてこの子たちを守るというのなら、この子達が野生に解き放たれないよう育てることが君に課された義務だ」

 

 アズラエルはハグリッドに見えないようにハリーの脇腹をつねった。ハリーはアズラエルがスキャマンダー先生に抗議するのではないかとヒヤヒヤした。しかしアズラエルは冷静だったし、ハグリッドを無駄に責めたいわけでないようだった。ハリーはこの友人の判断基準をつかめずにいた。アズラエルはハリーの耳元で囁いた。

 

『スクリュートは今すぐに始末する必要があると思うんですが、やっぱり難しそうですねえ』

 

 ハリーはアズラエルの耳元に囁き返した。

 

『スキャマンダー先生にもハグリッドにもそれは出来ないんだよ、きっと。魔法省がスクリュートを危険だと判断したら役人が殺しに来るだろうけどね』

 

『なんだか胸糞悪いね。勝手に作って勝手に閉じ込めて都合が悪くなったら殺すなんて』

 

 

 ルナは普段からは考えられないほど冷めていた。アズラエルは対称的に、きっぱりと言った。

 

『それが勝手に作ったものの責任って奴なんですよ。あいつらが人を襲ったらどうするんです?下手をすれば死人が出ますよ。……その代わり、ちゃんと飼われてくれるなら育てきるってことです』

 

 

「この子たちを自然に解き放つことがあれば、どんな影響があるか分からない。……産まれた命である以上は、責任をもってここで育てきることが我々にできる最善なのだろう……」

 

 ハグリッドはルナとスキャマンダー先生の言葉を噛み締めているようだった。そして、決心したように頷いた。

 ハリーはこの決断が、ハグリッドにとって、というよりも将来の英国魔法界にとって大きな責任となるだろうと思った。

 

 ハリーはアズラエルをちらと見た。アズラエルはハグリッドとエイモス氏を睨んでいた。ハリーにはスキャマンダー先生の言葉の意味が分かるような気がしたし、アズラエルにも理解して欲しいと思っていたからだった。

 

『君は正しいことを言ってると思うぞ、アズラエル』

 

『でも、人に危害を加えてない生物を殺すのはよくない。そういうことだよ、きっとね』

 

 ハグリッドの決断にやんわりと反対の意を表するアズラエルを、ルナとハリーが説得する。アズラエルは納得しなかったが、ハグリッドやエイモス氏に言いつのることはなかった。

 

「……他の新種はない、と見てもいいのかな?」

 

 スキャマンダー氏はハグリッドにそう尋ねた。ハリーはスクリュートのインパクトに圧倒されていたが、まだまだ新しい魔法生物が出てくる可能性を思って身震いした。

 

「勿論ですよ。流石の我々もそうそう新種を作り出すことは出来ません」

 

 エイモス氏はそう言ったが、スキャマンダー氏は信用していないようだった。

 

「少なくとも今学期の間はここに残らせて貰います。ハグリッドの補助教員としてね。ダンブルドアと話はついています」

 

「それがいい!ですよね、ハグリッド先生!」

 

 アズラエルは喜びを隠せずに言った。ハリーも同意した。

 

(こ、これで最後であってほしい……!)

 

 新種の魔法生物創造計画は何もスクリュートだけだと限った話ではない。失敗した計画についてもエイモス氏が話してくれはしたが、スクリュートが成功したことでさらに次を、とさらなる怪物を造り出さないとも限らないのだから。

 

 エイモス氏は話が纏まったことで安心したのか、そのあとすぐにハグリッドの小屋を辞した。

 

 ハリー、アズラエル、ルナはエイモス氏が去った後も小屋に残り、スキャマンダー先生からサンダーバードの話を聞いたり、スキャマンダー先生のトランクにいたやオカミー(つばさを持つ蛇)と蛇語で会話したりしながら楽しい時間を過ごした。オカミーは体長四メートルになる大人の雌で、ハリーたちにも友好的だった。

 

「た~のしー!!ありがとうオカミーちゃん!最っ高!!」

 

『ルナは貴方にありがとうと言っています、オカミーさん』

 

『喜んで頂けて私も嬉しいです。ブルーム、ハリー、貴方たちも乗りますか?』

 

「アズラエル、背中に乗せて貰えるらしいよ」

 

「是非お願いします!」

 

 ルナはオカミーの背中に乗らせて貰い、禁じられた森の上空を飛び回った。色々なサプライズはあったものの、ハリーもアズラエルもオカミーの背中から禁じられた森を上空を見て回った。森の中は広大でほんの一部しか見渡すことはとても出来なかったが、聖域らしき大樹や恐ろしいほど深い樹木、ケンタウロスたちが焚き火をしているところもあった。

 

 オカミーから降り、スキャマンダー先生にお礼を言ったアズラエルは、そのあと持参した『幻の生物とその生息地』にスキャマンダー先生のサインを貰ったことで、飛び上がるほど喜んだ。

 

 それから三人はハグリッドたちににさよならを言ってホグワーツに戻った。大広間で夕食を取り、ふくろう小屋へ手紙を出しに行ったルナと別れたあとハリーとアズラエルは二人で歩いていた。話題はオカミーやスキャマンダー先生の偉業についてだったが、やがて魔法省の指示で産み出された例の生物の話になった。周囲を見回して人がいないことを確認して、ハリーは言う。

 

 

「将来的に間違って解き放たれたアレのせいで禁じられた森の生態が壊れる、なんてことにならないといいけどね」

 

 ハリーは禁じられた森に住むフィレンツェたちを思い浮かべて身震いした。まさかこんな形で彼らの身の安全を心配することになるとは夢にも思っていなかった。ハリーたちの立場で考えれば、突然身の回りに得体の知れないミュータントが出現するようなものなのだ。

 

「ハグリッドがあのスクリュートを全部ちゃんと世話してくれることを願うよ。責任重大だ」

 

 ハリーがアズラエルにそう言うと、アズラエルはハリーの顔を見て深くため息をついた。彼は髪の毛をかきむしりながらこう言った。

 

「君、ハグリッドに愛想が尽きないんですか?言っておきますけど魔法省の指示とはいえアレを産み出したのはハグリッドですよ?正気の沙汰とは思えません」

 

「スクリュートがマンティコアより有害になるか、それとも穏やかで使える生き物になるかは今のところ分からないじゃないか。これから判断しようよ」

 

 ハリーが何となくそう言うと、アズラエルは少し考えるようにしながら答えた。

 

「……有用な道具を大切に扱うべきという考え方は嫌いじゃないですよ。僕も使えるものは使うべきだとは思います。ただ、ひとつの命として考えたとき、他の命にとって危険でしかないものを産み出すことに意味はあるのかって考えてしまうんです」

 

 ハリーはアズラエルの意見に一定の理解を示しながらも、スクリュートにもいいところがあると言った。

 

「危険なことは確かだよ。でも、リスクばかり話していても始まらない。だってもう産まれてしまったんだから。僕はアレの甲羅や毒針の方に興味があるよ。アズラエルも、アレの活用方法を考えてみない?」

 

 

 ハリーは努めて明るく言った。ハリーはハグリッドがあの危険な魔法生物を育ててくれることを望んでいた。それはハグリッドの優しさを信じているからだし、もしハグリッドが選択を間違えたとしても、そのときはハリーがスクリュートを殺害するなりして軌道修正してやればいいと思ったからだ。それだけの実力はあるとハリーは自分の力量を信じていた。

 

「もしも問題が起きたら?この先、何かの間違いであれが森に解き放たれるようなことがあるかもしれませんよ?」

 

 アズラエルが不安そうにハリーに聞くと、ハリーは断言した。

 

「そのときは僕がスクリュートを殺してでも皆を守るよ。僕ならできる」

 

 ハリーは無闇に闇の魔術を使うことはしなくなった。しかし頭の片隅には、自分が強くなっていることに対する実感と過信から来る驕りが芽生えていた。人を殺した怪物を殺すことに躊躇いを覚えず、いざその時は殺せると疑わない程度にはハリーは若く傲慢だった。

 

「……君なら出来そうな気がするのが恐ろしいですね。けれども、そんな日が来ないことを祈りますよ、僕は」

 

 アズラエルはハリーの顔をまじまじと見つめて微笑んだ。ハリーはアズラエルの不安を取り除くことが出来たと思い、にっこりと微笑んだ。四月のホグワーツには暖かい春の暖気が流れ込んできていた。

 




ハリーさんは思考が大分スリザリン寄りになっています。情はあるけどね。


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正義感と好奇心

ファルカスのタロット占い
ハリー→愚者
ザビニ→戦車
ファルカス→隠者
アズラエル→節制


***

 

 寮の部屋に戻ったハリーとアズラエルは、満面の笑みのファルカスとザビニに迎えられた。

 

「勝ったんだね。おめでとうファルカス。スミスは強かった?」

 

「余裕だよ」

 

 ハリーとファルカスはハイタッチした。もともとファルカスは四人組のなかではハリーの次に強いので、ハリーはファルカスの勝利を疑っていなかった。ハリーはファルカスの次はザビニに話しかけた。

 

 

「……それで、ザビニはいくら儲けたの?」

 

「4シックル。これでトレイシーに新しいプレゼントでも買ってやるさ」

 

 ザビニはにやりと笑った。ザビニの美貌が輝くのは、やはり少し悪いことをした時だなとハリーは思った。

 

「勝負に勝ったのは僕なんだけどなぁ」

 

「ファルカスにはバタービールを奢ってやるよ。また機会があったら頼むぜ」

 

 二人はトトカルチョで大儲けしたのだ。アズラエルはくれぐれもバレないように今回限りにしてくださいね、と二人に忠告した。

 

「バナナージ先輩にバレたらクラブ出禁ですよ?まったく呆れましたね」

 

「禁じられた森をうろついたり闇の魔術を使ったりに比べたらマシだろ。賭けの金額も小遣いレベルだぜ?」

 

「僕はやってないので忠告できますねえ」

 

「お前一人だけいい子ぶってんじゃねーよ……今更だけど俺らは規則違反の不良グループだかんな。そこんとこ自覚しとけよ」

 

「そんな!僕は一応優等生のつもりだったのに!!」

 

 アズラエルは大袈裟によよよと崩れ落ちる。

ザビニはそんなアズラエルを見て笑う。ハリーはザビニに釘をさした。

 

「賭けはこれぐらいにしておきなよ。勝ったときはともかく負けたら損をするだけだから」

 

「一番の悪の言うことは一味違うねえ。そこは倫理的にどうかって止めるとこだろ」

 

 ザビニもそれ以上アズラエルをいじるのはやめたようで、話はDADAの宿題のことになった。

 

「スネイプのやつ、狼人間のレポートを書かせるなんて何考えてんだ?」

 

 ルーピン先生は、このところ体調を崩して授業を休み、代わりにスネイプ教授がDADAの授業を担当していた。スネイプ教授は授業の準備に時間が取れなかったのか、河童の生息地を間違って教えるなどの細かいミスはあったものの矢継ぎ早に教科書を進め、ハリーたちがまだ学ばないはずの人狼について講義すると、その見分け方についてレポートを出すようにと言った。

 

(スネイプ教授はいつもやり方が露骨すぎる……)

 

 ハリーはスネイプ教授がルーピン先生を追い出したいがための授業であることを感じ取っていた。もともとスリザリンでもある程度勉強熱心な生徒はルーピン先生の持病について察していたが、今回の授業で察する生徒は更に増えるだろう。

 

(今ルーピン先生を追い出すメリットはない。スリザリンの皆がそれを分かってくれればいいけど、まぁ無理だろうな)

 

 五年生と七年生にとっては、たとえ人狼であろうが正しい知識を持ち、適切な指導をしてくれる教師であるほうがいい。しかし、スリザリンの純血主義者にとってはそうではないだろうとハリーは察していた。

 

 

 

(……ダフネはルーピン先生の事情に気づいただろうか……?)

 

 ハリーは好きな人がショックを受けたのではないかと思った。出来れば、ルーピン先生がホグワーツを去るまでは気付かないでいてほしいと思った。それはハリーの願望でしかなかった。

 

 ハリーの推測は一部は正しく、そして一部は間違っていた。

 

 狼人間を闇の魔法生物と捉えているのは、何も純血主義者に限った話ではない、ということを、ハリーはこれから思い知ることになる。

 

「でも、狼人間なんてそう多いもんじゃないよな?」

 

 ザビニは幸いにもまだルーピン先生の正体に気付いてはいなかった。ハリーが何か言う前に、アズラエルが言った。

 

「人狼に噛まれて人狼になる人間は年々増えています。そうならないように、人狼の見分け方を覚えろということですね」

 

「皆はさ、人狼をどう思う?」

 

「何だいきなり?」

 

「んー、レポートの参考がてら人狼って種族自体への考え方を聞きたくて。ほら、僕は魔法界歴が短いし」

 

 ハリーは皆に人狼についてどう考えているのかを問いかけてみた。真っ先にファルカスが答えた。

 

「勿論、魔法使いの世界から排除すべき存在だよ。前の内戦のとき、狼人間のほとんどは例のあの人に付き従って暴れ回ったって話だよ?僕が闇祓いになったら、人狼は逮捕してアズカバンにぶちこむね」

 

「おー、いいぞファルカス。やれやれ闇祓い!!」

 

「珍しく意見が合ったね、ザビニ」

 

 ザビニが言った。ハリーはファルカスもルーピン先生が人狼であることに気付いていないと知った。ザビニは更に言葉を続けた。

 

(ファルカスにも言えない……な)

 

「何ならよ、ハーマイオニーに相談してみたらどうだ?あの優等生なら答えてくれるだろ?『人狼の効果的な見分け方ととその排除方法について』さ」

 

「……」

 

 ハリーは何とも言えない気分になって黙り込んだ。人が最も残酷になれるのは、正しいことをしていると信じている時なのだ。ハリーは間違っていると分かっていても残酷なことをするが。

 

「ハーマイオニーは……」

 

 アズラエルは少しいい辛そうに言った。

 

「……処分しようとは言わない気がしますね。むしろ、保護しようとするかもしれません」

 

 ハリーはアズラエルの言葉を聞いて、ハーマイオニーならそうかも知れないと思った。ハリーもハーマイオニーの本性が魔女の知識欲や功名心からではなく、倫理観と正義感、そして、少しの慈愛から来るものであることには薄々気づいていた。功名心のために倫理観を捨てるスリザリン生とは、彼女はその点で決定的に違う。

 

「保護……ねえ。する必要あるか?危険だろ」

 ザビニはそう言うが、ハリーはやんわりとザビニをたしなめた。

 

「危険だからで殺していいなら僕はまず最優先で処分されるだろ?闇の魔術が使えるんだし」

 

「そりゃそうだな!」

 

「人狼とやむを得ずそれを使うのとは全然違うと思うよ、ハリー。人狼はコントロール出来ないんだから」

 

 ザビニは一本取られたという風に笑ったが、ファルカスは笑わなかった。人狼は排除すべき危険な存在という意識は、闇祓いの家系であれば持っているべき意識なのだろう。ファルカスの祖父は人狼を逮捕したことがあるのかもしれず、人狼たちの恨みを買っていてもおかしくはないのだから。

 

「うん。そう言って貰えるのは嬉しいよファルカス。アズラエルはどう思う?人狼についてさ」

 

 

「ハリーが話してくれたら僕も話します」

 

「アズラエルよぉ、お前それ他人の意見聞いて上手いこと纏めようとしてねえ?」

 

「してませんよ。心外だなあ」

 

 アズラエルはいつもの薄ら笑いを浮かべていた。ザビニはハリーと顔を見合せた。

 

「腹立つなー。じゃ、ハリーはどう思うんだ?」

 

「わからない」

 

「は?」

 

「どういうこと?」

 

 ハリーの解答に、ファルカスとザビニは怪訝な顔をした。

 

「人狼について、僕は人狼と話したわけでもないし勉強した知識以外のことはなにも知らない。だけど、人狼は他の闇の魔法生物と決定的に違うところがある。必ず魔法族が人狼になるってことだ」

 

「つまりハリーは、人狼も魔法族だって言いたいの?」

 

「お前いくらマグル嫌いだからってよ、拗らせ過ぎじゃねえか?」

 

 人狼が人狼を増やす方法は実は限られている。ひとつは人狼が子供を作ることであり、もうひとつが満月の夜に狼になって魔法使いや魔女を噛むことだ。

 

 満月の夜に満月を見ることで、人狼は狼の姿となる。その狼の姿になった人狼に、魔法使いや魔女が噛まれてはじめて人狼が誕生する。噛まれた人間がマグルであった場合、人狼となることはない。人狼の変異に体が耐えきれず、確実に死に至るからだ。

 

 

「別にマグルどうこうとは関係ないよ。ただ、人狼は魔法族だったし、何なら今でも魔法族だ。杖を持っていれば魔法は使える。だから、分からない」

 

「……人狼になった時点で杖を剥奪されたり、罪を犯して杖を折られる、というケースもあったようです。聞いた話ですが」

 

 アズラエルは重々しい顔で言った。ハリーは笑えなかった。

 

「……そうだな。人狼個人が悪人だったならともかく、善人の人狼を排除したくはないって言うのが本音かな」

 

「そんなもん存在すると思うか?」

 

 ザビニは一切の悪気なく言った。

 

「ハリーらしい答えなのかもしれないけど、甘いよ。人狼に襲われてからじゃ遅いんだよ?」

 

 

 ザビニとファルカスはハリーの解答をなじった。ハリー自身、ルーピン先生を人狼の基準としているところはあった。

 

 

(もしも大多数の人狼がルーピン先生のような人ではなくて、ファルカスの言うとおりの犯罪者予備軍だったとしたら……)

 

 ハリーは暗い気持ちになって考えた。

 

(……僕の答えは間違っているのか?)

 

 ルーピン先生を、狼人間の中の『例外』として考え、大多数の狼人間は危険だと考えるというのはスリザリン的な考え方だ。ハリー自身そういう対応でもいいという気持ちもある。しかし一方で、そう考えることはルーピン先生に対する裏切りのようにも感じられた。ルーピン先生という個人を尊重したいなら、ルーピン先生が属している狼人間という枠組みも尊重しなければならないそんなとき、アズラエルが口を開いた。

 

「僕としては、満月の夜にうろつくような人狼は排除できるなら排除したいですね。自分で自分をコントロールする気もないやつは論外です」

 

「ほらな」

 

 ザビニが言った。

 

(これが現実か)

 

 ハリーは内心で落ち込んだ。アズラエルの意見は、大多数の人間の意見と大体等しいとハリーは評価していたからだ。

 

「ただし、現実問題として排除は出来ません」

 

「は?」

 

「アズラエル、どういうこと?」

 

 ハリーが聞いた。アズラエルは珍しく柔らかい口調で言った。

 

 

「ハリーの言うとおり、人狼にも、善人がいるという可能性はあります。人狼にされてしまった人の多くは被害者ですからね。なにもしていない犯罪被害者を殺処分したり杖を折ったりなんてことを肯定するのはいくら僕でも良心が痛みます」

 ファルカスは怪訝な顔をしてはいたものの、なるほどと頷いた。

 

「能力と分別のある人狼にはちゃんとした仕事をしてもらったほうがいいと思いますよ。そっちのほうが世の中のためです」

 

 アズラエルは意味深な目でハリーを見た。ハリーも目で合図を出した。

 

(……ルーピン先生のこと知ってるだろ?)

 

 

 ハリーは、アズラエルが『勿論ですよ』と語ったような気がした。ハリーにレジリメンスは使えないので、勿論気のせいなのだが。

 

「罪を犯していない人狼は排除しないってこと?」

 

 ファルカスが聞くと、その通りです、とアズラエルは言った。

 

「満月の夜に満月を見ない限り、魔法生物と違って知性も理性もある人間ですからねえ。罪を犯してない人は人間として見ないとそりゃあ失礼でしょうよ。法律だって、人狼がつく職業を制限したりはしてませんし」

 

 ハリーはアズラエルの解答が穏当なものだったことにほっとした。

 

 

 ハリーたちには知るよしもないが、アズラエルがこの解答に至ったのは、英国魔法界に『反人狼法』が存在しなかったからでもある。もしもドローレス·アンブリッジが起草した反人狼法がシリウス·ブラックの政治工作によって否決になっていなければ、アズラエルの意見はもっと過激になっていたかもしれなかった。

 

***

 

「アストリアさんのお姉さん、ポッターと付き合ってるって本当?」

 

 朝食の席でグリフィンドールの女子、名前は確かカテジナがアストリアにそう尋ねてきたとき、アストリアはその女子の顔にマンドレイクをぶつけてやろうかという気になった。

 

 グリフィンドール生は総じて空気を読まない。勇敢さと鈍感さを履き違えたかのような人間が多いとアストリアは思っていたが、このカテジナはその中でも人一倍空気が読めない人間だった。スリザリンのテーブルに座っていたアストリアに話しかけてくるくらいには。

 

 アストリアは追い払おうか、と視線で聞いてきた友人のユフィを手で制した。

 

 

「誰がそんなこと言ってますの?よろしければ教えて下さるかしら。本当に心外ですわ」

 

「寮の先輩とか、クラブの女子とか。ほとんど皆が言ってるわよ。ハリーポッターが純血主義だとか、あなたのお姉さんがポッターに愛の妙薬を使ったとか」

 

 アストリアの質問に答えたのはカテジナではなく、その横にいた赤毛の女子だった。

 

「失敬ですわね!姉様はそんな常識知らずで恥知らずで礼儀知らずなことはしませんわ!そもそも、姉様がポッターのような半純血なんて相手にすると思って?」

 

「ふうん、むきになって否定するってことはそうなんだぁ……へぇ~」

 

「ちょっと、フレイ……」

 

 カテジナの横にいた豊かな赤毛のグリフィンドール女子、フレイは笑って言った。フレイはウィーズリー家ではないが、赤毛の女子にからかわれているという状況はアストリアにとっては好ましくなかった。フレイのにやにやとした笑みはアストリアを苛立たせた。アストリアの苛立ちを感じ取って、カテジナは申し訳なさそうな顔をした。

 

(この女……!)

 

 アストリアにとってカテジナは厄介だが、カテジナに便乗してアストリアをからかってくるフレイも苦手な部類の同級生だった。今度薬草学の授業で報復しようと心に誓っていると、カテジナが聞いてきた。

 

「でも、お姉さんとポッターは一年の頃から付き合いがあったって聞いたよ?本当なの?本当だったら素敵じゃない?どんなことがあったのか聞いたりしてない?」

 

 

 カテジナはフレイのようなからかいというよりは純粋な好奇心からアストリアに尋ねてくる。アストリアは姉の名誉のためにも、純血主義者として強く否定しなければならなかった。

 

「言わせておけば。姉様はお優しいから、一年生のときに困っているポッターを哀れに思われただけですわ」

 

 アストリアは憤慨して言った。ハリーは 確かに優れた魔法使いだ(アストリアにとって残念なことに決闘大会でそれは知れ渡っていた)が、純血である自分の姉とは釣り合わないと思っていた。

 

 それにそもそも、ハリーは純血主義を尊重する気がないという噂だ。

 

(何で姉様がそんなこと言われなければなりませんの?大体姉様は……)

 

 

(……あれ、そう言えば最近ものすごく機嫌がよろしいですわ)

 

 アストリアはふと、姉がおかしくなった時期があったことを思い出した。急に純血主義を肯定し出したと思ったら元に戻り、そのあとはぐんと機嫌が良くなった。ここのところは、姉の顔色を伺う必要がなくて、アストリアも快適な日常を過ごせていたのだ。

 

「とにかく、二度とそんな噂は口に出さないでほしいものですわ。姉様にとっても迷惑ですの」

 

「あ、迷惑だったの?ごめんね、グリーングラスちゃん。次からは気を付けるから」

 

「二度と口に出さないでくださいませ」

 

「え、じゃあこの噂は本当?ポッターがレイブンクローの女子とも付き合ってるって聞いたけど」

 

「それはないんじゃないかな……だって、あのラブグッド先輩はちょっとおかしいって評判だし……」

 

「……はぁ!?それはどういうことですの!?ラブグッドって誰ですの!」

 

(姉様を差し置いて浮気……いや違いますわ!そもそも姉様とポッターは付き合ってなどいませんわ!……それはそれとしてどういうことですの……!!)

 

 

 アストリアは聞き捨てならない台詞がカテジナから聞こえたことで、ますます怒りを露にした。

 

「ほら、私たちがホグワーツに来たばかりの時にレイブンクローの髪飾りを見つけた人。ポッターとも仲良しだって噂は前からあったらしいんだけど、その人とアズラエルって男子とポッターが仲良くしてるところを見たって人がいるんだよ」

 

「……何かと思えば。ポッターのいつもの悪事ですわ。ポッターは自分の友人たちとあちこち動き回ると有名ですの。おそらくは、何か珍しいアイテムの蒐集でもしていたのでしょう」

 

「なんだ、そっかぁ」

 

 ふん、とアストリアがカテジナの質問を突っぱねたとき、フレイの手元に一羽のフクロウが降り立った。フクロウの羽根がアストリアの朝食のスープに入ってしまい、アストリアはますますフレイのことが嫌いになった。

 

「ごめんね。……あら?」

 

 フレイはフクロウを撫でながら硬貨を渡してデイリープロフィットを広げる。アストリアはフレイに手を差し出した。

 

「質問に答えてあげたんだから対価を寄越して欲しいですわ。それ、わたくしに読ませてくださいな」

 

「え、……うん、まぁそれもそうね。お先にどうぞ」

 

「アストリアちゃん図太い!」

 

 ユフィが感心したようにアストリアを誉める。アストリアは取り合わなかった。

 

「うっせーですわ」

 

 フレイから引ったくるようにアストリアは記事を読む。一面に載っていた記事を見て、アストリアは眉を逆立てた。

 

「ねぇ、何て書いてあったの?アストリアちゃん、よければ教えてくれない?」

 

 カテジナはアストリアが思ったより熱心に記事を読んでいるので、デイリープロフィットが気になったらしい。アストリアは記事の見出しを読み上げた。

 

 

「……『シリウス·ブラックの婚約者、若い男性と謎の密会か』……!?」

 

「え!」「ふぇっ!?」「嘘っ!?」

 

 アストリアはわなわなと震える手で新聞をフレイに返した。フレイが受け取った新聞の一面には、マリーダ·ジンネマンが若い男性と漏れ鍋に入っていく現場が撮影されていた。

 

「ポッターの周囲が一体どうなっているのかは、こっちが聞きたいですわ!!」

 

 アストリアは心の叫びを口に出した。ほぼ同じ頃、アズラエルから新聞を受け取ったハリーは笑い転げていた。マリーダと漏れ鍋に入っていった相手は、マリーダの親戚であり決闘クラブの部長でもあるバナナージ·ビストだったのだから。

 

 

 




四つの寮の特性としてどれにも当てはまらないものがあります。
正義感と好奇心です。


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Into the Sky

ハッフルパフ生とスリザリン生は対立することもあるし仲良くなることもある、そんな印象です(ドラコとアーニーとかリタとニュートの関係を見ながら)。
ファルカスのタロット占い
バナナージ→力


***

 

 

「すまないハリー。俺の考えが甘かった」

 

「そんなことありません。頭を上げてください、バナナージ部長」

 

 

 

「いや、まさかマリーダ姐さんがこんなゴシップ紙に目をつけられるなんて思ってもみなかったんだ。俺の落ち度だ」

 

「それは部長の責任じゃありませんよ。デイリープロフィットの記者の趣味が悪いだけです」

 

 

 ハリーとバナナージが向かい合っているのは、必要の部屋の一室だった。今ここに居るのはハリーとバナナージだけで、この部屋は部屋自体が厳重な魔法で管理され、外界とは完全に隔絶されているので、二人が何を話しているのか知るものはいない。

 

「でも、どうして漏れ鍋に?」

 

「マリーダ姐さんには昔散々鍛えて貰ったし、今までのお礼を兼ねて結婚祝いをしたいと思ってな。君に不快な思いをさせてしまって本当にすまない」

 

 バナナージは申し訳なさそうな顔をしている。ハリーは気にしていないと首を振った。

 

(……まぁマリーダさんは怒ってるだろうけど。デイリープロフィットに)

 

 

 ハリーだとしたら、自分がマリーダの立場なら新聞記者に腹を立てるだろうと思う。短い付き合いではあるが、ハリーはマリーダが自分自身についてあれこれと記事を書き立てられるよりはバナナージのために怒るタイプだと思っていた。デイリープロフィットはあれこれと憶測で記事を書いており、記事の中のバナナージは、いわゆる間男という扱いになっていたからだ。

 

「怒ってないんだな、ハリーは」

 

「勿論、変な噂が出てくるのは嫌ですけど、慣れました。僕よりバナナージ先輩こそ大丈夫なんですか?」

 

「俺はその点は問題ないよ。友人たちは気のいい連中だし、マリーダ姐さんとも面識があるからな」

 

 

 バナナージが落ち着いていたのでハリーはほっとした。ただでさえハリーは問題を起こしている側だが、バナナージはそんなハリーでも部に在籍させてくれた恩人なのだから。

 

(やっぱり決闘クラブ内でのトトカルチョは良くないな。今度ザビニがやろうとしてたら止めよう)

 

 そんなことを考えていたハリーに対して、バナナージは感心したように言った。

 

「でも、ハリーは落ち着いてるな。……ああ、噂についてもだけど」

 

 ハリーの怪訝な顔を見て、バナナージは言った。

 

「シリウスさんがマリーダ姐さんを紹介したときも、君はすぐに受け入れてくれたって聞いたぞ」

 

「ああ……シリウスがマリーダさんを連れてきたときですね」

 

「そう。君の立場からしたらたまったもんじゃなかっただろう?急にゴッドファーザーが生えてきたと思ったら、そのゴッドファーザーに恋人が出来たなんて。マリーダ姐さんは君に受け入れられるかどうか、とても不安がっていたんだ……」

 

 ハリーは当時はシリウスに嫌われたくないという一心だったとは答えようがなかった。

 

(あのときは不安だったけど、今は……)

 

「マリーダさんはとてもいい人でしたから。シリウスはあんまりスリザリンに理解がないんですけど、マリーダさんは違います」

 

「そうだな、マリーダ姐さんは違う。君の気持ちにも寄り添えると思うよ」

 

「先輩もマリーダさんと同じで、スリザリンに対しては寛大な対応をしてくださりますよね。僕もそうですし、カロー先輩やマーセナスにも」

 

 ハリーは嬉しくなったが、そんなハリーを見てバナナージは神妙な面持ちになった。

 

「そりゃあな。一年の頃からずっとガエリオとマクギリスでバチバチにやりあってるのを見てきたら、冷めるよ。ましてや俺はハッフルパフ生だし、あいつらがやり過ぎる前に止める役にならなきゃいけないんだ」

 

 バナナージは肩をすくめた。ハリーは少し驚いた。その言い方は、バナナージにしてはドライだったからだ。同時にバナナージの苦労を偲んだ。

 

「マリーダさんも、バナナージ先輩はすごい人だと言っていました。考え方が前向きで、寛容だって」

 

 マリーダは昔スリザリン生だったが、バナナージのハッフルパフ的な性格を好ましく思っていたとハリーは言った。

 

 

「先輩は何でスリザリン生とも対話しようって考えられたんですか?僕たちを嫌う人たちは大勢いるのに」

 

「何でって、そりゃあマリーダ姐さんがスリザリンの出身だからだよ。マリーダさんを見て、スリザリン生が悪人だなんて考えないだろう」

 

 当然といえば当然の言葉だった。

 

「……ですよね。でも、ファルカスや僕たちや……マーセナスまで受け入れるのは懐が深いと思います」

 

 ハリーは心の底から言った。そんなハリーを見てバナナージは苦笑する。

 

「マーセナスも最近は落ち着いてるからな。俺達の代も平和になったもんだよ」

 

 平和になった、ということは、そこに至るまでにスリザリン生やグリフィンドール生に踏みにじられてきた犠牲もあるということだ。しかしあえてバナナージはそれを口に出さなかった。

 

 ハリーはマーセナスには興味がなかった。ハリーはマリーダについて聞いてみようと思い、バナナージに尋ねた。

 

「マーセナスのことはともかくとして、マリーダさんは一体どんな人だったんですか?」

 

 ハリーは何となく予想は付いていたが、改めて聞いてみたくなった。バナナージはそれがな、と頭を掻いて口を開いた。

 

「俺がホグワーツに行くちょっと前だったかな。マリーダ姐さんに会ったのは」

 

 ハリーはバナナージとマリーダが知り合ったのは七年前だと聞いて驚いた。その頃にはもう、マリーダはマグルの世界で働いていたという。

 

「それまでは親戚付き合いとかもなくて驚いたよ。マグルの世界に溶け込める魔女ってのも不思議だったし。マリーダ姐さんは初対面の俺に、杖の振り方を教えてくれて、ホグワーツのことも熱心に教えてくれた。決闘クラブのこともその時知ったんだ」

 

「そうだったんですか。マリーダさんも昔決闘クラブだったんですよね……」

 

「ああ。マリーダさんがチャンピオンになった頃にはもうフリットウイック教授が決闘クラブを纏めていたそうだぞ」

 

 ハリーはやっぱりかという顔をした。バナナージはそんなハリーを見て続けた。

 

「決闘クラブならいろんな寮の、色んな考えの奴らがいて、退屈しないってマリーダさんは言った。実際楽しかったよ」

 

「ハッフルパフは違うんですか?なんとなく、ハッフルパフは純血主義でも、反純血主義でもない多様な考え方が許されてるイメージなんですが」

 

 ハリーが何となく聞いた。ハリーの中では、主にロンの影響でグリフィンドールは混血主義、というよりは反純血主義、レイブンクローはルナの影響で個人主義という認識が出来ていた。それに対してハッフルパフは、よくも悪くも思想的な意識は薄い寮だと思っていた。バナナージが政治活動を決闘クラブの内部では禁止していたからだ。

 

 バナナージは頭をかきむしってから、困ったように言った。

 

「まぁ、実際のところハッフルパフにもいろんな考え方の奴らがいてな。資本主義とか共産主義とか体育会系とか文系とか理系とか、とにかくタイプが違う奴らが多い。ただな、多様な考え方があるってことは統一性もないってことなんだ」

 

「あ、そうなんですか?」

 

 ハリーにとって意外なことに、ハッフルパフ内部では対立とまではいかずとも、気の合わないグループはあるようだった。人が多く集まれば色々な考えが生まれるのは自然なことで、そこに意見の相違が生まれるのもまた自然なことだった。

 

「……ただ、うちの寮は全体的に流されやすいんだ。俺も人のことは言えないんだけど、よくも悪くも、周囲の友達がやってるから友達のグループに入る、みたいな感じだな。本気でその思想のことを考えてる訳じゃなくても、そういう雰囲気に流されてやってるだけなところがある」

 

(バナナージ先輩の言葉を完全に否定できるホグワーツ生が、このホグワーツに居るのかな。寮生活だぞ?)

 

 ハリーは己の身にあてはめて考えてみた。もしも、ロンやザビニと仲良くなれず、スリザリンの内部で孤立していたとして、ハリーは純血主義に染まらずにいれただろうかと。

 

 

 母親のことを思えば、染まるわけにはいかなかっただろう。しかし、ハリーは自分がその孤独に耐えられたとは思わなかった。純血主義を信仰しなかったとしても、ろくでもない拗らせ方をしていたのは間違いなかっただろう。

 

 

「自分で考えて所属するグループを選択するって、とても難しいことです。別にハッフルパフに限った話だとは思いません」

 

 ハリーがそう言うと、バナナージは困ったように笑った。

 

「……君が言うと説得力ないな、ハリー」

 

「そんなことありませんよ。僕だって周囲の顔色は伺ってますから」

 

 ハリーは本音を少しだけ話した。ハリーは特に、身近なシリウスのことを気にしていた。純血の家に生まれながらグリフィンドールに入ったシリウスからは、言動の端々でグリフィンドール至上主義な部分を感じるのだ。

 

 シリウスは、ハリーからファルカスやザビニの話を聞いたりしたときスリザリンのことを誉めることはある。それでも、『スリザリンにしておくには勿体無い』と思っていることを、ハリーは無意識に感じ取っていた。

 

「マリーダさんがスリザリンに理解を示してくれるのは、凄く勇気付けられるんです」

 

 ハリーの言葉は、勇気を象徴するグリフィンドールに対するスリザリン生らしい皮肉だった。バナナージはあえて笑って言った。

 

「マリーダ姐さんも君がいて良かったと思ってるよ。ま、誰かの考えた思想に対して受け身でいると、それに抗うか、それとも従うかって二択しかとれなくなっちまう。第三の選択なんていうのは、余裕がある奴しか取れないものさ」

 

 

「だから状況に飲み込まれて心が殺される前に、確固たる自分自身の意志で判断しなきゃいけないんだ」

 

 ハリーの表情を見て、バナナージは苦笑した。

 

「分かってるよ。理想だよ、そんなのは。現実問題として、そんな都合よくいくわけない。寮の中で孤立するなんて地獄だろ?誰だって、身近な友人の考えに流されるさ」

 

 ハリーは黙って頷いた。今のハリーは恵まれ過ぎていると言っていいほど恵まれていたが、立場が危うくなることは何度もあった。スリザリン生ならば純血主義を信じているはずだという三寮生の偏見もあったが、それでも純血主義を信仰せずにここまできたのは周囲の影響も大きかった。

 

「だからこそ、決闘クラブみたいに、特定の思想と切り離した環境は必要なんだよ。居場所って言い換えてもいいけどな」

 

「クラブでは凄く楽しく勉強させて貰ってます」

 

「なら良かった。……なぁ、ハリー」

 

「はい?」

 

「一応、マリーダさんの関係で俺と君は遠縁の親戚ってことにはなるが、学校ではこれまで通り、先輩と後輩って感じでいいか?親戚ってなるとクラブでもやり辛いだろう」

 

「勿論です、バナナージ先輩。これからもよろしくお願いします」

 

「おう。こちらこそな」

 

 ハリーは一も二もなく頷いた。正直なところ、親戚というものにあまりいい思い出がないハリーにとってはそちらのほうが気が楽だった。二人は校内ではこれまで通り先輩後輩という関係で振る舞うことに決めたのだ。

 

***

 

 バナナージ·ビストはハリーとの対話を終えると、ほっと胸を撫で下ろした。バナナージの胸中は安堵感で満たされていた。

 

(正直ハリーからは嫌われてもおかしくなかったが……)

 

 ハリーの立場で考えれば、マリーダはシリウスを横から奪おうとする女性だ。多感な時期の中学生は怒り狂っているだろうと思っていた。年下の後輩相手ではあるが、嫌味や罵倒を受けて禊とすることもバナナージは覚悟していた。

 

 しかしハリーが普段通りに振る舞っている姿を見てバナナージはますます申し訳なさを感じた。ハリーと会話するうちに、意外にもマリーダに対する好感度が低くはないことを知り、ハリーのことがますます心配になったが。

 

(大丈夫か?物分かりが良すぎないか?無理してないか?)

 

(もっと周囲に怒ってもいいと思うぞ、君は)

 

 そう喉元から出かかった言葉を、バナナージはすんでのところで引っ込めた。

 

 

 ハリー・ポッターやその友人のブレーズ·ザビニという少年の境遇は、バナナージの目からは異様に見えた。突然知らない親戚が増えることは、年頃の少年にとってはストレスのはずだからだ。他ならぬバナナージがそうだったのだから。

 

 

 バナナージは十歳の誕生日までは、己が魔法使いであることを知らなかった。母子家庭として苦労人の母と二人、慎ましく暮らしていたところを、ビスト家の人間だと名乗る父親が現れた。

 

 バナナージはその時、母はマグルで、バナナージは魔法使いだと聞かされた。暗黒時代の最中、正妻がいるくせにマグルの母親に手を出したカーディアスは、やむを得ない措置だとして母から魔法使いの世界に関する記憶を奪い、母をマグルの世界に生まれたばかりのバナナージ共々放逐した。万が一、嫡男のアルベルトに何かあったときのスペアとして。

 

 そして散々母親を放置した挙げ句、バナナージが十歳になったとき、これまでのバナナージの交遊関係を全て取り上げて魔法界に来い、とバナナージに告げてきた。それもバナナージが高い魔力を持っていたからで、仮にバナナージがスクイブであったなら認知したとは思えなかった。

 

 

 

 バナナージは怒り狂った。幼いながらに、父親を名乗るカーディアス·ビストが無茶苦茶なことをやっていることが分かった。しかし、その一方的で人を舐め腐った提案を受け入れざるをえなかった。カーディアスへの情を感じたからではなく、苦しい生活でやつれきった母親の身を案じたからだ。幸い母親は今は元気でいる。ビスト家とカーディアスは、母親に何不自由ない生活をさせてくれていた。バナナージの選択と引き換えに。

 

 バナナージが達観といっていい境地に達したのは、兄やマリーダや、ホグワーツで出会った友人たちのお陰だった。しかし父親を許したわけではなかった。

 

(俺と比べたら、ハリーは聖人君子だな)

 

 と、バナナージは思う。

 

 

 もしもバナナージがハリーの立場だったら、勝手な都合で純血主義と戦った父母も、義務を放棄して刑務所に入った挙げ句に生えてきたゴッドファーザーも、いきなり生えてきたゴッドファーザーの恋人も、何もかも受け入れられないと思う。

 

(……一年の頃のハリーは、思いっきり痩せていたな)

 

 バナナージはその頃のハリーの顔を見たわけではなかったが、それでも人伝にハリーが妙に痩せていて、身なりも英雄にしてはみすぼらしいと聞いた。幼い頃に両親も、後見人であるゴッドファーザーも失った少年に何かがあったことは、容易に想像がついた。

 

 それでも、ハリーの精神は強靭で、同い年の頃のバナナージよりよほど前向きに見えた。そんなハリーをバナナージは年齢を超えてはじめて尊敬した。同時に危うさも感じた。

 

 ハリーの持つ杖は、柊の枝と不死鳥の尾羽で作られている。バナナージは、ビスト家の教育によって杖の持つジンクスにも詳しかった。感情的で不安定な魔法使いを好むとされるハリーの持つ杖は、持ち手の成長によってさらに力を貸してくれる。正の感情に呼応すればパトロナスを、そして負の感情に呼応すれば、闇の魔術を。ハリーは成長しているが、感情を起因として強くなっていることに変わりはなく、その心が変化していけば、ハリーの成長はあらぬ方向にすすむことは容易に想像がついた。

 

 そしてそれだけに、バナナージはハリーがいつか折れてしまうのではないか、と不安になった。

 

(……スリザリンの獅子、か)

 

 バナナージはハリーに付けられた渾名を思う。なるほど、一年生の頃のハリーは獅子寮にふさわしい資質だったかもしれない。そのアンバランスさこそがハリーだった。

 

 しかし、今のハリーは蛇寮に馴染み、スリザリン生徒らしい考え方も出来るようになっていた。そのハリーと、マリーダから伝え聞くところによるとグリフィンドール生らしいゴッドファーザーとの間に確執が生まれるのではないかと、バナナージは懸念を抱いてしまった。

 

 グリフィンドールの思想である勇敢さと、スリザリンの資質である狡猾さは相容れない。噛み合えば無二の親友にもなれるそれは、下手をすれば断絶するほどの確執となってしまう。

 

(……いや、口喧嘩できる程度ならまだいいんだ)

 

 バナナージは己にあてはめて、ハリーにはそうなって欲しくはないな、と思った。

 

(下手に耐えてしまって、喧嘩すら出来ないくらい冷えきった関係になったら地獄だぞ……)

 

 

 大人や目上の人間の顔色を伺い、『いい子』のフリが出来る利口すぎる子供は、子供らしく振る舞うことが出来なくなる。かつてのバナナージがそうだったように。バナナージの心には、薄く、そして暗い靄がかかっていた。

 

(大事なのは心だ)

 

 バナナージは精神的な在りかたにこそ、人の真価があると思っていた。ハリーが己の価値観とどう向き合っていくのか、自分の感情を押し殺してしまうのか、それとも上手く折り合いを付けていくのか。

 

 今のハリーは闇の魔術を行使できるような精神状態ではないだろうが、それでも一抹の不安を覚えずにはいられなかった。

 

 バナナージは、後輩への興味が尽きることはないな、と思う。ハリーがもしストレスを溜めたときはハリー相手に決闘でもして、ストレスの捌け口になってやろう、と誓った。

 

 実際、バナナージ·ビストはハリーや後輩たちを相手に何度か決闘し、何度も何度も後輩たちを打ち負かしながらその技術を教えていった。バナナージは決闘クラブの部長として、その責任を果たしていたのである。

 

***

 

 五月に入っても、ホグワーツ周辺は平穏を保っていた。どういうわけかホグズミードを去らないディメンターさえいなければ、ホグワーツ生たちは近づく試験前に最後の余暇をホグズミードで過ごそうとしていただろう。

 

 ハリーはホグワーツの魔法薬学教室で、ダフネと共に薬を作っていた。スネイプ教授へ届け出を出し、痛み止めの薬を煎じていたのである。ダフネが作りたいと言い出したからだ。

 

 ハリーはこっそりと禁じられた森に入り、ダフネが実験したい魔法薬の素材を集めた。三年生に作れる痛み止めといえど、素材がなければ調合など不可能だ。ダフネはハリーがどこから調達したのかと首をかしげたが、アズラエルに頼んだと言うと納得した。

 

 

 

「ダフネ、これ」

 

「? どうしたの、これは何、ハリー?」

 

「君への誕生日プレゼント。友達にプレゼントなんて初めてだから、気に入らなかったらごめん」

 

 そう言ってハリーがダフネへ差し出したのは瓶入りの魔法薬だった。中身は『変声薬』で、服用後は十分間だけ使用者のイメージ通りの声を出すことが出来るという薬だ。あまり市販されていない薬だが、ダフネはハリーがくれたものは値段とはまた別の価値を持っているように見えた。

 

 ちなみに、はじめてと言うのは勿論嘘だ。ザビニやアズラエルやロンに贈ったことはある。ダフネには話していないが、プレゼントした変声薬は市販のものではなくハリーが自分で煎じたものだった。

 

「いや……いいのかしら。こんなものを貰ってしまって」

 

「気に入らなかったら返してくれてもいいから。また別のプレゼントを考えるよ」

 

 ダフネは受け取るか受け取らないか迷ったが、結局ハリーの厚意を受け取った。ハリーは少しホッとしたように笑った。

 

「……でもこれ、高かったでしょ?」

「そんなことないよ」

 

 ダフネの知っている限りハリーには収入源などない。両親から受け継いだ遺産だけで、それもゴッドファーザーのシリウスによってきちんと管理されているはずだ。ダフネはそれ以上追及するのは良くないような気がして別の質問をした。

 

「……そういえば、ミス·ジンネマンの件は大丈夫だったのかしら?彼女は貴方の養母ということになる方だけど、世間は一時期誹謗中傷していたようだけれど」

 

 

「うん。シリウスも手紙で笑ってたよ。そういうこともあるってさ」

 

「そう……」

 

(本当に大丈夫なのかしら?)

 

 ダフネはシリウス·ブラックの態度は少し鷹揚過ぎるような気もした。婚約間近の恋人の浮気を許すなんていったい何を考えているのかしら、と。

 

 一般的なホグワーツ生は、マリーダと一緒に写真に写っていたのがバナナージだと気付いておらず、世間的にはマリーダはバッシングを受けていた。英雄シリウスを誑かした悪女だと。『密会』の記事が出てからしばらくの間は、デイリープロフィットによるマリーダ叩きの記事も多かったのだ。

 

 

 シリウスはハリーには何でもないように言ったが、むしろマリーダを守るために全力を尽くしていた。マスコミからの取材は全て拒否し、弁護士と契約して訴訟を起こす構えを見せたために、デイリー·プロフィットのマリーダ叩きは沈静化していった。ダフネが五月になってからハリーに聞いたのは、騒動の直後に聞くのはハリーの心が持たないだろうと思ってのことだった。

 

 

 

 

「それで、この夏に式を挙げられるのね?」

 

「ああ。何も問題はないよ。シリウスは人を大勢呼びたくないらしくて、親戚と知人だけでやるつもりだって」

ダフネがハリーに訊くと、ハリーは困ったように眉を寄せた。

その反応を見て、ダフネは思考を巡らせた。

 

(……いいなぁ)

 

 ダフネは年頃の少女らしく、シリウスの、というよりは、『英雄シリウス·ブラック』という虚像のファンだった。マスメディアが作り上げた、友情に殉じた悲劇の英雄に憧れ、結婚する前にせめて直接祝福の言葉を言えないものかと思っていた。と言っても、ハリーにはシリウスのファンであることを打ち明けたことはない。ハリーからミーハーな女子だと思われたくなかったからだ。

 

(ミスタ ブラックのサインを頂けないかしら……)

 

 おそらくは不可能だろうが、冗談のような調子で聞いてみることにした。

 

「そう。私も結婚式に呼んでもらえるのかしら?」

 

「もちろんだよ。シリウスに頼んでみる。飛び入りだって大丈夫だよ」

 

「結婚式場が怒るわよ、飛入り参加なんて」

 

ダフネはにっこりと笑った。ハリーはダフネの笑顔を見ていると、少しだけ頬が赤くなるのを感じた。

 

(……笑うと可愛いな、ダフネは。……いや、集中だ集中。何考えてるんだ僕は)

 

 暫しの間ダフネに見とれてしまったハリーは、調合したクスリが完成するまで他のことを考えることで気をそらした。

 

(ダフネはまだ、ルーピン先生の持病に気付いていない。このまま気付かずにいてくれたら…………いや、それはもう無理か)

 

 

 スリザリンの内部でも、ルーピン先生の持病に気付く人間は多く出始めていた。しかし一方で、彼らはルーピン先生の正体を喧伝したりはしなかった。ただ遠巻きに、気付いていない他寮の生徒をせせらわらって態度で示し始めていた。

 

 ダフネが気付くのは時間の問題と言って良かった。ハリーはダフネにいつ、どんな風に真実を告げるべきか考えあぐねていた。ダフネを傷つけるような結果になることだけは避けたかったが、どんな言い方をしても、ダフネが衝撃を受けるのは間違いなく、それがハリーには心苦しかった。

 




暗黒時代の後だとバナナージみたいな境遇の子供は沢山出ます。
原作のディーンとかもそうですしね。


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決戦スピリット

ファルカスのタロット占い
ルナ→月


 

 ハリー、ロン、ハーマイオニー、ルナ、そしてアズラエルは、ハグリッドの小屋を訪れていた。ルナはスクリュートを観察するために度々小屋を訪れていたようで、ハグリッドからもスキャマンダー先生からも顔を覚えられていた。

 

「よく来たな皆。ちょいと手狭だが入ってくれ」

 ハグリッドは一行を歓迎した。アズラエルは、軽く会釈するにとどまった。

 

 

「ハグリッド、スクリュートはどこ?」

 

「そう慌てるなルナ。また気ィ失うぞ」

(……気を……?)

 

 ハリーの知らない間に後輩が危険な目に遭っていたのではないか、とハリーは一瞬危惧した。しかし、ルナが医務室に運ばれたことはなく、ルナの様子も普段通りだった。ハリーは一抹の不安を感じながらも、ハグリッドから差し出されたお茶を口に運んだ。ストレートティーの澄んだ香りは、不安な心を落ち着かせてくれた。

 

 

 ルナはハグリッドの小屋に来ると待ちきれないとばかりに興奮するようになっていた。ルナは早くスクリュートが見たくてうずうずしていた。被っていた帽子の獅子は、ルナの動きに合わせて鳴き声をあげた。

 

「ルナのおかげであいつらも生き生きしとるよ!」

 

『……スクリュートたちは生き生きと殺し合いをしてそうだよな』

 

『全くです。ルナの話を聞く限り、狂暴性や残虐さは失われていないそうですし……』

 

 ロンとアズラエルは、ひそひそと囁きあった。スクリュートの話を聞いたとき、ロンはアズラエルと同様の考え方をしていたようで、スクリュートなんて育てるべきじゃないと強く主張した。ハーマイオニーは最初そんなロンをたしなめていたが、一目スクリュートのグロテスクな蠍と亀の集合体のような姿を見て絶句し、スクリュートが敵意を露にして襲いかかってきたことで、ハーマイオニーでさえ闇の魔法生物として分類するかもしれないと言った。

 

 ルナは献身的にスクリュートの世話を買って出ていたようで、熱を出したスクリュートがいればそれをスキャマンダー先生やハグリッドに報告し、スクリュートの一匹一匹の見分けがつくまでになっていた。ルナは魔法生物に興味があったからか、ハグリッドの内弟子のようになっていた。

 

 そんなルナでも、スクリュートの凶暴さを矯正することは出来ないようだった。

 

「先生、こいつら凶暴すぎますよ。ハグリッドの小屋から放り出したほうがいいです」

 

 ロンがそう言うとハグリッドは笑い飛ばした。

 

「はてさて、そんなことが出来るもんかな?スキャマンダー先生?」

 

「それは認められないんだ、ロン君。彼らを森に放つことは、森の調和を乱してしまう」

 

(……)

 

 ハリーとロンはこっそりと顔を見合わせた。ハリーたちが聖域周辺のモンスターを焼却したことも、広義で言えば森の調和を乱す行為には違いなかった。

 

 

 しかしながら、森に放つという選択肢がないことは確かだった。スクリュートはもう50cmほどの体長になっていて、強靭な甲羅と強い毒素を持つ毒針は大抵の魔法生物にとっての脅威だった。

 

 ハリーはスクリュートの毒の成分を調査させてほしいと頼んだが、資格がないからと許可されなかった。毒はスネイプ教授が調べたところ、蠍の毒でもマンティコアの持つ神経毒でもない新種の毒であることが発覚した。

 

 ルナとスクリュート、あるいはハグリッドやスキャマンダー先生とスクリュートの間には、一定の関係が構築できているようにハリーには見えた。ハリーにはそれが羨ましかった。将来錬金術師になったとき、珍しい毒や貴重な素材を持つ伝説級の魔法生物の知識を持つスキャマンダー先生との人脈は必ず役に立つだろうことは確実だったからだ。しかしハリーは、ルナほどスクリュートに熱心になることも、熱心なふりをすることも出来なかった。

 

(スクリュートには価値があるのは確かだ。けれど……)

 

 危険な猛獣の世話を進んでやりたいという人は居ないだろうとハリーは思う。そしてハリーも、それが出来ない側の人間だった。ハリー自身の実力なら可能だったかもしれないが、結局は出来なかったのだ。

 

「俺、スクリュートって好きじゃないなぁ。動きが蜘蛛みたいでちょっと」

 

「私もよロン」

 

 

 ロンもハーマイオニーも同意見だった。スクリュートを見た人間のほとんどが同じ感想を持つだろうとハリーは思った。しかしハグリッドは聞く耳を持たなかった。

 

「そうは言っても、こいつらは他の魔法生物より俺やスキャマンダー先生にはなついておるんだ。……ほれ、お前らが好きな苺じゃぞい」

 

「ありがとう。あーあ、こいつらがイチゴ好きの穏やかな連中ならなあ」

 ロンはハグリッドのスクリュート好きを呪いながらも苺を一つ摘みあげた。ハリーとハーマイオニーが苺を食べたのを見て、ロンも口に放り込んだ。ちなみにアズラエルはお構いなくとばかりに手をつけなかった。スクリュートの存在が明らかになって以降、アズラエルは明らかにハグリッドから距離を置こうとしていた。

 

 

 ハリーはルナがスクリュートたちに餌を与え終わったあと、日記をつけているのを見て聞いた。

「ルナ、それは観察記録かい?」

「うん。スキャマンダー先生がつけろって言うんだ。先生、ハリーに見せていいですか?」

 

「もちろん」

 

「失礼します。僕も見せてもらって構いませんか?」

 

 ルナはハリーにも一冊のノートを差し出した。ハリーはアズラエルと共にそれをざっと読んだ。研究ノートらしく、日付ごとにきちんと内容は整理されていて読みやすかった。

 

 

「……」

 

 アズラエルは黙々と一人でページを捲っていた。ハリーも一通り目を通したが、内容に気になるところがあったのでふと質問した。

 

「先生、この……スクリュートの血を採るってどういうことです?それで何かわかるんですか」

 

 

「ええ、それがとても重要なことでね。スクリュートを育てるためには、血を確保しておくことが必要と分かったんだ」

 

 ハリーは思わず首を傾げた。ルナはハリーに説明しだした。

 

「スクリュートの有用さを証明するためなんだって。スネイプ教授は、このスクリュートの血から、既存の毒の解毒剤が作れないか考えているみたいだよ」

 

 ハリーはスネイプ教授が、スクリュートの血から解毒剤を調合するところを想像してみた。毒々しい色をした血清が出来上がる光景は、ハリーにも容易に想像できた。

 

 研究ノートを読み終えたアズラエルは、ルナを激賞した。

 

「よくスクリュートなんて生き物を育てる気になりましたね。それだけでも僕には真似できない偉業ですが、このノートも見易く分かりやすかったです。本当に大したものですよ、きみは」

 

「ありがと、アズにゃん」

 

 ルナはにっこり笑った。アズラエルはルナに丁寧に礼を言ったあと、スキャマンダー先生に言った。

 

「先生、どうしてルナに一部の個体の世話を任せたんですか?スクリュートが危険だと分かっていらしたのに」

 

「アズラエル君。私も止めたが、彼女の意欲は止められなかった。……それに、彼女の意見はスクリュートのためになった。私もハグリッドも、思考が硬直化していてね。スクリュートをマンティコアや、ファイアクラブの延長線上と考えていた。それがスクリュートを育てる上での足枷になっていた」

 

 ルナはえっへんと胸を張った。ハリーは思わずルナに突っ込んだ。

 

「その意欲を決闘クラブでも見せれば、フリットウィック教授は君のことを気に入ると思うんだけどね」

 

 

 ルナは天才ではあったが、決闘に対してはあまり意欲的ではなく、戦績にもムラがあった。どうでもいい時には露骨に手を抜くせいで、ルナの勝率は芳しくない。

 

「え~。デュエルはやだ。痛いし」

 

「……まったく」

 

 ハリーはロンと顔を見合わせてルナに対してあきれた。ルナは日記をしまったスキャマンダー先生に聞いた。

 

 

「あのう先生、ちょっと試したいことがあるんですけど」

 

「どんなことかな?」

 

「スクリュートの声を録音したいんです」

 

 そう言って、ルナはバッグからラジカセを取り出した。それはバナナージ·ビスト先輩が使っていたものだった。ハーマイオニーが興味深そうにルナの挙動を見守った。

 

「あの子たちに『喧嘩はダメだよ』と教えてみたけど、意味がなくて……。でも、あの子達の言葉が分かれば意味を伝えられるんじゃないかと思ったんです」

 

『……ぶっ殺す、くらいの単語しかないんじゃないか、スクリュートの言葉なんて』

 

『ロン、今はルナのやることを見守ろう』

 

「それはいい考えだ。やってみなさい」

 

 しかしスキャマンダー先生はルナの考えに頷いた。これは彼に教師としての適正があることを示していた。生徒の考えをいたずらに否定せず、安全を確保した上でまず行動させる。それによって、生徒は己の才能を伸ばしていくのだ。

 

「よーし、やってみよう!」

 

 スキャマンダー先生が杖を振ると、ケージに入っていたスクリュートたちがスキャマンダー先生の方を向いた。そしてルナはラジカセをセットした。

 

 

 しばらくの間、小屋は沈黙に包まれた。ルナはじっとスクリューとたちに笑いかけていたが、ある時ラジカセを止めた。真っ先にロンが言った

 

「スクリュートは何か話してたか?何にも聞こえなかったぜ??」

「ちょっと待ってね。ラジカセの機能に高周波モードがあるみたい」

 

 ロンは首を傾げたが、アズラエルは合点がいったという風に頷いた。

「なるほど。スクリュート語は人間の耳には聞こえないということですね」

 

「……蛇語と同じ……?もしかして、それを科学的に解析しようと……?」

 

 ハーマイオニーが呆気にとられたように呟いた。ハリーは内心で冷や汗をかいた。

 

(ま、まさかそんなことが……?)

 

 高周波モードになったラジカセからは、耳の奥に響くような音が放たれた。バナナージ先輩の持つ特製ラジカセには、人間の耳には聞こえない高周波を可聴域に変えたり、どの帯域の音なのか分析する機能も存在する。ダンブルドアはどうやら研究家らしく、ホグワーツ内で電化製品を使えるようにする魔法をかけるにあたって、ラジカセに本来にはないいくつかの機能をつけていた。

 

 

「ビンゴ。やっぱりスクリュートにはスクリュート語があるみたい」

 

 ルナがラジカセをいじると高周波音が止んだ。ハリーはほっとするのと同時に、これからどのようにこの実験を進めるのか気になり始めた。

 ルナはラジカセの高周波音を分析すると、早速ハリーの方を向いて、手を差し出した。

 

 

「……何?どうしたの、ルナ?」

 

「ハリー。変声薬を前に調合してたよね?お金は出すから頂戴」

 

「あ……、うん。十分で効果がなくなるから気をつけて。あと、これを飲んだら必ず喉にいい飴をなめて」

 

 

「ほいほい。本当にありがとね、ハリー!」

 

「……変声薬にそんな使い方があるなんて……」

 

 ルナを見てハーマイオニーが悔しそうに呟いた。その発想に思い至らなかった自分を責めているようだった。

 

 ハリーは呆気に取られていたが、懐から変声薬の小瓶を取り出すと、ルナに手渡した。ハリーが煎じ、ダフネに渡すプレゼントとしては納得がいかなかった粗悪品だが、一度飲めば十分間は効果がある。

 

 ルナは躊躇うことなくその中身を飲んで、スクリュートたちを呼んだ。ハリーたちは固唾を飲んでルナの様子を見守った。

 

 ルナが口を開き何かを話しても、ハリーたちにはルナの声が聞き取れない。しかし、スクリュートたちは違った。ゲージの中でスキャマンダー先生の方に身体の先端を向けていた彼らは、一瞬でルナのもとに一斉に駆け寄った。

 

 ルナはにっこりと笑いながらスクリュートと会話をしているように見えた。その様子は端から見ればとても奇妙だった。ハグリッドもスキャマンダー先生も、小屋にいる全員がルナに称賛の視線を向けるなかで、ハリーは素直にルナに感心した。

 

(ああ、僕は皆からこう見えていたのかな?)

 

 そして、雷を浴びたような衝撃を受けた。

 

(もしかしたら、これを応用すれば皆が蛇語を話すことが出来るんじゃないか……?)

 

 ハリーの蛇語は一種のギフテッドではあるが、努力によって身に付けることができる技術でもある。ルナの手法を使えば、誰でも蛇語が話せるようになるのではないかとハリーは思った。ハリーは、自分がその可能性に衝撃を受けていることに驚いていた。

 

 ザビニもアズラエルもファルカスも、蛇語の解説書を見ても蛇語を覚えようという気にはならなかった。しかしルナは、たったひとつの発想で新しい世界の可能性を開いてくれたのだ。ルナは薬の効果によるものか、スクリュートの声を聞き分けることもできるようだ。

 

 

「ハリー、何ボケっとしてるんだよ。スキャマンダー先生が、これを持ってって!」

 

 ロンがハリーの肩を突っついた。ハリーは我に返り、スキャマンダー先生から実験用のビーカーに入った液体とスポイトを受け取った。

 

「ルナ!これでどうだい!?」

 

 ハリーはルナがしきりに頷きながらスクリュートと話しているように見えたので声をかけた。するとルナはノートにペンを走らせた。

 

『やっぱりそうみたい!ハグリッドの言ったことも当たってた。スクリュートちゃんには不満があって、ぶつけようがない怒りを目の前のやつにとりあえずぶつけていたんだって』

 

「おー、やっぱりそうじゃったか。エリザベスに好物は何か聞いてくれんか?」

 

 スキャマンダー先生は小屋に保管してある大きな瓶を二つ取り出すと、ルナに差し出した。ルナはビーカーを先生に渡して瓶を受け取ると、スクリュートたちに液体の中身を服用させた。

 スキャマンダー先生はその様子をメモして新しい情報を得たことを喜んだ様子だった。

 

 ハグリッドの小屋を去るとき、アズラエルは興奮した様子でハリーに言った。

 

「天才って言うのは、ああいう子のことを言うんでしょうかねえ。いや本当に驚きましたよ、僕は。スクリュートがあんなに穏やかになるとは思ってもいませんでした」

 

「……そうだね、天才っていうのはいるんだ、確かに」

 

 ハリーは奇妙な感覚にとらわれていた。蛇語が話せるというハリーのアイデンティティが失われそうなことで、ハリーは自分でも意外なほど動揺していた。

 

 

(ルナがスクリュート語を話せるようになるのは当然じゃないか?ルーン語と同じだ。語学はどれだけ真剣に他人と……その言葉を話す存在とと向き合ったかなんだ。本気で会話したいと思わなきゃ、その言葉が話せるようになんてならない。それが普通なんだ)

 

 ハリーはそうやって自分に言い聞かせなければならなかった。

 

「他の人がやらないことや、諦めることを……諦めずにやり続けようとする人なのかもしれない」

 

 ルナ·ラブグッドは獅子の帽子を被り、スキップをしながらホグワーツ城へと駆けていく。ハリーたちは、天才の後を追う気にもならず、ただ一歩一歩踏みしめながらホグワーツ城への道を歩いていた。それはそのまま、天才と凡人との差のようにハリーには思えた。

 

 ルナ·ラブグッドは己が天才だと思ったことは一度もなかった。しかし、ハリーたちの間では、間違いなく彼女は才能ある人間だった。そしてハリーは、その才能を尊重しつつ対等の友人でありたいと思った。ハリーにとって、ルナは世界が暴力に優れた強者と虐げられる弱者ではなく、様々な種類の才能によって成立していることに気付かせてくれる友人だった。

 

***

 

 ハリーがルナに対して強烈な感動を味わった次の週の末には、五月も終わろうとしていた。五年生と七年生たちが迫る試験に殺気立つ中で、ハリーの周囲にも変化が起きていた。落ち込むアズラエルを慰めるため、ハリーたちは決闘クラブで駄弁っていた。

 

「アズラエル、そんなに落ち込むなよ。いいじゃねえか、パトロナスがハズレでも」

 

 ザビニは心の底からそう言った。ザビニにとっては自分のパトロナスが馬であることをあまり良くは思っていなかった。

 

「いえ……まぁいいんですよ、使えないアニメーガスでも。……はぁ……」

 

 どうやらアズラエルのパトロナスは、本人が期待していたような隠密行動向きのものではなかったらしい。アズラエルは、落ち込む気持ちを、周囲への期待に変えようとしていた。

 

「僕の変身後の姿は役には立ちませんが、ファルカスとハーマイオニーは僕に比べたらよっぽど実用的です。僕の野望は二人に託しましょうか」

 

 

 アズラエルは二人の肩を叩いてそう言った。ハーマイオニーはまだパトロナスの実体化までは行けていないようだったが、ファルカスは努力の甲斐もあってか実体化に成功していた。ハーマイオニーとファルカスがアニメーガスになったところを想像して、ハリーは笑った。

 

「期待しててよ。かっこいいアニメーガスになるからさ」

 

「その意気です、マイフレンド。パトロナスとアニメーガスの資格持ちは闇祓いの採用でもきっと有利ですよ。頑張って下さい」

 

 ファルカスとアズラエルが固い誓いをかわすなかで、ロンはおどけながらハーマイオニーに言った。

 

「ハーマイオニーのパトロナスが、カタツムリかナメクジじゃなきゃいいけどな」

 

 ハーマイオニーは真っ赤になって、二人してロンにパンチをお見舞いした。ハリーたちは呆れた視線をロンに向けた。

 

 

「ここまで鈍感になれるのはある意味才能だぜ。なぁハリー?」

 

「うん。本当にそう思うよ」

 

 

 ハリーは背後のファルカスから、お前が言うなという視線を向けられたがそれに気づくことはなかった。ひとしきり笑った後、アズラエルがロンを助け起こすとハーマイオニーがアズラエルに聞いた。

 

「……でも、そうね。もしも私がパトロナスをものに出来て、アニメーガスになれたら一つやってみたいことがあるの」

 

「それは何ですか?」

 

 アズラエルが聞くと、ハーマイオニーは胸を張って言った。

 

「スリザリンの談話室に入ってみたいのよ」

 

「「「はぁ!?」」」

 

 ロン、ハリー、ファルカスの声が重なった。ハーマイオニーは構うことなく続けた。

 

「スリザリンの寮は見たことがないもの。バレなければ問題ないでしょう?」

 

「おい、正気か?」

 

 ロンは信じられないという声で聞いたが、ハーマイオニーは当然よという顔をした。ハリーはそれを見て苦笑した。他の寮の談話室を知らないため比較はできないが、ハーマイオニーに見せられるものではなかった。

 

「……まぁあまりおすすめは出来ませんねえ。談話室に入っても面白いものはありませんよ」

 

「そうだね。知らない方が良いこともあるよ」

 

 ハリーもそう断言した。ハリーが入ったときより数は少なくなったものの、スリザリンの談話室では未だに差別用語が飛び交っている。マグル生まれに対して『穢れた血』という最低の呼び方をする人間がいても、寮の中だからと誰もそれを咎めない。ハリーも咎めたことはない。一年の頃からそれが当たり前だった。今では他所の寮生の前で態度にして出すより、身内の前で愚痴をこぼすだけの方がよほど健全だとすら思っていた。しかし、そんな寮をマグル生まれの親友に見せることは出来ないという理性はまだあった。

 

 ハーマイオニーは不満そうに栗鼠のように頬をふくらませた。しかしスリザリンにいる友人で、ハーマイオニーにスリザリンを見せたいと言う人間はいなかった。

 

 

「いいさ。君がスリザリンの談話室に入るなんて、天地がひっくり返ってもありえないってことはわかってるんだから」

 

 

 ロンがそう言うとハーマイオニーは不機嫌そうにそっぽを向いた。ハリーはそれも仕方ないことだと思った。もしもハーマイオニーがスリザリンの談話室を訪れる日が来たら、きっとハーマイオニーを失望させてしまうからだ。

 

「ま、俺らは陰気な奴らが多いからよ。グリフィンドールみたいな陽気な奴らは肌に合わねえんだよ」

 

 ザビニはそう締め括った。

 

 ハリーがスリザリンの上に立って、純血主義を取り締まるなんてことをしたとして、スリザリン生は誰もついてこないのは分かりきっていた。ロンたちが継承者を打倒しようと、ハリーがバジリスクを殺そうと、純血主義を信仰する人間が減ることはなかった。ただ、それを理由に虐めをする人間の割合が少し減っただけだ。そしてそれで十分だとハリーは思っていた。

 

***

 

 ハリーたちとロン、ハーマイオニーの友情は変わらず続いていたが、一時的にその友情を忘れ去る日があった。六月終盤の、クィディッチの優勝決定戦だ。セドリックの獅子奮迅ならぬ孤軍奮闘も、チョウ·チャンの健闘も、獅子と蛇の因縁の前には届かなかった。ハリーは観客としてドラコたちの晴れ舞台を見守ることになった。

 

 

 

「ポッター、そんなとこで何してんだ?」

 

 決勝戦の当日、ハリーが城の内部で雨が滴る校庭を憂鬱な顔で眺めていると、ガーフィールが声をかけた。

 

「ああ……ガーフィール先輩」

 

「辛気臭い顔してんじゃねえ。フリントも悪天候での試合は想定して練習してきた。こんな点気にゃ慣れてるだろうよ。応援に行くぞ!」

 

 ガーフィールは興奮したように言った。ハリーははいと返事はしたが、内心は暗い。

 

(してないんです。してないんですよ先輩……)

 

 フリントはドラコを気遣ってか、悪天候下ではあまり練習をしていない。悪天候によってドラコの不興を買うことをフリントは恐れていた。

 

 対して、ハリーはロンからグリフィンドールの情報を得ていた。キャプテンのウッドはクィディッチに全てを捧げた狂人で、雨だろうが雪だろうが雷が落ちようが、練習を止めたことは一度もないとハリーはロンから聞いていた。

 

 グリフィンドールとスリザリンの間には、アズラエルの会社が提供した箒による差が存在する。しかしどんなにハードが優れていても、肝心の選手のスキルに差があれば勝負はわからない。

 

 

 不安要素を理解しているのかどうかわからないがフリントは試合に挑む。その様子に気負いも不安も見受けられない。ピュシーもマイルズも、決勝戦そのものには慣れた様子だった。ハリーはスリザリンの勝利を願いながら声を張り上げてドラコに声援を送ったが、きっとドラコには届かなかっただろう。ドラコは試合だけに集中しきっていた。

 

 ハリーの隣にはいつの間にかザビニではなく、ダフネが座っていた。しかしハリーは試合が始まってタイムアウトが取られるまで、ダフネに気付かないほど試合に没入していた。

 

 雨のしとしと降る中での試合は、泥で滑ったり視界が悪かったりとグリフィンドールの独壇場だった。スリザリンの応援席は、グリフィンドールの選手に対してブーイングを、スリザリンの選手に対しては盛大な声援を送ったが、次第に盛り下がっていった。試合時間が二十五分を越えようとする頃には、九十対二十でスリザリンはグリフィンドールに大差がつけられていた。グリフィンドールはあえてハリーの代わりのチェイサーであるカシウス·ワリントンのマークを緩くし、カシウスにボールを集めさせることで何度もスリザリンの攻撃機会を潰した。

 

 タイムアウトが取られ、その度に攻撃用の陣形が変化する。オリバー·ウッドはグリフィンドールの陣形を攻撃よりにし、点取り合戦の構えを見せた。そしてそれが当たり、試合時間が二時間を超えた頃には、二百対六十という大差がつけられていた。ピュシーが信条を捨ててなりふり構わず強引にファウルで試合を止めてグリフィンドールの攻撃機会を潰した。グリフィンドールのPKをマイルズが阻み、フリントがアシリア·スピネットのパスをスティールしていなければ百六十点差がついていただろう。会場は今やグリフィンドール生の熱狂とスリザリン生のうめき声で満たされていた。

 

「貴方が居れば変わったかしら?この惨状が」

 

 ダフネはハリーに向けてそう言った。ハリーは首を横にふった。

 

「ダフネ。今勝つためにプレーしている選手を侮辱するのは止めてくれ」

 

 

 客観的に見たとき、カシウスが穴となってしまったのは本来のチェイサーであるハリーが抜けたことによる得点力の低下だと言える。しかし、ハリーから見てカシウスは己の役目を果たしていた。相手ビーターからの妨害や相手チェイサーのタックルを引き受け、シーカーをフリーにするという重要な役割を。

 

 悪天候でさえなければ、ここまで差がつけられる前にドラコはスニッチを補足し、スニッチを捕まえていただろう。しかし、勝利の女神は常に、勝つために全力を尽くした人間に微笑む。

 

 グリフィンドールの観客席から歓声が上がり、スリザリンの観客席からは絶望の絶叫が上がる。試合が終わったとき、ピッチの上の選手たちは一人残らず泣いていた。幸運だったのは、その涙を雨のせいに出来たことだった。競技場の上で立ち尽くすドラコを見て拳を握り締めたあと、ハリーはザビニを探し、言った。

 

 

「来年は僕らがレギュラーを獲ろう。ザビニ、協力してくれ」

 

「……いい顔になったじゃねえか。やってやるよ。俺たちでスリザリンを勝たせようぜ」

 

 ハリーたちは、この先自分達を待ち受ける運命を知らない。クィディッチに青春を賭けた生徒たちの涙は、ふりしきる雨の中に溶けて流されていった。




ドラコォ……
シーズン途中で急なレギュラー変更があったのによくそこまで頑張ったと思うよ。
ルナに関しては才能というか魔法生物にかける意欲と献身の差ですね。UMAハンターもとい魔法生物学者目指して頑張ってほしい。


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After the Rain

***

 

 

 グリフィンドール対スリザリンの決戦が終わった直後のスリザリンの寮内は陰鬱な雰囲気に包まれていた。歴史的大敗を喫したことで、寮生たちのテンションはどん底の底まで落ちていた。寮対抗戦の得点でグリフィンドールは首位の座に輝き、スリザリンは二位へと陥落した。これまで同時優勝というアクシデントはあれど、九年もの長きにわたって継続したスリザリンの優勝が途切れることは最早避けられなかった。

 

「……さぞかし痛快だったろうな、ポッター?」

 

「痛快?何を言ってるんだ、ドラコ」

 

 

 スリザリンの談話室に戻ったドラコは、敗北の苛立ちをハリーにぶつけた。ドラコはハリーがチームのためになにもしなかったとしてハリーを非難した。

 

「君はグリフィンドールの連中に気を遣って、あいつらと友達ごっこをやっていたんだろう。反吐が出る。だから実力があるくせにチームに戻らなかった。違うか?」

 

 ドラコの言動は八つ当たりでしかないとハリーには分かっていた。こういう場合、友人が取るべき対応には種類がある。相手の言葉を否定せず、内容に対して紳士的に同意して、相手の感情が落ち着くまで待つ。しかし、ハリーはそれが出来なかった。実際に自分があの場にいて試合の流れを変えられそうな場面は幾つかあったが、それを口に出すことはあの戦術を取ったフリントやワリントンに対する裏切りになるからだ。

 

 チームスポーツで強くなりたいのなら、一戦ごとに自分のプレーを見直して反省して練習し直し、課題を修正するなりスキルの向上を目指すなりしなければならない。ハリーから見てドラコの言動はチームにとっては何の益もなかった。むしろ、ワリントンの立場を危うくしかねないものがあった。

 

 ハリーはチェイサーのレギュラーの座を諦めたわけではない。ザビニに宣言した通り、自分とザビニがいれば得点力を確保できるような作戦もある。しかし、それはハリーとザビニがテストに合格できればの話だ。普通にハリーとザビニが落ちる可能性だってあるのだ。

 

「それは僕に対する過大評価だね。試合中に箒から落ちるチェイサーに居場所がないなんて当たり前のことだ。君だって、僕がチームを去ることに納得していただろう」

 

 

 ハリーは言葉に少しだけ含みを持たせた。ハリーがチームを追い出されたとき、誰一人としてハリーがチームにとどまるべきだとは言わなかった。それは当たり前の判断だとハリーにも分かっていたからこそ、都合のいいときになって戻るべきだと言い出すドラコに腹が立った。

 

「あの時はな。だが、お前がパトロナスを使えるようになったと聞いて、皆が何を考えたか分かるか?戻ってくるかもしれないとエイドリアンが言ったのを僕は聞いていたぞ」

 

「ピュシーが……?」

 

 ハリーははじめて動揺した。自分をそこまで評価してくれていたとは思いもしなかったのだ。

 

「お前はキャプテンに頭を下げて戻るべきだったんだ。パトロナスが使えたのにチームに復帰せず、高みの見物に徹して傍観者を気取る。お前の姿勢は実に小賢しいよ。そうやって上から眺めていれば、負けることはないんだからな」

 

 

 カシウス·ワリントンはいてもたってもいられず逃げるように自分の部屋に戻っていた。ドラコの言動はもはや公開処刑に等しかった。しかし、ハリーにも言い分はあった。

 

「確かに僕はパトロナスを使えるようになった。ディメンターのそばを通っても気絶しなくなった。だけど、じゃあもう大丈夫です、入れてくださいなんて言えると思うのか?あんな追い出し方をされて?」

 

 ハリーはパトロナスを使えるようになった後も、チームには戻らなかった。それは、スリザリンチームがフリント体制の下で完成していたからだ。

 

 ハリーを追い出す判断をしたのはキャプテンのフリントだった。ハリーがいればチームの結束を乱し、ドラコがハリーに気を取られて敗北したように、勝敗を左右するミスに繋がりかねないという判断からのものだ。それはハリーも理解していた。

 

 理解した上で、感情としてフリントのいるチームでプレーしたいと思えるかというと、それは別の話だった。ハリーはキャプテンとしてフリントのことを尊敬はしていたが、それはそれとして、恨んでもいたのだ。

 

 気付かないふりをしていた己の感情が思いの外醜かったことにハリーは動揺していた。しかし、今さら後には引けなかった。

 

「クィディッチをしたいならそれくらい言え!キャプテンに頭を下げるくらいはやって当然だろう!君はチームに迷惑をかけた自覚はあっただろう!」

 

「ふざけるなよ。僕だってプライドくらいある!実力でならまだしも、お情けでチームに戻るなんてこと出来るか!」

 

「プライド?……何がプライドだ、ポッター!プライドで試合に勝てるか!お前は普段謙虚なふりをしながら、どこまでも自尊心だけ高い自己中野郎なんだよ!!」

 

「ドラコにだけは言われたくないな!ええ?実力で負けたのを人のせいにしてる奴には!」

 

 談話室でハリーとドラコは険悪に言い争った。ほとんど悪口に近いものだった。

 

「あの……ガーフィール先輩、そろそろ止めて頂けないでしょうか……?」

 

 ハリーとドラコが罵詈雑言の応酬を繰り広げる間に、アズラエルはガーフィールを呼びに行った。しかし、ガーフィールは冷めていた。

 

「クィディッチ馬鹿の喧嘩は外野には止めようがねえよ。ほっとけ。気が済むまでやらせろ。シーズン中にこれが出来なかった時点で、俺たちの敗けは決まってたンだろうよ。チームってのは、喧嘩しようがなんだろうが勝つために知恵を絞りあって形成されてくもンだろうが」

 

 ガーフィールは最終学年に寮杯を落とすことが確実であるにも関わらず、達観していた。

 

「……それは」

 

 アズラエルの横にいたファルカスは複雑な顔でハリーとドラコの喧嘩を見守った。ハリーとドラコは、この年は不仲だった。ハリーが厄介ごとに巻き込まれた挙げ句、ハリーが咄嗟に使ったリディクラスや、闇の魔術をドラコが非難したからだった。それをきっかけとして、ハリーとドラコの関係は冷え込んでいた。

 

(もし、あれがなかったら……今年も勝てていたんだろうか?)

 

 そんな考えが脳裏をよぎり、ファルカスは違う、と思った。

 

(いや……あれは必然だった。闇の魔術にしたって、ドラコは非難できるような立場じゃないじゃないか)

 

 

(……それに、ハリーが今年クィディッチを休んだけど、そのお陰でまたさらに強くなった。転入生に出会って、決闘クラブにも今までよりもっと熱心になった。ハリーにとってはこの方が良かった筈だ)

 

 ファルカスは闇祓いの家系らしい意識の高さで、己の中に生まれた思いを黙殺した。生き延びるために力を持つことはハリーにとって必要なことで、それはクィディッチというゲームよりも優先されるべきことだとファルカスは信じていた。

 

 ファルカスの考えは正しく、そして間違ってもいた。人は、必要なことを優先しなければならない生き物だ。しかし、必要なことだけをしていて心が育めるほど、人という生き物は単純な生き物にはなれないということを、ファルカスはまだ知らなかった。ゲームに打ち込める短く儚い青春があるということの尊さを知るのは、まだ先の話だった。

 

 

 結局、ハリーとドラコの喧嘩を止めたのはエイドリアン·ピュシーだった。ピュシーは、ハリーとドラコをそれぞれ叱ると最後にこう言った。

 

「お互いに言い分はあるだろう。どっちが正しいだの、間違ってるだのは、俺が決める話でもない。だがな」

 

 

「……談話室のど真ん中で喧嘩するなんてことは、チームの品位を損なうからやめろ。本当にやめろお前ら。しばくぞ」

 

 ハリーとドラコは顔を真っ赤にしながら、すごすごと自分の部屋に戻った。ハリーはダフネが、やっぱり私の言った通りだったわねという顔をしながらハリーに笑いかけているのを目の端で捉えた。部屋の中で、ハリーはぽつりと呟いた。

 

「つくづく都合いいよなあ、皆。要らないって言ったり必要だって言ったりさ」

 

「世の中そんなもんだろ。つーか、受かったらマルフォイと同じチームになるって罰ゲームになるこの俺を労れよ」

 

「ワリントンとかモンタギューとかピュシーとか、あのポジションにはライバルが多いけどね」

 

「じゃあそれに勝つ方法教えろよな。なんか考えてんだろ?」

 

 ハリーとザビニは、クィディッチ選抜試験に通るための作戦を相談した。この時二人は、四年生になった自分達がクィディッチ競技場に立つことを夢見ていた。

 




なお……


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ファルカスのタロット占い
パンジー→女帝(逆位置)


 ドラコと言い争った次の日、ハリーはホグズミード行きを決めた。スリザリンの寮内には何とも言えない微妙な雰囲気が流れていて、周囲から突き刺さる視線が痛かったからだ。談話室に居続けることは困難だった。

 

 ハリーは直毛薬でボサボサの髪を整え、簡単な変装をしてから部屋を出た。部屋を出るとき、ザビニが言った。

 

「俺は念のため火消しライターを持ってく。何かあったらハリーんとこに合流するぜ。花火か何かで合図をくれ」

 ザビニがそう言うと、ファルカスはハリーにある提案をした。

 

「ハリーはサーペンタリウスを持っていってもいいんじゃない?護身用になるよ、それ」

 

「そうだね。アクシオとエクスペリアームス防止のルーンを刻んだポケットに入れておくよ。これ、出力が上がりすぎるのがちょっと困るけどね」

 

 ハリーはサーペンタリウスを自分の服のポケットにしまった。サーペンタリウスの聖石は、少しの出力で放った魔法も、術者の出せる100%の威力、効果で放つことが出来る。ただ、術者の力量やメンタルが不安定だったり、制御するための魔力が不十分だったり、マキシマ(最大出力)を使おうとすると魔力の制御が上手くいかず、暴発するリスクもあった。

 

 ハリーは万全の準備をした上でザビニをはじめとしたいつもの四人組でホグズミードに行こうとした。寮を出て大広間に来たとき、ハーマイオニーがハリーたちを制止した。ハーマイオニーはここは通さないと言わんばかりに腕を組んでいた。

 

「ハリー、ホグズミードには行くべきじゃないわ。何があるか分からないもの」

 

 

「前みたいに何かがやってきたとしても返り討ちにすればいいさ。あの時より僕は強いよ、ハーマイオニー」

「ハリーったら……」

 

 ハーマイオニーはそんなハリーを引き止めようとしたが、ハリーは彼女の忠告を振り切った。アズラエルがでしょうねえと呟く横で、ロンはハーマイオニーを宥めながら言った。

 

「これからテスト期間に入るし、その前に最後の気分転換が必要だぜ。どうせ変なことなんて起きないって。ドロホフもシトレも死んだって報道されたし」

 

「でも、ロン。ディメンターがまだホグズミードから消えていないのよ?ホグズミードには何かあるわ、きっと」

 

「ディメンターは、この一年はホグズミードにいるっていう契約だったかもしれないだろ?俺たちも行こうぜ」

 

 ハーマイオニーは最後まで渋っていたが、最終的には折れてくれた。ロンは朝食のあと、ハリーと二人で行くことになった。玄関ホールにはダフネ·グリーングラスがいた。ダフネは化粧によるものか、長く艶のある黒髪を茶色く染めていた。

 

「ハリー、ホグズミードに行くのなら私も連れていって頂戴。荷物係が必要なの」

「……えーと」

 

 ダフネは有無を言わさぬ口調でそう言った。ハリーが迷っている間に、ダフネはハリーの周囲を説得しにかかった。

 

「いいでしょ?ハリー?それから……ミスタ アズラエル」

 

「ええ、僕らのことはお気になさらず。貴女もホグズミードは久しぶりでしょう?楽しんできて下さいよ」

 

 ダフネは勝ち誇った顔でハリーに微笑んだ。ハリーは一瞬、なぜか胸騒ぎを感じたが気のせいだろうと無視した。代わりに、ハリーはダフネの化粧を褒めた。内心では黒髪の方が似合っていると言いたかったが、ダフネの趣味を否定するのも気が引けた。

 

「じゃあ行こうか。似合ってるね、その髪。新しい化粧品かい?」

 

「いいえ、簡単なコンジュレーションよ。髪の色素を一定時間変えるくらい大したことないわ」

 

「へえ、便利だね。今度やり方を教えてくれる?」

 

「勿論よ。ハリーならすぐに出来るわ」

 

 ダフネはハリーの褒め言葉を受けて、満足気に頷いた。ホグズミードでは、ハリーとダフネを気遣ってかザビニたちは予定より早くハリーと別れた。代わりに、ロンとハーマイオニーがハリーとダフネに同行した(同行を提案したロンはハーマイオニーに足を小突かれていた)。

 

 四人はまず、ゾンコの悪戯専門店に立ち寄ることにした。悪戯のためではなく、試験のために筆記用具を買い足す必要があったからだ。ハリーは羽ペンとインクを購入したが、それ以外にめぼしいものは見つからなかった。ロンは試供品として置かれていた飛び回る羽ペンに翻弄され、ダフネは絵画に使う高級な絵の具を買うかどうかで迷っていた。

 

「買おうか?僕ならまだ持てるよ?」

 

「……結構よ。これからは試験期間だもの。趣味に没頭するのは終わった後でいいの」

 

 ハリーはそう申し出たが、ダフネは断った。それでも、ダフネは後ろ髪を引かれるようにちらちらと絵の具を見ていた。ハリーは店員に頼んで、試験明けにダフネのところに届けて貰うようにした。

 

 叫びの屋敷で恐ろしい獣の爪痕を確認したハリーたちは、次にクィディッチ用品店に足を運んだ。クィディッチ用品店の入り口にあった特集雑誌は、ブルガリアの天才シーカー、ビクトール・クラムを表紙にしていた。

 

「おっ、センスある表紙だな。このクラムって人凄いんだぜ、ハリー。まだ学生だけど、もういくつかのプロから声がかかってるんだ」

 

「そんなに有名人なの?シーカーか。やっぱり花形はシーカーになるか」

 

「そうよ。クラムは今大人気のスターなんだから」

 

「そうなの、凄いわね」

 

 ハーマイオニーは興味の無さそうな生返事を返したが、ダフネは得意気だった。

 

「覚えておきなさい、ミス グレンジャー」

 

 

 

 ダフネがフフンと鼻を鳴らして言った。ロンが熱っぽくクラムのスーパープレーについてハリーに紹介してくれた一方で、ハーマイオニーはクラムの容姿がお気に召さなかったのか、クィディッチ用品店に置かれていた古い箒についてあれこれと店員に質問していた。

 

(ダフネもわりとミーハーというか、その辺りの感性はロンと同じで普通なんだな……)

 

 ハリーはダフネが有名人に興味があることを心にとめながら、雑誌を購入した。雑誌を読めば、チェイサーであるハリーにもクラムの凄さが分かる筈だった。

 

 服屋に入ったハリーたちは、夏用の肌着や衣類を購入した。ロンがハーマイオニーが選ぶ服にあれこれとダメ出ししている間、ダフネは子供っぽいリボンのついた山高帽子を選んだ。ハリーの怪訝そうな顔に、ダフネは言い訳がましく言った。

 

「これはアストリアへのお土産よ。あの子の帽子が飛行訓練で破れてしまったから」

 

「いいお姉さんだね、ダフネは」

「さて、どうかしら」

 ハリーが何となく思ったことを口にすると、ダフネは照れたようにはにかんだ。

 

 それから四人は書店に入り、ドラコたちを偶然見つけた。ドラコはいつものグレゴリーとビンセントに加えて、セオドール·ノットと行動を共にしていた。ノットは変身呪文の参考書を購入していた。ハリーはドラコと会って話すのも気まずかったので、三人に言った。

 

「ここは駄目だ。別のところに行こうか」

 

「待ってハリー。いい機会よ?ドラコに謝った方が良いわ。彼はあなたの力量を高く評価しているのよ?今仲直りしておけば、来期のレギュラーだって確実よ……」

 

「ダフネ。君も知っての通り、ドラコは僕が大嫌いなんだ。クィディッチの選抜にドラコの意見を聞く必要はないね」

 

「ハリー、貴方って子は。ミス グレンジャー、貴女からも何か言って頂戴。ハリーとの付き合いは貴女の方が長いわよね?」

 

 ダフネはスリザリンらしい狡猾さ、もとい面の皮の厚さを見せた。自分の意見だけでは通らないのならば、ハリーの信頼する頭脳にハリーを説得するように誘導しようとしたのである。ダフネに純血思想に対する罪悪感はない。自分の思いどおりにことを運ぶためならば、イースター休暇前に純血主義に傾倒したことを忘れるぐらい訳はなかった。

 

「え、私?」

 

 ハーマイオニーは目を丸くしていたものの、頼られて悪い気はしないようだった。

 

「っていうか何があったんだよ。まずはそれを説明してくれよ」

 

 ハリーとドラコの関係がどうなっているのかまでは二人に分かる筈もなく、ハリーがさっさと書店を出たので、ダフネもロンたちも書店を出ざるをえなかった。

 

「……私の意見は聞いてくれないのね、ハリー。実際にプレーしていたドラコから見ても、あなたがチームに戻るべきだったって意見だったわ。私の意見の方が正しいのに」

 

 ダフネがハリーの背中に投げ掛けた言葉を聞いて、ようやくハリーは振り返って言った。

 

「……ダフネの見立てが正しいことは認めるよ。それでも、出来ないことはある」

 

 ハリーはダフネの言葉に頷かなかった。頑固さでは誰にも負けないつもりだった。

 

 二人の気まずい雰囲気を察したのか、ハーマイオニーはお茶にしようと提案した。四人はホグズミードを並んで歩き、三本の箒に入った。三本の箒に入ったとき、、ハリーは何者かの視線を感じたが、スニーコスコープが起動しなかったので考えないことにした。ハリーを観察するような視線は、魔法界では良くあることだった。

 

 

 ハーマイオニーはバタービールを二本頼み、ハリーとダフネはミルクを注文した。気まずい雰囲気の中で飲むドリンクはお世辞にも美味しいとは言えなかった。ハリーは一口飲んで失敗したと思った。それはダフネも同じだったらしく、ダフネはミルクに砂糖を投入していた。

 

 微妙な顔をしている二人にかまわず、ハーマイオニーが聞いた。

 

「それで、ハリーとマルフォイがクィディッチチームの編成についてで喧嘩をしたという理解でいいかしら?」

 

「大体合ってるけど喧嘩じゃない。意見の不一致があっただけだよ」

 

 ハリーは不快そうに言った。ダフネがすかさず口を挟む。

 

「ハリーにはチェイサーとしての才能があるのに、このままだと試合に出れなくなるわ。マルフォイと喧嘩するなんて」

 

「僕からすれば、あいつは他人の足を引っ張る才能に恵まれているね」

 

 ロンが言うと、ダフネは思わず笑いそうになった。ハリーは笑わなかった。ダフネはさらにハーマイオニーに対して愚痴をこぼした。

 

「悔しいけれど、昨日の試合は酷かったわ。あんな無様な敗北を経験したら、誰だって優秀なメンバーに戻ってほしいと思うわよ。そうでしょう?」

 

「だからってドラコに謝る意味がないよ。僕がチームに戻るかどうかは試験で判断されるべきだ」

 

「ハリー。ミス グリーングラスの忠告をあんまり無視していたら、そのうち痛い目を見るわよ。彼女は厚意からそう言ってくれているんだから、ね?」

 

 ハーマイオニーはハリーに対して圧力をかけながら仲裁に入った。ダフネの目論み通り、ダフネはハーマイオニーを味方につけることに成功したようだった。

 

(それは分かってるんだけど……)

 

 つまらない意地だと分かっていても、張りたい時は存在する。ようするに、ドラコはハリーにこう言っているのだ。

 

「助けてくれ。チームに戻ってくれ」

 

 と。ただ生来の性格の悪さとプライドの高さでそう言えないだけなのだ。ダフネがそういう認識なのかどうかは分からないが、少なくともハリーはそう理解した。今のままでは、スリザリンの優勝は望めない。そうはっきりと自覚してしまったのだ。

 

 だが、ハリーがドラコに歩み寄るにしても、ドラコがロンやハーマイオニーとの付き合いにまで言及してくるとなればハリーが折れるわけにはいかないのだ。ハリーはそう思っていた。

 

 ハリーはマリーダからの忠告を実践は出来なかった。ダフネのためを思うなら、スリザリン生としてドラコが正しいと認めて頭を下げることも必要な行為だ。そう認識した上で、ハリー個人の意地と信条をハリーは優先した。

 

 ハリーとダフネはしばらく睨み合っていたが、やがてお互いに顔を背けた。その様子を微笑ましく見ていたハーマイオニーは、続けてロンが言った言葉に笑った。

 

「まー、ハリーはファイアクラブの甲羅より頭が固いからな。そんでもって一回キレたらファイアクラブ並に鎮火するまで時間がかかるんだよ。そういうときは、ちょっと待ってあげなよ」

 

 ロンはまるで聞き分けのない妹に諭すかのように言った。ハリーはロンが妹を持つ兄だったことを思い出した。

 

「なによ。まるで私が悪いみたいに言わないでくれるかしら、ウィーズリー」

 

 ダフネはじっとりとした目でハリーを見、次にロンに対して雑な物言いをしながらミルクを口に流し込んだ。ハリーは妙に既視感があった。その姿はダフネの妹、アストリア·グリーングラスと似ていた。正しく言えば、アストリアは無意識に姉の挙動を模倣していたのである。

 

「でも、君がハリーにマルフォイと仲直りしろって言ったのは事実だろ?それはちょっと無理な話だぜ。何せ、マルフォイは百パーハリーが悪いみたいなことしか言わねぇだろ」

 ロンは巧みに矛先をマルフォイにずらそうとした。

「それはそうだけど……」

 

 ダフネはなにか言いたそうにしていたが、口をつぐんだ。そもそもロンとはあまり親しくなかったことも関係しているかも知れなかった。

 

 ハーマイオニーはやがてバタービールを一気に飲み干して言った。

 

「今日はここまで!ここで喧嘩をしても仕方ないわ。話題を変えましょう。ハリーは最近魔法薬を煎じたりもしていたのよね?何か進展はあった?」

 

「さすがにないよ。魔法薬の調合に使えそうな毒草や毒物も貴重なものは手に入らないしね。さっき見たゾンコだって毒草を売ってるけど、取り扱いには資格が必用だし」

 

「OWLでE以上を取らないと所持できないって滅茶苦茶厳しくねえかな。Eなんて上から二番目だぜ?」

「当然のことよ。命に関わるような劇物は、生半可な知識で取り扱っていいものではないもの」

 

 ロンのぼやきに対して、ダフネは真面目に返答した。魔法薬を調合する薬草は、成分の都合上劇毒であることも多い。そのため、栽培だけでなく所持するだけでも、薬草に関する知識を要求されるものも存在する。魔法省の制定する法律でどの薬草を所持できるかは細かく分類されていて、店側も購入者が要件を満たしているか確認するように義務付けられているのだ。

 

「けれど、ハリーは他の生徒よりも努力していると思うわ。本当はもっと調合の練習をしたいんでしょう?」

 

「そうだけど、素材も貴重だしスネイプ教授は許可しないよ。それこそ、バジリスクの毒とかアクロマンチュラの毒で薬品を作りたいけど、NEWT レベルだからね……」

 

 ハリーは図書館の本で調べられる限りは毒物や薬草から毒を抽出する魔法薬の作成方法を知っていた。しかし、まだ実践したことはない。劇毒からの魔法薬の調合は、一歩間違えば悲惨な重大事故を引き起こすことから調合経験のある監督者の指導が義務付けられているのだ。そして、スネイプ教授は13歳の少年に劇薬の取り扱いを認めるほど倫理観が欠落してはいなかった。

 

「今は自分にできる調合を実践しながら、経験を積んでいくべきなんだろうね」

 

 ハリーは穏やかにそう言った。薬物の調合は針の先に糸を通すような繊細な積み重ねの上で成り立っている。一滴などという曖昧な単位で成り立っているような世界でもなく、シビアな条件を満たさなければ成立しない薬品ばかりだ。ハリーが目標としている錬金術も、魔法薬と変身術の実践経験と広範な知識が求められる。だからこそ、焦らず少しずつ積み重ねていくしかなかった。

 

「毒物を取り扱うなら、繊細で厳重な管理が必用だものね。ミスグレンジャー、貴女、心筋梗塞用の薬剤の主成分について答えられるかしら?」

 

「コモドドラゴンの爪10g、アクロマンチュラの毒3ml、干しイラクサ30g、満月草1g、それに毒ツルヘビの皮4g煎じたものを混ぜればいいわ」

 

 ダフネの問いに、ハーマイオニーは即座に答えた。ダフネは大袈裟にため息をついて言った。ハリーも同じ気持ちだった。

 

「……貴女の頭脳には脱帽だわ」

 

 そう言ってダフネはアストリアへの土産に購入した山高帽子を杖でつついた。帽子は杖に反応して、ハーマイオニーにお辞儀をした。

 

「別に大したことじゃないわ。『最も強力な魔法薬』にあった内容を暗唱しただけよ」

 

「俺、二人の話についていけねぇよ。もっとクィディッチとかゲームの話にしねえ?」

 

 ロンが拗ねたように言ったので二人は再びそっぽを向いた。ハリーは心の中でロンに詫びた。

 

 

 ハリーから見て、ロンのコミュニケーション能力は高い。その能力は一朝一夕で身につくものではないと思っているのだが、三年生の内容を大きく逸脱した薬学の話についていけないのは仕方のないことだった。

 

「難しいだけじゃないわよ。魔法界の薬学はとっても奥深いのよ?ハリーもそう思うでしょう?」

 

 ハーマイオニーはあらゆる科目の成績がトップクラスだった。幼少期から家庭教師をつけて勉強してきたアズラエルやダフネ、レイブンクローの秀才たちを抑えて一、二年生の時に成績で一位を取ったことは伊達ではない。

 

「まぁね。魔法薬学はかなり好きだな。調合の実践が楽しいから」

 

 ハリーもハーマイオニーに同調した。魔法薬学にしろ薬草学にしろ、ホグワーツで学ぶ内容の大半は机上の学問ではなく、実習によってすぐに学んだ内容を実践することができる。ハリーは理論を学び、熱心に勉強することを評価していたが、自分自身の手で実行しながら体験していけるホグワーツの授業は面白く、魔法にのめり込むには充分だった。

 

「スリザリン生は、そのへんはちゃんとしてるな」

 

 ロンが苦い顔で言った。ロンとしては宿題や試験勉強に追われる生活はほどほどにしたいという気持ちもある。努力すればするほど、パーシーのように己の時間のほとんどを勉強に捧げるような生活は出来ないと思ってしまうのだ。

 

「それは褒め言葉と受け取っていいのかしら?それとも挑発?」

 

「褒め言葉だよ、ダフネ。そうだろロン?」

 

「そーそー」

 四人はドリンクを飲み終わった後もしばらくホグワーツの話をしていたが、ハーマイオニーが思い出したように言った。

 

「そう言えば、スキャマンダー先生のところにお邪魔していたルナはこの夏休みに学会で発表すると決まったそうよ」

 

「発表って、何をするというの?ルナというのはどなた……?」

 

「レイブンクローの二年生よ。ルナ·ラブグッド。彼女、スキャマンダー先生やハグリッドの助手のようなことをしていたのだけど、その縁で論文を書いてみないかということになったらしいの」

 

 ダフネは突然出てきた名前に驚きながら聞いた。ハーマイオニーは使い込まれた羊皮紙を何枚か鞄から取り出した。

 

「このところ、彼女が忙しかったのはこれのせいよ。魔法生物学会の魔法生物言語部門で、魔法生物の言語と魔法使いや魔女の用いる言語に関する発表をするそうよ。もう論文も書けてるって」

 

 ハーマイオニーは手早く魔法生物飼育学の内容を羊皮紙に書き留めたメモをめくりながら言った。スクリュートの詳細は伏せられていたが、ハリーはルナがスクリュートと『会話』した一連の出来事を思い出して微笑んだ。

 

(やったな、ルナ)

 

 ハーマイオニーはあえて他人事のように言ったが、論文の執筆にはハーマイオニーとアズラエルが協力していた。ルナは天才ではあったが、論文の形式に則って第三者から見ても分かりやすいように内容を纏めるのははじめてのことだった。だから魔法界の論文に詳しいアズラエルと、魔法界の知識はまだまだだが論文の形式は知っているハーマイオニーがルナの論文を添削してスキャマンダー先生に見せ(ハーマイオニーはさらにハグリッドのスクリュート第一世代交配論文を添削し)ていた。その間、ハリーはスクリュートたちがルナを待ちわびている様子を眺めつつ、スクリュートに餌を与えていた。

 

 

「マーリンの髭。スキャマンダー先生、デスクワークは嫌だって愚痴を溢してたのになぁ」

 

「デスクワークは嫌でも、魔法生物に関する仕事ならちゃんとやるよ、あの人は。じゃなきゃ幻の動物とその生息地なんて書けないよ」

 

「……!」

 

 ルナの偉業を知っていたハリーやロンは落ち着いていたものの、ダフネは目を見開いて驚いていた。それこそ、二の句が継げないほどに。そんなダフネの様子を見て、ハリーはなぜか誇らしくなった。

 

 レイブンクローの秀才たちは、若くして自分の興味のある分野を学び、時には論文を発表することもある。論文の評価は(論文が形式に則って書かれたという前提の上で)内容次第だ。発表した、というだけならレイブンクローの秀才なら誰かしらやっていることだ。しかし、他の寮生でそこまでの情熱と意欲を持ち、新規性のある『何か』を発見できた人間はそうはいない。スリザリン生は既存の知識の応用こそ上手いが、保守的な傾向ゆえに新しい何かを生み出す能力には乏しい。だからこそ、ダフネは驚いたのだ。

 

 もちろん、ハリーとアズラエルはルナの能力を高く評価していた。ハリーはルナが魔法生物と向き合う姿勢に敬意を抱き、アズラエルはルナが危険なスクリュートを手懐けたことをとても高く評価し、ルナを名誉グリフィンドール生と呼んだ。

 

 ハリーはルナの考案した手法を使えば、誰でも蛇語が話せるのではないかという考えを明かそうかどうか迷い、今はまだ早いと踏みとどまった。

 

(……今度、バナナージ先輩に頼んでラジカセを借りて、部屋で試してみよう。ハーマイオニーたちに話すのはそれからでいい)

 

 ロンは、マダム ロスメルタにバタービールをもう一杯注文してから言った。

 

「なんだか自信なくすよな。レイブンクローってルナみたいな天才が山ほどいるんじゃないか?俺、グリフィンドールが駄目だったらレイブンクローとか思ってたけど行かなくて良かった」

 

「ロンは十分優秀だと思うけどな」

 

 ハリーは肩をすくめた。そのすぐ隣ではハーマイオニーとダフネが難しい顔をして羊皮紙を覗き込んでいた。ハリーたちの楽しい時間は瞬く間に過ぎていった。

 

***

 

 三本の箒を出たダフネ·グリーングラスは、眩く輝く月明かりを受けながらハリーの隣を歩いていた。満ちた月は明るく、日が落ちかけてもなお人の判別がつくほどだ。ダフネは、想像していたよりもハリーたちが優秀であることに驚いていた。

 

 ダフネは優秀ではない。自他共にそれを認めざるをえないほど、自分自身は凡庸な人間であるという自覚がダフネにはある。幼少期から魔女としての教育を受けたという一点しかダフネの強みはなく、ロン·ウィーズリーと似たり寄ったりか、それより低い程度の成績しかダフネにはない。つまるところ、ダフネは誇れる自分自身を欲していた。血統以外の、己の手で勝ち取った何かを。ロンの言葉は、そのままダフネにも存在する悩みだった。

 

 しかし、大半の人間にとって、己の手で勝ち取れるものというのは小さい。挑戦して必ず栄光が約束されることなどなく、スリザリンクィディッチチームのように手痛い敗北を経験することもある。スリザリン生のほとんどやダフネはそれを理解していたからこそ、勝者を中傷し、敗者を嘲笑することで何者でもない己自身を慰める。

 

 そんな己の非生産的な性根が突きつけられたのは、ハリーたちの友人でハリーたちよりも一学年下のルナ·ラブグッド(ラヴクラフトではなかった)が、学会に論文を提出したという事実だった。レイブンクロー内てすら浮いた変人でも、ラブグッドは紛れもない天才だった。だからこそ、ダフネにはパンジーやドラコがハリーやハリーの周囲に嫉妬する気持ちがよく分かった。

 

 

 ダフネ自身、現状に対する漠然とした焦りはあった。進路を決めるOWLまではあと二年。しかし、現時点のダフネは何者でもない。趣味の絵画は手慰み以上のものではない。それで生計を立てるという明確な計画はなく、コンクールに応募するという度胸もない。ただ友人に楽しんで貰い、自分が楽しくなるためものだ。

 

 薬学と薬草学、変身呪文を学んでヒーラーを目指すのがダフネの現在の夢だ。ハリーはその夢を笑わなかった。しかしダフネの父や母はどうだろうか。現時点のダフネの成績では厳しい夢を応援してくれるだろうか。

 

(……いえ……お父様やお母様を説得できるように今年の試験で好成績を取ること。まずはそこからよ。そのための準備はしてきたじゃない。……最低条件すら満たしていないのに、認められるかどうかを気にしていても始まらないわ)

 

 そうダフネは自問に対して自答した。それでも、ダフネの胸中に不安は尽きない。父は、『そんなことよりグリーングラス家の後継者になる婿を探せ』と言うのではないだろうかと、ダフネは嫌な悩みを抱えていた。

 

 そんなことを考えながら歩いていると、突如、ハリーの周囲に警報が鳴り響いた。

 

「伏せろ!!!!」

 

 瞬間、ダフネは誰かに庇われた。それがハリーであると気付いた時には、ダフネやハリーたちの周囲はハリーの展開したプロテゴの白い防壁に護られていた。

 

 ダフネが、自分達が何者かに襲われているという状況を理解したのは、プロテゴが軋む音を聞いたからだ。ハリーが無言呪文を使ったことに気付く余裕はなかった。

 

 マダム·ロスメルタをはじめとした、十数人もの魔女や魔法使いたちが出した赤い閃光が突き刺さり、けたましい轟音を上げていた。

 

「ハリー!ハリー!」

 ダフネは絶叫して、自分の盾になって防壁を維持しているハリーの肩を叩いた。ハリーは手を緩めず、杖を振った。すると、盾の呪文は自分たちに飛んできた赤い閃光を弾き返した。しかし、盾の呪文が防御壁を展開した直後に別の閃光が着弾したかと思うと凄まじい衝撃が起こった。

「っ……」

 

 プロテゴの防壁にヒビが入った。ダフネは戦慄した。もしもあの閃光が自分たちを直撃していたらと思うと、全身が総毛立った。何より恐ろしいのは、マダム·ロスメルタのようなホグズミードにいる普通の人たちが、自分達に殺気を向けていることだ。

 

「ロン!狼煙を!!!ハーマイオニー、敵を倒すぞ!!」

 

 

「ハリー!絶対に殺さないでね!ステューピファイ(失神)!」

 

 

 ハリーはダフネの前に立ち、何人かの魔法使いにレヴィオーソを直撃させていた。十数人の魔法使いは、ハリーのレヴイオーソによって強制的に浮遊させられた後はハリーの玩具のように上下左右に振り回され、数を減らしていく。ハリーが基礎呪文で足止めし、ハーマイオニーのペトリフィカス トタルス デュオ(石化魔法連射)によって無力化する。襲撃者の数が七人となるまで時間はかからなかった。

 

 瞬く間に数を減らした襲撃者たちは、虚ろな視線でダフネを、正確にはダフネの前に立つハリーを見ていた。ダフネはハリー越しに襲撃者の顔を見た。その瞳から、ある闇の魔術を連想してダフネは震えた。ダフネはこの騒動の中、プロテゴを展開するのがせいぜいで、襲撃者に魔法を撃ってみても、当てることはできなかった。

 

 七人となった襲撃者たちは、操られているとはいえ手練れのようだった。かつての魔法戦争の生き残りか、昔決闘でもしていたのか、それとも日常的に魔法を多用する仕事なのかは分からないが、それまでとは攻撃の頻度が違う。赤、青、白のジンクスやヘックス、そしてカースの魔力を帯びた閃光が再びハリーのプロテゴに着弾する。それら全てを、ハリーの無言プロテゴは防ぎきった。少しヒビが入っただけという異常すぎる防御力を目にしたダフネの心に、安心感が広がる。ダフネはハリーの姿が頼もしく見えた。と、思った次の瞬間、ダフネは斜め前にいた赤毛の少年の杖から銀色の生物が出てくるのを見た。

 

 

「エクスペクト パトローナム(パトロナス召喚)!」

 

 エクスペクト パトローナム(パトロナス召喚)で呼び出したテリアに敵を撹乱させ、敵が使ってきた変身魔法で呼び出された猫や仔犬にテリアが噛まれながらも敵の攻撃を凌いだロンは上空に杖を向けて叫んだ。

 

「ボンバーダ(爆ぜろ)!!!」

 

 SOSの文字が夜空に浮かび上がる。しかしそれと同時に、ダフネたちの周囲にはさらに二十名以上もの人が集まってきた。皆が虚ろな目をしている。操られているのだ。

 

 そして最悪なことに、その襲撃者の中にはダフネたちの見知ったもいた。パグ犬のようなかわいらしい親友の顔をダフネが見間違える筈はなかった。

 

「パ、パンジー!?」

 

 ダフネがそう叫んだときには、ハリーとハーマイオニーが反射的に撃った呪文がパンジーの顔面に直撃した。パンジーは虚ろな目のまま、乱戦の最中で石像のように固まってしまった。

 




頑張れハリー、闇の魔法使いをぶち殺せ!!
なお堅気の魔女や魔法使いが(支配の呪文で)巻き込まれている模様。
あとパンジーファンの方はごめんなさい(二回目)。でもまぁパンジーは見えないところでハーマイオニーを虐めていたので恨みを買っていたのです。南無。


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悪童たちの宴

 

 ダフネは、自分の友人が目の前で石像になったという事実から目を背けた。ハリーとハーマイオニーも、ダフネを気にする余裕などなかった。

「プロテゴ インセンディオ!」

 ハリーが呪文を唱えると、ハリーたちの周囲に凄まじい業火が吹き上がった。炎はハリーたちの周囲を球形の防壁で囲んだ。そしてハリーが杖をふると、炎はパンジーの周囲を取り囲み、魔法の余波から守る盾になった。

 

「くそっ!皆、走れ!!ボンバーダ!!!」

ハリーは襲撃者たちに追撃呪文を撃ちながら怒鳴った。炎の護りはパンジーを燃やすことなく護るが、あくまでも一時しのぎに過ぎない。このままだ戦えば、石になったパンジーが割れる可能性は高い。四人は、一目散にその場を離れた。背後からは呪文や魔法生物が投げつけられる音や悲鳴が聞こえていたが、振り返る余裕はなかった。

五分ほど走っただろうか、ダフネたちは人気のない袋小路の突き当たりで足を止めた。ハーマイオニーは肺の中にたまった空気を全て吐き出すかのように荒い呼吸をしていた。ダフネも似たようなものだったが、ここでへばるわけにはいかないと

「ロン!敵がどこから何人来るか分かる?」

ハーマイオニーは息を落ち着けながら聞いた。ロンはプロテゴで爆発を防ぎながら、必死に耳を澄ませていた。

「待って……この音は……後ろから十人、右の通路に二人!」

 四人は再び走り出した。路地裏に潜む敵をまとめてハリーのボンバーダで吹き飛ばす。吹き飛ばされた相手の右腕が瓦礫に引っ掛かり、右腕に破片が突き刺さった瞬間をハリーと、そしてダフネが見た。

 

「治療しないと……!」

「正当防衛だ!ほっとけよ!……ああもう!アクシオ ダフネ(ダフネ、来い)!」

 

 ダフネは反射的に相手を治療しようと駆け出した。ロンはそれに怒鳴りつけるようにして呪文を叫び、ダフネを呼び寄せた。しかし、それでもダフネは駆け寄ろうとしていた。

 

 その時、何かぎ弾けるような音がした。

 

「テレポートだ!気を付けろ!」

 

ハリーは叫びながらプロテゴを張ったが、遅かった。テレポートによって出現した魔女、マダム·ロスメルタは、即座にダフネへと杖を向ける。

 

「だぁっ!!」

 

 反射的に、ロンはダフネを庇った。赤い閃光が、ロンの胸部に突き刺さりロンの着古した服を引き裂き、ロンを昏倒させた。無言失神呪文だった。ダフネの悲鳴が路地裏に木霊する。

 

 

「ダフネ!!」

ハーマイオニーはとっさにロンに杖を向けた。。

「プロテゴマキシマ!」

 

失神したロンの体が、白いもやに包まれる。ハリーはマダム·ロスメルタに向き直り、叫んだ。

「ステューピファイ!!」

 怒りに駆られたハリーの赤い閃光が飛ぶ。聖石によって増幅されたマキシマレベルの閃光だった。しかしマダム·ロスメルタは、無言でマキシマレベルのプロテゴの障壁を展開してそれを防いだ。ハリーはしかし、次の手をうっていた。

 

 ハリーは無言でレダクトを放った。ハリーのレダクトによって、ロスメルタの周囲には瓦礫が散乱する。ロスメルタは瓦礫に対処するために、プロテゴを展開し続けなければならない。瓦礫の散乱する中でテレポートすることは非常に困難だからだ。これでロスメルタは詰みとなった。

 

「エクソパルソ(爆破)」

 

 ハリーはロスメルタの周囲の瓦礫をエクソパルソによって破壊した。ただでさえエクソパルソはカースレベルの威力を誇るが、聖石の力によってエクソパルソによって破壊された瓦礫が放出するエネルギーはカースレベルを遥かに超える。今や闇の魔術とも遜色ないほどに増幅された爆発が、マダムの障壁を破壊し、マダムを燃やしながら吹き飛ばす。マダムと、壁の後ろに隠れていた敵集団はたった一撃で昏倒してしまった。それを見て、周囲の襲撃者たちはハリーに背を向ける。インペリオは人を支配するが、恐怖が消えるわけではない。ハリーは容赦なく無言劇ステューピファイで逃げた魔法使いや魔女、ホグワーツ生たちを気絶させた。

 

 しかし、その隙にハリーは囲まれていた。

 

 魔法使い二人と、そのペットらしきニーズル一匹だ。グリフィンドール生のディーン·トーマスとシェーマス·フィネガンだ。二人が呪文を飛ばした直後、ハーマイオニーがハリーの前に飛び出しプロテゴの呪文を展開した。

 

「プロテゴ!ステューピファイ!!!」

 

「エクスペリアームス」

ハリーとハーマイオニーはプロテゴで二人の呪文を防ぎ、着実にステューピファイで倒す。

 

ハリーは苛立ちながら叫んだ。

「敵はホグズミード中の魔法使いを支配したのか!?」

 

 ハーマイオニーはまだ冷静だった。ハリーと背中を合わせて敵を警戒しながら、ダフネに大声で指示を出す。

 

「ダフネ!ロンを蘇生させて!ステューピファイにはー」

 

 そうハーマイオニーが指示を出す前に、ニーズルがハーマイオニーめがけて突進してくる。

 

「インペディメンタ!!!」

 

 ハリーは妨害呪文を使ったが、止められない。ハーマイオニーはニーズルがただのニーズルではないことに気付いた。

 

(このニーズル……は今……!ハリーの詠唱に反応してかわした。ということはっ!

英語を理解しているっ!)

 

「レベリオ!」

 

 ハーマイオニーは咄嗟にレベリオを選択した。攻撃でも防御でもない第三の選択。それを戦闘中に行うことは、勇気を必要とする行為だった。

 

 その選択は功を奏した。ハーマイオニーは、自分に突進してきたニーズルの正体を見た。それは、アニメーガス。つまり、魔法使いがニーズルに変身していたということだ。ハーマイオニーにニーズルもどきの魔法使いの攻撃を躱す余裕はなかった。ハリーの無言プロテゴが、魔法使いの放ったコンジュレーションを防ぐ。

「インセンディオ(炎の守りよ!)!」

 

 無言プロテゴからの、詠唱によるインセンディオによる炎の護り。年配の、手練れの魔法使いによる無言コンジュレーションによって産み出された動物たちが焼け死に、土塊へと戻っていく。

 

「ハーマイオニー、下がれ!君が狙いだ!」

「分かってるわ!!」

 

 ハーマイオニーはハリーの後ろに一時後退し背中合わせになって敵を警戒した。しかし、次に発せられたハーマイオニーの言葉にハリーは戦慄する。

 

「敵が来てるわ!四人もっ!」

 

 それを聞いたハリーは歯噛みした。炎の護りを長時間維持するのは、非常に精神力を必要とする行為だ。ましてや強力な変身呪文の使い手を前にしては、他の相手に対応している余裕はない。不利を承知で後ろはハーマイオニーに任せるしかない。

 

「ハーマイオニー、頼むっ!」

 

 そう言っている間にも、年嵩の魔法使いはマムシやキラービーを産み出して襲いかかってくる。

「インカーセラス(縛れ)!」

「ステューピファイ!ステューピファイ!」

 

ハリーとハーマイオニーの二人は、襲い来る毒蛇や魔法使いを無力化していく。ハリーは魔法使いに変身させる暇すら与えない。ハリーは転入生仕込みのディセンド(落ちろ)で、年嵩の魔法使いが産み出したキラービーの群れを魔法使いにぶつけ、キラービーの毒で魔法使いを気絶に追い込んだ。もしかしたら死ぬかもしれないが、ハリーは気にしなかった。気にしている余裕などある筈もない。ハリーは後ろを振り返った。

 

 ハーマイオニーは防戦一方だ。一対四で敵の数が多すぎる上に、強力な魔法使いが三人もいたのだ。それはフレッド、ジョージ、そしてリー·ジョーダンという、ホグワーツのグリフィンドールが誇る悪童たちだった。

 

 ハーマイオニーは恐ろしいことに、この三人相手でもって持ちこたえた。ハリーの展開した最大レベルのプロテゴインセンディオがアクアメンディによって消失しても、自前のプロテゴと基礎魔法を駆使して敵の光線を巧みに防ぎ、ハリーと強敵との戦闘を邪魔しなかった。しかし、ハリーが振り向いた時、彼女は襲撃してきた四人のうちの残りの一人から、失神呪文を受けてしまった。腹部に赤い閃光を受けた彼女の体は、音を立てて崩れ落ちる。

 

「ハリー……!逃げ……」

 

 ハーマイオニーがハリーを呼んだ次の瞬間、ハリーは反射的に、ハーマイオニーを撃った敵に呪文を使おうとして躊躇った。

 

 ハーマイオニーを撃ったのは、成人した魔女だった。フレッドたちやロスメルタ、年嵩の魔法使い同様に瞳は暗く濁り正気を失っている。ハリーが攻撃を躊躇ったのは、彼女のお腹が大きく膨らんでいたからだ。

 

(まさか、妊婦を操って……!)

 

 

 ハリーは闇の魔法使いへの怒りで腸が煮えくり返りそうだった。ハーマイオニーがその場に倒れた時、ハリーは迷わず失神呪文を使った襲撃者の妊婦にプロテゴを放った。

 妊婦はハリーのプロテゴをもろに食らった。襲撃者は動くことができない。プロテゴを割るために、彼女はカースレベルの魔法を唱えようとしている。その間に、ハリーは高速移動してフレッドのくすぐりの魔法(チャーム)をかわし、リー·ジョーダンにステューピファイを命中させた。

 

「よくもリーを!」「やるぞジョージ!スリザリンのクソガキに思い知らせてやるっ!」

 

 

「グリフィンドールの後輩を襲っておいて何を言ってるんだ!目を覚ませ!デュオ(石化魔法連射)!!!」

 

 ハリーは叫びながらフレッドとジョージにペトリフィカス トタルス デュオを撃ったが、フレッドとジョージは息の合ったコンビだった。ハリーの呪文はジョージに命中したが、フレッドは即座にジョージの魔法を解除してしまった。その間に妊婦にかけていたプロテゴが解けて、彼女もハリーを討たんと再び動こうとする。ハリーは無言エクスペリアームスで妊婦の杖を奪った。

 

「インセンディオ(炎の護りよ)!動くな、殺すぞ」

 

 ハリーは無言プロテゴからのインセンディオによる炎の護りを、自分と妊婦の周囲に展開した。妊婦が一歩でも動けば、彼女は焔に焼かれてしまうだろう。

 

「やっぱりクズだなお前は。スリザリン生の本性を見たぜ」

「やろうぜフレッド。こんなやつには思い知らせてやらねえと。シトレもそう言ってた」

 

 フレッドとジョージはまるで普段通りに見えた。スリザリン生であるハリーにとっては、双子は天才という生易しいものではなく、天災そのもののように見えた。本気の双子は高速移動を習得したハリーに引けを取らないほどにすばしこく、そしてしつこかった。動き回る双子に失神呪文、コンジュレーション、吹き飛ばしによってどちらかを気絶をさせても、対抗呪文を使って起き上がって来るのだ。伊達にホグワーツ最悪の天才と呼ばれてはいなかった。

 

「黙れ!こんなこと、正気じゃない!!君たちがハーマイオニーにやったことを思い出せ!」

 

「さあ、お前がやったことじゃないのか?人違いだぜ。なあジョージ?」

 

「ああそうだとも。そこの妊婦さんがやったことだからなあ。さて、お腹の赤ちゃんのためにも早く終わらせないと」

 

 その時だった。ハリーはおちょくってきたジョージに失神呪文を直撃させた。赤い閃光を受けたジョージの体は地面に落ちる。フレッドは即座に弟に杖を向けた。

 

「無駄なことを、エネルベー……」

 

 そのフレッドに、緑色の閃光が突き刺さった。フレッドは呪文を使うこともできずうずくまる。さらに、無言の赤い閃光がフレッドに突き刺さった。

 

「……ロンッ!!!」

 

「うちの兄弟が迷惑かけて悪かった、ハリー」

 

 失神呪文を受けて気絶した筈のロンがフレッドに杖を向けていた。ロンがいたからこそ、ハリーはジョージを失神させることができた。フレッドが即座にジョージを蘇生させると分かっていたから出来たことだった。ロンの後ろにはダフネもいた。彼女は妊婦をインカーセラスで柱にくくりつけたあと、ハーマイオニーを看ていた。

 

「よく起き上がれたねロン……!!!」

 

 ハリーとロンは悠長に会話をしながら、さらに現れる襲撃者たちを相手取った。ハリーの無言ステューピファイの赤い閃光と、ロンの無言ナメクジの呪いの緑色の閃光は老若男女問わず敵を退けていく。

 

「ダフネがエネルベートしてくれたんだ。ダフネェッ!ハーマイオニーは、大丈夫!?」

 

「エネルベートするにも触診が必要なのよっ!どこっ!?一体どこに魔法を受けたのっ!?」

 

 

「お腹だダフネ!」

「エネルベート(甦れ)!!!先に言ってよ!……頬が切れてるわ!?」

 

ダフネは鬼の形相で必死になってハーマイオニーを蘇生させた。ダフネは涙目になりながら、ハーマイオニーの顔を見て悲鳴をあげた。

 

「エピスキー(治癒しろ)!!!大丈夫よ、ダフネ!もう心配いらないわっ!」

 

 ハリー、ロン、ハーマイオニー、そしてダフネは迫り来る襲撃者を相手に厳しい戦闘を強いられた。襲撃者たちは、そのほとんどが、なんの罪もない一般人だったからだ。ハリーは大半の相手に容赦しなかったが、それでも闇の魔術に頼ろうかと思案する場面はいくつもあった。新たに襲撃してきた十人の魔法使いや魔女の中には、チョウ·チャンとその友人、レイブンクロー監督生のアンドレイ·スミルノフもいた。天才たちを相手にしていちいち戦闘などできるものではなかった。

 

 

(……もう闇の魔術しか……)

 

 ハリーの中に、チョウに対する恋心は残っていなかった。どうやって友人や、恋しい人を護るかを考える以外に、ハリーができることはない。

 

(……いや、それは違うっ!)

「ハーマイオニー!僕が全部ぶっ飛ばす!!!皆を護ってくれっ!」

 

 

 そしてハリーは飛んだ。ハーマイオニーにプロテゴ マキシマで負傷者とロンとダフネを護るように指示すると、ハリーは上空から襲撃者たちに呪文を乱射した。襲撃者のうちの大人はテレポートで一時離脱し、子供たちはハリーの魔法に撃たれて倒れていく。襲撃者たちのディセンド(落下)をかわしながら、ボンバーダマキシマ、コンフリンゴマキシマによって一方的に襲撃者を倒していくハリーの姿を見た大人の一人が、驚愕に目を見開いて言った。

 

「まさかっ!?」

 

 その魔法使いの声はハリーの魔法によって吹き飛ばされ、上空のハリーには届かない。しかし、地上にいたロンと、ハーマイオニーとダフネは確かに彼の言葉を聞いた。

 

 『例のあの人』という単語を、彼は口にしかけていた。ダフネはハリーの魔法によって火傷を受けた負傷者たちの患部を冷やしながら、ハリーが降りてくるのを待った。その時、ダフネはハリーが緑色の閃光をかわす瞬間を確かに見た。緑色の閃光と、アバダ·ケタブラという呪文を全員が確かに聞いた。

 

「皆逃げろ!闇の魔法使いだっ!」

 

 ハリーがそう叫んだ次の瞬間、ダフネは浮遊するような感覚を味わった。自分が何者かに捕らえられている、とダフネは認識しジタバタと手足をばたつかせたが、びくともしない。

 

「いやぁまさか、あれを躱されるとはなぁ。おーい小僧ども、闇の帝王の配下にならんか?お前ら、優秀な闇の魔法使いになれるぞ」

 

 人を食ったような態度で呟く男の右腕を見て、ダフネは震え上がった。男の右腕には、髑髏と骸骨を模した刺青がある。指名手配されていた最悪の犯罪者が、ついにハリーたちの前に姿を現したのだ。

 




ヒーラー……ダフネ
オールラウンダー……ハーマイオニー
シールダー兼アタッカー……ロン
シールダー兼アタッカー……ハリー
よし!バランスのいいチームだな。


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虚無の中の光

 

***

 

「ねぇザビニ、あれって何がどうなってるの?何かのイベントかなぁ。私たちも行ってみる?」

 

 ザビニは同学年の女子、スーザン·ボンズとデートをしていたとき、満月が輝く夜空にSOSの信号が上がるのを目にした。ホグズミードに異変が起こっているのは一目瞭然だった。周囲の大人たちや、ホグワーツの学生たちが一斉に駆け出していくのを見て、ザビニはホグズミードに引き返すことを決めた。

 

 

「まぁ待てスーザン。これはイベントとかじゃあねえよ、多分。……今日、お前といてすげぇ楽しかったよ。だけどよ、俺用事が出来ちまったから。今日はここまでだ」

 

「用事って何よ!ホグワーツまであと少しじゃない!帰り道を送ってくれたっていいでしょ、ねえってば!」

 

「この埋め合わせは後でな。月曜日にクラブで会おうぜ」

 

「……約束したからね!?」

 

 ザビニはスーザンをホグズミードの出口まで送り届けると、スーザンの手に口付けをして彼女と別れた。それから、ザビニはアズラエルとファルカスを探した。二人は困惑したような表情で三本の箒の前にいた。三本の箒の、箒を模した特徴的な看板が地に落ちており、店の周囲には人だかりが出来ていた。

 

「何の騒ぎだ!?」

 

「ハリーがマダム·ロスメルタたちと喧嘩になった……いえ、マダムがハリーたちを襲ったらしいんですっ!」

 

「はぁっ!?何でだよ!?」

 

 周囲の大人たちやホグワーツ生たちが少しずつ流されるようにSOSの信号があった場所まで移動していく。ザビニ、ファルカス、アズラエルはその集団から距離を置いた。訳が分からないまま、ザビニは説明を求めた。

 

「多分、インペリオだ!人を操る支配の呪文を使って、マダムたちにハリーを襲わせたんだよ!!!」

 

 

 闇祓いの家系のファルカスはそう叫んだ。そうファルカスが話しているあいだにも、周囲の人混みはぞろぞろとSOSの信号が上がった場所に移動していく。大人たちだけではなく、ホグワーツの生徒たちまでだ。

 

 普通ホグワーツ生ならば、そんな荒唐無稽な噺を信じはしなかっただろう。しかし、ザビニたちには友人が闇の魔法使いに襲われたという事実があった。ファルカスはさらに言葉を重ねる。

 

「……支配の呪文は、強い意志があれば抵抗は出来るらしいよ。でも、酒で自制心が弱っている大人なら?まだ支配の呪文を受けたことがない人なら?」

 

 アズラエルとザビニは、青ざめたまま顔を見合わせた。よくよく見れば、人の波のなかの大人や、見知った顔のホグワーツ生には人間らしい精気がないように見える。彼らの視線はどこか虚ろだった。

 

「……なぁ?これ、俺が今助けに行かなきゃハリーの奴やべえんじゃねえか!?また変なことに巻き込まれてるよな!?」

 

「そうだ、僕たちもすぐに-」

「待ってください!それより、この人の波を操っている闇の魔法使いがいる筈です。それを止めるのが先です!」

 

 頭脳役のアズラエルにそう言われてはザビニもファルカスも引きさがるしかなかった。だが、周囲の大人たちやホグワーツ生たちがまるでゾンビのようにハリーたちのところへ向かっていく様子は恐ろしかった。ファルカスの言う通りなら、大人ですら操られているのだ。子供などひとたまりもない。まがり間違えば、ザビニたちだって操られない保証はないのだ。

 

 その時、ザビニは人だかりの後ろにいた痩せた魔法使いがぶつぶつと呪文を呟いているのを見た。彼が後ろから年配の魔女に杖を向けると、前にいた年配の魔女は脱力したように首を下に傾ける。数秒後、年配の魔女は虚ろな目で人だかりのなかを進んでいた。

 

「お、おい。まさかあれが……」

 

 ザビニは恐る恐るファルカスの肩を叩く。ファルカスは呻きながら言った。

 

「インペリオ(支配)だ。間違いないよ。見たのははじめてだ……人を操る最悪の魔法だ……!」

 

「……え、いや、そんなすぐに見つかるなんて嘘でしょう?支配の魔法はアズカバン行き確実な闇の魔術ですよ。いくらなんでも、こんな目立つところで使うバカがいるわけないじゃないですか」 

「でも、俺は見たんだよ。呪文をかけられた魔女が人形みたく動き出すところをな」

 

 アズラエルとザビニは声を潜めて話し合うが、ファルカスはアズラエルの意見を否定するように首を横にふった。

 

「きっと支配の呪文をかけた人も、誰かに操られてるんだ。爺ちゃんの手記に書いてあった。支配の呪文で、支配の呪文を使える人間を操るんだ。そうすれば人を堂々と操れるから……!犯罪者らしい最低の発想だよ」

「……はぁ!?そんな、そんなふざけたことが……!!!」

 

 アズラエルは怒りと恐ろしさで発狂寸前だった。支配の魔法を使える人間が世の中にはそれなりの数いるという事実が恐ろしく、邪悪の極みのような闇の魔法使いに対する怒りが沸き上がる。

 

(こんなの……これじゃあ、魔法使いの方がスクリュートなんかよりよほど性質が悪い害獣じゃあないですか)

 

 己の意志に関わらず、強制的に従わされることの邪悪さが理解できるからこそ、アズラエルは闇の魔術と闇の魔法使いを恐れた。己や友人達の精神的な尊厳や社会的な尊厳を容易く崩壊させかねないインペリオ使いは、この世でもっとも近付きたくない存在だった。

 

「……インペリオ操り手が複数いるってことですね。考えたくはありませんが……」

 

「最悪じゃねえか。俺たちも狙われるかもしれねえんだろ……?」

 ザビニとアズラエルは焦って周囲を見回す。だが、ザビニが指差す男以外で怪しそうな人間はいない。するとファルカスが瞳を光らせて言った。

「ザビニの見た奴を狙い打とう。支配の呪文は術者を倒せば解除される。そうやって、あの人たちを少しでも解放してあげたい」

 

「……やるしかねえな……」

 ザビニもアズラエルも、インペリオ使いを倒すことに異論はなかった。アズラエルは念のために逃走の段取りも決めておく。

 

「成功したら、即この場を離脱して、ホグズヘッドまで移動しましょう。ハッキリ言って、他に怪しそうな奴を見分けて探すのは今の僕らには不可能ですし」

 

「うん、よし。じゃあ……せーので撃つぞ?3、2、1……ペトリフィカス トタルス(石化)!」「インカーセラス(捕縛)」「ステューピファイ(失神)!」

 

 ザビニの合図で三人は同時に呪文を放った。呪文の標的への到達と同時に悲鳴が上がり、支配の呪文に操られていた人々は夢から覚めたかのように周囲を見回している。三人は即座に走り出した。三人に向けて群衆から呪文の閃光が放たれるが、なぜか三人には当たらなかった。

 

 三人は荒い息を吐いて路地裏に逃げ込んだ。三本の箒から大きく離れた路地裏に人影はない。ザビニがニヤリと笑う。

 

「待ちなさい。今のはあんたらの仕業ね?」

 

 ……が、その笑顔はすぐに凍りついた。テレポートの音と同時にら赤色のローブを身に纏った魔女が三人の前に出現する。

 

「……だったら何すか?今怪しいことをしてた奴がいたんすよ。言っときますけど、俺ら悪いことはしてねえっすよ?」

 

 ザビニは精一杯の虚勢を張り、杖を見知らぬ魔女に向けた。ザビニ浮かぶ怯えの色すら、端正な顔立ちにとってその美貌を損なわせはしない。

「……へぇ」

 友人達を守るように立ちはだかる姿に、魔女は感心したような声をあげた。

 

 友人の発言にファルカスも大きく頷いた。すると魔女はにっこりと笑ってフードを上げた。

 そして、三人にカードを提示しながら言った。

 

「安心しなさい。闇祓いよ」

 

 その言葉で、三人は凍り付いたように動けなくなった。一度見たら忘れられないような紫色の髪の魔女は、利発そうな雰囲気を身に纏っていた。ザビニは魔女が提示した手帳に、アズラエルは魔女にそれぞれがレベリオをかけたが、手帳にも、魔女にも変化はない。紫色の髪とアーモンドのような顔のままだった。本物の闇祓いとわかり、ファルカスが興奮しかけるのをアズラエルは宥めなければならなかった。

 

「今、どうしてインペリオがかけられていた奴を攻撃したのか、説明してくれるかな。あんた達はただのクソガキじゃあ無さそうだ」

「クソガキじゃあありません!ぼくたちは闇の魔法使いを倒したんです!」

 ファルカスは恐怖に駆られながらも声を荒げた。だが魔女はその言葉を笑い飛ばした。

「はっ!あんたも闇祓いから見たら十分クソガキさ。毎日毎日、戦闘して生きるか死ぬか。そういう経験をしてはじめて一人前の闇祓いなんだ」

「な……!」

魔女に図星を突かれたファルカスは言葉を詰まらせる。ザビニとアズラエルも目を白黒させた。彼らはまだひよっこに過ぎないと思わせるだけの力量が、目の前の魔女にはあった。先ほど三人がかりで倒した闇の魔法使いが、いつの間にか彼女によって手錠をかけられ、彼女に拘束されていたのだ。恐ろしいことに、目の前の魔女はザビニたちも、操られていた一般人たちもそれに気づかないほど素早くそれをやってのけたのだ。

 

「そういうのを世間じゃ背伸びって言うんだよ。……でもね、そういう背伸びが出来る子は強くなるよ。七年後、闇祓いになったら、一緒に働こう」

三人の顔が赤く染まるのを見て、魔女は微笑んだ。魔女は続けて言った。遭遇した瞬間の冗談めかした雰囲気は徐々に鳴りを潜め、緊迫した雰囲気が周囲に漂う。

 

「ハリー·ポッターが襲われているって言うのは本当か?」

 

「そうです!早くハリーを助けてやって下さいよ!あなたはそれが仕事でしょ!」

 

 ザビニは懇願するように言った。魔女は肩をすくめた。

「今日は非番。で?あんたらはこのままお友達を助けに行くつもり?」

 

「はい!!……僕は闇祓いになるつもりです!こんな異常事態に遭遇して、黙って見ているだけなんて出来ません!」

 ファルカスは大きく頷き、アズラエルとザビニも同じように頷くと、魔女はおかしそうにケラケラ笑った。笑いすぎて目に涙を浮かべている彼女を見て、三人は顔を見合わせた。

 

 

「なら、後学のために覚えときなさい。こういう場合、闇の魔法使いは安全圏から事態をコントロールするために高所に陣取る。そんでもって、酒に酔っぱらった魔法使いや魔女、闇の魔法を知っていそうな奴を優先して支配する。複数人の護衛がいる筈よ。あんたらじゃ厳しいね」

 

「……まずはその隠れてる犯罪者を叩くってことですか!?」

 

 ファルカスはもどかしそうに言うが、アズラエルは内心でトンクスに同意した。

 

(……確かに、事態を裏で操っている闇の魔法使いを倒さないとこの異常事態は解決できません……ただ、解決するためにもまだ問題はある……)

 

「あたし一人じゃあダース単位の魔法使いは止められないんだ。手配した援軍と合流して敵を叩くよ。でも、あんた達はホグワーツに帰りな。実力不足で高確率で死ぬよ。最悪操られて足手まといになるかだ。大丈夫だよ、あんた達の友達は必ず助けるから」

 

 そう言うと、魔女は瞬間移動で姿を消した。ザビニたちは、魔女が闇の魔法使いを倒してくれることを祈るしかなかった。アズラエルは不安そうに呟いた。

 

「……あの人が戦っている間に、ハリー達は持ちこたえられるでしょうか……?」

 

 アズラエルの言葉に、ファルカスもザビニも答えられなかった。三人はホグワーツの敷地に戻ることも出来ずに、ただただホグズミードを眺めていた。深い霧が濃さを増してきていた。

 

 

「……ディメンターどもが蠢いてやがる」

 

 

「きっと、トンクスさんが手配した援軍ですよ。これでハリーも何とかなります」

 

「……ハリーと一緒にロン達も巻き込まれてないよね?」

 

「あいつらなら滅多なことにはならねえさ。……問題はグリーングラスだな」

 

 ザビニがそう言った時には、霧はホグズミードの方角へと向かっていった。ドロホフとシトレを捕らえるために配置されていたディメンター達が、ついにその使命を果たそうとしているのだと三人は思った。

 

***

 

 ドロホフに抱えられたダフネは悲鳴にも似た声で叫んだ。

 

「ハリー!ハリーッ!!助けてえっ!!」

 

 ドロホフの無言呪文がロンとハーマイオニーがいた場所を通り過ぎ、後ろの石壁を砕いた。

「やめろぉぉぉおおおおお!!やめてくれぇぇぇぇえええええ!」

ハリーは落下の途中で何とか体勢を整え、空を飛びながらドロホフに突進する。

 ドロホフは不意をつかれたのか、ダフネではなくハリーに杖を向けた。

 

 人質を取った相手に対する有効な対処法は、人質に価値がないと思わせることだ。ハリーはドロホフに思考の間を与えることなく接近することで、ダフネを盾にすることで、ハリーを狙えなくなると思わせた。ドロホフは左手に抱えたダフネを放り投げた。

 

「ポッターッ!!クルーシオ!」

 

「エクソパルソ(爆破)!!!」

 

ハリーの爆破呪文とドロホフの拷問呪文が空中で激突した。呪文の衝撃波は空間を揺らし、ドロホフは数メートル後ろの石壁へと叩きつけられた。

 

 ハリーの行動は危うい賭けでもあった。ドロホフが反射的にアバダケタブラを選択していれば、ハリーかダフネの命は無かったかもしれない。しかし、ドロホフはシトレとハリーの戦闘内容を知っていた。闇の魔法使いに対しては命の盾を使用し、慎重、かつ攻撃的に戦うのがシトレとの戦いでのハリーだった。己の命すら危険にさらすほどの怒りも、一瞬視認できなくなるほどの高速移動もドロホフの知るハリーにはなかったものだ。ドロホフが不意を突かれたのは、当然のことでもあった。

 

 それでも、ドロホフのクルーシオはカースレベルを超える闇の魔術である。カースで相殺できる筈のない魔法だったが、聖石の力と、ハリー自信のつよい感情に呼応して魔力を増幅させる柊と不死鳥の尾羽による杖の力がハリーを助けた。

 

 つまりは、ハリー自身すら意図しない愛と勇気、そしていくつかの偶然が、経験と実力においてハリーを遥かに上回る闇の魔法使いを上回ったのだ。

 

 

 ダフネは衝撃波の余波で吹き飛ばされかける。しかし、ハリーは迷わずダフネを護り抜いた。

 

 

「アクシオ ダフネ!」

 ハリーは即座にダフネを自分へと引き寄せ、抱き抱える。爆発の衝撃を受けたダフネはそれでも、ハリーにしっかりとしがみついた。

 

「お気に入りのローブがぐちゃぐちゃよ」

 

 そう言っているダフネの顔もぐちゃぐちゃだった。

 

「ごめん」

 

「弁償してよね、高いんだから……」

 

「……小遣いが入るまで待ってくれる?」

 

「約束したからね!」

 

「二人とも、戦闘中よ!」「ハリー!気を付けろ、あいつお前を狙ってくるぞ!」

 

 ハーマイオニーとロンは警戒を促す。

 

「このガキがぁーっ!舐めるなよぉーっ!!!アバダケタブラ(くたばれ)っ!!!」

 

 ドロホフが吠えた。本気のドロホフは容赦なく緑色の閃光をハリーに撃つが、ハリーはダフネを抱えたまま回避し続けた。

 

「クソガキがぁ-っ!!!抵抗するんじゃあねえーっ!!穢れた血のガキがよぉ-っ!!」

 

 怒りのあまり気が触れたのか、耳をつんざくような絶叫をあげながらドロホフの闇の魔法は続く。インペリオ、クルーシオ、アバダケタブラといった魔法の叫び声と、強力な闇の魔法の数々が木霊する。恐ろしいことにその狙いは正確で、ハリーが産み出したフクロウやハヤブサをことごとく打ち落としていく。ハリーは耳を塞ぎたかった。

 

 敵はハリーを、ハリーごとダフネやロンやハーマイオニーを殺すつもりなのだ。恐ろしいことに、ドロホフはカースレベルの攻撃で吹き飛ばされ、瓦礫の山に叩きつけられたのに、まるでピンピンしていた。

 

 

「なんだあいつ、痛覚(いたみ)ねぇのか!?」

 

 ロンやハリーの飛ばす無言呪文も、ハーマイオニーの詠唱失神呪文もドロホフには当たらない。ダフネが叫んだ。

 

「目が血走っている!きっと痛み止めよ!体を麻痺させて無理矢理動いてるんだわ!」

 

 

「ダフネ!ありがとう!エグジ(フクロウよ出ろ)!!!」

 

 

 ハリーが盾になるフクロウを召喚しながら叫んだ。フクロウはドロホフとハリーたちのあいだを飛び回り、呪文を防ぐ盾としてハリーたちを護る。

 

「クソッタレがぁっ!何故増援が来ねえっ!?」

 

 ドロホフの問いに答える人間はいない。ハリーは焦りを感じていた。ハリーたちが吹き飛ばし、失神させた魔法使いや魔女にドロホフの死の呪いが当たるのではないかと思ったからだ。ハリーは覚悟を決めた。

 

(こいつは殺す、ここでっ!こんな人間はこの世に存在しちゃいけないんだ)

 

 ハリーから見て、ドロホフを生かす理由など何もなかった。ドロホフはハリーの転入生仕込みの基礎魔法をことごとく躱し、瓦礫を操る合間に闇の魔術でハリーたちを殺しにくる。愚図愚図していれば、また操られた魔法使いの増援が来て形勢逆転しかねないのだ。

 

(こいつはダフネを、皆を、何よりロンとハーマイオニーを殺そうとする。こいつは殺さなきゃ止められない……っ!)

 

 ドロホフはシトレなど比較にならないほどの手練れだった。今はダフネまで参戦して、四人がかりで魔法を撃ちまくり攻撃し、ドロホフ相手に何とか優勢を維持できている。それでもドロホフを崩しきることができないのだ。この均衡はいつ崩れてもおかしくはないものだった。

 

 

「フィニート!呪文よ終われ!」

「やめろぉぉお!!」

 ハーマイオニーが妨害呪文を唱えると、宙を舞う瓦礫は地に落ちる。ドロホフは顔を真っ赤にして吠えた。

 

「レダクト(砕けろ)!!!」

 

 ハリーたちのいた路地が粉々に砕け、ハーマイオニーとロンが後ろに飛ぶ。ハリーにはダフネがしがみついたままだ。ハリーはドロホフより上空に飛び、杖をドロホフに向けた。ハーマイオニーとロンから注意をそらすためだった。

 

(ステューピファイ(失神))

 

 ハリーの杖からは無言の失神呪文が放たれる。赤い閃光に対して、ドロホフも負けじと無言の障壁呪文(プロテゴ)で応戦する。その間にも、ハリーは殺意を高めていった。ドロホフへの怒りや義憤、正義感といった強い感情とはまた別の、冷えた心がハリーの頭を支配する。

 

 人を殺すために必要な感情とは、己自信を尊いと思わないことだ。少なくともハリーはそう理解していた。己を尊ぶべきものだと思っていれば、己と同じ人間を殺そうとは思わない。

 

 

 

 しかし、ハリーは己を尊いものだと思うことができない。己を尊ばない人間は、必要ならば、他人を尊く思う気持ちを捨て去ることも出来る。ハリーは経験でそれを理解していた。

 戦闘の最中であるにも関わらず走馬灯のようにダーズリー家で虐待を受け、引き取られた先で屈辱的な日々を送った記憶が頭に過る。それだけで、ハリーの心は虚ろになり、虚無に満たされる。空になった心に、怒りと憎しみを満たす。闇の魔法を完璧にコントロールすることなどハリーには造作もなかった。虚ろな心と、自分でもぶつけようのない怒りのまま、底の抜けた箱のような虚無感を抱えていればそれで良かったのだから。

 

(ドロホフもそうなのかな。……そうだったのかな。……まぁ、どうでもいいか。こいつは殺す。そうしなきゃ)

 

 ハリーにとって、魔法は力であり、希望であり、生きていくための手段だった。自分自身を守り、生まれて初めて出来た大切なものを守り、そして自分の未来を切り開いてくれる力。同年代のスリザリン生たちは、魔法を知らないハリーよりずっと魔法を使い慣れていた。だからこそ、ハリーは力を求めた。己の内に生まれた劣等感、魔法使いであるにも関わらず魔法をまるで知らなかった屈辱。

 

 そんな薄暗い感情が、ダーズリー家での暴力と空腹と、そして無視。それがハリーの世界であり、どうしようもないこの世の現実だ。ダーズリー家は、ハリーに何も与えなかった訳ではなかった。彼らはどこまでも薄暗い悪意を与えた。強力な杖である柊と不死鳥の尾羽から、ドロホフとシトレを殺害するためにハリーが闇の魔術を撃たんとしたとき、はじめて柊と不死鳥の尾羽の杖が重たく感じた。

 

 

(……!?これは……杖が言うことをきかないっ?)

 

 はじめての経験に、ハリーは困惑を隠せない。それでも、ハリーは力ずくで杖を従えようとした。その瞬間。

 

 ダフネがハリーの手を握った。震える手で、それでも力強く。

 

「……大丈夫、大丈夫だよ。ダフネ。僕がいるから」

 

 ……それだけで、たったそれだけのことで、ハリーは闇の魔術を撃てなかった。ハリーは飛びながら後退する。そして冷えた頭で、どうすればドロホフを殺せるのかと思案する。

 

(基礎魔法は駄目だ。ドロホフのプロテゴ相手だと聖石で底上げしても威力不足だ。カースでもあいつは崩しきれない。ドーピングしてるからだ……このままじゃあ……誰かが死ぬ)

 

 冷えた心に染み込んでくるダフネの暖かさと、汗と香水の匂いがハリーを踏みとどまらせていた。打開策が見出だせないまま。

 

「ねぇ、ハリー。ドロホフは幸運薬を飲んでいるのではないかしら。瞳孔が不自然に開いているのよ」

 

「!!幸運薬か!それなら……可能性はある!……ありがとうダフネ」

 

 ハリーに対して、ダフネはヒントを与えてくれた。幸運薬による覚醒は、敵に対して少なくない利益をもたらす。しかし、良薬には必ず大きな副作用がある。フェリックス・フェシリウスを服用した人間は、麻薬中毒者のように思考が単純化してしまうのだ。そのためレジリメンスのような複雑な魔法の精度は低下し、ハリーの企みが察知されない可能性は高まる。ハリーは無言で瓦礫を動かし、ドロホフを挑発しながら考える。

 

「子供一人殺せない癖にデスイーターを名乗るなよ、犯罪者。アズカバンしか居場所がない大人の癖に」

「……!!!子供がっ!大人を舐めたことを後悔させてやるっ!」

 ハリーの挑発に、ドロホフはますます怒りを高めたようだった。

(……聖石が引き出せるのはその人の最高の力までだ。だけど、意図せずして最大の力を引き出してしまったとしたら?)

 

 戦闘の最中ではあったが、服に刻まれた思考のルーンがハリーの頭を冷静にさせた。ハリーは聖石と悪霊の炎を併用したことはない。もしも聖石を持ったまま制御が難しい魔法を使えば、暴発する可能性がないとは言いきれなかった。

 

(……見えたっ!)

 

 ハリーの心に、ドロホフを殺害するための策が浮かぶ。あとはそれをどうやって実行するかだった。

 

 その時、膠着状態に陥っていた戦局が動いた。まず、ドロホフの周囲に十数人の魔法使いや魔女がテレポートで現れる。ほとんどが虚ろな瞳で、操られていることは明白だった。宙に浮いたハリーは、箒なしで宙に浮いた魔女を目撃した。ハリーが以前遭遇したシトレらしき魔女に違いなかった。

 

「遅いぞフィーナ!!何をしてやがったぁ!」

 

 ドロホフの怒声にシトレは萎縮したように見えた。フィーナと呼ばれた魔女、シトレはしかし、金切り声で叫んだ。

 

「敵が来ています!手練れの精鋭たちがっ!逃げましょうアントニン!!!勝てないわ!!」

 

「お前の人生を潰した元凶が目の前にいるぞフィーナ!殺せ!殺って殺ってお前があの方の配下に相応しいことを証明しろ!」

 

 ハリーは、仮面の魔女から背筋が凍るような殺気を感じた。完全な八つ当たりだとハリーは思った。指名手配されたのは、他でもないシトレの自業自得だった。

 

 

 

「逃げるのはポッターを殺してからだっ!行くぞっ小僧共!アバダ ケタブラっ(くたばれ)!!」

 

「アバダ ケタブラ(死ねぇっ)!!!」

 

 そしてドロホフが最後の号令をかけた瞬間、フィーナとドロホフの杖から緑色の閃光が、操られた魔法使いたちの杖から赤い閃光がハリーに向けられる。ハリーは、ダフネを抱えたまま無言でアヴィホースデュオ(鳥たちよ出ろ)を使い、死の呪いからダフネとハリーの命を守る。そして、ハリーは迷わずプロテゴ ディアボリカ(悪魔の護り)を唱えようとした。不思議なことに、その時柊木の杖は驚くほど軽かった。

 

 その時、ハリーたちの周囲で瞬間移動の音がした。

 

「「プロテゴ ホリビリス(恐ろしきものから護れ)」」

 

 音と同時に、箒にまたがった黒い髪の魔法使いが現れる。黒髪に灰色の瞳、やつれきった美貌を持つ壮年の男性が、ニンバス2001に乗って現れた。シリウスのニンバスの後ろには、茶髪の魔女マリーダが乗っていた。ハリーの保護者である二人は強力なプロテゴを展開していた。

 

 プロテゴ·ホリビリスはプロテゴを大規模に拡大して展開する高位の魔法だ。障壁を広範囲に展開する都合上、強度を維持することは困難になるが、二人がかりで使用することでその欠点を補っていた。保護魔法は十数本のステューピファイを弾き返し、ハリーとダフネを護りきっていた。そして更に、シリウスの周囲に人が現れる。

 

 黒髪のハンサムな魔法使い。セドリック·ディゴリーだった。ボサボサな茶髪の魔法使いはバナナージ·ビスト。一際大柄で、バイクに跨がったルビウス·ハグリッドは、後ろにニュート·スキャマンダー先生を乗せていた。恐らくはニュートのテレポートで移動したのだろう。

 

 赤毛のパーシー·ウイーズリーは、プラチナブロンドのガーフィール·ガフガリオンと共に登場した。ガーフィールは左腕を負傷したのか包帯を巻いていた。そして特徴的な紫色の髪の魔女と、変身した狼人間がドロホフに向かっていく。突如現れた援軍は、全員が空中にテレポートしてきた。ホグワーツでも一、二を争う精鋭の学生と、ホグワーツが誇る精鋭の教授たちだった。

 

「遅くなってすまないハリー!……だが、無事でよかった」

 

 シリウスの声に、ハリーは笑っていった。今の自分なら、たとえディメンターが百体いてもパトロナスを出せるとハリーは思った。

「遅くなんてないよ、シリウス。一緒にあいつらを捕まえよう」

 

 シトレやドロホフは緑色の閃光を放つ。しかし、ハリー達はそれをよくかわした。戦闘はハリー達が押していた。ハグリッドは、操られていた魔法使いたちの前に立ち塞がり、彼らの失神呪文をその体に受けてなお平然としていた。瞳や口腔内部への攻撃は、スキャマンダー先生のプロテゴが防ぐ。闇の魔術によって操られていた魔法使いや魔女達はいずれ劣らぬ精鋭達だったが、ハグリッドや狼人間を相手にするとは想定していなかったのか、劣勢のまま追い込まれていった。

 

 そんな中で、セドリックとパーシーは戦闘に加わらず、即座にロンとハーマイオニーの護衛に回った。

 

 それぞれがそれぞれの役割を果たす中で、ガーフィールとバナナージは負傷した一般人達の救護に回った。ガーフィールは全身に火傷と打撲の跡があるマダム·ロスメルタを見て呟く。

 

「これをハリーの奴と、パーシーの弟たちがやったのか?……応急手当はしてあるとはいえ、いつの間にここまで強く……?」

 

 ガーフィールがハリーの急成長を疑問に思う一方で、バナナージは義憤に燃えていた。怪我をした被害者達を魔法で作り出した担架の上に乗せてガーフィールに言う。

 

「全部闇の魔法使いの仕業ですよ、先輩。皆明日の予定だって明後日の予定だってあったんだ。それなのに、あいつらの支配の呪文のせいで……!」

 

「……ああ、わーってるよ。お前の言う通りだ。全部闇の魔法使いの仕業だ」

 

 バナナージは、実力ではパーシーやセドリックに準ずるレベルにある。当然操られた一般人相手でも無傷で戦えるのだが、その人の良さから、無辜の市民に魔法を直撃させることが出来なかったのだ。

 

 闇の魔法使いの最も悪質なところは、バナナージのような普通の人間を餌にしてのさばるところにあった。大半の人間は、見知った善良な人間が襲ってきたとしても即座に反撃など出来ないのだから。

 

(ハリーは自分が特別だと思い込みたいただの馬鹿だと思ってたが……)

 ガーフィールは内心で、バナナージとハリーとを比較して、思う。ハリーは始めて出会った一年生の頃とはよくも悪くも変わった、と。

 

(……必要なら状況に応じて他人に残酷になれる能力が身に付きつつある。あいつ、いつの間にここまでの成長を……?)

 

 ガーフィールがその答えにたどり着く前に、上空の戦闘は一段と激しさを増していた。呪文とプロテゴの障壁がぶつかり合い、エネルギーの奔流に耐えられなかった障壁が悲鳴をあげて崩壊していく音は、ハリケーンによって砕け散っていく家屋のように耳障りで、ガーフィールの耳朶をうった。

 

 ドロホフとシトレのコンビと、シリウスとマリーダとハリーとの戦闘は激しさを増していた。

 

 シリウスのニンバスを操っているのはシリウスではなく、後ろに乗るマリーダだった。彼女は攻撃にも防御にも加わらず、呪文への回避行動を取り、闇の魔術以外の魔法が来ると解ればハリーやシリウスにそれを伝える。それによって、元々卓越したシリウスの魔法はさらに冴えた。

 

 闇祓いや一般的な魔法使いとデスイーターを比較したとき、闇の魔術の有無だけでなく空を飛べるかどうか、という部分は戦闘を大きく左右する。特に屋外戦において地上から空を飛ぶデスイーターに対処しようとするなら、両者の間にハリーとセドリックほどの差がなければ戦闘が成立しない。普通の魔法族は箒を操りながら空を飛ぶので箒の操作に専念する必要があり、箒の扱いがよほど上手くなければ戦闘にならないのだ。

 

 しかし、ハリーはダフネを抱えたままドロホフと遜色ない高速移動を繰り返して的を絞らせなかった。さらに、マリーダがシリウスを乗せて操るニンバス2001は、ドロホフの時代には存在しなかった傑作機だ。加速、減速にとどまらずターン、エッジなどの三次元的な動きも可能となった。もはや腕のいい箒乗りならばデスイーターを容易く凌駕するスペックがあるのだ。

 

 瞬きする間にシリウスは無言でステューピファイデュオ(失神呪文連射)を使いドロホフを追い詰めた。しかし、ドロホフに赤い閃光が着弾する直前、操られた襲撃者がテレポートし、ドロホフの盾になった。ルーピン先生が一般人を拘束し、地面に落ちる前に保護する。シリウスは怒りに震えながらながら吠えた。

 

「私の息子に……いや、罪なき人間に、これ以上手を出すな、犯罪者め」

 

 シリウスの言葉はこの場にいる善人達の総意だっただろう。ハリーは基礎魔法を使いながらシリウスを援護する間、ダフネがシリウスの方を熱っぽく見ているのを目にした。

 

「よく言うぜ、殺人未遂のお坊っちゃんが。アズカバン暮らしの方が似合ってたぜぇ、お前はよぉ!」

 

 ハリーたちと、ドロホフ一味との最後の戦いの火蓋が切って落とされようとしていた。

 

***

 

 

 

 




①ハグリッドに保護魔法(プロテゴマキシマ)をかけて単騎で突っ込ませる。
②パーシーの例のオリジナルコンジュレーションでハグリッドごと敵を攻撃する。

 これだけでドロホフ以外は一瞬で殲滅できたんですが、急増チームだったんでパーシーがそこまで強いことをリーダーのトンクスが知らなかったんです。


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良心

***

 

 ドロホフとハリー達の戦闘はついに最終局面を迎えた。均衡が崩れたのは、操られていた一般人達が起き上がったことだった。

 起き上がった人々は、先程までとはうって変わった険がとれた表情で、ハリー達の戦闘を眺めた。

 

「おい!!どうなってるんだこりゃあ!?」

 

 インペリオの効果は、術者の力量と受け手の精神状態よって変化する。インペリオを受けた人間は強い幸福感に包まれ、その幸福感に包まれるために自らの意思を術者に明け渡す。しかし、ここで抵抗に成功した人間は、支配されたとしても人形のように命令を遂行するだけに留まる。そういう人間は幸福だった。己のしたことが何なのか具体的に記憶していないからだ。彼らは状況に戸惑いながらも、ガーフィールの先導に従って他の被害者達を救護せんと立ち上がることができた。

 

 しかし、精神状態が弱まっている人間や、何らかの悩みを抱えている人間、酒などによって抵抗力が弱まっている人間は、己の意識を残したまま命令を遂行しようとする。倫理観や価値観などは元の己のままであるのに、普段の自分ならばしないような行動を取り、しかもそれが幸福だったという記憶まで残っているのだ。

 インペリオの被害者の矜持や、それまで培ってきた人間性、社会的な尊厳、良心や常識すら粉々に打ち砕く悪魔の所業である。フレッドとジョージのように、己の意識を残したまま操られた記憶を保持していた被害者達は、救護を受けて起き上がったあと立ち上がれなかった。

 

「……わ、私は……子供を襲うなんて……何てことを……」

 

 壮年の男性はうずくまったままうちひしがれていた。フレッドやジョージ、シェーマスのようなグリフィンドール生も同様だった。

 

 グリフィンドール生は、勇気を尊ぶ。恐怖に抗うことが困難で難しいからこそ、恐怖に抗う勇敢さや騎士道精神を尊び、そして臆病者を嫌悪し忌み嫌う。その精神が気高く高潔であればあるほど、己がそれに操られたという事実に衝撃を受け、戸惑ってしまう。

 

 しかし、これは責められるものではなかった。フレッドもジョージもまだ五年生であり、闇祓いの教育カリキュラムであるインペリオに対する抵抗訓練も受けてはいない。だから操られたことは恥ではないのだ。しかし、闇の魔術を嫌悪し、闇の魔法使いを嫌悪してきた真人間ほど、それに敗北したという事実から立ち直るまでには幾ばくかの時間が必要だった。

 

「考えるのは後です。全部闇の魔法使いのせいなんですから、皆さんが責任を感じる必要はありません。それより、ここにいたら危険です。さあ、早く避難しましょう!」

 

 

 バナナージは元気付けるように声をかけて避難を促すが、フレッドは逃げなかった。

「操られた上におめおめ逃げろって言うのかよ?」

 

 フレッドが立ち上がると同時に、ジョージも立ち上がり、空を見上げた。空中では、ハリーたちがダフネを抱えたまま激しい戦闘を繰り広げていた。

 

「弟や兄貴を置いてきぼりにして?」

 

 フレッドとジョージは、敗北やショックを怒りに転じることが出来る人間だった。それは間違いなく強者の資質だった。立ち上がらずうずくまったままでは、逃げることすらかなわないのだから。

 

 しかし、逃走という選択肢が存在しないことは明確に短所でもあった。バナナージは慌てて声を荒げる。

 

「!?……おい、待て。待ってくれ!余計なことは考えずに逃げるんだ!今君たちは怪我をしてる!本調子じゃないんだぞ!」

 

 災害現場において最も難しいことに、被災者の避難誘導が挙げられる。フレッドとジョージの言葉を皮切りに、意識を取り戻した大人達も空に向けて杖を掲げた。バナナージの制止も、群衆の前には効果はない。

 

「……ああ、そうさせて貰うよ。あの子達を助けた後でな!」

 

 操られた人々はバナナージの言葉に首を振ると、フレッドやジョージと一緒に、杖を取り出してハリ-達を護らんと魔法を打ち出した。白い障壁が、動き回るハリー達を護るように現れる。間が悪いことに、その障壁はちょうどハリーからドロホフへ向けて放ったステューピファイ デュオ(失神呪文連射)を阻み、ハリーとドロホフとの間に壁を作り出した。

 

「……きゃあ!今度は何よ!?」

 

 

ダフネはハリーの背中にしがみつきながら叫ぶ。ハリーにしがみついた姿勢でのハリー頼りの長時間の飛行でダフネの腕は痛みを訴えていたが、応援が来た時に位置を変えて、ハリーの背中に乗ったことで幾分か楽になっていた。それはハリーも同様で、動きのキレは一段と上がり、ドロホフとシトレの攻撃も当たる気配はまるでない。ダフネは奇しくも、死の呪文を目の前にしながら生き残っている人間となっていた。

 

「これは……!?援護だ!」

 

 彼らの行動にハリーは勇気づけられた。もし、操られていた人達が加勢に加わってくれれば、この状況のまま、ドロホフとシトレを殺害できるかもしれないと。

 

 

***

 

 ダフネはハリーの背中に乗っているとき、恐怖が和らいでいくのを感じた。空の上から見下ろすドロホフは小汚ない犯罪者で、シトレは時代錯誤の仮面をつけた愚かな魔女でしかなかった。

 

 

 おかしなことに、犯罪者と戦っているのは粗にして野な教師として有名なハグリッド先生と、闇の魔法生物である筈の人狼だった。ダフネは人狼がシトレらしき女の放ったアバダケタブラからダフネ達を変身呪文で護る瞬間を目にし、己の信じる価値観が分からなくなった。

 

(どうして……?どうして守ってくれたの?私は人狼は滅ぶべきだって思っていたのに、どうして……)

 

 それは良心からくる葛藤であり、人狼を排斥すべきとハリーに言った自分が人狼から守ってもらっていいのだろうかという思いだった。ここに来て、ダフネの中に己がいかに矮小で視野が狭い人間かという自覚が芽生え始めていた。

 

 操られていた一般人達は明らかにハグリッドと人狼を恐れて足並みを乱し、一人また一人と数を減らしていった。インペリオで操られ、かつ己の意識を残した人間は、恐怖だって感じる。人狼とハグリッドは、操られた被害者達を牽制し、少しずつ戦況を有利にしていった。

 

 ダフネにとって確かなことは、目の前のドロホフやシトレらしき魔女が言語道断の犯罪者ということと、ハリーが自分を守ってくれているということだった。犯罪者のせいで自分もハリーも殺されかけた挙げ句、パンジーまで操られた。そしてダフネの中に芽生えた良心は、ロン·ウィーズリーやハーマイオニーグレンジャーの無事を祈り続けていた。目の前で何度も命を救われたことで、はじめて心の底から、出自に関係なく感謝の気持ちが生まれようとしていた。

 

 だからこそ、ダフネはダフネは冷や汗をかき、震えながら言った。

 

「右よハリー!プロテゴ!」

 

 ダフネはハリーの背中で、ハリーに声援を送り続けた。ハリーの妨げにならないよう、背中側にプロテゴを展開しながら。ダフネは熟達したハリーやハーマイオニーとは違い、数秒しかプロテゴを維持できない。それでも、空中飛行が続く限り、ハリーの側としてハリーを護ることを決めた。ハリーとダフネは、今この瞬間運命共同体なのだから。

 

「プロテゴ!……お願いハリー。あんな奴らになんて負けないで!」

 

 ダフネはハリーを護ることで、己の命と、そして何かもっと人として大切なものを護ることが出来るのではないかと思った。そんな思いに応えるように、ダフネの杖は少しずつではあるがプロテゴを維持し続けられるようになっていった。

 

***

 

 

 ドロホフは歯ぎしりをした。自分の盾である奴隷達がハリーの救援に出てきた魔法使いを襲おうとしていないからだ。さらに悪いのは、支配していた筈の一般人達が敵となってハリー達に加勢し始めたことだった。プロテゴの障壁が、暖かな人の護りがハリー達を包み、ドロホフ達の有効手段が闇の魔術だけになっていく。社会に弾かれた犯罪者の限界を象徴するかのように、ドロホフ達は劣勢に追い込まれていく。

 

(ええい、忌々しい!!)

 

 ドロホフの顔に明らかな怒りが浮かんだ。これでハリー達に対抗するための盾がまたひとつ消えた。子供相手に姿を晒し、死の呪文まで使いながら標的を殺せないとなれば恥さらしもいいところだ。

 

 そんなとき、フィーナは紫色の髪の魔女から失神呪文を受けた。赤い閃光を胸に受けたドロホフの相棒は、真っ逆さまに地面へと墜落していく。

 

 

「フィーナ!!!」

 

 ドロホフは戦友が呼んで欲しいと頼んだ名前を呼ぶと、自分の杖をシトレに向けて叫んだ。

 

 次の瞬間、失神呪文を受けたシトレはドロホフの元にテレポートする。闇の印の力を使い、強制的に闇の印を刻んだ仲間を己のもとへテレポートさせたのだ。近距離でしか使えず、一度使うと闇の印が高熱を発するため一時間は使えないが、緊急回避や離脱にはもってこいの切り札だった。

 

***

 

 失神呪文を胸に受けたシトレの脳裏には、生まれてから今までの走馬灯が流れていた。シトレはマグルの父と魔女の母との間に生まれ、何不自由なく暮らした。父に似て美しい容姿の彼女を、魔法も使えない父は溺愛し、母は若干の嫉妬を混ぜ込みながらも愛した。何不自由なく愛されて育った彼女は、ホグワーツではハッフルパフに所属し、そこでも恵まれた容姿とそこそこの成績を武器に何不自由なく過ごした。純血主義や反純血主義という柵はハッフルパフにはない。余計な柵を背負わず、獅子と蛇の諍いを遠目から眺めるだけで、シトレ自身には思想らしい思想もなく、恋人にも恵まれ、友人達とそれなりに優秀な成績でホグワーツを卒業することができた。

 

 ホグワーツにいた時、シトレは優秀だった。少なくとも自分自身が優秀であることを疑うことはなかった。それが与えられた仮初めの幸福でしかなかったとしても、学生時代のシトレは何不自由なく愛され、そして出来る限り他人を愛し、慈しんだ。

 

 彼女に転機が訪れたのは、魔法省へ就職してからだった。魔法生物規制管理部に配属された。花形の魔法法執行部ではなかった。それでも、魔法省で二番目に大きな部署であり、出世の見込みも充分にある。ハッフルパフでの、誰からも注目されない生活に飽いていたシトレにとって、身が入る思いだった。

 

 私はこんなものではない。

 

 キャリアを積み重ね、誰からも羨まれるほどの栄達を遂げて、何なら今よりもよい彼氏を見つけるのだ。

 

 その時シトレはそう思っていた。

 

 そこでガマガエルのような醜い容姿で、鬱陶しいほどに甘ったるい声の上司に出会った。彼女はいい年をしてピンク色のローブを身に纏った魔女ではあったが、シトレは彼女を上司に持ったことを幸運に思った。シトレの上司であるドロレス·アンブリッジは出世競争の最前線に立つ魔女で、同僚からの評判は芳しくない。そういうアンブリッジを上司に持てて、シトレは幸運だと思っていた。

 

 ハッフルパフでは、誰も彼もが勝利への意欲に乏しかった。寮杯で勝つという目的意識もなく、競争を悪と見なし、競い合うことすらしない。ただただ無為に時間を重ねていくだけの同寮生をシトレは内心で見下してもいた。そのくせ、そういう連中は勝利を目指す連中の足を引っ張るのだ。まさしく負け犬の思考だとシトレは思っていた。

 

 それに比べれば、アンブリッジの姿勢はシトレには好ましく見えた。同僚の評判が芳しくなかろうが、自分の部署の仕事が円滑に進むように調整してくれる上司ほどありがたいものはない。シトレはアンブリッジの手足となって働いた。ある時、シトレはアンブリッジにそれとなく純血かどうか聞かれた。そうではないと答えた時、アンブリッジのシトレを見る目は変わった。すぐにシトレは訂正し事なきを得た。

 

 アンブリッジは、甘ったるい声でシトレに囁いた。

 

『わたくし、貴方には期待をしておりますの。……ここで出世をしたいのであれば、貴方のお父様に関しては聞かなかったことにしますわ、シオニー』

 

 魔法省に跋扈する純血主義。それに染まらなければ出世が望めないと言うのなら、シトレは染まるつもりだった。シトレはアンブリッジの従順な部下として働き、年齢にしては高い地位も得た。それと引き換えに、シオニーは両親との関係を断絶した。何一つ不自由なく育てられながら、シトレという姓で生まれたことを、シオニーは恥じたのだ。まさしく厚顔無恥の愚か者の所業だった。

 

 シオニー·シトレへの罰はすぐに下った。純血主義を信仰したふりをし、上司のアンブリッジの話に合わせ、同僚や同期の弱みを握り、出し抜く日々。気がつけば、シトレもアンブリッジに負けず劣らず嫌われていた。しかし、シトレはそれでも構わなかった。両親と縁を切ってでも出世すると決めたのだ。他人からの評価など気にしている場合ではなかった。

 

 ある時、シトレはアンブリッジの指示のもと、反人狼法の草案に関わった。人狼の魔法省への届け出を義務化し、就労を制限するという法律に、アンブリッジは執心だった。シトレは機械のように何も考えず、唯々諾々とアンブリッジに従った。両親との一件がなくてもそうしていただろう。元々、シトレは人狼など闇の魔法生物でしかないと認識していたのだから。滅びて構わないとすら考えていた。

 

 そして、ついにそのしっぺ返しは訪れた。アンブリッジの目論見は崩れ、議会では多くの議員が反人狼法に反対票を投じた。シトレには何が何だか分からなかった。気が付けば、シトレはアンブリッジから冷たい目で見られていた。

 

『……わたくし、貴方には期待していましたの。けれど、どうやら思い違いだったようね、シトレ』

 

 そして気が付けば、シトレは業務上のミスを理由に左遷されていた。出世の見込みもなく、何の仕事もない事実上のリストラ部署。ケンタウロス室にだ。出世の芽が潰えたシトレを、ホグワーツ時代からの男はあっさりと見限り出ていった。

 

シトレはアンブリッジの不興を買ったことが原因だと思っていた。あるいは、反人狼法が成立しなかったことの当て付けに左遷されたのだと。

 

 しかし、実際にはシトレが反人狼法の草案作成を急ぐあまり、規制管理部の同僚が推し進めていた新種の魔法生物創造案件をアンブリッジに報告しなかったことが原因だった。アンブリッジがその事を知っていれば、管理できるかどうかもわからない新種の魔法生物など作らせはしなかっただろう。己の人脈全てを駆使して止めにかかったのだ。しかし、シトレは報告義務を怠った。シトレ本人が認識していなかっただけで、シトレのミスはこれ以外にも積み重なっており、社会人として、上司としてアンブリッジは適切な判断を下したに過ぎなかった。

 

 ある時、シトレは魔法省のトイレで噂を聞いた。ケンタウロス室には何の仕事もなく、給料泥棒と揶揄する視線に耐える日々のシトレは、体調を崩しがちになっていた。個室のトイレにいるとき、トイレの外の声は嫌でも耳に入った。

 

 

『聞きましたか先輩、シリウス·ブラックの噂を』

 

『……ええ。純血の魔女と政略結婚をしたって噂よ。やっぱり純血主義なのね、この魔法省は』

 

『先輩、その噂には裏があるそうなんです』

 

 シトレは個室の中で、じっと耳をそばだてていた。純血主義も純血の魔法使いも、今のシトレにとっては空虚なものだった。

 

『裏って何よ?』

 

『気にくわない法律を潰すために政略結婚したって噂ですよ。実際、ある時期から議員達への政治献金が増えたのは事実上ですから』

 

『貴方ねえ、そんなことここじゃあ日常茶飯事じゃない。ルシウス·マルフォイと同じ金持ちの税金対策でしょうよ』

 

『そうでしょうか?反人狼法、不自然に不成立になりましたよね?』

 

 その言葉に、シトレは動揺した。頭の中が真っ白になる思いだった。

 

『そういえばそうだったわね。あれは……ああ、アンブリッジの草案だったわね』

 

『人狼なんて滅んでも別にいいですけど、何を考えてるんでしょうね、シリウス·ブラックは?金持ちの道楽ですか?』

 

『社会的弱者を支援せず排斥するだけだと、無敵の人を産み出して破綻するだけよ。もう少し勉強をなさいな』

 

 外から聞こえる声は、シトレの耳朶をうった。まるで、アンブリッジとシトレの安易な行動を責めるような声だった。

 

『……すみません。でも、ブラックのお陰であのドロレスが悔しがる姿を見れましたよ。そう思うと、純血主義も悪くありませんね』

 

『でも……お相手のマリーダ·ジンネマンは大変ねえ。シリウスには女の噂が耐えないと言うし……』

 

 外の話題は、シリウスの女性問題へと移っていった。しかし、シトレの脳内には、今までの自分のやってきたことは何だったのだろうかという虚無感が広がっていた。

 

 心血を注ぎ、寝る間も惜しんでサービス残業をして法の成立を目指そうと、財力を持つ純血一族の意向には無力だ。力のある純血、例えばシリウス·ブラックやルシウス·マルフォイの機嫌次第で容易に覆すことが出来る。

 

(……馬鹿馬鹿しい。私の人生は何だったんだ?)

 

 そう考えたとき、シトレの脳内には英国魔法省、ひいては英国魔法界への怒りと、憎しみだけが広がっていた。空虚な器に泥のような憎しみと怒りが満たされ、気付けばシトレはこの世界や、自分自身すらも憎しみの対象となっていた。

 

 シオニー·シトレという混血の魔女として産まれていなければ、自分にはもっといい人生があった筈だと、シトレは信じて疑わなかった。純血や財力に依らない圧倒的な力をシトレは望んだ。そのために必要な存在こそ、ヴォルデモートに他ならないとシトレは思った。

 

 英国史上最悪の闇の魔法使い、ヴォルデモートが、有能であれば、誰でも受け入れることは一部では有名な話だった。ヴォルデモートの部下として名を馳せたデスイーターには、マグル生まれの魔法使いや魔女も少数ながら存在する。この期に及んで、シトレは自分が有能であると疑っていなかった。無能は世間であるということを証明し、マルフォイやブラックのような純血を排除するために、シトレはアズカバンに侵入した。

 

 そこでシトレが選んだ相手は、アントニン・ドロホフだった。有名なベラトリクス·レストレンジは、シトレが唾棄するブラック家だった。シトレにとって、たとえ異性であったとしても、ドロホフは親近感を覚える相手だった。聖28一族ではなく、純血ではない可能性が高かったからだ。

 

 ドロホフは、シトレの内心を察してかシトレとは適切な距離感を保った。うまくシトレを立て、シトレの能力を褒め、闇の魔法をシトレに教えることでシトレをより強くしてくれた。

 

 シトレにとって、ドロホフは師であり、同僚であり、そして父のような存在となった。ドロホフはシトレの正体が発覚した後もシトレをフィーナと呼び、ハリーに敗北したことを責めず、シトレの傷を癒した。ドロホフと共に、シトレはより後戻りできないような悪事を共にした。しかし、シトレは幸せだった。ドロホフと共にいることを幸せと思い込むことによって、人として捨て去った良心から目を背けていた。それは行き場を捨て去った悪党達にしかない仲間意識であり、共依存だった。

 

「エネルベート!!」

 

 そして、シトレの意識は愛する師の言葉によって引き戻された。闇の魔女としての使命を果たすまで、ブラックやポッターや、狼人間を殺すまで、シトレの戦いは終わらないのだ。

 

 

 ドロホフはすぐにシトレを蘇生させる。その杖さばきに淀みはない。シトレは胸を痛みで押さえながらも、確かに復帰した。

 

 

「さあ、フィーナ。遊びはまだまだこれからだ。分かっているな!!!」

 

 ドロホフは戦友の名を呼ぶ。シトレは確かにドロホフの信頼に応えた。彼女がハリーの殺害に失敗してから再起し、そして今日ハリーを見つけ殺害計画を実行するまでの間、ドロホフとシトレには確かな絆が生まれていたのだ。

 

「ええ、もちろんよ!『プロテゴ ディアボリカ!!!』」

 

 青い炎が、一人の闇の魔女から展開されようとしていた。

 





今回大分貶されていました。アンブリッジファンの方はすみません。
シトレは世の中に一人はいる自己評価だけ高いタイプです。アンブリッジじゃなくてもどこかで失敗はしてました(断言)。
シトレはトムくんに夢を見たけど、恵まれた環境から自らの意思でそれを投げ捨てたシトレのことはトムくんが知ったとしてもあんまり好きじゃないと思う。


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***

 

 シトレは、作戦決行前にドロホフと打ち合わせた内容を今も覚えていた。

 

『ポッターを見つけたら、発信器で知らせる。フィーナ、俺が連絡を入れたらインペリオで奴隷を量産しろ。俺がどさくさに紛れてポッターを仕留める』

 

 シトレはその案ならば確実にポッターを殺せるとは思った。しかし、あまりに仕掛けが大掛かり過ぎるのではないか、とドロホフに問いかけた。

 

『確かにな。これはガキを殺すにしては少々大袈裟ではある。……が、お前のプライドを粉々にした小僧の葬式としては派手で悪くなかろう』

 

『茶化さないでください。……ただ、貴方が居ればポッターごときすぐに殺せると思いますが』

 

 ドロホフがそう茶化したとき、シトレは仮面を被らず気安い口調でドロホフに言った。シトレにとって、ドロホフはもはや世界でただ一人気を許せる相手だった。それは依存と信仰に近い感情だった。

 

『そうでもない。俺とシトレに実力の差はほぼない。実際のところ、奴隷どもの力量も未知数だからな。運が悪ければ失敗もあり得る。ポッターの力量は、低く見積もって成人した魔法使いと同等以上、闇祓い未満と言ったところだろうからな』

 

 ドロホフは蒸留酒を飲みながら言ったが、その目は確かだった。ロシア人のドロホフにとって、一杯二杯の酒は水と変わらない。フィーナはドロホフからポッターに対する評価が高いことにやや憎しみを抱いたが、すぐに思い直した。ポッターが年齢通りの実力しかない子供なら、それに負けた自分は文字通りの無能なのだから。

 

『俺がしくじったら、まぁポッターを勧誘でもしてみるさ。闇の魔術を使える小僧となれば帝王もお喜びになるだろうしな』

 

『……ご冗談を。闇の帝王がポッターを受け入れるのですか?あの方に歯向かった男の息子を?』

 

 ポッターを殺害できない可能性も視野に入れていると聞いて、シトレは不機嫌になった。それでは何のために苦労したのか分からない。

 

『ああ、冗談だ。どうせポッターも乗らんだろう。が、惜しいのは確かだ。……ま、俺が時間を稼ぐ間に、フィーナは増やした奴隷どもと合流し、テレポートでポッターを囲んで殺す。それでいいか?』

 

 シトレは強く頷いた。ドロホフはシトレの士気が高いことを喜び、ついで念を押してシトレに言い聞かせた。

 

『……ポッターをこれから探すのは長丁場になる。お前さんには苦労をかけるが、問題はまだある。運良くポッターを見つけて、運悪く俺が失敗したパターンも何度か想定しておく必要がある。面倒だろうが、覚えてもらうぞ。俺がやられて先に死ぬ可能性もある。そのときは、フィーナ、帝王の復活を最優先に行動しろ』

 

 ドロホフとシトレの会議は、ホグズミードでハリーを捜す間何度も繰り返された。そこで、シトレはドロホフと行動を共にし、ハリーを殺害するときも、必ずドロホフの指示に従うように命じられた。

 

『お前は強い、フィーナ。お前さんは俺の指示なぞ必要ないとも思うだろう。だが、戦場は生き物が動く以上、必ず不測の事態が起きる。ロートルである分だけ、俺の方がそういうものに気がつきやすい。俺の指示には従ってもらう』

 

 失神呪文から目覚めたシトレの脳裏には、そのときのドロホフの姿がありありと浮かんだ。シトレは、必ずハリーと、出来ればシリウス·ブラックを殺害し、自身の有能さを証明したいと願っていた。

 

「ええ、もちろんよ。プロテゴ ディアボリカ!!」

 

 シトレの杖から放たれた禍々しい蒼炎が、周囲の全てを飲み込もうとする。真っ先にそれを食い止めたのは、闇祓いのニンファドーラ·トンクス……ではなく、魔法生物学者、ニュート·スキャマンダーだった。

 

「フィニート インカンターテム(呪文よ終われ)!」

 

 ニュートは誰より素早く、そして老いを感じさせない速度で杖をふった。温厚なニュートが、鬼神のように必死になって蒼炎を食い止める。それはニュート·スキャマンダーが老体に鞭打って出した正真正銘の全力だった。

 

 

 そうしている間にも、シトレの後ろに控えたドロホフの杖には魔力が集まっている。ドロホフが、大技を放とうとしていることは明白だった。しかしシトレのプロテゴ ディアボリカですら、放置すればほとんどの魔法使いを焼き殺してしまうだろう。ここには動けない怪我人が山ほどいるのだ。

 

 ニュートはあまり大声を出したがらない老人だったが、それでも声を張り上げた。そうしなければならなかった。

 

「フィニート(終了)を!!」

 

 ニュートに続いてトンクス、ハグリッド、遠くから炎を見ていたロンやハーマイオニーもフィニートを唱える。

 

 ハリー自身は知らないものの、ハリーの闇の魔術を目にしてきた二人にとって、フィニートは得意魔法となっていた。いつかハリーが悪魔の護りで人を殺してしまうのではないか、と、二人だけで語り合ったことも一度や二度ではなかったのだ。そうならないよう、自分達で止められるように練習を重ねていたのだ。

 

 ハグリッドや操られていた魔法使い達もフィニートを唱えようとするが、操られていた魔法使い達は蒼炎の勢いにパニックになりかけていた。ただでさえ全身に鞭を打たれたように痛みがあり、心理的にもダメージを負っていたところに、本当の命の危機が迫ったのだ。フィニートに成功したのはハグリッドやセドリック、パーシー、ガーフィール達だけで、ダフネを含めたほとんどの魔法使いは動揺し揺し、上手くいかなかった。

 

 邪悪な意志を込めた悪魔の蒼炎は、勢いを弱めてもなお止まらない。シトレを中心に広がった蒼炎は、ドロホフを燃やすことなく空中から周囲へと拡散しようとする。それが地上に降り立ったとき、人々は焼け死ぬだろう。

 

 ここで、ニンファドーラ·トンクスは賭けに出た。フィニートを中断し、シトレに向けてソノーラスで拡大した自分の声を届ける。シトレの注意を惹き付けるため、トンクスが狙われることで、ハリーや一般人達を守るための策だった。

 

 その間、ハリー、シリウスとマリーダ、そして人狼状態のリーマスの三組が動いた。シトレの注意がトンクスに向けられた間、ハリーは蒼炎に護られたシトレに杖を向けた。ハリーの耳に紫色の髪の魔女、トンクスの言葉が聞こえてくる。

 

「泣き虫シオニー!あんたは強くなったんじゃないわ。ハッフルパフにいた頃から比べて弱くなった!人として劣化したのよシオニー!『フィーナ』ぁ?バカ言ってンじゃねえよ!あんたは無能な自分から目を背けるために、現実逃避のためだけに自分のことを知らない男に依存してンだよ!」

 

(……!!)

 

 ハリーの心がずきりと傷んだ。ダーズリー家のいないホグワーツで頑張っているハリーも、ダーズリー家に戻れば、魔法の使えない、誰からも必要とされない存在でしかない。シトレがトンクスに杖を向けたのを見て、ハリーは覚悟を決めた。シトレを殺すと。

 

「フィーナ!下らん挑発だ!それより下だ!下に誰か来ているぞっ!」

 

 ドロホフは必死にシトレに指示を出すが、シトレには届いていなかった。

 

「サラマンド エグジ(サラマンダー、行けっ!!)!!」

 

 ハリーの杖から放たれた紫色の閃光は、確かにシトレのプロテゴ ディアボリカの蒼炎に到達した。

 

 プロテゴ ディアボリカには、いくつかの弱点も存在する。攻防が揃い大規模攻撃が可能な魔法ではあるが、それを使いこなしてきたハリーだからこそ、弱点も自覚している。

 

 その一つが、炎であることだった。

 

 紫色の閃光は、炎への着弾と共に消滅する。しかし、それに込められた魔法は成功した。シトレの首筋に向けて、サラマンダーが突撃する。

 

 ハリーは、蒼炎をサラマンダーへと変身させたのだ。サラマンダーは炎の中を生きる魔法生物である。炎であれば、ドラゴンであろうと悪霊の火であろうとサラマンダーは動くことができる。プロテゴ·ディアボリカの護りを過信した人間ほど、サラマンダーの奇襲を止めることは出来ない。ディアボリカを解除しなければならないからだ。

 

 シリウスはマリーダに指示を出し、箒をシトレの死角である左斜め下へ潜り込ませた。シトレはサラマンダーを止めるために左腕でサラマンダーの牙を受け止めている。動揺からか、蒼炎の威力は弱まる。その隙に、シリウスは魔法を唱えた。そこはハリーによって粉々に破壊された水道管があった。

 

 

「アクアメンティ マキシマ(水よ 沸き出ろっ!!)」

 

 水道管に向けてシリウスの魔法が放たれる。そしてすぐに効果は出た。膨大な量の水が、シリウスの怒りと共にシトレに襲いかかる。

 

「アクアメンティ エグジ(水に変われっ!)っ!!」

 

 さらに、シリウスはシトレの蒼炎そのものを水に変えるという強行策に出た。   

 シリウスのコンジュレーションはマクゴナガルや、現役闇祓いであるトンクスにこそ劣れど、NEWTでOを取りジェームズと共に闇の魔法使い達を打倒したあの頃と変わらない。魔法省での経験を加味すれば、全盛期すら越えていた。闇の魔術の蒼炎は、過去に囚われ、それでも未来を選んだ男の作り出した洪水に飲み込まれて消えていく。

 

 もしもシトレが、ドロホフの指示を聞き入れていれば結果は変わっていたかもしれない。シトレは結果的に、自分自身の手で証明してしまったのだ。

 

 自分が無能であることを。

 

 最後の意地か、シトレの杖は目の前のトンクスに向けられる。大量の水に視界を遮られながらも、シトレの魔力は尽きてはいない。

 

「待て!!プロテゴを使えっ!!」

 

 

 ドロホフの指示をシトレは聞かなかった。シトレは、同期で、かつて同じ寮に在籍したニンファドーラ ·トンクスを殺害せんと杖を向ける。

 

(この際ポッターでなくても構わないっ!お前でも良いっ!殺してやる!!生まれながらの七変化?ふざけるなふざけるなふざけるなっ!そんな不公平が許されるかっ!闇祓いのエリート街道なんて歩ませるかっ!お前も道連れだっ!トンクスゥゥゥーッ!)

 

 それは嫉妬だった。同い年で、同じ寮を過ごした相手に対する嫉妬のまま、シトレは杖を向け。

 

「アバダ ケタブ」 

 

「ステューピファイ デュオ」

 

 そして。

 

 更なる罪を重ねる前に、狼人間、リーマス·ジョン·ルーピンの杖から放たれた赤い閃光は、確かにシトレを撃ち抜いた。シトレは真っ逆さまに地面へと激突し、そしてその命を散らした。

 

 ハリーも、そしてその場にいた誰も、シトレの死を悲しまなかった。それどころではなかった。シトレの悪魔の護りによって、ドロホフは今まさに最悪の闇の魔術を放とうとしていたのだから。

 

 

「ペスティス インセンディウムっ!全員まとめて焼け死になっ!仲間を殺した代償を払わせてやるよ!」

 

 

 

 







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青のすみか

「ステューピファイ」「インカーセラスッ!」

 

 

 

 

 リーマスは蒼炎を水で防いだシリウスに驚きながらも、すぐさまドロホフに向かって失神呪文を放った。マリーダがそれに続き、ハグリッドやニュートもそれに続く。

 

 ドロホフには四人の呪いが命中することはなかった。幸運薬の効果ゆえか、ドロホフの周囲に立ち込める水流が呪文の閃光を屈折させ、ドロホフには呪文は届かない。ハリーの額が割れるように傷んだ。

 

 悪霊の火の火力は、悪魔の護りの比ではない。防衛能力を度外視し、制御を困難にした代わりに発動すればあらゆる相手を灰塵と化す炎。

 

 だが、それでも闇の魔術を止められなかった。トンクス達が杖を振るう中、ドロホフの杖からルーンが空へと放たれる。そのルーンは夜の闇の中で輝きだし、巨大な髑髏と蛇の形に浮かび上がる。

 

 闇の印。闇の帝王の僕が、帝王から授けられたルーンを模した悪霊の火を解き放とうとした。

 

 ハリーはその髑髏の中に、聖石を……翡翠色に輝くサーペンタリウスを、無言ロコモータで投入した。

 

 ハリーが想定していたドロホフの殺し方は、ドロホフがアバダケタブラを使用した瞬間に聖石をぶつけ、過剰魔力による杖の逆噴射を狙うというものだった。

 アバダケタブラに関する知識はハリーにはなかったが、死をもたらすほどの呪いに消費する魔力量も、それを制御するために必要とする集中力も並ではないとハリーは思っていた。だからこそそれが成功すれば、確実にドロホフを葬れていただろう。

 

 しかし、今、ハリーはその計画を捨てた。ハリーの背中にはダフネが、ロンが、ハーマイオニーがいた。ハリーの周囲にはシリウスが、ルーピンが、ハグリッドがいた。ハリーは聖石の力によって、ドロホフの魔力の暴発を狙った。

 

 

 

 

「うおぉぉおおっ!!?????!!な、何だっ!?何が起きたぁっ!?」

 

 そして。

 髑髏の周囲に、蜘蛛の巣状の亀裂が走り、やがてそこから大爆発が起きる。耳をつんざくような轟音と共に、悪霊の火はドロホフに襲いかかる。

 

「あああああああああっ!」

 

 ドロホフが悲鳴をあげる中、ハリーはアクシオで呼び戻したサーペンタリウスを握りしめていた。翡翠色の輝きは失われていない。成功だった。聖石が粉々になる覚悟でハリーはサーペンタリウスを投擲し、その上で賭けに勝利したのだ。

 

「いったい何が起きたの……?」

 

 ダフネが呆然と呟く。爆発は悪霊の火どころか、ハグリッド達の放った魔法すら吹き散らしていた。リーマスですら、何が起こったのか理解できないでいるようだった。

ハリーは落ち着いて言った。

 

「ドロホフの自爆だよ。運が良かったね」

 

「……でも、今何かが炎の中から飛んできたわ。ハリーが何かしたのではなくて?」

 

 ハリーは完全に油断しきっていた。ドロホフを倒せたという確信があったからだ。

 

 しかし、ドロホフはハリーの想像の上を行った。

 

「……ぬぅン!」

 

 ドロホフは悪霊の火を、おそらくは炎凍結呪文をかけた左腕で受け止めた。そのまま左腕が髑髏の中に飲み込まれるとき、ハリーはドロホフが己れの左腕を切り離したのを見た。ディフィンドだった。炎はドロホフの杖にまで飛び散っていたが、ドロホフ本体にはまだ余力があり、ハリー達が撃った呪文も、失神呪文も、変身術で産み出した動物達ですらドロホフを止められない。

 

 そして、ドロホフは何かが弾ける音と共に消え去った。テレポートしたのだ。

 アントニン・ドロホフは、幸運薬の力で正気を失っていた。もしも幸運薬を飲んでいなければ、相棒が死んだ時点でドロホフは逃げていただろう。

 

 しかし、幸運薬の力で正気を失ったことで、ドロホフはこの場にとどまった。仲間意識に囚われ、ハリーたちの殺害に固執した代償としてドロホフは左腕を失ったのである。

 

 悪霊の火の残り火は、術者が消え去っても止まらなかった。大勢の魔法使い達やシリウスが水を放つが効果はほとんど無い。悪霊の火を止めたのは、トンクスだった。彼女はハリーを信じられないという眼で見つめていた。いや、トンクスだけではない。その場にいたシリウスやルーピンも、ハリーのしたことに気が付いてはいた。しかし、悪霊の火を止めることを優先しなければならなかった。そうしなければこの場の全員が死んでしまうのだから。

 

 

「誰かっ!コンジュレーションで大きな板を出してっ!ばかでかい板をっ!」

 

 そのトンクスの指示に呼応して、シリウスは瓦礫を頑丈な大扉へと変化させる。そこからのトンクスの杖さばきは絶品だった。

 

 トンクスは淀み無く杖を回転させ、大扉に向けて無言魔法を使った。大扉が大きく開かれると、トンクスは勢いを増す髑髏の炎を呼び寄せた。

 

「アクシオ インセンディオ(炎よ 集まれ)!!」

 

 触れるもの全てを燃やし、悪意のままに破壊し尽くす炎は大扉の中に吸い込まれていく。ダフネはピンときたようだった。

 

「もしかして、あの中に閉じ込めようというの?闇の魔術を?」

 

「……悪霊の火は炎だ。空間内の酸素が尽きれば鎮火するってことだね」

 

 ハリーもダフネの言葉に頷いた。どうやらその推測は正しかったらしく、悪霊の火を全て吸い込んだ扉は大きく音を立てて閉じる。ドロホフの炎によって昼と見まがうほど明るくなっていた夜空は、嘘のように暗くなっていた。

 

 ハリーはダフネを地上に下ろすと、杖を注意深く構えたままレベリオを使い周囲を見渡した。すると、ハグリッドが大股でこちらに向かって来るのが見えた。

「ハリーっ!お前さん達!大丈夫だったかぁっ!!」

ハグリッドは走りながら泣いていた。ハリーは友を見上げ、頷いた。

 

「ごめんよハグリッド、僕のせいでこんなことに」

「何を言うんだぁっ!お前さんのせいなんかであるもんかぁっ!」

 ハグリッドは巨体を折り曲げてハリーをハリーの後ろにいたダフネごと抱きしめた。ハリーはされるがままだった。ダフネは抵抗するようなそぶりを見せたが、やがてハリーの背中にもたれた。

 

「ご協力、ありがとうございました。負傷者が此だけで済んだのは、あなた方のご協力あってのことです」

 

 ニュートは大声でルーピンに言った。人狼形態のルーピンを見て杖を向けていた一般人達は、済まなさそうに杖を下ろした。

 

 

 その時、ハリー達の耳に耳障りな声が響いた。闇の魔法使い、アントニン・ドロホフの野太い声だった。

 

「いやぁ参った、参った。完敗だぜ」

 

「出てこんか卑怯ものッ!人殺しの穀潰しがっ!てめぇのタマキンを切り刻んで豚の餌にしてやるっ!」

 

 ハグリッドが叫んだ。

「ははぁっ。威勢がいいな。その声はハグリッドってやつか?」

ドロホフの声は笑いを含んでいた。ハリーはアントニン・ドロホフを探した。すでに多くの魔法使い達が杖を構えて四方を警戒していた。しかし、ドロホフの姿はどこにも見当たらない。まだ耳に残る不快な声だけが聞こえるだけだ。

 

 その声は、シトレの死体から響いてきた。トンクスがシトレの死体が誰にも触れられないよう保護していると、シトレが耳にイヤホンを入れていたのを見つけたのだ。ドロホフとシトレは連絡を取り合っていたようで、ドロホフの声はイヤホンから聞こえてきたのだ。

 

「俺を探し回っているな?無駄だぞ、ハリー・ポッター……お前さん、ホグワーツではスリザリンなんだってな。まぁ俺はスリザリンのことはよう知らんが。スネイプに会ったら伝えてくれよ。またお前さんと一緒に、お前が開発した麻薬を売り捌いて、児童臓物を売り捌く日を楽しみにしてるってな!あー、裕福な家のガキを殺すのもいいなあ!アイツはそういう家を襲うのは得意だったしな!!」

 

「なっ……!!」

 

「あいつは帝王のお気に入りだったよ。いい稼ぎ頭だったからな。暗黒時代に戻ったら、また楽しく殺ろうぜ」

 

 怒りの形相のまま、ハグリッドとリーマスはイヤホンを破壊しようとする。しかし、イヤホンには強い防御魔法が施されていたのか、原型を失ってもなおドロホフの声は止まらない。ハリーの心臓はどくどくと脈打った。

 

(スネイプ先生が、そんな、そんなことを……!?)

 

「あとグリーングラスとマルフォイ、クラブの親父にもな!あいつらのアバダケタブラは最高だった!罪のねえマグルを面白半分に殺し回ってよぉ~!!誰がいちばん殺したか競いあったもんさ!楽しかったねえ……!」

「……!?」

 

 ハリーの脳は一瞬理解を拒んだ。

「やめてぇっ!」

 

 ダフネが絶叫する。しかし、ドロホフの毒はこれで終わらなかった。

 

「そうそう、セルウィンとカロー、ゴイル!!クルーシオで老人どもを認知症にしてやるビジネスはうまくいってるか?聞いてきてくれよ!!ゴイルとクラブ、マクネアの間抜けやヤクスリーはインペリオがうまくなったかってな。あいつらは俺がいねえとすぐに殺すから大変だったんだぜ?」

 

 ハリー達だけではなく、その場にいた一般人や一般のホグワーツ生徒の全てが、ドロホフが語った罪を聞いていた。今まで深く意識してこなかった事実が、彼らの脳裏にはありありと浮かび上がる。

 

 

 スリザリン生の親や、スネイプ先生。彼らは皆。

 

 自分達を操ったドロホフやシトレと同じ連中なのだと。

 

 生きていてほしくもないドロホフと同じ殺人者であり、社会不適合な度しがたい犯罪者なのだと。

 

「……だってのにあいつらはよぉ~っ!!」

 

 ドロホフの声には、明らかな怒りがあった。

 

「神の名の下に悪事を重ねながらッ!あっさりと神を棄てやがったッ!絶対に赦さねえっ!!」

 

「……つーか、お前らも思ってんだろ?あいつらが堅気として生きてちゃあいけねえ、娑婆にいちゃいけねえってよ!!」

 

 ハグリッドやリーマスですら、その言葉を否定できなかった。

 

「てめえらやあいつらが積み上げたせせこましい人並みの幸せってやつを……全てぶち壊してッ!暗黒時代を取り戻してやるッ!……それまでは死ぬなよ、ハリー・ポッター。闇の帝王以外に殺されることは許さんぞ」

 

「人殺しが何をほざいてやがる!出てこい!!お前に人権はないっ!自由などおこがましい!お前が行くべき場所はアズカバンだ!!」

 

 シリウスをはじめとしたありとあらゆる人たちの罵詈雑言をドロホフは聞き流した。

 

 その時、ハリーは叫んだ。もう沢山だった。

 

 

 

「いい加減にしろよ!」

 

「お前が……お前ら闇の魔法使いが暴れる度に、僕らスリザリン生はずっと白い目で見られるんだぞ。何もしてないのにだ!何もしてない子までだ!関係ないんだよ僕らには、お前らのやったことなんて!」

 

 周囲の大人達は気まずそうにハリーから目をそらした。そんな中でもシリウスは、ハリーを誇らしそうに見ていた。

 

「ふざけるなっ……ふざけるなよ!大人の癖にはずかしくないのかよ!」

「……恥ずかしいぜ、実際よ。この年で無職ってのはきつい」

 

 ハリーの声にだけ、ドロホフは答えた。

 

「ま、それでも俺には……暗黒時代が眩しすぎてよぉっ!ガキどもには悪いが、俺たち大人の犠牲になってくれや!ああ、闇の魔法で暴れてえなら俺のところに来いよ!一緒に弱いものを殺して奪って、楽しもうぜ!じゃあなっ!」

 

 ドロホフは言うだけ言うと、イヤホンはすぐに沈黙した。その場には、名状しがたい薄気味悪さだけが残った。シリウスは、ハリーの肩を抱いた。

 

「あいつは大人じゃあない。ガキだ。君たちよりもな」

 

 シリウスは、ダフネにも聞こえるように言った。

 

 それでも、場の雰囲気は凍えたままだ。ハリーは肌寒さを感じながらも、シリウスから離れ、ダフネに寄り添って言った。

 

「……帰ろう、ホグワーツへ。……大丈夫だよ、ダフネ。大人達が、きっとなんとかしてくれる」

 

 ハリーの中に、ドロホフへの怒りは煮えたぎっている。それでも、今はそんなことよりも優先すべきものがあった。ダフネはハリーの手を取ろうとして、ハリーの後ろを指差した。

 

「……ねぇ、ハリー。あれ、何?」

 

 

「?」

ハリーは後ろを振り返った。すると、ちょうど月明かりに照らされている場所にから、恐ろしい姿が見えた。それは人のようで人ではない幽鬼だった。

 

「……そんな」

「ウソだろ……何で今さら」

 

 ロンが呻いた。

 

 何百というディメンターの群れが、ホグズミードの空を飛び、ハリー達のもとへ駆けつけてきていた。役立たずの守護者達は、ドロホフではなくハリー達に襲いかかろうとしてきたのだ。

 

 ハリーの額が、割れるように傷んだ。その時、ハリーはディメンターの一団から声を聞いた。ハリーは引き寄せられるように足を前に進めた。

 

『こちらへ来い……どこだ……っ!』

 

 ディメンターの声に呼応するように、ハリーはふらふらと足を進めていく。そんなハリーを止めたのは、シリウスとロンだった。

 

「ハリー!だめだっ!!行くなっ!」

「どうしたハリーっ!」

 

 シリウスの腕は震えていて、最早立っているのも辛そうだった。ニンファドーラ·トンクスがディメンターと交渉を試みようとして、断念しているのが見えた。トンクスの杖先から兎のパトロナスが飛び出したのを皮切りに、大勢の魔法使い達からパトロナスが飛び出ていく。それでも、ディメンターの行進は止まらない。彼らはハリーの元に集まろうとしていた。ハリーはシリウスの声で己の意識を取り戻した。

 

(……一体何が……!?)

 

 ハリーは今度ははっきりと言葉が聞こえた。

 

『さあ……来い……ここへ…』

 ハリーはまた一歩足を踏み出した。その時、ハリーの耳に、声が聞こえた。

 

「嫌あっ!助けてっ!助けてえ!」

 

 ダフネの声だった。

 

『こちらに来い、闇の魔法使いよ。力を求める者よ…』

 

 ディメンターの声は、抗いがたいような誘惑を持っていた。ハリーには力が必要なことは、確かだった。ドロホフを確実に葬り去ることができる力が。もしもそれが、ディメンターの中にあるのであれば……

 

「やめてぇっ!!助けてえ!!」

 

「ダフネ、落ち着いて!大丈夫よ!皆が食い止めてくれているわっ!」

 

 シリウスとロンの手をすり抜けて、ハリーは駆け出した。ダフネはハーマイオニーに抱きついて震えていた。

 

「……ハーマイオニー、ダフネ、ロン。皆で、パトロナスを出そう。それで連中を追い払ってみよう」

 

「……出せるかしら?私は有体のものを出したことは一度も……」

 

「わ、私に。私なんかに。パトロナスが出せるわけない……」

 

 ダフネは明らかに動揺していた。そんなダフネに道を示したのは、シリウスだった。

 

「なんか、何てことはない。君たちは、強い。人として、俺やドロホフなんぞとは比べ物にならないほどに立派なんだ。いいか。人は……人の価値は、寮や生まれで決まるものじゃない。君たちならそれを証明できる。君たちなら、ディメンターなんぞに負けやしない」

 

「闇の魔法使いの家に生まれた、この俺が保証する。自分の中の良心に従うんだ」

 

 そう言うと、シリウスはパトロナスを呼び出した。銀色の雄鹿が、シリウスの杖から飛び出る。マリーダが困惑したように目を見開き、ルーピン教授はシリウスを痛ましそうに見ていた。

 

 

「……プロングズ……」

 

 ハリーには預かり知らぬ話だが。

 

 シリウスは無罪となり、ハリーの親になると決めた時からずっと、己を責め続けていた。

 

 ピーターの殺害を優先した時点で、シリウスは一度ハリーを捨てたに等しい。そんな自分が、親友の息子の親代わりを名乗るなどおこがましいとずっと思っていたし、今もその思いはシリウスを苛んでいた。

 

 それでも、たとえ己の中の怒りや、過去への憧憬が捨てられなくても。

 

 あれほど嫌悪した権力を行使し、あの頃とは比べ物にならないほど(シリウスの主観で)薄汚れたとしても。

 

 それでも、自分の存在でハリーや、今を生きる子供達に僅かでも幸せがあるのであれば、自分がジェームズの意志を継ぐと。

 

 

 雄鹿のその光は、夜空に光る星のように途轍もなく眩くハリー達を守るように照らすと、ディメンターの群れに突撃した。大勢のパトロナスの群れが、徐々にディメンターを押し返していく。マリーダもパトロナスを呼び出した。マリーダのパトロナスは雌獅子だった。シリウス·ブラックが獅子のように勇敢な男ならば、自分は獅子になろうとしたのだ。マリーダの顔には困惑があった。

 

「先生、俺はパトロナスなんて使えねえんです……!!」

 

「私も退学になった身だよハグリッド。大丈夫だよ。スクリュートの赤子を取り上げた時のことを思い出すんだ」

 

 幽体のパトロナスしか出せない者も、有体のパトロナスを出せる者も、皆がパトロナスを呼び出していく。ロンがテリアを呼び出し、ハーマイオニーが銀色の霧を呼び出したとき、ハリーはパトロナスの群れに飛び込む銀色の馬を見た。ザビニもどこかから、パトロナスを呼び出して加勢したのだと思った。

 

 バナナージのユニコーン、セドリックのドーベルマン、トンクスの兎、ニュートのニフラー。さらにパーシーのイタチや、誰が呼び出したか分からないアヒルや雌鹿、コアラ、アナグマ、ゴリラやカエル。ホグズミード中のあらゆる魔法族達が一丸となって、パトロナスが闇に立ち向かっていく。

 

 

 ハリーは、ダフネに聖石を渡した。スリザリンを象徴する蛇の色が、ダフネを照らした。

 

「……ダフネ。君は自分にはその資格がないと言ったけど、僕にもないんだ」

 

 ハリーは、パトロナスを呼び出さずそう言った。

 

 その時、ダフネはずるい、と思った。

 

(……何よ、それ)

 

 あれだけ自分のことを助けておいて、あれだけ格好をつけておいて、それは何だと思った。死ぬ直前くらいはいいゆめを見せてくれてもいいじゃないかと思った。ハリーが憎らしかった。

 

 それでも、はじめてハリーが歩み寄ってくれたような気がした。それが、ほんの少し嬉しかった。

 

「そんなわけ無いわ。だって、ハリーは勇敢だったじゃない」

 

 ダフネは震えながら、拗ねるように言った。

 

「……僕は、マグルに苛められていたんだ。だから、本当は強くもなんともないし、人に優しくすることなんてできなかった。君たちがいてくれたから、友達がいてくれたから、それが出来ただけなんだ」

 

 ダフネの口調が、普段のそれと近くなっていたのを見て、ハリーはなぜだか安心した。もう、ハリーが居なくても大丈夫だと思った。ハリーは詠唱した。

 

「エクスペクト パトローナム(パトロナスよ、来い!)!」

 

 ハリーの杖から、銀色の蛇が呼び出される。蛇は、そっとシリウスに寄り添うと、すぐにディメンターの群れに突撃した。

 

 ダフネは、自分がしたかったことを考えた。絵画も、純血主義も、家族も、自分にとってとても大切で、掛け替えのないものだ。その中のものが血にまみれていて、恐ろしく、そして自分がそれのお陰で今まで生きてきたことも、覆せない事実だった。

 

 それでも、ダフネは生まれてはじめて自分だけの夢を見た。分不相応でも、たとえ誰から憎まれようとも。いつの日かヒーラーとなり、傷ついた誰かを助ける夢を。

 

 ドロホフやシトレのように誰かを傷つけるだけの人生ではなく、自分の足で立つ日を夢見て、ダフネは叫んだ。その魔法は、尊敬するルーピン先生から教わったものだった。

 

 

「エクスペクト パトローナム(パトロナス召喚)!」

 

 ダフネの杖から、はじめて有体のパトロナスが飛び出た。それは、銀色に輝くメンフクロウだった。メンフクロウはハリーの周囲を飛び回ると、空回りながらもディメンターの群れに飛び込んだ。

 

 大勢の魔法使い達の光が、凍えるような霧を打ち破ったとき、ダフネはハリーに抱きついた。そして、まずはロンにお礼を言った。心の底からの謝意を込めて。

 ここが、自分にとっての最初の一歩だとダフネは思っていた。まずはここから、自分自身を変えなければヒーラーになどなれないと思ったのだ。

 

「あなたが突き飛ばしてくれなかったら、私は殺されていたかもしれないわ。ありがとう、ミスタ ウィーズリー」

 

「え、いや……いつの話?」

 

 ロンは照れ臭そうに鼻をかいていた。ダフネはハーマイオニーにもお礼を言ったあと、彼女にも言った。

 

「……ミス グレンジャーには、どうやら男子を見る目があるみたいね」

 

 その言葉を皮切りに、ハーマイオニーとロンの夫婦漫才が繰り広げられるのは別の話である。

 

 

***

 

 シトレに操られた群衆の中に、クラブとゴイルもいた。二人は気付くとドラコに介抱されていた。

 

 ゴイルは簡易的な布団の上に寝かされていた。周囲を見渡すと、同じように寝かされた人たちの姿と、そんな人たちを介抱するスネイプ教授や、グリフィンドールの監督生や、ゴイルの知らない大勢の大人の姿が見えた。

 

 

「やっと気付いたのか。遅いんだよ。まったく、この僕の手を煩わすなんてなんて奴らだ」

 

「あれー。何で俺寝てたんだ?」

 

 ゴイルが聞くと、ドラコは嫌みを交えながら説明してくれた。どうやら自分はバカな悪党に操られたあと、ハリーに叩きのめされて倒れたらしい。今は、ハリー達と悪党が戦っているのだという。

 

「助けに行かなくていいのか?」

 

 ゴイルは何となく聞いた。クラブがそんなゴイルをこづいた。

 

「いいわけがねえだろ。立場を弁えろ。ドラコに意見するんじゃねえ」

 

 クラブはゴイルにとっては対等の友人だったが、ドラコとは一線を引かなければならないといつもゴイルに言っていた。ゴイルの父はドラコの父のお陰でアズカバン行きを免れたのだ。まちがっても対等だと思ってはいけないと、ゴイルは言い聞かされて育った。それでもゴイルはクラブより頭が悪く、時々意見することがあった。

 

「……」

 

 ドラコは珍しく何も言わずに沈黙した。ゴイルは、

 

(やっぱり行きたいんじゃないか)

 

 と思ったが、今度は黙った。

 

 それから暫くすると、夜空に闇の印が浮かび上がった。ゴイルは何となくかっこいいなあ、と思ったが、ドラコが青ざめていたので何も言わなかった。しかし、闇の印の端に、闇の魔法使いと戦うハリー達の姿が浮かび上がった。

 

「すげーな……」

 

 今度は黙ることも忘れて呟いた。ゴイルには政治的なかれこれなど分からない。単に両親がそう言うから純血主義なだけだし、ドラコの感じている苦労なんぞゴイルとは無縁の話だと割りきっている。

 

 だからこそ、純粋に凄いと思ったものは称賛し、ダメだと思ったものは嘲笑する。ゴイルの呟きにクラブはゴイルを殴ろうとして、ドラコに制止された。

 

 

「……ここを移動するぞ。ついてこい……」

 

 ドラコの言葉に従って、夜の闇の中を三人は進んだ。ドラコのレベリオによって進む最中、レベリオの効きが悪くなることがあった。

 

 ハリー達の場所に到達したとき、闇の魔法使いは消え去っていた。しかし、闇の魔法使いの言葉だけがその場に残された。ゴイルは何となくいたたまれなくなった。

 

 ゴイルはドラコのレベリオがいよいよ消失し背筋がヒヤリとする思いがしたが、口に出すのも悪いかと思い黙っていると、石につまづいて転んだ。

 

「……何をしているんだ。ほら、立てるか?」

 

「悪い……ありがとよ」

 

 ドラコの差しのべた手を取って立ち上がると、ゴイルは背筋が凍りつくような思いがした。それはクラブもドラコも同じだった。

 

 ディメンターの群れがやって来たのだ。周囲の魔法使い達が何か呪文を唱えるのを見て、ゴイルもその真似をした。

 

「莫迦っ!やめろ!」

 

「おお!君たちも唱えてみるといい!いいかい、幸せなことを思い浮かべるんだ!」

 

 ドラコの制止も空しく、周囲の大人は一緒に魔法を唱えるようにドラコ達を促した。

 

 ゴイルはハニーデュークスのお菓子の味を思い浮かべて、エクスペクト パトローナムと唱えた。何も出ない。しかし、十回目でようやく白い煙が出ると、煙は動物達の群れに加わっていった。

 

 

 隣を見ると、クラブは明らかに手を抜いてやるふりをしていた。集団の中には、セオドール·ノットもいたが、ノットもやるふりをしているだけだった。しかし、ドラコは銀色の霧を動物達のもとに送り続けていた。

 

(いいじゃん、それでよぉ)

 

 ゴイルは何となくそう思った。ここには、親はいないのだから。ドラコに睨まれると、再びパトロナスを呼び出そうとした。今度はどういうわけかうまく行き、ゴイルの杖からは先程より多くの煙銀色のが吹き上がり、動物達の群れに加わった。

 

 ディメンター達は大勢の動物達に押されて撤退していった。ゴイルは大喜びでディメンターを煽り散らしたとき、ドラコがじっと何かを見ているのに気づいた。クラブは不機嫌そうだった。

 

「どうしたんだ?」 

 

 ドラコが指差した先に、銀色のフクロウを従えたダフネ·グリーングラスがいた。ダフネはハリーに抱きついていた。

 

 その時、ゴイルは誰かに突き飛ばされた。痛みに呻きながら背中に視線を向けると、痩せっぽちのセオドール·ノットが、耐えられないというようにその場から走り去っていく姿が見えた。

 

(何だぁあいつ。トイレ行くならしかたねえけどさ。ぶつかったら謝れよなぁ)

 

 ゴイルはドラコが頭を抱えている裏で、そんなことを考えていた。

 

 

 

 




原作通りのシリウスだったらシリウスはここでうっかり死んでもおかしくありませんでした。だって、自己評価低すぎて生きる気ないもの。

シリウスの戦闘スタイルは変身呪文を多用しフィジカルで敵を翻弄しながら変則的な杖使いで意表を突くというものですが、仲間がいる場合は、大袈裟に敵の前に姿を出して注意を惹き付け、仲間の盾になる男です。ジェームズという無二の相棒なしに生き残れるわけありません。

この二次創作でも自己評価はいまだに最低なので、自分が死んだら箒を操縦しているマリーダも死ぬ、という枷をつけてはじめてシリウスは自重するようになりました。


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審判

ファルカスのタロット占い
ダンブルドア→審判


 

***

 

 無事ディメンターを撃退したハリー達ではあったが、その後処理はとても大変だった。

 

 

 

 トンクスが応援に呼んだという闇祓い達は、ハリー達から事情聴取をした。ハリーは己の記憶をドーリッシュという闇祓いによって模写され、闇祓いに差し出した。 

 ドーリッシュは次に、支配の呪文で操られ、他人にインペリオを使用していた人たちを逮捕した。

 

「そんな!その人たちは操られていただけです!!」

 と、ハーマイオニーは抗議の声をあげようとしてシリウスに制止された。

 

「ドロホフ達と無関係であることが証明されれば、せいぜいが禁固二ヶ月で済む。……たまに居るんだ、わざと仲間のインペリオにかかってから他人にインペリオをかける悪党がな」

 

 ハリー達は絶句した。支配の呪文を人にたいして使用することは終身刑に値する。

 

 しかし、闇の魔法使いや闇の魔法生物に対する正当防衛であれば、例外的に闇の魔法の使用が認められる。この前時代に制定された法律を逆手に取り、インペリオをかける人間が多発したのだという。

 

「心配するな。魔法省も無辜の市民を牢屋に入れるほどバカではない。今回はきちんとした調査が行われるさ」

 

 シリウスは含みを持たせてそう言ったものの、ハリーの胸には不安が残った。シリウスを冤罪で牢屋にぶちこんだ実績があるだけに、市民受けがいいからとパフォーマンスのために重い刑罰を下すのではないだろうかとハリーは思った。

 

 場の安全が確保できた段階で、聖マンゴからのヒーラーチームが現着した。その場を動かせない重傷の患者達をヒーラーが治療していく様を、ダフネは尊敬の眼差しで見つめていた。

 

「私は魔法省でのキャリアは長いが、これだけは言える。アズカバンの看守の多くが暴走したのは、決して私のせいじゃない,。ドロホフが何らかの手段を用いて、彼らを暴走させたんだ」

 

 ヒーラー達や闇祓いが動き回る中で到着した魔法省大臣、コーネリウス·ファッジが自棄になったようにそう言っているのをハリーは耳にした。

 

 

 ロンやハーマイオニー達がハグリッドの引率でホグワーツに帰還する中、ハリーは自分の行動の結果として傷ついた人たちに、シリウスとマリーダと共に謝罪した。

 

「明らかにやり過ぎました、本当に申し訳ありませんでした。あの、お怪我は……」

 

 ハリーはニーズルに変身した魔法使いに対して丁寧に頭を下げた。彼は魔法省の役人で、ブロデリック·ボードと言うらしい。土気色の顔をした壮年の男性だった。

 

「いや、とんでもない。痛みももうありませんよ。しかし、まさか貴方が……」

 

 ブロデリックは何かを言いかけて、はっと言い直した。

 

「あのハリー·ポッターだったとは。私は本当に運が良かった。貴方が止めてくれなければ、今頃私は殺人者になっていたのですから。いくら感謝してもしきれませんよ。本当にありがとう」

 

 ブロデリックはそう言って聖マンゴに運ばれていったが、ハリーの顔は晴れなかった。ブロデリックはキラービーの毒を受けて入院せざるをえなくなった。ハリーがやり過ぎたためだ。

 ハリーが吹き飛ばした破片で骨折した女子生徒や、顔に怪我をした男子生徒は明らかに不服そうだったが何も言わなかった。

 

「……皆、僕のことを怖がっている?ドロホフみたいなやつだって思われてるかな」

 

 ハリーは自分がダドリーになってしまったような気分だった。控えめに言っても最悪の気分でシリウスに問いかけた。

「いいや、誤解しているだけさ」

 

 

 と、シリウスはスマートに言った。

 

 ハリーは、過剰防衛によって何が起きるかをまざまざと見せつけられていた。謝罪した人たちの中には裁判でハリーのことを訴えると言う男性もいたが、シリウスが毅然とした対応を取ると嘘のようにおとなしくなった。

 

「ハリー、そう気を落とすな」

 

 マリーダはハリーの肩を優しく叩いた。

 

「皆気が立っているだけだ。インペリオにシトレの炎。その上、ドロホフの闇の印とディメンター。動揺してしまうのも無理はない」

 

「でも、僕はやり過ぎた。……せめて、ドロホフを倒せていれば良かったのに」

 

 ハリーは最後にマダム·ロスメルタへの謝罪を終えたあと、シリウスとマリーダと一緒に公園のベンチに腰掛けていた。既に時計は夜の10時を過ぎていた。マダムもハリーによって酷い怪我を負った一人で、全身に火傷を受け、全治一週間で入院は免れないとのことだった。

 

「シリウス。……僕は結局、何が出来たのかな。……あそこで、せめてドロホフを捕まえることが出来ていれば……」

 

 ハリーは自問していた。皆の力を合わせて生き残ることは出来た。だが、これだけの被害が出たのにドロホフは仕留めきれなかった。

 

「ハリーが生き残っただけで充分だ。それ以外のことは、俺たち大人の領分だ。マダムも命に別状はない。また今度見舞いに行けばいい。なぁ、ハリー」

 

 そして、シリウスはハリーにこう言い聞かせた。それは、シリウス自身にも言い聞かせているようだった。

 

「ドロホフの言葉は、俺たちを惑わすための毒だ。やつの言葉に何一つ真実はない。分かるな、ハリー」

 

 シリウスの真剣な言葉に、ハリーは無言で頷いた。ハリーは、ドラコの父ルシウスや、スネイプ教授が、スリザリンの友人や先輩達の親族がやってきたことを友人たちとは切り離して考えるようにしてきた。それは今後も変わらない。それだけのことだった。

 

「……疲れただろう、ハリー。ホグワーツに行こう」

 

「うん、そうだね。ホグワーツに帰るよ……」

 

(……待てよ。そういえば、ホグワーツにはアレがあった……)

 

 ハリーはそれだけでもう充分だと思っだ。マリーダとシリウスはハリーがホグワーツに帰ることで調子を取り戻したと思い、微笑みあった。

 

***

 

 ホグワーツに戻った時、時計の針は十一時を過ぎていた。スネイプ教授が氷のような表情でハリーを迎え入れる間、シリウスとスネイプ教授の間にはいつになく壁があったように見えた。ハリーはドロホフの言葉を連想してしまった。

 

(麻薬作成に……児童の臓器売買。拷問に、殺人……)

 

 ハリーは、すぐにそれを忘れることにした。スネイプ教授は一年生の時、ハリーの命を救ってくれた恩人だった。たとえどれだけ嫌われていようと、スネイプ教授は生徒を手にかける筈がない。それは今でも変わりない筈だった。

 

 シリウスやマリーダに背を向けると、早速スネイプ教授は普段の調子を取り戻した。

 

「まったく、君は自分を特別と考えているようだ。こんな時間まで夜遊びでもしていたのかね。スリザリン五点減点」

「違います、先生」

 

 ハリーは咄嗟にそう言った。

「僕はディメンターと戦ってきたんです!」

 

 しかし、その言葉はスネイプ教授の眉を吊り上げただけだった。

 

 

 ハリーは不思議なことに、普段通りのホグワーツに戻ってきたような気がした。ホグズミードにいたとき、知らない大人達がハリーに取ったたいそうな態度より、こちらの方が相応しいような気がした。

 

 スネイプは黒いローブを翻して廊下を歩いていってしまったが、マリーダとシリウスはその後ろ姿ににやりと笑いかけていた。そしてスネイプ教授の後ろをついていったハリーは医務室に入った。

 

 ハリーはそこでやっと遅めの夕食を食べることができた。スネイプ教授は、ハリーにここで眠るように言うとさっさと医務室から出ていってしまった。

 

 医務室には、ハリーと、グリフィンドールの男子生徒、シェーマス·フィネガンがベッドで寝息を立てていた。シェーマスの隣には、右手に包帯を巻いたトレローニ教授がいた。シェーマスはすやすやと寝息を立てており、トレローニ教授は右手の包帯から淡い光を放っていた。どうやら右手の治療中のようだった。

 

 ハリーはトレローニ教授に会釈をしたが、トレローニ教授はこっくりと首を傾けた。

 

(……ホグズミードの騒ぎでお疲れなのかな)

 

 本来ならば皆とっくに眠っている筈の時間だった。ホグズミードの騒ぎに駆り出されたトレローニ先生を起こさないよう、ハリーはそっと立ち上がり、シャワー室に行こうとした。

 

 

 その時、ハリーは何か強烈な威圧感を感じて振り返った。闇の魔術の悪意や、ダンブルドアの包み込むような暖かさとも違う。もっと無機質で、しかし、計り知れない何かを感じて視線を向けた先には、トレローニ教授がいた。彼女は目を見開いてハリーを見ていた。ハリーは無意識に、トレローニ教授に杖を向けていた。

 

(いったい……!?)

 

『闇の帝王は』

 

 その時ハリーは、確かにトレローニ教授から声を聞いた。トレローニ教授がいつも生徒たちに語りかける時の神秘的な声ではない。普通の人間が話すような普段通りの調子でもない。淡々としているのに、まるでこの世のものではない何かがトレローニ教授を操っているかのような声だった。

 

(……操られてる……?いや、でも……)

 ハリーにはトレローニ教授が誰かに支配されているようには見えなかった。そう思い込むことは危険だと分かっているのに、ハリーはトレローニ教授の言葉に耳を傾けてしまっていた。

 

 或いはそれこそが、本物の預言者の才能だったのかもしれない。トレローニ教授は、ハリーに預言を下した。

 

『……召使いの手を借りて、再び立ち上がるだろう』

 

 そして、トレローニ教授は目覚めた。キョロキョロと周囲を見回したあと、はじめてハリーに会ったような顔をした。

 

「あら……?わたくし……いえ。眠っていたわけではありませんわ。真眼によって未来を見渡すため、しばし空想の世界に入っておりましたの」

 

「分かります、先生」

 

 ハリーの心臓は脈打っていた。そのあと、トレローニ教授が珍しくハリーを気遣って励ましの言葉をかけてくれた時も注意深くトレローニ教授を観察し、そしてトレローニ教授が普段通りであることを確認した。

 

(預言なんて……馬鹿馬鹿しいものだ)

 

 ハリーは、トレローニ教授が去ったあとそう自分に言い聞かせた。

 

(……それでも、やれることはやれる内にやらないと)

 

 ハリーが医務室のシャワーを浴びたときには、時計の針は十二時を回っていた。しかし、ハリーが眠りにつくことはなかった。ハリーはそっと医務室を抜け出すと、スリザリンの寮めがけて廊下を歩き出した。

 

***

 

 廊下を歩くハリーのローブには、ダフネから返してもらった聖石が忍ばせてある。しかし、スニーコスコープはない。ハリーは、自分の計画を吟味して必要なものだけを持っていくことにした。

 

 ハリーの頭は驚くほど冷たく、自分でも驚くほどハリーは落ち着いていた。しかし、スリザリン寮に向かう途中で、ハリーの翡翠色の目に信じられないものが映った。ハリーの視線の先には、ホグワーツ校長にして今世紀最大の善の魔法使い、アルバス·ダンブルドアが立っていた。

 

「こんばんは、ハリー」

 

 ダンブルドアが言った。

「セブルスから、君は医務室に入ったと報告を受けた。廊下にいては体を壊してしまうだろう。医務室に戻りなさい」

 

 ハリーは、思いきって預言の内容を打ち明けてしまおうかと思った。ハリーはダンブルドアのことが嫌いではあるが、ダンブルドアは、少なくともヴォルデモート卿やドロホフとは敵対しているのだから。

 

「すみません、先生。ですが、僕はどこも悪くはありませんでした。ですから医務室でなくても大丈夫です。それよりも、ペットのことが心配で」

 

 しかし、そのまますぐにトレローニ教授の預言を報告するのは癪だった。ハリーの言葉に、ダンブルドア先生は見透かすように綺麗な青い瞳を向けた。

 

 翡翠色の瞳と澄んだ青い瞳が向き合う。ダンブルドアは、ハリーを見下ろしながら言った。

 

「君のペットについては心配はないだろう。ミスタ アズラエルをはじめとした君の友人たちは、君のペットをないがしろにするような薄情ものではないだろう?」

 

 ダンブルドアに言われるまでもなく、そんなことは分かりきっていた。ハリーは頷きながら言った。

 

「仰る通りです。ですが、僕は寮の部屋に戻りたいと思いまして。眠れないんです」

 

「何故かね?」

「トレローニ教授が、預言を下されたんです。ヴォルデモート卿が、召使いの……多分ドロホフの手を借りて復活するって!!」

 

 

 ダンブルドアが何か口を挟む前に、ハリーは急いで言った。ダンブルドアはじっとハリーの目を見つめた。まるで心の中を透かし見るような視線だった。ダンブルドアの半月メガネの奥で、明るいブルーの瞳が煌めいた。ハリーはまるで自分が丸裸にされたような気持ちがした。

 

 ハリーはかつては閉心術の訓練をして、その初歩を習得もした。しかし、感情に任せての行動を繰り返してきたハリーが心の内を閉ざすことは難しくなっていた。

 

「なるほど」

 

 ダンブルドアは静かに言った。しかし、預言を信じると言ったわけではなかった。

 

「……先生、預言を信じるなんて馬鹿馬鹿しいと思われているでしょう。でも、僕は……色んなことがありました。それで……認めたくはありませんが、不安なんです。ですから部屋に戻らせて下さい。僕は、あそこでないと落ち着いて眠れないんです」

 

 

 ハリーはなるべく可哀想な少年を演じて言った。ヴォルデモートに怯えていると思われるのは屈辱だったが、手段を選んではいられなかった。ダンブルドアはしばらくハリーを見つめていた。ハリーは、ダンブルドアがいつもの魅力的な笑顔を取り戻し、「よかろう」と言うだろうと予想した。しかし、そうではなかった。

 

「今の君を、寮の部屋に戻すことは出来ない。君が必要としているのは、暖かいベッドではなく、保管されているタイムターナーだろう」

 

 ハリーはポーカーフェイスを装いながら、心臓が飛び出るほど驚いた。ダンブルドアは、ハリーの目を見ただけで全てが分かったのだろうか?

 

「もちろん、君にはその資格はない。時を歪めることは誰にも許されない」

 

ダンブルドアは言葉を続けた。その口調には不思議な説得力があった。ハリーは黙って聞いていた。

 

(……どうやって……どうやってこの人を説得すればいいんだ……) 

 

「タイムターナーによって過去に戻り、ドロホフを殺害する。それが、君の考えだね」

 

「いいえ、先生。確かに僕はタイムターナーを使おうとは思いました。でも、ドロホフを捕まえるためです」

 

 半分は嘘だった。ドロホフという危険極まりない男を殺害することに、良心の呵責を感じる筈がないとハリーは思っていた。

 

 ハリーがタイムターナーの使用を考えたのは、悪意からではなかった。そして、トレローニの預言だけが原因でもなかった。ドロホフを野放しにすることで失われる命が、奪われる家族、虐げられる弱者が確実に増えると確信できたからだった。それがたとえマグルであったとしても、そんなことが起きると分かっていて見過ごせる筈もなかった。どうしようもない訳ではなく、どうにかできる可能性があるのだから。

 

「そうだとしても、時を歪めることは許されない。スネイプ教授は君にそう言った筈だ」

 

 ダンブルドアは穏やかな口調だった。しかし、ハリーはもう後には退けないと感じた。

 

「先生、ドロホフとシトレのやったことを先生はご覧になられましたか?あいつらは、人を人とも思っていません。僕は、それを止めたいんです」

「君がしようとしていることは、非常に愚かで恐ろしいことだ」

 

(……人が死ぬかもしれないのを止めることが、愚か?)

ハリーは沸き上がる怒りを抑えて黙っていた。意味が分かりません、と、ハリーは言った。ダンブルドアはハリーを真っ直ぐ見つめていた。そして口を開いた。

「君は一度失敗している。その教訓が活かされていないとは残念だ」

 

 ダンブルドアは、ハリーがアストリアのためにタイムターナーを不正使用したことを知っていた。あの時、ハリーは未来を変えようとして失敗した。

 

 タイムターナーを使って変えられるのは、本人が取りうる範囲の行動だけだ。ハリーが、同じ時刻でどんな科目を受けるかは、ハリー自身の選択だけで変えられる。しかし、幸運薬を服用し、大勢の魔法使いから逃げ切ったドロホフに、ハリー一人分の戦力が増えたところで変わるだろうか。むしろ、その世界線で不確定要素が生じて、ハリーが死ぬ可能性の方が高い。ダンブルドアは暗にそうハリーに言っていた。

 

 

「僕は、それでも……あの時、ドロホフを捕まえたかったんです。それが出来ていれば、この先犠牲が出る可能性はぐっと減ります。僕はもう、誰にも死んでほしくないんです。愚かで何がいけないんですか?賢いことで、誰かが救われるんですか?」

 

 ハリーは反論を重ねた。ドロホフがいかに卑劣で、残酷な存在かを話してダンブルドアの情に訴えかける策を取った。

それは人を唆す蛇のような説得だった。情に厚く、正義感があり、そして往々にして規則を破る傾向にあるグリフィンドールの生徒、ロンやハーマイオニーであればハリーの言葉に心を動かされていたかもしれなかった。

 

 しかし、ダンブルドアは穏やかに言った。ダンブルドアは、本人が思っているよりも遥かに情に厚く、正義感があったが、本人が思っているよりも遥かに自制心と理性に優れていた。

 

「君は、ドロホフとシトレから何かを学ばなかったかね?」

 

ダンブルドアがハリーに考えさせるように言った。教師が教え子に指導するとき、かける言葉だった。

 

「ドロホフとシトレ……?あいつらから学ぶことなんて何もありません」

ハリーはそう言ったが、ダンブルドアは見透かしたように言った。

 

「彼らは己の都合だけで、己の大切なものを守り、法律と規則を軽視し冒涜する。他者の存在を忘れ、社会の一部であるということを忘れた存在だからそんな真似ができる。君がタイムターナーを使ったとき、誰が責任を取るのか考えたことはあるかね?」

 

 ハリーは言い返した。

 

「そのときは僕を退学にでもすればいい。そうでしょう?」

 

「それでシリウスが喜ぶと本気で思っているのかね?」

 

「……えっ……」

 

 ハリーははじめて、明確にダンブルドアから叱られた。それは、ダンブルドアの行う躾だった。

 

「君は、君自身の行動で誰かが悲しむことを自覚しなければならない。ハリー、君は、他人から愛されているのだ。あのシトレがかつてはそうだったように」

 

「……で、でも、僕は……」

 

 ハリーは、ダンブルドアの思ってもみない言葉に動揺した。完全に想定外だったのだ。

 

「シトレはかつてはハッフルパフの優等生だった。上級生、同級生、下級生達と時に喧嘩し、時には愛を育んでこのホグワーツで学んだ。その時、シトレは他人を愛することを知っていた。他人を愛するということは、そのために何でもやるということ

だけではないことを」

 

 

 ダンブルドアは、はじめて明確な哀れみを見せた。ハリーにはダンブルドアがシトレに対して見せた怒りはともかく、憐憫に共感することは出来なかった。

 

「他人を愛する人間は、ハリー。愛するものが自分のために傷つくことをある程度は許容しなければならない。しかし、己の行動で、愛するものが本当に傷つかぬように、己を律しなければならない」

 

「自律……」

 

 ハリーはシリウスの言葉を思い返した。シトレとドロホフは、シリウスの言葉に従うならば、『ガキ』だった。

 

「それはつまり、シトレの行動で傷付いた人間がいたということですか。シトレを愛していた人間がいたということですか」

 

「そうだ。そして、その人たちは……シトレが罪を犯した時、魂が引き裂かれるような痛みを感じた」

 

 ダンブルドアは、じっとハリーを見た。

 

「君が今までに得たものを思い返してみなさい。彼らは、君が他人を殺すことを喜ぶような人たちかね?」  

 

 ホグワーツで出会ったもの、その全てが、ハリーにとってはかけがえのないものだった。そして、皆は断じて殺人をよしとはしなかった。

 

 ハリーは俯いた。ダンブルドアの顔をまともに見れなかった。しかし、それでもハリーは顔を上げてダンブルドアの目を見て、言った。

 

「……思いません」

 

 

 ダンブルドアはさらに言葉を続けた。ダンブルドアは、ルーピン先生について言及した。

 

「ルーピン先生は、やむを得ずシトレを手にかけた。しかし、己れがそれを成したことに苦しんでいる。明日。彼はホグワーツを去る」

 

「待ってください、それはおかしいじゃないですか!ルーピン先生は、僕たちを守ってくれたのに!……まさか、人狼だからですか?」

 

 ハリーは思わず、人狼に対する迫害を連想した。しかし、ダンブルドアはルーピン先生個人の意思だと言った。

 

「……殺人という行為を、守るべきもの達にさせるわけにはいかない。それは教師であれば当然の考えだ。ルーピンは、君や、ミスグレンジャーや、ミスタウィーズリーを守るためにやむを得ず手を汚した。しかし、それは断じて君に手を汚させるためではない。己の背負った苦悩を君達に背負わせるわけにはいかなかったからだ」

 

「……ルーピン先生だけではない。スネイプ先生は、己の過去の罪に苛まれている。シリウスは過去に囚われ、自分が幸せになることを許せないでいる。他人を殺した人間は、地獄のような苦しみを背負うことになる。その意味を理解しているのかね?」

 

 ハリーは長い間黙り込んだあと、ダンブルドアにお辞儀をして言った。

 

「……医務室に戻ります。そして、明日ルーピン先生に会いに行きます」

 

 ダンブルドアは、ハリーの説得に成功した。スリザリンらしい利己主義と、身内に対する愛情深さは、遵法精神に繋げることもできるとダンブルドアは信じていた。そして、それを今証明したのである。

 

 

 



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Never more

***

 

 次の日、朝食のためにシェーマスと共に大広間に足を進めたハリーは、大広間中から奇異の視線で見られた。好意的なものと、恐怖を込めた視線が入り交じっていた。

 

 ハリーは真っ先に声をかけてきたコリンやマクギリスをいなしながらスリザリンのテーブルにつくと、ザビニに声をかけた。

 

「おはよう。昨日はあれから会えなかったけど、無事でよかった。……寝れた?」

 

「ああ。いい休暇だったよ。お前や大勢の連中にとっちゃ散々だったけどな。まだ入院してて戻れねえやつもいる。だからか、今日は全日休講だってよ」

 

ザビニは気のない返事をした。食堂の生徒達の多くがデイリープロフィットの朝刊を持っていて、昨日の出来事はここ数年で一番のニュースになったようだった。

 

「誰も亡くなってはいませんよ、ハリー。記事でもその事は誉めています。現場に居合わせた闇祓いと……現地協力者の功績だと書かれてあります」

 

 アズラエルの言葉に、ファルカスは補足した。

 

「デイリープロフィットは、自分達の誤報に関する謝罪文は載せていないけどね」

 

「それは魔法省に指導してもらわないとね。……それよりも、」

ハリー達の周囲には人だかりができていて、朝食を終えたあとも昨日の出来事について聞きたいというスリザリン生が押し掛けてきていた。ハリーはザビニやアズラエルやファルカスともども身動きが取れないありさまだった。

 

(……まずいな、皆でルーピン先生に挨拶しに行きたいんだけど……)

 

「なぁ、ちょっと退いてくれないかな。ハリーと会いたいんだ」

 

 ハリーがパンジーに言って人混みをどかして貰おうとしたとき、ハリーたちを取り巻いている人垣が割れたと思うと、ロンとハーマイオニーが現れた。二人を見たスリザリン生はどうしたものかと戸惑っていたが、ハリーは二人を迎え入れた。スリザリン生でそれに異論を唱えるものはいなかった。パンジーですら何も言わなかった。

 

(昨日操られたことで借りを作りたくなかったのかな)

 

 と、ハリーは思った。スリザリン生はあまりにも仰々しくハリーを祭り上げていたが、そのお陰で手間が省けたと言ってもよかった。

 

 

「ハリー、ルーピン先生のこと、聞いたか?ここを辞めるって噂があってよ……」

 

 ロンが心配そうに聞いた。ハリーは答えた。

 

「ああ、僕もダンブルドアから聞いた。……だから、この後皆で先生のところに行こう。昨日のことや……今まで教わったことにお礼を言いたいし」

 

 六人でルーピン先生の教員室に行こうとしたとき、廊下で慌ててゴイルがハリーを呼び止めた。ゴイルは廊下を走るなとパーシーに注意され減点を喰らった後、ハリーに小包を手渡した。

 

「これはゾンコのお菓子じゃないか。どういう風の吹き回しだ?」

 

 ファルカスは警戒するように言った。ゴイルはぜえぜえと息を切らしながら言った。

 

「自分の小遣いで買ったやつだと、封を開けてねえのがもうそれしかなくてよ……なぁポッター。ルーピン先生に、それを渡してくれねえか。俺、あの先生には感謝してるんだ」

 

 ロンやザビニはゴイルに他人に対する感謝や、尊敬の気持ちがあったなんてという顔をした。ハリーは迷わず包みを受け取ると、ゴイルに約束した。

 

 

「わかった、必ず渡すよ。……でも、僕は君が直接渡した方がいいと思うけど」

 

「ドラコの手前、渡せねえよ。人狼を相手にするのはダメだってビンセントが言ってたしよ」

 

「……そうか」

 

「でもよ。あの先生にリディクラスを教わって褒められて……俺、はじめて授業が楽しかったんだぜ」

 

「本当は、直接渡した方がいいのは分かってるけどよ」

 

 ハリーはその葛藤が下らないことだとは思わなかった。ドラコへの義理立ても、ルーピン先生への感謝もゴイルにとってはどちらも大切なものだ。それを止めるべきではないとハリーは思った。

 

「スリザリン生にとってできないことをやるために、僕みたいな奴がいるんだ。気にするなよグレゴリー」

 

「……ありがとよ、ポッター」

 

 ザビニはすごすごと去っていくゴイルを見送りながら言った。

 

「なんつーか、他人への感謝ってやつは大事だな、マジで」

 

 ファルカスは、複雑そうにゴイルが渡した小包を見ていた。

 

***

 

 ルーピン先生は部屋にいた。『闇の魔術に対する防衛術』の新しい先生はまだ来ていないという話だったが、部屋は丁寧に整頓されていて、ルーピン先生がいたという生活臭は感じられなくなってしまっていた。そして、部屋には先客がいた。双子のウィーズリーやバナナージ、見知らぬレイブンクローの生徒などが、ルーピン先生に辞めないように嘆願しているようだった。そんな生徒達の中には、ダフネの姿もあった。

 

 

「ルーピン先生が辞めるなんておかしいです!辞めるなんて言わないで下さいっ!」

 

「……ハリー、貴方からも言ってあげて」

 

 ダフネはハリーに気付くと、ハリーにそう言った。しかし、ルーピン先生は生徒達に諭すように言った。

 

「そうはいかない。私は教師をやる資格がないんだ」

「嫌です!そんなこと言わないで下さい!OWLが!OWLが近付いているんですっ!」

 

 先生のローブにすがって泣いているグリフィンドールの女子生徒もいた。

(ノイローゼか……)

 ハリーはなぜ試験間近にもなってルーピン先生にすがりついているのだろうかと思った。しかし、それはどうでもいいことだった。

 

 

「僕たちもそう思います。先生は、シトレからあの場にいた全員を守ってくれたんです。先生は、防衛術の教師に相応しい人だと思います」

 

 ハリーは、ルーピン先生の心が殺人によって苛まれているとダンブルドアから聞いたことをずっと考えていた。

 

 せめて、ルーピン先生の気持ちが晴れるようなことが言えないかと思って、こんな言葉を言った。

 

「いいや、ハリー。それから皆。私には、教師の資格がないんだよ」

 

 ルーピン先生がそう言うと、真っ先にロンや大勢の学生が反論した。

 

「先生が俺たちに教えて下さったことは、ロックハートやクィレルの一年間の何倍もありました!」

 

 しかし、ルーピン先生は、大人の理屈をハリー達に説明した。

 

「教師はね。なるべく大勢の皆に分かるように説明する人間もいれば、専門的な知識を必要な人にだけ教えようという人もいる。私はたまたま後者だったかもしれない。けれど私は、それ以前の問題で教師失格なんだよ」

 

 ルーピン先生は覚悟を決めていたようだった。

 

「ホグワーツの教師は、君たちのご両親から君たちを預かっている身だ。だから、君たちが私の授業の内容が分かっていてもそうでなくても、学期末には君たちが五体満足で家に帰れるようにしなければならない。それが教師の最低条件だ」

 

「先生は、それを満たしておられます」

 

 ハーマイオニーは言ったが、ルーピン先生は首を横にふった。

 

「昨日、私はウルフスベインを服用して戦った。結果的に君たちを守ることは出来たが、一歩間違えば、敵の手で操られた私が、君たちを襲うことだってあり得た」

 

 双子はその言葉に言い返せなかった。昨日、支配の呪文で操られた記憶を連想してしまったのかもしれなかった。

 

「それは結果論です。先生が助けて下さったから、今僕はここで立っていられるんです」

 

 ハリーの説得にも、ルーピン先生は頑なだった。

 

「何より、君たちのご両親は私がここに留まることを望まないだろう。今もホグワーツには、抗議文が届けられている筈だ。……誰も、人狼を子供に近付けたいとは思わないんだよ」

 

 ルーピン先生は笑っていた。それはあまりにも悲しい笑みだった。ハリーにはその笑みに覚えがあった。どうしようもないことを諦めることで、自分を護ろうとするための笑みだった。

 

 ハーマイオニーは唇をぶるぶると震わせ、ダフネは、ぎゅっと拳を握りしめていた。ロンが耐えきれないように言った。

 

 

「……でも。……先生が仰ることも分かりますけど、俺、先生を非難する世間はおかしいと思います。あのスネイプが教師をやっているのに……!」

 

 その言葉に、スリザリン生のハリー達は抗議したくても出来なかった。ハリー達の脳裏には、昨日のドロホフの残した毒の言葉が鮮明に浮かび上がっていた。ルーピン先生は、そんなロンに対して厳しく言い聞かせた。

 

「スネイプ教授は、昨日、ホグズミードの救護班として尽力してくれていた。彼がいなければ、大勢の生徒や大人達が入院していたかもしれない」

 

 ロンは引き下がったが、ファルカスは疑問を投げ掛けた。

「ですが先生。スネイプ教授のやったことは……最低です。許されないことをやっているし、他人を殺したことだってある。被害者のご遺族は今も泣き寝入りしているんです。それなのにルーピン先生が辞めさせられるなんて、不公平です……」

 

 元闇祓いの家系であるだけに、ファルカスも内心ではスネイプ教授に思うところがあったのかもしれなかった。

 

 ハリーですら、スネイプ教授のポーションマスターとしての力量を尊敬してはいても、その罪を尊敬しているわけではない。スネイプ教授を、教師として本気で尊敬しているホグワーツ生がどれだけいるのだろうか。

 

「ファルカス。魔法界で一度裁判にかけられ、そして司法取引で決着したことをやり直すことは誰にも出来ない。それは君ならばよく分かっている筈だ」

 

「それはそうですが……でも、ダンブルドアがあの人を教授にしておくのはおかしいと思うんです。あの人が贔屓とかアカハラとか、余計なことをしなければ、僕たちスリザリン生だって嫌われものじゃなかったかもしれないのに」

 

「それな」

 

「ぶっちゃけましたね、本音を」

 

 ザビニやアズラエルはファルカスを否定しなかった。ダフネは驚愕したようにファルカスを見て、それから意見を求めるようにハリーを見た。ハリーはこんなもんだよと肩をすくめた。

 

 ルーピン先生はファルカスを気の毒そうに見た後、こう言葉を続けた。

 

「……それも含めて、スネイプ教授のやり方だ。私からそれにコメントしようとは思わない。……ただ」

 

 ルーピン先生は真摯にハリー達に訴えかけた。

 

「スネイプ教授は、この一年、私にウルフスベインを煎じ続けてくれた。満月前の7日間飲み続けなければ効果のない薬を、一日もきらすことなくだ。それは想像を絶するような負担と仕事量だった。それでも、彼はそれをやりきった。どうしてか分かるかい?」

 

「仕事だからですか?」

 

 とハリーが言った。ついでザビニも言った。

 

「ダンブルドアから命令されて?」

 

「……ハリーの方が正解に近い。スネイプ教授はね、君たち生徒を護るために、私に薬を煎じ続けた。私のためじゃない。君たち生徒が、私という人狼に危害を加えられないようにするためだ」

 

 ルーピン先生は、スネイプ教授についてこう評した。

 

「君たちはスネイプ教授のことを、人として尊敬してはいないだろう。だが、スネイプ教授は紛れもなく十年間教師としてホグワーツを過ごし、君たちを護り続けてきた。……教師なんだ」

 

 ハリー達には知るよしもないが、これを口に出すリーマスの葛藤はハリー達の比ではなかった。

 

 

 スネイプとは殺し合ったのだ。比喩でも何でもなく、本気で互いの存在を否定し合ったのだ。

 

 大切な人たちを殺され、さらに自分の命が奪われないために、ルーピン達も、デスイーターを時には殺害した。そういう絶望を繰り返して気付いた時には、ルーピンは親友を全て喪っていた。スネイプも、共にスリザリンで過ごした仲間を喪っただろう。しかし、スネイプが殺した善人の命は戻らないのだ。

 

 学生時代のスネイプ個人に対するルーピンの後ろめたさがどうでもよくなるほどの怒りと軽蔑と、悲しみと憎しみの上でルーピン達の時代は成り立っていた。その上で、それら全てを取っ払った上で、ルーピンはこの一年のスネイプとの関係を清算しなければならなかった。

 

 スネイプが、誰より真摯にルーピンに義務を果たしたことをリーマスは知っていた。そして、スネイプがかつての行いによる自業自得とはいえ、積み上げてきた信用や生徒からの信頼を喪いかけていることも気付いた。

 

 暗黒時代がハリーの手で終わり、次第に『平和』を取り戻していく過程でルーピンは社会人として仕事に就いてきた。しかし、社会からの人狼への視線は冷たく、信用というものを得ることは容易ではなかった。大人にとって仕事をする上で何より必要なものは、魔法の腕や知識ではない。周囲からの信用なのだ。

 

 それを理解していたからこそ、ルーピンはスネイプを擁護した。『ダンブルドアがそう言ったから』ではなく、スネイプ個人の仕事に対する返礼として、ルーピンはスネイプを擁護した。スネイプにとって余計なお世話であることは承知した上でだ。

 

「……これから先のことは、次の人たちに任す。私はホグワーツからは、去ることにするよ。……すまない、皆」

 

 最後にルーピン先生はそう頭を下げた。ハリー達はそれを受け入れた。その代わり、一人一人がルーピン先生へのお礼と、感謝の気持ちを伝えた。

 

「闇祓いになってみせます。そのときは、ルーピン先生に教わったんだって言います」

 

 ファルカスはそう言ってルーピン先生と握手した。

 

「私、パトロナスを自力で使えるようになってみせますから」

 

 ダフネはそうルーピン先生に約束した。

 

「実は僕、夏休みの予定が空いてるんです。家庭教師になっていただけませんか?」

 

「えっ……何それずるい……」

 

「アズラエル、本当か!?この流れでそれを言うのか!?」

 

 アズラエルの言葉に、流石のハリーも突っ込まざるをえなかった。人のことを言えた義理ではないが、人狼を排斥すべきと主張した男とは思えなかった。

 

「僕は、人との繋がりを重視するタイプですから」

 

 ルーピン先生は苦笑いしていた。ハリーの番となったとき、ルーピン先生はハリーには返すものがあるので、席を外してほしいと皆に伝えた。ハリーは二人きりの部屋で、まずはゴイルからの感謝の気持ちを伝えた。

 

 

「これは、グレゴリー·ゴイルからです。あの子は、先生のお陰で授業が楽しかったと言っていました」

 

「そうか、彼が……そう思ってくれたなら本当に良かった」

 

 

 ルーピン先生は本当に嬉しそうだった。ゴイルの渡した包みは菓子類で、偶然にもルーピン先生の好みとも合致していた。

 

 

「……僕は、先生から教わったことをまだ実践できていません。闇の魔術なしで強くなることも、リディクラスを習得することも不完全です」 

 

 

 ハリーが言うと、ルーピン先生は穏やかにハリーを諭した。

 

「焦ることはないよ、ハリー。時間はたっぷりある。君は目一杯青春を楽しめばいい。それが遠回りに見えても、君にとって必要なことだ」

 

 ハリーは強く頷いた。ルーピン先生は、穏やかにハリーに琥珀色の宝石と、そしてマローダーズマップを見せた。

 

「ハリー。君にこれを返しておこうと思う。それから、この宝石も。私にはもう必要のないものだ」

 

「……えっ!?いえ、受け取れません。僕にはこんなものは勿体無いです」

 

 ハリーは意味が分からず困惑した。マローダーズマップはともかく、宝石を受け取ることは出来なかった。しかし、ルーピン先生も譲らなかった。

 

「この宝石は、君の母親が手に入れるべきだったものだ」

 

 ハリーの中で、胸がどくんと高鳴った。母親であるリリー·ポッターについて、ハリーはシリウスやハグリッドから『面白い子』で、『真面目な性格』だったと聞かされていた。しかし、ルーピン先生が母親と親しかったことは全くの予想外だった。

 

「母をご存知なんですか?」

 と、ハリーは尋ねた。自分の知らない母親の一面を知るのは不思議な気分だった。

 

「私と君の父ジェームズとシリウスと……そして君の母リリーは同期だった。皆がグリフィンドールに入って、一年生の授業の終わり際だった」

 

「……飛行訓練のテストの前に、エイブリーというスリザリンの生徒が箒を蹴飛ばしていた。リリーは彼を注意し、しばらく口論になった」

 

 ハリーは母をハーマイオニーのような子だと思った。ハーマイオニーと違うのは、クラスにエイブリーという乱暴者がいたことだろうか。

 

「試験で皆が一斉に箒で飛ぶとき、リリーの後ろにエイブリーがいた。そして私もその後ろにいた。エイブリーは、つえでリリーに魔法をかけて箒を禁じられた森に落とした。私はエイブリーを殴りたかったが、その前にリリーを助けに行かなければならなかった。わたしがリリーを追って森に入ったとき、奇妙なホグワーツ生と出会った。……君もよく知る転入生と」

 

「じゃあ、先生達も試練を受けたんですね?あの人はやっぱり先生達を……その、ひどい目にあわせたんですか?」

 

 ハリーはわくわくしながら聞いた。リーマスはこくりと頷いた。

 

(凄い……!)

 

 ハリーは驚いた。一年生の時のハリーが試練を受けたとして、生きて帰れるとは到底思えなかったからだ。ハリーは目の前のルーピンと、そしてかつての母に敬愛を抱いた。

 

「リリーと二人で本当にひどい目にあったよ。人生でこれ以上はないくらいにね。私はみっともなくべそをかいていた。だが、リリーは諦めなかった」

 

「……勇敢だったんですね、僕の母さんは」

 

「ああ、そしてとても頑固だった。一度言い出した意見はなかなか変えなかったし、気も強かった。君とよく似ていたよ」

 

「そう言われたのはこれがはじめてです。皆、僕と父さんのことばかり言いますから」

 

 ハリーとルーピン先生との会話は弾んだ。ルーピン先生と母のエピソードは、ハリーにとって何か今までにない新鮮さがあった。

 

 

「リリーは転入生にやられても挫けなかった。何度も立ち上がってお喋りを繰り返して、とうとう転入生が折れた。転入生は寂しがり屋で、人が来たことが嬉しかったのだろう。リリーと私に、二つ揃うと距離が離れていても通信できる宝石、ジェミニをくれた」

 

 ハリーはじっと宝石を見た。ますます自分が受け取ってはいけないような気がした。

 

「……でも、これは先生の思い出の品なんですよね?だったら……」

 

「私はリリーのおまけで貰っただけだよ、ハリー。リリーは卒業するときにジェミニを転入生に返したが、私は返しそびれた。というよりは、その頃にはトランクの中にしまいこんで宝石のこと自体忘れてしまっていた」

 

 ルーピン先生は過去を懐かしむように言うと、ハリーに聖石を持たせた。

 

「これを持っていれば、転入生と話すこともできる。彼女の知識には偏りがあって、知っていることも知らないことも多いが、君や君の友達にとってはきっと役に立つ。君が持っていておいてくれ、ハリー。リリーもそれを望んでいる筈だ」

 

「……ですが、先生」

 

「……時々でいい。気が向いた時でいいから、彼女の話し相手になってあげてほしい」

 

 ルーピンは、転入生の為にもハリーに持っておいてほしいと言った。ハリーにとって、転入生はまだまだ謎が多い存在で、学ぶことも多い相手だった。ハリーは最終的に、ルーピンからジェミニを受け取った。

 

「……分かりました。大切に使います、先生。……あの、このマローダーズマップを僕が持っていていいのですか」

 

 マップには、プロングズ、ムーニー、ワームテール、パッドフットという文字が浮かび上がっていた。ハリーはプロングズという綴りに聞き覚えがあった。

 

「これも、本来なら君が持っておくべきものだ。これを作成したのは、君の父さんなんだ」

 

 ルーピンは肩の荷を下ろすように言った。ハリーの脳裏に、昨日のできごとが甦った。

 

「……プロングズ……?」

 

 

「暗号でね。プロングズというのは、君の父親のことだ。ムーニー(月)は私。パッドフットは、シリウス·ブラックのことだ」

 

「……先生はシリウスとも親しかったんですか?」

 

 ハリーが言うと、ルーピン先生は頷いた。

 

「……ああ、そうだ。そして、最後の一人が裏切り者だった」

 

「ピーター・ペティグリュー……」

 

 ルーピン先生は何か言いたそうな顔をしたが、口をつぐんだ。

 

(ピーターは、ピーターはどんな……)

 

 ハリーはそれを聞こうとして思いとどまった。聞いてどうしようと言うのだろうか。闇の魔法使いというものがどれだけ残酷で身勝手なものか、ハリーは知っている。ましてやピーターはハリー自身の手で投獄されていて、ハリーとはもう無関係の存在だった。

 

「君のお陰で、真実が明らかになった。ハリー、君は、本当に凄いことをやってのけた」

 

 そんなハリーを励ますようにリーマスは言った。ハリーは素直に頷いたあと、訂正した。

 

「ピーターを見抜いたのは僕のペットです」

「そうだ。そうだった」

 

 ハリーは湿っぽくなった雰囲気を変えたかった。そこで、努めて明るい声で聞いた。

 

「ぼくの父さんについてはシリウスから散々聞いてるんですけど、ルーピン先生にとってはどうだったんですか?」

 

「……そうだな。君の父さんは……ジェームズのことは最初、私は嫌いだった。デリカシーのないやつだと思った」

 

「えっ、そうだったんですか?」

 ハリーの胸は少し傷ついた。

 

「最初だけだったけどね。当時の私は、持病が周囲に発覚するのが怖かった。……正確に言うと、持病が発覚して人間関係が変わるのが怖かった。だから誰とも親しくしているようでいて、実は友達のいない暗い人間だった」

 

 ハリーは学生時代のルーピンの姿を想像した。グリフィンドールのなかでハッフルパフ生のような振る舞いをする生徒だと思った。

 

(なるほどそれは浮くだろうなぁ)

 

 とハリーは思った。よくも悪くも、周囲に壁を作らない生徒が多かったからだ。

 

「だが、ジェームズは違った。わたしが嫌だといっても踏み込んでくる奴でね。それを最初は鬱陶しく思ったが……一週間もすると、わたしが本音で話せるのは、ジェームズだけだったことに気付いた」

 

「本音でですか」

 

 ハリーはリーマス寄りの思考回路だった。リーマスの言葉に共感した。

 

「今でも思うよ。もしもあの時ジェームズが声をかけてくれなかっなら、私には人生で一人も友達が居なかっただろう。きっと、今この場所にも居なかった」

 

 ハリーはこれまで、シリウスからもジェームズのエピソードを聞かされていた。そしてリーマスの言葉を聞いたとき、父親への敬意が高まるのを感じた。ハリーにとってのザビニやロンが、ルーピン先生にとってのジェームズだったのだとハリーは思った。

 

「……君の父は、私を救ってくれた。ハリー、君にだけは話しておかなければいけないことがある。他言無用を、杖に誓えるかい?」

 

「!?……誓います、先生」

 

 ハリーは不意打ちではあったが、父の話をもっと聞きたいという思いに囚われていた。リーマスは、ハリーに断片的に噺を聞かせた。都合の悪い部分は端折って。

 

「……私は、満月の夜に他人を殺しかけたことがある。相手はスネイプ先生だった」

 

「……えっ!?」

 

 ハリーは動転した。先ほどまでの、暖かく微笑ましいエピソードからは信じられないほど血生臭い話だった。

 

「満月の夜には、私は理性を保っていられない。当時は脱狼薬もなかったからね。満月の夜になると、私は一人でホグズミードに行き、叫びの屋敷で夜を過ごしていた」

 

「じゃあ、あの屋敷の怪物は」

 

「私だよ。……しかし、私が夜には抜け出すことに疑問を持った人もいた。当時のスネイプ先生は、私が危険な病気を患っているとは思ったが、人狼であるという確証はなかった。だから私の後をつけて、理性をなくした私に襲われかけた」

 

「……!!」

 

 ハリーは絶句した。スネイプ教授にとってはあまりにも理不尽な仕打ちだった。

 

「だが、ジェームズがわたしを止めてくれた。ジェームズはスネイプを救い、彼をホグワーツまで連れ帰った。ジェームズがいなければ私は居ない。そして、スネイプ先生は、この過去があった上で私に対して最後まで力を尽くした」

 

 最後に、ルーピン先生は言った。

 

「君の父さんは本当に立派な人だった。私の正体に気付いても態度を変えなかった。今の君と同じように」

 

(……いえ、僕は……)

 

 そんなことはありません、とルーピンの言葉を否定したかった。ハリーはもっと狂暴で、残酷だった。同じ状況なら、ルーピンを殺害してスネイプを救うことを躊躇わなかったかもしれなかった。

 

 しかし、それは出来なかった。ルーピンの瞳から伝わる期待が、シリウスからかけられるそれと酷似していたからだ。ルーピン先生はハリーの気持ちを知ってか知らずか、ハリーに念を押して言った。

 

「ハリー。私がこんなことを言えた義理ではないが、スネイプ教授のことを信頼して、彼の言葉に耳を傾けてほしい。彼の過去に、君が怒りや軽蔑を感じるのはわかる」

 

 ルーピン先生はそこで言葉を区切った。

 

「……だがそれでも、今の彼は、大人として責任を果たそうとしている。それを覚えておいてほしい」

 

「はい。ルーピン先生。僕は杖と……」

 

 ハリーはそれだけでは足りないと思った。

 

「……僕自身の心と、スリザリンの名誉に懸けて、スネイプ教授を信じます」

 

「……ああ。良かった。安心したよ」

 

 ルーピン先生は静かにそう言うと、立ち上がった。ハリーはもうこれでルーピン先生とお別れかと思うと、名残惜しい気持ちになった。しかし、リーマスは部屋を出ていく前にハリーに向き直って言った。

 

「ハリー、また会おう。今度はもっと広い世界で。成長した君に会えることを楽しみにしているよ」

 

「……今度は、先生に友達のことを奴隷だなんて感じさせませんから」

 

 ハリーは深くお辞儀をして、ルーピン先生を見送った。そして今度こそ、本当にハリーはルーピン先生の教員室に一人残された。ハリーはしばらくその場で考えこんでいた。

 

 自分とは異なる父の偉大さと、大人というものの複雑さ。そして、自分がどうすれば、父を越えられるのだろうかと。

 

 ハリーは父や母から護られたことが間違いでなかったと証明できるほどに、偉大な存在になりたかった。

 だからこそ、ハリーは父の選択したグリフィンドールではなく、自分の才能と野心に従ってスリザリンを選んだ。そして、その選択が正しいと証明するためには、ハリーは力と、心を身に付けなければならないのだ。ハリーの心には渇望があった。その渇望は、闇の魔法使いのそれにもよく似ていた。ほどほどであれば向上心として己を高めることもできるが、度が過ぎれば、シトレのような破滅が訪れるだろう。

 




リリーとかいう乙女ゲーの主人公。

リーマスはシリウスにも恩があるからね、全部は言えないんだよね。


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ハッフルパフの誇り

ファルカスのタロット占い
ニンファドーラ·トンクス→太陽
私が謝らなければならないのはアンブリッジファンの皆様だけではありませんでした。
ハッフルパフファンの皆様に心からお詫び申し上げます。




***

 

 ホグワーツが再開したとき、まずハリーは周囲に自分を持ち上げないように強く言い含めなければならなかった。

 

 

「でも、ハリーは闇の魔法使い相手に生き残ったって皆が言ってるよ!凄いことなんだからいいじゃないか」

 

 コリンはハリーがやったことを喧伝しようと躍起になった。ハリーは放課後に必要の部屋に行き、人の居ない場所でコリンによく言い聞かせた。

 

「あの事件で被害を受けた人が大勢いるんだよ、コリン」

 

 ハリーの言葉に、コリンははっとなった。

 

「授業に戻れていない人も、授業を受けているけど、トラウマになっている人もいるんだ。分かるね?」

 

 コリンは風呂上がりの猫のようにしょんぼりとしていた。ハリーが活躍したことが嬉しかっただけで、悪意はなかったのだ。そんなコリンを、ハリーはいい後輩だと思った。

 ハリーの中で、着実に自分自身に対する傲慢さは形成されていた。本当に自己を抑制し、自分自身の行いを恥じるのであれば、いっそコリンとも距離を置くべきなのだ。生き延びたのはハリー自身の実力者だけではなく、聖石によるところも、友人達の存在あってこそだ。しかし、ハリーはそうしなかった。

 

 かつてジェームズ·ポッターがピーター·ペティグリューを側に置いたように、人は周囲からの称賛に弱い。

 

 ジェームズ·ポッターが年齢を重ねて更正したように、人は周囲のそういった称賛を受け入れて自己肯定感を高めつつ、王が道化を介して己を見つめ直すように己自身をコントロールする術を持たなければならない。しかし、ハリーのなかでは着実に、自分自身の力量に対する過信や、驕りが生まれていた。聖石がなくても、同年代ではトップクラスの実力を得たからこその驕りだった。だからこそ、ハリーはコリンをたしなめても突き放しはしなかった。

 

 そして、コリン以上にハリーの活躍を喜んでいたのがマクギリス·カローだった。マクギリスはハリーの性格を把握していたので、月曜日の朝以降は表だってハリーを称賛することは控えた。しかし、スリザリンでありながら闇の魔法使いを退けたという栄誉を称えて、イザベラ·セルウィンが目撃したハリーの活躍をハリーの居ないところで喧伝した。スリザリンの評判を高めたいが為の暗躍であり、ハリーをスリザリンのイメージアップに使ったのである。

 

 マクギリスにしてみれば、そうしなければならない事情もあった。自分達の父兄の所業をドロホフが明らかにしたことで、ホグワーツの三寮生はスリザリン生を恐れるに違いないと思ったからだった。マクギリスにとってそれは本意ではなかった。カロー家の所業を自分が悪く言われることは耐えられても、そのとばっちりで無関係の後輩たちが迷惑を被るのは耐えられなかった。だからハリーには心のなかで謝罪しつつ、影からハリーのことを持ち上げた。

 

 ハリーはマクギリスの暗躍に気付くことはなかった。ハリーに関する噂は、ホグワーツ生の間で蔓延していたからだ。インペリオで支配されながらハリー、ロン、ハーマイオニーのトリオに敗北した生徒達は、己の不名誉を塗りつぶすためにハリー達のことを称賛するコメントを発していたこともそれを冗長した。

 

 闇の印とディメンターの暴走、そして普段あえて意識していなかったスリザリン父兄の所業の数々は、ホグワーツの生徒達に暗い影を落としていた。それを忘れ去るために、生徒達はハリーという仮初の英雄を求めた。生徒達はスリザリンが産み出した闇の魔法使いに対する恐怖を忘れるためにこう言った。

 

『でも、スリザリンにはハリーやその友達がいる』

 と。

 

***

 

 ハリー達がよい空気を吸う一方で、割りを食っていた生徒達もいた。それはハッフルパフ生だった。

 

「『ポッターを大統領に』だって?あいつら、よくそんなことが言えるよな」

 

「きっと、自分達は安全だと思ってるんだろう。ポッターと居れば安心だってな。……ま、実際にポッターのお陰で事件が解決したなら良かっただろ、ザカリアス」

 

 ザカリアス·スミスとその友人のリヴァイ·リーザスは、にわかに増えたハリーの取り巻き達(ほとんどがスリザリン生だったが、ハッフルパフのスーザン·ボンズなどはベッタリとブレーズ·ザビニにくっついていた)を苦々しく見ていた。

 

 

 事件解決後、デイリープロフィットは死亡したシオニー·シトレについての記事を面白おかしく書き立てた。シオニーがハッフルパフのOGであることも、大々的に報道されてしまった。世間的に、闇の魔術を乱射したシオニーが言語道断の犯罪者であることは疑いようもなかった。

 

『ハッフルパフの恥、シオニー·シトレ。なぜ彼女は闇を育んだのか……』

 その記事を書いたのは、リタ·スキーターだった。デイリープロフィットは自らの誤報を忘れさせるために、ホグズミードの一件を大々的に特集したのである。

 リタ・スキーターの記事は世間の関心を誘った。人々はホグワーツやホグズミードの住民に同情し、(名前は伏せられていたが、当事者であることは大勢の当事者達の口からで広まっていた)ハリー達を称賛した。そして反比例するように、ハッフルパフ生は肩身の狭い思いをしていた。

 人間の心理として、綺麗な白紙が汚れていた時ほど汚れは目につく。ハッフルパフ生達のコネクションによって、ハッフルパフ全体への教育体制への批判などのリタが書いた記事は差し止められ、記事の内容はあくまでもシトレ個人の性格と行動を列挙し、犯罪に至るまでの過程を記述していた。

 

 それでもセンセーショナルな見出しによって、多くのホグワーツ生は『あのハッフルパフが問題を起こした』と誤解してしまった。真っ当に生きているすべてのハッフルパフ生にとっては屈辱的なレッテルだった。

 

「いいもんか。ポッターが原因だろ。闇の魔法使いは、あいつを狙ったそうじゃないか」

(おい……何を言ってやがる……)

 と、ザカリアスは吐き捨てた。流石にリヴァイも眉を潜めるが、ザカリアスの不満は止まらなかった。

 

「ポッターは純血主義者達にもいい顔をしてるんだぞ。親を殺されてるくせに。先生達も皆もそんな奴ばかり褒めて、俺たちには何にもしてくれないんだ。不公平だよ、ホグワーツは」

 

 ザカリアス·スミスは元々あまり周囲から好かれてはいなかった。向上心が高く、努力家で勤勉で、ハッフルパフらしい美徳を備えてはいた。しかし、向上心が転じて他人の揚げ足を取りたがるところがあった。付き合いのいいリヴァイも、内心そういうところにはうんざりしていた。

 

 それでも、他の寮生から煙たがられていたとしても、ハッフルパフ内ではザカリアスは仲間だった。皆が言いたくても言えない本音を時に愚痴として代弁していたのだから。

 

「……年末の表彰はホグワーツの制度だ。そういうシステムってやつなんだろ。俺たちは、周囲がどうだろうと俺たちの努力を続けるんだよ、ザカリアス」

 

 ザカリアスは明らかに納得していなかった。リヴァイはザカリアスの愚痴を聞きながら、似たような不満を抱えているハッフルパフの仲間は多いだろうな、と思った。

 

(……何せ、ポッターは目立つからな。今年も表彰されるかもしれねえ。……贔屓されてると思う奴が出るのは当たり前だろう)

 

 

 リヴァイはポッターに同情したが、そんなものだと割り切った。リヴァイにとってポッターは面識のない他人で、ザカリアスは仲間なのだから。遠くの英雄より、近くの友人なのだ。

 

***

 

 ホグワーツが再開したとき、DADAの代役も魔法省から派遣された。赴任したその魔女の姿を見て、大勢のホグワーツ生は歓声をもって彼女を迎え入れた。彼女はちょっとしたヒーローであり、特にホグズミードの一件にかかわった生徒にとっては命の恩人だったからだ。

 

 その紫色の髪の魔女、ニンファドーラ·トンクス先生は実践派の教師だった。人に教えることには慣れていない、と前置きした上で、彼女はハリー達の前でまずは正しい発音と杖の振り方で呪文を使って見せた。そして実演の後、ハリー達生徒に理論を教えた。

 

「最初に黒板に文字を書いたって眠くなるでしょ。ほら、杖ふった分だけ頭は冴えたよね?制限時間内に内容を記入!わからないことは聞いてね。そんで余った時間で実践。戸惑うかもしれないけどこれが一番時間を無駄にしない。こういうスタイルで行くよ」

 

 トンクス先生の手法は概ね好評だった。彼女はルーピン先生ほど教えるのは上手くなかったが、生徒達は高度な魔法を実演して見せてくれるトンクス先生を一流の魔女として認めた。

 OWLやNEWTの試験を控えた五年生や七年生の学生にとっては、比較的近い時代に試験を受けたトンクス先生の記憶は頼りになるようだった。そしてハリー達にとっては、親しみやすく面白い先生だった。

 

「ニンファドーラ先生~。私ぃ、くすぐりの呪文が上手くできなくてぇ。教えていただけませんかぁ?」

 

 トンクス先生の名前をあえてパンジーが呼び、スリザリンの女子達はクスクスと笑った。ニンフをもじったトンクス先生の名前は魔法界基準でもおかしな部類に入った。

 

「ハイハイ。くすぐりのヘックスは『ティティーランド』ね。そんでこうやる。ティティーランド(手よ)!」

 

「キャハヒ……キャハハハヒッ!」

 

「こんな風に、杖先の動きを手の動きに連動させる!ビシビシ行くよー!覚悟っ!」

 

 パンジーが紫色の手に翻弄されくすぐられる様子は教室を笑いに包んだ。トンクス先生はパンジーにやり返されることでパンジーの魔法を褒め称え、スリザリンに五点を加点したところで授業の終わりを告げる鐘の音が鳴った。

 

 

「バイバーイ」

「じゃあね、みんな。次の授業でまたね」

 

 トンクス先生は颯爽と教室を出て行く。生徒たちは教室を出た先生を見送った後教室を出た。

 

「闇祓いの先生は流石にプロって感じだな。教えるのははじめてって話だったのに全然緊張してねーわ」

 

 ザビニはトンクス先生をそう評価した。ファルカスは、闇祓いのすごさを力説した。

 

「そうだろ?闇祓いは本物のエリートなんだ。ハリーはあの人の戦っているところを見たんだよね。僕も行けば良かったなぁ」

 

「うん、トンクス先生がドロホフの悪霊の火を止めた」

 

 ハリーは自分の行いを隠して言った。ダフネには口裏を合わせるように言ってあった。聖石のことは隠したかった。一人の死人も出ずに終わったのは間違いなくトンクス先生の功績だったからだ。しかし、それでもハリーは少し後ろめたい思いがした。

 

 

 にわかに増えたファン達に自分の行いを称賛される度に、まるで自分が、トンクス先生の手柄を横取りしたかのような気持ちになったのだ。トンクス先生の登場によって、そういうファン達はトンクス先生に目移りしていったのが救いだった。

 

「ファルカス、放課後にトンクス先生のところに行ってみない?」

 

「うん、いいよ。闇祓いとしての心構えとか教えてもらいたいしね」

 

「また何か教わる気かよ?お前らも熱心だな、オイ」

 

「闇祓いと会話できる機会なんて滅多にないんだからいいだろ、ザビニ」

 

 

 ザビニは茶化すようなことを言って、ファルカスと野次りあった。ハリーは内心で、トンクス先生に教わることが出来るかどうか不安だった。普通に考えて、今のハリーが習う必要のない事柄だったからだ。

 

 

***

 

 時を少し遡る。

 ニンファドーラ·トンクスは、闇祓い長官の執務室で辞表を提出していた。しかし、辞表は長官であるルーファス·スクリンジャーの手で燃やされ、即座に灰となった。

 

「あれだけの被害を出しながら、被疑者死亡と主犯の取り逃がし。確かに、遺憾な結果に終わった。君の失態だと言う声も省内には存在する」

 

 スクリンジャーは皺の増えた顔に疲労の色を滲ませながらも、決然たる声で言った。

 

「しかし、まだ捕まえるべき闇の魔法使いは世にのさばっている。君が闇祓いの職を辞すということは、闇祓いとしての責務を放棄するということだ。君がいない分だけ、市民の盾が一人減るということだ。そんなことは断じて許さん」

 

 

トンクスは内心で舌を巻いた。スクリンジャーはそんなことは露しらず言葉を続ける。

「批判は全て長官である私が受ける。職務を続けたまえ」

 

「ですが長官、私は……」

 

 トンクスは己に闇祓いとしての資格はないと自覚していた。

 

 闇祓いは、闇の魔法使いに対する専門的な訓練を受け、試験に合格してはじめてなれるエリートである。魔法省の法執行部のなかでも最も重要な地位にいると言ってよく、機密を外部に漏らすことは許されない。

 

 それでも、トンクスはアルバス·ダンブルドアという外部の人間にドロホフとシトレ生存の可能性を漏らした。そして、日曜日には己の休日を返上してホグズミードの警戒にあたった。全ては市民に無用の被害を出さないための、ニンファドーラ·トンクスの正義に従った行為だった。

 

 それが、闇祓いとしては落第であることは疑いようもなかった。闇祓いは魔法界の警察であり、軍人でもあるのだ。個人的な感情で上の意向を無視して動くなど許される筈もなく、懲戒免職を受ける覚悟だった。それでも闇祓いに在籍していたのは、闇祓いでなければ得られない情報……人脈があったからだ。自身が組織人として失格であることは疑いようもなかった。

 

 トンクスが己の行動を明かそうとしたとき、スクリンジャーは手でトンクスを制した。そして、彼はこう続けた。

 

「……君にはやってもらわなれけばならん任務がある。ホグワーツに、今学期の終わりまでDADAの教師として赴任してもらう。君にしか出来ない任務だ」

(……!)

 トンクスは、スクリンジャーの目に強い光を見た。そして、それは確かにトンクスにしか出来ない仕事でもあった。

 

「トンクスがこの先闇祓いとして使い物になるかどうかは、ホグワーツから戻ってから判断しても遅くはあるまい。あそこには、過去が詰まっているのだから」

 

 老いた獅子と鍛え上げた歴戦のつわものはその後執務室から姿を消した。闇祓いとして悪党を捕まえるために。

 

***

 

「久しぶりのホグワーツへようこそ、トンクス先生。急な話で驚いたとは思うが、暫くの間生徒達のことを頼みたい」

 

「お久しぶりです校長先生。それにしても、あたしが教師だなんて。これ以上なく分不相応ですね。監督生にもなれなかったのに」

 

 

 トンクスの言葉に、ダンブルドアは微笑んだ。トンクスは在学時代、友人のレイブンクロー生、チューリップ·カラスらと共にホグワーツではよく学んだが、それ以上に遊び、騒ぎを起こす問題児だった。今もトンクスの起こした騒ぎを覚えている後輩が在学している。1ヶ月弱しかない任期も相まって、生徒達から舐められることは確実だとトンクスは理解していた。トンクスは元が悪童だった分、生徒達の心理をよく理解できていた。

 

「少なくとも、君は教育者として非常に優れていると私は見ているよ。就任を断る理由などあるまいて」

 

「まぁお上手ですね、ダンブルドア校長先生。……こちらはスクリンジャーからです。お受け取りください」

 

 ダンブルドアの微笑みには有無を言わせぬものがあった。トンクスは仕方なしに頷いた。そして、スクリンジャーの手紙を差し出した。手紙には防護魔法が施されており、トンクスも中の内容は把握していない。ダンブルドア以外の人間が封を開ければ、手紙は読まれることなく消滅するだろう。

 

「……うむ、読んでも構わないかな?」

 

「どうぞ、校長先生」

 

 

 この場においては、ダンブルドアが自分の上司だとトンクスは認識していた。

 

 スクリンジャーからの手紙を受け取ったダンブルドアはしばし瞑目した。トンクスは、ダンブルドアの反応をなにも言わず待った。

 

 

(……スクリンジャーは何を書いた……?)

 

 この手紙をダンブルドアに渡すために自分をホグワーツに派遣したのだろうか。それとも、よほどその内容には無理があったのだろうか。とにかく、長い沈黙の間、トンクスはフォークスが自分の肩に止まるのを許容して待った。

 

 ダンブルドアは暫し瞑目し考えたが、やがて目を開けて机の引き出しから羊皮紙と羽根ペンを取り出し、短い返事を認めた。そしてそれを不死鳥に預けたのだった。

 

(そう言えば、いったいいつからダンブルドアは不死鳥を手に入れたんだろう)

 

 トンクスの在学時代には、ダンブルドアのもとに不死鳥は居なかった。不死鳥は非常に美しく高貴で、滅多に人前に姿を見せない伝説上の魔法生物だった。

 

 とにかく、トンクスはダンブルドアへの挨拶を終えると、馴染み深い教師達に挨拶回りをした。マグル学や魔法生物飼育学の教師は以前とは変わっていたが、トンクスは教師達にとっても印象的だったようで、(特にスネイプ教授やマクゴナガル教授から)皮肉でもって歓迎された。

 

***

 

 

 トンクスは着任してからすぐに引き継ぎの資料を確認した。教員は一年間の授業の進捗を都度記入し、カリキュラム通りに授業を進め、進捗の遅れがあれば上司、この場合副校長のマクゴナガルに報告する義務がある。前任者のルーピンは真面目な性格だったらしく、学年ごとに詳細な進捗状況を記入していた。進み具合の遅い学年もあったものの、五年生と七年生はすべての内容を教え終えて、試験の対策問題も与え終わっている。

 

(……うわっ……凄い。もうほとんど終わってる。これならあたしが教えることはほぼないね)

 

 トンクスは肩を並べてシトレやドロホフと戦った人狼の姿を思い出し、リーマス·ルーピンという教師、ひいては

魔法使いの底知れない実力に舌を巻いた。

 

(あたしも習いたかったなぁ、この人に)

 

 トンクスはルーピンともう一度話して、改めてホグズミードの一件について礼を言いたかった。ハグリッドやスキャマンダー先生には会えたものの、ルーピンは既にホグワーツを去っていた。それが、無性に寂しく思えた。

 

 トンクスはさらに引き継ぎ資料を読み進めた。ルーピンのものだけでなく、キングズリー、そしてギルデロイ·ロックハートの空白期間がある資料があったあと、ドロレス·アンブリッジの残した記述も確認した。アンブリッジは、ウィーズリー兄弟を要注意人物として記載していた。

 

(まぁ……あの鬼婆の授業を好きになる奴はいないわね)

 

 トンクスは苦笑いし、授業計画を練り直した。感覚派な自分が上手く教えられそうにない理論はそこそこに、出来る仕事だけはやることにした。

 

***

 

 トンクスは本人の予想に反して、ルーピンやキングズリーほどではないがそれなりによい教師という評判になっていた。それはルーピンがこの学年で必要な内容を全て教え終えていたからでトンクス自身の手柄ではないとトンクスは理解していたが、実は彼女が成功した理由はいくつかあった。

 

 まずは、トンクスはよくも悪くも若かった。多くの場合、若さは威厳がなく、未熟な教師というマイナスに作用する。しかし、トンクスの場合は生徒との間に壁を作ることがなく親しみやすいという利点として作用した。トンクスは在学時代から、道化を演じることも殺気を消すことにも慣れきっていたからだ。

 

 次に、彼女は分からない部分の質問を認め、そして拙いながらも感覚的に生徒に指導した。天才肌のトンクスの説明は新米教師の半分程度の分かりやすさでしかなかったものの、実演しながらの説明は生徒達に身体で理解させることが出来るという利点があった。これも、一年間ルーピン先生の指導を受けていた生徒達には好評だった。ルーピン先生のもとである程度魔法の基礎を学べていたからこそ、一年生であっても多くの生徒はトンクスの授業を楽しむことができた。

 

 もちろんトンクスは未熟な教師で、至らない部分もあった。天才肌かつ陽気な性格のトンクスは不真面目な悪童であっても楽しませる術を心得てはいたが、授業のペースについていけていない生徒や引っ込み思案な性格の生徒からは距離を置かれていた。トンクスはそういう生徒に声をかけたものか迷ったが、生徒の自主性に任せることにした。流石にそこまでは手が回らなかったからだ。

 

***

 

 トンクスは、ルーピンから引き継いだ研究室で一人の男子生徒と話をしていた。背が高く黒髪で、灰色の瞳を持つ端正な顔立ちのハッフルパフ男子。トンクスにとっては後輩にあたる、セドリック·ディゴリーだった。

 

「……トンクス先生。僕は正直、今でも信じられないんです。シトレ先輩があんなことをしたなんて」

 

「トンクスでいいよ、セドリック。二人きりだしね。……ああ、あたしも未だに実感がないよ。シオニーがあんなことをしたなんてね」

 

 トンクスは悲しむふりをした。トンクスの中で、シオニーのことは割り切っているつもりだった。

 

 ニンファドーラ·トンクスとシオニー·シトレは、共にハッフルパフ寮に所属する同期で、ハリー達の七年上、つまりセドリックの五年先輩だった。トンクスもシオニーもクィディッチチームに所属しており、当時二年生だったセドリックのことは有望な後輩として可愛がっていた。シオニーは、引っ込み思案なものの努力家で勤勉なセドリックのことを可愛がっていたことをトンクスは思い出した。

 

(……いいやつ『だった』んだけどね)

 

 それは過去の話だった。闇の魔法使いとして堕ちたシオニーは、トンクスには救えない。もっとも、救う機会があったとしてトンクスにそれができたとは思えなかった。

 

 後輩たちの手前仲良しを演じてはいたが、トンクスとシオニーは仲良くはなかった。トンクスは感覚派で、勝利よりは目先の興奮や感動を重視した。一方でシオニーは、最終的な勝利のためにもっと積極的に勝ちに行くべきだと主張していた。

 

 トンクスはそういったシオニーの主張に対して懐疑的だった。チームメイトも寮生も、寮を勝たせるという気迫はなかった。トンクス自身、自分に出来ることをやれれば勝敗はどうでもよかった。クィディッチでプロになるつもりもなく、学生時代の思い出とするつもりだったのだから。

 

 それはシトレにとっては不義理だったかもしれない。しかし、クィディッチというチームスポーツにおいて、チームの雰囲気を悪くしているのはシトレだったとトンクスは今でも思う。だからこそ、トンクスはしばしばシトレと口論になった。

 

「昔、シトレ先輩がトンクス先輩と口論になったことを覚えてます。『何でも才能があるのに本気でやらないんだ』って」

 

「……そんなこと……あったっけな」

 

 不意に、トンクスの胸にこみ上げるものがあった。シトレが人として真っ当なことを言い、ハッフルパフの仲間として生きていたこともあったのだ。折り合うことはなかったが。

 

「そして、『努力ってのは押し付けられてやるもんじゃねえ』って先輩は言いました」

 

「あー、あったねー。懐かしい。そんで確かシトレは」

 

(実際には、社会には押し付けられてやる努力も多かったんだけどね)

 

「『勝つためにやらない努力に意味はない』って言いました」

 

「……勝つためか」

 

(あたしら闇祓いには、勝利なんてないけどね。……いつも被害が出てからだ。どうしようもなくなった後始末ばかりだ)

 

 トンクスは本音は言わなかった。同時に、やり場のない思いがこみ上げてくる。

 

「……僕は、お二人のことを尊敬していました。意見は違うけれど、どちらも間違ったことは言っていない。だからこそ、自分が納得できるように妥協せず頑張ろうって」

「今のあんたを見たら、頑張ってきたことは一目で分かるよ。ホグズミードでもあんたがいたお陰で、ちっちゃい子が死なずにすんだ」

 

 セドリックはぎこちなく微笑んだ。

 

「あんたやバナーナや、あの場にいた全員には、『ホグワーツ特別功労賞』の勲章どころか魔法省からの感謝状が与えられてもいいとあたしは思うね」

 

 トンクスはそう言った。セドリックは、暫くの間黙って目を瞑っていた。

 

「シオニー·シトレは、どうしてあんなことをしたんでしょう」

 

 やがて、セドリックはトンクスにそう尋ねた。トンクスはさぁね、と言ったあと言葉を続けた。

 

 

「シオニーは……理想と現実の間で折り合えなかったんだと思う。あいつは努力家で、勤勉で、我慢強かった。けど、それを出すのが下手すぎた」

 

 セドリックは黙ってトンクスの言葉を聞いた。悲しさの中に、シオニーへの哀れみがあるのをトンクスはは感じ取った。

 

「努力は大事だって、あいつの言ってたことが本当なことは今ならあたしにも分かるよ。でもね、どれだけ頑張っても、どれだけ力を尽くしても結果が伴わないことはある。本気で努力した上でそうなったとき、それを受け入れることはあいつには出来なかったんだと思う」

 

 セドリックは、そうでしょうかと言った。

 

「……本当にそれだけでしょうか?あの人は、それでも前を向いていたのに」

 

 セドリックはあの場に馳せ参じ、多くの人の命を守ことを選択した。その選択に後悔はなく、シオニーに対する怒りはセドリックの中にもある。

 

 だからこそ、シオニーのことを知る誰かに葛藤を打ち明けたかったのだ。セドリックは監督生で、今のハッフルパフを率いていく立場もあった。見知った人が最悪の犯罪者になったという同様を後輩たちに見せるわけにはいかなかった。だからこそ、トンクスに相談したのだ。

 

「私にはシオニーに何があったのかは知らないけどね」

 

 と、トンクスは前置きした。

 

「……多分、シオニーの中では、努力が報われなかったんだと思う。頑張ったけど、自分の頑張りとは無関係の部分でどうしようもなくなることが、あいつを闇の魔法使いに落とした」

 

 シオニー·シトレを昔から知り、魔法省でのシオニーの様子を噂越しにではあるが知っていたトンクスはそう言った。そしてそれは、シトレにとっては正しく、社会から見ればシトレは間違っていた。

 

「……それは……僕でもそうなるかもしれません」

 

 セドリックははじめて弱さを見せた。期間限定の教師で、よく知っているトンクスだからこそ見せられる弱みだった。

 

「なるかぁ?セドリックが?」

 

「なりますよ!いや、なりたくはありませんけど……他のやりたいことを我慢して努力してるんです。それなのに、関係ないことが原因でどうしようもなくなるなんておかしいと思います」

 

 それは、忍耐と忠実さ、努力や誠実さを美徳とするハッフルパフ生らしい意見だった。そして、そんなセドリックのことをOGとしてトンクスは誇りに思った。

 

 自分たちは、我慢強くて努力家で、そしていいやつだという世間の風潮はある。トンクス自身は自分がそうだと思ったことは一度もないが、そう言われることは嬉しく思う。

 

 そして、だからこそ。我慢強いから、いいやつだから、努力家だからと何もかもを押し付けてきたり、自分たちとは無関係の部分で足を引っ張ってくる人間、具体的には現在の魔法省大臣のような連中は、ハッフルパフ生にとって何よりの敵だった。自分たちは、頑張って、努力して我慢しているのだ。報われない努力は数多くある。それでも、自分で選んだ道なら努力することは厭わない。

 

 しかし、それをいいことに無限の奉仕を求める相手はお断りなのだ。

 

 努力したことを理由に、無関係の他人を害するようなモンスターも許してはならないのだ。

 

「そうだ。だからさ、セドリック。どうしようもなくなるなんてことは無いんだって思わなきゃいけない。自分で、頑張った自分を褒めてやればいいんだ。シトレはそれが出来なかった。だからもう、どうにもならないんだ」

 

 セドリック·ディゴリーは、ハッフルパフの徳目を信じていたし、今もそうありたいと思っている。そんな彼は、トンクスの言葉を噛み砕き、自分の中で消化しようとしていた。

 

(……やっぱり……あの屑が…よりによって闇の魔法使いなんかになってんじゃねえよ…)

 

 トンクスの中に沸き上がったのは、身勝手な闇の魔法使いに対する怒りだった。

 

(散々人を殺しておいて、お前ごときのために前途あるやつを悲しませてんじゃねえよ……)

 

 それが許せないからこそ、それを許してはならないからこそ、トンクスも、そして目の前のセドリックも苦しんでいた。なまじまともだった頃のシトレを思い出してしまったトンクスは、怒りによって心を強く持った。

 

 人は誰もが一人では生きられない。無秩序な生き方をした人間は、それを忘れたふりをしているのだ。トンクスはセドリックの相手をしながら、セドリックを通して過去の己とシトレを見、現在の自分たちを見た。

 

 人として正しく誠実に生きることがどれ程難しく、そして大切なことなのかを、人はしばしば忘れてしまう。だからこそ、ハッフルパフは誠実と、忍耐と、勤勉さと、そして公平さを徳目として掲げるのだ。人が人として社会の中で生きていくために必要なことが、それなのだから。

 

 

 

 






個人の感想ですが、ハッフルパフが育てた英雄なのに天然のメタモルフォーガスという天才肌(ハッフルパフでは天才肌は評価されない)だからかトンクスにはハッフルパフ感がありませんね……
原作時空だと名誉グリフィンドール生みたいな称号を貰ってそうですらある。
だからこそそんな彼女のハッフルパフらしさを描写できたらいいなあ。


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認めてはならないもの

***

 

 ハリーとファルカスがトンクス先生の教員室を訪れたとき、中には先客がいた。黒髪のハンサムなハッフルパフ生、セドリックの姿を見てハリーは少し驚いた。

 

「やあ、元気そうだね、ハリー、ファルカス。ホグズミードでの疲労はもうないのかい?」

 

 セドリックは普段通りに声をかけてくれた。

 

「はい、僕は全然大丈夫です」

 

 と、ハリーは言った。

 

「セドリック先輩はどうしてトンクス先生の部屋に?」

 

 というファルカスの質問に、セドリックは

 

「OWLの試験で出そうな問題を聞いていたんだ」

 

 と言った。

 

 

 セドリックは、ハリーの救援に駆けつけてくれた恩人だった。現場ではロンとハーマイオニーの盾になってくれたことをハリーは覚えている。ハリーはセドリックにも深く感謝していた。

 

 セドリックを見てハリーはほっとした。あの出来事のあと、周囲は過剰にハリーを持ち上げるようになった。与えられる称賛はハリーの中で濁り、暗い喜びが生まれてはいたが、セドリックがバナナージやガーフィールと同じように、それまで通りにハリーに接してくれるのはありがたかった。そのお陰で、ハリーは自分を戒めることができたからだ。

 

「セドリック先輩がそんなことを仰るなんて、ちょっと意外ですね」

 

「フェアに自分の力だけで挑戦されると思っていました」

 

「僕は聖人君子じゃないよ。試験を突破できるかどうか不安で眠れないこともあるんだ」

 

 ハリーもファルカスも、セドリックの言葉がジョークなのか本気なのか分からなかった。セドリックはハッフルパフ生らしく、裏道は使わず堂々と勝負に挑むタイプだと思っていたからだ。

 

 

「まぁお二人さん、そろそろ座りなよ。ファルカスは闇祓い志望だったね?セドリックも聞いてくかい?あたしは闇祓いのネタとかちっと話せるぜ?」

 

 トンクスは上機嫌で椅子を指し示した。ハリーはセドリックと並んで座り、ファルカスは近くの肘掛け椅子に腰掛けた。

 トンクスの陽気さにハリーは戸惑いを覚えていたが、ファルカスも同じように感じていたらしい。ブロンドの髪が不安そうに揺れた。

 彼女は、ハッフルパフ生には珍しいくらい自分の感情を率直に表現するタイプの女性だった。ハリーはトンクスのことを、まるでグリフィンドール生みたいだと思った。大人の筈だが、学生と見まがうほどハリー達との距離が近いのだ。その気安さはグリフィンドール的だった。

 

「セドリック先輩も、闇祓いを希望されているんですか?」

 

 ファルカスは興味深そうにセドリックに尋ねた。

 

「いや、正直に言うと迷っているんだ。だから参考までに聞いておきたくてね。ファルカスは闇祓いになりたいんだね?……ああ、そうか。君なら闇祓いに向いていると思うよ」

 

「ありがとうございます!僕もセドリック先輩なら闇祓いにだってなれると思います」

 

「ありがとうファルカス。嬉しいよ」

 

 と、セドリックは言った。ハリーはそんなものか、と思った。闇祓いの仕事が魔法使いのなかで別格の扱いをされていることは確かだった。

 

 

「んじゃ、前置きとして闇祓いについて説明しとくぜ?メモの準備はいいかい?」

 

「用意してきました」

 

 とハリーは羽ペンと羊皮紙を鞄から取り出した。熱心でよろしい、とトンクスは答えた。そして、ハリー達に説明を始めた。

 

 

 闇祓いは、NEWT試験を優秀な成績で突破した上で、二年の訓練を受け、資格を取ってはじめて配属となる。仮に七年生が魔法省の面接で闇祓いを希望したとしても、六月のNEWT試験で優秀な成績を修めなければ闇祓い候補になることすらかなわないとトンクスは言った。

 

「ここまでが一般常識ね。二年の訓練の間、候補生達はふるいにかけられて振り落とされ続ける。あたしの時は最後まで残った同期はあんまりいなかったかな。教官が鬼だったしね」

 

「ふるい落とされて落ちた人はどうなるんですか?」

 

「それは、ホグワーツにいたときのNEWTの成績次第。つまり、七年生での順位だね。その順位順に希望を出して、そいつの能力が希望部署の基準を満たしていて、かつその部署に空きがあれば魔法省のどっかに配属されるよ。ま、民間に行く奴も多かったけどね」

 

 トンクスの説明は分かりやすく明快だった。ハリーはメモを取りながら聞いた。

 

「民間に就職ですか、どうして民間なんですか?」

 

「給料とか待遇とかを考えてそっちに行く奴も多いよ。闇祓い候補になれるって時点で、変身術とか薬学とかの必要な専門知識はあるわけだしね」

 

「トンクス先輩の時の同期の人もそうだったんですか?」

 

 ハリーはちょっと、わくわくしながら聞いた。闇祓いを目指すということの大変さを改めて聞いて、ファルカスはごくりと唾を飲み込んだ。

 

「ん。同期でもわりと成績がいいやつもいたけど、そいつらは残らなかったな。あたしは七年生で三位だったのに、繰り上げで一位になっちまったよ」

 

 トンクスの話は嘘もあった。実際のところ、闇祓いに必要な資質は成績だけではなかった。それを見極めるための訓練期間と資格取得後の先任闇祓いとの二人一組での任務なのだ。しかし、トンクスはそこまで明かすつもりはなかった。部外者に開示していい情報とそうでない情報の区別はついているのだ。

 

「先生。闇祓いに必要な資質はなんですか?強い正義感ですか?」

 

 と、セドリックが尋ねた。

 ハリーはちょっとドキッとした。ハリーは、自分がそういう資質に欠けていることを知っているからだ。ハリーの夢はダンブルドアを超えるような、賢者の石を作れるような錬金術師で闇祓いではなかったが、ドロホフや闇の帝王がハリーを狙ってやってくるなら資格だけでも取っておいて損はないとも思っていた。

 しかし、トンクスは首を横に振った。

 

 ハリーはホッとしたが、続く言葉でまた緊張した。

 

「資質はね、持ってるものじゃなくて磨くものだよ」

 

 セドリックもファルカスも緊張したように見えた。当たり前のことだけに、その言葉には重みがあった。

 

 これは、トンクスが占い学で培った会話術だった。彼女はうまく人を引き付けられるように、一言で巧みにハリー達を引き込んだ。そして、曖昧でどうとでもなる情報を伝えてハリー達を煙に巻いた。

 

「忠実さ、勇気、知性、そしてズル賢さ。ホグワーツではそのどれか一つあればいいけど、社会に出たらその全部。場合によってはそれ以上のものが必要になる。まずはそれを磨くことだね」

 

「全部ですか。大変ですね……」

 

 ハリーは意外な思いで言った。

 

 トンクスの言葉には四寮制に対する少しの批判と、それ以上の実感が込められているように思えたからだ。

 

「心に留めておきます、先生」

 

 とセドリックは言った。そして切り込んだ。

 

「先生から見て、僕は闇祓い足り得るでしょうか?」

 

 ハリーにはセドリックの気持ちが分かった。これから話すことこそ重要な内容だと分かっていたからだ。ハリーも知りたかった。トンクスが闇祓いとして人をどう評価しているのかを……闇祓いになりたいかどうかに関わらず、知ることは大切だった。

 

「それを見極めるのはあたしじゃなくて、もっと上の仕事だね」

 

 しかし、トンクスから続いた言葉はまたしても意外なものだった。

 

「闇祓いの適正は上が判断する。あたしら、現場にいるもんにできるのはせいぜい推薦状を書くことぐらいだよ」

 

 トンクスは机の上のマグカップを手に取り、冷めた紅茶を飲み干した。そして空になったマグカップを机の上にとん、と置いて話を続けた。

 

「闇祓いは常に不足してる。試験や面接にパスして訓練施設に入所できる奴すらほんのひと握りだ。そこからまたふるい落とされて現場で使い物にならねえと判断されたやつは、暗に転職を勧められる。ま、どの世界でもあることさ」

 

「暗に転職を勧められる、ですか?」

 

 とハリーは恐る恐る聞いた。トンクスの言い方ではまるで事実上のリストラがあるかのようだった。

 

「そうさ」

 

 とトンクスは言った。セドリックやファルカスの顔を見ても、二人とも驚いていなかったので、ハリーが知らなかっただけで魔法界では有名な話なのだろう。それが良いことなのか悪いことなのかは別として……。

 トンクスはさらに事実を言った。これを口に出すのは、トンクスなりの優しさだった。シトレのように現実と理想とのギャップに折れる前に、そういうこともあると理解させるのも悪くはないと思ったからだ。

 

「闇祓いはぶっちゃけきついよ。人の嫌な部分をダイレクトに見なきゃいけないし、闇祓いが出るような案件はほとんどで、犠牲になった方がいる。そういう日常に耐えるんだ」

 

 ハリーは、自分の隣に座るセドリックの顔を見られなかった。ファルカスも、難しい顔をしていた。

 そして、トンクスはぱっと笑って言った。

 

「でも、目の前のあたしを見れば、そういう生活もそう悪くないってことは分かるだろ?あたし達が頑張れば頑張った分だけ、ひどい目に遭う人間は減るんだ」

 

「その通りです」

 

 とハリーは言った。ハリーはセドリックを見た。セドリックは微笑んでいた。

 トンクスは、ふっと視線をどこか遠くにさまよわせた。

 

「今でこそ闇祓いだけど、あたしだって最初からそれを志望してたわけじゃないんだよ」

 

「先生がですか?」

 

 とファルカスが聞いた。ハリーはセドリックと顔を見合わせ、それからすぐに二人とも視線を自分の手元に落とした。トンクスの身の上話は興味深いものだったが、どう反応していいか分からなかったのだ。

 

「あたしはね、昔はそりゃもうおバカだったのさ。だから自分のやりたい仕事なんて今のファルカス……三年生くらいの時は考えてなかったし、五年生の時も曖昧だった。だから、あんたら学生はじっくりと悩んでいろんな人の話を聞いて考えればいいさ。時間はたっぷりあるんだからね」

 

 それはトンクスの嘘だった。

 

 

 トンクスが闇祓いになりたいと思ったきっかけは、自分の父親、テッド·トンクスを純血主義の阿呆どもから守りたかったからだった。

 

 テッドはマグル生まれの優秀な魔法使いだった。マグル生まれのハッフルパフ生だった彼は、ブラック家の魔女アンドロメダと恋に落ち、駆け落ちしてニンファドーラが産まれた。そして、純血主義者達は二人を許さなかった。

 

 アンドロメダの父親は、娘を連れて駆け落ちしたテッドを始末するようデスイーター、ひいてはヴォルデモートに求めた。アンドロメダの父は、娘には純血主義者としてのまともな人生を歩んでほしいと望んでいたのだ。

 

 ハリーによってヴォルデモートが打ち倒されるまでの間、トンクスは友達が出来たことはなかった。引っ越しを繰り返し、マグルの子供と仲良くなっては別れを繰り返す日々に、幼いトンクスの中で純血主義に対する違和感が育まれていった。漠然と、悪い連中を懲らしめる仕事について、父と母を守りたいと思ってトンクスは育ったのだ。

 

 実際のところ、闇祓いはトンクスの父母を優先して守るわけではない。

 

 ニンファドーラの裏切りを阻止するために一般的な範囲での防護措置は取られているし、任務によってニンファドーラが死亡した後には遺族年金も振り込まれる。しかし、目の前に命の危機に陥っている無辜の市民が三人いるなら、たとえ両親が殺されそうになっていても見知らぬ三人を優先する。闇祓いとはそういう仕事なのだ。そして、それを明かすことはトンクスはしなかった。

 

 

「さ、他に質問があるかい?言ってみな」

 

「……トンクス先生。支配の呪文(インペリオ)への対抗手段を教えてください」

 

 ハリーはそう切り出した。ファルカスとセドリックは、意外そうな目でハリーを見た。

 

「!……なるほどね。うん、それは必要だ」

 

 と、トンクスは面白そうな顔をした。

 ハリーは内心びくびくしていた。トンクスがホグズミードにいたとき、ハリーが闇の魔法を使おうとしたことがばれていないことを祈りながら、拙いオクルメンシー(閉心術)を使った。

 

 

 ハリーはファルカス達から、インペリオの連鎖の話を聞いた。インペリオにかかった人間が、インペリオを……つまり、闇の魔術を他人に使う。自衛のために闇の魔術を覚えた人間も、ひとたび操られてしまえばそれを他人に向けてしまう。ハリーはそれが恐ろしかった。自分がザビニやロンや、無関係の他人を殺害する可能性は潰しておきたかった。

 

「ハリーが操られるなんてあり得ないよ!」

 

 ファルカスは立ち上がって言った。

 

「僕もそう思う。けど、やっぱり自衛の手段を知っておくに越したことはないよ」

 

 セドリックはファルカスを宥めて席につかせた。ファルカスはセドリックの言葉に言い返そうとしたが、落ち着いて座った。

 

(……過大評価だよ、ファルカス)

 

 ハリーは内心でそう思った。自制心の強い人間ではないと、ハリーは自分で自制心がないことを自覚していた。ダンブルドアからも、転入生からも、散々指摘されてきたことだ。自分がもし操られでもすれば、碌でもないことになるのは目に見えていた。ハリーは闇の魔術が使えるのだから。

 

「よし、じゃあ教えてあげよう。と言っても、インペリオはあらゆる呪文のなかでもっとも恐ろしい魔法だ。対策は万能じゃない。それでも聞くかい?」

 

「お願いします、先生」「はい、聞きたいです!」「ぼ、僕も……」

 

 セドリックが真っ先に頷き、ハリーは大きく首を縦にふった。二人が賛成したのを見て、ファルカスも頷いた。

 

(もしかして、ファルカスは対策を知っていたのかな)

 

 ファルカスは闇の魔術への知識もある。対抗手段を知っていたのかもしれなかった。

 

 ハリーはちょっと悔しかった。

 

 

 トンクスは机の下から大きな本を取り出し、ページをパラパラとめくった。それから杖を取り出して一振りすると、本のページが膨らんで止まり、ハリー達が見ることが出来るようになった。

 

 そこにはルーン文字がびっしりと刻まれていた。トンクスが杖で文字を一つ叩くと、その文字が読み上げられた。

 

「第二十九章。"支配の呪文(インペリオ)" による呪縛を解く方法。支配の呪文を受けた人間は、強い多幸感に襲われる。これを解く方法は三つ。ひとつは術者を打倒する方法。術者の打倒によって呪文の効果は途切れ、被害者に与えられた偽りの幸福感は消失する。もう一つは操られた人を倒す。これでも呪文の効果は解ける」

 

 そして、とトンクスは言葉を続けた。

 

 

「もう一つ。支配の呪文に抵抗する。これは偽りの幸福感に流されない、本人の強い意思、感情が必要となる」

 

 トンクスの目には、強い光があった。ファルカスは思わず言った。

 

「絶対に闇の魔法使いに屈しないという覚悟ですか?」

 

「そう。人間はある程度の苦痛や苦しみには耐えられるように出来ている。けれど、与えられた幸せをはね除けることは難しい」

 

(……!)

 

 ハリーはぎくりとした。自分自身、今の周囲からの賛辞を受け入れて、楽しんでいるのだから。

 

「そういうものに流されないようにするためには、本人のなかで強い目的意識を持つことが必要よ」

 

「目的意識ですか?」

 

「そう。普通に授業を受けてるときと、テスト期間の最中とでは気合いの入り方は違うでしょ?自分の中で、闇の魔術に対抗するための準備を整えておくの」

 

 ファルカスはこくりと頷いた。トンクスの指導は精神論だけではなかった。彼女はさらに具体的にハリー達を指導した。

 

「精神攻撃に対抗するためには、準備が必要。まず第一段階として自分自身のコンディションを普段からきっちり管理しておくこと。睡眠不足や栄養不足、疲労といった体の不調は、精神を蝕み精神力を弱めるからね。まずは、万全の状態を維持する。そして、自分の現時点の体調をしっかりと把握する。それが大前提よ」

 

「でも、戦闘の最中や普段の生活の中で敵はやってきます。万全のコンディションなんてあるでしょうか?」

 

 ハリーの質問に、トンクスは頷いた。

 

「いい質問だね。その通り、敵は万全の状態でこっちを襲ってくれる訳じゃない。言ったでしょ?『自分の現在の体調を把握しておく』って」

 

 トンクスは、教員室に備え付けれられていた黒板にチョークで書き出した。

 

「体調が悪化しているとき、人は抱えている怒りや不安に流されやすくなる。そういう状態であることを把握して、必要なら休んだり、自分自身への褒美を与えて体と心に余裕を持たせるの」

 

「余裕ですか」

 

(そんなものが、闇の魔法使いとの戦いの中であるか……?)

 セドリックは腕を組んでいた。ハリーは理想論だと思ったが、口に出さなかった。

 

 

「本当にきついときはそれすらも難しいけどね。支えになるなにかを一つ、出来れば複数持っておく。それのために、自分はこんなものに流される訳にはいかないと、己を強く保つ」

 

 

(……)

 

 ハリーはダフネのことを思い出した。ホグズミードでの闘いで、ハリーはダフネに闇の魔術の行使を止められた。

 そして、と続けた言葉は、ハリーにとって意外なものだった。

 

「ダメな自分とか、自分の弱いところがどこか自覚して、それを許す。我慢し続けてると、人の心は流されやすくなるんだ。闇の魔法使いはそこら辺に漬け込んでくるからね」

 

「許す?抗うんじゃないんですか?」

 

 ハリーは思わず言った。トンクスの教えは、ハリーのイメージとは真逆だったからだ。

 

「人間、自分にはついつい甘くなる生き物だし、これをやり過ぎても堕落する。だからバランスだね。我慢しすぎて心を壊さないようにストレスを発散したり、自分で出来る範囲の贅沢をしたり。自分で自分をコントロールするんだ」

 

 

「そうやって己自身を管理した上ではじめて、インペリオに対抗するための第一段階が完了する。ここまではいい?」

 

 

 ハリーは納得こそできなかったが、トンクス先生の教えに頷いた。

 

 エクスペクトパトローナムの訓練で、ハリーは自分自身の心をより良い人間としてありたいと思った。結果的にハリーがパトロナムを習得したのは、ダフネと一緒に過ごしたいと思ったからだった。それは間違いなく良いことだったとハリーは断言できる。

 

 しかし、トンクスの教えは、自分の良い面だけではなく欲望の部分、悪い部分も肯定すべきと言っているような気がした。

 

 それも当然の話だった。インペリオへの抵抗訓練はNEWTレベルを大きく超える。魔法を使えればいいというものではなく、最終的には魔法とは無関係の、己自身の意思で抗わなければならない。だからこそ、基本を抑えて抵抗できるように己を育てていくことが必要なのだ。

 

 

 ハリーがトンクスの言葉の意味を考えているうちにも、トンクスの話は続いた。

 

「そうして自分のメンタルを管理してはじめて、インペリオにかけられた状態が不自然であることに気がつく。余裕を持った理性が、本能的な快楽と多幸感への違和感を覚える」

 

 

「自分の心に余裕があるからですね?」

 

 セドリックの言葉に、トンクスは頷いた。

 

「後は、自分にそんなものをかけたやつに怒ればいい。自分自身の尊厳を明け渡してたまるかって、腹の底から思えばいい。卑劣な人間の屑に操られないよう、声に出して叫べばいいさ、『卑怯者』ってね」

 

 トンクスはこう話を締めくくった。

 

「ホグズミードで、闇の魔法使いがどれだけ卑劣でおぞましい連中か言わなくても分かったと思う。これを意識していても、絶対に操られないようにする方法はない」

 

 そうだろうか、とハリーは思った。なにかもっと、確実な解決策がある気がした。それをトンクスは隠しているのではないだろうかとハリーは思った。

 

「それでも、近道がなくても地道にやっていくこと。それが闇の魔術に抗う大原則だよ」

 

「ありがとうございました。すごく分かりやすかったです」

 

セドリックがそう締めくくった。

 

「あの、トンクス先生」

 

 ハリーは自分の疑問を聞いてもらいたくなった。

「なんだいハリー?」

 

「えーと、僕には……闇の魔術に抗うにはもう一つ方法があるような気がするんです……」

 

 ハリーは言葉を濁しながら話した。しかし、トンクスはにっこりと笑って言った。

 

「インペリオに対抗するのに有効なのが『誘惑に耐える』ことだっていうのは有名な話よね。でも、それは抵抗の基本であって、高等手段が存在する。ハリーはそう思うわけだ」

 

 ハリーは頷いた。

 トンクスは肩をすくめた。

 

「それは今のあんたらには教えられないね」

 

(僕は、間違いなく操られないだけの力を身につけなきゃいけないんです)

 

 ハリーはそう思った。しかし、口に出さなかった。それは恐ろしい考えで、己自身の浅ましさを認めるような気がしたからだ。

 

(忘れろ。今思い付いたことは……)

 

 いい加減、ハリーは安易な手法、手っ取り早い闇の魔術から距離を取らなければならないと自分を戒めた。

 

「先生の仰る通りですね。ありがとうございました。行こうか、ファルカス」

 

 セドリックとトンクス先生はなんだか疑わしげな顔をしたので、ハリーは慌てて言い、トンクス先生の教員室を去った。

 

 

「……ハリー。ちょっと話せるかい?」

 

 トンクス先生の教員室を去り図書室に向かうハリーに、セドリックは声をかけた。ファルカスは決闘クラブに向かっていた。

 

「はい、何でしょうか?」

 

 ハリーは答えた。セドリックが自分を呼び止めた理由が分からなかった二人は、人のいなくなった空き教室に入った。

 

「……先輩も図書室に用があったんですか」

「まあね」

 

 とセドリックは言った。そして、声を低くして言った。

「さっき、闇の魔術に抗う方法はもう一つあるって言ったよね?」

 

 ハリーは無言で頷いた。

「どんな方法か教えてくれないかい?君なら知ってるんじゃないかと思って……」

「……なぜですか?」

 

(なんでこの人はそんなことを聞くんだ?)

 

 ハリーの頭の中は疑問符で一杯になった。セドリックはそもそもハリーよりも優秀だ。決闘クラブでの闘いからハリーは腕を上げたし、強くはなった。しかし、それでもセドリックやパーシーのような本物の努力家には勝てないとハリーは思っていた。

 

「……ホグズミードでの闘いのとき、君は闇の魔術を使おうとしたね?君はもしかして、あのときのように闇の魔術を使ってインペリオに対抗しようと思ったんじゃないか?……例えば、インペリオを自分にかけるとか。自分で自分を支配して、敵に操られないようにする……」

 

 それはハリーが思い付いた考えそのものだった。しかし、ハリーはインペリオを思い付いたことを恥じていた。

 

「僕が!闇の魔術なんて!」

 

 ハリーは心外だという風に声を張り上げた。もちろん演技だった。

 セドリックが目を見開いたので、ハリーは一度大きく呼吸して自分を落ち着かせた。セドリックはハリーを宥めた。

 

 

「ホグズミードで、君たちのもとにテレポートしたとき。僕はドロホフやシトレと同じような、異常な魔力と殺気を君から感じた。僕だけじゃなく、ガーフィール先輩やパーシー先輩も気付いた筈だ」

 

 ある程度の力量がある魔法使いならば、閉心術が未熟な魔法使いの使った魔力や意思に気付くことはある。ハリーは苦い思いでセドリックの言葉を否定した。

 

 

「……僕は決して『例のあの人』の一味じゃありません。誓ってもいい。闇の魔術を使おうとは思いません」

 

 セドリックは、ハリーから見て理想的なハッフルパフ生だった。闇の魔法使いを排出した魔法使いが最も少ないという評判通り、品行方正で闇の魔術などとは縁がなさそうな性格をしている。そんな人に、自分の秘密が知られているというのはハリーにとって痛い思いがした。

 

「君を責めてるんじゃない。あの状況では仕方なかったと思う」

 

 セドリックは優しくハリーに言った。

 

「操られていたチョウ·チャンや、他の大勢の魔法使いを止めてくれたのは君だ。僕は君に感謝しているし、お礼を言いたいとも思っていた。……だから、闇の魔術とは距離を置いた方がいい。僕はもう、知り合いが闇の魔術のせいで酷い目に遭うところは見たくない」

 

 それはセドリックなりの厚意だということは、ハリーにも分かった。たいして親しくないハリーにも、公平に手を差しのべてくれたことも。

 

「言われなくても、闇の魔術に手を出すつもりはありません」

 

 

 ハリーは閉心術を使って真っ直ぐにセドリックの瞳を見た。セドリックの灰色の瞳に、少し安心と失望が交錯したような色が見えた。

 

 

「そうか、良かった」

 

「……僕は決闘クラブに行きます。失礼します」

 ハリーは逃げるようにセドリックのところから立ち去った。ハリーの中には、自分に対する情けなさがあった。

 

***

 

 それからの日々は、驚くほど早く過ぎていった。期末テストはハリーにとってはじめての十二科目試験で、ハーマイオニーと共にハリーはその苦難を乗り越えた。

 

 占い学のテストでルーンに関する問題だったとき、ハリーは苦もなく全問正解できたと思った。数占いやルーン文字、変身呪文、そして魔法薬学と厳しい試験をクリアしたハリーの表情は曇っていた。

 

(……Oは、無理かもしれないなあ)

 

 努力はしてきたが、ハリーはハーマイオニーではなかった。明確に何ヵ所か間違えたと確信できる箇所があった。自己採点では、Eを超えていれば御の字と言ったところだった。

 そして、ハリーはトンクス先生が出したDADAの試験を受けた。実技試験は洞窟の中に入り込み、最深部にある合格証を取ってくるというものだった。ハリーの番になり、ザビニやファルカスは後ろから声をかけた。アズラエルは既に試験を攻略していた。

 

「頑張れハリー!」

 

「お前なら楽勝だろ。行ってこいよ!」

 

 ハリーは二人に手を振って洞窟に入る。ハリーは順調に試験を攻略していった。水中に引きずり込もうとする水魔をデパルソで吹き飛ばして水海をグレイシアスで凍らせる。分かれ道はレベリオで安全そうなルートを確認して進み、進んだ道に印をつけておく。時にはレヴィオーソで罠を回避し、多対一の状況に追い込まれないよう警戒する。

 

 ハリーには、洞窟内の闇の魔法生物や罠程度ならどうとでもなる自信があった。しかし、ルーピン先生はハリー達に大切なことを教えてくれていた。

 

『うまくいっている時ほど、警戒心を忘れてはならない。人は安易に早さを求めるが、実戦において、自分の身を守るのは拙速ではなくて、慎重さだ』

 

 ハリーは結果的に、無傷で最深部にたどり着いた。そこでハリーが見たものは、古びたタンスだった。

 

「そんな……」

 

 ハリーは何が来るか察して呻き声をあげた。

 

「そんな筈は…………きっと……何か他の相手なら……」

 

 ハリーはそう自分に言い聞かせるようにぶつぶつ呟いたが、目の前の物から目を逸らせなかった。タンスから現れたのは、バーノン·ダーズリーその人を模写したボガートだった。バーノンは恐怖と怒りに顔を赤らめながら、腕を組んでハリーを見下ろしている。

 

「よくもおめおめと顔を出せたものだっ!恩知らずの気違いめ!」

 

「リディクラス!!」

 

 ハリーの魔法によってバーノンは、ペチュニアのエプロンをつけた姿になった。しかし、バーノンの勢いは止まらない。

 

「おぞましい魔法使いにうちの敷居は跨がせんぞ!出ていけっ!二度とうちの中に入ってくるんじゃあないっ!人を人とも思わぬ犯罪者どもめ!!」

 

(お前達はぼくを人間扱いしてくれたのかよ)

 

 ハリーの中に、バーノンやペチュニア、ダドリーへの怒りが沸き上がる。ハリーは必死に怒りを堪えた。

 

「リディクラス(馬鹿馬鹿しい)っ!」

 

 バーノンの側に、ダドリーと、ペチュニアが現れた。ダドリーはスメルディングズの制服を着ていて、ペチュニアは手塩にかけて(ハリーが)育てた白百合をバーノンに自慢していた。バーノンは笑顔になった。しかし、消えはしなかった。ふたたびハリーの方を向くまで数秒とかからないだろう。

 

(……ダメだ。これ以上はもう……無理だ。)

 

 ハリーはボガートのバーノンにこれ以上杖を向けられなかった。これでダメだったのならば、あとはもうバーノンを傷つけたいという本音を曝すしかないとハリーは思った。

 

 ハリーはフラフラしながら洞窟を出た。自分が洞窟に入った時間よりずっと長く感じられたが、それは精神的な問題だと分かっていた。試験を終えたハリーは、試験を終えた生徒達のいるテントの中に入った。

 

「ダメだった」

 

「えっ、君がですか?調子が悪かったんです?」

 

「いや、実力だよ。君はすごいね、アズラエル」

 

 とハリーがアズラエル言ったときにはどよめきが上がった。アズラエルは泥まみれになりながらも、見事に合格賞を手にしていた。皆、アズラエルのようにハリーは合格するだろうと思っていたようだった。

 

 ハリーにとっては、それで良かった。ハリーは合格出来なかった。出来なかったことを、今のハリーは認めるしかなかった。そしてそれは、決して悪いことでもないとハリーは自分に言い聞かせた。ロンやザビニやファルカスが合格証を持って出てくるのを、ハリーは笑顔で出迎えた。

 

(……認めちゃいけないことも、世の中にはあるんだ)

 

***

 

 試験が終わり、そしてホグワーツでの日々にひとまずの別れがやってきた。終業式の日に、スキャマンダー先生とトンクス先生がホグワーツを去ることが改めて発表され、生徒達は拍手でもって臨時教員達を送り出した。ハッフルパフが産み出した二人の英雄達は、動揺するハッフルパフ生達の支えとなり、ホグワーツすべての生徒に分け隔てなく接したことから、ほとんどの生徒達から好かれていた。

 

 

 その後、大広間では例によってハリー達は表彰された。ルナは新種の魔法生物に関して多大な貢献があったとして、ダンブルドアから最優秀生徒として表彰された。ついで、ハリーはホグズミードで人々を守った功績を、クラブとゴイルは見事なほど馬鹿馬鹿しいリディクラスを、ザビニは冷静な判断と引き際の良さを、ファルカスは卓越した決闘術と忠誠心を、ロンは自分の身を呈して人を守った勇気を、ハーマイオニーは学年一の知性をそれぞれ表彰され、加点された。スリザリンは大幅に加点されたもののクィディッチでの敗北が響き、優勝には一歩及ばなかった。そしてグリフィンドールがこの年の寮杯を手に入れ、スリザリンの連続優勝記録は途切れた。

 

 ホグワーツ特急の中で、ハリーは先輩達に別れを告げた。

 

「ガーフィール先輩、グリンゴッツへの就職おめでとうございます。フリント先輩も、魔法省で頑張って下さい」

 

「へっ、言うようになったなポッター。だが、本心か?お前内心では俺のことは嫌ってたろ?」

 

 フリントはがしがしとハリーの頭を鷲掴みにして撫でた。それから、ハリーに言った。

 

「俺はお前をクビにしたことを後悔してねえ。今でも間違ってねえと思っている。負けたのはお前の有無とは無関係だったしな」

 

「そうですね」

 ハリーが言うと、フリントは微かにむっとした表情になった。

 

「何より、クィディッチで死人を出さなくて良かった。それだけで俺は間違ってねえと言える」

 

 マーカス·フリントは差別主義者であり、ラフプレーを繰り返す見下げ果てた男だった。人としてそしてスポーツマンとして他寮生から好かれてはいなかったが、それでも譲れない一線はあるようだった。

 

「ハリー。お前もスリザリンもこれから先は大変だろうよ」

 

 フリントから解放されたハリーに、ガーフィールは言った。

 

「寮杯を落としたことでOBOG達はお冠だ。将来いい仕事に就きたいってンなら、お前らの代で勝てるように手を尽くすンだな」

 

「はい。……ガーフィール先輩もお元気で。銀行でまたお会いしましょう」

 

「四年は早ぇよ!てめえの金の管理はブラック氏だろうがっ!」

 

 ハリーにとってスリザリンの何たるかを教えた敬愛すべき先輩達は、寮杯を落としたことを既に乗り越えていた。ホグワーツやスリザリンという狭い世界から、英国魔法界という広い世界で、彼らの闘いは始まるのだ。ハリー達スリザリンの後輩たちは、自分も彼らに続くのだと意気込んでいた。

 

***

 

 

 ハリー・ポッターは自分自身の予想に反して、ほとんどの科目でOという優れた成績を取った。しかし、ハリーが最も得意としていたDADAの試験において、ハリーはEを取った。ハリー・ポッターは、それに対する悔しさと、そして僅かな安堵感を抱えていた。九と四分の三番線から、恐ろしいダーズリー家へとハリーは自分の足で帰っていった。

 

 

 

***

 

「……ハリー・ポッターは試験を突破できなかったか」

 

「……貴方には生徒のプライバシーを守るという概念が無いのですか?ダンブルドア」

 

 ハリーがDADAの試験を突破できなかったことを、ダンブルドアは把握していた。フリットウィックは批難の眼差しで、校長を見つめた。付き合いが長くダンブルドアの悪い面も把握済みのフリットウィックは、一対一の場面であれば多少皮肉を言うこともある。そして、ダンブルドアはそれを望んでいた。

 

「他の科目は出来るのにDADAだけ他の科目よりうまくできない、という学生はスリザリンには多い。よくあることだ。精神面に左右される魔法が多く、単純な学力や理論、身体能力では突破できないものだからだ」

 

 スリザリンの生徒は、多くが父母からのプレッシャーをかけられている。

 

 付き合いをうまくやっていれば大した成績は必要ないと子供に言う父母もいれば、好成績でなければ帰ることを許さないと言う父母もいる。共通しているのは、それらの言葉の多くが精神面で悪影響を与えているということだ。だから毎年、三年目の授業や五年目のOWL試験で成績を落とす生徒が出てくる。精神面での不安定さが土壇場で露出し崩れるのだ。

 

「ハリーは向上心もある優秀な生徒です。必ず克服して、成長してくれる筈です」

 

 決闘クラブの監督であるフリットウィックはハリーをそう擁護した。自分の寮の生徒ではないが、自分や仲間の身を守るために熱心に励む生徒がかわいくないわけではないのだ。

 

「……うむ。その通りだ」

 

 フリットウィックは知らなかったが、ダンブルドアはハリーがどこでつまづいたのか把握していた。ダンブルドアは、ルーピンからハリーのボガードについて聞いていたからだ。

 

 スリザリンで育った混血の生徒の多くは、純血こそ至高という考え方を打ち込まれる。とはいえ多くの半純血の生徒は、多かれ少なかれ純血主義影響を受けつつ、自分の将来のためにそれを乗り越えていく。

 

 そして、両親のどちらかにマグルを持つ生徒、例えばセブルス·スネイプや、ドロレス·アンブリッジのような生徒は、自分の出自を恥じる。そうすることで、悪いのは社会ではなく自分だと思い込むことで、自分を成長させ、正しい社会の一員となれるように努力するのだ。それはスリザリンが抱える歪みそのものだった。しかし、英国魔法会はその歪みを是としていた。マグルと関わり益を得るという柔軟な考えより、なるべくマグルとの関わりを絶っておいた方がマグル相手に余計な問題を起こさずに済む、と考える人間も、多いのだ。

 

 ハリーがバーノンを恐れているのは、幼少期から続く虐待の影響だけではないとダンブルドアは推測した。

 

(ハリーが恐れているのは、マグルに育てられたという己の経歴そのものだ。ハリーのなかで確実に、その事実への劣等感が育っている)

 

(スリザリン生として成長する度に、スリザリンの負の価値観がハリーの中に育っている。そしてそれが彼本来の善なる性質とかち合って不安定になっている)

 

 ダンブルドアはそう推測した。

 

 フリットウィックが、ハリーや多くの生徒達が呪文学でOを取ったことをダンブルドアに自慢しているのを聞き流しながら。

 

(……ハリーを信じるべきか、それともシリウスに懸念を伝えるべきか……)

 

 ダンブルドアは迷っていた。己の介入によって、ハリーのスリザリン生としての芽を摘んでしまうのではないかということに悩み、そしてその悩みを誰にも打ち明けられないでいた。

 

 

 

 

 

 




これにて三年目終了しました。


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登場人物紹介(三年生編終了時点)

挿し絵は全てMicrosoft Bing Image Creator様によるものです。


()内部はファルカスのタロット占いで出たアルカナ

 

ハリー·ポッター(愚者)

 

【挿絵表示】

 

 主人公。ペットの蛇とスリザリンと友人たちをこよなく愛する闇の魔法使い予備軍。学生トップクラスの俊敏さとLoveを誇り、順調に闇落ちすると思われたが作者の予想を超えて光の魔法使いとして踏みとどまった。

原作ハリーより精神力、INT(知性)は低下している。

得意科目はDADA、魔法薬学、呪文学、数占い、古代ルーン文字。

不得意科目は魔法生物飼育学。

 得意魔法はエクスペリアームス、インセンディオ、プロテゴ、そして闇の魔術全般。苦手な魔法はリディクラス。

 パトロナスはクスシヘビ。牡鹿の才能を持つ少年がすっかり蛇寮に染まった。

 

ハーマイオニー·グレンジャー(女教皇)

 

【挿絵表示】

 

 原作におけるブレインであり学年一の才媛。作者的に、ハーマイオニーはトップクラスの知力を持つのであんまり核心に近い部分には参加させられないバランスブレイカー。トレローニやらラベンダーとの交流をきっかけに本人の獅子寮としての才覚をさらに伸ばしはじめた。一方、スリザリン生との交流によル影響か、『パトロナスを権威として利用する』という原作ハーマイオニーであれば取らなかったであろう手段も取っている。

マグル学は残したが占い学はOを取った上で受講を断念しタイムターナーを返却した。

 不得意科目は占い学。

 得意魔法はエクスペリアームス、プロテゴ、ポイントミー(方角を示せ)、レベリオ。

 パトロナスはまだ無形。

 

 

ロン·ウィーズリー(魔術師)

 

【挿絵表示】

 

 原作における親友。ハリーをきっかけに知り合ったスリザリン生との交流を通してスリザリンへの偏見はかなり緩和されているが、それはアズラエルやハリーがスリザリンの一番アレなところ(寮のなかでは平気で差別用語を連発するし誰もそれを咎めない)を見せないようにしているからでもある。

 元々自己肯定感が低いため、ザビニやファルカスよりよっぽど大活躍してるのにやたらと拗らせはじめている。ハリーたちのなかではトップクラスの耐久力とのっぽな体格(siz)を持つ。

 得意科目も不得意科目もなく呪文学も変身術もそれなりにこなせる。

 得意魔法は無言変身術、ルーモス、ウィンガーディアムレヴィオーサ。

パトロナスはテリア。

 

 

ドラコ·マルフォイ(皇帝)

 

【挿絵表示】

 

 原作におけるライバル。ハリーとチームを組んでクィディッチが出来たはずがディメンターの悪戯で駄目になり、肝心のハリーは何か思ってたのと違う闇の魔法使いになっているしと散々な人。学年トップクラスの成績を誇り、マグル学以外の11科目を履修している。

 不得意科目はなく、トップクラスの成績を維持してルシウスから褒めてもらうため普段の努力を欠かさない。

 得意魔法はサーペンソーティア、歯呪い、ペトリフィカストタルス等各種。

 パトロナスはまだ訓練していないので出せない(無形のものも)。

 

 

ビンセント·クラブ

ドラコの友人の狂暴な方。ゴイルより知性があり人間関係の機敏をある程度察することが出来る。

ドラコ、セオドールとは幼馴染だったが学力と知性の面で釣り合わず取り巻きになってしまったことに複雑な思いを抱いている。

 

 

グレゴリー·ゴイル

ドラコの友人の比較的温厚な方。学年で一番成績が悪く本人もそれを気にしている。

お菓子が大好きだが、お菓子で太らないようにするためにあまり好きでないクィディッチの練習をしている。

 

 

ブレーズ·ザビニ(戦車)

 

【挿絵表示】

 

 ザビ(ニ)家のぼっちゃん。面と向かって言うやつは滅多に居ないものの、母親のことを知っている人の間では腫れ物扱い。美形設定があるので、原作で言うとデラクールのような人外の美貌ではないが、トムとかビル、セドリックやシリウスなどに比肩しうるくらいには華のある容姿(APP)をしている。口が悪く性格も悪いが身内認定した相手には優しい典型的なスリザリン生。三股が発覚しトレイシーにフラれた。

 女子受けがよく、ハリー(というかジェームズ)とよく一緒にいるのでスネイプからはシリウスと同一視されている。

 得意科目は呪文学、薬草学、魔法生物飼育学。

 得意魔法はアグアメンティ、苦手魔法はインセンディオ。

 パトロナスは馬。

 

ブルーム·アズラエル(節制)

 

【挿絵表示】

 

 年相応にファンタジー魔法バトルをしている生徒たちのなかで一人だけ折衝役をしている苦労人。戦闘能力はハリーたちの中では最低クラスだがそんなもの関係ないくらい日常面でハリーたちを支えている。実はダンブルドアの評価も高くアズラエルに五十点くらい加点しようとしたのだが、アズラエル本人があんまり目立ちたくないからと得点を固辞した。ハリーたちの中ではトップクラスの教養(EDU)(魔法界とマグルの世界両方のもの)を持つ。

 元ネタと違いハリーたちとハーマイオニーや、ハリーたちと一般的なスリザリン生をつなぐ調停者になっている。

 得意科目は占い学、ルーン文字、数占い、マグル学、魔法史、魔法薬学、変身術。

 得意魔法はコンファンダス(混乱)、戦闘では使えない精度のコンジュレーション。

 パトロナスはまだ無形。

 

ファルカス·サダルファス(隠者)

 

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 闇の魔法にも理解があるイケメン。この作品内のハリーがバジリスクを討伐できたのはファルカスのお陰と言っても過言ではない。ザビニやアズラエルのように集団のなかで強く自己主張はしないものの地味に着実に地力を上げながら闇祓い目指して頑張っている。スリザリン生かつ苦学生でありながら闇祓いを目指し勉学に励む苦労人。ハリーたちの中ではトップクラスの精神力(POW)を持つ。

 そこそこにあたる占いの腕を持ち占い師の才能があるが、本人も周囲もそれに気付いていない。

 得意科目は占い学、天文学、DADA。

 得意魔法はインカーセラス、アクシオ、エクスペリアームス、プロテゴ。

 パトロナスはファルコ。

 

 

ルナ·ラブグッド(月)

 

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 レイブンクローのダイアデムを発見した鷹寮の獅子。ついでに神話的な体験もしたとかしなかったとか。ハリーからは某転入生に並ぶ天才だと思われている。特筆すべきは高い幸運とレイブンクローらしい発想、思考の柔軟さ。スキャマンダー先生と仲良くなった結果、この年で学会で発表する羽目になった。

 得意魔法はレヴィコーパス。

 得意科目は呪文学、変身呪文

 苦手科目はDADA、魔法薬学。

 

コリン·クリービー(愚者)

 

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 ハリーがクィディッチチームをクビになろうとザビニの母親の一件があろうと態度を変えなかった。特筆すべきは高い精神力とスリザリン生相手でも物怖じしない勇気。

 スネイプからはピーターと重ねられ憎まれている。

 得意魔法は飛行魔術、苦手魔法は変身呪文(コンジュレーション)全般。

 得意科目はDADA、呪文学。

 苦手科目は魔法薬学、変身呪文。

 

ジニー·ウィーズリー

 

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 ……チョウと同じくこの二次創作において割りをくっている被害者。一応擁護するならハリーとの関わりが薄い上ハリーの性格自体が原作と大分違う。

得意魔法は原作同様蝙蝠の鼻糞の呪い。

 

 

シリウス·ブラック(死神)

 

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 心に青が棲んでいる中年男性。ただ一人生き残った最後の親友と親友と同じ問題を抱える人たちのために奔走し、社会人として仕事を続ける聖人。ただしそれでも過去の黒歴史は消えない。

 パトロナスは学生時代はグリム、現在は牡鹿。

 闇祓いとしての正規訓練は受けておらず、騎士団時代にマクゴナガルや闇祓い達に稽古をつけてもらっただけなので、変身術師としての力量は明確にマクゴナガルやプロの闇祓い未満。ただし勘を取り戻したお陰で、杖の動きの法則を無視して魔法が撃てる(通常魔法は魔法ごとに適切な杖の動きがあり、それを無視してもろくな結果にはならないがシリウスは問題なく使える)。

 政治工作の結果、魔法省内部で狼人間用脱狼薬の研究に予算を投じさせることに成功した。

 

マリーダ·ブラック(正義)

 

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 婚約者が頭グリフィンドール野郎だったのでライオンのぬいぐるみを買ったり動物園のライオンを見たり勇敢さのメンタルコントロール術を学んだりした人。なおシリウスのパトロナスは牡鹿だった。マリーダはキレた。

 アンドロメダ·トンクスと違い家族仲は良好なため、グリフィンドールのこともまあ好きだが古巣のスリザリンが嫌いになったわけではない。

 パトロナスは学生時代はバンシィ、現在は雌獅子

 

 

セブルス·スネイプ(刑死者)

 

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 心に闇が棲んでいる中年男性。贖罪と他者からの恩義に生きる教職員。仕事には真面目だが、生徒に対してハラスメントを繰り返すため三寮生からは蛇蝎の如く嫌われている。何ならスリザリン生ですら嫌うやつもいる。ホグズミードの一件で本人の罪を意識され生徒と距離を置かれるなどひどい目にあっている。

 魔法省から予算が降りたのでので狼人間用脱狼薬の改良に着手しており、先日学会に治験データを含めた研究内容を発表した。また、スクリュートの毒素の成分分析結果も後日毒物学会に発表するつもりである。

 この世で唯一の楽しみであるリリーの目の色を変えることからダフネ画像ブラックリストに入った。

 パトロナスは皆様の想像通り。

 

 

ダフネ·グリーングラス(恋人)

 

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 グリーンと名がつくが黒髪黒目。チョウやジニーとは異なり美人設定もない普通のスリザリン生だが、チョウにも負けない艶のある黒髪。しかし休日には気分転換のためによく髪の色を変える。あまり運動神経には優れておらず体力も並。

 人並みの精神力で異常事態に遭遇し、正気度(SAN)を一気に削られてあわや闇堕ちかと思われたが恋という魔法によって踏みとどまった。

 得意科目は薬草学、ルーン文字、魔法薬学。

 苦手科目はDADA、呪文学

 得意魔法は化粧に使える程度の軽度な変身呪文、苦手魔法はエクスペリアームスなどの戦闘系の反射神経を要求される魔法全般。

 パトロナスはメンフクロウ。

 

アルバス·ダンブルドア(審判)

 

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 転入生とはツーカーだったが、原作設定を踏襲して対等の友人にはなれなかった。

 スリザリンの問題点と美点を理解している。自分の行いが正しいのかどうか常に迷いながら判断を下し続けている。

 パトロナスは不死鳥。

 

 

リーマス·ルーピン

 

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 社会の辛さと大人の苦しさを噛み締めている苦労人狼。マローダーズのヤバい奴。

 あらゆる職場を経験し、ジェームズから借りた金も何とか返済できたものの定職には着けず、マグルの子供相手の家庭教師で生計を立てていた。

 本作では学生時代、事故によってリリーと親しくなったことが当時のスネイプとの確執のきっかけ。

 パトロナスは狼。ただし、(覚悟していたとはいえ)殺人の心理的負担は大きくディメンター相手にパトロナスを出せなかった。

 

ニュート·スキャマンダー

 

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 前作(メタ的にはウィザーディングワールド映画第二シリーズの)主人公。ダンブルドア同様、最悪な出来事を目撃してしまった不運な人。プロテゴ·ディアボリカで戦争の記憶を思い出して体調を崩しホグワーツを去って養生している。

最近は魔法生物への理解がある若者が少ないと思っていたが、ハリーに対しては蛇科の動物専門での才能を感じ、またルナにはファンタスティックビースト全般への好奇心の強さに才能と危うさを感じている。

 パトロナスはニフラー。

 

ルビウス·ハグリッド(法王)

 

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 いろんな意味で問題ありまくりの教師。ただしスクリュートに関しては本作では合法。何でって来年のアレで出てくるからである。

 ハリーがアラゴグのことを知ったときどうなるかが作者も怖い。

パトロナスは原作と同じく出せない(無形)。

 

フィリウス·フリットウィック

 

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 決闘クラブの顧問であり、レイブンクロー寮の監督。省きまくっているがハリーにとっては実はスネイプより長く会話している。二年前一年前と自寮のOBがひどい問題を起こした後だったのでルナの表彰には飛び上がって喜んだ。

パトロナスはゴブリン。自分のルーツに関わるためあまり出したくない。

 

ニンファドーラ·トンクス

 

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 本作では現役闇祓いということで変身術ならシリウスより上という設定。機密情報をダンブルドアにばらすなど明確に軍人失格だが、上司に恵まれた結果黙認された。

 本作では母親の教育の結果としてハッフルパフに入ったという設定だが、ハッフルパフに相応しい寛容さや真面目さ、他者への公平な視点を持っている。

 ハッフルパフの英雄であり希望としてハッフルパフ生たちを元気付けた。

パトロナスはウサギ。

 

七年生組

 暗黒時代に入る前に卒業できた勝ち組たち。

 

パーシー·ウィーズリー(運命の輪)

 

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 人の心がわからないいけすかないエリート(双子評)。卒業後の進路は原作通り。十二科目を受けてる人はタイムターナーによる激務を乗り越えたということで、魔法省でも酷使される日々が待っている。本人は自分の能力を発揮できることを喜んでいる。

パトロナスはイタチ。父アーサーとお揃いである。アーサーの息子自慢でそれを聞いたシリウスはひどく羨ましがった。

 

オリバー·ウッド

 ハリー未満のシーカーで性格にもやや難があるコーマック·マクラーゲンをうまく操縦しながらチームをまとめあげた本作の影の苦労人。そのガッツを認められ、卒業後は原作通りプロとなった。

パトロナスはカエル。

 

マーカス·フリント

 

 ラフプレーと純血主義というスリザリンの負の側面の象徴のような人だが、体罰は容認していない。あと箒から落ちて死にそうな奴をチームに入れるほど倫理観が欠落してもいない。原作では留年疑惑があったが本作では無事卒業。卒業後は魔法省のゲームスポーツ局に所属。つまり……。

パトロナスはオランウータン。

 

ガーフィール·ガフガリオン(法王)

 

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 決して天才ではない秀才代表。グリフィンドールOGのとある女子と交際を続けている。卒業後はグリンゴッツに就職。やっと自分の上位互換のパーシーから解放されたと思ったら、さらにその上位互換のビルが上司にいた。

 パトロナスはアヒル。

 

 

アグリアス·ベオルブ

 

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 ハーマイオニーに良からぬ思想を吹き込んだ(この二次創作限定の)張本人。まぁハーマイオニーも納得しているしいいだろう。実は剣術の才能があるが本人もその才能に気付くことはなかった。

 卒業後はヒーラーの資格を取得するため聖マンゴで研修中。

 パトロナスは雌獅子。

 

ジェマ·ファーレイ

 偏見や差別心が薄いスリザリン女子代表。卒業後はドラゴンライダーとしてウェールズの研究所に就職。

パトロナスはドラゴン。

 

 

六年生組(ハリーの三年上)

バナナージ·ビスト

 

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 決闘クラブ部長。ダンブルドアによって次年度の主席となった。

 部内でカルトや恋愛するのはあんまり容認しない。ハッフルパフ生らしくマトモな価値観を持ち合わせている。鉄火場で知り合いを殺せるほどイカれていない。

 経歴と実力、思想などあらゆる面で主人公っぽい(そもそも他のオリジナル登場人物と違って元ネタが主人公)が主人公補正がない。

 パトロナスはリンクス→ユニコーン

 

マクギリス·カロー

 

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 火遊びを繰り返したものの転入生にボコボコにされて色々と憑き物が落ちた。ただ純血主義は変わらずに信仰しているし、ハリーが純血主義を信じてくれるならば全力で支援する腹積もりでいる。

 パトロナスはまだ無形。

 

リカルド·マーセナス

 彼女を得たことで余裕が出来たリア充。今作ハリーとほぼ同じである。

 パトロナスはバイコーン。

 

イザベラ·セルウィン

 バカばかりやっていたイケメン(マーセナス)を諌めることが出来て満足している女子監督生。この勢いで七年生時の首席の座を狙っている。

 パトロナスはバイコーン。

 

セドリック·ディゴリー(塔)

 

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 成績優秀かつ容姿端麗、高身長の期待の星。そのため周囲からのプレッシャーも凄まじい。

 人がよく、よくも悪くも悪意や敵意にあまり慣れていない。

得意科目は変身呪文。十科目を受講し全てで優秀な成績を修めている。

パトロナスはドーベルマン。

 

 

一年生(ハリーの二年下)

アストリア·グリーングラス(太陽)

 

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 バリバリの純血主義者で血の呪いにかかっている。ただし愛嬌があるのかグリフィンドール生からは舐められ可愛がられている。

 

ドロレス·アンブリッジ

 

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 スリザリンによくいる上昇志向の強い半純血。シトレへのアドバイスは、シトレの恵まれた境遇への嫉妬心もあったが半分は善意。元クィディッチ選手で人脈があるのだろうと期待してシトレを迎え入れたらやたらと輪を乱す部下だったというオチ。三年メンターとして付き合ったが放り出した。

パトロナスは原作同様、猫。

 

 

アントニン・ドロホフ

 

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 炎魔法の扱いに長けた歴戦のデスイーター。性格上のモデルは忍○と極○の極道。綺麗な目をしているが騙されてはいけない。

 本作独自設定としてダームストラング出身。

 自分や身内(仲間)に甘く、弱者を食い物にし、暴れることに生き甲斐を見出だす典型的デスイーター。

好きなものはウォッカと仲間、例のあの人。嫌いなものは裏切り者。

 

シオニー·シトレ

 

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 初登場時の強キャラムーヴが嘘のように馬脚を表した元キャリアウーマン。ほとんどのハリポタヴィランとは異なりもとは恵まれた環境にあったが……。ハッフルパフが劣等生という誤解を広めかねないやつ。スリザリンに入ったら誰かの取り巻きになって学生時代の幸福度は低かったと思う。

 似たような動機で動いたクィレル教授と比較すると、ヴォルデモートに敗北するまでは高潔だった上ハリー相手にも最後まで闇の魔法は使っていないクィレル教授の方が真人間だったことがよくわかる。

 好きなものは自分、自分を褒めてくれる人間、勝利、努力。嫌いなものは無能、忍耐、敗北。

 かつてはリスのパトロナスを出せた。闇の魔法使いとして堕ちてからは、もしも出したらリスに体の中を食い荒らされて殺害される。

 

 

 

 

転入生(画像右下)

 

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 バグ枠。ボガート。世間的には闇の魔法使いとして歴史の表舞台から姿を消した。

 

 



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魔法や設定(三年生編終了時点)

原作にあるものから本作独自のものも。


 

設定

 

LOVE…Level Of VioLence。そのまんまアンダーテールの暴力レベル。

 レガシー主人公のように、この世界においても殺戮を繰り返すことで己の魂を壊し、他者や魔法生物の魂を己の糧として魔力を上げることは出来る。現実の体格とか筋力とかと同じように個人の才能によって上がりやすさとかはある模様。

 LOVEが高い子供の魔法使いは精神の均衡を崩しやすく、己を特別な存在と過信したり暴力への忌避感が薄れて闇の魔法使いとしてのレベルが上がり闇の魔法を発動させやすくなる。

 ただし、LOVEが高いからといって必ずしも屑とは限らない。闇祓いのように高い自制心で己を律することが出来ればいいのである。

 

聖域……禁じられた森に存在する古代魔法を祀った場所。密漁者とか闇の魔法使いに狙われないように防護措置が取られている。密漁者は大体がハグリッドに撃退される。

 

聖石……魔力を秘めた超強力な宝石。本作の独自設定。

 アリエス……牡羊座の宝石。水の加護を得る。これを持っている人間はどんな環境においても渇いて死ぬことはないという伝承がある。

 

 タウロス……雄牛座の宝石。空の加護を得る。これを持っている人間はどんな体制においても落下して死ぬことはないという伝承がある。

 

 ジェミニ……双子座。意志疎通の恩恵を得る。これを持っている人間はどれ程過酷でも孤独になることはないという伝承がある。特殊な加工が施された二対で一つの琥珀色の宝石。時代の変化に従い電話が登場すると魔法使いの間でも不要な代物となったが、ホグワーツのような環境下では有用。

 

 キャンサー……蟹座の宝石。地の加護を得る。これを持っている人間はどれ程の圧力を加えられようと圧死することはないという伝承がある。

 

 レオ……獅子座の宝石。勇気の加護を得る。これを持っている人間はどれ程の困難に見舞われようと己を見失うことはないという伝承がある。

 

 ヴィルゴ……乙女座の宝石。死の加護を得る。これを持っている人間は黄泉の国から帰ったという伝承がある。

 

 リベラ……天秤座の宝石。正義の加護を得る。これを持っている人間は偽ることが出来ないという伝承がある。

 

 スコルピウス……蠍座の宝石。豊穣の加護を得る。これを持っている人間はどれ程の環境におかれても飢え死ぬことはないという伝承がある。

 

 サジタリウス……射手座の宝石。射手の加護を得る。これを持っている人間はどれ程困難な視界であっても標的を見逃すことはないという伝承がある。

 

 カプリコ……山羊座の宝石。変化の加護を得る。これを持っている人間はどれ程の敵に遭遇しようと変化し難を逃れるという伝承がある。

 

 アクエリアス……水瓶座の宝石。酒の加護を得る。これを持っている人間はどれ程の環境におかれても酔うことはないという伝承がある。

 

 

 

 

 

 パイシーズ……魚座。緑色の宝石。海の加護を得る。これを持っていればどんな激流に飲み込まれようと深海に潜ろうと無傷で活動できるという伝承がある。海洋研究者の魔法使いにとってはまさに至高の宝石。

 

 

 サーペンタリウス……蛇使い座の宝石。翡翠色。使用者を守り助ける他の聖石とは異なり、使用者に破滅をもたらすという伝承がある。使用者の魔力を増幅させ、最小の魔力で使いたい魔法を最大力で出せる(ボンバーダならボンバーダ マキシマ)。ただし、使用者の熟練度ご低くマキシマ(最大化)を使えなかったり、そもそも最大出力で出しているのにこの石を使うと暴発する。非常に危険きわまりない代物。

 

 

 

魔法

 

エクスペリアームス(武装解除)……原作ハリーさんの十八番。基本的なチャーム。二年生くらいからでも使うことが出来て対人戦闘では有効なのだが、本作のハリーはクィレルがワンドレスマジックで反撃してきたトラウマもあってあまり使わない。

 

プロテゴ(護れ)……基本的な防御魔法。自分の周囲に防壁を展開する。みんなバンバン使うから忘れがちだが、六年生で習う高等魔法。覚えたては練度不足のため簡単なチャームくらいしか防げないはず。

 

インセンディオ(炎よ)……自分の周囲に炎を展開する。炎系統魔法の初歩。範囲は狭いものの一年生でも使える。決闘クラブでは、危険なのでまずはアグアメンティを習得してから習得することとしている。

 

アグアメンティ(水よ)……杖から水を生み出し噴射する。インセンディオと対をなす魔法であり、水系統魔法の初歩。

 

グレイシアス(凍結せよ)……自分の周囲を凍結する魔法。決闘クラブでは暴発時の凍傷対策に、必ずアグアメンティでお湯を出せるようになってから習得する。

 

スペシアリス レベリオ(化けの皮よ剥がれろ)……変身呪文で隠されたものを暴く魔法。一年生でも使える。熟達するとレベリオだけで同じ効果が得られる。

 

ポイント ミー(方角を示せ)……地図の上に自分の現在地点を示したり、目的地への方角を指し示すことが出来る魔法。便利だが、特に中学生くらいの男子は軽視しがち。

 

エグジ(出ろ)……変身術に付け足す言葉。出したい動物+エグジで、空気や物体を変形させて任意の動物を出すことが可能。使用者の熟練度や杖との相性、変身術理論の理解度、本人と動物の相性などが悪いと命令を聞かない。

 

 

 

エクスペクト パトローナム(パトロナス召喚)……強い幸福感と魔法出力を必要とする高等魔法。善の魔法使いの象徴とされることも多い。だが、実際は闇の魔法使いでなくても性格の悪い人間でも使えてしまう。有体のパトロナスの形は本人の内面を表すとされているが、バイコーンだのバジリスクだのが出た人は……

 

ニードレス(針よ出ろ)……大理石を変形させて針を出す変身魔法。メタ的に強すぎる魔法なので、大理石しか変形させることが出来ない。

 

ボンバーダ(爆発)……小規模の爆発を起こすチャーム。扱いやすい魔法。双子は花火の代わりに多彩な色のボンバーダで生徒たちを楽しませている。

 

インカーセラス(縛れ)……杖から縄を出して相手を拘束する魔法。熟練者なら布だったり相手の服だったりを利用して縛ったりもする。

 

 

 

レラシオ(離せ)……インカーセラスの対抗呪文。杖を向けた箇所を離す。

 

 

 

アクシオ(来い)……物体を呼び寄せる。汎用性が高く人も呼び寄せられる。制止のルーンを服に刻んだりプロテゴで阻むなどの対策は可能。また、物体の重量が大きく重くなるほど引き寄せは難しくなり、気体や液体の引き寄せは専門的な技術が必要。

 

フィニート インカンターテム(止まれ)……魔法の効果を停止させる。既に引き起こされた事象には効果はなく、複雑な魔法や高度な変身術、一部の闇の魔術など停止させられない魔法も存在する。。

 

レヴィオーソ(浮遊)……対象物を浮かせる。

 

ディフィンド(切断)……対象物を切断する。まともなホグワーツ生のほとんどは物体に対して使う。

 

ロコモータ(移動)……対象物を動かす。レヴィオーソと組み合わせ、自分に使うことで飛行が可能となる。

 

フレイム グレイシアス(炎よ凍れ)……自分や周囲の物体に炎を凍りつかせる性質を与える。熟達すれば闇の魔術の炎の中でもそれなりに耐えられる。本作のオリジナル魔法だが、原作でも中世時代の魔法族ヴェンデリンが焔を凍結させマグルをおちょくっている。

 

プロテゴ インセンディオ(炎よ 私と私の信ずるものを護れ)……プロテゴの効果を持ったインセンディオを自身の周囲に展開する。この炎は自分の護りたいものに危害を与えず、それ以外のものを燃やす。プロテゴ ディアボリカより威力では劣るが使い勝手はよい。

 

カース……魔法の中で闇の魔術の次に危険とされる。ハリーは命の危機が多かったのでやたらとカースを覚えまくってしまった。

 

コンフリンゴ(爆破)……オレンジ色の閃光が着弾した物体を爆発させる。

 

エクスパルソ(爆破)……青い閃光が着弾した物体に大爆発を起こす。コンフリンゴより規模も威力も大きいが大量の魔力を消費する。

 

闇の魔術……カース以上に強力で、使用には悪意と本気の感情が必要とされる邪悪な魔法。法律で闇の魔法使いや闇の魔法生物以外への使用を禁じられている。無言で闇の魔術を撃てる人間は稀で、殺意や大量の魔力を感じ取る人間もいる。

 

カタバ ロコモータ(死体操作)……死者の魂を従え(インペリオ系統の闇の魔術理論)、遺体を思いどおりに操る(こちらはロコモータ系統の理論)。自動で動き回る遺体はインフェリと呼ばれ、闇の帝王全盛期にその腐臭と視覚的嫌悪感、倫理的嫌悪感から魔法界を恐怖の底に落とした。死者への冒涜きわまりない魔法。使用者の力量でインフェリの動きの質も変わる。

 

プロテゴ ディアボリカ(悪魔の護り)……自身の周囲に蒼い炎の輪を形成し、己に対して忠誠心(信頼?)を持つ人間以外は焼きつくすとされる魔法。闇の魔法の中では防衛的な使い方も可能だが、信頼関係が必要なためデスイーターで使い手はあまりいない。

 

フィンド ファイア(悪霊の火)……詠唱名はペスティス インセンディウム(悪霊の火よ、全てを焼きつくせ)。プロテゴ ディアボリカ以上の火力を持つ焔を任意の形に形成して出力する。高度な魔法制御技術が必要なため、密室空間で放って自分はテレポートで逃げるなどの工夫が必要。たまに制御できる闇の魔法使いがいる。

 

インペリオ(支配)……最悪の闇の魔術の一つ。術者の力量と被害者の精神力次第で抵抗できるかどうか、意識の有無が決まる。偽りの幸福感と快楽を受けた人間は一種の中毒状態に陥ることから、社会復帰が難しくなる人間も。

 

クルシオ(拷問)……最悪の闇の魔術の一つ。この魔法を受けた人間はあらゆる種類の苦痛を体感するが、一切の外傷は残らない。しかしほとんどの人間は恐怖に屈する。この呪文は受けた人間の魂に対しても悪影響を与えるとされ、現在損壊した魂の治療法は見つかっていない。

 

 

アバダ ケタブラ(死ね)……最悪の闇の魔術の一つ。緑色の閃光を受けた人間は肉体と魂が分離し、死ぬ。死亡時の転倒による影響以外に外傷は残らない。本作では気休めで間に動物(疑似生命)を挟むことで対策しているが、対抗呪文が存在しない以上死ぬときは死ぬ。

 

 



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炎のゴブレット編
結婚式


 

***

 

 ハリー・ポッターの夏期休暇は、シリウスからの電話によって幕を開けた。それまでの日常は休暇ではなく、端的に言えば飢えとの戦いの日々だった。

 

 ダーズリー家で日常を送ると覚悟してきたハリーだったが、その生活待遇は去年までよりもある意味で悪化していた。ダドリーの体重増加にともない、ダーズリー家ではダイエットが敢行されていた。肥満気味のダドリーやバーノンにとっては適量の食事も、ペチュニアにとってはやや少なめの食事量になる。ペチュニアは元々ハリーに満足のいく量の食事を与えたことはないが、今回は己の食事量の少なさを考えて、自分より惨めな人間がいる方が気が休まると考えたのか、ハリーの食事量も減らした。

 

 ハリーは決闘クラブでの活動で、クィディッチほどではないが代謝が増えていた。ただでさえ成長期の肉体にダイエットは辛いと、ハリーはシリウスに救援を求めた。

 そして、最初の電話でシリウスは言った。

「何?ダイエット?」

「そうなんだ。まぁまぁ難儀だよ」

ペチュニアとバーノンが寝静まり、ダドリーは二階の自分の部屋で豚のようないびきをかいている。ハリーは小声で訴えた。

「あいつらはこっそり食べられるからいいけどね。僕は骨と皮だけになりかけてるよ」

「分かった分かった。ハリー。ちょいと早いが、結婚式ももうすぐだ。バーノンにも事前に話は通してある。明日の昼に迎えに行く」

 ハリーの胸は高鳴った。明日は大嫌いなダドリーから解放される。そして、夏休みの間ダーズリー家に戻らずに済むのだ。

 

(……結局今回もダメだった)

 

 バーノンは今回ハリーを押し込めるようなことはなかった。しかし、ハリーとは会話らしい会話もなかった。

 

 

 ハリーは何度かバーノンと会話を試みたが、その度に頭を過るのは二年前のバーノンの言葉だった。

 

『こんなことを言う子供ではなかったのだぞっ!』

 

 バーノンの意に沿うような子供らしい行動というのは、ようはダドリーのような振る舞いだ。親に甘え、我儘を通して頼る。そして、自分の赴くままに気に入らない同級生や年下の子供を殴る。後者に関して、ハリーはバーノンとペチュニアがダドリーを叱っているところを見たことがなかった。

 

 ハリーは自分が、そんなバーノンと関係を修復したいと本気で思っているのか疑問だった。ハリーは、自分が本当に思っているのは、バーノンのことではない、と思った。

 

(……僕は彼らを傷つけたい訳じゃない。それは違う。絶対にやっちゃいけないことだ。でも……)

 

 バーノンたちの幸せを心の底から願っているわけでもなかった。ハリーは、そこまで綺麗にはなれなかった。

 

 

 ハリーは自分は単に、ボガートによってハリー自身の魔法使いとしての人生を邪魔されたくないだけなのではないかと思った。ボガートによって、ハリーはDADAの最終試験を落とした。ハリーが今後夢である錬金術師になるためには、ボガートに対する対処法方を何とかして身につける必要がある。しかし、ハリーのボガートはバーノンなのだ。

 

(……それは……マグルだからってダーズリー家を差別しておいて、今さら仲良くなんてそれは、虫がいい考えだよな……)

 

 そもそもハリーとバーノンたちの関係は健全ではなかった。ハリー自身は、ハグリッドによって己の秘密を知るまではそれを仕方のないことだと受け止めていたが、ハグリッドに全てを明かされたとき、ダーズリー家の全てを憎んだ。

 

(この家で僕に与えられた暴力や飢えや無関心は、物置小屋の暗闇は、僕を愛してたからじゃない。僕が化け物だったから、連中は怖がって化け物を遠ざけようとしたんだ)

 

 ハリーはそう認識していた。そこに愛があったなんて思いたくもなかった。だからこそ、魔法使いとして生きていくことがハリーの支えだった。そんなハリーにとって、ダーズリー家での時間は自分にとって無駄だと思った。この家ではまともに宿題も出来ないのだ。

 

 ハリーの頭に、シリウスの妻となるマリーダの言葉が過る。

 

『スリザリンの人間として恥ずかしくない行動をしろ』

 

 スリザリンのOGであるマリーダはハリーにそう言った。ハリーは、共に過ごした期間は僅かでしかないが、バーノンやペチュニアよりはシリウスやマリーダに愛情を感じていた。ハリーが命の危機にある時、彼らは己の身を呈してハリーのもとへ駆けつけてくれたのだ。

 

 シリウスの妻となるマリーダはスリザリンで育ちながらマグルの社会で仕事をこなし、シリウスとの結婚まで漕ぎ着けた。マリーダがマグル差別をしていたとは思えなかった。彼女は、マグルを害さないように己を律してマグルの中で振る舞うことで己自身を守った。それこそが、スリザリン生らしい狡猾さなのではないかとハリーは思った。

 

(スリザリンの教えを表面上だけで捉えて、マグルを差別してよいと思ったのは僕自身だ。甘かった。本当に)

 

 ハリーはスリザリンの教えを、単なる自分自身への甘えとして使ったのだ。差別しておいてその上、自分のために関係を修復したいなど、うまく行かなくても仕方ないのだとハリーは思った。

***

 

 

「お久しぶりです、皆さん。……ハリー。迎えに来たぞ!」

 

 翌日、十一時過ぎに、シリウスはハリーを迎えに来た。ダドリーはその場に居らず、ハリーとペチュニアが台所で昼食の準備をしていただけだった。ハリーはペチュニアに視線を向けた。彼女は、ハリーの方を見向きもしなかった。

 

「それではペチュニアおばさん、失礼します。……短い間でしたがお世話になりました」

 

 ハリーは事務的に頭を下げた。ペチュニアは返答しなかった。

 

 ハリーの準備はすでに出来ていた。ハリーは自分の荷物を持つと、玄関に向かった。シリウスは、玄関先でぽつんと待たされていた。

 

「君が来るのを待ってたよ。……バーノンもペチュニアも、会ってはくれないようだ」

 

 シリウスが残念そうに言った。ハリーは皮肉な笑みを返した。

「お互いにとってその方がいいんだよ、きっとね」

 

 

ダーズリー家から離れられることもあるが、それ以上にハリーにはシリウスに会えることが嬉しかった。ハリーは何一つ未練なく、魔法の世界へと戻っていった。

 

 シリウスはサングラスをかけ、自分の表情をハリーに見せないようにした。内心ではダーズリー家に文句の一つも言いたかったが、ハリーの前ということで自重したのである。シリウスは自分が短気であることを自覚していた。ハリーの前で、激怒した姿を見せたくはなかった。ただでさえハリーは思春期の不安定な時期なのに、マグルへの差別心を植え込みたくはなかったのだ。

 

「やはり少し痩せたな。……食べるか?」

 

「ありがとう。腹ペコだったんだ」

 

 シリウスの車に乗り込んだハリーは、フィッシュアンドチップスを頂いた。ベタついた油と酢の風味はハリーの胃を刺激し、ハリーははじめて暖かい気持ちで景色を見ることが出来た。

 

『おお、今度は屋敷かぁ。まったくせわしねえなぁ』

 

『苦労をかけるねアスクレピオス。でも、君が気に入りそうな落ち着いたところさ』

 

 ハリーは愛蛇のクスシヘビ、アスクレピオスを撫でながら、プリベット通りの閑散とした家をあとにした。

 

 

***

 

 シリウスとマリーダとの結婚式には、マリーダの父や、マリーダの親類であるビスト家の人間が参列して、ささやかな式を挙げた。新郎側の親類は全滅していたので、親友であるリーマス·ルーピン氏がその役をこなした。ハリーの友人たちやその親も来ていた。新郎側の親族として登場したリーマスに子供たち全員が驚くなか、ハリーとリーマスは、笑顔での再会を果たした。

 

「やぁ、ハリー。……約束通り、広い世界で会えたことになるかな?」

 

「ここに来るなら仰って下さればよかったのに!」

 

「いや、すまない。驚かせたかったのでね」

 

 ハリーの預かり知らぬところではあるが、実は、式には魔法界の人間の他に、マグルのダーズリー一家も招待されていた。しかし、ダーズリー一家は魔法使いと関わることを拒んだ。シリウスは己の不徳の致すところとマリーダに詫びていた。マリーダは仕方ないと笑って許した。

 

『きっと彼らはシリウスでなくても関わろうとはしなかった。廻り合わせが悪かった。それだけのことだ』

 

 

 マリーダはシリウスよりかなり若く、現在の年齢は二十七歳だった。間違いなく純血とされ、全盛期よりは落ち込んだものの資産も名誉もあるブラック家の当主と、(自称)純血一族の茶髪の魔女の結婚は世間を騒がせたが、二人の関係は良好だった。デスイーターを相手にして共に死線を潜ったことからもそれは明らかだった。

 

 式が執り行われ、参列者と新郎新婦は親しげに談笑をかわす。マリーダが真っ先に話しかけたのは、シリウスの親友であるリーマスだった。二人は人気のない場所で話し出した。

 

 

 

「久しぶりね、リーマス」

「ああ。元気そうで何よりだ、マリーダ。ここ最近、あれほど嬉しそうなシリウスを見たのははじめてだった。あなたの力だ」

 リーマスがマリーダに握手を求めた。マリーダはそれに応えた。二人はしばらく話し込んだあと、マリーダが踏み込んだ話をした。

 

「……シリウスを本当に元気付けたのはハリーなのではないか、と思うときがあります。彼は、ハリーと会ってからとても幸せそうだった。生き生きとしていました」

「……」

 

(あいつ……)

 

「気のせいですよ。結婚式前に式を成功させられるか憂鬱になるのは誰でもあることですし、逆に式が近付いて元気になるのもままあることです」

 

 リーマスは、マリーダの言葉から不穏な響きを感じ取った。リーマスの言葉に、マリーダは首を横にふった。その不安を裏付けるように、マリーダは言葉を重ねた。

 

「シリウスの親友であるあなたにお伺いしたいのです。……私は、彼から自分のパトロナスはグリムだと聞いていました」

 

 リーマスの嫌な予感は的中した。マリーダは優れた魔女であり、勘もよい。彼女は、シリウスのパトロナスが本来のそれと違うことに気づいたのだ。

 

「彼のパトロナスを、先日のホグズミードの一件であなたもご覧になりましたね?」

「ええ、確かに」

 

 リーマスは認めざるをえなかった。あの場でプロングズを見たのは、紛れもない事実だった。これを否定しても意味はない。マリーダは必ずそこに何かあると確信するだろう。

 

「あれは、私の目には牡鹿に見えました。……あなたは牡鹿の魔女に心当たりがおありですね?」

 

「いいえ」

 

 リーマスの言葉に、マリーダは目を見開いた。

 

 シリウスの想い人が魔女であれば、どれ程よかっただろうとリーマスは思った。異性を思って、パトロナスが変化するのは誰にでもあることだ。

 

 しかし、マリーダは唇を震わせていた。

 

「……騎士団に所属しておられた魔女に、マーリン·マッキノンという方が居られました。そうでなければ、……リリー·ポッター……」

 

 リーマスは、マーリン·マッキノンという魔女を知っている。それはリリー·ポッターの親友であり、先の内戦で死亡した魔女だった。

 

 マーリンにすべての罪を押し付けてマーリンを悪役にするか、リリーを悪役にするか。リーマスが選んだのは、そのどちらでもなかった。

 

「二人とも、牡鹿ではありません」

「ならなぜ……彼は……」

 

マリーダが震える声で言った。リーマスはかける言葉がなかった。それでも彼女は真実を知ろうと懸命だ。そこには確かに愛があるのだ。そして、彼女は真実にたどり着いた。

 

「では……まさか……いえ。やはり、そうなのですね?……あの牡鹿は、ジェームズ・ポッター氏なのですね?」

 

「いいえ!違う。それは違う」

リーマスは即座に否定した。その言葉を聞いたとき、マリーダの瞳が一瞬悲しげに揺らめいたのを、リーマスは見逃さなかった。だが、リーマスにはマリーダの言葉を肯定することは出来なかった。

 

 

「あれは……あれは、ジェームズではありません。現在のシリウスそのものです!」

 

リーマスは賭けに出た。親友の幸せを願うものとして、若い新婦を絶望の底に落とすことはできなかった。

 

「ジェームズは死にました。あれからもう……十三年も経っています」

 

「……ですが、ジェームズ氏は牡鹿なのですよね?」

「そうだとしても……シリウスはシリウスに他なりません。彼は……シリウスはシリウス以外の何者でもない。それは間違いないことです。彼のパトロナスは彼自身の本質を示すものです。それが黒犬ではなく牡鹿に変わることに、何の不自然がありますか?たまたまそうなった。それだけのことです」

 

「私はシリウスの秘密を知っています」

 マリーダから投下された爆弾は、リーマスの口を強制的に閉じさせた。

 

 

 アニメーガスが変わる動物は、本人の魂の形を映すとされている。それはパトロナスの形とも重なるが、一度アニメーガスになったときの動物は、パトロナスが変化してもそのままだ。

 

「……シリウスは……わたしに言いました。ジェームズになろうと決めたと」

 

 リーマス·ルーピンは絶句した。マリーダは、寂しげな顔で微笑った。それは、諦めと怒りが込められているようにリーマスには見えた。

 

 

「私は……シリウスからそれを聞いたとき、覚悟していたことだと思いました。彼にとっては、命をかけても復讐したかったほど大切な親友がいたことも、シリウスが親友の忘れ形見のゴッドファーザーであることも」

 

 けれど、とマリーダは言った。

 

「私は……怖いのです。シリウスがジェームズを愛することに、嫉妬してしまう自分が……ハリーまでも憎んでしまうのではないかという自分が……怖いのです」

 

 リーマス·ルーピンは、学生時代からシリウスの交遊関係の尻拭いをしてきた。主にシリウスが付き合ったあと、リーマスやジェームズ、ピーターの方を優先するあまり激怒する女子たちの話し相手になって、円満に別れるまでの調整役になってきた。

 

 だからこそ、リーマスは言った。親友が掴みかけたものが溢れようとするのは、もう沢山だった。

 

「……マリーダ。シリウスは、貴方のことを愛しています。貴方に向ける愛も、シリウスがジェームズに向ける愛も、どちらにも偽りなどないのです」

 

 こんな理屈が通じる筈がないとリーマスにはわかっていた。女性にとって、生涯を共にする伴侶が、自分以外の誰かを愛していることほどの屈辱があるだろうか。それも、女性ではなく男性をだ。

 

「……私は、神の前で愛を誓いました。それは……それは、それも含めて彼だと知っていたからです」

 

 その時、リーマスは理解した。マリーダは、シリウスを見限ったのではないと。

 

「だから私は、シリウスを支えたいと思います。ジェームズ·ポッターの代わりになろうとしている彼を、私として。そしていつか、私を見てくれるように……」

 

 彼女はただ、シリウスの想いを確認したかった、それだけだったのだと。

 マリーダがわざわざリーマスに聞いたのは、シリウスに愛想を尽かしたからではなかった。シリウスを愛すると決めたからこそ、彼女は真実を確認したかったのだ。

 自分自身の選択を後悔しないために。

 

 

 

 

 

 





基本的にこの二次創作だと原作キャラはロクな目に遭ってないけど、シリウスはその最たるものだと思う。


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蛇同士の友誼

 

***

 

 

 結婚式場に集ったハリーの友人たちは、マリーダとシリウスの結婚を喜んでいた。中でも、ロンとハーマイオニーは、ブラック家の一員になったマリーダをとても尊敬していた。

 

 ハリー達もマグル式のドレスコードで参列をしていた。ロンはウィーズリーおじさんが『マグル式の』スーツを着込めると大喜びして借りたという藍色のスーツで、ハーマイオニーは普段ぼさぼさの髪をじっくりととりまとめ、橙色のドレスに身を包んでいた。魔法使いのローブではなく、なるべくマグル式の結婚式にしたいというシリウスの意向が反映されてのことだった。

 

「それにしても、マリーダさんはよくシリウスさんについていこうって思ったよな」

「そうだね」

 ロンが口を開いた。ハリーも同感だった。

 

「シリウスはグリフィンドール出身でマリーダさんはスリザリン出身だからね。水と油で合わないんじゃないかって思ったけど、うまくいってよかったよ」

 

「お前が言うと説得力ねえぞハリー」

 

 ザビニの突っ込みに少なくない笑いが起きた。ロンはひとしきり笑ったあと周囲を見渡して、そのマリーダがいないことに気付いた。

 

「でもマリーダさんの姿が見えねえな。どうしたんだろ」

 

「きっと恥ずかしいのよ。……でも変ね、さっきまであんなに浮かれてたのに」

「めでたい席に浮かれない新婦なんて新婦じゃないわ。どこかで羽目を外しているのではなくて?」

 

「けれどシリウスはここにいるのよ?それで羽目を外すなんてことあるかしら」

ダフネとハーマイオニーが言い合ったところで、ハリーはハッとした。ハリーのまえを横切ったリーマスの様子がおかしいような気がしたのだ。心なしか顔色が悪いように見える。

 

(どうしたんだろう……?ルーピン先生、さっきはあれだけ楽しそうだっのに)

 

 

 ハリーがリーマスに声をかけようとしたところで、そのハリーを呼び止める者がいた。最高級のブランドスーツに身を包んだドラコと、その父のルシウスだった。ルシウスからはほんのりと酒の香りがした。

 

(あれ、この人こんな感じだったっけ)

 

 ハリーはルシウスに微かな違和感を感じた。と言っても、ハリーがルシウスと会ったのはほんの数回でしかないのだが。

 

 

「これはこれは、ハリー·ポッター。しばらくぶりだね。我々がこのような低俗なマグルの格好をするというのはなかなかに屈辱的ではあるが、歴史あるブラック家の門出を祝わないわけにもいくまい」

 

「あ……どうも。ルシウスさんもお元気そうで。楽しんで頂けているようで嬉しいです。シリウスとマリーダさんの式を祝っていただいてありがとうございます」

 

 ハリーが社交辞令を口にすると、ルシウスは面白そうに笑っただけだった。一方のドラコは、やや気まずそうにハリーに握手を求めた。ハリーも握手で返す。その後ろではナルシッサが微笑んでいる。しかし、ナルシッサは視界にハーマイオニーやロンの姿を映すと即座に目を覆い、不快なものを見たという失礼な仕草をした。この場にナルシッサに追従する人間がいなかったために、滑稽なことになっていたが。

 

 

「やぁ、ドラコ。……趣味のいいスーツだね」

 

 ハリーはスリザリンの同僚であり、友人にそう言った。

 正直なところ、金にあかせた高級スーツは悪趣味としか思えなかったが、ハリーは無難にドラコを褒めた。ドラコのスーツは父親のそれとよく似ていたからだ。

 

「当然だ。ところで、こんなところで何をしに来た?」

 

「人を探してるんだ」

 

「ああ、マリーダ·ブラックか?それならあっちで見かけたよ」

 

 ドラコが言った『あっち』というのは喫煙スペースだった。子供がいる空間では吸えないという人間のためのスペースだが、マリーダはそこで何をしていたのだろうかとハリーは訝しんだ。

 

「そうか、ありがとう。居たならいいんだよ。急に居なくなったからね」

 

「ふうん。義母が恋しいって訳かい?」

 

ドラコは少し馬鹿にしたような声を出した。ハリーとしては義母という揶揄は心外ではあった。

 

「さぁね。僕には母親がいたことないんでそういう気持ちは知らない。それより、ぼくに何か御用でしょうか?」

 

 

 ハリーはルシウスを真っ直ぐに見て言った。ルシウスがハリーに何か用があるのは明らかだった。ハリーの後ろでは、リーマスがハリーを守るために控えていた。シリウスはマリーダの父親であるスペロアやビスト家の人間と話し込んでいて、こちらには来ない。

 

 一瞬、ルシウスもハリーに何か含みのある表情を見せた。だが、すぐにいつもの嫌味な表情に戻ると、やや高圧的な態度をとった。

 

「なに、このめでたい席は一つの節目だ。潰える筈だった純血の家系に存続の兆しが見えた。ブラック家の後継者が産まれるのもそう遠くはない。私はそれが喜ばしくてね」

 

「その通りです、父上」

まるで王様のご機嫌を取る家臣のようにドラコは恭しく頭を下げた。ハリーはそれが可笑しかった。

 

 

ハリーからは見えないものの、ハリーの後ろでは、ハーマイオニーやロンやファルカスらは何て品のない人間だとルシウスに非難の目を向けた。シリウスやマリーダが居ないからまだよいが、居たとしたらシリウスは激怒していただろう。マリーダのことを、子を産むためのものとしか認識していない発言だった。

 

 ダフネやアズラエルはルシウスを非難することもできなかった。親戚に一人はいるデリカシーに欠けた人間を思い出していた。魔法使いの寿命は長く、昔から生き残った魔法使いの中には戦前のマグル世界の価値観を引き継いだ、セクシュアルハラスメントの権化のような老害もいるのだ。いてほしくはないが。

 

「シリウスに家族が増えるのは良いことです。それがマリーダさんのような人なら尚更です」

 

 ハリーは、ルシウスの不快な目線に負けないように堂々とした態度で言った。

「そうだな……英雄殿にも喜ばしいことだろう。しかし良いのかな?シリウスに本物の子が産まれれば、義理の子など儚く脆いものだと思うが?」

ルシウスがハリーを『英雄』と呼ぶときは、大抵が侮蔑を含んでいる。今回もそうだった。

 

 ハリーの後ろではリーマスがルシウスとハリーとの間に割って入ろうとしたが、ハリーはきっぱりと答えた。

「それが本物の家族なら、そうあるべきです。僕は居候ですから。シリウスの幸せに邪魔なら居ない方がいいです」

 

 そう言って、ハリーはルシウスの目を見、そして気付いた。

 

(……この人、化粧をしている。目の下の隈を隠してるんだ……)

 

 

 そしてルシウスからは、隠しきれないほどのワインの香りが漂ってくる。明らかにルシウスは体調が悪く、過剰に酒を摂取していた。以前アズラエル主催のパーティーでは、ルシウスは高慢でありつつも余裕があった筈なのに、今のルシウスには余裕が感じ取れないのだ。

 

(……余裕がない?なんで?……怯えてる?何にだ?)

 

 ハリーの脳裏に浮かぶのは、ホグズミードで遭遇したデスイーター、アントニン・ドロホフの負け惜しみだった。

 

『てめえらが築き上げた人並みの幸せって奴を!全てブッ壊してやるからよぉ!』

 

(……もしかしてこの人、酒に逃げてるのか?怖くて?)

 

「なんと殊勝な心掛けだ。私が君の立場なら、もっと未練がましく言えただろうに」

ルシウスは愉快そうに笑った。ハリーにはルシウスの高笑いが、どこか悲鳴のようにも聞こえた。ハリーはさらに言葉を続けた。

 

「ですが、世の中には殊勝に考えない人間もいるみたいです。純血の足を引っ張りたいという人間もいます」

 

「ほう?ウィーズリー家かね?君はグリーングラス家と懇意にしていると聞くが、やっと君も考えを改めて」

「いいえ。ウィーズリー家ではありません。例えば、少し前に世間を騒がせた犯罪者は、幸せな人間の脚を引っ張りたいと思っているようです。気をつけてください、ルシウスさん」

 

 ハリーはルシウスに含みを持たせて言った。

(悪いことはしないでくれよ……)

 

 ルシウスの過去が具体的に何なのか、ハリーは把握していない。かつて昔のデスイーターによって殺害された魔法使い達の記事を読んだくらいだ。しかしそれを把握して調べてしまえば、ルシウスの罪が拭いきれないほどに膨大で罪深いことは察せられた。

 

 それでも、ハリーにとってルシウスは『憎むべき仇の一人』ではなく、『友人の父親』なのだ。大人しく善良に、そしてドロホフなんかに殺されないように日々を過ごしてほしいと思わずにはいられなかった。

 

 ハリーの背後ではリーマスがハラハラとした様子で成り行きを見守っていた。

しかしルシウスは、冷たい笑みを浮かべていた。

 

「ハリーポッター。かつて教育者だった人間として一つ指導をしてあげよう。私には、恐れるものは何もないのだよ」

 

 ルシウスは優雅に両手を広げた。その挙動と表情には傲慢さが滲み出ていた。しかし、ハリーにはなぜか余裕というものは感じられなかった。

 

「純血の家として産まれ落ち、純血の思想を信仰する。たったそれだけのことで、何不自由ない裕福な生活を享受し、子孫にそれを受け継がせることが出来る。それがどれ程困難で」

 

 ルシウスはまずはロンに目を向けた。ロンのスーツは借り物だった。そんなロンに対するルシウスの目には憐れみがあった。

 

「自分達がどれ程どれ程恵まれていることか」

 

 さらにルシウスはファルカスに目を向けた。ファルカスのスーツは、父親の大人用のスーツを変身魔法で子供用に仕立て直したものだ。その目には見下しと嘲りがあった。

 

「……君たちのような存在を見るたびに、私は実感できるのだから」

 

「酔っておられますね」

 

 ハリーは冷めた目でルシウスを見た。ルシウスの酔いは、ハリーにとってはあまり見ていて気持ちのいいものではなかった。友人の父親の醜態というだけでも勘弁してほしいのに、無理をして酔っているともなれば尚更だった。

 

 

「そうだ。それが我々に許された特権なのだよ、ハリー。君もスリザリン生徒ならば、それを受け入れることを考えてみたまえ」

 

「僕は人を尊重しようとは思います。主義ではありません」

 

 ルシウス達が去っていく後ろ姿に、男子達は中指を立てていた。

 

「狂ってるわ」

 

「どうかしてるぜ、あのおっさん」

 ロンとハーマイオニーは不快感を露わにしながら、ハリーに言った。

 

「気にしないことね。あの方はああやって自分を偉く見せるのが趣味なのよ。昔からだわ」

 

 そんな2人にダフネが言った。ダフネはザビニやアズラエルと同じように、ロンやハーマイオニーに対して親しくすることで場の雰囲気を元に戻そうとしていた。ダフネはハリーにノンアルコールドリンクを差し出した。

 

「ありがとうダフネ。……美味しいね。……ん?……ねぇ、ルナの奴アルコールに手を出してない?」

 

 ルシウスによって凍りついていた場の空気は、ルナがアルコールを飲もうとしていたことで氷解した。ハリー達は全員でルナが飲もうとしたアルコールをひったくり、ファルカスが慌てて運んできたフルーツジュースとすり替えた。

 

***

 

「そうか、ルシウスがな……」

 

「シリウス。僕はあの人が、助けを求めているように見えたけど」  

 

 ハリーは後日、シリウスに対してルシウスから感じた違和感を報告した。完全にハリー自身の所感でしかなかったが、意外にもシリウスはそれを悪くないと言った。

 

 

「ルシウス·マルフォイは万が一ヴォルデモートが復活すれば、間違いなくヴォルデモートにつく。あいつはそういう男だ。……だが、今の恵まれた生活が消え失せることが恐ろしくて仕方がないのだろう。ドロホフは奴を疎んでいるし、ヴォルデモートがルシウスを許すかどうかも微妙だ。見せしめのために殺害されたとしても、何ら不思議ではないのだからな」

 

 シリウスの言葉は他人事ではなく、実感の籠った雰囲気があった。ヴォルデモートが復活したならば、シリウスだってマリーダだって狙われることは想像にかたくなかった。マリーダと過ごしているシリウスは今まで見た中で一番幸せそうで、そして、時折寂しげな表情を見せた。ハリーはシリウスとマリーダの幸せが消えてしまう可能性が恐ろしかった。

 

(もし、ダーズリー家みたいに僕がいることで幸せを壊してしまったら……)

 

 そうならないよう、ハリーは己を強くするより他になかった。

 

「……ま、ドロホフがヴォルデモートの居場所を突き止められるとも思えん。それより先に、闇祓いがやつを捕まえるさ」

 

 シリウスの言葉に、ハリーはますます自分の思いを強くした。

 

(……でも。もしもの時のためにもっと強くなっておかないと。少なくともドロホフには勝てないとなぁ……)

 

 自分の命を狙いに来たドロホフやヴォルデモートを打倒して、魔法界に本当の平和をもたらす。その時はじめて、ドラコとの約束が果たされる。そうすることで、ハリー達スリザリン生が幸せになれるのだと、ハリーは信じて疑っていなかった。そのために必要な努力をハリーは惜しまなかった。シリウスが使う変身呪文の杖裁きを、夏休みの間中ハリーは模擬杖で真似し、訓練を続けた。

 

 

***

 

 深い眠りについていた筈のハリーは、恐怖で飛び起きた。体中に嫌な汗がつたい、シーツは不快に湿っていた。ハリーは、ブンブンと頭を横に振った。

 

 人気がなく、ろくな手入れをされていない屋敷の片隅で、屈強なロシア人と醜悪な赤子が何かの会話をしていた。それを見ていたのは、マグルの老人だった。偶然その場にいただけの、何の罪もない普通の人だった。そのマグルを緑色の閃光が貫いたとき、ハリーはたまらず飛び起きたのだった。ヴォルデモートとドロホフという男が合流してしまったことを、ハリーは知ったのだ。

 




ここのハリーは原作よりINTか低いので秘密の部屋事件がルシウスの仕業だと気付いていません。
ドラコの父親だしとルシウスのことを無理矢理美化したがっているというか、目を背けてるんですねえ。


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魔法生物学会

 

***

 

「ただの夢だ、ハリー」

 

 シリウスはそう言ってハリーをなだめた。シリウスはハリーのゆめを本物と思わないことで、ハリーの精神を守ろうとした。

 ハリーは結局朝まで寝付くことはできなかった。朝、ブラック家の屋敷で起きてきたシリウスにあったハリーは、己の見た夢の内容をシリウスに説明した。。

 

「あれが夢とは思えないんだ」

 

 ハリーは何度もシリウスに訴えかけた。

 ドロホフとヴォルデモートの会話を聞いてしまい殺されたマグルの老人の側には、巨大な蛇もいた。ハリーにはただただ不快な夢の余韻だけが残っていた。

 

「ヴォルデモートがあそこにいたんだ。そしてあいつらは罪のないマグルを……」

「ハリー、それは夢だ。君に予知や千里眼の才能があるならともかく、そう言った傾向はないとシビル·トレローニ教授は仰ったのだろう?現状に対する不安を夢として見てしまっただけだ」

 

 シリウスはハリーの肩に手を置いて言った。しかしハリーは頭を横に振った。そんな2人を、マリーダは複雑な表情で見守っていたが、一言だけそっと提案した。

 

「ダンブルドアに手紙を書いてみるのはどうだろうか。あの方なら、何か分かるかもしれない」

 

 

「ふむ……」

 シリウスがマリーダに頷いたとき、屋敷しもべ妖精のクリーチャーが朝食を載せたカートを押してやってきた。クリーチャーはテーブルに料理を並べると床に平伏して叫んだ。

「ご主人様。手紙が届いております」

「誰だ?」

「あのいやしいリベラリスト……アルバス·ダンブルドアです!」

 

 シリウスの問いにクリーチャーが答えた。ハリーは驚いてクリーチャーを見たが、クリーチャーはハリーを見ずに続けた。

「手紙は二通ございます。こちらはグリーングラス家からのものです」

 

「わかった。あとで確認する。……ご苦労だった、クリーチャー。下がっていい」

 

 シリウスが言った。シリウスはクリーチャーを残酷に扱うことはなかったが、温かく接することはしなかった。

 

 クリーチャーはシリウスに対してぶつぶつと聞こえないような言葉を呟いたあと、マリーダに一礼をして足早に部屋を出て行った。純血主義を尊ぶ姿勢を示すマリーダに対しては、クリーチャーは一定の敬意を示していた。

 

 ハリーは朝食を食べる間中ずっと、クリーチャーから届けられたダンブルドアの手紙が気になって仕方なかった。

 

 ダンブルドアについてハリーが持っている感情は複雑だ。ダーズリー家に全てを押し付け、ハリーをあそこに放置したあと省みなかったという一点で、ハリーはダンブルドアを好きにはなれない。しかし、ハリーはダンブルドアの温情によってタイムターナーの不正使用未遂を見逃された上、殺人未遂を止めてもらった恩があった。

 

(あの時ダンブルドアの言葉に従ったのは……僕自身に覚悟が無かったからだ)

 

 ハリーは、タイムターナーを使いドロホフを殺害することを、己の手を汚すことを躊躇った。それはダンブルドアの説得あってのことだが、決めたのはハリー自身だ。

 

 ……その結果として、無関係のマグルが死ぬことになったのだとしたら?

 

(……僕は、出来たかもしれないことをしなかった。……僕はマグルを見殺しにしたのか?)

 

 ハリーはそんなことはない、と思った。悪いのはマグルを殺害したドロホフと、ヴォルデモートの筈だ。自分の中で答えが出ない問題を考えないようにしながら、クリーチャーが調理したマッシュポテトを食べた。

 

 朝食の席では誰も口を開かず、重苦しい空気の中クリーチャーが食器を下げる音だけが響いていた。シリウスもマリーダも、ハリーに何と言って慰めて良いものか悩んでいる様子だった。そっとシリウスが言った。

「今日は君の後輩の学会発表があるのだったな、ハリー」

 

「ああ。魔法生物飼育学の言語に関するルナの発表があるよ。十一時からだ」

 

 ハリーは頷いた。ルナ·ラブグッドがスクリュート飼育のために用いた手法をまとめた研究論文は、魔法生物の言語理解に対して非常に興味深く、また面白い試みであるとされた。そのためルナは夏期休暇であるにも関わらず、魔法生物飼育学会の魔法生物言語部門で発表をすることになった。発表の順番は四番目で、最初でも最後でもない。ビギナーのルナにとってはやり易い環境ではあった。

 

「ダンブルドアも評価するほどの研究成果をこの目で見れないのは残念だ。しかし、ハリー、きみはそれを見ることが出来る。後輩の晴れ舞台なんだ。元気付けてやるといい」

 

「しっかり面倒を見てくるよ。まぁ、ルナは天才だからフォローなんて必要ないかもしれないけどね」

 

「こういうのは才能ではなく経験だ。学会での発表ははじめてと聞いた。そりゃあ緊張もするさ。しっかり見てやるんだぞ」

 

 ルナの学会発表では、スキャマンダー先生とハグリッドも同時に別々のセッションで発表する。スキャマンダー先生はハグリッドのフォローにかかりきりになるので、ルナはアズラエルとハリーがフォローすることになっていた。

 

 ルナに言わせれば、『知らん人の前よりも真面目な顔で顔見知りの前で話す方が緊張する』とのことだったが。

 

「マリーダ、苦労を掛けるが……」

 

「シリウス。わたしはこれを苦労とは思わない。オックスフォード観光と洒落こんでいくさ」

 ハリーを会場まで送り、そのあとも保護者として同行するのはマリーダだった。彼女はシリウスと結婚してから、マグルの社会に別れを告げてブラック家やハリーを守るための雑務を行なっていた。

「ハリー。九時半にテレポートしよう。それまでは部屋で仮眠をとりなさい。目の下に隈がある」

 

「ありがとうございます、マリーダさん。……じゃあシリウス、仕事を頑張ってね」

 

 

「ああ。ハリーもしっかりな」

 

 ハリーはシリウスとハグをし、マリーダと共に自分の部屋に戻った。マリーダから渡されたオレンジ色の錠剤は簡易睡眠薬で、時間きっちりだけ眠れるという魔法薬だった。一粒飲み込むと、ベッドに横になる。すると、ハリーはすぐさま眠り込んだ。

 

「……こうして見ると普通の子供だ。本当に、普通で居られたらいいのにな」

 

 マリーダはハリーが眠りに落ちたのを確認するとそう呟き、ハリーに薄い布団をかけた。ハリーは穏やかに寝息を立てていた。

 

「普通でいられるのは夢の中でだけか」

 

 ハリー·ポッターとその友人達は、ドロホフやその部下と闘い、ドロホフ一味に操られていた人々を解放した。その事実は徐々に人の口の端から広がって、ハリーは『生き残った男の子』から、『(スリザリンとは思えないほど)勇敢な英雄』としての名声を勝ち取っていた。シリウスがハリーの教育によくないと突っぱねなければ、コーネリウス·ファッジ魔法省大臣は政治的パフォーマンスのためにハリーを祭り上げていただろう

 

 それだけのことをハリーはしてのけたのだ。単なるホグワーツ三年生が成し遂げられることではなかった。悪辣な闇の魔法使いの迷惑さと恐怖は、地位と立場のある大人であればあるほど理解できる。マリーダから見てもハリーは英雄で、しかしその力量に見合わないほど、まだ子供なのだ。恐怖からドロホフのことを夢で見てしまうほどに。

(ゆっくり眠れ……)

 マリーダはハリーの見たという夢の話を信じたわけではなかった。シリウスに提案したダンブルドアへの相談も本気で言ったわけでもなかった。ただ、ハリーやシリウスの気が晴れるかもしれないと思っただけだ。

 

 マリーダはハリーに対して、リリー·ポッターがしたようなような無償の愛情は注げないと思っている。それでも、保護者として見守ろうという気概はあるつもりだった。実際ハリーはマリーダを信頼して、彼女の渡した薬を疑いもなく飲み込んでいた。

 

***

 

 簡易睡眠薬で見た夢で、ハリーはホグワーツ特急の中にいた。ホグワーツ特急でガーフィールやマーカスに別れを告げたあと、ハリーはザビニやファルカス、そしてアズラエルと自分のコンパートメントに戻ろうとしているところだった。ハリーはこの光景に覚えがあった。

 

(あれ、これって……)

 

 夢は本来、脳機能が記憶の整理を行っている時に見るものだった。ハリーはヴォルデモートやドロホフの夢を見たことで脳があまり休めていなかった。そのため、過去の記憶を流すことで休ませようとしたのである。

 

 三年生の終わりにホグワーツ特急のなかで友とした会話が甦った。ファルカスは残念そうに愚痴を言っていた。

 

「でも、先輩達を勝たせてあげたかったね。七年生で最後だったのに……」

 

 スリザリンは、三年生の終わりに優勝を逃した。それまでは同時優勝などのアクシデントこそあれ、スリザリンの優勝は揺るぎなかったのだ。

 

「ダンブルドアはいい人だけど、少しケチだよなぁ。ハリーにあと十点加点してくれたら、グリフィンドールとの同時優勝も狙えたのによ」

 

 ザビニは冗談交じりにそう言った。ザビニとしては本気でそう思っていたわけではなく、友人達との他愛ない会話のつもりだった。

 

「ルナの成果が素晴らしかったんだよ。僕は僕一人で何かしたって訳でもないし。今後の成長に期待して、ルナを優先するのは間違ってないんじゃない?ザビニだって、ルナが褒められたのは嬉しかったろ?」

 

 ハリーはザビニに笑って言った。先輩達には悪いが、ハリーはダンブルドアの采配に異を唱えるつもりはなかった。

 

 ルナは、ハリーには思い付かなかったし、思い付いても面倒臭がってやらなかったであろうことをやってみせた。そして見事に結果を出したのだ。後輩が正当な評価を受けるのはハリーにとっても嬉しいことだった。

 

「まーな~。でも、お前のやったことはすげえことなのは確かなんだぜ。犯罪者どころか、ホグズミードのいろんな奴とかホグワーツの生徒とかを相手にして生き残ったんだし」

 

 ザビニの言葉は事実であり、そして過言でもあった。

 

(僕が生き残ったのは、あの場にいた全員の力があってこそだったからだ)

 

 と、そのときのハリーは思っていた。

 

 しかし。

 

 ハリーは額に焼けつくような痛みを感じた。痛みは強い感情を引き起こした。

 

(……そうだ。ダンブルドアは僕を褒めなかった。この僕を!)

 

 記憶の中のハリーは平然としている。痛みを感じているのは記憶の中のハリーではなく、この夢を夢と認識している本物のハリーだった。

 

 ハリーの感じた痛みはすぐに収まり、記憶はそのまま進行していった。アズラエルは、ザビニ相手に自分の推測を披露していた。

 

 

「多分、ダンブルドアは僕らに勝たせたくなかったんじゃないでしょう。スリザリンは勝ちすぎていましたから」

 

「スリザリンに勝たせたくなかった?寮杯をかい?」

 

「勝ちすぎって。アズラエルは何でそう思ったの?」

 

 ファルカスとハリーが疑問をのべると、アズラエルは、ええ、と頷いた。

 

「一昨年と去年、僕らスリザリンはは僕らの頑張りとハリーの活躍もあって寮杯を勝ちました。それで今年も……となるわけですが、今年はクィディッチではグリフィンドールの圧勝だったじゃあありませんか」

 

「まぁ、悔しいけどそうだね」

 

「今回、ハリーが何をやってどう活躍したかは人の口の端から伝え聞けますし、わざわざダンブルドアが過剰に褒めるまでもない、と思ったんでしょう。それに」

 

 アズラエルは、蛙チョコレートを弾いてファルカスに渡した。

 

「これでハリーに大量加点して、寮杯の結果をひっくり返したとしましょうか。暴動が起きますよ。グリフィンドール生は、間違いなくキレます。『あれだけ圧勝してそれかよ』ってね」

 

 

「……まぁ確かに……『クィディッチの試合で勝ったのに優勝はできません』じゃあマクラーゲン辺りは納得しないか……」

 

 ファルカスは蛙を踊り食いしながら渋々とそう言った。スリザリンの勝利を願っていたファルカスにしてみれば、理解はしても納得は出来なかったのだろう。

 要するに、ハリーを褒めつつ他の寮生からのヘイトをハリーが買わないようにするために、ダンブルドアは配慮して点数を調整したというのがアズラエルの主張だった。

 

 夢の最後に、ハリーはこう言った。

 

「…じゃあダンブルドアの掌の上ってことかぁ。…窮屈だなぁ」

 

 アルバス·ダンブルドアの真意は、ハリー達には理解の及ばぬところにあった。しかし、自分達の感情まで見透かされている、と思うと、ハリーはやはりダンブルドアを好きになることはできないと思うのだった。

 

***

 

 ハリーの目が覚めたのは九時半になる直前だった。三度寝をしないようにハリーは洗面台で顔を洗うと、鏡の前に立って自分の顔を睨み続けた。ハリーの髪の毛は寝癖でバラバラになっていた。

(あーあ、またこれだ)

 

 

 ハリーは苦笑しつつ、寝癖を直毛剤で整える。バラバラで見るに耐えなかった髪の毛が、見映えよくなっていく。

 

 そうしているうちにハリーの部屋にマリーダがやってきた。ノックの音に、ハリーは入って下さいと返した。

 

「スリークイージーの直毛剤か?ハリー。随分と似合っている。君のお祖父様も喜ぶだろう」

 

 部屋に入ってきたマリーダはそうハリーを褒めた。ハリーはむず痒い気持ちになった。ハリーのスリザリン生としての部分は、祖父のことを褒められて悪い気はしない。スリザリン生として育ってきたハリーは、同じスリザリン生だったマリーダの称賛を聞き入れやすくなっていた。スリザリン生同士でしか分からない感覚はある。スリザリン生にとって相手の親を褒めるということは、つまり相手の家柄を褒めているということだ。スリザリン生の理屈では、それは遠回しに相手自身を褒めているのと同じなのだ。

 

 ただ、ハリーや多くのスリザリン生はそれにとどまらず、より上を目指したいという意識が存在する。両親から受け継いだものだけでなく、己の力で何かを勝ち取りたいと思うのもまたスリザリン生の気質だった。

 

「ありがとう、マリーダ。ダフネの薦めで購入したんだけど、この薬は僕の体質にも合うみたいだ。髪の毛を真っ直ぐにするのはポッター家の悲願だったのかもしれないね」

 

 ハリーは内心、自分の推測は的外れではないと思っていた。シリウスやハグリッドに見せてもらった記憶の中の父親はハリーと同じ癖毛だったからだ。

 

「この直毛薬ならミスグレンジャーにも薦めてみるといいだろう。しかし、ミスタウィーズリーには薦めない方がいい。この薬は赤毛には異常を引き起こしてしまうからな」

 

「へぇ」

 

 ハリーは直毛剤のラベルを確認した。隅に小さく赤文字で、赤毛の人には使用しないで下さいという但し書きがあった。

 

「何が原因なんだろうね。それが分かれば、学会で発表出来るかな?」

「恐らくは学会でもっとも馬鹿馬鹿しい発表になるだろう」

 

 二人は冗談を言いながらテレポートでオックスフォードへと移動した。ハリーとマリーダは、すぐに歴史ある学術都市へと移動した。ハリーもマリーダも観光客風の装いで風景に溶け込んでいる。雲に遮られているとはいえ、夏の熱気は容赦なくハリーやマリーダを襲った。

 

 オックスフォードの町はホグズミードにも似て、風情を感じさせる造りだ。ホグズミードと異なるのはあちこちに魔法で出来た隠し通路や隠し扉などがないということで、魔法の存在しない空間は落ち着いた安心感を与えてくれた。

 

「やぁお姉さん。ここははじめてですか?もし宜しければエスコートしましょうか?」

 

 オックスフォードに住む研究員だろうか、それとも住人か、若い男性が町並みを歩くマリーダへ声をかけてきた。マリーダが結構ですと左手を相手に見せると、男性は失礼しましたと引き下がった。

 

「弟さんと旅行ですか?ここは観光してもも楽しい場所ですよ。是非色々と見ていって下さい」

 

「弟?」

 

 ハリーは男性の言葉に微妙な顔をした。シリウスはともかく、マリーダは姉というには歳が離れているような気がしたからだ。

 

 

「時間を無駄にしたな。ハリー、ルナの研究発表を聞きに行こう。観光はそれからでいい」

 

 

 ハリーとマリーダは、オックスフォードに作られた魔法族の学会会場に入った。カレッジはハリー達魔法使いの目にはすぐにわかった。道のど真ん中に扉が設置されていて、マグル達はその扉に気がつかずに通りすぎていくのだ。

 

 

 ハリー達が扉を潜ると、そこにはマグルらしい服装で擬態した魔法使いと、魔法族らしいローブを着込んだ魔法族で混在していた。ハリー達はオックスフォードの町並みから内部の魔法使い達がいる会場に足を踏み入れたのだ。

 

 会場に入るや否や、マグルの服を杖でローブに変えてしまう人もいた。開始二十分前だったので、会場は異様な熱気に包まれていた。

 

「言語学会ですね。十三番出口にお進みください。迷わないよう、右に進み続けて下さい。ついてきて下さいね」

 受付を済ませると、誘導員はハリー達を案内した。

 

「きちんと管理されてないのかな?人の数に対して会場が狭い気がするんだけど」

 

「空間拡張に失敗したのだろう。魔法族にはたまにあることだ」

 

 マリーダが言った。魔法で造り出した空間の広さは魔法族の腕によってどこまで拡張するか自由に決められるが、拡張した空間内を整理するのは一苦労だ。事前の調整がうまく行かなかったのか、ルナの発表する会場は誘導に従わなければたどり着けないほど曲がりくねった道の先にあった。道の先々で、ハリーはゴーストやタコのような不思議な魔法生物や、ハウスエルフが会場にいるのを見た。発表者達が持参した魔法生物で会場は溢れかえり、祭りのようになっていた。

 

「……どうして会場をオックスフォードに作ったんだろうね。発表するならどこでも変わらないのに」

 

 誘導員に従って移動する間、ハリーはマリーダにそう問いかけた。マリーダは麦わら帽子が風に飛ばされないよう抑えつつ言った。

 

「こういった発表は風情ある場所を選びたいものだ。魔法使いにもアカデミーはあるが」

 

「オックスフォードの町並みの美しさと、培われてきた歴史を否定できる魔法族はいない。ホグワーツに次ぐ歴史がここにはある。権威主義的で格式に拘る私たちスリザリンを出たような魔女や魔法使いほど、こうした風格ある場所に弱いのだ。私も昔そうだった」

 

 マリーダはハリーにそう解説した。ハリーはマリーダの説明に納得したが、ふと思い付いて言った。

 

「ホグワーツに次ぐ歴史。ホグワーツもここを参考にしたりしたんでしょうか」

 

「意識はしたかもしれないな」

 

「あのう、宜しいですか?もう到着しておりますが……」 

「あ、そうですか。ありがとうございました」

 そこまで話したところで、誘導員は到着をハリー達に知らせた。

 

 誘導員が指差す方向には、『13番ゲート、魔法生物の言語に関するセッション』という表示があった。ハリーが周囲を見渡すと、鷹の帽子を被ったブロンドの女の子が緊張した面持ちで座り込み、アズラエルに励まされていた。

 マリーダは手慣れた様子で人混みをすり抜け、ルナの元へとハリーを案内した。ハリーはルナのもとにたどり着くと言った。

「やぁ、ルナ、アズラエル。」

「おおっ……ハリー!そんでマリーダさん!ちわっす!」

 ルナの声はいつになく上ずっていた。頬は赤く上気していて、肩には余計な力が入っている。普段の惚けたような雰囲気は今のルナからは感じ取れなかった。

 

「こんにちはハリー、そしてマリーダさん。スクリュートのエリザベスも、ラジカセも準備は万端ですよ。あとはルナ次第です」

 

 アズラエルは、目でハリーに何かアドバイスをするよう促してきた。ルナの発表まではもう時間もない。ハリーは、ルナにこう言った。

 

「大勢の前で発表するって緊張することかもしれない。でも、ここで発表できたのは、君の論文が認められたからだよ。きみはここの一員として立派に認められたから発表できるんだ」

 

「お?おう……ハーマイオニーとアズにゃんのお陰だね」

 ルナの言葉にアズラエルはまんざらでもなさそうに頷いた。マリーダは感心したようにルナを、そしてハリーを眺めた。

 

(……天才。なるほど普段通りの調子を取り戻させればいける、か。ハリーはしっかりと人を見ている。

……でもこの子は。アズにゃんはないだろう)

 

「いや、あたし、昨日まではそんなに緊張してなかったもん。でも、会場は思ったよりずっと人多いし、めちゃくちゃ面白い動物達もいるし。聞いてもらえるかな?」

 

 ルナの中に、今になってプレッシャーが生まれたのだ。無理もない話だった。

 

 ハリーはルナを元気付けられるように言った。

 

「この発表はみんなにスクリュートのことを知ってもらうための場でもある。君がスクリュートにどれだけ向き合ったのか分かれば、会場の人たちもきっと耳を傾けてくれるよ。ここにいるのは魔法生物学者なんだ。魔法生物に関しては知りたくてたまらないはずさ」

 

 そしてアズラエルは、ルナをこう励ました。

 

「ここでは僕らが見てます。何か不測の事態が起きたら必ずしも助けます。どうせなら、堂々と挑んできてみなさい。その方が皆面白がってくれますよ」

 

 アズラエルの言葉に、ルナは深呼吸して微笑んだ。まだ固さが残っていて、普段通りとないかないものの大失敗することはないだろうとハリーは思った。

 

「……アズにゃん、ハリー、あたし自分がこんなことになるなんて思ってなかったもん。なんか夢みたい」

 

「夢じゃない。それに、これが終わりって訳でもないだろう」

 

 ハリーはルナにそう言った。

 

「UMAを探したり未知のアイテムを探したり。そういうことを繰り返して、またここに来ればいいさ」

 

「そうですね。これは君にとってのゴールじゃない。あくまでも最初の一歩なんですよ」

 

 ルナ·ラブグッドは目に光を携えて、はじめての学会発表に挑んだ。最初の一声で盛大に舌を噛んだものの、ラジカセと変声薬を用いてスクリュートと意志疎通を始めたルナの姿を見て、集まった聴講者達は沸き立った。

 

「私のニーズルに言葉を伝えられないかな?」

「今やってみます。『こんにちは。ニーズルちゃん。お腹空いてる?ジャーキー食べる?』あ、要らないみたいです」

 

「そのラジカセを別の機械で代用したりは出来るかな?」

 

「出来ます。こっちにハンドラジオを持ってきました。ラジカセより機能も少なくて使いやすいやつです」

 

「使用した変声薬の種類は?変声薬のグレードを下げても意志疎通は出来るのかね?」

 

「市販のB級品までは効果を確認しています。A級品は調査中です。C級(無認可の違法薬物)はあたしが退学になっちゃいます」

 

「はは、そりゃあそうだ!これは失礼っ!」

 

「凄いぞルナ……」

 

「ちゃんと出来てるじゃあないですか……!ハーマイオニーにこの姿を見せたかったですねえ……」

 

 

 順調だったルナの発表は、最後にオチがついた。会場聴講者の一人が、次はどんな動物と話したいですか、と聞いたのだ。ルナは迷わずこう答えた。

 

「ガルピング·プリンピーです!いつかガルピングを見つけたら、真っ先にこう言うんです。『やっと会えたね』って!」

 

 ルナの発言した生物は、魔法界においても存在しない空想上の生物だった。質問者はしばし凍りついたあと、貴女がそれに出会える日を心待ちにしています、と返した。魔法生物学者達の界隈で、ルナ·ラブグッドは新たな学者の卵となるか、それとも詐欺師になるか判断がつきかねているようだった。

 

 それでも、ルナの論文も含めた多くの論文が載った学会誌をハリー達は購入した。購入した人たちのなかには魔法族だけでなく、会場に訪れていた吸血鬼やハウスエルフなどの亜人達もいた。ハウスエルフは主人にこの学会の資料を届けるのだろうとハリーは思った。

 

 




とある魔法族「マグルで一番頭がいい連中の前でマグルが気付かない仕掛けしたら面白いやろなあ……」
マリーダはシリウスやハリーの手前オックスフォードを立てたけど、わざわざオックスフォードが会場なのは多分これ。


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それぞれの夏

 

***

 

 ハーマイオニー·ジーン·グレンジャーは無事ハグリッドの学会発表を見届け、魔法生物学会の奇妙な生物達をハリー達と観察して回った。

 

「うーん……可愛いか可愛くないかと聞かれれば、間違いなくどれも微妙よ。でもみんなそれぞれ凄く興味深いわ!」

 

 魔法生物学会は大成功のうちに幕を閉じた。少なくとも、ハグリッドとルナにとっては大きな成果が上がったと言えるだろう。

「それでルナ?スクリュートの機嫌はどうですか?」

「ん?あー……」

 

 アズラエルの質問にルナは決まり悪そうに視線を泳がせた。ハリーは嫌な予感がした。ハーマイオニーと視線が合う。ハリーはハーマイオニーにこっそりと耳打ちした。

「暴れられなくてご立腹みたいだよ、スクリュートの女王様は」

ルナはアズラエルに向き合った。

「あー……それなんだけどさ、アズにゃん」

「はい?なんですか?」

「あのね、エリザベスたちみんなね……」

「ええ。」

「……ここにいる人たちを見て驚いたっぽい」

「……それで?」

アズラエルはルナの言いたいことがよく分からなかったらしい。ハリーとハーマイオニーも首をかしげた。そしてついにルナは言った。ハリーが恐れていたことを口にしたのだ。

「人間は襲わないって教えたけど、妖精さんとかバンパイアとか。はじめてみた人種のこと餌だと思ってるみたい……」

 

「え?」

「餌……?」

「うん」

 ハリーはルナに改めて問いかけた。アズラエルは別段驚いた様子を見せなかった。もしかしたら、こういう事態になるのを予想していたのかもしれない。ハリーはアズラエルの冷静さが憎らしくなった。ハーマイオニーだけが心底ショックを受けた表情で青ざめていた。

 

「ハリー、あたしはちゃんとみんなのこと説明したんだよ!でもエリザベスはあの人たちを見て固まったり、追い掛けようとしたりしてて。ちょっと興奮してるんだ」

 

「あー、まぁ僕たちで人間を知ったと思ったら、知らないいろんな人種を見て怖くなるよなあ」

ハリーは溜息をついて頭を掻いた。スクリュートと意志疎通が出来るようになったとしても、元来の狂暴性を取り除けたわけではない。さらに言えば、ずっと狭い世界で管理されてきたスクリュートが、人間とは異なる人種を見て冷静でいられるわけもない。

 

「こればっかりは仕方ありませんね。ともあれ、君の発表がうまく行ったことを喜びましょうか。最後の一言は余計でしたけどね」

アズラエルは素直にルナを祝福した。ハリーは慌てて言った。

「アズラエルはルナを責めてるわけじゃないんだ」

「うん、知ってる。……エリザベスはちゃんと人間は食べてないから、たぶん他のみんなも分かってくれると思う」

「そう願うしかないね」

ハリーはアズラエルと顔を見合わせた。アズラエルの脱力した顔は、スクリュートという怪物への諦めから来ているようだった。ハリーはそんな友人を励ますように言った。

「ハグリッドの方も無事に終わったし、ここの発表を見て回ろう。新種の魔法生物とか魔法生物由来の新薬とか、面白そうな研究もあるしね」

「そうですね……そうしましょうか。魔法生物保護学会や、環境保護学会もあるみたいですよ。行きましょう」

 

 

 溜息をついてとぼとぼ歩くアズラエルに、ハリーとハーマイオニー、ルナは続いた。ゼノフィリウスやマリーダは後ろから子供達を見守っていた。ハリーはふと気になってアズラエルに聞いた。

「魔法生物保護学会はいつからあったんだい?」

「学会そのものは昔からあったそうです。ただ、今よりずっと少数派だったようですね。スニジェットとか、デミガイズとか絶滅危惧種だったり絶滅したって言う魔法生物も居るでしょう?大昔の魔法使いにとっては、魔法生物をわざわざ保護しようなんて考えはマイノリティでした」

感心するハリーやルナの横で、ハーマイオニーは頷いていた。彼女のことだから、魔法史の予習で把握していたのだろう。

「よく今の規模になったね。何かきっかけでもあったのかな」

 

「ええ。歴史上、魔法生物は僕らにとって道具に過ぎませんでした。しかし、野放図に狩りをして密猟を繰り返す密猟者が問題となり、規制法が成立します。密猟の厳罰化により、魔法生物の数が爆発的に増えたんですよ。それが第一の転換点ですね」

 

「OWLの試験でもよく出る箇所ね」

「ハーマイオニー、君まさか今から過去問をやってるって訳じゃないよね?」

 

 ハリーの問いにハーマイオニーは曖昧に微笑んだ。その微笑みに、ハリーは違和感を覚えた。

 

(ん?なんだか……?)

 

 ハーマイオニーの笑みの違和感にハリーが疑問を覚えたとき、ルナがアズラエルに言った。

「でもさ、禁止されたらかえって需要が増えるってことはないの?市場に出回らなくなったらものの値段って釣り上がるよね?」

 

「ルナは鋭いね。レイブンクローに十点」

 

 ハリーが茶化すとハーマイオニーは呆れた目でハリーを見た。

 

「ええ、そういう傾向はありましたね。需要があるのに規制だけしても意味はない。マグルの禁酒法とかがいい例です」

 

 禁酒法とは、20世紀のアメリカにおいて施行されたアルコールの製造、販売だけでなく運搬や輸出入まで規制した法律である。その法律はほとんど守られなかった上、密造されたアルコールがマフィアの資金源となるなど禍根となったことで魔法族の間でも(主にマグルを見下すための材料として)有名になったのである。

 

「魔法省が規制を強化したことで短期的に混乱はありましたが、長期的に見れば密猟者を取り締まる動きは強化されました。市場の混乱については今は置いておきましょう」

 

 アズラエルは三人にそう説明した。ハーマイオニーはアズラエルに言った。

「法律を整備することで、社会が魔法生物を受け入れる体制を作った、という部分が重要なのね?」

 

「そういうことです。密猟者を取り締まる法律が出来たはいいが、実態にはあまりそぐわなかった。つまり密猟の風潮は依然としてあったわけですが」

 アズラエルはルナに続けて説明を始めた。

「第二の転換点は、スキャマンダー先生の登場ですね」

「スキャマンダー先生?政府じゃなくて?」ハリーはアズラエルにそう聞いた。アズラエルは嬉しそうに説明を続けた。

「ハリー、良い質問です。魔法生物の権利を擁護し、密猟を取り締まるための新しい法律を作ろうとした人たちはいたんです。しかし彼らの声は政府に届かなかった。何故か?」

 ハリーは答えられなかったが、ハーマイオニーがすかさず答えた。

 

「魔法省内に反対派がいたからよ。彼らはその法案に反対していたのね?」

 

 アズラエルは満面の笑みでハーマイオニーに拍手を送った。ハーマイオニーは気恥ずかしそうに頬を染めた。

 

「そんな時、スキャマンダー先生の『幻の生物とその生息地』が発売され、国境を超えたベストセラーになりました」

 

「本の売れ行きと法案の成立は関係ないんじゃない?」

ハリーの質問にアズラエルが答えた。

「関係大有りですよ、ハリー。スキャマンダー先生の本は国境を超えてのベストセラーでした。つまりは大勢の魔法族が、スキャマンダー先生を通して魔法生物を認めたわけです。スキャマンダー先生はそれまでは、単なる道具でしかなかった魔法生物の地位を高めたと言っても過言ではありません」

 

 ハーマイオニーは何故か興味深そうに頷いていた。ルナはそんなハーマイオニーにこっそりと囁いた。

 

『アズにゃんってスキャマンダー先生のファンなんだよねえ』

『でも安心するわね。スキャマンダー先生について語っているときのアズラエルは楽しそうだもの』

「第三の転換点は、魔法省内に密猟取締局の開設ですね」

アズラエルが説明を再開した。

 

「国境を超えた本によってスキャマンダー先生の地位は確固たるものになり、魔法生物を飼おうという動きも加速しましたが、これによって新たな問題が発生したのです」

「問題って?」ハリーが聞いた。アズラエルの答えは大体が予測できることではあったが、難しい問題ですぐに解決できないことだった。

 

「魔法生物の飼育ブームが来たのに、獣医の数が足りない。流行に乗っかって育てただけの三流ブリーダーの増加。外来種の繁殖とそれに伴う問題です。それをきっかけに環境学会や保護学会の会員数も飛躍的に増加しました」

 

「人が増えるってことは問題も増える、ってことか」

 

「魔法生物は生き物ですからねえ。噂だけで飛び付いて、飽きたら捨てるなんてことも珍しくなかったそうです。そういう問題が起きる度に法規制に奔走し、魔法生物飼育の適切なマニュアルを制定して……その繰り返しでやっと今があるってわけですね」

 

「ねぇ、アズラエル。『魔法生物の権利を保護するための法律』で気になったところがあるの。ちょっといいかしら?」

 

「どうかしましたか、ハーマイオニー」

 

「私、去年新聞で『反人狼法』が制定されかけたのを知ったの。そのときは秘密の部屋事件のことで頭が一杯だったけれど、あれは正しかったとは言えないわ。人を魔法生物として扱うなんて。規制法って、どういう基準で起草されているのかしら」

 

 

「……反人狼法ですか。人狼を闇の魔法生物とし、就業を制限するべきという法律ですね」

 

 アズラエルは腕を組んで唸った。

「魔法使いの世界での就業が制限されるのは理不尽すぎるハンデだね」

 

 とハリーも言った。ハリーはホグワーツを卒業後は魔法族の世界で働くと決めていた。もし自分が人狼になったとき反人狼法が成立していたとしたら、それはハリーにとって地獄のような世界に違いなかった。

 

 

 人狼は人であり、人狼同士の子供や人狼の子供が人狼として産まれたという場合を除けば、魔法使いが人狼になるケースがほとんどだ。その人狼の就業を制限すべきという法律が制定されかけたものの、シリウスが裏から手を回して廃案に追い込んだのである。ハリーはマリーダから、反人狼法廃案の経緯を聞いていた。

 

『私たちが闘った闇の魔女、シオニー·シトレは魔法生物規制管理部に所属していた。反人狼法をはじめとしていくつか悪法を起草していたのでシリウスが叩き潰したが、まさか闇陣営に与するとは』

 

 官僚として法律を制定することは仕事の範囲であり、なにも悪いことではない。だがその法律の内容次第では、大勢の人間が迷惑を被る。だからシリウスは手を回したのだという。

 

『シリウスはブラック家の当主としてそういう手段を取った。汚い手段だとシリウスは自己嫌悪していたが、そういう手法を取ることも人には必要だ。一度制定された法律を撤回させることは至難だし、裕福ではない人狼はその撤回させるまでの時間で困窮してしまうからな』

 

(……ルーピン先生みたいな人達が酷い目に遭うなら、それは止めなきゃ行けなかったと思う)

 

 ハリーはマリーダの話を聞いてシリウスのことを誇りに思ったが、同時に歯痒くも思った。人狼が危険だという意見そのものは、スリザリン生としては全く否定できない意見だからだ。

 

 満月の夜の人狼に噛まれたとき、通常の魔法族ならば人狼となる。それだけでも、社会的に大打撃を受けることは間違いないが、マグルが人狼に噛まれたときはもっと悲惨だ。

 

 マグルには人狼が保有する細菌への抵抗手段がない。人狼に噛まれた場合、銀粉とハナハッカを傷口に塗布することで命を長らえるが、マグルにはそれが出来ないのだ。そのため、マグルは人狼による被害を狂犬病で死亡したと考てきたのである。

 

「そういう法律が制定されかけるのは、人々が人狼を悪いものと思っているからですね」

 

「なら、そういう偏見を助長しないように法律を制定すべきなのかしら。人狼に対する社会支援制度を整えて……それとも、スキャマンダー先生がやったように、人々の関心を引いてから少しずつ実態に則して変えていくべきなのかしら?」

 

「そうですねえ……人狼の中には自分が人狼だって明かしたくないって人も多いでしょう?人狼を支援するって言われても、じゃあ自分が人狼ですなんて普通言えませんよ。僕としては、社会の方と人狼双方がルールを守って歩み寄っていくべきとは思いますが、その手段は思い付きませんねぇ」

 

 ハリーは感心してハーマイオニーとアズラエルの話を聴きながら環境保護学会の学会発表を見ていたが、ルナは途中から興味をなくしてしまったようで退屈そうに欠伸をした。

 

(ルナは猫みたいなやつだな)

 

 とハリーは思った。フィッグ婆さんの猫も、気まぐれで御しがたいところがあった。アズラエルとハーマイオニーが人狼談義に花を咲かせる裏で、ハリーは環境学会の『増加傾向にある二酸化炭素の有効的な利用法方としてのサンダーバードとその課題、マグルの飛行機及び人工衛星への対策』に関する発表に没入することにした。

 

 

***

 

「みんな~っ!今日はありがとーっ!ワールドカップでまた会おうねっ!」

 

 ゼノフィリウスと右手を繋ぎながら、ルナはぶんぶんと左手を振った。ハリーも笑顔で振り返す。ルナは笑顔のまま、ゼノフィリウスのテレポートによって自宅へ帰っていった。

 

「……さて、名残惜しいですが僕らも帰りましょうか」

 

 アズラエルがそう言って指を弾こうとしたのを、ハリーは止めた。

 

「ちょっと待って。アズラエルとハーマイオニーには聞いてほしいことがあるんだ。荒唐無稽な話ではあるんだけど……」

 

「……ハリー、何かあったのね?」

 

 そしてハリーは、オックスフォードの喫茶店でアズラエルとハーマイオニーの二人に自分が見た光景について話した。ドロホフとヴォルデモートと思われる赤子を見たというハリーにアズラエルは顔を青くしていたが、迷いこんだマグルが殺害されたと聞くとハーマイオニーがはっと口に手を当てた。

 

「……そんな。……でもハリー、それは夢よね?つまり、本当にあった訳じゃないわよね?」

 

「僕もそう思う。シリウスも僕に千里眼でもなければ、夢で現実の光景を見ることなんて出来ないと言っていたし」

 

 ハリーは内心、あの光景が本物であるという嫌な確信があった。ハリーは学会発表によって心踊るルナの気分を害したくなかったので言わなかったが、ハーマイオニーやアズラエルには相談しておくべきだと思った。二人ならば、あの夢に対して何らかの有用なアドバイスをしてくれると思ったからだ。

 

「ハリーはその夢に何らかの意味があると思うわけですね。それなら……ファルカスに相談するのはどうですか?」

 

「ファルカス?」

「ええ。彼が闇祓いの家なのは知ってますよね?その手の夢に関しても、彼の祖父の書斎に何か知識があるかもしれません。……それに、ファルカスの家に行った時、彼の部屋に夢占いに関する本も何冊かありました。聞いてみても損はないと思いますが」

「でも……夢占いなんて非合理的だわ。ハリーは夢を見ただけよ」ハーマイオニーが言った。

「むしろ僕はその思い込みが危険だと思いますね」アズラエルは懐から懐中時計を取り出して時間を確認しながら言った。

 

「ハリーの夢に意味があるとしても、それに関して手掛かりはない以上、今必要なのは情報です。占いは曖昧かつ、どうとでも解釈できるものですが、それでもゼロよりはマシでしょう」

 アズラエルは四時を示していた時計をしまうと、マリーダに問いかけた。

 

「すみません、今から時間を頂いても宜しいですか?」

 

「私は構わない」

「ありがとうございます。では、アウル!」

 

 アズラエルが呼ぶと、醜いボロ布をまとったハウスエルフが現れた。そのハウスエルフはドビーより幾分か顔色も体格もよく、そこそこの待遇であることが伺えた。

「アウル。彼女は僕の友人でハーマイオニー・グレンジャーです。くれぐれも丁重に、ラフへロー村表通り四番地にお送りしなさい」

アウルと呼ばれたハウスエルフはハーマイオニーに恭しくお辞儀をした。ハリーはその仕草だけでも、クリーチャーやドビーより知性と教養を感じた。

「かしこまりました、ご主人様。お掴まりくださいませ、グレンジャーお嬢様」

「ありがとう。私に親切にしてくれて。名前で呼んでもいいかしら?」

「ご主人様はそうお望みです。私のことはお好きにお呼びください」

 

 

 そんなやり取りをしていると、マリーダがテレポートでハリー達の前に姿を見せた。彼女は手に高級そうな包みを持っていた。

 

「マリーダ、それは?」

 

「ハリーのご友人の家に出向くのだ。これくらいは持っていかなければ失礼に当たる」

 

「マリーダさんはラフへローへ行ったことはおありですか?」

「ああ、問題はない。ハリーは私と共にテレポートしよう」

 

 そして、ハーマイオニーとアズラエルは、アウルの力でファルカスの家までテレポートした。ハリーは一瞬、ハウスエルフは魔法使いより能力が優れているのではないかと思ったがそれを口に出すのはやめた。ハリーはマリーダに右手を差し出した。

 

「では行くぞ。3、2、1……!」

 

 マリーダの手を取ったハリーの視界が反転し、再び地面に足を付けていた。

「……おお」

 

 ラフへローは、時代錯誤と思わせるほど辺鄙な田舎町だった。住宅街であるにも関わらず閑散としていて、マグルの村落ならばあってしかるべき車の代わりに、それぞれの住宅には箒が備え付けられている。マリーダとハリーは、すぐにアズラエル達と合流した。

 

「ハリー、大丈夫か?」

「ああ。大丈夫。マリーダはテレポートが上手いからね。もう慣れたよ」

 

 ハリーは上着についた塵を払い、そしてファルカスの家を見上げた。ファルカスの家はマグルの中流家庭と同じ平凡な作りだった。しかしダーズリー家ほど裕福そうではなく、家の屋根は塗装が剥げていた。ハリー達は少し緊張しながらも、マリーダの後に続いてファルカスの自宅にお邪魔した。

 

***

「まぁまぁ光栄ですわ、うちにブラック家の方を招き入れるなんて。大したものはお出しできませんが……」

 

「そんなことは気にならならいで。事前のアポイントメントも無しに訪れてしまって申し訳ありません。息子がどうしても、ファルカス君に会いたいと言って聞きいれませんで」

 

「まぁまぁ、うちの子に?あの子ったらそんなに慕われていたのかしら。アズラエル君に、ポッターさん、そしてミス グレンジャー。もう少しだけ待っていて頂戴ね。ファルカスは今、箒の手入れから帰ってくる筈だから」

 

 マリーダは愛想よくファルカスの母親と話していた。ファルカスの母親はファルカスによく似た髪を持っていて薄いブロンドだったが、ファルカスよりさらに痩せていて目には強い光があった。ハリーはペチュニアと似た雰囲気をファルカスの母から感じ取った。

 

「マダム。子供たちの話は、子供達だけでさせて頂きたいのですが……」

「ええ、ええ。構いませんとも。うちの子の部屋を使って頂ければ」

 

「ご子息についてはうちのハリーからも度々耳にします。正義感のある優秀なご子息で、決闘クラブでも期待されているとか」

 

「あらあらあの子ったら。アズラエル君やポッターさんの話ばかりで、自分のことは聞かせてくれなかったんですのよ?」

 

 ファルカスの妻は愛想よく振る舞っていた。全力でマリーダの機嫌を取ろうという意思がハリーには感じられた。

 

(ブラック家の家名ってやっぱりとんでもないんだな……)

 

 

 ファルカスを待っている間、ファルカスの母とマリーダとのやり取りは続いた。ファルカスの母親は、ペチュニアが取引先の奥様相手に見せるような本気の笑みでマリーダを接待していた。ハーマイオニーはブラック家の権力を感じ取って微妙な顔をしていたし、アズラエルも興味深そうに話を聞いていた。ハリーはあまり居心地はよくなかったが、マリーダの話に相づちをうちながら一刻も早くファルカスが帰るのを待った。

 

 しばらくして、箒を手入れしていたファルカスが戻ってきた。ハリーと同い年の彼は、身長は平均的で寡黙で、実直な雰囲気を持っていた。そして、スリザリンにあって闇祓いを志す魂を持っていた。

 

***

 

 ファルカス·サダルファスは、その日のアルバイトを迅速に終えた。ファルカスのアルバイトは、ラフへローにあるクィディッチ競技場の箒や備品の手入れだった。

 

「おつかれさん、ファル坊。だんだんと上手くなってるねえ」

 

「クリケットさんに教えて頂いたお陰です」

 

 ファルカスは年輩の用務員に愛想よく笑い、今月の賃金である一シックルと四クヌートを受け取った。

 

 ファルカスの家は、ウィーズリー家と比べてもあまり裕福ではない。ファルカスの祖父の名誉が失墜して以来、ファルカスの父は魔法省にあって閑職に甘んじていた。次第に酒浸りになっていく入婿の父の諦めと、祖父の時代の輝きを忘れられない母の言葉を子守唄にしてファルカスは幼少期を過ごした。

 

 

(僕は父さんのようにはならないぞ。闇祓いになって、母さんを安心させるんだ)

 

 ファルカスはそう心に決めていた。そのための努力を惜しむつもりはなかった。しかし闇祓いになるためには、呪文学、変身呪文、薬草学、魔法薬学、DADAで高い成績を取る必要がある。ファルカスは自分の成績を考えて今のままだと不安があるから、四年の夏期休暇では名門塾にいれてほしいと両親に頼み込んでいた。

(せめてその費用の足しくらいは自分で稼がないと……)

 

 無茶を言っている分だけ、ファルカスは自分もさらに努力するつもりだった。このあいだの結婚式に参列するための衣服や、友人達との交際にかかる費用でも家計に負担をかけている自覚はあった。ファルカスは、せめて友人たちとの交際費だけでも自分の力で何とかしたかった。そこで、村のアルバイトを始めたのだ。

 

 ラフへローにはクィディッチ競技場があり、休日は村の魔法使いの子供達が競技場を訪れて遊ぶ。そこの管理は魔法省から派遣されている村役場の役人の仕事だったが、ファルカスは村役場の役人クリケットとは懇意にしていた。何なら実の父親よりも、真面目に仕事をしている姿を見ているその役人の方を尊敬しているくらいだったが、ファルカスがアルバイトをしたいと申し出ると、クリケットは快く道具の手入れを任せてくれた。

 

 

 そしてファルカスが帰宅すると、待っていたのは友人たちだった。

 

「やぁ、ファルカス。お邪魔してます」

「みんなどうしたのさ一体!?今日は学会発表じゃなかったかい?」

 

 ファルカスは仰天して一番の理解者であるアズラエルに言った。ファルカスがスリザリンに入って最初の友達になったのはアズラエルだった。

「実は僕のことでちょっと君の意見を聞きたくて。いきなり来てごめんね、ファルカス」

 

「いや、大丈夫だよ」

 

 

 母がいつになく嬉しそうな顔をしているのを見て、ファルカスの胸は躍った。自分の成績は不出来とは言えないが、際立っているわけではない。スリザリンの中で生きていくなら力のある誰かと必ず行動を共にしなければならないことは解っていたし、他の寮の同級生とも上手くコミュニケーションが取れているとは言えなかった。だからこうして他の寮の友人たちが遊びに来てくれて、しかもそのうちの一人はブラック家の後ろ楯があり、一人は裕福な純血となれば母が安心するのは当然のことだった。ハリーたちにはむしろ感謝したいくらいだった。

 

 

 ファルカスは自分の部屋にハリー達を招き入れた。普段使い込んでいる学習机には、闇祓いの訓練メニューとメンタルトレーニングメニューを起きっぱなしにしていた。ファルカスは慌ててそれを隠したが、三人ともそれに触れないだけの良心があった。

 

「……それで、話っていうのは?」

 

 ファルカスは取りあえずハーマイオニーを椅子に座らせ、アズラエルにはベッドで腰かけてもらうと、ハリーとは立って話し合った。

 

「うん。実は……」

 

 それからハリーがした話は、ファルカスから見ても荒唐無稽なものだった。

 

「……うーん」

 

 ファルカスは唸った。ハリーの話のなかで、気になる部分があったからだ。

 

「夢の中で、君の傷が傷んだりしたんだね?」

 

「ああ。蛇や赤子を見るたびに僕の傷は傷んだ」

 

「……それは、例のあの人の呪いが君に悪影響を与えているんじゃないかって思うんだ」

 

 ファルカスの見解は、ハリーの見た夢はあの人が見せた呪いだという意見だった。

 

「呪いっていうのは、かけられた後も人に後遺症を与えるんだ。それも早期に治癒しないと、根治が難しくなる。君が赤子のときかけられた呪いが原因で、あの人に干渉されたのかも……」

 

「待ってファルカス。ヴォルデモート……ごめん、例のあの人が僕に夢を見せたとしても、何十キロ……あるいは何百キロと離れた場所から干渉するなんてことは出来ないと思う」

 

 ファルカスは、友人が呪術関連の知識には疎いことを思い出した。

 

「呪いは闇の魔術と同じで、本人の恨みとか負の感情を起点に発動するんだ。例のあの人は君のせいで肉体を喪ったんだろ?君への恨みで呪いが強化されても全然おかしくはないよ。爺ちゃんの手記にも陰湿な呪いに関する記述はあるんだ」

 

「……呪いか。……緩和する方法はいくつか知ってる。今度からプロテゴをかけて眠ってみることにするよ」

 

「うん。そうしてみて」

 

 ハーマイオニーはファルカスの意見に満足そうに頷いていたが、アズラエルは、別方向の視点からファルカスへ意見を求めた。

 

「呪いですか、その発想はありませんでした。……ねぇファルカス、夢を占い学として考えるとどういう解釈が出来ますか?」

 

「占い?……何かの暗示として?……うーん、そうだね……」

 

 ファルカスは自分が占い学でOの成績を取ったことを思い出した。周囲の友人たちが言うには、自分にはそこそこの(たまに当たる程度の)占いの才能があるらしい。本人としては、闇祓いに必要な変身呪文のギフテッドが欲しかったのだが。

 

「……まず赤子、例のあの人が赤子って言うのは……未来、成長、進化の暗示を示している。赤子の可能性は無限大だって言うしね」

 

「でも、例のあの人は何十歳という大人よ?赤子の姿だなんて恥ずかしくないのかしら」

 

「いや、夢の内容に文句を言われても」

 

 ハリーがハーマイオニーにあきれた声を出すなか、ファルカスは言葉を付け加えた。

 

「ハリーの夢が単なる夢って前提でいうけど、赤子の姿なのはあの人の肉体的、精神的未熟さを現しているのかもしれない。それを克服できていないっていうことなら、案外悪い夢じゃないのかもね」

 

 そう言うと、アズラエルは安心したような顔になった。

 

(うん、良かったかな……)

 

 ファルカスはその顔を見てほっとした。占いなんて当てにならないというのは、占いをしているファルカスが一番良くわかっているのだ。それでも皆が安心してくれるなら、ファルカスは自分の解釈を述べる気になった。

 

「次にドロホフ……従者の立ち位置で酒を飲んでいた。これは、本人の不安定さを表現している」

 

「……いやまって。ドロホフには、腕があった!燃えた筈の左腕で酒瓶を持っていた!手には手袋をつけてたけど……」

 ハリーがそう思い出して言うと、場の雰囲気は凍りついた。

 

「……酒……アルコールは、主から下賜されたものだと解釈できる。つまりドロホフは、何らかの手段で自分の腕をあの人に治してもらったのかもしれない」

 

 ファルカスの見解は筋が通っていた。そして、場の雰囲気を凍りつかせてしまった。

 

 

「……あの人に治してもらったのならまだいいよ。誰か罪のないヒーラーが操られたよりよっぽどマシだ」

 

 ハリーはそう言った。

 悪霊の火のような凶悪な闇の魔術で受けた傷を癒せるヒーラーが敵にいるよりは、あの人のワンオペであった方がありがたいというのはその通りだった。ファルカスは冷や汗をかきながら、蛇について話した。

 

 

「最後に、犠牲になったマグルと蛇。マグルは文字通り力なき無力な人々、蛇は、夢物語における権力の象徴として扱われている。弱者を食い物にして、権力を取り戻そうっていう暗示にも見える」

 

 けど、とファルカスは続けた。

 

「蛇は、過ぎたるものを求める人間を破滅させてくれる。例のあの人のような邪悪な存在が、そのまま生き続けられるとは僕には思えない。あの人には破滅の暗示が出ていると僕は思うよ」

 

 ファルカスは己自信を鼓舞するようにそう言った。夢に出てくる蛇は、権力者を導き、高みへと導くこともある。しかし、その資格のない人間にとって蛇の毒は強力すぎるのだ。ファルカスの言葉はそうあってほしいという願望ではあったが、スリザリンの象徴として例のあの人を認めたくはないという正義感が見て取れた。

 

「ありがとう、ファルカス。なんだか勇気が沸いてくるね」

 

「占いなんて非合理的よ、ハリー、ファルカス。油断せずにいきましょう」

 

「呪いにしろ本当にあったことにしろ、きな臭い情勢であるのは確かですしね。例のあの人が、クィディッチワールドカップで何かしてこなければいいんですが」

 

「それならファルカス。今度僕のことを占ってよ。僕に降りかかる災いの種類が分かっていれば、対処もしやすいだろうし」

 

「分かったよハリー」

 ファルカスの見解は、ハリー達をそれなりに安心させる効果はあったようだった。その後、ファルカスはアズラエルから魔法生物学会の学会誌を受け取り、三人がハウスエルフやマリーダと共に家を去るのを見送った。

 

***

 

 ファルカスはその日の出夜、日課の復習と予習を終えた後、ふと気になってタロット占いを試みた。占いの対象は親友の一人であるハリーだった。

 

(……こんなものに効果はないって分かってるけど……)

 

 友人の身を案じるものとして、ファルカスは胸騒ぎがしたのだ。占いがより良い結果になることを祈りながら、ファルカスはタロット占いでハリー·ポッターを占った。

 

(僕は何か、とんでもない間違いをしたんじゃないか……?)

 そして、ハリーを占った結果として、ファルカスは塔の正位置を出した。ファルカスがまさかと思い何度占ってみても、その結果が覆ることはなかった。

 

 




マグル生まれ(周囲に魔法使いの友人がいないので2ヶ月魔法と触れられない)の修学環境に比べたらどいつもこいつも恵まれている……恵まれ過ぎている……
それはそれとして、ファルカスの家はウィーズリー家よりマシな程度で貧乏です。魔法省の派閥争いに負けたのです。
ファルカスの父親は息子からは酒浸りと言われますがちゃんと仕事してるし真人間ではあります。ただこの世界には父親デバフがあるから……


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クィディッチワールドカップ

ファルカスのタロット占い
ハリー→搭(正位置)
ロン→月(正位置)
ハーマイオニー→恋人(逆位置)
ドラコ→悪魔(正位置)
……こいつらやべぇな、ろくな結果がない。


 

***

 

 ハリーのもとにファルカスからの手紙が届いたのは、ファルカスの家を訪ねてから三日後だった。

 

「何々?『ハリー、例のあの人の夢を見たそうだね。無事でなによりだよ。今度からプロテゴをかけて眠ることにするって聞いて、安心したよ』」

 

 ロンはファルカスからの手紙を音読して顔をしかめた。その日、ロンはグリモールドプレイスを訪問してくれていた。今日はザビニやフレッド、ジョージと共にクィディッチの練習をする予定なのだ。

 

「ハリー、変な夢をみたのか?」

「ああ。……ヴォルデモートが僕に見せた夢だって思うんだけど」

 

 

「ふーん、あほくさ。夢で悩むなんて馬鹿げてるぜ」

 

 ハリーはロンに己の推測を言ったが、ロンは信じなかった。ハリーは手紙の続きを読んだ。

「…『君から頼まれていた占いの結果が出た。君に告げるべきかどうか迷ったけど、頼まれた以上は結果を伝えるのが筋だと思う。……今年は君にとって試練の年になる』」

 

「試練なんて毎度のことだろ」

 

 ロンは鼻で笑った。ハリーもつられて笑った。ホグワーツに来てから、ハリーの周囲では厄介ごとばかりが起きていた。

 

「『この試練は理不尽で、回避することは出来ない。そして君自身があらゆる手を尽くしても、最悪の結果を免れないかもしれない。けれど僕は、それでも君なら何とか乗り越えられると信じてる』……か」

 

「占い?ハリー、そんなの信じてるのか?」

 ハリーは答えなかった。以前ファルカスはダフネに出した恋人の占いを的中させたが、あれはハリーが行動したからであって占いの力だけではないと思っていた。それでも、この世には本物の預言というものが存在するのだと思わざるを得ない出来事がハリーにはあった。

 

 トレローニの預言が現実になって、ドロホフとヴォルデモートが合流したなどと言っても、ロンは信じないだろうと思ったのだ。しかしハリーにとってこの手紙は一つの象徴だった。運命が動き出したということだ。

 

 ハリーのなかに恐れはなかった。むしろ、来るなら来いという気持ちでさえいた。

 

(何か行動を起こすのなら……早い方がいい)

 

 

「ロンも占ってもらいなよ。当たるかどうかは別として、悪い占いの方が気持ちの準備ができていいと思うよ、僕は」ハリーは冗談めかして言った。ロンは、ヴォルデモートの夢を見て不吉な予感を味わっているハリーの気がしれないというように肩をすくめた。

 

 そんなやり取りをしていると、ザビニも屋敷に到着した。ザビニは新品のニンバス2001を片手に本気の笑みでハリー達の前に姿を見せた。

 

 そして三人は庭に出て、ハリーとザビニはニンバス2001に、ロンは中古のコメットに乗って飛び立った。待ち構えていたフレッドとジョージのブラッジャーを回避しつつハリー、ロン、ザビニの三人でパスを回すというチェイサーの訓練をした。

 

 ハリーが占いの結果を聞いて笑ったのは、自分が臆病風に吹かれているなどとロンには思われたくないという意地があったからかもしれない。しかしそれは決してハリーの独りよがりではなかった。不安を見せても何もいいことなどないのだから。

ただ、ハリーは一つの可能性を思い浮かべていた。

(ヴォルデモートがドロホフと合流して『立ち上がる』……つまり、復活して僕を狙ってくるのか?)

 

 そう考えたとき、ハリーの鼻先をブラッジャーが掠めた。ハリーはすんでのところで直撃を免れた。

 

「よそ見するなよ、ハリー」

ザビニがニヤニヤと言った。

「この程度は見てなくても平気ってか?」

 

ハリーはふと気づいたように、ブラッジャーを避けながらザビニに訊ねた。

「いや。ザビニはきついかい?双子のしごきは」

 

「こっちはニンバスだぞ。加速すりゃ余裕さ」

 

「双子はブレーキングの隙を狙ってくるよ。気をつけて」

 

 ザビニはハリーの忠告もむなしく、練習用のゴム製ブラッジャーが腹部に直撃した。ハリーは苦笑いをし、ザビニがこぼしたクアッフルが地面につく前に拾った。

 

「ドンマイドンマイっ!も一回行こう!行けるよねザビニ!」

 

「たりめーだっ!」

 

 ザビニはへこたれずに訓練をやりとげていた。ハリーと共に、あるいはハリーを超えてクィディッチチームのレギュラーを獲るという覚悟と気迫は、着実にザビニの実力を上げていた。ロンはクィディッチチームに参加するつもりはないと言い張っていたが、ハリーやザビニに負けじと双子のブラッジャーをかわし、蹴り飛ばしてハリーが持っていたクァッフルをもぎ取った。体格差のある選手と接触したとき、ハリーがクァッフルを保持できるかは今後の課題だった。

 

 ハリーは訓練を終えた後、ロン、ザビニ、さらに双子と共にグリモールドプレイスの屋敷での夕食に向かった。

 

 彼らの話題は自然とウィーズリーを中心に回った。パーシーが卒業後、魔法省の国際魔法協力部に配属されたという話はハリー達を驚かせた。

 

「パーシーさんでも執行部じゃないんだね。意外だな」

 

 パーシーはハリーの知る限り最も優秀で、勇敢なホグワーツ生だった。闇祓いは希望しなければなれないが、執行部は花形だとスリザリンにいれば嫌でも耳にするので、ハリーはてっきりパーシーはそこに配属されたのだと思った。

 

 しかしロンは首を横にふった。赤毛が鮮やかに揺れ、それに合わせて双子も首を横に振る。

 

「執行部って、すげえストレスのたまる部署らしいぜ。パーシーには無理さ。魔法に関してはすげえけど、ストレス耐性はねぇし」

 

 

「お、おう……性格で弾かれたってのか……?」

 

 ザビニが若干同情的に言うと、双子の恐らくはフレッドがその言葉を肯定した。

 

「まぁな。だけど本人にとっては良かったみたいだぜ。なんせ、愛しのクラウチ部長に出会えたんだからよ」

 

 双子のもう片方、恐らくはジョージがうんうんと頷いた。

 

「家じゃあクラウチはこうする、ああ言ったって話ばかりでな。正直耳が痛くなってきたんで今日は気晴らしができて嬉しかったぜ」

 

「そのクラウチって人がパーシーさんの上司なんですね」

 

 ハリーはどこかでその名前を聞いたような気がした。

 

(そう言えば。クラウチって一族が聖28一族にあったっけ……)

 

 ハリーはセイクリッドトゥエンティエイトこと、聖なる28の一族の中にクラウチ家があったことを思い出したが口には出さなかった。目の前のロンや双子もその中の一つで間違いなく純血とされているが、ロン達の前でそんなことを言おうものなら絶交されかねないことは分かりきっていた。

 

「パーシーのやつ、クラウチのことを褒めちぎってるけどさ。親父によると当のクラウチからは名前も覚えられてないんだと。魔法省のやばさを感じるよな」

 

「そうですね。今度シリウスにも聞いてみます」

 

 この時のハリーは、シリウスとクラウチ氏との間に因縁があるなど思いもしていなかった。クラウチ氏の存在が、ある意味でハリーの人生におけるターニングポイントになることも想像していなかった。

 

***

 

 クリーチャーは名家のハウスエルフらしく、フランス料理のレパートリーもあったようだった。ハリーは食卓に並ぶ馴染みのない料理に驚きつつ、ザビニの隣に座ってクリーチャーの作った料理を頂いた。

 

 クリーチャーの作ったラタトゥイユはハリーには少し胡椒の刺激が強かったものの、ロンや双子を満足させる出来映えだった。ロンが皿を平らげ、双子も料理の味に満足したところでその日はお開きになった。

 

「んじゃ、俺らはさきに帰るぜ。ザビニはどうすんだ?」

 

 ロン達は箒でウィーズリー家のある隠れ穴まで帰ると言うが、ザビニは違った。

 

「俺はナイトバスがあっから。乗り心地は最悪だが、安くてはえーし問題ねーよ」

「そう言うな。こんな情勢のときに子供が一人で出歩くもんじゃない。俺がテレポートで送る」

「えっ、いいんですか?」

ザビニが驚いて言うと、シリウスは頷いた。

「ああ。ハリーの友達相手なら大したことではない」

 

 ハリーはロン達を見送った後、ザビニともう少し話すことができた。ザビニの家の門限は七時らしく、門限までは三十分ほど時間があった。

 

「マジで助かるぜ。シリウスさんには頭上がらねえよ」

 

「シリウスはザビニのことも褒めてたからね。スリザリンでありながら勇敢でグリフィンドール生みたいだって」

 

「へっ。そりゃ……ありがてーな」

ハリーはシリウスの言葉をそのまま伝えた。ザビニは照れたようにそっぽを向いた。やがて、ザビニはポツリと呟いた。

 

「俺のよぉ」

 

「ん」

 

「俺の兄貴……つっても義理の兄貴でマグルなんだけど。その人がこないだの結婚式に来てたんだぜ」

 

「結婚式ってこの間の式にかい?マグルなのに?」

 

 

 ハリーはどきりとした。シリウスとマリーダの結婚式場はマグルの世界でも認知された教会だったとはいえ、あの場にマグルがいたなんて思いもしなかったのだ。ザビニはしかめっ面をして答えた。

 

「正直、マルフォイのおっさんみてーなアホを見たら、魔法世界に関わる気持ちも失せるんじゃねえかって思ったんだけどよ。『あの場にいた人々は魔法使いで、何でも出来る割には驚くほど理性的だ。私なら全人類の数をざっと半分にまで減らそうとするだろうに』なんて言い出してよぉ」

「へーぇ!」

 

 

 ハリーは笑った。そこまで大袈裟なジョークを飛ばすくらいに、ザビニとの関係は良好だということだ。

 

「ってことは、魔法界に対して柔軟な人なんだろ。良かったじゃないか」

 

「ああ。……けどよぉ~」

 

ザビニははぁ、とため息をついた。

 

「今度のクィディッチワールドカップでにも見に行くって言ってくれたのは嬉しいんだけどよ。クィディッチのルールって魔法使い的にはオーケーでも、マグルから見たらアホの極みだろ。クッソガッカリすんじゃねえのって不安でよ……」

 

「……うん。まぁ、うん」

 

 ハリーは否定できなかった。クィディッチという競技に欠陥があることは、ハリーもいやほど理解している。

 

 何ならプレーしなくてもルールを聞いた時点で理解できるだろう。言うまでもなく、シーカーの存在がクィディッチには不要なのだ。ハーマイオニーあたりはビーターとブラッジャーも廃止しろと言うだろうが。

 

「プレーの迫力でノってくれることを祈るしかないよ。あと、ブルガリアとアイルランドだと得点力に雲泥の差があるから……」

 

「そーだけどよぉ。まぁ、危険で野蛮な上悪意のある連中って思われるよりは危険で野蛮だけど間抜けなアホって思われる方がマシか……」

 

 ハリーとザビニは、どうすればザビニの兄たちが魔法界に好意的でいてくれるか話し合った。ハリーがクィディッチのルールについては詳しく説明せず、迫力あるプレーで選手達が墜落する様子を眺めるショーだと言うことにした方がいいと言うと、ザビニはハリーにガッツポーズした。

 

***

 

 ハリー達はクィディッチワールドカップ前日まで、魔法の勉強やクィディッチの練習に勤しみ過ごした。グリモールドプレイスにはグリーングラス氏と共にダフネやダフネにくっついてきたアストリアも訪問し、グリーングラス氏はシリウスと何か込み入った話をしていた。ハリーはアストリアがダフネとハリーとの間に挟まってくるのを面白がりながら、ダフネの勉強の面倒を見た。

 

「私がヒーラ-になりたいと言うと、お父様は条件を提示したの」

 

「条件?許可じゃなくて?」

 

「ええ。まずは、今年のテストで薬草学、薬学に変身呪文でE以上を取ること」

 

「なるほど。ヒーラ-には必須の知識だ」

 

 ハリーは納得したが、アストリアはハリーを威嚇した。

 

「お姉様がヒーラーになるなんておかしいですわ!わたくし達は、ヒーラ-にかかる側ですもの。身分が違いますわっ!」

 

 アストリアはきゃんきゃんと仔犬のように吠えたが、ダフネがゆっくりと髪を撫で付けるとチワワのように大人しくなった。

 

(二人の間に上下関係が出来てるな……)

 

 

 ハリーから見て、ダフネとアストリアには信頼関係があるように見えた。その信頼関係は強固で、暖かく、そして優しい。ダドリーとハリーのそれとは、まるで異なる。そんなダフネを見るのが、ハリーは好きだった。

 

 ともあれ何やら盛り上がっているシリウスたち大人をしり目に、ハリーとダフネの二人は黙々と勉強を続けた。アストリアは仕方なく勉強に付き合っていたが、飽きたのか途中から顔のいい男子が出る雑誌を読みふけっていた。

 

***

 

(……家に集まって勉強……至って健全ですわね……)

 

 ハリーの部屋でダフネは羽根ペンを、ハリーはポールペンを走らせる。そちらの方が合理的だからとハリーがボールペンを使うのを羨ましそうにしながら、ダフネは魔法薬の教科書に挑んでいく。時折ハリーに質問を飛ばしては、ハリーが細かいヒントを出すといったやり取りが続いた。

 

 

 アストリアはグリフィンドール生のフレイ·アレイスターから拝借したマグルの雑誌を読むふりをしながら、ちらちらと二人に視線を向けて物思いに耽っていた。

(……なんでお父様は、お姉様の我儘を承諾したのかしら)

 

 アストリアから見て、ハリーと付き合って、さらにヒーラーを目指したいという姉の主張はとんでもない我儘なように思えた。ハリーはブラック家の後ろ楯があり、ポッター家の最後の一人でこそあるが半純血だった。しかし父には父の思惑があったのか、ポッターと付き合うことを喜んだ。アストリアにとっては面白くない話だった。ハリーは純血主義を否定したことはないが、肯定してくれたことは一度もないからだ。

 

(……なんでポッターの周囲は、お姉様を受け入れているのかしら?)

 

 アストリアは、悔しいが、ハリーが姉に好意を持つことは認めていた。そもそもそうでなければ暴漢から姉を守るはずはない。グリーングラス家の地位と純血の肩書きが欲しいだけだとしても、そのお陰で姉が助かった上にアストリアがどうこう言う権利はないのだ。問題は、ハリーの周囲がダフネのことを受け入れていることだった。

 

 ダフネは生粋の純血主義で、マグル生まれの者を蔑んでいる。家ではそう振る舞っているし、アストリアだってそれを手本にしてきた(勿論、ダフネはTPOを弁えて学校で純血主義を口に出すなと再三アストリアに忠告してくれていたが)。一方ハリーと仲良くするウィーズリー家や、マグル生まれのグレンジャーという魔女はダフネのことを快く思ってはいないだろう。グリーングラス一族は聖28一族で、連中から敵視されてもおかしくないはずなのだ。噂では、一族の中にはデスイーターに与した人間もいたという。

 

 しかし、姉の話によると連中もハリーと同じように姉を暴漢達から身を呈して庇ったのだという。アストリアには理解できない話だった。連中にとってダフネは、というよりグリーングラス家を含めた純血の一族は魔法使いの汚点のようなものだ。もしもアストリアが同じ立場なら、ウィーズリー家の人間を盾にしても心は痛まないはずだった。

 

 しかしダフネはハリーの周囲にも恩義を感じてか、ハリーに対してウィーズリーとの付き合いをやめろとは言わないようだった。それどころか、こうして二人で勉強までしている。

 

「ああ、やっと終わったわ!」

 

 

 アストリアがぐるぐると考え事をしているうちに、ダフネは教科書を閉じた。吃驚してまじまじと自分を見つめる妹を見て、ダフネが苦笑する。

 

「そろそろ休憩しましょうか。ハリー、お茶を出してくれるかしら」

 

「オーケー。ちょっと待ってね、クリーチャーは僕の言葉は聞かないから」

 

 そう言ってハリーは部屋を出ていった。アストリアはティータイムの到来に喜んだ。やっとらしくなってきた、と思った。

「やりましたわ!どんなお菓子が出てくるのか楽しみですわ!」

「アストリア?あなたは勉強してなかったわよね?」

 

 見た目だけは優しく諭されて、アストリアは渋々頷いた。ダフネの差し出した二年生用の問題を一目見て、唸り声をあげる。

 

「わたくしコンジュレーションは苦手ですのに……」

 

 アストリアの成績はA(70点)。ダフネによれば一年生のときのダフネよりはマシだと言うが、アストリアの予想を大幅に下回る点数だった。

 

「過去問が悪いのですわ。全然見当違いの問題ばかりでしたもの」

 

 そんな言い訳をこぼすアストリアを、ダフネは柔らかく、しかし厳しく諭した。

 

「過去問が手に入ったからと手を抜いたわね。私が一年の頃よりマシとはいえだらしないわ、アストリア。家庭教師に任せるだけでなくて自分でもやる習慣をつけなさい。でないとこの先苦労するわよ」

 

「ハイですわ……」

 アストリアはしゅんとして、羽根ペンを握りしめた。

そうこうしているとハリーがお茶セットとスコーンの皿を持って戻ってきた。

 

「ここのハウスエルフは随分と無礼ですのね、我々を何だと思っているのかしら」

 

 

ハリーの淹れる紅茶はアストリアの基準で言えば下手だった。しかし、スコーンは満足のいく出来だった。姉妹にとっては至福の時間だった。ダフネはもちろんアストリアも純血一族として魔法使いの生活にどっぷり浸かっていたが、しかし俗なところも持っていたので二人とも紅茶とスコーンの組み合わせを楽しんだ。

 

「砂糖はいるかい?」

 

「結構ですわ。ヒーラーから止められていますの」

 

「そうか、ごめんね。気が回らなかった」

「ハリー、私に一つだけお願い」

 

 ハリーに甘く接するダフネをアストリアが睨む。しかしダフネはどこ吹く風でハリーから砂糖を受け取った。ハリーはストレートの紅茶を楽しみつつダフネとマリーダ·ブラックやシリウス·ブラックの私生活について話していた。

 

(何だか思ってたのと違いますわね……)

 

 ハリーの話すシリウス·ブラックは芯の強い高潔な人間で、マリーダは質実剛健な魔女だった。アストリアの印象とは異なる話がそこにはあった。

 

 アストリアの情報源はデイリープロフィットだった。デイリープロフィットでは、シリウスとマリーダについて好き勝手な憶測が流れていた。誌面では、シリウスは強引で女性関係にだらしがない女の敵、マリーダはブラック家の財産にしか興味がない毒婦で離婚は秒読みなどと書きなぐられていたのだ。

 

「どうかしたかい、アストリア。難しい顔をしているけれど」

 

 

 ハリーは考え込むアストリアを心配してか、アストリアにも話を回してきた。

 

「別に何でもないですわ。ただ、あなたの言葉が新聞で書いてあったこととくい違っていたので驚いただけですわ」

 

 アストリアはシリウスのことをよく知らなかったし、マリーダのことはもっとよく知らない。だが、記事を読んだときには二人は悪人に違いないと確信していたのだ。

「新聞記事を信じたの、アストリア?」

 

 ダフネが目をぱちくりさせつつ尋ねる。

 

「いけませんか?だって、新聞に載るほどに仲がよろしくないのでしょう?」

 

「いや、二人とも仲がいいよ。シリウスは忙しいけど、この間もマリーダのために時間を作ってたし」

 

 ハリーはシリウスとマリーダが新聞に書かれているような謂れなき悪評に晒されるのはいい気がしなかったらしく憤慨していた。

「そんな記事を書いた無責任な記者には呪いをかけた方がいいかもね。それこそカースでも」

 

「!?」

 

「もう、冗談はよしてよ。妹が本気にするじゃない」

 

「ごめん。ちょっと熱くなっちゃったよ」

 シリウスとマリーダの記事を書いた記者に呪いをかけた方が早いのではないかなどと物騒なことを言ったためアストリアも驚いたのだが、ハリーは肩をすくめて言った。

 

「呪いだなんて……お、お姉様はポッターが恐ろしくありませんの?」

アストリアが怯えながら尋ねると、ダフネは自信満々に言い切った。

 

「私が見張っているから大丈夫よ。ハリーは身内思いなだけで悪い人じゃないわ、アストリア」

(そういう問題じゃないですわっ!)

 

 

 姉が本当にハリーに対して盲目になっていると思ったアストリアは内心で叫んだ。ダフネは涼しい顔をしている。ハリーはそんなダフネの様子に苦笑しつつ話を戻した。

 

(……まぁ、うん。ちょっとからかいすぎたね)

 

「新聞記事はいい加減だけど、君が読んでいた雑誌は良さそうだったね。ちょっと見せてくれないかい?」

 

 

「これは駄目ですわ!」

「なんでだい?」

「なんでもです!」

アストリアはハリーが雑誌に手を伸ばしたのを慌てて叩き落とした。ハリーが怪訝な表情を浮かべる。ダフネがアストリアにピシャリと言いきった。

 

「マグルの男子が出てくる雑誌だからと気にする必要はなくてよ。ハリーの前で遠慮はいらないわ」

 

「違いますわっ!グリフィンドールのフレイ·アレイスターからぶんどった雑誌がたまたまマグルのものだっただけですわ!」

 

 アストリアは叫んだ。実際、夏季休暇に入る少し前にフレイが読んでいた雑誌を規則違反だと詰ったら、フレイはアストリアの手にその雑誌を押し付けてきたのだ。

 

『みんなで回し読みしてたのよ。何ならあんたも読んでみたら?』

 

 純血主義者として、マグルの雑誌などすぐに燃やすか捨てるべきだった。しかし、何となく手持ちの空間拡張された鞄に押し込んだまま捨てる機会を逃したのだ。決して表紙の男子がドラコに似ていたからではなかった。

 

「そうか、友達から貰ったものなんで捨てられなかったんだね。分かるよ」

 

 ハリーはアストリアの純血主義者としてのプライドを察した。地雷を踏んでしまったと思ったハリーは、別方向に話題をそらすことにした。あまりいい繋ぎかたではなかったが下手にアストリアのプライドを刺激しても良くなかった。

 

 

「はぁ、友達?!私がグリフィンドール生と!?あり得ませんわ!」

 

「アレイスターは魔法省の国際魔法協力部に所属していたわね。その子、おそらく親戚よ。魔法省の関係者と交流するのはお父様も喜ぶと思うわ。お手柄ね、アストリア」

 

「え、ええ。……てっきり私、ウィーズリー家の遠縁だと思ってましたわ。ジンジャーですもの」

 

「国際魔法協力部にはウィーズリー家もいるよ。もしかしたら、グリフィンドールの派閥があるのかもしれないね」

 

 アストリアはダフネにハグされた。アストリアは不承不承頷いた。

 

***

 

 

 その後もハリーは二杯目の紅茶を淹れながら、三人での会話を聞楽しんだ。アストリアが熱心にシリウスとマリーダの夫婦生活について質問してくるのでハリーは笑いながら冗談めかして答えなければならなかった。

 

 そして別れ際、ハリーとダフネは互いに顔を見合わせて言った。

 

「色気のないデートになったわね」

「ま、たまには悪くないよ」

 

 アストリアはムッとした顔をしたが、すぐに気を取り直すと笑顔でダフネの頬にキスをした。そしてハリーに舌を出した。

 

「ブラック氏とブラック婦人によろしく言っておいてくださいませ!」

 

「あの子ったら。じゃあハリー、ワールドカップで会いましょう」

「ああ。また会おう、ダフネ」

 

 ダフネは微笑して妹の額にキスを返す。姉妹が身を寄せ合うようにして去っていくと、ハリーは誰もいなくなった自分の部屋で大きく伸びをした。

 

(ファルカスは僕のカードについて明言しなかった。あれがもし、『塔』だとするなら……)

 

 ハリーにとっての掛け替えのない日常。幸せな現在の全てが失われるかもしれない。ハリーは、それに立ち向かうために強くあらねばならなかった。ダフネ達を送り出した後も、ハリーは一人魔法の復習に取り組んだ。

 

***

「しっかりしなさいよっ!あんな下等な獣に見とれるなんて何を考えているのッ!」

 そしてクィディッチワールドカップ当日。ハリーはダフネに頬をひっぱたかれていた。

 

 ハリーはシリウスやマリーダと共に、試合を俯瞰して観察できる貴賓席にいた。そこにはグリーングラス家やビスト家も招かれていて、ハリーはバナナージやダフネの側で試合開始を待っていた。

 

 しかし、エキシビジョンで出現したヴィーラにハリーは見とれた。まるで、愛の妙薬を飲んだときのように、ハリーの緑色の瞳はヴィーラの艶やかな髪と美しいすらっとした肢体に釘付けになった。

 

 ヴィーラはブルガリアの魔法生物で、異性を魅了する性質を持っているのだ。ハリーは、まんまと魅了されてしまったのである。それは過去のパンジーとの記憶を思い起こさせるもので、気付いたハリーは吐き気を催す程に落ち込んでいた。

 

「……ああ、ごめん、ダフネ。本当にごめん。……あんなものに見とれるなんて。君に比べたらなんてことないのに」

 

 ハリーはすぐに謝って、ダフネの艶やかな黒髪や睫毛やぱっちりとした目を褒めた。しかし、ダフネはなかなかか機嫌を直してはくれなかった。

 

「……本当に……男ってやつは……っ!」

 

「ここまでキレた姉様ははじめて見ましたわ……」

 

 アストリアはダフネの殺気に怯えていた。もしも闇の魔術が使えたならば、ダフネはヴィーラに悪霊の火をぶちこんでいたかもしれなかった。

 

「異性を魅了するヴィーラは初見じゃ刺激が強すぎる。仕方無いさ、ハリー、ダフネ。何事も経験だ。重要なのは、経験を糧にして閉心術を身に付けることさ」

 

 バナナージやシリウスは、ヴィーラの容姿に感嘆しても自分を保っていた。熟達した魔法使いは、心の内を閉ざし壁を作ることで精神への干渉を防ぐのだ。ハリーがその域に達することが出来るかどうかは、ハリー自身の成長にかかっていた。

 

 

 

 

 





ハリーにとってのまともな家族サンプル
原作者→ウィーズリー家(聖人)
本作→スミルノフ家(オリキャラかつ接点が薄い)
   グリーングラス家(親族にデスイーターあり)

シリウスとマリーダが頑張るしかありませんねこれは。


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スリザリンの恥部

Q.LOVEが高くても就職できますか?
A.出来ますよ。実例をお見せします。


 

 

 

***

 

 時を少し遡る。

 

 ダフネとアストリアというグリーングラス姉妹がハリーの部屋にいる間、シリウスはダフネ·グリーングラスの父、ラドン·グリーングラスとの交渉を終えていた。ラドンはダフネに似た黒髪で、初老の男性のようにも見える。しかし、実際にはシリウスより一歳歳上なだけだ。暗黒時代の艱難辛苦ゆえか、あるいは別の要因が、ラドンという男に実年齢以上の印象を与えていた。それは純血の一族にとっては風格として好意的に受け取られる要素だった。

 

 濃紺のローブを着込んだラドンは保守的な魔法使いで、ルシウスをはじめとした純血派閥とも強い繋がりを持っている。シリウスがなぜそんな男と親しげに会話しているのかと言えば、全てゴッドソンであるハリーのためだった。

 

 シリウスはハリーの保護者としてスリザリンの保護者達と知り合い、幾度かの会話を経てラドンとも親しくなっていた。保護者としての交流を続けるうちに、ラドンは次第にシリウスに胸中を明かすようになった。今日は、正式な書面による契約を交わすためにラドンを招いたのだ。

 

「ラドン、貴方のような実直な人物と話せて嬉しい。こうして話が纏まったのもな。……社交界では誰も彼も腹の内を見せないから」

 

「お世辞はよしてくれ。私も君の支援を当てにしてすり寄っている純血の一人に過ぎんよ、シリウス。君ほど行動力と実行力を兼ね備えた男を他に知らないのでね」

 

 ラドン·グリーングラスの持ちかけた話は、血の呪いに対する治療法の支援に関するものだった。

 

 グリーングラス家に代々引き継がれている血の呪いは、緩和方法こそあれど、現時点で根治方法は見つかっていない。その根治方法を確立させるためには、今まで以上の製薬支援や、魔法省の医療部門に対する働きかけが必要となる。ラドンはそれをシリウスに求めた。その代わり、ウルフスベーンの改良のためにグリーングラス家と縁のあるヒーラーやポーションマスターを仲介して貰う予定だった。狼人間達がウルフスベーンを使いやすくするためには、薬の生産体制を強化して値段を下げなければ手が届かないからだ。

 

 シリウスは数ヵ月前、狼人間用脱狼薬の開発を支援するために強引に政治的な圧力をかけた。ラドンが危険を承知でシリウスに近づくことを決めたのは、シリウスの行動力と実行力を見込んでのことだとラドンはシリウスに言った。

 

「もちろんそれは分かっている。しかし、友が助けを求めているなら助けるのが道理というものだろう。遠慮はしないでくれ、ラドン」

 

 シリウスがそう言い切ると、ラドンはふぅむとうなった。そして言った。

 

「君はもう少し排他的にものを考える人間だと思っていたがね」

 

 その言葉に込められた含みを感じとり、シリウスは微笑んで言った。

 

「意外か?俺の友人はジェームズだけだと言われているからな」

 

 シリウスには後ろ暗い過去が山程あるのでそう思われるのは当然だった。だが、すでに賽は投げられたのだ。今さら止める気はなかった。

 

 

「いや。私は君のような友を持って嬉しく思うよ。世間は我々のような純血一族に厳しい。君も、デイリープロフィットに誹謗中傷を受けているだろう?」

 

「俺に関しては自業自得ととらえている。俺に関してはな」

 

 シリウスは、自分が記事にされあることないことを中傷される分には仕方無いことだと受け入れていた。しかし、マリーダまでありもしない誹謗中傷を受けるという事態はシリウスの心を傷付けていた。政治的圧力をかけて記事を書かせないという手などそうそう出来るものではない。

 

 シリウスにとってマリーダがどれだけ大切な存在であろうと、世間は単なる情報のひとつとして彼女をとらえ、面白おかしく踏みにじることに躊躇しない。シリウスは、言外でそれについて触れるなと殺気を出した。

 

「……ところで、ワールドカップの試合観戦についてなのだが」

 

 シリウスの不機嫌を察したラドンは、唐突も唐突な話題変換を試みた。ラドンが長年培った保身術のひとつだった。相手の触れられたくない話題をつついても何の利もないのである。

 

「……うちの娘が、ポッターくんと一緒に試合を見たいと言い出したのだ。ああ、上のダフネの方だ。ダフネのことは御存知かな?」

 

「知っている。別に何の問題も無いが?うちのハリーも、御令嬢とともに試合を観戦出来ることを楽しみにしている」

 

 シリウスが好意的であることにラドンは安堵したようだったが、しかし、顔を引き締めて言った。皺の深い顔には、娘を案じる父親の憂いがあった。

 

「それなのだよ。実はうちのダフネは、ポッターくんのことをよく私に語って聞かせるのだが……にわかには信じがたいことばかりでね。この間のホグズミードの一件もそうだ」

 

「ああ、あのときの話か」

 

 シリウスが笑顔で頷くと、ラドンは怪訝そうに首を捻った。

 

「本当なのかね?いや、何度聞いても私には信じられないのだ。三年生が複数人の暴漢相手に大立ち回りなど出来るはずもなかろう?」

 

 ラドンの言葉は全くもってその通りだった。魔法使いの戦闘において、複数人を相手取ることはよほどの実力差がなければ厳しい。ましてや三年生など本来は成人一人分の戦力にも満たないのだ。シリウスの立場で考えたとき、大人を含めた複数人の魔法使い相手に生き残れると断言できるのは五年生の時、メタモルフォーガスになった後だ。数の差を覆すことは、地力に相当の差がなければ不可能なのである。

 

「まぁ、そこはハリーの自己防衛能力と機転を褒めるべきだろう。私は当時あの現場にいたが、暴漢ども相手に逃げ切れたのはハリーと、そしてダフネ嬢の機転あってのことだ」

 

 シリウスはさらりとダフネを褒めた。互いの子供達を褒め合うのはスリザリン流の処世術だが、シリウスの言葉は本音でもあった。ダフネを、ザビニをはじめとしたスリザリンの立派な生徒として認める心の準備がシリウスに出来たからこの言葉を言ったのだ。

 

「ああ。もちろん称賛すべきはポッターくんの方だ。しかし、可愛いうちの子が……その……非常識な体験に浮かれているのではないかと心配でな」

 

 シリウスとは対照的に、ラドンの言葉には嘘も混じっていた。

 

 ラドン·グリーングラスは、はじめからダフネをハリーに近付けるつもりでいた。ブラック家のシリウスと近く、右も左も分からない一年生当時のハリーを丸め込むことなど造作もないだろうと思って、ハリーと友人になるようにダフネに言ったのはラドンだった。

 

 

 が、ことここに至って事態はラドンの思惑を斜め上に外れた。『生き残った男の子』が、どう考えても常識外れの方向に成長し、年齢に見合わない力量を持っているとは思いもしなかったのだ。

 

「心配には及ばない。ハリーは君に顔向け出来なくなるような真似はしない。ダフネ嬢も立派な淑女だ。君の娘達は誇り高くあるだろう」

 

 シリウスの言葉には一片の迷いもなかった。あまりに堂々としていたので、ラドンも頷かざるをえなかった。

 

「……君がそこまで言うなら信じるが……」

 

 ラドンはうなった後言った。

 

「親馬鹿と思って聞いてほしいのだが、いいかね?」

 

「ああ、構わない」

 

 シリウスの灰色の目を見ながら、ラドンは言った。シリウスとラドンの両者とも閉心術を使っていて、腹の底は見せていない。しかし、表面に浮かび上がる感情はどちらも真摯だった。 

 

「ダフネは真面目な子でね。私に似て、思い込んだら一直線で一気に走ってしまうところがある。そこがハリーくんの気に障るのではないかと心配しているのだよ」

 

「なるほど、確かに。ダフネ嬢は君によく似ている。人として恥ずべきところのない立派な娘だとわたしは思う。先日の一件でも、彼女は負傷者の手当てのために走り回っていた」

 

 シリウスは、さらに一言付け加えた。

 

「君の教育が良かったのだろう」

 

 と。この言葉はダフネに限っては嘘ではないが、アストリアに関しては嘘だった。シリウスは、幼いアストリアに純血主義を教え込んだラドンの教育方針を全面的に肯定している訳ではない。ただ、ダフネに関しては立派だったというだけだ。

 

「何と、あの子が。ヒーラーになりたいというのは冗談ではなかったのか?」

 

「ほう、それはいい夢だ。御令嬢の言葉が冗談に聞こえたのか?」

 

「いや……いや。なるほど、そういうことだったのか」

 

 ラドンは一人納得したように言った。感心したように、シリウスを見た。

 

「君はどうやら、我が娘を高く買ってくれているようだ」

 

「ああ、彼女の他者を思いやる心には敬意を表するよ。俺には到底出来ないことだ。俺は他者のために尽くせる人間を、無条件で尊敬する」

 

 シリウスの言葉に嘘はなかった。ラドンはそんなシリウスを意外なものを見る目で見たあと言った。

 

「……まさか、君にそう言われるとは。我が家の娘と、君の息子との間で縁が持てるとは嬉しいことだな。これからもよろしく頼むよ」

 

 そしてシリウスは、ラドンと固い握手を交わした。ラドンの手は皺だらけで、年齢よりも老いを感じさせた。

 

(……もしやこの男も)

 

 シリウスは血の呪いがラドンを蝕んでいることを察したが、それを直接言わないだけの良識はあった。二人は十年来の友人のように笑い合い、そして別れた。少なくとも表面上は。

 

******

 

 ハリーはワールドカップの直前、シリウスと一つ約束をしていた。

 

「……戦闘するなってどういうこと?シリウス」

 

「言葉の通りだ。君の能力が必要なときは、必ず俺が伝える。だが、ワールドカップ内で問題が起きた場合、指示なしで動き回るのはやめてほしい。不用意に戦闘するのも危険だ。君を釣り出すための陽動の可能性もあるからな。必ず、俺かマリーダの指示通り動いてくれ」

 

 シリウスは険しい表情でそう言った。

 

「『ワールドカップ』という催しには世界の注目が集まる。闇の魔法使いが騒ぎを起こすならうってつけの環境だ。君だけでなくブルガリアの大臣を狙ったテロが起きる可能性もある。それくらい何が起きても不思議ではないし、起きたとき不用意に動くことの危険さを分かっておいてほしい」 

 

 ハリーは苦々しい表情で言った。

 

「……ワールドカップ内でドロホフがまた襲ってきたら?『支配の呪文』で観客を操ってくるかもしれない。それでも駄目かな」

 

「その場合もだ。俺は念のためにウィーズリー家のアーサーと話はつけてある。正式な避難所ではなく、アーサーのテントに逃げる手筈になっている」

 

「魔法省指定の避難所じゃないんだね」

 

「ああ、そうだ。魔法省の役人が操られている可能性もあるし、避難所に操られた人間がいる可能性もある。そのリスクを考えれば、アーサーの居場所が最も安全だ」

 

 シリウスの言葉は尤もだったが、ハリーは頼るべき相手として別の人々の姿を思い浮かべた。

 

「分かったよ。でも、ユルゲンさんやジンネマンさんのところでもないの?」

 

「ユルゲンには自分の家族がいる。義父は体にがたがきている。頼るわけにはいかん。だが、アーサーは一昨年も去年も家族を闇の魔法使いに操られている。徹底抗戦する覚悟は出来ているさ」

 

 

 ハリーは不承不承頷いた。確かに、もしドロホフが観客に魔法をかけて操っていた場合、避難所にいるよりテントにいる方が安全だろう。ましてやそれがロンのところとなれば、ハリーにとってこれ程心強いものはなかった。

 

「……シリウス。もしもダフネがいるところで巻き込まれたら……」

 

「その時は、ハリー。ダフネの側を離れるな」

 

 シリウスはそう言ったが、ハリーは緑色の瞳で言った。

 

「ダフネ達を守るために闘うことは許してほしい。……闘いたくて言ってるんじゃないんだ。ダフネの妹は病弱で、迅速に避難することは難しいんだ。テレポートは体に強い負担があるから、それで逃げることも難しいし。二人を置いて自分だけ逃げることは出来ないよ」

 

 ハリーは叱責を覚悟の上で言った。シリウスから我儘を言うなと小言をくらうと思っていた。しかし、意外なことに、シリウスはハリーに微笑んだ。

 

「よく言った。ジェームズも、同じ状況ならそう言うだろう。その心意気だけは買おう。だが、積極的に闘わないと約束してくれ。前に出るな。俺か、マリーダの後ろにいろ」

 

「……シリウス。……死なないで」

 

 ハリーは唇を舐めながら言った。守られるだけで、なにも出来ないことが悔しかった。目の前で大切な人が殺されるかもしれないというのに、自分だけ安全圏にいるということはハリーにとって違和感があった。たとえ、操られた人々を巻き込んだ大暴動が始まろうとも、自分なら守れるという自信があった。それは間違いなく驕りだった。シリウスはハリーの肩を力強く叩いた。

 

***

 

 その後、シリウスとマリーダはハリーと夕食をとった。一日が終わりに差し掛かったとき、シリウスはいつもどおりマリーダと共に夜を過ごしていた。

 

「ラドン·グリーングラスは、シリウスの一年先輩だったのだな」

 

 寝室で本を読みながら、マリーダはシリウスに尋ねた。本のタイトルは『血の呪いに関する十二の致命的な症例』である。著者はセバスチャン·サロウというヒーラーで、マリーダはこの魔法使いの書物を蒐集していた。

 

「ああ。彼はスリザリンで俺はグリフィンドールだったから会話したことはなかったがな」

 

 シリウスは遠い目でかつてのラドンとの思い出を語ろうとして、あまり語ることもないことに気付いた。

 

「ガキの頃に社交界ですれ違ったときも目立つ男でもなかった。……ラドンは残酷ではないが、といって純血主義を捨てる訳でもない。普通の男だった」

 

 シリウスは、苦い思いを噛み締めながら言った。

 純血主義が、純血主義者として振る舞うというだけで個人の善性や個性、良識や理性を塗りつぶしてしまう。ラドン·グリーングラスや、大勢のスリザリン生の親たちを見て実感したことだった。

 

 親として子の幸せを願う気持ちは、純血主義者にも存在する。存在はするのだ。シリウスはハリーのゴッドファーザーとして、何度もそれを目の当たりにしてきた。マリーダを嫁として貰い受けると決めたとき、マリーダの父親がシリウスの手を震えながら握りしめたのを今でも覚えている。

 

 そしてその上で、純血主義者はその主義のために、家というシステムの存続のために子供に人生を捧げさせることすらよしとする。それが、どうしようもなくシリウスの癪に障るのだ。

 

 グリーングラス家の行動は、シリウスから見て愚劣そのものだった。純血にこだわり近親婚に走ったせいで、生まれてくる子供は虚弱になる。虚弱な体だから、引き継いだ血の呪いに耐えきれず死んでしまう。十五年前のシリウスであればそれを指摘することを躊躇わなかっただろう。

 

 だが、今のシリウスはそれを言えなかった。たとえ欺瞞であっても、子を思う親としてのラドンを否定することは親になると誓った今のシリウスには出来ないのだ。妥協を覚えたことは客観的に見て成長でしかなかった。しかし、シリウスの心はそれを堕落ととらえ、シリウスを蝕んでいた。シリウスはまるで自分が純血主義者になってしまったかのような気がして、吐き気すら覚えた。

 

 シリウスはかつて、純血主義とそれに連なるもの全てを憎んだ。今はその中に、微かな善性を見出だすことで辛うじて立っているのだ。今のシリウスは、ハリーという親友の忘れがたみを守る、ただそれだけを心の支えにして純血主義の中にいた。

 

「普通の男か。純血の一族には、シリウスは辛辣だな」

 

 マリーダが拗ねたような声を出したのを見て、シリウスは即座に謝った。

 

「すまんすまん。何せ、間近で普通じゃあないスリザリンの魔女を見たんだ。情けない純血の男を見ると一言言いたくなるのも当然だろう?」

 

「……バカなことを言わないでくれ。……ただ……その……彼のような真っ当な人間もいるのだということを理解して貰いたくてだな……」

 

 マリーダにしては珍しく歯切れが悪かった。そんな妻の様子を見てシリウスはくっくと笑った。

 

「ああ、分かっているさ。心配するな、マリーダ」

 

(個人としてまともな感性があるかどうかと、人としてまともでいられるかどうかは全く別だ)

 

 それをシリウスはよく理解していた。ラドン·グリーングラス、マリーダの父であるスペロア·ジンネマン、マリーダの親戚にあたるビスト家のカーディアス·ビスト。彼らは、現在の情勢であればシリウスを支援することも、シリウスの支援を受け入れることも躊躇わないだろう。

 

 

 しかし、情勢が悪化したとき。ヴォルデモートと名乗る禿頭の怪物が復活したとき、彼らは当てにならないだろうということもシリウスは理解していた。皆それぞれに守るものがあるのだ。それを守るためなら、ハリーやシリウスを犠牲にすることだって躊躇わないということを、シリウスはよく理解していた。立場のある大人同士の関係は、利害の一致によるものであって情による繋がりではないのだから。

 

 だからこそ、シリウスの中でジェームズ·ポッターとの思い出は輝き続けるのだ。役割や立場に縛られず、自分自身でいられた時間だったのだから。

 

 今この瞬間も、シリウスは輝いていた。ジェームズ·ポッターがシリウスに見せた、輝くような笑顔をマリーダに向けていた。

 

***

 

 鼠さえも寝静まった深夜に、マリーダはシリウスの悪夢をオブリビエイトで忘却しようかどうか迷っていた。マリーダが、自分の考えを実行に移したことはただの一度もない。

 

 束の間の暖かく掛け替えのない時間を過ごしたあと、シリウスはいつも夢で魘される。シリウスは、自分が、幸福な時間を過ごすべきだった友の命と引き換えにここにいるという事実に苛まれ、夢のなかで己を責め続けるのだ。

 

「父さん……どうしてあなたは……」

 

「何で、人を殺した……」

 

 シリウスのうわ言は、いつもジェームズに己の不甲斐なさを詫びるものばかりだった。しかし、この日は違った。父親について、シリウスは思うところがあるのだとマリーダは気付いた。

 

(……どうすれば。どうしたら、シリウスを救えるんだ)

 

(何をしたら、あなたは救われるんだ、シリウス)

 

 マリーダは手に持った樫の杖を置き、そっとシリウスの手を握った。節くれた男の手はマリーダのそれより大きく、そして凍えるように冷たかった。

 

***

 

 処刑人。

 

 それが、ワルデン·マクネアという魔法使いに与えられた蔑称だった。

 

ワルデンは、ルシウス·マルフォイと同じ年にホグワーツに入学し、スリザリンに所属した。マクネアという姓は純血の一族にはない。ワルデン自身もマグルの母と魔法使いの父を持つ半純血だった。

 

 スリザリンに入ると、ワルデンはまずルシウスに取り入った。ルシウスは、学年で最も裕福な魔法使いだったからだ。煽てておけば乗ってくれるよい御輿であり、なおかつワルデンの存在を重宝してうまく使ってくれた。

 

 スリザリンに対して反抗的だったり、目立っているマグル生まれや半純血の魔法使いをワルデンが虐めたおす。相手からすれば理不尽な理由でだ。ワルデン自身は、そんな連中のことなどどうでもよかった。ルシウスの指示でそうしていただけなのだから。

 

 やがて成長するにつれ、ワルデンは義務感でやっていた虐めや暴力に、楽しみを見出だすようになる。人を傷つけるにはどうすれば効率がよいか、どんな魔法なら相手を怖がらせ、かつ証拠を残さずに精神を破壊できるか。退学ギリギリになるまで続けたワルデンの遊びは、当時の寮監督であるスラグホーン教授に発覚することはなかった。ルシウスが上手く立ち回り、ワルデンの遊びが露見しないよう裏で手を回していたからだ。ルシウスは実家から被害者の親に圧力をかけることで、問題が表面化しないよう手を回していた。被害者の親たちは、デスイーターに殺害されることを恐れて泣き寝入りするしかなかった。

 

 

 その後もルシウスとワルデンたち半純血の歪な関係は続いた。ある時、腕の立つマグル生まれの生徒を吊し上げるためルシウスとワルデンたちはフードをつけて顔を隠しながら集団で生徒を吊し上げ、さんざんに辱しめた。それがワルデンやルシウスにとっての、輝かしい黄金時代だった。

 

 ワルデンは、ルシウスに恩義を感じていた。暴力と、弱者を蹂躙することに快楽を見出だす男でもスリザリンらしく同胞へ感謝する心はあった。たとえいいように利用されているのだとしても、媚を売る相手を選ぶ程度の理性はあるつもりだった。

 

 スリザリン生が社会から見て信用に値しない要素、スリザリンの美点と欠点を全て全て備えたワルデンやルシウスや同期の多くは、卒業と同時に闇の帝王に忠誠を誓い、デスイーターとなった。ワルデンは、他の多くのデスイーター同様、忠誠の証として闇の印を杖腕に刻まれた。それはヴォルデモート卿への忠誠の証であると同時に、己のマグル生まれや半純血の魔法使いに対する加虐心と暴力衝動を抑えるための鎖でもあった。ワルデンはこの瞬間から、秩序的な暴力というものを覚えた。

 ワルデンたちデスイーターは、必ず大勢で殺害対象を囲み、情報を引き出した後はいたぶってなぶり殺しにした。学生時代の延長である。この時、ワルデンが真っ先に一人殺し、ルシウスや他のデスイーターもそれに続いて殺した。

 

 人間という生き物は、集団に弱い。ワルデンという危険人物がいると分かれば、デスイーターに成り立ての若者はワルデンに目をつけられたくない一心で死の呪文を乱射する。そうやって闇の魔法使いを育て上げることもワルデンの役割だった。

 

 ルシウスたち純血は、周囲には高貴な血筋、高尚な家柄だと誇示していたものの、実態が低俗な殺人犯であることは言うまでもなかった。しかし、一人に対して集団でアバダケタブラをかければ、誰の死の呪文が直撃したのかが分かることはない。ルシウスたちは、そうやって己の魂の破損を少しでも減らそうと試みていた。

 ワルデンたちの殺戮と暴力と、そして嘲笑の日々はワルデンやルシウスたちにとって楽しい日々だった。少なくとも、そのときのワルデンはそう思っていた。しかし、そんな日々は唐突に終わりを迎えた。闇の帝王が失踪したのだ。

 

 

 あろうことか、ハリー·ポッターという幼児に敗北して!!

 

 当時のワルデンたちが受けた失望と衝撃は途轍もなかった。ワルデンが混乱渦巻く情勢を生き残ることが出来たのは、ルシウスが魔法省に投降して別派閥の仲間を売り、ワルデンを含めた自派閥の仲間を守ったからに他ならなかった。ルシウスは、ワルデンがデスイーターであるという秘密を守った。ルシウスのお陰で、ワルデンは戦後ものうのうと魔法省職員として仕事することができた。

 

 

 ワルデンは戦後ルシウスと再会した。かたやホグワーツの理事、かたや一介の魔法省職員の身分ではあったが、ルシウスはワルデンが望むならもっとよいポストを用意すると言った。

 

『そうだな……俺にもそろそろガキが出来る。ストレスの溜まる生活が待っているが、憂さを晴らせる職場はないものか』

 

 ワルデンに出来るせいぜい憂さ晴らしの手段が殺戮と暴力であることを把握していたルシウスは、笑ってワルデンのためのポストを用意した。

 魔法生物の死刑執行人というポストだ。このポストは、ワルデンにとっては非常に居心地がいいものだった。なにしろ、罪を犯したという真っ当な理由で殺戮することが出来るのだから。

 

 ある時、ワルデンは仕事の終わりに依頼人からこう言われた。

 

『本当に助かりました。あのグリフォンは畠を荒らし回って困っていたんです。あなたのお陰で助かりましたよ。……いかがです、たいしたおもてなしは出来ませんが、お茶でも……』

 

 それは純粋な感謝の言葉だった。ワルデンに向けられるべきではないその言葉は、ワルデンの気分を確かに浮き上がらせた。家庭では笑顔も増え、仕事も順調に回った。魔法生物を殺害するワルデンは処刑人として恐れられたが、それもワルデンにとっては居心地がよかった。ワルデンは、天職を得たのである。

 

 

 ワルデンにとって満たされた幸福な日々は、『平和』と呼ぶべきものだった。ワルデンも、そしてルシウスたちデスイーターも、ワルデンにとってどうでもいい堅気の魔法使いたちも死ぬことなく、平穏な日々を送る。気付けば、ワルデンはそのぬるま湯のような日々に浸っていた。それがいつまでも続くことを願っているワルデンがいた。

 

 しかし、その日々が終わりを迎えようとしていることを、ワルデンは察した。杖腕に刻まれた闇の印が、その色を濃くしていたからだ。ワルデンは、ある時苛立ちのままに老いぼれたフクロウをアバダケタブラで殺害しようとした。

 

 しかし、ワルデンの杖からは緑色の閃光は出なかった。十数年前、何人ものマグルや魔法使いを殺戮した杖は、ワルデンの殺意に応えなかった。

 

***

 

「いやはや、迫力ある試合でしたな」

 

「本当に。いやぁ、よかった」

 

「ビクトール・クラムのご両親はさぞ悔しがっているでしょう」

 

「いやいや、将来が楽しみで嬉しいでしょうよ。私も一人っ子なので気持ちはよく分かりますよ」

 

 ワールドカップを見終えた観客たちは口々に感想を述べながら、興奮冷めやらぬ様子で席を立っていく。ワルデンは、ルシウスと出会い感想を述べあった。ルシウスからは、いつになくワインの香りが漂ってきていた。やがて観客はワルデンたちだけになった。ルシウスがワインをあおりながらワルデンに問いかける。

 

「本当にいい試合だった。……ワルデン。我々も、そろそろ立ち位置を定めるべきとは思わんかね」

 

 ルシウスは、ワルデンにそう言った。先程までの柔和な表情とは一変し、剣吞な雰囲気を漂わせるその顔は紛れもなくデスイーターの顔だ。

 

 魔法界の浄化を誓った同志たちの前で見せるこの顔こそ、本当のルシウスなのだ。柔和な笑顔は表の世界を生きるための仮面でしかないとワルデンには分かっていた。この顔をしたルシウスに内心恐怖しながらも、同時にワルデンの心には喜びが満ちていた。黄金時代に帰るのであれば、ルシウスの隣であった方がよい。その方が、ワルデンが生き残る確率は高くなるのだから。

 

「ああ、その通りだ……クラブ、ノット、ヤクスリーも来ているのか?」

 

「ああ、いる。エイブリーもだ。ただ、今回はあくまでも遊びだ。殺しまでする必要はない。……久しぶりにマグル狩りと洒落こもうじゃないかね、ワルデン。腕が鳴るだろう?」

 

「当然だ。俺が一番大勢のマグルを痛め付ける。誰か得点係が必要かな?子供は十点、大人は五点にするか?それとも、男女で点数を分けるか?」

 

 ルシウスはニヤリと笑い、杖を振るった。ワルデンもそれに続くように杖を振るった。二人は姿を消した。闇祓いたちも魔法省職員もいない空間で、ワルデンたちは仲間たちと合流し、髑髏の仮面と黒いフードに身を包んでことを始めた。

 

 何の罪もないマグルに襲いかかり、無抵抗の弱者を蹂躙するお遊び。学生時代の延長である、『マグル狩り』を、ワルデンたちは開始した。

 

 

***

 

 

 




この二次創作ではスリザリンをなんだかんだ美化しておりますが、こういう一面も間違いなくスリザリンでございます。あしからず。
ワールドカップでのルシウスたちの蛮行に関してはマジで原作そのままです。


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反撃の狼煙

***

 

 ハリーはエキシビションの間、ひたすらダフネに謝り倒していた。

 

「ごめんなさい。もう二度と、ヴィーラのような獣に見とれたりしません」

 

「いいのよ。ヴィーラを見たのは初めてなんでしょう?これから気をつけてくれれば良いわ。……なんて言うと思ったかしら?貴方って本当に意思が弱いのね。失望したわ」

 

「気をつけるよ、約束する。君だけを見るって杖に誓うよ」

 

 ダフネの隣に座ってその様子を聞いていたアストリアは、クスクスと笑っていた。

 

「ほんと、ポッターはヴィーラに弱いのですわね」

 

 ダフネがアストリアを睨みすえる。アストリアはひっと息を止めた。ハリーは慌てて言った。

 

「違うんだ。その……ヴィーラを見たのははじめてだったから」

 

「そうね。あのけだものとは違って、私の顔なんて見慣れているものね。あちらに行ったらどう?新鮮な喜びがあるわよ」

 

「本当にごめん……」

 

 ハリーはほとほと困り果てた。シリウスやマリーダは微笑ましくハリーとダフネのやり取りを見守っていたが、エキシビションが終わりにさしかかり、各国の選手達が入場してからはさすがに選手の方に神経を向け始めた。

 

 

「ダフネ、ハリーくんで遊ぶのはそれくらいにしなさい。彼も悪気があったわけではないのだから」

 

「……分かりました、お父様。ハリー、私の買い物に付き合って欲しいものを一つ買ってくれたら許してあげるわ」

 

 ラドンがたしなめるように言うと、ダフネは渋々言ったあと、笑った。ハリーはほっとした。やっとダフネが、渋々でも笑ってくれたのだから。

 

(ああ、よかった……)

 

 ハリーは知らない。

 

 ワールドカップが終わったあと、一つどころではなく延々とダフネの買い物に付き合わされる日々が待っていることを。ダフネは怒りを納めただけで、忘れたわけではないのだ。機嫌を直してもらうためにはハリー自身の努力が必要なのである。

 

「……ポッター」

 

 そんな時、頭上から声が降ってきた。見上げるとドラコ・マルフォイが観客席の上段からハリーを見下ろしていた。ドラコの方を見たアストリアはいそいそと髪の毛を整えていた。ブロンドの髪は、ドラコの姿をよく見るために左右に分けられた。

 

(……忘れてた)

 

「やあ。君も観戦なんだね。パンジーは今日は一緒じゃないの?」

 

 ハリーは何食わぬ顔をしようとしたものの、ドラコは騙されなかった。

 

「彼女とは今日は別席さ。何せ、わが家は魔法省から別格の扱いを受けているからね。君たちとは違う最上段さ」

 

「ここからは下の様子がよく見える。君がヴィーラに見とれていた姿は見物だったよ」

 

(……ドラコったら、もしかしてハリーが羨ましかったのかしら……いや、まさかね。ドラコに限ってあり得ないわ。そんな寂しがりやの仔犬みたいな思考なんて)

 

 ダフネは一瞬思い浮かんだ考えを即座に否定した。

 

「あーあ。また恥が一つ増えた。僕の醜態をホグワーツで言いふらす気かい、ドラコ?」

 

 ドラコはハリーの誤魔化すための言葉に答えなかったが、ハリーとダフネが並んで座っているところまで下りてきた。アストリアは気を利かせたように、ダフネの側の席を一つ開けた。ドラコは尊大にその席に座った。

 

 ハリーは試合が始まるまでの間、観客席に見知った顔がないか探した。解説者のルード·バグマンが選手達を紹介していく隣で、バグマンの部下になったマーカス·フリントがマイクにソノーラス(響け)をかけ、会場全体に声が届くよう音量を調整していた。

 

 そのすぐ後、ザビニもハリー達の観客席に上がって来たが、ドラコの姿を見つけるとそそくさとアズラエルの方へ戻っていった。アズラエルはファルカスと共に、ハリー達のちょうど反対側の観客席で試合を観戦していた。ハリーは他にも見知った顔がないかと会場を見渡した。

 

(コリンの奴、こんなところまでカメラを持ち込んでる。…………ルナは……あの特徴的な帽子の子かな。ロンは目立つから分かりやすいな……あ、隣にハーマイオニーもいた)

 

 そんなとき、ドラコがハリーに話しかけた。

 

「この試合、どちらが勝つか賭けるかい、ポッター?」

 

 ハリーは少し考えてから答えた。

 

「オーケー。ワンコイン(一ガリオン)賭けようか。……アイルランドかな。チェイサー達の格が箒に負けてない」

 

 エキシビジョンで見た選手達の動きで感じた印象が、それだった。ワールドカップで用いられる箒は、現行最高性能を誇るファイアボルトである。最高時速三百キロを越えるそれを、アイルランドのチェイサー達は苦もなく乗り回し涼しい顔をしていた。

 

(ドラコは……ああ、ハリーと張り合いそうね。きっとブルガリアに賭けるわ)

 

 ダフネはおもしろそうにハリーとドラコを見ていた。アストリアが口を挟みそうになると、アストリアにこう言い聞かせた。

 

「友人同士の会話中よ、アストリア。邪魔をしてはいけないわ」

 

「!?なぜ私の考えが分かったのですか!?そ、そんなに分かりやすかったですの!?」

 

「何年貴女と一緒にいたと思ってるの?」

 

 アストリアは、ダフネが自分の内心を読んだのではないかと驚いた。ダフネの言う通り、ハリーとドラコは互いとの会話に集中していたので、アストリアをスルーした。

 

「やはり素人考えだな、ポッター。試合の決定権はシーカーにある」

 

 ハリーの言葉を聞くと、ドラコはニヒルに笑った。

 

「ブルガリアのビクトール・クラムは天才だ。君など足元にも及ばないくらいにね。彼が必ずスニッチを掴む」

 

 ドラコも一ガリオンを置いた。ハリーとドラコは互いに試合の行方を見守った。

 

「アイルランドが勝つよ。僕の予想ではね」

 

「シーカー同士の直接対決で勝てっこないのにかい?クィディッチのルールを理解しているのかい?」

 

 ハリーはドラコの皮肉に頷いた。

 

「ああ、そうさ。トロイとモラン、マレットの三人は、チームを意識したプレーをしている。一人のシーカーだけで勝てるもんじゃない」

 

 ハリーの言葉にも根拠はあった。クィディッチというゲームは、百六十点の差を維持したチームの勝利なのだ。シーカーの力だけで勝てるものではないのである。

 

 試合はハリーの言う通りになった。ブルガリアの天才クラムがスニッチを取る前に、アイルランドのチェイサーが放ったクァッフルがリングに吸い込まれた。試合終了のホイッスルが鳴り終わる前に、アイルランドが160点を入れたのだ。ハリーとダフネは一緒になって歓喜の拍手をアイルランドに贈りあった。ドラコは面白くなさそうにしていたが、それでもドラコも拍手していた。ハリーはいい気分だった。最高の舞台で、世界最強のチェイサー達の連携プレーは、クィディッチへの情熱を呼び起こさせるには充分だった。

 

 

「取っておけ。賭けは君の勝ちだ」

 

「待ってくださいまし!ドラコは負けておりませんわ!」

 

 ハリーがガリオン金貨を受け取ろうとすると、アストリアがそれを止めた。

 

「ドラコは『試合を決めるのはクラム』だと言ったのですわ!実際、そのとおりになったではありませんの!」

 

「それはたまたま運が良かっただけだ。今回はアイルランドに勝利の女神が微笑んだのさ。さあ、もう賭けは成立だ」

 

 ドラコはアストリアに一瞬不快な顔を見せたが、金貨をハリーの方へ押しやった。ハリーはガリオン金貨を受け取ると言った。

 

「確かに受け取った。……今年の寮対抗クィディッチでも、アイルランドのようなプレーが出来たらいいね」

 

 ハリーの言葉に、ドラコは頷かなかった。

 

「出来っこないさ。今年はね」

 

「どういうことだ?」

 

「僕は今年、クィディッチをやるつもりはない」

 

「なんだって?そんなバカな」

 

 ハリーは聞き間違いかと思った。ドラコはハリーの知る限り最も典型的な魔法族で、クィディッチへの(やや偏った)愛に溢れている。クィディッチをする機会をみすみす逃すはずがないのだ。

 

 流石におかしいと思ったのか、ハリーとドラコのやり取りにダフネが割って入った。

 

「クィディッチをやらない?どういうこと?まさか貴方ともあろうものがシーカーをやめるつもりじゃないでしょうね」

 

「やめるつもりはない。だが、今年クィディッチをやる資格が僕にはない」

 

 ハリーは驚きと困惑を隠せなかった。ハリーだけでなく、ダフネやアストリアも同様だった。

 

「僕が言えるのはここまでだ。……まぁ、足りない脳みそで精一杯意味を考えるんだね」

 

 ドラコはそう言って肩をすくめ、上段の観客席に戻り始めた。ハリーはドラコの背中に向けて言った。

 

「……理由は言えないけど、クィディッチが出来なくなるってことか?……それとも、どこか体に悪いところでもあるのか?」

 

「何故君にそんなことを言わなくちゃいけないんだ?」

 

 ドラコは立ち止まり、ハリーを振り返り冷たく言い放った。ハリーは思わず立ち上がった。

 

「心配だからに決まってるだろう!」

 

 ハリーが声を荒らげると、ドラコはハリーを哀れむように見たあと、フンと鼻で笑った。

 

「君が僕の心配?お笑い種だなポッター!……体調にどこも悪いところはない。とんだ見当違いだね。この数週間君を心配していたのは誰だと思う?隣のレディに聞いてみるんだな!」

 

 ドラコの言葉でダフネの頬に確かに朱が浮かんだのをアストリアは見た。

 

 ドラコが去ったあと、ハリー達はしばらく沈黙していた。

 

「ハリー。貴方、本気でドラコの心配をしているの?」

 

 ダフネがためらいがちに口を開いた。ハリーは頷いた。

 

「当たり前じゃないか。あいつがどれだけ練習してきたかは君だって知ってるだろう」

 

「……そんなにクィディッチが好きなの?」

 

 ダフネは可笑しそうにくすくす笑った。ハリーはそんな言葉が出てくるとは夢にも思わなかったので、何と答えればいいのか分からなかった。

 

「……クィディッチは私たちにとっては、単なるゲームよ。社交界でのステータスの一つで、出来れば箔もつくけれど、それだけ。将来クィディッチという仕事で食べていくわけでもないし、本気で取り組むべきものでもない」

 

「スリザリンのシーカーとしての勤めを放棄するなんて許されることではないけれど、ね。ドラコにとって、クィディッチは手段であって目的ではないわ。単なる遊びに過ぎないと思うけれど」

 

「それは違うよ、ダフネ。……違う筈だ」

 

 ダフネの意見は、なるほど上流階級にとってはそうなのかもしれなかった。しかし、ドラコがクィディッチにかける情熱は遊びではすまないとハリーは確信していた。

 

 ハリーは自分の考えの甘さを、この後思い知ることになる。クィディッチに熱狂し、選手達のプレーに一喜一憂していた魔法族の中にも、クィディッチという競技への敬意を欠片も持たない野蛮人がいたことをその目で見、知ることになるのだ。

 

***

 

 決勝戦が終了した後も、ハリー達は他の観客達のように競技上の外には出れなかった。ハリーはシリウスと共に、魔法省の役人達に挨拶しなければならなかったからだ。シリウスはユルゲンやアーサーといった人々と話したがっていたが、純血一族の当主という立場は嫌でも役人達を引き寄せた。

 

「君、ルードはどうしたんだね?先程から姿が見えないが」

 

「はい……只今席を外しているようです。おかしいなあ、試合が終わるまではいらしたのに……」

 

「いい加減な仕事にも限度ってものがあるだろう。こんな舞台でスポーツ部の部長が真っ先に席を外してどうする。要人達を送り届けるまでが奴の仕事のはずだが」

 

「大変申し訳ございません!私が代わりにつとめを果たしますので……」

 

「聞いていた話と違うぞ!……ルードとは賭けをしていたのだよ。早く姿を見せてもらわねば困るじゃないか」

 

「ええ、ええ。おっしゃる通りです。……あ、ああ、今参ります!ルードがこちらに参りますので、もうしばらくお待ちください!」

 

 魔法省のゲーム·スポーツ部に所属するマーカス・フリントは、上司であるバグマンの代わりに魔法省のお偉方にあいさつ回りをせねばならないようだった。フリントは去年までの威厳ある姿とはうってかわって、十センチは背が縮んだように見えた。

 

 一方、シリウスはコーネリウス·ファッジから話しかけられた。ハリーはファッジに愛想笑いをしながらファッジの言葉に相槌をうっていたが、ファッジはワールドカップは大成功だったと自画自賛していた。

 

「このワールドカップを楽しんでくれたかねシリウス、ポッター君。……そうか、それは良かった!ワールドカップは平和の祭典であり、我々の努力の結晶でもある。この催しの成功こそ、英国魔法界の成長と発展を約束するものなのだ。そしてそれを成し遂げた私は、歴代でも相当の貢献をしたことになるな。うははは!」

 

(平和……平和かな?本当に?)

 

(……ぼくが単に考えすぎなだけ……?)

 

 ハリーは少し心配になった。ファッジが平和ボケしているのではないか、と思ったからだ。ハリーは自分が夢で見たドロホフやヴォルデモートのせいで、ファッジの言葉に余計なバイアスをかけているのかもしれないとも思った。

 

(いや、英国には危険が山ほどある)

 

 ホグズミードで見たドロホフの蛮行を思い出してファッジ大臣が呑気すぎることを再認識した。

 

「仰る通りです、大臣。私がアズカバンに行く前は、この国でワールドカッが開催されるなど夢のまた夢でした。……この子と共に決勝戦を見ることが出来たのも、大臣の尽力あってのことです」

 

 シリウスは内心馬鹿馬鹿しいと思いつつも、ファッジにお世辞を言った。ファッジは人の良さそうな笑顔で、シリウスに言った。

 

「私はただ、自分がしなくてはならないことをしただけだ。それに少し運が味方しただけのことだよ」

 

「運……ですか?大臣、よろしければどんな魔法を使ったのか教えていただきたいのですが……」

 

「ああ、ポッター君。私の言うことは他の者には内緒にしてくれたまえよ……そうだなあ」

 

 ファッジは少し勿体ぶった様子で間を置いたあと、ハリーの耳もとで囁いた。その時シリウスは別の役人と話をしていた。

 

「『純血一族との繋がりを持っておくこと』だよ。覚えておきたまえ。彼らは、古くから続く人脈と知識がある。私は本当に運が良かった。君の養父……シリウスをはじめとした名家の後押しがなければ、我が国でワールドカップなど開催出来なかったとも」

 

 その言葉は、英国魔法省の実態と限界を如実に表現していた。ハリーがファッジの言葉の意味を理解する前にファッジはその場を離れた。ハリーとシリウスは別の役人達に挨拶をする作業に戻った。

 

 平和とは、問題を抱えた大勢の人間が妥協し、諍いが続く中でも着地点を探りあい、互いが互いを疑いながらも、努力して維持していくものである。国家を運営する立場の人間は平和が永遠に続くなどと思ってはいけないし、維持するための努力を怠ってはならない。

 

 維持するための努力とは、例えば不穏な勢力の排除。公権力による拘束や司法によ適切な裁きによる犯罪の抑止。不穏分子の抑制のための思想統制などが挙げられる。そして残念なことに、現在の英国魔法界はそのいずれもが不十分な状態にあった。

 

 ファッジは、十数年という平和と安穏とした日々によって、闇の魔法使い達の牙を抜くことに成功したと思い込んだ。その考えの甘さ、浅はかさを、ファッジはこの直後に思い知ることになる。しかし、愚かしいことに、ファッジは己の過ちを知ってなお、それを認めないという過ちを重ねることになる。

 

 ハリー達が挨拶した役人のなかには、印象に残った人物が何人かいた。執行部部長のアメリア·ボーンという魔女はシリウスに急ぎすぎるなと言った。ハリーが同級生のスーザン·ボーンと話す間、シリウスとアメリアは話し込んでいた。

 

「どうにも貴方は性急にことを進めたがる癖があるようです。しかし、急な改革というものはいつの時代も反発を生みますよ、シリウス。老婆心ながら、時には立ち止まってみることも必要です」

 

(急ぎすぎてる?どういうことだ……?)

 

 ハリーはシリウスが具体的に何をしようとしているのか、教えてもらってはいなかった。魔法省での仕事のことなのか、それとも別の何かなのかは分からないが、シリウスが重要な何かを成し遂げようとしていることは確かだった。

 

「それはご忠告どうも、ボーン。だが、私には急がねばならない理由がある。魔法省は十年もの間停滞してきた。それを動かすには強引なやり方も必要だ。……またお話いたしましょう」

 

 シリウスはアメリア·ボーンから視線を移した。アメリア·ボーンは優雅に礼をしたが、その目は笑っていなかった。アメリア·ボーンの視線を敏感に感じたハリーは一瞬背筋がゾクッとしたが、それもつかの間だった。ハリーは軽くアメリアに会釈をした。

 

(僕も観察されている……この人はマクゴナガル教授とちょっと似ているなぁ。悪いことが出来なさそうだ)

 

 アメリア·ボーンは、マクゴナガルよりは若い魔女である。ハリーが二人を似ていると思ったのは外見ではなかった。二人とも賢く思慮深く、言葉や立ち振る舞いの端々から知性を感じさせる姿に共通点を見いだしたのだ。

 

 アメリアとは対照的に、シリウスと事務的な会話だけでさっさと去ってしまった役人もいた。パーシー·ウィーズリーの上司で、国際魔法協力部部長のバーティ·クラウチ氏だった。クラウチ氏は、ハリーが見た魔法族の中で最もマグルらしい服装をしていた。どこかの会社を経営している社長だといわれても、ハリーは納得しただろう。

 

 

 遠目で見たクラウチ氏は、ブルガリアの外交官や、それ以外の外国の役人達と多言語で会話し続けるという離れ業を見せていた。

 

(えっ、何だあの人。凄いな。……というか怖……)

 

 クラウチ氏の周囲から聞こえてくる言語は、英語やスペイン語、ポルトガル語などのマグルの言語の他に、耳慣れない言葉もあった。ヴィーラ達が話す言葉や、バンパイア達の牙言語などもクラウチ氏にとってはお手のものらしい。クラウチ氏は通訳としてファッジの側にいながら八面六臂の大活躍をしていた。

 

 はじめて見た魔法以外の分野での天才はハリーを驚嘆させたが、クラウチ氏はシリウスとの会話を一言だけで済ませた。

 

「ミスタ ブラック、お先に失礼しますよ」

 

「……ああ、ご苦労さまです。ミスタ クラウチ」

 

 あまりにも底冷えするような他人行儀の会話に、ハリーの隣にいたダフネは息を止めていた。

 

「………………」

 

 クラウチ氏がハリーを一瞥したとき、彼の目に浮かんだ感情が何なのかハリーには分からなかった。ハリーはクラウチ氏に深々と礼をした。クラウチ氏は、ハリーと会話することなくその場所を離れた。

 

 結局、クラウチ氏やボーンといった例外を除けば、シリウスに挨拶しに来た役人達はブラック家と親しくしようとするか、ジンネマン家やビスト家のような純血一族の支持を取りつけようとするかのどちらかだった。ハリーはファッジの言葉が正しいことを実感せざるを得なかった。

 

(……純血、か)

 

 英国魔法界において尤も力あるものは、それなのだと。スリザリン生としてのハリーはファッジの言葉を受け入れてしまっていた。

 

***

 

 平和な時間が破られるのは、いつも唐突だ。ハリーはそれを実感していたし、心のどこかで覚悟もしていた。しかし、今回はいつもとは違う痛みがあった。

 

 今回狙われたのは、ハリーではなかった。競技場を出て、ダフネたちやバナナージと別れる寸前で、ハリー達はその騒ぎを目の当たりにした。

 

「……何よ、あれ……」

 

 ダフネの声には失望と軽蔑の感情が乗っていた。髑髏の仮面をつけた一段が、幼い子供や女性、中年男性らを見境なく魔法で攻撃していたぶっている。杖を持っていない人たち、恐らくはワールドカップを観戦しに来たマグル達が狙われていた。

 

(マグル達をいたぶっている連中は、シトレと同じように例のあの人を支持しているのだろうか。それとも、ただの模倣犯か?)

 

 ハリーはその一段が高笑いしながらエスカレートしていく様を目撃した。その集団の笑い声の中に、ルシウス·マルフォイの声も混じっていた。

 

(……なっ!!!)

 

 ハリーはその光景のあまりの醜さに目眩がした。よりによって、友人の父親がそんなことをしていたなんて知りたくもなかった。これは違う、こんなものは違うとハリーは自分に言い聞かせた。せめてインペリオで操られていてほしいと思ったが、明らかにルシウスには本人の意思があった。

 

(何で。どうしてこんなことを……)

 

 ハリーはスリザリンに入り、日常的にマグルへの差別を目にした。魔法使い達の中にはうっすらとしたマグルへの差別感情があるが、スリザリンではそれが顕著だ。他の三寮とは違い、それを止めるどころか推奨する風潮すらある。せいぜい、良識ある監督生が寮の外でそれを口に出すのは得にならないからやめろと諭すくらいだ。

 

 ハリーはその風潮に確かに救われた。自分がダーズリー家に不当な扱いを受けたのは彼らがマグルだからで、そしてマグルは見下しても良いものという風潮は、ハリーの心にとって闇の救いとなった。

 

 しかし、目の前の光景は。醜悪極まる大人達の所業は、差別など到底許されるものではないという現実をハリーやダフネ、アストリアにまざまざと突きつけていた。

 

 

 人は、テロリストや殺人犯という遠くにある非日常的な悪意より、見近にありそうなちょっとした悪意に強い嫌悪感を覚える。前者は日常とは切り離された、普通に生きていれば遭遇しないものだが、後者は運が悪ければ目の当たりにしてしまうからだ。

 

 マグルに対して行われる生々しい虐めの現場は、その場にいた全員に嫌悪感を呼び起こさせるには充分だった。

 

(……ああ、私たち(スリザリン)ってあんな感じなんだ……)

 

 ダフネは目の前の光景を正しく認識していた。嫌悪感と共に、納得の感情すらあった。

 スリザリンに棲む純血過激派が目の前の光景をしないと断言は出来なかった。ダフネは一度過激派の黒ミサに参加したことで、目の前の大人達が自分達の延長戦上にある存在だと強く認識してしまった。マグルをどうでもいい存在だと思っているからこそ、マグルに対してどこまでも残酷になれるのだ。マグルは自分達とは違う存在で、見下してよいとされているのだから。

 

 仮面をつけたデスイーター達は空中に浮かせ逆さ釣りにしているので、遠目からでもその蛮行は良く見えた。魔法使い達は、髑髏の仮面を恐れて手を出せない。ハリーはマグルの悲鳴を聞いていられず飛び出そうとした。しかし、ハリーより先に手を出した人間がいた。

 

「エクスペリアームス(武装解除)!マリーダ!ハリー達を例の場所へ連れていけ!これは陽動かもしれん!」

 

 真っ先にシリウスが叫んだ。武装解除の呪文が逆さ釣り集団の一人に当たると、武装解除されて仮面が吹っ飛び、男が転倒して膝を擦りむいた。仮面から出た顔は、確かにルシウス·マルフォイその人だった。ルシウスの隣にいた人間の仮面も割れた。ハリーに面識はなかったものの、ワルデン·マクネアはシリウスのステューピファイ(失神)を仮面に受け、顔を晒して倒れた。

 

 シリウスの勇気は、他の魔法使い達を確かに鼓舞した。シリウスがいなければ、魔法使い達はデスイーターの蛮行を見てみぬふりをしていただろう。シリウスに加勢しようという魔法使い達も加わり、デスイーター達の乱闘が始まった。乱闘の最中に、デスイーターによって動物に変えられていた人々も解放された。

 

「助けて……助けて……!」

 

「おい!誰か!あいつらを止めてくれ!」

 

「がんばれブラックさん!あんな連中、皆殺しにしてくれ!」

 

「魔法省の応援はまだなのか!?……くそ、もう見てられん!俺も加勢する!」

 

 囚われている人々は口々に助けを求めていた。一人、二人と勇気ある魔法使いが仮面の連中に向かっていった。しかし、デスイーター達はプロテゴやカースも使えるようで、加勢した人々の多くはあっという間に返り討ちにあう。ハリーは何度も杖を取り出そうとしたが、その度にマリーダに止められた。

 

「駄目だハリー。約束しただろう。すぐに避難する。……ラドン、貴方もご一緒に。顔色が優れないようです。落ち着いたところで休みましょう」

 

「う、うむ……そうだな、そうさせてもらおう。アストリア、ダフネ。行こうか。ここは危険だ……」

 

 ビスト家のカーディアスやシリウスの義父になったスペロアはシリウスに加勢してデスイーターに立ち向かっていった。彼らはコンジュレーションで作った仮面で顔を隠し、自分の顔がデスイーターに覚えられないよう対策していった。しかし、バナナージやアルベルトはハリー達の避難を優先するために残った。

 

 ダフネの父であるラドン·グリーングラスはデスイーターの仮面に恐れをなし加勢することはなかったが、マリーダはうまく理由をつけて彼の尊厳と名誉を守った。

 

「奴らは半端な戦力では返り討ちに遭います。貴方が行っては、逆効果になりかねませんわ」

 

「う、うむ。そうなのだ。喧騒のせいか、体調が思わしくなくてな……」

 

「プロテゴ·ホリビリスを張りながら移動します。緊急時ですので、皆さん杖を携帯していてくださいね。念のためです」

 

「おお!……いやぁ、流石だバナナージ。お前がいてくれて助かった!僕は決闘が苦手で、こういうとき戦力になれんからなぁ。ラドン、どうですかうちの弟は」

 

 

 バナナージ·ビストは決闘クラブ部長らしく、広範囲のプロテゴで大人達を護衛しつつ集団を先導した。アルベルト·ガロード·ビストは、年の離れた弟の成長を自慢しながらラドンに話しかけ、ラドンの精神を安定させようと努めていた。平静を装うため、大人達はなるべく普段通りでいようとしているように見えた。

 

 一方、大人達のように割りきれないものもいた。アストリア·グリーングラスがそうだった。アストリアは、唇を噛んでぶつぶつと呟いていた。

 

「……嘘ですわ、あんなのあり得ませんわ。何かの間違いですわ……」

 

「アストリア、しっかりしなさい。今は避難を優先するのよ。考えるのは後でいいの」

 

「そうだよアストリア。あいつらは……純血主義はあんな奴らとは違うはずだ。気をしっかり持って……」

 

 ハリーはアストリアを励まそうとしたが、アストリアのプライドを傷つけてしまったようだった。ハリーの言葉は逆効果になった。

 

「うるさいですわ!あんたの意見なんて聞いていませんわっ!!穢らわしい混血の癖に!あんたなんかに私たちの気持ちが分かってたまりますか!」

 

「アストリア、黙りなさい!」

 

 ダフネの叱責にも、アストリアは耳を貸さなかった。

 

(……まぁ、そうだよね)

 

 アストリアの言葉に、ハリーの胸は傷んだ。スリザリンに入り、その思想を知っても、純血と混血とでは持っているものが違うのだ。

 

 アストリアはハリーの膝に蹴りを入れて走り出した。ハリーはわざと蹴られた後、無言アクシオでアストリアを引き寄せた。

 

「離して……!離しなさい!命令ですわっ!」

 

「悪いけどそんなものは聞けない。ホリビリス(全体防御障壁)の外に出ちゃ駄目だよ、アストリア」

 

 アストリアは暴れたが、ハリーは離さなかった。ここでアストリアを行かせるわけにはいかないのだ。

 

「自暴自棄にならないでくれ。あれが純血主義の全てじゃないってことを君なら証明できる筈だ」

 

「知りませんわ。純血主義があんな連中ばかりだなんて、知りたくもなかった!」

 

「おいおい、そんなことは今話すことじゃないんですよ。後にしてくださいよ、そういうのは」

 

 バナナージはいつになく苛立ったように言った。彼は本当に苛立ったとき、敬語になる癖があった。すぐに避難すべき状況で、余計な時間を取られている場合ではないのだ。

 

 遠くで魔法の衝突による轟音が響く。誰かがテレポートしてきた音がする。そんな中で、アストリアはやり場のない怒りをハリーにぶつけていた。アストリアはその場で拾った小石をハリーにぶつけてきた。

 

「アストリア!やめなさい!」

 

 ダフネが鋭く叫び、アストリアは怯んだ。しかし、アストリアはハリーに杖を突きつけた。ハリーは素早く杖を取り出そうとしたが、今度はマリーダに止められた。マリーダは武装解除呪文を繰り出しアストリアの杖を奪うと、そっと彼女に寄り添った。

 

「そこまでにしましょう、アストリア。貴女は疲れているんです。避難所で暖かいココアを飲んで、眠りましょう」

 

 そう言って、マリーダはアストリアに杖を返した。

 

「シリウスや、ビスト家のご立派な当主さん方だって頑張っています。純血の一族の誇りのためにです。純血たる貴女が頑張らなくてどうするのです」

 

「でもっ、でもっ!」

 

「アストリア·グリーングラス。落ち着いてください。大丈夫、シリウスは強い男です。負けはしません。純血が誇り高い存在で、恥じ入るべき人間ではないことを彼が証明してくれます」

 

 マリーダの優しい言葉にもアストリアは駄々っ子のように首を振ったが、マリーダがぎゅっとアストリアを抱き締めるとやがて反論を止めた。物理的に反論できないほど強く抱き締められたからだとハリーは思った。

 

「娘が迷惑をおかけしました。私の不徳の致すところです。申し訳ございません」

 

「いやいやお気になさらず。怖い思いをしたのですから、動揺するのも無理はありません。……心中、お察しします」

 

 ラドンはマリーダやアルベルトに頭を下げた。頭を下げられたアルベルトの方が恐縮しきっていた。

 

 

 ダフネが妹の手を引いて避難所へと向かう中、何かが弾けるような音がした。テレポートによって避難してきた人びとだった。その中にはセドリック·ディゴリーの姿もあった。セドリックは幼いマグルの少年を抱えていた。

 

「すみません、ヒーラーのいる避難所に心当たりはありますか!この子はデスイーターの魔法で頭に怪我をしているんですっ!」

 

 バナナージは驚いてセドリックに駆け寄った。セドリックが抱えていた黒髪の少年は、額から血を流していた。

 

「何だって!?……エルベスコなら常駐してるヒーラーがいるはずだ!」

 

「しかしこれ以上テレポートでこの子に負担をかけるのは不味いな……応急手当だけして運ぼう」

 

 子供への対応に夢中になっている間も、テレポートによって難を逃れてくる人々は多かった。その音のせいで、ハリー達は接近していた脅威に気がつかなかった。

 

 うつむいていたアストリアは、ダフネから離れて治療されるマグルの少年をぼうっと見ていた。ハリー達が治療用のガーゼをコンジュレーションで作り上げていた。ダフネはかいがいしく少年にガーゼを当てていた。

 

(純血の誇りって何ですの。私たちは何をやっているんですの……)

 

 純血主義は家を守り、家を存続させ、血と血の繋がりで家を発展させていくためのものだ。それは間違いなくアストリアの誇りだった。アストリアにとっての純血主義は、自分を産んでくれた母や育ててくれた父に対する感謝の気持ちでもあった。なのに、心の底から尊敬するドラコの父親によって瀆された。純血主義に喧嘩を売るハリーに同情までされた。アストリアにとって、その経験は屈辱でしかなかった。

 

「純血主義って何ですの……?」

 

 アストリアは思わず呟いた。返事を期待しない独り言だが、誰かの声をアストリアは聞いた。

 

「この腐敗した魔法界を変革するためのものだ。手を貸せ」

 

「……え?……きゃあっ!?」

 

 

 思い悩むアストリアは誰かに突き飛ばされて、甲高い悲鳴をあげた。

 

「何っ!?」「アストリア!?」

 

 ハリー達がアストリアの方を振り向いた瞬間、怒りに満ちた男の声がした。その声はどこか幼く、そして溢れんほどの憎しみに満ちていた。溢れる負の感情に、ハリーの全身が泡立った。

 

「モースモードル(闇の印よ)!!!」

 

 ハリー達の頭上、星が輝く夜空に、星の輝きを打ち消すような闇が浮かび上がった。髑髏と蛇を模したその炎は、アストリアの周囲から放たれていた。誰もが闇の印に気を取られ、テレポートによって何かがその場から離脱したことに気付いた時には全てが手遅れだった。

 

「アストリア!大丈夫!?意識はある!?」

 

「へ、平気ですわ……触らないでくださいまし、ポッター」

 

 ハリーがアストリアを介抱したとき、アストリアの隣にはアストリアの杖があった。杖からは禍々しい黒煙が立ち上っていた。何者かがアストリアの杖を奪い、そして闇の印を打ち上げたのだ。

 




反撃の狼煙(闇陣営の)

シリウスの本音「純血の誇り?ねえよそんなもん。それより人としての良心を持てよ」


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父の愛

唐突ですが、私はONE PIECEだとバーソロミュー·くま、ヒロアカだとエンデヴァー、ハリポタだとアーサーやクラウチが好きです。
父親いいよね……

ファルカスのタロット占い結果
ダフネ→力(正位置)
アストリア→運命の輪(逆位置)
シリウス→正義(正位置)
マリーダ→ハングマン(正位置)
クラウチ→正義(逆位置)


 

 

 闇の印が打ち上げられた直後、ハリー達の周囲にテレポートの音が響く。それも一人や二人ではなく、大勢の魔法使い達の到着を告げる音だ。ハリーはざわり、と肌が泡立つのを感じた。携帯していたスニーコスコープが警告音を発するより先に、ハリーは魔法を唱えていた。

 

「プロテゴ インセンディオ(炎よ僕たちを護れ)!!」

 

「「ステューピファイ(失神しろ)!!!!」」

 

 幾つもの赤い閃光がハリー、アストリア、そしてダフネの周囲へと降り注ぐ。結果的に死んでもかわまないという殺意が確かにその呪文にはあった。

 

「ひいっ!プロテゴ!!」

 

 ダフネは叫び声を上げてハリーにしがみついた。ダフネのプロテゴは発動が間に合わない。赤い閃光がハリー達に到達するより、ハリーの炎が展開される方が早かった。聖石サーペンタリウスで強化された全力の防壁は、幾つもの赤い閃光をかき消す。そしてハリーの炎によって、甲高い悲鳴が上がった。

 

「ギャアアアアアアッ!?熱い、熱い、熱いいいいいいいいッ!」

 

「何!?アグアメンティ(水よ)!!

 

「エクスペリアームス(武装解除!!!!)」

 

 到着した魔法使い達は、ハリーを闇の魔法使いと認識したのだろう。悲鳴に戸惑いつつも、攻撃の手を緩めなかった。

 

「プロテゴマキシマ(全力の護り)!」

 

「プロテゴ·ホリビリス(広域防御)!」

 

「ウォール エグジ(壁よ出ろ)!」

 

 マリーダは全力の防壁で、バナナージは広域に広がる防壁でハリー達を護ろうとする一方、埒が明かないと見たセドリックはハリーの周囲の地面そのものに魔法をかけ、変身呪文によって壁を出現させた。魔法使い達が戸惑っているところに、大人の男性二名が肥を張り上げて仲裁に入った。

 

「や、やめろ、やめてくれ!娘がいるんだ!娘が死んでしまう!攻撃しないでくれぇ!」

 

「そこにはグリーングラス嬢とポッターくんが居るんだぁぁぁぁ!!」

 

 ラドンとアルベルトは怒りに燃える魔法使い達を必死に説得し、攻撃を思い止まらせようとする。ラドンが赤い閃光の前に出てダフネとアストリアを護ろうとするのを、アルベルトはラドンを羽交い締めにして何とか食い止めていた。

 

「落ち着くのだ、君ら!事情が分からぬのか!?あれは闇の魔法使いではない!ハリー·ポッターだ!」

 

「黙れぇぇ!!てめえも闇の魔法使いの仲間かぁ!やんのかコラ!?しばくぞこコラ!!」

 

 興奮した若い魔法使いの一人(後でスタンリー·シャンパイクという名前だと知った)がアルベルトに杖を向けた。黒髪の端正な顔立ちのセドリックが顔が崩れるのも厭わず、必死の形相でスタンリーを止めようと説得を試みた。一般人同士で潰し合うような事態はあってはならないからだ。

 

 

「待ってください!ハリーは敵ではありません!落ち着いてください!ここにいる人は操られていません!」

 

「だからぁ、誰がそれを判断できるってんだ!いっぺん支配されたらなぁ、本人のまんま操られるって話だぞ!操られてねえって証明できねえだろ!俺らの安心のために、ステューピファイ食らって取っ捕まれ!」

 

 セドリックにすら杖を向けたスタンリー達は、理性的だった魔法使いの一人、エイモス·ディゴリー氏の説得に踏みとどまった。見知らぬ敵ではなく、行動を共にしていた味方だったからだ。

 

「待ちなさい!その子は私の息子だ、闇の魔法使いじゃない!ポッターが闇の魔法使いであるわけもない!しかし、これは一体どういうことだ?」

 

「ディゴリー、ハリー·ポッターが闇の魔法使いなのは間違いない!俺ぁこの目で見たんだ!あの印を打ち上げたんだぞ!?」

 

「しかし彼は四年生だ!」

 

「そうだ。彼は無実だと私が証言する」

 

 マリーダがつかつかとスタンリーの前に立ち、その体にスタンリーの杖を押し付けた。

 

「お前はポッターが闇の魔法使いであり、その側にいるグリーングラス嬢も闇の陣営に組していると考えたのか?」

 

 スタンリーは、女性相手に暗に子供を疑っているのかと言われたことで恥じ入るような顔になった。しかし引っ込みがつかないのか、持論を引っ込めることもできない。

 

「な、なんだよ悪いか!?……そこにいたガキ達が闇の魔法使いに操られてる可能性がないってどうして言い切れる!?」

 

 動揺したスタンリーの言葉によって、再び魔法使い達の間に動揺が走る。アルベルトやマリーダがハリーを護るために証言したものの、パニックを起こしていた魔法使い達は疑心暗鬼になっているようだった。ハリーは自身の潔白を証明するために、声を上げて弁明せざるをえなかった。

 

「違います。闇の印がうち上がった後アストリアのもとに駆け寄ると、アストリアの杖が落ちていました。……奪われて、使われたんだと思います。そして、その側に……ハウスエルフがいました」

 

 

「……ハウスエルフ、だと?」

 

 集まった魔法使いの中に、クラウチ氏の姿もあった。闇の印が打ち上げられてから、シリウスをはじめとした魔法使い達やロンやハーマイオニー、ファルカスのような見知った顔が現場に駆けつけていた。

 

 ハリーが指差した先に、一同の視線が集まった。そこには、炎で焼かれた後、ダフネによって冷却されているハウスエルフの姿があった。

 

「……?どうしてこんなところに……?」

 

「しかし、じゃあハウスエルフがあれを?誰の仕業だ……?あのハウスエルフは一体どの家の持ち物だ?」

 

「…………私だ。私の家のハウスエルフだ」

 

 クラウチ氏は呻いた。

 

(……このハウスエルフ、ルナの学会発表を見に来ていた……)

 

 ハリーはハウスエルフの姿を観察し、そのハウスエルフに見覚えがあることに気がついた。しかし、今の状況で口に出せるものではなかった。

 

 その場にいた魔法使いや魔女の誰もが困惑した表情を見せたが、いち早く冷静さを取り戻したクラウチ氏が厳しい口調で告げた。

 

「ウインキー。ウインキー……私はお前に、『持ち場を離れるな』と命じた筈だ。違うか?」

 

 

「は、はい。はいご主人様。仰る通りです……」

 

 ウインキーと呼ばれたハウスエルフは、震えながら答えた。

 

「しかしお前はここにいる。お前は持ち場を離れた。それはつまり、お前は私の命令に背いた。主人に忠実ではなかったということだ。その意味が分かるか?」

 

 クラウチ氏は淡々と機械的にウインキーに告げた。ウインキーは目に涙を浮かべながら言った。

 

「おっしゃる通りです。しかし私は……私はご主人様に逆らうつもりなど毛頭ございません……!ご主人様、どうか、どうかお許しを……!」

 

 クラウチ氏の厳しい詰問にも、ハウスエルフは必死に弁明した。しかしクラウチ氏の意思は鋼より固かった。

 

「お前は『洋服』に値する」

 

 クラウチ氏は、身に付けていた紳士用の帽子をウインキーに無造作に投げ渡した。その瞬間、ウインキーはこの世の終わりが訪れたように嘆き悲しんだ。

 

 その場の誰もが(スタン·シャンパイクですらウインキーに気の毒そうな視線を向けた)後味の悪そうな顔をしているなか、シリウスとハーマイオニーは声を張り上げた。

 

「ひどいっ!こんな仕打ちってないわ!その子が何をしたっていうの。ただその場所に居ただけなのに!!」

 

 そんなハーマイオニーの言葉を聞こうとする大人は居なかった。……シリウスを除いては。

 

「こんな性根の腐った連中しかいないのかここは!?クラウチ!そのウインキーと話をさせてもらいたい。現場の状況を知っているかもしれん。これで終わりにするなどということが許されると思うのか!?」

 

「黙れ、シリウス·ブラック。聞き分けのない小娘のようなことを言わないでもらいたい。これで手打ちだ。負傷者の救護に当たらねばならん。ここでもたついている暇はない」

 

「十年以上経ったが、貴方はなにも変わっていないな、クラウチ」

 

 なおも食い下がるシリウスに、クラウチ氏は答えることなく背を向け、テレポートした。シリウスは、ハリー達やアストリアから当時の状況を聞き出した。

 

「……では、何者に奪われたのかは分からないと?」

 

「はい。お役に立てず、申し訳ありませんわ……」

 

 アストリア·グリーングラスは、社交界で培った技術を総動員してシラをきった。アストリアは、自分を突き飛ばした何者かは魔法使いだと気付いていた。

 

(あのお方が真の純血主義者ならば……この世界を変えて下さる筈ですわ……)

 

 アストリアは、純血主義者として純血主義の信奉者を護ることを選んだ。自分を突き飛ばした人間は、マグルを襲った大人達に怒っていた。彼らのような下衆ではなく、崇高な使命感と正義感を持った義士であるに違いないとアストリアは思い込んだのである。

 

 アストリアは、目の前で姉がハウスエルフを治療する姿を目の当たりにした。

 

 その時アストリアの胸に去来したのは、生まれてはじめて抱く姉への失望だった。そしてアストリアは、そんな自分が許せなかった。目の前の何もかもが歪んで見えた。アストリアは純血主義は正しく絶対で、間違っているのは世界の方だと思い込むことで、自分の心の安定を保つことにした。

 

(わたくしはお姉さまとも、あの大人達とも違いますわ。純血主義はもっと崇高で……高貴な筈ですわ。ドラコのように……!間違っているのは世界の方……!闇の帝王なら、きっと魔法界を正しい方向に導いて下さりますわ!)

 

 スリザリンの人間は、身内や仲間に対しては過剰なほどの情を見せる。しかしだからこそ、組織において彼らのような存在は尊重されるべきではない。問題の発覚が遅れ、小さなミスが取り返しのつかない負債となって襲いかかるからだ。アストリア·グリーングラスもまた、確かにスリザリン生の弱点を証明した。

 

 

 ハリー達はアストリアの嘘に気付くことはなかった。ダフネはアストリアの顔色が戻ったことに気付いたものの、それを喜ぶだけで詮索はしなかった。三年生のとき、ダフネの顔色が戻ったことを喜んだアストリアのように。

 

***

 

 騒動から三日後、ようやく屋敷へと戻り眠りについたシリウス·ブラックは目覚めたあと、マリーダとよく相談し、ハリーに対して教育を施そうとしていた。シリウスは、かつてユルゲン·スミルノフやアーサー·ウィーズリーにした相談の内容を思い返していた。

 

***

 

『……ハリーに対してどう接するべきか?なるほど、不安があるんだな』

 

『ああ。親としてハリーにものの道理を教えるとき、どうすればいいか分からなくてな。君がどうしているのか聞かせてくれないか。どういう接し方があの子のためになるか、参考にしたいんだ』

 

 ユルゲンは魔法省の児童福祉課に所属し、二児の父でもあるシリウスの友人だった。親として手本にすべき存在として見込んだユルゲンは、笑ってシリウスに言った。

 

『君があの子に嫌われるのが怖いのは理解できる。経緯が経緯だからな。しかし、それは親として当たり前のことだ。誰だって子供に嫌われるのは怖いが、嫌われることはあるよ。思春期の子供相手なら尚更だ』

 

 そして、ユルゲンは言った。

 

『私から見れば、君は十分すぎるほど良くやっている。君は、自信を持ってハリーに道理を教えるべきだ。親がすべきことは、子供に愛を与えた上で躾をすることだ。そうすれば、嫌われたとしてもよほど言葉が悪くなければ破綻はしない。君はあの子に十分すぎるほど愛を与えているから、要らない心配だと思うがな』

 

『そうだろうか?俺は自分が正しいことをしている確信を持てないんだ』

 

 シリウスの言葉に、ユルゲンは意外そうな顔はしなかった。シリウスがアズカバンから解放されてから社会復帰するまでの悪戦苦闘を知っているユルゲンは、シリウスの弱さもよく理解していたからだ。

 

『いいや。君はとてもよくやってるよ。……ホグズミードの一件を私も聞いた。あの一件だけで、きみは十分すぎるほど父親だと思う。世の父親の誰もが、子供のために命を捨てられる訳じゃない』

 

『……』

 

 ろくでもない親を多く見てきたユルゲンはそう断言した。

 

『子供を助けたくても、助けにいけない親もいる。私もそうだ。しかし、きみはあの子のために駆けつけた。それはあの子にとって一番必要なことだったと思うな』

 

『……そうか。ありがとう、ユルゲン』

 

 シリウスは、結婚前にはアーサーにも話を聞いていた。魔法省に勤務する父親にとって、アーサーは羨望の的だった。そしてシリウスにとっては尊敬の対象だった。七人という多すぎる子供を育てながら、育てた子供の誰もが純血主義ではない真人間なのだから。

 

『……うーん、躾の仕方か……特別なことをしているつもりはないんだがなあ』

 

『そこをどうか頼む、アーサー。クィディッチワールドカップの座席で、いい位置を確保しておくから。子供を真人間に育てるにはどうすればいい?』

 

 アーサーはううん、と唸りながら言った。

 

『本当に特別なことをしているつもりはないんだ』

 

『だが、皆が貴方の育成方針を褒めている。三男も魔法省への入省が内定したんだろう?』

 

『……私としてはパースが魔法省に内定出来たことより、パースのパトロナムが私と同じイタチになったことの方が嬉しいくらいだし……』

 

『そうなのか。そいつは凄いな。羨ましいくらいだ……』

 

 

 シリウスは心の底からそう言った。ハリーのパトロナムが蛇であることを、シリウスはハリーからの手紙で知った。蛇でさえなければという思いと、パトロナスを展開できるほどにハリーが健全な学生生活を送っている喜びがシリウスの中にせめぎ合っていた。

 

『アーサー、俺はどうしたらいいんだ?どうしたらハリーにとって一番いい父親になれる?』

 

『うーん。ハリーにとってか……』

 

 アーサーは、髭を触りながらしばし考え込んだ。そして言った。

 

『……君自身がハリーを愛していることかな?それがハリーにとって重要だと思うかな』

 

『どういうことだ?』

 

 シリウスは戸惑ったような声を出した。抽象的な言葉に、具体性を求めていた。

 

『子供は親に愛されたい。その逆もまた然りだ。君がハリーを愛してさえいれば、ハリーはきっと君の期待に応えてくれるよう努力する筈だ』

 

(愛しているさ、これ以上ないほど。ハリーが期待に応えようとしているのもわかる。だが……)

 

『……ハリーを甘やかしすぎないよう躾るには、どうすべきだと思う?』

 

 シリウスには一つ懸念があった。

 

 ハリーがスリザリンに染まりすぎているのではないかという懸念は、絶えずシリウスの心を蝕んでいた。

 

『子供への躾は難しいものだ。私は、本当に危険なものや関わるべきでないと思ったものはそう伝えて警戒を促すが、実際に行動している子供にとってはなかなかそれは伝わらないからな。双子のようにたびたびやらかしたり、パースのように神経質すぎたりもする。だから、子供に合わせて、子供が失敗したときでも笑ってそれを受け入れて、立ち上がれるように見守ることにしているんだ』

 

『立ち上がれるように、か』

 

『ああ。失敗はあって当たり前だ。本当に危険なもの以外は否定から入らずに教えると、子供は案外聞いてくれるもんだ』

 

 アーサーはそう言いながら、懐かしそうに子育ての記憶を思い返していた。そして真顔になると、シリウスに重要なアドバイスをした。

 

『しかしな。シリウス、子育ては夫婦でするものだ。きみは今度結婚するんだろう?自分に出来ないと思ったことは、パートナーの手を借りてみるのもいいと私は思う。もちろん全てを押し付けろとか馬鹿げたことを言ってるんじゃないぞ。子供の性格とか、自分達の状況とかをよく考えた上で、家族としてやっていくんだ。家庭はそうやって作り上げるものだろう?』

 

『そうか、そういうものだったのか……俺は、少し思い違いをしていたらしい。……ありがとう、アーサー』

 

 シリウスにとって、アーサーのアドバイスは一つの指標となった。そしてシリウスは、家族との接し方についてマリーダと話し合った。その積み重ねがあって、ブラック家という家族は回っていた。

 

***

 

「シリウス。話っていうのは?」

 

 ハリーは朝食の席でシリウスに話があると言われ、シリウスに聞き返した。マリーダがハリーをチラリと見るなかで、シリウスはハリーにこう言った。

 

「……ハリーも気付いているだろうが、先日の一件についてだ。魔法省は、件の犯人捜索を打ち切った」

 

「……そう」

 

 

 ハリーの内心は複雑だった。闇の印を打ち上げたのがドロホフなのか、それとも別納闇の魔法使いなのかもまだ分かっていない。マグルを襲ったルシウス達も、逮捕されることなく逃げおおせたということだ。ハリーは前者については言い様のない不安を、そして後者に対して安堵感を覚えていた。そして、安堵している自分自身を嫌いになっていた。

 

(……あのマグル達は泣き寝入りか。あんなことをされて……)

 

 ドラコの父親に対する軽蔑の心はハリーにだって確かにある。自分がルシウス達にあんなことをされたら、絶対にドラコのことも嫌いになるという確信がハリーにはある。

 

 それでも、スリザリンの友人として、ハリーは安堵してしまっていた。ドラコの父親が捕まらなくて良かったと。自分がこんなに汚い人間だったなんて。ハリーはシリウスの言葉を待つ間、マグル達への罪悪感で心が塗りつぶされていくような気分だった。

 

(あの人達はなにもしていないのに……)

 

 そんなハリーの心中を見透かしたように、シリウスはハリーに言った。

 

「……ヴォルデモートを復活させようというドロホフか、ドロホフに呼応したシトレのようなチンピラが闇の印を打ち上げたと俺は見ている。しかし魔法省は、空前絶後の失態をこれ以上蒸し返したくないようだ」

 

「……テロなんだよね、ワールドカップのあれは。本当に、あれで良かったの?」

 

 ハリーはそう言った。闇の印とは、反社会勢力であるヴォルデモートのシンボルである。

 その闇の印が、魔法省の威信をかけて開催されたワールドカップで上がった。英国魔法界の評判はガタ落ちである。しかし、誰もそれを打ち上げた人間を探そうとはしない。

 

「もっと質が悪い。マグルにはフーリガンの暴走と説明し、説明に納得できないマグルやトラウマを抱えたマグルに対しては記憶の忘却処置を施したがな……」

 

 シリウスの顔には疲労の色が滲んでいた。魔法省の役人は、あの一件以来休日を返上して東奔西走し事態の収拾にあたったし、シリウスも例外ではなかった。

 

「ブルガリアの大統領をはじめとした各国要人に怪我人はなかった。闇祓いが護衛についていたからな……」

 

「面子は台無しになったけど最悪の結果は免れたってこと?」

 

「……皆はそういうことにしたがっている。クラウチのことも、……ルシウスのこともだ」

 

 シリウスはそう言った。ルシウスの名前を出され、動揺するハリーにこう切り出した。ハリーの胸は傷んだ。

 

「……クラウチさんと、ドラコのお父さんが何で出てくるの?」

 

 ハリーはクラウチ氏についてどんな人なのか漠然としか知らない。ルシウスのことについて聞きたくない思いで、ハリーはそう言った。シリウスはあえて淡々と言った。

 

「……隠しても意味のないことだし、ルシウスについては皆から聞いていると思う。クラウチから説明するぞ。彼は、魔法省の大臣候補だった男だ」

「だった?」

 

「そうだ。十三年前、死喰い人の活動が過激化した。君のお陰でヴォルデモートが」

 

 マリーダは怯えたようにティーカップを取り落とし、クリーチャーがティーカップを片付けて代わりの紅茶を用意した。

 

 

「……すまん、マリーダ。例のあの人が失墜したからだ。俺が友の裏切りに気付き、執行部に捕まったとき。おれを連行したのはファッジだったが、執行部の部長として俺をアズカバンに入れたのは、クラウチだった」

 

 マリーダはすかさずシリウスの言葉を補足した。

 

「クラウチ氏は人気取りのために、シリウスを裁判にかけなかった。杖の精査をし、マグルやシリウスの記憶を照合すればピーターの裏切りに気付けた筈だが、それもしなかった」

 

「そんな……。でも、そのことと今回の一件は関係ないでしょう?クラウチ氏がデスイーターなんてことは……」

 

「闇の印を打ち上げた人間の名前は分かっていない。魔法使いなのか、魔女なのかすら分からん。しかし、クラウチの行動には不審なところが多すぎる。デスイーターとは思えんが、全幅の信頼を置くことは出来ん。……しかし、現在の魔法省ではあいつを信じて重用する以外にない」

 

「どうして?」

 

 シリウスは重々しく言った。

 

「優秀だからだ。他の誰でも替えがきかないほどに」

 

「……確かにすごい人ではあったね」

 

 ハリーは納得できない気分だった。そのままシリウスは言葉を続けた。

 

「ハリー。ルシウスがあの夜、マグルへの暴行に加担していたのを見ただろう……」

 

「シリウス、それはっ……!!」

 

 ハリーは思わず大きな声を出した。クラウチ氏の話から、いきなりルシウスの話に変わったのは不意打ちだった。覚悟のないまま、ハリーは考えたくないところに切り込まれてしまった。

 

「ルシウスはデスイーターの仮装をしてマグルへの暴行を行った。取り巻きを含めた集団でな。これは最低最悪の行為だ。下衆の極みと言ってもいい」

 

 ハリーには知るよしもないが、シリウス自身も心に傷を負っていた。口を開く度に、シリウスの頭に、過去の黒歴史が去来する。

 

(どの口が……)

 

 と、シリウス自身が思う。スネイプが最低最悪の人間で、それをスネイプに思い知らせるためだったとはいえシリウス自身もそれ以下に堕ちていたのは事実だった。

 

「ルシウスは純血主義者だ、ハリー。スリザリンが生んだ純血主義者で、日とを人とも思わない……人殺しの過去もある男だ」

 

 ハリーは聞きたくないと思った。現実に目を背け、考えたくないと思った。しかし逃げることは許されなかった。ハリー自身、最後までシリウスの言葉を聞かなければならないと思ったからだ。

 

「……それは……そうかもしれないけど。それが僕にどう関係するって言うんだ、シリウス」

 

 ハリーは震える声で言った。自分の声が、父親のそれにそっくりなことにハリーは気付いていなかった。その言葉を聞くたびに、シリウスの胸は締め付けられていることにも。

 

「ハリー。俺は君が、スリザリンの悪影響を受けてルシウスのようになるのではないかと……」

 

 シリウスはそこで言いよどんだ。しかし意を決したように言葉を続ける。

 

「……それが心配だ」

 

「なるかよっ!」

 

 ハリーは叫んだ。

 

「僕は、そんなことにはならないっ!!絶対に!」

 

 気がつけばハリーは立ち上がっていた。勢いよく椅子が後ろに倒れる。ハリーはシリウスを睨みつけた。そしてふと、周りの目に気付いた。マリーダは目をそらしていたし、物陰から様子を見ていたクリーチャーはハリーから逃げるように引っ込んでいった。

 

「あ……」

 

 ハリーの怒りは急速に萎んだ。周囲の目線が痛かった。自分に集まる目線に気まずくなり、ハリーは小さく言った。

 

「……ごめんなさい。座ってもいいかな?」

 

「ああ」

 

 シリウスは何ごともなかったようにハリーに微笑んだ。

 

「ハリーがそう言ってくれて俺は嬉しい」

 

(……ず、狡いよシリウスは……)

 

 ハリーは心の底からそう思った。

 

(そんな風に笑われたら、許すしかなくなるじゃないか……)

 

 ハリーは椅子を起こし、座り直した。 

「紅茶を淹れてくる」

 マリーダは立ち上がると、紅茶を淹れ直すべく台所に入っていった。ハリーとシリウスが険悪な雰囲気になったので席を外したのだろうとハリーは察した。

 

 ハリーにとって気まずい沈黙がしばらく続いたあと、シリウスが言った。

 

「ハリー。ルシウスは純血主義で、ヴォルデモートの部下だ。それは分かるな?」

 

「……ああ。分かるよ、それは」

 

 分かりたくないけど、という言葉をハリーは飲み込んだ。それはもはや認めざるを得ない事実だった。そうでなければ、いい年をした大人がワールドカップであんな騒ぎを起こすわけがないからだ。

 

「ルシウスは狡猾な男だ。マルフォイ家はルシウスの親の時からヴォルデモートの配下に与した一族だが、魔法省の中枢に縁を作り上げ、切っても切れない関係を構築してヴォルデモート失脚後も難を逃れた。死喰い人は同胞の魔法使いから半人間を選別し、マグル生まれや混血を排除してきた」

 

(……でもそれは……アズラエルだって、危険なものは管理すべきだって考えだ。全部が全部、悪いって訳じゃない……)

 

 ハリーの思いをよそにシリウスは話し始めた。まるでルシウス・マルフォイを通してスリザリンを糾弾するような話しぶりにハリーは少し気分が悪くなりそうだったが、話を遮るわけにもいかなかったし黙っていた。思想はともかく、その行為が許されるわけがないというのはハリーにだって分かっていた。

 

「やつは保身のためならば何でもする男だ。ヴォルデモートが復活すれば、やつは必ず裏切って敵になる。ハリー。その時、どうにもならない最悪の場合には」

 

 シリウスは言葉を切って言った。

 

「俺がやつを殺すことになるかもしれないし、俺が奴に殺されるかもしれない」

 

「シリウス。本気なの?」

 

 ハリーは嘘だとは言わなかった。一年目と二年目と三年目の記憶がまざまざとハリーの脳裏に浮かび上がった。殺しあいを始めれば、そういう結果になることはあるのだ。シリウスの言葉には、ハリーよりずっと長い間、闇の魔法使い達と闘争を繰り広げた人間しか出せない重さがあった。シリウスの言葉には一切の感情が感じられなかったからだ。シリウスは、単に事実を述べただけに過ぎない。

 

 互いに殺さずにすむならそれが一番よい。だが、去年はそうはならなかった。一年目も、二年目も。

 

(シリウスは言ってるんだ。僕に、覚悟しろって……)

 

 

 しかし、ハリーはどう答えていいか分からない。もしもシリウスがルシウスを殺したとしたら。もしも、ルシウスがシリウスを殺したとしたら。それでもドラコと友人で居られるだろうか。

 

 そんな筈はない。それはシリウスも分かっているはずだ。それでもシリウスは、ハリーに覚悟しろと告げているのだった……。

 

「本気でなければこんなことは言わない。ハリー。これから先、スリザリンの純血主義と付き合うときは細心の注意を払うんだ」

 

 シリウスはそう言って、ハリーに警戒を促した。

 

「純血主義とスリザリンが切っても切り離せないことは分かっている。そして、スリザリンにいる子の何人かはそれを信仰している。その子達に対して残酷になれと言ってるんじゃない。ただ、ヴォルデモートと戦うということは、自分の意図しないところで純血主義を信仰する誰かを傷つけることだ」

 

 それは、痛みだった。戦争によって生まれる痛みを、シリウスはハリーに伝えなければならなかった。覚悟なくそれに臨むのと、覚悟して向き合うのとでは、感じ方も異なるからだ。それはまさしく父の愛と呼ぶべきものだった。

 

「自分が、純血主義の子供の誰かに傷つけられることもあるということを、知っておいて欲しい。戦争になったときは、必ずそうなる」

 

 一般的な魔法族の親たちは、スリザリンのことを忌み嫌っている。人殺しを排出した上、その原因となった思想を取り除かず存続させている組織が好かれる筈もない。ゆえにシリウスの言葉は、配慮しまくった甘すぎる言葉だった。一般的な親はスリザリンの危険性について子供に教えたあと、ウィーズリー家とは違い、こう言うのだ。

 

『……だから、スリザリンには入っちゃダメだし、スリザリンの子供とは喧嘩しちゃダメだよ。もし入っちゃったら?……純血主義とは関わらないようにしようね』

 

 と。

 

「……それでも、僕は友達を信じる」

 

 シリウスの言葉は事実かもしれなかった。だから、否定は出来ない。しかしスリザリンが否定されているような気がして、ハリーは真っ直ぐにシリウスの目を見て言った。

 

「いい答えだ」

 

 シリウスは、少しため息をついた。ハリーはティーカップに手をつけて紅茶を飲んだあと、シリウスに問いかけた。

 

「シリウス。僕は……っていうか、僕の友達は確かにスリザリン生だ。けど、そんなに信用ならないかな?去年も、一昨年も、僕は闇の魔法使いと戦った。僕の友達だってそうだ」

 

 ハリーは意趣返しに言った。シリウスは頭をかいて言った。

 

「……これはおれの悪い癖だ。どうにも抜けきらなくてな」

 

「早くその癖が抜けてくれることを期待するよ」

 

 ハリーの言葉に、シリウスはそうだな、と頷いた。そしてその後、ハリーへの忠告の意味も込めて言った。

 

「君の友人達の人品については信頼している。だが、スリザリンにそういう風潮があるのは事実だ。……あのクラウチの息子も、スリザリンでそういう風潮に巻き込まれ、デスイーターとしてアズカバンに収監された」

 

「えっ……え?今、なんて言った?」

 

 ハリーは聞き間違いかと思った。クラウチ氏の息子のことは初めて知ったのだ。

 

「そのままだ、ハリー。純血主義に安易に参加したあと、取り返しがつかなくなった人間は多いんだ」

 

(もしかしてシリウスがクラウチ氏のことを疑ったのは、その過去も原因だったんじゃ……?)

 

 ハリーはそう思ったものの、シリウスに限ってそれはないと思い直した。シリウスは親の罪と子供の罪とは切り離して考えている。その上で、親に何かあれば子供に憎まれることはある、と言っているだけだ。

 

 

 シリウスはしっかりとハリーの翡翠色の目を見て言った。

 

「安易な気持ちで差別をするな。差別は、人への優しさや、思いやりを失わせる。ハリー、安易に迎合するな。純血主義は、人にとって大切なものを犠牲にしてしまうからだ。そうしなければ守れないものがあるとしても、そのせいで罪のない大勢の人々の命が喪われるのは間違っている」

 

 シリウスの言葉は躾だった。親が子供になすべき躾は、スリザリン生として育ったハリーにとって苦く、そして重かった。

 

***

 

「ハリー。随分と絞られたようだな」

 

 ハリーはシリウスとの会話の後、風呂に入り自室に引っ込んだ。歯磨きをして

予習をしようとしたところで、マリーダがハリーの部屋を訪れた。ハリーは笑顔でマリーダを迎えた。

 

「マリーダさん、さっきは本当にすみませんでした」

 

「それは気にすることじゃない。むしろ私は胸がスッとしたよ、ハリー」

 

「……そっか、そっか。なら良かった。シリウスは、スリザリンを犯罪者予備軍だって言ってるみたいで」

 

 それからハリーは、シリウスについての愚痴をマリーダにこぼした。マリーダは親身になってハリーの話を聞き、相槌をうった。ハリーにとって、スリザリンの価値観を有するマリーダがいたことはとても有り難かった。

 

 これは、シリウスとマリーダの二人で話し合って仮決めした教育方針だった。シリウスが躾をし、ハリーのメンタルに悪影響がありそうなら、スリザリンの価値観を持つマリーダがフォローする。マリーダは自分が鬼役で、シリウスが甘やかし役の方がよいのではないかとシリウスに言ったが、シリウスの見解に妥当性を感じて、自分がメンタルケアをすることを承諾した。これでうまく行かなければ都度やり方を変えるつもりだった。

 

『ハリーは子供だが、考えるべきところは考えているし、大人の嘘は嘘だと見抜ける。俺たちもそうだったが、年頃の子供っていうのは下手な大人より賢いところも多い。経験不足と無知で失敗することも多いがな。……俺がスリザリンのことを好きになれていないのもハリーには分かるだろう。俺に飴役は務まらないよ、マリーダ』

 

 実際、ハリーはルシウスの行為を嫌悪していた。しかしシリウスが懸念したように、情が深く感情豊かだからこそ、スリザリンの友人達と深い繋がりを感じて身動きがとれなくなる可能性は高かった。ハリーはマリーダにこう言った。

 

「スリザリンのことを色んな人は悪くいうけどね。じゃあどうして皆はスリザリンや純血主義を残したんだろう?ヴ…………例のあの人が怖かったからかな?」

 

 ハリーの言葉に、マリーダは暖かみのある解釈で答えた。

 

「スリザリンの純血主義は、皆がそうあって欲しいと思ったから残ったのだと、私は思う」

 

「へえ、面白い解釈だね。教えてよマリーダさん」

 

 ハリーはマリーダの意見をさらに詳しく聞きたがった。マリーダは自分の髪を撫でながら言った。

 

(確かに、シリウスが不安になるのも分かるな……)

 

 マリーダから見て、ハリーはまだまだ子供だった。大人や世間の残酷さも、嘘で塗り固められた汚さもまだまだ知らない。だからこそ、シリウスもマリーダもハリーを子供として護ろうとしているのだが。

 

「私たち魔法族の世界は、マグルの世界で大っぴらに魔法を使うことは基本的に許されない。バレないように使い、マグルから隠れ住む日陰者だ。表に出ることはできず、表の社会で生きていくにも色々と制約がある。私は学と伝手があったからなんとかなったが」

 

 

 魔法界とマグル世界の双方の経験があるマリーダは、ハリーから見て深い知見を有していた。ハリーは尊敬の眼差しでマリーダの言葉に聞き入った。スリザリンのOGとして好意的なバイアスがかかっていたことも否めなかったが。

 

「……そんな魔法族にとっては、何か自分達を誇れるものが必要だったんだ。先の見えない暗闇であっても、心のうちを強く保てる光が」

 

「……それが純血主義だった?」

 

(ちょっと……そうかな?本当にそうか?) 

 

 

「でも、純血の魔法使いなんてほとんどいないのに?」

 

「だからこそだよ、ハリー。人と違うもの、希少なもの。大多数のマグルとは違うものの象徴として、私たち魔法族は純血の魔法族の存続を望んだ。尊いものであってくれという願いを込めて。そういう人々の希望が、純血主義とスリザリンを残したのかもしれない」

 

 マリーダはそう言った後、一言付け加えることも忘れなかった。

 

「もちろん純血が許されるのは、シリウスのように義務を果たしている人間だけだ。人のため、社会のために義務を果たし、責任を全うするからこそ、純血主義というものは残る。……デスイーターは、責任と義務を放棄したんだ」

 

「じゃあ、マリーダさん。ヴォルデモートさえ倒して余分なものをパージしたら?そうしたらシリウスも、スリザリンのことを認めてくれると思うかな」

 

 ハリーの希望的観測に、マリーダは微笑んで言った。

 

「そうだな。きっとそうだろう」

 

 それは優しさからついた嘘だった。マリーダはシリウスから、シリウスの本音も聞かされていた。

 

『スリザリンと純血主義そのものに罪はないという人間がいるが、それは間違いだ。なぜか分かるか、マリーダ』

 

『例のあの人の部下として大勢の人々を害したからか?』

 

『それもある。……だがな、マリーダ。大勢の純血主義者……スリザリンのOBやOGがあの阿呆を支持しなければ、そもそもこんなことにはなっていないんだ。せいぜいあのシトレのようにどこかで死んでいただろう。ブラック家を含めた大勢の人間がそうあれと望んでやつを支援したから、こんなことになっているんだ』

 

 マリーダはものの道理が分かる人間だった。スリザリン生として感情面で反発しつつ、シリウスの本質をついた言葉に理解を示した。だから、シリウスに寄り添うことを決めたのだ。

 

 ハリーにとって、スリザリンの仲間達が救いであることに変わりはなかった。この先どんなことがあっても、ハリーは友人達を、護りたいと思った。その思いは、シリウスの言葉でより一層強まった。

 

***

 

 翌日、ハリーはシリウスにこう宣言した。夏期休暇の最終日だった。

 

「この先ヴォルデモートが復活して暗黒時代が来るかもしれないなら、僕はそれを終わらせられるくらいに強くなるよ、シリウス。スリザリンの正しさを、僕が証明して見せる」

 

 その時シリウスは、何を思ったのだろうか。顔をくしゃくしゃにしながら、ハリーの頭を撫でた。

 

「君に話したいことはまだ山ほどあるが、もう行かなければならない。次はクリスマスに会おう」

 

「……手紙を出してもいいかな?」

 

 シリウスは頷いたあと、またハリーを抱きしめた。そしてハリーは思った。

 

(いつか僕が、ヴォルデモートの復活を阻止してシリウスを救おう)

 

 と。シリウスが人を殺すところも、シリウスが殺されるところもハリーは見たくなかった。

 

 ハリーは両手で持てるもの以上の全てを望んでいた。それはあまりに強欲で、一人の少年には大きすぎる願いと理想だった。自分に関わるものを必ず救ってみせるのだと決意した少年は、挫折をまだ知らなかった。しかしマリーダとシリウスは、そんな少年を見守ることに決めた。また必ず立ち上がれるように。

 

***

 

 一方、挫折を知っている人間もいた。ハリーの親友であるハーマイオニー·グレンジャーは、父親の手で歯冠形態手術を受けたりロンの家である隠れ穴にお泊まりするなどしていたが、人生ではじめての挫折を経験していた。ワールドカップでの、ウインキーの一件だった。

 

 あの時、ハーマイオニーの意見に耳を貸したのはシリウスだけだった。それ以外の魔法族は、クラウチ氏がウインキーを不当解雇したことに異を唱えるどころか、これで全て終わったとばかりに引き揚げてしまったのだ。ハーマイオニーの知る限り最も善良な魔法使いであるセドリック·ディゴリーでさえそれは例外ではなかった。

 

(大多数の魔法使いにとって、ハウスエルフには何をしてもいいと思っているんだわ……!こんなこと許されない。許されていい筈がないわ……!)

 

 義憤に燃えるハーマイオニーは、ワールドカップ以降の夏期休暇のうちのほとんどの時間をハウスエルフに関する資料集めに費やした。

 

 ハウスエルフは魔法使いに忠実な種族で、古代からずっと人間と暮らしてきた。しかし人間による支配と弾圧によって、ハウスエルフの地位は急速に低下した。ハーマイオニーの心の中には、ハリーと同じくらいに遠大な理想が灯っていた。

 

(成し遂げて見せるわ、必ず。あれほど主人に尽くしたハウスエルフへの不当な扱いが許されていい筈がないもの……!)

 

 ハーマイオニーは、自らのノートに計画を記録していた。ノートの表紙は、Society for Promotion of Elfish Welfare。ハウスエルフのための福祉振興協会を設立するという野望が、ハーマイオニーの中で熱く滾っていた。

 




ハリポタ世界には父親罪が存在します。

どんな善人でも父親という時点でデバフになる理不尽な世界で父親をやるハリポタ世界の男性は過酷すぎる。


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The Moody Blues

ファルカスのタロット占い


ザビニ→魔術師(正位置)
アズラエル→死神(逆位置)
ファルカス→法王(正位置)


 

***

 

 四年目のホグワーツは、アラスター·ムーディという新任教師の話題で持ちきりだった。クィディッチという楽しみを奪われた生徒達の目下の関心は、老練の元闇祓いに集まっていた。

 

「……ったく。何もクィディッチを廃止する必要はねえだろうがよ。夏休みの時に練習して損したぜ」

 

「決闘大会も今年は無しだしね……本当についてないよ」

 

 クィディッチ競技場やグラウンドは、トライウィザードトーナメントの会場として利用される。そのため今年はクィディッチの試合はなく、決闘大会も空き教室でのささやかな催しとなる。ザビニとファルカスがふてくされているのを横目で見ながら、ハリーは二人を励ました。

 

「二人ともそんなに落ち込むなよ。今年のイベントは皆で落ち着いて観戦できるんだから良かったじゃないか」

 

「ハリーはいいよ。今年ダメでもレギュラーになれる見込みがあるからな。俺は試合経験もないからそういうの絶望的なんだぜ?ったく。夏休みに練習して損したぜ」

 

 ザビニは恨みがましくハリーを睨んだが、アズラエルがザビニの口にチョコレートを突っ込んだ。

 

「まぁまぁその辺にしときましょう。クィディッチが開催されないのはわが社としても宣伝にならなくて残念ですが、たまにはのんびりと余暇を過ごす一年もいいでしょう。去年は色々ありましたからね」

 

「フン。先生達がのんびりとさせてくれるといいけどな。あのムーディ先生とか、俺らをスパルタ訓練で殺しかねねぇよ」

 

「こら、そんな怖いこと言うもんじゃないぞ、ザビニ。ムーディ先生に聞かれたらどうするんだ」

 

 ハリーは苦笑いしながらたしなめたが、あながち冗談ではすまなかった。

 

 『マッドアイ』という異名を持ち、青く輝く魔法の瞳で隠蔽魔法を見破ってしまうというアラスター·ムーディ先生は、傷だらけの顔や威厳のある立ち振舞い、そして元闇祓いという経歴から生徒達の畏怖の対象としてホグワーツに迎えられた。

 

 生徒や教師たちは彼の就任以来、口々にムーディについて噂し合った。

 元々、ムーディ先生にかかる期待は高かった。二年生のとき魔法省から派遣されてきたシャックボルト先生や、三年生のときのトンクス先生が無難に優秀で、問題らしい問題も起こさず勤めてくれたからだ。元闇祓いであるムーディ先生も、並外れて優秀な人材だろうと思われていた。

 

 ハリーもシリウスからムーディについての話を手紙で聞いた。シリウスはムーディのことをリスペクトしており、彼の指示に従うように、と手紙の中で再三ハリーに忠告した。

 

『アラスター·ムーディは俺の知る限り最高の闇祓いだ。彼が教師になってくれたなら、今年一年はまず安泰だろう』

 

 シリウスはそこから羊皮紙が一杯になるまでムーディのエピソードを書き綴った。シリウスとハリーの父親が騎士団員(非公認のレジスタンス)として活動していたとき、闇祓いとして活動しながらシリウスやハリーの父親にあれこれと指導してくれた恩人だという。

 

『俺はピーターを信頼してダンブルドアへの報告を怠り、ムーディの期待を裏切った。だから、気まずくて合わせる顔もないが……』

 

 シリウスの手紙からは後悔が滲んでいた。

 

『ムーディは、余程の修羅場でなければ闇の魔法使いでも生け捕りにしてみせた。ムーディのお陰でアズカバンの半分が埋まったほどだ。彼は慈悲深く、人の命の重さを知っている。色々と話を聞いてみるといい。今の君にとって最も必要な教師だと思う』

 

 実際、ムーディ先生はハリーにとって必要な教師だった。シリウスが期待した精神面の指導ではなく、実技面の指導においてだったが。

 

 ファルカスは、ムーディ先生を不安がるザビニに釘を刺した。

 

「ザビニ。あまりムーディ先生を悪く言うものじゃないよ。彼は非常に有能な闇祓いだよ。僕は、僕たちを護るためにダンブルドアが雇ったんじゃないかと思うんだ」

 

 闇祓い志望のファルカスの言葉に、ザビニははいはいと頷いた。

 

「分かってるよ。けど、俺はどうにもあの先生は苦手なんだよ」

 

「美形以外への評価はどうしても辛口になりますねえ、ザビニは」

 

「ふん、当たり前だろ。顔はそいつの人格の九割を占めるんだぜ」

 

「ただし、ロックハートを除いてね」

 

 ザビニはしかめ面のままカエルチョコレートを口に放り込んだ。ザビニが動き回るカエルを口の中で咀嚼している間に、ハリーたちはDADAの教室に辿り着いた。

 

***

 

「教科書をしまえ。ここではそんなものは必要ない」

 

 アラスター·ムーディ先生は、生徒達の期待に反しない優秀な教師だった。

 

 ムーディ先生が杖を一振りすれば、魔法のかかった壁が取り払われ、DADAの教室は広々としたオープンテラスのような空間になった。ムーディはずらりと揃った生徒たちを見回し、唸るように言った。

 

「お前達の進捗については前任のルーピン先生と、トンクス先生が記録を残してくれていた。お前たちは例年と比べても非常に優秀だ。よく勉強している。そこで私は、おまえたちに闇の魔術への対策を教えようと思う」

 

 ムーディ先生の言葉は衝撃的だった。ほとんどの生徒が黙りこくるなかで、ドラコはムーディを嘲笑うかのようにクラブに何かを囁いていた。

 

 

 その時、すっと手を挙げる生徒がいた。

 パンジー·パーキンソンだった。パンジーは優秀な生徒として真面目に授業を受けることにしたようだとハリーは思った。

 

「……あ、あのう先生。闇の魔術への対策は私たちにはちょっと早いというか。それってNEWTレベルの内容なのではありませんか?」

 

(そうだね。さすがにちゃんと勉強はしてるな、パンジー)

 

 四年生ともなれば、強力な闇の魔法生物に対抗するためにヘックスやジンクス、そして強力なカースレベルの魔法を習いだす。しかし、闇の魔法の対抗策について習うのは本来六年生からだ。四年生の自分達には早いという意見も無理はなかった。魔法省の指定するカリキュラムでは、まだ習わない筈だからだ。

 

「お前たちのレベルに合わせて話している。なぜならお前たちは、去年実際に闇の魔術に遭遇したからだ。つい先日、クィディッチワールドカップでの騒ぎを目の当たりにした筈だ」

 

 教室はしん、と静まった。ドラコはムーディの話を聞きたくないとばかりにそっぽを向いた。その時、バシッという音がした。

 

「まだ話の最中だが?私が何を話していたか、聞いていたか?私の話は聞くに値せんか?ドラコ·マルフォイ?」

 

 ムーディは魔法でドラコの顔を自分に向けると唸るように言った。スリザリン生の間に緊張が走った。授業態度が悪くても、ドラコのことは放置こそされ指導されたことはほとんどなかったからだ。

 

「先生、離してください。やりすぎです。マルフォイも自分が悪かったことは分かっています」

 

 ハリーはムーディにそう意見した。ムーディはふん、と鼻を鳴らして呪文を解いた。

 

「友人に恵まれたようだな?え?マルフォイ?お前の父親もさぞ鼻が高かろう」

 

(……この人……)

 

 ハリーはムーディに不快感を抱いた。父親のことを出したとき、明らかにドラコを嘲るような雰囲気があったからだ。

 

「マルフォイ、授業はまだ終わっていない。他の生徒も、不用意な態度で臨むようならこの教室からつまみ出す。……ハリー·ポッターに感謝するのだな」

 

 ムーディはまた話を続けた。

「確かに、まだお前たちは闇の魔術に対する対策を学ぶ段階にはない、と定められている。しかし!!」

 

 ムーディは杖で床を叩いた。どん、という轟音が教室に響き、生徒たちは息を呑んだ。

 

「……油断大敵だ。闇の魔法使いは弱者から狙うけだものだ。お前達が子供でか弱く、闇の魔術に対して無知ならば、連中は迷わずお前達を狙い、食い物にするだろう」

 

 ダフネは隣のパンジーが指を震わせているのに気付き、ぎゅっとパンジーの手を握った。パンジーの震えは、徐々に収まっていった。

 

「ゆえに、お前たちは知らねばならない。闇の魔術への対策を。正しい知識と、実践による経験を、な」

 

 教室内の熱気が高まるのをハリーは感じた。

 

 教室の中の何人かも、ホグズミードでドロホフ一派に操られたのだ。スリザリン生であろうと、闇の魔術の対抗策があるなら知っておきたいのは当然だった。

 

(この人、うまい……)

 

 ハリーもムーディの演出に飲み込まれていた。ドラコへの指導で生徒達の弛緩した雰囲気を引き締め、演説によって生徒達のモチベーションを高めたのだ。

 

 

 ムーディはトランクの中から生きた蜘蛛を取り出し、インペリオ(支配)、クルーシオ(拷問)、そして、アバダケタブラ(殺害)の全てを実践してみせた。緑色の閃光が蜘蛛を貫いたとき、ドラコはまた目を背けた。ハリーは教室が異様な静寂に包まれるなか、冷や汗をかいてムーディの授業を聞いていた。

 

(何かドラコへ当たりが強いことは気にくわないけど……本物だ!凄い魔法使いだ!)

 

「さて、ドラコ。アバダケタブラへの対応策について答えられるか?」

 

「分かりません」

 

 ドラコはほとんど投げやりに答えた。

 

「ほう?本当に?え?お前の父親は、これについてよく知っていた筈だが?」

 

「先生、授業の進行が遅れています。アバダケタブラの対応策は、射線上に動物を設置することです」

 

 ムーディは拒否するドラコを指名しようとしたので、ハリーはドラコに代わってムーディの質問に解答した。ムーディはフンと鼻を鳴らすと、蜘蛛の死骸をトランクに戻した。

 

 ムーディによる授業は、それから何度か中断したが、それでもハリーが恐怖を抱くほどに見事な授業だった。ハリーはいままでで一番闇の魔術に対する防衛術の授業を楽しんでいた。のめり込んでいたと言っても過言ではなかった。

(あの杖さばき。あれが闇祓いの本気か。トンクス先生やキングズリーに負けてない…)

 

 ムーディは闇の魔術の理論を教えることはなかったが、インペリオ、クルーシオ、そしてアバダケタブラに必要な杖の動きをハリーの頭は正確に記憶した。ハリーが優秀だったのではなく、ムーディの模擬授業が完璧だったからだ。生徒たちは口々にムーディの授業について語り合った。

 

 しかし、ハリーには気がかりもあった。ドラコをはじめとした、デスイーターの両親を持つ同級生が萎縮していたことだ。その日の終わり、皆が荷物をまとめて教室を出るとき。ドラコが他の生徒から少し離れて教室を出ようとした時を見計らってハリーはドラコに話しかけた。

 

「……ねぇ。気晴らしに決闘クラブに行ってみないか?グレゴリーとかビンセントも一緒にさ」

 

「決闘クラブだって?確か、フリットウィックのクラブだろう?」

 

 ドラコは、ハリーの言葉を鼻で笑った。

「ああ。ヘッドボーイのバナナージが部長だ」

 

「くだらない。半獣が教師な時点で僕が足を運ぶところじゃないね。僕は、ああいうくだらない連中は好きじゃないんだ」

 

 ドラコはそう言い放つと、さっさと教室を出て行ってしまった。ハリーはドラコの背中に言葉を投げ掛けた。

 

「くだらないお遊びがしたくなったら、いつでも来てくれ。……待ってるから」

 

 ハリーはダフネやザビニが待っている廊下に急いだ。アズラエルとファルカスは一足先に薬草学の温室に行っている。ハリーは二人と合流するとうんと背伸びをして、薬草学の温室に向かった。

 

***

 

「……ドラコと一緒にさ、決闘クラブに行けば良かったんじゃねえかなあ。なぁ、そう思わねえ?」

 

 薬草学の授業中、ゴリラのような体格を持ち、オークのような顔のグレゴリー·ゴイルは、ゴリラのような体格を持ち、トロルのような顔のビンセント·クラブにそう話しかけていた。

 

「そんなお遊びをしてる暇はないんだよ、マルフォイには。黙って手を動かせよ」

 

 ビンセントはピシャリと言いきった。グレゴリーはううんと唸って、ビンセントへ言った。

 

 

「でもさあ、あいつはハリーと仲良くしたいんだろ?なら、一緒に遊んでもいいんじゃないの。今年はクィディッチもないんだしよ」

 

 勉強嫌いで人間関係の機微に疎いグレゴリーだが、クィディッチが勉学の負担になることは実感として分かる。クィディッチがないのなら、お遊びをしてもいいんじゃないかとグレゴリーは思うのだ。

 

(わっかんねえなあ。何でだよ?)

 

 そんなグレゴリーに、ビンセントは苛々しながら言った。

 

「お前そんなことも分からねえのか?ポッターに誘われて行くってことは、ポッターに借りを作るってことだぞ。ドラコはそんな立場じゃねえ。『是非来てください』ってポッターが頭を下げてはじめて考えてやるって立場なんだよ」

 

 ビンセントはそう言った。グレゴリーは、ドラコの性格の面倒くささに嘆息した。

 

(来てくれよって頼んできたんだから行けばいいと思うんだけどなぁ……)

 

 グレゴリーは、そっちのほうが俺も机に向かう時間が少なくてすむのにと思いながら温室に生えた雑草を引きちぎった。雑草は綺麗に根本まですっぽぬけ、その勢いのままクラブの目に当たった。グレゴリーはその後、クラブに一発ぶん殴られた。

 

 

「ぎゃー!!」

 ビンセントは悲鳴を上げてのたうち回るグレゴリーを見て、大声で笑い転げた。そんな二人を見て、スプラウト教授はスリザリンから十点を減点した。

 

***

 

 決闘クラブには、毎年新規の部員が加入する。ダフネ·グリーングラスは正式に加入届をフリットウィック教授へ提出し、見事受理された。

 

「グリーングラスさん、よく来たね」

 

「フリットウィック先生。入部届を受理していただきありがとうございます」

 

 ダフネはそう言うと、教授に頭を下げた。ハリーが視線を向けると、例年よりも大勢の生徒が入部届を提出しているところだった。

 

「今年はやけに多いね。決闘が流行ってるのかな」

 

「ホグズミードとかワールドカップで、世間は物騒になってきましたからねえ。自衛のために参加してみようって子達が多いんでしょう」

 

「なるほど。昔の僕たちみたいだね」

 

 アズラエルがハリーの疑問にそう推測を述べた。かつてのハリーがそうだったように、安全を求めて決闘クラブに参加する生徒は多い。スリザリンの中にもそういう風潮が出来たのはいいことなのかもしれない、とハリーは思った。

 

 

「いいですか?決闘は紳士淑女のスポーツです。何も殴り合いをするわけじゃない。もちろん、暴力を振るってもいけません。魔法だけを使うんです」

 

 フリットウィック教授は、二人に向けてそう注意した。

 

 

「諸君がどの魔法を覚えたい、練習したいと言っても、私はそれを止めはしません。しかし、私が顧問である間は、習った呪文で他人との喧嘩をすることは許しません。ここに所属したからには部員としての自覚を持ってもらわねばなりません。いいですね?」

「はい」

 

 フリットウィック教授の言葉にダフネは神妙に頷いた。

 

「……はい、先生」

 

 

 やや遅れて他の新入部員たちも頷いた。新入部員は例年ハッフルパフが最も多く、グリフィンドール、レイブンクロー、そしてスリザリンの順となる。しかし、今年の加入者はスリザリンがレイブンクローを上回った。

 

***

「グリーングラスさんはハリーがお目当て?」

 

 ダフネは自分にそう声をかけてきたハッフルパフ生、スーザン·ボーンに微笑んで言った。

 

「あら、どうしてそう思うのかしら」

 

 ダフネはスーザンと話をしながら軽く走って汗を流していた。決闘クラブは緩い部活で強制参加でもないが、参加時は必ず準備運動が義務付けられていた。スーザンやダフネはほとんど形だけで切り上げたが、ハリーやセドリック、アンジェリーナのようなクィディッチ選手は準備運動も入念にやっているようだった。

 

 ウォームアップを終えたハリーは、驚くほど正確に魔法の練習を始めた。エクスペリアームス、レヴィオーソ、デパルソといった基本的な魔法から、アクシオやステューピファイといった魔法を正確に撃っていく。ダフネはハリーがたまに無言魔法に成功していることに気付いた。隣のザビニやロンと競争しながら、ハリーはとても真面目に、そして楽しそうに魔法の訓練に興じていた。

 

「ワールドカップでもハリーの隣にいたし、ハリーと一緒の時間が作りたいのかなって。違った?」

 

 スーザンは自分の説に自信があるようだった。ダフネはスーザンがハリーの隣にいたザビニに視線を向けていたことに気付いた。

 

(一緒にしないでほしいわ。私だって目的があってここに来たのよ)

 

「まったく。ミスボーンは人をなんだと思っているのかしら。そんなに四六時中一緒にいたら息がつまるわよ」

 

 ダフネはスーザンの言葉を鼻で笑った。執行部部長のスーザンとは社交界でもそこそこの交流があったが、スーザンは洞察力に優れているタイプではなかった。しかし、悪意を持って他人を貶めたり蹴落とすタイプでもなかった。だからこそ、ダフネも安心して付き合うことが出来た。

 

「私がここに来たのは勉強のためよ。ここなら、色々な魔法の対抗呪文を知ることが出来るもの」

 

 ダフネは決闘クラブで様々なチャームやヘックス、ジンクス、そしてカースに対する対抗呪文を身に付けるためだった。決闘クラブでは色々な人が参加していて、それぞれが好む魔法の種類も多種多様だ。決闘によって複雑な魔法の怪我やちょっとしたジンクスの症状が起きることも多いとハリーから聞いていた。ダフネはヒーラーになるために、様々な治癒魔法を覚えたかった。そのために決闘クラブはうってつけだったのである。

 

「ふぅん、ほんとかな~?」

 

「本当よ。……意外と恋愛脳ね、貴女って」

 

 結局、スーザンはニヤニヤと笑いながらハッフルパフ生の仲間のもとに戻っていった。ダフネはミリセントに一緒に来てもらうべきだったかと後悔しながら、バナナージに凍傷治癒の魔法を教わっていた。

 

***

 

 決闘クラブに新しいメンバーが加入したその日、クラブでは一悶着があった。ハーマイオニーが、部員達にSPEW活動への理解を求めたのだ。賛同者を募るハーマイオニーの隣では、ロンが死んだ魚の目でバッジを身に付けていた。

 

「ワリーけど興味ねえ」「僕も、そういうのはちょっと……」

 

 ザビニやファルカスといったスリザリンの友人達に活動への参加を否定されたとき、ハーマイオニーは傷ついた顔をした。ハーマイオニーがどうしてそんなことを言い出したのか察したハリーは、二人に説明せねばならなかった。

 

「……ウィンキーの一件がきっかけだよね?あれを見て、ハウスエルフの地位を向上させようって思ったの?」

 

 ハーマイオニーが頷いた。ロンが苦々しい顔で言った。

 

「反吐が出る話ではあるけどさぁ。何も反吐を作ることはないんじゃないかって言ったんだけど」

 

(一体何をしているのかしら?)

 

 ダフネは小バカにしたような顔でハーマイオニーをチラリと見た。ハリーはハーマイオニーに言った。

 

「取りあえず、クラブ内で布教活動するのはよくないよ。バナナージ先輩に見つかったら……」

 

「もう遅いぞ、ハリー」

 

 ハリーの肩にぽん、と手が置かれた。決闘クラブ部長であるバナナージ·ビストが、にこにこと笑ってハリー達の前に現れた。

 

***

 

「……ま、駄目だ。その活動は部長として許可できない」

 

「何故ですか?」

 

 

 決闘クラブの活動終了後、ハリー、ロン、ハーマイオニー、アズラエル、そしてバナナージとマクギリスは必要の部屋に集まっていた。マクギリスが優雅に紅茶を楽しむなか、ハーマイオニーは納得がいかないという顔で立ち上がった。バナナージは、そんなハーマイオニーに優しい視線で言った。

 

「ハウスエルフを救いたいっていう君の気持ちはよく分かった。けど、政治活動を認めるわけにはいかない。これは部の基本方針で、例外を作るわけにはいかない。どうしてもやりたいなら部の外でやってくれ、ハーマイオニー」

 

 バナナージは、決闘クラブの方針として政治活動を認めるわけにはいかないと言った。

 

「あのクラブは、テストでいい点数を取るだとか、自分の魔法の研鑽のためとか、覚えたい魔法があるからとか。そういう理由で集まってる場所だ。政治を持ち込むのは決闘クラブの趣旨からはズレてる」

 

「道理だね。ミスグレンジャーの活動を認めるなら、我々純血主義の布教活動も許可せざるを得なくなるのだから」

 

 マクギリスがそう言って笑うと、ハーマイオニーはみるみる顔を赤くした。ロンは純血主義と一緒にするなという風にマクギリスを睨んだ。

 ハリーは慌てて言った。

 

「ハーマイオニーは政治活動をしたつもりはないんです。彼女はただ、皆にそういう問題があると分かってもらおうとしただけで」

 

「分かってる。それは俺も理解している。けどな、ハリー。こういうことに前例を作っちゃいけないんだ。部の趣旨とは関係ないものを認めるわけにはいかない」

 

 ハリーはハーマイオニーをかばったが、彼女はまだ不満そうだった。ハーマイオニーはバツが悪そうに腰を下ろした。マクギリスは優しく微笑んで言った。

 

「君はとても優しい子だね、ミスグレンジャー。ハウスエルフという存在にそこまで配慮できる人間を私は初めて見た」

 

「ありがとうございます」

 

(本気で言ってるんでしょうか。それとも、ハリーを懐柔するために言ってるんでしょうか)

 

 アズラエルはマクギリスに疑いの目を向けていた。あんまり信用してはならない人としてアズラエルはマクギリスを認識していて、その判断は正しいという確信がアズラエルにはあった。

 

「どうして、ハウスエルフに皆残酷になれるんですか。あの時、ウインキーは緊急避難しただけなんです。それなのに、誰も彼女の訴えに耳を貸さなかった。ハウスエルフには何をしてもいいみたいに……!」

 

 ハーマイオニーの言葉に、マクギリスは真摯に耳を傾けているようにハリーには見えた。ハリーはバツが悪いような気分で紅茶を飲み干した。

 

(……ハウスエルフにもいろんな奴がいるんだってことをハーマイオニーに言ったほうがいいのかな……)

 

 ハリーは二年前、ドビーとクリーチャーというハウスエルフに出会った。最近は、アズラエルの家のハウスエルフも見た。そこでハリーが思ったことは、ハウスエルフは人間と同じように個性的で、困った奴もいるということだった。ドビーは秘密の部屋の戦いでハリー達を助けたが、ハリーを殺しかけたり妨害することもあった。クリーチャーは、シリウスとそりが合わず、雇い主である筈のシリウスに無礼な態度を取り続けている。

 

(ハウスエルフを『保護』するっていうのは違う気がするんだよな……)

 

 ハリーはハウスエルフが、単に差別され虐げられているだけとは思えなかった。しかし、ウインキーの一件を目の当たりにしたハーマイオニーにしてみれば、魔法族とハウスエルフの関係は不平等と差別以外の何者でもない。ハリーは、ひとまずは静観しながら事態を見守ることにした。

 

「クラウチ氏の一件に関しては、私も耳にしたよ。バナナージから教えてもらった」

 

 バナナージは無言で頷いた。マクギリスは、ハーマイオニーの顔を見ながら話した。

 

(……少なくとも、この人はちゃんと話そうとしてくれている)

 

 マクギリスはハーマイオニーに対して、なるべく真摯であろうとしているようだった。ハーマイオニーは会話のテーブルに乗ってくれたことが嬉しかったのか、しっかりとマクギリスの瞳を見返した。

 

「……これは私の主観として聞いてほしいのだが、その場でウインキーを解雇した判断そのものは間違っていなかったと思う」

 

「……パーシーもそう言っていました。けれど、それはおかしいと思います。事情を詳しく調べもしないで全てをハウスエルフに押し付けて、真相は闇の中にしまいこむなんて許される筈がありません」

 

(パーシーさんが?)

 

 ハリーは意外な気がした。学生時代、あれだけ公平、公正さに拘っていたパーシーらしくない言動だと思った。

 

「それが現実なんですか?魔法界の」

 

 ハリーは思わず疑問が口をついて出た。マクギリスはううむ、と唸って言った。

 

「なんと言ったものか……この場合、責任の所在はクラウチ氏にあるのだ。ハウスエルフを、対等なものと認めていないのであれば、な。大勢の魔法使いが認識しているように、ハウスエルフが道具に過ぎないのならば、その管理を怠ったクラウチ氏が責めを負うべきなのだ」

 

 しかし、とマクギリスはいいよどんだ。そんなマクギリスに代わって、バナナージは言葉を紡いだ。

 

「でも、実際はそうじゃなかった。クラウチ氏はペナルティは負っていない。ハウスエルフのウインキーは、クラウチ氏の命令を無視してあの場にいて、多分運悪くその場に居合わせてしまった。そして、命令無視を見かねた雇用主によって解雇された。それだけのことだ。大人はそういう建前で満足してるんだ」

 

「見せかけだけの対等さって奴ですね」

 

 アズラエルが言った。

 

「どういう意味だよ、アズラエル。俺話しについていけてないんだ。解説してくれ」

 

 ロンはアズラエルに解説を求めた。アズラエルは、いつもの嫌味を含んだ口調で話した。

 

「魔法省はハウスエルフを、『ヒトという存在』じゃなくて『魔法生物』って定義しています。で、魔法生物が問題を起こしたら、規制管理部が動いて持ち主に罰金を支払わせたり、その動物を罰することで決着にするわけです。けど、それだと都合が悪いんです」

 

 アズラエルは紅茶を淹れ直した。ティーカップから立ち上る湯気が、側にいたハリーの眼鏡を曇らせた。

 

「ハウスエルフを動物ってことにすると、ハウスエルフが問題を起こしたらクラウチさんとか僕たちとか、ハウスエルフを所有する人たちが罪に問われてしまう。だから、魔法省はその区分をあえて曖昧にしてるんです。都合の悪いときは動物扱いにして主人の罪を問い、都合のいいときはハウスエルフをヒト扱いするんです。今回みたいにね」

 

「彼らには感情があるわ。心がある。それを、それを不当に扱って許されると思っているの?本当にそれでいいと思うの?」

 

「良いわけはないよ、ハーマイオニー」

 

 ハリーはそう言った。そして続けてこうも言った。

 

「……でも、ハウスエルフにはいろんな奴がいるだろう?解放されたくないってハウスエルフの意見はどうするの、ハーマイオニー?」

 

 ハーマイオニーはきっぱりと言った。  「もちろん、彼らは解放されるべきだわ。自分達がどれだけ不当に扱われていて、虐げられる可能性があるのかを認識すべきよ。そうでなれけば、雇い主の都合だけで全てが決まってしまうもの」

 

(ハーマイオニーはハウスエルフに労働組合でも作らせる気ですか……?)

 

 アズラエルはハーマイオニーの言葉に引いていた。一方バナナージは、ハウスエルフの境遇には同情しつつ別のことを考えていた。

 

(思ったより過激だったな、ハーマイオニーは。あー、フリットウィック教授に推薦する次期部長候補は別の子にしよう。この子に任せたら不安だ……)

 

「君の考えだと、ハウスエルフは奴隷労働や奉仕を当然のものとしか認識していないから解放されるべきだってことだけど、解放されたハウスエルフに居場所ってあるの?」

 

 ハリーは不安になってハーマイオニーに聞いた。ハーマイオニーは解放されるべき、と言ったが、居場所もないのに解放されても困るだろうとハリーは思った。ダーズリー家での支配を受け入れていたのは、マグルの世界で他にいく宛がなかったからなのだ。

 

 ハーマイオニーは、ハリー達より数段先の未来が見えていた。ハウスエルフに対する不当な扱いによる歪みは改善されなければならないことを、彼女は正しく認識していた。そしてだからこそ、ハリー達凡人はその考えについていけなかったのだ。

 

 マクギリス·カローはハーマイオニーの言葉に真摯に耳を傾けていた。マクギリスは、ワールドカップの現場でデスイーター、ルシウス達の凶行を目にしたうちの一人だった。マクギリスは純血主義、ひいては大人達の現状に失望し、改善のためのなにかを求めていた。

 

(……なるほど……現状を変えるための一手は、既得権益の中からは出てこない。だからこそ、ミス グレンジャーのような存在が必要となるのだろうか……?)

 

 闇の中にあって光を求めていたのは、ハーマイオニーやハリーだけではなかった。ハーマイオニーに迎合することはなかったが、マクギリスはハーマイオニーの噺を聞いた後、それにはこういう問題があるということを真摯に話した。

 

「……ハウスエルフを解放して、さらに再雇用するというのであればその費用は負担となってのし掛かってくる。君の考えの一番の課題は、ホグワーツ魔法魔術学校の維持費になるだろうな」

 

 ハーマイオニーの最も尊敬すべき部分は、学習意欲の高さだとハリーは思った。彼女は、マクギリスの否定的な意見にもしっかりと耳を傾け、改善するためにどうすればよいのかマクギリスに持論をぶつけていたのだから。

 



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眼鏡と義眼

***

 

 ある日の放課後、ハリーはムーディ先生の教員室を訪れていた。ファルカスやロンを誘わなかったのには理由があった。ドラコやノット達へのアカデミックハラスメントをやめてほしいと訴えるためだった。しかし、ムーディはハリーの訴えを聞き入れなかった。

 

「私の言葉を聞こうとしないマルフォイの授業態度に問題がある。聞けば、別の授業でも教師に噛みついているようだが?」

 

 

 ムーディの言葉は事実だった。ドラコはハグリッドの魔法生物飼育学で出てきたスクリュートの飼育を拒否した。ハリーが率先してルナが作り上げた指導方法を実践していなければ、授業崩壊していたかもしれない。

 

「それは……そうかもしれません。けれど、それはここ最近の授業でストレスを感じているせいです。先生はドラコにだけ厳しすぎます」

 

 ハリーはムーディの義眼によって、全身をくまなく観察された。ドラコのこれまでの振る舞いが脳裏によぎった。

 

(……確かに、ムーディ先生に対して無礼ではあった。けど、ムーディ先生もやりすぎだ。晒し者にするようなやり方は……)

 

 ハリーはムーディ先生の義眼ではなく、普通の目を見て話し続けた。

「ドラコは先生からみて、模範的な生徒じゃないかもしれません。……でもあいつも苦しんでいるんです!」

 

「苦しんでいる?」

 

 ムーディは唸るような声で聞き返した。年老いた元闇祓いの義眼と、自分自身の瞳の両方がぎろりとハリーを睨みつけた。ムーディの後ろのフォーグラスは、ムーディの疑心に答えるように敵の姿を朧気な形で写し出していた。

 

「分からんな。ポッター。お前はなぜ、マルフォイと友人でいられるのだ?マルフォイがデスイーターの父を敬愛しているのは明らかだ。あの卑劣なルシウス·マルフォイをだ」

 

 ムーディの言葉はあんまりだとハリーは思い、思わず言った。

 

「学校の友達に理屈が必要なんですか?違うでしょう。先生は友達になることに理屈を求めるんですか?」

 

 ハリーの言葉に、ムーディは意外そうな顔をした。

 

(……いけるか……?)

 

 ムーディの硬化した態度を何とか緩和して貰えないかと、ハリーは必死に糸口を探った。

 

「ムーディ先生。先生は、ドラコの父親とドラコを同一視していらっしゃるんですか?」

 

 ムーディ先生は答えない。重苦しい沈黙が二人の間に流れた。ハリーは言った。

 

「……そんなのは理不尽です。ドラコは性格は良くないかもしれないけど、良いところはもっとある。何より、ドラコは犯罪はしていません?お父さんとは違います」

 

 ハリーはきっぱりと言い切った。ワールドカップでのルシウスの蛮行を、ムーディは知っているのだろう。ならばルシウスについてあれこれと擁護するのはムーディの気分を害するだけだとハリーは思った。

 

(……ったく。シリウスといいムーディと言い、本当に大人は融通がきかない……)

 

 ムーディのようにはっきりとものを言ってくる人間は今までいなかったので、ハリーは新鮮な気分だった。新鮮な怒りを抑えながら、あくまで理屈によってムーディを説得できないだろうかとハリーは考えていた。

 

 しかし、ムーディの眉がぴくりと動いた。

 

「犯罪は、か。それ以外のあらゆる卑劣な行為はしているのだろう。ポッター、お前が目を背けているだけで、私は教授達からドラコのやった虐めや卑劣な行為は全て把握している」

 

「証拠があるんですか?」

 

 ハリーの言葉を、ムーディは鼻で笑った。

 

「教授達の言葉を信頼できぬとなれば、このホグワーツで生きていけん。私は、マルフォイを教育しなければならないと思っている。ルシウスのような性根から腐りきった魔法使いの風上にもおけん人間になる前にな!!」

 

(……どうやってこの人を説得すればいいんだ)

 

 ハリーは内心で呻いた。ムーディ先生は、明らかにルシウスへの怒りをドラコへとぶつけようとしている。それを教育の一環だと言われたら、生徒でしかないハリーにはどうしようもない。

 

(最悪の場合はマクゴナガル教授に相談してみよう)

 

 ハリーは内心でそう考えながら、ムーディに頭を下げた。

 

「……お願いします。どうか、チャンスをください。親への恨みを僕たちにぶつけないでください。ドラコはクィディッチ好きの、普通の奴なんです。あんまり干渉しないでやってください」

 

 ムーディ先生は、クィディッチという単語に眉を動かした。先生は携帯していた小瓶を自らの口に運び、中身を飲み干した。そして、微かな声で呟いた。

 

「クィディッチへの愛がある人間は、あんな卑劣な行為はせん」

 

 さらに、ムーディ先生は言った。

 

「いいや、ポッター。私はただ、お前たちのような何も知らん連中に、闇の魔法使いの恐ろしさを知らしめようとしているだけだ。これは『教育』に過ぎん」

 

(分からず屋め!)

 

 ハリーはムーディ先生に対して言った。シリウスの警告が頭に響く。闇祓いの先生とは友好関係を構築すべきだと頭の中の理性的な部分が囁いていたが、感情のままに行動することをハリーは選んだ。

 

「先生はご存じなんですか?親がそうだからって、それを押し付けられることが辛いって分からないんですか?」

 

 ギョロギョロと回転しながらながらハリーを観察していた魔法の瞳が、ムーディ先生の感情に呼応するかのように動きを止めた。

 

「何を以て僕らと親を見分けるんですか?どの時点で子供が、親と同じ悪だと判断するんですか?」

 

 ハリーの言葉には怒りがにじんでいた。ハリーは自分が正論を口にしている自信があった。正しいことをしているのは自分のほうであると確信していた。

 

 ムーディはしばし沈黙し、それから静かに言った。

 

「ポッターよ、お前はルシウスの本当の姿を見たことがないだろう?」

 

 ハリーは頷き、そして言った。

 

「僕とドラコにとって、それは関係がありません」

 

「……不思議なこともあるものだ。お前のような勇敢な少年がスリザリンに入り、マルフォイのような卑劣な少年と友達になるとは。……マルフォイが、私の授業を妨害しない限りにおいてわたしは奴に干渉しないと誓おう。去れ、ポッター」

 

「ありがとうございます、先生」

 

 ムーディ先生は嘆息して、ハリーに教員室から出るよう言った。ハリーは頭を下げ、すぐに教員室を後にした。

 

 

***

 

 バナナージ·ビストは、決闘クラブの部活中に、自分の後を託せる次期部長に誰を推薦するか考えていた。

 

 決闘クラブはNEWT 試験があるギリギリまで開かれ、部長もバナナージのままだ。しかし、引き継ぎもかねて次の部長を誰にするかは早めに決めておき、日々の業務を見せながら部長業務を遂行できるよう育てておきたいとバナナージは考えていた。

 

 クラブの部長に必要な条件は、揉め事が起きたときに仲裁できる程度の腕や人柄、寮の区別なく部員達に接することが出来るかどうかという公平さ、フリットウィック教授の要請に従うことができる従順さなど多岐にわたる。五年生の時のバナナージは全て完璧に出来ていたわけでもないが、当時の自分と比較して遜色無さそうな人材については心当たりがあった。

 

 ハリー·ポッターと、その友人達である。

 

 決闘クラブでは、友達グループが入部してくることが多い。決闘は二人一組で行なうもので、練習相手を見つけられなければ何かと都合が悪いと不安になって友達を誘って入ってくる子は多い。その中で、ファルカス·サダルファスの紹介によって入ってきたハリー·ポッター達はめきめきと頭角を表した。

 

 ハリーの周辺で何かと命の危険が起きるせいか、その友人達も他の部員より熱心に練習に取り組む。勤勉なハリーやハーマイオニー、ファルカスらがバナナージやフリットウィックの話を良く聞いて、周囲の友人にそれを還元するからか練習の効率も良い。気がつけば、同年代の部員達や下手な上級生達よりもハリー達は腕を上げていた。

 

 バナナージは、次の部長に出来そうな人材かどうか改めてハリー達を観察した。

 

 ブレーズ·ザビニという黒人の美男子は、他所の寮の美人な女子達に人気があった。そういうキャラとして売っているからか、女子達も気軽にザビニに話しかけている。部長にすれば、さぞかし部は華やかになるだろう、とバナナージは思った。

 

(……けど、ザビニは止めておこう。誰かの彼女を口説いたとかで揉め事になりそうだしな)

 

 決闘クラブは、一度恋愛沙汰がきっかけで崩壊しかけたことがあった。バナナージは同じ轍を踏むわけにはいかないと、ザビニから視線を外した。

 

 次に目を向けたのは、ハリーの後ろでスリザリンの後輩に魔法を教えていたアズラエルだった。彼は面倒見も良いらしく、後輩たちに手際よく魔法を教えていた。

 

(……決闘の腕はそこそこだけど指導方面なら……いや、駄目か……)

 

 アズラエルは指導の最中、度々嫌味を飛ばしていた。言わなくてもいい嫌味はアズラエルの癖なのだろう。決闘が多少弱いことよりも、余計な人間関係のトラブルを起こしそうだという理由でバナナージはアズラエルを候補から除外した。

 

(アズラエルはNo.2向きだな。それはハーマイオニーもなんだが……)

 

 バナナージは、赤毛の少年の前で杖に花を咲かせていた栗色の髪の少女に視線を移した。彼女は決闘クラブでも最も勤勉で、最も優秀な生徒だった。何事もなければ、バナナージは彼女に後を託していただろう。

 

(……うん。政治活動家を部長に据えるわけにはいかないな)

 

 そして、消去法で残った二人をバナナージは候補に決めた。

 

***

 

「ロン·ウィーズリーとファルカス·サダルファスですか……安定志向なのですね、バナナージは」

 

 フリットウィック教授は、バナナージが言った候補についてそう評価した。

 

 

「ええ。ウィーズリーは精神的にむらがありますが、景気良く道化役になれるタイプです。呪文の食らい役とかも笑ってこなせるでしょうし、和やかにクラブを進めてくれると思います」

 

 決闘クラブの部長は、フリットウィック教授の放った様々な呪文の受け役になる役目もある。要するにタフでなければ務まらない役目だった。バナナージから見て、プライドの高そうな優等生よりはロンのような普通の性格で優秀な生徒の方が部長としては相応しかった。

 

「ファルカス君は決闘術の腕と、人格面のバランスを見てのことですか?」

 

「ええ。特に他の寮の生徒と揉めたとかいう話もありませんし、決闘に関しては一番熱心な子です。彼なら真面目にこの部をリードしてくれると思いまして」

 

 バナナージはそう言った。ファルカスは闇祓いになりたいと周囲に公言していたが、そのビッグマウスに見合うように努力を重ねていた。性格面ではロンの方に軍配が上がるものの、決闘にかける熱意などを考慮すると、ファルカスに軍配が上がるとバナナージは思っていた。

 

 フリットウィック教授は、ふむふむと頷きながら言った。

 

 

「バナナージの推薦理由は分かりました。……では逆に、私が候補として真っ先に思い至った三人。ディゴリー、グレンジャー、ポッターが候補にいない理由を教えてくれますか?」

 

 

 フリットウィック教授に対して、バナナージは簡潔に答えた。

 

「セドリックは、来年はクィディッチとNEWTに専念したいという本人の希望を聞きました。俺としてはあいつにやってほしかったんですが、仕方ないです」

 

 バナナージから見て、セドリックは非の打ち所がない自慢の後輩だった。どの寮の生徒にも公平に、分け隔てなく接することができるセドリックこそ、この決闘クラブに相応しい人材だと思っていた。セドリックが辞退していなければ、そもそも後継者候補をハリー達の中から探すことはしなかっただろう。

 

「では、ミスグレンジャーは?」

 

 バナナージは気まずそうに頭をかいた。

 

「先日の一件を考慮して外しました。そういう時期だったのかもしれませんが、部としてリスクは取りたくありません」

 

 フリットウィック教授は深く頷いた。バナナージの言葉に頷いただけで、ハーマイオニーの政治的主張の内容についての言及は避けた。

 

「……では、ポッターは?」

 

「リスクが高過ぎるので、止めました。ポッターを部長にしたら、この部に呪いが降りかかりかねませんから」

 

 バナナージの言葉は嘘だった。本当は、ハリーが闇の魔術を知っていて、使えるからだった。

 

 ハリーが闇の魔術を使ったことについては、バナナージに批判する気は毛頭なかった。しかし、闇の魔術を使える人間を部長とするのはホグワーツの決闘クラブとしては不適切だった。バナナージも、ハリーが闇の魔術を生徒に教えるとは思っていない。しかし、ハリーが厄介ごとに巻き込まれて闇の魔術を自衛のために使うことは充分にあり得る。その時、ハリーが部長だったならそれは部にとって致命傷となるのだ。

 

 

 バナナージ·ビストは公平さを重んじるハッフルパフ生だった。彼はハリーとも形式上親戚となり、個人的にもハリーのことは悪く思っていない。しかし、それとこれとは話が別なのだ。

 

 良くも悪くも縁故や恩義に囚われがちなスリザリン生とは違い、全体のバランスを考えてリスクを回避できるところに、ハッフルパフ生の強みがあった。

 



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蛇と獅子との亀裂

 

***

 

 アルバス·ダンブルドアの校長室で、アラスター·ムーディはダンブルドアと話し込んでいた。

 

「……私は闇の魔術『インペリオ』を今度の授業で生徒に使うつもりだ。今年の四年生には、その備えがなくてはならない」

 

 

「そう……か。君ほどの者が言うのであれば仕方ないが……」

 

 ダンブルドアは頷いた。ダンブルドアには、生徒を守りたいというムーディの熱意が痛いほど分かった。ヴォルデモート失墜後から引退に至るまで、ムーディは若い闇祓いの育成に従事し続けた。若者の死を見たくないという思いは痛いほど分かるつもりだった。

 

(……しかし、早すぎる……)

 

「……何を考えているか当てようか、ダンブルドア」

 

 ムーディは魔法の目でダンブルドアを見た。魔法の目と、ダンブルドアの澄みきった碧い目があった。

 

「……ダームストラングのイゴール·カルカロフ。かつて闇の魔法使いだったあの男がここにやってくる。今も闇の魔法使いかもしれん。カルカロフや、闇の魔術を知るダームストラングの小僧どもから生徒を守るためには、無理矢理でも、たとえ時期尚早であっても生徒にインペリオ対策を教えざるを得ない」

 

 

 ダンブルドアの愛鳥が、その翼に宿した炎を煌めかせた。校長室の冷たい雰囲気を壊すかのようにフォークスが身を震わせるが、ムーディは構わず言った。

 

「ポッターやその周囲がインペリオで操られでもすればホグワーツは終わりだ。ポッターが闇の魔術を夜間に使えば、スリザリンの生徒を皆殺しに出来る。レイブンクローも可能だろうな」

 

「……ポッターは闇の魔術を知りすぎた」

 

 ダンブルドアは、重々しくムーディの言葉に頷いた。

 

 仮にハリーが闇の魔法使いとして操られてしまえば、周囲の生徒達にどれだけ甚大な被害が及ぶか分かったものではない。ダンブルドアが把握しているハリーの能力だけでも、悪魔の護りと悪霊の火を使えば大抵の生徒を殺害できる。最悪の事態を防ぐためにも、ムーディの指導を許可するより他に手はないのだ。

 

 ヴォルデモート全盛期の暗黒時代、バーティ·クラウチの手によって、命の危機に際して闇の魔法使いに対する闇の魔法の行使は合法とされた。これは緊急時における魔法族の命を保護するためのものだが、この法は戦後になっても撤回されず残っている。この法律によってハリーは退学を免れたと言っていいが、未熟な、まだ少年と言ってよい年齢の魔法使いが闇の魔法に手を出すというケースはさすがのクラウチも想定外だった筈だ。大抵の少年少女は闇の魔術を使えない。万一発動しても高確率で事故死してしまう。人より聡明なクラウチは、人より闇の才能がある馬鹿がこの世に存在するなど思いもしなかったのだろう。

 

「私はポッターが闇の魔術に打ち勝てるよう指導するつもりだ。もしもポッターに自制心がなく私の期待に応えられんなら、インペリオで管理下におくことも想定しなければならんがな……」

 

 その言葉に、校長室の肖像画達がこぞってムーディを詰った。肖像画のディペットは肖像画達を止めようとしたものの、聞き入れる肖像画はなかった。

 

 

 ムーディの指導とは、生徒にインペリオをかけ、快楽に流されず行動できるよう訓練させるというものだ。

 

 言うだけならば簡単だ。自分はそんなものに屈しない、と言える人は多い。しかし、それが実際にできる人間は少ない。闇祓い志望者でも、精神訓練を積み重ねた上で徐々に心の余裕を作り上げ、地道に訓練していかなければならないのだ。生半可な精神でインペリオを受けてしまえば、生徒が闇の魔術に対して恐怖心を抱く可能性すらある。

 

 それでもダンブルドアはムーディの指導を許可した。それは、アラスター·ムーディに対する絶対の信頼がそうさせたに他ならなかった。ホグワーツに闇の魔法使いが来訪する以上、生半可な措置ではなく緊急時の対応を行なわなければならないのだ。

 

 

「君のことだ。生徒にかけるインペリオが強力すぎないようにしてくれると思う」

 ダンブルドアは冷徹な目でムーディを見た。生徒を支配するなどあってはならないと、

 

 

「何か必要ならいつでも管理人のフィルチに言ってくれたまえ。君の言葉を最優先するように言っておく」

 

「無論だ。……助かる、アルバス」

 

 ムーディは魔法の目をギョロつかせて言った。

 

「正直なところ、ポッターの話を聞いたとき私は担がれていると思った。見えない敵が私を陥れるために、ありもしない荒唐無稽な少年の話をでっち上げたのだと思った」

 

 

「無理もないことだ。私も君の立場なら信じなかった。そもそも、闇の魔術が必要な状況そのものが本来ならあってはならないことだ。全て、私の不徳の致すところだ」

 

 ダンブルドアは珍しくそう言った。ダンブルドアがそう言うとは想定していなかったのか、ムーディは驚きに本物の目を見開いた後、携帯していた小瓶を口に寄せ、中身を飲んだ。

 

「…………だが、ポッターを見て私は考えを改めた。あれは危険だ。平凡な精神の子供に過剰な力が宿っている。周囲は英雄と持て囃してはいるがな。容易に闇に転じるぞ」

 

「……」

 

 ダンブルドアはハリーを擁護しなかった。闇の魔法使いを相手にする闇祓いにとって、闇の魔術に手を出す一般人など害悪でしかない。暗黒時代が終息した後最初は自衛のために闇の魔術を行使してきた人間が、戦後闇の魔法使いとして犯罪に荷担したケースは多かった。ムーディはそういった連中も逮捕しなければならなかったのである。

 

「……嫌な仕事を押し付けてすまない、アラスター」

 

 ダンブルドアは眉間に皺を刻み、苦悩を滲ませながら言った。暗黒時代を見た大人は、闇の魔術に手を出すことは推奨しない。闇の魔術に必要なのは本気の悪意である。端的に言えば、闇の魔術に手を出した魔法使いは人として最低最悪の下衆の極みなのだ。少なくとも、その尻拭いをさせられた闇祓いにとっては。

 

「アルバス。私は引き受けた仕事はこなすつもりだ。しかし」

 

 ムーディは皺を浮かべ、覚悟を滲ませた顔でアルバスに言った。

 

「あのポッターには破滅の兆候がある。分かっているだろう?純血の一族と懇意にし、マルフォイと親しくしながらウィーズリーやマグル生まれの生徒と交流を続けている。長続きする筈もない」

 

 ムーディの指摘は当然の言葉だった。ダンブルドアはムーディの言葉を否定せず、ただ黙って頷いた。

 

「スリザリン生と、被差別階級のマグル生まれとの間で健全な関係が構築できる筈もない。スリザリン生は上から目線で『マグル生まれに対して尽くしてやっている』からだ。鼻持ちならない傲慢な姿勢だ」

 

 それは悪意ある見方ではあったが、一般的な視点から、ハリー達の人間関係がどれだけ異様なのかを示していた。経緯を知らなければ、スリザリン生が無理矢理マグル生まれやウィーズリー家を従わせているとしか思えないからだ。

 

「ポッターも、その周囲のスリザリンの友人達も気付いてはいないふりをしているが。マルフォイとの交流を続けている時点でマグル生まれの生徒に対する差別に荷担している。ポッターを指導せずによいのか?ダンブルドア。生き残った男の子だぞ」

 

「アラスター。彼らの間には、我々の理解の及ばぬ絆があるのだよ。それこそ魔法のような友誼が」

 

「生徒同士の関係に我々が口を挟むべきではない。それは過干渉となるよ、アラスター」

 

 ダンブルドアはムーディに、教師として過度な干渉は控えるよう促した。

 

「破滅すると分かっていてもか?」

 

「そうなったのであればそうなったで、生徒達にとっての気付きとなるよ。教育の機会を奪ってはならない」

 

 ダンブルドアは穏やかに言った。しかし、ムーディは納得しなかった。

 

 

「私が見る限り、ポッターは餓えたけだものだ。際限なく全てを欲しがり、捨てることも選ぶことも出来ていない。そんな子供が、手に入れた玩具……友人といってもよいが。それを失ったらどうなると思う?」

 

 ダンブルドアは玩具という言い回しに眉根を寄せた。ムーディはあえて挑発的に言いきった。

 

「………闇に転げるのは容易いだろう。ポッターが私の授業でインペリオに打ち勝ったとしても、感覚的にインペリオの使用方法を理解してしまうかもしれん。……支配の呪文の力で、周囲の人間を友とすることを覚えるかもしれん」

 

 それは友ではなく、人形遊びに過ぎない愚行だった。

 

「将来…闇の魔法使いを生むことになるやもしれん。それも覚悟しておけ」

 

 アラスター·ムーディが校長室を去った後、アルバスはフォークスに語りかけた。

 

「私は彼が闇の魔法使いになると心配していない。なぜならば……

 

彼程度では、なったところでたいした脅威にはならない。いや、なれないからだ」

 

 それは、自分自身に言い聞かせるようなか細く、弱々しい声だった。

 

***

 

「やるじゃねーか。お前今回ばかりはやったじゃねーか!すげぇぞ!!マジでよっ!」

 

 ザビニの言葉を皮切りに、スリザリンの同級生はこぞってハリーを称賛した。

 

「ハリー、よく頑張ったな!」

「天才だ。君は天才だ」

「よかったぜ!本当に!!スリザリンの誇りだよ!」

 

「いやまってくれ、今回のは何か違うんだ、本当に。ムーディが手加減したんだよ!……聞けって!」

 

 ハリーはDADAの授業後、スリザリンの談話室で人に取り囲まれていた。ムーディのかけたインペリオ(支配)に、五回目でハリーが打ち勝ったからだ。

 

 はじめて体験したインペリオには、心地よい浮遊感と解放感があった。ハリーは全てを任せて楽になりたいという気分に襲われたが、他人から命令されるなんて真っ平だという内心が膨れ上がった。ファルカスやダフネの前で無様な真似は出来ないという思いもあった。

 

 そういった思いのお陰か、ハリーはムーディの命令に対して反抗できた。最初は軽く反抗するだけだったのが、二回目で痛みを機転に意識を保つ術を覚え、五回目はすべての命令を無視して行動できた。

 しかし、五回受けたというだけで抵抗できたことが自分でも意外でハリーは戸惑っていた。

 

 ハリーはトンクス先生からメンタルコントロールの方法を学んではいた。しかしムーディ先生の前で反抗的になったように、本当の意味で自分を制御し、律することが出来ているとはとても言えない。ハリーは自分が人より自制心が強いなんて口が裂けても言えなかった。それどころか、感情的で自制心の弱いタイプだという自覚があった。

 

「ムーディ先生は手加減していたに違いないよ。あの人はきっと僕に忖度したんだ」

 

 そうでなければ、五回受けただけで服従の呪文に打ち勝つことなど出来るはずがないのだ。大の大人でも操られてしまう魔法なのだから。

 

 しかし、そう言ったところで皆はハリーの言葉を信じなかった。インペリオへの対抗訓練は今回がはじめてで、ハリーがムーディに抵抗できた最初の四年生ということもあり、スリザリン生たちはハリーが手加減されていたという主張を笑い飛ばした。

 

 

「君はもっと誇るべきだよ。スリザリン生として闇の魔術に勝ったのはむしろ誇らなきゃダメだよハリー。そうしないと、スリザリンへの偏見をなくすなんて出来ないよ」

 

 ファルカスはハリーに強く言った。

 闇の魔術に屈しやすく闇の魔法使いを輩出しやすいという偏見のあるスリザリンにとって、インペリオに勝った同級生というのはそれだけで名誉なことなのだ。他の寮でもまだインペリオへの抵抗に成功した生徒がいなかったことから、スリザリンはその後数日お祭り騒ぎだった。

 

***

 

「ねえザビニ、ダフネ。精神力って何なんだろうね。僕はヴィーラにも愛の妙薬にも負けたっていうのに」

 

 授業が終わった後、ハリーはザビニやダフネ、ファルカスやアズラエルなどいつも一緒にいる面々と固まって廊下を歩きながら言った。ムーディの授業以降、ハリーは他の生徒からインペリオ対策について質問攻めにされっぱなしでうんざりしていたのだ。スリザリン生から、徐々にハリーの噂は広がっていった。

 

 それを聞いたダフネとザビニはお互いに目配せをし合った。

 

「オーケー、親友。それはお前にとって、愛がインペリオの支配より重いってことだ。良かったな」

 

 ザビニがニヤッと笑って言った。

 

「獣ごときに支配力で負けるなんてね。闇の魔術も大したことないのね」

 

 ダフネもくすくす笑いながらそれに続いた。

 

「インペリオも愛の妙薬も、人を魔法でコントロールすることに変わりはないだろ?僕は前者に抵抗できるのに、後者に出来ないのはおかしいと思うんだよ。ムーディ先生が手加減してないと説明がつかない」

 

 ハリーは二人の言葉を聞いて目を細めた。薬物による興奮状態に負ける闇の魔術というのはなかなかに馬鹿馬鹿しい話だった。実際のインペリオも、その程度の大したことがない魔法であればよかったのだが。

 

 ムーディ先生の訓練でスリザリンの同級生達が普段なら絶対にしないような行動をさせられるのはハリーにとって気分がよいものではなかった。闇祓いを目指し、精神訓練を始めていたファルカスですら操られ国歌を歌い出したのを見て、闇の魔術の悪質さをハリーはまざまざと実感せざるを得なかった。

 

***

 

 ハリーはムーディ先生のもとで新しい魔法を教わりに行くわけではなかった。いつものハリーはそうしたかもしれないが、今は別の用件があった。ハリーはハーマイオニーの運動に賛同したわけではないが、自分でハウスエルフについて知ろうとした。セドリック·ディゴリーに頼んで、ハリーはハウスエルフの働く厨房を訪れた。

 

「……厨房ってハッフルパフの談話室のすぐ側なんですね」

 

「そうだよ。だけど珍しいね、厨房に行きたいなんて。空腹って訳でもないんだろう?」

「いいえ。僕たち育ち盛りなので」

 

 セドリックが嘘をつけ、という目でハリーを見たので、ハリーは慌てて付け加えた。

 

「ただ、厨房を訪れるついでにハッフルパフの談話室も拝見出来ればな、なんて」

ハリーが意地悪く笑いながら言うと、セドリックは微笑んで言った。

「スリザリン生なのにハッフルパフに興味があるなんて珍しいね。君は、というかスリザリン生は僕たちに興味ないと思っていたが」

 

「そんなことありませんよ。ロンやハーマイオニー以外のほとんどのグリフィンドール生よりは話せますよ」

 

 ハリーは顔をしかめて言った。しかし、セドリックはハリーの言葉に反対するどころか、うんうんと頷いた。

 

「わかるよ。僕も何故かフレッドとジョージには嫌われているみたいでね。……ああ、着いたよ!ここが厨房だ」

 

 厨房には屋敷しもべ妖精たちが何人かいて、ハリーを見ると怯えたように顔を手で覆ったり引っ込んだりした。忙しく夕食の準備をしているハウスエルフの中で、ハッフルパフの女生徒が一人、ハウスエルフと話をしていた。

 

 女生徒の方がハリーとセドリックに気づくと、話をやめて急いでセドリックに頭を下げた。

 

「こんにちはセドリック先輩!……どうしてハリーがここに?先輩もこちらに用があったんですか?」

 

「ああ、ハリーがちょっとここに用があってね。僕はその付き添いさ」

 

「へぇ、そうなんですかぁ!」

 

 その女生徒はブロンドの髪をきっちり三つ編みにしていた。少しそばかすがあるが顔立ちは整っている。スーザン·ボーンだった。

 

 彼女はなぜか怯えたようにハリーをちらちら見ながら早口で話した。

(……なんだろう。ザビニと何かあったのかな……?)

 何か困らせるようなことをしたかとハリーは思ったが思い当たる節はない。しかし今はハウスエルフの話を聞きたかったので、ハリーはスーザンの横にいたハウスエルフに言った。

 

「ここで手が空いてるハウスエルフさんはおられますか?ちょっと頼みたいことがあるんですが……」

 

「た、直ちに!ハリー·ポッター!少々お待ちください!」

 

 そのハウスエルフが甲高い声で言った。ハウスエルフは瞬時にテレポートしてしまった。

 

(なんなんだ、さっきから)

 

 ハリーは顔を顰めたが、ハウスエルフに聞くことがあったので我慢した。やがて、ハウスエルフは同僚をつれて舞い戻ってきた。連れてきたハウスエルフは、厨房にハリーがいると分かっては嬉しそうにハリーのローブの裾に縋った。

 

「ハリー·ポッター様!またお会いできる日を待っておりました!!」

 

 ハリーは『出来れば会いたくなかったよ』という言葉を飲み込んで微笑んだ。

 

 

「僕もだよ、ドビー。……元気そうだね」

 

 そのハウスエルフはドビーだった。厨房にいた他のハウスエルフと違って、上下でちぐはぐな洋服を身に付けている。

 

(……いや……僕が話したいのは君じゃ……)

 

 ハリーは一般的なハウスエルフの話を聞きたかったのだが、ドビーはハリーに会えたことを嬉しがっていた。ドビーには苦手意識があったが、あまり邪険にするのも悪いとハリーはドビーの話に付き合った。

 

 

「……じゃあ、きみは前の主人に暇を出された後は苦労したんだね?」

 

「はい。一般的な魔法族の方々は、ハウスエルフに賃金を、という概念はございませんので……」

 

 ドビーの隣にいたハウスエルフは、当然ですと憤慨した。

 

「ドビー!!貴方というものは何というはしたない!奉仕に対価を求めるなど恥を知りなさいっ!!」

 

 

 元々ここで働いていたハウスエルフ達は、無給の労働に不満はないようだった。ダンブルドアの待遇がよいのだろうとハリーは思った。

 

(……はじめて見たときのドビーより、ここのハウスエルフは目が輝いてる。生き生きとしている……)

 

「ディア、その辺にしてあげなさい。僕たちも、君たちがいつも頑張ってくれていることに感謝しているから」

 

 ディアというハウスエルフはガミガミとドビーを叱りつけていたものの、セドリックの言葉に感激して涙を流した。自分たち魔法使いと似た感情や知性、理性はあるが、根本的なところが違うとハリーは思った。

 

(……ハウスエルフにとって、労働は喜びなんだ。)

 

「大変申し訳ございません、ポッター様、ディゴリー様、ボーン様!!このドビーはダンブルドア校長先生のご厚意によって雇われたもの。私達は、そのようなものがなくとも誠心誠意勤め上げております!!」

 

「分かったよ、ディア。ドビーもパイを焼いてくれてありがとう。部屋の皆で食べるよ」

 

「あ、あのポッターくん」

 

 スーザンはハリーにそっと尋ねてきた。

 

「…………ザビニくんの好物って言うか……好きな食べものって知ってるかな。あ、好きなお菓子とか。もしよかったら教えてくれない……かな?」

 

(……ザビニ。お前……)

 

 ハリーはザビニはそろそろ刺されるかもしれないと思った。決闘クラブで別の女子を口説いてデートの約束を取り付けていたのをハリーは知っていた。

「本人に聞いたら?」

 

「うーん、前聞いた時の料理を見せてみたんだけど、本当はあんまり好きじゃなかったみたいで……」

 

 スーザンは少しうなだれていた。三つ編みがしょぼくれたように連動して下がる。

 

「あ、えーと……無理して言わなくていいよ。言いたくなかったら……私、我慢するから……」

 

(……ザビニ。もしもの時は屍を拾ってやる)

「あいつは旬のものが好きなんだ。今ならパンプキンケーキが好きだよ。ちょっと焼き色の濃いやつがね」

 

 

 ハリーはしばらく言うべきかどうか悩んだが、にっこり笑って答えた。ザビニは季節によって好みの食べ物が変わるのだ。

 

「……!!そう!そう言うことだったのね!ありがとう、助かったわ!」

 

「……まぁ頑張ってね」

 

 スーザンは目を潤ませてハリーの両手を握った。ハリーは若干の後ろめたさを感じながら、ザビニがスーザンに刺されないことを祈った。

 

 そんなやり取りをしながら、ハリー、セドリック、そしてスーザンはドビーの案内で厨房を見て回ることを許された。厨房内のハウスエルフ達は、ホグワーツの全校生徒千人弱の食事を毎日途切れることなく用意し、ホグワーツ城が清潔に保たれるよう担当を決めて働いているようだった。ハリーは働いているハウスエルフ達の表情が充実していて、苦しんでいるようには見えないと思った。

 

 

(……うん。……来て良かったな)

 

「ハリー·ポッターに会っていただきたいものがいるのですが、よろしいでしょうか……?」

 

「いいよ、誰だい?」

 

「こちらです……」

 

 厨房を進んでいたハリー達は、奥で飲んだくれている一人のハウスエルフに出会った。そのハウスエルフは、自分で衣服を買っていたドビーとは違い主人から渡された帽子を被ってはいたが、見るからにボロボロになっていた。さらにウイスキーの瓶を握りしめ、周囲に酒の匂いを充満させていた。

 

「……貴女は……ウインキーさんですね?」

 

 ハリーは後ろめたい気持ちを抑えて言った。

 

「……はい。わたくしめは、ご主人様の命令もこなせなかった無能なハウスエルフでございます……」

 

 ウインキーは酒瓶をドンと置いて、力のこもらない声で挨拶した。

 

「ウインキーさん、その節は……僕の魔法で怪我をさせてしまって、申し訳ありませんでした」

「いいえ!とんでもございません!!悪いのはわたくしめです!!ご主人様の命令を無視したわたくしめが悪いのですっ!」

 

ハリーはこんなに落ち込んだ様子のハウスエルフを見たことがなかった。ドビーも、ハリーに初めて会った時よりもよっぽど深刻そうな顔をしていた。セドリックは気の毒そうにウインキーを見ている。スーザンは事情が飲み込めないのか、きょとんとしていた。

 

「……貴女は自分が出来るつとめを果たした。けれど、それでも出来ないことはあった。それでいいんじゃないですか?」

 

 ハリーの言葉は、ウインキーには何の慰めにもならなかった。彼女は自分の父母も祖母も祖父も代々クラウチ家に仕えてきたことを話し、最後まで主命を果たせなかったことを悔やみ尽くしていた。どんな言葉も慰めになる筈がない、とハリーは思った。

 

 

「……今日はありがとう、ドビー、ディア。ウインキーには……悪いことをしたよ」

 

 ハリーは安易に足を踏み入れたことを後悔していた。ウインキーの心の傷を開いただけだとハリーは思った。

 

「いいえ。ポッター様、あれこそ主に仕えるハウスエルフのあるべき姿です」

 

 ディアはきっぱりと言い切って、ドビーと共に深々とハリー達にお辞儀をしていた。ディアは、ハリーに深くお辞儀をしながらハリーに対して、ハーマイオニーの行動を止めて欲しいと訴えた。

 

「彼女はあちらこちらに洋服を放置して、我々を解き放とうとしてきます。……このままでは、グリフィンドール寮の掃除が出来なくなってしまうのです!」

 

 ディアの頼みは深刻で切実だった。ハリーは、ディアに対して約束した。

 

「分かりました。……ハーマイオニーを説得できるかどうかはともかく、貴女達が困っていることは伝えます。彼女もそう言えば耳を傾けてくれる筈です」

 

***

 

 ハリーは厨房を出ると、セドリックに尋ねられた。

 

「……ハッフルパフの寮を見るのは今度にするかい、ハリー。正直なところ、そんな気分でもないだろう?」

 

「そうですね。……セドリック先輩、今日はありがとうございました」

 

 セドリックはウインキーの様子に心を痛めていた。一方で、スーザンはザビニに宜しくとハリーに念を押してきた。

 

「ハリー。見たいものは見れたかい?」

 

「ええ。目的のものは頂けました」

 

 セドリックは笑っていたが、ふと真顔になって言った。

 

「君が厨房に来た理由はなんとなく察しがつくよ。ハウスエルフのことが気になったんだろう」

 

「……流石ですね。分かりますか?」

 

「この間、きみの友達がハウスエルフ運動をしていたからね。気付くよ」

 

 セドリックは察し良く言ったが、少し考えてからさらに言葉を続けた。

 

「……ハウスエルフにとって、僕たちはお客様なんだ、ハリー。だから僕たちに見せるものもきれいな所が中心だ。ドビーやウインキーのように、彼らの基準でダメなやつは見せしめにもする。彼らはそういう生き物なんだ」

 

「……そういうものですか」

 

 セドリックは、ああ、と頷いた。

 

「ハウスエルフは絶対に善良って訳じゃない。彼らにも僕らに干渉されたくない世界がある。ディアを見れば、それは分かるよね?」

 

 

「……僕らの価値観でハウスエルフを判断しちゃいけないということですか」

 

 セドリックは会心の笑みを浮かべた。

 

「……ああ。物分かりが良くて嬉しいよ。ハウスエルフのことはハウスエルフに任せるべきだと僕は思う。……それじゃあ、グレンジャーのことは頼んだよ」

 

 そしてセドリックはハリーに背を向けた。セドリックは、善良で、常識的な魔法使いだった。彼はウインキーという個人に心を痛めはしたが、SPEWに理解は示さなかった。彼は常識というものの重要さを理解していた。常識外れの改革が物事を良くすることはないと認識していたのだ。

 

***

 

「セドリック先輩。ハリーとの話って終わりました?」

 

「ああ、終わったよ。スーザンは話さなくて良かったのかい?」

 

 ハッフルパフの談話室で、セドリックは後輩にハリーとの会話を聞かれた。スーザンは何度も首を縦にふった。

 

 

「はい!私はハリーの友達が目当てでしたから。……話を聞けたのは偶然ですけど、聞いておいて良かったです」

 

「そうか。きみの作戦がうまく行くことを祈ってるよ」

 

 セドリックは後輩の恋路を素直に応援した。ハリーの友人に一人評判の悪い女たらしがいることは有名だったが、こういうものは当人の気持ちが大切なのだ。

 

「応援しておいて下さいね。でも、先輩はハリーは大丈夫だったんですか?」

 

「大丈夫っていうのは?ハリーがどうかしたのかい?」

 

「ええ。私、ディアからハリーがウインキーってハウスエルフを焼いたことを聞いたんです。実際、本当に焼いたみたいでしたし……」

 

 どうやらハリーに対する悪い噂を聞いたようだった。ハリーがウインキーを焼いたのは事実だが、不可抗力であることを知っているセドリックはハリーを擁護した。

 

「それは事故だよ、スーザン。彼は無闇に傷つけたかった訳じゃないさ」

 

「そうですか。……そうですよね?有体のパトロナスを出せるって話でしたし……」

 

 セドリックは黙って頷いた。そして、有名になったハリーに対し少し同情した。

 

(……彼は本当に不運の星に憑かれているみたいだな……やることが大体裏目に出ている)

 

「最近も、スリザリンの中でハリーだけムーディ先生に支配されなかったって噂がありました。…ハリーのことを闇の魔法使いだって言ってる人も多いですけど、一体どっちなんでしょう。……ザビニくんが変な闇の魔術とかに関わるんじゃないかって私不安で……」

 

(きみはザビニの何なんだい、スーザン?)

 

 セドリックは目の前の後輩の真意を内心で面白がりながらも、ハッフルパフの監督生として、そして誠実な先輩としてアドバイスした。

 

「ハリーが闇の魔術を使ったっていう噂はあるね。でも、実際に使ったところを見た人はいない。噂で人を判断するのは良くないよ、スーザン」

 

「で、ですよね!」

 

「ザビニも……うん、闇の魔術に手を出すような子じゃない。それは保証するよ。ザビニ君の前で、ハリーのことも信じてあげるのが一番なんじゃないかな。友達を褒められたら悪い気はしないだろう?」

 

「!それいい考えですね!採用させてもらいます!」

 

(……報われるかどうかは保証できないけれど。きみが、きみ自身の判断で進むべきだ)

 

 セドリックは笑顔のスーザンに対して当たり障りのない言葉をかけた。スーザンがザビニに恋心を抱くことと、その恋心が報われるかどうかは全く別の話だ。セドリックに出来ることは、その思いが結実するにせよ破綻するにせよ、スーザン自身の決断と行動を支持することだけなのだ。

 

 ひとしきり笑った後で、スーザンはセドリックに問いかけた。

 

「今日の厨房ではハウスエルフをたくさん見ましたね。……飲んだくれてる子がいましたけど、いいんでしょうか、あれ」

 

 飲んだくれている子とは、ウインキーのことだ。セドリックは黒髪をかきながら困ったように言った。

 

「いいんだろう。これから先、トライウィザードのために留学生が来れば、あのウインキーの手も借りなければホグワーツが回らなくなるよ」

 

「あ、そのために雇われたんですね。納得」

 

 スーザンはぽん、と手を叩いた。セドリックはさらりと言った。

 

「まぁ、ダンブルドアとしては哀れなハウスエルフに手を差し伸べただけなんだろうけどね」

 

(今のホグワーツに、ハウスエルフを解放する余裕なんてない筈だ)

 

 セドリックはそう推測した。これは実際的外れではなかった。今年のホグワーツは、二校からの留学生と校長や引率の教師を加えれば百人近くもの人数が増えることになる。一年でそれだけの人数が増えるということは当然、ハウスエルフの負担も増えるということだ。

 

 ハウスエルフ達がハリーにした頼みは切実だった。来るべき日に備えて一人でも多くの戦力(人手)を確保しておきたいハウスエルフ達は、ハーマイオニーに『解放』されている場合ではなかったのである。

 

***

 

「……ハウスエルフについてどう思うか、ですって?おかしなことを聞くのね、ハリーは」

 

 

 

「ほら、ワールドカップでの一件もあっただろう?最近ハーマイオニーもおかしなことを言い出したし。皆がハウスエルフのことをどう思ってるのかなってふと気になったんだ。」

 

 休日のホグズミードで、ハリーはダフネと一緒に喫茶店を訪れていた。美術館に行った帰りだった。ダフネはハリーの問いかけに対して、不思議そうにハリーを見た。彼女はその後笑って言った。

 

「彼らは奉仕種族よ。私たちに尽くすために生まれてきた生き物よ。当然じゃない?」

 

「それは、家を守り、君たちみたいな魔法族に仕えるための妖精ってこと?」

 

 ハリーはダフネに言った。彼女は黒髪を撫でながら、それが当たり前であると疑わずに言った。

 

「ええ。私達が奉仕されるのは当たり前のことでしょう?なんでそんなことに疑問を持つのか分からないわ。ハウスエルフだって、大きな家に尽くせることは嬉しい筈よ」

 

 ダフネは「でも」と言葉を続けた。

「ハーマイオニー……いえ、ミス·グレンジャーもバカなことをしているわね。奉仕種族から奉仕を取ったら、なにも残らないじゃない」

 

(……でも、良かったわ。ミスグレンジャーが隙を見せてくれて……)

 

 ダフネはハーマイオニーの行動を愚かだと思っていたが、一方で安心もしていた。三年生のとき命を救われてから、ハーマイオニー·グレンジャーという存在がいかにハリーにとって大きいのかをダフネはまざまざと実感していた。彼女が完璧超人ではなく等身大の人間であり、ハリーをうんざりさせているという部分は、ハーマイオニーには悪いがダフネにとっては朗報だった。

 

 ハリーはそんなダフネに少し意地悪を言った。

 

「けどきみは、ウインキーを治療したじゃないか」

 

「私が生物の死体が見たい性悪だって言うの?目の前で死にそうなものに手を差し伸べるのと、奉仕種族全体への扱いとは別の話よ。混同しないで」

 

「なるほど。そうだね。僕はダフネを見誤っていたよ」

 

「もう少し私を敬いなさい」

 

 フフンと胸を鳴らすダフネに笑いながら、ハリーは言った。

 

 ハーマイオニーがダフネの言葉を聞けば、ダフネのことを軽蔑し、怒りを顕にしただろう。しかし、ハリーはダフネの言葉をおかしいとは思わなかった。ハリー自身は気付いていないものの、スリザリン的な考え方が染み付き始めていた。無意識のうちに、ハリーはハウスエルフより魔法族を、身内のダフネ達を優先したのである。

 

「……僕がハウスエルフのことが気になったのは、彼らに同情したっていう部分もあるけれど、彼らが僕らよりも強いからだよ」

 

 

「強い?冗談でしょう?ハウスエルフが強いわけがないわ」

 

 ダフネはハリーの言葉を笑い飛ばした。ハリーはダフネの態度を見て、根本的な部分で、ハウスエルフと僕たちは相容れない存在だと思った。人間とハウスエルフではそもそもの価値観が異なるのだ。

 

(……僕らはハウスエルフを対等の存在だとは見てないんだ。多分、僕も含めて魔法族皆が)

 

「……ハウスエルフは……マグルの世界で言うところの、下の階級の存在なんだね」

 

 とハリーは言った。しかし、ハリーの言葉はまだ認識が甘かった。

 

「そもそもハウスエルフは人ではないわ」

 

 ダフネはバッサリと切り捨てた。あまりに危険な考え方だと、ハリーは内心で思った。

 

 大多数の魔法族は、ハウスエルフには出来うる範囲で優しくはするだろう。粗雑に扱えば自分が不快になるからだ。しかし、わざわざ干渉しようとは思わない。ハウスエルフの側も、魔法族からあれこれと言われたいとは思っていないのだ。大多数の幸福なハウスエルフはハウスエルフとしての幸せを望んでいる。

 

 ハウスエルフは、ある程度優しく、有能で、自分たちを迫害しない主人に奉仕できればそれでよいと思っているのだとハリーは思った。

 

 しかし、善良な魔法族がいつまでも善良でいつでもハウスエルフに優しくするわけではない。ハウスエルフはどこまでも下の階級でしかなく、自分たち魔法族の都合で虐げられても誰もそれを気にもとめない。だからこそ、ハーマイオニーは憤っている。

 

(……ダフネにも、ハーマイオニーにもどう言えば伝わるかなー……)

 

 そもそもハーマイオニーが暴走するきっかけになったのは、魔法族側のハウスエルフの扱いがきっかけだ。魔法族側の意識が錆び付いた金属のように老朽化しているのも、ハーマイオニーの側にハウスエルフへの理解が足りないのも事実だ。

 

 ハリーはせめて、ダフネにはある程度ハウスエルフに優しくしてもらいたいと思った。ハリーはダフネに何気なく言った。

 

「ハウスエルフは強いよ。そして、怖いんだ」

 

 ダフネはハリーの言葉の意味を分かろうとしていたが、分からないと首を横にふった。

 

「彼らには心があるんだ。ひどい扱いを受ければ、人間にだって反抗するよ」

 

「そんなハウスエルフには洋服を与えるしかないわね。当然でしょう?雇い主の言うことを聞けないハウスエルフなんて要らないわ」

 

「……」

 

(これが……普通の感覚なんだろうな)

 

 要らない。目の前で死にそうになっていれば手を差し伸べるダフネでも、無意識のうちにハウスエルフを物か何かのように扱っているのだ。根本的な部分で、対等の存在とは見ていないのだとハリーは思った。

 

 ダフネは残酷な性格ではない。ただそうあれと育てられた純血の魔女だ。そんな彼女でも、ハウスエルフの労働は、彼らの奉仕は『当然』だと思って疑わない。その労働のお陰で生活できているのに、それに対するこれっぽっちの感謝すらないのだ。

 

(……常識。これが常識なんだろうけど……それはまずい気がする)

 

「僕らが、ハウスエルフの奉仕は当たり前って思ってるところに落とし穴があるのかもね」

 

「落とし穴になんて落ちないわ。貴方なら飛び越えてしまえるし、私は落ちるようなバカなことはしないわ」

 

(ああ、一回ひどい目にあわないと分からないやつだこれ)

 

 ハリーは力なく笑った。そして、そんな日が来ない方がいいとハリーは思った。ひどい目というのは、食うにも困るほどの虐待であり、終わりの見いだせない痛みの伴う時間なのだ。そんな目にあって欲しい訳がない。

 

 ダフネは馬鹿馬鹿しいと笑って、すました顔で注文したアイスクリームに手をつけた。ハリーは注文したバタービールを口に運びながら、ハーマイオニーの理想がどれだけ高いのかを改めて実感していた。

 

***

 

 ハーマイオニーとハリーとの関係は、月曜日以降少しぎくしゃくしていた。ハリーがハーマイオニーに、SPEW活動のやり方を変えるよう説得したからだ。

 

「正直、今の僕には代案があるわけでもないからこれを言うのは卑怯だと思う。でも、今のきみのやり方は変えた方がいいよ、ハーマイオニー」

 

 ハリーは、ディアをはじめとしたハウスエルフ達がグリフィンドール寮に近づけなくなっていることを言った。ハーマイオニーとハリーは、二年生のとき一度喧嘩をした。ハリーが闇の魔術に手を染めたことがきっかけだった。三年生のとき、ハリーが密漁者退治に出掛けようとしたときはハーマイオニーが止めた。そして今回は、自分がハーマイオニーを止める番だとハリーは思った。

 

 ハーマイオニーの活動は受け入れられていない。ハウスエルフ達からは無視され、ロンをはじめとした賛同者達も、ハーマイオニーに反論するのが面倒くさいからという理由で賛同している人がほとんどだ。ハリーはハーマイオニーのためにもハウスエルフのためにも、友達として止めておくべきだと思った。

 

「ハリーもそう言うの?ルナもね、『ハーマイオニーは暇なんだね』って私に言うのよ。ハウスエルフ達が差別されて、苦しんでいるという現状に対して、皆が見て見ぬふりをしているの!」

 

 ハーマイオニーの憤りは、被差別者の嘆きだった。ハリーは、ハーマイオニーはハウスエルフを自分自身と重ねているのではないかと思った。ハリーにとっては、ハウスエルフの問題は他人事だ。しかし、ハーマイオニーにとってはそうではない。彼女はマグル生まれで、いつ差別されてもおかしくない立ち位置なのだから。

 

「そうじゃない。そうじゃないよハーマイオニー。ハウスエルフのところに行ってみなよ。彼らが何を感じて、何に喜んで、何に怒るかを聞いてみなよ。そうしないと空回りするだけだよ」

 

「……でも、彼らは自由を知らないだけかもしれないわ」

 

「自由をただ与えるだけで意味はあるのかい?行く宛もなく放り出されたって野垂れ死にするだけだよ。ハウスエルフの気持ちになってみたら?」

 

「おい言い過ぎだってハリー!ハーマイオニーも抑えてくれ!ハリーをぶん殴りたくなる気持ちは分かるけど!揚げ足を取られてむかつくのは痛い程よく分かるけど!」

 

「ハリー……君って人は言うときは結構言いますね……」

 

 ハリーの最後の一言は余計だった。

 

 結局、ハリーとハーマイオニーはグリフィンドールとスリザリンのように意見を違えた。ロンが止めに入らなければ、ハリーとハーマイオニーは本気で杖を向けあっていたかもしれなかった。ハーマイオニーが厨房を訪問したのかしなかったのか聞けないまま、ハーマイオニーと会話しない日々が続いた。




グリフィンドールとスリザリン。彼らはかつては友『だった』

はてさてどうなることやら。


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裏切り者のレクイエム

 

***

 

「そろそろハーマイオニーに謝っとけよハリー。もう十日も口訊いてねえだろ」

 

 ハリーは必要の部屋で、ザビニにそうせっつかれた。

 

 ハリーとハーマイオニーの『喧嘩』から十日経過した。『喧嘩』は必要の部屋で行われたので、その内容を知るのはロンとアズラエルだけだ。大喧嘩の後からハリーはあまり積極的にハーマイオニーに話しかけなくなった。気まずかったからだ。

 

「……そうは言うけどね。ハーマイオニーにも間違ってるところはあるんだ」

 

 

 ハリー自身、自分でももう少し言い方があったんじゃないかと思わなくもない。しかし、ハリーはハーマイオニーのためにもハーマイオニーのやり方は否定しておかなければならないと思っていたのだ。ハリーがハーマイオニーと一緒に行動しなくなったため、ハーマイオニーは必然的にロンと過ごす時間が増えた。しかし、元々ハーマイオニーはハリーと一緒に行動するよりロンと一緒に行動することが多かったので、何かが変わったという訳でもなかった。強いて言えば、ロンとハーマイオニーが決闘クラブの最中でも息のあった漫才を繰り広げるようになったくらいか。

 

 しかしながら、ハリーとハーマイオニーの冷戦は確実に周囲の友人達にとってストレスとなっていた。

 

「ま、僕は無理に謝れとは言いません。謝るかどうかの判断はハリーが決めるべきことですからね」

 

 アズラエルはハリーの意思を尊重した上でこう付け加えた。

 

「君と彼女との友情が終わっても、僕らと彼女との友誼は続きますので。きみは一人でそれを見続ければいいんですよ。ねぇロン」

 

「ああ。……えぇ!?」

 

 ロンは反射的に頷いてから、まじまじとアズラエルを見た。

 

(……こいつ……)

 

「……なぁファルカス。アズラエルのやつ、仲間内でハリーだけハブるって言ってないか?」

 

 ロンの言葉に、ファルカスも頷いた。

 

「これくらいは序の口だよ。素直にハーマイオニーに謝った方がいいと思うけどな、僕も。……ハリーとハーマイオニーの喧嘩の原因についてはアズラエルから聞いたよ。SPEWはハーマイオニーの作った団体なんだから、あれこれと口を出すのは良くないよ」

 

「ファルカスに賛成だな。こういう喧嘩は長引かせない方がいいんだぜハリー。じゃないと、ハーマイオニーも引っ込みがつかなくなる。一年の時のハロウィンとか、二年の秘密の部屋の時のことを覚えてるだろ?」

 

(……それを言われるとな……)

 

 ロンの言葉にハリーは顔をしかめた。自分の言い方に問題があるのは分かっていたからだ。しかし、それで事態が解決する訳ではないことはハリーも分かっていた。

 

「……僕の言い方とかデリカシーのなさについて謝るのは、僕に非があるからいいけど。……ハーマイオニーがSPEWのやり方を変えてくれると思うかい?」

 

 ハリーが聞くと、四人はうーんと唸った。ザビニが言った。

 

「今考えるべきはそこじゃねえだろ。ぶっちゃけハーマイオニーのしたいことはハーマイオニーに好きにさせてやりゃいいじゃねえか?」

 

 ザビニは女子からの人気がある。当然、ある程度女子の気持ちに配慮することは出来る。意図的に配慮せず無視するだけで、やろうと思えば気を回すことは出来るのだ。

 

「ザビニはSPEWに賛同してる訳じゃないだろ?」

 

 ハリーが聞くと、おう、とザビニは頷いた。

 

「ハッキリ言えば、政治っぽい話には一切興味がねえ。そういうのはもういいよ」

 

「一般教養として知っておいても損はありませんよ?」

 

 アズラエルが茶々を入れると、ザビニは肩をすくめて首を横にふった。

 

「……ま、俺はハーマイオニーに協力はしねえけどよ。ハリーも協力はしねえけど否定もしねえってスタンスでいいんじゃねえか?ハーマイオニーがやりたいようにやって満足したら、その活動も止めるんじゃねえの?」

 

「一理はあるね」

 

 ザビニの言葉にハリーがそう言うと、ロンがあからさまにほっとした表情を見せた。

 

「けれどハリーも変わっているね」

 

 と、ファルカスが言った。

 

「どうしてハウスエルフのことに拘ったのさ。君はハウスエルフに興味があるわけでもないだろ?」

 

「……それは」

 

 ハリーは少し言いよどんだが、隠すことでもないと思い、言った。

 

「……ハウスエルフのためにも、ハーマイオニーのためにも彼女のやり方は逆効果だって感じたんだ」

 

「でもよハリー、それはハーマイオニーの考えとは相容れないんだろ?」

 

 ザビニの言葉にハリーは頷いた。

 

「ならよ、無理にハーマイオニーのやり方を変えさせようってのは良くねえんじゃねえの?誰だってやろうとしてることを否定されたら腹立つだろ」

 

 ザビニは頭をぼりぼりと掻きながら言った。彼は端正な顔立ちで、ハリーに鋭い視線を投げつけたまま続けた。

 

「ハーマイオニーはハウスエルフのためにやってるのか?違うだろ。あいつはとにかく自分のやりたいように色々首を突っ込みたがるだけだ。別にハウスエルフのためを思ってやってる訳じゃねえよ。ハウスエルフのことまで気にして抱え込むな。他人事なんだし気にすんなって」

 

(……いや、それは違う)

 

 ザビニの言葉は前半は正しかったが、後半は失言だった。ハリーが何か言うより先にロンとアズラエルが即座に否定したからだ。

 

「ハーマイオニーはそんな子じゃねえよ!」

 

「いや、それは違いますよザビニ。彼女は本気ですよ」

 

「……!?ロンはまだしもお前もかよアズラエル?……わ、悪かったって。そ、そんなにキレんなよ……何だよ、ハーマイオニーはお姫様か?」

 

 たじろくザビニにハリーは頷いた。

 

「少なくとも、僕たちの間ではそうかもね」

 

「冗談きついぜ」

 

 弛緩した雰囲気がハリー達の間に流れる。ファルカスは、無言でハリー達のことを観察していた。

 

 

(……思ったより皆ハーマイオニーのことを大切に思ってたんだなぁ)

 

 ファルカスは内心でそう思う。ファルカスにとってはハーマイオニーは同年代の友人の一人で決闘クラブでしのぎを削るライバルだが、ロンは勿論アズラエルやザビニ、ハリーは友人以上の感情を持っているように見えた。

 

 ファルカスがハーマイオニーに入れ込まなかったのは、よくも悪くもファルカスが純血主義よりの、一般的なスリザリン生に近い考え方だったからだ。ハリー達四人組のなかではハーマイオニーと打ち解けるまでに若干時間がかった。今でも、二人同士で会話することはさほどない。だから、ハリーがハーマイオニーと仲直りすべきだとか、ハウスエルフのために活動をするという考え方には違和感があった。

 

(……でも、ハリー達はそれでいいんだよね、きっと)

 

 

 今のグループはファルカスにとっても心地よかった。ハーマイオニーがマグル生まれであるとか、ロンがウィーズリー家だとかを意識せず雰囲気よく駄弁ったりじゃれついたり出来る人間関係は何者にも替えがたかったのである。

 

「……まずはハーマイオニーに謝るべきだってのはその通りだよね」

 

 ハリーは覚悟を決めたように立ち上がった。

 

「分かってくれたか。まぁ、ロンもキレてたけどよ。ハリーはもうちょっと、相手のことを考えて喋ってもいいんじゃねえの」

 

 ザビニはほっと息を吐いた。ロンは不満そうにしていたが、反論はしなかった。ハリーがこう言ったからだ。

 

「善処するよ。けれど、ハーマイオニーの機嫌が直らなかったら……そのときは、ロンに取りなして貰うよ」

 

 ハリーは必要の部屋の出口まで来ると、後ろを振り返って四人を見回した。

 

「今日は集まってくれてありがとう。じゃあまた月曜日にね」

 

***

 

 ハリーとハーマイオニーはまったく完璧に仲直りできた訳ではなかった。

 

「ハーマイオニー、僕はきみに、僕の意見を押し付けすぎた。それは本当に悪かったと思ってる。ごめん」

 

 ハリーの謝罪をハーマイオニーは受け入れたが、彼女には彼女の思惑があるようだった。

 

「……それはいいのよ、ハリー。私が意地をはってあなたのことを避けていたの。……それでね、アズラエルとも話してみて考えたんだけど、私、まずはSPEWの賛同者を集めるつもりなの」

 

 ハーマイオニーが、ハウスエルフの厨房を訪れることになるのはまだ先の話だった。ハーマイオニーは、魔法族自体の体質を変えていくべきだとハリーに訴えた。

 

「ハウスエルフの人たちとも話したわ。彼らは魔法族のことを神様か何かだって思っているの。けれど、ウインキーの姿を見たらそうではないことは明らかでしょう?魔法族の側が、彼らのことをもう少しだけ尊重すべきだって思うの。時間はかかるけれど、必ず出来るわ」

 

「……じゃあ、グリフィンドール寮に洋服を置き続けるのかい?」

 

 ハリーが聞くと、ハーマイオニーは「……それはしないわ」

 

 と、非常に無念そうに言った。

 

「けれど、マクゴナガル教授に申請を出して同好会として成立はさせたの。魔法族のみんなに、そういう問題があるということを分かって貰いたいから」

 

「……オーケー、ハーマイオニー。SPEWのバッジ、僕も貰っていいかな」

 

 ハリーはハーマイオニー作ったバッジを受け取った。

 

「君のやり方がダメだと思ったら、僕はすぐにこれを君に返すよ。でも、苦しむハウスエルフを見たくないっていう君の気持ちとか……そういう行動力は凄く眩しく思う。だから、これからもよろしく」

 

「ハリー、ええ、もちろんよ!」

 

 ハーマイオニーは感激のあまり目に涙を滲ませた。ハリーはハーマイオニーのそんな純粋なところを好ましく思ったが、少し大袈裟すぎはしないかと心配になった。

 

 

 実際のところ、ハーマイオニーは少し心細くなっていた。SPEWの理解者は増えず、バッジを受け取ったのは友人達を除けば数えるほどだった。

 

 ハウスエルフのために始めた活動ではあるが、当のハウスエルフからもそれを望まれていないという現実はハーマイオニーの理想と乖離し、彼女に疑問を抱かせていた。

 

(……今のままでは駄目だってわかってる。でも……)

 

 現状を変えるためにすべきことは何か。それを考えるのはハーマイオニーがすべきことなのだ。しかし、凝り固まった固定観念を変えられるような、世界の仕組みを変えられるような何かが今の彼女に思い付く筈もない。

 

 ハーマイオニーは、自分自身に知見を広めるための何かが必要だと感じていた。それは、自分一人で考えているだけでは思い浮かばない。グリフィンドールの友人であるロンだけでは足りない。もっと大勢の人から意見を聞かなければならないのだ。

 

「それでね、ハリー」

 

「うん?」

 

「……あの……私、やっぱりSPEWについてやっていきたいと思うの」

 

「……うん。」

 

 ハーマイオニーは栗色の髪を揺らしながら言った。

 

「私がさっき『できるわ!』って言ったこと。……無責任だと思う?私は何か間違ったことを言ったかしら?」

 

(ハーマイオニーは正しかった)

 

(でもやり方が間違ってた)

 

 ハリーは唇を噛んだ。どう答えるのが正しいのか、ハリーには分からなかったのだ。ハーマイオニーの側についた方が彼女のためになるのか、それとも逆なのか?

(でも……ハーマイオニーが何か変わりたがってるのは分かった)

 

だからハリーはこう答えた。

 

「僕らは……特にスリザリン生は、ハウスエルフのことは対等だとは思ってない。彼らが都合のいい生き物だって思ってて、そもそも気にも留めていない、って方が正しいかもしれない」

 

 ハリーは残酷な真実を告げることにした。ハーマイオニーの瞳には怒りと、使命感の炎が燃え上がった。それは、力あるものに理不尽を押し付けられた人の持つ痛みであり、弱きものたちへの迫害を止めなければならないという使命感だった。

 

「……けど、彼らに何をしてもいいって思ってる訳じゃない。僕らにも良心はあるんだ」

 

「……その良心に訴えていけば、ハウスエルフを残酷に扱う人の数は減ると思う。きみは間違ってないよ、ハーマイオニー」

 

 ハリー自身の立場とハーマイオニーの立場を天秤に載せる時が来たとして、それでも自分はハーマイオニーを選ぶだろうか、とハリーは思った。その答えを出したとき、ハリー達の友情は終わりを迎えるか、続くかが決まるのだ。

 

 

***

 

 ハリーはホグズミードの飛行場でダフネやアズラエルを翻弄していた。飛行場にあった貸し出し制の旧式のコメットを使う二人に対して、ハリーは何にも乗っていない。

 

「わあっ!」

ハリーは飛行魔法で二人から逃走していたが、くるりと宙返りすると、反転して二人に急接近した。加速していた二人は急に近づいてくるハリーに対応できず急ブレーキをかける。二人の驚く顔を見届けたあと、ハリーの体はぐんぐん高く上がり、二人から遠ざかっていった。

 

「あっはっは」

 

 

 ハリーは得意気に笑った。ダフネとアズラエルが口惜しそうに見上げているのを見てまた笑うと、ハリーは飛行場の上空を飛び立った。二人はもう追ってこなかったが、まだ悔しそうな表情だった。

 

 発端は、飛行場にあった箒が順番待ちで使えなくなっていたことだった。ダフネに箒を譲ったハリーは自分もと古びた『銀の槍』、シルバーアローの前にあった骨董品の箒を手に取ろうとしたが、そこでアズラエルと鉢合わせたのだ。

 

 お先にどうぞ、というアズラエルに対して、ハリーは箒を譲った。

 

「ちょっと面白いことを思い付いたんだ」

 

 箒を相手に飛行魔法で逃げ切る。それがハリーの考えたお遊びだった。箒なしでどこまで食い下がれるか、というハリーの試みは思ったより上手くいった。

 

「ハリー、貴方には才能があるようね。この私を負かすなんて……」

 

 ダフネの操縦はお世辞にも上手いとは言えなかったが、ダフネは己のプライドを守るためにハリーを持ち上げることにしたようだった。

 

「これは悔しいですねえ。わが社のニンバスがあれば敗けはしませんでしたが……」

 

「バカほど高いところが好きって言うからね。君たちも飛行魔法を覚えてみたら?旧型の箒より高い場所も飛べるよ」

 

 勝負は二人の完敗だった。ハリーは二人の悔しがる様子を見て上機嫌で宙に浮かび上がった。

 

 そんな様子を見ていた周囲の大人の何人かは、箒なしで自在に飛び回るハリーの姿を見て顔を歪めた。その中には、ドロホフやシトレによって操られた被害者達の姿もあった。

 

「……あれは……まるで……」

 

「止しましょう、変な邪推は。『生き残った男の子』がそうである筈がない……」

 

 大人達がハリーを見る目には、およそ子供に向けられるものではない感情が籠っていた。

 

 

***

 

 月曜日、セドリック·ディゴリーは決闘クラブでフィリウス·フリットウィック教授の指導を受けていた。無言呪文によって大小様々な破片の速度を調整しながら、一粒一粒の速度を変え思いどおりに動かすという訓練である。ロコモータ(移動)を複数化かつ、より複雑に操作させるこの技術の難易度はNEWT クラスを越えており、習得は容易ではない。

 

「……!」

 

 しかし、セドリックは不断の集中力でよく破片を操作していた。大きく動かしにくい筈の破片を繊細に、空中に配置された目標物へ当てないよう精密操作する一方、細かく砕け散った小石が地上に落ちないよう高速で上空へと上昇させ、一ヵ所に固めていく。

 

 

「……それまで!見事、実に見事!!ハッフルパフに五十点!!」

 セドリックはこの日、見事にこの魔法を習得して見せた。セドリックの成長を見届けたフリットウィック教授は、小躍りしてセドリックを褒めそやした。

 

「見事ですディゴリー!!ポモーナもきみを誇りに思うでしょう!」

 

「ありがとうございます。これも全部、教授が熱心に指導してくださったお陰です」

 

 セドリックは額の汗を袖で拭いながら、謙虚に答えた。セドリックは珍しく、フリットウィック教授の称賛に対して満更でもなさそうに喜んでいた。

 

 

「いやはや、私がこの術を習得したのは三十年以上前、ホグワーツを卒業してからです!こんなに優秀な生徒はホグワーツの歴史にも滅多にいません……」

 

 実際のところ、パーシー·ウィーズリーも七年生の時点でこの魔法を習得していた。パーシーは六年生の時点でNEWT レベルを大きく超える怪物に遭遇してしまったことから、七年生が覚えるには過剰な魔法を習得せざるを得なくなったのだ。セドリック自身、それほどまでに高度な魔法をわざわざ習得しようと思ったのも学外での経験があってのことだった。

 

「前学期も、ワールドカップでも救助活動で力及ばないことは多々ありました。これで少しでも傷つく人を減らせると思います」

 

 セドリックは謙虚にそう言ったが、フリットウィック教授はセドリックの言葉を謙遜と捉えた。

 

 NEWTレベルの授業を、OWLまでの延長線上と捉えて六年生をモラトリアム期間だと思い込む学生は実は多い。燃え付き症候群を発症して停滞したり、堕落したりする生徒も多い。そんな中、セドリックは今までと変わらないどころか、今までよりも熱心に魔法の鍛練に励み、その素養を磨いていた。

 

 セドリックはフリットウィック教授に言った。

 

「OWLの試験でいい成績が取れたのは教授のご指導あってのことですから。これからも、教授に教えていただいたことは決して忘れません」

「いやはや……きみの謙虚さには感服しますぞ…レイブンクローでなかったことが惜しいくらいです…」

 

 フリットウィック教授は感極まったようにそう繰り返した。セドリックはさらに、フリットウィック教授に言った。

 

「先生。僕に飛行魔法を教えていただけないでしょうか?」

「飛行魔法ですか。ポッターが使っているように、君も使えていると思いますが……」

 セドリックの言葉に、フリットウィック教授は微かに動揺した。優秀な生徒に飛行魔法を教えるべきか否か迷っているようだった。

 

「……実は僕は、OWLの試験で飛行魔法を使ってOを取りました。ハリーの使っていたものを参考に、自分なりに改良した魔法を見せたんです」

 

「おお、OWLの試験でですか!」

 フリットウィック教授は感心したように言った。

 

「はい。ただ、あれは高度な魔法でしたので、僕の力だけでは不十分です。まだまだ発展の余地があると思うんです。……専門家である先生から改めて指導を仰ぎたいのです」

 

 セドリックは謙遜して言ったが、それでも謙遜が過ぎたと言わざるを得なかった。フリットウィック教授は教えるべきかどうか迷いに迷っていたが、これだけ優秀な生徒に呪文学の教授として自分の技術を叩き込みたいという欲求を抑えきれないでいるようだった。

 

「……しかし、なぜ飛行魔法を?きみはプロテゴも、パトロナスも使えたと思います。それを使ってもよかったと思いますが……」

 

「……ホグズミードでデスイーターを見たからです」

 

 セドリックは声を潜めて言った。

 

「あの日、僕は箒に乗って操られた人々や後輩の救助にあたりました。けれど、箒に乗っている時、僕の片手は塞がっています。動ける範囲も制限されていました。自由に空を飛び回るデスイーターや、優れた箒を持つ闇祓いの戦闘に割り込むことはできなかった…」

 

「……」

 

 

 フリットウィック教授は何も言わずにセドリックの話を聞いていた。セドリックが遭遇したシオニー·シトレは、『死喰い人』だった。それはヴォルデモートを熱狂的に崇拝し、ヴォルデモートが偉大であると証明するためならどんな残虐な行いも辞さない集団だ。シトレという生徒が善良なハッフルパフ生だった時期を知っているフリットウィックは、やるせなさを感じていた。

 

「飛行魔法の精度を上げれば、杖を持たない片手で負傷者の救護活動をすることも、箒の死角をなくすこともできます。万が一箒が焼けても生き延びれる。呪文学の権威である教授なら、デスイーターのそれより優れた飛行術を所持されている筈です。どうかお願いします」

 

「分かりました。いいでしょう」

 

 フリットウィック教授は重々しく頷いた。そして、その次の瞬間にはニッコリと笑ってセドリックの肩を叩いた。

 

「実は私も箒なし飛行魔法は研究途中なのですが、生徒が興味を持ってくれるとは!嬉しい限りですぞ!」

 

 二人はそれからフリットウィックの研究室に行き、一時間ほど飛行術の理論について話し合っていた。理論だけに留まらず実践的なコツまで教授していたフリットウィックの熱意にセドリックは目を白黒させながらも礼を言った。

 

「ありがとうございます、教授。……一つ、疑問があるのですがいいですか?」

 

「ええ、どうしました、セドリック?」

 

「どうして飛行魔法の習得は必須ではないのですか?ディセンドやフィニートで落とせない飛行魔術の理論はもう出来ているのに」

 

 それは純粋な疑問だった。飛行魔術は使用そのものに、膨大な集中力と呪文学に対する多大なセンスを必要とする。飛行そのものにも必ずリスクはつきまとう。しかしそれでも、屋外で、相手が飛行不可能であれば、安全マージンを確保しながら戦うことが出来るのだ。習得しない手はない筈だった。

 

「……そうですね。確かに、基礎魔法で落とされないのであれば飛行魔法は必須とも言えるでしょう」

 

 フリットウィック教授はそう言いながらも、理由を淡々と述べた。それは内に秘める感情に極力触れないようにするためにも見えた。

 

 

「しかし、それでも。飛行魔法で高高度に上昇した魔法使いは、それが途切れたときが命の切れ目となります。まだ未成年や学校を卒業していない魔法族に教えるには早すぎるというのが、一つ」

 

「まだ理由があるんですね?」

 

 尋ねるセドリックに対して、フリットウィックは重々しく頷いた。

 

 そして、その理由をゆっくりと話し出した。

 

「もう一つは、恐怖心です」

 

 セドリックはフリットウィック教授の言葉に首を傾げた。

「恐怖心ですか?」

 

「飛行魔法が危険であることは勿論です。しかし、それ以上に危険なものがあります」

 

「……はい」

 

 セドリックは頷いたが、それ以上の危険について理解できず再び首を傾げた。その顔を見てフリットウィック教授は言った。

「私はね、セドリック。誰よりも高く飛ぶことを恐れているんです。そう、飛んだ瞬間に、例のあの人に落とされるのが怖くて仕方ないのです……」

 

 瞬間、部屋の温度が2℃は下がった。

 

「そんな……ッ」

 

 

 セドリックは驚愕した。これほど尊敬されている教授が、そんなことを言うなんて全く考えもしなかったからだ。しかし、フリットウィック教授はどこまでも真剣な顔をして首を横にふった。その表情に恐怖の感情を見て、セドリックは静かに息を呑み込んで尋ねた。

 

「教授ほどの方が、そこまで『例のあの人』を評価されておられるのですか…?」

「いえ」

 

「あの人の行為は、たとえあの人が歴史に名を残す偉人であろうと許されるものではありません。どんな理由があれ、人を殺し人から奪う人間を評価することはありません。あの人は、自分の才能の使い方を間違えたのです」

 そしてフリットウィック教授は、飛行魔法の発展の歴史について話をしてくれた。

 

「古来より我々魔法族には箒がありました。レヴィオーソ(浮遊)、ロコモータ(移動)といった魔法はあれど、箒があるのにわざわざ飛行魔法を覚えようという魔法使いは希でした」

「必要がないからですね。杖より先に箒に乗るって子供の方がほとんどなんですから」

 

 セドリックはそう言った。制度上では、十一歳の誕生日に与えられることになっている魔法の杖よりも先に、魔法族の子供は箒に乗ることを教わる。箒に年齢制限を設ける法律はない。セドリック自身、物心つくかつかないかの時にはもう箒に乗ってフレッドやジョージとクィディッチもどきに興じていた。

 

「そうです。箒は平等に魔法を扱えるようになる良い機会でした。しかし、飛行魔法は違う。呪文学を理解していることと箒が使えるかどうかは、全く別問題なのです」

 

 フリットウィック教授はゆっくりとした口調で説明を続けた。

 

「教育水準が上がれば上がるほど、この傾向は強くなっていきました。魔法族の子供は幼い頃から教育を受けますし、マグル生まれの魔法使いでも学習の環境さえ整えれば魔法族と同じ程度の教養と素養を身につけることはできます。しかし、そこから危険な飛行魔法を覚えようというものは珍しい。命の危険があるような魔法よりも、もっと安全で快適な箒がありますからね」

 

 

「なるほど……箒に乗れても、飛行魔法を覚える意欲のある魔法使いが少なかったのですね……」

「その通りです。しかし、やがて箒以外の選択肢を考えるようになりました。それは素晴らしいことです。間違いなく進歩です」

 

フリットウィック教授はどこか誇らしそうに言った。

「そうして生まれていったのが、君やポッターが使っている簡易的飛行魔法。レヴィオーソとロコモータを組み合わせた魔法です。しかし、これで満足しなかった魔法使いがいました」

 

 フリットウィック教授は、その魔法使いの名前を囁いた。セドリックはその人物の名前に禍々しさを感じて身震いした。

 

「ゲラート·グリンデルバルド。魔法史でも、頻繁にその名前が出てきます……」

 

 フリットウィック教授はそんなセドリックを見て複雑な感情を抱いた表情を見せたが、静かに言葉を続けた。

 

「彼は闇の魔法使いとして、正規の闇祓い達を相手取るには上空からの攻撃が有効だと思っていたのでしょう。自分や自分の腹心の優秀な魔法使い達が使えるよう、飛行魔術を高度化させました。これによって、飛行魔法の難易度は上昇しましたが発動後の運動性、安定性は格段に向上しました」

 

 

 フリットウィック教授はそこで一旦言葉を切った。セドリックは逸る気持ちを抑えて尋ねた。

 

「でも、普及はしなかったんですね。どうしてですか?」

 

「彼の飛行魔法は、グリンデルバルドの名前とともに広く知られるようになりました。しかし、まだまだ未完成。それまで箒で飛んでいた魔法使い達が、こぞって飛行用の箒の開発に力を入れ始めたのです。風や重力に左右されずに安定して飛行し続けることができる箒が発明されると同時に、それまで箒に乗りたくても乗れなかった多くの魔法族が念願の箒を手に入れました」

 

「グリンデルバルドによる飛行魔法の発展が、箒の性能を向上させたんですね」

 

「その通り。箒の性能向上によって、グリンデルバルドの時代は終わろうとしていました。しかし……」

 

 フリットウィック教授はそこで言い淀んだ。セドリックは黙って話の先を待った。フリットウィック教授はしばらく黙ったあと、言った。

「グリンデルバルドの失墜のあと、暫くの平和を経て……例のあの人が現れました。彼はグリンデルバルドとは比べ物にならないほど強大な魔力を持っていた」

 

 セドリックは頷いた。ゲラート·グリンデルバルドがどれほどの魔法使いだったのかは分からない。しかし、例のあの人……ヴォルデモートの脅威は今も魔法界を蝕んでいることは確かだった。

 

(……僕は正直なところ、赤ん坊に負けた魔法使いなんてとどこか舐めていた部分もあった)

 

 セドリックは内心でそう思っていた自分自身を戒めながら、フリットウィック教授の言葉に聞き入った。

 

(……けれど。その脅威を正しく知っておくことは重要だ。自分の進路を決めるのなら……)

 

 フリットウィック教授は深く息を吸い込むと、ヴォルデモートの飛行魔術について話した。

「例のあの人は、ゲラート·グリンデルバルドなど比較にならないほどの魔法の発明家でした。彼はセストラルすら凌ぐ速さで宙を自在に動き回ることが出来ました」

 

「まさかそんな……ッ!」

 

 セドリックは絶句した。それがどれほど驚異的なことかセドリックにも容易に想像がついたからだ。同じ土俵でグリンデルバルドとヴォルデモートが決闘したとしても、その二人の強さには天と地ほどの開きがあるだろう。セドリックもクィディッチの選手をしているから分かる。空を自由自在に駆ける爽快感というものは唯一無二だ。そして、空の上で速さで劣り、運動性で劣ることがどれだけの不利をもたらすかをセドリックは肌で感じていた。

 

 セストラルは、魔法界で観測されている中で最速で飛行可能な生物である。その時速は、世界最速の箒であるファイアボルトすら上回る。

 

 つまりは、空の上でヴォルデモートを超えることは魔法族には出来ないのだ。

 

「それほどの魔法使いなのに、闇の魔法使いなんかになってしまったんですね」

 

 セドリックの言葉には軽蔑と、そしてもったいないという思いが含まれていた。

 

「そうです。そして、多くの犠牲を出しました。……呪文学の歴史にとって不幸なことに、飛行魔法は例のあの人の象徴になってしまったのです」

 

「死の……飛翔。それを連想してしまうからですか……」

 

 フリットウィック教授は答えなかった。それが何よりの答えだった。フリットウィック教授は、暫く魔を開けてからセドリックに言った。

 

 

「きみは飛行魔法を正しいことに使ってくれると信じています。私は……呪文学は人のためにあるものだと信じたい。そう、信じたいのです」

 

 フリットウィック教授はそこで言葉を句切った。セドリックは優等生らしく、教授の意に沿うよう言葉を選んだ。

 

 

「僕は飛行魔法を使うなら、人を助けるために使いたいと思っています。そう、箒を持たなくてもよくなったもう片方の手で、誰かを支えられるように」

 

 セドリックの言葉に、フリットウィック教授は満足げに微笑んだ。多くのホグワーツ教授にとってセドリックは信頼に値する優等生だった。それは彼が優秀だからというだけではない。セドリックが、ホグワーツ生にしては珍しいほどに善良であろうとしている生徒だからこそ、教授達は彼を信頼するのだ。

 

 

***

 

「いよいよ来るね。二校からの留学生が。ザビニは美人の生徒がいるかどうか楽しみかい?」

 

 10月30日、ハリー達は緊張の面持ちで玄関ホールに集まり、留学生の到着を今か今かと待ちわびていた。ハリーはザビニに冗談交じりに訊ねた。

 

「ああ、楽しみさ!年上のすげぇ美人な魔女がいたら声をかけてぇな」

ザビニは軽口を叩いた。しかし、どこか上の空なのがハリーには分かった。ダームストラングとボーバトンという二校から来る生徒達は全員が17歳以上だ。中学生のハリー達を相手にしてくれるとは到底思えなかった。

 

「ハリーはダームストラングの生徒に興味があるの?それともボーバトン?」

 

 ハリーの後ろにいたハーマイオニーが聞いた。ハーマイオニーも普段通りに振舞おうと努力しているのがハリーには痛いほど分かった。

 

「僕としてはダームストラングよりはボーバトンに興味があるかな。アズラエルによると、ボーバトンは錬金術師を多く排出しているらしいし」

「えっそうなのか?」

 

 ロンが驚いたように言うと、アズラエルが解説した。

 

「三年前の話になりますけど、あの賢者の石を作り上げた天才錬金術師、ニコラス・フラメルの出身校なんですよ。カリキュラムも豊富で、錬金術を学びたいならボーバトンって手もあるみたいですよ」

 

「マジかぁ……ホグワーツみたいに12科目取らなくていいのか?」

 

「厳正な試験と適性検査を経た上でですけど、ホグワーツよりは学べる環境でしょうね。うちはもう何年も錬金術を取った人は居ないようですし」

 

 そんなやり取りをしていると、ファルカスが声をあげた。

 

「……!みんな、来たよ!」

 

 ファルカスが指差したのは森の上空だった。ハリー達が息を飲んでいる間に、森の上に広がる影はこちらへと近づいてくる。

「ペガサス……だけど、でかすぎる!みんな、僕の後ろに!プロテゴ(護れ)!」

 

「ええい!皆私の側に集え!プロテゴマキシマ(全力の護り)!」

 

 それが近づいてくるのを確認したハリーは真っ先にプロテゴを唱えた。マクギリスをはじめとした監督生達は既に魔法を発動させていたが、生徒が魔法の範囲から出ないよう必死に呼び掛けている。そうこうしている間に、それはホグワーツへと降り立った。

 

 それは、あまりにも大きすぎた。

 

 

 大きな館を引いた馬車がホグワーツに近づいてくる。その馬車は、通常とは異なり12頭ものペガサスに牽引されていた。金銀に輝くパロミノの容姿はセストラルとは違う陽性の明るさを見るものにもたらしてくれたが……問題は、そのペガサスの一頭一頭が象ほども大きいということだ。

 

 着地の衝撃だけで大地が震え、巻き起こった豪風でプロテゴが割れかける。それでも、監督生や教授陣の防壁は生徒達を護りきった(着地の轟音に驚いたネビル·ロングボトムは、スリザリンの五年生にぶつかって申し訳なさそうに謝っていた)。

 

 そして出てきたボーバトン校長、オリンペ·マクシームはまずダンブルドアの、次いでホグワーツの生徒達の拍手で迎えられた。マクシームは、黒い数珠やオパールといった装飾でこの歴史的な場所に相応しい威容を備えようとしていたが、彼女にそんなものは必要なかった。普通ならば過剰な装飾として嫌悪感を覚える輝くオパールや数珠など、なんの印象にも残らない。何せ、マクシームは常人の倍ほどの身長を持った魔女だったからだ。

 

「すげぇな、ボーバトンって……なぁハリー」

 

「うん。あの人はハグリッドの親戚なのかな……?」

 

 ザビニとそんなやり取りをしていたハリーは、一瞬ぞわりとした殺気を感じた。何事かと思い後ろを振り返ると、ダフネが死んだ魚のような目でハリーを見ていた。ダフネの隣にいたパンジーもミリセントも、恐れをなしてダフネから少し距離を置いていた。

 

(……一体何が……!?何で!?どうして君がそんな殺気を!?)

 ハリーが異常な殺気に困惑を隠せないでいると、ロンとファルカスをはじめとした男子達の歓声が上がった。

 

 

「うわあああぁ……っ!!!」

 

「あの人、ヴィーラだ!すっげえ!!」

 

 ハリーは反射的に自分の左手の掌を杖で刺した。杖先に血が滲む。

 

 あまり意味はない愚行だった。単に、掌の痛みが、ヴィーラへの誘惑に打ち勝てるような気がしたというだけのことだった。魅了され、自分の意思を奪われるということはそれだけハリーにとって屈辱的な経験だった。必死で耐えている男子はハリーだけではなかった。ドラコやセオドールは屈辱的な顔をしていた。恐らくは、ヴィーラに魅了されてしまったのだろうとハリーは思った。

 

 ホグワーツの男子達を魅了したヴィーラのような魔女は、プラチナブロンドの長い髪と長身、そして魔女としての高い技量を有していた。ハリー自身は童話にはとんと縁がなかったが、マグルの世界のおとぎ話に出てくる魔女とは、人を魅了し、誘惑し、時には破滅へと導く存在でもあるのだから。その魔女、フルール•ドゥラクゥールはそうした才能を備えていた。あまりの美しさゆえに望まぬままに人に好かれ、そして望まぬままに人から嫌われるという才能を持つギフテッドだった。

 

 一方、もう一つの招待客達もまたハリー達の度肝を抜いた。次も空からやって来るのだろうか、それとも地中からか、と噂しあっていたハリー達をよそに、彼らはホグワーツの湖からその姿を見せたのだ。

 

 

 湖の一部が割れるように黒く濁る。それは濁りではなく、水中に潜む何かが現れる予兆だ。気がついた時には、水飛沫を上げて幽霊船が顔を出した。

 

「……来やがったぜ、闇の魔術の総本山が……!」

 

「い、いかにも骸骨とかが乗ってそうな雰囲気だね……!」

 

 

「ザビニ、ファルカス。ダームストラングに失礼だよそれは……」

 

 ハリーがそう窘めている間にも、来賓達は姿を見せ始めた。ダームストラング校長のイゴール·カルカロフは銀髪を短く切り揃え、豊かな髭を蓄えた魔法使いだったが、どこか悪くしているのではないかというほど痩せていた。彼はダンブルドアと親しげに握手をかわす間も、ほとんど本音を見せていないようにハリーには見えた。

 

 

 そして、カルカロフの次に姿を見せたダームストラング生はホグワーツの男子も、そして女子達も歓声の渦へと包んだ。彼は、数多くのプロクィディッチ選手や歴史的な名プレイヤーを見続けたクィディッチ狂や、プレイヤー、監督達から天才と称されるスターだった。ダームストラングの悪名も、彼の前には霞んで消えてしまうようだった。

 

 育ちすぎた猛禽類のように無駄のないその魔法使いの姿を見て、金輪際現れないかもしれない一番星を目の当たりにしたロンは笑ってハリーに抱きついた。

 

「ハリーっ!すげえょ、凄い人が来ちまった!……クラムだ!!」

 

***

 

 それからのホグワーツは、代表選手が誰になるかというトトカルチョで持ちきりだった。

 

「カシウスにエイドリアン、カロー先輩にバナナージ先輩。グリフィンドールはジョンソン、レイブンクローはパッとしないけどクリアウォーターが名乗りをあげてるね」

 

 ハリーが候補者をあげると、ロンが訂正した。

 

「フレジョは試したけど無理だったぜ。年齢制限があるから。……でも、七年生はNEWTがあるのに、立候補していいのかよ」

 

「それだけ注目されてる大会なんだろうね。カロー先輩は『これのために就職浪人したとしても私は構わない。いまを逃せば機会はないのだから』って言ってたから」

 

「はは、スゲーな浪人してでもって。そこまでするか普通」

 

 ハリーの言葉にロンは笑った。ゲラゲラと笑いながら賭けに興じていたハリー達は、賭けに加わることなく深刻な表情で悩んでいるファルカスにあえて気づかないふりをしていた。

 

 ファルカスは、言うべきか言わないべきか悩んでいた。

 

 

(……もしもあのタロットカードがこれを暗示していたとしたら……いや、僕は預言者じゃない。あれは単なる占いの筈だ。余計なことを言って当たったら縁起が悪い……)

 

 ファルカスは沈黙を選んだ。自分の占いなんて当たる筈がないし、トライウィザードトーナメントに関わる筈もないと思い込んだ。

 

 しかし、ハリーもアズラエルも何かあるのではないかと勘ぐっていた。ハリーの周辺に起きる厄介ごとを思えば、ハリーが巻き込まれる可能性は連想せざるをえない。ザビニはハリーなら出場できれば優勝できるなどと茶化したが、そう言うことで不安を紛らわしている節はあった。ハリーは不安を解消するために決闘クラブで魔法の訓練に興じた。

 

 そしてそんなハリー達の姿は、周囲のハッフルパフ生やレイブンクロー生、グリフィンドール生から少なくない反感を買っていた。今回ばかりは、余計なことはしないでくれと皆が願っていた。ボーバトンやダームストラングの生徒達を、ハリーの周囲に発生する闇の魔法使いに巻き込まないでくれと祈っていた。

 

 

 そして、代表が発表される当日となった。

 

 

 ビクトール・クラム、フルール・ドゥラクゥール、そしてセドリック•ディゴリーの名前が読み上げられる。ハリーはピュシーでなかったことを悔しがりながらも、セドリックのために心の底から喜んで拍手した。

(ああ、良かった……!)

 

 これでハリーは今年、安心して勉強に専念できると思った。

 

「……四人目は……ハリー·ポッター」

 

 自分の名が、ダンブルドアによって告げられるまでは。

 

 

 

 




アズラエル「でしょうね」
ザビニ「……ハリーには同情する。マジで」
ファルカス「嘘……だろ……」



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裏切り者のウィーズリー

***

 

 和やかに談笑していた代表選手達(正確に言えばフルールとセドリックとの会話にクラムは混ざれないでいたが)のなかに、異物が紛れ込んだ。その異物とは、ハリー·ポッターだった。

 

 

***

 

「何かの間違いだ!ハリーが選ばれた!?そんなわけねぇよ!ありえねぇって!何かの間違いだ!」

 

 ザビニの絶叫は今までにないほど鬼気迫るものだった。ハリーは呆気に取られてその姿を見ていた。周りの生徒達も皆似たりよったりの反応だった。まさか、ホグワーツから代表選手が二人も出ると夢にも思っていなかったのだ。そして、それを最も受け入れられないのはハリー本人だった。

 

 あまりの事態に呆然としているハリーに代わってザビニが叫んだことはそれなりに効果はあったかもしれない。ボーバトンやダームストラングの生徒達は、口々に囁きあう。

 

「ハリーって誰だ?」

 

「何で四人目?トライウィザードだよね、これ?それとも僕の耳に『コンファンダス(錯乱)』がかけられたのかな?」

 

「ホグワーツだけ二人?それなら私たちにもチャンスがあるってこと?」

 

 ザワザワと囁きは広がり、大広間に疑念と微かな期待が渦巻いていく。その時、ダンブルドアが手を挙げた。それだけで、広間の視線はダンブルドアに集まる。ダンブルドアは、子供達の視線を誘導する術を心得ていた。

 

「静粛に。ハリー·ポッター。こちらへ」

 

 ダンブルドアの一喝で皆が沈黙するなか、ハリーはアズラエルに肩を叩かれた。

 

「行ってください、ハリー。先生達を待たせてはいけません」

 

「いや、でも……」

「いいから早く!」

 

 ハリーは背中を押され、半ば無理やり送り出された。ファルカスが何か言いたげにしていたが、ハリーには振り向く余裕もなかった。

 

「ああ。……これが夢であることを祈るよ」

 

(……どうして僕が選ばれてるんだ)

 

(……年齢制限はあったのに。僕は入れていないのに。誰かが入れたならどうして?僕を選ぶメリットがあったっていうのか?)

 

(……こういう事態を防ぐために先生達や役人が居るんじゃないのか)

 

 ハリーには選ばれた喜びなど欠片もない。驚きと疑問だけが頭を支配していた。思わず誰かを責めてしまいそうになるのを堪えてハリーは足早に進む。

 

 ダンブルドアに急かされたこともあり、ハリーは教職員のテーブルを横切り、大広間の扉を押し開けて肖像画の並ぶ部屋へと向かった。その肖像画に描かれる偉人達は、いずれもホグワーツの卒業生だ。ダフネならば絵を仕上げた画家についてあれこれと蘊蓄を述べてくれるだろうが、ここにダフネは居なかった。

 

 ボーバトンの代表選手であるフルールは、長いシルバーブロンドの髪を揺らしてハリーに問いかけた。

 

「どうかしたのですか?私たちに、広間に戻れということですか?」

 

 

「……いいえ、違います。……役人か、先生から説明がある筈です」

 

「……?」

 

 クラムは視線でセドリックに彼は誰だ?と尋ねていた。セドリックはハリーの様子がおかしいことに気付いた。

 

「ハリー。どうかしたのかい?随分と顔色が悪いが……」

 

「いえ。大丈夫です」

 

 しかし、ハリーはセドリックの声に応える余裕がなかった。そんなハリーを観察しながら、フルールとクラムは何かがおかしいと気づいたらしい。

 

「……まさか君は、ホグワーツの代表選手なのか?」

 

クラムがハリーに尋ねた。ハリーは曖昧に頷いた。

「何故?トライウィザード・トーナメントには年齢制限がある筈だ。セドリックが代表なんだろう」

「あの……僕にもわからなくて……」

 

ハリーはどう答えるべきかわからなかった。とても不快で、とても恐ろしい事態になってしまったと思っているとしか答えようがない。ハリーの心に余裕がないからか、フルールを見てもハリーは心動かされることはなかった。

 

 セドリックが場の雰囲気を取り持とうと口を開きかけたとき、部屋にルード·バグマンが入ってきた。彼はこの場に相応しくないほどに陽気に言った。

 

「……やあやあ諸君!自己紹介は済ませたかね?突然のことで驚いたと思うが、四人目の代表選手、ハリー·ポッターだ!担当役人……クラウチの分析によると、イルヴァーモーニーのホーンド·サーペント寮出身ということになっているらしいがね!」

 

 ハリー、クラム、セドリック、そしてフルールの心はこの瞬間一つになっていたかもしれない。そんな思いを代弁した訳ではないだろうが、フルールは美しい顔に冷徹な軽蔑と怒りを携えてバグマンに対して抗議した。

 

「私の聞き間違いですか?面白い冗談ですね。この人……ポッターは若すぎます。競技には参加できません。そんな不正が許されると思っているのですか?」

 

 

 フルールの怒りはハリーから見ても至極当然で、正当なものだった。ボーバトンの留学生で選ばれなかった生徒のなかには泣き出した生徒もいる。トライウィザードへ挑戦するという目標を胸に留学してきた生徒達が参加できないのに、本来資格のないハリーがこの場にいるのは場違いにもほどかあった。

 

「僕もそう思います。僕はトーナメントに参加すべきじゃない。そもそも立候補していないんです」

 

「そうです。彼のような子供が参加するお遊戯ではないのですよ」

 

(……っ。子供。……耐えろ。今は耐えるんだ。年齢のことを言われているだけだ……)

 

 ハリーはなけなしの閉心術を駆使して、全力で下手に出なければならなかった。やってもいない不正の疑惑で立場を悪くするのは御免だった。それは自己保身的な打算もあったものの、スリザリン寮の名誉のためでもあった。

 

 この疑惑で不利益を被るのはハリーだけではない。『狡猾さ』を信条とし、勝利のためならば手段を選ばないとされているスリザリンのイメージダウンにも繋がることにハリーは気付いていた。

 

 元々スリザリンの評判は悪い。ハリーが闇の魔法使いを退けることでイメージアップに繋がりはしたものの、そのハリーにしても規則違反の常習者ではあるのだ。そこに今回の疑惑が合わされば、ハリーだけではなくスリザリン事態のイメージも低下しかねないのである。

 

 元々スリザリンに対する信頼など皆無に等しいが、それでも積み上げてきた僅かな信頼はある。それが一瞬で消えてしまうことをハリーは恐れていた。

 

「ああ、ポッター。心配には及ばない」

 

 バグマンがにこやかに言った。

 

「私は君の評判をよく知っている。数ヵ月前に闇の魔法使い相手に対抗して生き残ったことも。これはきっと、何かの導きなのだろう……」

 

「そんな理屈が許されるものか!」

 

 バグマンの言葉に反論したのは、部屋に入ってきたカルカロフ校長だった。部屋にはカルカロフだけではなく、マダム マクシーム、ダンブルドアやマクゴナガル、スネイプ、そしてクラウチといった錚々たる面々が集まっている。

 

「クラウチによれば選出された代表が辞退することは叶わないらしい。魔法契約であるから、ポッターが試練で手を抜くことも、恣意的にリタイアすることも許されぬらしい。……誠に遺憾である」

 

 ホグワーツの教授達も、カルカロフの言葉に反論しない。言われて当然だったからだ。

 

「しかし、ポッターを認めざるをえないのであれば、炎のゴブレットをもう一度設置していただこう。ボーバトンとダームストラングからももう一名選出する。それが公平というものだ」

 

 そのカルカロフの提案はもっともな話だった。フルールはそれならばと納得しかけたが、その提案も通らなかった。ゴブレットの炎が消え失せ、代表を選出できないとクラウチ氏が淡々と言ったからだ。

 

 部屋の空気は今や冷えきっていた。カルカロフもマクシームも、自分の生徒以外の全てに軽蔑の視線を向けていた。そんな空気をぶち壊したのは、部屋に入ってきたアラスター·ムーディ先生だった。

 

「…………冴えない芝居だなカルカロフ。闇の魔術に長けた人間らしい小賢しさだ。人を欺く演技には余念がないと見える」

 

「な、なにをいきなり。私は当然の抗議をしたまでだ……!」

「ほう?闇の印が打ち上げられ、そこの少年を殺すと帝王の配下が宣言していたのに?ゴブレッドに闇の魔術をかけそうな人間といえば、かつて彼に与した……」

 

「アラスター!」

 

 ムーディが持論を述べる度に、カルカロフ校長の顔は蒼白になっていく。ダンブルドアはムーディが全て言いきる前に、強い口調でムーディを制した。

 

 ムーディによって、場の主導権はカルカロフからダンブルドアへと譲渡された。ダンブルドアは、ハリーを代表選手として認めると言った。

 

「ハリーとセドリックは競技の最中は競い合う。二人の間での協力や共闘はなく、ただ己の勝利のみを目指して競技を遂行する。……他に代案がある方は、どうか一言意見をお願いしたい」

 

 しかし、代案のある人はいないようだった。マダム マクシームも、不満のある目で睨むだけだ。

 

「……では、話を進めさせていただく。第一の課題は11月24日に行われる。課題の遂行にあたり、選手は教授陣に対して助力を頼むことも、教授陣からの助力を受けることも許されない」

 

 クラウチ氏がすべての説明を終えて解散となったとき、スネイプ教授はハリーの側には寄らなかった。彼は最早同じ空間にいることすら苦痛だと言わんばかりに真っ先にその場を去った。

 

(…………フリットウィック教授に、助力を請おう……)

 

 ハリーはそう心に誓った。現時点のハリーには、七年生や六年生と比較してまだまだ知識も技術も不足している。足りないところを埋めるには、助けを請うより他に道はなかった。

 

***

 

 ダンブルドアの計らいで、ハリーとセドリックは二人で大広間に戻った。大広間は閑散としていて、太った修道士以外にはゴーストすら居なかった。

 

 

「……公の場で君と戦うことになるなんてね、ハリー」

 

 セドリックはハリーに微笑みながら言った。

 

「……はい。でも僕は……」

 

 ハリーは居たたまれない気持ちで言った。

 

「……こんな形で闘うことを望んでは居ませんでした」

 

 セドリックはハリーの言葉に少し失望するような表情を見せた。

 

(……?)

 

 セドリックから告げられた言葉は、ハリーにとって衝撃的だった。

 

「……誰にも言わないと約束する。君がどんな手段を使って入れたのか、僕だけに明かしてくれないか?」

 

(……そ、そこまで……僕には信頼がなかったのか!?)

 

 ハリーの脳裏には過去のセドリックとのやり取りが浮かんでいた。いつも誠実で、ハリー達が死地にいるとき助けに来てくれたこともあった。

 

(……いや、でもあのとき……)

 

 ハリーはファルカスと二人でトンクス先生の部屋を訪れ、セドリックと出会った時のことを思い出した。セドリックは、ハリーが闇の魔術を使えるにも関わらず、見え透いた嘘を言ったとき失望したような表情になった。

 

 

(もしかして、セドリックは……誠実に本音を言って欲しいのか?)

 

 そんな馬鹿な、とは思った。しかし、ハリーは賭けに出ることにした。セドリックはハリーの知る限り、最も誠実で人望のある先輩の一人だ。彼から嫌われるということは、社会的には死んだも同然になるということでもあるのだ。

 

 

 

「すいません、先輩。僕は少し見栄を張りました。……ほんの少しでも、参加したいと思わなかったと言えば嘘になります」

 

 セドリックは、ハリーの言葉にお、と驚きを見せた。

 

「君でもそう思うのかい?」

「はい。先輩達と実力差があるのは分かっていますが、僕は自分の力量を証明して、スリザリンの評判をよくしようと思ったことはあります」

 

 でも、とハリーは強調した。

 

「今回はやっていません。お願いします。信じてください。……どんな闇の魔術を使ったとしても、ゴブレットを突破できるという確証がなければ僕はそれを使いません。自分に災いが振りかかるかもしれないのに、そんなリスクは犯せない」

 

 セドリックはハリーが闇の魔術を知っていることに対しては驚きを見せなかった。ハリーはますます推測は正しいと思った。

 

(そうかこの人、無駄な嘘をつかれると自分は信頼されてないと思うタイプだ!……意外と面倒くさい!)

 

 ハリーは真摯に見えるよう、必死でセドリックと目を合わせた。母親譲りの翡翠色の目は、灰色の目によく映った筈だった。

 

「それに……冷静になってみると、僕が参加したとしても、それでスリザリンの評判が上がるわけもない。不正したって叩かれるだけです。スネイプ教授が僕をどんな目で見ているかは御存知ですよね?」

 

「ああ。……君は本当に、酷い目にあっていることも知っているよ」

 

「だから、僕はやってないんです。……お願いします、先輩からも信じられなかったら、僕はホグワーツで居場所がありません!」

 

 ハリーが必死で頭を下げると、セドリックはそっとハリーに手を差しのべた。

 

「……わかった。僕の出来る範囲ではあるけれど、君が不正をした訳じゃないと仲間に言うよ。バナナージ先輩にもね。きっと君の味方に立ってくれる」

 

「ありがとうございます!」

 

 ハリーはこの時、道が開けたと思った。セドリックから信頼されたことで、確かにハリーが不正したという声は小さくなった。

 

***

 

 それでも、ハリーがやった、と言う人はいた。

 

「なぁハリー。俺にだけでいいからさ、どうやったのか教えてくれよ。友だちだろ?」

 

 ハリーは信じられない思いで、その言葉を聞いた。赤毛で、のっぽでそばかすで、そしてどんなときでも困難を共に乗り越えてきた筈の友人からそう言われたとき、ハリーはセドリックの時のように言葉を返すことが出来なかった。

 

 

 他の誰がなんと言おうと。

 

 

 ロンはいつでも、何があろうとも自分の味方でいくれる。

 

 ハリーはそう信じきっていたからだ。

 

 

***

 

 談話室で一人火に当たるハリーの横に、そっとドラコが座った。

 

「これでわかっただろう?……都合のいい時だけ友人のふりをしておいて。肝心なときにあっさりと裏切る。所詮はあいつも、裏切り者のウィーズリーなのさ」

 

 

***

 

 

 




ウィーズリー家というだけで変なレッテルを貼られるロンさんかわいそ……

ファルカスのタロット占い
クラム→戦車(逆位置)
フルール→運命の輪(正位置)



セドリック→塔(逆位置)


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無能のマルフォイ

原作よりハリー回りの環境はマシです。虐めてくるスリザリン生が味方だからね。


 

***

 

 時を少し遡る。

 ハリーがセドリックに対しての説得を終えたあと、ハリーはスリザリンの談話室に戻った。自分の部屋でザビニに会い、今後の相談をするつもりでいた。しかし、談話室でハリーは予期せぬ面々に遭遇してしまった。

 

 スリザリンの談話室には、普段ならば緑色のローブを着込んだ蛇達が並ぶ。しかし今日は、スリザリン生達は姿を見せなかった。代わりに、毛皮のコートで身を包んだ背の高いダームストラング生達の姿があった。スリザリン寮に迎え入れられたダームストラング生達の視線がハリーに突き刺さる。彼らはわざわざハリーを待っていたのだ。

 

「……あれが、ハリー·ポッター?」

 

 彼らはハリーに話しかけてはこなかった。遠巻きにハリーの姿を眺めながら、ヒソヒソと囁きあっている。

 

「本当に子供だ」

 

「……こんな不公平を納得しろっていうのか……」

 

(……やる気なのか?)

 

 ダームストラング生達はハリーが部屋に戻る道の前で、邪魔になるように立ち塞がっていた。

 

「そこを通してください。部屋に戻らなければいけませんから」

 

 しかし、彼らは道を譲らない。無言のまま動かない彼らは手を出さないが、動く気もないと言わんばかりだ。彼らは視線でハリーを挑発していた。

 

(……ああ、僕に手を出させて失格扱いにさせたいのか)

 

 ハリーは何となくそう思った。勿論、ハリーから喧嘩を売るつもりは微塵もない。その時、ダームストラング生の背後から低い声がした。

 

「……お前ら止せ。子供相手にみっともないぞ」

 

 

 ダームストラング生達を止めたのは、いつの間にかハリーの後ろにいたクラムだった。屈強なダームストラング生のなかでも一際鍛え上げられた彼がじろりと男子生徒を睨むと、不満げな顔をしつつもダームストラング生徒は口をつぐむ。クラムの不興を買いたくなかったのか、一人の女子生徒が慌てて言った。

 

「部屋に戻りましょう。……ホグワーツってこういうことをするのね。来て損したわ」

 

「そうだな。……まぁ、不正で子供を潜り込ませるような学校なんだ。どうせあのセドリックってやつも大したことないだろうな!」

 

 女子生徒に促されて、ダームストラング生は肩をいからせて談話室を出て部屋に戻った。ハリーはクラムに軽く会釈をした。クラムは無言で、少しだけ頷いた。

 

 スリザリンの寮部屋に戻ろうとしたハリーに、メゾソプラノの声がかけられた。

 

「……ハリー。お帰りなさい」

 

「……ただいま、ダフネ」

 

 ダームストラング生の目につかないよう物陰に隠れていたダフネだった。彼女はハリーの顔を見て気の毒そうな表情になったが、きゅっと気を引き締めてハリーに言った。

 

「……マクギリス先輩から言伝てよ。監督生室に来て欲しいと」

 

「……そうか。分かったよ。ありがとう」

 

 ハリーとダフネは連れ立って監督生室まで向かった。ダフネはダームストラングの生徒達に毒づいていた。

 

「感じの悪い連中だったわね。今すぐにダームストラングに帰って貰えないかしら。どうせクラム以外はここには必要ないでしょう?」

 

「それが出来ればいいんだけどね……でも、何でダフネまでついて来てるの?」

 

「カロー先輩が私にも来て欲しいと仰ったの。私だって不本意だわ。」

 

「そうか、君もなのか。何でだろうね」

 

 

 ハリーとダフネは話しながら、監督生マクギリス·カローと書かれた部屋の前に到着した。軽く二回ノックをすると、待ちかねたというカロー先輩の声が聞こえる。中に入りドアを閉めると、深刻な顔のマクギリス·カローが二人を迎えた。

 

「来てくれたか、ハリー。……それからミスグリーングラス。夜分にすまないね」

「お気にさならないでください。監督生室には興味がありましたから。罰則以外で訪れることが出来て嬉しいくらいです」

 

「……うむ……」

 

 マクギリスの顔にも疲労の色があった。監督生にあてがわれた個室は、寮の四人一組の部屋とは違い広々としている。マクギリスが収集したらしき数々の呪物がガラスケースで展示され、監督生の部屋と言うよりは一種の美術館のようになっていた。普段は、部屋に招いた後輩たちにそれらについての解説をしながら勉強を教えていたのだろう。

 

「話を進めましょう。カロー先輩のお話はどんなものなのですか?」

 

 ハリーはすぐに切り出した。マクギリスは無理に笑って言った。

 

「ああ。最早言うまでもないだろうが、君の選出について話を聞きたいと思ってね。……その顔を見る限り、君が不正をした、というわけではないのだね?」

 

 マクギリスはあくまでも確認という形でハリーに質問した。ハリーは淡々と言った。

 

「ええ、選ばれたのは僕の仕業ではありません。ムーディ先生によると、別の誰かの犯行のようです。……もっともスリザリン生としては恥ずかしいことですね。ゴブレットを出し抜く方法が思い付かなかったんですから」

 

「本当かね?」

 

「先輩を相手に嘘はつけません。スリザリンの名誉を汚すことはしたくありません」

 

 自分はゴブレットに名前を入れていないし、誰かが自分の名前を入れたのも見ていないということをハリーは念を押して説明しなければならなかった。

 

「……そうか、確かにその通りだな。私の目も曇ったらしい。すまなかった」

 

 ダフネは少し怒りを滲ませてマクギリスに言った。

 

「不正なんてもっての他です。『狡猾』さと不正とはイコールではない筈です。先輩はハリーのことを疑っておいでなのですか」

 

「ハリーが不正をしたわけではないと理解したとも。ミスグリーングラス。私は単に確認しておきたかっただけなのだよ」

 

(……本当かしら。ハリーの仕業だと疑っていたのでは?)

 

 内心でマクギリスの本心を推測しながら、ダフネはじっとマクギリスを観察した。ダームストラング生達への折衝のせいか、それとも別の要件があるのか、マクギリスの表情には余裕がないようにも見えた。

 

「分かりませんね。皆さんが僕のことを疑う気持ちがわからない。何で分かってくれないんです?」

 

 ハリーは思わず言った。セドリックですらハリーのことを疑ったのは心外だったが、マクギリスも疑うというのは理解できなかった。

 

「少し考えたら分かるでしょう。ゴブレットを騙すなんて芸当は今の僕には不可能だって」

 

 ハリーがそう言うと、マクギリスはふっと笑った。

 

「ハリー。こういう場合の鉄則はね、まずは疑ってかかることだ。人柄や感情による先入観を排除し、出来るか否かで判断するのが魔法使いの鉄則だ。しかしだ」

 

 マクギリスはそこで目を伏せた。

 

「……君は、バジリスクを殺害した実績がある。闇の魔術に長けた君ならばもしかして、と思ってしまったのだ。どうか許して欲しい」

 

「あれはパーシーさんの実績です」

 

 ハリーの言葉をダフネですら信じなかった。何を言っているのかしらという視線がハリーに突き刺さる。

 

「……先輩ですら僕を疑うというなら、これから先いろんな人から疑われることになるでしょうか」

 

 気まずくなった場の空気を変えるために、ハリーはマクギリスに言った。マクギリスは、そうだな、と頷いた。

 

「そればかりは仕方のないことだ。君はあまりにも目立ちすぎているからね」

 

「理不尽な話ね」

 

 とダフネは言った。

 

「ハリーは数ヵ月前には大勢の人たちを救ったわ。二年生の時は秘密の部屋事件も、ハリーの助力があったことを皆が知っている。それなのに、こんなことでハリーを疑うなんて」

 

「……ダフネ」

 

 ハリーはまじまじとダフネを見た。長い睫毛が、整った鼻筋が、いつもにも増して魅力的に見える。

 

(……)

 

 ハリーが思わぬ援護射撃に戸惑っている間、マクギリスはダフネとハリーをを諭すように群衆の心理について説明してくれた。

 

 

「助けられた人々はハリーに感謝しているだろう。それは間違いないとも。しかし、大勢の人々にとっては、ハリーの活躍は雑多な日常の中のどうでもいい情報なのだよ。ハリー、グリーングラス、君はダンブルドアがかつて倒した闇の魔法使いが誰だったのか言えるかな?」

 

「ゲラート·グリンデルバルドです」

 

「では、ダンブルドアにその事で感謝できるかな?」

 

「……いえ」「……」

 

 ハリーもダフネも、沈黙し否定するしかなかった。

 

「ハリーのことを疑う人がいたとすれば、それはおそらくはハリーのことをどうでもよいと思っている人だろう。ハリーに無関心で、無神経な人なのだ。もっともそれは悪いことではない。話をしたこともないのに噂だけで好きになられても、ハリーも迷惑だろう?」

 

「仰る通りです。僕の心をレジリメンスで覗かれたのですか?」

 

 ハリーは感心しながらマクギリスにお世辞を言ったが、マクギリスは単なる推測だと笑った。

 

「ミス グリーングラス。私やセドリックも含めて、ハリーを疑う人々のほとんどは『大衆』だ。ハリーと深い繋がりがなく、ハリーに強い関心がない。そういう人たちを不快に思うだろうが、どうか許して欲しい。悪気はないのだ」

 

「私は……でも、ハリーはそれでいいの?」

 

「……怒ってもメリットがないってことですね?」

 

 ハリーは赦せ、と言われてはい許します、とは言えなかった。自分が聖人でも善人でもないという自覚はあったし、それを演じる気もなかった。

 

「ああ。その通りだ。冷静な思考が出来ているな」

 

 マクギリスはそうハリーを褒めた。ハリーは内心を押し殺して笑った。

 

「ありがとうございます」

 

 そんなハリーを見てマクギリスは頼もしそうにしていたが、さらに言葉を続けた。

 

「……多くの人々は、自分と深く関わりのないものについて思考を停止する。出来るか否かではなくて、『あいつのせいにしておけば角が立たない』ものを疑い、そうではないと思っていても、そういうことにしてしまおうとするのだよ。世間はそういうものだ」

 

 どこか達観したようなマクギリスの言葉には、いつものマクギリスの熱がなかった。ハリーはそれが気になって言った。

 

「……いや。幾らなんでもそんな馬鹿なことがあるわけないでしょう」

 

「そうです。冷静に考えれば、ハリーがするわけがないと分かる筈です」

 

 ハリーの言葉にダフネも頷いたが、マクギリスは気の毒そうに首を横に振った。

 

「ハリー。ミスグリーングラス。……ハリーの父上とミスタ ブラックの一件を思い出してみたまえ」

 

「シリウスの……?」

 

「……正確には、ピーター・ペティグリューの一件だ」

 

 ハリーもダフネも、一瞬で押し黙った。

 

「人は正しいものをではなく、見たいものを見るのだよ。かつて、『狡猾なブラック家の跡取りがポッター夫妻を騙しきってあの人に寝返り、ポッター夫妻を売った』と大人達が信じたように……」

 

 マクギリスはじっとハリーを見た。

 

「『狡猾なスリザリン生が本性を出した』と見る人間もいるかもしれない。あらゆる悪意を想定して耐えておきたまえ」

 

(……い、印象だけで……)

 

 

 ハリーは言い返そうとして言い返せなかった。シリウスはかつて、レジスタンスの一員として少なくない数の人を助けた。しかし殺人犯として疑われたとき、誰もシリウスを擁護しなかった。ハリーはセドリックに疑われたものの必死で弁明したことで何とかなったが、人というものが印象によって左右される生き物だということは全く否定できなかった。

 

「……まぁ、その手の悪意ある馬鹿はごく僅かだろうが。悪意に流される人間も一割ほど出現するだろう。数ヵ月前のホグズミードで、我々スリザリンのマイナスイメージは皆の心に刻み込まれてしまったからな」

 

「そんなことは……!」

 

「無論、これは最悪の予想だ。おそらく、これより悪いことになることはあるまいよ。スリザリンに対して悪意ある妄言をほざくのは大体がグリフィンドール生だが、幸い君はグリフィンドールに多大な恩を売っている。……君でなければ、状況はさらに悪くなっていた」

 

 マクギリスはハリーを励ますように言葉を投げ掛ける。ハリーは無言で頷いた。

 

(ロンとハーマイオニーは必ず味方になってくれる)

 

 ハリーはそう信じて疑っていなかった。

 

「残りの六割は、『ハリーのせいにしておいたほうが角が立たないからそういうことにしておこう』という者達だ。君に対してあまり興味がない人たちは、君がやったという雰囲気が出来上がればおそらくそちらに流れる。しかし、積極的に君を害することはしない筈だ。君に対してそもそも興味がないのだから」

 

「じゃあ、残りの三割である私達スリザリン生で、ハリーを全力で支援するのですね?」

 

 ダフネは明るい声で言ったが、ハリーはそんな甘い話ではないと思った。

 

「……さて。私個人としては、スリザリンからの代表選手として全力でハリーを支援したい」

 

「先輩、それは……」

 

 ハリーが眉をひそめると、マクギリスはため息をついた。

 

「しかしだ。我々はダームストラング生を、寮の一員であり家族として迎え入れている」

 

「仲の悪い親戚として」

 

 ダフネの言葉にマクギリスもハリーも苦笑した。ハリーのことがなければ、おそらくは親しい親戚になれただろう。

 

 

「不正によって突然沸いてきた君に対する風当たりは強い。スリザリン寮を挙げて君を代表選手として応援し、君を支援するということはつまり、彼らに対する不義理でもある」

 

「僕もそう思います」

 

「それはおかしいわ。自分の寮の生徒を応援するのは当然のことよ」

 

 ダフネはマクギリスの言葉に反発したが、マクギリスは首を横に振った。

 

「……やるのであれば陰ながら、目につかないようにだ。下手にハリーを支援すれば、ボーバトンやダームストラングだけでなくハッフルパフの反発を招く。我がスリザリンは嫌われ者ではあるが、彼らから憎まれるのは避けたいのだよ」

 

「……でも、それではハリーが」

 

 ハリーは気にしないでとダフネに笑ったが、ダフネは気にしていた。

 

「ハリーが不正したという事実はないにせよ、ハリーが選ばれたという事実そのものが彼らにとっては許されざる出来事なのだ。ハリー、すまないが……」

 

 

 マクギリスは心の底から申し訳なさそうに言った。ハリーはまだ微笑む余裕があった。これはスリザリンのために仕方ないことだと覚悟していたからだ。

 

「分かります。僕のことは、この一年間無視していただいて構いません。それがスリザリンにとって益になるならそうすべきです」

 

「……ハリー。不安ではないのかね?」

 

「僕は問題ありません。ディゴリーに、僕をフォローして欲しいと頼み込みました」

「え?」「何?」

 

「ディゴリーは、僕が潔白であると証言してくれます。……ハッフルパフ生からのスリザリンへの当たりは、そこまで強くはならない筈です」

 

(……これはちょっと希望的観測かな……いや。ハッフルパフ生も、セドリックの言葉は聞いてくれる筈だ)

 

 ハリーがそう言うと、マクギリスは暫く口をつぐんだあと、言った。

 

「……見事だ、ハリー。よくセドリック·ディゴリーを説得したね。彼の立場からすれば、君を嫌って当然だろうに。どんな魔法を使ったのだ?」

 

「セドリックが好い人だったとしか……」

 

 ハリーが心の底から言うと、マクギリスは心の底から可笑しそうに笑った。ダフネは目を丸くしていた。ハリーはやっとマクギリスらしくなったと思った。

 

(あ、戻った)

 

 ハリーから見て、マクギリスはマクギリスらしさを取り戻したように見えた。ハリーに対して何やら過大な期待をかけつつも、常に前向きに前進するいつものマクギリス·カローに。

 

「ハリー。君はいつも私の期待を越えてくれる。ならば私もそれに応えよう。決闘クラブでは私を練習台にするといい。七年生レベルとの戦闘経験、積んでおいて損はあるまい」

 

「!是非お願いします!」

 

 ハリーにとって願ってもない話だった。トライウィザードに向けて、七年生との決闘経験を積んでおくことはハリーにとって確かに利になる。フルールもクラムもセドリックも確実にマクギリスより強いだろうが、マクギリスは彼らが学んできた知識を学んでいるのだから。

 

 困惑するダフネをよそに、マクギリスはハリーの手を取って言った。

 

「……無茶を承知で言いたい、ハリー。結果を出して欲しい。君が代表選手にふさわしい力量があると証明されればダームストラングやボーバトンへの言い訳も立つ。スリザリンの代表選手として、大手を振って君を応援できるのだ」

 

 客観的に見れば、四年生でしかないハリーにはあまりに無茶な要求だ。しかし、ハリーにはその無茶をはね除ける実績があった。

 

 本人の腕が錆び付いていたとはいえ、闇の魔法使いであるロックハートやシトレ、ドロホフらと交戦して生き延びたという実績。修羅場をくぐった経験だけなら、ハリーはセドリックやクラム、そしてフルールに勝るのだ。

 

 

「ディゴリーやクラムと闘って欲しい」

 

「……ええ。場違いではありますが全力を尽くします。ああ、ドゥラクゥールとも闘いますよ、勿論」

 

 ハリーは内心、嫌だと言いたかった。いつも自分ばかり厄介ごとに巻き込まれるのは不公平で、最悪命を落としかねないことばかり起きるのはいい加減にして欲しいと思っていた。しかし本音を明かしたところでどうなるものでもない。

 

 

(……今回は皆が巻き込まれていないだけ、マシだ。ロンやハーマイオニーやザビニや、ダフネが襲われることはないんだから……)

 

 そう自分に言い聞かせるしかなかった。

 

 

「君や我が寮の後輩たちがこれからの一年を有意義に過ごせるように私は全力を尽くす。だから、君は自分のことに専念したまえ。何か知りたい魔法があれば私に言うといい。知っていれば君に教えるし、知らないものは父親の伝手でも何でも使って、魔道書を持ってこよう」

 

「ありがとうございます、先輩」

 

 ハリーはマクギリスに心から礼を述べた。内心不満は燻っているが、これで憂いなくトライウィザードに打ち込める。そんなハリーの様子を、ダフネは唖然として見つめていた。

 

「それから、ミスグリーングラス。君を呼んだのは他でもない、女子グループでの争いが過激にならないように調整して欲しいと思ってのことだ。特に君の年代がもっとも過激になるだろうからね」

 

「……申し訳ありません。私は力になれそうにありません……」

 

 ダフネは即座にマクギリスに詫びた。

 

「実は、グループから抜け出したいと思っています。今は、ハリーの応援に専念したいのです」

 

「え!?あの、ダフネ?どういうこと?」

 

 ハリーはダフネがいきなりそんなことを言ったので驚いた。マクギリスは微笑んだ。

 

「気にするな、ハリー、ミスグリーングラス。そういうことなら、私がどうこう言う話ではないね。……今日はありがとう」

 

***

 

 ハリーは訳が分からぬまま、マクギリスの部屋を離れた。廊下でハリーはダフネに問いかけた。

 

「ダフネ。さっきのあれは……」

 

「方便よ。ハリー、わたしは自分の手に余る責任は持たないようにしているの」

 

 ダフネはさっぱりと言った。

 

「……そうか。それならいいんだ。……でも、ちょっと愚痴りたくなったら言ってくれ」

 

「自分のスキルアップに専念しろって言われたじゃない。バカね」

 

 ダフネはため息をついた。

 

 現在ダフネの親友であるパンジーは一人のハッフルパフ女子を虐めることに躍起になっていた。ダフネはそれに荷担するわけにもいかず、前学期まで親しかったパンジーとの間に少し距離が出来始めていた。

 

 パンジーの虐めの対象は、同い年のハッフルパフ女子、スーザン·ボーンである。ボーンはザビニの三股の相手で、三股が発覚したとき、トレイシーがザビニを振るきっかけになった相手でもある。

 

 パンジーはダフネの所属するグループの女帝であり、仲間思いである。自分より成績のいい女子を追い落とそうと必死で、ハーマイオニーに陰湿な嫌がらせを企てたのもパンジーだ。ホグズミードでハーマイオニーとハリーによって闇の魔法使いの支配を解除されていなければ、今でもハーマイオニーへの虐めを継続していただろう。

 

 恩義からか、ハーマイオニーへの虐めは控えるようになったパンジーだが、彼女が権力の行使をやめることはない。パンジーは慕われ、侮られるよりも恐れられることを選んだスリザリンの魔女だった。だからハーマイオニー以外の、目立つ女子に対しては相変わらず虐めを企てるのだ。

 

 

 パンジーは(ダフネにだって気持ちは分かるが)顔と権力と財力のいずれか、あるいはその複数を持つ男子に目がない。ドラコだけでなく、あわよくばザビニの関心を得たいという思惑もあったのだろう。パンジーのスーザンに対する嫌がらせはエスカレートし始めていた。

 

(……手に追えなくなったら、セルウィン先輩に投げよう)

 

 ダフネは集団でのいやがらせや無視といった虐めには加担していたこともあるし、今さらそれを恥じる良心があるわけではない。しかし、ザビニはハリーの友人でもある。そんな相手の彼女に対する虐めに荷担するというのは、あまり気が進むものではない。ダフネはスーザンのためではなく、自分の人間関係を守るために動こうと思った。そこでパンジーを止められないところが、ダフネの限界でもあった。

 

 スリザリン生には、勇気が不足しているのだ。友に立ち向かうという勇気が。

 

(……パンジーのことを思い出したら憂鬱になってきたわね)

 

 ダフネの目の前には、急展開によって疲労しながらもダフネを心配するハリーの姿があった。

 

(……今なら誰も見ていないし……)

 

 そう思い、ダフネはハリーの肩をとん、と叩いた。

 

「……ちょっと寒くて疲れたわ。手を引いてくれるかしら」

 

 ダフネはハリーに引っ張らせて寮まで戻ることを要求した。ハリーは犬の散歩をするかのようにダフネの手を引いて、女子寮の前までダフネとともにゆっくりと歩いた。

 

「……また変なことが起きたわね」

 

「うん。今回は期日が決まっていて、準備期間がある。考えようによっては今までよりマシだね」

 

 そう虚勢を張るハリーの姿を、ダフネはしっかりと目に焼き付けた。

 

「頼もしいわね。カロー先輩が言ったように、貴方にはウィーズリーやグレンジャーも居るものね」

 

「スリザリンの仲間もね」

 

(……気が利かないわね……)

 

 ハリーの言葉は、ダフネの期待したものではなかった。それが少し癪で、ダフネは歩みを進めながら女子寮に到着したとき、ハリーに言った。

 

「ところでハリー。……この手はいつまで続くのかしら?」

 

 ダフネはハリーの手をさすりながら聞いた。ハリーは顔を真っ赤にして慌てて手を離した。

 

「ごめん!つい!」

 

「……別にいいわ。また明日ね」

 

(ようし、一勝ね)

 

 ダフネは内心でハリーに優越感を抱くと女子寮に戻り始める。ハリーを少し慌てさせたと思うと、小気味がよかった。

 

 ハリーは照れ笑いしながら頭を掻いていた。ダフネはそんなハリーを見てため息をつくと、女子寮へ入っていった。

 

(……パンジーやミリセントが言うように、『私のために頑張ってね』って言えばよかったかしら)

 

 ダフネのため息は自分自身に対するものだ。どう言えばいいのか分からず、ただ黙って歩くことしか出来なかった。

 

(……そんなはしたない台詞。言えるもんですか……!)

 

 ダフネにも意地とプライドはある。自ら媚びたような言葉など言う筈もない。

 

(……今のハリーに『頑張れ』なんて言えないわ。……本当に、どうすればいいのかしら……)

 

 

 ハリーと付き合いを始めてから、ダフネの身の回りの景色は変わった。ダフネにとって灰色だった景色が鮮やかに色づいていく。停滞していた周囲が目まぐるしく移り変わっていく。ダフネはそれに追い付こうと走るのに必死で、何が正解なのかまるで分からない。ダフネは結局、ハリーに頑張れとは言わなかった。

 

 

***

 

 ハリーはマクギリスに対しても、ダフネに対しても虚勢を張っていた。二人の前では強い自分を演出したが、クラムやセドリック、フルール達に勝てる算段や確信はまるでないのだ。

 

 次の日のハリーに対する風当たりは強かった。ハッフルパフ生はハリーに対して異常に他人行儀になり、ハリーとは会話をしなくなった。スリザリン生はハリーの周囲を取り巻くようになり、レイブンクロー生は遠巻きにハリーを見ながらヒソヒソと囁きあう。ホグワーツはたった一日でそれまでとは様変わりしていた。誰もが寮を意識し、ハリーに対して余所余所しくなっていたのだ。

 

 セドリックがハリーの潔白をハッフルパフ生に告げた効果は確かにあった。その話はハッフルパフ生からグリフィンドール生、レイブンクロー生にも伝わった。しかし、人の感情というものはそう簡単にコントロールできるものではない。

 

 ハッフルパフ生はセドリックへの敬意と義務感から、普段と同じようにハリーと接することは出来ないと考えたのだろう。面と向かって話せば、嫌味や皮肉の一つも言いたくなる。だから、アーニーもジャスティンもハリーの前では笑顔を作っていた。あまりに分かりやすすぎる作り笑いで、ハリーは居たたまれなくなった。

 

(馬鹿げてる……)

 

 レイブンクロー生は、ハリーと関わることがリスクだと考えたようだった。ハリーがドロホフの息のかかった闇の魔法使いに狙われているのなら、ハリーと親しくするメリットは彼らにはないのだ。

 

 ハリーはスリザリン生達に、繰り返し自分の潔白を主張しなければならなかった。あまりにも同じ台詞を繰り返したので、いい加減ハリーはうんざりしていた。

 

「決闘クラブでロンに会おうか、ザビニ。ロンなら分かってくれる」

 

「ハーマイオニーもな。急ぐぜハリー。急に増えた取り巻きがうぜぇしよ」

 

 ハリー達四人組はスリザリン生達を振り切って決闘クラブへと急いだ。

 

 ハリーにとって弱音を吐いて本音を見せられる相手はザビニ達同室の三人であり、ロンとハーマイオニーだった。決闘クラブでロンと会ったとき、ハリーはいつも通りロンとトレーニングを積むことができると信じて疑わなかった。

 

「すげぇな、ハリー。どうやってゴブレットを騙したんだ?」

 

 だからハリーは、ロンから聞いた言葉が信じられずフリーズした。あまりにも予想外で、ロンの言葉を信じたくなかったからだ。

 

 ロンの言葉に驚いているのはハリーだけではない。何ならダフネやマクギリスですら驚いていた。

 

 ロンが卑屈な作り笑いを浮かべていることも、ハリーが不正をしたと信じていることも不愉快で、信じられなかった。

 

「なんて言ったんだい?ロン。君は、君は。……頭にコンファンド(錯乱)を受けたのか?」

 

 ハリーは閉心術など使う余裕もなかった。気がつけばロンを罵っていた。

 

(君は、僕を信じてくれる筈だろう!)

 

 

 余計な気を使わなくても、以心伝心で分かると思っていた。それはハリーの甘えだったのだと、ハリーは実感することになった。

 

 

「何だよ、その言い方!俺はただ、ハリーならトライウィザードにも勝てると思って……」

 

「僕が不正したって言いたいのか?そういうやつだって言いたいのかい?」

 

 アズラエルもザビニも、ロンの予想外の言葉に固まってしまっていた。そのため、本来ならばブレーキ役になる筈の二人がロンとハリーを止められない。ハーマイオニーは本気の喧嘩におろおろするばかりで、ファルカスはバナナージを呼びに行ってしまった。

  

 

 バナナージがファルカスによって連れてこられた頃には、ハリーとロンは互いを罵り、怒ったロンは決闘クラブを出ていってしまっていた。

 

 

***

 

「……ザビニ。僕は、何が悪かったのかな」

 

「ハリー。ロンはお前が不正する筈ねぇって分かってるさ。……お前は悪いことしてねえよ。なに考えてんだあのアホ」

 

 ザビニはスリザリンの談話室でドラコに慰められているハリーが呆然としているのを見て、ハリーを慰める方が先だと判断した。

 

(重症だ……)

 

 ザビニがはじめて見るハリーの姿だった。スリザリンの継承者として疑われた時の比較にならないほど、ハリーは憔悴していた。今のハリーの姿にトレイシーに振られたときの自分が重なり、ザビニは言葉に詰まった。

 

(お前そこまであいつのことを気に入ってたのか……)

 

「友達ならよぉ、やってねえって言われたら普通信じるよ。つーか信じるに決まってんだろ。何回同じ修羅場潜ったと思ってんだよ。親友信じなくて何を信じろってんだよ」

 

「うん。……でも、僕は……ロンに本当は嫌われてたのかなって思っちゃって……」

 

「……」

 

 ザビニは冷や汗をかきながら黙ってハリーの言葉を聞いた。

 

(……それはねえ、と思うけどよ……)

 

「……なんか、一瞬でもそう思った自分が嫌でさ……」

 

「馬鹿。気のせいだ気のせい。気が動転したからって変なことを思い込んでんじゃねーよ」

 

「……じゃあ何で信じてくれなかったんだろう」

 

(本っっ当に、何であいつが信じねーんだよ訳わかんねーよ俺も聞きてーよ)

 

 そんなハリーに助言をしたのはアズラエルだった。彼は、ハリーにも問題はあったと言った。

 

「まぁ待ってくださいよ。ロンに悪気があったかどうなのか。確認すべきはまずはそこでしょう。ロンとまた会って話せばいいんです」

 

「……それはそうだね。そうだけど……和解出来なかったらと思うと、怖いな……」

 

「………」

 

 ハリーは弱音をこぼした。アズラエルもザビニも、ハリーの言葉に応えられなかった。ハリーは、ファルカスが何か言いたそうにしているのに気付いた。

 

「……ファルカス。何か名案があるのかい?」

 

「……!うん!」

 ハリーに話を振られ、それまで黙っていたファルカスは言った。

 

 

「……確かに、ロンも君も迷っているのかもしれない。ハリーが迷っているのなら、僕はロンの側にたって話を聞いてみるよ」

 

「ロンの側ぁ?何言ってんだおめー」

 

「待ってくれ、ザビニ」

 ザビニが怪訝な顔をした。ハリーは期待と不安を込めた顔でファルカスを見た。

 

「……忘れてるみたいだけど。僕はハリーの友達ではあるけれどロンの友達でもあるんだ。一方的にハリーの都合を押し付けるのはよくないと思うんだよ」

 

「いや、都合って言うけどよぉ。今のハリーの状況分かってんだろ?やべーんだよ。圧倒的に命の危機なんだよ。だったら、友達ならハリーに寄り添うべきじゃねぇのかよ」

 

「友達ならロンにも寄り添うべきだって言ってるんだよ、ザビニ」

 

 寮の部屋は、ピリピリとした緊張感が流れていた。ハリー達の間でこんな空気になったのは、一年生のとき、ハリーの私物が盗まれて以来のことだった。

 

 

「待ってくれ、ザビニ。……僕は、ファルカスに頼みたい」

 

 ハリーは成り行きに任せているわけにはいかなかった。ファルカスを睨んでいたザビニの前に立ち、ハリーはファルカスに向き直る。

 

「……今の僕は冷静じゃない。今すぐに会ったら心にもないことを言ってしまいそうで怖いんだ。……だから、ファルカス。ロンの本心を聞いてみてくれ。……僕に気に入らないところがあるなら、僕はそれを直してみる」

 

「分かった。任せて、ハリー。期限はいつまでにする?」

 

「……大事なのはロンの気持ちだ」

 

 ハリーは明日にでも聞いてくれないか、と言おうとしたのを堪えた。それこそ、ロンのこころを無視した言葉だったからだ。

 

 

***

 

 グレゴリー·ゴイルは、同じ部屋のセオドールとドラコの作り上げたバッジを眺めていた。一見すると何の変哲もないバッジだが、ある仕掛けをするとみるみるうちにバッジは変化する。それを見て、ドラコもセオドールも傑作だと笑い、クラブは愛想笑いをしていた。

 

「よし、いいぞ!これでポッターをこちら側へ引き込める!」

 

 ドラコはそう言って浮かれていた。ドラコによると、これはハリーを闇陣営、つまりはドラコやグレゴリー達の父親の陣営に引き込むための素晴らしいアイディアなのだそうだ。

 

(……いいのかなぁ。余計なことなんじゃねえかなぁ、これ)

 

(単に落ち込んでるハリーに優しくするだけで、もっと仲良くなれるんじゃねえかなぁ)

 

 クラブ以外に親友がおらず、友達と言えるのもドラコだけで、セオドールはせいぜい知り合いにとどまるグレゴリーは、自分に人間関係の機微を察する能力はないと自認していた。だから、余計なことを言わない方がいい、と思った。

 

 

(……やめとこう。馬鹿にされんのも嫌だし、余計なこと言うとクラブのやつ殴るしな……)

 

 グレゴリー·ゴイルは無能な怠け者である。彼は指示されたことしかやらないし、指示されていないことは極限まで手を抜く姑息さを持っている。それは、不用意な発言が許されないいびつな友人関係に起因していた。

 

 もしもドラコがグレゴリーやクラブに対してハリーに対するものほどの友情を抱けなくても、せめて対等な関係であるように務めていれば、ドラコはここでグレゴリーの意見を聞いていたかもしれない。しかし、ドラコはそうしなかった。ドラコにとってグレゴリーとビンセントは手足であり、己の考えを補強したり修正するに足りうる相手とは見なしていなかったからだ。

 

 

***

 

 

 次の日、昼食時にはハッフルパフ生やドラコ、何人かのスリザリン生達が皆一つのバッジをつけていた。朝食の際にはなかったもので、光の反射で目立つため否が応でも目についた。

 

 

「……何だあれ?」

 

「やぁポッター。お一つどうだい?『セドリック·ディゴリー応援バッジ』さ」

 

「……へぇ、良くできてるね。これをドラコが?」

 

 ハリーは本心から言った。セドリックに対しては恩義があったから、応援しようという雰囲気を醸成するのは悪い話ではないと思った。

 

「待ってください。ディゴリーの許可は取っているんですか?」

 

「ふん、そんなものは事後承諾で構わないさ。見ろよ。ハッフルパフの連中はこぞってこれを胸につけているぞ?君もどうだい?」

 

 ドラコの言葉には嫌な響きがあった。ハッフルパフ生はこぞって応援バッジを胸につけている。ハリー達は、ドラコからバッジを受け取ったものの胸には着けなかった。

 

「……どうかしたのかい、グレゴリー」

 

「……え、いや。なんでもねぇ」

 

 ハリーはグレゴリーが視線を彷徨わせているのが気になったが、グレゴリーは答えない。ハリーの中でますます嫌な予感が膨れ上がった。

 

 その時、ドラコは大広間で目当ての人間を見つけたらしい。嬉々としてその目当ての人物に駆け寄った。

 

「やぁウィーズリー。ご機嫌はいかがかな?」

 ドラコが声をかけたのは、なんとロンだった。ハーマイオニーではなく、シェーマス·フィネガンとディーン·トーマスの二人と行動を共にしていた。

 

「何の用だよ。俺は腹が減ってるんだ。どけよ」

 

「今の君に必要なプレゼントをしたいと思って、ねぇ?」

 

 

「あいつ……まさか」

 

 止めようとするハリーの前に、ビンセントとグレゴリーが立ち塞がる。二人は物理的な壁役になるためにドラコに付き従っていたのだ。

 

「これを見ろよ。『セドリック応援バッジ』だ!エポキシマイズ(接着せよ)!」

 

 そう言って、ドラコはロンにバッジを投げつけた。接着呪文がかけられたバッジがロンの胸元のポケットにくっついた瞬間、バッジの色が鮮やかに変化する。それまでの黄色いハッフルパフカラーから、グリフィンドールを思わせるような深紅の色に。

 

「何だぁ!?」

 

 そして、バッジには文字が浮かび上がる。ロンにバッジが触れた瞬間、周囲のハッフルパフ生達のバッジも呼応して変化する。

 

 バッジには、『セドリックを応援しよう』というそれまでの文字ではなく、『裏切り者のウィーズリーめ』という文字が浮かび上がっていた。

 

 

「……てめえ、何を!」

 

 ロンは激怒してドラコにつかみかかろうとした。そんなロンは、高笑いするドラコのプロテゴに阻まれる。

 

 周囲のハッフルパフ生は、凍りついた顔でドラコを見た。自分達がドラコに利用されたのは明らかだった。そしてスリザリン生ですら、ドラコのやり口に嫌悪し、あるいはその低俗さに呆れていた。

 

「ハリーもこのバッジは傑作だそうだよ!」

 

 そんなドラコの言葉に、ハリーは切れた。

 

「エバネスコ(消えろ)!!」

 

 ロンの胸元に、白い閃光が突き刺さる。ロンの胸元で赤く光っていたバッジが消失すると、周囲のハッフルパフ生達のバッジも元の黄色いバッジへと戻った。

 

 ひゅう、とザビニが口笛を吹く。

 

「何のつもりだ、ポッ……」

 

「ロンに謝罪しろ、マルフォイ」

 

 ハリーは切れたまま断言した。迷いはなかった。ドラコは目を見開いたまま、唖然とした顔でハリーを見ていた。

 

 ロンとハリーとの間に、気まずい沈黙が流れた。ロンはハリーに何も言わなかった。ハリーも何も言えなかった。ハリーは結局、ロンともドラコとも会話をしないまま大広間から逃げた。

 

(何で上手く行かないんだ……)

 

 ハリーの胸中には、苦い痛みだけが残った。

 

***

 

 マルフォイ家は、時流に乗りうまく生き延びてきた一族である。陰謀渦巻く激動の時代にあっても幸運に特化し、結果的にではあるが生き延びることに成功した彼らは、身内への情にあつい。

 

しかし、同時にマルフォイ家には欠点があった。自分達が生き延びることに特化し、窮地ならばつく陣営を選ばない彼らは、所属した陣営に甚大な被害をもたらす厄介者でもあった。

 

 早い話が、マルフォイ家は無能な働き者だったのだ。この場合は、スリザリンに対して彼らは被害をもたらした。

 

 ハリーのせいで地に落ちていたスリザリンの評判は、この一件で地中深くまでめり込んだ。ダームストラング生はドラコがスリザリン生の代表としてしきりにクラムに話しかけていたのを見ていたし、ボーバトン生も今回の一件を目撃したからだ。そして善良なハッフルパフ生達は、自分達の意志が利用され、虐めの道具にされたことを決して忘れなかった。スリザリン生の中に側にいてほしくない虐めっ子が存在するということを、彼らは改めて再認識したのである。

 

 

 

 




周囲のスリザリン生含めたホグワーツ生徒の反応(何だあいつら……?)
ダームストラング&ボーバトン生の反応(????)

ドラコからハリーへ向ける感情も大概だけど原作も本作もハリーからロンに向ける感情はずっしりじっとりと重いんですよねえ。


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傲慢なポッター

半純血の分際でスリザリンの代表面するなんて許されると思いますか?


***

 

「……何でだ?」

 

 大広間を出てから、ハリーは何も考えられずにいた。ロンとの関係は壊れてしまった。

 

(……アーニー達も怒っている筈だ。……ドラコはどうしてあんなことをしたんだ?あんな馬鹿なことを……)

 

 セドリックを応援するはずのバッジがグリフィンドール生達を誹謗中傷しては元も子もない。そんなことは分かりきっているはずなのに、ドラコは一体なぜあんなことをしたのかハリーには理解できなかった。

 

 塔の上で黄昏ていたハリーに声をかけてきた者がいた。

 

「……いい様だな、ポッター!」

 

 スリザリン生のセオドールだった。隣にビンセントもいる。

 

「……」

ハリーはセオドールを無視して視線をホグワーツの情景へと戻した。いつものように雲に覆われた空の中に、手紙を首にかけた梟が飛び交う。ホグワーツ城の天辺に止まる梟がハリーの視界に映った。

 

「……聞けよ。ポッター」

ハリーの前にクラブが立ちふさがる。

「何か用かい、ビンセント?」

 

「そいつにはないさ。だけど、僕にはある。お前が目障りだ」

 

 セオドール達の手には杖が握られていた。ハリーは攻撃的な意思に満ちたビンセントとセオドールを睨み付けながらローブに手を突っ込む。

 

「理由を聞いてもいいかな。僕は君に恨まれる覚えがない」

 

 ハリーが聞くと、セオドールは醜悪にハリーを嘲笑った。

 

「嘘をつくなよ。君は半純血の分際で僕らに偉そうな口利いてるがな、本当は穢れた血を継いでいるくせに。自分がどれだけ目障りなのか自覚があるのかい?」

 

「……スリザリンの代表?お笑い草だ。君は僕ら純血の下でいるべき存在なんだよ」

 

 

 蛇のようにねちっこくセオドールはハリーを責め立てた。まるでスネイプ教授のように、セオドールはハリーに憎しみをぶつけてきた。

 

「聖28一族を作ったのは僕の祖先だ。その枠組みを作って、慈悲深くウィーズリー家も加えてやった。寛大だろう?あのいたちどもがグリフィンドールの家系だろうと、純血なら仲間に加えようと言うんだから」

 

「……それで?」

 

 ハリーは冷めていた。セオドールに対する興味も関心も、急速に失せていた。

 

(何で僕が君の家の都合を気にしなきゃいけないんだ?)

 

 スリザリンの同期でも、セオドールとはほとんど交流がない。ハリーにとってセオドールは、ドラコやロンどころかコリンよりも優先度が低い相手だった。

 

「一人ぼっちのお前が、純血の僕らに指図するなんておこがましいんだよ。身の程を知れ、傲慢なポッターめ」

 

 ……もちろん、だからといって不快さが軽減される訳ではなかった。

 

 ハリーは思わず笑いそうになった。

 

 どうやら人の人生は、自分にとって辛いときに限って嫌なことが起きるよう出来ているらしい。

 

「……君はそんなに話せたんだね、セオドール。いつも寡黙で、理知的なやつだと思ってた。でも違ったみたいだ。……真っ当に人を思いやるような言葉を話す知能がなかっただけだったとはね」

 

 ハリーの心の中は嵐のように荒れ狂っていた。

 

(……僕は二人の友達を失ったんだ!それなのにこいつ等は他人を傷つけて何とも思わないんだ!!)

ハリーはセオドールはともかく、ビンセントまでがそう思っていることはショックだった。三年生の時、ビンセントはボガートを撃退してくれたからだ。

 

「何だと……。お前なんて、親がいなければ何にもできやしない癖に。本当の友人なんて一人も居ないだろう!」

「僕がいなければシリウスはアズカバンのままだった!」

 

「僕に言わせれば、お前は骨の髄まで役立たずだ。お前の養父もな。……お前の存在が、ブラック家にとってどれだけ目障りか考えたことがあるのかい?」

ハリーは目の前が真っ暗になった。交流のない実の両親を侮辱されるよりも、シリウスとマリーダを侮辱されたことが許せなかった。

「ノット。君は最低なやつだよ!よくも僕の両親を!」

ハリーは杖を抜いた。セオドールもそれに続き、杖を抜いた。ハリーより早くから魔法に触れて育っただけはある。しかしハリーの方が一瞬速かった。

先手必勝、無言呪文でハリーは魔法を放った。

セオドールの杖が、セオドールの手を離れハリーの左手に吸い寄せられる。セオドールは衝撃で目を見開いていた。

 

 一方ビンセントはとっさにハリーから距離を取っていた。ハリーはその反射神経に舌を巻いた。

 

 

(でも遅い!)

 

ビンセントもセオドールと同じように、ハリーの無言武装解除によって杖を奪われた。

二人は驚いたようにハリーを見ていた。ハリーは二人から奪い取った杖を地面へと放り投げて言った。杖は禁じられた森へと吸い込まれていった。

 

「……名門なのに、君は大したことないんだね」

 

 ハリーはそう言い捨てて、足早にそこから去った。ハリーはもう二度と二人と口をきくつもりはなかった。

 

(……本当の友人……?)

 

 ハリーはセオドールの吐いた毒を頭から追い出そうとした。しかし、その毒はハリーの心を蝕んだ。

 

 

 ロンも、ドラコも、ハリーの気持ちなど考えてはくれなかった。ロンとはあれだけ長く冒険を重ねた。ドラコもクィディッチのチームメイトとして、一緒に空を飛び回った。だというのに……。

 

 

「……ここに居たのかよ、ハリー!何やってんだ。遅ぇぞ!」

 

「!」

 

 どこに向かうべきかも分からず寮に戻ろうとしたハリーに、ザビニが声をかけた。

 

「……ったく。ルナのやつがお前がこっちに来たって言うから来たけどよ。本当に居やがったよ」

 

 ハリーの前に現れたのはザビニだった。

 

「……」

ハリーはザビニを睨み付け、無言で踵を返した。苛立ちと安堵を悟られたくなかった。

「ハリー?何してんだ?」

「君と話すことはないよ」

「お前、なんか変だぞ。……どうかしたか?」

「……なんでもない!」

ザビニはハリーの後をついて来た。ハリーは足を速めたが、ザビニはしつこくついてくる。ハリーは業を煮やし立ち止まった。

 

「ついて来るなよ!」

「あぁ?アホか!次の授業が何か分かってんのか!スネイプの魔法薬だぞ!遅れると大減点と嫌味をくらうんだよ!インカーセラス(縛れ)!」

 

「……おい!?」

 

 ハリーはザビニの手で拘束され、強引に薬学の地下室へと連行された。連行の途中、ザビニはハリーに言った。

 

「……とにかく、余計なことは考えんなよ。ロンもマルフォイも今は放っとけ。ハリー。お前は今は、自分のことだけ考えりゃいいんだ。」

 

「……心配してくれてるのかい。君らしくもないね」

 

(なんで僕はこんなことを……)

 

 ハリーはしまったと思った。苛立ちや怒りをドラコやロンではなく、無関係のザビニにぶつけてしまった。自己嫌悪でハリーは口を覆い隠したかったが、零れた言葉は元に戻ることはなかった。

 

 

しかし、ザビニはハリーの言葉を聞いて笑った。

 

「何だよ、ちゃんと言えるじゃねえか。俺にはそういうこと言えねえのかと思ってたぜ」

 

 そのあとすっと真顔になり、ハリーの拘束を解いた。もう地下室は目の前だった。

 

 

「自意識過剰も大概にしろよ。俺は女子ならまだしも男に優しくする趣味はねえ」

 

「知ってるよ。あったら僕は君と絶縁するところだ」

 

 ハリーとザビニは少しの間、耐えきれずに笑った。それからザビニは言った。

 

「……まぁ、なんだ。スネイプに目ぇつけられたら厄介なんだよ。お前も俺があいつに目ぇつけられてることは分かってるよな?」

 

 ハリーは答えなかった。ザビニはため息をついたが、それ以上ハリーには何も言わなかった。

 

 ハリーは本当は一人になりたかった。一人になって、あれこれ考えたかったのだ。しかしそれは叶わなかった。授業の間中、ザビニはずっとハリーの側にいたからだ。スネイプ教授が遅れてきたノットとクラブに嫌味を言う中、ハリーはザビニと共に胃腸薬を調合し、その日の授業を乗り切ることが出来た。

 

***

 

「……それで……一体何が原因なんでしょう?どうして、ロンはハリーにあんなことを言ったんですか?」

 

 

 次の日の放課後、ハグリッドの小屋には、アズラエル、ルナ、コリン、そしてハーマイオニーが集まっていた。ルナとコリンがスクリュートの餌を用意するなか、アズラエルとハーマイオニーはハグリッドの差し出したタンポポ珈琲を飲みながら向かい合っていた。

 

「ハリーは大変だったようじゃな。マルフォイとも、ロンとも喧嘩するとは」

 

「そうなんです。今、ハリーはちょっと荒れてますね。魔法使いとして強くなってはいますけど」

 

 ハリーは決闘クラブでマクギリスを相手に十戦して七勝を修めるまでになっていた。ストレスを与えれば与えるほど強くなるのではないか、とアズラエルが錯覚するほどだ。

 

「……うーむ」

 

(……むかしを思い出すのう。そういえばリリーも、むかし……)

 

 ハグリッドは遠い昔、ハリーの母親がスリザリンとグリフィンドールの生徒の間で揺れていたのを思い出した。

 

(これも血かのう。……いや、いかんいかん。余計なことを言っちゃあならん)

 

 ハグリッドは口が軽いという自覚はなかったが、酒を飲んでいない素面の状態ならば、同僚の過去に関わることを言うべきではないという理性はあった。うっかり変なことを口走らないために、ハグリッドは異空間に入りコリンとルナの監督に回った。

 

「……アズラエルに言っていいのかどうか分からないけれど……」

ハーマイオニーはルナとコリンがスクリュートの住む異空間の中に入ったことを確認すると、迷いながら話し始めた。

 

「ロンは、その……ハリーのことが羨ましいの」

 

「……はい?何ですって?」

 

 アズラエルは首をかしげた。何故ハーマイオニーがそんなことを言うのか分からなかったのだ。

 

「……信じられないと思うでしょうけど、本当なの」

 

「……ロンは……今までずっと、ハリーの側で頑張ってきたわ。グリフィンドールではロンはロンとして頑張ってきたけれど、大きな活躍をするときは、いつもハリーが側に居た。分かるわよね?」

 

「ええ。君たちはほとんどいつも、大切な時はずっと側で戦っていました」

 

 アズラエルはハーマイオニーの言葉に頷きながらも、迷わず切り込んだ。

 

「だからこそ分からないんですよ。僕は直接側で見ていた訳じゃあありませんが、あれだけの苦楽を共にしたなら、ハリーがやったとは思わない筈です。ロンはハリーの力量を過不足なく把握してるでしょう。ハリーにはゴブレットを騙すことは出来ないってことも知ってますよね?」

 

「そうね。ハリーが感情的なことも、ハリーがやったこともロンは知っているし見てきた。そして、ハリーと一緒に困難を乗り越えてきた」

 

 ちくちくと時計の秒針が進む。アズラエルは口を差し挟まない。

 

「そうして困難を乗り越える度に、グリフィンドールやハッフルパフの、ロンの回りの色んな人が言うのよ。『ハリーは何をしたんだ』って。……皆が……ロンのことを見てくれないの」

 

 ハーマイオニーが言葉を選びながらゆっくりと説明すると、アズラエルは腕を組んで考えながら言った。

 

(……嫉妬ですって?いや、そう考えること自体は分からなくもないですけど……)

 

 

「僕らもそうでしたよ。最初のうちはね。ハリーのことを、何かよく分からないけれど英雄扱いされてるいけすかないやつだと思ってる子も多かったです」

 

「……そんな」

 

 ハーマイオニーはハリーを思ってか、気の毒そうに表情を歪めた。

 

 アズラエルは、ハリーの周囲で色んなスリザリン生から話を聞いている。親友のファルカスから、軽く純血主義的な思想を持つ人間まで幅広く話を聞けば、ハリーの境遇や蛇語という才能、そして実績を羡む声も聞かないわけではなかった。

 

「けどね。すぐ皆気がつきましたよ。ああ、ハリーの立場って割に合わないってね」

 

 最初のうちは。

 

「割に合わない……?」

 

「だってそうでしょう。何が悲しくて学校生活で死にかけなきゃいけないんですか。ハリーだって内心うんざりしてますよ」

 

 周囲のハリーを見る目に転機が訪れたのはハリーが二年生のときに、秘密の部屋の事件を解決したあとだった。スリザリンの象徴であるバジリスクをどういうわけかハリーが殺害し、ハリーもまたバジリスクに殺されそうになったという話を聞いたとき、周囲のスリザリン生は誰もがこう考えた。

 

(あんな目に遭わなくて良かった)

 

 と。

 

(嫉妬…いや。ハリーの養父とか金銭面に嫉妬するまでは分かりますけど、死ぬよりはマシでしょう……)

 

 アズラエルは自分自身の命は当然惜しいし、大切にしたいと思っている。だからハリーに降りかかる災いが明らかに限度を越えていると思った。それは客観的に見て正しかった。

 

 アズラエルはタンポポ珈琲を飲み干すと、ハーマイオニーへ尋ねた。

 

「……だからロンが、そんな理由であんなことを言ったなんて僕にはちょっと信じられませんね。それはハーマイオニーの想像ですよね?」

 

「ええ。そうよ」

ハーマイオニーは認めた。彼女は栗色の髪を少し触りながら、憂いを帯びた顔で言った。

 

「……ロンは、誰より勇敢に命をかけてきたの。けれどいつもハリーより下という扱いだった。この間、闇の魔法使いに殺されかけた時も……」

 

「……なるほど。…そう言われると……」

 

(……ハリーだけじゃなく、ロンの立場もきついですねぇ)

 

 アズラエルは想像してみた。勇敢にいのちを懸けているのは自分も同じなのに、いつもハリーだけがもっと誉められるところを。

 

(口だけの僕と違って、ロンはいつも最前線で命を張ってますもんねぇ……)

 

 ハリーのことを友達だと思っていても、ちょっと嫌になることはあるかもしれない、とアズラエルは思った。

 

「だから、思わず心にもないことを言ってしまったのよ」

 

 

「ロンと私が喧嘩したのもそれが原因なの。ちょっと冷静になって、って言ったんだけど。……だけど、私も言いすぎたわ。もっとロンに寄り添ってあげていたら……」

 

「謝るなら早いうちがいいと思いますね。ハリーは……今ちょっと難しいですが……」

 

 アズラエルの言葉にハーマイオニーは少し嬉しそうに頷いた。それから、思い出したように聞いた。

 

「ハリーはロンのことを嫌いになってはいないのね?」

 

「そうなんですよ。まるでフラれた彼女とよりを戻そうとするかのようにおろおろと狼狽えていました」

 

「……ダフネがいるのに?」

 

「そうなんです。ぼくも驚きましたね」

「まぁ……」

いやまったく、とアズラエルは思ったが素直に頷いた。ハーマイオニーがほっとしたような顔を見せたので、アズラエルは続けた。

 

多少は、ハーマイオニーをからかいたい気持ちもあった。

何しろアズラエルは、ハリーを嫌ったロンの本心を聞き出すという一仕事を終えているのだ。ちょっとぐらいの意地悪は許して欲しかった。

 

 その時、スクリュートの世話を終えたルナとコリンに付き添ったハグリッドが異空間から小屋へと戻ってきた。三人は満面の笑みでスクリュートの成長を喜んでいた。

 

「お帰りなさい、三人とも。その様子だとうまく行ったようですね?」

 

 アズラエルは初めてスクリュートを目にしたコリンがカメラを掲げて怪獣を見たと語るのを聞き流しながら、ハリーにどうやってロンのことを伝えようか、と頭を悩ませていた。

 

***

 

 

「ロン、話があるんだ」

 

 ファルカスが真剣な顔でロンを呼び出止めたのは、決闘クラブが終わってすぐのことだった。ロンは黒人の少年と、黄土色の髪の毛の少年と行動を共にしていた。

 

 決闘クラブでは、ハリーは荒れていた。ところ構わず上級生に決闘を挑み、負け、敗因に対して対策して勝つという荒業を繰り返していた。

 

 ファルカスはあまり良い傾向ではないのではないかと思い苦言を呈したが、ザビニはハリーの好きにやらせた方がいいと言ってハリーを止めなかった。ハリーは己のストレスを力に変えようとしているかのようだった。強くなれば、ロンが戻ってくるのだと言うかのように。

 

 しかし、それより前に話をすべきだとファルカスは思った。だからこそ、ファルカスはロンに声をかけたのだ。元々ファルカスはロンの真意を聞くつもりだったが、急いだ方がいいと思った。マルフォイのやらかしの後、周囲のホグワーツ生がスリザリン生を、見る目に軽蔑が加わったからだ。

 

「……何だよ、ファルカス。話って」

 

 ロンは内心の苛つきを抑えながら、ファルカスの方を向いた。ロンはシェーマスとディーンには先に行くように手で合図をしていた。

 

「スリザリンのことで怒ってるだろ?……マルフォイがあんなことをしてきたんだ。そう思うのも無理はないよね」

 

 ファルカスはロンに聞いた。ロンは鼻で笑った。

 

「そんなもん慣れてるよ。あんなの、いつものことだ。そうだろ?」

(嘘だ……)

 

ファルカスはそう思ったが口には出さなかった。二人は肩をならべて、暗い廊下へ足を向けた。ファルカスは周囲に誰もいないのを確認しながらロンに囁いた。

「……慣れなくていいんだよ。ロンは悪くないんだ。マルフォイにあんなことをされたら誰だって腹が立つし、スリザリンのことが嫌いにもなるよ」

 

(……クソッ。余計なことしやがって、マルフォイのやつ……)

 

 ファルカスは本心からロンに言った。

 

「そんなこと言っていいのか?あいつはスリザリンのシーカーだろ?」

 

「関係ないよ。スリザリンの皆だってそう思ってる。あいつを好きなやつなんてハリーくらいさ。……それに僕、マルフォイには怒ってるんだ。ロンもそうなんじゃないかと思って」

 

 

 ファルカスはロンの目を見て言った。オーバーなほどに怒りを表現するのは占い学の応用の詐術で、あまり多用すべきものではない。ただ、心の底からマルフォイを嫌悪しているファルカスにとっては大袈裟でも何でもなかった。

 

「なら、DADAの授業でマルフォイに突っかかって行ったのは……」

 

「勿論あいつを困らせてやりたかったからだよ」

 

「……いい性格してるよな、ファルカスも」

 

 元々、ファルカスはロンと打ち解けていた。ファルカスはあまり多弁ではなかったが、闇祓いという夢を持ち、家は裕福でもなく、ドラコ達を嫌悪していることをロンに明かしていた。だからこそ、この状況下でロンの心を動かすことが出来た。

 

「ハリーも少し悪いんだよね」

 

 と、ファルカスは言った。

 

「……同じチームだからって、マルフォイみたいな口だけの奴と仲良くして、君みたいに命をかけてくれた人を蔑ろにするなんて。僕なら考えられないよ」

 

 ファルカスは、マルフォイへの嫌悪感とハリーへの微かな怒りをロンに明かした。ロンの心は多いに揺れた。

 

「だから、ハリーが不正したって思ったんだろう?ハリーもさ、もっとマルフォイと距離を置いていれば」

 

「違うんだ、俺は……」

 

 ロンはファルカスに本音を打ち明けた。

 

「……俺、不安だったんだよ。今のままじゃ、どんどんハリーに置いてかれるんじゃないかって」

 

「置いていく?ハリーが?君を?」

 

 ファルカスはロンの目をまじまじと見て、信じられない思いでいた。

 

「俺、ハリーが羨ましかった。いつもいつも、フレジョですらハリーのことしか聞いてくれねえし……」

 

「……うん。分かるよ…」

 

 ファルカスは心の底から頷いた。ハリーに嫉妬しているのはファルカスも同じだったからだ。

 

「けど、俺がいくらそう思ったってハリーになれる訳じゃない。そうだろ?だから俺だって、決闘クラブに入って、パーシーやビルに魔法を教えてもらって……結構やれるだけのことはやってきたと思う」

 

 でも、とロンは拳を握りしめた。

 

「……トライウィザードなんて、どうやってって追い付けねえよ。……ハリーは。ハリーだけで手の届かないところに行っちまって……そう思ったら俺、変なこと言っちまって……」

 

 ロンが泥のような思いを吐き出すのと同じように、ファルカスも言った。

 

「ロンは悪くないよ。だって、そうだろ?ハリーは何もしてないのにトライウィザードに出て、先生達の指導を受けてますます魔法を覚えられるんだ。それはハリーのせいじゃないけど、不公平だよ」

 

 ファルカスはハリーではなく、ロンに寄り添った。

 

 人が嫉妬する原因のひとつに、不公平感がある。ハリー自身が努力していることは、二人ともよく理解している。しかし、問題はハリー自身ではない。

 

 ハリー自身の努力や行動とは無関係に、ハリーの周囲に与えられる状況そのもの。それら全てが、持たざるものにとっては堪らなく不公平に映る。これは感覚的なもので。頭で理解しても割りきることは難しいのだ。

 

「……これは僕の想像なんだけど。ロンはハリーの後ろじゃなくて、隣を歩きたいんじゃないかな」

 

「……!」

 

 ロンはファルカスの言葉に目を見開いた。どうすればいいのか分からなかったロンに、光が差し込むような気がした。

 

 

 ファルカスは、ロンにある提案をした。それからすぐにロンとファルカスは別れてそれぞれの談話室に脚を運んだが、二人とも足取りは軽やかで、これからへの期待に満ち溢れていた。

 

 




グリフィンドール生とスリザリン生どちらとも仲良くなろうとするハリーの姿。
ハグリッドからはリリーとそっくりに見えるよ。


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悪名

 

***

「それはまた、安い挑発に乗っちゃいましたねえハリー」

 

「……僕は乗ったことを後悔はしていない。あそこで反論しなかったら、僕はシリウスに顔向け出来ないからだ」

 

 その日の夜、ファルカスもザビニも寝息をたてはじめた頃にハリーはアズラエルにノットについて相談した。アズラエルは少し引きながらもハリーとノットの喧嘩についてよく話を聞いた。

 

「ええ……君ならそう言うでしょうね。うーん。でも、ノットちょっと……」

 

 アズラエルは読んでいたニーチェの本をぱたんと閉じて、ハリーに向き合った。

 

「これは僕なりの予想なんですけど……ノットはもしかしたら父親よりの考えなのかもしれませんねえ。彼は闇の魔法使いになりかけているのではありませんか?」

 

「……何だって?アズラエル。占い学の大袈裟な導入とか、デイリープロフィットの見出しじゃあないんだよ?本気で言っているのか?」

 

 ハリーは驚いて聞き返した。まさかノットがアズラエルにそんなことを言われるとは想像もしていなかったのだ。

 

「根拠を教えてくれ。君にしては荒唐無稽な考え方だ」

「根拠ですか……」

 

 アズラエルは少し考えてから言った。

 

(ハリーにはあんまり面白くない話ですけど、まぁ……)

 

「僕の憶測ですよ。ノット家は聖28一族、つまりは純血の魔法使いの家系ですよね?ノット自身は純血主義ではないにしても、そういう環境で育ってきました」

 

(ノットはマルフォイやクラブとツーカーだってことは言わない方がいいでしょうねぇ……)

 

 

 アズラエルは言うべきと思ったことと、言わなくていいと思ったことを分けて話す。嫌味で一言多い傾向にあるとはいえ、コミュニケーションの基本は弁えていた。ハリーが本当に激怒するような言い方は避けつつ、ハリーのためになるように言葉を選んで話した。

 

「だけど、ハリーはマグルの世界で育ってきましたよね?勿論君を否定するわけではありませんが、君の両親も闇の魔法使いに殺されたんです。ノットとしては気が気じゃなかったでしょう。デスイーターの息子である僕は、いつかハリーに復讐されるのではないか、ってね」

 

 ハリーは何も言い返さなかった。アズラエルが何を言いたいのかはハリーにも伝わったからだ。しかし、言わずにはいられなかった。

 

「君はスリザリンにしては公平な男だと思っていた。ノットに対しては違うのか?偏見でものを見るのかい、アズラエル」

 

「そんなこと思ってないですよ。彼は非常に真面目な生徒です。ただ、ノット家というのは代々スリザリンの中でも特に純血思想が強かったですから。そのなかで違う選択を取るなんて難しいと思ったんですよ」

 

「……シリウスは……」

 

「歴史の教科書に名前を残すかもしれない人と一緒にしないで下さいよ。あの人は例外中の例外です」

 

(君と同じようにね)

 

 

 ハリーにそう言いかけて、アズラエルは口を閉じた。前髪を整えてから、アズラエルはハリーに話した。

 

 

「……今回の一件、ノットにしては稚拙でしたね。ハリーを直接脅しに来るなんていうのは下の下です。それでも君に敵対したのは、それくらい重い理由があると思ったんですよ」

 

(……もしかしてノットのやつ、僕に死んで欲しかったのか?あのゴブレットももしかしたら……)

 

 ハリーは一瞬、ノットがゴブレットを騙したのではないか、と思った。ゴブレットを騙してハリーを追い詰め、さらにハリーが弱ったところを複数で責め立てる。

 

(……いや……流石にそこまでするとは思えない)

 

 ハリーは脳裏に浮かんだ疑念を打ち消して、アズラエルにまだもっともらしい推測を言った。

 

「ノットの理由か。……マーセナスあたりに脅された、とかじゃないかな?僕はあいつからも恨まれてるし」

 

「その線もありますね。そっちはぼくも探りを入れてみます」

 

「大丈夫か?」

 

 ハリーは気遣わしげにアズラエルを見た。アズラエルは女子たちから話を聞いてみるだけです、と笑った。

 

「ザビニもいます。楽な仕事ですよ。僕はザビニの隣で聞き役に徹しますからね」

 

(……トラウマは克服したんだな、アズラエル)

 

 ハリーはアズラエルを頼もしく思った。上級生相手でも、直接相対するのでなければ小賢しく立ち回れるのはアズラエルの長所だった。

 

「いずれにせよ、ノットがそこまでするには何らかの事情はある筈です。ノットにしては杜撰なやり口ですからね。杖まで持ち出して脅すなんて、それこそ親絡みの恨みしか思い浮かびませんよ、僕は」

 

 アズラエルの言葉にハリーはしばらく考え込んだ。

 

(そうか、親のことか……)

 

 ハリーは両親から貰った命を、無駄にしたくはなかった。両親より優れた魔法使いになることが、両親の死が無駄ではなかったと証明することになると思った。だからハリーはスリザリンに入ったのだ。端から見れば頭のおかしい選択でも、ハリーのなかでは筋が通っていた。そんなハリーにとって、ノットは馬鹿馬鹿しく滑稽ではあれど、両親の影響を受けることを否定は出来なかった。

 

 それから顔をあげたハリーの表情は少し吹っ切れたように見えた。

 

「仮にアズラエルの言葉が本当だとして。それならノットは馬鹿だ。……けど、ノットだけが悪いとは言えないね。僕も親の影響は受けているから」

 

 アズラエルは少し安堵したように冗談を言った。

 

「ええ。……それにしても、ハリー。ノットなんて気にしている余裕があるんですか?試練のためには彼のことなんて考えるまでもない些事でしょう」

 

 アズラエルの言葉をハリーは鼻で笑った。

 

(……そりゃあそうさ。けれど、ノットみたいに考えてるやつはスリザリンに大量に居るんだろ、アズラエル)

 内心の言葉を飲み込んで代わりに出てきた言葉にも、弱音を隠せたとは言い難かった。

 

「君は僕を誤解しているね。試練があるって分かってることよりも、不意にやってくる不幸の方が僕にとってはきついんだよ」

 

「なるほど、真理ですねえ」

 

 アズラエルは苦笑していたが、しばらくしてから真面目な表情になった。

 

「……ま、何にせよ純血一族や闇の魔法使いにはあまり深入りしない方がいいと思いますよ。ノットについてもね。立ち入るべきではない話はあります」

 

「そうだね。ノットの言葉を借りるなら、分は弁えろってことか」

 

(……ノットよりも、アルバス・ダンブルドアを信用することの方が恐ろしいよ)

 

 ハリーはそう冗談を言おうとして言葉を飲み込んだ。そんなことを言ってもアズラエルを戸惑わせるだけだと思ったからだ。

 

 ハリーにとってホグワーツでもっとも信頼できる大人は、ハグリッドを除けば今やフリットウィック教授が次に来る。一方、校長先生であるダンブルドアに対しては、どうしても好きになれないという思いがあった。ハリーはあがき、もがきながらも、何とか自分達の力で窮状を脱したいと考えていた。

 

***

 

 シリウスとマリーダの二人は、定期的にハリーに手紙を寄越すようになった。前学期まではシリウスからだけだったが、マリーダもハリーに手紙をくれる。ハリーはマリーダとの約束を破ったことを報告せずに居た。

 

(純血主義。『純血を尊重しましょう、それがスリザリンのルールです。』……僕には出来なかったよ、マリーダ)

 

 ハリーがとなりに居てほしいのはダフネという個人であって、純血という家や血そのものではない。ハリーはノットの一件で、心の底からそれを実感していた。

 

 シリウスは、ムーディを信用して頼るようにと書いた。そして、ダームストラングのカルカロフ校長が元デスイーターであることもハリーに明かした。

 

『君にこれを教えておくのが遅すぎた。すまなかった。カルカロフはドロホフとも旧知の仲の筈だ。決して油断するな、ハリー』

 

 手紙の中でシリウスはそう書いていた。シリウスはユルゲンから、ダームストラングの内情について話を聞いていたらしい。

 

『ユルゲン·スミルノフのように、ダームストラングの卒業生のほとんどは各国で優れた魔法使いとして働き、少なくない実績を残している。彼らはホグワーツよりも幼い年齢からヘックスやジンクス、そしてカースを学ぶ。しかし、それは魔法使いとして社会の中で働くためだ』

 

 シリウスはそう綴っていた。

 

『ダームストラングにはマグル学のカリキュラムが薄い。ここは明確にホグワーツやボーバトンに劣る部分だ。しかし、望めば四年次から学ぶことは出来るそうだ。ユルゲンは四年生時点からマグルのことを学んだらしい。彼らはマグルの社会ではなく、魔法族の社会で己の才能を発揮するために学んでいる。そう理解した上で、以後の内容を読み進めてくれ』

 

 そしてシリウスは、ユルゲンの時代のダームストラングについて明かした。スリザリンと同じように、純血主義的な思想を持つ派閥はあったらしい。カルカロフやドロホフはユルゲンとは年代は違うものの、その派閥だったという。純血派閥の礎を築いたのは、ゲラート・グリンデルバルドだ。

 

 

『ダームストラングは、かつて闇の魔法使いゲラート·グリンデルバルドを輩出した。と言っても、グリンデルバルドはダームストラングからも危険視され、退学処分を受けた。グリンデルバルドの危険性に気付きながら更正させられなかったと見るべきか、危険性に気付いたから放逐したと見るべきかは意見が分かれるだろうが……』

 

 

『……グリンデルバルドがダンブルドアに敗北するまで、ダームストラングには奴を支持し、純血思想を賛美する風潮はあった。一部の声のでかい連中だな』

 

 シリウスによると、ダームストラングの悪印象はグリンデルバルドの犯した悪行によるものが大きいのだという。

 

『グリンデルバルドは詐欺師だったらしい。やつはヴォルデモートより魔力こそ小粒だったが、魅力的な自分とやらを演出する術に長けていたようだ』

 

(詐欺師か。狡猾よりも悪い評判だ……)

 

 ハリーはダームストラングがますます疑わしく思えた。スリザリン生であるハリーが言えた立場ではないが。

 

『グリンデルバルドを支持することは、ダームストラングや周辺諸国では禁じられている。ダームストラング生やユルゲンの名誉のために、悪名は過去のものだということを理解しておいてくれ』

 

 シリウスの手紙はさらに続いた。

 

『ダームストラングは、かつて闇の魔術を学ぶ学校として悪名が轟いた。しかし、それ故に闇の魔法使いや闇の魔法生物を打ち破るためのノウハウを熟知している。これは大きなメリットだ』

 

 ハリーはシリウスの手紙を読み進めた。シリウスは、ダームストラングを正しく恐れ、警戒しろと伝えた。

 

『私は闇の魔術を好ましくは思わない。しかし、君がそうであるように、闇の魔術を知っていることとそれを使うかどうかは別の話だ。カルカロフの影響力がどこまでかは分からないが、ダームストラング生徒に対しては一定の敬意を払うことだ。彼らも自分達に好意的な人間を無碍にはしない』

 

(……ごめん、それは無理……)

 

 ハリーは心の中でシリウスに謝った。ハリーはダームストラング生に完全に目をつけられてしまった。彼らにとって、ハリーは不正の象徴であり、訳の分からない異物であり、神聖なトライウィザードを愚弄した敵なのだ。

 

 もちろん、彼らダームストラング生は優秀だ。魔法使いとして洗練された七年生である以上は、四年生がゴブレットを欺くなどあり得ないと分かっているだろう。しかし、人間である以上はどうしても受け付けられない部分はあるものだ。それが感情というものなのだろうとハリーは思った。

 

 そのあと、シリウスの手紙には一枚に渡って、校長のイゴール·カルカロフが関わったと思われる悪事について詳しく記されていた。

 

『やつは暗黒時代からヴォルデモートの配下として暗躍し、さまざまな悪事を働いた。ダームストラングを卒業してから英国の魔法省に就職したわけだが、そこらのチンピラより能力がある分やつの働きは質が悪かった。

……代表的なものでは、「服従の呪文」の悪用による勢力の拡大。

違法な生物実験によって誕生させた……いや、製造した魔法生物の所持。

魔法省への偽証などだ。

カルカロフはムーディによって捕えられたが、同じデスイーターを売ることで司法取引によってアズカバンを逃れた』

 

 ハリーは胸が痛くなる思いがした。デスイーターの悪事がどれだけ邪悪で迷惑で、人として最低な行為なのかを実感していたからだ。

 

 ハリーはカルカロフの情報を読んで、はっとした。

 

(……そういうことか。ムーディ先生が怒るわけだ)

 

 

 ムーディ先生がカルカロフとスネイプ教授に当たりが強いのは、過去の所業のせいだったのだ。ハリーは苦々しく思った。しかし、もう何もかも遅かった。過去は消えない。カルカロフも、スネイプ教授も犯した罪を背負い、疑われながら生きるしかないのだろうか。

 

『「服従の呪文」によって支配された者は、どんな命令にも服従しなくてはならない。カルカロフは無辜の市民にに「死喰い人」となるように「服従の呪文」をかけ、人々を操った』

 

『このことに疑いの余地はない。カルカロフはアズカバンで餓死しておくべき男だ。しかし、ダームストラング生をカルカロフと同一視してはいけない』

 

 シリウスは、ハリーを信じると手紙で書いてくれた。そして、次の日曜日にホグズミードで会いたいとも。ハリーにとってこれ程心強いものはなかった。

 

 また、マリーダはハリーが純血派閥やホグワーツ生、ダフネとうまくやれているのかを心配していた。

 

『どうにもならなくなった時は、私かシリウスか、支えてくれる誰かに相談することだ、ハリー。ダフネは突然のことで動揺してはいないか?』

 

 ハリーにとって、これは痛い指摘だった。ダフネと休日を楽しむという余裕は今のハリーにはありそうもない。せいぜい一緒に勉強をするくらいだ。

(……元々、ダフネも息抜きをし過ぎるつもりはなかっただろうけど。それでも良くないよな、勉強のことばかりなんて。つまらない奴だと思ってるだろうし……)

 

 ダフネの厚意に甘えてばかりでは、いつか愛想をつかされるのではないか。ハリーの脳裏にそんな思いが浮かんだ。

 

 マリーダは節度をもって純血派閥と接するよう手紙で書いていた。ハリーはそのアドバイスを聞くのが少し遅かった、と思った。

 

『ハリーに手を差しのべてくる相手が必ずしも善人とは限らない。難しいかもしれないが、よく見極めることだ』

 

 ハリーは返事には、純血派閥にもとてもよくしてくれる先輩がいる、と書いた。マリーダならシリウスに純血派閥のことは話さない筈だと思った。

 

(……まぁ。マクギリス先輩だって、内心では僕を疎んじているかもしれない。……それでも僕に手を貸すのは、僕を評価してくれているからだ)

 

 自分やシリウスを見下すノットの顔が浮かぶ。あれが全てではないにせよ、紛れもなく、純血の一族が持つ本音なのだ。ハリーはどこまで行っても、目障りな半純血で、スリザリンの家族ではない。

 

「……僕は半純血だ」

ハリーは声に出して言ってみた。そのとたん、胸の中がざわめくのをハリーは感じた。

 

(僕は半純血だ。君はどう思う、ロン?)

心の中でロンに問いかけたが、もちろん誰も答えてくれるはずもなかった。

 

 ロンであれば、そんなことは気にもとめない筈だ。混血でもマグル生まれでも純血でも、魔法使いであることに違いはないと言う筈だった。しかし、今のハリーにはロンはいなかった。ロンは、ハリーとは別の道を歩み始めているのだとハリーは思った。

 

(……強いからついてきてるだけ……か節穴だよ、ドラコ。そうだったらどんなに楽だったか。本当にだったなら、ロンは今でも僕の側にいた筈なんだ)

 

 

 ハリーの心は、雨で燻る焚き火のように悲しみで湿りながら、憎悪という炎によって激しく燃えていた。強いだけの半純血。それがスリザリンにおける自分の全てだ。しかし、それは紛れもなくハリーが自分自身の努力と鍛練で積み上げてきた力でもある。与えられたものだけではなく、努力によって勝ち取ったものの筈だ。

 

(どうしてそれが駄目なんだ)

 

 そんな感情はハリーの中で怒りとなり、憎悪として膨れ上がっていた。

 

 しかし、ハリーが孤独を感じていることもまた事実だった。現状を脱するためにどうすればいいのか、ハリーには分からない。というより、ロンと向き合うことから逃げていた。もしもロンに拒絶されたらという心理を心の中に閉じ込めて、ハリーは表面上の考えに逃避した。

 

(僕に出来ることはほとんどないんだ。トライウィザードという決められたレールの上を走るしかない……)

 

 そう思ったとき、ハリーは激しい嫌悪感にとらわれた。

 

(……気に入らない……!勝手な思惑で僕の進む道を塞ぎやがって……!)

 

 ハリーはそう心の中で思った。ハリーにトライウィザードへの参加を強制した犯人が、ノットのような純血主義の誰かか、カルカロフか、あるいはインペリオで支配された第三者なのかは分からない。しかし、ハリーはこの時心に誓った。真犯人を見つけ出した時に、その行いを後悔させてやると。

 

 それは八つ当たりであり、現状から目を背けるための現実逃避であった。

 

***

 

 ハリーは真犯人に行いを後悔させてやる前には自分自身の行いを後悔することになった。

 

 きっかけは、杖職人のギャリック·オリバンダーとデイリ·プロフィットの記者リタ·スキータだった。代表選手の杖の状態を確認し、取材を受ける場に、場違いではあれどハリーも呼ばれた。ハリーは自分を呼びに来たコリンがリタに余計なことを言わないよう、こっそりとコリンに無言でシレンシオ(沈黙魔法)をかけて代表選手が集まる場に入った。

 

 ギャリックは杖職人として完璧な仕事をした。彼はハリーの杖がそれなりに(セドリックより完璧ではないが)手入れされていることを誉め、そしてこう付け加えた。

 

「強力な魔法を行使したようだ……杖は持ち主と共に育つもの。私の手を離れた時よりさらに、強力な魔力を獲得している」

 

「オリバンダー先生の杖が素晴らしかっただけです」

 

 ハリーは即座にそう言ったが、リタ·スキータは目を光らせて強力な魔力、という文句に飛び付いた。リタは商業主義の権化であり、売れるならばどんな記事でも書くという魔女だった。記事のなかにに真実が一つしかなくても、面白おかしく誇張されていたとしても。

 

 その記事で誰が迷惑を被ったとしても、リタにとっては関係がないのだ。面白いかどうか。売れるか売れないか。それだけが、記者としてのリタの判断基準だ。そしてそれが罷り通るデイリープロフィットの体質が、ハリーに牙を向いた。

 

 デイリープロフィットは、ハリーの(そう回答したわけでもない)インタビューを一面として載せた。記事の中のハリーは両親の死を何とも思っておらず、純血主義で、魔法使いとしての力量を証明したいという野心家になっていた。ホーンド·サーペント寮出身ということになっていた筈のハリーは、スリザリン寮のハリー·ポッターとして記載されていた。ザビニやダフネは喜ぶべきかどうか微妙な顔でハリーの顔色を伺っていた。

 

 それ以上にハリーやハッフルパフ生たちを激怒させたのは、本来一面を飾るべきクラムやフルールがほとんど紹介されず最後の一行に押しやられ(名前のスペルも間違っていた)、同じようにインタビューを受けたセドリックは名前すら載らなかったことだ。

 

 

 今や、ホグワーツ内のスリザリン以外の生徒はハリーの敵になっていた。狡猾なスリザリン生が、本来あるべきセドリックの栄光を掠め取り、実の両親を愚弄した挙げ句純血主義者として自分達を見下していたということになったのだから。バナナージは校内で多発する小さな諍いを仲裁するのに必死で、ハリーやセドリックのフォローをするどころではなかった。

 

 

***

 

 決闘クラブで、ハリーはセドリックに謝ろうとした。あれは違うと弁明したかった。そんなハリーの行く手を阻むように、ハッフルパフ生のアーニーがハリーの前に立ち塞がった。

 

「どいてくれ、アーニー。セドリックと話したいんだ」

「いやだね。君にはその資格がない」

「資格?人と話すのに資格がいるなんて変な話だね。アーニー、君にはもううんざりなんだ」

 

 ハリーはそう言ったが、アーニーは頑としてその場を動こうとはしなかった。二人を取り囲む人垣がさっと割れたかと思うと、セドリックがハリーの元に歩み寄ってきた。

 

「皆は散ってくれ。ハリーとは二人で話したいんだ」

 

 セドリックの言葉に、アーニーは納得できないような顔をした。しかし、セドリックがアーニーに何か耳打ちすると、アーニーは渋々といった様子で他のハッフルパフ生たちを引き連れて去っていった。

ハリーはセドリックにまず謝ろうと口を開きかけたが、それを遮ってセドリックが切り出した。

 

「すまなかった、とは言わないよ。ハリー。君も僕も考えが甘かった。それはもう分かるよね?」

 

「……ええ。思ったよりも……世の中には悪意が多いってことですね」

 

 セドリックがハリーを責める声をハリーは聞いたことがなかったし、恨み言を言われることなど想像すらしていなかった。しかし、それが間違いであることにハリーは気付かされた。

セドリックの灰色の目が怒りに燃えていた。彼は落ち着いた声で言った。

 

「僕が君の顔を立てたのは、君が寮のために何かしたいと思っていたからだ。僕もその気持ちは良く分かる。ハッフルパフは悪評こそないけれど、見下されている寮ではあるからね」

 

「あの、セドリック。僕は、ハッフルパフが劣った寮だと思ったことは一度もありません。むしろ尊敬しています。純血主義ではないところも、公平なところも」

 

 ハリーは心の底からそう言った。セドリックは頷いたが、笑いはしなかった。

 

 

「だけどね。世間はそれを評価してくれない。だから僕たちは勝たなきゃいけない。トライウィザードの裏に、どんな思惑があろうともね」

 

 セドリックの声には決意が漲っていた。ハリーはそんなセドリックに対して何も言えない。ただ、真摯に彼の言葉に頷くしか出来なかった。

 

 

「ハリー。僕は、君が本気で純血主義だとは思わない。それでも、スリザリンの評判を上げたいと、本気で思っているなら……」

 

 それはセドリックなりの忠告だった。

 

「純血主義の子とは距離を置くことだ。……善意や好意は報われるとは限らない。むしろそれにつけこんで増長するたちの悪い人間もこの世には居るんだ。それを、君も僕も学ぶべきだ」

 

 セドリックはその言葉をハリーにではなく、自分に言い聞かせているようだった。

 

「……セドリック。僕たちは全員が純血主義ではありません。それにマクギリス先輩は純血主義ですが、今はホグワーツのために頑張ろうとしておられます……」

 

 

 ハリーはスリザリンの悪癖を出し、スリザリンらしい狡猾さを見せることが出来なかった。身内や仲間に対して甘くなるあまり、セドリックに対して適切なコミュニケーションを取ることは出来なかった。これは明確にスリザリンの欠点だった。

 

 公平、誠実さを身上とするハッフルパフ生にとって、ドラコと友人関係にあるハリーの言葉はただでさえ軽く聞こえる。普通のハッフルパフ生よりも、セドリックはハリーの事情をある程度把握もしている。

 しかし、セドリックがハリーのためにハリーの言葉を信じる義理は無いのである。セドリックは善人として、ホグワーツの監督生としてハリーのために自分の意思で協力を申し出た。それを二度も足蹴にしたのはハリーであり、スリザリンの抱える悪習そのものだった。

 

 ここで曖昧に笑ってハリーを許せば、また同じことが繰り返されるだけなのだ。だからこそ、セドリックは厳しい態度を取った。

 

「それも含めて、君たちスリザリンの問題だ。例えば君を含めた九割のスリザリン生が善良でも、一割がその善意を利用して他人をいたぶるなら……僕は君たちを信用できない」

 

 セドリックは誠実にハリーに対応した。誠実でない人間ならば、アズラエルのようにもう少し言葉を選んだだろう。もっと軽薄な人間なら、ハリーの前でその場だけ、上辺だけ同意しただろう。そうせずに本音で話したことが、セドリックからハリーへの誠意だった。本来、ハリーと話す義理すらセドリックには無いのだから。

 

 ……もっとも、セドリックの誠意に今のハリーが気付く余裕はなかった。

 

「もう僕のことは放って置いてくれ。僕の方からも君には近付かないようにする。君は敵だ。トライウィザードを闘うライバルが、馴れ合うのは良くないだろう」

 

「セドリック…!」

 

 ハリーは何を言っても言い訳がましくなるような気がして、それ以上言葉が出てこなかった。去っていくセドリックを追いかけることは出来なかったし、周りのハッフルパフ生たちの視線に耐えられなかった。アーニーたちにも弁解はしたかったが、彼らの軽蔑の眼差しを思い出すとそれも出来なかった。

 

 人垣の中にいた一人のレイブンクロー生、ルナはひょっこりと進み出て、ハリーに話しかけた。

 

「……終わった?ハリー、どうする?決闘する?それか、エリザベスのところに行く?」

 

「いや、大丈夫。決闘しようか」

 

 ハリーにとって、空気を読まないルナは有り難かった。コリンも、ハリーに呪文を教えて欲しいと寄ってきた。

 

(……もう……勝つしかない。僕には力しかないんだ…)

 

 ハリーは取り零したものではなく、まだ自分の手の中にあるものを守らなければならなかった。つぎは何を失うのかと臆病な蛇のように怯えながら、ハリーはそれを振り払うかのように強さを増していった。

 

 




リタ「どうせ誰も信じないだろうし面白おかしく書けばいいや。私は皆が読みたいと思うものを書いてるだけだからね?」
なおハリーのインタビューが載ったデイリープロフィットは飛ぶように売れ、ふくろうたちは過重労働に鳴いたという。


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準備期間

互いの戦力に大差がないのならば、戦いはどれだけ事前に準備したかで決まる(某軍事国家のエリート)


 

 ハリーにとって不愉快な時間は続いた。リタ·スキータの記事で迷惑を被ったのはハリーだけではない。ダフネもまた、記事でハリーと交際していることを暴露されてしまったのだ。

 

「何なの!スキータという女!!ハリーはともかく私まで変な目で見られるじゃない!ハリーはともかく!!」

 

「僕はいいの?」

 

「貴方は十分変人だわ。……ああもう、お父様に権力があれば今すぐスキータを解雇してやるのに!」

 

 ダフネは相当お冠だった。ホグワーツ生はハリーを悪役と見立てることにしたようで、ハリーだけでなくダフネも避けられ、ヒソヒソと嫌がらせのような会話をされるようになってしまった。

 

「『ハリー・ポッターのガールフレンド』だってさ。ダフネ、僕たち付き合ってるって噂されてるよ」

 

「まあ!おめでたいわね!スリザリン生なら笑い者にしてもよいって言うのかしら」

 

 ダフネは中々機嫌を直してくれなかった。最終的に、ハリーの愛用しているシャープペンシルとノートをダフネに献上すると少しだけダフネは機嫌を取り戻した。

 

「悔しいけれど、思った通り使いやすいわね。羽ペンより無駄なく書けるし、羊皮紙よりずっと書きやすいわ……」

 

 ダフネは完全に機嫌を直したわけではないが、幾分か怒りの矛を収めた。ハリーとダフネは二人の時間が取れない代わりに、談話室で過ごすことが多くなっていた。談話室には、スリザリン生しか居ないからだ。

 

***

 

レイブンクローのテーブルではパンジー·パーキンソンがことさら大きな声でこんなことを言っていた。ダフネを中傷した女子と、デイリープロフィットを読んでいた女子に突っかかったのだ。

 

「覚えておきなさい。私の友人を中傷しようって言うなら、あんたの父親を頚にしてやるわ」

 

 パンジーは勇ましくそう啖呵を切った。この出来事が切欠で、女子のダフネに対する態度が軟化した。ハリーは「ありがとう」と感謝を伝えた。

 

「君のことをちょっと過小評価してたよ」

 

 ハリーの称賛にも、パンジーはツンとすました顔をして「あんたのためじゃないわ」

 

 と答えただけだった。

 

 ダフネへの虐めに荷担していたレイブンクロー生の女子のなかには、ホグズミードでハリーに倒された生徒もいた。ハリーと交際することは知的ではなく、なおかつ交際が明るみに出るような迂闊さがレイブンクロー生にとっては虐めに値するようだった。一方、ルナは以前と変わらずハリーやダフネと接した。

 

***

 

「ザビニ、アズラエル、ファルカス。……ハーマイオニー。それから、コリンとルナ。集まってくれてありがとう」

 

 ハリーは必要の部屋で、信頼できる友人たちを集めて作戦会議を開いていた。

ザビニが肩をすくめる。

 

「今さらじゃねえか。そんで、どんな要件だよ。わざわざここに集めるなんてよ」

 

 ハリーは頷いて、ドアと窓を全て閉め切った。コリンはゴクリと唾を飲み込み、ルナはキョロキョロと目だけを動かしていた。ルナが言った。

 

「ロンは?フォイフォイはいいの?カニちゃんは?ゴリラは?」

 

「カニ……」

 

「ゴリラってお前。いくらゴイルがゴリラに似てるからってそれはゴリラに失礼だろ」

 

 アズラエルとザビニは吹き出すが、ハリーは笑えなかった。

 

「僕が信用できるのは君たちだけだ」

 

「え……」

 

 

 ハリーは冷たくそう言った。ルナは悲しそうな目でハリーを見た。ハリーはルナの視線を無視した。

 

 三日前、ハリーはついに意を決してハーマイオニーにロンが何故ハリーを信じてくれなかったのか尋ねた。

 

(……僕にも悪いところはあったもんな。だったら直さないと。そうすれば、元通りになれるかも)

 

 そんな期待を抱いて聞いたロンの裏切りの原因は、ハリーにとって予想外のものだった。

 

『えっと、その、ロンはね、ハリーに嫉妬しているんだと思うの』

 

(……ふざけるなよ)

 

 ハーマイオニーから懇切丁寧にロンの事情を説明されたハリーは、アズラエルの予想通り激怒した。まさかそんな理由で信じて貰えなかったとは思ってもいなかったのだ。

 

(……どうして君が。よりによって君がそんなことで僕を嫌うんだ。……セドリックは分かる。協力してくれたのに後ろ足で砂をかけたようなものだから。ハッフルパフ生も気持ちはまぁ分かる。ノットみたいな奴がいるのも分かる!だけど!!)

 

(何で嫉妬するんだよ!ふざけるなよ!分かってるだろ、こんなの無茶だってことは!)

 

 ハリーはロンが大人になるまで待っているような気にはなれなかった。今のハリーはロンに対して、裏切られたという怒りの感情をコントロールできないでいた。

 

「それで、俺たちに何をさせたいんだ?決闘の審判か?」

 

「それいいね。僕を退場させてくれたら最高なんだけどな」

 

 ザビニが皮肉げに聞いた。ハリーはロンへの怒りを抑えつけながら首を横に振った。

「ま、そんなこと出来るわけもないけど。……助けてくれ。このままだと、僕は死ぬかもしれない」

 

 ハリーは一つ深呼吸して、みんなの目を見つめた。

 

 真っ先に返事をしたのはコリンだった。

 

「勿論です!僕、ハリーのためなら何だってやるよ!」

 

「……ありがとう、コリン」

 

 コリンの目はやる気に漲っていた。ハリーは内心複雑な思いでコリンの姿を見ていた。

 

(その言葉をロンから聞きたかったんだけどな……)

 

 そんなことを考えていたせいなのか、コリンは続けて言葉を発する。

 

「ハッフルパフのディゴリーなんてハリーにかかれば大したことないよ!そうだよね!」

 

「待ってコリン。顔ではディゴリーの完勝よ」

 

「おいハーマイオニー。……いやまぁそっちはその通りだから別にいいけど、コリン。ディゴリーを貶すのはやめろ。君、まさか他所でもそんなこと言ってないよね?」

 

 コリンはそっとハリーから目を逸らした。ハリーはコリンにきつく言い聞かせなければならなかった。

 

「ディゴリーは本当にいい人なんだ。あの人は僕らが死にそうなときにも駆けつけてくれたしね。コリン、君はまさかハッフルパフだから見下していいなんて思ってないよね?」

 

「えっ駄目なんですか!?フレッド先輩とかはいつもそう言ってますけど……」

 

「じゃあ今日から僕の言うことを聞いてくれ。二度とハッフルパフ生に舐めた口を訊かないように」

 ハリーは頭を抱えた。グリフィンドールとハッフルパフとの間では、基本的にグリフィンドールの方が上だと考えているようだった。

 

「はい!分かりましたっ!僕ハリーのためなら何でもしますから!」

 

 

 コリンは素直に頷いた。そんなコリンを見て、ザビニは満足げに頷いた。

 

「お前もこれで名誉スリザリン生だぜ、コリン」

 

「えっ!?それは嫌です」

 

「んだとコラ~。生意気だぞ」

 

 やいやいとコリンを囃し立てるザビニをよそに、ルナは胡座をかきながらハリーに言う。

 

「何でもは駄目だよコリーン~。あたしたちは何でもは出来ないんだから。何をして欲しいのか聞いてからにしないと。……ハリーがどうしてもって言うならあたしも協力はするけど、楽な仕事の方が嬉しいな、スクリュートの世話もあるし」

 

 続いてルナが言った。ルナの言葉はもっともだった。ハリーはルナに言った。

 

「そうだね。実を言うと一人一人に頼みたいことは違うんだ。だけど、どうしても聞いておきたくてね」

 

 そんなハリーの言葉を聞いて、アズラエルはハリーの精神状態が不安定になっていることを察した。

 

(……あー、これはアレですね。秘密の部屋の時以来のメンヘラハリーですね……)

 

 そもそもアズラエルやザビニやファルカスは、改まって頼まれなくてもハリーには協力するつもりだった。それでもわざわざ友人たちを集めて確認するのは、ハリーの精神が不安定だからなのだ。自分のせいでダフネに負担をかけていることも辛いだろう、とアズラエルは思った。

 

(あの時より守るものが増えた上で、いままでの苦労が嘘のように学校中から嫌われている。おまけにロンも居ませんからねえ……)

 

 アズラエルはロンが居ないことの負担をひしひしと実感していた。ハリーのフォローだけならアズラエルだけでも出来るが、どうしようもない時のブレーキ役は自分では心許ないとアズラエルは思っていた。ハリーが暴走しかけたとき止めるには一人では足りないのだ。

 

「水くせえ。協力しねえなんて奴がわざわざ呼ばれたところにやってくるかよ。なぁハーマイオニー?」  

 

「そうよ!ハリー、何でも言って!」

 

 ザビニは笑い、ハーマイオニーも即答した。ファルカスも言うまでもないとばかりに頷く。ハリーは頼もしい友人たちに感謝しながら頷いた。

「ありがとう。……じゃあ早速だけどルナ、君にお願いがあるんだ」

「いいよいいよ!簡単な事から言って!」

「……ちょっと言いにくいんだけどさ……」

 

 ハリーは少しためらったが続けた。

「……君の呪文学の力を借りたい。ディセンド(落ちろ)でぼくを攻撃して欲しい。手加減抜きの全力で、ハーマイオニーも一緒に」

「え!!?」

 

「ハリー、私も?」

ルナが声を裏返した。周りの友人たちも驚いていた。

 

「ハリー、それ本気で言ってます?いや別に君の心配をしてるわけじゃあないですよ。君を病院送りにしたハーマイオニーとルナの心理的負担を心配してるんです」

 

 アズラエルは深刻な声でそう聞いた。ハーマイオニーも慌てている。ハリーは静かに頷いた。

「本気だよ。僕は、病院に通うつもりはないけどね」

「どうして!?なんでそんなことをする必要があるの!?」

 

 ハーマイオニーの声に、ハリーは冷静に答えた。

「詳しくは話せないけど、試練対策だよ」

 

 ハリーはそう言ったが、ハーマイオニーは納得がいかないようだった。

 

「二人がかりでじゃないと意味がないの?ハリー、貴方無茶苦茶なことをやろうとしてない?」

 

 

「飛行魔法を改良したいんだ。今よりもっと高く、早く翔べるようになりたい。その為には、二人の協力が必要なんだ」

「う~ん……」

 

「飛行魔法を改良するってこと?それならやる。新しい魔法を開発するんだよね」

 

「そうだね。改良できれば新魔法ってことになるかな」

 

「じゃあやる!あたしも新魔法見たいし!」

 

「流石はレイブンクロー。知識欲には勝てないってことですか」

 

 目を輝かせてハリーへの協力を了承したルナに、アズラエルはあきれた目を向けた。

 

(新しいものを創造するためなら、多少の無茶は許容してしまう。これがレイブンクローなんですねぇ)

 

 アズラエルが感心する裏で、待ったをかけた人間がいた。意外にもそれはファルカスだった。

 

「いや、ちょっと待ってよハリー!自分で開発した魔法を試すなんて危ないよ、そういうのは、フリットウィック教授とかムーディ先生のアドバイスを聞いてやるべきだよ!」

 

(……その調子ですマイフレンド。もっと言ってやって下さい)

 

 珍しくファルカスが声を上げたが、ハリーはファルカスを説得し丸め込んでしまった。

 

「フリットウィック教授はセドリックにかかりきりだ。ムーディ先生も、なれない教師の仕事で大変なんだ」

 

「いや、そうだとしても頼み込んだら聞いて貰えるよ、きっと」

 

「ファルカス。先生たちには、もう心配をかけすぎてるんだ」

 

 ファルカスははっとしてハリーを見た。

 

「僕のせいでトライウィザードが破綻して、ムーディ先生は原因究明のために寝る間も惜しんでゴブレットを調べているらしい。フリットウィック教授なんて、僕が問題を起こす度に心配させてる。ここらで恩返しをしたいんだよ」

 

「……いや……でも……」

 

「それに、僕が試練で活躍していい結果を出せばスリザリンや決闘クラブの評判も上がる。これから先、僕らが大手を振ってホグワーツで生きていくためには、自分達の力で試練をクリアしたっていう実績が必要なんだ」

 

「……うん、そうか。それなら……」

 

 ファルカスは、スリザリンのため、という単語を聞いて目を見開いた。決闘クラブやスリザリンへの愛着があるファルカスにしてみれば、ハリーの言葉は悪魔の誘惑に聞こえただろう。

 

 真っ当なリスク管理の感覚があれば、それでも先生に相談してみるべきだと言っただろう。しかし、ファルカスはハリーの説得に折れた。スリザリン生らしく、栄光と野心を優先したのである。

 

 ハーマイオニーは悩んでいるようだったが、ハリーの真剣な様子に納得したのか、渋々頷いた。

 

「分かったわ。全力で攻撃すればいいのね?」

 

 ハリーは満面の笑みで頷いた。

 

「ありがとう、二人とも。……アズラエルとファルカスとコリンは、二人のやることを真似してやってほしい。あと、ザビニにだけは別のことをして欲しいんだ。……相当面倒なことなんだけど」

 

 こうして、ハリーは飛行魔法の改良に取り組んだ。それはこの場の全員が思っていたよりもずっと力業の改良だった。

 

「ディセンド(落下)」「ディセンド マキシマ(大地に貼りつけ!)!」

 

 ハリーに対して、二人がかりの降下魔法がかけられる。人一人にかけられるにはあまりに強すぎる負荷が、ハリーの体にかかる。

 

 それこそハリーの狙いだった。ハリーは負荷をかけられた状態で魔力を充満させ、飛行魔法を発動させる。

 

 

「レヴィオーソ(浮遊)!二人とも、魔法を僕にかけ続けて!」

 

 ハリーの体は、落下魔法に抗うように少しずつ上昇し始める。

 

(…………思ったより、きつい……!)

 

 ハリーの額に脂汗が滲む。ルナには聖石サーペンタリウスを持たせてある。今のルナが出せる全力のディセンドと、ハーマイオニーのディセンドマキシマによって、ハリーの周囲の空間はミシミシと悲鳴を立てている。ハリーの体を通り抜けたディセンドの力が床を吹き飛ばし、周囲に木片が散らばる中、ハリーはひたすら上を目指した。

 

「……ギャグかと思ったのに、本当にやんのかよ。しかも飛んでやがる……」

 

 ザビニが呆れた声を出し、必要の部屋を出る。驚くべきことに、多大な負荷を受けながらハリーは徐々に高度を上げていた。

 

「たぶん、ディセンドよりハリーの魔力の方が多いんだ。先にディセンドの効果が切れる……」

 

 ファルカスはそう推測した。実際、その推測は正しかった。

 闇の魔術やマキシマクラスの魔法を多用してきたハリーだからこそ、大出力の降下魔法に対抗するために、レヴィオーソより大規模に、強力に扱うイメージが掴みやすかったのかもしれなかった。

 

「ギャグの方がまだよかった!ハリー、そろそろ限界よ!」

 

「分かってるよ!あと少し……!!」

 

 ハリーはこれまでに感じたことのない魔力の高まりを感じていた。この魔力が解き放たれれば、もっと高く速く翔べる。直感でそう確信していた。

 

「ごっめーん、もう無理~」

 

 やがてハーマイオニーとルナが根を上げた時、ハリーも魔力を止めた。ハリーは手応えを感じながら言った。

 

「……よし。じゃあ、アズラエル、ファルカス、コリン。僕にディセンドを!」

 

 

 ハーマイオニーとルナが後退し、アズラエル達が前に出る。アズラエルはルナから聖石を受け取っていた。ハリーは真っ直ぐ上空へ上がっていく。

 

「ディセンド マキシマ!」

「ディセンド!」

 

「フリペンド(吹っ飛べ!)」

 

 ファルカスが発動したディセンド マキシマと、アズラエルが聖石の力で発動したマキシマに近い威力のディセンドの効果がハリーを襲う。ハーマイオニーやルナほど呪文学に秀でていない二人のディセンドでは、浮かぶハリーを止めきるには至らない。そんなハリーに、コリンのフリペンドが襲いかかる。真面目にハリーの話を聞きながら呪文を習得してきたコリンの狙いは正確で、速い。白い閃光がハリーに迫る。

 

 が、ハリーは余裕をもってかわすことが出来た。笑みを浮かべながらハリーはコリンに激を飛ばす。

 

(……行ける!)

 

「狙いが甘いぞコリン!ハーマイオニーにマットを用意して貰ったんだ、もっと僕に遠慮なく狙え!」

 

「分かりました!ボンバーダ(爆発)!エクスペリアームス!フリペンド(吹っ飛べ)、ディセンド!インカーセラス(束縛)!」

 

 ハリーは空を飛びながらコリンの魔法からひたすら逃げ回る。ハリーを囲む二人の生徒がひたすらディセンドをかけ続ける。やがてハリーが攻撃に慣れ始めたころ、ハリーにかかる負荷が増加し、ハリーに迫る魔法が増える。

 

「インセンディオ(燃えろ)!」

 

「ディセンド(落ちろ)」

 

 

 ハーマイオニーの燃焼魔法と、ルナの落下魔法だ。ハリーは嬉しそうに笑いながら、空を自在に飛び回る。そんなハリーの姿を見て、ハーマイオニーはある魔法使いと姿を重ねてしまう。殺人鬼のドロホフや、シトレの姿に。

 

(……デスイーター……?……いえ。そんな筈はないわ)

 

 一瞬そう思ってしまうほど、ハリーは空を飛ぶことに喜びを覚えていた。空を飛び、笑いながら襲いかかってきたドロホフの姿は、ハーマイオニーの心にもトラウマとなって残っていたのだ。

 

 

***

 

 ザビニは一人、必要の部屋を離れて決闘クラブにいた。決闘クラブで目的の顔を見つけ、ザビニは親しげに目的の少女に笑いかける。

 

「よぉ。元気かスーザン」

 

「ザビニ!あなた、どうしたのよ!」

 

「悪かったよ。スーザンがあんまりにも可愛かったもんでついな」

 

 悪びれもせずに笑うザビニに、スーザンは怒りを隠せない。決闘クラブにいたハッフルパフ生たちは、ザビニに憎々しげな視線を向けた。男子の視線には嫉妬も混じっている。

 

 ずる賢いスリザリン生の心証はハッフルパフ生にとって良くはない。ザビニはそれに加えて女癖も悪い。スーザンの友人であるハナ·アボットはまずザビニに怪訝な視線を向け、次にスーザンに対して心配するような視線を向けた。

 

「ここはまずいわ!こんな所じゃ落ち着いて話も出来ないじゃない!」

 

 スーザンは人目を気にするようにキョロキョロと辺りを見回した。その動作を見て、ザビニは肩をすくめる。

 

「……なら、移動しようぜ?付き合うって約束だっただろ?俺たちさ」

 

 ザビニは、スーザンの耳元に口を近づけてそう言った。途端にスーザンの顔が真っ赤になる。

 

(……そういうことか。……止めるべきかなぁ。スーザンはいい子だけど騙されやすそうな性格だし……)

 

 ハナはハッフルパフ生として当然、いい顔はしなかったが、ザビニが無理やり手を出そうとすればスーザンも黙ってはいないだろうと思った。

 

 ザビニは最近セドリックを追って加入したハナ達のようなハッフルパフ女子グループとは異なり、決闘クラブの古株だ。モデルのような甘いマスクと長身からザビニに好意を持つ女子は多かったが、その分良くない噂もある。母親がマグルを殺害したとか、ハリーを純血主義に引き込んだ、あるいはハリーに引き摺られて純血主義になった、といった類いの噂だ。

 

 しかし、それより何よりハナの不安を駆り立てる噂がある。ザビニは数多くの女の子に声をかけている女子の敵だという噂だ。

 

「ほら、行こうぜスーザン」

「う……うん……。ハナ、そういうことだから私、先に抜けるね」

 

 スーザンはおずおずとザビニに付いて行った。

 

(……うっわぁ男子の前だからすっげえ猫被ってる。パトロナスオタクの癖に。……でもスーザン、大丈夫かな……遊ばれて捨てられるんじゃ……)

 

 ハナは友人がプレイボーイによって弄ばれているのではないかと不安になりながら、スーザンの背中を見送っていた。

 

***

 

 ザビニとスーザンは、城の湖畔でデートをしていた。小舟の上に乗り、二人だけの世界に没頭する。スーザンの胸は高揚し、心臓は全力で稼働することでスーザンの全身に血液を送り届けた。

 

「なあスーザン。本当に俺と付き合ってくれるんだよな?」

 

「ええ、もちろんよ……」

 

「よし……嬉しいぜ」

 

 ザビニは甘い言葉で囁きながらスーザンを抱き寄せる。ザビニの猫撫で声に騙されそうになりながらも、スーザンは厳しい口調で言った。

 

「でも約束して!ポッターとは付き合わないって!だって、ポッターは危険なんだもの。あの子の回りでだけ変なことばかり起きるのよ。もしザビニが巻き込まれたら……」

 

 それはスーザンの立場から言えばあまりにも不躾な物言いだった。しかし、ザビニは嫌な顔ひとつせずスーザンの言葉を聞き流した。

 

「おいおい、心配性だな。俺がハリーのために命捨てるほど義理堅いように見えるか?」

 

 抱き寄せられたまま耳元で囁かれ、スーザンは硬直した。ザビニの愛用する香水がスーザンの鼻腔をくすぐる。

 ザビニは猫撫で声のまま続ける。

 

「俺は楽しめりゃそれでいいんだよ。ハリーのダチ演ってるのも楽しいからだぜ。楽しくなくなればあっさりとあいつを見限るさ」

 

「え……えっ、そうなの?」

 

 スーザンはショックを受けている自分に気付いた。ハリーの周囲にいるザビニ、ファルカス、アズラエルはセットのような扱いだった。グリフィンドールの二人が英雄なら、ハリーの回りの三人は凡人だ。だからこそ、ハリーと親しいスリザリン生三人はそれなりの人気があったのだ。

 

「ダチなんてそんなもんだぜ、実際。ハリーの奴はなんか俺のことを盲信してるけどな。今の俺にとって一番大事なのはスーザン、お前だ」

 

「み、皆にもそう言ってるのを知っているわ!」

 

 スーザンは反射的にそう言った。ザビニが悲しげな顔を見せたので、スーザンの胸はずきりと傷んだ。

 

「……わりぃ。……そうだよな。俺、母親のことがあって、スリザリンでは浮いててよ。淋しくて、色んな奴に声をかけた。正直、どうかしてたって思ってる」

 

 普段とはうってかわって真摯な態度を見せるザビニに、スーザンは念を押した。

 

「じ、じゃあ。私だけを見るって誓える?他の子じゃなくて私だけを!」

 

 その時ザビニが見せた輝くような笑顔を、スーザンは忘れないだろうと思った。

 

「勿論だぜ。おれ、お前のことが好きなんだ。スーザンだけを愛するって誓うよ」

 

 湖畔に浮かぶ水草が揺れ、水面がさざ波をあげた。スーザンはザビニの顔を見つめ、ザビニの声に聞き入っていた。

 

「……お前のお陰で、俺、今は超楽しいんだぜ。トライウィザードっつー一大イベントに絡むハリーを、安全な所から特等席で見れるんだからな。こんなに楽しいときにスーザン、お前が側にいたら最高だ。そうだろ?」

 

「う……うん……。それならいいけど……」

 

「スーザン、愛してるぜ」

 

「わっ!ザビニ!ちょっと!!」

 

 ザビニはスーザンの手にキスをした。

 

「心配するなって。俺はお前しかいないんだよ」

 

(……こーゆーとこがなぁ。…他の子にもしてるのかなぁーっ!!)

 

 自分に強引な一面を見せるザビニにスーザンは複雑な思いを抱いたが、それでも確かに嬉しかった。スーザンとザビニは一時の楽しい時間を過ごし、それぞれの寮に戻った。

 

***

 

「……なんつってな。あー、肩こった」

 

「ご苦労様です、ザビニ。どうでしたか、ターゲットの様子は」

 

「あー。もうちょいかかるな。俺の言葉を信じてくれるまでは。……つーか、すげえ汗だな。水飲むか?」

 

「紅茶がいいな」

 

「おう、用意してやるよ」

 

「僕は濃いめのアールグレイでお願いします。砂糖入りで」

「キーモン!キーモン一つ!ストレートで!」

 

 アズラエルとファルカスの注文を聞き流しながらザビニは紅茶を淹れた。湯気の立ち方から茶の状態を確認して、必要の部屋の仲間達に差し出す。

 

「キーモンしかねぇよ!……ホラよ、出来たぜ」

 

 一同が一つ休憩したことで、ザビニは改めて現在の進捗を話した。

 

「……ま、俺の言葉がどこまで信じられるか分かんねぇが、真面目な奴だからな。頼んだらちゃんとセドリックに課題のことを言ってくれるぜ」

 

 ハリーからザビニへの依頼は、ザビニにしか出来ない仕事だった。セドリックはハリーとの接触を好ましく思わない。スリザリンとハッフルパフの癒着は、ボーバトンやダームストラングに対する不義理になるからだ。なので、ザビニを介してハッフルパフ生から課題の件を伝えようとしたのである。

 

「それだけじゃ足りません。必ず伝えるようにと念を押してください。なるべく早くにね」

 

 アズラエルが言った。ザビニが肩を竦める。

「へーへー。わぁってるよ。だけどな、せっかちな男は嫌われるんだぜ?」

 

「じゃあ、ザビニはスーザン·ボーンをダンスパーティに誘うんだね?」

 

 キーモンを啜りながらファルカスが尋ねた。ザビニは答える。

 

「ああ、他の相手が見つからなかったらな」

 

「僕は君の浮気がバレて断られるに一ガリオン賭けますね」

 

 アズラエルが言った。

 

 ザビニが肩を竦めると、紅茶を飲み終わったハリーが言った。

 

「ザビニとスーザンがうまく行くことを祈るよ。……ぼくも紅茶を貰っていいかい?」

 

「おう、いいぜ」

 

 ハリーは他の三人の顔を順番に見た。全員から同意を得ると紅茶に口をつける。

 

「ハッフルパフの生徒達はどうだった?何かされたり、嫌なことを言われたりとかは……」

 

「正直、あんまかわんねーな。あいつら口に出して何かしたりやったりする度胸はねえし。楽だったぜ」

 

「……本当か?無理してないか?」

 

「しつけぇなー。大体よ、ハリー。お前よその寮に期待しすぎなんだよ」

 

「期待?僕がハッフルパフに?」

 

「そーだよ。そりゃ、セドリックだのバナナージさんだの上澄みばっか見てると麻痺するけどよ。どこの寮にだってしょうもない奴の方が多いんだぜ?ハッフルパフの中でお前のことを悪く言ってるのはそういうやつさ」

 

「そうか。……それならいいんだけど」

 

 ハリーは不安だった。ザビニがハリーと行動を共にすることを嫌がるのではないか、と。

 

(……こんなのは僕の思い込みの筈だ……)

 

 そう思っても、ハリーは確認せずには居られなかった。

 

「……?」

「レイブンクローの生徒なんだけどさ。………デイリープロフィットの記事を持って、僕を中傷していたのは………ホグズミードで助けた奴だったよ」

 

「もしかしたら、同じことがハッフルパフの生徒でも起こるんじゃないかって不安でね……」

 

 アズラエルもザビニも暫くの間、無言だった。そんな二人をよそにファルカスが言った。

 

「そいつ呪おうか?」

 

「やめろ!普段真面目なお前が言うと洒落にならねえんだよ!」

 

「いや本気だけど……」

 

「マジでやめろ!」

 

 ザビニはハリーが何かいう前にファルカスに言った。真顔でザビニは言う。

 

「……ハリー。それはまぁ……運が悪かったんだよ。スリザリンの宿命だと思って諦めろ。俺らは嫌われものなんだからよ」

 

「スリザリンの地位を良くするために頑張ってるんだから、今気にしても仕方ないよ。そうだよね?」

 

 ファルカスはハリーにそう確認した。

 

「ま、まぁ。気にしすぎは良くないですよ。ほら、ザビニから見たら大半のハッフルパフ生が『善良な正直者』でしょう?そう捨てたものじゃないですよ」

 

「俺が善良じゃねえってのかよー。傷つくぜアズラエル」

 

「女子に対しては全く善良じゃないよね。ねえハリー」

 

「……ああ、そうだね」

 

 

「お、おいハリー!そりゃねえだろ!」

 

「ザビニ。ファルカスはザビニを褒めてるんだよ。君は女子を騙しもするけど、必ず相手が望む方向で騙すって」

 

「あー。そうだな」

 

「いやザビニは納得しないで下さいね?そのまんま行ったら将来は詐欺師ですよ?」

 

 ハリーは笑った。スリザリンの現状に対する不満が晴れたわけではなかったが、ザビニが周囲の視線にも大してダメージを受けていないことは救いだった。

 

***

 

 セドリック·ディゴリーはハッフルパフの女子達から絶大な人気を勝ち取っていた。セドリックがホグワーツの全てを受け継いだ、正当代表者だからというだけではない。男女の別なく優しく、真摯で誠実なセドリックは元々女子達の間で人気があったのだ。ただ、高嶺の花として女子同士で牽制しあっている内に告白する機会が訪れなかった。ハッフルパフの女子達は、ついに機会を得たとばかりにセドリックに接近し始めた。

 

「セドリック!いいクッキーが手に入ったの。お茶なんてどうかしら?」

「今日は四時から決闘クラブよね?私とデュエル、してみない?」

「今度のホグズミード行きの予定って空いてる?その、もし良かったら私とデートを……」

 

 しかし、女子達からの告白を受けるセドリックの心には少しのしこりが残っていた。真摯に断りを入れ、一人一人に対して対応する一方で、セドリックの心にあるのは喜びだけではなかった。

 

(……皆……僕が代表になった途端にやってきたな。考えすぎなんだろうけど)

 

 告白してきた女子達の思いを軽んじるつもりはセドリックにはない。しかし、女子達とセドリックとでは接点が無さすぎた。女子同士で牽制しあったがゆえに起きた悲劇だった。

 セドリックの視点で見ると、女子達は代表選手に選ばれたから告白してきたようにしか見えないのだ。感情面で心の底から好きになれるかどうかと言うとそれは違うと言わざるをえなかった。皆が自分の内面ではなく、ステータスに惚れたとしか思えないのだ。彼女達が殊更にハリーを悪し様に罵るのも心証を悪くした。高校生が中学生を陰で罵倒する光景は、セドリックの心証を悪くしていた。

 

 

 ただ一人、チョウ·チャンを除いては。チョウは控え目な目でセドリックを見るだけで、他の女子のようにしつこく話しかけてくることもなければセドリックに近づくこともなかった。

 

 セドリックとチョウの接点はクィディッチチームの敵対関係から始まった。チョウはレイブンクローらしく闊達にクィディッチの戦術について語る姿は、セドリックにとってとても魅力的だった。そして、チョウはハリーを罵倒するということもなかった。あのスリザリン生を内心でどう思っているかはともかく、わざわざ貶めることに価値を見いだす性格でもなかったのだ。

 

 だから、セドリックはチョウからユールボールの相手になって貰えないかと頼まれた時、それを受け入れた。チョウは最初はとまどっていた。聞き間違いかと思ったのだろう。しかし、セドリックははっきりと言った。

 

「誘ってくれてありがとう。……僕も……いや僕は、ユールボールに出たい。チョウを後悔はさせないと誓うよ」

 

 

 

 そうして、セドリックは第一の試練に向けての調整を繰り返していた。図書館の閲覧禁止の棚で知識を深めていたとき、クラムが書物を探しているのを目にした。クラムは目当ての魔本を探すのに手間取っていて、顔をしかめて手に取った本を元の場所に戻していた。

 

 

(……困ってるのか)

 

「やぁ、クラム。何か本を探しているのかい?」

 

 セドリックは反射的に声をかけた。時間に余裕はあったというのもあるが、たまたま目についた人に手を貸すのはセドリックにとっては当たり前のことだった。

 

「!ああ、君は……セドリック·ディゴリーか」

 

「僕の名前を覚えていてくれてありがとう。……法律書を探してるのかい?珍しいね」

 

 クラムは驚いた様子でセドリックを見た。聞くべきかどうか少し迷っていたようだったが、クラムはついに言った。

 

「英国魔法界で禁止されている魔法について調べている。僕が知っている魔法で、使えないものは何か把握しておきたい」

 

「そうか。ダームストラングは進んでいるもんな」

 

 セドリックはクラムの言葉に深く頷いた。ダームストラングでは各種ジンクスやヘックス、カースを学ぶが、それが英国でも使えるかどうかはクラムの立場なら把握しておいて然るべきことだった。

 

「それなら確か……こっち側だったかな。法律の棚はここだ。クラム、一緒に探そう」

 

「いいのか?」

 

「僕だって、たまには息抜きがしたいのさ」

 

 セドリックは恩着せがましくならないよう、そのあとに一言付け加えた。

 

「それに、先に禁止されている法律を教えておけば君の手の内を封じることが出来るだろう?」

 

 セドリックとクラムは、最新版の法律書をついに発見した。改訂されるごとに分厚くなる魔本をチェックするのはクラムでも大変な作業になりそうではあったが、クラムは本のカバーごと本を浮かせると、セドリックに礼を言った。

 

「……感謝する、ディゴリー」

 

「セドリックでいい。対抗戦の立場がなければ、僕たちは親友になれたかもしれないな。それじゃあ、また」

 

「ああ……いや、ちょっと待ってくれ、セドリック」

 

「……?どうしたんだ?まだ何か探し物かい?」

 

「いや……探し物じゃないんだ。ただ、僕はこの図書館に来るようになってから、頻繁に栗色の髪の毛の女子を目にするんだ。まだ中学生なのに、僕らと変わらないコンジュレーションの本を読み込んで、魔本の海に沈んでいた。彼女は何者なんだ?」

 

(……へえ……)

 

 セドリックは少しクラムに好感を持った。クラムがハーマイオニー·グレンジャーに興味を持っていることは明らかだった。

 

「彼女はハーマイオニー·グレンジャー。ハリー·ポッターの同級生で、学年一の才媛だよ」

 

「!まだ14歳なのか!?」

 

 クラムが衝撃を受けるのも当然だった。ハーマイオニーが読んでいた本というのは六年生か、七年生が読むものだ。背伸びして高度な魔法に手を出すのはその時期の男子ならありがちだが、内容を完璧に理解した上で実践するために努力できる生徒は少ない。

 

「興味を持ったなら話してみるといい。彼女は学校や立場で壁を作らないタイプだろうから」

 

(……さて、どうなるかな)

 

 クラムに背を向けたセドリックは、思わぬ組み合わせの行く末がうまく行くことを願った。クラムは遵法意識もある真っ当な魔法使いなのだ。きっと悪いことにはならないだろう、と思って。

 

 

***

 

 セドリックは決闘クラブで、クラムやフルールの様子を観察していた。決闘クラブに姿を見せたダームストラングとボーバトンの生徒はその魔法の腕でにわかに増えたハッフルパフ生たちを圧倒していたが、クラムやフルールの腕は群を抜いていた。

 

 フルールが使う魔法は、繊細な杖の動きと魔力操作が要求される魔法ばかりだった。いずれ彼女と相対するセドリックにしてみれば、たまったものではない。

 

(近づけば彼女を意識せざるを得ない……のに、彼女は高度な魔法で相手を翻弄してくる……)

 

 プロテゴの護りはカースクラスでなければ大体の魔法を防ぐ。しかし、フルールのように容姿だけで相手を魅了し、声や動きで幻惑する術を心得ている相手は厄介極まりなかった。プロテゴの守りが切れた瞬間に、地面が沈み、そのままバナナージ·ビストが敗北する姿は彼女の強力さをホグワーツ生に知らしめていた。

 

 一方で、ビクトール・クラムは前評判通りの圧倒的な強さを誇っていた。クラムは本来カースすら多用できる筈だが、鍛え上げた反射神経によるエクスペリアームスとプロテゴだけでほとんどの相手に勝ってしまっていた。クィディッチ選手のアンジェリーナや、監督生のマクギリスですら三十秒と持たずに撃墜されたのだ。

 

 セドリックは、自分自身の戦闘スタイルを変更する必要に迫られていた。

 

(今のままでは、勝てないな……)

 

 セドリックは周囲のハッフルパフ生の称賛に浮かれることなく、冷静に自分の考えをバナナージに言った。バナナージは卑下するなと言ったものの、分が悪いことは否定しなかった。

 

 クラムの反射神経も、フルールの幻惑もセドリックにとってこの上なく脅威だった。正攻法で勝とうとすれば、二人は必ず足元を掬ってくるという確信があった。

 

(フルール相手は閉心術と飛行魔法でどうにかなる。なるけれど、勝ちパターンは本当にそれしかない。まともにやり合ったら確実に負ける。クラムは……シンプルに速い相手には距離を取って隠れて、数で押すしかないか?)

 

 セドリックは相手の戦力に合わせで手段を変えられるという強みがあった。多くの科目を学ぶ優等生は、一点特化型に特定の分野では敵わない。しかし、攻める立場になれば、相手の強みを殺した戦法も取れるのだ。

 

 そんなセドリックにとって不気味なのはハリーだった。ハリーはこのところ決闘クラブに姿を見せていない。バナナージ以外のハッフルパフ生はハリーが怖じ気づいたのだと嘲笑したが、セドリックはそうは思わなかった。

 

(……ハリーが一番不気味だ。必ず強くなって戻ってくる……!)

 

 ハリーの練習風景を目にしていたセドリックは、必ずハリーが強くなって戻ってくると信じていた。クィディッチでも、決闘クラブでも、ハリーは決して最強ではなかった。しかし、セドリックはハリーを高く評価していた。会うたびに強くなってくる侮れない強敵であり、確実に自分との距離を縮め、追い越すかもしれないライバルとして認めていた。

 

(……魔法の正確さと、発動速度。出来れば飛距離も上げたいが……)

 

 悩むセドリックに助言を与えたのは、チョウ·チャンだった。

 

「セドリックはこの前、決闘で体勢の崩れた状態から無言呪文を発動させていたわよね?それなら、杖を銃みたいに構えても魔法を発動させられるんじゃないかしら」

 

「そんなバカなことが……出来たね」

 

 セドリックは内心あり得ないと思いつつ、チョウに指導されたやり方で魔法を発動してみた。通常魔法は特定の杖の動きをしなければ発動しないが、セドリックに関してはそれは当てはまらなかった。

 

「……一年生の頃から何度も杖を振ったから。杖も、僕に振らされるのが嫌になったのかもしれないね。……でも、僕だけじゃこのやり方には気付けなかった」

 

「……チョウ。本当にありがとう。君のお陰だ」

 

 セドリックの言葉に、チョウは顔を赤らめた。

 

「そんなことないわ。全部セドリックの力よ。……このやり方なら、杖の動きで目標がぶれることもないし杖を振る必要もないわ。発射角度を調整すれば、もっと長距離で、もっと正確に魔法を撃てるかも……」

 

 そんな風に盛り上がりながら、決闘クラブで魔法を試し撃ちしたセドリックは上機嫌で部屋に戻った。ハッフルパフの部屋では、同室の友人であるレッカ·コバヤシから自分宛に届いた手紙を渡された。

 

「またラブレターなんて羨ましいぜ、セドリック。女子を泣かせるなんて罪な奴だな」

 

「……冗談はやめてくれ。スーザン·ボーンとは、ほとんど会話したこともなかったんだが……」

 

 セドリックは監督生に与えられた個室部屋でスーザンの手紙を見て、違和感に気付いた。不自然に文字が浮いている箇所があるのだ。

 

 セドリックは自分にプロテゴをかけると、無言でレベリオ(現れろ)を唱えた。すると、ラブレターのようでいてそうではない不自然な手紙は、真の姿を明らかにした。

 

 手紙は、第一の課題の相手がドラゴンであると、セドリックに伝えていた。そして、スーザンはこうも書いていた。

 

『ザビニ君が私にこれを教えてくれました。ポッターも、クラムもフルールもこの事を知っているそうです……この手紙は処分して下さい。ホグワーツ生同士で談合している証拠になっちゃいますから』

 

 セドリックはひとしきり笑うと、手紙を細かく破ってインセンディオで焼き、トイレに流した。

 

(本当に回りくどいことをするなぁ、ハリーは)

 

 セドリックは試練が始まる日を待ちわびた。高い実力を持ち、自分と同じように寮をより良くしたいと思っているライバルの真の実力を、大勢の生徒達に見せ付けてほしいと願いながら。

 

 



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獅子寮の蛇

***

 

「おおファルカス。良かった、辞めた訳じゃなかったんだな」

 

「バナナージ先輩。ロンも来てますよ」

 

「ん、そうか。丁度いいな。……よし。お前らちょっと来い。ダームストラングとボーバトンの生徒相手に実演を兼ねて説明するから」

 

 

 決闘クラブを訪れていたファルカスは、バナナージ·ビストに声をかけられた。ファルカスは最近ロンと行動を共にしていたが、二人が一緒にいることをバナナージは特に咎めなかった。スリザリン生とグリフィンドール生が喧嘩以外で交流を持つことは珍しいが、ハリーの周囲ではそういうことはよく起きるからだ。

 

「……えー、では。クラブを訪れて頂いた皆さんのために、本日はプロテゴの実演をさせていただきます。プロテゴを行なうのは、こちらのウィーズリー」

 

「……へぇ。プロテゴを使えるのか?」

 

 ダームストラング生達は感心した様子でロンに視線を向けた。忘れがちだが、プロテゴは本来六年生で習得する魔法なのだ。

 

「それに対して攻撃魔法を使うのは、こちらのファルカス。ファルカスには、カース未満の適当な魔法を使って貰います」

 

「頑張ってねー」

 

 ボーバトン生の女子がファルカスとロンを囃し立てた。ファルカスは笑顔でお辞儀をして返した。ロンは心なしか嬉しそうだった。

 

「あ、応援ありがとうございます」

 

「見てよー。ホグワーツの子って礼儀正しいわー。フルールも見習えばいいのにねー」

 

「ねー」

 

(……うわぁ。ボーバトンの人間関係が怖い……)

 

 フルール·ドゥラクゥールはボーバトンの代表選手ではあるが、ボーバトンの女子達からはあまり好かれてはいないようだった。尤も、当のフルールはそんなことは気にしていないようだった。決闘クラブでも、フルールはホグワーツやダームストラングの男子生徒からダンスの誘いを申し込まれていた。

 

「では互いに向かい合い、礼!距離を取って……3、2、1、はじめ!!」

 

「プロテゴ(護れ)!」

 

「エクスペリアームス(武装解除)!」

 

 決闘の開始が告げられた瞬間、ロンの周囲に白い障壁が展開される。カースクラスでさえなければ大抵の魔法を防いでしまうプロテゴは、ファルカスの杖から放たれた赤い閃光を阻み、跳ね返してしまう。

 

「プロテゴ!」

 

「オパグノ(襲え)!インカーセラス(縛れ!)アグアメンティ(水よ)!」

 

「プロテゴ!!」

 

 ファルカスの攻撃を、ロンは見事に防ぎきり明後日の方向に魔法を跳ね返す。跳ね返された閃光や魔法が観客に当たらないようバナナージの無言プロテゴが調整し、ダームストラングやボーバトンの生徒達は口笛を吹いたり面白がりながら手をたたく。

 

「……よし、それまで!互いに向かい合って礼!……以上が、プロテゴになります。カースクラスの魔法には通用しないんで後回しにしよっかな、って人も多いんじゃないですか?でも、覚えといて損はないって意味で使える魔法ではあります。よかったらこの機会に練習していって下さい」

 

「いやー、いい腕だったなぁ。流石ホグワーツの生徒だ、レベルがたけぇ。なぁクラム?」

 

「そうだな。ちょっと驚いた。君らは……背格好からして五年生か?」

 

「いえ。僕もロンも、四年生です」

 

「四年生でこれか。決闘歴は?」

 

「二年です」

 

「やるじゃん。スゲーじゃんホグワーツ。俺最近までプロテゴとか無理だったべ?」

 

 クラムの隣にいた生徒はさかんにホグワーツや決闘クラブを褒めた。

 

「教師もいいんだろうが……君たちもよく練習したんだな」

 

「こいつらはうちの将来を担う人材なんだよ。割りと俺も期待しているんだ」

 

 友人達と模擬戦を観戦していたクラムは、ロンとファルカスを褒めた。ファルカスもロンもリップサービスと分かってはいたが、あのクラムから褒められて悪い気はしなかった。そんなファルカス達を後押しするように、バナナージはロンとファルカスの肩に手を置いて、自慢するようにクラムたちに話した。

 

「後輩が育ってるのは羨ましいな。うちでは決闘なんて古くさいからとあんまりやりたがらないんだ」

 

(クラムを基準にしたら、誰だって育ってなく見えると思う……)

 

 ファルカスは内心でそう思ったが口には出さず愛想笑いを浮かべる。クラムとバナナージは和やかに談笑していた。

 

「いやいや、クラブに人が集まったのも君やフルール目当てさ。普段ここに来るのはせいぜい十人にも満たないよ」

 

「……じゃあ、黄色いスカーフを巻いた生徒達は?」

 

「あれはセドリック目当てで集まったうちの寮の生徒達さ。まぁ、大目に見てやってくれ」

 

 バナナージとクラムがやり取りをしていると、フルールが割り込んできた。

 

「このクラブでは基本的にプロテゴを学ぶと言いましたね。他に学ぶ魔法はないのですか?エネルベート(蘇生)やエビスキー(治癒)を教えたりは?」

 

「……知らないのか?」

 

 クラムが探るようにフルールに聞くと、フルールは澄ました顔で言った。

 

「私は当然習得しています。問題は、ここでバランスよく広範な魔法を学べるか、ということよ。ホグワーツの実戦的なカリキュラムが私たちボーバトンより優れているのかどうか、興味があったもの」

 

(……うわ、そうか。そうだよなぁ。代表選手だものなぁ……)

 

 ファルカスはフルールの容姿に魅了されていたが、ふと我に返って恐ろしくなった。クラムもフルールも、ホグワーツに来たのは代表選手として結果を出すためでもあるが、一番の目的は留学なのだ。これまでの自分達がやってこなかったなにかを学ぶためにここに来た人達で、留学生として選ばれた上澄みなのだということを認識せざるをえなかった。

 

「うちは教える魔法は生徒の希望に沿ったものを教えるようにはしている。ただ、希望する魔法の反対呪文を習得させることにしているよ。毎年一人は覚えたての魔法を使って暴走するやつが必ず出るからな」

 

「合理的だな」「愚かね」

 

 クラムとフルールは対照的なコメントを残した。フルールはこのホグワーツでは真新しい魔法は学べないのか、と肩を落としていた。

 

 そんなフルールに声をかけた人物がいた。ロンだ。代表選手二人と部長が会話をしている中に割り込むのは、相当な勇気を必要とする行為だ。しかしロンはグリフィンドール生として、あえて空気を読まずに勇気を出して言った。

 

「……あ、あの。」

 

「実用性はないんですけど……バナナージ先輩もお得意ですし。エクスペクト パトローナムとか、どうですか?」

 

 その言葉に、フルールもクラムも面白そうな顔をした。二人がパトロナスを習得していなかったことが、ファルカスには不思議だった。

 

***

 

 

「ハリー、今日はダメみたいです。先客がいました」

 

 放課後に必要の部屋に向かったハリーは、部屋の入り口にいたコリンにそう呼び止められた。

 

「他の皆は?」

 

「ファルカス先輩は決闘クラブに行くそうです。ルナはスクリュートの世話で、ハーマイオニーとアズラエル先輩は用事があるとか……」

 

(ん、そうか。ザビニはデートだろうし……アズラエルとハーマイオニーの二人はあそこに行ったのかな)

 

 必要の部屋は早い者勝ちのシステムだ。入室した人間が鍵をかけてしまえば、部屋への入り口は閉ざされる。ハリーは気持ちを切り替えてコリンに言った。

 

「うーん。じゃあ仕方ないね。図書館に行くか、コリン」

 

「はい!お供します!」

 

 コリンは快活に笑うと、ぴったりとハリーの後ろについてきた。

 

「……ちょっと離れてくれ。近いよ」

 

「三歩くらいですか?」

 

「そうそう。それくらい。……っていうか。コリンは力入りすぎだよ。普通にしてよ」

 

 コリンはハリーへの尊敬心を隠さなかった。コリンの姿はハリーを先輩として立てるものではあったが、はっきり言えば悪目立ちしていた。

 

 ハリーとコリンが図書館へ向かって歩いていると、すれ違う生徒達は避けるように道を開けていく。ハリーと関わりたくないと思っているのだ。

 

「コリン。僕についてきたことを後悔してるかい?」

 

「してます!……あっ嘘ですしてません」

 

 コリンの本音をハリーは聞き漏らさなかった。

 

「もう遅いよバカヤロー。僕と歩いてる時点で人の視線を気にしても手遅れさ。この名誉スリザリン生め」

 

「……ええ。ザビニ先輩にも言いましたけど、やっぱりそれは嫌です。僕はグリフィンドール生ですよ。そもそもスリザリンに名誉ってあるんですか?」

 

「本当に失礼なやつだね君は」

 

「グリフィンドール生らしく、物怖じしない勇気が僕の取り柄ですから!」

 

「胸を張るなよそこは慎みを持ってくれ……」

 

 軽口を叩きながら図書館へ入ると、ハリーたちに気付いた生徒達は一斉に逃げるように離れていった。図書館の奥の方ではピーブズがふわふわと飛び回り、生徒たちにちょっかいを出していた。ピーブズは男爵の舎弟でもあるので、スリザリン生であるハリーが警戒する必要はなかった。

 

(……うん。マダム ピンスはあっちだね。)

 

「コリン。こっちだ。ついてきて」

 

「は……」

 

 ハリーは目敏くマダム·ピンスがいることに気付き、周囲を見回した。ピンスが一人の生徒が食べ物を持ち込んでいることに気付いてそちらに向かったのを見計らい、目的の本棚へと急ぐ。コリンが大声で頷く前に、無言シレンシオ(沈黙魔法)でコリンを黙らせ先へ進む。

 

「ねぇ、ハリー。今日はどんな魔法を教えて頂けるんですか?」

 

 沈黙魔法が解けたコリンは息も絶え絶えにハリーに尋ねた。沈黙魔法は呼吸を封じる魔法ではないが、魔法をかけられた状態で無理して話そうとすると息苦しくなるのである。

 

「ちょっと待て。出てくるまでのお楽しみさ」

 

 ハリーは無人の本棚を見つけると杖を取り出し、必要な本を思い浮かべて無言アクシオを使う。すると目の前に比較的新しい本が一冊現れたのでキャッチする。エドガー・ボーン著の、『パトロナスの基礎と動物から読み取れる個人のパーソナリティについて』という書物だ。パトロナスの入門書としては適切な本だった。

 

「君にもそろそろエクスペクトパトローナム(パトロナス召喚)を教えておこうと思う。基礎魔法は一通りこなしたし、僕に向けた魔法の速度も威力も、精度も充分だったからね」

 

「うわぁ、パトロナスって凄く難しいんですよね」

 

 コリンは目を輝かせてパトロナスの書物を読み込んだ。

 

「僕、パトロナスを出せるんでしょうか?読み込んでみると、これが出来るかどうか不安になってきたんですが」

 

 分からない部分はハリーが補足説明し、成功体験をイメージするようにアドバイスしたものの、コリンは習得できるかどうか不安なようだった。

 

「すごく難しいってことは、ものすごく難しい訓練をすれば使えるかもしれないってことだ。出来るか出来ないかは君次第だよ。じゃあ図書室を出ようか。もうここに用はないしね」

 

***

 

 図書室を出たハリーは、コリンを連れて目的地まで歩いた。コリンは浮き浮きとした足取りでハリーについてきたものの、目的地まで到着すると一気に顔を曇らせた。

 

「……あのう。僕、ちょっとここに入るのは遠慮したいって言うか……」

 

 そこはマートル·ワレンの住処である女子トイレだった。そう、女子トイレ。男子禁制の聖域である。

 

「僕を信頼できないなら、それでもいいよ」

 

 ハリーは冷たく言った。コリンはハリーの声色が変わったのを見て、生唾を飲み込んで言った。

 

「や、やっぱりお供します……」

 

(……よし。コリンは信頼できる……)

 

 ハリーは内心で、コリンに合格点を与えた。仲間として友達として、コリンに自分の秘密をひとつおしえようと思った。

 

 女子トイレにはマートルは居なかった。彼女は別の女子トイレに移動していたのか、普段ならば水溜まりが出来ている筈の空間も清潔なままだ。ハリーは蛇のレリーフを見つけると、意識してパーセルタングを話した。

 

『開け』

 

「え、……あ、ここって……!?」

 

 コリンの目が驚愕で見開かれる。ハリーは微笑みながら言った。

 

「言ったろ、名誉スリザリン生だって。さ、入るよコリン。秘密の部屋へ」

 

 混血のスリザリンの継承者は、また一人、マグル生まれの魔法使いを秘密の部屋へと引き入れた。それはスリザリンにとって冒涜的な行為であると同時に、ただ訓練する場所を提供するという行為に付加価値を持たせ、コリンの士気を上げるというスリザリンらしい行動でもあった。

 

***

 

 秘密の部屋へと続く道を探検するコリンは、グリフィンドールらしい興奮と高揚感に包まれていた。ハリーはコリンの様子を観察しながら、頃合いを見計らって言った。

 

(……うん。ここら辺でいいか)

 

「コリン。何か幸せを思い浮かべてみて。具体的な体験をね」

 

 パトロナス召喚に必要なものは、本人の体験した幸福な記憶と幸福な感情である。ハリーは、コリンにある程度の幸福感を与えることでモチベーションを上げ、パトロナスを召喚しやすくする工夫をしていた。

 

「えーと……弟が赤ちゃんだったとき、僕の書いた絵を見て笑ってくれた時のことを思い浮かべてみます……」

 

「その時君は三歳だろう。自我はないだろ」

 

 ハリーは突っ込みながらも、コリンの杖の振り方を見守った。コリンはなかなか正しく杖を振らなかったが、十回目にしてはじめて正確に杖を振った。

 

「よし、いいぞ。筋がいい。その調子でやってみて、コリン。」

 

「エクスペクトパトローナム!」

 

コリンが杖を振り上げると、銀色の霞のようなものが杖の先から飛び出した。ハリーは思わず拍手した。

 

 

「……こんなかんじです。これ、すっごい疲れますね。座っていいですか?」

 

「上出来だよ。始めたてなのに、もうここまで出来るなんてね。君を見くびっていたかもしれない」

 

 ハリーはコリンに水筒の茶を渡し、ついで壁を杖でコツコツと二回叩いた。

 

 壁からは、返事のようにコツコツと二回音がした。

 

(……うん。そろそろだな)

 

 

「……ハリー。ちょっと寒い気がする……」

 

「……気のせいじゃないか?」

 

 コリンの気のせいではない。先ほどまでとはうってかわって、真冬並みの冷気がハリー達の周囲を覆っていた。コリンは怯えた目でハリーを見る。

 

 コリンの気のせいではない。先ほどまでとはうってかわって、真冬並みの冷気がハリー達の周囲を覆っていた。コリンは怯えた目でハリーを見る。

 

 と、その時。ハリーの周囲に禍々しいローブを身に纏った死体が出現した。それは凍りついたような体を持ち、見るものから幸福感を奪い取ってしまいそうな邪悪な魔法生物だった。

 

「うわあっ!」

 

「コリン!ディメンターだ!自分で撃退しろ!パトロナムを使え!」

 

「……君なら出来る!」

 

 コリンはパニックを起こしかけたものの、ハリーの言葉を聞いて必死に呪文を唱えた。

 

「エクスペクト·パトローナム! 」

 

 すると、コリンの杖から銀色の霞が杖の先から飛び出した。ハリーは内心ガッツポーズをした。

 

「オーケー!よくやった、コリン!」

 

 ハリーが杖を一振すると、ディメンターは宙に浮いて消えていく。

 

「本当によくやった。君は強くなっているよ、コリン」

 

「僕、無我夢中で」

 

「最初は皆そんなものさ。今の感覚を忘れるなよ。その調子で行けば、僕よりずっと早くに有体のパトロナスを出せるようになるさ」

 

(……これで、コリンに成功体験一つ追加、かな)

 

 ハリーは暫くの間、コリンの体力が回復するのを待ちながらコリンを褒めた。コリンはすぐに調子に乗るので褒めすぎないよう気を付けなければならなかったが。

 

 そして、コリンの前にはアズラエルとハーマイオニーが現れる。アズラエルとハーマイオニーが秘密の部屋を訪れたことに、コリンは目を見開いて驚いていた。

 

「……あ、あれ。お二人とも、どうされたんですか?」

 

「必要の部屋が使えないならここに来るようにってハリーから言われていたの。今来たところだけれど……コリン。あなたどうかしたの?短距離の全力疾走したような顔よ?」

 

「ハーマイオニー。コリンはパトロナスを使ったんだ。まだ無形だけど、ディメンターを撃退した」

 

 ハリーは棒読みで言った。勿論これは台本通りである。

 

「すごいわ、コリン!」

 

 ハーマイオニーはコリンを抱き寄せた。これも打ち合わせのとおりだった。もっとも、コリンがうまく無形のパトロナスを出せたからこそこういう形になったのではあるが。

 

 ハリーはやれやれと肩をすくめるアズラエルを見て笑いを堪えるのに必死だった。コリンが撃退したのは、アズラエルの作り上げた偽物のディメンターなのだから。

 

 パトロナスを出すのに必要なものは幸福な経験とその記憶、そして、幸福だったときの感情そのものだ。コリンはこれまで、ハリーたちと共になにかを成し遂げたことはなかった。ハリーは例え仮初であったとしても、コリンに自信を植え付けたかったのだ。

 

「この調子で頑張ろう、コリン。あ、でも無理は禁物だからね。僕はハーマイオニーとアズラエルに訓練して貰うから、そこで見てて」

 

 ハリーは杖を一振りして偽りのディメンターによって散乱した瓦礫を片付け、アズラエルとハーマイオニーにディセンドをかけて貰いながら訓練に励んだ。

 

「しかし、君も面倒見がいいですねえ。クリービーを育てるなんて。ガーフィール先輩やバナナージ先輩の真似ですか?」

 

 訓練が終わり、寮に戻る途中でハリーはコリンやハーマイオニーと別れた。ハリーはアズラエルの言葉をいいやと否定した。

 

「……違うよ。僕はあの二人みたいな善人じゃない。……うん、違った。コリンは違ったんだ」

 

「……クリービーは?何と違うって言うんですか」

 

 アズラエルはハリーの様子を注意深く観察しながら言った。ハリーはどこか遠くを見るように言った。

 

「……コリンはグリフィンドール生だし、まぁ勇気はあるし。…コリンを育てたら…ロンみたいになってくれないかなって思ったんだ。……でも、あいつじゃロンにはなれない」

 

 分かりきったことだった。ハリーはコリンを通してロンを見ようとしていた。しかし、同じグリフィンドール生でもコリンはハリーを追いかけてくる後輩で、ロンはハリーの隣を歩く戦友だった。コリンとロンとは違うのだと、実感せざるをえなかった。

 

「……聞かなかったことにしておきます」

 

 アズラエルの声には微かに怒気が滲んでいた。

 

「……まぁ確かに?クリービーはウザイ奴ではあります。初対面からストーカー仕掛けてきた時は顔面にナメクジを喰らわせようかと思いましたし、今でも時々そうしたくなる時はありますが」

 

「君もなかなか酷いことを言ってないかい、アズラエル」

 

「……それでも、君を慕って着いてきてるんですよ、彼は。君を信じているんです。ホグワーツの半分以上が敵に回ったこの状況でもね」

 

 その思いは尊重すべきです、と言ったアズラエルの言葉にハリーは深く頷いた。

 

「……コリンがパトロナスを使えたのは、正直言って嬉しかったよ」

 

「まぁ本物のディメンター相手でもありませんしねえ」

 

「うん、難易度はそこまで上がってはないんだけどさ。コリンが僕といることが苦痛じゃないっていう部分だけは、有り難いと思ってる」

 

 そこまで聞くと、アズラエルはでしょうね、と頷いた。スリザリンの蛇たちは、見知らぬ相手にはどこまでも排他的になる。しかし一度懐に受け入れれば、相手を蛇に変えてしまいたくなるほどに情を注ぐのである。




事情を知らない生徒→ハリーってやつは後輩のグリフィンドール生を周囲から孤立させてから優しくして依存させているんだな。
コリンやハリーの人となりを知っている生徒→ハリーのやつあんなに面倒見よかったっけ?


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Fly high

 

***

 

 

 ハリーは必要の部屋か、或いは秘密の部屋で毎日飛行魔法の訓練をした。ハリーが空を舞う度にコリンの目の輝きは増した。日に日に速度を増していくハリーの動きについていくために、訓練に付き合っている友人達の腕も自然と上達していった。

 

「ハリー。ハーピーみたいに腕か背中に羽を生やしてみない?飛びやすくなるかも」

 

「ルナ、ハリーで遊ぼうとしてないですか?それは無理があるでしょう。ハリーは人間なんですよ……」

 

「いや。少しでも飛びやすくなる可能性があるならやってみよう。この際手段は選んでられないからね」

 

「自分から尊厳を投げ捨てないで下さいよ……」

 

 ハリーはルナの提案に乗ってコンジュレーションで背中に羽を生やしたり、アズラエルの煎じた魔法薬を服用して体を軽くしたり、ザビニにエンゴージオ(肥大)の魔法をかけて貰い風船のように浮いてみたりもした。結果的に羽を生やす魔法以外は大した効果はなく、ザビニがコリンに撮影させた太ったハリーの写真を見て思い出し笑いをするだけに終わった。

 

「……背中に羽を生やすのは良いんだけど。僕のイメージには合わないな……」

 

「あたしとかアズラエルならうまく使えるんだけどねー」

 

 

「飛行魔法の習熟の問題ね。ハリーやコリンは羽根なしで飛ぶイメージが体に染み付いてしまっていて、空飛ぶ羽根の利点を殺してしまっているんだわ」

 

 とハーマイオニーは言う。

 

 背中に羽根を生やす手法には改善の余地があり、見た目が悪くなるという欠点を除けば小回りは効いた。これまで使っていたロコモータとレヴィオーソを組み合わせた飛行魔法より速度はないが、いざというときの姿勢制御のしやすさや、魔力制御のしやすさではそちらに軍配が上がる。コンジュレーションで都合の良い羽根を生やすのは難しい分だけ、リターンも大きい手法であると言えた。

 

「僕はレヴィオーソ方式で行く。この魔法の限界がどこまであるのか試したいしね」

 

 ハリーは従来どおり、ロコモータとレヴィオーソを組み合わせた飛行魔法を改良するという選択をした。魔法そのものの練度を上げ、出力を向上させる方に全力を尽くすと決めたのだ。こちらは、呪文そのものを使うのはさほど難しくはない。問題は、空を飛ぶ速度が早くなればなるほどロコモータとレヴィオーソのバランスが崩れ、姿勢制御が難しくなってしまうところにあった。

 

 ハリーがそう決めたのには理由があった。ドラゴンが放つブレスや風圧、飛来するドラゴンの巨体に対抗するための速度を優先したのである。

 

 その甲斐あって、ハリーの飛行魔法は自分自身でも驚くほど進歩を遂げていた。

 

「……君なら、理論上は、ドラゴンのブレスも避けられますね。あくまでも理論上ですから、実際のドラゴン相手に安心できる訳ではありませんが……」

 

 アズラエルがコンジュレーションによって精製したガソリンに、ファルカスがインセンディオで発火させハリーにぶつける。ハリーは一瞬のうちに視界から消え、燃え盛る炎から難を逃れた。

 

「……今の君は、ニンバスすら上回る速度を持っています。ドラゴン相手でも、焼かれ死ぬことはないでしょう」

 

「皆の協力があってのことだよ」

 

 アズラエルの悔しげな顔はハリーを大いに満足させた。ハーマイオニーやザビニはハリーにフレイム グレイシアス(炎凍結魔法)を切らさないよう何度も繰り返し行った。

 

「逃げられるからって油断すんなよ。うっかりでもかすったら焼け死ぬんだぜ、ドラゴンのブレスは」

 

「ああ。皆、本当にありがとう。ここまで出来たのは皆の協力のお陰だ」

 

 訓練を終えたハリー達はくたくたになっていた。ハリーが仮想ドラゴンとして考えた戦術に突っ込みを入れ、練り直し、実際に戦ってみての繰り返しだったからだ。ハーマイオニーは試験が終わった後のようなテンションになっていた。

 

「ハリー、本当によくやったわ!スネイプがこれを見たらさぞ……」

 

「僕達に驚くだろうね。いつの間にこんなに強くなったんだって。皆の驚く顔が楽しみだよ」

 

 ハリーは満面の笑みを浮かべたが、内心かなり消耗していた。体力的にというより、精神的にだ。ドラゴン。最も有名な魔法生物であり、ハグリッドの憧れるモンスター。危険度XXXXX。あのバジリスクと同等の怪物と戦うことが迫っていることを実感したからだ。

 

(……事前に備える準備が出来ただけ、マシだ)

 

 そう思っていても、迫り来る恐怖に立ち向かうことは勇気がいることだった。ハリーはこの時ばかりは、グリフィンドール生のような勇気が欲しいと思った。

 

 

 ……一年生の時、自分が犠牲になると分かっていてチェスで犠牲になったロン·ウィーズリーのように。来ると分かっている困難に立ち向かえる勇気を。

 

 日に日に顔色が悪くなるハリーを他所に、試合は刻一刻と迫っていた。四年生は誰もが興奮と緊張に包まれていた。それはハッフルパフのアーニー·マクミランも例外ではなかった。

 

「セドリックは必ずやってくれるさ。誰かと違って、セドリックは不正で選ばれた訳じゃない。僕たちのセドリックなんだから」

 

 興奮していたアーニーは、自分の言葉がハリーに聞こえていたとは思わなかったのだろう。ハナ·アボットがアーニーの肩を叩いて気付かせたとき、ハリーに済まなさそうな顔をした。

 

 ハリーが側を通りすぎるとき、アーニーはハリーに声をかけてきた。

 

「…ねぇ、ポッター」

 

 アーニーは心配そうに言った。

 

「君、やつれているよ。今からでも遅くないから、代理を探したらどうだい」

 

 そんなアーニーの後ろにいたザカリアスが野次るように言った。

 

「決闘クラブからも逃げた奴の代理になりたいなんて物好きがいるかよ」

 

「お前、本当に黙ってくれザカリアス……!」

 

「ありがとうアーニー」

 

 ハリーはザカリアス·スミスを無視し力なく笑った。

 

「君にそれが出来るって言うなら、僕は百ガリオン払ってでも君にやらせるよ。でも、これは僕の役目みたいだから」

 

「……君がその方がいいというならいいさ」

 ハリーを元気づけるように背中をポンポンと叩きながら、アーニーは言った。

 そんなアーニーの近くにいたハッフルパフ生は、ハリーを何か汚いものを見るかのように避けていた。ハリーが視線を向けると、目を合わせず避けるのだ。ハリーにとって、アーニーやザカリアスは腹のたつ相手ではあったが、まともに関わる気のないハッフルパフ生たちも同じくらい鬱陶しかった。はっきり言えば、スリザリン生と似通った陰湿さが彼らにはあった。

 

***

 

「……言ってくれるわね。たまたまディゴリーがハッフルパフだったというだけの癖に」

 

 ダフネはアーニー達スリザリン生の姿が視界から消えた瞬間毒づいた。放課後、ハリーとダフネは教室に残っていた。二人の他に教室に残った生徒はいない。

 

「言わせておけばいい。マクラミンは口だけで無害なやつだから」

 

「あ、あなたねぇ……」

 

 ダフネは不安げな顔でハリーを見た。そんなダフネに、ハリーは笑って言った。

 

「ねぇ、ダフネ。想像してみて。僕が試練でちょっと面白いことをして、マクラミン達の度肝をぬくんだ。そのときのハッフルパフ生の顔を見ていてよ。きっと面白い筈さ」

 

(……あ、疑っている。逆効果だったかな)

 

 ハリーとしてはほんのジョークのつもりだったが、ダフネはいよいよおかしくなったのかと頭を抱えていた。やがて、ダフネはハリーに言った。

 

「あら、残念ね。私は勇敢なあなたを見たいのよ。……試合の時あいつらを見る程暇じゃないわ」

 

「それは光栄だね。それなら、ご期待に添えるよう頑張るよ」

 

 ハリーがヘラヘラと笑って言うと、ダフネは眉をひそめた。そして、ハリーへの不満をあわらにした。

 

 

「……他の友達や……グレンジャーのことは頼りにするのに、私は頼ってくれないのね」

 

 ダフネはそう言うと、ツンとそっぽを向いた。

 

「……え。いや、待って。ダフネ、僕は……」

 

 

(……仲間はずれにしたつもりはなかったんだけどなぁ……)

 

「……ごめん。君に隠れて色々やってたのは事実だよ。でもそれは、君に試練を楽しんで貰いたかったからなんだ。……ダフネ」

 

 ハリーは焦りながら微笑むと、自分の鞄からあるものを取り出した。緑色に輝き、手に収まりきらないほどの大きさを持つ宝石だ。ハリーは彼女にサーペンタリウスを持たせた。

 

「……?……あの、これは?」

 

「君に貸しておくよ。試練の時に使うかもしれないから、君が持ってて」

 

「いえ……けれどこんな大事なものを……」

 

「君だから預けるんだ。君にしか任せられない。人の目につかないよう隠して持っていてね」

 

 ハリーが預けたサーペンタリウスは、ダフネの手の中で淡く輝いていた。

 

「君のためにも、僕のためにも、全力を尽くすよ」

 

 ハリーがそう言うと、ダフネは少し迷ってから言った。

 

「スリザリンのためにもね。ハリー。マクギリスは薄情だけれど、私は、貴方をスリザリンの代表だと認めているわ」

 

 ハリーは不思議な目でダフネを見た。彼女がなぜそう言えるのか、ハリーには本気で分からなかった。

 

「君、ちょっと変わってるね」

 

「人が!全力で!応援してるんでしょうが!!」

 

 

 ダフネの突っ込みにハリーは笑い、少し気持ちを軽くして気持ちを落ち着かせた。

 

***

 

 いよいよ試練の日がやってきた。ハリーは競技場に行く途中の廊下で、最初にセドリックの姿を見つけ大きく深呼吸した。そして杖を取り出し、力強く握り締めた。大丈夫だと自分に言い聞かせるハリーの脳裏にふとスネイプの顔がよぎる。試練に選ばれてから、色んな人間がハリーをスネイプ教授のように目の敵にしてきた。

 

 しかし、世間の人々がすべてそうだという訳でもない。

 

(……僕は不正で選ばれた訳じゃない)

「セドリック!」

 

 ハリーはセドリックに呼び掛けた。

 

「……今日は、良い試練にしましょう」

 

「ああ、そのつもりだ。……君もね、ハリー。君ならきっといい結果を残せるよ」

 

 セドリックが白い歯を見せて笑うと、ハリーはほんの少しだが緊張が解れたような気がした。

 

「ハリー。これは独り言だ。知り合いのハッフルパフ生から、試練のリークがあった。まさかと思ってハグリッドにかまをかけてみたら大当たりだ。…そのハッフルパフ生に根回ししたのは君の友人だ。…君の指示だね?」

 

 セドリックは通路でハリーにそう囁いた。ハリーはニヤニヤと笑って言った。

 

「さぁ。何のことか分かりません」

 

「いい性格だね。だからこそ、スリザリン生は敵に回したくない」

 

 セドリックはウィンクすると、ハリーより一足先に競技場へと入っていった。

ハリーはもう一度大きく深呼吸し、競技場へと踏み出した。

 

 大歓声に迎えられて入場するハリーの心臓は今にも破裂しそうだった。ふと観客席を見上げ、ハリーは自分の応援に来てくれたシリウスを見つけると手を振って微笑んだ。

 

 

 三人目の代表選手であるフルールがグラウンドに入ってくると大観衆は拍手喝采をフルールに贈った。歓声の中、女子生徒は少数で、そのほとんどは男子生徒だ。

 

 コリンをはじめとしたマグル生まれの生徒がフルールを撮影しようとシャッターを切る音がする。彼らは事前に、カメラやビデオの持ち込みがOKであるという許可を得ていた。ボーバトンやダームストラングの生徒、ハッフルパフのバナナージなどもビデオカメラを持ち込んで、代表選手の試合を撮影し、今後の戦略を立てる算段だった。

 

 

 最後に、フルールを圧倒するほどの声援に包まれたのは、優勝候補の大本命であるビクトール・クラムだった。

 

 英国寄りのデイリープロフィットでは、クラムについての紹介は一行だけでハリーの記事ばかりだった。しかし、冷静に考えれば、今回の対抗戦の大本命はクラムなのだ。トトカルチョでもクラムが一位で、フルール、セドリック、ハリーの順に番付は下がる。それほど、クラムの実力は圧倒的だと目されていた。

 

 

 事実、決闘クラブを訪れた生徒はセドリックやハリーの前では口にしないが、影ではこう言う。

 

『クラムが負けるところは想像できない』

 

 と。

 

 はっきり言えば、クラムはハリーの上位互換だった。ダームストラングで広範なカースや闇の魔術を学び、その対処方法までしっかりと学んだ上で、クラムは他を圧倒するほどの戦闘能力を有している。アジリティにおいて、クラムは天才だった。魔法使いの世界においてはこれは圧倒的なアドバンテージなのだ。

 

 大人に匹敵するというレベルではない。一瞬の判断能力に優れたプロのクィディッチ選手達を圧倒するほどのアジリティを持つのがクラムなのだ。

 

 クラムに対する歓声はダームストラングからだけではなかった。会場の誰もが、ワールドカップで活躍し、惜しくも栄光を逃した若き天才の再起を見たいと熱望していた。よく見れば、マクゴナガル教授はハリーやセドリックに微笑みながらもクラムにも視線を向けている。クィディッチ歴が長く、その愛が深いほどクラムの才覚が突出していることが理解できるのだろう。クラムがその才能を対抗戦でどう発揮するのか気になって仕方がないのだ。しかし、一番熱気を帯びていたのはダームストラングの生徒達だった。今こそ、不正の恨みを晴らすときとばかりにホグワーツ生を睨み付ける。まるで、自分達がホグワーツに何をされたのかを忘れてしまったかのようだった。

「ディゴリー、ポッター!クラム!」

バグマンがフリントから手渡された拡声呪文をかけたマイクに向けて叫ぶ。

「そしてドゥラクゥール!今年我々は、四人の代表選手に杯を贈る!年齢線の前で敵に出会うよう運命づけられた、この運の悪い代表者たちだ!」

バグマンがハリー、セドリック、フルール、ビクトールを紹介した。各校から笑い声が上がった。セドリックが気取った様子で手を振ると大歓声が上がった。続いてバグマンが言った。

 

「最後にゴブレットを手にするのはたった一人!!たった一人残った代表選手がゴブレットを手にした時!!ゴブレットには再び炎が宿る!その瞬間こそ!!」

 

 バグマンは勿体つけた様子で一度言葉を切った。大観衆が息を止め、会場がシンと静まった。

 

「真のチャンピオンの名前が歴史に刻まれるっ!!」

 

 バグマンは盛大な花火を上げた。青空には、ドラゴンの形の火花が上がり、空を激しく動き回りながら消えていく。

 

「栄えある第一の課題は……ドラゴンッッッッ!!!!代表選手はっ!!たった一人で、怒れるイカれたドラゴンから、『卵』を奪い取るっ!!」

 

 その時、クラウチの声と共にドラゴン達の恐ろしい唸り声が競技場に響き渡る。

 

 その時、競技場のホグワーツ生達は安堵した。俺でなくて、私でなくて本当に良かったと。

 

 人はスリルと興奮を求める。それは紀元前から変わらない人の性で、魔法使いだろうが魔女だろうが、それこそマグルだろうが変わらない。その性に、四つの寮や学校の隔てなど、ない。

 

 己の安全を確保した上で、己が傷つくことなく試合を観戦できるなら、最高だ。

 

 

「これが、これこそがトライウィザートドトーナメントッッッ!!!!ありったけの知恵と!勇気と!!魔法を込めて栄光を勝ち取るのは、たった一人だ!!」

 

 一瞬の沈黙の後、まるで爆発が起きたような歓声が巻き起こった。ハリーは苦い気持ちでその歓声を聞いていた。

 

(ぼくもあの中に居たかったなぁ……)

 

「ほっほー!これはこれは、なんてこった!」

 

「……魔法族の知性はこんなものか」

 

「そう言うなよバーティ。満員のスタジアム、大興奮の観客……それでこそ、燃えるってものだろう?」

 

 心地良さそうに歓声に耳を傾けるバグマンの隣ではクラウチ氏が失神呪文を受けたかのような顔で座っていた。バグマンはハリー達にしたり顔で言うが、ハリーとしては最早どうにでもなれという気持ちだった。

 

「ハリー!!セドリック!!二人ともがんばれよ!!」

 

 その時、歓声の中にロンの声があった。ハリーは確かに聞いた。会場を見渡してロンの姿を探すが、見つけることが出来ない。

 

(……言われなくても)

 

 ハリーの顔には、自然と笑みが浮かんでいた。

 

 

***

 

「……ねぇ、ルナ。『変声薬』を使ってハリーの応援するのはどうなの?」

 

 

 コリンはグリフィンドールの観客席ではなく、レイブンクローの観客席でルナと共にハリーを応援していた。コリンの愛用するカメラは弟のデニスへと譲り渡され、今のコリンの手にはビデオカメラが握られている。代表選手達の一挙手一投足がビデオカメラの中に記録され、後からいくらでも確認できるようになっているのだ。

 

「だってそっちの方がハリーは喜ぶじゃん。ロンと会いたがってるのバレバレだったし?」

 

 

「……それでも、ロンさんに許可なく応援するなんて……」

コリンは不安げに言った。ルナがハリーを心配している気持ちは分かるが、やはり少し過剰だと思うのだ。

 

「ロンのこと気にしてんの?なら必要ないよ。ハリーに課題のこと教えたの、ロンだから」

 

 ルナがこともなげに言うと、コリンは口をあんぐりと開けた。

 

「えっそうだったの?」

 

「そ。やだモンって断ったけど、ロンはどうしてもハリーに課題のことを教えてくれって」

 

 ハリーがどれだけ大変かを一番近くで見てきたのはロンだ。少なくともグリフィンドールのなかでは、ロンが最もハリーと親しい。だからこそ、ロンはハリーを応援する気持ちもあったのだが、それを素直に表現できず、結果嫌味のようになってしまったのだ。

 

「意味分かんないよね。ハリーと喧嘩してたのに、あたしのところに来てさ。お兄さんから、次の課題のネタバレを喰らったからハリーに教えてやってくれって言うんだよ。結局あたしがハリーをハグリッドのところに連れていったけどさ」

 

「……自分でハリーに言えっつーの。そう思わない?男子って皆そんなめんどくさいわけ?」

 

 ルナが呆れ顔で言った。コリンは少し考えてから言った。

 

「んー。一般的な男子はもう少し単純でアホかな。何て言うかそれって……」

 

「それって?」

 

「うちの弟が拗ねたときと似てる。だから一般的な男子とは違う、と思う」

 

「はぁ?何て?」

 

「……いや。デニスもさ、僕の自慢話……正確には、僕の話すハリーの自慢話ばかりを父さんたちが聞くもんだから拗ねるんだ。自分に注目が集まらないから。そういうときは、ちょっと時間をおいて遊んでやると立ち直るんだけどね」

 

 コリンはレイブンクローの応援席にいたこともあり、己の推論を話すことに躊躇しなかった。もしもロンが聞いていればコリンを魔法で叩きのめしただろう。

 

「え~。じゃあロンって弟気質で構って欲しくて拗ねてるの!?めんどくさー」

 

 ルナはコリンの憶測を聞いて笑いながら変声薬を服用し、ハリーに声援を送った。

 

 

「……ラブグッドのやつ。やろうと思えばちゃんと他人と会話できるじゃない……」

 

 遠目からルナとコリンを見守っていたペネロピー・クリアウォーターは、未だに寮内で友人を作ろうとしないルナに呆れていた。ペネロピーの認識では、ルナは周囲と壁を作り、お高く止まってしまった面倒な子というものだった。

 

***

 

 テントの中に入った全選手の前で、バグマンが言った。

 

「質問がある者は随時受けつけるから、気軽に声をかけてくれたまえ。しかし点数の発表については一切何も答えられないとだけ言っておこう。なぜかって、私は採点できないので!」

 

 ハリー達の中に微かに弛緩した雰囲気が流れる。ハリーは挙手して尋ねた。

 

「アイテムの持ち込みはアリですか?」

 

「ナシだ。規定どおり、君たちは箒だけを使う」

 

 バグマンはきっぱりと言った。

 

「では、魔法でアイテムを持ってくるのは?」

 

「構わない。ただしー」

 

 バグマンはきっぱりと言った。

 

「大会規定にもあったとおり、幸運薬、集中薬などのスポーツの公式大会で使用不可とされるアイテムの持ち込みは不可能だ。魔法による持ち込みは許可されるが、規定違反の使用が確認された場合、無条件で失格となる」

 

「失格のペナルティはありますか?」

 

「ゴブレットの呪いが振りかかる。強力な呪いだ。明確な規定違反だから、罰は己の体で背負うことになる」

 

 バグマンは面白がるようにハリー達を見回し、ハリー達の表情に恐れがないことに少し物足りなさそうな顔をした。

 

 

「…しかし。私としては、長い魔法使いとしての人生を、嘲笑されながら過ごすことの方が、呪いより恐ろしい罰だと私は思うがね」

 

セドリックはニコリと笑ったまま固まった。ハリーも笑みを浮かべながら、内心では勝つしかない、と想いを新たにした。

 

(……誰も僕の勝利を望んじゃいない。だけど)

 

(露骨な手抜きも、同じくらいに観客を不快にするだろうな)

 

 幸い、ハリーに手抜きをする余裕はない。そもそもスペックの上で、自分は代表選手達の中では最弱であるとハリーは自覚していた。だからこそ、手加減など考えず全力を出せる。優勝に拘っていないからこそ、己の手の内をさらけ出しても構わない。そこがハリーの強さだった。

 

 セドリックもフルールもクラムも、己の手の内をいかに見せず課題をクリアするかを考えなければならないのだ。トライウィザードの試練は三つ。三つ目の試練でバトルロワイヤルや決闘、或いは制限時間内のダンジョン攻略や魔法生物退治などを課される可能性を考えれば、自分の有用な魔法は後まで取っておきたいと考えるのが自然だ。

 

 しかし、ハリーは違う。自分の手の内を分析されるなら、新しい魔法を身につければいいと割り切っていた。それが吉と出るか、凶と出るかはこれから明らかになる。

 

 ハリー達は、バグマンが差し出した魔法の箱の中に手を入れた。まずはフルールが二番の番号と共にウェールズ·グリーン普通種のドラゴンを引き当てた。セドリックが一番の番号と共にスウェーデンショートスナウトを、クラムは三番の番号が刻まれたチャイナファイアボール種を引き当てた。

 

 そしてハリーは四番目。ハンガリー・ホーンテールへの挑戦権が与えられた。試練のために集められたドラゴンの中では最も狂暴で、本気で放つブレスは悪霊の炎にすら匹敵し、その鱗はあらゆる魔法への耐性を持つ怪物に、ハリーは立ち向かうことになった。

 

(……何が、ドラゴンだ)

 

 セドリックが、フルールが、クラムが試練をクリアしていく中、ハリーの心は次第に落ち着いてきた。

 

(アバダケタブラが使えるわけでもない。炎は悪霊の火と同じだ。ドロホフやシトレを相手にするより楽じゃないか)

 

 競技場の焼け焦げた芝の上に立ち、ハリーは醜悪なドラゴンに向けて笑った。そしてお辞儀をした。

 

 

「……はじめまして。唐突で悪いけれど、今日は僕と遊んでください」

 

 特に意味があったわけではない。ドラゴンは狂暴で、群れを作れない孤独な怪物だ。闇の魔法使いと似通っていて、それでも、闇の魔法使いとは違い悪意をもって人をあやめる存在ではない。だから、ハリーは自然と礼をもって接することが出来た。この場合、それは挑発にしかならなかったが。

 

 試合開始のホイッスルが鳴った瞬間、ハリーは翔んだ。高く、高く舞い上がったハリーの姿を見て、パンジー·パーキンソンやフレッドやジョージ達は、アントニン・ドロホフとシオニー·シトレを思い出した。

 

 

 

 



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BURNOUT SYNDROMES

 

***

 

「…………………………………………」

 

 

 

 ドラゴンという生物にとって、人間は身勝手で恐ろしく、ぶち殺しても足りない害獣だった。

 

 

 群れを作れない孤高な生命であるドラゴンであっても、こと母親に関しては己の愛すべき子供を守るという愛が存在する。そうしなければ、卵のままか産まれたばかりの子供はたちまちのうちに外敵によって殺害されてしまう。種を保存するための本能だけではなく、母の愛か、己の卵に近づく存在を全て排除しろと訴えかける。

 

 しかし、ドラゴンは怯えていた。目の前の小さな黒髪の人間に対してではなかった。障壁の向こう側から自分を観察する年老いた人間を、ハンガリー·ホーンテールは恐れていた。ちょうどその日の天気のように、ホーンテールの心には靄がかかっていた。

 

 自然界を生きる生命は、些細な違和感に対して敏感でなければならない。生態系の頂点に君臨するドラゴンであってもそれは変わらない。その違和感が全力で囁くのだ。

 

(……恐ろしい。なんだあの人間は)

 

 と。

 

(私が迂闊な動きをすれば、私ごと卵の中の赤子まで殺害するのではないか)

 

 ハンガリー·ホーンテールはハリーと向かい合っている間も、その背後に控えていたダンブルドアを恐れていた。人間の言葉で試合開始の合図があがり、人間の子供が空へ飛び上がった後も、彼女はハリーを追いかけはしなかった。代わりに、彼女は咆哮を上げた。己の卵を守るように這いつくばりながら。

 

 

「グルオオオオオオオオオオオオッッッッ!!!!」

 

 暴風が吹き荒れ、爆撃が投下されたかのような轟音が周囲に響く。ドラゴンの咆哮は、己のテリトリーを誇示するための威嚇である。本来、大人のドラゴンが威嚇することは珍しい。生態系の頂点にある大人のドラゴンは、威嚇する前に大抵の魔法生物が逃げ出す脅威だからだ。

 

 

 その威嚇は、目の前の人間にとっては無駄な行為だった。ホーンテールの周囲に爆発が起き、砂埃が舞い上がる。ホーンテールは閉じていた両翼を広げ、砂埃を吹き飛ばした。

 

(……あの人間(ダンブルドア)は何もしてこないか……)

 

 ホーンテールは内心でダンブルドアに対し恐怖しながらも、現在の事態に冷静に対応していた。

 

 ホーンテールの15メートル以上の巨体は、翼だけでハリーの全身より大きい。ハリーが巻き起こした爆風などたちまちのうちに消し飛んでしまう。

 

 砂埃をかきけした一瞬の後、ホーンテールはハリーを排除対象と認め、母の愛でもってハリーを駆除するべく飛び上がった。アルバス·ダンブルドアではなく、この瞬間、ハリーこそ最優先で駆除すべきホーンテールの敵となった。

 

 

 ホーンテールが対する人間……ハリー・ポッターの周囲には、二十メートル以上の大きさになった岩石が浮き上がっていた。それも一つ二つではない。四つだ。ハリーは高笑いをしながら、ホーンテールめがけてそれを撃ち落とした。

 

***

 

「……シリウス。この試合、止めた方がいいのでは?」

 

 マリーダは青ざめた顔でシリウスに言った。シリウスは腕を組み、じっとハリーの動きを見守っていた。何も答えないシリウスに、マリーダはすがるように言った。

 

「あんな高速で飛んでしまってはハリーの身が持たない。ハリーはドラゴンではないんだ。何かにぶつかるだけで、ハリーの体は……」

 

 魔法族が飛行魔法を加速させなかったのは、単純にその制御が難しいからだけではない。飛行魔法には致命的な欠点があったからだ。

 

 速度を出せば出すほど、物体と衝突したとき、飛行魔法を使っていた本人が受けるダメージは大きくなるという単純明快な理屈である。あらゆる箒にもこの問題は付随するが、いざというとき搭乗者を守れるよう保護魔法がかけられた箒とは違い、今のハリーには簡単なルーンの護りしかないのだ。

 

 観客席を見れば、スネイプ教授も試合を止めようとダンブルドアに談判しようとしていた。彼はムーディによって追い返されていたが、マリーダの目にはムーディやダンブルドアは狂人としか思えなかった。

 

「このままでは、ハリーは……」

 

「……ハリーは死なん。絶対にだ」

 

 シリウスは、絞り出すようにか細い声でそう言った。シリウスの手には杖が握り締められている。

 

「…………俺たちが見てきたハリーを信じろ、マリーダ。あの子は強い」

 

(……本当に、この人は)

 

 シリウスが、誰よりも己自身にそう言い聞かせていることをマリーダも理解していた。だから、マリーダはシリウスから視線を外し、ハリーに目を向けた。

 

***

 

 ハリーの血潮は熱く滾っていた。はじめてバジリスクを殺害したときや、転入生と対峙した時に感じた恐怖と高揚感がハリーの魔力を活性化させ、制服に刻んだ調和のルーンでも抑えきれないほどの魔力をハリーの周囲に放出する。

 

(行くぞ!!レダクト マキシマ(割れろ)!アクシオ(岩よ来い)!)

 

 ホーンテールの咆哮はハリーには何の効果も与えなかった。ハリーはホーンテール周囲の地面を割ると、ざつに割れた岩を己の周囲に引き寄せる。

 

「エンゴージオ(肥大しろ!!)!!」

 

 引き寄せた岩を拡大することで、ハリーは空に浮かぶ巨石を作り上げた。エンゴージオ(肥大化)は、物体を風船のように肥大化させることも可能だ。だが、そのサイズには当然限度がある。全長一メートルに満たない岩石を、密度も強度も保ったまま二十倍以上も拡大しようとは通常なら考えないだろう。

 

 しかし、ハリーには先例があった。転入生のように、基礎魔法でも、魔力をコントロールし調整すれば強力な武器となるという経験があった。そして、ハリーは決闘クラブで訓練を重ねた分だけ、魔力の総量は増えていた。

 

 向かってくるドラゴンへと、ハリーは四つの巨石を落下させる。ホーンテールの驚異的な身体能力は、岩石を避けるという選択すら選ばなかった。

 

「シャアアアアアッ!!!」

 

 人間によって不当に捕まえられ、見世物にされた鬱憤を晴らすかのように、ホーンテールは左腕の爪で岩石を引き裂いた。ホーンテールの毒々しい色の爪は、魔力で固く強化された岩石など問題にせず砕ききってしまった。

 

 さらに、ホーンテールは大きく息を吸い込んだ。

 

(ブレス(炎)か)

 

 ハリーはそう思って自分にフレイム グレイシアス(炎凍結魔法)をかけたが、違った。ハンガリー·ホーンテールのフェイントだった。

 

 ホーンテールは、右腕をハリーに向けて振りだした。その動作を感じ取る前にハリーは動いていた。ハリーは自分に杖を向けたまま飛行魔法でその場から消えた。

 

 正確には、消えたと錯覚するほどの速度で上に逃げた。消えた瞬間、先程までハリーから居た場所に、黒い稲妻と大量の岩石が走る。稲妻はハリーが出したもので、土砂はホーンテールが予め握っていたものだ。

 

 ハリーが飛行魔法の出力を上昇させるにつれて、ハリーの周囲には黒い稲妻が走るようになっていた。これは居場所を特定できてしまうため無くしたかったが、ハリーの魔力制御が未熟なために空気中の酸素と魔力が反応して焦げ付いてしまうのだ。

 

「アクシオ マキシマ(全速力で来い)!!!」

 

 ハリーは思考と動作を切り離して反射的に逃げつつも、反撃の手は緩めなかった。ハリーを追いかけるホーンテールの背後に、ハリーが浮かせていた大岩を引き寄せる。超高速の大質量が、ホーンテールの翼に直撃する。

 

「グオオオオオオオオオオッッ!!!」

 

 ホーンテールは何の痛みも感じていなかったかのように勢いを緩めなかった。彼女は飛び回るハリーめがけて、必殺の火炎を放つ。

 

 

 ドラゴンの鱗はあらゆる魔法への耐性を持つ。しかし、物理的な攻撃であれば理論上は通じる。つまりはホーンテールは備わった先天的な魔力による防御力だけではなく、圧倒的な身体能力と、外敵に対して屈しない高い精神力を備えているのだ。

 

 ハリーは笑いながら加速し、ホーンテールの炎をかわした。内心で恐怖に怯えながら、ハリーの心に衝動が沸き上がる。

 

(凄い!何て炎だ!!…勝ちたい!!!ドラゴンに!このホーンテールに、真っ向から!力だけで!)

 

 悪霊の火をドラゴンのブレスにぶつけ、真っ向から勝負したいという衝動的な誘惑にハリーは打ち勝った。ハリーがこの誘惑に勝ったのは、それがあまりに無謀な戦いだと分かっていたからだ。

 

 ホーンテールの撒き散らす炎で、上空の水分はあっという間に霧散していく。ハリーは黒い閃光と共に、ホーンテールの頭上へと舞い上がる。ホーンテールはハリーを仕留めんと加速する。上空に積み上げられた雲達が霧散していく。

 

(アクシオ(来い))

 

 ハリーは無言アクシオで、残った二つの大岩を自分に追随させていた。ハリーとホーンテールが空の観覧飛行を楽しむ間、大岩達はハリー達よりかなり遅れてハリーのもとへ戻ってくる。

 

(チャンスは一度きりだ……)

 

 ホーンテールは何の躊躇いもなく、ハリーへと襲いかかってくる。尾をムチのようにしならせ空を泳ぎながらハリーへと迫るホーンテールの腹に、ハリーは大岩をぶつけた。これで、ハリーに残された大岩は後一つだ。

 

 ホーンテールの顔に笑みが浮かぶ。ハリーはホーンテールが勝利を確信していることがわかった。ハリーは、残った最後の大岩に呪文を放った。

 

「ジェミニオ(そっくり)」

 

 ハリーの使った魔法は、双子の魔法。ある物体と、そっくりなものを複製する魔法だ。

 

 ハリーはそのままホーンテールの巨体に、双子の大岩を撃ち落としぶつけた。

 

 双子の魔法にはこんな性質がある。

 

 双子の魔法は、ある物体とそっくりな物体を精製する。これは詐欺にもってこいの魔法だが、複製品はオリジナルと比べて大抵作りが雑になったり、デザインが未熟だったりと散々な出来になる。しかし、この場合ハリーはデザインなど求めておらず、大岩の外観もそっくりそのままではない。つまりは、未熟な双子の魔法であっても何の問題にもならない。

 それよりも、双子の魔法には重要な性質がある。

 魔法をかけた本人以外がその物体に触れると、増えるという性質が。

 

 

「オオオオオオオオオオオオッッッッ!!??」

 

 

 ホーンテールには油断があった。なまじ一度大岩での攻撃を受けたがために、彼女の心には慢心が産まれてしまった。

 

 人間を自分の領域である空へと追い詰め、その武器を減らし確実に勝利へ近づいてきたという油断。それは実際には、受け身も取れない死地に誘い込まれてきたということに過ぎなかったのに。

 

 二つの大岩は、ホーンテールへと触れた瞬間、本物の大岩が二つに増える。ホーンテールが反射的に暴れてしまったことでさらに二つ。細かく砕けた破片がホーンテールの巨体に当たったことでさらに、二つ。

 

 

「エクスパルソ マキシマ(爆発しろ)!!」

 

 ハリーは増えた大岩に全力の爆破魔法をかけ、勢いよくホーンテールを吹き飛ばした。高密度の魔力によって加速された大岩の破片は、今度こそホーンテールの全身に確かな痛みを与えた。ホーンテールの黄色い目が、痛みによって閉じられる。

 

 その一瞬を見計らい、ハリーは己にかけた飛行魔法の浮遊魔法を一部解除し、重力の定めに従い落下する。ホーンテールは大岩に打ち据えられながらも、ハリーを殺さんと上空に留まり続ける。ホーンテールの頭部に衝撃が走り、彼女は痛みに呻き声をあげる。ハリーは名残惜しい気持ちになりながら彼女に背を向けた。

 

(……またね。……また、僕と遊んでくれ)

 

 ハリーにとって、これ程心踊る闘いはなかった。空の上で、誰にも縛られることのない闘いはそれこそドラコとのクィディッチくらいのものだった。知らず知らずのうちに、ハリーの笑みは小さくなっていった。

 

 

 

 ハリーは大地へと降り注ぐ瓦礫の中を泳ぐように降りてきた。悠々と両手に金色の卵を手にしたとき、スリザリン生たちの応援席から割れんばかりの大歓声が上がった。その歓声を聞きながら、ハリーは観客席でダフネの姿を発見し、笑った。ダフネはほぼ半狂乱でハリーに怒っていた。

 

(あ、怒ってる。何でだろ)

 

 ハリーが理由に思い至る前に、競技場に入ってきたザビニに抱きつかれた。ハリーは友人たちに揉みくちゃにされながら、ダフネが怒った理由について思い至った。

 

(あ、サーペンタリウス使うの忘れたからだ……)

 

 なお、ハリーはダフネから頬をはたかれた。




ドラゴンさんは今回ハリーの攻撃でピヨったけど倒れてはいません。滅茶苦茶タフです。
この二次創作の設定だと生きてるドラゴンは(自分も炎を使うし)炎に高い耐性があるので、この時点のハリーの悪霊の火では殺せないということにします。だってかっこいいからね。


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余熱

***

 

「セドリック。あの子供は……ポッターは一体何者だ?本当に14か?」

 

 クラムはハリーとホーンテールが空中を飛び回る姿を見ながら、隣にいたセドリックに尋ねた。

 クラムの言葉には不快感や不信感といった負の感情は感じ取れない。純粋な好奇心によるものだろうとセドリックは思った。

(うーん、どう言ったものか。デスイーターや例のあの人関係のあれこれを話すのは良くないし……)

 

 

 セドリックはクラムに対して、ハリー周辺の事情をどこまで話したものかと思った。かつてデスイーターに狙われたとか、トラブルを引き寄せる体質だということをそのまま話すというのは気が引けた。

 

「彼はハリー。見ての通りの中学二年生だよ」

 

 そこでセドリックは魔法の言葉を告げた。その言葉と同時に、ホーンテールに対して無数の大岩が衝突する。

 

「!?何なのあの子は!?」

 

 驚愕するフルールの声に対して、クラムはどこか納得したように言った。

 

「ああ。……成る程、中坊か」

 

 クラムは観客席から降りてきた生徒たちに揉みくちゃにされるハリーを観察していた。ハリーの友人たちはハリーを担ぎ上げて胴上げをしようとしていた。必死で抵抗するハリーの姿を見て観客席やクラムから笑いが起こる。

 

「面白い連中だな」

「だろう?僕もそう思うよ。仲のいいグループだ」

 親しげに会話するクラムとセドリックを見て、フルールは自分もと会話に割り込んできた。

 

「待って。中学二年生?それがあの異常な戦闘能力について納得する理由になるのですか?理解できないわ」

 

「フルール。男子には誰もが、ちょっと背伸びして凄い魔法を使いたくなったり皆のヒーローになりたくなる時期があるんだ。声変わりが終わって、魔力と身長が伸び始める中学二年生辺りにね」

 

「????」

 

「中二病ってやつだな。ダームストラングにもよくいる。僕もそうだった」

 

「わかるよ」

 

(ごめんなハリー。だけど、これが君にとって一番いいことの筈だ……)

 

 セドリックは心の中でハリーに手を合わせながらフルールとクラムに曖昧に微笑んだ。ハリーの戦闘能力の高さを説明する上で、手っ取り早く好感度を上げる説明は限られている。クラムはセドリックの狙い通りにうんうんと頷く一方、フルールは不審そうにハリーを見ていた。

 

「あれほど野性的で、暴力に傾倒した戦闘はボーバトンではあり得ません。……ただ、ホグワーツがそういう魔法使いを育てているという噂は確かなようね」

 

 フルールはドラゴンとの戦闘を楽しんでいたハリーに、若干の不快感を抱いたようだった。

 

(…流石にフルールはこの説明じゃ納得しないか。まぁそうだろうな。……疑惑の目でハリーを見るのはフルールだけじゃない。多くの人がホグワーツが戦闘能力のあるハリーをトライウィザードのために送り込んだと見るかもしれないな……)

 

 セドリックは内心で今後への懸念を抱きつつ、フルールの言葉に微笑んでいた。信頼はハリーが自らの力で少しずつ積み重ねていくしかないのだ。セドリックに出来ることは、そのきっかけを作ることまでである。

 

(……なるほど中坊か。なら、仕方ない。本当に仕方ないな)

 

 一方、クラムは純粋にセドリックの言葉を信じた。分かりやすく強力なカースや闇の魔術に魅入られた同い年をさんざん見てきた経験から、クラムはハリーに少し好意的になっていた。誰にでもそういう時期はあると。

 

(……エンゴージオ(肥大)もレヴィオーサ(浮遊)も、カースじゃあない。ドラゴン相手にあそこまで戦うなんて立派じゃないか)

 

 

 クラムがそう考え、ハリーがセドリックの隣の席についた頃、バグマンが真底楽しそうに言った。

 

 

「……さぁーっ!いよいよ第一の課題、結果発表だぁ!選手諸君、準備はいいかな!?まずは……セドリック·ディゴリーからだ!六点、八点、八点、九点、九点!トータル四十点!!さぁ、この数字が高いか低いか!?次のフルールはどうだ!?」

 

 代表選手であるセドリックの名前が読み上げられた瞬間、審査員達が空中に数字を打ち上げて得点を発表した。審査員の中には、バグマンも含まれている。

 

「バグマンは審査員じゃあないんじゃなかったか?」

 

「お得意の嘘だったようだね……」

 

 セドリック、クラム、そしてフルールは半ば呆れた目でバグマンを見た。

 

 セドリックの次に、フルールの得点が発表される。カルカロフ、マクシーム、バグマン、クラウチ、そしてダンブルドア達の審査した得点が空へと浮かび上がり、それをバグマンが読み上げる。

 

「……ディゴリー、これで勝ったと思わないことね。次は私が勝つわ」

 

 フルールは悔しそうにセドリックに言った。カルカロフが五点、マクシームが九点、バグマンは九点という点数をつけた。ダンブルドアとクラウチは九点と八点。合計四十点で、セドリックと全くの互角だ。

 

「お手柔らかに頼むよ、なぁ、ハリー?」

 

「はい。……え、僕もですか?」

 

「誰であろうと負ける気はないわ」

 

 フルールやセドリックがハリーで遊ぶ一方、クラムはしかめっ面で自国の校長を見ていた。

 

「………………」

 

(まさか、な。カルカロフ校長、まさかとは思うが……)

 

 クラムはフルールとセドリックの得点が思ったより低いことに一抹の不安を覚えていた。二人の得点が低いのは、どう見てもイゴール·カルカロフの採点が原因だからだ。

 

「……ま、今回の最下位は僕だろう。課題の卵のうち、半分も割ってしまったからな」

 

 クラムは自分に言い聞かせるように母国の言葉でそう呟いた。セドリックとフルールはドラゴンの広範囲なブレスを防ぎきれず火傷を負ってしまった(クラムは試合を見れなかったが、二人の様子からそうなったことは察せられた)。しかし、二人は見事に目標の卵を奪取したらしい。

 

 一方、クラムは試練の目標だった卵の半分を割ってしまったのだ。試練に対して最下位を決めるなら自分だろう、という自覚はあった。

 

 が、クラムの予想に反して、クラムは高い点数を得た。実際には、クラムの攻略時間は代表選手のなかでも最短。ハリーと同じく無傷だが、ハリーより低リスクかつ安全な作戦を立てて行動したことが、審査員から高い評価を得た。

 

「十点、九点、九点、十点、八点!!合計四十五点!!文句無しのトップオブトップだぁ!」

 

 ダンブルドア、そしてカルカロフの両者が十点。クラウチを除く二名も九点という高評価をクラムに与えた。クラムはダンブルドアから評価されたことに喜ぶ一方で、自校の校長の立ち回りに対しては失望を抱いた。

 

(……僕の順位は校長の贔屓があったからだ。これが後に尾を引かなければいいが…)

 

 カルカロフ校長は、フルールやセドリックに対して低い点数を与えた。それがクラムが一位をとれた原因だ。ダンブルドアやクラウチ、バグマンといった英国側の人間はクラムにも高い得点をつけているのに、自国の校長が採点に対して公平さを欠くというのはいただけなかった。

 

 

(……事前に課題を知らされておいて今さらではあるんだが……せめて贔屓を隠す努力くらいはして欲しいな)

 

 憮然とした思いを抱くクラムではあったが、続くハリーの得点が発表されたときますますその思いを強くした。

 

 ハリーの総合得点は四十点。セドリックやフルールと同じ点数だ。バグマンから十点という高評価を与えた一方、カルカロフは四点しか与えなかった。クラウチからは九点、マクシームから九点、そしてダンブルドアから八点貰えなければハリーは最下位だった。スリザリン生たちのブーイングが会場に巻き起こる。ハリーはもっと上だ、と叫んでいるスリザリンの一年生もいた。

 

「……我が校の校長ながら……採点が露骨すぎる。流石に低すぎるんじゃないか?」

 

 クラムは母国語でそう呟かざるを得なかった。ハリーは飛行魔法によって無傷でドラゴンから卵を奪い取ったのだ。攻略した時間でいえばクラムの方が早いが、それでも四点は過小評価に過ぎるとクラムは思う。

 

(……中二病……が何なのかは兎も角。ポッターも全く油断ならない相手ということは確か。子供だと思っていたけれど、これほどまで大きな子供だとは)

 

 一方で、フルールはハリーに対して油断ならないものを見る目になった。ハリーの得点はフルールやセドリックと同じ四十点。しかし、フルールの視点で見るとハリーには得体の知れなさが拭いきれない。

 

(……何をしてくるか全く分からない。単なる中学生の癖に、場馴れしすぎている。まるで何度も死の危険をくぐってきたみたいに。こんなことがあり得るかしら?)

 

 フルールは自問し、そしてただの中学生ではあり得ないと自答した。

 

(……ない。普通の中学生は、大観衆の中であんなパフォーマンスを発揮できない。クィディッチのシーカーであれば度胸は養われるけれど)

 

(戦闘経験まではどうしようもない。……一体どういうこと?ホグワーツは噂通り、世界に害を及ぼす闇の魔法使いを養成しているとでも言うの?)

 

 大観衆の中で、練習通りのパフォーマンスを発揮する能力というのは訓練を必要とする行為だ。魔法使いは、練習であれば複雑で高度な魔法に成功する人間は多い。しかし、それはあくまでも練習の話。人の前に出たとたん、簡単な筈の浮遊呪文(ウィンガーディアム レヴィオーサ)すら覚束なくなる魔法使いは意外と多いのだ。ましてやドラゴンと命がけの闘いができる中学生などあり得ないのだ。

 

(ホグワーツは本当にどうやってこんな子を育て上げたの?何から何まで訳が分からない……)

 

 ハリーに警戒心を悟られぬよう流し目で視線を送ると、ハリーはセドリックやクラムに生暖かい目で見守られていた。

 

「ダンブルドアは君に厳しいな、ハリー。僕なら君には十点あげてもいいと思ったけど……」

 

「いえ。これが今の僕の実力です。もっと努力しないと……」

 

 セドリックは悔しがるハリーの背中を叩き、前を向けと励ます。

 

 

「スリザリンの観客席を見てみるといい、ハリー。皆が君のことを誇りに思ってくれているよ」

 

 

 緑色のローブに身を包んだ集団は、ハリーの健闘を称えていた。

 

(セドリックの言うとおりだ)

 

 

 とハリーは思った。ドラゴンを相手に立ち向かい生き残り、見事卵を奪取したハリーの実力を疑うものは誰もいない。

 

(……今のうちはだけど)

 

 ハリーのなかには消えない不快感があった。隙を見せた途端嘲ってきた人々のことは忘れようとしても消えてはくれない。

 

「……これで、僕は君とも心置きなく全力で闘える。正直に言って、嬉しいよ」

 

 

「あ、ありがとう、セドリック」

 

 ハリーはセドリックと共に、ホグワーツ生に手を振った。セドリックに対して、ホグワーツのすべての生徒から惜しみ無い拍手と称賛の言葉が与えられた。歓声の嵐に包まれながら幸せそうなセドリックの姿を見て、ハリーはほっと胸を撫で下ろしていた。

 

(……本当に良かった。セドリックが代表で……)

 

 ドラゴンとの闘いで感じた高揚感や、闘いが終わったことの寂しさが抜け、暖かい気持ちがハリーの心に満たされていく。セドリックが代表で本当に良かったとハリーは安堵した。もしもセドリック以外が代表に選ばれていたなら。例えばジョンソンやクリアウォーターなら、ハリーの立場は今よりもっと悪くなっていただろうからだ。

 

(変な話だな、競争相手なのに嫌いになれないなんて)

 

 

 ハリーはセドリックに感謝と尊敬の念を抱きながら、ザビニ達に向けて手を振った。すると、ファルカスから歓声が上がった。

 

「良かったよハリー!最高のパフォーマンスだった!君はスリザリンの誇りだ!」

 

 しかし、後半部分はハリーには聞き取れていなかった。

 

 ホグワーツ生に対して手を振ったハリーに対して、反応はまちまちだった。セドリックのように歓声一色ではない。戸惑うもの、ハリーに対して手を振り返さないものもいた。スリザリン以外の寮生は、ハリーに対しては、畏怖や嫌悪が混じった視線もぶつけていた。皮肉なことに、普段敵対している筈のグリフィンドール生がもっとも大声でハリーの闘いを称えるコメントを発していた。

 

 そんな中、緑色の蛇達は、ハリーの闘いを称えるかのように笑って手を振り返してくれていた。

 

(……スリザリンにとって、僕は純血じゃない。ノット達のように、僕を追い落としたいと言う連中は幾らでもいる……)

 

 ハリーは素直に、スリザリン生たちの歓声を喜ぶふりをした。スリザリンの寮生達は家族だ。ただし、ノットのように、決して心を許してはいけないものもいる。家族は家族でも、その繋がりは他人より薄く、時に深い憎悪と嫉妬と敵対心を孕んだ間柄でもあるのだ。

 

 それでも、この瞬間だけはハリーは紛れもなくスリザリンの代表だった。ホグワーツの半分から敵視され、疑惑と不信の中で闘い見事ドラゴンから生還したハリーを貶すことは不可能だ。蛇寮の獅子ではなく、今ハリーは蛇寮の蛇として、ハリーは歓声の中帰路についた。

 

 

***

 

「よくやったわ、ハリー!」

 

「どうやって飛んだんだ!あんなに飛ぶやつ見たことないぞ!」

 

「僕があそこまで飛ぶことが出来たのは、僕一人の力じゃない。皆の応援のお陰かな」

 

 

 スリザリンのホームである地下へと戻った途端、生徒達がワッとハリーの下に駆け寄ってきた。その中で群を抜いてドラコが喜んだ顔をしていることに、ハリーは少し嬉しくなった。ダフネは群衆の渦に飲み込まれたあとパンジーとミリセントに救出され、ハリーに近寄れないでいた。

 

「ち、ちょっと調子良くないかしら!?皆、昨日まではあんまり騒いでいなかったわよね!」

 

「……まぁまぁ。いいじゃない。ダフネ、推しに人気が出ることは良いことよ?喜んであげなさいよ」

 

「私だって嬉しくないわけじゃないわ。けれど……」

 

 トレイシーの言葉に、ダフネは複雑な表情を見せた。ハリーの周囲に出来ている人だかりは、他学年の半純血の男子や女子で、ダフネとも面識のある女子達もいた。

 

(……ハリーが活躍した途端に近付くのはどういう神経よ?)

 

 ダフネとて、ハリーの幸福が嬉しくないわけではない。それはそれとして、本能が警鐘を鳴らしていた。

 

「推しがメジャーデビューする前の期間が一番楽しいって言うもんねえ」

 

「と言うか。『推し』って何よトレイシー。分かる言葉で言って頂戴」

 

 うんうんと頷くトレイシーに、ダフネは突っ込みを入れていた。内心でダフネは思う。

 

(……ハリーはとても危険なことをしているって、皆は分かっているのかしら)

 

 ダフネはハリーが飛行魔法を使うことを知らなかった。もし知っていれば止めていた。ハリーが箒でも箒なしでも飛ぶことが上手いことは知っていたが、試合中にドラゴンとハリーがぶつかりそうになったときは思わず目を瞑った。

 

 ハリーが本当に大変な思いをしているというのに、皆は浮かれすぎている、とダフネは思っていた。ハリーから事前に相談されていたらしいザビニ達と違って教えて貰えなかったことも、ダフネの胸中に靄を漂わせていた。

 

***

 

 ハリーはスリザリンの談話室に入った途端集まってきた人だかりに目眩がしていた。

 

「詳しい話は後で……。ほら、あんまり騒ぐと良くないよ。ダームストラングの人たちもいるんだし」

 

「構いやしないだろう。ここはスリザリンの談話室だぞ?僕からすれば、居候と仲良くしようという君の気がしれないね」

 

 そう言われてハリーは思わず辺りを見回す。ダームストラング生は、ハリーたちを遠巻きに見ながら何やら囁き合っていたが、ハリーと目が合ったうちの一人が進み出てハリーに向けて話す。

 

(この人、クラムの友達か……)

 

 ハリーを集団で取り囲んだダームストラング生の一人だった。アクセル、という陽気な生徒で、クラムと共に決闘クラブに足を運んだりもしていたのをハリーは思い出した。

 

「やるじゃん、君。スリザリン生は全員そうなのかい?」

 

「ダームストラング生が皆クラムと同じように飛べるならそうですね」

「はっ!言うね~」

 

 アクセル達ダームストラング生達は気に入ったぜ、とハリーの肩を叩き、そして言った。

 

「正直言って、君のことを舐めてたわ。君っつーか、ホグワーツとスリザリンのことを」

 

 スリザリンに対する称賛に、ハリーたちの胸に暖かい心が広がった。

 

(いつだ……?)

 

(一体いつからだ……?スリザリンが褒められることを諦めたのは……?) 

 

(夢じゃないわよね、聞き間違いじゃないわよね?)

 

 スリザリン生は、事情を知らない外部の人間であるダームストラング生からの称賛に心を震わせた。それはハリーも例外ではなかった。

 

「でも、いい意味で予想を越えてくれたよ。うちのクラムには勝てねえだろうけど、頑張れよ?すげぇ面白いもんが見れそうだ」

 

「ふん、随分と余裕……」

 

 

 ハリーは即座にドラコへと無言シレンシオをかけた。ドラコが沈黙魔法を解除されている間に、ハリーはアクセルと握手を交わした。そんなハリーに、マクギリス·カローは親指を立てて頷いていた。

 

「代表選手として恥じないよう闘います。試練が面白いかどうかの判断は、みなさんにお任せします」

 

「固いね~。もっとノッてけよ中学生!スリザリン生は陽キャの集まりだって聞いたぜ!」

 

 パンパンと笑ってハリーをたたくアクセルに対して、ファルカスが意を決したように言った。

 

「……あの!(アズラエルが)バタービールとかドリンクを用意してたんです!ダームストラングの皆さんもどうですか!?」

 

「ひとまずダームストラングもスリザリン……いえ、イルヴァーモーニーも第一の課題はクリアしましたし、そのお祝いということで……」

 

「そうか、ポッターはイルヴァーモーニー扱いなんだった。忘れてた……」

 

 ファルカスの言葉に、周囲のスリザリン生達ははっとした顔になる。アクセル達ダームストラング生はそんなスリザリン生達を笑い飛ばした。

 

「ま、そんな体裁はどうでもいいじゃん!すげえ試合を見たし、今夜はマジで飲みたい!アルコールある!?」

 

「すみませんノンアルです」

 

「そっかー、残念!でも飲む!クラム君も呼んでいい!?」 

 

「是非お願いします」

 

「っしゃー!」

 

 けたけたと笑って去っていくダームストラング生達をハリーは笑って見送ったが、隣に居たザビニはいい顔をしなかった。

 

「ハリーよりクラムの方が上だと思ってんな、あれは」

 

「ここからのハリーの活躍次第ではもっと警戒してくるでしょうね。ひとまず敵対的でなくなったことを喜びましょう」

 

 アズラエルに、ハリーはそうだね、と頷いた。

 

 

「第二の課題までギスらなくていいのなら何でもいいよ。皆にも苦労をかけたけど、ひとまずストレスからは解放だね」

 

「じゃあバタービールでも飲もうよ。ハリーも疲れてるだろう?」

 ファルカスをはじめとしたスリザリン生達はハリーの持つジョッキにバタービールを注ぎ、今度こそわっと騒ごうとした。

 

「ポッター、居るか?」

 

 ハリーがまさにバタービールに口をつけようとした瞬間、六年生の監督生ケロッグ·フォルスターがハリーを呼んだ。

 

「スネイプ教授がお呼びだ。……ご立腹だぞ、遅れるなよ」

 

 そしてハリーは結局、バタービールを飲むことは出来なかった。スネイプ教授の研究室でハリーは飛行魔法の稚拙さと安全対策の欠如、スネイプ教授やフリットウィック教授へと事前に飛行魔法について相談しなかったことなどを詰められ、スリザリンから二百点を減点されたからだ。

 

***

 

 次の日、ハリーはほとんど食べ物が喉を通らなかった。ダフネに「早く食べなさいよ!」と叱られる始末だった。

「もう!しっかりしなさいよハリー!貴方らしくないわ!」

「ごめん……でも……」

 

 ハリーはダームストラングの生徒たちがハリーの飛行魔法について話しているのを耳にしていたし、スリザリン生達から惜しみ無い称賛を受けた。

 

「スネイプの言葉は聞き流せよ。あいつ、お前にマトモに加点したことねぇだろ」

 

 ザビニの言うとおり、ハリーは他のスリザリン生とは異なりスネイプ教授からのあたりが強い。それはハリー自身の行動によるところも大きいだろうが、それでも異常なほどスネイプ教授はハリーを褒めない。そして叱る時は過剰なほどにハリーを叱責してスリザリンから点を引くのだ。

 

「分かってる。スネイプ教授に褒められることを期待してた訳じゃない」

 

 それでもハリーは、スネイプ教授の説教の意味を重々承知していた。ハリーが安全に課題をクリアするために、必ずしもああする必要はなかったということをスネイプ教授は言っているのだ。実際、ダフネがハリーをはたいたのも危険な魔法で無茶をしたからだった。

 

(……僕は思い上がっていたのか?)

 

 ハリーの中の達成感や、闘いの余熱が急速に冷めていく。今のハリーにあるのは、スリザリン生徒からの称賛と、そしてホグワーツの生徒達からの腫れ物を触るような扱いだった。

 

 代表選手として存分に力を奮ったハリーの姿は、一般的なホグワーツ生達からは恐ろしく見えたらしい。ハリーに直接面と向かって何か言う生徒は、課題の前よりもむしろ減った。勇敢なグリフィンドール生はハリーを称賛しているが、ハッフルパフやレイブンクローの生徒達はハリーから距離をおきはじめていた。

 

(……何でだ?僕は彼らに何かしたか?)

 

 ハリー自身、距離を置かれる理由が分からず苦しんでいた。そして、そういう扱いに苦しんでいる自分自身のことも不思議に思った。

 

 

***

 

 三日後、ハリーはついにダフネに相談を試みた。自分の思いを打ち明けてみたのだ。

 

「……変な話だと自分でも思うよ」

 

 紅茶の香りを楽しむダフネとは異なり、ハリーは紅茶に手をつけなかった。

 

「課題が始まる前は、生きて帰れればそれでいいって思っていたんだ。……ダフネや、ザビニ達も居てくれたし」

 

「それは本当に感謝しなさい。私たちは掌を返さなかったんだからね」

 

「うん、君が居てくれたから頑張れた」

 

 胸を張るダフネに、ハリーは感謝の言葉を述べた。

 

「だけど課題が終わってからは、もう少し皆がさ。ホグワーツの生徒達が……ダームストラング生みたいにとは言わないけど、スリザリンのことを褒めてくれてもいいんじゃないかって思った自分が居るんだ。これって贅沢だよな」

 

 少しふて腐れるハリーに、ダフネも「……ええ、そうね」と寂しそうに頷いた。

 

「一度嫌われものになってしまったら、それを取り返すには途轍もない労力がいる、ということね。レッテルでしかものを見ない人はどこにでも居るもの」

 

 ダフネもハリーも、ハリーが避けられた本当の理由には気がついていなかった。

 

「嫌いだな、そういうのは」

 

 ハリーはダフネやザビニ達に己の思いを吐き出していた。大勢のスリザリン生達は、そうやって己の被った小さな不幸を吐き出し、友人達と共に痛みを受け入れながら怠惰に現状を受け入れることで日々を過ごしていく。しかし、それで他寮の生徒達と交流を絶ってしまえば、気づけなくなることはある。

 

 ハリーを恐れた他寮の生徒達は、ハリーのスリザリン生という肩書きだけを恐れたのではない、ということだ。

 

 ハリーが用いた飛行魔法と、暴力的な戦闘力。そして、戦闘を楽しむ心。そういった要素に、クィディッチワールドカップやホグズミードで見たデスイーターを見出だし、本能的に恐怖してしまったのだ。それはハリーたちの視点で見れば理不尽だが、彼らの視点で見れば無理からぬことだった。レイブンクロー生もハッフルパフ生も、ドロホフやシトレの手で操られ、あわや犯罪者にされかけた生徒も数多いのだ。スリザリン生には、己を客観視する能力が欠如していたのである。

 

***

 

 ハーマイオニー·グレンジャーとブルーム·アズラエル、そしてファルカス·サダルファスは、ハラハラした気持ちで赤毛の少年と眼鏡をかけた少年の会話を見守っていた。

 

「……ハーマイオニーは本当に上手くいくと思ってるんですか?」

 

 アズラエルは物陰からハーマイオニーに尋ねる。ハーマイオニーはこくりと頷いた。

 

「……ええ。ロンに謝るのを待ってって言ったのは私よ、アズラエル。このタイミングなら、ハリーはロンを受け入れる」

 

「いやいや、そんなあっさりと……」

 

 頭の上に疑問符を浮かべるアズラエルをよそに、ハリーはあっさりとロンを受け入れていた。

 

「……あれぇ?おっかしいですねぇ。こんなに上手く仲直り出来ますか??」

 

 目を丸くするアズラエルに対して、ファルカスはほっと胸を撫で下ろしながら言った。

 

「喧嘩の原因がロンの心の問題だったから。一応、それは解消されたよ。少なくとも今はだけど」

 

 ファルカスはロンと共に、禁じられた森にある古代魔法を祀った遺跡でその守り人と修練を積んだ。

 

 修練を積んだからと言って、二週間やそこらで飛躍的に向上するわけではない。だが、ロンにあった置いていかれるという焦燥感を緩和し、嫉妬心を認めた上で友達のために何かするという気持ちを促進する効果はあったのだ。

 

 影で見守るアズラエル達をよそに、ハリーはここ数日なかったような笑顔を浮かべていた。

 

「……僕としては、君がもう少し早くに戻ってきてくれると思っていたんだけどね、ロン」

 

「いや、俺も悪かったとは思ってるよ。……けど、なんていうか謝る機会を逃したって言うか……」

 

「じゃあこれから決闘クラブで一戦殺ろうか」

 

「こえーよ!まぁ行くけどよ!」

 

 そのまま決闘クラブへと足を運ぶハリーの後ろ姿を、アズラエルは怪訝そうに見ていた。

 

「どうしてでしょうね。ハリーとの付き合いは長いんですけど、僕にはハリーの気持ちが分からないときがありますよ」

 

 そんなアズラエルに対して、ハーマイオニーはハリーの気持ちが分かっているかのように言った。

 

「アズラエル。人はね、辛いときに差し伸べられた手をはね除けることは難しいのよ。今のハリーには、ロンの存在が何よりも重要なの」  

 

「なるほど……って、ハーマイオニーはどうしてそんなに人の心理の考察が上手いんだい?」

 

「そうね、どうしてかしら」

 

 ハーマイオニーはファルカスの問いを曖昧にはぐらかした。ハーマイオニーは人間心理に長けているわけではない。ただ、少し追い詰められた人の気持ちは理解できるのだ。

 

(ハリーがロンを拒まないと思ったのは)

 

(……私がそうだったから、かしら)

 

 こうして、ハリーは己の日常を取り戻した。白眼視される日常と引き換えに、掛け替えのない友を得るという日々を。その日々はハリーにとって支えであり、友人のためならば命を投げ出すことも厭わないほど、ハリーは友情に心を焼かれていた。

 

 




他寮から見たハリー→闇の帝王候補あるいはデスイーター予備軍のスリザリン生、ハリー・ポッター。
ドロホフ直々に勧誘されたしね!


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Bon Voyage

胸糞注意


 

「決闘クラブに入部したいって?」

 

 

 ハリーは空き教室に呼び出され、三人のスリザリン生の顔を不思議なものを見る目で眺めた。ハリーの後ろには、例によってザビニ、アズラエル、ファルカスが控えている。

 

「後輩が増えるのは嬉しいけど、理由を聞いてもいいかな?どうしてこの時期に?」

 

 

 白髪で長身のオルガ·ザルバッグ、小柄でアジア人を思わせる黒髪のオーガスタ·ミカエル、プラチナブロンドでどこか高貴さを漂わせたシュラーク·サーペンタリウスというスリザリンの三年生男子達だ。いずれも聖28一族のような歴史ある家柄ではない。三人のなかで最も背の高いオルガは、ハリーに何度も頭を下げて頼み込んでいた。

 

「先輩の闘ってる姿を見て憧れたんです。俺たちもあんな風に魔法を自由に使いこなしてえ。お願いします、入部出来るようにフリットウイック教授に取りなして頂けませんか?」

 

(別に僕に断りを入れなくても)

 

 ハリーはそう言おうとして思いとどまった。後輩たちがこのまま決闘クラブに入るとしても、クラブ内で差別的な言動や行動をされては困るのだ。

 

(……いや、ちゃんと最初に釘を刺しておいた方がいいな)

 

 問題を起こす前に最低限の忠告はしておくべきかと思ったとき、ザビニが三人の後輩たちへ軽く言った。

 

「今の時期に途中参加ってのは部員達からいい顔されねーぞ。ただでさえ有名人目当てのミーハーな追っかけが増えてるんだ。それは分かってるな?」

 

 ザビニは三人に釘を刺した。ミカエルはまるで表情を変えなかったが、サーペンタリウスはピクリと目尻を吊り上げた。

 

「僕達が軽い気持ちで入部するような連中だと言いたいのですか?心外です。僕達は魔法の腕を向上させるためなら、努力は惜しみません」

 

「シュラ!先輩に口ごたえすんな!……すみません、こいつはちょっと生意気で」

 

 オルガは三人組のなかではもっとも強面で、不良のような髪型をしていたが最も腰が低く、シュラークの分まで頭を下げる勢いだった。

 

「いいよ、僕達は気にしない。シュラーク。君たちをバカにした訳じゃないんだ。単にそういう視線があるから、それに対しては覚悟してほしいっていうだけなんだ。気を悪くさせてすまないね」

 

「……いえ、こちらこそ不躾でした」

 

 シュラークは渋々と言った。ハリーから見て、後輩のスリザリン生三人は真っ当に見えた。ハリーはニコニコと笑いながら三人を吟味する。

 

(……自分の立ち位置を探している半純血、ってところかな。支援したいけど……)

 

 スリザリン内の半純血の立場は不安定だ。元々純血の一族と交流があるならばよいが、そうでない場合は純血の一族に対して上手く立ち回るための何かを要求される。

 

 ハリーであれば名声、ザビニならば財力と容姿。それらがないファルカスは魔法の腕。そういうものがあってはじめて仲間として認められるのだ。ハリーは心情的に、彼らを引き入れたいという思いがないではなかった。

 

 しかし、ハリーには懸念もあった。後輩たちが純血主義を持っているかどうかという懸念だ。この三人は今まで無名だったことから、対外的に純血主義を披露するようなタイプではないことは確かだった。しかし、ダフネのような軽度の純血主義だったり、潜在的な純血主義者である可能性は拭いきれない。

 

 

 ハリーは目線で、ファルカス達にどう思うか問いかけてみた。ファルカスもアズラエルも満更でもなさそうな顔だ。

 

(……彼らが純血主義かどうか聞いておくべきか?……いや……)

 

 ハリーは純血主義は良くない、とは言わなかった。内心で一部の悪質なマグルに思うところのある自分が、大して親しくもない後輩に思想を強制させることなど出来はしない。それこそ親しい人であれば別だが、ハリーはこの後輩たちのことをなにも知らないのだ。

 

「君たちの熱意は分かったよ。バナナージ先輩には話を通しておくよ」

 

「本当ですか!?ありがとうござい……」

 

 シュラークは素直なのか、子犬のように喜びかけた。しかし、ハリーはシュラークの喜びに水を差した。

 

「ただし。決闘クラブにはルールがあるんだ。それを守れるなら、ではあるけれど」

 

「……ルール?どんなルール?」

 

 ミカエルが首をかしげた。これまで他人事のように動かなかった無機質な顔に、はじめて興味と好奇心が浮かぶ。

 

「『決闘クラブには思想を持ち込まないこと』だ。早い話が、あそこではマグル生まれも混血も純血と対等に扱う、ということだよ」

 

 ハリーは三人の反応を待った。オルガは一も二もなくハリーの言葉に頷いていたし、ミカエルはふーん、と興味なさげな顔に戻った。しかし、シュラークは不快そうにハリーの言葉に顔をしかめていた。

 

「……先輩。それはおかしな話ではないですか?」

 

「何がだい、シュラーク?」

 

 シュラークを止めようとするオルガを手で制してハリーは言った。シュラークは己が正しいことを信じて疑わずに言った。

 

「思想を持ち込まないとありますが、誰もが対等であるなど絵空事です。貴方のような優秀なスリザリン生がイニシアチブを取っていくべきです。現に、クラムやドゥラクゥール目当てに集まっている部員は数多いと聞きます。そうやって、スリザリンの部員を入りにくくしている。『ノンポリシー』などあり得ない。中途半端な有象無象を助長する、破綻したルールではありませんか」

 

(ブーメランになってますよぉ~、シュラークくん。……ま、同族嫌悪も含んでいるのかもしれませんが。居るんですよねえ、自分と似てる人のダメなところを許せない子って)

 

 アズラエルは笑いを堪えながらシュラークを見ていた。シュラークの主張は何から何まで的はずれだった。クラム目当てで加入した生徒達と、ハリーに感化されて決闘クラブに参加したシュラーク達になんの違いもないのだ。

 

 ただ一点、スリザリンで、純血主義であるかどうかという違いを除いては。

 

「そう思うかい、シュラーク?」

 

「少なくとも、スリザリンの純血主義が排斥される謂れはありません。純血は如何なる場合でも尊ばれるべきものです。それが社会の秩序を保つための序列ではないのですか」

 

 シュラークの言葉をハリーは黙って聞いた。そして言った。

 

「シュラーク。君の言葉には一理あると思うよ。スリザリンにおいては純血こそが正義であると決められている。それがスリザリンのルールだ」

 

「ハリー。お前血迷ったのかよ?」

 

 ザビニの突っ込みをハリーは無視した。純血主義者にその思想を改心させるなどということを、ハリーはわざわざやりたいとは思わないのだ。

 

「でもね、ルールっていうのはいつ如何なる場所でも同じとは限らない。決闘クラブには、決闘クラブのルールがあるんだ。それが君のいう『破綻したルール』だ」

 

 ハリーはシュラークに話を合わせつつ言った。スリザリンの三年生達は意外と素直にハリーの言葉を聞いた。

 

「破綻しているとお分かりなのであれば、なぜ先輩はそんな馬鹿げた環境に居られるのですか?純血でもない弱者達と……」

 

 シュラークは純血主義であることを隠そうとしなかった。ハリーはシュラークの目を見て断言した。

 

「自己研鑽のためだよ」

 

「自己研鑽?」

 

 シュラークはハリーの言葉を聞き漏らすまいと、真摯に耳を傾けていた。ハリーはまだ会話の余地があるだけマシだと割りきっていた。

 

「決闘クラブの部員の一人に、ラブグッドっていうレイブンクロー生がいる。彼女は決闘に関しては全くやる気はない」

 

「不真面目な生徒なのですか?そんなやつはさっさと排除してしまえばいい」

 

 オルガは渋い顔でシュラークを見、次に詫びるような視線をハリーに向けた。ルナ·ラブグッドがハリーの友人の一人だと知っていたのだ。シュラークは本当につい先日までは、ハリーにも決闘クラブにも興味がなかったのだろうということは察せられた。

 

「でも、彼女は時々僕より上手くチャームを使う。呪文学の腕でいえば、君たちより間違いなく上だろう」

 

「……!!」

 

「そういう生徒も居ると理解した上で、彼女の技術も参考にしながら努力するのと、自分達だけで努力すること。どっちが効率がいいと思う?」

 

「……それは……ラブグッドの魔法を取り入れた方がいいに決まっています」

 

「そう。自己研鑽は、自分より優れた人たちのいる環境に身をおいて、手本を見ながら頑張ることで捗るんだ。少なくとも僕はそうだった」

 

 ハリーは幾つかの嘘と誇張も交えていた。実際にハリーが手本にした魔女や魔法使いはマグル生まれのハーマイオニーや

「シュラーク。同じ相手としか闘っていない人が本当に強いって言えるかい?」

 

「……いえ……」

 

「自分が今どれくらいの強さで、どれくらいの知識があるのか断言できるかい?」

 

「……分かりません」

 

 シュラークは素直に認めた。

 

「自分の強さを証明するためには、純血の優れた魔法使い達と闘うだけじゃあ足りないんだ。色んな人たちと闘ってみて、いろいろな戦法や考えに触れてみてはじめて分かる。だから僕は決闘クラブに行くんだよ」

 

「純血の人と決闘したり、関わるだけならスリザリンで充分ってことですか」

 

 オルガの言葉にハリーは頷くと、シュラークに語りかけるように言った。

 

「決闘クラブは、純血以外の人達と交流し、時にその技術を盗むための場所。そう考えてもいいんじゃないかい?」

 

「……そういうものでしょうか?しかし……」

 

 半信半疑なシュラークをからかうように、ザビニはシュラークの肩に手を回して言った。

 

「シュラークよぉ、騙されたと思って色んなやつの話聞いて、正々堂々と闘ってみろよ~お前顔はいいんだからよ。まともにしてるだけで女が寄ってくるぜ~?」

 

「なっ……は、破廉恥な!ザビニ先輩、取り消して下さい!女などと!神聖な決闘を瀆す行為です!」

 

 ハリー達はひとしきり笑った後、去っていくスリザリンの三人組を見送った。そしてポツリとアズラエルが言った。

 

「……スリザリン内部にも、ハリーを認めてくれる人はいる。それは救いですね」

 

「純血主義っぽいやつを受け入れて大丈夫なの、ハリー?」

 

 心配そうに尋ねるファルカスにハリーは深呼吸してから言った。

 

「大丈夫じゃないと思うよ。問題は起こすかもしれない。……でもまぁ、ちゃんと釘は刺したからね。これで問題を起こしたら、そのときフォローしてやればいいさ」

 

「痛し痒しですねえ。寮の中に支持者を増やそうとしても、純血主義者が混じるのは」

 

「まぁね。でもね、アズラエル」

 

 ハリーは不快そうに言った。

 

「問題はスリザリンの中だけじゃない。外部にもあるんだよ」

 

***

 

 

「スリザリンの人たちのことを皆は、悪い目で見るけど。話すといい人ですから」

 

「話せば、ね」

 

 

 ペネロピーは含みを持たせて言った。ルナは不快さを隠さず言った。

 

「ハリー達が悪人だって言いたいんですか?」

「もちろん違うわ」

 

「でも、好きな人とだけ閉じ籠って話して、それ以外を蔑ろにしている。貴女は優しい男子たちに甘えて、仲間を作る努力を放棄しているのではないかと思ったのよ」

 

 ペネロピーはあっさりと言った。ペネロピーの目がルナの丸い目を射抜くように鋭くなる。

 

(うっ……視線が痛い)

 

 ルナは恐怖感で言葉につまった。自分のことを虐めてきたレイブンクローの女子達を、仲間だと思って行動するなんてルナには出来なかった。

 

「私もね、マグル生まれだったからレイブンクローに入ったすぐの時は色々と言われたわ。だから、それに合わせる努力もした」

「……」

「でも、その努力は無駄じゃなかったと思ってる。自分を偽るんじゃなくて、自分を変えるんだって思えたから。魔女になっていくのが楽しかったわ」

 

(本当に~?無理してない~?)

 

 ルナは内心でペネロピーの言葉を疑いながらもふんふんと頷いた。

 

 ペネロピーは一呼吸置いてから紅茶を一口飲んだ。そして、ルナを見つめた。

 

「レイブンクローの仲間が私を魔女だと言ってくれたのも嬉しかったわ。それは馴染もうとする努力を認めてくれたからでしょう?」

「……はい」

 

(あたしは別に認められたいわけじゃ……)

 

 ルナは渋々と言った様子で頷いた。ペネロピーは柔らかく微笑んだ。

 

「誰だって、その環境に合わせて自分を変えて見せるの。ましてや私たちは魔女なんだから。レイブンクロー生の魔女が、レイブンクローらしく振る舞うことは、そんなに難しいことじゃないはずよね」

 

 それは正論ではあった。本心からルナのためを思っての正論で、しかしルナにとっては受け入れがたいものだった。

(いや……ええ~?)

 

 魔法族というものは、元々社交性に乏しい生き物である。新たな知識を何よりも求める研究肌のレイブンクロー生ともなれば、己の専門分野に没頭し、それ以外を蔑ろにする生徒は実は多い。そしてルナは典型的なレイブンクロー生ではあった。

 

 ただ、ルナの愛したものは、魔法界の基準に置いても普通ではなかった。実在すら疑わしい父親の言った魔法生物。父親が記事を書く三流誌の法螺話。それらを愛するルナは、知的とは見なされなかった。むしろレイブンクローの名を貶めるものとして疎まれ、阻害されてしまったのだ。

 

「だからこそ、ね。レイブンクローの中でも誰か一人、信頼できる仲間を作っておきなさい」

 

「でも……」

「貴女、レイブンクローでずっと一人きりでいるつもり?この先ずっと?」

「はい」

 

 ルナは観念してあっさりと頷いた。ペネロピーは、信じられないものを見る目でルナを見た。その後、はぁ……とため息をついた。

 

「先輩もグリフィンドールの彼氏を持っておられますよね」

 

「自然消滅したわ。卒業式以降は一回も会ってないの。ウィーズリーは仕事が恋人になったみたいでね」

 

 ルナは反骨精神を見せ、反撃を試みたがすげなくかわされた。気まずい顔のままルナは謝罪する。

 

 

「あっ……すみません。あたしそういうこと知らなくて」

 

 

「いいわ。次の相手が見つかったから」

 

(はやっ!?)

 

 事も無げに言い切るペネロピーにルナは尊敬の眼差しを向けた。目の前のペネロピーにとって、パーシー·ウィーズリーとの出来事は既に過去のものらしい。

 

 

「私が言うのもおかしなことだけど……寮や学年が違うってことは、簡単に関係が消えてしまうリスクもあるのよ。だからこそ、ね?同じ後悔をしてほしくないの。寮内で仲間を作っておいたほうが得よ。特に、同年代の同性をね」

 

 

「……はい」

 

 有無を言わさぬペネロピーの言動に、ルナは渋々といった様子で返事をした。ペネロピーは紅茶を一口飲むと、また話し出した。

 

「スリザリン生のなかでも、ポッターが異端児なのは皆知ってるわ。マグル生まれへの偏見がないことは私も知ってる」

 

「でもね、世間はそうは思わないの。怖いのよ、あの子の周囲に現れる闇の魔法使いが」

 

(そうかな)

 

 ルナは内心で疑問を抱いた。ルナは闇の魔法使いを怖いとは思わなかった。それよりもずっと恐ろしく、どうしようもない絶望を知っていたからだ。

 

「貴女はポッター達をうまく利用できた。レイブンクローらしくね」

「利用?」

 

 嫌な言い回しにルナは反感を覚えたが、ペネロピーはそんなルナの内心に気付くことなく話を続けた。

 

「でも、貴女はもう、自分の力で立てるだけの実績と魔力を得たのよ?このまま何も考えずポッターたちに着いていくのではなく、しっかりと考えていくべきではないかしら」

 

 ペネロピーはそう言うと、また一口紅茶を飲んだ。ルナもつられて紅茶を飲む。ベネロピーに対して怒ることは無駄だとルナは思った。

 

(まぁ。言いたいことは分かるよ?)

 

 ルナはレイブンクロー生らしく思考を回す。ペネロピーの話はもっともだった。道を歩けば、ヒソヒソと好き勝手にハリーの悪口を言う阿呆は多い。知性を尊ぶレイブンクローであっても、本当に知性があるというわけではない。世間の風潮や偏見に流され、ハリーを悪人だと言う声が大きくなれば容易にハリーを糾弾するだろう。表だってではなく、影から陰湿にだ。

 

(怖い、なぁ。あたしもターゲットになるのかなー。もしそうなら怖い。でも……)

 

 ルナの頬にじっとりとした汗がつたった。

 

 ハリー達と冒険ばかりしていて、ずっとレイブンクローの中で独りぼっちでいるなんて馬鹿げてると自分でも思うのだ。それでも、自分のスタイルを曲げることはルナは出来なかった。

 

 ハリー達がいたから、孤独だった一年生の秋に、自分は孤独ではなくなったのだから。

 

(レイブンクローの皆はあたしを助けてくれなかったじゃん?)

 

 ルナは思い返す。ハリーと一年生の時にハロウィンで出会ったときのことを。マルフォイと一緒になってレイブンクローに乗り込んできたときのことを。エルフを交えた秘密の部屋での冒険を。ハーマイオニーやアズラエルがスクリュートの世話を焼いてくれたことを。

 

(あたしの居場所はあっちだもん)

 

 ルナは自らの心に従った。それは賢明な判断ではなかった。差しのべられた手を拒み、己の意思で選び取る行為は、勇気と呼ぶべきものだった。

 

 ルナは知らない。

 

 秘密の部屋の事件以降、ペネロピーが影でルナに対して虐めを働いていた女子に罰則を与えていたことを。

 

 それ以降もルナに対する虐めが起きる度に、ペネロピーが人知れずルナをフォローしていたことを。

 

 

 ペネロピーの善意とは見えにくく、そして分かりにくいものだった。個人主義のレイブンクロー生としては珍しく監督生として後輩を守るという義務を果たしたペネロピーの努力は報われることはなかった。ルナ本人がペネロピーの庇護を受けていたことを認識していないのだから。

 

「そうですよね……考えます」

 

 ルナは頷くと、紅茶を味わうこともなくグイ、と飲んだ。それから席を立った。

 

「あたし行きますね、ペネロピー先輩」

 

「ええ……」

 

(……失敗?私、言い方を間違えた?いつ?……何がいけなかったのかしら……)

 

 ペネロピーの顔色は晴れなかった。考える、という言葉は、ルナの遠回しな拒否であると悟ったのである。

 

 ペネロピーは何か言いたげにしたが、結局何も言うことなく頷いた。ルナが部屋から出た後、彼女は深いため息をついた。

 

「……後悔しなきゃいいけどねぇ……」

 

 残った紅茶を飲み干し、ルナの飲み残しの紅茶をエバネスコで消し去ったペネロピーの顔には、拭いきれない憂いがあった。

 

「いくらポッターが英雄だからって。スリザリンはそうじゃないんだから。闇の魔法使いの巣窟になんて関わるもんじゃないわよ……」

 

 二年前はバジリスクの標的になり死にかけ、一年前には操られた魔女の偽らざる本音は、誰にも届くことなく空気に溶けて消えていった。

 

 スリザリン最悪最強のOB、ヴォルデモートとその支持者達が起こした事件は、人々の心に消えない傷跡を残していた。そして、高い戦闘能力を持つハリーの存在はあまりにも生々しく心の傷を呼び起こしてしまうのだった。

 

***

 

「僕は君に決闘を申し込む。受けるだろう、ルナ·ラブグッド」

 

 

「……?えっと……どちら様?あんた誰?」

「この僕が分からないと?僕はシュラーク·サーペンタリウスだ。これで分かるか?」

「分かんない」

 

「正気か!?同い年だぞ!?」

 

「話したこともない人の顔と名前なんて覚えてないよ~」

 

 

 シュラーク、オルガ、ミカエルの三人はハリーの取りなしもあり、決闘クラブに入部した。そして入部するや否や、何を血迷ったのかシュラークはルナへと決闘を申し込んだ。ルナはシュラークを眺めながら首をかしげた。

 

(誰だっけ……)

 

 ルナは周囲をぐるりと見渡し、背の高いスリザリン生、オルガ·ザルバッグの姿を見て言った。

 

「ああ、スリザリンにオルガっていい人がいたのは知ってる。あんたオルガの友達だっけ」

「取り巻き扱いとは失敬な奴だな」

 

 ルナは嫌そうに顔をしかめた。

「……初対面で決闘申し込むやつに言われたくないもん」

 

「決闘クラブは決闘をする場所だろう。失礼には当たらない」

 シュラークは自信満々に言った。ルナは肩をすくめた。

「決闘はいつでもどこでもするもんじゃないよ。こっちにも都合ってものがあるし、面倒くさいなら拒否っていいものだよ」

 

「ふんっ。まぁいいさ、いずれ僕は君を倒し、スリザリンの強さを証明して見せる。シュラーク·サーペンタリウスの名をせいぜい覚えておくといい」

 

(人の話聞いてる?えっと、ねぇ?)

 

 シュラークにそういわれ、ルナは迷惑げに眉根を寄せた。ルナの内心は複雑だった。

 

(あたしに話しかけてくれてるのは嬉しい、んだけどな~。顔はイケメンだし……)

 

 見知らぬ他人との会話に、ルナの心は弾んでいた。会話の内容は望んだものではなかったが。

 

 ルナの会話相手は寮内にはいない。最近はもっぱらコリンであり、ハリー達のうちの誰かとしか会話らしい会話をしていない。知らない誰かと会話するのは久しぶりだった。それがそれなりに顔立ちの整った男子というのは、ルナにとって満更でもなかった。

 

 ルナの口が自然と歪み、目が猫のように細められる。そして口元からは鋭い犬歯が覗いた。その笑みをシュラークはどう受け止めたのか、一瞬怯んだように後ずさりした。が、気を持ち直して言った。

「どうした?僕に敗北するのが怖いのか?」

 

「んー、そうじゃなくて。シュラの趣味とか好きなものとかないの?決闘好きなの?」

 

 

「シュラ?」

馴れ馴れしく話しかけるルナを見て、シュラークの顔に、今度ははっきりと侮蔑の色が浮かぶ。ルナはその顔が面白くて仕方がなかった。

 

「だって決闘決闘って言われてもね?あたしは決闘はそんな好きでもないし、勉強のためにいるだけだもん。シュラの好きなこととか話してよー」

 

「……決闘を好きでもない人間がいるというのは不愉快だ。やはり、君のような人間はポッターの側には相応しくない」

 

「ええ~。そうかな~?」

 シュラークは真面目そうに言った。ルナはただにへらと笑っただけだった。

 

「ちょっと待ってよ、サーペンタリウス」

 

 と、その時、ルナとシュラークの間にコリンが割り込んで入ってきた。シュラークは驚いたようにコリンを見た。

 

「黙って聞いていれば、ルナのことを一方的に決めつけていいたい放題言ってるのは君じゃないか。ルナの方がここでは先輩だ。君より長くここにいたんだぞ。君に好き勝手に言われる謂れはないよ」

 

「僕と彼女との会話に割り込まないでもらおうか、クリービー」

 

「……んー?あれ、ちょっと~?喧嘩はヨクナイヨー?ねえ?コリン?」

 

 シュラは露骨にコリンを見下した目になった。コリンはシュラに対して一歩も引かない。ルナはおろおろとコリンとシュラークを交互に見ていた。ダームストラング、ボーバトンの生徒が好奇心に駆られた表情で彼らに視線を向けるなか、ホグワーツ生は不愉快そうにスリザリン生へと視線を向けていた。

 

(グリフィンドール生とスリザリン生の喧嘩か。いつものことだな……仲裁してやるか)

 

 バナナージ·ビストは部長として即座に止めに入ろうとした。が、そんなバナナージの肩を掴むものがいた。

 

「まぁ待てよ、部長さん。何か面白そうじゃねえか。恋をめぐる三角関係ってやつは……!」

 

 ダームストラング生のアクセルだった。バナナージは赤く染められたアクセルの毛を鬱陶しそうに払いながら言うが、アクセルは面白そうだと言って聞かない。

 

「いや面白くはありませんよ!?恋愛禁止だからなこの部では!」

 

「固いこと言うなって……!俺、グリフィンドールとスリザリンの対立ってのを生で見れてちょっと感動してるんだよ……!」

 

「何も面白くありませんよ!?他人事だからって勝手なこと言うなよ!?」

 

 

 やり取りを見守っていたのはバナナージだけではない。ハリー達もまた、シュラークとコリンのやり取りを見守っていた。ハリーはシュラークやオルガ、ミカエルの動きをつぶさに観察していた。

 

(……シュラークは直情的で、素直なタイプだな。不安はあったけれど純血思想を隠そうともしていない……)

 

「止めるか?」

 

 ザビニが呆れながらハリーに聞いたが、ハリーは首を横にふった。

 

「いやまだだ。ギリギリまでコリンにまかせる。シュラークは一回痛い目を見た方がいいかもしれないけど」

 

 口論を続けるシュラークとコリンの間に、横からオルガとミカエルが口を挟んできた。

 

「シュラ。嫌がってる相手に決闘を押し付けるのは良くないよ」

 

 無表情に、しかし強くミカエルはシュラを制する。オルガはシュラークに何事かを囁いた。すると、シュラークは渋々と引き下がった。オルガはルナとコリンへと向き直ると、深く頭を下げた。

 

「済まねえな、ラブグッド、それからクリービー。俺たちはお前らを不愉快にさせる気はなかった。ただ、決闘クラブに参加できて嬉しくて、つい羽目を外しちまったんだ」

 

「別にいいよ?シュラ……サーペンタリウスと決闘しても」

 

 オルガがペコペコと頭を下げる度に、触覚のような髪の毛が揺れる。ルナはそれを面白そうに眺めながら言った。シュラという愛称をシュラークが喜ばなかったので、ルナは普段の調子をある程度控えていた。

 

「その代わり、あたしの子供達の世話を手伝ってくれるならだけど」

 

「こ、子供達……?わけの分からないことを言って煙に巻くつもりか」

 

 困惑するシュラークに対して、コリンが言う。

 

「ルナが面倒を見ているスクリュートだよ。スリザリン生にとっては怖くて近寄れないかもしれないけどね」

 

 コリンは先ほど向けられた侮蔑的かつ差別的な視線への意趣返しとばかりに切り込んだ。シュラークは、たちまち頭に血を登らせた。

 

「一度ならず二度までも、僕に無礼を働くとは。ラブグッド、君との決闘は後日でいい。杖を構えろ、クリービー。純血の力というものを見せつけてやる。介添人はオルガを指名する。公平な男だ、卑劣な真似はしないと約束する」

 

「望むところだ!ルナ、介添人になってくれる?!」

 

「ええ~?やれって言うならやるけどさぁー。何で喧嘩するのー?」

 

 間の抜けたルナの声をよそに、コリンとシュラークの決闘は始まった。

 

 シュラークは決闘の教育を受けていたのか、両方の脚をコリンに向けて一直線になるよう揃え、前後左右に動けるよう踵を上げていた。コリンはその構えだけでシュラークの実力を察した。

 

(ふん、両足も上げずに僕と闘おうなど。決闘クラブのレベルとやらも知れているっ!)

 

 バナナージが告げた試合開始の号令と同時に、シュラークは必殺の魔法を放つ。それは決闘術の基礎にして、お手本のような魔法だった。

 

「エクスペリアームス!!」

 

「……惜しいな」

 

 ハリーはシュラークに向けて言った。幼少期から魔法の勉強をして、しっかりと真面目に魔法に向き合ってきたことはその動きを見れば良く分かる。しかし、ハリーから見てシュラークの動きは遅かった。学んだ技術に身体能力がまだ追い付いていないのだ。

 

 

 シュラークが遅いと感じるのは、ハリーやハーマイオニー達に挑み続けてきたコリンにとっても同じことだった。コリンはだん、と跳躍することで最速必殺のエクスペリアームスを回避した。そのまま、コリンは己に飛行魔法をかける。

 

「ロコモータ!ボンバーダ!!ペトリフィカストタルス!!」

 

「エクスペリアームス!!」

 

 コリンの体が飛翔した瞬間、先ほどまでコリンがいた空間にシュラークの武装解除呪文が飛来する。コリンは難なくシュラークの攻撃を回避し、逆にボンバーダによる爆発でシュラークの視界を塞ぐ。

 

 シュラークは素早く移動することで、ボンバーダの被害を最小限に抑えた。元々決闘用のボンバーダは弱々しく威力を抑えたものではあるが、シュラークの回避が巧みだったこともありシュラークには傷ひとつない。

 

 シュラークは回避した瞬間も集中を切らしてはいない。彼はコリンから目を離していたわけではなかった。煙の切れ目からコリンの姿が見えれば、そこへエクスペリアームスを叩き込むつもりだった。

 

 しかし、シュラークの予想よりコリンは上に舞い上がっていた。シュラークの視界から外れた遥か上方、決闘クラブのシャンデリアの影から、コリンは石化魔法をシュラークにかける。シュラークは健闘も虚しく、コリンに敗北してしまった。

 

「勝者、コリン!」

 審判を務めたバナナージは、一瞬の攻防の結果を冷静に告げた。

 

 勝者、コリン·クリービー。決闘クラブ在籍のキャリアからすれば当然。しかし、魔法に触れた時間の長さから言えば、大金星と言って良かった。

 

(本当に勝つとは……!)

 

 ハリーは嬉しさと誇らしさで顔をほころばせていた。コリンはハリーに付きまとうことで、着実にハリーのスタイルを吸収して自分の物にしようとしていた。

 

 一方、スリザリン生達は皆が目を丸くしていた。ダフネの手で石化を解除され、起き上がったシュラークはコリンに握手を求めた。

「完敗だ、クリービー。ポッター先輩の仰っていたことはとうやら……正しかったらしい。ここには、僕の想像もつかないような強者が集っているらしいな」

「こちらこそありがとう!スリザリンとの戦いで勝利を飾れて嬉しいよ!」

 

「……油断しているようだが、僕はここから強くなって見せるぞ。君の地位も脅かして見せる。覚悟したまえ」

 

 シュラークとコリンは友情を育んでいるように見えた。スリザリン生達も口々に健闘を称えている。その空気感に、ハリーは確かな希望を感じていた。

 

(少しずつでいい。何も考え方を変えろとまでは言わない。それでも……)

 

 この調子で行けば、グリフィンドール生とスリザリンが力を合わせて寮同士の隔たりを越えて協力できるようになるのではないか……そんな風にハリーは思った。ハリーやハリーの友人達が、寮の隔たりを超えた繋がりを作っても、それだけで偏見が是正されるわけではない。積み上げられてきた偏見は、それほど深い。

 

 その偏見を越えるためには。たとえ危うく、儚い友情が壊れるリスクがあろうとも、次の世代でも友情を続ける者が必要なのだ。少なくとも、この時のハリーは希望を信じていた。ハリーはシュラークを励ました。

 

「君は負けた。シュラーク、神聖な決闘での敗けだ。きみはそれを受け入れるかい?」

 

「勿論です、先輩。僕は誇り高くあるつもりです」

 

 ルナはシュラークやコリンの姿を見ながら、ハーマイオニーと共にため息をついていた。

 

「何でかな~?何で仲良く出来ないかな~」

 

「……男の子には色々と引けないプライドあるのよ、多分……」

 ハーマイオニーはひきつった笑みを浮かべていた。ハリーに近付こうというハッフルパフ生やレイブンクロー生の数はますます減り、ハリーの周囲に集まるのは奇人変人という風潮が広まることは確実だった。

 

 

 




ルナ視点だと気にかけてくれてるペネロピーの頑張りなんて見えないし分からないからね。


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伏兵

 

「……それで、試練の対策は上手く行っているの?」

 

「ああ。万事順調だよ。順調すぎて怖いくらいだ」

 

 ハリーはダフネに対して笑って言った。

 

 ハリーはホグズミードのカフェテラスに訪れていた。アントニン・ドロホフの襲撃やワールドカップの騒動などで外出を自粛し、活気がなくなっていたホグズミードは今大勢の学生達で賑わっていた。ダームストラングとボーバトンからの留学生達は、留学生活の思い出作りに勤しみホグズミードを観光するように遊び尽くし、それにつられる形でホグワーツの生徒達もホグズミードへとふたたび足を運んでいた。

 

「本当かしら。貴方はいつも無茶をするわ。第一の試練のように派手なパフォーマンスをするつもりではないの?」

 

 ダフネは半信半疑にハリーに尋ねる

 

「無茶じゃないよ、ダフネ。僕は出来ることをやっているだけで、出来ないことをやろうとしたつもりはないんだ」

 

 ハリーは肩をすくめて香草で香り付けされたクッキーを口に運んだ。砂糖を控えた上品な甘さが口内を満たし、ハリーの脳を潤す。

 

「でも、油断は禁物よ。あなたは詰めが甘いんだから。次の課題でどんな怪物が出てくるか分かったものじゃないわ」

 

 ダフネはハリーに忠告した。それこそアストリアに対して言い含めるように

 

「ああ。わかってる。まるでムーディ先生みたいだね、ダフネは」

 

 ハリーはダフネを安心させるように微笑んだ。

 

「臆病だと言いたいの?いいわよ、好きに言ってもらって結構よ。私は狡猾さと慎重さが売りのスリザリン生よ。グリフィンドールじゃないわ」

 

 ふん、とそっぽを向いたダフネに対してハリーは苦笑し、慌てて言った。

 

「悪い意味じゃないんだよ、ダフネ。君はヒーラー志望として、あのムーディ先生にも劣らないほどちゃんと考えてるってことを言いたかったんだ。僕も不用意に危険なものに手を出すことは避けたいしね」

 

 実際のところ、ハリーは次の課題の内容を突き止めていたわけではない。今ダフネに見せている余裕は仮初のものだ。

 

 ハリーは第二の試練の課題として渡された卵について知るため、図書館で調べるのと並行してスキャマンダー教授へと手紙を送った。コリンから借りたカメラで撮影した写真を添えて。

 

 単に卵を分析するのであれば、図書館の資料と照らし合わせて魔法をかけながら分析していけばいい。しかし、ハリーは卵に魔法をかけることを、一旦止めた。スキャマンダー教授からの手紙が届くまでは、卵には極力触れないよう心掛けた。

 

 それは単に、ハリーが怠惰だったからというだけではない。ハリーは魔法の卵を恐れたのである。

 

(もしも僕が敵の立場なら……)

 

(……卵に悪質なカースを仕込んでおく。……僕が卵を分析したら発動するように)

 

 ハリーは第一の試練を終えた当初、第二の試練のヒントとして与えられた卵を喜んだ。すぐにでもチャームやヘックスで卵にかけられた隠蔽魔法を解き、課題の内容を明らかにしたいと思った。しかし一晩眠って起きたあと、ハリーは慎重さを取り戻した。

 

 

 第二の試練のヒントとして与えられた卵。これは、他の代表選手も手にしたものでありハリーだけに与えられたわけではない。しかし言い換えれば、四つの卵全てに悪質なカースを仕込んでおけば、必ずハリーはそれに引っ掛かるということだ。

 

 試練の開始までは間があった。ハリーは他の代表選手が試練のヒントを解き明かすまでの時間を一月ほどと見ていた。スキャマンダー教授から卵についての分析が届くまでもそれくらいの期間はかかるだろうと踏んでいた。ハリーは卵そのものの安全性を確認した上で、第二の試練の謎を解き明かそうと思っていた。

 

「危険なものに手を出さないように万全を尽くしている、ね。貴方が言っても説得力がないわ。いつも無茶ばかりじゃない」

 

 ダフネはそう言って最後のクッキーをフォークで口に運ぶ。彼女は優雅に紅茶の香りを楽しんでいた。ハリーは空になったカップに再び紅茶を注ぐ。

 

「悪いけどそれは僕のせいじゃない。危険が僕を愛しているのが悪いんだよ、ダフネ。何かお代わりを頼むかい?」

 

「結構よ。……危険なものの方が貴方を愛しているというのはその通りだけれど」

 

「でも……よくサーペンタリウス達を受け入れようと思ったわね。私が言うのも何だけれど、スリザリンの後輩たちは貴方にとってもリスクになるでしょう?」

ダフネは言いにくそうに聞いた。

ハリーは少し考えた後、答えた。

 

「うん。確かに、細かい軋轢はあるよ。でも、僕なりに考えてみたんだ」

 

「聞かせて」

 

 ダフネはぐい、と身を乗り出した。

 

「貴方の力になりたいの。……第一の試験の時、私には飛ぶことを言ってくれなかったわよね。私だけ何も知らないなんて嫌よ」

 

 駄目押しに、ダフネはぽろっと言った。

 

「ミスグレンジャーやラブグッドは知っていたのよね、貴方が飛ぶことを。困っていることがあったら相談してくれてもいいのではないかしら」

 

 

「……悔しいけれど、私自身は何も出来ないかもしれないわ。私には才能がない。グレンジャーのような知性も、ラブグッドのような狂気も持ち合わせてはいないわ」

 

「だけど君には優しさがある。治癒魔法のことを熱心に調べようとしていたし、怪我をした人を助けようとすぐに動くことが出来る。間違いなく、それは二人にはない才能だよ」

 

 ハリーはそう断言した。

 

「確かにハーマイオニーに成績で勝てる人は誰もいない。だけど、ハーマイオニーだって完璧じゃないし、僕は君にしかない君の良さをよく知ってる。」

「それはなんだって言うの?」

 

「友達を作るのが上手いところだ。ブリリアントジャークっていう言葉を知っているかい?」

 

 ハリーはアズラエルから聞き齧った知識を使った。シュラークがやって来たとき、アズラエルはシュラークのことをそう称していたのだ。

 

「……聞いたことがあるわ。確か、能力はあるけれど問題をおこしがちな人のことよね」

 

「そうだよ。二人とも、確かにそれぞれ才能がある。僕にとって掛け替えのない大切な仲間でもある。けど、二人が周囲に合わせられるかどうかは別の話だよ。あまりにも才能が尖りすぎてるから、二人についていこうって言う友達は少ないし」

 

(……これを言われたって、ダフネの気持ちは晴れないだろうけど)

 

 

 ハリーはさらに押した。自分がいかにダフネのことを思っているか、言わなくても伝わっているものとハリーは思っていた。しかし、それが伝わりきっていないならまた伝え直すのだ。

 

「だけどダフネは、僕やみんなのことを考えて言わないでおいてくれた。第一の試練が始まるまで散々好き勝手なことを言われても一緒に耐えてくれた。……君ほど魅力的な人は他にいないんだ」

 

 ハリーの顔は羞恥で真っ赤に染まっていた。ダフネの目とハリーの目は暫くの間見つめ合っていたが、先にダフネから目をそらした。

 

「そ、それは……当たり前のことだと勘違いしてもらっては困るわよ?」

 

「うん」

 

 ダフネはハリーを疑うように本当かしら、とじろじろとハリーを見た。

 

(今日のダフネは……大分機嫌が悪いな)

「まさか貴方、私のことを何だか都合のいい子だと思ってるんじゃないでしょうね!?」

 

「いや、それは誤解だよ!」

 

 ハリーは慌ててダフネに弁明を重ねなければならなかった。

 

(……まさかダフネが二人にコンプレックスを持っていたなんて……)

 

「わ、私だって、自分の力でやろうと思えば、思えば……」

 

 ダフネはぐっと拳を握りしめたあと、おもむろに言った。

 

「……私に出来る、とは言わないのね」

 

「第一の試練の時は無理だった。君を驚かせて楽しんでもらいたかったからね」

 

「……確かに私自身の力で、貴方にしてあげられることはそう多くない。けれど父の伝手を頼って魔法の資料を取り寄せることだって出来るのよ?」

 

(……どう言えばいいかな……)

 

「……分かった。効能のいい薬草や、魔法薬の資料があれば貸してほしい。この先必要になるかもしれないし」

 

ハリーは言うか言わずにおくべきか迷ったが、最終的に情に流された。除け者にされていると感じさせたのは自分の落ち度だったからだ。

 

「……なんか変な話だよね。こんな会話するなんて。僕には君しかいないのに」

 

「……紅茶が冷めちゃったね。追加を頼もうか」

 

「私はローズティーを」

 

「僕はハーブティーを。……話を変えようか」

 

 ハリーは追加のハーブティーを頼み、会話を仕切り直した。

 

「……スリザリン内部でも、ほんの少しでいいんだ。他の寮の生徒に融和的な奴がほしい。……僕は、あの後輩たちにそうなってほしいと思ってる」

 

 ハリーは苦い笑みを噛み潰しながら言った。

 

「貴方の都合よね、それは」

 

 ダフネは含みのある言い方をした。ハリーは素直にダフネの批判を受け止めた。

 

「分かってるよ。でも、スリザリンにとってメリットのあることだ」

 

「試練で成果を出して生き残っても、レイブンクローやハッフルパフの人たちは僕のことを腫れ物扱いだ。このままだと、決闘クラブでも僕らはずっと少数派だよ」

 

「……。……。……確かに、その通りね」

 

 ダフネはハリーに反論しなかった。ダフネはスリザリンが少数派になることは仕方ない、と諦めていたが、味方を増やす努力まで完璧に出来たとは言えなかった。そう簡単に他寮の生徒と仲良くなれたら苦労はしない。ダフネは他寮の生徒に合わせる努力はしなかったし、ほとんどのスリザリン生も似たようなものだった。

 

「今まではそれでも良かったけど、これからはそうはいかない。自分の立場を守りたいなら自分から動かなきゃいけない。いつまでもバナナージ部長の厚意に甘えるわけにはいかないんだ」

 

「部長は来年卒業されるものね……」

 ダフネは頷いた。

 

 バナナージ·ビストの厚意で、ハリーはこれまで何かトラブルに巻き込まれても決闘クラブで活動することが出来ていた。ハリー自身に黒い噂があろうが何があろうが一人の部員として接してくれたことに感謝してもしきれない。

 

 

 しかし、他の部員達はスリザリンや、ハリーに理解があるわけではない。むしろバナナージから贔屓されていると感じているのだろう、とハリーはロン達を見て察していた。

 

(嫌われてるのは仕方ないと思ってた。けれど、そのままじゃ駄目なんだ)

 

「決闘クラブではスリザリン生の数は少ない。少ないってことは、それだけ多数派から排斥されやすいってことだ。だから……僕は僕やスリザリン生を守るためにも、派閥を作る」

 

 ハリーはきっぱりと言った。マクギリス·カローのアドバイスを実行しようと意識的に振る舞うことにしたのだ。

 

「そう」ダフネは微笑んだ。

 

「……あなたらしいわ」

 

 他に言いたいことは山ほどあっただろうが、ダフネはハリーの背中を押した。

 

 

「ダフネ。スリザリンの他の皆は、僕の考えを受け入れてくれているだろうか?」

 

 ハリーが不安げに聞いた。快く思われている筈はなかったので、これは愚問と言うべきだった。

「それは大丈夫よ」

 

 しかし、意外にもダフネは自信たっぷりに答えた。

 

「貴方の実績は素晴らしいものだわ。飛行魔法のリスクだって難癖に過ぎない。この学年で貴方に太刀打ちできるのは、もうミスタ マルフォイとミス グレンジャーくらいでしょう?」

 

「ロンも僕より強いよ」

 ハリーは少し顔をしかめながら言った。

ダフネはクスクスと笑った。それからは、とりとめの無い話が続いた。

 

 

しばらく世間話を続けた後、ハリーは切り出した。

 

「今度の舞踏会、よければ君と踊りたいんだ、ダフネ。きみは誰かから誘われたりはしてるのかい?」

 

「……ええ、少しはね」

ダフネは肩をすくめた。

 

「でも、まだ時間はあるわ。他の誰かも誘ってくれると思う」

 

ハリーは内心ほっとしたが、顔には出さなかった。

 

「……僕とその見知らぬ誰かなら、きみはどちらを選ぶかな」

 

 

「それは……私、まだ誰とも踊るとは約束していないけれど」

 

 ダフネは少し躊躇って答えた。

 

「じゃあ……僕と踊ろうよ。まだ約束していないのなら」

 

 ハリーは少し身を乗り出して頼んだ。

 

「うーん……」

 

ダフネは考え込んだ。ハリーは少し考えてから言った。

 

「……僕は、君以外とは踊りたくない。僕には君しか居ないんだ。この通りだ」

 

 

 ハリーは心の底からそう言った。ダフネは胸の前で手を組み、はにかんだ。

 

「そうね。いいわよ。そこまで言うのなら貴方と踊りましょう」

 

二人は手を取り合って舞踏会での衣装について話し合った。ああでもない、こうでもないとダフネはハリーの衣装にダメ出しをしたが、ダフネは自分の衣装に自信が持てないようだった。

 

 試行錯誤の果てに、ダフネはウィッグを使うとまで言い出した。ハリーがそのままでいい、と言っても、ダフネは不安を解消できないようだった。

 

「……不安が大きくなってきたわ。代表選手とそのパートナーはみんなの前で踊るのよ?……もっともっともっと装いを変えて……」

 

「僕はそのままの君が……っていうか、少なくとも髪に関してはウィッグをつける必要はないと思うんだ。折角の魅力が勿体無いよ。きみは充分に綺麗な女の子なんだから」

 

 けっきょく、ダフネはああでもないこうでもないとパーティーの装いを提案し続けた。ハリーはドレスコードというものの奥深さを実感せざるをえなかった。ハリーの衣装次第で、ダフネの魅力を引き立てることもあれば、殺すこともあるのだから。

 

***

 

 ハリーは次の授業へと急いだ。第二の課題に関する情報を、スキャマンダー教授がホグワーツに送ってくれる日だからだ。

ハリーが急いでいると、先を行く二人組の姿が見えた。

 その姿は見間違えようがない。見慣れた毛むくじゃらの大男と奇抜なオカミーの防止を被ったすらりとしたブロンドの娘、ルナだ。ハリーは後ろから二人に呼びかけた。

 

「やあ、ルナ!それにハグリッド!」

「ハリー!」ルナはパッと顔を輝かせ、振り返る。

「スキャマンダー先生がこっちに来てくれるって!放課後に来るよね!?」

 

「ああ、知ってるよ。僕もそのために急いでるんだ」

ハグリッドはハリーを見下ろし、鼻をフフンと鳴らした。

「おう、ハリー。スキャマンダー先生に会うなら、おまえさんの大っきなボサボサ頭も、ちっとは櫛を入れた方がいいぞ」

 

ハリーは自分の頭のてっぺんがまん丸に膨らんでいるのを触った。そしてクスクス笑いながらハグリッドに言った。

「そうするよ。先生に僕の髪がフサフサだって言われるようにね」

三人で一緒に階段を上りながら、ハリーはルナに聞いた。

「それで、スキャマンダー先生は卵について何か言ってた?」

ルナは首を振った。

「ううん、でも今日の放課後に持ってきてほしいんだって」

「そうか。じゃあ、放課後に会おう」

三人は一緒に廊下を歩いていき、ルナとハグリッドは魔法生物飼育学の教室へ、ハリーは待っていたアズラエルやハーマイオニーと合流して数占いの教室へと別れた。ハリーは自分の教室に着き、席に着くとダミーの教科書を開いた。表紙こそ数占いだが、中身は違った。

 

(スキャマンダー先生は卵の内容までは教えてくれるだろうか)

 

(……いや。期待はしすぎちゃいけないな。あくまでも、卵にカースがあるかどうか分かれば十分だ)

 

 ハリーは授業を聞くフリをしながら図書館で借りた資料を見ていた。魔法生物の卵特集として記載された図鑑には、課題で与えられた卵は載っていなかった。

 

***

 

 夕方、スネイプ教授から減点をくらい大鍋の掃除を命じられた同期のレイブンクロー生がいた。ルナの嫌いな女子生徒だった。ルナは彼女の名前を記憶から消去していた。

 

 ルナの嫌いな彼女はレイブンクローの中でも友達が多く、レイブンクローで話し相手のいないルナを見てクスクスと嘲笑うのが趣味だった。

 

「ねぇラブグッドぉ。この鍋の手入れなんだけどちょっと代わってくれない?わたし、この後どうしても外せない用事があってさぁ~。あんたいつも一人だし、どうせ暇でしょお?」

 

 これで頼みを断れば、後で言いふらされることは目に見えていた。しかし、ルナから見て彼女のために何かする義理は欠片もなかった。頼みを受ければ後から後から自分のグループのための雑用を押し付けてくると分かっていたからだ。

 

「ごめーん、あたしにも予定はあるから。自分へ与えられた罰則は自分で頑張ってねー」

 

 ルナはそんな声に取り合わず教科書をカバンに押し込み、鞄の底にあるスニーコスコープを引っ張り出した。父が心配だからとルナに買い与えたものだった。ルナはそれを身に付けると、地下室を抜けてハグリッドの小屋に向けて歩く。

 

「あっ!!……無視かよ!」

 

 いつもならば一人だけの筈だったが、今日は違った。シュラークがルナに同行を申し出た。

 

「僕とデュエルをしてもらおう、ルナ·ラブグッド。交換条件として、君の望みを言うといい。僕に出来ることならばやってみせよう」

 

 

 シュラークは道のど真ん中でルナにそう宣言した。

「……いや……あたし決闘はほどほどで……スクリュートは3日会わないと拗ねるから会わなきゃいけないんだけど」

 

「それでは僕の不戦勝となるが、それでもいいのか、ラブグッド」

 

「うーん、今日はそれでいいよ。あたし、今日は決闘出来ないし」

 

 適当なルナの返答に、シュラークはショックを受けたように固まった。

「な、なんだその態度は!決闘を何だと思っている!」

 

 

 まるで決闘がこの世の全てであるかのように怒るシュラークと、スクリュートが今この世の全てであるルナとでは致命的に噛み合わない。ルナはシュラークに取り合わなかった。

 

「いいからいいから、行こうよ。ほら、新しい世界が待っているから」

 

「待て、僕はこれから決闘クラブに……」

 

 ルナはシュラークの小言を聞き流しながらシュラークの腕を引き、二人はハグリッドの小屋まで歩いた。シュラークは抵抗の構えを見せたが、ルナががっしりと手を握ると赤面して無抵抗になった。冷えた冬の空気は肌寒い筈なのに、シュラークの手からは熱が引かなかった。

 

「こんちわハグリッド、ファング!!」

 

 ルナは朗らかに挨拶をした。

 

「おお、よう来たのう。……そっちのはサーペンタリウスか?珍しいのう」

「来たくて来たわけではありません……先生」

 

 シュラークは渋々ハグリッドに言った。

 

 ハグリッドは小屋の前で分厚い板チョコを食べて待っていた。ファングも一緒だ。ファングはルナに対しては警戒心を見せなくなっていたが、側のシュラークを警戒してかハグリッドの傍らでブルブル震えていた。

 

「先生相手には礼儀正しいんだね。あたしにもそうしてくれたらいいのに」

 

「無礼なのはどちらだ!?仮にも教師と自分を同等だとでも言うつもりか!?」

 

 シュラークはパッとルナに牽かれていた手を離して叫んだ。傲岸不遜を絵に描いたような少年でも、教師にたいして無礼を働いてはいけないという常識はあった。

 

「わはは、知らん間に面白いのが増えたのう。ルナ、それからサーペンタリウス。早う入れ。ハリーとファルカスとミカエルも来とるぞ」

 

ハグリッドが小屋の扉を開けた。ルナはシュラークを引っ張りながら中に入った。

 

「やぁ、ルナ。やっと来たか」ハリーが二人を見て言った。

「うん。ファルカスもミカエルもこんちわ。こんにちは、スキャマンダー先生」ルナが元気よく挨拶する。シュラークは不承不承ではあったが、背筋をしっかりと伸ばして挨拶する。

 

「お久しぶりです、スキャマンダー先生。ポッター先輩とサダルファス先輩は、どういった御用件でこちらに?」

 

「やあ、ルナ、それにシュラーク」ハリーは気楽に言った。

「スキャマンダー先生に分析してもらいたいものがあったんだ。時間がかかるかと思ったけど、流石はスキャマンダー先生だね。あっという間に結果を出してもらえたよ」

 

ハリーの隣のテーブルでは、ミカエルがスキャマンダー教授のノートを食い入るように読み、ファルカスはスキャマンダー教授に質問していた。ハグリッドの小屋は手狭だったが、ハグリッドの勧めでシュラークは肘掛け椅子に座るよう促された。シュラークはルナに椅子を差し出した。

 

「座りたまえ。淑女を立たせる訳にはいかない」

「淑女って何?あたしが?似合わないね」

「いいから、座れよシュラーク。ルナはこれからスクリュートの世話があるんだ」

ハリーとルナがシュラークを椅子に座らせると、ハグリッドが紅茶を持ってきた。

「ラブグッドもサーペンタリウスもまずは飲め。森の番人からの贈り物だ。身体が温まるぞ」

「……いただきます」

 

「いただきまーす。それじゃ、行ってきまーす」

 

 シュラークは警戒しながらも紅茶を飲んだ。ルナは嗜みもなく一気に紅茶を飲み干すと、すぐに小屋にある樽へと入っていってしまった。

 

「彼女は一体何をしているのですか……?」

 

「あの樽の中にスクリュートが居るんだ。スクリュートは繊細だけど、甘えん坊でね。ルナのことを母親のように思っているんだよ」

 

「……母親……?」

 

「ふうん。それ、いいね」

 

 ハリーはシュラークの顔に、確かに嫌悪感が浮かんだのを見逃さなかった。シュラークとは対照的に、ミカエルは無表情ながら言葉のはしに柔らかさが感じ取れた。

 

「さて、今日は皆に挨拶したい友達がいる。私の世界に招待しよう」

 

 そして、ハリー達はスキャマンダー先生のトランクの中に招かれた。シュラークは、始めてみる「魔法生物」の世界に畏怖の念を抱きながらも、どこか心を惹かれている様子だった。

 

「この階段の突き当たりに、オカミーが住んでいる。賢い子だから、話しかけてみるといい。君たちにも挨拶してくれるだろう」

 

 シュラークは満更でもなさそうな顔でハグリッドの小屋を後にした。彼は魔法生物の世界に対して理解を示しかけたが、一番喜んだ顔を見せたのはルナが今日のお礼に土曜日に決闘すると約束したときだった。

 

***

 

 そして、ハリー達がハグリッドの小屋を固持する頃、ルナはファルカスに呼び止められていた。ハリー達が帰った後で、二人はハグリッドの小屋から少し離れたところで向き合った。

 

 

 

 ルナは始めこそ緊張したが、すぐ緊張を解いた。シュラークとは逆に、ファルカスは優しげで気さくだった。一年前はルナと同じようにブロンドを伸ばしていたが、今は短く刈り込み、その顔つきも柔和だ。ただ、少し暗い目をしているのが気になった。

 

「あたしに頼みって?ファル兄の頼みなら何でも聞くよ?」

 

 ルナは軽い調子ながら、わりと本気で言った。ファルカスは先輩ではあるが、大切な友達の一人だったからだ。決闘が得意だが、シュラークと違ってそれをルナに押し付けたことは一度もなかった。

 

「ああ。ルナ。……僕がこれから言うことをよく考えて返答してくれ。……あんまりいい気がしなかったら断っても構わないから」

 

「ふーん……断ってもいい……?」

 

ルナは思案げに首を傾げたが、すぐに気を取り直したように明るい声を出した。

「ま、いいよ!ファル兄の頼みだもん!オッケーオッケー!何でも言って!」

そう言うとルナはえへんと胸を張った。ファルカスは言いづらそうにしていたが、深く深呼吸をすると言った。

 

「ユールボールで……僕と一緒に踊ってくれないか、ルナ」

 

 暫くの間、ルナは固まっていた。ファルカスの言葉の意味を理解したとき、ルナは絶叫した。

 

「えええええええええええーーーーーーーーーーっ!!?」

 

「一体どうしたんじゃあ!?」

 

「ルナくん!?」

 

 ルナの叫び声に気付き、慌てて表に出たハグリッドとスキャマンダー先生は、口をあけて放心しているルナとファルカスの姿を目撃する羽目になった。

 

 

 




唐突にモテ期が訪れる。
ルナぁ!それはそれとして同寮の生徒をないがしろにするのはやめろーっ!どうなっても知らんぞーっ!!


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恐怖

 

 

***

 

 ホグワーツ生は誰もが一度は授業中に壁にぶち当たる。それまで優等生を演じていた生徒でも、ふとしたことで躓いてしまうこともある。ジニー·ウィーズリー達ホグワーツ三年生にもその試練は訪れた。

 

 DADAの授業だった。マッドアイのぐるぐると動く魔法の目に睨まれながら、グリフィンドール生とスリザリン生は一緒にボガートへの対処方法を学んだ。授業を終えたグリフィンドール生とスリザリン生は口数も少なく、とぼとほとした足取りで食堂に戻った。ボガートへの対応は完璧とは言い難い結果に終わった。

 

 何人かの悪童がボガートと向かい合ったとき、ボガートの姿はムーディ先生その人の姿となった。規則違反と悪戯を生き甲斐とする悪童達がムーディ先生の姿を面白く変えていくのをジニーは笑ってみていたが、自分の番になったとき笑うことはできなかった。

 

 ジニーの意思を読み取ったボガートは、その姿を黒髪のハンサムなスリザリン生の姿に変えた。

 

 ジニーはその姿が、自分を、そしてホグワーツを恐怖に陥れたあの人だと理解してしまった。

 

 目の前のに操られ、大勢の人を石に変え、一歩間違えば殺害してしまっていた罪悪感。

 もしかしたら、あの人が心を入れ換えて自分を愛し、あの人も救われるような道があったのではないかという後悔と、そんな馬鹿げた期待をしてしまった自分に対する軽蔑。

 

 そして、それらを覆い隠し、なんの対処も出来なくなってしまうほどの恐怖。圧倒的な魔力と知識と力の差による絶望感。心の奥深くに閉じ込め、考えないようにしてきたそれと向き合ったとき、ジニーの中にあったはずの勇気は容易く失われた。

 

 突如現れた謎のスリザリン生に対して固まったジニーを見かねてか、コリンが前に出ようとしたが、それより先にスリザリン生のオルガ·ザルバッグがジニーとボガートの間に割り込んだ。

 

 

 オルガはスリザリン生ではあったが、今までジニーやコリンに侮蔑的な態度を取ったことはなかった。そんなオルガの恐怖する姿は、いつもオルガと行動を供にしていたミカエルに変わった。

 

 オルガは、ミカエルがハッフルパフの女子と微笑ましくピクニックをしている光景を作り上げた。場の雰囲気は一瞬和んだものの、オルガはミカエルに謝罪してすぐに引っ込んだ。そしてミカエルが前に進み出たとき、ジニーも含めた大勢の生徒は悲鳴をあげた。ボガートが死体へと姿を変えたからだ。しかも、その死体は動き回りながらミカエルを襲わんと動いてくるのだ。

 

 ジニーにその知識はなかったが、スリザリン生の何人かはインフェリだと呻いた。ミカエルがリディクラス(馬鹿馬鹿しい)を使い、死者の回りを花で埋め尽くしても、生徒達に沸き上がった恐怖が消えることはない。

 

 凍りついた空気にいても立ってもいられないと、今度こそコリンがミカエルと入れ替わったが、芳しい結果にはならなかった。コリンのボガートはバジリスクだった。あまりにも醜悪で狂暴な蛇の怪物が水道のホースへと変わる姿は何人かの笑いを誘ったが、ジニーはとても笑える気分ではなかった。秘密の部屋の忘れたい記憶を、血と惨劇の記憶を思い出してしまったからだ。

 

 とどめは、コリンに対抗して前に出たシュラークだった。シュラークのボガートは、シュラークより少し背が高いかどうかという女性だった。彼女は濃い化粧をしていたが、シュラークがテストの成績で九十八点しか取れないことを詰り、役立たずだと罵倒し始めた。口ぶりからしてシュラークの母親なのだろうと思わされた。

 

 ジニーを含めて、三寮のほとんどの生徒はシュラークのことを嫌っていた。シュラークはエリートぶった勘違い男で、常に上から目線でこちらを見下してくるからだ。それでも、この時ばかりはシュラークに同情した。

 

 ジニーは父であるアーサーからも、母であるモリーからも溺愛されて育った。だから直接そう言われたことはないが、それでも成績面のプレッシャーは存在する。双子を除けば兄たちのほとんどは人並み以上に優秀で、平凡な成績では居場所がなくなると思ったことも、あの日記にすがり付いた一因ではあったのだから。

 

 ムーディ先生は、母親を骸骨へと変えたシュラークに三十点を、ジニーを含めて、ボガートと戦った生徒達全てに三点を与えた。それでも凍りついた空気を変えることは出来ず、ジニー達はへとへとになりながら食堂へと戻った。

 

***

 

 

 

「……あー。空気変えよ、ジニー。さっきのことは忘れよ!せっかくのランチが台無しだし。ねー、ハッフルパフのミラベルが先輩からダンパティに誘われたって話聞いた~?」

 

「え。知らない、そうなの?」

 

「そうみたいだよ、噂ではさ、真夜中に二人で星を眺めながらさ……」

 

 ジニー·ウィーズリーは昼食の間、同室のマーガレットと他愛もない会話に興じることにした。会話の種は、一ヶ月後に迫ったユールボールについてだった。

 

 ジニーにとっても願ってもない話だった。自分のボガートについてあれこれと詮索されるのではないかと気が気ではなかったし、ミカエルの死体やシュラークの母親について考えたくもなかった。

 

 マーガレットも普段はそこまで多弁なタイプではない。それでも今日はやけにテンションが高かった。間違いなく自分を心配してのことだとジニーは思った。

 

(あ、ちゃんと笑えてないな私)

 

 

 

「……そんで、OKしたんだって。いいよね~、ダンスパーティなんて。あたしも誘われてドレス着てみたいなぁ~」

 

「そうだねー」

 

 ジニーは棒読みで返答する。先輩であるネビル·ロングボトムから、会場に行った時だけでいいから一緒に来てくれと誘われたことは秘密だ。

 

 お洒落は淑女の嗜みであると同時に、狭いホグワーツという環境においてはマウントを取り合うための道具でもある。普段あまり目立たない格好をしているジニーのような女子が平日にいきなり派手な化粧をしてくれば、スプラウト教授やスネイプ教授、マクゴナガル教授といった厳格な面々からだけではなくグリフィンドールの女子達からも顰蹙を買う。当たり前で、不自由な生活だった。

 

 しかし、ユールボールの時だけは羽目を外したお洒落も許される。この時ばかりは、パートナーに恥をかかせてはいけないという理由で普段使うことの出来ない化粧品を使いこなし、プリンセスとなることが許される。ジニー達三年生は十三歳。本来、参加資格はない。しかし、だからこそ三年生の女子達はパーティーへの憧れが強かった。今学期に入ってから、歳上の男子生徒と仲良くしようと躍起になって人の口の端に登る女子達の噂は絶えない。

 

「ジニーはさぁ、ほら、ポッター先輩とかどうなん?ガチで狙ってたんじゃないの?」

 

 マーガレットはぐいぐいと肘を当てながら聞いてくる。ジニーは深く考えることなく言った。

 

「あたしは……」

 

「……あの人はヤバイと思う。誘われても一緒には行かないかな」

 

 その言葉があっさりと出てきたことにジニーは驚いていた。あっさりと出てきたこともそうだが、そう言うことに全く抵抗感がなかったことにもだ。

 

「……そうなの?でもさ、あんた昔は……」

 

「うん、好きだったよ?」

 

 エスカルゴを咀嚼しながら、ジニーは淡々と言った。

 

「……でも、何ていうかあの時のあたしが好きになったのは……ポッターであってポッターじゃなかったっていうか。『生き残った男の子』っていう『情報』を好きになってたんだと思う」

 

 ジニーは冷静に二年前の自分を思い返しながら言った。幼い頃から聞かされた生き残った男の子の英雄像と、兄から聞かされた一年生時点のハリーの勇敢な行動。あの時のジニーがハリーを意識するには充分で、しかし、今のハリーに心惹かれるわけではない。

 

「だって、実際のハリーのことなんて見てなかったもん、あの時のあたし」

 

「……ん。いや、まぁ私もそういう経験がない訳じゃないから分かるけど……もしかしたら、まだパーティの相手決まってないかもよ?狙ってみたら?」

 

(マーガレットのやつ。わかってて勝手なこと言って……)

 

 ジニーは内心で無責任なマーガレットを冷ややかな気持ちになった。ポッターとグリーングラスが交際しているという噂は、少しアンテナを広げれば聞こえてくるのだ。マーガレットは面白がって友人の恋愛模様を焚き付けようとしているが、それはあまりいい趣味とは言えなかった。

 

「『実際の』ハリーはあたしのタイプじゃなかった。そんだけだよ、マーガレット」

 

 ジニーはさっぱりと言ったつもりだった。しかし、その口調には怯えが混じっていた。

 

 ジニーの内心は、ハリーを恐れていた。

 

 ドラゴンと対峙し、ドラゴンを蹂躙した(ように見えただけで実際にはホーンテールには余力があったが、ジニーの目にはそう見えた)ハリーの姿は、暴力に酔った闇の魔法使いそのものだった。ジニーはその姿に、かつて憧れ、恋い焦がれ、己の意識を明け渡してしまった闇の魔法使いを重ねていた。それは本能的な恐怖で、自分でもどうして例のあの人とハリーとを重ねてしまうのかは分からない。しかし、とにかくジニーの本能が告げていた。

 

 ハリー·ポッターは危険なのだと。

 

「え。…………ねぇ、やっぱり噂通り怖いの?あのポッター先輩って……」

 

「は。全然怖くなんてないし。マーガレット、あんたなにいってんの?」

 

 ジニーは強がったが、語尾は震えている。直前に例のあの人の姿を見てしまったことも影響していた。

 

「でも、ジニー。さっきから手が震えてるし……」

 

「…………気のせいだって。ほらマーガレット、先行くよ」

 

 ジニーは強引に会話を打ち切ると、スープを喉に流し込んで席を立とうとした。これ以上会話をしても無駄だと思ったのだ。例のあの人のことを思い出したくはなかった。しかし、マーガレットは引かなかった。

 

「じゃあさ、あの噂ってガチなん?ポッターがヤバイ闇の魔法使いだとか、闇の魔法でゴブレットを騙したとか?なわけないよね、お兄さんと仲がいいんだし」

 

「……何ていうか……」

 

 

 ジニーはため息をつきながら言った。思い返すのは、保健室でハリーが自分に闇の魔術を使ったと告白した時のことだった。

 

(もう忘れたいのに……)

 

「……あの人は……危うい人なんだと思う。力があって強いから、その気になれば悪い方向にも行ける。だから私たちから見て闇の魔法使いに見える。……でも、今はそうじゃない」

 

「……たぶんだけど」

 

 ジニーは直感で口にした言葉がそう的はずれではないことを信じていた。自分自身の感覚というものを信じられなくなることは多々あるが、少なくとも今、ハリーは闇の魔法使いではない。それなのにそう見えてしまうのは、自分達の見方にも問題があるのだ。ただ、感情がその見方を変えさせてくれないだけで。

 

「……本当にぃ??」

 

 ほとんどのグリフィンドール生や、ハッフルパフ生、レイブンクロー生はハリーとその周辺を恐れていた。いつか、なにか取り返しのつかないことが起きるのではないか、と。ハリーの周囲に踏み込む勇気がある生徒は、グリフィンドールの中でもそうはいない。そしてジニーは、そんな勇気を出すつもりは毛頭なかった。



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静かな戦場

 

 ユールボール、それは魔法を使わない一つの戦場である。

 

 思春期の少年少女達が参加を許されるユールボールは、社交の場であると同時に、己自身をアピールし、子供から大人の社会への一歩を踏み出すための場所でもある。ホグワーツの少年少女達にとって目下の感心は、トライウィザードトーナメントではなくユールボールであると言って良かった。

 

***

 

 ハリーはクリスマスダンスパーティーの相手を早々にダフネに決めていたが、まだ決まっていない生徒もいた。ダンスパーティーまでの期間が刻一刻と近づいてくる中、相手を見つけられない男子たちは焦りを隠せなくなっていく。ハリーは空き教室で友人達に話を聞いていた。

 

「ロン、まだ相手は決まっていないの?」

 

「ああ。ドゥラクゥールは駄目だった。ハリーが蹴った女の子はみんな相手が居るしなぁ」

 

「ロン、君……」

 

(本気で言ってるのか?ハーマイオニーから誘われるのを待つつもりか?)

 

 ハリーは半ば呆れながらロンの冗談を聞いて咎めるような声になった。ハリー達スリザリンの四人組はロンはハーマイオニーを誘ったものと思い込んでいたのだ。

(…………いや、これを突っ込むのは危険な気がする。下手に茶化してもロンに悪いし、誘うなんて気恥ずかしいだろうし……かといって変に焚き付けてもハーマイオニーも怒るだろうしな……)

 

 ハリーは喉元まで出かかった言葉を飲み込んだ。ロンとハーマイオニーの関係は親友以上のそれだ。異性としてお互いを意識するかどうかは二人の問題で、ハリーがあれこれと口を出すべき問題ではないと自制した。

 

「……ま、いいや」

 

「なんだよハリー。言いたいことがあるんなら言えよ」

 

「……いや、分かるだろ。お前の立場で相手がいないなんて本来あり得ねーぞ、マジで!」

 

「いやだからわかんねーって!何だよ?何でファルカスまで俺のこと変な目で見てるんだ?」

 

「あーっ、ほんと勿体ねえよなーっ!」

 

「ザビニお前、普段からモテるからってなぁ……!モテないやつを煽ってもいいってことにはならねぇんだぞ……!」

 

 

 ザビニはひとしきりロンをからかった後、ファルカスの方を見た。ファルカスは他人事のように腕を組んでいたが、ザビニは心配そうな顔をファルカスに見せた。

 

「俺らの中でパーティーの相手が決まってねぇのはロンとファルカスだけだぜ。ロンはともかくファルカスは焦れよ。どんどん『予約』は埋まってくぞ」

 

「ファルカスにはきっと似合いの相手が現れますよ」

 

 ザビニはニヤニヤと笑いながら言うが、アズラエルはザビニを嗜めるようにファルカスをフォローした。

 

 

 ユールボールに参加するのは男女一名ずつでペアを組まなければならない。性格が良く人気のある女子は既に多数の男子から誘いを受けている。人気のある女子は、本命の男子からの誘いがあるまで返事を保留し、本命との成立を機に保留を解除する。ファルカスはこの保留解除の被害に遭っていて、相手を見つけられずにいた。

 

 ファルカスには気の毒だが、この件に関して女子達を責めるべきではなかった。ハリーの友人であるザビニも、本命のスーザン·ボーンからOKをもらうまでは何人かの女子達に誘われ返事を保留していたのだから。

 

「うん、それなんだけど……」

 

 ファルカスは照れ臭そうに頭をかきながら言った。

 

「僕、この間ルナを誘ったんだ。驚いた顔をしていたけれど、いいよって言ってくれたよ」

 

「「マジ?」」

 

 ハリー、ザビニ、アズラエルの三人は揃って驚いた。中でもハリーは誰より驚いた。

 

「なんだそのリアクション。三人は同じ部屋だろ。ファルカスの好みも知ってたんじゃないの?」

 

 と、ロンは言った。ファルカスと同じ部屋の三人はファルカスの異性の趣味くらいは知っていると思い込んでいたがゆえにである。

「いや、初耳だよ。ファルカスはどっちかというと常識的でおしとやかな子が良いって聞いてたし」

 

「あ、そうなのか?」

 

「いやちょっと待って、ハリー。それは僕らだけの秘密だった筈だよね?」

 

「え?え?ルナ……───?」

 

 勝手にファルカスの好みを暴露するハリーとロンをよそに、アズラエルは混乱した様子でファルカスに尋ねた。

 

「ルナって……あのルナですよね?」

 

「うん、そうだよ」

 

「相手が見つかって本当に良かった。けれど、一体どうしてルナなんですか?」

 

(アズラエルのやつ、本当にパニックになっているな……まぁ無理もないけど……)

 

 ハリーは何も言わずに肩を竦めた。ザビニはファルカスの正気を疑うという顔をしている。

「俺も聞きてえな、どうやって口説いたんだ?」

 

 ルナはザビニから『トロールファッション』と揶揄されるほどに服装に関してはエキセントリックな感性を持っていた。その服装は奇抜で、ユールボールでどんなドレスを着てくるかも分からない少女だ。ルナには悪いが、常識的な感性のファルカスと会うとは到底思えなかった。

 

「僕……ルナは確かに変わり者だし、スクリュートを飼っているし、なんか言動も変だけど」

 

(……う、ううん…)

 ハリーは一気に残念な気持ちになりながらファルカス見た。

 

「一人ぼっちでユールボールに出るくらいなら、ルナでもいいて言ったんだ」

 

「ああ……そうか……お前それ口説き文句になってねぇよ。占い学の得点はどうしたよ。ことごとく断られる理由を理解したわ俺……」

 

「えっ……駄目かな?ルナはOKしてくれたけど」

 

「それはルナのメンタルの方が心配だろ。そんなことを言われたらキレんぞ普通は」

 

 ザビニは呆れてそれ以上何も言えなくなった。ハリーも同感だった。

 

 

 女子を誘う時には相応の言い方というものがある。友人としてある程度信頼関係があるからこそそんな言い方になったのだろうが、ほとんど罵倒のような誘い方だとハリーは思った。

 

(魔法をかけられなかったのが奇跡だな)

 

「ファルカス。そういうときは、『君じゃなきゃ駄目なんだ』『そういうところが好きなんだ』って言いましょうか。『でも』なんて言われたら普通の女の子は怒りますよ」

 

「でもルナは普通の女の子じゃなくねぇか?UMA好きだつし」

 

「普通じゃなかろうが女子には変わりねーんだよ、それを察しろ。……マジで意識を変えねーとヤバイぞロン」

 

 ロンの突っ込みはデリカシーがないものとしてザビニの警告を受けた。

 

「でもファルカス。ルナはどんな感じだったんだい?君の口ぶりだと、わりといい感じにオーケーしてくれたようだけど」

 

「……うん、それが……『頼んでる時の僕の顔が面白かったからいいよ』って……」

 

「ぶっ!!!」

 

 ロンは腹を抱えて笑っていた。ファルカスはいささかばつが悪そうな顔になった。

 

「ロン、笑いすぎだよ。……ルナが変に気を遣ってOKしたとかじゃないならいいんじゃないか、ザビニ」

 

「……んー、本人がそれでいいっつーならそうだけどよ」

 

 

 ザビニは机の上に行儀悪く座りながら言った。ファルカスは少しはにかみながらも、パートナーが決定したときの瞬間を思い出したと喜んでいた。

 

「OKしてくれたあの時はルナが美人に見えたよ。人の印象って状況で変わるものなんだね」

 

「うん、まぁ悪くないぜ?頭のてっぺんに蛇を乗っけたようなバカみてぇな服装じゃなきゃだけど」

 

 ロンは曖昧な返事をする。ハリーとアズラエルはそのやり取りを聞いて苦笑した。

 

「悪い意味で言ったんじゃないんだ。……なんていうか、可愛いだろ?悪意がないからみていて安心すると言うか。OKしてくれたときはルナが聖母に見えたよ……」

 

「んな大袈裟な。きっと疲れてたんだよファルカス」

 

 ロンは呆れていたが、ハリーは少しだけ笑った。友人がつつがなくダンスパーティーを終えることができるだろうとハリーは安心した。

 

「聖母っていうのは少し大袈裟だね。ファルカスにとっての救い主だったのは確かだけど」

 

「じゃあ女神かな。とにかく、ぼっちでダンスパーティーを過ごさなくていいんだからなんでもいいよ」

 

「ルナが聖母か女神……さしずめルナマリアか、アルテミスかな?浮気をしたらひどい目に遭うよ、ファルカス」

 

「気を付けるよ。別に付き合ってないけどね」

 

 ハリーとファルカスは戯言を言いながら弛みきったやり取りをしていたが、アズラエルは腕を組んで言った。

 

「……いや、ちょっと待って下さい。ルナが誘われてまぁ満更でないのは喜ばしいことです。ファルカスもその点は気兼ねなくパーティーを楽しめるでしょう」

 

 

 アズラエルの口調には普段の嫌味な余裕がない。それだけ真剣にファルカスのことを心配しているということだ。

 

「ですが、ここでひとつ問題があります。マイフレンド、彼女の奇抜な服装についてです。ドレスコードをどうするか、考えていますか?もちろん君の分も含めてです。組合せ次第で、どれだけ上等な燕尾服もぼろ布に成り下がりますからねぇ」

 

「…………」

 

 

 ファルカスは石のように黙りこんだ、その頬からは一筋の汗が流れ落ちる。ハリーはロンと目配せした。

 

(どうする?)

 

(俺に聞くな)

 

 ハリーにはレジリメンスは聞こえないが、ロンがそう言ったような気がした。ロンは視線でどうにかしろとハリーに訴えかけてくる。

 

(…………ファルカス自身もコーディネイトについては考えていなかったな、これは……)

 

 ハリーはあまりファルカスのことを責められないと思った。切羽詰まっているときにパーティーへの参加を約束してくれたのだから、細かいことにまでとやかく言う気にはなれないだろう。仮にハリーがファルカスの立場でもそうなった筈だ。ダフネが了承してくれたから良かったものの、そうでなければハリーだって相手は見つからなかったのだ。

 

「ファルカスが誘った以上は、ルナの好きなドレスを着させてやるのが筋なんじゃねぇか?」

 

 ザビニはもっともな意見を言ったが、ハリーはファルカスのこともルナのことも心配になった。ドレスコードは、その場に相応しいものでなくてはならない。普段のセンスそのままにルナが奇抜なドレスで着飾れば、ルナとファルカスという二人の友人は嘲笑を免れないだろう。

 

(……どうする?何かあるか?……ルナが納得できて、ある程度まともな衣装が……?)

 

 ファルカスもアズラエルも滝のような汗を流すなか、ハリーは一つの提案をした。うまく行くとは到底思えない提案だったが、ファルカスはアズラエルのアドバイスと共に、ハリーの提案も採用することにしたようだった。ハリーは、友人達のダンスパーティーが上手く行くことを願うしかなかった。

 

***

 

 第二の試練に向けての訓練や魔法の練習、12科目の予習と復習、そして日常の様々なトラブルやちょっとした笑い話を経て、12月24日のユールボール当日がやって来た。ハリーはシリウスからのプレゼントを確認した。シリウスはハリーに、学生時代のハリーの父親が好きだったという音楽グループのCDアルバムの初回限定版を贈ってきた。アズラエルに言わせると古くさいグループだ。ハリーは、喜びの中に別の感情を抱いてしまい、そんな自分に苛立ちを感じずにはいられなかった。

 

(……何で僕は苛立ってる……?……いや、これは苛立ってるんじゃない。戸惑っているだけだ。……嬉しいことじゃないか、プレゼントを贈ってもらえるなんて)

 

 ハリーは自分にそう言い聞かせると、ザビニと共に部屋を出た。クリスマスのホグワーツでは、皆がそわそわと囁きあいながらそれぞれの余暇を過ごしていた。ハリーはいつもの三人と共にロンやウィーズリーの双子を相手にした雪合戦に興じ、兎の姿で跳ね回る雪玉に魔法をかけてロンの顔面にクリーンヒットさせた。

 

***

 

 午前中は雪合戦に励んだハリーは、午後のひとときになってロンの愚痴に付き合っていた。ロンは母親から贈られたセーターが雪で濡れたのか、既に普段の服に着替えていた。

 

「本当、ハーマイオニーのやつ誰と行くっていうんだよ」

 

「それは、まぁ誰かは分からないけど。きっと断れなかったんだよ、先に誘われたから」

 

「パドマ·パチルからOKを貰えたんだからいいじゃないか、ロン」

 

「そうだぜ、愚痴ってねぇでパチルを楽しませるネタでも考えとけよ。それが義務ってもんだろ」

 

 ハリーとファルカス、ザビニにそうやって宥められても、ロンは納得がいっていない様子だった。アズラエルとザビニは腕を組んでロンを見ていた。

 

「ま、自業自得ということでしょうねぇ。踏み出す勇気がなかったんですから」

 

 着替えのために寮の部屋へ戻るロンの姿が見えなくなったあと、アズラエルはそう評した。

 

「確かにそうだね。だけど」

 

 ハリーは同意しつつも、こう言わざるを得なかった。

 

「…………そう簡単に踏み出せるものでもないだろ。特に、あの二人は仲が良すぎるんだし」

 

 その言葉への反論はなかった。ただし、アズラエルは深いため息を一つ吐き出した。

 

 

***

 

 ダンスパーティーの時間になり、ハリーはまずスリザリンの談話室に出た。

 

「こんばんわ。とても素敵ね、ポッター」

 

「こんばんわ、バルストロード。似合っているね、そのドレス。……ダフネはまだ準備中かい?」

 

「ええ、まだよ。トレイシーと一緒になって焦っているわ。もう少し待ってあげて」

 

「いくらでも待つよ、彼女のためなら」

 

 ハリーはダフネを待つ間、スリザリンの生徒達に押し潰されるような形になった。スリザリンの女子から挨拶をされる度、その女子に軽く挨拶を返す。そして男子からは半純血の癖にグリーングラスと、という嫉妬と羨望の視線を受けた。

 

(……カローやエイドリアンもそうなのかな?僕では彼女に釣り合わないと思っているだろうか)

 

 エイドリアン·ピュシーは他寮の生徒をパートナーに選んだらしく、軽い挨拶だけ済ませると早々に大広間へと向かった。マクギリス·カローはハリーの全身をしげしげと観察したあと、しっかりとレディをエスコートしてあげたまえ、とハリーの肩を軽く叩いた。

 

 ハリーは動物園の蛇のような時間にはもう慣れていた。隣にアズラエルやミリセントがいたのは救いだった。

 

(ああ……)

 

 そして、ハリーはダフネを迎えた。ダフネは長い黒髪を三つ編みにし、黒のバレンシアガのドレスに身を包んでいた。当初、ダフネは黒髪を染めるか、ウィッグを使いたいと言ったがハリーは出来ればやめて欲しいと言ったのだ。ダフネは、ハリーの要望を聞き入れてくれたのである。

 

 ダフネの顔に、ダンスパーティーを楽しもうという余裕はなかった。戦場に赴く兵士のような悲壮な顔だとハリーは思った。

 

「……さぁ、恥をかきにいくわよハリー。覚悟して着いてきなさい」

 

「ダフネ」

 

 ハリーは心の底から笑って言った。

 

「今日ほど嬉しい日はないよ、僕は。こんなに綺麗な君と踊れるんだから」

 

「……皆に言っているのではないでしょうね」

 

「皆って?」

 

「ミス グレンジャーやミス ラヴグッドよ」

 ふい、とそっぽを向きながら、ハリーとダフネは大広間へと足を踏み入れた。

 

 

 ダンスパーティーの舞台となる大広間は、ハリーにとって戦場そのものだった。パーティーの主役足るフルール、セドリックといった美男美女に比べれば、ハリーなど平凡な路傍の小石でしかない。

 

(ドラゴンと戦う方がよほど楽だった)

 

 と思わざるを得ないほど、ハリーはプレッシャーを感じていた。代表選手として彼らと同じ場で踊るのだから尚更だ。

 

 しかし、ハリーはそんな動揺を表に出すわけにはいかなかった。ダフネのためにも、ハリーは心臓をドキドキさせながら己の席へとダフネの手をそっと引きながら進む。ダフネは流石に、社交場の経験が豊富だった。ハリーを立てるように、優雅な足取りでハリーと共に席へと進む。

 

 しかし、ハリーとダフネは驚きをもって席へと着席することになった。ビクトール・クラムの隣にいた美しい女子に見覚えがあったからだ。

 

 普段手入れされていなかった栗色の髪の毛を真っ直ぐに美しく整え、チャームポイントだった出っ歯を矯正し、背筋を正してクラムの横に座る女子こそ、ハーマイオニー·グレンジャーその人だったのだ。

 

 




ダフネの衣装のイメージはベラトリックス·レストレンジです。
ちなみに映画版ハリー役の役者さんはベラとリックス役の女優さんが初恋だったそうです。


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NICO Touches the Walls

 

 ロンは隣のパドマ·パチルには目もくれず、クラムと談笑するハーマイオニーを見ていた。ハリーはぞくりと背筋を震わせた。

 

(……ロン。ユールボールの間は抑えてくれよ)

 

 一体いつクラムとハーマイオニーが知り合ったのか、ハリーには分からなかった。確かなことは、ロンがクラムのことを殺したいほどに憎んでいるだろうということだった。ハリーはロンを見ていられずにそっと目を背けた。

 

「……ごきげんよう、ミス グレンジャー。一目では誰か判別できなかった……というのは失礼かしら」

 

 そんなハリーを他所に、ダフネとハーマイオニーは親しげな会話をしていた。代表選手のパートナー同士、太陽のように華やかなハーマイオニーと、月のように静かなダフネは対照的な装いで絵になっていた。

 

「こんばんわ。褒め言葉として受け取っておきましょう。貴女もとっても似合っているわ、ダフネ」

 

「嘘がお上手ね。ねえ、貴女……絵画に興味はないかしら?被写体になってみる気はなくて?」

 

「えっ?ええと……」

 

(あっ……)

 

 ハリーはまずい、と思った。何となくだが、ダフネの中でスイッチが入ったような気がしたのだ。絵を描きたいと思ったのは久しぶりだったのだろう。困惑するハーマイオニーと、ハーマイオニーに迫るダフネを放置してハリーは後ろの席に居たパーシーとの会話に興じた。

 

「久しぶりだな。去年までここにいたというのに随分と懐かしく感じるよ」

 

「……ミスタ ウィーズリーとお呼びしましょうか?」

 

「そうしてくれたまえ。今日は私用ではなく、クラウチの代理で来ているのでね」

 

(意外だな……)

 

 ハリーは素直に驚いた。クラウチ氏はシリウスから話を聞く限り、規則に忠実な堅物だった筈だ。いくら優秀とはいえ、入省したてのパーシーに役目を任せるなんてことがあるのだろうか。

 

「……そうなのですか?クラウチ氏はどこかお体の具合でも悪いのですか?」

 

「いや、健康だとも。……ただ、彼はもうお年でね。先のワールドカップの一件でハウスエルフを解雇して以来、屋敷を管理するエルフを雇えてもいないようだ」

 

(……おかしいな、今日のパーシーさんは)

 

 ハリーは違和感を持った。パーシーの表情があまり優れなかったからだ。見るからにとても喜んでいる。が、仕事だからそうしている、という雰囲気があった。

 

(……突っ込んで聞いてみるべきか……?そう言えば、ウインキーというハウスエルフが厨房にいたけど……)

 

 パーシーは上司から与えられた役目を忠実に果たさんとしているようだ。しかし、彼の表情には、拭いきれない疑問があるように見える。

 

「……何か、不安があるのですか?」

 

「……いや……」

 

 

「……僕は部外者に対して余計なことを話しすぎたようだ。忘れてくれたまえ、ハリー」

 

「……クラウチさんがどうかされたのですか?顔色が優れませんが……」

 

 ハリーは何となくかまをかけてみた。パーシーは表情を変えなかったが、こほんと咳払いをして言った。

 

「心配には及ばない。さ、ダンブルドア校長先生が話をされる。傾聴させていただこうか」

 

 

 結局、ハリーはパーシーから感じた違和感について確認できなかった。

 

***

 

 ダンブルドアが、ユールボール開始のための挨拶を終えようとしていた。パーシーはダンブルドアの話を聞き流しながら、今日自分がこの場所に来ることになった原因について考えていた。

 

(……クラウチ氏はどうしてこの僕に、ここに来るように言った……?)

 

 パーシーにとって、クラウチという上司は理想の魔法使いであり、人生で初めて出会った憧れる大人だった。

 

 規則を遵守する姿勢。魔法使いでありつつもマグルの世界に溶け込んでも違和感のない装いが可能な教養の深さ。そして何より、仕事に対する割り振りの上手さ。パーシーのような新人でも、過不足なく仕事を回せるように配慮してくれているということがパーシーには痛い程よく分かっていた。自分自身の不甲斐なさを、パーシーは勤務して半年で嫌というほど理解したからだ。

 

 驕りはあった。

 

 魔法省管轄のNEWTで最高の成績を修めた自分は、執行部に配属されてしかるべきだという驕り。そんな期待から外れて配属された先で、パーシーはバーテミウス·クラウチという最高の上司と出会った。

 

 魔法省に限った話ではないが、社会のなかで働く際には学校での学業とはまた別のスキルが求められる。パーシーは、所属して三日でミスを二回も発生させた。

 

 そんなことも知らないのか、と言われたくなかったがために、起こしてしまったミスだった。早く仕事をこなし、同僚や上司の評価を上げ、花形の執行部へと転属したいという焦りだけで、目の前の仕事というものを舐め腐っていた。パーシーは今でもそのミスを夢に見る。夢の中の自分に対してステューピファイをかけたくなるほどに、馬鹿馬鹿しい失態だった。

 

 コピー機の印刷機能を知らずに印刷魔法を使おうとした。専用の掃除機を使わずエバネスコ(消失)で摘発された廃品を処分しようとした。

 

 この二つは、マグルの世界にたいしてもう少し目を向けているか、クラウチ氏への確認をしていれば防げた筈のミスだった。NEWTの十二科目でOを取ろうが、与えられた仕事をこなすことには何の関係もないのだと自覚させられた。はっきり言えば、自分は有能気取りのお坊っちゃまでしかなかった。

 

 自分はエリートだという思い込みを捨て、パーシーはまずは目の前の仕事を忠実にこなすことに努めた。

 

 クラウチ氏に謝罪し、同じミスを繰り返さないようにした。分からないところは聞き、まずは勝手な判断で動かないようにした。業務終了後にメモを取り、出社前にメモを読み込んでいった。与えられた仕事をこなし、前例を踏襲し、勝手にやり方を変えない。ミスは必ず報告する。パーシーは特別なことではなく、当たり前のことをするように心掛けた。

 

 パーシーには夢があった。入局してから抱いていた夢は、何とも馬鹿馬鹿しい理想だった。

 

 

 優秀な自分が魔法省の内部を改革して執行部の局長となり、ルシウス·マルフォイのような傲慢な純血主義者の悪行を暴く。そして、功績を立てた後は政治家に転身して、政治家として更に大勢の人々に対する手を広げる。差別による不公平や抑圧をなくせはしなくとも、過剰なものは是正していく。ついでに、長年自分や家族を苦しめてきた貧乏とも縁を切る。

 

 ……そんな夢をパーシーは抱いていた。しかし理想とは裏腹に、現実の自分は他人をあれこれと批判できるほど優秀でもない。マグルの世界のことはマグル学で習った内容とペネロピーから聞き齧った知識しかない。

 

(驚くほど無知蒙昧で、視野が狭い。それが入省したての頃の自分だ。今もそれは変わっていない。夢だって捨てていない。ただ、自分が愚かだと理解して学び直しているというだけだ)

 

 パーシーはそう自己分析していた。人生設計の前提から修正を余儀なくされたパーシーだったが、それで止まるほどパーシーの野心は弱くはなかった。

 

(現時点の僕で魔法省の改革など、口にするのも烏滸がましい思い上がりだ。現在の自分が思うほど世界は狭くなく、見習うべき人間は多いんだ)

 

 パーシーはそう考え直して日常の業務に取り組んでいた。

 

 実際、希望の部署に入ることも出来ず、また、結果を出すことも出来ず腐っていく新人局員は魔法省には多い。デスイーターに堕ちたシオニー·シトレに限った話ではなく、誰にでも起こり得ることなのだ。それを思えば、局員として向上心を持ち続け、同じミスを繰り返さないよう努めるパーシーは新人としてはマシな部類だった。

 

 社会人として誰に倣うべきかパーシーが考えたとき、パーシーが手本としたのは父であるアーサーではなかった。アーサーは高いコミュニケーション能力とそれなりな魔法の腕を持っていたが、パーシーの理想とは程遠かった。パーシーの理想は、バーテミウス·クラウチだった。

 

 クラウチは、パーシーの父である窓際部署のアーサーとは正反対の性格で、優秀な官僚としての役目を果たしていた。魔力に優れているというだけではなく語学にも明るく、様々な異種族の言語にも精通している。そんなクラウチ氏に、パーシーは心酔した。

 

(クラウチ氏が僕の父であったなら……)

 

(…………貧乏で。犯罪を取り締まる側なのに犯罪を犯すなんて惨めな思いはしなくて済んだのに)

 

 と、眠りにつくとき考えている自分に気付く。そんな馬鹿げた考えが頭に浮かぶほど、クラウチはパーシーにとって理想的な魔法使いだったのだ。

 

 クラウチ氏は仕事に忠実で、優れた魔法使いとしての尊敬を周囲から勝ち取っている。

 

 魔法界とマグルの世界、その二つの差異を理解している。

 

 少なくとも、パーシーの目にはそう見えた。魔法省に入り、『あの』アーサーの息子……自分で作った法律を自ら破った男の息子と揶揄されたパーシーにとって、クラウチはとても魅力的に見えたのだ。少なくとも、クラウチはアーサーのように上下で不揃いなマグルの衣服を着て、マグルから怪しまれたりはしない。

 

 ……『変わり者の息子』。

 

 そう揶揄されるのが嫌で。アーサーとは正反対の、クラウチのようになりたいとパーシーは願った。父の汚名を払拭したい。いつしかパーシーはそう考えるようになっていた。

 

 それがクラウチの一面しか知らず、仕事上の付き合いでしかその人となりを知らないパーシーの思い込みに過ぎないということを、パーシーは知らない。

 

 当たり前の話だった。普通、人は自分の見たいものしか見ないものだ。部下として、上司であるクラウチに対して憧憬や尊敬というバイアスをかけて見ている限り、パーシーが理解というプロセスに到達することは、ない。

 

 

 しかし、クラウチ氏を崇拝するパーシーだからこそ、クラウチからユールボールへの出席を命じられたことに違和感はあった。

 

(…クラウチ氏は…何故僕に仕事を任せてくれたんだ……?)

 

 敬愛する上司から、ついに単独での仕事を任されたという喜びはある。しかし、クラウチ氏から信頼されるほどに優秀だったという実感は、ない。

 

 

(……ハウスエルフが消えたことによるコンディションの悪化はあるだろう。しかし、あれからもう何ヵ月も経っている。クラウチ氏ほどの魔法使いなら、解雇したハウスエルフの後任を見つけている筈……)

 

 ハリーに語った内容を、パーシーは心の底から信じていたわけではなかった。心の奥底には現状への違和感が炎となって燻り続け、それを不敬だとなじる理性がパーシーを押さえつけている。

 

(……仮に。仮にだ。ハウスエルフの後任が見つからなかったのだととしても。体調管理は社会人の基礎だ。クラウチ氏には、かかりつけのヒーラーも居た筈)

 

(確かに最近はワールドカップの後始末と、トライウィザード関連でろくな休みもなかったが、それでも欠席するほどだったのか……?)

 

 クラウチ氏を己の心中で神格化かけていたからこそ、パーシーは理想のクラウチ氏と、現実のクラウチ氏との相違に解釈違いを起こしていた。

 

 クラウチ氏に、何かがあった。少なくとも、すぐには治せないような病気にかかったのではないだろうか、とパーシーは思ったのだ。

 

 パーシーがそう考えたのは、休む前のクラウチ氏からある言葉を投げ掛けられたからだ。

 

「……そう言えば、ハリー。スリザリンにクラウチという男子生徒は居たかい?」

 

 パーシーはハリーにそう尋ねた。クラウチ家は聖28一族のひとつだった。厳格なクラウチ氏の息子ともなれば、レイブンクローかスリザリンだろう、という勘がパーシーにはあった。

 

「……いえ。クラウチですか?そんな姓の先輩とは会ったことはありません」

 

「ふ、そうか。つまらないことを聞いたね。忘れてくれたまえ」

 

「構いませんよ。けれど、どうしてクラウチなんです?」

 

 ハリーは微笑みながらパーシーに尋ねてくる。ハリーの横では、ダフネ·グリーングラスが興味津々といった顔で耳を傾けていた。パーシーは話しすぎたなと思った。

 

「この間、部長がご子息の話をしてくださったんだ。OWLで12科目Oを取った、とても優秀なご子息だそうだ」

 

「……?……そのクラウチ氏のご子息は、パーシーさんみたいな人だったんでしょうか」

 

 ハリーは困惑した様子でパーシーに聞いてきた。パーシーは胸を張って自慢げに言った。

 

「いいや、僕など足元にも及ばないほど優秀な生徒……いや、君が心当たりがないなら、元生徒か?とにかく、天才に違いない。何せ、あのクラウチ氏のご子息なのだから」

 

 そうですね、と愛想笑いを浮かべるハリーに対して疑問を覚えることはなく、パーシーはハリーに対して純粋な厚意からこう言った。

 

「君も12科目を取っていると弟から聞いている。もし現在もスリザリンに居られるのなら、交流を持っておいたほうが君のためだと思ってね」

 

「それは凄い方ですね。……もしかしたら、まだ会えていない先輩かもしれません。探して聞いてみます」

 

「うむ、そうしたまえ」

 

 パーシーは内心の違和感を悟られないよう、あえて尊大に見えるように言った。

 内心、パーシーの中では違和感が膨れ上がっていた。

 

(……クラウチ氏のご子息は今のスリザリンには居ない、のか?……考えてみれば、クラウチ氏も過去形で話されていたが……)

 

 パーシーはクラウチ氏の言動を思い返す。

 

 

『ウェザピーくん。君もなかなか優秀な成績だったようだが、私の息子ほどではないな。私の息子は、12科目でOを取得したのだ』

 

 部下に対する、単なる自慢話だった。しかし、その話をしたとたんにクラウチ氏は頭痛を訴えた。そして、次の日の業務を休み、今日パーシーがホグワーツに来ることになったのだ。

 

(……認知症?いや。それはない。そんなことがあってたまるものか。クラウチ氏に限ってそれはあり得ない)

 

 パーシーは、ここ最近クラウチ氏の周囲で起きた不幸を思い出した。ワールドカップで、闇の印が打ち上げられ、クラウチ氏のハウスエルフが巻き込まれたときのことを。

 

(……闇の魔術……?もしや、クラウチ氏は何らかの闇の魔術を受けたのではないだろうか?その後遺症で、あのようなふるまいを……)

 

 DADAのNEWTで学んだ知識によって脳内に沸きあがった可能性。それを、パーシーはあり得ないと握り潰した。

 

(……馬鹿馬鹿しい。中学生でもあるまいに。……闇の魔法使いがクラウチ氏を狙う理由がどこにある?狙うなら……シリウス·ブラックか、闇祓い局職員。あるいは執行部の人間だろう。僕ならそうする)

 

 パーシーは自分を基準にして考えすぎた。魔法省という政府機関の職員を狙うならば、パーシーなら中枢を落とす。それが最短で、犠牲を最小限にして勝てる方法だからだ。

 

 しかし、パーシーは気付かなかった。中枢を落とさずとも、詰みに持っていく方法は幾らでもあるということに。幼少期から平和を享受してきたパーシーは、魔法省という組織と、それがもたらす権威に信頼を置いていた。だからこそ、パーシーの思考はそこで止まる。

 

(考えるな。余計なことを考えすぎだ、僕は。まったくどうかしている。クラウチ氏だけではなく、僕も多忙のせいで睡眠時間が取れていなかったのだろう)

 

 クラウチへの疑いや疑念はパーシーにはない。ただ、理想の上司が何か良からぬことに巻き込まれているのではないか、という不安は頭の片隅に残り続けた。

 

 結局、パーシーはその不安を頭のなかで握り潰した。上司への崇拝は、疑念を抱く自分自身への嫌悪感となって、パーシーを押さえつけたのだ。

 

***

 

「……クラウチ、か。ダフネはそういう先輩を知ってるかい?」

 

「申し訳ないけど記憶にないわね。クラウチ氏のことはワールドカップのあと、パンジーから噂で聞いたのだけれど……」

 

「うん」

 

 ハリーは頷きながら話の続きを促した。ハリーはシリウスから、クラウチ氏の一人息子が既に死んでいることを聞いている。ハリーはダフネが、クラウチ氏の息子がどうなったのか知っていることを察した。

 

「……その……辞めましょう。パーティーの席で話すことではないわ。とにかく、クラウチ氏の息子がホグワーツに居る筈がないわ。クラウチ一族もいないはずよ」

 

「ん、そうだね。気を悪くさせてごめん、ダフネ」

 

(…………一応、確認はしておこうかな)

 

 ハリーはマクギリスにクラウチという男子生徒が居るかどうか尋ねようと思った。もっとも、居る筈がないと思った。ハリーは三年以上もスリザリンに居たが、クラウチという名前を聞いた覚えはなかったからだ。

 




パーシーは原作の時点で味があるキャラですねぇ……


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