お金の力で世界を救ってあげます! (みずち)
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1 辺境都市グリッド
プロローグ


突然だが、俺は配信者である。

といっても、登録者10万以上だったり同時視聴者が1万を超えるような有名配信者ではない。むしろ零細という言葉が似合うだろう。

 

なにせ今の登録者数は600人ちょっと。その中でもアクティブなリスナーは極わずかで、同時視聴者が3桁を超えたなど過去に一度もない。大体普段のリスナーは20~30人前後、少ない時は1桁の時もある。

 

ま、特に突出した所のない男の配信者なんてこんなもんでしょ。

 

配信内容も別段上手くもないゲームのだらだらプレイと、VRConnect……通称VRCと呼ばれるVRSNS内に構築されたワールド散策しつつ、紹介をだらだら流しているだけだからな。ある程度モデリングが出来るのでそこで使ってるアバターが自作のものってだけが特色かな?

 

ようするにあれだ、特に収益化を目指してない趣味配信者という奴である。一応俺が使用している配信プラットフォームOurTube(通称あわつべ)の収益化条件は登録者500人以上他でその条件は達成しているので収益化はしているが、まぁ入ってくる収入は雀の涙だ。

 

だもんで、配信自体は気楽なもんである。今日はそんな中でも特に気楽なVRCぶらり配信だった。単純に新着ワールド一覧からよさげなワールドを見つけ、そこにJOIN(ワールドに入る事)してコメント欄のリスナーと雑談しながらそのワールド内をぶらつくだけである。

 

今日もすでにいくつかのワールドを巡り、次で最後にしようかと話しつつワールドを検索していると一つのワールドが目に入った。

 

「なんだこれ?」

 

ワールドのサムネは平原のような場所を映し出していた。まぁそれ自体は特に目立つところもなく普通。だがワールド名がない。

 

「ワールド名無しって設定できたっけ?」

『スペースか何か設定してんじゃない?』

 

俺のつぶやきに、コメント欄でリスナーがそう伝えてくる。成程、確かに。だけどそれ以外もちょっとおかしい。名前の欄もやはりブランクだし、キャプションの所は……なんだろこの文字? 英語でもアラビア語でもハングルでもない言葉で書かれている。

 

怪しさ満点のワールドだった……が。

 

「……覗いてみる?」

 

俺は、リスナーに聞いてみる。果たしてどんなワールドなのか興味が引かれたのだ。

 

『胡散臭すぎるし、やめておいた方が良くない?』

『おもしろそーだし行ってみようぜ』

『別段ヤバい事にはならないっしょ』

 

他にもいくつかのコメントが返って来たが、概ね賛成の意見だった。

 

「よし、じゃあ行ってみるわ」

 

コメントに思いっきり背中を押されたので、俺はワールドを開くとJOINボタンを押す。それだけでVRCではワールドが移動できるのだ。

 

これまでいたワールドの景色が視界から消え、淡い緑色に視界が染まる。ワールドロード中になる画面だ。さて容量はどれくらいだろ……?

 

「あれ、1kb?」

 

表示された容量はごく小さいものだった。VRCの通常のワールドサイズは大体50MB~200MB程度。多いものなら500MBを越す。そんな中たったの1KBである。

 

「こりゃサムネだけの釣りワールドかなぁ」

 

こんな容量じゃ、中身はほぼ何も存在しないだろう。大外れだったかと思いつつ、俺は読み込み終了により表示されたJOINボタンを改めておす。そして。

 

次の瞬間、俺の意識は闇に落ちた。

 

 



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目が覚めたら青空

「んあ……?」

 

瞼の向こう側に光を感じて、意識が浮上する。

 

ゆっくりと目を開くと、そこには青空が広がっていた。

 

……青空?

 

両腕をついて、跳ね起きる。周囲を見回すと、そこは木々の生えた林の中だった。せせらぎの音がしているので、多分近くに川か何かある。

 

うん、それは解ったけど……

 

どこだ、ここ?

 

こんな場所は見たことがないし、何より何でこんな場所で寝ていたのか意味がわからない。

ええと、昨日は確か普通に家にいて、HMD(ヘッドマウントディスプレイ)つけてVRCでの配信をしていたはず……そうだ。思い出した。それでなんか怪しいワールドにJOINしようとして……そこから先の記憶がない。

 

もしかして、理由はわからないが気を失ったのだろうか?

 

ただ気を失ったとしてもそこは自分の部屋のハズだ。だけど今俺の居場所は明らかに外。つけていたはずのHMDもどこにもない。

 

どういうことだと思いもう一度辺りを見回し──そこで一つの事に気づいた。

 

格好が見慣れた恰好である。ただし、普段の俺の恰好ではない。アバターの格好だ。

 

ということはまだVRCをプレイ中の状態なのか? だけど顔のあたりを触ってもHMDをつけている感触はない。というかコントローラーを持っている感じもないのに手が動く。なんだこれ?

 

とりあえず地面に座ったままの尻が冷たいので立ち上がる。そこで、俺は一つの違和感に気づいた。

 

腕だ。腕に元々の俺のアバターにはついていなかったはずの、腕時計のようなものがついている。

 

ようなもの、というだけで腕時計ではない。時間の表示がないので。というか何の表示もない。なんだこれ?

 

じろじろと見まわしてみると、側面にボタンが一つあった。これを押すと何か表示されるのだろうか? 何とはなしに押してみる。

 

「うおっ!?」

 

その瞬間、突然目の前に半透明の画面が広がった。いくつものアイコンが並んでいるメニューっぽい画面だ。VRCのメニューっぽいがちょっと違うな……後いくつかはアイコンの色が暗くなっている。

 

試しにその表示に指を近づけてみたが、暗くなっているところは何も反応がなかった。それならば、と暗くなっていないアイコンを指さすと……変化があった。

 

アイコンが並んでいる場所の下部分の何も表示されていなかった枠の部分に、日本語が表示されたのだ。そこに表示されているのは……カメラ?

 

試しに押してみると、目の前に見慣れたデザインのカメラが表示された。

 

「VRCのカメラじゃん……」

 

という事はやっぱり俺はVRCをプレイ中なのか?

 

とりあえずカメラを自分の方に向けるようにすると、カメラのディスプレイ部分に美少女が映った。……なんか、ちょっとデザインが変わっているような気がするが、間違いなく俺が使っている自作アバターだ。

 

うーん……自分の姿はこれでわかったけど、それ以外はなんもわからんな。

 

他には何もないかとメニューを確認すると、カメラの隣のボタンも有効になっているようだった。指を向けてみると"配信開始"と表示される。

 

配信……? VRC内部で配信開始する機能でもアップデートされたのか? と思いつつ押す。

するとメニューが縮小した。代わりにコメント欄らしきものが右側に表示される。……表示されたけど、それだけだな? どうなってんだろ?

 

何も表示されないコメント欄はおいておいて他のボタンにも指を向けてみるが、何の反応もない。行き詰まってしまい悩んでいると、コメント欄に反応があった。

 

『あれ、カズサさんゲリラ配信してんの?』

 

カズサ、というのは俺の配信者としての名前だ。ということはあわつべで配信が始まったのか?

 

「俺の姿見えてる? おーい?」

『ちゃんと見えてるよー。カズサさんボイチェン使ってるんだ? 珍しいね』

「ボイチェン?」

 

言われてようやく気付いた。明らかに自分の口から出る声が明らかに高い。

 

『違うの? 裏声?』

「違うというか、何というか……」

『おはよーカズサさん、昨日どうしたの? 心配したんだけど』

『こんな時間から配信とか珍しいね』

 

 



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投げ銭

次々とコメントが増えだした。表示されている名前を見る限り、みんな常連だ。数十人くらいしかいないから、全員覚えてる。

 

しかし何の周知もしてない配信なのによく集まってくるな。昨日土曜日だから今日は大体みんな休みなんだと思うけど……いや、あまり掘り下げるのはやめよう。大事なリスナーさんだからね。

 

とりあえずコメントに目を通す。

 

『VRC配信の続きすんの?』

「いや、正直自分自身状況が分かってないんだわ」

『どゆこと?』

「なんというかVRCっぽいけど、いろいろおかしいんだよな。そもそもHMDつけてる感触もないし、アバター自身になってる感じがある」

 

そう答えると、コメントが止まった。反応に困ってるんだろうなーと思いつつこちらからする事もないのでしばらく待っていると、再びコメントが流れ出す。

 

『あー、そういう設定で配信すんの?』

「いや、設定じゃなくてマジでそうなってるんだよ。わけわからんと思うけど俺もわけわからん」

『そういやアバターがリアル調にちょっと寄っている気が……』

 

それは俺も思った。自分で作ったアバターのハズなのになんか違和感あるのよな。俺の性癖ぶっこんでるアバターだから可愛いのかはかわんないけど。

 

『え、マジ? 冗談じゃなく?』

「マジマジ中の大マジよ」

『HMDで操作しているってわけじゃなくてその姿になってんの?』

「うん。理由は聞くなよ、俺もわからんのだ」

『だったら口の中見せてよ』

 

口の中?

 

『VRCの機能だと、口の中で舌を自在に動かしたりはできないでしょ? だからそれが出来れば、半信半疑なりにカズサさんの話信じられるし』

 

成程、確かにな。

 

俺はカメラを手に取って顔に近づけると、口を大きく開いた。そして口の中で舌を上下左右に動かしてみる。

 

ほうら(どうだ)?」

 

『エロい』

『あー、これはいけませんねぇ』

『朝からセンシティブ過ぎない?』

「お前ら……!」

 

一瞬配信切ってやろうかと思ったが、今はこいつらは重要な情報入手手段だ、踏みとどまる。

 

『まぁエロさはおいておいて信じる信じる』

『今の技術であの舌の動きをリアルタイムで操作はできないっしょ』

『少なくともVRCじゃ無理だな』

『で、結局どういうことだってばよ?』

 

それは俺が聞きたいんだっつーの。

 

いや本当になんなんだ今の状況。舌もそうだけど、全身が自分の思い通りに動く。それだけじゃない、触れた感触もあるのだ。ぶっちゃけ動きだけなら俺も知らない超高性能のモーションキャプチャーがあればいけるのかもしれないが、全身で感じるこの感触は無理だろう。

 

そう、全身に感触が……

 

……

 

「っつ」

『え、なんで突然胸揉んだの?』

『エロ配信開始ですか?』

「しねぇよ」

 

あー、でもマジ柔らかい。一応元のアバターも下着付けてたから今の俺も付けてるみたいだけど、下着の上からもまれるとこんな感触なんだな……

 

『いや揉み続けんなや』

『【200円】朝からいいもの見せてもらいました』

 

手で感じる感触から手を離せないでいると、コメント欄に色付きのメッセージが流れた。誰かがスーパーチャット──スパチャを投げてくれたらしい。てかこの絵面でスパチャ投げられたらマジでエロ配信やんけ。急速に冷静になって俺は胸から手を離す。

 

『あれ止めちゃうの?』

「エロ配信枠じゃないんでー。……ん?」

 

自分の体から意識を外してメニューを見直してみると、メニューの表示内容に変化が見えた。暗くなっていたアイコンが有効になっているのと、後下の方にある数字がなんか変わってる。さっきまで確か0だった気がするけど……140って数字になってる。

 

『どしたの?』

「なんかメニューの表示がちょっと変わった。ちょっと待って」

 

 

 



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MP

今俺の姿が配信に映ってるって事は、何かしら撮影しているものがあるわけで。思いつくのは先ほど出して自分の姿を映すのに確認したカメラしかない。俺は先ほど出した時のまま空中に浮いているカメラを手に掴むと、向きを変えてメニューをうつしてみる。

 

「見える?」

『見える見える、VRCのメニューに似てはいるな』

『どこが変わったの?』

「さっきまではアイコンが暗くなってたんだけどいくつか明るくなった。それと下のMPって書かれてる数字が0から変わった」

『MP? マジックポイント』

『140か……ふむ、ちょっとまって試してみる』

「試す?」

『【200円】テスト』

 

再び、先ほどと同様の色付きコメが流れた。そして同時に再び変化が起きる。数字が140から280になったのだ。

 

『これ……スパチャと連動してる?』

『30%のあわつべ税取られてて草』

『マジックポイントじゃなくてマネーポイントかよ』

『あれ、これやっぱりVRC的な奴で、そこからスパチャ集めるために配信してる?』

「こんな技術俺がもってたら配信するよりどっかの企業に売り飛ばした方が金になるし、逆にどこかの企業がやるならなんで俺みたいな零細配信者に依頼するんだよ」

『ごもっとも』

 

俺みたいにアクティブ数十名の配信者じゃなぁ。こんな技術があるなら、有名配信者にやってもらえば一気にスパチャも集まるだろうし、配信者側も飛びつくだろう。俺なんかに依頼する意味もない。そもそも依頼されてもねーけど。

 

しかしなんなんだろうなこのポイント。見てても意味わからんし……とりあえず有効になったアイコン確認するか。えーと

 

「通貨に換金、能力を獲得、アイテム制作……?」

『なんかゲームっぽい』

「せやな」

 

コメントに頷きつつ、一番気になった能力を獲得を選択してみる、が……

 

「あ、駄目だこれ」

 

アイシクルランスとか露骨に魔法っぽい名前がずらっと並んでいるが、そのすべての表示が暗くなっている。

 

『横に数字あるけど、これがMPじゃね?』

「あー、MP不足なのか」

『だなー。一番必要量の少ない《ライト》でも1000か。投げようか?』

「んー。とりあえずまだいいや。他のも見てみよう」

『だな。一通り全部見てみようぜ』

「んむ」

 

戻るアイコンを選択し、元のメニューを再表示。……次はアイテム制作行ってみるか。なんとなく予想はついてるけど……

 

どうせアイテムがいっぱい並んでいる上で表示が暗くなっているんだろうな……と思いつつ、アイコンを選択する。

 

「へ?」

 

そしたら想定していなかったものが眼前に展開された。

 

「これ」

『Flenderっぽいな』

 

Flender……俺も使っている無償配布されている3Dモデリングツールだ。確かにインターフェースは似てるけど……

 

『マウスとキーボードも出てきて草』

『モデリングからやれって事かよ』

 

見た感じ、そういう事やろなぁ……

 

「とりあえずこれは時間かかりそうだから後回しだな」

『だな』

「あとは換金か。どれ……」

 

開いてみると、縦に6つのコインみたいなものが表示された。金貨銀貨銅貨っぽのがサイズ違いで二つ、それで全部で6つだ。その横にはカウンターのようなものが表示されており、更にその横にはMPが表示されている。これは必要MPかな?

 

銀貨と金貨はこれまで同様ブラックアウトしていて選択できない。表示されているレート分のMPを持っていないからだろう。銅貨だけは可能だけど……ふむ。

 

とりあえず俺は大きい方の銅貨に1とだけ設定して、OKを押した。

 

すると、目の前に銅貨が出現し、そのまま地面に落下したのでそれを拾い上げる。10円玉っぽいけど書かれている模様は違うし、サイズも大きいな。

 

『おお、お金が出た』

『MPはきっちり100減ったね』

「いよいよゲームっぽくなって来たなー」

 

お金があるということは、これを使えるところもあるんだろうけど……ぱっと見街みたいのは見えないんだよなー。



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生理現象

 

さて、これで一通り今いじれる所はいじった気がするけど。

 

「これからどうしよう……?」

『俺らに言われても……』

『状況わからんしなぁ』

『とりあえずその状況把握の為にも周囲散策してみたらいいんじゃない』

「それしかないかー。あ、カメラどうする? 進行方向移せばいい?」

『カズサさんうつしてー』

『正直周囲の景色平坦すぎて眠くなりそうだからカズサさん映そう。それにそうすれば俺らが後方チェックできるし』

「ああ、成程」

 

何かの見落としとか、後方に何か現れたのに気付いてもらえるな。そうしよう。

 

俺はカメラを手に取ると、自分の前方に、大体バストアップくらいの表示になるように配置する。ちなみにこのカメラ、俺の動きに追従するようだ。この辺もVRCと一緒だな。

 

「それじゃ行きますか」

 

そう口にして、俺は歩き出す。目標は……対象になりそうなものが何もないので、ひとまずは林を出る方向へ向かって歩くことにした。

 

◇◆

 

「……何もねーなー」

 

それから大体15分程歩いてみた。林は出たが、目の前に広がるのは草原と小山。今の所人工物らしきものは一切目にしていない。

 

『鳥となんか小動物っぽいのは見かけたぞ』

「……とりあえず生き物がいるのは解ったな」

 

でもできれば言葉が通じる相手にあいたい。いや、言葉が通じなくてもいいから人に会いたい。

 

『目の前にある小山に登ってみようぜ。高いところにいけば周囲も確認できるし』

「それしかないか。でもちょっと待って」

『どうしたの?』

「あー、うん、なんというかー」

『はっきりしろ』

「……歩いてたらもよおしてきた」

『!?』

『!?』

『!?』

「おいやめろ」

 

生理現象なんだからしかたないだろー。というかちゃんと生理現象くるんだな、この体。

 

『まわりに人の姿ないんだろ? そこでしちゃえばいいじゃん』

『立ち……いや無理か』

 

やったことないからわからんけど、なんとなく大惨事になりそうな気がするな。とはいえ、近くに建物なんざ一切ないし、それしかないか。いや立ってはしないけど。

 

「しゃーない、それじゃ一回配信切るわ」

『あ、それやめておいた方がよくない?』

「なんでさ」

『もし配信切って、再度配信始められなかったらヤバくない?』

「さすがに大丈夫だろ」

『でも万に一つを考えるとリスクじゃね? MPが獲得できなくなるわけだろ』

 

……そういわれると、切る勇気が湧いてこなくなるな。MPもそうだけど今の状況でコメント欄とのやり取りができなくなるのもいろいろとしんどい。やむをえないか。

 

俺は配信を切るのを取りやめると、カメラのUIを確認する。……よし、あったあった。これを操作して、と。

 

『あれ、映像動かなくなったぞ?』

「カメラ固定した」

『どぼじでそんなひどいことするの!』

「するに決まってるだろアホたれぇ!」

 

トイレしている姿なんて映すわけないし、大体そんなもの配信したらBANされかねないだろ!

 

まったく……

 

「ちょっと離れた所でするから、しばらく待っててくれ」

『致し方なし』

 

コメント欄をみつつため息をついて、周囲を見渡す。姿をがっつり隠せそうな場所はないが周囲に人影はないし、膝の高さくらいまでの茂みならある、そこでいいか。

 

……あー、今の体男じゃないからパンツ降ろさないとだめか。

 

……

 

うん、こんな所モデリングした記憶ないんだけど、ちゃんとあるな。ないともいえるが。

 

えーと……まぁこの体勢ですればいいよな?

 

……

 

……

 

……

 

「……おーい」

『どしたの死にそうな声出して』

「困ったことになった」

『どしたん』

「……拭くものがない」

『え、大きい方だったの?』

「違ぇよ! そうじゃなくてな、このまま穿くとパンツ濡れちゃいそうでな……」

『あー、あー、そっか』

『そこいらの草で拭けばいいんじゃね?』

 

見回してみるが、周囲にあるのは細く伸びた草だけだ。というか草じゃ満足に拭けないだろう。今の手持ちは来ている服だけで、使えそうなものはない。マジでどうしよう……このまま穿いて我慢するしかないか?

 

『さっきのアイテム制作で手ぬぐい作れば? カズサさんならすぐ作れるっしょ』

「そ・れ・だ!」

 

俺は即座にメニューを操作すると、アイテム制作のアイコンをセレクトする。

 

そして起動して来たマウスとキーボードに手をかけ……ふと思った。

 

「なんで俺、下半身丸出しのままモデリング始めようとしてるんだろ……」

『そこで正気に戻ってはいけない』

 

そうだな、必要な事だもんな。

 



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初めてのアイテム制作

 

ええと、布だから別に平面の四角形でちょっとだけ厚みを持たせればいいよな? うん、操作方法がFlenderとほぼ一緒だから秒でできた。それからボーンとウェイトは……いや、それ用のアイコン自体ないからできないのか。テクスチャ……はいらないな。マテリアルの色変更だけでいいか。白で……いや、用途を考えると黒にしてと。

 

後はマテリアルの指定項目に素材ってのは増えてるな。

 

「素材で選べるのは麻だけだな、これでいいか」

『いや、拭くのに使うなら麻は微妙じゃない? なんか固いイメージあるんだけど』

『ほかに素材何があるの?』

「布の素材っぽいのは麻、亜麻、皮、絹、綿、毛」

 

他にも鉄とか樫とかいろいろあるけどどう考えても手ぬぐいに使う素材じゃないのでこの辺は除外。

 

『毛は羊毛かな? 拭くのに使うのに皮はないから選ぶとしたらその辺り以外になるよね』

『麻以外で一番安いの何?』

「亜麻だな。300MPで指定できる」

『300か。確か今180あったよな、ちょっと待って』

『【200】カズサさん、新しいスパチャよ!』

『これで亜麻使えるだろ』

「まじ助かるっ……!」

 

いつまでも下半身露出状態なのも嫌なので。おれは即座に亜麻を選択する。そしてメニューを調べてたら"現実にエクスポート"というのがあったので、それを選択したら目の前に真っ黒い手ぬぐいが出現した。

 

俺はそれを即座に手を取り──ようやく露出状態から脱出することが出来た。

 

「はぁ……」

『お疲れ様』

 

本当に疲れたわ、無駄に。

あーでもこの手ぬぐいどうしよう。この状態でポケットにしまうわけにもいかないし……とりあえず乾くまで手に持って歩くしかないか。

 

さて、用も足したし進むか、と足を進めようとしたら、表示しっぱなしのメニューにコメントが流れた。

 

『しかし、そういった生理現象があるって事は急いで街とか探した方がいいな』

「ん、どうしてだ?」

『排泄があるってことは当然食べる方もしないといけないって事だろ、それに水も』

「あ……そうか」

 

普通に考えれば当然の事である。

そうか、食料と水を確保しないとヤバいのか。サバイバルじみて来たな……さっきのアイテム制作は見る限り素材の中に食料になりそうなものはなかったからアレで作るのは無理そうだし、だとしたら街かあるいは最低限人を探して譲ってもらうしかない。

 

「確かにそうなると急がないと不味いな。最悪メシは一日くらい食わなくてもどうとでもなるけど、水なしはしんどい」

『あー、それなんだけど。水は能力で作れるんじゃね? さっき表示した能力の中に《ウォータークリエイト》ってあったぞ』

「マジで?」

 

慌てて能力を獲得を開くと、頭からライト、クリアウォーター、ティンダーというのに続いて確かにウォータークリエイトという能力があった。そのアイコンを指すと、下枠に説明分らしきものが表示される。何々、"飲用可能な水を生成する"──ビンゴ!

 

「あーでも、MPが全然足りないわこれ」

 

一番安いライトとクリアウォーター、ティンダーが1000MP、その次に安いウォータークリエイトは3000MPかかる。それに対して俺の今のMPは20。お話になりませんわ。

 

『ここは俺たちにおねだりじゃね?』

『何か面白い事をしたらスパチャ投げてやんよ』

「面白い事っていってもなぁ」

 

現状手持ちが何もないし、能力的にもまだ何も覚えてないからそれを使った芸もできない。それに俺自身にトークスキルがあるわけでもないしなぁ。

 

『めちゃめちゃ媚媚で甘える態度で「お兄さんたち、スパチャお願いします」って上目遣いで言ってくれたら赤スパ投げるよ』

 

うわめっちゃ具体的な指定来た。



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能力獲得

 

「いや、それくらいなら出来るけど……お前ら忘れてないか? 今は声も変わってるけど中身は男だからな?」

『馬鹿野郎、だからいいんじゃないか!』

「怒られた!?」

『ああ、そっち方面の性癖をお持ちでしたか』

『最近流行の兆しがあるからねぇ』

『ああ、おにだめとか最近いろいろあるよな』

 

"お兄ちゃんはもうだめ"、通称おにだめ。先月まで放送していた主人公がTSして女子小学生になるアニメだ。俺もちらっと見た。そうか、俺今あのお兄ちゃんと似たような状況になっているのか……小学生にはなってないけど。

 

『で、どうする?』

「背に腹は代えられん。やる」

 

というか俺はやらないけどこの程度ならVRCでやってる知り合い何人もいるし、さすがに大した事ではない。それこそ脱げとかいわれるより余程いいだろう。アバターそのままだったら気にしないけど、さすがに生身になっていると考えると抵抗がある。あとBANが怖い。

 

俺は腰を落としてカメラに対して上目遣いになるようにして、それから両手を口の前で祈るように組み合わせ、出来るだけ甘えた声になるようにして口を開いた。

 

「お兄さんたち、スパチャお願いしますぅ」

 

……

 

……

 

「これでいいんだろ!」

『【10000円】ごちそうさまでした』

『【5000円】赤面代』

『【3000円】ヤバいちょっと目覚めそう』

 

なんか一気に来た! というか

 

「赤面代ってなんだよ」

『カメラ自分で見てみて』

 

……あ、ちょっとだけ顔が赤くなってる。この程度でかよ? そんなに今の俺恥ずかしさを感じてないぞ? 感じてないったら!

 

『よかったです』

「あ、はい」

 

えーと、この件はおいておいて。

しかしすげぇ一気にきたな。これまでにこんなスパチャ貰ったことなんて一度もないぞ。

まぁ今いるのみんな常連だし、ノリと今の俺の状況に同情してくれて投げてくれたんだけど。

でもマジ助かる。

 

「ありがとう、大事に使う」

『無駄遣いするんじゃありませんよ?』

「おかんか」

 

でもこのポイントは今の俺に関しては命綱になる可能性が高い。慎重に使わないとな。

 

ただせっかくなので、<<ウォータークリエイト>>だけは覚えてっと。使用方法は……使う呪文をイメージした上で口にすればいいのか。なんでだろう、何故だかわかるけどこれ呪文覚えた時のサービスか何かか。まぁいいや。

 

「えっと、<<ウォータークリエイト>>……うおっ!?」

 

呪文を唱えると、眼前に突然透明な球体が現れた。サイズは、ちょうどバケツ一杯くらい?

 

「これ……どうすれば?」

 

生まれた水はふわふわ浮いている。とりあえず、触ってみるか?

 

俺は恐る恐る指で球体に触れた瞬間──球体が破裂した。そして宙に浮いていた水が急に重力に引かれて地面に落ちた。

 

「おおっと」

 

跳ねてきたので慌てて飛び退る。うひゃぁ、ちょっと靴に掛かった。

 

『入れ物ないときつくない? これ』

「だなー」

 

コップでも作るか? と思ったが荷物になるし、水を飲むためだけにMP消費するのももったいない。下から手ですくうようにすれば、飲む分くらいは確保できるだろう。

 

ちなみに術を使った後にMPは減っていなかった。消費するのは取得するときで、使用にまで必要というわけではないようだ。これは助かった、使うたびに減るようだったら覚えても消費が怖くて使えないからな。

 

使った時にちょっとだけ力が抜けるような感じがしたので、恐らく体力かそれこそマネーではない方のMP的な何かを消費しているのだろう。なので無制限とはいかないが、飲み水確保くらいならなんとかなりそうだ。

 

……あー、あと手ぬぐい洗いたかったけど……まぁいいか。

 

 




作者用メモ

前回残MP:20
今回増減:
スパチャ 18000×0.7=12600
ウォータークリエイト取得 -3000
残MP:9620


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目的地発見

「良かった……街がある」

 

なんかいろいろぐだぐだした気もするが、再び歩き始めて。目標の小山を上り終えた所で見えた景色に、俺は安堵のため息を吐いた。

 

正直な所、ここに立つのが怖かった。ここから眺めて見える範囲に街か最低でも集落的な物が見えなかったら絶望しかなかったので。とりあえずは一安心といったところだ。

 

上った山を下ったその先に広がる平地にあるのでまだ距離があるが、この距離なら歩けば暗くなる前にはたどり着けるだろう。日の位置を確認していたが、先ほどより日の位置が高くなっているとはいえまだ頂点を超えている感じはないので昼前のハズだ。

 

お昼かぁ。……そろそろお腹すいてきたなぁ。朝食べてないから当然といえば当然だけど。

 

きゅー。

 

なんて思ってたらお腹がなった。

 

『可愛いお腹の音』

『そっか、何も食べてないもんな』

『今食べてるラーメンを分けてあげたい』

 

最後のお前、それ煽りか?

 

まぁ、いうて朝食・昼食抜きとかたまにやるしそこまでしんどい事にはならんだろう。晩飯まで抜きになるとさすがにきついが……街が見えた以上あそこまでいけば何か食べれると思うし。ありがたいことに先ほどもらったMPはまだ9620残っている。これを貨幣に変換すれば飯代くらいにはなるはずだ。……できれば宿代にもなってほしい。野宿はしたくない。ボロ屋でいいから屋根のある場所で寝たいなぁ。

 

そもそも野宿というかキャンプすらした事ない人間だし、正直この姿だと身の危険を感じすぎる。

 

昔VRCでVR睡眠していたら見知らぬおっさん姿のアバターにのしかかられていたという話を聞いた事あるけど、それをリアルに体験するのはさすがに嫌すぎる。というかリアルではのしかかられるだけでは済まない。

 

うん、とにかく向かおう。わからないことだらけなのもあるし、とにかく早い時間に街に着きたい。何もわからない状態で暗くなってから着くといろいろ苦労しそうだ。

 

『街に向かう道みたいなのがあるな』

『なんか、馬車? みたいなのも走ってる』

『良かったなカズサさん、実は人のいない廃墟とかそういうオチはなさそうだぞ』

「そんなオチになったらその場で倒れこんで立てなくなるわ」

 

ぱっと見見える範囲にはあの街しかないんだから、そんなことになったら絶望ってレベルじゃねーぞ。

 

確かに馬車っぽいのが街道を走っているのは見えるし、問題ないと思うが……

 

「……急いで向かおう」

『不安になっちゃったカズサさん可愛い』

「うるさいよ」

 

図星だけど。大丈夫だと思いつつ一抹の不安がな……早く街に辿り着いて安堵したい。まだそんなに時間たってないけど、それでも起きてから2時間前後は経過しているハズだし。

 

……あ。

 

「そういえば皆ずっと付き合ってくれてるけど、予定とか大丈夫?」

 

見ている感じ、最初の頃からコメントしていたメンバーが全員残っている。暇ならいいけど、予定とか入ってたら不味いのではと思いそう声をかけると、即座に反応が返って来た。

 

『僕は胸を張って言える。予定なんてないと』

『胸を張って言う事か?』

『ゲームする予定位だったから問題なしー』

『買い物行く予定だったけど、こっち気になりすぎて無理ですわ』

「日曜日なのに寂しい連中だなぁ」

 

まぁ俺も今日こんな事になってなかったら引きこもってモデリングするつもりだったので、人の事はいえないけど。

 

「でも、うん。さんきゅ」

『デレた』

『カズサがデレたぞ』

「デレてないが?」

 

わめきたてるコメントにそう返しつつ、でも自然に口元に笑みが浮かんでしまう。

 

街の方をうつすためにカメラ自分に向けてなくて良かったな、こんな表情見せたらまたからかわれるところだ。




作者用メモ

前回残MP:9620
今回増減:なし
残MP:9620


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ひとまずの安堵

「あー、すっきりした」

 

汗で結構べたべたになっていた体を濡れた布で拭った俺は、ジャケット以外を身に着けなおすとベッドに身を投げ出した。正直ちょっと固いけど、それでも疲れた体をきちんと受け止めてくれる。

 

本当は服……いや、最低限下着は変えたいんだけど、今の俺は着替えは一切持っていないので仕方ない。

 

今日はもう外に出ないから下着はつけなくてもいいかな、とも思ったけどまだ配信続けてるからな……へんな事故が怖いので一応つけておくことにした。

 

「よっ……と」

 

体を拭いている最中自分の姿が映らないように窓の外に向けていたカメラを、固定を解除して自分の方へ向けなおす。

 

『あ、よーやくカズサさん映った』

『どうしてカメラを他所に向けたんですか?』

「体拭くからだよ」

『なんで拭く姿を映さないんですか?』

 

がっつり脱いでたからだよ。

 

『というか、映像無しで衣擦れの音だけとか聞こえていると逆にドキドキしてくるんですが』

「冷静になれ。中身は俺だぞ? アバターの時にそんな反応見せなかっただろ、お前ら」

『あー、それだけど、カズサさんの見た目が変わった影響が大きいかも』

『わかるわかる』

「ん? どういうこと?」

 

俺の外見は確かに現実よりにちょっと変わっているものの、元のアバターがリアル傾向だったのもあって、そこまで大きく印象変わった感じはしてないんだけど。

 

『なんというかさ、自然な感じというか』

『アバターの時にはなかった自然な動きや表情の変化があるよな』

『後肉感というか、血が巡っているって感じがすごい。わかる?』

「……要約して言うと?」

『エロい』

「おい待てこら」

『冗談です。生きている感じがするってのが正しいかな』

『ああ、わかるわかる。そんな感じ』

『生命を感じるよな』

「成程?」

 

確かに。そう思い俺は自分の顔の前に手のひらを翳した。

 

アバターの無機質ではない、息づいている事を感じる肌。皮膚の向こう側にはうっすらと血管も見える。今の俺の体は間違いなく生きているものだ。ご飯も食べれるし、汗もかくし、排泄もするしな。データで構築されただけのアバターだったこの体がなんで生身になってるなんていうのは謎もいいところだけども、それを言い出したら今俺がこんな場所で寝ていること自体が謎だ。

 

『きれいなおてて』

『おい、おてて民がいるぞ』

 

おてて民とは?

 

まぁ謎の発言はおいておいて

 

「んで、その変化のせいで俺の事を見る目が変わっていると」

『Exactly』

『ぶっちゃけ生きた女の子にしか見えんしね』

『声も可愛くなっちゃったしなぁ。もはや男要素が無い』

『カズサさん顔出し配信もしてなかったしな』

 

あー、それも大きいか。配信は基本音声だけかアバター使ってたからな。

それで今は外見も音声も女そのものなんだから、そういう見方になるのもしょうがないか。

 

──どう見られていても、さして気にすることでもないけどな。

 

これで連中が目の前にいるんだったらいろいろ身の危険やらセクハラを感じたかもしれないが、よくも悪くも俺たちは配信でしかつながってないので。どうあがいたって直接何かすることはできない。まぁこの連中そもそもそんな奴等でもないと思うけど。

 

コメントで言われるくらいなら、別にどうだっていい……と思う。多分。言われて見ないとわからないところもあるけど。ただ、

 

「あー、まー、好きに見てくれ。変に女らしくしろとか押し付けてこなきゃどう見られたってかまわないし」

 

配信者をどう見るかは視聴者の自由だ。自分のイメージをこっちに押し付けてこなければな。

 

『つまりカズサちゃんと呼んでもいいってこと?』

「ちゃん……好きにしてくれ」

『こういう事して欲しいとかは駄目って事?(クレカを取り出しながら)』

「ぐっ……内容による」

『くくく……楽しくなってきたずぇ』

『悪い笑い方をしておる』

『生活費のために身売りするカズサさんカワイソス』

「身売り扱いするな」

 



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宿

 

いや100%否定はできないんだけど。真面目な話他の収入手段を見つけない限り頼らざるをえないからなぁ。ヤバげな要望を除いてやらざるをえないだろうな……。

 

『あ、すみません。そんな困った顔されると罪悪感がですね?』

「……そんな顔してた? 悪い、気にしないでくれ」

『ええと』

『そんな事より、こんな時間だし寝る前に今日分かった事整理しようぜ!』

 

微妙な空気になりかけた所で、一人が強引に話の流れを変えに来た。ナイスだぜ。

無茶な要望投げられまくるのも困るけど、変に遠慮したコメント欄になるのも困るからな。

 

『それにしても、宿取れて本当に良かったね』

 

そういやすごく今更な気がするが、俺は今街の宿屋の一室にいる。

 

小山の上から街を見かけた後、ひたすら数時間歩いてなんとか俺は日が暮れる前に街に辿り着くことが出来た。

 

その時点でさすがにグロッキーだったので人に聞いて宿を探し、食堂が併設されているこの宿に滑り込んだのだ。代金は小銀貨2枚。ようするに2000MPで思ったより安くて助かった。大銀貨1枚とか言われたら手持ちはたいても足りなかった。この額なら後3日は泊まれるので、ひとまずの猶予はできた感じだ。

 

『さすがに見知らぬ場所、というか世界で野宿とか怖いってレベルじゃないしな』

『しかもこの外見だからなぁ。そっちの世界の美的感覚が俺たちと大差なかったらヤバいっしょ』

『寝てる間にカズサさん襲われたら俺らトラウマってレベルじゃないぞ』

 

本当にな。

 

「本当に安心して寝れる場所が確保できて大感謝だよ。飯も味は悪くなかったし」

 

晩飯代込みで小銀貨2枚だったのは本当に助かる。出された食事は正直素材がなんだかわからないのが若干の恐怖ではあったが(パンと何かの肉、野菜スープだった)、味は若干薄かったものの美味しかったと思う。そもそもがっつり腹減ってたから大抵のものはうまく感じたかもしれないけど。

 

食事取って、風呂には入れないまでも汗を拭う事ができて、個室を確保することが出来た。マジで割とベストな状態を確保できたと思う。

 

それというのも

 

「言葉が通じて、助かったわ」

 

そう。この世界明らかに日本じゃないしなんなら地球でもない気がするんだけど、言葉は普通に日本語が通じた。まったく言葉が通じなくてボディランゲージだけでなんとかする事も視野にいれていた中、これはマジでありがたい。多分言葉通じなかったらスムーズに宿も見つけられていない。

 

『文字は全く見たことない奴だったのにな』

『ルーン文字に似ている気もしたけど、微妙に違ったのね』

『いやルーン文字だったら読めるのかよ』

『嗜みとして』

 

なんの嗜みだ。言語の研究者か何かなの?

 

『もしかしたら転生ものでよくある翻訳チートが発動しているのかもね』

「あー、成程」

 

物語だとよくあるよね、言語チート。俺にもそれが発動しているという方が納得できるな。まぁじゃあ配信見ている皆にもなんで通じるんだって気もするけど、俺の能力がそのまま適用されているのかもしれない。

 

こんな謎配信ができている時点でなんでもありだろ。

 

「でもどうせなら読む方も翻訳して欲しかったんだが」

『これからいろいろ調べなきゃならんのに、文字読めないのは不便だよな』

「うん」

 

今日の時点で街には着いたものの、疲れ果てていたのでほぼ宿に直行したので他の事は殆ど何もわかっていない。現時点で分かったのはとりあえずこの世界の住人の外見は俺達と変わりがないってところと、言葉が通じるくらいだけだ。殆ど何もわかってないに等しい。

 

これから何をしていくにしても、とにかく状況がわからないとどうにもならない。だから調べ物をしなくちゃいけないんだけど、言葉が通じるとはいえ文字が読めないといろいろ大変そうだ。そういう意味では早期の目標に文字を覚えるを組み込むべきかなぁ。

 




作者用メモ

前回残MP:9620
今回増減:
宿代 -2000
残MP:7620


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一夜明けて

 

「ふぁ……」

 

いろいろ考えていたら、欠伸が漏れた。そりゃ今日は一日殆ど歩き通しだったし仕方ない。それに状況もいろいろ謎な状態だったから精神的な疲れも大きい。

 

疲れているのにベッドに横になっちゃったのは不味かったかな。なんか一気に意識に霞がかかってくる。

 

『眠い?』

「正直ー……」

『今日はもう寝ちゃっていいんじゃない? この宿くらいの値段ならしばらくは時間猶予ができるだろうし、その状態で頭回らないでしょ』

 

あー、お言葉に甘えようかなー。でもその前に、

 

「あのさぁ」

 

俺はぽやぽやした意識の中、、頭に浮かんだ事をそのまま口にする。

 

「今日は本当にみんな、一日付き合ってくれてありがとうな。皆がいなかったら俺、今日ここまでたどり着けてなかったと思う。だからほんと、さんきゅー……な」

 

 

(コメント欄Only)

 

『寝ちゃった』

『そら疲れてるだろうからな、仕方ない』

『寝顔可愛すぎん? さっきのセリフと合わせて大天使なんだが。もう中身カズサさんでもいいわ、推しにします』

『てかカメラそのまま寝ちゃったな。思いっきり寝息入ってるけど』

『リアルタイム寝息ASMR配信きたこれ』

『俺この配信聞きながら寝るわ』

『むしろ俺朝までこの寝顔見てるわ』

『寝ろよ、明日月曜日だぞ』

『やめろ』

『俺有給とるわ。正直このままだと仕事手につかないし』

『在宅勤務なので仕事しながら配信見るの余裕です』

『羨ましい……俺も有給取るか。VRC上のフレでもあるし、手助けしたい。真面目にヤバい状況だと思うしな』

『明日会社で急に休みとった奴がいたらここのリスナーな可能性』

『詮索やめろ』

『俺ちょっと他に同じような事起きてねぇか確認してみるわ。今日ずっとここに張り付いてたから全然SNSとか追ってないし』

『あー、そーだなー。俺もVRCのフレに聞いてみるわ、ちょっと潜ってこよ』

『明日カズサさんと相談して、人が集まれる時間に集まって作戦会議が必要かね』

『おk』『はいよ』『りょ』

 

◇◆

 

「……んあ?」

 

光に照らされ目を覚ますと、目の前に美少女の姿があった。

 

……あ、いやこれカメラか。昨日あのまま寝ちゃったんだな。

 

一度大きく欠伸をしてから体を起こし周囲を見回すが、部屋は自分の部屋ではなく昨日寝た時の宿の部屋のままだし、体も胸が膨らんでいる女性の体のままだ。

 

実は目が覚めたらすべて夢でしたなんてことをちょっと期待していたが、残念ながらそんなことはないらしい。

 

日はもう上っていた。早朝って感じではないな、時間にすると10時くらいって感じだろうか。昨日寝たの大分早かったはずだから、えらく長い時間眠っていたらしい。それだけ疲れていたということか。

 

大分すっきりはしたけど、ちょっと体がバキバキする。ベッドが自分の物に比べて固かったからかな。後普通に足が痛いけどこっちは筋肉痛だろう。

 

そいや結局何も掛けないで寝ちゃったけどそんなに寒くなかったな。こっちはもう夏に近いのだろうか? 昨日はそこまで暑いって感じではなかったけど。

 

と、そこで頭がはっきりしてきて気づいた。俺の今の恰好、アバターに着せていた割と丈の長いスカートなんだけど、それが捲れあがっていた。さすがに下着露出するところまではいってないが、割と太腿の上のあたりまで露出してしまっている。

 

俺は念のためカメラを上に向けてから、スカートを元に戻す。そうか、こういうのも注意しないといけないのか。

 

カメラ自体は俺の胸から上だけ映ってるような状態だったので、配信に流れちゃったってことはないだろう。そこは安心だな。

 

というか、配信流しっぱなしで寝ちゃったのもアレだったな。切らないにしてもそれこそ外の光景を映す状態にしてから寝ればよかった。寝落ちしちゃったんだから仕方ないけど。

 

変な寝言いってなきゃいいんだが。……とりあえず、怖いけどコメント確認するかな。



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あれ? 増えてる?

でもその前に顔洗ってこよう。さすがにこの時点で配信誰か見てるとは思えないけど、万が一だれか見ていた場合寝起きの顔で配信出るのもどうかと思うし……いや思いっきり寝ている姿映していた時点でもう遅すぎるかもしれないけど。あ、トイレも済ましたいからカメラはここに固定しておかないとな。

 

朝食は確か別料金だっけ。……今日は時間ももう大分おそいっぽいし昼と一緒でいいかな、お金も節約しないといけないし。昨日宿代として2000MPを銀貨に変えたから、後は7620MPかぁ。

 

宿代+食費で考えると切りつめてもあと3日が限界。まぁもう少し支援はしてもらえるかもしれないけど、それを当てにしすぎるわけにもいかない。

 

とはいえ、今は頼れるのは皆のスパチャだ。もう少し支援してもらうためにも何か方法を考えないとなぁ。

 

……ま、何はともあれ起きた後の諸々を済ませた後だな。見た感じ当然だけど今コメント流れている気配はないし。……あれ? なんか人数が昨日より増えてない?

 

昨日は確か一日中多少増減したけど、20人前後ってところだった。いつもほぼ見に来てくれている常連だ。なのに今の視聴人数を見たら、42人と表示されている。なんで寝ている間に倍に増えてんの?

 

昨日見ててくれてた連中はそのまま開きっぱなしにしてくれてるんだろうけど、それ以外の増加理由はなんだよ。

42人なんてここ最近の常連が全員揃った人数より多いぞ?

 

『あ、カズサさん起きてる』

 

想定外の数字に困惑していると、視界の端でコメントが流れるのが見えた。

あれ、こんな時間から見てるやつがいるのか。……今日確か月曜日だよな?

 

「……おはよー」

『おはよー。よく眠れた?』

「んー……睡眠はきっちと取れたとおもうけど、体は完璧!って感じではないかな」

『あー、やっぱり』

「やっぱり?」

『結構寝苦しそうにしてたからねぇ、寝返りもうってたし』

「マジかー」

 

やっぱりベッドだよなぁ。とはいえ、当面はこのベッドで寝るしかないだろうしどうしようもない。まぁ何日か寝てればなれてくるだろ。

 

あー、それよりも。

 

「俺、寝言で変な事いってなかった?」

『言ってなかったと思うけど……あー、それより』

「それより?」

『口の横……よだれの跡ついている』

「!? 顔洗ってくる!」

 

そういや洗顔とトイレ行こうとしてたんだった!

 

◇◆

 

とりあえずトイレを済ませて顔を洗って。……先にカメラ固定しておいて良かったな。いろいろ焦ったのかトイレに駆け込んだ時カメラの事忘れてたから、危うくヤバい映像を配信してしまう所だった。

 

それから一度部屋に戻り、朝食を食べてくると断ってから一階の食堂で食事を済ませた。朝食一食160MP也。安くて助かる。

 

ちなみに食堂に来た時もカメラは固定したままにしておいた。どうやら配信画面とかカメラは他の人には見えないようなので、反応していると怪しい人になっちゃうので。それでなくても今俺が着ている服、明らかにこの街では浮いているから目立ち気味だからね。

 

マイクはカメラと連動しているみたいなので、カメラ置いてくると声も届かない。コメント欄は俺に自動追従しているけど、今は消していた。どうせ反応できないなら目にしない方がよい、気になっちゃうし。ご飯くらいゆっくり食べましょう。

 

そんなこんなで、俺が再び部屋で配信に戻ったのは30分くらいたった後だった。固定したままのカメラの前に座って「ただいま」と声を掛けると、即座にコメント欄が反応した。

 

『おかえりー』

『あ、カズサさんおはよー』

『おお……本当だ、動いてる』

『お化粧とかしないの? すっぴんでその外見とか凶悪すぎん?』

 

化粧とかんなもんしたことねぇよ──ではなく。

 

なんで人増えてんの? 平日のこんな時間に。

 

 




作者用メモ

前回残MP:7620
今回増減:
朝食代 -160
残MP:7460


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当面の生活費確保っ……!

確認すると視聴者数は変わってなかったんで、新しい人が来たわけではなさそう。ということは開いたまま放置してた人が戻って来たのか。

 

 

「君ら平日の昼間だよ? 仕事とか学校とか大丈夫なの?」

『有給とりました』

『講義さぼりました』

『現在無職です』

『夜勤!』

 

いいのかそれで……あ、三番目の人はごめん。

 

それにしても……何人か知らない名前の人が発言してるな。

 

「もしかして初見の方いらっしゃってる?」

『あ、俺初見でーす』

『僕も僕も』

 

やっぱり何人か初見の人がいるな。常連でコメントするメンツはほぼ名前覚えてるけど、記憶にない名前だしなー。でも、一体どういうルートでこの配信に? 起きている時に増えるのはまだしも、ただ寝ているだけに増えているのは意味不明なんよ。

 

そんな疑問を感じ取ったらしい。常連の一人がコメントして来た。

 

『あー、多分人が増えたの俺が原因』

「どゆこと?」

『昨日カズサさんが寝た後VRC潜って寝部屋でだらだらしつつ、中で配信流してたんよ。そしたら知り合いが集まってきてさ、中にはカズサさん知ってる人もいたから事情説明したんだ』

『そゆ事ですよー』

『ちょびっとだけだけどスパチャ支援もしておいたよ』

「え、マジ? ありがとう」

 

言われて確認してみると、確かにMPが増えていた。って21460!? すげぇ増えてる!

 

えっと、さっき飯代に160つかったから残MPは7460だったハズ。ってことは、14000も増えてるじゃん……7割で14000だから、20000円も投げられてる。マジか。

 

気になってコメント欄をさかのぼって確認したら、全部で7人も投げてくれていた。3000円が2人、2000円と1000円が一人、500円が二人。ウチ3000円は今は姿見えないけど名前を見る限りVRCのフレンドだった、マジありがたい。

 

ちなみにもう一人最高額を投げている人がいたが

 

『【10000円】寝姿も可愛らしい、最高だ』

 

というコメントで、常連だった。というか、昨日も俺に10000円投げてきたTS趣味の人だった。いやありがたいんだけど財布大丈夫か……?

 

あーでもマジで助かる。

 

「これで10日間は生活費が確保できたっ……」

 

食費を切り詰めればだけど。

 

『声音に心が入りすぎている』

『(´;ω;`)ウッ…』

『【5000円】これで美味しいもの食べて……』

 

うわまたスパチャ飛んできた! ってこいつも昨日投げてくれてた奴じゃん!

 

「あの、スパチャありがたいけどさ? 皆だって生活あるんだから無理しないでくれよ? 今貰ってるのでも当面の生活費になるから俺は大丈夫だぞ? どうしてもヤバかったらその時お願いするから……」

『先月はもっとでかい額Vに投げてたしへーきへーき』

『それは果たして平気なんだろうか?』

『【10000円】カズサさん元々人が良いイメージあったけど、美少女になった今は外見も相まって天使にしか見えないんだが?』

「ちょっと待って、なんでこの流れで赤スパ投げるの!?」

『どう考えても投げる流れだっただろうJK』

『俺たちは一時の感情とノリでスパチャを投げている』

 

いいのかそれで。後で後悔しないか?

 

『まぁそれはともかくとして。カズサさんこれで必要な物買ってよ。いろいろ足りてないでしょ』

「うん……ありがとう」

 

投げてもらったものを返すことはできないので、素直に感謝の意は示しておく。

 

『ちなみに、今一番欲しいものって何?』

「着替え」

 

これは断トツでそうだ。今持っている服は目覚めた時に来ていた服しかないので、今だって昨日と同じ服を着ている。昨日も汗かいたし本当は洗濯したいんだけど、着替えるものがないからどうしようもない。ここが自宅なら洗濯して干したら後は家の中でずっとじっとしているって選択肢も取れるかもしれないけど、ここは宿だ。部屋を一歩出れば他の宿泊客や宿の従業員に会う可能性があるからそういうわけにはいかない。

 

 




作者用メモ

前回残MP:7460
今回増減:
スパチャ 35000×0.7=24500
残MP:31960


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衣食住の確保

『あー、確かにないと困るなそれ』

『え、もしかして下着とかも替えないの?』

「ないよ、今俺が持ってるものって今着てる服とジャケット、それに昨日作ったハンカチだけ」

 

ちなみにそのハンカチだけは、さすがに洗濯して窓の所に干してある。

 

『となると、昨日のパンツをそのまま穿いているのか……ゴクリ』

『変質者かな?』

『というかセクハラでは?』

「あー、別にいいよ、事実だし」

 

外見上はそうであっても中身は成人男性だ、別に繊細な女の子ってわけじゃないし多少の下品な発言くらいは気にしない。

 

「とにかく、服は最低限だな。それ以外は……」

 

住むところはしばらくこの宿屋を使うと仮定して、食もこの宿屋併設の食堂でなんとかなる。なので服を確保できれば、衣食住はとりあえずなんとかなったことになる。

 

現代社会で必需品となっている家電製品はそもそもこっちにはない可能性が高いから(昨日ちらっと見た限り、明らかにファンタジーっぽい街並みだった)ぱっと思い浮かぶこともない。

 

「……とりあえず状況確認してからかな」

 

まだこの世界の事が殆どわかっていないから、何が必要になるかもわからない。思い付きで適当なもの買っていざ必要な時にMP足りませんだったら話にならないから、不要な買い物は慎むべきだ。必要を感じたら随時購入すればいいだろう。

 

俺はすくっとベッドから立ち上がる。

 

「とにかく、服も買わないといけないし、今日はひとまず街に出て情報を集めるよ。とにかくこの世界の事がわからないとどうにも動きづらいし」

『そうだな』

『あ、でもその場合出来るだけ人の少ない所にはいかない方がいいかも』

「ん、なんで?」

『今の外見忘れないで』

『それにこれまで見た感じ、今カズサさんの着てる服多分上質っぽく見えてると思うんだよね。だから強盗とか気を付けないと』

「あー……そだな」

 

昨日は殆ど人自体にあっていないのもあってか危機感がたりてなかったけど、今の自分の外見を考えると狙われてもおかしくないか。それにこの世界は日本じゃないんだ、治安のレベルがどの程度かもわからないしちょっとでも危険そうな所には近寄らない方がいいな。

 

どうせ現時点では何もわかってないんだ、まずは安全に集められる情報だけでも、今日は充分だろう。

 

「わかった気を付ける」

『服を買い終わったら、最近この辺に来たばっかりっていって宿の人に聞いてみるといいかもね。ちょっとチップつければ教えてくれるでしょ』

「ああ、それがいいな」

 

コメント欄からの提案に頷いて見せてから、俺は立ち上がってハンカチを取る。一応持って行っていった方がいいだろう……そういや、これはまぁポケットに入れればいいけど、着替えを持ち運ぶのとかにバッグは必要になるな。それにお財布も……その都度必要分を換金するのもあれだし。あー、こうやってどんどん必要なものが出てくるんだな。

 

まぁ今はおかげさまで3万超えのMPがあるからそれくらいは大丈夫なはず……

 

『あ、それとカズサさん』

「ん、何?」

『情報集まったら、今日の夜作戦会議しましょうぜ』

「作戦会議って?」

『これからカズサさんがどうしていけばいいかって相談。昨日の連中も集まってくるし、みんなで知恵を出し合おう』

「お前ら……」

 

そこまで親身になってくれるのか。本当にいいリスナーを持ったよ、俺は。

 

「わかった。こっちは時間はいつでもいいよ、どうせ夜は何もすることないだろうし、コメント欄から声かけてもらえれば反応するから」

『了解ー』

「それじゃ出かけようか。カメラは前回と一緒でいい?」

『うん、安全を考えて後ろ映しておこう』

「おっけ、頼りにしてるよ」

 

さて、それじゃ街に繰り出そうか。

 



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希少素材

『こんばんはー……あれ、作業中?』

『今モデリング中』

「あ、いや、今ひと段落ついた。大丈夫」

 

視線の端でコメントが流れたのを見て、俺はモデリングツールから目を離して前傾姿勢になっていた体を起こした。んー……胸にバラストがあるせいか、いつもより肩が凝った気がする。気のせいかもしれないけど。

 

『何モデリングしてたの?』

「下着」

『……あれ? 今日買いに行ったんじゃなかったっけ?』

「あー、服は買ったんだけどな」

 

3着ほど購入した。2着は外着で、1着は寝間着兼用の部屋着としてだ。値段的にもう少し買っても良かったんだけど、この宿が仮宿な以上あまり荷物増やすのも良くないと思ってそれだけにした。これでこの世界の服のサンプルは手に入れたわけだし、場合によってはモデリングしてもいいわけなので。ちなみに本当はズボンも買いたかったけど、皆の勧めで買ったのは地味なワンピースとブラウスにロングスカートである。

 

これは皆が俺にスカートを穿かせたがった……というわけでは(多分)なく、この街の住人を見る限り女性でパンツルックな人間は殆どいなかったためだ。こういう規模の大きくない街では、状況が見えていない間はあまり目立たない方がいいだろうと何人かに言われ、その意見に俺も納得したので従った。

 

後部屋着も配信に映る事を考えてダボっとしたものではあるが、外に来て行ける奴だ。

 

他にもリュックのような背負い袋と腰に下げるタイプの小物袋、それに財布を購入。全部ひっくるめて値段交渉の上小銀貨7枚となった──しめて7000MP也。

 

単純な現代日本に比べると恐らくこっちのが物価は安いけど、それでも今の全財産の4分の1近くなるので払う時ちょっとドキドキしたのは内緒だ。

 

ただ、今説明したラインナップの通り

 

「下着は買わなかったんだよ」

『なんで?』

『カズサちゃん好みの可愛い下着がなかったんだよ』

「違ぇよ、馬鹿」

 

勿論そんな理由ではない。

 

「紐で縛る奴しかなかったんだよ」

『え、紐パン?』

『それと褌っぽいつくりの奴な』

『あー、ゴムないから?』

「いや、ゴムはあるらしいぞ? ただそういった下着はくっそ高級品でしかないらしい」

 

要するに貴族とか富裕層向けだそうだ。なんで、平民向けの衣料品店にはそもそも実物がなかった。

あとそもそも今俺が穿いているパンツにはゴム使われてるしな。それでこの世界にゴムがないとなると俺のパンツがオーパーツになってしまう。

 

別に俺は中世にタイムスリップしたわけではないだろうし、何があるかないかは実際調べていかないとわからんな。

 

「というわけで自作する事にした」

『紐パンで良くない? 見せるもんでもないわけだし』

『ほどけないか不安になるんだそうだ』

 

……だって、そういうのこれまで身に着けたこと当然ないじゃん。結んでも動き回ってたら解けるかもしれないじゃん。ほら靴紐ってすぐ解けるし。

 

「というわけで、モデリング完了! 後は素材選択してテクスチャ塗って終わり! ……ってあれ?」

 

マテリアルの素材メニューを選んで、ゴムを選択しようとしたら……選択できない。なんでなんで? 

あ……。

 

『どしたの?』

「……ゴム指定できない。ゴムだけで必要MP25000掛かる」

 

クソ高ぇ! 25000もあれば今の俺には10日分以上の生活費だぞ!?

 

『あー、これアレか。そっちの世界の希少度に合わせて消費MPの設定がかかってんのか』

『ゴム希少すぎワロタ』

『で、どーする? 足りない分投げようか?』

 

コメント欄の優しい書き込みに、俺は首を振った。

 

さすがに下着一着ではきついから複数作る必要があるし、パンツだけじゃなくて上も必要だ。それだけ作るといくらかかるかわからない。少なくともパンツ2着作るだけで20日分の生活費がある訳で。

 

「アシタヒモパンカッテキマス」

『なんか片言になってるけど平気?』

「ダイジョブ」

 

まぁきっちり縛ってれば大丈夫だろ、大丈夫。それに激しい動きをする予定があったら、その時は今穿いてる奴を使えばいい。うん、よし諦めた。




作者用メモ

前回残MP:31960
今回増減:
洋服代 -7000
残MP:24960


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横着できませんでした

『そういえばブラの方は?』

 

ああ、そうだ。そっちはどうだろう? 素材は……コットンでいいか。化学繊維とか当然ないし、シルクはちらっと確認したけど明らかに値段張るし。コットンは亜麻や麻よりも高いけど、そこまでではないようだ。

 

「1500MP……」

 

素材の設定をした結果必要となった値は、それほど大きな値にはならなかった。

 

「ホックとか一部の部分を金属設定にしたから、もうちょっとするかなと思ったけど」

『あれじゃん? 消費MPの基準って、あくまで素材分だけであって加工費は関係してないんじゃない?』

「ああ成程」

 

金属にあんな小さな加工をするのは手間がかかりそうだけど、素材料でいえば極わずかだから少額で済むのか。

 

『それにしてもカズサさん、よくそうポンポン作れるね。構造とかサイズとか詳しいの?』

「いや、手元にサンプルがあるからな。それをサンプルにしただけだよ」

『あー、成程』

『朗報 カズサさん今ノーブラ』

「おい待てこら」

 

事実だけどさ!

 

『ヤバい、そういわれるといろいろ気になってきてしまった』

『やめないか!』

 

別に薄手のシャツとかじゃなくて、元々この世界に来た時来ていたしっかりした服を着ているのでノーブラで目立ってるってことはないんだが……そう口(コメントだが)に出して言われるとちょっと気になっちゃうじゃねぇか。向こうの姿は見えないから視線を感じる事はないけど。

 

お前らそういうの女性配信者には間違ってもするんじゃねーぞー。まぁ中身が俺だから気易く下ネタに走ってるんだろうけどさ。

 

……とりあえず、とっとと下だけでも着けるか。

 

カメラは固定してあるので、そのカメラの裏側に回ってと。

 

……

 

ごそごそやってからカメラの前に戻る。

 

『何してたの?』

「秘密。ところで、2枚ほどブラ作っていい、です、か」

 

とりあえず元のを含めて3枚あればなんとかなるだろう。こっちはもうモデリング済みだから必要に応じて量産可能だし、必要になれば増やせばいい。

 

なので、2枚。3000MP。それに使用するポイントはスパチャで貰ったもので、自分のものという感覚が薄いため、つい聞いてしまった(服買う時もこれ買っていいかな?って聞いちゃったし)。変に無駄遣いしてそんな使い方してるようだったらもう投げないといわれたら死活問題だし。

 

果たして、その質問に対する皆の回答は──?

 

『必需品だろうし問題ないでしょ』

『3000位なら全然いいんじゃない』

『むしろ2枚でいいの?』

『おっけー』

 

許可が出ました。なので"現実にエクスポート"を指定すると、ベッドの上にぱさりと布切れが一つ落ちる。

 

この時点ではただの布切れでしかないわけだが、配信画面に映ってるのを放置もアレだと思うのでとっとと回収してもう一枚、っと。

 

前回ハンカチを作った時に解ったけど、エクスポートするとそのデータが消えるんだよね。だから直前でバックアップを取っておいた。なのでそれをロードして──

 

「あれ?」

『どしたの?』

「バックアップがない……うわマジか、元データも連動して消えるのか嫌がらせかよ」

 

バックアップ取れたからいくらでも複製し放題と思ってたんだけど……これ編集ポイントを残してロールバックできるってだけか。んでエクスポートしたらそのその復元ポイントもまとめて消えるとか質が悪い。

 

「……しゃーない、もう一枚作るか」

 

さっき作ったのとほぼ同じに作ればいいんだし、そんなに時間はかからんだろ。

 

俺はため息を吐いて、再びモデリングツールに手を付ける。明日にする事も考えたけど、造形がきっちり頭に入っているウチにやっちゃた方がいいよな。

 

「というわけで悪いけどもう一回作業入りまーす」

『オーケーオーケー』

『頑張ってね』

『ところでわたくし一つ思ったのですが』

 

ん?

 

『今わたくし達、美少女が自分の身に着ける下着をノーブラでモデリングしている姿を見せられているわけですが、これすごい事じゃね?』

「冷静に状況を文章にするのやめて頂けますかね?」




作者用メモ

前回残MP:24960
今回増減:
下着代 -1500
残MP:23460


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作戦会議①

それからしばらくして、追加で作成したブラをもう一枚エクスポートした。うん、今日はもうこれ以上モデリングはしたくない。せめてテクスチャくらい流用させてくれ。

 

ともかく、これでパンツ以外の着替えは準備できた。明日朝そうそうに今日の服屋にパンツ買いに行って、戻ってきたら洗濯かな。有料で洗うサービスもあるらしいから、値段次第では利用してもいいかもしれないけど。

 

とりあえずブラは……後で寝間着用の服に着替える時に着ければいいか。

 

というか女の子って普段寝る時下着ってどうしてるんだろ? 付けたまま寝てるの?

 

まぁいいや、朝方寝ぼけて事故るのも嫌だしつけて寝よう。

 

『ところで今の流れでちょっとワタクシ閃いた事があるんですが』

『いきなりなんだよ』

『下着の話の流れで閃いたって事は通報案件か?』

『違うって、カズサさんの将来に関する提案よ』

『やはり通報案件では?』

『だから違う。後で作戦会議の時に話そう』

「ああ、そういえば夜に作戦会議するっていってたっけ。いつやる? 俺は今夜のうちにやりたい事はこれで終わったから、いつでもいいけど」

 

食事も食べ終わったし、後は着替えて寝るだけだ。こっちにはネットもテレビもゲームもないから、時間をつぶす手段もないしな。本はまだ読めないし。

 

「今そっち何時なの?」

『夜10時になるちょっと前かな』

『あー、良い頃合いか。結構発言も増えて来たしな?』

『始めるか』

『せやな』

 

緩い開始だな。

 

というわけで、"作戦会議"が始まったわけだけれども。

 

「作戦会議って何の話するの?」

 

仰々しい言い方だけれども。

 

『主にMPに関する事だなー』

『MPの集め方と、MPの使い道だろうな』

『カズサさんの生命線って完全にMP頼りになるもんね』

「そうだな」

 

異世界っぽい能力を覚えるにしても、何か作るにしても、そして単純に生活費に関しても今は完全にMP便りだ。今朝には3万を超えていたMPも、必要なものをいくつか購入して今日の宿賃を払っただけですでに2万を切った。あっさりと10日分の生活費ラインをきってしまって、ちょっと不安もある。

 

『どっちから話す?』

『集め方の方からだろ。そっちの期待値によって、今後の使い方の方針も変わるだろうし』

「となると、どうやって視聴者を増やすかって事だよな……」

『せやね、今の面子だけでカズサさんを支えていくのはさすがに無理がある』

 

すでに4万超えという過去のトータルを大きく超えた額のスパチャを投げて貰っている。それだけでも非常にありがたいのは確かだけど、現状を見るとこのMPは生活に回すのが精いっぱいで能力獲得に回す余裕があまりないのが実情だ。

 

「こっちで普通に生活費を稼げればいいんだけれど」

『まだ殆どこっちの世界の事がわかってない時点で、それは難しいんじゃない?』

『そういや、今日街に出たんだよね? 分かった事はある?』

「ああ、まずそっから説明しようか」

 

それから俺は、昼も配信を見ていた面子にフォローしてもらいつつ、今日分かった事をかいつまんで説明した。

 

今俺がいるこの場所はシーアークという大陸で、アストラ王国の辺境に位置するグリッドという街だという事。魔法は普通に身近なものとして存在していて、俺がMPで覚えれる魔術のウチ初歩的なものは全員ではないにしろこの街でも普通に使える人が結構いる事。人種は人型が基本だが、獣人ぽいのや、エルフっぽい種族も存在していること。この周辺は大丈夫だが、場所によっては街道近くでも怪物や獣、野盗が出現する可能性もあるから、貴女みたいな可愛らしい子が一人旅は危ないよと忠告されたりした。

 

他にもこの地方の事とか、王都の事とか色々細かい事も教えてもらったが、大きくはこんな所だ。

 

 

 




ルーキー日刊ランキングで一時的とはいえ2位を頂きました、本当にありがとうございます。
二度とない事だと思ったので思わずスクショしてしまいました。

作者用メモ

前回残MP:23460
今回増減:
下着代 -1500
宿代 -2000
残MP:19960


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作成会議②

 

『完全にファンタジー世界ですね』

『まぁMPで取得できる能力のラインナップ見た時点で予想はしてたけど。魔法的なものばっかりだったし』

『エルフとか獣人いたのか。生亜人は是非見たかったけど……まぁこの先見れるか』

「そこまでレアな存在じゃないっぽいからすぐに見れると思うよ。後物価だけど、消耗品とかを見る限りではMP換算だと現代日本の3分の1くらいじゃないのかなって思う。物によってぶれるから一概には言えないけど」

 

地方によって勿論相場は違うらしいけど、少なくともこの辺りは大体こんな物価だそうだ。

 

『こっちと物価イコールとかそっちの方が高くなくて助かったね。そのくらいの額だったらなんとか今の視聴者数でも支えていける……?』

『行けるだろうけど、そうするとずっと最低限でやっていく事にならない? じり貧だよ』

『俺はカズサさん推しと決めたから支援継続するけど、全員が継続的にやっていけるかと言ったら無理があるだろ』

「だよな」

 

配信者を見るも見ないも視聴者の自由だ。他に気になるものが出ればそっちに流れるだろうし、生活環境が変わってみなくなることもなるだろう。普通の配信者をやっているときは普通にそれも仕方ないねと去る者は追わずのスタンスだったけど、こっちで安定した収入を得る手段を得ない限りは死活問題になる。とはいえ離れていく人間は止められないから、全体としての数を増やすしかない。

 

「結局視聴者増やすしかどうにもならないって事だな」

『そういうオチになるね。というわけで話が戻るけど、どうやって増やしていこうかって事になるんだけど』

『美少女になってる訳だし、エロ配信すれば一気に増えるのでは?』

『垢BANされたらどうするんだ。あわつべ割とエロに厳しいぞ』

『こんな謎の状態で配信してるのに、垢BANなんてされるかね』

『真面目な話、それお勧めできない。実は俺今日カズサさんと類似した状況になってる奴いないか調べたんだけど、それっぽいのが二人程居たんだよね』

「嘘、マジで!?」

 

俺以外にもこっちの世界に来ている奴がいるって事!? だとしたら直接はやり取りは無理でも視聴者経由で協力できるんじゃぁ……!

 

『ちなみにその二人、一人は胸やら局部出してエロ配信した結果アカウント停止。その後はまったく音沙汰がない』

「……」

『うわぁ……』

『普通に垢BANされるのね……』

「……エロ配信は無しで」

 

アカウント停止がなければ胸くらいは出したって構わないかもしれないけど、停止されるならその選択肢は絶対なしだ。今アカウント停止されたら俺は終わる。どのラインで停止されるかわからないので、ギリギリのラインを攻めるのも無理だろう。

 

『あともう一人の方は?』

『ゲームの世界と思ったのかそこいらの木を拾って歩いている人間襲った結果、駆けつけた衛兵に切りつけられて悲鳴と共に画面ブラックアウト、以降音沙汰無し』

『アカン』

『カズサさんは慎重派で良かったね』

 

全くだよ。

 

『とりあえずエロ配信とか、リスクの高い事をする配信は無しだね』

『まぁ今のカズサさんめっちゃ可愛いし、普通に宣伝すれば人集まってくるんじゃない?』

『そこまで甘くはいかないだろ。今のカズサさんの状況だとやれる事が限られてるから、一見さんはきてもスパチャ投げてくれる人がどれだけいるかは未知数だ』

「ゲーム配信とか同時視聴とか、そういったあわつべでよくある事はできないしな」

『カズサさん声も可愛くなってるし、歌配信とかは?』

「音源がないし、俺別に歌上手くないからアカペラだとしんどいと思う」

『ロケーションがファンタジー世界なんだし、普通に街散歩とか……』

『今日一日俺配信見てたけど、そうずっと使えるコンテンツじゃないと思う』

 

……なかなかに難しいな。



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カズサちゃん育成プロジェクト

せめて最初からいろいろ魔法が使えれば、その魔法を使っていろいろ芸を見せることもできたかもしれないけど、その魔法を覚えるためにそもそもMPがいるしな。今私が使える魔法って、水出す魔法だけなのでどうにもならん。

 

「なんか異世界でも出来る企画を考えないとか」

『そうだねー。例えばキャンプ配信とかはできると思うけど』

「キャンプ配信?」

『配信じゃないけど、割とキャンプ動画は人気あるよ。異世界でのいろんな光景を背景にしてキャンプすれば割と見てくれる人多いんじゃないかな』

『後はエロ配信じゃないにしても、割と胸を強調した格好にすれば結構ファンは付く気がする』

『それに異世界の生物を観察するのも合わせれば、悪くはないかもしれないな』

 

確かに。キャンプはした事ないけど、すでに覚えている<<ウォータークリエイト>>や発火、ライトの魔法とかキャンプに役立ちそうな魔法もある。

 

胸は……やっぱり女の子なら胸か、そこが重要か。そういった箇所を強調する服はこちらの街中で着るならまだしも配信に映るだけなら別に気にならないから構わないっちゃ構わないが。ただそもそもそれを用意するのに金がかかるしなー。

 

んー。まぁ総じてやれそうではあるけど、

 

『ただ安全性がな。さっき聞いた通り怪物とか獣とかでるんでしょ? 身を護る魔法覚えないと無理じゃない?』

『街のすぐ側での野宿はそれはそれで危険性があるしなぁ』

「そうなるよね。となると将来的な企画としてはありだけど、現時点では無理か」

『駄目かー。他にいい案は誰かある?』

『……』

『……』

 

おいコメントが止まったぞ。キャンプ以外にネタがないのか。尚俺は何も浮かんでこない……参考に別のチャンネル漁るとかできないしさー!

 

『そいやさっき閃いた奴はどうした?』

『あ、話していい?』

「なかなかいい案が浮かばないし、お願いするよ」

『りょ。じゃあまずおれの案のタイトルから発表しよう』

「タイトル?」

『うむ。その名も"カズサちゃん育成プロジェクト"』

『通報しました』

『通報しました』

『通報しました』

「俺の場合はどこに通報すればいいんだ?」

『まってまってまって、そういうアレじゃないの話を聞いて?』

 

そういわれても、自分を育成するという計画を出されて俺はどう反応すればいいんだ。

そもそも何を育成するんだよ、と思いつつ彼の次のコメントを待つ。

 

『このセリフだけでやましい想像をする連中はギャルゲとかのやりすぎだ。えっと今から内容を話すぞ』

 

『もったい付けずにはよ』

『まず俺が思うに、今のカズサさんの売りって二つあると思うんよ?』

 

売り?

 

『一つは外見。間違いなく今のカズサさんは美少女だからな。そしてもう一つの売りは──配信時間だと思うんだよ。どんな配信者だって、毎日一日中ずっと配信なんかしてないだろ?』

「まぁ仕事とかプライベートの付き合いとかあるだろうしな」

 

職業配信者にしたって、一日限定とかならまだしもずっと配信はしてられないだろう。今の俺みたいに固定しなければ自動追尾してくるカメラなんてものも存在していないんだし。

 

『配信を見に行けばいつでも会える美少女』

「わかってると思うけど、着替えとかトイレとかの時はカメラ他所に向けるからな?」

『……配信を見に行けばだいたいいつも会える美少女ってのは売りになると思うんだ』

 

まぁ確かに現時点で配信はずっと流しっぱなしだし、今の俺にはプライベートでやりたい事もない。勿論誰の目も気にせずのんびりしたい気持ちもあるが、今はそれより収入につながる配信の方が優先される。なにせ生活というか下手すれば命がかかっている。こっちの世界には頼れる友人や親戚もいないので。

 

あ、でも

 

「寝てるときも配信するの?」

『むしろそれは必須でしょう』

『配信を流しっぱなしにすることで推しと一緒に寝れるのってでかいよな』

『大丈夫、ヨダレを垂らしたカズサさんも可愛かったよ♡』

「あ、おいお前ちょっと!」

 

余計な事言うな!

……あーもー、何それ知らないとかコメント欄が荒ぶっちゃったじゃないか。

 



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視聴者参加型

 

涎の件はこれからいくらでも見れるという事で、荒ぶったコメント欄は落ち着いた。いや、昨日はくっそ疲れてたからで、この体になる前からを含めても普段は俺寝ながらヨダレ垂らしたりしてないからな?

 

『とにかく睡眠時にカメラ背けるのはアウトで』

「……音声だけミュートにするのは?」

『駄目です』

『むしろ音声が重要です』

 

あ、そっすか。

 

「……妙な寝言は聞き逃してくれな?」

 

俺は基本鼾は書かないハズなので、気になるのはそれくらいだ。寝相も悪くないからカメラの角度をちゃんとしておけば事故って変な事映すこともないだろうし。寝てる姿は映るけど、体起こしたら映らなくなるような状態で固定しておけば安全のはず。

 

それにしても実質365日24時間配信かぁ……ぶっちゃけそんなの街とかの定点カメラのライブ配信くらいしかやってないだろうし、確かに売りになるかもしれない。

 

「あ、でも常時配信は解ったけど、"育成計画"ってのはどこに掛かるんだ?」

 

この内容だと"育成"ではなく"観察"という言葉がふさわしい気がするけど。

 

『ああ、それに関しては単純だ。カズサさんがすることや買うものを決めるのに、リスナーに相談して決めるんだよ』

『えっと、スパチャを投げてもらった人の言う事を聞くっていうこと?』

『いやそこまで露骨だといろいろ荒れる要因になるだろうし、何より赤スパ投げた人が面倒な希望を出してきたときにも出来るだけ聞かなくちゃいけなくなる。なので基本スタンスはあくまでスパチャ関係なしに相談して、その方針をみんなで決めるスタンスがいいと思う。ただ人が増えてきた場合、発言してもなかなか発言者には届かない。その場合……どうするか分かるだろ?』

『スパ投げればコメント目立ちますね』

『あー、分かったぞ。視聴者の選択でキャラの運命が決まる参加型ゲームみたいな形にするのか』

「視聴者参加型って?」

『メールとかアプリを利用とかであったけど、ようは選択肢を掲示してその選択肢を視聴者に投票してもらう。その結果によってキャラが行動していくんだ』

『実際は人気投票形式にはしないで、あくまでカズサさんがそれを見て行動の指針にするレベルになると思うけどね』

『こういった形式の遊びが好きなのは一定層いそうだし、ありじゃないか?』

「成程ね、それで育成か」

 

確かに育成ゲームっぽいかも。その育成対象が自分なのはなんとももにゅもにゅするが。

 

「というかふと思ったんだけど、この案って今やってる事だよね?」

『YES、その通りだ』

 

こっちに来てからの俺はずっと配信を続けているし、行動する時とか買い物する時も必要に応じてコメント欄の皆に相談している。そう考えればこの案は、あまり肩肘張らずにやれるかもしれない。

 

『基本ベースはこの案にして、後はさっき出たキャンプ企画とか、いろんな事を随時やっていけばいいかなって俺は思ったんだけど。それこそやって欲しい事を募集してもいいし』

『カズサさん、どうする?』

「やる」

 

俺は即答した。

 

この内容なら事前の準備はいらないし、途中で軌道修正も容易だ。常時見られるのがどうしても負担と感じるようだったら一日の間のどこかとか、水曜日だけお休みするとかそういった相談をすればいいだろう。

 

『これで涎カズサさんが見れるのが確定した』

『毎日寝てるカズサさんを見続けるつもりか?』

『誰かキャプって切り抜きあげてくださいよろしくお願いします』

「そもそも流さないっての」

『んで、これでどうする? SNSで宣伝してくる?』

『あ、待て待て、もうちょっと細部を詰めてからの方がいい』

 

その後、コメント欄の皆と議論を重ねた結果、次の内容が決定した。



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方針決定

とりあえずとして決まった方針は次の通りだ。

 

①チャンネル名を「TS少女育成計画」に変更

 

俺のチャンネル名は元々"カズサのゲームチャンネル"という何の捻りもないものだったんだけど、今後ゲームなんてやりようがないし、何より引きが弱すぎるという事で変更となった。

 

ちなみにTSと名打ったのは、男の時の配信が残っているため。そっちを削除してっていうのも考えたんだけど、元の配信者が男なのはどこかでばれるだろうし、だったら最初からそう名乗って売りにした方がいいという事になった。

 

②チャンネル説明には事実を明記する。

 

変にごまかした内容にはせずに、今回俺の身に起きた事実を包み隠さず書くことにした。ただし話としては荒唐無稽なのは明らかだし、当然大半の人間は信じないのは解っているので説明の最後に「※信じるか信じないかは貴方次第です」というどっかで聞いた事のあるフレーズを書くことにした。

 

③本格的に開始する前にルールは明確に記述することにした。

 

後付けのルールだしはトラブルの元なので、出来るだけ事前にルールを明記することにした。トイレ、風呂とかは映さないとかその辺りね。この辺は開始までに順次更新していく。

 

④モデレーターを設定する。

 

常連しかほぼこないウチには必要ないから設定していなかったけど、今後少なくとも外見に引かれてそれなりに人が来るのは間違いないということで常連の中から視聴頻度が高い面子を何人かモデレーターに設定した。

 

⑤大規模な宣伝はもうちょっとしてからにする。

 

まだ状況がいろいろつかみ切れていない中で大規模な宣伝はやめた方がいいというのもあり、数日は宣伝しないで様子を見る事にした。ただし今の面子だと拡散力がなさすぎるという事で、主に俺のVRC関連の知り合いには広めてもらう事になった。知り合いの中にはそこそこフォロワーもいる絵描きさんとかもいるしね。

 

とまぁ、こんな感じである。

 

「つっ……かれたぁ!」

 

ひとまずの相談が終わり、俺はベッドの上に腰かけていた体を後ろに倒した。こっち時計がないから具体的な時間はわからないけど、間違いなく1時間は話してたと思う。昨日は体が疲れまくったけど、今日は脳が疲れまくりだ。

 

『おいおいカズサさん、まだ第一部が終わっただけだぜ』

「第二部ってなんだっけ」

『MPの使い道について』

 

あー。

 

俺はベッドの上で体の向きを変えると、カメラに横たわった姿のまま少々甘え声になるように意識して口を開く。

 

「……ちょっとだけ休憩しよ? 15分くらいでいいからさ。……ね、お願い?」

『その外見と声でそれは卑怯だと思うなぁ』

 

成程、今後はこういった感じでうまくやって行けばいいのか。美少女は特だなぁ。

 

◇◆

 

その後きっちり15分休憩してから、作戦会議を再開した。

 

「とりあえず、取得できる能力の一覧を表示するよ」

 

"能力を獲得"のアイコンを選択すると、大量の能力のリストが表示される。

 

「そういえば、これどれくらいあるんだろ?」

 

最初の頃に見た時は、上の方にある能力しか見てなかったけど。スクロールバー見る限りかなりありそうなんだよね。

 

俺はスクロールバーに触れて、一気に下へとスクロールさせていく。

 

「……うわ、めっちゃある」

 

間違いなく100では利かない、大量の能力の一覧があった。全部見るのは骨だな……とりあえず当面は獲得無理そうなMPが設定されているのは無視しよう。100万MP超えてる奴とか未来永劫取れる気がしないし。

 

「……って、あれ?」

 

ずっと下の方へ持ってくると、そもそも名前が表示されていない能力があった。アイコンに触れてみても、説明もでてこないし、必要MPも表示されていない。

 

 

「なんだろこれ?」

 



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神魔法を見つけました

メニューを指さしてそう口にすると、コメント欄のみんなが次々に予想を書き込んで来た。

 

『ロックされてる? 何かの条件達成でアンロックされるのかな?』

『ボス倒すとか?』

『或いは前提スキルを獲得するとかかね』

「……何にしろ今気にしてもしょうがなさそうだな」

 

ざっと見た感じ別段必要MP順に並んでみるわけでもなさそうだけど、やはり下の方はその非表示系を除いても高レベル帯っぽくて、当面とれそうな感じにはないかな。普通に上の方だけチェックしよう。全部チェックしてると夜が明けそうだし……というか今それでなくても覚えなくちゃいけないことあるのに、そんなの全部覚えてられない。

 

というわけで、上から順番に目を通していると一つのスキルが目に入った!

 

「あ、この魔法欲しい。神魔法」

『どれ?』

「この《ドライ》って奴」

『効果は?』

「濡れた布を乾燥させる」

『カズサさん』

 

なんだよ。

 

『異世界転移して覚えた魔法が水を作るのと乾燥魔法とか、異世界チート転生主人公の自覚ある?』

 

ねぇよそんなもんは。

この能力獲得方式でいきなりチート無双する主人公になれるのは、少なくとも同接数万単位で集められる配信者くらいだよ。同接三桁も経験した事もない零細配信者には生き延びていくだけで精いっぱいだ。

 

「重要だろこれ。今の俺2日連続で晴れなかったら着替えなくなるんだぞ? これがあれば今の手持ちだけで安定して回せるんだぞ?」

『(´;ω;`)ウッ…』

『……もうちょっと服買い足す? 投げるよ?』

「いらない」

 

今の宿生活が続いている限りはあまり荷物増やしすぎると、宿を出ていく事になった時困るからな。今の手持ちなら問題なく背負い袋に収まるので、しばらくはこれくらいの荷物量で過ごしたい。他人事みたいに言うけど自分の性癖突っ込んだモデルが生身になっている分自分で見ても可愛く感じるから、いろんな服を着せてみたいって欲望はあるんだけどさ。そういうのは生活に余裕が出来てからだ。

 

……余裕が出来る時くるのかな? いや、自分の頑張り次第だな。

 

『消費いくら?』

「3000MP。取っていい?」

『いいと思うけど、とりあえず他に取る物整理してからにしない?』

「そうだな」

 

他にもっと重要そうな魔法見つけて、そっちでMP不足になったら世話ないしな。

 

「でも、他だとどういったのがいるかね」

『まずは身を護る術が欲しいよね』

『攻撃魔法とか?』

『攻撃よりも逃げる能力の方がいいかもな。攻撃だと倒しきれなければ駄目だし。カズサさん実は喧嘩強かったりする?』

「まさか。殆どした記憶もないけど」

『だとしたらやっぱり逃走系かなぁ』

「とりあえず上から見ていってみようぜ。上からゆっくりスクロールしていくから良さそうなのがあったら言って」

『りょ』

 

それから、ざっと獲得が現実的な範囲の能力を見て回って

 

『とりあえず《ライト》は取っておかない? 灯りはあって困るものじゃないし、消費MPも少ないし。それに新しい視聴者が来た時に、分かりやすく魔法として見せられるじゃない』

 

『《ヒーリング》は欲しいな。ファンタジー世界だと怪我が怖い』

 

『《ハイスピード》。移動速度上昇は逃げる事だけじゃなくて、いろいろ使えそうじゃない?』

 

『攻撃方法一個は持っておいた方がいいだろう。爆発とか氷とか炎とかだと周囲にも被害出そうだし、使った相手がえぐい事になりそうだから単純にエネルギーぶつけるだけっぽい《エネルギーボルト》とかいいんじゃね?』

 

『過剰防衛で例の配信者みたいになるの怖いから、相手を傷つけることない《パラライズ》とかいいんじゃないかな』

 

『《テレポート》! 見える範囲でのみみたいだけど、これがあれば安全でしょう!』

 

次々とみんなから提案が出てくる。うんうん、わかるぜ、こういう獲得可能スキルを吟味している時ってめっちゃ楽しいよな。

 



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2日目の終わり

「《ライト》《ヒーリング》《ハイスピード》《エネルギーボルト》《パラライズ》《テレポート》《ドライ》、これの中から必要MPと必要性を考慮して順次取得していく。これで方針確定でいいかな?」

『いいけど……《ドライ》は入れるんですね』

「勿論」

 

入れない選択肢はないよ。

 

『それにしても、この世界に怪物が居ることは確定したな』

『特攻系らしき魔法があったもんねぇ』

『とりあえずドラゴン、ゴースト、ゴーレム系はあったのは確認した』

「……ほんと、街に辿り着くまでに遭遇しなくて良かったよ」

『だなぁ。チート能力覚えてない時点で出くわしてたら即お陀仏だったろ』

 

話を聞く限りはこのグリッドの街の近辺で怪物はほぼ見かけないらしいから俺が特別幸運だったとかそういうわけではないんだが、少なくとも不運ではなかったのは確かだろう。遭遇確率0ではないからな。

 

しかし、ドラゴンかぁ。見てみたいけど、その特攻魔法を使わないといけないような状況にはなりたくないなぁ……

 

ま、何にしろ今は関係ない話だ。この街で過ごしている間には必要になる事はないだろうしな。

 

うん。

 

「よし、これで確定かな。あとはこういう能力が欲しいってのがあったら随時確認ってことで……作戦会議はおしまいにする? 結構そっちいい時間じゃない?」

 

正直俺も眠くなってきたし。

 

『じゃあ今日はひとまずこの辺でー』

『あ、ちょっと待って。一個気になる能力がある』

「どれどれ?」

『《メッセージ》って奴。説明みてみたい』

「いいけど」

 

一覧の中から《メッセージ》という能力を見つけ出し、そこに指を当てる。

 

「ええと、"元の世界のメールアドレス一つに対してメッセージを送る事が出来る。一文字1000MP」

『電報かよ』

『しかも一文字くっそ高い』

『これじゃ使い道なくない?』

 

コメント欄には次々否定的な意見が並ぶ。確かに一文字1000MPだと正直まともな文章を送ることができないし、それにこれはどうかわからないけど返信が受け取れなければこのメッセージでのやり取りもできないので、不特定多数が目にする配信画面でできないやり取りを行う事は出来ないだろう。

 

だけど。

 

「……これ、獲得候補に入れた方がいいかも」

『え? なんで』

『1文字1000MPじゃまともにやり取りできないでしょ』

「"限定公開"」

『あ……』

 

あわつべには限定公開という機能がある。検索欄やおすすめ、チャンネルのライブ配信一覧などにはでてこず、アドレスを知っている人間だけがその配信を見る機能だ。その配信アドレスに必要な情報は英数字15文字。……15000MPがかかるが絶対的に非現実な数字ではない。

 

「今後もし上手く人が増えた場合、こうやって常連の皆と細かい相談が出来なくなるって話だったよね。これで"限定公開"のアドレスを伝えれば、そこで皆と相談できる」

 

正直、今の皆にはすごく助けられている。少数のメンバーにこうやって相談できる可能性は残しておきたかった。

 

「ただその場合、一度配信を切らなきゃいけないんだけど……配信切って再開できるかな?」

『あ、ごめん伝え忘れてたけどそれは大丈夫だと思う』

『え、なんで知ってんの?』

『例のエロ配信して垢BANくらった奴。アイツその配信する前に一度配信切ってるんだよ、それでその後再開してるから配信一度切っても問題ないと思う』

『……となると、実際使うかどうかは別として手段として用意しとくのはアリだな』

『ちょっと待って俺連絡専用のアドレス用意してくる!』

 

──結局、この手法を取るかどうかは別として、いざという時の連絡手段として共用のメールアドレスを用意することになった。そのアドレスは今ここにいる面子だけで共用し、後はディスコードの非公開チャンネルで配信のアドレスを公開するという方式にした。今後信頼できる頼りになりそうな相手がいたらそこに招待する方法だ。

 

……よかった。実はこうやって常連と落ちついて相談できる事がなくなるのちょっと怖かったんだよな。費用がでかいから多用はできないけど、手段があるってだけで安心できるのは確かだ。

 

『それじゃ、今日の会議はこれで終わりかな?』

「だな。まぁ後は宣伝までに必要に応じているメンバーで相談していこう。皆、本当にありがとな」

『俺はこの後とりあえずVRCで知り合いに話をしてくるわ。カズサさんの交友もしってるからその辺り中心で』

「よろしく頼むー。……申し訳ないけど、俺はもう眠いからそろそろ寝るわ」

『配信はそのまま?』

「……どうせ今後ずっとそうしないといけないんだしな、慣れるためにもそのままにしとく」

『よっしゃ、カズサさんのヨダレ今日こそみるぞ』

 

いや流さないからな?



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異世界生活3日目

 

突然始まった異世界生活3日目。

 

あ、勿論寝ている間に涎とか流さなかったよ。起きた後コメント欄で『くっ……朝4時に起きてそこからずっと見てたのにっ……』と嘆いているのがいたけど、そこまですることか? だいたいそもそもの話として女の子(中身男だが)の涎がみたいとかかなり特殊性癖じゃない? その辺の世界の事は俺はよくわからんけど。

 

まぁそんな話はおいておいて。3日目は特に目立ったことはなかったのでダイジェストでお伝えしよう。

 

まず朝の諸々を済ませた後、予定通り昨日の服屋に向かった。そしてそこで紐パンを3枚購入。なんの装飾もない、無地の色気のない奴だったので3枚で1000MPで済みました。安いね?

 

それから宿屋に舞い戻り、昨日と一昨日着てた服、それから2日続けて身に着けていた下着を手洗い。勿論下着の手洗いの仕方なんて知らないので、コメント欄から洗い方を教えてもらいつつ行った。

 

皆に見守られてやり方を教えてもらいながら自分の下着を洗うって、どういう配信なんだコレ。いや勿論手元は映していないけども。あと洋服も洗った。大変だった。お金に余裕が出来てきたらやっぱり街の洗い物屋さん利用したい。

 

 

ちなみに宿の女将さんから俺の最初に来ていた服は珍しいから盗まれる可能性が高いので外に干さない方がいいと忠告されたので、許可を得て部屋の中に紐を張って部屋干しだ。一応日中はちゃんと陽射しが差す位置に干したけど、乾ききるかなぁ、これ。やっぱ《ドライ》早急に必要じゃない?

 

とりあえず午前中はこれで殆ど終わった。

 

『異世界生活3日目にして、すでに暮らし方が地味すぎる……』

 

とか言われたけど、召喚されていきなり保護されたりせずに身一つの俺は、日常的な事もこなしていかないといけないんだよ。洗濯物だってそう。生活していればどう足掻いたってしなきゃいけないことなんだから。

 

しかし服はともかく女物の下着を洗濯していると、微妙な気分になるな。自分がモデリングして自分が穿いてた奴だから興奮するとかじゃないけど、なんというか何かをやらかしているように感じるというか。

 

まぁそんな感じで午前を過ごし、午後は文字の勉強に当てた。とにかく文字が読めないと面倒なので。昼食の時間が終わって休憩に入っていた食堂の店員に昼飯おごるから教えてと頼んだら、快く教えてくれたよ。

 

ちなみに覚えるのはそんなに難しくなかった。一部難しいのはあるんだけど、とりあえずこれだけ覚えておけば平気っていうのは50音と一緒だったんで。そしてそれぞれ日本語のどれに当てはまるかわかれば後は日本語なので簡単だ。……この辺、俺の喋っている言葉が日本語なのは言語チートかと思ってたんだけど、普通の日本語公用語なのか? 考えた所で答えがでるわけではないので、深くは考えないけど。

 

とにかく、これで街にある看板とかは読めるようになったし、本も(多分)読めるようになったと思うので調べ物がこれまでより捗るとは思う。

 

その後、夜はまたコメント欄の皆と作戦会議の続きをしたり、雑談をして過ごした。

 

基本夜はする事ないんだよね。さすがに暗くなってから外を出歩くのは怖いし、食堂も夜は酒類も出るから酔っ払いがいるので絡まれるから、遅い時間にはもう自分の部屋からは出来るだけ出たくない。

 

なので夜は付き合ってくれるリスナーが居なかったらくっそ退屈だと思う。そういう意味でも毎日来てくれてる常連には感謝だ。

 

尚、夜は早めに就寝。ゲーム配信とかVRCで夜更かししまくっていた頃を考えるとえらく健康的な生活をしている気がするな。




前回残MP:19960
今回増減:
下着代 -1000
宿代 -2000
朝食代 -160
昼食代 -180×2=-360
残MP:16440


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異世界生活4日目

異世界生活4日目。

 

少々固いベッドや味付けが薄目の料理にも徐々に慣れてきた気もするけど、慣れないものもある。

 

「風呂入りたいなぁ……」

 

そう、風呂だ。俺はこっちに来てから一度も風呂に入っていない。日本にいた時は毎日入ってたので4日も入っていないと、夜寝る前にどうしても物足りなさを感じてしまう。

 

『え、カズサさんずっと体洗ってないの? 汚ギャル?』

「ギャルじゃないし、水浴びはしてるよ」

 

そう、今できているのは水浴びだ。宿にはちゃんと水浴び用の部屋があって、そこは宿泊客にも使わせてもらえる。石鹸もあるからちゃんと体は洗えてる。ただ湯舟はないし、湯沸かし器なんてないから当然使えるのも水だ。

 

『え、お湯使えないの?』

「冬場は使えるけど、これくらいの気温になってきたら基本は水らしい」

 

お湯を沸かすには当然燃料費が掛かる。この辺りは平地で森や林までの距離が結構あるため(俺も半日くらい歩いたしな)、薪が基本となる燃料費はそこそこお値段が張る。ただ冬場は水浴びはさすがに無理があるしそもそも暖房も必要になるので、宿泊費を上げる代わりにお湯も用意しているそうだ。

 

「上のランクの宿なら風呂があるらしいけど。風呂だけの為に宿のランク上げるのはちょっとな」

 

俺の止まっている宿は素泊まりで雑魚寝するような宿よりちょっと上くらいの宿なので、当然そんな施設はない。一応街には銭湯みたいなのもあるみたいだけど、やっぱりちょっとお値段が張る。

 

「まぁもう少し生活が楽になるまでは我慢するさ、頑張った時のご褒美として」

『ご褒美がお風呂って本当に……』

『うちのお風呂に入れてあげて、優しく洗ってあげたい』

『通報案件やめろ』

『そういえばさ、そっちの世界のお風呂沸かす方法って薪とかしかないの? 乾燥魔法があるんだからお湯沸かす魔法もあるんじゃね?』

「あ」

 

調べたらあった。<<ボイルウォーター>>というそのものの名前の魔法が。先日確認した能力の中に普通にあったけどスルーしてたな。まぁ料理とかお風呂とか入りたいと思わない限り、そこまで欲しい魔法でもないしなぁ。

 

ちなみに後の話になるがちょっと宿の人に確認してみたけど、この魔法使ってお湯を沸かす"湯沸かし屋"という商売もあるらしい。公衆浴場や規模の大きい宿や専属を雇えない貴族や商人などはこういった職業の人に依頼してお湯を沸かしてもらうそうだ。一回沸かした後の調整は普通に薪とかでしたりもするらしいけどね。

 

「……4000MPか」

『カズサさん、ステイ』

「わかってるって、そもそも今の宿屋だと湯舟がないし」

 

でも将来的に自分の家とか借りれたら、風呂桶だけ用意すれば何とかなるな。心の獲得メモに<<ボイルウォーター>>はきっちりと記載した。

 

ちなみにこんな会話しつつ、四日目は改めて街とその周辺を見れる範囲でみて回った。調査というよりも配信ポイント探しだな。今は常連と知り合いやVRCの関係者ばかりだからそれほど気にしていないけど、今から3日後……日本側では土曜日にはSNSで宣伝をしてもらうので、完全初見の人たちが来ることになる。

 

……来てくれるはず。来てくれるといいな。

 

まぁそれはともかく、そんな人たち相手に当てもなく歩き回って微妙な場所ばっかり映すわけにもいかないからさ。ロケーションは有効に使わないと。といっても地方都市だからそれほど目新しいものはないんだけども。それに今の俺だと治安の悪そうな所には近寄れないし。やっぱり主体は魔法とか見せる方がいいのかなぁ。魔法を取るためのMPもそれほど余裕はないけど。

 

4日目はそんな感じ。夜はいつも通り常連に相談したり雑談して過ごした。

 

さぁ今日も早寝しよう。健康的な生活である。おやすみ。

 




前回残MP:16440
今回増減:
宿代 -2000
朝食代 -160
昼食代 -180
残MP:14100


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異世界生活5日目

異世界生活5日目。

 

大っぴらに視聴者集めに入るまでに後2日。ちょっとドキドキしてきた。

 

そういえばチャンネル登録者数なんだけど、結構増えた。

 

この状態になる前の登録者……直前では確認してないけど、確か618人だったと思う。

それが今は682人。なんと64人も増えている。

 

たった64人とか言うなよ? そりゃ万超えの登録者がいる配信者であれば微々たるものだけど、俺から見ればこれまでの登録者数から一気に一割分増えたことになる。特に最近は基本殆ど数字に動きがなかったのでかなりインパクトのある数字だ。

 

……まぁ現状SNSでほぼ宣伝していない状態なので、増えたのは声かけをしてくれたVRC関連の人間で多分知り合いと更にその知り合いだとは思うけど。

 

ちなみに、その中には非常にありがたい存在が二人いた。いや、登録してくれるのは誰であれありがたいんだ。ただこの二人に関しては、これから俺達がやろうとしていることに力になってくれる存在だった。

 

一人はAOT(アオト)。もう一人は御堂。

 

AOTは絵描きでSNSでのフォロー数が万まではいかないまでも、それに近い数を持っている。イラストを投げればいいねが4桁到達する事も度々ある。

 

御堂は3Dモデラーだ。俺もモデリングはするけど、基本的に自分用かせいぜい友人向けにモデリングするくらいだ。それに対して御堂はBIRTHというサイトでアバターを販売している。そのため界隈はある程度限られるが、フォロワー数は4桁前半程度はいるし、少なくともVRC関連なら殆どの人間が知っている存在である。

 

この二人は割と忙しいからそんなに頻繁にVRCに潜ってはいないんだが、多分たまたま潜った時に聞いたのか、或いは知り合い経由で連絡が入ったのか──VRCでのフレンドである俺の状態を聞きつけ駆けつけてくれたのだ。

 

『それじゃ土曜日にこのチャンネルの宣伝すればいいんだね?』

『すぐにしなくていいのか?』

「ああ、明日までは準備期間にしたいんだ」

 

今の俺に協力してくれる人間のSNSを全部把握は当然してないけど、少なくとも明確にある程度の拡散力を持つ二人が来てくれたのはでかい。

 

あわつべの中ではうちのチャンネルに対する導線がほぼないといえるし、元の俺は殆ど知名度がない。他チャンネルのコラボとかもしてなかったしな。だから宣伝はリスナーがしてくれるSNSでの宣伝のみが全てだ。

 

『それじゃ、土曜日に呟いておくねー。あ、後生活費カンパもしておくよ』

『【10000円】ほーれ』

『【10000円】俺も投げとくわ』

「まじ助かるっ、ありがとう!」

 

ベッドの上で座って話をしていた俺は、ぱっと体勢を変えるとカメラに向けて土下座する。

とにかく、今は人を集めなければいけない以上二人が協力してくれるだけでも死ぬほどありがたい、更に二人合わせて20000円も投げてもらって、思わず体が勝手に反応してしまった。

 

まぁ土下座するとコメント欄が見えなくなるので、すぐ顔を上げたが。

 

……あれ?

 

『……ちょっと早く体起こして! 体!』

 

顔を上げてすぐに、何やらAOTが焦った感じのコメントをしていた。更にそのコメントに続いて他のみんなも『不味いって!』とか『エッッッッ』とか『胸! 胸!』とかコメントを流していく。

 

……ん、胸?

 

あっ!

 

俺は慌てて体を起こすと、襟元を掴んで引き上げた。いや、体を起こした時点で意味がない行動だけど。

 

今俺がしている恰好は、寝間着として買ったゆったりとした服だ。そんな恰好で頭を下げた体勢を取れば当然襟元は大きく垂れさがるわけで。

 

「……見えちゃった?」

 

俺の問いに返答を返したのはAOTだった。

 

『残念ながら思いっきり肌色の谷間と白いものが見えたね』

 

今日の俺の下着は白である。……下着付けてて良かったな?

 

『迂闊すぎだよ、カズサ』

「仕方ないだろ、こちとらこの体になってまだ一週間たってないんだぞ」

 

男の時に胸元に注意なんか払うわけないんだから、意識から抜け落ちるのも仕方ないと思う。

 

「なあ……これアカウント大丈夫かな?」

『あわつべのエロ基準はいまいち不明だけど、さすがにこの程度では問題ないはず』

「そっか、良かった」

 

いざ本番2日前になって、こんな不注意でのチャンネル停止とか洒落にならんからな。

 

『あれ、それだけ?』

「ん、何が?」

『恥ずかしいとか、ないの?』

「いや別に……」

 

下とか、或いは真っ裸を見られたら恥ずかしいとは思うだろうけど、さすがに胸元とブラ見られたくらいじゃ別に──

 

『よくない!』

「はい?」

『よくない! エロ系配信で行く気がないなら、むしろ恥じらいを持つことは大事でしょう!』

 

なんかコメント欄の一人が強い口調で語りだした。AOTや御堂ではない。

 

『恥じらいは萌えのスパイス! 清純派キャラクターとしていくなら身につけなければいけない必須スキルです』

 

俺一言も清純派キャラクターで行くとは言ってないんだけど?

 

『まぁ清純派キャラクターはおいといて』

 

一人熱くなるコメント主に割り込んで発言したのはAOTだった。

 

『恥ずかしい気持ちは持った方がいいと思うよ』

「なんで?」

『胸とか、見せるのが恥ずかしいと思ってないと注意あまり向けないとおもうから今みたいに事故る』

「……あー、成程。それは確かに」

 

恥ずかしいと思ってないからそこに注意を払わないのであって、恥ずかしいと思えば注意を払うもんな。……普通の女の子ならまぁ胸元や尻とか見られたら恥ずかしいと思うよな? 常々、そう思うように注意しとくか。しばらくそう思い込んでおけば、そのウチ意識しないでも注意できるようになるだろ。

 




前回残MP:16440
今回増減:
宿代 -2000
朝食代 -160
昼食代 -180
スパチャ +24500(※シーン外での投げ銭もあり)
残MP:36260


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異世界生活6日目

異世界生活6日目。

 

宣伝を翌日に迎えた今日、何故か俺は特訓をさせられることになった。

 

チャンネル登録者を増やしスパチャを数多く投げて貰うには、売りが必要なのは分かる。

 

外見は美少女になってるので、それを売りにするのは当然だろう。

 

その結果、俺はコメントの指示を受けていろいろな仕草をさせられている。

 

今しているのは、カメラに背中を向けて後ろ髪を持ち上げる仕草だ。

 

『女の子のうなじっていいよね……』

『かわいい』

 

ねぇこれ受ける仕草じゃなくて、君らの欲望を満たすだけためにやらされてない?

 

両手で服の襟掴んで口元まで隠すなんて、普通そんな仕草しないからな?

 

人に特訓させるならさせるで万人に受けるのを教えてくれっていったら『笑顔じゃね?』って返って来たけど。……確かにそれはわかるけど、単純な分それが一番難しいんだよな。俺作り笑いって苦手だし。

 

「そもそもさー。俺元が男だっていうの公開してるじゃん? なのに女の子らしい仕草したらわざとらしいとか思われるんじゃない?」

『そこをわざとらしく見せないのがプロなんですよ』

「いやプロどころか初心者なんで」

 

そもそも何のプロ?

 

「とにかく、この辺の仕草とか覚えたところでそんな自然に出せる流れわかんねぇよ」

『その辺は慣れじゃない?』

「慣れる前に本番が来るんだよなぁ……疲れたしそろそろ終わりにしようぜこれ」

 

俺はベッドに腰を降ろし大きく伸びをする。なんだかんだいろんな体勢を取ったけど、人に言われたポーズとかとると妙に疲れる気がする。モデルさんとかすげーよなー。

 

『あ、その伸びの仕草もいい。袖が肩の方までずり落ちているのもGood』

『かわいい』

「もうお前らどんなポーズでもいいんじゃねぇの? というか本当はこういうのが好きなんだろ?」

 

俺はジト目になってカメラを見ながら、両方の手で反対側の自分の二の腕を掴む……ようするに抱きしめるような仕草をした。そうすればどうなるかといえば、巨乳とまではいわないまでもそれなりにあるサイズの胸にあるモノが寄せ上げられるわけで。

 

『いやいやそういうのは良くないよ』

「でも好きなんだろ?」

『はい』

『小悪魔っ、これは小悪魔っ!』

『カズサさんがエロ配信者に……』

『かわいい』

 

いやこれくらいでエロ配信者は言い過ぎにも程があるだろ。というか男って単純すぎるよなー、俺も元男だけど。ただ、さすがに俺は自分のものでは興奮しない。

 

後さっきからかわいいしか言わないBOTみたいな奴いない?

 

「やれやれ」

 

抱きしめている腕を解いて、俺はベッドに身を投げ出した。そして一度目を瞑り……ここまでの事を思い出しながら口を開く。

 

「まぁ今日の特訓は置いといてさ、今日までこうやってきていざ明日の本番を迎えるところまでこれたのはマジで皆のおかげだからさ。何度も言うけど、本当に感謝してる」

 

そこで一度言葉を切って、閉じた目を開く。そしてカメラ……いや、その向こう側にいるハズの皆を見つめ、言葉にする。

 

「明日は本番だ。明日も、そしてこれからも助けてくれると嬉しい。よろしく頼むよ」

 

その言葉と共に精いっぱいの笑みを向けると、次の瞬間には一気にコメントが流れだした。サムズアップや力こぶのアイコン、そして『任せろ!』というコメントが流れた。

 

うん、明日はいろいろ不安だったけど、力が貰えた気がする。

 

明日は精いっぱいがんば……

 

『あ、ところでさっきの背伸びの時にちょっと思ったんだけど聞いていい?』

「何?」

『脇の処理とかちゃんとしてる? 多分恰好的に大丈夫だとは思うけど、流れで追加で服とか買った時に事故って映っちゃうとちょっとアレかも』

 

……

 

「……アバターの方に設定してなかったからかもしれないけど、生えてないよ」

『うわ羨ましい』

 

せっかく綺麗に収まったと思ったのになぁ……

 

◆◇

 

(VRCでのとある会話)

 

「なんでお前、ひたすら配信でかわいいだけいってたの?」

「そりゃ自分がかわいいってわからせるためだよ」

「それは当人もわかっているんじゃない?」

「それは客観的に見てだな。あれはあくまで"アバターが可愛い"と思っているだけで自分自身が可愛いと思っていない。だが、鏡を見ても映るのは可愛い女の子の姿、周囲の皆も女の子扱いして可愛いって言い続けると、多少でも適正があるならもしかして自分自身がかわいいのかも? ってそのうち思い出すはずだ。なにせカズサさんを男だと証明するものがまるでない状況なんだからな。そうなったら、俺たちの勝利だ。いずれ意識してかわいい行動をとるようになるだろう。」

「勝利って何に対してさ。そもそもカズサさんそっち方面の適正あるの?」

「わからんけど俺はあると信じて続けていくぜ!」

「とりあえず言い方はもう少し工夫した方がいいと思うよ? BOTみたいになってたから」




前回残MP:36260
今回増減:
宿代 -2000
朝食代 -160
昼食代 -180
残MP:33920


タイトルが内容に即していない気がするので
「異世界転移したTS少女はお金の力で守られています」
とかにタイトル変更しようか悩み中。


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本番……のその前に(異世界生活7日目)

異世界生活7日目。

 

ついにやって来た宣伝当日。

 

今日で俺の運命が決まる──という訳ではない。今日もし全然人が集まらなかったとしても、その時は宣伝以外の人集めの方法を検討するだけだ。AOTや御堂以外にも新たにチャンネル登録してくれたメンバーがスパチャを投げてくれているので、しばらくは生活していける余裕があるからな。

 

今日の準備にしても俺がしたのって配信用の場所探しや意味があったのかわからないカワイイムーブの訓練、それに皆との作戦会議だ。準備に負担なんてものはなかったしMPも使って……いや、ちょっとだけ使ったな。でもそれも、別に今日人が集まらなければ無駄になるというものでもないので。

 

それにだ、ある程度は人は来ると思うんだよ、一応。

 

客観的にみて今の俺は掛け値なしの美少女だし、AOT達がしてくれる宣伝を見ればそれなりに()()()()()来ると思ってる。ただその先のコンテンツ力が不安だ。もうちょっと魔術覚えておく必要があったなーとも思うけど……まぁそれは今日がダメだった時に考えよう。

 

とにかく必要なのは俺に支援を思ってくれる人たち。とはいえ視聴初日からそこまではさすがに高望みしすぎなので、ひとまずは継続的に視聴してくれる人、ようするにチャンネル登録をしてくれる人が必要だ。

 

そしてそれに対しては全く自信がないんだなぁ……。

 

『カズサさん、今から肩肘張ってると疲れるよ』

 

現時点ではそこまで緊張する必要はないのわかってるけど、体に力が入っているのが見てとれたみたいで、コメントからそう声を掛けられた。

 

「……だな」

 

そのコメントに俺は一つ大きな息を吐いて頷く。そもそも宣伝まではまだ時間があるしな。

俺は立ち上がると、荷物入れにしている背負い袋の中を漁る。

 

『どうしたの?』

「平常心に戻って、ちょっと洗濯してくる」

『それはそれで平常に戻りすぎて、生活感だしすぎじゃない?』

 

とはいえ必要な事だからな。

 

◇◆

 

必要な事だけどやめておけば良かった。洗ったら当然干さなきゃいけないんだよな。

 

本当は窓際で干したいけど、これまで常連や知人が殆どだった状況と違い完全に俺を初見で見る人がこれから来るって状況で、配信に思いっきり洗濯物が映ってるのってどうだろう。これあれだよな? 今日初めて訪ねてくる人がいるのに、リビングに洗濯物干してるみたいな感じだよな?

 

さすがにないかー。あ、ちなみに普段も下着は配信には映らないように配置してますよ。恥じらいもってくれって言われましたしね?

 

考えた結果、宿の敷地内の外に干させてもらう事にした。洗濯したのはこっちで買った安物なので、盗まれる事もまずないだろうし。……いやでも今日はそれでいいとして、明日は今着ている初期装備の服を洗わなきゃいけないけどこれは外には干せないし……やはり<<ドライ>>は早急に必要なのでは?

 

「うーん」

 

部屋に戻り、MPと能力リストと睨めっこする。……今日のこの後の宣伝の結果がいい方に倒れたらみんなに相談して<<ドライ>>を取得しようかな? でも初見さんから見て最初に獲得する魔法が洗濯物を乾かす魔法は微妙すぎるか……

 

うん、明日の事は明日考えよう。

 

俺は顔を上げてカメラと正面から向き直る。

 

昼飯は早めに済ませてきた。食堂だとコメント欄に反応しづらいからな。確かもうそろそろAOTがTwitterで宣伝してくれるはずの時間のはずだ。ようするにそろそろ人が増えてくるはず。

 

今の視聴者は80人。この人数でも過去最高値を更新しているけど、内訳は基本常連や知人勢のハズ。気になるから、皆見に来るっていってたからね。

 

この人数がどれくらいまで増えるか。正直倍……いや、一見さんが大部分だろうから三倍くらいは行って欲しいところだが──

 



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本番開始

 

『初見』

『AOTさんのツイートみて来ましたー』

『うっわ本当に一週間前から配信してる』

 

来た!! 来たよな、これ? 初見さんだよな自分で言ってるし!

 

別に配信に初見さんが来るのは初めてじゃないのに、思わず心臓が高鳴ってしまう。落ち着けー。

 

俺は一つ息を吐いて気を落ち着けてから、頑張って笑みを浮かべつつ(引き攣ってないといいんだが)ぱたぱたと手を振りながら第一声を発する。

 

 

「こんにちは。配信見に来てくれてありがとう」

 

よし! 声は裏返らなかった!

 

その挨拶の間にも、ぽちぽちと視聴者が増えた。100人まで後ちょっとだ。

 

〇〇時から初配信開始~とかそういう形式じゃないし、ましてや「常時配信」と謳っているいるから最初からぞろぞろはこないかもって話はしてたけど……思ったより来てくれてる。

 

『こんちは。TS美少女Vtuberが配信してると聞いて』

『いや、Vtuberじゃなくてリアル女の子やん』

「うん、俺はVtuberじゃないよー」

 

この勘違いはされると思ってたので早々にしておく。まぁ頭にTSなんて言葉がついている時点でそっち方面だと思うだろうしな。ちなみに俺はVRC配信ではアバターは使ってたけどVtuberではなくただの顔出ししないゲーム配信者だったつもりである。そして今は普通に顔出し配信者だ。配信している場所がとんでもないところではあるけど。

 

『TSとか異世界から配信とか設定盛りすぎじゃない?』

「盛りすぎって言われても事実だからなぁ……あ、100人超えた。初3桁だありがとー」

『いやこの可愛さで3桁初ってうせやろ?』

「一週間前までは可愛くなかったからね。TSの件に関しては証明にはあんまりならないかもしれないけど、アーカイブ見て貰えばわかると思うよ」

『今は可愛いと理解している発言ですねぇ』

『異世界配信設定とか痛すぎwww』

 

最後のは煽り目的で来た奴かな? 過剰反応はしないけど、最初だからちょっと言っておくか。

 

「異世界とかTSとかさっき言った通り事実だし概要欄に書いてあるとおりだけど、明確に証明する手段がないからね。信じるか信じないかは皆次第でいいよ、配信の楽しみ方はそれぞれだからね……迷惑を掛けるような子は消すけど」

『ヒエッ』

『ちょっとゾクっとしました』

「ま、消してくれるのはモデレーターさんだけどね?」

 

この辺のスタンスは最初のウチは口にしておいた方がいいと言われてた。概要欄とか見る人間がどれだけいるかって話だしね。どれだけ聞いている人がいるかは別にして、口に出して明言しておくのが大事って言ってた。

 

というか、視聴者どんどん増えてるな。120人超えたぞ。AOTすごい。

 

「せっかくだから、ついでに当チャンネルの配信内容を改めて説明するよ。初見さんも結構来てくれてるっぽいしね」

 

一応テンパらないように、最初の部分だけは大体の進行内容を決めている。30人前後増えたらチャンネル説明を、50人前後増えたら"異世界案内"に移行する。ちょっと想定より人が増えるペースが多くてすでに50人超えそうな気配だけど、焦らず順番に行こう。

 

「当チャンネルだけど、包み隠さずいえば突然異世界に吹っ飛ばされて生活が困窮している俺を助けて欲しいってチャンネルです」

『俺っ娘だと……?』

「反応する所そこ?」

 

最初の反応がそれは想定外だ……まぁいいや。

 

「まずはこれを見て欲しい」

『うわ。なんだメニューみたいなの開いた』

『って事はこれゲームの中? それにしては女の子は生身っぽいけど』

『合成?』

「いろいろ見てて思う事はあるだろうけど、このメニューに関して説明するぞー」

 

コメントがどんどん流れ始めて来たので反応していると話が進まない。とにかく説明を優先する。

何をするにもまずこのメニューの事説明しないと話が始まらんしな。とりあえずいろいろ突っ込みが入るのは流しつつ、一気にメニューの各機能とMPについて説明した。

 



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異世界案内

 

その結果──

 

『ようするに生活していくのにスパチャが欲しいと』

『めっちゃ金目当て配信やんけ』

 

そうなるよね。ただここは誤魔化しても仕方ないしなぁ。世の中儲けるための行為を毛嫌いする人もいるし、ここで去っていく人間が出るのは仕方ない。なので俺は説明の言葉を続ける。

 

「否定はしないよ、俺が生活していくには必要なことだからね。ただ勘違いしないで欲しいんだけど、スパチャが投げられないからってなにもしないってこともないし、逆にスパチャを貰ったから言う事聞くってこともしない」

『でも育成計画とか名打ってるけど?』

「それに関してだけど、俺はこの世界に関しての知識は実は皆とほぼ同程度……ようするに殆どないんだ。そんな世界で生きていくために、皆にいろいろ相談に乗ってほしい。頼れるのは皆だけなんだ。そうやって俺を見守ったうえで、助けてやってもいいとか、支援してやってもいいと思ってくれたら投げ銭してくれたらいいよ」

 

この辺のセリフは俺一人で考えたわけじゃなく、常連の皆と一緒に考えたもの。ただうわべだけのセリフではない、きっちりとした本心だ。

 

だから。

 

「よろしくお願いします」

 

俺はカメラに向けて大きく頭を下げた。

視界の端に映るコメント欄に、どんどんコメントが流れていく。だが、俺はそちらに気を取られることなく、意識を頭を下げる事に集中する。

 

そして大体十数秒か立った後に頭を上げると、俺はそのままの勢いで立ち上がる。

 

これで言いたいことは一通りいった。ミッションは次のフェーズに移行する。

 

「それじゃ、そろそろ出かけようか?」

『出かけるって、どこへ?』

 

そんなコメントに、俺は笑みを浮かべながら答える。

 

「勿論、異世界案内にさ」

 

◆◇

 

『おー、なかなかファンタジーっぽい光景!』

『うおー、もしかして異世界からの配信ってマジなの?』

『いや、やっぱりゲーム画面じゃね? シェーダーとかライティング設定次第ではマジで現実みたいに作れることができるし』

『さすがにここまで全く違和感のないのは……』

『セットじゃないの? 歩いているのはエキストラとか』

『どんだけ金掛けてるんだよ』

 

外に出てすぐに、コメント欄は議論の場に変わった。明らかに現代日本とは違う街並みや行きかう人の姿に、様々な予想が乱れ飛ぶ。

 

俺はそれを眺めながら、心の中でちょっとだけ笑みを浮かべる。

 

この展開は予測していたし、悪くない。こうやっていろいろ予想したりするって事は興味が湧いているってことだからな。

 

そのまま特にそういった予測コメントには触れず、街の中を歩いていく。時たま『あれは何?』と聞いてくるコメントに回答しつつ、のんびりと。気分はガイド役だね、というかまんま異世界ガイドなんだけど。

 

こういう時、本来ならバスガイド辺りの服を着たら受けるのかね? でもタイトスカートなんて穿いてる人間全くいないからくっそ目立ちそうだけど。うーん、服の製作にMPが掛からなければそういった配信者らしい準備もできるんだけどなぁ。優しくないシステムだ。

 

尤も消費無しで作れたら自作服で衣は片付くし、作った服をうって金を稼げれば食と住もなんとかなるからそもそもこういう配信やってない可能性が高いけどな。

 

『そういえばさ』

「うん?」

『もっとファンタジーっぽい服着ないの? ビキニアーマーとか』

「視界に入る町人の中に一人でもそんな格好している人いるのかなー?」

 

街中には旅人なのか傭兵なのか鎧を纏った人間もたまに見かけるが、男女問わず纏っている鎧はちゃんと胴体全体を守る露出の低いものだ。そりゃね、ビキニアーマーとか急所殆ど守ってないからね。実際の防具としてあんなもん装備してる奴がいたらそれはただの露出狂だろう。あるいは防御が薄いほど攻撃力があがる能力持ちとか。

 

 



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一部の人達にとっては楽園

「まぁビキニアーマーは置いておいて、MPに余裕が出来てきたらそれっぽい衣装を作ってみてもいいけどさ」

『ああ、そういえばアイテムモデリングできるんだっけ』

『なるほど、投げ銭すればそういう特典がついてくるのか』

「……特典なのかね? 何にしろ生活費を優先はさせてもらうけど。今泊まってる宿も安いけどただじゃないからさー」

 

モデリングしても"現実にエクスポート"するまではMPは消費しないから、モデリングしたのを見せてそれをエクスポート可能なMP投げて貰えれば俺が着るっていうのも企画とかしてみるのもいいのかな。俺としても手持ちの服が増えるから悪くないかもしれない──普段使いできるような服ならだけどな。

 

どうせ夜とか暇だから能力リスト読み込むくらいしかないし……あ、でも視聴者増えたら、夜にそんな事している余裕はしばらくないのかな? 見に来ても作業してて反応しなかったら、つまらなくて帰っちゃったりするよな?

 

……そーいや、視聴者今何人──うわ、250人超えてる! すごい! ただあまりチャンネル登録者数は増えてないから油断はできないけど。

 

毎日ずっとは無理だけど、今日は出来るだけ飽きられないように動かないと!

 

何かこの辺で面白そうなものは……そんな事を考えて首を振った時だった。

 

『あ、ちょっと待って! カメラ戻して!』

 

コメント欄にそんな書き込みが流れるのが見えた。

 

「ん、カメラ?」

 

何か面白いものでも映ったのかな。とりあえず俺はその言葉に従って、カメラを手に取ると先ほどまで向いていた方に向ける。(このカメラは触っていないと基本俺の体の向きに追随してくる) 

 

「あ、もしかしてコレ?」

 

その途中で、実にファンタジーらしい姿を見つけてカメラを止めると、即座にコメントが返って来た。

 

『そうそう、そこ! おおおおおおおおおすげぇ、リアル獣人だ……』

 

そう、そちらにいるのはまさに獣人という存在だった。服から露出している部分の肌は濃い体毛に包まれており、顔は狼のような容貌をしている二人組。ウチ一人は胸元が盛り上がっているので恐らくは女性だろう。

 

『しかも! しかも! ケモレベル2の獣人! 素晴らしい!』

『俺を、俺をそちら側へ行かせてくれ!』

『うぉぉぉ、あのしっぽもっふもっふしてぇ』

 

その姿が映し出された瞬間、コメント欄の一部が急にヒートアップしだした。

 

『ケモナー達が急に発狂して草』

『ケモナー潜伏してたんか』

『てかケモレベル2って何よ?』

『クオリティ高ぇ……影とかの感じとかみてもゲームっぽくないし、マジファンタジー世界なのか?』

『特殊メイクじゃないの?』

 

その一部を除いたら割と冷静だ。ヒートアップする面々に対するコメントしたり、相変わらずこの配信に関して考察を続けていたりしている。

 

しかしコメントの流れ早いね。一週間程前までは数分間コメントなしとかもザラだったのが信じられないレベルの速度だよ。今の人数でコレなんだから、万単位の視聴者を持つ配信者なんてとてもコメント追いかけきれないわなぁ。

 

能力の中に動体視力上げる奴とかないかな? それ覚えたらコメント追っかけるの楽にならないかね……なんて、取らぬ狸の皮算用すぎるか。

 

企業勢や鳴り物入り、元々何らかの分野で有名だったとかじゃない限り、余程奇抜な事だったり優れた技術がなければそこまで視聴者が集まる事なんてまずありえない。

 

……まぁ今の俺の状態は奇抜中の奇抜ではあるんだけど。これでどこまで人を引き留められるかどうかは未知数だ。

 

とりあえず、街並み配信は好評っぽいし今後もやるのは確定だね。正直な所街並みだけだとあまりインパクトが弱いけど、亜人の方々の存在がでかい。街を歩いてればちょこちょこ見かけるレベルだし、皆様には申し訳ないけど飯のタネになってもらおうと思います。

 

日本でこんな事やったら速攻肖像権で訴えられそうだけど、今俺日本というか地球にいかないから関係ないしな。いやこっちでもそういった法律あるかもしれないけど、俺の配信をこっちの世界の人間が見れるわけもないだろうし問題ない。うん、ちょっとだけ罪悪感があるけど御免ね。

 

ただ視聴してくれている人たちが皆亜人に興味を示すわけじゃないから、リサーチは続けないと。

 

俺はこの一回で好評を取れればいいわけではないので、継続して視聴者を集められるコンテンツを探さなければいけないのだ。

 

そのためにも、コメント欄の反応はきっちり見ていかないとな! 事前調査で異世界っぽい感じがある場所や物は一応抑えてあるし。

 

『カズサちゃん、なんかこっちじっと見てる』

『やだ……俺たちと見つめあいたいのかな?』

 

いやコメント欄カメラの前の辺りに表示してんだよ、そっちには映ってないと思うけど。



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一日の終わり

 

そんな感じで、街の中をコメント欄の皆を引き連れるみたいな感じでいろいろ散策した。いくつか評判の良かった場所があったので次回以降の参考にしようと思う。

 

ただなー、このグリッドの街辺境のそれほど大きくない街だからなー。飽きられるのも割と早そうなんだよなぁ。まだとらぬ狸の皮算用になるかもしれないけど、割と早い時期にもう少し大きな街にする事も検討しないといけないかなぁ。

 

それともとっとと戦闘系か逃走系のスキルを身に着けて、街の外での配信を出来るようにするか。うーん、どっちがいいかな? 難しい! しばらく視聴者の傾向をみるしかないかな、継続的に支援を受けれそうな気配があるなら街移動、そうじゃなければスキルを身に着けて後はやり繰りするか。

 

ちなみに街案内が終わった後は宿に戻って、普通に過ごした。うん、生活があるからね、ずっと配信意識して動いているわけにもいかない。いや配信はずっと続けてるんだけどさ。

 

ご飯食べて、水浴びして──いつもはここは映さないんだけど、(ほぼ)常時配信を謡っているいるのに実質初回配信からがっつり席を外すのはアレだと思ったんで、初回限定という事で水浴び場にもカメラ持ち込んで会話は続けた。あ、勿論この時はサウンドオンリー(壁映してた)だよ、BANされるからね。

 

ただ映像は一切映っていないのに結構コメント欄でヒートアップしているのを見て、男って……と思ってしまった。いや俺も男だけど。確かに(外見上は)美少女が全裸で水浴びしている状況ではあったんだけど、環境音だけでよくそこまで興奮できるもんだとおもう。

 

んで、残りは部屋に戻って雑談配信。この世界の話をしたり、以前の俺の話をしたり、後"見せ"だけの為に覚えた<<ライト>>の魔法を使ってみたり。そんな感じで過ごしている内に夜は更けて──

 

『あ、視聴者500人超えてるじゃん。おめでと~』

「あ、マジだ! すげぇ!」

 

コメントに気づいて視聴者数表示を見ると、503人という人数が表示されていた。

配信を続けている内に徐々に増えていってはいたけど、まさか500人も行くとは。

 

「当初想定していた倍くらい人数が来てくれたんだな。みんなマジでありがとう!」

『500人くらいで喜んでいるの可愛い』

「いやいや、俺一週間前までは平均して20人前後くらいしか視聴者いなかったからな?」

『あー、元男ってのが本当なら個人勢のゲーム配信者だとそんなもんか』

『元動画勢だったりするとその動画から人が流れ込んだりするけど、配信しかしてないならそうかもねぇ』

「そうそう、そんなもんそんなもん。俺別にゲームめっちゃうまいとかいう訳でもないしな。なんでめっちゃうれしいよ」

『チャンネル登録もそろそろ900に届きそうだな』

「ホントだ……ありがてぇありがてぇ」

 

開始前からすでに200人くらい増えている。視聴者の数を考えると結構な割合で登録してくれているみたいだ。とりあえず今日の配信内容が悪くなかったと考えてもいいかな。

 

ただチャンネル登録してくれたからって、継続してみてくれるとは限らない。もし見てくれるなら俺のチャンネルだって常時視聴者3桁いってたハズだしな。だから今後はこの増えた登録者達が継続してみてくれるように頑張らないと……。

 

といっても、常時配信な以上常に何かし続けるのは無理なんですけどネー。

 

今も正直結構眠い。ただ視聴者数増加傾向の間は起きていたいんだけど……。

 

『そろそろ眠い?』

 

500人超えしてからもう少しの間雑談をした後。小さな欠伸をしたのに気づかれたらしい、コメント欄でそう聞かれた。

 

「うん、少し。最近割と健康的な生活してたからなー。今そっち何時?」

『11時ちょっと過ぎたところだよー』

 

配信開始してから一日の三分の一くらいが経過したのか。

さすがに今日はこれまでの配信に比べて緊張で力が入っていたので、結構疲れを感じる。



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おやすみなさい

 

『疲れた? 横になったら?』

「……お言葉に甘えさせてもらおうかな」

『え、配信お終い? やだやだ拙者もう少しカズサちゃん見ていたい!』

「いや、配信は切らないよ。勿論途中で寝ちゃったらそれ以降は反応はできなくなるけど」

『あ、マジで常時配信なんだ。すげぇな』

『そうするとプライベートほぼ無しか。結構つらくない?』

「生活費の為なら多少のプライベートは切り捨てますとも」

『いうて今日それなりにスパチャ飛んでなかった?』

 

あー確かに。大体少額ではあったけども、それなりの数のスパチャが飛んでいた。おかげでそれなりにMPが増加している。

 

「おかげで俺の寿命は大分延びたよ」

 

そう答えながら、カメラを自分の胸より上だけが映る、割と近い位置で固定する。

 

『おかお ちかい』

「カメラ離しておくと、目が覚めた時に事故るのが怖いんで……ふぁ」

 

欠伸が止まらなくなってきた。

 

『事故っていいのよ?』

「アカウント停止喰らったら死んでしまいます、勘弁してください」

『ああ、それは困る……残念だが仕方ない』

「しかしふと思ったんだが、この状態で元の男の姿に戻ったら大炎上しない? 俺」

『炎上まではいかないけど、視聴者は一気に減りそう』

『やっぱ中身が男が真実だったとしても、今の外見も声も良すぎるかなぁ……それを失うと影響でかそう』

「だよなぁ。正直意味がわかんない状況だけど、この外見だけは、感謝……だわ」

 

元の男の姿だったら、今日まで生き延びれていた所かも怪しいところだ。そういう意味では、こっちに来たのがネタアバター使ってるときじゃなくて良かったわ。最近偶に使っていたアメリカザリガニのアバターの姿とかでこっち来ていたら、生き延びる以前に魔物か何かと勘違いされて討伐されて終わりだった気がする。

 

それに自分の外見は自分の好みを突っ込んでる姿だからね……現実世界だったら困るけど、こういった別の世界だったら今の姿は悪くないというか総合的に見ればいい方に転ぶ。勿論不便も、いくつか、あるけど……

 

(コメント欄ONLY)

 

『あれ、寝ちゃった?』

『まぁ、結局10時間近く配信していたわけだし仕方ない』

『寝顔可愛い。もう中身とかどうでもいいです、推しにします』

『性別とかどうでもいい。重要なのは可愛いか可愛くないかだ』

『上級者来たな』

『というか若干幼さの残ったショートボブ黒髪美少女とか性癖クリティカルなんすよ。推しにしない選択肢はないです。バイト増やさなきゃ……』

『同志よ( ゜∀゜)人(゜∀゜ )』

『っていうか寝てる姿もマジで配信すんのな』

『いつ来てもリアルタイムで会えるっていいよね。もっと人気出て欲しいけど、人気出すぎるとコメント反応してもらえなくなりそうだからあまり視聴者増えて欲しくない気持ちもあるというジレンマがある』

『わかる』

『一人暮らしワイ、サブノートでカズサちゃんの配信を常に開きっぱなしにしておくことを決意。出かける時はカズサちゃんにいってきますして、帰ってきたらお帰りなさいって言ってもらうんだ……』

『天 才 か』

『むしろ変態じゃない?』

『天才と変態は紙一重』

『というかちょっとそれ空しくない?』

『独りの部屋にただいまを言うくらいなら、その程度の空しさなどなんともない』

『でもちょっとカズサさんに「おかえり」っていって欲しいかも』

『……配信に来た時の挨拶を「ただいま」にすればいいんじゃね? んで、それに対する返しを「おかえり」にしてもらえばいい』

『ヲイヲイ、天才しかいないのかここには』

『後は抜ける時も「いってきます」にして「いってらっしゃい」と返してもらえば一日の活力を貰えそう』

『ついに俺にも、物語でしか見たことなかった美少女が家で待っている生活を体験できるのか……?』

『尚帰宅時風呂もしくはトイレ中の可能性』

『それはそれでご褒美では?』

『通報』

『ところで話ぶった切るけど、お前らPCのボリューム最大にしてみ?』

『ん……なんで?』

『あ、これ……寝息か!』

『うむ。がっつり寝息を拾ってるっぽい』

『マイクの性能いいなぁ、おい』

『これアレだな? タブレットで配信流して横に置いて寝れば実質添い寝なのでは?』

『ちょっくらタブレット買ってくる!』

『いや家電量販店とか開いてねぇだろこの時間』

『AMEZONで頼んだら今夜中に届かないかな?』

『AMEZON:無理言わんといて』

『デスクトップPCワイ、ディスプレイを枕の横に置いて寝る事を検討中』

『圧が強そう』

『ああでも、朝彼女の声で目が覚めるのは良さそうね』

 

当人は寝てるのにコメント欄はなぜか加速していく……

 




前回残MP:33920
今回増減:
<<ライト習得費用>> -1000
宿代 -2000
朝食代 -160
昼食代 -180
スパチャ +17850
残MP:48430


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おはようございます

 

翌朝。

 

「……うわなんで登録者とMP増えてるの?」

 

目が起きてウィンドウを確認したら寝てる間に登録者が50人程、MPは20000前後増えていた。いやなんで寝てる間に投げられた方が起きているときより多いんだよ……前も寝てる間に投げられてたけどさ。

 

ふと思い立って、口元に触ってみる──涎の跡無し、ヨシ!

 

尚視聴者数も、減りはしたものの3桁人数は余裕で超えていた。なんでや。

 

『あ、カズサさんおはよー』

「ん、おはよー。起きてすぐ見に来てくれてたのか?」

『早く目が覚めたからカズサさんの寝息BGMにTwitter眺めてた』

「……っ、成程」

『あ、コーユーの気持ち悪い?』

「いや全然大丈夫」

 

本当は全く気にならないというほどではないが、そういうのは以前常連からも言われていたし、そういうところも含めてコンテンツとして提供することを決めたのだ。なのでこちらから否定することはない。

 

『カズサちゃんおはよー』

『おはようございます』

『あ、そういえば起きてそうそうご相談があるんですが』

 

そういって早起き組(徹夜組もいそうだが)のリスナーが提案してきたのは、ウチの配信でのあいさつのルールだった。えっと何々、「ただいま」に「おかえり」「いってきます」に「いってらっしゃい」、後はおはようにおやすみ。──いや、普通の挨拶やんけ! てっきり「おはカズサ~」とかそういった類の(正直ちょっと言うのは恥ずかしい)奴を提案されるとは思ったわ。

 

とりあえず別にそういった所にはこだわりはないし、ただの挨拶で言いづらくもないので了承すると皆に喜ばれた。まぁこの程度で喜ばれるならいくらでもするけどさ。俺にデメリット何もないし。

 

『ああ、後もう一個お願いが。多分配信聞きながら寝ている連中いると思うので起こしてあげてもらえる?』

「いいけど、でもどうやって?」

『大きな声出せばいいんじゃない?』

「あーいや。ここ安宿で防音もアレだからあまり大きい声出すのは……」

『だったらマイクに出来るだけ近づいてすればいいんじゃない?』

「ああ、了解」

 

俺はその提案に頷くと、カメラを手に取って出来るだけ口元に近づける。多分これほぼ俺の口元しか映ってないだろうけどまあいいか。

 

俺は息をすうっと吸うと、大声になりすぎないように注意して声を発した。

 

「おはよー、起きろー、あさだぞー」

 

こんなんでいいのかなと思いつつ、コメント欄に視線を戻すとサムズアップの絵文字と共にスパチャが飛んできた。いやまあ女の子の声で起こしてもらうってのは俺でも悪い気はしないしいいけど、何故元々起きてた君らが投げてくる。

 

後起きてきた連中も当然のように投げて来た。

 

……ありがたいけど、言葉を選ばずに言えばちょろすぎてお兄さん君らの将来がちょっと心配だ。俺相手でこんなだと、生身で触れれる純正の女の子相手にしたらどうなっちゃうんだ? あまり女の子に貢ぎすぎないようにな?

 

 

(某所掲示板にて)

 

【CG】TSOurTuberカズサ考察スレ【特殊メイク】

 

85: 名無し

 

ていうか本当に元が男だったって信じている奴いるのかよ

そんな訳ないだろ

 

86: 名無し

 

でも喋り方とか仕草は普通に男っぽいところはあるよな

割と下ネタにも普通に反応するし

 

87: 名無し

 

シモに反応する女配信者なんていくらでもいるだろ

女に夢見すぎだぞ

 

88: 名無し

 

ただ確かに仕草とはそうだな。

ベッドに座る時とかさ、途中まで胡坐かきかけて慌てて脚閉じて普通に座りなおしたりしてたり

 

 

 

 

正直あの仕草は良かった

 

89: 名無し

 

その辺確かに無防備っぽいところはあるよな

スカートが短くないから見え……になりそうにないところが残念だけど

 

90: 名無し

 

元男だとしてもパンツ見たいの?

 

91: 名無し

 

見たいですが!?(血涙)

 

92: 名無し

 

必死すぎる

 

93: 名無し

 

あーでも、カズサさんいつかはやらかしそう。こないだもアレだったし

 

94: 名無し

 

こないだのアレkwsk

 

95: 名無し

 

まだ準備期間で元々の常連に配信してた時、昨日着てた寝間着で思いっきり前かがみになってな……その時に谷間と白い物がちらっと

 

96: 名無し

 

スクショはよ

 

97: 名無し

 

いやあの時は人数少なかったから残念ながら誰もとってなかった

 

98: 名無し

 

無能オブ無能

 

99: 名無し

 

でも常時配信してるって事はそういう事故は起こす可能性高そうだなぁ

 

100: 名無し

 

常時配信はかなりインパクトは強いよなぁ。個人相手の常時ライブカメラとか俺は聞いたことないぞ

 

101: 名無し

 

昼間の散歩の時の映像もすごかったしなぁ。見た目も◎だし間違いなく伸びるよな、彼女。

 

102: 名無し

 

正直、普通に女の子として売り出した方が伸びたと思うんだけど、なんでTS設定にしたんだろ?

 

103: 名無し

 

流行りに乗ったのか?

 

104: 名無し

 

確かに流行ってはいるけどアレ一部界隈だぞ、万人向けじゃない

 

105: 名無し

 

そもそも設定じゃない可能性。

俺ずっと配信見てたけど、どう見てもCGじゃないんだよな。今のCG技術すごいけど、細かく見てると絶対に違和感があるところがある。それが全くなかった。

 

それに建物だけならまだしも、そこらで売ってるものとか歩いている人間も現実の物にしか見えなかったし

 

106: 名無し

 

大規模なセットだったんじゃないの?

 

107: 名無し

 

お前配信みてたか? 結構な範囲を歩き回ってたぞ。あれ全部セットで歩いていた人間全員エキストラってのは無理がある。あれOurtuberの配信であってハリウッドの映画じゃねーんだ。あれだけのもの作るのにいくらかかると思ってるんだよ

 

108: 名無し

 

もしかして:運営がハリウッド関連

 

109: 名無し

 

だったらもうちょっと宣伝するだろJK

 

110: 名無し

 

え、てことは異世界から配信中ってマジ?

 

111: 名無し

 

嘘だとは思いたいんだけど、長く見続けるほど否定する要素が消されていくんだよな……魔法も使ってたし




前回残MP:48430
今回増減:
スパチャ +35000
残MP:83430

総合評価1000到達ありがとうございます!


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登録者1000人突破!

 

さて、翌日曜日も当然配信である。というかずっと流しっぱなしな訳だが。

 

朝起きて、なんか俺の配信を聞きながら寝てる奴を起こしたり、あずかり知らぬところで挨拶の案がきまったりしたことを聞きつつも、後は最近の午前のルーチンに突入してゆく。

 

顔を洗って、歯磨きして、朝ごはんを食べて。

 

そして洗濯である。

 

常時配信の俺としては、配信中のどこかでこういった生活じみた事をせざるを得ない。そして洗濯物は乾かさないといけないので、やるなら朝方である。……なんか朝方でも視聴者が300人超いたけど、大部分は付けっぱなし勢だろう、多分。洗っている最中も割と速い速度でコメント流れていたけど。

 

しかし3桁の人間に見守られながら自分の身に着けていた女物の服や下着を洗濯する事になるとか、ほんと人生どうなるかわからんよなぁ。いや、今の状態すべてが想像もつかなかった状態だったけど。

 

ちなみに新規のリスナーさんには

 

『うっわマジでそんなところまで配信するんだ』

 

とか、

 

『生活感あふれまくりの配信だな』

 

とか言われたけど、当然ですよ。こっちは自力で生活しないといけないので(いや実質リスナーさんに養われている状態だけど)、配信の為のお手伝いさんとかもこっち側にはいかないからね。

 

ちなみに昨日来た服は一張羅、下着もそうだったので配信に映らないように注意した。

 

まぁ下着なんかは一張羅──というか買った方の奴でも、そもそも男物だろうが女物だろうが洗濯物の下着が配信に映るのは微妙なのは間違いないんだが、普段の奴は無地だし装飾もないからたたんでおけばぱっと見下着には見えない。それに対して一張羅の奴は、あれ完全に下着に見えるだろうからなぁ。

 

ま、そんなこんなで朝のルーチンも終わり。それから先は昨日をなぞるような配信を行った。

 

これは早速ネタ切れになったというわけではなく、予定通りだ。最初の二日は初見の人が大多数になりそうだし、同じような配信をしようと常連達と相談済みである。その旨は昨日見に来てくれた人に伝えておいたから、視聴者の人数は昨日と同じくらいかちょっと減るかなーと思ったんだけど。

 

800人超エマシタヨ。2日前のチャンネル登録者数を超える視聴者である。異世界と外見美少女パワーはすさまじいと言わざるを得ない。前日より大分増えたのは、SNSである程度広まってくれたのかな?

 

それに伴い、チャンネル登録者も1000は軽く超えた。夕食と水浴びを終えた頃にはなんと1300人超えだ。一週間前の倍の登録数。ここまでは確実に成功したといってもいい。

 

そして。

 

『ところで、1000人記念に何かしないんですか?』

 

そんな事を言われたのは水浴びの後、髪を乾かしながら雑談しているときの事だった。

 

1000人超えたの、割と早い段階だったんだけどその時は街に出ていた時だったからありがとうだけ返して、そんなには深く話さなかったんだよな。

 

自分みたいな零細OurTuberにとっては1000人ってかなり大きな節目のハズなんだけど、視聴者数が現実味のない人数になっているせいでコメント欄の応対と世界の紹介でわりとめいっぱいで軽く流してしまい、あまつさえそういわれるまで忘れていたのです。ある程度冷静に対応できていると思ったけど、内心は結構テンパってたわけだ。

 

しかし、1000人記念か。

 

 

「んー、でも何をすればいいかな? 俺の場合、記念配信もクソもないわけだし」

『常時配信中だしね』

『そもそも初配信中だしなぁ』

 

いや初配信ではないけどな? まぁ常連勢以外にとっては初配信みたいなもんか、俺もそんな感じで進行してるし。こういう節目の配信って皆なにやってんだろ? コラボ配信とか、質問受け付けて答えたりとか? いやでもコラボはやりようがないし、質問に関してはここ二日の配信がそんな感じだったわけで。

 



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記念製作

 

『雑談配信だと、今やってることと何も変わらんしなぁ』

「今の俺、手持ちの物も少ないから準備できるものもないしなぁ……あ、でもなんかネタもらえれば作れるかも?」

『あー、モデリングしたものを実体化できるんだっけ?』

「そそ。材質によってMPが掛かるからなんでもできるってわけじゃないけど」

 

そういや異世界の街の光景見せたり、魔法(<<ライト>>だけど……)は見せたけど、モデリングの奴は見せてなかったな。目の前で簡単なのを作って見せるとかはアリだったかもしれない。コストかかるけど……でも、この二日間でそれなりにスパも投げてもらっている(寝ている時間や水浴びから上がって髪を拭いている時に投げられるのはよくわからんが)から、ちょっとMPには余裕が出てきている。

 

うん、ちょっとくらいは還元もすべきだよな。モノづくりだったら時間とMPさえあればいろいろできそうだし。ただ何を作るかだけど、

 

「えっと、なんか作った方がいい奴ある? MP消費するからなんでもってわけにはいかないけど、1000人記念とスパチャのお礼としてなんか作るよ」

『あ、だったらカズサちゃん新衣装作ろうよ。登録1000人突破新衣装』

『カズサさん、確かその服含めて3着しかないんでしょ? もっと増やそうよ』

『それにもっと配信映えがする衣装はあった方がいいと思うし』

「衣装かー……」

 

俺Vの物じゃないけど、Vとかだったら記念に新衣装とかありそうだな。

 

荷物はあまり増やしたくないんだが……でも、確かにもう1セットか2セットくらいはあってもいいか。5セットあれば大分余裕が出来てくるし、まだ持ち運びも可能な範囲だろう。

 

あと、昨日一張羅を着てしまったので今日来ていたのはくっそ地味なワンピースだ。値段重視で買ったやっすい奴である。確かに配信で着るにはメリハリがなさすぎる。毎日分はさすがにないにしても、人が多く来てくれるであろう週末用は欲しいかも。

 

うん、よし。

 

「それじゃ衣装っていうか、服を作ろうかな? みんな見に来てくれてチャンネル登録してくれたお礼として作ろうと思うけど、なんかリクエストある?」

『スク水!』

「却下で」

『即答!?』

『やっぱり恥ずかしい?』

「恥ずかしいというか、なんとなくしちゃいけない事をしている感が……」

 

普通にスカート穿いてるし、なんなら女物の下着をつけているので今更といえば今更なのだが、スカート位なら仮装と思えばそこまで別に変な感じはしないし、下着に関しては必要な物だからそこまでなんだけど。

 

さすがにノーパンで生活する気はないし、ブラはブラで宿の自室にいる時はともかく動き回る時は下着をつけていないと揺れて落ち着かないし、擦れる。なので着けないという選択肢はない。

 

それに対してスク水は全く必要なものではないし、何より水辺でもない状況下で着たらもう完全に性的に見られる目的としか思えない。そんな恰好をするのはなんとなく本当にダメな気がする。気分的なもんだだけど。

 

まぁスク水だと露出はそこまででもないかもしれないが……。

 

というか、その辺の気持ちがあるのは間違いないんだが、それ以外にもっと根本的な理由があるのだ。

 

「それに、そもそも素材がないんだよ。スク水ってナイロンとかそういった素材だろ?」

『あー、合成樹脂とかそれ系の素材がそっちの世界にはないのか』

「そういう事だ」

 

いくら形状がモデリングできても、素材がなければどうしようもない。

 

……実は素材の中にはよくわからない名称のものがある。恐らくこちらの世界にしかない素材なんだろう。それらの中には撥水性の高い素材があるのかもしれないが……作ってみないとわからないので、そう簡単に手は出せない。というかどっかで調べておくべきだな。

 

「とにかく、そういった事情でスク水はなしで。後、出来ればデザインが複雑すぎない奴でイメージしやすいのがいいかな」

『あー。そっか、サンプルそっちじゃ見れないのか』

『口頭で伝えるのもなかなか大変だしね』

「それもあるし、あと複雑だとその分素材代もかかりそうだから……金属とか入ってくるとアレだし」

『あーね。それだと制服とかがいいかな』

「そだね」

 

この人数だと意見を聞きながらデザインしていくのも大変そうだし、イメージしやすい制服系の方が作りやすい。

 

そう思って頷いた瞬間、コメント欄が制服祭りになった。



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コスプレ衣装と一方その頃

 

メイド、ナース服、セーラー服、ブレザー、婦警、チャイナ、CA、アオザイ──まぁこの辺はまだオーソドックス。それ以外にも、

 

レースクイーン……だからそっち系統は素材がないつったべ!

ゴスロリ……制服じゃないし、そもそも複雑なのはやめろといったんだが。

逆バニー……バニーガール……いや逆って何が逆なんだよ?

園児服……ふ・ざ・け・ん・な。

 

と、突っ込みどころ満載のリクエストも多かった。

 

これ以外にも、いくつも制服の種類が挙げられたけど……いや制服でもメジャーじゃなきゃ意味がないんだよ、俺が知らないマイナーな奴を上げてくるな! 特定地方にしかないレストランの制服とかしらないよ!

 

結局数分程討論……というか好きな制服を上げよう大会が続いた後、このまま放っておいても収拾がつかない気がしたので俺は上げられたものの中から一つを選択した。

 

「わかった、今回はセーラー服にする。いいよな?」

 

それなりの人数が上げていたし、それ以外にも上げられた中ではメリット……いや、デメリットが少ない衣装だからだ。

 

まず単純にデザインが楽だ。テクスチャ書きもそれほど難しくない。

それから、夏服にすれば全般的に布の数も少なくて済む。必要とする布の量に応じてMPがかかるので、少なくて済むならそれに越したことにない。

それにセーラー服なら、あまり派手さもない。多分あれを着ていてもそこまで目立たない気がする──ようするに普段着として使える。

 

以上の理由からそう提案すると、多少ブーブーと言っている奴はいたものの概ね了承が返って来た。

 

「オーケー。それじゃ、暇見てセーラー服作っておくよ。お披露目は……多分何日か後になるから、それまで待ってな?」

 

そう伝えると、コメント欄から喝采が飛んできた。お前らそんなにコスプレ好きか。セーラー服で喜ぶとか年齢層が高そうな気がするんだが?

 

◇◆

 

(第三者視点)

 

そんな感じでカズサが自分の新衣装を作り始めている頃。

 

グリッドの街の近郊……とはいえ徒歩であれば1~2日はゆうにかかる距離の森の中を、一人の女性が歩いていた。

 

ちゃんとした道があるとは言え、大きな街と街を結ぶ街道ではない。近隣の集落とグリッドの街を繋ぐ道ではあるが、そこを通る交通量はそれほど多くはなかった。

 

ましてや、娘が一人で歩くような場所ではない。いや、腕に覚えのある傭兵であれば違うだろうが……娘の姿はただの村娘の物だった。

 

そんな娘が、こんな見通しの悪い森の中の街道を歩くのは自殺行為だ。こんな所で襲われれば助けを求める事も出来ない。更には森の奥底に連れ去られ乱暴された上で殺され、埋められれば証拠も残らないだろう。

 

この世界、街道沿いの商隊を襲うような強盗団はそれほど存在しない。余程腕利きではない限りは国や街が編成した部隊に討伐されるし、商隊の雇う傭兵に返り討ちにされることもある。街の近くにない更に辺境に近い区域ならまだしも、辺境とはいえそれなりの規模があるグリッドの街の近郊をなわばりにするような"職業"強盗団は存在していなかった。

 

そう、"職業"にしている連中は、だ。

 

偶にいる少数の旅人を襲い小銭を稼ぐ、"副業"の強盗は存在している。

 

彼らは普段は何食わぬ顔で街や集落で暮らし、稀に森など人の目に付きにくい場所で警戒心の薄い旅人を襲う。現代世界ほどには人の所在を追跡しやすくない世界だ、旅の途中で姿を消しても気づかれないことは多い。森の土に返してしまえば証拠も残らない。

 

今、女を囲っているのは、そんな連中だった。

 

彼らは森の中で久々の獲物を前に舌なめずりしていた。

 

格好からして、金銭的な旨味は少ないだろう。だが若い女、快楽的な旨味はありそうだ。

 

男たちは森の中から姿を現す。前方から、後方から、逃げ道を塞ぐように下卑た笑みを浮かべて。

 

──きっと女は慌てて逃げようとするか、腰を抜かして座り込むだろう。恐怖に失禁するかもしれない。

 

男たちはそう考えていたが、女の反応は違った。

 

女は男たちが森の中から姿を現しても、歩みを止めなかった。

 

それだけじゃない。良く見ると歩き方も少々おかしかった。少々ふらついているように見える。

 

もしかして病気持ちか? と男達は舌打ちした。病気持ちでは、下手に犯したりしたら病気を移されるかもしれない。

 

仕方がない、小銭稼ぎだけにするか。嘆息して、今だ歩みを止めない女の動きを止めようと、一人の男が前に立った、その時だった。

 

ふらふらと歩いていた女の動きが、突然変わった。突然前の方に倒れこみそうになったかと思うと、次の瞬間には男の目の前に現れ、そして──獣のように喉笛を食いちぎった。

 

男は、まるで何が起きたかわかっていない驚愕の表情で、首から赤い鮮血を迸らせながら倒れこむ。

 

その光景を目の前にして……その後ろに立っていた男が武器をとっさに構えられたのは奇跡だっただろう。男たちは歴戦の戦士ではない、普段からひ弱そうな旅人を狙って襲っている只のチンピラだ。そんな戦闘慣れしていない男が、目の前の異常な光景を目にして、咄嗟に武器を構えられたのは奇跡。更には今度は貴様だと向かってきた女に向けて武器を振るえたのは、更に上位の奇跡だったろう。

 

振り下ろした刃は見事女の頭を捉え、女の頭を叩き割った。崩れ落ちる女。状況がまるで理解できないまま、とりあえず助かった、そう男が思った瞬間──

 

男の意識は闇の中に落ちた。

 



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新衣装(?)完成

「……できた!」

『お疲れ様!』

『おっつー』

 

前傾姿勢になっていた体を起こし、両手でガッツポーズをしながら上げた声に、コメント欄からねぎらいの言葉が届く。

 

リクエストを受けてから3日目の夜。あの日から比較的人が少ない時間帯を選んでちまちまとモデリングしていたカズサは、ようやくその作業を完成させて一つため息を吐いた。

 

日中は街を散策したりいろいろ調べものしてるし、夜や朝はコメント欄の皆と雑談しているから意外と完全フリーな時間てないんだよなー。

 

驚いたことに、平日の昼間でも(開きっぱなしなのが結構な数いそうではあるが)同接は3桁をキープし続けている。夜に至っては微増を続け、そろそろ4桁に到達しそうだった。チャンネル登録数も順調に伸びて1500を突破している。

 

ここまでは実に順調だ。増えていってるのは、口コミで広がっていってくれているのかな? 自分でSNSが確認できないからその辺はわからない。まぁこの辺、変にネガティブな書き込みが目につかないで済むっているメリットもあるけど。

 

まぁそんなこんなでそこそこせわしない生活をこなしつつも、三面図書いてモデリングしてテクスチャ書いて……なんとか、一連の作業が完了した。

 

実はちょっと焦っている部分があったんだよな。

 

現状アレ以降も調査などを兼ねて街を歩いているが、それ以外のコンテンツが今の所薄い。街の散策もそこまで目立つところは数多くないし、更に言えば衣装も一張羅を除けば地味もいいところだ。

 

そういう意味では新しい衣装……というか完全にコスプレ衣装だと思うが、多少の目新しさになるだろう。勿論意識的に男な上学生でもなかったのにセーラー服を着るのに抵抗が全くないわけではないが、生活の為には些細な問題だ。必要な事だからな。

 

今のこの美しい少女の体は、俺にとって大事な商売道具でもあるわけで。

 

直接的に触れられるとか、きわどいところを見せるのはさすがに忌避感があるが、これくらいの衣装を着るくらいなら恥ずかしい程度だ。安いものである。うん、俺、生活費ダイジ。

 

『これが本物にできるわけ?』

「そそ。使用する材料に応じてMPはかかるけど」

『いくらくらいかかりそ?』

「ちょっと待って、今確認してみるから」

 

Flenderを操作して、素材を指定する。リネン……亜麻でいいだろう。マテリアルに素材を指定すると、必要MPが表示された。

 

4000MP……<<ボイルウォーター>>や<<ドライ>>が覚えられる値段だなぁ。

 

『4000MPかぁ。6000円投げればいけるのか』

「あー、いや、これは今ある奴で作るよ」

 

土曜日以降、思ったよりスパチャを投げて貰えているので、MPは大分余裕がある。4000MPは滞在費としては2日分になるが、今の状況ならそこまで痛手ではない。

 

今後衣装を増やしていく時はリクエストを受ける代わりに材料代カンパをしてもらうつもりだけど、今回は登録者1000人超え記念とか(宣伝後)初配信感謝とかスパチャいっぱいありがとう!の意味での作成になるので、手持ちのMPで作る事にしていた。いや結局もらったMPだけどな!

 

「それじゃ実体化しまーす」

 

現実にエクスポートっと。

 

ベッドの上に、白と紺に赤いタイという実にオーソドックスなセーラー服がぱさりと落ちる。

 

『おー、すげー、マジで出た!』

『本当にモデリングしたものが出るんだな。なんでもありじゃん、これならいろんな機械とかも作れるんじゃ?』

「素材代がかかるし、何より機械の内部構造なんか欠片もわかんねぇよ……」

 

例えば俺がそういった職人や技術者であればいくつかの機械はつくれたのかもしれないけど、あいにく俺はハードウェア系はさっぱりである。こっちだとネットで構造調べるとかもできないし、余程単純な構造でもない限り口頭で教えてもらいながら作るのも無理がある。

 

そりゃできれば洗濯機とかドライヤーとか作りたいけどね!

 

 

 




83430
-9360
-4000
42000
前回残MP:83430
今回増減:
4日分の生活費(日曜日含む) -9360
制服代 -4000
スパチャ +42000
残MP:112070


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新衣装お披露目!

あー、誰か俺以外にこっちにそういった機械に強い人とか来てないかなぁ。その人にモデリング能力がなくても、教えてくれれば俺作るよ。

 

……なーんて、無理か。

 

聞いている限り、最初に乙ってしまった二人以外に俺と同じ状況にありそうな人間は今の所いなそうだとのこと。少なくともそれらしい配信をしているのは俺一人。配信していない可能性もあるが、その場合MP稼げないからなぁ……生きていくのも無理がありそうだ。

 

となると、現状同じ状況にいる人間はいないと考えるしかない。あー、お仲間が欲しい。ま、リスナーのみんながいるから寂しくはないけど。

 

そのリスナーさん達に逃げられないように頑張りますかね。

 

ベッドの上に落ちたセーラー服を手に取り、カメラを窓の外へ向けて固定する。

 

『あっあっ、カズサちゃん消えた』

「はいはい着替えるからちょっと待ってな」

『はーい』

『わくわく』

『着替えシーンは、着替えシーンはないんですか!』

「ねぇよ」

『モザイクかけてもいいから!』

 

このカメラにそんな機能ないし、あってもむしろいかがわしく見えそうだからやらんわ。

 

加速するコメント欄に視線を送りつつ、元々着ていたブラウスとスカートを脱いでベッドの上に放り捨てる。途端、コメント欄が加速する。……放り投げた服がカメラに映ったわけでもない、音だけで反応しすぎでは?

 

単純だなぁとか思いつつ、セーラー服を身にまとっていく。

 

『おお……衣擦れの音が』

『見えないことで逆に妄想が捗ってしまうというか……』

『ものすごくいけない事している気になります』

 

ただ着替えているだけだっつーの。

 

スカートは例によってゴムは使っていないので、ベルトで止める。上は普通に袖を通してタイを付けて……と。あ、しまったカメラを向けてないからちゃんと付けれているかわからない。この部屋鏡がないんだよなぁ……まぁいいか。

 

カメラをこちらに向けなおす前にさっき脱いだ服は畳んでしまって、と。

 

「オーケー、お待たせ」

 

カメラの固定を解除し、再び皆の前に姿を現す。

 

『おー、可愛い!』

『カズサちゃんちょっと幼い感じがあるから良く似合うね!』

「あー、タイとかつけ方これで会ってたっけ?」

『おっけーおっけー、問題ない!』

『あ、もうちょっとカメラ離してもらっていい? 全身見たい』

「おう」

 

コメント欄の要望に応えて、少し離れた位置にカメラを置いて固定した。狭い部屋だが、これなら全身が映るだろう。

 

「どうだ?」

『おお、いい……』

『こんな子とアオハルしたいだけの人生だった』

『贅沢すぎる人生で草』

『こんな可愛い子が元男な訳がない』

『馬鹿野郎、元男の女の子がこういう格好しているのがいいんだろうが』

 

TS性癖の人間がいるな?

 

いや本当に……自分がそんな特殊性癖の人の対象の存在になるとは思わなかったよ……。

 

しかし、これこの後どうすればいいんだろ?

 

ポーズでも取るか? VRCではAOTが新衣装とか用意した時撮影会とかやってたし。でも俺自身はリアルでもVRCでもあまり撮られ慣れてないから、ポーズとか思いつかないんだよなぁ。

 

『ねぇねぇカズサちゃん。ぐるっと回ってみてー』

「ん? なんで?」

『後ろとか側面からも見てみたい』

 

後ろねぇ。セーラー服の背面とか別に目綿らしいところ何もないと思うけど。まぁいっかと、俺はぐるっとその場で一回転した。

 

勢いをつけて。

 

さて、今の俺の格好だが、言わずと知れたスカートである。しかもいつものロングスカートと違い、さすがに漫画とかVRCでよく見るこれちょっと前かがみになっただけで見えるだろ的な超ミニではないにしろ、膝上丈のスカートである。というか、短い方がかかるMP少ないよなと思ってちょっとだけ短めにしてしまった。

 

で、だ。

 

そんな恰好で勢い付けて回ればどうなるかというと。

 

「うわわっ!」

 

 



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怒声

当然スカートの裾は浮き上がる訳で。俺はそれに気づいた瞬間慌てて両手でスカートを抑えつけた。そしてその体勢のまま、前傾姿勢になってしまったので結果として上目遣いでカメラに視線を向ける。

 

「見えたか?」

『大丈夫、見えてない!』

『セーフだったよー』

『かがやく ふともも まででした』

『通報する?』

 

太腿は置いておいて、とりあえず下着までは見えなかったようだ。一安心して、安堵のため息を吐く。

 

『やっぱり、下着とか見られるの恥ずかしいんだ?』

「ん?」

『反応早かったもんな。やっぱり本当は元から女の子なんでしょ?』

「いやいや、今のは映ってBANされたらヤバいと思ったから咄嗟に隠しただけだよ」

 

まぁ以前の話で下着くらいならそうそうBANされることはないって話は聞いたけど。

 

それに咄嗟に反応が出来たのも、以前AOT達に恥じらいを持てって言われたから、出来るだけ普段からそういったことを意識しているからだ。別段本当に恥ずかしくて隠したわけじゃぁ……

 

……

 

あれ?

 

『どしたの?』

「いや……」

 

なんか改めて意識したら、普通に恥ずかしくなってきたような……

 

いやいや、冷静に考えたらパンツ見られたら誰だって恥ずかしいよな。なにせ今だって俺は900人近い人間に見られているわけで。

 

見られているわけで──

 

ああああああああああああああああああ!

 

900人に見られてるって意識しなおしたら、本格的に恥ずかしくなってきたんだが!?

 

「もう着替えていい!?」

『まだはやい』

『駄目に決まってますねぇ』

『今更恥ずかしくなっちゃったのかなぁ? 可愛いねぇ!』

 

うるせぇなぁ、そうだよ!

 

いや落ち着け、落ち着け。

 

思わず口にしてしまったが、せっかく作ったのにこれで着替えるのは確かにありえない。なんというか、とにかく好評なんだからこの格好は継続しないと。ただいつものロングスカートとは違うんだから、行動には気を付けて、と。

 

「すぅー……はぁー……」

 

落ち着くために、一つ深呼吸。コンセントレーション、コンセントレーション。

 

……よし!

 

落ち着いた。なんかコメント欄から顔も見えないのにニヤニヤしている波動を感じるけど、それは無視して雑談再開だ!

 

そう思った瞬間の事だった。

 

怒声が響いたのは。

 

声が響いたのは、窓の外からだった。すぐ側ではない、やや離れた位置から怒声と、それに悲鳴が聞こえている。

 

俺は雑談に移ろうとベッドに降ろそうとしていた腰を再び上げて、窓へと駆け寄った。

 

──外には、声の原因となるような光景は見えない。ただ、同じように声を聞きつけたであろう何人かの町人たちが、宿併設の食堂から飛び出してくるのが見えた。

 

何事だ?

 

よく聞き取れないが、怒声や悲鳴は最初の一回だけではなかった。今も断続的に聞こえてきている──これは街の入り口の方から聞こえてきてるのか?

 

俺の泊まっているこの宿は、街の入り口から近い位置にある。となると、街の入り口の辺りで何かトラブルが起きたのか?

 

最初は酔っ払いでも騒いでるのかと思ったが、聞こえてくる声はもっと切羽詰まった声に聞こえる。なんだろう、すでに10日程この街に滞在しているがこんな事はこれまで一度もなかった。

 

『何が起きてるの?』

「わからん……何かトラブルが起きているのは間違いないんだろうけど」

 

様子を見に行くのだろう、何人かが街の門の方へ向かっていくのが見える。俺もちょっと様子を見に行こうかとも思ったが、やめた。態々トラブルに巻き込まれにいく必要がない。

 

ただ、声が聞こえてくるのが入口の方で、更に悲鳴混じりというのがひどく気になった。街の入り口からこの宿までは100mちょっとしかない。これだけの騒ぎになっていると考えた時、浮かんできたのが魔物の襲撃だった。この近辺ではほぼ魔物は見られないらしいが、ゼロではない。逸れ魔物が襲撃して来た可能性がある。

 

……だったら、猶更ここでじっとしているべきだよな。

 

 



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レイス

 

MPは大分たまってきたが、それを消費して能力を取得するのになかなか踏ん切りがつかずいまだに覚えている術は<<ウォータクリエイト>>と<<ライト>>だけだ。俺、ゲームとかでもステ振りとか能力取得に悩んでなかなか取得しないタイプだからなー。

 

なので、魔物相手に役に立つ術は当然何一つもっていないわけで。

 

配信の"取れ高”を考えれば、この世界で初めて見る魔物の姿を見に野次馬しに行った方がいい気もするが……それで命の危険にあってしまったら本末転倒だ。ここは宿に引きこもる……どーせ今から行っても野次馬多くて、今の俺の小柄な少女の体じゃろくに見えないだろうし!

 

「……んじゃ雑談に戻ろうか」

『え!? この状況スルー!?』

『見に行かないの?』

「皆今のこの姿の俺と会話するより、よくわかんないトラブルの野次馬に行く方がいいんだ?」

『あっ、お話がいいです』

 

ちょろい。ノリがいいだけかもしれないが。

 

窓から体を離し、ベッドの横に戻る。喧騒はおさまる気配がないがスルーで……もしかしたら入口に近いこの場所から離れてどこかに避難するべきなのかもしれないが、どこに逃げればいいかもわかんないしなぁ。一応ここ二階だし、バカでかい怪物でも現れたのでもなければ下手に外に出てあてもなく逃げ回るより、ここにいる方が安全だろう。

 

そう思ってベッドに腰を降ろしたんだが──結局俺はすぐに立ち上がって再び窓に駆け寄る事になった。

 

外から響く喧騒がだんだん近寄ってきて、そして意味ある言葉が俺の耳に届いたのだ。

 

「逃げろ!」と。

 

宿の前を喧騒と悲鳴が流れていく。

 

窓から覗き込めば、門の方から次々と人が慌てた様子で街の中心部の方へと走ってゆく。その顔に浮かぶのは混乱と恐怖だった。

 

「おい、トマス、どうしたんだ!?」

 

食堂の方から飛び出してきた客が、駆けて来た町人の中から顔見知りだろう、一人の男を捕まえて問いかける。その問いにトマスと呼ばれた男は、ひどく焦った様子で叫んだ。

 

「レイスだっ! お前も早く逃げろっ!」

 

それだけ言うと、トマスは掴まれた腕を振り払い駆けてゆく。それと同時、下の食堂が一気に騒がしくなった。怒声も響いている。

 

『カズサちゃん、カズサちゃんも逃げた方がよくないかな!』

『なんかヤバそうだよ!』

「あっ、うん」

 

レイスって、確か幽霊だよな。アンデッド系のモンスターか? 皆が逃げていくという事はレベルの高いモンスターなんだろうか。幽霊だと、部屋の中こもってても安全とはいえないよな……

 

ゾワゾワっとしたものを感じつつ、俺は窓を閉じる。

 

具体的な状況はまだよくわかっていないが、周囲の動きを見ている限りは逃げなくちゃいけない状況なのは確かなんだろう。

 

幸いな事に、自分の荷物は背負い袋にすべてまとめてある。問題は走りづらい格好をしてしまっている事だが、着替えているより早く逃げた方がいいよな、うん。迫っているのがどこまでの危険かはわからないしどれだけ余裕があるのかわからないけど……今の恰好は捲れることを考えれば走りづらいが、そこを諦めれば逆に走りやすい。さっきは見られる事に恥ずかしさを感じたが、羞恥心より命である。最悪配信に映らなければいい。

 

閉じた窓から離れ、ベッド横の背負い袋を手に取る。

 

丁度それと同時に、扉がどんどんと叩かれた。突然の音に一瞬思わず体がビクッとしてしまうが、次に聞こえた声で安堵する。

 

「カズサちゃん、起きてるか!?」

 

声は、数日前から同じ宿に泊まっている男の物だった。気さくな男で、食堂で何度か会話も交わしている。

 

俺は背負い袋をひとまず肩にかけ、扉の閂を外す。そうして扉を開くと、茶色の短髪の壮年の男が立っていた。

 

その男は、俺の姿を見て安堵のため息を吐く。

 

「良かった、起きてたか」

「何が起こってるんですか? ロバーツさん」

 

多分外の状況を見て、俺に危険を伝えてきにくれたのだろう。なので俺はそう問いかける。逃げなきゃいけないという事はわかるが、出来れば詳しい状況が知りたい。

 

長身の彼を見上げてそう聞くと、彼は一瞬顔をしかめながらも(恐らく早く逃げたいのだろう、それなのにわざわざ俺を起こしに来たので彼は善人だと思う)答えてくれた。

 

「レイスが出現したんだ」

「レイスって……?」

「知らないのか? 人に憑依する怪物だよ……そのレイスに憑依された人間が、街を襲撃してきている」

「警備隊はまだ動いてないんですか?」

 

グリッドは辺境とはいえそこそこの規模の街だ、ちゃんと街の警備隊もいる。多少の怪物なら問題なく撃退出来るハズ。

 

だが、ロバーツさんは首を振った。

 

「レイスは駄目だ。レイスに殺された人間は新たにレイスになる。レイスに憑かれた人間を倒せばレイスに取り憑かれる。レイスを倒すには浄化系統の術を使える術士がいるが、辺境のこの街にそんなレア術士がいる可能性は低い。だから逃げるしかねぇんだ」

 

なんだそれ……チートもいい所の性能じゃねぇか……



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戦場

カズサちゃんも早く逃げろよ! と言って彼は荷物を抱えて階段を駆け下りていく。そんな彼を呆然と見送ってしまった俺は、慌てて自分も下の階へと駆け下りて宿の外へ飛び出した。

 

その目の前を次々に人が駆けてゆく。街の入り口の方から逃げて来た連中だろう。彼らは皆必死な表情だ。

 

その勢いに圧倒された俺は、思わず足を止めてしまう。するとそこに駆けて来た男の一人がぶつかり、

 

「わっ……」

 

俺の小柄になってしまった体は、その勢いに跳ね飛ばされる。といっても肩がぶつかったくらいなので、尻もちをつくほどではない。ただ、よろめいて宿屋の壁に手をついてしまう。

 

そこで、改めて状況が目に入った。

 

戦場は、すでにすぐ側にあった。

 

映画やゲームに出てくるゾンビ(足の速いタイプ)のような動きでこちらに向かってくる人影。それを武器を構えなんとか迎撃している、何人かの鎧を纏った人たち。

 

ただ、さっきロバーツさんの言った通り倒すわけにはいかないのだろう。攻撃をする事もできず、防戦一方の状態だ。そんな彼らに対して、ゾンビ擬きの人影は明らかにまともな人間のものとは言えないほど激しい動きで襲い掛かっている。

 

その光景を見た瞬間、俺の足は思わず竦んでしまっていた。

 

『カズサちゃん、早く逃げないと!』

『急いで急いで!』

 

カメラは自分向けにしているので状況は余り見えていないハズだが、周囲の喧騒から不味い状況である事を察しているのだろう。コメント欄のみんなが避難を促してくるが──足が動かない。

 

元の世界で、喧嘩くらいなら勿論見たことはある。だが目の前で起こっているものとは、まるで比べものにならないものだった。明らかに命を狙ってきている、更には自らの体が壊れる事もいとわないリミッターを外した動き。見るからに真っ当な人間ならしない動きで襲い掛かるそいつらを、警備隊や傭兵らしき人たちが必死になんとか抑え込んでいる。だが、すでに何人かは傷を負い、鮮血を滴らせていた。

 

俺自身はこれまで平穏な人生を送って来た人間だ、現実でこんな光景はみたことがない。ゲームでなら見たことはあるが、目の前の光景は明らかなリアルだ。

 

逃げなきゃ、というのは解っている。だが足の竦みと、突然の修羅場で思考が混乱して動けない。

 

と、その時だった。

 

人影の中に、見知った姿が見えた。鎧を纏った、一人の男。

 

俺がこのグリッドの街に来た時、門番をしていた年若い男。俺がこの世界に来て最初に会話した人間であり、いろいろ案内してもらったのでよく覚えている。

 

その彼が、戦闘の場の中にいた。──襲う側として。

 

その瞳が紅い。確か彼の瞳は元々碧かったはずだから、あれがレイスに取りつかれた証拠なのだろうか。

 

それに気づいた時、ようやく竦んでいた足に力が入った。

 

そうだ、早く逃げないと──

 

そう思って身を翻した瞬間、背後で悲鳴が上がる。思わず振り返ってみれば戦っていた警備兵の一人が倒れていた。その腕は広く深紅に染まっている。なんとか他の警備兵がフォローに回るが、ダメージが大きいのか彼は立ち上がる事ができない。

 

くそっ、浄化の魔法を使える術士はまだなのか。あるいはロバーツさんの言った通りこの街にはそもそもいないのか。だとしたらあの倒れた兵士の人も間違いなく助からない──

 

俺は慌てて何かを振り払うように首を振る。もしそうだったとしても、俺にはどうにもならない。だって今の俺には何の力もない。

 

──本当に?

 

混乱している思考の中、そんな言葉と共に数日前の夜の記憶がよみがえる。

 

確かに、今の俺には戦う力はない。だけど──

 

次の瞬間、俺は逃げるのを忘れ、反射的にメニューを開いていた。そしてスキルの一覧を開くとどんどん下へとスクロールしていく。

 

数日前、取得スキルを検討していた時に見つけていたもの。その時は取得する気がなくてスルーしたが、あの時いくつかの特攻魔法らしきものを発見していた。確かその中に──

 

「あった……」

 

<<ピュリファイ・スピリット>>。その効果は浄霊──霊体エネミーの浄化による消滅!

 

 



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43話

あー、なんで気づいちゃったかなー、もー!

 

気づかなければ、ただ逃げまどう一般市民の一人でいられたのに。

 

この術を覚えれば、この場を何とかできちゃうじゃないか。そう思って俺はその習得に必要なMPを確認し……一気に力が抜けるのを感じた。

 

200000MP。

 

に、にじゅうまん……

 

自分の現在MPを確認する。ここ最近で結構な額を投げて貰えたけど、エリクサー症候群患者の傾向がある俺はなかなか術の取得に踏ん切りがつかず、いまだ新しい能力を取得せずにもらったMPは生活費以外は使わずに残していた。そのお陰でがっつりMPは残っているけど、それでも11万ちょっと……全然足りない。

 

一瞬もしかしたら目の前の惨状をなんとかできるのではないか、そんな事を考えてしまったからこそどっと体が重くなる。

 

世界を救えと神様辺りに言われたわけでもない俺には、この状況を解決する義務はない。

 

俺に英雄になりたいなんていう願望はない。

 

だけど。

 

もしかしたら助けれるかもしれない力が取得出来ていたかもしれない。

 

もう少し頑張って配信してスパチャを集めていれば、20万に届いていたかもしれない。

 

かもしれない、かもしれないだ。

 

別に自分に責任がないのなんてのはわかってる。そこまでうぬぼれてなんていない。それでも、なんとかできる可能性が存在していたことに俺は気づいてしまった。

 

これが普通の怪物だったらむしろ俺は真っ先に逃げ出している。この世界の住人歴がようやく二桁日数に達した程度の俺よりも、上手く対処ができる人間は他にいるだろうから。

 

でも、今のこの状況は、もしかしたらこの街でなんとかできるのは俺だけしかしない可能性があった。

 

──俺は小市民だ、

 

もっと明らかに無理な数字だったらそんなことは思わなかった。現実的に届き得たかもしれない数値が俺の心をグサリと突き刺す。何とかできた可能性があったかもしれないのに。これまでの行動が理由で、もっとうまく立ち回っていたら──

 

『【50000円】』

「え?」

 

視界の端。コメント欄に赤いものが流れて、無意味な思考の溝にはまりかけていた意識が浮上する。

視線をあげれば、赤い何かはスパチャだった。50000円──設定できる最高額の投げ銭が急に投入されたのだ。

 

「え、なんで、このタイミングで」

『すげぇ、石油王か?』

『でも確かにこのタイミングは謎』

『謎でもなんでもない』

 

思わず漏れる言葉、突然の高額投げ銭に一気に盛り上がるコメント欄。そんな中、先ほど赤スパを投げたユーザーのコメントがある。

 

『推しがつらそうな顔しているのに、その手助けをしないって選択肢はないだろ』

「手助け、って……」

『そのスキル、覚えてなんとかしたいんだろ? 頼ってよ、俺達リスナーを』

「頼る……」

 

そのコメントを最後に、コメント欄が静まり帰る。俺はそのコメント欄をじっと見つめる。

 

リスナーには、今までだってずっと頼っている。

 

彼らにとっては、命の危険も何もない。この世界の住人を守る必要なんかどこにもない。

 

必要なのは金銭の負担だけ。だけどお金だ、されどお金だ。これまでだって結構長くを投げて貰っている。安易に投げてくれなんて頼めない、だけど。

 

俺はごくりと息をのむと、少し震える声で、でも精いっぱいの気持ちを込めて言った。

 

「今は、頼らせて、欲しいっ! 能力を取得して、この状況をなんとかするために20万MPがいるんだっ」

 

街を守らなきゃとか、そんな思いからの理由ではない。自分の心を守るためのエゴイズム。それを理解した上で、俺はカメラに向けて頭を下げた。

 

その瞬間、コメント欄が爆発した。

 

「任せろ!」や「よし来た!」という言葉。サムズアップや力こぶの絵文字。様々なAA。まとまりのないが意思の伝わるコメントと合わせて、10000や5000、3000とスパチャが乱れ飛ぶ。

 

瞬く間にMPは増加してゆき、そして<<ピュリファイ・スピリット>>のアイコンが有効になった瞬間、俺は習得ボタンを押していた。

 

 




前回残MP:112070
今回増減:
スパチャ +118000
<<ピュリファイ・スピリット>> -200000
残MP:30070


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浄霊は任せろー

「皆、ありがとう!」

 

まだスパチャが飛び回っているが、必要な分はもらえた。俺はカメラを正面から見つめて頭を下げると、正面においていたコメント欄とカメラを横に移動して走り出す。

 

説明分に書いてあったが、<<ピュリファイ・スピリット>>には有効距離がある。その距離は10Mだ、かなり短い。

 

戦場となっている場所へ突入するのが怖くないわけじゃない。でもみんなのおかげでアドレナリンがでているのか、先ほどまで竦んでいた足は驚くほど素直に動いてくれた。そのまま俺は一番近くで戦っている女傭兵の後ろへと駆け寄っていく。

 

女性はすでにいくつか傷を負っていたが、それでも引く様子はない。このままだとじり貧なのはわかっているだろうに、レイスに憑かれた男の攻撃を防ぎ続けている、

 

すごいと感嘆しつつ、俺は彼女の背後に回った。女性は気づいたようだが余裕がないのだろう、視線をこちらに向ける様子はなかった。ありがたい──後で冷静になってから気付いたが、いきなり戦闘能力のなさそうな少女が後ろに回ったことに気を取られて女性が殺されていたらトラウマどころの話じゃなかった。

 

──腕を突き出す。術の説明には、利き手の平を向けた方向に術の効果が発動するとあったからだ。

 

そして俺は術を発動させるため、叫ぶ。

 

「<<ピュリファイ・スピリット>>!」

 

頭に浮かんでいるのは、発動してくれという事と、効いてくれという思いだけ。

 

──断末魔が響いた。

 

まるで、金属をひっかいた音のような不快な悲鳴。それと同時、糸の切れた操り人形のように、女性の前にいた男が崩れ落ちた。

 

これは……効いたのか?

 

崩れ落ちた男は動き出す気配はない。そしてそれを確認した女傭兵が、こちらを振り返り声を上げた。

 

「貴女! 浄霊の魔術が使えるの!?」

「はっ、はいっ! 使えます!」

「だったら、他もお願い。私が前を守るから、私の指示に従ってどんどん浄化して頂戴!」

「わかりました!」

 

俺が頷くのを確認し、彼女は駆けだす。こっちとしても指示を貰えるのはありがたい。術が怪物に通用するのは解った。不謹慎かもしれないが、先ほどまでの不安が消え、心が湧きたつのが分かる。

 

みんなのお金の力で、この街を護れる!

 

 

◇◆

 

「これで最後よ」

 

崩れ落ちた男を見下ろしつつ発された女傭兵の言葉を耳にして、俺はどっと脱力して地面にペタンと座り込んでしまった。スカートを抑える事も忘れたので地面に直接お尻が触れるのもわかったが、治す気も起きない。むしろひんやりとした地面の感触が、興奮と走り回った事により火照る体に心地よかった。

 

「大丈夫?」

「はい、大丈夫です」

 

心配気に女傭兵が覗き込んで来たので、頷いておく。

 

前衛を彼女が張ってくれたおかげで、俺自身はレイスに直接襲い掛かられてはいない。

ただ、これは恐らく術を使ったので消耗したのだろう。全身を疲労感というか倦怠感が包んでいるのを感じる。

 

安堵、それに今更戦場にいたという事に対する恐怖がポップアップしてきて、力も入らない。少しこのままでいれば、落ち着いてくれるかな。

 

途中で女傭兵だけではなく他の警備兵の皆も俺が浄霊出来る事に気づいたので、全員が上手く連携して動いてくれた。結果として俺が参戦した以降に深い傷を負った人間は一人もいなかったようで、良かったと思う。

 

すでに怪我をしていた人たちも、すでに治療を受けているようだった。手を翳しているのは<<ヒーリング>>とかを使っているのだろうか。

 

女傭兵は俺の無事を確認すると、他のけが人の手当に向かっていった。本人も怪我しているのにすごい人だなぁと思う。俺は立ち上がる事も出来ないっていうのに。

 

でもまぁ、安全になった事に気づいた町人たちが戻ってきて手当やらなにやらに回ってくれているので、人手は問題ないだろう。というか俺頑張ったし。俺としてはめっちゃ頑張ったし。命に係わるような重体の人もいないようなので休ませてもらってもいいよね。

 

何人かの警備兵の人が声を掛けてくるのに笑顔で答えながら、ため息を吐く。こっちの世界に来てからずっとのんびりすごしていたのに、突然の大騒動だ。

 

でも無事に潜り抜けられた。みんなのでおかげで。

 

ふとそういえばと横に回していたコメント欄とカメラを前に回すと、激しくコメント欄が回っていた。「お疲れ様」「よく頑張った!」「えらい」とかいろいろねぎらいの言葉が流れてて、思わず顔に笑みが浮かんでしまう。

 

とたん、「あっ、その笑顔いい!」「可愛い!」とかコメントが様変わりして、今度が笑いが口から洩れてしまう。

 

ほんと、美少女相手だとちょろいよな、みんな。

 

でも、この結果は皆のおかげだ。背中を押して、力を貸してくれた俺のリスナーは皆、最高だ。

 

だから最大の感謝を込めて、笑顔とピースサインをカメラに向けた。

 

「本当にありがとう。サイコーだよみんな」

 

◆◆

 

【InfomationMassage】

 

──新しい能力がアンロックされました。MP消費で獲得可能です──

 




そろそろストックが切れそうです


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1.5 はじめての旅路と温泉
その後の話


「まさか北方の巫女様がちょうど滞在してくれているとは! 本当に助かりました!」

「違いますからね!?」

 

大変な事になった。

 

いや、別に再度襲撃があったわけじゃない。あの後新たな怪物が現れるようなことはなく、一時の混乱を超えて街は平穏を取り戻した。そう、()はね。

 

俺は結局あの後しばらく立ち上がれなかったので、話しかけてくる街の警備隊の人や救助等の手助けにきていた町人と話してたんだけど……そんな事している間に危機が去った事を伝え聞いた他の町人達も集まってきてしまって。

 

で、そんな面々に対しても伝言ゲームで俺の事が伝わっていったわけだが。

 

そう、伝言ゲームである。こういった時の伝言ゲームは非常によくない。

 

気が付けば、俺は巫女といわれるようになっていた。

 

ちなみに巫女はレイス達を含めたアンデッドエネミーが多い北方の国で、それらを滅ぼすための術式を得意とする職業なんだそうだ。俺が浄霊を行ったことで、そう思われたらしい。

 

勿論別に北方ではなくても浄霊を可能とする術士は存在しているが、こちらの地方では通常ほぼアンデッドエネミーは出現しないことから数が少ないために大体どこかの街で雇われているのでフリーの術士は少ないし、何より俺の恰好が悪かった。

 

巫女の恰好は、"白と赤を基調とした、この辺ではあまり見ない服"なんだそうだ。

 

で、俺がその時着てた服はセーラー服である。

 

うん、スカートは紺だけどブラウスは白いね。それでタイは赤いね。巫女さんで赤い部分はそこじゃなくて袴部分だけどね!(現代日本と同じなら)

 

更に言えば俺のこの格好はリスナーのよくぼ……希望したただのコスプレ衣装だけどね!

 

なので違いますと説明しているんだけど、じゃあどこの出身なのと言われると答えられないため、その結果どうやら俺の正体が"諸事情で正体を公にせず旅をしている巫女"になりつつあるらしい。諸事情ってなんだよ。正体隠す必要があるような職業なの?

 

とりあえずその話をされる毎に否定はしているけど、もう街の中に大分広がっているからなぁ……無駄な抵抗だろうなぁ。まぁ別に巫女とやらと見られても、さしたる実害はないからいいんだけどさ。

 

今も言われた直後に否定したけども、なんかいや解ってますよてきな顔返されたんだけど。うぜぇ。

 

──まぁ、それは置いておいて。俺は今グリッドの街の役所内にある警備隊の本部に来ていた。勿論俺が何かやらかしたとかいうわけではなく、襲撃の時の件だ。

 

あの襲撃からすでに一夜明けている。あの日はさすがに怪我人の治療やらレイスに憑りつかれていた男達の遺体の撤去などで警備隊はドタバタしており、翌日改めてちゃんとお話ししたいといわれていたのだ。

 

……正直な所面倒だから無視したいところだったが、残念ながら俺はまだこのグリッドの街を出ていくあてがなかった。なので呼び出しに応じてこうしてやってきているわけである。

 

まぁ、俺に対しての聞き取りというわけではなく、お礼やら説明やらということなのでその分気は楽ではあるが。

 

最初にまず、ちょっと偉そうな(別に態度が横柄というわけではなく、見た目から偉そうな感じがしているだけ)男性から昨日の礼を述べられた。それからいろいろ説明を受ける。

 

どうやら俺の能力取得は時すでに遅しなんてことにはならなかったらしく、怪我人は出たものの()()()犠牲者は出なかったようだ。ただし、町人にはである。残念ながらレイスに憑りつかれていた男たちは一人を除いて全員事切れていたらしい。

 

これは俺が浄霊したせいだというわけではなく、レイスに憑りつかれた人間の末路は基本こうなるそうだ。生命力を吸われ、更には人体のリミッターを無視した動きをするため全身もボロボロ。大抵は憑依が解けた時点──というかもうこの街に辿り着いた時点で人としての生はすでに終わっていただろうとのことだった。

 

唯一生き残ったのは、例の門番さんだ。彼は憑依されてから殆ど時間が立っていなかったため、生命力をあまり吸われる前に救助する事が出来た。無理な動きはさせられていたので全身ダメージを負っていたらしいが、あの後すぐに<<ヒーリング>>が掛けられたらしく、しばらくは安静ではあるものの命に別状はなく後遺症もなさそうだとのことだった。一安心である。

 

 



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初めての現地での収入

ぶっちゃけた話をしてしまえば、まったく見ず知らずの襲撃者達はいたましいとは思うもののそれだけだが、会話をしたのは数度といっても顔見知りが命を落としたとなるとやっぱりショックがあるからな……。

 

んで、そうやって襲撃に関する事をいろいろ教えてもらった後、俺は一つの依頼を受けた。

 

受けた内容は単純。しばらくの間グリッドの街に滞在していて欲しいということだ。

 

理由はレイスの再襲撃を警戒してとのこと。前述の通りレイスは人を襲い殺すことで"増殖"する。なので、襲撃してきた奴ら以外にも、まだこの近郊にレイスに憑かれた人間が存在している可能性があることを疑っているとのこと。

 

そのレイスに対して、現在街には対抗手段が存在しないらしい。

 

レイスへの対抗手段はいくつかある。

 

一つは俺がやったように、浄霊系の術で浄化する事。ただ魔術に関してはそれぞれ適性のようなものがあるらしく、浄霊系の魔術は適性持ちがあまり数が多くないらしい。

 

あれ、そう考えると適性関係なく覚えられるのかなりチートでは? いや、レア適性が必要だからこそ200000MPなんてクソ高いコストがかかったのか。それを加味しても適性無視はチートくさいとは思うが。

 

んで、だ。しかもこれまでこの地方では心霊系のエネミーが出現する事はほぼなく、適性持ちの術者の大部分はそういったエネミーの多い北方へ向かってしまう為、数がかなり少ないんだそうだ。

 

そして二つ目は、レジスト系の術士持ちによる撃破となる。レイスの憑依は精神系の高レベルの術を使えば防げるらしい。

 

それから三つ目は、殺さないようにして捕縛する事だ。ただレイスが憑依した人間はその人間の本来持つ能力を限界まで使う上で更にそこから強化されているため、かなりの実力がないと殺さないで抑え込むのが難しい。また捕縛に関しても単純な縄程度では引きちぎったり、関節を外して抜けてしまったりするので特殊な捕縛の道具が必要になる。なんとか捕縛できれば別の所から浄霊可能な術士を呼び寄せる事ができるし、或いは十数日程度放置すれば憑依した対象の生命力を完全に使い尽くし消失するらしいんだけどね……

 

ともかくだ。どの方法を取るにしても一定以上のレベルの実力者の腕が必要になる。人海戦術は、新たなレイスを増やすだけで悪手だしな。そして、辺境の街に過ぎないグリッドには今、そういった人材が滞在していないそうだ。

 

なので、対策ができるまで俺に力を貸して欲しいとのこと。

 

無期限、というわけでもない。すでに今回の一件は国の方に連絡を飛ばしており、恐らくは10日前後で浄霊可能な術士が派遣されているとの事。それまでの依頼だ。当然滞在中の滞在費は払うし、日割りで報酬は払ってくれるそうだ。

 

勿論快く引き受けさせていただきましたとも、ええ。

 

だって、断る理由がない。

 

言われなくても俺はもうしばらくはこの街にいるつもりだったし、襲撃時にのみ動けばいいだけだから襲撃がなければ完璧な不労所得バンザイである。最悪襲撃が来ても今回のように前衛を張ってくれる人がいるなら、俺は後方から術を使うだけだ。最初から俺の存在が分かっている今なら、先の一戦以上に厳しい事になる事はないだろう。

 

それに<<ピュリファイ・スピリット>>で貯めてたMPほぼ使っちゃったからなー。まぁ必要MPたまった後もそのままの勢いで投げてくれた人はいたので、素寒貧というほどではないけど。でも余裕があった人は大部分あのタイミングで投げてくれたと思うから、この先しばらくはスパチャはあまり期待できない以上、スキル取得は諦めてしばらくは生活費にあてないとと思ってたんだけど……当面は生活費にMPを消費しないでよくなるという話は非常にありがたいのだ。MPで能力取得しないとジリ貧は変わらないので。

 

ちなみに宿泊先は移動しないことにした。さすがにきっちり報酬もらっといて更に高級宿に移動させてくださいとか言いづらいし、その辺を外すと他の宿にそこまで差がないはずなので。

 

だったら慣れない落ち着かない場所より、慣れた場所のがいいからな。部屋が広くはないけど、それ以外に大きな不満はないので。

 

あー、でもそう伝えてから思い出したけど、お風呂だけは借りたかった!

 



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スーパーご褒美タイム

──というわけで、もうしばらくあの宿で生活することになったんだが。

 

俺にはまずやらなければならないことがあった。それはリスナーの皆へのお礼だ。

 

元々あの時はお礼として新衣装でみんなのお相手をする予定だったのに、着替えてすぐあの一件が起きてしまったからろくにお礼的な事はできていない。更には<<ピュリファイ・スピリット>>を取得するためにかなり皆に手助けして貰ってしまった。そのお礼もしなくちゃいけないから何かするよとみんなに告げた所、新衣装(というかセーラー服)での演技やセリフをやって欲しいという事になった。

 

それはいい、元々そういったことをやるつもりでいたのでそれはいいんだが……

 

いやね、俺はてっきりちょっとエッチな奴をやらされると思ったわけよ。太腿見せろとか胸の谷間見せろとか。

 

これまでも言った通り俺は(BANも怖いので)エロ配信自体はする気はないわけだが、まぁみんなのお金のおかげで俺は当面の生活費をゲットしたりご馳走をおごってもらったり(宿や宿の近隣の町人さんみんなでおごってくれた)街の皆から賞賛されたりしているのに、実質的に街を救ったといえる彼らには何の見返りもないわけで。……まぁBANされない程度であればちょっとは要望聞いてやんないとと思うじゃん?

 

なんで俺、出来る範囲でなんでもやってやんよって言っちゃったんだよ。

 

まさか妹系天真爛漫子犬型女子高生ロールプレイさせられるとは思わないんだよ。ていうか盛りすぎなんだよ。

 

しかもなぁんでそこで拒否んないで請け負っちゃったかな、俺ー!? 

 

『えー、無理なの?』

『なんでもっていったのになー。あわつべの規約にも引っかかってないのになー』

『ま、なんだかんだいって恥ずかしいのは無理なんだよね。わかってるわかってる』

「うるせぇ! 男に二言はねぇ! やってやんよ!」

 

俺チョロすぎない?

 

そこから先はもうなんというか……メンタルが死ぬ一方だった。

 

カメラを下において覆いかぶさるようにして「お兄ちゃん起きて、朝だよ」とか。

胸元を隠すようにして「お兄ちゃんのえっち! バカ! しすこん! ド変態」とか。

「おにいちゃ……あ、ごめん学校では先輩って呼んだ方がいいよね?」とか。

 

しかも棒読みで感情こめないでやると演技指導が入ってリテイクを求められる鬼畜! 

 

いやな、リスナー君達よ。君たちはいいよ。俺の今の姿しかしらないからね? いや古参メンバーの連中は元の声は聞いた事あるけど、それでも声だけだ。

 

でもな、俺は当然元の男の姿は覚えてるんだよ。というかまだこの姿になってから一週間やそこらだから、俺が自分の姿を思い浮かべた時に浮かんでくるのは元の男の姿なんだよ。

 

だから、俺はそういう事を言う時に自分の元の姿でそういうセリフを言ってるのが頭に浮かんじまうんだよ。

 

生き地獄である。せめて妹は外させるべきだった。それだけでかなり精神的に楽だった。

 

しかもさー。俺が恥ずかしがったり顔をしかめたりすると

 

『ああ、いい! その表情いいよぉ!』

 

とか

 

『その微妙に屈辱が顔に出てる感じ、ご褒美です』

 

とか明らかに愉悦入ってる奴いるんだよなぁ! ごく一部だけどさ!

あと嫌なのがその気持ちが少しわかっちゃうところな!

 

ついでにいえばちょっと睨んで見せても喜ぶんだぜ、こいつらー。「ありがとうございます」じゃねぇんだよ。

 

……ま、とはいえ恥ずかしいだけであんまり無茶苦茶な事はいってこない辺り、リスナーたちもわかっている感じはあるけど。俺だって絶対にやりたくないのは断るのに、まぁ仕方ないかと思えるラインを攻めてくるんだもんさ。

 

一度引き受けた以上、俺としても半ばムキになってやりきってしまった。

 

『最高でした!』

 

ま、喜んでもらえたなら……よしとする。

 

ただ、滅茶苦茶疲れたけどな! メンタル的に!




感想返し遅れてます。すみません。

あと今日でストックが切れました。今後は毎日更新は途切れると思います。ご了承ください。


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初めての

 

「疲れたー、マジ疲れたー」

『お疲れ様』

『すごい良かったー』

『次はいつやるの?』

「次はな……まぁ、いずれ、そのうち」

 

予定を聞かれて即答で「次はない」と答えかけたが、ぎりぎりの所で踏みとどまってなんとか曖昧な答えに変えた。

 

……今回のコメント欄の反応を見るとなぁ……

 

今日、演技をしている際のコメント欄はそれはもう盛り上がっていた。人数が増えたのもあり、これまでで一番盛り上がっていた気がする。異世界の街並みとかよりも、セーラー服美少女がレベルの低い(ある意味レベルが高いが……)演技をする方が受けているのである。それでいいのかあわつべ。

 

 

ただここまで盛り上がるとなると、人気や視聴者を集める事が自分のこれから先の人生に直結する身としては、もうやらないとは言い切れないのである。でもMP──マネーではなくメンタルの方な──がガリガリ削られるので多用はできない。配信のネタがなくなった時の切り札くらいに考えておいた方がいい気がする。身を削る切り札だが、配信としてはBANされる要素も皆無なので問題ないんだよな。俺のメンタル以外。

 

……それにしても、だ。

 

「みんなさー。男に妹とか呼ばれてそんな楽しいんか?」

『呼ばれる事よりも、恥ずかしそうに言ってるカズサちゃんがいいんじゃないか』

『男と思わないで、言動が男っぽい女の子にそういう事させてると思うと興奮するよね!』

『むしろ俺は中身が男だと思ってるからこそ興奮するんだが?』

 

まぁ、視聴者1000人超えてればいろんな人がいますよね。そういや俺が初スパチャって人もいたな。

 

先日の件があるので今日はスパチャは飛んでこないとは思ったけど、今日もコスプレ中にいくらか飛んできた。

 

とりあえず今の俺は当面は生活費の心配はいらなくなったし、無理しないでと伝えたところ、先日の時は投げてないので問題ないとのこと。クレカを登録していなかったりで、あのタイミングで即投げれなかったりしていたらしい。

 

そういう事ならとありがたくもらうことにした。いや、どちらにしろ一度投げられたものは投げ返すことはできないけど。

 

『カズサさんに俺の初めて捧げました!』

 

うん、それは非常にありがたいんだけど言い方な?

 

そういや高額はなかったけど、そこそこな人数から飛んできていたよな。いくらくらいになったんだろ?

 

襲撃以降、疲れてたりいろいろドタバタしたりしていたのもあり、MPをあれから確認していない。というかメニュー自体開いてなかった。カメラはずっと出しっぱなしだし、能力取得したりMPをお金に変換しようとしない限りメニュー開く必要ないからな。

 

ベッドに投げ出した体を起こす気はしなかったので、うつ伏せ状態のまま上半身だけちょっと上げてメニューを開く。ええっと、MPはっと……。

 

あ、ギリギリ5万ある! <<テレポート>>とれるじゃん! 行動範囲を広げるのは必要だし、次はやっぱり<<テレポート>>だよなぁ……。ただギリギリ過ぎて今すぐ取るかはちょっと悩みどころだ。保持MPが3桁まで落ち込むのはちょっと不安が残るし。

 

「……って、あれ?」

『どうしたの』

「なんかメッセージ出てる」

 

俺はカメラを手に取ると、皆にも見えるようにメニューに向ける。

 

『【新しい能力がアンロックされました。MP消費で獲得可能です】?』

「うん」

 

メニューの下部、アイコンの説明などが表示される領域の下に、そうメッセージが表示されていた。

 

前、<<ピュリファイ・スピリット>>を獲得するときには、多分こんなメッセージは出ていなかった。ただ、あの時は状況が状況だったので見落とした可能性はある。でもその前のセーラー服をエクスポートする時には、間違いなく表示されていなかったはずだ。

 

『アンロックって事はあれかな、能力の中で内容が表示されてない奴が使えるようになったのかな?』

「そんな感じだけど……なんでこのタイミングで?」

『タイミング的には確実の先日の襲撃でしょ。あれがクエストか何かで、それの達成でアンロックされたとか』

『俺は単純に経験値取得がトリガーじゃないかと思うなぁ』

「なんで?」

『メニューの中にクエスト一覧とか表示されてないし、これまでそういったメッセージが表示されたこともないし。そんな状態でクエスト攻略しないと能力アンロックされないって鬼畜すぎない?』

 

確かに。

 




前回残MP:30070
今回増減:
スパチャ +20500
残MP:50570


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アンロックされた能力について

 

『取得方法は情報量少なすぎて今じゃ判別しようがないし、なんの能力が増えたか確認しない?』

「そうだなー」

 

なんの説明もないし、今の時点でじゃ事例がなさ過ぎて推測も難しい。可能性を挙げられても、どれが正解なんてわかりようもないので、あまり考えても仕方ない。とりあえず魔物倒したら能力がアンロックされたということだけ覚えておけばよいだろう。

 

カメラを再び手に取って、自分に向けなおす。この辺は最近は割と無意識に行ってしまう。必要な時以外は自分の方を向けておいて欲しいって、コメントでお願いされたのもあるからこれまで割と意識してやってたからな。

 

なんかすぐ自分の方にカメラ向けるのは自意識過剰な気もしてきちゃうけど、配信者としては間違ってないとは思うので良しとしよう。一応外見も売りの一つにはしているわけだし。

 

能力のリストを開いて、下にスクロールしていく。能力一覧はちょくちょく確認しているけど、下の方には結構内容が表示されていない奴があったので、そこだろう。

 

結構な数の能力を見つめつつひたすらスクロールしていくと、やがて内容非表示の能力が出て来た。よし、この辺りだと俺はスクロールを止める。

 

さて……実はこの辺りはどうせまだ取得できないと思ってあんまり見てはいなかったんだが、どれがアンロックされた奴かわかるかね?

 

少々朧気な記憶と照らし合わせて、能力の一覧をチェックしていく。

 

──アンロックされた能力はすぐに解った。その名前にインパクトがあったからだ。もしこれまでに見かけていたら、間違いなく記憶に残ってるしそもそも獲得候補に入れている、最優先に近い形で。

 

「インベントリ!」

 

見つけた瞬間、俺はうつ伏せにねていた状態から跳ね起きて、思いっきり声を上げてしまった。

 

インベントリ、MMOとかではおなじみの奴!

 

これがあれば、持ち物問題解決できる。お金の事を除いても移動の事を考えて持ち物増やしたくないからと買い控えている私服等の私物も、何の心配も無しに購入する事が出来る。

 

さすがに獲得優先順位としては<<テレポート>>よりは低くなるけど、その次くらいの優先順位にはしてもいい気がする。

 

お値段次第では、とにかく早めに獲得したい能力だ。俺は期待をこめて必要MPを確認し──思わず目を見開いてしまった。

 

「ご、ごじゅうまん……」

 

両手をついて起こしていた体が、一気に力が抜けたことによって崩れ落ちる。

 

『美しいまでの即落ち二コマを見た』

『歓喜から絶望までの表情の動きがシームレスすぎて笑える』

『これは間違いなく切り抜き対象ですわ』

「うっさいー」

 

こんな上げて下げるの見本見たいな事をやられたらそりゃ崩れ落ちるだろうよ、50万とかひどすぎる。

 

「普通こういう能力ってさー、初期能力とか簡単に取得できる能力じゃん? 50万とか法外すぎるだろ」

『でもさ、インベントリじゃなくて空間魔法って言うと高レベル魔術でも納得できない?』

『そもそもMMOのインベントリってバックパックとか荷物入れの表現だよね』

『亜空間的な所に荷物しまえるような奴なら、そりゃお高くなりますわ』

「……そんな正論聞きたくなーい」

 

何にしろ50万MPも使うくらいなら、その予算で家と荷物運搬用の馬でも買った方がいい気がする。もう忘れよう、短い夢だったよ……

 

『それでさ、増えた能力ってインベントリだけだったの?』

「あー、どーだろ」

 

なんかもう気持ち萎え萎えなんだけど、一応他のアンロックされた能力がないか確認する。

 

えーっと……ああ、これそうだな。

 

「<<チャージ>>、必要MP10000」

『お、こっちは獲得できそうだねー』

「でも獲得ないわー」

 

内容を確認して、俺は即座にコメント欄の反応を否定する。

 

『なんで』

「効果が"MPを使用することで次に使用する能力の効果を上げる"」

『あー……それは確かに』

 

ようするにMPを使い捨てする能力だ。もう必要な能力は全部取得済みで、潤沢なMPが余っているならともかく殆ど能力を取得していない現状、使いどころは皆無といっていい。

 

その後それ以外にも獲得した能力がないか確認したら、この二つだけだった。

 

一つは高すぎて獲得不可で、もう一つは現状使い道がない能力でしかなかった。空しい。

 

……新規アンロックされた能力なんてなかった、終わり!

 

 

 

 

 



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一念発起

 

「引っ越そう!」

『突然どうしたのカズサちゃん』

『情緒不安定?』

『なんか悩み事? お兄ちゃん達に相談してみて?』

 

思わず衝動的に発した言葉に、コメント欄から困惑込みでそんなコメントが流れる。

 

うん、まぁ外出から帰って部屋に戻って何の脈絡もなくそんな事言い出したら、反応もそうなりますよね。ただお兄ちゃんはやめて欲しい。こないだの事を思い出す。俺は妹キャラで行く気は全くない。

 

──その妹RPをさせられた日からは3日、レイスの襲撃から数えれば4日がすでに経過している。

 

その間、特に目新しい事はしていない。これまで通り、昼は街を散策、夜は宿で雑談、という感じだ。

 

そう、そこに変化はないんだけど……状況に変化がありすぎた。

 

街を歩いた時の注目度がありすぎる。

 

元々、多少は視線を集めていた。この世界の美的感覚は元の世界と変わらないから美少女な外見の俺は当然男の目を引くし、特に一張羅を着ているときは珍しい恰好のため目を向けられる。

 

でも、あくまで多少だ。誰もが俺に視線を向けてくるわけじゃないし、街を何度も歩いていればそれだけ視線のカは減っていく。それに店の呼び込み以外で早々声を掛けられる事もなかった。出来るだけ人通りが多くて治安の良さそうな所選んでたから、変な奴に絡まれる事もなかったしな。

 

なんだけど。

 

こないだの一件以降、一気に注目度が上がってしまった。

 

襲撃の時、腰を抜かしていたとはいえ、あの場に長々と留まってしまったのがまずかったようだ。

 

あの時結構な数の町人に顔を見られ、それ以降は街を歩くたびに声をかけられ──そして更に声を掛けられる事によって更に俺が街を救った術士だと知れ渡るという悪循環。ほんの数日で、俺は街の中心部では殆どの人間に顔を知られているという状況になってしまった。

 

勿論、声を掛けられるにしろ視線を向けられるにしろ、そこに悪意はない。あるのは純粋な好意と好奇心だろう。

 

「でもここまで注目されると流石になぁ」

『カズサちゃんみたいな配信者は注目される事が仕事では?』

「配信で注目されるのとリアルで注目されるのは違うだろ」

 

しかも日本側で注目されるならともかく、こっちで注目されても配信に関してはなんのメリットがない。

というか、デメリットがあるんだよなぁ……

 

「あのさ、このまま行くと、俺外では皆の相手できなくなるぞ? 今日だって殆どコメ欄に反応できなかったし」

『あー、そういやそうか』

『確かに今日はカズサちゃん、こっちに向けては話掛けてこなかったね』

「他の人と会話したりしているときに、そっち向けて話しかけたら明らかにおかしいからな。コメント欄とかカメラは俺以外には見えていないんだから」

 

最初の一日目はともかく、二日、三日目と日がたつに連れて俺に話しかけてくる相手は増えてきてるから、コメント欄に話を振れるタイミングはどんどん減ってきてる。後話しかけられてなくとも注目されてるとやっぱり話しかけづらい。別の意味で注目されてしまう。

 

「やっぱりこの状況、長く続くのは良くないだろ」

 

配信中なので、リスナーをあまり長い間放っておくのは好ましくない。しかも何か面白い事をやっているならともかく、ただの町人との雑談である。特に新規で見にきてくれた人にはなんじゃこりゃと思われてしまうだろう。それに、

 

「あと普通に注目浴びすぎるのはしんどい!」

『そっちが本音じゃね?』

『今貴女2000人近くに見られてますよ』

「だから配信とリアルでは違うって!」

 

配信は向こう側にいる人数の多さを感じるのはコメントの数と視聴者数の表示だけだけど、こっちだと視線をもろに感じるんだよ! どこを向いても大抵誰かと視線が合う状況って大概だぞ!

 

勿論、もう少ししたらこの注目度は大分落ち着いてくると思うけど、それでもこの街限定で俺の注目度は結構続く気がする。

 

──それに引っ越し自体は、元々既定路線ではあるのだ。

 

<<テレポート>>が獲得できそうなので街の周囲で配信に向きそうな所がないか一応調べてみたんだけど、この辺りは割と平坦な場所で配信で映えそうな場所が少なくとも日帰りでいけそうな場所には殆ど見当たらないのである。

 

そうなると、例え注目度が下がっても多分その頃には街の中で見て回れる場所とか殆ど残っていない事になるのだ。

 

 

 

 

 



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カズサさんは予定表を作りたい

 

『でもそもそも今カズサさん街から出られないよね?』

『契約してるもんな』

 

確かに現在は依頼を受けて滞在中のわけで、勝手に街を離れるわけにはいかない。というか報酬が美味しいので離れる気もない。だけど、

 

「それは解ってるけど、引っ越すと決めたら即動けるわけないじゃん? だから今の内に決めて契約切れた時にすぐ動けるようにさ。それに」

『それに?』

「今後の予定がたってれば、この辺りで新しい配信できそうだから見に来てって言えるじゃん……?」

 

残念なことだが、ここに滞在している以上はあまり目新しい事はもうできそうにない。注目の件もあって猶更だ。夜部分の配信に関してはこないだのセーラー服の時のようにコスプレ配信をすればいいのかもしれないが、さすがに一日一着モデリングしていくのはしんどいし、そもそもMPも掛かってしまう。というかコスプレ配信初期連打するともう完全にそっち方面の配信者と思われて、後に引けなくなる気が。そこまで服のネタねぇぞ。あと何より今は自宅がないので不用意に荷物が増やせない。

 

というわけで、

 

「せっかく見に来てくれる人増えたのに、同じような配信しか出来ないの申し訳なくてさー」

『あー、切り抜きのおかげで登録増えたもんね』

『もうちょいで5000行きそうなんだっけ』

 

そう、ここ数日で実は登録者はがっつり増えた。レイスとの戦闘時の映像や、妹RPの映像、それ以外にもこれまでに配信の中での映像を切り抜いて上げてくれた人が何人かいたらしい。そのお陰で知名度が上がったらしく、結構なペースで登録者が増えている。

 

……思えば遠くまできたもんだなぁ……ほんの2週間程度、というか最初の1週間は余り登録者増やすための施策をとってなかったから、実質1週間ですでに登録者が8倍前後になってるよ。異世界パワー+美少女パワーすごいと思う。

 

ちなみに、

 

『切り抜きとか上げて大丈夫?』

『登録者増やすための導線にはなるけど、切り抜きの方で済まして配信見に来ない人間とかも増えちゃうだろうから良しあしだよね』

 

なんてわざわざ確認してくれる人もいたけど、許可しておいた。

 

俺の配信は短時間で集中して何かやるって内容ではなくだらだら長期配信の極みなわけで、切り抜きで済ませるタイプの人が見に来ても正直退屈で定着しないと思う。ただ切り抜きは普段あまり配信とか見ない人に知ってもらえる導線にもなるから、正直な所挙げられてもこちらにはデメリットは薄いと思うんだよな。

 

ただそれで増えた登録者を繋ぎとめる配信が今出来るかと思うと……うーん、って感じなわけで。

 

「今の余り目新しい配信できない状況だと見に来てもらうのもあれだしさ、何日後にこういう配信するから見に来てね! としたいわけよ。登録者5000人の記念配信もそっちでやりたいし」

 

Vtuberとか見ると一週間の配信予定とかあるじゃん? あーいうのした方がいいと思う訳よ。この日にこういう企画やるよ? ってなったら皆もそのタイミングで見に来てくれそうじゃん?

 

そう思って言ったんだけど

 

『まぁ予定があろうがなかろうが見に来てるから俺は関係ないけど』

『そもそもウチのPCはずーっとカズサちゃん映し続けているわけで』

『むしろ日常の姿が最強のコンテンツなんだと理解して』

『ぶっちゃけずっと寝ててもいいよ!』

「……いや、ありがたいけどさすがにそういうのはガチ勢だけでしょ」

 

確かに夜配信とか"一緒に過ごしている感じがしていい"とか言ってくれる面子はいるけど。そういうのはコア層と呼ばれる面子だけだろう。

後一番最後の奴がいってることはさすがにおかしい。ずっと寝てる配信者ってなんだよ。

 

『……ところでなんで赤くなったの?』

「え、赤くなってる?」

 

言われてカメラに写ってる映像みたら、確かにうっすら頬が染まっているような……?

 

『うん。もしかして俺達のコメントに照れた?』

「いや……自分でガチ勢って言ってるのが恥ずかしかったんだと……」

 

自分に対してガチ勢力がいるとか、自意識過剰な気がしない? いや、コメントを見る限り間違いなくいる感じではあるんだけど、こういうのはノリとネタで言ってる可能性もあるからなぁ……

 

そう思ったら猶更恥ずかしくなってきて、俺は思わず両手で顔を抑えてしまう。

 

『え、そんな事いいつつもガチ勢を量産するつもりなの?』

『そんな姿見せられたらガチ勢の俺が更に堕ちてしまうんだが?』

『かわいいねぇ! かわいいねぇ!』

「うるさい!」

 

そうやって攻めてくるのやめてくれ!

 

 

 

 

 




当作品はこのように何も話が進展しない回が多数あります。ご容赦を。


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リスナーは巫女服姿が見たい

 

朱に染まった顔の色がひくまで、しばしの間話は中断した。

 

気を落ち着けようとしても、視界に映るコメント欄からの"攻撃"が収まらなかったので中々落ち着かず、最終的に俺は一時的に席を外して顔を洗いに行くという手段を取る事になった。

 

俺は当然ノーメイクなので、化粧がどうのこうのは気にする必要がない。というか洗顔程度じゃメイクってそうそう落ちないのかな? よくわからんけど。

 

ちなみに以前ノーメイクだって事を話した時、女性(らしき)リスナー達が「え、それでノーメイクなの? 本当に? 嘘ぉ……」となぜかショックを受けていたようだが、今の俺は自作アバターが元になっているわけで自然の物とは言い難いから、それに対してショックを受ける必要はないと思います。

 

それはさておき。

 

「脱線した話戻すけど。とにかく引っ越しはしようと思うんだよ。今回の一件でこっちの現金に大分余裕が出来たから、チャンスでもあると思うし」

 

水で顔を洗って物理的にも冷えたことでようやく顔の色も引いてくれたので、ようやく俺は元の話に軌道修正することができた。(まだ一部"攻撃"が来てたけど、一度落ち着いてしまえばもう大丈夫なのでスルーだ)

 

『引っ越しなぁ。行き先の案があるの?』

 

勿論ある。というかコメント欄の皆はせいぜい俺が調査をするときに一緒に聞いてたり見ていたくらいしかこっちに関する知識はないわけで、ようするに俺以上の知識を持っている人間は間違いなく一人もいない。だから俺から掲示するしかないわけで──

 

『そうしたらやっぱり北の方にいく事になるんかね?』

「え。なんで北?」

『話だと、北の方に今回のレイスみたいな幽霊系の怪物多いんでしょ? <<ピュリファイ・スピリット>>で無双できるじゃん』

『現地通貨稼ぎ放題って寸法よ』

『あと正直申しまして拙者カズサさんの巫女姿みたいで候』

 

なんかコメント欄に武士がいるんだけど。

 

まぁそれは置いといて、俺はコメント欄からのその提案には首を振った。

 

「北方はないよ」

『え、なんで?』

『巫女服は?』

 

疑問を呈する声が次々と上がる。まぁ異世界転移にありがちなのに俺がまるでできていないチート無双をみたいのかもしれないが……理由としてはいくつかあるんだけど、最たる理由はひどく単純なものである。

 

「ぶっちゃけ遠い」

『遠い?』

「単純に距離がくっそ遠いの。更に途中に山脈挟んでるらしくてさぁ……馬車で移動しても一か月以上かかる」

『マジすか』

『それは……さすがに厳しいねぇ。あらゆる意味で』

「うむ」

 

こちらの世界には当然新幹線や飛行機なんてものはないわけで、基本的には長距離移動する際の足は馬車や馬となる。一応長距離移動の手段として転移装置もあるらしいんだが、これは費用がくっそ高い上に身元がしっかりしていないとそもそも利用できないので早々に選択肢から除外だ。

 

そしてそうなると、長距離移動にはかなりの時間がかかるわけで……馬車は乗り合いのものを使っても当然費用はかかるし、それじゃ歩いていくにしても移動中の旅費はかかる訳で。いくら結構な額の現金収入が見込めているとはいえ数十日レベルはつらい。それに移動中はひたすら歩いているか馬車で移動している配信となるわけで……車窓動画みたいな風にしたとしても、微妙だろう。

 

更に、理由は他にもある。

 

「距離以外の面でみてもさ、北方は浄霊術式使える人間は他にもいっぱいいるし、<<ピュリファイ・スピリット>>はそもそも初級の浄霊術だから、効かない相手もいるらしいよ。なんで無双は無理だなぁ」

 

レイスの上位種であるスペクターとかは、更に高位の浄霊術じゃないと欠片も効かないって話だ。

 

「というわけで、北方は無しです」

『聞く限り、それしかなさそうだねぇ』

『いくのに費用が大分かかるのに、それに対してリターン少なくなりそうだしなぁ』

『うう、巫女服……』

 

そんなに巫女服好きか。

 

俺はため息を吐きながら、口にする。

 

「別に巫女服位、北方に行かなくても着てもいいけどさ」

 

セーラー服とかに比べればあれただの袴みたいなもんだし、着る事には殆ど抵抗はないし、

 

『マジで!? ミニスカ巫女服着てくれるの!?』

『ひゃっほう、言質取ったぜ!』

「おら待て! どっからミニスカが出て来た!」

 

俺は相手の肩を掴むようなイメージでカメラを掴むと、思いっきりジト目を向けていってやる。

 

「いいか? ミニスカの巫女服なんてものはこの世に存在しない」

『で、でも』

『ゲームとかではよく見るし……』

「それはゲームの話であって、現実には存在しない。いいね?」

『あ、はい』

『わかりました……』

『ごめんなさい……』

『その視線で言い聞かせるように言ってくれるのめっちゃいい……』

 

どんな行動しても誰かの性癖に引っかかる状況、なんとかならん?

 



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行き先相談

 

まぁ2000人もいればいろんな人がいるか……何かしら性癖に引っかかってくれるってのは配信者としてはありがたい事なんだとは思うけど、俺は今は視聴者を集めなくちゃいけない配信者。こういうのは否定してはいけない。いけないのだ。

 

なんかするごとに反応されるから気になるだけで、別に不快ってわけではないし……

 

というか! 話が脱線しすぎなんだよ! ちょっと話すごとに脱線するから全然話が進まないんだが?

 

……いや、コメント欄にいちいち突っ込んでいる俺が悪いのかもしれんが。

 

とにかく。とーにかくだ。軌道修正、軌道修正。

 

『なんか脱線しまくってるねぇ』

 

俺が好きでしてるわけじゃないんだよなぁ!

 

おっと、クールダウン、クールダウン。これが良くないんだ。気づかれないように小さく深呼吸──

 

『ああ~吐息の音~』

『あれあれまださっきの照れが残ってる?』

 

──普通に気づかれてるし。てかよく吐息の音気づいたな。俺の声が配信でどう聞こえてるのかわからんけど、マイクの性能良すぎんか? てか脱線継続させようとするのやめれ。

 

「違う、そんなんじゃなくて。これから相談の為に行き先の説明しようと思ったから、気分を入れ替えるためにしただけだよ」

『ああ、育成計画の一環ね』

 

そういやウチのチャンネルそういう名前にしてましたね。自分で広報しない(出来ない)から忘れてたわ。これまでコスプレ衣装の事くらいしか本格配信以降はちゃんと相談してなかった気がするけど、よくよく考えたらこれも俺にとっては"コンテンツ"なんだよな。……今後はもうちょっと遠慮なく相談していこう。

 

まずはその第一弾だ、よし。

 

「そんじゃさ、今から候補として選んだ奴それぞれ説明するから。それに関してみんなの意見よろしくな?」

『はーい』

『りょ』

『拝聴準備OKですぞ』

 

ようやく本筋入れそうだ。それじゃ、まずはと。

 

「一応候補なんだけど、距離的な観点と配信映えを考慮して三つに絞ってるんだ。まず一つ目が"王都アストリア"」

『王都?』

『いまいる国のかな』

「そそ。今俺がいるのがアストラ王国って国で、そこの王都。なんでも歴史ある街らしくて、立派な建造物とか歴史的な建造物も多く、観光する場所にことかかないらしい。それに劇場とか美術館とかそう言った芸術に関する施設も多いらしいよ」

『おー、いいねぇ。異世界の芸術とかどうなってるのかすげぇ興味ある』

『でもそういう場所って配信禁止じゃない?』

『異世界にそういうルールがあるのかよ』

『そもそもカメラとかコメント欄って他の人には見えないんだよね?』

「うん。だからそっちは問題ないんだけど……ただ一応最初にピックアップしたから話には出したんだけど、上げといてなんだがここは優先度としては低いかなって」

 

確かに配信ポイントとしてはかなりありそうで最初はここがいいのでは? と思ってたんだけど……さらに調べてたら見過ごせない大きな問題があったんだよね。コメント欄の皆がなんで、どうしてと聞いているので、俺はそれを端的に口にする。

 

「物価が高い」

 

そう、王都だからなのかとにかく物価が高いのだ、数日の観光程度ならまだしもある程度の長期の滞在をするのにこれはかなり大きな理由になる。何かしら仕事につければまだマシなんだろうが……正直現状これといった特技はないし、王都も周りはさすがに怪物とかも即討伐されるそうで、勿論<<ピュリファイ・スピリット>>の使いどころなんてものもない。配信内容のクオリティ向上で視聴者数増加は見込めるだろうが、それで補えるかどうかは怪しいところだ。

 

その辺も含めて皆に伝えると、皆もあー、と納得していた。

 

『世知辛いねぇ……』

『配信としては一番うまそうなんだけど』

『あ、でも俺としてはそれなくても王都は避けて欲しいかも』

「ん? なんで?」

『いやカズサちゃん王子とか貴族様に見初められそうで』

「いやいやいやいや」

 

それはないって。妄想が激しすぎる。この辺境の街での感じこの世界の俺は美少女ではあるけど、"絶世の"美少女ではない。それは周りの反応を見ていればわかる。何度かナンパらしき声かけをされた事はあるけどそこまで頻繁ではないし。

 

『でも異世界転移もののヒロインが王子様に見初められるのってお約束じゃん?』

「そもそもヒロインじゃないんだよなぁ……」

 

ヒーローでもないけど。

 

『推しが目の前でイケメンにかっ攫われていくのを生配信とか脳破壊配信かな?』

「絶対にないから! そこは安心して!」

 

そもそもイケメンに興味ねぇよ!

 

『でも、そのイケメンが貴族でお金いっぱい持ってたら?』

「……ない!」

『タイムラグぅ!』

 

いや一瞬考えちゃったけど、背筋ぞわぞわしたしやっぱりないって!

 



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亜人たちの大陸

 

「とにかくないから。それより二つ目の街の話だけど……次は、"交易都市"パストラ。王国の貿易の玄関口になっている港町、流通の中心にもなっている街だな。ここは王都に比べると──」

 

当然こうやって話している最中にもコメント欄は流れていく。俺は続けて街の詳細を説明しようと思っていたんだけど、その中に目が入った質問があったのでそっちを先に答える事にする。そのコメントは『港って事は、もしかして今いる国って島国なの?』

 

あれここ以前話したよな? と思ったけどまだ本格配信が始まる前でよく考えたら常連にしか話してないわと思い出し、改めて説明する事にする。

 

「俺のいる場所は島じゃなくて"シーアーク"っていう大陸だよ。規模自体は詳しくはわかんないけど、さっき話した通り場所によっては一か月以上もかかるみたいだから、それなりの広さはあると思う。国の数も小国を含めれば二桁超える」

『おー、結構な規模?』

『単純に考えて1000km以上はありそうな感じなのかな』

『1000kmってどれくらいだっけ』

『確か仙台大阪間くらい』

『そう聞くと、狭いような広いような』

 

あくまで一か月以上かかるって話だから、もっと広いんだけどね。まぁそこはいいか。

 

『でもそうすると港町って、別の大陸としているの?』

「別の大陸ともしているけど、基本は同じ大陸内だよ」

『大陸内でも海路を使うんだ』

『ああ、陸上だとそっちの世界だと馬車しかないもんな』

 

そう、こっちの世界には陸上の物流を担う大型トラックとかはないわけで。運ぶために利用されるのは馬車か人手になる。一応飛竜便(!)という高速輸送手段とかもあるらしいがコストがかかる上に輸送量も少ないため重要な品の輸送くらいにしか使えず、生活を担うような物流の手段は実質ほぼ前述の二つだ。なので、大規模輸送だったり長距離輸送は海路が優先して使用されている。

 

「ちなみに、この世界他にもいくつか大陸あるみたいだけど、定期的な取引があるのはクウェントスっていう大陸だけらしいぞ」

 

他の大陸は距離があるため、まったく交流がないとはいえないが取引されるのは一部の高級品だけらしい。まぁ採算が取れないだろうしな。ちなみにこのクウェントス大陸だが、調べたところ一つ特色がある。

 

「今こっちの国に来ている獣人とか亜人種てさ、大部分がこのクウェントス大陸から来ているらしいんだよね。クウェントス大陸は亜人が」

 

最後まで言えなかった。ものすごい勢いでコメントが流れ出したので、呆気に取られてしまった。

 

『カズサちゃん、クウェントス大陸に行こう!』

『いくらだ! いくらだせばいい!』

『獣人、亜人の住む大陸とか完全に楽園である』

『オラも、オラをぱらいそに連れとってくれ』

『不味い、ケモナーや亜人好きどもが興奮して発狂し始めた!』

『鎮静剤持ってこい!』

 

大混乱である。

 

以前街で獣人を見かけた時もコメ欄が加速したが、その時よりも激しい事になった。多分前の配信情報を聞いて、俺の配信を見に来てくれたんだろうなぁ……などと思う。そういった相手には望む光景を見せてあげたいとは思うが──

 

俺は自分の前で両手を合わせると、ちょっとだけ首を傾げてその両手の後ろから覗き込むようにして、口を開く。

 

「ごめん、今の段階では無理!」

『えっ……』

『そんな』

『渡航費の問題? 出すよ?』

 

実際渡航費の問題はある。結構な時間の船旅になるし、陸路よりも全然費用だって掛かる。ただこれだけが理由だと本当に一部の面子が渡航費全額出してきそうなので、もう一つのダメな理由を告げる。

 

「金銭の問題もあるんだけどさ。向こうの大陸、生活様式もこっちと違うみたいで……まだこの世界に慣れきってもないのに、新しい生活様式の場所にぶち込まれるのは正直辛い」

『あー』

『それは……しゃーないなー』

 

言語とかは通じるとはいえファンタジー世界だ、現代社会とはいろいろ異なる。更に言えば種族がカオスっているクウェントスは種族に応じて住居とかもいろいろあるらしくて……今の俺にはやっていける自信が正直いってありません。

 

「一応、パストラにはクウェントスから渡って来た亜人が結構いるらしいから……」

『よし、次の目的地は港町パストラだ!』

 

いやもう一個候補あるからまずそっち聞いて? ウチはケモナー向け専用チャンネルじゃないからね?

 



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サポート妖精

 

「パストラは王都に比べると風光明媚ってわけじゃないけど、いろんな文化が見れるらしいし周辺にもダンジョンとか見どころある場所があるらしいから選択肢としてはかなり悪くないんだけど……一応もう一個候補があるから聞いて?」

『はーい』

『えー、パストラでいいじゃん』

 

恐らくはケモナーの集団からブーイング(というほどのものではないが)が飛ぶが、それは無視して言葉を続ける。

 

「最後の一つは"城塞都市"リンヴルムだ。ここは前二つと違って、観光とかに向いた都市じゃないんだけど」

『城塞都市っていうと、最前線の都市なのかな?』

『え、今この世界って戦争してるの?』

『そりゃファンタジー世界だから戦争はしているんじゃね?』

 

 

その辺は詳しくは解らないけれど、ただ"最前線"っていうのはある意味あっている。相手が国ではないけれど。

 

「リンヴルムの近くにレンオアム大森林ってのがあってさ、そこが魔獣の巣窟らしいんだよ。だから城塞は戦争の為じゃなくて魔獣からの防衛の為だね」

『えっ、それって』

『危険じゃないの? カズサちゃん戦闘能力ないし』

「うっ……そうだけど。でも城壁と優秀な騎士団がいるし、傭兵も集まってるから街が被害を受ける事はほぼないらしいよ。魔物からとれる素材とかで街も潤ってるらしいし」

『でも、オークとかいたりしない? エロ同人的な展開にならない?』

「おいやめろ」

 

妙な想像をするんじゃない!

 

「とーにーかーくーだ。危険性は薄いのは確認してる。で、そういった場所にいけばファンタジーらしい生物とかいっぱい見せられるからいいかな、と思ったんだけど……」

『まぁ見たい気持ちはある』

『ドラゴンとかいるのかな? 確かそっちの世界に存在はしているんだよね』

『んー、でもやっぱりそこはやめた方がいいんじゃないかな。危険とか関係なしに』

 

いろんなファンタジーのモンスターの名前を出し合うコメント欄の中、そう否定的なコメントをするリスナーがいた。

 

さっき発狂してたケモナーだった。俺は嘆息して、

 

「とりあえず獣人の欲望とかはおいておいて……」

『いや、それは関係なくさ。城塞って事は、基本モンスターと戦闘になってるんだよね? そのモンスターって獣型?』

「いろいろいるらしいけど、獣型が多いって話かな」

『だったら不味いよ、獣型の魔物とかとの戦闘シーン流したり死体映ったりしたら、間違いなくかわいそうとか騒ぎ出すのが出てくるよ』

 

あ。

 

『確かにな。ファンタジー世界の話っつっても文句つけてくるのはたくさんいそう』

『くっそめんどくさそうなことにはなりそうだね』

『それ以前にさ、グロ映像でアカウント停止されかねなくない』

 

……確かにそうだ。

 

映像の撮影は街の高台からとかすればいいと思ったんだけど、街の側に来ている魔物とか間違いなく討伐対象だろう。という事は、俺が取れるのは戦闘中の光景になる。戦闘が始まる前の姿だけ上手く取れればいいが……街の近くで頻繁に戦闘が起こってるなら戦闘中でなくても死体とか映してしまうかもしれない。

 

そう考えると撮影をするには街から離れて魔物たちの生活域に侵入しなくちゃいけなくなるけど、勿論今の俺の能力だと単なる自殺行為である。

 

獲得できる能力リストの中にはステルス系の能力もあるから、将来的にはそういった能力を獲得して撮影できるかもしれないが、圧倒的に今ではなかった。

 

いや、考えなしだったわ。単純にファンタジー世界なんだからモンスターの姿とかを映せばコンテンツになるよなぁくらいしか考えてなかった。もし相談なしに行くの決めてたら大惨事の可能性が大だった。

 

相談大事だよなぁ……相談相手がいてよかったとか考えてたら、ある事が頭に浮かんで思わずくすっと小さな笑いが漏れてしまった。

 

『えっ、どうしたの急に笑って』

『今笑いどころあったっけ?』

『でもその笑い方可愛いからもっと笑って?』

 

何もないのに頻繁に笑ってたらおかしい人なんよ。俺はそう思いつつ、笑った理由を皆に説明する。

 

「なんかさ、こうやって相談してたらさ。なんかゲームに出てくる……そう、サポート妖精みたいな感じだなって思って。ほら、他の人には見えないところもそれっぽいじゃん?」

『確かに解るかも』

『俺たちはフェアリーだった……?』

『という事はカズサちゃんだけじゃなくても俺達も実質美少女なのでは』

『ちなみに実際のフェアリーの外見って美少女なくてグレムリンみたいな奴だからな』

『きつい現実を持ち出すのはやめろ』

『てかさ、それそのままファンネームにするのよくない?サポート妖精とか妖精さんとか』

「悪くないかも。……自分のリスナーにファンネームが付くのって変な感じだけど」

『あなた今4桁の同接誇る配信者ですよ』

 

そでした。

 

「でもこれで、一気に二つの事が決定したな」

『二つって? ファンネームともう一つは?』

「行き先だよ。決めた。次の目的地は"交易都市"パストラにする!」

 

一番デメリットが少ないからな。そう判断して宣言すると、コメント欄でケモナー達が再び発狂した。

特にさっき忠告してくれたケモナー君が狂おしいほど喜んでた。うん、助言助かったけど君やっぱり結構欲望込めてあの話してたよね? 正論だったから怒らないけどね!

 

 

 

 



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準備開始

 

そして長い月日が流れた──

 

なんて、嘘だけど。確かに日付は経過したけど、月というわけではない。

 

引っ越し先が決定した翌日から、俺は引っ越しの為の準備を開始した。といっても泊っているのは宿だから契約とか手続きは必要ないし、荷物に関しても基本的に私物はバックパックの中に入れてあるのですぐに出れる。

 

なので行ったのは旅行に必要になるものの購入、情報収集、それに訓練だ。

 

まず買い物だけど、あまり荷物を増やすわけにもいかないので最小限にした。購入したのは水筒(能力で水を出せはするんだけど、喉が渇く度に能力使うのは無駄すぎるので)とか日持ちのする携帯食、臭い消し用の香水(旅行中はあまり洗濯する余裕がないため、匂いを香水で誤魔化したりするそうだ)、ナイフ等いくつかのサバイバル用品(基本的には移動時は街道沿いの街に泊まる予定だけど念のため)、それに下着だ。服はまぁ……セーラー服を含めれば4着あるし、一週間前後だったら一日着回しだけでやっていけるけど、やっぱり下着は毎日換えたいので。上はいいけど、下は流石にね……後一枚お釈迦にしちゃったし。

 

なんでお釈迦にしてしまったかというとアレだ。女性特有のアレが来たのだ。なんか腹痛と倦怠感があるなぁと思ってたら……である。見ちゃったときはちょっとビビったしパニクったね。当然そういうのがあるのは知っていたけど、自分にそういったものが来るとは思っていなかったので。

 

どうやら俺の体は外見だけではなく中身まできっちり女になっているようである。

 

ちなみにリスナーにはバレた。というかこっちの世界ではこういう時どうすればいいかわからず宿の女将さんにいろいろ聞いたんだけど、その時も普通に配信してたからね。その後なんか皆にやたら気を使われたのがあれだ。尚(恐らく)女性リスナー曰く俺の症状は軽めらしい。正直そこは助かった。

 

尚対策としては、こっちの世界では吸水性の高い素材で作った当て布があり、それを使うそうである。俺も購入した。正直移動を開始する前で助かったと思う。

 

それから情報収集だが、これはパストラの街とそこまでの移動手段に関して。一応距離と交通量に応じて馬車と徒歩を使うつもりだけど、それには馬車の利用の仕方とかも確認しないといけないからね。この辺は宿の他の宿泊客や食堂の客に詳しい人が結構いたのでそこらへんに教えてもらった。その結果、前半は馬車で移動して、後半は徒歩で移動することにした。というのも前半部分は辺境地帯なので、街と街との間が遠い。それがパストラに近づいていくにつれて間隔が狭くなっていく。なのでそういう割り振りにした。

 

本当は、全部徒歩にしたい。なにせ馬車は利用するのには当然金がかかるし、更には致命的な問題として、リスナーに向けて会話がほぼ出来ない。個人で馬車一台レンタルとかさすがに金がかかりすぎるから乗り合い馬車となるので、さすがにそこで虚空に向かって話し続けるのはちょっと……配信画面は他の人には見えないし、そこまで鋼メンタルではないので。なので馬車移動中はほぼ車窓映像みたいな感じになってしまうのだ。

 

今、俺の同時接続は順調に右肩下がりだ。一番ピークで2300くらい行ったんだけど、今は一日の間で多い時で1800くらい。日に日に減っているけど、これ自体は想定通りなので別にいい。今後の予定が決まったことで、ここまでは目新しい配信はないよって宣言したからね。

 

ただそれでも4桁の人間(寝てる間とか早朝でも4桁かそれに近い数字になってるらしいから開きっぱなしの人が多いんだと思うけど)がいるのに一週間前後ずっとそれなのも寂しいし、後半の方は聞く限り徒歩で全然いける距離だったからそういう配分にした。この辺はリスナーが整理してスケジュール表を作ってくれるらしい。マジ助かる! 後は天候不順で延期しまくりとかにならないことを祈るだけだ。

 

そして最後の一つ、訓練。これは新しく獲得した能力の訓練になる。

 

 

 

 




明日明後日は帰宅が遅いため更新無しになるかもしれません。どちらか片方は更新すると思います。


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テレポート

 

グリッドの街を離れる事になるちょっと前に、俺は能力を追加で二つ獲得した。

 

獲得したのは予定通りの<<テレポート>>と、もう一つは<<ハイスピード>>だ。どちらも移動系の能力である。合わせて75000MPなり。

 

取得候補として<<パラライズ>>や攻撃魔法も上がったんだけど、<<パラライズ>>は説明を見る限りレジストをされる可能性がそれなりにあり、確実性が低い。また攻撃魔法に関しては対人で使った場合当たり所が悪いとグロ映像にならん? ということで取りやめになった。射撃系の能力とか確かにそうそう簡単に使いこなせそうにない気がするしな。いずれは取るかもしれないが、少なくとも今じゃないという事で。

 

移動系二つになったのは、勿論危険から逃げるためだね。

 

この世界に来てから最初の一日以外は俺はグリッドの街から出ていなかったし、街の中でも治安の悪いところには近寄らないようにしていたのでこれまで危険という危険といったらあの襲撃の時くらいなんだけど。

 

これから俺は街の外に出るわけで……これまでより危険に遭遇する可能性は高くなる。

 

といっても、あくまで街に比べてでありそこまでリスクが高いわけではないんだけど。今回俺が旅するルートはこの国の主街道で街道網はきちんと整備されており、交通量もそこそこある。街道沿いから外れなければ、よくファンタジー小説でありがちな野盗とかとの遭遇もまずないそうだ。他の集落やダンジョン等によるために主街道から外れたり、そもそも街道以外の場所を移動すれば遭遇する可能性はあるだろうけど……今回はまっすぐパストラへ向かう予定なので問題ない。

 

ただ、逸れ魔物や大型獣とかが出現する可能性は無きにしも非ずとのことなので、その時の為の緊急回避用だ。どっちにしろパストラについたらトラブル回避用に取得する予定だったのでそれが少し早くなったわけである。

 

ただ<<クリエイトウォーター>>もそうだったけど、実際使ってみないとどんな感じかわからないからね。特に<<テレポート>>とかノーテストでぶっつけ本番とか怖すぎるので……というわけで街の外れの方に来たわけだ。外れっていうか、一応街の外かな。でも門番さん見えるところだからセーフ。そう言えば門番さんにはお礼言われた。同僚を救ってくれてありがとう、と。面と向かって改めて言われてちょっと照れてしまった(そしてコメント欄の皆に揶揄われた)。

 

ま、それはおいといて、テストである。

 

「それじゃまず<<テレポート>>の方いきますか」

 

テレポートの効果範囲は、見える範囲。ただ見える範囲なら無制限ってわけじゃなくて、大体300m~500mくらいが上限っぽい。とりあえずこの辺りは平坦な土地で視界を遮る物もあまりないから、上限ギリギリでいってみよう。

 

移動先は、視界に入っているポイントで"ここに移動したい"と思うだけでいいそうだ。座標指定とかじゃない分感覚で使えて楽である。

 

よし。

 

丁度この辺まで行けるかな? という場所に一本の大きな木があるのでその前を目標として、と。

 

「<<テレポート>>!」

 

そう口にして、術を使用した瞬間──俺の体を包んだのは浮遊感だった。ついで、足にちょっとした衝撃。

 

「わわっ……」

 

衝撃で少し膝がくだけて、前の方によろめいてしまう。なんとかギリギリ転ぶ前に踏みとどまれたけど。

 

『カズサちゃん、大丈夫!?』

『思いっきりガクッと来てたけど』

「あー、だいじょぶだいじょぶ」

 

そっか、イメージした位置が少し高すぎたのか。それでちょっと高い位置に出現しちゃって、そっから落下したわけね。これ高さが地面にピッタリにイメージとかさすがに無理だから、使用するときはちゃんと着地の事まで考えて構えてないとだめだな。

 

『おーでもすごい、マジで瞬間移動した』

『街が一瞬で遠くなったねぇ』

 

コメント欄の内容に振り返れば、確かに背後にあった街の姿が少し遠くなっていた。目の前に木が突然現れたからわかってはいたけど、改めて実感する。

 

『使った時の姿がいい感じだね、これ』

「ん? 何が?」

『一瞬ふわっと浮かんでいるみたいになって、そこから落ちたからさ。髪の毛とかスカートとかも一瞬ふわっとしていい感じだった』

『なんでカズサちゃん今日セーラー服じゃなかったの?』

『あー、セーラー服だったらきわどい事になってたかもねぇ』

「……セーラー服で来てなかった自分をほめたい」

 

後ろの背景がよく見えるようにちょっとカメラ離して設置してたから、丈の短いセーラー服のスカートだとちと危なかったかもしれない。ロングスカートで良かった。

 

『カズサちゃんちょっとセーラー服に着替えてこよっか』

 

こねぇよ。そうなるのわかっててわざわざ着替えるとか痴女じゃねぇか。

 

『でも空中に出現するとなるとちょっと怖いな』

『あー、確かに。変に空中イメージして使うとR18Gな映像に……』

『ヒエッ』

『カズサちゃん駄目だよ! 絶対にやっちゃ駄目だよ!』

「フリみたいないいかたやめろ! やらんわ!」

 

真面目な話、こういう平地ならともかく坂とか山で使う時は要注意だなコレ。

 

 

 

 




お気に入り1000超えました! 本当にありがとうございます!
また感想やここすきも励みになっております。

あと誤字指摘、非常にありがたいです。助かります。

進行がくっそ遅い作品ではありますが、よろしければこれからもよろしくお願いいたします。

前回残MP:50570
今回増減:
スパチャ +32000 (大体一週間分)
<<テレポート>> -50000
<<ハイスピード>> -25000
下着(上)×3 -4500(前回分)
残MP:3070


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ハイスピード

 

『てか、これ連続で使えば移動超楽じゃない?』

『一回の距離はそこまで長くないけど、それでも数百メートルを一瞬で移動だもんな』

「あー、それは無理」

 

コメント欄に流れた案を、俺は即座に否定する。

 

俺も、それは考えたのだ。これを使えば一気にパストラまで移動できるんじゃね? と。

 

だが世の中そんなに甘いわけないのである。

 

そもそも<<テレポート>>の獲得コストは50000だった。確かにお高めではあるけど……20万の<<ピュリファイ・スピリット>>に比べれば全然少ない。

 

獲得MPのコストの高さは、調べた限りは術の難易度とあとは適正のレアさが影響しているように見える。そしてテレポートはさすがにそこまで簡易な術ではないっぽい。ということは、必要適正はそれほどレアでないのは間違いない。

 

恐らくではあるが、訓練すればそこそこの人間が獲得できそうな術。なのに、"テレポート便"のようなものは聞いた限り存在していない。

 

ということは、そういった使い方は出来ないということだ。

 

そして、その理由は実際使ってみると、いやでもわかる。

 

『もしかしてクールタイムがくっそ長いとか』

『使用回数制限があるとか?』

「クールタイムはそれなりに長いけど、何十分とかじゃないからそっちは影響ないかな。使用回数制限の方は近いかも」

 

ゲームみたいに具体的に使用回数が設定されているわけではない。が、実質的な使用可能回数はある感じだ。なぜなら、

 

「術を使った後、体から力が抜ける感じがあったんだよね。それも<<ピュリファイ・スピリット>>の時よりも少し強く」

 

<<ピュリファイ・スピリット>>の時も使用時はちょっとした興奮状態にあったため直ぐには気づかなかったが、使用した後には脱力感があった。そしてあの時<<ピュリファイ・スピリット>>は2桁に届かない程度の使用回数だったけど、終わった後は結構な脱力感だった。ついでにいうと、倦怠感は翌日も残ってたのだから回復しきっていなかっただろう。魔法力的なアレが。

 

「消耗結構ありそうだから、徒歩移動のちょっとした時間短縮くらいにしか使えないかなぁ」

 

ちょっとだけ使われ方を調べてみたんだけど、概ね緊急回避や奇襲攻撃等に使われているということだった。

 

『そっかー、残念。連続で使えたなら行動範囲一気に広がったんだけどね』

『それこそ城塞都市だっけ? の周辺でモンスターウォッチングもできたかもねぇ』

「術のクールタイムが1分近くと長いから、怖くて無理」

 

テレポートした先に別の怪物がいたら詰むし、動きの速い怪物がいたらすぐに追いつかれる。せめてkm単位の移動ができないと安心できない。

 

というか、だ。

 

「そもそも対人相手だと<<テレポート>>だけじゃ心許ないから、<<ハイスピード>>も覚えたんだから」

 

お陰でMPがすっからかんに近くなった。今は現金の手持ちがあるからこそできる選択である。

 

『移動速度上昇の能力だっけ?』

「そそ。ただこっちはどれだけの効果が出るかわからないんだよなー」

『とりあえず使ってみようよ』

「勿論。<<ハイスピード>>!」

 

術を使用する。──が、<<テレポート>>のように即座に効果が出るわけではない。というか体に何の変化も感じないんだけど……とにかく、とりあえず走ってみようか。

 

俺は腰を少し落とし、スタートの体勢をとって駆けだした……のだが。

 

「うっ……わっ!?」

 

そのわずか2歩目で、俺は前方に大きくバランスを崩し、地面に滑り込むように転倒した。

 

「いっ……たぁ」

 

ギリギリ腕を前に出せたので顔面から地面に突っ込む事は回避できたけど、代わりに肘やら膝をしたたかに打ってしまった。痛い。草の生えた野原で地面が柔らかったのが幸いしたな。下手に踏み固められた道路とかでやってたらもっとダメージ受けてた。

 

『カズサちゃん大丈夫!?』

『怪我してない!?』

 

言われて、俺は体を確認する。打ち付けた所は痛いは痛いけど、下が土だったし酷い打ち身になっているとかそんな感じはない。捲って確認したけど肘も膝もすりむいている感じはなかった。セーフ。

 

まだ<<ヒーリング>>は覚えてないから、怪我は気を付けんとなぁ。

 

そう思いつつ改めてコメント欄を確認すると、(〃∇〃)とか(〃ノдノ)とか『エッッッッ』とか流れ捲っていた。

 

「いや、なんだお前ら」

『カズサちゃん、そんな無防備に……』

『かがやく ふともも』

『誘惑だな!? 俺たちを誘惑してるんだな!?』

 

何言ってんだこいつらと一瞬思ってから、何を思ってるのか感づいて俺はカメラに向けてジト目を向ける。すりむいてないか確認のためにスカート捲ったことを言ってるんだろうけど、きわどい所まで捲ったならともかく、せいぜい膝のちょっと上くらいだ。セーラー服のスカートの長さと大差ない。足を見せたらはしたないって時代の人間でもあるまいし。

 

もしかして変な所まで見えたかと思い出してみたけど、カメラの位置的にそれも

 

「この程度で反応するって、お前ら思春期か?」

『永遠の思春期だが何か?』

『カズサちゃんは解っていない』

『美少女が自分でスカートをたくし上げる破壊力を理解しろ』

 

出来ねぇよ。際どい所まで持ち上げたら俺も興奮するだろうが、この程度で興奮はない。まぁでも人数多いし興奮する奴もいるんだろうな。その反応を無理にやめさせる気は特にないので、俺は立ち上がり服や袖についた土を叩き落とす。

 

『しかしカズサさんにドジっ子属性があったとは』

「ねぇよ」

 

別にドジだからつまずいて転んだわけではない。

 

「一歩で思った以上に体が前に進んだせいで、バランスを崩したんだよ」

 

踏み出したら、バネでも踏んだかのような勢いで体が前に進んだ。そのせいで感覚的に覚えている普段の体の動きと違いすぎて、体勢を崩してしまったのだ。

 

『あー、イメージと違ったのか』

『どういう事?』

『普通の人間が、いきなり世界最高峰のスプリンターの体に入ってもすぐには最速では走れない、みたいな感じじゃない? その体を扱うための感覚や技術がないから』

「あー、そういう事なのかも」

 

自分が思う体の動きと、実際の体の動きが紐づいてない感じがするのだ。

 

「これは……練習あるのみだろうなぁ」

『でも事前に確認しておいて良かったね。これ本番で使ったら下手すると逃げるのの邪魔になってたでしょ』

「だなぁ」

 

ゲームや物語みたいに強力な能力を手に入れても、それをすぐに使いこなすことは出来ないってことだ。

 

……街を出るまでには最速は無理にしてもある程度までは感覚を掴んでおかないと。ああ、筋肉痛になりそう。

 

 



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旅の途中の立ち寄り

 

そんなこんなで日が過ぎて。

 

浄霊可能な術士も到着し、俺の不労所得生活も終了。当初の予定通り、この世界に来てからずっと生活していたグリッドの街から俺は旅立つ事になった。

 

期間にして大体3週間くらいか? 結構な期間の滞在になったものだと思う。

 

出発の前日には宿の女将さん主催でお別れ会をしてくれたりもして、情けない事に少しほろりとした。女将さんにはいろいろ世話にもなったからね。またこの街に来ることがあればこの宿に泊まりたいと思う。安いし。

 

そして俺は、グリッドの街から旅立ったのだ。

 

まぁ以前もお話しした通り、この世界の街道沿いはさして危険がない。怪物等がいないわけではないらしいが、出現すればきちんと討伐されており街道の近くでは見かける事すら殆どないのだ。

 

実際その行程はのどかなものだった。馬車から見る光景はのどかな景色とすれ違う旅人達だけ。たまに遠くの方でのんびり過ごしている生き物が見えたけど。こっちの世界、馬とか牛とか良く知っている動物の他にまるっきり見たこともない動物がいるから、魔物なのか普通の動物なのか判断しづらいんだよな。まぁ御者とか相乗りになった他の客とかは特に気にしていないようだったので害のない生物なのは間違いないだろう。

 

異世界ファンタジーの旅なのに、本当にトラブルもなくのんびりしたものだ。問題があったとしたら、尻と腰が痛いくらい? 街道はきちんと整備されてるもののアスファルトほどきっちり凹凸が整備されているわけでもないし、乗っているのは馬車だ。当然自動車ほど乗り心地がいいわけないので、ダメージがきました。若い体だからすぐ回復しましたけどね?

 

しかしここまで穏やかだと、ちょっとしたイベントが起きないかな? なんて悪い考えももたげて来ちゃうな。なにせ今も4桁の視聴者がいるわけで。ちょっと申し訳ないというか。

 

まぁそんな思いが理由ではないけど。旅を始めて4日目の事。俺はこれまでの移動だけの日程とはちょっと異なる予定を立てていた。

 

ここまでの三日間は街と街の間の距離があったのでずっと馬車を使ってきたけど、この辺りからは街と街の間が近くなる。なので今日は前半は馬車で、後半の移動は徒歩と決めていた。

 

そして、今俺は目的地目指して歩いていた。街道ではないところを。

 

『カズサちゃん、やっぱりやめた方が良くない?』

「危なそうなら即逃げるから大丈夫だって」

 

流れるコメントにそう返しながら、俺は主街道ほどは整備されていない道を進んでいく。

 

周囲には、疎らに並び立つ背の高い樹木。道のすぐ横には穏やかなせせらぎの音を奏でる底の浅い川が流れている。

 

今俺が目指しているのは、次の街ではない。いや今日の最終目的地は次の街で間違いないんだけど、今はちょっとだけ寄り道中。

 

というのも、前の街で街道沿いからちょっと離れたところに、あるものがあると聞いたからである。

 

そのあるものというのは──温泉だ。

 

そう、温泉である!

 

今移動中の場所は少し北の方に山岳地帯があり、その中には火山もあるらしい。その影響だろう、この地域は幾つか温泉が湧いている所があるらしい。

 

そして今回の移動中の所に、誰でも利用可能な露店風呂があるそうなのだ!

 

更に北の方に行けば温泉を観光資源にしている街があるらしいが……金銭的な事情で風呂ありの高級宿を避けている俺にそこまでの余裕はない。今は確かに現金の手持ちが結構あるけど、パストラの街でいろいろ生活の為の準備するのにいろいろ出費が見込まれるので、無駄遣いする余裕はないのだ。

 

そこに温泉の話である。街道のすぐ側というわけでもないが、逸れて30分程かからない所にあるとの事。となるとせいぜい2km前後なわけで、その程度の距離ならもし何かに遭遇してしまっても、<<テレポート>>+<<ハイスピード>>ですぐに主街道まで逃げれるハズだ。そして主街道に行けばそこそこの交通量があるので助けを求められる。完全露天だから風呂入っててもすぐに<<テレポート>>で離脱できるしな。

 

勿論全裸で逃げる訳じゃないぞ。こっちの世界では露天の風呂に入る時は湯着を切るのが基本らしいので、逃げる時もある程度ならそのまま逃げれる。まぁあまり人前に出る恰好じゃないけど、破廉恥という格好でもないので大丈夫だろう。というかそういうの着なきゃさすがに俺も混浴の露天に入る気はしないよ。思いっきりみられるだろうし。

 

そもそも、現地に辿り着いて入っているのが男だけだったらさすがに諦めて引き上げるつもりである。心が男とはいえ体は女なので、獣がたむろっている中に入って行くほど身の程知らずではない。

 

でもなー! そうでなければ風呂に、入りたいんだよ、俺は!

 

だって、こっちに来てからもう少しで一か月だよ? その間風呂に入ってないんだよ? 毎日風呂に入るのが当然となっている日本人の俺にとって、これは相当きつい。チャンスがあれば入りたい気持ち、わかってくれるだろう? 皆には危ないって言われたけど、さっき言った通りちゃんと対策も考えているので許して欲しい。

 

やがて、道の先から更に外れたところに、一つの小屋が見えて来た。そしてその側にはもうもうと上がる湯気。その場には──人影は一つもなかった。

 

ラッキー!



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初めてのお風呂

 

「ふあぁ~」

 

ゆっくりと透き通った湯舟の中に身を沈めてゆく。汚れもなく湯舟は綺麗なものだった。

 

湯舟の側には掘っ建て小屋だが着替えられるところがあったし、もしかしたら近郊に住む猟師か誰かが管理をしてくれているのかもしれない。ありがたい事である。

 

全身をちょうどいい頃合いの湯が包み込んでゆく感触。本当に心地よいそれは、二十日以上ぶりのものだ。ちょっと涙が出そう。

 

『今の声、漫画とかだったら間違いなく最後に❤ついてたよな』

『むしろ俺には❤が聞こえたが?』

『❤が聞こえるってどういう事だよ』

 

流れていくそういうコメントが目に入り、俺は思わず苦笑いを浮かべる。

 

正直、今のは否定できない。自分でも確かにと思ってしまったので。完全に無意識に、男の頃だったら絶対でないような声が漏れてしまった。俺の体はどうなってしまったのだろう。ちょっと怖い。

 

まぁでも……声が上がっちゃうのは抑えられないよな。

 

体を更に沈め、肩まで浸かる。髪の長さがショートボブなので、これくらいなら襟足が濡れるくらいで済むだろう。

 

いやぁ、実は露天風呂初体験なんだけど、それが異世界になるとは思わなかったねぇ。そもそも異世界に来ること自体想定外なんだけど。

 

あー、でもマジで気持ちいいー。

 

それほど直接的な疲労が溜まっていたわけじゃないけど、異世界に来てからじわじわと溜まっていた見えない疲れがお湯に溶け出している感じがするぅ。

 

『すごい幸せそうな顔してるね、カズサちゃん』

『これまでの配信の中で一番いい顔な気がする』

『ええのんか! そんなに風呂がええのんか!』

「めっちゃいいー……」

 

今の俺は湯着を着ているので、普通に配信画面はそのままにしている。カメラに写っている配信画面は自分でも見れるんだけど、そこに映っている俺の顔は確かに幸せそうだ。とろけそうな感じである。

 

あー、やっぱなー、風呂は重要だよなぁ。パストラの街はしばらく滞在するつもりだから宿住まいじゃなくて部屋を借りる予定なんだけど、その際の選択基準の中に"風呂桶"アリって絶対入れないとなぁ。

 

風呂桶さえあればあとは4000MPを使って<<ボイルウォーター>>を覚えれば、自力で風呂を沸かせるようにできる。毎日風呂に入り放題だ。夢が広がる。

 

MPは今はかなり心許ない数字だけど、あと数日で目的地に着くってのは周知してもらってあるし、更には登録者5000人超え記念として巫女服配信(巫女服モデル準備済み)もする予定だから、ある程度投げ銭はもらえるハズ! いや、視聴者数はともかく登録者はじわじわ順調に伸びているから5000人じゃなくて1万人記念配信になりそうではあるけれど。

 

これまでの傾向から、少なくとも5桁に届くはMPもらえるよな? 取らぬ狸の皮算用じゃないよな?

 

うん、さすがにそれくらいは自信もっていいハズだぞ。俺。

 

MPじゃない現金の方の予算はお陰様でしばらくはなんとかなるし、パストラについたらようやく服とかも増やせるなぁ。それに無駄遣いはできないとはいえ、自宅が出来ればある程度私物も増やしていける。

 

「ふふっ……」

『あ、笑った』

『すごくだらしない顔してるよカズサちゃん』

『涎垂らしそう。垂らしていいよ?』

「垂らしません」

 

風呂に入っているだけで涎垂らすまでいったらさすがに変な人か、或いはお湯の中に怪しい成分が混じってるかのどっちかである。しかし、だらしない表情になっているのも事実だ。湯舟の温かさに、表情筋や心まで保護されてしまったのだろうか?

 

あー、でもこうやって風呂に身を沈めてのんびりするのってサイコー。眠ってしまいたいくらいだなぁ。

 

『あっ』

『あれ?』

『ん、どうした?』

『カズサちゃんの後ろの森の方に何か見えた……あ、人だ!』

『お、マジで人が』

『でも何で森の方から?』

「え、人?」

 

コメント欄の流れに気づき、カメラに映った背後の景色を見ると確かに人影が見える、2人……両方とも男だった。

 

「マジかよ……」

 

せっかくのんびりを堪能していたのに、彼らも風呂が目当てだろうか? 森の方からくるのがちょっと謎だが……

 

「短い天国だった……」

 

さすがにこんな人気のない場所で、男と一緒に風呂に入る気はしない。俺はため息を吐くと湯舟の中から立ち上がる。

 

着替えは……してる間に男たちがこっちに辿り着きそうだな。仕方ない。このまま靴だけ履いて移動して、人気のないところで着替えるしかないか。幸い人通りがあまりない場所だ、少し外れて森の木々に隠れれば問題ないだろう。

 

俺は湯舟のすぐ横に置いてあった荷物から手ぬぐいを取り出し、足を拭って靴を履き──そこで再びコメント欄が焦った様子になっている事に気づいた。

 

『カズサちゃん、街道の方からも男が二人来てる!』

「はえ?」

 

自分がやって来た主街道の方からも、確かに男が二人やってきている。

 

え、これまで温泉誰もいなかったし、来るときも誰ともすれ違わなかったのに、このタイミングで二方向から人が来るって考えられる?

 

……参った、さすがに湯着の恰好で人とすれ違うのはちょっとしたくない。当然下付けてないし、正面は大丈夫でも脇は割と甘い状態になっているので。

 

しゃーない、ちょっと困惑させるかもしれないけど、街道沿いの二人を<<テレポート>>で飛び越すか?



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危機感不足

 

本当は着替えたいけどさすがにそれは無理そうだ。濡れた体を拭いて、それから着替えている間に彼らが到着してしまえば非常にまずい。彼らが普通に風呂に入りに来たとして、それでも小屋の中に半裸の美少女がいたら不埒な行動に出る可能性がある。

 

……とりあえず靴だけ履いておこう。

 

足元を拭って、ソックスは穿かず靴だけ履く。……拭いたけど、そっから上はそのままだしそもそも湯着からお湯が滴りまくってるので無駄ですね! 速攻でべちゃべちゃである。……いやだなぁ、この後これで歩くの。さっきまでは天国に上る気分だったのに、一気にテンションダウンだよ。

 

まぁこれで移動はできる。一応はだけたら困るので腰紐は締めなおして、と。

 

そんな事をしている間にも、男たちはこちらに向けて歩いてくる。向こうからもこっちの存在は認識できていると思うけど特に何も変化する気配がないので、単純に風呂に入りに来ただけかな。残り50m程度。顔も判別できる距離になってきたけど、全員20代くらいっぽい風体だった。

 

さて、一応不埒な考えを持ってる連中である事を考えて、<<テレポート>>した後の距離が出来るだけ離れるように近づいてくるのをまってたけど……そろそろ<<テレポート>>しちゃっていいかな。

 

『カズサちゃん、<<テレポート>>したらすぐに<<ハイスピード>>使った方がいいかも』

 

ん?

 

『あいつら、昨日カズサちゃんが夕食食べてた店にいた連中だ。カズサちゃんの後ろの方にいたから、カズサちゃんは覚えてないかもしれないけど』

『え、てことはつけられてた?』

『そういや、温泉の話聞いたのあの食堂だったよね……』

『カズサちゃん話聞いたときにめっちゃ弾んだ声だしてたからなぁ……行くと思われるよなぁ……』

『偶然の可能性はあるけど……つけられてたとしたら不味くない?』

 

不味いよ!

 

コメントが間違いないなら、4人組がわざわざ分かれて二方向から向かってきている事になる。この辺は別に他は何もないから、わざわざ別れて移動する理由などないのだ。となると……逃げにくいように挟み撃ちかコレ!?

 

そう思った瞬間、体に力が入る。同時、残り30M程度の距離で男たちが突然速度を上げた!

 

『カズサちゃん、<<テレポート>>!』

 

解ってる!

 

視線を街道側に向ける。その途中、森の方から走ってくる男がこちらに向けて手を向けてくるのが見えた。それが視界に入った瞬間、なぜか悪寒が走った。

 

なんか不味い気がする!

 

「<<テレポート>>!」

「<<バイン……」

 

こちらに手を向けた男と俺が同時に声を上げる。ほぼわずかに俺の方が先だったため途中で男の声は聞こえなくなり、俺は目標と定めた地点へと移動した。

 

振り返れば、先ほどまで俺がいた位置辺りに緑色の何かが広がっているのが見えた。もしかして何かの術を使われた? 何の術だかわからないけど、どうやら間一髪だったらしい。

 

だけど、これでとにかく距離は稼げた。後は<<ハイスピード>>で街道まで逃げれば、この辺りの街道なら対象やら他の旅人の姿があるからあいつらも手出ししてこないハズ。

 

向こうにいる3人はこっちに向かってこようとしているが、距離は数百Mある。<<ハイスピード>>を使えば逃げ切れるはず──って、3人?

 

もう1人どこ行った?

 

そう思った瞬間、前から足音が聞こえた。向きなおせば──男がすでにすぐ側におり、こちらに歩み寄ってきていた。

 

え、なんで、どうして? <<テレポート>>で移動したのに……って、そうだ<<テレポート>>だ!

 

馬鹿か俺は! <<テレポート>>は多少コストが張ったといっても5万MPだ、<<ピュリファイ・スピリット>>程取得難易度が高いわけではない。そして俺の覚えられる能力は極一部を除けば基本的にこちらの世界の住人が覚えられる能力だ。

 

俺を追跡する相手が<<テレポート>>を使えてもおかしくないのだ。

 

そんな当然の事が完全に抜け落ちていた。<<テレポート>>で逃げれば万事安全……なんて事欠片もなかったのである。くっそ、考えが浅すぎる……!

 

いや、今はそんな事を悔やんでいる場合ではない。とにかく逃げないと。

 

俺に対して何かの術を使い、更に<<テレポート>>で追ってきた。更に今前にいる男は下卑た笑いを浮かべている。これで、自分に対して不埒な事を考えていないなんて全く思えない。

 

このままではエロ同人展開待ったなしだ、シャレにならない。

 

最悪なのは進行方向に男が位置している事だ。逆方向からは3人の男が立っているから逃げられない。森の方向に逃げるという案もあるが、俺はまだ<<ハイスピード>>を扱いきれていない。森の木々の中では木に突っ込みかねない。

 

となれば、男の横を何とか抜けていくしかない。<<ハイスピード>>を使ってなんとかあいつの横を抜けて、必死で走る。もう一度<<テレポート>>を使えるくらいまでの時間逃げきれれば、多分なんとかなる。

 

よし。

 

男がぴくっと体を動かした。……こっちが身構えたのが解ったのか。でも相対距離は後わずか、もう猶予はない。

 

「<<ハイスピード>>!」

 

俺は能力を叫ぶと同時、駆けだした。目指すのは男の右横、そこを駆け抜けて一気に逃げる!

 

距離感はギリギリ、だがなんとか抜けられる……そう思ったのが不味かったか。ちょうど男の横を駆け抜け、駆ける方向を変えようとした瞬間、俺はつまずきかけてしまった。

 

バランスが崩れる。傾いた体を押しとどめるために必死に前足を踏み出せば、なんとか踏みとどまることが出来た。だが、とどまってしまった。

 

致命的だった。

 

まだ湯に濡れたままのむき出しの二の腕が、男に掴まれる。男は獲物を捕らえた事を確信したのだろう、だらしない笑みを浮かべていた。

 

「ひっ」

 

その舌なめずりしていそうな顔に、思わず口から声が漏れた。背筋に寒気が走る。いや、絶対いやだ、なんとか振り払って逃げないと──

 

そう思った瞬間だった。目の前に更に人影が現れたのは。

 

銀色を纏うその人影は、菫色の瞳でこちらを一瞥した後、男の方に手を伸ばし無造作に触れた。

 

「<<ショック>>」

 

 

 



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ゴミ掃除

 

「<<マリオネットハンドラー>>」

 

新たな人影に触れられた男はビクンと一つ震えると崩れ落ちる──そう見えたが、人影がボソリと呟いた瞬間その動きがガクンと止まった。

 

項垂れ全身の力が抜けている様子だったのにその首が起き上がり、腕は持ち上げられ人影の方に伸ばされてゆく。にも関わらずその瞳は完全に白目をむいていたので、ホラー味がある。

 

「腕、大丈夫?」

 

そのある種の異様な光景に視線を奪われていると、涼やかな声音で言葉がかけられた。今の俺の声よりはちょっとだけ低いけど、明らかに女性の声。その声に導かれて人影に視線を向けると、そこには一人の女性が立っていた。

 

銀色の髪に菫色の瞳。男程ではないにしろ俺よりは高い背丈をした美しい女性だった。長いうしろ髪をポニーテールに束ねたその女性は、正面に異常な状態で立つ男はまるで気にしていない様相でこちらを見ていた。

 

「痛みとか、ない?」

 

女性が再び、声を掛けてくる。そこでようやく俺は返事をしなければと思い立ち、先ほど男に掴まれたところに反対の手で触れてみる。

 

……特に痛みはない、ちょっとぞわっとした感じは残っているが、これは先ほど掴まれた時の嫌悪感が残っているだけで、しばらくすれば収まるはず。

 

なので、俺は女性に対して頷きを返した。

 

「大丈夫、みたいです」

 

正直、突然の展開に頭がついていっていない部分はあるんだがなんとかそう返すと、「そう」とうっすらとした笑みを浮かべると男の方へ視線に戻し、

 

「それじゃ、貴女はそこに座り込んで?」

「──はい?」

「座り込んで? あ、腰が抜けちゃった感じで可愛くね?」

『え、このお姉さん何言ってるの?』

『逃げなさいとかじゃないの? 座って観戦してろみたいな感じ?』

『てか白目で立っているの怖ぇんだけど!』

 

流れるコメントが目に入ったが、まったくの同意だ。この状況下でなんで座れと言われたのか理解できない。助けてくれたのは間違いないし、こっちに対して何かしようとする感じではないんだが……温泉の方からは、残りの3人が走って向かってきている。座り込んでたりしたら、間違いなく奴等に追いつかれる。

 

「なんで」

 

疑問が口をついてそのまま言葉になる。すると彼女はやや早口で、答えてくれた。

 

「お風呂に入る前に、ゴミを一掃するわ。そのために私は取っ組みあっているように見せてるのよ、連中が逃げ出さないようにね」

 

そういって、彼女が男の肩を掴む……が、男は何の反応も示さない。当然だ、気絶しているので。恐らく先ほど彼女が使った<<マリオネットハンドラー>>とやらの力で崩れ落ちないで保たれているのだろう。

 

男は今温泉の方には背を向けている。向こうから見れば、確かに男は彼女に掴みかかって抑えつけようとしているように見えるかもしれない。

 

とりあえず、俺は彼女の言葉に従う事にした。まだ頭が理解しきれていないが、そもそも彼女が俺を何かにはめる意味がないという事と、連中を倒そうと考えていることだけは理解できたので。

 

すっと体から力を抜き、地面にペタンと座り込む。自然と女の子座りに……あ、やばっと慌てて俺はカメラの位置を調整する。

 

多分大丈夫だと思うけど、今俺は湯着一枚で下は何もつけてないわけで。カメラを少し離しておいているせいで、座り込んだ状態で膝上までの丈しかない湯着の中が映ったらシャレにならん。

 

はたから見たら虚空の何かを掴む動きなので一瞬女性は怪訝そうな顔をしたが、すぐに男の方に向き直ると小さく言葉を呟いた。

 

「<<レコーディング>>」

 

言葉で何か起きた気配はなく、ただ彼女は取っ組み合っているのを偽装するためか、男の体を掴んで体をゆする。そんな間にも男たちはすぐ側までやってくる。その顔には先ほどの男と同じ下卑た笑みを浮かべて。

 

それを確認した彼女が、焦りを含んだ口調で、悲鳴に近い声を上げる。

 

「ちょっと、あんた達一体何なのよ!」

 

その声に恐れがあると聞いてとったのだろう、男達の中の一人がニヤニヤ笑いながら口を開いた。

 

「いや何、ちょっと楽しい事をしようと思ってね」

 

他の二人も同じような顔で声を上げる。

 

「上玉の女の子を味わえると思ったら、更に上玉が増えるとはなぁ。本当に今日はついてるぜ」

「おい、ザグ、とっととその女押し倒しちまえよ。俺はそっちの子の方が好みだから、そっちで楽しませてもらうぜ」

 

舌なめずりしてそういわれ、ぞわっとしたものがまた体に走る。ザグというのは……そこの白目をむいている男の名前だろうか。

 

こちらを見るねちっこい男の視線から半ば逃げるように、どうするのかと女性を見ると、先ほどまで焦りを見せていた表情はまるっきり消え失せていた。その顔に感情は見えない……いや、口元が少し吊り上がっている?

 

「逃げるわよ!」

 

彼女は白目の男──ザグを突き飛ばすと、私の腕を取り強く引く……だが完全に女の子座りになってしまっていた俺はすぐにまっすぐ立つ事ができず、少しよろけて彼女に縋りつくようになる。それでも彼女に引かれて立ち上がると、そのまま走り出そうとし──そんな私達に向けて、男が手を向けた。

 

「おっと、今更逃がすわけにはいかねぇな。<<バインディングアイヴィ>>」

 

男の声に応じて、男の手元から緑色の蔦が産まれる。その蔦はこちらに向けて蛇のように地を這って伸びてきて、そして

 

「<<フレイムサークル>>」

 

俺達の周囲に生まれた炎の壁によって、瞬く間に炭化した。

 

「……は?」

 

その突然の光景に、これまでニヤニヤとしていた男達の顔から笑みが消える。それと反比例するように、今度は私の腕をつかんだままの彼女の顔に笑みが浮かんだ。

 

「ま、"証拠"はこんなところでいいでしょう」

 

そんな男達に向けて、彼女は人差し指を向ける。そして、小さく囁くように言葉を紡いだ。

 

「<<ライトニングバレル>>」

 

言葉と共に、彼女の指先から走る白い光。それは一瞬で男達4人を貫く。

 

貫かれた男達は、言葉にならない呻きをあげ、そして皆一様に糸が切れたように崩れ落ちた。

 

本当に、瞬きする間もない一瞬の出来事だった。

 

「ま、こんなものね」

「え、えっと……」

 

あまりに早い状況の展開にすでにオーバーヒート気味の脳は全くついていけず、地面に伏した男たちと、その男たちを蔑んだ目で見る彼女を交互に繰り返し見ていると、彼女はその端整な顔に浮かぶ表情を蔑すみから穏やかな微笑みに変えて、俺に向けて落ち着いた声音で告げた。

 

「貴女、その状態だとお風呂途中だったんでしょ? それじゃ一緒に入りなおりましょうか。大丈夫よ、ゴミはすぐ片付けてもらうから」

 

……とりあえず脳が働いていない俺は、風呂という言葉に反応して気が付けば頷いていた事だけ伝えておく。

 

 

 

 

 

 




今週金曜の夜は、恐らく更新お休みをいただきます。


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アキラ

 

銀髪ポニーテールの目の前で無双を見せた女性は、アキラと名乗った。見た目は美人さんなのに男みたいな名前だなと一瞬思ってしまったけど、よくよく考えたらここは日本ではない。普通にこっちでは女性名なんだろう。

 

そのアキラさんは「とりあえずゴミを放置も出来ないし、処理をお願いしてくるわ」といって俺を温泉の方に向かわせると、森の中に消えて行ってしまった。

 

……正直そこにさっきまで俺に対してあまり口にしたくない事をしようとしてきた連中が転がっているので不安があるんだけど、まぁ全員気絶している上に手足縛らているから大丈夫か……とお風呂に向かう事にする。いや、普通はとっととこんな所立ち去るべきでは? って事は頭に浮かんだし、心配やお叱りのコメントをしてくるリスナーの中にもそういう意見はあったんだけど、お礼もまともにまだ言っていないし、後勝手に姿を消したら余計な心配かけるかもしれないし……と考えてしまい、後さっき反射で頷いてしまった程度には風呂に漬かりたい気持ちも強かったため、俺は改めて風呂に向かう事にした。

 

幸いその後特に追加のトラブルが起こる事はなく、アキラさんは森の中から戻ってきた。

 

彼女曰く「この近くに住んでる温泉の面倒を見ている人物に処理をお願いして来た」とのこと。言われて男達のいた方を見てみたらすでに男たちの姿は消えていた。いつの間に!?

 

──というわけでだ。

 

今俺は、銀髪の美女と一緒に温泉に浸かっている。あ、勿論彼女も湯着を着ているのでそこは安心だ。そうでなければカメラは地面に向けておく必要があったし、何より俺の罪悪感が半端ない事になっていたと思う。よりによって恩人に対して痴漢行為をしている気分になるので……外見は完全に女の子になっているけど意識は男だからな。しかも女の体はこの一か月近い日常の中で完全に見慣れてしまったため左程見たいとも思わず、ただ本性を隠して覗き見る気持ちになりそうで俺にとっていい事がない。

 

ちなみにコメント欄では

 

『ううっ、この美女も湯着を身に着けるのかっ』

『着替えシーンもなかったし……視聴者サービスが足りないと思います』

『でも濡れて肌に張り付く布ってエロいよね』

 

とか流れていたけど、だから彼女が湯着を来てなかったらそもそも君達地面と睨めっこだったからな? あと最後のコメントを見た時、思わず反射で胸元に貼り付いていた湯着を剝がすように引っ張ってしまい、その結果皆に揶揄われる事になった。畜生。

 

ま、そんなこんなで今俺はアキラさんと一緒に温泉に浸かっている。温泉は狭いとはいわないまでも8畳間くらいの広さしかないので向かい合っている状態だ。

 

そして──俺は説教をされていた。

 

「貴女みたいに可愛らしくてか弱そうな女の子が一人で浸かりにくるのは、流石に無謀が過ぎるわね。確かにこういった場所は旅人は利用するけど、そういうのは私みたいに自力で対処できる人間だけよ?」

「はい、私の考えが甘かったです……」

 

アキラさんの言葉に俺は何の反論もできず、お風呂の中で縮こまる。

 

アキラさん曰く、この周辺は確かに治安がいいし、"根城にしている"強盗団のような悪党はいないそうだ。そういった連中は依頼を受けた冒険者や国の警備兵にとっとと駆逐されるので。ただ、だからこそ他所から来た人間が悪事を働く事が多々あるのだという。他所からやってきて、罪を犯し。そして別の地方へ立ち去る。例えば女を犯し、そして殺して埋めてまた別の場所へ向かってしまえば、犯罪を起こしたことすら気づかれない可能性も高いのだ。

 

この世界では日本のように戸籍の管理はしっかりしていない。いや、街に住居を持っている場合は税金の取り立てや公共サービスの提供もありきっちり管理されているが、根無し草のようなものも多いのだ。そしてそんな感じの人間が旅をしている際中に行方がしれなくなっても、どこかで恋人でも作ったか、あるいはダンジョンにでも潜ってくたばったか……そう思われるだけだ。特に俺の場合はこちらの世界に故郷なんてものはないわけで。途中で失踪しても本当に誰も気づいてくれず、気が狂いそうなひどい目に合わされていた後、地面に埋められ異界の土へとなっていたかもしれないのだ。

 

そう気づかされれば、風呂で温かいお湯に身を包まれているというのに、ぶるっと体が震えるほどの寒気を感じてしまう。アキラさんが来なければ本当にそんな目に合っていたのだと。そう思えば甘んじて説教は受けるしかない。まぁお説教というか言い聞かせる感じだけど。

 

ちなみに今当初はリスナーからも説教されていたが、風呂に入ってからは落ち着いていた。"水に濡れた姿いいよね"とかそんなコメントが流れて、いつもの雰囲気に戻っている感じだ。アキラさんに任せる感じかな。

 

『あ、あとで当然カズサちゃんお説教だからね?』

『今来ていない連中も後で話聞いたら説教するだろうなぁ』

『カズサちゃんに正座させて、今は可愛い女の子だって事ちゃんとわからせなきゃ……』

 

……

 

今日の俺の残りの時間、説教だけで終わりそうな気がします。



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目的地へ

 

アキラさんは割とさっぱりした性格をしているらしく、俺に対して一通りの忠告を終えるとそれ以上その話を引きずる事はなかった。

 

『アキラさん優しいなぁ』

『美人でさっぱりしている女性っていいよね……』

『お? カズサちゃんから浮気か? お?』

『カズサちゃんもアキラさんもどっちもいい』

『それはそれとしてカズサちゃん、アキラさんと並んで入らない? ほらカメラに一緒に映るようにさ』

『カズサちゃんだけアキラさんの入浴姿見れてズルくない?』

 

いや、映すわけないだろう。湯着をちゃんと着ているとはいえ、入浴中の姿だ。俺自身はカメラあるって解ってるし納得済みで映しているからいいけど、それを知らない人間を勝手に映すわけにはいかないだろう。

 

許可も得ず温泉の映像を配信したら本当にヤバいってのはわかるでしょ? 勿論こっちの世界で配信に対するプライバシー問題なんてないと思うけど、倫理感の問題として。

 

「俺で我慢しとけ」

 

そっとカメラに顔を近づけ、小声でそう囁くと『はーい』『我慢しゅる~』『もうちょっと斜めからの角度が……』とか返ってきた。ちょっとキモイとは思ったけど、声には出さない。

 

閑話休題。

 

忠告が終わっても、アキラさんの話は終わらなかった。一件クールっぽい外見によらず、意外と話好きらしい。

 

ちょっとした雑談からどこに向かって旅をしているのか聞かれ、パストラに移住する為に目指していると話すと驚いた顔をされた。

 

「私パストラから来たのよ。偶然ね」

「本当ですか!?」

 

詳しく聞くと、アキラさんはパストラに住んでいるらしい。今回はちょっと用事があり、パストラを離れて別の街を目指している最中とのこと。

 

「帰りのルートだったら<<ポイントテレポート>>で一気にパストラに連れていってあげれたんだけどね。尤も帰りはそれで一気に戻るつもりだったから、そもそもここで会えていなかったと思うけど」

「そういう意味では、私はアキラさんが行きのタイミングでちょうどここに寄ったことに感謝しないといけませんね」

「そうね、カズサちゃんは幸運だったと思うわよ?」

 

そういって、アキラさんはフフと笑う。年齢的な外見は俺とそれほど変わらないのに、どこか艶っぽさを感じる笑みだ。間違いなく女の子歴が3桁日数どころかその半分にも満たない俺には出来ない笑い方だよな、コレ。こういった笑みが出来れば登録者数増えるのかねぇ……いつになっても出来る気がしないけど。

 

ちなみに<<ポイントテレポート>>は<<テレポート>>の上位術ともいえる術で、事前に設定しておいたポイントに移動する能力だ。視界範囲内で可能距離も短い<<テレポート>>と違い、一気に距離を稼ぐ事ができる。難点はポイント設定が必要なため一度行ったところにしか行けない事と、マーキング設定が一か所しか出来ない事か。まぁそれを鑑みても有用性は高く、また取得難易度も高い術である。なにせ取得の為のMPの消費コストがくっそ重かったので。

 

 

……今更だけど、アキラさんめっちゃ実力者だよね。男達と接した時もいくつかの術をポンポン使ってたし、こんな高コストの術も覚えているし。俺みたいな能力取得のチート技術もないのにこの若さでそんなに術を覚えてるって事は滅茶苦茶エリートな人なのでは? そんな人がたまたま同じタイミングで温泉に立ち寄ってくれたのは本当に奇跡だ。自分の幸運にほんと感謝したい。そしてここで幸運を使い切りましたってことになってない事を祈る。

 

その後もいくつか雑談──殆どアキラさんからパストラの事を聞いていただけだったが──を続けた後に、俺達は風呂から上がり旅に戻る事になった。順番に着替えた後(一緒にならないように、俺の方が少し早めに上がった)本街道まで一緒に向かい、そこでお別れだ。向かう方向が逆だしね。

 

「パストラで住むところ決まったら連絡頂戴」と連絡方法を教えてもらい、最後に改めてお礼を言って俺たちは手を振りあって別れた。

 

……温泉ではひどい目にあったし、猛省が必要だと思うけど、結果だけ見たらアキラさんと知り合いになれたんだから結果としては温泉によって正解だったよな? そんな事をぼそっと口にしたら皆に聞きとがめられて滅茶苦茶「反省してないね?」と言われた。いやいやすごく反省してるって! 俺もこんな目には二度と遭いたくないし!

 

その日は結局予想通り話を聞きつけた後から来たリスナー達にかわるがわるお小言を頂く事になった。うう……今後は気を付けますってば。

 

そして翌日以降の旅路は、味気ない感じになった。リスナーにも撮れ高は気にしないで、とにかく自分の安全を重視してと強く言われたので。俺としても、偶々男達しかいない場所に行くとビクッと反応しちゃうようになってしまったので、素直に従う事にした。余計な寄り道は一切せず、ただ目的地へ向かう旅。

 

幸いな事に天候には恵まれて、旅は順調に進み──俺は予定通りの日程で目的地に到着する事ができた。

 

──交易都市パストラへ。



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2 交易都市パストラ
生活拠点


 

「つっ……かれたぁ!」

 

持っていた荷物を投げ出して、飛び込んだ先はベッドの上。陽の香りのするシーツへと顔を埋める。

 

「あー……わざわざ干してくれたのかな。いい匂い」

 

疲れた体にベッドの柔らかさと匂いが心地良すぎて、このまま眠ってしたい気分になる。が、そういう訳にもいかないと顔を上げる。

 

『カズサちゃんカズサちゃん』

「ん-、何?」

『スカート捲れてるけどいいの?』

「えっ、マジ!? ……って、この程度か」

 

顔を上げた途端コメントに指摘され慌てて半身を起こして確認したが、確かに捲れているとはいってもせいぜい膝上あたりまでだった。考えてみれば今日俺が穿いているのは丈の長いスカートで、そうそう上の方まで捲れあがるなんてありえなかったな。

 

「この程度だったら、セーラー服の時の方が足出てるじゃん?」

『ま、そうなんだけどね。普通に見えるのと捲れて見えるのじゃ価値が違うんだよ?』

『ガードの固い格好している子が、油断して見せるちょっとした露出が好物です』

 

いやさすがにこんなところまで気にするほどガード固くしているつもりもないけど。ていうかお前ら前もこの程度で反応してなかったか? 

 

『あとカメラだと膝裏とかあんまり映らないからちょっとドキドキするよね』

『カズサちゃんの膝裏ハァハァ』

『膝裏フェチとかレベルが高すぎないか?』

 

俺もそう思うけど、特殊性癖持ちが唐突にコメント欄に生えてくるのはもはや今更な事なのでスルーする。

 

というか、俺が見てた女性配信者のコメント欄だとここまで特殊性癖持ちが湧いてなかったけど、俺の所では大量発生するのはやっぱり中身が男だから、半ばネタ感覚で性癖ぶつけやすいのだろうか? それはそれで配信者として売りになるのかね。まぁコメント欄がそんな奴ばっかりになるとノーマル性癖の人が参加しづらくなるかもしれないから、推奨をすることはしないけど。別に特殊性癖ぶつけられたいわけじゃないし……この程度ならいいけど、もっとどぎつい特殊なのぶつけられるの怖いし……

 

「よっと」

 

とりあえず捲れあがったスカートの裾を元の位置に戻しながら、俺は体を起こす。

 

そしてベッドの上で胡坐をかき、周囲を見渡した。

 

今俺が居るのは、木造建物の一室だった。部屋の広さはこれまで俺が過ごしてきた安宿に比べると広く、多分16畳くらいはあるんじゃなかろうか。ただ広さに対して家具の数は簡素な物だ。今俺が乗っているベッドに人二人が食事できるくらいかなというテーブル、それに椅子が二つ。木製のクローゼットと小さな棚、ランプ。多分水を汲んでためておくためのものかな? 壺のようなものがあって、後は珍しいのは料理が出来そうな台があった。一応料理も可能らしく、その上には排煙の為の穴も開いている。

 

それらを一通り確認して、俺はうんと頷く。

 

「なかなかにいい家が見つかったよな」

『本当だねー』

 

パストラに辿り着いて。

 

到着した当日は歩いた分も含めて旅の疲れもあり一晩は宿を取って休んだ後、まず俺が最初に行ったのは当面の住処を探すことだった。

 

グリッドの街はそれほど長く滞在する気がなかったので宿生活で済ませていたが、このパストラはこの国の中では王都に次いで広く、"ネタ切れ"も早々にはしないであろうことから当面はここに滞在、或いは移動するにしても生活拠点にするつもりだった。

 

そうなると、さすがに宿生活では金がかかりすぎる。特にグリッドに比べてばこのパストラは物価も高いため、俺はこのパストラでアパートメントを借りるつもりだった。じゃないといつまでたっても私物も増やせないしな……

 

家の条件は家賃が予算内に収まる事、治安が悪い場所にない事が大前提。他にもいろいろ細かい条件はあったが、他はまぁ取捨選択できる内容だ、だがこの二つは外せない。前者は当然として、後者は俺もそう思ったけど、何よりリスナーのみんなに強く言われてしまった。

 

──本当はパストラの街につくまではアキラさんの住んでいる近くに住めたらいいなーなんて事をぼんやり考えていたんだけど、さすがにエリート(と思われる)アキラさん、普通に家賃の高いエリアに住んでいたので速攻で断念した。

 

そうしてまぁ、この街の不動産屋? らしきものを宿の人に教えてもらい、いろいろ条件を相談した結果紹介されたのがこの家だったんだが……かなりの好条件であり、即決した。

 

まず立地に関しては街の中心からは離れているものの、警備隊の詰め所が近くにあり治安はそれほど悪くない。家賃も充分に予算の範囲内だった。

 

それから大家さんは恐らく50前後の女性だったんだけど、この方元は冒険者をやっていたらしく、腕っぷしも強いのが知られており、そうそうこのアパートメント周りで問題を起こす人間はいないこと。また宿自体を一人暮らしの女性を支援するためにやっているようなのものらしく、入居条件が女性一人暮らしか子連れの女性のみ。今はその子連れの女性も娘しかいない。更には男の連れ込み不可……要するに私生活の中で事故ったりそういったトラブルに巻き込まれる可能性は限りなく少ない。……正直これは割と理由としてでかかった。情けない話であるが、もし男がいる場合風呂に入った際にどうしてもしばらくは気になってしまいそうなので。

 

そう、それも即決した理由の一つ。このアパートメント、住人の共用であるがお風呂があるのである。

 

これでリスク無しに毎日お風呂にはいれるのだ!

 

 

 

 

 




進行の遅い作品ですので、区切りの為に章管理を追加しました。


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一緒にお買い物

 

グリッドの街の宿屋と同じでこの時期は入りたければ自分で燃料用意しないといけないけど。

 

これに関してはもう土下座して<<ボイルウォーター>>を覚えさせてもらうつもりである。いや、お風呂配信するよーっていえば投げてくれそうだけど。屋内風呂なら勿論湯着無しで入るつもりなので、さすがにそれは無理かなー。まぁ4000MPだし許してくれるだろ。

 

『それにしても、今日の配信は最高だったな!』

『だねー』

『記念配信は明日だって聞いてたけど、目的地到着を聞いて今日配信を見に来た自分を褒めたい』

 

お風呂に向けて意識を飛ばしていると、そういったコメントが流れるのがみえて意識が戻った。って、あれ?

 

「今日は別に、特別な事なにもしてないよな?」

 

前述の通り、今日は午前中は新居探しと案内、そして午後はいろいろ必要な物の買い出しに行っていた。食器とかカーテンとか洋服とかね。家を探すのとか、あと服とか食器買う時に相談はしたけどそれくらいで目新しい事は特にしていないんだけど……宿から不動産、そのまま新居へ直行で、その後の買い物も新居に近いところで済ませたから、目新しい場所にはあんまりいってないしさ。

 

なんでリスナーのみんながそんな喜んでいる理由がわからない。

 

「何がそんなに良かったの?」

 

なのでそう聞くと、その返事は

 

『すべてが最高でした』

 

だった。いや、意味わからないんだけどさ。

 

『いやぁ、今日一日はリアルギャルゲー感半端なかったよ』

『あー、ギャルゲー感わかる』

『家を探しているところとか、二人で同棲するための新居探している感があった』

『二人(不特定多数)』

『Vtuberでバーチャルデート放送とかあったりするけど、リアルでやるとこんな破壊力があるんやなって……』

『ああ、そんな感じな。その後の買い物も生活用品を一緒に探している感じがあって、ちょっとドキドキした』

『カズサちゃん、幸せな家庭を築こうね……』

『その家族一万人超えてるけどな』

『あ、一万人登録おめでとうございまーす』

『明日の一万人記念配信は見に来るからね~』

「あ、うん、ありがと」

 

いや、喜んでくれてるならいいんだけど。今日マジで買い物とかしてただけだぞ?

 

あー、こっちから見るとリスナーの姿自体は見えていないからそんな感じはあまりないけど、向こうから見てるとそんな感じで見えるのかな。そういや配信中、カメラ位置の調整を求められることが多かったし、話しかける時にもっとカメラを覗き込むようにーとか言われたし。そう言う理由だったのか。──ギャルゲーっぽくなるような調整だったのか、アレ。

 

確かにカメラがちゃんと俺の顔を追って追随してくるし、絵面的にはゲームとかのデートシーンみたいな風に見えているのかもしれない。

 

……これくらいでこんな喜んでもらえるんだったら、今後も買い物とかする時この辺意識して配信するか? こっちからすると特に気になる事はないし。自分の配信映像を後から見れちゃうと「あ、ちょっと痛っ」とか恥ずかしいとか感じちゃうかもしれないけど、幸いな事に(?)俺は自分の配信を見ることはできないし。リアルタイムだとカメラの映像見れるけど、今日配信中は気になる事はなかったしな。

 

うーん、今の外見を考えるとやっぱそっち方面に流れた方がいいのかね? 街並みとか街の住人のように"この世界"をコンテンツにするだけじゃなく、自分自身もコンテンツにするのが必要なのは間違いないし。

 

「なぁ、今後も買い物とかはすると思うんだけど、今日みたいな感じで配信した方がいいかね?」

『勿論!』

『定期的にやって欲しい所存』

『やるの教えてくれたら必ず見に来ます』

「そか。じゃあ今後は出来るだけこんな感じでやってみようと思うよ」

 

恋人的なムーブを求められるとちょっと精神面的にきついけど、今日のくらいだったら友人と一緒に買いに来た感覚でいけるから、恥ずかしさとかはあまりないし、これで喜んでもらえるならむしろ助かるかも。

 

どうせ"育成計画"の一貫で、今後も買い物に関してはリスナーに積極的に相談していくつもりだし。

 

最近は、配信の中でふと素に戻る事もなくなってきたし。いろいろ馴染んできているのかなぁ。



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交易都市パストラ

 

「ふああー!」

『今度は何見つけたのカズサちゃん』

『いい声で鳴きますねククク……』

『目をキラッキラさせて可愛いなぁ』

『何を見て声を上げてるのか気になるけど、そうするとこのカズサちゃんの姿が見れなくなるジレンマ』

『カメラが二つ欲しい所だねぇ』

 

残念ながら、俺の使っているVRC仕様のままのカメラにそんな機能はない。撮影者が俺以外にいればそれも可能だろうけど、今の所最初の二人を除いて俺と同じ配信をしているという話は聞こえてこない。最初の二人のウチ一人はあわつべのアカウントがBANされただけなのでこの世界のどこかにいる可能性はあるんだろうけど……向こう側の状況を知りようがないし、運よく合流できても向こうはもう配信できないんだから意味がないよな。

 

後、今思わず男の頃では絶対に出さないような声が自然と出てしまったけど、これある程度今の体を意識した動きをしたりしているせいかね。

 

チャンネル名にもある通り"TS少女"というのが売りの一つなので喋り方は無理して直さなくていいとは当初の計画時に言われてたんだけど、偶にそういった意識した言動をするとリスナーの反応が良かったりするので最近はちょくちょく意図してやったりはしてたんだけど……配信内容も平坦だったし、多少は色を付けたくて。

 

VRC内でアバターの姿に合わせてRPしている連中は、だんだんそういう動きが現実世界側を侵食してきて困ると冗談半分に言っていたけど、そういうのと一緒だろうか。

 

或いは小説とかでたまにある"精神が肉体に引っ張られる"っていう奴だったりして?

 

いや前者はともかく、後者だったら怖いな。もし元の姿に戻れた時に酷い事になりそう。

 

まぁ今の所元の姿に戻れる宛ても、元の世界に戻る宛ても、まったくないんですけどネ。

 

さて、そんな声を俺が上げてしまった理由だけど、街を歩いていたときに道沿いの店先にくっそ奇妙な形の物体を見つけたからだ。めちゃめちゃ目をひくけど、欲しいかというと絶対にいらないと断言できるようなそんな奴。そんな物体がなんか普通の商品の中にしれっと並んでいたので、目にした瞬間に思わず声を上げてしまった。

 

これ以外にも、ただ街を歩いているだけで、日本では見たこともなく、こちらの世界に来てからも見たことがないものが幾つも目に入ってくる。さすがは様々なモノが集まる交易都市パストラ。ちょっと歩いただけでこれなのだ、配信ネタはいくらでもありそうで今後に対する期待爆上がりである。

 

もっとも今は配信が目的ではないので(いや、常に配信はしているのでこの言葉は語弊があるけど)、そっちは映してないし、足を長く止める事もないけど。用途とかが全く思いつかない奴とかもっと近くによって見たい気持ちはすっごいあるんだけど、そんな事をしていたらいつまでたっても目的地にたどり着けないので。

 

新しい本拠を手に入れた翌日、俺は改めてパストラの街に繰り出していた。昨日みたいに新居周りの地区ではなく、街の中心部に近い場所だ。

 

──実は当初はそんなにすぐに街の中心部に近づく気はなかった。

 

様々な人間があちこちから集まり、人種のるつぼと化しているこの街はトラブルも起きやすいと聞く。そんな街の中でも特に人の数が多い中心街では特にその傾向が強いだろう……そう思ってたんだけど、そんな事はないらしい。

 

昨日、とりあえずこの街で活動するのにあたり、こないだの温泉のような目にはあいたくないのでまず現時点で活動可能な範囲を定めるために、大家であるベルダさんや近隣の詰め所の警備兵さんに聞き込みをおこなったのだ。

 

それによると、そういった場所だからこそむしろ警備などの配置はしっかりしており、安全なのだそうだ。詰め所が数多く存在し、またパトロールもこまめに行われているため、トラブルに巻き込まれた場合声を上げればすぐに駆けつけてくれるとのこと。また中心部以外でも、"観光客"が多く訪れる場所は同様らしい。むしろそういった者たちが近寄らない居住区の方がリスクが高い所が多いと言われた。

 

ちなみに、俺の新居周りの場所はベルダさんがいるので安心していいそうである。現役時代は結構有名な実力者だったらしいんだよね、ベルダさん。

 

そんなこんなで俺は安心して街の中心街を歩いているわけだけど、彼らの言葉通り特にトラブルに巻き込まれる事もなく順調だ。ちょっとだけナンパみたいなのに声を掛けられたけど、彼らも丁重にお断りしたら素直に引いてくれたし。

 

さて、そんな中心街に俺がやってきた理由だけど、さっき言った通り配信ネタを求めてというわけではない。

 

今日は、すでに夜のスケジュールは決まっている。登録者1万人超え(もう結構オーバーフローしてるけど)の記念配信をするのだ。そしてその配信をする前にしておきたいことをこなすため、俺はある場所に向かっていた。

 

その場所は探索者組合(シーカーズギルド)。ファンタジー世界によくある冒険者ギルドに該当する場所だ。

 

 

 




昨日更新するつもりだったんですが、ちょっと地震の絡みでドタバタして更新できませんでした! すみません!


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探索者組合

向かっている理由は、組合に所属の登録をするためだ。

 

といっても、別に冒険者……この世界では公的には探索者という呼び名になるのか、それになって活動をするためではない。いや、将来的にはそれも選択肢に入るかもしれないけど、現状戦闘に使えそうな能力はゴースト系という特定の相手にしか効果のない<<ピュリファイ・スピリット>>だけの俺がそんな事できるわけないので。

 

一応登録時に任意で記載するプロフィール欄みたいな所に<<ピュリファイ・スピリット>>の事は書いたけど、辺境であるグリッドと違いこのパストラではそこまで数は多くないにしろ同じ術を使える術士は他にもいるだろうし、それしか出来ない俺にお鉢が回ってくることはまずないはずだ。

 

じゃあなんで登録したのかというと、身分証明の為である。

 

知っての通り、俺は大体一か月前くらいにこちらの世界に投げ出されたばかりで、身元を証明するものが何もない。普通はこういうのって国とかに拾ってもらって戸籍が用意されそうなもんだけど、俺に関しては欠片もそんなことなかったので。

 

これまではそれでも別段困る事はなかった。辺境とかは流れの人間も多く、それほど身元証明を求められる事もないので。

 

だがこのパストラとなると違うらしい。何かしらの身元証明がないと使えないサービスがそこそこあったりするのだ。それにこれはパストラの話じゃないけど、国によっては身元証明をする物がないと入国を拒否する国もあったりするらしい。こちらはすぐに影響することはないが、将来的にはとっておいた方がいい。

 

──ということを、新しい住処の大家であるベルダさんが昨日説明してくれた。

 

身分証明の取得方法だが、大きく分けて二つある。一つはパストラの住人としての住民証を獲得する事。これはこのパストラで住居を構えるか、あるいは一定期間税金を納め続ければ獲得できる。ようするにすぐには獲得できない。

 

そしてもう一つは組合に登録する事だ。このパストラにはいくつものギルドがある。商業関連、工芸関連等。その中の一つが探索者組合(シーカーズギルド)である。こちらは、二つの条件のいずれかを満たせばいい。一つは高額の保証金を預ける事。証明書を発行するこということはトラブルが起きた時の責任を負う事になるため、そのトラブル発生時の為の保険金替わりみたいなものだろう。

 

この保証金は一定期間経過するか実績を積めば返還されるが、その代わりかなりの高額となる、今の俺にはそんな余裕はないので当然こっちは無理。

 

なので選ぶのはもう一つ。ギルド所属の関係者、或いは一定以上の立場にある者に紹介してもらう事だ。

 

この世界、俺みたいに身元証明がない者は別段珍しくない。パストラみたいな大きな街はともかく地方の集落などではほぼ身元証明を必要としないため、持っていない者も多い。そう言った物は村の代表者等に紹介状を書いてもらうそうだ。

 

じゃあそう言った故郷もない俺がどうしたのかというと、なんとベルダさんが書いてくれた。

 

いくら家主として契約を結んだとはいえ、まだ出会って一日の相手である。本当にいいんですかと何度も聞き返したが、ベルタさんは「あたしゃ人を見る目は確かでねぇ。そもそも駄目な相手なら部屋だって貸さないよ」と発言を取り下げなかった。俺としては本当に助かる話だし、勿論彼女に迷惑をかけるようなトラブルを起こす気は欠片もないので、お言葉に甘える事にしたのである。

 

で、途中に幾つもあった誘惑になんとか耐えて俺は今探索者組合(シーカーズギルド)にやってきている。

 

「それでは、この二つの石に触れてください」

 

探索者組合(シーカーズギルド)についてからの話の展開は早かった。すでにベルダさんから連絡が入っていたらしく、ある程度の質問を受けた後はすぐに登録手続きに入って貰えた。そして今は担当の女性に最後の手続きとしてある数mm程度しかない極小の石を差し出されている所だ。

 

「この石は貴女の魔力を記録します。記録した魔力の内一つは組合の方で保管され、もう一つは証明書の方に埋め込まれます。これによって証明書が間違いなく貴女の物と判断されるわけです」

「触れるだけで構わないんですか?」

「はい、大丈夫です」

「わかりました」

 

彼女の言葉に従い、俺は小さな石に指先で触れる。数秒を置いてもう一つの方にも同様に。そうして指を離すと、担当者の女性は満足そうにうなずいた。

 

「はい、これで大丈夫です。それではこの石を証明書に固定して参りますが……それほど時間はかからないと思いますが、このまま待たれますか?」

「あ、はい。問題ないのなら」

「わかりました。それではしばらくこちらでお待ちください」

 

そう口にして、組合職員の女性は一礼をした後部屋から出て行った。

 

その姿を見送り終えた俺は、一つ安堵のため息を吐いてから、横に除けていたコメント欄を顔の前に移動する。

 

今回みたいに静かな場所でマンツーマンで話している時に、コメント欄が目に入って思わず反応しちゃった場合は変人に思われかねないからね……しかもリスナーもそれが分かっているから、変な事言ってきたりするし!

 

『わりとあっさり手続き終わって良かったね』

「だなぁ。もうちょっといろいろ手間がかかると思ってたんだけど。ベルダさん様様だな」

『アキラさんの時といい、カズサちゃん知り合う人の引きはすごいいいよね』

『出会いガチャ神引きしているよね。イカサマ疑われそう』

「いや言い方よ……」

 

ガチャはともかくとして、こちらの世界に来た後に知り合った相手は概ね大当たりだったのは確かにそうだけど。ベルダさんやアキラさんは勿論の事、グリッドの街でも宿の女将さんをはじめ一部のナンパを除けば酷い人には会っていない。ぶっちゃけ今の所俺が引いた大外れは温泉の連中くらいだろう。何のかかわりもないハズのファンタジー世界で特に目を引く特徴もないのに(美少女ではあるが)ここまで良くしてもらってるのは本当に幸運だよな。

 

『なんにしろ、ようやく身分証明が手に入ってよかったね』

「うん」

 

身元がはっきりしている世界から来た人間としては、自分を証明するものが何もないってのは割と不安な点ではあったし。

 

『これでカズサちゃんも住所不定無職っていう肩書から脱出だね❤』

『住所不定無職TS美少女って割とすごい響きだよな』

「だから言い方ぁ!」

 

実情は確かにそうだったんだけどさ!

 

『まぁカズサちゃんの住所不定無職脱出祝いは後でするとして』

「しなくていい……」

『あ、すねちゃった』

『すねた顔可愛い。もっといぢめたくなる……』

 

おい。

 

『はいはい、元気出して。これで目的の所いけるんだよね?』

「……そう!」

 

これで身分証明が発行されるので、パストラのいくつかの施設が利用できるようになる。今日の最終目的地である施設も、その中には含まれている。

 

本日の最終目的地──それは図書館だ。

 

 

 

 

 

 



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図書館

 

この世界では、書物はほどほどに貴重なものだ。

 

そう、あくまでほどほどであって、まったく手に入らないというものではない。

 

製紙技術は普通にある。現実社会ほどに安価ではないにしろ、民間で普通に購入できるレベルだ。

 

ちゃんと調べたわけではないけど、問題なのは多分印刷技術の方だろうとは思う。さすがに現代的な印刷機みたいなのはないだろうし、せいぜい活版印刷くらいしかないんじゃないのかな? 手書きで書き写したものも多い。実際今俺が読んでるのもすごい手書きっぽいし。

 

探索者組合での事務手続きを終えた俺は、当初の予定通り図書館へとやってきていた。理由は勿論情報収集の為だ。このパストラではあくまで一般的な書物だけだが(レア度の高い書籍は王立の図書館にしかないらしい。そりゃそうだよね)こちとらそもそもその一般的な情報ですら不足している。これまでの入手情報はほぼ口頭で聞いただけだからね。なので事前の街でその存在を聞いていた俺は、早速足を運んだわけである。

 

なにせ、本日は記念配信の日。リスナーの皆に告知もお願いしたので、ここ最近では一番人が集まるはず。集まるよな? 集まってくれるよな?

 

……まぁそこは本番を楽しみにするとして、その場では今後の配信の方針について改めて皆に相談する気だった。

 

いろいろ調べたいことはある。例えばリスナーの一人が『過去にカズサちゃんと同じような人間がいたとか調べてみたいよね』って言っていたけど、すごく同意だ。もしかしたら日本に帰る方法があるかもしれない。砂漠の中で落とし物を見つけ出す可能性かもしれないけど。

 

だけど、とりあえずそういった調べ物は後回しだ。時間も限られているので、今日はちゃんと調べるものは絞ってきている。

 

能力についてと、パストラについてだ。

 

前者に関しては、今後獲得する能力の判断の基準にするため。取得画面で一応説明はあるんだけど、簡単な物だからね……できればもう少し細かく確認しておきたい。

 

後者に関しては、言わずと知れた今後の配信ポイント探しだけど、能力獲得に関わるところでもある。例えば近郊で名所になりそうな場所がある場合、そこに行くのに必要な能力を獲得するって事も考えられるしね。例えば高所にあるから飛行系の能力獲得するとか。

 

とにかくそういった情報を入手するために、片っ端からそれっぽい本を読み漁ってるんだけど。

 

『うーん、黒髪美少女が静かな図書館で本に視線を落としている姿は絵になるなぁ』

『美少女なら大抵何しても絵になるのでは?』

『転んだ時も絵になっていたしなぁ』

 

……集中しづらいなぁ!

 

図書館の中だからあんまり口を開くわけにもいかないし、読んでいる本も日本語じゃないから映しても仕方ないので俺を映してるんだけど、さっきから好き勝手コメントされている。

 

『今カズサちゃんが俺達との疑似デートコース探しているって考えるとドキドキしちゃうよね』

『疑似を付けているのに慎ましさを感じる』

『あ、ぴくって反応した。可愛い』

 

……残念! 今読んでいるのは能力の方だ! まぁあえてわざわざ伝えないけど。突っ込んでいると調べ物進まないし……

 

コメント欄から視線を外し、ペらりとページをめくる。今読んでいる本はなかなかの当たりで、ページ毎に様々な術の説明が記載されている。有効な使い道とか、攻撃魔法とかだとどこのダンジョンで役に立つとかまで書いてあって非常にありがたい。ダンジョン名は殆ど知らないものだったけど、いくつかはこの旅の途中で聞いたのもあった。パストラの近隣のものもある。

 

それに、能力──というか魔術に関する基礎知識も書いてあったのでそこも目を通しておいた。

 

MPさえあればいかなる能力も取得できる俺には不要なものかと思われるかもしれないが、今後能力を使って活動していくなら、その基礎を知らないと疑われる事が出てくるかもしれない。覚えておいた方がいいだろう。

 

──そうして目を通したところによると、どうやらこの世界の能力は呪文を唱えれば即行使できるものではないらしい。普通の人間が術を使うには、まず己の体の中で魔力を決まった形に練り上げ、最後に呪文名を唱える事でその術を発動させるのだそうだ。ようは呪文名は発射のキーワードということなのだろう。なのでこの世界の住人の術は当然俺にようにボタン一つで術を覚えられるわけではなく、この練り方を覚える事が呪文を習得するということになるらしい。

 

また、魔力を練り上げるという工程が必要になるため、術を使おうと思ったら(熟練度にもよるが)ある程度のタイムラグを必要とするようだ。

 

どうやら能力に関して、俺は習得だけではなく発動に関してもチート能力を得ていたらしい。

 

……本当になんなんだろうな、この能力。ゲームっぽい感じがするのは確かだけど、こんなゲームは俺は知らないし、リスナー達も見たことがないと話していた。

 

この辺も、調べてみたら解ったりするのかな。あくまで落ち着いてきてからの話にはなりそうだけど、さっきの件もあるしやっぱり過去の事例とか調べたい所だけど……まぁとにかく今は今夜の必要情報を集めよう。

 

それから夕方まで俺は図書館で本を読み漁り、暗くなる前に帰路に着いた。

 

さぁ、ご飯を食べた後は記念配信の時間だ。

 

 

 

 

 

 



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一万人(を大分超えた)記念配信①

 

『3分前』

 

……

 

『2分前』

 

……

 

『1分前』

 

……

 

『3、2、1、ゼロ!』

「はい、皆こんばんわ! 結構久しぶりに来てくれた人も多いかな! それじゃ一万人感謝の記念配信始めるよ!」

 

コメント欄からの合図に合わせ俺が宣言すると、コメント欄が一気に歓声(の書き込み)で埋まった。ただ、その中に一部困惑している書き込みがちらほら見え隠れする。

 

『え、何? なんか映像だけ流れていると思ったらいきなり始まったんだけど』

『カウントダウンなんでリスナーがしてるの? スタッフか何か?』

 

……まぁそういう反応も出てくるよね。どうしよう、説明した方がいいかなとも思うけど、開始直後に説明に入ると既存リスナーも退屈になるよな……

 

『おう、カズサちゃんの配信は初めてかい?』

『カズサちゃんは24時間常時配信だからねぇ』

『え、マジで24時間流しっぱなしなの?』

『本当だぞ。すやすやしてる姿まで流れちゃうぞ。タブレット使えば添い寝も可能だ!』

『でも風呂とトイレだけはNGなのが悲しい』

『垢BAN喰らうし当然なのでは?』

『カウントダウンはカズサちゃんがこっちの時間わからないからだね。違う世界にいるから』

『ああ、そういう設定だっけ』

『設定じゃないんだよなぁ……まぁ見てればわかるよ』

 

悩んでいたら、常連リスナーの皆が説明を始めてくれた。非常に助かる。だったら新規さんの説明は任せてしまって、俺は配信を進めよう。

 

「皆に周知してもらったとおり、新しい街に引っ越して生活拠点もゲットしました! なので今日から本格的に配信活動をしようと思います!」

『ずっと配信は続けてたけどね』

 

そうだけどな。気分的なもんだよ、心機一転みたいな。

 

『ところで記念配信なのに恰好はそのままなの?』

『次の記念配信で着る衣装は完成してるよね?』

「突っ込みが早いなぁ……」

 

今俺が着ているのは、こっちの世界で買った普通のワンピースだ。特に地味な奴で"記念配信"っていう言葉には釣り合うものではない。

 

というか、モデリングやテクスチャ描いてる姿も配信されてるし、なんなら"エクスポート"している所も見られてるから、衣装を用意しているのはばれてるんだよな。せっかく作成した衣装なのにサプライズ発表とかできないのはちょっと悲しい。

 

まあいい、どうせ最初の掴みとして着替えるつもりだったし。俺はコメント欄からのせかす言葉達に肩を竦めて答える。

 

「わかったわかった、着替えるってば」

『やったぜ』

『てか、なんで最初から着替えてなかったの?』

「記念配信前から着替えた姿で普通に過ごしている姿が映っていたら、記念衣装感がまるでなくなるじゃん……」

『ごもっとも』

 

普通の配信者ではまずないであろう悩みに納得する皆を後目に、俺はカメラの範囲外に出ると着ている服を乱雑に脱ぎ捨てて籠に放り込む(明日の洗濯行き)。それから赤と白の今日の衣装を手に取りつつコメント欄を見ると『巫女服楽しみ』とかコメントされていた。うん、本当にサプライズとかできんな。

 

まぁでもこういった時のコメントも落ち着いたもんだ。

 

以前はこうやって画面外で着替えていると『なんかエロい』『ああ~衣擦れの音~』とか反応してくる奴が多かったけど、最近は普通に雑談が続いている。当然だ、いつものことなので。毎日こうやってカメラの範囲外で着替えはやってるのだ、今更である。──一応ごく少数反応を見せているコメントも散見されるが、これは新規さん達だろう。あとは一部の鉄板ネタみたいな感じでやってる連中な。何にしろスルーである。

 

ブラと紐パンだけになった後、白衣を着こんでいく。本来は下に半襦袢を着るはずだが、外からは解らないし、MP節約の為に省略した。それから緋袴を身に着けてっと。

 

よし、完成。俺はぴょん、と跳ねるようにして再びカメラの前へと身を晒す。

 

「お待たせ! 約束の品だ!」

『おー、可愛い!』

『黒髪美少女だから巫女服が映えるねぇ』

『ショート! ショートじゃない! 悲しい!』

『ミニスカ巫女さんを心の支えに仕事頑張ってきたのに』

 

ミニスカートの巫女さんなぞ、この世界には存在しないって宣言しただろ。

 

『似合ってるからなんでもいいや』

『でも今回、セーラー服着た時に見せた時みたいな照れがないのがちょっと残念』

『あの反応、すごく俺の琴線に触れてたんだけど』

『カズサちゃんも女装に慣れちゃったかぁ』

「語弊がある言い方やめろ」

『今の姿は女の子だから、女装ではないよな』

『そうだよね。カズサちゃんはもう身も心ももう立派な女の子だもんね!』

「身はともかく心はなってねえよ!」

 

一か月やそこらで成ってたまるか! いやどれだけ経っても心まで女の子にはならないと思うけどな!?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




前回残MP:3070
今回増減:
スパチャ +27000 (グリッド出発からのトータル)
巫女服代:-10000
残MP:20070


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一万人(を大分超えた)記念配信②

「とにかく! 話を本題に戻すぞ!」

 

このまま行くと無限に脱線していって話が進まない気がものすごくするので、俺は強引に話の流れを変えるべく、そう声を上げる。

 

『といっても、何やるの? 今日』

『以前みたいにいろんなポーズとかセリフ言ってくれるのかな?』

『え、何それ、そんなことやってたの?』

『スッ(切り抜き動画のURLを貼る)』

『さんきゅー。後でチェックしておく』

『今日は何を言ってもらおうかな』

「いや、今日はやらないからな?」

『えーっ! 前回は参加できなかったんだよ俺!』

『遺憾の意を表明する!』

「あーうるさいうるさい、今日はもっと根本的な事を話したいんだよ」

 

両手で耳を塞いで(勿論相手はコメントなので意味はないけど)そう言うと、荒ぶるコメントがちょっと収まった(流れは速いが)。

 

『根本的な事?』

「そう。ほら、新しい街にやってきてついに自宅──借家だけど──もゲットしたろ。これでこれからやれることが格段に増えるからさ。今後のチャンネルとしての方向性……いうなればチャンネルの配信内容の方針を決めて行こうと思うんだよ」

『おー成程』

『でもチャンネルとしての方針ってタイトルの通りでしょ?』

『育成計画ね』

『カズサちゃんを立派な女の子に育て上げるってコンセプトだよね』

「違うよ?」

 

育成計画は確かにチャンネル名になっているからその方針は否定しないけど、女の子として育ててくれなんてそんなコンセプトをたたき出した覚えはないし、言った記憶もない。

 

「イメージ的には能力の取得方針とか生活の方針とか……要は自分で言うのもなんだがゲームのキャラを育成する感じで考えているんだけど」

『え、だからどこに出しても恥ずかしくない立派なレディに育成するんでしょ?』

『そう、立派な乙女に育てていつかはお嫁さんに──カズサちゃんを嫁に出すなんてとんでもない!』

「いかねえよ! というか話を進めさせてくれ!」

 

いや、違うな。配信のコメントが好き放題いうのは当然のことで、スルー出来ない俺が悪い。元々零細配信者で全部のコメントに反応していたせいか、勿論今は全部のコメントを追うなんてのは無理なんだけど、突っ込みどころの多いコメントが目に入るとどうしても反応してしまう。明らかな煽りとか荒らしなんかは普通にスルーできるんだけど……スルースキルを鍛えねば。

 

……できるかな。学生時代から突っ込み体質だって言われてたしなぁ……

 

まぁ配信者としては悪くない性質かもしれないけど、少なくとも司会進行をやってる時は抑えねば。というか俺以外に進行してくれる人が欲しい。無理だけど。

 

そもそもこんな事考え込むのも脱線だ。今は当初の予定通りに進めねばならぬ。このまま行ったら朝までやっても終わらない気がする。

 

「というわけで、だ。今日は今後の方針の決定を皆に相談したい。チャンネルの配信方針と、それと俺の成長方針な。能力としての成長の話であって、女の子としての成長方針じゃないぞ? いいな?」

『おkおk』

『目が据わってきてて草』

『前も言った気がするけどそのジト目で見られるとゾクゾクくるんだよね』

 

突っ込まない突っ込まない。

 

「それで、だ。その話をする前に、最初に話しておきたいことがあるんだけど」

 

ようやく進行できるようになったので、カメラに向けてそう問いかける。

 

確実に今日の内に確認というか承諾を取っておきたいことがあったからな。内容的には「よい?」『おk』で済むくらいの話なんだけど、前回の作戦会議を考えると終了した時にはいろいろ疲れて忘れそうだから先に言っておくことにする。

 

そもそも前回の作戦会議はコメント欄せいぜい数十人程度だったから割とすぐまとまったけど今回は……うわ、四千人超えてる! マジか……この人数相手での相談なんて、なかなかまとまらないのが目に見えている。うん、やっぱり最初に確認しとくべきだな。

 

「あのさ」

『お、何だ何だ、重大発表か?』

 

いや全然重大じゃない、むしろ軽ーいお願いなんだけど……そう思ったが、その誰かが書き込んだコメントに皆がどんどん乗っていく。

 

『重大発表かー。なんだろ』

『Vtuberや他の配信者だと、コラボとかグッズ販売とかだよな? あとはメディア出演とか』

『カズサちゃんはどれも無理だからなぁ』

『……最近重大発表とか振りをした推しのVtuberが連続で引退発表しているから、重大発表というフレーズ怖いんだよね』

『強く生きろ……というかその分カズサちゃんを推せ』

『さすがにさっきの話の内容から引退配信はありえんしな』

『重大発表──結婚か! うがが、許さんぞ!』

『さっきのまだ引きずってて草』

『だが……もしかしたら好きな人が出来たと言われたら……脳破壊がががが』

 

……だめだ、突っ込みがこらえきれねぇ!

 

「いや、ねーよ。そもそも惚れるような相手にここまで会ってないじゃないか」

『アキラさん』

「あっ……」

 

あー、うん。そうね。アキラさんは惚れるような要素はあったね。美人さんだし格好いいし。さすがにそこまでチョロくはないので、惚れたわけじゃないけど。

 

というか、そうだよな、好きな人とか言われて相手を完全に男に定義しちゃったのちょっと不味い。自分の事を完全に女扱いしてしまっている。うん、そう、僕中身は男の子。美人のお姉さんとか大好き。今は可愛い女の子のキャラクターを操作しているだけと考えるんだ。

 

……心があんまり女側に倒れると、元に戻った時がヤバいからな(戻れるかわからんが)。気を付けねば。

 

『アキラさん相手にイチャイチャするならあり寄りのありなのでは?』

『むしろ大歓迎です』

『百合営業始まっちゃう?』

 

なんかコメント欄がどんどん盛り上がってきているけど流して、と。深呼吸してから改めて口を開く。

 

「全然重大発表なんかじゃないから、軽く聞いてくれ。皆にちょっとしたお願いがあるんだよ」

 

 

 



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一万人(を大分超えた)記念配信③

『お願い?』

「そそ。実はどうしても取りたい能力があるんで、まずそれを優先的に取らせて欲しいんだ」

 

能力の獲得方針に関しては、基本的にある程度自分の考えで選んだ上でみんなに選択をしてもらうつもりでいる。一から選んでもらうと絶対に決まらないと思うから選択肢制だ。とはいえ正直な所何を取ればいいのか正確な判断は付けづらいし、その能力の獲得に必要になるMPの元は皆のリアルマネーだ。育成計画と銘打ってお金を出してもらう以上、皆の意見は聞く必要にる事になるのでそうすることにした。

 

『んー、でもさ。カズサちゃんがどうしても必要だっていうんなら、好きにとってもいいんじゃない?』

「あー……どうしても必要ってわけじゃないんだ」

『え、どういう事?』

 

どうしても必要……例えばそれがないと命の危険があるとか、大きなチャンスを逃すとかそんな状況だろう。残念ながら今俺が取ろうとしているのはそんな術ではない。どうしても必要なものではないのだ。どうしても欲しいものではあるけど……いわば生活を快適にするための能力の為、どうしても腰を低くして確認することになる。

 

その能力の名を俺が告げる。

 

「<<ボイルウォーター>>、取らせてもらえないかな」

『あっ』

『あっ』

『え? それどんな能力?』

 

……『あっ』とか『えっ』とか『あ~』とかそんな書き込みをしてくるのは古参の奴等だな? 最後のは最近見に来てくれた人だろう。

 

「えっと……お湯を沸かす能力なんだけど」

『え、なんでそんな能力を』

『いや<<ヒーリング>>とかそっち系の能力を後回しにしてまで毎日お風呂に入りたいの? カズサちゃん』

『お風呂とか別に入らなくてもいいじゃん。体洗ってるんでしょ?』

 

そう告げられた言葉に、思わず心がヒートアップした。

 

「当たり前だろう! こちとらこの世界にきてからまともにお風呂に入ったのが温泉の時一回だけなんだぞ!? 毎日普通にお風呂にはいれる皆にはそんな俺の気持ちはわからんでしょうね!」

『ひえっ』

『カズサちゃん目がマジに』

『そこまで溜まってたのか、この件に……』

『いや、でもそこまで熱くなる話か?』

『だよな、俺もう今日で6日風呂入ってないけど別に気にならないし』

『えっ』

『えっ』

「えっ」

 

6日間はちょっと……いや、手術をした後とか入れない事情があるのかもしれないけど……うん。

 

「その……特別な事情がないなら、ちゃんとお風呂に入った方が、いいと思うよ……?」

『ああっ、カズサちゃんのその視線が痛気持ちい!』

『駄目だカズサちゃんこいつ喜んでる』

『おい誰か消毒液持ってこい、いろんな意味で』

『ここの配信はっちゃけてる奴多いよね』

 

今更の話だね。ただお風呂入って君のおかげで、落ち着いたというかテンションが下がったけど。

 

……はっ、もしかして俺を落ち着かせるためにそんな発言してくれたんじゃ──いや、ないな。うん。

とにかく怪我の功名というか何というか、冷静にはなれたので、ちょっとだけぺこりと頭を下げておく。

 

「ごめん、ちょっとヒートアップしちゃった」

 

謝罪の言葉を告げ、それからちょっと腰を落とす。固定したカメラよりちょっと下に頭が来るようにして、そっから見上げるようにして顎の辺りで両手を軽く絡めるように合わせて、と。

 

「それでね、<<ボイルウォーター>>4000MPなんだけど……取っちゃだめ、かな?」

『う゛っ』

『ここで上目遣いでお願い、だと』

『これまでそんなポーズ言われでもしない限りやらなかったのに、自分からするとか成長したね……』

『そこまでお風呂毎日入りたいの?』

「入りたいです」

 

いやさ、俺もこれで獲得コストがめっちゃ高いとかだったら素直に諦めるよ? でも4000MPは下から三番目の安さな訳で。もう一つ必要な<<クリエイトウォーター>>はすでに獲得済みだから、風呂桶のあるこのアパートならこれを獲得するだけで毎日風呂にはいれるようになる。衣食住の内食に関しては明らかにこっちで食べれないのがあってそれはあきらめがついているけど、風呂は行けるって解っちゃたからなぁ。大体この組み合わせで風呂沸かせるって解ってから、風呂桶ある家借りて毎日風呂入るのずっと楽しみにしてたんだよ。

 

とりあえずしばらくポーズを取ったままコメント欄を眺めていると、概ね意見は『まあいいんじゃね?』という感じだった、これはいっていい感じか? と思っていると、そこに更に色付きのコメントが流れる。

 

『【6000円】これで獲得するといいですよ。それ専用で渡すから問題ないでしょう』

「ありがとう!」

『うわぁいい笑顔』

『知ってるか? この笑顔の理由、お風呂にはいれるって事だけなんだぜ……』

 

いやでもマジ助かる。それ用だって渡してくれたなら、何の躊躇いもなく使えるもんな。むしろ他の事に使った方が詐欺と言える。

 

俺はさっそく能力獲得画面を開き、<<ボイルウォーター>>獲得のボタンを押す。──よし、これで今日……はもう水浴び済ませちゃったから、明日からはゆっくりと湯舟に浸かれる。そう感慨にふけっていたら、先ほどスパチャを投げてくれた人がコメントしていた。

 

『ふふふ、獲得しましたね』

『どうした急に』

『カズサさんが獲得した<<ボイルウォーター>>は、私の投げたスパチャで覚えたものです。いわばこの<<ボイルウォーター>>は私の力が含まれているといえる。そう、これからカズサさんが入るお風呂のお湯は実質私が温めたといえるのです』

『うわぁ……』

『いい奴だと思ってたら、変態セクハラ野郎で草』

『お前そういうの女性配信者にはいうなよ?』

 

俺相手でもセクハラでは? カズサは訝しんだ。というかそういうのは心の中で思うだけにして口に出すのはやめような。貰ったお金と獲得した能力に罪はないから普通に使わしてもらうけどさ。風呂に入っている時に思い出したら微妙な気分になりそうだ。

 

『その考え方でいけば、俺たちの血とか汗とかの結晶の金から生み出されているお洋服も同じ感じでは?』

 

だから、

 

「そういうのは口に出すのはやめような!」

 

頭の中で思う分には何も言わないからさ!

 

 

 

 




前回残MP:20070
今回増減:
スパチャ +4200
<<ボイルウォーター>>:-4000
残MP:20270

筆者はこういう何の話の進展もしない話を書くのが大好きです。ご了承ください。


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一万人(を大分超えた)記念配信④

 

「ていうか、いい加減真面目な話というか本題に進むよ」

『さっきまでの話が真面目な話じゃない自覚はあったんですね』

「いや俺的には真面目な話だったけど、皆にとっては違うかなって……。とにかく、本題。今後の配信計画と獲得能力についてだけど、まずは配信計画だよね。その内容によって獲得する能力も変わってくるだろうし」

『だな』

 

例えば、配信をパストラの周囲の名所とか中心にするなら移動とあと自衛の為の術とか感知系の術を取るべきかなーと思ってるけど、街の中を中心にしたり家の中を中心にしたりする内容ならそれらの系統を取る意味余りないわけで。

 

獲得するMPだって配信の内容次第で集めるわけで、そういう意味でもまずはこっちが先だろう。

 

「というわけでね、まずは今後の配信に関してだけど。その前に」

『お、なんだまた重大発表か』

『今度は何の能力が欲しいの』

『<<ドライ>>か? <<ドライ>>だな?』

「ちげーって」

 

<<ドライ>>はグリッドの街にいる時は確かに欲しかったけど……あれは数少ない服で回さなくちゃいけないから乾燥を早めるために覚えたかっただけで、パストラに越してきて借家とはいえ自室を手にいれ、服も増やせる状態になった今ではそれほど欲しい能力ではなくなった(あったら便利だとは思うけど)。

 

実際まだ服は増やしてないけど、近いうちに服買い足しに行く予定だしね。

 

「能力の話だったらさっき<<ボイルウォーター>>の時に一緒に話してるって。そうじゃなくてさ、ウチの配信って平日の昼間は比較的人少ないでしょ?」

 

ウチの配信の視聴者数のピークタイムは大体夜の8時から日付が変わるくらいまで。まぁ学生やシフト勤務以外の会社員なら日中は配信見れないから当然といえば当然だ。ちなみに朝方は割と人が多い。コメント欄の内容を聞く限り、多分つけっぱなしで寝てるだけで中身無しが多いんだろうけど。

 

実は元の体の時の配信時間はPM11時~AM1時くらいともっと遅い時間だったけど、こっちに来てから生活リズムが前倒しになってるからなぁ。こっちはテレビとかそういうのもないし、後朝方声かけて起こして欲しいっていうのを割と言われているのもあって以前に比べれば早寝早起きだ。

 

ま、それはさておき。そう言う事もあってメインの企画は休日か平日夜がどうしても基本になってくる。そうすると日中はそれほどネタがないわけであって……ここを有効的に扱いたくて考えたのだ。

 

「実はこの平日の昼間の時間でさ、ちょっと働こうと思ってるんだけどさ」

 

この後、どんな仕事がいいと思うかな? なんて相談しようと思ったんだけど。

 

『え、カズサちゃん何言ってるの?』

『カズサさんの仕事は配信ですよね』

『働いたら負けだよ、カズサちゃん』

『てか働いたりしたら俺達との時間が減っちゃうじゃん』

『カズサちゃん、駄目だよ。ガード甘いんだから、働いたりしたら危ないよ』

「いやいやいや、俺普通にそっちじゃ働いてたからな?」

『その時と今じゃ状況が違いすぎるでしょ』

『飲食系は客にセクハラされそうだから駄目だよな』

『配達系も配達先で変な事されそうなのでアウト』

『事務職系も上司に手をだされそうだしねぇ』

 

いやいや、お前ら妄想が激しすぎだろう。というかアレか、なんかその手の類のえっちな方面の本とかを読みすぎなんじゃないのか?

 

「過保護すぎるだろ。俺そこまでちょろくは……」

『温泉の件もあるし、俺達そっちに直接手を出すことができないんだから、過保護になるのは当然でしょう』

「うぐぅ」

 

それを言われると、ちょっと反論しづらいんだよな。あの一件は明らかに俺がいろいろな事を甘く見ていたのが原因なので。

 

「でも、でもさ。働いて現金を手に入れればMP全部そっちに回せるじゃないか? 能力獲得も捗ると思うし……」

『いや、それを考えるならむしろ配信に全力を傾けるべきでしょ?』

『人が少ない時間帯の使い方にしても、配信の準備に充てて欲しいね』

『衣装の作成とかさ』

『今はとにかく登録者を増やす事を考える事だよ』

『2万人ちょっと手前程度のポテンシャルじゃないからね』

『とにかくMP稼いで能力を手に入れてからでいいんじゃない? 現地収入に関しては』

『大体昼間仕事しちゃったら、夜疲れちゃって配信どころじゃないでしょ』

『まぁ疲れてグロッキーなカズサちゃんを見てみたい気もするけど、毎日じゃないよね』

 

 

おおう、ある程度否定的意見は出るかとは思っていたけど、ここまで全否定されるとは思ってなかった。

でもなぁ。

 

「皆だけに面倒を完全に見てもらうのって、申し訳なさがあるっていうか……」

 

皆が投げてくれるのは本来は自分の他の趣味や、美味い物を食べれるハズのお金なわけで。それを頼っていろいろ好き勝手に使うのはなんか悪い気が……職業配信者だったらそんなの気にしないんだろうけど、俺元が趣味配信者だからな。何のためらいもなく使えるお金がちょっと欲しい。

 

なんていう小市民的な考えをしながらつぶやいた言葉も、きっちりマイクは拾っていたらしい。コメ欄の皆が反応を返してくる。

 

『そういやカズサちゃん、お金の使い道とかすごい気にするよね』

『グリッドの街で串焼きの屋台見つけた時にすごいもの欲しそうな顔で見てたもんねぇ。可愛かったけど、切なくもあったよ』

『カズサちゃんはそもそも勘違いをしてるよ』

「勘違い?」

『俺たちはカズサちゃんに喜んで欲しくてスパチャ投げてるってこと』

『そうそう、その使い道に悩まれるより美味しいもの食べて幸せそうな顔してくれる方が嬉しいんだよ』

『さすがに変なモノを買おうとしたら止めるけどね! 壺とか』

「いや、そんなものは買わないけど」

 

壺はおいておいて、自分が他の配信者に投げ銭をしていた時の気持ちを思い出す。

……そっか、今は俺は逆のポジションにたっているのか。

 

「……甘えて、いいのかな?」

『勿論』

『まぁ対価は当然頂きますけどねぇ(にちゃぁ)』

「対価って? 俺が出せるものかな」

『そりゃ俺達を楽しませることでしょ、カズサちゃんは配信者なんだから』

『だからカズサちゃんが今する事は、現実みてないでコメ欄見る事だよ』

「そっか。そうだな」

 

なんか恰好つかないセリフではあるけれど。そうだね、皆がそう言ってくれるなら甘えさせてもらおう。

さっき誰かが言ってたけど、実際の所お金稼ぐにしてもまずは登録者とMPをとにかく増やす事に注力して能力を獲得してからの方がやりやすいわけだしな。

 

 



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一万人(を大分超えた)記念配信⑤

 

まあそういうことで、当面の大方針という事で俺が仕事をしない事は確定し(配信が仕事とはいえるが)。それからもう一つの大方針として、パストラの街の外に関わる配信はしばらくしない事も決定した。

 

理由は、少しでもリスクのあるところには行かない方がいいという皆の意見だ。本当に過保護だけど、確かにろくに現状の手段を持たない今は当然の意見だろう。<<テレポート>>も過信できないって明確に解っちゃったしね……

 

こないだのように同じ<<テレポート>>を使える場合もそうだが、それ以外にも怪物に遭遇した時、相手がくっそ速かったり或いは遠隔攻撃が可能だったりすると、転移可能距離が数百m程度で長いクールタイム付きの<<テレポート>>、それに完璧には使いこなせていない<<ハイスピード>>では話にならない。

 

勿論まったく自分が望んだものではないとはいえ、せっかくファンタジー世界に来ているのだ。ファンタジーっぽい生き物とか景色を配信のネタにはしてみたいし、俺自身としてもちょっと見てみたい気持ちがある。

 

でもそれには時期尚早ということだ。そういったのはMP稼いで能力いろいろ身に着けてから。

 

というわけで、そのMP獲得をするための配信企画の話なわけだけど。

 

まぁ、なんというか。いろいろ意見は飛び交ったモノの一部のケモナーや亜人好きの方々を除いて、概ね"俺に何かをさせるor俺と何かをする"という内容に落ち着いた。

 

順に紹介していこう。

 

①コスプレ企画

 

これがやっぱり一番最初に出たな。わかりやすい企画ではあるしさもありなん。

 

これまでのように記念配信向けではなく、順次やって行こうとなった。うん、これはOK。予測していたし、あまり過激な衣装でなければそこまで抵抗はない。ちょっと恥ずかしいくらいだ。

 

……衣装だけならな!

 

当然のように、その衣装に合わせたロールプレイを求められましたよええ。あれは結構精神的にくるんだぞー、マジで。美少女だとか、内面男だとか関係なく、恥ずかしいだろ、あれ。

 

それでもまだやってる最中は勢いやノリがあるからまだいいんだよ。後でぼーっとしているときとかにふと思い出して悶えることがあるのがつらい。

 

でもまあ、やりますとも。希望多いし、俺が恥ずかしい以外のリスクないし。

 

「ちなみに、一度使った衣装を何度も使うってのはアリなの?」

『全然有りでしょう。セーラー服とか一回だけなのはもったいない』

『むしろ定期的に着て欲しいね』

『毎日でもいいよ~』

『毎日来ていたらそれはもうコスプレではなくただの普段着では?』

 

②カズサちゃんコーディネート

 

命名はリスナーな。俺は自分でちゃん付けしてコーナー名にしない。

 

これも、衣装関係だな。上のように自作する事になるコスプレ衣装ではなく、こっちの衣料品店で購入する普通の私服だな。これはグリッドで下着とか買いに服屋に行った時、結構展示されている服を見てコメントがあったので提案してみたら滅茶苦茶受け入れられた。

 

俺の場合私服といいつつも結局配信に映ることになるので、だったら皆に受けのいい服の方がいいよな。自分でそういった服が選べる自信はないし……

 

ただ、

 

「さすがに普段使いする以上、あまり好みから離れすぎているとストレス溜まるんで、俺が選んだ奴の中から選択してもらう感じでよろしくな」

『アドベンチャーゲームで選択肢を選ぶみたいな感じだね』

『どんどんギャルゲっぽくなっていくチャンネル』

『カズサちゃんの好感度が一定値超えたら、イベントCGありますか!』

 

ないよ。

 

③カズサちゃんとインテリア

 

コーディネートの小物、家具バージョンか。部屋のレイアウトをみんなで決めようって企画。やり方はコーディネートと同様で俺が欲しいものを掲示しての選択式かな。

 

『壺とかかうの?』

「なんでだよ。普通にクローゼットとか、食器とかだよ」

『ファンタジー世界の壺もいいものだ……』

 

コメ欄にマさんいない?

 

④カズサちゃんと疑似デート

 

命名はリスナーです。

これは今まで通り。単純にみんなと一緒に会話しながら街をぶらつくだけだ。今度は行くところはいろいろあるし、当面ネタには困らないだろう。

 

デートとか命名されたけど、感覚的には友人たちと散策に行く感覚で問題ないので一番気軽に行ける企画だな。

 

『タイトルに疑似をつけてしまうあたりに、そこはかとない情けなさがある』

『何故コーナー名の提案でそう引いてしまうのか』

 

俺としては気楽にいけるし、疑似ついていいと思うよ。

 

⑤カズサちゃんとお夕飯

 

命名h(ry

 

謎企画。時間を合わせて俺と一緒に夕食を取るらしい。前の4つはなんか気配的には満場一致という感じだったんだけど、これは一部のメンバーが強く押してきた感じかな。

 

ちょっとした間の雑談の中で、今後はちょくちょく自室で自炊しようかなって話をしたら提案された。

 

外食の時は無しで、自炊して自室で食べる時だけの企画。まぁ食堂とかで食べる場合はコメント欄に反応がしづらいしな。最近見かけるオンライン飲み会みたいな感じか、言われて見れば一人で食べるよりいいかもしれないな。

 

尚、この企画は食べる時だけじゃなくて料理をするところからが企画とのこと。

 

『エプロン! エプロンは必ず着用でお願いします!』

「そこまで強く語るほどエプロン重要?」

 

まあ持ち服汚したくないし、着けるとは思うけど。

 

『セーラー服、エプロン、後ろ姿……あっ(昇天)』

『妄想だけで昇天するな! ちゃんと現実にその光景を見てからにしろ!』

 

見てからも昇天はしないで欲しいけど。

 

⑥カズサちゃんと添い寝

 

これ、前から言われてた奴だなぁ……。

企画と言ってもいいかわからないけど、ようは単純に寝てる姿を映すだけだ。俺がやる事はなにもない。そういう意味では疑似デート企画よりも更に気軽なんだけど……

 

「え、正面じゃなくてカメラ横に置くの? 顔の横?」

『横でちょうど手を伸ばした辺りに置いてくれるのがいいです』

 

細かい要望が……うーん、これまでは上から顔だけを映すように角度をつけて設置してたんだよね。俺寝相悪くないから大丈夫だと思うけど、寝ぼけたりして事故るのが怖かったので。ただ一か月たって特にやらかしてないから大丈夫かな……ウチの場合、事故って恥ずかしい思いするくらいならいいけど、変に脱いだりしたら今後の生活の危機になるからさ……

 

「うーん……もうちょっと顔に近づけていい? あんまり離して広範囲映していると、事故が怖い」

『えっ、いいの?』

『あんまり寝顔間近で撮られるの、気持ち悪かったりしない?』

「そういうのは別に……」

 

ずっと見られているってのはもう慣れたし、寝てるときは別に気にならない。別に顔の側に置いたって相手の呼吸が当たるわけじゃないしな。

 

『ではそれで』

『よしなに』

 

──とまぁ、他にもいくつか企画が上がったけど概ねこんな感じである。

 

「……これさぁ、俺は殆ど普通に日常生活送ってるだけになるんだけど、いいのかね?」

『むしろカズサちゃんは常に日常を映していて、その姿を見ていられるのが売りでしょ』

『コンセプトとしてはまとまってていいんじゃないかな。明確にそういうのを期待する視聴者を集められる』

『現状だとファンタジー要素を売りにしても、満足のいくものを提供できるかといえば微妙だしね』

『TS美少女と同棲生活! これまでもそれに近い感じだし、それをパワーアップさせる感じよ』

 

成程、そういう考え方か。確かに俺の配信は単純に視聴者数を集めればいいわけじゃなく、いうなればコアなリスナーを集める必要がある。現状では頻発できないレアな映像を売りに集めるよりは、こうして継続的なコンセプトで攻めるって事な。

 

しかしでもまぁ、ちょっと思ってしまったんだが。

 

「この企画内容だと、うちのチャンネル登録者の男女比率すごい感じになりそうだな」

『おーっと、それは偏見よカズサちゃん』

『女でも美少女見て癒される事はあるんだからね!』

『同性だからこそわかる普段の仕草から見えるぎこちなさとか、美味しく摂取させていただいています』

 

いやゼロとは言っていないけど。女性リスナーでも楽しんでくれているならそれでいいけど。でも絶対数としては少ないだろう。

 

そもそもの外見上を考えれば、基本的に男性ターゲットになるのは致し方なしではあるから気にしても仕方ないけど。

 

『ところでカズサさん』

「うん?」

『この企画傾向だと、能力獲得の方針決定には何も役に立ちませんね?』

 

せやな。



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一万人(を大分超えた)記念配信⑥

 

決まった内容だとほぼ日常生活でしかないので、必要とする能力は何もない。いくつか覚えれば料理とかに便利そうな能力とかあるけど、ちょっと楽になるくらいの事なので貴重なMPを使うほどのことではない。

 

「となると自衛関係が優先かねぇ」

 

身を護る能力であればいずれ街の外の場所へ配信に出向く時に役に立つし、直近にしても基本的にリスクのありそうな場所には近寄らない事にしてるとはいえ、万が一ということもある。そう言った時に自衛の為の能力を持っているのは安心につながる。

 

『何にしても、まずは<ポイントテレポート>>じゃない?』

『だよな。話を聞く限りだと便利すぎる』

「確かにあれ覚えると行動範囲が一気に広がるな」

 

アキラさんが言っていた<ポイントテレポート>>。その効果は事前にマーキングした場所へのテレポートだ。その性質上行ったことある場所にしか使えないし、そのポイントも一か所しか設定できないが、それを鑑みたとしても便利な能力である。

 

この能力なら、もし相手が同じ能力を持っていたとしても当然同じ場所にポイントを設置していない限りは後を追う事はできないし、俺はもし取得した場合は自室にポイントを設置するだろうから、同じポイント設定はありえない。

 

家を知られていえば追跡されるかもしれないが、そこまでの場合はもう逃げるとかどうとかの話ではなく、ベルダさんに泣きつくか警邏兵の詰め所に駆け込む案件だろう。ストーカーなので。

 

後、今後街の外に探索に行くときも帰りの事を考えずに動ける事になるから非常に有効だ。

 

『必要MPいくつかかるんだっけ?』

「40万」

『<<ピュリファイ・スピリット>>の倍かー』

『あわつべ税を考えると、ほぼ60万必要か。さすがに高いな』

『でも現実的に不可能って程じゃないよな』

『1000万とかいったら先が見えなくて絶望しそうだけど、これくらいならすぐ到達するんじゃない?』

「いやいやいや、そんな簡単に届く額じゃないでしょ」

 

これまで投げてもらった投げ銭、トータルでMPにして30万を超えるくらいだったハズ。しかもそのうちの何割かは緊急性の高かった<<ピュリファイ・スピリット>>の為に投げてもらった奴だ。まだ手持ち資金があるけどこれが切れたらグリッドの時より増えた生活費にもMPを充てこまないといけない事を考えると、そこまで簡単に集まる額じゃないだろう。

 

そう思ってぶるぶる首を振って否定をしたんだけど、

 

『いやいや、余裕でしょ』

「んなわけあるかい、俺は100万人とか登録者がいる配信者じゃないんだぞ」

 

今その100分の1の記念配信をしている真っ最中である。まあ1万超えてからはちょっと時間経ってるけど。登録者数のわりに視聴者数が異様に高い(リピート率が高いのか、そもそも開きっぱなしの連中が多いのか)のと俺の状況に同情してくれてる人多いから同じくらいの登録者数に比べれば遥かに投げてもらってると思うけど、さすがにその数字はなかなか遠い。これまでもそうだったけど、何かしらのきっかけ(コスプレとか襲撃みたいなインパクトのある出来事)がない限りそうそう高額の投げ銭は飛んでこないし。

 

『どっかでバズったら一気に伸びそうだけどねぇ』

『カズサちゃん、見れば見るほど好きになるタイプな分、切り抜きとかだとインパクト薄いのかね?』

『ゲーム配信とかが出来ないのが痛いよな。ホラーゲーム配信させたいのに……』

 

いや、そこまで俺ホラー弱くないぞ? そもそもこないだリアルなゴーストとの戦闘になってただろ、憑依された状態だったけど。

 

『お歌配信は? 声も可愛いし人集めれると思うけど』

「前もこれ答えたんだけど、こっちに音源ないからアカペラになるんで……」

 

歌唱力に大分自信がないと、数千人の前でアカペラはつらいだろう。後最近の流行曲もわからないし。

 

『切り抜きだと大部分が美少女がただ雑談しているだけのシーンになりがちだから、他と差別化が難しいのかね? いや外見は断トツトップクラスだけど』

『グリッドの街はそこまでインパクトのある光景少なかったからな。獣人とかもあまりいなかったし』

『そういう意味ではパストラは楽しみだな。ちょっと街をふらついただけでもいろいろあってワクワクしたし』

『さっきの企画やっていけば、確実に登録者は増えると思うよ』

「だなー。まずはパストラでいろいろ頑張ってもうちょっとで2万超えだからそこを目指そう」

『いや、2万ならもう超えてるけど』

『結構前に超えてたよ?』

「えっ、嘘」

 

俺が慌てて登録者数を確認した。

 

──21354。うわっ、配信始めてから3000人近く増えてる!?

 

「うわ……びっくりした、こんなに増えてると思ってなかった」

 

ここ最近は大部分を移動にあてていたせいで配信内容が無味無臭だったから、登録者の伸びも小康状態だったんだよな。

 

『新居決定デート配信の切り抜きで人集まってきたんじゃね?』

 

何のことをいってるかは解るんだけど、そんな配信タイトルを銘打った記憶はないなぁ。

 

『あれは実によかった』

『あと背景に結構な頻度でケモケモした人や亜人が映ったり、珍しいものが映ってたからそれも良かったかも』

『早期に移住したのは正解だったわね』

「だと思う。正直ここまで違うとは思わなかった」

 

人種が多いのも、珍しいのが多いのも、ここが港町であり"交易都市"であるからだろう。選択は間違いなく正解だったといえる。

 

「でももう2万超えかー。なんか知らないうちに超えちゃってたから実感が……あ、そうだ2万人記念配信する?」

『今1万人記念配信中なんですがそれは』

『今の配信を2万記念配信に切り替えればいいんじゃね?』

 

それでいいのかとも思うが、別にいいか。

 

『何にせよ、まだ記念配信の最中でコスプレ巫女さんRP撮影会もやってないのにこんだけ登録者ふえてるんだし、カズサちゃんはもうちょっと自信もっていいと思うよ』

『それにこれが欲しいのって明示して目標額とか設定すると、俺達としてもそこまで応援しなきゃって気になるしな』

『ほれ、嬢ちゃん。おいちゃんたちに欲しいものいうてみ、ん?』

 

 

最後のお前は何なんだよ。それと、

 

「やっぱり巫女さんRPはやらされるんですね?」

『何を当然の事を』

『それをしないなんてとんでもない』

『コスプレとRPはセットですよ?』

 

そっすか。

 

てか巫女さんRPって何すればいいんだよ。祝詞でも奏上すればいいのか?

 

 

 



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一万人(を大分超えた)記念配信⑦

 

「皆がすごい喜んでくれる企画ではあるから、やるけどね」

 

これまでやってきた中では一番受けが良かった企画だ。しかも誰にも迷惑をかけるわけではないから、配信者とかしてはやらざるを得ない。いや以前のように利益とか求めてない完全趣味配信だったら絶対にやらんけど。

 

でも、欲しいもの言ってみな、か……。

 

「……実はさ、<<ポイントテレポート>>の他に欲しい能力があるんだけど、言ってみてもいいかな? <<ポイントテレポート>>よりもコスト重いんだけど」

 

実は図書館でいろいろチェックしていて、一つ気になった能力があった。使いこなせればかなり有効なのではないかと思う事と、あと実はパストラの近辺でとある事に非常に有効に使える可能性が高かったのだ。<<ピュリファイ・スピリット>>などの対霊術式と同様にレア能力らしく、獲得コストが非常に高かったので当面は獲得も無理だと思って諦めてたんだけど──目標の一つとして挙げておくのはいいのかもしれない。

 

『え、何々』

『<<ピュリファイ・スピリット>>より上? となると40万以上か』

『まさかの100万超えとか』

「いや、そこまでは高くない。50万」

『ちょっとだけ上か。それでも高いけど』

『もしかして<<ピュリファイ・スピリット>>の上位呪文とか?』

「いや、系統は違う。<<ディスインテグレイト>>って能力なんだけど」

 

能力の名前をいったら、ちょっとコメントの流れが遅くなった。恐らくあまり普段聞かない言葉だったからだと思う。これまでの能力は大体わかりやすいキーワードが入ってたりしたからね。ただなんでかわからないけどこっちの能力は英語ベースで命名されているので、視聴者数千人いる今の状況だとすぐに気づく人間も出てくる。

 

『なんだろ、その能力?』

『直訳すると、崩壊とか分解って意味だっけか?』

『分解……相手の体をバラバラにする能力?』

『ヒェッ』

『R18G始まっちゃう!』

『R18Gで収まる話か?』

「いやそんな恐ろしい能力取る訳ないだろ!?」

 

間違いなく配信停止になるだろうし、例え配信停止にならなかったとしても視聴者ドン引きだろう。何より俺がそんなぐろい絵面見たくない。

 

 

「そうじゃなくてな、この能力の対象だけど魔力なんだよ」

『ほっ。カズサちゃんが闇落ちしたわけじゃなかった』

『魔力を分解しちゃう能力って事?』

「ちょっと違う。ほら、図書館での配信を見ててくれたメンバーには、こっちの能力をどう発動しているか話したろ?」

 

基本的に図書館で手に入れた情報は口頭でリスナーに情報連携している。当然その時に視聴していなかった人間には伝わってないかもだけど、どうやら聞く話だと俺に関する情報のWikiが作成されているらしく、今の俺の言葉を聞いて何人かが『ここ参照!』とリンクを貼ってくれている、ありがたい。その都度説明とかできないからね。

 

「説明した通り、この世界の術は魔力を練り上げて作られている。その魔力をなんというかな……解く感じ? っぽい」

『あー、魔力を消すんじゃなく、編み上げた魔力を解いて術として効果しなくしちゃう感じか』

「そうそう」

 

魔力自体を消すのではなく、要は魔力という糸を複雑にくみ上げて作られたものを解くことで機能しなくする感じだ。

 

『えー、そしたら無双できるじゃん?』

『相手の能力抑えた上でこっちが強化すればいけそうだな? TS美少女異世界無双冒険譚はじまっちゃう?』

「いやそこまで便利じゃないよ」

 

俺はこの能力のデメリットを説明する。

 

まず大前提として、この能力は対象指定ではなく、場所に対して使用する。そのため効果は自分に対しても適用されてしまい、例えば相手の能力を封じた上でそこに攻撃術をぶちこんでも同様に無効化されてしまう。まぁ能力に依存しない飛び道具の技術を身に着ければある程度は無双できるかもしれないが。

 

それから、さすがに無条件にすべての能力を無効化できるわけじゃない。相手の技術レベルが高く精度が高い術だと完全には無効化はできない(それでも弱体化はさせられるみたいだが)。後自身の体に直接適用させる術に関しては、効きが薄いらしい。

 

『あれ? でもそしたら、あんまり自衛の為には役に立たないんじゃ』

『こっちだけ強化できたり攻撃できないんじゃ、近づかれたら結局アウトなんじゃ?』

『……いや、これやりようかな。こないだの温泉で使われた蔦みたいな奴の捕縛術が無効化できるし』

『あ、そっか。<<テレポート>>使う前に使っておけば、相手の<<テレポート>>を潰せるのか』

『後飛行系の能力覚えれば高確率で逃亡できそうだな』

『なるほど、使いようか』

「そうなんだよ、それと実はある大きなメリットになりそうな事があるんだよね」

 

これは、能力の方だけじゃなくて、地域の情報もこれまである程度入手した事で気づけたことなんだけどさ。

 

「パストラからちょっと離れた所にさ、ダンジョンがあるんだけど。ここ、魔術生物って呼ばれる奴ばかり存在しているんだよね。ゴーレムとかガーゴイルとかスライムとかそういった奴ね」

『スライム……ゴクリ』

『カズサちゃんファンタジー定番のアレくらっちゃう?』

 

目に入ったコメントが何のことを言っているかは分かったけど、話を進めるためにスルーして、と。

 

「もうちょっと確認は必要なんだけど、どうもこいつらにこの能力効くっぽいんだよね? だとしたら将来的に配信で戦う姿を見せれるかなって」

『成程、そういったエネミー相手ならグロ映像になる可能性もないからか』

『エロ映像になる可能性はあるけど』

 

いや、エロゲとかエロ本じゃあるまいし、服だけ溶かすスライムとか都合よくいないだろ。服だけ溶かしてアイツラに何のメリットがあるんだよ。……ないよな?

 

……大分先の事になるだろうけど、行くときは一応対策ちゃんと考えて行こうかな。まぁそれはおいといてだ。一つのメリットは今語った通りなんだけど、実は更にその上を行くメリットがある。

 

「実はさ、その魔術生物なんだけど。コアになっている魔石ってものがあって、これが結構な値段で売れるらしいんだよね。だから……」

『……なるほど! そっちの世界の収入源に出来る可能性があるのか!』

 

そう言う事である。



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一万人(を大分超えた)記念配信⑧

 

『明確に収入につながる可能性があるなら、選択肢としては充分にありだな』

『<<ポイントテレポート>>と合わせると、必要なスパチャは100万越えか』

『とりあえず高コストの能力はこの二つに絞った方がいいかな』

「うん、そうしようと思う。この二つが当面の目標かな」

『あとは比較的ローコストで獲得できる有用そうな奴を探すか』

『ローコストっていくらくらい?』

『少なくとも<<ピュリファイ・スピリット>>以下かな』

 

そんな感じで、それ以外の能力も皆で相談していろいろと決定していった。

 

基本方針としては、目的を決めて獲得する能力は絞るということ。なんでも覚えられるからといって様々な能力をとって結果器用貧乏になるより、ある種特化育成した方がいろいろ有用だということになった。それ以外の能力はMPが余ってきたら取ればいいとのことで。

 

まず最初にあがったのは回復系の能力だった。この世界、ちゃんと調べてはいないけど少なくとも現代よりは医療は進んでないだろうし、どこに危険が転がっているかわからない。それにもし目の前に怪我人が居た場合に見過ごすのはあまりに後味が悪くなる(配信で皆が見てる中そんな事をしたら、間違いなく印象が悪くなるという意見もあった)。なので<<ヒーリング>>やキュア系統の術は獲得候補に入れる。

 

それから、自衛系。これは、更に三つに意見が分かれた。内訳は逃亡、防御、反撃だ。

 

逃亡はまぁ<<ポイントテレポート>>が大本命になるけど、これは使うと家まで帰ってしまう。どこかを目指している時に逃げるのにこれを必ず使うわけにもいかないから、他の手段も用意しようという事になった。具体的にいうと<<ハイジャンプ>>や飛行系の能力だ。さっきも<<ディスインテグレイト>>との組み合わせが話題に出たしな。後個人的には空飛んでみたいという気持ちもある。ちょっと怖いけど。

 

防御は単純に結界的な奴とか、防御力上げる奴とか。この辺りはこないだみたいにチンピラ辺りに絡まれた時用じゃなくて将来的にダンジョンに行く辺りに必要になる物だと思うので、優先順位は低いかな。少なくとも<<ディスインテグレイト>>を獲得できる見込みが立たないウチはいらないだろう。

 

最後に攻撃系だけど、これは直接的な威力よりも副次的な効果があるものを選択することにした。相手に大怪我を与えるような能力は気軽に使えない。さらなるトラブルに巻き込まれそうだし、グロ映像になる可能性もあるので。というわけで獲得することになったのが雷と氷だ。雷は相手にダメージと同時に"痺れ"の効果を与えて動きを鈍らせることが出来るし、氷は相手の足元を凍らせれば足止めできるしね。

 

この中から今後の状況に合わせて順次獲得していく感じかな。<<ピュリファイ・スピリット>>みたいに突発で獲得する必要性が出てくるかもしれないけど、その時はその時だ。

 

ああ後、せっかく獲得したから対霊術式を鍛えよう! って案も出たけど、これは保留にした。少なくともパストラ近辺では必要になりそうにはないので。

 

そんなこんなで、一連の相談事は完了した。これで記念配信も無事終了──

 

『さて、カズサちゃんのコスプレ撮影会はっじまっるよー!』

『本編ようやく開始か』

『何言ってもらおうっかな♪』

 

デスヨネー。

 

そこから、コメント欄で議論が始まる。内容はコスプレする俺のキャラ付け。

 

……いや、別に無理してキャラ付けしなくてもいいんじゃない? 普通の巫女さんのRPで。普通の巫女さんてどんなRPをすればいいのかわからんけど。

 

そんな俺の想いを他所に、議論は白熱していく。まだマシなのは、明らかにピーキーな設定の奴は普通に賛同者が出てこない事だろうか。ノリだけであまりにも奇抜な設定が来るのは困る。

 

てかこれ、変に流れに身を任せて奇妙な言動させられるよりも、コメントの中から自分で無難そうなものを拾い上げてしまった方がいいのでは……?

 

『てか、巫女服着るんだったら狐耳と尻尾追加発注しとくんだったわ』

『やっぱり巫女っていったら狐耳だよな』

『そうか……?』

 

なんてことを考え始めてたら、ちょうどそんなコメントが目に入った。

 

……ふむ。

 

「狐耳と尻尾位なら、本格的なものは無理でも簡単な奴だったらすぐ作れるけど……?」

『マジすか』

『え、作って作って!』

「すぐとはいっても数十分くらいは待ってもらうけど、待てるか?」

『待つー!』

『いくらでも待ちますとも』

「おっけー、んじゃ作るわ」

 

というわけで急遽狐耳と尻尾を作ることになった。

 

リアルに近いようなものかはともかく、簡単な付け耳付け尻尾くらいならすぐ作れるからな。

 

狐耳と尻尾つけるくらいなら別に大したことじゃないし、これならRPするにしても末尾に「コン」を付ける程度で済むだろう。ちょうど同じくらいのタイミングで『ツンデレ幼馴染巫女とかどうだろう』とかいうコメントが入ったせいで、つい焦ってこっちに反応しちゃったけど悪くない選択だと思う。

 

というかツンデレは駄目だツンデレは。ツンデレキャラ自体は嫌いではないけど、自分が演じるとなると話は別。やるのがしんどいRPの上位ランクに入る。というかもしやったら自分の姿に笑うか沈むかのどっちかになりそう。

 

それに比べたら特殊語尾くらいなんともないぜ!

 

──てな事を考えていた時もありました。

 

「おっ、お主たち、これからもちゃんとわらわを崇め奉るのじゃぞ?」

「わらわに寂しい思いをさせるでないぞ? ちゃんと毎日参拝するのじゃ」

「ふふふ、わらわにもっとお供え物をよこすのじゃー!」

「その、今夜はわらわが添い寝してやっても良いのじゃぞ? 違うぞ、わらわがしたいわけではない!」

 

なんだよ、のじゃろりお稲荷様キャラって! そもそもお稲荷様って神様であって巫女キャラじゃないだろー! 途中で照れで顔が赤くなってるのが自分でも解ったわ!

 

1万人2万人記念とその記念配信、ひさびさのがっつりとした企画配信って事もあいまって赤スパガンガン飛んで、<<ピュリファイ・スピリット>>の時を遥かに超える最高額をたたき出したけどさー! 多分全部で50~60人くらいは投げてたぞ!

 

もう!

 

尚ちょっとそんな感じな事を感謝の言葉の後にRPがちょっと残ったまま言ったら、追加で投げ銭飛んだ。

 

……いつもの事ですね。

 

 

 




夜霧前回残MP:20270
今回増減:
スパチャ +209860
狐耳&狐尻尾製造費:-4000
残MP:226130

感想返し最近で来てませんがちゃんと目は通させていただいています。励みになっております!


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ごはんが美味しいこのはいいこと

 

新たな方針も決定したので、翌日からは早速その方針に沿って動くことにする。

 

……といっても企画ネタがほぼ日常生活の延長線上でしかないので、やる事はさして変わらないのだけれど。

 

そもそも、まだ生活の為の道具がいろいろ揃っていない。なにせパストラに辿り着いてまだ4日目。初日は宿に泊まっただけだし、昨日はギルドと図書館だけでほぼ終わってる。一昨日に最低限の買い物はしたけど、家を見つけた後の残り時間で回っただけなので、本当に最低限だ。

 

なので、本日も買い出しなわけである。リスナーが『今日は買い出しデート(疑似)会か!』とか言ってたけど、まぁそれでいいです。後やっぱり(疑似)を付ける辺りに慎ましさというか陰の者の匂いを若干感じる。

 

買い出しの目的は、服や食器の買い足し、お値段張るだろうけど小さめのクローゼット、それから調理道具だ。

 

クローゼットに関しては一応部屋に備え付けの奴があるんだけど、昨日の配信計画でコスプレ衣装が定期的に増えていく事が決まった以上収まりきらなくなるのが目に見えているので。そこら辺に下げておくという手もあるっちゃあるが、配信に映す映像としてどうなんってのもあるし、俺としてもコスプレ衣装がそこら中にぶら下がっている部屋で生活したくない。それに他の部屋(ベルダさんとか)の人が来た時にもそんな光景じゃ中に入れられないだろう。巫女服はともかく、どうせ今後は露出多めの服も多くなるんだろうし。俺知ってるよ。

 

調理道具も企画関連だね。料理の企画があるんで、それ用だ。とりあえず最低限の調理器具は揃えようと思っている。

 

とまあ、それが目的ではあるんだけど。かといって緊急性のある買い物ではないわけで。

 

何が言いたいかっていうと──いろいろと目移りするのは仕方ないよね? って話。

 

 

「おー……壮観だなぁ、これ」

 

とある店の中。そこに並んでいる商品を目にして、俺は思わず感嘆の声を上げていた。

 

並んでいるのは……スパイスだ。様々なスパイスが所狭しと並んでいる。

 

すぐに料理をする気はないし、冷蔵庫の役目をするものも部屋にはないからまだ食材は買う気がなかったんだけど、途中で調味料・香辛料の専門店らしき小さな店があったので、塩とか砂糖あたりの調味料だけはとりあえず買っといてもいいかなーと思って立ち寄ったその結果。

 

あまりにも見事なラインナップに目を奪われる事になった。

 

いやぁ、スパイスなどの香辛料に限らず、それ以外の調味料も豊富だ。大部分よくわかんない調味料だけど!

 

どういうルールになっているのかわからないんだけど、例えば塩のように俺達の世界にも普通に存在しているものは同じ名前になっている。それ以外にもターメリックとか、香辛料の中にも聞き覚えのあるけど大部分は見知らぬ名前である。見た目的に、あこれもしかして……ってのはあるけど。

 

まーね、現代社会であって国や地方特有の調味料はいくらでもあるわけだし、この世界でもそうなんだろう。グリッドの時はそもそも食料品店に入る事はしてなかったから気づかなかったけど。というかここが交易都市ってのもあるか。各地の調味料が集まってきているんだろう。

 

『こんだけ調味料はあるなら、飯が不味いって事はなさそうだね』

『カズサさん、割とそっちの飯美味しいっていってたしね』

『ファンタジー世界って味がタンパクってイメージあるけど、そうでもないんだなぁ』

 

流れるコメント欄に、俺は頷きを返す。

 

グリッドの街は比較的味付け淡泊な物が多かったけど味は悪くなかったし、パストラとその近郊辺りの街はむしろ味が濃い目のモノもあった。それに当然当たりはずれはあったけど、大抵の料理は概ね「おいしい」と言えるものだったのだ。

 

料理の味は重要だ。これまでとは全く異なる生活環境に投げ込まれた俺はコメント欄の皆との交流と、飯の美味さに救われて大きく心身のバランスを崩すことなく生活できてると思う。

 

正直飯が不味かったら食欲減衰して弱ってたり、最悪メンタルやってたんじゃないかと思う。美味しいごはんがあるだけで、結構活力出るもんだし。

 

「料理のバリエーションはいろいろできそうだなぁ……」

 

ここまでいろいろあるなら、自分の口に合うものもいくらでもあるだろう。ただ、概ねどれもどんな味かわからないので、また図書館なりで調べないといけないけど……

 

『てか、これくらいあるとカレーも作れそう!』

「カレー!」

 

確かにそうだ! というか少なくとも目に付いた範囲でクミンにカルダモン、シナモンにナツメグは存在しているっぽい。さっきのターメリックも含めて、これはいけるのでは……? 勿論俺はカレーを作った事があるとはいっても当然スパイスからではなくルーなのでカレー粉の調合なんてできないけど、それはコメント欄で皆に教えてもらえばいい。

 

「カレーか……食べたいなぁ……」

『あかん、目がとろんとしておる』

『これはメシの顔ですわ』

『なんかエロいよね……』

『涎垂らしますか?』

 

垂らさねえよ、こんな所で。どんだけ食いしん坊なんだよ、俺。本当に食べたいし、思い浮かべたら唾は出て来たけどさ。

 

 

でも、当面は無理かなぁ……

 

値段が、高い。生産量が少ないのか、あるいは輸送費が掛かっているのかがわからないけど、カレーの元になりそうなスパイスは軒並みお値段高めだった。勿論手持ちで買えないほどの値段ではないけど、収入元が限られており更に揃えなければいけないモノがいろいろある現状では、許容できる額ではない。

 

カレーが高級料理になるとは……日本では庶民の食事の代名詞みたいな存在なのに。

 

はぁ、と俺は一つため息を吐く。

 

「価格的に今はちょっと手が出ないな。将来的にお金稼げるようになったら、その時のご褒美として作ろう」

『カレーがご褒美……』

『(´;ω;`)ウッ…』

『購入費用おねだりしてもいいのよ?』

「もし投げ銭もらってもそれは能力獲得に回すよ」

 

こういう細々としたもので散財してたら、いつまでたっても貯金ってのはたまらないものだしな。頑張る目標が増えたと考えよう。

 

それからも、いくつか調味料に目を通す。全部を覚えるのは無理だけど、どこかで見たような奴(醤油っぽい奴とかね)とか他にも目についた奴は覚えておいて後で調べよう。

 

そんな感じで端から調味料を眺めていき、ある一角をちょうど見ている時の事。

 

「その辺の調味料、欲しいものがあるなら今の内に買っといた方がいいよ」

 

店主らしきおじさんから、急にそう声を掛けられた。

 

 

 




予約投稿ミスりましたが誤差の範囲


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理由が不明

 

おじさんはこちらの方へ歩み寄ってくると、言葉を続けた。

 

「嬢ちゃん可愛いから教えといてやるけどな、その辺の調味料は近いうちに値上がりするぜ。というかもうしているな、多分ここいらじゃウチが一番安いハズだ、なにせウチもまもなく値上げするつもりだったからな」

 

そういって笑うおじさんの視線や言葉の響きには、最近感じるようになったやらしさを感じるようなものは全くない。恐らく可愛いって言うのも多分、子供とかに対して言うようなものだろう。

 

「で、どうする、買うかい? 多分明日には値上げしちまうぜ?」

 

じゃねーと転売されるからな、とおじさんは続けた。俺が転売をすると思わないのかなと思ったけど、俺が元からそういう業者なら言われる前に確保しているだろうし、ギルドに登録していない業者でないならこの街では商売できないからその可能性はないと判断したんだろう。

 

俺はおじさんの言葉に、もう一度調味料の方を見る。そしておじさんに向けて首を振った。

 

「いえ、知らない調味料だったから見ていただけなので……」

 

さっき見ていたのが聞いた事のある香辛料の類だったら、当面購入不可能になるんだったらちょっと無理をして買っておくのもありだと思うけど……今目の前にあるのは軒並み全く知らないものばかりだ。しかも値上げ前だとしても結構お値段が張る。用途もわからないのに手を出すようなものではなかった。

 

おじさんもあくまで好意で教えてくれだだけだったらしく、俺がそう答えるとそうかいとそれ以上薦めてくるような事はなかった。

 

ただ、せっかくこうして声を掛けてきてくれたので、ついでと言ってはなんだけど値段が安くてかつお薦めの調味料をいくつか教えてもらった。その使い方も。それに塩や砂糖に胡椒など、聞き覚えのある調味料を加えて購入することにした。

 

それらを包んでもらいながら、ふと俺は気になった事を聞いてみる。

 

「そういえば、さっきの話ですけど。何か急に値上がりするような事あったんですか?」

 

緩やかに値段が変わっていくならともかく急に値上がりするとなったら、単純に不作だったとかそういう話ではない気がする。なんか理由になる出来事があるんだったら、知っておいた方がいいかなと思ったのだ。何せいつまでこの世界で暮らしていく事になるのか全くわからない状況なのだ。この世界の知識は図書館で徐々に身に着けていくつもりだけど、リアルタイムな時事情報も知っておくに越したことはない。

 

そう思ってした問いかけに、おじさんは快く答えてくれた。

 

「ああ。さっきの調味料はクウェントスのハズバーンって国で生産されているんだけどな? その国で最近未知の怪物が出現して暴れ回っていたらしい。んで、なんとかその怪物自体は退治されたらしいんだが、農地に結構な被害がでちまったらしい。んで、アレはそのハズバーンではいろんな料理に使われるらしくてな……」

「ああ、成程。国内での需要を満たすのが精いっぱいで、輸出に回す余裕がなくなってしまったんですね」

「そういうこった。ほれ、できたぞ嬢ちゃん」

「ありがとうございます」

 

いくつかの調味料まとめた包みを受け取り、それをパストラに来てから購入した(リスナーセレクト)ちょっとデザインが可愛い気がするけどまぁ恥ずかしいほどではない許容範囲……なデザインのショルダーバッグに放り込み、おじさんに礼を言って店を出た。

 

店主の印象も悪くないし、品揃えはめっちゃいいし、今後また調味料とか欲しくなったらここに来よう。

 

特に前者めっちゃ大事。男の時は気にしないというかそんな目でみられてなかったからだろうけど、妙にねちっこい目で見てくるような店はノーサンキューである。さすがにそんなにないけど、パストラでも1店舗だけあった。実は自分では最初気づかなかったんだけど、リスナーの指摘で発覚。背後チェックしてもらえるのは助かるね。

 

「♪」

 

さて、ちょっと予定外の買い物をしちゃったけど、次はっと。

 

『謎の生物かぁ……いつ頃出現したんだろうな』

「うん? どうした?」

 

確か食器の店がここから近かったよなと思いつつコメント欄を確認すると、さっきのおじさんの話に出て来た怪物の事を気にしているリスナーがちらほらといた。特に時期の事を気にしているのが多かったので聞いてみると、

 

『いやさ、このタイミングで未知の怪物ってさ。もしかしてって思って』

『あー、時期的にそっか』

 

そんなコメントが流れるのを見て、俺は彼らが何を言いたいのか理解し口にする。

 

「あー、もしかして俺の今の状況と関係しているのかと考えてる?」

『だってタイミング的には合ってる感じがしない?』

『それにカズサちゃんが今の状態になったのって、何か理由があるって考える方が普通だし』

「それはまぁ……確かに」

 

具体的な時期は聞いてないけど、別大陸の話だ、そこまで直近の話ではないだろう。それでいて最近とはいってたし、これから流通に影響が出るという話であれば半年前とかとそういった話でもないハズだ。だとするとそれこそ一か月や二か月程度。俺がこっちの世界に来た時期に近いタイミングになる。

 

更にはこっちの世界に来たのが俺だけなら何かの偶然だったともいえるかもしれないが、現在消息不明になってしまったものの俺と同タイミングで少なくとも二人こっちの世界にやってきているハズなのだ。だとしたら、そこに何かしらの関連性を見出してもおかしくない。

 

なんだけど……

 

「でもこの件に関しては気のせいな気がするなぁ」

『なんで?』

「いやだってもう討伐されてるし」

『あー』

 

こういうの俺が呼び出されデンセツノユウシャ的な奴だった場合、そんなあっさり討伐されないよな。

 

「だから少なくとも無関係な気がする」

『だなー』

『出現先も全然違う場所だしね』

「うむ」

『しかしそうなると本当にカズサちゃんがそっちに呼ばれた理由なんなんだろうな』

『現状カズサちゃん生活環境を築くのが目的になっちゃってるもんなぁ』

『異世界召喚者としては割とあるまじき状況だよね』

『俺らリスナーにとってはいつでもカズサちゃん見れるから最高ではあるけどな』

『思いっきりゲームみたいなUIのメニューがあるんだから、どうせならクエスト一覧みたいなのがあればいいのにね』

 

それはそれでお使いばっかりさせられるMMOゲームみたいな感じで微妙だなぁ。なんかあれしなきゃこれしなきゃって強迫観念にとらわれそうな気がするし。ただ最終目的だけははっきりして欲しいけども。

 

その後、しばらくの間その最終目的の話やら何やら雑談をしつつも買い物を済ませ、家に帰るころにはこの事はもう忘れていた。だって家ではとっても楽しみな事がまっているんだもの。

 

 

 

 

 




すみません、ちょっとドタバタしてて更新止まってました。
遅くなり申し訳ない。


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至福の時間の準備中

 

「おっふろ~、おっふろ~」

『かわいい』

『カズサちゃん、無意識な言動もだんだん可愛らしくなってるねぇ』

「……」

『あっ、スンッって顔になった』

 

買い出しから帰宅した後。とりあえず今日の夕飯を買ってきたお弁当で済ませてから、俺はアパートの共用となってる場所へと向かった。

 

その場所とは──お風呂である(ちなみにトイレも共用)。

 

今日はもうこれ以降は出かける予定もない。後はゆっくりお風呂に入ったあと、布団に直行できる時間だ。いよいよ至福の時間を俺は迎える事ができるのだ。

 

んで、出先で買ってきた新品のタオルと石鹸を抱えてお風呂に向かっていたら、知らず知らずのうちに変な鼻歌を口ずさんでしまっていたわけである。

 

だってさー、こっちの世界に来てから初めてのお風呂だよ?(温泉は入ったけどあっちは湯着きてたのでカウント外)。そりゃ心躍って鼻歌も漏れますよ、ええ。

 

確かにちょっと男の時だったら出さないような声の出し方しちゃったのは確かだけども……

 

『可愛い子ムーブ、だんだん体に染みついてきたねぇ』

「……いや、皆が喜ぶと思ってやってみただけだけど?」

『それなら、指摘された後に顔から表情消えたりしないんだよなぁ』

『完全に無意識で出ちゃった感じだよねぇ』

『意識してやってたRP、気が付いたら自然に出るようになっちゃうのあるあるだと思います』

 

あーそーだよ、受けがいいから最近ある程度恥ずかしいというか微妙な気分になるのを我慢して意識してそういった言動を偶にしていたせいで、無意識で出ちゃったんだよ。

 

そういや女の子的な話じゃないけど、VRC内とかでしている挨拶とかジェスチャー、気が付くと日常生活の中で無意識にそういう仕草しちゃってたことあったなぁ……それと一緒か。

 

……元の男の姿に戻った時、しばらくは人前での行動には細心の注意を払わないといけないな。現状捕らぬ狸の皮算用的な話になっちゃうけど。

 

『これは育成が捗ってますなぁ』

『でも完全に女の子になっちゃうとTS少女っていう売りが消えちゃうよね』

『やはり"やだ無意識に女の子の仕草が出ちゃう! でも俺は男の子なんだからねっ!"ってラインは維持して欲しいところ』

『なんでテンプレツンデレ口調?』

『でもそういう仕草とか出ちゃった後恥ずかしそうにするのはかなりクルものがあるので、その辺の心は忘れないで欲しい』

『そこら辺うまく調整お願いします』

「俺が調整するのか……」

 

無茶言うなと思う。RPとしてそういう言動をするのならともかく、無意識をそんなうまく調整するのは無理だろ。勿論、俺としてはあんまり女性的な仕草が自然に身に付きすぎるのは困るけどさー。

 

なんてそんな雑談をしている間に、お風呂場へついた。使用中の札はかかっていなかったので、それを掛けた上で俺は中に入る。

 

最初に目に入るのは脱衣場だ。それほどの広さはないが、ちゃんと風呂場とは区切られている。ただ先にすることがあるので、俺は服を着たまま更に風呂場への扉をくぐる。

 

風呂場の広さは4畳程度あり、そこそこ広い。そのうちの一畳分の広さで風呂桶があった。足が延ばせるくらいの大きさはあるのは非常に助かる。

 

ちなみにこの風呂場、一応窓があるけど位置自体が中庭向けな位置にあるので、外から覗かれそうな事がなさそうなのも非常に助かる。というか女ばかりのアパートだ、位置によっては間違いなく不埒者が現れるハズなので当然といえば当然だろう。

 

勿論この世界は魔法の世界だから空飛べば覗きはできるが、こんな街中で飛行していたら不審者ってレベじゃねーぞって話だし、姿消し系の能力もあるらしいけどそこまでできる術士だったらそんな事をしなくても女に苦労する事はないだろう。

 

まぁ世の中には成功者なのに覗く事が性癖になっちゃってる人とかもいるから、ないとは言えないけど……さすがにそこまで気にしてたら何も出来ないので考えるだけ無駄である。

 

ちなみに、湯舟には今はお湯は張られていない。

 

通常は井戸で水を汲んできて注いでいくんだよね。当然一回じゃ終わらないから何回も繰り返す必要がある。だけど、今の俺はそんな事しないでいいんですよふっふっふ。

 

ようやく俺の風呂沸かしスキルが火を噴くぜ!

 

俺は湯舟の上に手を伸ばし、能力を唱える。

 

「<<クリエイトウォーター>>」

 

俺の言葉に応じて、いつものように水球が現れる。実はこの術、間違いなくこっちの世界での利用頻度№1なんだよな。飲み水とか洗濯用とかいろいろ便利なんだよ。

 

出現した水球を叩き割って、風呂桶に水を注いでゆく。一回分では全然足りないので、それを複数回。

 

よし、いい量だ。次はっと。

 

俺は風呂桶に張られた水の上に手を翳して、さらに別の能力を使用する。

 

「<<ボイルウォーター>>」

 

おし、これで湯気が……上がらねぇな。手を突っ込んでみるとまだ全然ぬるかったので、更に繰り返し2回ほど繰り返すと今度は熱くなりすぎた。うわ、なかなか調整難しいな。

 

これらの能力、ちゃんと覚えた人はもっと出力制御できるっぽいんだけど、俺の場合ボタン一つで覚えたせいか出力固定なんだよな。練習したらもう少し制御できるようになるのかね。

 

しかしどうすっか。もう一回<<クリエイトウォーター>>を突っ込んじゃうと今度はぬるくなりそうなんだよな──あ、そうだ。

 

一つ閃き、俺は一度風呂場を出る。向かったのは中庭の井戸の所だ。ただし目的は水ではなくて洗濯用の大きな桶。この時間に洗濯をする人はいないだろうし、それを拝借して俺は風呂場に戻る。そしてその桶の上で改めて<<クリエイトウォーター>>を使い、そっから手桶で水を移して温度を調整する。

 

……よし、適温!

 

いよいよお風呂タイムだ! そう思って立ち上がった時だった、背後からドタバタという音が聞こえたのは。

 

音は脱衣場から聞こえてくる。カチャカチャと何かを外す音と「ふわっぁー!」という何か大きく息を吐くような女の子の声。

 

そして次の瞬間風呂場の扉が開くのと同時に──俺はカメラを風呂場の壁に押し付けた。

 

 




間が空いてしまって申し訳ありません!
時間の余裕がちょっと!


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全裸エンカウント

 

これは後から思ったことだが、咄嗟の反応でカメラを背けられたんだからそのまま俺は扉に背を向けておくべきだった。

 

「あ、ごめん、先客がいたんだ!」

 

なのに、背後から声を掛けられた事により、俺は思わず反射的に振り返ってしまった。

 

その結果──

 

視界に飛び込んできたのは一面の肌色だった。

 

俺……というかカズサのベースとなったアバターはかなり色白だ。これはVRCの傾向で、3Dアバターって現実に比べると色白が大部分なんだよね。勿論、現実の日本人に近い肌の色や褐色アバターもいるけど。

 

んで俺の姿はそれがベースになっているので黒髪の日本人らしい風貌に関わらずめっちゃ色白なんだけど、それに対して目の前に現れた肌色は日本人としてよく見る黄色人種系の色だった。そしてその肌色は腕や足の先の方は色濃く、ある場所から薄くなっている。恐らく日焼けだろう。そしてその薄くなっている場所の中心部にはピンク色の、

 

「うわぁっ!?」

 

それが何かに気づいた瞬間、俺は慌てて視線を逸らしていた。

 

てかあぶねぇ! カメラ逸らしてなかったらBAN確定だったじゃねぇか! よく咄嗟に反応した、俺偉い!

 

『え、なになに』

『突然視界が木目一色に……』

『カズサちゃんどうしたの? 大丈夫?』

『なんかカズサちゃん以外の女の声が聞こえたけど』

『女の子の声……風呂場……カズサちゃんちょっとカメラ前に向けて!』

 

勘の良い奴が何がおきたか気づいたみたいだけど、見せれるかあほぅ! こっちはギリギリ死亡回避したのと、想定外の状況で胸がばっくばっくしてるというに。

 

そんな俺の様子に特に気づく様子もなく、肌色の主はあっけらかんとした感じで俺に声を掛けてきた。

 

「いやぁ、ごめんごめん。この時間にここ使う人いないからさ、誰もいないと思い込んじゃってたよ……ところでなんで顔背けてるの?」

『え、顔背けてるのカズサちゃん』

『ってことはやっぱり今ここにはぱらいその光景が……』

『見せて欲しいけど、見ると二度とカズサちゃんに逢えなくなってしまうジレンマ』

『てかなんで顔背けてんの?』

『自分の体で見慣れてるでしょ、オパーイとか』

『完全に童貞の反応では?』

 

あー、うるさいうるさい!

 

確かに、そういったものは比較的見慣れている。下はともかく上は洗ってるとき普通に視界に入るし……この姿になった直後ならともかく、一か月以上視界に入れてるし感触も知っているとなればそこまで裸体で興奮することはない──んだけど。

 

意識はきっちり男のままだから、見ちゃいけないって感覚が強い! しかもここまではいせ……じゃなくて同性の裸を見る機会なんてなかったから猶更!(温泉のアキラさんは湯着きてたし、着替えは見てない)

 

なんというか女装して痴漢行為を働いているような罪悪感を感じるんだよ、勿論そんな事はしたことないけど!

 

しかも、その相手が幼い感じがする子だから猶更!

 

全裸にタオルだけひっかけて現れた少女(水浴びをするんだろうから当然だけど)は、一度だけ顔を合せた相手だった。ここにいるんだから当たり前なんだけど、このアパートメントの住人。

 

テイル・リーセ。ちゃんと年齢は聞いてないけど間違いなく年下。多分15歳前後でしかないハズ。その彼女は怪訝そうな感じでこちらを見ている。俺は視線を合わせられない。

 

確かに、今の俺は同性でしかないのでいくら全裸の少女が正面にたっているからって顔を背けているのは不自然。いや、割り切って正面から見ちゃえばいいんだけど……やっぱだめ、相手は中身が男だって知らないし中学生か高校生くらいの年齢にしかみえないからチラ見ならともかく真正面からがっつり見るのは罪悪感がすごい!

 

ええっと、何かいい言い訳方法は……そうだ!

 

「じ、実は私の故郷では同性でもこうやって一糸まとわずの姿を見せるような事はなくて、その、恥ずかしくて……」

『ものすごい口から出まかせで草』

『でも若干どもっちゃってるの可愛い』

『見える、見えるぞ! 顔を赤くしてテレ顔で言っている姿が俺には見える!』

 

うるせぇ、今いっぱいいっぱいなんだからやめろ!

 

「へぇ、そうなんだ。それは驚かせちゃってごめんね」

 

本当に咄嗟に思い付いただけの突拍子もない言い訳だったが、リーセさんは納得してくれたらしい。これで大丈夫かな、と首にかけていたタオルをずらして胸元を隠してくれた。いや、それだと下は丸出しですけどね! 出来るだけ上の方を見るようにしよう……

 

てかこの言い訳、せっかくだしアパートメントの住人には周知しておいた方がいいな。見ちゃって不味いというより配信事故の防止として。

 

まぁそれは後でベルダさんにでもお願いしよう。とりあえず今の状況を進めるのが先だ。

 

彼女はすでに脱いでしまっているし、ここは先を譲るしかないよな……そう思って口を開こうとしたら、その前に先にリーセさんが口を開いた。

 

「うーん、しかし先客がいたのかー。仕方ない、ボクは出直し……」

 

頭をポリポリと掻きながら、踵を返そうとしたリーセさん。だがその動きが途中で止まった。その視線を俺の背後に向けて。

 

えっと……?

 

『ボクっ娘だと……?』

 

いや、やかましい。

 

 

 

 



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一番風呂

 

ボクっ娘がどうのこうのはおいておいて。

 

今、俺の後ろにあるものなんて一つしかないわけで。

 

「湯気! お風呂、沸かしてあるの!?」

 

彼女は目を見開いてそう声を上げると、いっきにこちらに歩を進めてきた。

 

動くとタオルがずれて……! いや、近寄った方が視界に入る部分が小さくなるから安全か?

 

全裸(タオル有)少女に詰め寄られて若干思考が混乱状態にある俺を後目に、テイルさんは風呂桶を覗き込んでからやや興奮した調子でこちらを見る。

 

「うわ、本当に沸いてる……貴女が沸かしたの?」

 

頷きを返しておく。

 

「んーでも、薪燃やしてなかったよね……術で沸かしたの?」

「あー、はい。<<クリエイトウォーター>>で水入れて、<<ボイルウォーター>>で」

「へー、<<ボイルウォーター>>使えるんだ」

 

ちょっと感心したような、驚いたような様子でテイルさんがそう声を上げる。

 

<<ボイルウォーター>>、コストの低さからわかる通り取得難易度は決して高くないんだけど、実は取得者ってそれほど多くないみたいなんだよね。

 

前に図書館で調べた通り、この世界の魔術の使い方は自分の魔力を体の中で練り上げる必要がある。ゲーム……というか今の俺みたいにポイント貯めてボタン一つで習得し、ただ呪文を唱えるだけで行使できるわけではないのだ。

 

で、その魔力の練り方は勿論一朝一夕で覚えられるわけでもないし、人間覚えられる事に限界はあるわけで。また適正の問題もあるから一部の化け物じみた方々を除けば獲得できる術に限界がある。

 

まぁそうなると<<ボイルウォーター>>は優先度低くなるよねって話。

 

お湯沸かすだけだもんなぁ……水を生み出す<<クリエイトウォーター>>とかは用途がいろいろあるけど、お湯沸かすだけだからなぁ……簡単な代替手段があるような術は当然の如くみんななかなか覚えようとは思わない。

 

我々みたいに毎日お風呂に入る文化があればもうちょっと需要があったのかもしれないけど、こっちの世界王侯貴族は知らないけど少なくとも庶民の間では普段は拭いて済ますかせいぜい浴びるくらいが基本なんだよね。温泉とかがあるので、浸かる文化はあるんだけど、通常は浸かるにしても冬場に数日に一度とかだったりするんだよね。なので、習得者が少なかったりする。だからちょっと驚かれたんだろう。

 

「はー、いいなぁ、お風呂。次入らせてもらっていい?」

「……いえ、先に入ってもらっていいですよ」

「いいの!?」

 

俺はこくりと頷く。

 

だって脱いじゃってるしなぁ……風呂自体は共用施設だからアパートメントの住人であれば利用を断る理由はないし、普通に使ってもらおうとは思ってたし。後、初回だから俺も今日はのんびり入りたい。

 

後で待ってる人がいるとなんか落ち着いて入れないんだよね~。実家にいた時は大抵風呂入るの一番最後だったし。

 

それに何をしていたかわかんないけど、髪とかちょっと埃っぽい感じがあるし、この状態で長々待つのもあれだし……

 

そう思って彼女にそう伝えた結果、

 

「ありがとう!」

「ひゃっ!?」

 

あ、ちょっとまってちょっとまって、その恰好で抱き着いてくるのやめて!? こっちが服着てるからセーフではあるけど!

 

『え、何今の声!?』

『お風呂場で女の子二人だけの状況で上がる悲鳴……ゴクリ』

『状況的に気になりすぎるんだが?』

『後生ですから映してください……』

 

映せるか!

 

「ちょ、ちょっと」

「あ、そうだ私今結構汚れてたんだ……ごめんね?」

「いやそれは全然いいですけども」

 

どうせ風呂入ったら後は洗濯に回すだけだし……そもそも服は汚れてたかもしれないけど、体はそれほど汚れている感じではないし……髪は埃っぽいけど。

 

「じゃあお言葉に甘えて、先に入らせてもらうね? すぐに上がるから!」

 

 

湯舟見て目を輝かせたくらいだし、彼女も浸かりたいんだろうな。だったら、

 

「いや、急がなくていいですよ。どうせこの後私用事ないですし」

『でも雑談配信はお風呂上りで寝間着姿の方がどきどきします』

『超わかる』

 

これまでも水浴び終わった後の頃に来る奴が多かったのはそれが理由か。髪とか濡れた女の子に色気を感じるってのは元同性としてわかるんだけども。

 

とにかく。

 

「それじゃ私部屋に戻ってますので。上がったら教えてください」

「わかったー……なんで壁に手をついたまま移動してるの? 足とか怪我してる? 送ってこうか?」

「あ、いえ。大丈夫です」

 

誤ってカメラが貴女を映しちゃわないように壁に押し付けているだけなんで。

 

 

 

 

 

 



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風呂上り

 

結局テイルさんは、それほど時間がたたないうちに俺を呼びに来た。

 

それから入れ替わりに、俺はゆっくりと……さすがに一時間とかそんな長さではないけど、のんびりゆったりお風呂を味わうことが出来た。とても幸福な時間だった。

 

ちなみに配信は付けたままだったけど、映像はずっと換気用の窓の外を映しておいた。ぶっちゃけ部屋に設定しておいても良かったんだけど、そうすると逆に満足して戻った時に固定しているの忘れて着替えたりしたら大事故だからな……。

 

なんで、お風呂中もコメント欄みながらおしゃべりはしてたんだけど、相変わらず水音とかに反応するんだよなぁ、コメント欄。

 

リスナー曰く。

 

『映像無しで音だけというのは想像力を掻き立てられる』

『ストレートにエロスを感じる』

『今スマホで配信見ながらお風呂入ってます!』

 

という返事が返って来た。最後の奴は風呂にスマホ落とすなよ?

 

まぁストレートにいうと女の子が直接言われたらぶっちゃけ気持ち悪いと思うのでは? 的な発言が多々見られるが、俺も中身は男なので気持ちわかっちゃうし、多少のセクハラ発言は普通に受け入れている。

 

ただライン超えの奴に関しては完全にスルーだけどな。これは不快だからとかそういう事の前に、そういったものにまで反応していると更にエスカレートしていくのは目に見えているので。後一応ウチのリスナーの中の女性陣もそれなりにいるらしいしね。聞いた話だと。なのでスルーして後はモデレーターさんにお任せだ。

 

で、そんなやり取りやら今日起きた事やら日本側で起こっている事とかを雑談しつつ至福の時間を終えて、風呂から上がり髪を乾かしていたところに部屋にテイルさんがやって来た。

 

「お風呂のお礼!」

 

といって彼女が持ってきたのはいろんなお菓子の詰め合わせ。ちょうど今日一つの仕事が終わったらしく、自分へのご褒美にと買ってきたらしい。

 

「せっかくだから、お裾分け!」

 

お礼を貰うほどの事をしたつもりは全くないけれど、満面の笑みで向けられたせっかくの好意を断る事もできず、お言葉に甘える事になった。

 

──というわけで、今俺は風呂上り(といっても彼女の方は上がってから大分立つためそんな感じは残ってないけど)の寝間着の少女と向かい合ってベッドに座っています。

 

『お風呂上りで寝間着姿の美少女っていいよね……』

『女子のパジャマパーティーを覗いているみたいでドキドキする』

『絶対この空間今いい匂いしてそう』

 

実際彼女からは石鹸のいい匂いしている──いや、これ自分からしている匂いじゃねーか。彼女は上がってから大分たっているから匂いが飛んでいるだろうし、同じ石鹸を俺使ってるし。

 

自分からしている匂いと考えると別にドキドキも何もしないな。いい匂いなのは間違いないけど。やはりいい匂いは発している対象が重要。

 

おっと、俺の思考もリスナーに毒されて来ているな?

 

「あ……美味しいですね、これ」

「でしょー? お気に入りなんだー」

 

テイルさんの持ってきた焼き菓子に手を付ける。甘さ控えめで美味しい。そういやお菓子の類ってこっちにきてからそれほど食べてなかったなーと思い出す。出費を制限してたから、こういったお菓子の類は買おうって考え全然なかったんだよね。

 

あー、でもこうやって久々に甘味の類を食べちゃうと、また食べたくなっちゃうかなぁ……。

 

うーん。

 

「えっと、このお菓子ってどこで買えるのか聞いていいですか?」

「いいよん」

 

一応、店の場所は聞いておく。念のためね、念のため。臨時収入とかあったときね。まぁここまでを見るとコスプレRPをすれば臨時収入は入りそうだけど。さすがにお菓子食べるためにコスプレRPはない。

 

「てかさ、カズサちゃん?」

「あ、はい?」

「言葉、もっと砕けた感じでいいよ? 多分同じくらいだよね、年齢」

「あ、えっと……うん」

 

実年齢は俺の方が確実に上だと思うけど、外見年齢で見れば大差はないと思うので、ここは頷いておく。

 

「こないだはごめんねー、すぐに出かけちゃって。年同じくらいぽかったから、本当はお話ししたかったんだけどさ」

 

初日に一通りアパートメントの住人には挨拶回りしたんだけど、ちょうど彼女は出かける直前だったらしく自己紹介だけしてすぐ見送る事になったんだよね。それ以降姿を見てなかったんだけど。

 

「どこか遠くに出かけてたんですか?」

「あー、ダンジョン行ってたんだ」

「ダンジョン!?」

 

彼女の言葉に、思わず俺は裏返りかけた声を上げてしまった。彼女の外見がそういった事に結びついていなかったからだ。

 

彼女は健康的──いや風呂場の映像は浮かんでくるな!

 

『あ、カズサちゃんが何か思い出してちょっと照れてる? さっきのお風呂場の件かな?』

 

そして勘の良すぎるリスナーがいる! 何で気づくんだよ! そんな顔に出した自覚はないぞ!

 

……それはともかく!

 

彼女は活動的な感じではあるが、筋肉質という感じではないし戦闘には結びつかない。それに体も今の俺と大差ない感じだから大柄では決してない。むしろ小柄の範疇に入るだろう。更には年齢だって見ての通り中学生か高校生程度だ。ダンジョンに行ってるイメージなんてまるでわかない。

 

いや、ここファンタジー世界だし、このくらいの年でダンジョン潜るのも普通なのか?

 

 

 

 

 



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護衛予約

 

「あー、信じてないねー?」

 

そんな明らかに疑っているととれる反応を見せてしまった俺に対して、テイルさんは頬を膨らませ──と思ったら、その表情はすぐに苦笑いに変わり、同時に肩を竦めた。

 

「なーんてね。ま、よく言われるんだけどね、それ」

 

いいながら彼女は軽くジャブを打つような動きを見せた。

 

「でも本当なんだなー」

「えっと……ごめんなさい。というか格闘系なの?」

「そだよ。近接系でーす」

 

言われて俺は彼女の体を見る。

 

今は肌を隠す寝間着を着ているが、風呂場で見た──いやだからそこは具体的に思い出すな! とにかく格闘家のような体ではなかった……などと思ったところで、俺は思い出す。

 

そうだわ、ここファンタジー世界だったわ。

 

外見に関わらない力がそこらで飛び交っている世界ではある。ということは、だ。

 

「もしかして、身体強化系?」

「そそ、そっち系の魔術が得意分野なんだよボク」

 

成程、と納得する。

 

自分も<<ハイスピード>>を覚えているが、初歩的な身体強化魔術と言えるあの術一つとっても普通の自分の体なら明らかに無理な速度が出せたし、強化呪文は当然攻撃力や防御力を上げるような術もある。そういった力を駆使すれば、彼女のような体躯でも充分格闘戦は可能になるのだろう。

 

……しかしこの若さで、そういった術を実戦形式で使えてるってことは、彼女滅茶苦茶優秀なのでは? それとも、こっちの世界ではこれくらいの年齢で術を使いこなすのはそう珍しくないのだろうか? チンピラあっさり駆逐しちゃったアキラさんも全然若かったしな……

 

俺の表情が疑念から関心に変わった事に、気づいたのだろう。テイルさんの表情が自慢げなものに変わっていた。

 

『ドヤ顔かわいいね……』

 

 

そうだね。

 

彼女は表情がころっころ変わるのでとても可愛らしい。元の姿でこうして一緒にベッドに座ってたらドキドキどころじゃすまなかったろうなぁ……さすがにこの姿になってこれだけたっていれば、風呂場みたいな格好ならともかく今みたいに露出の少ない格好ならそういった感情は湧いてこない。当然そういう空気にもならないしね。

 

それにしても、ダンジョン潜ってるのかぁ。

 

『彼女の実力がどれほどかわからないけど、ダンジョン行くときパーティとか組んでくれたりしないかね』

『カズサちゃん一人で行くのは危なすぎるしねぇ』

 

確かに。

 

俺がダンジョンに行くのは<<ポイントテレポート>>と<<ディスインテグレイト>>を覚えた後にするから緊急避難はできるけど、なにせ俺は謎チート能力で様々な能力を使えるものの、それを除けば平和な日本で危険にさらされることなく生きて来たただの人間だ。突然襲われたりなんかしたら絶対に反応しきれない自信がある。なので考えてみれば確かに同行者は欲しいところだ。

 

とはいえ、戦力として余りあてにならない、むしろ足手まといになる可能性が高い俺とパーティを組む、とは行かないだろう。

 

──あー、でも。

 

俺は一つ思い立ち、ぽりぽりと焼き菓子をかじっているテイルさんに聞いてみた。

 

「テイルさんてさ、依頼とかも受けてたりするの?」

「うん? まぁたまにだけど受けてるかな?」

「そしたら、私がダンジョン行くときに護衛頼んだりしたら受けて貰えたりする?」

「? ダンジョン行きたいの?」

 

彼女の問いに頷く。

 

パーティ組んでくれは正直彼女に対してメリットがなさ過ぎて言い出せないけど、護衛なら? と思ったのだ。<<ディスインテグレイト>>と<<テレポート>><<ポイントテレポート>>でどこまでやれるかわからないので、毎回は無理にしても初回……できれば数回は護衛をしてくれる相手が欲しい。

 

そしてその護衛だけど、正直今は男ばかりのパーティは避けたい。その点テイルさんは女の子だし、しかも同じアパートメントの住人だ。現状こっちの世界の人間関係が薄い俺にとっては、かなり信用できる部類の相手になるだろう。実力の面は今の所どの程度かはわからないけど……

 

そんな思いもあって、ダメ元で言ってみた俺の言葉に彼女はしばし考え込んで、

 

「目的聞いていい? ダンジョンって、基本的には探索者ギルド登録者じゃないと連れていけないんだけど……」

「あ、探索者ギルドは登録してあります」

「!! そうなんだ! って事はカズサちゃんも戦えるんだ?」

「あ、いえ……」

 

それから俺は彼女に対してもろもろを説明した。現状のギルド登録は身分証明の為、だがいくつかの魔術は使えて今は<<ディスインテグレイト>>を習得に向けて学習中(ポイント貯めてるとはいえないので……)等だ。

 

その話を聞いて、彼女からは

 

「うん、そう言う事ならいいよ!」

 

とまさかのOKが出た。

 

「てか、<<ディスインテグレイト>>に<<ピュリファイ・スピリット>>の適性両方持ってるってすごいね、どっちも超レア適性じゃん!」

「あはは、なんかめちゃくちゃ引きが良かったようで……」

 

続けて放たれたテイルさんの言葉に対しては、思わずカラ笑いを含んだ答えになってしまった。すべての能力が獲得可能ですなんて間違ってもいえないよなぁ……話広まったら変な組織とかに目を付けられそうだし。

 

『これでパーティメンバーゲットだぜ!』

『臨時だし有料の護衛だけどな』

『美少女二人のダンジョン探索配信。これはバズる』

『薄暗いダンジョン、美少女二人、数々のピンチを超えた後に野営で焚火に照らされる二人、何も起きないわけもなく……』

 

いや何も起きねえよ。そういう観点で見てないし、何より何千人に見られているのわかってて事は起こさないっつーの。当チャンネルは下ネタとかが出るけど基本的には清廉潔白な配信チャンネルです。

 

「あー、でも一応相方には確認取らせてね。面倒見のいい人だから多分駄目とはいわないと思うけど」

「あ、相方いるんですね?」

「うん」

『まさかの美少女3人パーティー?』

『いや、二人とは限らん』

『これは俺達まさかのハーレムパーティー気分が味わえるのでは?』

「……相方さんは女性なんですか?」

「ううん、男だよー。えっと、30過ぎのおじさんなんだけど大丈夫?」

「あ、大丈夫です」

 

言い方からして、相方はその一人だけか。俺としては。男女比率がすごく男性に偏るとかじゃなければ問題ないけど……

 

『まさかの彼氏持ちー!』

『しかもおっさん趣味かよ!』

『夢が……俺たちの夢が』

『こんな可愛い子を男がほっとくわけないだろ。大体彼氏無しとか言ってる女性配信者も大部分は』

『おいやめろ』

 

いやお前ら彼女は配信者でもないし、ある意味単なる通りすがり的な女の子ですよ? そんな相手に何求めてるの? そもそも相方が男性だって言っただけで彼氏扱いするのはさすがに先走りすぎだろう。

 

『嘆くな皆の衆、俺らにはカズサちゃんがいるじゃないか』

『そうだぞ、カズサちゃんは永遠のフリーだぞ』

『一生カズサちゃん推すね……』

 

彼氏無しは当然だからいいけど永遠のフリーという言い方はやめろ。俺を生涯独り者確定させるんじゃない。元の姿に戻って彼女出来る可能性はあるだろ。

 

その後、引き続き荒ぶるコメント欄は無視してテイルさんと詰めた結果、こちらとしても急ぎではないし今度相方さんと話して依頼料とか決めておいてくれるとのことだった。ありがたい。

 

後はその分の予算も稼いでおかなくちゃなー。

 

 

 



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夕餉の支度

 

異世界転生、俺の場合は異世界転移かな?

 

これは、俺の産まれた世界──まぁ日本なんだけど──では非常にありふれたものだ。

 

勿論、現実ではなく物語としてだけど。

 

多分小説や漫画ではそういった題材を取り扱うものは毎月のように出版されているだろうし、アニメだって各シーズンで最低限一本はそういう題材の話は放映されていた気がする。

 

そんな世に溢れるほど存在する物語と比較しても、俺程平穏な異世界転移をしている人間っていないんじゃないかと思う。

 

何せこっちの世界に来てから軽く一か月以上経過しているが、その間巻き込まれたトラブルはグリッドの街の襲撃くらいしかないのだ。

 

無論こっちの世界に飛ばされたのが最大のトラブルではあるけど、あれは物語ではプロローグ的な部分であるわけで。本編突入後は、本当にアレだけだ。

 

温泉の件に関しては、単なる自分の不注意でチンピラに絡まれただけだからちょっと違うと思うし。

 

トラブルどころか重要人物っぽい人間との遭遇もないもんなぁ。オウジサマとかオヒメサマとかユウシャとかセイジョとか。

 

こっちの世界に来て俺がしたことって後はコスプレ衣装作ったり、そのコスプレ衣装着てくっそ恥ずかしいRPしたり、街を案内したり、寝てる姿まで配信したりだもんなぁ。ぶっちゃけファンタジーらしい内容の配信すら殆どしてないありさまである。まぁ24時間配信し続けているってのはある意味ファンタジーではあるけど。後パストラに来てからは街並みとそこを行きかう人々のおかげでちょっと配信のファンタジーレベルはアップしている。

 

とまぁそんな感じでファンタジー世界でファンタジーらしくない配信をしつつ日々をのんびり過ごしている(常時映されている事もいい加減慣れてきて、大分気を抜けるようになってきた)俺が今何をしているかというと。

 

夕食を作っている。

 

うん、ファンタジー色ないね、てか所帯じみてるね。

 

セーラー服にエプロン姿だけどな!!!

 

パストラにやってきてから一週間。その間に生活環境を整えたり、同じアパートメントの住人──テイルさん達と交流を深めたりしつつも過ごし、いろいろ落ち着いてきたのでいよいよ俺は自炊を開始した。ずっと外食だとお金もかかるしね……

 

で、だ。

 

リスナーに対してそれを伝えたら、この格好を求められましたよ、ええ。

 

大したことじゃないし、ちょっと昼間いろいろ動き回ったりテイルさんとかアパートの人と話し込んじゃなったりで衣装作成遅れてから、コスプレRP(現状当チャンネルメインコンテンツ)が出来てないからな……する事自体は大したことじゃないし。

 

ただ、

 

「……なあ、本当にこのアングルのままでいいのか?」

『むしろこのアングルがいいんです』

『エプロン姿の女子高生の後ろ姿、いいよね……』

 

セーラー服着ているだけで女子高生ではないけどな。

 

今カメラは、俺の背後にあるテーブルの椅子の上の位置に固定してある。なので、カメラに映っている映像はずっと俺の後ろ姿だ。

 

ただのセーラー服だから別に背後に露出があるとかでもないんだけどねぇ……リスナーの思考は割と自分でもわかるケースが多いけど、これはよくわからん。

 

『てか料理しているところだと、正面からでも大体下向いた映像になっちゃうしねぇ』

『料理しているカズサちゃんのおててを映すのはどうでしょう』

『おてて民湧いて来たな』

『クラシ〇の動画かよ』

 

ああうん、手元映像はもう完全に料理解説動画のアレだよね。俺も自炊始めた最初の頃はクラシ〇やクッ〇パッドにはお世話になりました。

 

ちなみに俺は自炊はするが別段手際がいいわけでもないので、手元映してもあれだと思います。

 

『カズサちゃんお腹すいたよ~』

『ごはんまだー?』

「いや先に食べてればええやんけ」

 

当然、俺が作った料理は俺が食べるわけで、リスナーが食べれるわけじゃない。なにせカメラの向こう側どころか、世界の壁の向こう側だからな。食材もいくつか明らかに向こうにない奴使ってるし(他の料理で使われてたので、すでに食べてはいるものではある)。

 

それでもタイミング合わせて一緒に食べようとしている層が一定数いるみたいなんだよね。

 

ま、考えてみれば、オンラインでの飲み会みたいなもんか。俺もVRCでのオンライン飲み会とか参加してたしなー。一人で食べるよりは、みんなとワイワイやりながら食べたいって気持ちはわかる。

 

「まあでも、もう完成だよ」

 

なんてことを考えている間にも当然手は止めず、料理は出来上がっている。なにせ異世界自炊初日だ、そんな複雑な料理は作らない。まだ食材とか調味料も理解しきれてないしね。

 

火力が向こう側で使ってたコンロに比べるとちょっと弱くて時間がかかったけど、これで完成だ。実は俺も結構お腹すいているので、とっとと出来上がった料理をおろしたての食器に移し、テーブルへと運ぶ。

 

「うし。それじゃ夕飯にしようか」



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いっしょにごはん

 

とりあえずリクエストには答え終わったので着替えるか? とも思ったけど、今日の夕食は跳ねるものもないし、このままでいいかと席に着いた。セーラー服リスナーに人気高いしね……こないだの1万人&2万人記念配信でかなり飛び交ったからか最近は控えめ気味だったスパチャが結構飛んできたし。

 

……うちのリスナーさん達結構年齢層高めなのかな? 学生とか最近まで学生だった面々なら制服姿とか別に求めないでしょ。……いや、そもそも数千人も視聴者が居れば年齢層もいろいろいるか。

 

──そう、数千人である。平日の夜、さすがに仕事や学校は終わっているとはいえピークタイムではない時間帯にも関わらず3千人超えのリスナーがさっきまで俺の後ろ姿を見ていたわけで。

 

記念配信から約一週間、登録者は順調に伸びている……というか順調過ぎて怖い。すでに記念配信の2倍近くまで伸びている。どうやらパストラに来て見どころが増えたのもあって切り抜きしてくれる人ががっつり増えて、それ経由で登録してくれた人が多いらしい。ありがたいことである。

 

尚最近の切り抜きの一番人気はのじゃろり狐耳巫女娘とのこと。……ウン、ヤッパリメインコンテンツダネ……。

 

それ以外も街で買い出ししたりしている動画をうまくデート風に編集した動画も好評だそうだ。

 

後、アパートメントの住人ともちょくちょく会話しているせいか微妙にファンがついている気配がある。

 

一番人気は件のテイルさん、それに5歳のアズちゃんとそのお母さんのモナさんの親子。まぁテイルさんは溌剌としてて可愛いし、アズちゃんは言わずもがな。ただモナさんが映っているときコメント欄で『ママァ……』とかコメントしている連中、モナさんはアズちゃんのママであってお前らのママではない。

 

閑話休題。

 

しかしまぁこうなると当面その路線で行くのだろうなぁ、と思う。今更だしとっくに覚悟は決めているが。

 

 

「よし、頂きますしようか」

 

なにやら食べるのを待っていたリスナーもいたみたいだし、そう声を掛けると『頂きまーす』というコメントが大量に流れて来た。どれだけ待ってた奴いるんだよ。いや、大半は言ってるだけで実際にこれからな奴はそんなにいないとは思うけどさ。

 

俺も続くようにして「頂きます」をし、この世界に来て初の自炊した料理に手を付ける。

 

今日の献立は野菜炒めにスープ、フルーツサラダにパンだ。まだこっちの食材とか調味料の知識もあいまいなのでオーソドックスな料理にした。……本当はさぁ、いい加減米喰いたいんだよねぇ、日本人だもの。

 

この世界、米はちゃんとあるっぽいから猶更さー。ただ今俺がいる大陸では稲作は行われていなくて、野生のものしかないそうでほぼ食べられていない。まぁ品種改良されまくったおいしいごはんに慣れている味覚には絶対に合わないだろうなーとは思う。別大陸にはそういった品種改良した稲を生産している所もあるらしいが、別大陸な上にこっちの大陸では食べる文化がないので殆ど流通していない。一応いくらか商店で見かけたのもあったけどアホみたいに高価。まさかのごはんが高級食材である。かなしい。

 

なのでこの世界に来てからの主食は概ねライ麦や小麦から作られているものだ。パンとかパスタっぽい奴とかね。……この辺も稼げるようになったら食べよう。目標として美味しいものを食べるってのは励みになる。……ファンタジー世界に来て立てる目標がそれでいいのかっていうのも今更だ。現状明確に目指すべき目標が見えないからな。

 

そのためにも皆には応援してもらえるように頑張らないとな。

 

自作の料理をもぐもぐしながらそんな事を考える。……こっちでは初めて作ったにしては悪くないんじゃないかな? 自炊だと自分の味好みに出来るからいいよな。向こうだと仕事とか配信とかゲームとかいろいろあって自炊もちょくちょくさぼりがちだったけど、こっちでは時間めっちゃ余ってるし。例の調味料屋で見る限りいろいろ味のバリエーションも探求できそうだし、結構楽しめそう。

 

っていや違う違う。自分のメンタルの為にそういった楽しみを見つけるのは重要だけど、今の流れで考えるのはどうやって皆に楽しんでもらうかってことで。

 

……うーん、今の俺に求められている事ってこういう事だよな。

 

それはほんのちょっとした思い付き。それを俺は深く考えずそのまま行動に移した。

 

箸(これは普通に売っていた)で野菜炒めをつまみそれをカメラの方へ差出し、

 

「はい……あーん」

 

ほら、こういうのが好きなんでしょ? なんてことを軽い気持ちでそういった。

 

その結果、

 

『もぐもぐもぐもぐ』

『あれ……おかしいな、この野菜炒め固いんだけど?』

『節子、それモニターや』

『なんで、なんで俺は野菜炒めを用意していなかったんだ!』

『カズサちゃんの料理に合わせて野菜炒めを作った私は勝ち組です。尚急いで作ったので若干生焼けな模様』

 

コメント欄が荒ぶった。

 

そしてそのコメント欄を目にして、ふと俺は正気(?)に戻った結果、箸を元の位置に戻してカメラから顔をそむけた。

 

『あ、やっぱり恥ずかしかったんだ!』

『ほっぺ赤くしちゃって可愛いねぇ!』

『その反応こそがご馳走様です』

 

いや恥ずかしいのは確かにそうだしそれで赤くなってるんだろうけどな。それよりも謎カメラには基本向こうに流れているのと同じ映像が映っているわけで。

 

そうなるとカメラに映っているのは自分の姿な訳で。

 

……なにやってんだろう俺と思ってしまった。いや配信者としてはそういうのは考えるべきじゃないのは解ってるけど! 思っちゃったのはしょうがないじゃん!

 

『カズサちゃん! 俺も食べ物用意したからワンモア! ワンモア!』

「無理!」

 

一度そう思っちゃったらもうできないって! ユルシテ!

 

ちなみに今日は前半の料理風景も含めてかなりのスパチャの伸びを見せて、一気に<<ポイントテレポート>>が近づきました。やったね!(ヤケ)

 

 

 





夜霧前回残MP:226130
今回増減:
スパチャ +98000(※一週間分の増加含む)
残MP:324130

相変わらず話が全然進みませんがそういう作風の作品です。ご了承ください。
今更だけどやっぱりカテゴリ「日常」の方が相応しい気もしますがバトルもあります。ある予定です。


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いろいろ慣れてきた?

 

常時配信となると、体調不良な時も配信は続いているわけで。

 

リスナーの皆は中断してもいいよとは言ってくれるんだけど、滅茶苦茶調子悪いとかならともかくそこまでじゃないからなぁ……あとこっちだと寝ていると時間潰せる手段が本くらいしかないから、退屈というか、ちょっと寂しいというか……ほら、体調不良になるとちょっといろいろ不安になったりするじゃん? だったら一人でいろいろ考えちゃうよりもコメント欄と雑談してた方がいい。

 

ちなみに、体調不良の理由は月のモノだ。そういやこっちに来てからもう10日を超えて、前回なってから一か月くらい経過していた。

 

聞く限り俺は期間も短いし、症状も軽いっぽいんだけどそれでも具合が悪いことは悪い。

 

おあつらえ向きにというかなんというか今日の天気は強い雨で、とても外で配信という感じではない。なので俺は自室のベッドで横になってカメラ&コメント欄と向かい合っていた。

 

体調不良の原因は伝えてある、勘のいい奴は前回からの経過日数で気づいていたみたいだし、逆に感づいていない奴には何かの病気に掛かったかと逆に心配を掛けてしまうので。

 

あくまで生理現象だ。大っぴらに公言する事じゃないとは思うけど、だからといって心配かけてまで隠す事でもない。

 

「しかしまぁ……女の子は毎月こんなのが来るのか。本当に大変なんだな」

 

実体験して、心の底からそう思う。しかも俺は倦怠感に軽い腰痛と腹痛、貧血くらいだけど、女の子の中にはもっと期間が長かったり症状が重い子もいるらしい。マジかよと思う。そんな俺の呟きに、恐らくは女性のリスナー達から賛同の声が上がる。

 

『解ってくれてうれしいわ』

『世の男どもはカズサちゃんみたいに一度TSして経験するべきよね』

『一億総TS化計画キタコレ』

『子供を持つ母親としては、出産の大変さも経験して欲しいわね』

『日本人男性が全員TSして出産したら少子化問題も解決できるのでは?』

『いや全員TSしたら種付けは誰がするんだよ』

『ローテーションで……?』

『政策がTS研究の日本TS党作らなきゃ……』

 

体調悪い人の前で恐ろしい事話してるんじゃないよ。

 

『まぁ現実問題全員TSは無理にしても、カズサちゃんには出産を経験して欲しい気はあるわね』

『し・て・た・ま・る・か』

 

出産云々がどうのこうのの前に前段行為が無理だわ。

 

『本当に出産されたらリスナーの何割が脳破壊されるんやろなぁ』

『カズサちゃんそういった事を体験したがっている感じはないし、配信問題もあるから安牌として見ているリスナー結構いそうだしな』

『でも処女受胎ならちょっと見たいかも』

 

俺は聖人でも産まされるのか?

 

……ったく。皆勢いで話しているのはわかっているけど本当にアホな会話だわ。

 

それにしても、こっちに来てから大体一か月半近くか。さすがにこれだけ経つと、いろいろ慣れてくる。ファンタジー世界の生活もそうだけど、この体に関しても。

 

性別が変わったのもそうなんだけど、それだけじゃなくて体のサイズが変わったのが結構大きかった。

 

割と細かな所で意識内にある体のサイズと実際のサイズのずれが生じて、それがちょっとしたミスにつながったんだよね。ほんと最初の頃はこれでちょこちょこと苦労した。しばらくしたら落ち着いたけど。

 

力とかもそう。謎能力を持ってはいるけど、身体能力自体は外見相応のものしかないわけで。これくらいなら持てるとか、これくらいなら飛び越せるとか思った結果悲しい結果になったのも何度かある。これ元の体に戻ったら今度はぶつけまくりそうだよな。

 

ただそういった面を除くと、それほど生活面では大差ない気はする。いやそもそも住んでいる世界が変わっているから生活面はすごく変わってるんだけど。それに比べたらって意味だ。

 

こっちの世界だと平民なら化粧していないのも結構いるので、その辺気にしないでいいのは助かるね。現代社会だと流石にすっぴんって訳にもいかないんでしょ? 多分。いや外見年齢だと学生くらいだろうからそこまで気にしなくてもよいのかと思うけど。

 

後は何か変化……ああ、細かいところで行くとトイレには早め早めに行くようになった気がする。そもそもこっちの世界だと利用できるトイレがそれほど多くはないってのもあるんだけど、それ以前になんか男の時と比べると我慢が効かなくなっている気がするんだよな。常時配信している以上間違ってもやらかす訳にはいかないので、ここは細心の注意を払っている。大事な話である。あとは単純に座り方とかね。この辺も事故対策デス。

 

ぱっと思いつくところはそんなところかな?

 

ちなみに、女の体になったからといって精神面に関しては特に影響は起きてない。いや、リスナーから『だんだん仕草とか言動も女の子らしくなってきたね❤』とか言われるけど、以前言った通りRPとか意識してやっている時の癖が偶に出ちゃってるだけで、精神面が女の子っぽくなっているわけじゃないぞ?

 

多分……きっと、恐らく。

 

そんな事を思いつつ、相変わらず全人類TS化計画(いや相変わらずじゃねーな。なんで日本から世界が対象に話が広がっているんだよ。そもそも全人類がTSしたら男女比率が単純に逆転するだけでは?)などに関する話を続けているコメント欄を眺めていたら、気が付いたら寝落ちしていた。

 

そして目が覚めたらお見舞いと名打った赤スパが飛んでおり、そのスパチャによって第一目標の40万MPに到達していたのである。

 

いや、赤スパで"お赤飯代"じゃねーんだわ、デリカシー欠乏症かよ! しかも一瞬ああ、それで赤スパなのかとか思っちゃった自分が嫌だよ!

 

そもそも今回初めてでもねーから! 今登録者5万人超えて前回の時より4万は増えているから前回いなかった人なんだろうけど!

 

目標達成したのは嬉しいしありがたいけど、微妙な気分になってしまったのである。




夜霧前回残MP:324130
今回増減:
スパチャ +77700(※前回からの経過日数分の増加含む)
残MP:401830


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周囲からの視線

突然だが、客観的に見て俺はかなり可愛い。

 

そりゃ自分の思う限りに可愛らしくモデリングしたアバターがベースになっているのだから、当然だ。

 

んで、パストラに来てからしばらくは俺の意識がコメント欄と初めて見る街並みや商店の売り物に意識が取られていたのであまり気づいていなかったんだけど、その辺が少し落ち着いてきたらある事に気づいたのだ。

 

結構な人間に、見られてる。

 

見てくるのは、大部分が若い男だ。あとおっさんも少々。そしてその視線は、顔と、胸と、後恰好次第では足とか尻にも向かう事がある。ちなみに尻は当然自分では気づくものではなく、配信で自分を映しているカメラの映像からリスナーに教えてもらっているのだが。

 

いやさ、グリッドと違ってこっちでは街の人々の恰好も様々で、パンツルックの女性も多いとは言わないまでも探索者の人を中心にそこそこはいるんで、俺もいくつかズボン購入したんだよ。ほら、動き回るにはそっちの方が楽だしさ。最近はもうスカートは慣れて来ちゃったけど、一か月ちょっと前までは基本ズボン穿いていたわけで。派手に動いてもいろいろ気にする必要がないわけじゃん?

 

それにそっちの恰好の方が、そういった目でもみられないんじゃ? なんてのも思ったりしたわけだけど……いやぁ考えが甘過ぎましたわ。

 

リスナーからの報告だと、下半身を見ていると思しき面子はスカートの時よりズボンの時の方が多いとのこと。

 

確かに良く考えたらズボンの方が思いっきり体のライン出るもんな。尻の当たりとか特に……更にズボンの女性はそれなりにいるとはいえ日本に比べると全然珍しい部類に入るから、更に視線を集めちゃってるくさい。

 

その結果、俺やっぱりスカートの方でいいかなって気持ちになりつつあるのは仕方ないと思います。

 

一度気づかされちゃうとさぁ……なんかむずむずしちゃうんだよなぁ。しかも前方だと俺と視線が合ってまでガン見してくる猛者は少ないけど(男性諸君! 割と「こいつ胸を見ているな?」ってのは解るからな! 注意しろ!)、後方はこっちが気づいている(というか気づかされてるんだけど)からガン見してくる奴多いらしいんだよね。じゃあ言わないでもらえばいいと思うかもしれないけど、それはそれで実は見られているのではと疑心暗鬼になるというか。気づけばその視線から逃れる動きも取れるし。

 

……いやさ、気にしすぎな気もするけど。天然物の女の子はそこまで気にしていない気もするけど。

 

配信の方は相手の姿が見えない事もあってもう慣れたけど、リアル側の視線はまだ慣れきらない。

 

グリッドの街は殆ど同じ辺りしか動き回っていなかったのと、安物の野暮ったい服しかほぼ着てなかったからそこまで見られていなかった気がするんだよなぁ。ナンパはされたけどさ。

 

ともかくそんな感じで、"そういった対象"として見られているという事を嫌というほど肌で感じてしまったのと、温泉の一件もあってなかなか行動範囲が広げられなかった俺だけど、これでいよいよ行動範囲が一気に広げられることになったのである!

 

なにせラストスパートがちょっとあれだったが、とにかくリスナーの皆のおかげで<<ポイントテレポート>>の必要MPは溜まったからな!

 

最優先で獲得を決めていた能力であり獲得を躊躇う理由はないので、速攻で獲得し、テレポート先のポイントを自室に設定した。これで出先で何が起きてもすぐにここに退避できる。危険に巻き込まれても無事に切り抜けられる確率は格段にアップしただろう。

 

勿論万能ではない。例えば<<ポイントテレポート>>だけではなく<<テレポート>>もそうなんだけど、直接触れている相手がいた場合その相手も巻き込んで転移してしまう。だから、いきなり後ろから組み付かれたりしてしまうと意味がない。いや、その状態でもテレポートした方が安全な気がするけど。アパートにはベルダさんいるし、近くに衛兵の詰め所もあるしね。テレポートをしたうえで助けを呼べばなんとかなりそう。

 

まぁともかく、これでいろんな所にいける。

 

人気が少なく、かつ視界が通らないところはさすがに行く気がないけどね。それこそ組み付かれたくらいならさっき言った通り自宅に強制帰還しちゃえばなんとかなりそうだけど、術を使われて眠らされたりすると事だ。当然といえば当然だけどこの世界、魔法を封じる手段はいくつかあるらしくそれを行われたら今の俺はカヨワイオトメでしかないわけだし、それつけられて誘拐されたりしたらなす術がない。あと寝てる間に処女喪失とかマジで勘弁して欲しいしな……配信も死亡するし、一部のリスナーの脳も多分死ぬ。

 

その誘拐とかの警戒はリスナーにさんざん言われている事だけど、さすがに例の一件以降はそれを考えすぎと流すようなことはしていない。ちゃんといろいろ警戒してます。

 

あと、そっち方面の危険じゃない、別方面の危険──ようするに魔物関連で避けていた街の外の散策もこれで行けるようになった。

 

だから、あの日から二日たち体調も完全に回復した俺は早速外出の準備を行っていた。ちょうど天候と体調で三日ほど引きこもってたからな。さすがにずっとアパート周りの映像だけだと微妙だろう。

 

リスナー達を退屈させてしまった気持ちはあるので、俺は早速遠出の準備を行っていた。

 

街の外へ足を延ばすのである!




夜霧前回残MP:401830
今回増減:
<<ポイントテレポート>> -400000
スパチャ +4200(※前回からの経過日数分の増加分)
残MP:6030


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お出掛け準備中

 

「~♪」

『鼻唄とか出ちゃって、カズサちゃんご機嫌だねぇ』

「……え、マジで?」

『マジマジ』

『それひと昔前のボカロの曲だっけ?』

『あー、一時期こぞってVtuberが歌ってた奴な』

「マジか」

 

全然気づかなかった。完全に無意識で口ずさんでたのか……

 

──天候は、ここ数日の雨模様が嘘のような雲一つない青空。体調も完全に回復した俺は、朝早く起きてある事を行っていた。

 

料理である。

 

朝食、ではない。朝食は適当に済まそうと思って、パンを用意してある。

 

今作っているのはお昼だ。お弁当製作中というわけだ。

 

久々の快晴、ここ2~3日不安定だった体調も完璧に回復した。更には念願の<<ポイントテレポート>>を獲得して、行動範囲が格段に広がる。それで早速、ピクニック的な事をしようと思ったわけだ。当然ここ最近はずっと低空飛行していたテンションもこの状況で一気に急上昇したので、思わず鼻唄が漏れてしまったとしても仕方ないだろう。完全無意識だったので、普通に意識して歌うよりも恥ずかしさがあるけど。

 

俺はゲームと雑談の配信者だったから、大勢の人前で歌った事はないしなぁ。

 

てか、朝方だから人が少ないとはいえ、それでも軽く千人を超える視聴者がいるんだが。まぁうちの視聴者の特色として常時俺の配信つけっぱなしにしているのが一部いるらしいし、そこまで行かなくても寝落ち組が結構な数いそうだけど。

 

そんな人数を前に、音痴とはいわないまでも、決してうまくはない鼻唄歌ってたのか。うっわ、そう考えたら恥ずかしさが増してきてしまった!

 

顔を隠したいところだが、そんな事をしたらどうせリスナーに揶揄われるだけだし、そもそも調理中だからそんな事はできない。なので小さく深呼吸して手元の野菜に意識を向ける事で、顔が火照らないように対策する。

 

『ところでカズサちゃん』

 

なんだ!? もう速攻気づいたのか!?

 

『ちゃんとしたお歌配信とかやらないの?』

 

……

 

えっとぉ。

 

「機材どころかこっちじゃ音源もないんだし、無理でしょ」

 

この辺は何回も説明しているし、説明文にも載せてるんだけど。まぁご新規さんは直接聞いた事はないだろうし、説明文読まない人間なんていくらでもいるだろうしな。

 

『いや、その都合で歌配信してないのは知ってるけど』

 

いや、知っているのかよ! じゃあなんで聞いた!? でも知ってるって事は説明文はちゃんと読んでくれているんだねありがとう!

 

『声可愛いし綺麗だから、おうた聞きたい人多いんじゃね』

『ノ』

『ノ』

『ノ』

 

挙手早ぇ!

 

「だから環境があればやるけどさぁ、なしだと無理だって」

 

機材も音源もなければアカペラでやらなければならないわけで、それだと全くごまかしがきかない。声楽とか習ってた人間ならともかくとして、せいぜい仲間内で行くカラオケくらいでしか歌う事のない身としてはかなりしんどいと思うんだけど。

 

『えっ、カズサちゃん音痴なの』

「それはないけど。普通だけど」

『反応が早すぎる。怪しい』

 

怪しくないし。普通だし。

 

『まぁさっきの鼻唄聞く限り音痴って感じじゃなさそうだけどね』

 

ちゃんとわかってる奴いるじゃないか。

 

『だったら歌配信有りじゃないの? カズサちゃんのおうた聞きたい』

『Vtuberとかだと歌配信って視聴者集めれるコンテンツなイメージがあるけどね。カズサさんも目的を考えたらやれることは試しておいた方がいいんじゃない?』

「うっ、それを言われると……」

 

歌配信は音源をつかえないことを考えれば逆に著作権絡みでBANされるということはないだろう。念のためボカロ系に絞って商業に絡んでない曲を使えばまず問題ないハズ。不安ならリスナーに確認を取ってもらえばいい。そこを抜けれれば、後はリスクになる事はないんだよな……

 

あとは恥ずかしいのを耐えれればって話だが、これも冷静に考えるとRPでツンデレキャラやら妹キャラやるよりは全然恥ずかしくないよな、多分。

 

……ふむ。

 

「ま、試しに一回やってみるかな」

『お、やった』

『言ってみるもんだねぇ』

「あくまで素人レベルだから期待はしないでくれな?」

『音痴でもそれはそれでありだから平気よ』

「いや音痴じゃないからな」

 

そこは重要なので改めて否定しておく。後、やるのはいいけどもう一つ言っておかないといけないことがあるな。

 

「場所を考えないといけないな」

『え、いつも通りこの部屋でやればよくない?』

「歌うとなるとそれなりに声出さないと駄目だろ? そうなるとここではちょっと……」

 

このアパートメント、安普請ではないからそこまで防音性能が悪いわけではないけど、さすがに……

 

『となるとスタジオ借りて……って、ないかそんなもの』

「さがせばそういう使い方できる施設はあるかもしれないけど、それに予算を使いたくないな」

 

グリッドで稼いだ資金もパストラに来てからいろいろ私物を買ったのと生活費で大分目減りしている。新たな収入手段のない現状、近いうちにMPから変換する必要が出てくるだろう。なので出来るだけお金は使いたくない。

 

『それじゃ、街の中で歌う?』

「無茶言うな」

 

明らかな素人レベルでそんな事できるわけないだろ。

 

『あ、だったらそれこそ今日の出先で歌うのがよくないか?』

『成程、確か今日ちょっと街の外に行くっていってたよね? そこだったら気兼ねなく歌えるんじゃない?』

『あー、それ無理。今カズサちゃんが作っている弁当のボリューム見てみ?』

『……多いね。カズサさんそこまで大食いってわけじゃなかったよね。これ、二人前はある?』

『はっ……俺は気づいてはいけない事に気づいてしまったかもしれない』

『やめろばかいうんじゃない!』

『カズサちゃん、もしかしてこれからデート? これならさっきまで楽しそうにしてたのも理由がつく』

『あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛』

『テイルちゃんに引き続き、カズサちゃんまでNTR……!』

『いや二人とも俺達のものじゃないし、NTRではないのでは?』

『カズサちゃんだけはそんな事ないって信じてたのにぃ』

『でも胸の痛みのなか、ちょっとだけ感じるドキドキ……もしかしてこれは性癖の目覚め?』

 

いや、ずっと配信して皆に見られているのにいつそんな相手作るんだよ。

 

まぁ本気で思っている奴は極少数だろうが、ノリが良すぎるリスナーのせいでコメント欄が荒ぶりまくって突っ込みにくい。まぁいいや、楽しそうだし放っておいて料理に集中しよ。約束の時間もあるしな。

 

 



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おててつないで

 

「あ、そこぬかるんで滑るから気を付けてね。ほら、掴まって」

 

確かに足場はちょっと滑りやすくなってはいるけど、そこまでドジじゃないんだけどなぁ。彼女には俺はすぐ転びそうな子に見えているんだろうか? まぁ心配してくれているのはありがたいので、俺は差し出された手を取った。

 

こうやって手を引かれて歩くのって、ほんと小さな子供の時以来じゃなかろうか。しかも完全に女の子扱いで手が引かれている気がする。実際今の姿は女の子なんだけど。

 

『ああ、いい……』

『女の子同士のデートっていいよね』

『相手が男じゃなくて本当に良かった……』

 

お前らずっと俺の姿見てるけど、そのどこに親しくしている男の姿があったんだよ? ある程度親しくなったといえるのはグリッドの街の同じ宿に泊まっていた何人かだけど親しくっていったって食堂で会話を交わす程度だったし、グリッドを離れてからは当然全く会っていない。パストラに来てからは住んでいる所に女性しかいないため、ある程度会話する男の相手は店の店員とせいぜい近くの詰め所の警備兵くらいしかない。

 

それから一緒に出掛けるだけでデート扱いすんな。テイルさんは可愛い娘だけど、さすがに俺はあって日も経たないうちに惚れる程チョロくはない。

 

そう、俺は今彼女と一緒に外出していた。

 

テイルさん、年齢が近いせいか(外見年齢は今の俺と多分同じくらい。実年齢は勿論俺の方が上だけど)話しやすいらしく、あれ以降アパートメントではよく親しくしてもらっていて部屋で話したりしてるんだけど(今受けている仕事がパストラの街の中での仕事らしくて、最近はよくアパートにいるのを見かける)その中でいろいろパストラの街の事を聞いたりしていたら、「だったらお薦めの場所教えてあげる!」となったわけだ。

 

んで、今日ちょうど俺の体調の回復と天候の回復、それにテイルさんの一日休みが重なったので昨日の夕方に外出の約束をしていたのである。

 

『ワイらの視線気にせずにもっとイチャイチャしてもええんやで』

 

だからそういう相手じゃないだろうが。

 

『解ってないなぁ。露骨にイチャイチャするんじゃなくて、あくまで友達みたいな関係だけど、想定外にちょっと近づき過ぎちゃってお互いちょっとだけなぜかドキドキしちゃったりするのがいいんじゃないか』

『そもそもアニメとかで最近人気の奴って百合っプルじゃなくて女の友達グループがわちゃわちゃしてる奴だしな(諸説あります)』

 

なんかソムリエが湧いてきた……うちのチャット欄、いろんなソムリエがいるよね……

 

『てか、元気っ娘美少女と清楚系美少女のコンビって最高だよね』

 

どう考えてもテイルさんの方が元気系だろうから、俺が清楚系扱いかよ。正気か?

最近どっと新規の人が増えているんだけど、俺の中身が男だってこと忘れてたり知らなかったりする奴いるんじゃねーかなー。チャンネル名に思いっきりTSって入れているわけだけど、世の人間すべてがTSとは何なのかしっているわけじゃなかろうし。

 

まぁ、今日の俺の恰好は白ワンピなので清楚系といってもいいのかもしれないけど。ちなみにリスナーの要望である。『やっぱりピクニックなら白ワンピでしょ』だそうだ。夢見すぎでは? 無理な要望じゃないから着て来ましたけどね。

 

『ほら、ほら、もっとくっついて!』

 

無理な要望じゃないなら聞くけど、他の人間が絡むなら別! 何もしらない相手を巻き込むわけには行かないでしょ。そもそもカメラに映っちゃってるのだって申し訳ないんだから。さすがに常にカメラに映らないようにするのは無理なので諦めているけど。そもそも歩きにくいだろ? 今俺達小山を上っている最中なんだからさ、しかも地面がところどころぬかるんでるし。

 

とまぁ、思いっきり脳内では突っ込みをしてるんだけど、口には出せないよね。テイルさんはカメラもコメント欄も見えてないわけで、そんな中虚空に向かって突っ込みを入れていたらドン引きされるか心配されるだろう。なので、突っ込みは我慢──ああもう、突っ込みたくてむずむずする!

 

 

「……どうしたの?」

 

気が付けば、テイルさんが俺の顔を覗き込んできていた。しまった、突っ込みたくて意識がコメント欄の方に飛び過ぎていた。手は相変わらず握られたままだったので、それでも問題なく歩けてたけど。

 

大丈夫、なんでもないと答えると、テイルさんはそっかと言って向き直り再び手を引いて歩きだした。……なんかずっと手を繋いだままだとちょっと照れ臭くなってくるな。

 

そんな俺の気持ちには当然気づかず、だけどスカートの俺が歩きやすいペースで歩いてくれるテイルさんに手を引かれて歩いていくと、やがて開けた場所が見えて来た。青々とした空が広がるのが見えるその場所に、テイルさんは俺を連れ出してくれる。

 

「到着! どう、すごいでしょ!」

「わぁ……」

 

振り向いて満面の笑みを浮かべるテイルさんの向こう側に広がる光景に、思わず俺は感嘆の声を漏らした。

 

 



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広がる景色

 

俺の手をひいたままテイルさんに連れ出されたその場所は、視界がこれでもかというくらい開けていた。

 

これまでの行程は上り坂の坂道であり、更に周囲は木々に覆われていたので視界は全く開けていなかったが、やってきたこの場所はこれでもかというくらい遮る物がなにもない。恐らく崖のようなところなのだろう、上や水平方向だけではなく見下ろす視界も抜群だ。

 

俺がいま滞在しているパストラの街は半月型の湾の奥にあり、街の左右の土地は両手を開いて相手を迎え入れようとしているように伸びている。

 

俺とテイルさんは、パストラから見て東側にある、山のようなものを上っていた。そこからの光景がお薦めだよ、というテイルさんの言葉に従って。

 

そのテイルさんの言葉に、嘘はなかったらしい。

 

「ね、最高でしょ?」

 

隣に立つテイルさんの言葉に、俺はコクコクと頷く。

 

まさに絶景だろう。この近隣では最大の都市であるパストラの全体が一望できる。

 

ああ、話に聞いてたけど、パストラの街は区画によって雰囲気が違うんだな。さすがにはっきりとわかるわけではないけど、この距離でも明らかに違うというのがわかるくらい変化が見える。パストラは港町という事もあってか様々な人種が集まっており、数が比較的多い国の人間や種族はある程度まとまって生活しているんだよな。だからその辺りはそれぞれの特色がある。

 

あーもう、望遠鏡とかあればもっとくっきり見えるのになぁ。そういや、能力の中に千里眼の能力があったっけ。<<クレアボヤンス>>だったかな? 使いどころがないって事はないだろうし、将来的には獲得してもいいかもなぁ。さすがにこの場で衝動だけで取得なんてことはしないけど。<<ポイントテレポート>>獲得したばっかりだからMPないしさ。

 

おー、さすがに港町だ。海岸沿いには何隻も大型の船が停泊しているのが見えるし、その先の湾の中では行き来している船も見える。俺の住んでいる辺りは街の入り口側に近い方で港とは反対側なので、まだ港は直接見たことないんだよね。あれだけの大型の船が何十隻も止まっている港なんて日本でも一度も見たことないから一度近くで見に行ってみたいな。配信としても映えるだろう。

 

その港から手前の方に視線をひくと、白い綺麗な海岸線が広がっている。

 

視線の行き先に気づいたのか、テイルさんがその海岸線が人気のスポットだという事を教えてくれた。

 

『海!海岸線!水着!』

『水着配信キタコレ』

 

水着配信は、まだちょっと踏ん切りが、つかないかなっ。事故も怖いしっ!

 

『テイルちゃん誘って遊びにいこうぜカズサちゃん』

『アキラさんもパストラに住んでいるんだよな? 誘って三人できゃっきゃうふふしようぜ!』

 

あー、そういえばアキラさんってもう戻ってきてるのかな? あの人<<ポイントテレポート>>使えるらしいから帰路は一瞬だろうし。大体の住んでいる場所は聞いているから、ちょっと探して訪ねてみようか。きゃっきゃうふふは関係なく、ちゃんとあの時のお礼も改めてしておきたいし。アキラさん明らかに実力者だったし同じ実力者のベルダさん知ってたりしないかな。帰ったら聞いてみよう。

 

パストラから俺達が今いる崖のふもとにまで伸びているであろう海岸線をずっと目でおってから、俺は視線を上げて今度は遠くへと目をやった。そこまで標高が高いわけじゃないから遥か遠くまで見えるわけではないけど、それでもパストラの周辺はわりと平坦な地形であるのでほどほどに見渡す事ができる。

 

俺はその景色をゆっくりと見渡してみるが──やっぱり見えないか。

 

「もしかして、地下遺跡探してる?」

「うん」

「地下遺跡は入り口そんなに大きくないし、さすがに無理だよ」

「だよね」

 

地下遺跡──正式名称はクアンドロ地下遺跡という。なんでも過去に存在したとある文明の遺跡らしいんだけど、俺としてはその文明自体はどうでもいい。なんでそこを気にしているかというと、そこが例の魔術生物がいるダンジョンとなっているのだ。<<ディスインテグレイト>>を覚えた俺が最初にいく事になる(予定の)場所である。

 

せっかくこういった場所まで来たんだし、出来ればどんなところかなーと見ておきたかったんだけど、まぁ仕方ない。テイルさんが大体どのあたりかってのは示してくれたけど、この距離ではっきりとわかる目印がないからよくわかんなかったし。

 

ちなみパストラ近郊にはもういくつかダンジョンがあるけど、そっちも入り口が見えませんでした。

 

「んー実物見て気合入れたかったんだけど。まぁいいや、頑張って<<ディスインテグレイト>>覚えよ」

「待ってるよん」

 

いつの間にかテイルさんの手は離れていたので、両手を体の前でぎゅっと握ってそう口にすると、テイルさんが俺の肩にポンと手を置いてそういってくれた。そういや<<ディスインテグレイト>>の為のMPの他にテイルさんとその相方さんを雇う用の費用も貯めなきゃいけないな。成功報酬なんてわけには当然いかないだろうし。

 

『そうだよね、頑張ろうね、コスプレ』

 

いや間違ってないけどさ……パストラについてから外出先が増えたし、夜もテイルさんとか同じアパートメントの住人と会話したり、人数が増えたせいで勢いが途絶える事のないチャット欄の相手したりしてるんであまり作業時間取れてないから、コスプレ衣装作れてないんだよね。その代わりに日常生活での服は手持ちのなかで出来るだけリクエストを聞いて選んでいるんだけどさ。

 

うん、言われた通り、コスプレ、というか衣装製作は頑張ろう。ファンタジー世界にきて何やってんの? というのは未だに思うが、ウチの主要コンテンツだ。目標のMPの数値を考えたら手は抜けない。

 

まぁそんな事を考えながらも、俺は目の前に広がる光景をゆっくりと眺めていた。この距離からだとあまりファンタジー世界特有って感じはしないんだけど(港の船くらい)、それでもこっちの世界でこんな見晴らしのいい場所に来た事はなかったので、なかなかに飽きない。

 

きゅるるるるる。

 

そんな時間に終止符をうったのは、テイルさんの方から聞こえた可愛らしい音だった。

 

音に反応して景色から目を離し彼女の方へ視線を向けると、彼女はお腹を押さえながらあははと笑っていた。

 

それで先ほどの音が何だったのか気づいた俺は、つられたように笑みを浮かべながら手に持っていた肩にかけていたバッグに手をおろして、告げた。

 

「頃合いだし、お昼にしよっか」

 

 



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お弁当たいむ

 

『女の子座り可愛いね……』

 

はいはい。

 

当然こんな場所に椅子やテーブルはないので、俺とテイルさんは持ってきたシートを敷いてその上に腰を降ろす。パンツルックのテイルさんは股をひらき片足を立てた行儀の悪い座り方をしているけど、膝丈位のスカートを穿いてきている俺がそんな座り方をできるわけもない。いや配信してなかったらしてもいいけどな。

 

なのでペタンと俺はそのまま腰を降ろしてアヒル座りっていうんだっけ? 正座から足を左右に広げたような座り方をしている。男の時は絶対にしなかった座り方だけど、なんかこの姿になってから妙に楽で気が付いたらしていたりするんだよな。まぁ普段は椅子とかベッドに腰かけたりしてるから、眠る前でベッドの上に載ってる時くらいだけど。

 

まぁこの状態でスカート巻き込んで座っておけば、突風が吹いても捲れあがる事はないので安心だろう。

 

今はそうやって向かい合って座って、昼食の最中だ。こうやって思いっきりアウトドアで人とメシ食うのっていつ以来だろ? 少なくとも学生時代以降はそんな記憶ないぞ。

 

昼飯は食べやすさを考えて、サンドイッチとかちょっとしたおかずがいくつか。テイルさんアクティブな子らしく結構ご飯は食べるっぽいので多めに用意した。飲み物もちゃんと用意してきてある。完璧。

 

その旨伝えると、テイルさんは「それじゃ、遠慮なく頂くね」といろいろ手を伸ばしてくれた。どれも美味しそうに食べてくれたので(というか口にもしてくれた)、結構嬉しい。こっちの食材や調味料はまだ慣れてないしちょっと不安だったけど、大丈夫だった。

 

しかし、こう自分の作ったものを美味しそうに食べてもらえると結構嬉しいね。自炊はするけどやるようになったのは一人暮らしするようになってからだし、それを人に振る舞うなんて考えたこともなかったなぁ。作ったのを見せるのは配信でしてるけど、あれは見せてるだけだしさ。

 

あーん? 何の話かな?

 

「ごちそうさま。美味しかった~」

 

結局多めに用意した弁当を、テイルさんはきっちり完食してくれた。でもちょっと後ろに手をついてお腹に手を当てているあたり、ちょっと食べすぎって感じかな? 残してくれても大丈夫だったんだけど。でも嬉しい。

 

「カズサちゃんってさ、料理もうまいんだねー」

「あはは、そこそこ前から自炊してたから」

 

一息ついて食休み、俺が渡した飲み物に口をつけながら言われた言葉に、俺はちょっとだけ頬が緩むのを感じながらそう返す。

 

勿論外食で食べるものに匹敵するほどのものじゃないってのは自分で理解してるし、何より簡単なものだから素材の味が強いんだけど、それでも目の前で完食してくれた上での言葉なので嬉しい。また作ってあげたくなってしまう。なので

 

「テイルさんがよければ、また今度振る舞うよ?」

「おおー、ぜひぜひ!」

 

調子に乗ってそう言ったら、彼女はコクコクと頷いてくれた。俺が勿論と返すと、彼女も満面の笑みを浮かべて……それからなぜか俺をじっと見て、一つため息を吐いた。

 

「? どうしたの?」

「いやねー」

 

いいつつ、彼女が飲み物に口を付けたので、俺もつられるようにカップに口を付けてお茶を口に含み、

 

「カズサちゃんって、本当に女の子って感じだよね」

「ぷぴっ」

 

噴出した。

 

「わわわ、どうしたの!?」

「な、なんでもない!」

「あ、スカートに……」

「……あちゃあ」

 

噴き出したお茶は見事にスカートの上に着地を決めていた。まぁ大した量じゃなかったし色の薄い飲み物だったからそれほど目立つことはないけど。洗濯すれば落ちるだろう。

 

「大丈夫?」

「大丈夫? てか急になに?」

「いや、料理上手いのって女の子って感じしない?」

「そうかな?」

 

料理をする男なんていくらでもいるだろうし、店舗の料理人とかも男が多い。だからそんな事ないんじゃない? というニュアンスを込めてそう首を小さく傾げると、テイルさんの言葉が続いた。

 

「それ以外も、普段の仕草とか、よく気がきくとことか、本当に可愛らしいんだよね。私が男の子だったら好きになっちゃいそうかも。 あ、今が好きってわけじゃなくてね?」

『告白きた?』

『まだだ、ステイッ、ステイッ』

『しかし、これは貴重な意見ですね』

『ああー、何の情報も知らない人がそう思っているってことはこれはもう完全に女の子ですわ』

 

ちゃうねん。

 

テイルさん、というか他の人、特にアパートメントの他の住人達と交流するときは変な疑念とか持たれないように、ちゃんと女の子に見えるように意識してるんですよ。だからテイルさんとかにはそう見えちゃうだけで、身どころか心まで女の子になっちゃったわけではないです、はい。

 

「ボクは見ての通りガサツだからさー。そんな自分が嫌いなわけじゃないけど、ちょっと憧れちゃうところはあるよね!」

 

『天然の美少女に憧れられるTS美少女』

『カズサちゃん、もう間違っても男に戻れると思わない方がいいよ』

『もうこうなったら男に戻ると大変な事になっちゃうよね』

 

確かに戻った直後はちょっと人前に出れない状態になるとは思うけど、今と同じでしばらくすれば慣れるから……

 

てか、そんな事よりもだ。

 

「いや、テイルさん滅茶苦茶女の子らしいですけど! 可愛いし!」

「……そう?」

 

実際問題外見は可愛いし、見た目はそうだし何より明るくてよくしゃべる、それでいて自分の方だけ一方的に喋るわけでもなくコミュ力高そうな感じで、特にすごくいい笑顔をする。

 

ウチのリスナーとか、すぐ惚れちゃいそうなの多そうだよね。

 

『なんだろう、今カズサちゃんにさらっとディスられた気がする』

 

妙に勘がするどい奴がいるな。……って、ん?

 

これまで俺達に降り注いでいた光が急速に陰ったのを感じ、俺は空を見上げた。

 

「ありゃ……」

 

俺達の見ていた側の反対側の方から、灰色の雲がこちらに向かって伸びてきていた。基本的に崖側に意識が行っていたのと、背の高い木が伸びているせいで気づかなかったな。

 

「あー、残念だけどそろそろ引き上げの準備した方がいいかな?」

「うん、そうしよう」

 

お互い立ち上がって、広げていたものを片付けていく。……と、その途中で頬に何か冷たいものを感じた。見上げると、わずかであるが水滴が落ちてきている。

 

「まだ、頭上には雲がそんなにないのに……」

 

天気雨という奴か。さっきこちらに影を作ったように、小さな雲がぽつぽつあるのでそこから降って来たか。あるいは風で飛んできたか。

 

「急ごうか」

「だね」

 

手伝ってまとめてもらったものを、鞄の中に仕舞っていく。が、その途中で体に触れる水滴の量が増えて来た。急に天気が変わりすぎだろう!

 

せっかくいい気分だったのに、やんなるわー。って、そんな事考えている場合じゃないな! 天気がよければそのまま歩いて帰るつもりだったけど、こういう状況になったら使える能力を獲得したからね!

 

「テイルさん、手を繋いで」

 

差し出した手に、テイルさんはきょとんとして首を傾げる。

 

「急にどうしたの?」

「雨が強くなってきたので、<<ポイントテレポート>>で一気に帰ります」

 

土砂降りになりそうな感じではないにしろ、雨足は徐々に強くなっている。衣服も濡れて、ところどころ肌に貼り付くのを感じた。

 

「ああ、成程」

 

頷いた彼女が俺の手を掴んだのをきっちりと確認して、握り返す。

 

<<テレポート>>の場合は転移先を意識する必要があるが、<<ポイントテレポート>>なら移動先は決定しているのでその必要はない。力を発動するだけだ。

 

「<<ポイントテレポート>>」

 

そう口にするだけ。それだけで一瞬の浮遊感と共に景色が一瞬で切り替わり、見慣れた部屋の中央に俺達は立っていた。

 

「おー、さすがにすごいね!」

 

見慣れた部屋のハズなのに、彼女はキョロキョロと周囲を見渡していた。<<ポイントテレポート>>はかなり高位の術のハズだし、体験するのは初めてなのかもしれない。

 

「便利だねぇ。ダンジョンとかでピンチになっても即時脱出できるし」

 

だなぁ。そもそも俺のこの能力のメインの獲得理由も危機回避のためだし。こういった便利な使い方は副産物だ。

 

「でもこの能力あって助かったね。ボクはまだしも、カズサちゃんさすがにその恰好で表は歩けなかっただろうし」

「へ?」

「ほら、白ワンピだから」

 

そういって下がったテイルさんの視線を追って、自分の体を見下ろす。

 

そこにはところどころ濡れて貼り付き、下の肌の色や身に着けているものが透けてしまっているワンピースが見えた。

 

……

 

「うわあっ!?」

「きゃっ、どうしたの!?」

 

 

気付いた瞬間俺は自分の方に向いていたカメラを掴み取り、思いっきり横に腕を振り切って自分の体を映らないようにした。普通であれば考えられない動きをしたせいで驚かせてしまったテイルさんが目を丸くしている。申し訳ない。

 

『眼福でした』

『ごちそうさまでした』

『ありがとうございます。今日誕生日だったんですが最高のプレゼントを頂けました』

 

サイテーだなお前ら!?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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久々のコスプレRP

 

メイドは割と楽だったな、と思う。

 

いや、別にメイドの仕事が楽だというわけではない。本業のメイドさん(現代にいるのか?)の仕事は決して楽ではないだろうし、某電気街とかにいるメイドさん達も客商売なのだから楽ではないだろう。

 

そうではなくてRPの話だ。

 

「お待たせ致しました、ご主人様」

 

そう口にしつつ優雅な仕草(少なくとも自分ではそう思っている)で、カメラの前にコトリ、と湯気の上がるカップを置く。その俺の姿に照れは全くない。

 

当初だったらこれくらいのセリフでも照れが出ていただろうが、様々な経験を積んだ今の俺にとってはこれくらい余裕である。決して慣れたくて慣れたわけではないが。

 

『美味しそうねぇ』

『え、紅茶だったの!? コーヒー淹れちゃった!』

『ディスプレイからいい匂いがする(断言)』

『なんだろう、カズサちゃんが入れてくれたと考えると砂糖いれていないのに甘い気がする』

 

コメント欄に明らかに上級者の方がいるのもいつものことである。事前に紅茶をいれると宣言してたので、手元に用意して飲んでいるのだろう。てか間違えた奴はちゃんと人の話を聞いていろ。

 

今日の俺のコスチュームは話に出した通りメイド服である。デザインは白と黒基調のクラシカルなデザインだ。ただしスカートは短め。はい、予算節約の為です。衣装作る時はリスナーが費用投げてくれるけど、今は<<ポイントテレポート>>の獲得で大分MPが枯渇しているから節約できる所は節約したい。

 

前回の透けブラ事件の時にある程度飛んできたけどな!

 

まぁ短いといっても膝の辺りまではあるし、セーラー服のスカートほどヒラヒラしていないから動く時にさほど注意する必要はないだろう。

 

ちなみに今回のRPはオーソドックスなメイドさんだ。非常に楽!

 

なにせ、冷静に考えるとこの辺の言動って別に執事とかとも対してかわらない気がするんだよね。であれば精神負担はさしてない。VRCでそういうRPは普通にやったことあるし。

 

実は今回もやる前にリスナー間の属性会議(そう呼ばれているらいし)が実施されてクール系やらバリキャリ系やらドジっ子系やらえっちなお姉さん系(これは選ばれてもやらんが)やら多種多様な属性提案があったんだけど、今回は全く皆の意見がまとまらなかったんだよね。なので、今回はオーソドックスなメイドさんでいかせてもらうことにした。

 

 

というかだ、セーラー服や巫女服の時はなんであんな特殊な属性で上手くまとまったんだよ。まぁ狐耳巫女の方はともかくセーラー服の方とか特殊過ぎておかしいだろ。

 

メイドだと思いつく属性とか派閥が多すぎてまとまらなかったのか? ま、こういうオーソドックスな職業キャラの方が楽でいいけどな。ただ特殊属性キャラの方が受けはいいので一長一短ではあるが。今回はまとまらなかったので仕方ないヨネ。

 

「で、次何しよっか」

 

いつも通り着替えた後は一通り全身を見せた後、「お帰りなさいませご主人様」とか「お疲れ様ですご主人様」とかリスナー希望のセリフをいって、その後に職業RPってことで紅茶を入れてサーブしたわけだが、他に何をすればいいのか。

 

メイドのイメージといえば店員か家政婦さんだが、店員的な行為は他に浮かばない。レジとかRPしても仕方ないだろうし。家政婦さんとしては単純に思い浮かべれば掃除洗濯炊飯だが配信に映るから部屋は常に綺麗にしているし、洗濯物は今朝がた片付けてしまった。炊飯はしてもいいけど時間が微妙だ、紅茶もそうだけど作ってリスナー向けに出したとして、最終的にそれを食べるのは結局自分なのである。最近夜はテイルさんがよく来るから昼間にやったんだけど。夕飯の時間まではまだ大分時間があるんだよね。作り置きしておいてもいいけど、出来れば冷めた食事より出来立てが食べたいし。

 

『えっちなご奉仕とか?』

 

スルーで。

 

『メスガキメイドプレイとか』

 

今からの属性の追加は受け付けません。

 

『膝枕で耳かきして欲しいなぁ~』

「……いやどうやって?」

『あれじゃない? 耳かきは別としてカメラを膝の上にのせてくれればそれっぽく見えるんじゃない? 私達からは』

「んー、それくらいだったら別に構わないけど」

 

リアルだったらしんどいアレだが、俺的にはカメラに映った自分の顔が見えるだけだ。なんてことはない。そう思って頷くと、

 

『マジで!?』

『よろしくお願いします!』

『ちょっと待って、準備するから!』

 

何の準備だよ。

 

──なんて聞いたらタブレットとかスマホを用意する時間だったらしい。結局数分まってから俺はベッドの上に移動して腰を降ろし(自然に女の子座りになっちゃうのがちょっとアレ)、その太腿の上の辺りにカメラを固定する。

 

「これでいい?」

『ああ、最高です……』

『神 ア ン グ ル』

『このまま眠ってしまいたいが、寝ると顔面に落ちて来たタブが直撃する悲しみ』

 

あれ痛いよな。

 

しかし胸が邪魔でカメラが見えないな。これだと今いる連中はともかく新しく来た連中に何事だと思われそうだから位置をちょっと直してと。

 

「顔見える?」

『大丈夫よー』

『二つのお山の向こうに見える美少女の顔って最高だよね』

 

アレな発言が増えて来たけど、まぁ許容範囲か。「あ゛~」みたいな書き込みが連続しているのがちょっと怖いが。

 

しかしアレだな、普段のはともかく膝枕とかだとそういうお店じみてる感じがするな? そういうお店行った事ないけど。まぁかなり喜んでもらえているようなので良しとする。スパも飛んでいるし、<<ディスインテグレイト>>覚えなきゃいけないんだから、これくらいなら頑張っちゃいますよー。

 

てか、もうちょっとサービスしてやるか。ふむ。耳かきは無理として、えっと……

 

俺は少し考えてから、カメラの少し上を撫でるように手を動かしてみる。

 

「どう?」

『いい……』

『なんだか眠くなってきた……』

『一瞬今昇天して、なんかの川が見えた』

『それマジで死にかけてない?』

『死ぬ前にちゃんと全財産カズサちゃんに投げておくんだぞ?』

 

いや、死なないでくれ。後怪しげな団体みたいなこというのはヤメレ。

というか、毎度のことだがうちのリスナーは大概チョロい。ちょっと悪戯心が湧いた俺は少し体を前倒しにしてカメラに顔を近づけようとして、

 

「ごめん、カズサちゃんいる!?」

「ぴやあっ!?」

 

突然扉を開いて部屋に入って来たテイルさんに驚いて変な悲鳴を上げた。

 

 

 

 

 

 




すみません前回投稿から間が大分空きました! 申し訳ない!

MPの増減に関しては次回以降の回で表記します。



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来客の用件

 

悲鳴と共に、座ったまま前傾姿勢となっていた体が跳ね上がる。

 

それによって上がった視線に飛び込んで来たコメント欄が目に入った。

 

『あれ、何も聞こえなくなったよ?』

『鼓膜ないなった』

 

結構でかい悲鳴上げちゃったからね。鼓膜は冗談にしても、ヘッドホンとかで聞いてたならダメージを受けたろう。すまぬ。でもこっちも好きで上げたわけではないので許して欲しい。

 

というかあれだ、女性しか住んでないしトイレとかが外だから部屋の鍵かけとかちょくちょく忘れるけど、最低限コスプレRPするときは鍵かけしとくべきだった。今度から注意しよう。あとさすがにノックしてくださいテイルさん。

 

「あー、可愛い格好してる~」

 

そのテイルさんはベッドの上に俺の姿を認めると、目を輝かせて黄色い声を上げる。

 

「やっぱり、カズサちゃん可愛いからそういう服似合うよね、いいなぁ~」

『おまかわ』

『元気っ娘メイドもいいものです』

『美少女メイドコラボ配信まだですか?』

 

確かにテイルさんも間違いなく似合うと思うけど、さすがに何もしらない相手を飯(というか能力)の種にする気はないからな? こうやって配信に映りこんじゃうのだってちょっと気になってるんだから。まぁさすがに映り込み回避は無理だからどうしようもないけど。

 

実はずっと別の世界に向けて配信してまーすなんて説明できないしなぁ。そもそも配信って理解してもらえるかもアレだし。あーでもテイルさんだんだん俺と過ごしている時ガードが甘くなってきているから、このまま行くと事故が怖いな。こないだの風呂の時みたいな事があったらシャレにならんし。なんかうまい言い訳を考えておくか……あるかなぁ。まあこれは後日雑談タイムでリスナーの皆に相談しよう。

 

それはそれとして。

 

「テイルさん、いきなりどうしたの?」

 

いまだキラキラ俺の全身を眺めまわしているテイルさんに、そう声を掛ける。

 

普段のテイルさんなら、さすがにノックもなしに扉を開けるようなことはしない。それに今の彼女の格好だ。今の彼女は、ところどころに皮や金属での補強が入った服を着ている。近接で速度を活かして戦うタイプらしい彼女が仕事の時に纏っている装備だ。何度かアパートメントに帰って来た時に着ているのを見たことがある。

 

着替えもせずそんな恰好で、しかもノックなしに飛び込んで来たあたり何かしら急ぎの用件があるんだと思うんだけど……?

 

「あー、そうだった。もう、突然目の前にカズサちゃんが可愛い姿見せるんだもん、頭から要件が吹っ飛んじゃうところだったよ」

『テイルちゃん、実は誑しでは?』

『確実に口説きに入ってますねぇこぅれわぁ』

『チャラ男が同じセリフ口にしたら腹パンしたいところだけど、テイルちゃんなら許します』

『もう結婚すればいいのでは?』

 

お前らすぐにそっち方面に話持っていきすぎ、そんなに百合が好きか。そもそも片方が俺だと百合(偽)だからな。

 

テイルさんは割と思った事をすぐ口にするタイプ(悪い方の失言っていうのはしないので、気を使えないタイプってわけじゃなくて、そういった事を口にするのに照れがないタイプなんだと思う)っていうのは短い付き合いの中でもわかってきているので、テイルさんは別にリスナー達が言っているような他意はなく、本当に思った事を言っただけだと思う。

 

本当に、思った……事を……

 

『あれカズサちゃんなんかちょっと顔赤い?』

『これは何かえっちな事を考えちゃいましたね。間違いない』

『カズサさんやーらーしー』

 

考えとらんわ!

 

全く……ただおかげで若干変な方向に流れた思考はリセットできた。感謝はしないが。

 

「ん、カズサちゃん顔赤い? 熱ある?」

「いや大丈夫。それで用件思い出した?」

「あーあーうん、思い出した思い出した。カズサちゃんさ、探索者組合(シーカーズーギルド)に登録済みっていってたよね?」

「うん、そうだけど?」

 

一切活動はしてないけどね。真面目な組合員は新しい能力を獲得したら自身の情報をちゃんと更新しているらしいけど、俺の場合は現状は仕事を受け付けているわけではないので登録時以降放置のままだし。<<ディスインテグレイト>>を獲得したらダンジョンいくからそのついでに更新しようとは思ってたんだけども。

 

「それで、それが何か?」

 

探索者組合(シーカーズーギルド)絡みの話であれば、何かしらの依頼がらみである可能性が高い。ただテイルさんは俺が戦闘能力ほぼ皆無なのは知っているので、そういった話ではないだろう。

 

となると<<ピュリファイ・スピリット>>絡みの依頼かな? でも辺境だったグリッドと違いこのパストラでは使い手が俺一人というわけではないと思うし、わざわざ俺の方に話を振ってくるかな?

 

後は<<ポイントテレポート>>も使い手少ないだろうけどこっちは逃げ以外に使えないからなぁ……ダンジョンとかの緊急脱出には使えるだろうけど、事実上それ以外はお荷物でしかない俺を連れて行くデメリットの方がでかいだろう。となると前者の方か──

 

「今ちょっと依頼関係で<<ポイントテレポート>>の使い手さがしてるんだよね。カズサちゃん手を貸してくれないかな?」

 

そっちだったかー。

 

 

 



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仕事の内容

 

コストが40万もするだけあって、<<ポイントテレポート>>の習得者は多くない。大都市であり数多の探索者達がいるこのパストラでもギルドに登録している人間の中で習得者は2桁に満たないそうだ。

 

というか<<ポイントテレポート>>習得者って国家に所属しているケースが多いらしいんだよね。成程確かに片道にはなってしまうものの緊急時の要人の移動に役に立つものね。というか移動するときにもう一人戻りのマーキングをしている術士を連れて行けば、用事だけ済まして即戻る事ができる。時短なんてものじゃない。一応制限距離はあるらしいけど、少なくともこの国の範囲内だったら収まるハズ。そりゃ国も喜々として雇いますわ。

 

それ以外のフリーの使い手にしても、高位魔術である<<ポイントテレポート>>なんてものを習得している以上基本的にかなりの実力者となるため、仕事やらなにやらでパストラを離れてしまっているケースが多くなかなか捕まらない(アキラさんもまだ戻ってきていなかったとのこと)。

 

なので、登録以降一切何の仕事も請け負っていない俺の所まで話が回って来たわけだ。

 

で、そんな仕事だからダンジョン行きか何かと思ったんだけど……話を聞いてみたら、街の中での仕事らしい。

 

「泥棒の捕縛?」

「うん、そうなんだ」

 

テイルさんが話してくれた内容をまとめるとこんな感じだった。

 

パストラには、魔石に関する事業でトップシェアを誇る商会がある。

 

魔石は、いわば電池だ。この世界では魔道技巧という技術がある。これはいわば俺たちの世界でいう科学技術なものだ。その動力源となるのがこの魔石である。

 

ただ現状だとそこまで複雑なものはなく、尚且つ魔石が高価な為そこまでは民間にはほぼ普及していない。使っているのは王侯貴族とか大商人とかそんな感じの人々だ。まぁ贅沢品だね。

 

パストラが拠点になっているのはこの国の流通の中心となっているってことと魔石が採取可能であるクアンドロ地下遺跡が比較的近郊にあるからだろうけど。魔石を採取できるゴーレムとかガーゴイルが魔法抵抗高い上に物理的にも固いから、よっぽどの高レベルじゃないと採取難しいんだよねぇ。そしてその高レベルの人間だったら他の仕事の方が稼げるという。

 

だからこそ俺にとっては狙い目なんだけど……

 

話がそれたな。

 

んで、その商会──アトランド商会っていうんだけど、そこの倉庫で最近何度か盗難が起きているらしい。

 

いや、街の警備隊の仕事じゃねって思うし、当然商会も通報はしており調査や巡回は行っているらしいんだけど成果が今の所無し。並行して警備増強はしているらしいんだけど、すり抜けて忍びこまれるらしい。

 

勿論警備兵をくっそ増やして死角をなくせば防げる(実際数日間そうしたらその間は盗難被害はなかったらしい)けど、警備兵だってタダじゃないわけでずっとその体制を続けるわけにはいかない。

 

魔石の側で監視すればいいのでは? と思うんだけど、魔石は本当に極微量の魔力を放出しているらしく、さすがに倉庫にある分量の側にずっといると魔力酔いみたいな状態になっちゃうらしいんだよね。

 

かといってばらけさせて保管すれば本末転倒だし。

 

そこで出た案が、わざと警備の穴を開けそこに誘いこんで犯人を捕らえる作戦。遠隔からその場所を魔術で監視し、出現した時点で<<ポイントテレポート>>で駆けつけ一気に捕縛するという作戦である。そのために<<ポイントテレポート>>使いを複数集めているという話だった。何せいつ出現するかわからないので、可能であれば交代制にして早期に事を片付けたいらしい。

 

「で、どうかな? 報酬はこんなもんなんだけど」

 

そういって掲示された報酬はそれなりの額だった。まぁ俺は例外だけど、<<ポイントテレポート>>取得者だと普通はさっき言った通り上位の実力者だし金はかかるよね。

 

正直報酬は文句ない。グリッドの街で貰ったお金も生活必需品の購入とかで大分心もとなくなってきているし、現状収入の宛てがリスナーからの投げ銭な俺にとってはこの臨時収入は非常にありがたいけど……

 

俺は差し出された資料から視線だけ上げて、上目遣いに彼女を見て懸念を口にする。

 

「あのさ、知ってると思うけど私戦闘能力はほぼ皆無なんだけど……」

 

そんな俺の言葉に、彼女は力こぶを作るようなポーズをして満面の笑みで答えた。

 

「大丈夫、カズサちゃんはボクが絶対守るから! 傷一つだって付けさせやしないよ!」

 

『トゥンク……』

『キュンキュンした?』

『表現が古くない?』

 

だから俺はそんなにチョロくないから! 後最後の奴は俺も同意する!

 

『てかさ、カズサちゃんのポジってどう見ても異世界転生したヒーローじゃなくて、ヒロインの方のポジションだよね?』

 

いうな! 俺もちょっとそう思っている節があるから!

 

『そもそも今メイド服だからなー』

 

それは仕方ないだろ!



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顔合わせ

 

「グウェン・ハスタルガードだ。今回はよろしく頼む」

 

そう言って差し出された手はとても大きかった。俺の手と対比するとさすがに倍とはいわないが、大人と子供位の違いはある。今の俺のサイズは元の男の頃だったよりも小さくなっているけど、元の俺のサイズよりも大きい。それに節くれだった固そうな、いかにも戦う人! って感じの手だった。

 

サイズが大きいのは手だけではなく、体のサイズも大きかった。縦にも、横にも。当然太っているわけではなく、鍛えられたがっしりとした体つきだ。身長の方は優に俺より頭一つ分は高い。さすがに200cmは超えてなさそうだけど、190cmは超えてそうだ。

 

「カズサです。よろしくお願いします」

 

言葉と共に差し出された手に握手を返すと、その無骨な見た目から予想はつかない程優しく握り返された。サイズが違いすぎて握られたというより、包み込まれたという感じがある。ちょっと力込められたら俺の手バキバキに折れそう。

 

最初にその姿を見た時は、正直驚いた。

 

港町パストラは探索者はいっぱいいるしいろんな人種もいるからこれくらいガッシリした人はそこそこ見かけるんだけど、どうも身長に関しては現代日本の平均身長より少し低いらしくてここまで大きい人はそうそう見ない。

 

何より、女性としても決して大柄とはいえないテイルさんの相方としてのイメージからは完全に外れていたので。

 

そう、彼、ハスタルガードさんは話に聞いていた、テイルさんの仕事上の相棒だ。

 

夜俺の部屋で雑談しているときとかにちょこちょこ話には出てたんだけど、具体的な容貌とか話に聞いてなかった。年が離れているとは聞いていたけど、二十代後半くらいだと思ってたんだよね。で、それくらいの年齢だとなると……ってちょっと警戒してた。ぶっちゃけ今の俺客観的に見て可愛いので、そっち向けの目で見られてたらどうしようかって。テイルさんの話を聞く限りそんな気配を感じさせる事はまったくなかったけど、もし粉掛けられたりした場合に普段なら適当にあしらえばいいんだけど、テイルさんの知り合いとかだと邪険にもできないかなって。ちょっとだけ、ちょっとだけ不安に思ってたんですよ。

 

そのちょっとの不安も無駄でしたわ。

 

今俺の目の前に立っているハスタルガードさんは壮年の男性だった。年の頃は40歳くらいかな? 体がめっちゃ鍛えられているから中年って感じはしないけど。この世界結婚や出産が現代日本よりくらべて早めだから、テイルさんから見ると親よりも年上なのでは? という感じがする。

 

ただまぁこれくらいの年齢で俺やテイルさんくらいの娘に不埒な視線を向けてくるのはいる。俺も女になって大分立つのでそんな目で見られているときはなんとなくわかる。けど、この人にはそんな感じは全くない。

 

本当に余計な心配だったみたいだ。ちょっと安堵のため息を吐く。自意識過剰かと思われるかもしれないけど、そこそこそういった視線に晒されてくると気になってきちゃうもんよ。

 

『良かったぜ、ここでイケメンが出てきて俺のカズサちゃんがNTRれたらどうしようかと』

『ストーカー思考の方はお帰りください』

『全くだ。だいたいまだカズサちゃんが枯れ専の可能性が』

 

ねーよ。元男でしかも枯れ専って特殊過ぎるだろ。

 

『でもこの人めちゃめちゃマッシブではあるけど、イケオジの部類だよね』

『こんなオジサマがバーとかやってたらちょっと通っちゃうかも?』

『バーの店長にしてはちょっとごつすぎない? どう見ても用心棒』

『すげぇ安心して飲めそう……酔ってやらかしたら死ぬけど』

『正直抱かれてもいいと思う。ちな男』

 

……なんかテイルさんとかアキラさんと同様にファンが付きそうだな……まぁ外見上のキャラ濃いしなぁ。

 

まぁでもちょっと話を戻そうか。

 

こうやって俺がハスタルガードさんと会っている理由だけど、単純にテイルさんの相棒として紹介するためだけではない。先日テイルさんから依頼された件に協力するためである。その為の顔合わせでそのまま仕事に移行する。

 

ちなみに俺とテイルさん達二人だけではなく、もう一組熟練?らしい30代くらいの男女ペアの探索者が一緒だった。てか面子のせいで俺とテイルさんがものすごい子供に見える気がする。まぁ実年齢にしても子供か、俺もこの三人に比べれば全然年下だし。

 

「それじゃ移動するか。えっと……カズサさんでいいか?」

 

無事全員の顔合わせを終え、ハスタルガードさんがそう声を掛けて来た。

 

顔合わせ自体は街の個室のある食堂みたいな所でやったんだけど、その後は別の所に移動して監視するそうだ。んでその前に今回の監視対象となる倉庫の所にいく事になった。俺の<<ポイントテレポート>>のポイント設置と、監視術の展開をしないといけないしね(こっちはストラダ夫妻……男女ペアの方は夫婦らしいが担当してくれるとの事。テイルさんとハスタルガードさんはどちらも戦闘系でそういった術は得意じゃないそうだ)。

 

「カズサでいいですよ」

 

問われた言葉にはそう返す。年齢的にはずっと上だし、ちょっと顔合わせるだけならともかくしばらく一緒に行動するとなるとさん付けで呼ばれ続けるのはなんかむず痒い。

 

「解った。俺の事もグウェンでいいぞ、呼びづらいだろ……はは、よく言われるから気にしなくていいぞ」

 

言われた瞬間ちょっとそう思っていた事が顔に出ていたらしく、それを見たグウェンさんは気持ちのいい笑みとともにそう声を上げて笑った。うん、最初のイメージで年齢差もあるし上手くコミュニケーションできるかな? と思ったけど、問題なさそう。よく考えればテイルちゃんと組んでるわけだし、若い女の子との付き合い方とか慣れたものか。いや俺に対しては若い男の子への付き合い方でも大丈夫ですけどね? どうもテイルさん含め最近女性と話す事の方が圧倒的に多いので女の子相手の方が話しやすくなってきちゃってる感じがするけど、ちゃんと男の時の感覚も残ってるから!

 

 

 




前回残MP:6030
今回増減:
スパチャ +95900(※メイドRP+前回からの経過日数分の増加分)
残MP:101930


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私にいい考えがある

 

「うあー」

 

うめき声と共に、俺は背中からベッドに身を投げ出した。

 

本当はね、うつ伏せに突っ伏したいところだけどね、それなりに豊満なお胸が邪魔だからね。

 

そのまま上に浮かぶコメント欄に視線を向ければ、『お疲れ様』という旨のコメントが一気に流れていた。声ではなく文章だけだけど、こうたくさんの人に労ってもらえるのは本当にありがたいね。

 

ちなみに『お疲れ様』なのは、俺が仕事帰りだからである。例のテイルさん達との仕事だ。

 

グウェンさん達の顔合わせから、すでにはや5日経過している。俺が疲れているのはそれが理由だ。

 

ぶっちゃけ肉体的な疲れはほぼない。

 

なにせ俺がやっている事はただ待つだけだ。現地で待機しているわけではないから監視をする必要すらない。対象が姿を現すまでは俺は何もすることはないのだ。まぁそれは監視魔術は使えないグウェンさんやテイルさんも一緒だけど。

 

ただ、それがつらいんだよな。

 

魔術による監視は3交代制だ。なおかつフルタイム遠隔監視をしておらず一定時間は現地に人を張り付けて監視させているらしいので、それぞれに割り当てられた時間は5~6時間前後だ。仕事時間としてはそれほど長いわけではなく、むしろ感覚的には短い方だと思う。前述の通りする事もないので、肉体的な疲労はほぼない。ないんだけど……

 

それはそれとしてつらいことがあるんだよな。

 

一つは、うん。なんというか、トイレだ。

 

俺の役目は対象が姿を現した時のメンバーの現地への輸送。当然対象を感知したら即座に<<ポイントテレポート>>して現地に駆けつける必要がある。なので基本皆が待機している場所から離れる事ができない。他のメンバーは最悪置いていけばいいが、俺だけはいないとそもそも移動できないので。

 

勿論仕事中なので、基本的にはどこか別の所へ行くという事はない。時間的には間に食事を挟まなくても問題ない位の時間だし、なんなら事前に用意しておけばいい。それ以外は仕事時間中にやることではないので。

 

ただ、生理現象だけはどうにもならないわけで。

 

もちろんね、事前に済ませてはいるんだよ? だけどほら……どうしても行けないときって行きたくなるじゃない?

 

一応待機している施設にはトイレもあるから、小の方ならそこまで時間がかからない。とはいえ、男に比べるとどうしても多少時間はかかってしまう。さすがに気にしすぎかもしれないけど、自分が用を足している間に対象が出現して、かつその場に俺がいなかったせいで取り逃がしたとなると洒落にならん。

 

トイレのせいでとり逃がしたなんて説明できるか。

 

なので早めの時間ならともかく、終了が近い時間ならいつも必死で我慢している。その結果若干具合悪く見えたらしく一度心配された事もあった。そっとしておいて欲しい。

 

……ギリギリまで我慢しすぎて、一度交代して解散した直後にトイレに駆け込もうとした時にカメラの固定を忘れて大変な事になることがあった。トイレに駆け込んで下着を下げようとする前に皆がコメント欄で突っ込んでくれている事にすんでの所で気づき、ギリギリセーフで対処した。危うくとんでもない映像を配信してしまうところだった。

 

尚、その翌日登録者のペースが一時的に加速したタイミングがあったんだけど、その直前でこのシーンの切り抜きがあわつべに上がっていたらしい。

 

おい。

 

まぁハプニングシーンの切り抜きが人気出るってのはよくある話だし、俺の間抜けさが流れただけでアレな姿は映ってないからいいんだけどさー。ただ何かを期待して登録した奴、俺はもうやらかさないからな?

 

 

ただここまで話しておいてなんだが、こっちはそこまで疲れる理由になったわけじゃない。メインの疲れた理由は、ストラダ夫妻の奥さん……アンナさんだ。

 

いやね、別に悪い人じゃないんですよ。むしろ温厚で気さく、付き合いやすい相手だと思う。

 

そこが問題だった。

 

なにせこの任務退屈だ。いざ何かあった時皆バラバラだと現場に即駆けつけられないので、俺程ではないにしろ他のメンバーも待機場所からあまり動き出すわけにはいかない。

 

比較的寡黙な人──例えばグウェンさんなんかは待機時間はあまり苦にならないらしく装備品の手入れをしたり本を読んでいたりして時間を潰していたが、アンナさんはあまり沈黙は好みではないらしくいろいろ話を振ってくる。テイルさんも人懐っこくてその話に乗るから、その結果もう一人の女……俺も話の中に引き込まれる。

 

別に俺は話す事は嫌いなわけじゃない。そんなだったら元々あわつべで雑談配信なんかしてないし。

 

問題は内容だ。任務の話や最近の話、パストラに関する話とかは別に何の問題ない。ただ話していると当然出身の話になるわけで。

 

俺がこちらの世界に来てからわずか2か月前後。直接見たこの世界はグリッドとパストラ、それにその間にあった宿場町しかない。一応そういった質問を受けた時の為にパストラに来てから図書館に通って術や能力の研究の片手間だけどグリッド方面の一部地域の情報を叩き込んだので、ある程度の受け答えはできるけど……所詮は文字だけで仕入れた知識だ、細かく突っ込まれるとボロがでる。なのでそういった話になった時は当たり障りのない、不用意な発言をしないように注意していたのである。そのせいで疲労してしまったのだ。

 

後はこれもちょっとだけだけど。

 

「皆、あんまり相手できなくてごめんなー」

『お仕事中だから仕方ないね』

『カズサちゃんが画面に映ってるだけでOKよ』

『気にしないでー』

 

これである。

 

待機中は他の人の目があるから、コメント欄の皆を相手するわけにはいかない。これまでは寝てるときを除けばこれだけ長時間全くコメント欄の皆を相手にしなかったことはなかった。

 

しかも対象が仕掛けてくるとしたら人目の少ない夜だろうということで、俺達が監視する時間夕方から早朝にかけてなんだよね。──配信のピークタイムである。それでもまぁ深夜──早朝帯にしたかったんだけど、諸々の理由によりこちらの担当は夕方からになった。夜~深夜じゃないだけましだったかもしれないけど……時間的に帰ってくると夜遅くなっちゃうからどうしても軽い雑談だけの配信になっちゃうんだよなぁ。日常生活配信だから常に面白い事をやれるわけじゃないけど、このスケジュールだと夜は殆ど大した事ができないから申し訳ないことこの上なくて、ちょっと心労になっている節がある。

 

「この仕事終わったらがっつりなんかやるからさー。見捨てないでね?」

『見捨てるなんてとんでもない!』

『期待して待ってる』

『無理しないでねー』

 

多分ご新規さんだと思うけど一部不満を示すような発言も見られる。そりゃそうだろう、全く反応しめさなさいし映像も屋内だから目新しい物はない。いい点は美少女が映っているということだけだ。ご新規さんの不満は理解できる。

 

だけど大半はこんな感じのセリフだ。正直あったけぇと感じる。……まぁでもこれに甘えすぎてもよくない。

 

『とにかく、早く片付いて欲しいよねこの依頼』

「だなー。早く犯人に動いて欲しいよ」

 

今の所犯人が姿を現す気配は全くない。仕事が続く分だけこっちも報酬が入ってくるので悪くはないんだが、ずっとこの状況が続くのは前述の通り個人的には芳しくない。

 

『もしかしてさ、監視魔術、感知できてるんじゃない? 犯人』

「その可能性が高いかもな……」

 

俺達が監視を始めるまでは人の目がない時はほぼ確実に盗みに入った形跡があったのに、俺達が監視を始めてからは一切動きがない。現地に人の目がない場所があるにも関わらずだ。そう考えられてもおかしくない。

 

『でも、そうなるとお手上げじゃない? ずっとこうやって監視を続けていく事も無理だろうし』

 

それは勘弁して欲しいなぁ。それに依頼者側としてもずっと警備を増加させたままではいかないだろう。グリッドもこのままだったら多額の費用を払っても国の方に依頼をするかもと予想していた。

 

そうすると、俺達に払われる予定の成功報酬もなくなるからなぁ。出来れば俺達の手で解決したいんだけど。

 

「なんかいい手ないかねぇ?」

 

なんとはなしに、そう口にしたところ。コメント欄にこんなセリフが流れた。

 

『ふっふっふ。私にいい考えがある』

 

いやそれ駄目な奴じゃない?

 

 

 



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カズサからのお願い

 

まぁ失敗フラグは立った気がするが(実はこれ本家はほぼ失敗していないんだけど)、聞いて損があるわけはないのでコメント欄に注視していい案のコメント主の発言を見逃さないように目をこらす。まぁ見逃しても皆のコメント見れば発言があったのはわかるので、遡ればいいんだけど。

 

俺が待ち状態に入ったのを感じ取ったかコメント欄の他のリスナーも「おうはやくしろよ」とかそんな先ほどの発言主をせかすコメントがガリガリ流れている。

 

これむしろ発言しにくいのでは? と思って眺めていたら、ちゃんと先ほどのコメント主が発言しているのが目に入った。

 

『カメラだよ』

 

すっごい簡潔だった。

 

と思ったらほんの少し間をおいて、長文コメントが投稿される。

 

『今こうやってカズサちゃんを映しているカメラって基本的にカズサちゃんを追随しているけど、場所に固定できるだろ? ほら、トイレに行くときみたいにさ。だからカメラを固定して監視すればいいんじゃないかな? 相手が魔術を感知できても、このカメラは感知できないんじゃないかな?』

 

──。

 

最初の発言でフラグを立てていたのであまり期待はしなかったのだが、思ったよりもまともな意見だった。そしてこれは、一考の価値があるかもしれない。

 

……なんかこっちに来てからこのカメラは当然身の回りにある物で、基本的に自分を映すものとして扱ってたから発想としてでてこなかったんだけど。

 

魔術を使用しているという事の感知は、そういった魔術を使わなくてもその使われている場所に居れば熟練の術者ならわかるらしい。ってのは図書館の本に書いてあった。

 

だが、このカメラは誰にも気づかれたことがない。相手に直接あたっても全く反応されないのだ。(ちなみにぶつかった場合押しのけられるようにカメラが移動する。相手を貫通しなくてよかったと思う。体の中とか映しちゃったらグロ画像だ)

 

そして何も考えずに使ってたけど、最近頻繁に俺の側にいるテイルさんやそれなりの術者であるハズのストラダ夫妻、そして明らかに実力者であろうアキラさんもカメラには一切反応しなかった。

 

という事はこの謎カメラ、こっちの魔術による物とは全く別物である可能性が高い。実際ずっと出しっぱなしにしても別に体力消費している感じがしないし。

 

そして直接的な気配に関しても、当然ないだろう。

 

これ、割とありな案じゃないか……?

 

『だがその手段には重大な欠陥があるぞ、同志よ』

 

俺の頭がカメラ使用案を採用に傾いていると、そんなコメントが流れた。

 

え。欠陥? しかも重大って……一体何が、

 

『監視中カズサちゃんが見れないんだぞ。しかも今の時間帯のままだとちょうど大抵の人間の帰宅時間だ』

 

……

 

えっ、それだけ?

 

『うわああああああああ死ぬぅ!』

『帰宅してカズサちゃんにただいまを言うのだけを心の支えにして仕事してるのにぃぃぃ』

『5時間くらい延々と路地が映されてるっての割と謎映像だよね。定点カメラかな?』

『初見とか何もしらずに見に来た奴困惑しそう』

 

あーいや、確かに問題か。ウチの配信の一番の売りが"大体どの時間に見に来ても俺が映っている"だからなー。トイレとか風呂とかの時以外は概ね映っているか何かしら喋ってるし、寝る時も映しているから席を外したとしても最長は1時間くらいだろう。

 

今回は対象が姿を現さなければ最長で6時間あまり、しかも他の人たちがいるからコメント欄にも反応できない。カメラはレンズを固定しても操作できる端末?のようなものは俺の手元にあるから音声とかは入るけど勿論常時喋ってるわけじゃないしリスナー向けに喋れるわけじゃないので、その結果数時間黒い路地の映像に偶に雑談の声が入るという謎映像が流れ続ける事になる。

 

うん、完全に初見バイバイだよね。

 

そう考えれば、確かに選びにくい選択肢ではあるんだけど……

 

「カメラ案、採用しようか」

 

そう皆に告げると、コメント欄が『えーっ?』というコメント欄で溢れかえる。まぁ先ほどの流れだと否定的な方向に向かっていたので当然だ。だけど、

 

「今の状態をだらだら続けるよりも、一度試してみた方がいいと思うんだ」

 

カメラ案、グウェンさん達にどう説明するかという問題はあるけど、それ以外には大きなデメリットがない。何か物を用意する必要もないし、例え結局標的が現れなかったとしても特に問題があるわけじゃない。出現するまで毎日やる、というわけにはいかないが、少なくとも一度チャレンジした方がいいだろう。皆は俺(やテイルさん)が映ってるだけでもいいっていってくれてるけど、そういうのはコア層のリスナーだけでライト層のリスナーや初見勢だとほぼ固定で部屋内を映しているだけで何の反応もしめさない配信者は微妙過ぎるだろう。一度引き受けた以上途中離脱はできないし、打てる手は打った方がいい。

 

「ただ、そうするにあたって皆にお願いがあるんだよね」

『お願い?』

『任せて! 何すればいいのかな?』

『なんや、おじちゃんにいうてみい(すっとクレカを取り出す)』

 

いや、スパチャが欲しいわけじゃなくて。欲しくないわけじゃないけど、今求めているのはそれじゃない。

 

「申し訳ないんだけど、映像のチェックを頼みたいんだよね。多分俺一人じゃ見落とすから」

 

感知魔法は対象が範囲に入ると術者は即気づけるらしいんだけど、目視の監視だと一人で見てたら確実に見落とす自信がある。

 

今この時間帯は視聴者は少なめだけど(しばらくは今の状態と伝えてはあるので)それでも数千の視聴者がいる。その中の数十分の一だけでも見ていてくれれば、見落とす可能性はかなり減るハズ。

 

「どう、かな? 協力してくれたら、お礼に後で出来る範囲でお願いは聞こうと思ってるけど」

 

カメラを掴むとちょっとこちらに引き寄せて、最近RPでやってて覚えた(というか覚えてしまった)あざとい仕草の上目遣いでそうお願いしてみる。

 

尚出来る範囲で聞くお願いは別に普段からやってるので特にリスナーにはメリットがないが、こういうのは言われると違うだろう。うん、大分俺も適応して擦れてきたな?

 

えてして、反応は?

 

『ヂュッ』

『任せて!』

『有給取って対応します』

『カズサちゃんも俺達の手玉の取り方をどんどん理解してきて嬉しいよ』

『あざとい、実にあざとい』

 

うん、一部の人には完全に感づかれてますね? まぁ協力してもらえるのは助かる。あとリアル生活には影響しない程度で大丈夫だかんね? 俺もちゃんと見るので。

 

『しかしこれは楽しみだぜ』

『お願いするの考えておかないと』

『カズサちゃんが何でもしてくれるって、これはもうワクワクが止まらない!』

 

いや何でもするとは一言もいってないからな?



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監視業務開始

さて、自分の中ではこの作戦は実行する事に決まったが、そもそも今回の俺の役目は協力者であり、勝手に実行する事はできない。グウェンさん達を説得する必要があった。

 

んで、結論から言うと実演してみたら採用された。

 

ストラダ夫妻に魔力感知を行ってもらいつつ、別室にいるテイルさんとグウェンさんの行動を当てるって方法を行ったんだけど、やはり魔力は感知されなかったらしい。

 

ちなみにこの能力に関しては、故郷の魔術の師匠だった人が教えてくれた技術という風に説明した。苦しいかなと思ったけど、これも通った。

 

この世界の魔術はゲームのようにただ呪文の名前を唱えたら発動するというものではなく(いや、俺限定で唱えるだけで発動してるけど)、きちんと体内で魔力を決まった形に練って発動させる。呪文の名前は最後の発動トリガーなだけだ。

 

なので、その魔力の練り方を変えれば異なる効果を発動させる事ができる。──まぁそうそう単純な話ではなく通常は単純に発動しなかったり、酷い時だと暴発しちゃうらしいんだけど、うまく行くと別の魔術が産まれるわけだ。

 

リスクは大きいから大抵の人間はやらないけどそういった事を研究している人数は国家所属にもフリーにも一定数いて、そういった特定の人間しか知らない術式というのもそこそこあるらしい。

 

まぁストラダ夫妻は術が発動しているのに魔力が感知させない技術がすごい気になっていたらしいけど、当然そんなものは説明できないので、"広まったりしたら不味い技術なので、説明を許可されていない"と謝罪した。

 

実際そんな技術あったらいろいろ悪用させられそだしね。例えば王族や高位貴族が参加するパーティーなどは防犯上の問題から魔術使用禁止になるらしいけど、そういった場所でも使えてしまうことになっちゃうからな。なんとか納得してくれた。

 

ただテイルさんを「そんな技術あったら覗きとかされ放題だよね。怖いなぁ」とちょっと不安がらせてしまった。知る限りは自分と教えてくれた人しか使えない技術なので大丈夫なハズと説明したら「そっかー」と安堵の息を吐いて「知っているのがカズサちゃんだけで良かったよー! カズサちゃんなら安心だもんね!」とか言われてしまった。

 

ざ、罪悪感が……。

 

ごめんなさい、一応テイルさんをメインで映すような事はしていないけど、部屋で雑談している時とかがっつり映っちゃってる時あります。その姿を数千、多い時は万単位の人間に見られちゃってます。その中には妙な懸想をしている奴がいる可能性もあります(リスナーへの若干の暴言)。

 

後過去に全裸映像を危うく映しかけちゃった事がありました。本当にごめんなさい。──直接口にだして謝る事などは無論無理なので、俺は心の中で五体投地からの土下座をテイルさんに繰り返した。

 

……今後はより一層カメラに映る映像には気を付ける事にしよう……

 

ともあれ、監視カメラ作戦は決行されることになった。

 

現地に行ってカメラを設置。ただ映像によるチェックだとあまり離れた場所は見落とす可能性があるので、感知術式は基本張ってもらった上で一部だけ穴を開けて、そこを監視する事になった。

 

そして、一時間、二時間と過ぎてゆき……

 

……いや、これ本当にリスナーの皆がいてくれてよかったわ。

 

やってみてすぐ気づいたけど、5分とか10分とかならともかく30分1時間も集中して映像をチェックし続けるとか無理である。映像を見続ける事はできるけど、しばらくたってくるとどうしても注意力散漫になってくる。見てはいるんだけど、認識できていないというか、そんな感じ。一人で監視していたらそんなタイミングで対象が現れた場合に見落としていたかもしれない。

 

が、今の俺には心強い味方──リスナー達がいてくれるのだ。

 

配信内容が配信内容だからいつもより人数は大幅に減るだろうな、と考えていたんだけど……何故か5桁います。本当に何故?

 

まぁさすがにその中でがっつり映像をみてくれている人はそんなにいないと思うけど、100分の1が見てくれているだけだとしても100人によって監視されているわけである。これは心強い。

 

おかげで、どうしても起きる生理現象を限界まで我慢する必要もなくなったわけで。

 

「……ふう」

 

トイレから出て、俺はため息をつく。

 

現地に到着したらいろいろ派手に立ち回る可能性もあるわけで、限界まで耐えた状態でそんなところに駆けつけたら大惨事になる可能性がある。そう考えて俺はきっちり用を済まさせて頂いていた。部屋出たあと小声でその間だけは特に注意深く監視しておいてね、皆信用しているからね、と。

 

カメラ、音声はレンズではなく手元にある端末でひろっているので、さすがにトイレには持ち込めないのだ。基本的にこの端末は体に追随してくるんだけど、その追従をカットする事もできるので、音を聞かれたら不味い時だけはカットしている。正直ミュート機能が欲しい。

 

「さて、急いで戻ろうっと」

 

カメラの端末の追従をもとに戻し、皆に小声で礼を言ったあと(映像がないからくちに出さないともうOKなのがわからないので)俺は足早に部屋に戻る。しかしこのタイミングで対象が出現しないのは助かった。むしろ早く出て欲しい状況ではあるんだが、このタイミングだけは困るからな。そんな事を考えながら、小走りに廊下を急ぎ、扉に手を掛けた時の事。

 

俺が応答をあまりできない事もあり、いつもに比べてゆったりしていたコメント欄の流れが一気に加速した。

 

『カズサちゃん! 出た! 出た!』

『標的確認。行動に移ってください』

『なんか黒い奴いるぅぅぅぅぅぅ!』

 



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犯人確保

 

俺は即座にカメラへと視線を向ける。

 

先ほどまでずっと変わらず同じ景色を映してきた映像に、確かにこれまでと異なる存在が映っていた。

 

まるで人の影がそのまま人となりかわったような真っ黒な異形の姿が──

 

それを確認した瞬間、俺はそれが一体何なのかなど欠片も考えずに目の前の扉を開き、叫ぶ。

 

「標的が出現しました!」

 

その声に対する返事はなかった。

 

部屋の中にいた4人は皆傍らに置いていた自分の武器を手に取ると、無言で部屋に飛び込んだ俺の元に駆け寄ってくる。その4人の姿に俺は両手を広げると、4人はそれぞれ俺の体に触れて来た。

 

グウェンさんは右手。アンナさんは正面から俺の肩に手を置いた。アンナさんの旦那さん──ジェスさんは左手を手に取る。そして背後にまわったテイルさんは後ろから俺のお腹の辺りに手を回し、ぎゅっと抱き着いてきた。

 

や、やわらかぁ……今や自分にもあるブツではあるが、当然自分のものを背中に押し付けるとかできないわけで……めったに感じる事のできない幸せな感覚である。

 

……ではなく! 

 

テイルさん、別に他のみんなみたいに触れているだけで良くてそんな密着する必要はないんですけど!?

 

<<ポイントテレポート>>は術士と接触、あるいは肌から10cm以内の距離に存在する術者が対象と認識する物を術者と一緒に転移させる(仕組みはわからないが触れている人間の装備までちゃんと一緒に転移する)。ただこの認識するというのが割と重要で、過去に転移先の事だけ考えすぎて転移先にまっ裸で移動してしまったという話を目にしたので、俺はこの辺に関しては細心の注意を払っている。俺の場合転移先がたとえ自宅であったとしても(アカウントの)死に直結するからね……

 

まぁそれはともかく転移だ!

 

「行きます! <<ポイントテレポート>>!」

 

術の発動を宣言すると同時。視界が一気に暗くなった。

 

周囲を照らすのは街灯と月の灯りのみ。だがすぐに明るくなる。ジェスさんが<<ライト>>を使用したのだ。それによって、周囲が一気に照らし出されて──闇に紛れ込むように判別しづらかった影人の姿が明確に映し出される。

 

それはやはり、影がそのまま立ち上がったような姿だった。サイズ自体は俺やテイルさんよりは大きいがグウェンさんよりは小さい。中肉中背の男性くらいだろうか。そんな姿のそいつは、倉庫の壁に手を突っ込んだような状態で止まっていた。

 

それに対して、真っ先に動いたのは意外な事に巨躯のグウェンさんだった。彼は<<ライト>>が付く前にすでに動き出しており、腰に下げていたハンマーを振り上げるとそのまま影人に殴りかかった……が。

 

「なっ」

 

勢いよく叩きつけられたハンマーが、まるで実体のない本物の影を打ち付けてしまったかのようにすり抜ける。その光景に思わず俺は声を漏らしてしまったが、当事者のグウェンさんは慌てる事もなくこちらを振り返る。

 

「──テイル」

「うんっ」

 

ただそれだけのやり取りで、テイルさんが駆けだす。まるで沈み込むように壁へとめり込んでいく影人へ向けて。

 

「<<レッグカバー>>」

 

彼女の口が言葉を紡いだが、特に何かの変化は見られない。だがテイルさんは勢いを殺さずそのまま突っ込むと、大きく体を翻し回転を加えた豪快な蹴りを影人に叩き込んだ。

 

「!!」

 

その一撃は、今度はすり抜ける事はなかった。彼女の蹴りは見事に影人の脇腹を捉え、体の半ばまで壁の中に埋まっていた影人はその勢いに負けて壁から引っこ抜かれたかのようにして吹っ飛ぶ。

 

その姿を確認したテイルさんが声を張り上げた。

 

「魔法は通るよ!」

 

……そうか! 先ほどのテイルさんの使った術は足に魔力を付与する術だったのだろう。グウェンさんの一撃でアイツが実体のない存在と判断して、即座に魔力を使った攻撃に切り替えたのだろう。さすがプロである。

 

そしてプロはストラダ夫妻も一緒だった。

 

蹴り飛ばされた影人は即座に体を起こすと、こちらに背を向けて駆け出そうとし……そして見えない何かにぶつかり尻もちをついた。アンナさんが張った<<シーリングエリア>>だ。攻撃を防ぐための結界ではなく、移動を防ぐための結界。それに移動を阻まれ、影人は無様な姿を晒す。

 

更にそこに追い打ちが掛かる。

 

「<<チェインバインド>>」

 

俺の前に出て手を突き出したジェスさんの手から半透明の鎖のようなものが出現し、瞬く間に影人のその体を縛り上げた。縛られた影人は抜け出そうとしているのかじたばたしているが、絡みついた鎖がほどける事はない。

 

……え? 終わり?

 

俺テレポートした後は驚き声上げる事しかしてないんだけど? とりあえず現地に着いたら足手まといにならないように即座に逃げなくちゃと思ってたんだけど、テレポートした後から一歩も動いていないんだけど? テレポートしてからほんの十秒くらいの出来事である。展開が早すぎて、思考すらおいつかせるのがやっとだった。

 

……これが荒事のプロかぁ。俺こんなんでダンジョン行って本当に大丈夫なのかな。

 

まぁとにかく。

 

俺達だけではなく多くの人間を振り回した魔石泥棒は、いざ見つかったらそれから1分もかからずに捕縛されたのだった。いやまだ魔石泥棒とは確定していないけどな。

 

 

 



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戦い終わって(戦ってない)

 

「ふあぁぁぁぁぁぁぁ……」

 

夜遅く。

 

日付も変わろうかという時間にようやく自室に帰って来た俺は、持っていたバッグをベッドの上に放り出すと、後を追うように自らの体もベッドに投げ出した。

 

『お疲れ』

『お疲れ様』

『おかえりー。夜遅くまで大変だったねー』

 

「ありがと、ただいまー」

 

コメント欄に流れる労いの言葉に、ヒラヒラと手を振りながらそう答える。

 

こうやってちゃんとした反応を返したのも7~8時間ぶりかな? 標的を捕縛した後はカメラは自分を映すように戻したけど、大体誰かと一緒だったから殆ど反応は返せなかったんだよね。

 

あの後、魔術で捕縛した影人は、依頼主の関係者立ち合いの元町の警邏に引き渡された。

 

縄で捕縛できないためしばらくはストラダ夫妻と他の監視チームの術士さんが交代で魔術で捕縛していたのでこの後どうするのかと思っていたが、どうやら不定形態の魔物(スライムとかな)を捕縛するための魔道具があるらしく、それで拘束できることが確認できたので、それで引き渡された形だ。この後国の方に管理が移りいろいろ調査が行われるだろうとのことだ。

 

その後俺達は依頼者とか警邏から聞き取りを行われて、ようやく解放されたわけである。ちなみにストラダ夫妻が映像記録を取っていたので間違いなく標的であろうと判断されて、報酬が払われる事になった。勿論実際に支払われるのは後日だけどな。

 

そうして、やっと自分の部屋へ帰って来たわけである。

 

『ようやく片付いたねぇ』

『作戦大成功だったな』

「本当にな。提案してくれた人にはマジ感謝だよ」

 

正直ちょっと眠いんだけど、テイルさんと一緒に帰って来たので部屋に帰ってくるまではほぼ反応できないせいかコメント欄がくっそ活発化している。こっちはもう大半の人間が寝静まってるであろう時間帯だけど、日本側……というかこういう配信を見る人間にとってはゴールデンタイムだからなー。なので眠いのは我慢してコメント欄から目に付いたコメントに返事を返していく。

 

このまま寝ちゃうと丸半日以上ほぼ反応なしになっちゃうからなー。24時間配信を売りにしている以上そんな訳にもいかんのですよ。……お風呂も入りたいけど、時間が遅すぎるし何より今の状態で入ったら確実にお風呂で寝落ちするので明日だな。

 

「それに今日は皆お手伝いマジでありがとなー。ほんと俺一人でみてたら見落としてからさ」

『任せて!』

『いやー、サポート妖精という名前に恥じない仕事ができました』

「? サポート妖精ってなんだっけ?」

『ちょ』

『これはひどい』

『カズサちゃんのファンネームだよ!』

「あー……ごめんね?」

 

当然こっちではSNSとか全くみれないから、自身のファンネームとか全く見かける事ないんだよね。たまに配信のコメント欄で使ってる人を見かけるくらい? だから全く実感がないのだ。とりあえず素直に謝っておく。

 

『目線があざとい』

『顔の角度があざとい』

『なんなら声音もあざとい』

『でもあざといと解ってても許しちゃう……』

『順調にリスナーを手玉に取るようになってて、お姉さん嬉しいわ』

 

そりゃみんなに鍛えられたからね!

 

毎日配信で皆と話して、更にいろいろRPさせられてば、皆がどんな感じにすると喜ぶのかもわかってきますわ。慣れてきたからこの程度なら最早照れもないしな。……前にも思ったけど男に戻った時がちょっと怖いが。先の事は先で考えよう。

 

『なんにしても無事片付いてよかったねぇ』

『これでようやく俺の帰宅時間にお帰りって言ってもらえる!』

 

あー、会社員勢は帰宅時間くらいだと監視業務中だったからな。皆の要望で朝と夜は定期的に「いってらっしゃい」「おかえり」を言うってのを続けてるんだけど、「いってらっしゃい」はともかく最近は「おかえり」は全然できてなかった。一人暮らしだとこのお帰りが結構嬉しいらしい。とりあえず明日からは再開するから安心してくれ。

 

『それにしても、未知の化け物ってちょっと気になるよな』

「未知っていっても、別の大陸では確認されている存在だけどね」

 

あの後、ストラダ夫妻やグウェンさんからちょっと話を聞いたんだけど。こっちの大陸ではああいったほぼ魔力で構成された怪物は見られた事がなかったらしい(同じ実体を持たないゴースト系とは別物の存在だそうだ)んだ。ただ以前街で聞いた別の大陸で現れた怪物が似たような存在だったということで、グウェンさんとかは何らかの方法であっちの大陸に現れた奴がこっちに来たんじゃないかと言ってた。

 

確かにこっちの監視術式をかいくぐる上闇に潜んでいればほぼ姿を認識できないであろうアイツなら、船に密航するくらいなんてことなさそうだしな……

 

『てかさ、以前ちらっと話題にもあがったけど。やっぱり未知の怪物の出現ってカズサちゃんがそっちにいった理由とリンクしてないかな』

『タイミング、一緒くらいなんだっけ』

「怪物と俺の転移の関連はなんともだなぁ。今のところ紐づくのはタイミングなだけで、それ以外にリンクさせる要素がない」

『だとしたらさ、過去に同じような事例がなかったか調べてみない? せっかく近場に立派な図書館があるんだしさ』

 

あー、成程、確かにそれは悪くないかも。今回の1件もこれで片付きそうだし、そうすれば時間が取れるから調べに行くかなー。とっかかりが少ないから調べるのに時間はかかりそうだけど、別段急いで調べる事でもないし。他の調べ物の片手間くらいに調べよっか。この世界の歴史を知る事自体はそれに関わらず必要だな。

 

ま、そういったのはおいおいか。

 

「ふあぁ……」

 

口から大きな欠伸が漏れる。

 

『おねむ?』

『限界近そうだよね。さっきからまぶたぴくぴくさせてるし』

『無理しないで寝ちゃっていいよー』

 

コメント欄からはそういった有難い言葉が寄せられる。俺としてはもう少し皆の相手をしておきたいところだけど……とりあえずいつ寝落ちしてもいいように着替えておくか。さすがに今の恰好のままじゃ安眠できないだろうし……寝間着に着替えて布団に入っちゃえば、後はそのまま寝落ちしてもいつもの配信と変わらずだからな!

 

自分でいっててなんだけど、本当に特殊なチャンネルだよな、ここ!

 

俺は体を起こすと、寝間着を引っ張り出す。下着は……明日朝一で風呂入りたいしその時に替えればいいか。服だけ着替えよ……

 

『ちょっとカズサちゃーん!』

『やばい、ヤバいって!』

『本心では先見たいけどストーップ!』

 

んあ?

 

さっきまでも流れのはやかったコメント欄だけど、それが更に荒ぶっていた。内容を見てみれば、大体皆

同じようなコメントをしていた。

 

えっと、『カメラ、カメラ!』とか『BANされちゃう』とか『自分の恰好確認して!』とかそんな感じ。

 

えーっと……

 

俺は自分の体を見落ろす。

 

胸元に伸ばした手は、二つ目のボタンに手を掛けていた。一つ目のボタンを外したことで、まだ下着は見えてないけど、胸の谷間は露出されてしまっている。

 

俺はカメラの端末を確認する。

 

その胸を半分くらい露出した俺の姿が映っていた。

 

…………。

 

「おっと」

 

俺は割と冷静な動きで、カメラの向きを外に向ける。

 

「失礼、眠くてちょっと頭回ってなかったわ、ありがと」

『失礼って事はまったくないけど』

『むしろ本当なら黙って見守りたいけど、それでBANになったら困るしなぁ』

『カズサちゃんのチャンネルがBANにされたら生きがいがなくなるから、血の涙を流しながら止めました』

 

下着まで脱ぐ気はなかったからさすがにBANはないと思うけど……あーでもちら見えじゃなくてがっつり着替えシーンが映るのは流石に不味いか? そう考えると止めてくれて助かったな。

 

それにしてもやっぱり眠い時は頭回ってない分いつも以上の注意が必要だな。今後はもっと気を付けよう……。

 

 

 

 

 

 

 



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浜辺にて①

 

その後数日を経て、報酬はきちんと支払われた。

 

数日開いたのは、あの捕まえた奴が本当に犯人かを確認する為だ。

 

国からも人材が派遣され検証された結果によると、やはりアイツは別大陸に出現した奴と同種だったらしい。体の大部分が魔力で構築されており、恐らく魔石に込められた魔力を吸収する事で己の強化を図っていたらしいとの事だった。ちなみに見解はやっぱり密航して来たのではないかとのことだ。

 

一応捕縛当日から数日は、事件が再発した場合に再依頼をするため仕事を入れたり遠出をするのは避けてくれとクライアントからいわれたけど(一応そのための待機料みたいのも払われた)、数日たって監視なしでも盗難が起きていなかったため犯人は間違いなくあいつだったと断定され、晴れて報酬と共にお役御免となった。

 

で。

 

ようやく全日フリーとなった俺は週末を待って、がっつりと企画をしての皆の相手をするにしたのだ。

 

ここ最近は本当に雑談しかしてなかったからなぁ。仕事の関係もあるからあんまり遠出もできなかったし。

ちなみに週末まで待ったのは一日使って企画を実行するためだね。

 

という訳で、ひさびさの大型企画である。久々っていうかがっつり一日企画して動いていたのって一番最初の頃、それこそ宣伝した直後の頃だけでは? って気がする。それ以降は概ね生活の延長戦配信だし……

 

一日配信をしているといっても、一日がっつりずっと彼らの事を考えて行動しているってわけじゃないからね。

 

まぁそんな訳で、今日は朝からお出掛けしてがっつりみんなのお相手しているわけである。

 

用意している企画は四段階。一日お相手するって話をした後にみんなの要望を聞いて決定したラインナップだ。

 

今はそのうちの2つをすでに終えて、俺は街から結構離れた浜辺に来ていた。

 

「ん、みんな食べ終わった? それじゃご馳走様しよっか」

 

浜辺の上に敷いたシートに腰を降ろし、コメント欄とその向こう側に見える海を眺めていた俺はコメント欄に食事の完了報告が結構な割合で流れてきたのを見てそう告げた。

 

そう、今も企画中である。企画名は「カズサちゃんとお昼ご飯」。俺とタイミングを合わせて一緒に食べるだけるのお手軽企画である。ちなみに安直すぎる企画名は俺考案じゃないぞ、リスナー考案だ。

 

「それじゃあ、一緒にな。せーの……ごちそうさまでした」

 

問いかけには『終わったー』というのが大部分だったので、俺は企画の締めとなる言葉と共に手を合わせた。少しだけ『まだ』という言葉も見えたけど途中合流の子もいるだろうし、今日は事前告知しての一日企画デーなので視聴者は1万超えじゃ利かない人数が来ているからさすがにきりがないからな。この後の企画もあるわけだし。

 

俺は立ち上がり、シートを片付けていく。俺自身は食べやすいサンドイッチを用意してきたせいで結構早く食べ終わっていたので、他の片付けはとっくに終わっている。

 

『それにしてもカズサちゃん、あーんには全く抵抗なくなってきたよね』

 

畳んだシートをバッグにしまっていると、そんなコメントが目についたので返事を返す。

 

「そりゃこれに関してはやたら頻繁にやってるからな、いい加減なれたよ」

 

大体晩飯の時はリクエストがあるからな。毎回反応しているわけじゃないけど、簡単に出来る事なのでちょくちょく答えている。……最初の頃は何やってるんだろうって気持ちにもなったが、今となってはないだ心で出来るようになっている。

 

『えー、カズサちゃんが照れを見せながらやってくれるのがいいのに』

『これは義務あーんですわ』

『義務あーん反対! 心を込めてお願いします!』

 

そう何度もやってればそりゃ義務でやってるような空気も出てきますわ。というか、

 

「じゃあもうあーんはしなくていいの?」

 

っていったっらコメント欄が土下座のAAとオネガイシマスって言葉で埋まった。よっわ。

 

『まぁ照れカズサちゃん成分は洋服屋の方で補充できたしオーケーオーケー』

「う゛っ」

 

変な声が漏れた。

 

『あー、あれ良かったねぇ』

『照れてるのも良かったけど店員の視線を気にしてめっちゃおどおどしてたのは、申し訳ないけどちょっと笑えた』

『あれまるっきり逆効果だよねぇ。店員警戒させちゃう』

「あーうるさいうるさい! 仕方ないだろあれは!」

 

本日の四段階企画の第一弾。「異世界おさんぽ紀行」──ようはいつもの街歩きと変わらないんだが、その中でせっかく収入入ったということで服を少し買い足そうとそのルートの中に服屋を組み込んだ。

 

自分で服を選ぶなら街の小さな服屋でいいんだけど、企画的には皆に選んでもらうべきだったので品揃えの多い大き目のちょっとお高いお服屋に入ったんだけどさー。

 

うん、皆の前で服を着てみせるのは初めてじゃないし、可愛い可愛いいわれるのは今に始まったことじゃないんだけどさぁ。

 

具体的にどういうポイントが可愛いとかきっちり説明されるのは、やっぱりこっぱずかしいんだよ! てかさ、お前らさ、そこまでがっちり繊細に相手の事褒められるなら外見美少女だけど中身男の俺なんかじゃなくてリアル女の子に言お? きっと喜ばれるよ?

 

……なんてことを言ったら、いやリアル付き合いのある相手に面と向かってはいえないと返された。チキン共め……いや、俺も男だし気持ちはわかるんだけどさ。

 

後不審者ムーブになってしまったのは仕方ないだろう。

 

配信という事を考えると皆の意見を聞く必要がある訳で、体に服とかを当てて見せたり聞いてみたりする必要があるわけで。ただ他の人は当然コメント欄とかカメラは見えないから……結果として虚空に向けて自分の姿を見せたり誰もいないところに話しかけたりしているように見えるわけで……まぁそれを気にして店員の視線を気にしすぎたせいで余計胡散臭くなっちゃったのは否定できないけどさ。

 

『でも可愛い服買えて良かったじゃん』

「俺としてはもっと動きやすい服が良かったんだけどな」

 

結局2着ほど買ったけど、皆が選んだのは普通に女の子向けな服だった。こっちの世界では現代社会に比べると男女の服装って結構別れてるので仕方ないんだけどさ。男向けの服を着てると目立っちゃうしね。一応旅人向けとかでパンツルックはあるけど、今回は仕事の協力のお礼もあって要望の多かった服にした。デザイン的には派手過ぎず、ちゃんと普段使いできるものではあるしね。あと客観的に見たら、うん可愛かったです、俺。

 

『てか次の企画はあの服着てやって欲しいんだけどなぁ』

『あー、わかるわかる。今の恰好もいいけど、次の企画は買った方の服がいいかも』

『カズサちゃん着替えない?』

「いやだよ、3回も着替えなきゃいけなくなるだろ」

 

今俺が着ている服はいつぞやピクニックに行った時と同じ白ワンピだ。そしてこの後四つ目の企画で希望されている格好である。しかもその企画が終わった後着替えなくてはならない理由もあるわけで。いくら俺が普通の女の子に比べれば外での着替えに抵抗は薄いとはいえ、こんな所で3回も着替えをするのは勘弁してほしい。そもそも面倒くさすぎる。

 

「ほーら、そんな事より次の企画いくぞー」

 

昼をちょっと回った時間だけど、最後の企画はできるだけ早い時間にやりたいのでとっとと俺は話を進めることにした。お腹がまだこなれてないけど……まぁなんとかなるだろ。

 

何せ次の企画が今回の中で一番やりたくない企画だからな! いやな企画は早くすませたいのである。

 

 

 

 



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浜辺にて②

 

「すぅ……はぁ……」

 

コメント欄を海側に向け、自身の体も海の方に向けてからひとつ深呼吸。

 

それから、ゆっくりと口を開けてカメラに向けて問いかけた。

 

「それじゃリクエストどうぞ」

 

企画第三弾──それは歌枠だった。

 

以前から要望はあったんだけど、俺は元々そういった事をする配信者じゃなかったから歌唱力に自信なんてものはまったくないし、音源もないからずっと拒否していたんだけど。

 

今回『なんでもするっていったよね!?』と押し切られた。

 

ちなみに俺は一言も何でもするなんてことは言っていない。出来る範囲でお願いを聞くといっただけだ。ただじゃあ歌枠が出来ない範囲かといえば、決してそんなことはないからな。音源無しの素人歌唱でもみんなが聞きたいというならまぁ、という感じだ。

 

ちなみにこんな場所まで出張ってきている理由の一つもこの枠の為だ。

 

鼻唄程度ならともかくちゃんと歌うなら当然アパートメントの自室で歌うわけにはいかないし、街中ではもっとそんなわけにはいかない。規模も大きいが人口も多いパストラじゃぁ屋外で人が来ない場所など殆どないからだ。そんな場所で特にうまいわけでもない歌を披露していたら否が応でも目立ってしまう。

 

なので、海である。

 

街からそれなりに離れた場所なら、どれだけ大声を出しても誰にも迷惑がかからない。場所としてはうってつけだろう。

 

とりあえず事前に枠の内容と歌える範囲は伝えておいたので、俺がそう口にするとコメント欄に一気に曲名が流れ始める。……本来はこういうのはSNSとかで募集したりするんだけど、俺SNSは見れないからな……コメント欄から拾うしかない。救いは結構範囲を絞って伝えていたから、ある程度同じ曲名が多く書き込まれているところか。

 

ちなみに俺が絞ったのは数年前の有名曲と特定のPのボカロ曲だ。

 

ここ最近はあまり音楽を聴いていないので最近の曲はわからないが、学生時代ならカラオケとかもちょくちょくいってたので数年前なら人気曲はそれなりにいける。ボカロ曲に関してはそれほど聞いているわけではないが、特定の何人かのPの曲ならよく作業時のBGMにしていたのでこっちも行けるはずだ。……まぁ歌詞がちょっとあやふやなところもあるが、別に多少のミスは皆もとやかくいわないだろう。

 

んで、リクエスト来ている曲なんだが、一番多いのは……

 

「いや新歌ユキの消失は無理だって! 高速詠唱の曲じゃねーか!」

 

ボカロ初期とはいえ非常に有名な曲だし当然知ってるけど、あれ人が歌う曲じゃねーよ! そもそも俺はそこまで活舌よくないので途中で噛む。間違いなく。

 

それ以外にもいくつか高速詠唱系の曲があったけど無視する。えーと、他には……ああ、これがいいな。

 

「感傷マゾヒスト、これで行こう」

 

同じくボカロ曲だがこれはそこまでテンポも速くないし、よく作業用BGMで聞いた曲だ。キーも普通に歌えるレベル。滅茶苦茶有名なわけではないけど、まぁいいだろう。俺は改めて一つ深呼吸をすると、ゆっくりと歌いだす。

 

常時配信だから当然がっつりと事前練習する事もない本番一発勝負だったのでちゃんと声がでるか不安だったが、幸い声が震える事もなく問題なく歌えている事に安堵する。

 

そうしてたっぷり4分前後の曲を歌いきり、一つ大きく安堵の息を吐いてから俺はコメント欄に向いた。ちなみに歌っている最中は一切コメント欄はみなくなった。突っ込みたくなっちゃうし、そのせいで歌詞が頭から飛びそうなので。そのかいもあってか、(多分)歌詞の間違いもなく歌い終えられたと思う。

 

「……どうかな?」

 

感想はっと。

 

『いい! 可愛い!』

『すごく良かったよ~!』

『めっちゃ良かった!』

 

うん、この辺はいつも通りだね。だけど歌自体の評価は?

 

とりあえず企画の趣旨としては皆が喜んでくれればそれでいいわけだけど、気になる事は気になる。

 

俺はちょっと否定的な意見を探してみると、大量の賛辞のコメの中でもいくつかは見つける事が出来た。ええと……

 

『やっぱり機材と音源が欲しいねぇ』

『機材ないし声量もうちょっと欲しいな』

『音痴じゃないけど、技術的には普通な感じ』

 

あー、そうだろうな。

 

この辺は自分でも感じていた事だし、別にあまり言われてもどうも思わない。俺はボイトレとかをしているわけでもないし、勿論過去に声楽とかをやっていたわけじゃないから声の出し方とかちゃんとわかってないしな。更に機材音源なしのアカペラだから一切ごまかしが効かない。

 

実は歌が上手くなる能力とかないかな? ねぇかそんなもの。

 

『たださ、声の暴力感はあるな』

 

ん? 声の暴力?

 

『とにかく声が強すぎる。技術とか機材とかの不利な点を声質で殴り倒されてくる感じ』

『今の状態でこれだと、ボイトレちゃんとしたらどうなるんだろ』

『次回歌枠待ってます』

 

次回歌枠は未定です。てかまだ一曲しか歌ってないのに終わった空気醸し出している奴いるけどいいのか?

 

ちなみにこれに関しても言われて見ると、という気はする。

 

自分で言うのもなんだけど、なんというか耳触りのよい声なんだよね。それでいて良く通る透明感のある声というか。人の好みはいろいろあると思うけど、結構この声好きな人多いんじゃなかろうか。

 

その後も何曲かリクエストを受けて歌ったけど、その後も概ね好評だった。まぁ基本ファンの人が大部分だから贔屓目評価だとは思うけど。

 

「よし、ここで歌枠終わり!」

 

そう宣言すると、コメント欄でもっと続けてとかそういったコメが滝のように流れるけど、さすがにちょっと無理だ。これ以上続けると喉が死ぬ。音源がない分できるだけ声を張って歌ったせいか、もう結構キテたりするのだ。

 

その旨を伝えると概ね皆納得してくれたので、改めて俺は歌枠の終了を宣言し、水筒から水分補給をする。あー、美味い。

 

次回歌枠は……まぁ気分次第で。ただ皆からのリクエストが多ければ配信者としてはやらないとなぁ。枠終了と共に一気にスパ飛んできたし。これを見るともうやりませんとは言えない。

 

まぁとにかく今日はこれ以上は無理だ。最後に残っている企画をガラガラ声でやる訳にもいかない。ある意味一番期待されている企画だろうしなぁ。

 

「次の、というか今日最後の企画にいくぞー」

 

『おー、歌枠終了は残念だけど待ってました!』

『これのために今俺は浜辺に来ています』

『浜辺で白ワンピ! いちゃらぶデート』

 

そんなこっぱずかしい企画名を付けた記憶はない。

 

 

 

 

 

 



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浜辺にて③

 

「しかしまぁ、ウチのチャンネルの視聴者平均年齢が高いのが発覚したな」

 

そう呟いたら大量の『何で?』というコメントが流れたので、モデリングツールから事前に作成しておいた麦わら帽子に似た形状の空色のリボンのついた白い帽子を出力しながら答える。

 

「いや……だってこれ、昭和センスじゃない?」

 

地面にふわりと落ちたそれを拾い、軽く砂を払ってから頭にかぶる。

 

今の俺の恰好は白ワンピに今出した帽子、足元はサンダルである。

 

外でやれるコスプレって事で、周囲に人がいない場所とは言えさすがにあまりに目立ちすぎる恰好はNGにして、あと水着Onlyも事故が怖いのでNGにしたから選択肢は少なかったかもしれないんだけどさ、それにしたってベタ過ぎない? って思う。浜辺で美少女がこんな格好って、読んでた漫画に出てくる昔のドラマとかの描写でしか見た事がない気がする。

 

『カズサちゃんそれは偏見だよ』

『高校生だけどアリだと思います』

『いつの時代でもよいものはよいものです』

「そんなもんかねぇ」

 

ま、俺としては楽な恰好だからいいんだけどさ。普通に外歩いて行ける格好だし。女性の恰好に完全に慣れてしまった今となっては、この程度の恰好なら恥ずかしいところは何もない。

 

とにかくこれで準備は完了したので、本日最後の企画に突入だ。

 

俺はカメラを自分の横に配置させる。……そう、ちょうど横を歩いているくらいの位置だ。

 

今回のコスプレリクエストはさっきのコメントの通り(タイトル自体は捏造だったが)「白ワンピで浜辺デートRP」である。

 

正直場所が浜辺である以外は散歩とあまり変わらないんだが、『いつもより甘い雰囲気で』って要望がなぁ~。恥ずかしい云々の前に甘い雰囲気なんてどう出せばいいんだよ。

 

まぁ、なるようになるかぁと俺はゆっくりと歩き出しながら、

 

「えへ、いい場所だよね、ここ」

 

と笑みと共にカメラに語りかけた。若干上目遣い気味に。

 

『ヴッ』

『こんなデートをしたい人生だった』

『景色よりキミの方が可愛いよ』

 

あー、まぁよさげな感じか、じゃぁこんな感じでいこう。後一番最後の奴、お前そのセリフ現実でもいってみろ。

 

そのまま俺は浜辺の波打ち際をゆっくり歩きながら、こまめにカメラの方に顔を向けて雑談を進めていく。カメラの方に顔を向ける時は出来るだけ笑顔にすることを念頭に置いて。喋る話題はまぁ雑談だが、楽しそうに見えるような反応を見せる。突っ込みは封印だ、すっげぇむずむずするけど、突っ込みなんかしたら甘い雰囲気(になってるかは知らんが)吹っ飛ぶだろ。

 

後、時折カメラに顔を近づけたり、腕を組むような仕草も見せてやる。俺も慣れたもんだ、この程度のロールプレイならまるで抵抗がなくなってきたぜ! どんどん危険な領域に足を踏み入れている気がするけど! 今は視聴者受けが大事なんだから、余計な事は考えない!

 

そうやってしばらく雑談しつつの散歩をすると、浜辺の終わりが見えて来た。この先はテイルさんといった断崖となっているので、これ以上は歩いては進めない。

 

さすがに折り返して続けるのもアレだし、当初の予定通り後は締めのRPをして終わりにしよう。

 

俺は歩みを止めて、サンダルを脱ぐと波打ち際に置く。……これ忘れていったら、あらぬ疑いがかかりそう。いやこっちの世界では、そういったアレの仕方があるのかしらんけど……靴に履き替える時忘れないようにして、と。最後にワンピースの裾を手に取って、膝上くらいの丈になるように縛った。

 

「……っ」

 

打ち寄せる波の中に足を進める。……さすがに冷たいが我慢してじゃぶじゃぶと進む。うぐぐ、この要望を出した奴の顔をひっぱたきたい気分になってきたが、これもMPの為。

 

波の高さが俺の膝下くらいまでいったところで一度足を止めると、カメラを固定してその向こう側に回りこむ。そして体を前に倒すと、水を掬い取ってカメラへ向けて放った。

 

「ほらっ、冷たいでしょ? あははっ! ねぇ、キミもこっちにきなよ?」

 

冷たい水に足と手が触れているのに、カメラに映る俺の顔は紅潮している。

 

勿論、恥ずかしくてな!

 

いくつものRPをこなし、徐々に恥じらいというものをなくしつつある俺ではあるが、さすがにこれは恥ずかしい。

 

だって、あれだよ? はたから見ると俺虚空に向けて笑いながら水ふっかけて一人でキャッキャウフフしているんですよ? 客観的な目で見たら狂気でしかない。見ている人はいないのは解ってるけど、それでもかなりクルものがある。正直このシチュエーションを最初に提案した奴は禿げればいいと思う。スパチャ投げた後で。

 

「うわっ!?」

 

──なんてことを、足場が悪い場所で考えながらいたのが不味かったのか。

 

後方からやってきたやや強めの波に足を取られた俺は、バランスを崩してしまった。その結果は当然……大きな水音を立てて波の中へ背中からダイブである。水深が浅いし手をつくのが間に合ったのでなんとか

お腹の辺りまで濡れるだけで──

 

「わぷっ!?」

 

……訂正。後方から来た波を被って、胸元までがっつり濡れた。というか俺の体に当たって跳ね上がった水で後頭部もちょっと濡れた感じがある。うぇぇ。

 

とにかくとっとと立ち上がるか……

 

『あ、ちょっとカズサちゃんそのまま立ったら不味くない?』

『下付けてなかったらアカウント消されちゃう!』

 

いやこんな白ワンピ着るのに下付けてないハズないだろ。基本事故が怖いから基本下着はつけてるわ。

まぁ今日は下着じゃないけど……

 

「とりあえず、ここまででいいよな? ここまで濡れたらさすがにすぐに着替えたいし」

『早く着替えて着替えて、風邪ひいちゃう!』

『てかカズサちゃんめっちゃ下透けちゃってるんだけど』

『●REC』

 

おい、最後の奴。

 

てか、濡れる可能性があるんだからちゃんと対策してるっての。

 

「ご心配なく、下は下着じゃなくて水着だから」

『なん……だと』

『あー、そーいえばなんかモデリングしてたね。下着かとおもってたけど』

『てか水着着てたならなんで水着撮影会させてくれないんですか!?(血涙)』

 

濡れてもいいような対策で用意しただけだからだよ。それに水着メインだと当然海の中に入る事になるだろうから、そうなると事故が怖い。今日だってここまで水に浸かるきがなかったし……

 

『でもこうやって見ると下着でも水着でもあまり変わらない気が』

『ごちそうさまでした。ごちそうさまでした』

 

うんまぁそうなんだけどね。あまり言わないでね。てか予算節約の為ビキニタイプにしたけど、ワンピースタイプにすればよかったかな……それなら事故もないもんな。ただ水着用に見つけた防水の素材大分値段張ったからなぁ……

 

はぁ、とため息を吐きながらコメント欄を見ると今日一でスパチャが飛び交っていた。やはりエロコンテンツが強いか、と思いながら俺は海の中から上がる。

 

……うーん、全身べたべただな。ここまで濡れちゃってるなら……もういいか。

 

俺は腕を上に掲げると、術の名前を唱えた。

 

「<<クリエイトウォーター>>」

 

頭上に水を生み出し、それをつついて頭から水を被る。これで半分くらいしか濡れていない髪の毛までずぶ濡れになってしまったが、塩水で濡れたままよりはいいよな。

 

後は持ってきたタオルで体を拭いて着替えかね。とりあえず荷物の所に歩み寄り取り出したタオルで髪だけ軽く拭う。……濡れたワンピースも脱いじゃうか。とりあえず、カメラは上に向けよう。そうすればどんだけ間違っても俺が映る事はないし。……いや、水着だから映っても大丈夫だけどな?

 

『あ、カズサちゃんちょっと待って』

 

……ん?

 

コメント欄の皆が、カメラ戻してーと言っている。

 

「……いや、映さねーぞ? 着替えるんだから」

『そうじゃなくて』

『誰か映ってた気がする』

『林の方に人影があったよ』

 

 

え、いや、そんなことないだろ? 林の方に人影なんて……

 

そう思いつつも俺は林の方へ視線を向けて──

 

一人の女性と目が合った。

 

 

 

 

 



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再会

 

砂浜に沿うように並び立つ林の木々の一つのもとに立つその女性は、見おぼえのある姿をしていた。

 

銀色の髪に菫色の瞳。以前はポニーテールに結い上げていた髪は、今は腰までストレートに流してある。

 

俺よりも背の高い、美しい女性。時間にしたら顔を合せた時間はほんのわずかにすぎない彼女は、このパストラに辿り着く前に会った人間の中では尤も鮮明に印象に残っている。

 

「アキラさん……?」

 

俺がこの世界で最大のピンチに颯爽と現れたヒーロー。彼女がいなければ俺はいろいろな物を失うところだった。忘れるはずがない。

 

だけど、何故彼女がこんなところに?

 

そう思ったが、すぐに彼女がパストラの住人であることを思い出す。先日の一件の時にはまだ戻っていないようだったが、戻って来たのか。

 

──いや、そうだとしてもやっぱりこんなところにいるのはおかしいって。

 

街の側ならわかるが、ここは街から離れている。街と街を繋ぐ街道からも離れているから、ちょっと立ち寄るような場所じゃない。あえていえばこないだテイルさんと一緒にいった崖の上に繋がる道が近くを通っているから、そこに向かう途中だった可能性はあるけど。

 

そんな思考にとらわれる俺と視線があった事に気づいたアキラさんは、真顔のままこちらへと近寄って来た。

 

俺はそんな彼女の姿を呆然とみながら、

 

「……くしゅっ!」

 

くしゃみが出た。

 

『カズサちゃん、とりあえず頭拭いた方がいいのでは?』

『着替えも早くした方がいいかも。セクシーだけど風邪ひいちゃう』

 

そうだね。なんで俺は着替える場所に行く前に水被ったんだろうね……

 

そんな事を考えている間に、アキラさんは俺の前までやってきた。そして、ゆっくりと俺の方に体を伸ばしてきて──

 

『<<ドライ>>』

「うわ!?」

 

彼女が俺の服に触れた瞬間、一瞬でずぶ濡れだった服の水気が消えた。

 

彼女は突然自分の服に対して起きた事に慌てる俺を見て、ようやくその真顔を崩しクスリと笑った。

 

「真夏じゃないからそんなずぶ濡れじゃあ風邪ひくわよ。服しか乾かせないからまた濡れちゃうかもしれないけど……」

「あ、はい。ありがとうございますアキラさん」

 

<<ドライ>>はあくまで衣服を乾かす魔術のため、それ以外には使えない。人体とかに使うとお肌や髪に多少の悪影響が出てしまうのだ。なので俺の体や髪は濡れたまま。乾いた服も再び湿っていく……が、さきほどのずぶ濡れの状態よりははるかにましだ。

 

てか<<ドライ>>やっぱり便利だな。あんまり多用すると生地がちょっと傷むらしいけど……<<ディスインテグレイト>>と<<ヒール>>覚えたら、やっぱり覚えようかな?

 

「あら、覚えててくれたのね。カズサちゃん、だったわよね」

「はい。その節はどうも」

 

うん、やっぱりアキラさんで間違いなかったようだ。てかこんな美人そうそう見間違えない。

 

「ここにいるって事は、温泉で言ってた通りパストラに住むことにしたんだ?」

「ベルダさんという方の所を借りる事にしました」

「あー、あの人の所なら安心だね」

 

あ、やっぱり知ってるんだ。

だが、アキラさんはその言葉の後に「でも」と続けた。

 

「貴女は本当に気を付けないと。ここは早々変な奴いないと思うけど、それでも不用心よ。見ている私にもなかなか気づかなかったし」

「なかなかって……」

 

え。もしかして。

 

「いつから、みて、ましたか」

「ちょうど歌が終わった辺りかしら」

 

結構前ぇ!

 

え、ちょっとまって、ということは"アレ”最初っから全部見られてたって事!? てか全然気づかなかったんだけど! どんだけ間抜けなんだよ俺! そもそもアキラさんも元早く声を掛けてよ! そこそこの時間やってたんだけど!?

 

うう、顔が火照ってくるのを感じる。カメラ越しに見られるのはもう大分気にならなくなってるけど、リアルで見られるのは違うんだよ……相手の顔が見えるからさぁ……

 

「……顔赤いけど大丈夫?」

「ダイジョウブデス……」

「そう? ところで聞きたいというか、聞いていいのかわからないんだけど」

「ハイ」

「……さっき何してたの?」

「……」

 

まぁそうなりますよね!

 

『はたから見てると、明らかに怪しい人だもんね』

『歌の所だけだったら説明しやすかったんだけどね』

 

そうだな。

 

『演技の練習してたとかいっておけばいいんじゃないかな?』

 

そ・れ・だ!

 

さすが俺のサポート妖精! ただ俺は勿論演劇なんてやってるわけではないのでそこを聞かれるとややこしいことになりそうだから、ちょっと捻って。

 

「実は海見てたら好きな小説のシチュエーション思い出しちゃって! なんかその時小説イメージして演じてみちゃったんですよ、あはは」

 

これでいいだろう。ちょっと夢見がちな痛い子と思われそうだけど、それはどうにもならんので甘んじて享受する。やってたことを考えるとどう説明してもアレな子と思われるのは避けられそうにないし。

 

「ふぅん」

 

俺の言葉を見て、彼女は少し考える仕草を見せた。これは……信じてもらえた感じだろうか?

 

そう思って、俺より背の高い彼女の顔を覗き込もうとしたら、彼女と目が合った。彼女は俺の目をじっと見てくる。え、なになに?

 

「カズサちゃん」

「はっ、はい」

「もう一つ聞きたいんだけど」

「なんでしょうか……」

「貴女も他所の世界から来たのかしら?」

 

……。

 

はい?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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残念ながら

 

『まってまってまって』

『今"も"っていったよなアキラさん!?』

『ここでまさかの地球人!』

『こんな美人なら間違いなく配信してれば話題になってそうなもんだけど』

 

アキラさんのちょうど横辺りに配置されているコメント欄が荒ぶっているのが目に入る。

 

同様に、俺の頭の中も混乱していた。

 

なんで彼女に気づかれたのかという思いもある。だがコメント欄のみんなが言っている通り、アキラさんは"貴女も"と言った。

 

その言葉から考えれば、彼女も俺と同じ地球人ということだ。であれば、俺がカメラをいじっているときの動きとかで気づいたのかもしれない。

 

同じ能力を持っているとしたら、何をしているのか大体予想はつくもんな。

 

こっちの世界に来たのが俺だけじゃないのは解っている。少なくとも二人──内一人はなくなった可能性が高いが、もう一人はチャンネルがBANをくらっただけで、その後の消息は不明だ。生きていてもおかしくない。もしかして、その生き残ったのがアキラさん……?

 

え、ということはアキラさんがえっちな配信した可能性があるってこと? この銀髪の格好いい美人さんのアキラさんが……?

 

……

 

『カズサちゃん顔赤い?』

『これはえっちな妄想をしていますね』

『何を考えているかわかっちゃうなぁ』

『ちなみにBAN配信俺見てたけど、アキラさんじゃなかったからね?』

 

!!

 

ウンソウダヨネ、ワカッテタヨ。

 

……今ばっかりは男じゃなくて良かったと思います。理由は具体的にはいわないけど、もし男だったらアキラさんに呆れられてた可能性があるので……

 

てか話を戻してよく考えればチャンネルBANされてたらMP稼ぐ手段がない訳で、先の一件で使ったようないくつもの強力な術を覚えられるわけがない。

 

……もしかすると日本じゃない別の国の出身かもしれない。そもそも外見からして日本人の物じゃないしな。名前は日本人ぽいけど、海外の配信者ならウチのリスナーが気づいていないだけかもしれないし。

 

まぁそれも聞いてみればいいか。

 

相手が同じ異世界転移者なのであれば、今更俺の正体を隠す必要はない。だから俺はストレートに聞くことにした。

 

「アキラさん」

「うん」

「貴女は、日本から来たんじゃないんですか?」

「ニホン? 何それ」

 

あー……やっぱり海外の人か。てか日本をしらないって事はアメリカとかの人じゃないのかな?

 

「じゃあどこから来たんですか?」

「パストラだけど」

 

……そうじゃなくて!

 

「アキラさんはどこの国の出身ってことですよ!」

「だからアストラ王国だけど?」

 

アストラ王国はパストラやグリッドの街などのある国の名前である。

 

「え、待って? アキラさんは異世界転移者じゃ、ないんですか?」

「ああ、やっぱり貴女"は"他所の世界からやって来た娘なのね」

「アキラさんも、ですよね?」

「私は生まれも育ちもこの世界よ?」

「……え?」

 

あっけらかんと返されたアキラさんの返事に俺が呆けた声を上げたちょっと後。コメント欄に「えええええええええええ!」というコメントが大量に流れる。

 

『アストラ王国なんて国あったっけ?』

『まさかの現地人!?』

『さっき貴方”も”っていったじゃん!』

 

だよね! だよね!

 

大混乱である。俺も、リスナーのみんなもだ。

 

アキラさんの言い方からてっきり同じ状況にある相手だと思ったら、彼女はこの世界の生まれだという。どういうこと?

 

と思った所で、俺は一つの事に気づいてそれを口にする。

 

「アキラさん、貴女もしかして別の異世界転移者を知っているんですか?」

 

そう、あの言い方をしたからといって、彼女が俺と同類と決まったわけではないのだ。他の同類を知っていれば、ああいう言い方をしてもおかしくない。ただどうやって俺がそういった存在だと気づいたのかっていうのは謎だけど……

 

「……そうね、知ってはいるわ」

 

そんな俺の問いに、彼女は小さく頷いた。やっぱり! ということは、配信をしていない人がいるのか、それとも例のBANされた人だろうか?

 

……BANされた人はともかく、別の人がいれば情報交換が出来るかもしれない。あってみたいと思い、彼女にそれを告げると、だが彼女に首を振られてしまった。

 

「無理よ、知ってはいるけど知り合いではないもの。そもそも生きてないしね」

「え……」

『もしかして、最初にぶっ殺された奴の知り合いだったとか……?』

『でもあそこの映像、パストラとは全然景色が違ったけど……もっと南国ぽかったし』

『配信してない別の人がいたのかな』

 

皆がコメント欄でいろいろ予想を語る中、俺は肩を落とす。

 

せっかく同類が見つかったと思ったのに、アキラさんは現地の人で、そのアキラさんが知る同類はすでにこの世の者ではなくなっている。"仲間"が増えることを一度期待してしまった分、落ち込むわ……

 

うーん……でもやっぱり情報としては聞いておきたい。その相手はもう会えないとしても、何かしらの共通項とか見つけられるかもしれない。訳も分からずこっちの世界に連れてこられた俺だ、ほんのわずかでも新しい情報が欲しい。それに、どうして俺がそういった存在だということに気づいたかも聞きたかった、何かしら見分ける方法があるなら、仲間を見つけやすくなるし。

 

その旨を伝えると、彼女はいいわよと薄く笑みを浮かべて頷いてくれた。

 

それからそのままだと風邪ひくわね、髪とか拭きながら話しましょうかといってくれたので、そっちに対して俺も頷く。正直ちょっと体が震えてきてるし。

 

そうしてとりあえず髪を拭くために荷物の中からタオルを引っ張りだすと、アキラさんが拭いてくれるというのでその言葉に甘えることにした。

 

アキラさんは俺からタオルを受け取ると、まずはゆっくりと水気を吸い取るようにタオルを俺の髪に当てつつ、ゆっくりと語りだした。

 

「そうね、明確に記録に残っているのは確か300年位前の話になるかしら」

 

……何の話?

 

 




このペースで書いてるといつまでも話が終わらないのでもう少しペースを上げたいです。体調も回復して来たし……

あとこの世界のスパチャはYoutubeモチーフなので上限5万です。


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機能解放

 

結論から言うと、彼女が知っている異世界転移者というのは現在ではなく過去の伝承の中の存在だった。

 

俺の髪を優しく拭いてくれつつ語ってくれた彼女曰く、この世界に異世界の存在が現れたのは過去に何度か記録があるらしい。

 

ただし、その出現頻度は数百年に一度。だから当然アキラさんが直接見たことではなく、古文書から知った事なのだそうだ。その記録も一番最近でも300年前の話であまり正確に記録された情報も多くはないため、知っている人間も少ないらしい。

 

知っているのは歴史研究家やそれに類するもの、或いはそういった話を好む人種で一般に知れ渡ったような話でもないそうだ。

 

ちなみにアキラさんは後者。異世界の云々がどうのではなく、子供の頃から単純に古い書物を読み漁っており、その中で見つけた話らしい。

 

ようするに少なくとも俺の同類がどうのって話にはつながらないわけで、めっちゃがっくり来たんだけど。

 

話を聞いた価値は非常にあったといえる。

 

曰く。

 

どうやらこの世界は数百年に一度、未知の怪物が出現する事があるらしい。この辺り明確な事ははっきりしていないのだけど記録では異世界の怪物ではないのかと言われているそうだ。

 

そしてその怪物と同時期に、現れるのが異世界の戦士。

 

どこからともなくやってくるその存在は、この世界で扱われる力とは異なる力を用い、その怪物を駆逐するらしい。ちなみにこの能力は現れた戦士によって異なっていたそうだ。

 

『ってことはカズサちゃんもその異世界の戦士ってこと?』

『やったねカズサちゃん、異世界転生のテンプレ展開きたよ!!』

『聖女カズサ爆☆誕』

 

聖女はやめろ。

 

ただ聖女はおいておくとしても、ポジションとしては否定はしづらい。というか異世界転移だけなら偶々と言えるかもしれないけど、一応はチートじみた能力がついている時点で何かしらの意図をもってこの世界に拉致られたと考える方が納得できちゃうからな……

 

てことはマジかよ、俺謎の化け物と戦わなきゃいけないの? この世界に来てそこそこたつのに、今だにほぼ逃げるためと生活の為の魔術しか使えないこの俺が? チンピラ相手にすら逃げるしかなかったのに?

 

怪物相手に無双できるようになるまで、俺はどれだけの恥をさらさないとイケナインデスカ?

 

世界が滅ぶのが先か俺の精神が死ぬのが先かのデッドヒートとか嫌なんですけど……

 

「……ちなみに、その人たちって元の世界に帰れたんですか?」

「どうだろう? 殆どその辺りは記録に残ってなくてな。一応そのまま過ごしたって記述があった異世界人もいたみたいだけど」

 

マジか……このまま能力成長させていって、なんなら世界を救ったとしても帰れる可能性は低い、と。

 

……。

 

……。

 

まぁ、いい。今はいい。ここは今は考えたってどうにもならない。それよりもだ、もう一つ確認しておきたいことがある。

 

「アキラさん、もう一つ確認したい事があるんですけど」

「私が答えられることなら答えるわよ?」

「……なんで俺が異世界人だって思ったんですか?」

 

そう、そこだ。

 

俺と同種の能力を持つ相手を知っているなら俺の仕草から「もしかして」と気づくかもしれないけど、俺の同種にはあっておらず、過去の異世界人も異なる力を持っているなら一体どうして俺がそういった存在と気づいたのかが疑問になる。

 

「ああ、まぁ一応複合的な要素からね」

「複合的?」

「ええ。まず第一は時期。異世界人が現れるのはこの世界にこれまで見なかった怪物が出ている時期」

「……そういえば、他所の大陸でそういった怪物が現れたそうですね」

 

しばらく前に聞いた記憶がある。

 

「そうね。まぁ撃退できたみたいだし、それが間違いなくそうだとは言えないんだけど。それからあなたの無知さ加減。以前温泉で話したとき、貴女はその年齢で旅をしている割にあまりにも知識が薄すぎた」

 

あー……

 

「それから視線の動き。貴女はときどき、何もない空間を見ている事があるわよね。……過去に現れた異世界人の中にはこの世界の人間には見えない存在と話していた人間もいると記録にある」

『もしかして俺達みたいな存在がいた可能性が』

『似たような能力だったのかな』

『ガチの妖精がついていたとか』

『守護霊じゃね?』

「それに温泉の時何もない虚空を掴む動きや、何かを操作する動きをしていたわよね? だからあの時からちょっと疑っていたのよね」

 

うっ……

 

掴むってのはカメラだよな。確かに誤って変にアキラさんを映さないようにこまめに角度の調整をしていたとは思うけど……操作は多分風呂あがった時にちょっと確認でメニュー開いたとき……あれ見られてたんか。確かにあの辺りどう考えても普通にする動きじゃないから怪しまれるのは確かだろうけど。

 

ただ普通だったら変な人くらいの認識で終わりそうなんだけど、そういった知識があった上に状況が該当している事に気づいていたアキラさんだからこその疑念の持ち方なんだろうな。

 

「で、ほぼ確信になったのがさっきね」

「さっき?」

「貴女、さっき<<クリエイトウォーター>>を使ったでしょう?」

「はい」

「おかしいのよ、貴女は術を使う前に一切魔力を練り上げていなかった。簡単な魔術で、いくら熟練の術士だったとしてもこれはありえないわ」

 

ああ、チートの部分か。この世界で術を使う前に必要となる魔力の練り上げ。ノータイムでどんな魔術でも発動できるチート能力だけど、こういうデメリットがあるのか。いやデメリットという程でもないかもしれないけど。

 

「というか、人が練り上げてる途中の魔力って見れるものなんですか?」

「適正がいるし繊細な力の使い方も必要だから出来る人は限られるけど、熟練の術士ならそこそこいるわね。重要人物とかの護衛をする時は必要な技術だし」

 

成程、確かに術を発動してからだと守り切れないかもだしな。某漫画の"凝"みたいな技術?

 

しかし、マジかー。というかやっぱりアキラさん熟練の術士なんですね、全然若いのに。きっと超天才な上に努力の人なんだろうなぁ……こういう人を見ると、なんの訓練もせずに術を覚えてる俺はちょっとうしろめたさを感じる。いや俺も術を覚えるために苦労はしてるんだけれども、別の部分で。

 

「それでね、こちらの異世界転移者と匂わせてあげれば上手く釣られてくれるかなと期待したわけよ」

『最後はたたの引っ掛けかよ』

『汚いアキラさん汚い』

『それにあっさりと釣られたカズサちゃん、ポンコツ説がまた広まりますね』

 

いやお前らだって完全に釣られてただろ! 俺がポンコツ気味なのは最近否定しづらいけども!

 

「というわけで、貴女は異世界転移者というわけでOKね?」

「はい……」

 

今更否定できるわけもないので、素直に頷いておく。

 

「なんて世界から来たの?」

「えっと……地球?」

 

そういや物語とかだと大抵世界に名前ついてるけど、俺らの世界はなんていえばいいの? そんな名前ついてないよな? 神話の中だとあるのかもしんないけど。とりあえずわからなかったので星の名前を答えておく。

 

「地球。聞いた事ないから、過去の転移者達とはやっぱり別の世界ね。で、貴女の世界ではどんな能力があるのかしら」

 

そこまで口にしたアキラさんの瞳が輝きだす。元々クール系な感じなのに今はその瞳のせいか若干幼さを感じてちょっと可愛らしく感じる。ここまで話してた感じだと研究者気質というか知識欲が強いタイプっぽいので未知の技術や能力には興奮するタイプなんだろうなぁ……

 

『俺達の世界の能力なんスかね、これ』

『こんな能力あったら、配信者達の間で超次元バトルが始まりそう』

『能力的には俺達の能力というか、ゲームが具現化した感じだよなこれ』

 

そうなんだよな。しかも使える能力はこっちの世界の術っぽいし今の所は多分アキラさんも見たことあるであろう術しか使えないんだよ。

 

キラキラおめめで見てくるアキラさんの期待に応えられそうにないことに若干肩が重くなるのを感じつつ、なんかこっちの世界でないような術はないかなと操作ウィンドウを開いてみる。ほらメッセージ送信する奴とかあったし、他にも何かあるのではと思いつつそちらに視線を向けた──その俺の視界に、通知欄に表示されたメッセージが飛び込んで来た。

 

 

【InfomationMassage】

 

──新しい機能がアンロックされました。コラボ機能が利用可能になりました──

 

 

 

 

 

 




後でどっかでちゃんと書こうと思いますが、過去に関しての捕捉。

あくまで観測されて、かつわりと公な記録に残ってるのが数百年前になります。

また、過去に怪物の出現は何度もありますが、全世界の規模レベルに至った事はほぼありません。


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コラボ機能とは

 

「は? コラボ?」

「こらぼ?」

 

表示されているメッセージに思わず言葉を漏らすと、それを聞いたアキラさんが繰り返しつつこてんと首を傾げる。

 

くっ……クール系の美人さんなのに、そういった仕草すると本当に幼さが見えて可愛いのは卑怯でしょう!

 

……ではなく!

 

俺はひとまずメニューに意識を戻す。コラボ? コラボって何とするんだよ。

 

もしかして、やっぱりこっちに来ている人間が俺以外にいて、その人とのコラボ? それとも、向こう側の配信者と? でもどうやって?

 

 

あーもー! 新機能が解放されたなら普通チュートリアルとかやるだろー! あるいは最低限説明があるだろーが! このメニュー便利なのに、こういった所は本当に不親切なんだよな!

 

……とにかく、一度機能を開いてみるしかないか。いや、今はまずアキラさんの応対すべきなんだけど、後回しにしても意識が散っちゃって仕方ないし、どんな機能なのかだけは確認しておきたい。とりあえずさわりの所だけ確認しよう。これまでを考えれば俺にとって悪い事が起きるとは思えないし。

 

一応説明するからちょっとだけ待ってくださいと断ってから、俺はコラボのアイコンに触れる。

 

すると、ウィンドウがメニューの上に開いた。

 

そこには『コラボ対象とする相手を設定してください』と記載されており、その下に一つだけ表示があった。

 

 

"アキラ・シュヴァイツァー"

 

アキラという表示に、俺はアキラさんの方へ向き直った。

 

「?」

「あの、アキラさんのフルネームって……聞いていいですか?」

「シュヴァイツァーよ。アキラ・シュヴァイツァー」

 

……え、現地人とコラボ? 実は同姓同名の配信者がいるっていうオチじゃないよな? でも現地人とコラボってなんだよ。別に普通にこっちの人間も映るし、わざわざ機能として追加するほどか?

 

そう思いつつ、アキラさんの名前に触れてみると。するとその横にグリーンの灯が点灯した。

 

その直後だった。

 

「……ナニコレ?」

 

アキラさんがそう、驚きを含んだ声を上げたのは。

 

「え、何これって?」

「貴女の前に浮かんでいるすごい勢いで文字が流れている奴よ。それからあなたの手元にあるよくわからないマークが並んでる奴」

「は!?」

「なんか急に見えるようになったのだけど」

 

はぁーーーーーーっ!?

 

『えっ、コラボ機能ってそういう』

『まさかの共有機能?』

『わーい、アキラさんみってるぅー?』

 

これコラボ機能じゃねぇだろ! 機能共有って書けよ!

 

「……なんか私の名前が所どころに見えるんだけど、何故かしら?」

「え。アキラさんこの文字読めるんですか!?」

「だって普通に公用語じゃない」

「はぁーーーーーっ!?」

 

あ、やべ、今度は声に出た。突然俺が大声を上げたからアキラさんびくっとさせてしまった。ごめんなさい。

 

てか、言葉は最初から通じてたけど文字は自力で覚えなきゃいけなかったのに、そっちは自動翻訳されてるのかよ! あんまりじゃね!? さっきからこの機能の製作者に文句言いたいんだけど!? いやそれだったらその前にそもそもこっちに勝手に飛ばされた事を起こりたいけども!!

 

「あの、よくわからないけど大丈夫?」

「あ、すみません……」

 

そんな俺の怒りの感情が見て取れたのだろうか、アキラさんに心配そうな顔でそう言われたので謝っておく。アキラさんは何も悪くないので。

 

……その後、いろいろ確認させてもらうと以下の事がわかった。

 

まず、カメラ、コメント欄、操作メニューは全て見えている。

メニュー操作やコメント欄に触れるのは無理だった。カメラは触れるし掴めたが、機能の操作は不能だった。

俺には日本語で見えているコメント欄やメニュー文字に関しては、アキラさんにはこっちの世界の言葉で見えているらしい。

 

やっぱりコラボじゃなくて共有機能では? というかこの機能になんのメリットが?

 

『とりあえず異世界人の証明にはなるよね』

『真面目な話、コラボというか配信の手伝いをしてもらうんだったら有効なのでは?』

『そもそも機能全部解放されていない可能性もあるんじゃないかな』

 

……ああ、それはるかもしれない。実際MPで取得できる能力だって何らかのフラグで追加されたわけだし、今後何らかのきっかけでもっとコラボっぽい機能が増える可能性はあるか。

 

『ぶっちゃけテイルちゃんには共有したいよね。彼女何度か事故起こしかけてるし』

 

──確かに。最初の風呂の時は別格として、彼女距離感近いしアパートメントでは油断しまくってるから際どい映像がカメラに映りかけた事が何度かある。そんな彼女に俺がカメラで常時撮影されている事を伝えれば、その辺は注意してもらえるだろう。

 

『共有したらいいんじゃないかな? ぶっちゃけこれ条件明確でしょ』

 

コメント欄にそういった言葉が流れる。

 

まぁ予想は確かにつく。恐らくはコラボ対象に設定可能になる条件は「俺を異世界人と認識している」事。メニューは今日出かける前に一度確認しているが、その時にはこの表示はなかった。

 

今日はスパチャが結構飛んできているので(そのために頑張っているからだが)MPの総獲得ポイントで機能が解放された可能性もあるが、タイミング的にはコラボ対象に指定可能な相手が現れたことでフラグが立った可能性の方が高いだろう。

 

対象に関しては相手は現状アキラさんしかいない事からほぼ当確だと思う。一応「機能解放後に会った人間」とか「触れた人間」の可能性も1%くらいはあるかもしれないが、これは後ですぐわかるだろうし今は深く考えなくていい。

 

テイルさんに話すかどうかは……ちょっとアキラさんに相談してからの方がいいかもしれない。伝承の中の存在とはいえ、こっちの世界の人間がどういう感情を抱きそうだとか、知られた時に考えうる影響は確認しておきたいし。

 

その為にも、俺の事はアキラさんに説明しなくちゃいけない。俺は自分がどんな世界からどうやってこっちの世界に来たかとか、今見せているコメント欄やメニューがどういったものでどういう事ができるのかを説明していく。

 

 

 

 

 

 



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暴走するコメント欄

 

能力の取得やツールで作成したアイテムが現実に生み出せること、そしてそれを行うのに必要になるMPとそれを取得するための配信とそれに付随するコメント欄についてひとつひとつ説明してゆく。

 

アキラさんは説明するそれぞれに関して驚きを見せ、興味深そうに話しを聞いてくれたが、特に驚きを見せたのは配信──正確に言うとその向こう側にいる人間の事を話した時だった。

 

「この映像を見ているのが4万人もいるの!? 本当に!?」

 

……そう、今の視聴者数だけどなんと4万人もいるのである。

 

人気の数十万や百万超えのチャンネル登録者を持つVtuberでもコラボとか記念配信とか歌配信じゃない時は多くて2~3万前後だぞ? なのに最近ようやく10万人を超えたばっかりのチャンネルの配信に人が集まりすぎでは? チャンネル登録者の増加スピードは上がり続けているけどさ。

 

……まぁよく考えたら今日歌配信したし、コスプレRPしたから新衣装記念配信みたいなもんだし、今の状態はアキラさんとのコラボ配信みたいなもんだけど……

 

ちなみにコスプレRPが終わった辺りの視聴者数は3万ちょっと手前だったので、アキラさんがあらわれてから1万以上増えている。銀髪美人ぱわーつよい。恐らくSNSとかでも拡散されているのだろうな。アキラさん前回登場時に結構話題になったみたいだし。

 

こっちの世界では魔術の中に映像を記録したりそれを投影したりするものがあるので、映像自体は驚かなかったんだけど、こっちの世界は現代世界程人口は多くないので4万人に見られているというのは確かに驚くことかもしれない。大陸内の特に人口が多い都市でも数十万、通常は数万から十数万、地方都市なら一万を切る場合も多い程度の人口だからな。数万単位の人間が一つの事を見ているのなんて、それほど国王の戴冠式や結婚式等、国家規模のイベント時くらいなのかもしれない。そう考えればアキラさんが驚くのも納得である。

 

「それで、この人たちが投げてくる数字が貴女の力になるのね?」

「そうなります。えっと……誰か100円でいいから投げてくれる?」

 

そうカメラの方に向けて頼んだら、少し時間を置いた後大量の【100円】が流れた。……そりゃこんだけ人数がいればこうなるか。ちなみに中には【500円】とか【1000円】もいた。さすがに赤スパはいなかったけど。赤投げる人はさっきの歌とかRPにもう投げてくれてるだろうしなー。

 

まぁ止める事は出来ないのでありがたくもらっておこう。少額だけど、こんだけ連打されれば馬鹿にならない額だ。心の中でカメラに向けて手を合わせつつ、俺はメニューの1点を指さす。

 

「ほら、ここの数字が増えているでしょ? これがMPといって能力取得の為の力になるんです」

「どれどれ……あ、本当だね」

 

位置を動かせるコメント欄と違ってメニューは俺の前方に固定で表示されるため、そのメニューを覗き込むためにアキラさんが体を寄せて来た。うっ、何かいいにおいする。香水でもつけてるのかな? それにこっちが女と思っているだろうからか、容赦なく体を接触させてきて柔からな二の腕やもっとやわらかいアレの感触が……!

 

『あー、これは悶々としてますねー』

『この反応でわかった、カズサちゃんは〇貞ですね間違えない』

『TS少女から摂取できない成分補給ありがとうございます!』

 

うるせえ、余計な事言うな! 大体このコメント欄はアキラさんも読めるんだからやめろぉ!

 

『ごちそうさまでした【10000円】』

『いいよいいよそういうのもっとちょうだい!【5000円】』

『抱けえっ!!抱けーっ!! 【5000円】』

 

やめやめろ! いや高額スパチャ自体はありがたいんだが! 特に最後の奴は自重しろ!

 

とりあえず、アキラさんにはこの暴走しているコメント欄を見せないように、メニューの方に意識を持って行ってもらわないと……そう思って、ちらりと横をみたら彼女の視線はすでにメニューを見ておらず、コメント欄を凝視して動きを止めていた。

 

……終わった。

 

ただコメント欄は高速だから全部のコメントを読むのはかなり至難のハズ。アキラさんが特にアレなコメントを目にしない事を祈ろう……

 

「……え?」

 

突然、背中に触れていただけのアキラさんの腕が離れたかと思うと、彼女の手のひらが背中に触れて来た。更に横に並んでいた彼女がこちらの方に向いて、え、え、え?

 

腕が伸びて来たと思うと、肩を掴まれ体の向きを変えられる。──彼女と向き合う形になった。

 

何が起きているのかわからず、混乱した頭の中で少し背の高い彼女の顔を見上げて「あ、まつ毛長……」とか思ってたら、肩と背中に回された手に力が入って抱き寄せられて、

 

「ぴゃぁ!?」

 

なんかやわらかやわらかやわらか

 

身長差があるといっても頭一つ分差があるわけでもないので胸に顔を埋めるとかそんなことにはならなかったけれど、俺の胸が彼女の胸を少し下から押し上げるように重なり合って──

 

 

突然もたらされた感触に頭がパンクしそうになりつつも、彼女の意図を確認するために間近にある彼女の顔を見上げると……彼女は俺を見ていなかった。

 

「あれ?」

 

俺を抱きすくめながら、彼女は真横を見ていた。現在その位置に固定してあるコメント欄を。

 

その艶やかな唇に笑みを浮かべて。

 

「抱け抱けいいながら数字を送ってきているのがいたから従ってみたけど、正解みたいね? いっぱい数字が流れてきているわ」

 

よりによってそのコメント拾っちゃったんですか!?

 

 



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DOGEZA

 

「と、とりあえず一度離れてください」

 

正直な所押し当てられた柔らかい感触は離れがたいなんてものじゃないけど、この状態で会話できるとも思えない! 俺がアキラさんの肩を押すと、彼女は特に抵抗もすっと離れてしまった。

 

ああ、柔らかい感触が……

 

『顔真っ赤過ぎて可愛い』

『明らかに視線が名残惜しそうに特定の場所を追ってて草』

『●REC』

 

うるさいだまれこっちみんな。

 

──という事を感情に任せて言えないのが配信者のつらいところである。

 

「……顔真っ赤ね。照れてるのかしら? 女の子同士じゃない」

 

う゛っ……

 

そうだよ、カメラの向こうの人間は俺の中身が男だと知っているけど、当然アキラさんはそんな事を知っているわけではなく、女の子だと思ってるからさっきみたいな事をしてきたわけであって……

 

うわぁぁぁぁぁぁぁ……

 

これあれかな? 女装して痴漢行為しているような感じになってないかな? 自分から抱き着いてないからセーフ?

 

……

 

「ちょっと、何してるの!?」

 

俺は視線をがっくりと落とすと、そのまま地面に膝を落とした。そして慌てるアキラさんの前でゆっくり上体を倒して──

 

『土下座wwwwwww』

『罪悪感に耐えられなかったか』

『美少女の土下座は絵面が強すぎるな』

『流れるようなきれいな土下座。これは土下座慣れしてますね』

 

うるせぇ、慣れててたまるか。

 

カメラは固定しているがコメント欄は俺の体の向きに追随するように設定していたので土下座しても追随した上に、カメラ同様別の物体と重ならないようにしていたため地面に押し出されて眼前に来たのでがっつり目に入っていたので思わず心の中で突っ込む。いや違う、今俺がすべきことは突っ込みではない。

 

多分みんなには突拍子のない行動に出たと思われているかもしれないが、この行動に出た俺の頭の中はむしろ冷静に状況を分析していた。分析した結果がこの土下座である。

 

何故なら、真実をカミングアウトしてすべてを謝罪するにはこのタイミングしかないと思ったからだ。

 

一期一会の関係なら特に問題ない。だけどアキラさんとはすでに2回目の遭遇、しかも住居を構えているのは同じ町。しかもアキラさんは明らかに俺という存在に強い興味を持っていらっしゃる。間違いなくここ限りの関係にはならないだろう。

 

しかも俺の正体はばれてるし、なんならコメント欄も見られているわけで。今更隠す事も出来ないだろうし、そしたら絶対に俺の中身が男だってバレるようなコメントをする奴が絶対に出てくる。そしてなんとなくアキラさんはそれをピンポイントで拾ってしまう気がする。ものすごく。

 

「あの、それ何かのあなたの世界の儀式なの?」

 

頭上から、アキラさんの困惑した声が降ってくる。

 

あ、しまった。土下座は万国共通の謝罪の手段じゃねぇ。こっちの世界謝罪の時は頭下げてたから同じかと思ったけど、こっちの世界じゃ土下座は通用しないのか。あかん、そうするともう完全に突然地面に這いつくばった変人じゃないか! 俺は慌てて立ち上がると、改めて頭を下げ声を上げる。

 

「すみません、実は俺男なんです!」

 

さっきも告げた通り、カミングアウトはここしかない。

 

俺が異世界人と知らないテイルさんには、後日ばれたとしても俺が男なんて告げても荒唐無稽な話で信じられないだろうから話してないと言い切れると思うけど、もはや隠すべきところがばれているアキラさんの場合、ここで黙っていたらどんどん状況が悪くなるだけである。それこそさっきみたいな事されて黙っていたら、いざバレた時にドブネズミを見るような蔑んだ目で見られるのは確実だ。

 

言い訳が利くタイミングはここしかないのだ!

 

「おと……こ?」

 

発せられた言葉に下げた頭を上げれば、彼女が困惑の表情でこちらを見ていた。俺の顔を見て、視線を一度下に向けて、再びこちらを見る。

 

「でも、胸はちゃんと柔らかかったわよ? どう考えても詰め物じゃなくて本物だと思うのだけど……というか先ほど透けてたし。それに他の部分も柔らかくて男の子って感じじゃないわ」

 

『カズサちゃんの胸の感触レポありがとうございます』

『カズサちゃんは全身ふにふに柔らかい、把握した』

 

お前らそれセクハラ発言だからな? 今更だけど。

 

「えっと、これには色々と事情がありましてですね……」

 

一息に説明できることでもないので、事の経緯を俺は順序だてて説明する事にした。元の世界の事、アバターの事等だ。正直アバターやVRに関する事を理解してもらうにはかなり苦労したが、一応納得はしてもらえた。もらえたんだけど……

 

「えっと、結局こっちの世界にいる限りは貴女は女の子なのよね?」

「はい、そうなると思います」

 

獲得可能能力の中に性転換する能力なんてなかったので。というか今回のコラボ機能のように今後解放されたとしても、それを使う訳にはいかないんだよなぁ……今配信で皆が見てくれるのは異世界とか常時配信とかという特異性があるにしろ、その核は今の俺の外見が美少女だってことだと思うので。元の世界に戻ってからならともかくこっちの世界にいる間に元の姿に戻るのはMP獲得の手段を失う自殺行為に等しい。なので、こちらの世界にいる限り俺は今の外見のままだろう。

 

その俺の返答を聞いてアキラさんは口に手を当ててから「うん」と小さな声と共に小さく頷いて、

 

「だったら、私……というかこっちの世界の人間にとってカズサちゃんは女の子って事でいいんじゃない?」

「……ええと?」

「だってこっちの世界で貴女の男の子の姿って認識できないもの。だとしたら私達にとって貴女はやっぱり女の子だわ」

 

……そういうもんだろうか?

 

『まぁ男から記憶残して転生して女性になった場合に男扱いするのかって話になるしな』

『確かに男という事実を観測できない以上そうなるのか』

『そもそもカズサちゃんは俺達にとっても可愛いTS女の子だよ❤』

 

そういうものだろうか……まぁ、お風呂の件とか抱き着きの件とかそれで怒られないので済むのならいいかな……

 

「というか、もし男の子だとしても初心すぎじゃない? 正直反応可愛くて少しドキドキしちゃったんだけど?」

 

あれ? アキラさんなんかさっきとは違う目の輝かせ方してません?

 

 

 



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現地協力者

 

『ショーパン姿の女の子のあぐら座りっていいよね』

 

視界に入った性癖ぶちまけコメントはスルーする。視聴者が5桁超えてくるとどんな格好してても性癖全開発言する人がいるから気にしても仕方ないので。

 

今、俺はそのコメントの通りベッドの上で浅いあぐらを書いて座っている。恰好は下がショーパン、上がややゆったりしたシャツ姿だ。いわゆる部屋着という奴である。

 

正直配信に映るにはちょっとだらしないともいえる恰好だが、常時配信の俺の場合もうそんな事いってたら楽な恰好を一切できなくなるのでもう気にしていない。というかこういった恰好も好評なので、もう本当になんでもいいんじゃないかと思っている。着ぐるみとかじゃなければ。

 

本当に改めて美少女って得だよね。尤も面倒毎も多いから、正直こうやって人気集める必要がない生活に戻れるなら美少女はもう終わりにしたいけど。

 

ちなみに、一応ラフな格好であるが下着が見えてしまったりしないようには気を使っている。これまでの実績から考えればその程度でBANされる事はないが、ちょっと露骨すぎる感じがしてな……。

 

で、だ。

 

今部屋には俺しかいないんだけど、しばらく前にはもう一人いた。アキラさんである。

 

あの後日が暮れてきたこともあり(海の側だから日が落ちると普通に肌寒い)ポイントテレポートで帰って来たんだけど、アキラさんが一緒についてきたんだよね。まだ話したい事いっぱいあるって事で。

 

で、彼女といろいろ話して、それからご飯食べてお風呂に入って、今はのんびりタイムというわけなんだけども。

 

なんか、今日は本当に密度が高い一日だったなぁ……

 

買い物散歩配信から始まり始めての歌配信、そしてある意味これまでで一番こっぱずかしかったRP配信。そこだけでも個人的にはお腹いっぱいの内容だったが、そこからのアキラさんへの正体ばれである。

 

そして更には──

 

『いやぁ、しかし良かったねぇ。初めての現地協力者が出来て』

 

そう、あの後能力の取得方法とか、獲得できる能力とかを説明したり見せたりした結果、今後配信に関わる事にアキラさんが協力してくれることになったのだ。

 

そうしてくれる理由は二つ。

 

一つは会った後の言動の通り彼女が"異世界人"に対して大きく興味を示している事。今後も積極的にかかわりたいし、元の世界の話をいろいろ聞きたいといわれた。

 

そしてもう一つの理由──こちらが配信のお手伝いをしてくれる事になった理由になるんだけど、どうも獲得できる能力を見せた所、いくつか"過去に失われた術"が見受けられたとのことだった。

 

「MPとやらを集めればこれらの術も使えるようになるんでしょ? 是非見てみたいし、だったら私も協力するわ。……相変わらずコメント欄を見てると私と貴女が近くに寄った時とか大きく反応しているみたいだし?」

 

ほんの少しの時間でウチのリスナー完全に理解していません?

 

というかアキラさんどっちの理由にしても研究者気質というか知識欲旺盛な所出てるよね。あと知識欲が前に出てきてるとき目がキラキラしてなんか幼さを感じさせてくるの卑怯じゃない? あっ、可愛いって思っちゃうし。

 

ちなみに俺の術は本来必要となる"魔力の練り上げ"の部分が完全にカットされているので、使えるようになったとしても特に参考に出来ないのでは? と聞いてみたら、発動した術からもある程度は分析できるとのことだった。なので、使えるようになったら見てみたいらしい。

 

まぁそれらの術は概ね取得するのにかかるMPが高額なので当面獲得は無理そうだけど……

 

それにしても、さっきのコメントの通りこれは本当にありがたい。

 

そもそも現地で俺の素性を知っている人間がいるというのがそもそもデカい。"知ってないとおかしい事"とかを気にしなくて良くなるので相談とかすごくしやすくなるし。しかも実力者だからめっちゃ助かる。配信に関しても当然一人じゃなくて二人いる方がやれることも増えるし、こっちの世界の説明とかもお願いできる。

 

それに──こんなナリだが俺もきっちり中身が男なので、これはテイルさんもそうだけどアキラさんみたいな美人と仲良くできてうれしくないハズがない。ただカミングアウトした後も結局アキラさんの距離感が近いままなので、ちょっとどきどきしちゃったりはするが……今回もアキラさん帰った後にその辺りに感づいたリスナーにさんざん揶揄われたしな……この辺りの流れ定番化しそうな気がする。テイルさんもなつっこいけど、彼女はそこまでボディコンタクト激しくはないからそこまでどぎまぎしなかったし。

 

『百合営業楽しみにしてますね』

『アキラさん明らかに俺らの求めている事気づいてる節があるのでめっちゃ期待できる』

『あの瞳は確実にカズサちゃんいじりに愉悦を見出してる目だった。俺にはわかる、彼女は俺達と同類だ』

 

……ねぇなんで君達俺が口に出していない事まで感づくの? そんなに俺考えが表情に出てる?

後お前らが俺を見て愉悦を感じているのはとっくに承知しているけど、アキラさんをお前と同類にするのはやめろ。

 

──まぁ百合営業は置いておいて。アキラさんも協力的だから、またみんなと相談していろいろ企画を検討しないとな。何せ現金な話ではあるがアキラさんが現れてからがっつりスパチャ飛んだからな。その前の配信分と合算したら想定以上のMPの伸びを見せてくれた。

 

うん、いい加減本題に入ろう。

 

俺はベッドの上で姿勢を正す。なんかコメント欄に『あっ、胡坐やめちゃった』というつぶやきが見えたがそれは無視して。

 

俺はカメラをしっかりと見据えてから、ゆっくりと頭を下げた。

 

「皆のおかげで目標のMPに到達できたよ、ありがとう」

 

そう、今回の配信でがっつりスパチャを投げてもらったため、目標としていた50万MPに到達したのである。というか軽く超えた。

 

それを抜きにしても今回は想定より多くスパチャを投げて貰ったため終わった後に改めてちゃんとお礼を言おうとしてたんだけど、終わったところでアキラさんが来てそれ以降はずっとドタバタしてたからで来てなかったんだよな。

 

『目標到達おめでとう!』

『かなり赤スパも飛んでたもんねぇ』

『やはり美少女の歌配信は強い。声もめっちゃ綺麗だし……』

『つむじかわいい』

 

いやつむじかわいいってなんだよ。

 

 

 

 

 

 

 




前回残MP:101930
今回増減:
スパチャ +799050(※今回の配信分+前回からの経過日数分の増加分)
残MP:900980


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成長タイム

 

『当然獲得するのは<<ディスインテグレイト>>だよね?』

「勿論」

 

そこを目標にMP獲得を頑張って来た訳だし。なんなら歌配信もその後のくっそ恥ずかしいRPもそれのためだ。結果として大きくオーバーフローしたけど。

 

『ついにこれでダンジョン配信か!』

『ようやくファンタジーっぽい絵面が期待できそう』

『ファンタジー世界なのにあまりファンタジーっぽい絵面が多くなくてカズサちゃんの可愛さだけで突き進んでいたこのチャンネルも、ついに本格的な配信が』

 

言われたい放題である。

 

ただまぁ事実だからなぁ……ファンタジー世界にいるのに、モンスターとのバトルどころかモンスターがまともに映った事ないもんなウチの配信。これまでバトル要素は3回だけで、一回目の時は相手の外見人間だったし、二回目はただの痴漢、三回目は影みたいな奴でしかなかった上に速攻で戦闘終了したし……バトル要素以外でも危険な所に近寄らないようにしてたせいで、これまでに映ったのはパストラとの道中で見かけたずっと遠くにいる動物型の魔物だけだしなぁ……

 

街並みだって日本では見かけるような光景ではないもののそこまで突拍子もないわけでもないから、街の光景だけ見せれば異世界と言わず古くからの異国の景色といっても通ってしまう感じもちょっとあるし。明らかに異世界要素が強いのは亜人の存在位だったのである。一応魔法は見せてたけど、俺が今使える魔法って見栄え的には微妙なのばっかりだし……いや亜人さんマジ感謝だな。

 

とはいえ、パストラに来てから結構立つし、街並みや亜人さんもコンテンツとしては弱くなっていたところだったので、ここで新規コンテンツを立ち上げれるように頑張ったわけだ。

 

「というわけで<<ディスインテグレイト>>を獲得っと」

 

メニューを操作して待望の術を獲得する。……90万あったMPが一気に40万まで減るのはちょっとアレだが、逆にいえば40万もまだ余裕があるともいえる。この辺りはアキラさん様々だ。

 

『まだ追加で獲得できるね』

「うん」

 

金銭的な余裕はまだ結構あるから、ここまで余裕を残して置く必要はない。

 

「他にいくつか獲得しようかと思うけど、何を獲得したらいいと思う?」

 

一応以前相談した事もあって自分の中で獲得するスキルのめどはあるけど、うちのチャンネル名は”TS少女育成計画”だからな。成長の為に使っているポイントは皆の力(リアルマネー)なわけだから、その都度相談は重要である。

 

『とりあえず<<ヒーリング>>は必須だよね』

『ガードを固める術が欲しいかな』

 

うん、同意だ。勿論一人で行くわけじゃないけどダンジョンに行く以上怪我をする可能性は高い。一応テイルさん達に護衛は頼むつもりだけど、自分で回復手段は抑えておいた方がいいだろう……そういえば、テイルさん達に回復術使えるか聞いてなかったな。

 

それから防御系は必須だと思う。さすがに護って貰っても攻撃を全く受けないとは思えないし、ダメージ軽減手段は欲しい。

 

「となると、<<プロテクション>>と<<ヒーリング>>確保かな?」

『MP余裕があるから、<<ワイドプロテクション>>と<<ワイドヒーリング>>でもいいかも』

「……うん、有りだな」

 

<<プロテクション>>は体の周りに魔力のバリアみたいなのを貼る術。完全に防げるわけではないけど威力が軽減できる。ただこの術は接触して使わないといけない。それに対して<<ワイドプロテクション>>は離れた距離で尚且つ複数人同時に書ける事ができる。<<ワイドヒーリング>>も同様だ。基本後方にいる事になる俺が使うならこっちの方が使い勝手がいい。コストはその分掛かってしまうが、40万MPあれば余裕で獲得できるし、汎用性も高いから獲得して損はない。

 

「うん、<<ワイドプロテクション>>と<<ワイドヒーリング>>は確定にしようか」

『いいと思いまーす』

『カズサちゃんの玉のお肌を守る術は大事』

『後は前獲得しようと検討してたのは、<<ハイジャンプ>>とか<<フライト>>とか<<ドライ>>とかか』

「<<ドライ>>は取ります」

『前から言ってたもんね』

『カズサちゃんの濡れ透け姿という覇権コンテンツが減ってしまう!(もっとダンジョンに役に立つ奴を優先してとるべきだと思う!)』

 

妙なモノを覇権コンテンツ扱いにするのはやめろ。

 

『まぁ本音と建て前が逆になっている奴は放っておいて、<<ドライ>>は別にすぐに取る必要はなくない? いつでも獲得できるコストだし、必要な時に取ればいいと思うけど』

「まあそうか」

 

以前と比べて持ってる服も増えたから多少洗濯物溜まっても問題ないしな。乱用すると生地痛むらしいから毎回<<ドライ>>で乾かすわけにもいかないし。

 

でもそうすると、後は何を獲得しようか? そこそこの魔術なら後二つくらい獲得できるけど。

 

コメント欄には、様々な術の名前が流れている。その中で特に多いのは……

 

「<<チャージ>>と<<フリージングバレット>>が多いかな?」

 

<<フリージングバレット>>は氷の弾丸を射出する魔術で、以前の相談にも上がっていた奴だ。相手を傷つけるというより、氷結させて動きを鈍らせる魔術。グロ映像回避のために出た攻撃術の方の一つだ。雷系じゃないのは行き先がゴーレム系の巣食うダンジョンということで、雷系は有効じゃないと考えたのだろう。

ちなみに先ほど誰かが言った<<ハイジャンプ>>や<<フライト>>を上げるものはほぼいなかった。そりゃそうだ、次の行き先はダンジョンなのでどっちの術を使っても頭をぶつける。

 

「<<チャージ>>が多いのは何で?」

 

MPを消費する事で他の術の威力を底上げする<<チャージ>>は、もっとMPに余裕が出てからとる物だと思ったけど。余り<<チャージ>>で増幅するタイプの術も覚えてないし……そんな俺の問いに、一斉に返事が返って来た。

 

『どのくらいの効果がわからないからさ、今のうちに試しておいた方がよくない』

『獲得コスト自体は安いし、獲得して試しておいた方がいいでしょ』

『こっちの世界にない術だと思うし、絶対に必要となるだろうから覚えて損はないでしょ。実戦でいきなり使えるものでもないし』

 

他にも大量のコメントがあったが、概ね皆『試しておいた方がいい』との意見だった。

 

ふむ、まあいっか。1万しかかからないしな。

 

「おっけ、<<チャージ>>は取ろう。あと<<チャージ>>の効果確認の用途も兼ねて<<フリージングバレット>>も取ろうか」

 

手持ちの術だと威力増加させても見た目上は解りづらいのがおおいからね。<<ウォータークリエイト>>でもいけそうだけど絵面的に微妙だし、やっぱり攻撃魔術で確認してみたい気持ちもある。

 

俺が問いかけると皆からは『OK』とかサムズアップの絵文字が返って来たので確定でいいだろう。

 

「これにさっきの<<ワイドヒーリング>>と<<ワイドプロテクション>>で31万かぁ。獲得する術はこんな所でいいかな?」



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テイルさんには説明する?

 

『残り残高10万きったでしょ? それくらいは残しておいた方が良くない?』

『とりあえず最低限のスキルは獲得したんじゃないかな』

『ダンジョンとかいくなら感知系の能力は合った方がいい気はする』

「感知系か。確かに」

 

当然俺はかすかな音とかから気配を察知できたりはしないので、身の安全の為にはあって損はない気がする。同じ危険でも気づいているのと気づいてないのじゃ心構えも違うしな。

 

これまであまりその系統は調べていなかったからぱっと思いあたる術がなかったので、能力リストを出して確認することにする。

 

えーっと……あ、これそうだな。周囲の指定した範囲に侵入者があった場合に術士にアラートを出すって術がある。コストもそれほど高くないし──って駄目だ、場所固定だこの術。ダンジョンの中進んでいくなら役に立たないわ、野営とかで使う術だな。

 

後は術の力の流れを感知する奴……今の俺だと感知したところで何の術かわからないから意味なし。遠視の術もあるけど、ダンジョンの中じゃこれも意味がない。サーモグラフィー系の能力もあるけど、石像系のモンスターに熱源感知が役に立つ気がしないのでこれも駄目……でもこれはいずれ取った方がいい気もするな。

 

フルスキャン……近くのエリアを3Dスキャンする術……便利そうだけどコスト高すぎてNG。

 

うーん、なかなかいい術がないなー……お、よさげなのがある。

 

周囲の物体の動きを感知する術式。人混みの中とかで使うと発狂しそうだけど、ダンジョン内だったらそこまで反応はないだろう。微小な動きまでには反応しないみたいだし。

 

効果時間は長くないみたいだけどその分消費も抑えられるみたいだし、これなら……って駄目だ。

 

予算オーバー。残りのMPじゃ獲得できない。

 

<<チャージ>>以外のどれか一個諦めればいけそうだけど、それこそ<<チャージ>>以外は必要だと思うから選択したわけで……

 

「感知系は今獲得できる奴の中にはいいのがないみたい」

 

うん、断念決定。

 

『致し方なし』

『取れる奴がないならしょうがないね』

『ダンジョン一人で潜る訳じゃないし、プロと一緒なら大丈夫でしょ』

「そだなー。てか依頼料とかも考えると、MPそれなりに残しておいた方がいいか」

 

テイルさんに以前ダンジョン行く事になった時の護衛をお願いはしてあるけれど、口約束だけで細かい所は何も決めていない。向こうもいろいろ予定があるだろうし、報酬も決めないと。ある程度相場は確認してはあるけど、成功報酬を加味するような契約でも、ライン的には手持ちでは微妙なラインなんだよな。

 

「テイルさんに相談しなきゃなー」

 

現状大きな仕事をしている気配はないけど、もしかしたらこの後長期の仕事とかあるかもしれないし。その場合こっちの仕事も数日かかるものになるから、頼むのは無理になる。かといって、テイルさん達以外とダンジョンで行動するのはちょっと怖い部分があるから、その場合はしばらく待ちになっちゃうかな。

 

今は確か外出しているハズなので、後で戻ってきたら相談しに行こう。

 

とりあえずスキル獲得ぽちぽちぽち、と。

 

「うん、これで能力面は準備OK。後はテイルさんと話して予定を決めるよ。向かうのは日中になっちゃうと思うんで、土日以外になっちゃったらみんなごめんね」

 

企画イベントするときは大体休みの日にするようにしているけど、今回は俺一人だけの予定では決められないので仕方ない。

 

『まぁしょうがないね』

『予定合わない場合は切り抜きで我慢します』

 

うち常時配信のせいでアーカイブが存在しない地獄仕様だからな……切り抜き(直接配信画面をキャプチャーしてるんだろうか?)してくれる人間には感謝だ。

 

『そういや、テイルさんには話さないの?』

 

ん?

 

「何の話?」

『アキラさんに説明した話よ』

 

アキラさんに説明した話……って、俺の正体と配信の事か。

 

コメント欄を見ていると、そのコメントに同意する意見が多数流れる。

 

『あー確かに説明した方がよくない?』

『そっか、このまま他の人と一緒にダンジョン行くとなると、こないだみたいにカズサちゃんが俺達と一切反応してくれない虚無配信になるのか』

『しばらく一緒に行動するなら、エログロ事故の回避にもなるなあ』

「……テイルさんに説明かぁ」

 

確かに度忘れしてたけど、今のままの状況でいったら街から離れている数日間はほぼ皆に反応できなくなるな。こないだより酷い。それに、行き先のダンジョンは生物系モンスターはほぼいないハズだけど、街から出る以上動物系モンスターとエンカウントする可能性もある。そうすると、当然そいつらと戦闘になる可能性があるだろう。俺がそれを目にするには仕方ないとして、あんまりエグイ映像は当然カメラには映せない。その辺事情を先に説明しておけば普通に配信の対応はできるし、映像に関しても気を使ってもらえそうだけど。

 

ただなぁ。

 

実は俺の能力や正体を他の人間に話す事に関しては、先日すでにアキラさんに相談していたりする。何せ俺がこの世界の人間で対処しきれない怪物を倒すためにこちらに呼ばれたという可能性があるなら、王族とかに名乗り出た方がいいのかとも思ったのだ。

 

それ対するアキラさんの答えは否だった。

 

理由としては、まず第一に今の俺の能力ではそういった怪物に対してほぼ役に立たないであろうこと。ごもっとも。俺が獲得した能力はまだわずかで、戦闘系術も先ほどようやく獲得したようなものである。

 

そして俺の能力の成長方法も影響する。例えばこちらの世界のモノが俺の力になると言えば名乗り出る意味もあるだろうが、俺の力に直結するのはカメラの向こうの皆のお金の力だけである。まぁ王侯貴族に支援をしてもらえれば企画の幅も広がるだろうが、下手に囲い込まれたりしたら逆に動きがとりづらくなる可能性もある。そして現状だとその可能性が高いというのがアキラさんの意見だった。今の時代は比較的平和な事もあり、そういった性質を持つものが多いとの事。

 

だから名乗り出るのはナシになったし、そういった相手に知られないように基本的には正体も話さないようにっていうか能力の利便性を考えると王侯貴族じゃなくて犯罪組織にも狙われる可能性があるって事で、基本はこれまで通り正体は明かさないで行くってことになった。まぁ使い手のいないというかアキラさん曰く最早失伝された魔術も使える可能性があるわけだからね……

 

『テイルさんなら信頼できるんじゃ?』

『めちゃくちゃいい子だし、他所で話す事はないでしょ』

 

確かに、現状この世界で誰が一番信用できるかっていえばテイルさんだけど。話すにはちょっと覚悟を決めなくちゃいけない事が……

 

うーん、でも確かに今後ダンジョンとかに言った時に数日間皆の相手をできなくなるのは問題だし、それがなくても俺に対してガードが甘めのテイルさんだと今後マジで事故が起きる可能性もあるしなぁ。

 

……仕方ない、覚悟を決めよう。

 

 




前回残MP:900980
今回増減:
能力獲得費用 -810000
残MP:90980

現在獲得済みの能力は以下の通りとなります。
<<ウォータークリエイト>>
<<ピュリファイ・スピリット>>
<<テレポート>>
<<ハイスピード>>
<<ボイルウォーター>>
<<ポイントテレポート>>
<<ディスインテグレイト>>
<<ワイドプロテクション>>
<<ワイドヒーリング>>
<<フリージングバレット>>
<<チャージ>>



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美人に挟まれるTS少女

 

『最近カズサちゃん元から可愛い女の子だったんじゃないかと気になってたんだけど、今の姿を見ると〇貞の男の子だったって事を思い出すね』

 

うるさい黙れ。いや男だった事は全然思い出してくれて構わないが(というか忘れるな)その枕詞はいらないだろ! モデレーターさん仕事して!

 

──という事を普段なら口に出して言っている所だったが、今は口に出せる状況ではなかった。

 

何故なら、右隣は俺と肩を触れ合わせながらニコニコとカメラに向けて手を小さく振っているテイルさんがいて。

 

左隣には、ちょっといたずらっぽい笑みを浮かべて俺にしなだれかかっているアキラさんがいるからだ。

 

『なんか電車の中でギャルに挟まれて縮こまっている思春期の男の子みたいだよね』

 

カメラに映る自分の姿を見ているとその言葉が納得できちゃうからやめてくれ。というか元の俺はちゃんとした成人男性だし思春期も終わってるが?

 

「思春期って何?」

 

アキラさんの以前の話を聞く限りコメント欄の言葉はこっちの言葉に変換されていて、こっちの言葉に変換できないものだけがそのままの言葉として表示されるらしい。こっち思春期って概念ないの?

 

とりあえず子供から大人になりつつある時期の事って伝えたら、何故かテイルさんじゃなくアキラさんの方がうんうん頷いていた。はいそこそこニマニマしない! 別に女の子の接触がこれまでなかったわけじゃないけどこれだけ可愛い子二人にこの距離で挟まれる事なんてそうそうないからね?

 

さて、今のこの状況についてまず説明しよう。

 

まず、正体を明かすと決めた後に最初にしたのはテイルさんに土下座する事だった。

 

『土下座を持ち芸にする気かな?』

『流れるようなきれいな土下座だった。これは大会に出れる』

『そっちの世界に土下座の文化ないのに、何故土下座したんですかね……』

『土下座したがり娘カズサちゃん』

 

とかいろいろな事を言われたが、気持ちの問題である。ところで大会って何?

 

土下座した理由は、主に例のお風呂の一件である。それ以外にも細々とあるけど。

 

アキラさんの時もそうだったが、自分の正体を明かしてコメント欄が見れるようになる以上俺が元男だと感づかれるのは時間の問題なわけで、であれば一刻も早く謝罪するしかないのである。特にテイルさんは一度産まれたままの姿を見ちゃっているので猶更状況が悪い。

 

という訳で俺は自身の正体を明かし、コラボ対象に入れて証明を行った後速攻で謝罪を行った。

 

ちなみにそれに対するテイルさんの反応はあっけらかんとしたものだった。さすがに怒られて一度ひっぱたかれる位は覚悟していたけど怒ってすらいなかった。

 

何でもテイルさん曰く「だってカズサちゃん可愛いしどう見ても女の子だから、今更男って言われても実感ないし……それに自分の体で見慣れてるでしょ?」

 

だそうである。

 

……彼女が怒ってないのは助かるんだけど、"どう見ても女の子"という発言はちょっと微妙な気持ちになった。「そうなんだ、ちょっと言動が男の子っぽいかと思ったらそうだったんだね」位言われると思っていたのに。確かにこの世界で人と相対するときは変なボロがでないように今自分が女の子である事を意識してるけどさ……

 

『カズサちゃんはもう身も心も女の子だよ』

 

なってねぇよ。……なってないと思う。

 

ちなみに殴られはしなかったが、最初胸に触られた。最初は女装をしているのだと思ったらしく、混乱して何か詰まっているのかと思い思わず触ってしまったらしい。結構強く触られたので思わず変な声が漏れてしまい後ですげぇリスナーに揶揄われた。

 

とまぁそんな事もありつつも、だ。俺は今の自分の事情を話し、ありがたい事に納得してもらえた。彼女も異世界人の事に関して話を知っていたのが、受け入れてもらうのに役にたったと思う。異世界人に関しては近年表舞台にほぼ登場してないから知っている人間は少ないが、やはり冒険者稼業等をやっている人間は知っている割合が比較的多いそうだ。いろんな所行ったり調べたりするからかね?

 

基本的には正体は他言無用とする事にも同意して貰えた。ただグウェンさんだけには伝えていいか聞かれたので、これは頷いた。テイルさんの相方の彼は依頼時に同行するはずだし、説明しないといけないとは思っていたので。テイルさん曰く口も固いそうだしね。

 

ともあれこれで状況は整ったわけで──いよいよ、俺は初めてのダンジョン探索へと向かう事になったのである。

 

依頼料に関しては幸いな事に成功報酬込みではあるが手持ちの現金だけで収まる範囲だった。そうして手続きやテイルさんに相談していろいろ必要な道具を揃えつつ、ダンジョンへと旅立った。

 

目的地は勿論クアンドロ地下遺跡だ。というかここ以外だと俺何の役にも立たないし。いや心霊ダンジョンならワンチャン……? そんなホラーダンジョンあるかどうかもしらんけど。

 

クアンドロ地下遺跡は当然といえば当然だが街から歩いてすぐたどり着ける場所にはない。距離的には数十kmは離れており荷物を担いだ状態での移動となると、大体二日近くかかる距離である。

 

なので初日の今日は野営だ。キャンプとかした事ない人間なので、人生初の野営だ!

 

……まぁ野営の準備とかはテイルさん達がぱぱっと済ませてくれちゃったので、俺は少し手伝っただけなんですけどね……今後こういう事も増えるだろうから慣れて行かないとなぁ……

 

そうして夜食も終え、今は4人でのんびり過ごしている所だ。

 

そう4人だ。俺、テイルさん、グウェンさん、アキラさんである。ちなみにアキラさんには依頼していないというか、パストラでも上位の実力者であるアキラさんは当然単価も高いので依頼とか無理である。

 

じゃあなんでいるのかというと、クアンドロ地下遺跡に向かう事を話したら「じゃあ私もついていくわね」とものすごく軽い調子でついてきちゃったのである。「今仕事受けてないし今私の一番の興味はカズサちゃんにあるしー」だそうだ。いや、滅茶苦茶心強くはあるけどいいの?

 

ちなみにそういう理由なので依頼料は払っていないが、さすがに申し訳なさが過ぎるのでテイルさん達と相談の上で成功報酬は払う事にした。当人は「お金には困ってないけど」っていってたけどさすがにね。

 

 



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第二の協力者

 

 ちなみにであるが、現在の視聴者は2万人を超えていた。

 

 24時間配信しているウチのチャンネルだけど、当然時間帯によって視聴者数は波がある。

 

 そもそも俺が寝ている深夜帯が一番少なく今は1000~2000人台。──何の動きもないハズの時間帯にそんだけいるのもおかしいんだけど。

 

 で朝方になると倍以上に増える。これは俺に「おはよう、いってらっしゃい」と言ってもらいたい社会人や学生勢が出勤・出社前に見に来ているらしい。まぁ当然個人個人にはいえないので、大体決まった時間に言うようにしている。尚要望として『裸エプロンでお願いします』と言われたが断固拒否した、そういうチャンネルじゃないです。そしたら『スク水エプロンでもいいです』ってのが来たけど、そういう話でもねーんだよ。というか寝起きでそんなマニアックな恰好する人間いねぇよ。

 

 昼は平日なら朝よりちょっと多い位かな。夕方位になると徐々に増えだす。ちなみにウチの配信スタイルの都合上、ずっと画面に貼り付いているよりは流しっぱなしにしている人が多いっぽい。ま、当然かな、ウチは常にリスナー向けに何かしているわけじゃなく日常光景をそのまま流している時間の方が多いからな。街並みを映すライブカメラに近い。

 

 で、夜になると最近は1万ちょっと超えるくらいが平均値って所だ。さすがにこないだみたいに数万クラスは当初から予告していた企画の配信の時くらいだよね。

 

 数か月前と比べるとほんとえらい事になってるなぁと思うけどそれはおいといて。

 

 同行者全員に配信の事は説明したから移動中でも配信可能になったんだけど、移動中に配信できるのとやれるのは話が違うわけで。街中をのんびりと散策しているときならともかく、かなりの長距離を歩くのに常にコメント欄を見ながら返事をしつつ歩いていくのは間違いなくバテるので。というか、すぐ側を歩いている仲間がいるのに、ずっとよそ見して話をしているのもどうかなって感じだったので、基本的にはライブカメラ状態での対応とさせてもらった。たまにちょっと気になる場所とかあった時はテイルさんやアキラさんと話しつつ紹介したりしたけどね。

 

 んで、その代わりにこうやって一日の殆どが落ち着いた後にちゃんと相手するって約束してたので。今こうしてカメラと向き合っているわけだけど。

 

ダンジョン突入時はともかく、移動中なのでそんな目立ったことないよーと告げていた今日の夜にいつもの倍近くに視聴者が集まっているの、間違いなく二人の力なんだろうなー。

 

 一応事前に一回顔合わせはしてたんだけど、こうやってテイルさんとアキラさん(とグウェンさん)が一緒に行動するのは今日が初めてだからね。

 

『あーぱらいそがみえるー……』

『天使が3人……俺死んだんだっけ』

 

異世界だからある意味天国みたいなものなのかもしれないが。そういや俺の向こうの体どうなっているのかね? 体ごと行方不明になっているのか、あるいは実は死んでたりするのか……考えると怖くなるからやめておいて。

 

えーっと。

 

俺はちらっと視線を横に向けると、その視線に気づいたテイルさんがこちらに顔を向けてにこっと笑った。可愛い。

 

「ねぇテイルさん」

「うん?」

「本当に、配信手伝ってもらっていいの?」

「うん、手が空いてるときにはなるけど全然いいよ? こうするとカズサちゃんも早く強くなれるんでしょ?」

 

 

実は今日の移動途中、テイルさんから配信に映るのを認めてもらうだけではなく積極的に配信を手伝ってくれると申し出があった。

 

正確にいうと、言い出したのはアキラさんだ。どうもアキラさん、コメント欄からテイルさんが配信に映るのを望んでいる人間が結構いる事を拾い上げたらしい。それでアキラさんが軽く話を振ったら即座に協力を申し出てくれたのである。

 

『ええ子すぎる……』

『テイルちゃんマジ天使』

『テイルちゃんとアキラさんに会えたカズサちゃん豪運すぎない?』

 

俺もそう思うよ。アキラさんもテイルさんも美(少)女の上に人格も良くて(アキラさんは悪戯っぽい所があるけど)しかも配信に関して協力的だとか運が良すぎる。もしかすると対人関係の運のチート貰ってたりしない?

 

しかし配信にも協力なのはは本当に助かるよな。正直一人だとなかなかにマンネリ気味なのは確かだったし(だからこそこれまでやってこなかった歌配信とかまで手を出したわけで)、これで出来る事いろいろ増えそう。

 

『この光景が頻繁に見れるようになるとか、おらワクワクしてきたぞ』

『これまで声の出演だけだったテイルさんが本加入した感じがある』

 

これまでもテイルさんがいる状態で配信ってのはあったけど、基本的には彼女が映らないように考慮していたしな。

 

ただまぁ何が出来るかっていうとぱっとは思いつかないけれど。定番のゲーム配信はできないしねぇ……いや、別にゲームってゲーム機使ったものだけじゃないしいけるか? 今後二人にこっちのゲームとか聞いてみようかな? 多分テーブルゲームの類ならあると思うんだよね。 それでそのゲームが元の世界で流行ったりしたら面白いけど。 それとやってほしい企画とかも今度リスナーに募集を取るか。

 

『拙者美少女3人のパジャマパーティに潜入したいの民。お願いしやす』

『お風呂配信とか水着配信とか夢がひろがる』

『美少女にいつでも会えるだけではなく、美少女同志のてぇてぇも確率で見れるこのチャンネル、最強では?』

「てぇてぇ?」

 

俺一人の時にな!

──現時点ですでに欲望を垂れ流してくる連中がいるけど、変な企画を二人の目に止めたくないし。なんなら二人が比較的そこそこのラインまで受け入れそうなのが怖い。特にアキラさんな。

 

大体お風呂配信とか水着配信とか俺一人でもやった事ないのにやるわけない。いやお風呂はSoundOnlyでやってるし、水着配信は先日透け水着やってるけど。というか後者はともかく前者は頼めるわけないだろ、二人とも俺の中身もう知ってるんだから!

 

あとテイルさんてぇてぇには反応しなくていいです。というか意味は聞いてこないでくださいお願いします。

 

 

 



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異世界転移ものとしては定番の能力だよね?

 

「そろそろ切り上げて寝る支度しろよ」

 

あれからずっとリスナー達との雑談を続けていた俺達にそう声を掛けてきたのは、それまで我々と少し離れた場所でもくもくと武器の手入れをしたり焚火の管理をしながら何かを読んでいたグウェンさんだった。

 

当然彼にも俺の事は説明済みだけど、配信に関しては基本的にかかわるつもりはないようだ。まぁ協力的なアキラさんとテイルさんの方が珍しいとは思うけど。

 

それに多少協力するような気になっても、こんな美少女3人がきゃぴきゃぴ(死語)している中に混じるのはしんどいわな。俺だってこの外見になって、なおかつ結構な時間をすごして女の子であることに慣れていなければなければ間違いなく混じってない。

 

しかし、もうそんな時間か。カメラから視線を外して空を見上げれば、確かに結構夜遅くになっているようだ。月の位置を見る感じだけど。この世界には一応時計もあるらしいけど高級品だから当然持ってないし、まぁ具体的な経過時間を知りたければリスナーに聞けばいいだけだしな。それにしても結構な時間話してた事になるな。

 

特に現時点では何の企画もしてなかったから本当に雑談してただけなんだけど、随分盛り上がったもんだ。盛り上がってたのは俺以外だったけど。

 

ただ盛り上がり方がちょっと想定から外れていたんだが。

 

てっきりリスナー達がアキラさんやテイルさんを質問攻めにするのかと思ったら逆だったんだよねぇ。アキラさんやテイルさんの方がリスナー達の事を質問攻めにしていた。というかまあ大部分アキラさんだけど。

 

アキラさんはどうやら俺の世界の事に興味津々で、リスナーからの質問(とりあえずお約束とばかりにスリーサイズを聞いた奴は自重しろ)は軽く流して次から次へと質問をリスナーにぶつけていた。そうなるとノリのいい連中のことで、我先にと皆語りたがる訳で。ちなみに当然のように嘘を教えている奴がいたのでそこはきっちり訂正した上でカメラ越しにジト目を送っておいた。返って来たのは『ああ、いい……』とか『その目で見られるとゾクゾクする』とかいった反応だったけど。うん、シッテタヨ……

 

ともあれ、寝る支度しますかぁ。

 

『テントとかじゃなくてハンモックなんだ』

「テントは嵩張るからねぇ」

 

受け取ったハンモックをテイルさんからレクチャーを受けながら、目に入ったコメントにそう返す。

 

まぁさすがにテント運ぶとなると荷物としては邪魔になる。元々行く予定だったグウェンさんとテイルさんのコンビは二人共近接系……特にテイルさんは速度を武器とする軽戦士だから、背中に荷物を背負ったままでは戦闘力が落ちる訳で。

 

まぁそれでもこういった森の中や荒野なら敵性生物の接近は感づけるし、そうすれば交戦状態に入るまでに荷物を放り出せばいいんだけど、ダンジョンの中となると中々そうはいかない。

 

だからこういった場合、普通はポーターと呼ばれる運び屋を雇うそうだ。

 

荷物持ちといっても、ちゃんとした職業でありギルド経由で正式に依頼が必要となる職業だ。誰でも出来る職業じゃない。

 

 

重い荷物を長距離運ぶための体力は勿論の事、直接戦闘に参戦はしないものの怪物がいる場所についていくのだ。怪物達から己の命と荷物を守りきるためには怪物やその場所に関する知識もいるし、荷物を背負ったまま動き回るための体術も必要となる。

 

更には生命線となる荷物を預けられるのだ。信頼性も必要になる。だからダンジョンや長期の散策に出る事が多いパーティーなどは専属のポーターを雇っているとのこと。

 

今回はダンジョンに潜るとはいえがっつり深く探索するわけじゃないし、そこまでの道程もそれほどリスクの高い場所はないということで、ポーターは雇わず来ることになった。その分荷物は最小限にするためテントは除外したわけである。

 

まぁポーター雇わなかったのは俺の配信の都合の方が結構大きいけどさ。せっかく他の同行者には伝えているのに更にそこに一人追加したら結局配信できなくなるし。

 

ちなみにそのまま地面に寝ればいいのでは? という意見は却下である。森の中で地面で寝たりなんかしたら虫に集られたり嚙まれたりして大変だそうだ。──本来は。

 

「私がいるから、別に地面に雑魚寝でも大丈夫なんだけどねぇ」

 

わりと楽し気に自分用のハンモックを用意しつつそう呟くのはアキラさんだ。

 

彼女曰く、一定サイズ以上の生物の接近を感知する魔術、虫よけの魔術が使えるので、虫に関しては気にしなくても大丈夫とのこと。そんな便利な魔術あるのかと思ったが、こういった便利系の魔術はわりと旅する上で必需品となる上に難易度はそれほど高くないので、結構研究が進んでいるそうだ。

 

成程、それなら地面に雑魚寝でもいけそうだ。といっても冷たい地面の上に薄い布一枚敷いて寝るだけじゃ熱を持っていかれるから、ちゃんとテントが欲しいよな。今回とか天候は安定しているからいいけど、雨降ったら困るし。一応タープみたいなのはあるようだけどさ。

 

そういや、以前<<インベントリ>>って能力を見かけたな。異世界物では定番の能力。値段が……確か50万だったっけ? とにかくくっそ高くついたのと、街中で暮らしている分にはそこまで必需品となる力じゃなかったから獲得対象にしてなかったけど、今後こうやって外に出る事が増えると考えた場合獲得優先度高いかもしれない。何よりポーター雇わなくていいのってのがでかい。配信で人目を気にしなくてよくなる。あとその費用をテイルさん達に回せるし。

 

以前だったら50万とかくっそ遠かったけど、前回の配信で一発で集めれてるしな。アキラさん達効果でチャンネル登録者数も加速してるし、二人に協力してもらって一日がっつり企画配信すればいけるか? 勿論少し間は開けないとこないだ投げて貰ったばっかりだからアレだけど。

 

ま、今回が無事終わったらゆっくり考えましょ。皆にも相談しつつな。

 

──よし、ハンモック準備完了。実はハンモックで寝るのって初めてなんだよね。ちゃんと寝れるかなぁと思ったけど、今日さんざん歩いたせいか横になったらいきなり眠気が来たから大丈夫そう。

 

「それじゃグウェンさん、お先に失礼させて頂きます」

「ああ、ゆっくり休んでくれ」

 

見張りを受け持つグウェンさんに挨拶。それからテイルさんとアキラさんにも挨拶して夜空を見上げる。ちなみに俺は見張り役は免除されている。雇い主とはいえそれは申し訳ないと申し出たら、「もし何かに急襲されたとして、対応できるか?」とグウェンさんに言われました。ごもっともすぎて何も言えなかったです……。

 

体が疲れてるのは事実だし、それならお言葉に甘えてゆっくり休ませてもらうけどね。明日疲れで移動に影響が出るのも問題だし。

 

それじゃカメラはいつもの寝る時の場所にセットして、と。

 

「それじゃ、今日はコメント欄消して寝るから」

『え、なんで?』

『なんなら俺達グウェンさんとかテイルちゃんとお話ししててもいいんだよ?』

「……だからだよ、俺の目のとどかないところで妙な事吹き込まれたら困るからな」

『俺ら信用なさ過ぎて草』

『カズサちゃん、俺達の事もっと信じて』

 

これまでの反応を見ると信じられるわけないんだよなぁ。

 

『あっ、あっ、今日はジト目は多くて嬉しい!』

『ビクビクビク』

『今日もよく眠れそうだぜ』

 

……ああ、もう! 寝る前に血圧上がっちゃうから!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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初陣

 

ゴォォォォォォン!

 

「ひあっ!?」

 

間近で響いた硬いもの同士がぶつかり合う事で生まれた轟音に、思わず口からなっさけない悲鳴が漏れでてしまった。

 

『ひあっ』

『ひあっ』

『ひあっ❤』

 

おーしお前ら後で説教な! 特に最後の奴!

 

ってそんな場合じゃない!

 

グウェンさんの大きな体越しに音のした方に視線を向ければ、物語に出てくる悪魔みたいな外見の石像が羽を羽ばたかせ武器を振るうグウェンさんからの距離を取っていた。ガーゴイルという奴である。

 

なんで石像が空を飛んでいるのかといえば……ファンタジー世界だから今更だな。こっちの使う魔術にも飛行魔術はあるしさ。

 

奴は天井付近から突然現れた。石像なんだからちゃんと通路に設置されてろよと思うが、どうやら天井付近にあるくぼみに出来た物陰に潜んでいたらしい。一直線に俺に向かってきたのを防御力上昇の術を使っているグウェンさんが防いでくれた形だ。ありがたい。まったく反応できなかったからね……一人なら下手すると脳漿ぶちまけて死んでましたよ、それくらいの音したもん。

 

街を出てから3日目、いよいよ俺達は目的地であるクアンドロ地下遺跡に突入していた。

 

その名前の通り明らかになんらかの人工的な建造物だと解るこの場所は、天井の高さもそこそこある。その高度から襲い掛かって来た石像を盾を使ったとはいえ正面から受け止めたグウェンさんマジ凄い。

 

ただ相手が再び高度をとってしまったので、反撃は届かない。グウェンさん弓も扱えるらしいんだけど、クアンドロ地下遺跡の石像達には殆ど役に立たないからって今回は持ってきていないらしい。なので、飛行されてしまうと攻撃の手立てがない。

 

グウェンさんには、だけど。

 

「<<レッグカバー>>」

 

再び降下してこちらへ襲い掛かってくるガーゴイルの後方へ、すでにテイルさんが回りこんでいる。

 

彼女は上へ向けて手を伸ばし、

 

「<<ランドインザエア>>」

 

そう呟くように唱えると、空中にうっすらと板のような何かが浮かび上がった。

 

その間に、再び襲い掛かってきたガーゴイルの一撃をやっぱりグウェンさんが防いでくれる。……なんか俺狙ってきている気がするけど、一番弱そうに見えるからだろうか? 

 

反撃の一撃は今度は硬い音と共に体の一部をわずかに削ったが、再びすぐ距離を取られる、が、

 

「<<ハイジャンプ>>」

 

そのタイミングでテイルさんが飛び上がった。5mはある高さへと軽く跳躍するとクルっと体を回し──先ほど生み出した空中の板を蹴って軌道を変える。ガーゴイルの後ろ後方へととびかかる。

 

同時に、まるで軽業師かのように空中で体を前方に回転させ、

 

「<<ヘビーウェイト>>」

 

綺麗な回転かかと落としを叩き込んだ。

 

「!?」

 

再び降下しようとしていたガーゴイルはその威力に抵抗する事ができず、そのままの勢いで地面に叩きつけられる。

 

えらい勢いで落ちたガーゴイルだが大してダメージはないようで、すぐに再び飛び上がろうとする、

 

「<<チェインバインド>>」

 

だがその前にアキラさんが生み出した半透明の鎖が絡みつき、ガーゴイルは地面に縛り付けられた。

 

すっげ……

 

「カズサちゃん?」

「はひっ!?」

「出番よ?」

 

そうだった! テイルさんの流れるような動きやアキラさんの手際に見とれてる場合じゃねぇ!

 

俺は守ってくれていたグウェンさんの陰から飛び出すと、ガーゴイルに向けて手を向けて叫ぶ。

 

「<<ディスインテグレイト>>!」

 

途端、脱力感と共に力が前方に展開されるのを感じる。その力はガーゴイルを包み込み──数秒後にはガーゴイルはガラガラと音を立てて崩れ落ちた。

 

「はぁ……」

 

その様子を見て安堵の息を吐く俺の傍ら、テイルさんが軽やかな足取りでガーゴイルの元に近寄ると、その残骸の中に手を突っ込む。

 

「えっと……ああ、あったあった」

 

そう呟いて残骸の中から引っ張り出された彼女の手の中には、黒光りする石があった。

 

これが先ほどまでガーゴイルを動かしていた動力源であり、今回の俺達の目的である魔石だ。

 

「いやぁ、ほんとカズサちゃんの<<ディスインテグレイト>>はすごいねぇ。ゴーレムもガーゴイルも一撃なんだから」

「すごいのは皆でしょ……ねぇみんな?」

 

言葉と共に側面に置いたカメラに視線を送ると、即座に賛同が返ってくる。

 

『テイルさんの動きが凄すぎて、思わず見とれちゃった』

『なんであんなの正面から受け止めて微動だにしないんだ……』

『俺もアキラさんにあの鎖で縛ってもらいたいです』

 

うちのリスナーの中に一定数存在するいつもの特殊性癖君は無視して、と。

 

それぞれ皆に対して賛辞のコメントが流れる。それをテイルさんは照れ臭そうに、アキラさんは興味深そうにみていた。グウェンさんは完全スルーで周囲を警戒中。

 

確かに全員、すごかった。

 

実はこの戦いは二戦目だ。第一戦目はガードマンのように遺跡の入り口付近にいたゴーレムだったんだが、こいつは上手く感知される前に遠目から<<ディスインテグレイト>>を使って倒す事ができた。<<ディスインテグレイト>>は使用後効果が出るまで数秒のラグがあるため効果発動前に感づかれたが、動きが鈍重だったため問題なく倒す事が出来たかたちだ。

 

それに対して二戦目は奇襲だった。その上動きの速いガーゴイルなので<<ディスインテグレイト>>で捉える事ができず皆に動いてもらったんだが、皆とっさの応対だったにも関わらず見事な動きだった……俺以外。

 

特にすごいと思わされたのが、テイルさんだ。

 

以前から言っている通り、この世界では魔術はゲームのようにただ口にすれば発動するわけではなく(※俺以外)、体の中で力を練り上げて使用する。だから余程スムーズに呪文が練れるようになってないと連続発動は難しいんだけど、先ほど彼女は流れるように初級レベルのものが多かったとはいえ4つの術を立て続けに使った。テイルさん年齢的にはJKくらいなのに実力えぐくない? この年齢でこれってめっちゃ将来有望株なのでは?

 

 

 

 

 




筆者はネーミングセンスが死滅しています。


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いや俺には無理だって

 

『しかしマジでテイルさんのアクロバット凄かったな。速攻切り抜きあがりそう』

 

確かに。しかも複数上がりそうだ。俺だって見返せるものなら見返したいくらい凄かったし。

元の世界ではまず不可能な動きだし、それをやってるのが3次元の美少女とかまずバズらないわけがない。

 

『あれ定期的にやれれば、更にチャンネル登録者増やせそう』

『チャンネル企画でなんてああいうアクション系の企画なんで上がらなかったんだろうな?』

『カズサちゃんとああいうスタイリッシュなのは結びつかないからでは?』

「どういう意味だよ」

 

いや思わず突っ込んじゃったけど、実際はめちゃくちゃ納得できるけどな。

 

『いや、カズサちゃんドジッ娘だし……』

『MU☆RIをさせるのはちょっと心が痛むというか』

『着地失敗して顔面から地面にスライディングしているのが簡単にイメージできるんだよなぁ……』

『カズサちゃんは俺らに笑いかけながら媚を売るだけでいいんだよ❤』

 

ひ、否定できない。正直自分でも無理だと思うし、顔面ヘッスラも容易に想像できるので。

別段元の俺は運動音痴ってわけではなかったけど、あれはノーマル運動神経の人間には無理でしょ。

ただ少しは言葉にオブラートを被せような?

 

『でも、カズサちゃんが頑張るなら応援するよ』

『もしやるならスカートでしてくれると嬉しいなぁって……』

『陸地でやると危ないから、湖とかに飛び込むような形でやろうよ』

「いや、やらないから。皆が言ってる通り、あんなの俺には無理だから」

『でもリスナーが望むなら……?』

「やらねーって」

 

いくら視聴者数やスパチャが稼げるとしても顔面ダイブはいやだって。

 

「えー、でも練習すればカズサちゃんも出来ると思うなー?」

「テイルさん!?」

「カズサちゃん、どの術も覚えられるんだよね? それに魔力を練り上げる必要もないんでしょ? だったら行けそうだけど」

「いやいや無理だから!」

 

確かに俺の場合魔力練り上げのタイムラグは必要ないからその分難易度は低くなるけど、それ以前にあの動きは運動に関するセンスがないと無理だ。子供の頃からずっと練習するならまだしも、今から配信の為に覚えられるようなものでは決してない。

 

「そうかな?」

「そうだよ」

「そっかー」

 

よかった、納得してくれたようだ。正直テイルさんに「そんなことないよいけるいける」とか押されたら練習する羽目になっているところだった。

 

「んー、まぁそうだね。だったらボクが見せればいいわけだし」

「へ」

「だって、さっきみたいなの見せれば皆が喜んでくれて、カズサちゃんの力の元投げてくれるんでしょ?」

 

……やっぱり彼女は大天使なのでは? いや、大天使どころではない。テイルさんの優しさは熾天使クラスだ、間違いなく。

 

「……お願いしてもいいの?」

「もっちろん。あ、ただし今は駄目だよ?」

「勿論です」

 

さすがにこんな探索の最中に無駄な魔力を使わせるような事はできないけど、街に帰還した後に協力してくれるだけで死ぬほどありがたい……あのアクロバットは異世界とか関係なしに数稼げるの間違いないし……最近は金銭的な余裕はあるからMPをお金に変換ってのはやってないけど、久々に換金してきちんとスパチャでもらった一部を報酬で渡すのとか検討した方がいいかもしんない。

 

「んー、それじゃ街に帰ったら……あいたっ」

 

柔らかそうなほっぺに指を当ててその先の予定を考え出したテイルさんが、その途中で小さな悲鳴を上げた。グウェンさんが、拳骨を当てたのだ。まぁ拳骨と言ってもごく軽く小突いたという程度で痛みが残るようなものではないだろうけど。

 

突然与えられた一撃に振り返ったテイルさんに向けて、グウェンさんが呆れ顔で告げる。

 

「その辺にしておけ、探索中だぞ? 注意力が散漫になりすぎてる、本来なら今の拳骨だってお前気づいて躱せてるだろう」

「あー、はい。ごめんなさい」

 

ごもっともな指摘だったので、テイルさんは素直にグウェンさんに謝った。そうだよな、ここはダンジョンだし、更に先ほど奇襲を受けたばっかりだ。多少の雑談はともかくとして、コメント欄みてがっつりやりとりするような場所じゃなかった。

 

「申し訳ないです、グウェンさん」

 

当然この流れは俺の責任なのでそう頭を下げると、グウェンさんは首を振った。

 

「カズサは今回は雇用主だから気にしなくていい。そもそもテイルは先行警戒担当でもあるからな」

 

そう言ってもらえるのは有難いけど、でもやっぱり気を付けよう。うん。ダンジョン探索中はあまりコメント欄に気を撮られすぎないようにしないと。

 

『テイルちゃんのアクロバット配信楽しみ』

『せっかくだから専用衣装作りましょう。勿論スカートで! スパッツ着用でいいんで!』

 

……。

 

思った早々突っ込みどころのあるコメント欄が目に入り、俺は小さくため息を吐く。

 

ちら、と確認すればテイルさん達は本来の位置取りに戻りこちらを確認していないので、問題ない。俺の背後をカバーしているグウェンさんはコメント欄は特に気にしていないからな。

 

俺はそっとカメラを引き寄せて口元に近づけると、小声で呟く。

 

「あのさ、俺相手のそういった発言は別に構わないけど、テイルさんやアキラさんに対しては自重してくれな?」

 

『了解であります!』

『ライン引きは大事』

『あっ、近』

『おくちぷるんぷるん……』

『今モニターにキスした奴いますね、間違いない』

『「私以外にそんな事いわないで」って上目遣いで言ってるって脳内変換された。勿論君だけだよ、カズサちゃん……』

『そういうウィスパーボイス、ゾクゾクするからもっとやって?』

 

……よし、とりあえず意図は伝わったな! 後はスルースキル発動しとこう、突っ込んでたらきりがないからね! 後最後の奴は別にやっても構わないので(RPとかに比べればなんともないので)今度企画リストに入れておくか。、

 

 

 



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炎の魔物

 

わずか2戦目でちょっと怖い目を見るはめになったが、それ以降は俺達のダンジョン探索は順調に進んだ。

 

ゴーレムは概ね動き出す前に仕留めるか、動き出しても足が遅めだからそれほど苦労しなかったし、ガーゴイルも2戦目以降はグウェンさんかテイルさんが叩き落としてからの<<チェインバインド>>で拘束の流れが出来てスムーズな物だった。

 

有効打を持つのが戦い慣れしていない俺なので、集団と遭遇してしまった場合は素直に撤退しようとしていたんだけど、幸いな事にここまでは単体としか遭遇していないしな。

 

ところで集団といえば、一つ気づいた事がある。そのことを、ダンジョンの中歩を進めながら横を歩くアキラさんに話しかけた。

 

「ここ大きいダンジョンだし、他の探索者も見かけるかと思ったんですけど、全くいませんね?」

 

その問いに彼女はきょとんした後、「あー」という顔をしてから答えてくれた。

 

「だって、ここはあまり()()()()()()ダンジョンだもの」

「へ? 美味しくない? こうやって魔石が取れるのに?」

「逆に言えば魔石しか取れないのよ、この遺跡。しかも必ず倒さないといけないし。──ランクの低い冒険者じゃあ一体倒すのも苦労するわ。しかも固いから武装も損耗するし」

『カズサちゃん、自分がチート能力持ちって事たまに忘れるよね』

『そんなポンコツぶりも魅力だよ』

 

……ああ成程、確かに。俺は<<ディスインテグレイト>>という特攻になる術があるから倒すのに苦労はさしてしてないけど、グウェンさんやテイルさんが打撃を加えても全く致命打になってなかったもんな。まったく削れないわけではないからいずれ倒せるだろうけど、一体倒すのに余り疲弊しすぎるようではあまり効率がいいとはいえないだろう。魔術も相手がそもそも魔力を纏った存在だけあって効きが悪いらしいし、生物じゃないからここで遭遇する殆どのエネミーは火炎とか雷撃とか、そういった属性の術は意味がないらしいし。そして曲がりなりにもダンジョンなので、あまり強力な術をぶっぱして外したら事である。爆発系とか物理破壊力の高い術は使いづらい。

 

「でも、それこそ俺みたいに<<ディスインテグレイト>>使える術士なら稼ぎたい放題なのでは?」

「……カーズーサーちゃん?」

 

続けて放った質問には、今後は露骨に呆れた顔をされた。更に人差し指でほっぺたをつんつんと押される。

 

「あのね? <<ディスインテグレイト>>は適正持ちが少ないだけじゃなくてね、習得難度も高いのよ? 複雑な形に魔力を練らなければいけないの。ようするにね、本来はカズサちゃんみたいに極一部の術しか使えないなんてことはなくてね、様々な術を使いこなすような一線級の術士しか使えない術なのよ」

「あ、はい」

「そんな術士は当然高額の報酬で国家とか様々な組織に雇われているのよ。それ以外のフリーの人たちだって、遥かに実入りのいい仕事が受けられる。魔石は確かに高く売れるけど、だからって一資産稼げるってほどじゃないでしょ? そういった人たちにはここは()()()()()()の」

「成程……」

 

魔石は確かに高値で引き取ってもらえるが、一個一個が法外に高く売れるわけではない。理由は単純で現状需要に対して供給が足りているためだ。以前話した通り現状は魔石、そして魔道技巧を用いた道具は高額の為、王侯貴族などの富裕層にしか出回っていない。そして魔石自体はここ以外にもいくつか採取方法がある。なので高額とは言え高騰しすぎるということはない。俺にとっては生活費の糧として充分な報酬を得られるけど、たしかにエリートさんならそんな事より全然稼げてそう。

 

まぁでもそういうことならここでは俺が取り放題って事だよな! 他の冒険者達と取り合いになったり狩りすぎて枯渇するとかもなさそうだから。俺にとってはいい事だらけだ。当面の生活費稼ぎはここで──

 

「止まって」

 

テイルさんの声に、意識を彼女の方に向ける。

 

見れば、彼女は俺の事を押しとどめるように腕をこちらに突き出し、前方へと視線を向けていた。

正確にいうと前方の通路の先。左に向けて曲がっているためその先は見えないが、彼女はその先に意識を向けている気がする。

 

「何かいるんですか?」

 

小声でそう問いかけると、彼女は頷く。そして俺にその場を動かないように示すと、先行して通路の向こう側を覗き込み……そしてため息を吐いてこちらに戻って来た。

 

「何がいた?」

「イフリートがいたよ」

 

俺らの後方から声を発したグウェンさんの声に、テイルさんが答える。

 

イフリート……ファンタジー小説で言えば炎の精霊とかそっち系統の存在してよく名前を聞くけど、こっちではゴーレム達と同じ魔石を核にして動く魔法生物だ。纏っているのが石とかではなく、炎というだけ。成程、テイルさんがため息を吐いた理由が分かった。

 

なにせ纏っているのが炎なので、物理打撃がほぼ効かない。倒す方法はそれこそ核になっている魔石を破壊するしかないだろうし、そもそも接近するのが困難だ。耐性を上げる魔術もあるからどうにもならないってわけでもないけど、足止めも難しい。

 

「引き返して別ルート探してみます?」

 

そう提案してみる。

 

俺達は別にこのダンジョンを完全攻略しに来たわけじゃないので、今のルートにこだわる必要はない。ここまでもいくつか分岐があったから、ルート変更をしてゴーレムやガーゴイルを探しにいくので問題ない。

 

そう思って提案したんだけど、それに頷こうとしたテイルさんをアキラさんの声が押しとどめた。

 

「テイルちゃん、サイズはどれくらいだった?」

「んー……ボクと同じくらい?」

「なら引き返す必要はないわね、進みましょう」

 

そう言って、テイルさんより前に進む。それから振り返って、こちらに手招きした。

 

「カズサちゃん、いらっしゃい。ここは私達二人だけで充分だわ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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戦闘の時は集中しましょう

 

「おおー、めっちゃ燃えてる」

 

先ほどのテイルさんと同じように通路の上を覗き込むと、通路の先の方は明るくなっており、その中心に炎が立っていた。……うん、炎が立っているって表現がおかしい気もするけど、人型を取っているので丁度そんな感じなのだ。

 

「まごう事なきイフリートね」

 

そんな俺の頭の上で、アキラさんの声がする。彼女は俺に背後から覆いかぶさるようにして、同じように通路の先を覗き込んでいた。ちょっと屈みこんだ俺に少しだけ体重をかけるようにしているので、首元にですね、ふにょんとしたモノがですね。

 

『またえっちなこと考えてますね』

『むっつりTS少女カズサちゃん』

『これは間違いなく性欲強い』

 

……何故速攻で気づく? そんな顔に出てなかったろ今! あと性欲はしかたないだろ、中身は健全な成人男性なんだからさ! 自分にもあるものとはいえ、そりゃこんなふかふかしたものを首元に押し当てられたら性欲も湧いてくるわ!

 

というかアキラさん、中身男だって知ってるのに容赦なく体押し当ててくるからなー。

 

『アキラさんこれわざと当ててる?』

『アキラさんはカズサちゃんを揶揄うの好きだし、俺達はそんな二人を見るのが好き。WINWINだな!』

『当ててんのよとかいってくれないかな』

 

リスナーのみんなのいう通り、アキラさんからかい半分で体くっつけてくる事がある。こっちっとしては堂々とその感触を堪能できる性格だったらいいのだが、どうしてもそれ以外の感情がいろいろポップアップしてきてしまう。俺はエロシチュをあっさり受け入れるエロ漫画の主人公にはなれそうにない。なるつもりもないが。

 

でも、アキラさんのこういったスキンシップがより強くなったらどうしよう。俺だって、あまりに無防備にそんな事されたら我慢が──

 

「あてっ」

 

とそこまで思考がそれまくった所で、頭に軽い痛みが走った。首の辺りの柔らかい感触も消えていたので上を見上げると、アキラさんの握りこぶしがあった。今度は俺がアキラさんに小突かれたらしい。軽くだけど。

 

「カズサちゃん、集中力散漫すぎ。皆が気になるのはわかるけど、敵を目の前にしてそれだとグウェンさんに怒られるわよ」

「ア、ハイ。スミマセン」

 

ごもっともすぎる指摘だった。まだあっちが気づいてないからとはいえ敵が見える状態なのに、変な方向に思考トリップしている場合ではない。というかさっきのアレ、今回に関してはわざとじゃないな。無意識だ。……ようするにそんな事は気にしていない、というか今は普通に女の子としか認識していないからとった行動だろう。

 

とりあえず、コメント欄は一度意識から外して、と。

 

「それで、あいつどうしますか? とりあえずあの距離だと<<ディスインテグレイト>>は届きませんけど」

 

気を取り直して、俺はアキラさんにそう問いかける。

 

距離が足りれば奇襲をかけるのも作戦の一つだが、残念ながら有効射程より倍以上の距離がある。そしてこの角から先、アイツがいるあたりまでは遮蔽がないのでこれ以上気づかれずに近づくのも難しい。いやあいつが視界から索敵してるのかはわからんけど。どう見たって、目がないし。

 

「別にやる事は変わらないわよ。動きを止めて、カズサちゃんがトドメね」

「でもあいつの足どうやって止めます? <<チェインバインド>>ですか?」

「<<チェインバインド>>は有効射程が短いから駄目ね。そもそもアイツを拘束できるか微妙だし」

 

<<チェインバインド>>は物理的なものだけではなく、魔術的なロックもかけて不定形態の怪物すら拘束する強力な術式だが、さすがにイフリートのようなそもそも形状があやふやなものだとそもそも拘束できない可能性が高い、魔石を核にしているのは間違いないのでその辺りを上手く拘束できればいいのだが、やはり射程が短いためイフリートのように近寄り難い化け物相手には確かに微妙だ。

 

でもだとしたらえーっと、相手が炎だから……もしかして氷か?

 

「それじゃ<<フリージングバレット>>?」

「<<フリージングバレット>>だとすぐに溶かされてろくに拘束できないわね。まぁ半分当たりね。いくわよ」

「えっ」

 

そう告げると、アキラさんは無造作にイフリートのいる通路の方に足を進めた。それにつられて俺もあわて飛び出すと、イフリートと目があった──気がした(目ないけど)。

 

そして、明らかにイフリートが反応を見せる。やっぱり視界で索敵しているのか? こちらに気づいたらしいイフリートはこれまでの魔物たちと同様、こちらの方へと向かってくる。

 

そんなイフリートに向けて、アキラさんが腕を伸ばし、言葉を紡ぐ。

 

「──<<マジックシールド>>」

 

その彼女の声が響いた途端、イフリートの動きが止まった。アキラさんの生み出した不可視の魔術の盾に押しとどめられたのだ。

 

ただ、<<マジックシールド>>は相手を拘束する術式ではない。あくまで魔力の盾のようなものを生み出すだけだ。イフリートも不可視の盾の存在に気づき、その盾を迂回するような動きを見せる。

 

そこに、再度アキラさんの声が響く。

 

「<<アイスコフィン>>」

 

──そこからは圧巻の光景だった。イフリートの四方に白い霧が漂ったかと思うと、それが各方向へ広がっていき……そしてイフリートの周囲を覆う。それに気づいたイフリートはそこから逃れようとしたようだが……遅かった。四角い箱のように広がった白い霧はその内側へと更に広がっていき……気が付けばイフリートの動きを完全に固めていた。……中でちらちらと炎が動いているのが見えているから、中は空洞みたいだけど……

 

「カズサちゃん、見てないで距離つめて<<ディスインレグレイト>>早く使ってー。割と消耗するのよ、これ」

「あっ……はいっ!」

 

そうだった! 幻想的ともいえる光景に思わず見とれちゃったけど、ぼうっとしている場合じゃねぇ!

 

俺は<<ディスインテグレイト>>の有効射程まで距離を詰めるため走り出した。

 

いやしかし今更だけどほんとアキラさんすごいな!?



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魔力切れ

 

イフリート以降、出てくる魔術生物の種類は増えたが非常に優秀な同行者のおかげで特に問題が生じる事もなく、順調に魔石採集は進んでいった。20個を超える数が集まっており、これだけあれば三人と報酬分割してもしばらくは生活費に困ることはないだろう。<<ディスインレグレイト>>とこのダンジョンの事を調べた俺超えらい。

 

「広いところに出るわね」

「あ、じゃあ<<ワイドプロテクション>>掛けますね」

 

<<ワイドプロテクション>>は効果時間がそれほど長くないので、遺跡に潜っている最中にずっとかけておくことはさすがにできない。なので大物の敵や奇襲を受けやすい広い空間に出た時だけ掛けるようにしていた。最悪俺の場合魔力の練り上げが不要な分、咄嗟の戦闘でも掛ける事は出来るしね──パニクってなければだけど。

 

ちなみに<<ワイドプロテクション>>を掛けるのは俺の役目である。アキラさんは当然のように使えるしテイルさんとグウェンさんも<<プロテクション>>は使えるみたいだけど、俺が自分から立候補した。なにせ俺のお仕事は動きを止めてもらった魔術生物に<<ディスインレグレイト>>を掛けるだけだからね……あと普通に覚えた能力を使ってみたかったのもある。ほら、仲間にバフをかけるのってものすごく異世界ファンタジーっぽい感じがしない。

 

一番最初に掛ける時、その気持ちが顔に出ていたみたいでリスナーの皆にすごく揶揄われたけど。

 

「<<ワイドプロテクション>>」

 

<<ワイドプロテクション>>の掛け方は簡単だ。対象を視界に捉え、この人に術を掛けると意識して行使するだけでいい。実際はどうだかしらないけど、俺の場合はこれだけで行ける。あと自分を忘れないように。一番この術掛かってなくちゃいけないのは俺だしね。

 

まぁすでに何回か使ってきてはいるので、もう慣れたものである。

 

「……っ」

 

ただ、今回はこれまでと少し違っていた。

 

別に魔術の効果に変化があったわけではない。違っていたのは俺の体だ。

 

術を使用した直後、一瞬膝から力ががくっと抜けた。そのせいで一瞬よろめいてしまう。さすがに膝をつくほどではなかったけど。

 

「大丈夫? 魔力切れが近い?」

「魔力切れ?」

 

その様子を見てアキラさんから掛けられた声に、俺はオウム返しに問い返す。

 

「あー……カズサちゃん、これまで魔術を使いまくった事ってある?」

「いや、ないですね……成程、力使いすぎるとこうなるんだ」

 

そういえばここまで術をつかったのってほぼ単発で、ここまで一日の間に術を使ったのってないな。レイス戦では何回か使ったし疲労感はあったけど、あの時は力抜けたのは精神的な安堵が大きいと思うし。

 

成程、魔術を使いすぎるとこうなるのかー。普通に体力使いすぎた感じみたいなのかな。さすがに異世界チートで無尽蔵に魔術が使えるとかなかったね。

 

「まだちょっと力抜けたくらいだから、切れたっていうか残り少なくなってきた感じですかね」

「そんな感じね」

「それじゃ、ここで引き上げか?」

「だね」

 

撤退を口にしたのはグウェンさんだ。その言葉に、テイルさんも同意する。

 

俺達は別にこのダンジョンを別に完全攻略しに来たのではないので、力が切れるのも近いのに無理して進む必要はない。なので、俺も二人の意見に頷いた。

 

ちなみに、帰路の事は考える必要はない。ここには<<ポイントテレポート>>が使える人間が二人もいるからね。帰りはひとっとびだ。尚、帰りの<<ポイントテレポート>>は俺じゃなくアキラさんが使う事に決まっている。これは魔力がどうのではなくて、単純にグウェンさんがいるからだ。俺やテイルさんの住んでいるアパートメントは基本男子禁制だから。

 

「それじゃアキラさん、お願い……アキラさん?」

 

撤退で話もまとまりそうだったのでアキラさんにお願いしようと顔を向けたら、アキラさんはこちらを向いていなかった。何かを察したのか、こちらとは違う方向を向いている。その様子を見たグウェンさんとテイルさんがすっと戦闘体勢に入った。俺も続く。……グウェンさん達の後ろに隠れるだけだけどな!

 

「何かいるのか?」

「……ああ、いるんだけど別にすぐそこにいるわけじゃないから、大丈夫よ」

 

言葉の通り、アキラさんはすっと力を抜く。

 

「気が付いたら結構深くまで潜ってたみたいね。この近くにロックドラゴンがいるわ」

「ドラゴン!?」

 

思わず声を上げて反応してしまった。

 

ドラゴン! ファンタジーの大定番のモンスター! 思わずさっきまでアキラさんがみていた方角を見てみるけど壁があるだけで何も見えなかった。感知魔術でも使ってたのかな?

 

「なんだ、だとしたらカズサが疲れてなくても結局ここまでだったな」

「やっぱりヤバい相手なんですか?」

「ドラゴンといってもガーゴイルやゴーレムの同類だからさ。硬いんだよね。それにおっきくて攻撃力も強いから戦いたくはないかなー」

 

ああ、そっか生物じゃないのか。場所を考えれば当然といえば当然だよね。という事はドラゴンの像が動いているみたいな感じだろうか。うう、見てみたくてちょっとうずうずする。

 

コメント欄を見たら、リスナーの皆も同様で見たいという意見が多かった。ただ危険そうだからやめといた方がいいという意見も結構多い。

 

配信者として考えれば当然視聴者が求めているなら見に行きたいところではあるけど、ただそれは命をかけてやる事じゃないよな。俺か、あるいはアキラさん達がそいつを圧倒できるほどの無双ができるなら全然ありだけど、テイルさんも言っている通り楽な相手じゃなさそうなのは確かなので。

 

うん、諦めようと口を開こうとした時だった。

 

「見に行ってみる?」

「へ?」

 

想定外の言葉が、アキラさんの口から出た。顔を見上げると、ちょっとにまぁと笑ってる。

 

「戦うのは御免被りたいけど、見に行くくらいなら出来るわよ?」

 

そういったアキラさんの視線がちらりと横を見た。多分コメント欄をみたんだと思う。アキラさんは割とリスナーの要望に答えたがるのそれを見て行ってくれたのかな。

 

どうなんだろうと思ってグウェンさん達の方へ視線を向けると、彼はコクリと頷いた。

 

「ここのロックドラゴンはサイズの都合で部屋の外には出てこないからな。見に行くくらいなら大丈夫だろ。……一発くらいブレスはもらうかもしれないが」

「ブレス!? 炎ですか!?」

「いや、石礫のハズだな。ちゃんとガード張れば耐えられるだろ?」

「カズサちゃんの<<ワイドプロテクション>>はかかってるし、後は<<マジックシールド>>使えばまぁ被弾しても大したダメージではないでしょ。一応自身の防御強化も使って、カズサちゃんカバーできる体勢にしとけば万全よ」

「ストーンブレスならボクも防御手段あるしいけるね。カズサちゃん、どうする?」

 

二人の意見を受けて、テイルさんがニコニコしながら聞いてくる。

 

その言葉に、俺はこくりと頷いた。

 

「見に行きたい!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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はじめてのどらごんぶれす(石礫)

 

『岩ですね』

『まごう事なき岩だな』

「岩だねぇ……」

 

ここまで見て来た中で尤も広いフロア。天井も高く、なんでこれで柱無しで崩れてこないんだと思わせるレベルだが、まぁゴーレムとか動かしてた文明の遺跡だ。きっと謎パワーが働いているんだろう。

 

俺達は今、そのでかいフロアの中……ではなく、フロアの入り口付近に立っている。

 

全員の視線は、そのフロアの奥の方へ。そこには、巨大な岩の塊があった。

 

……そう、岩の塊。

 

うん、そりゃそうだよね。"ロック"ドラゴンだもんね。動いてなければただの岩だもんね。てっきりドラゴンの像みたいなのが立ってると思ってたんだけど、今はまるで生物のように丸まって床に伏せているらしく、こうなると本当に岩の塊にしか見えない。まぁ注意してみれば首っぽい所とか腕っぽいところとか見えるけど。

 

「これって、もしかして中に入らないと動かないとか、そういう感じですか?」

 

横を見たらグウェンさんがいたので、聞いてみる。

 

もしそういう仕様なのであれば、残念だけどここで撤退かな。さすがに"でかい怪物が動いているところを見たい(というか見せたい)"という理由だけでそこまでのリスクを背負うのもあれだろう。

 

そう思ってした問いだったが、グウェンさんの答えは否だった。

 

「いや、このフロアにある程度近づいた時点で起動自体はしているハズだ」

 

グウェンさん曰く、話に聞く限りは大体姿が見えるようになった時には動いているハズとの事。まぁ普通に考えたら部屋に入るまで動かないんだったら思いっきり今俺達がいる位置から先制攻撃ぶち込めるしな。むしろ今回なんで動いてないんだ。バグか?

 

「って、動いたよ。カズサちゃん」

「……あ、本当だ」

 

テイルさんの声に視線を戻せば、先ほどまではほぼ岩山に見えていた巨大な存在が、ゆっくりとその体を伸ばし始めていた。

 

それと同時、テイルさんとアキラさんが前方に手を伸ばしていた。恐らくいつでも術を使えるようにだろう。攻撃は仕掛けないハズなので防御系の術式のハズだが、とりあえず一撃は受けるつもりだろうか……? まぁさっき大丈夫だっていってたし、皆が大丈夫っていうなら俺はそれを信じるだけだけど。

 

そんな事を考えている間にも、ロックドラゴンは体を起こし、やがてその全体像が明確になった。

 

「すっげ……」

 

その威容を誇る姿に、声が漏れる。

 

『これは迫力あるなぁ』

『ゴーレムドラゴンって感じ』

 

コメント欄も同様だ。

 

全身岩でできているので鱗などはないが、その形状はまさにドラゴン──というか、どちらかというと巨大トカゲって感じではあった。翼がないせいだ。そりゃ岩製だし、こんなダンジョンの中にいるんだから空飛ぶわけないしな。ただ顔の辺りはトカゲっぽくはなく、まさにファンタジーのドラゴンの顔だったので、ドラゴンらしさはちゃんとある。

 

高さはビルの2階くらいあるだろうか? 俺が背を伸ばしてもその顔には触れられそうにない……というかあんなのの攻撃喰らったら秒で死にそう。

 

そのドラゴンの顔がこちらを向いた。

 

ビクッと震える俺の体の前に、テイルさんとアキラさんが進み出る。

 

「来るわよ」

 

アキラさんが静かに告げる言葉。同時にロックドラゴンがその口を大きく開く。

 

次の瞬間、その口の中にいくつもの岩塊が出現し──そして放たれた。

 

思わず反射的に顔を守るようにボクサーのガード状態みたいな体勢になった俺を後目に、テイルさんとアキラさんの声が立て続けに響く。

 

「<<ブロウウインド>>!」

「<<マジックシールド>>!」

 

先に響いたのはテイルさんの声だった。彼女の声と共に、我々の前方に強い風の音が轟く。その風を正面から受け、石のいくつかが明確に勢いを失うのがわかった。だが当然それだけで石礫がすべて撃墜できるわけがなく、こちらに向けて飛来し……そしてアキラさんの生み出した不可視の盾によって叩き落される。

 

尤もさすがに全ての礫が落とせたわけではなく、細かい礫がいくつかは抜けてきた。が、勢いを完全に失っている上に、俺達の体には今<<ワイドプロテクション>>が張られている。実際俺の体にも細かいのがいくつかあたったが、勢いを失ったこぶりな石礫程度だと痛みすら殆ど感じなかった。成程、ここまで減衰できるなら確かに、大丈夫と言えるだろう。勿論、距離がある事が前提だけど。近場だったらアキラさんの方はともかくテイルさんの方の術は、石礫を減衰しきれなかっただろうしな。

 

──さて、のんびりしてはいられない。

 

「撤退するぞ!」

 

グウェンさんが声を上げ、俺達は全員身を翻し走り始める。

 

俺達はあくまでコイツの姿を見に来ただけである。ブレスまで見る事ができたし、コメント欄もおお盛り上がりなので目的は果たした。となればもうこの場所に残っている意味はない。

 

俺達がいる通路はドラゴンより小さいから奴が追ってくる恐れはないが、またブレスを叩き込まれる可能性だってある。この距離なら防ぎきれるだろうが、これ以上余計なリスクを負う必要はない。

 

『なんか危険な物とか撮影にいってるバラエティの取材班みたいだね』

 

そうだね!!!

 

逃走ルートは事前に確認済み。奴がこちらの通路にやってこれない以上、奴から射線が通らない場所にさえ飛び込んでしまえばそれで退避完了だ。最後尾をグウェンさんに守られて、俺達は尤も近い曲がり角へと飛び込んだ。

 

「はー……二射目はこなかったね」

「そうね、元々連射は利かないと聞いていたから大丈夫だとは思っていたけど。一応術は用意してたけど、無駄になってよかったわ」

 

そう言葉を交わす女性陣二人の前で、俺はやや前傾になって大きく息を吐く。

 

心臓がバクバクしていた。

 

別に走ったせいじゃない。そもそも大した距離を走ってないし。このドキドキは、興奮と、恐怖だ。

 

元の世界では見る事のないような巨大な化け物。ゴーレムとかも巨大ではあったが、それと比べ物にならないほどアイツは巨大だった。それに守って貰える事を信じていたとはいえ、あんな攻撃を向けられて平常心でいられるほど図太い神経はしていない。

 

とはいえ、これでもう危険はない。後はこのまま<<ポイントテレポート>>で街に帰って、俺の初ダンジョン探索は終了だ。

 

昨日一昨日とお風呂入ってないし、まず帰ったらお風呂入りたいなー。そんな事を考えながら、俺はゆっくりと体を起こし。

 

──次の瞬間、俺の全身を冷たいものが覆った。

 

 

 



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初めてのダンジョン探索 おわり

 

体を冷たいものが覆う感覚と共に、視界も何かに覆われた。

 

それは透明だったために視界が遮られる事はなかったが、その向こう側に見える光景は水を通してみるように歪んで見えた。それに、恐らくアキラさんの声も、何故かくぐもって聞こえる。

 

自分の体が、なにかにまとわりつかれたのは確かだった。反射的に、顔の辺りのそれを取ろうと触れるが、冷たいぐにっと感触があるだけで、何かを掴むことはできず手が滑る。

 

更には体の所々がちりちりと痛み出す。──間違いなく攻撃を受けてるよな、これ!

 

ただその痛みのおかげか、逆に落ち着きを取り戻した。そうだ、ここはダンジョン。そしてこのダンジョンにはスライムが存在していたはず、間違いなくそれだよな!?

 

だとしたら対処法はちゃんと決まっている。ただ、それには口がふさがれているのをなんとかしないと

 

……いや、口動くな? 呼吸もできてるし……あ、そっか、<<ワイドプロテクション>>の効果か! やってて良かった<<ワイドプロテクション>>! ほぼ肌の側なので冷気は感じるけれど、直接覆われてないなら何も問題ない。

 

俺は自分の目の前に手を翳し、その手に向けて術を使う。

 

「<<ディスインテグレイト>>!」

 

少しの発動ラグの後、俺の手を中心に<<ディスインテグレイト>>の効果が発動し、

 

パァン!

 

何かが弾けるような音がした。と同時に、俺の全身に水が降り注ぐ。

 

<<ワイドプロテクション>>は全てのモノを弾くわけではなく、魔力を失った事によりただの水と化したため防いでくれなかったようだ(水を弾く魔術は別にある)。

 

「うぇぇぇ……」

 

お陰でずぶ濡れである。まぁ魔力がないと完全に水に戻るようで、どろどろべたべたしてないだけましだけど。

 

『カズサちゃん大丈夫!?』

『痛いところない!?』

『早く治療しないと』

 

コメント欄は心配一色だ。

 

ありがたいけど、<<ワイドプロテクション>>のおかげでさしたるダメージはない。ところどころヒリヒリするところはあるけど、ここは<<ワイドプロテクション>>の効果を抜かれちゃったところかな。まぁでもせいぜい擦り傷レベルの痛みなのでダメージというダメージはないだろう。むしろずぶ濡れがしんどい。

 

服はアキラさんに<<ドライ>>で乾かしてもらおうかな、髪は無理だけど。

 

そんな事を考えると、アキラさんがすぐ俺の側に腰を降ろした。

 

「怪我してるわね、回復するわ」

「あ、でも大した怪我じゃ」

「私別に全然魔力残ってるし、後は帰るだけだから痛いの我慢する必要ないでしょ?」

 

確かに。ちなみに俺は<<ディスインテグレイト>>を使ったせいで更に疲労が出てきていたので、ここはありがたく<<ヒーリング>>をしてもらうことにした。

 

……おお、赤くなっていたところが元の肌の色に戻ってゆく……ちゃんと痛みもひいた。すごいな魔術の力。

 

「どう?」

「うん、もう痛いところないです」

「そっか、よかった。……でも服はボロボロになっちゃったわね……」

 

言われて自分の体を確認すると、確かに先ほどまでヒリヒリしていた二の腕や鎖骨の辺り、太腿の辺りの生地がボロボロになり、下の肌が見えてしまっていた。

 

『エッッ』

『さすが俺らのカズサちゃん、エロファンタジー系の定番シチュをきっちりこなすとは』

『胸の所は補強されてるからセーフなのね。ほっとしたのと残念な気分が半々』

『濡れてボロボロになった服とか、ちょっとその……興奮しますね』

『まぁ無事でよかった』

 

こっちが大丈夫だと思ったら、いつもの欲望垂れ流しモードに戻りやがったな!? まぁでも無事を確認してからだったのでジト目で見るのは許してやる。というかジト目で見ても喜ばれるだけだし。

 

「それにしても、こんな所で"隠蔽"もちのスライムが出てくるとはな」

 

アキラさんについでにお願いして服を乾かしてもらっていると、グウェンさんが周囲を見回しつつこちらにやってきた。

 

「はぐれだったのかな? 潜んでいそうな所を確認したけど、特に他にいる感じはしないね」

 

テイルさんも同様にしてこちらにやってくる。二人は他に潜んでいるスライムがないか確認していたらしい。

 

スライムはあまり動きが早くなく、大体の場合はどこかに潜みそこを通った獲物に襲い掛かる。俺の場合は頭上から来た感じだったので天井の裂け目か何かにでも潜んでいたのだろう。そんな感じだから視角で見つけるのはかなり注意してみないと難しいので、アキラさん達は時たま探知の魔術を使い確認しながら進んでいた。なのに俺を襲ってきた奴には皆が気づかなかった。

 

そういった探知をかいくぐる能力持ちがいるって話は聞いていたんだけど、そういった"特殊個体"はもっとダンジョンの奥にいかないと出てこないって聞いてたんだよな。具体的に言うとさっきのロックドラゴンが中ボスみたいな感じで、あの部屋以降にランクがあがるって話だったんだけど……まぁテイルさんのいう通り、エリアを移動して来た逸れみたいな感じだったのかね。

 

ちなみに強い力持ちは隠蔽しきれないから、そういった能力持ちは対して強くはないのが救いだね。今回みたいに防御の対策を取っていれば大きな被害を受ける事は少ないそうだ。

 

『さすがカズサちゃん、そんなレアなケースを引くとか持っておられる』

 

個人としてはそんな引きは欠片も欲しくないけど、配信者としては稀有な才能なのかなぁ……

 

「とりあえず服は乾かしたけど……髪はこんな所で乾かしているわけにもいかないし、後は戻ってお風呂入ればいいかしらね」

「あ、はい。そうですね」

 

家に帰れば、<<クリエイトウォーター>>+<<ボイルウォーター>>ですぐにお風呂沸かせるしな。それに今日は風呂に入らずに3日目で、更に動き回ったからわりとベタベタしてきてるし。いやそのべたべた感は先ほどの水で大分なくなったけども。

 

「それじゃ、<<ポイントテレポート>>使うから。皆、私に捕まって」

 

そうアキラさんが告げると、グウェンさんが左を、テイルさんが右の手を握った。……両隣が埋まってしまった。それじゃ俺は背中から肩にでも捕まって──

 

「カズサちゃんは前ね?」

 

前!?

 

……まぁいいか。正面から肩に手を伸ばすのってちょっと照れ臭いけど、ほんのちょっとの時間の話だしな。そう思って肩に触れると、何故かアキラさんが口の端を釣り上げた笑みを見せた。

 

「こーら。ちゃんと捕まってないと、カズサちゃんだけ取り残されたら大変な事になるでしょ?」

 

あ、その顔明らかに別の理由ですよね? またいたいけな青少年(少女)を揶揄うつもりですね?

 

『キマシタワー』

『さすがアキラさん、リスナーが求めている物をカズサちゃん以上にわかってらっしゃる』

『ありがとうございますありがとうございます』

 

やめろ! アキラさんに触れにくくなるだろ。

 

「そうだな。ちゃんと捕まった方がいいだろ」

 

グウェンさん! 貴方まで……あ、いやグウェンさんはこれ普通に心配してくれているだけだな。多分本当に不慮の何かがあって俺が手を離してしまうの考慮してる。

 

まぁ、うん……じゃあいいですよ。アキラさんがいいって言ってるんだし! 俺は気持ち的には半分やけになるとあくまで軽くではあるが、アキラさんに正面から抱き着いた。これなら突然足元が揺れたりどこからか衝撃を受けても話す事はないだろう。

 

「カズサちゃん、ちょっと鼻息がくすぐったい」

 

言わないでぇ! ちょっと鼻息荒くなってるのわかってるの! 革製の胸当てがなくて直接胸と胸が当たっていたらもっと不味かったかもしれん。

 

「ま、とにかく行くわね。<<ポイントテレポート>>」

 

──とにかくこうして、俺の初めての異世界ダンジョン探索は無事終了した。最後が締まらない終わり方だったけどね……

 

 

 

 



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お疲れ様、おやすみなさい

 

「ふぁ……」

 

自室に戻ってきてから、最早何度目かわからない欠伸が口から漏れ出る。

瞼も重い。気を抜けば閉じようとするそれを、気づくたびにぱちぱちとしてなんとか開く。

 

『カズサちゃん、やっぱり眠い?』

『無理しないでー』

「うんー……」

 

正直、コメント欄に流れているコメントも、あまり頭に入ってきていない気がする。

 

──初めてのダンジョン探索を終え、アキラさんの<<ポイントテレポート>>でアキラさんの家へと帰還した俺達は、今日の所はそのまま解散する事にした。

 

魔石の納入先は、ギルド経由で例の以前お仕事を受けた商会とすでにグウェンさんが繋いでくれてある。それに別段現時点でお金に切羽詰まっているわけではないので、急ぐ必要はない。

 

何より、明らかに疲労している俺を皆が気づかってくれた結果だ。

 

なんならウチで泊っていく? とアキラさんがいってくれたりもしたが、これは今日の所は辞退した。なにせ着替えがないからな。モデリング済みのストックがあれば生み出す事ができたけど、それもないし。今日の所は素直にそれぞれ自宅へ帰る事になった。

 

……ただリスナー達が『お泊り!』『美少女3人パジャマパーティ!』とうるさいので、明日以降にお泊り会はすることになった。「みんなもお望みだし、親睦深める為にもいいんじゃない?」 まぁあそうなんですけどね? パジャマなんですか? 俺が落ち着かなくなるんですけど。

 

まあそれはともかくとして、俺はテイルさんと一緒にアパートメントへと帰還。早速風呂を<<クリエイトウォーター>>+<<ボイルウォーター>>で沸かすと(さすがにこの程度を使えなくなるほどへろへろではないので)、帰還直前に水を被っていた事もあり一番風呂を譲ってもらった俺は数日ぶりの風呂を堪能させてもらうことにした。

 

で、だ。

 

ひさびさの風呂に、疲れ切った体。そんな状態で風呂になんか入ったら、どうなるかわかるよね?

 

うん、一気に眠気が押し寄せてきた。

 

さすがに風呂の中で眠ってしまうことは耐えきったんだけど、部屋に戻って来た時はもう大分グロッキーだった。じゃあもう寝ちゃえばいいと思うんだけど、俺はこれでも配信者だ。出発以降、これまでは殆ど毎日していた皆との雑談タイムも取れてなかったので、今日は戻ってきてからは皆としばらく語らうつもりだった。ここ3日間はアキラさん達と一緒か片手間になっちゃってたしね。

 

だけどこの眠気はさすがに予想外。

 

少しだけ仮眠をとってから……というのは確実に無理そうだというのは自分でわかる。この状態で寝たらさすがに爆睡だろう。

 

だけど、やっぱり初めてのダンジョン探索。その内容に皆も興奮してくれているだろうし、早く話したいハズ。そう思って、俺は──ベッドにうつ伏せに身を投げ出して雑談を開始した。

 

……いや、解ってる。多分この時点で俺の頭は半分寝ていたんだろう。うつ伏せにねれば、胸が圧迫されることになるから、寝ないとで済むだろうと思ったんだよな。その結果が話始めて5分もたたないうちのこのザマである。多分疲れが思考も体を横たえる方向に誘導してしまっていた気がする。

 

というわけで、もう無理そう。瞼が下がる。意識が全くはたらかない。腕を枕にしているとはいえ胸が潰れてるはずなのに体が持ち上がらない。

 

あ、もう、だめだ、意識が、沈む……

 

(以降第三者視点)

 

企業勢でもなく何の後ろ盾もなしだが、配信を始めて短い期間で軽く10万を超える登録者を持つカズサは当然SNSや匿名掲示板等でファン同士で語り合われている。特にカズサの配信はコメントの流れる速度も速いため、ゆっくり語りたいリスナーは配信を見つつ別の場所を利用していた。とある世界的コミュニケーションツール内のカズサリスナー向けサーバーもその一つだった。

 

『あー……カズサちゃんやっぱり寝ちゃった』

『そりゃあんだけ眠そうならねぇ。何ならお風呂入っている時も声眠そうだったし』

『無理しないで寝てくれてよかったんだけどね』

『カズサちゃんだいぶ生真面目だからねー。ここ数日がっつり俺達の相手をしてなかったの結構気にしてそう』

『まぁその三日間も俺達は大分満足な内容だったんだけど』

『やっぱりテイルちゃんとアキラさんっていう二大美少女が配信に加わったのでかいよな。というかカズサちゃん本当に人の引きが良すぎる』

『グウェンさんも忘れないで上げて。多分あの人いないと多分探索もっとgdgdになっていた感じがある』

『引率の先生感』

『俺もカズサちゃん達引率したい……』

『お巡りさんこの人です』

『ちなみにここ最近で登録者爆増です。今日の切り抜きでまーた増えるんじゃないかな? 多分20万は超えるよね』

『そこは確実だろうな』

『最近ちょっと勢いが落ちていたけど、こないだの歌枠以降また右肩上がりになったよね』

『ちょっと配信がマンネリ傾向にあったけど、あの歌枠すげぇ良かったから新しい魅力を見せられたよね』

『あとあのオタクの妄想を具現化してくれるRPは素晴らしい。もっとやって欲しい』

『あの時のずぶ濡れカズサちゃん、スマホの壁紙にしてる』

『今日のバトルとか臨場感めっちゃすごかったよな。まさにファンタジーって感じ』

『テイルちゃんのアクロバット的な動きとかマジに魅了されたわ。岩ドラゴンもすげぇ迫力あったし』

『正直ここまではファンタジー色は街並みと獣人くらいだった感じがあったけど、今回はまさにファンタジー世界!って感じでチャンネルとして一段階上に言った気がする』

『そしてきっちりファンタジーのお約束をこなしてくれるカズサちゃん。異世界転移配信者の鑑』

『現状カズサちゃんしかいなけどな』

『すごいのはお約束を狙っていないのに達成するところ。めっちゃ持っていると言わざるを得ない』

『そもそも美少女化して異世界にいっている時点で持っているのでは? 持っていないともいえるが』

『残念だったのは、ちゃんとした防具来てたせいで胸元とかせんしちぶな部分はきっちり守られていたところ』

『馬鹿野郎、ボロボロになった服の隙間から覗く太腿とか鎖骨とか二の腕とか充分せんしちぶだろ』

『注:カズサちゃんのチャンネルは健全なチャンネルです』

 

『あ……お前ら配信の方見ろ』

『ん? どうした』

『よ だ れ』

『よだれ! カズサちゃんの久々のよだれ! ハンカチで拭き取って永久保存したい!』

『突然興奮しだすよだれ民こっわ』

『うつ伏せで寝るから……カズサちゃんお口だらしないよね』

『あーでも、寝苦しそう』

『カズサちゃんわりと立派なお胸あるからね……形崩れとかするのかな?』

『あ、寝返りうった』

『やっぱり苦しかったかー』

 

そこで、それまで配信のコメント欄ほどではないにしろ、結構な速さで流れていたチャットの動きが一瞬止まった。

 

その理由は単純だった。ほんの十数秒の時間を開けて、再びチャットが流れ出す。

 

『うわぁ、配信のコメント欄大騒ぎ』

『そらそうなるわ』

 

配信画面に映るカズサのその姿、その胸元が大きく開いていたのだ。何度かもぞもぞとして寝返りをうったとき、ちゃんと留めきれていなかった一番上のボタンが外れたのだ。

 

『てかなんで2番目まで外れてんだよ! 一気に二つ外れているとかある?』

『いや、2番目は最初から留まってなかったよ。部屋に戻ってきてベッドに倒れこむ時ちらっと見えた』

『なんでそのタイミングで気づけるんだよ……』

『これまずくない? 結構大きく開いてちゃってるし』

『下着はちゃんと付けているみたいだから、配信BANはなさそうだけど。つけている奴も寝る時用の奴っぽいからエロくない奴だし』

『カズサちゃんが普段エロい下着を着けているという誤解を招きそうな発言』

『カズサちゃんがつければ何でもエロいよ』

『お前らカズサちゃんが元男だからそっち方面寛容だからって、ほどほどにしとけよ?』

『むしろその辺を理解しているからこういった閉じられた場所で言っているんだが?』

『えらい』

『えらいか?』

『てかカズサちゃん今回は仕方なにしてもガード甘いよね。特に上半身の方』

『そりゃ男だったら、そういう所気にする事そうそうないもんなぁ』

『女の子歴短いからね、仕方ないね』

『でも最近は、微妙に男の視線を気にして隠したりする仕草とすることがあって、ちょっとドキドキしてきますよ』

『俺らに対してはそういうのは見せないのって、それだけ俺達を信用してくれているって事……?』

『単純にカメラ越しなので視線を感じないだけでは?』

『でも最近そういう事以外にも、自然に出る仕草も可愛くなってきたよね。最初の頃は細々とした仕草に男を感じていたけど、その辺がなくなってきた気がする』

『結構コメント欄でこういう仕草可愛いとか言ってたりしてたからな。カズサちゃんもそういうの結構意識してた、それが身について自然とでるようになってきた感じかね』

『カズサちゃんはワシらが育てた』

『チャンネル名もTS少女育成計画だし、当然の結果だな』

『多分求められていた育成の内容ってそういうこっちゃない気もするけど』

『それにしてもカズサちゃん、もう男に戻る事は不可能なのでは……?』

『さすがに配信の方ではいわないけど、カズサちゃんが女の子でなくなるのはこの世界の損失すぎる』

『そもそも戻る方法とかあるのかね? 姿もそうだけど、そもそもこっちの世界にさ』

『カズサちゃんが向こうに呼ばれた理由が朧気ながら見えて来たきがするけど、戻る云々の話はないしなぁ』

『日常生活の中の癒しがこの配信なんです! 終わらないでください!』

『カズサちゃんの寝息を聞きながらだと安眠できます』

『カズサちゃんのおかげで大口の契約がとれました』

『宗教か何か?』

『信仰心的なの持ってる奴はいそうだけどな……』

『まぁそんな話は置いといて。とりあえず酒を入れてきた。これからカズサちゃんの胸の谷間を眺めながら酒を飲む』

『月見酒かよ』

『乳見酒……?』

『最低で草』

『表でそう言う事いうなよ、さすがに当人に言うのはあれだし、それにマネする奴大量に出てくるから。──俺も酒入れてくる』

『お前ら……』

『……あれ? 誰か扉ノックしてる?』

 

静かな部屋の中に、コンコンと音が響く。それから少しして、扉がゆっくりと開くと髪を濡らした少女──テイルがひょっこりと顔をだした。

 

その彼女はキョロキョロと部屋を眺め、有る事に気づいて音を立てないようにしてベッドへと近寄る。そして胸元に手を伸ばすと、開いていた胸元を閉じボタンを閉めた。

 

それから『あーっ!』というセリフが大量に流れているコメント欄をちらっと見てからカメラに近づくと、ちょっと眉を顰めて人差し指で軽く突くような仕草をする。

 

 

そしてその後ふふっと笑ってからカズサに毛布を掛け、枕元のランプの灯りを落としてから「おやすみ」とカズサとカメラに向けて告げて、部屋を立ち去っていった。

 

『あっあっ、ありがとうございます』

『湯上り美少女のめっとかご褒美以外の何物でもないのでは?』

『てかテイルちゃん気遣いが優しい……ええ女や』

『ところで乳見酒勢はご愁傷様』

『スクショ済みなので何も問題はないな』

 

(カズサ視点)

 

翌日。がっつり朝まで爆睡してしまった俺を待っていたのはリスナーからのお説教だった。

 

どうやら寝ている間に寝間着がはだけてしまっていたらしい。目が覚めた時にはちゃんとしていたけど、これは様子を見に来たテイルさんが直してくれたそうだ。

 

『カズサちゃん、女の子なんだからほんと気をつけてね!』

 

「あ、はい、すみません」

 

いや外見だけで、中身は男なんだけどな。その辺ガードが緩くなるのはある程度甘く見てもらいたいけどな。事故が起きないようにブラはちゃんと付けてるんだし。まぁ心配してくれるのはわかるけど。大体心配してたのは一部で、後大半は喜んでたんじゃないですかね。俺も男だからわかりますよ。

 

後テイルさんにはちゃんとお礼を言っておきました。「そんなだと、悪い人に食べられちゃうよ!」とかいいつつがおーってポーズとってたのが可愛かったです。



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アキラさんのおうちへ

ダンジョン探索を終えて2日が経過した。

 

翌日は全員休息にあてるという話になったのでのんびりとさせてもらい、今日は朝から全員集まって用事を済ますことになった。

 

一番の用事はもちろん、魔石の売却だ。

 

直接契約を結んでいたりかなり名の売れた立場のある存在ならともかく、そうでないなら商会と個人の直接的な取引はトラブルの元になりかねないので、基本的には探索者ギルドが取引を仲介してくれる(勿論手数料は取られる)。今回は一度仕事を受けた事がある相手とはいえ当然そっちの方式になったので、ギルドの商談用の部屋でギルド職員立ち合いの元商会の鑑定人と取引する事になった。

 

ちなみにこの辺のアポイントメントとかは全部グウェンさんがやってくれていた。グウェンさんめちゃめちゃ頼りになるね……

 

で、その鑑定の結果はもちろんすべて本物と判定され、掲示されたお値段もこちらの予想している額の範囲内であったため無事取引成立となった。その報酬は約束通り当初取り決めていた割合での分割にはなったか、それでも普通に生活していくだけであれば数か月は働かなくていい額だ。事実上3日間の勤務でこの報酬はめちゃくちゃおいしい。

 

これだけの数を一回で採集してくる探索者はまずいないため、今後は専属契約の話がでるかもしれないとの事。ま、それに関しては保留だ。魔石集めを生涯の仕事にする予定もないしさ。

 

それから先は街に繰り出して買い物だ。今回使用してしまった消耗品の補充とか、装備品の修理依頼とか。スライムのせいでボロボロになった俺の補強付きの服も修理にだした。服の部分は廃棄して新しく補強部分を付け替えることになるが、それでも修理の方が安くつくということでお願いした。お財布パンパンになったといっても、無駄遣いは控えないとね。お金使うところとかいくらでもあるし。なんなら現金に余裕があれば配信で出来る事も増えるし。

 

……なんてことを話したら、テイルさんとアキラさんに両側固められて洋服屋に連行された。

 

ちなみに、ここでグウェンさんは離脱されました。曰く「若い女3人の服の買い物に付き合わされるのとか勘弁してくれ」とのこと。過去になんかあったんだろうか? あと一応割合的には男二人と女二人です……今更そんな事言い張っても無駄なのはわかってるけども。グウェンさん……というかパーティメンバー殆ど俺に対する扱い女の子だし。アキラさんは中身男であること意識して揶揄って来てる節はあるけど……

 

というわけで、その後は着せ替え人形カズサさんの誕生とあいなった。

 

「これとか似合いそう」「カズサちゃんこれ来たら絶対可愛いよ」とか二人できゃいきゃいしつつ、次から次へと体に服が当てられていく。正直美人の女の子二人に着せ替え人形にされる日がくるとは思わなかったよ……これまでもリスナーの着せ替え人形になっていたいた時はあったけど、あの時は結局動くのは自分だったしな。

 

とはいえ二人が楽しそうだったし、何よりコメント欄の反応が良かった(絵面的には女の子3人できゃっきゃしている感じだし、何より服のセンスが二人とも良かったので)素直に着せ替え人形に徹したけどね。着せ替え人形といっても本当に着るんじゃなくて体にあてるだけだったから別段負担はなかったし。

 

ただアキラさん、ちょっと上流階級のお店行った時、割とエグイ下着持ってくるのはやめておきましょうね? テイルさんも「さすがにこれは私は穿けないなぁ」っていったけど、俺もさすがに穿けないよこんなの。

 

というか、もしかしてと思ってちょっとドキドキしながらアキラさんにこんなの穿いているんですか? って聞いたら「まさか」って返事が返って来た。いやなんでそんな「まさか」の下着を持ってきたんですかねぇ!?

 

そもそも下着なんて基本見せるものでもないから着飾っても意味ないんですよ、俺の場合。着飾るのは配信に移る部分だけでいい。VRSNSだと人に見せない部分もこだわっている人いたりしたけど、俺はそういう所はないので。

 

ちなみに、下着は置いといてアキラさんとテイルさんのお薦め服をそれぞれ一着ずつ買いました。服はそろそろ買い足さなきゃいけないと思ってたしね。

 

そんな感じで、買い物を終えて。その後も街をぶらついて、今は夜。

 

俺達は、アキラさんのお宅にやってきていた。

 

アキラさんの家はそれほど豪奢というわけでもないが、充分な広さを持つ2階建ての邸宅だった。彼女はここに一人で住んでいるらしい。(定期的にハウスキーパーは依頼しているみたいだけど)。「家にいないこと多いから割とモノが少ないのよ」なんて当人は言っていたけど、全然そんな感じはしないけどな? いや俺の部屋の物が少なすぎるのかもしれないけど。またリスナーと一緒に小物買いに行くかぁ。

 

で、アキラさんちに何しに来たのかというと、今後の相談+パジャマパーティーの為である。

 

……アキラさんがね、初めて3人での配信の時のリスナーのコメントをきっちり拾っててね。内容聞かれたから答えたら「じゃあ3人でやろうか」って話になったんですよ。テイルさんも楽しそうに同意してるし、リスナーは盛り上がるしでもう完全に実施する流れになったね。いや、別にやりたくないわけでもないんだけどさ。

 

というわけで、今俺達三人は全員風呂上り(もちろん一緒に入ってないぞ)でパジャマ姿でアキラさんの寝室にいるわけである。

 

……いや、人の事いえないけど寝室流していいのって思うけど、当人がここでいいっていったんだしまぁいいか……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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お揃いのパジャマとインベントリ

 

『何この幸せ空間』

『私女だけど、この空間の空気吸いたい。絶対お肌に良さそう』

『あああああ滅茶苦茶いい匂いがしゅるぅぅぅぅ』

 

「向こう側って匂いまで感じる事ができるの?」

「そんな機能ないです。彼ら妄想力が強いんで、幻臭?を感じているんだと思います」

「よかったー、さすがに冒険中の汗臭い匂いとか嗅がれるのは恥ずかしいし」

 

『テイルちゃん達の汗の匂いとか絶対臭くないぞ。フローラルな匂いだぞ』

 

誰のものだって汗の匂いは汗の匂いだよ。いや、テイルさん達が臭いってわけじゃないけど。

後さっき言った通り全員風呂上りだから、今は全員いい匂いしているのは否定しない。

 

「それにしても、この寝間着いい感じね。ありがとう、カズサちゃん」

「あ、いえ」

 

アキラさんから言われた礼に、曖昧な返事を返す。

 

今、俺達3人は全員同じデザインのパジャマを着ている。店で購入した奴ではなく、俺が例のモデリングツールで製作し実体化させたものだ。

 

昨日のんびりしてたってさっきいったけど、別段ゴロゴロしてたわけじゃなくてこれ作ってんだよね。最近は金銭的余裕が出来てきて衣服とかにMPを使う必要がなかったのであんまりやってなかったから、久々にがっつりモデリングした気がする。

 

ちなみに、なんで作ったかというとリスナーの要望です。

 

パジャマパーティの話は当然リスナーには聞かれてたんだけど、『可愛いパジャマ姿がいい』ってコメントが結構多かったんだよね(スケスケのキャミソールとかいうコメントも散見されたけどそっちは当然無視)。んでまあ着心地のいいパジャマならお礼の一つとしていいかなって作る事にした。

 

あと、テイルさんは大丈夫だけどアキラさんの寝間着はセクシーな奴だったら困るし……というわけで昨日一日で突貫で作りました。全員同じデザインなのは横着の結果です。色は違うけどね、アキラさんが淡い赤、テイルさんが黄色、そんでもって俺が淡い青色だ。ちょっともこもこっとした感じなので、二人とも可愛い感じでとても良いと思う。

 

何にしろ、気に入って貰えたようで何より。あ、ちなみに今日はちゃんと胸元のボタンはきっちり留めてるからな! 

 

「カズサちゃん、素敵なプレゼントありがとね~。今度お返しするね!」

「いや、これ二人のおかげで稼げたMPで作った奴なんで、気にしないで」

 

テイルさんからもお礼を言われ、今度はきちんと返事を返す。

 

このパジャマを作るの、素材のせいか結構MPが高くついたんだけど、今回のダンジョン探索で想定以上にスパチャが飛んできたので余裕だった。パジャマ作ったのはそのスパチャに対するお礼の意味もある。

 

前回の歌とかやった配信から時間がたってないし今回はそこまで期待してなかったんだけど、なんと複数日分とはいえ前回を超える額が飛んできた。その数約130万! おかげでMPが90万も増加する事になった。

 

歌配信とアキラさんとの再会以降ガンガン登録者が増えているから、新規の人が投げてくれた分が多いんだろうけど。やっぱり映像のインパクトがデカかったみたいだねぇ。ログ確認したら夜の三人での雑談配信の他、テイルさんのアクロバットのシーンとかロックドラゴンのシーンがとにかくよく飛んでた。

 

……あとは俺がスライムに襲われたシーンね。まぁ予想はしてたよ(達観)。

 

ただおかげで、次に取得を考えていた<<インベントリ>>もあっさり獲得する事が出来た。今日の買い物では使ってないけどね。

 

せっかく術のプロフェッショナルがいるし事前にアキラさんには相談していたんだけど、この<<インベントリ>>って術、こちらの世界にはない術らしい。なので、外で大っぴらに使うのはやめた方がいいって話になった。街中で虚空に物を消したり取り出したりしてたら目立ちすぎるからね。というか気づかれたら間違いなくそっち方面の組織に狙われるって言われた。確かになぁ……。今の俺は<<ポイントテレポート>>で逃げる事は可能だけど、無駄なリスクは避けたい。

 

それに利便性は落ちるとはいえ屋内で荷物を整理して、現地で取り出せるだけでも充分便利だから問題ないしね。

 

未知の術ってことでアキラさんすっごい興味を持ってたから彼女の家に来てから少し使ってみたんだけど、彼女が見た感じはどうも"空間を作っている"とか"空間をゆがめている"という感じではなく、どこかに空間を繋げているような感じらしい。そりゃそうか、空間を作ったりしているのならその維持にずっと力を吸われる事になるもんな。てか何度か目の前で使っただけでそこまで予測できるアキラさん本当にすごくない?

 

接続先の空間が全くわからないので同じ術を完全再現は無理らしいけど、テレポートの力の使い方に近いものがあるらしいので、研究すれば家にある物を引き寄せたり、送り込んだりはできるようになるかも? らしく、研究させて欲しいって頼まれちゃった。勿論即答でOKした。すでにいろいろお世話になってるし、今後もお世話になるの確定しているようなものなので。

 

ぶっちゃけ、今日のパジャマパーティーだって俺にとっちゃ滅茶苦茶ありがたいし。後リスナーにとっても。

 

まあパジャマパーティとか何をすればいいかわからんけどな! これに関してはリスナー達も明らかに余計な事を吹き込もうとしている気配を感じているので、あてにしていない。

 

とりあえずアキラさんが「テーブル持ち込んでくる」って聞いてきたから、それは断ったけど。なんかパジャマパーティーって床とか布団の上に座り込んでやるイメージがない?(偏見)

 

というわけで今俺達は床に腰を降ろしている。アキラさんの寝室、床に立派な絨毯が敷かれているし、その上に汚れ防止のシート敷いて、クッションまでおいてもらっているので冷たいってこともない。

 

カメラを意識して、お菓子やティーカップ、ワイングラス等の置かれたトレイを中心して正面に俺、左側にテイルさん、右側にアキラさん。それで俺の対面にカメラとコメント欄を置いてある。

 

これなら全員コメント欄を見やすいし、リスナーの皆も参加している気分になれるでしょ? って言ったら大喝采もらいましたよ。まぁあくまで撮影された映像を第三者としてみるより、参加している感じが出た方が楽しいだろうからさ。

 

ちなみに、俺が無意識に女の子座りしていたせいでコメント欄から思いっきり『まーたカズサちゃんが一番かわいい座り方してる』と揶揄われた。うるさいよ。崩した横座りしてるアキラさんは色っぽいし、足裏くっつけた胡坐みたいな座り方しているテイルさんだって可愛いだろ!

 

 




前回残MP:90980
今回増減:
スパチャ +929250(※前回からの増加分トータル)
パジャマ製作費用 -30000
<<インベントリ>> -500000
残MP:490230


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新規能力の確認のお時間です。

ごほんと一つ咳払い。今日の俺がまず最初にする事は、そういったいつものアレに対する突っ込みではない。

 

俺はカメラに向けて姿勢を正すと(ついでに座り方も直して)、ぺこりと頭を下げる。

 

「えっと。まずは最初に、皆、20万登録本当にありがとうございます」

 

そう、うちのチャンネルの登録者がついに20万人を超えたのだ。超えるところはみてなかったけど、今日買い物している時ふと見たら超えていた。その時点でお礼を言っても良かったんだけど、せっかくだからとこの場でお礼を言う事にしたのだ。

 

それから、今度は左右の二人にも礼を告げる。

 

「今回は特にアキラさんとテイルさんのおかげです、ありがとう」

「あらあら」

「20万人って数すごいよねぇ。なんかイメージ湧かないや」

 

アキラさん登場以降増加ペースがあがっていたけど、特に昨日から大きく跳ねている。多分今回のダンジョン探索の切り抜きがあがって、そこ経由で人が流れ込んできているのだろう。とにかく視覚的なインパクトが強い映像が多かったからね。

 

俺の能力は現在実用性を最優先で取っているから見た目的なインパクトは薄いけど、テイルさんの身体強化系能力を用いたアクロバットやアキラさんが操る魔術は見た目のインパクトが強い。それにそれを使っているのも美少女だ(重要)。さぞかし人目を引いただろう。

 

『カズサちゃんおめでとう~』

『むしろ配信内容から考えればこれくらい当然。カズサちゃんはまだまだ伸びる』

『結果としてこのパジャマパーティが20万人記念配信になったね』

 

その意識は全くなかったけど、確かに記念配信として特別な内容にはなるな。たださすがに二人の前で着せ替えRPはさすがにしんどいので、これは今回はなしかな。

 

『あ、これとは別にいつものRPは期待してますね』

 

……ういっす。

 

ま、とにかくそれは後の話として。まずは、だ。

 

「新しく獲得した術をチェック、からでいいですよね? アキラさん」

「勿論!」

 

アキラさんの方に顔を向けて聞いたら、ものすごく元気よく返事が返って来た。

 

これは昨日気づいたんだけど、実はまたどこかでフラグがたったようで能力の開放が行われていた。今回はダンジョン探索がフラグになったか、あるいは合計獲得MPか。いまだにこの辺りはっきりしないんだけど、これはまぁ仕方がない。

 

今回は機能の追加とかは特になく、獲得可能な能力のみが増えただけだった。それを今日の買い物途中にアキラさんに伝えたら、眼を輝かせて「見せて!」と言われた。まぁそう言われるとは思ったけどさすがに出先で話す事ではなかったので、今日の夜に見せるという話になっていたのだ。

 

「テイルさんもいいよね?」

「うん、いいよー」

 

テイルさんも頷きを返してくれたので、俺はメニューを出すと能力一覧を表示する。

 

それと同時に、体に柔らかいものが押し当てられた。先ほどまで崩した姿勢で座っていたアキラさんがあっという間に身を寄せてきたのだ。ちなみに、押し当てられたのは二の腕である。

 

二の腕、何だけど……アキラさん一番最後にお風呂にはいったせいか、まだなんか体が火照ってる気がする。後うっすらといい匂いがする。俺も使った石鹸の匂いじゃないから、お風呂から出た後香水か何か使ったのかな……? ちなみにアキラさんはわざと俺に体をくっつけてくること多いけど、今回は完全にメニュー画面の方に意識が行っているので無意識っぽい。

 

……

 

『あっ、これカズサちゃんむっつり発動してますね』

『本当に顔に出るなぁカズサちゃん。可愛いけど』

『偶に出てくるカズサちゃんの童〇感好き』

 

やめろやめろ! 能力リストに意識が言っているアキラさんはともかくテイルさんもいるんだぞ!

 

視線を振れば、テイルさんも近づいてきて画面をのぞき込んでいた。セーフ!

 

とりあえずカメラに向けて窘めるような視線を送ってから(それに対する『ありがとうございますっ!』とかいうコメントは当然無視)、俺もメニューに視線を落とす。二人の意識がコメント欄ではなく能力リストの方に向くようにしないと。……あと鼻息が荒くならないように気を付けて。

 

新規獲得した能力は下の方だから一気にスクロールして、と。

 

「この辺りですね」

 

丁度今回増加した部分までスクロールできたのでそう口にしたらアキラさんが更に体を押し付けて来たし、テイルさんの顔もかなり近くに来たけど平常心、平常心。

 

「結構増えたのね。高位術が増えた感じかな?」

 

能力リストから全く視線を外さないアキラさんがそう口にする。彼女の言葉通り、今回獲得した術は大部分が100万を超えるMPを必要とする高額商品だった。値段から考えれば彼女の言う通り高位の術の可能性が高いだろう。

 

「とりあえず一つずつ説明読ませてもらっていい?」

「了解です」

 

コラボ登録した対象がメニューを閲覧することはできるけどさすがに操作はできないので、指示された通り俺はメニューを操作してそれぞれの能力の説明を表示していく。

 

それを一個一個アキラさんが目を通していく。一個一個はそれほど細かい説明が書いてあるわけではないので、すぐに彼女はその説明を読み終えた。

 

最後の一個まで確認し、アキラさんが顔を上げる。同時に押し付けられていた二の腕の柔らかい感触も離れていった。……名残惜しくなんかないぞ。

 

アキラさんは元の位置に戻ってから口を開く。

 

「ざっと眺めてみたけど、やっぱり高位な術士しか使えないような術が多いね。後、技術的には現在ではすでに失われている魔術もあった。正直使っているところみて解析してみたいけど……」

「……必要となるMPが多すぎて当面は無理そうですね」

「だよねー。これはカズサちゃんのお手伝い頑張る理由が増えたな」

「ボクも頑張るよ~」

 

知的好奇心という強い理由があるアキラさんはともかく、そういった理由がないのに協力に滅茶苦茶前向きなテイルさんが本当に大天使過ぎる。

 

「ま、それはおいといて。実際は見てみたいのはこの5つなのよね」

 

そう言って、アキラさんが5つの術を指さした。

 

「えっと……<<メテオ>><<セレスティアルレイ>><<ジハード>><<リジェネイト>><<ウィッシュ>>の5つですか」

「そう。この5つに関しては、私の知識の限りでは見たことがない魔術なんだよね」

「となると<<インベントリ>>みたいに俺だけが使える専用の術の可能性があると」

 

アキラさんがコクリと頷いた。

 

「説明的に、使用時に"MPを消費する"という記述のある<<リジェネイト>>と<<ジハード>>は確定だと思うけど」

 

<<リジェネイト>>は術を行使中対象が受けたダメージをMPを消費して自動で回復する、<<ジハード>>はMPを消費して対象の能力を大幅に強化する術だった。なるほど、MP消費前提の能力ならこっちにある訳ないよな。

 

「<<メテオ>><<セレスティアルレイ>>はなんか記述を見る限り、何かを召喚する感じっぽい? <<インベントリ>>に近い能力だと思う」

 

<<メテオ>>は隕石を召喚、<<セレスティアルレイ>>は超常たる光の力を召喚……ゲームとかでよく見る<<メテオ>>はともかく超常たる光の力は全く意味がわからんな。

 

「あと、最後の<<ウィッシュ>>は……なんだろね、これ」

「この説明だけだと意味がわからないよねぇ」

 

アキラさんと、テイルさんも首を傾げる最後の術。そこに書いてある説明はたったの一文のみ。その内容は、

 

 

──願いを一つだけ叶える、だった。

 

 

 

 



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願う事は

 

このメニューの製作者(?)が横着な性格なのかどれも説明が少ないんだけど、これはそれに輪をかけて酷いと思う。確かに一言でも内容を表しているのかもしれないが、もう少し制約とかをちゃんと書いて欲しいと思うのはおかしくないはずだ。

 

万が一の可能性としてこちらに類似の能力的なのがないかと考えていたんだけど、そんな特殊な能力なのに好奇心旺盛なアキラさんが知らないということは、やはり俺特有の能力なんだと思うけど。

 

「……ねぇ、これ。カズサちゃんが元の世界に帰る事もできるんじゃない?」

 

ふと、そう口にしたのはアキラさんだった。その言葉にテイルさんも「えっ、カズサちゃん帰っちゃうの?」と声を上げる。視線を向ければ、テイルさんが少し悲し気な顔をしていた。

 

……

 

『カズサちゃん、ちょっと口元緩んでる』

 

仕方ないだろ!

 

俺はごほんと咳払いを一つしてから、口を開く。

 

「えっとですね、それに関してですが現時点で戻るのは無理だと結論を出してます」

 

増加した能力に関しては気づいた時点で説明文は確認しているわけで、この能力の説明を見た時に当然そういった話題が出たんだけど、ほぼ満場一致でないなという話になった。(まぁこの満場一致には「配信を続けさせたい」という意思も大分混っているだろうが)

 

「どうして? 帰りたくないわけじゃないんでしょう?」

 

勿論、元の世界に帰りたいという気持ちがない訳ではない。だけど……

 

「根本的な問題としてですね、この能力が叶えてくれる事が一つだけというのが問題なんですよ」

「というと?」

「お話してあるとおり、俺元の世界では外見違うし男なんです。ようするに、この姿のまま戻っても向こうの世界には元々この姿の俺は存在していない。居場所がないんです」

 

まぁこの居場所がないというのは語弊がある。

 

こんな配信をやっている以上俺という存在を知っている人間自体は大量にいるわけで、そんな彼らの力を頼れば居場所くらいは作れるだろう。もしかしたら知り合いたちにも信じてもらえるかもしれない。

 

ただその場合、平穏な生活とはオサラバである。こんなありえない体験をした人間が放っておかれるわけはないし、面倒事になる未来しか見えない。間違いなく今のこちらでの生活よりしんどい事になるだろう。今はあくまでコメント欄でしか向こうと接触する手段がないからこうやって穏やか(?)に過ごせているわけだしな。

 

ちなみに、もう一つの願いの案として"男に戻る"というのがあったけどこれもありえない。今の俺の生命線は配信によって提供されるお金の力──MPな訳で、元の平凡な男の姿になったら間違いなく視聴者もスパチャの額も減る。これは悲しい事に絶対に起こりうることである。今の俺は、この美少女の姿を捨てるわけには行かないのだ。俺に突出したトーク力とか企画力があれば別だったんだけど……

 

「後そもそもその願いが通らないと思ってます」

「えっ、なんで?」

「あー……そうかもね」

 

俺の言葉にテイルさんは疑問の声をあげたが、アキラさんの方は感づいたらしい。俺はそんな彼女に小さく頷いて言葉を続ける。

 

「だって、こんな何も成していない時点で向こうに帰れる能力なんて与えるくらいだったら、何で俺こっちに呼ばれたか意味不明なんで」

 

単純にこっちの世界へやって来ただけだったら"運悪く転移してしまった"ととらえることもできるが、こんなチート能力が与えられている時点でなんらかの意図をもってこちらに呼ばれたのは間違いない訳で。だから帰還の希望は恐らく通る事はないだろうという予測はつく。まぁ先の理由があるから試してみる事もしないけど。

 

「と、ここまでが主な理由ですね。後は向こうに戻っちゃうとこっちを確認する方法がなくて、この後何かが起きたのかもやもやしちゃうのもありますし、後……」

「後?」

「その、せっかくテイルさんとかアキラさんと親しくなれたのに、もうお別れするのも寂しいですし」

 

これはとっさに口をついて出た言葉だった。先ほどのテイルさんの寂しそうな顔が浮かんできて、つい。

 

でもその反応は劇的だった。

 

「あー、もー、カズサちゃんは可愛いわね!」

「ボクもまだ別れたくなーい!」

 

先ほど体を寄せて来た時は比べ物にならないい勢いで、二人が体をぶつけて来た。というか抱き着いてきた。

 

「ちょっと二人とも?」

「勿論私もカズサちゃんともっと一緒に過ごしたいわよ?」

「ボクもボクも」

 

あ、ちょっと耳元で声、腕にさっきよりも更に柔らかい感触が、体の両側から暖かいものに挟まれてるぅぅぅぅぅぅ、あっ、ぐりぐりしてこないで!

 

あーーーーーーっ!

 

 

……

 

……

 

それからどれほど時間がたっただろうか。いや実質時間は一分とかだと思うけど、一瞬だった気もするし、数十分経過した気もする。時間感覚がおかしい。胸がばくばくして心臓の鼓動がやばい。絶対今俺顔赤くなってる。

 

『とてつもなくてぇてぇものをみた気がする』

『ファンタジー美少女が美少女をサンドイッチするのを見れるのはこのチャンネルだけ!』

『あの中に挟まれる権利はいくらで買えますか!』

『カズサちゃんすげぇ顔してたな』

『アッアッアッ……』

『(昇天)』

 

……いつも通りのコメント欄をみたら少し落ち着いた。後俺どんな顔してたの? 怖くてあまり知りたくないけど。

 

「あはは、ごめんね。カズサちゃんが私達と別れたくないなんていってくれて、思わず抱き着いちゃった」

「うん、ごめんね? カズサちゃん」

 

 

アキラさんは最初は純粋な気持ちで抱き着いてくれたと思いますけど、離れた時の表情を見るに途中からいつものように俺の反応楽しんでましたよね? 気づいてますよ? ちなみにテイルさんは多分純粋に最後まで喜んでくれてたっぽい。やはり大天使。

 

しかし……さっきまでの感触、さすがに脳内から当面消せそうにない……いやいや、消せないまでも今はなんとか隅にやらないと。お鼻がぴすぴすしてしまってアキラさんやリスナーに揶揄われ続けてしまう。いやでも仕方ないと思わん? 女の体になったから見る事にはなれても感触にはそうそう慣れないからな?

 

いや思い出すな思い出すなほらアキラさんニヤニヤしてるから。

 

「ほーんっと可愛いわよねカズサちゃん」

「? うん、そうだよね、可愛いよねカズサちゃん」

 

テイルさんはそのままでいて欲しいです。あとコメント欄で滅茶苦茶『おまかわ』が流れてるけどそれには同意する。

 

「ところでカズサちゃんが帰らないでくれるのは解ったけど、そうするとこの能力は当面放置になるのかな?」

 

テイルさんのその問いに、俺は首を振る。

 

「あー、それに関してだけど、使う事にしたよ。この手の能力って、いざという時に使おうと思ったら一生使わないオチになりそうだから」

 

俗にいうエリクサー症候群って奴だな。

 

「でも将来的に、帰るのにこの能力が必要とかになった場合どうするのかしら?」

「だったら正直このタイミングで取得可能にしないで欲しいです」

『それはそう』

 

本当にな。一応皆と話し合った見解として"元の姿に戻って帰れるのであれば"、さすがにこんなトラップみたいな掲示はしないだろう。普通に目的を達成した時に、その能力が与えられるハズっていうのが予測だ。ていうかマジでもうすこしちゃんと情報をよこせ。

 

「でもだったらもう何を願うか決めてるの?」

「うん、みんなと相談して決定した」

 

昨日パジャマのモデリングしながら皆とずっと相談してたんだよね。

 

……まぁひどいアイデアが多かったけどな! 例を挙げると、

 

『胸を盛ろう』

 

現時点でも結構動くときに邪魔になるのに、これ以上デカくして堪るか。

 

『つるぺたになろう』

 

胸から離れろ。いやない方が邪魔にはならないんだろうけど、"人気"を考えると今程度はあった方がいい気がするしな。さすがにそれを売りにする気がないとはいえ。

 

『幼女化しよう』

 

それになんの意味があるんだよ。後体サイズ小さくしたら明らかに不便だし、子ども扱いだと日常的な行動にも支障が出るだろ。

 

『ケモミミつけよう』

 

街歩いてれば普通に獣人の方見かけるんだから、そっちで我慢しといてくれ! 

 

とまぁ"ろくでもない案"の大部分は俺の体に関する事だった。人の肉体を改造しようとするのはやめろ。

 

後それ以外だと『無制限にMPを使えるように』とか『自由に能力が獲得できるように』って案もあったが、それが出来るなら最初から今みたいなシステムになってないだろということで没となった。とりあえず頼んでみればって意見もあったけど、願いが叶うにせよ叶わないにせよ一回きりとかになると無駄になる可能性が高いんだよな。すべて説明不足が悪い。

 

で、だ。そんな感じで皆とだらだら相談した結果、最後に大部分の人間が納得した案があったので、今日アキラさんに話を聞いて情報が増えなければそれにすることに決めたのだ。

 

その願う事とは──

 

「カメラにモザイク機能をつけてくれるように願おうと思います」

 

 

 

 

 

 

 



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