NOUMIN.IN死滅回遊 (H-13)
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壱
「そうか。私は死ぬか。」
「そうだね。私の見立てではあと十日が沈むのを数えられるかは分からないよ。」
「…それで、この老耄に何の用だ?生憎手持ちにて価値があるモノはコレ位しか思い付かぬが。」
死期が訪れた老骨にしては背筋が伸び、発声も確りとしている。見る人が見れば「骨で立つ」コトを無意識のうちに習得し、常時そうしていると分かるだろう。
目の前に現れた胡散臭く、額に縫い目のある「女」に声を掛けられた時から飄々と、死ぬと教えられても暖簾の様に揺れる程度の明鏡止水。
質素、簡素。服はそれに尽きる。肩には籠、片手に鍬といった姿は農業を営む者のそれで。当人に言えばそうだと肯定が返ってくる。
「農民がそんな武具を持っているのは珍しいと思うけれどね。」
「呵呵、そこなの婆は編み物が趣味だとして、それに何か口を出す阿呆は居らんだろう。私にとって…棒振りが趣味と云うことだ。」
敵意、悪意…闘志を外し三尺のソレを恐ろしく滑らかで静かに引き抜く。「長光」の銘を持つ刀を何故農民が所有しているのか。この際どうでも良い事だろう。
女の目から見てその長刀は呪具化して居た。目の前の爺からは非呪術師と同程度の呪力しか感じないにも関わらず…。
「燕。ひとたび切ってみたいと思い立ってから幾年か。この頃切れたばかりだ。」
誰かに認められたい。立身出世。そんなコトの為に暇を見付けては棒を振っていた訳では無い。ただ単に、そうしたいと心と体が一致したからに他ならない。技はこうして後から着いて来た。
石を一つ持ち上げる。誰かに意図的に見せるのは初めてではあるが、これも何かの縁だろう。身辺整理と云う程に何かある訳でも無いが、若人の手を煩わせないのならば越したことはない。
石を投げ、一太刀を振るう。ただそれだけ。然し女は有り得ないモノを眼にして驚愕する。そして長刀が呪具化した原因と辺りを付ける。
早くも無い、ただ滑らかで…どれだけその型を身体に染み付けたか分からないであろう一刀。
左右からもう2本の寸分違わぬ一太刀が同時に繰り出されて居なければ。
『多重次元屈折現象』
後にそう名前が付けられる現象。何気なく引き起こした当人も気が付いたら出来ていたと云う再現不可能な代物。
呪力も、別段特別な裏技を使う訳でもなく純粋無垢な「技量」のみで披露されたソレに女は震えると同時に興奮すらして居たのだ。
一を突き詰めれば理すら超える。その一旦に触れたのだから。だからこそこの勧誘は必然であった。
「新たな生を得てみる気は無いかい?君への報酬は…若い時の肉体と、今の君の技量。…ソレにその刀をちゃんと保存しておいてあげるよ。どんな世で起こしてあげられるか分からないけれど…君の技、強者相手に解き放ってみないかい?」
「───眉唾物に手を出す気も無く、此の儘満足して逝く気だったのだがな。嗚呼、私も未だ明鏡止水には程遠いか。心が踊って仕方が無い。…名だけ聞きたい。拙者の世話をしてくれると云うのだ。起きた時には礼をしに行きたい。」
「一方的な利なんてものは無いよ。相互の益があってこその取引さ。私は「羂索」。次に会う時は姿形は違うだろうけど、君なら分かるはずだよ。」
「承知した。羂索殿、世話になる。」
──しゃら…。物干し竿が鳴く。これ程の使い手とは金輪際会えぬと確信があったのにも関わらず、また会えると。
意思も、感情もある訳でも無い無機物の。然し呪具となりこの世に名を刻む名刀は確かに歓喜したのだ。
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弍
佐々木小次郎。かの二刀流宮本武蔵との巌流島での一騎打ちがその最大の言伝えであろう。
長い長い物干し竿を自在に操り……とここまでは誰でも言えるだろうが。具体的にそれまで何を成してきたか深掘りが困難な人物でもあるのが佐々木小次郎なのである。
ただの物語上の登場人物、耳が聞こえず言葉も話せない。そんな有りふれた説は幾つも重なれば、フィクションだと信じる者も少なく無いだろう。
然し、歴史と言う濁流の中で揉まれる一片のカケラの中に、確りとその名が刻まれているのもまた事実である。
鼻を抜けるは潮の香り。耳を打つは細波の音。薄ぼんやりと思考が纏まらぬ中でも確りと。知らぬ筈の単語や言葉が頭に浮かび、懐かしいなどと次いで頭に浮かぶ。
「おや、起きたかい?おーい、花御、漏瑚、真人。私が話してた男が起きたよー。」
初めて聞く声。但しこの雰囲気に、抑揚の声音は知っている。
瞳を開ければ、そこはビーチであった。
「羂索殿、些か賑やかな場所に寝かせていたものだな。」
「夏油傑と呼んで欲しいな。ここに運んだのはついさっきだ。君は名前が無いから、彼らに話す時に苦労したよ。うん百年後の世界に良く来たね。」
実感は無いが、そうなのだろう。死期の4.5日、目の前にいる羂索は何も無い我が家に泊まり、日常を見て過ごした。
早く起きれば畑を耕し。一通りが終われば飯を。雰囲気は中々に人外じみて居たが、見てくれは美女以外の何物でもない羂索である。強請られれば気前よく燕が良く飛んでいた山に登り、見せる為に愛刀を振るった。
そうしてぽっくりと逝く前に、羂索が私を呪物にしたらしい。
らしいと言うのは私が覚えている最後は羂索に見られながら蓙布団の上で寝た所までであった。
色々と寝る前に酒と共に飲まされた薬らしきモノの中には色々混じっていた様で。然しこうして約束が果たされたのならば文句は無いのだが。こう、頭が火山になっている者は誰だ?
「非呪術師の君を呪物化したんだ。術式も持たない者を一々呪物にするなんて面倒臭いことこの上ないけど、君にはその価値があった。おめでとう、これで君も呪術師さ。」
「その、現代の知識が頭の中にあるのも…?」
「現代の知識は君の身体が持つ自前のモノさ。言っただろう、受肉したと。」
「───鏑木 小次郎…か。呼ばれる名があるのは中々に不思議なものだな。」
手を握り、開く。瑞々しい肉体。他者の肉体に入っていると自覚してもラグなく思うが儘に動く身体になんとも不思議な感覚を覚える。
「して、其方の────、方は?」
頭火山、ツギハギ、花と木。海に浮かびブーブーと鳴るタコ…?
口に出すことはしなかったが彼らの印象はこんなものである。言葉にするよりは威圧感が強めであるが、そんなものは受け流せば関係無いと『特級呪霊』と初対面を果たす。
「夏油、何故このタイミングで此奴を起こしたのだ。明日には作戦決行日じゃろうが。」
「█████████(初めまして、小次郎。私は花御。話は良く聞いていました。)」
「俺からしたら夏油が評価する理由分からないなぁ。どう評価しても君や俺たちのステージには上がれないでしょ」
好き勝手に言葉を操り思い思いの言葉を口から出す彼らとそれを一歩引いた位置で眺める羂索…否、今は夏油傑か。どんな手口で長生きを成し遂げているかと思えば身体を乗り換える…術式、とやらか。
「はいはい。小次郎が混乱するでしょ。こっちの端から花御、漏瑚、真人だよ。…せっかくだし、消耗しない程度に模擬戦でもしてみる?」
「それで?夏油が言ってたアレってあるの?」
「勿論。これも縛りに盛り込んだからね。ちゃんとあるとも。」
す゛る゛り───。呪霊の口から吐き出されるのは…物干し竿。自分が知っているものよりも血を啜ったか何かしたのだろう。圧を覚える。
「ただの呪具じゃハンデもハンデだからね。ちょっと呪いを追加したよ。これで宿儺にも理論上は太刀打ち出来るはずだよ。」
「宿儺とは?」
「呪いの王。簡単に言ってしまえば漏瑚達の頂点。最強って言えば分かりやすいかな。」
「そんな存在も居るのだな。…ふむ、折角だ。一手、頼むとしようか。」
彼から愛刀を受け取れば定位置に背負う。上等な服に張りのある身体。それに強くなったと思われる愛刀に笑みが浮かぶ。
夏油傑、羂索になんの意図があろうともここまでお膳立てされて文句を垂らす輩は居ないだろう。
ス─────リンッ!刀が抜刀と共に鳴る。主の元へ戻った歓びと、その身に宿した呪いを遺憾無く解放する。唯の刀だったはずのソレが妖刀としての分類にカテゴライズされた瞬間である。
「そうだね、真人…やってみるかい?」
「俺?…ん、まぁ夏油がそこまで言うんだ。少しだけだよ?」
砂浜にて、特級呪霊と元名無しの権兵衛である小次郎が対峙する。
初手は小次郎の横薙ぎから動いて行く。長い刀の性能を遺憾無く発揮する間合いの作り方。真人が一歩下がったが為に当たりはしない。
ついで皮の流れの如く狙うは首筋ただ一点。通る剣筋は最短距離に非ず。されど真人の反撃を赦すことは無く波打ち際まで追い詰める。
回避出来ていた攻撃が掠り、刃先が届き…そうして─────す゛るり。
真人の首が半分落ちかける。皮は繋がっていようが致命傷に成りうる一撃を、ギリギリの所で刃を直前掴み押し留める事で回避する。
────ジャリン!
刃筋を立てる。掴んだその手を容赦無く切り落とし、右腕を形から先切り捨てようとした段階で違和感に気が付く。
真人、その首筋の傷が見えぬ。動いているから死んでは居ないと思っては居たが。
小次郎が呪霊を見るのは初めてであるし、呪術も呪力も授かってまだ30分も経っていないのだ。特級呪霊を追い詰めたその剣捌き、足運び。全てが自前のモノである。
故に確かめるようにふわりと身体を動かして彼に気軽に脚を向けてしまった。
「油断大敵、だよ?」
『無為転変』
左手に彼の手が添えられれば、ダランと腕が垂れ下がる。痛覚もあり、触覚もある。骨が物理的に抜かれた様な違和感満載のソレには僅かに眉が動く。弾く様にして片腕で物干し竿を振るうも、簡単に止められる。心の臓物。その真上に片手置かれては此方の負けだろう。
そうして、この手合わせは終いとなった。
無為転変で腕を元の状態へと戻して貰いながら、悔しくも悪くない気持ちに襲われる。
対人戦。戦いに関して小次郎は初めてなのだ。必然とまでは言わないまでも、この敗北は必然だったのだろう。
「夏油、お前の言葉に誇張は無かったことだけは認めてやろう。だが…あの秘剣とやらは出なかったでは無いか。」
「手合わせだからでしょ。小次郎、悪いけど漏瑚が的を用意するから見せてよ。アレ。」
「ソレが報酬となり得るならば。」
腰を落とし、長刀を構える。独特なソレ。そこからどうしてアレが放たれるのかは理の外にある。
漏瑚が生み出した蟲。ソレを試すかの様に目の前に射出された。
「秘剣・燕返し」
小次郎から放たれる圧の質が切り替わる。空間が捻じ曲がる。そう錯覚させる程のものが込められた一刀は、檻の様に三つへと分たれ、四本目も垣間見えたが経ち消えた。
「ぬぅ゛……。」
式神だからこそ分かる。完全同時に3方向から切り捨てられた事を。呪力を使わず、術式はそもそも無く。ただ唸ることしか出来なかった。
初見でアレを躱せと言われればかなり難しいだろう。真人だからこうして飄々としているが自分や花御であったら今頃切り伏せられて居たか。そんなイメージを呪霊である漏瑚は高い知性となまじ実力がある為に植え付けられた。
「私も見るのは何回目かだけど…まだ進化するんだね。いや、呪術師になったんだ。それは当たり前か」
「取り敢えず、小次郎には呪力の扱いを覚えてもらおうかな。少ししか教えられ無いけど、頑張ってね。」
こうして、渋谷事変の前日に農民は小次郎となり、彼らと語り、学び…力を伸ばした。全ては夏油傑が仕込んだこと。
自らの想定を軽々と超える元農民。それへの期待と…僅かな憧れ。上澄み程度に浮かべたソレは1000年と云う時の濁流に呑まれ、消えた。
真人の魂の形云々が初見殺しで突破出来なかった農民でした。
前提条件
・死滅回遊の泳者の条件の内、農民は受肉した側(万や宿儺と同じく肉体は他者のもの)
・肉体外見は佐々木小次郎(fate)を参照。名前は鏑木小次郎
・羂索が細工を施し農民を呪物化した為呪術師としてカウント出来る呪力を保有している。術式無し。呪力量は単純に現代階級に表すと3級寄りの2級呪術師くらい。
一級呪具・物干し竿
農民が扱い長い年月をかけて呪具化したモノを羂索が一級まで引き上げた。羂索なりのハンデと気使い。この位無いと対宿儺はろくに攻撃が通らないと思っても良い。
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