どけ!!!俺は(姫様の)お兄ちゃんだぞ!!! (ジャギィ)
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1話

吾輩は転生者である。名前はテッカ

 

父は宰相として他国を転々としており、母は(名は伏せるが)王国の女王陛下、そして俺は王国における王位第一継承者…つまり王子なのである

 

最初は最近衰退気味の追放ものや異世界チートとばかり思っていたのだが、この世界で生活して驚くべき事実が判明した。なんとこの世界、かの有名なハンティングゲーム“モンスターハンター”の世界だったのだ。そして我が国はあの『サンブレイク』の観測拠点“エルガド”などにおける“王国”であった

 

その証拠に王城内の書物を調べれば、数百年前に王国領域内で巨大な大穴“サン”が開き、その時に“メル・ゼナ”と呼ばれる古龍が出現、暴れたという文献が記されていた。おそらく大穴の元凶“冥淵龍ガイアデルム”がメル・ゼナと縄張り争いをした時の記録だろう。他の文献も調べてみたら、30年ほど前に王国沿岸部でも大穴が開いて、今はそこに“エルガド”が建設されてるらしいから間違いない

 

でもぶっちゃけた話、それを知ったからってどうだって話だ。それらの問題は王国の遥か向こうにある“カムラの里”、そこでいずれ台頭するハンターであり英雄“猛き焔”と我が国の騎士達によって解決する。せっかくこんな世界に生まれ直したのだからハンター稼業をやってみたくない事もないが、王族に生まれたのだ。面白可笑しく生きて偶に狩りをやってみる程度の人生でいいだろう…

 

そんな気持ちは俺が5歳の時、“チッチェ”という名の妹が産まれたことで完全に霧散した

 

可愛いのだ(食い気味)

 

無邪気に笑う姿も、懸命に乳を飲む姿も、大声で泣く姿も、全てが愛おしい。ひとりっ子だった前世も相まって、まさにバルファルク(隕石)級のショック

 

俺の指を握ってキャッキャと笑うチッチェを見て…俺は理解した

 

俺は、この笑顔を守る為に産まれてきたのだと──

 

 

 

それからの行動は早かった。当時から王国騎士達の教導係を勤めていた“アルロー教官”に頭を下げ、無理を言って騎士達に混ざって俺はハンターとしての基礎能力、技術を磨き続け、メキメキと力を付けていった。もっとも、最初は筋トレや走り込みばっかだったが

 

凄まじいのはこの肉体の才能だ。ゲーム内の動きを忠実に再現出来るほど卓越した筋力、瞬発力、反射神経。アルロー教官もお墨付きの才能だったが、技術だけはどうにもならない。基礎も技術も積み重ねが大事だ

 

特に“鉄蟲糸技”はまだ開発されていない技。前世で愛用していた太刀では鉄蟲糸技の“水月の構え”や“桜花鉄蟲気刃斬”がスムーズに狩りを行う上で必須な技だった

 

野生の翔蟲で何度も練習したが、これらの独自開発ばかりは本当に難航して、まるまる5年掛けてようやく最低限のモノが出来上がったのだ。…これをまるで夕食のメニューを決めるみたいにあっさり思い付き完成させるとは、やはりウツシ教官は才能の塊だな。うるさい変態だけど

 

5年も訓練に明け暮れれば肉体は最低限完成された。アルロー教官はまだまだ要訓練と言っていたが俺は王子としての権力をフル活用してハンター資格を取得、みんなに黙ってクエストを受けて達成、ハンターとしての実力を証明した

 

なお、勝手にクエストを受けたことに関してはお母さん(女王陛下)やガレアス提督、アルロー教官にこっぴどく叱られた。やはり最初は小型モンスターにしとくべきだったか。いきなりナルガクルガはやり過ぎた

 

何にせよ、1度証明してしまえばこっちのもの。その後は正式なハンターとして破竹の勢いでクエストを解決していき、3年も経った時には初の最年少G級ハンターとして名を馳せていた

 

この頃になってくるとクエストの護衛として“フィオレーネ”と“ロンディーネ”の姉妹が付いてくる事が多くなった

 

ロンディーネは結構気さくだったのですぐに打ち解けて仲良くなったが、フィオレーネは…なんというか事務的な対応ばかりだった。やっぱり根が真面目だから結構好き勝手やってる俺が好きになれないのだろうか?愛称を付けてみても拒否されるし

 

とにもかくにも順風満帆なハンター生活で慢心とすら言える大きな自信もついてきてた

 

 

──だが、その自信は1年後に見事に粉砕されてしまった。王国首都の城下町に突如襲来した、メル・ゼナとは違う古龍によって

 

 

ゲームと違い、古龍のクエストというのは滅多に出てこない。出てきてもそれこそ歴戦のベテランハンターに斡旋されることが殆どで、ハンター歴3年程度しかない俺は当然古龍と相対した事すらなかった

 

しかし今回の出来事は事情が違い、ともすれば王国が滅亡することすら有り得る緊急事態だった。エルガドを含めた各地の王国騎士が集結し、ガレアス提督の指揮の下その古龍と戦闘を行った

 

恐るべきは古龍の強さだ。純然たる身体能力は勿論のこと、その古龍特有の能力が非常に厄介で、殆どの騎士が戦闘不能にさせられた上、俺も右目を失うという重傷を負った

 

しかしそこでなんと、城塞高地で陣取っていたはずのメル・ゼナが戦闘に介入してきたのだ。古龍同士の縄張り争いは俺達が挟まる余地もないほど凄まじく、もはや黙って王国が亡びるのを見ているだけかと思った

 

だが、古龍の攻撃でメル・ゼナが怯んで動きが止まった時…俺は無意識の内に翔蟲を使い、メル・ゼナの背に乗っていた。そう、モンハンRISEをやっていたものなら誰もが知ってるカムラの里の技能“操竜”だ

 

もはや一か八かの賭けに等しかったが、背後の城にお母さんが、チッチェがいると思うと不思議と恐怖はなかった。メル・ゼナの強烈な一撃、そして王国騎士の総攻撃でその古龍は大きく傷つき、なんとか撃退する事に成功した

 

残ったメル・ゼナが攻撃してくる可能性も大いにあったが、何故かメル・ゼナは俺達に何もせずにその場から飛んで消えた。何はともあれ、王国滅亡という危機は避けられたのであった

 

思えばあの時はまさに命を振り絞った大決戦だったが、帰還時にお母さんにもチッチェにも泣きつかれて、正直号泣してグズる2人をなだめる方が古龍との戦いよりもずっと大変だった

 

フィオレーネとの蟠りがなくなったのもこの大事件の後だった。俺を認めてくれたのは嬉しいのだが、必要以上に干渉してくるのは勘弁してもらいたい。あと忠誠がメタクソ重いのよ…

 

事件が終わったあとだが、右目の怪我もあって狩りに出ることはおろか、城の外を出ることも当分禁止にされた。しかも女王命令で

 

しかし療養してた分のリハビリも、左目だけの動きにも早く慣れたかった俺は、あるひとつの妙案を思いついた

 

 

 

「女王陛下!!女王陛下は居られるか!?」

 

玉座の間に大声で現れたのは、王国騎士にしてテッカの護衛であり、また付き人でもあるフィオレーネであった。焦燥した顔の彼女に玉座に座る女王と近くに立つチッチェが穏やかに声を掛ける

 

()()()()?」

「どうかしましたか?フィオレーネ」

 

疑問符を浮かべる2人にフィオレーネは近寄ると膝をついて1つの紙切れを渡した

 

「こちらが、テッカ王子の部屋に…!」

 

クシャクシャにして、その後にシワを伸ばしたような用紙を女王に手渡す。女王はそこに書かれた文字を読み…驚きのあまり立ち上がった

 

「フィ、フィオレーネ!!」

「既に全騎士に通達して王国中を捜索中です。しかし王子には翔蟲がある上にガルクのレッカも連れて行っています。おそらく既に国境を超えている事かと…」

「…ああ…あの子はまた…」

「お、お母様?フィーネ?何の話なのですか?その紙には一体何が書かれて…」

 

そうして、女王の手元から落ちた紙を拾い上げたチッチェはその内容を読み…

 

「えええ!?お、お兄様!?」

 

『武者修行の旅に出ます

 さよならだけが人生だ

ㅤㅤ    ㅤ ㅤ ㅤテッカより』

 

見直したのは間違いだったのかもしれない

 

フィオレーネがそう思い返すには仕方がないほど、今回も王国一のバカの奇行は絶好調だった



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2話

マイリトルシスターの元を離れて早1年

 

王国騎士に捕捉されぬよう色んな国を旅している中俺はカムラの里に行き着いた

 

 

最初はカムラの里に向かうべきかかなり迷ったが、右目が見えないというハンデを背負ってる以上、他の面で補強させる必要がある。具体的には今使える鉄蟲糸技をさらに洗練して使えるようにしたい。その為にはカムラの里のウツシ教官に教えを乞う必要がある

 

それに、前世の記憶が正しければ王国がカムラの里に本格的に接触するのは百竜夜行が収束してからだ。ロンディーネこと()()()が交易を装ったスパイ、を装った親善大使としてカムラの里にやっては来るが、彼女1人だけなら丸め込めば十分隠し通せるだろう

 

里長“フゲン”殿とギルドマネージャー“ゴコク”殿には既に素性と事情を説明済み、その上で他の里の者には素性を隠して滞在する旨を伝えている。2人は快く承諾してくれたのだが、1つの条件を加えられた

 

それは、今現在ウツシ教官が指導している()()()()()()()()()()()()の教導を手伝ってほしい、というものだった

 

うん、どう考えても将来の“猛き焔”ですね。横から出たぽっと出が師匠役になるとか、ウツシ教官が怒ったりしないだろうか?不安だ…なんて考えていたが、事情を説明されたウツシ教官は怒るどころか「一緒に頑張って愛弟子を最高のハンターにしよう!」って喜ばれたくらいだ

 

聖人か?仏様か?こんな人格者でありながら全部の武器種を一通り扱えて、鉄蟲糸技も独自に開発しておまけに諜報もこなせるとかマジで完璧超人だな。それだけに愛弟子への変態性が残念過ぎる…

 

あ、鉄蟲糸技に関してだが、流石のウツシ教官もまだ実験段階で、狩りに運用出来るレベルではないらしい。俺が使った水月の構えや桜花鉄蟲気刃斬には甚く感銘を受けていたが、すみません、それ未来のあなたのパクリなんです

 

しかし、俺の鉄蟲糸技を見てインスピレーションが働いたのか、2週間は姿を見せない時期があって、次に姿を見せた時には、なんと全ての武器種の鉄蟲糸技を実用で使えるレベルまで完成させてきたのだった

 

ええ…パクリの鉄蟲糸技を見ただけで全部完成させるとか変態かよ…変態だったわ(確信)

 

そうそう、肝心の“猛き焔”君ですが男の子でした。名前は“シキ”と言うらしい。よろしくね、シキ

 

他には“ヒノエ”“ミノト”の竜人姉妹と仲良くなったりもした。特にミノトとは互いに妹、姉の事を熱く語らう同志として意外も意外と仲良くなれた

 

そして妹と言えば、カムラの里にて新たな妹が出来た。正確には妹分だが

 

それこそがカムラの里のアイドルにして、“茶屋のヨモギ”の看板娘、みんなの“ヨモギ”ちゃんなのだー!ワーパチパチ

 

ぶっちゃけ最初はチッチェの方が数段可愛いと思っていた。見た目的な意味ではどっこいどっこい、ジャンル違いで意見が分かれるといったところだろうか?

 

しかし里に滞在し、ウツシ教官に頼んで教えてもらったヘビィボウガンの操作にも大分慣れてきた頃だった。うさ団子を頬張る俺を見ながら彼女はこう言ったのだ

 

 

「おいしい?お兄ちゃん」と──

 

 

まさしくライゼクス(落雷)級の衝撃だった

 

思えばチッチェは家柄や王族としての礼儀作法もあって、お兄ちゃんと呼んでくれたことは1度もなかった。子供の頃、舌っ足らずに「おにいたま」と初めて呼ばれた時は鼻血すら出るレベルの可愛さだったが、そんな妖精の如き無邪気さも時が経つにつれなりを潜めて、お母さんのような真面目でぽやぽやした雰囲気になっていった。嬉しいのやら悲しいのやら…

 

とにかく、ヨモギにそう呼ばれたことで彼女のことはチッチェと同程度の優先度と化し、妹二大権力が脳内で設立されたのであった。今では“ヨモ”と愛称で呼んでいる

 

しかし、確か前世の知識だとNewリトルシスターはかつて古龍によって滅ぼされた亡国のやんごとなき身分の御方…王国でも古龍襲来後に大きな世話になった薬師(くすし)の“タドリ”や里にちょくちょくやってくる雑貨屋の“カゲロウ”には『姫みこ様』と呼ばれるほどの地位の子らしいが、考えてみると俺の妹ってどっちもお姫様なんだよな。妹スゲェ

 

何にせよ、この1年の旅で不足気味だったシスターパワーの供給の目処が経ったのはいい事だ。何よりこの里は自由で穏やかだ。王城の暮らしやお母さん、チッチェを思い出してはホームシックになる事もあるが、新しい家族も出来た

 

後はいずれ来る災厄に備えて腕を磨くだけだ

 

故郷や新しい居場所の為、お母さんの為

 

何より、可愛い俺の妹達の為に…

 

 

そうだ──俺が、お前達のお兄ちゃんだ

 

 

 

百竜夜行は収束した

 

師から授かった教え、技、そして太刀を手に、百竜夜行の元凶である“百竜ノ淵源”の亡骸を見下ろしながら、俺は安堵の息を吐いた

 

思えば5年前、カムラの里にいきなり滞在し始めた、右目に傷を負った人が師匠に加わったのが事の始まりだった

 

2人の師の内の1人、ウツシ教官は凄い人だ。全ての武器種を満遍なく使え、鉄蟲糸技を開発し、よく褒めてくれる良い師匠だった。過保護なのとうるさいのが玉に瑕だけど…

 

そしてもう1人の師匠…テッカ師匠は、『滅茶苦茶』という言葉を体現したかのような人だった。俺が太刀を使うと知るや否や、水月の構えの練習を1ヶ月はぶっ通しでやらされたり、ヘビィボウガンの的にされてひたすら逃げ続けたり…

 

1番ヤバかったのは、ナルガクルガ相手に一撃も食らうことなく捕獲するという修行だった。あれは本当に酷かった。1回でも吹き飛ばされようものなら次の瞬間には翔蟲で飛竜の如く跳び回るテッカ師匠に拐われるものだから三半規管へのダメージが凄まじい

 

こればかりはウツシ教官とも凄く言い争いをしていて、でもウツシ教官が言った「じゃあ君は同じ事をやれと言われて出来るのかい!?」というセリフに対して見事に有言実行した時は、俺も教官も思わずモンスターを見る目でテッカ師匠を見てしまったほどだ

 

でもそんな目で見ても仕方ないと思う。だって師匠はナルガクルガどころか、古龍級生物に匹敵する危険度と戦闘能力を持つヌシジンオウガ相手にインナー一丁で討伐してしまったのだから。無傷で

 

しかし、右目が見えないハンデをものともしない太刀捌きは、俺の明確な目標の1つとなった。力強さと軽やかさ、恐ろしさと美しさ、相反する2つを見事に融和させたあの動きは、今でも脳裏に焼き付いている

 

「帰ろう、ナツ、ハル」

「ワウ!」

「はいニャ!」

 

オトモとして連れているガルクの“ナツ”とアイルーの“ハル”と一緒に、カムラの里に凱旋する

 

みんなが俺の勝利と帰りを信じて待ってくれていた。お祭り騒ぎの中、人混みの中から現れた師匠が俺を見つめ…肩に手を置いてから静かに言った

 

「よく生きて帰ってきた。よく…無事に帰ってきた」

「師匠…」

「ハンターの道に終わりはないが言わせてくれ…もうお前は一人前のハンターだ。お前に指南出来た事を、俺は誇りに思う」

「師匠…!」

 

師匠の背中はまだまだ遠いが、そう言って貰えるだけで全てが報われた気がした。普段はチャランポランだが、真面目な時は本当に不思議なオーラを放つ人だ…まるで物語の王様のような雰囲気を発している

 

百竜夜行は収束した

 

しかし、収束から1か月後に突如大社跡に現れたダイミョウザザミ、狩猟後に起こった謎の牙竜種の襲撃、そしてオトモ広場にいるロンディーネさんに瓜二つの騎士の登場

 

それらの出来事は、新たな狩りの序章に過ぎなかった…

 

 

 

「“王国”…それに“ルナガロン”…」

「そうだ。最近の王国、特に“城塞高地”ではモンスターの異常が頻繁に報告されている」

 

そう言う彼女の名はフィオレーネ。王国に仕える王国騎士の1人で、ロンディーネさんの姉らしい

 

「貴殿の武勇伝は王国まで轟いているぞ、カムラの英雄“猛き焔”殿。貴殿のその実力を見込んで、どうか我々に力を貸して欲しい」

「ええ、俺で良ければ喜んで」

「そうか…感謝する」

 

キリッとした雰囲気だが、しかし堅すぎるという訳ではないのはその微笑みを見ればよく分かる。師匠が「狩りの基本は観察」と口酸っぱく言っていたがこういう場面でも役に立つとは…

 

「さて…すまないが私の目的はもう1つある。この里にいるテッカという人物に用があるのだ」

「師匠?師匠に一体何の用が?」

「何?……そうか、あの御方から指南を…」

 

あの御方?

 

やけに謙った言い方に疑問を抱いていると、オトモ広場の桟橋を通って、件のテッカ師匠とロンディーネさんがやってきた。彼女も王国騎士らしいが、まるで師匠に付き従うように付いてきてるような…

 

師匠がフィオレーネさんの前に立つ。長い沈黙が続く中、唐突にフィオレーネさんが師匠に跪き、荘厳な口調で言う

 

「お迎えに上がりました」

「久しぶり、フィーネ。お母さんやチッチェは元気?」

「はい。しかし、6年前の騒動の際は本当に大変だったと記憶しております」

「痛いとこ突くねお前…あれは俺も悪かったと反省してるとこもあるんだから許してくれよ」

「許す許さないは女王陛下や姫の裁量次第と思われます。それに、チッチェ姫は寂しくて泣いておられましたよ」

「…良かれと思ってやった事があの子を悲しませたか」

「王国を揺るがす大事件の後だったのです。特に本来ならば療養してなければならない身なのに一人旅に出るなど…もう少し御自身が()()()()()()()()()自覚を持ってください」

「………え?」

 

ちょっと待って。今とんでもない言葉が聞こえた気が…次期国王?

 

「…もはや隠す必要はないか」

 

隣でロンディーネさんがそう言うと、彼女もフィオレーネさんと同じように師匠に付き従い、言い放つ

 

「この御方こそが、我が王国の王位第一継承者にして次期国王でもあられる、テッカ王子その人である」

 

…………

 

「ええええええええええッ!!?」

 

王子!?師匠が!?あのチャランポランでいい加減でぐ〜たらしてて、この前ガンランスで遊んだ結果加工屋の“ハモン”さんに正座でしこたま怒られてた人が王子!?嘘でしょ…嘘だっ!!

 

「ロンディーネ、シキ殿が酷く混乱している様子なのだが」

「普段の王子の姿とで激しいギャップを感じているのかと…」

「…ここでもやりたい放題やっているのか…」

 

ハッ!? おれは しょうきに もどった!

 

「な、なんでそんな人がカムラの里に!?」

「詳細は省くが、王子は己の力不足を感じた故に女王陛下にも無断で武者修行の旅に出たのだ。カムラの里には偶然行き着いたのだと聞いている」

 

ち、力不足…?右目のハンデがあって尚、古龍級生物を無傷で倒す人が力不足を感じるってどんなモンスターだよ…?それこそ御伽噺の“黒龍伝説”くらいしか思いつかないぞ

 

「でも、師匠…ああいや、王子様が見つかって良かったですね。偶然このカムラの里に滞在してなければ…」

「いや、王子がカムラの里にいたのはとっくの昔に把握していたぞ」

「……え?」

 

そんなフィオレーネさんの答えに愕然とした顔を浮かべるのは師匠だ。彼は壊れたカラクリのような不気味な挙動で蠢き、ブツブツ呟く

 

「とっくの昔…じゃあなんで今まで接触してこなくて…監視?そう言えばさっき「カムラの里には偶然行き着いたのだと聞いている」って…」

 

グリン!

 

そんな擬音が聞こえてきそうな速さで首を回し、ロンディーネさんを血走った眼光で見つめながら…師匠は叫んだ

 

「ロンディーネェェエエエ!!裏切ったのかぁ!?俺を、売ったのかぁ!?」

「え!?いや、私は何も…」

「ロンディーネェェエエエ!!この裏切り者ぉぉぉおおおおおおおッ!!」

 

それはまさしく怨嗟の叫びだった。そう言えば初めてロンディーネさんがカムラの里に来た時、師匠とやたら話し込んでいたが、もしかして口止めでもしていたのか?

 

王子からの裏切り者発言にシュンと落ち込むロンディーネさんだが、それを見かねたフィオレーネさんが師匠に言う

 

「貴方様の事を教えてくれたのはフゲン殿です」

「…え?」

「正確には自力で王子の正体に辿り着いたウツシ殿です。フゲン殿自身は貴方様との約束で誰にも王子のことは公言しないが、自力で答えを見つけた者を縛る約束はしていないと言っておられました。後はガレアス提督と交流のあるフゲン殿のツテで、王国に来たウツシ殿から王子の居場所を聞いたのです」

 

そう言えば一時期、鉄蟲糸技開発の為に2週間ほど姿が見かけない時があったが、もしかしてあの時にウツシ教官は王国に行っていたのか?

 

だが、そんな事を考えていると師匠が突如動き出す

 

背負っていた『金獅子砲【重雷】』を下ろし、徐に『ヴァイクSメイル』を外すと、アイテムポーチから剥ぎ取り用のハンターナイフを取り出し…正座したまま刃を腹に向けた

 

「王子!?」

「ちょ、師匠!?」

「おいは恥ずかしか!生きておられんごっ!」

 

そのまま切腹すべく腕を動かそうとし、しかし寸前でフィオレーネさんに止められた

 

「お止めくださいテッカ王子!!」

「ええい離せフィオレーネぃ!部下の忠誠を疑った罪は命で贖わなければならんばいっ!!」

「かつて私に説いた教えとまるで違うではありませんか!?あとその妙な喋り方も止めていただきたい!何をしているロンディーネ、早く王子を止めるのを手伝ってくれ!!貴殿も!!」

「しょ、承知!」

「は、はい!」

「介錯をっ!!介錯をぉぉおおおっ!!」

 

チクショウ!やっぱこの人滅茶苦茶だぁ!

 

 

今日も今日とて、師匠(王子)平常運転(ご乱心)だった



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3話

1話に父親は他界してるって書きましたけど、そしたらどうやったら妹が生まれてきたんだよって事に気づいたので、本国を留守にすることが多い宰相という立場にしておきました

まあ勢いで書いた小説だし、ぶっちゃけその辺の細かい矛盾は無視してくれる方がありがたいです


私の名はフィオレーネ。王国に仕える王国騎士の1人であり、国を統治する女王陛下、宰相として他国にいる事が多い殿下…そして、ゆくゆくは王国を背負うことになるテッカ王子とチッチェ姫に忠誠を誓っている

 

今は船に乗って我が王国に航行している途中であり、船には妹のロンディーネとカムラの英雄シキ殿、そして6年前に王国を飛び出したテッカ王子が乗っている

 

ハンモックに寝そべっていびきをかく姿はとても一国の王子とは思えず、未だ大人になりきれぬ悪たれ坊にしか見えない。事実彼に振り回された多くの者は、彼をイタズラ好きの子供としか思っていないだろう

 

しかし女王陛下は、チッチェ姫は、多くの騎士達は、私は知っている

 

この者こそが誰よりも王国の為に戦ってきた、真に忠義を尽くすべき王足り得る者だと──

 

 

 

事の始まりは、きっとチッチェ姫が生まれたことなのだろう。それまでは王族の子供らしく何不自由なく生きてきたというのに、姫が生まれた年の内に王子はアルロー教官に懇願し、我々騎士達の訓練に混ざるようになってきた

 

無論、多くの訓練生や現役の、退役した騎士達が心配した。王子に怪我などさせては大変だし、教官も

 

「走り込みだけで音を上げるだろう」

 

と細心の注意を払いながら彼に訓練を受けさせた

 

だが、王子は走り込みどころか筋力や瞬発力を鍛えるトレーニングなどもこなしてみせた。たったの1度も弱音を吐かずに

 

1度だけ、トレーニングの時に無理をして王子の骨にヒビが入った事があった。この時は騎士達全員が慌てだし、教官も軽く青ざめていた。しかし、王子は我々を責めるどころか

 

「俺の未熟と増長が招いた結果だ。迷惑をかけて済まない」

 

とだけ言い、怪我を完治させると改めて訓練を再開した

 

この時から、騎士や騎士を目指す者達は王子の子供らしからぬ雰囲気の片鱗を見ていて、そこに王の資質を見出して彼を支持する者も出始めた。アルロー教官も王子の心意気と強い才能に感心し、徐々に彼に対する遠慮もなくなっていった

 

王子は大剣、太刀、双剣、狩猟笛、ガンランス、ヘビィボウガンを使うが、その中でも特に愛用していた太刀の練度は凄まじいものがあった。たまに翔蟲を使って妙な事をしている時期もあったが、思えばあれも、当時影も形もない鉄蟲糸技を独自に考案し生み出そうとしていたのだろう

 

そして訓練から5年が経過し、王子が10歳になった時、ある事件が起きた…

 

 

 

「王子がクエストに!?」

「そうだ。一刻を争う事態だ、早く王子を見つけ保護せねば」

 

そう言うガレアス提督の沈痛な面持ちが事態の深刻さを表していた

 

本来、クエストというものは密猟対策にハンターズギルドを仲介して受注される為、ハンターの資格を持っていない王子は受注する事が出来ない

 

しかし王子はクエストそのものにではなく、ハンターの資格試験そのものに権力を用いて無理やり入り込み、合格をもぎ取ったようなのだ。資格自体は己の実力で正々堂々勝ち取ったものなのだから、強く非難出来ないのが殊更タチが悪い

 

「それで、王子は何のクエストに?」

「…ナルガクルガの狩猟だ」

「バカな!?」

 

そう叫んだ私を責められる者はいないだろう

 

あの王子が大人しく採取クエストに行くとは思っていなかったが、よりによって“迅竜”の異名を持つ大型の飛竜に挑むなど!熟練のハンターですら危険が付き纏うナルガクルガ、間違っても新米ハンターが挑む相手ではない

 

こんな形で一国の王子が死ぬなど、他国に対する外聞は勿論だが、何より女王陛下やチッチェ姫がどれだけ嘆き悲しむか!

 

だからこそ、王子の身に何かが起こる前に、私はクエスト先の水没林にいち早く向かったのだが…

 

『グルォォォォォ!!』

「…シッ!」

 

ギィン! ザムッ!

 

『キュィィイイッ!?』

 

「…なんだ…これは……」

 

視線の先に広がっていたのは、新米ハンターを一方的に嬲るのではなく、逆に1度も狩りに出たことがないはずの王子に傷一つ付けられず蹂躙されるナルガクルガの姿があった

 

翼刃は所々欠け、尾は先程のカウンターで断ち切られ、左目には深い切創痕がつけられていた

 

翼刃を使った飛び掛かりは真下を転がって潜り抜け、尻尾の薙ぎ払いは翔蟲で宙を舞って避け、大地を砕く尾の叩きつけは糸と刀身のカウンターで防ぎ切る

 

(これは…本当に『狩り』なのか…?)

 

助けに行くという発想すら思い浮かばないほど、私は目の前の光景に釘付けになっていた

 

本来、狩猟において回避は基本だ。何せ相手は人間より遥かに強靭で、中には山のように大きなモンスターもいるのだから

 

しかし、目の前で行われている狩りでは確かに回避こそしているが、その悉くが紙一重で、カウンターに関しても少しタイミングがズレただけで王子が大地のシミとなってしまうほどシビアなものばかり

 

だが、それを王子は1つのミスもせず実行している。まるで機械のように、まるで恐怖を感じてないように、まるで未来でも見えているかのように

 

『グルルゥォォォォォッ!!』

「……ッ!」

 

そして迅竜が咆哮した直後に飛び掛かると、それを見た王子は太刀を納刀して、その場で動かずに居合の構えを取る

 

「なっ!?お、王子!!」

 

あのままではあの巨体に押し潰されてしまう。そう思った私は声を上げるが、既にナルガクルガは王子の居た場所に着地していて…

 

否、王子はそこに居なかった。まるで足を動かさず真後ろにステップしたかのように、ナルガクルガの眼前に立ち

 

「チィィエェェェ…ッストォォォォォォッ!!」

 

一撃、二撃、三擊

 

流れるような連撃から最後に振り下ろされた一太刀がナルガクルガの頭部を深く切り裂く。血潮を吹いてもがき苦しむ迅竜は、起き上がろうとした途中で力尽き…最期に崩れ落ちて絶命した

 

「フゥー……!」

「ナルガクルガを…倒した…?」

 

初めて狩りに出た、齢10になって間もない小さな狩人が、暗殺者が如き飛竜を討伐した

 

「……? …フィオレーネ…?」

「あ、王子…」

「どう、だ…?やっ…た…ぞ…」

 

バシャリ!

 

王子は私を見つけると、安堵の顔を浮かべた後にフラリと揺れて…小さなせせらぎの上に倒れ込んだ

 

「王子!?王子!しっかりしてください、王子!」

 

心配の言葉を掛ける私だったが、その胸中には確かに…ほんの僅かにだが確かに

 

『嫉妬』の感情が渦巻いていた

 

 

 

ナルガクルガを討伐してしまった王子を連れて、私は王国に帰還した

 

王子は女王陛下には泣かれながら、ガレアス提督には問い詰められながら、アルロー教官には怒鳴られながら叱られた。見たところ、女王陛下の泣き落としが1番効いていたように見える

 

しかし、初めての狩猟で、それも10歳でありながらナルガクルガを討伐するという偉業をやってのけた王子は嫌でも周囲に実力を見せつけ、彼の熱意に押された女王陛下は、無傷であった事も相まって王子がハンターになることをお認めになられた

 

ただし、私と妹のロンディーネをクエストに同行させる事が条件だった。女王陛下直々の命令である以上、王国騎士として真面目に取り組まねばと私は私情を押し殺して任務の遂行に着手した

 

だが、生き急ぐようにハンターとしての才能を開花させ、急成長する王子の姿を間近で見れば見るほど私の中の醜い感情はどんどん膨れ上がっていった

 

大剣はヒットアンドアウェイを忠実に守り、チャンスがあれば重い一撃を必ず叩き込む

 

双剣は強走薬もないのに鬼人強化状態を切らした姿を見た事もなく、回避と同時に敵を切り刻む

 

狩猟笛は旋律を決して切らさず、それでいて我々の邪魔にならぬ立ち回りで徹底的にサポートする

 

ガンランスは基本的な動きを忠実に守り、かと思えばガンランスらしからぬ怒涛の動きでモンスターを追い込む

 

ヘビィボウガンは的確に弱点を撃ち抜き、まるで近接武器のように近づいて攻撃し、攻撃を受けても全く動じることがない

 

他の武器種は何だかんだ攻撃を食らうこともあったし、回避しきれぬ事も多々あった。それでも十分ベテランと言える老獪な立ち回り方だったが

 

しかしやはり…1番凄まじく、異質なのは太刀であった。モンスターにピッタリ張り付いて離れず、それでいてどんな攻撃も紙一重で回避し、躱しきれない攻撃は糸と刀身で対処する

 

これではどちらがモンスターか分かったものではない…そんな不敬なことも考えてしまうほど、私の王子への感情は歪なものに変化していく

 

同じように間近で見ている妹は、特にそんな様子も見せず純粋に王子を尊敬し、とても親しげに話をしている。そんな妹の当たり前な一面にも悪感情を抱いてしまうほど、私は嫉妬深くなってしまっていた

 

いつの日か、王子は言った

 

「なあなあ、フィオレーネ」

「…なんでしょうか?」

「お前達と共に狩りをしてもう3年も経つんだ。俺は将来の君主としても、狩り仲間としてもお前達ともっと仲良くなりたい。だから“フィーネ”って愛称を思いついたんだが、そう呼んでも構わないか?」

「…そのような必要はないと思われます」

「ダメか…?」

「我々は貴方様達王族に忠誠を誓った騎士、王国の矛であり盾であります。そのような親しみを向ける事は…」

「お前の事を家族の姉のように思っていたのは、俺だけか?」

「………私は………」

「…いや、ゴメン、無理強いをした。でも俺がみんなと仲良くなりたいと思っているのは俺個人の意思だ。それだけは覚えていてくれ」

「…………」

 

ああ、王子

 

強く、優しく、民や騎士に親しまれている王子

 

だが、貴方様の優しさが私には苦しい。私が真面目にコツコツと積み上げてきた、騎士としての価値観が崩れていくから

 

貴方様の強さが私には妬ましい。私達騎士が何の為に強くなろうとしているのか、分からなくなっていくから

 

ああ、ああ、王子…

 

私は貴方様の存在が許せなく、憎らしかった──

 

 

王国が滅びの危機に瀕した、あの時までは



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4話

なんか気がついたらランキング5位とかになっててマジびびる。あれ?こんな事前にもあったような…


「シィイイ!!」

 

ギャリィン! ガリガリガリ!

 

剛爪の一撃を受け流して胴体に一太刀入れるも、幾重にも厚鱗が積み重なって出来た水色の重殻には浅い傷をつけるので手一杯だ

 

『クォォォオオオン!!』

「クッソ…!」

「テッカ王子!!お下がりください!!」

「出来るかっ!!他に戦える奴がいないんだぞ!?大砲とバリスタの準ッブレス来るぞぉっ!!」

 

王子が怒号を上げた直後、龍のブレスが横一線に薙ぎ払われる。王子は咄嗟にしゃがんでブレスを躱すも、ブレスの流れ弾が設備の一区画に直撃し、待機していた騎士達と共に機能停止に追い込む

 

(チクショウ、息つく暇もねえ!!ゲームじゃ簡単に狩れていた!今までも順調に狩れていた!調子に乗っていた…何が最年少G級ハンターだ、何が稀代の狩人だ!俺は何一つ強くない!!)

 

肺から吐き出される()()()()を、即興で自作したホットドリンクを飲んで誤魔化しながら

 

(これが…これが“古龍”ッ!!)

 

 

都市を氷漬けにした元凶…“冰龍イヴェルカーナ”をテッカ王子は睨んだ

 

 

「シェアアアア!!」

 

絶叫と共に、王子の手にあるエスピナス亜種の太刀

“カクトスヒンメル”が唸りを上げる

 

ギャリ!ギャリ!ギャリィン!

 

まさに薄皮一枚で回避して放たれた、火炎が弾け毒液が染み込んだ太刀による連撃を、イヴェルカーナの氷の鎧は容易く受け止める

 

(外殻を傷付けるのがせいぜい!肉に届かないから毒にもならない!どうする…!?どうする!?)

『キュオン!』

「ああっぶ!?」

 

ただの引っ掻く攻撃も、古龍の剛爪を持ってすれば鉄すら簡単に切り裂く。その巨体故に真下に転がり込めて逃げれたが、そこに氷の槍となった長い尾が滑り込む。後転して回避し、さらにバックステップして冰龍から大きく距離を取る

 

「ハッ、ハッ、ハッ…!!」

『クルルルル…!!』

 

どれだけ攻撃しても氷鎧が防ぎ、逆にイヴェルカーナの攻撃は直撃すれば全てが致命の一撃。おまけに“凍らせる”という特性上、氷結で脚を止められ、体の動きも冷気で鈍るという最悪のコンディション

 

それでも、それでも確かに王子は一対一で幻の古龍と渡り合っていた

 

後方に下がらされた騎士の中にいたロンディーネが叫ぶ

 

「王子ぃ!」

「拘束用バリスタ及びバリスタと大砲の準備、完了しました!」

「王子!!一時お下がりください!!」

 

部下のその報告を聞き、ガレアス提督は大声で戦闘している王子に伝えるが、王子はその決定に対して言い返した

 

「構うなっ!俺ごと撃て!」

「それでは王子の身に危険が!!」

「俺1人死ぬかもしれない可能性と、国と民が確実に滅びる未来!どちらが重いかは考えるまでもなく明白だろ!!…うおっ!?」

 

そう言いつつ超至近距離戦を維持する王子の覚悟を汲み取ったガレアスは、忽然とした態度で指示を飛ばす

 

「…拘束用バリスタの発射用意!!」

「提督!?」

「先に拘束すれば王子が離脱する隙が出来る!早くしろ、王子の命懸けの行動を無駄にするなッ!」

「…! 了解しました!!」

 

1分か、それとも2分か?戦うものにとってそれ以上に長く感じる時間が過ぎ…その時が来た

 

「拘束用バリスタ、てぇーっ!!」

『撃てーっ!!』

 

空気を裂くような音を鳴らしながらロープが矢尻についた銛が幾つも飛び交い、イヴェルカーナの氷の装甲に食い込んだ

 

「…っ」

「王子が下がった!今の内に撃ちまくれェ!!」

 

例え鱗の下まで届いてなくとも、かの滅尽龍のように全身から銛を生やしてロープで雁字搦めにされた状態では、イヴェルカーナとてまともに動けない。必死に四肢に、翼に力を込めて藻掻く冰龍の姿に、騎士達はありったけのバリスタ弾と砲弾を撃ち込む

 

返しのついた鋲と火薬の塊は氷の鎧を次々と砕き、罅を入れ

 

ガヒュ!

 

『クォォン!』

 

…とうとう、鉄壁の防御の一部に穴を空けた

 

王子はそのチャンスを見逃さない。砲撃の嵐を掻い潜って腕を引き絞り、ランスのようにカクトスヒンメルを小さな傷に突き刺す

 

『キュォン!?』

 

深くもないが決して浅くもない。初めて与えられた強い痛みに冰龍が怯んだ隙に、突き刺さった太刀を足場にして高く跳躍し、同時に柄を掴んで抉り出すように太刀を抜き取り…

 

「チィェェェストォオオオッ!!」

 

バキャァア!

 

全体重を乗せた“気刃兜割り”が、イヴェルカーナの鎧を縦一閃で断ち切った

 

「やった、王子がダメージを与えたぞ!」

「油断するなッ!!まだまだこいつ元気だ!」

『クォォォオオオン!!』

 

その証拠に、イヴェルカーナは怒り狂うように白い息を吐き散らし、氷で出来た冠角を突き立ててくる

 

「チイィィィッ!!」

 

ガギャギャギャギャギャ!

 

大きく横にステップし、加えて太刀で受け流す事でギリギリ凌いで、傷のついた部分に反撃、罅割れをさらに大きくする

 

「フゥ…くっ、くぅ…!!」

 

如何に天才的なハンターと言えどテッカ王子は14歳の子供。子供にしては並外れたスタミナも、長い大自然を生き抜いてきたこのイヴェルカーナの前では脆弱に等しい

 

「王子サマ!これをっ!」

 

派手なブナハ装備を着た騎士の1人が袋を取り出し、そこからキラキラ光る粉を王子に向かって振り掛けた。すると疲れ始めていた王子の肉体は見る見るうちに元気になっていき、3連続での尻尾突きを何とか避け切る

 

それは回復薬グレート並の回復力でありながら近場にいる全ての仲間を回復させることが出来る“生命の大粉塵”だった。希少なアイテムを惜しみなく使ってくれた騎士に対して、王子は最大限の感謝を伝える

 

「ありがとう!!助かった!」

「どういたしましてーっ!!」

 

コンディションをある程度持ち直した王子は、改めてイヴェルカーナと対峙する

 

ブレス、躱す。ブレス、躱す。切る、突進、回避、切る。尻尾薙ぎ払い、水月の構えからカウンター。落下する氷塊、避ける、避ける、避ける──!

 

氷結能力による広範囲攻撃、そして30mは優にある全長とは思えない俊敏さは、その巨大な体躯もあって常に王子に紙一重の回避を強いていた。普段意図的に行っているものとは違う。少しでも動きを緩めれば即座にあの世行きだからこそ、どれだけ肺が冷たくて息苦しくても、止まることなく動き続ける

 

そんな攻防の最中、1人の騎士が渦中に飛び込む

 

「王子!!ここは私が隙を作ります!!」

「フィオレーネ!?」

 

片手剣を手に持ったフィオレーネが、テッカ王子と並ぶように現れる

 

「なんで出てきた!?お前じゃ近づくのは無理だ、死ぬぞ!!せめてランスで…」

「私は誇り高き王国騎士ですっ!!主君も守る為ならば…この命を失う事になっても悔いはない!!」

(そうでなければ、そうでなければ……私は何の為に騎士になったというのだ!?)

 

フィオレーネは直線に吐き出される氷結ブレスに対して横移動で躱しながら近づき、頭部まで肉薄する

 

(ここっ!!)

 

高くジャンプし、右腕に装備された盾をアッパーカットの要領で顎に打ち込む。それでグラついているイヴェルカーナの氷角に向かって…フィオレーネは勢いよく盾を叩き込んで砕いた

 

それは王子に教えてもらった片手剣の鉄蟲糸技“昇竜撃”と酷似している技だった

 

その威力は強烈であり、頭部に2回盾を叩き込まれたイヴェルカーナは堪らず眩暈を起こすほどだった

 

()()()()()

 

『……! キュォォオオン!!』

「なっ!?」

 

俯いていたイヴェルカーナは頭を軽く振り、しかし次の瞬間には足元にブレスを放ち、フィオレーネの脚を地面ごと凍らせた

 

昇竜撃は本来翔蟲を使った勢いのあるアッパーと、翔蟲で空高く跳ぶことで落下の勢いが増し、その速度で盾を叩きつける事で初めて眩暈を起こす威力の出る技だ

 

だがフィオレーネは自らの脚で跳んだ。それが隙を作れなかった最大の原因であり、人間1人の限界でもあった

 

「脚が…しまった、このままで──」

 

そして前を向いた時には既に、硬い氷で補強された冰龍の靭尾が突き立てられようとしていた

 

(死──)

 

 

ドン!

 

ガギャズシュァ!

 

 

しかし、フィオレーネの肉体を襲ったのは氷槍で穿たれたものではなく、左から人に勢いよく突き飛ばされたもの

 

なのに肉を引き裂いたような音が聞こえて

 

そして、先程まで自分がいた場所を見てみれば

 

 

水月の構えで攻撃を受け流し切れず、掠めた右の目元の肉を抉られ、血を飛び散らせているテッカ王子の姿があった

 

 

王国最強と謳われる狩人が、スローモーションのようにゆっくり倒れていく感覚がフィオレーネを襲う

 

「王子…!?」

『王子ィッ!!!』

 

頭部から血を飛ばすその光景に、ガレアスが、ロンディーネが、援護していた騎士全員の声が重なった

 

「姉上!!目を塞いでください!!」

「ッ!」

 

背後から聞こえてきた妹の言葉にフィオレーネが目を瞑る

 

カッ!

 

『キュォォ!?』

 

直後、ロンディーネによってイヴェルカーナの眼前まで放り込まれた閃光玉が炸裂し、その光をモロに浴びた氷の古龍は視界を奪われる

 

「姉上、王子を連れて早く!!」

「分かった…!!」

 

太刀を拾う余裕がなかったフィオレーネは、カクトスヒンメルを置いてテッカ王子を背負い、暴れ狂うイヴェルカーナに背を向けて走る

 

騎士達がバリスタや大砲、ボウガンで遠距離に徹して対応する中、後方まで辿り着いたフィオレーネはキャンプ内で王子を静かに下ろす

 

「傷は!?」

「血はそこまで流れていない。しかし…目が…」

 

仰向けに寝かされた王子、その顔は痛々しく裂けた上で凍りついており、右目の眼窩は外側が削り飛ばされ、中では出血と露出した神経が軽く凍っていた

 

「マズイ…!大至急救護班を呼べ!!」

 

ロンディーネが檄を飛ばす。王国でも指折りの医者が衰弱していく王子の治療をしていく様に、フィオレーネは目を逸らすように俯く

 

「フィオレーネ」

 

そんなフィオレーネに声をかける者が。フィオレーネはゆっくりとその者に顔を向け

 

バキッ!

 

「ぐっ!?」

 

左頬を握り拳で殴られた

 

「アルロー教官!?何を…」

 

隣で突如起きた出来事にロンディーネが驚くが、それを無視してアルローはフィオレーネの胸ぐらを掴んで怒鳴る

 

「フィオレーネッ!!お前、自分が何をやったか分かっているのか!?」

「う…そ、それは…」

「独断専行で突っ込んで王子の足を引っ張った挙句その王子に庇われて大怪我を負わせるなど、それでもお前は王国騎士か!!」

「わ、わたし……わた、し、は……」

 

目尻に涙を浮かべて震えた声を漏らすフィオレーネに、アルローはさらに口を開き

 

「止めろアルロー…!!今は下らん諍いを起こしてる場合じゃない、王国の危機だぞ…!!」

 

アルローを制止する声が、治療中の救護班達の中から響く

 

「お、王子!?」

「テッカ王子!?意識が!?」

「クソ、右目が痛え…いや違う、違和感があって、そして目が見えてないってことは…そうか……」

「王子、寝ていてください!!今我々が治療致しますから!」

 

右目があった部分を押さえて起き上がろうとする王子を無理にでも止めようと医者の1人が言うが、王子は凍りついた眼窩の中身に指を這わせながら言う

 

「どうやってだ?」

「え?」

「治療するにはこの凍りついた顔を溶かさなければならない…そんな設備はここにはない、違うか?」

「それは…」

 

立ち上がり、体を軽く動かしながら王子はロンディーネに聞く

 

「前線はどうなっている」

「今、ガレアス提督の指揮の下、騎士達が戦闘していますが…おそらく長くはもたないかと…」

「俺の太刀は?」

「置いてきました。戦場のど真ん中で放置されています」

「そうか……」

 

王子は手を握り、開きを繰り返し、その様子に左目だけになってしまった視線を向ける

 

懐に手を入れ、回復薬グレート2本とホットドリンクを一気に飲み干すと、テントの出入り口に向かいながら言う

 

「早くお前達も準備しろ。戦線に戻るぞ」

「何を仰っているのですか!?王子は右目が見えていない状態なのですよ!?バカな事を言ってないでお休みください!!」

「バカな事?バカな事というのはあのクソ古龍に俺達の国が滅ぼされる事の方だろう?俺が戻らねば、一体どれだけ多くの犠牲が出ることか」

 

顔の凍結した部位を撫でながら、王子は言う

 

「傷を凍らされたのは不幸中の幸いだったな、おかげで痛みがないし止血もされている…俺は行くぞ」

「王子っ!!」

 

聞く耳持たずキャンプの外に出てしまった王子を追い掛けるべく、ロンディーネは走り出した

 

 

 

煩わしい。イヴェルカーナはそう考える

 

人間は弱いが数は多く、そして賢しい事を、悠久の時を生きてきたこの古龍は知っていた

 

それだけに、余計な茶々(援護射撃)があったとはいえ、たった1人で自身と渡り合う人間が存在している事実に驚きを隠せないでいた

 

その人間はまるで幻獣のように素早く、或いは霞龍のように捉えどころがなく、鋼龍のように攻撃を弾き、そして炎龍の(つがい)のように苛烈な攻撃を仕掛けてくる。傷を付けられたのは、海の超えた先の遥か彼方の大陸で出会った、尋常ではない再生能力を持つ悉くを滅ぼす古龍との縄張り争い以来だった

 

正しくその人間はイヴェルカーナにとって脅威の認識となり、だからこそ今、周囲で騒ぎ回る弱いだけの人間達が煩わしくて仕方なかった

 

それ故に、冰龍は周辺一帯を壊滅すべく冷気の力を最大まで解放し…

 

直後、垂直に降ってきた乱入者の剛力がイヴェルカーナに襲い掛かった



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5話

日刊2位になっちゃいました!たくさんのお気に入り登録、評価してくれた人達に感謝です!


王子と王子を追い掛けてきたロンディーネとアルロー、そしてアルローに引っ張られてきたフィオレーネが首都中央まで辿り着くと、戦場を俯瞰しているガレアスに王子が話し掛ける

 

「ガレアス!!」

「王子…!?何故ここに?貴方の今の怪我では…」

「王国の危機にそんな事言ってられるか!戦況は!?」

「戦況は……今は全ての騎士達を引かせています。()()()()()()()()()

「なんだと?巻き込まれない…?一体」

 

何から、と言い切る前に、王子達の目の前で何かが連続で飛翔し、その“龍風圧”に全員が怯む

 

そして飛び上がった何かに目を向けて…王子は驚愕の表情でその名を口にした

 

「イヴェルカーナと……メル・ゼナ!?」

 

そう、今首都の上空でドッグファイトを繰り広げている2体の龍。1体は首都に襲来した怨敵とも言えるイヴェルカーナ

 

そしてもう1体は…遥か昔からこの王国を縄張りとしている古龍“爵銀龍メル・ゼナ”だった

 

極寒の息吹を避けながら飛び交い、三叉の槍状の尾を突き立てるも、同じように氷槍を繰り出すイヴェルカーナに防がれ、空中で鍔競り合う2体。互いに弾かれたように離れ、絶対零度で空気を瞬時に凝固させ氷の礫でカーテンを作る冰龍に向かって、メル・ゼナは力技で突破しようとする

 

細かい傷を作りながらもイヴェルカーナの元に辿り着いたメル・ゼナを、しかしイヴェルカーナはブレスで動きを鈍らせながら掴みかかり、そのままメル・ゼナを下敷きにして建物に落下した

 

「街が!」

「これが…古龍同士の縄張り争い…」

 

天災足り得る古龍が争い合うのは、嵐が自由自在に動き回ってぶつかり合うに等しい事態だ。その証拠に街は次々と粉砕され、とうとう流れ弾のブレスが城の一部を破壊した

 

「チッチェ!!お母さん!!」

「王子!?無謀です!」

「マズイ!王子を連れ戻せ!!」

 

それを見たテッカが反射で高台から飛び出す。不幸中の幸いにもカクトスヒンメルは壊れておらず、古龍達も離れていた為回収は容易かった

 

「あいつらっ!」

 

脳みそまで冷やされそうな感覚を堪えて、イヴェルカーナとメル・ゼナの元まで走り出す

 

辿り着いた場所ではメル・ゼナが組み伏せられていて、両前脚で押さえつけられて藻掻いている爵銀龍に冰龍がダメ押しのブレスを吐こうとする

 

(メル・ゼナが押されている…!?)

 

それほどまでの強さなのかと戦慄する中、王子の気配に気づいたイヴェルカーナは視線を小さな強者に向けた

 

“あの人間か”

 

『クルォォオオオン!!』

 

靭尾をメル・ゼナに突き刺し、その膂力で城の方面まで投げ飛ばすと眼前の敵に意識を向ける

 

「うぇあああああっ!!」

 

初撃をステップで避けて、左から啄んでくるのを翔蟲と糸でガードし、返しの一太刀を顔に浴びせる。しかしイヴェルカーナは怯まない

 

冰龍にとって軽い爪撃、しかし人間にとっては必殺の一撃をスレスレで躱し、氷鎧の砕いた部位を攻撃し…あまりに硬いその手応えの正体に歯噛みする

 

「反則だろそれは…!」

 

そこに罅割れた氷の装甲はなく、初めて対峙した時のように無傷の氷殼があった。メル・ゼナに危機を覚えたイヴェルカーナが氷を纏い直したからだ。王国騎士達と必死に積み重ねた時間は、いとも簡単に無に帰した

 

(いや、あくまで直ったのは氷の部分だけ!傷まで治ったわけじゃない!大丈夫…大丈夫だ…!!)

 

折れかけた心を無理やり繋いで太刀を握り直し…瞬間、横から突進してきたメル・ゼナが目の前にいたイヴェルカーナを吹き飛ばす

 

「うわっ!?」

『キィオォォォォン!!』

 

甲高い咆哮と共に翼を腕のように叩きつけて氷の鎧を粉砕するメル・ゼナ。当然イヴェルカーナも黙ってやられるままではなく、マウントを取る爵銀龍に向け至近距離でブレスをぶつける。それをモロに受けたメル・ゼナは後退し、しかし翼を前面に広げてブレスをある程度受け切ると、照射され続ける冷却ブレスから素早く逃れる

 

『クルルルルルゥ!!』

『グルルルルルゥ!!』

 

互いに威嚇し合い、そして再び始まる縄張り争い

 

(なんだ…?なんか違和感が…それにあのメル・ゼナ、姿が少し違うような…)

 

そこにようやくロンディーネ達が到着し、王子の腕を掴んで引っ張る

 

「王子、ここは引きましょう!!もはや我々がどうにか出来る事態を超えています!」

「ダメだ…ここで引いたら、この国が終わり、国民も大勢死ぬ。まともに戦えるのは俺しかいない…お前達は援護を──」

「いい加減にしてくださいっ!!」

 

戦いに赴こうとする王子の両肩を掴んで無理やり向き合わせると、心の内に溜めていた感情をロンディーネは吐き出した

 

「何故王子はそうも死に急ぐのですか!?貴方様は王族で、本来こんな所にいてはいけない人なのです!どうしてそう自分で戦いたがるのですか!?」

 

それは、多くの王国騎士達がずっと抱いていた、そして隠し続けてきた不満の代弁でもあった

 

自分達より遥かに強く、戦果を挙げ続ける王子。王子が物事を解決すればするほど、騎士達は何の為に戦うのか分からなくなってしまう。それはフィオレーネが爆発させた恐怖の感情と同一のものだ

 

多くの騎士達が、アルローが、ガレアスが、フィオレーネが見ている中、涙を流しながらロンディーネは弱々しく呟く

 

「そんなに我々は頼りないのですか…?そんなに我々は、信用出来ないのですか…?」

 

近くでは古龍同士が暴れている。一刻の猶予もない以上、こんな問答は無視して然るべきなのだろう

 

「そんな訳ないだろう」

「…え?」

 

だが、王子は己の心に従って言った

 

「俺はまだまだガキだが、お前達騎士はいつだって真っ直ぐで、ひたむきで、そして何より絶対に裏切らない『確信』がある。こんなに頼りになる家臣が他にいるか?」

「では、何故…」

「…俺に為政者としての才能はない。次期国王なんて持て囃されているが、自分はよくても他人の犠牲は許容出来ないから、大事な決断が出来ないから、全部を拾ってるうちに大切なものを全て落としてしまう。俺はきっと歴代一の愚王になるだろう」

「そんな事誰も思いませんッ!」

「だからチッチェを、お母さんを、みんなを守ろうとした。そうする事が、結果として王国の為になると思ったから」

 

ドスゥゥン…!

 

家屋を巻き込んでメル・ゼナが墜ちてくる。暗雲の空を飛ぶイヴェルカーナはこちらを見下しており、騎士の誰もが息を呑んだ

 

「メル・ゼナですら…」

「もう…王国は…ダメなのか…」

 

王国が長年戦い続けてきた宿敵ですらやられる様に絶望が蔓延し、皆が諦めていく中…テッカは眼前で倒れる爵銀龍を見た。まるで運命であるかのように

 

王子の持つ翔蟲がメル・ゼナに向かって飛び交い、四肢に強靭な糸を繋げ、そして王子は糸を両手に持ったまま…メル・ゼナの背に飛び乗った

 

『王子!?』

 

モンスター、それも古龍の背に乗り、そして操ろうとしている未来の主君の姿に全員が驚愕の声を上げる中、振り下ろそうとするメル・ゼナに必死にしがみつきながらテッカは言う

 

「メル・ゼナ…あいつが憎いか?許せないか?」

 

襲い掛かる氷ブレスを翼の盾にして防御するメル・ゼナにテッカは愚直に語り掛ける

 

「俺達もあいつが許せない。チッチェが大好きな平和な王国を壊そうとするあいつを許さない…お前に俺達の言葉は分からんだろう…」

 

思い馳せるのは未だ幼い妹、毅然とした仮面を被る本当は優しい母、国と家族の為に陰で支え続ける父、そして後ろでついてきてくれる臣下と国民

 

それらが全て、凍らされ、砕かれようとしている

 

「だが、もしお前に、俺の心の怒りがほんの少しでも分かるなら…力を貸せッ!!今だけでいい!!」

『…………』

 

しっちゃかめっちゃかに糸を動かすがまともに動かない。ここは夢のような現実、ゲームのようにボタンを押して簡単に操れるわけではない

 

「どうすれば…!?」

『クォォォオオオン!!』

「クソゥ!!」

 

万事休すか。そう思ったその時…不意に右腕の糸が引っ張られる。見ればメル・ゼナの右翼が大きく引き絞られていた

 

『お兄様』

「ッ!!」

 

イマジナリーチッチェの声が聞こえて、一か八かで糸を動かした。すると折りたたまれた翼が槍のように放たれ、冰龍の氷の鎧を貫いた

 

『キュォン!?』

「で…出来た…」

『グルルルルルゥ…!』

「…ありがとう、チッチェ…やるぞ……やるぞ!!メル・ゼナ!!」

 

王子を背中に乗せた爵銀龍が、後脚で立ち上がり、翼を広げて高らかに咆哮する

 

『キュルオォォォォォンッ!!』

「ぐうう…!」

 

糸を器用に持ちつつ耳を塞ぎながら、後脚の糸に力を込める。するとメル・ゼナはビシュテンゴのように尻尾だけで直立し、次の瞬間石床を削りながら三又槍を冰龍の胸元を突き砕く

 

『クォォオオオッ!!』

「来る…! ッここぉ!!」

 

激昂したイヴェルカーナは猛吹雪より過酷な氷ブレスを吐くが、王子が横向きに糸を引っ張れば、メル・ゼナだけでは不可能な横移動で攻撃を回避。反撃の薙ぎ払う銀翼が全身の氷を削ぎ落とす

 

「王子…」

「…我々は…夢でも見ているのか…?」

 

ガレアスの呟きが冷やされた空気に融けて消える

 

「みんな!!聞いてくれ!!」

 

操竜でイヴェルカーナを抑えながら王子が叫ぶ

 

「俺はいつだってお前達王国騎士を頼ってきた!!だから自分のやるべき事に集中出来たし、女王陛下や姫の事も任せられた!!でも、俺はお前達の忠誠にちゃんと応えられてやれなかったんだな…」

 

そんな事はない。不満が嘘とは言えないし、無茶ぶりに何度も振り回された。でもそれは、民も騎士も平等に大切に思ってくれていたからこその行動だというのを誰もが知っている

 

「お前達は、俺の決断について来てくれるか!?理想で、絵空事で、夢物語ばかり望む俺を…信じてついてきてくれるかッ!?」

 

全ての騎士の心は、1つだった

 

「…信じてくれるなら、命を懸けて戦ってくれ!!そして………必ず生きて帰るぞッ!!

『はっ!!』

 

龍に跨る王子の怒号が、全員の燻っていた心に火をつけた。龍同士が戦っている間に、無事なバリスタや大砲に弾を詰める

 

「くらえええええっ!!」

 

そして、メル・ゼナが全体重を乗せた叩きつけをイヴェルカーナにぶつけ地面を砕くと同時に翔蟲の糸が切れ…全身の氷が砕けたイヴェルカーナが大きく倒れる

 

「今だっ!!一斉攻撃!!」

 

ガレアス提督の号令で、バリスタや大砲が次々と冰龍の一際硬い重殻や剛翼に傷を与えていく。これにはイヴェルカーナもダメージを免れず、痛む体を必死に起こす

 

生存本能からカクトスヒンメルを手に迫る王子に向けて、絶対零度の息吹を吐こうとし

 

「私はもう…間違えない!!」

「フィオレーネ!」

「命を懸けて、王子を守るっ!!」

 

どこから拾ったのか、野生の翔蟲で空高く飛翔したフィオレーネは、全力全開の力で盾をイヴェルカーナの頭部に打ち込んだ

 

ドガン!

 

『キュォッ!?』

 

大きな音を鳴らす一撃はイヴェルカーナの意識を一瞬刈り取った。それでもイヴェルカーナはすぐさま体勢を立て直すが、その一瞬の隙に王子は既に、頭を足場に宙を舞っていた

 

そして、高くかざしたカクトスヒンメルが雲の切れ間から覗かせた太陽の光で輝き…

 

「刮目しろ古龍…!これが人間のっ!」

 

 

「お兄ちゃんの力だあああッ!!!」

 

 

──気刃兜割りが、イヴェルカーナの右目を大きく斬り裂いた

 

『クオオォォォォォン!!?』

 

生まれてから1度も感じたことがない激痛に、大絶叫の咆哮を上げるイヴェルカーナ

 

だが、そんな戦闘において致命的なダメージを与えたにも関わらず、王子の表情は苦々しかった

 

「届かなかった…!!」

 

生物にとって最大の弱点、脳を断ち切るつもりだったにも関わらず失敗した。げに恐ろしきは古龍の頑丈さか

 

霜の上に右目から垂れ流す古龍の血が落ちる。気力だけで立ち続け、カクトスヒンメルを構える王子の視線が、始原の恐怖を凝縮した左眼の眼光とぶつかり合う

 

パキ パキ

 

冰龍の体から発する冷気が、自身の右眼の傷口の血を凍らせ、止血する

 

「……ッ……ッ……!!」

『クルルルゥ…!!』

「王子…!」

 

緊張した拮抗状態…それを破ったのは翼を広げて空を舞ったイヴェルカーナだ

 

『クォォォオオオンッ!!』

 

天高く雄叫びを上げ、こちらを少し睨むと、傷だらけの冰龍は雲の中に消えていった

 

「逃げた…?」

 

騎士の1人が漏らした呟きに、緊張が解けた王子が崩れ落ちるように太刀を落として倒れ込むのを、近くにいたフィオレーネが支えて止める

 

「王子!!」

「うっ……」

 

イヴェルカーナは撃退出来た。しかし、もう1つの問題が王子とフィオレーネの前に現れる

 

「メル・ゼナ…!」

 

みんなが満身創痍で戦う力など残っていない

 

もはやこれまでかと騎士達は歯噛みするが、王子だけはこちらをジッと見つめる爵銀龍の姿に疑問を抱いていた

 

「………?」

『…………』

 

それから少し時間が経った後…メル・ゼナは身を翻し、翼を羽ばたかせて都市から去っていった

 

「去っていった…何故…?」

 

メル・ゼナは凶暴で獰猛な古龍。そのはずなのにまるで不干渉を貫くような態度で消えていった事にフィオレーネは訝しむ

 

そして、王子の体力も限界だった

 

「王子…?……おうじ……!……うじ……!!』

 

薄れゆく意識の中、テッカは最後に考えていたのは、戦闘中に感じていた違和感の正体

 

 

(そういえば…あのメル・ゼナ…最後まで()()()()を……使わなかった、な……)

 

 

その思考を最後に、テッカの視界はブラックアウトした




連続投稿はこれで最後。当分更新に時間が掛かると思うので気長に待ってくださいね


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6話

過去編の蛇足みたいなもの。思いの外早く書けちゃったので投稿します

あと初めて日刊ランキングで1位になれました!!本当に嬉しい!誇れるものができた!たくさんの評価、お気に入り、感想ありがとうございます!!


王国の危機はなんとか乗り越えられた

 

戦闘が終わった直後に王子は気絶したが、薬師のタドリ殿が言うには極端な疲労と緊張から倒れただけで、命に別状はないらしい

 

それを聞いて私はホッとした。もし最後の最後で死んでしまおうものなら、私は絶望のあまり()()()()()も忘れて死のうとするかもしれなかったから

 

王子…今は都市の復興に人手がいる為、こうして生き恥を晒していますが、全てが終わったあとに責任を取るつもりです

 

許しは乞いません。ただ…不甲斐ない家臣であったことを、心からお詫び申し上げます

 

 

 

タドリの的確な処置もあって、城に連れていかれたテッカ王子はすぐに目を覚ました

 

その報告を聞いて真っ先にテッカの元にやってきたのが女王とチッチェであり、ボロボロ涙を流して泣くからさあ大変。もう危険なことはしないようにと2人に頼まれてもバカ正直に答えてしまうから、泣いて、宥めて、また泣いてという流れを何度も繰り返したのだった

 

途中でフィオレーネとロンディーネ、ガレアスの分までとアルロー教官がやってきて、ようやく2人は泣くのを止めました

 

全身から水分がなくなってしまうのではないかと心配するほど泣いた2人が喉を潤しているうちに、フィオレーネが片膝をついて謝罪した

 

「今回の王子の怪我は、全て私の不徳と失態によるものです。今は街の復興の為生き恥を晒していますが、全てが終わったあとには責任を取るべく」

「死ぬつもりか」

「っ!」

「え!?」

「……」

 

王子の問い掛けに小さく反応するフィオレーネ。女3人はそれに驚き、アルローは黙って、静かにその様子を見ていた

 

真っ先にチッチェがフィオレーネを止める

 

「ダメよフィオレーネ!死んじゃうなんて!」

「…例え姫様や女王陛下の願いであろうと、こればかりは譲れません」

「フィオレーネ!」

「チッチェ、落ち着きなさい」

「お母様、でも!」

 

その王国騎士は、命令であろうと聞き入れないと言った。頑固で、融通が利かないほど職務に忠実な彼女が。それは一体、どれほどフィオレーネが責任を感じていたのか、どれほど決意が固いのかを如実に表していた

 

「フィオレーネ、お前は真面目だ。そして誠実だ。王子のお守りなんて面倒な事も投げ出さないんだからな…ストレスだったか」

「そういう訳ではございません…」

「ハンターをしていれば、いずれこういう時が来るとは思っていた。そしてお前とロンディーネは臣下であると同時に狩り仲間でもある。だから、お前が右目の事で責任を感じることは…」

「違いますっ!!そうではありません!!」

 

堰を切るようにフィオレーネが叫ぶ

 

無論、右目を奪ってしまった責任もある。だが1番は、何より彼女が重いと感じていたのは…

 

「私は王子の才能に嫉妬していました!!王子が強くなればなるほど、王家を守るという王国騎士の役目を果たせなくなってしまう…それが恐ろしくては私は!王子がいなければと!姫だけいたならばと!貴方様の存在を憎んですらいたっ!!」

「あ、姉上…!?」

「フィオレーネ…お前…」

 

清廉潔白なフィオレーネが初めて人前で吐き出した衝撃的な本音に、全員が黙りこくって彼女を見る

 

王家に忠誠を誓っておきながら、その王家の人間を妬み、僻み、挙句の果てに憎む。それは、誰よりも正しい騎士を目指していたフィオレーネにとって、王家に対しても自分の理想に対しても、最も最悪な裏切りでしかなかった

 

その結果王子を傷物にしておいて、一体どの面を下げて騎士であれと言うのか?王家に仕えると言うのか?もはやフィオレーネに生きる目的はなく、だからせめて、死んで償うべきだと考えていた

 

「王子…私は、自ら誓った王家の忠誠を裏切った最低の騎士です…どうか、どうか、責任の処罰を」

 

国の為などと言ったが、怒れる王子からすれば延命の為の言い訳にも聞こえるはずだ。だから、もし今ここで首を刎ねられてもフィオレーネは文句を言わない

 

長い沈黙が続く。そして王子は寝そべっていた姿勢からベッドに腰をかける姿勢を変えると、テッカ王子は跪いて顔を俯かせるフィオレーネに告げる

 

「…(おもて)をあげろ」

 

言葉に従って、フィオレーネは顔を上げ

 

 

パァン!

 

 

──瞬間、テッカの平手打ちが頬を張った

 

「え……?」

「お、お兄様!?何を…」

 

テッカは両手でフィオレーネの顔を掴んで、無理やり視線を合わせながら一喝した

 

 

 

「逃げるなぁっ!!」

 

 

 

「…生きることから、逃げるな!」

 

 

 

「これは…命令だ!!」

 

 

 

そう言い切った王子に、全員が息を呑んだ。14の子供とは思えない覇気と意志が込められた言霊であり、死を望んでいるフィオレーネも思わず目を丸くするほどだった

 

「フィオレーネ!お前は死んで楽になろうとしているだけだ!そんな事で本当に責任が果たせると思っているのか!?」

「そ、それは…」

「俺の目が黒いうちは勝手に死ぬなんて絶対に許さない!生きろっ!生きて償えっ!!」

「で、ですが…わ、私は、取り返しのつかない過ちを…」

「間違えない人間なんてこの世に居ない!それに、俺はこうして生きている!取り返しがつかないなんてことは絶対にない!!」

 

凄まじい気迫だった。絶対に彼女を死なせてなるものか、死んでいいわけがないと全身で体現しているような王子の姿に、ロンディーネは思わず膝をつきそうになった

 

王子は小さくため息を吐きながら、フィオレーネを見つつ言う

 

「フィオレーネ…お前、仮にも将来の主君に嫉妬して、挙句怪我を負わせるとは……とんでもねェバカ家臣だ」

「ッ…!はい…王子の言う通り」

 

 

「バカな家臣を──それでも愛そう…」

 

 

そして、テッカは膝をつくフィオレーネに抱擁した

 

「お、王子…!?」

「お前の事が嫌いなら、どうでもいいなら、例え失うものが何もなくても助けなかったよ。お前が大切な部下だから俺はあの時動いたんだ」

 

優しく、ただただ優しく抱き締めながら、テッカは死のうとしていた彼女に告げる

 

 

「目玉の1個、お前の命に比べれば安いもんだ……無事でよかった、()()()()

 

 

「お、おうじ…!うっ…うあっ…!ああああっ!!うあああああああっ!!」

 

 

「フィオレーネ…!よかったですね…ぐすっ…!」

「立派になったわね、テッカ…ぐすっ…!」

「姉上…!うっ、うう…!」

「チクショウ、俺も歳をとったなぁ…涙腺が緩くて仕方ねえや…」

 

 

フィオレーネは、泣き続けた

 

自分の過ちも、醜い心も、全てを許し、受け入れてくれた小さな王様の胸の中で泣き続けた

 

そして、改めて誓った。この未来の主君に相応しい騎士になろうと…誰よりも強い騎士になろうと

 

 

 

「──その後、姉上は女王陛下の命で王子の騎士として任命されてな。1ヶ月間、何かと奇行の目立つ王子のストッパーとして働いてくれてたよ」

「…それ、フィオレーネさんの監視に耐えられなくて城を出たんじゃ?」

 

テーブルを挟んでそう言うシキに、ロンディーネは頭を振る

 

「いや、元々王子はこれと決めたら即行動する癖があるからな。書き置きの武者修行というのもあながち嘘ではないのだろう」

「そっかぁ…」

 

そう呟きながら、シキは隣を見た。正確には、フィオレーネと彼女によって正座させられている情けない師匠(王子)の様子を

 

 

「王子!暇だからと言って船の中で小タル爆弾を使った花火を作ろうとしないでください!!船が燃えたらどうするのですか!?」

「待て待てフィオレーネ、この打ち上げ花火が完成すればチッチェの良いサプライズになるんだよ。大丈夫だ、カムラの里じゃボウガンを主軸に使ってたから調合には自信が…」

「そういう問題ではありません!!」

「分かった分かった。じゃあせめて甲板で…」

「そういう問題ではないと言ってるのですっ!!」

 

 

「…信じられない…」

「貴殿の気持ちは痛いほどよく分かるが本当だ」

「…王国でもああだったの?」

「いや、あそこまで酷くは…そもそも振り回し方のジャンルが変わってるというか…」

 

ロンディーネはカムラの里で王子と再会した時、一体どんな旅をしてきたのだと戦慄したほどである

 

「「不安だ…」」

 

2人は故郷でもやりたい放題やるであろう王子の姿を幻視して、仲良くため息を吐くのだった



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7話

前の話の感想で色々言われたのでちょっと補足をば

王子としてはふざけてるつもりも余裕なつもりもなく、むしろ滅茶苦茶テンパってます。だって、ずっと信頼してた真面目な部下が右目の責任を感じてると思ってたら「嫉妬してました!憎んでました!お詫びに死にます!」とか急に言われたら混乱する事間違いなしです。だから咄嗟に自分の言葉が出てこなくて、ああなっちゃった訳です

セリフのチョイス?それはまあ…うん…あれだけど…王子も頑張ってたから許したげて…


6年ぶりの我が故郷だ

 

港に到着し、見てみればそこはエルガド。6年前はまだ技術も発展し切ってなくて中途半端な拠点だったが、今は1つの港として機能するほど発展していて、かつて画面越しに見た光景と遜色ない。と言っても、20年以上にもなる記憶なんてもう殆ど薄れてきてるけどね

 

愛しのマイシスターもここに居ると思うとちょっとドキドキしてきて、みんなと一緒にいざ下船…とは行かなかった。フィオレーネ曰く王子の俺は先に女王陛下に顔を合わせなければならないから、彼女と一緒に首都に行かなければならんらしい

 

それなら仕方ないか。女王陛下サマの命令だし、6年前急に王国を出た事で迷惑も掛けたし、何より久しぶりにお母さんに会えるのだ。チッチェとの再会は後に取っておこう。というわけでシキ、ロンディーネ、お前らもう船降りろ

 

今度は馬車での移動になるし…仕方ない。もう1回寝るか

 

 

 

かつてイヴェルカーナと死闘を繰り広げた王国首都

 

紅蓮地獄の如き様相を呈していた氷漬けの都市は見事に復興しており、見覚えのある建物が大きくなっていたり、逆に知っている店がなくなっていた時はちょっとノスタルジックになったりと、馬車から眺める景色だけでも相当楽しめた

 

そして城についた後、あの頃のままの自分の部屋で1晩休み…翌日、玉座の間にてフィオレーネをお供に、俺は女王陛下と対面した

 

「よく戻ってきましたね、テッカ王子」

「ただいま戻りました。まずは6年前に、唐突に城を出て、長年国を留守にしていたことを心より謝罪致します。…御壮健そうで何よりです、女王陛下」

 

そこには6年経って、少し歳をとった女王の姿があった。毅然とした表情でこちらをジッと見つめる女王陛下に頭を下げながら、女王と王子としての会話を続ける

 

「報告は聞いています。1年の旅の末にカムラの里に流れ着き、5年間そこに滞在していたそうですね」

「はい…とても良い里です。皆が家族として笑い合い、力を合わせ、50年ぶりにやってきた災厄にも一致団結で立ち向かい、そして英雄が元凶を見事打ち倒しました。彼の指南に助力した身としても、新たな里の一員としても、とても誇らしくあります」

「そうですか…」

「…しかし…」

 

カムラの里の話をすると少し顔に陰が掛かる女王陛下。俺は跪くのをやめ、女王陛下の前まで移動し、恐れ多くも玉座に座る女王を見下ろすように目線を向ける

 

「彼らを家族のように大切だと思ってはいますが…やはり、俺にとっての家族は、貴方達において他にいない」

「…………」

「急に家を出てってごめんなさい…ただいま、お母さん」

「……テッカ!!」

 

女王陛下は…いや、お母さんは立ち上がり、息子の俺をギュッと強く抱き締めてきた。顔も普段の天然そうで、とても優しい表情と目になって、それがとても懐かしい

 

「貴方って子は!!急に城から居なくなって、私やチッチェ、それにフィオレーネ達もどれだけ心配したと思って!!」

「うん、本当にゴメン…」

「貴方はいつもそう…自分の事を後回しにしてでも誰かの為に真っ先に動く優しい子…でも、貴方が傷つくことで悲しむ人もいるのよ。6年前のあの時も言ったでしょ?」

「うん…」

「おかえりなさい、テッカ…大きくなったわね。昔のように元気そうで私も嬉しいわ」

 

朗らかに笑うお母さんはチッチェに似て、いや、チッチェがお母さんに似てるんだったな。とにかく、とても愛らしい仕草で笑っていて、この笑顔を見ただけでも王国に帰った甲斐があったというものだ

 

色々話をした。身分を隠しながら旅先で宿や食事のためにクエストを受けたり、色んな人と出会ったり。ある国に滞在した時は金払いが良かったからとサクッとラージャンを捕獲したのだが、そしたらそこの第三王女に目をつけられて、そのまま逃げるように国を出たりもしたなぁ

 

そして、カムラの里でシキを弟子にとって育てたこと、新しい妹分ヨモギのこと、ロンディーネと意図せず鉢合わせた時は誤魔化すのが大変だったこと、よく好き勝手やっては大人(主にハモンさん)に説教されたこと、百竜夜行のこと、シキが英雄になったこと…全部話した

 

喋るだけ喋っていたらもう昼になっていて、フィーネも誘ってお母さんとご飯を食べた。フィーネは「せっかくの家族団欒を邪魔するわけには」と断っていたが、何の問題もない。お前も家族だ

 

食事が終わった後、お母さんは女王陛下としての顔に切り替わると、俺にこう言ってきた

 

「王子、貴方にはこの6年間、王国が何があったのかを知る義務があります。フィオレーネ、持ってきなさい」

「はっ!」

「…城塞高地でモンスターの異常が起きていると…大社跡でもルナガロンと出会(でくわ)しました…メル・ゼナですか?」

「それもあります。しかし貴方が知るべきはもっと別のことです」

「別のこと…?」

 

何だろうかと考えていると、フィオレーネが戻ってきたのか後ろの扉からガチャリと開く音が聞こえ

 

ドン!

 

「…………え?」

 

俺の真ん前の机に、とんでもなく山積みな資料が置かれた

 

「何これ……?」

「法律、経済、流通、農業、漁業etcetc(エトセトラエトセトラ)……この王国で6年間あったあらゆる政治、経済、産業を纏めた資料になります。それでこちらが」

 

ドン!!

 

その隣にこれまた山のように積まれた本が置かれる。厚みがある分資料以上に高く、嫌な予感が警鐘を鳴らすには十分過ぎた

 

「貴方様が6年間()()()()()()勉学の本です。何、これでもチッチェ姫や大臣達が工夫して必要最低限な分まで抑えたので、心配要りません」

 

ガタッ ダッ!(俺が身を翻して全力逃走する音)

パシュ!(それを予測していたフィオレーネが左手の妙な篭手から翔蟲を射出する音)

グルグルグル ズテーン!(俺がそれに足を絡め取られて勢いよくすっ転ぶ音)

 

「謀ったなアアァァァァァァッ!?」

「何を言います、事前に説明すれば王子が逃げ隠れするのは火を見るより明らかです。先手を取らねば王子を捕らえる事など不可能なのですから、恨むなら御自身の才能をお恨みください」

「イヤミか貴様ッッ!!というか腕のそれ何!?」

「王子がどこからか持ってきた新大陸調査団の資料を元に開発された“スリンガー”です。まだまだ試作段階の域を出ず実用には程遠いですが…なるほど、これは色々と応用が利きそうですね」

「ああああ!!9年前の俺のバカァ!!」

 

確かにハンターになって1年した頃に伸び悩んでいたから色々なものに手を伸ばしていたが、それがこんな形で返ってくるなんて!ヤバい、お母さんに会うからって武器はおろかハンターナイフや糸やられ対策の隠しナイフも置いてきてしまっている!完全に油断してた!

 

しかしフィオレーネ、詰めが甘いな!この程度の拘束とお前1人だけでこの俺を止められるとでも…

 

「2人とも、王子の拘束を」

「うむ、心得た」

「りょうか〜い☆」

「嘘でしょ!?」

 

などとその気になっていた俺の姿はお笑いだったぜ。気がつけば特命隊隊長“セルバジーナ”と副長“ラパーチェ”が懐にいて捕獲されてしまった。騎士達の中でも飛びっきりエリートの特命騎士NO.1とNo.2を駆り出すとか完ッ全に人材の無駄遣いじゃねえか!

 

このままでは愛しのチッチェに会えないまま缶詰め状態に…!そんな生殺し御免だっ!!

 

「うおおお放せえええええっ!!」

「王子!無駄な抵抗はやめていただこう!」

「どけ!!!俺はお兄ちゃんだぞ!!!」

「わわっ、力強い!王子サマ〜、もう暴れないでもらった方が私嬉しいな〜って」

「うるせぇぶりっ子!!お前が昔やさぐれてたのを俺知ってん「あ”ぁ”ん”?」ウッスすんません!自分チョーシくれてました!」

 

怖っわ!ラパーチェ怖っっわ!なんでそんなキャピキャピした雰囲気からドスの利いた声出せんの!?見てよフィオレーネとセルバジーナの顔!ちょっとドン引きしてんじゃんか!

 

「…では王子、諦めて行きましょう」

「ヤメロー!シニタクナーイ!シニタクナーイ!シニタクナーイ………!」

 

 

 

女王陛下の命の元、執務室に軟禁されたテッカ王子

 

最初の方こそ部屋の中から「助けてくれー!」「サンダーっ!!」「EDF!!EDF!!」「うわああああああ!!」などと叫び声が聞こえてきたが、3日もする頃には完全に沈黙

 

王子が地獄から完全に解放されるのは、そこからさらに1ヶ月経過した後であった

 

 

 

「はぁ…」

 

エルガドのクエスト受付窓口にて、チッチェ姫はため息を吐く

 

チッチェ姫には5つ歳上の兄が存在する。強く、賢く、厳しくも優しい。そして、6年前王国に襲来した空前絶後の危機を、龍に跨って跳ね除けた救国の王子にして英雄、自慢のテッカお兄様が

 

その大事件の後、己の力不足を憂いた王子は突然王国を飛び出して武者修行の旅に出た。唐突な別れにチッチェは悲しんだし、寂しかった夜はよく枕を涙で濡らしていた

 

しかし、同時にチッチェは思った。敬愛する兄が安心して帰って来られるように、国も自分も強くなろうと

 

流石にハンターになることは女王であるお母様や周囲の騎士達に止められたが、それならばと出来る限りの猛勉強をし、2ヵ月前にようやく規定の年齢になった事で受付嬢の試験を受験し、見事合格を果たした。姫のこの行動力に家臣達は「王子に似てきた」と戦々恐々とし、女王陛下は「あの子の妹ね」と姫の成長に涙し、快く彼女を送り出したのだった

 

準備に2週間掛かり、エルガドの受付嬢としてスタートしたチッチェは、さらに2週間後にある報告を聞く

 

──カムラの里に在住していたテッカ王子が、王国に帰国するという報告を

 

これを誰より喜んだのはもちろんチッチェ姫だった。大好きな兄が帰ってくる。何より兄はハンターで、自分は受付嬢。一緒にいる時間をたくさん過ごせると思うと、近くにいるアイルーと一緒に小躍りしてしまうくらい嬉しかった

 

だが、兄が帰ってきて1ヶ月。未だ兄の姿は影も形も見えず、チッチェは目に見えて落ち込んでいた

 

「お兄様…チッチェは寂しいです…はぁ…」

 

兄が缶詰め状態で地獄を味わってる真っ最中だったなどと知る由もなく、チッチェはただただ寂しさを紛らわすようにため息を吐く

 

「…いいえ、弱音を吐いちゃダメよチッチェ!お兄様だって頑張ってるもの、わたくしも頑張らないと!!」

 

そう言い聞かせて自分を奮い立たせるチッチェは、受付嬢として仕事に務めようとし…

 

「あら…?」

 

その時、船着き場にいるある女の子に気づいた

 

肩口まで伸びた茶髪のセミロングを、団子と兎を合わせたような髪飾りで後ろに纏めた髪型。明るく愛嬌があるがその表情は暗く、そして目立つ緑色の服は、かのカムラの里にあると聞く和装にとても似ていた

 

チッチェは少しその場を離れると、賑わっている港にしっちゃかめっちゃかになっている女の子に話し掛けた

 

「あの、少しよろしいですか?」

「え…私?」

 

自分を指さす女の子に、チッチェは頷きながら問う

 

「ひょっとしてあなた、カムラの里の人でしょうか?」

「え!分かるの!?」

「はい…あの、お一人のようですがどうなさったのですか?御家族とはぐれたのですか?」

「ええっと、ここには1人で来て、その…お兄ちゃんを探しに来たの」

 

寂しそうにそう呟く彼女に、チッチェはシンパシーを感じた

 

「お兄様を?」

「うん…最近この王国に行ったって里長が言うから、無理言って追い掛けてきたんだけど、どこにも見当たらなくて…」

 

その説明を聞いて、チッチェはピンと来た。いるではないか、最近カムラの里からエルガドに来た、兄と呼べる年齢の人物が

 

「大丈夫です!あの人ならばかなり前に“ガランゴルム”のクエストに出発しましたから、もう少し待てばここに帰ってきますよ!」

「本当!?やったぁ!久しぶりにお兄ちゃんに会える!」

「せっかくですから、待っている間に一緒にお話でもしませんか?」

 

そう誘うチッチェに、彼女は喜んでついていく

 

「うん、しよう!ええっと、あなたは…」

「チッチェと呼んでくださいな」

「チッチェね!私、ヨモギ!よろしくね!」

 

 

チッチェは気づかない。彼女の兄が“猛き焔”シキなのだと勘違いしている事実に

 

 

「へぇ〜、チッチェにもお兄ちゃんがいるんだね」

「はい、最近国に帰ってきたばかりなのですがなかなか会えなくて…早くお兄様に会いたいです」

「分かるよ〜!私も寂しくてお兄ちゃんを探しに来ちゃったくらいだもん!」

「うふふ、わたくし達、似た者同士ですね」

「だね!」

 

 

ヨモギは気づかない。目の前の彼女こそが兄貴分であるテッカの実妹、チッチェ姫であるという真実に

 

 

「私、お兄ちゃんにヘビィボウガンの使い方をたくさん教えてもらったんだ。ババババババー!ってね!」

「そうなのですか。わたくしのお兄様もヘビィボウガンは使いますが、1番得意なのは太刀ですね」

「おおー!私のお兄ちゃんも太刀得意だよ〜!」

「不思議なくらいそっくりですね」

「ねー!」

 

 

そして…その時はやってきた

 

 

「あ、戻ってきたみたいですね」

「え、本当!?」

「はい。あちらに…」

 

そう言ってシキとロンディーネがやってきた方向を見て──その隣にいる、フィオレーネを随行させている人物に気づいた

 

(あ……!)

 

切り揃えられた、焼いた鉄のようなオレンジ色が混ざった茶髪。端正でありながらギラついた顔立ちにチッチェと同じトパーズの瞳

 

何より、閉じられた右目に刻まれた深い傷は、6年前のあの時と何も変わっていなかった

 

「お兄──」

「お兄ちゃ───んっ!!」

 

チッチェが言うより先に、ヨモギが飛び出して兄に抱きついた。それは感動の再会であり、会ったばかりのヨモギの事をまるで双子の姉妹のように思っていたチッチェは、感動の場面に涙を浮かべた

 

 

そして、抱きついてる相手が愛しのお兄様だと気づいて即座に涙は引っ込んだ

 

「えっ、ヨモ!?何でここに!?」

「久しぶりお兄ちゃん!!愛しの妹分が会いに来たよ〜!」

 

 

 

「何です!?あなたッ!!」

 

 

チッチェ、キレた!!



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8話

悲報ー天国が修羅場になっていました

 

「お兄様!!チッチェというものがありながら、ヨモギが妹とはどういう事ですか!?」

「わわっ、落ち着いてってチッチェ!別に本当に妹になった訳じゃなくて、妹分として可愛がってもらってただけだから!」

「それが問題なんでしょうッ!?」

 

6年間の資料、課題を1ヶ月間不眠不休で終わらせた俺は、最低限の睡眠だけとってからエルガドに来ていた。全ては愛しのチッチェと触れ合うために。シキとロンディーネとは、ガランゴルムの狩猟を終わらせた帰りだったらしく、せっかくなので一緒にエルガドに向かったわけだ

 

だというのに、地獄のような修羅場を終わらせた先に待っていたのは、また修羅場だった。何故かエルガドにヨモギがいて、急に抱きつかれたと思ったらチッチェが唐突にキレた。そして今、まるで出張先の浮気が妻にバレた夫のように、妹に問い詰められていた

 

とにかく、ここは冷静に対処しよう。何、なんだかんだ受付嬢になれるほどチッチェは賢い。状況の整理をすれば落ち着くはずだ

 

「チッチェ」

「なんですか!?」

「要するにチッチェは、お兄ちゃんがヨモギに取られるかもしれないと思って怒ってるのだろう?大丈夫だ、安心してくれ」

 

肩に手を当てて、膝を着いて目線を合わせ、妹が確実に安心するだろう言葉をチョイスする

 

「どこぞの誰がなんと言おうと……俺はお前“達”のお兄ちゃんだ」

「“達”だから怒っているんですッ!!」

 

なんで!?

 

ぷりぷり怒ってるチッチェは大変可愛くプリチーだが、状況は全然可愛くない。ふと後ろを見てみればまるで養豚場のブタでもみるかのように冷たく、残酷な目でフィオレーネがこっちの方を見ていた。『かわいそうだけど、明日の朝にはお肉屋さんの店先にならぶ運命なのね』ってかんじの!

 

「王子…まさかそのような目でチッチェ姫を見ていたなんて…心底軽蔑します」

「何を勘違いしている!?」

 

イカン、彼女の中の俺が妹系ハーレムを築こうとしているド畜生王子に変貌している。実妹と妹分に手を出すなんて人間のクズみたいな真似、この俺がするわけないだろう!

 

見れば周囲に集まってきた人達の目も、胡乱な目で俺を見ていた。このままでは俺の、ひいては王国の風評被害が大変なものになる!急いで撤回せねば!

 

「シキ!!」

「師匠、腹を切ってお詫びすべきでは?」

 

お前もかブルータス!お前カムラの里の人間なんだから事情知ってんだろうが!

 

「ローネェ!!」

「すみません王子、私に事態の解決は無理かと…」

 

そう言いながら巻き込まれたくないって風に後ずさってるぞお前!

 

ヨモギは…この状況を作り出した張本人の1人なんだから論外!現地の人達は俺とヨモギの関係をしっかりと把握してないからダメ!クソゥ!味方が1人もいない!

 

だが、あーでもない、こーでもないと無言で考えていたのが不味かったのか、とうとうチッチェは目尻に涙を浮かべ

 

「うぇ…うええええええええんっ!!」

「チッチェちゃん!!?」

 

感情のダムが決壊したかの如く、滂沱の涙を流しながら大声で泣き始めてしまった。これにより周囲の空気が一気に冷え込み、一部を除いたみんなの目が冷たくなって俺を貫く。き、きつい!俺は長男だけどこれには耐えられない!次男でも無理!

 

「お兄様に、お兄様に嫌われましたああああ!!」

「そんな事ないよ!!お兄ちゃんがチッチェちゃんを嫌うなんて死んでもありえないからね!!」

「チッチェはこんなにも、こんなにもお兄様をお慕いしてるのに…ひどいですー!お兄様は実の妹のわたくしより他人のヨモギを取るんですかぁ!?」

「お願いチッチェちゃん、そろそろ泣き止んで!!周りの人達がみんなゴミ屑を見る目で俺を見てるんだ!!俺王子なのにっ!!」

 

もはや絶対零度と言わんばかりの眼差しが老若男女、国民商人騎士問わず全方向から俺1人に集中していた。イヴェルカーナのブレスを食らってもここまで酷いことにはならねえぞ!?

 

そして、感情の昂りが最高潮にまで達したのだろうチッチェは、とうとう『悪魔の呪文』を口にした──

 

 

「お兄様なんて…お兄様なんて大っ嫌いですッ!」

「ぐばっはあああああああっ!!?」

 

 

兄属性即死系呪文「お兄ちゃんなんて大嫌い!」を唱えられた俺は、イヴェルカーナとの戦いですら負わなかった人生最大の大ダメージを喰らいながら、人の垣根の上を超えて大きく吹っ飛んでいく

 

浮遊感を味わいながら思ったのはただ1つ

 

(そうだ、今日死のう)

 

ドッボ─────ンッ!!!

 

『王子ぃ────!!?』

「ししょぉぉ────!!?」

「お兄ちゃぁ────ん!!」

 

大海原に落ちた直後、そんな叫びが響いた気がした

 

 

 

「やってしまいました…」

 

全身びしょ濡れで痙攣しつつ喀血する兄が担架で医務室に運ばれたのを見送った後、チッチェは自分が仕出かした浅はかな発言を悔いていた

 

大嫌いだなんてとんでもない、チッチェはテッカの事が大好きだ。テッカがハンターになってからめっきり会う機会は減ったが、まだ訓練をしていた頃はよく遊んでもらって、絵本を読んでもらって、稀にだが一緒に寝たりもした

 

チッチェが7歳の時、城のみんなに内緒で兄にお願いして城塞高地に行ったこともあった。兄が「まるでピクニックだな」なんて言った時はまさにピクニック気分だったし、唐突に小型肉食モンスターのオルギィに囲まれた時は怖くて泣いてしまったが、兄が鎧袖一触でやっつけた時はヒーローのようでカッコよかった

 

城に帰ると2人して母に泣いて怒られて、兄はアルロー教官に追加でゲンコツをもらっていた。締まらない最後だったがまるで大冒険のような出来事で、チッチェにとってはまさに黄金の思い出だった

 

…だから、兄をお兄ちゃんと慕っているヨモギには悔しいと思ったし、お兄ちゃんと呼ぶことを許している兄がちょっとだけ許せなくて…悲しかった

 

「どうしたら、お兄様はわたくしのことを見てくれるのでしょうか…?」

 

考えて、考えて、考えて……ふとヨモギとの会話を思い出す

 

 

『私、お兄ちゃんにヘビィボウガンの使い方をたくさん教えてもらったんだ。ババババババー!ってね!』

 

 

「あ!」

 

そう言えば、カムラの里の百竜夜行に対抗する為、そこに住む住人総出でモンスターと戦うと噂で聞いた事がある。そして王国最強のハンターである兄が直々に教えるということは、ヨモギも屈指の実力者なのでは?

 

兄の弟子であるカムラの英雄シキという前例もあるのだ、あながち間違った推論ではないはず

 

「これです!これならお兄様も!」

 

もし、チッチェのこの様子を家臣達が見ていたならば、天を仰ぎながらこう嘆いたことだろう

 

ああ、やはり王子の御兄妹なのだな…と

 

 

 

一方その頃、王子は医務室のベッドの上で体育座りしながらみっともなく泣きじゃくっていた

 

「うえっぐ…ひっぐぅ…!!」

「王子…いい大人なのですから、いい加減泣き止んでください」

「ぐぞ…う”づだ…じの”う”…」

「…ハァ……」

 

思い立ったら即行動するところといい、好きな相手に嫌われたと思ったら泣きじゃくるところといい、本当にそっくりな御兄妹だとフィオレーネは思わざるを得なかった

 

この状態で既に3時間は経過しており、医務室を独占し続けるのもそうだが、いい加減王子を慰め続けるのも面倒になってきたので、フィオレーネはテッカに言う

 

「王子…チッチェ姫が何故お怒りになられたのか、貴方様は分かりますか?」

「ぐずっ、ぐず…」

 

王子はすぐ側にあったシーツを掴み、涙を拭いて鼻をすすりながら答えた

 

「分かっている……多分チッチェは、俺に『自分だけのお兄ちゃん』でいてほしかったのに、そうじゃない答えを言ったから怒ったんだろう…」

「そこまで分かっていながら、何故あんな答えを?」

 

目元を擦り、充血した目でシーツを眺めながら呟く

 

「俺は…ハンターになってから、まともにチッチェに構ってやれなかった…12歳の時にチッチェを連れて勝手に城塞高地に行った事、覚えてるか?」

「ええ、アルロー教官に厳しく絞られていましたね」

「あれ以降、チッチェとは城で軽く話すくらいしか接してやれなかった。カムラの里で再会した時、俺が旅に出たからチッチェが寂しがってたとお前は言ったが…きっと王国に残っていても、俺はチッチェを孤独にさせていたと思う」

「…………」

「でも、俺にはやらなければならない事が山ほどあるから傍にいてやれなくて…だから、あの子が寂しがらないようにしてあげたかった。笑いあって、怒りあって、泣きあって、自分の悩みも打ち解けられるような、姉妹も同然の友達がいればって…」

「だから、あのヨモギという子を妹分に?」

「思いついたのは後でだけどね」

 

自嘲気味に笑う王子の姿に、フィオレーネは呆れたように微笑む

 

(この人は、本当に度を越したシスコンで…しかしそれで妹の為に王国すらも救ってみせるのだから、我々でしっかりと支えてやらねばならぬ人だ…)

 

ガチャ

 

そうして王子のぐずりもある程度落ち着いてきた時、医務室の扉が開いた。入ってきたのはロンディーネだ

 

「ムッ、すまないロンディーネ。そろそろ泣き止んだからすぐに医務室を出る」

「いえ、そうではなく…すみません姉上、王子、こちらにチッチェ姫が来られませんでしたか?」

「チッチェ姫?いや、来ていないが…」

「実は、チッチェ姫の姿がどこにも見当たらないのです」

「何!?エルガドのどこにもか!?」

「はい。なので、急いで騎士達に捜索を…」

 

そこまで言った時、ロンディーネは俯いている王子の異変に気づく

 

「チッチェが急に居なくなった…?エルガドは港町な上、陸地は起伏が激しいから誰にもバレずに1人で移動出来るわけがない…船も夕暮れ時だから殆ど出ていない…ガルク、いや、ガルクとそれを操れる人間…」

「王子…?」

 

ロンディーネが声を掛けるとテッカは顔を上げて立ち上がった。そこにはもう泣きじゃくっていた情けない兄の姿はなく…全ての騎士が忠誠を誓う王国の王子の姿があった

 

「フィオレーネ、ガレアス提督とアルロー教官に通達!エルガドの全騎士を直ちに招集して点呼を取れ!ロンディーネはチッチェ姫のいた受付窓口から受注されている城塞高地のクエスト、探索ツアーの参加者欄を全て精査しろ!」

「はっ!ただちに!」

「王子、何を…!?…いえ、分かりました!ただちに確認してきます!」

「俺は装備を整えてからシキを連れてくる!お前達も準備を──」

 

直後、医務室の扉が勢いよく開き、騎士の1人が顔を真っ青にして叫ぶ

 

「王子、大変です!観測隊より緊急連絡!城塞高地に…」

 

そしてその名を聞き、テッカは心臓がキュッと締め付けられたような感覚に陥った

 

「………の出現を確認したとの事です!!」

「ナニィ!?」

 

それを聞いて振り向いたテッカは、もはや一刻の猶予もないと騎士を押し退けて走り出した

 

 

 

夜の城塞高地の森の中を、チッチェ姫と1人の騎士を乗せたガルクが全速力で駆け抜ける

 

「ハァ、ハァ、ハァ…!」

「だいじょうぶ…ッスか…?チッチェひめ…」

「わたくしは平気です!でも貴方が!」

「へいきッスよ…めいよのふしょう、ってやつ…ッス…」

 

どんどん顔から血の気が引いていく騎士の顔を見て、チッチェはどれだけ自分が愚かな行動を取ったのかと心から後悔した

 

チッチェがモンスターを狩ろうにも、ハンターライセンスを持たないチッチェにクエストや探索ツアーの受注権利はない。しかし最近になって、ハンターの資格を持つ者の同行者としてなら、ライセンスを持っていなくともクエストに参加することが出来るようになっていた

 

エルガドの騎士達は全員マスターランク(G級の別称)のハンターライセンスを持っているが、フィーネやローネ、或いは彼女らに近しい者達にクエストの同行をお願いしても決して首を縦に振らぬだろう

 

故に、チッチェは王国騎士の中でも1番の新人である“ジェイ”に無理を言って頼み込み、城塞高地の比較的簡単なオルギィの、しかも下位の討伐クエストに同行したのであった

 

下位の小型モンスターであらば比較的に弱いし、マスターランクの武具を装備したジェイならばどんな攻撃を受けても平気だ。仮にマスターランクの大型モンスターと出会したとしても、片手剣の盾で防げば大怪我をすることはまずないだろう

 

──だからこそ、一撃で盾ごと防具を粉砕し、ドス黒く変色するほど左腕をグチャグチャに砕き折ったモンスターが尋常であるはずがないのだ

 

バキィ! メキャァ!

 

「ああっ!」

 

チッチェは振り向きながら、迫り来る巨大な影に恐怖の表情を浮かべる

 

頑丈で太い木々をへし折るのは、木の幹より太く、長く、大きな尻尾

 

見上げる巨体には赤い筋肉の筋がくっきりと浮かび、さらに刻み込まれた多くの傷跡を爛々と赤く輝かせる

 

そして…顔面を覆い隠すほど龍属性エネルギーを口元から溢れ出させるその姿は、チッチェに『悪魔』という言葉を連想させた

 

まさしく貪食の恐王。まさしく健啖の悪魔

 

 

 

『ゴガァアアアァァァッ!!』

 

 

 

“恐暴竜イビルジョー”が、チッチェ達のすぐ後ろにまで迫ってきていた



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9話

“恐暴竜イビルジョー”

 

“健啖の悪魔”や“貪食の恐王”とギルドでも恐れられている古龍級生物の獣竜種モンスター。このモンスターが古龍に匹敵する危険度を持つ理由は、古龍に追随する強さや一線を画す凶暴性もあるが、何より恐ろしいのは次の一点

 

──異常なまでの『食欲』である

 

イビルジョーは代謝が非常に高く、強靭な巨体と体の体温を維持する為に常にエネルギーを必要としている。その為に周辺の生物を…それこそ火竜や角竜といった生態系の上位に位置するモンスターすらも区別することなく襲い、殺し、喰らい、そこの生物を喰い尽くせば、新たな餌を求めて別の地域に移動する

 

当然喰らい尽くされた地域の生態系は崩壊するし、その生態故に特定のテリトリーを持たないイビルジョーは、死ぬまで徘徊し続けて周囲の生き物を根こそぎ喰らうだろう…人間さえも。恐暴竜が通った後に残るのは生き物が殆ど生きていない大地のみ

 

まるで古龍が通ったような、いや、例えかの“風翔龍クシャルダオラ”が通った後ですら生物や自然が一定数残っていることを考えれば、これ程の被害を出す古龍もそうそういない

 

だからこそ、イビルジョーは古龍級生物としてハンターズギルドに危険視され、その動向が確認されれば即座に周辺の地域に情報が行き届くようになっている

 

──そして今、その地獄の悪鬼の如き怪物が、大自然とそこに住むモンスターを片っ端から壊し、胃袋に収めていきながらチッチェ達を追い縋る

 

「うっ…!うう…!」

「ジェイさん、しっかりしてください!森を抜ければすぐにキャンプに着きますから!」

「は、はい…!」

 

ハンターが使用するキャンプの周辺には、モンスターが蛇蝎の如く嫌う臭いが散布されている。縄張りの侵入者を息絶えるまで執拗に追い掛ける()()ラージャンが諦めるレベルと言えば、その効果の程が分かるだろう。尚、アイルーら獣人族や訓練されたモンスターであるガルクはこれらの臭いに慣れているため平気である

 

しかし、あの完全暴走状態のイビルジョーが止まってくれるかはチッチェにも分からない。それでも藁にもすがる思いでそこに行き、そして時間を稼いでいる間に自分が居ないことに気づいたテッカが助けに来てくれることを祈るしか…

 

(…来てくれるの、かしら…)

 

だって、だってお兄様には、ヨモギという新しい妹がいる。それに自分は、お兄様に対してあんなにも酷いことを言ったのだ。いくらお兄様が優しいといっても、そんな事を言う妹に愛想を尽かさないでいられるのか?

 

(お兄様はもう…わたくしのこと…)

「──チッチェ姫、危ないっ!!」

「キャッ!?」

 

思考の海に溺れている最中、唐突にジェイがチッチェを抱えて横っ飛びにジャンプする。同時にガルクも加速してその場から離れ…直後、掘り返された巨大な岩がチッチェ達の居た場所に落ちてきた。もし反応がもう少し遅れていれば、2人と1匹は大地のシミになっていただろう

 

空中の岩の衝撃を受けたジェイは、チッチェ姫を傷つけぬよう抱え、そのまま樹木に直撃した

 

「うがっ…!!」

「あう!……はっ!ジェイさん、大丈夫ですか!?」

 

ジェイの腕から出たチッチェが呼び掛ける。元々イビルジョーの一撃で左腕と肋骨がやられていたのを、今の衝撃でさらに内臓にまで傷がいった。早く治療しなければ、ジェイ自身の命が危なかった

 

「ちっ…ちぇひ、め…じ、じぶんをおい、て…にげ…!」

「そ、そんな事出来ません!わたくしの我儘で貴方を巻き込んだのに、その貴方を置いて逃げるなんて…!」

「はやく、いってくれ…ッス…!ひめ、がし…しんだ、ら…じぶん…しんでも…しにきれ、ガハッ!」

 

倒れたまま血を吐く騎士の姿に、自分がこんな事を彼に頼まなければと何度も慚悔の念を抱かせるチッチェ

 

パキン!

 

その音に振り返る。飛んだ際に外れたチッチェのメガネを恐暴竜が踏み砕いた音だ。ゆっくりと、ゆっくりと、魔物のような禍々しい面構えでチッチェ達に歩み寄るイビルジョー

 

「いや…死にたくない…!わたくし、まだお兄様に謝ってないのに…!」

 

だがあの時と違い、兄は一緒に来ていない。それどころかここに来たことすら伝えていない。兄が助けに来る可能性は那由多の彼方より遥かに遠い

 

「助けて…!!」

 

それでも、チッチェは叫んだ。8年前、ちょうど今みたく、木々に囲まれた沼地の中で、オルギィに囲まれて絶体絶命だった時のように

 

 

『ゴガァアアアア!!』

「助けて!!!お兄様ぁ!!!」

 

 

 

ガギャァ!

 

 

 

「………え?」

 

抱えた頭で見上げる。視線の先には、氷で出来た鞘を背負い、青く美しい太刀を恐暴竜の口に押し込みながら、地面を割る怪力と必死に渡り合う男の姿があった

 

エスピナZシリーズを主軸に構成された防具、風を送り込んだ鉄釜の火のように点々と緋色に煌めく茶色い短髪…全て知っている背中だった

 

オルギィに囲まれた時に見た背中と、今見ている背中がピッタリと重なり合う

 

「お兄様…?どうして…」

 

どうしてここに?どうしてこんなに早く?どうして助けてくれたの?

 

色々な意味が詰まった『どうして』に対して…テッカは何ひとつ揺らぐ事なき意志で答える

 

 

「俺が、お前のお兄ちゃんだからだ」

 

 

たったそれだけ

 

たったそれだけの一言で

 

チッチェの中の不安も恐怖も全て溶け、涙となって完全に流れ落ちた

 

「お兄様……!!」

 

だが、そんな感動の場面など知った事かとイビルジョーは蠢き、口の中に突っ込まれた得物すらも糧にすべく噛む力をさらに込める

 

加えてイビルジョーの酸性の唾液が青い太刀を侵食する。今はまだ堪えているが、これ以上刃が溶ければテッカは太刀ごとイビルジョーに噛み砕かれるだろう

 

『ゴァッ!?』

 

しかし、その時不思議な事が起こった。溶けたはずの太刀の刃が…()()()()()()()()()()()()()()()()()()、やがて酸の溶解すらも意に介さない刀と化す

 

「どうした?食ってみろよ、遠慮せずに」

 

テッカは、怒りで何倍にも倍増した膂力でイビルジョーの顔をゆっくり押し返し…

 

「遠慮せずに……喰らいやがれっ!!」

 

ザムゥ!

 

『ゴァアアアア!?』

 

太刀を思いっきり振り抜き、イビルジョーの舌と右頬を大きく切り裂く。不快な叫び声を上げる恐暴竜を冷たく睨めつけながら、顔を踏み台に高く跳び、気刃兜割りでイビルジョーの左目を奪う

 

沼地に纏わりつかれながら激痛に暴れ回るイビルジョーを他所目に、アイテムポーチから取り出した“生命の大粉塵”を2人にかけ、さらにジェイには“いにしえの秘薬”を無理やり飲ませる。これで少なくとも、ジェイが今すぐ死ぬような事はなくなった

 

「チッチェを守ってくれてありがとう…よくやってくれた、ジェイ」

 

回復していく意識の中で、ジェイは確かに王子のその言葉を耳にした

 

イビルジョーの懐に近づき()()()()()の臭いを擦り付けると、テッカはチッチェとジェイが居る場所とは真反対の方向に大きく移動して陣取った。足元に“打ち上げ花火”を置いて点火し、打ち上げられた花火が派手な音と光を夜空で炸裂させる。そして…

 

「お前みたいな生態系を大きく狂わせる奴が相手なら、『捕獲』する必要もないな。何より…!」

『ゴガァアアアアッ!!』

「よくも…俺の可愛い“妹”を傷つけやがったな!!許さねえっ!!生きたまま(なます)にしてくれるッ!!」

 

激怒の咆哮を容易く受け流しながら、テッカは新たな太刀“氷霊エルサルカ”を構えた

 

イビルジョーは嫌な臭いを発する餌を喰い殺すべく、大きく口を開け、その(あぎと)で噛み砕こうとする。しかしテッカはこれを何の気負いもなく避け、下から牙が突き出た下顎をスライスする

 

またもや激痛を味わう恐暴竜だが、もはや痛みよりも飢餓の苦しさの方が上回ったイビルジョーは体が発する危険な信号を無視してひたすら目の前の獲物を喰らおうとする

 

だが、この怒りの王子には何一つ通用しない。激昂してるにも関わらずあらゆる攻撃を、それこそ不規則に飛び散る唾液すらも機械的に躱し、受け流し、防ぎ、巨大な岩石の投げ飛ばしや龍ブレスに至っては、虚空に振るった唐竹割りで真っ二つに断ち切ってしまうほど

 

「す…すごい…!」

(おうじ…めちゃくちゃ、すぎるくらい…つよい、ッスよ…)

 

かつてこの森で見たテッカの戦う姿もまるで踊るような太刀捌きで綺麗だった記憶があるが、これはもはや生物としての格が違う。ボヤけた視界の中ですら、戦いの素人であるチッチェにもその事実を有無を言わさずに理解させていた

 

たった数分にも満たない戦いにも関わらずイビルジョーは気の毒になるくらいボロボロになっており、当然の如くテッカは何一つとして消耗していない。ちょうど花火も終わっていた

 

『ゴガァァ…!!』

「フゥー…!」

 

イビルジョーは恐怖した。自分の足元程度の大きさの生き物が、自分の命を容易く摘もうとしていることに。若い個体だが古龍とも戦い、退けてきた自分が今、喰われ(殺され)そうになっている

 

その事実がイビルジョーの生存本能を強く刺激し、第一優先である食欲すらも放棄して逃げることを選ばせた

 

『ガアァ!?』

 

だが、それすらも急に体を襲った痺れる感覚によって阻止される。見ればいつの間にか接近していたテッカがイビルジョーの足元にシビレ罠を置いており、絶対にここで殺すというテッカの意思がその行動から滲み出ていた

 

そして、翔蟲を恐暴竜の頭部に飛ばし、居合の構えのまま繋がった糸で翔蟲に向かって水平に飛び

 

「お前も、これ以上生きてもさらに長く苦しむだけだろうに…しかし俺のエゴでもある。だから」

 

“もう眠れ。せめて安らかに”

 

──居合切りに遅れてやってきた気の斬撃が頭部を何度も斬り裂き……そのままイビルジョーは大地を揺らすほどの勢いで倒れ伏した

 

残心をするテッカ。そして武器を仕舞って素材の剥ぎ取りをすると、最後にイビルジョーの死体に手を合わせ、静かに目を瞑った…

 

「…………」

「お兄様…?」

 

…その後、森の出入り口の方面から遅れてフィオレーネ、ロンディーネ、シキがガルクに乗って現れる

 

「王子!花火が上がっていたからもしやと思えば…」

「遅いぞお前ら。怒り喰らうイビルジョーはさっき討伐した、チッチェ姫と王国騎士ジェイも無事だ」

「いや、5分程度で古龍級生物を狩った師匠が早過ぎるだけでしょ…」

「やかましいぞバカ弟子、お前も直に出来るようになる…チッチェ姫は擦り傷程度だが、ジェイがかなりの重傷だ。キャンプで最低限の応急処置をした後急いでエルガドに帰還させるぞ。ロンディーネはフクズクで伝令を飛ばし、緊急治療の準備をさせろ」

「はっ!」

「シキは…フィオレーネを手伝ってやれ。ぶっちゃけやる事がなくなった」

「俺だけ扱い雑っ!」

 

 

 

キャンプ内にてジェイの応急処置を終えた後、フィオレーネはチッチェの軽い傷を手当していた

 

「これで治療は終わりです」

「ありがとうございます、フィーネ」

「浅い怪我だけで良かったです…貴女様の身に何かあれば、女王陛下に顔向けが出来ません」

「…ごめんなさい、フィーネ…わたくしのせいで、貴女達やジェイさん、お兄様にも迷惑を掛けてしまいました…」

「…今回の件に関しては、自分が事の発端だと王子自身が仰ってました」

 

その言葉に驚くチッチェ。とんでもない、自分の短慮な行動が今回の事件を招いたのだ。自分が謝ることがあれど、兄が謝ることはない

 

「お兄様は!?」

「桟橋の付近にいるかと…」

 

それを聞いて、飛び出すようにキャンプを出るチッチェ。右の方を見れば、確かに桟橋の上にテッカがいた

 

「お兄様!!」

 

琥珀のような瞳がチッチェを貫く

 

「あ………あ、あの、お兄様…その、わたくし…」

「チッチェ、()()()()()()()()

 

その口調は、兄としてではなく、王子としてのテッカの話し方だった

 

チッチェが恐る恐る近づく中、テッカは右腕の『エスピナZファオスト』を外し、しゃがんで目線を合わせてから

 

 

パン!

 

 

──近づいたチッチェの左ほっぺを叩いた

 

「───」

 

何が起きたか分からない顔をするチッチェ

 

当然手加減はしていたし、張った跡など絶対残らないよう配慮もしていた。だが、それはテッカが生まれて初めて、妹に対して振るった暴力だった

 

「どうしてこんな危ない事をしたんだ!!チッチェッ!!」

 

そして、兄に怒鳴られるのも初めての経験だった

 

今まで叩いた事も怒鳴った事もない兄がそれを自分にした。そこまで自分は兄に嫌われたのかと思うと思わず俯いてしまい、そのまま涙がじわりと滲み出てきて…

 

 

「俺が一体どれだけ心配したと思ってるんだ!!!」

 

 

ハッと顔を上げる

 

テッカは確かに怒っていた。テッカはハンターだ。それはつまり、命のやり取りを生業とする者でもある。命と向き合うハンターに対し大きな敬意と誇りを持っているテッカだからこそ、受付嬢でありながらそれを軽んじて、危うい行動をとったチッチェには怒りを持っていた

 

しかし、同時に涙も流していた。怒りの表情を引っ込め、悲しそうな顔で力強く妹を抱き締める

 

「分かってるよ…!お前にそんな事をさせたのは俺が1番の原因だ…!でも、でも、お前が居なくなったら、俺は一体何のために生きればいいって言うんだ…!お前は…俺の生きる希望なんだから…!!」

「お…お兄様……ッ」

「ぶってゴメン…!痛かったろうに…!ゴメン、ゴメン、お兄ちゃんが悪かった!許してほしい、チッチェ…!!」

 

首筋に滴る涙の温かさに、チッチェも涙を零した

 

「おにいさまぁ……うぇ…うぇええええん!!」

 

兄は自分を嫌ってなどいなかった。子供の頃と同じ、いや、それ以上に大きな愛をずっと自分に向けてくれていた

 

そう思うと6年間の不安などどこかに飛んでいって、安心し切ったチッチェはひたすら兄に抱きついて謝り続けた

 

「ごめんなさいおにいさまぁぁぁっ!!ちっちぇがわるいこでしたぁぁぁ!!ごめんなさいぃぃ!!」

「叩いてゴメン〜ッ!!ちゃんと話さなくてゴメン〜ッ!!お兄ちゃんを嫌わないでくれ〜ッ!!」

「きらいなんかじゃないですぅぅぅ!!ちっちぇはおにいさまがだいすきですぅぅぅっ!!」

「俺もだよ〜!!チッチェ〜ッ!!」

 

さざ波の音を掻き消すほどの大音量で、本当によく似た兄妹は、桟橋の上で互いに抱き合いながら泣き続けるのであった…



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10話

エルガドを騒がせた『チッチェ姫失踪事件』は一晩で収束した

 

あの夜、チッチェとたくさん話した。王国を飛び出した理由、旅であった出来事、カムラの里に行き着いたこと、そこでの日常、百竜夜行の戦い、そして王国に戻ってきた事、フィオレーネに嵌められて1ヶ月缶詰めの日々だった事…お母さんより多くのことを話した

 

特にヨモギがチッチェの友達になれるように仲良くなったことは丁寧且つ真剣に話した。でも途中で「妹分にする必要はあったんですか?」と聞かれて目を逸らしてしまい、もっかい怒られてしまったのはナイショの話だ

 

チッチェを叩いたことに関しては後悔はしてない。それだけチッチェは危険な行動をしたのだし、必要な事だった…ゴメンやっぱめっちゃ後悔してる。そもそも前提条件が違うとはいえ、勝手にナルガクルガを狩りに行った俺が言う資格はないし。…でも、俺が言わなければ有耶無耶になる可能性もあったから、やっぱり言うべきだったと思う

 

ただ、叩いたケジメはつけるべきだ

 

後日、妹の目の前で自ら竜撃弾を食らうという罰を実行し、その事でチッチェ(あとヨモ)に怒られた上でまた泣かれるのだが、それはまた別のお話…

 

閑話休題(それはともかく)

 

事件の翌日、ガレアスに「今回のような暴走は、今後しないでいただきたい」と注意を受けてションボリするチッチェだったが、ハッキリ言って今回の騒動は俺の不始末が招いた結果だ。それに昨晩俺があれだけ怒ったのだから、これ以上の説教は俺が受けるのが筋だと代わりにガレアスの説教を正座で受けた。ガレアスは何故か呆れていた

 

それと、今回の事件に巻き込んでしまった新人騎士のジェイの処遇についてだが、これは俺がアルローやお母さんに頼んでお咎めなしにしてもらった。王族同士のいざこざに理不尽に巻き込まれても尚、チッチェを命懸けで守った有望な騎士の未来を、こんなバカげた事で潰してはならない。俺がジェイの奴にしてやれる詫びみたいなもんだ

 

アルローは「あいつがチッチェ姫をクエストに同行させなければ起きなかった事件だから、処罰がないと他の騎士に示しがつかない」って言ってたが、新米にそこまでの判断を要求するのは酷な話だ。そもそもチッチェが命令したって言ってたから、尚の事ジェイ1人を責めることは出来ない

 

どうしても罰を与えるってなら、怪我が治ったらあいつを鍛え直してやってくれと言うと、アルローもガレアスみたいに呆れた後「王子はもうちょい、他の奴に責任を取らせてもいいと思うがねぇ…」等と言っていた。何を言う、責任くらいちゃんと取らせるさ。今回は俺が悪かった、それだけの話だ

 

しかし、城塞高地に怒り喰らうイビルジョーが現れるとは。ゲームの世界観でも現実なのだから、モンスターもゲーム以上に自由に動くし、サンブレイクで出なかったモンスターが現れても不思議ではないが…その内俺ですら知らないモンスターも出てくるかもしれない。もっと強くならなければいけないな

 

それにしても、ハモンさんから話を聞いていたとはいえ…凄まじいな『氷霊エルサルカ』

 

6年前、王国を襲ったイヴェルカーナが、最後の総攻撃の際に落とした…というより体から剥がれ落ちた残骸を、王国は回収して管理していたのだ。それらの素材をロンディーネ経由でカムラの里まで運んでもらって、全ての素材+αでハモンさんに打ってもらったのがこのエルサルカだ。素材の使用許可はしっかり女王陛下から承認済みである。こういう時王子の立場というのは実に便利だ

 

ちなみにその+αとは『氷狼竜の秘氷玉』と『大竜玉』である。俺が持つ数少ないレア素材なのだが、これらを本来必要な『冰龍の零玉』代わりに使っても、エルサルカは本来の力を発揮出来ないとハモンさんは言っていた。おそらくスキル“冰気錬成”を強化する力がないのだろう。或いは攻撃力、属性値、切れ味のどれかか、全部が弱体化しているか

 

それでも今持つどの武器よりも圧倒的に強く、しかも氷の刃が勝手に再生するという意味の分からん能力まで付与されている。これで未完成だというのだから、いやはや古龍というのは本当に恐ろしい。改めてイヴェルカーナと戦って迎撃出来たのが…いや五体満足で帰還できたのが奇跡なのだと実感できる

 

それだけに、自身の腕を鈍らせかねない強さの武器だから、エルサルカは緊急時や古龍戦以外では使わない方が自分の為だろう

 

とにかく、予想外のアクシデントは起きたがなんとか城塞高地への調査も再開し、シキは緊急クエストが来るまでG級モンスターを相手に腕を磨くことだろう

 

そして今、俺が何をしてるのかと言えば…

 

 

 

「はいお兄ちゃん、あ〜ん」

「あ〜ん」

 

ヨモが作ったうさ団子を、ヨモ直々に食べさせてもらっていた

 

おっとちょっと待ってくれ、これには当然理由がある。だから毒投げクナイや麻痺投げクナイは一旦置こうか…よし、置いたな

 

ぶっちゃけて言うが、今の俺は縛りプレイをしているようなもんだ。シキと一緒に狩りに行く事が多々あるが、シキは基本太刀を使う為…そして俺の指導の影響でかなり俺に近い戦い方、つまり敵に張り付いたまま攻撃を避け、無理な場合はカウンターで防御するという狩りをする。俺は仲間に合わせて攻撃のタイミングやリズムを変えられるが、弟子はまだその領域に達していない。無駄な回避や被弾も多い

 

かと言って俺の方で合わせてやってもあいつの成長の阻害にしかならない。だから離れていても攻撃とサポートが出来るヘビィボウガンを使っているのだが、既にシキの進行度に合わせた装備は完成している。ちなみに使ってる武器はビシュテンゴ亜種の“緋天具・杖弩ジゾウ改”で、装備もそれに合わせた通常弾特化のスキル構成にしてある。状態異常弾も使えるスグレモノだ

 

他にはダイミョウザザミの“バスタークラブ”やトビカガチの“飛雷重弩【雷上動】改”などを作ってある。そう、属性貫通特化のヘビィボウガン達だ。氷属性はルナガロンを狩るまでお預けだな

 

…雷神龍のヘビィ?バカ!武具の為だけに古龍を狩る奴なんてこの世界にいねえよ!シキだって「イブシマキヒコとナルハタタヒメの傷が癒えきってない上に交尾後で消耗していて、且つ環境生物のフル活用と怨虎竜の乱入がなかったら“百竜ノ淵源”の討伐は絶対に不可能だった」と断言してるくらいだ

 

俺がついていっても苦戦は間違いなしだ。むしろマガイマガドが俺を警戒して三つ巴になる可能性も考えれば、損得勘定を加えてもやはりシキ1人に任せて正解だったのだろう

 

…話が大きく逸れたが、要するに今の俺は暇を持て余しているのだ。G級クエストの最上位はほぼ古龍か古龍級生物の討伐クエと言っていい。それでもこの世界での古龍の強さと希少さ、目撃情報の少なさを考えれば、おそらくその頃には一気にキュリアの活動が活発化し、“ガイアデルム”出現まで事が動くはずだ

 

シキだって着実に強くなってる。あいつの成長に合わせて動けばいいのだから、焦る必要はない

 

「は〜い、あ〜ん!」

 

……だから、妹分に癒されるのは決して間違ってることじゃない。ないったらない

 

食べさせる故の配慮か、串の先端だけに刺さった団子をパクついて咀嚼している内に、新しい団子を先端に刺していくヨモ

 

「おいしい?お兄ちゃん」

「いやぁ、やっぱりヨモが作るうさ団子は格別だな〜。ヨモに食べさせてもらうとより甘露な味になる気がする」

「もう〜褒めたって団子しか出ないよ〜」

 

後ろ髪をクシクシ掻いて照れる妹分のなんと愛らしい姿なことか。こんな姿はカムラの里屈指のうさ団子狂い、ヒノエですら見たことがないだろう事を考えると何たる優越感…!

 

可愛くて、気遣い上手で、料理も出来るなんて、きっと良いお嫁さんになるだろう…そう考えていると

 

「……もう我慢出来ませんっ!」

 

突如クエストボード横にいた受付嬢が、怒り心頭でこちらにやってきた。そう、我が最愛の妹にしてこの国のお姫様、チッチェが

 

「ヨモギ!さっきからあなた、何をしているのですか!?」

「何って…うさ団子食べさせてるだけだよ?」

「そんなうらやま……ゴホン!とにかく!お兄様も子供じゃないのですからそんな事しなくていいんです!」

 

うらやま?今「羨ましい」って言いかけた?まさか妹よ…俺の為にヨモに嫉妬しているのか!?ヤバい、顔のニヤけが止まらない

 

そんなチッチェに機敏に気づいたのか、ヨモは手を叩いて納得する

 

「そっか!チッチェもお兄ちゃんに団子を食べさせたいんだ!」

「え…?ち、違いますよ!わたくしはそんな…!」

「いーからいーから!ほら、遠慮しないで!」

 

そう言ってうさ団子が1個だけ刺さった串を手渡すヨモ。流れで受け取ってしまったチッチェは串を片手にオロオロしていたが、やがて緊張気味に、そしてほっぺを朱に染めながら…

 

 

「お、お兄様……あーん…」

「何…だと…?」

 

 

それは間違いなく、ラギアクルス(地震)級の激震だった

 

相手は実の妹で、俺はチッチェに対して恋愛感情も性的感情も抱いていないとお兄ちゃんの矜恃に誓って断言出来る

 

だと言うのに、なんだ?この、いけないことをしているドキドキと背徳感は!?

 

俺はただ静かに、そして無言で差し出された串先の団子を口に含み、抜き取って、噛み締めて味わった

 

(うまい……)

 

味も食感も変わっていないのに、差し出してきた相手が違うだけでこうも違うのか…ヨモが食べさせてくれた団子とはまた別種の美味だ

 

「お、おいしいですか?お兄様」

 

不安そうに俺の顔を覗き込む天使。俺は彼女に対して最高級の笑みとサムズアップで答えてやると、天使は花が咲いたような笑みで喜んでくれた

 

「よかったぁ!喜んでもらえて!」

「…むぅ〜…」

 

そのやり取りが面白くなかったのだろうか。ヨモがふくれっ面で俺達を見ると、別の串に団子を刺して俺の口元にずずいと近づけてくる

 

「はい、お兄ちゃん!あ〜ん!」

「え?妖精?」

 

そして、今のやり取りで自信でもついたのか、チッチェも手に持った串に新たなうさ団子を刺して俺に差し出してくる

 

「はい、お兄様!あーん!」

「え?天使?」

 

目の前にいる2人の可愛い(シスターズ)が団子を食べさせてくれる。前世でそんな徳なんて積んだことはなかったのに…ここは極楽浄土か…?

 

「…2人とも、順番に食べるから焦らないで」

 

お兄ちゃんとして2人の厚意を受け取らないわけにはいかない。余裕のある態度で心の中のだらしなさを表に出さず、2人にそう言って俺は団子を頬張る

 

周囲や騎士団指揮所の方から感じる騎士達の嫉妬の視線が大変心地いい

 

俺は幸せ空間で幸せと一緒に団子を噛み締めながらただただ思った

 

(ああ…今なら古龍が相手でも怖くない…)



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11話

古龍が相手でも怖くないと言ったな?あれは嘘だ

 

「アッツゥイ!」

 

普段からまあ熱い溶岩洞だが、今日は輪にかけて熱い。その元凶を討伐しに来てるわけだが、こうなるならクーラードリンクでも持ってくれば良かった

 

『グオォォォ!』

「うるっ、せえよぉ!!」

 

劈く咆哮を水月の構えで防いで即座に切り掛かる。頸動脈(ちゃんと狙った場所にあるかは不明だが)を断ち切ろうとするが、密集し、そして連なった真っ赤なたてがみによって阻まれる

 

また、斬りつけた対象を凍らせることの出来る冰龍の太刀だが、こいつは常に炎熱か爆発性の粉塵を纏っている為、凍りついても即座に溶かされるか、爆破であっさり砕かれる。分かっちゃいたが相性が悪過ぎる!

 

『ガア!』

 

ライオンのような見た目から猫パンチを彷彿させる前脚攻撃だが、実際は岩すらもバターのように溶かす超高熱の爪撃だ。全然可愛くない。直撃すれば即死、よくて瀕死だろう

 

『ガルルルッ!!』

 

ガギィ! ジュゥゥゥ…!

 

「うおおおおおおおおっ!?」

 

咄嗟にエルサルカで鍔迫り合いに持ち込むが、怒り喰らうイビルジョーなど比較にならんほどパワーが強い!しかもそのイビルジョーの唾液すらものともしなかったエルサルカの刀身が、剛爪の熱でジワジワと溶かされ、蒸発して水蒸気になる。このままだと焼き斬られる!

 

「ウシャアアアァァァッ!!」

 

マグマの如く赤く煮えたぎった爪を受け流しながらコマのように回転し、その勢いで翼爪と翼膜を一気に切り裂く

 

『ゴアァァァ!?』

 

右翼をズタボロに切り裂かれて、さらに翼を凍てつかせたエルサルカの氷が傷口に食い込み、追加の出血とダメージを与える

 

よし!このまま一気に押し込んで…!

 

『お兄ちゃん、横!!』

『ガァァァッ!!』

「ってうおわぁっ!?」

 

しかし、唐突に割り込んできた()()によって追撃はあえなく中断を強いられる。ちくしょう、もう閃光玉の効果切れたのかよ!イマジナリーのヨモが声を掛けてくれなかったら死んでるところだった!

 

「ありがとう!!助かったヨモ!」

『どういたしまして!でも…!』

 

そして横槍を入れた奴の目眩し効果が切れたということは、今俺が相手していた奴とのタイマンが終了したことを意味する

 

『ガルルルルルゥ!』

『グルルルルルゥ!』

「クソォ!また揃った!」

『どうするの、お兄ちゃん!?』

「こうなったら…!」

 

2匹揃ってこちらを睨みつけ、翼をはためかせて火の粉を撒き散らす。「オレンジ色」と「青色」が溶岩洞内部を美しく彩るが、()()()()()()()()()()()()()

 

クル

 

俺はその2匹の『炎龍』に対して簡単に背を向け、野良の翔蟲も駆使して叫んだ

 

ダッ!

 

「逃げるんだよォォォ─────ッ!!」

『『グオオオオオオッ!!』』

 

…直後、“炎妃龍ナナ・テスカトリ”のヘルフレアと“炎王龍テオ・テスカトル”のスーパーノヴァが、溶岩洞内を木っ端微塵に吹き飛ばした

 

 

 

「な、なんとか生きてる…!!」

 

エルガドにある自室(訓練時代に使っていたもの)のベッドに倒れ込みながら、所々ゴワゴワしている布団の感触に生の実感を味わっていた

 

幸せの絶頂を味わった数日後、最上位のハンターに対する緊急クエストが通達された

 

“溶岩洞ニテ 炎王龍ノ出現アリ”

 

基本は溶岩地帯の奥深くを根城にしているテオ・テスカトルが、溶岩洞の浅めの階層にまで上ってきたのだ。その個体の大きさからマスターランク相当のテオと断定し、(野良)のG級ハンター3人と一緒にテオ・テスカトルの討伐に向かったのだが…

 

「ちくしょう、乱入でナナ・テスカトリが出てくるなんて聞いてねえぞ…!!」

 

これに尽きる

 

ナナ・テスカトリの生態が胎生か卵生かは詳しく分かってないが、雌である以上子供か卵を守る役目があるナナ・テスカトリは、滅多なことでは巣から出てこないという説が立てられているのだが…どうやら今回はその例に外れたらしい

 

突如乱入してきた炎妃龍の襲撃にハンターの1人が重傷を負い、危機を感じたもう1人のハンターが撤退を提案したのだが、2体の古龍、それも阿吽の呼吸で動ける奴らを相手に全員で背を向けて逃げれば皆殺しは確実だ

 

故に俺1人が殿を務めて、あわよくば討伐してやろうと意気込んだのだが…流石に無理だった。これが1体だけまたは連続狩猟ならばまだ撃退くらいは出来たのかもしれないが、同時狩猟は無理ゲーの一言に過ぎた。あのイヴェルカーナと比べりゃまだあの2体の方がずっとマシだったが、それでも2体同時に捌いて時間稼ぎするのが手一杯

 

結局俺達は重傷患者が出たのもあってクエストを中断、リタイアという形でクエストは終了した。ギルドにはちゃんと情報収集するように文句を言っといたけどな!

 

怪我を負った奴もなんとか生きてはいたが、怪我が致命的だったらしく、ハンターを引退するらしい…成功ばかりに目がいって忘れていたが、ハンターというのは元来こういうものだ。どれだけ名を馳せた強いハンターも、次の瞬間にはぽっくり死んでる可能性がある。それを考えれば生きてるだけ儲けもんなんだから、未練がましい目で俺を見ないでほしかったな…

 

しかし、古龍も含めての大自然だ。盛者必衰…人間も、国も、そして古龍ですら例外ではない。かつて世界一繁栄していたシュレイド王国やそれ以上の繁栄があったとされる古代文明が古龍に滅ぼされたように、その古龍が今の人間に滅ぼされることもあるように…この王国だってそうだ。今は大丈夫でも、それこそ気が遠くなるほど先の未来では影も形もなくなってるかもしれない…

 

ま、今は俺や王国騎士達、それにカムラの英雄殿だっている。少なくとも俺が生きてる間は、王国を滅ぼさせなどさせんがね

 

「しかし、やっぱり古龍は凄まじく強いな…」

 

ハンター歴はもう10年になるが、俺は1度も古龍を討伐出来ていない。そもそも交戦したのが6年前のイヴェルカーナと今回のテオ夫婦だけなのだが、テオ夫婦は1対2とは言え古龍の武器を持って尚撃退出来なかったし、イヴェルカーナに至ってはこちらのホーム且つ圧倒的数の有利があったにも関わらず終始押されっぱなしで、メル・ゼナの介入がなければ王国は滅びていたに違いない

 

そう考えると、ハンター歴が1年未満にも関わらず“百竜ノ淵源”を討伐したシキの経歴の異例さが際立つ。あれ?もしかしてあいつ、もう俺より凄いハンターなんじゃ…?そりゃ英雄だなんて持て囃されるわけだ

 

とにかく、メル・ゼナもそうだが、キュリアの大元であるガイアデルムも古龍である以上、王国を襲ったイヴェルカーナに近いか同等の力を持っていると想定した方がいい。ゲーム内じゃボロクソ叩かれてるガイアデルムだが、その生態を考えれば最大限に警戒せねばならない

 

だが残念なことに、俺はキュリアをゲームの知識でしか覚えていない。しかもその記憶すら大分薄れている。元凶がガイアデルムである事、メル・ゼナが長い時間をかけ共生関係を築いた事、ガイアデルム討伐後にあらゆるモンスターへの強制寄生に適応して「傀異化」という現象を引き起こす事、そしてその傀異化すら『克服』する古龍が現れる事…細かい設定など完全に忘却の彼方だ

 

仕方ない、こういう時は『あの男』に頼るしかない

 

現状もっともキュリアに詳しい、王国一の研究者に

 

 

 

「という訳で助けてバハえも〜ん!!」

「う〜ん、昔から何度も言ってるけど、俺は便利な道具じゃないんだよ?テカ太くん?」

 

俺のおふざけ全開の言動に対してキレッキレの返しをするこの男の名は“バハリ”。王国随一の研究者であり、長寿の竜人族なのもあってその知識も豊富。今回の騒動の根幹にあるキュリアの研究も任されるあたり、王国から篤く信用されていることが分かる

 

ちなみに俺の前世の知識のネタに的確なツッコミを唯一入れてくれる希少な人材でもある。バハリ曰く「変な電波が急に受信される」んだとよ

 

「ていうか久しぶりだねぇ王子。イヴェルカーナ撃退作戦会議以来だっけ?背も随分おっきくなっちゃってぇ」

「もうちょい大きくなりたいけどな。テオ夫婦とも戦って思ったが、やっぱり古龍と渡り合うならまだパワーが足りない」

「古龍相手に力比べするなんてキミくらいだよ」

 

真顔で言われてしまった。ウツシ教官に並ぶ変態にそんな事言われるなんて心外極まりない

 

今のやり取りから分かるように、バハリとは身分を超えた友人として仲良くしてもらっている。お互いフィオレーネに色々言われてしまう身だからか、結構ウマが合うのだ

 

「本題に入るが、キュリアの事が知りたい。特に生態に関することをな。些細な事も含めて教えて欲しい」

「テッカはハンターでしょ?そんな事まで気を回さなくていいと思うけど」

「…『深淵の悪魔』」

「ッ!」

 

俺が口にしたワードにバハリは目を見開く。そして目を閉じて頭を振ると、真剣な顔つきで聞いてくる

 

「…ガレアスから聞いたのかい?」

「いや、文献と、6年前のメル・ゼナを見て気づいた。今回の城塞高地の異常はメル・ゼナが放ったキュリアが原因とされているが、そもそもメル・ゼナ自体は大穴が開く前からほんの僅かにだが目撃情報や文献がある。今までメル・ゼナの情報がロクに出回らなかったのは、おそらくメル・ゼナは人間が入り込めない秘境の奥地などを縄張りにしていたから。イヴェルカーナとの戦闘後に王都で暴れなかったのは、縄張りさえ侵さなければ古龍とは思えないほど大人しい生態だったから。そして王都に乱入したメル・ゼナはキュリアを使役していなかった…この事から、メル・ゼナのキュリアを使役する能力は後天的に身につけたものだと考えられる」

「…続けて」

「メル・ゼナがいつキュリアを使役しだしたのかは分からないが、今まで全くと言っていいほどなかったメル・ゼナの目撃情報が増えだし、被害も出てきたのが約50年前だ。…俺の仮説はこうだ。50年前にエルガドの元となる城塞都市に突如大穴が開き、そこにメル・ゼナが現れて暴れ出した。人々はメル・ゼナが大穴を開けて現れたと思い込んだが…実際には大穴を開けた()()()が縄張りを侵した事でメル・ゼナは現れ、2体の壮絶な『縄張り争い』の末に城塞都市は滅びた。ナニかは穴に逃げ込む際、キュリアでメル・ゼナを殺そうとしたのだろうが、メル・ゼナは逆にキュリアを取り込んで共生関係を築き、その変化でメル・ゼナは凶暴になってしまい、結果人目につくようになってしまった……これが俺の仮説だ」

 

と言っても、ゲームの説明を大まかになぞらえて、それらを実際の情報で所々補完しただけのこじつけに過ぎない。その証拠にバハリも気難しそうな顔でうんうん唸るだけだ

 

「………キュリアを後天的に身につけたって所はいいんだけど、それ以外は殆どこじつけみたいなもんだねぇ。なんたって証拠がない」

「だよねえ」

「でも、この仮説が全部当たってたら学会がひっくり返るよ!なんたって人間と共生可能な古龍なんて今まで確認されてないからね!」

「でも証明の為の証拠が全然足りてない。もしこの仮説が全部当たってたとしたら、『深淵の悪魔』はメル・ゼナ以上にキュリアを使役、行使する能力を持っている可能性が出てくる。そんな奴が何の対策もしない内に出てきたら、今度こそ王国は滅びるかもしれん」

 

そこまで言い切ると、決心した顔でバハリは言う

 

「…分かった。俺が知り得る限りのキュリアの情報をキミに教えるよ」

「悪いな、こんな妄想に付き合わせて」

「気にしない気にしない!キミは俺の大事な友人なんだからね…友人が困ってたら助けるのは当然だろ?」

「ああ………ありがとう」

 

悪友みたいな感じだが気が合うし良い奴だし、俺には勿体ないくらい出来た友達だよ



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12話

今回のお話は最終盤に汚い(物理)描写があります。最悪読み飛ばしてもらっても構わないのでご注意ください


月夜が眩い城塞高地

 

かつての栄華が見る影もない“城塞エリア”、沼地や毒液滴る樹木がある“森林エリア”

 

そして今、標高の高さ故に氷と雪で包まれた“氷山エリア”で…ハンター2人と王国騎士1人が、王域三公(城塞高地の各エリアを縄張りとする3体のモンスターの総称)と呼ばれるモンスターの1体“氷狼竜ルナガロン”と戦っていた

 

「はあ!」

 

太刀の大振りな一撃がルナガロンに当たる。しかしそれは体に覆われた氷が先に当たる事で威力が減衰し、氷以上に硬い氷狼竜の厚鱗や重殻を切ることが出来なかった

 

さっきまで肉まで切り裂けた厚鱗や重殻が、氷1枚に阻まれた途端鉄壁の硬さになる。ガランゴルムより圧倒的に速いのに、そのガランゴルムより硬くなるなどインチキだろうとシキは思った

 

「これもダメか!」

『クオォォン!』

「かは…っ!!」

 

思案している隙を縫ってルナガロンの体当たりがシキに命中する。大きさ、硬さ、何より尋常ではない速さが合わさった突撃を受けて、肺の中の空気を無理やり絞り出される

 

氷上をある程度転がってから止まるシキ。酸素を急いで取り込んで動こうとする彼に、ルナガロンが深みのある朱色の爪を包んだ氷爪を突き立てようと前脚を突き出す

 

ガガガッ! ガガガッ! ガガガッ!

 

『アォン!?』

 

しかし、そんなルナガロンの体を覆った氷に、針のように細い弾が貫く。しかもその弾は着弾時に火炎を弾けさせ、氷の装甲を溶かしながらさらに貫通していく

 

今のは貫通火炎弾…ボウガンの弾を撃ち込めるのは、ヘビィボウガンを背負ってきたハンターしかいない

 

「ししょ…ゲッホ!」

「このバカッ!予想外の事が起きても体は動かせ!あと初見の敵はしっかり動きを観察しろって何度も言ってるだろっ!」

「す、すみません…!」

 

ガガガッ! ガガガッ!

 

叱責しつつも的確なアドバイスを飛ばし、同時並行で貫通火炎弾をルナガロンの氷を纏った部位に当てて、確実に部位破壊をしていく

 

『アオォォォォン!!』

 

ヘビィボウガンを構えるハンター、テッカを厄介な敵だと判断したルナガロンは、即座に氷を纏い直し四足歩行で一気に彼我との距離を詰める

 

このまま喉笛を噛み切る…そう考えるルナガロンだが、テッカに噛み付けるあと一歩のところで何か(シビレ罠)を踏みつけ、瞬間ルナガロンの筋肉に強い痺れが襲う

 

「今だフィーネ!」

「ハァァ!!」

 

タイミングを見計らって近づいたフィオレーネが、ルナガロンの頭部に近づき“昇竜撃”のアッパーを勢いよくぶち込む

 

フィオレーネが空中で盾を構えた瞬間、テッカは徹甲榴弾Lv2を2発ルナガロンの頭に撃ち、直後盾を使った打ち下ろしがルナガロンの頭部位の破壊。そしてフィオレーネが即座にその場から離れると…

 

ドォン!ドォン!

 

『キャィン!?』

 

頭に食い込んでいた徹甲榴弾が爆裂。超至近距離で起きた爆発は氷狼竜の脳を揺すり、平衡感覚を失った蒼い体躯が横転する

 

「チャンスだ!!」

「この期を逃すな!!」

 

己を鼓舞する叫びと共に一斉にルナガロンを攻撃する狩人と騎士。ルナガロンはすぐに起き上がり反撃しようとするが

 

『キャゥン!?』

 

起き上がった瞬間体が麻痺し硬直。倒れている時にテッカが事前に装填していた麻痺弾による効果だ。当然動けないルナガロンはそのまま太刀と片手剣による攻撃で袋にされる

 

それを遠くから見ていたテッカは2人に当たらぬよう貫通火炎弾を撃とうとするが、麻痺するルナガロンの真横から当てては貫通系の弾は最大限の火力を発揮しない

 

(立ち位置が悪い……)

 

そう判断したテッカはもう少し右に寄ってからヘビィボウガンを構え…

 

「ふんっ!!」

 

ドカッ!

 

結果、背面にあった氷壁に“ジゾウ改”の銃床が激突

 

「しぇあ”ら壁えっ!!!」

 

王子は鬼の形相で氷壁をヘビィボウガンで殴りつけるという八つ当たりをするのだった

 

「アンタ狩猟中に何やってんの!?」

「狩りの時くらいは真面目にお願いします!!」

「あ、ゴメン、つい……」

 

弟子と家臣に注意されている間にルナガロンは麻痺が回復し、距離をとると殺意の籠った眼光で3人を睨む。手負いの獣は恐ろしい事を十全に理解しているテッカ達は、武器を構えながら警戒を続ける

 

『グルルルルル…ッ!!』

「気が立ってるな…」

「例の“キュリア”のせいか…?」

「何にせよもう瀕死だ。いつも通りやるぞ、捕獲の手筈を…」

『ウオォォォォン!!』

 

氷狼竜が唐突に吠える。いつ攻撃が来てもいいよう警戒していたが、予想に反してルナガロンは踵を返し、近くの穴から洞窟の中に向かって逃げていった

 

「逃げたか!」

「落ち着けフィオレーネ、巣の位置は凡そ予想がつく。慎重に追い掛けて、追い詰めた所を捕獲すればいい…シキ、フィオレーネ、シビレ罠はあるな?」

「大丈夫です」

「はい、あります」

「よし、行くぞ」

 

テッカの提案に2人も賛同し、3人は洞窟の中に入っていった

 

 

 

フクズクの誘導を頼りに、どのルートを通ったのかを確認しつつ洞窟内を進み、やがて大きな空間に辿り着いた

 

「いた……」

 

空間の隅にある窪みを覗き込んでいるルナガロンの姿が見えた。それをシキが不思議がる

 

「何をやってるんだ…?」

 

武器の切れ味の状態を見ながら小さく呟くシキだが…突如テッカが大きな足音を立てて前に出る。音に気づいたルナガロンが振り返った

 

唐突な行動に2人は驚くが、テッカは意に介さない

 

窪みを背に、まるで人間のように立ち塞がり最大限の殺意で威嚇する中、テッカは氷狼竜の目の前で“ジゾウ改”を見える位置に置き、ゆっくりと窪みに向かって近づき始める

 

『グルルルルルゥ!!』

「…………」

『ガウッ!!』

 

そのまま氷狼竜が今までの獲物の血で染め上げた朱爪をテッカに突きつけるが、最小の動きと篭手の頑丈さで受け流し、そのままルナガロンの手首を片手で掴んで動きを止める

 

『ガウッ!?』

「…………」

『ッ……グルルルルル…!!』

 

テッカの強烈な眼光に一瞬怯むルナガロンだが、飢えた恐暴竜すら逃げ出す()()()()()()()()、威嚇を止めずに唸り続ける

 

そんな光景を見て弟子がドン引きしたように一言

 

「…なんであの人、凶暴なマスターランクのモンスター相手に生身で抑えられてるの…?やっぱあの人人間じゃなくてモンスターだって…」

 

フィオレーネはそれを不敬であると咎められなかった。何故ならフィオレーネも同じ事を思ったからだ

 

主君がモンスター並に強いことを悩む騎士など我々しかいないだろうなと現実逃避するように考えていると、窪みから小さな何かが飛び出す

 

『ギャウ!』

『ガウッ、ガウッ!』

『キュゥーン…』

「あれは…あのルナガロンの子供か…?」

 

それは薄い蒼色と真っ白な毛に包まれた、ルナガロンの幼体だった。心なしかやせ細っている気がする。どうやら窪みの中は、あのルナガロンの巣だったらしい

 

『ガウッ!!』

 

ルナガロンが子供達の方に振り向きながら1回吠える。そして再び自身の腕を掴むテッカを睨み、殺意をさらに漲らせる

 

人間の母親を彷彿とさせる姿に、ようやくシキとフィオレーネは合点がいった

 

「そうか…王子は、あそこにルナガロンの子供がいることに気づいていたのか…」

「今の城塞高地は生態系に異常が出ている…山で餌が取れなかったから人里まで下りてきたのか…?」

 

しかし、ルナガロンは餌を確保する役目と巣を守る役目で分かれて子育てをする生態だったはず。だが、その片割れが見掛けないということは、まさか今回の異常に巻き込まれて…?

 

そこまで考えていると、さらにテッカはアイテムポーチから肉の束を取り出す。生肉だ

 

遭難時と耐久戦用にテッカがいつも持参している、携帯食料とは別の食べ物だ。焼けばジューシーこんがり肉に、野生のシビレダケや毒テングダケと組み合わせれば即興の罠肉にもなるスグレモノだぞ!

 

それをルナガロンの鼻先に持っていくテッカ。幼体達は美味しそうな生肉に目を輝かせるが、如何に飢えていようとルナガロンは決して生肉を口にしようとせず、警戒し続ける

 

「……ハァ」

 

テッカはルナガロンの強過ぎる警戒心にため息を吐くと…突き出した生肉を口元に持っていき、徐に齧り付いた

 

「「王子(師匠)!?」」

 

いつもの奇行に声を上げる2人を他所に、テッカは生肉を咀嚼し、飲み込む。そして再び肉をルナガロンに突き出す。毒は入ってないと言わんばかりに

 

『グルルルル……』

「…………」

 

長い沈黙が冷え切った洞窟内を支配する。やがて幼体達がご飯を求めるあまり、テッカの足元に近づいたところでルナガロンは口を開き……差し出された生肉の束を咥えた

 

手首を離すとテッカから大きく距離を取る。床に落とした肉をブレスで凍らせる母親を見て、子供達は一気に肉に齧り付いた。必死に肉に食らいつく姿から、どれだけ餌が枯渇していたか…いや、もしかしたら何日も食べていなかったのかもしれない

 

「フィーネ、シキ、キャンプにある俺のアイテムボックスから生肉を持ってこい。全部だ」

「……腐ってしまいますよ?」

 

こんな事していいのか?とは聞かなかった。フィオレーネもシキもテッカのこの行動は幾度となく見ているし、言って止めるならとっくの昔に止めている

 

それに、テッカが何故こういう事をするのかも2人は聞いている。その話に納得しているからこそ、テッカを非難することはしないし、止めようとも思わなかった

 

「大丈夫だ。ルナガロンは餌を凍らせて食う習性がある。それにこの巣自体が天然の冷、保存庫みたいなものだ。だから肉が腐ったりはしない」

「何故ルナガロンの習性を知って…いえ、深くは聞きません。今から取ってまいります。シキ殿」

「全く…師匠はホントにやりたい放題だよ…」

 

呆れたようで嬉しそうなシキの呟きを残して、2人は翔蟲でキャンプに飛んでいった

 

残ったテッカは、餌を食べる幼体達とジッとテッカを見張っているルナガロンを眺める。子供の飢えようからして自分も相当腹を空かせているだろうに、肉に一瞥もせず臨戦態勢でいる。この人間が子供達を狙った瞬間、真っ先に噛み殺せるように

 

余程お腹が空いていたのか、限界まで入れておいた生肉を全部平らげても、幼体達は名残惜しそうに骨を舐めたり齧ったりしている

 

そしてそこに、大量の生肉を引きずってきたシキとフィオレーネがガルクと一緒に到着する

 

「おう、ご苦労さん」

「王子…何故、これだけの生肉を保管して…?」

「非常食」

「多過ぎるわっ!!」

 

弟子のツッコミをスルーして、疲れている2人の代わりにルナガロン達の前に山盛りの生肉を置く

 

これには流石のルナガロンも唖然とし、逆に子供達は宝の山でも見たかのようにキャンキャン鳴きながら母親の周囲を駆け回る

 

それを満足気に眺めた後、王子は家臣と弟子を連れて巣を後にした

 

アオォォォォン……!

ワォォォォン……!

 

ちょうど洞窟から出た時、大きな1つの遠吠えと小さな3つの遠吠えが響いてきた気がした

 

 

 

「シキ殿は、王子のあれを知っていたのか」

「俺がハンターになりたての頃、同行していた師匠がよくやってたからね」

 

先に先に進む王子の後ろで、シキとフィオレーネが静かに話す

 

「最初は本当に驚いたよ。モンスターを狩るハンターがモンスターを助けてどうするんだ!?って」

「私の場合、王子がある日を境に唐突にやり始めたから、ロンディーネと一緒に王子を問い詰めたな」

 

とても、とても長い話になるので今は省略するが、2人が特に印象に残っていたのが次のセリフだ

 

 

『俺達はモンスターを狩猟するだけの『ハンター(狩人)』ではない…『モンスターハンター(怪物を狩る者)』だ。モンスターは機械でもプログラムでも、ましてや怪物でもない。ただ大自然の中で生きているだけの、人間より強いだけの生き物だ。無論、人間に害を与えたり、生きているだけで生態系を壊す化け物もいるだろう…だからこそ、そういったモンスターを狩り、人間とモンスターが大きく対立しないよう調和を齎すのがハンターの仕事なのだと……俺は思っている』

 

 

“ぷろぐらむ”とやらが何のことか2人には分からなかった。しかし、テッカの考えはまさに青天の霹靂だった

 

その話を聞いて、自分達(人間)が豊かになることばかり考えて、モンスターをただの脅威的な生き物だと信じ込んでいた自分が恥ずかしくて仕方なかった。フィオレーネの場合は嫉妬をさらに募らせる要因にもなったのだが、今では素晴らしい考えだと素直に賞賛していた

 

王子は「所詮俺1人のエゴでしかない」と自嘲していたが、そんな考えに至れるハンターが一体この世にどれだけいるのか…そう考えると、自分の主君が誇らしくて仕方なかった

 

そんないい気分に浸っている時だった。王子が突如ヘビィボウガンを構え出したのは

 

「……王子?」

「お前ら…周りを見てみろ…」

 

2人は周囲を見渡し……気づく

 

「これは…キュリア…?」

「なんでこんなに…」

 

木々を縫うようにかなりの数のキュリアが夜を赤く照らして漂っていた。2人はその景色に疑問を抱き

 

「…ッ! 上だ!!」

 

強い気配にフィオレーネが叫ぶ。直後、豪風を巻き起こして巨大な影がテッカとシキ、フィオレーネの間に着地する

 

薄く光沢を帯びた汚れなき白銀色の甲殻、脚と尾などの先端部は金属のような黒色の鱗に金の差し色が入っていて、頭部に生える硬くしなやかな角や口元の鋭い牙は豪奢で威徳的な雰囲気を漂わせる

 

そして鮮血の如き深紅の翼膜を広げ、月光によって妖しく不気味な輝きを放つ

 

『キィオォォォォン!!』

「メル・ゼナだと!?」

「こいつが、メル・ゼナ…!?」

 

初めてメル・ゼナを見たシキは動揺する。今まで見た古龍の風神龍と雷神龍は、まさしく異形の龍という怪物然としたイメージにピッタリの古龍だった

 

だがこの龍は、力強さと美しさを兼ね備えていながら、その内側から残虐性と凶暴性が滲み出ていた。こんなモンスターがこの世にいるのかと、シキは自分が知っていた世界の小ささに驚く

 

まるで配下のようにキュリアを悠然と従わせる爵銀龍は、その剛翼の先端をシキとフィオレーネに叩きつける。ギリギリ躱す2人だが、クッキーが割れたように簡単に砕けた地面を見てシキは1人ごちる

 

「なんて馬鹿力…!!」

 

次の一撃を与えようと予備動作に入るメル・ゼナだが、背後から幾つもの火を噴く弾が当たる感覚に、後ろを向く

 

「貫通火炎弾で罅が入る程度かよ…!一応2番目に効く弱点属性だぞこれ!」

 

視線の先にはテッカは苦虫を噛み潰したような顔で貫通火炎弾を装填していく。不粋な傷をつけた不届き者に怒りをぶつけるよう飛びかかるが、股下をスライディングで滑っていくことで回避して、すれ違いざまに何発か貫通火炎弾を撃ち込む

 

『グルルルルルゥ!!』

「お前ら逃げるぞ!!閃光玉は!?」

「あります!今すぐに…!」

『キュルオォォォォォンッ!!』

 

フィオレーネが閃光玉を取り出そうと目を離した時だった。メル・ゼナから飛び出した無数のキュリアがフィオレーネに襲い掛かる

 

「はっ!?」

 

アイテムポーチに手を突っ込んでいたフィオレーネは防御も回避も出来ず、ヒルのような口がフィオレーネの柔肌に咬み付いたかに見えた

 

しかし、テッカがボウガンのシールドでフィオレーネを守る。直進したキュリアはシールドに激突して落下していくが、別の角度からやってきたキュリアがテッカの首元にやってくる

 

「させん!」

 

これをフィオレーネが片手剣の盾だけで防ぐ。しかし、また別に角度からやってきたキュリアが、今度こそフィオレーネに咬み付こうとする。それをシキが咄嗟に庇った為、キュリアはシキの体に牙を突き立てる…はずだったが、そうはならなかった

 

「ぐっ…!?」

「王子!?」

 

テッカが腕で、結果としてシキを庇ったからだ

 

「いっ…てぇなぁ!」

 

咬み付いたキュリアを掴み、地面に叩き落とす。その程度では死ななかったキュリアは他のキュリアと共に爵銀龍の元に戻っていき、3人の人間を睥睨をする

 

そしてメル・ゼナは一声叫ぶと、赤い月夜の空に消えていった…

 

「いなくなった……」

「──王子っ!!大丈夫ですか!?」

 

フィオレーネの焦る叫びに振り返ると、キュリアに唯一咬まれたテッカが脂汗を流して蹲っていた

 

「師匠!?」

「先ほどキュリアに咬まれたからか…!?王子、しっかりしてください!!王子!!」

「う……おっ、お…」

「無理に喋らないでください!今急いで運びますから!」

 

フィオレーネの提案に首を振るテッカ。そして、絞り出すように彼は声を出した──

 

 

「……おなか……いたい……!」

「「………は?」」

 

 

あまりにトンチキな発言に、シキとフィオレーネは宇宙猫みたいな顔になる

 

「たぶん…さっきルナガロンのまえでくったなまにくが、あたったんだとおもっ、ぐおおおっ!?」

「こ…このバカ!!バカ王子!!アンタ何ややこしい事してんだよホントに!?」

「や、やばいっ!これはマジでやばいっ!おれちょっとそこのしげみでだしてくるから、ふたりともみみふさいでてぇ…!」

 

そう言って移動しようとするが、少し歩き出したあたりで電撃でも当たったかのように硬直する

 

「シキ…ちょっとだけたすけて…」

「…本気で言ってるんですか?」

「ししょうがもらしてもいいのかー!?はやくしろっ!まにあわなくなってもしらんぞ───っ!!」

 

脚をケルビの如くガタガタ震わせながらそう脅す師の姿に、シキの目は氷点下よりも冷たくなった

 

なんだこの、みっともない姿は……

王子(師匠)の姿か?これが…

腹を下し、体を震わせ、縮こませ、弟子を脅す醜さ

 

 

生 き 恥

 

 

弟子は虚無の表情で師匠を茂みに連れていき、フィオレーネに耳を塞ぐジェスチャーをしてから、その数秒後

 

 

あああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!(ブリブリブリブリュリュリュリュリュリュ!!!!!!ブツチチブブブチチチチブリリイリブブブブゥゥゥゥッッッ!!!!!!!)

 

 

美しい月夜の静寂を、汚い排泄音と情けない悲鳴が切り裂いたのであった

 

お労しや、兄上



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13話

訳あってルナガロンのクエストは中断した

 

クエスト後に最大のトラブル(メル・ゼナ襲撃の事である。本当だよ?)が襲ってきたがなんとか退けると、ギルドと王国にその内容を報告、エルガドに帰還したのだった

 

メル・ゼナに襲われはしたものの、フィオレーネがキュリアに咬まれなかったのは幸いだった。ただし代わりに俺が咬まれて……あと、弟子(シキ)からの視線が物凄く侮蔑し切ったものになった。事ある毎に「クソ王子」と呼ぶ反抗的な弟子に心が折れそうだ。今度王都にある高い菓子でもお詫びに持っていこう

 

まあ、キュリアの毒に関しては大丈夫だ。タドリにはバハリを通してのツテがあるし、ゲームではセレクトクエスト(ストーリーを進める為の特定のクエスト)を幾つかクリアした後にフィオレーネは倒れる…現実はゲームと違って、本来数日は掛けてクエストの準備と達成をするから、倒れたとしても相当先の話だ

 

それに実は、こういった時に備えてキュリアの毒に対抗する薬の素材…“エスピナス”の毒液は既に手に入れて保管してある。…ぶっちゃけて言うが、俺はエスピナスを狩るのが苦手だ。それこそもう1度狩りに行けと言われたら、氷霊エルサルカを持ち出そうとする程度には

 

遥か太古の昔、“樹海”でエスピナスの先祖にあたるモンスターは“鋼龍クシャルダオラ”と縄張り争いを行い、なんとその戦いを征しているのだ。実際に戦ったからこそ分かる。あいつを完全に殺し切るにはそれこそ傀異克服した古龍クラスでなければ不可能だ。それほど異常な硬さとタフさを兼ね備えたモンスターなのだ。ハッキリ言ってイビルジョーやラージャンよりずっと厄介だ

 

とにかく、先の事に備えて早い内にエスピナスの毒液を取り出して分かりやすい場所に置いておこう。タドリのことだ、それだけでも事態を早く収束出来……

 

 

 

あれ 視界が 揺れ あたま まわら

 

 

 

「お兄様?」

 

クエストボードの前にいた兄が急に片手で頭を押さえて揺れる。その横顔はどこか悪いように見える

 

「なん で どく こんな はや」

 

心なしか青ざめている兄が聞き取れない音量でボソボソと呟く。苦痛に歪んだ顔でこちらを向いたことで、ようやくチッチェは兄の様子が(普段とは違う風に)おかしい事に気づく

 

「お兄様、顔色が悪いですよ?どこか具合が…」

「ち ちぇ たど え す──」

 

小さな声で最後まで言い切る前に、テッカの言葉は途切れ…

 

ドサリ!

 

「キャアアアア!!?お兄様!?」

 

王国の姫の悲鳴が、エルガド中に響き渡った

 

あんなに頼もしい、あんなに強い兄がいきなり倒れるという今までにない異常事態に、チッチェは横たわっている兄に近づいて呼び掛ける

 

「お兄様、しっかりしてください!!お兄様!!」

「姫!!一体何事で…王子!?」

 

その悲鳴を聞いて駆けつけたガレアス提督やフィオレーネ達がチッチェの元に集うが、そこで明らかに顔色の悪いテッカ王子が倒れている姿を見た事で、さらに混乱が広がる

 

「チッチェ姫!テッカ王子の身に一体何が!?」

「わ、わかりません!お兄様が具合を悪そうにしていたと思ったら、急に倒れ出して…!」

「お兄ちゃん、大丈夫!?ねえ、お兄ちゃん!!」

 

茶屋にいたヨモギもテッカが倒れていることに気づき、縋り付くように彼の体を揺する

 

野次がテッカを取り囲むように集まっていく中、ガレアス提督は一喝して近くの騎士に指示する

 

「今すぐ王子を医務室に運べ!!バハリ、医療班と共に王子の容態を確認せよ!!」

「了解!!」

 

いつも飄々とした態度のバハリも、友が倒れたとあっては普段のマイペースさもなりを潜めて、即座に注射などの器具を抱えて医務室に向かう

 

そして、そんな騒動に最後にやってきたのは…自室でクエストの疲れを癒していたカムラの英雄だった

 

「師匠………?」

 

担架に乗せられ運ばれていくテッカの姿を、信じられないものを見る目で唖然と眺めるシキ

 

日常(テッカ)が崩れ落ちていく有り様に、誰もが困惑を隠すことが出来なかった……

 

 

 

騎士団指揮所の作戦会議所にて、ガレアス提督、フィオレーネ、バハリ、アルロー教官含めた大勢の騎士、そしてシキが集まっていた。誰もが沈痛な面持ちを浮かべ、重力が何倍にも増えたかのようにそこの雰囲気は重々しかった

 

「…バハリ、王子の容態は?」

「…正直に言わせてもらうけど、結構やばい。テッカの体の症状は、50年前に王国中で蔓延した疫病と全く同じものだった。違うのは、疫病の治療薬の効果が全くないところ…今は治療用の点滴(昔、王子が開発させた物)のおかげで容態の悪化は防げてるけど…このまま放置していたら、本気で彼は死にかねない」

 

ドン!

 

全員がその音の原因を見る。フィオレーネだ。握り拳を机に叩きつけ、唇を噛みながら自分の無力さに震えている

 

「フィオレーネ……」

「…おそらく、キュリアだ」

「何…?」

 

その呟きの意図を、ガレアスは即座に察する

 

「…メル・ゼナに奇襲を受けた件か」

「そうです。あの時、我々の中で王子は唯一キュリアに咬まれていました。かつて王国中に蔓延した疫病が、エルガドの中で王子1人だけに発病するのはどう考えてもおかしい。タイミングから考えて、キュリアに咬まれたのが原因だと考えられます」

「確かにキュリアには未知の毒が確認されているが…もしそうだとしたら、50年前の疫病もキュリアが原因だと言うことになるな…」

「そこが分からないのです。キュリアは近年確認されたわけで、50年前には影も形もなかったはず。何故…?」

「…単に見えてなかっただけ、って言うのは?」

 

バハリは疑問を解き明かすように答える

 

「どういう意味だ?」

「俺達の肉眼では確認出来ないくらい…それこそ虫よりずっと小さい生物だったなら、当時キュリアが確認されていなくても変じゃない。そして、50年の歳月をかけて、ようやく目で見えるほどの大きさになったとすれば」

「…今まで確認出来なかった説明もつく、か…」

 

しかし、今それが分かったところで問題の解決にはならない。重要なのは一点

 

「バハリ、このまま放置していればと言ったな…?つまりそれは、お前には王子を治す心当たりがあるのではないか?」

「…あるとも。フィオレーネ、6年前、王子の治療の手助けをしてくれたタドリを覚えてるかい?」

「…! なるほど…あの者は優秀な薬師だったな…」

「あの、すみません。誰ですか?“タドリ”って…」

 

そこで唯一、6年前に起きた王国の一大事を知らないシキがおずおずと手を上げる

 

「各地で名を知られているほどの竜人族の医者だ。6年前、王子が右目を失う怪我を負った際、その治療に一役買ってくれたのだ」

「ついでに言えば、今テッカの体を蝕んでいる疫病が王国内で流行った時も、すぐに薬を調合して多くの人を救ったこともある。スゴウデというやつさ、所謂」

「その人なら、師匠の体を治すことが出来るんですね!?」

「ああ…ただ、問題があってね」

 

難しそうな顔でバハリが言う

 

「彼、薬の材料を調達する為に1人で旅に出ているから、見つかるのに多少の時間がかかると思うんだ」

「そんな…!?」

「シキ殿、焦るな。王子の一大事なのだ、王国中の騎士を総動員して、必ずタドリ殿を探し出してみせる」

「フィオレーネ…」

「だから、その間に貴殿は力を蓄えていてくれ。古龍の眷属の毒なのだ、薬の材料にモンスターの素材が必要になる可能性も十分有り得る…だから、ここは我々に任せてくれ」

 

フィオレーネから強い意志を感じる。彼女だって不安なはずなのに、責任に押し潰されそうなはずなのに、それでも自分の務めを果たそうを心を奮い立たせているのだとシキには理解出来た

 

だからシキも強く頷いてみせた。その返事を見たフィオレーネも微笑んで頷いてみせる

 

「…よし。ではシキ殿はクエストの達成を、バハリはキュリアの毒の解析を、フィオレーネ達王国騎士はタドリ殿の捜索を行うことだ」

 

ガレアスが目を閉じて脳裏に思い浮かべるのは、爵銀龍に跨がり、全てを凍てつかせる災厄と対峙する幼い王子の姿…

 

「…我々は何度も…何度も何度も、本来我々が守るべき、王族であるあの御方の勇気と慈悲深さに助けられ、救われてきた。今度は我々が、命を懸けてあの御方を救う番だっ!!」

 

周囲にいる全員の顔を見渡す。その全ての表情に、決意と覚悟があった

 

「誰1人も欠けるな、王子は犠牲の上で助かることを望まない!!命を懸けて任務にあたり、そして…

 

 

『生きることから、逃げるな!』」

『『『はっ!!』』』

 

 

騎士達の心がひとつとなる中、カムラの英雄は、今は何もしてやれない事にもどかしさを覚えながらも、苦しみと戦っている師に誓う

 

「師匠…まだ貴方には昨日の事を謝ってもらってないし…それに今までの恩を返しきれてないし、まだまだ貴方を超えてもいないんだ」

 

 

「必ず助けます…だから、生きてください…!!」



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14話

シキは、ただただ狩りに勤しんだ

 

ランクが上がったこともあり、タマミツネ、ディアブロス、リオレウスなど強力なマスターランクのモンスターを次々と捕獲していった

 

装備作製も順調だ。武器はハンター就任祝いに師匠から授かった“鉄刀Ⅰ”を順当に強化した愛刀“夜刀【尖影】改”、防具は『レウスX』シリーズを中心に『ウツシ裏【御面】真』や『ホークグラブ』などを組み合わせていく

 

防具ごとによって得られる力(テッカはスキルとよく呼んでいた)は使う武器ごとに選別する事で、よりスムーズに狩りを行えるようになると師匠は言っていたが、本当にそれをよく実感出来る。特に“翔蟲使い”や“納刀術”は、教わった太刀の戦い方に必須なほど強い影響を及ぼす

 

多くのハンターは1種類の防具シリーズを着込む事が殆どだ。装備がバラバラのハンターだって、その理由は装備一式の素材を集め切れるほどの実力がないからだ。無論、それが悪いわけではない。強いて言うならば比べる対象が悪い

 

何故なら、テッカと同じ考えに到れるレベルのハンターは、それこそ歴史に名を大きく残すような…人々から「英雄」と崇めたてられる、上澄み中も上澄みの実力者のみなのだから

 

しかし、そんな領域に1歩踏み入れているシキでも苦戦するようなモンスターも当然存在する

 

例えば、タドリ発見の報告を聞き、しかし発見場所の“密林”近辺で見つけた“電竜ライゼクス”。このモンスターは火竜並みの飛行能力を持ちながら火竜以上に縄張り意識が強く、非常に獰猛な性格をしている。さらに体に強烈な電撃を蓄積していく能力があり、とりわけ「電荷状態」になってしまえば、元からある苛烈さは手がつけられないものになる

 

他には“千刃竜セルレギオス”。昔は樹海の奥地にしか生息しないため目撃例が少なかったが、ある事件をキッカケに生息域が拡大に広がったモンスターだ。こちらもリオレウスと同等の飛行が出来て、相手をその強靭な脚力で蹴り砕き、鋭利な『閃裂爪』で切り裂く。何より全身の『刃鱗』を逆立たせる事で、セルレギオスそのものが激しく動き回る凶器に変貌するのだからたまったものではない。鱗を飛ばすことで遠距離にも対応出来る

 

どのモンスターも初めて戦うこともあり手強かったが、フィオレーネの助力もあり、なんとかこれらのクエストもクリアする事が出来たのだった

 

そして、“オロミドロ亜種”を捕獲した翌日……

 

「…材料がない?」

 

フィオレーネの疑問に、和装に薬草などが詰まった籠を背負う、眼鏡をかけた知的な雰囲気の竜人族“タドリ”が答える

 

「ええ…バハリ達がキュリアの毒のデータを、事前に事細かに調べていてくれたおかげで、想像以上に早く薬の案は完成しました」

「ま、まだ3日も経ってないのに…」

「流石だな、タドリ殿。しかし、その話をわざわざ私とシキ殿を呼んで話すということは…」

「お察しの通り、その材料ってのはモンスターの素材だよ」

 

バハリが繋げるように言うと、タドリが固い面持ちでその名を口にする

 

「その必要な素材というのが…“棘竜(いばらりゅう)エスピナス”の毒です」

「何…!?エスピナスだとっ!」

 

驚愕するフィオレーネの様子に、「最近知らないモンスターの名前ばかり聞くなぁ」とちょっと呑気なことを考えていたシキが質問する

 

「そのエスピナスって…?」

「…樹海や密林みたいな草木の生い茂った場所を根城とする飛竜種だよ。“棘竜”の名の通り、全身の至る所に棘があって、しかもそこから危険な毒も滲み出ている」

「別名『禁忌の邪毒』…しかしその毒を使えば、キュリアの厄介な毒を中和する事が可能なのです」

「だが、あのエスピナスを狩れというのか…」

 

苦虫を噛み潰したような顔をする彼女の顔に、シキは思わず口にする

 

「強いのか?」

「強いのもそうだが、生命力が異様に高くタフなのだ。おまけに異常に硬い。かつて王子は1人でエスピナスを狩りに行った事があるのだが…あまりに凶暴でキャンプに逃げることも出来なかったらしく、三日三晩戦い続けてようやく討伐し切れたらしい」

「みっ!?」

 

テッカの狩りに関わる才能は、多くのハンターを見てきたギルドの人間からしても稀代の才能と言われるほどのものだ。その彼が、まだ子供だったとはいえ三日三晩戦い続けてようやく殺し切れるなど、まるで古龍に匹敵する生命力を持ったモンスターじゃないかとシキは思った

 

(思えば……王子がモンスターを討伐ではなく捕獲することに拘るようになったのは、エスピナスを狩った後の、次のクエストを終えてからの事だったな…)

 

懐かしい思い出にふけるフィオレーネだが、思考を一旦切り替えてタドリに言った

 

「とにかく、そのエスピナスを狩れば良いのだな?」

「はい、その毒さえあれば、すぐに薬を調合して王子の体内にある毒を解毒出来ます」

「そうか…分かった。今すぐに狩りに行こう」

「密林で目撃報告があったので、そのクエストが発注されてるはずです。くれぐれもお気を付けて」

 

 

 

サンサンと太陽光が降り注ぐ、海に囲まれた小島のジャングル“密林”

 

そこのキャンプでは、装備の点検を終え、アイテムの確認をしつつ今回の狩猟対象の話をするシキとフィオレーネの姿があった

 

「──ハァ!?麻痺も使ってくるのか!?」

「正確には、奴が放つ火球に当たるとそうなるらしい。エスピナスは棘から出血毒を出すが、体内には筋肉を痙攣させる麻痺毒もあると言っていた。2つの混ざりあった毒の塊を燃焼させて吐き出すのが火球の正体ということだ。だから火球が着弾した後に残っている燃焼跡にも近づかない方がいい。きっとガスが残っているはずだからな」

「火と毒と麻痺に加えてガス、しかもめちゃくちゃ硬くてタフ…そんなモンスターに勝てるのか…?」

 

古龍でもないというのにあまりに多彩な能力の数々にしり込みするシキだが、見下すわけでも見損なうわけでもなく、フィオレーネは淡々を答える

 

「恐ろしいならばやらなくても構わない。王子でさえ3日も掛けて倒したのだ、最悪死んでもおかしくないだろう」

「別にそういうわけじゃ…」

「……しかし、私は行くぞ。一刻も早くエスピナスの毒を手に入れて、王子を助け出さねばならない。死ぬつもりはない…必ず生きて帰って、王子を救わねば…!!」

 

それを見たシキは目を静かに閉じ…そして開かれた瞳には、さっきまであった怯えがなかった。『百竜夜行』という災厄を収束させた英雄“猛き焔”としてのシキが現れる

 

「…そうだね…俺達がやらないと、師匠が危ない。それに、1人で戦うより、2人で戦った方がずっと勝算がある。…頑張ろう、フィオレーネ!!」

「…ああ!頼りにしているぞ、“猛き焔”!!」

 

大きな荷物を手に、キャンプから出発した2人が行先には、曇天の空が広がっていた

 

 

 

ジャングルの鬱蒼とした雰囲気と湿気に鬱陶しさを感じながらシキとフィオレーネは、洞窟のある場所に辿り着く。中を静かに覗き込んで、フィオレーネは振り向いて小さく頷く

 

「居たぞ…見ろ、エスピナスだ」

「あれが“エスピナス”……」

 

木の枝を大量に積み重ねて出来た巣の上で、巨大なモンスターが丸まって寝ていた

 

バハリ達の説明通り、赤紫の棘を全身に生やした姿。濃緑の甲殻には野生のモンスターにありがちな傷や罅が大小問わず見つからず、棘竜自体の大きさも相まって非常に分厚く感じて、見た目は全然違うがまるでカムラの里にあるカラクリ蛙に命が宿ったみたいだとシキは思った。

 

「寝ているな」

「棘竜はその硬さ故に危機感が薄く、本気で怒らない限りはずっとああらしい」

「野生生物とは思えない呑気さだね…」

「それほど奴の実力が高いということだろう…手筈通りに行くぞ」

「うん」

 

2人は自分達で1つずつ、そしてガルクに1つずつ持たせていた大きな物体…“大タル爆弾G”を手にグースカ寝ているエスピナスに近づく

 

時折首を動かしてカンタロスなどを寝ながら追い払ってる様子を見て、近過ぎるのは危険だと頭からギリギリ離れた位置に爆弾を全部置く

 

「起爆するぞ?」

「ああ」

 

そして、十分に距離を取ってから爆発させるべく手投げクナイを投げようとし……

 

「ッ! 伏せろ!!」

「うわっ!?」

 

突如、フィオレーネがシキを巻き込む形で大地に倒れ込んだ

 

その直後!巨大な影が刃物のようなものをギラつかせて2人の頭上を通過した。もしフィオレーネが庇わなければ、シキはその質量で頚椎をへし折られて死んでいただろう

 

2人は即座に起き上がり、そして影の正体を見る

 

『グルォォォォォ!!』

「ナルガクルガ!?」

「しまった!ここは本来(迅竜)のテリトリーなのか!」

 

エスピナスはその図太さ故に平気で他のモンスターのテリトリーを侵す。本来ならばここで苛烈な縄張り争いが起こるものだが、あまりにも硬過ぎる上、軽く振るう力だけでも並のモンスターを凌駕して、だと言うのに激昂するまではまるで攻撃してこないエスピナス

 

その姿に殆どのモンスターは縄張りを諦めるか、極力エスピナスに接触しないようになる。まさしく不可触(アンタッチャブル)、禁忌の邪毒と呼ばれるだけのことはあるモンスターなのだ

 

『グルルゥォォォォォッ!!』

 

咆哮と共にナルガクルガが高らかに尾を上げ、鞭のように振り下ろそうとする。当たる対象はシキとフィオレーネと…その近くにある大タル爆弾Gが4つ

 

「不味い!離れろおぉぉぉっ!」

「うおおおおおっ!?」

 

2人が飛び離れた直後、風を切る音を鳴らしながら迅竜の靭尾が叩きつけられ──

 

ドグォォォォン!!

 

空洞を大きく揺るがす大爆発が起きた

 

「ぐうぅ…!…ハッ!無事か、シキ殿!?」

「な、なんとか…」

 

どうやら爆風のダメージは受けなかったらしいシキとフィオレーネ。2人は起き上がって臨戦態勢に入ると、タルGの大爆音で怒り状態になったナルガクルガが赤い残光を残して飛び掛ってくる

 

『グルルルルル!』

 

こうなっては仕方がないとシキは割り切り、この爆発で大ダメージを負ったであろうエスピナスと縄張り争いをさせて操竜しようと考え

 

その時、土煙の中から大きな影が揺らめく

 

「何!?」

 

フィオレーネが驚きの声を上げた…その直後、煙幕を掻き分けて深紅の角がナルガクルガに突き刺さる

 

『キュィィ!?』

 

甲高い悲鳴が上がる。その状態を作った下手人は止まることなく加速し、迅竜の体を真っ赤な剛角で串刺しにする。さらに背後の壁面まで押し出して…

 

ドゴオオオンッ!

 

壁と自身の体でナルガクルガを挟み潰したのだった

 

『キュイイィィ…ィィィ……』

 

体の風穴、骨折、内臓破裂、凶悪な猛毒が一気に襲い掛かってきたことにより、密林の暗殺者はその生涯を呆気なく終えた

 

「ナ、ナルガクルガを一撃で…!?」

 

シキにとっても馴染み深く、最も戦ったであろうモンスター。その実力を知っているからこそ、実際にこの目で見た光景だとしても信じられないものがあり…

 

 

『キィィィィイインッ!!』

 

 

そして英雄のそんな動揺もお構いなしに、棘竜は翼を広げて己を大きく見せ、超音波のように高い咆哮を上げたのだった



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15話

先制攻撃をしたのはエスピナスだ。その巨体を大きく斜めに傾けて、全身の棘を地面に擦り付けるようにシキを押し潰そうと前進する

 

「わっ!」

 

咄嗟に後ろに飛んで回避するも、今度は反対方向に体を傾けて逃げるハンターを追撃する

 

「やば!」

 

これは躱しきれないと判断したシキは、居合の構えを取って練気を溜める。そしてエスピナスの体と接触した瞬間、翔蟲の糸が衝撃を受け流し、カウンターを一太刀“棘竜”に入れた

 

だが

 

ギィン!

 

()った!?」

 

全く切れた手応えがなかったのだ。切りつけた箇所にはかすり傷しかついてない

 

“夜刀【尖影】改”はナルガクルガの素材を使った太刀。攻撃力は中の下だが、その斬れ味の良さ(と説明は出来ないが会心率の高さ)は師であるテッカが太鼓判を押すレベルだ。実際最良の斬れ味を維持すれば、“バサルモス”の硬い岩の甲殻すらも辛うじてだが切り裂ける

 

その斬れ味をもってしても食い込みすらしない鱗や甲殻。なるほど、フィオレーネが爆弾による先制攻撃を提案するのも納得の硬さだった

 

「でもどうすればいいんだよ!?」

 

爆弾で確実にダメージを与え、怒らせることで血管が浮き上がり全身が軟化する。その隙に攻撃してエスピナスを倒すという作戦だったのに、初期段階で失敗しちゃ何の意味もないじゃん!とシキは思わざるを得なかった

 

近くでウロチョロする羽虫を振り払うように、尻尾を振り回してシキを追い払おうとするエスピナス。巨体故に隙間も多くしゃがんで回避出来たが、その場で飛び上がってから全身を使ったプレスは大きさもあり、後転する事で避けられた

 

『キュィゥゥゥ!』

 

すると今度は距離を取ったハンターに向かって火球を吐き出す。単純な動作だったから簡単に避けられたが、着弾地点の草木が燃え尽きるより先に枯れていく光景に、シキはしかめっ面をする

 

(動きはリオレイアやディアブロスに似ているっ!速さも今のところ緩慢だから辛くはないけど、これ以上の動きと三日三晩…!)

 

考えただけでゾッとする。ハンターでもそんな長時間は休みなしに戦えない、絶対にどこかで集中が途切れて死ぬ自信があった。それなのに今の自分よりずっと子供の時にこんなモンスターを倒すとか、小さい頃からあの人(師匠)はモンスターだったのかとわりと失礼なことを考える

 

しかし、師が狩った当時とは年齢も、人数も、武具も、情報も、環境も何もかもが違う

 

「シキ殿!離れろっ!!」

 

騎士の言葉を聞いて一時前線から離れる英雄。彼を追おうと棘竜が動く中、翔蟲を使って上を取ったフィオレーネが手に持った巨大な物をエスピナスに投げつける

 

ドオォォォォン!!

 

それは大タル爆弾Gだった。突如背中に襲った衝撃にエスピナスは鳴き叫び、怯んでいるタイミングを狙って太刀を勢いよく脚に振り下ろす

 

ザリ!

 

「ッ! 脚だ!!脚なら今でもギリギリ切れる!!」

「脚か、分かったっ!」

 

鱗が1枚2枚裂けた程度だが、それでもかすり傷しか付けれない他の部位に比べれば遥かに攻撃が通りやすい

 

そうと分かればと2人は脚に密着し、互いに切り合わぬよう気をつけながらエスピナスの外殻を一つ一つ削り落としていく。そして…

 

ザム! ブシィ!

 

「血…!?き、切れた…切れたぞ!!」

「ようやくダメージが」

 

入ったか、と言おうとしたところで、眼前の深緑の甲殻に赤みが帯び出した事にフィオレーネは気づく。いや、眼前のみではない。胴体、翼、尾、頭部、全てに赤い色が…血管が浮き上がったことよる血色(ちいろ)が、(いばら)のような緑を鮮やかに染め上げていく

 

それが意味することは何か?

 

 

『キィィィィイインッ!!』

 

 

──棘竜が完全に怒り狂い、2人を自分の命を脅かす外敵だという判断を下したことに他ならなかった

 

凄まじい肺活量から放たれた轟音は容易く2人を吹き飛ばした。まるでティガレックスのようだと受け身を取りながらシキは考えるが、前を向けばもう既にエスピナスが角竜以上のスピードで土煙を上げながら突進していた

 

(強……!

速…

避……!

無理!!

 

受け流す

無事で!?
出来る!?)

 

 

 

 

己の死を覚悟したシキ

 

しかし寸前で翔蟲を使った加速でフィオレーネが飛び出し、連れ去らう形でシキを引っ張ってギリギリ突進から救った

 

「ハッ、ハッ、ハッ…!た、助かった、フィオ」

「油断するな!!」

 

!?

 

「まだ来るぞ!!」

 

そう、エスピナスの攻撃はまだ終わっていない。かの飛竜はあれ程の速度で走っていながら屈強な足腰で即座に止まって反転し、再び猛スピードで迫ってきたのだ

 

「うわああああああ!!」

「くうううう!!」

 

左右に別れて飛び込んで、これまたギリギリで回避する2人。だが走って行った方向を見てみれば、既にエスピナスは反転を終えてこちらに向かってきているではないか

 

「また!?」

 

この世界の住人には分からぬ例えだが、まるでダンプカーが物理法則を無視して何度もこちらの方を向き、最高速度で突っ込んでくるかのような理不尽かつ恐怖を煽る光景だった

 

三度(みたび)攻撃を避け切るものの、エスピナスはとっくにターンを終えてさらに加速していく

 

「このままでは埒が明かない!一旦シビレ罠で動きを止めよう!」

「分かった!」

 

流石、歴戦のハンターとしての実力があるわけか、シキの判断は早かった。即座にフィオレーネと合流してシビレ罠のスイッチを入れると、それを突進の直線上に置き、2人はエスピナスが倒れ込むであろう場所に予め移動する

 

そして、エスピナスは凄まじい速度を維持したままシビレ罠を踏みつけ…瞬間襲ってきた痺れに棘竜は硬直し、前方向に勢いよく滑り込んでそのまま痙攣する

 

シビレ罠を食らったモンスターは筋肉の痙攣によりその場で立ったまま硬直するが、何事にも例外はある。轟竜や角竜のように自分でもコントロール出来ない勢いで走った時にシビレ罠を食らえば、硬直したままその勢いで前のめりに倒れ込む。急に転けるため受け身も取れず、固い地面ならば追加でダメージを負う事さえある

 

その現象がディアブロス以上に速く、そして怒り状態で血管が浮き出ているエスピナスに起きればどうなるか

 

『キュィゥゥゥ!?』

 

体が痺れたまま地面に滑り込み、さらに強い摩擦で甲殻の表面を擦られた事で血管が傷つき、棘竜は予想以上のダメージと出血を負うのだった。しかもまだシビレ罠の効果が残っており、倒れた姿勢で苦しそうに呻いている

 

「畳み掛けろ!!」

「ハァァァ!!」

 

そんなチャンスを逃す狩人と騎士ではなく、切れるようになった厚鱗や重殻を次々と切りつけて剥ぎ取っていく

 

しかし、天然の重装甲はあまりにも厚く、かなりの量の鱗や甲殻が落ちたというのに肉の一欠片も顔を出さない

 

「厚過ぎる!!」

「ッ! 離れろ、エスピナスが動き出すぞ!」

 

その叫びを聞いて2人は一斉に距離を取る。直後、その場でのたうち回るように暴れ狂うエスピナス

 

質量による一撃の重さもそうだが、少量皮膚吸収しただけで血液の成分や血管を破壊する毒の棘が全身に生えている為、ただ適当に暴れるだけでもハンターにとっては脅威なのだ

 

「クソッ!!」

「焦るな!こちらの攻撃は通るようになったのだ、攻撃し続けていれば必ず消耗する!」

「それって何時だよ!?」

「分からん!分からんがやるしかない!」

 

それからも、激しい戦闘が密林の中で続いた

 

必死に攻撃が直撃しないようガルクとも連携して立ち回り、たまに被弾してしまった時は相方がフォローし、その間に回復薬グレートや解毒薬を飲んで立て直し、戦闘に参加する。時には野良のモンスターを操竜し、有利な状況を作ったりもした

 

最初の方こそ危なげなく狩猟を行えていた

 

しかし、30分経ったところから始まり、次第に1時間、2時間、3時間……空が曇り、雨が降り出し、日が暮れ始めた頃には、既に約6時間以上もの時間が経過していた…

 

 

 

「ゼェ…!ゼェ…!ゼェ…!」

「ハァ…!ハァ…!ハァ…!」

 

シキとフィオレーネは、まさに満身創痍といった状態だった。全身に擦り傷を作り、砂と土と泥に塗れ、雨に濡れ、防具は一部が欠損している。肩で大きく息をする2人の顔色は明らかに悪く、疲労による消耗が色濃く顔に表れていた

 

有数の実力者である2人がこの様ならば、その2人を同時に相手取っていたエスピナスは、一体どんな状態なのか?

 

『キィィィィイインッ!!』

 

()()()()()()()()()()()()()

 

正確に言えば、エスピナスも消耗“は”している。翼は爪も膜もボロボロで、尻尾は半ばから断ち切れており、鼻先の角もへし折られていた

 

だがそんな消耗も感じさせないほど、棘竜はまだまだ動き回る。そしてハンターと騎士の動きの精彩さが明らかに欠けていることを考えれば、どちらが優勢なのかは一目瞭然だ

 

(なんで…なんでまだ動くんだ…!?7、いや、8回は操竜したんだぞ!?あれだけ攻撃を食らえば普通死んだっておかしくないのに…なんでコイツ(エスピナス)は疲労してる気配すら見せないんだ!?)

 

ダメージは与えている。消耗もしている

 

しかし、全く追い詰めている気がしなかった。むしろ、逆に自分達が追い詰められている事実に恐怖すらしていた

 

(勝てない、負ける、いや、死ぬ…死ぬ…?俺が…死──)

「──キ殿………シキ殿!!気をしっかり持て!」

 

思考の海から無理やり引きずり出されるシキ。そして目の前から飛んでくるオレンジ色の熱

 

「ッ!」

 

叫ぶ余裕もないほど死に物狂いで火球を回避する。エスピナスはそれで満足せず、軽く飛び上がってガトリング砲のように火球で大地を焼く

 

焦熱地帯からいち早く逃れるシキとフィオレーネ。しかし、シキは突然訪れた眩暈に倒れ込み、早く起き上がろうとするも吐き気をするほどの気持ち悪さに失敗する

 

(しまっ…ガスを…!)

『キィィィイ!!』

 

隙を見せた獲物に、無情にも棘竜はぬかるんだ地面に強い足跡を残す踏み込みでシキに突撃する

 

(死──)

 

 

ドン!

 

(え──?)

 

しかし、彼の体に伝わったのは体を粉砕する衝撃ではなく、自分を押し出そうとする感覚であり

 

「フィオ──」

 

そして、シキの目に映ったのは

 

 

ドカンッ!!

 

 

盾ごと胸当てを粉砕され、棘竜にはね飛ばされるフィオレーネの姿だった



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16話

「あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”っ!!!」

 

冷たい雨も蒸発させそうな怒りの咆哮が轟く

 

直撃だけは避けていたようだが、それでも粉々に砕けた盾と胸当て、そして口の端から血を流すフィオレーネの姿を見れば、どれだけその一撃が彼女にとって重かったのかは嫌でも想像が出来た

 

「お前っ!!お前っ!!お前えええええっ!!」

 

視界が真っ赤に染まっていくのが自覚出来る。まさに怒髪天を衝くといった様相のシキは、体の底から湧き上がるパワーに身を任せて跳び、唐竹割りを棘竜の頭部に叩き込む

 

『キュィゥゥゥ!?』

「オラァアアアアアッ!!」

 

喉が裂けんばかりに絶叫し、桜花鉄蟲気刃斬でエスピナスを切り刻む。今、最も肉質が柔らかくなってるエスピナスは全身から迸る痛みに悲鳴を上げる。そして今のシキと同じように憤怒を力に変換して、それを目の前の人間にぶつける

 

『キィィィィイインッ!!』

(殺す…!殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す!!)

 

殺意の高まりがピークに達し、シキが完全に冷静さを失おうとしたその時だった

 

「殺ッ」

 

…横たわるフィオレーネを連れて行こうとする2匹のガルクと、担架を持ったアイルーの姿を見たのは

 

(────)

 

それだけで、冷たい雨でも冷やす事が出来なかった憎しみの熱が、一気に冷え込んだ。同時に、シキの脳裏に師の言葉が浮かぶ

 

 

『いいかシキ、何があっても考える力だけは捨てるな。俺達人がモンスターと戦えているのは、先人の知恵の積み重ねがあるからだ。頭で色々考えられるからだ。それが無ければ人間はとっくの昔に龍に滅ぼされている。例え親の仇を前にしようと、頭の冷静さだけは決して失うな──』

 

 

(ああ──そうだ。こんな大事なことを忘れてしまうなんて…俺はなんてバカ野郎なんだ。チッチェ姫がイビルジョーに襲われたところを見た時、師匠は怒り狂ったはずだ。耳にタコができるほど可愛さ自慢をしていた師匠がキレないわけがない)

 

だが、テッカは我を失わなかった。心が烈火の如く燃え上がっても、冷静さだけは残していた。それがどれだけ難しいことか、シキは今強く痛感していた

 

(凄いなぁあの人は……遠いなぁ)

 

実力ももちろんだが、何よりその心の在り方にはいつまでも追いつけそうになかった。進めば進むほど遠くなる師匠の背中に嫉妬してばかりだ

 

今ここで怒りに任せて暴れ狂えば、ガルクの背に乗せられたフィオレーネも巻き込んでしまうことになる。思考を捨てれば倒せるものも倒せない

 

(俺に出来ることはなんだ?やるべきことは?)

 

疲れ果てた体を無理やり動かし、水月の構えを取る。突っ込んでくるエスピナスに対して真正面からカウンターを狙うのではなく、サイドステップで被弾面積を極力減らしてから…最小限のダメージを水月の構えで迎え撃つ

 

(フィオレーネがここを離脱するまでにコイツ(エスピナス)を釘付けにする。イブシマキヒコの時もナルハタタヒメの時もそうだった。何も変わらない)

 

後ろに飛び上がりながら放たれる火と毒と麻痺のブレスを、翔蟲で即座に着弾地点から飛び上がってガスから逃れ、落下の勢いを利用した振り下ろしで切りつける

 

(命懸けで戦う…!)

 

『よく…無事に帰ってきた』

 

(だけど、必ず生きて帰るっ!!)

 

シキの体の動きが、見切りが、太刀捌きが、驚くスピードで洗練されていく。研ぎ澄まされながらもシンプルな動きはスナミナの消耗を大きく抑えていき、振り絞った力の最小限の分だけで戦えるようにしていく

 

そして被弾がなくなれば、心の中の余裕が生まれてくるのは必然

 

(あんなに恐ろしかったエスピナスが、あんなに怖かった棘竜が、全然脅威に感じない…そうか…!師匠がかつて言っていた「当たらなければどうということはない」ってのはこういう意味か…!無茶苦茶な言葉だと思っていたが、今なら分かる。どんなに恐ろしく強い攻撃も、1回も当たらないなら恐れる必要は何もない…こんなに簡単な事だったのか!)

 

シキは、その言葉がテッカが悪ふざけで吐いた言葉だと気づかず、この世の真理のように受け入れる

 

肉体の限界を超え動き続け、まるで機械のように、まるで未来が分かっているかのように行うその狩りは、王国の人間が見れば誰もが口を揃えて言うだろう

 

テッカ王子とそっくりだ、と

 

ヂッ!

 

「ッヅゥ!!」

 

しかし、それでも今のテッカと比べればまだまだ荒削りな面があり、判断も甘かった。テッカならば防ぎ切ろうとする広範囲攻撃で回避を選んでしまって攻撃を掠めてしまったり、逆に躱すべき場面を水月の構えや居合で受けてしまい、結果押し切られて無駄な消耗をしてしまう

 

時折棘から飛び散る毒液すらも掠らないテッカに対し、シキは『レウスXメイル』や『ホークグラブ』を毒と雨の混合液で滴らせ、毒液が触れた皮膚は小さく爛れている。蓄積した毒の症状がシキの体と意識を蝕み、ジワジワとエスピナスを有利にしていく

 

そして、無情にも神は竜に微笑む

 

『キュィィ!!』

 

至近距離で吐いた火球を避けた時だった。体を大きく揺らしたエスピナスの体から勢いよく毒が飛び散り…その内の一滴がシキの右目に掛かってしまった

 

「う”ぁ”あっ!?」

 

眼球の焼けるような痛みに思わず右手で押さえる

 

「がッ…!!」

 

僅かな隙、その一瞬の間に振るわれた靭尾が強かにシキの横腹を打ち付け、メキリと嫌な音を立てながらしめやかに吹き飛ばす

 

ドシャ!

 

雨でぬかるんだ地面の上に落ち、体と防具を泥で汚す。痛みに少し呻いていたが、すぐさま転がってその場から離れると、先程までシキが居た場所を棘竜が猛スピードで通過した

 

木々を次々とへし折り、壁面を砕いても止まらないエスピナス。絶体絶命の状況だ

 

(攻勢に出れない!どうやれば止まる!?クソ、こんな時に師匠がいたら…師匠が、助けて…)

 

そこまで考えて、シキは下らない妄想を断ち切った

 

(違うッ!!師匠が俺を助けに来てくれる!?違うだろ、寝ぼけるなっ!!()()()()()()()()()()!!その為にここに居るんだろうがシキ!!)

 

己を奮い立たせて思考を張り巡らせる

 

(どうすれば止まる!?どうすれば!?どうすれば、どうすれば、どうすれば──)

 

無理やり開いた右目に紫色に染まった景色が映る。必死に逃げ回りながら考えるシキの視界が、上空で蔦に絡まった岩の塊を捉えた

 

(これだっ!)

 

背後には止まることなく急速に接近してくる棘の化身が如き竜。最も太い蔦を投げつけたクナイで切断すると、重さに耐え切れなくなった他の蔦が千切れていき…岩が落下する。落下物の真下に迷うことなく走り、エスピナスも追従していく

 

「うおおおおおおおおっ!!」

 

そして岩がシキとエスピナスに直撃する…その直前に翔蟲を使って岩の落下範囲外まで逃れる

 

ドゴォォォン!

 

『キュィゥゥゥ!?』

 

岩が巨大な何かにぶつかって砕ける大きな音と、甲高い悲鳴が耳に伝わる。シキは振り返る前に“ 夜刀【尖影】改”を抜き、迷うことなく振り返った先にいるエスピナスに太刀を振るう

 

「俺は…!俺は…!俺は…!」

 

 

「俺は……死なないッ!!」

 

 

斬っ!と切り裂いた太い首元。動脈を切断したのか、切り口から夥しい量の紅が吹き出し、血の雨が英雄を濡らす

 

「うっ…」

 

ドサ!

 

膝をついてうつ伏せに倒れる。限界を超え続けたツケが一気に押し寄せ、おまけに毒血を浴びた事により指先1本動かすことすら億劫になるほどシキの意識は薄れていった。それでも目玉だけなんとか動かすと

 

『キュィィ…!キュィィ…!』

(うそ…だろ…?)

 

なんとエスピナスはまだ動いていた。流石に多量出血だった為かフラついてはいるが、それでも強靭な後ろ脚でしっかりと立っている姿に、シキは尊敬の念すら覚えた

 

(すご、い…なぁ…)

 

モンスターに敬意を抱くなどハンターとして異端なのだろう。しかし、それが悪いこととは思えない。何故ならこのモンスターもまた…この大自然の中で死ぬ気で足掻いている、1匹の生き物なのだから

 

大地が半分を占める視界の端に、電流と黄色い粉のようなものが飛び散るのが映る。同時に桃色の煙が、捕獲用麻酔玉の煙も見えた

 

クエストも、雨も、夜も、全てが終わったのだ

 

(フィ…オ…レ──)

 

キャンプに送られていた仲間の声と、巨体が崩れ落ちる音を聞きながら、シキの意識は闇の底に沈んだ

 

 

 

次にシキが目を覚ましたのは、アプトノスに引っ張られて揺れる荷車の中だった

 

傍には胴体と左腕に包帯を巻き、三角巾で左腕を吊り下げたフィオレーネもいた。どうやら肋を2、3本、左上腕の骨を折ったらしく、シキ自身も同じように肋をやったからか『レウスXメイル』を外した状態で包帯を胴に巻いていた。右目にも包帯が巻かれていたが、治療したハンターズギルドの医者曰く失明や後遺症の心配はないらしい

 

どちらかというと、重度の疲労による骨折寸前の骨が複数本見つかったり、極度の栄養失調状態になっていた体の方がヤバかったらしい。数年前に王国で開発されたという点滴という医療道具がなければ、衰弱して死んでた可能性もあったとの事だ

 

閑話休題(話は変わるが)

 

あの戦いの後…エスピナスはフィオレーネの手によって無事捕獲されたらしく、捕獲報酬と目当ての毒液は入手したとの事だ。あれだけの怪物を相手にこの程度の怪我で済んで(シキは死にかけたが)クエストも成功したのは奇跡という他ないだろう

 

それに、今回のクエストはシキにとって大きな実りにもなった。あの戦いを通して、確かにシキはテッカ(バグ)の領域に足を踏み入れたのだから…

 

 

 

クエストから出発して4日目…シキとフィオレーネはエルガドに帰還した

 

怪我を負った状態で帰ってきた2人を最初に確認したのは、受付窓口にいたチッチェ姫だった

 

「おかえりなさい、シキさん、フィーネ…って、大丈夫ですか!?す、すごい怪我です!」

「大事ありません、チッチェ姫」

「大変だったけどなんとかエスピナスの毒は手に入れてきた。これで師匠は治るはずだ」

 

そう言って“棘竜の濃毒血”がたっぷり入った容器を見せつけるシキだったが、それを見たチッチェは、明らかに顔色が変わった様子で言い淀む

 

「ふ…2人とも…えっと、ですね…」

「? どうかしたのですか、姫」

「2人が、クエストに出発した、その後にですね…その…お兄様の、容態が」

 

そこから先の言葉を聞く前に、シキは飛び出すように走り出した

 

背後から「シキ殿!?」やら「ああ!待ってください、話を最後まで…!」などと聞こえたが、シキにはもはやどうでも良かった

 

クエストに出発したのは4日前だ。4日も前に容態が悪化したのであれば…脳裏に最悪の事態が浮かぶ

 

(師匠!師匠!!師匠!!!)

 

最短で辿り着いた医務室の扉を勢いよく開けて…

 

「師匠ォッ!!」

 

 

「はいお兄ちゃん、あ〜ん」

「あ〜ん」

 

 

「…………ハァ?」

 

妹分(ヨモギ)にうさ団子を食べさせてもらっている、元気な師匠の姿がそこにあった。あまりに嫌な想像と乖離した光景に脳が理解を拒む

 

そんな唖然とした弟子に声を掛けるのは、テッカの治療をしていたタドリだった

 

「ああ、シキさん、話は聞いています。エスピナスの狩猟、お疲れ様です」

 

ギギギ…と、錆び付いて壊れたカラクリのような挙動で首を動かすシキ。かっぴらいた目が「どういう事だ?」と如実に語っており、意図を正確に把握したタドリは申し訳なさげに答える

 

「…実はですね、お二人が狩猟に向かった後に王子の意識が戻ったのですが、事情を説明した後に王子が「エスピナスの毒液なら自室のアイテムボックスにある」と仰りまして…」

「ハァ?(怒り)」

「言われた通りにアイテムボックスを調べてみれば、確かに“棘竜の濃毒血”があったのです。それもしっかり保存された状態で」

「ハァ?(殺意)」

「なので、王子の容態は3日前から良くなっておりまして…お二人には大変ご迷惑をお掛けして…」

 

タドリの謝罪を聞き流しながら、シキはベッドの上で寛いでいるテッカの元に行く。団子を堪能していたテッカはようやくシキが居ることに気づいたらしく、いつものようにお気楽な態度で言った

 

「お〜う、エスピナスの狩猟おつかれ〜。あいつも倒せるようになるなんてホントに強くなったな〜。あ、団子食う?」

 

ブチン

 

「…ザ……」

「…ザ?」

 

 

「ザッケンナコラァァアアアッ!!!」

 

 

ドバキャア!!

 

 

「 う わ ら ば っ !!? 」

 

 

弟子が放った見事なアッパーカットがクリーンヒットしたバカは、奇妙な悲鳴と共にベッドの上から宙を綺麗に舞うのであった



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17話

シキとフィオレーネがエスピナスの狩猟を終えて帰ってきた。しかも五体満足で

 

ハッキリ言わせてもらうが嬉しい誤算だった。エスピナスはタフさだけは古龍以上だと思っていただけに、アイツを俺抜きで無事に狩れたのは2人が俺の想像以上に成長したからに他ならない

 

…不安ももちろんあった。あのモンスターを休み抜きで長時間狩り続けられるのは、エスピナスの行動パターンをある程度把握出来ている俺1人しかいないのだから。毒を完全に中和し切れるまで騎士達全員に止められてたから動けなかった。そして、もし2人が死にでもしていたら、俺はカムラの里に行って里のみんなやロンディーネに土下座して謝るつもりだった

 

しかしそれ以上に、俺は2人を信じる事にした。片や長年連れ添った俺の騎士、片や直々に鍛え上げた俺の弟子だ。主人公だとか主要キャラだとか関係ない。俺が知っているシキとフィオレーネならば帰ってくると思ったからだ

 

…でも、エスピナスの強さを身をもって実感していただけに、信じて待つっていうのも中々心が落ち着かなかった。思えば俺が常に最前線にいる時、お母さんやチッチェや騎士達もこんな気持ちだったのだろうか?…ちょっとだけ反省しよう…

 

 

 

2人が帰還した翌日、俺はチッチェに引っ張ってもらって騎士団指揮所の会議場所に辿り着いた。感覚と声でガレアス、シキ、フィオレーネ、バハリ、タドリ、その他大勢の騎士達が居ることが分かる

 

「さて…王子を蝕んだ毒が治り、シキ殿とフィオレーネも戻ってきたところで会議を行おうと思うのだが…」

 

言い淀むガレアス提督の言葉の後に、ほぼ全員の視線が俺に集中するのを感じ取る

 

それもそうだろう。今の俺は、顔が愛と勇気だけが友達なアンパンみたいに腫れ上がっていて、さらに目元がギャグ漫画みたいに陥没しているのだから

 

「前が見えねェ」

「…王子、大丈夫なのですか?」

「ああうん、話は聞こえてるから気にしないで続けてくれ」

(それは無理があります王子)

 

ちなみに俺の顔をこんな風にした下手人は不肖のバカ弟子なのだが、王子がこんな目に遭ったというのにお咎めなし、しかも女王陛下のお墨付きだ。多大な心配と迷惑を掛けたとはいえ、お前ら今回の俺に対する扱い雑くね?

 

「…ゴホン…今回、王子の毒を治す過程で判明したことがある。それを皆に共有する」

 

そんな俺の考えを無視するかの如く会議はスタートする

 

「…かつてこの国を襲った疫病の正体は、キュリアに噛まれることで発生する毒だということが分かった。そしてその毒は、以前と比べて強化されている事も」

「そしてキュリアは爵銀龍が従えている。…以上のことから、前回の疫病も今回の件も、同一の個体のメル・ゼナが引き起こしたものだと考えられる」

「あのメル・ゼナは強く…何より凶暴だ。もし国民があのキュリアの毒に倒れれば、一体どれだけの犠牲者が出るか」

 

フィオレーネの指摘はもっともだ。ゲームではキュリアによる被害がフィオレーネと城塞高地近辺のモンスターだけに留まっていたが、あれだってプレイヤーの描写範囲内で分かることだけで、実際は王国の民にも被害が出ていたかもしれない

 

今回のメル・ゼナ…いや、ガイアデルムが使役するキュリアの毒は凶悪だ。もし以前と同じ人数、否、それ以上の人間にキュリアの毒が蔓延すれば、シキが取ってきた“棘竜の濃毒血”だけでは全然足りない。確実に死人が出る

 

「うむ…これ以上の被害拡大を防ぐ為にも、即刻メル・ゼナの居場所を把握し、そして討伐せねばならぬ」

「こっちはキュリアに関してもう少し調べておくよ。タドリもいる事だし、毒の解析も進むと思う」

「頼む。シキ殿とフィオレーネは回復に専念してくれ」

「はい」

「分かりました」

「…それでは会議を終了とする。諸君らの健闘を祈る」

 

ガレアスの言葉を最後に、みんなが解散していく

 

さて、と…さっき言ったように、今のままでは確実にエスピナスの毒液が足りなくなる。ならば苦手な相手だと言って逃げてもいられん。それに、今の俺の実力がヤツ(エスピナス)にどれだけ通用するのかを確認する良い機会だ

 

「そろそろ狩るか…♠」

 

俺は立ち上がって歩き出し

 

ガッ!

 

「イイッ↑タイ↓スネガァァァ↑」

「ああ、お兄様!まだお顔が戻ってないのですから勝手に歩き回ったら危ないですよ!」

 

椅子に脛をぶつけてゴロゴロ転がり回るのであった

 

ちくしょう、締まらねえ

 

 

以下ダイジェスト…

 

 

「チィエェェストォォォォ!!」

『キュィゥゥゥ!?』

 

 

「フタエノキワミ、アッー!」

『キュィゥゥゥ!?』

 

 

「ウッキー!!今年は申年ィ!!」

『キュィゥゥゥ!?』

 

 

ダイジェスト終了…

 

 

はい!という訳でとりあえずパパっと3頭ほど捕獲してきました

 

緊急時故にエルサルカも使わせてもらったけど…いやぁ、やっぱ古龍武器強いわ。反則反則。氷弱点だったとはいえ以前3日も掛けたエスピナスが1体狩るのに6時間よ6時間、1/12も時短出来ちゃったよ。クエストの準備に時間が掛かった為、大量の“濃毒血”の確保に1週間掛かってしまったが、エスピナスの耐久力を考えれば十分早く終わった方だろう

 

シキの体もそろそろ完治する。フィーネはまだまだ治療に時間が掛かりそうだが、その場合メル・ゼナはエルサルカで狩りに行けばいいさ

 

そして今、俺が何をしているのかと言うと…

 

「…………」

 

正座していました

 

「テッカ殿…いえ、ここではテッカ王子殿と呼ぶべきでしょうか?」

「アッハイ」

 

正確には、何故かエルガドにいた、大きな御札で顔を隠した和装の竜人族“カゲロウ”の前で。隣には困った顔のタドリもいた

 

凄まじい威圧感だ、練り上げられている。至高の領域だ。この前対峙したメル・ゼナ以上かもしれん。そしてこのカゲロウがそんな雰囲気を出す時は、決まってある『人物』関連なのだ

 

「それがしが聞きたいのは、ただ一点でございます。…一体、どのような思惑で『姫みこ様(ヨモギ殿)』に近づいたのですか?」

 

そう、我がマイソウルシスターであるヨモ関連に他ならない

 

どうやら俺が一国の王子だと正体を隠していたことが裏目に出て、ヨモに接触したのには何か目的があるのではないかと疑っているらしい。何もないっての。強いて言うなら妹になったからだよ、この姫みこセコムbotめ

 

しかしカゲロウが警戒するのも仕方ないだろう。ヨモは今は亡きツキトの都を統治していたミカド(王や皇帝に当たる地位)唯一の遺児だ。己の主君に託された大切な子であり、長い間育ててきた孫のような存在なのだ。あの子の血筋を利用しようとする輩に見えても致し方なしか

 

「そんなものはない」

「貴方様はカムラの一員でもあります。貴方様の人格も、高潔さも、優しさも知っているつもりです。疑いたくありません。しかし、一国の王子である貴方様に無礼を承知で言わせていただきます。もし貴方様が姫みこ様を利用しようと考えているのならば、もう姫みこ様と会わないでいただきたい。この通りでございます」

 

傘を閉じ、頭を深く下げるカゲロウ

 

「カムラの里の一員としての貴方様でしたら、姫みこ様の兄上君(あにうえぎみ)のように振舞ってもらっても良かった…しかし、今は違う。王子の立場であられる貴方様では、姫みこ様の兄上君でいてもらうことは出来ません」

「何を言ってやがる、違わねぇよ!」

 

茶屋で働いてるヨモギを指さしながら

 

「ヨモギは妹分で」

 

親指で自分を指さしながら

 

「俺は兄貴分だ!」

 

そして大声で叫ぶ!

 

「そこになんの違いもありゃしねぇだろうが!」

「 違 う の だ !! 」

 

おのれはザ・ニンジャか!ニンジャソードのレシピくれるけど!

 

このままでは平行線だ。どうしたものか…

 

「カゲロウ、そこまでにしておきましょう」

 

そんな状況に待ったを掛けたのは、カゲロウの肩に手を置いて落ち着くよう促すタドリだった

 

「タドリ、しかし…」

「私はこの王国で、王子がどれだけ多くの人々に慕われているのかを見てきました。何より、王子のチッチェ姫や姫みこ様への溺愛ぶりは筋金入りです。そんな彼が、妹を裏切るような真似をすると思いますか?」

「う、む……」

 

長い、長い沈黙だった。顔を俯かせて考え込むカゲロウだったが、やがて頭を上げると俺の方を向き、頭を下げて言った

 

「…王子殿。非礼と、無礼をお詫び申し上げます。如何様な処罰も受け入れる所存です」

「構わない。誓われる身ではあるが、忠義に報いようとする家臣や部下を俺は多く見てきているつもりだ。だから俺はカゲロウを咎める気は一切ない」

「…やはり、我々の正体を知っていたのですか」

「ああ」

 

もっとも、俺の場合は前世の知識によるカンニングみたいなものだから褒められるようなものではないが。しかし、理解されるかどうかも分からない不正行為で国一つが守れるなら安いものだ

 

「それとだ…カゲロウ、お前に1つ聞いておきたいことがある」

「…なんでしょうか?」

 

ヨモギには聞こえないよう、耳元に近づき出来る限り音量を下げてから口にする

 

「過去の傷口を抉るようで悪いが…ツキトの都を滅ぼした“古龍”に関してだ」

「っ!」

 

それを口にした途端、明らかにカゲロウの雰囲気が変わった。怒り、憎しみ…強い負の思念を感じる

 

まだハンターとして未熟だった頃、俺は調査隊員に命令してツキトの都に関しての情報を集めさせていた。それによれば「ツキトの都が滅びる前夜、その近辺でとてつもなく強い嵐が観測された」「建物は根こそぎ吹き飛ばされ、雷でボロクズにされた物体もあった」との事だ

 

そしてツキトの都とカムラの里は…モンハン3rdの舞台である“ユクモ村”と同じ地方だ。ここまで判断材料が転がっていれば、後は簡単に推測出来る

 

ツキトの都を滅ぼしたのは、かつてユクモ村の英雄によって討伐されたと文献に記されている、天候すらも自在に操る“嵐の化身”…

 

「単刀直入に聞くぞ?…お前とヨモの故郷を滅ぼしたのは、嵐を操る災禍の権化……」

 

 

“嵐龍アマツマガツチ”だな?」



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18話

桟橋の端に腰を掛けて海を眺める。とても穏やかな波をしていて空も快晴。けれど俺はそれに対し、一種の不吉さを感じていた。まるで嵐の前の静けさのような…

 

(当たってほしくなかったけど…世の中そう上手くはいかないよなぁ…)

 

俺の予測は悲しいことに当たってしまった

 

──カゲロウとタドリ、そしてヨモギの故郷“ツキトの都”を滅ぼしたのは、アマツマガツチで間違いないだろう。カゲロウの証言と、俺がゲームで何度も見たアマツマガツチの姿が殆ど一致していたからだ

 

カゲロウ曰く、暴風が悉くを消し飛ばし、落雷が遍くものを灰燼に変えたらしい。俺の記憶ではアマツマガツチは雷を意図的に落とす攻撃などしていなかったが、寧ろあれはゲームの方がおかしいのだろう。ただ嵐を伴わせるだけのクシャルダオラとは訳が違う。嵐を自由自在に操るのだ、雷を発生させるくらい造作もないはず

 

今は(嵐龍)の姿が観測されないため調査を中断しているが…これらの事態が解決すれば、セルバジーナとラパーチェ辺りに調査を任せなければならないな。ツキトの都と同じ地方であるカムラの里が危ないし、海を渡って王国に来襲する恐れもある

 

「前途多難過ぎる…」

 

今頃、弟子の狩猟も佳境に入っている頃だろう

 

何事もなければいいが…

 

 

 

城塞高地“氷山エリア”の中腹にあたる場所…そこに『黒い風』が舞っていた

 

否、それは風ではなく鱗粉だ。より正確に言うならば“狂竜ウイルス”と呼ばれる極めて危険な病原菌が形となって現れたものだ。それをばら撒くのもまた『黒い影』

 

『ギュアアアアアッ!!』

 

それはまさに異形の竜だった。暗黒に包まれた体躯、瞳のない頭部、巨大な腕が翼とひとつに纏まった両翼。それが黒い風を撒き散らす光景の、なんと悍ましいことか

 

「ぐぅ!」

 

体当たりによる衝撃を呻きつつも受け流しながらシキは“ローゼンフェーダー改”を握り直す。フィオレーネと一緒に命懸けで捕獲した棘竜の素材で造られた太刀は“夜刀【尖影】改”以上の斬れ味があり、おまけに毒属性も付与されているシキの新たな得物だ

 

その“ローゼンフェーダー改”で竜の黒翼を切りつける。ボロボロのマントのような翼膜が浅く傷つき、同時に狂竜ウイルスを散布する。翼を部位破壊された事で激昂したその竜は、咆哮と共に黒い風をさらに周囲に撒く

 

吸い込んだ事で体内で蝕む狂竜ウイルスを必死に抑え込みながら…英雄は“黒蝕竜ゴア・マガラ”を強く睨んだ

 

(おかしい…)

 

それは、シキが感じていた違和感の1つだった

 

黒蝕竜はその特異な生態故に、飛竜種でも古龍種でもない謎の分類に区分された特殊なモンスター

 

ゴア・マガラ特有の狂竜ウイルスは人間を蝕むのみならず、モンスターが吸引したならば理性を奪い、戦闘マシーンと揶揄される“イャンガルルガ”以上にひたすら暴れ狂う怪物と化す。小型の肉食モンスターが群れで自分達のボスを襲って喰らうと言えば、その異常さが理解出来るだろう

 

しかし、それでもウイルスを撒くのは自身の周囲だけであり、古龍レベルの脅威がゴア・マガラには存在しない。シビレ罠も落とし穴も効くことから、強さも一般のモンスターから大きく逸脱しない程度のはずなのだが…

 

ギャリィ!

 

(エスピナス程じゃないが、少なくともディアブロス並に硬い。翼爪に至っては“ローゼンフェーダー改”ですら弾かれる…情報と食い違っているぞ)

 

狂竜ウイルスが塊となった球状のブレスが不規則な動きで地を這うのを、居合による防御で無理やりすり抜けながら攻撃。何度も攻撃を当てていく内にシキの体の細胞が活性化し、体内のウイルスを逆に克服し、己の力に変えて黒蝕竜に向かっていく

 

その戦闘の最中、ゴア・マガラはまるでもがき苦しむかのように翼の腕で自分の体を掻き毟る

 

(それに、このゴア・マガラ…何か『変』だ…)

 

所々変な挙動をするのもそうなのだが、ハンターとしての第六感が大きな警鐘を掻き鳴らしていた

 

このままコイツを野放しにすれば大変な事になる。そんな根拠のない予感を感じたシキは、初めて自分で判断して目の前のモンスターを討伐すると決めた

 

『ギュォオアアア!!』

 

咆哮。同時に体内の狂竜ウイルスが限界まで高まった事で、翼膜は青から紫に変色し、翼腕が5本目・6本目の脚として大地に下ろされ、感覚器官として作用する軽く曲がった触覚が2本展開される

 

もはや竜と言うより悪魔と言った方がいい姿に変貌を遂げたゴア・マガラは、その両翼腕を空高く掲げ、シキに向かって叩きつける。これを事も無げに回避するシキだが、先程まで立っていた地面が剛腕によって割れて(めく)り返る様を見て「パワーはメル・ゼナ並か!」と認識を改める

 

ウイルスの克服により増幅した力を存分に込めて太刀を振るう。頭と前脚が柔らかいことに気づいたシキは攻撃を避け、流し、返し、重点的に弱点を切りつける

 

そして30分が経過…

 

突き出た角が片方折れ、全身がボロボロになり動きが緩慢になったゴア・マガラ。シキも消耗しているがまだ余裕があり、そろそろ限界かと予想をつけ、右翼の腕を切ったその時だった

 

ガキン!

 

「えっ!?」

 

切れ味の状態は良好()、狙った箇所も固くも柔らかくもない部位にも関わらず、“ローゼンフェーダー改”が弾かれた。仰け反った隙にゴア・マガラが翼腕を横に薙ぐが、倒れるように転がって腕を躱す

 

思わず自分が弾かれたゴア・マガラの翼腕を見た

 

ポロ…ポロ……

 

切りつけた箇所の黒い鱗が剥がれ落ち……その下から覗かせた『()()()()』が太陽の光で光り輝く

 

 

ゾァ!

 

 

()()を見た瞬間、とてつもない怖気がシキの背中に走った

 

一見すると、まるでメランジェ鉱石のように真っ白に輝く美しい竜鱗。しかしシキの目には、その()()がこの世の何よりもドス黒く、悍ましい物質にしか見えなかった

 

(ダメだ…あれは、あの下(黒蝕竜の中)にいる奴は、絶対に殺さなくてはダメだ…!!この世に存在してはいけない生き物だッ!!)

 

考えるや否や、桜花鉄蟲気刃斬の糸をゴア・マガラの頭部に付け、そのまま切り抜こうとするシキだが、恐怖で竦んだ僅かな隙がゴア・マガラに逃げるチャンスを与えてしまった

 

『ギュァァアアア!!』

 

四肢と翼脚で体を地に固定し、一瞬の溜めで放たれたのは…遥か彼方まで届きそうな闇の柱の如き息吹(ブレス)

 

「しまっ…ぐわあああ!!」

 

鉄蟲糸技の途中だったシキにこれを躱すは出来ず、狂竜ウイルスの濁流に飲み込まれていき、地面に勢いよく転がる

 

ウイルスのブレスという性質上、凄まじい衝撃だけで済んだのが不幸中の幸いであった。これが直接肉体を損傷させる火や雷、生物そのものを蝕む龍属性エネルギーのものであったならば、シキは生きていなかったに違いない

 

もっとも、ゴア・マガラのブレスが直撃してもその程度のダメージしか食らっていないのは、シキもまた英雄たる非凡な才能の持ち主だということの証明でもあるのだが

 

「ぐ…うっ……!?」

 

即座に起き上がろうとするも、狂竜ウイルスを全身に浴びてしまったことで発症した“狂竜症”の症状がシキの体の操作を妨げる

 

それを触角で知覚したゴア・マガラは、しかし眼下の敵にトドメを刺そうとはせず、まるで何か焦るように急いで翼を翻し、その場から飛び去って行った

 

「ま……て……!」

 

殺意の籠った言霊も黒蝕竜には届かず、そのままゴア・マガラは空の彼方へ消えていった…

 

 

 

弟子がクエストから帰ってきた

 

しかし物凄く思い詰めてる様子で、ゴア・マガラの狩猟に失敗したことが理由かと思ったが、反応を見る限りそれだけではないらしい

 

帰還してから3日経った日の晩、俺は、らしくもない硬い表情をずっとしている弟子をどうにかしようと食事に誘った。エルガドから少し離れた町にある、ハンターに大人気の酒場だ。ワインよりビール派な俺だが、王族という立場故に酒場とかにはあまり来れないことが多い。騎士達にも止められるし

 

その点ここはハンターの休憩所的な側面もあるから騎士達にも止められないし、マナーもクソもなく飯をかっ食らう事が出来る良い場所なのだ。(尚、転生前が元々日本人だったことから、テーブルマナーを差し引いても恐ろしく礼儀正しい所作でハンター達から注目されてることに本人は気づいていない)

 

「……師匠…」

「むぐむぐ…何?」

 

打ち身で青くなった肌にガーゼを付けてるシキが、出された飯にも手を付けず小さくつぶやく。俺は黄金芋のポテトを咀嚼し、口の中の油を達人ビールで洗い流しながら返事する

 

「俺…分からないんです…」

「何が?」

「ハンターになってから、今まで色んなモンスターと戦いました。中には討伐しなければ故郷(カムラの里)が危ないから、色々思うところがあるモンスターもいました。マガイマガドとか、イブシマキヒコとか…。でも、ゴア・マガラから白い鱗が見えた時、思ったんです。「こいつは殺さなければならない」「存在してはいけない生き物だ」って…師匠から教わった事を考えれば、こんな考え、傲慢でしかないのに…」

 

…なるほどなぁ。滅多なことでは悩まないこいつが考え込んでると思ったらそういう事か

 

言わんとしてることは分からんでもない。ゴア・マガラは()()()()()()()()()()だ。脱皮し、そして成体になったその『龍』が齎す被害を考えれば…優秀なシキの事だ、本能で危機を察知してそう思ったのだろう

 

俺から言えることはひとつだけだ

 

「まあ、あんま気にすんな」

「…………え?」

 

叱責されるとでも想像していたのか、俺の言葉に顔を上げて唖然とする

 

「そうやって色々考えまくってドツボに嵌るのはお前の悪い癖だ。程々に考えてから目標に向けて突っ走るのがちょうどいいくらいだ。それともなんだ?自惚れるな、とでも言って欲しかったか?」

「いや、でも…それくらいは言われると…」

「お前はもう一人前のハンターだ。それはつまり、これからどうしたいのかを自分で考えていかなければならないという事だ。今はフゲン殿の指示でエルガドにいるわけだが…キュリアの件が片付いたら、お前はどうしたい?」

 

ハンターとして俺より上の…頂点を目指すべく邁進するのか、それともカムラの里で悠々とした人生を過ごすのか。軽い指針だけでそれなのだ。それこそ未来の可能性は無限大にある

 

「…どうしたい、のか…」

「まっ、どうせ逃げられたゴア・マガラに関しちゃ今俺達に出来ることはない。でも、次出会った時にどうするかくらいは考えときな」

 

伝えるべき事を伝えた俺は、給仕アイルーが運んできたたてがみマグロの刺身に舌鼓を打つ。おっ、美味いなこれ

 

「食え食え、食えるうちに食っとけ。明日にゃ死んでるかもしれんのだし」

「ちょ!?さっきと言ってる事が違いません!?」

「だって、次の瞬間には樹海の養分になる可能性の塊が俺ら(ハンター)だろ?」

「言い方ァ!!」

 

よしよし、いつもの調子に戻ってきたな

 

それでいいんだよ。未来のことなんか考え過ぎてもどうにもならない。そんな暇があるなら力をつける、後悔しないようにやるべき事をやる…未来を変えるってのはそういう事だ

 

やけっぱちにツマミを食す弟子を尻目に新しい注文を追加し、食べ続けながら時間が過ぎていった…

 

 

 

翌日…

 

「うーん、うーん…」

「オイオイ、英雄が二日酔いとか何やってんの?」

「誰のせいだと…」

 

シキが二日酔いになった

 

こいつ、カムラの里で宴会をやった時も酒なんか殆ど飲んでなかったからなぁ。まさか度数の低いエール2杯でこのザマとは思わなかった。でもこの世界にノンアルとかあるのかな…?また暇な連中でも集めて造らせてみるか

 

俺?俺はアルコール耐性がかなり高い。いや、高いというかもはや「アルコール無効」ってスキルがついてるのかってレベルで全然酔えない。さっき言ったカムラの宴会では酒樽2つ分チャレンジ精神で飲んじゃったのだが、ほろ酔いにすらならなかった。ちなみにすぐハモンさんに見つかって怒られた

 

仕方ない。自分で蒔いた種だし、今日はあいつの代わりにクエストを受けておこう

 

「チッチェちゃ〜ん!今日シキのやつ体調悪そうだから俺が代わりに…あれ?」

 

クエスト受付口に向かってみると、我がマイシスターの姿がなかった。どこに行ったのか周りを見渡してみると、茶屋にヨモちゃんの後ろ姿が…2つ?

 

「あ、お兄ちゃん!オハヨー!」

「お…おはようございます、お兄様…」

「なん…だと…?」

 

そこにいたのは普段通りのヨモギと、ヨモギと全く同じ装いを着て、眼鏡を外したチッチェの姿だった

 

ダメだ、あまりに似合い過ぎる妹の眩しい容姿に直視すら出来ない。心なしか後光すら背負ってる気がする。ウチのチッチェはいつから仏様になったのか…いや、妹は神同然の存在だけどね

 

「ダメダメ!ちゃんと教えた通りにやらないと!」

「で、でも、恥ずかしいです…!」

「もっとお兄ちゃんと仲良くなりたいんでしょ?」

「ううっ…」

 

はっ!イカンイカン、せっかくイメチェンしたチッチェを無視するなど何たる極悪非道な所業か!ここは紳士的に褒めねば!

 

「おはよう、2人とも。チッチェはヨモに服を貸してもらったのかな?とてもよく似合って」

「あ、あの」

 

褒めている最中、チッチェは俺の服の端をちょこんと摘み、そして上目遣いで見つめながら

 

 

「お、おはよう…お兄ちゃん」

 

 

「────………ッ!!」

 

 

 

瞬間、テッカの脳内に溢れ出した

 

 

 

()()()()()記憶



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19話

「新作のお団子を作ろうと思うの!」

 

そう言ってきたのは可愛い2人目の妹であるヨモギだ。隣には同じ茶屋で働く妹のチッチェがいて、悩ましい表情で臼の中の団子餅を見つめていた

 

実際は違うが、まるで双子のように仲の良さげな2人を見ているだけで浄化されていく。これは…まだガンには効かないが、そのうち効くようになるな

 

「どうしたらいいのかしら…お兄ちゃんは何がいい案があったりしますか?」

「ん〜…兎にも角にも新しい素材が必要だろう」

「やっぱりそう思うよね!」

 

いつもの光景だ。ヨモがうさ団子の新作を提案し、チッチェが補完し、そして俺が手伝う。シキの奴がハンターになっていればもっと楽なのだが、今のあいつは授業期間中だからな

 

「欲しい素材は、これとこれとこれと──」

「ちょっとヨモちゃん?“爆鱗竜の爆腺”とか書いてあんだけど…何に使うのこれ?」

「団子餅を焼く時の火力上げに!」

「ヨモ!あまりお兄ちゃんに負担になる無茶な注文はしないようにってあれほど言ってるでしょ!」

 

ぷりぷりと怒るチッチェに、ヨモギが不満そうにぶーたれる

 

「だってお兄ちゃんじゃないと頼めないもん」

「ヨモっ!!」

「まあまあチッチェ、この程度負担にもならんからそう怒らなくていいって。あの爆撃機くらい簡単に墜としてくるさ」

 

チッチェを宥めながらヘビィボウガンでも使おうかと思案する。2人は「爆撃機?」とこの世界にはない単語に首を傾げていた。ラブリー♡

 

「ようし!それじゃあうさ団子開発開始〜!」

「ええ、頑張りましょう!」

「じゃあちょっくら狩ってくる」

 

そして1週間が経過し……

 

「ダメだった〜……!」

「こんがり焼けすぎちゃったわね…」

「あの食材なら耐えられると思ったのに…何がダメだったんだろ〜…」

 

結果を言えば、新作開発は失敗した。食材、素材を集めたところまでは良かったのだが、そこからが難航。食材が上手く混ざらないわ、感触が明らかに団子から離れるわ、極めつけに火力の調整が異常にシビアで、数少ないちゃんと混ざった団子餅が生焼けになったり、真っ黒に焦げるまで焼けてしまったのであった。そこで食材も素材も尽き、失敗という形に終わった

 

「う〜ん、う〜ん…」

「もうっ」

 

そう呟くとチッチェはヨモギの手を引っ張って立ち上がらせ、飛びっきりの笑顔で言う

 

「わっ!」

「ほら、クヨクヨするのはもうおしまい!ご飯を食べましょ?ヨモの好きな物を作ってあげるわ」

 

そう言って自分を慰めてくれる姉の姿に、ヨモギは感極まって抱きついた

 

「お姉ちゃん大好き!!」

「ええ、わたくしもヨモが大好きよ」

 

互いに抱き合う姉妹を、テッカはただただ優しい笑みで静かに眺めていた…

 

 

 

「…お兄ちゃん?」

「お兄様?」

「…ああ、そうだな…」

 

脳裏に駆け巡る過去の虚像に、天を仰ぐ顔から涙と鼻水が溢れて止まらない。この尊い宝を壊そうとする輩は、例え黒龍だろうと塵も残さず消し去ってくれようと決意させるのに十分過ぎる眩しさがあった

 

「安心しろ…お兄ちゃんがお前達姉妹を必ず守る」

「「姉妹じゃない(です)よ!?」」

 

キレのある突っ込みが響き渡った。おっと、まだイケナイもの(存在しない記憶)が溢れ出てたみたいだ。情報が、情報が完結しない

 

「それで、今日シキが動けないんだけど」

「えっ、先程のご自身の発言をスルーするのですか?」

「諦めた方がいいよチッチェ。やりたい放題になったお兄ちゃんは止められないから」

 

HAHAHA!ヨモギちゃん、それだとまるでさっきまでの俺がふざけてた風に聞こえるよ?あとチッチェちゃんも「昔のお兄様はもっとキリッとして真面目でしたのに…」なんて言い方しないで?お兄ちゃん泣くよ?

 

「…で、結局どうしてチッチェがこっち(茶屋)に?」

「今日はわたくしお休みでして。しかし、この非常事態に何もしないというのも気が引けますから…」

「今日だけ私達のお手伝いをする事になったの」

 

なるほど。受付嬢もハンターと同様、モンスターの脅威と綿密に関わっている。その関係上、仕事内容は非常にハードだ。チッチェはまだ見習いだからクエスト受注くらいだが、それでもひっきりなしにやってくるハンターの対応に忙しくなりがちだ

 

チッチェは受付嬢だが王族でもある。俺もおんなじ立場ではあるが、約10年狩り場で生き抜いた、まあベテラン枠程度のハンターではある。キュリア毒も乗り越えた今、並大抵の事じゃ死にやしないだろうが、妹は最近まで城で過ごしてきた子だ。体力も考えれば休みを挟むのは当然と言ったとこか

 

ちなみにこれが熟練の受付嬢だと、クエスト受注の合間にハンターズギルドから送られる膨大な資料を片手間で片付けてしまうのだ。しかも汗を流さず笑顔も絶やさずでだ。陰で『モンスター』なんて不名誉極まりない通り名で呼ばれてる俺だが、俺からすればあいつらの方こそがモンスターだよ

 

「でもチッチェ、休むのだって大事なことだ。メル・ゼナを気にしてるのも分かるけど、いざって時に倒れる方が困るだろう?」

「言われてみれば、確かに…」

「だいじょーぶ!出来るだけゆっくり出来るようにさせるから安心して!」

 

ヨモが見てくれるなら大丈夫か。彼女も茶屋の仕事に関してはベテランなのだ、心配はない

 

心配はない……が……

 

「俺の妹達にセクハラでもしてみろ。全員そっ首刎ねて“サン”に放り込んでくれるぞ…!」

「お客さんを怖がらせちゃダメだからお兄ちゃん!」

 

とびっきりの殺意を、いつもテーブルで大量の団子をかっ食らってる凄腕ハンター“赤鬼”“黒鬼”や、その他周辺にいる男ども全員に浴びせた

 

殆どが俺を見ながら慄いて、赤鬼黒鬼ですらデカい声を上げてビビっている。唯一、竜人族の歴史学者“パサパト”の爺さんだけが何食わぬ顔で本を読んでいる。殺気を飛ばす相手を選んだとはいえ、それでも多少は洩れた殺気を感じるはずなのだが…これが年の功って奴か

 

尚、チッチェとヨモギに殺気が微塵も伝わってないのは俺が意図的に洩らさないよう気をつけているからだ。…方法?愛です。愛ですよ

 

とにかく、チッチェが受付を休むとなると俺も出来ることが限られてくる。もちろん緊急時の装備は着けてるからいつでも出発出来るが…何をしようか

 

 

 

「お、王子!?どうしてここに!?」

「見舞い…見舞い?」

「なんで疑問形なんでぇ」

 

というわけでやってきました騎士訓練所。そこには多くの王国騎士、騎士候補生達が武器を手に訓練している様子があった。目の前には、少し前にあった「チッチェ姫失踪事件」に巻き込まれて大怪我をしていた新米騎士ジェイがこれでもかとしごかれていた。相手していたのは教官のアルローだ

 

「前にお前には迷惑を掛けたからな。見舞いの品の渡しついでに様子を見に来た」

「そんな…あれはよく考えなかった俺が悪いんッスよ!迷惑だなんて!」

「そう言うな。ほれ受け取れ」

「わっとっとっ……あっ!角竜の燻製肉!俺の好物ッス!ありがとうございますッス!」

 

受け取った品の中身を見た途端元気になるジェイ。現金なヤツだが、こういった裏表のない性格を俺は結構好ましく思っている。…ラパーチェとか見てると特に、な…

 

見舞い品を自室に置きに行ったジェイを尻目に、アルローに聞く

 

「どうよ?調子は」

「体力とスタミナは戻りつつある。リハビリで動きも戻ってきたんだが…少し問題があってなぁ」

「なんだ、問題って?」

「戻りましたッス!訓練再開するッス!」

「…まあ見てりゃ分かる…」

 

よく分からんことを呟くアルローだが、とりあえず訓練用の大砲を相手に回避訓練する様子を見ていく。そしてチャージアックスを振るうジェイがギリギリになって回避行動をとる姿を見て、俺は気づく

 

「…俺の動き?」

「ああ…どうも王子に助けられた時に見た戦いが忘れられないらしくてな。何度も注意してるんだがなかなか直らないんだよ…どうしたもんか…」

 

ため息を吐くアルローに内心同情する

 

そもそもチャックス(チャージアックスの略称)は太刀と戦い方や運用方法がまるで違う。剣形態の攻撃でビンを溜め、剣強化状態や盾強化状態を維持していき、隙を見せたところに斧形態の高出力属性解放斬りをぶち込んで一気に大ダメージを稼ぐ…というのが一般的なチャックスの使い方

 

錬気ゲージを溜め、錬気強化状態を維持し、大技をねじ込む太刀と似ているように思えるが、太刀はチャックスのように斧形態に変形する必要などがない。つまり終始身軽なまま攻撃出来るし、変形時の隙も存在しない

 

何より現実的な話をさせてもらうと、実はチャージアックスの剣と盾は、それぞれ太刀と同じか、少し軽いくらいの重さがあるのだ。総重量が太刀の倍近くあると考えれば、それで太刀と同じ感覚で回避など出来るわけがない

 

もうひとつ理由がある。太刀は異常なほど鋭い斬れ味を持つ代わりに細く薄い刃という特性上、力ずくで斬ることが難しい。刃を対象に押し当て、素早く刃を引く。この工程を守って、初めて太刀は『もの』を斬ることが出来るのだ

 

そして、太刀は力ずくで斬ることが出来ないと言ったが、言い換えればそれは斬るのに余計な力が要らないとも言える。だから適切な部位に刃を当てれば、逃げや回避のついでに斬る事が出来るし、モンスターの攻撃の重みを上手く流すことが出来れば、受け流しと同時に斬りつける事が可能なのだ。まさに太刀の鋭さあっての芸当と言えよう

 

…つまり、ジェイの訓練はチャックスの特性と致命的に合ってないという事だ。このまま訓練を続けさせても、ぶっちゃけ時間の無駄だと思う

 

「もったいないなぁ」

 

ジェイの才能には目を見張るものがある。攻撃的過ぎるのが少々玉に瑕だが、そこさえ修正すれば、こいつの騎士としての力はフィオレーネにも並べるレベルになるはず

 

「…よし!アルロー!」

「なんだ?」

あいつ(ジェイ)、2週間借りるぞ」

「………なんだって?」

 

さあ、第二回テッカ式ブートキャンプの開幕だ



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20話

どうも皆さん、初めましてッス!!自分は王国騎士のジェイッ!!シュミは筋トレ、ソンケーする人はガレアス提督ッス!まあ、騎士といってもなりたての新米なんスけどね

 

実は自分、騎士になって間もない頃にチッチェ姫に頼まれてクエストに連れて行ってしまったことがあったんッス。そこでイビルジョーってめちゃくちゃヤバいモンスターと出会ってしまって、大怪我も負って危うく絶体絶命のところを、テッカ王子に助けられたんスよね

 

エルガドに戻ったらアルロー教官にもガレアス提督にもめちゃくちゃ怒られたッス。自分のせいでチッチェ姫が危険な目に遭ったのだから、当然と言えば当然ッス。でもチッチェ姫や、特にテッカ王子が女王陛下やアルロー教官に口添えしてでも庇ってくれたらしく、申し訳ない気持ちでいっぱいだったッス

 

お二人の気持ちに応える為、怪我の治癒後、リハビリと並行してチャージアックスの練習をしていたんスけど、なかなか上手くいかないんスよね…。テッカ王子の動きを真似したら自分も強くなれるのではと思ったんスけど、頭の良くない自分には難しいことだったッス…

 

でもそんな時、見舞いに来てくれたテッカ王子が自分に修行をつけてくれると言ってくれたんッス!王子はかのカムラの英雄の師匠と聞くッス!王子の修行を頑張れば、きっと強くなれるッス

 

そんな決意を抱いて城塞高地に向かった自分は今…

 

 

「ゴァアアアアアァッ!!」

 

「うわあああああああああっ!!?」

 

 

──絶賛ティガレックスに追いかけ回されてる途中ッス

 

…出掛ける前にシキさんが「やめろっ!!全裸のハチミツ漬けでアオアシラに突貫するようなもんだぞ!!悪いことは言わないから師匠の修行だけは絶対にやめとけッ!!」って必死に引き止めてた意味をよく考えるべきだったッス…

 

 

 

まず、ジェイは根本的に地力が足りてない(※テッカの基準です)。しかもシキの時と違って、時間も全然ない。だから最初の1週間はひたすら体を酷使する修行をやらせた。特に戦闘においてもっとも重要な重心の為の基礎…即ち下半身の超強化だ。下半身ひいては足腰を鍛えるには走り込みが1番だ

 

ただし、ただ走らせるだけじゃ時間がもったいないからティガレックスに追い掛けさせる。これで心肺機能と危機察知能力も鍛えられて一石三鳥だ。…流石に死ぬんじゃないかって?大丈夫、ちゃんと気配消しながら監視してるから。ヤバいと判断したら翔蟲でひとっ飛びして拐うまでよ

 

途中で力尽きてリタイア、もしくは指定の時間まで逃げ切ったらその日の訓練は終了。本来なら超回復(破壊された筋肉がより強靭に再生する現象)にはハンターでも2、3日時間を必要とするのだが、この世界には不思議な効能のアイテムがたくさんある

 

活力剤、こんがり焼き魚、秘薬、いにしえの秘薬、そして上からかくれんぼ笹だんご、秘薬湯蒸しだんごを跳び竹串で刺したうさ団子を、必ず修行が終わった後に食わせる。そう、“狂化”スキルを使った事がある者なら誰もが世話になったであろう「おだんご超回復Lv4」と「おだんご医療術Lv3」の団子スキルだ。この団子スキルとアイテムを使い、酷使しまくった肉体を丸一日掛けて回復させる

 

大量の団子を用意してくれたヨモには感謝の念しかない。ちなみにゲームと違い、団子スキルは食えば必ず効果が出る仕様になっているぞ

 

当然、回復に使う1日も無駄には過ごさせない。と言ってもやるのは肉体を動かすものではなく、座学にあたるものだ。ジェイの奴、頭が悪いからと今まで勉強を避けてきたみたいだがそうはさせん。生物的に格上のモンスターを人間が狩る為には知識が必須だ。とりあえずは狩りにおける観察の重要さと生存の為のあらゆる知識、これを2週間掛けて最低限(※繰り返しますがテッカの基準です)叩き込む

 

そして何より、ある意味過酷な訓練…肉体的にも精神的にも完全に疲弊し切ったところで誘惑するのだ。「無理に今鍛えなくても大丈夫」「辛いなら止めてもいいんだぞ」「お詫びにエルガドで焼肉奢ってやる」と言った甘言をなるたけ優しく呟くのだ。気遣うように背中をポンポン叩くことも忘れない

 

狩りでもそうだが、こいつの職業である王国騎士をやる上でどれだけ厳しい状況にも屈しない精神力…根性は何より大事だ。何せ自分の命を懸けて民や王族を守るのだから、ここで簡単に心が折れてしまうようなら諦めさせるのも必要な事だ。命には替えられないし、俺が憎まれる程度でこいつの命が助かるなら安いもんだ

 

しかし、同じ事を3回繰り返してもジェイは首を縦に振らなかった。むしろ回数を重ねる毎に動揺は少なくなり、4回目に至っては

 

「王子、俺だって強くなる為に覚悟を決めてここに居るッス!!あまり見くびらないでほしいッス!」

 

…と、逆に怒られてしまった

 

イビルジョーに襲われて大怪我を負ったにも関わらず、こいつは騎士の道を歩き続けている。よくよく考えれば根性がある事は既に証明済みだったのに…ダメだな、騎士も守るべき弱い者と時々見下してしまうのは俺の悪い癖だ

 

ジェイの覚悟は分かった

 

この1週間、ティガレックスとの鬼ごっこを繰り返したことでジェイの体は見違えるほど成長した。これなら次の修行を行う為の必要最低限な身体能力の基準値(※しつこいようですがテッカの基準です)は満たしたはずだ

 

さてと……ジェイ、この1週間でお前の肉体はかなり成長した。途中で根を上げるようならやらないつもりだったが、お前は必死に食らいついてきた。だからこそ、俺もその覚悟に敬意を表して、()()()()()()は終了することにする

 

…うん?…そうだぞ、あくまであの走り込みは短期間での基礎能力の底上げが目的で、本格的な戦闘訓練はこれから始まるんだぞ。言っとくけど程度の違いはあれど、あれは俺がスタミナ向上の為に実際にしてたやつだからな?シキにも似たようなのはやらせてたし

 

これからやるのはそのシキでさえ何度も根を上げた修行だからな。多少難易度は下がるが、その訓練でお前の体にも俺の技術をこれでもかというほど詰め込んでやる。どうだ、嬉しいだろ?…なんで楽しそうな顔してるんだって?

 

そりゃ楽しみだからな、()()()()()()

 

 

轟竜に追いかけ回され、その翌日は勉強をし、また轟竜に追いかけ回され…これらを6日間で3回繰り返したジェイ。そして、丸一日ご褒美としてジェイを休ませてあげ…

 

その翌日から、“猛き焔”シキですら幾度となく挫折しかけた、本当の地獄の修行が始まった

 

 

 

「ぐうううッ!!」

『グォオオン!!』

「うわああ!?」

 

城塞高地内の荒廃した城塞の中で、蒼白い稲妻が大地から飛び散る

 

ドカ!

 

「カハッ!」

 

その余波をモロに食らったジェイは壁に叩きつけられ、肺の中の空気を余すことなく絞り出される

 

「ハァ…!?」

 

一呼吸だけ酸素を取り込み、二酸化炭素を吐き出す。直後に迫り来る電撃を帯びた前脚

 

「ヤバッ」

 

咄嗟に出た言葉を言う時間すらも惜しむように、強く地を蹴って前転して回避、先程までジェイが転がっていた地面と背面の壁を抉る音が雷音と共に響く

 

敵を逃したと感触から感じ取ったそのモンスターは音のする方向に顔を振り返す。そこには全身傷だらけで息も絶え絶えな満身創痍のジェイがいた。普段、あらゆる戦闘を気合と根性と回復薬グレートのゴリ押しで乗り越えてきたジェイだったが、この修行中だけはそんな杜撰な狩りが一切許されない状況であり、故にジェイは頭にも体にも鞭打って、必死に考えて体を動かす

 

「アアッ!」

 

ギャリリィ!

 

剣モードのチャージアックスで太く、しかし柔らかい前脚を切りつける。王国の技術の結晶である最新武器“王国騎士盾斧エスプリ”の刃が雷毛と甲殻を切りつける度、その衝撃がエネルギーとして蓄積される。そして相手が怯んだ隙に薄らと光る盾の内部機構に剣に差し込み、エネルギーを変換してビンに溜めてゆく

 

後は剣と盾を合体させて斧モードに切り替えれば…そう考えたところでジェイは、右手に持っている盾がゆっくりと明暗していることに気づいた。盾強化状態が切れる兆候だった。それを見たジェイが焦って斧モードに即座に切り替える…が、それがいけなかった

 

バリバリバリ!

 

『アオオォーン…!』

 

モンスターは既に電気のチャージと予備動作の構えを完了していた

 

ドビャア!

 

ジェイが自分のミスに気づいた時には時すでに遅く…振り上げた前脚から迸る爪状の電撃を食らい、宙に打ち上げられてしまっていた。しかも“雷やられ”で気絶一歩手前の状態になっているため、翔蟲を使った受け身も取れない

 

「ッッア”…!」

 

そして打ち上げられた騎士にトドメを刺そうと竜は高く跳び上がり

 

ビュワン!

 

──突如空を高速で横切った()()がジェイを掴み、攻撃の圏外まで飛んでいってしまった

 

『アォン!?』

 

前触れもなく獲物が消え去ったことにその竜は驚くが、去っていった方向の空に見える影を見て、()()邪魔のされたのだと理解する。巨体の表面を走る雷の強さと量が、その竜の苛立ちを強く表していた

 

『グルルルルル…!』

 

次こそは逃がさない。必ず仕留めてみせる。そして、その次はお前だ

 

『アオオォォォォォンッ!!』

 

そう宣言するように、城塞高地全域に響き渡らせるほどの雄叫びを上げ……

 

 

影は…テッカは“雷狼竜ジンオウガ”の雄叫びを上げる姿を見ながら、翔蟲でメインキャンプまで飛翔するのであった──



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21話

今回の訓練は、かつてカムラの里でシキの奴にもやらせたナルガクルガ無被弾縛り、あれの1乙アイテム縛りver.ジンオウガだ

 

本当は回避しやすさと危険度を考えてナルガクルガでやらせたかったんだが、メル・ゼナの件があるからエルガドひいては城塞高地から離れることが出来ない。そして城塞高地にナルガクルガは基本生息していない。だから妥協案としてジンオウガを訓練相手に採用したわけである

 

妥協したと言ったものの、ジンオウガもナルガクルガ同様戦いやすい部類のモンスターだ。絶えまない連撃と雷属性やられにさえ気をつければ、後は攻撃を躱しながら後隙に反撃すればいいだけだ

 

それにしても…最初の頃とは見違えるような動きの変化だ

 

最初見た時はホント酷いもので、ハンターになる前のシキですら攻撃を躱す素振りは見せるのに、あいつはマジでなんも避けれないのである。どれだけ危険な攻撃でも、どれだけ躱しやすい攻撃でも、だ

 

いや、正確に言えば多少は避けようとしてるのだ。だがそれは全部ギリギリのギリで回避しようとしたり、相手とかなり密着した状態だったりと、ハッキリ言って滅茶苦茶な立ち回りだ。多分アルローが言ってた、チャージアックスで俺の動きを真似た結果こうなったのだろう。当たった攻撃の殆どがガード出来る状況だったし

 

見たことはないが、少なくともこうなる前のジェイは、ガード出来る時はキチンとガードしていたのだと思う。イビルジョーから助けた時も盾がひしゃげてたからな

 

こいつの未来を捻じ曲げたのはある意味俺だ。ならば、その責任を取るのも当然俺なのだ

 

『グォオオン!!』

「ふっ!」

 

ガキャァン!

 

ジンオウガの雷チャージしたお手(前脚叩きつけラスト)が“エスプリ”の盾を殴るが、盾強化状態で受けてるため、盾も、盾を構えた本人も難なく受け止める。そして盾が受けた衝撃を即座にビンのエネルギーに変え、流れるような動作で剣と盾は合体して巨大な斧になり、眼前に叩き落とす

 

「うおおおっ!!」

 

バギャァァ!

 

『グォォォン!?』

 

超高出力属性解放斬りがジンオウガの顔面を捉え、榴撃ビンの中身が頭部で何度も炸裂する。衝撃の連続に頭部ごと脳を揺らされ続けたジンオウガは眩暈を起こして転がり倒れる

 

その隙に剣モードで切りつけてビンを溜め、再び属性解放斬りの一撃を狙おうとするジェイ。だがジンオウガも伊達に『無双の狩人』と呼ばれているモンスターではない。倒れた姿勢のまま強靭な左前脚を基点に全身を回転させ、太い尾でジェイを吹き飛ばそうとする

 

「ぐう!?」

 

しかし、身の危険を感じたジェイも超高出力属性解放斬りの予備動作から即座に変形斬りに派生させ、それにより素早く構えられた盾でギリギリ攻撃を防ぎ切る

 

「おお、いい判断だ」

 

少し前までのジェイならば被弾も構わず攻撃を続行しただろうが、ジンオウガの予備動作から反撃を予測して、すぐさま防御に移ったのはあいつが状況をしっかりと把握している証拠だ。“カウンターフルチャージ”の使い所もいい

 

これならば…

 

ヒラッ……

 

そんなことを考えていた時だ。俺の目の前に紅く、小さな『それ』が大量に飛来したのは

 

「ッ!」

 

即座に俺は翔蟲で戦闘中のジェイを回収し、即座にその場から離脱する

 

「王子!?何するんスか!?後もう少しで…」

「周りを見ろ!!」

「周りって…っ!?な、なんスか!?この数のキュリアは!?」

 

城塞跡地から離れている今も尚、周囲には数多くの紅い蟲…キュリアが飛び交っていた

 

そのキュリアを振り払う速度で飛翔し続け、約20秒程でメインキャンプに到達する。しかし、城塞跡地から大きく離れているにも関わらず、肉眼で視認出来るほどのキュリアが廃城の上で激しく舞っている…まるで上等な獲物を見つけたように

 

背筋に冷たい感覚が走る。背負ってるエルサルカの冷気によってではない。恐ろしい予感が俺の中で大警鐘を鳴らしている

 

「ジェイ、お前はここで待機だ」

「っ……王子1人で行く気ッスか!?危険ッスよ!一緒にエルガドに戻りましょう!」

「城塞高地はエルガドに近い場所だ。すぐに異常を聞きつけたフィオレーネとシキがやってくる。それまでに奴をここに縫い付けておく必要がある」

「なら俺も…」

「ダメだ」

 

家臣の頼みを切って捨てる

 

「どうして!?」

「足手まといだからだ」

「っ……それでも、俺を盾にして王子を守る事くらい…!」

「ダメだと言っているッ!!」

 

しつこく粘る新米騎士に、俺は一喝した

 

「自惚れるなっ!今の貴様1人加わったところで古龍相手に出来ることなど何もない!!それともなんだ!?未熟なくせに前に出て、俺に庇われて、守るべき俺の命と引き換えに生き残って、そして悲劇の騎士として敵討ちするとでも抜かす気か!?」

「そッ!?…んな、こと…」

 

俺のあまりにもあんまりな言い草に、言葉にならない呟きを洩らすジェイ

 

だが、俺が騎士を庇ってイヴェルカーナに右目を奪われた話は、騎士達の間でよく知られている話だ。そもそもジェイの事を本当にどうでもいいと思っているのなら、2週間も付きっきりで修行を見たりなどしないし、例え話とはいえジェイを庇うなんて言ったりはしない

 

それほど古龍の狩猟は苛烈極まりないのだ。酷い事を言うが、ジェイはまだ弱い。死ぬと分かりきった戦いで有望な若い芽を摘むなど冗談じゃない。せめて隣を預けられるくらい強くなってからにしてくれ

 

しかし、そこまで言ってもどこか納得いかないのか、絞り出すような声音で呟いた

 

「…でも、それじゃあ、何の為に騎士になったのか分からないじゃないッスか…」

 

…おんなじセリフを6年前にも聞いたな…

 

「……フゥー……」

 

俺としちゃあ、自衛手段を持っている俺よりもチッチェやお母さん、国民達を優先的に守った方が効率がいいと思うのだが、そう言ってハイと頷く家臣達ではない

 

彼ら彼女らは純粋に心配してくれてるだけなのだ。そこに勝利や生存への打算は存在してない。あれだ、我が子が大人になっても心配する親のような心境なのだろう…それはそれでどうかと思うが

 

「…お前は王国騎士としてもハンターとしてもまだ新米なんだ。焦るな。自分の出来ることをやれ」

「自分の…出来ること…」

「それでも納得しないというのなら」

 

懐から取り出した小タル爆弾を手渡して言う

 

「そいつは花火だ。フィオレーネとシキが来たらそいつを打ち上げて俺に知らせろ。今ここにいるお前だけが出来る仕事だ」

「わっ! お、王子!!」

「ヤバいと思ったら俺も逃げる!頼むぞ!!」

 

再び翔蟲で古城の方に飛翔する。距離が近づけば近づくほどキュリアの密度が増し、濃密な殺気が感知できる。そして辿り着いた先で見たのは、先程まで暴れ回っていたはずのジンオウガが倒れ伏して絶命している姿、その死体に群がる夥しい数の紅い蟲(キュリア)

 

 

…その生気を吸い取って、妖しく輝くキュリアを前脚や胸元、尾の先端にくっつけ…瓦礫の上からこちらを睥睨する、黒い霧に包まれた吸血龍

 

 

直後…その龍が霧と一緒に眼前までワープしてきたかと思うと、飛び上がって槍尾を地に突き刺し、大地を抉りながら俺に迫ってきた

 

ガギャアァッ!!

 

それを即座に抜刀したエルサルカで受け流した。鉄同士が擦り合ったような不快な金属音が開戦の狼煙となり、俺は返しの太刀で尾に密集するキュリアに振り下ろした

 

ガガガ!

 

しかし、古龍の剛殼すら傷つけられる一太刀が芯を捉えてもキュリアは真っ二つにならず、羽虫のように叩き落とされる。流石に絶命はしたのか小規模の爆発を起こしてヒラヒラ落ちていくが、キュリアのあまりの頑強さに驚きを隠せなかった

 

(想像を遥かに超えて硬い!?フィオレーネを庇った時、何となく重い手応えだとは思っていたが、この硬さ!キュリアに群がられたら吸血以前に体へのダメージで死ぬ!)

 

言ってしまえば、野球ボール大のダイヤモンドが四方八方、縦横無尽に飛来してくるようなものだ。並のハンターならこれだけで全身滅多打ちになって死ぬだろうし、仮に生き残れても劫血(ごうけつ)やられでトドメを刺される

 

しかも絶命時に小爆発を起こす性質のせいで、キュリアが集まった部位に攻撃すれば炸裂装甲(リアクティブアーマー)のように攻撃の勢いを減衰され、キュリアの硬さも相まってメル・ゼナ自身にはかすり傷一つ付けられない

 

かつて戦った古龍の狩猟でも思ったが、ホント古龍ってチートばっかだよな!古龍武器でも部位によっちゃ傷一つ付けられないとか、マジでどこ攻撃すればいいんだよって話だよ!

 

とにかく、ゲームと違ってこの世界のメル・ゼナは、キュリアが集まってる部位に攻撃してもロクにダメージを与えられない。もしくは密集してるキュリアを殺し尽くせば大爆発を起こしてダメージになるのかもしれないが、それを検証する為だけに一部位に固執するのは、ソロではあまりに危険だ

 

『ギュォオオ!!』

「ふ、くっ……オオオッ!」

 

ギィィン!

 

振り向いたメル・ゼナが器用に靭尾を動かしこちらに突き刺す。当然躱すが、本命の攻撃は薙ぎ払いだ。地面を擦りながら振り払われた龍尾を太刀の切り上げで打ち上げる

 

その際に尾に集まったキュリア達が爆裂するようにバラけ、その一部が頬を掠めた。同時に襲ってくる体内の異常から劫血やられになったとだと察するが、体力の削りはかなり緩やかに感じられた。恐らく毒未満のスリップダメージを無視出来るものと判断し、俺は戦闘を続行する

 

キュリアがダメな以上、狙う部位はやはり顔!尾の振り払いの反動で180°転回したメル・ゼナの左眼に、太刀の一突きを放つ

 

ギャリィ!

 

しかし、やはりと言うべきか硬い。相手が頭部を振るったせいで狙いが逸れた上、咄嗟に綴じられた瞼を掠めたというのに、甲高い音と軽い手応えがどれだけ致命打から程遠いかを如実に語っていた

 

「クソ!」

 

イヴェルカーナの時でさえ、氷の鎧の下を、バリスタと大砲で入念に削ってからの全力の一撃で部位破壊するのが精一杯だった。こいつの甲殻は純粋に硬く、厚い。そこにキュリアの能力が合わさることで、非常に攻めにくい状態となっていた

 

しかしほんの少しだが、攻撃を当てた時体力が回復した。理屈は分からんが劫血やられを使った回復は出来る。加えてキュリアを除けば、こいつの攻撃は殆どが近接攻撃。受け流すことに徹すれば致命傷を受けることはない

 

ならば翼だと翔蟲で飛び翼膜めがけて攻撃するが、メル・ゼナは翼を武器のように変えて戦う龍。甲殻で覆われた尺骨でこちらの連撃を何度も防いで、そして反撃の一突きを太刀の防御と空中で脱力する事で何度も回避する。時にはキュリアを足場に跳んで逃げることもする

 

そうした攻防の中…

 

(体感からして30分は経ったか?2人はそろそろ来るはず。防戦一方だがあと2日は戦えるか…?このまま決定打だけは貰わないよう──)

 

グラ…

 

(──は…──?)

 

突如、凄まじい虚脱感と同時に脚が止まってつんのめる。当然それを見逃さないメル・ゼナは倒れ込もうとする俺に翼槍で穿とうとし

 

「バゥ!」

『ギュォ!?』

 

 

──“ディアブロ”装備をつけたガルクが、メル・ゼナの鼻先に噛み付いて怯ませた

 

 

(レッカ…!?)

 

それは、かつて王国の脱走に一役買い、6年間カムラの里で共に過ごした俺の唯一のオトモ、ガルクの“レッカ”だった

 

古龍戦においては如何に生存能力が高いオトモと言えど命の危機があると考え、エルガドに待機を命じてたはずなのだが…どうやら命令を無視したらしい。俺のオトモらしいと言えばらしいのだが、勝手しやがって

 

でも、正直助かった。エスピナZシリーズは鎧タイプの装備ではない。それでも並の装備と比べれば圧倒的に防御力は高いが、あのままでは内蔵を潰されて死んでいた可能性もあったのだから

 

アイテムポーチを漁りながら戦いを見れば、レッカはメル・ゼナの視界を遮りながら鼻先を噛み続けるという嫌がらせを繰り返している。メル・ゼナは頭部を近くの壁面に擦り付けるのだが、その時には既に翼に移動していて、噛み千切るように翼膜に食らいつく

 

業を煮やしたのだろう、メル・ゼナはキュリアをレッカに向かって飛ばそうとするが、そうはさせん!

 

「レッカ、来い!」

 

その言葉と共に俺は気力を振り絞って閃光玉をサイドスローで投げる。レッカは既にジャンプで俺の方に跳んでいる。閃光玉は綺麗な弧を描くスライダーでメル・ゼナの眼前まで飛び、直後龍の視界を真っ白に染め上げる

 

『キュァアア!?』

「サブキャンプまで行け!一時撤退!」

「ワゥ!」

 

メル・ゼナ自身が混乱していることでキュリアの統率も取れていない。この隙にレッカに指示し、俺はメル・ゼナに背を向けて逃げ出すのだった

 

 

 

なんとかサブキャンプに帰還出来た俺は、キャンプ内に充満する回復薬を気化したお香で体力しつつ、アイテムボックス内にあった強走薬グレートを手に取る。レッカはあの攻防だけで相当体力を持ってかれたのか、だらけるように寝そべっている

 

「うくっ、うくっ、うくっ……ぷはーっ!!」

 

身体中に沁み渡る感覚に思わずガッツポーズ!更に白い粉(生命の粉塵)をキメる事で、我が肉体はまさにハイテンションな状態にまで持ち直した。キクぜぇこれは!

 

コンディションが元に戻ったことで余裕が出来た俺は、先の戦いで唐突に起きた異常事態について考える

 

(強走薬グレートで回復したことから、急激なスタミナ不足によるものだと考えられる。だが2日間はもつと断言出来る量のスタミナをあんな短時間で消費し切るなんてまず有り得ない。一体何故…)

『分かり切ってるのでしょう?お兄様』

「っ──チ…」

 

キャンプの内装が、我が王城の廊下の景色に切り替わる。そして聞こえてきた声を、俺が聞き間違えるはずがなかった

 

「チッチェちゃん!!!」

 

俺の脳内を震撼させるその(ボイス)はまさしく、チッチェ姫のものだった。しかも成長した姿では1度も見たことがないロングヘアーのドレスver.!

 

『原因はメル・ゼナよ、間違いないわ』

「分かっているさ!しかしメル・ゼナの劫血やられはあくまで体力を奪うもので──」

『それはゲームの話でしょう?』

 

この世で俺しか知り得ない情報を平然と出しながら、いつも天真爛漫な彼女では有り得ない色気と冷静さで答えを指し示していく

 

『キュリアは生物の生気を吸い取る生態を持っているわ。生気と言えば生きる上で欠かせない体力の方を想像させるけど違うとしたら?体力はキュリアの毒で減ってるならば?本当に吸い取っているものは?』

 

チッ チッ チッ チッ チッ

 

パチコーン!!

 

「スタミナ!!」(この間0.01秒)

 

俺は指を鳴らしながら妹の聡明さに唸った

 

しかしなんて事だ。もしそうだとするならば、この世界での劫血やられは体力のみならずスタミナも大幅に奪う極悪な状態異常だということになる。これを今知っているのは俺とチッチェちゃん(空想上)だけだ。早く他の奴らに…

 

ドォォ───ン…!!

 

「っ!今の音は!」

 

廊下の景色がキャンプの内装に戻る。キャンプを出て岩山の外を出てみれば、海の方面から小さい花火が上がっているのが見えた。まずい、2人が到着したのか!このまま会敵したらフィオレーネとシキが危ない!

 

「バゥ!」

「レッカ!……行けるのか?」

「わふっ!」

 

そう吠えて頭を脚に擦りつけてくる。ディアブロ装備のゴツゴツゴリゴリした感触が癒し値を半減してる気がする

 

「無理はするなよ…」

 

硬い背中に跨り、後ろに振り向いて手を振る

 

「ありがとうチッチェ!行ってくる!」

『勝ってね、お兄様』

「よぅし!!行くぞ!!」

 

装備で見えないが、我がオトモガルクが胡乱な目でこちらを見上げてることに気づかないまま、俺は再び狩り場に赴くのだった



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22話

今回は最長の8000字です

飽きない戦闘描写を書くのもそうだし、書きたいもの書いてると長々となっちゃいますね…それで投稿期間空き過ぎるのもあれだし、ちょっと反省


大きな破砕音が聞こえる。地面が割れた音だ

 

目を凝らして見れば、約500メートルほど先で爵銀龍と戦っている部下と弟子の姿が確認出来た。明らかに苦戦している、手助けに入らねばならぬ

 

「地面から強襲!生存重視で行け!」

 

レッカが小さく頷くのを確認すると、俺はレッカの背から翔蟲を使って高く飛び、単独になったオトモが地面を掘り進んで消える。そして飛翔する先では、急に膝をついて息切れするシキと、その隙を狙って攻撃を仕掛けようとするメル・ゼナ

 

「させるかっ!」

 

翔蟲をメル・ゼナにくっつけ加速し、気を纏わせた抜き身のエルサルカを持ったまま、縦方向にコマの如く回転する。翔蟲が意図的に当たった感触から俺の存在に気づいたようだが、もう遅い!

 

通常の2倍の高さまでジャンプし100万×2で200万パワー!翔蟲による2倍の加速で200万×2の400万パワーっ!!そこに3倍の縦回転を加えれば、400万×3で!!

 

メル・ゼナ!!おまえをうわまわる1200万パワーだ───っ!!

 

「うお〜っ!!」

 

ギャリギャリギャリギャリギャリギャリッ!

 

『グォォォオン!?』

 

俺自身が巨大な武器と化しメル・ゼナに襲い掛かる。迎撃しようと翼を構えていたようだが一足遅く、冰龍の太刀はまるでチェンソーが大木を切り落とすように、刀身と後からやってくる氣刃で右翼の外殻を削り、翼膜をズタズタに引き裂いてゆく。俺がチェンソーマンだ

 

堪らないと言わんばかりに翼を振るって俺を吹き飛ばすメル・ゼナ。空中でクルリと回って綺麗に着地する。右翼は骨組みの一部が欠けていて、翼膜は所々裂けて血を垂れ流していた。あれだけの攻撃を食らわせたというのに翼膜全部を持っていけないとは、つくづく古龍ってのは規格外だな

 

「フィオレーネ!!」

 

シキに駆け寄っているフィオレーネに向けて2本の強走薬グレートを投げ渡す

 

「先にシキに飲ませろっ!その後にお前も!」

 

フィオレーネの判断は早かった。即座に開封した瓶の中身をシキに少量飲ます。それを飲み込んだシキは目を見開くと同時に息切れが止み、強走薬グレートの瓶を引ったくるように取って、ゴキュゴキュと飲み干していく。それを見たフィオレーネも同じように2本目の黄色い液体を胃に収めていく

 

怒り心頭になった爵銀龍の猛攻を受け流しつつその様子を見届けた俺は、劫血やられの詳細を叫ぶ

 

「聞け2人とも!!キュリアに咬まれれば2つの症状が発症する!!まずは毒による体力の大きな消耗!!ただしこれは体内に耐性があれば緩やかに体力が減る程度になる!!それは大丈夫か!?」

「だ、大丈夫!!新しい薬のおかげで、エスピナスの毒よりはずっとマシです!!」

「ヨシっ!」

 

俺は修行をつける前日、大量に捕獲したエスピナスの毒から、キュリア毒用の抗生物質(ワクチン)を開発するよう指示を出しておいたのだ。これを事前に接種しておけば、メル・ゼナひいてはガイアデルムのキュリア対策になるし、大量生産の目処が立てば国民の被害も最小限に食い止められる

 

おそらくメル・ゼナに挑む2人には事前にワクチンを接種させておいたのだろう。…俺?実は俺、食らった毒を1回でも治癒したらもう同じ毒は効かなくなる体質なんだよね。即抗体でも出来るからだろうか?だからこそ、その耐性すら貫通してくるキュリアの毒が如何にヤバいか分かる訳だが

 

しかし、あんな曖昧な開発案からもうここまで効果のあるワクチンを精製するとは、流石バハリとタドリだ。特にバハリは友達としても誇らしい。今度から超親友(ブラザー)と呼んでやろう

 

「それと、毒に犯されてる時はアイテムによる回復力が弱まる!!粉塵や秘薬も効果が半減する!!気をつけろ!!」

「何!?」

「そしてスタミナ!!キュリアはこいつを生気として吸い取ってると考えられる!!だからキュリアに咬まれれば一気にスタミナ切れを起こして自然に回復しなくなる!!強走薬グレートの効果が切れたら即座に戦線から離れろ!!」

「スタミナを…!?」

「そうか。だから直ぐに息切れを…」

 

説明を聞いた2人はメル・ゼナの狩りに参戦する。強走薬グレートによって5時間は休みなく動けるだろうが、精神的疲労までは無視出来ない。長期戦は不利、早い内にこいつを仕留める!

 

「だがメリットもある!!どういう理屈かは知らんが、キュリア毒(劫血やられ)にやられた状態なら、こちらも敵に攻撃して体力を奪うことが出来る!!」

「そんな事まで…!」

「流石王子だ…1時間にも満たぬ時間で、メル・ゼナの情報をここまで把握するとは…」

 

前世によるカンニングです、とは口が裂けても言えない俺は、とりあえずエルサルカを強く握り、キュリアが集まってない鈍い銀色の重殻を切りつける

 

ザリッ!

 

よし、切れる。硬さはかつて戦ったイヴェルカーナの氷鎧と同じくらいだが、得物が良い分戦いやすさは段違いだ。しかし好き勝手動かれてはキュリアが密集した部位にぶつかってしまう。両前脚、胸部、尾の先が近い時は注意せねば

 

(しかし…)

 

俺達をこれから喰らう食糧程度にしか見てない見下した視線を受け流しながら…俺は内心思った

 

(違う…こいつは…あの時のメル・ゼナではない)

 

約6年前、王都でイヴェルカーナと縄張り争いを繰り広げたメル・ゼナ。思い返してみればあいつは、目の前のメル・ゼナと比べて翼はもっとゴツかったし、翼膜もボロボロではなく色も深い蒼色だった。体格も俺の知るメル・ゼナより大きく、堅牢そうなイメージがある

 

だが、何より感じたのは、あの時共に戦ったメル・ゼナには強い知性が…理性が感じられたことだ。今まで数多のモンスターと戦ってきたからこそ、強大な存在でありながらあれほど明確な意思疎通が出来るモンスターがいる事実に驚きを禁じ得ない

 

あいつと目の前の奴の大きな違いは、キュリアを従えてるかどうかだ。前にバハリ(ブラザー)にキュリアとメル・ゼナの関連性について話した事があるが、あながち間違ってないのかもしれんな…

 

『グォォオ!!』

「ぐう!? こ、こいつ…!」

「この威圧感…攻め切れない…!」

 

一進一退の攻防を繰り広げている俺とは違い、シキとフィオレーネはメル・ゼナの並々ならぬ気配に加え、通常攻撃の感覚で繰り出される一撃必殺の応酬に攻めあぐねていた

 

しかし、本来マスターランクの古龍は最も死亡率の高い狩猟対象なのだ。その古龍を相手に逃げ惑わず切り結べてる時点で、2人の実力は明らかに高くなっている。特にシキの力は、既に俺の領域まで足を踏み入れている

 

「一皮剥けたか…シッ!」

 

ギャリィ!

 

「シャァ!」

『キィオォォォォン!!』

 

ギギギギリリリリリィィッ!!

 

槍翼の先端を弾きながらカウンターを見舞うが、メル・ゼナの1番硬い部位である翼爪に受け止められる。力を込め鍔迫り合いに持ち込むが、メル・ゼナが軽く力を加えただけで押し返されそうになったため、脱力してわざと弾き飛ばされる

 

まずいな、このままじゃ長引く。キュリアを考えればそれはもっとも避けたい事。キュリアを全部処理出来れば、あるいは速攻で攻めてメル・ゼナ自体を消耗させればいいんだが…

 

(………待てよ?)

 

攻めをわざと弛めて攻撃を引き受けつつ、俺は思考の海にダイビングする

 

キュリアを減らす方法はひとつ。奴の体に纏わりついてるキュリアに直接攻撃して絶命させること。先の戦闘では数体しか仕留められなかったが、もし全力で攻撃して一斉に爆発を起こせば、誘爆でゲームのような大爆発を起こすことが出来るのでは?至近距離で大爆発が起きればメル・ゼナも消耗するのでは?

 

(これしかないっ!!)

 

 

 

本日、2回目の粉塵が舞い散る。惜しみなく使用した“生命の大粉塵”によってテッカとシキの体力も元に戻るが、フィオレーネの胸中にあるのは焦燥と自責の念だった

 

(王子が最も前線で戦っているというのに…なんと情けない女なのだフィオレーネッ!これでは6年前の王都の戦いの時と何も変わらんではないか…!)

 

そう自分を罵るものの、周りから見ればフィオレーネも十分最前線で戦ってると言える。そも、今のフィオレーネと同等以上の戦いができる人間は、王国内では他所から来たシキを除けばテッカ以外誰もいない。それはつまり、現在の王国における最強の騎士はフィオレーネだという事の証明でもあるのだ

 

しかし、フィオレーネにとって最強の称号など無価値に等しい。何より大切なのは、忠義を誓った未来の王を守る事なのだから。彼を守る事が王国とその民、そして殿下と女王陛下とチッチェ姫を守る事に繋がる。だからこそ、その王子の前に出て戦えない自分の無力さが悔しくて仕方なかった

 

「シキっ!!」

 

その時だ。テッカが大声で弟子を呼んだのは

 

「俺が合図を送る!そのタイミングで仕掛けろ!フィオレーネは不測の事態に備えて待機!!」

「合図って……ッ! …了解!!」

「分かりました!!」

 

師匠の『重ねた両掌』を見て大きく返事をするシキに合わせて了承するフィオレーネ。本音を言えば自分が前に出たかったとフィオレーネは思うが、その気持ちを一旦抑え込んで指示通り状況を見渡せる位置まで下がる

 

ザムゥ!

 

“冰霊エルサルカ”が左翼に深い切創を刻む。だがその攻撃は、今まで慎重に攻撃を重ねてきたテッカとは思えぬほど後先の考えない攻撃だった。現に脚で急ブレーキを掛けて止まろうとしているテッカの背後から、メル・ゼナはチャンスを言わんばかりに三又の槍を突き立てようとしていた

 

「王子っ!!」

 

手に持った閃光玉を勢いよく投げつけようと構えた…その時だった

 

パァン!!

 

破裂音のようなものが聞こえた。見ればテッカは一瞬エルサルカを手放して宙に投げ、まるで祈るように手を合わせていた。先の音の正体は、手拍子によって発生したものだ

 

「何を」

 

ギャリィ!

 

その疑問の答えが、突如聞こえてくる。シキだ。シキの渾身の一太刀がメル・ゼナの甲殻に軽く傷をつける。軽く、などと侮ることなかれ。このクラス(強さ)の古龍に傷をつけれるハンターは、世界中を探してもそう多くはない。紛うことなき実力者の証明だ

 

しかし、シキもテッカと同じく後の先を省みない攻撃だった。当然隙だらけの英雄を、千切れた肉塊に変えるべくメル・ゼナは前脚を振り上げ…

 

ザン!

 

だがその瞬間、得物を握り締めたテッカが龍の体を切り裂く。不届き千万と言わんばかりに怒りを顕にしたメル・ゼナの注意がテッカの方に向き

 

パン!!

 

ザリィ!

 

再び、音が鳴る

 

「これ、は…!」

 

テッカがした事は至極単純。手拍子という手軽な合図で攻撃タイミングを弟子に伝える、ただそれだけ。だが、神速の速さでシキが、それ以上の速度で攻撃出来るテッカがこれらを行えばどうなるか?

 

パン!! パン!! パン!!

 

フィオレーネの目には音が鳴り響く度に、火の玉めいたオレンジ色と影めいた黒色が、まるで色のついた鎌鼬(かまいたち)のように爵銀龍の体に纏わりつき、次々と傷を負わせ、傷口を凍てつかせているように見えた

 

『グルォォォオ!!』

 

しかし、メル・ゼナとて知能を持つ古龍、阿呆ではない。攻撃後の音が鳴る時に他の人間が攻撃してくるというのならば、それに合わせてターゲットを変えればいいだけのこと。そして弱い人間(シキ)を先に仕留めれば、後は残った方を煮るなり焼くなり好きにすればいい

 

かくしてテッカの一撃がメル・ゼナの重殻を深く傷つけ、太刀を手放すと同時にメル・ゼナはシキの方を向いた──

 

パパン!! パシィ!

 

ザギャァ!

 

ボォン!!

 

『ギュゥオオオン!?』

 

だが直後、メル・ゼナを攻撃したのはシキではなく、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。その一振りは左前脚に密集していたキュリアの群体に命中し、一斉に爆発した事で連鎖爆発を引き起こし、最後の大爆発で剛爪と重殻を砕く

 

思わぬ不意打ちに混乱するメル・ゼナは、その元凶に憎しみの視線を向け

 

パパパン!!

 

ギャリン!

 

今度は()()()()手拍子。そしてローゼンフェーダー改が甲殻を切り飛ばす

 

 

この連携は、かつてカムラの里でシキに攻撃の感覚を掴ませる初歩の修行を応用したものだった。手拍子の音の回数で、どのタイミングで攻撃を入れるべきかを体に直接覚えさせるというものだ

 

テッカはフェイントも多く混ぜる為、修行期間中の初期はよくフェイントに引っ掛っては生傷の耐えない日々が多いシキだった。が、今ではフェイントにも引っ掛からず適切に体が動くほど、彼の体はその音を記憶していた──

 

 

その状況を客観的に見ていたフィオレーネは、その洗練された連携に驚きを禁じ得なかった

 

(手を叩く回数で誰が攻撃するかを既に頭に叩き込んでいる!いや違う、体の感覚に刻み込んでいるのか!?すごい!!これならばメル・ゼナはもうこの猛攻から──)

 

 

 

パン!! パパパン!!

パパン!!

 

ギャリィ! ギャギャィ!

ザムッ!

 

 

抜 け 出 せ な い ッ !!

 

 

パパパン!!

パパパパン!! パパパン!!

 

ザン!

ギャチィ! ザグゥ!

 

 

 

古龍同士の縄張り争いは、嵐が自由自在に動き回ってぶつかり合うに等しいものだとテッカはかつて語っている

 

その言葉通り、力を合わせることでひとつの脅威となった2人と、キュリアと一緒に暴れ狂うメル・ゼナは、まさしく二つの嵐がぶつかり合うような苛烈な戦いを繰り広げていた

 

もはや見守ることしか出来ないのかと歯噛みする中、フィオレーネは()()()()を発見する

 

その一方で、古龍の足掻きとせめぎ合うテッカ達の肉体も限界に近かった。ただでさえ古龍という圧倒的格上が相手で普段以上に消耗が激しい上、肉体のコンディションを台無しにするキュリア毒の脅威。特にテッカは戦闘と指揮を同時並行で行ってる為、体力とスタミナの消耗も大きかった

 

(クソッ、体が思考に追いつかねェ!まだ3時間も切ってないのに強走薬の効果が切れてる!それほど激しい消耗を強いられてるってわけか……!)

『ッ……キィオォォォォンッ!!』

「!! 下がれええぇぇぇっ!!」

 

瞬間、膨れ上がった龍気にテッカは叫びながら背を向けて距離をとる。シキも合わせて逃げ出した直前、上空に舞い上がったメル・ゼナが真下に大量の龍気ブレスを放つ。大地に墜ちた龍エネルギーは尚も蛇行しながら無差別に周囲を破壊し…最後に墜ちた黒い塊が爆ぜて、スプーンでくり抜いたみたいに大地を抉った

 

「──ッスゥー……!!」

「何を!?」

 

余波だけで、遠く離れた今の2人の命すら刈り取らんとする衝撃波を前に、テッカは迷うことなくシキの前に立ち…

 

「喝ッッ!!!」

 

ドバァン!!

 

ティガレックスの咆哮を思わせる轟音と共に刀を薙ぎ払い…実体無き死神の鎌(ナイトメアクレイドル)を掻き消した

 

『グオォォォォ!!』

「ぐッ……う……!ハッ、ハッ…!」

「師匠!? ッ…!?ヤバい…!」

 

テッカとメル・ゼナは共に崩れ落ちるが、ギリギリ余力が残っている龍に対して狩人は立つこともままならない程だ。自分を置いて2人で逃げろと言いたいテッカだったが、呼吸するのに精一杯でその暇もない

 

このまま為す術なく殺されるのか!そうシキが考えた時だった

 

ドン!

 

『グォォォン!!』

『キュォン!?』

「ルナガロン!?」

「王子、シキ殿、無事か!?」

「その声、フィオレーネか!!」

 

突如2人の背後から飛び出した大きな影…氷狼竜ルナガロンが疲弊したメル・ゼナに飛び掛かり、攻撃し始めた。乱入者に驚くシキだったが、その背に乗る仲間の騎士の姿を見て、彼女が操竜してきたルナガロンなのだと気づく

 

氷狼竜の猛攻に抵抗する爵銀龍だが、長時間の濃密な戦闘は古龍と言えど簡単に耐え切れるものではなく、操竜で野生の個体より洗練とされた動きをするルナガロンに反撃することも出来ないでいた

 

「こいつッ、まだ動けるのか…!?」

『グルォォォオ!!』

「うあっ!? ……ハッ!しまった!」

 

だが、それでも古龍。最後の力を振り絞ってルナガロンの拘束から抜け出すと、引き出された凶暴性より強い生存本能で逃走を選び、ズタボロになった翼で飛んで逃げ出す

 

「まずい、このままではっ!」

 

王子と英雄が命懸けで追い詰めた怨敵に逃げられてしまう。しかしルナガロンの操竜時間はもう残っていない。逃げられてしまうのか、とフィオレーネは悔しさに表情を歪め…

 

ダン!

 

『バゥ!』

「うおおおおおおおっ!!」

 

その時、空にいるメル・ゼナの近辺の高い山場から飛び出す影がひとつ。その正体は…人を背負って最短で山を駆け登ったレッカと、あの場で唯一余力が残っていたシキだった。人を乗せて空高く跳んだガルクの、更にその背中を蹴って跳び、天を翔ける古龍の懐まで辿り着く

 

 

「喰らぇえええええ!!」

 

 

棘竜の太刀を手に絶叫し

 

 

バキャァァァ!

 

 

振るわれた太刀は……半ばから砕けた

 

「───」

「そんな!?」

 

()()()()()

 

()()()()()()

 

ハンターの半身とも言える武器を失ったシキ。もはや彼に出来ることは何もない

 

 

「シキィッ!!」

 

 

…そのはずだった

 

しかし、声と共に放り投げられた『それ』を反射的に掴んだシキは、思わず目を見開く

 

(エル……サルカ……?)

 

『それ』は、美しくも冷酷な古龍の素材を元に鍛刀された太刀“氷霊エルサルカ”だった。氷で構成された抜き身の刀身が紅い月光を綺麗に反射させる

 

猛き焔が下を一瞬見れば、己の師がこちらを見上げていた。フィオレーネに支えられている彼は一言も発さなかったが、その視線が弟子にこう語っていた

 

(やれっ!!)

「…うおおおおおおおっ!!」

 

力任せに刀を振るう。ローゼンフェーダー改ではあれだけ苦労したメル・ゼナの重殻を容易く切り裂いて、血飛沫が凍りつく

 

しかし同時に、エルサルカを握っていた手の指先も軽く凍りついていた。力を扱い切れぬ者が何のリスクも無しに使用できるほど、古龍の力は甘くない

 

(それが、どうしたッ!!)

「アアアアアアアッ!!」

 

胴を、脚を、翼を切りつける度、指に、手に、腕に氷が侵食していく。砕けた氷が肌を突き破り、飛び散る血潮すらも凍てつかせていく

 

それでもシキは止まらない。止まる訳がなかった。託してくれた者の為に、信じてくれた者達の為に

 

 

「ト ド メ だ ぁ ぁ あ あ っ !!!」

 

 

そして…最後の一振りが爵銀龍の頭部に深く食い込み、勢いよく振り下ろされる

 

『キィオオォォォォン!!?』

 

羽ばたくことすらも止めてメル・ゼナは吼えるが、段々と掠れて小さくなっていき、やがて肩まで氷に覆われたシキと共に落下していく

 

ズドォォォ………ン……!

 

メル・ゼナは完全に意識を失ったシキとは違い、その四肢で尚も立ち上がろうとするが、徐々に大きな体躯を支えることも出来ぬほど脱力していき、やがて己の鼓動がジワジワと弱まっていく現実を自覚する

 

『キュォ…キィォォ、ォォォ………』

 

その弱々しい咆哮は、生物の頂点である自身が朽ち果てる事への嘆きか?それとも()()ですらないモノ(人間)に敗れた己への怒りか?

 

その真意を誰にも知られることがないまま…城塞高地の支配者は命尽き果てた

 

 

 

そして……

 

 

 

…その体からフワリと…紅い簒奪者が飛び出していき、紅く染まる月下の夜空に去っていった──



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23話

ちょっと巻きでいきます


「ヤッホ〜、猛き焔クン!怪我のチョーシどう?」

「あ、ラパーチェさん」

 

あの激闘から3日が経過した

 

療養も兼ねてエルガドの街並みを散策していた俺に話し掛けてきたのは、王国騎士の中でも指折りの実力を持つと言われる特命騎士団の副隊長ラパーチェさんだった

 

硬派なイメージが強い王国騎士達だが、ブナハ装備(ブナハブラの素材で作られたドレスのように煌びやかな防具)を着込んで華やか過ぎる雰囲気で話し掛けてくる彼女は、騎士達の中で異端な存在とも言える。彼女みたいなタイプの人は里の中にも居なかったから、どう対応したらいいか分からなくて、初めて会った時は相手するのが少し苦手だった

 

まあコミュニケーションをとっていく内に、ラパーチェさんも彼女なりに王国の為に頑張る人だということが分かったから、今となっては頼もしい仲間の1人だ

 

ちなみに彼女を従えてるはずの師匠は、時々ラパーチェさんに対して酷く低姿勢な態度を見せている時がある。なんで?

 

「うん、傷はもう大丈夫。毒もワクチン?…を事前に接種していたおかげで、特に影響はないよ」

「そっか〜!よかったね!」

「ありがとう」

 

それでも、メル・ゼナの狩猟は死闘という他なかった。あれ程の激闘は風神龍…いや、百竜ノ淵源との戦いに匹敵するレベルだったろう。師が威力偵察で手に入れた情報、仲間の存在、ルナガロンの介入…そのどれかが欠けていれば、みんなエルガドに帰ってくるなど出来なかったかもしれない

 

「あ、でも師匠は王都に直行したんだっけか」

「ん〜?何の話?」

「ううん、こっちの話」

 

テッカ師匠はメル・ゼナ討伐後、ガレアス提督への報告を俺達に任して、レッカと共に王都に向かった。おそらく女王陛下に今回の騒動の元凶を片付けたと報告する為なのだろう

 

メル・ゼナは倒れた。キュリアはメル・ゼナに護ってもらう事で一定数の群体を残し、生き延びていた生き物だ。寄生先のモンスターがいなくなった以上、自分を守る術がないキュリアは細やかに滅びていくはずだ…

 

(でも……なんだ?この胸騒ぎは…)

 

だと言うのに、俺の中にはまだ漠然とした不安だけが渦巻いていた。竜宮ノ跡地でナルハタタヒメを撃退した日、夜の宴の終わり際に見つけた、古龍と『共鳴』するヒノエとミノトを見つけた時のような…

 

ヒラッ…

 

「!?」

 

バッ!

 

「……気のせい…か…?」

「……? どうしたの、シキく…イタッ!?」

 

そんな俺を不思議そうに見ていたラパーチェさんだったが、唐突に右の二の腕に手を当てながら痛みに訴え出した。そのまま左手で何かを掴むと

 

「オラァッ!!」

 

と叫びながら、それを勢いよく地面に叩きつけた

 

(オラァ…?)

「いったたたたぁ…?も〜痛かったぁ〜!」

「…あっ!だ、大丈夫?一体何が──」

 

華奢な女性から出たとは思えない野太い声に疑問はあったが、それはひとまず置いといて彼女が叩き落としたものに目を向け…俺は青ざめた

 

だってそれは、フルフルに似た形状の、小さな深紅の体は

 

「キュリア…!?」

 

どうしてここに…!?ここはどの狩り場からも大きく離れてる拠点。1番近い城塞高地でさえ船で1時間は掛かるほど離れているのに、宿主(メル・ゼナ)の守りも無しにどうやってここまで…!?

 

「…あ!ラパーチェさん、もしかしてキュリアに噛まれて!?」

「うん…でも大丈夫〜。私を含めたエルガドの騎士のみんなは、薬師さんからお薬打たせてもらってるから」

「そ、そっか…良かった…でもスタミナの消耗も著しいって師匠が言ってたから…ほら、強走薬」

「問題ないよ?バハリちゃん、フィオレーネちゃんから渡されてたキュリアの新情報を元に、薬師さんと作った新しいお薬を昨日完成させてたもん」

「早くない!?」

 

3日、いや2日でワクチンとやらを改良してみせた手際の良さには敬服するしかなかった。だからあの2人、昨日あんなに眠そうだったのか…って、そうじゃない!こんな離れた地にまでキュリアが飛べるようになったとしたら、人間の生活圏にも入り込む可能性が…!

 

普通なら、人的被害が広がるより先にキュリアが死滅する方が先だと考えるけど…俺の中の警鐘が大音量で鳴り響いていた。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「ヤバい…ヤバいっ…!!」

「シキくん…?」

「ラパーチェさんっ!この事を早くガレアス提督、いやっエルガドの」

 

 

 

瞬間、エルガドの(あか)に包まれた

 

 

 

──────────────────────

 

───────────────

 

──────────

 

─────

 

 

 

「ハァ、ハァ、ハァ!!」

 

心臓が破裂しそうな程に痛い。本来ならば到着に3日も掛かる距離を、半日で辿り着けるようにずっと全力で走り続けていたのだ。全身の、特に脚や心肺への負担は尋常ではない

 

しかし、それでも俺は1分でも、1秒でも早く辿り着けるように脚を動かした。それほど、心の中の不安が大きかったから

 

そうして辿り着いたのは1つの街。道は避難してきた人々で溢れていて、それらの顔色は誰も彼もが暗く…絶望に染まっていた

 

「ハァ、ハァ…クソッ!!」

 

国民の心配をしてやるべきなのに、不安を取り除いてやらねばならぬのに、()()()()()()()()()()()()()()()()()からと俺は彼らに背を向け、この街で1番大きな医療施設に辿り着いた。入り口付近で待機していた騎士の1人が俺に気づく

 

「え、王子?どうしてここに…」

「どこだっ!?」

 

そいつが疑問を言い切るより先に、肩を掴んで真っ先に問い掛けた

 

「一体どこに運ばれた!?答えろっ!!」

「お、王子!?何の…」

「早く答えろォッ!!さもないと…!」

「──王子」

 

煮え切らない態度の騎士に苛立ち、胸ぐらを掴もうとしたところでフィオレーネが出てくる。その表情は普段の数倍は緊張で強ばっている

 

「フィオレーネ…!」

「こちらです。着いてきてください」

「…分かった…」

 

突き飛ばすように困惑する騎士を離して、フィオレーネの後を着いていく

 

中には多くの患者がいたが、奥に進めば進むほど、その殆どが床に置かれたシーツの上に寝かされ、脂汗を流しながら苦しみの表情で呻いていた。点滴の管で繋がれている者を多数いる

 

嫌な想像ばかりが思い浮かぶ中、目的の部屋の前に到着したフィオレーネが足を止め、ドアノブに手を掛けて回し……俺の方を見ながら、静かに言った

 

「王子……決して、取り乱さぬよう、大声を出さぬよう、お願い申し上げます。御身体に障りますので…」

 

扉を開けた先には……そこそこの広さの部屋の真ん中に、カーテンで小さく仕切られたベッドがあった。タドリも仕切りの外にいたが何も耳に入らなかった。道をあけて先に進むよう促すフィオレーネにされるがまま、俺はフィオレーネと共にその中に入り、中を見て

 

多分、呼吸も瞬きも、見た瞬間から長い間、してなかった

 

 

「チッ、チェ」

 

そこには、病院着に着替えさせられ、体の至る所に湿布を貼られ、多くの点滴の管と繋がり、死んだかのように静かに眠る、妹の変わり果てた姿があった

 

 

妹以外の、全ての色が消え失せた

 

「うそだ」

 

ベッドの横に移動し、膝を着く

 

「なんで」

 

血色の失った小さな手を、壊れぬよう触れる

 

「ありえない…ッ!!」

 

全てが信じられなかった

 

王城でお母さんに報告してから少し談笑していた時、突如窓をつついたのは緊急連絡用のフクズクだった。そこには書き殴ったような字で、こう書かれていた

 

『“調査拠点エルガド”ニテ、無数ノ“キュリア”襲来セリ。被害甚大、負傷者多数。現時刻ヲ持ッテ“エルガド“ヲ放棄、近辺ノ街二撤退スル』

 

読み終わった瞬間、俺は窓から飛び出して駆け抜けていた

 

現実に起きたことが受け入れられなかった。この世界はゲームとは違う。正史に準える事ばかりが起こるわけでは決してない。それはイヴェルカーナの襲来や、フィオレーネの代わりに俺が毒で倒れたことからも明白だ。だからキュリアの動きには最大限の注意を払えと伝えていたし、“シャガルマガラ”や“ガイアデルム”が早く目覚めることも考えて新型船の造船も急がせた

 

でも、いくら何でもこれは…余りに早過ぎる…!!

 

「王子……」

「………お前達は…」

 

フィオレーネが気遣うように呟く。しかし今の俺にとっては、そんなささやかな行動すらも怒りに薪を焚べるに等しい行動だった

 

「お前達の役目は、民の為、王族の俺達の為にその剣を振るい、自ら盾となり守る…そういう教えだったな…」

「……ッ……!」

「じゃあなんで…こうなってんだよ…!?1番守ってあげなきゃいけない姫が、チッチェが、俺の妹が、なんでこんな目に遭ってんだよ…!!」

 

こんなものは、理不尽極まりない八つ当たりに過ぎない。キュリアの大群なんて予想外な事態でも、1人の死者も出すことなくここまで避難させ切ったのだから。キュリアの爆発で摩耗したであろう剣と盾と鎧を見れば、如何に地獄のような様相を呈していたかは容易に想像出来る

 

でも、この怒りを誰かにぶつけたかった。他人のせいにしたかった。(自分)の不甲斐なさが起こした結果だとは、断じて認めたくなかった

 

「…返す言葉もありません。チッチェ姫を守り切れなかった我々の不徳の致すところです…すべての責任は、我々にあります」

「いい度胸──!!」

 

クイ…

 

怒りに任せて殴ろうと身を翻し…しかしその時、チッチェに触れていた手が小さな感触に引っ張られた

 

「え…?」

 

振り向くと、俺の握り締めようとした手の指を引っ張っていたのは、目を覚ましたチッチェだった。儚げに目を開け、苦しげに息を吐きながら健気に力を込めていた

 

「だめ、おにいさま…ふぃーねを、おこらないで…」

「ッ……チッチェッ!!」

「姫…!?」

 

すぐに振り返って妹の手を優しく包む。そのままベッドの上に乗せると、チッチェは苦しさを堪えて俺に話しかける

 

「きいて…おにいさま…」

「無理に喋らなくていいチッチェ…!お兄ちゃんはもう、フィーネに何もしないから…」

「わたくしがわるいの…わたくしが、にがそうとしてくれたふぃーねたちをふりきって、にげおくれたあいるーをたすけようとしたから…」

「何…!?」

 

思わず動揺して、手をギュッと握り締めてしまった。そんな事があったとは知ろうともせず、俺は長年仕えてくれたこの騎士(フィオレーネ)を殴り飛ばすところだったのか…!

 

「なんで、そんな」

 

 

「だって……おにいさまなら、きっとそうするって…きっとたすけるって、おもったから」

 

 

「───」

「ちっちぇも、おにいさまみたいに、だれかを、まもれて……」

 

その言葉を言い切る前に、チッチェは事切れたように目を瞑って、動かなくなった

 

「チッチェ…?……チッチェ!?」

「お静かに…!!」

 

声を上げて動転する俺を退けるように、タドリがカーテンの外から入ってきてチッチェの様子を見る。軽く呼吸を見て、脈を測り、熱を調べて…終わったタドリはこちらを見ながら、柔らかな顔つきで告げる

 

「体力がない状態で無理をしたから、疲れてしまったのでしょう…栄養補給をこまめにしていれば、命に別状はありません」

「そうか………すまん、恩に着る」

「いえ、それはこちらのセリフです。王子がエスピナスの素材を事前に集めていなければ、間違いなくこの規模のパンデミックに対応することは出来ませんでした…感謝します」

「ああ……」

 

それ以上は何も言わず、俺はフィオレーネを連れて病院を出た

 

「…………」

「…………」

 

無言で道を歩き続け、人気のない所に着く。沈痛な面持ちをする彼女に対して、俺は正面を向きながら頭を下げた

 

「お前の忠誠を疑って、あまつさえ八つ当たりまでしかけて…すまなかった、フィオレーネ」

「なっ…!?頭を御上げ下さい王子!!今回、姫があの様な容態になってしまったのは、我々が姫からひと時でも離れてしまったのが一番の原因なのです!!貴方様が謝る理由などひとつも…」

「いや、間違いなく俺が原因だ」

 

狼狽するフィオレーネに尚頭を垂れながら言う

 

「俺が1番前に出て戦う姿が、チッチェを突き動かした。それしかないとやってきた事が…あの子に動く勇気を与えてしまった」

「王子…」

「俺って奴はいつもそうだな…!よかれと思ってやってきた事でいつもあの子を傷つけた…!王国を出た時も、ヨモギの時も、今回だってそう…!俺は…本当にダメな兄だッ……!!」

 

それでも、俺は簡単に膝をつく訳にはいかないのだ。今はここまでやって来てないが、きっとすぐにでもキュリアは生息域を急激に拡大し、やがて王都にまで到達する事態となるだろう。いや、このスピードだと周辺諸国はおろか、カムラの里にすら広がる可能性もある

 

そうなる前に早く、ガイアデルムを討伐しなければ…!

 

「…そうやって、何もかも背負い込まないでください」

 

そう言いながらフィオレーネは俺の手を取り、真摯に語り掛けてくる

 

「不甲斐ない騎士ではありますが、貴方様には我々王国騎士がいます。カムラの里の仲間もいます。もっと、ご自愛ください」

「…全部、終わったらな」

 

もう、こんな悲劇はたくさんだ

 

チッチェも、ヨモギも、お母さんも、民も、フィオレーネ達王国騎士も…シキでさえも俺が守護(まも)らねばならぬ

 

そう……()()()()()()()()()



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24話

フィオレーネに案内され、着いたのはひとつの小屋

 

扉を開けると夜の暗黒をランプの光が切り裂く。中には巨大なテーブルの上に見覚えのある地図が置かれていて、そのテーブルを囲うようにシキ、ガレアス、バハリ、アルロー、多くの騎士と、そして…

 

「あ……お兄ちゃん…」

「ヨモ…!?ここにいたのか!」

 

さっきの病院内では見掛けなかった妹分の姿に思わず駆け寄る。だがヨモギの左腕には包帯が巻かれており、体調が悪いのか、良くない顔色の状態でソファに寝転がっていた

 

「まさか、ヨモもキュリアに…!?」

「だ、大丈夫だって。1回咬まれただけだし、薬も飲んだからちょっと体がしんどいだけだよ」

「そ、そうか…」

 

一瞬俺を気遣って嘘をついてるんじゃないかと思ったが、俺は彼女を信じることにした

 

振り向けば、普段以上に顔を強ばらせたガレアスと、飄々な表情をなくしたバハリ(ブラザー)の姿が

 

「っ……王子…」

「かなり早かったねテッカ。…その様子だと、随分無理したんじゃない?」

 

軽口を叩くバハリ(ブラザー)だが、頭のいい彼が眉間に皺を寄せている状態から見るに、どうやら相当ヤバい状況なのだと見て取れる

 

そう考えていると、テーブルの奥にいたガレアスが前に出てくる。そして膝を着き、こうべを垂れて、俺に謝罪してきた

 

「王子、誠に、申し訳ありません」

「提督…!?」

「貴方様から忠告を受け取っていたにも関わらず、我々はエルガドを守る切るどころか、チッチェ姫にも重傷を負わせてしまいました…恥ずべき失態で」

「ガレアス…今は、そういうのは……いい」

 

ガレアスの謝罪を無理やり打ち切る。あんな事があった後だというのに、優秀な部下が頭を下げて謝ってくる事実に心が締め付けられる

 

違う、お前達は何も悪くない、みんな頑張ったじゃないか。こんな異常事態、何も知らないお前達の誰が予測出来るというのか。今回の襲撃を唯一予測出来る情報を持っていながら呑気に茶を飲んでいた、俺が悪いというのに

 

「王子…?」

「それより、状況はどうなっている?…早く」

「……ハッ!」

 

立ち上がったガレアスが元の位置に戻ると、バハリ(ブラザー)が咳払いをしてから情報を伝え始める

 

「まず、今回群れを成して現れたキュリアは、エルガドを始めとした近辺の村にも出現して、被害を齎している。幸い、今のところキュリアに咬まれた者は多くいれど死者は出ちゃいないが…被害域の拡大を考えれば時間の問題だろうね。それに、人間への被害はその程度で済んでいるけど、逆にモンスターや家畜への被害は凄まじいの一言だ。竜車を引っ張るメルクーやアプトノスは全滅だし、フクズクだって何匹かやられた」

「…キュリアの規模は?」

「分からない……いや、正確には数え切れない。なんせ短時間でエルガド全域の空を覆い尽くすレベルの数なんだ、あの数が全部だったと仮定しても、簡単に減らせる数じゃない…」

「そうか…城塞高地の様子は?」

「それなら数時間前に…」

 

“キャ─────ッ!!”

 

「「!!」」

「今の悲鳴は!?」

 

ガレアスが指示を飛ばす…よりも先に、扉を蹴り開けて声がした方角へ最短距離で突っ切る。その後ろから、コンマ数秒遅れて反応した弟子が追走してくる

 

そして辿り着いた先には、街に侵入したティガレックスが、今にも住民を喰い殺さんと言わんばかりに大口を開けている姿が見えた。馬鹿な!人が住む街にも、狩り場のキャンプと同じようにモンスターを寄せ付けない臭いで囲っている!それなのに何故!

 

「シキッ、合わせろ!」

「はいっ!」

 

謎は一旦捨て置く。ティガレックスの真ん前に立ち、同時に“水月の構え”をとる

 

迫り来る轟竜の(アギト)を刀身と糸で受け止め、2人で放ったカウンター斬りが、ティガレックスを誰もいない街の外にまで吹き飛ばす

 

「よし!このまま操竜して遠くまで…」

「待ってくれ師匠!あれは…」

 

運ぶ、と口にしようとしてシキに遮られた。そしてシキが向ける視線の先に追従すると、ただ吹き飛ばすという軽い攻撃を受けたにも関わらずティガレックスは四肢を崩れ落とさせて倒れ、徐々に悲鳴が小さくなり…

 

ズズゥン…

 

「…は?」

 

俺は思わず呟いた。だって、轟竜だぞ?飛竜種の中でもタフさと獲物を諦めない執拗さは指折りなモンスターだぞ?なのに、あれだけの攻撃で絶命するなんて

 

だがそんな俺の疑問は、轟竜の死体から飛び出した、複数の紅く光る飛翔体を見る事で解決した

 

「キュリア!」

 

命の簒奪者は悠々と空高くまで飛んで、城塞高地の方角へ去っていった

 

「ティガレックスが暴れていたのはキュリアが原因か…!」

「だから街に侵入して…」

「王子!シキ殿!」

 

キュリアへの予測を考える最中、遅れてやってきたフィオレーネが冷や汗を垂らしながら膝をつき、その緊急事態を伝える

 

「城塞高地を中心とした近辺にて、50は優に超える数の大型モンスターが暴れているとの報告が!」

「50…!?」

「何それ!?いくら何でも多過ぎじゃない!?」

「しかも暴れているのはリオレウスやベリオロスの他、ジンオウガやセルレギオス、ヤツカダキ亜種にエスピナスなどの生態系でも上位のモンスターばかり…!更には王域三公のガランゴルムやルナガロンも確認されていますっ!!」

「バカなっ…!!」

 

家臣から聞かされた報告に俺は戦慄する。だって、どう考えても想定を遥かに上回る被害なのだから。しかも城塞高地を中心という言い方だということは、周辺も似た被害が出ている可能性があり、範囲もこちらの予想以上のスピードで拡大しているという事になる

 

「っフィオレーネ!城塞高地周辺の地域に騎士達を配置し、モンスターの進行を食い止めるよう指示を!」

「それならば既にガレアス提督が!」

「…判断が早いな…流石ガレアス」

 

やはりアイツは、今後の王国にも必要な人材だ

 

ならばやはり…俺のやるべき事は一つ

 

「っ…!? 王子、どちらへ!?」

「騎士達がモンスターの軍勢を抑えている間に、城塞高地内で暴走しているモンスターを全て()()してくる」

「討、伐……!?よ、よろしいのですか!?」

「何がだ?」

「いえ…王子は…その…」

 

言い淀むフィオレーネの様子に、彼女は普段から命を狩る事を避けている俺が、それを行うことで俺が心の傷を負う事を心配しているのだろうと悟る

 

確かに、俺は余程の事がなければモンスターを殺す事を避けている。しかしそれは、殺すのが嫌なのではない。()()()()()。二度と同じ過ちを犯さない為の、己に課した縛り、自縄

 

それに、今がまさにその余程の事態だ。今ここでキュリアの吸命行動を止めなければ、城塞高地どころか、王国全域の命がガイアデルムの糧にされるだろう

 

「大丈夫だフィオレーネ、ちゃんと割り切れる。お前が考えるような状態にはならないさ」

「………分かりました。しかし、決してご無理はなさらないようお願い致します」

「…善処する」

 

分かった、とは言わなかった。これから為す事を考えれば、命が幾らあっても足りない。しかし、その犠牲を絶対に民に押し付けてはいけない。騎士達にも死んでほしくない。俺がやらねば…!

 

「行くぞ、ついてこい」

 

フィオレーネとシキを連れて、城塞高地に向かう

 

 

 

骸がそこらに散見していた。小さな生き物(環境生物)から大型モンスターまで、見境なく散らばっていた。中には互いに牙と爪を食い込ませ、喰い合う形で力尽きた亡骸も転がっている

 

地獄という言葉を実体化することが出来るならば、目の前に広がる光景こそ、まさにそれだと言えた

 

「ひどい…」

「…これほどとは…」

 

2人が端正な顔を歪ませながら呟く

 

だが、まだだ。死体は夥しいほどあるが、大型モンスターのものが極端に少ない。他のエリアに散らばっていたとしても、かなりの数が生きているだろう

 

「おそらくキュリアに蝕まれたモンスターは、さっきのティガレックスみたく死ぬ一歩手前まで弱ってるハズだ。ここは3人に別れて各個撃破する。フィオレーネはこの近辺の城塞エリア、シキは向こうの森林エリア、俺は1番離れた氷山エリアに向かう。終わった後の集合地点はこの広場。もし欠けていた者がいる場合、最も近いエリアに救援に向かい、それでも尚戻ってこない者がいれば2人で最後の1人の救援に向かう…何か提案はあるか?」

「一つだけ」

 

スっと手を挙げるのはフィオレーネ

 

「もし自分の実力でどうしても対処出来ないモンスターがいた場合は、即座に引いて他の者と合流する許可を」

「良いだろう。…決して無理はするな。いいな?」

「師匠こそ」

 

弟子の軽口を笑って受け止めながら、足を力を篭める

 

「では、やるぞ!」

 

直後、俺達は三方向に散っていったのだった



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