金木研の奇妙な冒険 (ゲンブン)
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ジョジョラーの誇り

需要があるか不安ですが、楽しんでいただけたら幸いです。



 ――母が死んだ。

 

 夕暮れ時の小学校の帰り道、金木研は独りで家に向かっていた。

 俯いている顔はどこか寂しげで、憂鬱そうだった。その足取りは重い。

 日も落ちかけ、本来であれば、とっくに家に帰りついているはずの時間である。

 トボトボと歩いていると、目の前に影が差す。何だろうと思い、顔を上げると、そこには自転車に乗った永近英良がいた。

 

「あれ? カネキじゃん。どうしたこんな時間に?」

「ヒデ……!」

 

 カネキは孤独だった。

 父を四歳の頃に亡くし、そして十歳で母も亡くなった。

 病気でもなんでもなく過労で死んだのだ。

 引き取られた叔母の家では歓迎されず、むしろ悪意を向けられている。

 家に居場所はなく、引っ込み思案な性格のためか友達も少ない。そんな金木を支えてくれたのは親友であるヒデだった。

 

「べ、別に何でもない。ヒデこそ、どうしてこんなとこにいるんだよ?」

 

 家に帰りたくないから、わざと寄り道していた――などと、正直に話す気にはなれなかった。単純に心配をかけたくないというのもあるが、ヒデに情けない姿を見せたくないというプライドが邪魔をしたのだ。

 ヒデは直感的にカネキが強がっていること、それを自分に悟られたくないとカネキが思っていることに気づいた。

 

「いや、俺はマンガ買いに行った帰りだぜ」

「そうなんだ…ここの近くの本屋さんに行ったの?」

「おう! カネキも、たまには難しい本ばっかじゃなくマンガとか読んでみろよ」

 

 気づいてしまった以上は、気づいていないフリをしよう――ヒデはカネキの下手な話題変換に乗っかることにした。

 

「僕はマンガはあんまり……」

「そんなこと言わねぇで読んでみろって。騙されたと思ってさ」

「お小遣い少ないから買えないよ」

「じゃあ貸してやるよ! えーと、今持ってるマンガは……」

 

 ヒデは、リュックに手を突っ込み、がさごそと探る。そして、一冊の漫画を取り出した。

 

「あーこれか。カネキには合うかな」

「……見たことないね、どういうマンガ?」

「なんか凄いマンガだな」

「なんだそれ? 全然わかんないじゃないか」

「うまく説明できないんだからしょうがねーだろ。うっかり内容を教えちゃったら面白くねーし」

 

 ヒデから手渡されたマンガをじっと見る。そこには二人の青年と犬が描かれていた。

 絵は世代が少し違うような感じで、あまり面白そうには見えなかった。

 

「ヒデ、これ、ちょっと昔のマンガなんじゃない?」

「そうだな、家にあったのをなんとなく持ち出してきただけだし。俺は読んではみたけど好みが分かれるんじゃねーかな」

 

 カネキはページを捲り、少しだけ読んでみた。その独特な絵や台詞に、ちょっとだけ興味がわく。

 

「やっぱし違うのにすっか?」

「……いや、いいよ。これを貸してくれる?」

「おお、いいぜ! 続きも何冊か貸してやるよ」

 

 ヒデはリュックからさらにマンガを取り出し、カネキに渡す。それを背負っていたランドセルに入れるとパンパンに膨れてしまった。

 

「お、重い」

「そんくれー我慢しろって。んじゃ、俺はそろそろ家に帰んなきゃいけねーから行くな! また明日!」

「う、うん」

 

 手を振りながら自転車で走り去っていくヒデを見て、カネキは小さく笑う。

 他愛もないおしゃべりだったが、ほんのちょっとだけ元気が出た。カネキは心の中で親友に感謝する。

 

「……僕も帰るか」

 

 家に帰ったら、このマンガを読んでみよう。

 

 この“ジョジョの奇妙な冒険”を。

 

 

 ――八年後、彼はジョジョラーとなっていた。

 

 東京都二十区にはとある喫茶店がある。

 そのシックな店先には「あんていく」と書かれた看板。

 昼下がりのこの時間。店内にはそこそこの客が入っていて、その中にはカネキとヒデの姿もあった。

 二人は店に置いてあるテレビでニュースを見ており、その内容は二十八日に起こった喰種による捕食事件についてだった。

 

「おっかねぇなー高田ビルって結構近いぞ…」

 

 ニュースでは胡散臭い喰種研究家が個人的な見解を述べている。

 ヒデは喰種について雑談でもしようと思い、カネキに顔を向けた。

 だが、カネキはテーブルのコーヒーに向かって、

 

「クン! うーむ、これはコーヒーだコーヒーの香りがする」

 

 などと言っていた。わけがわからない。

 

「そりゃそーだろ。喫茶店だし、注文したコーヒーが目の前にあるもんな」

 

 ヒデは喰種のことを話そうと思っていたのに、ついツッコんでしまった。

 カネキはコーヒーの香りを楽しんだあと、口をつけてじっくりと味わう。ヒデは、ちょっと呆れていた。

 

「……まーいいか。カネキが変なのは平常運転だし」

 

 ヒデは友人の奇行には慣れているらしく、あまり気にしなかった。それよりも話したいことがあるのだ。

 

「でさ、喰種の話だよ! 喰種!」

「屍生人じゃなくて?」

「…ジョジョもほどほどにな」

 

 ヒデが本格的に呆れているのを見て、カネキは素に戻ることにした。

 

「ごめん、さっきジョジョ読んじゃったからさァ」

「あーはいはい、わかってるって」

「で、喰種の話だっけ?」

「おう、ヒトに化けてるらしいぜ」

「日光が弱点だったりしないかな」

「いや、それ吸血鬼。そーじゃなくて喰われないように気をつけろって話だよ」

「大丈夫だ、いざとなったら波紋で倒す」

「現実を見ろ。お前はただの大学生だ」

 

 二人の会話はいつもこんな感じであった。

 

「なぁなぁ、話は変わるけどよ。あの子かわいくね?」

「ん……? あぁ、バイトの子か。確かにね」

「名前、なんていうんだ?」

 

 カネキが知らないという風に首を振ると、ヒデは何を思ったのか、

 

「すいません!」

 

 と、店に響くほどの大きな声でバイトの子を呼んだ。

 

「はーい」

「注文いいですか!? 俺カプチーノ、お前は!?」

「僕も同じのを頼みます」

「カプチーノ二つ…」

 

 バイトの子が注文を書いていると、またもヒデが声をかけた。

 

「あーすいません。お名前なんて言うんですか?」

「霧島トーカですけど…」

 

 ヒデは霧島トーカという名前を聞くなり、勢いよくトーカの手を取る。

 

「霧島さんはッ恋人はいるんで…ッつぁ!」

 

 恋人の有無を質問しようとしたヒデだったが、耳に痛みが走り、言葉を遮られた。

 

「ッたく、何やってんだよヒデ」

「ちょッ! 耳、引っ張んなって!!」

「店員さんに迷惑かけちゃダメだろ? スイませェん…よく言っときますから」

 

 カネキが謝ると、トーカは苦笑いしながら店の奥へ戻った。

 

「はぁー、恋人がいるのか聞きそびれた……」

 

 グデーッとテーブルに突っ伏すヒデ。それを見て今度はカネキが呆れる。

 

「そんなに気になったのか?」

「そりゃあ、健全な十八歳なら気になるだろ!」

「そうかな?」

「そうなんだよ。カネキはもう少し恋愛というものを知れ」

 

 確かに僕は恋愛をしたことはないが、ヒデは積極的すぎるような気がする――などと思いつつ、カネキはふと、店の出入口に目を向ける。

 そのとき、ちょうど眼鏡をかけた女性が入ってきた。カネキは彼女のことを何度か店で見かけたことがあった。

 

「なんだ、カネキの好みはああいう子かよ? すげー美人じゃん」

 

 カネキが女性を見ていることに気付いたヒデが、ニヤニヤしながらからかってくる。

 

「そんなんじゃあないけど……なぜか最近、僕と同じ時間に来るんだよな、あの人」

「つまり彼女が、お前に会うために来ているのではないか、ということか……自意識過剰なんじゃねーか?」

「失敬だな、ヒデ。そういう意味で言ったんじゃあないぞ」

 

 カネキが誤解を解こうとするが、ヒデはニヤニヤしている。おそらく変な勘違いをしているのだろう。

 もう一度、耳でも抓ろうかとカネキが考え始めたとき、ヒデが店の時計を見て、ハッと立ち上がる。

 

「やっべッ! そろそろバイトの時間じゃん!」

「おいおい……急げよ」

 

 ヒデは残っていたカプチーノを一気飲みすると、

 

「じゃあな! カネキ!」

 

 と、言って慌ただしく店を出ていった。

 いつものことながら騒がしい奴だな――そんなことを思いながら、カネキはカプチーノに口をつける。

 深い意味はないが、なんとなく気になったのでさっきの女性を見やる。彼女は高槻泉の作品である黒山羊の卵を読んでいた。

 偶然だろうが、その作品はカネキが読み進めているものだった。今も手元にある、それを見てカネキは少し考える。

 

 なぜ、彼女のことが気になるのだろうか?

 なぜ、彼女は僕の事を気にする素振りをするのだろうか?

 

 カネキは漠然とした違和感を感じていた。

 なんとなく観察されている気がする。

 確かに知的で魅力ある女性だとは思うのだが、何か裏があるのではないかと勘繰ってしまう。

 何か妙だ。

 しかし、それは本当に僅かな違和感でしかない。

 

(ヒデの言う通り、ぼく自意識過剰気味なのかなァ?)

 

 違和感は、カネキが黒山羊の卵の内容に没頭し始めると、どこかに消えてしまった。

 本に集中していると彼女がこちらに歩いてくる。そのとき、彼女の手とカネキの本がぶつかってしまった。

 

「あっ」

「あっ」

 

 二人の声が被る。

 カネキはうっかりと本を落としてしまった。

 彼女は謝りながら、カネキの本を拾った。そしてカネキが自分と同じ本を読んでいることに気付く。

 彼女はカネキに笑顔を向けた。

 

「これ面白いですよね。私もちょうど今読んでて…」

 

 

 あれから、カネキは彼女に遊びに誘われ、人生初のデートを楽しんでいた。

 彼女と本の話題で盛り上がり、休日に本屋へ行くことになったのだ。

 彼女の名前は神代利世というらしい。

 昼食を二人で食べた後は、本屋に行きオススメの小説を教えあった。

 同い年、同じ血液型、おまけに読書の趣向まで似ている。そんな彼女との休日はカネキにとって、とても有意義なものであった。楽しいものであった。

 夜、家に帰る途中でリゼが『喰種が怖い』と言ったときには紳士として家まで送ってあげることにした。

 『恋愛』というのはこういうことをいうのかと、けっこう呑気してた。

 つまり! 浮かれていた! 油断していたッ!

 彼女のことを、まったく警戒していなかったのだ!

 そして今、カネキは全力で走っていた!!

 

「アハハ…待ってェ…」

 

 人間の死肉を漁る化け物――喰種から必死で逃げていた!

 

(ッぐ! 『リゼさんはまるでエリナさんみたいだ』とか、馬鹿なことを考えていた、さっきまでの自分をラッシュしたいッ!)

 

 なんとリゼは巷で噂になっている化け物――喰種だったのだ。

 カネキは、まんまと騙され襲われているのだ。

 意外なことに頭は冷静だが、このままでは捕まるのは時間の問題だった。後ろからはリゼの足音が聞こえてくる。

 

(せ、迫ってきている! 僕を喰うためにッ! 何か策を練らねば……なッ!?)

 

 その瞬間! カネキは何かに足を取られ、転倒!

 アスファルトに勢いよく、体を打ち付けた。

 固い道路に寝そべったまま足を見ると、そこにはリゼの赫子が巻き付いていた。

 

「くッ! と、取れないッ」

「つかまえた♡」

 

 全力で走っていたのに、もうすでに追いつかれている。

 カネキは、まさか自分がホラー映画のワンシーンのようなことを味わうとは思ってもいなかった。

 

「カネキさァん…“喰種”の“爪”は初めてでしょう…? お腹のなか優しく掻き混ぜてあげますよ…」

 

 リゼは、とんでもないことを笑いながら口走っている。

 カネキは、とっさに近くにあった自分のボールペンを手に取り、

 

「オラーッ!」

 

 リゼの赫子に渾身の力でブッ刺した!

 喰種の強靭な肉体は、その程度ではちょっとの傷もつかない。だが、獲物の予想外の反撃にリゼは一瞬怯んだ。

 その隙に、カネキは全力で走り出す。

 

(今はとにかく逃げなければッ! そして、携帯で助けを……)

 

 そこまで考えたところで、ハッと気づく。

 さっき携帯が入っていた鞄を落としてしまったことに。

 

「し、しまったッ! さっき倒れたときに――」

 

 カネキの言葉はそこまでで途切れた。後ろから赫子による強烈な一撃を受けたからである。

 その攻撃によって、工事中のビルにめがけて叩き付けられた!

 

(……い、意識が。ダ…メだ、ヤツ…が来…る)

 

 吹っ飛びそうになる意識を無理矢理に繋ぎとめる。

 

「…あら死んじゃった?」

 

 リゼは、ゆっくりと確実にカネキに近づいていく。それは死が迫ってくるのと同義だった。

 意識はかろうじてあるが、体はピクリとも動かない。絶体絶命の状況。

 だが! そんなときであっても金木研の性質は変わらない!

 彼は誇り高きジョジョラーであったッ!

 

「ボクのそばに近寄るなああーーーーッ」

 

 そう叫んだカネキは、悲痛な言葉とは裏腹にどこか満足気であった。

 

(この台詞を…心の底から…本気で言えた……悔いはないッ)

 

 別にカネキは死にたいわけではなかったが、どうせ死ぬならジョジョっぽく死にたかったのだ!

 だからこそ断末魔にボスの言葉を選んだのだッ!

 もはやバカだが、これが彼の生き様なのだッ!

 

「ふふッ元気そうでよかったわ。今週喰べた二人とどっちが美味しいかしら…」

 

 だが、そんなことリゼには全く関係がない。

 リゼはもうすでに目の前にいる。カネキは死を覚悟した。

 

 しかしッ運命は彼を生かすッ!

 なんと! 

 リゼの頭上から鉄骨が落下してきたのだッ! 

 

「……あら?」

 

 突然のことに反応できず、リゼは鉄骨に潰されてしまった!

 

「アア……なんで…あ………たッ…が…」

 

 リゼは絶望に染まった表情で呻くと、すぐに動かなくなった。

 カネキは生き残ったのだッ!

 

 

 ――…僕は小説の主人公でも何でもない…ごく平凡などこにでもいる読書好きのジョジョラーだ…

 だけど…

 もし仮に僕を主役にひとつ作品を書くとすれば…

 それはきっと…

 “奇妙な冒険”だ。



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喰種の少女

なんか気づいたらカネキくんが妙に鋭い人になってます。


 あの忌まわしい夜から数週間が経った。

 

 結果としてカネキは死なずに済んだ。

 あのあと鉄骨が落下したことに気付いた人が救急車を呼んでくれたため、一命を取り留めたのである。

 だが、カネキは腎臓の損傷が激しく、移植手術を受ける必要があった。そして移植された腎臓は、なんとリゼのものである。

 幸い、術後も体調に異常はなく晴れて退院することになった。

 病院のエントランスにはカネキと医者以外には僅かな患者や看護師しかいなかった。

 

「それでは、嘉納先生いままでお世話になりました」

 

 数週間の入院が必要だったが、それも今日で終わりだ。カネキは最後にお世話になった医者に挨拶をしている。

 

「うん、お大事にね」

 

 嘉納という医者は人が好さそうな笑みで、それに答える。そこで別れるはずだったのだが、何故かカネキは嘉納の顔をジィィッと見ていた。

 

「…? どうしたんだい、カネキくん」

「……いや」

 

 カネキの奇妙な態度に嘉納は首を傾げる。

 

「あのォ……ちょっと、聞きたいことがあるんですよねェ」

「なんだい? 私にわかることなら答えよう」

「リゼ…神代利世さんのことなんですけど、彼女、何かありませんでしたか…?」

 

 カネキが静かな威圧感を放ちながら、質問をすると嘉納は少し訝しげな顔をした。

 

「いや…彼女には何も変なところはなかったと思う」

「……本当ですか? 移植した腎臓にも?」

「……ああ、なかったよ」

「彼女の検査…とかはしたんですよねェ?」

「もちろん、そして問題ないと判断したから君に移植したんだ」

 

 嘉納は自分のしたことに間違いはないと信じているからなのか、カネキの態度に動じている様子はなかった。

 

「最後に…しつこいようですがね。もう一度聞きます……」

「……」

「医者として貴方の名誉に誓ってくれますね! 嘉納先生ッ!」

 

 カネキは嘘は許さないという風に言葉を叩き付けた!

 随分と不躾な態度だが、嘉納はなんということはないという風に小さく笑った。

 

「いいだろう、誓おうじゃないか」

 

 嘉納は堂々と言い切り、その態度には全く動揺の色が見られない。

 そこでカネキは嘉納に対して頭を下げた。

 

「…ありがとうございます。失礼なことをしました」

「なに、気にすることじゃない。あんな事故があった後だ。精神的な疲れもあるだろうから、無理はしないようにね」

 

 嘉納は穏やかな声音でそう言うと、仕事に向かうためにその場を離れた。

 カネキは病院を出て帰宅するために歩き出す。

 

(嘉納先生に精神的動揺は無いように思えた……)

 

 カネキは歩きながら、さっきまでのことを考える。

 

(あれだけ威圧的な態度で質問したというのに…つまり、リゼさんが喰種だということには気付かなかったのか)

 

 嘉納がリゼのことを喰種だと知っていながら腎臓を移植したのではないか。

 さっきまではそう思っていたが嘉納の態度は嘘をついているとは思えないほど堂々としたものだった。

 カネキは顔を見ただけで嘘がわかったりはしないが、ひとまず信じることにした。

 トゥルルルル。

 そのとき、カネキの携帯がメールを受信した。それはヒデからのものだった。

 

「退院祝いにビッグガール、しかもヒデのおごり…か」

 

 ヒデがビッグガールでおごってくれる。魅力的な誘いだった。

 普段ならば、よほどのことがなければ断ることはない。

 しかし、カネキは断りのメールを送信した。

 

 +

 

 それから暫くしてカネキはスーパーに行き、いくらかの食料品を買って家に帰った。

 家は一人暮らしなため、それほど広い部屋ではないがきちんと整頓されている。本棚には高槻作品や様々な分厚い本があり読書家であることがわかる。

 だが同じ棚にジョジョの奇妙な冒険が置かれているのは、すさまじく違和感があった。

 

「さっそく試してみるか」

 

 まず、カネキは家にあった食べ物とスーパーで買ってきたものをすべてテーブルに並べた。その量は相当なもので一人で食べきることは余程の大食いでなければ不可能だろう。

 

「まずは…これ」

 

 その中から適当にパンを取るとカネキは少しちぎって口に含んだ。

 

「マズい…」

 

 今度は牛乳を飲む。

 

「これも不味い」

 

 リンゴを齧る。

 

「マズいな」

 

 ポテチを食べる。

 

「これもか」

 

 納豆。

 

「ダメだ」

 

 米。

 

「マズッ」

 

 サクランボ。

 

「レロレロレロレロレロレロレロレロ…やっぱマズイ」

 

 ブドウ、イカスミスパゲティ、ヤシの実の果汁、ドネル・ケバブ、ベビーフード、モッツァレラチーズとトマトのサラダ、プリン、ピッツァ、チョコレート、ヒラメのムース、ローストビーフサンド、イタリアン・コーヒー、ごま蜜団子……。

 

「マンずうう~いっ」

 

 思いつく限りの食べ物を食べるが、その全てが吐き気を催す不味さであった。

 カネキはため息を吐く。

 

「病院食が不味かった時点で怪しいとは思っていたけど、まさか何もかもとは……」

 

 それはカネキにとって、とてもショックな事実だった。

 

「ジョジョに出てきた料理が食べられないなんて……あ、それにハンバーグも食べられないじゃないか…OH! MY! GOD!」

 

 辛い、あまりにも辛すぎる事実。カネキはその事実を受け止めたくなかった。

 意外と余裕があるようにも見えるが、それは気のせいだろう。

 

「コールタールみたいにまっ黒でドロドロで同じ量の砂糖を入れて飲む…そんなイタリアン・コーヒーが好きだったのにィーッ!」

 

 カネキが叫ぶと、隣の部屋から『うるせーッ』という怒鳴り声が聞こえてきた。どうやら近所迷惑になってしまったらしい。

 だが今のカネキにそれを気にする余裕などない。

 テーブルにある料理は片づけて空腹を紛らわすために外に出た。

 

「もう夜か…結構長いこと味見をしてたんだな」

 

 外はもうすでに暗い。しかし、家の中に籠っていてもなにもすることはない。

 特に目的があるわけではないが夜道を適当に歩く。

 

(僕がこうなってしまった原因は……やっぱり、移植された腎臓だよなァ)

 

 カネキは歩きながら自分が食べ物を食べられなくなってしまった原因を考え始めた。

 病院で食べ物が食べられなかったとき、最初は不思議なだけだった。しかし、リゼの腎臓を移植されたということを聞いたときカネキは何となく気づいてしまった。

 

(ジョジョの奇妙な冒険では吸血鬼のエキスを体に注入されると、注入された者も吸血鬼になるという話がある…僕の場合は喰種の腎臓だけど、おそらく同じことが起こったんだ)

 

 つまり喰種であるリゼの腎臓によって自分は喰種になってしまった、というのが、カネキの考えであった。

 

(入院中に喰種のことを少し調べたけど、“ヒトの食べ物は食べられず、ヒトからしか栄養を摂取できない”とあった…もし僕が喰種になってしまったとすれば……)

 

 そんなことを正直に人に言えば喰種捜査官に捕まるかもしれない。

 おそらく、良くて喰種収容所で一生を過ごすか、悪ければ殺されるか実験動物だろう。

 いずれにせよ、いい結末は想像できない。楽観的に考えることはできなかった。

 

「だからといって、喰種として生きていくというのはなァ……ん?」

 

 カネキは何か揉めている二人を見つけて足を止める。高校生くらいの少女にサラリーマンらしき男が絡んでいるようだ。

 

「遊んでくれよぉ」

「ちょっと…はなしてっ…」

 

 場所は人気のない暗い路地で、見るからに男は酔っており腕をつかまれた少女は困っているようだった。

 そのうえ、少女のことをカネキは見知っていた。

 

(あの子、あんていくのバイトの子じゃあないか…確か“霧島トーカ”って名前だ)

 

 女性が男に襲われている。これを見捨てることは紳士としてあるまじき行為である。

 脳裏に浮かぶのは、ジョジョの奇妙な冒険の主人公であるジョナサン・ジョースターがいじめられていたエリナを助ける場面。

 カネキは空腹だったことも忘れトーカを助けるために走りだした。

 

「やめろォ!! 彼女を離してやるんだ!」

 

 カネキは男に全力でタックルをした!

 すると、男は猛牛の突進を受けたかのように、ドッガアアアーン!!と、ぶっ飛んだッ!

 錐揉みしながら舞う男!

 

「がッ…!」

 

 男は勢いよく地面に突っ込み、そのまま動かなくなった。

 隣にいるトーカは呆けている。ついでにカネキも呆けていた。

 

「……え?」

 

 カネキは自分でやったことにも関わらず呆然としていた。

 確かに全力でタックルしたが、これほど派手に男がぶっ飛ぶとは夢にも思わなかったのだ。

 

「えーと…ありがと」

 

 トーカが話しかけてきたおかげで、カネキは我に返る。

 

「ああ、いや気にしないで」

 

 カネキはそう言いながら男の方に向かった。生死の確認のためだ。トーカを助けるためとはいえ殺してしまっては後味が悪すぎる。

 男を観察すると、しっかりと呼吸をしており気絶しているだけのようだった。カネキが安堵したとき背後のトーカが口を開いた。

 

「そいつ…喰うの?」

「……なに? 喰う…だって?」

 

 あまりにも自然にトーカから喰うという単語が出たことでカネキは耳を疑った。

 しかしトーカは何食わぬ顔で話を続ける。

 

「え、いや、アンタ喰種でしょ…? 喰うためにこのおっさん、仕留めたんじゃないの?」

「まて…なぜ、僕が喰種だと思った…?」

「そりゃ匂いだけど…つーか、アンタどっかで……アレ?」

 

 そこで言葉を切ると、トーカはカネキの顔を確認し、そして気づく。

 

「アンタ…何で喰われてないの?」

「……!」

「えっ…だってリゼに………? でも、その眼…」

 

 カネキは若干混乱しながらも、状況を理解し始めた。

 

(彼女はリゼさんを知っている…そしてヒトを喰うことを当然とし、さらに“匂い”という発言! 彼女も喰種と考えて間違いはないッ!)

 

 トーカが喰種だったということには確かに驚いた。しかしカネキにとって一番重要なことは他にある。

 彼女はなにがなんだかわからないという顔をしているが、そんなことには構わずカネキは口を開いた。

 

「まさか、君が喰種だったとはね……」

「…ッ」

 

 トーカは奇妙な威圧感を感じ息をのんだ。気のせいかドドドドドという音が聞こえる気がする。

 トーカはカネキを得体のしれない相手と判断し警戒を強めた。その際に紅く染まった瞳は彼女が喰種だということを如実に表している。

 カネキは腕を前に突き出し、待ったをかけた。

 

「オイオイオイオイ…野良猫みたいに警戒するんじゃあない」

「…アンタみたいなの警戒するなって方が無理があるんだよ」

「そりゃあ、君からしてみれば『人間だったはずの男が喰種になってて驚きッ』ってかんじだろうけどさァ。ここはひとまず僕の質問に答えてくれないか?」

「……そんなん質問しだいだろ」

「たいしたことじゃあない…聞きたいことは色々あるけど重要なのは、たった一つだけさ……」

 

 カネキは一呼吸置いてから眼光を鋭くした。

 

「君は敵かな?」

 

 もし敵ならば容赦せん――と言わんばかりの威圧にトーカは冷や汗を流す。もしも戦ったとしても負ける気はしないが何かヤバいと喰種の本能が告げていた。

 

「…喰種であることがバレたからには殺す……でもそれはアンタがただの人間だったらだ」

「とりあえずは敵じゃあない…ということか」

 

 カネキから威圧感がフッと消える。どうやら戦うという展開は避けられたようだ。

 

「次は私が質問する……アンタ人間だったはずだろ。何があったんだよ?」

「……少し話が長くなりそうだから場所を移そう…いいかな」

 

 もう夜も遅い。路地で長話はする気になれなかった。

 トーカは警戒心からか少しだけ迷う様子を見せたが、

 

「…わかった」

 

 と了承した。

 

 +

 

「……つまり、リゼの臓器を移植されたから喰種になった、ってこと? 信じらんないんだけど…」

「僕だって信じたくないけどそうとしか考えられない…それより僕は喰種があんていくに集まっていたってことに驚いたよ」

 

 カネキとトーカは適当な公園に場所を移し情報交換をしていた。夜の公園に人はいない。

 二人がベンチに腰かけて話をしている様子は意外と穏やかなものだった。

 

「ところで、喰種って人間以外食べられないのかな? 身近にあった食べ物は全部食べてみたんだけど、ぜんぜん食べられるものがないんだ」

「ああ、基本は人肉しか食べられないから。でもコーヒーなら飲める。だから喰種が喫茶店やってんだよ」

「ん? おかしいな、コーヒー飲めなかったけどなァー」

「…砂糖とか入れたんじゃないの?」

「あ、入れた…砂糖たっぷりのイタリアン・コーヒーさ」

「それじゃ無理に決まってんじゃん」

「マジィ!?」

 

 コーヒーに砂糖を入れられないことでガクッとうなだれるカネキ。トーカは呆れたような顔をした。

 

「…ずいぶん呑気だな」

「え、いやいやいや僕のショックはなかなか大きいよ。呑気じゃあないって」

「呑気だろ、そんなどうでもいいことでショック受けるなんて」

 

 カネキはそうかなァという感じで首を傾げている。トーカはため息を吐くとベンチから立ち上がった。

 

「とりあえず、今度あんていくに来いよ。店長が面倒見てくれると思う」

「ああ、そうするよ。今日はありがとう」

「別にたいしたことじゃないし……じゃあな」

 

 そういうとトーカは公園から出ていき、それに続くようにカネキも家に帰ることにした。

 今日は少し疲れたから家に帰ったらゆっくりしよう。

 

「んじゃ、帰ってジョジョでも読むかな」

 

 カネキにとってのゆっくりはジョジョを読むこと。

 どんなときでも彼は相変わらずのジョジョラーである。



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殺戮の女王

今回はカネキくんのジョジョネタ控えめかもしれないです。

〈追記〉大変申し訳ないのですが、後の物語に影響がでてくるミスがあったために大幅に改稿しました。大きな変更点はカネキが物語の後半に登場しないという点です。何卒ご了承頂けると幸いです。


 その日、カネキはあんていくに向かっていた。

 あんていくは表向きはただの喫茶店で人間の客もよく訪れるが、実際は二十区の喰種が集う場所でもある。

 喰種となってしまったカネキが一人で生きていくには、あまりにもわからないことが多い。そのため、トーカに勧められ、あんていくを頼ることにしたのだ。

 

「……そもそも、あんていくに通わなければ喰種に目をつけられることもなかったと考えれば、少し複雑だなァ」

 

 ブツブツと呟きながら歩いているカネキの顔は少々不機嫌そうである。

 それもそのはず、彼は楽しみにしていた高槻泉のサイン会に行かずに、あんていくへ向かっているからだ。

 最も好きな漫画はジョジョの奇妙な冒険だが、最も好きな小説は高槻泉の作品。それほどに敬愛している作家のサイン会が今日だったのである。

 最初は空腹をコーヒーで抑え、サイン会に行こうと思っていたのだが、大学で周囲の人々が美味しそうに見えてきたので断念した。

 

「サイン会、行きたかった…」

 

 未練たらたらだが、そんなことはお構いなしに腹は減る。

 もしうっかりして人を食べてしまってはサイン会どころではない。諦めるしかないのだ。

 カネキが、どうしようもないことを考えながら角を曲がるとあんていくの看板が目に入った。

 そのまま、あんていくの扉の前まで歩き店内を覗きこむと、そこにはチラホラと客の姿が見える。

 

(あの中に喰種がいるかもしれないとは考えたこともなかった……警戒心が薄かったというわけか)

 

 トーカはひとまず信用できそうだったが、リゼの件もあるため喰種を無条件で信頼するというわけにもいかない。

 しかし頼らないわけにもいかないのが厄介なところだ。

 多少の覚悟を決めてカネキは扉を開けた。

 

「いらっしゃいませ…ってアンタか」

 

 行儀よく挨拶をしたトーカは店内に入ってきたのがカネキだとわかると、途端に素に戻った。

 

「やぁ、トーカちゃん。さっそくで悪いんだけど店長に会わせてくれる?」

 

 カネキがそう頼むと、トーカは忙しそうにしながら、

 

「ちょっと手が離せねーんだよ。店長なら奥にいるからアンタ一人で行ってて」

 

 と言って店の奥を指さす。

 ぶっきらぼうな態度だが、邪魔をする気にはならないので、カネキは「わかった」とだけ告げて奥へ向かうことにした。

 店の奥に入ると、そこには何やら作業をしている店長、芳村の姿があった。

 芳村はカネキに気づくと作業を中断した。

 

「君がカネキくんだね?」

「そういう貴方は芳村さん」

 

 二人は笑みを浮かべながら挨拶を交わす。

 

「何度か会っていますけど、ちゃんと挨拶するのは初めてですね」

「君とは、お客さんとしてしか接したことがなかったからね」

 

 カネキが客として訪れていた頃の芳村の印象は『風格のある老紳士』だった。

 それは今も変わりはしないが、改めて話してみると底知れない力を感じる人だと思った。

 

「しかし、リゼちゃんの臓器を移植されるなんてね……大変だったろう」

 

 芳村のその言葉にはまぎれもなく、労りの気持ちが込められている。カネキは意外そうな顔をした。

 それに気づいた芳村はカネキに問いかける。

 

「どうしたんだい、カネキくん」

「…いえ、なんでも……」

 

 カネキは二十区の喰種を管理している男が、こんなにも物腰柔らかだとは思っていなかったため少し驚いてしまったのだ。

 ある程度、威圧的な態度を取られるのではないかと勘ぐっていた。そんな様子をどう捉えたのか、芳村は穏やかに笑った。

 

「“喰種”同士助け合う…それが私たちの方針なんだ。遠慮せずに頼ってほしい」

「……僕は元人間だったというのに、いいんですか?」

 

 若干、試すようなカネキの視線に芳村は笑顔で答えた。

 

「もちろんだとも」

 

 信頼できるかは、まだ分からないが、その言葉に嘘はないように見える。

 ひとまず、カネキは今後の相談を始めることにした。

 

 +

 

「これが人間の肉……ねェ」

 

 カネキは自宅にて、肉の包まれた袋をテーブルに置き、ジッと見つめている。

 あんていくでは主に食事の相談をした。そのときに渡されたのがこれである。

 もらって帰ってきたはいいものの、カネキは食べれずにいた。

 

「最悪、ジョジョのタルカスみたいに子どもを生きたまま絞って血を飲むくらいのことはしてるのかと思ってたけど、それよりは全然マシだなァ……」

 

 カネキの恐ろしい想像とは違って一安心というところだが、それでもすぐに食べる気にはなれなかった。

 袋から中身を取り出してみると見た目からは人の肉だということはわからない。そもそも人の肉を見る機会もないため当然かもしれないが。

 香りは芳ばしく食欲をそそるのだが、やはり躊躇ってしまう。

 

(でもなァー、トーカちゃんが飢えると理性が飛んでヤバいって言ってたし……背に腹は代えられないか)

 

 周囲の人々を襲うくらいならば喰わなければならない。下手をすれば、長い時間を共に過ごしているヒデが犠牲になるかもしれないのだ。

 カネキは恐る恐る肉を掴み口元に持っていく。

 

「…ハァー、ハァーー……くッ」

 

 荒い呼吸をしながら意を決して口に含む。

 そして前歯で少しだけかじり咀嚼した瞬間! カネキに衝撃が走ったッ!

 

「何だこれはぁぁーーッ」

 

 その圧倒的な快楽はカネキの理性を飛ばしかねないほどだった!

 片方の瞳が紅に染まり、喰種としての食欲が湧いてくる。

 

「ンマイなあああッ!!」

 

 カネキの叫び声が部屋に響き渡り『てめーッまたかァ!』という怒鳴り声が隣の部屋から聞こえてくる。

 近所迷惑である。

 カネキは今度は一切躊躇いなく、肉にかぶりつく!

 みるみるうちに肉はなくなっていき、少しすると全て腹に収まっていた。

 

「…ッ! ……思わず食べつくしてしまった」

 

 我に返ったカネキはあまりのうまさに驚いていた。今ならば、リゼという喰種が自分を喰おうとした理由が少しだけ理解できた気がする。

 

(……だが気分はよくないな)

 

 人の肉に夢中になってしまったという事実はカネキの気分を憂鬱にした。しかし、それを乗り越えなければ生きていけないのだ。

 

 

 その夜、とある裏路地で喰種による殺人が行われた。

 特別珍しいことではない、喰種は個体差はあれど月に一回程度は食事をしなければ生きていけないのだ。

 その喰種は紫のスーツに特徴的なネクタイ、そして金髪の男だった。かなり奇抜な服装だ。

 彼の前には三十代と思われる美しい女性が横たわっていた。その女性から片方の手首を切り取るとソレを袋で包み、鞄の中に詰め込んだ。

 そして彼は女性の体を喰い始めた。

 まずは、残しておいたもう片方の手首をしゃぶり、肉を喰う。多くの血が滴り落ち、それはホラー映画さながらの光景だった。

 しかし、ただの人間ならば恐怖するような光景も他の喰種にとっては何ということはない食事風景である。

 そしてその食事風景を見て、怒りを滾らせている喰種がいた。

 

「……アンタ、ここが誰の喰場だかわかってんのか?」

 

 男の背後から怒気を孕んだ声を出すのは、眼鏡をかけた青年。彼もまた喰種である。

 いつの間にか後ろにいた青年に男は特に驚きもせず、静かに食事を続けていた。

 

「わかっているとも…私の喰場だ……もしかして奪いにでも来たのかい?」

 

 淡々とした口調の物腰柔らかな男。

 普段ならば良い印象を与えるソレは青年の苛立ちを加速させる材料となった。

 

「俺の喰場だ! 元々なッ!」

 

 青年は荒々しく言い放つと、男に渾身の蹴りをくらわせようとする。しかし、男も黙ってやられるようなことはない。

 

「ふん、程度が知れるな」

「ぐッ!? テメーッ!」

 

 青年に合わせて男も蹴りを放ち、相殺したのだ。青年は少なからずショックを受けていた。

 スーツは独特だが、雰囲気は平凡なサラリーマンという男に自慢の蹴りを止められるとは微塵も思っていなかったのだ。

 男は不敵に微笑んだ。

 

「君の考えていることを当ててやるよ」

「あぁ?」

「ここはこの間まで“大食い”という喰種の喰場だった…特に人付き合いのいい方ではないからよく知らないが強かったらしいね」

 

 青年は何かを思い出したのか、舌打ちをする。

 

「……あの糞女が何だってんだ」

「その反応から察するに、君はここを彼女に奪われたんだろう? だが彼女が死んで君は戻ってきた。すると、そこに私がいて狩りをしていたためにムカッ腹が立った…というところか」

 

 心中を見透かされたようで悔しいが、全て男の言う通りだった。

 

「ケッ、そこまで分かってんならよー。ここ諦めて俺に渡せよ、おっさん」

 

 青年は、かなり挑発的な態度で男に提案した。いや提案と呼べるようなものではない。

 だが、男は怒りもせずに穏やかに微笑んだ。

 

「そうしよう、ここは君の喰場でいいさ」

 

 あまりにもあっさりと言われたため、青年は理解するまでに数秒を要した。自分の発言だが、断られることを前提としたものだったので驚いたのだ。

 この男は何を考えているのだ?

 

「おかしいんじゃねーのか……普通、譲らねーだろ」

 

 喰種にとって喰場とは生命線といっても過言ではないだろう。二十区はあんていくが管理しているため比較的穏やかだが、喰場を巡って争いが起きることは珍しいことではない。

 では、青年の蹴りを相殺するほど強いこの男はなぜ戦わないのだろうか?

 

「仕事はとある会社の会社員で毎日遅くとも夜八時までには帰宅する。タバコは吸えない、喰種だからな。血酒はたしなむ程度。夜十一時には床につき、必ず八時間は睡眠をとるようにしている……寝る前にあたたかい血を飲み二十分ほどのストレッチで体をほぐしてから床につくとほとんど朝まで熟睡さ……赤ん坊のように、疲労やストレスを残さずに朝目をさませるんだ…健康診断でも異常なしと言われたよ」

 

 突然、自分のことを語りだした男。その異様さに青年は冷や汗をかく。

 

「な…なにを話してるんだ!? アンタ?」

 

 男は右手の人差指を自分の額に向け、さらに話を続けた。

 

「私は常に『心の平穏』を願って生きてる喰種ということを説明しているのだよ……『勝ち負け』にこだわったり、頭をかかえるような『トラブル』とか、夜もねむれないといった『敵』をつくらない……というのが、わたしの社会に対する姿勢であり、それが自分の幸福だということを知っている……もっとも闘ったとしてもわたしは誰にも負けんがね」

 

 闘って勝てるならば、それでいいはずだ。青年にはわけがわからなかった。考え方が自分とは違いすぎるのだ。

 

「……だから……どうしたってんだよッ?」

「つまり、君程度ではわたしの睡眠を妨げる『トラブル』にも『敵』にもなりえないというわけさ。もうすぐ十一時だ、今日のところはさっさと帰って床につきたいから失礼するよ」

 

 男はそこまで言うと鞄を持ち、闇夜に溶けるように去って行った。

 残されたのは複雑な顔をした青年だけだ。そのとき、近くの建物の屋上から人影が降りてきた。

 

「ニシキ、運が良かったな」

「トーカ……」

 

 人影の正体はトーカだった。青年の名前はニシキというらしい。

 普段は、あんていくの一員であるトーカとまともに話すことはないニシキだが今だけは違った。

 

「…なあ、アイツは誰なんだ?」

 

 ただそれだけが気になったからだ。不思議な雰囲気の男だったからだ。

 トーカは「私もよく知らないけど」と前置きしてから質問に答えた。

 

「吉田カズオって名前で相当強いらしい。闘いはほとんどしないっていう噂だけど、ヤバそうなのはわかんだろ?」

「……ああ、敵とすら思われてなかった…クソ」

 

 ニシキは途中から完全にカズオの『凄み』に飲まれていた。

 いや、そもそも最初から不意打ちで攻撃をしなかった時点で飲まれていたのかもしれない。

 悔しさに身を震わすニシキにトーカは声をかけた。

 

「じゃあ死体の処理よろしく」

「……は?」

「アンタの喰場なんだろ、死体がそのままっていうのはマズイんじゃない?」

 

 そういうとトーカは横たわっている死体を指さす。それはカズオが処理をしないで置いていったものだった。

 

「じゃあ、私は帰るから」

 

 トーカは屋上に跳躍し、持ち前の素早さで帰ってしまった。

 残されたのは額に青筋を立てたニシキだけだ。

 

「クソったれがーッ!!」

 

 ニシキは自分の獲物でもない死体を片づけなければならなかった。

 その屈辱はでかかったとさ。



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スタンド使い(?)VS西尾錦

前話の前書きでも書きましたが、前話の後半を大幅に改稿しました。申し訳ありません。
改稿前に読んでいた方は、できれば前話の後半からもう一度読み直していただきたいです。


 上井大学は多くの学生たちで賑わっており、明るい雰囲気を醸し出している。楽しげに談笑する者や、サンドイッチを食べる者、仲の良さそうなカップルなど、様々だ。

 その中にカネキとヒデの姿もあり、二人は歩きながら他愛もない話をしていた。

 

「オレは学園祭の資料DVDもらいに西尾先輩んとこ寄ってくけど…カネキはどうする?」

 

 ヒデが尋ねるとカネキは特に考えることもなく答えた。

 

「いっしょに行くよ、暇だし」

 

 ヒデは学園祭の実行委員だからか資料がいるらしい。このあと予定がなかったカネキは何となくついていくことにした。

 二人は先輩とやらが居るという部屋に向かう。

 

「毒っぽい人だから気を付けろ。変なことすんなよな」

 

 カネキが何かしでかすのではないか。ヒデは少し心配だった。 

 

「変なことなんてしないよ。子どもじゃあないんだからさァ」

 

 しばらく歩いていると目的の部屋に着いた。

 

「――あーここだなちょっと待っててな」

 

 ヒデは部屋の扉を開けようと手を掛けたが、カネキにいきなり腕を掴まれたため開けられない。

 

「オイオイ…ノックくらいしろよなァァー」

「おっと、そうだな。うっかりしてたぜ」

 

 カネキが非難するようにヒデを見ると、ヒデは苦笑いしながら軽く頭を掻いた。

 

「まったく……いきなり入ったら失礼だろ」

 

 カネキは扉の前に立ち、強く拳を打ち付けた。

 

「ノックしてもしもお~~~し」

 

 そしてノックと同時に扉を開ける。これはこれで失礼、というかこっちの方がひどい。

 横に居たヒデは盛大にズッコケた。

 

「だああ! なにやってんだよ、カネキ!」

「ノックするときはジョセフ式って心に決めてるんだ」

「そんなん知るか!」

 

 カネキとヒデが騒いでいると、部屋の中からドタバタと慌ただしい音とともに女性が出てきた。

 彼女は二人の横を大急ぎで駆け抜けて、どこかへ行ってしまった。

 そして、開けっ放しの部屋には例の先輩と思しき青年がいる。彼はいかにも不機嫌そうだ。

 

「永近……今のなに? ふざけてんの?」

「ふ、ふざけてないッス…ていうか今のは俺じゃない……」

 

 どうやら西尾はヒデの仕業だと思っているらしい

 代わりに怒られているヒデを見て、カネキは悪いことをしたかなと思った。反省である。

 

「……そっちの…永近のツレ…?」

 

 西尾はカネキに対して「誰だ?」って聞きたそうな表情をした。それがいけなかった。

 

「『誰だ?』って聞きたそうな表情してんで自己紹介させてもらいますがね、ぼかぁおせっかい焼きのカネ…モガッ!?」

 

 その瞬間、ヒデがカネキの口を慌てて抑えた。

 これ以上おかしな行動をされてはたまったもんではない。ただでさえ不機嫌なのにさらにヤバいことになる。

 

「ダ、ダチのカネキっす!」

「…あっそ。薬学部二年“西尾錦”よろしくカネキ……離してやったら?」

 

 西尾錦という青年に言われてヒデはカネキの口から手を離した。カネキは自己紹介を途中で止められたので少し不満そうである。

 

「金木研です。よろしくお願いします」

 

 適当に自己紹介を済ませた後、ニシキの指示で二人は資料DVDを探し始めた。ニシキが、どこに仕舞ったか忘れてしまったらしい。

 

「あっ」

 

 しばらく探していると、ニシキが何かを思い出したかのように声を出した。

 

「あのディスク家に持って帰ってたわ」

「えーっ!! ちょっとマジっすか~!」

「うるさいうるさい悪かったって」

 

 ニシキの言葉は軽く、あまり悪いと思っていないようだった。

 

「…面倒だからお前さぁ。今から取りに来いよ?」

「えっ!? 先輩んちッスか」

「決まってるだろ。日にち跨いだら忘れそうだし」

 

 ニシキの提案が予想外だったのか、ヒデは少し悩むそぶりを見せた。

 

「カネキ、ワリィ! 今日は西尾さんち寄ってくからさ。お前は先に帰っててくれ」

 

 それでもやはり資料が必要なのか、家に行くようだ。カネキにそれを引き止めるような理由はなかった。

 

「…わかったよ。じゃあ僕は用があるから……」

「オウ、またな」

 

 ニシキとヒデに別れを告げ、カネキは部屋を出る。扉を閉じかけたとき、ニシキが僅かに笑ったように見えた。

 

 

 そのあとヒデとニシキは家に向かっていた。夕日が出る時間帯で、あたりはすっかり薄暗くなっていた。

 

「あれっ?」

 

 ある突き当りを曲がったところで、ヒデはピタッと足を止める。目の前には脚立や廃材が散乱しており、明らかに家があるような雰囲気ではなかった。

 

「行き止まり…なんスけど」

 

 ヒデがニシキに話しかけた瞬間、ヒデの身体は勢いよくぶっ飛ぶ。ニシキの強烈な蹴りによるものだ。

 状況を把握する暇すらなく、ヒデは廃材に頭を打ち付けて気絶した。

 ニシキはそれを一瞥すると、後ろに振り向く。そこには捨てられた古い冷蔵庫があるだけだ。

 

「……おい、そこに居んのはわかってんだ。とっとと出て来いよ」

 

 その言葉に反応して、冷蔵庫からズルーッと人影が出てくる。

 

「なぜ僕が冷蔵庫の中にいることがわかった?」

 

 カネキだった。

 どっかのアメリカインディアンの呪術師を意識しているかのような登場の仕方だ。ちなみにニシキの顔は気のせいか若干引き攣っている。

 

「…喰種なら気づくだろ」

 

 当然のように言うニシキ。それを聞いてカネキはニシキが喰種だという確証を得た。

 

「匂いが少しおかしいと思って追ってきたら…案の定といったところか。喰種だったんですね、西尾さん」

「お前こそな、同じキャンパス内に喰種が居たことに気づかなかったわ」

 

 喰種になって日が浅いカネキではニシキが喰種だとは正確に判断できなかった。しかし、匂いが人間とは異なるため確認としてついてきていたのだ。

 

「何事もなければ事を荒立てずに帰るつもりだったが……ヒデを攻撃するとはな、西尾錦!」

 

 カネキの声には確かな怒りが込められていた。それを受けてニシキは面倒くさそうにポリポリと首を掻いた。

 

「んだよ…お前の喰いモンだったのか。じゃあ手を出すのはやめといてやんよ」

 

 てっきり戦闘が始まると思っていたカネキはその言葉に拍子抜けする。

 

「……なんだ? 戦わないということか?」

「お前のモンに手を出すほど困ってねーし。永近は気絶してるだけだ、安心しろよ」

 

 正確にはカネキにヒデを喰うつもりはないのだが、何はともあれ戦わずに済むならそれでいい。カネキは気絶しているヒデに近づき、担ぎ上げた。

 

「ヒデを蹴り飛ばしたというのは納得いかないが…ひとまず僕はヒデを連れて帰ります」

 

 ニシキに背中を向け、カネキは歩き出そうとした。

 

「バカだな、カネキッ!!」

 

 カネキの耳にニシキの声が届き、咄嗟に振り向いた瞬間!

 

「うぐッ!?」

 

 ヒデもろともカネキは蹴りによって壁に叩きつけられた。ニシキは倒れている二人を嘲笑う。

 

「ずいぶんと甘ちゃんだなァ。俺のテリトリーに居たからこうなるんだぜ?」

 

 ニシキには二人を逃がす気など全くなかった。気に食わないという理由だけで排除しようとしているのだ。

 カネキは共に攻撃されたヒデを地面に寝かせ、ニシキを睨み付ける。さっきの攻撃が効いたのか、額から血が流れていた。

 

「俺の蹴りをくらっても元気そうだな、永近は動かねえけど死んだ?」

 

 カネキはその挑発を受け一気に怒りが沸き上がり、左の瞳が紅く染まる。

 

「西尾ォォオオーッ」

 

 そしてニシキに勢いよく殴りかかった! 連続で拳を繰り出すカネキ!

 

「そんなもんかよ!」

 

 しかしニシキは冷静に対処し、拳を紙一重で避ける。さらに攻撃の隙をついて強力な回し蹴りを放った!

 

「……ッ!!」

 

 その威力でカネキは十メートル近く飛ばされてしまった。もろに受けたために声すら出てこない。

 口の端から血を流しながら、なんとか冷静さを取り戻そうとしていた。

 

(くッ、ダメだ…戦い慣れている……仕方ない、アレをやってみるか…)

 

 カネキはニシキに向かって人差し指を向け、そして言い放つ。

 

「西尾錦! この金木研がおまえを地獄の淵にしずめてやる!」

 

 カネキは痛みを無視し、ゆっくりと歩き出す。その様子にニシキは怪訝な顔をした。

 

「なんだ、その鈍い歩き方? ふざけてんのかよ」

 

 ニシキとの距離が縮まったところでカネキは大きく跳躍した! その勢いのまま空中から蹴りを放つ!

 

「ハッ、なんだそりゃ!」

 

 ニシキはなまっちょろい攻撃だと思いながら、両腕で受け止める。

 しかし! それはまさしくカネキの思い通りだった!

 カネキはバシィーンと両脚を開脚。それに合わせてニシキの両腕も大きく開き、隙だらけになった。

 

「なッ!?」

「かかったなアホが! 稲妻十字空裂刃(サンダークロススプリットアタック)!!」

 

 それはある波紋戦士が使用した攻守において完璧な必殺技。両腕が使えない無防備なところへカネキは十字に組んだ手刀を叩き込もうとした。

 

「少し驚いたぜ、カネキィィ?」

「う、動かん!?」

 

 だがそれは通用しなかった、なぜならば喰種特有の武器があるから。カネキはリゼに襲われたときに一度見たことがある――赫子だ。

 カネキの腕はニシキの赫子によって抑えられてしまったのだ。

 

「よッ!」

「ぐはァッ!」

 

 ニシキは赫子でカネキを振り回し、廃材に向かって放り投げた。轟音を立てて落下するカネキ。

 そのとき骨が折れる嫌な音をカネキは聞いた。どうやら腕の骨が折れてしまったようだ。その激痛に顔をしかめる。

 辛うじて立ち上がったカネキ。その行動をたとえるなら、ボクサーの前のサンドバッグ…ただうたれるだけにのみ、立ちあがったようなものである。

 ニシキはトドメを刺すためにカネキに近づいた。

 

「……じゃあな、カネキ。仕舞いにしてやるよ」

「…空気を吸って吐くことのように……HBの鉛筆をベキッ! とへし折る事と同じようにッ!」

 

 ニシキは赫子を振りかざした状態で動きを止めた。カネキの突拍子もない発言に驚いたからだ。

 そんなニシキを無視してカネキは続ける。 

 

「できて当然と思うことだ! 大切なのは『認識』することだ!」

 

 ニシキは何かヤバいと本能的に感じ取った。

 呑気に構えている暇はない!

 こいつは! 金木研はッ! すぐさま殺さなければならないッ!

 

「死ねッ!」

 

 咄嗟に赫子を振り下ろしたが、それは受け止められた。カネキの赫子によってッ!

 

「スタンドを操るという事は、できて当然と思う精神力なんだッ!」

「な…んだよ、それはッ!!」

 

 カネキの背中から出現し、奇妙にうねっている三本の赫子を見てニシキは動揺する。

 

「これが僕のスタンドッ!!」

 

 赫子である。

 

「わけわかんねえこと言ってんじゃッ…」

 

 そこまで言いかけたところで、カネキの赫子がニシキを弾き飛ばした。ゴロゴロとアスファルトの上を転がるニシキ。

 

「…糞がッ!」

 

 すぐさま立ち上がり、カネキがいる方向に顔を向けるが、姿はなかった。

 

「逃げやがったのか!」

「いいや、違うね」

 

 ニシキが声に反応して振り向くと、そこには拳大の石を持っているカネキがいた。そしてカネキは石をニシキの顔にめがけて勢いよく投げつけた。

 

「ギッ…!」

 

 それはちょうど眼の位置に直撃し、ニシキは眼を瞑ってしまった。

 

「オラアッ!」

 

 その瞬間、カネキは拳をニシキの腹に叩き込んだ! 何も構えていなかった彼にその一撃は強烈である。

 

「おげぇあッ……野郎ォォッ!!」

 

 ニシキは赫子を滅茶苦茶にブン回した。それを全て躱すか、防御するカネキ。

 追いつめていたはずのカネキに一方的に攻撃され、ニシキは酷く動揺している。それゆえに彼の攻撃は単調になっていた。

 カネキはニシキから大きく距離を取り、三本の赫子を拳のように丸く固めた。それは不格好ではあるが、人間の腕を連想させた。

 

「……こんなもんか、ちょっとばかし不安だが…」

「ブっ殺すッ!!」

 

 凄まじい形相でニシキが迫ってくる。それをカネキは正面から見据え、赫子に力を込めた。

 ニシキが槍の如く突き出してきた赫子を一本の赫子で受け止め、残り二本の赫子を構える。

 

「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラーーッ!!」

「ぐあアァァッァッーー!!!」

 

 カネキの壮絶なラッシュ! その破壊力は骨をバキバキに砕き、全身から血が噴き出るほどのものだった。

 とてつもない威力の攻撃を受け、ニシキは廃材や捨てられたタイヤを巻き込みながら倒れた。

 

「……」

 

 気絶してしまったのか、全く動かないニシキ。

 それを横目に見ながら、彼はジョジョラーとして大声で叫ぶのだ。

 

「『西尾錦』再起不能!」



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喫茶店「あんていく」

東京喰種のOPを聴きながら書いてみると、作品の雰囲気がシリアスになって、ジョジョのOPを聴きながら書こうとするとテンション上がりすぎちゃう。
結局、BGMなしが一番はかどりました。


「さて……どうしたものかなァ」

 

 怪我をしているヒデを背負い、その場で考え込むカネキ。

 ニシキとの戦闘後、カネキは悩んでいた。

 

(病院…はマズイな。こんな血塗れの体じゃあ、警察沙汰になる……だが、ヒデの治療をしなければならないし、僕自身かなりのケガだ)

 

 どこに行っても騒がれそうだ。下手したら、自分が喰種だということに気づかれてしまうかもしれない。

 カネキにはいいアイディアが浮かんでこなかった。

 とりあえず自分の家に帰ってヒデに応急処置をしようと決心した。

 そのときだった、何か気配を感じたのは。

 警戒するカネキだったが、近づいてくる気配の正体がわかると肩の力を抜いた。

 

「……なんだ、トーカちゃんか。どうしたの?」

 

 カネキの目の前に来たトーカは、その質問には答えなかった。

 

「……ついてきなよ」

 

 そう言ってトーカは足早に歩きだした。言葉が簡潔すぎて、どこに行くのかまるでわからない。

 しかし、このままでいるのもどうかと考え、カネキは後を追うことにした。

 

 

 喫茶店あんていく――ここが喰種の集う場所だということは改めて言うまでもないだろう。

 今は、あんていくの閉店時刻をとっくに過ぎており、店内に客は居ない。居るのはカネキとトーカ、それに芳村だけだった。

 

ディ・モールトグラッツェ(どうもありがとう)。おかげで助かりました」

 

 カネキが頭を下げて礼を言うと、芳村は柔和な笑みを浮かべた。

 

「お礼はいいよ。助け合うのがここの方針だからね。幸い、君の友人のケガはたいしたことはないようだ」

「……ところで、僕のケガはそこそこ酷いんですけど…病院行かずに治りますかね?」

 

 カネキが少し不安げに尋ねると、トーカはフンと鼻を鳴らした。

 

「そのくらいなら、明日にはくっつく……無駄な心配よ」

 

 そっけなく言うトーカ。彼女がケガの応急処置をしたため、どのくらいで治るかわかるようだ。喰種の回復力にカネキは感心した。

 ちなみにだが、カネキと同じく応急処置を受けたヒデは二階で寝こけている。

 それから少しの間、だれも喋らなかったが、おもむろに芳村が口を開いた。

 

「カネキくん、私たちの店に来ないかい?」

「……どういう意味です? ただのバイトの誘い…ってわけでもありませんよね」

「…君は喰種について知っておく必要がある……君自身、そう感じているんじゃないかな」

「…………」

 

 芳村の言う通りであった。

 カネキは喰種について知らないことが多すぎる。人間に正体がバレないように生活するには知識が足らなすぎる、と思っていた。

 

「……どうかな? 今すぐ決まらないなら、また改めてでも…」

「いえ、ぜひ働かせてください。よろしくお願い申し上げます」

 

 カネキが再び頭を下げると、芳村は満足げにうなずいた。そして今度はトーカに顔を向ける。

 

「それじゃあトーカちゃん。カネキくんに色々教えてあげてくれるかい?」

「え? ……まあ、いいですけど…」

 

 なんとなくめんどくさそうなトーカだが、芳村に頼まれたことだったためか特に不満はないようだ。

 こうしてカネキはあんていくの一員となった。

 

 

 カネキのバイト初日、トーカはヒデの相手をしていた。ヒデはどうやらカネキを見に来たらしい。

 

「いやー、カネキがバイト始めるとはね! トーカちゃんに迷惑かけなきゃいいんだけど」

「い…いや、大丈夫ですよ」

 

 トーカはヒデのことが少し苦手なのか、返事に力がない。ヒデはその様子に気づいているのかいないのか、とりあえずテンションが高かった。

 トーカが結構本気で困り始めたころ、店の裏からカネキが歩いてきた。

 

「…えッ!?」

 

 トーカが素っ頓狂な声を上げた。なぜ突然そんな声を出したのかヒデが不思議に思っていると答えはすぐにわかった。

 カネキが銀髪の変なカツラを持っていたからだ。

 ヒデはそれがポルナレフの髪型だと、すぐに気づいたが、トーカからすれば異様なものである。

 カネキはヒデの目の前に来ると心底驚いたという顔をした。

 

「バカなッ! 死んだはずの! 吊られた男 J・ガイルに背中をさされ」

 

 カネキは持っていたポルナレフのカツラをサッと被った。どうやら一人二役らしい。

 

「死んだはずのッ!」

 

 完全に置いてけぼりにされているトーカ。カネキは一呼吸置き、力強く台詞を言った。

 

「モハメドアヴドゥル」

「YES I AM! …ってなんでだよ!!」

 

 わざわざ立ち上がり、ポーズまでバッチリ決めたヒデ。他の客からの視線が痛い。

 そしてトーカは思いっきりドン引きしている。

 

「……あ、ちょッ、トーカちゃん!? そんな目で見ないで! ちょっとノッただけだから!!」

 

 必死に弁解するヒデ。ちなみにカネキは名シーンを再現できて満足そうだ。

 

「ていうか! なんでそんなカツラ持ってんだよッ!?」

 

 とりあえず話題をカツラへとずらすヒデ。カネキはしれっとしている。

 

「ヒデに会ったときのために持っておいたんだ。こないだ手に入れてからずっと被りたくてね」

「おかしいだろ、いつものことだけどッ!」

 

 そこまで早口で言うと大きくため息を吐き、椅子に座るヒデ。

 

「……まったく、事故ったってのに相変わらずだな、カネキ」

「ヒデこそ元気そうじゃあないか。今日はどうしたんだ?」

「お前がバイト始めるってゆーからさ! 見に来てやったんだよ!」

 

 ヒデは快活に笑いながら答えた。

 ヒデにはケガの理由は自動車事故だと伝えており、うまく誤魔化せたようだ。

 

「それはそうとトーカちゃん! 俺らを看病してくれてありがとね!」

「あ…いえ、当然ですよ」

 

 店長の説明により、看病したのはトーカということになっている。応急処置を施したのがトーカなのであながち間違いではない。

 

「正直、事故のことはよく覚えてないんだけど…トーカちゃんがずっと傍にいてくれたような気がするんだよな…」

 

 トーカの笑みがかなり微妙なモノになってきている。

 

「ホントありがとね! …そうだッお礼に今度ご飯でも…!」

 

 ヒデの誘いへの返事は精一杯の苦笑いだった。

 

 

 それからしばらくして、たまたまカネキとトーカは二人きりになった。

 仕事をこなしている最中、トーカがおもむろに口を開く。

 

「バレないようにしなよ…あの“ツンツン頭”に」

「……僕が喰種になったってことを?」

「そう、絶対によ」

 

 トーカの表情は真剣なものだった。自然とカネキも真剣になる。

 

「あんていくで人間を看病するなんて…有り得ないことなんだから」

「……トーカちゃんが僕らを助けてくれたんじゃあないか?」

「それは、店長が言うから仕方なく……ともかく、アイツが私たちの事に気がついたら…その時は…アイツ殺すから」

 

 トーカの言葉はハッタリではなく、本気で殺すという覚悟に満ちたものだった。

 カネキはそれを受けて、動揺することはなかった。ただ無言でトーカを見つめ返すだけだ。

 

「感謝しなよ、これでも妥協してる方なのよ。本当ならすぐにでも消しておきたいくらい」

「それは……ここの喰種のことを考えてのことなんだね」

「…そうよ……友達のことはアンタが責任持つこと。いい?」

 

 トーカの問いかけでカネキは考える。

 自分は、もしバレたときにどう行動するだろうか?

 

「……もちろん、バレないようにするよ。だけど、一つだけ言っておかなくちゃあいけないことがある」

「……なに?」

「僕は、もしヒデが殺されそうになったとき……間違いなくヒデの味方をする…悪いけど、そこだけは譲れない」

 

 表情にこそ出さなかったが、トーカは少し驚いた。その言葉に自分と同等かそれ以上に覚悟を感じたからだ。

 そんなカネキを見てトーカは自分の友達のことを思い浮かべてしまった。

 

「……好きにすれば」

 

 そう短く答えるとトーカは仕事があるのか、どこかに行ってしまった。

 

 

 空が暗くなり、初日のバイトもそろそろ終わりという頃、カネキは芳村に呼ばれて二階の一室に来ていた。

 その部屋には芳村とトーカが居り、なぜかサンドイッチが用意されている。

 

「なんです……これは? サンドイッチなんて…」

「“喰種”として生きるための“レッスン”だ」

「『LESSON』ですか! いいですねェッ!」

 

 なんだか若干発音が違うカネキ。どうやらジョジョの七部を思い出しているらしい。

 なぜこんなにテンションが上がったのかわからない芳村とトーカは首をかしげるが、なにはともあれレッスン開始である。

 

「人の世界で生きる“喰種”はまず最初にこれを学ぶ。見てなさい」

 

 芳村はサンドイッチを掴むと、なんとそれを食べだしたのだ。

 まさに人間のように美味しそうに食べる芳村。これにはカネキも驚いた。

 

「…どう?」

「……美味しそうですね…何か仕掛けでもあるんですか、それ?」

「食べてごらん」

「…わかりました」

 

 見た目はまるっきり普通のサンドイッチだが、喰種でも食べられるようになっているのだろうか。

 カネキはそれを意を決して口に入れた。

 

「うおっぐふッ!」

 

 そんなことはなかった。ゲロマズである。

 吐き出しこそしなかったが、食えると思っていたものがマズかったのでショックは大きい。

 

「……ま…まずい! 圧倒的にマズいッ! スポンジかなんかかこれはァーーッ! レタスやチーズもヤバい!! 青臭いし、粘土みたいな触感だぞッ!」

 

 かなり酷い反応のカネキを見て、店長は申し訳なさそうにしている。

 

「――ごめんね…大丈夫かい? 無理せず吐いた方がいいよ」

「…うッ……まあ、大丈夫です。しかし…なんで店長は食べられたんです?」

 

 なんとか落ち着いたところで、カネキは店長に尋ねた。

 

「――コツは“食べる”じゃなく“飲む”こと。噛んでしまうとマズ味が広がって吐き気を催すから、一口目で噛み切って一気に飲み込む…そして十回ほど『噛むフリ』……このときに咀嚼音を出してあげるとそれらしくなるよ」

「……それってつまり、演技ってことですか…大変ですね、これは」

「うん、それとトイレなんかで食べたものを吐き出すことも忘れないようにね」

 

 喰種が人間を装うというのは、大変なことだ。それを改めて実感するカネキだった。

 

「トーカちゃんもやってあげたら?」

「私は今日体調悪いんで…」

 

 どうやらトーカはしないらしいが、カネキはもう一度試してみようと思った。

 

「すいませんが、もう一回やらせていただきます」

「アンタねぇ……そんなすぐにできるもんじゃないよ…無理だって」

 

 トーカに止められたが、いまさら引き下がれるものでもない。金木はサンドイッチを、また口に入れた。

 するとカッと目を見開き、

 

「ゥンまああ~いっ。こっこれはああ~~~っ、この味わあぁ~っ、サッパリとしたチーズにレタスのジューシー部分がからみつくうまさだ! チーズがレタスを! レタスがチーズを引き立てるッ! 『ハーモニー』っつーんですかあ~『味の調和』っつーんですかあ~っ。たとえるならサイモンとガーファンクルのデュエット! ウッチャンに対するナンチャン! 高森朝雄の原作に対するちばてつやの『あしたのジョー』! …つうーっ感じっスよお~っ」

 

 と凄い気合いで言い切った。完璧な食レポである。

 カネキが『どうだッ』というような表情で二人を見ると、店長は苦笑いしていた。特にトーカに至っては思い切り呆れ顔だ。

 

「大袈裟すぎて、わざとらしいんだよ……バカ」

 

 

 ある日、あんていくでカネキが仕事をしていると、ある親子が店にやって来た。中学生くらいの娘とその母親という感じだ。

 当然、店員であるカネキは「いらっしゃいませ」と言って二人を迎えた。

 

「あら…新人さん?」

「…はい、カネキと申します」

 

 どうやら常連なため、カネキが新人ということに気づいたようだ。

 

「笛口です。ほら…雛実もご挨拶なさい」

「……!」

 

 笛口と名乗った母親は娘であるヒナミにも挨拶を促す。するとヒナミはビクッと体を震わせて、母の陰に隠れてしまった。

 

「…ああもう、この子ったらまた人見知りして…」

 

 カネキはそれを特に気にすることはなかった。

 

「こんにちは」

 

 カネキが静かにそう言うと、ヒナミは少し恥ずかしそうにしながら「こんにちは…」とか細い声で返した。どうやら悪い子ではなさそうだ。

 

「――あ! リョーコさん、ヒナミ」

「こんにちは、トーカちゃん」

 

 話し声が聞こえたのか、どこからともなくトーカが現れた。

 

「店長二階で待ってますよ、どうぞ」

 

 トーカの案内で二人が二階へ行ったあと、カネキはなんとなく気になったことをトーカに聞いてみることにした。

 

「……喰種…だよね、あの二人…なんで上に行ったんだい?」

「“荷物”を受け取りに来たのよ」

「……何だいそれ? 荷物?」

 

 トーカはカネキをチラッと一瞥した。

 

「………………肉」

「…肉……? さらに疑問が深まったんだけど……なんで必要なのさ?」

「自分で狩れないから……アンタももらっただろ」

「確かにもらったけどさァーー……僕は『人間が喰種になった』ていう状況だからだろう? 普通の喰種には狩っちゃいけないっていう決まりでもあるのかい?」

 

 カネキは少しの好奇心と純粋に喰種のことを知っておかなければ、という気持ちから訊いたのだが、その質問攻めにトーカは少しイラついたようだ。

 

「ニャーニャーうっさいんだよッ知りたいなら直接聞け! そういう“喰種”たちもいるってこと!」

 

 苛立ちをぶつけるように言い放つと、トーカは店の奥に行ってしまった。

 

(……ニャーニャーとは言ってないと思うけど……怒らせてしまったか…?)

 

 デリケートな話に首を突っ込んでしまったのかもしれない。反省するカネキであった。

 それから仕事を再開しようとしたとき、またもや扉が開き、客が入ってきた。

 

「いらっしゃ……なにィーーーッ!?」

「……なんだね? 君は?」

 

 カネキは入ってきた男を見て、思わず叫んでしまった。理由はその男の風貌にある。

 

(紫色のスーツ! 髑髏のようなマークがあしらわれたネクタイ! それに金髪金目のこの顔はッ!!)

 

 カネキの額から、一筋の汗が流れる。この男がいるはずがないのだ。

 緊張しながらも思い浮かんだ名前を口に出した。

 

「吉良吉影ッ……!!」

 

 ジョジョの奇妙な冒険第四部の殺人鬼――吉良吉影と瓜二つの風貌をした男は、カネキを静かに見つめた。



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