戦国の鬼狩り、呪うは己 (みくりあ)
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第壱話 戦国の鬼狩り

息抜き大事


「鬼という生物を知ってるかい?」

 

 ショートカットの女が話す。顔は整っていると言っていい。齢二十歳過ぎぐらいの女子から女性に変わったあたりの雰囲気。特徴的な縫い目が額に一直線見えていた。所作は女性らしいがどこか違和感を覚える。

 名を羂索、平安時代から生きる呪術師である。本体は矮小な脳であり他人の肉体を乗っ取ることで生きながらえているのだ。文字通り人の尊厳を踏みにじり唾を吐く行為である。当の本人にとって殺人は手段のひとつでしかない為、罪悪感の欠片も抱いていない。

 そこまでする理由は彼の底なしの好奇心にある。一般人に呪霊を孕ませたり、日本国民全てを一匹の呪霊にしたりしようとするのも全て彼の好奇心から来る衝動に過ぎない。

 

「一言で表すと一般人にも見える呪霊。でも殺す方法が太陽で焼くか特殊な刀で首を切るしかないから下の方でも二級。天井は鹿紫雲とかその辺とタイマン張れる。

 〝生存〟については限りなく完璧に近い生物だよ」

 

 女は白髪に紅の入った髪色を持つ少年とも少女とも取れる人物に話しかけていた。だが女の話に首も眉も不動を貫いている。羂索から提供されたティーカップの紅茶にも口を付けなかった。

 名は裏梅。こちらも平安時代出身の呪術師。生きる目的は宿儺という平安時代の時から仕える主のみ。だからこそ羂索の無駄話にも我関せずさして興味もない。

 

 ちなみに二人がいるところは羂索の今の体が持っている家である。体の持ち主は虎杖仁との学生恋愛の果てに結婚。そして殺され体を乗っ取られた。

 愛する人が他人に変わったのだ。気が付かないわけが無い。だと言うのに仁はそのまま夫婦を演じている。愛しているから。惚れたから。いつか自分も殺されるとわかっていながら羂索を、彼との子を愛した。歪な愛と言われようが仁にとっては純愛で、一つだけ確かに言えることは紛れもなく愛に変わりないこと。

 羂索はそんな旦那がとにかく気持ち悪いので近寄りたくない。今日も今日とて適当な理由を付けて一時的に追い出し、平安ティーパーティーと洒落こんでいる。二人しかいないが。

 

「人間は淘汰されている筈が、そうはならなかった」

「……」

「鬼殺隊といってね。まぁまともじゃない。そうだな……

 術式も呪力も持たない人間が自らの体を全て毒にしたり、熱病に犯されながら戦ったり。何より鬼を絶滅させていることがイカれている確かな証拠だ。大正の時代に鬼の始祖は討伐されたんだよ。めでたしめでたしだ」

 

 

 

「…………それが宿儺様となんの関係がある」

 

 

 

 初めて裏梅が口を開いた。剣呑さを宿した瞳で羂索を睨む。宿儺復活についての話をするためにわざわざ足を運んだというのに、いざ会ってみれば開口一番無駄話である。

 

「まぁ聞けって。鬼殺隊の方にね、興味深い人間がいたんだ。戦国に存在したとある兄弟の弟の方だよ

 これが本人は全く面白くない。私が声をかけてもなんとも思ってなさそうだった。自我も存在感も薄いし誰も恨まないから呪いとは無縁だった」

 

 羂索は頭の中に一人の侍を思い浮かべる。植物のような人間。何故か近寄るだけで羂索の外道は見抜かれ刀を向けられた。敵意が無いことを全身で示したが、『我らは交わるべきでは無い』と死滅回遊の参加を拒否した。

 不機嫌な裏梅の前で調子を狂わせず、羂索は口の端を吊り上げて笑う。

 

「面白かったのは兄の方だよ。自身より優れた弟を目指して何百年も鍛えたんだ。もう一度言う! 何百年もだ! もはやそんじょそこらの呪物よりよっぽど怖い。

 しかも! しかもだ! 死に際に自らの呪いの本質に気がついたんだ! 『弟になりたかった』なんてクソしょうもないつまらないことにだ! それでも本質は本質だ! 呪いの主が呪いの本質に最後にたどり着いたんだよ! 

 よって呪いは益々強まった! 〝愛〟だよこれは!」

 

 手を挙げ、足を投げ出し嗤う。人の顔で呪いのように笑う。ニタニタとゲラゲラと呪いが人の皮を被って笑う。それはまるで生前の女の悲鳴のようだった。

 

「信じられるかい? 一般人並の呪力しか持たない生身の人間が握力だけで刀を赤熱化させ、無傷で名のある呪いすら葬るんだよ? やっぱりおっかないね、人間は」

 

 

「……宿儺様の器にするつもりか」

 

 

 裏梅が問いかける。俄に信じ難い話だが、今ここで羂索が嘘を吐く理由もない。実在はしたのだろう。そして羂索の話した通りなら正真正銘の化け物だ。呪いとは真逆の存在。宿儺の器にすれば、呪いの王とはいえ興味の対象となる。そうすれば褒めてもらえるかもしれない。

 

「お。君も興味がわいてきちゃった?」

 

 裏梅は羂索を睨みつけた。そんな裏梅をまぁまぁと宥めてくる羂索に興味ではなく殺意が湧いた。

 

「それがね。肉体が兄の魂以外受け入れなかった。きしょくない? もはや兄のために存在しているようなものだよ。いや夫婦かっての」

「……お前が夫婦を語るとはな」

「ふふ。まぁ無理矢理っていう手もあったんだけどね、魂が自らの肉体を呪ってるんだ。これ以上のベストマッチもないからさ。

 一般人だから術式もなし。強いて言うならただの肉体強化かな。自分の体内が領域みたいなものさ。誰も呪わず、自らに呪い呪われながら呪力は廻り続ける。恐ろしいだろう、何百年もただ一人のみを呪い続けた濃密な呪力が一人の人間の体内で蠢いてるんだ」

 

 裏梅は息を飲んだ。右耳から左耳へと話を流していたがよく良く考えればおかしい。異常なまでの執着だ。

 呪力の量は兎も角として質は確実に宿儺を上回っているかもしれない。天与呪縛でないのなら一般人でも呪力はもっているが、呪術師ですらない一般人の呪力量などたかが知れている。だが、ただ一人を恨み、憧れ、何百年も呪い続けたのなら質は限りなく高い。何せ人の寿命すら軽く上回っている。成程、確かに愛だ。

 

「なんでそんな化け物をつくったんだ」

「人間の可能性だ。受肉体よりもさらに人間に近い性質を持つ彼なら、人間として最高点に到達してくれる。天才の肉体と努力の魂ってところかな。

 まぁ、武の研鑽にしか興味が無いから放ってたんだけど、なんか肉体も魂も、気配とかを完全に遮断する能力があるみたい。率直に言うと多分もう生まれ落ちてるしどこで何してるかわかんない」

「は?」

 

 

 

 

 

 

 ★

 

 

 

「眠った夢を…………見ていた気がする」

 

 二人が鬼について会合する数年前の午前零時。

 ある家で七歳の誕生日をすぎた直後に痙攣を起こした子供がいた。先天的色素欠乏症により銀色の毛髪と雪のように白い男の子供であった。そして生まれつき額に炎を象った痣がある。しかし首元にも痣が見えている。奇しくも痣の付き方は魂の前世の肉体と同じであった。

 流れ込んでくる前世の記憶を、継国巌勝、双子の兄だった方は他人事のように追体験している。

 

「負けたのだな私は……負けたというのに白々しく生き恥を晒している。性懲りも無く生まれ変わってまで……」

 

 口調は七歳とは思えないほど落ち着き、静かである。

 武士たるもの常に勝たなければならぬ。武を極めんとするためにまやかしに手を出した。半信半疑の巌勝だったが今こうしてこの場にいる事実は羂索と名乗った男が虚言を吐いていない証拠だった。

 

「この姿は……ふっ……そうか。子は七つを迎えるまでは神の子とはよく言ったものだ。迎えてしまえば、蛇蝎磨羯にすらなろうと神は無関心よな」

 

 目に焼き付いた姿。髪や肌の色は白い。だが何よりも目を引く顬の炎のような痣。口から聞こえる全集中の呼吸術の音。

 巌勝は武者震いが止まらなかった。彼の特別な瞳で凝らして見ても肉体は童だが潜在能力は計り知れないのは明らか。

 巌勝は縁壱になれたのだ。何百年も希う夢が叶った。

 

「弟の肉体で……類稀なる強者との戦い……血湧き肉躍るとあの時は思った。……思っていたのだ。だが……私は私だ。謳歌して見せよう……生き恥を晒しながら醜い武士らしく……な」

 

 前世で弟の光に灼かれ、濁った瞳に正気の色が見えている。色々と吹っ切れた彼にはやることが山ほどある。きっと敗れているだろうかつて仕えた主の最期、呼吸の確認、刀の選定。

 羂索の予想より遥かに早い目覚め。五条悟が世界に生まれ落ちる数年前。天与の暴君や唯一の女特級呪術師と同い年であることを巌勝は知らない。




裏梅「結局宿儺様のこと関係ないやんけ」

羂索
適当に泳がせておいて人間がどこまで行けるのか結果だけ見たかったけど、なぜか伏黒甚爾と九十九由基に絡むようになって何回か計画を邪魔される。胃痛もとい頭痛のタネ。

五条悟
たまたま入ったマックとかで、呪力一切無いフィジカルギフテッドゴリラと、唯一の女特級呪術師と、肉体に宿る即死レベルの怨嗟を澄まし顔で受け入れている主人公が談笑してるのを発見して持ってるパレット落としてハンバーガーとかぶちまける。
主人公は作中最強としての彼に縁壱とかが持ってる最強故の余裕とか感じるけど本人はフッ軽でクズい性格で似ても似つかないから、何かと仕事を押し付けてくる手のかかる後輩だと思ってる。五条はなにか頼んでもだいたい二つ返事で受け入れてくれるから逆に申し訳なくなる。
二人が戦ったら「透き通る世界」で肉体的な行動を予知出来るけど天逆鉾みたいな無敵を破れる技を持ってないから、長期戦になる。しかし理不尽な無下限呪術と領域展開で押し切られる。でも多分六眼の片方ぐらいはもっていく。
「僕無下限なかったら、わりとマジで勝てるか微妙な気がする」

伏黒甚爾
悪友その1。
さしす組は問題児とはいえ学生で若いが、下手に年取って理外の力を持った三人が連む悪夢。
十歳すぎぐらいで呪力的な監視を抜けられることに気がついた甚爾が家を抜け出してコンビニとかで立ち読みしてたら主人公と会うし、互いに呪力なしの肉弾戦して絆が深まる。主人公は甚爾にモラルとか社会性とかを教えるけど無駄だし、甚爾は主人公にナンパのやり方とかパチンコとか教えるけど無駄。
娘の津美紀は、絵本からでてきたお姫様みたいな見た目の九十九が大好きだし、息子の恵はザ・サムライな巌勝に憧れている。
「お前さ、見ただけで肉体の質とか調子とか不具合とかわかるんだったよな?……よし、馬を見に行くぞ」

九十九由基
悪友その2。
硬っ苦しい口調ととにかく落ち着いた振る舞いな主人公に、オープンな九十九は最初うへぇって思う。イラついて殴り掛かり、主人公の刀を砕いた黒歴史がある。けど何かと思い切りがいいし筋は通ってるから信頼するようになる。彼女の好みが泥臭い男だが主人公は泥臭いし人間くさいしでドンピシャ。抱くのもいいし、抱かれてもいいと思っている。もはや時間の問題。何故か九十九にだけ他とは違う優しさを見せる時があるから、強すぎて女扱いされたことのなかった九十九はキョドるし、周りは二人がデキてると思ってる。
本人は知らないが、主人公は九十九が前世の妻に見た目がかなり似ており、蝶よりも花よりも丁重に扱う。しかし黒髪は金髪だし、お淑やかは陽キャ……というふうに見た目は清楚からギャルになった彼女なので脳が破壊されている。
伏黒甚爾へは大金と引き換えに渋々体を調べさせて貰っている。九十九単体なら逃げ切れるが、借りた金を全てスった罪悪感から主人公からは逃げない。それでも面倒いものは面倒いから主人公の奢りで〝3人〟でご飯に行ったりする。あれ?
「おい……私を通して誰を見てやがる」

両面宿儺
主人公にガチで興味を持つ。伏黒恵へは乗っ取る体としての興味でしか無かったが、主人公に対しては羂索と同じく人間としての限界を見せて欲しいと渇望。厄介オタクといえば伝わりやすいか。
渋谷の領域展開は完全に殺す気であったが、主人公が見えない斬撃の雨を満身創痍ながらも全て捌ききったことでさらにオタク度が増した。
「〜!!(声にならない叫び)継国ッッッ巌勝ゥ!!!」

巌勝in縁壱
縁壱目指して研鑽と修練を目的に羂索の誘いに乗ったが、縁壱になりたかったという目的は達成済み。イメージは振る舞いを除いて武士らしさとかを抜きにしたきれいな黒死牟。
体内を巡る呪力が濃密すぎて体内が領域みたいなもの。傷つけられたり欠損したりしても、肉体が自動で反転術式を行使する。秤金次は泣いていい。領域展開すると六つ目の鬼になる。
原作通りに身長190cmで五条悟と同じ。銀髪だが先端にいくにつれて赤みが増している。縁壱が前世着ていたような着物を着用。着物が似合う男なので平安勢から色男扱い。月の呼吸用と日の呼吸用に刀を二本、左腰に差している。余談だが密かに武器庫になる呪霊を探している。
五条悟が封印された後は、死滅回遊でほぼいなかった頼れる大人になる。

続く……?


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第弐話 天与の暴君

続いてしまった……ということで二話目です。息抜きって無限に続けられるよね。


「見えるか?」

 

 齢五才。年齢にしては恵まれた体格の少年。その周りを大人達が囲う。いや、少年の正面に少年と同じ大きさの何かがいる。それは動けないよう縛られた呪霊であり、取り囲む彼らは禅院家の人間。少年ももれなくそうであるが、同族から向けられる目は冷ややか。両親ですら蔑んだ目を向けていた。

 少年は分かっている。震える空気も、鼻が曲がるような腐臭も、少年のみに知覚できる呪霊の情報。

 ────だが

 

 

 

「み、見えません」

 

 

 

 驚愕の声と落胆の溜息が少年に吐き出される。自らの呪力を制御できる呪術師。その想いは、恨みは、蔑みは形となって表れる。人の悪感情に当てられて、少年は吐いた。

 禪院に在らずんば、呪術師に在らず。呪術師に在らずんば、人に在らず。呪術師であることが大前提の世界で呪霊すら見えない。この時より彼は生き地獄のような毎日を送るようになる。

 

 

 

 ★

 

 

 

 

 

「カスみてェな寝覚めだ」

 

 男が開口一番に悪態をつく。黒髪黒目。身長190の巨体に肉体美にすら到達した筋肉の鎧。悪人のような顔に、口元にある古傷が悪人らしさを際立たせている。そんな風体もあって男の座るベンチの横には誰一人座ろうとせず、それどころか彼の周り半径数メートルにわたって人が意図的に避けてできた空白がある。

 男、伏黒甚爾は開いた目は気だるげに半目のまま、正面を睥睨した。掲示板に大人が集まり、黙々としかし手に汗握りながら予想を書き込んでいる。

 ここは競馬場。大人が手頃な夢を掴む場所。甚爾は運がない。しかも気分は最悪。自分の力だけでは勝ったことすらなく、たとえ今回初勝利を拝めたところで気分は晴れないだろうと思った。口元の傷が疼く。

 

「……潰すか」

 

 甚爾は自分でもどす黒い声が出たことに少し驚く。トラウマの根源。今やどうでもいい家だが、気分はマシになるかもしれない。甚爾の実力なら三十分と経たずに皆殺しにできる。家族に追っ手がついてたら追っ手を殺す。呪われたら呪ったやつを殺す。もうそれでいいと甚爾は思った。

 

 

 

 

「賭博も程々にしろと明美殿から苦言を呈されていなかったか」

 

 

 

 

 目の前に突然巨漢が現れる。黄土の着物に赤い羽織を着た中世から飛び出したような服装。何より目を引くのは光沢のある銀の髪と羽織よりも深い赤の痣。伏黒甚爾を除いて誰も彼を認識しない。観葉植物のように気配という気配が無いのだ。彼の名は継国巌勝。戦国の鬼狩り、その頂点を冠する柱。中でも抜きん出た実力を持つ兄弟の兄の方である。ただしその肉体は弟の方。

 気まずそうに視線を逸らした甚爾にため息をひとつもらし、横に腰掛ける。甚爾はにやりと笑った。これは彼にとっての諦めのサインなのだ。先程の闇落ち寸前かに見えた空気はどこかへ行ってしまった。

 

「安心しろ、これ勝ったら多分止める。で、どれだ」

「……先程見てきたが、四番、六番だな。あれはいい馬だ。時代が時代なら愛馬として乗ってみたい」

「オマエの足の方が速いだろ、それと愛してるぜマイソウルフレンド」

「……」

 

 黙って紙に予想を書き込む甚爾に巌勝は天を仰いだ。

 そして案の定、巌勝の指摘した馬が好成績を勝ち取り、しかも不人気な馬だったため高倍率で払い戻しがされた。甚爾はホクホク顔で巌勝の肩に腕を回し、喜んでいる。数年前の甚爾とは似ても似つかぬ雰囲気に、巌勝も安心したように笑った。

 

「へっへー。こんなに心が踊るのはオマエが禪院の当主を昏倒させた時以来だ」

「初対面では無いか。あれはとある餓鬼が屋敷に行けばいいとほざいたからな」

「コンビニも知らねぇ七歳児、しかも銀髪ときたら呪い関係で確定だ。そんな奴アホ共に任せるさ。

 そしたら堂々と屋敷に入りやがって、しかもクソ当主をボコボコと来たらもう爆笑もんだわ。直毘人が喜んでたぞ、おかげで早目に失脚してくれたってな」

 

 二人の馴れ初めはコンビニである。

 七歳の甚爾は親戚のサンドバッグ扱いに嫌気が差し、監視用の呪具を潜り抜けコンビニに立ち寄った。そこでエロ本を立ち読みしていた甚爾に、春画を読む年齢ではない、と指摘したのが巌勝だった。

 勘で呪い関連だと思った甚爾は禪院の屋敷に向かうように言った。どうでもよかったのだ。それで家が騒がしくなれば、隙を狙って帰宅出来る。

 自分のような存在を殺す組織の元締めに向かっているとも知らない巌勝。しかしあまりに特徴的な外見なので一瞬で呪いだと判断した前禪院当主が即座に巌勝を蹴り飛ばし、蹴り飛ばされた巌勝は偶然近くにあった木刀で叩き伏せた。それを屋根の上から見ていた甚爾は生まれて初めて心の底から笑った。腹を抱えて、喉を掠れさせて、目から涙を零して笑った。

 痛みに蹲る前当主を禪院家の家人が見つける頃には、甚爾が巌勝を連れ出していた。それからというもの定期的に二人は会うようになった。甚爾は体術を巌勝に教えてもらい、巌勝は知識を甚爾に問うた。

 

「あーそうそう。今日久々にうち来いよ、俺も恵もオマエの舞が見たい」

「……悪いが今日は刀を見に行く。お前に呪具をいちいち借りるのも面倒だからな。折角大金を手に入れたのだ、偶には妻子を連れて外食にすればいい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ★

 

「お会計は8300円になります」

「……現金で払おう」

 

 告げられた金額は巌勝一人が平らげる金額では無い。そして呪具にしては安すぎる。しかも今いる場所はファミレス。

 ということは────

 

 

「ははっ。悪ぃな。巌勝」

「本当にありがとうございます。なんてお礼を言ったらいいのか」

「礼など不要。明美殿は病み上がりゆえ、家族全員の食事を毎日用意するのは骨が折れよう。外食を頻繁に行うことを推奨する。

 甚爾、貴様には今度任務を手伝ってもらう。覚えておけ」

 

 甚爾は嫌な顔をした。

 巌勝の仕事は一言で言えば、裏の仕事人である。依頼の九割九分九厘は九十九由基からのもの。体内に数百年物の怨嗟を巡らせている巌勝は上層部に見つかれば即刻秘匿死刑。故にこっそりと呪霊を祓い、こっそりと呪詛師を始末する。なんとも地味である。

 

「あー。俺はまだ巌勝と話し足りねぇから、恵達連れて先帰ってろ」

「ええ。分かったわ」

 

 明美は笑って頷いた。

 巌勝は思う。明美がこの男のどこに惚れたのかと。この男、顔と筋肉しか取り柄がない。ギャンブル中毒で女癖も悪い。対して明美は善人。困っていたら助け、自分より他人を優先してしまう。呪術師とは真逆の存在。だからこそなのか。

 そんな凸凹夫婦を守れたことは巌勝にとって今世の誇りである。

 

「店の前、段差がある。気ぃつけろ」

「ありがとう」

「なんかあったら連絡してくれ」

「はーい」

 

 軽自動車に明美と恵と津美紀が乗りこみ、家へと帰っていった。その姿が見えなくなるまで甚爾は目で追う。巌勝は苦笑した。

 

「気持ちわりぃ面してんじゃねぇ」

「いやはや……天与の暴君も丸くなったと思うと感慨深くてな」

「ケッ……オマエ達といると感覚が狂う。人間は本来弱ぇ。どうしようもなく。こんな段差ですら死ぬ」

 

 かつんと。甚爾は階段を蹴った。

 つい最近、明美の悪性腫瘍が見つかり、その時にはもう命に手がかかっていた。なんでも大丈夫だと抱え込む癖が仇となった。幸運にも巌勝と由基の助力で全回復したが、そうでなければ今頃死んでいただろう。この体験は甚爾には大きな衝撃だった。周りが強者で霞んでいただけで人は本来弱いと知ったのだ。

 明美が死線をさまよっていた時の甚爾は精神的に不安定極まりなく、明美を助けるためなら何でもする凄みがあった。人は自分に出来ることはなく、祈ることしか出来ない時こそ自分の無力に気づく。

 

「ってか刀はまだ見つかんねぇのか。無限に探してるぞオマエ。あの体から作り出したやつじゃ駄目か?」

「あの刀か。あれはあの姿の時にしか作り出せん。且つ本気で握ると握力で灰になる」

「灰になる?」

「灰になる」

「刀が? 手の熱で?」

「手の熱で刀が灰になる」

「……」

 

「む」

 

 そうやって1時間ほど話していたところ、不意に巌勝の携帯電話が鳴る。

 番号の相手は九十九由基。特級サボり魔である。

 

「……じゃあな巌勝。俺は帰る、九十九によろしく伝えといてくれ」

 

 甚爾は直感で面倒事だと判断した。にっこりと笑い気さくに手を振った後、即刻逃げようとするが、甚爾の腕を巌勝は掴んだ。単純な力勝負では甚爾に分がある。しかし奢ってもらった負い目もあるので抵抗をやめてその場に座り込んで不貞腐れたように頬杖をついた。

 それを確認した巌勝は由基との会話を始めた。

 

「……星漿体の護衛と抹消を任せていた高専の学生二人が明後日同化だというのに星漿体とその付き人を連れて逃げただと?」

「だから私たちにという訳か。大丈夫だ。今甚爾が近くにいる」

「ああ、了解した」

 

 通話を切り、甚爾と巌勝の目が合う。今度は巌勝がにっこりと笑った。

 人探しは呪術師ですら骨の折れる仕事。呪いを宿すものは残穢と呼ばれる痕跡を残すが、逃げ出した以上残穢は徹底して消されるのが常。しかしここに適任がいる。天与呪縛で強化されているのは筋肉のみならず、嗅覚や聴覚といった五感も強化されている。残穢ではなく、物理的な痕跡を追うことができるのだ。

 甚爾は割と本気で逃げ出した。




夏油「私達は最強なんだ」
理子「うん!」

HAPPYEND__

羂索(これほっといたらよくね?)

伏黒甚爾
親友二人の前でだけ見せる笑顔がある。妻の前でだけ現れる感情がある。それは彼が勝ち取った幸せそのものであろう。

巌勝が探している刀
呪物収集の癖がある漏瑚が持っているよ。やったね兄上。


次回は戦闘パートが入るかな?感想と評価よろしくお願いします!


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第参話 六眼と呪霊操術

おまたせ


「これじゃろうて」

「理子様お上手!」

「どうじゃ黒井!」

 

 ウィンク出来ない者が無理やりウィンクするようなとんでもない形相をしたセーラー服姿の少女が自らのメイドにマウントをとる。彼女のメイド、黒井は自らの主を上げると思いきや、彼女も本気。調子に乗った理子は失敗しやすいことを知っていながら煽てている。

 そこに主とメイドは存在しない。まるで姉妹のような二人がいた。

 

「ジェ〇ガごときであんなに盛り上がるか? 普通」

「悟も混ざってきたらどう?」

「程度が低い」

「……この前無限張ったくせに私と硝子に惨敗したからかい?」

「うるさい。つーかいいのかよ。こんなカビくせぇ宿でよ」

「付近の安全は確保してあるさ。この調子で明後日まで逃げ続けれることが出来れば、理子ちゃんは自由だ」

 

 理子に掛けられた懸賞金目当ての呪詛師集団『Q』は壊滅。天元と穢れた星漿体との同化を阻止したい盤星教は一般人の集団故に警戒に値せず。というか阻止したいのは五条悟達も同じである。悟達にとっては癪だが目的は似通っていた。

 後は逃げるだけ。同化の拒否が全ての術師に大打撃を与えるとしても、彼らは止めない。質の五条と量の夏油。誰が最強達を止められようか。

 

「傑がそう言うンなら」

 

 気の抜けた声で悟が返答する。そして大きな欠伸を一つ。

 

「眠ると術式が解除される。極力寝ない方がいいね。追っ手を相手するのも面倒だ」

「そんなん、別にボコせばいいだろ」

「私も名前しか知らないけど、特級術師九十九由基。多分彼女が来るんじゃないかな。術式が不明だから一筋縄ではいかないよ」

「へー」

「当分野宿だろう。申し訳ないけど女の子二人には我慢してもらうさ」

「なら、この近くにいい所がある」

 

 

 

 

 

 

 

「「「お帰りなさいませ」」」

 

 聳え立つ建物……は遠く。四人の前にはずらりと両脇に並んだ人の列。丁度のよい着物が揃い、気後れするほどの所作で頭を垂れる。枯山水の庭園は趣深く、分単位で整備され続けたよう。

 ここは最高級のホテル。和と洋を兼ね備えたそれは、外国の賓客を迎えることすらある程。

 

「悟、まさか、君……野宿をしらない?」

 

 これだからボンボンは……と、目頭を揉む傑。彼は一般家庭の出。自分より何倍も歳をとった人々に頭を下げられて気後れしていた。任務で得た金でそれなりの贅沢をすることはあった彼でも、ここまでのホテルは知らなかった。いわゆる初見さんお断りのホテルである。

 

「ダイジョーブ。外より中の方が守りやすいって」

 

 立ち並ぶ女将に目もくれず堂々と真ん中を歩く悟。理子と黒井は慣れているとしてもここまで豪勢な出迎えは初めて。少し萎縮しながら悟について行く。

 

 部屋は勿論スイートルーム。最上階のくせして庭があるし、プールもあるしで悟と理子は大はしゃぎ。対して傑は見張り呪霊を放つ量が増えたためにぐったりとしていた。

 

「傑! 酒だ! 酒が置いてあるぞ!」

「飲まないでよ」

「一本だけ、いいだろ!」

「よくない」

「ちぇ。……じゃあお前が飲め」

「なんでさ」

「妾がのむ!」

「「「駄目」」」

「ぬぅ。く、黒井までも……じゃが妾は飲んでみたい!!」

 

 ボトルを持って走り去ろうとする理子。それを呪霊が摘んで傑の元へ返す。

 舞い上がっている悟。疲れ果てた傑。不貞腐れた理子。窘める黒井。沖縄旅行の続きを彼らは堪能していた。きっとこの四人にとって一生忘れられない思い出になるだろう。

 

 時間が経ち、理子は火照った体を冷やすためにバルコニーで涼んでいた。今の彼女の状況を考えると危険極まりないが残穢は入念に消されているし、このホテルは夜ですら警備員が徘徊する。

 

「理子ちゃん、風邪ひくよ」

 

 現れた傑が理子にブランケットをかける。

 

「……本当にこれでよいのであろうか。妾の我儘でたくさんの人が不幸になる中、妾だけ幸せになってもよいのか」

「へぇ。罪悪感はあるんだ」

「うぅ」

「確かに、同化しないということは天元様が文字通り別物になる。もしかすると結界術が格段に使えなくなり、帳ですらままならなくなる。関係の無い呪術師が苦労するだろうね」

 

 理子は俯いた。傑の言葉は的を得ている。二人を巻き込む訳には行かない。黒井も、十分仕えてくれた。十分夢は見させてもらった。

 もう、誰もついてこなくていい。自分は天元と同化するために生まれ、育てられてきた星漿体。そうで無くなればただの女子中学生。いや、呪霊が見えるだけ普通の女の子より危険も増す。特別は特別ではなくなった。もはや自分は価値の無いお荷物なのだから。

 

「まぁ、だからなんだってハナシ」

「え?」

 

 理子は驚いた。彼は何も気負っていない。高専どころか呪術界の全てを敵に回すことをしているというのに。そして理子を同化させれば面倒事にはならない。ならないというのに。

 

「理子ちゃんは胸を張って生きればいい。後のことは全て、私達が保証する。呪いのない君の人生はここから始まるんだ」

「ってことよ。俺たちは最強だからなぁ」

 

 アロハシャツで現れた悟が傑と肩を組む。理子の目に映る二人は強かった。呪詛師と戦う時も薄ら笑いを浮かべ、余裕を崩さなかった。少しチャラいところはあるものの頼もしい二人。理子は憧れを抱いた。

 

「おっと。悟、二体祓われた。追っ手がきたらしい」

「かっこよく決めたところなんだけどなあ」

「追っ手を倒したらもっとかっこよくなるよ。ってことで任せた」

「おう」

「二人とも着いといで」

 

 事の重大さを察したのか、黙って傑について行く理子と黒井。悟は一人の時が一番強い。それを理解しての行動である。三人を見送った悟は挑発するようにバルコニーの手摺の上に立って下を睥睨する。彼の場所まで地上から数十メートルはある。

 

 

 

 

 

 

「五条悟だな」

 

 

 

 

 

 

 もう一人、男が悟と同じようにして手摺に降り立つ。男は地面を陥没させるほどの跳躍力で一瞬にして飛び立ってきたのだ。彼が理子達を狙うのなら即座に叩き落としたが、正面から挑むのなら話は別。彼らが逃げるまでの時間稼ぎができる。

 男はスーツ姿には似合わない出刃包丁を片手に持ち、感情の起伏が感じられない口調で語りかける。女性のように長い髪を後頭部で一括りにした髪型。額には焔の如き痣があった。因みに彼、巌勝と悟は同じ身長である。

 

「ナニモンだ。一人で来るなんて余裕綽々だなぁ、おい」

「特級術師、九十九由基……」

「へぇ。やっぱり」

「……の、パシリだ」

「は?」

「一応問うておく。天内理子を引き渡せ。さすれば悪いようにはせん。五条の坊」

「ハッ! ……悪役かつ三下なセリフどーも!」

 

 ❝術式順転 蒼❞

 

 鉄筋コンクリート。木製の扉。銅線が剥き出しの電球。砕けた窓ガラス。天蓋の着いた寝具。ソファ。冷蔵庫。全てが一点に吸い込まれていく。形容し難い音が鳴り響く。

 

(ほう、これが無下限。数奇なり)

 

 巌勝も吸い込まれればズタズタに引きちぎれるだろう。故に彼は距離を取った。効果範囲から逃れてしまえば術式は作用しない。

 だが一発。たった一発の術式が最高級の一室を瓦礫の山に変えた。天井は崩れ去り、月の光が漏れ出ている。

 

「壊しすぎだ。控えろ」

「テメェこそ、帳くらい張れよ」

「呪具は置いてある。しかし張れん。何故か知らんが天元はお前たちの味方をしているようだ。同化にも反対だろう」

 

 巌勝はお返しとばかりに暗器を投擲。しかし無限の壁に音もなく阻まれ、軽快な音を立てて悟の足元に落下した。顎を上げて見下す目をする悟。口だけニタリと笑った。

 

「避けれねぇよなぁ!」

 

 ❝術式順転 蒼❞

 

 再び無限の圧縮。出力は先程よりも上。それを見た巌勝は、突貫した。自殺行為も甚だしいが、悟は少しびっくりした。

 

「ははっ。まじかよ」

 

 巌勝は忍ばせていた呪具を抜き放つ。しかし再びそれは無限の壁に阻まれた。無限の吸い込みを利用した一撃。壁を張るのが遅ければ届いていた。悟は巌勝に対する警戒レベルを上げた。

 攻撃が阻まれた巌勝。次に来るのは瓦礫の密集した力場。彼は持っている出刃包丁を両手に持ち替えた。

 

 «日の呼吸 玖ノ型 輝輝恩光»

 

 瓦礫の塊に向かって回転しながら周囲を切り刻み、空を蹴って離脱。人ならざる離れ業に悟の笑みが引き攣る。六眼で観測した事実として術式では無い。単純な身体能力で成したのだ。

 

「オマエさっき天元サマが理子の同化に反対してるって言ったよな」

「ああ」

「なら帰れよ。同化する本人同士が反対してるんだ。ここでやり合うこと自体茶番くせぇ」

「厳密には違う。天内理子が拒んだ場合、他の星漿体候補が同化する」

 

 悟は初めのような仁王立ちではなく、片足を引き、拳を握った構え。

 呪詛師達が相手取るのは主に一般人である。安くない金で民間の闇から依頼を受け、人を呪い殺す。故に呪術師相手に馴れた呪詛師は稀。

 しかし、悟は目の前の者は対人経験が豊富の呪術師と判断。しかも高専側。追い返すのではなく、戦闘不能にしなければならない。

 

「あ? 尚更こいつじゃなくてもいーだろ。頭沸いてんのか」

「奇遇だな。私も同じ理由だ」

 

 巌勝が構える。正眼のそれは持つ得物が刀であれば形になったであろう。しかしそれでも十分すぎる殺気を悟にぶつけた。

 

「私の知り合いに星漿体が居る。それだけだ」

「……へぇ。互いに下らねぇ正義の押し付け合いってわけか」

 

 悟は嗤う。やはり目の前の男は呪術師だ。傑では相性が悪かった。どんな呪霊でも正面から叩き潰されるであろう。領域持ちなら或いはという感じである。目の前の男はここで倒さなければならない。

 二人の緊張が最大限に高まる。

 

 

 

 

 

 

 

 ひたり。

 

 

 

 

 

 

 

 

 滴る水音。硝子かなにかで切ったであろう傷が巌勝の頬に刻まれている。包丁から手を離し、人差し指で血を拭う。その色は鮮やかな赫であった。弛緩した雰囲気に怪訝な顔をする悟。

 

「ああ、すまない。すまないな縁壱。怪我をさせてしまったな」

 

 巌勝の耳飾りが揺れる。再び血の滴る頬をゆっくりと撫で付ける。彼の傷口から〝それ〟は現れた。〝それ〟は瞳の形をとった。そして呪力は戻る。吹き出した血が傷口に吸い込まれ、跡形もなく消し去る。

 六眼は巌勝よりも鮮明にあるがままを悟に伝えた。巌勝は呪力を回していない。愛を回している。肉体に愛され、肉体を愛している。そして愛ほど歪んだ呪いは無い。

 

「は、おまえ……何」

 

 

 

 

 

 

 

 

「よお」

 

 

 

 

 

 

 

 防御のための術式が解かれる。悟にとっては未知の感覚。

 背後に立っていた甚爾がほぼ同時に両手足の腱を断ち切り、得物の腹を悟の頭に振り下ろした。

 倒れる五条悟。

 

「いっちょあがり」

「……捕らえたか?」

「ああ。星漿体と星漿体のメイドと前髪団子だろ?」

「天内理子と黒井と夏油傑だ」

「あってるじゃねーか」

 

 二人にとっては賭けだった。

 甚爾が握るは天逆鉾。術式の強制解除という異質な能力を持つそれよりも、巌勝の呪力の方が異質と六眼が判断したからこその勝負。そして見事、天逆鉾の呪力反応は巌勝の呪力反応に覆い隠された。

 

「こんなチンケな目眩しに引っかかるとは……ざまぁねぇ」

「なんだ、面識があったのか」

「一方的にな」

 

 甚爾は悟の片足を掴むと、ズルズル引きずって連れていった。そして階段ですら持ち方を変えなかった。甚爾は不機嫌そうな御機嫌そうな顔をしていたので、巌勝は咎めることをしなかった。

 

「使えるか?」

「切れ味も悪い、取り回しも悪い。どういう呪具なのだこれは」

「1980円。ただの出刃包丁。嫁が寝ている隙にもってきた」

「……」

 

 ★

 

 

 

 

「ぁあ?」

 

 悟は目が覚めた。今彼は後ろ手に縛られた状態で椅子に座っている。辺りは呪符がびっしりと貼られ、物々しい雰囲気を醸し出していた。六眼から読み取れる呪符の効果からして、罪人を閉じ込めておく場所と言ったところ。

 

「おはよう。ぐっすり眠れたかい?」

 

 そして目の前には金髪の女がいた。そして彼女を取り巻くように蛇状の式神が螺旋を描いている。暴力的な、今にも襲いかかってきそうな呪力。

 

「特級術師。九十九由基だ。どんな女が……なんて、聞くよりも優先することがあるね」

「はい」

 

 悟が声のする方に目を向けると気が付かなかったが傑がいた。彼も悟と同じように縛られている。二人はほぼ同時に目を覚ましたのだ。

 傑は口を開けた。

 

「悟のアフロみたいなたんこぶについて聞いていいですか?」

「オイ」

「夏油君、いい質問だね。そしていい耳飾りだ」

「……ピアスですよ。ってかピアスを耳飾りなんて言う人初めて見ました」

「ふふっ。彼のそれについては、うちのゴリラが気絶した悟君の片足をもって運んだらしくてね、しかも何故かエレベーターを使わなかったんだ」

「……」

「あとは分かるだろう? 階段でゴンゴンゴンさ」

 

 扱いが酷すぎる。そして無様すぎる。

 甚爾と悟は一方的に甚爾が知っていただけ。しかしこれで互いに面識を得た。悟は気絶する前の最後の記憶。鉾を持ち、ニタニタと嗤う甚爾の顔を思い出して青筋を立てた。次会ったら殺すと。

 

 だが、悟にとってそんなことはどうでもいい。一番聞きたいことがある。そんな彼の心境を知っているのに触れようとしない目の前の女に腹が立つ。縛られた手に力が篭もる。無下限の力が縄を拒絶する。弾け飛んだ縄だったもの。

 立ち上がったが、由基は椅子の背を抱え込んで微笑んだまま。

 

「……理子はどうなった」

「色々あって生きている。同化は失敗ってことだ。君たち二人にはすまないと言っていた。後で会ってやるといい。

 そんなことよりも、自分の置かれた状況を心配するべきだと私は思うね」

「……」

「君達を死刑にするって言う話も出たんだよ?」

 

 悟は不貞腐れた顔をした。自分たちは最強でなんでも出来ると思って、負けた。相手が呪詛師側ならば、理子も黒井も死んでいた。ifの話をしても仕方ない。自分たちは悪に変わりなく、裁かれる時が来たのだ。

 

「けれど、そうはならなかった。でなきゃ、私達が今ここで生きている訳が無い」

「うん。これについては私も反対したし、彼の実家も反対した。若気の至り……で済む事件じゃないけれど、上は保守的だから脅せばなんとかなるんだ。結果的に形だけの謹慎処分ってトコロ」

 

 あとは何とかするから。と、去っていく由基。どう考えても説明不足。傑は頭の上に疑問符を浮かべて困惑。悟は覚悟をしていた分空回り。目が点になっている。

 彼女は理子のために死力を尽くした二人の死刑求刑に対して、星漿体候補として反対した。それでも全ての声を潰せる訳では無い。だが事実として呪術界全体を敵に回した二人を実質無罪にした。

 それが彼女。特級術師、九十九由基。彼女の怒りは星の怒り。敵に回すことはすなわち死を意味する。

 

「いつぶりかな。会えるのは」




五条
覚醒はちょい先。だって頭鈍器で叩かれて覚醒するなら、とっくの昔に夜蛾センの拳骨で覚醒してる。

伏黒甚爾
六眼と星漿体の因果から脱却した運なしが運んだ。故に同化に間に合わなかった。羂索もにっこり。

天内理子と黒井
生きてる。


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第肆話 星の怒り

アニメ見て筆が進まねぇやついる〜?


 拘束した悟と傑の身柄を高専に引き渡した巌勝と甚爾。学長らしき人物が土下座しそうな勢いで頭を下げてきたので巌勝は辟易した。甚爾は報酬さえ貰えれば高専に用はない。学び舎という環境に興味を持った巌勝を引っ張り、見学もせずにそそくさと二人は東京の町へと繰り出した。

 甚爾は巌勝を連れ、贔屓にしている呪具師を訪ねた。路地裏のゴミが散乱しているような小道の先にある、いかにもな店。そしてその呪具師から長大なアタッシュケースを受け取った。店を出て、呪具を箱から取り出す甚爾。

 

「なんだそれは。銃か?」

 

 ん? と、怪訝そうな顔をして甚爾が自分の手元に目を落とす。そこには武骨な一丁の銃があった。数十キロあり、長さは甚爾の背丈に並ぶほど。重厚なそれは見るからに偽物では無いことが素人にも分かる。持って往来を歩けば、3歩と経たずに警察が駆けつけるだろう。

 

「スナイパーライフル知らねぇのか?」

「……聞いたことがある。狙撃専用の銃か」

「当たり。禪院お抱え呪具師特注、余程硬くねぇ限りは一発で殺せる。誰が一キロ先から音速で玉が飛んでくると思う?」

 

 ただのスナイパーライフルではなく、れっきとした呪具。星漿体案件で纏まった金()入ったので買えたのだ。あとは全て彼の崇高な趣味に投資された。

 

「なるほど、素晴らしい武器だな」

「心が籠ってねぇぞ」

 

 甚爾は見せびらかしは済んだとばかりに武器庫呪霊にスナイパーライフルを飲み込ませる。明らかに飲み込める大きさでは無いそれをゆっくりと飲み込んでいく呪霊。巌勝は純粋に羨ましいと思った。

 かなり後に関西弁を話す特級芋虫が手に入るのはまた別の話。

 

「やっぱりあれか、武士は刀こそってやつか?」

「思うところがないと言えば嘘になる。卓越した技術も鉄の弾には無力など、認めたくないものだ」

「割り箸で銃弾捌けるヤツが何言ってんだ」

 

 手ぶらになった甚爾はポケットに手を突っ込み、ぶらぶらと歩き始める。

 大通りに出れば、そこは一般人の世界。呪いが蔓延ることすら知らない泰平の世。歩いているだけで職務質問されることが多い二人はさっさと都心から離れることにした。

 

「で、狙撃銃を私にみせた理由はなんだ」

「的が欲しくてな。動き回れて反転術式使えるやつがいい。ってことでいい感じに逃げ回ってくれ」

 

 ニカッと笑い、サムズアップする甚爾。笑顔だというのに大の男も裸足で逃げしそうな迫力を纏っているなどと、場違いなことを巌勝は考えた。

 

「ここはただの市街地だ。帰れ」

「無理。恵と喧嘩した」

 

 ノータイムで返す甚爾。げんなりとした顔の巌勝。甚爾はふいと顔を逸らした。ジト目が刺さって抜けない。頭を掻きながら大きくため息をついた。

 

「恵の歯が取れかけでよ、糸で括って抜こうとしたら糸の方が切れた。泣きながら追い出された」

「……痛み止めの呪符とかは無かったのか?」

「………………そーいやあったわ」

 

 巌勝は思う。甚爾が結婚に加え、逃げた別の女の子供を引き取ると言うので由基と二人して笑った夜。この前のことのように思い出せる。だというのにもう歯が生え変わる年齢。子の成長は早いものである。

 

「あーあと、恵は見えてるし持ってる。津美紀はわからん」

「ほう。ならば育てるが吉よ。才能が埋もれたまま消えていくのは嘆かわしい」

「……それがよ。一昨日、勝手に調伏の儀ってやつを始めやがった。あんとき俺がいたから良かったものの、また始めるかもしれねぇ。はやいとこ預け先をきめなきゃなんねぇ。

 そこで二択だ」

 

 甚爾は片手をポケットから出し、二本の指を掲げた。

 

「禪院に預けるか、高専に預けるか」

「何故お前が育てない。曲がりなりにも父親だろう?」

「冗談言え。呪力無しの猿がどうすんだよ。なんならお前が見てくれてもいいんだがな」

「私の方が疎いぞ」

「でもマシだろ。俺よりかは」

 

 どんよりと暗いオーラを漂わせる甚爾。妻も悪友達もいなかった原作と比較して、彼は少し豆腐メンタルで、自信がない男になっている。

 逆にこうして目の前で落ち込めるほど心を許せる相手がいるのは、天から見放された彼にとって幸運でもあるのか。

 

「貴様が今度の賭けに勝ったら……刀の扱い方だけなら……考えてやらんでもない」

「はい縛り。言ったな?」

「武士に二言はない」

「へへ。ありがとさん」

 

 武器は兎も角、体術は甚爾が教えた方がいいだろう。という言葉は結局、巌勝の喉を通り過ぎなかった。少し肩の荷が降りたように前を歩く友が信頼してくれているのなら、ただ応えるのみである。

 そうして歩いているうちに郊外の森へとたどり着く。鳥の囀がけたたましい。森は道路を挟んで田んぼに面しており、車通りも少なかった。

 

「ここならいいだろ」

「森か。ここはまだ道路に面している。奥に行くぞ。あと念の為に言っておくが……」

「へいへい。首はダメなんだろ?」

「ああ。許可は?」

「知らん。九十九が何とかするだろ」

「お前はあいつを便利屋か何かだと思っているのか? ……まぁいい。得物を貸せ。……出刃包丁を仕舞え。それはさっさと明美殿に返してやれ。あとせめて呪具を貸してくれ」

 

 結果、巌勝が受け取ったのは『游雲』。三節棍の特級呪具である。何回か借りた経験があるので扱いは慣れている。どうせならスナイパーライフルという銃の頂点に刀で挑みたかったと彼は思った。ギリギリ刀と呼べる釈魂刀は現在メンテナンス中であった。

 甚爾はライフルに弾を込める。カチャリと子気味のいい音がした。

 

 

 

 

ブゥゥゥゥゥウウウウウ

 

 

 

 

「嗚呼、刀が欲しい……」

 

「ってかよ、あのゴリラ女もう既に刀を──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────────ごっ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「と、甚爾ぃ──!?」

 

 

 

 

 

 

 

「やぁ、久しぶり」

 

 視界から消える甚爾。彼と入れ替わるようにして、突然現れたバイクにまたがる金髪の美女。ゴーグルを外し、ヘルメットを取ると金色がたなびいた。彼女を取り巻くように式神が空を泳ぐ。美女・九十九由基は続けざまに投げキッスを巌勝に飛ばす。

 由基目掛けて飛んできたナイフは式神が弾いた。

 

「てめェ九十九ォ、俺じゃなかったら死んでたぞ!」

「レディの秘密をばらすような奴は轢き殺されて然るべきだと、私は思うね」

「お前が調べてんのは誰の体だ?」

「そっちこそ、巌勝の金でギャンブル三昧できているくせに。あと今日津美紀ちゃんに会いに行くから」

「断る」

「やだー。津美紀ちゃんに会いたいー」

「ゴリラが伝染るだろ」

「あ?」

 

 二人の間で火花が迸る。巌勝は蚊帳の外。

 由基は反転術式を使えるので甚爾は本気で殴れる。対して甚爾も自然治癒が早く、部位を欠損したとして研究サンプルが増えるので由基にとっては御の字。彼女はそろそろ内臓が欲しい。

 

「……」

 

『何、私の顔になにかついてる?』

『私の術式言いふらしたら殺すから』

『あーもう! ぺらぺら戯言垂れやがって! 私はお守りされるほど雑魚にみえるか!』

『静かな女がタイプかよ、ド陰キャが! なら、私という存在を刻みつけてやる!』

 

 互いに若く、由基に至ってはセーラー服を着ていた頃。

 初対面があんなものになったというのに、今では友となったのだ。巌勝はおかしくて少し相好を崩した。

()()()()()()()()()()()。自らの内に燻っていた未練は由基によって祓われた。

 

「久しぶりだな由基、刀は?」

「ごめーん。忘れちゃった」

「そういえば甚爾、星漿体の報酬は?」

「使った。おい、ライフル飲み込んどけ」

「鳳輪。手を出すな」

 

 二人は適当に答える。呆れる巌勝を置いて二人がぶつかる。互いに満面の笑みで拳を振りかざす様は紛れもなくゴリラ。甚爾のスタイルと由基の術式からして、二人の戦いは小細工無しの殴り合いとなる。

 

「ラァッ!!」

「シャアァ!」

 

 甚爾の放つ掌底が由基の髪を数本消し飛ばす。カウンターの蹴りが炸裂するも、屈むことで避ける。甚爾は由基の振り切った足を掴み、投げ飛ばそうとするが術式で質量が付与され手を離さざるを得なくなった。

 

『……×:=→¥@).「!  ( ◜ω◝ )』

『〒:=:>>──++(〆<・ (*´ `*)』

 

 二人が喧嘩するのはいつものことなので、甚爾の芋虫呪霊と由基の鳳輪が親しげに話し始める。言語が分からない巌勝はまだ蚊帳の外。気晴らしに遊雲をブンブン回して体を動かし始めた。

 二匹は主人の関係で何かと共にいることが多い。故に謎の友情が芽生えている。二匹が置いていかれたということは二人は手加減しているということ。

 手加減しているつもりだった。

 

「来い!」

「鳳輪!」

『:?」? 」( ・ω・)ゞ』

『(@! ,:::」¥((……*)』

 

 

 ★

 

 

 

 

 

 

「……なんで式神使ったんだよ」

「君が私のバイクを粉々にしたからだろ。ハーレーダビッドソンのスポーツスター1200cc。200万しっかり払ってもらうからね」

「チッ」

 

 戦いのほとぼりも冷め、とあるカフェで屋外の席を囲む三人。数年後にとある特級呪霊達によって火災が起き、数多くの死亡者を出す予定のカフェである。三人とも見た目が見た目なだけにかなり目立っている。

 

 結局本気の戦いになり、二人が倒れ込むまで続いた。戦闘の余波で山が二つ。人工林が東京ドーム一つ分消滅。因みに帳は下ろしていない。呪術上層部は九十九を恐れて何も出来ない。カフェのテレビでは、局地的な地震と報道されていた。今頃呪術界の末端が事後処理に奔走しているころである。しかしながら当事者達は優雅に寛ぐのみ。

 

「足を乗せるな。行儀が悪い」

「……」

「えー。恵君達の前でこんなことしてないよね? してたら教育に悪いと思うよ。まああの二人なら大丈夫だろうけどさ」

「してねぇよ」

「巌勝」

「してなかったぞ」

「答え合わせすんな」

 

 背筋を伸ばし、座っているだけなのに威厳を感じる巌勝。対して甚爾は丸い机の上に足を投げ出している。巌勝が窘めるが無駄。

 由基が意味深な封筒から書類を取り出すものだから、二人は興味を惹かれる。そこに写った写真を見て甚爾はうげぇと舌を出した。

 

「オイ。なんでテメェが甚壱の顔写真なんかもっていやがる」

「私ってば美しいじゃん? んで、強い。あとは()()()だろ?」

 

 お見合いと言えば聞こえはいいが、実質はただの政略結婚だ。唯一の女特級術師であるということは、子を孕む胎として最上級であることを意味する。多くの人が蛮習だと思うだろう。しかしそうやって強い呪術師を生み出し、非呪術師が守られてきたのは目を背けようのない事実。一概に悪とは言えない。

 

「なら受けろよ。禪院家が後ろ盾なら理想にも近づくかもしれねぇぞ、義姉様」

「は、受けるもんか」

 

 以前に一度だけ由基は禪院家に近づいた。というのも甚爾がいたから。逆に言えばここに本人がいるので、あの家に価値は無い。何より由基にとっては自分より弱い男に傅くのは御免だった。そして甚壱には既に愛人が数人存在する。

 彼女はケラケラと笑う甚爾を睨みつけ、甚壱の紹介状を握り纏めて甚爾に投付ける。甚爾はそれをさらに小さく纏めてゴミ箱に捨てた。

 由基がもう一枚捲ると、そこには少し幼さが抜けきらない男子がいた。

 

「そんな餓鬼いたっけ」

「禪院直哉君だって。禪院家で相伝持ちって書いてるけど?」

「野郎の顔覚えるのは苦手なんだよ」

「投射呪法。最速の呪術師と同じ術式だ」

「へぇー。巌勝は知ってるんだ」

「同じ術式なら昔一度戦った。甚爾は知っていると思うが」

「あれは爆笑モンだわ。つーかオマエの目があればあんな術式カモだろ」

 

 ああ、あの術式か。と、興味なさげに携帯を弄り始める甚爾。まだ何枚か残る紹介状を全てごみ箱に投棄てる由基。呪具カタログから刀を探し始める巌勝。

 互いが互いに自分のプライベートに干渉することを許容し、沈黙すら気不味くならない。それが今の三人の関係性であった。

 

「ねぇ、二人とも」

「……」

「なんだ」

「三人で呪術界ぶっ壊さないかい?」

「金払うなら」

「強者と死合えるのなら」

「はい。この話は終わりね」

 

 出来ないのではなく、やらない。だって面倒くさいから。

 由基がここまで呪術界を敵に回せるのは領域展開を習得している点が大きい。そう遠くない未来、五条悟も領域展開を習得し彼が最強となる。

 しかし由基への抑止力として期待された彼は、由基と同じ革新派であったので保守派の高専上層部はさらに頭を抱えることになるのだった。

 

「そういや巌勝、ちょっとお前パシられてくんね?」

「は?」




次回、巌勝単体で禪院家訪問。青年直哉君に一瞬でトラウマ植え付けたりとか扇に嫉妬されたりとか。それ以外も付け足すかも

死滅回遊を早く書きたい気持ちともっと三人で馬鹿やって欲しいっていう気持ちが押しあってる。


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第伍話 禪院家 前編

この二次創作の甚爾は、スモーカーみたいな甚爾です。


「ほう、なかなかの造り」

 

 巌勝は荘厳な門のを前にして感嘆の溜息をついた。横に広がる高い塀は終わりが見えなくなるほど続いている。道をゆく人は総じて着物を着ていた。屋敷の敷地ではない道ですら石畳となっており、ここの地区だけ数百年前にタイムスリップしたよう。

 今回、彼の服装は着物。縁壱に似せた着物ではなく、黒死牟時代に着ていたものと同じような着物を着ている。これは彼なりの正装。

 

『見た目だけだがな。それと絶対お前は何人か伸して帰ってくる』

「よもや戦闘になると? 仮にも格式高き御三家とも言われる家。粗相など起こせぬと思うが」

『賭けてもいいぜ』

「む」

『言ってた賭けさ。自信アリ。俺が勝ったら恵に刀、教えてくれ』

「わかった」

『んじゃまぁ、そういうこった』

 

 通話の切れた携帯電話を懐にしまう。

 それと同時に軋みながら門が開いた。二人の女……と言うには若すぎるぐらいの双子の女子が出てくる。巌勝は向き直って一礼した。

 

「継国巌勝殿とお見受けします」

「いかにも。私が継国巌勝だ」

「ご案内します。どうぞこちらへ」

 

 完璧な所作で一礼する二人。目が死んでいることを除けば、そして少しばかり手が震えていることを隠せていれば心地よい接待となっただろう。栄養状態もあまり良いとはいえず、訳ありなのかと邪推してしまう。

 

 

 

 

「待て。俺が変わる」

 

 

 

「「失礼致しました」」

 

 現れたのは禪院家の現当主、禪院直毘人。特徴的な髭と手に持った瓢箪が目立つ。飄々としているも目線は巌勝を捉えたまま。明らかに警戒されている。尤も、それは至極当たり前のことであったが。

 

「ついてこい」

「承知した」

 

 巌勝は黙って直毘人に着いていく。姿は見えないが、不特定多数に監視されていることには目をつぶった。

 

「何用だ」

「甚爾の息子について。話は後ほど」

「奴抜きでか」

「ああ。『俺が行くと、ふとした時にぶっこわしちまいそうだ』と言っていた」

「腹立つな」

 

 甚爾が禪院を滅ぼせるのは紛れもない事実。だが彼には家庭がある。守るべき家族がいながら呪術界を敵に回すほど、彼は愚かではない。ただ、滅ぼしてお釣りが返ってくる状況になった瞬間、嬉々として滅ぼすだろう。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「あいつのことだ、モラハラ、DV、虐待もする。息子は無事なんだろうな」

「良き父親だぞ。この前は息子に家を追い出されていた」

「嘘をつくな」

「私も言ってて無理があるとは思うが、事実だ」

 

 適当な会話を続けていくと、どこか下から見上げるような視線が追加された。

 

「ん?」

「あ……」

 

 巌勝が体を傾けて振り向くと、驚いて固まっている緑髪がいた。後を付けてきたというより、様子を見に来たのだ。悟達より一回り小柄で童顔。年の瀬は中学生ぐらいであろう青年が顔を青白くさせていた。病的な顔のまま、一歩後ずさる。

 

「直毘人殿、彼は?」

「ん? ああ、息子の直哉だ」

「ほう、ならば彼が相伝の」

 

 巌勝の赤い目が直哉を写す。見抜き、見取り、見透かし、見極め、見破る。

 二人に確執は全くなく、初対面である。しかし彼は由基の見合い写真を見た事がある。他ならぬ親友の伴侶として相応しいか、そして薄ら濁った独占欲のために観察する。

 

(深いが狭いな。彼女の好みでは無い)

 

「ぅあ」

「やめろ」

 

 直毘人の制止の声には素直に従った。一応目礼だけは行い、歩き出した直毘人に再び着いていく。最早彼の目には直哉は映っておらず、庭先の松や枯山水に興味を示していた。

 

 …………

 

 直哉は巌勝達が角を曲がり後ろ姿が見えなくなった瞬間、膝をついた。冷や汗を拭う。心音がどんどん彼の胸を叩く。しかし口角は上がっていた。

 

 

 

 ドク。ドク。ドク。

 

 

 

「はぁ……えっぐ、同じ人かいな」

 

 

 

 彼は父親から甚爾の使いが来ることは聞かされていた。今更出来損ないが何用だと口走る贋物を睥睨し、甚爾が用を任せるような人物に興味を抱いた。

 禪院に臆しない礼儀正しいだけの売女か、本当に小間使いなだけの下人か。どちらにせよ殴って従順にさせてから甚爾の情報を聞き出すつもりだった。

 結果は見ての通り。甚爾が任せた相手は強者。均整の取れた体つき。揺るぎない体幹と柔軟な足運び。なにより────

 

(なんやあれ、全ッ然強なさそうやんけ。逆に怖いわ)

 

 強いはずなのに弱く見える。無害だと思い込んでしまう。それはまるで植物のような雰囲気。彼の右肩に蝶が警戒せず止まっていたのがその証拠。呪いでは説明がつかない。

 彼の肩には蝶だけでなく数百年の経験が乗っていることを知らずにいたのは幸運か。

 

「ひひっ。楽しみになってきたわ。何を見せてくれるんやろ」

 

 

 

 …………

 

 微かに聞こえた直哉の独白に、巌勝は疑問を抱いた。

 

「本当に息子なのか」

「どう思った?」

「何故関西弁なのだ。京都生まれ京都育ちの京都弁では無いのか?」

「……どうでもいいわ。着いたぞ」

 

 直毘人が襖を開ける。瞬時に巌勝は悟った。

 

(賭けは甚爾の勝ちになるかもな)

 

 

 

「貴様が甚爾の使いか」

 

 無精髭を生やした大男、禪院甚壱。床の間に腰掛ける様は荒くれ者としか言いようのない。値踏みするように睨めつける。肉体は出来上がっているが、それでも甚爾と比べれば一回り劣る。

 故に肉体だけを見れば、甚爾の兄だと一瞬で分かる。

 

「遅い」

 

 痩躯の剣士、禪院扇。不機嫌さを隠そうとしない。客人の前だというのに帯刀している。巌勝を見て蔑んだ目線を送り付けた。彼を格下と判断したのである。

 

「……」

 

 そして目を輝かせて巌勝を見る直哉。正座している分、一番礼儀正しいといえる。巌勝は頭の上に犬の耳を幻視した。恐らく尻尾も振られている。

 

 ドドーンと効果音が付きそうなほど、彼らの登場のインパクトは強かった。そもそも床の間に甚壱が座り込んでいるのが目に入った瞬間、頭が痛くなった。彼の行いは神仏に対してあまりにも無礼。巌勝とて理想のために同族の命すら刈り取った身で言える口ではないが、不快は不快。

 巌勝が正座をしようと、甚壱は床の間を占拠しているし、扇は立ち上がったまま。直哉は依然として食い入るように巌勝を見ている。

 

「さあ、手短に話せ」

「部外者がいるようだが」

「何も話は1対1など言っておらんだろう」

「……………………甚爾の息子、恵についてどこまで知っている?」

「十種影法術を持った子が甚爾の元に生まれた。それだけよ」

 

 直毘人は余裕の表情を崩さない。薄ら笑いすら浮かべている。ただ胡座をかいているところは抜け目ない。正座よりも胡座の方が奇襲に強いのだ。因みにここで初めて巌勝は恵の術式の名前を知った。

 

「手を出すなと言いたいのか?」

「否、奴の妻についてだ」

「胎を守れというか」

「然り。一言、公言するだけで十分だと言っていた」

 

 十種影法術を産み落とした種と胎。確実に産み落とす訳では無いにしろ恵という前例がある以上、術式を持った子供を産み落とす確率が高いとも受け取れる。禪院が無下限の五条に対抗して見せた相伝中の相伝を産んだ女。そんな彼女がたまに化け物が泊まりに来ることを除けばただの一軒家に住んでいることの重大さ。

 ただ、甚爾の妻を『胎』と呼んだ一点に不快感を覚えた。

 

「だが彼奴はもう禪院では無い、伏黒だ。禪院の名を持たぬものを守れなどと、虫の良いにも程があるな。

 禪院姓になるのなら話は別だが」

「有り得んな」

「少しいいか?」

 

(良いわけないだろう)

 

 割って入ったのは甚壱。髭を撫で付けながら口を開いた。直毘人への抗議の目線は無視される。

 

「甚爾の女を禪院に下女として働かせればいい話だろう。孕んだ子は確実に禪院だという証明になる。その上──」

「何か思い違いをしているようだが。我らは甚爾の妻を守れと言っている。そこに歩み寄りも折衷も無い」

 

 この時、巌勝は初めて甚壱と目を合わせた。無機質な瞳が射抜く。結果、先に逸らしたのは甚壱の方。彼自身、己が目を逸らしたことに驚いていた。驚きは警戒へと変わる。

 巌勝は理解した。明美と津美紀はこの家と関わってはいけない。関われば最後、生き地獄に引き摺り込まれる。

 

「我らを、禪院を脅すか」

「ふ、そう聞こえたか?」

 

 お互いにあくまで冷静。ただし雰囲気は一触即発。

 直毘人とて間抜けでは無い。話し合いの部屋を囲うようにして躯倶留隊を控えさせている。

 御三家が一つ。禪院家の当主がなぜ大きく出られないのか。理由は得体が知れないからである。

 

 当時、十を過ぎたばかりの巌勝が前当主を返り討ちにして見せたことは禪院家の中でもこの場にいる人間のみ知る紛れもない事実。果たして一体何にやられたのか。無下限のような理外の術式か、強力な呪具か。

 

 ただ分かるのは、見た目からして肉弾戦を得意とすることと甚爾が任せるに足る何かを持っていること。彼は進んで地雷をふむようなマネはしない。()()()()()()()()()()()()()()()()()

 直毘人は口を開いた。

 

「巌勝と言ったか、年は?」

「二十六だ」

「なら貴様が禪院(ウチ)に来い。貴様が来るというのなら、恵に手出しはせん。甚爾の女も守ってやろう」

「私がか?」

 

 直毘人は知らないが、この発言は甚爾と巌勝のみならず、もう一人の化け物を敵に回す発言であった。

 

「不思議に思わんかったか? なぜ禪院が落伍者の息子なんぞにここまで固執するなど」

 

 直毘人は酒を一呑みし苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。剣呑な眼差しは苛立ちを隠しきれていない。

 

「術式が当たりだったのだろう?」

「当たりも当たり、大当たりよ。なにせ、奴の息子の術式はかの六眼と相打ったのだからな」

「ほう」

 

 厳密に言えば十種影法術最後の式神があまりにイレギュラーすぎた故の事故である。巌勝は心の中で甚爾に悪態をついた。彼は恵の術式を知らないのだ。強力な術式だとは思っていたが、まさか無下限と並ぶほどとは思ってもみなかったのである。

 

「つまり、我らは六眼と対等であればそれでよい。これでわかっただろう? 

 六眼と無下限呪術の抱き合わせ。世界の均衡すら崩して見せたあの五条悟に正面から挑み、破った。その事実は貴様が思うよりも遥かに大事だ。

 甚爾がどんなやつを使いに寄こすかと思っていたが、まさか貴様が来るとはな」

 

 五条悟に勝ったのも正々堂々とは言い難い。不意打ちが成功した結果のことである。彼にとってそのようなことでこうも煽てられるのは少し心外だった。

 

「私が仮に禪院姓を貰い受けたとして、なんの利点がある」

「そうだな。特級呪具の二本や三本くれてやるし……」

「ほう」

 

 心が一気につられる。当主になりたくは無いが、なにか恩を売れば刀が貰える可能性がある。釈魂刀のようなものではなく、鞘も鍔もある刀。さらに特級呪具ともなれば威力は計り知れない。

 扇の気配が少し揺れ動く。

 

「なんなら貴様の息子には次期当主の座ぐらいくれてやるが──」

「直毘人!」

 

 要らん。巌勝がそう言おうとした矢先に隣から怒鳴り声が響く。声の主、扇は怒気を露わにして一歩踏み出した。溢れ出る呪力が扇の体から立ち上る。

 彼だけでは無い。直毘人の打診に甚壱ですら驚きを顕にしていた。声は上げないが、彼も扇と同じ意見。

 

「下がれ扇。俺が話している」

「……」

「で、どうだ」

(そもそも)、私は血族ですらないが」

「些細なことよ。いろんな所から婿や嫁を持ってきているからな。誰でもいいから禪院の嫁を娶って相伝の子を産んでくれればよい。

 言わば玉石混交の術式ガチャに貴様が入るだけよ。ガハハハハ!!」

「次期当主など恵にくれてやれ。私はいらん」

「き、貴様ァ!!!」

 

 その一言で扇は耐えきれなかった。怒りの矛先は直毘人から巌勝へと振り切られる。

 彼ですら使うことを許されない特級呪具の譲渡ですら腸が煮えくり返り。そこへさらに次期当主の打診。その上打診を蹴り、出来損ないの息子に明け渡すと言う。

 巌勝は扇の地雷をひとつずつ丁寧に踏んでいった。

 

 極めつけに──

 

 

 

 

「やっぱ並んでみると巌勝君のポニーテールの方がかっこええわ」

 

 

 

 

((((それはそう))))

 

 

 

 

 ───今まで空気だった直哉のトドメの一言。悪びれもなく独り言のように謗る。これでも巌勝の手前、抑えた方である。

 

 

「舐め腐りおって!!」

 

 

 ❝術式解放 焦眉之赳❞

 

 

「叩き切ってくれる!」




高専時代の五条達が十六なので、巌勝、甚爾、由基の三人はキリよく二十六歳で統一します。

バトルは次回。多分すぐ書けるかも。禪院家が終わったら由基と夏祭りとかその後は原作かな


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第陸話 禪院家 後編

短編から連載へ


「叩き切ってくれるわ!」

 

 抜刀。噎せ返るような熱がチリチリと肌を焼く。扇の刀には焔が纏われていた。室内の温度が急激に上昇する。

 

(刀から炎を放出できる術式。一体何の因果か)

 

「扇、客人の前だ」

 

 どの口で客人というのか、と巌勝はツッコミたかったがやめた。

 これは茶番だ。巌勝の実力を測るために直毘人は態と扇を煽ったに過ぎない。

 いつもなら無視しているが、あえて巌勝は挑発に乗ることにした。

 

「刀を抜いたか。生憎得物を持ち合わせておらぬ。拳で御容赦願おう」

「……ッ! 覚悟ォ!」

 

 巌勝は自然体で構えた。刹那、振るわれた刀を半身で躱す。続けて上段からの振り下ろし。

 振り下ろされた刃の背を上から踏みつけ、畳に押し付ける。熱で畳の焦げる音が響いた。足裏に形容し難い痛みが生じるが、赫刀の痛みより遥かに微温(ぬる)

 それでも刀から手を離さなかったので、空いた足で刀の側面を蹴りつける。パキン、と音を立てて刀が根元から折れた。

 

「な……!」

「失礼」

 

 意地でも刀から手を離さなかった扇の襟首を掴み、力任せに庭先へと投げる。天性の膂力が呪力の底上げを受けたのだ。人一人片手で投げることなど容易い。障子をひとつ破り、躯倶留隊の控える部屋を通り過ぎ、またひとつ障子を破って庭へと飛んでいった。

 

 巌勝はギョッとした顔の躯倶留隊を横目に扇へと歩みを進める。

 

「直毘人」

「ああ。戦い方が奴そっくりだ。ありゃ扇じゃ手に余る」

「だが呪力操作は下の下だ。基礎すらなってない。ありゃすぐ呪力切れを起こすぞ。おい、躯倶留隊も見ておけ。次はお前たちになるかもな」

「まじすか。……いや、集団戦に慣れてなければ勝てます」

 

 そんな軽口を背に受けながら、巌勝は庭に躍り出る。扇は受け身をとったのでほぼ無傷。しかしその目は屈辱に爛々とギラついていた。頬に血管が浮き出て殺気すら放っている。溢れ出る呪力はとうとう、周囲を巻き込んで燃え上がった。

 庭の二人を囲うようにしてギャラリーが増えていく。そこにはあの双子の姿もあった。

 

「しいっ!」

「蒙昧だな」

 

 右足で踏み込み、袈裟懸けに振り下ろされる刀。折れた刀であろうと、吹き出す焔が刀身を生成する。どれほど伸ばせるのか未知数なので、屈んで避けた。案の定伸びた刀身は本来の二倍にもわたる長さ。リーチを活かし、炎の刃が鞭のように唸る。

 それを巌勝は涼し気な瞳で観察する。念の為、観戦者にも気を配っていた。

 

(強者……とは言えんな。由基達より弱い)

 

 刀の速度は甚爾の方が速い。呪力操作は由基の方が巧い。そして見られている以上、使える手札は晒したくはない。領域展開は論外。反転術式に至っては自動で行われる故に無傷で勝たなければならない。足裏の火傷が治っているかどうかを態々みる人間も居ないし、反転術式の際に溢れ出る鬼呪も余程呪力に精通してなければ見えない。

 

(刀さえあればカタはつくというのに)

 

「貴様、先程から逃げてばかり。なぜ術式を使わんのだ」

「術式など知らん」

「は?」

「知らんと言った。最早あるのかすら不明よ」

 

(まぁ嘘だがな)

 

 巌勝は由基から術式の内容が漏れることのリスクを散々聞いていた。五条の無下限が良い例である。尤も、無下限を知ったところで戦いを有利に運べるとは限らないが。あと単純に術式の開示による能力の底上げが効かなくなる。

 羂索すら予期しなかった彼の術式。領域を展開すれば六つ目の鬼に転ずるそれはまだ彼の手に余る。

 

「術式を持たない……だと」

 

 そんなことは禪院家に分かるはずもない。彼らにとって相伝は名誉。生まれが全ての世界で、生まれ持って得た術式を秘匿することなど理解不能。

 故に扇は巌勝の言葉をそのままに受けとった。今の時点で術式がない。つまり呪術師として論外も論外。ならば種はひとつ──

 

 

 

「天与呪縛か! その膂力と引替えに術式がないのだろう!」

「……その通りだ」

「貴様も()()か!!」

 

 更に奮い立つ扇。攻撃はさらに苛烈になった。負の感情は呪力そのもの。屈辱の怒りや、()()()()()()()()()()()はそれだけで呪力を底上げする燃料となる。

 しかし依然として隙は多い。

 

(得るものは得た。手刀で落とすか)

 

 突きを避け、懐に潜り込む。そして柄を握る扇の両手を上から片手で掴み行動不能にする。同時に空いた方の片手を振り上げ、一直線に彼の首へと叩き込────もうとした。

 

 

 

 

 

 

「あ」

 

 

 

 

 迸る黒い稲妻。

 

 巌勝の肉体は縁壱のもの。しかし魂は身長も背格好も同じ巌勝のもの。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。呪いなしの世界で数百年生き、生きた年数を尺度とすれば呪いを知覚したのは最近も最近。故に細かな呪力操作が苦手というデメリットがあるが、メリットもある。

 

 それは黒閃が発動しやすいこと。至って普通の手刀に通常の2.5乗の威力が掛け合わせられる。

 

(む、これは不味いな。首を落としてしまう)

(よもや殺す気か!?)

 

 経験から生まれた勘とでも言おうか。死を悟った扇。火事場の力で何とか避けようとする。巌勝も振り下ろす位置を変えようとした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結果として、首は避けた。()()

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ふぁさ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

「……」

 

 地面に落ちる、ポニーテールだったもの。

 扇の総髪──ポニーテールは根元から無くなっていた。扇はゆっくりと手を伸ばし、後頭部を撫でる。そこにある筈のものは確かになかった。一言も発さず、わなわなと手が震えている。

 

 気不味い沈黙が場を支配した。

 

「…………………………成敗」

 

 巌勝はダメ押しとばかりに再度手刀を振るう。今度はしっかりと意識を奪った。うつ伏せに崩れ落ちる扇。気不味い沈黙に耐えきれなかった巌勝が情けとばかりに気絶させたが、更に無様になったのは言うまでもない。

 

「そこまでだ。控えよ」

 

 直毘人が制止の声を発する。巌勝が黒閃を発動したことに躯倶留隊や甚壱達が目を見開く一方、直哉は呼吸困難で腹を抱えて笑っている。笑いすぎて声が出ず、地面に落ちた髪を指さしながらプルプル震えていた。

 

「禪院家を代表して謝罪しよう。弟が粗相をした。悪かったな」

 

 謝意の込められていない言葉。これも挑発のひとつである。突っぱねれば今度は巌勝が加害者となり躯倶留隊と戦うことは必至。家の格とはそういうもの。

 

「迷惑料だ。呪具を幾つか貰い受ける」

 

 巌勝は悪人面をした。その顔はどこかのヒモに似ている。直毘人は了承の意を示す。二人が姿を消した後、扇は躯倶留隊に運ばれていった。

 

 

 

 ★

 

 

 

 

「あの話は真か?」

「貴様を次期当主にする話か? 嘘に決まってるだろ。だが恵を当主にするのはいいかもしれん」

「直哉殿では無いのか」

「性格がちとな。あれには誰も着いてこんよ」

 

 忌庫への道を歩きながら、あっけらかんと直毘人は言う。直毘人とて、元より直哉に継がせる気はそんなになかった。彼自身、禪院の将来に限界を感じており、古きを重んじるだけの当主では心もとないと思っているのだ。

 

「相伝の術式を継いでいるのは子息だけか? あの双子は?」

「双子が継いでいるわけなかろうて」

「……なぜそう言える」

「呪いの世界では双子は凶兆よ」

 

 そう吐き捨てるように言った。途端、巌勝が立ち止まる。それに気づいた直毘人が振り向いた。巌勝の表情は諦観を含んでいる。

 

「呪いの世界だけでは無い」

「ぬかせ、呪い以外の理由で双子が忌み嫌われるなどいつの時代だ」

「そうだな」

 

 再び歩き出す二人。じゃりじゃりと小石を踏みしめることが二つ並んだ。忌庫は洞窟の中。幾重にも貼られた結界のさらに奥。中でも強力な呪具は当主が直々に管理している。

 

「何故……双子は凶兆なのだ」

「知らんのか。呪術的に双子は一人として考える。本来術式と呪力を併せ持って産み落とされる筈が、一方ずつしか持ち合わせなんだりしよる」

「ではあの双子は……仲良しか?」

「は?」

 

 仲良し。そんな柔らかい言葉が目の前の大男から出てきたことに直毘人は少し意表をつかれる。

 直毘人が双子に抱く感情は憐憫。禪院に生まれたことが運の尽き。逆に一般家庭に生まれたところで、呪いが見えるだけで自衛手段を持たない真依は長く生きられない。呪いが見えない真希は時間の問題。双子でなければ或いは──といったところ。

 

「仲良し……なんじゃねぇか? いっつも二人でいるからな」

「そうか」

「ってか双子双子双子うるせえ。甚爾に聞けば話してくれるだろうが」

「生憎、奴と呪力云々の話はせん」

「じゃあ何話してんだ」

「…………競馬とスナイパーライフル」

「もういい。揃いも揃って底抜けの阿呆か」

 

 巌勝はむっとした顔をしたが、黙ってついていく。ろくでなしという言葉が筋肉纏って歩いているような甚爾という男と一括りにされるのは些か心外であった。

 辿り着いたのは円状の広間。岩の壁に金属の扉が並んでいる。その最奥部の扉を直毘人は開けた。

 

「忌庫だ。呪具ならだいたい揃っている」

「……」

 

 並んである呪具の数々に巌勝は目を輝かせた。

 とりあえず飾り立ててある刀を一本手に取る。鞘から抜き放てば呪怨が悲鳴をあげた。鞘は名刀のそれだが、本体の刀は鈍。鈍のくせして込められた呪いが強い。まるで禪院家を形にしたような刀。

 

(大方、妖刀よな。斬れ味の悪さが斬られた者の痛みを増幅させ、慟哭が呪いに転じたとみえる)

 

「この刀は数打ちか?」

「その刀を数打ちと言えるのなら、貴様が求めるような刀はここには無い」

「そうか」

 

 巌勝は少しガッカリした。そして刀を正眼に構える。左手の小指と薬指に力を込め、右手は添えるだけ。少しずつ込める力を増やしていくと柄が割れた。刀身はほんの少しだけ赤熱化している。

 

「……すまん」

「すまんでは、()()()が」

「すま……? 何と言った?」

「もういい。寄越せ、修理に出す」

 

 イラついた直毘人へ刀を渡し、再び物色し始める。甚爾の釈魂刀、天逆鉾、万里ノ鎖。あれらに匹敵する呪具があると踏んだが期待外れであった。

 

「これは?」

「硬いだけの刀だ。これといった特性もない」

 

 巌勝が手に取ったのは無骨な刀。刀と言うよりサーベルに似た呪具。しかし鞘は着いている。形だけの柄もあった。握ってみると先程の刀よりも握力に耐えうるようだった。

 

「貰っていくぞ」

「おいおい。ただで渡せねえが」

「これ一本だけで良い」

「五億するぞ。さっきのやつは十億だが」

「扇を噛ませ犬とした様子見。話し合いの邪魔となる部外者もいたな。もしやすると甚爾に言いつけてしまうかもしれぬ」

「はぁ……なんなら夜寝ている間に女でも宛がおうかと思ったんだがな。持ってけ泥棒」

「……」

 

 巌勝は怒りを通り越して呆れた。ここまで来るといっそ清々しい。

 

「部屋は用意してある。急いでいる訳では無いのなら泊まってけ。俺にだって罪悪感はある」

(かたじけ)ない。世話になる」

 

 

 

 ★

 

「よい。よいぞ」

 

 時は夕刻。蝉の声が落ち着き、暑さが息を潜め出す。橙色の空は烏達の帰宅ラッシュで忙しない。しかしそれもまた風情。

 

「なんと心地よい。懐かしさすら感じる」

 

 禪院家に泊まっていくことにした巌勝。言わずもがな彼は洋よりも和を好む。今の時代、ここまで和を残した邸宅も数える程しかなく、思う存分哀愁に浸る。

 漆喰の柱。松の足下を流れる枯山水。金魚の描かれた壺。目を引かれる生け花。恵が当主になれば、幼少期の恩を盾に住み着こうと決意した。

 ひとつ息もついたところで欠伸をする。そして携帯を取り出し、甚爾にかける。1コール、2コール、3コール、4コール目でやっと繋がった。

 

「甚爾か?」

『お、生きてる。んでどうだった?』

「色々あったが、交渉は決裂だな」

『まーそうだろうな。ダメ元だったし。天元の結界だけでよしとするか』

「因みに恵が禪院家の次期当主になるかもしれん」

『……は????????????????』

「まぁ、そういうことだ」

『おい待──』

 

 通話時間は10秒にも満たない。それでも甚爾の驚く反応が見れたので満足。携帯の電源を切って懐に仕舞う。

 巌勝が沈みゆく太陽を見つめながらほおけていると、何者かが歩いてくる気配を感じた。縁側の廊下の角から姿を現したのは禪院直哉。あの場にいて── 一言なければ──普通だった人物。片手に年季の入った木刀を携えていた。

 

「直哉か」

「僕の名前覚えててくれたんか。今話してたのって甚爾君?」

「……せや」

「え」

「そうだ」

 

 現れた青年、直哉は巌勝の横で胡座をかいた。頬杖をつき、興味なさげに庭を見る。甚爾についてなにか聞かれると思った巌勝は、虚をつかれた。

 関西弁にはノータッチ。

 

「つかぬ事を聞くが、お前は養子か?」

「ちゃうで。〝直〟哉で〝直〟毘人やのにそんなわけあらへんやろ」

「それもそうだな」

「……なあ、なんでウチに来てくれへんの?」

「む、お前は反対していると思っていたが」

「強い人に仲間になって欲しい思うんはおなじや。そんでも次期当主は僕が貰うけどな」

 

 ニカッと笑う顔は好青年。とても叔父の髪型をこき下ろした人物とは思えない。

 

「父ちゃんから話は聞いたで。刀使うんやってな」

「ああ。しかし得物を持つのは呪力操作が疎かになる故、良い顔はされんのだろう?」

「別に強かったらええやろ。弱いくせに己の力量と向き合わんと呪具で埋めようとするのがダサいわ。素手であいつボコしたんなら誰も文句いわれへんと思うで」

「一理あるな」

 

 だとすると扇の刀は名のある呪具かもしれないと、今更になって心配し始める。いずれ恵が当主となったときの確執となるかもしれない、などと考え出した。もう既に手遅れだが。

 

「兄弟はいるのか?」

「おるけど、あんまパッとせーへん。弟より弱い兄なんている意味あらへんのにな」

 

「……」

 

「あいつらは大して強ないのに呪力操作も中途半端やのにぶらぶらと得物掲げて。ぶっちゃけダサいって思わん?」

 

「…………」

 

「あそこまで来たら生き恥や。生き恥晒すぐらいなら死んだらええ。全員腹切ったらええのにな」

 

「………………」

 

 当事者ではない巌勝の全身に言葉の矢が突き刺さる。彼は思う。縁壱が直哉のような性格ならさらに地獄だったと。言い過ぎだと窘めようにも、直哉の目が澄んでいる。彼にとっては当たり前のことなのだ。

 

「弱ければ上に立つなと?」

「んなもん当たり前や。せや、躯倶留隊に刀教えてくれへん? うち刀使うやつ多いからな。僕も知りたいし」

「私の技など、そう大したものでは無い」

「何ゆーとんねん。謙遜も過ぎれば嫌味やで」

「……言ってみたかっただけだ」

「なんやそれ」

 

 ケラケラと笑う直哉。その顔は少し甚爾に似ていた。直哉自身も巌勝が意外に取っ付きやすい人柄で会話するのが楽しかった。

 しかし直哉の提案はやんわりと断る。巌勝は既に刀を教えるよう言われている相手がいる。それ故に断ったが、直哉がそれを知った時矛先は恵に行くのが確定した。

 

 巌勝、甚爾共に屈辱を味わわされた扇。甚爾に並ならぬコンプレックスを抱く甚壱。恵と違って巌勝に刀を教えて貰えなかった直哉。さらに三者とも禪院家当主の座を狙っている。ここに次期当主候補の恵を一人入れるだけで場は修羅と化すことは想像に難くない。

 

「なあ、ちょっと手合わせしてくれへん?」

 

 そう言うと直哉は木刀を手渡した。彼は初めからそのつもりで巌勝に話しかけてきたのだ。前置きが長くなったのは緊張の表れ。可愛いものである。

 巌勝は木刀を受け取る。直哉は瞳を輝かせて笑った。投射呪法を使ってどこかへ駆け出したかと思うと草履を履いて庭に現れた。

 鼻息荒く、目力で急かしてくる直哉に苦笑しながら、巌勝も木刀を片手に庭先へ歩みを進める。

 

「あ、せや。巌勝君ってアニメとか見る?」

「あまり。目が良すぎるのも考えものでな、少し間隔の短い紙芝居にしか見えん」

「はっ、バケモンや。ほんなら胸、借りさせてもらうで」

 

 そう言うと地を蹴って駆け出し、トレースを始めた。まずは加速、イメージするのはカウンター。屋外ということもあり屋根を伝い、塀の上を駆けてスピードを上げる。

 巌勝は腰を落とし、シンプルな居合の構えをした。

 

 

(僕の最高速度。どう迎え撃ってくるんやろ)

(一定の間隔で動きを刻む術式。直哉には悪いが、全て見えているぞ)

 

 

 

 

 十分に加速した直哉が、今度は巌勝の周りを移動しながら突っ込んできた。もちろん背後からの奇襲。

 

 

 

「ふっ……!」

 

 

 

 

 間合いに入った瞬間、一歩後退するコマを後追いした。奇襲したというのに目の前を通り過ぎる刃先。しかしここまではまだ想定内。次のコマで攻勢に転じる。相手は刀を振り切っている。次の攻撃に移るには遅い。扇にはこれで一発叩き込むことができた。

 

 次の動きは──

 

 

 

 

 

「ぐぼはぁ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 直哉の腹に木刀がめり込む。体が崩れ落ちる。逆流した胃液を根性で飲み干した。明暗する視界のまま無様に地面を転がる。汗が止まらない。

 巌勝は居合の速さを遅くし、逆に振り切ったあとの切り返しを速く見せることで捉えられなくした。

 呼吸も態と使っていない。しかも木刀とはいえど今の力で振り切れば直哉の胴体は泣き別れ。当たる直前で受け止めるような形で振るった。それでも直哉自体が加速しているので焼け石に水程度。

 

「……」

「居合相手に愚直に突っ込むのは感心せん。一歩後退したのは良かった」

「切り払う……だけやと……思ったんや」

「直哉が先の先と後の先なら、私は先の後と後の後。今回は上手く噛み合ったな。噛み合わなければ、結果は違ってたかもしれん」

「そ……ん……ぁ」

 

(そんなわけないやろ)

 

 木刀のくせして血を飛ばすように空を斬る巌勝に、軽口を叩きたかったが胃液が喉を焼いたので声が掠れる。

 

「知見を広めろ。禪院(ここ)甚爾(頂点)はいないぞ」

 

 そう言われ巌勝に抱き抱えられる記憶を最後に、直哉の意識は闇に包まれた。

 彼の目指す星々はまだ遥か頭上で瞬いている。堕ちてくる気配は、皆無。

 

 ★

 

 巌勝が禪院家を去った次の朝。そこにはいつも通りの禪院家があった。少し違うとすれば、直哉が前よりも任務を受けるようになったこと。

 

「ぐっ……!」

「お姉ちゃん!!」

「ザッコ、なんやもうおわりかいな。もうちょい耐えてほしいわ。それだけが取り柄やろ。

 にしても暑っついわぁ。せや真依ちゃん、氷菓買ってきてくれへん? 百年そこらの店程度やと許さへんで」

「……っ」

 

 しかし直哉は変わらない。彼が見るのはいつも彼方の背中。足元に転がる弱者はそれだけで罪。踏みにじることで強者足り得る。

 彼は巌勝との攻防で理解した。まだ自分には何もかも足りていない。己は努力家だと自負していたが、まだまだ甘いと再認識した。血反吐を吐く程度の努力では足りない。

 

「あの人に一撃でやられたくせに……!」

「なんや、みとったんか。ええ眺めやったやろ、いつもサンドバッグ扱いしてくるやつがゲボ吐いて地べたごろごろ転がっとったんやからなあ」

 

 直哉が真希の腹を蹴り上げる。今度は真希が吐瀉物を吐き散らして転がった。いつもならさらに追い打ちをかけているが、これから任務が入っている。支度のために早く切り上げなければならない。

 

「僕もピアス開けてみよかな。ひひ」




直哉
あっち側と話す時は多分好青年。それ以外が入ってくるとドブドブカスカス。

ポニーテール
黒い火花の微笑む先

次回は恵とか津美紀とか


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第漆話 十種影法術

今回は書きたいものを詰め込んだ。悔いは無い。


「恵、逸れるな」

「うん」

「逸れたら悪い鬼に食べられちゃうぞー? 特に津美紀ちゃんは美味しそうだからねぇ」

「きゃー!」

「当て付けか?」

 

 祭囃子の音が聞こえるこの場所は夏祭りの舞台。数百年前、この辺りに住み着いた悪鬼を誅し、鎮めた英雄を称える祭りである。そのような意味があると知っている者はほぼいない。

 巌勝と由基、そして恵と津美紀は近所の夏祭りに来ていた。立ち並ぶ屋台は祭りに浮かれた笑い声に満ちている。浴衣姿の人々が団扇やりんご飴を片手に練り歩いていた。

 

「津美紀ちゃん、わたあめ食べたくなーい?」

「食べますっ」

 

 何故こうなったのかは数刻前に遡る。

 

 ★

 

 夜の帳が降りた住宅街に二人の男女がいた。男の方は着流しを着て女の方はノースリーブの上着と足の長さを見せつけるようなボトムを履いていた。男はさらに刀を背負っており、警察に見つかれば職質は免れない。だが隣を歩く女以外は誰も気にとめない。気が付かない。

 

「散髪したのか。よく似合っている」

「ウルフカットっていうやつさ。これからは伸ばしていくよ」

 

 男、巌勝が褒めると女、由基は慣れたように返した。

 二人は目当ての座標にたどり着く。由基は何の変哲もない道路標識に触れる。途端、周りの景色が無数の正六角形に分かたれ、崩れ去った。開けた視界の先には一軒家があった。

 これは天元の結界術。甚爾は星漿体捕獲の報酬として、金とともに家の秘匿を依頼した。これは守ることではなく隠すことに特化した術。明美、恵、津美紀は難なく通れる。星漿体、若しくは甚爾のような呪力が完全にゼロな存在もまた通れる。しかし破るとなれば天元より高い結界術の練度を要求されるだろう。

 巌勝は由基が穴を開けるまで気が付かなかった。

 

「巧妙だな」

「あいつの数少ない取り柄だよ。そういや見た目が……」

「?」

 

 由基は、星漿体との同化に失敗し気だるげボサ髪から四つ目親指になった天元を思い出し、鎌首をもたげた疑問を取り消すようにインターホンを押した。

 

「失礼する」

「たのもー」

 

 間もなくしてどんどんと床を走る音と共に勢いよくドアが開かれる。

 現れたのは伏黒津美紀。姉弟の姉の方であり、血の繋がりはないが明美のような善のオーラに溢れている。そんな彼女は小学二年生。

 

「由基さん! わあ、すっごく綺麗!」

「きゃーっ! ありがとう津美紀ちゃーん! 元気してた?」

 

 津美紀の全体重をかけた飛び込みを受け止めた由基。腕でがっちりとホールドし、マシュマロのような頬へと頬擦りした。暫し津美紀はされるがまま。数ヶ月ぶりの訪問に喜ぶのはお互い様。

 

「いらっしゃい。どうぞ上がってください」

「世話になる」

 

 続けて顔を出したのは明美。くせっ毛の目立つ顔を柔和に綻ばせながら2人を招き入れた。溢れ出る善のオーラ。それだけで呪霊すら祓えそうな彼女は甚爾の妻であり、二児の母である。

 

 リビングでは甚爾が横になってテレビを見ていた。ダボダボのスウェットと死んだ魚の目が中年らしさを醸し出しているが、まだ二十六歳である。巌勝が酒とつまみの入ったビニール袋を投げ入れると見向きもせずに受け止めた。

 

「甚爾、来てやったぞ」

「賭けは?」

「お前の勝ちだ」

「だろ? ……お、その刀」

「ふふん。拝借した」

 

 見せ付けるように黒刀を出すと、甚爾は笑った。

 そして横目に恵を見る。恵は小学一年生。椅子に座り漢字ドリルを黙々としていたが巌勝が来たので手を止めた。足元には二匹の犬がいる。明美にも津美紀にも見えないそれは恵の術式から生み出された式神。

 

「父さん、賭けって何。俺に関係ある?」

「ない」

「うそだ」

「うそじゃねぇ」

 

 恵のジト目をその背に受けながら尻を掻く甚爾。ビニール袋から酒を取り出し一気に呷る。答える気がないことを悟った恵は諦めた。

 

「トロフィー増えてるじゃん。へぇ、運動会あったんだー。うわ、親子リレーで優勝しちゃってえ。パパすごーい」

「うるせぇ」

 

 煌々と輝くメッキのトロフィーを指さしてニヤつく由基。そこへお茶を持った津美紀が現れた。巌勝達はテレビを見る甚爾の後ろで机を囲む。

 

「父さん、先生に目を付けられてた。怖い人がいるって」

「無理もないさ。笑う顔だって怖いからね」

「でもでも私のクラスはイケおじが居るってウワサしてたよ」

「へぇ。甚爾くん、私それ初耳なんだけど」

「どうしろってんだ」

「最近の小学生は物好きだな」

「どういう意味だ」

 

 甚爾は長い溜息をついた。彼だって自分の悪人面は自覚している。ただ頬の生傷を隠すためにマスクをし、顔そのものが見えないようにフード付きのパーカーを被り、体格で威圧しないように猫背で歩いただけ。

 その全ては裏目に出た。どう考えてもカタギの人間では無い。

 

「巌勝、恵クン」

「なんだ」

 

 由基はボールを空いた窓から投げた。呪力が込められており、瞬く間に夜の闇へと消えていった。

 

「取ってきて」

「は?」

「取ってきて」

「いや」

「取ってこい」

「……恵、散歩するぞ」

「ん」

 

 巌勝と恵は家を出ていった。それに二匹の犬がついて行く。由基は明美にアイコンタクトする。それは二人だけの暗号。

 

「甚爾くん2階の荷物、お願い」

「……はいよ」

 

 空気を読んで明美は夫に席を外させる。気怠そうに二階に上がっていく甚爾。強引に男達を追い出し、リビングには女性三人のみ。満を持して由基は口を開いた。

 

「明ちゃん、津美紀ちゃん。恵君を取り巻く環境について何か気づいてる?」

「うーん。えっとね、甚爾君達の世界からすると強くなりやすい素質を持ってたってことぐらい?」

「私はだいたい分かってるよ。最近恵の足元で物音するもん。魔法使いみたいな感じ?」

 

 明美も津美紀も見えない。甚爾達も極力隠すようにしている。それでも伏黒家の男は隠すことに向いていないらしく、しっかりとバレていた。

 

「まぁだいたいあってるよ。大丈夫、私達は恵を外から守る。明ちゃん達は中から守ってあげて。恵君は凄く才能があるけどまだ小学生。こっちのこと以外にも悩み事はあるだろうからさ」

「うん……私頑張る」

 

 疑問はいくらでもある。何故余命宣告すらされた明美がこうして五体満足で息をしているのか。包丁で指を切った時、何故恵が影絵を作れば治ったのか。何故夫は恵に自衛手段を求めるのか。

 知らない方がいいこともある。深淵をのぞく時、深淵もまたこちらをのぞいている。呪いを知ることはそういうこと。

 

「なんて言ってみたけど、私は近くに居てやれないからね。甚爾が請け負う筈の仕事を代わってやれることしかできないさ。もし何か見えたとしても見えないふりをしてね」

「で、でもね、悪いことばっかじゃないの。この前包丁で指を切ったんだけど、()()()()()()()()()()魔法みたいだった」

 

 明美の言葉に由基は目を見開いた。コップを持つ手が止まる。

 

「ん? 傷を治したのか?」

「そうだけど?」

「明美ー」

「はーい」

 

 明美は甚爾に呼ばれる。ごめんね、と一声かけてから二階へと上がっていった。

 

「戻ったぞ」

「おかえり。報酬としてそのボールを進ぜよう」

「いらん」

 

 間もなく巌勝と恵が帰宅する。恵は機嫌が良かった。

 そして二人が二階から降りてくる。甚爾はスーツケースを片手に現れた。ラフだがよそ行きの格好をしている。

 

「ってことで俺は嫁と温泉旅行に行ってくるから、恵達を頼んだ」

「は」

「え」

「……甚爾くん、お二人に頼んだんじゃ……」

「あー。なら、今言った」

「「こいつ……」」

 

 結局、甚爾は明美を盾に逃れた。甚爾に振り回された形になったが、巌勝達も必死に頭を下げる明美に対して強く言えなかった。明美の謝りようは旅行を中止する勢いだったので、巌勝達が遠慮した。

 

「何しよっか」

「俺はなんでもいいよ」

「私もー」

「うーん。巌勝は明日暇?」

「すまないがこの刀の性能を」

「暇だね。私も暇なんだよねー。温泉……はこいつの痣がタトゥー判定受けるか」

「悪かったな」

 

 巌勝がそう言い終わると同時に、地の唸る音が響く。

 

「花火?」

「北東だ。かなり近い」

「夏祭りじゃないか? だからここに来る時、浴衣の人が多かったんだ」

 

 巌勝と由基は顔を見合せた。恵と津美紀は期待の眼差しを向けている。選択肢はひとつしかない。

 

「行くか」

「そうだね」

「用意してくる!」

「俺も!」

 

 ★

 

 ということがあって話は冒頭に遡る。

 目玉の花火も終わり、比較的盛り下がったとはいえまだまだ屋台は盛況。

 

「やはり人が多いな」

「仕方ないさ、観光地でもあるからね。こう……なんだろう、空でも飛べたらいいのにな」

 

 その言葉を聞いた途端、勢いよく恵が由基の方を見た。心做しか目が輝いている。そして巌勝の着物から手を離し影絵を作った。

 

「ん、❝鵺❞」

「おっと待つんだ少年」

 

 由基が恵の手を掴む。恵は驚いた。

 

「……なんで鵺を」

「由基?」

「巌勝は知らないか。調伏の儀は基本的に一対一でするんだけど、鵺はまぁまぁ強い方なんだよね、今の恵君が勝てる相手じゃない」

 

 鵺は飛行可能な雷を操る式神。落雷や帯電した状態での体当たりを用いて戦う。小学一年生が戦っていい相手では無い。

 巌勝と由基の目線が恵に集中した。

 

「と、父さんが、『頭に思い浮かんだ影絵を全部順番にやれ。牛か鹿でやめる』って」

「やっぱり。じゃあ魔虚羅以外調伏してるの?」

「う……ん。名前だけしか知らないけど、何をすれば出せるのかは分かるよ」

 

 十種の術式は術者本人の脳に式神の情報が影絵と共に刻まれている。唯一、布瑠部の言を詠唱しなければ出せない摩虎羅はまだ恵の手に余ると判断されたらしい。

 巌勝は既に甚爾へと電話を繋いでいた。

 

「絶対出しちゃダメだからね」

「甚爾」

『なんだよ、俺でも土産ぐらい買うぞ』

「違う。恵が多数式神を調伏済みだ。説明しろ」

『ああその事か。まぁ落ち着けって』

「落ち着いていられるか。どういうことだ。よもや恵に無理させたのではあるまいな」

『違ぇよ。この前俺は言ったよな。恵が勝手に調伏の儀を始めたら危険だって』

「ああ」

『俺なりに悩んだ。悩んで悩んで悩みまくった結果、俺は  閃いた! 

 逆に考えれば、摩虎羅以外調伏すれば万事解決じゃ────』

 

 プッ。ツー。ツー。ツー。

 

「……」

「分かるよ。私でも切るさ。多分調伏の儀に異物と認識されなかったんだろう」

「呪力がないというのはほんとうに……何でもありだな」

「ふふ。でも恵君は聡いから力の使い所は弁えてると思うよ。人混みで鵺を選択したのはいいことさ。私だったら貫牛にしてた」

「貫牛?」

「突進する距離が長いほど威力が上がる牛さ。この通りで出せばどんな威力になるのやら」

「……」

 

 恵の十種影法術は十種の式神をそれぞれ調伏すれば使役できる術式である。式神は、玉犬、鵺、大蛇、蝦蟇、万象、脱兎、円鹿、貫牛、そして八握剣異戒神将摩虎羅(やつかのつるぎいかいしんしょうまこら)。小学生の時点で摩虎羅以外調伏済みなのは呪術師として末恐ろしい。

 巌勝が由基にドン引きしていると、くいっと袖を引っ張られる。恵が無言で指を指した方向には駄菓子の山が置かれた屋台。

 

「つかみ取りか?」

「うん。巌勝さん、手おおきいから。お得」

 

(不躾だったな)

 

 今は祭りの席。呪いのことを考えるのは後でもいい。現に恵は呪いよりも祭りに興味を向けている。彼にとって自分の術式よりも祭りの方が大切なのだ。まだ一般人の恵にはそれが普通。

 

「任せておけ」

「それじゃ私は津美紀ちゃんと綿飴買いに行ってくるー」

「なら9時過ぎに入り口で落ち合おう」

「りょーかい」

 

 津美紀を連れて去っていく由基。

 つかみ取りでは恵の期待を上回る量をビニール袋につめた。ほくほく顔で袋を抱き抱える恵。袋から好きな駄菓子を取り出して口に入れる。

 

「次どこ行く?」

「そうだな……あれを買うぞ」

 

 巌勝が指したのは屋台ではなく、店舗兼住宅の土産屋。そこに売っていたのは木刀だった。祭りとは何の関係もないが置いてあるということは購入する酔狂な客もいるということ。特に中学生に人気の品。

 

「買ってくれるの!?」

「練習用にな」

「やった!!」

 

 巌勝は顔を綻ばせる。かつて己が一人の男として侍に憧れたように、恵も刀に憧れている事が単純に嬉しかった。

 この経験は後に恵が小学校の修学旅行で何の変哲もない木刀を買うという黒歴史に繋がった。帰宅後、母親に叱られ、父親に爆笑されることとなる。

 恵は手に入れた木刀を構えた。迷惑にならない範囲で振り回す。

 

「痛っ!」

「ささくれか。柄に布をまく必要がありそうだな」

「あ、見てて! ❝円鹿❞」

 

 恵が影絵をすると、足元から四つ目の鹿が現れた。しかし体が大きすぎるのか頭部だけを顕現させている。鹿は鼻先を恵の指に差し出す。瞬く間に傷は消え去った。

 

「家でも使っていたな。傷を治す式神か」

「う……ん」

「む」

 

 ふらつく恵を巌勝は支えた。恵は円鹿を巌勝に見せたくて顕現させたのだが、玉犬以外はまだ慣れない。巌勝は全く驚かなかったので恵は意気消沈した。

 

「大丈夫」

「影絵をしなければ式神は出ないのか?」

「そうだよ」

 

(刀は手が塞がる故、向かないのでは? 否、得物を持つ方がマシか。儘ならぬものだ)

 

 巌勝は逡巡した。しかしすぐに答えは出た。刀で影絵が出来なくなる点は後々考える。逆に拳で戦う方が指を負傷しやすい。それぐらいなら、得物を持った方がいい。

 既に恵にとって、腕は命と等しい。一本でも指が落ちれば円鹿を召喚するどころか術式そのものが死ぬだろう。

 

「もっとかっこいい術式が良かった」

「持って生まれたものを捨てることは出来ん。どう足掻いてもな。だがいつか感謝する時が来る」

「どういうこと?」

「いずれわかる」

 

 恵が自身の術式でしか出来ないことを見つけられるよう願った。そしていつの日か己や五条悟を越えて欲しいとも願った。巌勝は縁壱が感じた未来の可能性を理解出来ていた。恵が巌勝を超えた時、それはきっと心地の良いものであることだろう。

 

「もう少し回るぞ」

 

「わぷ」

 

 体を傾けた巌勝に一人の女性がぶつかる。弾き飛ばされるようにしてその女性は倒れ込んでしまった。慌てて手を差し伸べる。

 

「すまない」

「こ、こちらこそ申し訳ない……前を見ていなかったから」

「お前は……」

「天内ー。はしゃぎすぎると頭についてるパンツ落とすぞ」

「じゃから! これは! ヘアバンだと言っておろうが!!」

「ほら、謝……げ。なんでいるんだよ」

「わー。冥さんみたいな髪型」

 

 天内理子と五条悟、そして家入硝子。巌勝の呪力に気が付かなかったのは周りに人が大勢いたことと、任務でもないので気が抜けていたことによる。

 

「祭りの席だ。無礼講だろう?」

「なんじゃ悟。知り合いか?」

「……お前は気絶してたからわかんねぇか。お前を捕まえたやつはコンビで俺らを襲ってきてて、こいつはもう一人の方」

「ひえっ……」

 

 理子が謎の構えをした。しかし指先は震えている。

 

「申し遅れた。継国巌勝だ」

「伏黒恵です」

「知ってると思うけど五条悟と」

「家入硝子でーす」

「天内理子じゃ、です」

「ぷ、天内が標準語喋ってるのじゃ」

「売っとるんか白髪!!」

 

 悟と理子は巌勝達そっちのけでギャーギャー騒ぎ始めた。二人を見る恵の目は死んでいる。

 

「呪霊操術の少年は?」

「天内のメイドさんが下駄の鼻緒切ったからおぶって来ると思いますよ」

「何故だ、其方は反転術式を使えるだろう?」

「「ふふふ」」

「?」

「あー。私が治そうとしたら、こいつらに止められたんですよ。なんでもイイ感じらしいです」

「成程」

「そっちこそあいつは?」

「甚爾か? あいつは今嫁と旅行だ」

「よ、よかったのじゃ」

「悟、甚爾ってだれ」

「あー。傑曰く、音速で殴ってくる透明なゴリラ」

「麻酔銃も使ってくるぞ! これをみろお! 首にぶっとい針を刺されたんじゃ! 」

 

 理子は首筋の絆創膏を指さした。点の形をした赤い染みが滲んでいる。この跡は後に学校でキスマーク等とからかわれることとなった。授業中に乱入してきた白髪イケメンに連れ去られた後にこれなので、ある意味仕方ないと言える。

 

「ついでに言うとエレベーターを知らねぇやつ! 田舎者!」

「絶対女殴ってる!」

 

 二人の被害者から出てくる出てくる恨みつらみ。まるで本人に抗議するかのように身を乗り出して硝子にまくしたてていた。

 

(麻酔銃使えて、音速で動けて、透明で、ゴリラね)

 

「売れないホラー映画?」

「今戦ったら多分ボコボコにできるよ」

 

 悟は虚空に向けてジャブを打つ。巌勝の目にはその動きにキレがなく映り、違和感を覚えた。

 

「まともに寝ていないのか」

「当たりー。上の人間がねー。任務押し付けてきてさぁ。それはそれはウザイのよ」

「頼まれればやるが?」

「え!? 任務代わりにやってくれんの!? マジ助か」

「上の人間とやらを殺してやろうかと、そう言っている」

 

『殺してやろうか』その一言が余りにも自然に聞こえる風格。邪魔であれば殺すという思考。普通ではない。悟は目の前の人間を呪術師と再認識した。

 

「無理だ。異界化して……なるほどね。……いいや、遠慮しとく。それに力で奪い取ってもだーれも着いてこねぇよ。つーか餓鬼の前で殺すとか言っちゃう人?」

「それのことだが、五条悟。ここで会えたのも何かの縁だ、ひとつ頼まれてくれないか」

「何、やんの?」

「どうしてお前はそこまで喧嘩早い」

 

 強気な笑みを見せる悟。平常なら受けて立つが今は祭りの席。部外者もいる。巌勝はひとつため息をつくと、恵の背中を押した。

 

「数年後、この男児が高専に入学する。面倒を見てやってくれ」

 

 悟は恵の存在に気がついていなかった訳では無い。術式はまだ分からないが、弱いから気にもとめなかったのだ。巌勝を認めているからこそ今までの会話は成立していた。

 

「雑魚はオコトワリだよ。って、もしかしてあいつのガキ?」

「そうだ」

「うわぁ。うわうわうわ。そっくりー。木刀はパパの真似でちゅかー?」

「巌勝さん。俺この人嫌い。父さんにやられたくせに生意気」

「はぁあ!? 分からせてやろうかこんのクソ餓鬼! あとテメェの父親にやられたわけじゃねぇよ!」

 

 煽れば煽り返され逆上する悟。とても十歳差の会話とは思えない。ヤンキー座りでガンたれる悟を涼し気な目で睨む恵。

 

「そう言うな。恵、影絵できるか?」

「ん。❝玉犬❞」

「と、十種影法術!?!?」

「悟うるさい」

「かぁあわあいい! 犬じゃ! おっきいもふもふじゃ!!」

 

 澄んだ瞳をかっぴらいて驚く悟。モフりにいく理子。ただの犬ではなく式神なので軽くかみ殺せるが、彼女のモフり方が上手いので懐柔された。腹を見せてされるがまま。主のジト目に気がついていない。

 

「ってことは禪院かー。んじゃ天与呪縛も納得がいく……じゃあなんで育て……呪力ねぇからか。

 恵クンだっけ。キミはどうしたい?」

「強くなりたい。母さんや津美紀を守れるくらいに」

 

 悟の目が光る。恵は冷静沈着故に呪力の流れも滑らか。素質ありと判断した。

 

「いいね。高専からじゃなくてもいいや、いつでも面倒は見るから連れてくる時は連絡して。俺としても仲間が増えるのは嬉しいし」

「ああ。助かる」




五条
この後貫牛まで調伏済みと知ってめっちゃ驚く。

甚爾の妻というキャラクターついて
善人なのは確実。甚爾が己の悪い所を一つ言う度に「そんな君が好き」って付け加える女性。……って思ってる。解釈不一致だったら申し訳ない。

先に謝っておきます。次回はアニメ1期辺りです。はい。すいませんめっちゃ飛びます。百鬼夜行は発生しなかったってことで。乙骨君はなんだかんだ解呪成功して、ミゲルに関しては由基が海外で見つけて仲間にしたってことで。
内容は巌勝の刀とか、十種だいたい使える恵の京都校戦とか。わけるかも


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第捌話 伏黒恵

火をつけろ、燃え残った全てに


 呪術師。

 呪いを操り、呪霊を祓う人達。汚れ仕事だと子供の頃から勘づいていた。親父は言わずもがな、なによりあの人の赤い瞳は血腥い狂気を孕んでいた。

 

 

 

 

 

「殺せ」

「は?」

 

 縛られた男女二人を前にして、親父がそう言う。状況が全く理解できない。いきなり路地裏に連れてこられて殺せと言われても混乱するだけだ。

 

「説明してくれ、こいつらはなんなんだ」

「男の方は呪詛師。何人か忘れたが、確か十人ちょい殺してる。お前は殺しに慣れるべきだ。式神は禁止な。自分の手で殺せ」

 

 親父からナイフ状の呪具を渡される。悪人ならば仕方ない。仕方ないんだ。

 

「……」

 

 思考を停止し、勢いのまま男の胸にナイフを差し出す。

 

「っ……!!」

「……」

 

 心臓の鼓動がナイフ越しに伝わる。何度か痙攣した後に、男は絶命した。無意識に息を止めていたらしく、酸素を求めて体が息切れしている。淡々と振舞おうにも気分は最悪だった。できるものなら二度と殺したくない。

 

「よし、じゃあ次はこいつだ」

 

 親父は隣の女を指さした。驚き、逃げ出そうと藻掻くも芋虫のように這いずることしか出来ない。

 

「なんで」

「何も一人とは言ってねぇ。こいつは呪詛師に情報を与えた。言わばただの仲介人。だが呪術規定通りなら即抹殺だからな。見逃せば逆にこっちがペナルティ食らう」

 

 女の左手薬指には指輪があった。要するにさっきの奴とは違い、少し悪党な一般人。呪いを知らない人間。俺の中学にゴロゴロいそうなやつ。

 呪いの世界は罪が重い。ただの万引きでもそれがコンビニの弁当ではなく呪具の場合、即刻死刑。こいつも軽い気持ちで情報を流したのに死刑。ここはそういう世界だ。

 

「…………クソ親父」

「なんとでも言え。呪具はしっかり握れ、汗で滑るぞ」

 

 女の前にしゃがむと、目に涙を浮かべながら首をふりだした。これから自分が死ぬと理解したらしい。化粧が涙と溶け合い、黒い線を残す。汗の滲む首筋にナイフを当て、一気に掻き切る。陸で溺れるように女は死んだ。

 

「おつかれさん。呪術師は仲良しこよしで化け物退治ってわけじゃねぇ。こういうこともある。まぁ、よく頑張ったな」

『<:^2<:=|÷ (〃^∇^)』

 

 頭に乗せられた手を八つ当たりで振り払う。何が面白いのか親父はケラケラと笑った。親父の呪霊が俺を見てなんか話した後、ゆっくりと死体を丸呑みしていく。

 

「焼肉でも食うか。明美には恵も晩飯要らねぇって言ってある」

「人殺した後に肉はないだろ」

「そうか?」

 

 初めて人を殺した。いつかは殺すと思っていた。でもこれで殺した人間より多くの善人を救ったと思えば少し心が軽くなった。

 底抜けの善人だった津美紀が呪われ、高専への入学が決まった中学三年の秋、多分その時が俺を呪術師にさせた。

 

 ★

 

「いや重いわ。世間話するノリで話さないでよ」

「お前が話せつったんだろうが」

「あんた、世間話にこんなクソ重い話カテゴライズしてんの? 闇深いわね」

 

 宿儺の器、俺の同期でもある虎杖が死んだ。あいつは善人だった。ただ巻き込まれただけの一般人。今までに何人も同僚が死んでるが、今回はさすがに堪える。

 気を使ってくれたのか使ってないのか、真希さんが俺たち一年をジュース買いにパシらせた。

 

「でも親子揃って呪術師って言うところは同じね。私の場合おばあちゃんがそうだけど。人殺したらフラッシュバックとかするんでしょ?」

「もうしない。それに親父は呪術師って訳でもない……気がする」

「はっきりしなさいよ」

「仕事はしてない。姉の看病でずっと家にいる」

「いいパパじゃん……何その顔。ああ、働いて欲しいってこと?」

「いや、たまに人体実験に協力してるから金は稼いでる」

「だから闇深いって」

 

 呪術師かどうかと言われると微妙。良い父親かと言われると、あれは決してそうじゃない。遅いのに適当。丁寧で早いあの人と真逆だ。しかも母さんが働けるようになった瞬間ヒモを決め込みやがった。

 

「にしても暑っつい。クーラー搭載した式神持ってない?」

「持ってるわけないだろ」

「使えねー」

 

 十種を使えないっていうの、多分世界でお前だけだぞ釘崎。でも家入さんは五条先生に『無下限使えねー』とか言ってそうだ。

 

「自販機のレパートリーすっくないわね。三段もあるのに一段全部水ってなめてんの?」

 

 そんなこんなでだらだらと話していると、人の気配が近づいてきた。

 男女の二人組。偶然にもどちらとも知った顔だ。これから行う姉妹交流会、その交流相手である京都校の生徒。しかし開催は数日後のはずだ。

 

「恵くーん、久しぶりねぇ」

「真依さん」

「伏黒恵ィ!」

「………………東堂」

 

 東堂葵。形上は兄弟子。一応先輩ではあるが尊敬の欠片もないから一切敬語は使わないでいる。中坊の時から何度もボコられた。こいつの術式は俺の術式と相性が悪い。

 禪院真依。真希さんの双子の妹。会う機会はあまりない。初対面は五条先生が面白半分に五条家と禪院家の会合に俺を連れていった時だ。あれはただの事件だった。一歩間違えたら死人が出てた。

 

「何、二人とも知り合い?」

「女の方が禪院真依先輩。男の方が東堂葵。両方先輩だ」

「やっぱり双子? 苗字もそうだし何より似てるもん」

「あら女の子じゃない。仲良くしたいから真依って呼んで」

「うお、オトナの色気ー!!!」

「うふふ、ありがとう」

 

 見えない尻尾を振り回しながら釘崎が真依さんに擦寄る。あいつの謎な後輩力はなんだ。真依さんは真希さんとバチバチに仲悪いの教えてあげるべきだろうか。

 姦しい女二人を後にして、東堂が俺の方に躙り寄る。

 

「さてさて。何を聞きたいか、分かっているな?」

 

 東堂は上着を脱ぎ捨てた。釘崎がドン引くのを横目に、影の中にしまってあるジュースを全て外に出す。こいつと戦う時はできるだけ身軽の方がいい。

 

「何度聞いても変わらねぇよ。揺るがない人間性。俺が女性に求めるのはそれだけだ」

「……つまらん!」

 

 突然東堂は肉薄し、俺を殴り飛ばした。咄嗟に腕で防御したが打撃は重く、受け流すので精一杯。前会った時より速さも威力も上がっている。来るとわかっていたのに避けられなかった。この交流会は三年の奴にとって最後の交流会だ。仕上げてきやがった。

 

「"玉犬・渾"」

 

 一先ず玉犬に体を受け止めさせる。玉犬の白と黒を併せ持った渾。見た目は人狼だ。白黒のままでは出来なかったが、今なら吹っ飛んだ術師一人ぐらい難なく受け止められる。

 俺の怒りに呼応した玉犬が唸り声を上げた。眼光はギラつき、東堂を見据えている。

 

「何すんだ」

「相変わらずつまらん男だが、兄弟弟子だからな。高め合うのは運命(さだめ)よ。一年でどれ程成長したか、この俺が確かめてやる!」

 

 東堂は涙を流しながら拳を構えた。相変わらずキモイ。こんなのが由基さんの弟子なのか未だに信じられない。

 モラルとか絶対教えてないだろ。

 

「来い!」

「そう言いながらお前が向かってくんのかよ!」

 

 "貫牛"

 

 貫牛は牛の式神。突進距離が長ければ長いほど高威力。こいつの単発火力は万象のスタンプに比肩する。貫牛は一声嘶くと、東堂に向けて突貫した。

 

 

パン!! 

 

 

「ぐっ……!?」

 

 東堂が手を叩いた瞬間、隣にいた玉犬が消えて貫牛が現れた。突進の威力はそのまま俺にぶつかったらしい。いつの間にか入れ替える向きも自在になったのか。

 〝不義遊戯〟それが奴の術式。呪力を持ったもの同士を入れ替えるシンプルなもの。集団戦でそのポテンシャルを遺憾無く発揮するというのにこいつは集団戦が苦手。

 由基さん集団戦も教えてないだろ。

 

 状況を理解し、俺のカバーに動いた玉犬が東堂に襲いかかる。当たれば円鹿の治療は避けられない牙と爪を東堂は器用に避ける。

 

 "円鹿"

 

 その間に傷を癒す。骨は折れていないが腕は腫れていた。何がなんでも腕と指は最優先で治す。円鹿の鼻先が腕に触れると腫れが引いていく。

 

「俺の術式を忘れたのか? 式神を増やすほどオマエは不利になるぞ……そんなことよりぃ!」

 

 東堂はズボンからチケットを二枚取り出した。待て、どこから取りだした? ポケットだよな? 

 

「喜べ。高田ちゃんの個握を入手した。相変わらずつまらん男のままだったが、それでも誘うのがファンというもの。俺とオマエでちょうど二人分ある。

 今から準備し」

「……" 万象"」

 

 象の式神で辺り一体に水を撒き散らす。キメ顔のまま濁流に飲み込まれていく東堂。

 いや、全身浸かっているように見えて水面からチケットを持った手首だけ出している。

 

「オイッ! 濡れたらどうする!」

「まじで何しに来たんだよ」

 

 水だと言うのに腕だけ器用に避ける。全身ずぶ濡れになってもチケットだけ濡らそうとしないのはファンの鑑なのか。

『高田ちゃん』か、そういえばこいつに話すことがあった。

 

「東堂、高田さんのメアド持ってるけど、いるか?」

「め???? あ?? ど」

「この前握手会連れてかれた時に渡された。話したいだろ」

 

 東堂は臨戦態勢を解いた。そして暫しの沈黙。

 

 

 

 

 

うぉあああああああああああ!  

 失念していた……髪質は終わっているが、整えれば親父そっくりのナイスガイだった! あの呪詛師殺しをヒモたらしめた『顔の良さ』。伏黒恵はそれを受け継いでいた!!! いやまて。連絡先を渡すのはアイドルにとってタブー。高田ちゃんは絶対にそんなことはしない。だがっ!!! 俺の中の高田ちゃんは伏黒恵に強い興味を抱いている。つまり、伏黒恵が高田ちゃんにとってそれほど魅力的ということ!! 

 では、俺は伏黒の趣味をつまらないと言ったが、それは高田ちゃんそのもので……ま、待ってくれ、俺の中の高田ちゃぁあああああ」

 

 まずい。何言ってるか分からないが東堂の呪力が荒れている。暴走? そんなことが有り得るのか? 殴って治すか。由基さんだってそうしてたし。

 

「……東堂落ち着け!!」

 

「なんだ?」

 

「急に落ち着くな!」

 

「ふふ、ふふふふふ。至ったぞ、我が弟弟子。俺はただのファンだ。プライベートでは部外者でしかない彼女自身の好みに口を出す権利は無い。お前が幸せにするんだ。

 俺は俺の信じる彼女を推し続ける。それが俺に出来る唯一の贖罪だからな」

「東堂……なんだその……澄んだ瞳は」

「個握は俺一人で行こう。上着どこやったっけな」

 

 本当になんなんだこいつは。訳が分からない。あと万象で濡れたから上着を羽織っていようと下半身はずぶ濡れだぞ。

 一先ず嵐は去った。顕現している式神達を影に帰す。自動販売機の前に戻ると釘崎と真依さんが談笑していた。釘崎の飲んでいるジュースは俺のだし、真依さんの飲んでいるジュースは真希さんのだ。

 

「伏黒、あんたの父親やばいわね」

「真依さん。何を吹き込んだんですか」

「別にぃ〜?」

「釘崎、何を吹き込まれた」

「ダメよ。多分恵クンも知らないことだから、これは野薔薇ちゃんとのヒミツよ」

「そーだぞ伏黒、女の秘密に口だすな」

「はぁ。いいですけど、先輩たち待たせてるんで俺達はここで失礼します」

「オイ、勝手に終わらすな」

「いーのよ野薔薇ちゃん、恵クン。交流会で会いましょう」

 

 背を向けて去っていく真依さん。釘崎はその姿に目を輝かせている。階段をおりて背が見えなくなるまで手を振っていた。

 

「いい? 伏黒、あれが女の余裕よ。きっと私達を元気づけに来てくれたんだわ。おちおち後ろ向いてらんないわね」

「……!」

 

 あの二人が俺たちを元気づけるために来たのか。東堂さえもそうだとしたらどこまで本気だったんだ? あの奇行も全て俺たちのためだってことになるか。

 

「ないな。うん、ありえない」

「はぁ? ありえないってなによ」




東堂
この後気を使った真衣が個握について行った。脳内高田ちゃんは消滅した。存在していたのかすら怪しい。

伏黒恵
父親が生きてることによって、禪院と切っても切れない縁がある。そして原作ほどギラついていない。少しマイルド
真希真衣は兎も角として禪院と縁を切りたい恵VSなんとか関係を持ちたい禪院家VS恵が当主になるなら関係を持ってもいいと考えている甚爾VSダークライ


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第仇話 死兆星

こういう話書いてなかったなって


『速報です。嘴平研究所が何者かによる襲撃を受けました。

 研究対象であったのは青い彼岸花、──通称此岸花が全て持ち去られましたが、従業員全員に怪我はありませんでした。警察は……』

 

「花を盗むなんてメルヘンチックな強盗だな……」

 

 由基は高速道路で法外な速度を出しながら、そう呟いた。彼女は面倒事を避けるためにわざわざ認識阻害呪具をつけるほどツーリングが好きなのだ。

 風を受けて黄金のような髪が靡く。術式を行使し、カーブを曲がり切る。それからの加速が心地いい。そしてギアを上げた。駆動音が唸る。視界に映る全てを追い越して目的地へと向かった。

 

『責任者である嘴平主任はインタビューで……

【取り寄せたサンプルであの花はほぼ全てなんですぅ……あのぉ、もし犯人さんがこのニュースを見てらっしゃるのなら、返して貰えませんか?】とのことです。

 では次のニュースです』

 

 

 ★

 

「相変わらずクソ田舎だね。田んぼと山しかない」

 

 由基は車一台ないガレージにバイクを止めた。和風な家に対して場違い感が否めない。基本的に彼女のバイクか、孔子雨の仕事車しか止まっていない。甚爾は運転が下手である。

 電柱すら疎らな空。過疎が進み老人しかいない家。見渡す限りの山々。視界を埋め尽くす緑。呆れるほど遅いトラクター。泥玉だらけの道

 かつて呪いを撒き散らす双子が産まれたとされるこの村は侍が住み着いてからというもの、元の穏やかさを取り戻していた。その双子も今や親元と縁を切り、呪いを知らない普通の高校生として暮らしている。

 

 由基は高い塀を飛び越えて侵入した。

 わざわざ門を通るほど彼女は律儀では無い。何度苦言を呈されようが、何回だってガレージから塀をとびこえて庭に面した縁側の襖から直線距離で侵入する。

 

「邪魔するよー。んん?」

 

 由基は早速違和感を感じた。全体的に家が暗い。全ての窓が締め切られ、完全に外界と遮断されている。

 訝しげに思いながらも呪力の塊がある居間に向かうと、そこを覆うように漆黒の球体があった。

 

(なんだこれ。極小の帳?)

 

「入るぞ」

 

 中から部屋主の許可もあったので由基は帳の中へと踏み切った。

 

 

 

「……」

 

 

 

 そして言葉を失った。

 

 まず、机の上の置かれた簡素なバケツに浸されている彼岸花。

 しかし由基の知る限り、彼岸花は青色では無い。しかも先程聞いていたラジオで聞き覚えがある。

 これでワンアウト。

 

「やはり不味いな。食えたものでは無い」

 

 さらに目当ての人物が青い彼岸花を食べている。虚空を見つめながらモサモサと花を頬張っている光景は異様以外のなんでもない。

 これでツーアウト。

 

 ウネウネ。ウニョウニョ。

 

 極めつけに体から何か触手のようなものが生えているのでスリーアウトチェンジ。

 由基の顔が盛大に引き攣った。

 

「よく来たな由基」

「……狂ったか? 一度頭を吹き飛ばしたら治るか」

「待て」

「大丈夫。数年前はそれで冷静になっただろう」

「あれはお前の不注……話を戻すぞ。私は至って正気だ。これは単なる実験で……」

 

 巌勝の言い訳を聞き流していると、由基は卓袱台の上に置いてある呪具を見つける。それが簡易的な帳を形成していた。

 ただでさえ家に光が差し込まないよう閉め切っているというのに、謎の帳のせいで朧げな輪郭しか分からない。

 

「鳳輪、壊せ」

『@)88(「@@。! ' (*`・ω・)ゞ』

 

「待て!!!」

 

 制止の声も届かず、由基の式神が呪具に向けて尾を撓らせる。あっさりと呪具は砕け散った。

 帳がひび割れ、崩壊する。その衝撃波で窓のカーテンが全開になった。なってしまった。

 

 途端、巌勝が炎上した。もちろん物理的に。

 

「ぐぉああああああ!!!!」

「ぎゃあああ!!! 火事火事!?」

 

 あまりの痛みに転げ回る巌勝。存在そのものが消滅し続けている。なまじ身体能力が高いだけに転がる範囲も広い。

 由基は炎が燃え広がっていると錯覚し、たまらず横に置いてあった消火器を拳で破壊。中身を巌勝にぶちまける。彼は瞬く間に泡と液体で真っ白に染まった。

 

「ぬぉおおおお!!!!」

 

 それでも止まらない炎上。即座に再生するはずの肉体は綻び、塵へと変わっていく。

 

『6:。¥!!!!!!!!!! 、( ˙֊˙ )』

 

 だいたい察した鳳輪は主が声を発する前にカーテンを閉めた。日光が絶たれたことで炎は嘘のようにおさまった。

 

「はぁ。はぁ」

 

 かなり大きな火柱が立ったが煙もなく、部屋には焦げたあともない。塵になった腕や皮膚やらが反転術式によって回復していく。その速度は今までよりも遥かに早い。

 

「な、なに! なんなの!?」

「…………相変わらず判断が早い」

 

 由基は巌勝の胸ぐらを掴んだ。目には少し涙が滲んでいる。

 頭が吹っ飛ぼうが、腹に大穴を開けられようが即再生するような彼が再生すらせずに消滅しかかっていたのが彼女には相当堪えたようだ。

 

「説明しろ。全部。い、ま、す、ぐ」

 

 

 ★

 

 

 

 

「つまり、一度鬼になって、もう一度太陽を克服すると。その過程でどうなるか分からないけど、確実に太陽が弱点になるし、暴れだしたらアレだからカーテンを閉めて帳を張った」

「ああ。私が出られない代わりに全てが出入りできる条件だった。今のところ何も無いが、何かあったら殴ってでも止めてくれ」

 

 巌勝は全てを話した。四百年前の受肉体であることはとうの昔に共有済み。それは時系列にして由基がまだセーラー服を纏った中学生の頃である。

 彼女は彼岸花を一輪手に取った。

 

「これ食べたら私も鬼になるか?」

「中途半端に摂取したらな。だがこの量だと克服するには一人が精一杯だろう。それにあと数時間で枯れ果てる。

 ……と、そこの研究資料に書いてあった」

「やっぱり君か。メルヘン侍」

 

 由基のジト目が巌勝に突き刺さる。彼はふいと顔を逸らした。彼らはバレなければ犯罪では無いを地で行く。そうでなければやってられない。

 

「リスク高くない? 鬼になるってことは、魔に近づくこと。戻れなくなったらどうすんのさ」

「どの道強くなることに違いは無い。先程は醜態を晒したが、着実に能力は上がっている。再生速度がいい例だ。

 例え太陽に燃やされようと、消滅速度に再生速度が追いつけば燃えながら戦える」

「私の周りにはアホしかいないな。特に君は昔から()()()()愚直で不器用だ」

 

 そう言って微笑む由基。今度は巌勝がジト目を向ける番だった。

 今更、鬼になることへのなんの躊躇いも無い。降って湧いた二度目の生、その目的は生まれた時点で達成している。

 

「散々な言われようだが、アホではない。甚爾と一緒にされては……」

「へぇ〜。じゃあ分量とかわかんの?」

「適当だな。どうせ全部食べるし些細なことだろう」

「……」

「なんだその目は。花だけでは味気ないと? 安心しろ、近所の住人から毎日のように野菜のお裾分けが送られてきている」

「なに、働いてるの?」

「働くというか自警団だな。無法者や獣から村を守るなどしている。食べ終われば由基にも振舞おう」

「ここだけ鎌倉時代じゃん」

 

 適当な会話を続けながらも絶え間なく花を口へと運ぶ巌勝。

 

「甚爾も呼ばなかったの?」

「奴は恵を連れて仕事だ」

「恵君……可哀想に」

「曰く、『なんでも吸収するから育てるのが楽しい』などとほざいていた」

「師匠だろ、何とかしてやれよ」

「甚爾も限度は弁えている。死線の一つや二つ潜らなければ、この世界で生きていけんだろう」

「それは同感」

 

 鬼が跳梁跋扈する時代ではないにしろ、弱肉強食の世界では多少死にかける経験をしなければ生き残れない。ただその言葉は強者だからこそ言える言葉。

 青い彼岸花が残り半数に差し掛かった時、虚空を見つめるままだった巌勝が急に由基へと視線を向けた。

 

「どした」

「由基」

 

 巌勝は両手で由基の肩を掴んだ。彼女の口から『ひゅっ』と、素っ頓狂な声が漏れる。

 

「今、無性にお前を食べたい」

「ッッ〜〜!?!?!?」

「特に内臓。一口でいい」

「はっ倒すぞ。食べたいってそういうことかよ」

 

 由基の両肩を掴む手に力が篭もり、口の端からは涎が垂れている。目は六つに増え、背中から伸びる触手はゆっくりと、しかし確実に彼女へと迫っている。

 

(とうとう術式使わずに鬼になりやがった!?)

 

 触手というより、触腕。生命を傷つけることに特化した器官。由基に伸ばされたそれらは腰にまきつくと、巌勝の傍まで引き寄せた。

 

「ん」

 

 由基は巌勝に押し倒され、長い髪が畳に広がった。その上に腕が投げ出される。

 色香を漂わせる首筋に牙が迫る。特級術師とはいえ、首は紛れもなく急所。狼のように伸びた犬歯は、瑞々しい柔肌など容易く食いちぎるだろう。

 

「……」

「……」

 

 由基は両腕を巌勝の後頭部に伸ばした。早まる鼓動で胸が浅く上下する。

 

 

 

「ふっ!」

 

 

 

 突然吹き飛び、壁に叩きつけられる巌勝。由基が殴ったのでは無い。

 首筋に牙が触れる瞬間、彼は由基と目が合った。その目が正気に戻させたのだった。彼は意識を総動員して己を殴り飛ばした。

 

「はぁ。はあ……何故……抵抗しない」

 

 巌勝は涎を拭った。刀で伸びた触腕を切り落とす。

 

「ははっ。何故だろうね。君になら食べられてもいいと思ったのさ」

「……やめろ。また己を殴らなければならなくなる」

「律儀だね。そーゆーとこキライじゃないよ。

 でも……」

 

(もし仮に私を食べていたら、君は私を一生忘れないでいてくれるのかな?)

 

 喉から出かかった言葉は、終ぞ彼女の口から出ることは無かった。言ったあとの空気を想像して少し顔を赤らめた。

 

 巌勝は再び追加の花を口に運びだした。

 しかし由基は無性に腹が立った。己ばかりが一喜一憂しているようで不公平だ。何とかして感情を発露させてやりたいと思う。

 要するに唯のヤキモチ。

 

 胡座をかく巌勝に四つん這いで近づき、左腕を掴む。

 

「由基?」

 

 邪魔な髪をかきあげ、耳にかける。

 その気になれば彼女の顔すら握りつぶせそうな巌勝の大きな左手。その薬指を咥え、歯を立てた。

 滴る血。その毒は由基にのみ効かない。

 

「何を」

「反転術式の速度がどれだけ変わるかデータ取らせて……いいだろう?」

「……ああ」

 

 いつになく汐らしい由基。謎の雰囲気が形成される。

 巌勝が全て食べ終わる頃 、彼の左手薬指にはくっきりと歯型が残っていた。

 

 ★

 

 それからものの数分で巌勝は完食した。

 背中の触手も、六つの目も消えた。見た目は花を食す前とほぼ変わらない。

 唯一、瞳がより赤くなった程度。

 

「準備はいい?」

「いいにはいいが、そいつの消火器を下ろさせろ」

「怖いんだけど。炎上したらどうすんのさ」

「消火器で消せる火ではない上に、消火器はそういう使い方ではない」

「鳳輪、下ろして」

『(6864:「?! ¥ (・ω´-ゞ)』

 

 由基はカーテンを開いた。眩い日光が照射される。巌勝の肌から焔が踊るように生まれた。由基が消火器を構える。

 

燃え……!  てる……けど、大丈夫なのか?」

「反転術式が追いついている。火傷の回復に体力を割いている以上、新たに付けられた傷の回復速度は今までよりも落ちる。

 その代わり……」

 

 ❝血鬼術 飛び血鎌❞

 

 巌勝の手の平の上に、極小だが血の刃が生成される。それは指向性を持った液体のようにその場で回転し続けていた。

 

 

 継国巌勝の術式、それは血鬼術。

 

 

 今までならば縁壱という完璧な檻に阻まれ、体外での呪力を行使出来なかった。しかし鬼化したことで肉体が鬼へと近づき、使えるようになったのだ。

 そして反転術式による太陽の実質無効化。加えて鬼化による自然治癒力の劇的な向上。完全な夜型。

 

「へぇー。領域展開しなくても術式使えるようになったんだ。領域展開の立つ瀬ないよ」

「領域展開時と比較しても出力は下の下。それにこちらは大量の呪力を消費する。使いすぎは呪力切れを招く。領域を使えば今までのように際限なく使用出来るだろう」

「単純に戦闘の幅が広がったってことでしょ。呪力切れしたらいつも通り斬りかかればいいハナシ」

 

 巌勝は青い彼岸花を摂取することで後天的な能力を身につけた。つまり適正さえあれば誰でも不滅の肉体と術を手に入れることができる。

 

「あんな花、私なら全部燃やしてるね。呪術の括りに入ってたら、この分野だけで莫大な利益になる。研究所から盗んで正解だよ。確実に呪詛師に狙われる。全部燃やすべきだ。

 それこそ御三家が御四家になるレベル」

「『御四家が一つ、継国家』うむ、いい響きだ。禪院家は兎も角、五条家とは仲良くできそうだ」

 

 カーテンを閉めると炎上は収まった。焦げた肌が一瞬で治癒される。

 

「前から思ってたけど、なんで禪院家とバチバチなの? 

 甚爾は縁切ってるから論外として、五条君は御前試合があったから当たり前だし……御三家と個人で火花散らしてるような馬鹿は君だけだよ」

「禪院家当主の弟の総髪を切り落とし、半ば強引に五億そこらの呪具を拝借し、次期当主候補を嘔吐させかけた」

「相変わらず面白いことしてんね」

 

 

 ★

 

 その後、巌勝が鍋を由基に振舞った。料理も時代によっては武芸のひとつ。修めるべき技術なのだ。鬼化の影響で食が細くなった分、由基が殆どを平らげた。

 

「……ふう」

 

 由基は鍋で火照った体を冷やす為に外に出た。懐から煙草を取りだし、一服。今見ても長閑な所である。とても戦闘狂が住む場所ではない。暮れなずむ空に煙を浮かべる。

 そこへ夕餉の後始末を終えた巌勝が現れた。夕日でも燃えるようで、微かに火傷している。

 

「やぁヴァンパイア。血あげよっか?」

「不要だ。極力、鬼らしいことはするべきでは無い。唯一の克服例も人を襲わなかったらしいしな」

「ふーん。ははっ。逆だね。私はもう星漿体としての役割はないようなもので、君は人じゃなくなった。人生……鬼生長いから肩の力抜いて生きてけ」

 

 由基は同年代だと言うのに先輩風を吹かせた。揶揄うように煙を巌勝の顔に吹きかける。彼は顔を顰めた。

 指を一振すれば、血の刃が煙草の先端を切り落とす。

 

「……何さ」

「跡が残った薬指のお返しだ。それに煙草は寿命を縮めるぞ」

「縮んだら嫌かい?」

「当たり前だ!」

 

 語気を強めた巌勝に、由基は微笑んだ。その顔が儚げで彼はなんとも言えない気持ちになる。

 

「怖くなった? また四百年も生きるのが」

「……そうではない。そうではないのだ」

「そっか。ごめんね。つったってないで、ほら座りな」

 

 煙草を地面に落とし、踏み躙る。以降、由基は二度と煙草を吸わないと心に決めた。

 巌勝は由基の隣に腰掛けた。風が耳飾りを揺らす。

 

(また強くなりやがって。私は恐いよ。怨嗟を溜め込みながらも、その冷静さでこの呪力。まだ抑えている方だ。もし怒りで理性をなくしたとしたら……。底知れないね。まだまだ化ける)

 

「君はいつまで生きるんだろうね」

「寿命では死なない。からこそ、最期は殺されるしかないな」

 

 

 

 

 

「じゃあ私が殺してやる」

 

 

 

 

 由基は間髪入れずにそう言った。表情も変えずに自然に言った。

 

「光栄に思いな、君の最期の記憶は私だ」

「由基も数百年生きるかもしれんぞ」

「星漿体だからね。五百年は確実に生きるよ」

「……」

 

 巌勝は絶句した。成人の時から彼女の容姿が変わっていないのは彼にとって甚だ疑問だった。透き通る世界にも老化の兆しすらなかったのだ。

 その疑問が今解けた。

 

「初耳だが」

「そうだっけ? まぁいいや。五百年は長いからさ、アクセルとブレーキを間違えるようになったら食い殺してくれ」

「ふ……互いに看取るのは嫌らしい」

「なら、心中でもする? 私の術式で飲み込んでやろうか?」

「この星が滅ぶぞ」

「知ったこっちゃない。……まぁ死にたくなったら何時でも言いな」

 

 そう言って由基は笑った。つられて巌勝も口角が上がる。二人してらしくないのは百も承知。

 重い(呪い)など、何度も祓ってきた。故に気軽に、されど軽薄にならないような終わりの話。

 目指す場所があるだけで生きる原動力になる。例えそれが呪い()であっても。その事は巌勝が身をもって知っている。

 

「ん? 由基、何故か右腕の甲だけあまり燃えていないが」

「そこさっきこっそり日焼け止め塗った」

「日焼け……止め?」

「え、まさか日焼け止めをご存知ない?」

 

 二人の間に沈黙が流れる。

 つまり日焼け止めを塗れば日光は完全無効化はまだしも、軽減できる。

 

「腑に落ちん。我が主が千年も求めた日光の克服法が塗り薬など」

「私も鬼があくせくと日焼け止め塗ってツルッツルの肌になるのなんか嫌だな」

「いやまて、目は防御できんだろう? 嫌だぞ、目から火が出ながら戦うなど笑いものだ」

「サングラスかければ? 日焼け止めと同じく紫外線カットする眼鏡」

「……目が三対のときは?」

「それは……サングラス三つかけるんじゃない? 

 えまって、想像したらめちゃくちゃ面白い。今からサングラス買いに行こ。もちろん三つとも別のデザインでカラフルなやつ」




由基
色んな意味で重い女。本誌見てるとまじで理想のスタイルしてる。

巌勝
完全日光克服しないと灰になるはずが、反転術式でゴリ押してる。


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第拾話 異物

本誌見て書いた


 

「持っているのか!? あの忌み物を!!」

 

 ファミレスの室温が急激に上がる。店員が訝しげな顔をするが、仕事を取りやめるほどではなかった。しかし異変を察知した一人の店員が店の外へと消えた。

 熱波の中心には夏油傑──否、羂索。そして三匹の呪霊がいた。

 

 呪霊達の目的は人間を滅ぼし、呪霊が人として在る世界を作ること。しかし呪術師の存在が邪魔をしていた。

 そこに天啓のように現れたのが夏油である。呪詛師の彼と呪霊達とは目的が似通っているらしく、協力することにしたのだ。彼らが目下、一番の障害としている五条悟の封印。そのための同盟。

 

「お客様、ご注文は?」

「待って漏瑚」

「?」

「すいません、コーラをひとつお願いします」

 

 有無を言わさず店員を焼き殺そうとした漏瑚を夏油が止める。

 

「なんだまだあるのか」

「話はまだ終わってないよ。漏瑚、五条悟を殺す前にさ。殺して欲しい受肉体がいるんだ」

「あぁ?」

「花札の耳飾りと焔のような痣のある剣士。どうやら計画の邪魔になりそうだからね」

 

 夏油は試す。四百年の呪いが、山の災いに敵うか。敵わなければそれまで。人から人への呪いよりも、人による畏れや信仰が勝っただけのこと。

 だが漏瑚が祓われるようならば『呪霊が人間として存在する世界』はどう転んでも実現し得ない。

 漏瑚は最強格の呪霊である。五条悟は兎も角、彼がそれ以外に負けるようであれば全ての人間を滅ぼすことは不可能。もちろん夏油は呪霊が人として在る世界を実現させる気は無い。言ってしまえばただの好奇心。育てたカブト虫が他のカブト虫に勝てるかどうか程度のこと。

 

「まぁよい」

「ありがとう。2点、注意しておくべきことがある。

 経験と呪力を使わない動き。この2つはどう足掻いても彼に分がある。長期戦を避け、極力術式を使って戦うんだ」

「経験は分かる。儂らのような最近の呪霊には欠けているもの。だが、たかが受肉体なぞ……」

「あーちがうちがう。経験のレベルが違うんだよ。そうだなあ。ねぇ花御」

 

 夏油は隣の呪霊に話しかける。無言を貫いていた森の呪霊、花御が顔(?)を上げる。漏瑚が嫌な顔をした。彼女の言葉は理解できないが意図だけ伝わる。その感覚が気持ち悪く、極力聞きたくないのだ。

 

《なんですか》

「例えば、頭や手足がなくなっても即再生するような生物が数百年ずうーっと強者達と戦い続け、しかも生き残ったらどうなると思う?」

《それは……無類の強さを誇るでしょう》

「うん。それが彼だよ。わかった?」

 

 有無を言わさない笑み。どこか挑発的なそれに漏瑚は押し黙った。

 

「ぬぅ。ならば呪力を使わない動きをしてはならない訳を教えろ」

「彼は肉体が透けて見えるんだよ。どの筋が動いて、次にどのような動きを繰り出すかが見える。その代わり呪力の流れはまるで理解してないと思うけど。呪力のない世界だったら、紛れもなく彼が最強だよ」

 

 夏油は笑う。巌勝には想像を超えてもらう。そうでないと意味が無い。持たざる癖に進み続けた人間と持ってる癖に進まなかった人間の組み合わせ。彼自身、最高のデュエットだと自負している。

 だと言うのに、それだと言うのに──

 

「なんで術式がないんだろうね。本当に惜しい」

「,! (6(7」

「大丈夫だよ。心配してくれてありがとう」

 

 てらてらとした触手が夏油を撫でる。彼は巌勝に術式が刻まれていることを知らない。本来なら刻まれるはずがないのだ。術師に受肉するならともかく、非術師が非術師に受肉したのだから。

 つまり、()()()()()も知らない。

 

「それと、漏瑚にはこれを渡しておくよ」

「なんじゃそれは」

「日輪刀『神籬』。刃には正の呪力があるから触らない方がいいよ。鬼の首魁を誅した際に使われた刀で正真正銘の特級呪具。その時に折れたんだけど、何故か元通り。最後の最後で半端な使い手に使われた未練か、握るに足る存在が生まれ落ちたからか。どっちだろうね」

「熱で溶けん」

「溶かそうとしないで。でも結構丈夫だから、受肉体と戦う時に使いな」

 

 そう言って帰り支度をする夏油。彼が渡した呪具には探知の呪術が込められている。もしも巌勝が勝って手に入れたのなら、位置情報は夏油に筒抜け。用心は欠かさない。

 

「漏瑚」

「あ?」

「もういいよ。燃やしても」

 

 

 

 ★

 

 

 

 

「…………」

 

 所変わって東京都立呪術高等専門学校。呪術師の才能がある学生を育成するための学校。才能の稀有さから一学年は片手で数える程。ただ、近年の術師不足も相まって命懸けの任務に学生のうちから派遣されることもあり、それが少人数教室に拍車をかけている。

 

 そんな高専の年季の入った応接間に男が一人、人を待っていた。しかし既に三十分近く待たされている。確実に待たされるのは分かっていても集合時刻を守るのは、性格故。待つよりも待たせる方が嫌いなのだ。

 静まり返った部屋の外から床を走る音が聞こえてくる。その音は次第に大きくなり、部屋の前で止まる。瞬間、勢いよく戸が開けられた。

 

「センパーイ、元気してた?」

「無論だ。お前も元気そうだな、宿儺の器が死んだらしいが」

「悠仁ね、虎杖悠仁。死んだなんて嘘にきまってんじゃーん。ピンピンしてるよ、今は七海と伊地知に任せてる。なんでか聞きたい?」

「いや、今は」

「上の喋る廃棄物を出し抜くためでしたー!」

 

 ぬいぐるみを抱え、ハイテンションに現れたのは五条悟。黒ずくめの制服をと黒い目隠し、それ故に映える雪のように白い髪を持つ彼は現役の教師であり、現最強でもある。

 二人は一度殺し合い一歩手前まで戦ったことがあり、悟にとって巌勝は数少ない信頼出来る先輩という立ち位置。

 悟は訓練用呪骸を手の上でくるくると回した。それが起きる気配は無い。

 

「なんだそれは」

「はい持ってみて」

 

 鼻ちょうちんを浮かべて眠るぬいぐるみ。巌勝は呪骸の頭を鷲掴んで受け取る。暫くするとでしでしと指を殴り始めた。

 

「殴ってきたぞ」

「それ一定の呪力流さないと殴ってくんのー。センパイの場合、一生殴られるよ」

「……」

 

 無言で背中の刀に手をかける。長身の彼が背中に背負っていても脹脛の中ほどまで長い大太刀。本当に長すぎて腰に差せないのだ。

 

「だめだめ斬らないで。返して、悠仁の訓練に使ってたやつだから」

 

 巌勝は小さく嘆息した。手ずから呪骸を悟に返す。呪骸は再び眠り始めた。受け取った悟は一瞬考える素振りをした後、両の手で抱き抱える。

 

「……センパイってさ、弱者のことどう思ってる?」

「随分唐突だな」

「いいから。非術師とか、等級の低い術師とかどう思ってんの」

「……」

 

 巌勝は暫し逡巡した。顎に手を当てて考える。

 彼にとって万物は斬り捨てるもの。そこに強弱や命の有無は関係ない。

 刀を抜いたからには、斬らねばならない。ただそれだけ。

 何も眼前に広がる全てに刃を向ける訳では無い。己が鯉口を切って尚、歯向かうような存在のみ。ただの石ころであろうが、同胞であろうが刀を抜いたなら等しく斬り捨てる。斬り捨てなければならない。それが侍というもの。

 呪骸を投げて渡し、両の腕で抱えた悟。呪骸を手ずから渡し、頭を鷲掴んだ巌勝。その違いとは……

 

()さ、まだアイツら(生徒達)と同じガキだった頃植木鉢を買ったんだ。土塊を入れて、呪力なんてある訳ない種を埋めて、雑草と見分けがつかない若葉に喜んだ。

 それを見た傑が、()を教師に向いてるだなんて言ったんだ。育てるのに向いているって。笑えるよね。たかが花と人間はちげーだろって。……でも、違わなかった。違わなかったよ」

 

 目隠しに隠された瞳は遠くを向いていた。彼にとって戻ることの無い青い三年間は、以降と以前の二十年少しよりも充実していた。今が楽しくない訳では無い。ただ、最近の彼は心の底から笑っていない。

 彼はずっと、ずっと北に向かいながら、南を向いている。戻ることは無いと知っていても、戻りたいという願いは呪いに違いない。

 

「私にとって弱者も強者も変わりない。歯向かうならば斬って捨てる。それだけよ」

「それって孤独じゃない?」

「何。刀さえ振っていれば気も紛れるというもの」

「あんたらしいね」

「どういう意味だ」

「なんでもない、忘れて。ちょっと宿儺について調べてたら思っただけで、まぁ前座ってやつさ」

 

 

 

 瞬間、迸る殺気。凍てつく刃が壁を成して巌勝に突き刺さる。

 巌勝は刀に手をかけた。

 

 

 

「傑がどこで何をしているか知ってるでしょ。俺が数年前から探してるのになんで言わない」

「……」

「縛りでも結ばされてるの? まぁいいけど。ぶっちゃけさー、センパイってどっち側?」

「……虎杖悠仁の死刑には」

「そっちじゃねぇよ受肉体」

 

 さらに空気がピリつく。踏み出された悟の足が床を陥没させる。破片は宙に浮いたまま。感情の昂りによって無限の力場が生成されたのだ。

 

「悠仁の体質そのものがおかしいよ。千年ぶりの逸材? なわけ。誰かが絶対糸引いてる。アンタから疑ってかかるのは当たり前っしょ。呪いに関する知識がないくせに受肉体である時点でもう真っ黒。

 んで、そこんとこどうなんだよ。元最強」

「……」

「今はあの呪具持ってないだろ。もう一回腹に大穴開けてやるよ」

 

 悟は目隠しを外した。青が鬼を映す。

 可能であれば、ここで殺すつもり。興味本位で由基が持ってきた黒縄を破壊したように。自分に届きうる存在は危うい。

 二戦一敗一引き分けではあるが、今や黒縄は巌勝の手には無い。彼の攻撃は悟に届かない。

 

「覚えていない」

「は?」

「受肉する前に唯一覚えているのは男の誘いに乗った。それだけだ。思い出そうにも儘ならぬ」

 

 

 

 

「………………はぁぁぁぁああああ」

 

 

 

 

 張り詰めた空気が弛緩する。悟はどっかりとソファーに倒れ込んだ。目隠しも戻し、さらに大きなため息をついた。

 

「ほんと? 嘘だったら……」

「断じて嘘は言っていない」

「……まぁ、多分縛りの内容に縛りそのものを忘れるってことが入ってる。何か時が来た瞬間思い出すよ。ってなると悠仁の体質も無関係じゃないか。そいつが何企んでるか知らねぇけど、絶対潰す。

 じゃあ傑の事は?」

「本当に知らん」

「ふーん。ま、それも縛りで忘れてるかもね」

「話は終わりか?」

「終わりだけど。あ、センパイも見ていきなよ三日後の交流会~♩恵も葵も出るからさ。それに()()()()()()()()()()()らしいよ」

「考えておこう」

 

 巌勝は踵を返し、退室しようとする。扉に手をかけたが留まった。悟が怪訝そうに顔を覗かせる。

 

 

 

「虎杖悠仁に会ってもいいか?」

 

 

 

 ★

 

 

「じゃじゃーん!!! 故人の虎杖悠仁君です!!!」

「虎杖悠仁ッス!」

「継国巌勝だ」

 

 場面は変わって呪術高専からより離れた辺境。限られたものしか知らない地下室には3人はいた。

 

「む、故人と言ったな」

「言ったよ」

「戸籍上も死亡扱いか?」

「モチのロン」

「投票、保険、大学入学、結婚」

「行かなくていい。必要ない。行けない。出来ないでしょ」

「いやひどくね!?」

「まぁ生き返った云々は伊地知に任せとくから安心しな。ってことでセンパイ、後ヨロシク!」

 

 颯爽と去っていく悟。もちろんこの後の任務は巌勝に丸投げしてある。彼はこれから話題の新宿スイーツに伊地知をぱしらせるという大事な予定があるのだ。

 

「……ほへぇ」

「なんだ」

「いや五条先生が先輩って言ってるのなんか新鮮で」

「私の事は好きなように呼べ」

「改めて虎杖悠仁ッス! よろしくみっちー」

 

 

「み?」

 

 

 巌勝は無量空所を食らったような顔をした。

 

「あー早速で悪いんだけど、宿儺がみっちーと話したいって」

「呪いの王が?」

 

 突拍子も無い申し出に疑問符をうかべる。己は呪いと関わらないで生きてきた存在。呪いの王が興味を引くようなものは何一つ持っていないと思っていた。

 

「お前は大丈夫なのか?」

「多分大丈夫ス。1歩も動かないし、口しか動かさない。俺が明け渡している間の記憶を忘れることを条件に五分間体を使うらしいス」

「……」

 

 呪いの王へと体を明け渡す。

 軽々しくそれをしてしまう事実。彼はまだ宿儺の邪悪さに気がついていない。否、邪悪であることは分かっているが、縛りの奥深さを把握していない。それが一般人がこの世界に突然入ったことによる弊害。だが呪いの王を内に飼っておきながらそれは致命的であった。

 

(体を明け渡す……か。私は縁壱の肉体に受肉しているが、体を縁壱に明け渡されている状態。ならば、縁壱はどこへ行った?)

 

 ドクン。

 縁壱の心臓が跳ねる。それは巌勝が気が付き始めたからでは無い。目の前の、尋常ではない驚異に体が強ばったのだ。

 目を閉じた悠仁。紋様のような刺青が刻まれ、狐のように口角が上がる。

 

(……化け物め)

 

 眼前に佇む少年はもはや少年では無い。ドス黒い存在感を醸し出している。縁壱のように至った者。有象無象が手を伸ばす場所へとたどり着いた存在。

 だからこそ巌勝は──

 

『おい受肉体。何を笑っている』

「響凱……?」

『誰だそいつは』

 

 現れた呪いの王。口しか動かせない。一歩も動けない。だと言うのに最大限の警戒を強いられる。

 

『まぁいい、単純に興味が湧いた。呪いの世は久遠のものだと勘ぐっていたからな』

 

 両面宿儺が生きた、呪いの全盛期平安。呪術師が政を行い、呪いが国の方向性を決めていた最後の時代。生きとし生ける全ての術師が強者であった時代。裏を返せば、弱者はそれだけで生きることが許されなかった時代でもある。

 ただ事実として、それを終わらせたのは紛れもなく武士である。

 

『加えて貴様の呪力だ。随分と愛されている。水子の方が澄んでいるぞ』

「愛されている……か」

『身の上を話せ。聞いてやる』

「生憎と……」

 

 

 ❛龍鱗、反発、番いの流星

 

 

 

 キン。

 

 

 

 

 瞬間、宿儺は自らの片腕を根元から切断した。断面から血が流れ出るが、当の本人は眉一つ動かさない。むしろ笑みを浮かべている。

 宿儺が行ったのは呪詞による詠唱。『口しか動かさない』縛りだが、つまり『口は動かせる』のだ。

 その上、誰も傷つけないと約束していない。完全に悠仁の落ち度である。つけは悠仁が身をもって払ったが。

 

『話さなければ次は首だ』

「……話せば治すか?」

『ああ』

「縛りだ。私は身の上を話す。貴様は悠仁を五体満足にし、彼に体を成り代われ」

『構わん』

「退屈するぞ。大して面白みもない」

『それは俺が決めることだ。貴様が決めることでは無い』

 

 巌勝は一息ついたあと、口を開いた。

 

「私は双子で生まれたがその時代、戦国時代において双子は凶兆だった」

『……忌み子か』

「知っているのか」

『構わん。続けろ』

 

 巌勝が忌み子であったという事実。それを知った宿儺の威勢が鳴りを潜めた。それだけで粗方察し、巌勝は続けた。

 

「我ながら盲目に力を追い求めた。強くならざるを得なかったからな。だがどこで道を間違えたか、善人を切り捨て喰らう化け物に成り果てた」

『なんだ。人を喰ったことがあるのか!! 呪霊以外にそんなやつは初めてだ』

 

 打って変わって喜色満面。人喰いに興味津々の呪いの王。人の道を外れ、恨みの根源に受肉してまで強くなろうとする飽くなき飢え。それでいて泥水を啜るような努力を惜しまない愚直さ。それらは宿儺に、有り体に言えばどストライクだった。

 対して、鬼のいない世界に生まれたというのに人喰いの話をしている。その事実に巌勝は複雑だった。

 

『味はどうだった?』

「……美味であったと記憶している」

『ク…………クハハ!!!! そうだろう。そうだろう!!! 舌で転がす味だけでは無い!! そやつの生きた年月、鍛え上げた技を味わうのもまた一興!!!』

「だが殺すことで鍛え上げた技が途絶えてしまうことは惜しい。積み上げた技は積み上げた者たちのものであって、私に打ち勝ったものの技では無いからな」

『……負けたのか』

「負けたのだ。目指した理想との乖離に押しつぶされ、醜く死んだ。もし押しつぶされず、受け入れていたのなら……」

『勝ち残れたか』

「……いや、もう過ぎたことだ」

 

 宿儺は黙り込んだ。彼自身、なにか思うことがあった。即身仏として死んだ己。だがもし、もしも己の全力がそれすらも上回る強者に完膚なきまでに叩き伏せられたのなら、それは得難い味となる。

 巌勝は思い出す。首の弱点すら克服し新たな生物と進化した途端、柱の刀に映った化け物。最強の侍を屠り、最強の侍であり続けた己が侍ですらなかった事実。

 

『恥も尊厳も捨て、斬り捨てればよかったものを』

「斬り捨てなかったからこそ、今こうして話している。私は強者となる事自体は過程であって目的では無い。いくら強くなったとて、器が追いつかなければ伽藍堂となる。

 そうは思わんか? 呪いの王よ」

『……難解だな。だがどうやら貴様も俺と同じく、辿り着き方は違えど至ったものらしい。ならばその刀、貴様には不足だろう』

「これか。そもそも呪具を持つのは、弱者のすることらしいが」

『なんだと?』

「呪具に頼らなければ勝てないと看做されるそうだ」

『……………………ほざいていたのはどこのどいつだ』

「御三家が一つ、禪院家当主の子だ」

『覚えておいてやろう。……ククッ。思いの外楽しかった。また話そう、継国巌勝』

 

 体を明け渡してからちょうど5分。血の滴る肩から反転術式により腕が生えてくる。巌勝の目に映るその速さは自分の再生速度より遅かった。

 

(加えて自らの腕を切断したあの斬撃……私の呼吸に似ている。不可視の刃を高速で飛ばすか。面白い)

 

「ただいまみっちー。ん、血溜まり? え、なんか片腕だけノースリーブ!? ……もしかしなくても……」

「このことは悟に報告する。一番身の上を知るべきはお前のようだったな」

「やっちゃった」

 

 それからというもの、巌勝と悠仁が話している時はほぼ確実に宿儺が口を挟むようになった。巌勝も最初は身構えていたものの、宿儺が単に話したいからという理由であることを察し、自然体で相手をするようになった。

 

 ★

 

「なんか寒気したわ。どっかで僕のこと噂しとるんとちゃう?」

「カイロいるか?」

「なんでそういうとこ気が利くねん。きしょいわ」

 

 散々言いながら葵のカイロを直哉が受け取る。二人は他愛もない会話を続けながら東京校の石畳を上がっている。葵の師匠である由基は、弟子をポケモン感覚で強者と戦わせようとする狂人。当然、葵が戦わされた中には直哉もいた。

 どちらも一級術師。これからの呪術界を担っていく人材である。

 

「なぁ。なんで僕呼ばれたん」

「京都校が人数不利だからだ」

「僕一級やけどええん? 乙骨君も出るん?」

「乙骨は海外出張。ってことで骨のある奴がほぼいないっ!!」

「んー。楽勝やな、まぁ弱いものいじめは嫌いちゃうし遊んだろ」

「まぁまて。ほぼいないと言ったが、一人もいないとは言ってないだろ?」

 

 葵は息を吸って吐いた。直哉の顔が引き攣る。葵の顔は誰がどう見ても気持ちの悪いものであったから。

 

「高田ちゃんの夫であり、マイブラザー。伏黒恵が来ている」

「あー恵君か。夫ってことは……なんやもう結婚しとったんか。ええ顔やもんな父親に似て」

「それだけでなく子供もいるぞ。名付け親は俺だ」

「なにそれおもろいやん。あんなキリッとした顔のくせしてやる事やってんのや。子供さんの名前なんてゆうん?」

「伏黒空音。もうすぐ中学校に入学する。好きな食べ物はパイナップル。嫌いな食べ物はレーズン。高田ちゃんに似たツインテールを揺らしながら登校する。趣味は父親とドライブ。つまりファザコンだ。マイブラザーはそんな空音がたまらなく可愛いから、可愛がってしまうんだ。しかし高田ちゃんは嫉妬してしまう。少し夫婦仲がぎこちなかった所を、空音がほっぺにチューで救ったのがちょうど三時間十分前だ」

「なんやて?????」

 

 羅列される存在しない記憶の数々。東堂葵の脳は、とうの昔に破壊されていた。




人喰いで気が合う少年漫画の登場人物とは


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第拾壱話 姉妹校交流戦 前編

我ながら東堂をキショくかけてると思っていましたが、アニメで遥かに上をいかれました。かっこいいよ東堂


「しもしも〜」

『……無事に飛行機が着いたことを報告します』

「相変わらず律儀だね。おっけー」

『……虎杖君の容態は』

「乗り越えたよ。そんでもって一皮むけたって感じかな。ありがとうね」

 

 悟の電話相手は七海建人。元二級術師かつ、彼の一つ下の後輩である。

 七海は呪術高専を卒業後、最低限の荷物を持ってマレーシアへと旅立った。高専時代に稼いだ莫大な金銭は全て灰原家の口座へと振り込まれたという。

 呪術師としての責務。人としての幸せ。

 二つを天秤にかけ、それが傾いただけの事。誰一人として止めるものはいなかった。人が普通を享受しようとすることを誰が止められるというのか。

 

『あなたがお礼を述べるなど、

 偶然昔のパン屋を味わってみたくなり、偶然日本に帰ったら、偶然五条さんに会った。それだけです。少しでも…………いえ、すいません。なんでもありません』

「それ、自分の贖罪だと思ってる?」

『……』

「七海が逃げたって思ってるやつなんて一人もいねーよ。特級呪霊一匹逃したところで、僕なら確実に祓えるしセンパイ達もいる。オマエは十分役に立ってくれたさ。

 短期間だけど悠仁を任せて正解だった」

 

 それは心からの本心。七海の離脱が悲しくないのかといれれば嘘になる。しかし悟にとっては元青春の1ピースが逃げ出しただけ。なくなってしまうよりずっといいのだ。

 

『しかし』

「雄だって……そう思ってるさ。そんなに後ろ向いてたらあいつに祟られるぞ?」

『その時は呪霊として、しっかりと祓いますよ』

「……あの猟奇的な鉈、空港で引っかからなかったの?」

『格納呪霊を売りにしている業者の方がいらっしゃいまして。少々ぼったくられた気がしますが、背に腹はかえられないので運んで頂きました』

 

 格納呪霊は稀である。呪霊の体質や術式は集まった呪いにもよるが、〝仕舞う〟ことに負の感情は集まりにくい。

 悟の頭に浮かんだ格納呪霊を持つ大男。そして影に呪具を溜め込む教え子。影の中の重さを受けるが、蝦蟇という式神に食わせたまま影の中に顕現させておけばなんとかなるのだ。

 

「…………よく考えたらあの親子、揃ってアイテムボックスじゃん」

『何か言いました?』

「なんにも?」

『そうですか。話は変わりますが、()()()()()()()()()()()() 挨拶に行けなかったものですから』

 

 

「……あー」

 

 

 死んでる。

 そう言おうと口を開き、閉じた。七海はもう一般人。もう、関わらなくていい。

 

「生きてるよ。出張中だけどそのうち帰ってくるっしょ。

 そーだ! 今さ〝虎杖悠仁実はいきていた〟ドッキリするよーん。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

『……ははっ。それは……盛り上がりそうですね。とても』

「でしょー!?」

 

 七海が相好を崩したのを電話越しに感じとり、悟は笑みを深めた。

 

「じゃあねー。マレーシアに飽きたら戻っといで。やることないと思うけど」

 

 返信を待たずにさっさと通話を切る。パタンと音を立てて携帯電話を閉じた。これ以上話すと本心が出てしまいそうだったのだ。七海に帰ってきて欲しいという本心が。

 

 

「問題ない。だって僕た……僕は最強なんだから」

 

 

 こぼした言葉は自戒の意。今まで親友と二人三脚で支えてきた分、孤独が染み入る。

 石畳を下り、喧騒の元へと進む。近づくにつれ、彼は笑みを深めた。

 アイマスク(最強)を被る。

 

「ただいま歌姫ー。そしてみんなおっまたー」

「ただいまじゃない! 大遅刻よ! ってか何その箱」

「ふっふー。まぁ先に海外のお土産をば」

 

 ちなみにこの直後行われた、五条悟命名〝虎杖悠仁実は生きてましたドッキリ〟は失敗に終わった。そして七海にお別れを言えなかった悠仁は少しへこんだ。

 

 ★

 

 俺達は準備を怠らない。使えるものは全て使う。妥協は命取り。数少ない同年代との勝負。モノにしなければ今死せずとも、呪詛師に殺される。

 

「緊張しすぎ」

「……痛い」

 

 後ろには真希先輩。木刀を逆手に持ち、鍔で叩いたようだ。普通に痛い。

 

「生意気にも気合い入ってんのはいいことだがな」

「当たり前ですよ。絶対に足は引っ張りません」

「おう。今に分かるぜ。自分がどんだけ強ぇのかよ。

 これから作戦会議だが、作戦の大前提として、真依は私がやるからな。手ェ出したら作戦違反として私が京都校より先に潰す」

「……」

 

 真希先輩。本名禪院真希。深緑の髪をポニーテールに纏め、呪霊が見える眼鏡をかけている。京都校の真衣先輩とは双子。親父とおなじ天与呪縛のフィジカルギフテッドだが、本人が言うには完全に下位互換らしい。

 パンダ先輩曰く、シスコンバーサーカー。あと憂太の嫁。

 

「高菜(呼びかけ)」

「狗巻先輩」

「昆布(心配)」

「大丈夫ですよ。さっきは少し気合い入りすぎていましたが」

「明太子(やる気)」

「先輩もやる気ですね。作戦的に先輩は遊撃部隊でしょうか。いるだけで相手は警戒せざるを得ないので」

「しゃけ(肯定)」

「ですよね」

 

 狗巻先輩。呪言師。灰色の髪と口元の痣が特徴。言葉に呪いが篭もり、聞こえた相手を強制的に支配できる危険な術式。普段は語彙をおにぎりの具に絞っている。

 

「おい。私は何から突っ込めばいいんだ」

 

 釘崎野薔薇。同級生。芻霊呪法を使う田舎出身の術師。祖母には入学に反対されたと言っていたが。

 五条先生が学生時代の時も学生が一人死んだ。常に命を狙われ続けている五条先生の教え子になる。東京の呪いは田舎のそれを比べても桁違い。教師が一人失踪している。2年くらい前に特級過呪怨霊に呪われた学生がいる。

 そんなところに入れたがらないのは普通だろう。

 

「先輩は呪言師だから。語彙を抑えてるんだ」

「じゃななんでおにぎりの具なのよ。もっとあるでしょうが。色でも記号でも」

「こんぶ(拒否)」

「なんて?」

「こっちの方が個性溢れるからって」

「パンダに勝てるわけないでしょ」

「米(絶望)」

「まさか米を具だと思ってる?」

 

 パンダ先輩。パンダ。

 あと乙骨憂太先輩がいる。今年は不参加だが、貫牛を片手で止めた衝撃は忘れられない。

 

「東堂葵は馬鹿だが、馬鹿強い。あいつを何とかしないことには私たちは勝てねぇ」

「最善は狗巻と誰かを組ませて速攻だな」

「私もそれがいいとは思ってるんだが」

「虎杖を東堂に当てます」

「ほぅ。やれんの?」

「東堂と同じぐらい」

「決まりだな」

 

 ★

 

「ここで歌姫先生から、ありがたーい激励の言葉を頂きまーす」

「は!? ……えー……まぁ、みんな仲良く。でもって手を抜かずに。それでも怪我のないように心がけましょう……?」

「あざーっす」

「五条!!」

「では姉妹校交流戦開始ー!!!!!」

 

 開始の合図。

 姉妹校交流戦は建物もあるが主に森の中がメインステージ。放たれた呪霊を祓えば得点を得る。得点の多い方が勝ち。ちなみに得点の高いボス呪霊は両校のスタート地点中間あたりに配置される。

 

 

「ブラザー!!! 娘ちゃんは元気かぁああ!?!?!?」

 

 

 一分と経たずに現れたのは、謎の勘で一直線に東京校へと向かってきた葵。ほかの京都校は着いてきていない。彼単独。

 悠仁は初対面だが、怯むことなく飛び膝蹴りを顔面に炸裂させた。真希と恵は頷き合う。想定通り、葵は悠仁に任せる。フィジカルなら負けておらず、体術センスは悟のお墨付き。

 

どりゃァァァァァ!!  ……って、伏黒結婚してたの!?」

「してるわけねぇだろ! 東堂は任せたぞ!」

「へへ。任されたァ!!」

「よし散開!!」

 

 真希の合図と共に全員が散らばる。単独行動の葵を袋叩きにしてもいいが、少しでも手こずれば袋叩きに会うのは東京校のほう。

 恵の担当は加茂先輩。加茂憲紀。御三家がひとつ、加茂家次期当主。術式は赤血操術。

 同じ御三家の相伝術式を持つ恵が、術式の質的に対処しやすいというわけだ。

 

「……」

 

(妙だ。何故ここまで接敵しない? ほかの京都校も東堂を追いかけてくるはずじゃ……)

 

 恵が懸念しているのは、京都校が悠仁を狙うこと。保守派が多い京都校が宿儺を宿す爆弾をそのままにしておく道理はない。

 だが悟がいるのに仕掛けるほど愚かではない。ちなみに今はまだマシになった方。数年前は傑とつるんでそれはもう手がつけられなかった。

 ただ抜け穴はいつくかある。

 

 例えば、五条悟に見つからなくすること。

 

 例えば、事故にみせかけること。

 

 例えば、────

 

 

 

 

 

「お。恵君やん」

「誰ですか」

 

 

 

 

 

 ────五条家が文句を言えない立場の人間を送り込むこと。

 

 

 

 

「覚えてへん? 禪院直哉。真希ちゃんの親戚や。改めてよろしゅうなー」

「……なんでここに禪院家の方がいるんですか。学生しか入れないはずですよ」

「ちょいと遊びに来たねん。ついでに虎杖君殺そかなーって。ちゅーか、恵君も禪院家みたいなもんやろ」

「……違います。それに虎杖は殺させません」

「強がりも可愛ええなあ。まぁ。邪魔せんとってくれる? ぶっちゃけ君、あんまし強ないやろ」

「……」

「その目やその目。やっぱしお子さんやなあ」

 

 ニタニタと笑う顔はどこか甚爾を想像させる。確かに禪院家らしい、と恵は思った。両手を構え、円鹿を顕現し、影の中に待機させた。

 

(思い出した。十年前の7月、親父と禪院家に行った時に居た。

 禪院家で年上。どう考えても格上。勝てるか?)

 

「あっこであばれてるんは東堂君と虎杖君か。東堂君とやりあえてるならまぁまぁ強いかもな……

 ま、僕程やないけどな」

「っ!?」

 

(間に合え!!)

 

 恵の視界から直哉の姿が掻き消える。

 続いて衝撃。腹を劈く痛みと共に景色がブレる。呪力でのガードが間に合わず、恵は込み上げる嘔吐感を飲み込んだ。

 

 

 ❝玉犬ッ! ❞

 

 

「今ので分かったやろ。

 僕、東堂君より強いねん。君、東堂君に糞味噌にされたんやろ。今ここで土下座するんやったら半殺しで許したるわ」

 

(五条先生が忌み嫌った禪院家。なるほど、親父があんな性格になるはずだ)

 

「……」

「ま、急用ちゃうし遊んだる。影すら踏ませんけどなァ」

 

(『投写呪法』は一秒を区切って動きを刻む術式。次の動きを予測しろ)

 

 伏黒恵は少し楽観視するきらいがあった。驕りと言ってもいいだろう。

 かの六眼と無下限の抱き合わせを道連れに追い込んだ術式。五条悟とまでは行かないが、十分な天才肌。そしてほぼ一切苦労することなく手に入れた九種の式神。満ち足りた家庭環境。

 原作よりも文字通り恵まれた境遇が、仇となった。

 

「欲張りすぎや」

 

 恵は攻撃を置いた。それは覚醒した禪院真希が投写呪法を破った時と同じやり方。加速し続ける以上、追いかけず攻撃を置くことで必ず当てる。

 しかし読みは外れた。その破り方は直哉も熟知している。

 直哉は1フレーム静止を挟むことでタイミングをずらし、虚を衝く。拳を振り切った無防備な恵。そこへ、直哉の回し蹴りが炸裂。上腕、指に小さくないダメージを受けた。続けて五回、傷ついた指へと執拗に攻撃する。殴る、蹴る、叩く。

 

「……っ」

「甚爾君の息子さんとか聞いたからどんなんかと思ったけど。カスやったな。式神の特徴もまるで理解し取らん。ぬくぬく育ったからやで」

「円鹿」

 

 反転術式により指が癒される。恵は円鹿を戻し、渾を出した。

 

「その術式の弱点教えたろか。

 今みたいに指折れたら終いや。ギリ鹿出せるからよかったみたいやけど、出んかったら君、真希ちゃんにも劣るゴミなってたで」

「知ってますよ」

「ほな避けろや。ひひ、知らんかったから避けられんかったんやろ。まあそんで唯一指がほぼ要らん摩虎羅は一生かかっても無理やろ。わかる? 詰みや。オマエは向こう側なんぞに行かれへん」

「向こう……側……?」

「君とは縁のない世界や」

 

 手加減されて尚届かない。また壁。直近の宿儺にもやられたというのに次は直哉。だが、これまでの壁の中でもいちばん脆い。越えなければならない。

 

「教えといたるわ。数年前、巌勝君と悟君は1回本気で戦っとんねん。

 なんか摩訶不思議な縄使って悟くんの術式無効化した巌勝君が切り刻んで出血多量にさせたんや。

 そしたらなんか死の淵を見たとか言いながら復活した悟君が巌勝君の土手っ腹に大穴開けて終わりや」

「良くもまぁ……二人とも五体満足ですね」

「せやろ。まぁ終いや。

 安心しー。君の姉ちゃんは俺が娶ったる。術式ない猿やけど孕み袋にはなるやろ。乳もまぁまぁデカいしおまけに清楚。ひひ、壊しがいあるわ」

「あ?」

 

 ❝嵌合獣────

 

 

「させんで」

 

 

 直哉が締めの一撃を見舞う。怒りにぶれた呪力は防御に向かない。況て、激怒とまでいけば攻撃偏重。

 恵は行き場のない怒りを抱えたままに倒れた。

 

 ★

 

 時間は少し遡って、姉妹校交流戦が始まる少し前のこと。

 監督室には二人の教師の姿があった。わざと人が集まらない時間を選んだのだ。言わば密会という形。

 だが教師の顔は取り払われ、湯呑みが投げられるほど無礼講。

 

「私の!! 方が!! 先輩なんだよっ!!!」

「ごめーんちゃい」

 

 軽快な音を立てて湯呑みが落ちる。こぼれた液体は無限に押しつぶされ、消滅した。

 

「あんた、冥さんやあの謎侍には敬意払ってるくせに! 私だけぞんざいなのよ!」

「どうどう」

「私は牛か!!」

 

 二人は十年前からの付き合いである。ことある事に歌姫を悟が煽り、歌姫は悟に激昂する。以前は傑が緩衝材になっていた。

 

「もう我慢ならない! お前なんかこうして……っ!!」

 

 歌姫は鬼のような風貌で悟に掴みかかった。無限に阻まれようともアイアンクローをかます。彼はにやにやと歌姫を馬鹿にしたように笑う。

 

「歌姫、マイクONになってる。あと録画も」

「え、嘘!?!?」

「嘘。マイクはともかく、録画はこの設備じゃ無理っしょ」

「⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎!!!!!!」

「ハウリングえぐ」

 

 歌姫は五条悟が嫌いである。一番は五条。次点に夏油がランクイン。一番好きなのは家入硝子。次点で冥冥。両者にそれほど差は無い。

 

「ぐっ………………………………ふぅ。わかったわ。内通者はこっちでも探り入れとく。全く、夏油も見つかってないのに……。アイツも屑だったけど任務は一番こなしてたから空いた穴がデカいわね。

 アンタも過労死しないうちに休みなさい」

「心配してくれるんだ」

「後輩なんだから当たり前でしょ。アンタも夏油も」

「僕最強だよー?」

「違うでしょ。()()()()()()()()()だったでしょ。はぁ、夏油がいてくれれば監督も楽だっただろうなー。覚えてる? 私達の姉妹校交流戦、あんたらは夏油が呪霊放って放置してたら勝ててたじゃない」

「懐かしいね、覚えてるよ」

 

 悟の内に一瞬だが生まれた黒い靄。それの正体を知りながら笑みを深める。歪む前の呪いを曝け出すのは今では無い。そう思って十年。

 最強という立場は弱点を多く抱えることを許さない。たくさん選んでしまえば、その中から選ばなければならない時がいつか来る。

 

「ままならないねぇ」

「……口調、うつってるわよ」

「ほんとだ」

「っていうか。怪しいで言えば、あんたの先輩が断トツよ。もしかして内通者なんじゃないかしら」

「ない。そんな器用な人じゃないし、本人にも確認した」

「確認って、直接聞いたの」

「ピンポーん」

 

 意気揚揚とピースサインを構える悟に歌姫はため息をついた。

 内通者。それが行えるような人物を頭の中に思い浮かべれば、一人。予想した罪悪感。しかし確信めいた勘。

 

「嘘でしょ」

 

 ガラッと戸が開けられる。

 そこに立っていたのは巌勝。ただ、衣服はボロボロ。上半身に至ってはほぼ裸。ただ病人のように白い肌には傷一つない。

 一箇所を除いて。

 

(左手薬指に噛み跡?)

 

「……遅れたことを詫びる」

「な……なっ」

「音信不通だったセンパイが上裸で袴も焼け焦げた状態で現れた僕の気持ち」

 

 続けて悟の目線は巌勝の刀に向けられる。六眼で観測した事実は白。眩い白である。

 

「なんで付喪神持ってんの? なんで神性持ち呪具と主従契約結べてんの? え、なにかのドッキリ? また僕にハンバーガーぶちまけさせる気?」

「これか? 特級呪霊に襲われてな。それが置いていった」

「いやツッコミどころ多すぎでしょ。祓った?」

「逃げられた。だが弱らせた。無い腕を生やすことは出来んだろう。ましてや赫刀ではな」

「……センパイといると退屈しないよ」

 

 その顔は高専時代の五条悟宛らだった。

 

「勝手に納得すんな。説明しなさいよ」

「はいはい。もう話は終わりなのでバイバイしましょうねー」

「肩触んな!」

 

(……ふむ)

 

 巌勝はしげしげと二人を見つめる。そしてひとつの予想を立てる。

 おちゃらける悟。ブチギレる歌姫。その姿が重なる。

 ふざける童磨。殴り掛かる猗窩座。童磨のように冷えきっている訳では無いが気を引きたいように見える。

 つまり、悟は歌姫と仲良くしたいのだ。反応が面白くてやっている線もあるが、十年前からこの調子。ただならぬ想いがあると邪推した。

 

「歌姫殿。改めて継国巌勝と申す。斯様な格好で失礼するが、こうして言葉を交わすことは初めてだと記憶しているが、如何か」

「……え、ええ。ご丁寧にありがとうございます。庵歌姫、準一級術師です」

「宜しく御願い申す。しかし悟はこのように一言どころか二言、三言多い。私も手を焼いている」

「分かります」

「悟、年相応の振る舞いをするべきだ。品性とは、何を言わないかによって纏われる」

「…………」

「!!!」

 

 歌姫は瞬いた。あの悟が不機嫌になっている。あの傍若無人、五条悟が叱られた子供のように。彼女は確信する。愛憎渦巻く呪いの世界で、巌勝はまともに育った大人。

 

 

 

 

(!! ……継国巌勝!!)

(ちっ……継国巌勝…………)

 

 

 

 

 もちろん悟は反省していない。ただ、想い人の前で目上の人物に正論で怒られるという、小学生でも恥ずかしくなるような出来事に不貞腐れているのだ。

 

「と、とりあえず。服を貸しますので着いてきてください。呪術高専の制服でも?」

「感謝する」

「ちょっと近いよー?」

 

 悟はわたわたと手を振って二人を妨害した。巌勝の予想が確信へと変わる。

 

「何よただ話してるだけじゃない」

「初対面でもないから必要ないっしょ」

「必要ないも何もないわよ」

「夫婦漫才か?」

「ふっ……!?」

「……夫婦漫才? って、なんであんたは顔赤くしてんの!?」

 

 ★

 

 なんやかんやあったが姉妹校交流戦が始まる。監督は呪術高専東京校学長、夜蛾正道。呪術高専東京校教師、五条悟。呪術高専京都校学長、楽巌寺嘉伸。呪術高専京都校教師、庵歌姫。一級呪術師、冥冥。そして巌勝である。

 モニターに戦況が映し出され、拙いが多彩な呪術戦を巌勝は楽しんでいた。

 

 ────

 

 ❝芻霊呪法 簪!! ❞

 

『私は! 釘崎野薔薇なんだよ!』

『っ!?』

 

 東京校釘崎野薔薇が術を放ち、京都校西宮桃を箒から叩き落とす場面が放映されている。追撃に使用したのはピコピコハンマー。

 

「なぜ」

「あれでしょ。金槌で殴ったら怪我するっていう野薔薇なりの配慮じゃない? 峰打ちみたいな」

「だが、木に刺さるほどの威力で釘を打ち続けていたが? あれこそ当たりどころが悪ければ死ぬぞ」

「……」

 

 ────

 

 ❝大祓砲(ウルトラキャノン)

 

 破壊の嵐で冥冥の烏が吹き飛ぶ。メカ丸、与幸吉が放った大祓砲がパンダを飲み込んだ。

 

「あの絡繰」

「メカ丸って言います。本体は別のところにいますよ」

「弟がモデルになったことがある。完成は見れなかったがな」

「んー、からくり人形?」

「ああ、完全自動、半永久機関、等身大、一定の戦闘能力だったか」

「値打ちものみたいだね。一体いくらするのか……ふふふっ」

 

 ────

 

 

「恵は?」

「ちょっと伸されてる」

 

 悟はモニターのひとつを指さす。そこには地面に倒れ伏す恵が放映された。

 

「1回挫折が必要だと思ったんだよねー。うるさいからゴリラには内緒ね。ってことで回収よろしく」

「必要ない」

「……へぇ。結構殴られてたけど」

「必要ないと言った。甚爾の子だ。なかなかにやるぞ」

 

 瞬間、呪符が全て燃える。色は全て赤。呪符と呪霊はリンクしているが、生徒が一度に全て同時に祓ったとは考えにくい。

 悟が巌勝に目をやる。

 

「…………センパイ?」

「イレギュラーの全てが私のせいだと思うなよ。招かれざる客だ」




七海健人
人並みに自己中。原作でももっと自己中になってくれ。『だりぃので休みます』って渋谷行くな。

禪院真希
得物:薙刀→刀

次回、ドブカスVS花御 で、姉妹校は多分終わりかな


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第拾弐話 姉妹校交流戦 後編

アニメ終わってしまった
ちょっと短いかも
感想、評価、そしてら誤字報告ありがとうございます


 一方その頃。

 直哉は異様な雰囲気に包まれた森の中で、黄土に染る空を見上げていた。

 

「なんで帳?」

『あら、仲間割……っ!?』

 

 直哉は現れた呪霊に問答無用で蹴りかかる。筋肉質な巨体。頭部には特徴的な枝状の突起が触覚のように生えている。さらに独自の言語形態を確立。

 間違いなく特級。彼の本能が警鐘を鳴らしていた。

 しかし最高速に達していないこともあり、呪霊は怯んだものの受身を取り無傷。

 

『足癖が悪いですね』

 

(呪霊。それも意思疎通できるやつやん。上は皆殺しのつもりなんか? 禪院家()がおるっちゅうのにそんなんする?)

 

「虎杖君はここにおらへんで」

『宿儺の器ですか。今はまだその時ではありません』

「虎杖……となんの関係が」

「まだおったんか喧しい。はよどっか行きぃ。はっきり言うて足でまといや」

「……任せます」

「阿呆。誰に言うとんねん」

 

 恵は黙って戦線を離脱する。

 追撃に向かった木の根を直哉は全て踏み砕いた。悠仁を狙っていない時点でほぼ確実に外部の勢力。彼は御三家の一人であるが故、こういった暗殺も初めてでは無い。

 

『仲間思いなのですね』

「まー、ちょっとした家の事情や。恵君に強なってもらったら困るんは僕やからな」

『あの男が私と戦えると?』

「当たり前や。甚爾君の息子さんやで。……ほんま、うざいわ」

 

 直哉の怒り。それは不甲斐ない恵に対してのもの。

 開始直後、彼は全力で恵を潰しに来た。悠仁(宿儺の器)でもなく、真希(フィジカルギフテッド)でもなく、(呪言師)でもなく、パンダ(変異呪骸)でもない。直哉にとって、東京校で最強たるは恵のはずだった。

 なぜなら直哉の父親も、指南役も、周囲も誰一人向こう側に立つ存在はいない。しかし、恵の周りには最強が立ち並ぶ。強くないわけが無い。

 そんな恵に直哉は圧勝した。圧勝してしまった。

 

(あの人から産まれるんは僕やったはずや。あの人に教えられるんも僕やったはずや。なのにあの雲丹頭が!! 中途半端に甘い汁吸いよって!)

 

 力任せの飛び膝蹴りが花御の顔面にクリーンヒット。装甲のような甲殻のような何かが剥離する。

 

『ぐっ!?』

「トロい。あと喋んなカス。声気持ち悪いねん。呪霊が人間様の猿真似かて」

 

 吹き飛ばされる過程で数十本の木を巻き込む。それを看過する花御ではない。気を使い、木を避けるようにして転がった。

 

「あは、何。こんなん大事?」

 

 直哉はわざと木を蹴り倒す。

 花御が剣呑な雰囲気を醸し出した。あからさますぎて直哉は肩を竦めた。

 

『……草木にも命はあるのですよ』

「やからなんやねんアホ。うちの兄ちゃんにもあるんや、雑草にあってもおかしないやろ」

『……』

 

(人は……これ程醜悪になれるのですか。真人)

 

 人の淀み。それは花御が直哉に下した評価。呪霊はもちろん、同胞であるはずの呪術師ですら卑下する性悪。大地に優しいような人間に思うところがない訳でもない。だが、目の前の男は躊躇いなく草木を踏み潰す。

 彼女がこれまでに殺した呪術師は花御を呪いとして祓おうとしてきた。対して直哉は下等生物として殺そうとしてくる。

 花御は我慢ならなかった。戦いを楽しめるはずも無く、残ったのはむき出しの憎悪。呪霊も同様、負の感情は呪力の糧になる。

 

 

 

 

 

 

 

 

❝領域展開───

 

 

 

 

 

 

 

───朶頤光海❞

 

 

 

 

「は」

 

 

 

 一面に広がる花園。赤、橙、黄、緑、紫。まるで虹を編めたような絶景が展開される。頭上には澄み渡る青空。

 不自然なまでに人の手が入っていない自然。それが花御の領域。彼女の世界に人は不要。

 

 領域展開。それは呪術の究極奥義。自らの生得領域、術式を付与した領域で相手を閉じ込めることで術式を必中させる。使える存在はそれだけで上澄み中の上澄み。

 対処法は大きくわけて二つ。

 一つ目は領域の外に出ること。しかし領域は閉じ込めることに特化している。大抵の場合、領域にヒビを入れる前に術式は必中してしまう。

 二つ目は領域を展開すること。領域の押し合いで場を制すのは、より洗練された方。拮抗している間に畳み掛けてもよし。当たり前ではあるが領域展開を使えなければならない。

 

 

 ❝秘伝 落花の情❞

 

 

 直哉が薄く呪力を纏う。それは胞子となって飛んできた呪力の種子を真っ二つに切り裂いた。

 

『領域対策もしているとは』

「あんまし続かんけどな」

『ならば畳み掛けるまで』

「そらないわ」

 

 肩を竦めた直哉に自然が襲いかかり続ける。対して彼は必中効果をオートカウンターで相殺し続ける。花御の必中効果は、花が飛ばす呪力の籠った種子。

 落花の情は御三家しか知らない領域対策。故に秘伝。呪力を薄く纏い、必中の術式に触れた瞬間に呪力を解放し相殺する。

 

(領域を展開した以上。確実に殺す)

(だっっっる。それなりの呪霊やないかい)

 

 受けの姿勢を取った直哉。領域展開のメリットは術式が必中するだけでは無い。展開した本人の能力が著しく向上するという特徴もある。

 怒涛の攻めを経験と知識で捌き切る直哉。しかしその表情は硬かった。

 

『敵ながらお見事。しかしいつまで続けられるのか』

「……」

『ん? もしや、それを使っている間はあの高速移動する術式は使えない。若しくは使うことは』

「じゃかぁしい!! んなもんなかろうが、余裕なんじ」

 

 

 - ̀͏̗ ウェァハァ ́͏̖-

 

 

(なんやこの花ッ……)

 

 直哉の腹に口のある花が咲く。彼が呪力を練ろうとした瞬間に激痛が走る。思わず片膝をついてしまう。血が口の端から零れようが秘伝を解かないのは彼の実力。

 

『私の拳を当てたところに植え付けました。その花は呪力を吸って深く根を伸ばす。

 その守りを花が内側から喰い破るのが先か、私の必中が通り苗床となるのが先か……といったところでしょう』

 

 術式の開示。敢えて術式を説明することで、相手に理解させる代わりに威力を上げる縛り。この場合は術式そのものではなく付随効果の説明だが、同じく威力は上がっている。

 もし直哉が秘伝を解けば、種子に埋め尽くされ死ぬ。しかし秘伝に回している呪力で花は成長し続ける。

 

「ざけんなや 呪力がねれん ドブカスが……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「勝った思たか 詰めが甘いわ!!!」

 

『な』

 

 俳句もとい、短歌。

 直哉は花を掴むと力任せに引きちぎった。根の先には拳大の肉の塊。内臓も傷ついている。口から血が垂れる。

 さらに秘伝を、()()

 

「僕の術式は投射呪法。一秒を分割して動きを作り、刻む。んで作れば作るほど加速できんねん。あとは触ったやつは動き作れんと一秒止まる」

 

 直哉も術式の開示。

 瞬間、駆け出す直哉。一歩目からトップスピード。突発的な超加速は己も一秒フリーズする危険を孕む。しかし開示の底上げもあり、彼は賭けに勝った。

 領域内を縦横無尽に駆け回る韋駄天。

 

『まさか』

「呪力を吸って根を張るが先か、僕の速さで振り落とされるンが先かってとこやなぁ! 

時間かけすぎなんじゃボケェ!!!」

(止まんなや、僕の足。領域を凌いだ後にこいつを祓わなあかんねん)

 

 最早直哉には茶化す余力すらない。胞子は直哉の速さについていけず、根を張る前に振り落とされていく。しかし次の瞬間には呪力が切れ、種子に覆い尽くされていても何らおかしくは無い。

 

 

 

 

 

「あ?」

『!?』

 

 

 

 

 

 

 領域が崩壊する。

 花御の集中が切れたのでは無い。外部からの干渉によって世界が褪せる。

 

「雲丹頭」

 

 直哉の視界に映ったのは恵。

 領域は外からの攻撃に弱い。

 だが、一撃で粉々にする膂力は恵にはない。恵自身には。

 

(なんや、あの式神)

 

 それは異形だった。女型の虫に獣のような毛が生えた式神。

 魔虎羅を抜いた()()全ての式神がひとつになった形。

 

 嵌合獣 顎斗

 

 それは恵にとって切り札中の切り札。顎斗を失えば、術式を使えないも同義。つまり何がなんでも勝たなくてはならない。

 

「直哉さん!」

「花の呪霊や! 弱点は頭の角! 大地に気を配れ、種子は絶対に避けるんや!」

 

 術師の常識。領域展開後は術式が焼き切れ、一定時間使えない。花御は一時的な弱体化を食らっている。畳み掛けるなら今。だが直哉は瀕死。

 

「顎斗、治せ!」

 

(式神使い。しかも反転術式……厄介。だが、近づいてくるのなら好都合。この男を殺せばあの式神は消える)

(阿呆、何前出とんねん)

 

 一時的に始まった恵と花御の1VS1

 顎斗の尻尾が直哉の腹に触れる。沸騰するような音を立てて傷が回復していく。

 

「スゥゥゥゥゥ……ハァ」

 

 恵の口から零れる独特な呼吸音。式神使いは基本的に前に出ない。そのための式神。近接戦闘は二の次となる。

 故に。

 故にこそ。

 戦える式神使いはそれだけで強い。

 澄み渡る呪力。凪いだ体捌き。そこに個性は無い。受け且つ異形相手に限定された動き。丁寧に基本を積むことでさらに基本が乗る。

 直哉はそれを見た事がある。

 

(こいつ……! 黒閃をどっかでキメて来よった!! んであの刀捌き……ホンマにこいつはァ!!)

 

「治った。畳み掛けるで」

「はい!」

 

 捕えられないほどに加速した直哉の蹴り。

 正確に頭部の弱点を狙う恵の斬撃。

 帯電した顎斗の電撃。

 極めつけは顎斗の反転術式。出力こそ微々たるものだが、呪霊の花御にとっては存在そのものを減らされる。術式も未だ回復しない。

 敗北。

 その二文字が花御の脳裏にチラつきはじめる。

 

 

 

 

 瞬間、帳が消える。否、消し飛ばされる。

 

 

 

 遥か天空より地上を睥睨する最強。

 

 

 

 

(帳が! ……いえ、どの道撤退です。術式は復活しましたが、五条悟が到着した以上長居は命に関わる)

 

『さらば』

「まて……やぁ!!」

「逃がすか!」

 

 ❝大蛇❞

 

 恵は顎斗に大蛇を混ぜていない。花御に顎斗が全ての式神の集合体だと思わせるためのブラフ。

 大蛇が花御の前に現れる。

 

(新手の式神!? だが遅い)

 

「もういっぺん言うたろか。トロいねん、お前」

『な!?』

 

 肉薄した直哉が花御に触れる。きっかり一秒フリーズした花御を大蛇が捕え、空へと投げ出す。

 瞬間、宙に舞った花御を虚式が消し飛ばした。

 

 

 

 

 

 

 

 ★

 

 

 

 

 

 

「あんだけの力あって、なに、僕ん時は手加減してたんか?」

「刀は呪霊相手にしか使う気はなかったです。顎斗は虎杖が東堂に負けた時の保険でした。直哉さんに使うつもりでしたがその前に伸されたので」

 

 直哉と恵。先の戦闘でタッグを組んだ二人は揃って高専の食堂にいた。

 反転術式を他人に施せるのが家入硝子だけではなく、恵の円鹿も使えるために直哉は完治。ただし失った呪力が回復するまでの間、任務を受けないこととなった。

 丁寧な箸使い、一糸乱れぬ所作。普段の言動とのギャップに恵は少し面食らった。

 

(そういえばこの人、名家の出だった)

 

「にしてもまさか黒閃キメとるとはなぁ。逃げてる途中におった呪霊にラッキーパンチでも当たったんか」

「地面です」

「あ?」

「地面でも、壁でもいいから殴るんです。千回殴って一回でも黒閃が出ればゾーンに入れます。ゾーンになった瞬間、参戦するんです。そうすれば戦闘開始の時点で最強のコンディション。

 言わば低確率のドーピングです」

「……誰から教えてもらったん?」

「九十九さ……痛。なんで叩くんすか」

「どうしようもないやっちゃな。もうなんかあほらしなったわ」

 

 黒閃。出すのはかなり難しいが出せれば一時的にゾーンに突入することができる。出せない者は十年かかっても出せない。領域展開と違い、それ自体は呪力も消費しない。文字通りのラッキーパンチ。

 脳筋である由基は『当たらなければ当たるまで当て続ける』を地で実行する方法を確立。

 会話が途絶えたところに白髪目隠しが盆をもって現れる。そこには一人ひとつまでのスイーツが三つ乗せられている。今日亡くなった高専勤務の分だがそこら辺はドライ。

 

「悟君やん」

「直哉〜。恵の世話ありがとさん。隣いい?」

「もちろんええで、大歓迎や」

「対応が違いすぎる」

 

 恵がげんなりした。だがこうして食事を共にする時点で直哉は彼を認めている。

 

「忌庫から色々取られてさぁ。僕がいながらうんたらかんたらって、上がうるさいのなんの」

「何取られたん」

「呪胎九相図と、宿儺の指六本全部〜♪♪」

「五条家も今日で終わりか。遺言がてら呪霊消し飛ばした紫のあれについて教えてくれへん?」

「教えないよーん」

 

 五条家の相伝術式、無下限呪術。相伝故に術式の内容は漏れやすいが、最後に悟が放った虚式は秘伝中の秘伝。禪院家が知る由もない。

 

(って言いながら。一本か二本、隠し持っとるやろ。盗られたって言う方が楽やもんな)

 

「んで、何人死んだん」

「補助監督二人と忌庫番四人。呪物が盗まれたことは内密にね。ほら呪詛師が浮き足立ったら面倒だから」

「合点承知。食い終わったし帰るわ」

「最後まで見てかなくていいのー? 恵が寂しいって言ってるよ」

「言ってません」

「んじゃ僕はここらで」

 

 直哉は席を立ち、盆を持って振り返る。

 

壁。

 

(は?)

 

「直哉、息災か」

「巌勝……君か。びっくりしたわ。なんも食べへんの?」

「あまり腹は空いていない」

「そか。何やえらい学生服似合っとるやん」

 

 病的に白くなった肌、神器らしき刀、色の変わった瞳。

 これまでは植物のような感覚だった存在が、いつの間にか魔に近づいている。もはや彼は人ではない。などとツッコミどころ満載だったが何とか飲み込んだ。

 

「服は焼失した。焼ける方のな」

「まぁ服はよー破けるからな。火使う呪霊か」

「ああ。領域展開を使える呪霊でな」

「ほーん」

「反転術式が間に合った故、生身で受けきった」

「ん?」

「何、大焦熱の業火に比べればな」

「大焦熱って、大焦熱地獄のこと? なに、地獄にでも落ちたんかっちゅーて」

「……」

「……は?」

 

 直哉が無量空処を食らったかのような顔をする。巌勝も軽く失言したとフリーズした。彼は受肉するまでの時間、無惨達と揃って地獄にいた気がするのだ。岩の呼吸についてインタビューを受けたとか受けなかったとか。

 

「そういえば巌勝さん。この人津美紀のこと」

「待って。待ってや恵君。冗談やて。な?」

「……」

「……何。何が欲しいん」

「津美紀の入院代。原因の解明」

「僕に任しとけ。なんとかしたる」

 

 直哉はあっさりと快諾した。彼のような人間は己の命より重いものなどないのだ。




直哉
論外だけど育ちはいいから所作は絶対綺麗。本当に好きなった人に対しては、粗暴ながら蝶よりも花よりも丁重に扱うのかと愚考。

これからはまた三人組に焦点を当てた話に戻します。
良いお年を


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第拾参話 終わりの始まり

感想、評価、誤字報告ありがとうございます。
感想は隅々まで見ておりますゆえ、あと次から渋谷事変編ってことで


 ここは知る人ぞ知るラーメン屋。しかし最近はインターネットが普及しネットの声によって拡散され今や少し見つけにくいだけの店。色の薄くなったのれんに書かれている白い文字が目印。店内は店主が流すラジオとパチンコ帰りの客が作る狂騒に包まれていた。

 

「ラーメン一杯」

「私も同じやつ」

「餃子三つ」

「「「……」」」

 

 由基と甚爾と店主のジト目が巌勝に突き刺さる。ラーメン屋、しかも家系ラーメンに来て餃子となると何をしに来たんだと言われても何らおかしくはない。そんなものなど何処吹く風と向けられた視線は無視し頼みもしないメニューを見始めた。

 

「先の交流会、恵君の術式が裏目に出たね」

「術式が術式だろ」

 

 日付的には交流会を過ぎた秋。文字通り海外を飛び回っている由基がスケジュールの合間をぬって一日だけ帰国。それを機に集まろうということになった。久方振りの再会というのに集まる場所がいつものラーメン屋なのは腐れ縁ならでは。

 

「調伏するのが早すぎた。扱いきれてないんだ」

「経験ね」

「そ」

「最初からそう言え」

 

 ラーメンが二杯届く。豚骨醤油ラーメン。店の売りは肉厚のチャーシューと四つ入っている大きな半熟卵である。よって他の店よりも割高だがこの物量で黙らせる。また出汁を全て飲み干すことで次に来店した時替え玉が無料となる。こってりした出汁を飲み干せるのは若者ぐらいであり、よって客は必然的に大学生が多い。

 

 麺を顔に近づけた時に香る出汁に噎せ返る。深夜のラーメンは背徳感がブレンドされさらにうまくなるのだ。次の日に何も無い日であれば尚更。

 続けて餃子が届いた。小食だが巌勝はしっかりと手を合わせ頂いた。

 

「恵君は?」

「高専で寝込んだぐらいだ。今はピンピンしてる」

「煮込みうどん作ったげた?」

「なんで煮込みうどんなんだよ」

「熱出したら煮込みうどんだろ」

「熱出たことねェ」

 

 由基は無言で巌勝へ視線をやる。

 

「だってよ平熱40℃さん」

「どうしろと」

「マジで面白ぇよな。店のサーモグラフィーで一人だけバグみてぇな色してたし。それに平熱高ぇと寿命短いらしいぞ」

「「ふふ」」

「なんの笑いだよ」

「言ってなかったっけ、私たち寿命ないみたいなもんだからさ」

「……初耳」

 

 甚爾は素で面食らう。呪術師は一般より逸脱している。中でもな二人が輪廻の輪から外れたという事実。甚爾はほんの少し二人が遠い存在に感じた。持っていた箸を一旦置く。巌勝と一方的に肩を組む由基から目を外せばカレンダーが目に入った。

 

「そうか。俺は看取られる側か。早死したら天国で笑ってやるよ」

 

 徒人として死ぬ。己の髪が白くなっても並ぶふたりは今の姿のまま。いや、肉体の衰えが二人を遠ざけるかもしれない。だがそれもいいかもしれない。何かサプライズでも用意しておいてやろうと、甚爾は思った。

 

「お前、天国に行けると本気で思っているのか?」

「地獄はかなりきついぞ」

「だる」

 

 しんみりとした気持ちは吹き飛んだ。一人だけ老いるのは嫌だからいっそそれらしい呪具で輪廻の輪に蹴り戻してやろうと考え始める。おもむろにずずずっとラーメンを啜る。

 その勢いで油こってりの汁を飲み干した。それを見た由基はうへぇと顔を歪ませた。

 

「それ体に悪くないか」

「食いてぇもん食うんだよ。年取ってもな」

「ち、小さい頃は胃もたれしなかったんだけどな」

「餃子三つだけとはいえ、普通の食事は受け付けんか」

「お前らほんとに寿命無いんだろうな? 会話がジジババのそれだぞ」

 

 由基は固まる。歳の取り方など考えていなかった。己が星漿体とはいえ、健康寿命がどうなるか分からない。さすがに寝台に縛りつけられて介護されながらの数百年は辛いものがある。

 まだ現役、そう自分に言い聞かせ勢いで汁を全て飲み干した。腹に何か形容しがたいものが溜まる。飲み干したことをすぐに後悔した。

 

「恵と言えば、宿儺の器だったか。同級生にいただろう」

「虎杖悠仁ね。その子がどうかした?」

「当たり前のように言っているが宿儺とはなんだ。少し話したが性格は良いと言えるものではなかったぞ」

「平安の呪詛師。腕がよっつ、目もよっつ。口もふたつ」

「バケモンだ。一応人らしいけどよどう考えても呪術師するために生まれてきたようなもんだ」

「ほんとそれ。掌印も呪詞も余った手口でやりゃあいいんだから」

「手口が倍か……」

 

 巌勝の記憶によれば手足が多い鬼は少なからずいた。そもそも首魁が脳と心臓を複数持っているのだから気にしていなかったが器官や臓器が複数あればこと戦闘においてかなりの有利を取れる。

 巌勝も肉体改造で手や口を容易に複製できる。だが悲しいかな、巌勝の術式は掌印も呪詞も必要ない。

 しかし巌勝が血を分け与え、例えば五条悟のような強者を手や口が複数ある鬼にすれば最強で無敵の呪術師を作ることが出来る。

 

「双子が胎児の時に合体したってのが今のところ有力な説だよ」

「じゃあよ、キン〇マ四つあんじゃね」

「「……!」」

 

 甚爾は爆弾を投下。巌勝と由基に電流が走った。会話の流れが急激に変化する。由基は手を口の前で交差させ熟考し始める。

 巌勝が一言。

 

「いや、よもやすると男女の双子の可能性がある」

「その心は?」

「……口が二つある。つまり下の口」

「普段真面目なやつが下ネタ言うのおもしろ。ちょくちょく私たちに毒されてるね」

「ってことはあれか、股間に口があるから股間が喋るのか」

「位置的に竿の下だろ」

「口の上に竿があるのはキモイな。鼻みたいで」

「目はどこにあるのだ?」

「乳首じゃね」

「面長だな」

 

 この世の終わりみたいな会話を始める三人。一応由基は詳しい姿について正確な知識があるが悪ノリに乗っかる。

 

「デ〇ピサロじゃね」

「デ〇ピサロでは無いと思うな」

「デ〇ピサロとはなんだ」

「待てお前ら三つ目の口がありえるぞ」

「「?」」

「ケツがまだ残ってる」

「ホンモノの化け物ではないか」

 

 地獄絵図。小学生のような話題に大人の知識が入ればどうあれ会話は弾む。旧知の仲となれば憚る話題も無いに等しい。もちろん三人の声は店の喧騒にかき消されている。

 散々語り合った後、空になったラーメンを見て甚爾が話す。

 

「そうそう。近々、魔虚羅を調伏するから手伝え。んでもう終わり。恵に魔虚羅をやってこれっきりだ。嫁と津美紀と田舎にこもる」

「……」

「……」

「なんか言えよ」

「この流れで言うか」

「この流れでしか言えなかったからな」

 

 唯一この中で巌勝だけが頭に疑問符を浮かべていた。魔虎羅とはなにか。恵の術式に関係する何かだとは分かっているが、こうして甚爾が宣言するほどとなれば分からない。

 

「魔虎羅とは?」

「八握剣異戒神将魔虎羅」

「それはなんだ。式神か?」

「式神に決まってるじゃん」

「玉犬、蟆、鵺、万象、脱兎、大蛇、円鹿、貫牛、虎葬」

「……そして?」

「布瑠部由良由良八握剣異戒神将魔虎羅」

「術式変わったか?」

「それなー。仲間外れってかんじだよね。でも無下限呪術と六眼の抱合せを数百年前に屠ってる」

「……ほう」

 

 巌勝の目の色が変わる。知識として十種影法術が無下限呪術と六眼の抱合せと相打ったことは直毘人から聞いている。しかし蓋を開けてみれば死ねば二度と顕現できない変わりに強い式神を使役できる術式。多彩な行動が可能だが、逆に言えばその程度。とても最強レベルの術式だとは思わなかった。

 

 八握剣異戒神将魔虎羅。

 

 巌勝は考えを改める。つまりこの式神だけで最強。能力は後々聞くとして簡単に言えば五条悟レベルの強者を式神として扱える。この強みこそ十種影法術の真価。

 

「作戦とかはなし。初見の攻撃で仕留めるし恵はまた置物。俺一人で削り切る。欲しいのは二役。

 ひとつは成功失敗は兎も角瀕死になった時に反転術式をかける役。これは恵でいい。一応家入硝子も呼ぶ予定。治してまた後日やり直す。

 もうひとつは俺が失敗したら魔虎羅を殺して調伏を無かったことにできるぐらい強いやつ」

 

 由基と巌勝は笑った。それを見て甚爾も笑う。二人の笑みは獰猛的で心強い。甚爾が負けそうになれば嬉々として参戦するだろう。

 とても先程まで下ネタで盛りあがっていたとは思えないほど頼りになる二人であった。

 

「バトルステージだが」

「高専を使おう。天元の結界内ならどれだけ壊してもいい。結界に適応を使わせれば時間稼ぎになって万々歳さ。

 ちなみになんだけど日光は克服できた?」

「まだだ。あと一歩何か足りない」

「足りないんじゃねェ。失ってねェんだ」

「一理あるかも。呪力はマイナスのエネルギー。負であればあるほど強い。天与呪縛に限った話だとそうなるね。捨てれば捨てるほど強くなる」

「……」

 

 巌勝が目指すのは向こう側のその先。そこへ行き着くために捨てるべきもの。彼が刀を振るとき、そこに自分はいない。自分ですら不純物。感情を完全に殺し、流す血の一滴まで刀であり続ける。

 冷えた鉄の瞳が食べかけの餃子を写す。青い彼岸花を大量に摂取してから異常に低くなった食欲。そして人の血肉を欲する昏い衝動。しかしかの竈門禰豆子は人の肉を喰らわなかった故にそれに準じている。

 それでも足りない。

 

「捨て方が……分からん」

「ならまだ持っておけ。間違って捨てたもんがあったら俺が拾ってやるよ」

「かっこいー。淑女じゃなければキュンてきたかも」

「淑女」

「なぜそこだけオウム返しした?」

 

(捨てる。捨てれば得る。私にあるもの)

 

 縁壱。

 この居心地のよい空間。

 薬指の歯型。

 妥協。怠惰。錆。

 純物と不純物。その線引きは人と化け物を分ける。力の先には人としての幸せは望めない。それは巌勝本人が一番分かっている。彼は持たず生まれ、余分を斬り捨ててきた化け物なのだから。しかし捨てきれない自分がいる。徹しきれない甘さがある。

 

「ん? 何」

「……なんでもない。甚爾、明日だが」

「わーってるよ。前言った時間にな」

「何の話? 気になるから言いな。明日の海外キャンセルしてやるから」

 

 ❝血鬼術 強制昏倒睡眠・眼❞

 

 翌日は10月31日。渋谷事変が始まり、世界が終わる日。

 

 『然るべき時に然るべき場所へ向かう。このことは縛りを結んだ者以外に知られてはならない』

 謎の男とかわした縛り。それが示す日付は明日。巌勝の魂がそれを示していた。

 縛りの内容的に第三者が気づく。それだけで縛りを破ったことになる可能性がある。もちろん甚爾は例外。縛りは呪力に関連したものしか駆け引き出来ない。

 由基は何かあると気がついたらしい。縛りが働く前に意識を飛ばさせる。夢すら見せない。彼女は秒で気づき躊躇いなく己を殺すだろう。ついでに直近の記憶もなかったことにする。

 

「便利だな。お前が眠らさなきゃぶん殴ってた」

「殴って落ちる奴ではない。笑って殴り返されるぞ」

「違いねェ」

 

 

 

 

 

 

 ★

 

 

 

 

 などと話していたのがつい昨日。

 

「……マジで帳張られたじゃねぇか」

「ここまでが縛りだ。名も知らぬ呪術師と交わした縛り。時間帯も一致している。私がこの時代に生まれ落ちた意味が、今夜分かる」

 

 渋谷のビルの屋上にイレギュラー二人。本来介入どころか存在すらしていない男達。ドーム状に張られた帳。全てを包み込むかのような漆黒の球体を見つめる。すでに高専は気づき、行動を開始している。

 帳の見た目からして一般人を閉じこめるためのもの。こう言った場合総じて非呪術師の扱いは悲惨なものにしかならない。いわば人質か触媒かである。

 

「案外、死ぬために生まれてきたかもな」

「殺せるのなら殺してみろ。だがここに来た時点で縛りは果たされた。面倒事は避けられるが?」

 

 つまり、逃げられる。巌勝が甚爾を呼んだのは騙し討ちの保険。一人では初見の攻撃にどうしても遅れる。縛りが果たされた時点で同時に甚爾がここにいる必要もなくなったのだ。

 

「今日俺はいつも通り家を出た。朝帰りで作り置きの飯を食って今の今まで寝てた。んで明美に行ってきますのキスをしようとした」

「……ん?」

「そしたら明美が泣いてた。恵やオレや津美紀に死んで欲しくねェ。怪我して欲しくねェって。俺たちは普通じゃねェ。恵もオレも、津美紀ももう普通じゃねェんだ。だから間違ってんのは明美の方だ」

「………………お前が家に帰り、恵も呪術師をやめればよい。呪われた津美紀は禪院の跡取りが何とかするだろう」

「そいつが言うには呪いは明日で終わりだそうだ」

 

 あっけらかんと甚爾は言った。巌勝は呆れた。伏黒甚爾という人間はしれっと重要な情報を前にも言ったように話す。

 

「な訳がねェ。できすぎてる。似たような症状のやつが数百人。しかも解呪日は津美紀と同じ明日」

「尚更、今日何かが起こるな」

「オエッ」

 

 甚爾の体に芋虫呪霊が巻き付く。彼はいつになく本気だった。

 ここで津美紀の呪いを潰し、恵に魔虎羅を調伏させ、禪院を継がせる。気に食わないので禪院の屋敷を燃やして直毘人の金で立て替える。後は家族ぐるみで元禪院邸で暮らす。

 それが甚爾の思い描くアフターライフ。

 

「なんのつもりか知らねェが、全部ぶっ壊すぞ」

「無論そのつもりだ」

 

 太陽を堕としたように。因果を壊したように。

 戦国の鬼狩り、天与の暴君。並び立つ。




宿儺
キレそう


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第拾肆話 渋谷事変 開門

お久しぶりです。感想、誤字報告、評価ありがとうございます!


2018年10月31日19時ごろ

 

 東急百貨店東横店を中心に半径凡そ400メートルの帳が渋谷に下ろされる。悉くの光を吸収し黒く在る球体。その帳には一般人のみが閉じ込められ、術師は自由に出入り可能。帳の中心で何かあったのか縁まで逃げてきた一般人は口々に五条悟を呼んでこいと叫ぶ。

 これを複数の呪詛師による計画的な犯行と断定。術師側は一級術師を班長とした数班を手配した。

 

 ★

 20時39分。青山霊園。

 

 冥冥班

 メンバー。冥冥。憂憂。虎杖悠仁。もちろん一級は冥冥である。帳の外側にて待機を命じられた三人は時折雑談を加えつつ時間を潰していた。

 

「その烏って冥冥さんの術式っすか」

「ふふ。知りたいかい? でも……健気な学生に金銭を要求するのは胸が痛むね。いいだろう。同じ班になったことだし特別に教えてあげるよ。

 私の術式はね、烏を操る術式さ」

 

 術式の開示は呪術師にとって特別な意味を持つ。それだけで出力を底上げ出来るのだ。しかし冥冥の術式開示に術士歴が浅い悠仁はあまりピンと来ていない。憂憂が大事そうに抱える斧状の呪具こそが術式関係だと予想していたからである。

 

「……烏ぅ?」

「姉様の術式を知ることが出来たというのに、なんだその反応は」

「すげぇぇえええ!! 俺、冥さんに一生着いていきまス!!」

「よろしい」

「よろしくないよ?」

 

 憂憂。シスコン。彼女にとっての彼は荷物持ちであり、領域対策であり、利害関係のある他者である。本人もそれは承知の上で冥冥を姉と慕う。その程度の関係ですら冥冥にはかなり親しい部類に入る。

 

「みっちーも似た術式かな」

 

 ぴくりと冥冥の耳が動く。冥冥は巌勝の術式を知らないのだ。二人の仲は悪くない。戦闘狂は敵の領域にすら嬉々として突っ込んでいくため、彼女にとっては命を天秤にかけずに報酬を得られる相手。任務帰りには共に食卓を囲むことすらある。

 

「みっちー……継国先輩のことかな。どうしてそう思うんだい?」

「うぉえっ」

「ん、なにかおかしかった?」

「五条先生もそうだったけど、冥冥さんも先輩って言ってるってことは……」

「あの見た目でも私よりいくつか上だよ。確実に30は超えてるだろう」

「嘘お!? てっきり同年代かと」

「ふふ。若く見てくれているのは嬉しいけど女性に年齢の話はタブー。習わなかったのかい? 授業料を徴収しようかね」

「姉様に対する無礼の数々、許すまじ」

「す、すんませんした!!!」

 

 腰を90度どころか100度曲げて頭を下げる悠仁。良くも悪くも後輩らしい彼に冥冥は歌姫の姿を重ねる。

 

(つくづく、賑やかな後輩たちと縁があるね。私が後輩の時はこう見えていたのかな。まあ大目に見るとするか。先輩ならそうする)

 

 余談だが冥冥を一級に推薦したのは巌勝である。

 

「構わないよ。それよりも私の質問に答えて欲しいな」

「術式のこと? だってみっちーは烏と会話してたからさ」

「見間違えたんじゃないか? 彼に術式はないはずだよ。なしであそこまでやれるんだから、君も頑張ればああなれるよ」

「五条先生と同じこと言ってる。強いは強いんだろうけどさ、どのくらい強いかわかんないんだよ」

「ふふ────着信だ」

 

 冥冥の携帯が鳴る。悠仁は浮き足立つ。

 彼の特性からして待機を好まない。その善性は弱きを助け強きをくじく。間違っていない。だが正義の反対は悪ではなく別の正義であることを、彼は今日知ることになる。

 

「明治神宮前に帳が降りた。走るよ。ついといで」

「押忍!」

 

 冥冥班、突入。

 

 ★

 

 21時25分 都心メトロ渋谷駅 B5新都心線ホーム

 

 駅構内では全ての決着が着こうとしていた。否、着いていた。純白のホームに映えるむせ返るような血潮は人と改造人間のサラブレッド。立ち尽くす人々は蓬け、しかし深刻なダメージは負っていない。阿鼻叫喚の景色に似合わぬ静寂が場を支配していた。

 

「はあっ。はぁ……ふぅぅぅ……」

 

 そんな彼らの中心で息を荒らげる最強の呪術師、五条悟は特級を何体も相手にしながら戦い続けた。そして改造人間と呼ばれる人の成れの果てが入り乱れた瞬間に領域を展開。その時間、0.2秒。

 六眼も、領域展開後のために無下限呪術も使えない。彼は持ち前の体術と呪力操作のみでおそよ1000体の改造人間を5分足らずで殺したのだ。1秒に3体以上殺さなければ成り立たない事実。紛れもない偉業。

 

(改造人間は全て殺した。あとは特級。無量空処が効いている今なら瞬殺できる)

 

 

 獄門疆 開門。

 

 

 

「は?」

 

 

 

 振り返れば瞳。血塗れたそれがいっそう無念を曝け出している。

 獄門彊は高専の忌庫から盗み出された源信の成れの果て。その効果は条件が揃えば強制的に対象を封印するというもの。

 その条件とは、1分間対象をその場に居させること。しかし脳内時間での1分も可能である。先日の高専襲撃時に盗まれた封印に特化した呪具。それを五条悟が知らないわけが無い。

 

 

 

 

「や」

 

 

 

 

 そして悟の目の前に現れる親友本人。夏油傑。

 

(すぐ……る)

 

 彼の頭の中で疑問が浮かんでは消え、浮かんでは消える。なぜ急にいなくなったのか。なぜここにいるのか。なぜ今になって現れたのか。今すぐ胸ぐらを掴んで小一時間問い詰めたいと思った。

 手を掲げ屈託なく笑う顔はどう考えても本物。六眼で観測した事実は揺るがない。ならば──

 

「久しぶりだね」

「げ……なんでお前がいんだよ。助けろよ」

 

 最強が隣を任せる術師。ひいては親友。

 原作では己の手で命を奪ったのに生きているという事実との乖離から困惑していた。しかし此度の傑の扱いは行方不明。死体が見つかっていなかったこともあり、ほぼ完全に傑の生存を悟の脳が受け入れた。

 悟は口角を上げる。話したいことが沢山ある。新しい1年生が才能豊かなこと。おすすめのラーメン屋を彼の先輩が紹介してくれたこと。まだ傑の両親は彼を探していること。

 

「背中は任せたぞ」

「……」

 

 しかし彼らにはまだやることがある。悟は掌印を結び構えた。傑に呪霊をばら撒いてもらい、己は特級呪霊の祓除に徹するのだ。久しぶりの共闘。相手も不足なし。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 瞬間、獄門疆が悟を捕らえる。

 

「残念、殺したよ。

 このシュチュエーションと呪霊操術が欲しくてね。上手くいってよかった。漏瑚達も無事でなにより。花御がいない分、よく頑張ったね」

「……は」

 

 もはや悟の攻略は確定したものとして目もくれない。起き出した呪霊と労い合い始めた。

 夏油傑の死。その事実が悟の肩に重く伸し掛る。彼の死は心の底でどこか受け入れていた。しかし同時に生きていて欲しいと願っていたのも事実。故に嘘だとしても信じる。親友とはそういうものである。それは人が受け入れるべき弱さ。そこを突かれた。よく視れば中身が親友では無いことすら分かっていたのに。

 

(……)

 

 上げて落とされ残ったのは純粋な殺意だけ。親友の体を弄ぶ邪悪をこの手で誅したいという思い。獄門疆に捕らえられた今、それは叶わないが。

 

「君は封印され、夏油傑は私の体。うん、完璧。パーフェクト。

 いやー。やっと天内理子を殺せるよ! 同化に失敗したとはいえ、星漿体が生きていると万が一もありうるからさ。第二の天元になってもらったら困るんだよね」

「何ほざいてんのかわかんねぇけどぜってー殺す。俺を封印して終わった気になってるだろ。俺がいなくてもセンパイ達がいるからなあ」

「六眼が人頼みかい? 確かに私もあれがどこまでたどり着くか興味を持ってるよ。ただし術式を欠いている。術式さえあれば……タラレバを話しても仕方ないか」

「ひひひ」

 

 悟は笑った。傑が不可解な顔をする。

 

「何か面白いことでも?」

「そうか。お前がセンパイを受肉させたヤツか。ばっかでー。先輩は術式もってるぞ」

「何?」

「なんだおまえしらねーの? 先輩、領域展開できるけど

 ……ハハハハ!!! いい顔してるなぁ寄生虫! 俺一人にここまで頑張ったお前が! 先輩に勝てる!? 冗談は脳だけにしろ。中身は空っぽか?」

「獄門疆、閉門」

 

「ハハハハハハハハハ!!!!!」

 

 まるで悪者のように高笑いを残して消えていく悟。

 呪術界は五条悟のワンマンプレーではない。腐ってはいるものの、原作のそれと比べると新鮮も新鮮。悟が教師を志したのは学校という若人の迷い家が好きだったから。彼はそういう人間なのだ。

 だからこそ彼は1人では無い。彼が育てた若葉も、彼を育てあげた大樹もいる。

 夏油、否。羂索にとってそんなことはどうでもよかった。悟さえ封印できていればあとはどうとでもなるはずだった。実際彼の認識では巌勝は漏瑚以上、悟以下。尚且つ術式も持たないために領域対策は耐えるのみ。

 その前提が覆る。

 

「術式が付与? いや、六眼が言っている。術式は前からあったと考えていい。先天的か後天的かでだいぶ話は変わってくる。いつだ? 漏瑚の腕を奪ったのは純粋な技だった。ではあの無尽蔵な体力が術式? 1番ありうるのはそれか」

「夏油?」

「肉体強化の術式と仮定しよう。果たしてそれは兄弟どちらの術式だ? 双子による術式と呪力の乖離はよくあるケース。天与呪縛の可能性も捨てきれない。だが、呪いのない環境で前世を過ごしてきたから安易な定義付けは通用しない。例えば双子とも術式を持っていたのなら。魂が二つあったのなら。

 それはまるで宿」

「夏油!」

 

 羂索は我に返る。周りを取り囲む呪霊達が心配そうに己を囲んでいる。呪いらしからぬ人情に苦笑した。かなり信頼されているらしい。

 

「……すまない。耽ってしまった」

「らしくないね」

「うん。焦っていた自分に驚いた自分に驚いた自分に驚いたよ」

「夏油が壊れちゃった」

「壊れた? なんかそういうデータとかあるの?」

「おい。先程から何を言ってる」

「ごめんごめん」

「……」

 

 羂索は少し逡巡する。やる気のない脹相は兎も角、漏瑚と真人はかなり消耗している。花御を埋めた分、過重労働になってしまったのだ。安く見積って万全の半分。領域を展開すれば削り切り、取り込めるかもしれない。取り込んだら真人の術式を発動。そのまま高専に行って天元を取り込む。

 

(やめておこう。せっかく大詰めなんだ)

 

 だが、ここで賭けに出るほどギャンブラーではない。石橋を叩いて渡った千年を一時の好奇心で無下にする訳には行かないのだ。

 すると真人が笑って話し始めた。

 

「夏油、五条悟は封印したしもういいでしょ、虎杖殺しても。宿儺はこれの保険って言ってたけど成功したんならもういらなくない?」

「駄目だ」

 

 羂索は真人の提案を一蹴する。強い口調だったので一瞬真人が呆ける。今羂索の頭はかなり回転している。五条悟が頼る程の存在に対処しなければならない。

 

「アレが術式を開花させている以上、保険がいる。プラン変更だ。宿儺を起こすよ。漏瑚、指を悠仁に食わせて。私はここで獄門疆を見る。

 真人の言う通り、元々宿儺は封印に失敗した時の保険だったけど……やっぱり備えといて良かった」

「お、おい夏油。まさかとは思うが」

「勘だけど継国巌勝が渋谷に来ている。君たちにとっては三つ巴の鬼ごっこだ。

 彼に見つからないように、宿儺の器を見つけて指を食わせる。器はきっと継国巌勝を探しているだろうから器と巌勝が合流しても負けだよ。一応呪詛師にも応援を頼むからね」

 

 漏瑚の右腕が疼いた。

 今もなお続く痛みが脳裏に思い起こさせる。

 

 

《は! は! は! は! よいぞ!! まさに地獄の業火なり!! 

 

 その身を紅蓮に包み、炭化と再生を繰り返す肉体を動かし呪いへと迫る。口元に悪辣な笑みを貼り付け、瞳孔の細い瞳は対象を獲物としてしか見ていない証。

 鬼だ。鬼がいる。魑魅魍魎の王。御伽噺の悪役。人の意思から産まれ落ちた呪霊とはまるで違う。圧倒的な個。それが鬼。

 一歩、鬼が歩みを進める。

 一歩、呪霊が後退る。

 領域の中だと言うのに簡易領域すら展開せず、術者に向かい続ける。

 

「お前は……何だ」》

 

 

「俺が触れれば勝ちでしょ」

「はい。甘ちゃん」

 

 ピシッと羂索から向けられた人差し指を不満そうに跳ね除ける。

 

「なんだよ」

「人じゃない、鬼なんだ。伊達に千年以上前から悪の象徴してない。魂の強度で言えば……君が返り討ちにあった宿儺より上だよ」

「へ?」

「呪いの王って言われても宿儺は人間だからね。

 対してあれは魂が違う。発生からして歪。何から生まれたかすら定かじゃない。鬼の魂を唯一適合する肉体に宿し、人に格落ちさせたのは良かったんだけど。なぜか肉体もまた鬼に戻っている。人として肉体を殺すんだ」

「なんでそんな奴が俺たちの敵なんだよ。境遇的に味方だろ」

「ははっ。それ言えてる」

「……機嫌いいね」

「もちろんミッションコンプリートしたからさ」

「それだけじゃない気がするなー」

「さあね」

 

 羂索は鬼の発生原因についてあまり知らない。首魁が同じ時代の人間と言うくらい。青い彼岸花の存在すら分からない。呪いとは関係ないが、より魔に近い存在だということだけ。

 故に鬼は羂索の興味の対象であり続ける。

 

 

(……ああ、素晴らしき哉。本当に巌勝、君を誘ってよかったよ。彼の生まれからして宿儺もきっと気に入るさ。サイコー。神。ワクワクしてきた。

 みんなでやろう♪ 死滅回游♪

 

 平成、泰平の世に君臨した鬼。

 鬼は増える。その血を他者へと与えることで無限に増やすことが出来る。かつての首魁は鬼舞辻無惨だが、今は継国巌勝。彼が望めば一夜にして鬼の大群すら生み出せる。先代がそれを行わなかったのは裏切られる恐怖から。今の巌勝にそれはない。

 鬼殺隊の全盛は戦国である。ならば鬼の全盛も戦国である。

 羂索の手から離れた混沌はいつの間にか彼が予期せぬ方向へと向かっている。行動の全てが好奇心の羂索にとって嬉しい誤算というもの。

 

「我らは呪い。宿儺が起きれば確実に我らの世が来る」

「俺バカだからわかんないけど、宿儺って呪詛師であって呪霊ではないからさ。俺たち祓われちゃうんじゃない? え? なんで俺たち今から俺たちを殺すやつを迎えに行くの?」

「……」

「うそうそ冗談。100年後の荒野云々でしょ」

「わかっているのなら良い。だが、指は全てワシが持つ。もしお前が器を見つけたのならワシを呼べ」

 

 漏瑚は既に己の命を天秤にかけている。だが今になって仲間の命を天秤にかけるのを躊躇った。まるで無鉄砲な孫を気にかける爺のような人間らしい感情。

 

「そうさせてもらうよ。ありがとうね」

「ふん」

 

(はは。なんか言ってら)

 

 羂索は未来を妄想する呪霊達を冷えた目で見つめる。明日を他者へ委ねることのなんと怠惰なことか。やはり人から生まれた呪霊は人の範疇を出ない。人の体は土に還り感情は呪いに転ずる。転じた呪いの行先は無。何も残さない存在が成すものに興味は無い。

 

(始まる。人の全盛、平成。呪いの全盛、平安。鬼の全盛、戦国。

 さあ、混沌を始めようか)

 

渋谷事変、開幕。




気づいている方は気づいてると思いますが、バチバチの戦闘よりもじゅじゅさんぽみたいな日常系を好むオタクです。
つまりもっとキャラと絡ませたい


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第拾伍話 糾合

感想、誤字報告、評価ありがとうございます!
高評価を入れてくださった方がいらっしゃって日刊ランキングにのることが出来ました。……ので調子に乗って筆が進みました。


「五条悟が封印? 何を根拠にそんなことを?」

『根拠は無い。あえていうなら俺がココにいることダ。俺は既に10月19日、真人という特級呪霊に殺されていル』

 

 2級呪霊 蝗GUYを圧倒的フィジカルで祓った虎杖。帳の楔も砕く。

 冥冥と再合流し地下鉄から渋谷駅に向かい始めたのも束の間、メカ丸の小型デバイスが悠仁の耳に吸着する。彼が言うには彼の本体は既に死亡しており、夏油傑が渋谷で起こす企みを阻止したいとのこと。そこで一番内通者である確率の低い悠仁と冥冥のコンビに白羽の矢がたった。

 メカ丸の説得もあり、五条悟の封印が確定したものとして冥冥と悠仁の2人に伝えられる。

 

「ふーん。まあ、信じてあげようじゃないか」

『……やけにあっさり信じるんだナ。もう少し疑ってかかると思ったガ』

「聖人の悪行も、悪人の善行もどちらも明確な裏切りだからね。贖罪にはいい機会だろう?」

『お見通しカ』

「飲むと口が軽くなる後輩がいるからね」

 

 冥冥の価値基準は用益潜在力、つまり金。彼女にとって命の重さ、価値はそれに比例する。金を得るには目利きも舌の回りも必要。最低限の犠牲で最大限の成果を得るために彼女は呪い以外も嗜む女である。

 

『今渋谷には四枚帳が降りている。

 A、一般人を閉じこめる帳。

 B、五条悟を閉じこめる帳。

C、術師を入れない帳。

 D、一般人を閉じこめる帳、ダ

 

 今、冥冥と悠仁のいる地下鉄の線路はCとDの間。つまり先に帳を解かないとC以上に侵入は出来ない。一度地上に出て帳を破る必要がある。

 冥冥は懐から携帯電話を取り出した。

 

「先輩と連絡を取った方がいいね」

「先輩って」

「継国先輩。君はみっちーだったか。私の烏が捉えたよ。……電波も遮断されているようだ」

「え! みっちーきてるの!? 激アツじゃん!」

『盛り上がっているところ悪いガ、俺は反対だ。一番怪しい。そもそもなぜこのタイミングで渋谷に来たのか謎だ。あまりにも出来過ぎている。主犯の一人でもおかしくナイ』

 

 地下線路の上で話し合う二人と一機。メカ丸単体の戦闘能力は皆無なので二人の協力が得られなければ渋谷は敵の思うがまま。五条悟奪還どころか術師全滅も有り得る。

 メカ丸の言うことは尤も。彼にとって呪術師なりたての悠仁と索敵に長けた冥冥が明治神宮前に派遣されている事実は二人が内通者ではないと信用するに足るものである。反して巌勝は五条悟よりも術師としての歴が長く素性があまり割れていない。そんな人間が偶然渋谷に現れたとは言い難い。

 

「でも戦力的に先輩が味方だとすれば心強い。そして訂正を。伊達に10年以上あの人の下で後輩してない。主犯ではないよ。賭けてもいい」

『だガ』

「訂正を」

『……すまなイ。早とちりした』

「よく出来ました」

 

 少し濁りが見え始めた冥冥の瞳に気圧されてメカ丸が言い直す。しっとりという言葉では生温い湿度のこもった空気に悠仁は距離を置いた。一歩間違えれば彼も地雷を踏んでいたかもしれない。

 憂憂はただムスッと頬を膨らませていた。

 

『……では虎杖は明治神宮前に戻り、地上から渋谷に向かってくレ。五条封印を術師全体に伝達、五条奪還をコチラの共通目的に据えロ』

「おう!」

『冥冥は……』

「分かってる。お客さんの相手。行きな虎杖君。私と憂憂が殿を務めよう」

「うす」

 

 冥冥班、動く。

 

 

 

 ★

 

 

 

 21時22分。

 

 五条悟の封印直後。改造人間は一般人を襲い始めた。呪術師達は即座に救出を開始。同時に降りた術師を入れない帳の解除を並行しながらの任務遂行となる。

 

 猪野班

 メンバー 猪野琢真。伏黒恵。

 帳を目の前にして二人には命令が下された。すなわち、全ての一般人を救出し事態を収束させろと。しかし互いにほぼ初対面なので意見交換がてら作戦会議と洒落こんでいた。

 彼らはまだ五条悟の封印を知らない。

 

「はい」

「お、悪いな……ってブラックかよ! 糖分ゼロでやってけねぇって! 呪術師は脳が命なんだぞ!」

「この状況で後輩パシらせるのもまぁまぁブラックだと思いますけど。っていうかなんで俺たち2人だけなんですか」

「そりゃ、お前に一級相当の実力があると認められたからじゃね。この前特級も相手にして五体満足で帰ってきたらしいじゃねぇか」

「そうですけど」

「くぅぅぅ!! 後輩に追い抜かされるのは慣れねぇなあ。ここいらで武功挙げて一級術師の仲間入りだあ」

 

 拓真はちびちびと缶コーヒーを飲み始めた。恵は仄暗い蛍光灯に誘われた虫から逃れるように数歩動く。

 一級術師になるには同じ一級術師からの推薦が必要。そしてまた違う一級術師の監視の元、一級相当の任務を受ける。実力が認められれば晴れて一級術師を名乗ることが出来るのだ。

 ちなみに特級術師はその条件から斜め上に位置づけられている。いわゆる規格外のレッテル。つまり、一級が最高位の術師と言っても過言では無い。

 

「猪野先輩は誰に推薦貰うんですか」

「俺? 俺はコネとか特にねぇからな。今んとこ夜蛾サンに頼もうかなとおもってるぜ。そういう伏黒は?」

「俺はもう決めてますよ」

 

 恵は少し投げやりに答えた。考えるまでもない。

 子供の頃から家族を守ってくれた存在。刀を教え、父親曰く母親の恩人でもある人物。恵にとって、認めてもらいたいと思うのは当たり前の感情である。

 

 

 

 

 

ブラザー!!! 

 

 

 

 

(黙れ)

 

 イマジナリー東堂を押しのけて心を入れ替える。渋谷で何が起こっているか定かではないが確実に大きな何かが起こっている。半端な気持ちで向かうことは出来ない。

 因みに既に東堂らによって推薦は行われているため手遅れである。

 

「巌勝さんに頼もうと思っています」

「そいつってあのドMバーサーカー? 敵の領域に突っ込んでいくっていう」

「……行きましょう。手柄を横取りされたくないです。敵も無策では無いでしょうが」

「お。へへっ……んじゃあいくか!!」

 

 何はともあれ猪野班、突入。

 

 

 ★

 

 

同刻、21時22分。

 

 禪院班

 メンバー 禪院直毘人。禪院真希。釘崎野薔薇。

 この班も五条悟の封印を知らない。ただ待機を命じられていた。改造人間が一般人を襲い始めても班長たる直毘人は何処吹く風なので動けなかった。術師至上主義の禪院らしい判断と言える。

 しかし真希は兎も角、野薔薇の冷たい目線に重い腰を上げた。男は誰であれ、年下の女性に使えないやつ認定されるのは堪らない。それでも最低限の動きしかしない。

 

「真希さん」

「言うな。これでも実力は確かだ」

「あぁ〜? 喧嘩売ってんのか真希ィ!? 背ぇばっかり高くなりやがってああ?」

「真希さん」

「言うな。電柱を私と勘違いしても禪院の現当主だ」

 

 飲んだくれ。酔っ払い。

 とても特別一級術師にみえないのがアルコール独特の刺激臭を振りまきながらふらふらと前を歩く直毘人。それに追従するように野薔薇と真希は進む。

 

「そんなんで禪院はやってけんのかよ」

「ははは。放逐されたというのに何を言う」

「勝手に没落されても後味悪いんだよ」

「ちぇっ、めんどくさあい。あのバカ息子に聞け」

「直哉は何してんだよ」

「甚爾の娘に付きっきりだ。気色悪ぃ」

「東堂と言い、姉弟揃ってゲテモノばっか集めるじゃねぇか。

 そういや野薔薇、恵の姉ってどんなだ。やっぱ頭爆発してんのか? 目つき終わってんのか?」

「あー……」

 

 野薔薇はたどたどしく口を動かし目線を逸らす。

 彼女は恵から姉がいることは聞いていた。しかし血の繋がりはない。本人は気にしていなさそうだったが、野薔薇にもデリカシーはある。当人が居ないところで込み入った話は気が滅入る。どう説明しようか一瞬考え込む。

 

「み、見たことないっすね。でも呪力はな」

「血ぃなど繋がっておらん。あれは甚爾が拾った(みなしご)よ。呪力のじも知らんくせにあいつが家に迎え入れたせいで呪詛師にとってはいい人質だ。予想通り去年呪われおったしな、笑えるだろ?」

「「クソジジイ」」

 

 野薔薇は理解した。直毘人は凡そデリカシーと呼ばれるものを持ち合わせていない。真希も彼の言葉でなぜ野薔薇が言い渋ったのかも理解した。その上で両者の矛先は直毘人へ向かう。

 女性陣からの目付きがさらに鋭くなるが、彼は面倒くさそうにため息を吐いた。

 

「どぉ〜せ五条悟が何とかやるだろ。だが五条悟が着いてそこそこ経ってからの〝術師を入れない帳〟だ。奴の身に何かあったんだろうて」

「やけに買ってんじゃねぇか」

「俺より速いからな。それぐらいしてもらわないと困る」

 

 そこへ真希の携帯が震える。禪院班に突入の命令が届いたのだ。

 

「お怒りだ。油売ってないでさっさと突入しろだとよ。介護しねぇからな」

「だる。もっと老骨をいたわらんか」

「真希さん。行きましょう」

 

 禪院班、ぐだくだと突入。

 

 ★

 

 同刻、21時22分

 

 日下部班

 日下部篤也を班長とした班であるが、班員はパンダのみ。班というよりはタッグ。猪野班と同じである。

 

「虱潰しに捜せよ。マンションの一部屋一部屋しっかりとな。ひとりとして見逃せないからな」

「らじゃー」

 

(って言って、俺は帳に入りたくないだけなんだけどな。まぁ一般人の捜索してるんだ文句は言えまい)

 

 日下部篤也は慎重な男である。そして何よりも己の命を優先する男である。こう聞くと薄情な人間だと思われるだろう。しかし仲間を見捨てられない人間味、筋の通った信念、それでいて任務は抜かりなく熟す手腕は彼を一級術師へと押し上げた。

 

(ヒカリエには恐らく特級がうようよいやがる。化け物共の相手は他の奴らに任せるか。にしても後手に回りすぎだろ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 日下部班もほかの班と同様に命じられたのは一般人の救出。しかし彼は改造人間の討伐では無いことを逆手に取り、確率の低いマンションを捜索する。理由はもちろん命を懸けた戦闘をしたくないから。後輩であるパンダにはかこつけて説得し顎で使う。

 

「ぼちぼちと目をつけられないように頑張りますか。二人でできることなんて限られてるしな」

 

 コロコロと舌で棒付きキャンディを転がす。ただ帳方面への警戒を怠ることなく構える。

 日下部にとってここは身の丈を知らない者から死んでいく世界。例え知っていたとしても時に報告と異なる呪霊を相手取ることも稀では無い。今回の事件は一級ですら荷が重いレベルだと彼は踏んでいた。そしてそれは事実である。

 

「篤也ー。女の子みつけたー」

「まじか。ほんとに居やがった。夜蛾サンとこまで運ぶぞ」

「すぐそこだけどね」

「ひとりぼっちはかわいそうだろーが」

 

 日下部班、突入済み。

 

 ★

 

 帷の外。ひたすらに携帯電話と対面する男が一人。彼の名前は伊地知潔高。呪術師の任務を支える補助監督の一人である。彼は補助監督のまとめ役と言っても過言では無い。現に現地の司令塔として補助監督らをまとめあげているのは彼なのだから。

 

「新田さんはもう一度帳の外へ…………」

 

「~♩」

 

 そこに鼻歌交じりに忍び寄る死の影。伊地知は気が付かない。呪詛師の術式も関連しているのだろうが。

 

「今から補助監督らで連絡網を確立…………」

 

 伊地知が見誤っていたのは渋谷事変の規模。まさか呪詛師が補助監督を殺して回っているなどと思わなかったのである。

 呪詛師は無防備な背中目掛けて呪具を差し出した。

 

 

「えいっ!」

「ひぃっ!?」

 

 

 

(あれ?)

 

 呪詛師が受け取った感触は肉を断ち貫く柔らかさではなく、鉄を貫こうとした反動。彼が刺し貫く筈の冴えない補助監督は情けない声を零しながらも無傷。

 己が振りかざした呪具の先には刀。ちょうど差し込むように殺されている。

 

「呪詛師だな? 名を名乗れ」

「ひいっ!」

 

(こいついつの間に!)

(五条さんの先輩! なんでここに……!)

 

 天から響く声にギョッとしたのも束の間。今度は呪詛師の方が情けない声を出す番だった。呪具を持った片腕を捕まれ宙吊り。呪具を振り回そうにも関節が曲がらず溺れるように藻掻くだけ。

 巌勝は任務地へ走って向かうために補助監督との繋がりが薄い。しかし補助監督並に任務報告はしっかり熟すため、任務を渡せば後処理済みで返ってくる。つまり補助監督の間では仕事が楽になるレアな人物という認識。

 

「……ありがとうございます継国一級術師。そちらの方は私が情報を引き出し……」

「なんてね、簡単に捕まらないよーん!!」

 

 春太はわざと呪具を離し、捕まっていない方の手でキャッチ。躊躇うことなく切っ先を巌勝に差し出す。至近距離で振り上げられた呪具に巌勝は不動。

 巌勝は刀を抜いている。侍たる己に牙を剥いた敵を生かすほどぬるま湯に浸かっていない。まして最低限の礼儀たる名乗りすら無視する侮辱。

 

「……」

 

(空が回って……え?)

 

 するりと、風に吹かれたように頭が落ちた。

 呪詛師の本名は重面春太。彼の術式は『日常の小さな幸運を貯め、身にかかる不幸な現象を肩代わりする』術式である。

 しかし幸運にも限度がある。

 鬼の首を切ることに特化した技が人間一人の首を斬り損じる訳が無い。

 

「なんだよ。絞ったら吐いたんじゃね」

 

 釈魂刀を肩に担ぎ現れたのは甚爾。歩道橋の手すりに立っている。天運を盾にした死者を、天運を捨てた生者が見下ろす。もとより春太の生存は絶望的であった。

 

(昔高専に来ていた恵君の父方!)

 

「これ程大規模な計画を組み立てる奴だ。有象無象など捨て駒だろう。それに、呪詛師はこれ一人ではない。先に行け、私はこれらを殺して回る」

「はいよ」

 

 甚爾は釈魂刀を格納呪霊に仕舞い、飲み込んだ。そして音もなく去っていく。彼にとって一般人を入れない帳も、術師を入れない帳も、五条悟を閉じこめる帳も関係ない。圧倒的な〝個〟であるが故。

 巌勝は死体を検分しようとした伊地知を手で制し、春太の死体に指を突っ込む。

 

「⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎!!」

「ひえぇ!?」

 

 口どころか首自体がないので切り口から声にならない叫びが漏れ出る。伊地知は春太に殺されかけた時よりも大きな叫び声をあげた。尋常ではない痙攣を起こしのたうち回ること数秒。

 やがて全身の肌が赤黒くなるとゆっくりと立ち上がった。肉がひきちぎれるような音を立てて首が再生する。

 そこに居たのは重面春太ではない。一匹の鬼である。

 

「そこの男を守れ」

『おっけー』

「な、何を」

「伊地知殿。それは護衛だ。好きに使ってくれて構わない。用済みになれば〝死ね〟とただ一言命じるだけでいい」

「は」

「失礼する」

『行ってらっしゃーい』

 

 これにて全ての班と術師が帳の中へと入った。魔境と化した渋谷へ、まだ何が起きているか分からないまま。

 

『見て見て。前世の俺の首。ほらジ〇ッドみたいでしょ。ありゃ、ポ〇モンわかんない? じゃあこっちの方が有名か。一回首を落として……』

『『サ〇ンドラ!』』

「……あ、あはは」

 

(どう報告しましょう。……うう、胃痛が)




基本的に場面の切り替えはアニメと並行しています。


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