願わくば、意味のある死を (虚憂)
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プロローグ:怪物の原典(はじまり)
そうして俺は、私になった


「……」

 

 

 ……?

 俺は今、何をしている。

 なんで目を瞑って寝てるんだ……?

 

 

「……」

 

 

 目が開かない、それだけで無く、体も上手く動かせないみたいだ。

 そもそも俺、何してたっけ……?

 ……頭にモヤがかかってる、ってのはこう言うことか、鬱陶しいな、これ。

 

 

「し、ご……と……」

 

 

 仕事、そうだ仕事だ。

 色々と黒い仕事場だが、俺はそこでの業務を終わらせて……どうなった?

 後頭部への圧迫感がある、つまり……俺は倒れているのか、仰向けに。

 

 

「……ぅ……」

 

 

 ……倒れたのか?

 いや、意識朦朧とするほど何かをした覚えは無い、いつも通りの残業だった、その後、光が俺を……光?

 

 

「……」

 

 

 そうだ光だ、通路の向こう側に紙袋があって、それが光ったと思えば、轟音が響いて……そして俺は、赤い炎に……。

 ……。

 何故、意識がある?

 生き残っていた?

 いや、曲がりなりにも爆弾で、しかも強力そうなソレの爆心地に居た俺が、生きているとは思えない。

 

 

「……あ、おい……」

 

 

 ましてや、瓦礫の中にあるはずの俺の体が、青い空を拝めるか?

 否だ……やっと開けた目で、己の異常性を感じさせられるとは思わなかったが。

 

 

「……どこ、ここ」

 

 

 口の方も上手く動かせない、と言うか声が高い。

 子供の音域、と言い表せる高さ、動かしにくいが無事そうな手足……まさか、いや、あり得んだろ。

 

 

「おき、られない……」

 

 

 発音できるし赤ん坊とかそのレベルじゃ無さそうだが……なんだこのもどかしさ。

 肘を支えにしたいのに、上手く乗せられない。

 

 

「……ぁ、でき、た」

 

 

 よし!

 起き上がり、周りの光景を見回して……。

 ……え。

 

 

「なに、これ」

 

 

 集落、と言うには文明が進み過ぎていて、都会、と言うには少々劣化が酷い。

 何の?

 ……無論、そこに佇む、建物の。

 

 

「……なにが、あった?」

 

 

 ひび割れ、今にも落ちそうな看板には、使い慣れた日本語が書いてある。

 この場所は日本、である事は間違いない、のだが。

 建物はボロボロで劣化していて、ソレを覆う様に植物が生い茂っている。

 

 この状況は何なのか。

 戦争……にしては、ミサイルなんかが爆発したような痕跡が無い。

 ならば地震……にするには、断層とか倒壊した建物が少ない様に感じる。

 つまり……何も分からない。

 今、俺一人で考えても無駄だな。

 

 

「……じょうきょう、かくにん」

 

 

 

△△▲△△

 

 

 

「……やっぱり」

 

 

 服屋……だったのだろう場所の、自身を写す役目を辛うじて残していた鏡で、自身を見て、今の状況に確信を持てた。

 長く伸び切った灰色の髪、こちらを見つめる青色の瞳、その様はさながらお姫様、か?

 

 

「……」

 

 

 いや、冗談じゃねぇ。

 俺、男なんだが、だったんだが。

 見知らぬ場所に、見知らぬ容姿の自分、そして直前の出来事。

 何となくだが察しが付くぞ?性転換、TS転生とか言うジャンルじゃねぇのこれ?

 

 

「……」

 

 

 ……。

 落ち着け俺、パニックになった所で何も変わらん、取り敢えず鏡を見て自身の事を知れ。

 

 

「……かわ、いい」

 

 

 自画自賛だが、自賛だけども!

 悲しいかな、己の容姿は、女性としてはとても優れている。

 

 その他……は、何歳だ?

 五〜八歳か、その辺りだろうか、近くの男性マネキンの腰よりちょっと高い程度の身長だから……うん、その辺りだろう。

 服装は見るまでもなく傷だらけ。

 だが大きな怪我はない、多分中身も大丈夫だろう。

 

 

「……すりきずに、きりきず……くらい?」

 

 

 あんな所で倒れてたにしては傷も少ないし……どうなってるんだ、一体。

 そんな事を考えていたら、何かが俺の体を揺らし始めた。

 

 

「……なにこれ……あしおと?」

 

 

 一定の間隔で響くソレは、さながら何かが大地を踏み締める様であり、そしてその音の鈍さは……人間には出せない、大型の物である事を示していた。

 

 

「……ばけ、もの……」

 

 

 普通ならあり得ない、と自分自身で否定している訳だが。

 あり得ないのは自分の体や今の状況も同じである。

 ……大きめのゾウでも歩いてるんなら、まだ良いんだけどな。

 

 

「……どう、しよう」

 

 

 発生源は店の外だ、このまま店の中に入れば隠れる事は簡単、だが。

 

 

「それだと、なにも……」

 

 

 情報が無い、食料も。

 衣服や住む場所は、今は度外視しなきゃならないが、食だけは確保しないとだ。

 件のバケモノがすぐに居なくなるのかも不明、ずっとそこにいるかも知れないのなら今動いた方が賢明、決まりだ。

 

 

「……いくしか、ない」

 

 

 

△△▲△△

 

 

 

「……おお、きい……」

 

 

 いやマジで、家ぐらいあるなアレ。

 大きい手足に、思わず触ってみたくなる体毛、そして鋭く光る牙のような物……原種であるオオカミはあんなんだったんだろうか。

 

 ……いや、もう少し可愛げがあるだろ、うん。

 あんな厳ついオオカミはなんか嫌だ。せめて凛々しくあってくれ。

 そんな事言ってる場合でもない、何だあの大きさ、成長期どころの話じゃないぞ。

 

 ……そんな事を考えていた所為か、この時の俺は、背後に迫る誰かに気付かなかった。

 

 

「……とに、かく……いきのこらない、と……」

 

「そうだな、生き残ると言うのは大切な事だよ」

 

「!?……だれ……!」

 

「誰、ね……ソレはこちらのセリフだよ、少女」

 

 

 俺の後ろに居たのは、大柄で、顔の傷が特徴的な男だった。

 

 

「……まだ、こんな所に生き残りが居たのか……全く、運が良いのか悪いのか……」

 

「っ……こた、えて……!」

 

「……先に問うたのは少女、だったな……ふむ、私は……何だろうな?」

 

「……」

 

「失礼、ふざけているわけではないのだが……最近自身の存在に疑問が生じてね……自分探しを兼ねて徘徊していたのだよ」

 

 

 何だ、この男……と言うか名前……あ。

 

 

「……さて少女、君の名前は何かな」

 

「……しら、ない……ぜんぶ、わすれた」

 

 

 嘘じゃ、ない。

 この体の名前は知らないし……その、恥ずかしながら……自身の名前も思い出せない。

 

 

「ほう、では少女(キミ)と私はお揃い、と言う事か」

 

「いっしょ、に……しないで」

 

「……そうだな、どうやらキミの方が深刻な様だ、失礼した」

 

「……」

 

 

 怪しい。

 こんな場所に一人で……と言うのは俺にも当てはまる、が。

 この男は俺と違い服装もしっかりしてるし、口ぶりからして最近まで何処かで活動してた、みたいな事が聞いて取れる。

 

 

「……ふむ」

 

 

 どうするべきだ、俺は。

 逃げるべきか、だがあのバケモノが居る以上大きな音は立てたくない。

 立ち向かうにも、大の男と子供の俺では勝敗は目に見えている。

 

 ……?

 ……なんか、頭がふわふわして……。

 

 

「……すまないね、本当に……見つけてしまった以上、見逃すと言う選択肢は、私……いや、我々にはないんだよ、少女」

 

「ぅ……ぁ……」

 

 

 ……ぁ、これ、やばい……やつ……。

 

 

「せめて、キミが幸運である事を願うよ……本当に」




タグのいくつかは保険を兼ねてます。
あと駄文です、タグに追加する必要がありそうな点とかあれば指摘していただけるとありがたいです。
あらすじやその他も、不都合が生じたらその都度編集するつもりです。


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黒めな職場から、重めな環境へ

時間が飛びます、と言うか自分の中での構想上のプロローグが終わるまでは結構急ピッチになるかも。


「ガキども!さっさとやり合え!時間の無駄だっての!」

 

「う、うぅ……ひっぐ……もうやだぁ……」

 

「……」

 

 

 いたいけな子供二人が、適当な武器を持たされ、大の男に殺し合えと怒鳴られる。

 うーん、どう考えても犯罪臭が拭えないな。

 

 

「泣いてんじゃねぇよガキが!……クソ、もう一人のガキは気味悪ぃし、めんどくせぇなぁ本当に……!」

 

 

 いやまぁ、殺し合わされてる二人のうちの一人は、推定精神年齢……三十歳?くらいの俺が中身であるから……なぁ。

 お相手の子はすっごい泣いてる……ごめんね、ほんと。

 

 

「もう良いか……始め!!」

 

 

 この謎の組織の……支部?みたいな所に連れて来られて、早くも数ヶ月(推定)が経った、時の流れは早いな。

 窓とか特に無い所為で時間の流れが曖昧だ、だが大人達の交代だとかのタイミング的に数ヶ月は経ってる筈だろう。

 

 

「ううう……!何で()()と……!おかあさんたすけて……!」

 

 

 ……その期間の前半……だろうか、って時期には、俺含む十数人の子供達は殺しの技……と言うよりか、戦いを教えられていた。

 後半は……うん、殺し合いだな。

 俺も……結構殺した、こんな環境で生きているより余程マシだと思ってる。

 

 

「……ごめ、んね」

 

「!?」

 

 

 悪いが殺すのに手は抜かん、狙うは首の後ろ側……頸椎(けいつい)、と言う場所一点だ。

 子供の膂力だと刃物を刺す、と言う行為すらかなり難しいんだが……即死を狙える所を、俺は他には知らない。

 

 

「や、やぁ!来ないで!!」

 

「……それは、むり」

 

 

 ナイフをただ振り回す少年、だが……そんな振り方だったら、ほら……簡単に後ろに来れちゃうよ。

 

 

「ひっ……お、おねが……しにたく、ない……」

 

「……」

 

 

 遠慮は出来ない、相手を苦しめるだけだから。

 ナイフを振りかぶり……そのまま少年の首に……!

 

 

「ッ!」

 

「ぁ……や……」

 

 

 顔に、生暖かいナニカが付着する。

 ……大丈夫、痛みは出来るだけ少ない筈だ。

 

 

「けっ……またコイツかよ……本当に薄気味悪ぃガキだなぁおい」

 

「……もう、おわり?」

 

「話しかけんじゃねぇよ……あぁ、お前のはもう終わりだ、さっさと下がれ」

 

 

 俺の番はようやく終わりらしい。

 ……いつまで続ければ良いんだろうか。

 他の子はまだ続きがあるらしく、間を通り、見慣れた檻に足を進める。

 

 

「わ……()()だ……」

 

「怖ぇよ……何であんな簡単に殺せんだよ……!」

 

「しかも無表情だし……キモ」

 

 

 ……。

 ああ、このメンバーは殆ど俺より年上だ。

 無論、体の年齢だけどな。

 その所為か、二桁行ってないだろう俺は凄く目立ってる……昔も、今も。

 

 無表情、と言うのも俺の体の方は、表情筋に難があるのか、あまり動かない。

 俺も動かさなくても良いかなと放って置いたら、いつの間にか人形、だなんてあだ名で呼ばれる様になっていた。

 

 

「……」

 

 

 相変わらずの檻の中、避けられているのだろう。

 俺の周りには誰かが居た痕跡はなく、俺も部屋の奥の隅に座る。

 もはや指定席の様であるが……まぁ年下が躊躇無く人を殺していたらこうなるよな、うん。

 

 

「ごめん、なさい」

 

 

 罪悪感に、遅すぎる後悔。

 そうは思えど涙は出ない、当然だ、()()()から既に覚悟は決めている。

 

 

「くるしま、せない……から」

 

 

 どうか俺を恨んでくれ、許さないでくれ。

 ……それが、俺に出来る唯一の……自分勝手な償いだ。

 

 

「……」

 

「……だいじょうぶ?」

 

「……?」

 

 

 声をかけられ振り返る、そこに居たのは桃色の……珍しい髪と瞳の色の少女だった。

 ……いや、誰?

 

 

「……」

 

「えっと、わたしもあなたと()()()だよ」

 

 

 同じ……ああ、同じグループってことか。

 ……なら、俺の事もちゃんと知ってる筈だが。

 

 

「……」

 

「えと、その……」

 

「……なにか、よう」

 

「その……いつもすみっこで、つらそう、だったから」

 

「そう……だいじょうぶだよ」

 

 

 何と言うか……不思議な子だな。

 気味悪がられてる奴に、辛そうだと言う理由で声をかけられるとは。

 小説内であれば、主人公だとかヒロインだとかに選ばれそう、そんな印象を、思わず感じてしまう。

 

 

「なら、よかった……わたしは、はっぴゃくろくじゅうごばん!あなたは?」

 

「……?」

 

「あ、えっと……ばんごう、は?」

 

 

 ……?

 あ、識別番号みたいな奴か、確か俺は……。

 

 

「……ぜろ」

 

「ぜろちゃん!ともだちになろ!」

 

「……え?」

 

 

 ちょっと待て、理解が追いつかんぞ?

 急展開にも限度があるだろう。

 

 

「……なんで?」

 

「……なんとなく、だけど」

 

 

 いや、何となくで、殺人鬼だと分かってる気味の悪い奴と友達になろうとしないでくれ。

 

 

「きみわるく、ないの」

 

「だいじょうぶだよ?」

 

 

 うーん、これは話が通じない気がするなぁ……天然か?

 

 

「……だめ?」

 

「……だめ」

 

 

 ダメだろ、いずれ殺し合う事になるんだし、そうなるんなら仲良くなる必要は……。

 

 

「……」

 

「……うぅ」

 

 

 !?

 いや待って、なんでそれだけで泣きそうに!?

 ああもう、いきなり声かけてきたのそっちなのに……!

 

 

「……わかった、ともだちに、なろ」

 

「!」

 

「……なかれると、こまるから」

 

「えへへ……よろしくね!ぜろちゃん!」

 

 

 ……なんだろう、あの男程では無いが、面倒な気がしてきたぞ。

 だけれども。

 少女の様に……いや少女だが、私、嬉しいです……と言った風に笑う少女の顔が、泣かなくて良かったな、とは思う。

 

 ……それが、この先自分を苦しめる事になったとしても、だ。




曇らせとか、タグ入れる必要ありますかね、あと駄文だとか。
曇らせと言うより重いナニカな気はしますが、判断しかねる所です。


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キッカケが来るのは、心構えを持つより早い

 不思議な友達が出来、運良くその子と殺し合う日が来ないまま、既に……何日だろう、数ヶ月……いや、数年は経っていると思う。

 

 

「ぜろちゃん」

 

「……どうしたの」

 

「なんでもない!よんだだけ!」

 

 

 なんせ俺と同じくらいだった少女が、少しばかり目線を上にしなければならなくなっているからだ、成長期だったとしても数ヶ月はあり得ない、と思いたい。

 俺は……ほんの少し伸びた筈、多分、きっと。

 

 あとこの不思議な少女は、俺以外にも友達……みたいなものをそれなりに作っているらしい、至る所で誰かと話しているのを見かける。

 こんな環境なのに友達を多く作る行動力はすごいと思う、うん。

 

 

「〜〜♪」

 

 

 だが少なくとも一日?一回はこちらに来るのは流石にやめて欲しい、背後に居る直前まで話してた子や、その他周りの子の視線がすごいのだ。

 

 

「チッ」

 

「人形か」

 

「またあいつ……」

 

 

 うーん、凄まじい嫉妬と言うか、警戒心と言うか……君ら殺し合うよね、すごい絆されてるけど大丈夫なのかな。

 そんな中、原因である少女とは、と言うと。

 

 

「えへへ」

 

「……」

 

 

 嬉しいオーラ全開でこちらを見ている。

 ……。

 この笑顔を見ると、表情は変わらないにしろ、まぁ良いか、と思ってしまう。

 大概俺も絆されている様だが、悪い事ばかりではない、と思う。

 俺と言う共通の敵が、少年少女達の中に生まれ、生きるための活力になるのならそれで良し、まぁ大半はそうではない様だが。

 

 そんな事を考えていると……檻の外から、乱雑に床を踏み鳴らす音が近付いて来た、時間かな。

 しかし今日は人が多い、いつもは一人二人なのに、今日は四人も、何かあるのか。

 

 

「おい、零番、時間だ、出て来い」

 

「……」

 

「今日は()()の皆様も見物にいらしてる、下手な事すんじゃねぇぞ」

 

 

 ああ、そう言う事。

 だから俺が呼ばれ、こんな人が居るわけか。

 コイツらの目的は……なんだろう、魔力だとか言うとんちきなものを、子供である俺たちが発現?させようとしてるらしい、看守どもがなんやかんや言ってるのを、こっそり聞いたが。

 

 ただ下っ端らしいコイツらからそれ以上は聞けず、魔力だとかそれらに関する云々は全く分からない。

 ただ戦いの道具として扱う為、にしては簡単に命を散らせているし、肉壁とするには、かなり手間のかかる方法っぽいし、それなりに大事な事なんだろう。

 

 

「……ったく、なんでこんなところに幹部様が……」

 

「他支部の……例のガキの試験運用だとか」

 

「なんでも、この世代の()()とやらせたいらしい」

 

「ほぉ……こんな薄気味悪ぃガキがねぇ……」

 

 

 ……。

 優秀、ね……俺に当てはまる、と言うのならば、そう言う事なんだろう。

 例の子供、と言うのは……蠱毒の壺の中で生き残った子供同士なら、魔力とやらが出るかもしれない、って思っての行動なのか。

 

 

「お偉い様の考えなぞ俺らに分かるわけもねぇ、俺らはただ命令に従えば良いだろ」

 

「そう、だなぁ……おら、零番、さっさと行って来い」

 

「……はい」

 

 

 所々に拭い切れていない血が滲む、試合場。

 それなりに大きいと感じていたソレは、今日に限り……とても狭く感じる。

 一歩一歩歩いて行く度に、明瞭になって行くのは、人、人、人……彼らが全員、悪趣味な蠱毒の見物を目的にした、悪人なのだろう。

 

 

「……」

 

 

 そしてその中央に映るのは……優秀らしい、金の少女。

 不思議っ子にも言えるけどさ……何でこう見た目優秀なんだろうね、この子ら……俺もだけど。

 ……俺もだけど!

 

 

「……」

 

「……」

 

 

 俺と、相手の少女の視線が合う、が……言葉は無い、こんな中で話す事がある方がおかしいけど……不思議っ子なら、お構いなしに話しそうだな、うん。

 

 

「よぉし、揃ったな?……ひひ、それでは今から、番号七百七十二番と、零番による、試験運用を開始する」

 

 

 ……試験運用?

 

 

「ッ……」

 

「……」

 

 

 俺が構えるのはいつものナイフ、お相手は……持って、ない?何でだ。

 ……嫌な予感しかしないが、間合いには気を付けよう。

 

 

「……始め!」

 

 

 始まった、まずは初動を見て、背後に回らない……と?

 

 

「……なに、それ」

 

「?」

 

「……モヤ、みたいなの」

 

「!……見える、んですか」

 

 

 開始と同時に、踏み込もうとして……少女の周りに、モヤが浮いているのに気が付いた。

 なんだアレ、近付きたくない、嫌な予感がする。

 

 

「うん、でも……やらないと、ですね」

 

「……」

 

「……『切り裂いて』」

 

「……!?」

 

 

 モヤに、何かを命令したと思えば、こちらに迫って来る。

 嫌な予感、これは……あの時と、同じ……!!

 

 

「あぶ、ない……!」

 

 

 直感的に、後ろからの圧力を感じ飛び退く。

 するとあら不思議……なんて言ってられない、なんせ地面が抉れたのだ、文字通り。

 

 

「避けるんですね……」

 

 

 呑気だな。

 同い年くらいの少女に、試験運用という言葉と、いきなり過ぎる試合……バカでも分かる、これが……!

 

 

「まりょ、く……!」

 

「そうです、零番、さん」

 

 

 少女から感じるのは……無、もはや何も感じない、と言いたげな顔だ。

 ……そりゃ、殺せばそうなるか、人を。

 俺みたいに、自分勝手な何かを抱かなければ……いや、抱いていたとしても何人も殺しといて、未だ心を保ててる俺は異常だ。

 成る程、確かに()()らしい、俺も、目の前の少女も。

 

 

「……」

 

「大人しく、死んで下さい……『切り裂いて』」

 

 

 心を壊した健全(まとも)な少女と、心を保つ異常な俺……なんの因果なんだ、本当に。

 だが……。

 

 

「……どうして、そんな……」

 

「……?」

 

 

 無なのに、どこか……違和感を感じる。

 だが……同時に、触れちゃいけない気がする。

 ……考えろ、俺。

 そこに触れないならどうするか、という事だが……。

 懐に潜り込んで、みるか。

 

 

「ッ!」

 

「……近付かせ、ません……『切り裂いて』」

 

「ぐ、ぬ……」

 

 

 モヤがある所が、抉られるんだとするならば。

 ……多少、触れても大丈夫、か?

 

 

「……いく、しか、ない……!」

 

「な……」

 

 

 掠った肩や、腕、脚に、これまでの物よりも鋭い何かが切り付ける。

 痛い……痛いが、()()()()()

 正気じゃない様に映るだろう、だが、俺に出来るのは、これくらい……!

 更に踏み込み、床を蹴る。

 少女の懐まで……これ、なら……!

 

 

「とっ、た……!」

 

 

 即死を狙える、いつもの場所じゃない、だが、そんな事が出来るほど、俺は強く無い。

 一気に、突き刺す!

 

 

「『渦、巻いて』……ごめんなさい」

 

「……え」

 

 

 ……嘘でしょ、そんなにか……魔力ってのは。

 ()()()()()()、文字通りだ、モヤに遮られている。

 それどころか、鈍い音を立て、俺のナイフが折れた。

 

 

「……そこに居ると、危ないですよ」

 

「……ぁ……!」

 

「『切り裂いて』」

 

 

 やば、後ろに飛べ……ない!?

 何故……モヤか!

 ならせめて、ふせが、な……いと?

 

 

「ッ……ぐ、ぁ……」

 

「……凄いですね、零番さんは」

 

 

 切り裂かれた、肩から、大きく。

 ヤバい、死ぬ。

 ……だが、死ぬんなら別に……。

 この世界に親族が居るとも思えない、居たとしても顔すら覚えていない人に何か感じるものは無い。

 

 いや、でも、不思議っ子は……悲しむか、すまん、本当に。

 

 

「まるで、()()()、みたいに」

 

「ぜろちゃん!!」

 

「……ぇ」

 

 

 ちょっと、待て。

 檻は閉められて……え?は?何で?

 見慣れた、桃色の髪に、聞き慣れた声。

 その目は、不安と、焦りに染まりながらも……俺を支えている。

 

 

「……どう、やっ、て……でて、きたの」

 

「あいてたの!そんなことより!ちが!?」

 

「……」

 

「……ぉいおい、どっから出て来たんですかねぇ、今は大事な行事の途中なんだ、出て行きなさい?」

 

「いや!ぜろちゃんにてをださないで!」

 

 

 いや、いやいやいや。

 相変わらずこの子が関わると急展開で困る。

 

 

「チッ……ん?おや、確か……ふむ、勿体無いですが、邪魔をするなら関係ありません、七百七十二番、二人ともやってしまいなさい」

 

「……」

 

「……七百七十二番?聞いているのですか?」

 

「……ん、で……」

 

 

 ……ぐ、なんか眠くなって来た……が、もっとヤバい、俺が触れるべきじゃ無いと思ってた何かに、触れちまったか……!?

 

 

「あ、ぁぁ……ご、ごめん、なさ……いや、やだ……」

 

「七百七十二番!?落ち着きなさい!」

 

 

 科学者風の男が、慌て始めた、ヤバい気がする。

 モヤが、爆発しそうになりながら、少女の周囲を渦巻いている。

 非常に嫌な事ではあるが、この施設に来てから、この勘は外れてくれない……くそ、この子だけでも……!

 

 

「ッ……はな、れて……あぶ、ない……!」

 

「やだ!はなれない!」

 

「そん、なこと……いっても」

 

 

 ならせめて、俺を盾に……!

 でも、ダメだった。

 遅かったことに、勘付いたのは……張り裂けん程の叫び声を、聞いてしまった後だった。

 

 

「ああぁぁぁぁぁっ!!!!」




キリが悪い気がしなくも無いけど、ここで一旦終わり。
なんか予想以上に重くなってってる……なってない?
もう少し表現豊かになれれば良いんですけどねぇ、作者。
ひらがな文が読みにくいのはすみません。


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それは、意味のある死に繋がるか

「ッ……あぐ……な、にが……」

 

 

 何が、どうなったんだ……!

 金髪の子の、地雷の様な何かに触れ、叫び声が聞こえた後……吹き飛ばされたのか、おそらく、魔力に。

 ……とにかく、上を見てるだけじゃ何も出来ねぇ、体を起こして周り、を……お腹辺りがちょっとだけ重い、誰か乗ってるのか?

 

 

「……ぁ、うぅん……」

 

「……にげ、なかった、んだ……」

 

 

 不思議っ子だった。

 声が聞こえた、寝てるのか?この中で。

 不思議っ子らしいな。

 パッと見た感じ大きな怪我は無さそう、奇跡だな、というか……。

 

 

「……これ、だけ……ばくはつ、して……た、のに……ここ、だけ……?」

 

 

 円状に、開けているのだ。

 俺と、不思議っ子と……前方に、倒れてる金髪の子も居るし……()()()()()

 ……あれ程の爆発の中心で、ギリギリ原型があるだけマシなのか、否か。

 

 

「……このえんの、まんなか、は……」

 

 

 俺、と言うより不思議っ子、か?

 確証は無いが、多分、そうだと思う。

 魔力……それに、土壇場でこの子が目覚めたとしたら、辻褄……俺の予測とも、合致する。

 ……予測云々より、まずは……だな。

 

 

「……あり、がとう」

 

 

 魔力で守ってくれた云々の不確定要素よりも、死ぬ可能性があるのに俺を守ってくれようとした事には、感謝を伝えなきゃ、だろ。

 

 

「どういたしまして……?」

 

「!?」

 

「えへへ……あぅ……」

 

 

 寝言かよ。

 ……まぁ、こんな所までこの子らしくて、何と言うか……気が抜けそうになる。

 ダメだ、気を抜くな……まだ、安全じゃない……傷だっ……んん?

 

 

「……きず、ない」

 

 

 服は切れているのに傷はない、と言うかその他の細かな傷まで消えている。

 ……まさか、まさか、だが、な。

 

 

「……しゅじんこう?」

 

 

 土壇場で、魔力っぽいのに目覚め(予測)、それが回復とか治癒系であったって……俺が幸運なのか、この子がやばいのか……ねぇ。

 と言うか、ますますこの子を、この組織に置いとくの危険な気がする。

 金髪の子から察するに、扱いは良くないだろう。

 と言うか今までの殺し合う生活より酷いかもしれん。

 

 

「……それは、ダメ」

 

 

 だが、今なら何とかなるかもしれない。

 

 

「……ななひゃく、ななじゅう……にばん、さん……おきてる、よね」

 

「……は、い……ごめん、なさい」

 

 

 良かった、なら行ける。

 

 

「……それは、もういい……から、このこ、つれて……にげて」

 

「え」

 

「……いま、なら……どうにか、なる……あのひとたち、みんな、()()()()()

 

 

 助けてくれる人が居るかは、賭けだが……ほとんど農作業とか、して無さそうなあいつらなのに、子供達にも、一応飯を用意出来るし、あいつらも集落が云々って言っていた。

 

 食料も、毎日の飯を残してこっそり貯めていた、乾パンもどきで都合良く。

 そのお陰で貯蓄もどきが出来た、部屋も乾燥していて順調だったんだが……

 ……まあ潰れたな、確実に。

 

 

「ッ……でも、貴女は……?」

 

「……ここに、のこる」

 

「だめ!」

 

「「!?」」

 

 

 うーん、これは……起きてたな?途中から……今起きたならタイミング悪過ぎ。

 

 

「ぜろちゃんもいっしょ!じゃないとうごかない!」

 

「……だめ、それだと、このばしょに、だれもいないの、ふしんがられる……」

 

 

 一人はここに居て、身代わりになった方が良い。

 どう転んだとしても、優秀な作品扱いされてるんだ、そう簡単には死にはしないだろう。

 完成品、らしき金髪ちゃんが、居なくなってれば余計に、だな。

 自己保身だよ、こんなん。

 だけど彼女も少ない可能性とは言えども、逃げるべきだと思う。

 暴走する地雷原を、まともな扱いをするか……しないだろう、今まで的に。

 

 

「なら、私が残り」

 

「それもダメ!」

 

「え、えぇ……?」

 

「つらそうな()()()()()()も、たのしくなさそうなぜろちゃんも、いっしょににげるの!」

 

「うぐ」

 

「ぅ……」

 

 

 動作は可愛いのに恐ろしく的確な言葉で殴って来ないでくれ?

 それに……た、楽しく無さそうって……いやまあ楽しかったらそれはそれでやばいけどさ……無表情で悪かったね。

 と言うかこの勢いだと檻の子達まで連れて行くとか言いかねん、それは計画的にも()()()()()無理そうだから、最悪、そこまで行かせない様にしないと……。

 ……仕方ない、か……リスクしかないが。

 

 

「……わかった、だから、おちついて」

 

「!」

 

「……ほぅ」

 

「ほんと!?」

 

「うん、だから、いこ」

 

「うん!」

 

 

 騙す様で悪いが、目的を果たした、と言う達成感で誤魔化させてもらう。

 嬉しそうな顔を見ると、罪悪感が凄いが。

 後金髪の、安堵したの聞こえてるよ、そこまで仲良かったか、俺達。

 ……ん?

 

 

「……ありす?」

 

「うん!きんいろのかみの、ありすちゃん!」

 

「え、わ、私ですか?」

 

「うん!……だめ、だった?」

 

「あ、えっと、その……」

 

 

 うーん負けたな、金髪の子。

 押しが強い上に上目遣いが強いんだ、不思議っ子……最近じゃ身長の関係で俺はされなくなって来たが、同じくらいの時はよくされた。

 ……俺だって伸びている筈だ、うん。

 

 

「……大丈夫、です」

 

「やったぁ!」

 

「……そろそろいかないと、まずい」

 

「あ、うん」

 

「わかりました」

 

 

 ……結局、三人か。

 うーん、食料とかどうするかな……三人分、最悪俺を削れば良いから、二人分……きついな。

 予想外のアクシデントで、予想外の形だが……脱出の形だけは最適に近いし、うーむ、難しい。

 ……頑張るしか、ないか。

 

 

 

△△▲△△

 

 

 

「わ、あったよ、二人とも!」

 

「こちらも、まだ良さそうな物がありました」

 

「ん……こっちもある」

 

 

 脱走から、まさかの()()が経った。

 一年あれば、俺と不思議っ子の難のあった発音もハッキリして来る、と言うものだ。

 

 ……と、今は食料の調達である。

 大成功らしい。

 どうやら、集落というのはモンゴルの民族の様な形式の物の事だったらしい。

 比較的新めの生活痕がちらほらと、それを辿って見ると、本当に少し……と言うか、僅かながら残ってる物がある。

 他にも、廃棄された店の非常食など、細かく探すと意外にも見つかったのだ。

 僅かな量しかないが、あるだけマシだった。

 

 

「……アジトに戻ろう」

 

「うん、獣さん達が起きるからね」

 

「ええ、出来るだけ()()は残したくありません」

 

 

 女三人寄れば(かしま)しい……とはよく言うが、これだと逞しい、だな。

 まあ生きていく為に文句など言ってられないが。

 あと俺男だし……だよな?

 

 

「アリスちゃん、反応とかある?」

 

「いえ、風は今の所何も」

 

「レイちゃんも、違和感とか感じてない?」

 

「大丈夫……心配し過ぎ、ハル」

 

 

 今となっては辛い経験の象徴ともなる魔力も、有効活用するまでになった。

 女三人……はもう良いな。

 俺もあの後、魔力を()()()様になった……まぁ、文字通りモヤを出せるだけだが。

 他二人みたいに傷を癒したり風を操ったりなどの不思議パワーは無かったが……結構応用が効くらしい、これは。

 だが二人と俺で、何が違うのか……まぁ()()()()の有無か……そこはさておき。

 

 

「……街、見つからないね」

 

「そう、ですね」

 

「このまま、見つからなかったどうしよう……」

 

 

 珍しく、ハルが不安をこぼした。

 なるほど、いつもより元気が無いのはそう言う事か。

 

 

「……見つける」

 

「え?」

 

「集落の移動先に……何か、ある……だから、見つける……だから、見つかる」

 

 

 何かある筈だ、定住せずに、歩き回ると言うことは。

 無論、食糧の為に歩き回っている可能性もある。

 だから、確証があるわけじゃないけどな。

 

 

「ええ、見つかりますよ」

 

「……うん、そうだよね……えへへ、ありがとう!レイちゃん、アリスちゃん!」

 

「ふふ、どういたしまして……です?」

 

「……ん」

 

 

 いつもの様に嬉しいオーラと共に一歩一歩踏み出して行くハル……元気が出て良かったよ。

 ああ、ちなみに……ハル、が不思議っ子、レイが俺、である。

 由来は、ハルが……春色の髪の色だから、俺が……零を名前っぽく読み直しただけだな。

 

 ……お、アジトが見えたな。

 大層なものでは無いけれど、仮の住まいとしてはそれなりの物である、と自負出来る。

 なんせ三人で悪戦苦闘しながら探したり、組み合わせたりしたんだ、そうであって欲しい。

 

 誰も居ないか、崩れたりしないかを確認しながら、一歩一歩進めて……着いた。

 地味に疲れる、この作業が一番。

 

 

「わー!帰って来た!」

 

「ええ……移動したばかりなのに、とても安心します」

 

「あはは、アリスちゃん、それ毎回言ってる気がするよー?」

 

「え?……そんな事は……」

 

「……言ってる、いつも」

 

「な……!?」

 

 

 少し暗く、重かった空気が、塗り替えられていく。

 お馴染みとなった会話に、落ち着ける場所。

 そして、慣れ親しんだ空気感。

 

 ……決して、この生活が楽だとは言えないが……。

 

 

「えへへ」

 

「あら……ふふ」

 

 

 ……?

 二人がこちらの顔を見て笑っている。

 何だ、顔に何か付いてたか?

 

 

「……どうしたの?」

 

「レイちゃん今、笑ってた!」

 

「……?」

 

 

 ……え?

 

 

「……え?」

 

「ええ、ほんの少しの微笑みですが……可愛らしかったですよ」

 

「ね!」

 

「え」

 

 

 待て、ちょっと待て。

 いや笑った事もだが、それよりも。

 可愛い?俺が……可愛いだと?男だぞ。

 

 

「えへへ!やっぱり好き!」

 

「な……暑い、から……はな、れて……!?」

 

 

 ぬ、あぁもう!抱き付くな!

 ただでさえ今の自分の性別が、混ざってんのか曖昧なのに……!

 女として受け取るならば、可愛いは褒め言葉になって。

 男として受け取るならば、好きなどの言葉は精神年齢の差でどうにもなるが……抱き付かれるのは……その、身長差が、な……あまり無い所為で、恥ずかしいものである、顔が近い……!

 

 

「……なら、私も」

 

「!?!?……はな、れて……う、ぐ……離れろ……!!」

 

「わー!レイちゃんが怒ったー!」

 

「ふふ、暖かいですね」

 

「……怒ってる、って思うなら……離れて……!」

 

 

 アリスに至っては無視してるよな、俺の事。

 だが、まあ……うん、この生活は、悪く無いって、心の底から思える自分が居る。

 

 ……例えそれが、自身には、到底許されない事だとしても。




はい、GL付けますね?
書いてるうちに、BL要素タグよりGL要素の方を気にした方がいい気が……って、前話から思ってまして、今話で確信しました。
大丈夫、方針は変わらない筈……あれ、今までの構成崩壊しませんよねこれ……。
GLタグは保険です、はい、多分……きっと。


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間話:とある男の独白

「が、は……クソ、痛ぇじゃねえか、おい」

 

 

 試合場で何やったんだよ、お偉様方はよ。

 ガキ共を殺し合わせて悦に浸る訳でもなく、ただ経過を見守るだけのイカれた奴ら。

 お偉方の中には楽しむ趣味の悪ぃのも居たのかも知れねぇが、俺の知った事じゃねぇ。

 

 

「おい、アホ共……ちっ、全員潰れてんのか」

 

 

 どうやら俺は幸運だったらしいな、他の同僚(アホ)共はみんな潰れてやがる。

 この建物は構造的に一箇所壊れりゃ全部落ちる、壊れるまでは強いが壊れたらそれまで、幹部様も潰れてんだろ。

 

 

「あのガキ……」

 

 

 達観した顔で、何考えてるのか分からん小憎(こにく)らしいガキ……ちっ、何であいつの顔が思い浮かぶんだか、忌々しい。

 

 

「……」

 

 

 最初にあのガキを見たのは、当時の施設に連れて来られて、戦いを教える事になった時だった。

 不幸な事に俺が担当になったからなぁ、よく覚えてる。

 来た当初は戦い方も知らねぇど素人だった癖に、今じゃ……ああくそ、やめだやめだ、なんでこんなジジくせぇ考えしなきゃなんねぇんだ。

 

 

「……ねぇ」

 

「あ?……生きてやがったか、ガキ」

 

 

 いつの間にか目の前に来ていたガキ。

 こいつも俺も悪運が強ぇこったな。

 こっちをジロジロ見やがって……何だおい。

 

 

「……その、きず」

 

「……はっ、ガキに心配される程ヤワじゃねぇよ……んで、何の様だ、殺し合わせた俺達に復讐でもしに来たか?」

 

「……ちがう、ただ……こえ、きこえた……から」

 

「生きてピンピンしてるかも、ね……見ての通りすぐにゃ動けねぇさ」

 

 

 相変わらずすました顔しやがって、気に食わねぇガキだ。

 このお人好しのこった、どうせ生き残った……ピンクのガキと逃げる途中で、声が聞こえて先に来たって所だろうよ。

 

 

「……他の奴らは潰れてる、応援もすぐには来ねぇだろ、逃げるならさっさと逃げるこったな」

 

「……やっぱり、あなた?」

 

「ああ?」

 

「かぎ、あけて……あのこ、にがしたの」

 

「知らねぇな、偶々開いてたんだろ、カギが」

 

「……そう」

 

 

 ……ちっ、やめろその目。

 何であんな事したのか、バレりゃ食い扶持を無くすってのに。

 くそ、ガキが来る前ならこんな事しなかったんだろうによ……情でも湧いたのか?俺。

 

 

「……けっ」

 

「?」

 

「おら、さっさと行けよクソガキ……それとも、まだ何かあんのか」

 

「……まりょく」

 

「返事しろよ、ったく……魔力ねぇ、そもそも下っ端の俺が教えると思ってんのか?」

 

「……きき、だす、だけ……」

 

 

 そう言って、不慣れな手つきで俺の首に刃折れのナイフを突き付けやがった。

 殺し合いは慣れてても、脅しは慣れてねぇってな。

 

 

「脅し、ね……はっ、良い度胸だなぁ?」

 

「……」

 

「だんまりか……わぁったよ、つっても教えられる事は少ねぇが」

 

 

 幹部様方から俺ら下っ端に流される情報は多くねぇ。

 だが従ってりゃ生きるのに困らねぇ、そう言うのが集まったのが下っ端(おれたち)だ、少なくとも俺と同僚はな。

 

 

「俺らに命令されたのは、ガキ共に負荷を与える事だ」

 

「……ふか?」

 

「ああ、お偉方は負荷を与えりゃその魔力とか言うモンを発現させられる……って言ってやがった……それだけだよ」

 

「……」

 

 

 多分こいつには発現しなかったんだろうな。

 あの時以降、こいつは感情を閉ざし気味だからなぁ。

 それにしても負荷、ね……ちょいと試すか。

 

 

「どうせ、お前には発現してねぇんだろ?ガキ」

 

「……かんけい、ない」

 

「ねぇな、確かに……だから、これは俺のエゴだ……()()()を、思い出してみろよ」

 

「!……うる、さい……」

 

 

 思った通りだ、まだネチネチ考えてんのか、あの事を。

 だからテメェはお人好し何だよ、クソガキ。

 

 

「確か……来てから一ヶ月程度ん時だったよな?」

 

「やめ……て」

 

 

 あん時は性格の悪いジジィがまだ現役だった。

 

 

「アホな事に、お前が相手のガキと引き分けになろうとした」

 

「だま、って……!」

 

 

 黙るかよ、黙ったら()()()()

 

 

「それを見破った当時の担当……()()()()のジジィが、お前と相手のガキを、懲罰と称してボロボロにしたんだっけか?」

 

「……」

 

 

 あのジジィ、どっから用意したのか知らんが、アホ程熱されて真っ赤になったムチで、背中をしばいてたな。

 他にもやってたが、アレが一番ひどかった、傷口を見た同僚が吐くぐらいだったしな。

 

 

「んで、自白したお前に、お相手のガキが、なんて言ったんだだっけな?」

 

「ッ!」

 

「その言葉がキッカケで、お前は容赦を捨てた」

 

 

 いや、()()()()()()、の方が正しいかもな。

 中途半端に生かすくらいなら殺すと、そしてその罪悪は自身で背負うと。

 イライラする程のお人好し、しかも自身を度外視したその姿勢が気に食わねぇ。

 

 

「うるさい……!」

 

「は、図星だろうが……で、思い出せねぇなら言ってやるよ、確か……」

 

「や、めろ……!」

 

 

 ナイフを更に強く押し付けてくるが、ここまで来たら関係ねぇな、早いか遅いかだ。

 

 

「『ゆる、さない……なんで、こんなこと、するの……』……だったなぁ?」

 

「ぁ……」

 

「そう言ってくたばりやがったな、迷惑なこったよなぁ?八つ当たりにも程が」

 

 

「ちがう!」

 

 

 そう叫ぶあいつの手が、赤く、稲光を発しやがった。

 ……違ぇな、ありゃ赫か?珍しいこった。

 だが、出来たじゃねぇか。

 

 

「ッ!?」

 

「……やりゃ出来るんだな、お前にも」

 

「……なんで」

 

「少なくともソレがありゃ何とかなるだろ、お偉方が欲しがってた力だ」

 

 

 ソレがどんなモンか、俺には分からんが、あんな爆発起こしたのも、ソレだったんなら……なぁ?

 少なくともこんな爆発とかさせなきゃ、持ち主に損はねぇだろうよ。

 

 

「おら、行け、もう用事は済んだろ」

 

「……」

 

「何だおい、ガキに心配される程じゃねえって言ったろ、さっさと行ってくたばっちまえ」

 

 

 そう言っても行きやしねぇガキ。

 何か言いたげだが、聞いてやる義理は……。

 

 

「……あり、がとう」

 

「……ああ?テメェの過去を掘り返して悦に浸っただけだ……その表情を崩せなかったのは残念だがな」

 

「ん……さよ、なら」

 

 

 そう言って駆け足で去るガキ。

 ……ちっ。

 さっきまで焦ってた癖に、すぐに冷静になりやがる、本当にガキかよ。

 だが、とりあえず……。

 

 

「……言い、切れたか……」

 

 

 喉の奥から込み上げて来る熱いモノ、思わずソレを吐き出してしまう。

 赤……まるで意図したかのようなタイミングだな。

 だが、出来る事はしてやった、後はあのガキ次第だ。

 

 

「……どうしちまった、んだろう、なぁ……」

 

 

 ……慈悲とかそんな感情じゃねぇ。

 散々ガキを殺し合わせて生き延びてきた俺に、今更そんな感情が湧く訳ねぇ。

 だが……あれは……。

 

 

「気に食わねぇ、ガキ……」

 

 

 あのガキの、あの時の決意。

 罪を背負う、そんな決意をしたあのガキに、ただ……。

 

 

「はっ……何、考えてんだ、俺は……」

 

 

 寒ぃ、血が足りねぇか。

 こんな世界でも、しぶとく生きて来たが……終わりが、こんな呆気ないとはな。

 

 

「……呪われた、『人形』ね……」

 

 

 同僚達の間で流行ったあいつの呼び名、ガキ共はただ人形と呼んでたらしいが。

 あの後、ガキには嫌な気配が付き纏っていた。

 ジジィはあの後すぐに死んだし、呪われたか?ってな。

 実際は、歳と……近寄るな、って意思の表れだったんだろうが。

 

 あんまり近寄らねぇ俺ですら感じ取るソレは、ガキ共には余計不気味に感じ取れただろうよ、恐怖としてな。

 だが、ピンクのガキ……ソレをお構い無しに突っ込んで行った奴と居ると、ソレが薄まっていた、つってもピンクの奴も大概だが。

 

 

「幸あれ、なんて……言える立場、でも……奴でも、ねぇが……」

 

 

 理由はどうあれ、俺もあいつも人殺しで、幸せを奪った立場だ。

 少なくとも、天国にゃ行けねぇよ。

 

 

「……笑顔を……なんて、な……俺らしく、ねぇ……」

 

 

 微笑みじゃ生ぬるい。

 あの無表情が、笑えるようになるくらい、幸せになれ。

 生きてる間は、ソレくらいしたって良いだろうよ。

 

 

「……」

 

 

 眠くなって来た、そろそろ限界か。

 俺の人生は悪人のソレで……実際、誰かを不幸にしかして来なかった癖に、俺自身も満足してねぇとか言う最低な人生だが……。

 

 

「……最後だけは、それなりに、満足だ」

 

 

 地獄(あのよ)に、早々来んじゃねぇぞ、ガキ。




男は悪人です、それだけははっきり言えます。
男がオリ主に抱いた感情は、果たして何だったのでしょうかね。

それはそれとして、この話を差し込んだのは、補足の為です、とだけ。


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ぬるま湯から、舞い戻る覚悟

「ん……こうでも、無い……」

 

 

 昨日は散々弄られたが、今日は真面目に取り組まないとな。

 と言っても雨が降っていては食料探しなど到底出来ないので、室内活動である。

 ハルとアリスは……何かしてる、うん。

 最近よくある事で、手伝おうとしても拒否されるからな、そんな時は一人寂しく魔力の探究をしている。

 

 

「……こう、じゃない……?」

 

 

 何かを操るでも無く、傷を癒すでも無い俺の魔力。

 ただ……赤にしては暗い色をしている気もするが、その色に一瞬発光する、()()()

 

 らしい、と言うのも……俺には半透明のモヤが見えるんだよな、その部分。

 原理は分からんが……うん、何かあるんだろうな。

 

 

「……違う、もっと……」

 

 

 今はそれ以外の応用編である。

 目立った事は出来ないけど、な。

 自身の体に馴染ませる様に、溶け込む様に魔力を巡らせると……()()()()

 

 

「……体痛い」

 

 

 そんな凄まじく速く、と言うわけでも無いし、使った後は筋肉痛も酷いけどな。

 加速させる魔法、かと思えば、モヤを外に出せば今度は足場を作ったりも出来てしまった。

 何だこの魔力、何がしたいんだ。

 

 

「……」

 

 

 しかも他人に使おうとするとめっちゃ難しい。

 馴染ませる、と言うのが中々、魔力同士で対抗し合うのでままならない。

 無機物なら結構簡単なんだが……やっぱり魔力か。

 

 

「ねえ!レイちゃん!」

 

「……ん、どうしたの」

 

「今大丈夫?考えてたみたいだけど」

 

「大丈夫……行き詰まってる、から」

 

「そうなんだ……じゃあ、こっち来て!」

 

 

 何だ、どうしたんだ急に。

 二人の作業はもう良いのかね、結構集中してたっぽいんだが。

 

 

「レイさん」

 

「ん、呼ばれた、けど……?」

 

「えへへ、はいこれ!」

 

 

 ハルの手から、差し出されたのは……何だこれ。

 

 

「……紐?」

 

「紐だよ!」

 

「……?」

 

 

 紐だな、うん……うん?

 

 

「紐は紐でも、髪紐ですよ、もう……レイさんは、とても髪が長いですから……これを使えば、邪魔にならないって、ハルさんが」

 

「うん!それに……ほら、お揃い!」

 

 

 と言って、腕に巻いた、俺の持ってる奴と同じ模様の紐……ミサンガか?

 

 

「私も付けてますよ」

 

「……どうしたの?」

 

 

 付けてるのは良いんだが、これがどうしたんだ。

 

 

「一心同体だよ!これなら離れ離れになってもずっと一緒だーって!」

 

「……なる、ほど……?」

 

「絆の証だ、と言いたいんだと思います」

 

 

 おお、分かりやすい。

 でもそんな事する必要あったか……?

 

 

「……無くても、一緒……だけど」

 

「!?」

 

「……それはそうなんですけどね……ハルさん」

 

「あ、えーっと……その」

 

「?」

 

 

 急に言葉に詰まり始めるハル。

 つまりどう言う事だ、全く分からん。

 

 

「……か」

 

「……か?」

 

「あぅ……か、感謝の、気持ち……その、レイちゃんにはいつも助けて貰ってるから……」

 

 

 ……ああ、なるほど。

 感謝される様な事は……ってのは野暮か、素直に受け取っとこう。

 

 

「……ありがとう」

 

「!……えへへ!どういたしまして!レイちゃん」

 

「……ふふ」

 

 

 幸せそうに笑うハルに、微笑ましそうに見守るアリス。

 どちらも視線がむず痒い……。

 

 それに、髪紐……どうしよう、俺括り方知らない……。

 ……何とかしよう、うん。

 

 

 

△△▲△△

 

 

 

「……大きい」

 

「凄く大きいね!あれ!」

 

「はい、大きいです……」

 

 

 あれから三日、俺達三人はあるモノの大きさに衝撃を受けていた。

 今日は一日曇り空、光の代わりとなる物は無いので完全に手探りだったんだが……この暗さが、目に映るモノの大きさを物語っていた。

 

 

「キラキラしてる……」

 

「……」

 

「凄まじいですね……周りはこんななのに」

 

 

 荒廃し、科学という概念が、一時的に喪失されたこの世界において、一般的な光源と言う物は、炎がメジャーである。

 ……組織にも電気は普及していたが、それでもあれ程の範囲には広げられないだろう、多分。

 

 

「……多分、電気」

 

「ここからでは確証はありませんが……何らかの方法で発電している、という事でしょうか」

 

「だよね!あそこなら安全かも!」

 

 

 現代社会のビルが並び立つ都会の夜に比べれば、天と地ほどの差があるけども。

 やっぱり、ある程度の豊かさがありそうだ、と言うのに少なからず安堵出来る。

 

 

「早く行こ!」

 

「ええ、そうしましょう」

 

 

 この時の俺達は、街を見つけた安心感で、多分……気が抜けていたんだと思う。

 風で警戒してたアリスも、いつもなら勘、の様な何かで反応している俺も……ソレに、気付かないかった。

 

 

「そう出来たら、なんと良いだろうね」

 

「「「ッ!?」」」

 

 

 全員が、息を呑んだ。

 後ろから聞こえた、男の声。

 ……聞いた事のあるこの声、こいつは……!

 

 

「あの、時の……!」

 

「おや、覚えてたのかい……三年振りか?……全く、俺が見つけてしまうなんて、お互い運が無いね、本当に」

 

 

 やれやれ、と言いたげな仕草は、あの頃から変わってない。

 俺の意識を奪い、あの施設に放り込んだ元凶。

 

 

「……何の、用」

 

「ふむ、分かりきった事ではあるが……あえて言おうか」

 

「……」

 

 

 冷えきった空気の中、男は事もなげに、言い切った。

 

 

「君達を捕まえに来た、と」

 

「ッ!レイさん!」

 

「ん、じっとしてて……!」

 

「!……うん!」

 

 

 ならばこそ。

 やる事は決まってる。

 もしもの時の作戦、アリスが風で逃走し、俺はハルを抱えてそれを追いかける。

 そんなに速くならないとは言えど、ただの大人相手なら、これで十分な……。

 

 

「鬼ごっこか……たしかに速いが……ね」

 

「……あぐっ!?」

 

「レイさん!?」

 

 

 背中に、強烈な、痛み。

 一撃貰った、のか……背中が、熱い……刺され、た?

 

 

「レイちゃん!?」

 

「ッ、このっ……『切り裂いて』ッ!!」

 

「鋭いな……だが、当たらなければどうと言う事はない」

 

「!」

 

「そして……無防備だね」

 

「がっ……ごめ、なさ……」

 

「アリスちゃん!?」

 

 

 やべえ、アリスもやられた。

 この男、まさか……。

 

 

「驚いたな、七百七十二番だけで無く、キミも発現させていたとは……もしかしてそこの……」

 

「嫌!ダメ……死んじゃ、ヤダ……!」

 

 

 その言葉と同時に、背中に温かさを感じる。

 ぐ……これで三人とも、バレた……非常に不味い……!

 

 

「……言うまでも無く、か……」

 

「ハル……ちゃ、ん……」

 

「喋っちゃ、ダメ……!」

 

 

 こうなったら、なりふり構ってられない、な……!

 

 

「……ハルちゃん」

 

「だ、から……」

 

「……お願い、聞いて」

 

「え……」

 

 

 背中の傷は、もはやどうでも良い。

 アリスには先に聞いた、険しい顔をしていたが納得していた。

 ……ハルには、悪いが。

 

 

「……ごめん、ね」

 

「え……?」

 

「……何も、聞かないで……ただ、命……預けて、くれる……?」

 

「ぁ……うん、分かった……!」

 

 

 即答する、信頼が、ありがたくて、痛い。

 ……だが、言質は取った。

 あとは、実行するだけだ。

 背中の痛みを無視して、立ち向かう様に立つ。

 さっきは突然の事で倒れてしまったが……耐えてしまえば、大丈夫な程度だな。

 

 

「……まだ立つか」

 

「……ねぇ」

 

「何かな」

 

「取引、しよう」

 

「……ふむ、この状況で、する物では無いが……一応、聞いておこうか」

 

 

 正直言って、上手くいく気はしない。

 だが、俺は……やるぞ、この二人を生かす為に。

 

 

「私が……そっちに行く、から……二人を、見逃して」

 

「!?」

 

「……断れば」

 

「……二人を殺して、私も……死ぬ」

 

 

 そう言って少し離れたアリスにも近付き、いつでも殺せますよ、と言った風にする。

 ……どうだ。

 

 

「ほう、そう来たか……確かに誰も捕らえられなければ、私には不味い……ふむ、子供にしてはよく考えたな」

 

「……」

 

「レイ、ちゃん……ダメ、だよ……!」

 

「……ごめん」

 

 

 ハルに抵抗されない様に、魔力で固定する。

 ……考えた応用が、こんな風に活躍するのは、正直言って複雑だが、仕方ない。

 破綻してる取引だ、無謀にも程があるが……押し通す。

 

 自身の命がどうなって良いさ、だがこの二人は生かす。

 それが俺の覚悟だ。




アリスとハルはミサンガ代わりに。
本当のミサンガでは無いので、髪紐にしたりと応用が効くみたいですよ。
キリは悪いですが次話に回します。
ただ覚悟が重いよ主人公……?


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命の価値

「……良いだろう」

 

「……」

 

「全員死亡、って事になると残りの上役がうるさいが、一人持ち帰れることが出来れば黙らせられるだろう」

 

「……そんな態度で、良いの」

 

「こういう事を程々で済ませる、と言うのも生きる為に必要な事だよ」

 

 

 胡散臭い。

 というか、すんなり通ったのが違和感凄い。

 だがこの男が嘘をついていない限り、俺が行けば良いのは確定だ。

 逆に嘘をついていれば、俺たちに取れる手段はこれ以上無いけどな。

 要するに詰みって事になる、考慮してたら何も出来ねぇ。

 ならば後、やるべき事は……。

 

 

「やだ……!行かないで……!」

 

「……それは、出来ない」

 

 

 ハルだな。

 いつもは俺が流されてばかりだが、今回ばかりは押し通すしか選択肢が無い。

 

 

「……お別れ、だよ」

 

「ぅ……」

 

「元々、あの時別れる筈だった……ちょっと、それが伸びただけ」

 

 

 多分、俺が施設跡地に残ってれば早い話だった筈だ。

 上役様が、実験結果が無意味に終わる事を嫌っての判断っぽいしな。

 

 

「ずっと一緒だって、言ったじゃん……!」

 

「……」

 

 

 そんなに泣かないでくれよ、今生の別れって訳じゃない。

 約束も……うん、ごめんね、本当。

 

 

「やだ……!もう居なくならないでよ……!」

 

「……」

 

 

 泣きながらしがみ付くハルを振り払い、立ち上がる。

 固定で重りは付けてるから追い掛けられない、行くなら今だ。

 

 

「……良いのか?」

 

「……今は、説得出来ない、から」

 

「レイちゃん!」

 

「……」

 

 

 ッ……。

 聞くな、声を。

 躊躇うな、決断を。

 俺が、選んだ筋書きだ……なら、やり遂げるのは俺の義務だ。

 

 

「……行こう」

 

「……そうか」

 

 

 痛々しいモノでも見るかの様な目。

 ……。

 何かを考えるかの様な仕草の後、まるで仕方ないとでも言うかのように言い切った。

 

 

「ならば、行こう」

 

「レイちゃん!レイちゃん!!」

 

「……本当に、何か言い残す事はないのか」

 

「……」

 

 

 何か……か。

 無い事も、無いが……何でそれを敵側(アンタ)が聞くんだよ。

 

 

「……レイ、さん!」

 

「!」

 

「もう起きたのか……結構強めにやったんだが」

 

 

 ……ああもう、言う気はなかったのに。

 アリスも……ハルも。

 お人好し過ぎる、自らの命すら危うい世界で、他者である俺に対して、どうしてそこまで出来るのか。

 この男も、捕まえに来た立場の癖に連れて行く事を渋るなよ。

 

 

「……ハル、アリス」

 

「「!」」

 

 

 振り返り、その目に映るは二人の顔。

 ……二人の泣き顔。

 

 

「……ありがとう」

 

 

 檻の中で、あの試合で、その後の生活で。

 二人にはどうしようも無いくらいに助けられた。

 だから、伝えるのは感謝だけで良い。

 

 

「ッ……」

 

「おね、がい……死なない、で……!……レイちゃん!」

 

「……」

 

 

 死なないで……か、本当にお人好しだ。

 

 

「……伝えたよ」

 

「……ああ」

 

 

 これ以上は、何も聞かない、言わない、振り返らない。

 言うつもりの無かった感謝も伝えた、これ以上は何も無い。

 

 

「……全く、嫌になる仕事だよ、ほんと」

 

 

 

△△▲△△

 

 

 

 別れから、五年の月日が流れた。

 俺も……十五歳、中学を卒業する歳となった、早いな。

 年齢に関しては憶測でしか無いが、これくらいだろうと言う予測で(あの男が)決めたらしい。

 今は……。

 

 

「対象、目視」

 

《そうか……では健闘を祈る》

 

 

 無線から流れるいつもの声。

 あの後、何をしたのかあの男……ボスは組織のトップになっていた。

 詳しい事は何も知らん、その頃の俺は色々してたからな。

 だが、上り詰めた際に、後始末と称して色々暴れてたな、本当に何をしたんだろうか。

 

 

「……《あ、あー……大丈夫、か》」

 

 

 仮面と、それに付属したボイスチェンジャーの調子は変わらない、相変わらずの機械の声だ。

 これは俺の正体を隠す為、らしい。

 どう言う意図なのかは不明だが……まぁ、そう言う事だ。

 

 ところで今回の目的となる団体様……組織に侵入して来た勇敢な方々。

 大体十数人か、多めだな……まあ上階を陣取られてる時点でそっち方面はお察しだが。

 飛び降り、彼等のど真ん中に着地する。

 

 

「《こんばんは、勇敢な侵入者方々》」

 

「「ッ!!」」

 

「……出たな、機械人形(キラードール)ッ!総員構えろッ!!」

 

 

 索敵はどうあれ、練度はそれなりに良いな。

 強襲(オレ)に驚けど、そこからの判断は早い……隊長さんに至っては驚きすらしていない、良いね。

 今度は俺を殺せるかな。

 

 

「《あは、警戒してるねおじさん達……何もしないよ?》」

 

「黙れ殺人鬼め……撃てッ!」

 

 

 取り付く間も無く、返されたのは銃弾か。

 確かにソレは、当たれば人を殺せるけれど……。

 けどまあ……うん、見当違いか。

 

 

「《……あれ、そんな簡単に撃ったら……》」

 

 

 次々と倒れる()()()

 俺は彼等に何もしていない、しゃがんだだけだ。

 俺が降り立ったのは中心だ、そりゃ構えただけなら……射線上に居るのは俺だけじゃ無いよな。

 俺を殺せるならソレでも良いだろうが……殺せないと、意味がない。

 

 

「ぐぁ……」

 

「《あらら、終わっちゃったか》」

 

 

 生き残ったのは、ギリギリ射線から逸れて居たらしい隊長さんだけだ。

 と言っても掠ったのか、傷はちらほら見受けられるが。

 

 

「……怪物め……」

 

「《怪物?》」

 

 

 怪物か……ふむ。

 

 

「《良いね……私は怪物、殺してみてよ》」

 

「ッ!……死ねッ!」

 

 

 すぐ目の前の銃口から放たれる……けど、それじゃ死ねない、命令もあるからな。

 

 

「《……『時間よ(クロック)』》」

 

 

 そう唱えた瞬間、世界が音を失った。

 ……なんてカッコつけたが、要するに時間停止だな。

 

 見つけたのは偶然だった。

 とは言えども、最初はその消費魔力の関係でまともに止められなかったが。

 最初の時点で三秒弱、今は……三分。

 絶えず訓練して来たつもりでも、まだ時間停止(コレ)は扱いきれていない。

 

 

「《……まぁ、十分、だけど》」

 

 

 隊長さんに近寄り、首を斬る。

 血は流れない、時が止まってるんだから当然か。

 

 

「《……『刻め、何時迄も(エバー・ワークス)』……終わり》」

 

 

 動き出し、隊長さんの首からも血が吹き出す。

 

 

「が……うぐ……」

 

「《何か言い残す事、ある?》」

 

「……ばけもの、め……じごくに、おちろ……」

 

「《……頑固だね》」

 

 

 『時間よ(クロック)刻め、何時迄も(エバー・ワークス)』……これが、俺の切り札で、対人戦の絶対解。

 怪物じみた魔力だ、隊長さんは間違ってない。

 だが何で……いや、仕事は終えたんだ。

 ……とりあえず、戻ろう。

 

 

 

△△▲△△

 

 

 

「おや、帰って来たか」

 

「……任務完了したよ」

 

「ふむ、お疲れ様、と言っておこうか」

 

「うん……他に何か、ある?」

 

「今すぐに、と言う案件はないな……後で会議がある、少しの間だが休憩していると良いさ」

 

「了解」

 

「ああ、おい」

 

「?」

 

「……大丈夫か?」

 

「大丈夫、だけど」

 

「……なら良い」

 

 

 何だ、いきなり。

 今更大丈夫かなんて……まあとりあえず、ボスの部屋を出る。

 相変わらず無機質な廊下を進み、見慣れた場所へと移動する。

 ……ん、あれは……。

 

 

「おや?お久しぶりですね」

 

「……久しぶり、ドクター……元気?」

 

「はは、医者の不養生とは言いますが、私は元気ですよ……キミこそ、体調不良などはないですか?」

 

「うん、大丈夫……ドクターも、会議?」

 

「ええ、と言うよりか、全員集まって来ている様ですよ……私達の他には後一人しか居ませんが」

 

「……また、やられたの?」

 

「らしいですよ、あれだけ居たのに、情けない物ですね」

 

「あいつら……強さは兎も角、練度はそれなり……油断、大敵だよ」

 

「おや、そうなのですか?……ふむ、死体に任せているだけでは分からぬ物ですが」

 

 

 相変わらず丁寧な口調でえぐい事を言うな、この人。

 ドクター、この組織の幹部で、あいつらからは背教者(ドクター)と呼ばれるヤバい人。

 死体を操る、と言うえげつない魔力の持ち主で、この組織唯一の魔力研究者でもある。

 

 

「それではこの辺りで、私もボスに報告する事がありますから」

 

「ん、じゃあ後で」

 

 

 そう言って、自身の部屋に向かう。

 と言うか俺含め後三人しか幹部居ないのか……。

 特に何か思うところは無い、むしろボスの後始末も重なっての事だろうから、ご愁傷様だと思う。

 ……あ、考えている間に、目的の場所に着いてしまったか。

 考えながらでも辿り着ける程に慣れた、と言うのに思うところが無い訳じゃ無いが……。

 

 

「……今更だね」

 

 

 自室に入り、これまでの事を振り返る。

 口調は、少しずつだが流暢に喋れるようになって来た、表情はちっとも動かないけど。

 魔力は、対人戦ならこれ以上無いくらいに強くなれた、なってしまった。

 

 

「……疲れた、なぁ」

 

 

 何を目指しているんだろうか、俺は。

 身代わりになってここに来た事に後悔は無い、彼女達の為なのだから。

 だが、ここに来て俺は、それまでよりも大勢の人を殺した。

 それに……あの時、隊長さんに怪物、と呼ばれて……()()()を、感じたのは、何でだろうか。

 

 

「……ああ、そっか」

 

 

 なるほど、そう言う事か。

 人を大勢殺した俺は怪物だ、間違い無い。

 だが、それなら殺人鬼でも変わらない、なのに怪物と呼ばれた時だけ妙に嬉しかった。

 

 

「怪物は、勇気ある人間に殺されるのものだよね」

 

 

 つまり、俺は……。

 

 

「殺されたい、のか」

 

 

 自殺したいわけでは無く、殺されたい。

 そう思うと、何と無くだが、気持ちが少し軽くなった……気がする、納得したのだろうか。

 

 

「……強欲、だなぁ」

 

 

 機械人形(キラードール)、なんて呼ばれてる癖に。

 殺人鬼が法律によって機械的に裁かれる、と言うのでは無く……勇者と怪物の様な、物語の様に死にたいらしい、俺は。

 うん、うーむ……イカれてるな。

 納得はした、と言うかこれ以上ない程に腑に落ちたのだ、否が応でも納得してしまう。

 

 

「自分の為に、殺して来たのに……死に方は、自分で選びたい、のか」

 

 

 自分が嫌になる、でも死ねない。

 あの時、そう願われたから。

 彼女を理由にする自分も嫌だ、だがそれでもだ。

 だから、こそ、俺は……。

 

 

「どうか……私を殺して見せて、見知らぬ勇者(ヒーロー)

 

 

 死ぬつもりはないが、死にたい。

 

 

「それまでは……怪物でも、構わない、ってね」




ボイスチェンジャーとかを使用した際の声の表現の方法どうすれば良いんですかね?
今の所「《》」と言った形式で表すつもりですが。
魔力の詠唱なんかと合わせるとセリフがとんでもない事になるのでちょっと……ねぇ。


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血に塗れて、青春が始まる

「……潜入調査?」

 

「ああ、そう言う事になる」

 

「イキナリ、ダナ」

 

「それに関してはすまないね。俺もこの段階でそこに踏み切るつもりは無かった」

 

「……襲撃、カ」

 

「そう言う事だ。お前らも知っての通り、最近は奴等の兵の質が上がって来てる。魔力持ちはまだ居ないみたいだがな」

 

 

 難しい顔をしたボスが、淡々と事実を説明する。

 うん、そこら辺は俺含め全員が把握してる事だ。

 

 

「俺達基準ではそれ程強いとは言えない。だが……ドクター」

 

「はい、これを見て下さい」

 

 

 そう言ってドクターから差し出されたのは……学校の写真か。

 ……学校?

 

 

「学ビ屋ガ、ドウカシタノカ」

 

「ただの学校ではありませんよ。これは魔力持ちを集めた学校です」

 

「……魔力持ちを?」

 

「ええ。ボスの命により、この学校について調査を進めて居たのですが……この学校は、魔力の扱いを教える、と言う名目で幅広い年齢層の人材を集めているそうです」

 

 

 ほー……合理的ではあるか。

 魔力の発現は、年々容易に、そして頻繁に起こるようになって来ている、まるで魔力自体が人に馴染み始めたかの様に。

 ……俺や彼女達みたいに無理矢理発現させられるのはレアケースである、と言って良い。

 

 

「現時点では、襲撃隊に組み込まれる様子はありませんが……そう遠くない未来に、志願制で組み込まれる日が来る可能性があります」

 

「……と言う事で、だ。お前には、あの街に生徒として行ってもらう」

 

「……」

 

 

 ……ん?

 こちらを見るボスと、ドクター。

 そういや俺、ちゃんと呼ばれる名前とか持ってな……いや待って?

 

 

「……え?」

 

「お前にしか出来ないから、頼むぞ」

 

「いや、待って……」

 

 

 潜入調査と言われても、まず大前提としてバレない事が必要な訳だが、俺は……。

 

 

「……顔、バレるよ。確実に」

 

 

 灰の髪に、青い目。

 おまけに俺はほとんど表情が変わらない、いくら五年も経っているとしても、これだけあれば、少なからず疑われる。

 

 

「ああ、それに関してはこれを」

 

 

 そう言ってドクターから渡された眼鏡。

 

 

魔瞳(まどう)封じの眼鏡です。それをかければ多少マシかと」

 

 

 へえ、そんな物あったのか。

 ちなみに魔瞳、と言うのは例のモヤが見える体質の事だな。

 それはそれとして……眼鏡かけただけで騙せる程印象変わるか……?

 

 

「ああ、戦闘などの際には外して頂けるとありがたいですが」

 

「それじゃダメじゃないかな……?」

 

「容姿に気を遣えば色々と印象は変わる筈だ。そして……後一年で出来る限り表情を作れる様になれ」

 

「え」

 

「作り笑いだとかの偽物で良い。そうすれば、()()()のお前の印象から自ずと離れるだろう」

 

「……了解」

 

「……気負う必要はない、楽にしておけ」

 

 

 その後、学校での使用する魔力や戸籍、名前など……俺が学校に行く為の準備は着々と進んで行った……行ってしまった。

 

 そして一度、違和感が無いのかのチェックを行う……つまり、変装してみる事となった。

 

 

「……これで、良いの」

 

「ああ……面白いな、髪型と眼鏡だけでここまで変わるか……表情はどうだ」

 

「ん……こう?」

 

 

 微笑み程度だが、鏡の前で格闘して作った笑顔である。

 笑ってないのに笑うの、意外と難しい物なんだな。

 まあ面白い事があっても笑わない顔だからかも知れないが。

 

 

「お、おお……なんか違和感凄いな。寒気すら覚える」

 

「違和感の塊ですね」

 

「誰ダ」

 

「引っ叩くよ?」

 

 

 失礼過ぎだろ。

 特にオーガ、工程見てるんだから誰なのか程度分かるだろ、おい。

 ……ああ、オーガは鉄鬼人(オーガ)、と呼ばれるカタコト人間。

 以上……この人事はそんな知らないんだよな。

 初めて会った時、見た目にそぐわない優しい態度に、無表情ながら驚いた記憶がある、その程度。

 

 

「失礼……ふむ、これなら最低限の変装は出来た、と言った感じか」

 

「……まあ、うん」

 

「笑顔はこれから慣らして行くとして……じゃあ、名前だな」

 

 

 ……名前か。

 レイ、と言うのは番号から取ったあだ名だ、名前にも出来るが潜入調査には向いていないだろう。

 魔力を使える、なら、あの二人は絶対入学しているだろうから。

 

 

「……うん」

 

 

 自然と、体がこわばってしまう。

 レイを捨てる……いや、とっくの昔に捨てたんだ、今更拾うな、未練を持つな。

 そう考えていると……体は不思議と落ち着いた。

 ……どんな名前でも、こい。

 

 

「お前の、名前は……」

 

 

 

△△▲△△

 

 

 

 そして舞台は、殺伐とした血の世界から、移り変わる。

 

 

「おーし、お前ら喜べ!今日は新しい転校生がやって来るぜ!」

 

「えっ!」

 

「センセー!男ですか?女ですか!」

 

「男だ!……と、言いたい所だが、女だよ」

 

 

 その言葉に男子生徒達はより騒がしくなる。とは言え女子生徒達も、新しい学友(なかま)の存在に、興奮を隠せない様子である。

 

 

「おーおー、一丁前に騒がしくしやがって、ったく……おーい、入って来いよ」

 

「分かりました」

 

「え……」

 

「……」

 

 そう答え入って来た彼女は、そのまま止まる事なく教卓の前まで進んだ。

 そして騒めく彼らを傍目に、黒板に何かを書き記す。

 ……彼女が書き終えると同時に、誰かが教室に駆け込んで来た。

 

 

「遅れまし……た……!」

 

「あ……如月(きさらぎ)涼音(すずね)、よろしくね」

 

「……あ、よろ……しく?」

 

 

 薄い笑みを浮かべる少女に、戸惑いながらもしっかりと相手を見ている少年。

 

 これが……後に、英雄と怪物と称される事となる、二人の英雄譚(ものがたり)の、始まりの一ページ。

 血に濡れた序章(プロローグ)が終わり、英雄と怪物(しょうねんしょうじょ)は既に出会い、関わった。

 

 彼らの出会いが、果たしてどの様な過程をもたらすのか。

 

 

 ……そして、怪物にどの様な(おわり)をもたらすのか。

 

 

「……レイ、ちゃん……?」

 

 

 それはまだ、誰にも分からない。




プロローグ終わり。
次話からほのぼの?学園ストーリーの始まりです。
正直、日常タグがニートになってそうで怖い。
残りを書き切ったので文字数は少なめです。


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束の間に、されど忘れられぬ平穏を
陽だまりの世界に、馴染めるか


「……どれだけ見ても、普通の街だね」

 

 

 仕事に向かうであろう人や、学校に向かうランドセルを背負った子ども達。

 ……ここだけ見ていると、前世に戻った感覚がしなくも無い。

 残念ながら、俺の性別は女だし、この街の外は未だに荒廃していると言い切れる状態だ。

 

 

「……前世、か」

 

 

 学校に行って、面接を受けて、働いて。

 死に方だけは普通じゃ無かった俺。

 優しい両親や、妹に、その時仲の良かった友人達は、もう居ない。

 

 その事を振り返っても、そうなんだとしか、思えない。

 悲しさも、後悔も、怒りも……不思議な事に一つも湧いて来ない。

 ……ん?あんな所で何をしてるんだろうか。

 

 

「兄ちゃん……」

 

「あと、少し……!」

 

 

 木に引っかかった風船を、取ろうとしているのか。

 木に登っている方は……見た感じ、俺と同じ学校の生徒らしい、年は……どうだろうか、男は大体、この時期が二次成長期だろ、判断しかねる。

 

 

「……あ、取れた」

 

「ふぅ……はい、これ」

 

「わぁ!兄ちゃんありがと!」

 

「……ああ、もう手を離すんじゃないぞ」

 

「うん!分かった!」

 

 

 お人好しだな。

 もう少しで始業式が始まるんじゃないか、と言う時間に、のんびり人助けをするとは。

 俺は転入、と言う形だから、のんびり街を見ながら登校出来ている訳だが。

 

 

「……」

 

「……あ」

 

 

 相手は、こちらをじっと見ている。

 ……不審者ではないとだけ伝えよう、うん。

 

 

「えっと……見ててごめんね、嫌だった?」

 

「……あ、いや、その……」

 

 

 ?

 返答に困った様子で、口籠るお相手くん。

 俺の顔に何か付いているんだろうか。

 

 

「……うちの学校の制服着てるけど、こんな所に居て良いのかなって」

 

「あー……確かに?」

 

 

 他人から見れば、転入生か在校生かなんて判別出来ない訳で。

 お相手目線、時間ヤバそうなのにこちらをじっと見ている不思議な女の子って感じなのか。

 ……と言うか。

 

 

「そう言う君こそ、大丈夫?」

 

「……あ」

 

 

 同じ服を着ていると言う事は、だ。

 相手も時間がヤバい訳で……あ、明らかにヤバいって顔してる。

 

 

「……急いだ方が、良いんじゃないかな……って、あらら」

 

「ヤバい!急げ俺!遅れたら……!!」

 

 

 何か約束事でもあったらしい、既に走り去っていた。

 早いなー……あれ、止まっちゃった。

 急に止まった、彼の視線の先に居るのは……さっきの少年より小さな、泣いている女の子。

 

 ……そう言う星の元にでも生まれたんだろうか、彼は。

 焦ってるのに、女の子をどうにかしようとしているが、逆に泣かせてしまっている、どうやら解決策が浮かんでないらしい……しょうがないか。

 

 

「大丈夫?」

 

 

 しゃがんで、女の子に目線を合わせ、出来る限り優しく語りかける。

 

 

「うぅ……おねえ、ちゃん……」

 

「お母さん達、どうしたの?」

 

「おかーさんと、はぐれちゃった……」

 

「家までの、道とか分かる?」

 

「分かんない……おかーさん、どこぉ……!」

 

 

 寂しいのか、一気に泣き出してしまった。

 ……って、そうだった、こっちもだった。

 彼は……困惑しながら棒立ちしている、いや何してんのさ。

 

 

「……早く行きなよ」

 

「!……だけど、その子が」

 

「この子は私がなんとかするから……遅れたら、大変なんでしょ」

 

「……悪い、助かった!」

 

 

 意図を察したのか、一気に走り出して行ってしまった。

 ……よし、あとはこの子だな。

 

 

「……大丈夫、お母さんはすぐに見つかるよ」

 

「……ほんと?」

 

「本当だよ、お姉ちゃんに任せて」

 

 

 

△△▲△△

 

 

 

 あの後泣いていた女の子を、どうにか元気付けながら母親らしき人を見つけ、学校までたどり着いた。

 朝から風船が引っかかった少年に、迷子の女の子って……何と言うか、濃い一日だな、まだ終わってないけど。

 

 

「……すいません、今日転校してきた如月(きさらぎ)です」

 

「ん?ああ、転校生か……小田(おだ)センセー!転校生が来ましたよー!」

 

 

 どうやら小田先生……と言う人が、俺の担任になるらしい。

 変な人でなければ良いんだが、どうだろうか。

 

 

「はいはいっと……おお、こりゃまた顔が良いのが来たもんだ」

 

「如月です、よろしくお願いします、小田先生」

 

「おう、よろしくな……ちょうど良いな、そろそろHRの時間だ。案内するから着いて来てくれ」

 

「分かりました」

 

 

 どうやら良い人だったらしい。

 イケオジ?と言う風な先生だ。

 小田先生に案内され、校内を歩いて行く。

 

 道中、教室側から視線を感じたりもして、学校だなーと言う感じを前世振りに味わったりもした。

 転校生と言うのは得てして珍しい者であり、好奇の視線に晒される者だと言う事を、改めて思い知った。

 

 

「着いたぞ、ここが俺の担当で、これからお前が過ごす教室だ、覚えといてくれ」

 

「分かりました」

 

「後は……そうだな、俺が呼んだら教室に入って来て、自己紹介を……って感じだ、大丈夫か」

 

 

 小田先生に了承の意を伝え、呼ばれるまでの間に学校について考えてみる。

 まだ新しさを感じさせる建物に、多いとは言えないけど確かな数居る教員。

 全員が魔力を持っているとしたら……うーん、大丈夫かなうちの組織、殲滅されない?

 

 

「……おーい、入って来いよ」

 

 

 ……ダメだな、今はとりあえず、自己紹介だ。

 返答し、教室に入る。

 俺を見て騒めいている、そんな珍しいか?

 黒板に名前を記し、自己紹介しようとして……誰かが、教室に駆け込んで来た……あらら、彼は……。

 

 

「あ……如月涼音、よろしくね」

 

「……あ、よろ……しく?」

 

 

 息も絶え絶え、見るからに急いで走ってた、と分かる、その姿。

 ……何で俺より教室に来るのが遅いんだろうか、追い越した?

 

 

「まーたお前か」

 

「すみません、色々ありまして」

 

「おう、とりあえず席座っとけ」

 

 

 どうやらそれなりに常習犯らしい、彼は。

 ……毎回人助けをしているんだろうか、色んな意味で凄いな。

 

 

「如月の席は……おお、遅刻魔の隣か、ちょうど良い目印だな」

 

 

 ふむ、彼の席の隣……おお、窓際の席か。

 それと同時に、クラスの男子達が……?

 

 

「またお前か陽真(はるま)……ッ!」

 

「クソッ!何で陽真ばっかり……顔か、顔なのか……!?」

 

 

 わあ、凄い。

 まるで小説のワンシーンだな、これ。

 陽真、と呼ばれたお人好し君は、どうやら顔の良い女子と仲が良いらしい。

 良い事じゃないかな、俺に惚れられる危険性が無いだけその方が良い。

 ……なんて考えながら、疲れた顔をしている、件の彼の隣の席に座る。

 

 小田先生が新学期についての説明を行っている、先生は生徒にとても親しまれている様で、オダセンだとか言われ、すごく絡まれている。

 だが冗談混じりに返答しているのを見ると、こう言うのはいつもの事らしい、良い先生だな。

 

 

「……さっきは、ありがとな」

 

「ん?ああ……目の前で立ち往生されてたら、流石にね」

 

 

 そう返すと、苦い顔をする……陽真(はるま)君、だったか。

 

 

「いや、あれは……俺が話しかけたら、余計に泣き出しちゃってな……」

 

「親が居なくて不安だったんだと思うよ、あの後もずっと泣いてたからさ」

 

「……と言うか、転校生だったんだな」

 

 

 ……誤魔化したな。

 まあ良い、そんな深掘りする様な話でも無いからな。

 

 

「うん、私は始業式の後で良かったんだけど、思ったより早めに家を出ちゃってさ、それで街を見ながら登校してたら……」

 

「……そりゃ不思議に思うか」

 

「そうだよ、まあ……流石に同級生だとは……」

 

「おいこら遅刻魔と転校生早速イチャイチャしてんじゃねぇぞ?」

 

 

 あ、そういやHR中だった。

 小田先生にバレてしまった。

 

 

「すみません、小田先生」

 

「すみません……後、イチャイチャする程如月とは仲良くないっすよ、小田先生」

 

「はっはっは!冗談だよ」

 

 

 また、恨みの視線を集める彼、主に男子から。

 まあ恨みと言ってもそんな大した事じゃ無いから大丈夫だろう。

 

 

「っと、後は自由時間だ、転校生に質問するなり、友達と会話するなり好きにしな」

 

「よっし!なぁ如月さん!この後……」

 

「ねえねえ、どこから来たの?」

 

「その髪綺麗だねー」

 

「俺は……」

 

 

 うわ、凄い人数。

 ……だがまぁ、これなら何とか学校生活は送れそうだな、うん。




あれ、あんまり進んでない気がする。
まぁ気にしない気にしない……うん。
それはそうと、名前のルビ振りって、全話共通で最初の一回だけで良いんですかね。

※各話最初の一回ずつに変更しました。


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久しぶり……とは、言えないけれど

「……終わった、かな」

 

 

 クラスメイトからの怒涛の質問攻めを、何とか捌けた……か?

 捌けただろう、うん。

 ただ結構疲れたな、練習していたとは言えど、喋り方や表情に違和感は無かっただろうか。

 

 

「……お疲れ、如月(きさらぎ)……騒がしかっただろ、あいつら」

 

「確かに賑やかだけど、みんな良い人なのは、何となく分かったよ」

 

「疑うって事を知らないからな」

 

 

 悪意みたいな感情は一つも感じられなかったしな……分かる範囲で、だが。

 まあ、人が良さそうだし、騙されやすそうだ……隣の席の彼も含めて。

 そう言った意味を込めて彼を見つめて見る。

 

 

「……何だよ」

 

「何でも無いよ、お人好し遅刻魔さん」

 

「ぐ……あの時は偶然が重なっただけだ」

 

「ふーん……小田(おだ)先生がまた、って言ってたけど?」

 

「それは……その……」

 

 

 言葉に詰まり、何も言い返せなくなる陽真(はるま)君。

 揶揄い甲斐がある、と言うのはこの事か。

 ……おや、向こうから、誰……か……。

 

 

「陽真君」

 

「ん?おお……どうしたんだ、日菜(ひな)

 

「えっと……その、如月、さんに用があって……」

 

 

 ……参ったな、早速出会った、と言うか……顔の良い女子って彼女達の事だったのか。

 

 

「……私に、何か?」

 

「……うん、それで陽真君には……」

 

「あー……了解、席外しとく」

 

「ごめんね」

 

 

 目の前に立たれると、どうしようも無い懐かしさを感じてしまう。

 六年振り、なんて言う事は出来ないし、するつもりも無いけどな。

 ……ハルに、アリス。

 

 

「……レイ、ちゃん?」

 

「……ごめんね、それは多分、私じゃ無いよ」

 

 

 そんな悲しまれると……なぁ。

 やめてくれよ、こっちまで辛くなる。

 

 

「……そう、だよね……ごめん、人違いだったみたい」

 

「大丈夫……まあ、この髪と目の色は珍しいから、その人もきっと見つかると思うよ」

 

 

 どの口が言ってんだ。

 ……。

 落ち着け、ここで暴露しても何にもならない。

 ……俺は組織の人間で、彼女達は、もう無関係だ。

 

 

「……」

 

「えっと……私の名前は如月涼音(すずね)、貴女達は?」

 

「あ、私は花見(はなみ)日菜、で……こっちが」

 

「……伏木(ふしぎ)有栖(ありす)です、よろしくお願いしますね、涼音さん」

 

「花見さんに、伏木さん……よろしくね」

 

 

 ふむふむ、ハルは日菜で……アリスは、そのまま有栖か。

 どっちも良さそうな名前を貰えたんだな、良かった良かった。

 

 

「日菜」

 

「……え?」

 

「日菜、だよ……苗字じゃなくて名前で呼んで欲しいな」

 

「……日菜さ」

 

「呼んで欲しいな、涼音ちゃん」

 

「……日菜ちゃん、ハイ……」

 

 

 押しが強いのは変わらないな!?

 ……結局、アリスの方にも名前呼びをする事となった、うーん……。

 

 

「……何だ、結構仲良く出来てるな」

 

「あ、陽翔君」

 

「日菜達が深刻そうな顔でこっち来た時は心配だったけど、杞憂だったみたいだな」

 

「私達の勘違いだったみたいです」

 

 

 そろそろ良いと判断したんだろうか、陽真君も帰って来ていた。

 ……そう言えばこの三人ってどう言う関係なんだろうか。

 

 

「君達三人って、どう言う関係なの?」

 

「どう言うって?」

 

「いや、転校生(わたし)から見ても仲良いのは分かるけど、付き合ったりしてるのかなって」

 

「「!?」」

 

「……付き合ってねぇよ、()()()幼馴染だ……家が隣なんだよ、俺達」

 

「「……」」

 

「あー……そう言う事なんだ、納得」

 

 

 おっけいそう言うタイプね把握した。

 しかし二人の反応よ。

 一瞬で顔を真っ赤に染めたと思えば、次の瞬間、そんなぁ……みたいな顔に早変わり、失礼なんだけど……ちょっと面白いな。

 

 しかしまあ、このお人好しが相手ならどっちが結婚したとしても安定しそうだな、安心安心……ん?

 いや誰目線だよ俺、人の恋路に俺が何か言う権利は無い。

 

 

「そう言えば、如月」

 

「……ん?どうしたの」

 

「学校の案内ってされたか?」

 

「あ、まだかも……お願いしても良いかな、三人とも」

 

 

 簡単な図は組織の方で覚えたけど、こっちに来るのは初めてなんだよな、俺。

 丁度良い、確認したかった所だ。

 

 

「あ……ごめんね、今日は用事があって」

 

「……私も、この後は難しいです」

 

「俺は大丈夫だな……っし、じゃあ俺が連れて行くよ」

 

「「え」」

 

「……何か問題あったか?」

 

 

 あー……どうしたら良いんだこれ。

 他の人に頼みに行ける程交友関係広くもないけど、二人の心境は何となく察せるしな……どうしよう。

 

 

「……いえ、何も問題ないです」

 

「あ、うん!大丈夫だと思う……」

 

「?……そうか」

 

「あー……じゃあ、お願いするね」

 

「おう」

 

 

 

△△▲△△

 

 

 

「ここが音楽室、であの向こう側にあるのが美術室だ」

 

「へー……結構広いんだね」

 

「広いだけだよ、空き教室も結構残ってるしな……今なら部活作り放題って所だな」

 

 

 ふむ……まあそこら辺は関係無いな。

 

 

「如月は、部活入ったりする予定あるのか?」

 

「うーん、今の所作ったり入ったりする予定は無いよ」

 

「そうか」

 

「これで、教室は全部かな」

 

 

 結構普通の学校してたな。

 模範的な学校にある教室は大体あったし。

 

 

「……あ、そうだ」

 

「?」

 

「如月、まだ時間あるか?」

 

 

 何かを思い付いた、と言う顔で時間を聞いて来る彼。

 ……何を企んでる?

 いやまあ、予定はないけども。

 

 

「あるけど」

 

「……じゃあ、ちょっと来てくれ」

 

「……どこに行くの?」

 

 

 そう聞くと彼は、自信ありげにこう答えた。

 

 

「秘密だよ」

 

 

 

△△▲△△

 

 

 

「ここだ」

 

「……って、屋上じゃん」

 

 

 どこが秘密なんだろうか。

 生徒なら誰でも来れるだろここ。

 

 

「秘密だよ……ここ、生徒立ち入り禁止だからな」

 

「ええ……転校生に、初日からそんな場所教えるかな、普通」

 

「良いだろ、それに……景色、見てみろよ」

 

「景色……?」

 

 

 そう言って彼が指差した方向を見てみると……おお。

 

 

「この学校、街の中心部だからな……見渡せるんだよ、街を」

 

「……確かに、綺麗だね……秘密にしてでも来たくなるかも」

 

「だろ?」

 

 

 この景色を見てると、世界が荒廃したなんて嘘に思える。

 ……そう言えば。

 

 

「ねえ、お人好し君」

 

「?おう」

 

「私の名前は如月涼音」

 

「……だな?」

 

「……」

 

「……何だよ」

 

 

 うーん、鈍いと言うか、何と言うか……。

 この鈍さは確かに厄介だ、頑張れよ日菜、有栖。

 

 

「名前、教えてよ」

 

「……あ」

 

「私、まだ君の名前は聞いてないなーって思ってさ」

 

「そうだったな……忘れてたわ」

 

「忘れたらダメな気がするけど……?」

 

 

 あ、誤魔化す気だ。

 ……なんか既視感を覚える光景だなぁ。

 

 

「……俺の名前は藤堂(とうどう)陽真……陽真で良い」

 

「それと……今日は一日、ありがとね」

 

「……あん時のお礼だよ」

 

 

 あの時……朝の事か。

 律儀だなぁ……いや、お人好しだったな。

 

 

「それでも、ありがと」

 

「……おう」




プロローグまでとは大違いですね本当に。
日常タグ付けてるし多少は……うん。
所々暗さがあるのは気にしないで下さい、過去が過去です。


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陽だまりの中でさえ、輝く眩しきモノ

 この学校に通い始めて……既に一ヶ月、分かった事が色々あった。

 まず、この学校はそこまで魔力に重点を置いていない、と言う事だ。

 集めて居るのは暴発した時に対処しやすくする為、と言う風の意味合いが強い様に見える。

 次に……。

 

 

「おい陽真(はるま)!聞いたか!?」

 

「何をだ」

 

「あれだよあれ!隣のクラスで……!」

 

「……ああ、それなら……」

 

 

 彼、陽真君は中々人気者だと言う事だ。

 男子には言うまでも無く、女子には……まあ明らかな先約者じみた二人が居るから、恋愛感情とまでは行かないが、好意的に見られて居る事が多い。

 まあお人好しだし、その所為で遅刻する様な人間だし、嫌われる事なんて早々無いか。

 

 

「あ、如月(きさらぎ)さん」

 

「……ん、どうしたの?」

 

「丁度良かった、ここなんだけど……」

 

「ああ、そこならここを、こんな風に分解してから、計算したら簡単だと思うよ」

 

「あー!ありがとう!」

 

「どういたしまして」

 

 

 分からない点を聞きにきてくれる程度には、クラスでも馴染めて居るんだと思う。

 いやもっと聞ける人居るだろ、とは思ってはいけない。

 

 

「……だよな、やっぱりお前」

 

「……うるせえ」

 

「はは、おもしれー」

 

「違ぇっての、さっさとあっち行ってろ」

 

「はいはい……お!如月さーん!」

 

「?」

 

「ちょ、お前……」

 

 

 あれ、何かお呼ばれしたな。

 てっきり陽真君と二人で話してると思ったんだが。

 

 

「どうしたの、二人とも」

 

「いやこいつがさ、そろそろ花見さんと伏木さんのどっちかに決めるって言うんだが……」

 

「え?そうなの?」

 

「そうそう、それで」

 

「……何言ってんだ、壱成(いっせい)

 

「まあ任せとけって!……だがこいつ、ちょっとあれだろ?」

 

「あれ?」

 

「ほら、その……色々鈍いと言うか、さ?」

 

 

 ……あー、なるほど。

 

 

「確かに」

 

「おい」

 

「それでさ、同性である如月さんが、こいつの異性への贈り物の選び方を教えてやって欲しいんだわ」

 

 

 ふむ、厳密に言えば中身異性じゃないんだけどな。

 体が体だから女性扱いされるのはもう色々諦めたが……参考になるか?

 

 

「参考になるかは怪しいけど、それで良かったら」

 

「いや待て、そもそも俺は……」

 

「ありがとよ如月さん!近くの大型ショッピングセンターとかだったら、ある物は大抵あるからさ!」

 

「うん、じゃあまた後でね、陽真君」

 

「いや、ちょっと待……」

 

「わー!後でこいつの事よろしくな!」

 

「?……うん」

 

 

 何か騒がしいな壱成君とやら、まあなんだかんだで仲良さそうではあったけど。

 

 

「どう言う事だ壱成……」

 

「だってお前、贈り物とかどうせ……」

 

「……だが、あの言い方は……」

 

「まあまあ、そこは後で、な?」

 

「……面倒な」

 

 

 何か言い合ってんなー……まあ多分、どっちかに決めるとかは嘘なんだろうから、そこら辺かな。

 決める、決めないの段階に居るんならあそこまで鈍くないと思う……多分。

 贈り物、と言う点は多分あってるんだろう。

 ……何はともあれ、これで少しでも縮まってくれたらありがたいかも。

 

 

 

△△▲△△

 

 

 

「ここ……で、あってるよね、ショッピングセンター」

 

「ああ、あってるよ」

 

 

 放課後、ショッピングセンターへと来た私達。

 大きいな……と言うか前世のと大差無い、凄いな。

 

 

「おおー……来るのは初めてだから、迷いそうだね」

 

「……そうなのか?」

 

「あ……うん、私はここからちょっと遠めな所に住んでたから」

 

「……そう言う事か」

 

 

 そうだった、俺は魔力が発現してこの学校に来た、って設定だったな。

 緩み過ぎたな……何とか今回は誤魔化せたが、学校はともかく、その他で安易な発言は控えた方が良さそうだ。

 

 

「って、私の事より贈り物だね」

 

「あー……それは……」

 

「あ、嘘なのは分かってるよ」

 

「な」

 

「憶測だけど……お返しか何かで、二人に贈り物するけど、どうしようか、ってのを林田(はやしだ)君が茶化しながら私に頼んで来た……って所かな」

 

「……大正解、よく分かったな」

 

「これくらいはね……それにしても、良い友達だね、林田君」

 

 

 形はどうあれ、友人の悩みを真摯に受け止めて、解決策を作ってる。

 しかも当てずっぽうとかじゃ無くてしっかりとしたのを。

 ……頼った相手は悪いけど。

 

 

「……まあ、悪い奴じゃ無い」

 

「……こう言う所、男の子は素直じゃ無いって言うんだろうね?」

 

 

 女子目線、もとい第三者目線から見るとよく分かる。

 どちらも人が良さげだし、類は友を呼ぶんだろうね。

 

 

「違うっての……さっさと行こうぜ」

 

「うん、まずはどこに行くのかな」

 

 

 歩きながら、二人への贈り物について話し合う。

 

 

「……アクセサリー系の所だ」

 

「ふむ、何を送るの?」

 

「……髪留め、ってかそう言う系、だな」

 

「へー……具体的には、どう言う?」

 

「あの二人……おんなじ色の髪紐を使ってんだよ、丁度……ああ、初めて会った時の如月の奴みたいなの」

 

「え」

 

「……どうかしたか?」

 

 

 ……。

 ……これか。

 まだ使ってたんだな……あの二人、一緒にいた頃から付けてたってのに。

 俺は仕事柄、付けずに保管してたのを、この為にって、感じだが……。

 まあ、二人が同じ教室って分かって、すぐに変えたけど、な。

 

 

「……大丈夫か?」

 

「あ、ごめんね……教室では見なかったからさ、同じ紐使ってるとは思わなくて」

 

「……如月が来るちょっと前に切れたんだよ、二人同時に……何か、誰かとの思い出だとかで……」

 

「へー……」

 

「代わりの物も付けようとしないんだが、悲しそうなあいつらを、流石に見てられなくなってな」

 

「……それで、なんだ」

 

 

 ……どうしようか。

 想像以上に重い。

 勝手に離れて行った奴なんて、すぐに忘れてくれれば良かったんだがな。

 

 

「とりあえず、お店に行こう」

 

「……いや、目の前がその店だ」

 

「え?」

 

 

 そう指摘されて、目の前を見ると……あ、本当にそのお店だ……周り見えてなかったか、集中しなきゃな。

 

 

「じゃあ、中の物を見て回ろうよ、何か良いものがあるかもだし」

 

「……だな、行くか」

 

 

 そう言ってお店の中に入る。

 おお、本当に色々あるな。

 

 

「いらっしゃいませー……何をお探しなんですか?」

 

「あ、彼の幼馴染二人に送る物を探してまして……」

 

「なるほど……失礼ですが、お二人は付き合って」

 

「「ないです」」

 

 

 いきなり何を言ってるんだ?

 

 

「……分かりました、それでその幼馴染さん達に、どんな物を?」

 

「髪紐のような物……二人とも、それをとても大切にしてたので」

 

「……」

 

「ふむふむ……少々、お待ち頂けますか?」

 

「あ、はい」

 

 

 そう言って店員さんは奥に入って行った。

 俺が選んで良いものかとは思ってたから、二人で進めてくれたのはありがた……ちょっと待て?

 

 

「……陽真君?」

 

「!?」

 

日菜(ひな)ちゃんに、有栖(ありす)ちゃんも……」

 

「な、何で二人ともここに……?」

 

「……ちょっとした用事です、それでお二人らしき人を見かけまして、追いかけて来ました」

 

 

 あ。

 ヤバい、確実に勘違いされてる顔だこれ。

 

 

「「「「……」」」」

 

 

 沈黙。

 ヤバい、何がって俺が陽真君と勘違いされてるのが。

 ただでさえ髪紐の件で負い目が凄いのに、これ以上は……。

 

 

「お待たせしまし……あら、お二方もご一緒でしたか」

 

「あ、この前の店員さん」

 

「……この前?」

 

「ええ、二日前に、お二方からご相談がありまして……先程彼のお話を聞いたのと似たものでしたので……もしやと思い、こちらを」

 

 

 そう言って店員さんが持って来ていたのは……。

 

 

「髪紐、ですね」

 

「ええ、髪紐です……それも、三つで一つの」

 

「三つで、一つ?」

 

「はい……皆様は、雪月花……と言う言葉を、ご存知ですか?」

 

 

 雪月花?

 それって中国の、あれだよな。

 

 

「古い詩の、言葉ですね」

 

「はい、意味としては、四季折々の美しい自然の事を表します、そこからとって、この髪紐はそれぞれ、雪と、月と、花の、小さな飾りを付けた色違い品になって居て……三つの美しき願いを、と言った感じです」

 

「へー……」

 

「……ですが、飾りの用意が簡単ではない事や、三人……と言う中途半端な数字が仇となりまして……用意出来たのは、この一組だけなんです」

 

 

 そんな由来なんだな、その髪紐。

 ……綺麗だな、特に雪の結晶とか。

 

 

「綺麗……」

 

「綺麗ですね」

 

「三つ……これ、ください」

 

「いえ、差し上げます」

 

「え?」

 

「店長には在庫処分、と言う形で許可はとってありますから、どうぞ」

 

「えっと……良いんですか?」

 

「はい……店員としてこんな事は言うべきではないのですが……美しい友情に、値段はつけられませんから」

 

「ありがとう、ございます」

 

 

 ……良い人だなこの人。

 

 

「ふふ……またのご来店を、お待ちしております」

 

 

 

△△▲△△

 

 

 

 夕焼け空の、帰り道。

 ……何か途中から黙ったままだったなぁ。

 あの良い人店員さんには、また来る事を約束させられた気がしなくもないが。

 

 

「良かったな、二人とも」

 

「……うん」

 

「はい」

 

「陽真君達もありがとね、私達の為……だったんだよね」

 

「私はただの付き添いだよ、お礼なら陽真君に」

 

「それでもありがとう……あと、これ」

 

 

 そう言って差し出されたのは……え、待ってくれ?

 

 

「え、いや……受け取れない、けど」

 

「大丈夫です、受け取って下さい」

 

「いや、でも……大切なんじゃ」

 

()()()()()……ね?」

 

 

 ……あの。

 目が怖いんですよ日菜サン。

 バレてないよね?

 後ろに居る有栖からも何だか圧を感じる……感じない?

 

 

「え、えっと……じゃあ、受け取っとく、ね?」

 

「……良かったな、如月も」

 

「……うん」

 

 

 バレてないかは心配だがな。

 ……まあ、嬉しくは、思う。

 

 ……美しき願いを、か……。

 俺には、そんな綺麗な物を受け取る資格なんて、ないのにな。




ご察しの通りだと思って貰って大丈夫です、何がとは言いませんが。
ゆっくりですけど、進んでいる……と思います。
まあ、急がないと行けない理由もないんですけどね。


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戦いにおいて、友情は毒となる

「おー、意外と集まってんのな……ん?如月(きさらぎ)、お前も参加するのか」

 

「あ、いえ……私は見学です」

 

 

 髪紐に何かあっても嫌だしな、どうあっても今日は不参加だ。

 今日の授業は希望者参加型の模擬戦闘、何かあった時の為の場所とは言え、やはり政治的な意味では、組み込む事も視野に入るんだろう。

 

 

「魔力がどんな物なのか、と言うのを見ておきたかったので」

 

「おーおー、あんま面白いもんでもねぇとは思うが……ま、不用意に近付くんじゃねぇぞ」

 

 

 (生徒の)魔力がどんな物なのか、だけどな……俺は初めて見るし。

 俺は兎も角、万が一彼等が強くなり組織と敵対した場合、幹部達との相性とかは重要だ、場合によっては報告しないといけない。

 

 俺が参加しても……なんだよな、学校生活で使える魔力の性質もあるが、何より身バレする、日菜(ひな)達に。

 ……もうバレてる気がしなくもないが……してないよ、うん。

 それにまだ素人って設定だし。

 

 

「じゃあまずは小池(こいけ)林田(はやしだ)だ……ま、ぼちぼち頑張れよ」

 

「うっす!」

 

「オダセンも気を付けてくれよ!」

 

「はっはっは!言うじゃねぇか……始め!!」

 

 

 おー、始まった。

 居るメンバーは……陽真(はるま)に、有栖(ありす)と……ん?日菜……ああ、怪我の治療かな、結構貴重だと思うし。

 将来どうなるにせよ回復の経験は積ませておけば得しかないな、本人にもその他にも。

 ……と言うか、拍子抜けだな、うん。

 

 

「そりゃ!『当たれ』!」

 

「へへっ!当たんねーよ!」

 

 

 ……児戯、って言う程でも無いけど。

 得物が無いのは、まぁ分かる、魔法訓練だし。

 でもなんか……いや、住む世界の違いか、良い加減慣れろ、俺。

 

 

「……そこまで!」

 

「くっそー!当たんねぇ!」

 

「はっはー!避け切ってやったぜ!」

 

「次はちゃんと魔力使えよ林田、訓練にならねぇ」

 

「すんません!」

 

 

 相変わらず賑やかだね林田君、陽真は……わあ、イチャついてる、日菜と。

 あの空気感は間違い無い、この三ヶ月で俺はそれを学んだんだ……結構巻き込まれたが。

 有栖は……あ、ヤバいなんか周りを渦巻いてる……相変わらずの真面目顔だけど、隣の子とか震え上がってるし……あ、二人の方に向かった。

 

 ……うん、見てる分には微笑ましい限りなんだよな、これ。

 だけど場所を考えようか三人とも、周りの女子は微笑ましそうだけど、男子とか殺気凄いよ?

 

 

「相変わらずだなぁ陽真達」

 

「如月さんは混ざらなくて良いのかい?」

 

「……うーん、遠慮しとくよ、林田君」

 

「あれま残念、正妻戦争は二人の勝ち逃げか……?」

 

「二人が幸せになるなら、その形が一番じゃないかな?」

 

 

 一夫多妻だろうが、本人達が幸せならそれで良いだろう。

 まあこの世界でそれを認めるかどうかの法なんて、実質的には機能して無い様な物だけども。

 

 

「それはそうだなー、でも突然現れた転校生が、メインヒロイン枠を掻っ攫って行くってのも王道だと思うぜ?」

 

「あはは、どうあっても私は参加しないよ?」

 

「これは難敵だな、むむむ」

 

 

 俺男だから……中身は。

 あの二人邪魔する気も無いしな。

 と言うか、この体になってからそこら辺は曖昧な上、俺自身が恋愛に興味無い、ってのがあるからな。

 

 

「どうしてそこまで参加させたがるのかな、他の男子は恨みがましく見てるのに」

 

「あー……」

 

「?」

 

 

 ……何かあるみたいだな、これ。

 

 

「いや、そうなりゃあいつも前みたいに笑えるかなーって、思ってな」

 

「……前みたいに?」

 

「俺とあいつって、この世界が()()()()前からの付き合いなんだよ、で、昔はもっと笑う奴だった」

 

「……」

 

「あとは簡単な……って言っちゃ失礼だけどさ、色々あってあいつが大人しくなったんだ」

 

「……そうなんだ」

 

「詳しい事情は、俺の口からは言えねぇけど……あいつは今もそれに……なんつーか……兎に角、笑わせてぇんだよ、あいつを」

 

「……笑わせる?」

 

「そうそう……んで、あいつがどうやれば笑うのかって考えてみた結果……男の幸せと言えば美少女と話す事!ってな訳でどうよ!如月さんも!」

 

 

 事情は分からんけども。

 林田君は陽真君を笑わせたい、だから色々考えた結果日菜や有栖みたいな美少女と絡ませよう、と。

 ……やり方は兎も角友達思いだな、やり方は兎も角。

 

 

「それでも、あの中に突撃させようとするのは、どうかと思うよ」

 

「……確かに」

 

「でもまあ……良いよ、その話に乗せられてあげる」

 

 

 色々アレだけど、日菜達が幸せになる事は前提条件だが、その将来の相手が、幸せになれないままってのもだし。

 方法があってるかどうかを度外視しても、クラスメイトの中で一番仲良いグループがそもそも彼等だから、関わるのは変わらないしな。

 

 

「……サンキューな、如月さん」

 

 

 律儀に礼を言う林田君。

 ……と、色々理由を並べた訳だが、一番は……。

 

 

「……私としても、日菜ちゃん達には幸せになって欲しいから、その為だよ」

 

 

 誰にも聞こえない程度に、そう呟いてから、未だイチャついてる三人の方へ向かう。

 ……まだやってたの?

 陽真の番は……後少しか、まだ間に合うか。

 

 

「相変わらず仲良いね、三人とも」

 

「あ、涼音(すずね)ちゃん」

 

「如月か、どうしたんだ?」

 

「特に理由は無いけど、ダメだった?」

 

 

 割り込む形なのは謝るけども。

 ……ふむ、とりあえず応援ぐらいはしとこうか。

 

 

「……なんてね、もうすぐ出番な陽真君に、一言声掛けとこうかな、って思っただけだよ」

 

「ああ……別に応援される程のことじゃ無いぞ、これ」

 

「……確かに、まあ形の問題って事で」

 

「なんだそりゃ」

 

 

 呆れた様に笑う彼、呆れられても困るんだけど。

 ……と言うか、笑わせるって実際何すれば良いんだろうか。

 まあ今はとりあえず応援しとくか。

 

 

「ファイト……応援してる」

 

「……おう」

 

「「……」」

 

「……よね?二人も」

 

「え!?あ、うん!」

 

「はい、勿論です」

 

 

 危な、後ろから殺気を感じて二人に回した俺、ナイス判断だ。

 こうやって二人を巻き込んでおけば多分被害は少ないと……信じてる、うん。

 

 

「よし……次、藤堂(とうどう)伏木(ふしぎ)!こっちに来い!」

 

「……呼ばれましたね」

 

「そうだな……」

 

「……負けません」

 

 

 二人の対決だったのか。

 ……あ、よく見たら相手の方に有栖の名前がある、見落としてたな。

 だがこれは……有栖があれからどうしてたのかってのもあるが、有栖が勝つ気がする。

 魔力を扱ってた年季だけなら、有栖は俺よりも上だからな。

 

 

「よーし……始め!」

 

「『渦巻いて』」

 

 

 いきなり風を……へえ、小さな竜巻みたいにして、自身の周りに保持出来るのか。

 簡単な盾だな、以前も似た様な事はしてたが、あれなら破られようとも自身に被害は無いし、更には……。

 

 

「……『迎え撃て』」

 

 

 飛び道具にもなる、って寸法か。

 風の刃程の殺傷力は無いにせよ、便利だし今の状況ならそっちの方が良いし……強いな、これ。

 はてさて、陽真君の方は……え?

 

 

「……な」

 

「……やっぱり流石、です」

 

「……大丈夫か、怪我とか」

 

「……多分大丈夫です」

 

「勝負あり!そこまで!」

 

 

 ……何が起こった?

 俺が陽真君の方を向こうとしたら、既に有栖の懐にまで潜っていた。

 

 

「光速で、動いたんだよ」

 

「……え?」

 

「陽真君の魔力、光を操作出来るんだ、それで光の速さで有栖ちゃんの所まで行ったんだよ」

 

「ッ……それは、凄まじいね」

 

「うん、先生にも、不意をつかれたら誰も勝てないんじゃ……って、言われるくらいの、凄い魔力だよ」

 

 

 ……光の速さ……そうか、それなら……?

 私が時を止めるより、彼が速く私を狙える、と言うことになる。

 

 

「……そっか」

 

「……?」

 

 

 つまり、私を正々堂々殺せる可能性がある。

 魔力は、その効力を大きく発揮させる場合、言葉にして発音するのがセオリーだ、今の所は。

 詠唱、と呼ばれるソレは、途中で途切れさせられたりすれば勿論魔力は発動させられない。

 極論、詠唱させる前に殺せたら勝ち、そう言う点で私の時間停止はかなり強い。

 

 だが、出来なければ、弱い。

 そこら辺が不便なんだが……無詠唱になると、途端に魔力操作の難易度が跳ね上がるんだよな、原因も分からない。

 言葉にする事でイメージを単一化しやすい、逆に言葉にしないと自身の他の考えと混ざって上手くいかない、と言うのをドクターが言ってたが。

 まあ、隠れて発動すればそんなデメリットは無いに等しいけどな。

 

 

「……彼なら……?」

 

「……涼音、ちゃん?」

 

「……どうしたの?」

 

「いや、えっと……ぼーっとしてたから、体調悪いのかなって」

 

「……ああ、大丈夫だよ……一瞬の事過ぎてびっくりしてただけだから」

 

「そうなんだ……良かった」

 

「……とりあえず、怪我してるかもだし、行ってあげて」

 

「あ、うん!」

 

 

 ……。

 彼なら、俺を殺せるんだ。

 ……彼はそれを望まないだろうと言うのは、この三ヶ月で良く分かっている事だが。

 そうだとしても……良いな、うん。

 

 

「……英雄に、なるのかな、君は」

 

 

 願うならば……なって欲しいが。

 そして俺を……怪物(あく)を切り裂く光に、なってくれるとありがたい……なんてね。

 

 

「……淡い希望だなぁ」

 

 

 彼が敵になるとは限らない、そう言う可能性があるなー、程度が丁度良いだろう。

 

 ……だがもし、そうなったら……。

 

 

「私は、どんな意味を持って死ぬのかな、ねえ……」

 

 

 陽真君?




主人公は重い奴()。
世界観や展開的にこうなる事は何となく分かってたけど、実際書くと重いですね……。


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裏の馴染み深さは、変わらない

《すまないな、いきなり呼び出す事になって》

 

「大丈夫……で、ここがどうしたの?」

 

 

 緊急の案件があるからとある場所まで行って欲しい、と言う事をボスに伝えられ、その場所に来た訳だが……。

 

 

《ああ、色々言いたい事はあるが、まずその場所についてか……》

 

「……支部の一つ……だよね、ここ」

 

《正確には支部だった、だな》

 

「と言うと……」

 

《占拠された、いつもの奴らに》

 

「やっぱり」

 

 

 支部、と言っても旧幹部達の色が濃く残る残骸の様な物だが。

 こう言う幅広くある支部施設は、その……全てが旧派閥の遺産であり、本部とは仲が悪い。

 

 ボスやその配下ポジションである俺を含めた三人は、あまり近寄る事も無く、あちら側も排除しようとするこちら側とは……って感じ。

 犬猿なのはボスの後始末が原因なんだが、まあその分色々と力は落ちる訳で……そこを襲撃で潰されて行った、と言う感じ。

 

 

「……で、今更何の用事なの、ここに」

 

《ここを潰せ、徹底的に》

 

「……え?」

 

 

 また随分と物騒な。

 ここ、そんな重要な施設でも無かった気がするんだけどな。

 

 

《先日、ドクターから妙な報告が入ってな》

 

「うん」

 

《ここの奴等の人員に、変な爺さんが紛れ込んでるらしい》

 

「……え?」

 

 

 お爺さん、と。

 そりゃ確かに妙だけど……ん?待ってあいつらって確か……。

 

 

「と言う事は、魔力絡み?」

 

《……そう言う事になる、その爺さんは外部からの、所謂傭兵って奴らしいんだが……その出所も怪しくてな、要するに保険だ》

 

「分かった」

 

《俺や他二人が出られたら一番良かったんだがな……他にも妙な案件が多過ぎて手が回らん》

 

「とりあえず、ここの人達を……全員やれ、と」

 

《……すまん》

 

「謝られる事じゃないよ……私、これでも幹部だしね、それに……」

 

《……》

 

「……何でもない」

 

 

 ……危ないな、またこの考えか。

 

 

「それじゃ、行くね」

 

《……ああ、それともう一つ》

 

「?」

 

《学校、楽しんでるか……友達とか、ちゃんと出来てるか?》

 

「……うん、大丈夫だよ?」

 

《そうか……なら良い、健闘を祈る》

 

 

 そう言って切られる無線。

 ……急に親みたいな事するね、ボス。

 元々親みたいだったけども、少し前からそれが顕著だ。

 

 

「よし……《あー、あー……うん、行ける》」

 

 

 いつもの仮面も、いつも通りだな。

 ……今の俺は、怪物じゃなくて、殺し屋だ。

 

 

「《……殺されるつもりは、無いけどね》」

 

 

 ボスも言ってた怪しい組織。

 ……お爺さんとやらは、どんな人なんだろうか。

 

 

 

△△▲△△

 

 

 

「《……どう言う事?》」

 

 

 支部に潜入して、最初に目にしたのは……血だ、それも真新しい。

 要するに死体だな、よく見る兵隊達の。

 しかしこの傷は……?

 

 

「《やけに深く切り裂かれてるな……》」

 

 

 骨ごと斬ってるんじゃなかろうか、これ。

 切断面も綺麗だし……こんな環境でそんなに良い得物を用意するメリットは無い、と言う事は……。

 

 

「《魔力、か》」

 

 

 嫌な予感がするな、それも結構強めの。

 だが奥に行かない選択肢は無い、俺の目的は全員の排除だ。

 一人でも生き残ってたらダメなんだよな。

 

 

「《……行くしか無いか》」

 

 

 慎重に、されど早く足を進める。

 ……凄いな、これだけの数を、大抵一撃か。

 見た感じ、死後一時間あるか無いか、って程度なんだがな……かなりの手練れか。

 

 

「《……厄介な仕事だなぁ》」

 

 

 死体は見慣れてるが、異常な身体能力を持つ殺人鬼の映画みたいな死に方で大量に横たわっている、と言うのは見た事がない。

 ボス達の殺し方を見たわけでも無いから、もしかしたらそうなのかもだが。

 ……ん、これは……。

 

 

「《……この先か》」

 

「あ……た、す……」

 

「《……私は死神側だよ、ご愁傷様》」

 

「ふむ……どうやら目的の人物が来た様じゃな」

 

「《……貴方が雇われた傭兵なのかな、お爺ちゃん》」

 

 

 奥の通路から現れた爺さん。

 ……ヤバいなこれ、想像以上に。

 

 

「そうじゃの……そう言う事になる」

 

「《何が目的なの?》」

 

「お主を雇い主の所まで連れて行く事じゃ……無論、あちら側のな」

 

 

 なるほど、釣られた訳か。

 俺を組織から釣り出す為に、爺さんと言うエサを使ったのか。

 となるとボス達の他の案件とやらも、怪しいか。

 

 

「《……はいそうですか、って言うと思う?》」

 

「思わんよ……思わんからこそ、()()()()

 

「《?……とりあえず……『時は加速する(クロック・アップ)』》」

 

 

 こう言う時こそ冷静に。

 相手の実力は不明、本当なら時間停止(おくのて)を使ってしまいたいが……嫌な予感がする、様子見だ。

 速くなった足で、一気に爺さんの懐へ……!

 

 

「……速いが、甘いな……『(じん)』」

 

「《ッ……》」

 

 

 硬い、弾かれた……肉体に作用するタイプか!

 とりあえず一旦離れて……。

 

 

「……『(じん)三連(みたび)』」

 

「《ぐ……!》」

 

 

 やらかした……ナイフ共々、思いっきり行かれた。

 格上、なんてレベルじゃ無いぞこれ……!?

 

 

「……終わり、と言う訳には行かぬか」

 

「《……》」

 

「……子供を傷付けたい訳ではない、大人しく着いて来ぬか?」

 

 

 間違い無く利用されるよな、これ。

 殺さず持って来い、と言う事は間違いなく、利用される。

 ……ふざけんなよ。

 

 

「《……断る》」

 

「……一応、理由を聞いておく」

 

「《これ以上、利用されるつもりはない……誰にも》」

 

「……組織には従っとるのに、か」

 

「《自身の目的の為に、必要なら》」

 

「……あくまで自分の為、と言う事か」

 

 

 英雄(ヒーロー)に殺されたいなんて言う、身勝手な理由だ。

 それに……。

 

 

「《今の環境は、それなりに心地良いから》」

 

「……そうか」

 

 

 決して良いとは言えない職場だけどな。

 殺しが良いとは思わんが……それ以外は、良いと思える。

 

 

「……ならば、やるしかないな」

 

「《ッ……》」

 

 

 考えろ、逃れる方法を。

 時間停止は唱えられない、明らかに相手の方が詠唱速度は上だ、斬られて終わる。

 だが、発動させないと逃げられない、加速して逃げるにしろ、距離が必要だからな。

 あの刃を、どうにかしないといけないのか。

 ……一か八か、だな。

 

 

「《……『時間固定(クロック・ソリッド)』……》」

 

「……む?」

 

 

 武器がいる、刃に負けない、武器が。

 ならば、作るだけだ。

 

 

「《『赫の剣(ブレード)》」

 

「……ほう、儂の刃を写し取るか」

 

 

 見本はあった、同じ物なら、魔力を込めれば……何とかなる、筈だ。

 俺の魔力は、ボスによると赫いらしい、真っ暗なこの空間だと妙に目立つな。

 

 

「……ふむ、ならば試そうかの『(じん)四連(よたび)』」

 

「《ッ!》」

 

 

 さっきは至近距離で対処出来なかったが、今回は距離がある、それなら俺の目で見ても間に合う!

 赫の刃と、爺さんの……黒い刃が、ぶつかり合い、黒い刃が弾かれた。

 ……行ける!

 

 

「ほう……ならば『(じん)五連(いつたび)』」

 

「《ッ……!》」

 

 

 弾く、弾く、受け流す、弾く……ッ!?

 

 

「あ、ぐ……!!」

 

「!」

 

 

 一つ受け損ねたが、仮面が代わりになった。

 今なら……!

 

 

「……」

 

「『時間よ(クロック)』……!」

 

 

 そして、世界が音を失った……!

 

 

「危、なかった……」

 

 

 何故かは不明だが、爺さんが惚けてくれて助かった。

 ……。

 ……何で惚けた?

 

 

「……逃げよう、今は」

 

 

 とりあえず、今は逃げる。

 次は無い、だろうから。

 

 

 

△△▲△△

 

 

 

 結構離れた筈だ、ここからなら……。

 

 

「……ここまで、来れば……『刻め、何時迄も(エバー・ワークス)』」

 

 

 時間停止を解除し、その後すぐに……。

 

 

時は加速する(クロック・アップ)……うぐ……」

 

 

 結構辛い、傷にも響く……元々他の技と併用前提じゃ無いんだ、時間停止は。

 魔力も多くなってるとは言えど、あんまり多用したいとは思わない。

 とは言えど、今足を止める訳には行かない。

 

 

「……理由無しに、利用されるのは、もう嫌だから」




三千文字程度を、毎回心がけてるんですけど、大丈夫ですかね?
後行間とか、その辺り。
どうしてもこんなのは嫌だとか、あればご指摘頂けたらと思います。
文字数増やすのは作者が倒れますが。


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保たれよ、平常心

「……」

 

 

 体が痛い。

 あの爺さんから逃げ切ったは良いが、傷が……。

 ボス達から最低限の手当の仕方は教えて貰ってるとは言えど限度がある。

 こんな傷誰かに見せる訳にも行かないし……いてて。

 

 

「……大丈夫、だよね、うん」

 

 

 替えの包帯はある……多少無理を通せば、不自然には見られないだろ。

 と言うか爺さんが凄すぎる、止血した筈なのに切り口から包帯に血が滲むって、どんだけ切れ味良いんだ。

 

 

「最悪、縫い合わせようかな……」

 

「何を縫うんだ?」

 

「……服が破れちゃったからさ、捨てるか、縫ってまだ使うかって言うのでちょっと悩んでるんだよね」

 

 

 (自分の)体を縫おうとしてたなんて言える訳が無いので、その場で誤魔化しておく。

 血も放課後には止まるだろう、うん。

 いや流石に自身の体に針を通したいとは俺も思わないけどさ。

 

 

「あー……と言うか、裁縫出来たんだな」

 

「まあ、教えてくれる人達が居るからね……おはよう陽真(はるま)君」

 

「……おはよ、如月(きさらぎ)

 

 

 相変わらず登校中によく出会う、いつもは他の二人も居るけどな。

 ドクターの名に恥じず、医療行為はお手の物らしいからな。

 自分で治療する為って名目で教えて貰った、便利だよ。

 

 

「その人達って、こっちに来る前の?」

 

「うん、凄く優しいよ」

 

「へえ、そりゃ……良い人なんだな、その人達」

 

「……うん」

 

 

 ドクターに限らず、オーガやボスも色々教えてくれたからなぁ……感謝してもしきれない、とはこの事か。

 

 

「……あ、そう言えばさ」

 

「ん?どうした」

 

「最近、遅刻する事あんまり無くなったよね、陽真君」

 

 

 出会った頃は結構頻度多かったのに、最近じゃ大抵席に着いてるんだよな……珍しい。

 

 

「あー……なんか最近、困ってる人を見かけなくてな」

 

「そうなんだ」

 

「……ま、良い事だろ、困らないってのは」

 

 

 ふむふむ。

 まあ遅刻しないで済むし、彼の言う通り困らないのは良い事だ、あまり気にしないでも良いだろう。

 

 

「ふーん……残念、全力で駆け込んで来る陽真君はもう見られないのかー」

 

「何だよそれ……絶対揶揄ってんだろ」

 

「あ、バレた?」

 

「バレるだろ一瞬で」

 

 

 良いツッコミだな、その配慮を日菜(ひな)有栖(ありす)に向けられたら恋心にも気付くんじゃなかろうか?

 ……。

 ……無理な気がするな、うん。

 

 

「……そう言う如月だって、俺の事笑えないだろ」

 

「え?」

 

「この前、昼飯前に頼まれた仕事を、昼飯食べずに終わらせてたしな」

 

 

 ……お昼前?

 あー、あれか……確かにそんな事あったな。

 

 

「あー、確かにそんな事もあったね」

 

「ほらな」

 

「うーん、何も言い返せないかなー……と、着いたね」

 

 

 話していたらいつの間にか教室前まで歩いて来ていた……俺も結構馴染めて来た、か?

 扉を引いて、教室の中に入る。

 

 

「お、来たなハーレム野郎、この野郎!」

 

「……誰がハーレムだ、こら」

 

「毎朝毎朝、美少女三人の中の誰かと登校してくる癖に何言ってんだ!」

 

「くそぅ、俺も一緒に歩む人生が良かった……!」

 

「何言ってんだ朝から……」

 

「あはは、おはよう二人とも」

 

「「おはよう如月さん!!」」

 

「……こいつら……」

 

 

 と、言いながらもどこか楽しそうだよねいつも。

 いや、呆れてる部分が大半なんだろうけどさ。

 

 

「おはよう、涼音(すずね)ちゃん」

 

「おはようございます」

 

「……おはよ、日菜と有栖」

 

 

 この二人もいつも通りだねー……時々視線が怖いけども。

 ……とりあえず席に着いてしまおうか。

 

 

「……」

 

「……如月」

 

「ん?どうしたの」

 

「大丈夫か」

 

「……え?」

 

 

 何だいきなり……日菜達もか?

 

 

「無理してない、かな」

 

「いきなりどうしたの?」

 

「……動きがぎこちないですから」

 

「ああ、昨日色々夜遅くまでしてたからさ、その所為だと思うよ」

 

「……そうですか」

 

「なら良いんだが……」

 

 

 ……怖い。

 一瞬バレてるのかと思ったぞおい。

 と言うか……。

 

 

「……」

 

「……大丈夫だからね?」

 

「……うん」

 

 

 日菜、昔から鋭いのは変わらんな……。

 それでも言えないんだよ、ごめんね。

 

 

 

△△▲△△

 

 

 

「……と、今日は水泳について説明しとくか」

 

「お!来た来たー!」

 

「待ってました!」

 

 

 ……はい?

 

 

「……水泳?」

 

「初参加も居るから、詳しく説明するとだな……」

 

 

 ……。

 ……ふむ。

 小田(おだ)先生にの説明を要約すると、ここの近く海に海があるから、各々好きな水着で色々な活動をするのが水泳、と言う授業科目らしい。

 

 

「参加するかしないかは自由だ、って事だ、後は好きにしろよ」

 

「……」

 

 

 ……辞退するか、うん。

 流石に中身男が水着を着るのはな……色々不味い。

 

 

「涼音ちゃん」

 

「ん……どうしたの?」

 

「放課後さ、陽真君と有栖ちゃんと一緒に、買い物に行くんだけど、涼音ちゃんも行こう?」

 

「……良いけど」

 

 

 まあ買い物くらいなら大丈夫か……。

 

 

 

△△▲△△

 

 

 

 ……なんて、安請け合いしてしまった事を後悔している、何故って?

 そりゃ……。

 

 

「これ、どうかな」

 

「あ、ああ……良いと思うぞ」

 

「……これは、どうでしょう」

 

「……良い、な」

 

 

 ……二人の水着の評論会を眺めているからな。

 何だろう、とてつもなく甘い感じがする、後嫌な予感も。

 ……。

 ……流れで俺も選ぶことにならないよな……ならないよな?

 

 

「如月、助けてくれ」

 

「……巻き込まれたくないから、ごめんね」

 

「ぐ……神は死んだか……ッ!」

 

 

 隣の水着の評論者は、物凄い気迫を放っている。

 まあ恥ずかしいんだろうな、色んな二人の水着姿見るの。

 それにしても凄い気迫だけどな。

 

 

「……涼音ちゃん」

 

「ん?……どうしたの、日菜ちゃん」

 

「涼音ちゃんは水着選ばないのかなって」

 

「うん、辞退しようかなって思ってるからさ」

 

「そうなんだ……」

 

 

 そう伝えるとあからさまに落ち込む日菜。

 ……うーん、そうなられるのは何となく察してたが、改めて見ると罪悪感が……。

 

 それでも心を鬼にしよう、今試着すると傷がな。

 最近のもだけど、古いのも残ってるし。

 隠せるけど、バレたら困る……ってかバレた瞬間お通夜になるだろ。

 

 

「ごめんね?」

 

「……うん、私の方こそ、無理言ってごめんね」

 

「涼音さん」

 

「?どうし……え?」

 

 

 有栖の手に握られていたのは一つの水着……それも有栖にはちょっと小さい気がする……待って、何する気?

 

 

「着てみてください」

 

「え」

 

「参加しなくても、試着するくらいは可能ですから」

 

「いや……そうだけど……」

 

「それに、気が変わった時に持っていれば困りませんよ?」

 

「あ、うん、分かった」

 

「……!」

 

 

 有栖も押しが強い……いや、俺が流されやすいのか?

 まあ隣の女の子が凄く嬉しいオーラを放ってるし良いか……。

 ……。

 ……水着選ばないとなのか、流石に自分で選ぶよ、うん。

 

 

「……俺はどうすれば良いんだ……」

 

 

 

△△▲△△

 

 

 

「もう大丈夫?」

 

「構いません」

 

「……うん」

 

 

 あの後何故か、三人順番に自分が良いと思う水着を試着して公開する事になった、何でだよ。

 包帯は一応取り替えた、これで万が一にも血は滲まないと思っておく。

 

 

「それじゃあ……私から、どうかな?」

 

「……可愛いな」

 

「!えへへ……」

 

 

 どうやら高評価らしい、俺は見てないが。

 だって日菜→有栖→俺の順番らしいし……。

 俺最初にしてさっさと終わらせてくれれば良かったんだが。

 

 

「次は私ですね」

 

「……!?」

 

「ふぇ……!?」

 

 

 ……全員黙ったな。

 有栖だし、真面目な顔して際どいの着てるのかもな。

 いっつも無理して、顔に出さずに頑張るからね有栖。

 

 

「……何か、言ってくれませんか」

 

「ッ……綺麗、だ」

 

「ふふ……良かったです」

 

 

 うわ、開けたくないな……。

 この向こう側には、ブラックコーヒーですら震え上がる程の糖分が詰め込まれてるに違いない、うん。

 

 

「……えと、良いのかな?」

 

「……あ、うん!」

 

「問題ありません」

 

「ん、了解」

 

 

 ……こうなったら勢いだ、さっさと終わらせてしまうに限る。

 そう思って、試着室のカーテンを開ける。

 

 

「ッ……」

 

「わぁ……」

 

「……」

 

 

 ……何でこっち見て黙るんだ。

 別に際どくないだろ、露出抑えてるんだから。

 沈黙が痛い、つか恥ずかしい。

 

 

「……もう着替えて良い?」

 

「似合ってるよ!」

 

「……流石です」

 

「え?」

 

「……似合ってる」

 

「……そう、ありがとね」

 

 

 何だいきなり。

 ……と言うか、褒められても複雑なんだよこっちはさぁ……!

 ああもう、傷は痛いし、貧血で色々辛いし、水着は着る事になるし……くそ、なんて日だよ。




あんまり水着詳しくないんで詳細は避けましたけど、あった方がイメージしやすい!って人用に一応作者の何となくなイメージ図だけ。
読み飛ばして貰って構いません。

主人公→露出の少ない水着とかラッシュガード系、白色系統。

日菜→他二人からすると丁度真ん中、赤色系統。

有栖→露出の多い系、黒色系統。

ってな感じ、正直こんな感じかなーってな感じのふわっとしたイメージだから不自然だったら申し訳ないです。


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友情の形と、積年の思い

「そういや、如月(きさらぎ)さんの魔力ってどんなの?」

 

「ん、私の魔力?」

 

「ああ、花見(はなみ)さんは回復、伏木(ふしぎ)さんは風で、陽真(はるま)は光」

 

 

 俺の見た限りだとそんな感じだったな、うん。

 

 

「でさ、如月さんもここに居るって事は魔力持ってるって事じゃん?それが気になってさー……な?陽真」

 

「どうしてそこで俺に振るんだよ……」

 

 

 相変わらず仲の良い事で。

 この二人の仲の良さは、時々日菜(ひな)達が嫉妬してるくらい、と言い表すのが一番分かりやすいか。

 

 恋愛とかそう言うんじゃなくてな……無言の理解?言わなくても分かる?……うーむ、何と言うべきか。

 日菜達ですら分かってない面への理解も深いから、阿吽の呼吸が出来るんだよな、この二人。

 

 

「って言うか、それなら林田(はやしだ)君も魔力見せてないじゃん」

 

「……確かにな、こいつの魔力知ってるの俺くらいか」

 

「げげっ!?気付かれちまった……まあ俺の魔力はバレたら戦い難くなるからさ、勘弁してくれー!」

 

「……と言う事だ、如月もバラしたくなかったら言わなくて良いぞ」

 

「そんな無慈悲な!?……おのれ裏切ったな陽真!親友だと思ってたのによ……俺は悲しいぜ?」

 

「あんまり悲しくねぇだろその表情、つか裏切るも何もそもそも味方してねぇし、そもそもお前が如月に対して不義理を働いてんだろ」

 

「わーバレた、と言うかナイスツッコミ、さっすが俺の親友だ!」

 

 

 ……そうそう、こんな空気感。

 日菜達と作り上げる甘い空気とも違う、何て言うんだろうな、これ。

 

 

「あはは、仲良いね」

 

「おうともよ!」

 

「……如月、本当に言わなくて良いからな」

 

「あー……どうしようかな」

 

 

 別に教えても良いし、実行しても良い。

 そもそも俺の魔力って色々出来るから、その一部分だけ見せれば良いってのが大きいんだよな。

 見せる部分もあらかじめ決めてたし……と言うか、時間停止さえ見せなかったら他見せても問題は無い。

 

 

「うーん……あ、そうだ」

 

「?」

 

「陽真君、今度の授業でさ……」

 

 

 そうだ、そうしよう。

 どれくらいなのか、と言うのがはっきりするし、丁度良い機会だ。

 

 

「戦おうよ、二人で」

 

「……は?」

 

 

 

△△▲△△

 

 

 

「……初っ端からとんでもねぇ組み合わせだなおい」

 

「あはは」

 

「……」

 

 

 周りから見ればそうか、光速で動く強者(はるまくん)と、戦闘初心者(わたし)だもんな。

 俺の方はこの訓練初参加、と言うのが、余計にか。

 

 

「でも、私の魔力なら、彼が()()()()ですから」

 

「……だな、そう考えると意外と悪くねぇか……んで、武器は?」

 

「これですよ」

 

「ほー……こりゃ面白くなりそうだ……んじゃ、お前ら準備は良いな?」

 

「はい……負けないよ、陽真君」

 

「……ああ、俺もだ」

 

 

 とは言ってるけども。

 彼、あからさまに手を抜きそうだな、うん。

 思う所はあるが、こんな状況じゃ仕方ないし、そもそも手加減しても光は光だ、加減が加減にならないだろう。

 

 

「……始め!」

 

「……な!?」

 

 

 お、上手く行ったか。

 驚くよね、そりゃ……()()()()()()()()()()()()()

 

 

「驚いた?でも……隙あり!」

 

「!?……参った、降参だ」

 

「そこまで!……本当に勝っちまいやがった……」

 

 

 いや凄いな、遅延したのにそれなりに早かった……更に加速させたのか?

 と言うか開始の合図と共に背後に居るって中々ヤバいな、このまま行けば戦闘なら俺より強くなるかもだ、流石だとしか言えない。

 

 

「……遅延、か」

 

「正解だよ、流石に早いね」

 

「……厄介だな、そりゃ」

 

 

 光速に反応……も、本来の俺なら出来なくもないが、学生(こっち)の俺はそこまで強くない、得物も槍と不慣れな物を選んだし。

 だから()()()()、簡単な話だろ。

 俺の魔力性質の一つ、遅延……俺の魔力に触れたモノを遅くする、匙加減は俺次第だ。

 詠唱しなくても、魔力を自身の周りに散らすだけでも良いってのが良いポイント、この点だけなら一番使いやすい。

 

 

「確かにソレなら、俺とは相性良いな」

 

「うん、でも警戒されたら戦い難いから、ここから先は私次第、かなー」

 

「……次は負けねぇからな」

 

「あはは、お手柔らかに」

 

「ちょちょちょ!?すげーな如月さん!」

 

「……賑やかなのが来たな」

 

「……流石でした、レ……涼音(すずね)さん」

 

「二人とも、怪我は無い?」

 

 

 おお、いっぱい来たな。

 ……有栖(ありす)さん?誰と勘違いしてらっしゃる?

 

 

「涼音ちゃん、はいこれ」

 

「あ、持っててくれてありがとね、日菜ちゃん」

 

「そういや、何で戦闘の時に眼鏡外してんの?」

 

「眼鏡が壊れると困るし……後私、無くても遠くを見るのに困るって程度だからさ、戦うってなった時には困らないんだよね」

 

 

 嘘です、壊れたら困るのは本当だが、それより戦闘に邪魔だからってのが大きい。

 何て言うのかな、普段は加速したりして戦うから、簡単に飛びそうな物があると、気が散るんだよな。

 

 

「そうなのか……んで、刃が空中で止まったカラクリ、何したんだ?」

 

「対象の固定、の様に見えましたが……」

 

「それは……」

 

 

 ふむ、どう返そうかなこれは。

 

 

「秘密だよ、それは」

 

「……陽真君?」

 

「なーっ!?もしかしてお前分かったのか!?」

 

「……な、如月」

 

 

 ……なるほど、意趣返しか?

 林田君には申し訳ないが、便乗しとこうか。

 後有栖さん、それはレイ時代から引っ張られ過ぎて無いですかね、間違って無いけど一応別人のつもりなんですが。

 

 

「……うん、秘密かな?」

 

「だってよ、知りたきゃお前も言わなきゃだな、それか戦う」

 

「うーんどっちもハードだぜそれ!?」

 

「「……」」

 

「……どうしたの?二人とも」

 

「二人だけの……秘密……」

 

「……流石ですね」

 

「えっと、想像してる様な事は無いと思うよ?」

 

 

 待ってなんか違う方面から来た。

 二人とも何故そんな目をしてるのかな、怖いよ。

 後有栖さん(三回目)、その流石ってどう言う意味合いが込められてるのか不安なんですが、そこら辺どうなの?

 

 

「だからよー陽真、戦うってもただの戦闘なら如月さんの魔力を使わせられる自信が無いって事だよ」

 

「それはそれでどうなんだ……?負けた俺が言える事じゃねぇが」

 

「へへ、負けてやーんの!」

 

「……よし、こいつの魔力は」

 

「待て待て待て!俺が悪かったから言うのやめろ!?」

 

 

 また始まったなこれ……あれ?

 

 

「涼音ちゃん……」

 

「……どうして捕まえられてるのかな、私」

 

「えへへ、涼音ちゃん暖かい」

 

「……!?ちょ、有栖ちゃん助けて……?」

 

「……」

 

「無視された……!?」

 

「えへへ……」

 

 

 ここぞとばかりにさらに抱き付く日菜。

 ちょ、待って動けない、何でこんな事に……まるで意味が分からんぞ!?

 

 

「……何だ、あれ」

 

「やめとけ親友、あれは俺達が挟まっちゃダメなモノだ」

 

「見てないで助けてくれるとありがたいかな……!?」

 

「……私もくっ付きますね」

 

「え」

 

 

 なんかこの展開知ってるぞ俺!?

 懐かしいな……じゃ無い早く抜けないと……!

 

 

「ッ……!」

 

「えへへ……」

 

「……」

 

 

 ……ダメだ全く離れねぇ。

 体格差ってのはここまでなのか?

 確かに俺二人と比べても小さいけどさぁ……!?

 

 

「なんか……花が舞ってる様に見えるんだが」

 

「だな、これこそが百合の花か……うむ!絶景だな!」

 

「……助けなくて良いのか?」

 

「大丈夫だろ、本命は……おっとこれ以上はダメだな、とりあえず収まるまで見てようぜ!」

 

「……分かった」

 

 

 見捨てられたな男子にも!

 いや介入するのも難しい状況なんだろうけどね!

 ……だけども。

 

 

「……ぐ、ぬぬ……!」

 

「〜〜♪」

 

「……ふふ」

 

 

 ……懐かしい、なぁ。

 一番楽しかったあの時と、似てる。

 ……だが、だからこそ。

 

 俺は、こんな事してちゃダメなんだよ。

 血に濡れ過ぎて、慣れ過ぎたから。




林田君は書いてて楽しいキャラになりつつある。
さて最後は何でこうなったんですっけ……?
あ、最初話から今話にかけて、遅くなりましたが誤字報告してくださった方々、本当にありがとうございます。


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幻想崩壊

「……あー……ボス、聞こえる?」

 

 

 今日は報告の日だ。

 色々賑やかな毎日を過ごしているが、ちゃんとそっちの仕事もやってるんだ、俺は。

 まあ思った以上に成果出ないけど、この学校……調べた限り、教員間に裏とかは無く、本当に魔力の使い方を教えるだけの場所らしい。

 

 

《ボスではありませんが、ちゃんと聞こえていますよ》

 

「……ドクター?」

 

 

 ん、珍しいな。

 ボス以外の人がこの無線に出るのは、一緒に任務行く時くらいなんだが。

 

 

「ボスはどうしたの?」

 

《ボスは今、襲撃者の対処を行っていますから、その代わりに》

 

「ボスが自ら?ドクターに任せないなんて余計に不思議だね」

 

《ああ、私が今手負いだからですよ、無論処置は済ませましたが、大事を取る、だそうです》

 

「……え、大丈夫なの?」

 

《気になさらないで下さい……ですが、お伝えしなければならない件があります》

 

 

 伝えないといけない件、ねえ。

 何だか雲行きが怪しくなって来たな。

 

 

《調べていた例の組織……彼等は、想像以上に危険な組織なのかも知れません》

 

「……どう言う事」

 

《貴女を待ち構えて居たと言う老人は、未だ消息が掴めていません。ですが……少なくとも、幹部達(わたしたち)に準ずるレベルの魔力使いが居るのは間違い無いでしょう》

 

「え」

 

 

 待て待て待て、幹部級って。

 俺は在り方が斜め上だから例外だろうけど、オーガやドクターは裏の社会でも上位に入れるレベルだぞ。

 

 

「……そんなに?」

 

《不確定ではありますが、おそらく……情けない話ではありますが、現に私は、その手の輩に遅れを取りましたから》

 

「相手は?」

 

《今現在の、表にも裏にも名が残って居ない、謎の人物です》

 

 

 ……まじか。

 変異してしまった獣達が街を歩き回る様なこの世界は、文字通り一度崩壊した。

 ソレを知る人達の間では、『怒りの日(ディエス・イレ)』と、呼ばれているらしいが……今はどうでも良いな、重要なのはその後だ。

 

 その後、助け合って生きる為にグループを作った人達……所謂表の人間と、神に供物を捧げるだとか、この世界で圧倒的な力を得ようとするだとかで、非合法な非合法な手段を取る様になった……裏の人間の、二つが出来た。

 

 明確な線引きは無い、そもそもこの世界に法律なんてはっきりと言える物は存在しないしな、善悪は個人の判断だろう。

 

 

《怪しい組織の狙いは貴女で間違いありません、ですがそれは真っ当な理由では無いのもまた事実》

 

「……」

 

《……まだはっきりと動いては居ませんし、その辺りは様子見が良いでしょう……問題なのは別件です》

 

 

 ちなみにうちの組織は裏側だ、今はボス肯定派が総勢四人しか居ない少数派だが、ボスがボスになる前はかなり大きい組織だったらしい。

 否定派を取り込む気も無いから、適当に他の人達に潰されるのを放置してるけど。

 

 

《謎の老人と、似た様なケースを探してみた所……貴女の学校に、組織の人間がいる可能性があります》

 

「え……本当に?」

 

《一人、経歴が類似している方が見つかった、と言うだけですので、心に留めておく、程度で構いません》

 

 

 ……ええ、嘘だろ。

 謎の組織ね……一体、何がしたいんだろうか、私を捕まえて。

 魔力は強いけど、持続時間的に大した事は出来ないんだが。

 

 

 

△△▲△△

 

 

 

「うーん……」

 

「……どうしたの、涼音(すずね)ちゃん」

 

「……ん、何でも無いよ……ちょっと考え事してただけだから」

 

 

 衝撃の報告から数日が経ち、今日も今日とて学校生活だ。

 あの後、怪しいと言う人間の情報は聞いたが……正直言って手を出せない、特に学校で関係がある訳でもない人だったからなぁ。

 機械人形(キラードール)の変装をして、接触するのもありではあるんだが……如月涼音(わたし)と接点を見出されても困るんだ、潜入調査が出来なくなる。

 

 

「……」

 

「……」

 

「……どうしたの?」

 

「……何でもない」

 

 

 何か拗ねてらっしゃる?

 うーん、だが今は構ってられない、ごめんね。

 日菜(ひな)の心情を察する事はどんな任務よりも難しいかも知れん。

 

 

「そう……」

 

「……」

 

 

 そう返答すると、更に拗ねた気がする日菜。

 ……最初会った時は、成長して落ち着いたなー?とか思ってたんだが……なんか昔と変わってない気がして来たな、別に良いんだけどさ。

 それを言い始めると有栖(ありす)とか変わらなさ過ぎて……じゃねぇ、今はそっちじゃない。

 

 

「……如月」

 

「あ、どうしたの?」

 

「……いや、なんでもない」

 

「?……そう」

 

 

 今度は陽真(はるま)か。

 さっきまで小田(おだ)先生と話してたが、何を話し合ってたんだろうか。

 

 

「あ、何を話してたの?小田先生と」

 

「……いや、ちょっとした世間話だ、大した事じゃ無い……」

 

 

 そう言って逃げる様に有栖の所に行く陽真君。

 ……まあ良いか、そんな深掘りする必要もないからな。

 例の件は一旦保留にしよう、いくら考えても今は何も思い付かん。

 

 

「……涼音ちゃん」

 

「どうし……わ」

 

 

 声掛けて、いきなり抱き付かれた。

 ……どうしたんだろうね、この子。

 

 

「……嫌がらないんだね」

 

「……だって、何か変だから、今日の日菜ちゃん」

 

 

 何をした訳でもないのに拗ねたり、いきなり抱き付いて来たり……何だか平常運転な気もしなくもないが、今日の日菜は、ちょっと様子がおかしい。

 

 

「ごめんね……ちょっとだけ、こうさせて」

 

「……うん、分かった」

 

 

 そう言って、俺に抱き付いたまま席に座る日菜。

 ……そういや、何でこんな静かなんだ。

 

 

「……日菜ちゃん」

 

「うん」

 

「……皆は?」

 

「ッ……ごめん、ね」

 

 

 ……なるほど。

 これは……。

 

 

「他の皆様方は、休校中ですよぉ?」

 

「どちら様ですか?」

 

「ああ、失礼ぃ……ワタクシは幹島(みきしま)(かおる)、この学校の理科実験……生物担当の教師でございますぅ」

 

 

 幹島薫、ね。

 どうやら先手に回られた見たいだな。

 

 

「それで幹島先生、正直先生とはほとんど関係無かった筈なんですけど、どうしたんですか?」

 

「ああ、そうですねぇ……数日前、()()()()を捕まえ損ねましてぇ、そのヤブ医者が貴女のお知り合いだそうでしてぇ、ご紹介して頂きたいなぁと」

 

 

 ヤブ医者ね。

 確かに怪しさはあるけど……。

 

 

「あはは……やっぱり、そう言う事なのかな?皆も」

 

「……涼音、ちゃん……」

 

「……離してくれるかな、日菜ちゃん」

 

 

 幹島薫、この学校の生物教師にして、要注意人物。

 こいつはクロだ、間違いなく俺の……いや、組織の敵か。

 用事がある人物が相手からやって来て、しかもドクターに手傷を負わせた本人だった……と。

 

 

「はは、大人しく捕まって貰えますかぁ?」

 

「お断りしますね」

 

「ならぁ、痛い目をぉ……!?」

 

「『時間よ(クロック)』」

 

 

 ……日菜の拘束から抜け出し、出口側には、居ない……が、妙な物が窓の外に見える、玄関からは逃げられなさそうか。

 ……あそこに移動しようか、一旦。

 

 見慣れた廊下を走りながら思案する。

 何故学校に来るまで違和感を感じなかった?

 ……幻術とか、催眠とかそう言う系なのだろうか。

 っと、ここら辺で一回切ろう。

 

 

「『刻め、何時迄も(エバー・ワークス)』……気張れ、私」

 

 

 元々、潜入なんてハイリスクなものだったんだ、いつかは崩壊するもので、ソレが今だった。

 ……早過ぎる、とも思わなくもないが。

 例の組織か、やっぱり。

 

 

「……今考えても無駄だね」

 

 

 目的地には着いた、が……やはり時間停止は魔力消費が激しい。

 あの先生が油断してたから、発動は簡単だったんだが。

 時間にして二分あるかないか、それだけで魔力の三割は持っていかれた。

 ……ちょっと、心許ないな。

 

 

「如月ッ!!」

 

「……あ、一番乗りなんだね、陽真君」

 

「どうしてお前が……!」

 

 

 どうして、ね。

 どう答えようか。

 

 

「……三ヶ月と半月……になるのかな、程度の付き合いの他人に、伝えると思うかな、それを」

 

「それは……」

 

「それにしてもびっくりしたよ、何でいきなりバレたんだろうなーってさ」

 

「……幹島先生が、教えてくれんだよ」

 

「あの人も結構信用ならないけどね……まあ、所詮その程度の付き合いだし、私が上手く出来なかっただけだから、気にしないで」

 

「ッ……」

 

 

 ……罪悪感を感じてるのか。

 俺なんぞに感じる必要はないんだがな。

 

 

「涼音ちゃん!」

 

「涼音さん!」

 

「……来たんだね、二人も」

 

 

 ……さーて、どうするべきか、これは。




終わり方中途半端みたいになってごめんなさい。
時間経過は、第一章(仮)から数えて四つ目のお話時点で三ヶ月、そこからは刻んで半月経った……って感じです。
大体もう少しで夏休みじゃん!って時になりますね。
作者の書き方が、下手な上に断片的過ぎて、急展開みたいにも見えますが……そこは三ヶ月と半月を短いと見るか長いと見るか、と言う風に考えて頂けたら良いな、と思います。


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元より分岐していた道のりを

「勢ぞろい、かな」

 

涼音(すずね)ちゃん……」

 

「……日菜(ひな)ちゃん」

 

 

 悲痛な面持ちで、こちらを見つめる三人。

 揃いも揃ってその顔辞めてくれないかな……やり難い。

 

 

「あの先生、気を付けなよ」

 

「……え?」

 

「詳しい事は、()()にも関わりがあるから、言えないけど……あの人……」

 

「おやおやぁ、人聞きの悪い事ぉ、言わないでもらえますかねぇ?」

 

「そのセリフ、そっくりそのままお返ししますね」

 

 

 人の()()に俺の素性バラしといてよく言うなおい。

 ……この女は素性もそうだが、その他にも奇妙な点が多い。

 俺を捕まえたいとか言う組織に居ながら、作戦は随分と杜撰な様に見える。

 

 

「あらあらぁ、私は事実を述べただけですよぉ?」

 

「その事実を、どこで知ったのかが私、気になります」

 

「そこはぁ、企業秘密って奴ですねぇ」

 

 

 時間停止に逆らえる手段がある訳でもない、仮にあったとしてもどんな手段か見当もつかんが。

 時期も時期だ、日菜達は兎も角、確かに陽真(はるま)君を動かしたいなら……今のあまり仲良いとも言い難いが、そいつの為に動ける関係性を利用するのは分からんでも無いが。

 

 

「とりあえずぅ、貴女には大人しく捕まって欲しいですねぇ」

 

「……ドクターに勝ったからって、調子に乗らないで下さいよ」

 

「調子に乗る要素はありませんねぇ……『記し捧げる者(ヨハネ)』の最高幹部の一人にしてぇ、最も危険だと言われる貴女相手にぃ」

 

 

 ……そんな名前だったねうちって。

 確か神様の何とかかんとか〜って言うので、供物を捧げようってのが目的だったらしい、昔の話だが。

 多分その供物の一つが、俺や日菜、有栖(ありす)だったんだろうと予測している。

 要するに宗教の延長線上だったって事、そりゃ規模も大きくなる。

 ……と言っても、既に犯人達は居ないし、済んだ話だが。

 

 

「最も危険かどうかは疑問が残りますけどね」

 

「ご謙遜をぉ……機械人形(キラードール)さん?」

 

「……」

 

 

 ……陽真君達に余計な事を……いや、俺個人の目的の為なら……。

 なんてな、今の陽真君達にそんな強さは無い。

 不可解な点はあれど、ドクターを退ける強さがあるのは事実。

 

 

「如月」

 

「……どうしたの、陽真君」

 

「……本当、なのか」

 

「本当だよ」

 

「……何、でだ……?」

 

 

 ふむ、何で、何でと来たか。

 ……というか、さっきも言わなかったっけか。

 

 

「そこまで親しくない君には関係の無い話だよ」

 

「ッ……」

 

「レイちゃん!」

 

 

 ……今度は日菜達か。

 

 

「レイちゃん……なの……?」

 

「……レイさん……」

 

「……」

 

 

 正直な事を言ってしまうか、否か。

 言ったとしても今更関係修復、とはいかない気がするが……。

 

 

「……元気な様で何より、二人とも」

 

「「!」」

 

「……なんてね、初めて会った時に言った通りだよ。貴女達の言うレイって子の事は知らない」

 

「……そんな……」

 

「……何故、嘘をつくんですか」

 

「嘘なんて言ってな……」

 

「嘘ですよ!そんなの!」

 

「……」

 

「有栖ちゃん……」

 

「貴女は、初めて出会った時からそうでした!自分よりも私達を優先して!傷付いて!……なのに、貴女は文句の一つも言いませんでした……言ってくれませんでした……!」

 

「……」

 

「私は貴女に……貴女達に救われました、誰よりも信用しています、努力もしてきました……なのに、まだ……頼って、くれないんですか……!」

 

「……」

 

 

 泣きながら、こちらから目を離さない有栖。

 ……俺を殺しかけた事や、結果的には見捨てた様な形になったことを、尾に引いてたか。

 気にするなと、一言言うのは簡単だが、それは望まれてないんだろうな。

 誰よりも努力家で、誰よりも溜め込むタイプだから。

 

 

「……私は、後悔してないから」

 

「……え」

 

「……ごめんね、その手を取るには、私の手は汚れ過ぎたから」

 

「ッ!レイさ……!」

 

「『時間よ(クロック)』」

 

 

 有栖が一番、この中だと傷付いてたのかもしれない。

 一番頼りになりそうだと思ってたが、単純に我慢してただけだった様だ、悪い事をした。

 ……だが、今更戻って仲良し小良し、って訳にはいかないんだ。

 

 

「……これ、返しておかないと」

 

 

 雪の飾りの付いた、白い髪紐。

 出来るだけ汚さない様にはしてたが……大丈夫だろう、多分。

 髪紐を、有栖の手の上に置き、その場から離れる。

 

 

「……髪の毛邪魔だなぁ……」

 

 

 家に一旦、あれを取りに行こうかな。

 ……魔力持つかな?

 

 

 

△△▲△△

 

 

 

「……っとと、着いた」

 

 

 途中で加速魔法に切り替えたが、まだ来ないだろう。

 どれだけ早くとも、俺の家の場所は教えてないからな。

 

 

「……あ、あったあった」

 

 

 使った機会が少ないからか、新品の様に……とまでは行かずとも、まだまだ使えそうな、シンプルな紐。

 これからは多用する……気がする、多分……兎に角、ナイフと……あれ?

 

 

「……そう言えば、あんまり物置かなかったっけ」

 

 

 置いてあるのは、替えの制服や家具一式に、食料品と……水着か。

 ……あまり欲しい物無かったしな、うん。

 

 

「……もう着る事は無い、うん」

 

 

 あの時の事は思い出したく無い。

 ……もう行かなきゃな。

 もう戻る事は無いだろう家を出る。

 

 

「『時は加速する(クロック・アップ)』……ッ!」

 

 

 加速し一気に駆け抜け、目の前に障害物が横入りして来た。

 ……ん!?

 

 

「如月ッ!!」

 

「!?って、ちょっと、待……」

 

 

 ぶつかった、思いっ切り、陽真君と。

 いきなり出て来るな……!加速系は不測の事態に弱いんだ……!

 

 

「い、たた……」

 

「う、ぐ……きさ、らぎ……!」

 

「……何、話す事は無いけど……って言うか、よくここが分かったね」

 

「……片っ端から探し回ったからな」

 

 

 は?

 街全体を駆け回って来たと。

 

 

「……バカだね?」

 

「ぐ……そうするしか、思い付かなかったからな」

 

「そこまでして、何がしたいの?」

 

「……聞きたい事が、ある」

 

「……だから、それに応えるつもりは……」

 

「無くても良い、ただ聞いてくれ」

 

「え?」

 

 

 質問しに来たのに、聞くだけで良いって。

 頭を変な場所にでも……打ったなさっき、手遅れか?

 

 

「如月は、さっき……手が汚れ過ぎたから、有栖達の手を取れないと言ったな」

 

「……」

 

「有栖達はそんな事を気にしない……ってのは言われなくても分かってると思う、が……それだけじゃ無いんだろ」

 

「……それがどうしたの」

 

「……答えないんじゃ、無かったか」

 

「……」

 

幹島(みきしま)先生の事を信用ならないと言ったり、さっきの言葉だったり……」

 

「……」

 

「……日菜と有栖が、本当に大切なんだな……万が一にも、あの二人に自分達の世界に関わって欲しくないって事だろ」

 

「……それが、何かおかしいかな」

 

 

 肯定したとも取れる返答しか出来ないのが……いや、肯定したんだが。

 

 

「……いや、それが分かっただけでも十分だ……それに、応えてくれたしな」

 

「……そ、じゃあね」

 

 

 ……調子狂うな。

 彼は何がしたかったんだろうか、俺が本当に嫌って行った事では無いと二人に行って、慰めるつもりなんだろうか。

 それならそのまま末永く幸せになって欲しいな。

 自分の死も大切ではあるが、それ以上にあの二人には幸せになって欲しいからな。

 ……ただ。

 

 

「……まだ、終わらない気がするなぁ、これ」

 

 

 何と言うべきか、いつもの勘だが。

 ……それよりも……。

 

 

「……あんなに早かったっけ、陽真君」

 

 

 彼の魔力は光だが、実際に光の速さで動いている訳じゃ無い。

 人間が光の速さで動いたら、体千切れるしな。

 俺の加速にも言える事だが、体の耐久度以上の加速は出来ないし、魔力を体に纏う必要がある。

 魔力を纏う、と言う事は俺の目で見る事が出来る……残滓を。

 

 光速予備軍を目視出来るわけがない、だが残滓……この場合は軌跡か、それを辿ればある程度は行った場所を予測出来る……自分の後ろに回った、だとかな。

 さっきの彼は……目の前に止まったんだから軌跡も何も、無いんだけどね。

 それでも速さには慣れてる俺の目は、少し前の彼の動きであればギリギリ追えたんだ。

 

 

「……いきなりだったからかなぁ……それとも……」

 

 

 それでもギリギリだから、勘の域は超えないが。

 それが真実だとすれば……それは物語で言う、主人公補正。

 つまり、急成長だったとしたならば。

 

 

「……なわけないか」

 

 

 なんてな。

 淡い期待だ、また会うかも微妙な相手に、そんな事を思うとは。

 ……まあ、あれだ。

 

 

「……私が死ぬのは、いつになるのかな」




一日空きました。
昨日は色々ありまして投稿を見送りました、すみません。
おそらく平常運転に戻れると思います……はい。


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第二章(仮)
我が家への、帰宅と再会


「……以上が、学校でのやり取り」

 

 

 本部に戻り、幹島(みきしま)(かおる)についてなどを報告する。

 

 

「そうか」

 

「任務遂行は、不可能と判断して、戻って来た」

 

「……おう、まあ……お前が無事で良かったよ」

 

 

 そう言って微笑むボス。

 ……最近、ボスが父親みたいに見えて来て困る。

 行動とか言動が、俺の記憶に残る父親のそれだ。

 子に甘い父親だったからな……先に死んでしまった事は申し訳ないが、それだけだ。

 

 

「にしても……まさか学校に直接来るとはなぁ」

 

「ん……けど色々疑問点はある」

 

「まあな、だが……これで色々明確になった」

 

 

 何かを覚悟した目をしているボス。

 ……日菜(ひな)達、何かされて無ければ良いんだけど。

 

 

「只今戻りました」

 

「同ジク、戻ッタ」

 

「……久しぶり」

 

「おや、お久しぶりです……怪我などはしていませんか?」

 

「無傷だよ……ドクターこそ怪我、大丈夫?」

 

「ええ、これでも私は研究者が今の本職ですから」

 

 

 またあのよく分からない液体飲んだのか。

 あんまり率先して飲みたいとは思わない色合いしてるからなぁ。

 効能は保証出来るが、緑と紫と黒が入り混じるドロドロした液体……。

 ……うえ、思い出しただけでも何かやだな。

 

 

「顔色が悪いですが、薬でも飲みますか?」

 

「えっ」

 

「……辞メテオケ、傷ガ悪化スルゾ」

 

「はい?人体に有害な成分なんて、この薬には含まれていませんが」

 

「ソウ言ウノナラバ、味ヤ見タ目ヲ気ニシロ」

 

「?……生命(いのち)の存続に、味や外見は必要無いでしょう?」

 

「……モウ良イ、ダガ薬をソノ娘ニ飲マセル必要ハ無イ」

 

「うん、元気だから大丈夫」

 

「そうですか……?ですが、本当に悪い時には言って下さいね」

 

「分かった」

 

 

 ……助かった。

 苦い、とか言うレベルじゃないんだ、あの薬。

 苦味に、えぐ味、そして渋味……なんかを味わう事になる。

 耐えられないって程じゃ無いが、出来る限り飲みたく無い。

 

 

「……よし、揃ったな……それじゃ会議を始めるぞ」

 

「了解シタ」

 

「ん」

 

「ええ」

 

 

 その一言で、ドクター達の顔が険しいものへと変わる。

 ……ここら辺の影響力は流石ボス、と言った感じか。

 

 

「議題はこいつが襲撃された例の組織についてだ」

 

「「「……」」」

 

「こいつらに関しては不明な点が多過ぎる……分かってんのは目的としてこいつを攫う事と、構成員として謎の爺さんとこの写真の女がいる事くらいだ」

 

 

 分かってる事は、本当に少ないな。

 何故俺を狙うのか、か……。

 分からんな、俺の魔力もバレてるっぽい、のか?

 今の所目立った対策はされてないんだが。

 

 

「だが、ほとんど不明だからと、放置するつもりはない」

 

「……何カ、当テガアルノカ」

 

「明確に今、関連していると言える物はないが……一つだけ追える物がある」

 

「それは一体?」

 

「写真の女……幹島って言うんだったな、そいつは書類上、とある別の街からやって来たって事になってる」

 

「……別の街?」

 

 

 別の街とかあるのか。

 他の組織の拠点とかなら見た事はあるが……と言うかこの状況でそんなに人が居るのか。

 

 

「……ああ、そういや言ってなかったか。前に裏だとか表だとかの話はしたと思う」

 

「うん」

 

「人間ってのは意外としぶとくてな……あの潜入していた街とは他にも、街と呼べる物がいくつかある」

 

「……そうなんだ」

 

「それでも片手で数えられるが……まあそれで街と街の交流ってのも、それなりにある訳だが、それに乗じてやって来たって訳だ」

 

 

 ……ああ、そっか。

 魔力持ちは年々増加している、ならその中に殺傷に向いている奴も、扱うのが上手い奴だって居るのか。

 そいつらが魔獣をどうにか出来るんなら……そりゃ、その前から活動している人間なら動くか。

 

 

「……つまり、その街で我々は情報を収集する、と」

 

「ああ、それと組織の拡大もしなきゃならない」

 

「組織ノ、拡大カ」

 

 

 組織の拡大……するのか、しないんだろうなと薄々思ってたんだが。

 

 

「……正直、俺達だけだと組織力が足りん。だがうちに……こいつに手を出したんだ、その分の仕返しはしなきゃならん」

 

「これはまた、忙しくなりますね」

 

「……拡大の件は今すぐって訳じゃねえ、海の街での調査って言っても時間はかかるだろう、気張る必要はない」

 

「海の街?」

 

「ん?ああ、目的の街の近くに海があってな。そこから海の街って言われてる」

 

「……そうなんだ」

 

 

 そう言えば街名なんて気にした事、無かったな。

 ……元々居たあの街にも、名称とかあるのかな。

 

 

「兎に角、当分の目的はこれになる訳だが……」

 

「?」

 

「……帰って来て早々で悪いが、お前に一つ、やって欲しい事がある」

 

「……命令?」

 

「違うが、みたいな物だ」

 

「……分かった、それで何?」

 

「お前にやって欲しいのは……」

 

 

 

△△▲△△

 

 

 

「……ここが、海の街」

 

 

 ザ・港町って感じだな。

 潮の香りに、白い砂浜と。

 こんな世界だからか、砂浜には誰も居ないけどな。

 

 

「……海の魔獣って、どんなのだろう」

 

 

 いや姿形は想像出来るがな。

 魔獣達の中には、魔力の影響が濃く、魔力を保持する事が出来た個体……つまり魔力を使える魔物が居る時がある、数は少ないが。

 大体そいつらが魔獣達のリーダーを務めてる訳だが……そいつらの使う魔力はその環境に適応してる。

 

 

「……海の中だと、水くらいしか使えないんだけど」

 

 

 全員が全員、水を操るんだとしたら……海において魔獣に勝つのは困難だろうな。

 なんせ人間は海の魔獣……つまり魚に泳ぎでは基本的に勝てない。

 そんな中で水関連の魔力まで使われたらお手上げだな。

 

 

「……誰」

 

「え?」

 

 

 突然、後ろから声をかけられる。

 後ろに居たのは……当然だが見知らぬ少女だった。

 気配感じなかったんだけどこの子、考え事してたとは言えど、こんな簡単に背後を取られてしまったのか……不甲斐ないな、俺。

 

 

「あ、ごめん……ちょっと用事があって」

 

「……石投げたかったのなら、残念」

 

「……はい?」

 

 

 淡々と告げる少女。

 石ってなんだ石って。

 この近くに石投げ場でもあるのか?

 

 

「いや、この近くには……」

 

「惚けなくて良い、どうせいつものでしょ」

 

「?ちょっと誤解……ッ!」

 

 

 誤解を解こうとした所、海の方で爆発が起こる。

 ……ん?いやあれは……何かが飛び出て来たのか……って!?

 

 

「数が多い……!?」

 

「……また」

 

 

 水飛沫から飛び出て来たのは、十数匹の魚の群れ。

 その全てが魔獣サイズで、水を纏いながらこちら目掛けて突進して来ている。

 

 

「……そこの人、下がってて」

 

「え?」

 

「……危険だから」

 

 

 そう言うや否や、彼女は目の前から消えていて……。

 次の瞬間、彼女は魚達の目の前に立っていた、水を纏って。

 

 

「!?」

 

「……『海ノ共鳴(ともなり)』」

 

「え、え?……!?」

 

 

 どうなってんのこれ。

 魚達が()()()()()()()

 現れた少女が何かを呟いた瞬間、魔力が膨れ上がって魚達を覆った。

 それだけだ、それだけなのに……んん?

 

 

「……海に、帰って」

 

「……」

 

 

 その一言で、先程までの暴れ様が嘘の様に、魔物達が海の中へと戻って行った。

 ……命令形の魔力?だったら何であんな高速移動出来るんだ、と言うか水も纏ってたよな。

 

 

「……まだ居たの」

 

「いや、私……」

 

「早く帰って、巻き込まれるよ」

 

「巻き込まれるって……」

 

 

 何を言ってんだこの子?

 ……と、なんか後ろから飛んで来てるな、避けとこう。

 右にずれて、飛んで来た物を確認……石?

 

 

「何で石……わわ!?」

 

「……始まった」

 

 

 石が、木片が、貝殻が。

 次々とこちらへと……違うな、これあの子に飛んで行ってる?

 ……だったら話は別かな。

 

 

「よっ……とと、危ない」

 

「……え」

 

「なんで避けな……」

 

「海の悪魔め!さっさと消えろ!」

 

「今度は仲間も連れて来やがったのか!?」

 

「……え?」

 

 

 いきなり何言い始めたんだこの人達、と言うかこの石投げたの、君達?

 

 

「いきなり人に石を投げたらダメだよ」

 

「うるさい!人じゃない奴に投げたって構うもんか!」

 

「人じゃないって……見たら分かるよね、人間だって」

 

「そいつは海の悪魔でバケモノだから、同じ奴等と会話出来るんだぞ!」

 

「……」

 

「それでも、あの時この子がそうして無かったら、そのバケモノ達はそのまま街に向かってたよ、そんな恩人に石投げるかな、普通」

 

「そいつが皆を騙す為に呼び寄せてるだけだろ!皆知ってるんだからな!」

 

 

 ええ……何これ。

 石投げってそう言う事?こんなご時世だからかなぁ。

 それにしても、魔物退けたのにこれとは……感謝くらいあっても良いだろうに。

 

 

「早く街から出てけよ!」

 

「お前の所為で……!」

 

「……」

 

 

 うわ、また石投げ……ってちょっと!?

 そこまでか……!

 

 

「ッ……取り敢えず、行くよ!……えっと、そこの子!」

 

「ぇ……あ、うん」

 

 

 頭から血が出るなんて、やり過ぎだろ!

 こうなれば強引にでも連れて行くしかない。

 強引に手を取り、あいつらから離れる様に動く。

 

 

「うぐ……!」

 

「……大丈夫?」

 

「大丈夫……私より貴女だよ、ここら辺で安全な場所、ある?」

 

「……海沿いに進んだ所に、洞窟がある」

 

「分かった」

 

 

 結構良い腕してる様で、あいつら……!

 どこでその腕上達させたのかは、聞きたくないが。

 

 

「……どうして助けるの」

 

「え?」

 

「あそこで見捨てたら、貴女は無事だった」

 

「……何でだろうね」

 

 

 理由は分からん、俺の中のお人好しな部分が働いたのかもな。

 だが……な。

 

 

「辛そうな顔してたからかもね」

 

「?……誰が?」

 

「貴女が」

 

「……そう」

 

 

 この子が俺に対して石を投げられなくて残念だと言った時。

 若干悲しそうな顔をしたからか。

 それを見逃して自分が助かろうと思える程、俺は非道にはなれなかったらしい。




言った事を次の話の時には守れてない作者ってマジですかね……マジでした。
と言うか駄文も酷くなってる気が……どうしましょうかねこれ。
そこまで関係無いですけど、第二章と言う形にしてます。
舞台が変わった、と言う事だと思って頂ければ。


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新たなる出会い

「ここ、彼等もここまで来ない筈」

 

「ん、了解」

 

 

 少女の言う洞窟に着いたが……生活の跡があるな、と言うか思いっきり誰かが生活してる?

 

 

「ここ、もしかして誰か住んでたりするの?」

 

「私」

 

「……ん?」

 

「私、街の方の家とか、物は全部壊されたから」

 

「え」

 

 

 女の子になんて生活させてんだ?

 街の奴等……いくら何でも過剰じゃねぇかよ、これは。

 

 

「取り敢えず、傷の手当てするね」

 

「……必要無い、もう治りかけ」

 

「え?流石にそれは……」

 

「ほら」

 

 

 そう言って、頭の傷があったであろう場所を見せてくる。

 ……確かに治ってる、現在進行形で。

 

 

「……えと、これって?」

 

「私の体質、傷は治るし海とも話が出来る」

 

「水を纏ってなかったっけ」

 

「それもそう」

 

「失礼だけど、いつからこうなってたの?」

 

「……海がこうなってからだと思う、お母さんも同じだったから」

 

 

 海がこうなった……って事は例のトンデモな日で間違い無さそうだが。

 だが同じって何だ、魔力は受け継がれたりする物なのだろうか。

 ……うーん、そこら辺はドクターにまた聞かないとかな。

 

 

「それでも、包帯と消毒をしても良いかな」

 

「……必要無いけど」

 

「どんなに治ってても怪我は怪我、放置はダメだよ」

 

「……分かった」

 

 

 分かればよろしい、と言う事で持参してある包帯と簡易医療キットで手早く治療する。

 このご時世だ、何でも良いから傷口を掃除出来る物と、出来る限りで良いから綺麗な布を持っていれば、少なからず不慮の怪我が悪化した、ってな事は減少すると思う。

 ついでに、彼女の事を聞いておこう。

 

 

「……お母さんも、そうだったんだ」

 

「うん、お母さんの頃は、海がまだ大人しかったから、街にも受け入れて貰えてた」

 

「……えと、そのお母さんは……」

 

「二年前に亡くなった」

 

「……ごめんね」

 

「大丈夫、もう折り合いは付けてる」

 

 

 淡々と俺の言葉に返事をしてくれる少女。

 ……強い子だな、親も居なくて、街からは迫害を受けているのに。

 

 

「貴女は、何でここに来たの」

 

「ん、私?」

 

「そう、余程の物好きとかでも無い限り、この浜には誰も来ない、呪われてるらしいから」

 

「……近寄らせない為の口実じゃ無いかな」

 

「多分、でも石を投げに時々彼等がやって来るから、意味無いとは思ってる」

 

「あー……まあ例外だから気にしなくて良いと思うよ」

 

「そう……で、どうして来たの」

 

「ここに来たのは、ボ……親代わりの人に、この街に住んでるらしい人を、探してうちまで連れて来てって頼まれてたからだよ」

 

 

 危な、見た目ただの女の子なのに、ボスとか何となく不自然だろ。

 それ以前に何かの組織の一人であるだなんて、出来るだけバレない方が良い気がする。

 

 

「そうなんだ、でも何で浜なの?」

 

「その人、会うのは数年ぶりらしくて、最後の記憶によれば、その人浜が好きだったらしいから、もしかしたらって思ったんだけどね」

 

 

 と言うかボス、浜が好きな人って何だよ、情報が少なすぎるんよ。

 その癖にボス達この街付近の施設やら何やらの調査で居ないしさ……こう言うの当事者がやった方が絶対効率良いんだけど?

 

 

「残念だけど、お母さんが死んですぐに私がここに来たから、少なくとも二年間は誰もこの浜には近付いてない、彼等を除いて」

 

「……当ては外れか、残念」

 

「それ以前ならそれなりに居たけど」

 

「詳しいね」

 

「……よくお母さんと二人で通ってたから」

 

 

 うーん、どうしたものか……街に聞き込みは行き辛くなったし、そもそもあんな所に聞きに行きたく無いかも、行かなきゃなら行くけども。

 

 

「私の所為で、ごめん」

 

「え」

 

「あの時関わらなかったら、貴女はその探し人を探せてた筈だから」

 

「それは違うよ?」

 

 

 ネガティブにならないで欲しいかなぁ。

 アレは俺が勝手にやった事だし……って言っても、気に病むんだろう。

 だから、今言うべきはそんな言葉じゃない。

 

 

「貴女と彼等、どっちに近寄りたいかなーって考えた時に、貴女の方だったから」

 

「?」

 

「助けようと思ってた訳じゃ無いって事。変な事したら石を投げられそうな人達には近寄りたく無いかなぁ」

 

「……そう」

 

「そう言う事だよ」

 

 

 こう言う時は思いっきり言った方が良いとは思う、そりゃ気にするなって言って気が楽になるならそれが一番良いが。

 それにしても表情が変わらない……側から見た昔の俺ってのもこんな感じだったのか?

 

 最近は作った表紙や仕草(演技)を多用してるけど、相変わらず俺自身の気持ちを反映してくれない表情筋。

 笑う時にも、顔をこう動かして……ってな感じで片隅の方で意識しなきゃならんのは結構面倒だ、どうなってるのかなぁ。

 

 

「あ、そうだ」

 

「?」

 

「自己紹介してなかったかなって」

 

「……確かに」

 

「私は如月(きさらぎ)涼音(すずね)、二月の如月に、涼しい音で、涼音だよ」

 

「……(みぎわ)朱璃(しゅり)……渚と、朱雀の朱に、瑠璃色の璃で朱璃」

 

「よろしくね、渚さん」

 

「……よろしく」

 

 

 そう言えば、何でボスはその人の名前教えてくれなかったのかな。

 その人の苗字で探せばすぐだったのでは……今更か。

 恨み言より行動をしなきゃなんだが……手掛かりが無い、本当に。

 

 

「これから、どうするの」

 

「んー……暫くはこの街に居るよ、探し人を見つけないとだから」

 

「……場所とか、大丈夫?」

 

「街の方で宿泊させて貰え……あ」

 

 

 そう言えばどうしようか。

 この街は街と呼ばれては居るがそこまで規模が大きい訳じゃ無い、石投げしてた人達は口が軽そうだし、噂が広まるのは早いだろう。

 ……あれ、結構不味いか?

 

 

「……場所が無いなら、うちに泊まって」

 

「え、良いの?」

 

「私が原因だから、当然」

 

 

 荷物は……最悪魔力使えば良いか。

 ……それよりも。

 こんなに良い子で、街も助けてるのに、何で彼等は迫害してるんだ?

 本当に魔獣達を操ってマッチポンプじみた事をしているんだとしたら、彼等がやっている事は自分の首を絞めているだけだ。

 

 魔獣を操れる子に対して迫害とか、復讐されるとか思わんのかな。

 この街の防衛力はまだまだ低い、見た感じかなり量が居る海の魔獣を捌ききれるか、と言われるとちょっと怪しいと思う。

 言ってしまえば、この街はこの子の匙加減でどうとでもなると言う事だ。

 

 

「……どうしたの」

 

「あ、ううん……ありがとう、渚さん」

 

「朱璃で良い、苗字呼びは変な感じがするから」

 

「……分かった、私も涼音で良いから」

 

 

 ……と、物騒な事を考えてるが、彼女にそんな気持ちは無いんだろうか。

 恨み辛みを抱えててもおかしくは無いんだが。

 

 

「ねえ、朱璃ちゃん」

 

「朱璃」

 

「え?」

 

「呼び捨てて、その呼ばれ方、好きになれない」

 

「あ、うん……朱璃?」

 

「……どうしたの」

 

「朱璃は、この街に……」

 

 

 ……いや、何聞こうとしてるんだ?

 そんな事、知り合って一日も経って無い俺が聞いて良い事じゃ無い。

 

 

「ごめん、何でも無い……自分の荷物取って来るね」

 

「?……気を付けて、街の人達は噂好きだから」

 

「分かった」

 

 

 洞窟を出て、歩きながらさっきの自分を振り返る。

 何でいきなり聞こうとしたんだ?

 彼女に同情でもしたんだろうか、俺は。

 

 

「……聞いて何がしたかったんだろ」

 

 

 もしも恨んでる、とか答えられたらどうしてたんだろうか。

 そう、と言うだけか、一緒に復讐するのか、それを諌めるのか。

 ……どれにせよ、踏み込み過ぎだろう。

 何故か名前を呼び捨てる事になったが、出会ってまだ一日も経ってない。

 

 ……さて、これからどうなるんだろうか。

 ハードなのは確定してる、それならそれでやりようはあるんだ。

 情報集めに、彼女の現状に対する何か、か。

 

 

「……これから、どうなるんだろうね」

 

 

 まずは一旦、荷物を取って来よう。

 考える事は、それからだ。




投稿に関してちょっと安定しないです。
一日一話投稿が作者が理想としてた事ではあるので、それを基準にするつもりではあるんですけどね、一応。


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沈む様に、深海を見よ

朱璃(しゅり)、これここで良いかな」

 

「良い、後はこっちの海達」

 

 

 うーん数が多い。

 荷物を何とか回収し、朱璃の所にお世話になり始めて既に一月が経つ。

 探し人、未だ見つからず。

 今は魚の魔獣達の片付けと言うか、処理。

 

 

「私の言葉、通じ無い海達も居るから、人手が増えたのはありがたい」

 

「ふーん……そう言えば、何で魔獣……魚達の事を海って呼んでるの?」

 

「……お母さんが、彼等は"海の代行者"って言ってたから」

 

「え?」

 

「海は生きてる、けど何か出来るわけじゃない、だから代行者が必要なんだって」

 

「……?」

 

 

 海が生きてるって?

 そりゃロマンチックな考え方だなぁ……いやどう言う事だよ。

 

 

「……つまり、どう言う事?」

 

「魚達の事を海って呼んでる訳じゃない、総称」

 

「……なるほど?」

 

 

 よく分からん。

 この子どうやら少しばかり不思議っ子……天然?の様な感じだ、と言う事が判明したのが一週間経った頃。

 彼女のお母さんも似た様な感じなのだろうと、何となく感じた。

 

 

「お母さんの話は、時々難解……全てを把握する事は不可能に近い」

 

「……朱璃のお母さんって何してた人なの?」

 

 

 代行者だとか何だとか……どうなってんですかね?

 そう呼び始めた経緯が気になる所だが。

 

 

「……知らない」

 

「え、何も?」

 

「うん、お母さんからは神職って言われてる」

 

「……他には」

 

「ご先祖様は外国から来たらしい」

 

「……」

 

 

 外国から来た宗教家もどきの一族?

 何か……こう言ったら朱璃に失礼だが……うん、厄ネタなのか?

 キリスト教の宣教師みたいなものなんだろうか。

 

 

「そう言う涼音(すずね)のお母さん達は?」

 

「……私?」

 

「気になる」

 

「私……私かぁ……」

 

 

 どうしようかな、記憶無いんだけども。

 もう大体七、八年位は前になるのか、あそこで目覚めた日から。

 未だにあの場所に居た理由は分からないし、手掛かり一つ無い。

 

 

「……ごめんね、私のお母さん達の事は分かんないかな」

 

「……?」

 

「私……七歳八歳?の時より前の記憶が全部無いんだよね」

 

「……え」

 

「しかも目覚めたのは滅んだ街の中……それまでどうやって生きて来たのか、私がどんな人間で、どんな人達と関わって来たのか、それらの手掛かりは一つも見つからない」

 

 

 ボスによるとあの街が滅んだのは、例の『怒りの日(ディエス・イレ)』と同時期だとの事。

 そしてその崩壊は俺が目覚める二年前の出来事だ、あの街が手掛かりだとは言い難い。

 

 

「……」

 

「……色々こっちは聞いたのに、答えられなくてごめんね」

 

「ううん、こっちこそごめん」

 

 

 うーん、それでも何だか申し訳ないなぁ……あ、そうだ。

 記憶は無いけど、これだけは言えるってのがあるんだった。

 

 

「……あ、一つだけ」

 

「?」

 

「一つだけ言える……と言うか、残ってるものがあったの、思い出して」

 

 とは言えど、俺自身それ程重要だとは思って無い物だし、さっき過去を振り返るまで忘れてたんだけどな。

 

 

「これ」

 

「……えっと、時計?」

 

「うん、懐中時計だよ」

 

 

 俺が持ってたらしい?

 あの時そんな物持ってたかな……とは今でも考えるが。

 少なくとも、この時計を渡された時、何となく既視感を感じた事を、偶然だとは思いたく無いな。

 

 

「……綺麗」

 

「所々、ひび割れてるんだけどね」

 

「……それでも、綺麗な時計」

 

「ありがと」

 

 

 見た目はとても高そうな物なんだよな、これ。

 残念な事に、壊れてしまって動かないガラクタであるが。

 

 

「今の所、この時計以外に私に繋がる物は無いよ」

 

「……辛く無いの」

 

「記憶が無いから、それが悲しい事かも忘れたよ」

 

「そう」

 

 

 単純に俺が冷酷なだけかもしれんが。

 そう思ったが、口にはしないでおく。

 こんな事、言った所で誰の得にもならないしな。

 

 

「それはそうと、そろそろ片付けも終わりで良いんじゃないかな?」

 

「……あ、うん」

 

「あれだけの数、今まで一人でやってたの?」

 

「今まではこんなに来なかったから」

 

「そうなんだ」

 

 

 湿っぽい空気はもう終わり。

 私も居たとは言え、この数を処理するのは相当時間がかかった。

 今日が例外だと思いたいが。

 

 

「今の海は怒ってる」

 

「……怒ってる?」

 

「うん、海の、底の、奥の方……そこで、怒ってる……それに反応して、他のも怒って攻めて来てる」

 

 

 海の底の奥……海底か。

 海底の方に何か親玉的な何かが居るらしい、それがかなり怒ってると。

 魚はそれに呼応する様に怒り、こちら側に尋常じゃない程の群れとなって来る、と言うカラクリらしい。

 

 

「……それが分かっても、かぁ」

 

「うん、人間の体じゃ、そこまで行けない」

 

「朱璃の力でどうにかなる?」

 

「……聞くだけなら、どんな場所でも聞ける……けど話し掛けるには、相手に触れられる位近くに居ないとダメ」

 

「そっか」

 

 

 声を聞けるってだけでもお釣りが来る程に凄い力なのに、語り掛ける事も水を操る事も出来るらしいし、凄いな朱璃の力。

 本人曰く、操れる量に限界はあるらしいし、深海に辿り着く事は出来ないんだろうな。

 

 

「……ねえ、朱璃」

 

「どうしたの」

 

「探し人が見つかったらさ、私の所に来ない?」

 

「?」

 

「ボ……私の親代わり的な人なら、朱璃の事も受け入れてくれると思うし」

 

 

 何となく、言っておきたかった。

 実際魔力は強いし、何なら強くなくても受け入れてくれるとは思う。

 

 

「……ごめん、嬉しいけど、行けない」

 

「……」

 

「私が居なくなったら、海達が止められなくなる」

 

「……この街は、朱璃に優しく無いけど」

 

「それでも、お母さんが好きだったこの街を、私が守る」

 

「……そっか、変な事言ってごめんね」

 

「ううん、気遣ってくれてありがと」

 

 

 まあそうだよな、と言うか彼女を血生臭い世界に誘うとか、何を考えてるんだ俺?

 断るとは何となく感じていたけども、もし肯定されてたら、罪悪感所の話じゃ無いだろ、俺の方が。

 

 

「……涼音」

 

「ん?」

 

「今日は何の料理を作るの」

 

「あ、もうそんな時間なんだ」

 

 

 どうやら死体の処理で一日が終わりかけているらしい。

 居候である俺が、何もしないなんて事出来るわけもないし、そもそも何もしないのは性に合わない、って事で家事の手伝いをしている訳だ。

 

 

「そうだなぁ……朱璃は何が食べたいとか、ある?」

 

「……何でも?」

 

「何でもが一番返答に困るんだけどなー……?」

 

「涼音の料理は大体美味しいから、何でも」

 

「褒めてくれるのは嬉しいけど、大体似た様な料理だよ?しかも調理法はそんなに難しくない物だし」

 

「……」

 

「……うーん、ある物を見てから決めようかな」

 

 

 俺、そんなに料理のレパートリー多く無いんだけど?

 朱璃は……こう言ってはなんだが、あんまり料理が得意じゃない。

 だから俺の当番になった訳だが……こんな環境じゃまともに食材が揃う訳も無く、色々苦戦している所である。

 煮る焼く茹でるだけでも変わってくるが、出汁やその他にも限界がなぁ。

 

 

「……うーん」

 

「今日は海達もある」

 

「……出汁でも取ろうかな」

 

 

 処理して出て来た魔獣の可食部も、今となっては数少ない食材の一つである。

 生でも食べられない事もないが、処理に時間がかかった分、流石に菌類が怖いが……出汁は骨とかその辺りから取ろう、今日は焼き魚だな。

 こうしていると日菜(ひな)達と旅していた頃が懐かしく感じられるなぁ。

 

 

「……今日は焼き魚にでもしようかな」

 

 

 あの頃は楽しかった。

 記憶が無い分、その思い出の範囲は狭められているが、その中では一番楽しかったと断言出来る。

 まあ、思うだけで、口にする事は無いんだが。

 

 ……日菜達、今何してるんだろうな。




かなり遅くなりました&駄文。
これ書いてて、よくこんな展開してGLタグ要らない判断出来たなぁ作者とは思います。


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暗がりに映る夢

※今話、最初の方の文章は読み難いので、読む方は気を付けて下さい。


   暗い、暗い、暗い。

 

 ひたすら広がる闇の中、()()一人立っている。

 

 一人ぽつんと立っている。

 

 ふとふと足元見てみれば。

 

 他の皆は横たわり、赤いナニカを、流してる。

 

 

   暗い、くらい、暗い。

 

 次にひろがる熱い赤、まわりが轟々燃えている。

 

 黒いナニカが、もえている。

 

 ふとフト、周りを意識して。

 

 見知らヌ……顔が……

 

 ……焦げたにおいが充満シ、黒いニクを、晒しテる。

 

 

   くらい、辛い、クらい。

 

 ソして広ガる青イ空、平和な街並ミ並んデル。

 

 見たコトあるナと、イ識スる。

 

 目ヲよク凝らシテ、見てミレば。

 

 ……誰? シラナイ、なノに……

 

 シアワせ、そうニ笑う……フウ夫が……?

 

 誰、ダレだ、アレは……、私は、俺ハ、カレ等を?

 

 

   クライ、イたイ、痛い。

 

 ツギに、映るワ赤イマチ、まタマた、同ジ、アカい街。

 

 ゴう々、盛んに燃えテいる。

 

 小サい、街、は……ヨく燃えテ、山中、逃ゲバが見つカラず。

 

 ヒトリ、ひとリと倒れテク、ダレかれ構わズモエテイく。

 

 ダメ、これ以上進んだら……

 

 

   ユ■サ■■、■ルセ■■、■■■■■。

 

 みンな■■■? いち■■ミンな、こ■■レ■。

 

 ぽつんと一人、立っている。

 

 ■■シハ、なンデ、■■てイ■。

 

 ……お前の■■は重要な■となる、■■■を■■する為に。

 

 ア……誰、チガウ、辞めて

 

 快諾、私も、望んでた。

 

 マチが燃えテる、ミンナも死ンだ。

 

 ……それでも、それでも、望んでた。

 

 何を?

 

 私は、何を   

 

 

 

 思い出すには、まだ早いよ

 

 

 

△△▲△△

 

 

 

「……あたま、痛い……」

 

 

 ……何だ、今のは。

 気持ち悪い。

 

 

「寒……着替え、どこだろ」

 

 

 まだ夏……何だけど、何ならまだ外は明るい。

 汗ばんでるからか……?

 

 

「……今の夢……」

 

 

 思い出せないのに、酷く痛い。

 思い出さないといけない気がするのに、思い出せない。

 

 

「……私は一体誰なのか」

 

 

 朱璃(しゅり)にはああ言った手前……では無い。

 本当に忘れているのだ、辛さを。

 思い浮かばない両親の顔、過去の記憶、その他諸々。

 思い出せないなら、仕方ないと、それどころか   

 

 

「……ああ、本当に、どうしようもないなぁ」

 

 

 (おれ)は、如月(きさらぎ)涼音(すずね)という人間……いや、■■■■という人間は壊れている。

 

 

「……今の所、候補は一人」

 

 

 勿論、彼女達の幸せが優先だが。

 ……かもしれないと、どこかで期待している自分は、いる。

 

 

「あは……やっぱり笑えないか」

 

 

 この頑固者め、俺の表情筋はこれでも動いてくれない。

 

 

「……表情に出ないって、案外」

 

「涼音」

 

   ん、どうしたの?」

 

「海が、怒ってる……もう、限界」

 

「……あー……流石に、かぁ」

 

 

 彼女にしては、という前置きが付くが。

 焦っているのが表情から伝わって来る。

 ……もうダメか、もうちょっと数を減らしたかったんだけど。

 

 

「……どうしよっか、戦うにしてもちょっと数多いよね」

 

「ん……でも、全部止めないと、ダメ」

 

「だよねぇ……頑張るしかないかなぁ」

 

 

 理論上……不安しかない言葉だけど。

 朱璃の魔力は正直規格外だし、俺の魔力も結果だけ見れば……って感じ。

 燃費悪い所じゃないんだけどね。

 

 

「あと」

 

「……あと?」

 

 

 まだ何かあるんだろうか。

 街の人達? 目立った怪我も服の乱れもないし、また別件だろうか。

 

 

「知らない人達、来てる」

 

「知らない人達? 珍しいね」

 

「ん、ほんとに珍しい」

 

 

 こんな世の中だ、旅行なんてとてもじゃないけどいない筈。

 余程の狂人でもない限り。

 

 

「金髪と、ピンクの髪の女の子……多分、同い年?」

 

「え」

 

 

 ……ちょっと待って?

 

 

「……知り合い?」

 

「いや、その、えと……多分」

 

 

 何で?

 バレたのか?

 だとしたら早過ぎ……って訳でもないのか。

 

 

幹島先生(あのひと)かなぁ……」

 

「?」

 

「こっちの話……知り合いだったら悪い人達じゃないよ」

 

「……仲良いの」

 

「え? まあ……」

 

 

 あの暮らしの中で、特に仲良かったのは間違いない。

 それに加えて……って感じかなぁ。

 

 

   あの二人は特に、かな」

 

「……」

 

「……と、取り敢えずその二人の所に行ってみよう、二人が来るならは……もう一人、頼もしい人もいるからさ」

 

「……」

 

「……おーい、朱璃?」

 

 

 なんでムスッとしてるんだろうかこの子。

 いやいつもこんな感じなんだけど、なんかいつもより機嫌悪い気がする。

 

 

「なんでもない、行こう」

 

「そう? 無理は禁物、だからね」

 

「ん、無理はしてない」

 

 

 なら良いんだけどさ。

 それにしても……ね。

 

 

「……タイミングが、良いのか悪いのか……だなぁ」

 

「?」

 

「いやさ、別れる時に色々あって、気不味いんだよね」

 

 

 そんな事言ってられない以上、会いに行くけどさ。

 取り敢えず距離は置こう、突き放す事から始めないと本当に引っ張り続ける事になる。

 後は……何だ?

 

 

「……話し合え、ば?」

 

「え」

 

「ん……ちゃんと、話し合っておく、べき……離れるにしろ」

 

「……」

 

「……いつの間にか、話せなく、なる事……は、珍しい訳じゃ、ない」

 

 

 ……朱璃のお母さんか。

 そうはなって欲しくないんだけどね、自分ならまだしも。

 それにしても話しておくのは大事か?

 

 

「そうだなぁ……うん、ありがと」

 

「ん」

 

 

 よし、やる事は決まりだ。

 

 

「行こう、朱璃の事も紹介したいし」

 

 

 海の親玉とやらを倒して、取り敢えず話し合う、それでどうにかする。

 ……普段なら考えられないくらい杜撰だけど、今回ならちょうど良いくらいかも?

 多分、きっと……おそらく。




お久しぶり、です。
遅くなりましたけど、とにかく生存報告です。
投稿頻度はまだ上がりません、とだけ。
ただ少しずつ書いていくので、気長に待って頂けたら幸いです。


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