人狼は不死者の王と共に異世界を謳歌したい (モノクロさん)
しおりを挟む

人狼と不死者の王はユグドラシルを謳歌したい

見切り発車です。その都度調整していきます。


 私の生涯は、良くも悪くも特筆する所がなかった。

 

 父が多額の借金を残して他界し、そのツケを母と私が必死になって返済し、自由になった時には年齢は三十路を超えていた。色恋沙汰も無く、裕福な生活とも縁が無く、独身貴族とも言い難い。それでも、生活そのものは満足していた。

 

 借金を返済した後は、出来る限り親孝行した。女手一つで私を育ててくれた母に、少しでも恩返しする様に。環境が悪いせいで、お互い健康な身体とは言えず、借金返済後、溜まりに溜まったストレスや緊張の糸が切れた事もあり、体調を崩した母の最期を看取るその時まで、私は母に尽くし続ける事が出来たと、そう思っている。

 

 私の生涯において、特筆すべき事のない人生において、唯一胸を張る事が出来る思い出である。

 

 その後、天涯孤独の身となった私は、仕事をこなしつつ、娯楽に興じる時間が増えた。少ない給金で質素な生活娯楽と呼べるのは当時流行していたDMMO-RPGと呼ばれるフルダイブ型のRPGゲーム。嗜む程度であった娯楽の中に、『ユグドラシル』というゲームがあったのだが、そのゲームだけは、特別であった。

 

 圧倒的なデータ量。自身の現身となるアバターの自由度は豊富で、人や亜人、そして異形種と種類が豊富で、キャラクターの作成には本腰を入れたものだ。

 

 子供の頃に夢見た、動物を飼う事が出来なかった私は、人と獣人、そして獣に変身可能な人狼を選択し、誰かを守りつつ支援を行う職業を選んだ。他にもメインとなる獣人を主に、獣、人とステータスの割り当てを調整し、満を持してユグドラシルに身を投じた。

 

 楽しかった。何もかもが。

 

 様々な人と出会い、友と出会い、冒険し、敵と戦い、勝利と敗北を共に共有し、珍しいアイテムを入手した時は祝杯を挙げながら喜びを分かち合った。

 

 私という人物には特筆すべき所はなかった。だが、私ではなく、ユグドラシルに存在する私は、『ジンクス』は、その世界において輝いていたのだ。

 

 私の輝かしき思い出。自慢のギルド。アインズ・ウール・ゴウン……。

 

 アインズ・ウール・ゴウンは私の全てだった。例えそれがデータ上の世界であったとしても。ギルドのメンバーが一人、また一人と欠けようと関係なかった。時間さえあれば、私はユグドラシルに身を投じた。私と同じく、ギルドに残り続けたギルドマスターである、モモンガさんと共に。

 

 だが、そんな生活も、終わりを迎える時が来た。

 

 ユグドラシルサービス終了のお知らせと共に。

 

 それは突然やってきた。何時もの様にログインすると、運営からメールが届いていた。内容は単純明快。〇月〇日を以って、ユグドラシルのサービスの提供を終了させて頂きます。という文章だ。

 

 それを目にした瞬間、目の前が真っ暗になった気がした。私は呆然としたまま、一度ログアウトし、再びログイン。既読済みの運営からのメールを再度開いて中身を何度も確認した。しかし、何度確認しようと、その内容が変わる事はなかった。無常なるメッセージ。何故?どうして?そんな疑問ばかりが頭に浮かんでくる。

 

 確かに、ここ最近、ユグドラシル内に新規のユーザーが流れてくる事はなかった。フルダイブ型のゲームも新規のゲームが増え続け、様々な理由で古参のプレイヤーが他のゲームに流れたり、諸事情によって引退するなどして過疎化が進んでいた事は実感していた。

 

 でも、だからといって、サービスが終了するなんて……。

 

「……モモンガさんに知らせないと」

 

 この事を知れば、彼はきっと悲しむだろう。私は知っている。ギルドのメンバーが一人、また一人と引退していく毎に、彼等の装備を引き取り、それを大事に保管している事を。いずれまた、彼等が戻ってきてもいつでも迎えられるように準備していた事を。彼等が戻って来る事がないと分かっていながら、それでも彼等の居場所であるナザリックを維持し、守り続けたモモンガさんの事を。

 

 私も同じだ。ナザリックは私にとって、ジンクスにとって全てだった。そこには私の思い出が詰まっていて。私にとっての最後の居場所でもあった。だからこそ、この無慈悲な現実を知った時のモモンガさんの心情は痛いほど理解出来る。

 

 恐らく、知らせるまでもなく、ログインすればモモンガさんもこの事実を知る事になるだろう。それでも尚、私はモモンガさんに連絡を取るべく、フレンドリストを開いた。そして、愕然として動きを止める。ユグドラシルサービス終了に伴い、全てのデータが削除される。思い出も何もかも、全て分け隔てなく、全て。全てだ。つまり、モモンガさんとも別れるのだと、改めて実感してしまった。震える手でモモンガさんに連絡を取ろうとする。だが、その手が止まった。それはきっと、ユグドラシルがなくなるという事実を受け入れたくないという私のエゴだ。

 

 モモンガさんに連絡して、その先に何が待っている?サービスが終了しますね。これからどうしましょう?と、そう言ってしまえば、現実を受け入れる事になってしまう。

 

「…………」

 

 私は目を瞑り、大きく息を吸い込む。そしてゆっくりと吐き出して気持ちを落ち着かせ、目を開き、もう一度一連の流れを繰り返す。今度こそ、私は覚悟を決めてモモンガさんのDMに連絡を入れた。

 

 

 

 

―ナザリック地下大墳墓―

 ユグドラシルサービス終了。その知らせをジンクスからDMで知った鈴木 悟ことモモンガは、急ぎ仕事から帰宅するとログインし、運営からのメールを確認した。そこに書かれていた内容はジンクスがDMで送った内容と変わりなく、それが現実なのだと突きつけられる形となった。深い溜息と共に、天井を仰ぎ見る。

 

 サービスの終了と共に、もう二度と、仲間達と会う事が出来ないのかと。今までは仕事や生活の環境の変化など、様々な理由があってメンバーが引退していった。もしかしたら、心境の変化や私生活に余裕が出来た。それ以外の理由でも良い。また此処に、ユグドラシルに、アインズ・ウール・ゴウンに戻ってきてくれるのではと淡い期待を抱きながら、彼等から引き継いだアイテムを大事に保管し続けてきた。

 

 毎日の様に共に過ごした仲間達。同じギルドに所属し、苦楽を共にした仲間達モモンガにとっては掛け替えのない存在であり、家族に等しかった。しかし、それももうすぐ終わる。サービス終了と共に、彼等から引き継いだ思いから、そしてギルド長としての役目からも、その全てから解放される。その反面、心に穴が開いた様な喪失感を覚える。これが寂しいという感情なのだろうか。

 

 ジワリと涙が溢れそうになるが、それを必死に堪える。泣いてはいけない。泣いたらきっと、もっと辛くなる。何時かはこうなると分かっていた。それが今、現実となっただけだ。だが、それでも、それでもまだ、あまりにも早すぎる。もう少しだけ、せめてもう少しだけでも、皆と一緒に居たかった。皆が帰って来られるこの場所を守り続けたかった。

 

 暫くの間、沈黙していたモモンガだが、頭を振ると、気持ちを切り替える。何時までも悲しんでもいられない。ギルドの長が何時までもこの調子だと、仲間に心配をかけてしまう。彼だって同じ気持ちだ。サービス終了の知らせを受け取った時、彼は……ジンクスは何を思ってDMを送ったのだろう。彼らしくもない乱れた文章。きっと彼も、現実を受け入れられず、それでもこの事を伝えようとDMを送ったに違いない。彼に会って、そして、今後の事を話し合おう。まだ終わったわけではないのだ。サービス終了まで、まだ期間はある。その間、自分達は何をするべきなのか、それを改めて再確認する必要があるだろう。

 

 もしかしたら、これを機に、もうログインしないというかもしれない。もしかしたら、最後にやりたい事があるからと、ギルドを脱退してやりたいようにやるかもしれない。いや、彼ならきっと、最後の最後まで此処に残り続けるだろう。彼はそういう男だ。

 

 そんな事を考えつつ、モモンガは彼が待つナザリックの地下9階層、円卓の間へと移動を始めた。

 

 

 

 

 

―ジンクス視点―

 私からのDMを受け取ったモモンガさんは、ナザリック地下大墳墓の9階層、円卓の間で今後の事についての相談を持ち掛けてきた。私としても異論はなく、即座に了承する。それからモモンガさんとこれからの事を色々と話し合い、今後の方針を決定した。

 

 先ず、ギルドについて。モモンガさんはこのままギルドの長として残り続ける意志を見せ、私もまた此処に残り続ける旨を打ち明けた。その時、少しだけ重苦しかった空気が和らぎ、アバター越しではあるものの、互いに内心笑っていたのだと思う。維持費は今まで通り効率よく稼げる場所で稼げるだけ稼ぎ、何かあっても大丈夫なように備えていく方針が決まった。

 

 次に、今後の活動についても色々と意見を交換した。モモンガさんも私も、一度ナザリック地下大墳墓内を隅々まで見て回る事に決めた。各階層を守護する守護者達。皆で協力して創り上げたNPC達の設定や各階層の情報を改めて見直し、それを映像に記録する事でサービス終了した後でも、その録画データだけは互いに共有し、他のギルドメンバーと連絡が取れた時は、そのデータのコピーを配る事になった。

 

「折角ですから、今まで撮りためた記録媒体も編集してみませんか?」

 

「良いですね。各メンバー毎に残した記録用データクリスタルが宝物殿に残っていた筈です」

 

「他にもイベントのデータが沢山残っていた筈ですから、いっそのこと、それらも全部やってしまいましょう」

 

「そうなると結構時間がかかってしまうかもしれませんが大丈夫ですか?」

 

「大丈夫ですよ。その手の編集は得意ですので、任せて下さい」

 

「分かりました。それではお願いします」

 

 そうして、モモンガさんの了承を得た私は、これまでに撮りためたデータクリスタルをかき集め、編集作業にあたった。その間にも、ナザリック内をくまなく散策し、各階層の守護者達の設定や装備を見直す中で、様々な発見があった。

 

「モモンガさん。アルベドの設定ですが……」

 

「あぁ……タブラさんですよねこれ。確かギャップ萌え……でしたっけ?」

 

「『因みにビッチ』はちょっと……どうにか出来ないですか?」

 

「設定を弄るのも気が引けますが、流石にこのまま終わらせるのは可哀そうですよね」

 

「でしたら、折角ですし少し弄っちゃいましょう。モモンガさんの嫁なんてどうですか?」

 

「いやぁ、流石に同じギルメンが創ったNPCを嫁にするのは。俺からすれば娘みたいなものだし」

 

「良いじゃないですか。きっとタブラ義父さんだってモモンガさんの事を認めてくれますよ。それに、モモンガさんもアルベドみたいな女性を妻にしたくないですか?」

 

「それは……確かに」

 

 こうして、時にギルドメンバーが残したNPCの設定を自分達の良い様に変更したり……。

 

「モモンガさん、見て下さい。中々珍しいマジック・アイテムが売ってますよ」

 

「へぇ、種族変更可能な指輪か。確かに珍しいですね。リスクは種族レベルが変わる事と、代わりに外す指輪の効果がなくなる事ですか。それ以外のリスクは特になさそうですね」

 

「種族も沢山ありますよ。折角ですし、買えるだけ買っちゃいましょう。モモンガさんは何が良いですか?」

 

「じゃあ、俺は悪魔の種族変更の指輪を買おうかな」

 

「私は……悪魔に天使に獣人に……」

 

「ちょっと買いすぎじゃないですか? 流石に全部の種族変更時のアバター作成なんてやってたら時間が足りませんよ」

 

「記念ですよ記念。私は今のままで充分満足しているので。代わりと言っては何ですが、モモンガさんの悪魔種のアバター、私が作成しても良いですか?」

 

「良いですけど、記録データの編集は大丈夫ですか?」

 

「はい、それに関しては殆ど終わっているので大丈夫ですよ」

 

「仕事が早いですねぇ」

 

「まぁ、慣れた作業だったので。それじゃあ、折角ですからモモンガさんにはカリスマ性溢れる悪魔に仕上げて見せますよ。楽しみにしていてください」

 

 露店巡りをしては珍しマジック・アイテムを購入。サービス終了する事も相まってか、普段なら並ぶことのないレアなマジックアイテムが所狭しと並んでおり、出かけるたびに、大量のアイテムを持ち帰る事になった。(なお、キャラデザはモモンガさんが好みそうな設定をふんだんに盛り込んだけど、タブラさんのギャップ萌えに触発されて余計な設定も盛り込んでしまった時は流石に怒られた)

 

 そして時に、自分自身のアバターの設定を見直してみた。職業は大雑把に言えばモモンガさんと同じ魔法詠唱者だ。その設定に箔をつける為にナザリック内にある最古図書館に目を付け、自分なりの設定を盛り込んでみた。最古図書館の一角に自分専用の棚を作り、そこに所狭しと大量の書物を用意したのだ。

 

 私の創ったジンクスの設定。それは『魔法の深淵へと至った賢人』という設定だ。後に、モモンガさんと共に深淵に至ったと設定を追加し、巻き込む形となったが、モモンガさんはそれを了承。今更ながら少し恥ずかしい設定ではあるが、その設定が盛り込まれた魔導書(聖遺物級や伝説級が大半で神器級は一冊が限界だった)が棚一杯に並ぶ光景は圧巻で、満足のいく出来となった。

 

 その作業を終え、満足した私は、改めて自分の設定を見直した。アインズ・ウール・ゴウンは自他共に認めるDQNギルドだ。ギルドのメンバー皆がその方針に沿ってカルマ値がマイナスな者が大半で、NPCも同様にカルマ値がマイナスと、悪の組織として成り立っている。

 

「…………」

 

 私にとって、ジンクスというアバターは自身の現身だ。その現身であるアバターがギルドの暗黙の方針とはいえ、カルマ値がマイナスなのかと考えると、心の中がモヤモヤした。そしてふと思い出すのが看取った時の母の最期の言葉。

 

―…………―

 

 その言葉を思い出した時、私はジンクスの設定を少し弄っていた。カルマ値はプラマイゼロの中立。そして『家族を愛している』『手に届く範囲で他を愛する』と、設定を付け加えた。この設定を付け加えた時、漸くジンクスという自身の現身は本当の意味で自分の合わせ鏡となったのだと、そう自覚した。

 

 そうして、残された時間をモモンガさんと共に過ごし続けた。

 

 そしてついに、サービス終了の日を迎える事になった。

 

 最後にモモンガさんの希望で、連絡を取る事が出来るギルドのメンバー全員に連絡した。DMが届いたメンバー全員が来るとは思っていなかった。引退と同時にデータを削除したメンバーもいただろう。そこまで覚悟を決めて引退したメンバーが別のアバターで此処に来るとは思えなかったからだ。そして、案の定というべきか、サービス終了の日にログインしたのは僅か数名のメンバーだった。

 

 最後に戻ってきたヘロヘロさんがログアウトした後、円卓に残された私達は談笑に耽っていた。

 

「これで終わってしまうんですね。モモンガさん」

 

「そうですねジンクスさん」

 

「折角、ワールドアイテムが破格の値段で売り捌かれてたから買えるだけ買ったんですが、使い道がなかったですね」

 

「え、その話初耳なんですけど」

 

「あ、そういえば言ってませんでした。確か、買ったのがこれとこれとこれで……」

 

「うわぁ、ユグドラシルがサービス終了しなかったらこれ目当てでまたレイドが始まってもおかしくないレベルですよ」

 

「ははは、確かに、まぁ、それでも私達がいれば返り討ちにしてやりますけどね」

 

「あの時と状況が違うんですけど。でも、ジンクスさんがそういうなら何とかなりそうですね」

 

 因みに、モモンガさんと私の個人での対人成績は、最初の一戦目以降、全てモモンガさんの全勝である。しかも、最初の勝ち星も、時間切れギリギリまで奮闘しての僅差での勝利。単純な戦略戦術においては私はモモンガさんに劣っている。プレイヤーレベルで言えば、中の下、もしくは下の上といった所か。

 

「さて、そろそろですかね」

 

「はい。準備万端です」

 

「それじゃ行きましょうか」

 

 モンガさんの言葉に私も応える。その言葉には寂しさと同時に最後までこのゲームをやり通したという誇らしさがあった。

 

「やっぱり最後はあの場所じゃないとダメですよね」

 

「勿論ですとも」

 

 モモンガさんは立ち上がると、扉に向かって歩き出す。それに続くように私も立ち上がって歩き出した。モモンガさんの手にはギルドの象徴であるスタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンが握られている。折角の最後だ。誰も文句は言うまい。

 

 モモンガさんに付き従う様に歩く私と私達の後に続く戦闘用メイド『プレアデス』とプレアデスのリーダーである執事のセバス・チャン。

 

「結局、九階層まで辿り着く敵はいませんでしたね」

 

「そうですね。誰にもお披露目する事もなかったですね」

 

「まぁ、あれだけの数の暴力をもってしても攻略できなかったんですから誰もここを攻めようなんて思いませんよね」

 

「ははは、確かに」

 

「良い思い出でしたね」

 

「えぇ、そうですね」

 

「モモンガさんは……もし、ユグドラシルⅡとか出たらプレイしますか?」

 

「どうでしょうねぇ……少なくとも、此処での思い出が忘れられそうにないですから考えてしまうかもしれませんね」

 

「モモンガさんもですか。実は私もです。私も、このユグドラシルが……モモンガさん達との思い出が詰まったこの場所こそが、私の居場所でしたから、もし続編が出たとしても」

 

「ジンクスさん」

 

「まぁ、モモンガさんと一緒でしたら、そこもまた新しい思い出になるかもしれませんし、その時は宜しくお願いしますね」

 

 笑顔のモーションを出す私にモモンガさんも『此方こそ』と返答する。しかし、内心ではモモンガさんも私も、此処こそが居場所であり全てであった。他に代わるものなど何もないのが本音だった。

 

 サービス終了と聞いた後も、思い出の為に彼方此方を巡った。時にイベントに参加し、時にギルド内を隅々まで見渡し、出店を巡っては、希少なアイテムを入手したりと、最後の最後までこの世界を堪能した。堪能したはずだった。

 

 だが、そんな思い出も終わりを迎えようとしている。ギルドメンバー皆で作ったナザリック大地下墳墓第十階層。その最奥にある玉座の間へと繋がる巨大な扉の前で二人は足を止める。

 

「モモンガさん、最後に聞きたいことがあるのですが」

 

「なんでしょうか?」

 

「その……モモンガさんは楽しかったですか?」

 

「もちろん、とても楽しかったですよ」

 

「そうですか、良かったです。モモンガさんがそう思ってくれたのであれば、きっと他のメンバーも同じ気持ちでいると思いますよ」

 

 私の言葉にモモンガさんは黙ったまま耳を傾ける。

 

「私も、皆さんと同じぐらいに、いえ、それ以上に、このギルド、そしてこのナザリック大地下墳墓を愛していますから」

 

「……そうですね。きっと、そうですよね」

 

「はい、きっとそうです。それじゃあ、最後の挨拶をしに行きましょうか」

 

 私の言葉に、モモンガさんは静かに首肯すると扉に手をかけた。ゆっくりと開かれていく扉。徐々に見えてくる部屋の光景。部屋の最奥に鎮座する玉座。

 

 あぁ、これで本当に終わってしまうのか。その事実が二人の心に深く突き刺さる。そして、ついに玉座の前まで辿り着き──

 

「お疲れ様でした。モモンガさん」

 

「お疲れ様でした。ジンクスさん」

 

──その言葉を最後に、ユグドラシルというゲームは終了した……筈だった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

異常事態発生です。モモンガさん、申し訳ないですけどアレを確認してもらっても良いですか?

ジンクス「これ見てる皆は私の性別が男か女か考えてるのかな?悪いけど私は男だよ。女性と思った紳士諸君ごめんね」


―0:00:00となる少し前―

 

 二人は玉座の間で最後の時を過ごした。玉座に座するモモンガさんと、配下として跪き臣下の礼を取る私。最後の言葉は『アインズ・ウール・ゴウンに栄光あれ‼』にするか、それとも別の言葉にするかで迷ったが、結局はこの状況に落ち着いた。

 

 王座に座するモモンガさんと、モモンガさんの傍に控える守護者統括のアルベド。ユグドラシルのサービス終了のお知らせをきっかけに、ギルドのメンバーが創造したNPC達の設定を見直した際、『因みにビッチ』という設定を盛られた彼女だが、それは可哀そうだという事で、『モモンガの嫁』と設定を書き換えた状態だ。『モモンガを愛している』にしようか考えたが、話し合いの末『モモンガの嫁』という設定に書き換えられる事になった。

 

 モモンガさんの傍にいるのはやはり嫁であるアルベドだろう。私は臣下として跪くくらいが丁度良い。と、モモンガさんとアルベドが並んで映る光景に、ある情景が浮かんだ。

 

 式場で皆に祝福される二人の姿。色恋に縁が無く、交友関係も皆無な私には無縁な行事。モモンガさんとの他愛のない雑談の中でも幾度となく上がった話題の一つでもあった。

 

「ジンクスさんって、リアルで好きな人とかいないんですか?」

 

「ん、そう言ったイベントとは縁が無かったですからねぇ、今後もそう言ったイベントとは無縁の予定ですよ」

 

「そうなんですか? ジンクスさんでしたら、出会いの一つくらいありそうなんですけどね」

 

「ははは、若い頃はリアルが多忙すぎて、気が付いたら誰とも出会う事無く見事に売れ残ってしまいました」

 

 そんな、他愛のない雑談に華を咲かせ、『私としてはモモンガさんの結婚式に参加することが出来れば最高なんですけどね』という私の言葉の後に、モモンガも苦笑いを浮かべて『相手がいない』と言って話は締め括られた。

 

 NPCではあるが、アルベドの花嫁衣装は映えるだろう。形だけでも良いから一度はみてみたかった。最後の最後で遣り残した事があったと後悔したがこれは私の自己満足だ。モモンガさんに強要するものではない。そんな事を思いながら、ついにその時が訪れた。

 

―0:00:00―

 

 明日の出勤時間は何時だっただろうか。ユグドラシルのサービス終了に合わせて、有給を消費したから仕事は相当溜まっているだろう。ヘロヘロさん程ではないが、身体の方にも相当ガタがきている。最後にモモンガさんにDMを送って、明日に備えないと……。

 

 そんな事を考えながら、強制的にログアウトされるのを待っていたが、私は……いや、私とモモンガさんは、未だにユグドラシルの中にいた。

 

 時間は過ぎた筈だ。なのに何故、ユグドラシルは続いている?

 

 コンソールを開こうと試みるも反応がない。チャットやGMコールも機能しない。極めつけは強制的にログアウトする事すらも叶わない。いったい何が起きている。モモンガさんも同様に困惑の色を浮かべながらコンソールを開こうとしたり、GMコールやその他の機能が正常に起動するか試行錯誤していた。

 

 いよいよもって訳が分からないと混乱し始めた私は、同じく混乱しているモモンガさんに話しかけようと口を開きかけた。その時……。

 

「どうかなさいましたか? モモンガ様。ジンクス様」

 

 女性の声が玉座に響き渡った。

 

「「……え?」」

 

 二人して困惑の色が混じった声を漏らした。此処には女性プレイヤーはいない。いや、ナザリックのギルドメンバーの中には女性プレイヤーはいたが、此処に残ったメンバーの中には女性はいなかった。此処にいるのは私とモモンガさん。そして、NPCだけの……。

 

 声の方角へ目を向けると、そこには守護者統括のアルベドの姿。心配そうな表情を浮かべて私達を見つめるその姿は、まるで本当に生きているようだった。

 

(アルベドが喋った?)

 

 ちらりとモモンガさんへ視線を動かすと、彼も同じ事を考えているのだろう。あまりに突拍子もない出来事に狼狽し、言葉も出ないようだ。そんな私達を他所に、アルベドはモモンガさんと私を交互に視線を向けた後、ナザリックの主人であるモモンガさんに詰め寄っていった。

 

 心配そうな面持ちで問い掛けるアルベドと突然NPCが意志を持った様に動きだした事に驚き立ち上がるモモンガさん。二人の立ち位置が丁度、モモンガさんがアルベドの胸を上から見下ろす形となっていた。女性的なボディラインを至近距離見下ろす事になったモモンガさんは、狼狽えながらもその視線は胸元に集中している。もしも骸の顔をしていなければその視線が何処に向けられているか直ぐに分かっただろう。同じ男として、羨ましくもあるが、今はそんな役得な状況を堪能する場合では……。

 

 そう思いかけて、私は気付いた。

 

 何故私は、骸姿のモモンガさんの視線がアルベドの胸に向けられている事に気付いたのか。それ以前に、故意ではないにしても、明らかなセンシティブ行為をしているモモンガさんを運営が放置している事に、より一層、この不可思議な現象に困惑せずにはいられなくなった。

 

 ユグドラシルは、いや、ユグドラシルに限らず、サービスとして提供されているゲームの大半がセンシティブな行為に厳しい。スカートを履いたキャラクターを下から覗こうものならバレた瞬間一発でアカウント停止もあり得る。胸の谷間を見下ろすような行為も、厳重注意やアカウント停止もあり得るというのに、未だにモモンガさんは運営からの警告を受けている様子が見られない。

 

 運営がまともに機能していないか、センシティブな行為を容認しているのか、それとも、別の不確定要素が原因で、運営がモモンガさんの行為を発見できていないか。恐らくは後者だろう。

 

 そんな事を考えている間に、モモンガさんの身体が一瞬光ったように感じた。それと同時に、モモンガさんの困惑の表情が『スンッ』と何事もなかったように元に戻り始め、アルベドの肩に手を置き、『何でもない』と彼女を制した。

 

「……モモンガさん」

 

 と、そこで初めて、私はモモンガさんに声をかけた。モモンガさんも私の方へ目をやると、小さく頷き、この場で起きている不思議な現象を解き明かそうと、玉座の間に控えていたセバスにナザリック近辺に変化がないか確認するよう指示を出した。その後、プレアデス達にも9階層にて侵入者に対する警戒を指示し、最後に第4と第8階層以外の守護者を第6階層の闘技場に集めるよう、アルベドに命じた。

 

 モモンガさんの命令を受けて、各人が行動を開始する。そんな彼等に、私も声をかけた。

 

「セバス」

 

「はい、何で御座いましょうか?」

 

「確認したい事があります。簡潔でも良いので答えて下さい」

 

「畏まりました。どのような事でしょう?」

 

「セバスの創造主は誰か、答える事は出来ますか?」

 

「無論でございます。私を創造して下さった至高なる御方はたっち・みー様に御座います」

 

「うん、そうだね。たっち・みーさんだね。ありがとうセバス」

 

「いえ、お役に立てたようで幸いです。それでは、失礼致します」

 

 そう言って、深々と頭を下げた後、セバスはモモンガさんの命令通りにナザリックの外へと偵察に向かった。

 

 私はというと、他のプレアデスのメンバーに同じ質問を繰り返し、皆が自身の創造主を言い当てた事を確認しながら、最後にモモンガさんの傍に駆け寄った。

 

「モモンガさん、少し良いですか?」

 

 モモンガさんに声をかけると、アルベドは何かを察したのか、モモンガさんから少し離れて待機する。

 

「どうしました、ジンクスさん。先程からプレアデスやセバスに何か聞いてたみたいですけど」

 

 モモンガさんも、アルベドが離れたのを確認しながら、先程NPC達に指示を送った時の魔王ロールをやめ、素の状態で話しかけてくれた。

 

「いえ、ちょっと確認したい事があったので色々と質問していました。ちょっとこの状況が異常だなって思ったので」

 

「ジンクスさんもそう思いますか。俺もです。GMコールも他の機能も反応しない。おまけにNPCが普通に話しかけるし簡単な命令でも動くし、何よりセバスに至っては、本来不可能な筈の命令すら実行出来ましたから」

 

 本来、ナザリックで創られたNPCは拠点から出る事が出来ない筈だ。しかし、セバスはモモンガさんの命令に従う素振りを見せている。ナザリック近辺に変化がないか確認する。正確には、何か変化があった場合、可能な限り外の様子を調査するよう命じたのだ。つまり、外の様子に変化があった場合、セバスは拠点の外に出て活動するという事だ。これは本来のユグドラシルにはない機能である。

 

「ユグドラシルサービス終了と共にユグドラシルⅡが始まりました。さぁ、これから皆さんにはユグドラシルでは不可能だった様々な機能が追加されたので存分に堪能してください……みたいなDMが届いていたらどれだけ良かったか」

 

 と、愚痴をこぼしつつ、話を戻す。

 

「先程、セバスやプレアデスには自分達の創造主の名前を確認させました。私達が所有する情報に齟齬がないか確認したいという名目で」

 

「それで、何が分かりましたか?」

 

「簡単に言えば、私の質問に対して、セバスやプレアデス達の答えには『感情』が籠っていた様に感じました」

 

「感情……ですか?」

 

 創造主の名を確認した途端、皆からは各々別々の感情を読み取る事が出来た。何処か懐かしく、何処か誇らしげに、そして時に、悲しげにギルドのメンバーの名を口にする彼等には、確かに感情と呼べるものが存在した様に感じた。ただし、これは客観的なものなので、話の材料とするには信憑性は薄いだろう。

 

 しかし、そんな客観的なものとは別に、私は彼等が質問に答えた際にある事を注視していた。それは……。

 

「それともう一つ。もしかしたらモモンガさんもアルベドに詰め寄られた時に見たかもしれませんが、質問に答えた彼等の口が言葉に合わせて動いているのを確認しました」

 

 喋るからには口も動くだろう。それは当然の事だ。しかし、此処はゲームの世界だ。言葉に合わせて口をパクパク動かす事はあっても、言葉に合わせて口が正しく動かす事は、どんなに技術が発展しても難しいと言えるだろう。

 

「データの更新で多少は応用が利く事はあっても、あそこまで正確に口が動くのは難しいです。いえ、それ以前に、このゲームはサービス終了と告知されていたんですよ。そのゲームに最新技術を取り込む必要性はありません」

 

「では、この状況を、ジンクスさんはどのように捉えていますか?」

 

「まだ何の確証も得られてはいないので、今の現象が異常としか言いようがありません。昔流行ったゲームの世界に閉じ込められたみたいなファンタジーな世界線が現実で起こったって言って、誰が信じると思いますか?」

 

 そう、言葉にしながらも、自分の手を握る感触を確認する。ゲームの中では存在しない感触。人狼種である私は、通常の状態が半人半狼の姿で、所謂二足歩行の人型を模した狼の姿となっている。掌で体毛を撫でる感覚。ふさふさで気持ちいい感触だ。そう、感触があるのだ。肌を撫でる空気の感触、鼻孔をくすぐる玉座の間の匂い。周りの音も全て、ゲームの時に味わう事が出来なかった感覚がジンクスのアバターを解して伝わってくる。まるで現実の世界の様に。まるでゲームの外にいるような感覚だ。

 

 ならば一つ、最後にアレを確認する必要がある。

 

「確かめる事は沢山ありますけど、今は情報が多すぎて何から手を付けていいかわかりません。その上で、最後に一つだけ、モモンガさんに確認を取ってほしい事があります」

 

「……何ですか?」

 

「本当に申し訳ないのですが、アルベドに対して、センシティブな行為を行ってください」

 

「よし、分かりm……え? 今、なんて?」

 

「ですから、アルベドに対してセンシティブな行為を行ってくださいと言いました」

 

「……ちょっと何言っているかわかりません」

 

「先程、私は見ました。モモンガさんがアルベドの胸を凝視した時、運営は動きませんでした。センシティブな行為に煩い運営がですよ。」

 

「…………」

 

「もしも、モモンガさんが誰が見ても分かるレベルのセンシティブ行動を起こして、何の反応もなかった場合、この現象を知るきっかけになると私は思っています」

 

「…………」

 

「残念ながら私は男です。そして私はモモンガさんの嫁であるアルベドに手を出す事は出来ません。無論、他の子達も同様です。皆が創ったNPCに手を出すなんて私には出来ません。ですが、モモンガさんでしたら嫁であるアルベドに何をしようと、それは許されるはずです」

 

「…………ジンクスさん、もしかしなくても、混乱しすぎて何を言っているか自分でも分かってないんじゃないですか?」

 

「そうかもしれません。ですが、これは必要な処置だと思っています。もしもこれでログアウト出来たなら問題なし、もしも出来なかったら、やはりこの現状は何かしらの異常で……」

 

「あぁ、その、はい。分かりました。分かりましたから。そんな真剣な顔で変な事を言わないでください。やります。やればいいんですよね。それでジンクスさんの疑問が晴れると、そういう事ですよね」

 

 荒唐無稽ともとれる私の提案に、モモンガさんは何処か諦めた様子で了承する。私はというと、流石に友のセンシティブな行為、本人が何処までするか分からないが、流石に一線を越える事はないだろうと思いながらも、それを近くで観察するのは申し訳ないと、一端、円卓の間で待っていると告げ、そのまま一人で移動した。

 

 その後、円卓の間に戻ってきたモモンガさんから内容こそ問い質さなかったものの、運営からBANされる事も強制ログアウトされる事もなかったと聞かされ、悪い方向に予想が確信へと至っていった。

 

 此処は現実の世界だ。しかし、現実ではあるが、私達のいた世界ではなく、しかも、本来の肉体ではなく、ユグドラシルのアバターであるモモンガとジンクスの姿で、本来の世界線と異なる世界、異世界に飛ばされたのではないかという核心に迫る事となったのだ。

 

 後はNPC達との話し合いでわかる事もあるだろう。皆が創意工夫を凝らして創り上げた可愛い子供達。彼等と邂逅する事にどんな意味があるのか想像しながら、皆が集結する第6階層の闘技場へと転移した。




・悲しい豆知識
ジンクスはナザリックにおいて、NPCの作成に携わっていない。
リソースは少し残ってはいたが、ギルドの方針的にカルマ値がマイナス方面のキャラ作成になると思い、創るに創れなかった。その後、他のギルメンの創ったNPCを見て、カルマ値がマイナスではないNPCがいた事に驚きつつ、サービス終了が近付いている事もあって最終的に何もせずに本作に至った。もう少し、皆のNPCを見る機会が早ければプレアデスレベルのNPCが作成されていたかもしれない。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

設定盛るのは良いけど限度があったね。おじさん反省しているよ

 第六階層、円形闘技場。

 

 ローマのコロシアムを連想させる造形のそれは、私とモモンガさんがよくPVPで利用していた場所だ。

 

 基本的に接待的な形でモモンガさんに手加減してもらってはいたが、それでも最初の白星以降、一度も彼に勝利した事はない。

 

 なんなら、最初の白星ですら、モモンガさんに勝利したとはいえ、手加減+接待+情報収集という名目で遊ばれたようなもので、偶々命中した高火力の魔法ダメージによる判定勝利だった。それでも、モモンガさんに初めて勝った時は浮かれてログアウトした後にちょっとした贅沢品を買ってプチ祝いをしたなと、昔の思い出に浸りながら闘技場内を歩いていたら、遠くからダークエルフの子供がこちらに向かって走ってきた。

 

 一人は男装した女の子であるアウラ・ベラ・フィオーラ。もう一人は女の子の格好をしている所謂男の娘、マーレ・ボロ・フィオーレ。この第六階層を守護する双子のダークエルフである。

 

「お待ちしておりました! モモンガ様。ジンクス様」

 

「よ、ようこそおいで下さいました。モモンガ様。ジンクス様」

 

 活発なアウラに対し、少し内気な様子のマーレ。この子たちは同じギルメンのぶくぶく茶釜さんが創ったNPCだ。二人とも子供の外見も相まって、とても可愛らしい。

 

「やぁ、アウラにマーレ。元気にしていたかい?」

 

 膝を曲げて目線を合わせながら話しかける。そのまま両手を広げてみれば、アウラが目を輝かせて飛び込んできた。軽い。そう思いながら抱き上げて高い高いの要領で持ち上げた後、地面に降ろす。次いでそれを羨ましそうに見ていたマーレにも同じようにすると、表情がぱぁっと明るくなった。うん、可愛い。ぶくぶく茶釜さん。貴女が創ったNPCはとても可愛いよ。

 

 アルベドの時もそうだったが、二人の行動や手に残る感触、持ち上げた際に感じた重みは、ゲームの世界で感じる事が無かった感触だ。とてもゲームの世界とは思えない。

 

(やっぱりおかしいな。ゲームの更新では説明できない感覚だぞ。それにアウラやマーレの表情や仕草、うん、やっぱりおかしい。そして可愛いな)

 

 と、双子ちゃん達との談笑に花を咲かせていたらモモンガさんが咳ばらいを一つ。いけないいけない。此処には他の守護者達を集める名目で訪れたのだった。二人が姿勢を正すのを見て、私も同じく姿勢を正す。

 

「すまないなアウラ。少しばかり此処を邪魔をするぞ」

 

 普段とは違う、魔王ロール時の口調と声質。ゲームの時と違い、威厳に満ちた雰囲気に圧倒されながらも、私はモモンガさんに従い、『よろしくね』と合いの手を打つ。

 

『モモンガさんは魔王ロールでいくんですね』

 

『一応、このギルドの長ですからね。多少は威厳に満ちていないと』

 

『私もその方が良いですか?』

 

『いえいえ、ジンクスさんは今のままで充分ですよ。怖い上司が二人もいたら部下たちも息苦しいでしょうからね』

 

 メッセージ越しにやり取りをする。そういえば、GMコールやチャットは出来なかったけど魔法は普通に使えるんだ。特に何かしたわけじゃないのに、魔法が普通に使える。もしかしたら他の位階魔法も行使出来るのだろうか?

 

 そんなことを考えていると、階層守護者達が続々とこの闘技場に集結した。

 

 第一・第二・第三階層守護者のシャルティア・ブラッドフォールン

 

 第五階層守護者、コキュートス

 

 第七階層守護者、デミウルゴス

 

 皆、ギルメンが創ったNPCだ。懐かしい。ユグドラシルがサービス終了すると知ってから、時間の許す限り拠点内を巡ったが、こうして改めて皆を見直すと感慨深いものがある。

 

 シャルティアはペロロンチーノさんが創ったNPCで、エロゲーをこよなく愛する彼の趣味がてんこ盛りでありながら守護者の中で最強クラスの実力者だ。

 

 コキュートスは武人武御雷さんが創ったNPCで性格やコンセプトはThe武人である。

 

 最後にデミウルゴスだが、彼はウルベルトさんが創ったNPCで外交や内政、軍事関連においてかなり優秀な悪魔だ。

 

 第四と第八階層守護者の姿はない。まぁ、それは仕方がないなと思いながら、守護者統括のアルベドがモモンガさんの隣に並び立った事で全員が集合した。こうしてみると守護者が集結するって初めてだ。中々の圧巻である。

 

 単純な実力は皆レベル100相当の強者揃い。それらがモモンガさんと私の前で跪き忠誠を誓う儀式を行った後、今後の方針を定めで一時解散となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーモモンガの部屋ー

「……流石に驚きましたね」

 

「皆、忠誠心が高すぎるといいますか……うへぇって感じですね」

 

 忠誠の儀を終えた後、自室に戻ったモモンガさんの第一声に私は同意した。リアルの世界では決して体験する事が出来ないと断言できるレベルで深々と首を垂れる守護者の面々に、私もモモンガさんも正直ドン引きだった。更に、各々が私達の事をどう思っているかの問いに対する答えも相当だった。

 

 美しいだの慈悲深いだの、聡明だの賢明だの行動力があるだの、圧倒的強者だの……私、守護者のメンツとタイマンしたら負ける自信があるんだけどね。特にシャルティアやコキュートスと戦えば一気に距離詰められて瞬殺ですよ瞬殺。アウラは彼女の職業柄数の暴力で圧倒されるし、マーレもマーレで結構ガチなんだよなぁ。デミウルゴスは……戦えば多少は奮闘できそうだけど、最終的には負けそうなんだよね。あれ、これって私、集まったメンツの中で最弱なんじゃないかな?

 

 でも、マーレに優しいお方って言われたのは嬉しかったな。後でもう一度高い高いしてあげよう。

 

「まぁ、私達に好印象を持っている事が分かっただけでも御の字ですよ」

 

 ギルメンの創ったNPCに反逆されるなんてそれこそたまったものではない。だが、先の遣り取りを見るに、その心配はないだろう。私は兎も角、モモンガさんに至っては特に……だ。

 

「……そうなんですけどねぇ」

 

 歯切れの悪いモモンガさん。仕方がないだろう。なにせ、守護者の面々に対する評価に加えて、守護者統括であるアルベドが言い放った一言は、私も含めて驚愕した。

 

『至高の御方々であり、私どもの最高の主人であります。そして、モモンガ様は私の……愛しき夫でございます』

 

「……設定してましたね。モモンガさんの嫁って」

 

 あの時、ユグドラシルがサービス終了するにあたって、ナザリック内をくまなく散策した時に、皆が作成したNPCの設定を見るにあたってアルベドの『ビッチ』設定を『モモンガの嫁』と変更した。あの時はちょっとした悪ふざけとノリでやった事なのだが、その設定が反映されているとは思いもしなかった。

 

 モモンガさんの事を夫と公言した後、一時は周囲が騒然としたが、そう設定していた事を思い出したモモンガさんが何とかその場を収めたけど、その後が怖くてこうしてモモンガさんの自室に逃げ込んだのだが……。

 

「嫁……嫁かぁ。なんだろう。嬉しいような恥ずかしいような複雑な気分ですよ」

 

「タブラさんの創ったアルベド。凄く美人ですもんね」

 

「それもありますが、俺からするとNPC達は皆の子供みたいなものですから。娘から言い寄られている気分ですよ」

 

「あーそれは確かに」

 

 子供の好意は嬉しいと同時に少し気恥しいものだ。それが異性ともなれば尚の事。私だってそうだ。もしアウラやマーレ……マーレは男の娘だったてへぺろ。他にもシャルティアや、他の異性のNPCから言い寄られたらどう接するべきだろうと悩んでしまう。当の本人じゃない分、まだ心に余裕はあるけど、モモンガさんはそうじゃないもんなぁ……。

 

「それで、どうするつもりですか?」

 

 どうするとは無論、アルベドの事である。先程、守護者達の前で宣言したのだ。妻だと。モモンガさんはそれに対してどうこたえるつもりなのだろうか?

 

「うぅん……正直言って困っていますよ。別に嫌ではないんですよ? でもほら、やっぱり心の何処かでアルベドの事は娘みたいに思ってしまうし、後、彼女を見ているとドキドキはしますけど……その……」

 

「あぁ……そうですね。アンデット。というより、骨だから『アレ』もないんですよね。因みに性欲とかはあるんですか?」

 

「少しはあるみたいですけど、やっぱり『アレ』がないのは大きいですね」

 

 モモンガさんの言葉に私は心底納得してしまった。リアルでは絶対に味わえない感覚だ。特に性的な興奮を覚えると、その反動で非常に虚しくなってくる。アルベドの胸を見た時のあれも賢者モードではなくアンデットとしての特性なのか、昂った気持ちが沈静化したものらしく、色々と難儀な身体になっているようだ。

 

「そういえば、この世界のアイテムってどうなっているんですかね? 魔法とかも使えるみたいだし、もしかしたら……なんて考えたりもしましたけど」

 

「流石にそこら辺は調べないと分からないですね。折角ですから調べてみますか?」

 

 そう言って、無限の背負い袋(インフィニティ・ハヴァザック)を取り出し……あれ?

 

「メニューも開いてないのにアイテムは取り出せるんだ」

 

「その様ですね」

 

「では早速……お、これは……っ‼ モモンガさん‼ これとかどうですか‼」

 

中に入っているものを取り出すと、そこには指輪があった。それは、アルベドの設定を変更した時と同じ時期に入手した種族変更の指輪だった。

 

「それって、確か悪魔に種族変更できる指輪ですよね」

 

「はい、モモンガさん専用の装備品ですよ。ほら、あれですあれ」

 

「あれって……確か、キャラデザは良かったけど設定があれのあれですよね?」

 

「はい、そのあれです」

 

 運営にBANされるかもしれないとモモンガさんが静かに怒っていたあれである。

 

 アイテム名、悪魔化の指輪。装備者は種族が変更される。その際、種族値に振られたレベルが変更されるが、装備を変えると元に戻るといった効果がある。問題は、キャラデザを作成した後に追加で設定した説明文である。

 

『死の支配者たるモモンガの別側面。圧倒的なカリスマを持ち、かの王の前ではありとあらゆる存在が跪き首を垂れるだろう。更にあらゆる性技を手中に収め、100を超えるサキュバスすらも一夜にして堕とす手腕はまさにオーバーロードである』

 

「ジンクスさん。この設定を見た時の俺の感想をどうぞ」

 

「オーバーロードたる俺はあっちの方もオーバーロードだったぜ‼」

 

「ははは、ぶっ〇しますよ」

 

にこやかな笑みと共に殺意が溢れている。でも私は怯まない。何故なら私は知っているからだ。モモンガさんはなんだかんだ言って優しいからだ。でもごめんなさい、許して下さい何でもします。

 

「まぁでも、これを装備すれば外見も変わりますし、そっちの方も解決するかもですよ」

 

「解決した後も問題なんですけどね。取り合えず、装備自体は出来るみたいですし、試しにやってみますか?」

 

 モモンガさんが指にはめると、一瞬だけ指輪が光を放つ。そして数秒後、その光が収まるとそこにいたのは、黒いローブを纏った悪魔の姿があった。人としての特徴を残しつつ、頭部には悪魔の象徴であるツノが生えている。見た目も私がキャラデザした通りに渋面のイケオジ。姿見の前に立ったモモンガさんも、その見た目を改めて見た後、感嘆の声を漏らしていた。私も同様だ。やだ……何このイケオジ。こんなモモンガさんだったら心臓どころかケツだって差し出す所存だよ。

 

「へぇ……結構いい感じじゃないですか? でもステータスは……うん、やっぱり下がっていますね。でも、それでもかなりの高水準ですよ。悪くはないですね」

 

「悪くはないですけど、流石に元々のステータスと比べたら能力は下がりますし、一部のスキルも使用できないでしょうね」

 

「そうですね、この状態で何処まで立ち回れるかも後で調べるとして……ん?」

 

 身体の彼方此方を触りながら確認するモモンガさんだったが、何かに気付いたのか、視線が下半身へと向けられる。

 

「モモンガさん、どうかしましたか?」

 

「いえ、あの、なんか、こう……ちょっと違和感があるというか……」

 

「え? あぁ……それは仕方ないですよ。さっきまでなかったものが今度はついているんですから。それで、どうなんですか、そのローブの下に隠されたサキュバス殺しの魔剣グラムもしくはレーヴァテインの性能は」

 

「い、言い方……。でも、そうですね……少し確かめておきたいと思います」

 

 そう言って、そそくさと部屋の隅に移動し、確認する。そのまま暫し硬直した後、いそいそとそれをしまうと此方に戻ってきたモモンガさん。やだ、イケオジな見た目なのに顔真っ赤じゃないですか。可愛い。

 

「どうでした?」

 

 何気なく聞いた私だったが、モモンガさんが身振り手振りでそれを説明すると、思わず吹き出してしまった。

 

「あははははははははっ‼ え、モモンガさん本当ですか‼」

 

「笑い事じゃないですよ‼ これはこれで大問題なんですからね‼」

 

 モモンガさんが言う様に、ある意味大問題だ。何せサイズが凄い。あれがあれだけ大きいとなるとサキュバスすらも堕とすというのは比喩表現ですらなくなる。しかもそれが人外レベル。悪魔だから人外なのは仕方ないけど、もうね、モモンガさんの股間から生えてるものはそんなチャチなものじゃ断じてない。もっと恐ろしいものの片鱗を味わった気分だ。

 

「あははは……いやぁ、すいません。でも、本当に凄いですね。文面での設定は私がしましたけど、此処まで外見に影響が出るとは思いませんでしたよ。これってもしかして、他の設定も大きく反映しているのかもしれませんね」

 

「……そういえば、ジンクスさんの設定はどうなっているんですか?」

 

「え、私の設定?」

 

「ほら、最古図書館に寄贈した魔導書とかジンクスさん自身の設定とか」

 

「私の……設定……」

 

 そういえば、私もジンクスの設定にアレンジを加えていたのを忘れていた。確か、魔法の深淵へと至った……。

 

 次の瞬間、私の脳内に存在しない筈の記憶が大量に流れ込んできた……。

 

 あれ、これってやばくないか?

 

 確か、追加設定でモモンガさんも私と同じ設定にしてたはず。

 

「ジンクスさん‼ 大丈夫ですか‼」

 

「……うはぁ……これ……やばいですねぇ……モモンガさんも気を付けて下さい」

 

 一瞬だけど、意識を刈り取られ、頭がくらくらする。吐き気もするし、眩暈もだ……。

 

 モモンガさんのお陰で気を失わずに済んだけど、これって私の設定でモモンガさんも同じ状態になるんじゃないだろうか。だとしたらちょっとこれはまずいな……。

 

「モモンガさん、一気に思い出そうとしたらダメです。少しずつ、少しずつ取り込んでください。でないと私みたいになりますよ。記憶の波に押し流されそうです。うへぇ……気分が悪くなってきました」 

 

「え、わ、分かりました。ゆっくりと、ですね」

 

「はい……ゆっくり、慎重にお願いします」

 

「分かりました」

 

 私の設定とはいえ、モモンガさんも巻き込んでしまった。深呼吸しながらゆっくりと設定上の知識を馴染ませると二人揃って大きなため息を漏らした。

 

「ふぅ、お互い。悪ふざけもありましたけど、設定に振り回されてますね」

 

「この調子だと、種族設定とかも反映されているかもしれません。私だったら人狼の、モモンガさんだったらアンデットとしての……そのずれが今後どうなるかも考えていかないと、戻れなくなるかもしれませんね」

 

「そうですね。それにしても、ユグドラシルの設定が現実に反映されるとは思いもしませんでした」

 

「そうですね……でも……」

 

 問題は山積みで、分からない事も沢山ある。だけど、今のこの状況を、何処か楽しんでいる自分がいる。リアルの世界とは異なる世界。この拠点の外もユグドラシルとは異なる事も、外の様子を見に行ったNPC達から聞いている。だからこそ、この世界の全てが未知であり、これから何が起こるか、どんな出会いがあるのか。それを想像すると胸が躍る。

 

「……ジンクスさん?」

 

「いえ、何でもありません。ただ、これからが楽しみだなと思いまして」

 

「そうですね。折角ですし、色々試してみましょう」

 

「はい」

 

この世界で、この未知の世界を体験する。それをギルメンが残したNPC達と共に歩んでいく。それはなんて素晴らしい事だろうか。私は、モモンガさんと一緒に笑いながらそう思った。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

1人でやるより2人でやった方が効率が良いですね

 未知の世界を体験する。言ったはいいが、それより先にやるべき事は沢山あった。

 

 先ずは魔法の仕様がユグドラシルと変わらないかの有無である。私の場合、森祭司(ドルイド)という信仰系の魔法を主軸とした魔法詠唱者だ。通常の攻撃魔法はもちろん、強化系や弱体化の魔法など、効果や効果時間に変化はないか一通り確認した。植物系のモンスターを召喚した際は子供の頃からよく見ていたアニメの登場人物みたいに格好良い演出をしながら召喚してみたいという欲求にかられたものだ。今度色々と試してみよう。

 

 次は装備品の確認も行った。武器や防具、装飾品も含めて、全てだ。その上で気付いた事がある。私やモモンガさんは端的に言えば魔法詠唱者。魔法職関連の装備を身に付け使う事が出来るが、前衛職である戦士などの武器や防具は持つ事は出来ても使う事が出来ないようだ。私の場合、防御役であるタンクも兼ねていた為、使えるのではと思ったが、前衛職が使用する武器の使用は叶わなかった。

 

 モモンガさん曰く、外見と同じく内面の方も自身が作成したキャラクターに影響を及ぼしているのかもしれないとの事だ。特にモモンガさんの場合は精神面も強く反映しているらしく、食欲や睡眠欲求といった人間が本来持つ三大欲求すらも希薄になっているようだ。唯一、性欲だけは僅かに残っていると感じているようだが、それすらも、怪しく感じているらしい。この件に関しては、ユグドラシルのサービス終了前に用意していた種族変更の指輪のお陰で食事や睡眠も取れるようにはなったが、装備した事によって種族値が下がってしまう為、ステータスが大幅にダウンしてしまうデメリットがある。使用するとしたらナザリック内でしか使用出来ないだろう。それでも、指輪の件に関しては、私達からすれば、特にモモンガさんからすれば僥倖だったわけだが。

 

「装備に関しては魔法職関連以外の装備は無理っぽいですね」

 

「でも、魔法で生み出したものであれば装備も可能ですよ」

 

「後はスキルも調べないといけませんね」

 

「場合によっては料理スキルとか搾取スキルを所持していないとこの世界でそれすらも出来ない可能性もありますね」

 

「ですねぇ……ゲームじゃないのにゲームの設定を反映させられている気がして違和感しかないですよ」

 

「唯一、ゲームと違うと言えば、フレンドリーファイアが有効になっている事でしたね」

 

「ですねぇ、変にゲームの設定に忠実なのかそうでないのか」

 

「あるいは、何かの手違いで中途半端な設定にならざるを得ない状況になってしまったか」

 

「あぁ……例えば、ワールドアイテムみたいな特殊効果で世界そのもののバランスが崩壊させられたとか?」

 

「俺達以外のプレイヤーが、この世界にいたらその可能性はありますね」

 

「それにしては、随分と判断が早いですね。自分達以外にもプレイヤーがいるかもしれないのに切り札を速攻で切るなんて」

 

「あるいは、切り札を切っても問題ない状況だったか。いや、流石にそれはないですね」

 

 私達がこの不思議な現象に巻き込まれてそう時間は経っていない。一日どころか半日も経っていないだろう。その状況でワールドアイテムを……それも、中途半端にゲームの設定に引っ張られているような状況から『ユグドラシルの魔法を使用したい』とか、『スキルを使用したい』みたいな曖昧な形でお願い系のワールドアイテムを使用している可能性があるとは考えづらい。少なくとも、数日、数カ月と、この世界の状況を詳しく調べた上で必要と判断すれば行使する事も考えられなくはないが、モモンガさんの言う通り、流石にないだろう。

 

「後は外の状況ですけど、どうしますか?」

 

「確か、沼地ではなく平原が広がっているって言われてましたけど、それ以上の情報が無いんですよね」 

 

「一応、遠くに森林地帯を確認しているとの事でしたが、それ以上の情報はなかったですね」

 

「今は夜みたいですし、明日の朝、遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモート・ビューイング)で外の様子を確認しましょう」

 

「RPG風に言えば村か街……最低でも人の姿だけでも確認出来れば御の字ですね」

 

「ですねぇ」

 

 周囲は平原で、遠くには森しかない。遠隔視の鏡で遠くの様子を調べ、村か街を見つける事が出来れば今後の対策を取る事が出来る。人の生活もそうだが、文明レベルも何処まで進んでいるかが肝心だ。私達は魔法を行使する事が出来るが、この世界の人間に魔法を行使する事が出来るか不明だし、何より、自分達の様な異形種が存在するか確認しなければならない。場合によっては、モモンガさんには種族変更の指輪を常時装備してもらう必要もあるわけだし……。

 

「そういえば、ジンクスさんは人狼ですけど、人間の姿になれるんですか?」

 

「はい。感覚ですけど、人の姿にもなれますし、狼の姿にもなれそうです。説明するのが難しいですが、何となくそれが普通に出来るって感じですね。ただ、この半人半狼の姿がデフォみたいなものなので、この姿の方が楽ではありますね」

 

 試しに、狼の姿になってみる。ただ、狼の姿になると、種族値としてのステータスが強く反映するらしく、その代わり、装備していたアイテムの効果が得られない……というより、自然と装備がアイテムボックスに戻されるらしく、狼の姿となった私は所謂『全裸』になるのだ。しかし、狼の性質が強く反映されているせいか、その件に関しては一切気にならない

 

「……っと、どうですか、モモンガさん」

 

 モモンガさんに話しかけるも、自分の口から発せられたとは思えない低い声質。声帯が人狼や人間みたいなものとは違うのだろうか。その辺りは詳しくわからない。

 

「おぉ、立派な毛並みですね。後、大きい」

 

 指摘通り、狼の姿になった途端、目線が高くなったような気がする。というより、モモンガさんが少し小さくなったような感覚だ。アニメや神話を元にした映画に登場するような森の主、大の大人を数人背中に背負っても難なく駆け回る事が出来そうな体躯と、モフモフな毛並み。分かってしまう。このモフモフは絶対に気持ち良い。

 

「モモンガさん、是非ともモフって見て下さい。私にはわかります。この毛並みは絶対に良いやつだと」

 

「自画自賛しますねぇ。でも、確かにこの毛並みは……」

 

 そう言って毛並みにそって撫でるモモンガさん。

 

「うわぁ、凄いモフモフですよ」

 

 撫でたりポンポンと叩いて感触を確かめる。きっとこれは癖になるだろう。

 

「それじゃあ今度は人間の姿ですね」

 

「そういえば、ジンクスさんの人間種の姿ってあまり見た事が無かったですね」

 

「単純にステータス値が高いわけではないですし、どちらかというと人狼時の姿の方がバランスが良かったですからね。狼の姿は単純な身体能力でしたらいいんですけど……まぁ、装備品の恩恵がないのが大きかったから、最終的に人狼姿の方が無難だったんですよねぇ」

 

 うまく種族値を振り分ければ、人間時の姿の方が良いという情報もあったのだが、その時にはステータスの振り分けを人狼時に多めに振っていた事もあり、人狼>狼>人間という形になってしまったわけだが。

 

「それでも、人間時のキャラも頑張って作成したんですよ」

 

 そう言って、人間の姿になると、モモンガさんも『おぉ』と声を漏らしてくれた。

 

「なんというか……人のよさそうな親戚のお兄さんみたいな雰囲気ですね」

 

「子供受けしそうな顔でしょ? まぁ、リアルの世界では女性関係に恵まれる事が無かったので、その反動で作った様なものなんですけど」

 

 伴侶にも子供にも恵まれる事はなかったが、子供自体は好きだ。親戚もいなかったので、職場の同僚が自慢気に子供のスクショを見せてくれた時には羨ましいとも思った。そんな中で自分のキャラクターを作成していた私は、せめて自身の分身となるこの『ジンクス』に子供受けしそうな見た目にしたのだ。

 

 あぁ、なんだか懐かしいな。もしかしたら、人間時の『ジンクス』にステータス値をあまり振らなかったのは、子供に好かれたい自分が、子供受けされたい自分が、単純に暴力的な人物として映らないようにしたいと、心の何処かでそう思っていたからなのかもしれない。

 

 人間の姿になると同時に、アイテムボックス内にしまわれていた装備品が元に戻っている。どうやら此方も自動的に戻るらしい。これは便利だな。そもそも人狼の姿から人間や狼の姿に戻る機会があるか分からなかったけど、もしもの時……狼から人狼や人間になる際に一々服を着替えなおさないで済むという事だ。

 

「これで一通りの確認は終わりましたね」

 

「ですねぇ。スキルも魔法も、フレンドリーファイアがある事も分かりましたし、マジックアイテムの仕様効果もある程度把握できました。後、するべきことは……」

 

「あ、もう一つありました」

 

「なんですか?」

 

「ほら、私がサービス終了前に購入したワールド・アイテムです」

 

「……あぁ、すっかり忘れてました」

 

「まぁ、これらに関しては宝物殿行きなのは確定ですけど、正直、買ったアイテムがアイテムなんですよねぇ」

 

「確かに、特に『アレ』は不味いですよね」

 

「少なくとも、厳重に管理しないとヤバイやつですよね」

 

 最後という事もあり、曰く付きのワールド・アイテムを手に入れた私達ではあるが、こればかりは厳重に厳重を重ねて管理しなければならない。なにせ、元の持ち主がお願い系のワールド・アイテムを使って生み出した特殊な……いや、最厄のワールド・アイテムなのだから。

 

「ネタとしては面白いですけど、絶対に使っちゃダメですよね」

 

「そうですねぇ。まぁ、もしも、誰かにお披露目する機会があったら、紹介するだけでしたらまだ良いんじゃないですか?」

 

「ははは、お披露目しただけでアウトなやつなので、最悪、その時の映像媒体だけを視聴させるだけになりそうですけどね」

 

 元の持ち主が『それ』を使用した時の映像、元々はその持ち主と敵対していた人物が配信用にと残していたものだったが、その映像が流出した事によって一時期はユグドラシル内で『それ』の使用を禁止するよう運営に抗議の文が殺到し、その一度の使用からサービス終了の間、『それ』が使われる事はなくなったのだが、当の持ち主は、サービス終了を機に競売にかけ、それを私が競り落としたというのが、そのワールド・アイテムを入手した経緯だ。因みに、その時の映像を見た当時のメンバーはあまりの内容にドン引きし、最悪の場合、宝物殿に避難する事も視野に入れるレベルの代物である。

 

 まぁ、そのアイテムを記念として入手した状態で、この未知なる世界にいるというのはある意味大きなアドバンテージとなるだろう。何せ、一度発動すれば、その後どうなるか私達は知っている。対処法も分かっている。この世界が私達が生活するには過酷すぎる環境で、危険な場所だと判断すれば、最悪これを使ってしまえばいいのだから。

 

(……と、そんな事、考えちゃけないな。これはあくまで抑止力みたいなものだ。安易に使っちゃいけない。これを持っているというだけで、交渉のテーブルに着く事が出来る程度考えておかないと)

 

 うん、やっぱりこれは危険だ。国同士が『俺を怒らせたら大変な事になるぜぇ』って言いながら牽制し合っていた過去がある。ボタン一つで国を亡ぼす事が出来る兵器を、何かの拍子にそのボタンを押せば、後は互いにボタンを押しあって世界は終わってしまう可能性を秘めた歴史があったのだ。そんな事をしてはいけない。

 

「じゃあ、これは宝物殿に封印という形でいいですね」

 

「はい。確か、モモンガさんが創ったNPCがそこにいましたよね。折角ですから会いに行きますか?」

 

「え? あぁ、いや……そ、そうだ。折角ですからそのアイテムは俺が持っていきますよ。一人で」

 

「え、私が行ったら何か問題でも? パンドラズ・アクターに会えると思ったのに」

 

「ははは、流石に自分が創ったNPCを他の人に見せるのは恥ずかしいと言いますか……」

 

「……あぁ、成程。そうですね。分かりました。では、パンドラとはまた機会を見て。それでいいですか?」

 

「はい。お願いします」

 

 宝物殿にはモモンガさんが創ったNPCであるパンドラズ・アクターがいる。でも、モモンガさんはその子の紹介を渋っている節がある。当時は格好良いと思って自分の趣味を前回に創ったNPCだから、今更になって恥ずかしくなったのかな?

 

 この先、宝物殿を訪れる機会が増えるのだ。その時に会えばいいだろう。

 

「では、このアイテムをお願いします。私は部屋に戻って明日に備えますよ」

 

「分かりました。では、また明日」

 

「はい。あ、でも、モモンガさんもしっかり睡眠を取って下さいよ。アンデットは睡眠が不要なのかもしれませんが、人だった頃の生活リズムだけはしっかり守っていきましょう」

 

 

「そうですね。分かりました」

 

 そう言って、種族変更の指輪を取り出したモモンガさんに、私は頷くと、部屋から退出した。モモンガさんの部屋も良いけど。私の部屋も中々に良かった。もしもこんな部屋に住む事が出来たらと夢を見ながら家具の種類を厳選し、配置に気を使いながら完成させた夢のマイルーム。まさかそこを使う日が来るとは夢にも思わなかったが、悪くないな。この昂る感情を胸に、軽い足取りで自室へと戻った。

 




 オリジナルのワールドアイテムを登場させましたが、そこはご容赦下さい。

 お願い系のワールド・アイテムを使って創られたヤバイ系のアイテムです。

 元の持ち主自身、此処まで効果が出るとは思わなかった代物です。

 なお、そのアイテムを使用した後、ユグドラシルプレイヤーの多くがそのアイテムの使用を禁止するよう運営に抗議文が殺到するレベルの代物です。

 もしも、後に登場するであろう金髪聡明な鮮血何某がその時の映像を見ようものなら卒倒するレベルの代物です。

 出すか出さないかは、その時の筆ののり具合で考えていこうと思っています。

 それでは、感想等ありましたら、是非ともお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

イベント発生ですよ、モモンガさん

 翌日、私とモモンガさんは昨晩話していた通り、遠隔視の鏡を用いて外の様子を調べていた。鏡に映る外の風景。リアルの世界では見る事は叶わなかった自然の景色がそこにある。モモンガさんと私は、鏡をタブレットの様に操作しながら画面を切り替えていった。最初は操作する事に苦戦を強いられると思っていたが、いざ使ってみると、案外簡単に操作する事が出来た。何となく、鏡を出すと共に使い方が頭の中に浮かんできたのだ。もしかすると、私が設定していた魔法の深淵を覗き見たという設定に中に、マジックアイテムの使用時のノウハウもある程度であれば瞬時に理解出来るといった追加効果が付与されているのかもしれない。もしそうだとしたら、恐ろしいまでのファインプレーである。

 

 とはいえ、画面を切り替えたり、ちょっとずつ遠くまで景色を映していくも、未だに街はおろか村も発見できない。ついでに言うと小動物を発見する事は出来たが、人の姿が未だに見つからない。

 

「…………」

 

「…………」

 

 無言で作業を続ける。普段であれば、談笑交じりに作業するのだが、この部屋には私とモモンガさん以外にもう一人いる。ナザリック地下大墳墓の執事、セバス・チャンである。セバスは私達ギルドメンバーの生活面を支える使用人の最高責任者という設定だ。NPCの前では普段の様に砕けた口調で話す事が出来ない。私は兎も角、モモンガさんが出来ない。ナザリック地下大墳墓の支配者として、普段の口調で話していたら威厳を損なってしまうそうだ。

 

(沈黙が……沈黙が辛い……)

 

 何となくだが、セバスが私達の事をじっと見ている気がする。何だろう、見張られている訳ではない筈だ。気にしすぎだろうか。それとも、見てはいるけど特に他意がないとか? ただ見ているだけで深い意味はないとか? どっちだろう……。

 

「……あ」

 

 と、セバスの視線を気にしすぎていたせいか、誤って画面を大きくスライドさせてしまった。少しずつ捜索範囲を広げていくつもりが一気に遠くまで行ってしまった。これはやらかしたと思い、画面を元の位置に戻そうとした私の目に、漸く目的の光景が映り込んできた。

 

「モモンガさん、見つけました。人です」

 

「っ……ほう、そうか」

 

「見て下さい。馬に乗った……全身鎧(フルプレート)の集団です」

 

 私の画面に映し出されたのは、馬に騎乗した全身鎧の集団が真っ直ぐに近付いてくる光景だった。全身鎧……まるで中世のヨーロッパ風な佇まいだ。迷いなく真っ直ぐ何処かに向かっている集団を見て、私とモモンガさんは漸く知性のある生物を発見できた喜びと、彼等の格好からなるこの世界の情勢に期待を膨らませながら彼等の行方を追った。

 

「漸く知性ある生物を確認する事が出来たな」

 

「えぇ、そうですね。彼等が何処に向かうかまで追跡する事が出来れば、もっと情報を得る事が出来るかもしれません」

 

「そうか。ははは、苦労した甲斐があった。という事なのだろうな」

 

 偶々とはいえ、貴重な情報源を見つけた。このまま彼等の動向を見守ろうとしていたその時、私達の会話に応える様に拍手が鳴った。拍手した人物は私でもモモンガさんでもない。先程まで私達の傍に控えていたセバスから発せられたものだった。

 

「おめでとうございます。モモンガ様、ジンクス様」

 

「あぁ、ありがとうセバス。これで漸く外部との接触を図る機会を得られたというものだ」

 

 掛け値なしの称賛の言葉に、思わず口元が緩んでしまう。普段から誰かに褒められる事が無かったせいか、相手がNPCでも、嬉しくなるというものだ。

 

「とはいえ、まだまだこれからだ。彼等の動向を調べ、その上で然るべき処置を……ん?」

 

 全身鎧の集団を追っていると、そこには小さな村があった。畑で囲まれた小さな村、ゲームの世界で言う所の開拓地といったところだろうか。村も見つける事が出来た。成程、この全身鎧の集団はこの村を管理している国の騎士か何かなのだろう。視察の為に此処を訪れたのだと、安易に思った私は、ついでに村の様子を確認した。だが、その時の村人の様子を見て、私は、その考えが間違っている事に気付いた。

 

 村全体を見ていた為、村人の表情までは読み取る事は出来ない。だが、人狼という種族の特性なのか、村人達の心境とでの言うのだろうか? 彼等の様子から戸惑いと焦りの色が見て取れた。普通、同じ国の騎士を前にそんな変化があるのだろうか。その疑問は、村人達に近付いてきた騎士達の行動で理解した。理解してしまった……。

 

 剣を抜き、手近にいた村人に、その刃を振り下ろす。身体を斬られて倒れ伏す村人と、それを見て悲鳴を上げ逃げ惑う者。何が起きているのか分からず、呆然としている村人達は、後続から来た騎士達の手によって一人、また一人と斬り捨てられていった。

 

 虐殺だ。昔の映画でよく見た光景だ。中世ヨーロッパを舞台にした戦争ものの映画で、騎士達が略奪の為に村人を襲い、金目の物や女子供を連れ去るという、兵士とは名ばかりの蛮族が行う行為。抵抗する手段もなく、一方的に狩り取られていく村人達の様子に、私は目を疑った。そして……。

 

(なんで……目の前で人が殺されているのに)

 

 これは映画ではなく、現実で起きている事だ。現実で起きているリアルな光景だ。にも関わらず、私はその光景に対し、何ら感情が動かなかったのだ。まさかこれも人狼という種族による精神に魂が引き寄せられている影響なのだろうか。

 

 ちらりとモモンガさんへと目を向けるも、モモンガさんも、自身の心境の変化に戸惑ってはいるが、目の前で人が殺されている事に対して何も感じていない事が理解できた。多分、モモンガさんは、貴重な情報源が……程度の事しか考えていないだろう。何故なら自分自身がそうなのだから。草食動物が肉食動物に襲われたからと言って、それは自然の摂理だ。強いものが生き、弱いものは死ぬ。強いものとは騎士の事であり、弱いものとはこの村人の事だ。違う種族の事に対して一々感情的になる事自体が可笑しな事なのだ。

 

 そう感じてしまう自分自身が、酷く恐ろしいものの様に感じてしまった。

 

「…………」

 

 そんな私達の様子をじっと見つめる者がいた。セバスだ。セバス……同じギルドのメンバーであるたっち・みーさんが創ったNPC。あぁ、懐かしいな。こんな状況であるにも関わらず、あの人の言葉が脳裏に浮かぶ。

 

―誰かが困っていたら、助けるのは、当たり前!―

 

 そうだ。何を考えていたんだ。昨晩、モモンガさんと話していたじゃないか。キャラクターに……自身の種族に精神が引っ張られていると。そうならないように気を付けようと。目の前の光景を見ろ。人が襲われているのだ。無抵抗な村人を一方的に虐殺する騎士達。こんな事がまかり通っていい筈が無い。きっと彼なら、たっち・みーさんならこう言う筈だ。『助けよう!』って。

 

「……モモンガさん」

 

「……どうした。ジンクス」

 

「助けましょう。あの村人を。折角見つけた情報源です。此処で見捨てるのは勿体無い」

 

「だが、彼等にそれだけの価値があるとは思えん。寧ろ、あの騎士達に危害を加える事で余計な問題を抱える可能性があるのだぞ」

 

 冷たく切り捨てるが、本来であればそれが正しいのだろう。此処は未開の地。そしてモモンガさんはギルドの長として、私や他のNPC達を危険に晒す事は出来ないと、村人と私達を天秤にかけ、私達を優先したのだ。それでも……。

 

「モモンガさん……お願いします」

 

 画面に映り込んだ騎士と男の姿。家から飛び出した二人の少女。もしかすると姉妹なのかもしれない。ならばこの男は姉妹の父親なのかもしれない。必死になって騎士から娘を庇おうとする父親の背中に刃が突き立てられる。倒れ伏しながらも、騎士の足元にしがみつき、娘達に逃げるよう叫び続けるその姿に、私は再び、モモンガさんにお願いをした。

 

 ギルドのメンバーとしてではなく、ただの個人として。ジンクスではなく、リアルの世界に存在した一人の男が、同じ趣味を共有した友に対して、頭を下げた。

 

「…………」

 

 暫しの沈黙。そして、私の肩をぽんと叩く感触に、私は顔を上げ、そこにいる人物へと視線を向けた。

 

「分かった。彼等に価値はないかもしれないが、この世界においての我等の実力を確認する必要がある。それを調べるだけの価値はありそうだ」

 

「モモンガさん……ありがとうございます」

 

 足にしがみついていた父親の背中を、他の騎士が何度も貫き、周囲を血に染める。動かなくなった父親の最後の言葉に従う様に森の中へと逃げる姉妹を、先程の騎士達が追いかけていく。このままではあの子達の命が危ない。

 

 

「セバス。ナザリックの警戒レベルを最大まで引き上げるのだ。そしてアルベドに完全武装で来るよう伝えよ」

 

「畏まりました」

 

「それと、後詰めの準備も忘れぬ事だ。最低でも、村の周囲には隠密能力に長けた人材を数名配置せよ。そしてジンクス。アルベドが来るまで私の警護を任せるぞ」

 

「分かった」

 

「モモンガ様、警護でしたら私が……」

 

「問題ない。私とジンクスは長きに渡って多くの強敵を屠ってきた。特に警護に関していえば私はジンクスを信頼している。では、行くぞ。ジンクス」

 

「あぁ、了解した」

 

 その間、セバスはアルベドに伝言を伝えるべく部屋を出ている。今、この場にいるのは自分とモモンガさんだけだ。

 

「……モモンガさん」

 

「どうしました、ジンクスさん」

 

「ごめんなさい。本当は私達の事を思ってあの村は見捨てようって言ってくれたんですよね」

 

「……そうですね。俺にとって優先順位はこのナザリックの皆が最優先ですから。正直、あの村人が全員殺されたとしても、それだけで特に何も感情がわきませんでした」

 

「……やっぱり」

 

「えぇ、昨晩話していたようにキャラクターに精神を引っ張られているみたいですね」

 

 苦笑交じりにそういう。人としての感覚が失われつつある事を危惧していながらも、どうしようもない事実に、私は呟く様に口を開いた。

 

「……先ずは助けましょう。彼女達を。そして村人を。それがきっと、人として失ってはいけない感覚なのかもしれません」

 

「……ですね」

 

 そう自分達に言い聞かせるように、村人を助けに行かんとモモンガさんが魔法を唱える。転移門(ゲート)。次ぐドラシルの世界において最も有効的な魔法による移動手段。

 

 目の前に広がる光景は遠隔視の鏡に映し出された景色そのもの。森の中に逃げた姉妹の背後には父親を殺したであろう二人の騎士。その内の一人が剣を振り上げ、その凶刃が姉であろう娘の背中に振り下ろさんとするのを視認すると同時に、私の身体が勝手に動いていた。

 

 一蹴りで間合いを詰め、振り下ろされた剣を杖で防ぐ。軽い一撃。受け止めただけで理解出来る。この騎士達は弱い。大したレベルではない。

 

「な、なんだこいつは!」

 

「亜人か! くそ、何でこんな所に!」

 

 狼狽する騎士達を横目に、転移門からモモンガさんが姿を現す。亜人に加え、アンデットの出現に、騎士達の焦りは相当なものだったのだろう。どうすればいいのか分からず棒立ちになった所を、モモンガさんの魔法が一人の騎士を捉えていた。

 

「心臓掌握(グラスブ・ハート)」

 

 最初から全力で、舐めプなしでの高位魔法。死霊系魔法に長けたモモンガさんの得意魔法。例え防がれようとも追加効果で足止めし、その間に別の手段を用いるつもりだったのだろう。だが、モモンガさんの即死魔法は騎士の命を刈り取り、糸の切れた人形の様に崩れ落ちるのを見たもう一人の騎士は、悲鳴を漏らしながら後ずさった。

 

「女子供、果ては抵抗する手段を持たぬ村人には嬉々として殺戮するが、私達の様な存在を前にすれば恐怖に震え尻込みするか。なんと哀れな」

 

「ひ、ひぃぃぃぃぃ!」

 

 勝てないとみるや、武器を捨てて逃げ惑う。だが、逃がさない。モモンガさんが低位の魔法で止めを刺す前に、杖を騎士の背中に向け、魔法を行使した。

 

「電撃(ライトニング)」

 

 ユグドラシルにおいて、直線状にいる敵を貫通してダメージを与える事が出来る魔法。放たれた電撃は騎士の胸を貫き、瞬時に彼の命を刈り取った。

 

「低位の魔法でも……一撃みたいですね」

 

「そうだな。彼等が弱いのか、それとも此処にいる二人だけが弱かったのか、まだ判断は出来ないがな」

 

 一瞬にして二人の騎士を殺した。殺してしまったというのに、罪悪感を感じない。これで私達の疑問がより確実なものとなった。異業種となった事で、人としての精神が薄れ、異業種のものとなってしまったのだと。

 

 それでも、私とモモンガさんは助けたんだ。騎士の凶刃から姉妹を助けたんだ。怯える姉妹に近付き、目線を合わせる様に腰を下ろす。姉の方が小さな悲鳴を漏らし、妹を守ろうとギュッと抱きしめている。

 

 あぁ、そうか。人から見れば、この人狼の姿は唯々恐怖でしかないのか。

 

「……大丈夫ですよ。私達は貴女達を助けに来ました。敵ではありません」

 

 出来るだけ優しい声色で諭す。姉妹の姉は困惑の表情を浮かべていたが、自分達を追ってきた騎士達を殺した事もあってか、完全に拒絶しているわけではないのだろう。

 

「あ……あの……あ、ありがとう……ございました」

 

 恐怖で上手く言葉にできていなかったが、必死になって感謝の意を告げる。

 

「礼には及びません。それより、貴女達の村が心配です。私達は今から村に……」

 

 村に行かないといけない。そう言いかけた私の服を、姉妹の妹の方がギュッと掴んできた。きっと怖かったのだろう。このまま二人を置いて村に行っている間に別動隊に襲われないとも限らない。遠隔視の鏡越しでは村を襲っている騎士以外に増援や後続の部隊を確認する事は出来なかったが、彼女達からすれば此方の情報などあてにならないだろう。守りの魔法を唱えたからとて、此処に残すのは忍びない。

 

「準備に時間がかかってしまい、申し訳ありません」

 

 そうこうしている間に、武装したアルベドが転移門から姿を現した。

 

「ジンクス。此処はお前に任せる。アルベドは私と共に村に残った騎士達を掃討するぞ」

 

「了解した」

 

 此方の意図を汲み取ってくれたモモンガさんが、二人の警護を私に任せ、アルベドと共に村へと向かう。その際、騎士の死骸を中位のアンデット作成によってデス・ナイトを召喚し、先兵として村に送り込んだ。先程の騎士の実力がこの世界のアベレージならデス・ナイト一体で十分対応が可能だろう。先行したデス・ナイトが走り去った道を見つめ、アルベドと共に村に行こうとしたモモンガさんを、姉妹の姉の方が呼び止めた。

 

「あの! 本当にありがとうございました! そ、それと……お名前を! お名前を教えて頂けますか」

 

 姉の言葉に、モモンガさんは立ち止まって思案する。そして、ふいに浮かんだその名を、モモンガさんは口にした。

 

「アインズ・ウール・ゴウン……それこそが我の名だ」

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

自己紹介も済ませたし、少しずつだけどこの世界の情報をゲットしましたよ。モモンガさ……アインズ

 モモンガさん……いや、アインズさんがアルベドと共に全身鎧の騎士達に襲われている村へと向かった後、私は助けた姉妹を警護すべく……いや、警護する必要すらないのだが、彼女達の傍に居る事で安心させようと、周囲を警戒する素振りを見せながら話しかけた。

 

「そういえば、君達の名前を聞いてなかったね。もしよかったら教えてくれるかな?」

 

 出来るだけ優しげな声で、それでも、人狼の姿では、どうしても警戒してしまうのだろう。それに、自分達を殺そうとしていたとはいえ、同じ人間の騎士を殺したのだ。殺したうえで、その事に罪悪感を感じていなかったという心境をもしかしたら察しているのかもしれない。先程まで服を掴んで離さなかった妹も、今は姉の背中に隠れる様に此方の様子を窺っている。仕方がない。少しでもこの子たちが落ち着くならそれなりの格好をするとしよう。

 

「ほら、私は人狼という種族でね。先程までは半分が人間で半分が狼の見た目をしていただろう? このように、人の姿になる事も出来るんだ。凄いでしょ?」

 

 と、人狼の姿から人の姿に変化する。その分のステータスは下がるのだが、騎士達の実力を見るに、この姿のままでも十分対応が可能だろう。人の姿になった事で、幾分か二人から警戒の色が少なくなったように見える。

 

「と、その前に、私の方から名乗った方がよさそうだね。私はジンクス。先程君達を助けたアインズの友人だ」

 

 にこやかにそう言うと、姉の方がおずおずとした様子で口を開く。

 

「エ、エンリ……エンリ・エモット……です。この子は、ネム・エモット……」

 

「そっか、改めて宜しくね。エンリさんにネムちゃん」

 

 言いながら二人をじっと見つめる。見た所、目立った傷はない。とはいえ、森の中をあてもなく走り続けていたせいか、腕や足の彼方此方に細かな傷が見受けられる。この程度の傷なら問題ないだろうが、手当てをしておこう。

 

 魔法で治すか? 治癒魔法とはいえ、いきなり魔法を唱えたら驚くかもしれないな。そもそも魔法を行使する事は出来たがこの世界の人間が魔法に対してどれだけの知識を有しているか分からない。ポーションなどのアイテムもその辺りも確認するべきだろう。

 

「所で、二人にいくつか質問したいんだけど良いかな?」

 

「は、はい! 私達で宜しければなんでも!」

 

「うん、ありがとう。じゃあ先ずは、さっきの騎士達?の事なんだけど、あの騎士達は何かな? 私達は……そうだね、旅の者でこの辺りの情勢に詳しくいないんだ」

 

 旅人に似つかわしくない格好なんだけど、その辺りは察してくれているのか、エンリは私の質問に答えてくれた。

 

 曰く、先程の騎士は帝国、バハルス帝国の騎士らしい。らしいというのは、彼女達が住むこの土地は、バハルス帝国と対立しているリ・エスティーゼ王国所有の土地との事。何故彼等が此処に来たのかは不明。例年、収穫の時期になると決まって仕掛けてきて労働者を戦地に赴かせているという。

 

(うわぁ、まじか。私でも分かる。収穫の時期に戦争仕掛けてくるとか相手国の国力を落とす気満々じゃん。王国は何も対処してないのか? それとも、そんな事すら気付いてないとかそれ以前の問題か?)

 

 そもそも、王国もそうだが帝国の場合どうなのだ? 収穫の時期だってそう変わらないだろう。それとも、王国とは異なった穀物を育てているから収穫の時期がずれているとか? それとも、単に国民を徴収する必要がない状況とか……それだったら自国に余力を残しつつ王国の国力だけを低下させていき、ある程度まで落としてから一気に落とす算段か?

 

 他にもスレイン法国やローブル聖王国、竜王国など、様々な国があるみたいだが、その辺りの詳しい情報は特に得られなかった。ただスレイン法国だけは要注意かもしれないな。人以外の種族は認めない人間至上主義みたいだし、私達みたいな異形種で構成されたメンツとは相容れないだろう。まぁ、この辺りはおいおい考えていく必要があるだろう。モモンガさん……アインズさんと相談だな。

 

 魔法に関する情報も得た。エンリ自身は魔法は使えないが、友人の薬師が魔法を使えるらしい。どの位階魔法まで行使するかは不明だが、先程の騎士達を相手にして、そのレベルの低さから第二位階か三位階くらいの魔法が妥当な所か……これもアインズさんと要相談だな。それに、薬師がいるという事は、もしかしたらポーションなどのアイテムも存在するのかもしれない。

 

 試しに、下級治癒薬(マイナー・ヒーリング・ポーション)をアイテムボックスから取り出し、それをエンリに見せてみる。

 

「これ、治癒薬……ポーションなんだけど、エンリさんの友人はこういうお薬を扱っているのかな?」

 

「は、はい……でも、ンフィー……私の友人が扱っているポーションは赤色ではなく青かったような」

 

 おっと、此処でユグドラシルとは微妙に異なる違いが出てきたぞ。青のポーション。興味深いけどエンリは持っていないらしい。とても貴重で、それなりに高価な品なのだという。では、このポーションと青のポーション、効果の差異はどれ程のものだろう。

 

「……そっか、これ、私達の国で扱われているポーションなんだけど、傷を癒す効果があるんだ。問題ないとは思うけど、傷口にばい菌が入って悪化したら大変だ。これを飲むと良いよ」

 

 そう言って、二人分のポーションを用意する。それを恐る恐る受け取ったエンリは、ネムとポーションを交互に見つめ、意を決したように一口で飲み干した。多分、自分が先に飲む事で毒見も兼ねているのかな。ポーションが高価なものみたいだし、それを見ず知らずの自分達に無償で渡すなんて何か裏があってもおかしくない。そう思うのは当然の事だ。特に思う事はないんだけどね。ただの効果の実験と、青のポーションとの効果の差異が分かれば御の字程度の腹積もりなんだけど……あぁ、いけないいけない、異形種の精神が侵食しているのだろうか。助けるという考えよりも情報収集を優先してしまうのは悪い考えだ。うん。

 

「うそ……傷が塞がっていく」

 

 ポーションを飲み干すと共に、効果が出てくる。細かな傷ではあったが、みるみるうちに塞がっていき、傷のない元の状態へと回復した。成程、この世界ではこんな感じで傷が癒えていくのか。それなら、魔法で治癒した場合の効果もおいおい確認する必要がありそうだな。アインズに治癒魔法を使えばダメージしか入らないから出来れば人で試し……あぁ、ダメだダメだ、すーぐそっちの方に思考が回っていく。

 

「よかった、効果があったみたいですね。さぁ、ネムちゃんも怪我をしています。飲んで下さい」

 

 傷が癒えた事に驚くエンリにしがみついていたネムにも飲むよう促す。ネムも恐る恐るといった様子で一口飲むと、細かな傷がたちまち治り、効果がしっかり出ている事を確認した。

 

「うん。取り合えずこれで安心ですね。村の方もアインズさんとアルベドが何とかしてくれるでしょう」

 

「あの……本当に、本当にありがとうございます! 助けて頂いたばかりか、こんな貴重なポーションまで」

 

「ははは、気にしないで下さい。私達も旅の途中で此処に立ち寄っただけですから。それに困った時はお互い様ですよ。こうしてこの国と周辺の国の情報も得られましたので」

 

 とはいえ、二人は助かったが村の方はどうなのだろう。父親はダメだろうな。あの傷で生きているとは思えない。母親は……いや、そもそも他の村人達も、私達が来る前に大分やられていた筈だ。果たして何人生き延びているか判断できない。見た所、開拓地の様だったし、人出も少ないだろう。最悪、村を放棄して国に頼るしかないのだろうが、果たして彼女達にこの後の生活を維持していくだけの財産があるとは思えない。

 

「…………」

 

 暫し考えた後に、私はアイテムボックスを漁っていた。これは偽善だ。少なくとも問題を先延ばしにしているだけだろう。でも、此処であった縁を簡単に捨てる程、薄情ではない。薄情ではない筈だ。取り出したアイテムは私達にとってはハズレアイテム。でも、この子にとっては、いや、この世界においては貴重なアイテムになるかもしれない。

 

「それと、まだ油断は出来ません。エンリさんにはこれを渡しておこうと思います」

 

「……これは?」

 

「これは小鬼将軍の角笛というアイテムです。吹けば小鬼と呼ばれる小型のモンスターを召喚する事が出来ますその子達は貴女の身を守る為の盾となるだろう。それに……最悪、働き手として活躍する事も出来ます」

 

「っ!」

 

 エンリは察しが良いな。帝国からすれば働き手である大人の男は邪魔な存在だろう。大人の男から働き手として活躍できる年齢の者を順番に選別して殺していてもおかしくはない。その代わりの人材を用意したと言ったようなものだ。ごめんね。酷い事を言ったよね。私が謝った所で何も変わらない事は分かっている。だから謝らない。謝った所で死んだ人間は蘇らないのだから。

 

(いや……私達は蘇らせる方法を知っている。でも、それを言う事が出来ないんだな)

 

 死者を蘇らせる方法はある。蘇生魔法。これを使えば死んだ人間も蘇る事が出来るだろう。でも、これを二人に言う事は出来ない。魔法の存在を知り、アイテムの存在も知った。だが、あくまでも上辺の情報を得ただけだ。仮に蘇生魔法がこの世界にも存在するとしても、それを使用する事が何を意味するのか想像に難くない。傷を癒す魔法を行使する者と死者を蘇らせる事が出来る者、どちらが厄介ごとに巻き込まれるかと問われれば明らかに後者なのだから。

 

(流石にこれ以上は、私の独断でアインズさんに負担をかけさせるわけにはいかないな)

 

 恐らく、ポーションや小鬼将軍の角笛も厄介ごとの種だろう。特にポーションに関してはエンリには秘密にしてもらわなければならない。最悪の場合、記憶を操作する事も視野に入れておこう。

 

 と、そんな事をしている間に、村の方も問題が解決したのだろう。アインズさんから伝言(メッセージ)が届いた。

 

『此方の問題は解決しました。ジンクスさんの方は大丈夫ですか?』

 

『はい、こっちも大分落ち着きました。それと、この世界の情報についてもいくつか。その点で擦り合わせておきたい話もありますので、一度村で合流しましょう』

 

『そうですね……後、怪我人と死人が結構多いのでナザリックからルプスレギナを呼ぼうと思います』

 

『あぁ、彼女なら聖職者(クレリック)の職業を持ってますから適任ですね』

 

『はい。では、村で待っています』

 

『分かりました。直ぐに行きます』

 

 伝言を終え、一息ついた後に立ち上がる。

 

「エンリさん。ネモちゃん。どうやら村の方もアインズさんが何とかしたみたい。だから一度、村に戻ろう」

 

「……はい」

 

 エンリにとって、村に戻る事で見たくないものを沢山見る事になるだろう。少し前まで一緒にいた友人や知人、家族すらも失ったのだ。早いか遅いかの違いかもしれないが、二人に現実を突きつけてしまう事に……それでも何も感じられなくなっている自分に罪悪感を感じつつ、私は二人を連れて村へと向かった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

やっぱり、人の心って忘れたらダメですよね

 やっぱりというか、なんというか……。村の様子は、一言でいえば惨劇そのものだった。その要因を作ったのが、アインズが生み出したデス・ナイトというのが笑えない。別段、アインズさんを攻めているわけではない。単純に、騎士達が齎した虐殺よりも、デス・ナイトが齎した虐殺の方が惨たらしかっただけの話だが。鎧ごと両断された騎士やデス・ナイトに殺された事で従者の動死体(スクワイア・ゾンビ)となった騎士の成れの果て。うーん、酷い有様だ。

 

 アインズさんはというと、骸の顔で皆の前に出るのは不味いと判断したのだろうクリスマスの日に運営から送られる、ある意味では呪われたアイテム、嫉妬する者たちのマスク、通称『嫉妬マスク』を被っていた。懐かしいな。私も持ってるよ。沢山。えぇ、独り身の私にとって、このマスクはとて縁が深い……くそぅ。

 

 そんな事を思いながらエンリ達に目を向ける。こっちもこっちであまり良い状況ではない。予想していた通り、知人や友人、親をも失ったのだ。それでも、後処理をしなければいけないと気丈に振る舞ってはいるが、内心は穏やかではない事を、人狼としての性質とは関係なく分かってしまう。

 

 村の中を歩いていると、村長と思わしき老人の傍にアインズと、少し離れた所にアルベドの姿があった。見た所、特に外傷もなさそうだ。どうやら、エンリ達を襲った騎士達と同様、此処を襲っていた騎士達も、レベルが高いわけではなかったというわけだ。

 

「お待たせしましたアインズさん。遅くなってしまい、申し訳ありません」

 

「いや、丁度良い所だった。これから村長と今後について色々と話す予定だったからな。ジンクスがそこの娘から得た情報も含めて擦り合わせをしたかった」

 

「分かりました。アルベドはどうしました?」

 

「アルベドには周囲の警戒と後任の引継ぎを命じている」

 

 村の周囲には隠密性に長けた配下を数名配置している。何かあったら彼等から連絡が来るだろう。そして、後任のルプスレギナが到着次第、亡くなった村人達の弔いをするのだろう。宗教には疎いが、形だけでも故人を弔う事で、気持ちを整理してもらう必要がある。そうでなければ、突然、家族や友人を失った者達には酷と言うものだ。

 

「そうですか、分かりました。それと、村長殿、申し訳ありませんが少しアインズさんと話したい事があります。席を外してもらっても良いですか?」

 

 これから村長と話すとなると少し時間を取られる事になる。今の内にエンリから得た知識を擦り合わせておく必要があるな。村長が離れるのを見計らい、アインズさんに問い掛ける。

 

「騎士達はどうしました? 見た所、中々凄い惨状なんですけど」

 

「デス・ナイトが暴れ回った結果……ですね。何人か生き残りがいたので彼等は逃がしました。自分達の飼い主に伝言を残すよう伝えてからですが」

 

「内容は?」

 

「この辺りでこれ以上騒ぐなと。もしも騒ぐようであればお前たちの国に死を告げに行くと。そんな感じです」

 

 うーん、この魔王ロールっぷり、流石はアインズさん。

 

「悪くはないですけど、正直な所どうですか? 戻ってくると思います?」

 

「来るでしょうね。仮に別動隊がいたとしたら、彼等の連絡が届く前に」

 

「う~ん、まだ相手側の戦力は不明という事ですね。アインズさんはどう思いますか?」

 

「どうでしょう。ですが、少なくともデス・ナイト一体程度で瓦解する程度の実力者が先兵ですから後続の部隊が多少強い程度であれば何の問題もないんですけど」

 

 それでも、警戒レベルは維持しつつ、最悪私とアインズさん、そしてアルベドが撤退する事が出来る様心掛けているのだろう。助けたは良いが、もしもこの後に続く後続の敵が自分達よりも遥かに強い存在であれば、この村の住人を盾にしてでも撤退する。助けておいて薄情なのかもしれないが、そこは仕方がないと割り切るしかない。

 

「その上で相談ですけど、もしもこれから敵、もしくは判断がつかない相手が此処に来た時、ジンクスさんは姿を隠して待機していてほしいんですけど」

 

「少しでも情報を隠す為?」

 

「それもありますけど、PKの基本です。少しでも相手に此方の情報を隠蔽するという意味で、ジンクスさんには隠れていてほしいんですよ」

 

 戦力って……アインズさん。この中で、戦力としては心許ないのが私なんですけどね。私を殿にして撤退するよりも二人が壁になった方が生存率が上がるとそう思っているのかもしれない。

 

 そんな事を思っていると、アインズさんがこめかみに指をあて伝言の魔法を発動させた。

 

『ジンクスさん。一応言っておきますけど、特別に深い理由はありませんからね。ジンクスさんの戦闘スタイルは、元々妨害や足止めがメインだから、何かあればそれを頼ろうかなって思っていたくらいのものですから』

 

『あー……すみません。顔に出ていたでしょうか?』

 

『そうですねぇ、俺とジンクスさんって結構付き合い長いですから、ある程度の事は。それに、人の顔をしていると、人狼の時と比べるとなんとなーくわかっちゃうんですよね』

 

『あはは……面目ないです。ちょっとあの子達、エンリやネムちゃんの事もあったし、それに……』

 

『人を殺したのに罪悪感を感じなかった事とか?』

 

『はい。森の中で騎士を殺したというのに、全然罪悪感を感じなかったんですよ。リアルの私だったら絶対にそんな事あり得なかったのに。それに、彼女達の事を可哀そうとか考えるよりも、自分達にとって価値があるかないかとか、そんな事が先行して、なんだか自分が自分じゃないような感覚なんですよね』

 

『それは……確かに、俺もそんな感じです。デス・ナイトが騎士達を虐殺していたのに何も感じませんでしたし、正直、この村の人間がどうなっても全然気にならないなぁって、そう思ってましたから』

 

 このまま、人としての感情が薄れ、やがて自分が創ったキャラクターの精神に魂が引っ張られるのかもしれない。気を付けようと話していたにも関わらず、その精神性が徐々に如実になっていく。アインズさん……いや、今はモモンガさんと考えよう。モモンガさんは、私が付き合ってきた人たちの中で言えば善人だ。面倒見も良いし、最後まで私を見捨てる事はなかった。ギルドのメンバーが引退していく中、ギルドマスターだったモモンガさんは仲間が離れていく度に辛い思いをしていた筈だ。勿論、私だって、皆と別れるのは辛かった。でも、モモンガさんは私以上に辛かった筈だ。それでも、皆が残したギルドを維持する為にずっと奔走してくれたし、ユグドラシルのサービスが終了すると通知が来ても、私みたいな人に最後まで付き合ってくれたのだ。そんな人がモモンガとしての性質……人を憎むアンデットであり、カルマ値も−500と、極悪な性質となっていくのは、正直嫌だ。

 

『……うん、嫌だな』

 

『何がですか?』

 

『このまま、自分達が創ったキャラクターに持っていかれるのがですよ』

 

 モモンガさんが誰かを殺す事になんの躊躇いもならなくなるのも、それを許容してしまう自分も、絶対に嫌だ。肉体も精神も、元の人間のままに、私はモモンガさんと一緒にいたい。その為には何が必要だろう。いや、それよりも先に、この現状をどうにかする事が先だ。この村は私とモモンガさんが救ったんだ。失われた命を魔法で復活させる事は可能だろうが、モモンガさんはそれを許容する事はないだろう。それは私も理解している。なら、こうして生き残った村人くらいだったら庇護下においても良いのではないだろうか。

 

『モモンガさん』

 

『何ですか、ジンクスさん』

 

 伝言越しだけど、モモンガさんの声色は何処か優しかった。うん、良いね。やっぱりモモンガさんはこうでないと。

 

『折角助けたんです。出来うる限りでいいので、この村を私達の庇護下に置きませんか? 勿論、無償で……なんていうつもりはありません。持ちつ持たれつ、この村を拠点に、この世界について色々と調べてみませんか?』

 

 モモンガさんも自身の名をアインズ・ウール・ゴウンと名乗った。それは、自分達のギルドの名を広める事でこの世界にいるであろうユグドラシルのプレイヤー……もしくは、ギルドのメンバーが同じように何かの拍子に流れ着いているかもしれない。そんな彼等に自分達の存在をアピールする事で接触を図っているのかもしれない。彼等が友好的かどうかは分からないけど、友好的に接触する事が出来るのならそれに越した事はない。その時に、自分達が非道な行いのせいで敵対する可能性を少しでもなくす必要がある。その為の第一歩として、この村は私達にとって最適な場所ではないだろうか。

 

 善意で彼等を救うのではない。偽善と言われても構わない。人としての意識が薄れているのなら、人としてどうあるべきかを、この村を通じて取り組んでいけばいい。きっとこの考えも、人出はなく異形種としての精神の現れなのかもしれないが、それを踏まえた上で人としての道を踏み外さぬよう心掛ければいいのだ。

 

『先程、エンリ達から色々と情報も得ました。モモンガさんもこれから村長に色々と話を聞く予定なんでしょ? だったら、この村は私達にとって、この世界における第一歩となりました。折角です。大事にしましょう』

 

『……ははは、なんか、色々と勝手に想像を膨らませての結論だけを言ってませんか?』

 

『あはは、そうですね。なんだかこの姿でいると、色々と考えちゃうんですよね。だからつい、勝手に想像を膨らませてしまいました』

 

『うん、良いんじゃないですか。この村は俺達が初めて関わった最初の村です。それに、未だに右も左も分からない状況では少しでも情報が欲しいですし、逃げていった騎士達の動向も気になります。此処で待っていれば向こうから接触してくる可能性もありますし、その点では、この村には利用する価値がありますから』

 

『モモンガさんがアインズと名乗ったのも、その一環ですよね』

 

『あぁ……勝手に名乗ってしまって申し訳ありません』

 

『いえいえ、全然大丈夫ですよ。最初は驚きましたけど……うん、アインズ。良いですね。名前としても悪くないですよ。今は伝言ですけど、普通に話しかける時はどうしましょう?』

 

『すみません。では、さん付けはなしでお願いします。あくまでも俺とジンクスさんは対等な関係でいたいので』

 

『では、私の事も人前では呼び捨てでお願いします』

 

『分かりました』

 

『それじゃあ、そろそろ伝言ではなく普通に話しませんか? 流石にずっと無言だと、村長も声をかけづらそうですし』

 

『ですね。それじゃあ、ジンクスさんがあの姉妹から得た情報を教えて下さい』

 

『はい、わかりました』

 

 そうして、伝言を切ると、エンリ達から得た情報をモモンガさんに伝えた。ポーションの件については、今後気を付ける事を念頭に置き、小鬼将軍の角笛に関しては許容された。多分、この世界では相当レアものかもしれないけど、その程度のものだろうと結論付け、この村を襲った騎士達の事は現状保留という形でまとまった。後は村長から情報を得られるだけ得て、その後に考えようという事で話を区切り、改めて村長の家で今後の件について話し合うのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

一難去ってまた一難ですね

 村長の家で話し合う事となった私とアインズさんは、エンリから得た知識の他にいくつか有用な情報を得る事が出来た。とはいえ、自分達がいる王国の位置から大まかな方角にどの国があるのか程度の情報であり、それ以外と言えば、この世界の通貨くらいなものだろう。

 

 因みに、ユグドラシルの通貨とこの世界の通貨は異なるらしく、美術品としての価値はあるが通貨としては使えないだろうとの事。物自体は良いけど手持ちの通貨が仕えないというのはある意味痛手だ。美術品として取引するのもありだが、それだと、他のユグドラシルプレイアーに気付かれるかもしれない。友好的な相手ならともかく、好戦的な相手であれば後手に回るのは危険だ。

 

 不幸中の幸いだったのが村を助けた対価として、金銭を得た事が大きいだろう。ただ、私もアインズさんもこの世界の通貨の価値を知らない。ついでに言うと文字も分からない。それでも言葉が分かるというのは不自然だったが、その答えはアインズさんが気付いてくれた。

 

 口の動きと発音が嚙み合っていない。相手が英語を話しているのに、私達の耳には日本語で翻訳されて聞かされているような感覚だ。これも、他のユグドラシルプレイアーの功績なのだろうか?

 

 お願い系のアイテムを使って、言葉を共有するよう改変させたか。それなら文字に関しても共有してもらいたかったが、そこも曖昧な形で叶えた故の失敗だったのだろう。それか、言葉だけ理解できればそれでいいと判断したか、後で気付いたが手持ちにお願い系のアイテムが残っていなかったかのどちらか……。

 

 まぁ、私達も、文字を共有する為だけにお願い系のアイテムを使用するつもりはないんだけど。

 

 さて、村長の話も粗方聞いた所で、アインズさんと私は、この村を襲った騎士達の事を思い返す。鎧に刻まれていた紋章から、村を襲ったのは帝国の騎士だと思っていたが、果たして本当だろうか?

 

「アインズさんはどう思いますか?」

 

「騎士達の鎧が帝国の物だとしても、それだけで帝国が黒とは考え辛い」

 

 毎年争っている両国だが、方や収穫の時期を狙って国力を削ぐ作戦を繰り返している帝国と、そうありながらも何の対策も取っていないであろう王国。小さな村々を襲撃しては働き手を削ぐやり方もなくはないと思うが、どうも違和感を感じる。そう思ったきっかけが、各国の国境である。帝国、王国そしてもう一つ、スレイン法国が隣接しているのだ。この国は人間至上主義を掲げている国と聞いている。王国と帝国、どちらも人間が治めている国だから、法国が関与する事はないと思っていたのだが、可能性の一つとして法国が両国に対し、何らかの干渉をしていてもおかしくない。

 

「法国が両国に干渉する事によって得られる利益は何だと思う?」

 

「例えばですけど、どちらか片方を潰すのではなく、争い合っている両国を一つに纏める為の裏工作の最中……というのは考えすぎでしょうか?」

 

 働き手の数を減らしつつ、いざそれがバレたとしても、帝国の騎士達の格好をしていれば、その罪を帝国に擦り付ける事が出来る。その事がきっかけで戦争が始まったとしても、帝国はまた収穫の時期を狙って戦争を始めると考えると、王国が一方的に国力を削がれる事になる。

 

「最悪、法国の欺瞞工作を視野に入れて考えてもよさそうだな。そうなると、生き残りを逃がしたのは失態だったな」

 

「まだ、この国が抱えている事情を知らなかったんです。仕方がないですよ」

 

 とはいえ、生き残った騎士に啖呵を切った以上、向こうからも何かしらのアプローチがあるのは明白。帝国、もしくは法国のどちらか、最悪、帝国と法国の両国を相手取る可能性もある。その時、他のユグドラシルプレイアーの横やりが入ってきた時の対策も取らなければならない。

 

「とはいえ、やる事は山積みです。一つずつ解決していきましょう」

 

「そうだな。暫くは村とナザリックの警戒を維持しつつ、守護者達の意見を取り入れる事も考えておいた方がよさそうだ」

 

 私もアインズさんもいってしまえば一般人だ。偶々私の設定のせいで魔法に関する知識が凄い事になってはいるが、魔法の知識だけで国家間の問題を解決できるほど優れているわけではない。出来るとしたら精々が同じ魔法詠唱者達に知恵を授ける事が出来る程度だろう……いや、これはこれで中々悪くないな。

 

 話は逸れたが、二人の知恵だけではどうする事も出来ない。という事だ。それなら知恵ある者を頼ればいい。確か設定ではアルベドやデミウルゴス……後は確か、アインズさんが創ったパンドラも知恵者設定だった筈だ。三人に助力を求めれば良い案を提示してくれるに違いない。

 

 話もある程度まとまってきたし、後は、騎士達の襲撃で亡くなった村人達の弔いとデス・ナイトによって殺された騎士達の亡骸と装備の回収……回収の方は終わっているな。後は何をすればいいだろう。

 

 そんな事を考えていると、扉を叩く音と共に表情を強張らせた村人が……おっと、いきなり問題発生か?

 

 村長と村人の話を聞くに、今度は戦士風の集団が此方に向かって来ているらしい。

 

「ジンクス、話は一端中断だ。所定の場所で待機せよ」

 

「了解です」

 

「村長、すまないが彼の事は口外しないでほしい。此方の戦力を把握されたくない」

 

「わ、分かりました。アインズ様は……」

 

「ご安心を。折角のご縁です。最後まで面倒を見ますよ。その代わり、村長は他の村人達と共に広場へ。私もすぐに行きます」

 

 アインズさんの言葉に、村長は表情を明るくし、そしてすぐに引き締めた表情に戻った。騎士達から自分達を守ったアインズさんがいるんだ。と、覚悟を決めた表情で村人達に広場に集まるよう指示を送っている。

 

「何かあっても、隠密に長けた配下が村の周囲に配置されているみたいですから、何かあったら彼等の力も頼りましょう」

 

「そうですね。出来ればそうならない事を祈るばかりです」

 

「ですね。では、私もそろそろ」

 

「はい、場所どりは肝心ですからね」

 

「PKの基本。分かっていますよ」

 

 気持ちを紛らわせる為の軽口、互いにフッと笑みを浮かべて、アインズさんは広場へ。そして私は、何が起こっても対処可能な位置へと移動する為に魔法で姿を消して村長の家を出た。

 




長期休暇のお陰で執筆が進みました。次の更新が遅くなるかもしれませんが、どうかご容赦を……


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

カルネ村攻防戦ですよ、アインズさん―前編―

 完全不可視化(パーフェクト・アンノウアブル)……ユグドラシル時代、私が愛用していた魔法の一つだ。この魔法の他にも第二位階の魔法で透明化や不可視化などの魔法が存在するが、今回使用したのはそれらの上位互換に値する第九位階の魔法。姿を消すだけでなく音や気配まで消す事が出来る優れものである。当時、ドルイドの習得可能リストに無かった時はかなり焦ったけど、あの時はアインズさんや他のギルドのメンバーの協力の下、職業レベルを調整して習得する事が出来た魔法だ。この魔法を使う時は、専ら狼の姿で使用した。音もなく背後から巨大な獣が襲い掛かる。そのシチュエーションが楽しくてPKの際はよく用いていたが、対策されれば簡単に見抜かれてしまい、返り討ちに合う事もしばしば……そういえば、アインズさんには最初のPVP以降、完全に対策されてて全く通じなかったな。

 

 まぁ、第三位階の魔法でも前回の騎士達に対処出来たのだ。それに今回はこの村に向かって来ている集団の情報収集と、何かあった際の遊撃、もしくは攪乱する為の布陣だ。私以外の隠密能力に長けた配下も数名各所で待機しているので、彼等と連携して事に当たる次第だ。

 

 私はアインズさんとアルベドが陣取った広場がよく見える位置で身を隠しながら周囲の警戒をする事にした。村人が言っていた通り、この村に向かってくる集団の気配がする。人間の姿の時は、種族の関係か、あまり遠くの気配を感じる事が出来なかったが、人狼や狼の姿の時は遠くまで意識を集中するとある程度離れた距離にいる筈の生物の気配を感じる事が出来る。これは新しい発見だ。特に狼の時は単純な身体能力の他に五感も他と比べて鋭くなっているのか広場にいるアインズさんと村長の会話も聞こえてくる。これなら、これからこの村に来る集団との会話も聞き取る事が出来るだろう。出来れば穏便に済めばいいけど、そこは運次第かな。

 

 やがて騎乗した集団が隊列を組んで広場に集まってきたのだが、あれは何というか、先程の全身鎧の集団とは違った風貌の集団だった。先ず、全身鎧の集団達は皆が同じ装備を纏ったまとまりのある集団だった。だが、今、広場に集まった集団は、よく見れば同じ鎧を纏ってはいるのだが、皆が皆、使い勝手を優先した着こなしをしており、装備した武器も統一性がない。鍛え上げられた兵士は、各々の技術に合わせた装備を身に纏う。漫画や映画で見た様な出で立ちをした集団を見た事があるが、あの感じに似ていた。

 

 見た目だけで判断すれば帝国の騎士ではないだろう。かといって、彼等が王国の騎士……というより、戦士だな。王国の戦士とみるべきか、ある程度統一性をもった傭兵とみるか、アインズさんの判断に任せるとしよう。

 

「私はリ・エスティーゼ王国、王国戦士長ガゼフ・ストロノーフ。この近隣を荒らしまわっている帝国の騎士達を討伐する為に王の御命令を受け、村々を回っているものである」

 

 集まった戦士風の中でも、屈強な見た目をした男が名乗りを上げる。王国戦士長、王の命令、近隣を荒らしまわっている帝国騎士達の討伐と、貴重な情報を話してくれた。成程、あの全身鎧の騎士達は帝国の騎士―まだ完全にそうだとは断言できないが―で彼等はその騎士達を討伐する為に王から命令を受けて村々を回っているのか……。

 

(言い方からすると、あの騎士達は随分と村を荒らしまわっているみたいだな。命からがら生き延びた村人の報告を受け、調査をした結果、今回の事件が発覚し、その調査に王国戦士長が駆り出されたという事か)

 

 という事は、この村以外にも多くの犠牲が出たという事だ。いったい何人、何十人、何百人と犠牲になったのだ?

 

 報告から調査、そして出陣までの期間、彼等が何もしなかったとは思えない。王国の領土がどれほど広いか分からないけど、仮にも国だ。移動手段が馬しかないような状況で、村を一つ一つ調べるにしても時間がかかる。少なくない数の村が犠牲になったのは間違いないだろう。

 

 アインズさんはというと、村長の話から語られる事のなかった人物もあり、村長に彼が何者か尋ねている。小声でも聞き取る事が出来る聴覚に感謝だな。

 

 話を聞くに、王国で催された御前試合で優勝した人物で、王直属の精鋭部隊を指揮する地位に就いた者だとか……、物語に出てくるような人物像だな。王直属という事は、王に認められた人物であり、王を守る為の精鋭部隊を指揮する地位となると、王様にかなり気に入られている人物なのだろう。あくまでも、彼が本当に王国戦士長のガゼフ・ストロノーフなのかどうかは判断できないけどね。

 

 アインズさんも彼が村長の話していた人物なのか疑っており、彼の言葉を鵜呑みにしているわけではないようだ。

 

 その間にもガゼフの視線は村長へと向けられ、アインズさんが何者なのか問い掛けている。村長も、ガゼフの言葉に委縮しながらも、アインズさんの紹介をしようとしていたが、アインズさんがそれを制し、一礼した後、自己紹介を始めた。

 

 名を名乗り、この村を襲っていた騎士達から村人達を守った魔法詠唱者である事を話すと、ガゼフは馬から降りると深々と、そして重々しく頭を下げた。

 

 これには私も、そしてアインズさんも驚いただろう。何せ相手は王直属の戦士長だ。相当高い身分の人物に違いない。その地位と身分を考えると、下々に頭を下げるなんて普通なら考えられない。リアルの世界でもそうだった。会社の上層部の人達は私達の事を使い捨ての出来る消耗品としか考えていなかっただろう。何かミスがあったとしても全て部下の責任として処理され、不遇な扱いを受けた事がある。そんな事もあってか、彼の……ガゼフの取った行動は、私にとって、好感の持てる人物に映った。きっと、アインズさんも同じだろう。

 

「この村を救っていただき、感謝の言葉もない」

 

 立場が対等ではないにも関わらず、感謝の言葉も口にする。そんな言葉、身内でしか言われた事が無いぞ。馬から降りて、同じ目線で頭を下げる。これが彼の人柄か。良いな。きっと、彼を配下として迎え入れた王様も、彼のそんな人柄を気に入ったからなのだろう。

 

「……いえ、実際の所、私も報酬を目当てに彼等を助けたのですから、お気になさらずに」

 

 アインズさんも、彼の人柄を気に入ったんだろうな。声色の中に、彼への好感が入り混じっているのを感じる。その後の、アインズさんとガゼフとの間に、言葉の遣り取りが行われている。

 

 報酬という言葉に対しての冒険者というこの世界の生業を知る事が出来た。村を襲った騎士達の話。更に、此方の世界では名前の呼び方が西洋式である事を知った。しまったな、エンリの事をエンリさんと言ってしまった。ネムの事もネムちゃんと。親しい間柄でもないのに名を呼んでしまったのは失敗だったなと思いつつ、次からは気を付けようと心に誓った。

 

 その後も、いくつか言葉の遣り取りをしたが、大した情報を得る事はなかった。強いて言うなら、アインズさんのキャラ設定やデス・ナイトの件についてだ。ガゼフも此方の事を疑う様子もなく、対等な立場で、しかし、王を第一に考えた物言いもあったが、それは彼が王に信を置いている証拠でもある。だが、流石にこれ以上、武器を携帯した戦士達と村人達を同じ場所にいるのは気が引けるとなり、落ち着いた場所で改めて話し合おうとなった。それにはアインズさんも村長も同意し、一度村長の家で話をしようと段取りが決まったが、残念ながら、そんな暇はないようだ。

 

 村の外で待機していた戦士の一人が広場に駆け込み、大声で緊急事態を告げた。

 

「戦士長! 周囲に複数の人影。村を囲むように陣を敷いて接近しつつあります!」

 

 村の外で待機していた戦士達。彼等の気配とは異なる気配が複数。この村を囲むように展開し、此方に近付いてくる。予想はしていたが早い。早すぎるな。恐らく、村を襲っていた騎士達とは別の部隊だろう。

 

 それにしても、このタイミングはなんだ?

 

 まるでガゼフがこの村に入るのを見計らったかのようなタイミングじゃないか。そして、村を囲むように陣を敷くこの集団は村に入ったガゼフを逃がさないようにしているようにも見える。いや、これはそう見えるじゃないな。これは……いや、そもそも王国の村々を襲った騎士達の行動も、王国戦士長であるガゼフを狙った作戦だったという事だ。

 

 たった一人の為に村人を虐殺するのが作戦か。王直属の精鋭部隊を指揮する程の人材だ。彼一人を討つ事で、今後の戦争で優位に立つことが出来ると考えれば、帝国側からすれば効率的なやり方なのだろう。

 

 ここ以外にも村を襲っているとなれば、そこに駆け付けたガゼフの部隊も、生き残った村人を保護する為に人員を割く事になるだろう。先程までの遣り取りで、彼の人格なら、危険を冒してでも村人達の為に行動しただろう。その結果が、僅かな兵力で村人を守りながら戦わざるを得ない状況に持ち込まれてしまった。

 

(今の私は王国側の気持ちになっているから酷い事だと思っているんだろうな。でも、帝国側から考えれば、此処で王の懐刀を討つ事が出来れば、帝国側の騎士達の被害が減る。それに、彼等からすれば敵国の、それも、自分達に刃を向けるかもしれない住民だ。国力を落として、働き手を減らして、騎士達の被害を減らすやり方は、きっと彼等にとって正しい事……なんだよな。それでも)

 

 それでも、私は決めたのだ。彼等を守ると。あの娘達を守る為に、身を挺して二人を守ろうとした父親の姿を、私は見たんだ。きっと、アインズさんも……。

 

『アインズさん。少し良いですか?』

 

『……何をするつもりですか?』

 

『必要でしたら配下と一緒に村の周囲を囲んでいる集団の偵察を。恐らくこの集団の狙いはガゼフです。彼がこの村に入ってから、村を囲むように展開しました。帝国側か法国側かは判断できませんが、まず間違いないかと』

 

『タイミングとしてはそうなんでしょうね。彼一人の為に随分人員を割いたものだ。それと、偵察の件ですが……そうですね。今は少しでも情報が欲しいです。お願いしても良いですか』

 

『ありがとうございます。任せて下さい』

 

『その代わり、深追いしない事。自分の身を第一に考える事を守って下さい。村を守りたいという気持ちは分かりますが、優先順位は間違えないでくださいね』

 

『はい。分かりました』

 

『折角守ると決めたんです。守りましょう。この村は俺達ギルド、アインズ・ウール・ゴウンが最初に目をかけた村です。国同士の勝手ないざこざに巻き込むような真似は許しませんよ』

 

『ありがとうございます。でも、良いんですか。今回は村人を守りながらの集団戦ですよ』

 

『それこそ、望むところです。寧ろ、後悔させてやりますよ。俺達が守ると決めた村で、好き勝手しようと考えてる輩には、きついお灸をすえてやりましょう。勿論、彼等からも情報を引き出せるだけ引き出しますけどね』

 

『ははは、それは怖い。アインズさんを相手にする敵が可哀そうに見えてきましたよ』

 

 思わず笑ってしまう。村人からすれば、ガゼフ率いる精鋭部隊とアインズさんがいるとしても気が気ではないだろう。少し前まで騎士に襲われ、続けざまに正体不明の敵が来たかもしれないのだ。その心中を察するところはある。そして、脳裏に浮かぶのは娘達を守る為に凶刃に散った父親の姿。彼が守った娘達は……いや、娘達も含めて、守って見せよう。

 

『では、アインズさん周囲の様子を見てきます』

 

『気を付けて下さいね』

 

『もちろんです。何かあったらすぐに連絡します』

 

 そこで伝言を切ると、隠密に長けた配下と共に行動に移す。村周囲を囲むと言っても、完全に包囲する事は出来ない。それだけの人員を用意するとなると隠密性に欠け、最悪、包囲する前に気付かれる可能性もある。したがって、配置された人員には限りがあり、後は良くて情報系魔法で監視しているくらいだろう。対情報系魔法による功性防壁を張って対策を取っておこう。さぁ、此処からが踏ん張りどころだ。私とアインズさんの、この世界における最初のイベントだ。




GWが終わったので、少し更新速度が落ちるかもしれませんが、頑張って更新していきます。しおりを挟んでくださった皆様、お気に入り登録してくださった皆様、評価してくださった皆様、本当にありがとうございます。凄く励みとなっております。これからも頑張って更新していきますので、感想などもありましたら宜しくお願い致します。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

カルネ村攻防戦ですよ、アインズさん―後編―

 カルネ村を囲むように陣取った正体不明の集団の囲いを抜け、配下と共にぐるりと駆ける。予想通り、数自体は多くない。100人にも満たないくらいだろう。囲いの人員以外に予備の戦力が隠れていないか気配を頼りに探ってみるもこれといった気配はない。私と同等、あるいはそれ以上の実力者であれば、私の気配察知をすり抜けている可能性もある。それを踏まえた上で警戒を怠らぬよう気を付けなければ。

 とはいえ、完全不可視化しているとはいえ、誰一人として私に気付く様子はない。配下達と共に彼等を同時に背後から奇襲すれば、それだけで陣形を崩してそのまま壊滅させる事も出来るかもしれない。

 だが、彼等の動きには一切の無駄がなく、テレビや映画で見た様な軍隊や特殊部隊を彷彿とさせる雰囲気を纏っている。まぁ、映画で見た軍隊や特殊部隊も、あくまで俳優達による演技なので、本物ではないんだけどね。

 装備は皆統一されていて、見た目で判断すれば全員が魔法詠唱者だろう。近接戦に用いる武器は持っていない。装備も軽装だ。そんな彼等が、少ない人数で村一つを囲う様に陣取っているのは、囲いから村人やガゼフ達を逃がさない為の三段なのだろうが、ガゼフが率いる戦士の数が少ないにしても、一点に戦力を集中させれば魔法を掻い潜り、陣形を突破する事は容易だろう。 

(そうさせない為の対策が『アレ』か)

 彼等の周囲に浮かぶモンスター。輝く翼の生えた天使。炎を宿したロングソードを装備した天使達は彼等にとっての前衛、もとい、盾なのだろう。炎の上位天使(アークエンジェル・フレイム)……、確か第三位階の召喚魔法だった筈。私やアインズさん基準だと、この程度の召喚モンスターだったら問題なく対処できる。そう考えると、この世界基準のレベルは私達と比べると初心者クラスのレベルとそう変わらないのかもしれないな。

 カルネ村を襲った騎士達よりも強いが、ガゼフが率いる戦士達と同等か……いや、ガゼフは兎も角、彼が連れてきた戦士達と比べても、魔法詠唱者達の方が強いだろう。戦士→魔法詠唱者→ガゼフといったところか。後は彼等を率いる隊長がどれほどの実力者か、それが分かればこの世界の基準もある程度把握する事も出来るだろう。

 村の周囲を一周した後、特に多くの人員を割いている箇所へ目星を付ける。その中で唯一顔を出している人物、恐らく彼が隊長だ。頬に傷のある男。他の魔法詠唱者達が炎の上位天使を召喚する中で彼だけがもう一段階上の魔法、第四位階の魔法で召喚された天使、安寧の権天使(プリンシパリティ・ピース)を従えている。

(当たりだな)

 隊長が使役している天使が第四位階だから第九位階の完全不可視化の魔法の対策が取れてないと考えられるも、伝言に対する対策まで怠っているとは思えない。不用意に伝言で彼等の情報をアインズさんに伝える事で彼等を警戒させるのは悪手だろう。彼もまた完全不可視化した私達の存在に気付いていない様子。此処は隠密に長けた配下に言伝を任せるとしよう。

 配下を見送った後、意識を集中させ、村の様子を確認する。村の中の気配から察するに、戦士達は何時でも出陣できるよう準備を整えているようだ。後はガゼフの命令次第。

 もし、ガゼフがこの包囲網から脱出する選択をするなら、囲いの薄い箇所を狙うだろう。少なくとも、多めに人員を配置している此処に突撃するとは考え難い。だが、その場合、村人達は彼等によって蹂躙されるだろう。会って間もないが、ガゼフは村人を捨てて逃げ出す様な事はしないだろうが、そうなると、彼が狙いを付ける箇所は……。

 村人を逃がす為に囲いの厚いこの一点に兵力を集中させ、包囲していた魔法詠唱者達を一カ所に集結させた後に、村人達が少しでも遠くに逃げる為の時間を稼ぐ。彼ならそうするかもしれない。最悪、戦士達を数名村人達の護衛に付け、少数で突貫する可能性もゼロではない。

 ただでさえ数でも劣る状況で人員を割く愚考を犯すものなのかと考えるかもしれないが、国民を守る為にこの村を訪れ、アインズが村人を守った事を知るや否や、下馬してまで感謝の意を示すほどの人格者だ。結果として自身の首を絞める事になろうとも、彼ならばそれをやってのけるのかもしれない。

 私達の様に、自分の身を第一に考えるのではなく、自分より弱い立場の者達の為に、自ら矢面に立って行動する事が出来るなんて……そうだな、この感情は羨ましいとかではなく、凄いと思ってしまうんだろうな。

 凄いけど、その行為はあまりにも愚かなものだと。でも、それが彼の信念なら、それを否定する事は誰にも出来ない。そう思いながら言伝を任せた配下の帰りを待ち続けた。


「……そうか、彼はその選択肢を選んだんだね。教えてくれてありがとう。君は元の配置に戻っていてくれ」

 

 言伝を終えて戻ってきた配下からガゼフが部下を引き連れ、敵と正面から対峙する意向を示した事を聞き、深く息を吐いた。予想していたとはいえ、本当にその選択を選ぶなんて……。

 

 それと、カルネ村を包囲している魔法詠唱者達の素性も把握する事が出来た。法国の特殊部隊。六色聖典と呼ばれる部隊の一つらしい。噂程度の情報でしかない為、彼等の力は不明だが、単純な質としては彼等の方が上らしい。

 

 カルネ村に意識を集中させると、ガゼフと戦士達が此方に向かって突撃する準備を整えている。間もなく、ガゼフと六色聖典が一戦交える事になる。アインズさんは動かない。先ずは相手の戦力を分析するのが先だろう。私の情報も踏まえた上で。

 

 此処で分析するのは、ガゼフ達戦士達の戦力をはかる兼ね合いもある。先ずはこの世界の各国の戦力をはかる。王国の王直属の戦士長。そして彼が率いる戦士達。そして六色聖典。ガゼフは王国の懐刀だ。生半可な戦力を投入している筈はない。手持ちの最高戦力かそれに近いレベルの人材を派遣しているに違いない。

 

(最悪、他の六色聖典も動いているとみて行動した方がよさそうだな。あり得るとしたらやっぱり情報系の部隊と隠密系の部隊か? 隠密系は兎も角、情報系の部隊だったら、私の知覚外から覗き見する事は可能。対情報系魔法を張ってて良かった。何かあっても法国に情報が洩れる事は無い筈)

 

 アインズさん自身、何かしらの対策は取っているだろう。最悪、私とアインズさん、両方の対情報系魔法による功性防壁が作動する可能性もある。その時は申し訳ないけど、ご愁傷様という事で。

 

 そんな事を考えていると六色聖典が動き出した。ついにガゼフが出撃したのだろう。カルネ村を囲っていた他のメンバーに合図を送り、一箇所に集まって迎え撃つらしい。果たして、炎の上位天使を前衛とした魔法詠唱者達を前に、まともな遠距離攻撃の術を持たないガゼフ達がどう仕掛けるか、その手並みを拝見するとしよう。

 

 

 

 

 

 

(と、思ってはいたけど、まさかこれ程とは……)

 

 結果だけで言うと、ガゼフ率いる戦士達は、まともに六色聖典を相手にする事が出来ず、防戦一方のまま、戦士達は皆倒れ、ガゼフもまた満身創痍の状態で六色聖典と向かい合っていた。

 

 馬の機動性を活かし、一気に肉薄せんと突撃する戦士達。唯一の遠距離武器となる弓で矢を射かけたが、魔法によって強化された防具に弾かれ、大した成果も得られず、代わりに精神操作系の魔法を馬にかけられ、ガゼフ達にとっての唯一のアドバンテージだった機動力すらも奪われた。中には動揺した馬から落馬し、負傷した者が天使達の攻撃によって倒される始末。

 

 天使と戦士達の実力はほぼ拮抗状態ではあったが、倒されても再召喚出来る天使と、生身の人間とでは、物量作戦に持ち込まれれば決定は目に見えていた。その中でも、ガゼフだけは多くの天使達を屠る健闘を見せたのだが、快進撃はそこまでで徐々に体力を消耗していき、力尽きてしまった。

 

 それでも、ガゼフは最後までよくやったと思う。少なくとも、ガゼフと六色聖典のメンバーが一対一で戦っていれば勝敗は変わっていた。一人の戦士として、王国の王直属の戦士長の肩書を許された彼の実力は、この世界において最高クラスなのだろう。だが、個人として最高クラスでも、集団戦で、しかもまともに接近する事すら許されず、多方から魔法による妨害を受け続ければ、格下相手でも勝利を掴むのは厳しいだろう。

 

 そして何より、ガゼフの装備が問題だ。はっきり言って、今のガゼフの装備は、彼の実力を考えると、あまりにも貧弱すぎる。他の戦士達の様に、各々で扱いやすいように改良されたものとは違い、間に合わせの装備をしてきたような感覚だ。村々を荒らしまわる賊の討伐に、本来の装備は必要ないと判断したのか、それとも別の要因か、それは定かではない。此処で問題なのは、ガゼフの力が十二分に発揮できなかったという所だろう。彼本来の装備で挑んでいれば、結果は変わっていたかもしれない。

 

 とはいえ、これはたらればの話だ。仮に、ガゼフが本来の装備で挑んだとして必ずしも彼等に勝利するかと言えば、まだ判断がつかない。ただ、それ以外の件について色々と新しい情報を手に入れる事が出来た。

 

 一つはガゼフが天使達に用いた技。『武技』なる存在。これはユグドラシルには存在しないものだった。此方のゲームの世界で言う特殊なスキルの様なものだろうか。武技の使用中、一時的にではあるが、ガゼフの身体能力が上がっている事は確認した。攻撃においても『六光連斬』なる武技は、六体の天使を同時に斬るという、普通の人間では不可能な荒業をやってのけた。これらはとても興味深い代物だ。きっとアインズさんも武技なる特殊スキルについて研究する必要性をみいだすだろう。

 

 そしてもう一つ、この世界の住人の実力者達のレベルがある程度判別したのは僥倖だった。ガゼフ率いる戦士達がレベルにして20以下。六色聖典のいずれかに所属している魔法詠唱者達がレベル20前後。そして、ガゼフと隊長格の魔法詠唱者のレベルがほぼ同等でレベル30以下といった所だ。

 

 一般的な兵士のレベルが10前後、そしてそれ以上の実力者が20前後、別格なのが30前後といった所だろう。彼等だけで判断しているからこれが絶対ではないし、種族や職業、装備の関係で優位性も異なってくるだろう。後は六色聖典側で特別なマジック・アイテムを所有しているかどうか、それさえ分かればよかったが、流石にそれは欲張りすぎというものだろう。

 

 だが、準備は整った。配下達の知らせでアインズさんが動くと分かった。ガゼフ達がヘイトをかった事により、カルネ村を囲んでいた六色聖典のメンバーが一箇所に集まっている。彼等以外に伏兵の存在は確認できない。実力もある程度把握した。

 

(アインズさんが……動く)

 

 それと同時に、先程までガゼフがいた場所に、別の二人が出現する。マジック・アイテムによって互いの位置を交換するマジック・アイテムを使用したのだろう。対峙するアインズさん、アルベドと六色聖典の魔法詠唱者達。突然の事に動揺が走るが、隊長格の魔法詠唱者がそんな彼等を制し、睨み合っている。

 

 そんな彼等の姿を見て、私はそっと口角に指を這わせる。知らず知らずの内に吊り上がった口角。あぁ、私は今、笑っているんだ。不謹慎な筈なのに、私は今、笑っている。脳裏に浮かぶのはかつての記憶。かつて私がユグドラシルで異形種狩りにあっていた時、救いの手を差し伸べてくれた彼等の姿が思い浮かぶ。まだアインズさんがアインズ・ウール・ゴウンではなく、別のギルドの名称で活躍していた時、彼等と対峙したプレイヤー達の姿が六色聖典と重なる。あの頃と変わらないアインズさんの姿に、私は懐かしさのあまり、笑ってしまったのだ。

 

―三人称視点―

 

「……何者だ。貴様は。ガゼフ・ストロノーフは何処だ?」

 

 隊長格の男が、油断なくアインズに問い掛ける。

 

 アインズは隊長格の男の言葉を無視し、礼儀正しくお辞儀をすると自己紹介を始めた。

 

「始めましてスレイン法国の皆さん。私はアインズ・ウール・ゴウン。アインズと親しみを以って呼んで頂ければ幸いです。そして此方がアルベド。私の従者です」

 

 先ずは名を名乗り、そして改めて先程の隊長格の男の質問に答える。

 

「ガゼフ・ストロノーフは転移の魔法でカルネ村に戻しました。今、村長達が彼と彼が率いる戦士達の手当てをしている事でしょう」

 

 その言葉に、ガゼフの他に戦士達もその場からいなくなっている事に気付いた魔法詠唱者達から声が漏れ出る。

 

 転移の魔法は位階魔法の中でも上位に位置する。一人だけならまだしも、あれだけの数の人数を一度で転移させたとなると、目の前の人物が、如何に強力な力を秘めた魔法詠唱者か、同じ職業を修めた者なら直ぐに理解出来ただろう。

 

 少なくとも、自分たち以上の力を秘めている可能性がある。もしかしたら隊長以上の……。その動揺が緩やかに広がるのを感じた隊長格の男は鼻を鳴らして後方に控える魔法詠唱者達を諫めた。

 

「余計な事を。奴に雇われて助けたのだとしたら無駄な事だ。此処で確実に奴の息の根を止めねばならぬ。邪魔をしないというなら見逃してやってもいいぞ」

 

「ほぉ、それはなんとも寛大な御心を。それで、私達は兎も角、村人はどうするおつもりで?」

 

「無論殺す。私達の存在を知られた以上、生かしておく理由はないからな」

 

「……ほぉ、そうですか」

 

 瞬間、隊長格の男は、自身の失言を理解し、後悔した。目の前の人物は言葉遣いこそ変わらなかったが、彼が纏う雰囲気ががらりと変わったのだ。

 

「ははは、本当に、本当にいい度胸をしている。お前達は私達が手間をかけてまで救った村人達を殺すと公言した。これ程不快な事はない」

 

(な、なんだ……なんなのだこの男は。何か嫌な……嫌な予感がする)

 

 額から汗が滲み出る。この感覚はなんだ?

 

 隊長格の男、ニグン・グリッド・ルーインはこれまで多くの任務を遂行してきた男だ。多くの死地を乗り越え、多くの部下を従え、多くの経験を積んできた実績がある。

 

 それ故に、アインズから発せられる気配に、そして後ろに控えていたアルベドから発せられる殺気に、ニグンは気付いてしまった。目の前の人物は、自分よりも遥かに格上の人物であると。

 

 だが、飲み込まれてはいけない。自身に課せられた任務を遂行する事により、人類が救済されると信じているニグンにとって、予想外の事態に巻き込まれたと判断しながらも、任務を優先しなければという思いに駆られ、平静を装いつつ、口を開いた。

 

「……不快とは大きく出たものだ。だが、その言葉も一理ある。此方の事情があったとはいえ、救った村人を殺すと言われれば確かに不愉快というものだ。だが、此方にも事情がある。ガゼフ・ストロノーフの抹殺は私達の優先事項なのだ」

 

 そこでだ、と。言葉を選ぶように、あくまでも冷静を装いながら、ニグンは恐怖を押し殺し、アインズに提案した。

 

「先程の村人を殺す……という発言を撤回しよう。目的はあくまでガゼフ・ストロノーフ唯一人。彼を此方に渡してくれれば、他の者に手は出さないと誓おう。どうだ?」

 

 後々の遺恨は残るだろうが、これがニグンにできるギリギリの妥協案だった。この案が通り、ガゼフの引き渡しに応じ、任務を遂行したとしても、本国に戻れば糾弾されるだろう。現に、後ろに控える部下達もニグンの提案に動揺している。素性を知られた以上、生かしておいては国家間の問題になる。そうなれば、人類救済を国の定義としている法国の理念に背く行為だと、自国の民からも糾弾されかねないからだ。

 

(仕方がないだろう。何故分からんのだ。アインズ・ウール・ゴウンとかいう男もそうだが、後ろにいる従者……アルベドといったか、奴もまたアインズと同等かそれ以上の殺気を放っているのだぞ)

 

 油断すれば……いや、最悪、瞬きする間もなく間合いを詰められ殺されてしまうのではと思う程の殺気を放つアルベドに、ニグンは何故、自分の部下達が気付かないのだと疑問に思った。

 

 それもそのはず、アインズは兎も角、アルベドはニグンにのみ殺気を放っていたからである。成り行きとはいえ、アインズとジンクスが守ると宣言した村人達。アルベドにとっては虫けらに等しい存在ではあるのだが、それでも守るとアインズとジンクスは宣言したのだ。ならば、守護者統括である自分も、アインズ達の意向に従わない理由がないのだ、何より、遠目で見た、アインズとジンクスの、この村を守ると決定した時の互いの表情が忘れられなかったのだ。

 

 だからこそ、ニグンの不用意な発言は、アルベドの逆鱗に触れてしまったのである。

 

(どうしましょう。今すぐにでもあの虫けらをミンチにしてその辺の肥やしにでもしたいのですが……でもでも、勝手な事をしたらアインズ様のご迷惑になるし、きっとジンクス様もそれを望まない筈。あぁ、でも、一回だけ、一回だけなら本気で叩き潰しても良いのではないでしょうか?)

 

 巨大な斧頭を持つ武器、バルディッシュを握る手が自然と強くなる。これを虫けらことニグンの頭に叩き付ける事が出来ればどれほど爽快かと思いながら、主であるアインズの返答をじっと待つ。

 

「成程、つまり、ガゼフ・ストロノーフさえ引き渡せば、私達の事も見逃すし、村人達の事も見逃す。最悪、ガゼフ・ストロノーフが引き連れた戦士達も見逃しても構わないと、そう言いたいのですね」

 

「そ、そうだ。それに、もしもアインズ……殿がガゼフ・ストロノーフに雇われた冒険者や傭兵だったのなら、提示された報酬の倍以上の報酬を約束しよう。どうだ?」

 

 此処まで譲歩したのだ。どうか乗ってくれと。縋る様な思いで提案するニグンだったが、アインズの返答は残酷なものだった。

 

「はっはっは、確かに条件としては悪くないだろう」

 

「っ! ならば……」

 

「だが、私は彼の事を気に入っていてね。村を守った私達に感謝し、最後まで礼儀を尽くしてくれたのだ。その礼儀に応える程度の良心は弁えているつもりなのだよ」

 

「っ……ぬ……ぐぅぅ」

 

 交渉が決裂した事を悟り、呻き声を漏らすニグン。自身に出来る最大限の譲歩を蹴られた以上、アインズと対立するしか道がない。ニグンは『ならば』と静かに手を上げ、部下達に指示を送った。

 

「ならば、仕方がない……天使達を突撃させよ!」

 

 その命令と共に、召喚された天使達がアインズに殺到する。後ろに控えるアルベドに動きはない。

 

 何故だ? 奴はアインズの従者ではないのか。従者であれば主の前に立ち、天使達の攻撃から主を守る筈。なのに何故……。

 

 それとも、何か作戦があるのかと思考を巡らせるニグンを他所に、炎の上位天使達の剣が、吸い込まれるようにアインズの身体を串刺しにした。

 

(やったのか! もしや奴ら、はったりで私達を欺こうと……っ!!!!)

 

 嫌な予感が唯の勘違いで、呆気なく終わったのではと安堵した瞬間、それが間違いだと気付く。天使達に貫かれたはずのアインズが、両手で一体ずつ、天使の頭を掴み、その握力を以って天使の頭蓋を粉砕したのだ。

 

「ば、バカな……そんな事がありえるというのかっ!」

 

 ガゼフ・ストロノーフでさえ、武技による強化で漸く両断できた天使の肉体を、己の力のみで頭蓋を砕いたアインズ。もしやアインズは見た目に反して戦士職を修めているというのだろうか。それも、ガゼフ以上の力の持ち主。だが、如何にガゼフ以上の力を有しているとはいえ、正面から複数の刺突に身体が耐えられる筈が無い。にもかかわらず、アインズは天使の一体一体を丁寧に掴んでは握りつぶすという荒業をやってのけたのだ。

 

「そ、そんな!」

 

「あり得ない!」

 

「何かのトリックに決まっている!」

 

 召喚した天使が一方的に消滅した事をきっかけに、部下達は半狂乱に陥りながら闇雲に魔法を詠唱し始めた。

 

 ありったけの攻撃魔法。精神魔法。拘束魔法。様々な魔法を行使し、少しでもアインズにダメージを与えようと試みたが、それら全てを意に介する事無く、平然と立ち続けるアインズに、ニグンは全身から噴き出す汗を止める事が出来なかった。

 

(バカな……バカなバカなバカな! なんなのだ奴は! 本当に、本当に人間なのか!)

 

 炎の上位天使の攻撃も、部下達の魔法攻撃も通じない。悪夢を見ているかのようだ。呆然と立ち尽くすニグンだったが、唯一残された自身の天使、安寧の権天使に突撃するよう指示を送る。天使の持つ巨大なメイスがアインズを襲うが、アインズはそれすらも片手で受け止め、お返しと言わんばかりに、見た事もない魔法で安寧の権天使を一撃で屠って見せたのだ。

 

 これにはニグンのみならず、部下達からすれば絶望以外に何もない。

 

「う、うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

 その中の一人が魔法も天使達の攻撃も通じないというのにスリングを取り出し礫を放った。意味のない攻撃、だが、もしかしたらという安易な気持ちがうっすらと脳裏に浮かびあがると同時に、礫を放った部下の頭部が文字通り弾け飛んだ。

 

「……え……は?」

 

 脳漿をぶちまけ、崩れ落ちる部下に、ニグンは間の抜けた声を漏らす。ぎこちない動きでアインズの方へと目を向けると、先程までアインズの後ろに控えていた筈のアルベドが前に出て、身の丈ほどもある巨大なバルディッシュを振るった形跡があり、礫が打ち返され放った部下の頭部を破壊したのだと理解した。

 

「…………」

 

 勝てない。勝てる要素が見当たらない。実力の差がありすぎる。その事は部下達も漸く理解したらしい。殆どの部下が戦意を損失し、膝を屈している。敵を前に何をしているかと、昔の自分なら叱責していただろう。だが、彼等の気持ちはニグン自身が誰よりも理解していた。理解していたからこそ、ニグンは、最後の切り札を切る時だと決心した。

 

 これが通じないのであれば、それこそ世界の終わりだ。

 

 そんな思いを胸に、ニグンはあらん限りの大きな声で部下達に最後の命令を下した。

 

 震える身体を必死に抑え、懐からクリスタルを取り出す。かつて200年前に世界中を暴れ回った魔神を屠ったとされる天使が封印されたクリスタル。自分達で叶わないのなら、かの天使に力を借りる他ない。

 

「最高位天使を召喚する! 少しでも良い! 時間を稼げ! 時間を稼ぐんだ!」

 

 ニグンが取り出したクリスタル、魔法封じの水晶を視認したアインズは、それと同時にジンクスから繋げられた伝言に『えっ』と声を漏らした。その事を知らないニグンは、アインズの声を聴いて勝機を感じたのだろう。かつて世界を荒らした魔神を屠った天使を召喚するのだ。その存在を知らないとしても、自身が召喚していた天使達よりも遥かに格上の天使を召喚すると明言したようなものだ。

 

(やれる……やれるぞ! 最高位天使さえ召喚する事が出来れば、あの化物を……)

 

 勝機を見出し、二ッと笑みを浮かべるニグン。しかし、次の瞬間、部下達の悲鳴にも似た叫び声が周囲から木霊した。

 

「ニ、ニグン隊長! お逃げ下さい!」

 

 悲痛な叫び声が木霊すると共に、自身を覆う程の巨大な影が出現した。

 

「……え?」

 

 何事かと振り返った瞬間、ニグンの目の前に、自分の身の丈以上の巨大な獣が、牙の生え揃った大きな口を限界まで開け、ゆっくりと迫ってくるではないか。

 

(え、なんだ? 何が起こ……え? なんで急にこんな……え、え……なんで……)

 

 何が起きているのか、ニグンは理解出来ないまま、ゆっくりと近付く獣の口に上半身が飲み込まれた。

 

『アインズさん、取り合えず敵を制圧しましたよ』

 

 ニグンを口に咥えたフガフガと動かす獣ことジンクスに、アインズは思わず頭を抱えた。ニグンもニグンで、自身が獣に喰べられかけていることに気付いたのか、ジンクスの口の中で絶叫を上げてバタバタと慌てふためいている。その際、手に持っていた魔法封じの水晶を落としてしまい、それがジンクスの前足の前にコロコロと転がり、それをアインズの方目掛けて蹴飛ばした。

 

 少し時を巻き戻すと、ニグンが魔法封じの水晶を取り出し、最高位天使を召喚すると明言した瞬間、完全不可視化の状態で待機していたジンクスがアインズに伝言を飛ばすと共に人狼の姿から狼の姿に変化し、ニグンの背後を強襲したのだ。

 

『アインズさん、申し訳ないですけど、隊長格の男を無力化します』

 

 その伝言を受け取ったアインズは、返答を待たずにニグンの背後に忍び寄ったジンクスに『えっ』と声を漏らしたのだが、それをニグンが最高位天使を召喚する事に対してアインズが驚いたものと解釈、勝利を確信した瞬間、姿を現したジンクスに周囲の部下達が気付き、ニグンに逃げるよう叫んだが、その言葉に反応出来るはずもなく、そのまま無抵抗のまま上半身を噛み付かれた状態に陥ったのだ。

 

 とはいえ、ジンクスもニグンをそのまま喰い殺すつもりはないのだろう。あくまでも口をモゴモゴさせるだけで出来るだけ歯を立てない様に気を付けながら、所謂『甘噛み』を続けている。

 

「……っ! あぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!! 嫌だ嫌だ嫌だ嫌だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

 漸く、状況を飲み込んだのだろう。口の中で絶叫を上げるニグンの声が半開きとなったジンクスの口や鼻から漏れ出て酷い事になっている。ニグンの部下も、突如出現した狼姿のジンクスに腰を抜かして唯々呆然とする始末。そしてアインズは頭を抱えながら首を左右に振って、『何をしているんですかジンクスさん』と伝言を送る。

 

『だって、最高位天使を召喚するって言ったんですよ。流石にそれは許容できません。下手に切り札を切られて不利な状況になる必要はないじゃないですか』 

 

『それはまぁ、そうなんですけどねぇ。ほら、折角彼等も、今から俺達凄い天使召喚するぜってなってたのに、いきなり背後から噛み付かれたら……ほら、可愛そうじゃないですか?』

 

『あぁ……それは……あはは、アインズさん、もしかして私、タイミングが悪かったですかね?』

 

『そうですねぇ、彼等の切り札にも興味がありましたけど、それはまぁ、今から調べるとしましょう』

 

 足元に転がってきた魔法封じの水晶を回収したアインズは、アルベドに残りの魔法詠唱者達を無力化するよう命じると、手に入れた水晶を道具鑑定してみると、その結果に思わずため息を漏らした。

 

『ジンクスさん、これ、最高位天使って言ってましたけど、威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)でしたよ』

 

『え、熾天使級(セラフクラス)じゃなくて主天使なんですか?』

 

『ですねぇ、熾天使級だったら警戒する必要がありましたけど、よくよく考えれば、この世界では第三位階や第四位階で相応の実力者認定ですから、ちょっと警戒しすぎたのかもしれません』

 

『うわぁ……なんか、悪い事してしまいましたね』

 

『ですねぇ』

 

 そんな遣り取りをする中、陶器が砕けるような音と共に空が割れ、すぐさま何事もなかったように元の状態へと戻った。

 

『……あれは』

 

『誰かが情報系魔法を使って監視しようとしたみたいですね。対情報系魔法は張りましたか?』

 

『勿論です。アインズさんは』

 

『ばっちり張りました。今頃、功性防壁で大変な事になってるでしょうね』

 

『私とアインズさん、同時に張った功性防壁ですから……ちょっとした惨事になってるかもですね』

 

 恐らく、法国の人間がニグン達の事を定期的に監視していたのだろう。偶々、アインズとジンクスの両名が功性防壁を張った状態で待ち構えていたので、二人の攻撃魔法が同時に発動し、今頃法国は大変な事になっているに違いない。

 

「アインズ様、ジンクス様。残党の処理、完了いたしました」

 

 そして、アインズとジンクスが他愛のない会話をしている間にも、アルベドが戦意を完全に損失させたニグンの部下達を制圧。周囲に伏兵がいない事を確認した上で二人に報告する。彼女の足元に転がる魔法詠唱者達を一瞥し、一区切りついたと安堵の息を漏らす。未だに口の中でニグンが悲鳴を上げながら暴れているけど問題ない。彼もまた錯乱して完全に戦意を損失している。ちょっと牙を立てただけでより一層大きな悲鳴が上がるので気を付けてはいるが、そろそろ調整するのも面倒になってきたジンクスが、口を開いてニグンを解放した。

 

 地面にどさりと落ち、上半身がジンクスの涎でべったりとなったニグンは、暫く呆然とした様子で辺りを見渡した後、両手で顔を抑えて嗚咽を漏らし始めた。泣かせてしまった。それも、完全に心が折れた状態で体裁も何もなく、泣き続けるニグンに、ジンクスはアインズに『やりすぎましたか?』と伝言で問い掛け、アインズも『まぁ、仕方ないですよ』と、カルネ村や他の村の襲撃や国の要人暗殺未遂、他にも余罪がありそうな彼等に慈悲は無用とし、取り合えずニグン達をナザリックに連行するよう配下に命じた。

 

 これで本当に終わった。カルネ村の住人は無事。ガゼフとガゼフ率いる戦士達も負傷してはいるが何とか無事だ。アインズとしてはニグン達を相手に、もう少し調べたい事があったが、何事も不測の事態はつきもの。そう考えて納得する事にした。

 

「では、一度カルネ村に戻るとしよう。村長にもガゼフ・ストロノーフにも、彼等が撤退した旨を伝えなければならない」

 

「ですね。私は不可視化で周辺の警護をしていますので、宜しくお願いします」

 

「あぁ、了解した。では行くぞアルベド」

 

「はい、アインズ様。それでは失礼します。ジンクス様」

 

 不可視化してその場から離れるジンクスと、アルベドと共にカルネ村に戻るアインズ。

 

 カルネ村攻防戦は、アインズ達ナザリックの勝利に終わった。無論、この後の処理は沢山残っている。

 

 法国と王国、そして帝国の関係。特に今は法国の動向に注意する必要がある。始めにカルネ村を襲った騎士達が法国に所属する者なのか、それとも帝国所属の兵士なのか定かではないが、ガゼフを襲ったニグン達魔法詠唱者は、法国の特殊部隊の六色聖典と思われる。彼等が消息を絶った事と、情報系魔法で監視しようとした人物が法国の人間であれば今回の件で別動隊が動く可能性がある。村長に今回の事を報告した後、ナザリックに戻れば今後の対策を取らなければならない。その時はアルベドやデミウルゴスの知恵を借りて防衛網を構築してもらおうと、アインズとジンクスはそう思いながらカルネ村へと戻っていった。




ー生存ルートまとめー
・エンリ・エモット
生存ルート:原作通り、ジンクスのその場しのぎの嘘(旅人設定)を察し、自身の持ってる情報を提示。魔法の事や友人の薬師の情報など、原作よりも早い段階で有益な情報を手に入れた。

・ニグン・グリッド・ルーイン
生存ルート(仮):原作と違い、アインズ(主にアルベドの殺気)の発する気配をいち早く察し、自身の失言に対する訂正と妥協案を提示、提案した上で交渉が決裂した為、戦闘になるも、切り札を使う前に無力化された点がかなり大きい。尚、アルベドからの評価は最悪だが、アインズに直接の被害(傷)をおわせてないのでギリギリセーフ判定。心がへし折れた後のガチ泣きはアインズとジンクスの両名に同情する余地を残した。スリング使った部下は…タイミングが悪かったのだ。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

楽しい交渉術 その1

前回の更新から遅くなってしまい申し訳ありません。
少し短いのでその1としています。


 カルネ村からナザリックへ帰還してから少しして、私はアインズさんと一緒に、村を襲撃した六色聖典に属する魔法詠唱者達の件で話し合う事になった。

 

 アインズさん曰く、情報を吐かせるだけ吐かせて、後は彼等を素材として有効活用しようという案が出て、私は私で、今後、法国と対峙する上で必要な手札になるのではという意見で、そこから互いに納得がいく形になるよう擦り合わせていく事となった結果、アルベドによって頭部を失ったスリング君(仮名)は素材にする事が決定。アインズさんの魔法で人間の魔法詠唱者からアンデットのデス・ナイト君にジョブチェンジする事になった。

 

「そういえばアインズさん、彼等の事調べていたら呪いにかかっているみたいでしたよ」

 

「呪いですか?」

 

「はい、詳しくは調べられなかったんですけど、あの時の状況を考えると、あまり碌なものじゃないんじゃないですか?」

 

「あぁ……証拠隠滅的な感じですかね」

 

「だと思います。どうしましょう。彼等の情報は出来るだけ多く欲しいので、解呪しておきましたけど」

 

「そうですね、もしも対情報魔法みたいな呪いだったら此方も被害が出る可能性がありましたから、問題ないと思います。ただ、低位の蘇生魔法で復活できるか実験したかったですが、それはまた今度にしておきましょう」

 

 などと、他愛のないやり取りをしながら、取り合えず六色聖典のいずれかに所属しているであろう隊長さんは無事に生存ルート。やったね。

 

 後、情報収集に関しては適任がいるんだけど、彼女(彼)?が頑張ると、最悪死人が出るかもだから別の誰かが代わりになる必要がある。この事を頼めるとしたら守護者の中でも頭脳明晰な設定のアルベドかデミウルゴスが適任だろう。パンドラもありと言えばありだけど、多分、アインズさんが『ダメ!』の一点張りでこの案は通る事はないだろう。他の子達だと情報を聞き出す前に殺しちゃいそうだし、守護者以外の子だったら……あぁ、恐怖公とかもありかもしれないな。

 

 でも、彼等は特殊な訓練を受けているだろう部隊の筈だ、肉体的なダメージで情報を吐き出す可能性は低いかもしれない。此処は一つ精神支配の魔法でもかけた方が……いや、きっとその手の魔法に対しても耐性があるかもしれない。。

 

 此処は一つ、肉体的なものでも魔法によるものでもない、相手の心に訴えかけるような手段を用いる必要があるのかもしれないな。

 

「所でアインズさんは、彼等からどうやって情報を引き出すつもりですか?」

 

「え、ニューロニストにお願いしようと思ってますけど。ジンクスさんは他に何か案があるんですか?」

 

「勿論です。相手は特殊部隊。きっと肉体的な拷問を受けても耐える筈です。此処は一つ、彼等の心に訴えかける方法が良いと思うんですよ」

 

「ほぉほぉ、それで、その案というのは?」

 

「先ずはですね……」

 

 そして私は、モモンガさんに作戦内容を話した。話を聞いた後、アインズさんがちょっと可哀そうな目で私の事を見ていたけど、一体どうしてだ?

 

 

 

 

 

―ナザリック 地下牢 ニグン視点―

 

 場所は変わってナザリック地下大墳墓内にある何処かの地下牢。そこに収容される事となった陽光聖典のニグンと彼の部下達は、装備を全て奪われた状態で身を寄せ合って震えていた。

 

(何故だ……何故こうなってしまったんだ)

 

 悪夢としか言いようがなかった。ガゼフ暗殺の命を受け、多大な時間をかけた計画の最終段階まで持ち込み、あと一歩のところで任務を達成できると、そう思っていた。しかし、気が付けばたった一人で対峙するガゼフの代わりに奇妙な魔法詠唱者と全身鎧が入れ替わる様に現れ、任務の妨害にあったのだ。

 

 最初は何処かで雇われた傭兵の類だろうとたかをくくり、二人諸共抹殺しようと考えたのが運の尽きだった。彼等から発せられる気配、それに気付いたニグンは、彼等と交渉し、それが決裂した事によって交戦となった。天使達の一斉攻撃、それを魔法詠唱者は平然と受け止め、更にガゼフ率いる戦士達ですら苦戦を強いられる天使達を一掃。それを見て恐怖に駆られた部下達による一斉攻撃すらダメージを受ける様子がなかった。最後の切り札にと、魔法封じの水晶を取り出し、最高位の天使を召喚しようとした所で記憶が途絶え、気が付けば囚われの身となっていたのだ。

 

 目が覚めた時の部下達の反応から察するに、相当痴態を晒してしまったらしい。不安なのは皆も同じ筈なのに、部下達から慰めの言葉を一身に受けた時はどう対応すればいいのか分からなかったくらいだ。必死にあの時の事を思い出そうとしても、何故か霧がかったようにその時の記憶が曖昧となり思い出す事が出来ない。なんだか、暗くて狭い所に閉じ込められた上に、身体の所々に妙に尖った硬い何かが当たってチクチクしたような痛かったようなよく分からない感覚や閉じ込められた状態で身体を大きく揺さぶられたような……ダメだ、思い出せない。きっと何かしらの魔法……精神系の魔法を受けてしまったのだろう。そうに違いない。錯乱状態となってしまった私を見たからこそ、部下達は私の安否を気にしているのだろう。全く、部下達には見苦しい所を見せてしまったかもしれないな。もしも無事に此処から逃げ出す事が出来たら食事でも奢ってやろう。折角だ、奮発して高い酒も振舞おうじゃないか。

 

 とはいえ、此処に閉じ込められてからそれなりの時間が経った筈だ。にも関わらず相手から何のアプローチも無いとはどういう事だ?

 

 捕らえたは良いが、別件で此方に手が回らないか、想定外の何かが起こっているのか。楽観的な考えは良くないが、ただ此処でじっとしているにしても、今の部下達の様子では、いざという時に動けませんでしたでは目も当てられないな。

 

「皆、聞いてほしい」 

 

 私の声に、部下達が顔を上げる。酷く怯え切った顔だ。仕方がない。少し仰々しいかもしれないが、それで少しでも士気が上がれば儲けものだ。鉄格子を背景に立ち上がり、皆の視線を一身に浴びる。

 

「確かに我々は敗北した。こうして牢に閉じ込められ、装備も奪われ、国に助けを求める事も出来ない」

 

 状況は絶望的だ。だが……。

 

「だが、此処で全てを投げ出し、諦める事は許されない。我々はまだ戦える。戦えるのだ。我々人類は、諦めなかったからこそ亜人蔓延る世界の中で生き残り続けてきたのだ。無論、我々だけの力ではない。我らが信仰する神々の恩恵があったからこそ、人の歴史を残し続ける事が出来たのだ。信仰を胸に、我々は戦い続けなければならない。幾千、幾万の敗北を重ねようと、戦い続ける限り、我々人類に負けは『へぇ、面白い話をしているね。演説と言っても良いのかな?』……」

 

 戦い続ける限り、敗北はあっても負ける事はない。そう言いかけた刹那、背後から生暖かい息が吹きかけられた。ゾワリと背筋が凍りつく感覚と共に、部下達が悲鳴交じりの声を漏らして後ずさりしている。

 

 嘘だろ……このタイミングで?

 

 ごくりと唾を飲み込み、ゆっくりと振り返る。

 

「こんにちは。折角演説をしているところ悪いんだけどさ、君とお話をしに来たんだよね」

 

 そこには、にこやかな笑み?を浮かべているであろう、人語を解する獣がそこにいた。

 

 

 

 

 

―ジンクス視点―

 ちょっと驚いたな。カルネ村で大分心が折れてたみたいだから、まだ復活するのは先と思っていたけど、あぁして演説する程度には回復していたみたいだ。これは僥倖。ニグンも部下達も気付いてないみたいだからアインズさんに耳打ちした後、獣人から獣の姿に変わって、完全不可視化の魔法で姿を消した状態で牢屋に近付いてみた。

 

「こんにちは。折角演説をしているところ悪いんだけどさ、君とお話をしに来たんだよね」

 

 その結果、最高のタイミングで声を掛けたら凄い形相をして固まっている。お、顔色がどんどん悪くなっていく。何かを思い出したように口をパクパクさせながら何か言って……

 

「アァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ‼‼‼‼」

 

 びっくりするくらい甲高い悲鳴を上げた後、部下達と一緒に壁際まで一気に後ずさって行っちゃった。マジですか。先程幾千幾万敗北を重ねようと戦い続ける限りって言いかけてたじゃないですか。即落ち2コマですよ。どこぞの魔と戦う忍か何かですか?

 

「ヒィ……ヒィ……お、お前は……あの時の……」

 

「はい、あの時の狼です。少し前ぶりですね。私はジンクスと申します。折角ですし、親しみを込めてジンクスと呼んで頂けると幸いです。えぇ、くんとかさんとか、様みたいな他人行儀ではなく、ジンクス……と、呼んで頂けると、とてもとても幸いです」

 

 仕事で培った営業スマイルも、此処では通用しないようだ。それもそうか、あれはあくまで人対人で成り立っている。獣対人では成り立たない代物だ。仕方がないので獣人の姿に戻ってみると、先程と違って、少しは気持ちを落ち着かせたのか、恐る恐る此方を窺う様子に、私は改めて話しかけた。

 

「さて、この姿であれば多少は宜しいかな? では、改めて、私の名はジンクス。此処、ナザリック地下大墳墓の主、アインズ・ウール・ゴウンを守護する者です。以後、お見知りおきを」

 

「ア、アインズ……ウール……ゴウン」

 

「えぇ、カルネ村で貴方がたと対峙した魔法詠唱者こそが私達の主、アインズ・ウール・ゴウンです。あぁ、そういえば、私はまだ、貴方の名を知らないままでしたね」

 

 そう言うと、ニグンはさっと顔を蒼褪めながら、捲し立てる様に自身の名を明かした。うんうん、ニグン・グリッド・ルーインさんね。漸く彼の名前が分かった。

 

「それではニグンさん。先程、私は貴方とお話がしたいと言いましたが、宜しいでしょうか?」

 

「お話……ですか?」

 

「はい、とても大事なお話です。何せこれからお話しする内容は……」

 

 貴方がたが所属するスレイン法国と私が所属するナザリック地下大墳墓間における、国対国に対する大事なお話ですから。

 

「国対国……だと」

 

「えぇ、まぁ、これからその件でお話しする前に、色々と貴方がたにはお話ししておかないといけない事が多々ありますので、要点だけでもご理解して頂けると幸いです」

 

 大仰な事を言ったけど、私は一般市民であり、その手の話題に関わる事のなかった私にとって、政は全然からきしなんだけどね。

 

 それでも、国同士の問題と聞いて、ニグン達は顔を蒼褪める蒼褪める。やっぱり、国のお抱え特殊部隊にとって、国の要人であるガゼフを暗殺する事自体相当問題があったから隠密に行動していたんだろうね。

 

 そんな彼等に、話を進める。

 

 曰く、ナザリック地下大墳墓は遥か昔からこの地に根付いていた。

 

 この地は元々ナザリックの主であるアインズのもの。

 

 許可なく開拓地として移り住むカルネ村の住民達の事は知っていたが、無害であった為黙認していた。

 

 しかし、カルネ村を全身鎧の騎士達が襲撃。

 

 助ける義理はなかったが、元々この地はアインズのもの。ただ住むだけなら黙認したが、虐殺までは黙認できず、アインズ自らが出陣し、騎士達を撃退。

 

 その後、カルネ村を訪れたガゼフから、この一件が帝国に扮した法国の陰謀であったと知り、王国の要人であったガゼフから村人だけは守ってほしいという願いを聞き入れ、彼等を守っていた。

 

 だが、そんな彼の精神性に心を打たれたアインズは、ガゼフも保護対象とし、彼を守る為にニグン達と対峙した。

 

 これが大まかな流れだ。そして、此処から先が重要になってくる。

 

「さて、此処までお話をしましたが、此処からが重要です。貴方がたスレイン法国は、このナザリックの支配者、つまり、『王』であるアインズに危害を加えた。如何なる理由があろうと、決して容認する事は出来ない。と、言う事です」

 

 一国の主に危害を加えたのだ。そして、その事件の犯人であるニグン達が此処にいる。傍から見ればナザリックなる国が所有していた土地に無断で侵入し、事の発端を解決していた王を法国の特殊部隊であるニグンが襲ったという形になる。無論、法国は今回の件をニグンが勝手に暴走したと捉えるか、そもそもこの地は王国の所有地であり、ナザリックなる国は歴史を遡ってみても確認出来なかったと、そもそも今回の一件が国際問題に当たらないと言い張るだろう。

 

 それを理解した上で、私はニグン達をじっと見つめながら口を開いた。

 

「別段、否定しても構いません。ですが、其方から先に攻撃を仕掛けた事は私達からすれば真実。私達は私達で勝手にやらせてもらいますよ。えぇ、彼等を使って」

 

 そう言って、アインズさんから預かっていたモンスターを連れてくる。そのモンスターを見た瞬間、ニグン達が口々に悲鳴を上げながら恐れおののいた。

 

「デ、デス・ナイト!!」

 

「バカな……伝説のモンスターがなんで……」

 

 お、新たな情報ゲット。此処ではデス・ナイトは伝説級のモンスターなのか。まぁ、それも仕方ない。デス・ナイト一体で全身鎧の騎士達が蹂躙されたんだ。その脅威はニグン達も十分に理解しているのだろう。

 

「あぁ、良かった、この子の名称は皆さん理解しているのですね。はい、私達はデス・ナイトを数多く使役しています。この子も、つい先程、アインズ様が追加で召喚したものです」

 

 そう言って、懐からあるものを取り出す。それは、ニグン達が纏っていた装備品の一つ。それを見たニグンはハッとなって部下達の数を数え、一人足りない事に気付いた。あぁ、この人は勘が言い様でよかった。

 

「ま、まさか……それは……」

 

「えぇ、察しがよくて助かりました。この子は少し前に、アインズ様に不貞を働いた貴方達の同胞の一人を触媒として召喚したデス・ナイトです」

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

楽しい交渉術 その2

「ジンクス殿……そのデス・ナイトを召喚したのは何時ですか?」

「つい最近だね」

「その手に持っている衣服を手に入れたのは?」

「……つい最近だね」

「もう一つ、質問しても良いですか。私の部下の、スリング君(仮名)は何処に行った?」

「「っ!!」」

「……君の様な勘の良い陽光聖典は嫌いだよ」


 魔法詠唱者からデス・ナイトにジョブチェンジしたスリング君(仮名)。かつての面影など何処にもなく、鉄格子の先で怯え切った表情を浮かべるかつての仲間を威嚇する様に低い唸り声をあげている。落ち着いてね、この人達は襲っちゃダメだからね。かつての仲間の成れの果て。人間至上主義を掲げる法国の特殊部隊の彼等からすれば、異形の化け物に変貌した同僚の姿は、まさに悪夢そのものだろう。

 

 彼等の狼狽振りを観察しながら、私は次なる一手を打つ。

 

「この子とは別に、私達はデス・ナイトを使役しています。そうですね、取り合えずは百体、法国の国内に解き放つとしましょう。無論、ただ解き放つのではなく、あらかじめ貴方がた法国の要人達に宣戦布告した上で……と、なりますが」

 

 無秩序にデス・ナイトを解き放つのではなく、あくまでも、法国がナザリックに危害を加えた旨を伝え、その報復として法国国民に対して死を振りまく。彼等、陽光聖典が王国の要人であるガゼフを暗殺する為に王国国民を虐殺したように。自分達が行った行為を自身もまた被る。それこそが罰にふさわしいと言わんばかりに。

 

 私の言葉に、陽光聖典の隊員達から動揺が伝わってくる。デス・ナイトを百体も使役しているなど、普通なら有り得ない事なのだろう。だが、目の前に仲間の亡骸を触媒としたデス・ナイトがいる以上、可能性は否定できない。何より、こうして亡骸を触媒にデス・ナイトを召喚できるのだとしたら、此処にいる陽光聖典のメンツ分のストックがある事になる。

 

 いや、それ以前に、今頃彼等は別の事を危惧しているのだろう。こうしてデス・ナイトを簡単に召喚出来る事を話したという事は、デス・ナイト以上に強力なアンデット、もしくはそれに類する存在を隠し持っている事を暗に示唆しているかもしれないという事だ。

 

 その上で、私は陽光聖典の面々に問い掛ける。

 

「その上で皆さんにお聞きしたい事があるのですが、宜しいでしょうか?」

 

「……質問……だと」

 

「はい、実は、長い間、外界との接触を断っていたせいか、デス・ナイト程度で何処まで法国の上層部に私達の脅威をお伝えする事が出来るか分からない状況でもあります。まぁ、貴方がたの反応から察するに、この子達だけでも十分脅威にはなるとは思うのですが……」

 

 と、一拍間をおいて、ニグンを真っ直ぐ見据えた状態で問い質す。

 

「法国の特殊部隊、六色聖典……でしたか? その、六色聖典に属する貴方がたにお聞きします。私達が使役するこのデス・ナイトに対抗できる戦力が法国に存在するか、教えて頂けると幸いです」

 

 陽光聖典とガゼフ率いる戦士達の戦いはこの目で見て理解した。彼等のレベルではデス・ナイト一体を足止めするので精一杯だろう。その上で、デス・ナイトを基準に、法国の戦力を、ある程度把握しておく必要があると、私達はそう判断したのだ。私達基準では、デス・ナイトは足止め出来れば良い程度の存在。正直な所、デス・ナイトが伝説級のアンデットと言われているだけで、彼等のレベルはそこまで高くないと言っているようなものだ。しかし、集団としてではなく、個人のもつ実力は別物だ。もしも、法国の特殊部隊の中で、ひと際戦闘に特化した個人がいるとしたら、十分に脅威と言えるだろう。

 

(まぁ、ガゼフ暗殺に起用されなかった時点で、色々と問題を抱えているか、そもそも存在しないかのどちらかだろうけど、さぁ、どう答えるかな)

 

 ニグンは私の問いかけに答えず、何かを考えるように視線を落とす。そして、ゆっくりと口を開いた。

 

「その問いに答える前に、一つだけ聞かせて欲しい」

 

「えぇ、良いですよ」

 

「ジンクス殿、貴方の質問に正直に答えれば、先程の話、考え直して頂けますか?」

 

 ニグンが持ちかけたのはデス・ナイトによる蹂躙の撤回。その内容だけで、法国の戦力はある程度絞られたけど、此処はもう少し話を聞いてみる事にしよう。

 

「そうですね。貴方がたから得られる情報次第で、此方の方針も多少は軟化するかもしれません。ですが、私は人狼。人狼という種族は他人の感情に敏感でね。もしも、その情報に偽りがあると判断すれば、交渉の余地はなしと判断して、先の提案以上のやり方で対処する可能性がありますが、宜しいですか?」

 

「さ、先の内容以上の事……ですか。一体それは……」

 

 情報を提供する事自体、偽る様子はなかった。しかし、此方の匙加減でどうとでもなる状況でもあった為、ニグンは先程の提案以上のやり方について戦慄を覚えたようだ。

 

「そうですね……例えばですが……」

 

 と、此処で私は、彼等がこの牢屋に閉じ込める前に秘かに手に入れていた情報を開示する。

 

「――・―――さん、――歳、性別は女性、――生まれ、法国の――出身。幼いころから両親と共に孤児院の手伝いに参加し、孤児院の子供達からの人望がある。――さん、性別、男性……」

 

 と、名前と年齢、性別、そして個人の情報を細やかに羅列する。その人物の名が上がる度に、一人、また一人と、陽光聖典のメンバーが小さく悲鳴を漏らし、ガタガタと分かりやすいくらいに震えていた。

 

 おぉ、効いてる効いてる。解呪した際に一部の面々を支配(ドミネート)で操り、その人が大事に思っている人物の情報をあらかじめ入手していたのだ。勿論、この時の状況を彼等は覚えているので、こうして、自分達の大事な人を読み並べるだけで十分な効果を発揮しているようだ。

 

「ま、待ってくれ!! 彼女は関係ない!! 関係ないんだ!!」

 

「頼む!! 許してくれ!!」

 

「こ、殺すなら俺を殺せ!! 頼む!! 妻には手を出さないでくれ!!」

 

 地面に頭をこすりつけて懇願する者もいれば、涙ながらに叫び出す者。阿鼻叫喚とはこの事だ。私はただ、彼等から得た情報を並べているだけなのに。と、言いつつも、これって結局、『お前たちの大事な人たちに危害を加えるぜ。皆デス・ナイトの素材だ! ヒャッハー

!!』と言っているようなものだ。

 

 この状況に耐え切れなくなったニグンも、表情を蒼褪めたまま、力なく項垂れ、『……私の知っている事は何でも話します。どうかおやめください』と、私の見事な交渉術もあり、自ら進んで情報を提供する事を宣言してくれた。

 

 

 

 

 

 

―アインズの部屋―

 それから少しして、ニグンから得た情報を元に、私とアインズさんは今後の方針について考えていた。ニグンから得た情報は、それなりに有用だった。歴史上の偉人達や自分達が崇める神々、更には世界を支配した存在。そして、デス・ナイトを超える存在がいる可能性を知る事が出来たのは僥倖だ。

 

 漆黒聖典。特殊部隊の中でも群を抜いた実力者揃いであり、皆が英雄級の実力者。少なくとも、ガゼフ以上の実力者という事だろう。それに加えて、噂程度の情報だが、漆黒聖典の中でも、飛び抜けた実力を持つ者がいるらしく、その存在は公にされていない極秘中の極秘情報との事。曰く、神の血を引く『神人』と呼ばれる人物だそうだ。

 

 詳しい戦力は不明だが、可能性としてデス・ナイト以上の実力があると判断して良いだろう。問題はその『神人』なる人物が何人いるかだ。流石にそれ以上の情報を持っていなかったニグンを責めるわけにもいかず、今回得られた情報を以ってアインズさんと検討する旨を伝えて今に至る。

 

「それで、どうしますか?」

 

「少なくとも、デス・ナイト以上の実力を持つ人物がいると分かっただけでも十分な成果ですね」

 

「問題は神の血を引くって言われている『神人』の事ですけど……これってもしかして」

 

「そうですねぇ、もしかしたら、俺達は勘違いをしていたのかもしれませんね」

 

「この世界に、私達以外のプレイヤーが流れ着いてはいたけど、時系列がバラバラ……という事ですか?」

 

「その可能性は十分に考えられますね。例えば、『六大神』『八欲王』『十三英雄』それら全てか、もしくは一部か、まだ憶測にすぎませんが俺達と同じプレイヤーだった可能性があります」

 

 私達は当初、同じ時系列にプレイヤーがこの世界に転移していると考えていた。しかし、その実、転移したプレイヤーの悉くが別の時系列で転移し、それぞれが様々な逸話を残してこの世を去っているようだ。この世界に流通している位階魔法も、言語が翻訳されている状況も、もしかしたら先に転移したプレイヤーがワールド・アイテムを用いて使用する事が出来る様になったと考えれば辻褄が合う。

 

「話から考えると、『六大神』と『八欲王』は既に滅びていて、『十三英雄』も一部を除いて亡くなっている。そして彼等以外にも、歴史に名を残していないだけで、生きてこの世界にいるプレイヤーも存在している可能性がある。それに、プレイヤーの有無は兎も角、彼等の残した遺産が法国に残されている可能性がある事も分かりました」

 

 仮に、生きていないとしても、彼等の血を引き継いだ子孫は残っているし、今後も継続的にプレイヤー達がこの世界に流れ着く事も十分に考えられる。その上で、私達はこれからどうするか、そのかじ取りをしていかなければならない。既にこの世界に流れ着いた者や今後流れ着く予定のプレイヤー達と協力していくか、それとも、必要とあれば敵対するか。

 

「法国にプレイヤーの血を引く『神人』がいる以上、彼等の装備を所持している可能性もある……と、言う事ですよね」

 

「ですね。伝説級や神器級はもちろん、最悪、ワールド・アイテムを所持してる可能性も否定できないですね」

 

「だとしたら、迂闊に手を出すのは得策じゃないですね。アプローチを加えるにしても、出来るだけ多くの情報を入手しないと……」

 

「手痛いしっぺ返しをくらうのが俺達になる。という事ですね」

 

「必要でしたら、外での任務を与える守護者達にはワールド・アイテムを所持させておいた方が良いかもしれません。奪われるかもしれないという危険性をはらんでいますので、行動時は最低でも二人以上で行動するか、しもべを数体控えさせておくか、撤退用のマジックアイテムも所持させておくのもありですね」

 

 モモンガさんには奥の手のアレがありますし、私もユグドラシルサービス終了前に、リアルマネーでワールド・アイテムを数点所持している。恐らく、歴代のユグドラシルに存在するギルドの中で最も数多くのワールド・アイテムを所持している組織かもしれない。そう考えると、リアルマネーでワールド・アイテムを手に入れた私はファインプレーと言えるだろう。やったね。

 

 とはいえ、私が持つ上で適したアイテムがあるかと言ったら正直ないのが現状である。うーん、此処は一つ……。

 

「アインズさんは兎も角、私は何を持っておきましょうか? いっそのこと、『スマイル』でも所持しt「それは絶対ダメです」……」

 

 言葉を遮られた。

 

「ジンクスさん。確かに、必要とあらばワールド・アイテムを所持するのはやぶさかではありません。でも、『スマイル』だけは絶対にダメです。アレが使われたせいで、ユグドラシルがどうなったか、忘れたわけじゃないでしょ?」

 

 もちろん、忘れる筈が無い。元々の所持者であるプレイヤーがアレを使用した事で、ユグドラシルに存在する九つの世界の内、一つが文字通り壊滅的打撃を受けたのだ。そして、その一件が原因で、多くの拠点が壊滅し、更には他の八つの世界から多くのプレイヤーがなだれ込み、大規模なPKが発生。被害を受けたプレイヤー達の多くがこのワールド・アイテムの使用に対して制限を設けるよう懇願する問い合わせが殺到したのだ。

 

 運営も、その膨大な苦情や抗議文に対応する羽目になり、その後、このワールド・アイテムは表舞台から消え去り、サービス終了を以って、記念に残され続けてきたそれをリアルマネーで売却され、件のアイテムが私の手元に残されている。

 

 正直な話、自分たち以上の実力者たちが多く存在するのなら、このアイテムを使用すれば全て解決……とまではいかないが、最上位クラスの抑止力になるのは間違いない。何故なら、このアイテムを持っているとほのめかしただけで格上のギルドを相手に牽制する事が出来るからだ。まぁ、その場合、後々に多くのギルドが結託して、最大火力と殲滅力を以って、叩き潰されてしまうのだが……。

 

 そういえば、あの時の映像ってまだ残ってたっけ?

 

「ジンクスさん個人が入手したアイテムでしたら優遇しても良いですが、『スマイル』は諸刃の剣というより、共倒れの危険性もはらんでいるんですから。他ので我慢してください」

 

「残念ですが仕方ないですね。でも、私達だったら『スマイル』に対する対処法が確立しているから、一応問題はないんですけどね」

 

「それでも、少しでも可能性があるのなら、危険は回避した方が良いでしょ」

 

「それもそうですね。では、『スマイル』はまた別の機会に」

 

 『スマイル』はあくまでも抑止力。使うとしたら法国との交渉の際にちらつかせるのも悪くはない。法国が私達プレイヤーの存在を知っていて、彼等が持つアイテムの価値を十分に理解しているなら、人類至上主義の彼等も、無暗に干渉してくる事はないだろう。

 

 この後、私とアインズさん、そして外で活動予定の守護者達にはワールド・アイテムを持参させる事にし、ニグンと一部の陽光聖典のメンバーは一時解放。法国の上層部に此方の主張を伝えるメッセンジャーとして役に立ってもらう事にした。デス・ナイト達による侵略? そんな事しません。アレはあくまでも法国の出方次第で此方にもそれ相応の対応が出来る事を教えただけですから。

 

 陽光聖典と全身鎧の騎士達には、今回の作戦の一環で罪のない王国の住民を虐殺した実行犯として、それなりの灸を据える兼ね合いもあったが、上からの命令なら思うところはあっても拒否する事が出来ないからね。そこは仕方がないが、カルネ村の皆や他の犠牲になった方々からすればたまったものではない。それなりの償いを追加でしてもらう事にしよう。

 

 それにしても、私の見事な交渉術で、私達におかれた状況がぼんやりとだが分かったのは大きい。遥か過去からプレイヤー達の活躍があり、それが良くも悪くもこの世界に影響を与えている。それについて、思う所のある存在も多々いるだろう。そんな彼等の対応も今後の視野に入れつつ、私とモモンガさんは守護者の皆と情報を共有すべく、玉座の間にて彼等を招集するのであった。




「あぁ、それとジンクスさん」

「はい、なんですか、アインズさん」

「先程の彼等との遣り取りですが」

「あぁ……どうでしたアインズさん。私の見事な交渉術は」

「あれはですねぇ、交渉というより脅迫でしたよ」

「……はっはっは。またまた御冗談を」

(ダメだこの人。俺が何とかしなきゃ)


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。