田舎者に冒険者は難しい? (おもちぴん様)
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字が読めないので体で払う

 中世の識字率は数%と言われている。

このファンタジー世界も例に漏れず、貴族、商人、聖職者と平民の一部の者だけが読み書き出来る。

 

 魔法?そんなもの文字が読めなくても使える。

魔力を込めて放つだけ、魔法書なんぞ意味は無い。

魔法書を読まなくても魔法を使えるやつは使えるし、使えないやつは魔法書を読んでも使えない。

 

 魔法使いよりも代書屋、代読屋が貴重な世界。

安全に稼ぐなら文字を学べと言われる世界で、冒険者となった一人の田舎者の物語を見ていこう。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

「ですから、ご自身の名前と出身地を記入して下さい!命を落とした時に一応は連絡をしますので!」

「だからお姉さんが書けば良いじゃん!俺は字は読めねえし書けねえ!早く書いて!」

「そう言ったサービスはしていません!代書家の方に頼んでください!」

「"だいしょか"ぁ?誰だあそいつは!」

 

 とある町の冒険者ギルドの受付で一人の少女が騒いでいる。

服はボロボロでズタ袋を担ぐその姿は、見るからに田舎者だ。

 一攫千金を夢見て都会に出てくる田舎の若者は多い。

多くは夢破れ、田舎よりも辛い現実に直面する。

この若者はどうだろうか?

 

「おい!"だいしょか"って奴は誰だ?」

 その少女は受付の反対側、酒場となっている方に振り向き大声で尋ねた。

話を聞いていた親切な何人かが酒場の隅のテーブルにいる男を指差している。

少女は"ありがとな!"と礼を言うとそのテーブルに向かった。

親切な者達はサムズアップしてお礼に応え、少女の動向を見守る。

 

「おい!お前が"だいしょか"か?これ書いてくれ!」

「ん……金を払え1000cpだ」

「金取るのかよ!後で払ってやる!」

「先払いだ」

 

 どうやら代書には金が必要なようであった。

1000cpは都会では数日働けば稼げるが、田舎から出てきたばかりの若者にとっては大金である。

 なにせ田舎は物々交換が主流だ。

金は村長や家長しか持っていない。

当然少女も1cpたりとも持っていなかった。

 

「先払い出来ないなら駄目だ。それともその体で払ってくれるのか?」

 代書家の男は少女を馬鹿にする様に言い放つ。

それに対する少女の回答は早かった。

 

「体で払ってやるよ!おらあ!」

 渾身の左ストレートが代書家の男の顔面に突き刺さる。

良い音がして代書家は酒場の床を転がった。

少女は転がった代書家に近づき、頭を掴み言い放つ。

 

「書け」

 代書家は俺に手を出して~、バックには何々がいて~、と喚き散らしているが少女は

煩そうにそれを聞いているだけだ。

微塵も怖がっている様子は無い。

 

「おい!こいつの利き腕どっちだ?」

「「「右」」」

 

 先程の親切な者達が一斉に答える。

実は彼らも代書家であった。

仲間……いや気に入らない商売敵に世間知らずの田舎者をぶつけて見たところ、

思ったよりも面白い事になった為、悪ノリしているのだ。

 この時代、娯楽は少ない。喧嘩も立派な娯楽である。

もっとも喧嘩と言うには一方的過ぎるが……。

 

「じゃあ左腕は折っても困らねえなあ!」

 代書家の男の"右腕"を持った少女が大声で言い放つ。

観客は"そっち右だぞ"と言っているが少女の耳には届かない。

 やがて少女は"えいっ"と可愛らしい掛け声と共に、通常は曲がらない方向に腕を折り曲げた。

"ぎゃあ"と大きな叫びが代書家の男の口から発せられ、同時に口からは泡が吹き出し、気を失う。

少女はそれを見て舌打ちし、文句を言いながら男を蹴り始めた。

 

「気絶したらさあ!誰が俺の名前と出身地書くんだよ!おら!起きろ!」

「お嬢ちゃん、ワシが書いてあげるからその辺で辞めときな」

 流石に見かねた代書家の一人が少女に話し掛ける。

 

「さっきの親切なおじさんか!良いのか!金無いぞ!」

「良いよ。面白いもん見れたしな」

「やったぜ!あっ!ちょっと待ってくれ」

 そう言うと少女は気絶した代書家の懐を漁り、財布を抜き取った。

鮮やか!都会のデビュー戦で暴行に窃盗の合わせ技だ。

誰にでも出来ることでは無い。

まあ、この時代に貴族を守る法律はあっても平民を守る法律など無い。

つまりこれは合法である。少女は何も悪くない。

 

「ほい1000cp。へへ、初めて金払った」

「名前と出身地くらいなら100cpくらいが相場じゃぞ」

「え!そうなの?まあ迷惑料ってことで」

「ほいよ。名前と出身地は?」

「アウト!出身地はロウ村!」

「アウトと……ロウ村な……。ほい書いたぞい」

「ありがとさん!受付行ってくる!」

 

 少女改めアウトは礼を言うと書類を出しに急いで受付に向かった。

先程の騒ぎを見ていた為か、受付の女性は少し青褪めた顔で書類を受け取る。

その後、二言三言交わしてからアウトは冒険者証を受け取り、晴れて冒険者となった。

 

 冒険者証を受け取ったアウトは酒場の方に振り向き、店主の方に向かう。

先程の一方的な喧嘩を思い出し、店主に緊張が走るが杞憂の様である。

迷惑料として先程の臨時収入の殆どを店主に払い、少女は冒険者ギルド兼酒場を去っていったからだ。

 

 後に"無法者(アウトロー)"の語源となる少女のギルドデビュー、

それはそれは鮮烈なものであった。



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続・字が読めないので体で払う

 アウトが衝撃的なデビューを果たした夜、ギルド併設の酒場はその噂話で持ち切りであった。

曰く、言葉を解さないとか、口より先に手を出すとか、意外と礼儀正しいとか、まあ全て事実が語られていた。

そして、その話題の中心人物はと言うと……。

 

「ここで寝て良い?」

「駄目だ」

 絶賛、酒場の店主にゴネ中であった。

田舎者あるあるその1、文字が書けないから宿屋が取れない。

その辺を心得ている者は、文字は読めないが自分の名前と出身地くらいは書ける。

 

「良いじゃん。金が無いから宿屋泊まれないんだよぉ」

「……昼間の金は?」

「全部あんたに払った!」

「ちっ!仕方ねえなあ!」

 

 世の中金。

付届けが効いたのか、店主は渋々アウトの店での寝泊まりを許す。

その直後を見計らってか見計らなくてか、昼間に体で払った代書家の男が、5人ほど人相の悪い男達を連れたって酒場に襲来した。

 代書家の男はアウトを見つけるなり言い放つ。

「あいつだ!やれ!」

 途端、酒場はファイトクラブと化した。

 

 5対1で不利かと思われたアウト少女であるが、しかし、そこは文字よりも喧嘩に詳しい彼女の本領発揮と言ったところである。

自身の近くのテーブル席から酒瓶を取るやいなや、一番最初に近づいてきた男の頭をクラッシュした。

 喧嘩は勢いが大事。そこからはアウト無双である。

流石に刺すのは躊躇われたのか酒瓶を取り替えること5回、他の4人とついでに代書家の男の頭をクラッシュ、クラッシュ、クラッシュ。

最後は身ぐるみ剥いで酒場の外に放り出した。

 この間10分も掛かっていないだろう。

何事もなかったかのように酒場は普段の喧騒を取り戻した。

 

 アウト本人はと言うと、剥いだ身ぐるみを迷惑料として店主と酒瓶の主に渡し寝た。

あまりの早業に誰も口を挟む余裕は無かったと言う。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 明けて朝、夜とは違った喧騒でアウトは目を覚ます。

これでも田舎者の端くれ、日が昇る前に起きて、日が落ちるまで働く事に関しては一家言ある。

昨日の暴れっぷりは胡蝶の夢だ。きっとそうに違いない。

 

「何だぁ!この騒ぎは?」

「くっくっくっ知らないのか少女よ。これは"依頼争奪戦"だ──」

 

 依頼争奪戦──、依頼の更新が早朝に行われる為に起こる現象。

冒険者達は、身入りの良さそうな依頼を探して代読(代書)家に内容を教えてもらう。

彼らにとっては稼ぎ時である。

 

「俺、文字どころか数字も分からねえんだけど」

「ランクと数字の文字くらいは分かった方が良いぞ少女よ」

「じゃあお前が教えろよな?」

「はい」

 

 拳を握ったアウトを見て、偉そうに話していた男は素直にランクと数字について教える。

ランクは下からF、一番上はA、数字は0から9で、合計16個だけだ。

しかしアウトが全てを理解するのは朝の喧騒が終わってからであった。

 

「要は自分のランクで数字が大きい依頼を探せば良いんだな!」

「そ、そうだ。分かればよろしい」

「お礼にこれをくれてやる」

「ひぃ!辞めてくれ!」

 

 男は拳が飛んでくると身構えた。

偶々、昨夜の喧嘩に出くわしていたため、彼の脳裏には割れた頭がよぎる。

しかし、来たのは拳ではなく抱擁であった。

アメとムチを使い分けるアウト。

輩のトップにならすぐにでも慣れそうである。

 

「おしっ!お礼終わり!依頼、依頼〜」

「ありがとうございますっ!」

 

 しばらくして離れたアウトに、万年女日照りの男は感極まり思わず感謝する。

周りで見学していた者達はポカーンとし、やがて色めき立った。

彼らはスカスカになった依頼ボードの前でウンウン言っているアウトに近づき話し掛ける。

いつの世も男は単純だった。

 

「お嬢ちゃん、何か困ってる事は……」

「ねえっ!」

 話し掛けた男への返答は拳であった。

先程教えられた事を思い出しながら依頼を探しているのだ。

邪魔が入れば怒りを覚えるのはもっともである。

殴られた男達の山が依頼ボードの前で完成した時、アウトは一つの依頼書を取った。

 

「"F"で数字も大きい!おい代書家!読め!金は後払いだ!」

「えっ、私も抱擁が良いんだが……」

「あ?」

「何でもないです!読ませて頂きます!えーと、壁の工事の依頼ですね」

「え!工事して金もらえるのか!それにする!」

 

 この世界、特に田舎の工事関係は殆どが奉仕という名のタダ働きであった。

アウトの村も例に漏れず、むしろタダ働きどころか働きが悪いと言われ鞭が飛んできたくらいだ。

もっとも鞭を飛ばしてきた奴は皆に砂にされ、森の養分となったが……。

田舎者は日頃の労働でムキムキなのだ。

ヒョロがりの代官なんぞボコボコだ。

ムキムキの代官も数の暴力でボコボコだ。

 

 話が逸れたが工事で金が貰えるという事でアウトのテンションは最高潮に達していた。

早速、受付カウンターに行き、受け付けを済ませ工事現場に走る。

一日目の行いで粗暴な者と思われていたが意外と真人間なアウト。

果たして彼女は無事に工事を終わらし、報酬をゲットすることができるのか?



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基礎には青い血が流れている

 ここは町の外れ、居住予定区拡張エリア。

食詰め者の溜まり場。夢破れた田舎者の終着点。

 そんな場所に好き好んで行く冒険者の卵がいた。

察しの通り、主人公様(アウト)である

 

 受付で場所を聞いた彼女は馬もかくやのスピードで現場に向かう。

途中見覚えのある頭を怪我した何人かの横を通り過ぎたが無視だ。

彼女からすれば終わったこと、既に彼女の記憶の忘却曲線上に彼等はいた。

ボコボコにされたトラウマがあるのか、彼等からはアウトには近づかない様である。

 

「工事の手伝いに来ました!」

 町の外れに着くなりアウトは叫んだ。

早朝ではあるが既に工事は始まっている様だ。

その叫びは無情にもトントン、ガタガタと言う工事の音に紛れ、工事の監督には届かない。

気が短い彼女は近くにいた作業者を捕まえ、監督を呼んで来るように"お願い"した。

 暫くして監督の男が彼女の前に現れた。

それは見るからに貴族で、頭を使うのは上手そうだが体を使うのは不得手そうであった。

男はアウトを見るなり言い放つ。

 

「何だ娼婦か?」

 二の句は告げられなかった。

アウトの左ストレートが顔面に突き刺さったからである。

代書家との騒動のデジャヴ、町に来て2日連続3回目の暴力。

 しかし、代書家の様な破落戸とは違い、相手は本物の貴族。

バックにはマジモンが付いている。

彼女の命運は尽きると思われたのだが……。

 

「おいっ!そこのお前埋めるから手伝え!」

「あんた監督やったのか?よっしゃ!あそこの基礎に埋めようぜ!」

 如何に法に守られた貴族相手だろうがバレなきゃ犯罪ではない。

これ、中世無法時代の掟なり。

無事に貴族は基礎の素材となり、この地の礎となった。

流石は青い血が流れているだけはある。

これぞノブレスオブリージュ。

 

 さて、急に監督がいなくなった現場はと言うと……。

貴族の取り巻きへの仕返しが行われていた。

今まで抑圧されていたが切っ掛けがあればドカンだ。

一気に感情が爆発し、直に取り巻き達も彼等の主と同じ様に礎となるであろう。

 

 責任者が粗方いなくなったが、工期は待ってはくれない。

何もせずにいるとみんながみんな打首獄門の刑である。

そのため、それぞれの区画のリーダー達が場を仕切り始めた。

 しかし、その状況に待ったを掛けるものがいた。

本日工事現場初仕事、貴族殺害の首謀者、代書家ボコしの荒くれ者、そう我らが主人公アウトさんである。

 事もあろうに彼女は一番強い奴が仕切るべきだと言い放ち、流れる様に近くにいたある区画のリーダーをボコった。

その後の工事現場はコロシアムの様相である。

人が殴られ、金が賭けられ、酒が飲まれ、工事は進まず。

結局コロシアムは給金払いの責任者が来るまで続いた。

貴族がいない事を怪しまれたが、女を引っ掛けに行ったと説明すると納得したようだ。

 

 そして、皆が待望した給金は貴族経由ではなく直払いとなった。

中抜きが無くなりみんなニコニコ良い事尽くし。

今日は喧嘩していただけなのに貰う物は貰う。

有り体に言って、皆クズである。

 

 一夜明けた次の日、皆反省したのか粛々と工事を進めていた。

なんとあのアウトも真面目に働いている。

粗暴ではあるが根は真面目なのだ。

しかし、騙されてはいけない。

"オークがエルフの村の開墾を手伝う"が如く、普段悪いことをしている奴が、普通の事をしていると良い人に見える現象なだけだ。

 

 昨日の遅れを取り戻すかのように皆が働いているその頃、何時まで経っても戻らない貴族の家の者が騒ぎ始めていた。

彼等は急ぎ工事現場に行くと、リーダー格と思われる男達に貴族の行き先について確認し始めた。

工事現場の面々が口裏合わせをしていた事で、結局何一つ得るものはなく屋敷に帰ることに……。

 

 それから一週間後、結局、貴族は行方不明扱いとなり、後任の現場責任者が到着した。

後任はもちろん貴族である。

 工事現場の面々は"また殺るか?"と闘志を漲らせていたが杞憂であった。

意外にも清廉潔白な貴族で理不尽な仕打ちも中抜きも無かった為、現場の者は大喜びである。

流石のアウトもマトモな人であれば手は出さない。

 

 後任が来てから工事は今までの3倍くらいのスピードで進み、指定の工期に対し大分余裕がある形になった。

この時代、間に合いさえすれば何をやっても良いのでコロシアムは都合第5回くらいまで開催され、5期連続チャンピオンとしてアウトが君臨した。

 彼女が冒険者になって約1ヶ月、その全ては工事に費やされており、ギルドにも顔を出さなくなったので完全に過去の人となっていた。

娯楽の無い時代である。流行り廃りは今以上。

 

「ギルドに行くの忘れてた」

「なんだチャンピオン、あんたギルドから来てたのか」

「おう。文字とか習ったけど忘れたわ」

「ガハハ、あるあるだな」

「今日で終わりだし、明日はギルド行くかな」

 

 次の日、ギルドは彼女の事を思い出し、代書家はまた腕を折られる事になる。

何はともあれ工事お疲れ様です。



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わんわんわん

 "ぎゃああああああ"、朝の静寂に代書家の叫びが木霊する。

叫びの原因は田舎からのお上りさんの少女。

名はアウトと言う。

 彼女は、治療魔法をかけてもらい骨折から回復した代書家の腕を再度へし折り、依頼書を読んでもらっていた。

 

「野犬退治?犬っころ数頭に大した額だなあ!おい!あんたもそう思うだろ!」

「いででてで!叩かないでくれえ!」

 

 たかが犬と侮るなかれ。

その口にある歯は鋭く、雑菌に覆われている。

治療魔法は傷は癒やすが病毒の類は治せない。

初心者殺しのトップを毎年争うのは野犬と親切そうな冒険者の先輩だ。

どれほど恐ろしいか分かるであろう。

 

「お嬢ちゃん、そんな装備で大丈夫か?素手でやると噛まれるぜ」

「おやっさん!酒瓶貸して!」

「駄目だ。どこかの誰かさんが武器に使うから在庫が少ないのよ」

「なんて悪い奴なんだ」

「ほんとにな」

 

 結局のところ、素手で依頼にあたるのは危険と考えたアウトは、適当な廃材(丸太ん棒)を工事現場でもらい野犬の出没スポット(町外れの農場)に向かった。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

「犬ころ!出てこい!ぶち殺してやる!」

 町外れの農場にアウトの恫喝が響き渡る。

野犬に人間の言葉は分からぬ、しかし殺意には敏感であった。

自分達に向けられた明確な殺意に反応して、野犬達はその姿を現した。

その数10は下らない。

 開戦の狼煙は野犬側からであった。

グループの中でも格下と思われる貧相な犬が我慢も効かず飛び出してきたのだ。

アウトはそれを持ち手だけ荒く削り布を巻いた即席の棍棒で打ち据える。

鳴く間もなく犬は絶命、しかしまだ数の上では野犬が上であった。

 数的優位は覆そうにも無いかと思われたが、ここでアウト、掟破りの敵前逃亡。

野犬のリーダーはそれを追わない様に吠えたが、所詮は犬っころ。

3匹の跳ねっ返りがアウトを追いかけ始める。

暫くしてクルリと反転したアウトはその3匹を瞬く間に叩き殺し、また数の差を詰めることに成功する。

返り血を浴びた彼女は、その血を拭いながらまたもや野犬の群れに近づいて行く。

顔は獰猛そのもの、流石の野犬も恐怖を感じるほどだ。

後十歩ほどの距離に近づいたところだろうか、状況が動く。

 

「わんわんわん!」

「!?」

 

 動いたのは咆哮による恫喝によるもの。

そして"わんわん"言っているのは、犬ではなくアウトだ。

先に鳴いた方が犬の中では負けの様だが、そんなもの人間が知ったことではない。

殺意の混じった咆哮により、野犬のリーダー以外は恐慌状態になり、そこをアウトに狩られた。

 リーダーにはまんまと逃げられたが、依頼は達成だ。

"野犬を10匹殺してほしい"、それが依頼内容であるから。

殺した犬を一箇所に集めたアウトは、依頼主を呼びに行った。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 肉が焼ける匂いがする。

この世界では犬食(いぬじき)に関して特に忌避感はない。

貧しい時代だ──食べられる物は食べる様な価値観が根付いている。

今の状況はと言うと、農場の責任者と農夫にアウトが加わり、焚き火を中心に車座となり各々が焼けた犬肉にかぶりついていた。

久々の肉食(にくじき)にみんな顔を綻ばせている。

 

「いやあ、お姉さん。人は見かけによらないなあ」

「ほんとほんと。そんな細い体でどうやって殺したんだい?」

「そりゃあこうよ!」

 

 シュッシュッと肉を片手に拳を繰り出すアウトとそれを見て"やんややんや"盛り上がる農夫達。

当然、アウトは一匹逃したことは黙っていた。

しかし、それは問題ないだろう。

 一度痛い目を見れば野生の動物はそこには近寄らない。

しかも、部下を全て失ったのだ。

牙を抜かれたも同然であった。

 

 一夜明けた早朝、アウトは藁の中で目が覚める。

農場のベッドと言えば藁、藁と言えば貧乏冒険者の友である。

保温性と通気性に優れ、夏は涼しく、冬は暖かい。

馬鹿にされがちな某豚3兄弟の藁の家は意外と合理性の塊なのだ。

 話が逸れたが、目を覚ましたアウトは農場を出て、ギルドを目指した。

町外れの農場だ、ギルドまでの距離は少しある。

その道すがら、アウトは見覚えのある犬を見つけた。

そう、昨日逃した野犬のリーダーである。

 

 棍棒は焚き火の薪になりました──現在のアウトは無手であった。

負けはしないだろうが下手すれば病毒でじわりじわりと死んでしまう。

もはや万事休すかと思われたが、彼女はケリをつける為に走って野犬に近づいた。

野犬もアウト目掛けて走り出す。

 交差する刹那、アウトの手が野犬の喉輪を掴んだ。

そして、ゴキリと骨が折れる音がして野犬は息絶える。

クソ度胸とクソ力(ぢから)を併せ持った彼女ならではの対処法であった。

当たり前のように死骸は放置。

中世倫理観を舐めるな。後のことなど知ったことではないのだ。

 

「ただいま〜。完了サイン貰ったから受領お願い」

「お嬢ちゃんお帰り……怪我は大丈夫そうだな」

「あたぼうよ!棍棒でこれよ、これ!」

「……その棍棒は?」

「薪になった」

 暫しの沈黙がギルドを支配した。

その沈黙を破ったのは受付である

「はい、報酬の5000cpです」

「うひょお!何に使おうかな」

「貯金しろ、貯金」

「……田舎者はな貯金なんてしねえんだよ!※」

「そ、そうか。すまねえ」

※諸説あります。

 

 ここまでの依頼達成率は2/2で100%のアウト少女。

次の依頼はどうなることやら。乞うご期待。




2000文字目標で書いております。
ドカ食い気絶してたら投稿遅れました。


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下町にて

 アウトが町に出てきて3ヶ月が過ぎた。

既にその名と顔が知られてきているが、相変わらず文字は覚えられない。

仕事をしては文字を忘れ、文字を忘れては代書家の骨を折る。

そんなこんなで彼女は冒険者ランクがFからEになっていた。

 

「アウトさん、おめでとうございます。Eランクに昇格です」

「上がったら何か変わるのか?」

「いや、特に。Eランクの依頼が受けられるくらいです」

「ふーん」

 

 ランクが上がれば特典がある訳ではない。

社会的信用が上がるわけでも無いから、お金が借りられたり、家が借りられたりもしない。

無い無い尽くし、残業代を払いたくない会社の如く、階級だけ上げられる。

 アウトはつまらなさそうに冒険者証を振り回しながら、件の代書家に近づいた。

件の代書家とは、町到着時からの腐れ縁のあの男である。

腕の骨を折られ続けた彼の骨は、それはそれは丈夫となっていた。

 "おい!"と声を掛けられた男はビクッとして背筋を伸ばす。

選択肢をミスると骨が折られるのでビクビクである。

 

「Eランクの依頼見繕って来い!ハリーハリー!」

「イエッサー!」

 

 今では彼女は自分で依頼を選ぶことすらしない。

馴染みの代書家に"お願いして"依頼を取ってこさせる。

さてさて、今日の依頼はと言うと。

 

「なになに……気に入らない店へのカチコミぃ?冒険者は破落戸(ゴロツキ)じゃねえぞ!」

「そ、そうですかね……」

「当たり前だろ!許せねえ!この依頼主締めてくるぜ!」

「酒瓶持ってくんじゃねえ!」

 

 今日の依頼は何と無償奉仕。

気に入らない依頼主をボコボコにする簡単なお仕事です。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 ここは下町、ダウンタウン。

貧乏人とスネに傷のある者の溜まり場。

気に入らない依頼主の経営する店がある場所でもある。

そんなところにアウトは来ていた。

そして絶賛道に迷い中だ。

隠れる場所として最適な下町は、地元の下町育ち以外にとっては迷路の様なものだった。

 

「見つからねえなあ」

「お姉ちゃん、何探してるの?」

「○○って名前の店だ!」

「そこなら知ってるよ、お金くれるなら案内してあげる」

「なに〜!?金取るのかよ!仕方ねえなあ!おらあ!」

「ふぎゃあ!」

 

 道に迷ったアウトは親切なちびっ子にお金を渡して道案内をしてもらうことに。

その前にちびっ子の鳴き声がしたが気のせいだ。

決して、腹が立ったので銭袋を思いっきりぶん投げてぶつけるとかはしていない。

有り金全部渡したので、児童虐待投擲は無い事になった。

つまりは問題ないのだ。

 

「ここだよお姉ちゃん」

「ありがとよ!おらあ!出てこい!」

 ちびっ子に案内されたアウトは件の依頼主の店に到着する。

到着して1秒で恫喝。流石である。

それを受けて依頼主と思われる男が出てきた。

不安そうな顔でアウトとちびっ子を見て、それから口を開いた。

 

「な、何ですかあなたは?」

「依頼のやつだ!」

「おお、ではあなたが依頼を受けて……」

「おらあ!」

「ぐべっ!」

 

 必殺の左ストレートが依頼主の腹に突き刺さる。

アウト以外の面々は理解が追いついていない。

依頼主の胸ぐらを掴んだアウトが更に恫喝する。

 

「てめえ、どう言う了見だ!」

「あたた……いきなりなんですか!?」

「他の店を襲わせるなんて恥ずかしくねえのか!」

「恥ずかしくないです!」

「おらあ!」

「ぐへえ!」

 

 "気合"と言う名の張り手を依頼主に入れたアウトは"提案"をする。

 

「今からそいつの店行くぞ!」

「えっ!やってくれるんですか!」

「ちげえよ!てめえでやるんだよ!」

「は?」

「案内しろ!」

「は、はい!」

 

 アウトwith依頼主と何故かちびっ子の3人組は、カチコミ先の店に向かう。

カチコミ先には何人か護衛の冒険者がいた。

こっちもこっちだが向こうも向こうである。

アウトはぷるぷる震えながら声を荒げた。

 

「カス野郎!冒険者雇いやがって!お前らもお前らだ!」

「なんだこのアマ!やんのか?!」

 一触即発、もう止まらない。アウトは続けて叫ぶ。

「タイマンだ!おらあ!」

「上等だこら!」

 依頼は受けていないのに、依頼を遂行してる形になっているが気のせいだ。

 

 チームタイマンバトル、アウト側先鋒ちびっ子。

あわあわしているがアウト腕を組み無視。

パンチ一発、ちびっ子は敗北。

 

バトル1

勝ち 冒険者1 vs ちびっ子 負け

決まり手 パンチ

 

 アウト側の次鋒は掟破りの依頼主。

普通大将では?と思われるが、アウトがルールなので問題ない。

パンチ一発、依頼主は敗北。

 

バトル2

勝ち 冒険者1 vs 依頼主(アウト側) 負け

決まり手 パンチ

 

 残るは大将アウトのみ。

ここからの勝敗は割愛。勝者アウト側。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

「よし、お前ら殴りあえ」

「「は?」」

 依頼主×2を叩き起こしたアウトは"平和的"な解決方法を提案する。

方法は依頼主同士のタイマン。

勝ったほうが相手の店を破壊する下町ルールだ。

 

「そんなこと言われましても……」

「ああん?」

「「やります!」」

 

 その後の結果は知らないが問題解決したことには違いない。

しかし、有り金全部失ったアウトに、勝った側の依頼主がボコボコにされて飯を奢らされた事だけは言っておきたい。



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コミュニティ?

 コミュニティ──共同社会、共同体、集団のこと。

ファンタジー世界であっても人は集まれば群れる。

獣人、エルフにドワーフ、リザードマン、その他色々。

種族同士のコミュニティが第一群とすれば、第二群は同じ村、同じ地方の者達のコミュニティだ。

火に集まる羽虫のように、彼等は都会に出ても同じ様な者達とつるんでいた。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

「やんのかコラ!」

「上等だコラ!」

 町角で男達が喧嘩をしている。

町民にとっては見慣れた風景であり、誰も止めようとはせず、素通りして行く。

どうせ彼等は口だけだと皆知っているからである。

 群れると気が大きくなるのが人間の性だ。

次第に自分の事から俺のバックには〜、同郷の先輩は○ランクで〜等の自慢が始まった。

そして最後にはお決まりの……。

 

「俺達のヘッドはなあ、アウトさんだぞ!」

「はあ?俺のとこもアウトさんがヘッドだぞ!」

 ヘッド──まあ、トップ自慢である。

そして何故か知らぬ所で名前が出されるアウト少女。

彼女がどこから来たか誰も知らない。

そもそも誰ともつるんで無い為、彼女はコミュニティからは外れている。

そのためか、強い奴をバックに付けて自分も強く見せたいヨワヨワコミュニティ連中に名前を使われていた。

 

 アウトの名前が使われる理由?

それは簡単、アウトが町に来て数ヶ月、今の町で最も恐れられているのは彼女であるからだ。

彼女の名前を出せば相手は大体ビビって引き下がるので、お手軽恫喝ネームとして広く活用されていた。

 

 そして、そんな彼女の評判は散々なもので、

曰く、彼女には言葉は通じない、言葉よりも先に手が出る、商品に金を払ったことがない、何人か既に殺している等々。

 実際のところは、言葉は通じるが文字が読めないだけ、ちゃんと"おらあ"とか言ってから殴ってるので言葉が先に出てる、商品には金を払うが大体は他人の金であるだけ、それに一人しか殺してないので、殆どが嘘だ。

風評被害だ。

 

 ただ実際問題、町の治安は悪くなる一方なので、大元を潰そうという事でAランク冒険者達が立ち上がった。

標的はただ一人、ロウ村からやって来た大悪党アウトである。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

「姉御、これ見て下さい」

「あ?……読めねえ!お前が読め!」

「うっす!読ませて頂きます!"アウトを捕まえた者に10万cp、生死問わず"」

「お姉ちゃん大変だね」

 姉御と読んでいるのは骨折られ代書家くんである。

お姉ちゃんと読んでいるのはいつぞやのパンチされたちびっ子。

すっかり懐いて(なんで?)アウトの周りをうろちょろしている。

 

「へー、アウトって奴捕まえたら10万貰えるのか」

「もしかして気づいてないですか?」

「あ?」

「これお姉ちゃんだよ」

「は?ちょっと貸せ!おい、受付!どうなってんだ!」

 代書家から依頼書をひったくり、受付カウンターに叩き付けたアウトは、受付嬢に怒鳴り散らす。

受付嬢は青褪めた顔、しかし笑顔で返答した。

 

「年貢の納め時ですね」

「は?意味が分からねえ……田舎者だからって舐めてんのか!」

「ひぃ!すみません!」

 アウトに難しい言葉は分からぬ……いや簡単な言葉も分からぬ。

しかし舐められてるかどうかは分かるのだ。

今回の判定は……。

 

「おらぁ!」

「ぎゃあ!」

 左ストレート!男女平等パンチだ。

そもそも人権なんか無いので皆平等だ。

受付嬢を懲らしめたアウトは満足げな顔で席に戻る。

ちびっ子が心配そうな顔でアウトに話し掛けた。

 

「お姉ちゃん早く隠れた方が良いよ。この額だったらAランクの冒険者も動くよ」

「Aランク〜?何でここに居ねえんだよ」

「多分ギルドには来ないと思ったんじゃないっすかねえ。灯台もと暗しってやつです」

「は?今のどう言う意味だ?」

「うぎゃあ!もう骨折らないで!」

 いつも通りギルド併設の酒場で駄弁ってから、アウトは適当な依頼を受けて外に出た。

 外に待ち構えている者は……誰もいない。

人は考え過ぎると駄目になる典型的な例であった。

Aランク冒険者達は、深読みして隠れるのに最適な下町を捜索し、一方のアウトは町外れの工事現場で働いていた。

そして夜、ギルドに戻ってきた面々とアウトは対面することになる。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

「おめえがアウトか?」

「先にお前が名乗れよ」

「俺様はAランクの……ほぎゃあ!」

「俺はFランクのアウトだ!おら!」

 依頼の報告にギルドに戻れば早速喧嘩開始である。

1対沢山、多勢に無勢と思われたが酒場はアウトの庭であった。

後で酒場の店主に大目玉喰らうのは確定であるが、勝手知った我が家である。

テーブルを盾に、酒瓶を武器に、そして普段からすかしたAランク野郎が気に食わない連中を味方に、ボッコボコのボコボコであった。

 

「ふぅ、流石はAランクだぜ」

「やったなアウトさん」

「ああ、ガッポリだ」

「10万cpくらいあるんじゃないっすかねえ」

「武器と防具も売っちまいましょう」

「店主!詫び金だ!全部持ってけ!」

 

 Aランクと言っても所詮は人だ。急所は鍛えられない。

アウトのステゴロを知っている面々は、知ってか知らずか対人間の戦い方が分かっていた。

モンスター退治の専門家が勝てる謂れは無いのだ。

酒場の店主に慰謝料としては多額の金を渡したアウト達愚連隊は、気絶しているAランクの面々をどうするか話し合っていた。

 

「知り合いに頼むかあ。朝まで縛っておいて、朝になったら町外れの工事現場に集合な」

「どうするんですか?」

「埋める。土に直接埋めるよりかは良いぜ」

「ひええ、前にもやった事がお有りで?」

「へへ、ナイショだぜ」

「「「ぐっ」」」

 

 照れ顔で答えたアウトに一同心を射抜かれる。

が、話している内容は最悪である。

人を殺した話で照れ顔になった奴でギャップ萌するな。

してはいけない。




コミュニティの話書きたかったんですけど、訳分からなくなりました。
まあ良いや。


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続・コミュニティ?

 Aランク冒険者行方不明事件から一週間、町はいつも通りの日常を取り戻していた。

アウトを捕まえたら10万cpの依頼もいつの間にか取り消されている。

 Aランク冒険者がいなくなったら不味い?

そんなことは全くない。

所詮は強いだけの破落戸、モンスター退治なぞ兵士を出せばそれで済むのだ。

単価が安いので使われているだけだ。

 ただし、強い破落戸なのでコミュニティをまとめる長としては機能していた。

町はいつも通りの日常を取り戻していたが、騒乱の兆しがちらほらと見え始めていた。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 ここは町エルフのコミュニティ集会所、獰猛な荒くれエルフ共の隔離場所でもある。

ここでは、Aランク冒険者がポッカリいなくなったコミュニティの勢力争いについての話し合いがされていた。

 

「アウトをやるぞ」

「やろう」

「やるか」

 結論はすぐに出た。アウトを殺れ。簡単それだけ。

他の大手コミュニティでも大体同じ様な意見になり、時はまさに大コミュニティ時代。

一人の一応は少女を巡って騒乱が起ころうとしていた。

 

 そんな騒乱の中心の少女はと言うと……。

「そもそも、俺を捕まえる依頼出した奴誰だ?」

「さあ?受付で聞いてくれば良いんじゃないですかね」

「おめえが聞いてこい!」

「はいっ!」

 お礼参りをしようとしていた。

舐めたらアカン、舐められたらアカン。

冒険者商売は面子が命。

唾を吐いてきた相手は地の果てまで追い詰める。

少なくともアウトはそうだった。

 そもそも本当に田舎育ちなのか?

どっかのマフィアの隠し子じゃないのか?と巷では言われていたが、本当に田舎育ちです。

田舎を舐めるな。

 

「聞いてきました!」

「おう誰が依頼主だ?」

「やんごとなきお方だそうです!」

「は?難しい言葉使うなって言ってんだろ!教育!」

「ありがとうございます!」

 やんごとなきお方とはつまりは貴族である。

誰とは言えない。口を割ったらどんな目に会うか。

そんなこと。知らないアウトは教育した後に受付嬢に近づく。

 

「"やんごとなきおかた"って誰だ?」

「い、言えません……言ったら殺されてしまいます!」

「選べ。今死ぬか、後で死ぬか。2つに1つだ」

 とても主人公とは思えない恫喝をしたアウトは、見事やんごとなきお方の情報を無事に手に入れ、カチコミの準備を進めることにする。

 

 やんごとなきお方──、その正体は領主である。

傍若無人の暴れん坊を捕まえようとする良い領主であるが、たったの10万ポッチでそんな奴を捕まえさせようとするドケチでもあった。

 名君に挑むは、田舎生まれ田舎育ち、多分拳から先に生まれた女、アウト。

ギルドを飛び出した彼女は、工事現場から木材を貰い、トンテンカンテンと何かを作成していた。

何をしているのか気になった現場監督がアウトに尋ねる。

 

「何してるかって?領主を入れる棺桶作ってんだよ。流石に領主殺したら棺桶に入れたほうが良いだろ!」

「前に貴族やった時はそのままコンクリに沈めたじゃねえか」

「あれはムカついたからな……いや、待てよ、俺は領主にもムカついてるぞ!」

「じゃあどうするよ?」

「おい!アウトとか言う女はいるか!」

 

 作った棺桶をどうするか悩んでいたアウトと現場監督の下に粗暴な集団が話しかけてきた。

粗暴な集団はエルフにドワーフ、ハーフリングと人間以外の勢力オールスターだ。

まあ、暴発したコミュニティ連中である。

 

「監督ちゃん、人柱が増えても問題ねえか?」

「おいおい、ここを心霊スポットにする気かよ!」

「「わっはっは!」」

「てめえら何笑ってやがる!……ぎゃあ!」

 スコップ殴打。相手は死ぬ。

オーガに棍棒、勇者に聖剣、破落戸に鈍器。

水を得た魚の様にアウトはスコップで殴打、殴打、殴打。

工事現場には20人程の人柱が増える事になった。

 

「本当にやるやつがいるか……いやいたわ!」

「いるぜ!」

「「わっはっは」」

 現場監督の種族はドワーフだが、同じ種族がやられているのに笑顔である。

誰でも彼でもコミュニティに属している訳では無い。

監督もその口だ。

と言うよりも他人がやられたところで何とも思わないのが普通なのである。

 

「棺桶の中には夢が詰まってる」

「棺桶は貯金箱じゃねえんだぞ」

「監督にも分前あげるから。ほい、半分こね。」

「お前……やっぱり良いやつだな」

「知ってる」

「「わっはっは」」

 人柱達にはもう不要となった所持品を棺桶に詰めた二人は頭の痛くなる会話をしている。

そんな二人の下に工事現場の作業員が集まってきた。

あれだけ騒いでいれば当たり前である。

安全になったであろうタイミングで皆ゾロゾロとやってきたのだ。

 

「アウトさん、ちっす。もう埋めて良いっすか?」

「良いぜ!埋めるの手伝ってくれたら分前くれてやる!」

「うひょお!臨時収入だあ!」

「やるぞやるぞやるぞ!」

 最近、人を埋めるのが大して珍しくも無くなっているが、それにしても倫理観がぶっ飛んでいる。

彼らは、アウトがやらなくても自分達で人柱を連れてきて埋めているそうだ。

 

 皆に協力してもらって人柱を埋めた後、アウトは棺桶を引き摺って領主館を目指そうとした。

しかし、急に面倒になってギルド(酒場)に引き返した。

知らぬ所で領主は命拾いしたが、恐らくアウトの気まぐれ次第で酷い目に会うだろう。

頑張れ領主、負けるな領主、理不尽な目に合うのはファンタジー世界の領主特権だ。



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税の金

「そういやお前、税金払ってるのか?」

「ぜいきん?なんだそりゃ?」

 今回の話はひょんなことから始まった。

税金、税の金。忌々しい金。

ファンタジー世界にだって税金は存在する。

払ってない奴は人扱いされない。公共サービスとか何もないけれども。

税金を知らないアウトに、酒場の店主が簡単に説明する。

 

「えーと、領主様に払うお金だよ」

「は?何で俺を殺そうとしてきた奴に金払わねえといけねえんだよ」

「一応ランクごとに払う額決まってんだよ。Eまでは免除だけど、お前最近Dランクに上がっただろ?」

「聞いてねえぞ!おい!受付!こっち来て説明しろ!」

「ひぃ〜、説明しましたよ〜」

「うるせえ!俺が聞いてねえって言ったら聞いてねえんだよ!」

 説明を受けるアウト。滾々と説明する受付嬢。

税金を納めるのは毎年2回。その期限はすぐそこまで来ていた。

 

「お前さん、金持ってるのかい?」

「持ってねえよ。全部使った」

「結構異例の早さで昇進してたのに降格しそうだな」

「ランク下がるだけなら良いかあ」

「いや、払わなかったらランクの降格にくわえて労役3ヶ月が課せられるぜ。タダ働きだ」

「道路とか作るやつだろ?やりたくねえなあ」

「頑張って金稼ぐんだな」

「くそ面倒くせえ!」

 

 数日後に控えた納税日のためにギルドを飛び出し、金策に走るアウト。

初めの協力者(犠牲者)は……。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

「おい!ガキ!金貸せ!」

「ええ……いきなり何?お姉ちゃん、最悪だよ……」

 毎度お馴染みのちびっ子だった。

子供だろうと金をせびる。アウトに恥や外聞などは無い。

 ちびっ子の巾着袋を奪い取り、逆さにするアウト。

チャリンと音がして、アウトの手にお金が落ちる。

 "アウトは100cp手に入れた。目標まで残り9900cp"

 

「ちっ!湿気てんな!昨日やった金はどうした?」

「みんなで分けたよ」

「そいつら呼んで来い!」

「絶対来ないよ」

「オレが探してたって言っとけ!」

「うん、言っとくね」

 

 ちびっ子から金を巻き上げたアウトの次なる行き先は……。

 

「よお、代書家ぁ。儲かってるか?儲かってるよな!金貸せ!寄越せ!10000cp!」

「ひええ!急に何ですか!10000cp?嫌です!貸せません!」

 予想通り、代書家であった。

アウトの親しい?知り合いは少ないので行く先は絞られるのである。

 

「んだとぉ!いくらまでなら出せる!」

「せ、せ……「ああ!」、5000cp出せます!」

「最初からそう言えば良いんだよ!貰ってくぞ!」

 

 "アウトは5000cp手に入れた。目標まで残り4900cp"

 ギルドの中で行われるえげつない行為。

アウト、お前冒険者辞めて、地上げ屋か強請り屋になれ。

ギルドにいた面々はそう思った次第であった。

※代書家はアウトがギルドを出ていったのを確認してからギルドに来るため、最初飛び出した時はいない。

 

 丸3日間、方方(ほうぼう)手を尽くしたアウトであったが、どうしても残り9000cpが集まらなかった。

何でお金が減ってるかって?使ったからに決まっている。

急な大金(アウト基準)が手元にあったらこの女は使うのだ。

そういう風に生きてきた。

そして1000cpを握った彼女は最終手段に出る。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

「チーにゃ!」

「ポンにゃ!」

 ここは場末の賭博場。

猫獣人コミュニティの運営するこの鉄火場には町の賭博師達が集まる。

鴨にされるのはいつも田舎者。

博打覚えたての者達が、百戦錬磨の博徒共に勝てる謂れは無いのだ。

 

 そんなところにアウトがぶらりと降り立つ。

"真面目に働く"事をモットーにしているアウトは勿論、博打などしたことが無い。

ルールも知らない。金が貰えるらしいから来ただけだ。

 そんなヨチヨチ歩きの鴨に猫獣人が話し掛けた。

彼等は鴨の匂いに敏感だ。猫だけに。

 

「お姉さん、ここは初めてですかにゃ?」

「あ?舐めた口聞いてんじゃねえぞ!なにが"にゃ"だ!ぶち転がすぞ!」

「ひい!すみません!」

 猫獣人は猫かぶっていた。

どこの世界に"にゃーにゃー"喋る人間がいるのだ。

そんな奴は、かまととぶってるか狂人だけだ。

 

 で、説教かましたアウトは猫獣人に連れられ、サイコロ賭博場に到着する。

そこは、コロコロと転がるサイコロと、ゴロゴロと頭を抱えて転がる者達が混在しているスペース。

 サイコロ賭博は敷居が低い。

その為か、生き馬の目を抜く博徒達が、田舎者(鴨)を今か今かと待ち構えていた。

 

「サイコロのルールは分かりますか…に……」

「かに?分からねえ。教えろ」

「ではチンチロリンを教えます…な……」

「おう、早くしろ」

 

 ………………

 

「よし!大体分かったぜ!」

「本当ですか?」

「おう!さっさと案内しろ。沢山貰えるとこが良いぜ!」

 ルール説明を受けたアウトは、早速高レートのチンチロリンで勝負をすることにした。

当たり前だが高レートでの勝負は種銭が沢山必要ある。

彼女の手持ちは1000cp、まあ、勝負にならない。

だが、それで終わらないのがアウトである。

 

「おい、俺と有り金全部賭けて勝負しろ」

「姉ちゃん、いくら持ってんだ?」

「1000cp」

「はん、話にならねえ。だがよう、腕一本でも掛けるなら良いぜ」

 腕一本掛けるなら良いぜ──伝説の博徒レッドウッドが使った言葉である。

余りにも強かった彼は、無用な勝負事を避ける為にこの言葉を良く使ったと言う。

 しかし、そこはアウトである。

迂遠な言い回しは逆効果。

彼女はブレーキの効かない馬車、度胸だけで生きてきた女である。

当然、その条件を承諾した。

 焦ったのは言った側だ。

まさか受けるとは思わなかった彼はアワアワし、そしてすぐにある考えに到達する。

イカサマすれば良いだけだと。

相手は素人、万に一つも負ける訳がないのだ。

腕の代わりに体を好きにしてやると下衆な考えが頭をよぎる。

 

「……分かった、サシでやるぞ!」

「タイマンだな!良いぜ!」

 通常チンチロリンは4,5人でやるが今回は特別マッチ、特別ルールでやることになった。

1対1、一方は腕を、もう一方は有り金を賭けた一本勝負。

周りの客も勝負をやめ、行方を見守る。

 博徒のターン……ピンゾロ(1が3つの役。即勝ち)だ。

グヘヘといやらしい顔で笑う博徒。

当然イカサマだ。

 

「これって俺の負けなのか?」

 周りの客に尋ねるアウト、頷く客。

「そうか……おらあ!」

「ぎゃあ!」

 アウトの左ストレートが博徒の顔面に突き刺さる。

別に負けたのが悔しいとか、イカサマを見破ったから殴った訳では無い。

"腕一本"払ってやったのだ。

 

「腕一本くれてやったぞ!もう一回勝負だ!」

「は、話が……」

「ああん!早くやれよ!」

「ひぃ!」

 出たのはピンゾロ。そしてまた殴られる博徒。

1対1のルールだ。誰も口出しは出来ない。

3,4回それを繰り返したところで博徒が折れた。

丼からサイコロが溢れる。

"ションベン"──即負けだ。

 

 "おおー"と観客から感心した声が漏れ出る。

アウトがそれを聞いて観客に尋ねた。

「これって俺の勝ち?」

「おうよ!お姉さんの勝ちだ」

「こいつもイカサマしてたから自業自得だぜ」

「え!イカサマしてたのか?」

「え!だからぶん殴ってたんじゃないのか?」

「いや、別に」

 

 こうしてアウトはサイコロを一回も振ることなくチンチロリンに勝利し、税金を払っても余る程の金を手に入れた。

しかし、宵越しの金は持たない主義のこの女。

税金払った余りを一日で溶かしてしまう。

きっと次の税金を払う時も苦労するのであろう。

 



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タブー

 唐突だがファンタジー世界で一番金を持っている勢力は何だろうか?

商人?王族?貴族?どれも違う。

答えは国教勢力だ。

 "免罪"と書かれた紙を売るだけでガッポリ。

情報も少ない時代なので効力無くても問題なし。

しかも国のお墨付きだ。

 そして貯めた金を国や貴族に貸し出し、更に利息でボン。

あらゆる富を吸い取るシステムが完成していた。

で、今回のお話はというと……。

 

「アウトさん、お客さんですよ」

「客?誰だ?ガキか?」

「いえ、教会の方です」

「きょうかい?何だそりゃ?」

「あれですよ、あれ。神に祈る奴ですよ」

「へー」

 都会っ子のシティボーイアンドガールと違い、冒険者達は教会なぞ信じていない。

彼等は免罪符を買う金があれば、酒か飯を買うだろう。

そもそも悪い事をしてるとは微塵も思ってない連中である。

笑って人を埋める奴らに罪の意識なぞあってたまるか。

 で、そんなモンスター筆頭のアウトに面会に来たのは、この町の教会勢力の一人である神父。

しかも丸腰、護衛無し。

何かされたらどうするつもりなのだろうか?

そんな草食動物がアウトに話し掛けた。

 

「最近、羽振りが良いようで」

「はぶりって何だ?」

「……えーと、最近孤児の方への喜捨をされているようで」

「きしゃ?お前俺の事、田舎者って馬鹿にしてるだろ!」

「で、出たー!アウトさんの田舎者自虐だ!相手は殴られる!」

「ふぎゃあ!」

 被田舎者認定拳─、長い期間、と言っても6ヶ月くらいだが、アウトが町に来てから必殺の拳である。

ひょんなことから飛び出してくるこの拳を避けられた者はいない。

 

「い、いきなり何するんですか!」

「あ?分かるように喋れ!」

「はい」

 それから神父はアウトでも分かるように懇切丁寧に説明した。

何度か殴られたが、内容はこうである。

 

「最近ガキ共が金持ってるからうちにも金寄越せだと?」

「は、はいー!そうです!孤児院にも是非寄付を!」

「分かった……褒美をくれてやるよ!」

「ほぎゃあ!」

 左ストレート一閃、哀れ神父はノックアウト。

恐らく彼は、町外れのほうで基礎にされるだろう。

 

 そもそも何故彼がアウトの下にやって来たのか。

それは金の匂いに敏感な教会がアウト傘下?のガキ(ちびっ子)達が、普通に生活していた事を確認したからだ。

 下町のちびっ子達は、元々その日の飯にも困る欠食ガリガーリー達である。

彼等はアウトが来てから、正確にはアウトの周りをチョロチョロしているちびっ子がアウトと出会ってから変わってしまった。

 元々、クソみたいな金勘定をしている女である。

絡んで来たチンピラの財布の中身を確認せずにちびっ子にやる事云十回、報酬丸々渡すこと云十回。

確実に欠食児達に金が回っていた。

 貧乏人な彼らは大切にお金を使い、飯を食べ、体を鍛え、今では孤児院のちびっ子達よりも健康的な体を手に入れた。

 そんなことは置いといて、目の前に倒れている神父の処理の話である。

当然の様にアウトは神父の懐を漁り、戦利品を回収した。

受付嬢は見ないフリである。

彼女はシティガールなので敬虔な信徒なのだ。

 

「こいつめっちゃ溜め込んでんじゃん!」

「うおっ!これ宝石っすね!売れば一年遊べますよ!」

「おいおい、この十字のやつ金で出来てるぜ」

「よしっ!今日は俺の奢りだ!お前ら換金してこい!半分はやる!」

「「ひゅう!流石アウトさん!行ってきます!」」

「おう!俺はちょっと工事現場行ってくるわ」

 それから数時間後、素晴らしいチームワークで"後処理"を終えた面々と話を聞きつけた者達が酒場に集まる。

酒場が始まって以来の売上に店主もニコニコ顔だ。

神父が追い剥ぎされたところなど"見ていない"のである。

 

 そして、酒場で最高の夜を過ごした次の日、冒険者による神父狩りが始まった。

酒場に集まった面々は次の日の事を考えてか、酒は控えて、日の出の一時間前には準備運動を始める始末である。

 一度破られたタブーなど知ったことか。

誰かがタブーを破れば続く者は山程出るのが冒険者なのだ。

 

◆全盛期の神父狩り伝説

 

・護衛の8人となら大丈夫だろうと思っていたら冒険者20人に襲われた

・教会から徒歩1分の路上で神父が頭から血を流して倒れていた

・足元がぐにゃりとしたのでござをめくってみると神父が転がっていた

・ブレスレットをした神父が襲撃され、目が覚めたら手首が切り落とされていた

・馬で神父に突っ込んで倒れた、というか轢いた後から所持品を強奪する

・店からから教会までの10mの間に強盗に襲われた。

・馬車に乗れば安全だろうと思ったら、馬車の乗客が全員冒険者だった

・「そんな危険なわけがない」といって出て行った神父が5分後血まみれで戻ってきた

・「何も持たなければ襲われるわけがない」と手ぶらで出て行った神父が靴と服を盗まれ全裸で戻ってきた

・冒険者ギルドから半径200mは冒険者にあう確率が150%。一度襲われてまた襲われる確率が50%の意味

 

 こうして町からは神父がいなくなった。

教会税を払わなくても良くなったので領主的にも商人的にもオールオッケー。

そのうち異端審問官が送られて来ることになるが、きっと酷い目に合うだろう。




手抜きですみません


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蛮族

 中世ヨーロッパの歴史の多くは"ヨソモノ"との戦いであった。

フン族然り、異教然り、ヴァイキング然り、遊牧民然り。

ヨソモノのオスマン帝国がビザンツ帝国のコンスタンティノープルを陥落せしめたことで中世は終わりを告げ、近世が始まったのだ。

 

 中世ヨーロッパをベースとしたこの謎の中世ファンタジー世界も同じ様なモノで、度々"ヨーロッパとしている"側は襲撃を受けていた。

今回のお話はそんなヨソモノのお話。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 ここはいつものギルドに併設された酒場。

ここにアウトが来てから早9ヶ月、季節は冬になろうとしていた。

 冬は寒い、雪も降るため現場作業系の仕事は無くなる。

外で野生動物や魔物を狩ろうにも雪が積もれば普段と勝手が違う。

冬場で食料が減り、腹を空かせたソイツらと戦うのは、少ない報酬に対して割に合わない。

 冬場に冒険者がする事と言えば、ダラダラするの一択である。

金?そんなものはある奴が払う。

冬だけは謎の仲間意識を発揮するのだ。

 

「アウトさん、ここ置いときますね」

「おう、いつもありがとな!」

「いえいえ、"アイツら"を片付けて頂いて貰ったお礼です」

「あいつら?よく分からんけど、どういたしましてだ!」

 商人風の格好をした男がアウトに金を届けに来た。

大した額では無いが冬の間中は渡しに来るらしい。

 男の言う"アイツら"とは教会勢力の事である。

商人達は浄財と言って少くない額を教会に払わされていたのでアウトに金を払うくらい訳ないのだ。

 そもそも、宵越しの金は持たない主義のアウトの場合、金の流れが商人→アウト→酒場、ガキ→……→商人なので商人は少しも損していない。

汚い、流石商人。

 

 冒険者達は、冬にやることが無いと言ったが、それはヨソモノ達も同じである。

いっちょ近隣の町襲いますか〜くらいのノリで、冬は蛮族エルフや蛮族ドワーフ、蛮族ハーフリングに蛮族肌白い奴が攻めてくる。

 攻めてくると言っても切迫している訳では無いので、喧嘩してくるノリだ。

今年も場外の特設リングで町の兵士達とヨソモノ達の熱き殴り合いやレスリングが行われるだろう。

当然そんな野蛮なイベントには、暇な冒険者達も少ない金で駆り出される。

 アウトの所にも町のお偉いさんから"そう言う"指示が出ていた……。

 

「ですから、何人かと戦うだけで良いんですよ」

「やだ。外寒い」

「ちょっとー!これじゃあ狂犬じゃなくて子犬じゃないですかー!話が違いますよ!」

「諦めろ。嬢ちゃんは室内じゃないとテコでも動かねえ」

 交渉決裂。理由は寒いので。

傍若無人、悪逆無道、魔物に育てられた、その魔物を食い殺した等々、悪名高いアウトであるが、彼女にも苦手なものがある。

暖かいとこ生まれ、暖かいとこ育ちの彼女は寒さに激弱であった。

 

「都会舐めてたわ」

 16歳の冬、町に出てから9ヶ月、彼女に初めに土をつけたのはお天道様であった。

 

「分かりましたー!じゃあ酒場に連れてきますね!」

「"じゃあ"じゃねえだろ!うちは蛮族お断りだ!」

「領主命令なので!では行って参ります!」

「誰か止めろ!」

「「「寒いから嫌っす」」」

 

 シュババババっと偉い人(領主)からの使者は酒場を後にする。

流石は使者に選ばれるだけはある。

めちゃくちゃ足が早い。

店主が外に出た時には既に遠くの方を走っていた。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 使者が酒場から立ち去って一時間後、使者に加えて男と女がそれぞれ2人ずつ酒場を訪れた。

 エルフ女にドワーフ男、ハーフリング女に肌白の男。

見た目も性別も違う面々である。

恐らく彼らが件の蛮族なのだろう。

 使者が彼らに二言三言話すと、彼らは奥の席で丸まっているアウトを取り囲んだ。

剣呑な気配に気付いたのか、流石のアウトも寒さに震えるのを辞めてガンをつける。

見えはしないが、明らかにアウトと彼らの間に火花が散っているであろう。

そして、口火を切ったのはアウトだ。

 

「何だこら!やんのかコラ!」

 いつもの対応である。

何処にでもいるヤンキーの様に取り敢えずコラコラ攻撃だ。

やることは極悪非道なのに中身(知性)が伴わない。

そこがある意味、木っ端冒険者や下町小僧達に好かれる理由なのだろうが、蛮族からしてみれば関係ない。

すぐさま応戦される。

最初の相手は蛮族エルフ。

 

「%$#^&&&*;田舎者!」

「……何言ってるか分からねえが田舎者だけ聞き取れたぞ!」

 ボコッと良い音がしてエルフが床に崩れる。

見ると顔が腫れ上がっている。

お見事と言いたいところだが、アウトのほっぺも赤くなっていた。

 

「やるじゃねえか!おらあ!起きろ!」

 ぶっ倒れたエルフをガシガシ蹴り飛ばすアウト。

他の三人は何やら使者に抗議をしている。

途中で面倒くさくなったのか、使者はアウトにこう告げた。

 

「アウトさん、こいつらアウトさんの事を田舎者って馬鹿にしてますよ!」

「なに!許さねえ!」

 その辺の酒瓶片手に突っ込むアウト。

1対3?そんなの関係ねえ。

ビビったほうが負けるのがチンピラの喧嘩の掟だ。

 いち、にの、さんであっという間に頭を割られた残りの蛮族。

ついでに使者もぶん殴られた。勢い余ったので。

 

「雑魚が!田舎者舐めんな!」

「酒瓶弁償な」

「俺は悪くない!」

「駄目!」

 

 弁償の費用は勿論使者から出た(奪った)。

 ちなみに蛮族は賓客待遇で来ていたので後で外交問題に発展したそうな。

あんまり文句を言うと田舎者(アウト)をけしかけるぞと説得したら、なあなあになったらしい。

めでたし、めでたし。

 



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春は曙

 春、それは別れと出会いの季節。

希望と諦めの季節でもある。

倫理観がクソ以下の、このファンタジー世界にも春は来るらしい。

 一年、これは町に出てきた田舎者達が冒険者を諦め、村に"かえる"か、単なる肉体労働者に職を"かえる"、平均の時間である。

 田舎者の中の田舎者、未だに自分の名前も書けない、暴力の化身たるアウトはと言うと……。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

「お前、丸くなったな」

「はあ?誰が丸くなっただって?」

「お前だよお前。何か体型が球体に近づいてるぞ」

 

 肥えている事を酒場の店主に指摘されていた。

冬場、碌に動いていなかったアウトは太った。

冬眠前の熊の様に、それはもうブクブクと。

 今と違い、この時代に於いて体重は富の象徴である。

貧乏人は朝から晩まで肉体労働するので太る暇がないためだ。

太っているのは頭脳労働者で貧乏人をこき使う側である。

ある意味、代書家とガキを使っているアウトもそっち側なのかもしれないが、肉体労働者の間ではデブの扱いは酷い。

 

「俺は太ってねえ!皆が痩せただけだ!」

「何言ってんだお前。気でも狂ったか?」

 店主がデブの謎の理論に頭を悩ませているとギルドに明らかに田舎者の様な服装の若者がやって来た。

春は出会いの季節、ギルドの中は右を見ても左を見ても田舎者だらけだ。

しかし、その田舎者は少し違った。

 

「こんにちは!ロウ村から来ました!」

 しっかりとした挨拶!

そう、あの田舎者が礼儀正しく挨拶をしたのだ。

 そして、その出身地が問題であった。

ロウ村──去年大暴れしたアレと同じ出身地である。

 冒険者ギルドにいる者たちは身構えた。

アレと同じ村出身地の奴がこんなに礼儀正しい訳は無い。

巧妙なカモフラージュ、こいつは嘘をついている。

肉体派の"アレ"とは違い、"コイツ"は頭脳派だ。

油断してはならないと。

 

「……おい、お前の同郷だぞ。どんな奴だ?」

 ヒソヒソ声で店主がアウトに新入りの人柄を尋ねる。

「あ?見たまんまの奴だけど」

 アウトの返答に思わず聞き返す店主。

「え?お前の村って礼儀正しい奴いるのか?!」

「俺がいるじゃねえか!」

「うるせえデブ」

「あのー、すみません」

 頭の痛くなる会話をしている二人に、その新入りが話し掛けた。

どうやら店主がまともな服装をしているので、ギルドのお偉いさんと勘違いした様だ。

この世界は見掛けが9割、偉い奴は良い服、偉くない奴は悪い服を着ているので着眼点は良い。

 

「お、おう、何だ?見かけねえ顔だな」

「はい、田舎から出てきたもので」

「……お前、本当に田舎出身か?」

「ええ、バリバリの田舎者ですよ」

 アレとは違うベクトルでヤバそうな奴を前に頭を抱える店主。

何でこんな両極端の奴が同じ村にいるんだと。

アレとは正反対な奴は更に続ける。

 

「えーと、僕と同じロウ村から来たアウトって人知りません?」

「ああ、よく知ってるぜ。そこに居るだろ」

「え?何処ですか?」

「俺の隣の奴だよ、目でも悪いのか?」

「よう!誰だっけ?」

 新入りは声を掛けてきたアウトを暫く見てから店主の方に向き直す。

 

「ハッハッハ!これが都会流の冗談ですか?」

「いや、こいつだって」

「いやいや、アウトさんは、こんな人の形をした豚じゃないですよ。アウトさんはねえ……」

 ………30分後。

「分かりましたか?」

「おめえがやべえ奴だって事が分かった……お前の村って変な奴しかいねえんだな」

「Zzz……んあ?聞いてなかった」

「チッ!この豚が!」

「じゃあ僕はこれで。あとその豚に二度とアウトさんの名前を騙らない様に言っといて下さいね」

「はい」

 こうして新入りは爪痕を残しギルドを去っていった。

何気に代書家を使わずに冒険者登録をしていたので、そのインテリジェンスは相当なものである事が伺える。

 偶然か神の思し召しか、はたまた悪魔の誘いか。

この町のギルドは爆弾を2つ抱える事になった。

 

 その後、冒険者達の間で瞬く間に"ロウ村の新入りには近づくな"と言う噂が広まり、噂を話半分で聞いたある者は精神的にダメージを負う事になる。

被害者は日に日に増えていき、遂には強制ダイエット依頼が発令された。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 ──数日後、酒場。

今日がダイエットの期限である。

成功報酬1万cp、これで痩せられなかったら強制労働である。

酒場に来た面々は、今か今かとアウトの来店を待っていた。

 そしてその時は来た。

"バンッ"と扉を蹴り飛ばし、アウト来店である。

スラッとした手足に、面長の顔、顎の下もタプついていない。

 

「ずいぶん……鍛え直したな……」

「復活ッ!アウト復活ッッ!」

「久し振りにあいつの顔思い出したわ」

「顔は一緒だろ、顔は」

 感想は人それぞれであったがダイエットは成功した様だ。

 さて2つの問題の内1つは片付いたが、もう一方はまだである。

件の精神破壊モンスターは、未だにアウトを探して町を徘徊し、多数の被害者を出していた。

 

「よし!アウト、ぶん殴ってこい!」

「どこ居るか分かんねえんだけど」

「悲鳴が聞こえた方に行けば、その内会えるだろ」

「チッ!面倒くせえな!」

「ギャー!もう分かったから!アウト最高!」

「さんを付けろ!デコ助野郎!」

「「……」」

「すぐそこにいるみてえだな。さっさと行ってこいや!」

「おう!殴らせろ!」

 来店して5秒で退店。いつものアウトが帰ってきた。

 

 店を出ると数日前に酒場で見かけたアウトの同郷、つまりは田舎者が善良な一般市民を恫喝、いや洗脳していた。

 そこに現れたるわ、彼の田舎者が崇拝するアウトご本人。

田舎者、ヒョウと驚き、アウトを崇め奉れば、繰り出されるは老若男女平等パンチ。

あはれ田舎者、自身の思い届かず、路傍の石となりけり。

 

●春の特別マッチ

 田舎者 VS 田舎者

 勝者 田舎者 1R 00分03秒 左ストレート

 

 春は脈動の季節。

冬の分も働くのだ冒険者達。

日銭を稼ぐ為に。

 

 



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