【全12話】中二病の英梨々 (きりぼー)
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英梨々に目覚めた右手の邪神

どうもこんにちわ。春ですね。

いきなりこの作品から読む方のために軽く解説しておきますと、英梨々ルートを完成させるために、試行錯誤と紆余曲折している作品であります。

小学生時代のいじめ問題から派生したケンカの解釈を変える事で、倫也と英梨々は今も仲良しな中学時代を送っています。

でも、英梨々が腐女子であることは秘密のため、倫也と英梨々は学校では基本的に口をききません。

そんな二人の中二時代の物語。


 今日は穏やかな春の日で、優しい風が少し吹いていた。

 

 春休みが明ければ中二に進級する。

 新一年生の入学式まで桜がもちそうにないので、俺と英梨々はこうして近所の桜坂を散策している。

 

「はぁ?あんたバカなの?死ぬの?中二病っていったら、右手に宿る邪神でしょ」

「いや・・・邪眼だろ。常考」

 

 自分でも分かっている。正解のくだらない論争ほど不毛なものはないことを。ましてや、こんな春うららな桜満開の日にもめるようなことではないことも。

 

「ぐああぁ・・・この右手の封印がぁ・・・」

 

 英梨々が右手を前に突き出して指を開いてぷるぷると震わせている。俺は迫真とはいいがたいチープな演技にツッコミもいれず、必死に笑いをこらえている英梨々を見て溜息をついた。

 

「で、その後どうなるんだ?」

 

 ライトイエローのフレアスカートにはおよそ似つかわしくない。ガニ股で操気弾でも出てきそうなぐらい英梨々は踏ん張っていた。

 

「べ・・・べつに何も起きないわよ」

 

 ふと、我に返った英梨々が耳を赤くして、何事もなかったかのように歩き出した。

 

「続きがあったと思ったんだけどな」

「封印されているっていったでしょ」

「でも、それだと邪神が宿っている証明にならないよな」

「じゃあ、あんたの邪眼はどうなのよ」

 

 そうきたか、別に俺に邪眼があるなどと一言も言ってないんだが。

 

「ふっ」

 

 余裕をもって鼻で笑い、俺はメガネをシャツの胸ポケットにしまい、右目を手で隠した。

 

「俺の右目はお見通しさ」

「なんで、右目を隠して右目で見えるのよ」

「・・・」

「わざわざ変えなくてもいいわよ」

「そこはスルーしろよ」

 

 桜は咲き誇っていて、一面がピンク色の世界になっている。坂の上が一番見渡せていい。周りにも近所の人達が歩いて桜を眺めている。

 

「で、何が見えるのよ?」

「そうだなー」

「考えてないじゃないの」

「み・・・未来が見えるんだよ」

「どんな?」

「この場所で、カワイイ女の子に出会う気がする」

「それ、見えてるんじゃなくて、あなたの願望ですよね?」

「ヒロユキ調で言わないでくれる!?」

 

 英梨々がクスクスと笑っている。柔らかなオレンジ色のポンチョがとても似合っていて可愛い。

 

 

※ ※ ※

 

 

 俺の部屋に戻ってきた。2人で熱い煎茶を飲んで、少し冷えた体を温める。

 

「証明するわよ。あたしの右手に宿った邪神を」

「まだ続けるのかよ・・・」

「倫也を驚かせてあげるわ」

 

 英梨々が俺の机の引き出しから折り紙を取り出した。なぜ俺の部屋の折り紙の場所など知っているかというと、半分ぐらい英梨々が勝手に使っているからだ。それどころかその折り紙は俺のじゃない。英梨々のものだ。所有権はどうでいいか。

 

 コンパスやら定規をつかって、英梨々が折り紙に模様を描き始めた。

 

「ほう・・・魔法陣か」

「上手いでしょ」

「ああ、実に英梨々らしいよ」

「今回はちょっと簡単なものにするわよ」

 

 4枚の折り紙に英梨々が魔法陣を描いた。円と幾何学模様に読めない文字が適当に書いてある。

 

 それをベッドの上に一枚置いた。

 

「倫也、その魔法陣に右手を置いてくれるかしら」

「こうか?」

 

 言われたままに、俺は右手を魔法陣に置いた。英梨々がその近くにもう一枚魔法陣を置く。

 

「今度はそれを左手」

「・・・ふむ」

「で、こっちの魔法陣に右ひざ」

「こうだな」

「そう、で、最後にこの上に左ひざをのせてくれるかしら?」

「わかった。で、どうするんだ?」

「そのまま目を閉じて。呪文を唱えるから」

「なんか本格的だな・・・」

 

 俺は目をつぶった。なんかイメージと違うけど怪しい雰囲気はでている。そして、カシャカシャとシャッター音がする・・・

 

「ちょっと、顔をこっちに向けてくれるかしら?」

「目をつぶったまま?」

「開けてもいいわよ」

 

 俺は振り向くと、英梨々がハァハァしながら写メを連続して撮影していた。

 

「お前なぁ・・・」

「さすが魔法陣ね、見事な中二病ホイホイよね」

 

 俺はやっと気が付いてベッドから降りた。魔法陣を描いた4枚の折り紙を回収する。英梨々にしてやられたのだ・・・俺はバカ正直にベッドの上で四つん這いになってしまった。

 

 英梨々が撮影した画像をチェックしながらニヤニヤしている。どうにも俺に被写体としてモデルをさせたいらしく、マンガの資料のためとはいえ無理な要求も多い。この四つん這いポーズも恥ずかしくてずっと断っていたものだ。

 

「こんな簡単なのに騙されるなんてなー」

「別に騙してないわよ。魔法陣の力でちゃんと倫也を捕獲したじゃない」

「納得できないからなっ!?」

「まぁ、見てなさいよ・・・」

 

 英梨々はスケッチブックをテーブルの上に置き、立ち上がって印を結んだ。動作はカッコいいがキレがいまいち。

 

「リーテ・ラトバリタ・ウルス・アリアロス・バル・ネトラレール!」

 

 うん。誰もが覚える基本の呪文だ。封印を解放する呪文では一番有名だろう。

 

 もちろん、青い光が発するでもなく、しばしの沈黙のあと、英梨々は黙って座ってスケッチブックになにやら描き始めた。

 

 シュールだ。

 

「やっぱり、オリジナルの呪文の方がよかったかしら?」

「いや、今更迷うなよ・・・お前はよくやりきったよ・・・」

「そう?そうよね」

 

 自分で言い聞かせて、うなずいている。

 

 英梨々は絵を描き始めると、だんだんと集中していく。話しかけると機嫌が悪くなる。だから俺としては隣でラノベをのんびり読むぐらいしかできない。

 

 ずずずっとお茶を飲んで、静かな時間を2人で過ごした。

 

 

※ ※ ※

 

 

「出来たわよ倫也」

「んあ?」

「何寝てんのよ・・・!ほらっ」

 

 春眠暁を覚えず、もう夕方だけど・・・少し眠ってしまったようだ。

 

 英梨々のスケッチブックには、俺の四つん這いの姿が、裸にされて描かれていた・・・

 

「あのなぁ・・・」

「ふふふっ、これが邪神の力よ」

 

 俺はなんて優しくツッコミをいれるべきなんだろう?

 

「それ・・・右手の邪神が目覚めたわけじゃなくて、英梨々の性癖が目覚めただけだよねぇ!?」

 

 

 

 自信ありげに不敵なの笑みを浮かべていた英梨々の顔が真っ赤になった。

 

 

 

(了)

 



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邪眼の能力なら下着の色がわかる

昭和の透視能力では服だけ透けて見えるのが定番だったな。



 5月。新緑爽やかなゴールデンウイークだというのに、英梨々はビルの中で画材を選んでいた。美術部として表の顔を持つ英梨々御用達の場所だ。もちろんマンガ関連の道具も充実している。

 

 今日の英梨々はゴスロリ調のレトロなプリンセスドレスを着ていた。色はやや青みかかった黒。ボタンは金色だがそんなには目立っていない。肩が丸くなっていて、ウエストラインも高めだ。特徴的なのはやはり大きなスカートだ。

 

 コスプレ感がそんなに強いわけでもなく、金髪ツインテールの英梨々が着ているとお人形みたいで可愛くみえる。

 

 本人も自覚はしているようで、髪には大きめの黒いリボン。うさぎの形をしたショルダーバックを合わせている。腕時計が小さいながらも凝っていて良い品なのが俺でもわかる。

 

 で、何をこんなに英梨々について話しているかというと、英梨々はさっきからじっと油絵の具を選んでいるからだ。

 

「どうかしら?このブルー」

「どうだろうなー」

「開けてみないとわからないじゃないね」

「そうだけどなー」

 

 英梨々が真剣に俺に話しかけているのかどうかはわからない。もしかしたら独り言かもしれない。一応は適当に相槌をうっておく。

『油絵具の蓋を開けないでください』と書いてある。それはマナーだ。しかし紙の色だけではわからないのだ・・・

 

「どれがいいかしら?」

「クサガへでいいんじゃないか」

「無難よねぇ・・・」

 

 クサガヘは大手油絵具メーカーで、お手頃価格で商品を扱っている。初心にはおすすめだが、だんだんと詳しくなると他のメーカーにも興味を持ち始める。

 

 英梨々があちこちのメーカーの青系統を集めて並べ、手にとっては光にあてて考えている。光に当てても中身が見えないし、分らないものを悩んでもしょうがないと思うのだが・・・どうしてこう買い物が長いのか。

 

 俺がさっきから気になるのは英梨々のスカートだ。少し広がっていて形をつくっていることから、ワイヤーが入っているのだろうか。それにしてはもふもふと柔らかそうな上質の生地である。やや光沢がある。

 

「コバルトブルーヒューと・・・コバルトターコイズと・・・」

 

 何やら英梨々がぶつぶつ言っているが、俺にはわからん。絵具の色は青とか緑とかそんな単純な物はなかった。

 

 英梨々は空を綺麗に描きたいと言っていた。だから空色の青が欲しいのだろう。

 

 英梨々が前かがみに絵具を選ぶたびに、お尻のラインが出そうだが、スカートはもふもふと膨らんでいるから体のラインはまったくでない。ということはやっぱりワイヤーが入っているのだろうか・・・

 

 英梨々がブルー系の絵具を何本か選び、次に白色を選び始めた。こちらは種類はそんなにはない。白は用途が多くでかいものを一本買っている。その他にも白色を買うようだ。

 

「そのでっかい白だけじゃダメなのか?」

「こっちは混ぜる用なのよ。白を綺麗に発色するにはやっぱりいい白い絵の具を使わないと・・・」

「何描くんだ?」

「雲」

「ほう・・・そりゃ大事だな」

 

 腰から上はけっこう体のラインがでている。ウエストはギュッと細いし、胸はまぁペタンコと言っていいだろう。多少パットでも入れれば良さそうだが、強調しない方がこの服には合っていると俺も思う。

 

 英梨々がやっと白色の絵具を選び終えて、「次、筆」と言った。4本の絵具を買うのに実に2時間を費やしていた・・・

 

 英梨々が筆を選び始める。俺としてはやることがない。いっそ上の階にある喫茶で時間でもつぶしていたいが、以前、英梨々が買い物している時に話しかけてきた物知りのおっさんがいたらしい。最初は愛想よく対応していたが、だんだんとムカついてきたらしい。英梨々としてはやっぱりじっくり1人で買い物がしたいのだろう。

 そういうわけで、俺は対して役にたっていないようで護衛としての存在価値が一応はあるらしい。

 

 それにしても、英梨々のスカートの膨らみが気になる。なんか仕掛けがあるのだろうか・・・

 ちょっと触ってみたい気になるが、それじゃ変質者だ。別に英梨々を触りたいわけじゃにないのに、誤解は避けられない。

 

 英梨々が筆を手に取ったり、説明を読みながら良いものを探している。たまに筆先を触って確認しているが、それはマナー的にはどうなのだろうか。

 それにしても多くのメーカーが筆を作っていて、イタリア産のものもある。筆一本で一万円ぐらいするのがあるのだが・・・いったいどういうことだ。

 

 ああ・・・スカートがめくりたい。いや、別に変質者的な意味じゃないよ?英梨々のパンツがみたいとかそんな邪な心はこれっぽちもないのだが、純粋にスカートの構造が気になる。

 

 英梨々が筆を選んでいる。時間はゆっくり過ぎる。俺が無心でいるには長すぎる。

 

 俺の前には金髪のツインテールがゆらゆらと煌めいていて、黒いワンピースの少女はもふもふとしたスカートを揺らしている。

 

「ちょっと、倫也なにしてんのよ!?」

「えっ、あっごめん」

「もう・・・」

 

 つい、英梨々の長いツインテールを指先でくるくると絡めて遊んでしまった。だってやることないし・・・しょうがないと思うんだ。髪の毛を触るぶんにはそこまで変質者じゃないだろう。セーフだよね。

 

「英梨々の髪って見た目よりもずっと柔らかいよな」

「これでも手間かけてるから当然でしょ」

「金髪って硬そうにみえるじゃん」

「それ、あんまり褒め言葉になってないわよ?」

「いや、シルクみたいでツヤツヤして綺麗だと思うぞ?気にせずに筆を選んでてくれ」

「気になるわよ」

 

 両手でツインテールで遊んでいたら、流石に英梨々に怒られた。しかし、このままぼんやりとしていると、スカートに意識がいって過ちをおかしそうなのだ。

 

 

※ ※ ※

 

 

 会計で2万円を超えていた。品数はそれほど多くのないのにこの金額である。英梨々は驚きもせずにカードで決済を済ませる。

 

「買い物付き合ってくれたお礼に、何かおごってあげるわよ」

「じゃあ、ジュースで」

「そんなんでなくて、マッグのセットでもいいのに」

「とりあえず、上のフロアで少し休めるみたいだし、上行こうぜ」

「別にいいけど」

 

 エスカレーターを使わず、非常口からフロアの外に出て階段を登っていく。展示コーナーと、自販機と、ベンチが置いてあった。周りに人はいない。あとは奥に喫茶店がある。

 

 俺は自販機の前に立ってドクペを買った。英梨々は「喫茶店でいいのに」と言ったが、結局水を買っていた。

 

「だって、2人で喫茶店入るぐらいなら、もう一本油絵具買えただろ」

「そうだけど、それは別問題でしょ」

「俺はこれでいいよ。コンビニの菓子パンでもあれば尚いいけどな」

 

 金持ちのお嬢様の英梨々といると金銭感覚が狂ってしまう。だからこそ俺は中二らしく庶民的に生きるようにこころがけていた。

 

 2人で並んで木製のベンチに座る。屋内のなんでもない廊下に置いてあるのは少し違和感がある。通路が狭いせいだろう。

 

 英梨々のスカートは別にすごく弾力があるわけではないらしい。ちゃんとベンチ座ることができた。一体どうなっているのかとても気になる。

 

「倫也、何をじぃーと見ているのよ・・・まさか・・・」

「いや、別に変な目で見てねぇよ」

「ニーソフェチに目覚めたかしら?」

 

 確かに英梨々は黒ニーソを履いている。レース模様でオシャレだ。靴もそれに合わせて黒のエナメルなので徹底していた。

 

「そういえば白ニーソじゃないんだな。そういうゴスロリ系って白黒なイメージだけど」

「襟や袖先が白いレースを合わせているタイプなら、白ニーソがいいと思うけど、これはそこまでゴスロリファッションじゃないでしょ?」

「そうだな。ちょっと小悪魔系?」

「そのつもりもないけど・・・黒で統一した方がカワイイじゃない」

 

 俺にはよくわからん。ただ黒で統一すると英梨々の金色の髪はとても目立つからより綺麗だとは思う。口には出さない。

 

 今ならファッションの話だし、流れの中から聞いてもおかしくないかな。

 

「なぁ・・・英梨々。その服のスカートってどうなってるんだ?」

「どうって何がよ?」

「ちょっと立って見ろよ。なんかモフモフと広がってるだろ」

「ああこれ?」

 

 英梨々が目の前に立った。くるりと回るとスカートはひらひらと揺れるが形はあまり崩れない。

 

「ワイヤー?」

「あんた、そんなことが気になってたの?」

「すまんな・・・」

「ふふっ、秘密」

「ならいいよ・・・」

 

 結局わからず仕舞いか・・・だが、ヒラヒラとしているスカートが気になる。今は目の前にある。

 

「そういえば・・・俺も右手に邪神がっ!」

「はっあんた何いいだすのよ!?・・・きゃっ」

 

 目の前のスカートの裾をつかんで少し捲し上げてみる。下着が見えない程度にだ。

 

「バカっ!何すんのよ変態!」

「これ、邪神のせいだから・・・」

「だったら、最後まで躊躇なくめくりなさいよ。だいたいそういうところで小心者なのよね」

「めくった方が良かったのかよ・・・」

「そうは言ってないわよ」

 

 ・・・というか、見えなかった。なんか白いモフモフしたスカートをさらに履いていた。

 

「英梨々、スカートにスカート履いているのかよ」

「はぁ・・・」

 

 英梨々が深いため息をついた。まぁそうだろう。

 

「通報するわね」

 

 そういって、英梨々がスマホを取り出した。

 

「待て。今のは邪神のせいだから」

「はぁ?あんたバカなの?倫也が宿したのは邪眼だったでしょ」

「・・・そうだっけ」

 

 そういえば先月にそんなことを言った気がする・・・よく覚えているなぁ。

 

「まったく。これはパニエっていって、スカートの下に履くものなのよ。バレリーナとかはもっとモフモフしたものを身に着けるけど、これはそこまでじゃないわね」

「へぇ・・・」

「納得したかしら?」

「はい・・・」

「じゃ、通報するわね」

「待て・・・」

「何よ。どうするのよ?謝ってすむと思っているの」

「わかった・・・英梨々。お前には俺の秘密を教えよう」

「何かしら?」

「実は俺…右目に邪眼を宿しているんだ」

「それで?」

「俺は今からその能力を発動させる。それが真実だったら、お前は俺を許す。それでどうだ?」

「ふーん。で、邪眼で何が見えるのよ」

「お前の下着の色」

 

「・・・バカなのかしら?」

 

 許可を取っている場合ではない。ここは悪ノリのまま乗り切るしかない!

 

 俺は立ち上がって、ポーズを取る。体をくねらせたJOJO立ちに、右手で仰々しく左手を隠した。

 

 英梨々はのんびりと座って、水を飲んでみている。なんのツッコミもないのも寂しいものだが、やりきってみせる。

 

「解放せよ。我が瞳に宿りしアポローンの力!」

 

 ちなみにアポロンはギリシアの神で太陽神として有名だか、託宣の神でもある。未来予知ができるので巫女が神託を聞いた。カサンドラの話が有名だ。

 

 俺は片目でじぃーと英梨々を見つめる。

 

 ・・・見つめるが、英梨々の黒い服からは下着の色は透けて見えない。こうなったら、推理して当てるしかない。

 

 なんか知らんが、英梨々が顔が赤くなってきてモジモジと照れている。どちらかといえば俺の方が照れたい。

 

1・今日の色は黒。次いで金色だ。金色の下着は考えられないので、黒。これは本命だろう。

 

2・しかし、白は捨てがたい。外側は黒、中側が白は十分に考えられる。パニエだって白かった。

 

3・白か黒の二択と思わせておいて、基本を外さないのが英梨々だ。今日のゴスロリ系ファッションに英梨々がオタクの煩悩に逆らうわけがない。

 

4・それに、今日は空と雲。そう水色と白だ。

 

 ゆえに、結論は出た。

 

「今日の英梨々。お前の下着のカラーは・・・白と水色のストライプだ!」

 

 しばしの沈黙のあと、英梨々の顔が真っ赤になって下にうつむいた。ぷしゅ~と湯気の立つ効果音がなりそうなぐらいだ。

 

「どうだ?!?」

 

 英梨々が黙っている。あれ、間違えたかな。だが、この反応は正解だろう。

 

「ちょっと・・・あんたいつスカートの中覗いたのよ。この変態!」

「いや、覗いてないからねっ!?」

「じゃあ、なんでわかるのよ!」

 

 英梨々が照れ隠しで怒ったふりをしている。耳まで赤い英梨々も珍しい。

 

「ふっ・・・これが右目に宿りし邪眼の力さ。他に説明のしようもないだろ?」

 

 

 英梨々が口をとがらせて考えている。この表情もなかなかレアで可愛かった。

 

 

(了)



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名探偵とタイムリープ

なんでもない日常に、ちょっとしたくだらないことを加えて楽しむ。
くだらないことをくだらないと切り捨てるのではなく、素直に受け入れるのは人生のささやかな楽しみ方かもしれない。

今回はタイムリープを試みる倫也の話。


 6月の日曜日。梅雨らしく雨の日が続いている。傘をさして駅前まで買い物にでかけ、今戻ってきたところだ。買ってきたものを冷蔵庫にしまう。

 

 午後には英梨々が遊びに来る予定。俺らの中で流行っている『中二病ごっこ』は、いつもくだらないことばかりだが、最近の英梨々は名探偵に扮している。

 

 名探偵といっても、チェック柄の黒いベレー帽をかぶり、大袈裟な虫眼鏡をもっているだけで、特に際立った名推理は披露していない。

 

 英梨々が探偵になったのにはきっかけがある。

 

 この春から伊織の妹が入学してきて、今は英梨々の後輩として美術部に入部している。出海ちゃんは英梨々のことを尊敬しているらしく、2人の仲は良好のようだが、問題も多少ある。

 

 出海ちゃんが積極的で2学年の俺らの教室まで遊びに来ることがある。俺と英梨々は学校では一切口をきかないし、俺と英梨々が幼馴染で仲がいいことは秘密だ。伊織も出海ちゃんも気が付いていない。

 

 一方で英梨々は、俺と出海ちゃんに面識があることを知ってしまった。教室にやってきた出海ちゃんが美術部の用事で英梨々と話した後、俺のところにも来て、雑談をすることがあるからだ。

 

 英梨々の追及に対して、俺は別に嘘をつく必要もないので、出海ちゃんの勉強をみていたことを素直に話す。伊織と遊んでいるうちに仲良くなっただけだ。やましいことはない。

 

 英梨々が探偵に扮したのはその頃で、俺の部屋のあちこちを調べている。いったい何を調べているのかわからないが・・・「伊織や出海ちゃんが部屋にきたことはないよ」と伝えると多少は落ち着いた。疑り深い。

 

 そういうこともあり、引くに引けないのか英梨々の探偵ごっこは続いている。

 

 俺としても何か面白い『中二病ごっこ』がないものかと悩んでいたが、今日はタイムリープに挑戦してみようと思う。

 

 タイムリープというのは、時間を遡ってやり直すことだ。もちろん実際には時間は遡れない。しかし、相手には俺が遡ったことにすることは可能だ。未来予知っぽいことをすればいい。

 

※ ※ ※

 

 英梨々が昼ごはんを食べ終わった頃にやってきた。

 

 部屋でサイトの更新を一緒に話し合いながら行う。

 英梨々は柏木エリ名義でイラストを投稿している。ファンの数はまだまだだけど、少しずつ増えている。俺のサイトはラノベ紹介サイトでこちらも順調にアクセス数を稼いでいた。

 

「なんかいまいち伸び悩むわよね」

「四桁もファンがいれば十分だろ。こういうのはどこかでブレイクすればラッキーなんだよ」

「ピクシボの方だと5桁アクセスがあるんだけど、登録はしてくれないのよね」

「拡散で踏むだけの人もいるからなぁ」

 

 ほぼ愚痴である。英梨々の絵が上手いとはいえ、まだ中2である。トッププロや人気イラストレターの画力には届かないのは当然で、その辺はファンの素人もシビアだ。

 

 あまりユーザーに媚びないのも特徴だろう。流行りのアニメのキャラを描けばもっとアクセス数は稼げるはずだ。俺のラノベの感想だって人気作をベタ褒めした方がいいかもしれない。

 でも、自分達でやりたいことをあせらずにコツコツとやっている。

 

 一段落したので、そろそろタイムリープをしようと思う。

 

「さて、そろそろ行くか・・・」

「えっ、どこによ?」

「ああ、そっか。英梨々は俺がタイムリープしているの知らないんだっけな」

「はぁ?」

 

 俺は立ち上がった、時刻は14時を回ったところだ。

 

「駅前に洋菓子屋がオープンしただろ?おやつの時間に英梨々と買いに行ったんだがな・・・」

「何言ってるのかしら?」

「15時からの限定品があってだな・・・買い損ねたんだ」

「・・・いつ?」

「今日」

「そんなことであんたわざわざタイムリープしてきたの?」

「ん・・・そうだよ」

 

 さっき駅前で広告をみた。オープンから日数が経っていないのでまだまだ人が並んでいた。15時からの限定品なら早く並ばないと買い損ねるだろう。

 

「ふーん。じゃ、行こうかしら」

「信じる?」

「何を?」

「タイムリープ」

「少なくとも、15時からの限定品販売の件は信じるわよ」

「・・・だよな」

 

 英梨々は卵色の淡いシャツにデニムのオーバーオールを着ている。透き通った無色のレインブーツには、カラフルな水玉模様が散らばっていた。このシリーズの長靴を英梨々はずっと愛用している。サイズは変えているが大事な思い出の品だからだと思う。

 

 玄関から出て、英梨々は空を眺めている。どんよりとした暗い雲がみえ、雨脚はそれほど強くない。

 

「並ぶかしら?」

「たぶん」

「だったら、傘は一つでいいわね」

 

 英梨々が俺に青い傘を渡し、自分の傘は傘立てに戻した。

 

「傘があるのにわざわざ相合傘しなくてもいいだろ・・・」

「はぁ?なに勘違いしているのよ。別に相合傘したいわけじゃないわよ。二本差したら並んでいる時に邪魔になるでしょ。少しは人の迷惑も考えなさいよ。バカ」

「そうだな・・・」

 

 商店街はアーケードなんで並んでいる時には傘は差さない・・・などと野暮なことは名探偵様には言わない方がいいだろう。

 

 俺が傘をさすと英梨々が横に並んだ。傘の中は少し狭い。もちろんとても緊張する。こんなに近いのにいつもみたいにしゃべることができなくなる。英梨々は前を向いたままで、足取りだけは軽い。レインボーブーツが水をはじいていく。

 

 なんだか懐かしい気分になる。大きくなってからは俺は長靴を履かなくなってしまった。今だって普通のスニーカーだ。

 英梨々はレインボーブーツでわざと水たまりを歩いて波紋を作っている。隣に歩いている俺はもう濡れないことを早々と諦めていた。

 

 あの日も雨だった。それだけは確かだ。引っ越しで幼稚園に転園してきた英梨々は、綺麗な透明の長靴を履いていた。みんなが持っているのは青か赤の分厚いゴムの長靴だ。もちろん緑や黄色のものもあったとは思う。でも分厚いゴムのいかにも長靴って感じのものをみんなが履いていた。

 

 みんなは英梨々の金髪が珍しかったようで、それで騒いでいた。頭の上にちょんと二つほどリボンを結んでいて、周りの子よりも小さかった。英梨々はほとんどしゃべらず、母親の後ろから先生の後ろへ隠れてからは、泣くのを必死に我慢しているので精一杯の様子だった。

 

 俺はというと下駄箱にある英梨々の靴を一人で眺めていた。

 

「はぁ?あんたバカなの?変態?靴フェチとかサイテー」などと英梨々はなじるようなことはしなかった。

 

 帰りのお迎えの時間まで英梨々はいなくて、その日はみんなよりも早めに帰った。もしかしたら母親の小百合さんもどこかにいて、待っていたのかもしれない。

 

 玄関に座って長靴を履く英梨々をみんなが遠まわしに見ていた。

 俺だけ玄関に先にいたので、英梨々のそばにいた。

 

「その長靴、かわいいなっ!」俺はちょっと興奮してそういった。スケルトンに憧れない少年はいない。透明の長靴とかマジかっこいい。

 

 英梨々は何も言わずに、不思議そうにこっちをみた後に、その日初めて笑った。八重歯がちょっとだけ見えた。

 

 ・・・

 

「・・・倫也っ・・・倫也」

「んっ?なんだ?」

「アーケード内で傘は必要ないわよ」

「ああ、そうだよな・・・」

 

 俺は傘をたたんだ。ずいぶんとぼんやりと歩いていたようだ。

 

「なにをぼっーとしているのよ」

「ちょっと考え事をだな・・・」

 

 行列はそんなに長くなかった。雨のせいだろう。15時まではまだ時間があった。店員さんが店の外にでて限定品の整理券を配っていたので、英梨々はそれを受け取って、その場を離れた。

 

 少しの時間をつぶすために文房具屋で買い物をする。

 

 店に戻ると行列はなくなっていた。商店街の人通りも少ないし、やはり雨の日は外にでないのだろう。

 

 店にはいってショーウインドーを確認する。

 

「なぁ英梨々・・・俺、タイムリープできるっていったよな」

「言ってたわね。でも、ちゃんと買えそうじゃない」

「いや、それはいいんだけどな・・・」

 

 限定品のスペシャルいちごのショートケーキが、普通のものとデザインがぜんぜん違っていて大きかった。

 英梨々が限定ショートを選び、俺はモンブランにした。

 

 

※ ※ ※

 

 

 家に戻ってきて、英梨々が手を洗っている間に、俺はタイムリープの工作をする。といってもつまらない冗談みたいなものだ。

 

 まずは午前中に買いに行って冷蔵庫にいれたケーキを取り出し、今買ってきたものと取り替えた。

 

 そしてテーブルの上に箱を置き、皿とフォークを用意した。飲み物はTパックの紅茶でいいだろう。

 

 英梨々がテーブルに座って待っている。できた紅茶を運びつつ、「それにしても残念だったな」と言った。

 

 英梨々はきょとんとこちらを見上げて、「何がよ?」と聞いてきた。

 

「ほら、限定品だよ。売り切れて買えなかっただろ」

「はぁ?あんな何言ってんのよ、買ってきたでしょ」

「何を?」

「何をって、限定品のケーキをよ」

「英梨々何言ってるんだ?」

 

 俺はあくまでもすっとぼけてみせる。紅茶の入ったマグカップを英梨々の前に置いた。英梨々は砂糖もミルクもいれない。

 

「倫也こそ何言ってるのよ」

「あんなに並んだのにな」

「並ばなかったでしょ」

 

 箱は英梨々に開けさせたい。けれど、「箱を開けてみろよ」などいうのはいかにも胡散臭い。俺はじっと紅茶をすすって機をみる。

 

「なんか、英梨々の様子がおかしいけど、大丈夫か?」

「それは倫也でしょ」

 

 そう言いながら、英梨々はケーキの箱を開け始めた。中にはショートケーキと、アップルパイが入っている。

 

「あれ・・・?お店の人間違えたかしら?」

「どうした?」

「ショートケーキとアップルパイがはいっているのよ」

「そりゃそうだろ。ショートケーキとアップルパイを買ってきたんだから」

「はぁ?あんた何言ってるのよ」

「いやいや、英梨々こそ何言ってるんだ?」

 

 英梨々が箱をじっとみている。

 

「食べようぜ」そういってアップルパイを取って皿の上に置いた。

 

「・・・」英梨々は黙っている。

「どうした?」

「限定品買ったのに」ちょっと涙声である。

 

 ん・・・どうやらケーキにこだわりがあるよりも、『限定品』という言葉に弱かったか。オタクの心をくすぐる魔法の言葉だからな。

 

「限定品ってなんだよ?」

 

 俺としてはこのまま英梨々が気が付くまで白を切るつもりだ。まさかこのままパラレルワールドを信じることもないだろう。

 

「限定品のショートケーキよ。イチゴだってこんなトツオトメじゃなくて、大粒のアマジョオウだったのに・・・」

 

 口をとがらしている。

 

「そんなの売ってたか?」

「だから、限定品の整理券をもらったでしょ」

「いや?何の話しているんだよ」

「あっ、倫也、タイムリープしているって言ってたわよね?」

「そんな話した記憶ないけどな」

「言ってたわよね。『限定品が買えなくなるから早く買いに行こう』って」

「記憶にないな・・・ほれ、とりあえず食べろよ」

 

 普通のショートケーキを皿にのせる。

 

「倫也、嘘ついてないわよね?」

「何の?だよ。もぐもぐっと・・・お前もアップルパイ少し食う?」

「いらないわよ。あんたまさか、1人で限定品のケーキ食べるつもりじゃないでしょうね」

「どこにあるんだ?買えなかっただろ」

 

1人で食べるつもりはない。英梨々が気が付けばいいだけの話だ。別に隠していないので、冷蔵庫を開ければすぐに見つかる。

 

「なんか・・・あたしがおかしいのかしら・・・」

 

 英梨々が話を信じはじめた。まさかアニメの観すぎで現実と妄想の区別がつかなくなったか・・・

 

「帰る」

「ケーキ食わねぇの?」

「うん。食べたかったのと違うし、倫也が食べていいわよ」

 

 そう言って英梨々が立ち上がった。

 

 俺としても信じてもらえるとは考えてもみなかったので、ネタバレするタイミングを考えていなかった。

 

「ねぇ倫也」

「ん?」

「あたしのために、タイムリープして限定品買ってきなさいよ。あっちの世界のあたしが待ってるから」

「分かった。で、どうやってタイムリープするんだ?」

「そんなのあたしが知るわけないでしょ」

 

 うーん。このまま帰られても後味悪いし、ネタバレするにバカバカしいし。だいたい英梨々は『名探偵』設定なのだから、ずばっと解決して欲しいものだが、本人はショック受けすぎて設定をすっかり忘れているようだ。

 

 英梨々が玄関にとぼとぼと向かっていったので、俺はリビングのテーブルのケーキを箱にしまって、冷蔵庫のケーキをテーブルの上に置いた。これで元通り。

 

 レインブーツを履いた英梨々が玄関の扉を開けて、外へと出たところで、俺は呼び止める。

 

「英梨々。どこに行くんだ?」

「帰るのよ」

「なんで?ケーキは?」

「さっきいらないって言ったでしょ」

「いや、聞いてねぇぞ?」

「はぁ?あんたバカなの?なんなの?」

「せっかくの限定品なのに」

「ちょっと待ちなさいよ。なんで限定品があるのよ」

「なんでって、あ・・・そうか・・・」

「何よ」

「こっちの英梨々は知らないんだな。俺がタイムリープできることを」

「いや、知ってるわよ?信じてないけど」

「英梨々に頼まれて、買ってきたんだけどな」

 

 英梨々が不審そうに俺をみて、考え込んでいる。

 

「玄関もなんだから、とりあえずあがれよ」

「なんだか狐につままれた気分ね」

 

 というか、早く気が付け。

 

 テーブルに戻った英梨々は箱を開けて限定品のショートケーキを確認した。それを皿の上に置く。

 

 笑顔がようやく戻って、ニコニコしていて可愛い。やっぱりあんまり英梨々をからかうものじゃないらしい。

 

「紅茶冷めかけているけど、淹れなおそうか?」

「いいわよこれで。ちょうどいいじゃない」

「じゃ、そういうわけで、食うか」

 

 モンブランを皿に乗せて、「いただきます」をした。

 

 英梨々は大粒のイチゴを口にほおばっている。幸せに食べる姿は見ていて気分がいい。

 

「ありがとね。倫也」

「何がだ?」

「こんなくだらないことのために、タイムリープしてくれて」

「ああ、別に大したことしてねぇよ」

 

 タイムリープを信じてくれる英梨々の脳みそが少し心配だが、満足してくれたならわざわざネタバレをしなくていいだろう。

 

「それにしても、手が混んでいるわね」

「その限定ケーキか?」

「違うわよ。倫也のタイムリープ」

「どういうこと?」

「だって、午前中にケーキ買いに行ったんでしょ」

 

 ・・・こいつ。

 

「気づいてたのかよ!?」

 

 英梨々がおかしそうにクスクスと笑って立ち上がって、冷蔵庫からもう一つのケーキ箱も持ってきた。

 

 

 雨が静かに振る平和な日曜日の事だ。

 

 

(了)



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亡国の王女

ついつい、金髪碧眼のルーツなどを調べてしまった。

現在は遺伝的に系統樹を作れるけれど、北欧の人はネアンデルタールの遺伝子が混ざっているとされている。
実際に190ぐらいででかい人も多い。頭もいいしね。


 7月。夏らしい爽やかな快晴。今日は英梨々と池袋まで来ている。小さなショップで売り出し中の声優とのファン交流会イベントがあるのだ。

 

 まだ時間があるので、コーヒーショップでドリンクを買って、公園のベンチに並んで座っている。新しく整備された広場で家族連れも多い。

 

「実はあたし・・・王女なのよ」

「ほうぅ?」

「倫也、もう少しなんかリアクションしなさいよ」

「なんだってぇー!」

「・・・もういいわよ」

「それで、どんな話だ?」

「信じるのかしら?」

「いや、それは話を聞いてからだな。俺が知っているのはスペンサーのおじさんはイギリス人で外交官であることぐらいだからな」

「まぁ表向きはそうなのよ・・・」

 

 というわけで、今回の英梨々の中二病は「王女」らしい。夢見るお姫様とか大好きなのでこれは避けては通れないのかもしれない。

 

「で、どこの国の王女なんだ?」

「それがね・・・もう滅んでしまったのよね」

「それ、もう王女じゃなくね?」

「はぁ?あんたバカなの?亡国の王女っていったら、国の再興のために御旗になるって相場が決まってるでしょ」

「ほう・・・?」

 

 いや、そんな相場は知らない。どこの先物取引だろう。

 

「いいかしら倫也。あたし達金髪ツインテール一族は・・・」

「ツインテールって一族に関係あるのかよ!?」

「・・・間違えたわ。金髪碧眼の一族は、北欧の東部の出身なの。今のバルト三国あたりね」

「へぇー」

 

 今日の英梨々は夏らしい青色のワンピースを着ている。花柄の目立たない刺繍がしてあって、襟や袖は白いレースだ。まるでロイヤルコペンハーゲンのカップみたいな印象を受ける。リボンも同じく青だ。陽光に照らされて、頭の上には天使の輪が浮かび上がって見える。

 

「今から1000年以上前、ローマ帝国が崩壊する頃のことなんだけど、その地に小さな王国があったのよ」

「またえらく古いな。で、なんて王国だ?」

「知らない」

「知らないのかよっ。自分の国だろ」

「違うわよ?話は最後まで聞きなさいよ」

「へいへいっと」

 

 コーヒーを飲む。オシャレにブラックコーヒーを頼んだが、苦くて飲めなかったので砂糖とミルクを淹れたがどうにも美味くない。英梨々は最初からカフェラテを頼んでいる。

 

「フン族?が東から攻めてきて、たくさんの国が滅んだらしいわ」

「なんか、そんなこと世界史で読んだような・・・」

「その国の第6皇女が子供の頃に、きまぐれにみなしごを1人拾って遊び相手にしたらしいの。同じ年ぐらいの男の子」

「なんか聞いたことあるような話だな・・・」

「王女が貧しい庶民に情けをかける話なんて、そりゃ世界中に溢れているわよ」

「そうだな。それで?」

「その男の子が大変聡明で、成長するうちに、多数の言語を操り、商人や山賊なんかとも交流するようになったの。割と自由だったのかしらね」

「そいつが第6皇女のお気に入りなわけだな」

「まぁそうなんでしょうね」

 

 英梨々もカフェラテを一口飲む。芝生の上では犬がフリスビーを追いかけていた。

 

「それで、国が侵略者と交戦して混乱している時に、第6皇女と一緒に南へ南へと逃げて行ったのよ」

「あるあるだな」

「途中の国々と交渉しながら、現ポーランドあたりを南下して、オーストリアあたりに流れ着いたのよ」

「当時なら相当な距離だろ・・・」

「そうよね。建国の始祖として冒険譚の記録があるけれど、創作っぽいのよね」

「1000年前だしな・・・」

「その国の王子との縁談が決まって、一応安住の地を得たわけ。めでたしめでたしっと」

「で、お前の祖先は?そっちの男の子の方なんだろ?」

「そそ。その功績から、スペンサーの名をもらって、アルプスに小さな村を拝領したのよ」

「スペンサー・・・?」

「スペンサーって、元々はドイツ語圏では『執事』って意味らしいのよね」

「その始祖には名前なかったのかよ」

「なんだったかしらね・・・とにかくたくさんの登場人物がでてくるのよ。覚えてられないわ」

「いい加減だな・・・」

 

 英梨々がマンガの主題によく描くお姫様は、この物語が原点なのかもしれない。妄想としてはいい題材ではある。

 

「この話って悲恋だと思うかしら?」

「いやぁ・・・端折りすぎてよくわかんねぇな。でも、命がけで守ってるんだろうし、忠誠心以上のものはあったんだろうな。そうでないと面白くないし」

「そうね。でも、その新しい村で妻を娶り、だんだんと繁栄していくことになるのよ」

「現実的だな。でもそれだと王国じゃなくね?」

「・・・」

 

 英梨々がカフェラテを飲みながら空に流れる白い雲を見ている。さては何も考えていないのだろうか。

 

「パパが詳しいのよねぇ・・・とにかくそこにスペンサー村ができたのよ。それで、時代とともに為政者って変わるじゃない?」

「そうだな。オーストリア帝国っていうとハプスブルク家だけど・・・1000年前からあったか知らないぞ」

「ないわよ。スペンサー村は結局自治領的なのよね。険しい山に囲まれた小さな村だもの」

「なるほどな」

「だから、時にはどこかの国の貴族になったり、征服されてしまってただの村になってしまったり、有力な為政者がいなくなって独立したりしたのね」

「1000年だしなぁ」

「だから、村人は全員がなんらかの形でスペンサーの血を引いているし、そういう一族の長が本来の意味での『王』よね」

「確かにそうだな・・・別にスペンサー王国があったわけじゃないんだな?」

「スペンサー王国だった時代もあったのよ。でも結局中世が終わって帝国主義になっていく時代には、スペンサー伯爵になったのよ」

「おっ、貴族か」

「亡国の王女じゃなくて、亡国の姫君なら間違ってないかしら?」

「伯爵家の姫様ならいいんじゃね?詳しくは知らないけど」

「じゃあ、そっちで」

「軽いな。お前の先祖」

 

 苦いコーヒーに飽きた。半分ぐらい残っているが捨てたい。無理せずにコーラにすればよかった・・・ 足元にハトが複数歩いているが生憎と餌になるようなものはない。

 

「父の祖父の時代ぐらいまではスペンサー村に住んでいたのよ。スイス国籍ね」

「あれ、オーストリアじゃねーんだ?」

「オーストリアは第6皇女の方の血脈よね。血はお互いに混ざって金髪を残したようだけど」

「ああ、混血だから金髪じゃなくなってしまうのか」

「そそ。でも、金髪碧眼は神の御使いとして崇められている地域もあるし、人気なのよね。優先して子孫を残せたんじゃないかしら?」

「美人の血脈なんだな・・・」

「ふふん♪」

 

 英梨々が満足そうに、鼻から息を出してドヤ顔しているが、別に英梨々を美人と褒めた記憶はない。英梨々はスペンサーの叔父さんと小百合さんとの間に産まれているので、日本人とイギリス人のハーフだが、血筋的にはスイス人よりも、バルト三国あたりになるのだろうか・・・1000年の間に混血が進んでいて、よくわからん。

 

「だから、国家が変わってもスペンサー一族は残っているのよ」

「ああ、なるほど・・・」

「それでね、パパの祖父の時代、第二次世界大戦より前にね、お家騒動があったらしいの」

「えっ、実話?」

「そうよ。あんたなんだと思って聞いていたのよ?」

「英梨々の作り話」

「あんたねぇ・・・」

 

 えっ、ちょっと待って、どこから作り話?金髪碧眼のルーツは間違ってなさそうだけど・・・

 ケータイで時刻を確認する。まだ大丈夫だ。木陰なのでそこまで暑くない。長閑でとてもいい日だ。

 

「まっ、信じられないのもしょうがないわよ」

「そのスペンサー村ってあるのか?」

「あるわよ。今は人口三千人ぐらいだけど、畜産の他には磁器なんかの工芸品が有名よね。画家も輩出しているし」

「芸術家の家系も受け継いでいるのかよ・・・」

「どうなのかしら?元々は貧しい村だったみたいよ?今も羊飼いがいるぐらいだもの。村の産業のためにがんばったんじゃないかしら?」

 

 検索してみるとスペンサー村は確かにあって、村のHPが立派だった。観光でも賑わっているようだ。高原の風景にはレトロだけど大きな教会があった。

 

「それで、どうして都落ちしたんだ?」

「祖父が元々もは正統な跡継ぎらしかったのよね。でもその父親が幼い頃に亡くなってしまって、その叔父さんが後見人になったのよ」

「おお、お家騒動の予感がするな」

「それ、さっき言ったわよね?」

「要するに乗っ取られたんだな?」

「そうみたいね。祖父は年頃になるとイギリスに留学したらしいのね。それもナチス?がオーストリアを併合して、きな臭くなっていたので一族を分けたらしいって話だけど・・・」

「ん・・・歴史的背景は合ってそうだな」

「留学っていっても、祖父1人じゃなくて、何人かの一族ごと行ったみたい。金銭的にも裕福だったみたいだし」

「でも、もうスペンサー村には戻さなかったんだろ?」

「そうみたい。叔父の一族が治めているのよね」

「現在進行形?」

「現在進行形」

 

 第二次世界大戦ももう遠い昔で、生きている人がだんだんと少なくなっている。スペンサー家のルーツもこうなってくると、英梨々に何かしら関係があるのかもしれない。

 

「スペンサーのおじさん・・・英梨々のお父さんがイギリスの外交官ってことは、そのままイギリスで家庭を築いていったんだろ?」

「そうなるわよね」

「じゃあ、もうお家騒動は収まっているのか?」

「どうかしらね。パパはあまり気にしてないみたいだけど、祖父はだいぶ文句をいったらしいわ。それにあたしの祖母、パパのママはやっぱり悔しいって言っていたらしいし」

 

 英梨々の祖父母はイギリスに住んでいて、もう亡くなっている。幼い時には何度か会ったらしいがあまり記憶には残っていないようだ。

 英梨々のおじいちゃんっていうと、執事の細川さんが優しさと厳しさを持った方で、俺も英梨々も良く懐いているから、思い浮かべてしまう。

 

「うーん・・・生きているスペンサーのおじさんと英梨々がいいなら、もういいじゃないか?」

「そうでもないのよ。うちの一族はそれでよくても、本家っていうのかしら?スペンサー村側の方はもめているみたいなのよ」

「なんで?」

「だって、乗っ取った事実は残るじゃない。まるで騙しうちみたいに本家の子息を追放しているわけだし、後味は悪いわよね。返すつもりだったらしいし」

「ああ、戦争もあったからけっこうゴタゴタしているのか」

「うん」

 

 英梨々が殻になったコップを振っている。立ち上がってゴミ箱に向かったので、俺も立ち上がった。

 

「そろそろ行くか」

「そうね」

 

 俺と英梨々は公園を出て移動することにした。なるほど、こうして見ると英梨々は品があって元貴族なのもうなずける。中身はまぁアレだが・・・。

 

「じゃあ、スペンサー村の方が和解したいわけだ?」

「ええ、今のあたしと同じ世代はあっちにはいなくって、あたしの上の世代・・・パパの世代にね、あたしよりもちょっと上の男の子がいて・・・叔父じゃないけど、遠い親戚ね」

「もしかして、そいつって・・・クリスマスの時の?」

「あら、覚えていたかしら?ウィルね。ウィルヘルム・ヴァン・スペンサー。スペンサー伯爵家の現当主の長男」

 

 ・・・やっと謎が解けた気がする。去年のクリスマス会に英梨々と仲良さげに話し込んでいる男がいた。身長も高くイケメン。ショートカットの金髪碧眼。なるほど、親族だったか。

 

「で・・・それがどうして和解につながるんだ?」

 

 英梨々は黙って歩いていた。それから俺の顔を見ては顔を赤らめ、何か口をパクパクさせて言いかけたが、言葉でないようだった。

 

 線路を渡って少し歩くと、歓楽街が広がっていて、少し怪しい雰囲気になる。なんていうかラブホとか、風俗とか、飲み屋が目立つ。夜になったら治安が悪そうだ。

 

 目的のお店の前に近づくと、短いながらも行列ができていた。案内の人の指示にしたがって、俺と英梨々は列に並んだ。

 

「わかんないかしら?」

「何が?」

「もういいわよ・・・」

「言いたいことがあったら言った方がいいぞ?」

「いいたいことなんかないわよ。あんたが聞きたがったから話しただけでしょ!」

「ん・・・?なんで怒ってるんだ」

「べ・・・別に怒ってないわよ。バカ」

 

 よくわからないが英梨々の機嫌が悪い。楽しいイベントのはずなのに、顔を下にうつむいたまま、ぶつぶつ言っている。

 

 うーん。お家騒動があって、和解したい。年頃のちょうどいい男女がいて・・・血も十分に離れている。なるほどなるほど。

 

「うーん・・・要するに英梨々はそのウィルと結婚するのか?」

「はぁ?あんたバカじゃないの、死ぬの?本気で怒るわよ」

「えっ、違った?」

「フィ・・・フィアンセなだけなんだかねっ、勘違いしないでよねっ。ふん」

 

 英梨々が興奮気味に大きな声を出したので、周りが英梨々をみている。何しろセリフはツンデレそのものだ。

 

「えっ、それって同じ意味じゃね?」

「ぜんぜん違うわよ」

 

 フィアンセって、将来結婚する相手のことじゃなかったか・・・

 

「いや、何言ってるかわからん。フィアンセって婚約者だよな」

「あたしは別に了承してないわよ・・・」

「ああ、親同士が?」

「親同士というか、あっちのスペンサー村側が進めている話ね」

「ほう・・・なんていうかさ・・・英梨々」

「なによ」

 

 どういったもんだか。始祖には冒険譚もあるような長い歴史の家系があって、一族は王族の時代があって、今は伯爵で村を治めている。英梨々はその末裔でいまだにしがらみがあって、親の世代から婚約が迫られている。

 

「それってアレだよな・・・アレ」

「何よ。はっきりいいなさいよ」

「亡国の王女っていうよりは、昭和のヒロイン設定だよなっ!」

 

 

 英梨々が口をもごもごさせて、耳まで真っ赤になった。どうやら自覚はあったらしい。

 

 

(了)



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ガトリングロケット花火

子供の頃、花火を買い集めては分解して一塊にして燃やした。

ロケット花火は構造的にシンプルで改造しやすい。
なんであんな危険なものが市販されているのかいまいちわからない・・・


 8月。夏の青空に向かって、俺は右手のガトリングガンを掲げた。

 

「英梨々、準備はいいか?」

「いつでもOKよ」

「よし、発射!」

 

 右手のスイッチを押す。これが内部のジェットライターに連結して、ロケット花火に点火していく。

 

 弾数は10発で、左手で回転させることで連射が可能だ。フルオートにしたかったが予算が足らなかったこは言うまでもない。

 

 シュッ!という音とともに一発目が撃ちあがった。弾けるよりも前に2発目がシュッ!と発射される。

 

「おっ、いい感じだな」

 

 パンッ!高いところで音が鳴った。3発目は発射されない・・・

 

 パンッ!と2発目が鳴ったところで、シュッ!と4発目が発射された。

 ・・・少し間延びしている。

 

 振り返ると英梨々はスマホで俺の手元を映している。

 

 シュッ!と5発目。そして、6,7と成功し、8が失敗。9,10が無事に発射されて、空でパンッ!と鳴って終わった。

 

 俺は右手を下ろした。なんか、思ったのと違った感じになった。

 

「止めるわよ」

「ああ、止めてくれ」

 

 ピッと小さな音が聞こえた。英梨々が動画を確認している。

 

「なんか、思ったのと違ったわね・・・迫力も連射性もないじゃない」

「・・・そうだな。まぁ最初だし、こんなもんだろ」

「倫也の青春はこれでいいのね」

「そんな青春の総括みたいいうなよ・・・」

「だって、倫也がガトリング砲作りたいっていったのよね」

 

 そう。俺が言い出した。男のロマン『ガトリング砲』

 ゲームの中では人気の武器の一つで、高い連射性と爽快感が売りだ。

 

 俺はロケット花火を連射で撃てないものかと、設計し工夫したつもりだった。

 

「回転しながら連発で発射するというミッションはこなしただろ」

「爽快だったかしら?」

「いや・・・」

「外装はかっこいいのに」

「そっちに予算かけすぎじゃね?」

 

 ガトリングの機構は俺が設計し組み立てた。もちろんシンプルな物で10個の円筒を円に組み込んだだけだ。それでも点火と回転には試行錯誤が行われている。

 

 外装のデザインは英梨々が担当し、プラ板を金属色で塗装し、しかもLEDランプが内臓していて近未来的に光る。夜の方がより映えると思われる。

 右手を包み込むような大型のデザインはかっこよく、文句のいいようもない。装着しただけでもテンションがあがる。

 

「回転させずに時間差で次々と着火させる構造なら、もう少し迫力がでたんだろうけどな・・・」

「やっぱり、弾倉もつけた方が良かったんじゃないかしら?」

「棒が邪魔で絡んじゃったからなぁ・・・短いと危ないのはみたろ」

 

 ロケット花火の棒の部分が長すぎて、並べたものが順番に落ちてくるようなものは作れなかった。ちなみに棒を切ったロケット花火はまっすぐに飛ばずに非常に危険である。試してすぐに諦めた。そんなものを連発して発射したら危なくてしかたがない。

 

「改良の余地ってあるのかしら?」

「導火線を短くすると、もう少し連続で発射できるかもしれない。あとは弾を別なものにすることだけどな。円筒状のものから発射する構造は銃に該当するから違法性を帯びるしな・・・」

「じゃ、もう諦めなさいよ」

「そうする」

 

 右手からガトリング砲を抜き取って地面に置いた。ゴツイみための割りには軽い。

 

「見た目はかっこよかったろ?」

「そりゃそうだけど、それデザインしたのあたしだし、そんなドヤ顔で言われても納得いかないわよ?」

「だよな」

 

 とはいえ、2次元のものを3次元にするのはなかなか難しく、夏休みの前半は英梨々と

宿題を終わらせた後、これの制作にかかりきりになった。

 

「じゃ、次あたしのね」

 

 英梨々は地面に設置した打ち上げ台に自家製二段ロケット花火をセットした。

 

 こちらの構造は簡単で、1本のロケット花火を6本のロケット花火が囲っている。6本の方は追加された導火線でほぼ同時に着火する予定だ。

 

 この構造の練習のために庭先で導火線を作っては燃やす練習をしていた。もう気分はテロリストである。その後一本の導火線が中央のロケット花火に点火する仕組みの二段構えだ。

 英梨々の実験による計算が正しければ、一段目の6本が空で破裂する頃に、中央の1本が発射されるはずだ。

 

「倫也、撮影準備できたかしら?」

「画角は横からでいいんだよな。少し離れるか」

「そう言いながら逃げるんじゃないでしょうね」

 

 実はちょっと怖い。何しろ1段目部分の6本は、和紙とセロテープという構造である。着火がバラバラ場合にどうなるのか?はたまた、無事に打ちあがるのかもわからない。

 

 英梨々がチャッカマンを使って、発射台の下に出ている導火線に火をつけ、走ってこちらに逃げてきた。

 

 シュ・・・シュン

 

 点火した音が聞こえるがすぐには打ちあがらない。失敗か?と思ったところで、

 

シュバッーーーーー!!と音を立てて、ロケット花火の束が打ちあがった。

 

「おおっ」と2人して見上げながら声を出してしまう。

 

パンっ! パンパンッ!

 

 連続した破裂音の後に、二段目のロケット花火が打ちあがった。「シュ」という音はもう聞こえない。

 

「成功したわね」

 

 英梨々が手で光を遮りながら、二段ロケットを見つめている。かなり高くまで打ちあがったいた。

 

『パッ』という、乾いた音が微かに空に鳴った。

 

パチパチパチパチッ・・・と英梨々が自分で小さく拍手している。

 

「倫也、撮影できた?」

「できたと思うぞ」

 

 かなり明るいので手で隠さないと動画が見えない。英梨々も今は確認するのは諦めたようだ。

 

「どやっ」と言いながら、英梨々はふふん♪と、作ったようなドヤ顔をこちらにみせた。

 

 なんか、腹立つ。俺のは確かにしょぼかった。だが、それは認めたはずだ。

 

「結局さ、英梨々には男のロマンがわからないんだな」

「はぁ?何言ってんの。ただの負け惜しみよね」

 

 カチーン。

 

「自分だけ成功したからって、舞い上がって喜んでんじゃねーよ」

「ロケット花火だけに?」

 

 

 ・・・おあとがよろしくないので、この後ロケット花火のゴミを集めて帰った。

 

 

(了)

 



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世界系英梨々はスポーツ大会の脇役にすぎない

世界系という言葉ができたのは、2000年前後ぐらいであろうか。

世界の命運を一人の主人公に委ねるような話に使われるようになったが、それ以前には「自分の世界にこもる」あるいは「自分たちの世界にこもる」みたいな使い方がをされていた。

今回の話はスポーツ大会という運動部が主役となる舞台において、運動音痴のオタクである倫也と英梨々は完全に脇役である。

しかし、主観においては英梨々は常に倫也のヒロインでありたいだろう。英梨々のオチの感想を聞いた時に、「世界系」という言葉が思い浮かんだ。


 9月。学校ではスポーツ大会が行われていて盛り上がっている。俺は屋上からドローンを飛ばして撮影する裏方を担っていた。

 

「どう?練習した成果は出ているのかしら?」

 

 振り返ると英梨々が立っていた。体操服は学年カラーの赤で袖口が染められている。下は残念ながらブルマみたいな時代錯誤の物は履いていないで、スパッツだ。英梨々はさらに赤いジャージのズボンを履いてガードが固い。熱いのに女の子も大変だ。

 

「ぼちぼちだな。充電器が熱を持っているのと、撮影量が多くて編集作業がうんざりしそうだ」

「自分で言い出したことなんだからしょうがないわよね」

 

 英梨々が紙パックのグレープフルーツジュースを差し入れてくれた。それからしゃがんでノートPCの画面を見ている。あたりはタコ足配線され、3台のバッテリーが充電中だ。ドローンもモーターが熱くなりすぎたので休止中。

 

 運動音痴の俺はスポーツ大会が参加するのが嫌で、裏方に立候補していた。しかし、写真班は写真部が、備品や審判などは各文化部が担っていて、我々PC部(幽霊2名の実質俺1人)は危機的状況だった。

 素直に卓球で一回戦敗退をすべきか、潔く欠席するか迷ったが、PC部の話のわかる顧問にドローン撮影を直訴した結果、許可が下りた。一応、俺は免許も持っている。

 

「英梨々はもう終わったのか?」

「終わったわよ。この後はサッカー部の応援ね」

「そりゃ大変だな」

「学園のマドンナとしてはさぼれない仕事なのよ」

「それ、自分でいうセリフか?」

「ちゃんとあたしをしっかり撮影しなさいよ。どうせみんな映像からあたしを探すんだから」

「へいへいっと」

 

 この自意識過剰はいったいどこから来るのか・・・と言いたいところだが、あながち間違っていない。写真部に至っては英梨々専属カメラマンがいるとかいないとか。

 どうやって人の目を盗んでここまで上がってきたかわからないが、ここで俺が作業していることを知っているのはごく限られた人だけだ。

 

「あとどれくらい撮影する予定なの?」

「充電次第だが・・・サッカーの試合を少々と、応援している女子と、それからリレーはできればフルに撮影したいんだよなぁ・・・」

「まっ、がんばりなさいよ。じゃね」

 

 英梨々が立ち上がって、ひらひらと手を振った。英梨々は美術部だが卓球で参加していた。たぶん一回戦負けだろう。

 

 先ほどは、ドローンを体育館の入口から潜入し、卓球も一応撮影した。タイミング的に英梨々は試合をしていなかったが、体育座りで友人と雑談しているところを一応映像には少し収めている。

 隣ではバレーの試合が行われていて、こちらはガチな雰囲気だった。一年の出海ちゃんが躍動していたので、少しの間撮影しておいた。彼女も人気が高いらしく、女子からの声援も大きかった。

 一通り撮影が出来たので2階の窓からドローンを帰還させた。

 

※ ※ ※

 

 下の運動場から声援が聴こえる。どうやらサッカーの試合が始まったらしい。英梨々にもらったジュースを飲みながら、とりあえずどんな感じで撮影しようか考える。

 詳しくはわからないが、3年生に1人、飛び切り上手いサッカー部の先輩がいるらしく、なんでもJのユースらしい。将来のプロ候補ということなのか俺にはよくわからないが話題の人だ。顔もなかなかいいらしい。

 

 予定表を確認する。次の試合に出場するようなので、その先輩だけはしっかりと撮影しておきたい。こういう人気の人を映像に収めてないと評判がよろしくなくなる。

 

 空は快晴でそこそこ暑い。

 

 ドローンにバッテリーをセットして飛ばす準備をする。とりあえず観客でも撮影しておこうと上から英梨々を探す。金髪ツインテールは探すのがすごく楽ですぐに見つかる。

 

 うちのクラスが試合をしているわけでもないので、鉄棒付近の木陰で友達と話しているようだ。

 そこに向かってドローンを急降下させる。驚いた表情の英梨々の撮影に成功。その後、空中で静止させホバリングする。

 

 気が付いた英梨々は友達とぎこちないポーズをとった。ニカッと笑っているので八重歯がはっきりと見える。この笑顔は学校では秘密のはずなんだけどな。

 

 俺はドローンをその場で一回転宙返りさせてから飛び去った。それから、周りの応援している人達の顔を撮影しつつ校庭を一周して、屋上へと戻す。

 

※ ※ ※

 

 注目の試合が始まった。周りの声援を聞きながら、上手い先輩が誰か見当をつけた。確かに1人だけ速いしボールをよく触っている。声も出ていてキャプテンという感じだ。黄色い声援が屋上までよく響く。

 

 ドローンを慎重に操作しながら、その先輩を画面に捉える。あまり近づきすぎると危険なので、上からの撮影になってしまうが、いまいち迫力がでない。

 ゴールネット裏に周りこんで、ズームで捉えると、なかなかいい感じだ。ゴールは頻繁に決めているようなので、この安全な場所からチャンスを待つ。あとはバッテリーの残量と運の問題だろう。

 

 期待通りに細かいドリブルからゴールを決めてくれたので、ゴールパフォーマンスを撮影して、その先輩の前にドローンを空中静止させると、ポーズをとってくれた。

 これで学校の女子も満足することだろう。

 

 その後はリレーを撮影する。全学年はバッテリー的には無理なので、一年の出海ちゃんを追うことにした。本人はアンカーのようだ。

 

 どの子もカメラに慣れてきたようで、空中静止するとポーズを取ってくれる。出海ちゃんも笑顔で手を振っている。

 

 リレーの撮影は全体、並走、追走、逆走とさまざまな画面で撮影していく。順位を追うのは最後だけでいい。

 出海ちゃんのクラスは3番手だが、距離はそんなに離れていない。バトンの受け渡しをズームで撮影することに成功する。高めの位置から順位をはっきりと認識させ、それから出海ちゃんのやや後ろから追走すると、ポニーテールに結ばれた赤い髪がよくなびいていた。

 

 第四コーナーを曲がったところで、ドーロンをゴールまで飛ばしてから画面を反転させる。

 迫ってくるランナーは僅差だ。最後は上からゴールラインを割るところを撮影して無事に終了。

 

 喜んでいるクラスメイトや、悔しがっている人を撮影してつつドローンを戻す。

 

 順位がどうなったまでわからなかったが、どうやら出海ちゃんが逆転に成功したらしい。

 

※ ※ ※

 

 俺の部屋。撮影した映像をテレビに出力させて確認する。

 

「ちょっと倫也・・・ぜんぜんあたし映ってないじゃないの」

「そりゃ活躍していないからな・・・」

 

 やれやれ、わがままなやつだ。

 

 英梨々は家でシャワーを浴びた後、うちにきて一緒に見ている。髪はも結んでいないのでストレートに広がっている。黒縁メガネをかけて、すっかり気の抜けた英梨々に戻っていた。

 

「だいたいなんで波島出海ばかり映しているのよ」

「人気らしいからな」

「倫也が好きなだけじゃないのかしら?」

 

 英梨々が不審気に俺をじぃーと見ている。俺は別に肯定も否定もしない。相手にしないのが一番無難だ。

 

「サムネは英梨々のポーズを使おうと思うんだが・・・いいか?」

「さっきの映像?」

「そう。カメラモードで撮影したのが、なかなかいい感じなんだけど」

「写真部のデジタルのは確認した?」

「いや、あっちはあっちの流儀があるからさ、動画も撮影していたみたいだし、合同だと映像の確認だけでも時間かかるだろ?こっちはこっちで小さな作品になればいいとおもっているんだが」

「そうね。別に使っていいわよ」

「サンキュー」

 

 編集した映像は、3分程度にまとめたものを各クラスで一度は流してくれるらしい。もう少し長いものは来月の学園祭で使う予定だ。我らがパソコン部の作品として、自作ミニゲームと、この映像をひっそりと公開する。

 

 何しろ場所は地下一階の端っこ。緊急時の備品倉庫の隣の空き部屋で、廊下を挟んだ向かいはカルタ部だ。

 この場所を知っている人が少ないくらい学校の辺境で、学園祭の時に人がくるかも怪しい。

 

「このサッカー部の先輩ってなんてヤツなの?」

「知らないわよ」

「女子で噂なんだろ?」

「あたしは学校では男の話はしないのよ。余計な噂がたつの嫌いだし」

「余計な噂といえば、英梨々って誰かに告白された?」

「はぁ?何言ってんの?」

「いや、ごめん。出海ちゃんは告白受けたって言ってたぞ?」

「それで?」

「いや・・・」

「波島出海は陽キャなのよ、陽キャ。わかるかしら?だいたい全方位に愛嬌を振りまいているから、そういう隙ができるのね」

「隙の問題なのか・・・」

「そりゃそうよ。極力男子とは話をしない。好意を寄せられた噂話に反応しない。女子とは男の話はしない。興味がないことをはっきり伝えてあるから、友達経由で全部断っているわ」

「へぇ・・・」

「だいたい、なんであんたがそんなこと聞くのよ?恋バナなんて無縁でしょ」

「編集の資料にしようと思っただけで、深い意味はねぇよ・・・、なんか校舎裏に呼び出されて・・・みたいなことがあるのかと思ってさ」

「ないない。そうなる前に遮断しているから」

「ははっ」

 

 けっこう人見知りが激しい性格だし、実際は男子とあまり話ができないだけかもしれない。出海ちゃんを陽キャというあたり、自分が陰キャなのを十分にわきまえているのも英梨々らしいところだ。

 

 テレビ画面にサッカーの試合が流れ始めた。ゴールシーンは思ったよりもずっと迫力がある。なかなかのイケメンでゴールを友達と喜んでいる姿も様になっている。これなら女子人気が高いのもうなずけた。

 

 隣の英梨々は興味なさそうにポテチをポリポリとつまんで食べている。

 

 続いて、リレーシーンだ。こちらは出海ちゃんが中心に構成されている。俺はすっかり忘れていた。英梨々の目が座って不機嫌そうに俺を睨んでいた。

 

「そう?倫也って波島出海が好きなのね?」

「ちがうから」今度は否定しておこう。

「やってることストーカーじゃない」

「需要だろ・・・」

「誰の?」

「学校の出海ちゃんファンの」

「素直になってもいのよ?白状しなさいよ」

「なんの?少なくとも告白受けているんだから、出海ちゃんファンはいるんだろ」

「その話って、受けたの?」

「断ったらしいけど」

「じゃあ、断った相手を喜ばすような行為って、ストーカーの手伝いにならないかしら」

「・・・ならんだろ」

 

 英梨々は文句を言いながらも画面を見つめている。スポーツ大会である。英梨々がどんなに可愛くても主役にはなれない。

 所詮は卓球で一回戦で負ける運動音痴であって、あざとい真似をしない英梨々はクールに役割をこなすだけだ。

 コンプレックスもあるだろうし、寂しい気持ちもあるのかもしれない。

 

 出海ちゃんにいたっては、美術部の後輩で英梨々に次いで絵が上手い。対抗意識が多少はあるのかもしれない。

 

「あら、意外とうまく撮影できているわね。これ、まだ編集していないのよね?」

「ああ、今が初見だが」

「へぇ・・・なんか、才能あるわよね」

「そうか?」

「だって、ちゃんとリレーのストーリーがわかるもの。何台かで撮影して編集したみたいにいろいろな角度で撮影されているし。もうちょい前から撮影して、揺れる胸を捉えた方がいいんじゃないかしら?」

「あのな~」

 

 うーん。英梨々視点で撮影すると18禁エロ漫画の資料にされそうだ。でも、言われてみればそういう個人に視点を合わせるような撮影はしなかった。出海ちゃんの魅力を最大限に引き出すような手法ではない。

 

 最後に成績発表会が行われている場面が流れる。ここはもう蛇足だろう。陽光で光るハゲ教師の頭部を拡大して終わる。

 

「バカ。叱られるわよ」と言いつつも英梨々が笑っている。

 

「こんなもんだろ。まぁまぁよく撮影できてたな。あとは移動シーンなんかを削ってしまえばまとまるだろ」

「そういうところもあった方がいいと思うわよ。別にプロっぽく編集しなくても、むしろドローン撮影にチャレンジしましたって感じが出てた方がいいと思うけど」

「そう?それって、英梨々の贔屓目じゃねぇの」

「そうかしら・・・」

 

 俺は停止ボタンを押して、電源をオフにする。

 

「あと倫也・・・この映像って、人気の生徒に焦点を当てているのよね?」

「一応、リサーチにそったつもりだが」

「でも、映ってないわよね」

「誰が?」

「波島伊織」

「・・・ああ。忘れてた」

「それ、私情はさみすぎじゃないかしら?」

「えっと、英梨々は伊織が映っていたほうが・・・」

 

 本当にしっかり失念していた。波島伊織。こいつも学校での人気が高いし、クラスのアイドルみたいなやつだ。実行委員をやりつつ、スポーツでも活躍していたらしい。

 

「べ・・・別にそういう意味でいったんじゃないわよ。誤解しないでよねっ、ふん」

「って、それ、ツンデレ的には認めていることにならね?」

「やめてよほんと。たまにそんな噂がたつの反吐が出るわ」

「そこまで嫌わなくても」

 

 やれやれ。英梨々のコンプレックスもひどいもんだ。

 

「嫌ってもいないのよ。だって、ぜんぜん知らないもの。それに倫也・・・あたしが一番この映像で不満のは・・・」

 

「ん?なんだ?」

 

 英梨々が顔を赤くしている。

 

「なっなんでもないわよ。バカ倫也」

 

 そう言って、氷の解けた麦茶を飲んでいた。

 

(了)



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壁どーん!

倫也ともなれば、当然、壁ドンぐらいは知っている。
今回はそれを別な形にして英梨々の心をしっかりと捉えたい。

私見ではあるが、人生には後悔することがたくさんあると思う。
中学の時にこの話ほど大袈裟ではないが、女の子を助けられなかったことがある。
やり直せるならそこを変えたい。
そういう意味ではこの話は思い出のレクイエムでもある。


 10月。気候も穏やかになって過ごしやすくなってきた。

 

 もうすぐ文化祭があるので、俺はPC部でコツコツとミニゲームをひとりで制作していた。我らがPC部は幽霊部員2名の実質俺だけの部活動だが、活動内容は充実していて忙しい。地下一階の端っこの小さな部屋には、中古デスクトップPCと、ノートPCも二台ある。

 

 学校の回線から分岐して、ネットには有線接続で5Gも確保している。どう申請しても許可が降りなかったので、自分でケーブルをたどって配電室から勝手に配線を引っ張ってきた。その後、担当の先生にさりげなく許可を取ったものを言質としてスマホに保存してあす。

 ついでに無線ルーターも設置してWifiも完備。俺と英梨々だけがスマホで利用している。もっとも英梨々の方は通信料は無制限で気になんかしていなかったが。

 

 コンコンとドアがノックされる。この部屋の扉は普通の教室のように引き戸ではない。鍵もかかる片開きドアなのは隣の緊急用備蓄室のように倉庫として利用するためだったからだろう。

 

 こちらが返事する前にドアが開く。

 

「倫也、これお願いできる?」

「あいよ」

 

 俺は英梨々からイラストを受け取った。英梨々は美術部で文化祭の裏方として重要な役割を担っている。

 

 アナログのイラストをスキャナーでデジタル化する。その後クラウドにUPしておけば、英梨々はあとで自宅で修正ができる。一応、ここにくる口実になっているのだ。

 

 俺が作業している間、英梨々はノートPCをいじっている。元々の所有者が英梨々のもので、スペックこそ最高とは言い難いが最新のOSがインストールされている。

 

 そこにはシューティングのミニゲームが入っていて、俺が制作したものだ。内容はシンプルな横スクロールで1面だけ。アイテムを効率よくとることで強化されるタイプで難易度も低い。3分程度で終わる。文化祭の時にこの部屋でデモプレイを公開する。

 

「これ、コントローラーで操作させた方がいいんじゃないの?」

「うーん。それだと簡単すぎるから、キーボード操作をやってもらった方がPC部らしいと思うが・・・やっぱり制作者側の独りよがりか」

「そう思うならそれでいいとわよ」

 

 俺は英梨々にイラストを返した。ちなみにカラーコピーで出力させることができるが、印刷機は職員室にある。

 

「そっちの調子はどうだ?」

「こっちは準備は終わったわよ。あとは明日から始まる放課後活動だけね」

 

 文化祭での美術部は特別な役割がある。まずは制作備品の管理だ。箱には各クラスに割り当てられた各種絵具やマジックなどがはいっている。使えなくなったものを補充したり、必要に応じて増量したりする。

 

 またポスターや看板製作の手伝いもする。大きなイラストを描く依頼なども受けているようだ。

 

 そういうわけで英梨々は明日あたりから放課後は居残りで忙しくなるようだ。

 

 俺はどの道ここで時間ギリギリまでADV(アドヴェンチャーゲーム)の修正する。こちらも簡単なものを制作している。

 

 

※ ※ ※

 

 

 その後、二日間は平穏だった。放課後に遅くまで作業するのが楽しい人もいれば、早々と切り上げて帰る人もいる。部活は継続されていて運動部はあまり準備作業に加わらない。

 

 それは、文化祭の前日に事件が起こった。

 

 俺はPC部でいつものように作業していた。もう明日が発表なので無駄なあがきはしない。ミニゲームのシューティングと、アドベンチャー、それとドローンで空撮したスポーツ大会の映像がリピートで流れる。

 この部屋に物好きな誰かが来るといいが、混みすぎても困る。パンフレットを作成した英梨々は最初は大きく取り扱ってくれたが、俺が修正させて目立たなくしてもらった。

 

 そういうわけで、俺はネットを閲覧しながら1人でまったりと過ごしていた。

 

 コン!コン!というノックの音。俺は作業をやめてドアを開けると、出海ちゃんが息を切らせている。

 波島出海。伊織の妹で飛び級して入学している。美術部の英梨々の後輩で、運動能力にもすぐれ性格も明るい。学校内では英梨々に次いで人気も高い。

 

「倫也先輩・・・」

「どうした?」

「た・・・大変です・・・澤村先輩が・・・」

「ん?澤村がどうかしたのか?」

 

 英梨々とは学校では仲良くしていないので、ただのクラスメイトとして『澤村』と呼んでいる。俺と英梨々の仲がいいことを出海ちゃんも伊織も知らないはずだ。

 

「告白を受けてます!」

 

 ほう?文化祭前だし、そんな色恋沙汰もそろそろ起こるのかもしれない。俺は無縁だが・・・英梨々も人気があるし、焦れたやつがいたのだろう。

 

「それで?」

「冷静ですね・・・」

「そりゃ、澤村だろ?モテるんじゃねーの」

 

 あくまでも他人の振りをする。そういえば告白される隙は与えないとか言ってたな。隙だらけじゃねーか。あのバカ。

 

「そうじゃなくて、えっと・・・とにかく来てください。案内しながら説明します」

「あっ・・・うん!?」

 

 出海ちゃんに促されて俺はPC部の部屋を出た。一応貴重品なので部屋には鍵をかける。もっとも隠しカメラがついていて監視はばっちりなのだが、そんなことは秘密だ。

 

「出海ちゃん。で、俺が何の役にたつんだ?」

「ただの告白じゃなかったんですよ。普通、そういうのって呼び出して校舎裏とかが定番じゃないですか。手紙とか」

「そうみたいだな。漫画でしかしらんけど」

「みんなの前で告白されたんですよ。信じられます?」

「どいうこと?」

 

 階段を上がっていく。3階は3年生のクラスだ。確かに何か怪しい雰囲気があって静かだ。

人だかりのできている教室がある。

 

「澤村先輩が呼ばれて美術部のヘルプとして手伝いに行ったんですよ。そしたら、クラス中で囲って、なんだか演劇みたいな感じで告白してきてて」

「なんだそれw」

 

 俺は思わず失笑してしまった。

 

「倫也先輩ってサッカー部の有名な人知ってますよね?撮影していましたし」

「ああ、名前忘れたけど、知ってるよ・・・ああ、そいつなの?」

「そうです。自信あったんでしょうけど・・・」

 

 まったくもって事情に疎い俺は、どうにも経緯がわからない。後で知ったが『フラッシュモブ』とかいうのが流行っていたらしい。

 

「でも、俺って何の役に立つの?」

「だって、私は倫也先輩しか知りませんし、お兄ちゃんは見つからないし、美術部の陰キャ集団じゃ何もできませんし・・・」

「俺も十分に陰キャなんだけど・・・」

「それに、澤村先輩・・・立ったまま泣いちゃって」

「はぁ!?」

 

 なんだそれ。なんで告白されて泣いてるんだ?さてはバグったか、キャパ超えたか?

 

 人だかりをよけて教室を覗くと、教室の真ん中で英梨々が立ったまま泣いていた。金髪ツインテールに水色の幼稚園児みたいなポンチョをかぶっている。絵具の汚れでひどいがいかにも美術部員という感じがする。右手には赤い大きなマジックを握っていた。

 

 足元には、大きなキャラクターのイラストが描きかけで、絵柄からして英梨々が描いていたものだろう・・・

 

 事情がなんとなくわかってきた。作業手伝いを名目に呼び出されて、制作中に茶番がはじまったのだろう・・・くだらない。英梨々は制作中に邪魔されるのが一番嫌いなのに。

 

 (どこのどいつだよ!?)

 俺はメガネを胸ポケットにしまった。

 

 ガンッ!!

 

「ひゃー」「きゃっ」とか、女子の悲鳴が聴こえた。

 

「倫也先輩・・・!?」

 

 俺はいら立ってしまって壁を強く殴りつける。

 

 自信のあったらしい先輩は英梨々に泣かれて、おどおどしているだけだ。他の生徒は遠巻きに成り行きを傍観しているだけだった。

 

 英梨々は左腕で目元を抑えて、泣いているのを隠していた。

 

「英梨々っ」

 

 つかつかと近寄って、英梨々が固く握りしめたマジックを手から解放して投げ捨てた。

 

「くだらないことに巻き込まれるなよ」

 

 英梨々の耳元で小さな声をかけた。「ヒックッ」というすすり泣く声がする。我慢したような泣き方は子供の時のままだ。

 

 右手を握って、立ったままの英梨々を教室から連れ出していった。

 

「おっ・・・お邪魔しました!」と出海ちゃんが教室を出る時に頭を下げていた。

 

 他の人が俺と英梨々を見ているが、そんなことは関係なかった。

 

 美術室は渡り廊下の先の3階でここから近い。俺は英梨々の手を引いたまま、美術室まで連れ戻した。

 教室の中には美術部と思われる女子生徒が3人ほどいた。

 

 俺はそのまま教室の中を通って、美術準備室の方へ英梨々を連れて行った。

 

「出海ちゃん、ちょっと英梨々が落ち着くまで、扉開けないで」

「・・・はい」

 

 きょとんと、不思議そうな目で見ている。準備室の扉を閉めてから英梨々の手を離した。

 

 

※ ※ ※

 

 

「ぐすっ」と、ときどき鼻をすすりながら、英梨々が必死に泣き止もうとしている。あいにくと俺はハンカチなどという気のきいたものは持っていなかったので、準備室にあった何に使うかわからないキッチンペーパを数枚取り出して英梨々に渡した。

 

「まったく・・・はぁ・・・」俺も溜息がでる。

 

 なにやら作品の置いてあったパイプイスがあったので、どかしてから、そこに英梨々を座らせた。

 この美術準備室は人がこないので、英梨々とどうしても学校で話をしたい時に少し活用していた時があった。今はPC部の部屋の方が人がこないのでそちらを使っているが。

 

 泣き止むのはずいぶんと時間がかかった気がする。

 

ぴーん。ぽーん。ぱーん。ぽーん。

 

『呼び出しをいたします。2年1組。澤村英梨々さん、2年1組の澤村英梨々さん。至急、職員室まで来てください』

 

ぴーんぽーんぱーんぽーん。

 

「行けるかっ!」と、俺が代わりにツッコミをいれておく。とはいえ、先生も仕事だ。騒ぎの報告でもはいったのだろう。

 

 英梨々は泣き止んでも黙ってうつむいたままだし、目は腫れてひどい顔になっていた。中学生にもなって学校でこれだけ泣いたのは初めてだろう。

 

「とりあえず、ここにいろ。ちょっと処理してくる」

 

 部屋を出ると、美術部の他、生徒数名が遠巻きに見ていた。

 

「出海ちゃん。ごめん。職員室にいって澤村は体調不良で帰宅したって伝えてきてくれる?」

「はい」

「あと、他の美術部のみなさんは、ここに澤村がいることは黙っていてあげてくれ」

「はい」

 

 出海ちゃんと一緒に教室を出て職員室に向かった。出海ちゃんが報告に行っている間、職員室の外の廊下で待つ。少し時間がかかったが出海ちゃんが出てきた。

 

「倫也先輩、報告終わりました。なんか、説明難しかったです・・・」

「いいよ、ほっとけば」

「あの・・・倫也先輩って、澤村さんのこと・・・『英梨々』って呼ぶんですね」

「ああ、あいつとは幼稚園の頃から一緒だからな、つい昔のクセで・・・」

 

 出海ちゃんと歩きながら2年1組に入って、出海ちゃんに英梨々の荷物を渡した。ここまで噂はもう流れているらしく、なんだか目線がするが気にしない。出海ちゃんは美術部の後輩だし問題ない。俺は自分の荷物をもって出た。

 

 美術準備室にいる英梨々は、押し黙ったままだった。荷物を渡すとカバンからケータイを取りだしていじっている。

 流石にもう気を取り直して美術部のサポートメンバーとして活動はできないだろう。だいたい顔がひどいし、むすぅ~と機嫌が悪いのを隠そうともしない。

 

「とりあえず、俺が手伝ってくるわ・・・」

 

 英梨々を置いて、俺は美術部のサポートをする。明日が文化祭なので、今日は貸し出した絵具やマジックを回収してチェックしなければならない。

 

 18時に下校案内の放送がなる。道具を返しに来てくれる生徒もいたが、放送を無視して作業を続けているところもある。

 

 美術部のメンバーを道具の回収に向かわせて、俺は留守番して道具のチェックをしていった。

 

 最後の道具セットが回収された時には19時を過ぎていた。美術部の先生が教室にもどってきて、確認済の書類にサインをいれる。あとはこれらを準備室にしまって終りだ。

 

 俺と出海ちゃんで道具箱を所定の場所にしまっていく。英梨々は無視して椅子に足を組んだままむくれてケータイをいじっていた。頭のリボンもほどいてひどい有様だ。

 

 片付けが終わったので、美術部のメンバーにお疲れ様をいって帰らせる。

 

「出海ちゃんもお疲れ様。さんざんだったね」

「いえいえ、こちらこそ助けていただいて・・・すみません」

「じゃ」

「あっ・・・はい。失礼します」

 

 ペコリと頭を下げて教室を出て行った。

 

 窓から校舎の様子をうかがう。だいぶ照明が消えているし、帰る人もまばらになっている。外は暗いし、そろそろ大丈夫だろうか。

 

「英梨々。お疲れ。みんな帰ったぞ」

 

 英梨々は顔を上げて俺を睨んだ。俺は別に悪いことはしていない。泣いた直後よりはだいぶマシな顔になってきているが、瞼がはれぼったい。

 

「だいたい、なんなのよアレ?人の事バカにしてるのかしら?」

「忘れろ忘れろ。思い出すとイライラするだろ」

「・・・たくっ。ほんとよね」

 

 誰もいないのを確認しながら、俺と英梨々は気配を消して下駄箱まで降りて行った。廊下などの電気はすでに消えていて、生徒は見かけなかった。

 

 英梨々がローファーを履いて、また大きくため息をついた。暗くなったグラウンドを横目に見ながら、一緒に並んで歩いて校門から外へ出る。

 

 

 英梨々と一緒に帰ったのはこれが初めてだった。

 

 

(了)



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ラッキースケベの才能

表題はあまり関係ないです。
もはやネタにつまって中二病ってなんだよ?(怒)って感じで、とりあえずラブコメあるあるを探していました。
そういうわけでラッキースケベ。
現実的な作りにすると、まぁそんなことはほぼ起きませんね。

今回の話は前回の続きです。
「嘘も方便」という言葉もありますが、倫也の昔話が実話かどうかは置いといて、とっさにそういう話ができるなら優しいなぁと思います。


 11月。だいぶ肌寒い日が増えてきた。文化祭の喧噪もすっかり忘れ、平穏な学校生活が戻ってきていた。

 

 ただし、英梨々を除いて。

 

 英梨々だけが、まだニヤニヤして時々思い出している。本人は突然の出来事にパニックになって泣いていたくせに今では上機嫌だ。いったい何があったのか少し説明しようと思う。

 

 俺としては、学校中で噂になって大変だろうなと、冷静になったあと反省していた。とはいえ、時間は巻き戻らない。あの日、何かいい言い訳でもないかとベッドで横になって考えていた。

 

 文化祭の当日は、みんながそれぞれの役割があり、俺も地下のPC部に1人で来場者を待っていた。

 クラスの仲のいい男子をはじめ、思いのほかゲーム好きも多いらしく、なんやかんやと誰かしら遊びに来ていた。俺は操作を方法などを解説するが、基本的には放置気味だ。自由に触らせておく。

 

 スポーツ大会の空撮した映像の方が人気が出てきて、こちらは噂が噂を呼んで狭い部屋に人が集まってきた。女子もちらほらと来ている。

 

 そこで噂を耳にした。

 

「ええ、この先輩でしょー、あたしもひそかに好きだったんだけどー」「マジショックー」

「みんなの前で告白したんでしょ?」「ありえないよねー」「今日来てないらしいよ」「そりゃこれないでしょww」「澤村さん泣いてたらしいよ」

 

 断片的な情報はすでに広がっているらしい。英梨々は一晩たって落ち着いたのか今日はちゃんと登校してきてるし、美術部の方にいる。

 本人はさぞかし火中で大変だろうが、統制のとれた美術部にいる限りは大丈夫だろう。

 

「なんか、すっごいイケメンの人が助けたらしいよ~」

「ええっ?誰?」

「わかんないらしい」

「波島くんじゃないの?」

「伊織くんならすぐにわかるでしょー」

 

 ・・・おっ?どうやら、俺の周りは静かだなぁと思ったが、気が付かれていないらしい。これも日頃の陰キャイメージのおかげかもしれない。学年も違うし、存在感の薄い俺は日頃は目立たない。部活で先輩もいないのも功を奏したか。

 

 とっさの判断で、俺はメガネを外して教室に入ったので別人に思われたらしい。

 

 さらに、英梨々が美術部から情報が漏れるのを防いだのだろう。こうなると真相は闇か。後で詳細を出海ちゃんあたりから確認しておきたいところだ。

 

 

※ ※ ※

 

 

 あの日、トボトボと家に帰った英梨々は、食事と風呂をすました後に俺の部屋にやってきた。

 冷静になった後にぷりぷりと怒っていたのだ。なんで、俺がその愚痴を聞かないといけないかいまいちわかりかねるが、他に話す相手もいなかったのだろう。

 

「だいたい人の恋愛をなんだと思ってんの?あんなんで喜ぶ人いるとかしら?」

「さぁ・・・内輪でもりあがってたんじゃねーの」

「ヘディングで頭おかしくなってんのかしらね。普通、あんなことしないわよね」

「で、どんなんだったんだ?」

「どんなだったかしら・・・あたしは呼ばれて手伝いにいったのよね。波島出海でも一緒に連れて行けばよかったのに、1人で行動したのが悪かったのかしら?依頼内容のイラストを大きな紙に下書きして、それをマジックでなぞっていたのよね。あんまりなれない道具だから、慎重になりがちだけど、そうすると線に勢いがでないでしょ」

「ふむふむ」

 

 ずいぶんとストレスが溜まっているらしく、言葉数も多い。

 

「それで、とりあえず主線を描き終えて、後は陰影の線をどうするか立って眺めていたのよ。本当なら机の上にでも立ちたい気分だったけど、流石に恥じらいもあったのよ。それで人が真剣に悩んでいる時に・・・」

「ああ、英梨々の創作意欲がMAXだったんだな」

「そうよ。当たり前でしょ?それが仕事なんだから。人のものとはいえ、作品に関わる以上は最高のもの、少しで良いものを提供したいというのが、絵師の心得だと思うのよね」

「すごいプロ意識だな・・・」

 

 ちなみに描いていたのは人気アニメの主役の男で、英梨々も好きなキャラで描きなれていた。描きかけの状態で事件に巻き込まれたのが惜しまれる。

 

「その時に後ろで話かけられたのよね。フラッシュモブっていうのかしら?男子数名が踊りだして」

「なんだそれwwwウケるwww」

「あんたねぇ。笑いごとじゃないわよ?あたしの創作意欲はどうしてくれるのよ。くだらないへたくそなダンス見せられて、愛嬌をふりまけるほどあたしは大人じゃないし、媚びは売りたくないわね」

「そこらへんは英梨々だな」

 

 たいたいマンガを描いている時の英梨々なんて別人で怖いぐらいだ。つまらない邪魔をすれば怒るのも無理はない・・・そんなこと、誰も知らないだろうが。

 

「周りの誰も止めないし、あたしはわけがわからないまま、ぼっーと立ってたわよ」

「そりゃそうだよな・・・」

「そしたらね。そしたらね・・・うぅ・・・」

「おいおい・・・思い出して泣くなよ」

「もう泣かないわよっ。ほんとくだらないんだから。その誰よ?名前も知らないサッカーバカに告白されたのよ。なんて言われたかしらね?『君が好きですぅ~♪』みたいな感じで、何かのコントかしら?」

「お前・・・よくそれで泣けるな。普通笑うだろ・・・」

「はぁ?あんたバカなの?死ぬの?ヘディング脳なの?笑えるわけないじゃない」

「なんでだよ・・・」

「なんであたしの人生初告白イベントがそんなくだらないものにされなきゃならいのよ?創作は邪魔されるし、思い出はひっかきまわされるし、悔しいやら、情けないやら・・・で、感情吹っ切れたのよね・・・」

「まぁ、水でも飲めよ・・・」

 

 英梨々がコップのお茶を飲んだ。英梨々には英梨々でいろいろあるんだな・・・

 

「ふぅ・・・。ひどいと思わない?」

「ひどいよな」

 

 俺もキレて壁を殴るぐらいにはひどかったと思う。でも、それは理由がわからず英梨々が泣いていたからだし、その光景が小学生の時に英梨々がオタク疑惑で(疑惑じゃないけど)でいじめられていた時を思い出させたからだ。

 

 英梨々にはそんな思いはさせたくなかった。

 

 俺だって最初から見ていたら笑ってしまったかもしれないし。英梨々だって俺がいたらこっちに助けの視線を送ってきたかもしれない。余裕が少しあれば笑い話にできたはずだ。

 

 創作活動中で素の陰キャ英梨々全開だったから、対応しきれなかったのだろう。いつもみたいに学校用お嬢様バージョン英梨々なら、もう少し違った結果になったに違いない。

 

 それに相手だって、自信満々のイケメンサッカー部とはいえ・・・このやり方なら振られても笑い話にできると踏んだのかもしれない。

 

 結果的に踏んだのは飛び切りの地雷だったのだけど。

 

 英梨々が口膨らませている。とりあえず、俺としてはいじめみたいな事件にまきこれたわけじゃないし、英梨々が泣いてしまった以上は被害者確定だ。どんな風に噂が広まるか知らないが、英梨々ファンは男女ともに多いのはバレンタインとホワイトデーで証明済だ。

 

「ひどい初告白だと思わない?」

「ああ、思うよ」

 

 英梨々が何度もそういってくる。確かに思い出作りという観点からすると一方的過ぎるのかもしれない。しかし、校舎裏に呼び出されたり、伝説の木の下で告白受けるのも稀だろう。

 

「ああ、でも英梨々・・・」

 

 いうべきか、いわざるべきか・・・

 

「何よ?」

「お前の『初告白』って、『初告白され』・・・か?っていうのは、それじゃないぞ」

「えっ?何言ってんの倫也」

「忘れているんだな」

「そうだったかしら・・・」

 

 ふむ。そんなもんだろう。何しろ幼稚園の年少の頃のことだからな。早生まれのちっこい英梨々が覚えていないのも無理はない。

 

「気が済んだろ?明日も忙しんだから、今日は早く寝ろ」

「ちょっと待ちなさいよ倫也。・・・それって、相手が倫也なのかしら?」

「勘のいい子は嫌いだよ」

「えっ、そうなの・・・思い出すから・・・」

「バカいってねぇで、コート着ろ」

 

 風呂上りに来るとか、風邪ひいたらどうするんだ。ただでさえ体が弱い方なのに。

 

 英梨々を家に送るため、一緒に外に出る。

 

 今日は暖かかったので外気温はそこまで寒くはない。風が少し拭いているからコートがあった方がいいのかもしれないが、俺は別に着ていない。

 

 英梨々と並んで歩くが、英梨々はずっと考え込んで思い出そうとしている。首をかしげていることから、さっぱり思い出せないのだろう。もしかしたら記憶から消えているかもしれない。

 

 英梨々の場合は視覚的な記憶は俺なんかよりもずっと優れているが、単純な暗記やエピソード記憶などは俺の方が優れている。年少の3歳となると、覚えてない方が普通だろう。

 

「あんた、作り話じゃないでしょうね?」

「何が?」

「倫也があたしに告白したこと」

「うーん。なんかその言い方だと誤解を産みそうだな・・・」

「あんたがいったんでしょーが」

「いやそうなんだけどな・・・。英梨々って長靴の絵を描いたの覚える?」

「長靴の絵?」

「水たまりの長靴の絵」

「えっと・・・それって幼稚園の頃の?」

「そそ」

「覚えているわよ。あの透明な長靴よね?」

「それ。長靴の絵を描いたのは覚えているんだな」

「あれっていつ頃の話よ」

「年少の梅雨時じゃねーかな」

「・・・そんな、昔のこと覚えているわけないでしょ」

「だよな」

 

 英梨々の長靴の絵は、普通の子とぜんぜん違っていた。普通の幼稚園児は長靴なんて横向きでしか描けない。なんなら小学生でも横向きでしかかけないだろう。

 

 英梨々は後ろ姿を描いていた。水たまりの上を跳ねるように歩く長靴の構図だ。みんなが楕円の水たまりを塗りつぶし、縦線の水色の雨を降らす絵を描いているのに、英梨々の水たまりは淵がないし、カラフルだし、水が弾けていた。

 何よりも透明な長靴がちゃんと透明に見えた。

 

「その絵がどうかしたの?」

「あの絵ってさ、みんな理解できなかったんだよな。後ろ姿で歩いている長靴だろ」

「うーん。はっきり思い出せないけど、そんなだったかしら?水たまりの上を跳ねているような・・・」

「そう、それ。あれさ、線がないからみんなからはぐっちゃぐっちゃに見えたんだよな」

「ぜんぜん記憶にないわね」

「それでさ、英梨々は途中からきた転園生だし、金髪だし、ぜんぜんしゃべれないし、小さいし、マイペースだったからさ、みんなに下手くそーっていじめられたんだよ。まじ、覚えてないの?」

「まるで記憶にないわよ?というか、幼稚園の頃の記憶なんてあるかしら・・・」

「沢山ことは忘れるだろうけどな。まぁ俺もそんなに全部覚えてるわけじゃねーよ」

「そう。それで?」

「俺さ・・・」

 

 英梨々の家というか屋敷は、俺の家から坂道を上った先にあって、すぐに家の前まで着いてしまった。閉まっている門の前で立ち話を続ける。

 

「なんか、ぜんぜんみんな絵の意味を理解していなくてさ、そりゃ他の子よりもわかりにくかったけど、英梨々の絵はとてもきれいでさ。他の女の子みたいな虹なんて描いてないのに、カラフルで虹が水たまりに映りこんでいるようでさ。すごく感動したんだ」

「そ・・・そう?べ・・・別にあんたのためじゃないわよ」

「いや、いまツンデレいらんだろ」

 

 立ち止まると涼しい。空は快晴で星がちらほらと見える。

 

「うーん。本題が見えないわね・・・」

「英梨々に伝えたんだよ『英梨々の絵が好きだよ』って」

「ありがと」

「それがさ、別に緊張したわけじゃないけど、『英梨々が好きだよ』って、言ったんだよな~。あ~記憶から消したい」

「・・・バカっ」

 

 大袈裟に頭を抱えた振りをする。ばからしい話だ。隣で英梨々がクスクスと笑っている。

ようやく笑顔が戻ってきた。

 

「まっ、とにかく、お前の初告白されはそれだからなっ。今日のやつよりマシかどうかはわからんが」

「そうね。でも、ありがとね」

「おう、じゃあな」

 

 手を振って坂を歩き始めると、英梨々が後ろから声をかけてきた。

 

「ねぇ倫也。もう一度言いなさいよ」

「何を?」

「さっきの『英梨々が好きだ』ってところ」

「知るかっ!」

「ケチねぇ~。じゃあ、あたしは部屋に戻って今日のことを思い出してまた泣くとするわ」

「あのなぁ・・・」

 

 上書きでするつもりか。そんな風に思い出って塗り替えられるものだろうか?

 

「あんたありがたく思いなさいよ。あたしはいつも告白を避けて生きてきたんだからねっ」

「ああ、そうですか。良し分かった。お前の願いを叶えてやろう」

 

 門の前に立っている英梨々は、くすんだオレンジ色のハーフトレンチコートを着ている。フードも付いていてオシャレな雨合羽に見えなくもない・・・

 

「俺、安芸倫也はっ・・・エリンギが好きです!」

 

 ヒュ~@@ と木枯らしが吹いた。

 

 英梨々のスカートが揺れてめくれ上がった。

 

「・・・あんたねぇ、真面目にやりなさいよ」

 

 英梨々がスカートを手で押さえている。角度的には見上げる形で申し分なかったが、いかんせん風の力が足らない。まったく確認できず。

 

「なぁ・・・英梨々」

「何よ。バカ」

「俺、ラッキースケベの才能はないんだな」

「知らないないわよ。変態」

「じゃあな、また明日な」

「うん。おやすみ。倫也」

 

 

※ ※ ※

 

 

 文化祭も終り片付けが始まった。その点でPC部は楽だ。何しろいつもとそう変わらないのだから。ドアに貼ったPC部のポスターだけをはがして、PCをシャットダウンする。

 部屋のレイアウトが変わって配線を床に這わせたので、躓かないように養生テープで固定していた。それをバリバリとはがしていく。

 

 コン!コン!とノックがして、出海ちゃんが入ってきた。

 

「倫也先輩。ちょっといいですか?」

「どうしたの?また澤村に問題でも起きたか」

「いえ、今日は平穏でしたけど、ちょっと確認とお願いが」

「何の?」

 

 とりあえず、出海ちゃんにイスをすすめて座ってもらう。

 

「ここまで噂って届きました?」

 

 出海ちゃんは部屋をキョロキョロとみている。教室でなく倉庫仕様なのだ。雰囲気が違うのだろう。

 

「澤村のか?」

「はい。昨日いた美術部の子は緘口令が布かれて、倫也先輩のことは秘密になってます。といっても、倫也先輩のこと知っている子いませんでしたけど」

「ということは、俺も誰にもしゃべるなってことだよな?」

「そういうことです。でも、澤村先輩は『安芸なら、悪目立ちしたくないから放っておいてもしゃべらないわよ』って言ってました。なんなんですかね?その信頼感は」

「さぁ?でもまぁ、俺からしゃべることはないよ」

「そうですか。それでですね・・・」

「まだあるの?」

「昨日、倫也先輩ってメガネ外してたんですね」

「ふふふっ。逆変装な。意外と気がつかれないんだぜ」

「そうみたいですね。というわけで、イケメン探しがはじまってますから気を付けてください」

「はははっ、あれは行動がだろ?」

「そうなんでしょうね。私もドキッとしましたし、ああいう壁ドンってずるくないですか」

「狙ってしたことじゃないから・・・バレないように気をつけるよ」

「以上です」

「わざわざありがとう」

 

 出海ちゃんが立ち上がって部屋から出ていく時に振り向いて、

 

「倫也先輩と澤村先輩って、別に付き合ったりしてないですよね?」

「んん?学校では会話もしたことほとんどないよ」

「ですよね・・・でも、昨日は手をつないでましたよね?」

「気のせいじゃないか?でも、あの場所から連れ出してやりたかったからさ」

「そうですか」

 

 追及が激しかったら、小学生時代にいじめられていた話でもして辻褄をあわせようと思ったが納得したようだ。

 

「あっ・・・」

 

 出海ちゃんが配線に足を取られて転びそうになった。俺はコードで引っ張られたノートをPCを慌てて抑える。

 

 出海ちゃんは転ばずにバランスを取って姿勢を戻した。

 

「ごめん。出海ちゃん・・・配線片付け中だった」

「いえ、平気です・・・失礼します」

 

 出海ちゃんが部屋から出ていった。

 

 

 やはり、ラッキースケベの才能はないようだ。

 

 

(了)



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ツンデレのクリスマス

出海ちゃんはちょっとかわいそうな役を引き受けているが、こういう下働きが大事なんじゃないかな。知らんけど。

出海ルート前哨戦のクリスマスの話の翌年。いつの間にか英梨々ルートに戻っているので、こんなひどい展開になるんだな。
謝っておこう。ごめんなさい。

仕上がってみると、英梨々がけっこうなツンデレになっているので表題に採用。


 12月。人生には決断すべき時がある。

 

 なんでもない日常の連続も何かを選び続けているのかもしれない。しかし未来がどのように変わるかはあまり予想できない。報われない努力もあるだろうし、惰性で生きてチャンスを逃したこともあっただろう。

 

 しかし、イベントは大きな選択で未来が変わることがはっきりとわかる。

 

 PC部で黙々とプログラムを打ち続ける日々。今は雌伏の時だと自分を言い聞かせ、教本通りに練習し、オリジナル性は追及しない。いつか自分で作りたいゲームはあるが、まだ力が不足していた。絵がどんどん上手くなっていく英梨々に比べて、気持ちばかりが焦ってしまう。

 

 コン!コン!とノックの音がした。このノックの音は出海ちゃんだ。ガチャリとドア開いて、人懐っこい笑顔で顔をのぞかせる。

 

「倫也先輩、ちょっといいですか?」

「うん」

「これ・・・」

 

 俺は作業を止めて立ち上がり出海ちゃんが持っているものを受け取った。クリスマスカードだ。

 

「ありがとう・・・?」

「クリスマス会の招待カードです。今年もうちで開催する予定なんですけど、倫也先輩に来てもらおうと思って」

「ああ、うん。去年はバタバタしちゃってごめん」

「・・・いえ」

 

 ふぅ・・・。先延ばしできない問題もある。今年もダブルブッキングするわけにはいかないだろう。でも、断るって難しいな・・・

 

「あのさ、出海ちゃん。気持ちは嬉しいんだけど、今年も予定が入っててさ。毎年参加しているボランティアで、去年は両方に迷惑かけちゃったから」

「はい。でも、一応作ったので受け取ってください」

「あっ、うん」

「では、失礼します」

 

 ペコリと頭を下げて出海ちゃんはドアを寂しそうに閉めた。俺は手にしたクリスマスカードを見る。今年は開始時刻が昼間になっていた。

 

 英梨々のところは夜にクリスマス会が行われる。これなら、両方に参加することが可能だけど・・・

 

 

※ ※ ※

 

 

 休日の俺の部屋。いつものように英梨々が遊びにきていた。

 

 英梨々が体育座りをしながらコントローラーを持って黙々とゲームをしている。文化祭の時に作ったシューティングゲームの続きで、今は2面まで出来上がっていた。

 

「倫也、ここ無理じゃないかしら?」

「どこ?」

 

 俺はデスクで勉強をしていた。寸暇を惜しんで勉強する。短い時間の使い方で差はついていくものだと信じている。

 

 俺は英梨々の隣に座ってゲーム画面をみる。英梨々はキーボードを押して巻き戻し、プレイを再開した。

 

 2面終盤の難所だ。二股分岐から4列編隊の敵がでてきて逃げ道がほとんどない。しかも、壁が邪魔で敵を素早く倒せないようになっている。

 

「ああ、そこな」

「クリアできるのよね?」

「俺はできたけどな」

「なんか悔しいわね」

「でも、本来はそうやって遊ぶものじゃないしな」

 

 今、英梨々は縛りプレイをしている。無強化機体での攻略だ。これはゲームバランスの問題で、強化すればサクサクと効率よく攻略できるが、無強化でも攻略できるようにすると完成度が高い。

 

 例えばスピードを上げないと回避できないステージは完成度が低く、無強化の鈍い機体でも早めに敵を倒したり、回避誘導することで攻略できたりする。

 古いゲームでは敵を一切倒さずにクリアできるものもあったぐらいだ。

 

「どうやんのよ」

「まずだな、そこよりももっと速い段階で・・・そう、そのあたりな。そこでまず上に出てくる敵を前面に出てすばやく倒す。次に、下の分岐に機体を寄せて・・・」

「こうね・・・?」

「そう。そのまま下に位置しつつ後ろに下がってだな・・・ギリギリで上の分岐に進む」

 

 ボーンッ!と機体が壁にぶつかって爆発した。

 

「はぁ?この鈍いコックで?」

「そうだよ・・・元々は戦闘機だったんだがな・・・」

 

 文化祭バージョンではカッコいい戦闘機とメカニックな敵だった。草案は俺が出し、英梨々がリデザインし、俺が再びドットに落とし込み、英梨々が細部のドットを修正した。

 

 レトロなデザインに見えても手間にかかっていた。文化祭が終わった後も、コツコツと趣味とプログラムの練習で2面を作っていたが、英梨々が「戦闘機だと怖いからコミカルにして」という要望から、機体はコックさんになり包丁を投げつけ、飛んでくる食材を料理しつつ進む仕様になってしまった。

 

 ちなみに当たり判定は変えていないのでコミカルな二頭身コックの帽子は攻撃を受けても問題がない。

 

 コントローラーを受取り、手本をみせてやる。テストプレイは死ぬほどやっている。完全再現するTASが必要なほど洗練はされていなし、シビアではない。

 

「ふーん。なるほどねぇ・・・なんか迫りくる壁にギリギリかわすコックが可愛いわね」

「そこからヒントを得て作ったからな」

 

 一定時間同一方向キーをいれると、コックが汗をかくグラフィックになる。壁をギリギリ避けるとそれが発動するのだ。このくだらなさ。

 

 英梨々が成功して、クスクスと笑っている。

 

「あとはボスだけだから」

「うん」

 

 英梨々もすでに何周、何十周とクリアしていた。短いゲームなのでテストプレイとしては十分だろう。大きなバグも見つかっていない。

 

 英梨々がボス戦を戦っているのを隣で見ていた。無強化なのでなかなか手強い。ボスは巨大なホールのイチゴケーキで、削れていくうちに内部のイチゴに見立てた核がむき出しになる。そこにひたすら包丁投げつけるのだ。

 

 ボスの攻撃も弾幕が分厚く、鈍い機体でかわし損ねると追い詰められて死ぬ。

 

 ボーンッ!

 

「・・・倫也、難しすぎない?」

「いや、そういう縛りをしなれければいいだけの話だからね?」

「倫也はクリアしたのよね」

「一応な」

 

 英梨々の残機数がなくなったので、タイトル画面に戻って、最初からプレイを始めた。

 

 俺としては見飽きた画面なので、デスクに戻って勉強を続ける。音を聞いているだけ英梨々がどの辺を攻略しているかなんとなくわかるようになってしまった。

 

「そうだ。倫也。あんたどうすんのよ?」

「何が?」

「クリスマス会。波島出海に誘われているでしょ?」

「ああ・・・うん。なんで知ってるんだ?」

「あたしのところにもクリスマス会の招待状が来たからよ」

 

 その発想はなかった。しかし、伊織がいる以上は英梨々が参加するとは思えない。

 

「それでお前はどうするんだ?」

「だから聞いてるんじゃないの。倫也が波島出海のクリスマス会に参加するなら、あたしの方は来なくていいわよ」

「ということは、英梨々も出海ちゃんのクリスマス会に参加するのか?」

「するわけないでしょ。バカ。あたしはちゃんと自分がピエロとしての役割を演じるわよ」

 

 毎年行われる澤村・スペンサー家のクリスマス会は、外交官の父親としての顔もあって来客が多い。100名近く集まる。英梨々はそこの大事な一人娘で、華やかなアクセントになる。

 

「そうか。俺も断ったよ」

「そ・・・そうなの?なんでよ?」」

「うーん。なんでだろ。去年しんどかったから」

「なによその理由。もう少しポジティブな理由で答えなさいよ」

「割りのいいバイト代が出て、プレゼントも貰えて、簡単な作業で、その上うまいものがつまみ放題。断る理由が見つからんぞ」

「うちの手伝いをなんだと思ってんのよ・・・まぁ、別にいいけど、今年はないわよ」

「なんで!?」

「はぁ?バカなの?あんたが去年遅れてきたからでしょ。約束守れない人に与える仕事はないわよ」

「シビアだな!いや、そこをなんとか・・・」

 

 澤村家のクリスマス会は大勢来るので、執事とメイドさんも総出で出勤する。仕事が多いのだ。俺も多少は配膳などを手伝うが、主な役割は愛嬌を振りまいて疲れてしまう英梨々をバックヤードでなだめることだった。

 

「まいったな・・・」

「そんなにうちに来たいのかしら?」

「人生計画っていうのがあるだろ。資金繰り問題は切実なんだよ」

「・・・そこまで露骨にお金の話ばかりされるとさすがに引くわよ?」

「すまん」

 

 土下座しておこう。

 

「ちゃんと言うべきことがあるでしょ」

「英梨々と一緒にクリスマスが過ごしたいです!」

「・・・っ!」

 

 見上げると英梨々の顔が真っ赤だ。ふふっ、チョロインめ。

 

 ・・・だが、たぶん俺も耳まで真っ赤だ。勢いとはいえ恥ずかしいセリフを言ってしまった気がする・・・。

 

「もう少し反応しやすいセリフにしなさいよ!バカ!・・・はい、これ」

 

 

 英梨々の手元には綺麗なモスグリーンのクリスマスカードがギュッと握ってあった。

 

 

(了)



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中二病だしサバイバルしたい

正月イベントもいろいろ作ったので、今回は焦点を変えて七草粥。渋い。

日常系の小話としては長閑で好き。


 1月。正月気分が抜けきらない冬休みの終りの日。空は快晴は冷たい風が吹いていた。

 

 俺と英梨々は大きな川沿いの土手を歩いて散策している。こんなところまで来るなら凧のひとつも用意してくればよかった。これだけ風が強いならよく上がったことだろうに。

 

「この辺にあるらしいわよ」

「そう言われてもな・・・」

 

 あたりは雑草だらけの場所である。俺が見ただけじゃ区別はつかない。植物の名前など花が咲けば多少はわかるかもしれないが、葉っぱをみただけじゃぜんぜんわからない。ましてや地面から出ている緑色の草など、雑草以外のなにものでもない。

 

「じゃ、探すわよ」

 

 英梨々がしゃがんで雑草を見始めた。これが四葉のクローバーを探している女の子なら、金髪ツインテールの美少女も映えるのだが・・・ベージュのダッフルコートにはすでに雑草のゴミが付いていた。

 

 こんな寒い中にいったい何をしているかというと、「七草」探しだ。春の七草は雑学の基本だろう。セリ、ナズナ、ゴギョウ、ハコベラ、ホトノケノザ、スズナ、スズシロ。食ってもたいして美味くなかった記憶しかないが、一応季節感のあるイベントではある。

 

 

※ ※ ※

 

 

 英梨々がyoutubeの動画を見ながら、「ラノベのイベントといえば、無人島のサバイバルよね」と言った。

 

 俺はデスクに向かって真面目に勉強をしていたから、英梨々が何かのアニメ情報でも見ているのかと思ったら、なにやら怪しげなサバイバル動画を見ている。ザリガニをたくさん捕まえ、その場で携帯コンロの鍋にザリガニを放り込んでいる。ワイルド極まりない。生えている雑草を解説しながら摘み取り、同じ鍋で煮ていた・・・

 

 嫌な予感しかしない。

 

「確かに遭難とかで2人きりシチュエーションはあるあるだよな」

「倫也って、サバイバル知識ある?」

「ない。ぜんぜんない。まったくない。ないからね?」

「そんなに強く否定しないでいいわよ。別に期待なんてしてないわよ」

「そっか・・・」

「これから、覚えればいいんだし」

「絶対、何かさせるつもりだよね!?」

 

 無人島生活。テレビで見ている分には非日常的で面白いかもしれない。が、やりたくはない。

 

「というわけでいくわよ」

「どこに?」

「うーん。七草が採れる場所」

 

 それぐらいならなんとかなるかもしれない。春の七草という割には、冬真っ盛りなんだけど・・・どういうことなんだろう。

 

 ある程度ネットで調べ、電車で川沿いまで移動した。

 

 

※ ※ ※

 

 

「これ、ナズナよね?」

「ちょっと待ってろ」

 

 アプリを立ち上げて撮影するば、あら不思議。すぐに何の植物か判明する。

 

「うん。ナズナだな」

 

 ナズナはペンペン草。そこらへんに生えていて見つけやすい。

 

「倫也、タンポポも食べられたわよね?」

「そこらへんに生えているタンポポが食べられるかは知らんけどな」

「同じでしょ」

 

 春の七草にタンポポはないはずなんだが。英梨々が持ってきた袋にタンポポも積む。

 

「あと、あれハコベラじゃね?」

 

 意外と目が慣れてくる。さっきまで緑一面だった雑草も、それぞれの個性がだんだんと分かってきた。

 アプリで確認して、ハコベラもゲットする。

 

「順調ね」

「この辺だとこれぐらいだろ。後は水田とか畑の周りにあるみだいだぞ」

「セリと・・・ゴギョウ?」

「ホトケノザもだ」

「畑ってどこにあるのよ?」

「さぁ・・・あとダイコンとカブだけ買って帰ろうぜ」

 

 寒いけれど長閑だった。空が澄んでいて薄い白い雲が風で流されている。やっぱり凧上げがしたかった。

 

「クローバーも食べられるわよね?」

「あーそんな気もするが・・・」

 

 調べる。加熱すれば食べられるみたいだ。それを伝えると英梨々がクローバーも積み始めた。

 

 そこまでして野草を食べたいとも思わない。俺はコンビニの袋にゴミを拾っては集めていた。なんでもない場所なのに、いたるところにゴミが落ちている。

 

「英梨々、クローバーは毒性があるから、そんなにいっぱい食べたらダメらしいぞ」

 

 英梨々が摘むのをやめて立ち上がる。それから背伸びをして大きなあくびをしていた。まったくもって美少女の無駄使いである。

 

 英梨々は気が抜けているようで緊張感がまるでない。サバイバルごっこならもう少し緊張感があるべきじゃないだろうか?

 ふと、そんなことを思った俺は・・・さっきみつけた縄のゴミを思い出す。1メートルぐらいある。

 

 英梨々は両手の親指と人差し指で四角を作り、そこから風景を覗きこんでいた。絵でも描きたくなったのかもしれない。川はゆったりと流れていて、風で表面が時々キラキラと細かく輝く。

 

「英梨々!ヘビ!!」

 

 そういって、英梨々に縄を投げつけた。

 

「えっ?なに・・・ひゃ!?」

 

 振り返った、英梨々は飛んできた縄を見てよけそこなってバランスを崩し、尻もちをついた。運動神経はない。

 

「あっ・・・ごめっ」

「ちょっとっ!何すんのよ!」

「だから、ヘビ・・・」

 

 英梨々が尻もち付いたまま、俺をジィーと睨んでいる。やめて、その素で怒った感じ。もう少し可愛らしいリアクションとるとか、涙目になるとか、あると思うんだけど。

 

 英梨々が無言で立ち上がって、服についた汚れを手で払い落している。

 

「倫也って、ほんとガキよね」

「・・・すまん。って、英梨々!ヘビ!」

「もういいわよ・・・」

「足元!」

 

 とりあえず俺は身構えて、後ずさりする。記憶を掘り起こす。確かあれは・・・アオダイショウ。無毒なはずだ。

 

「えっ?やめてよぉ・・・」

 

 英梨々が跳ねるようにこっちに逃げてきた。体長は50㎝程度の小さいサイズのものだが、見慣れていないのでとても気持ち悪い。

 

「もう、うそでしょ?」

「ほら、あれ・・・いるだろ」

「どれ・・・うわぁ・・・ほんとだ」

 

 英梨々がすぐにケータイをかざして撮影を始めた。なんていうか、そういう反応なの!?商魂たくましいじゃなくて、漫画魂たくましいとでも言えばいいのか。

 

「貴重な資料ね」

「おまえ、ヘビ平気なのかよ・・・」

「爬虫類館とか、怖いものみたさにいくわよね」

「あ~、あるな。でかい蛇とかだろ」

「あれぐらいならカワイイじゃない」

「その感覚はわからん・・・」

 

 英梨々が距離を取って撮影している。これで後ろから押したら、本気で怒るんだろうな。小学生の時だったらそうしたかもしれないが、今は中二だ。そこまで大人気ないことはやならない。

 

「そろそろ帰ろうぜ」

「そうね」

 

 英梨々がバッグにケータイを閉まって空を見上げた。今日は天気がほんとにいい。英梨々は白い毛糸の帽子をかぶっていたから、そこから出ているツインテールだけが輝いている。

 

「カイト持ってくればよかったわね」

 

 

 それは俺がなんども思っていたことだ。英梨々がこちらを向いて少し笑った。七草集めはまだ俺らには渋すぎたと思う。

 

 

(了)



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病弱ヒロイン

バレンタインというリア充イベントの時に入院している英梨々。
そこに悲壮感を持たせずに、ひたすら優しいだけの物語。


 2月。病院のビルの高いところから見える景色は、どんよりと分厚い雲で覆われていた。

 

 英梨々がまた入院した。こいつは病弱でときどき入院する。それも一週間弱の短期入院で手術をするわけでもないらしい。

 

 俺なんかは風邪をひいたら、ふとんをかぶって寝るぐらいだ。休んでもせいぜい3日。けれど、英梨々の場合は大事をとっているのか、過保護なのかわからないけれど、入院して点滴をうっている。

 その方がしんどいと思うのだけど、詳しくはわからないし、英梨々も病気のことはあまりしゃべらない。

 

「スーッ、スーッ」と、微かな寝息が聴こえる。

 

 寝ている英梨々はベッドの頭の方を少し傾けていた。

 2人部屋の病室は壁紙がパステル調の水色で柔らかい印象を与える。隣のベッドは誰も入院していないようで空いていた。

 

 学校帰りにプリントを預かって届けにきた。授業などの遅れは別に大したことじゃないけれど、些細な躓きでわからないまま進むと、そのまま苦手な教科ができてしまうことがある。

 

 俺は音を立てないように気を付けて、ベッド横のパイプ椅子に座った。

 

 英梨々は髪をほどいているから、ベッドから少しこぼれるように広がっている。これだけ髪が長いと手入れも大変だろう。怪我じゃないから入浴はできているようだけど。

 

 日中はパジャマではなくて、ゆったりとしたワンピースの私服に着替えていた。淡い黄色のワンピースに、それよりも濃い山吹色のカーディガンを羽織っている。部屋の中は空調も効いていて、ぜんぜん寒くはない。布団だって薄手でのものだ。

 

 時刻は16時を回ったところだ。別にここに来るのに急ぐ必要もないが、PC部で1人で作業するのも、ここでプログラムの本を読むのも、そんなには変わらない。

 

 時間が止まったような感覚になる。英梨々は左手に点滴をしている。見ているだけで痛々しい気分になる。こんなものするぐらいなら投薬で寝ていた方がいいんじゃないかといつも思う。

 金持ちの治療法も大変だ。

 

 あまり本に書いてあることが頭に入らない。集中力にかける。俺は勉強を諦めてケータイを取り出した。ケータイからでもサイトの更新などはできる。

 ラノベ紹介サイトを作ってからもう1年になる。少しずつ人が集まってきて信頼できるサイトとして人気も出てきた。俺の更新を楽しみにしてくれている人が英梨々に以外にもいてくれる。

 

 他に変わったことと言えば、去年から素人小説サイトに投稿している霞詩羽が有名になりつつあることだろうか。

 

 いくつもの短編は男女ともに評判がいい。すっきりとした読み心地のものもあれば、けっこうどっしりと作りこんだものものある。

 自分の作風がまだ安定していないようで、書きたいものを書いているようだが、いろいろと試行錯誤をしているのだろう。感想に対するレスは短いお礼の言葉ぐらいで、相変わらず謎めいた作家である。

 

 英梨々はすっかり霞詩羽ファンなので、投稿のたびにインスピレーションを受けて挿絵を描いていた。こちらも作風に合わせていろいろチャレンジしている。英梨々はラノベ風の二次元も上手いが、よりアート的な幾何学的なデザインや、細かい建築物なども上手だ。

 

 二次元の人間なら柏木エリのものと分かる人もいるだろうが、作風を変えたものは作者不詳だろう。挿絵の絵の評価に関しては、英梨々はぜんぜん気にしてない様子だ。

 

 面白いのは霞詩羽の反応で、やっぱり単文なのだが、「〇〇の住む街はこんな素敵なところだったなんて」とか、「湖の畔が私の妄想よりも綺麗な件」など、素なのか、リップサービスなのかわからない。

 

「倫也、来ているなら起こしなさいよ」

「ああ、起こしちまったか。具合はどうだ?」

「いつも通りね。点滴だけめんどくさいわ」

 

 英梨々が上体を起こそうとしたので、俺は少し支えてやる。それからスリッパを履いた。

 

「ちょっとトイレ」

 

 逆側にあった、点滴スタンドを持って移動を手伝ってやる。英梨々は体調不良だが、介護を必要とするほどひどくはない。

 スタンドを支えたままトイレ前まで一緒に歩く。「別についてこなくていいわよ」とか「ありがと」とか言わない。そういうやり取りは何度もしたし、だからといって英梨々をほうっておくわけにもいかない。

 

 俺もついでにトイレにいく。英梨々がしっかりとした足取りで歩けていたので、トイレ前ではまたずに、ロビーまで戻ってドリンクを一つ買う。いつもなら買わない「梅ドリンク」を選んだ。なんとなく健康そうなものをついつい選ぶのはここが病院だからだろう。

 

 戻る途中、部屋の前で英梨々と会った。「何か飲む?」と聞くと「平気」とそっけない返事が返ってきた。

 

 部屋にもどって、英梨々をベッドに寝かせる。点滴のチューブがとにかくめんどくさいのだ。邪魔にならない位置に移動する。

 それから、カバンからクリアファイルに挟んであったプリントを取り出して英梨々に渡した。

 

「分からなかった聞いてくれ」

「うん」

「昨日のプリントはやった?」

「うん。そこにはいってる」

 

 英梨々の口調はいつもと違う。他人行儀というわけでもないが、女言葉でもない。しんどいのかもしれないから、俺はそこ指摘しない。

 

 英梨々の引き出しからプリントを取り出す。他には薬を説明したプリントがはいっている。俺はみないように目をそむける。

 

「分からなかったところは?」

「ない」

 

 プリントをしまい、梅ジュースを一口飲み、窓辺のスペースに置く。外が暗くなってきて、街の灯りが見えている。

 

「何か用事はあるか?」

「ない」

 

 英梨々が溜息をついて、枕に頭を置いた。それから手で綺麗な髪を整える。

 

 英梨々が元気なら英梨々から話しかけてくるだろう。でも、そうしないってことはしんどいのだろう。俺からも別にくだらない話題はふらない。放送しているアニメとか、ラノベの話とか、学校のこととか、ニュースとか・・・

 どれも、今の英梨々と俺には関係のことばかりだ。

 

「倫也」

「ん?」

「爪切って」

「足?」

「切りたいなら」

「切りたくはないな・・・爪切りはどこだ?」

「ナース室」

「あいよ・・・」

 

 ナース室にいって、爪切りを借りてきた。それから英梨々の爪をパチリパチリと切っていく。ついでに足の爪も切った。爪をゴミ箱に捨てて、爪切りをナース室に戻す。ついでに、今日の献立を立ち読みしておく。入院生活の数少ない楽しみの一つだろう。

 

 部屋に戻ると英梨々は退屈そうに窓の外をみている。

 

「今日は五目焼きそばだってよ。ずいぶん凝ってるんだな」

「そう」

「何か食いたいものあるか?あるなら弁当でも買ってくるけど」

「いい」

 

 英梨々が食べたものがあれば、英梨々がそれを食べて、俺が病院食を食べてもいい。別に食事制限はない。

 

「じゃ、俺はそろそろ帰るよ」

 

 立ち上がる。お見舞いというのは難しい。ずっと隣にいてあげたい気もするが、元気に話ができるならともかく、しんどい時はいない方いいだろう。

 

「倫也。チョコもらった?」

 

 最後に何を言い出すかと思えば・・・

 今日はバレンタインだ。俺にチョコをくれるもの好きは幼馴染の英梨々ぐらい。でも去年は出海ちゃんからももらった。

 

「もらってないよ」

「うそつき」

「うそじゃないぞ?」

「だって、波島出海が渡さないわけないじゃない」

「断った」

「はっ?」

「だから、断った。受け取らなかった」

「あんたバカじゃないの?どうしたの?」

「どうもしない。そういう気分じゃなかっただけだろ」

「可哀そうでしょ」

「よくわかんね」

「ほんと、バカ」

「もういいか?帰るぞ」

「・・・」

「じゃな。早く良くなれよ」

「・・・ちゃんと退院したら渡すから」

 

 日曜日にバレンタインイベントを見に行くつもりだった。デパートの特設コーナーで試食ができてけっこう楽しい。英梨々の体調不良で取りやめになった。

 

「気にすることねぇし。だいたい俺はチョコ0個で堂々とSNSで盛り上がれるからなっ」

 

 実は毎年英梨々から義理チョコをもらっているので、後ろめたい気分でSNSに参加していた。

 幼馴染から義理チョコをもらうとか、オタクの風上にもおけないやつなのは重々承知している。別にオタク=もてない男子というわけでもないだろうが・・・

 

 英梨々だってチョコを買おうと思えば、下の売店でも売っている。事実小さいけれどバレンタインコーナーもあった。

 

「ほんと、バカ」

 

 英梨々が呟くように言った。たぶん入院していてメンタルが弱っているから、声がか細く震えていて、ちょっと泣いているようにも思えた。

 

(了)



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英梨々お姫様

 3月。あっという間に中2が終わってしまった。春休みが開ければ中3になり受験勉強が始まる。

 

「だいたいバグはなさそうね」

「分岐チャートは文化祭の流用だからな。そこまでひどくはならないだろ」

「シンプルだけどね」

 

 去年、英梨々の誕生日には恒例のガラス細工の他に、ミニゲームを贈った。元ネタは英梨々が年末に描いた同人誌用の物だ。

 今年も英梨々は続きらしき話を描いていたので、それを元にADV型のものを制作している。去年と違うのは、今年は英梨々も意識していたらしく登場人物が多いこと。それから一緒に制作していることだ。

 

「で、結局お前はどのキャラが好きなんだ?」

「それぞれ好きよ。でも、ピンとはこないわね」

「ありきたりって言えば、ありきたりだもんな」

「王道といいなさいよ。王道」

「いや、わかるけどさ」

 

 塔の中に囚われたお姫様は、その村の中では自由だ。幽閉されているようでもあり、匿ってもらっているようにも見える。村のみんなは親切でお姫様に対して誰もが優しい。善人しかいない世界観。

 

「でも、強いていうならやっぱり領主の息子かしら?」

「やっぱり金かっ」

「別にそういうわけでもないけれど、身分のバランスも取れているし、生活も安定するし、村人も幸せになるし、シンデレラストーリーって感じで一番まとまりがあるわよね」

「まぁそうだけどな」

 

 領主の次男坊は優しくて教養がある。長男はお堅い人物だが政治や外交に忙しく不在、次男は少し抜けたところのあるお坊ちゃん。そんな感じの人物だ。

 

「あたしの作ったキャラもありきたりだけど、倫也の考えたハッピーエンドも王道よね」

「他に考えようもないしな」

「こういうストーリーって『こういうのでいいんだよ』おじさんが発生するわよ」

「しょうがないだろ。こういうのでいいんだから」

 

 領主の次男坊との婚約エンドは確かに一番明るい。ただ、翳りのあるお姫様は完全に幸せになっているような印象は受けない。どこか打算的なのはシンデレラストーリーでなく、お姫様もいいところの出だからだろうか。

 

「倫也は?誰か気に入ったのいる?」

「うーん。村の少年かな」

「あら、ショタコンなのね」

「別にそうじゃねーけど。このお姉さんエンドは物語がまだ続くような感じだし、恋愛をできない感じが物憂げで好きなんだがな」

「ふーん。家族愛的な?」

「いや、そうじゃなくて・・・もっとこう、本命は別にいることが示唆されているようで」

 

 2人目は村の少年で、去年のストーリーで少し登場していた。悪戯っ子だが面倒見もいい。お姫様に非常に懐いていて、本人は恋愛しているつもりだが、お姫様にはぜんぜん相手にはされていない。それでも家族を失った背景などが明らかになり、お姫様は彼の義姉になる。そんな話だ。

 

「人情ものと考えると、確かにいいわよね。こういう恋愛ゲームはなんだか恋愛することが強制されているようなところがあるし」

「そうだな」

「そう考えると、やっぱり騎士(ナイト)はいらなかったかしら?」

「どうだろ・・・赤髪の強い騎士っていうのは、中世世界では王道中の王道って感じがするよな。とりあえず4人の中の1人には、いていいと思うぞ」

「それにね、ちょっと牧歌的でほのぼのしすぎているから、アクションも多少あった方がいいと思って」

「かっこいいよな!」

 

 実際、英梨々の描いた騎士のデザインがカッコいい。お姫様を救出すべき本国から探してきた騎士団の生き残り。お姫様を塔から連れ出して逃げ出すところは、話の整合性に欠けるところがあるが勢いで押し通す。道中の夜盗との戦闘シーンが見せ場だ。

 

「そうそう、この分岐だと倫也が去年の首無し騎士団を再登場させたでしょ。あそこはいいわよね。守護霊っていうのかしら」

「騎士団の伝説はなぁ・・・掘り下げていきたいよな。あんまりやりすぎると恋愛ADVから離れてしまうけど、少年向けならこっちに力を入れた方がよさそう」

「あたしもけっこう好きよ?ただ、暑苦しい男は苦手なだけで」

「ははっ」

 

 学校で人気の運動部系男子。英梨々は名前すら憶えていないようだ。スポーツ観戦もあまりしないし、アニメの傾向でもそれがでている。例えば人気のバスケやバレーボールアニメも見るにはみたが、夢中にはなっていない。

 

「そういうわけで、対比として文化系が登場するわけだな?」

「そうね。色のバランス的にも緑は必要でしょ。なんだかんだ人気がないキャラよね」

「うーん。バランスとしてはそうなんだろうけどな・・・このキャラってメガネかけねぇーの?」

「エルフだから目がよくないとおかしいでしょ」

「ああ、そっか」

 

 そして4人目のキャラ。近くの森の中に住むエルフ。ハーブを奏でていて、周りには動物が集まるという神話的な存在だ。緑基調なので、現代版スナフキンに見えなくもない。というか帽子のデザインとか、かなり意識しているのは間違いない。

 

「倫也がどんなハッピーエンドにするかと思ったけど、隠居って・・・どうなのよ?」

「いやいや、世捨て人エンドはありだろ。なんか戦乱とか政略とかで人生かき回されているようだし、エルフと一緒に静かに森の中で暮らす・・・平和でいいと思うが」

「うーん」

「英梨々はどんな感じの考えていたんだ?」

「動物楽隊を作って、村人とエルフの和解エンドみたいな」

「ハーメルンの音楽隊みたいのか」

「そうね。画面も賑やかにできそうだし、楽器を使っているから明るい感じにもなるわよね」

「いいな。それ・・・」

「もう変更する時間もないわよ」

「締め切りがあるんだな・・・」

 

 英梨々の誕生日は3月20日だ。年度末と考えると確かに締め切りという感じがしなくもない。ダラダラと完成しないゲームを作るよりは、無理矢理でも仕上げてしまった方がいいだろう。

 

 一段落したので、英梨々とリビングに降りて少し休憩をする。

 

 子供の頃に約束した『英梨々と一緒にゲームを作る』という目標は一応達成したことになるのだろうか。

 英梨々も一緒に作る気があったらしく、すでにイラストなどは何枚かできていたし、立ち絵も用意されていた。表情差分は喜怒哀楽の単純なパターンのみだ。もちろん立ち絵がぬるぬると動いたりしないので、レトロな印象を受ける。声も付いていない。

 

「あとはエンドロール作っておしまいかしら?」

「・・・そうだな。微調整はするかもしれないけど。音源がいまいちなんだよな。クラシックだとちょっと荘厳すぎるし」

「ゲームミュージックの流用は?」

「聞いたことあるやつだと、そのゲームを思い出させるだろ」

「いろいろ足らないもんなのね」

「文章も大したもんじゃないしな」

「そうね」

「そこは、もうちょい褒めて励ましてもらおうか」

「いいじゃない?『伸びしろだらけ』なんて言葉もあるみたいだし、あたしの絵だってまだまだ2流なわけだし、ちょうどいいのよ」

「そうでもないだろ・・・」

 

 すでに英梨々のペンネーム、「柏木エリ」のファンは増えているし、SNSでコツコツ更新ているショートマンガを楽しみにしている人も4桁の大台に乗った。

 俺が英梨々に匹敵するのは、ラノベ紹介サイトぐらいだが、これこそ他人のフンドシもいいところだ。

 

「文章なら・・・霞詩子にでも頼んだら修正してくれるんじゃないかしら?」

「そんな気安く頼めないだろ。今やアップしたらデイリーにランキングするような人気作家なんだから」

「そのうちラノベ作家でデビューしそうよね」

「ああいうのが才能っていうんだろうな」

「才能って言葉でばっさりいうのは好きじゃないわよ。それってなんかバカにしている感じがするわ。裏じゃたくさん努力もしているだろうし」

「その裏を見せないから才能って感じるんだろ。別に悪意はねぇよ・・・」

 

 英梨々もすっかり霞詩子ファンで、趣味で挿絵を送っている。英梨々の挿絵が実は人気に歯車をかけているんじゃないか?と思わなくもないが、作品が面白いのは事実だ。

 

 15歳はまだまだ少年少女で通る子供だ。でも、同時にすでに頭角を表している人がいるのも事実だ。プロで活躍している人もいるし、オリンピックで金メダルを取る人もいる。

 ましてや、すぐ隣に画力を向上させ続ける奴がいるのだ。俺だって焦燥感にかられる。

 

 

※ ※ ※

 

 

 春休みになって、暇な美智留がやってきた。こいつの気分の沈みようといったら過去に見たことがない。

 

「トモォ・・・」

 

 もはや言葉にできないのもわからんでもない。何しろ想い人の伊織が転校することが知ってしまったのだ。もちろん出海ちゃんも一緒で、親の仕事の関係で名古屋に引っ越しするらしい。あの古びた仮住まいに住んでいた理由は、東京にずっといるつもりがなかったのだろう。転勤族の家族は何かと大変である。

 

「よし。美智留。取引をしよう」

「なんのー」

「転校した後も、伊織に会わせてやる」

「ほんと?どうやって」

「ふむ、但し条件がある」

「トモ、童貞卒業はまだそんなに焦らなくてもいいと思うよー」

「ちがうからねぇ!?」

「むしろ、他の要求の方が不健全だと思う」

「そんなことねぇだろ・・・音楽を作って欲しいんだけど」

「音楽?」

「この曲なんだけどさ・・・」

 

 俺がPCで再生して、ヘッドフォンで美智留に聴かせた。曲はとあるファンタジー系RPGのエンディングテーマだ。これをアレンジしたい。

 

「ふーふふ、ふふん・・・」

 

 美智留が目をつぶって鼻歌を歌っている。こいつは音楽を聴かせると覚える事ができる。勉強はできないけど、音は覚える。頭の中で楽譜になるのか原理はよくわからない。

 

 美智留が音楽聴いている間、俺は気乗りがしないがスカイポのアプリを使って、伊織とコンタクトをとる。これでネットで顔をみながら会話ができる。

 

「やぁ、我がカワイイ妹を泣かせた倫也君じゃないか?どうしたんだい?」

「・・・その話は一応解決したから・・・」

「まぁいいさ。僕の恋じゃないからね」

「ああ、そのお前の恋についてなんだがな・・・」

 

 ちょうどヘッドフォンを外した美智留に、ノートPCの画面を見せてやる。

 

「あっ、伊織ちゃん!」

「というわけで、美智留、引き受けてくれるな?」

「しょうがないなー」

「よし。あとは好きに過ごしていいぞ」

 

 とりあえず、2人の会話を立ち聞きする気もしないので、俺は部屋からでてリビングに降りた。インスタントコーヒーに砂糖とミルクをたっぷり入れて一息つく。そして出海ちゃんとの対応を思いだした。 

 

※ ※ ※

 

 出海ちゃんには可哀想だし失礼なことをした。バレンタインのチョコを渡すのがどれだけ勇気のいることか、そこまで頭が回らなかった。入院している英梨々のことで頭が一杯だったとはいえ、冷静になると自己嫌悪がひどい。

 

 俺は出海ちゃんに隠していた英梨々との関係をできるだけ正直に話をした。

 

「もう少し私の恋敵ってなんとかなりませんか?」

 

 という、変な回答が返ってきた。どういう意味か測りかねる。出海ちゃんが俺に多少なりとも好意を持ってくれているのは・・・鈍い俺でもわかる。でも、それはきっと勉強を教えた恩義みたいなものだろう。女子学生が学校の先生を好きになる同じ勘違いに近いに違いない。

 

「でも、文化祭の時になんとなくわかりましたけどね・・・」

「いや、あれは・・・」

「ちょっと待ってください。倫也先輩。そこで澤村先輩への想いを否定するのって、私に対しても失礼なんですよ?」

「あっ、うん・・・」

 

 けっこうずばずばという。踏み込んでくる。俺としては、なあなあとやり過ごしたい。

 

「つまり、倫也先輩は澤村先輩が好きってことですよね?」

「いや・・・あの・・・前も話した通り・・・澤村はいじめられてたことがあってだな・・・あいつが泣くようなことはしたくなくてだな・・・」

「どうして、倫也先輩があたしからチョコを受け取ると、澤村先輩が・・・あっ、もしかして澤村先輩も倫也先輩のこと好きなんですか!?」

「いや、それはない」

「そこは断言するんですね・・・」

 

 なにしろあいつは、フィアンセがいるらしい。どこぞのスペンサー村の村長だか、伯爵家だかは知らんが・・・いいとこのボンボンなのは間違いない。

 

「そういうわけで、あの日は澤村が入院していてだな・・・俺はプリントを届けないといけないし、気が動転していて・・・だな・・・」

 

 なんでだろ?チョコ受け取っても良かったような。

 

「もういいです。とにかく、倫也先輩が澤村先輩を好きなんですね」

「・・・もうそれでいいです・・・」

 

 恋愛話はよくわからない。これでも恋愛アドベンチャーを文化祭で発表したのに・・・まったく分岐がわからない。今の出海ちゃんはもしかして出海ルートへの分岐なにかなんだろうか?選択肢があれば予想もできるが。

 

「倫也先輩のバカァー!」

 

 と、涙声で訴えられて、出海ちゃんが走っていった。なんか振られ方も元気だな・・・、というか、俺は振ったのだろうか・・・?

 いやいや、泣かれるのもどうだろう?確かに気が動転していたとはいえ、断ったのはよくなかった。素直に受け取ればよかったかな。

 

 俺はそのあと、出海ちゃんを追いかけて、再度謝った。謝り倒した。土下座するか迷ったがここは自重する。その上で、「ホイワトデーは何か贈らせてもらうから」と約束だけして、なんとか機嫌をなだめてもらった。

 

 考えてみれば出海ちゃんは本来なら小学生だ。白黒でしか物事を考えられないのかもしれない。

 

 その後、出海ちゃんにはホワイトーデーの贈り物をした。ささやかなクッキー詰め合わせ缶詰だった。それを喜んで受け取ってくれたし、転校後も連絡をとる約束をして、一応は解決したつもりだ。

 

 

※ ※ ※

 

 

 部屋に戻ると、美智留はもう伊織との会話は終了していた。

 

「もういいのか?」

「うん。トモ、ありがとー」

「いやいいけど。じゃ、いくか」

「どこに?」

「家電量販店の電子ピアノコーナー」

「そこで録音できるのー?」

「ああ、USBに録音できる。実験済みだ。聞いたら弾けるんだろ?」

「一応ね」

「それに、フェミニンマートの曲をまぜてアレンジすればいいから」

「へぇー?」

「それが流行なんだよ」

 

 フェミニンマート。全国にチェーン展開するコンビニエンスストアだ。ここの入場曲を他の曲に混ぜる動画がどういうわけか一定の需要がある。

 

 この後、俺たちは家電量販店に移動し、そこで美智留に電子ピアノを弾いてもらった。いくつか曲調や雰囲気を伝えると、次々と弾いてくれる。原曲の趣は残っていても別な音楽が完成していく。

 

 やっぱり美智留は美智留で天才なのかもしれない。運動も抜群だし、あまり努力しないという点では、もっとも天才肌なのかもしれない。英梨々は少なくともペンダコができるぐらいはいつも絵を描いている。

 

「トモ、あっちのエレクトーンの方がアレンジが聞くけど」

「そうなのか?任せる」

「録音できる?」

「どうだろ・・・えっとだな・・・ああ、できるぞ」

 

 美智留がエレクトーンを弾く。こちらの方が電子音でゲームに合っているかもしれない。これぐらいできるなら、PCの音楽ソフトの制作を覚えてしまった方が早い気もする。今度、メカ音痴の美智留に仕込んでみるか。いちいち家電量販店まで足を運ばなくていいしな。

 

「ばっちりだ。ありがとう。美智留」

「いえいえ、どういたしましてー。これ、何に使うの?」

「んっ・・・ちょっとゲームを作っててだな」

「あっ」

「どうした?」

「あたしもしかして・・・トモのオタク活動を手伝っちゃった?」

「いや、そうでもないぞ。気にするな。よし、下でジェラートでもおごってやろう」

「わーい・・・ってなんか騙されてない?」

「騙されてない」

 

 アイス代の数百円で数一曲が手に入るなら安いもんだ。おかげでイメージ通りのものが手にはいった。

 

 

※ ※ ※

 

 

 英梨々の誕生日まであと2日。締め切りが迫る中、徹夜で作業を続けている。英梨々には「最後は自分で仕上げたいから」と伝えて会っていない。

 

 エンドロールを美智留の曲に合わせて編集する。他の部分に比べてここだけ音源に迫力があり、自分が最初に作った文字主体のエンドロールでは物足りなくなってしまった。そこでセピア色に加工した英梨々の絵のスライドも混ぜ合わせると、なかなかいい感じに仕上がった。

 

 続いて、隠しキャラクターのプログラムをする。こちらの出現条件は厳しい。まず正規ルートの4名を攻略する必要がある。英梨々なら当然するだろう。ただし、最後に分岐が表示されて相手の申し出を断ることができる。

 

 断るとバッドエンドというわけでもないが、ハッピーエンドにはならない。塔の窓から星空を眺める姫様エンドだ。これは英梨々原作のオチでもある。誰も選ばない。

 

 もしかしたら、こっちこそが正史なのかもしれない。アンニュイな印象の表情が印象的だった。

 

 英梨々も時々窓の外を眺めてぼんやりとしていることがある。まるで日向ぼっこをしているネコみたいに平和そのものだけど、美少女のせいかその姿が様になる。

 

 このラストの絵は去年と同じマンガ原作のものを使い、これを画像加工でレトロなマンガ風に仕上げる。それによってモノトーンでも違和感がなくなる。

 

 断ったルートでクリアするとフラグが一つ立つ。フラグが立ったことは一見わからないが、ニューゲームを始めるとお姫様の部屋の棚にアイテムが一つ増える。

 

 アイテムは肉、キャベツ、麺、ソースの順で増えていく。はっきり目立たないように背景に溶け込ませるが、英梨々ならすぐに気が付くだろう。

 

 4つ集まると隠しキャラが登場する。しかし、立ち絵は黒い影だ。これはしょうがない。

 

 この塔に囚われたお姫様の元ネタは英梨々の先祖の話にある。亡国の第六皇女。といってもスペンサー家はその皇女でなくて、皇女が幼い時に拾った召使い=執事(スペンサーの意味)の少年こそが先祖になるらしい。かなり眉唾だが。

 

 亡国の姫君というワードが少女の心をくすぐるのはわかる。その逃亡劇に付き従ったスペンサー少年こそ、やはり本命とみるべきだろう。

 

 英梨々の話によると、この姫君は逃亡先の王子と結婚している。功績のあった少年・・・成長してスペンサー青年が、拝領した村が現在のスペンサー村だ。今も文化的な村として存在している。

 

 そういうわけで、俺はスペンサー少年をゲームの隠しキャラにした。もっとも、隠しルートのストーリーは短いし分岐もない。あくまでもおまけだ。

 

「ふぅ・・・」

 

 気が付けば明け方近くになっていた。少し横になって寝る。

 

 

※ ※ ※

 

 

 翌日。最後の仕上げをする。

 

 スペンサー少年の物語は、後からお姫さまを追ってきて合流するのは赤髪の騎士と同じだが切実さが違う。

 

 こっちはお気楽でニコニコしていて、途中で商売をしていて金貨を稼いでいた。ちょっと人を喰ったようなところがあり、お姫様に対しても物怖じしない。

 

 再開の喜びで感涙しそうなお姫様相手に、「部屋が汚れすぎです」といって掃除を始めたり、「ちゃんと食事を取れてますか?お肌が荒れています」と小姑のような細かい指摘をする。

 

 お淑やかに振舞っていたお姫様も、ついつい昔に戻ってしまってお転婆娘に戻ってしまう・・・そんな感じの茶番が続く。

 

「あんたの焼きそばが食べたいんだけど」

「ええ、かまいませんよ。材料はあるみたいですし」

 

 棚からから、食材を持ち出して手早く焼きそばを作る。

 

 時代が中世だから完全にギャグパートなわけだがそれでいい。おいしそうに食べるお姫様の満面の笑顔は、英梨々の写真をクレヨンタッチに加工したものだ。

 

 俺は英梨々みたいな上手な絵は描けないが、まったく描けないわけじゃない。昔は俺だって漫画家になりたかった。才能に見切りをつけるのが早かっただけだ。

 

 この英梨々お姫様の画像は、ギャグパートに合っていて気に入っている。少し間の抜けな笑顔とそこからみえる八重歯がとても可愛い。

 

 この隠しルートはエンドロールが流れず、この画像でFINの文字がでて終りだ。

 

 プログラムを組み終えて、俺はバグテストを行う。どのルートもショートストーリーなので、読み飛ばせばクリアまではそんなには時間がかからない。フラグ管理も完璧で問題なくクリアできる。

 

 英梨々の誕生日にはなんとか間に合わせることができた。

 

 

※ ※ ※

 

 英梨々の誕生日会が終り、俺は家に返ってきて風呂にはいり、ベッドの上でゴロゴロしていた。

 

 ピコン。とPCに音がなってメールが届いたことを知らせる。

 

 見てみると英梨々からだった。添付ファイルには立ち絵と表情の差分がある。みたところ・・・これはスペンサー少年かな?なんか黒髪メガネになっているのだが・・・

 

『なんで幽霊みたいに黒い影人間が立っているのよ。さっさと修正しなさいよ』

 

 なんという横暴。英梨々にはちゃんとDVDにして渡した。箱は時間がなくて作れなかったが、ちゃんとDVD印刷もしているし、クリアケースにいれるカードも作った。英梨々は受け取ってお礼をいうと、そわそわしていたので、俺は早く家に帰ってきた。

 

 というか、なんどもデバックをしてプレイしているはずだが、何がそんなに嬉しいのかよくわからない・・・もし、俺が隠しキャラを作っていなかったら渡すのをためらうほどだ。

 

 それでしばらくたって、先ほどのメールが来た。

 

 俺はすぐに修正パッチを作り、英梨々に返信した。これは画像の差し替えだけなので作業は簡単だ。

 

 ピコン。とPCに音がなって、またメールが届いたことを知らせた。

 

『なんだか、焼きそばが食べたくなったわね』

 

 どうやら無事にクリアできたらしい。良かった。感想はいい加減だが、こんなもんかもしれない。もうちょい喜ぶかと思ったが。

 

 でもまぁ良かった。ひさびさにすごく頑張った気がする。文章は自分でも恥ずかしいほどだし、分岐やフラグ管理もシンプルなものだ。まだまだ修正の余地はたくさんあるが、とりあえず動くゲームをちゃんと作れただけで満足する。

 

『俺は疲れたんで寝る。お誕生日おめでとう。英梨々。おやすみ』

 

 そう返信しておいた。

 

 PCをシャットダウンして、俺は大きなあくびを一つした。もしかしたらまた英梨々から返信があるかもしれないが、急ぎの用事はないはずだ。

 

 寝る準備をして、ベッドに横になると、ケータイの着信音がメッセージが来たことを知らせた。また英梨々からだ。

 

> 倫也って、わかってるようで、やっぱり分かってないわよね

 

 なんのことだろう?心当たりがない。ゲームのことを話しているとは思うのだが。

 

< えっ?何が?

 

> そういうとこ。おやすみ。今日はありがと

 

< ああ、つまらない作品ですまなかったな

 

> そんなこと一言もいってないわよ!バカ

 

 さっぱりわからん。やっぱり俺がバカなんだろうか。そうなのかもしれない。

 

< 今日は寝る

< また今度教えてくれ おやすみ

 

 英梨々からは自家製の『溜息スタンプ』が送られてくる。ディフォルメされた金髪ツインテールが両手のひらを上にして、ヤレヤレとつぶやいる。

 

 

 『あくびしているスタンプ』を送信し、そしてもう英梨々の返信には返信せずに眠った。

 

 

(了)

 



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