【完結済み】怪力な聖女様は伝説の魔王に愛されている~追放と称してダンジョンで突き落とされた私、最下層に封印されていた美少女魔王を力技で救ったので一緒に旅をしようと思います~ (甘なつみ)
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第1章
第1話:最下層に落とされました
「ダンジョンが崩れるぞ!!」
「クソッ!! 派手にやりすぎたか!?」
天井から岩が落ち、砂埃が舞う。
少し先にある地面は既に崩れており、足場すらない状態だ。
「はぁはぁ……」
揺れ動く空間の中で私はひたすら走る。
聖女という前衛ではないポジションの為、どうしても行動がワンテンポ遅れてしまう。
だから走る。逃げ遅れないようひたすら走る。
「お疲れさん。相変わらず田舎娘はトロいねぇ」
私が出口に向かって走り続ける中、パーティリーダーである勇者リコットが目の前に現れた。
「ちょうどいい機会だと思ってたんだよ。メンバーの入れ替えのね」
彼女は私の事が嫌い。だけど意味の分からない事を言うのは後にしてほしい。
あなたも崩落に巻き込まれるぞ、と内心イライラしながらも彼女の元へ近づく。
その時だった。
リコットが右手に魔力を込め、私の方に腕を向けたかと思えば
「ショコラ、あんたはもう追放だよ」
「っ!?」
右手から放たれた火炎弾が身体へモロに直撃し、地面のない場所まで吹き飛ばされた。
「きゃああああああああ!?」
~~~
私、ショコラはトンパという小さな村で育った。
ごく普通の村で、普通の暮らしをして、普通の少女として日々を過ごした。
「ふんっ!!」
「おおーショコラありがとうなぁ。こんなに重い物持ってくれて」
「いえいえ、お安い御用です!!」
変わった事、と言えばこの怪力くらいかな?
同年代の男女より力持ちだった私は、よく村の大人達に混ざって力仕事の手伝いをしていた。
手伝った分だけ大人達は喜ぶし、何よりご褒美におやつが貰える。
正直後者が圧倒的に行動する動機だったんだけど……まあいいでしょ。
と、そんな毎日を過ごし13歳となった私に神託の時がやって来た。
「ショコラのギフトは……おおお!! 聖女だ!!」
村にやってきた教会の人が、声を荒げる。
「ええ!? ショコラが!?」
「信じられない!!」
「嘘……?」
神託により判明したギフトに村人は驚く。私も驚く。
ギフトとは人々の中に眠る適正のような物だ。
例えば剣士のギフトなら剣の技術が上がりやすいし、大工なら工具などの扱いが上手くなったり。
この世界ではギフトによって人の進むべき未来が指示される。
そんなギフトにも珍しいものがあり、聖女もその内の一つ。
回復魔法が上達しやすいギフトだが、同じ系統の聖職者の上位互換であり勇者並に崇められる存在なのだ。
「やった!! トンパに聖女が現れたぞ!!」
「祭りだ祭りだ!!」
「ショコラが王都に行くのか……すごいな」
え、ちょっと。勝手に盛り上がらないでよ。
まあ聖女みたいな珍しいギフトは王都から直々に招待がやって来る。
珍しいギフトを持つ者で国の中心を守り、また象徴的な存在として育て上げる為だ。
だからこんな村にも教会の人がやってくる訳。
と、完全に宴会のノリに突入した村人達に囲まれた当の私はというと。
(王都の生活……すっごく楽しみ!!)
凄くワクワクしていた。
だって王都には色んな本や世界が広がっているんでしょ!?
この村にある数少ない本で勉強していた私は、未知の世界にとても憧れていた。
色んな文化、色んな種族。
ここには無いもので外は溢れている。
どうせこの村で一生を終えるんだろうなーと半ば諦めていた私に訪れたチャンス。
これはモノにするしかない!!
固く決心をした私は、様々な準備を行い来るべき日に備えた。
そして王都に行く事となった日。私は誓ったのだ。
色んな世界を見て、色んな勉強をして、新鮮で楽しい毎日を送るんだ。
そんな子供じみた希望を持って王都に訪れた私に待ち受けていたのは……絶望の連続だった。
「私がこんな田舎娘とパーティを? 最悪」
開口一番これである。勇者のギフトを持つリコットと対面した際、いきなり悪口を言われた私はぽかんとした。
彼女は侯爵家の娘らしく、このパーシバルという国の貴族だ。
パーシバルの貴族は下の者をかなり見下す傾向にあるらしく、私もその対象だったらしい。
「一緒にいるな、近づくな。大体聖女の癖に回復しか使えないのはなんで? もっと特別なスキルや魔法を身に付けな!!」
日々勉強し続ける私にリコットは厳しい言葉しか与えなかった。
田舎娘と忌み嫌う聖女とパーティを組め、と国王から直々に言われたのも余計にイライラしていたのだろう。
「いたっ!?」
「ああ、障害物かと思ったら田舎娘だったのかい。ごめんねぇ?」
「ぐぬぬ……」
ある時はわざとぶつかってきたり。
「明日の冒険の準備、適当に買ってきて」
「え?」
「いいから、役に立たない田舎娘に仕事を与えてるんだよ? 感謝しな」
「……」
ある時は冒険の準備を私に全て押し付け、少しでも変なのを買ってきたら怒り出す。
「クソッ……こんな時に田舎娘の顔なんて見たくないのに!!」
「うわぁ……びしょ濡れになっちゃった」
酷い時なんて目が合っただけでグラスの水をぶちまけられた。
何これ? 理不尽すぎじゃない?
「お前なんかがリコット様と対等だと思うなよ」
「お前のギフトは間違いなんだよ。聖女を語る偽物め」
「田舎娘風情が偉そうにするな!!」
周りのパーティメンバーも私を追い詰める。
特別なギフトこそ持つが彼らはリコットに従う貴族、いわばイエスマン。私をかばおうなんて思いは少しも感じなかった。
正直言ってすっごいムカつく。いつかぶっとばしてやろうと思ったくらい。
だけど
(何も覚えられない私も悪いんだよね……)
王都に来て五年。
一応、基本の回復魔法や聖魔法は使えるようになった。
しかし、どれも聖職者でも使えるものばかりで、聖女だけが使える魔法やスキルは一切覚えなかった。
私も努力をしたしあれやこれやと試行錯誤もした。
でもやっぱりダメ。全然ダメ。
リコットは勇者特有のスキルや魔法を覚えているのに……なんでだろ。
「田舎娘!! 前に出て盾になりな!! 早くしろ!!」
そんな私の唯一強みだったのが怪力。
どうにかして生かせないかなぁと考えた結果、盾を持って相手の攻撃に耐える事。
こんなの聖女の仕事ではないと思うのだが、案外うまくいってしまったのだ。
自慢の怪力も五年で更に上がり、あのリコットでも私に力では叶わない程。
その事実に本人は凄いブチギレてたけど。
という訳で、前線でタンクみたいな仕事をするヒーラーが爆誕した。
「ぐっ……でもこれくらいならっ!!」
そして、いつも通りダンジョンに潜っていた時だ。
ボスモンスターと派手にやり合い、その影響でダンジョンが崩落。
それを追放のチャンスとでも思ったのか、リコットは私を奈落に突き落とした。
~~~
「落ちるうううううう!?」
周りの岩と共に底のない地面へと落ちていく。
落下速度はグングン上がり、いくらダンジョンで鍛えている私でも即死は免れないだろう。
あぁ……死んだ。
覚悟を決め、私はゆっくりと目を閉じる。
「あだっ!! いだっ!? うわぁ!?」
痛い痛い!! 死ぬときくらい大人しくさせてよ!!
壁から突き出た岩にぶつかり続け、ゴムのように跳ね返る。
(あれ……なんか遅い……?)
その影響か分からないが、落下速度が徐々に落ちていくのを感じた。
もしかして助かるかも?
僅かに希望を感じた私は魔力を集中し、身体全体を魔法で覆い始めた。
「オートヒール!!」
温かな光が身体を包み、少しづつ傷を癒していく。
オートヒールは一定時間、回復し続ける魔法。
岩にぶつかり続ける今の状況にピッタリだと思ったんだけど……
「いだだだだだだだ!? ヒール!! ヒール!!」
オートヒールじゃ耐えられない!! 無理!!
休む間もなく襲いかかる激痛に対し、私は連続ヒールを重ねがけして対処を行う。
痛いけどこれなら耐えられそう……危なかった。
そして落ち続けて少しした後、下に地面が現れた。
「ぐほぉ!?」
ドゴォン!! という轟音と共に地面に激突。
凄まじい衝撃だったが意識はある。
よかった、私は生きてるんだと安心したのも束の間。
「ハ、ハイヒール……」
生きてはいるが無事とは言っていない。
全身を絶え間なく続く痛みに支配され、傷という傷から血を流している。
私は残された力を振り絞り、ヒールの上位互換であるハイヒールを唱えた。
「とりあえず助かった……」
ハイヒールにより出血や痛みが引いた事を確認すると、私はその場で立ち上がった。
しかし、ここはどこなんだろう。
大分下に落とされたけど……まさか最下層とは言わないよね?
引きつった笑みを浮かべつつ、私は暗い下層の中で歩みを始めるのだった。
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第2話:封印を解除したら魔王だった件
「フラッシュ!!」
明かりを灯し、魔素がただよう下層を探索する。
ここがダンジョンなら、どこか上に通じる転送ポータルがあるはず。
問題は転送ポータルを見つける前にモンスターと遭遇してしまわないか、という点だけど……恐れていたって仕方ない。ここでビクビク動かなかったとしても私は死ぬんだ。
「うーん、しっかし魔素が濃いねぇ……聖女じゃなかったら死んでたよ」
魔素は濃ければ濃いほどモンスターを強化し、耐性のない人間を苦しめる。
私は聖女固有のスキルで無効化出来るから大丈夫だけど……空気が悪いっていうのは感じる。
早くここから出たいな〜なんて考えていた時。
「ん?」
近くに大きな扉を発見した。
「何これ? 呪いや封印の術式が貼られてるみたいだけど……」
かなり年季が経っており、ほこりや土汚れがついた扉。
何かを閉じ込めているのだろうか?
封印も何重に掛けられていて、普通の解呪魔法じゃ効かなさそうだし。
「でも何かありそう。もしかしたらダンジョン攻略を有利にするアイテムがあるかも」
封印されているという事は相当な何かが眠っているハズ。
そう思った私は魔力を込め、扉に向かって解呪魔法を行う。
「ディスペル!!」
……ダメだね。
一つを解呪してもまた別の呪いが補って修復されちゃう。
うーん。これじゃ解呪する前に私の魔力が切れるなあ。
よし、こうなったら。
「殴るか」
私の個性でもあり悪いところ。
それは、困ったらとりあえず殴ることだ。
今まで聖魔法が通じない相手に自慢の怪力でぶん殴った所、結構な問題を解決できてしまった。
脳筋すぎじゃないって? うるさい。
「オラオラオラオラオラ!!」
ディスペルを両方の拳に込め、出来る限りの連打を行うとバキバキバキッ!! と割れたような音を鳴らす。
おー今回も上手くいっちゃう?
下層でも脳筋解呪は通じるんだねぇ。
パキィ!!
ゴゴゴゴ……
「あ、空いた」
呪いが解呪され、扉が勝手に外側へと開いていく。
私は導かれるように中へと入っていき、部屋内をフラッシュで照らし始めた。
「んー?」
中は何もない大きな空間だった。
しかし、奥の方から強い魔力を感じる。
私は奥の方をフラッシュで照らし、その正体をこの目で確かめる。
「……魔族の美少女?」
魔族の美少女が大きな結晶体に閉じ込められている。
長い黒髪に大きな角を生やし、肌は褐色だ。抜群のスタイルで服はノースリーブな上に大きく膨らんだ胸の上部が露出されている。加えて下はフリルのミニスカートでガーターベルトとニーハイときた。
すっごいセクシーな子だ……!! 男ならその場でグヘグヘと興奮するかもしれない。
「おーい? 生きてる? 返事してー?」
コンコン、と結晶体を叩く。
大声で語り掛けてもうんともすんとも言わない。
意識が丸ごと封印されちゃってる感じかな?
よし!! だったらやる事は一つ!!
「殴るかぁ!!」
先ほどと同じように結晶体に向かって聖魔法を込めた拳でひたすら殴り続ける。
「オラオラオラオラオラァ!!」
結晶体は意外と固く、私の拳に赤くにじんだ血を流させた。
でも大丈夫。
「ヒール!! ヒール!!」
このように傷ついた拳もすぐ回復。
「はぁ……はぁ……」
だけど疲れは溜まっていく。
先程までダンジョン攻略を行っていた他、突き落とされたり解呪したりで体力の消耗が激しかった。
なので殴る気力が徐々になくなっていくが……
「リチャージ!! よーし気力も回復っと!!」
このように魔力が無くならない限り、私は永遠に殴り続けられる。
半永久機関ってヤツだね。
ドカドカドカ!! と響く轟音と共に、私は結晶体の解呪に全力を注いだ。
ピキッ……
「お?」
ピキピキッ
「ひび入った!! よーし!! 思いっきりやるぞー!!」
高純度の聖魔法を込め、大きく振りかぶった拳でひびの入った部分を殴りつけようとする。
一気に解呪を終わらせる為だ。
「おらああああああああああ!!」
気合の入った拳が結晶体へと近づき、今にも当たりそうなその時だった。
パキン!!
「え?」
私が拳を当てる直前、結晶体が完全に崩れ去ってしまった。
つまりどうなるかと言うと……
「ふぅ、やっとわらわがブホォ!?」
「あ」
本来結晶体へと向けられた拳が、魔族の美少女の腹にクリーンヒットした。
「ぐばっ!! げべっ!! どほぉ!!」
「……」
……やばい、殺したかもしんない。
三バウンドした後、ガッシャーン!! という大きな物音と共に魔族の美少女は奥の壁へと吸い込まれる。
助けるつもりがまさかの殺人未遂に。
完全に終わった……と思ったが瓦礫の山がある位置がピクピクと動いており、彼女がまだ無事である事を教えてくれた。
「ハ、ハイヒール……」
すこーし遠くの位置で魔力を込め、魔族の美少女がいる付近に上位の回復魔法を唱える。
癒しの波動が瓦礫の周囲に漂い、やがてドカン!! と吹っ飛ばして起き上がった。
「ぷはっ!! ああ……生き返ったわ……」
「よ、よかった……」
「……さて」
びくっ
怒りに満ちた赤い瞳が私を捉え、体中が阿寒と震えに包まれる。
「お主……そんなにわらわを殺したかったのか? あ?」
「そ、そそそそそんなことないです!! あなた様を助けたかっただけです!!」
「んなわけあるか!! あんなの他の魔族ならあの世逝きじゃぞ!?」
やばい、超怒ってる……!!
そりゃあそうですよね!!
復活した瞬間腹パンされたら誰だってこうなる!!
「逃げるな」
「ぎくっ」
後ずさりしながら扉を出ようとする私を、魔族は睨み付け静止させる。
あ、だめだ。完全に殺される。
お父さんお母さんごめんなさい。私はここまでです。
覚悟を決めて私は目をつぶりながら祈った。
「まぁよい。助けてくれたのは事実じゃ。手段は少々荒っぽいがの」
「え?」
あれ? もしかして許された?
「傷も治ったしもうよい。あれしきでブチギレる程、わらわは短気ではない」
「いや、あれはブチぎれてもねぇ……」
「ほう……今から怒り狂いながら魔法でもぶっ放してやろうか?」
「……」
冗談に聞こえないよ!!
笑ってるのに笑ってないように見えるし!!
そんな体中を震わせる私を、彼女は楽しそうに見ていた。
「おっと、自己紹介がまだじゃったの」
魔族の美少女はこちらに歩み寄り、歩幅一歩分の距離が空いた所で再び口を開く。
「わらわの名はムーナ。500年程前に魔王をやっておった魔族じゃ」
「ま、魔王……!?」
衝撃の事実。
名乗りと同時に露にする誇らしげな態度とオーラに尻もちをついてしまい、彼女を二、三回見てしまう。
この子が元・魔王? しかも500年前の!?
確か500年前って人間と魔族が本気で戦争していた時代だったような……
「ふふふ、驚いて声も出ないようじゃのう」
あれ、もしかして私……とんでもない子を解放しちゃった?
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第3話:魔王との出会い
「え、というかさ。なんで500年も経ったなんて分かるの?」
「それは封印中でも意識は微かにあったからじゃ。しかし何かをする事は出来ないし、過ぎ行く年月を数えるくらいしかやる事がなかったのでな……」
「うわぁ……地味にしんどいヤツ」
生き地獄とか言う奴かな?
それでよく500年も正常にいられたね。
「まぁ自ら望んで封印されたからのう。ある程度覚悟はしておった」
「え? 自分から進んで?」
「うむ。500年前は人間と魔族の戦争が激しくてな……」
それからムーナは500年前の戦争について、ゆっくり語り始めた。
「力を付けた人間は他種族からあらゆる物を奪い、魔族側は奪われたものを取り返し、人間側を滅ぼす為に戦った。誰かが殺され、新たな恨みを生み出し、また誰かが殺される」
「悲劇の繰り返しじゃん……それ」
「あぁ……わらわも好戦的な魔族達の思いを踏みにじる事は出来ず、皆の前で戦い続けた。じゃが魔族は……何の罪のない無抵抗な人間をも皆殺しにした」
「うわあ……」
「お互いの争いにわらわも頭を抱えたものじゃ……」
お互い泥沼な状態じゃん。
血みどろの戦争を語るムーナの瞳はどこか悲しげな雰囲気だった。
「だからわらわは戦争を終わらせるべく、人間の兵士を大量に虐殺した後、勇者に頼んで封印されたという訳じゃ。魔族はわらわの影響力が強かったからの」
「え? 虐殺したの?」
「あぁ。暴れに暴れたわ」
「んー?」
何故封印される前に大量虐殺を?
それだと恨みを買われてまた戦争になる気がするんだけど……あ
「まさか人間側に戦争をする体力を無くす為?」
「察しがいいのう。当時は人間側が少々力が強かったのでな。あの手この手で兵士を減らしやっとのことで他種族と同等の力にまで抑えることが出来た」
「で、戦争の中心にいた魔王様は封印されることで魔族は代表を失うワケか」
「その通りじゃ」
そこまで至るまでに相当な苦労があっただろうに……それ程彼女は平和を求めたのだろう。
「のう、小娘」
「ん?」
「今は戦争など起きてはおらぬか?」
「えーと、ちょこちょこ争いは起きてたけど、500年前程大規模なものは起きてないよ。本で読んだだけだけど」
「そう……まあマシになったならよい、か」
私の言葉を聞いたムーナはどこか嬉しそうだった。
安心したかのような、自分がやったことは間違いじゃなかったと確信を持ったようなそんな感じ。
少なくとも彼女が望んだ世界には近づいている、とは思う。
「ねぇ、魔王様はこれからどうするの?」
「ん? そうじゃのう……この世界を見ようか」
「世界を?」
「そうじゃ、500年経って変わった世界をこの目で見たい、知りたいのじゃ」
「……いいね、それ」
500年後の世界なんて、ムーナからしたら新鮮なもので溢れているだろう。
毎日が楽しくて、毎日が発見の連続で。
きっと充実した夢のような素晴らしい日々を送れる筈だ
……まるで昔の私を見ているみたい。
「私も昔は色んな世界が見たいと思ってたなぁ……懐かしいや」
「ん? 見ていないのか?」
「あはは……聖女として王都に来たら色々知れると思ったんだけどね……結果は勉強や探索の毎日でそれどころじゃなかったよ。それに私は頑張っても落ちこぼれだったし」
「ふむ……ん? 落ちこぼれ? 小娘がか?」
「え、うん」
「それは無いと思うがのう」
「?」
「お主、相当強いぞ」
「はい?」
どういう事?
私は特別な才能の無い、ただの聖女ですよ?
強いて言えば他人より力が強い程度の。
「あの扉と結晶体を解呪できるだけでお主は相当なもの。あれは先代の勇者パーティ4人が力を合わせて作り上げた最高レベルの代物じゃからな」
「え!? あれそんなにヤバいやつだったの!?」
「気づかずにやっていたのか!? わらわそっちの方が驚きじゃぞ!?」
腕をぶんぶん振りながら声を荒げるムーナ。
「い、いやぁ……今まで解呪できないヤツは拳で大体何とかなってて……今回もそのたぐいかなぁと……あはは」
「はぁ……拳で解呪を行うヤツなど500年前にもおらんかったぞ……」
「え? そうなの?」
「おると思うか?」
「……確かに」
まあ自分のやり方が特殊だなーとは少しだけ思ってたけどさ。
私もパーティに貢献する為必死だったんだよ。
「お主は自分を下に見過ぎじゃと思うがのう……よほど環境が悪いと見える」
「ま、まぁ勇者パーティから褒められたことあんま無かったしねぇ」
「勇者が? そいつ本当に勇者か?」
「え、勇者だよ?」
「……こやつの才を見極められないとは。500年で勇者の質も随分と落ちたな……どうなっておる……」
ぶつぶつと呟きながら周囲を徘徊するムーナ。
何を考えているんだろう、よほど悩ましい事でもあったのかな?
「とりあえず!! お主はもっと自信を持て!!」
「え!? は、はぁ……」
とか思っていたら。
いきなりこちらへ向き直り、私にビシッと指を突きつけ大きく声を出す。
「先代勇者の結界解除。そして封印で弱体化したとはいえ、不意打ちでわらわを一撃で葬り去ったのじゃぞ?」
「あ、そっかぁ……でも」
「まさか魔王の言葉が信じられぬとでも? あぁ、そうか。わらわはもう魔王ではないしな……ふふふ」
「あーわかりました!! 信じます!! 私は強いです!!」
「よいよい。程よい自信は成長させる」
なんかのせられた気がするけど……まあいいや。
「かつての魔王軍は才能があるのに臆病なヤツが多かったからのう。放っておけなかったのじゃ」
「なるほどね……ありがとうね魔王様」
「ムーナでよい。今更名前で呼んでも起こりはせんよ、小娘」
「わかった。あ、よければ私も小娘じゃなくてショコラと……」
「それがお主の名前か? ふふ、よかろう。では……これからもよろしくのう、ショコラ」
「うんっ!!」
お互い笑顔で向き合う。
こうしてムーナと仲良くなれるのは嬉しい。
始めは500年前の魔王という事でビビっていたけど、話していく内に案外打ち解けた気がする。
(それに……私の事をいっぱい褒めてくれた)
村から離れて以来、私は回りから悪口を言われてばかりだった。
でも会ったばかりの彼女は、そんな私に真逆の評価を与えて……自信をくれて。
あぁ、楽しみだ。
もっと自信を持てたら、もっと色んな事が出来るかもしれない。
己の可能性にワクワクし、胸の奥底がギューっと熱くなる私。
ムーナもこれからよろしくって言ってたし……ん?
「ムーナ……これからってどういう事?」
「あぁ、言い忘れておったの」
「ん?」
「ショコラ、今からわらわと旅をしようか」
「っ!?」
ムーナの急な提案には流石に動揺が隠せなかった。
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第4話:聖女専用の武器
「旅!? 私と!? なんで!?」
当然の疑問だ。
会って間もない私といきなり旅に出ようだなんて。
いくら何でも信用しすぎではないのだろうか?
「そんなの決まっておろう。お主が面白いと思ったからじゃ」
「軽……そんなんでいいの」
「いいんじゃよ。 それに何かされたとてわらわなら……」
ムーナがスッと手を上げると闇の魔力が掌に集まる。
やがて魔力は小さな黒い塊となり、周囲には炎のような波動がゆらめきを見せている。
そして……
「よっ」
ドガアアアアアアアアン!!
「……」
「な?」
小さな黒い塊が放たれ目の前の壁が粉々に砕け散った。
爆発の瞬間とてつもない魔力と風圧を感じ、身体が吹き飛ばされるかと思った。
「これでも封印でかなり弱体化はしておるがのう。まぁ遠距離魔法でこれくらい使えるなら十分じゃろ」
「ムーナさん、やっぱり世界滅ぼしませんか?」
「発言が物騒すぎるぞ……すぐ慣れるわい」
やっぱり魔王だったんだなぁこの人……やばいね。
これで弱体化後なんだから全盛期はどれほどだったのか、考えただけで恐ろしい。
「で、どうするんじゃ?」
「あ、行きます」
「何度も言うが脅しじゃないからな? わらわも楽しくやりたいだけじゃし」
「まあ、ムーナといるなら飽きなさそうな気はするよ。少なくとも前のパーティよりは絶対いい」
「そうか……なら精一杯楽しめるようにしないとな」
でもまぁ、悪い選択じゃないと思う。
ずっと働いて勉強し続けて罵詈雑言が溢れる王都に戻るより、ヤバそうな力を秘めてる魔王と世界を旅する方が楽しそう。
「これからよろしくね、ムーナ」
「こちらこそじゃよ、ショコラ」
……よく考えなくてもそうだね。
決めた。ムーナと一緒に旅へ出よう。
その方が楽しいし昔の夢も叶えられるから。
「ふふっ」
「おお、いい顔をするではないか」
お互い向き合って笑い合う、その時だった。
「ギャオオオオオオン!!」
「っ!?」
「ほぉ……下層のモンスターか」
扉を突き破って、巨大な熊のようなモンスターが現れる。
確かあいつはオーガグリズリー。
本で見た事があるモンスターで、下層にしか現れないという凶暴なヤツ……
「なんでモンスターが……あ、私が封印解除したからか!!」
「そういう事じゃ」
「うわあああああ!! どうしよどうしよ!!」
「ここはわらわが行ってもいいが……ショコラ」
「はい?」
「お主一人でやってみい」
「あ、死ねと言うことですね」
「そうじゃない」
いくら何でも私に期待しすぎじゃない? 評価しすぎじゃない!?
下層のモンスターを一人でなんて無茶ぶりですよ。
それに私、殴り以外は平均的なんだからね?
「なぁに勝算なら十分ある。ショコラ、これを使え」
「? 杖?」
アイテムボックスから取り出された謎の杖を投げ渡される。
「それはチェーンロッド。何でも聖女専用の攻撃武器らしいが……残されたわらわの宝具コレクションに何故かあった」
「チェーンロッド? ふぅん……」
見た目は普通の杖。
だけど先端部分に謎の切り込みがあり、取り外せるようになっている。
どういう武器なんだろうこれ?
疑問を持ちつつ、私は鑑定魔法でチェーンロッドを調べた。
【チェーンロッド】
魔力を込めることで、杖先がチェーンに繋がれる形で伸びる。
杖先は剣やハンマー、かぎ爪等様々な武器に変化する。
条件を満たすとスキルが開放される。
聖女専用。
「……聖女の役割と合ってなくない?」
「その通りじゃ。だから当時の聖女も意味がわからんとその場で捨ておったし」
「だろうね……」
サポートが主な役割の聖女に前線を貼らせるような武器だ。
見た感じ回復や聖魔法に関する補正も一切ないし。
作った人は何を思っていたのだろうか。
この武器を使える聖女なんている訳……あ
「まさか私なら使えると?」
「そういう事。じゃ、頑張って行ってこい!!」
「はいっ!?」
返事と同時に風魔法で軽く吹き飛ばされ、オーガグリズリーの目の前に落とされる。
「グルル……」
「ひえっ」
グルル…という唸り声と殺気が間近で繰り広げられ、私は全身を硬直させてしまう。
「鬼畜!! 鬼!! 魔王!!」
「最後は事実じゃな……油断するなよー。でないと殺されるぞー」
「わかってるよ!! ああもうやってやる!!」
ヤケクソ気味に覚悟を決める。
私はチェーンロッドに魔力を込め、相手に向けて勢いよく振り回した。
「ええええい!!」
魔力を注ぎ込まれた事でチェーンが伸び、杖先がオーガグリズリーの元へ一直線に飛ぶ。そして
カンッ
「……」
「……」
しょぼい音と共に杖先がオーガグリズリーの身体に直撃した。
「グルオオオオオ!!」
「わああああああ!?」
恐らく、というか絶対効いてない!!
オーガグリズリーが突撃を開始し、大きな爪を私に向けて振り下ろす。
それを寸前の所でかわし、転がりながら距離をとる。
あぶな!? 少しでも遅れてたら八つ裂きにされるところだった!!
「なーに遊んでおるのじゃ」
「遊んでない!! 真面目です……ってうわやばい盾!! 盾!!」
やっぱりネタ武器じゃんこれ!!
鞭みたいに攻撃するのかなーと思ったら全然ダメージ入らないし!!
オーガグリズリーの猛攻をアイテムボックスから取り出した大盾で防ぎながら、次の手を考える私。
これ本当に宝具なの?
私の使い方がおかしいのかなぁ……
「ん?」
そういえばチェーンロッドの説明にこんな一文があった。
”杖先を剣やハンマー、かぎ爪に変化させられる”って
もしかして……
「まずは杖先をかぎ爪に変化」
「ふむ……」
「そしてもう一回……!!」
杖先がかぎ爪となったチェーンが再びオーガグリズリーの元に勢いよく向かう。
「ほぉ……なるほどのう」
チェーンはオーガグリズリーに直撃……せずに身体を囲うようにぐるぐると回り始めた。
「捕まえたぁ!!」
「グァ!? グゥウウウウ……!!」
チェーンがオーガグリズリーをガッチリとホールドし、身動きを取れなくさせる。
勿論オーガグリズリーも拘束から解放される為、じたばたともがくが……
「悪いけど力には自信があるんだよね……そーれっ!!」
丈夫なチェーンと私の力に完全に抑えられ、拘束を解くことが出来ない。
私はそのままチェーンを引っ張りあげ、オーガグリズリーを宙へと浮かせた。
ドガアアアアアアン!!
「グルアァ!!」
土埃と共に地面にぶつかる音が響き渡る。
へへーん。これはかなり効いたでしょ?
「どう!?」
「見事じゃ。自慢の怪力を生かした戦い方か……これはショコラに渡して正解じゃったのう」
「えへへ。じゃあもう一回!!」
再びチェーンでオーガグリズリーを拘束し持ち上げる。
後はこれを繰り返せばいいだけ。
始めは無茶苦茶だなぁなんてムーナに思っていたけど、私を信じての事だったんだろうね。
「グゥウウウウ……!!」
「おーさっきより手順がスムーズじゃのう」
武器も渡してくれたし、なんだかんだ優しい……
「あっ、すっぽ抜けた」
「え」
余計な事を考えたからか、チェーンの締め付けが甘かったからか。チェーンの輪っかからオーガグリズリーが抜け落ちた。
それもムーナが見守っている場所で。
「グオオオオオオオ!?」
「はああああ!? なんでわらわの方に来るんじゃああああああ!?」
再び大きな音と共にオーガグリズリーが地面に激突する……ムーナと共に。
やっばいやばい。今度こそ殺しちゃったかな。
「ぜぇ……ぜぇ……」
だが流石は魔王。間一髪の所で避けたようだ。
「……ごめん」
「バ、バカ者ォ!! 油断はするなと言ったじゃろぉ!!」
「ムーナの言った通り殺される所だったねー……ははは」
「お主に殺されかけるとは思わんかったわ!! ええいっ!!」
「グォ!?」
ムーナがキレ気味に手を向けると風魔法でオーガグリズリーを吹き飛ばし、ちょうど私のいる前に着地した。
「仕切り直しじゃ!! 今度は周りに気を付けて戦うように!!」
「うわっ!? そんなあっさりと……」
「クゥーン……」
一応下層のモンスターなんだけどな……おもちゃみたいに扱われているよ。
オーガグリズリーもなんか気迫が無くなってるし。
ともあれムーナ先生によるモンスター退治の授業は、もう少しだけ続くこととなった。
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第5話:どうやら私は意外と強い
「グルアァ!!」
「うわっ!!」
気迫を取り戻したオーガグリズリーくんと再び戦闘。
流石は下層のモンスターと言った所か。素早い動きに一つ一つが重い攻撃。おまけに魔法まで。
それらが休む間もなく襲い掛かるので、私は防戦一方だったのだが……
パキン!!
「っ!? 盾が壊れた!?」
攻撃に耐えきれず盾が真っ二つに割れた。王都で買ったそれなりにいいヤツだったのに!!
「やばいやばい……!!」
爪の連撃。口から放たれる風魔法。そしてたまーにやってくる急な突進。
それらを平凡な聖女が盾無しで捌ける訳もなく……
「ぐへっ!! どわぁ!! いたぁ!!」
かすったりモロにくらったりで、私はボロボロ。
「このぉ!!」
オーガグリズリーの急突進と同時にチェーンロッドの重い一撃を与える。
その結果お互いに吹き飛び、意識が朦朧とした状態で地面に伸びてしまう。
「大丈夫かー?」
「大丈夫じゃないです……ハイヒール」
魔力が尽きない限り回復は出来るけどさぁ……無理。
今すっごく逃げたいもん。全部ムーナに押し付けて後ろから見守っていたい。
そんな姑息な事を考えていた時、ムーナがアイテムボックスから何かを取り出した。
「……新しい盾?」
「流石に持っている武器が壊れるのは可哀想じゃしな。それに今丁度いいもんが……重ォ!?」
「重い?」
「あ、あぁ……腰がイカれるかと思ったわ」
「おばあちゃん……」
「次そう呼んだらぶっ飛ばすぞ」
「もう言いません」
ムーナがよいしょと重そうに取り出した盾を地面へと置く。
瞬間、重みのある鈍い金属音が響き渡り、地面にヒビが入る。
「うわ、重そう」
「あぁ。何せ世界一頑丈な盾を作るはずが世界一重い盾になってしまったからな」
「なんでそうなったの?」
「知らん」
重くしてしまったら誰も持てないだろうに。漬物石にでもすればいいのだろうか。
そんな盾に私は近づき、軽く片手で持とうとした所。
「あれ、持ち上がるよ」
「は?」
なんか持ててしまった。
「お主、それはおかしい。いくらなんでもおかしい」
「確かに重いけどー……少し気合入れたらなんとかなりそう。ふんっふんっ」
「ダンベルみたいに使いおって……どうなっておるんじゃ全く」
呆れるムーナの前で重い(らしい)盾の鑑定を行う。
【ギガヘヴィシールド】
とにかく頑丈。凄く頑丈。でも重い。
魔法だろうと物理攻撃だろうとビクともしない(使い手による)
仮に、万が一、絶対ないだろうけど壊れた場合は代わりのアイテムが出ます。
「なんか説明適当なんだけど」
「説明文までふざけてるのか……ただ性能は本物じゃ、やってみぃ」
「よーし……」
オーガグリズリーに向き直り、盾を構える。
「いくよっ!!」
盾を前にし、突進を行う。
オーガグリズリーも私の行動に気づいたみたいで、慌てて風魔法を発動させる。
「おおっ!!」
キン!! と響く音がした後、衝撃を少し受けた程度で風魔法を防ぐことができた。
確かに頑丈だ。モロに魔法が飛んできたのにキズ一つない。
「そーれっ!!」
「ギャウウ!?」
突進がオーガグリズリーの脚部に命中し、再び地面に背中を付ける。
私はそのままオーガグリズリーの腹に登り、一気にケリをつけるべくチェーンロッドを取り出した。
「ホーリーランス!!」
チェーンロッドの杖先を槍に変化させ、聖魔法を込めた一撃を放つ。
「グルアアアアアアア!!」
その一突きはオーガグリズリーの腹に大きな穴をあけ、瞬時に絶命した。
「あー……疲れた」
「お疲れ様。なかなかよかったぞ」
「何とか私でもやれるんだね……」
「さっきから言っておろう。ショコラはやれるヤツじゃと」
そう見込んでくれるのは嬉しいですよ。
ただ、やり方が乱暴なだけで。
と、まあ少し騒がしいモンスター退治がここで終わった。
「とりあえず転送ポータルを探そう」
「そうじゃな。ついでに下層のモンスターを蹴散らして旅の資金にしてくれよう」
「はは、ははは……」
なんか目が殺気だってるなぁ……
でもさっきは一人だったけど次からはムーナも一緒に戦ってくれる。
案外いけちゃうのでは?
この下層攻略は。
「さーて、ゆくぞ」
「おー」
決意を改め、私達は結晶石のあった部屋を後にした。
〜〜〜
「ヘルフレイム!!」
「ギャオオオオオ!!」
「ふむ、やはり威力が低いのう。魔法が使えるとはいえ慣れない感覚じゃ」
「いやぁ十分だと思いますよ?」
闇魔法の込められた炎がモンスターを一瞬で灰にする。
下層のモンスターがスライム退治みたいにあっさりと……恐ろしい。
「ほれ、お主の方にも来てるぞ」
「っ!! はぁ!!」
「ギャウ!?」
狼型のモンスターが襲いかかった所で杖の攻撃で身体を浮かせる。
その後、もう一度魔力を込めた状態でなぎ払いを行い、狼型モンスターを吹き飛ばした。
「キャウウ……」
「危なかったー。ありがとうムーナ」
「あやつもかなり強敵のハズじゃがのう。弱気な冒険者では倒せない程にな」
「嫌味?」
「嫌味じゃよ」
性格悪いなーとか思いながら奥へと進んでいく。ムーナがいた部屋は多分奥だと思う。転送ポータルの近くに封印部屋なんて作らないだろうし。
だから部屋からなるべく離れて捜索をし続け、そして……
「っ!! 転送ポータルだ!!」
「おおっ!!」
紋章が青白く光り輝く場所。
遂に見つけた!! これで地上に帰れる!!
ゴゴゴゴ……
「!?」
と、安心したのもつかの間。
大地が揺れ、上からいくつもの岩が落ちてくる。
「まさかこれって……」
「親玉の予兆じゃな……そう易々と返してはくれんか」
「えー!! めんどくさー!!」
やっと帰れると思ったのに!!
恐らくさっきまでのモンスターとはケタ違いのやつが来るに違いない。
「上からの魔力の反応!! くるぞ!!」
私は盾を構え、親玉の登場を警戒した。
一体どんなヤツなんだ。
下層のモンスターを超える更なる脅威。
全身が震え、杖と盾を持つ手に汗がにじむ。
地上への生還をかけ、最後の戦いが始まろうとしていた。
「っ!!」
そして上から落ちてきたモンスターとは
「ゴブッ!?」
「「……」」
……ちっちゃくて、明らかに弱そうなゴブリンだった。
「あー……さっきのはただの揺れで、こやつは上から落ちてきただけじゃな」
確かに上って広いし長いもんね。
中層あたりでもゴブリンは出現するし、そんなのが落ちてきたって何もおかしくは無い。
「……」
だけどなんだ。拍子抜けにも程がある。
安全だったのはいいけどさぁ……
「ゴブゥ!!」
「邪魔」
「ブボォ!?」
勢いよく突っ込んできたゴブリンを思いっきり蹴り飛ばす。
ゴブリンは吹き飛ぶことなく、血肉を弾けさせ一瞬で魔石と化した。
「……いこっか」
「……そうじゃな」
微妙な空気の中、私達は転送ポータルへと足を踏み入れたのだった。
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第6話:外の世界です!!
「やっと地上だー!! 助かったー!!」
「これが外の世界か……懐かしいのう」
ダンジョンの外へと転送された私達。
うーん、空気が美味しい。
一時はやばいと思ったけど、生きててよかったぁ!!
呼吸する度に生を実感する。
「どう? 外の世界は?」
「どうと言われても……草木しかないから何とも言えん」
「あはは、だよね」
「じゃが……空気はいい」
目を閉じ、流れる空気を肌で感じるムーナ。
久しぶりの外の世界に感動したのかムーナの瞳が雫でキラリと光っていた。
「さて、王国にでも行こうかの。パーシバルじゃったか?」
「え、あー……止めた方がいいと思う」
「なんでじゃ?」
「元パーティメンバーもいるし、パーシバルは貴族の差別が激しいから……」
「なんと、まだそんな事をしておったのか」
「この国で勇者が魔王を封印した、やっぱり人間は最強だーって貴族が自慢のように広めたみたいでさ……長い歴史で色々曲解された結果みたいだけど」
「なるほど……」
パーシバルという国は貴族の影響が強く、非常に凝り固まった考えの人間が多い。
かつての勇者の出身であり、魔王を封印した場所として調子に乗り続けた結果らしいのだが……
「はん、何が貴族主義じゃ。お主らが崇めている先代勇者だってわらわと一緒に人間を虐殺していたぞ」
「はい!?」
「わらわ一人では限界があるしな。考えに賛同した上で姿を偽り、人間と戦っておったのじゃ」
「へ、へぇ……」
衝撃の事実。
なんと勇者が魔族側で戦っていた。
あの魔王と勇者が手を組むなんて地獄絵図すぎる……考えたくもない。
「戦争終盤なんて、「人間を殺す感覚がクセになってきた」とか言い出したしな」
「ただの殺人鬼じゃん」
「ほんとにそのままじゃよ。わらわもこやつを味方にして大丈夫だったか不安になったわ……」
こんなやべーやつを人間は崇めていたのか……まあリコットも頭おかしいし勇者特有の個性なのかもしれない。
「あ、そうだ。魔族のいるデモニストって国なら少し遠くにあるよ」
「デモニストか……!! というか今でも存在しておるのか……よかった」
「ふふっ」
やっぱりデモニストは知っていた。
ムーナにとっても、懐かしの故郷だったんだね。
「今は平和になって魔族も温厚な種族だって言われてるし」
「温厚!? 魔族が!?」
「う、うん……前に魔族の人と会った時ものほほんとして穏やかな印象だったし……」
「あの血気盛んな魔族が温厚とは……ははは」
自分のいた時代とのギャップに思わず引き笑いを浮かべるムーナ。
なんかふわふわしてたんだよね。
穏やかというか……マイペース?
「と、とりあえず!! デモニストに行こうよ!! ムーナの知り合いも生き残ってるかもしれないし!!」
「魔族は長生きじゃからな……よし、ショコラ。わらわに捕まれ」
「ん? こう?」
「そうそう、それでよい」
「? わ、わわ……!!」
抱き着くように捕まると、ムーナは背中から二枚の翼を出現させゆっくりと上昇した。
「すごーい!! 飛んでる!!」
「魔王じゃからな、これくらい容易い」
「わーダンジョンが凄く小さい……」
近隣の街まで広く見える。
青い空に囲まれ、地上とはまた違った空気の味に私は胸が高ぶった。
「さて、そろそろいく……まて」
「?」
身体をひねらせ前に進もうとした瞬間、ムーナは突然静止した。
「国の場所がわからん……」
「あっ」
そういえばそうだ。
500年も経てば地形等も大きく変化しているわけで、正確な方向が分からなければ飛びようがない。
勿論、私もわかんない。
「あ、でも近くに馬車があるよ」
ちょうど西側へガタガタと向かう馬車が見える。
馬車の業者さんは色んな国で商売をしている。もしかしたらデモニストの場所を知ってるかもしれない。
「……取り敢えず馬車の所にいこっか」
「……そうじゃな」
ゆっくりと地面に降り、私達は馬車の方へと向かった。
〜〜〜
「デモニスト? 今そこに向かってるんだけど一緒に行く?」
「「やたー!!」」
道を聞くだけのつもりが、なんと目的地が同じという奇跡。
タダで護衛する代わりに、という事で一緒に同行することが出来た。
「へぇ、魔族と聖職者のパーティかい。俺はエミルだ、よろしく」
「ショコラです。よろしくお願いしますー」
「よろしくなのじゃ」
初老の男と握手をかわす。
荷台には食料品や衣類など幅広い物が積まれており、その隙間に私達は乗る形となった。
「色んな物がありますねー」
「ん? あぁ、デモニストはパーシバルと文化が全然違うからな。向こうじゃ取れない物とかが結構売れたりするのよ」
「へぇー」
「デモニストは魔素が多いからのう……今はどうなのか知らんが」
「魔素が濃いのは森やダンジョンの周りくらいだな。今は街にも色んな人がやって来て賑わっているよ」
「ほぉ……」
昔は魔素が多いという理由で魔族以外住めない土地と言われていた。
だが新しい魔王が政策として魔素の浄化を始め、城下町では他種族が住める程度に魔素を薄める事に成功している。
と、本で読んだ。
「さて、お前さん達は何故デモニストに?」
「ムーナの故郷に帰る為です。で、私はそれに付き合わされた感じ……なのかな?」
「まぁ間違ってはおらぬが……別に強制はしておらんぞ?」
「どうかなぁ~?」
「ははっ、仲がいい事は何よりだ」
会って間もないけどね?
まだまだお互いを知ろうとしてる段階だ。
「まあ私もムーナの事をもっと……モンスター?」
「え?」
「……結構近いのう」
「そうだね」
話してる途中、スキルの気配察知が反応し、モンスターの殺気を感じ取った。
「馬車は一旦止めて下さい。私達が周りでお守りするので」
「ああ、頼む……モンスターが出ないルートを選んだ筈なんだがなぁ」
「ヤツらも生き物じゃからな。絶対というのはない」
「そうか……ん? 聖職者の嬢ちゃんも戦うのか!?」
「え、はい?」
「そ、そうか……無理はするなよ」
荷台から降り立ち武器を構える。
前に三体、後ろに二体。
この速さと群れのような習性から狼型のモンスターだと察した。
とりあえず後ろはムーナに任せて、前は私がやろう。
私はあえて魔力を出し、モンスターに感知させる事でおびき出す。
そして少しした後、草むらの影からモンスターが出現した。
「ガゥル!!」
「はぁ!!」
「キャウ!?」
勢いよく飛び出した狼型モンスターに盾をぶち当て、跳ね飛ばす。
フォレストウルフか……長引かせると仲間を呼び出されるしさっさと終わらせよう。
「……そこっ!!」
再び草むらから殺気。
私は草むらに向かってチェーンロッドを伸ばし、薙ぎ払いを行う。
薙ぎ払いに反応しフォレストウルフが二体飛び出し私の方へ襲いかかるも……
「おらおらぁ!!」
「「ギャウ!?」」
拳の二連撃で一気に撃破。
よし、殺気も消えたな。
「じょ、嬢ちゃん本当に聖職者か……?」
「いえ、聖女です」
「聖女か……いや、聖女でもおかしいか……凄いな」
「あはは……」
下層でモンスターと戦わされたからか、恐れずにしっかり戦えるようになった気がする。
ただ聖女のやる事ではない。絶対に。
「こっちも終わったぞー」
「おー、ムーナちゃんお疲れ様ぁ」
「ほう、三体を一人で……なかなかやるではないか」
「いやぁ、それほどでも」
「お主に聖女のギフトが宿った事が勿体ないと思うくらいじゃ」
「それはそう思う」
せめて格闘家とかのギフトを与えられたらもう少し周りから評価された気がする。
まあ無い物ねだりをしたってしょうがないけど。
ゴゴゴゴゴ……
「ん?」
突如、揺れが始まったと思いきや、近くの地面が割れた。
「グモオオオオオ!!」
「な!? モグラが何故ここに!?」
ドガアアアアン!! と勢いよく現れたのはデッドリーモグラという地面に生息するモンスター。
地面を掘り進め、気配を感じた獲物を地面から襲いかかる習性でよく商人とかが被害に遭いやすい。
しかし、
「モグラはさっさと……」
出てきた瞬間、飛び上がってそのモグラの頭を掴むと
「地面に戻れ!!」
「グモっ!?」
ダンッ!! という音と共に再び地面へと押し戻した。
「よし、これで大丈夫」
「えぇ……」
「随分頼もしくなったのう」
「ん?」
やや引き気味な二人に私は疑問を持つ。
何その反応? まるでありえないといった感じの雰囲気だ。
ただ気にしてもしょうがないので、私達は周りの安全を確保し、デモニストへ再び出発したのだった。
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第7話:その頃勇者達は
勇者サイドのお話です
ショコラ達がデモニストに向かった頃、勇者達は大苦戦を強いられていた。
「ぐあぁ!!」
「こいつ……なんでこんなに強いんだ!?」
ここはダンジョンの10階層。いつも通り勇者パーティが戦闘をしていたのだが……調子がよくない。
それは勇者リコットも同じだった。
「なんでよ……なんで倒せないの!?」
自慢の剣がはじかれる。
それどころか剣をかいくぐって反撃をされ、逆にダメージを喰らう始末。
ヒーラーである役立たずの聖女はもういない。
なのでアイテムボックスからポーションを飲み、急いで回復をしようとしたのだが
「キケェー!!」
「チッ!!」
ポーションをはたかれ、回復の隙を与えない。
攻撃は通らない、ダメージは喰らう、回復もできない。
しかもここは10層。以前なら20層まで余裕だったのに。
何もかも上手くいかない現状にイライラが貯まる一方だ。
「リ、リコット様!! ここは引きましょう!!」
「はぁ!? そんなことする訳ないだろう!? まだ10層なんだよ!!」
「で、ですが皆もう限界で……ぐわあああ!!」
押し寄せるモンスターを相手に膝をつき始めるパーティメンバー達。
「うるさいね!! こんなやつ……ブレイブスラッシュ!!」
本当ならこんなヤツ勇者の魔法で一撃なのに。
「キケェ!!」
「……ぐっ!?」
当たりもしない。また反撃されてしまう。
蓄積されていくダメージにとうとうアタシまでもが膝をついた。
「……撤退するよ」
悔しい思いを抱えながら、アタシは引くことを決意した。
~~~
「なんだこのザマは!! 貴様らは本当に勇者パーティか!?」
「申し訳……ありません」
10層で逃げ帰ったという報告に、パーシバルの国王は激怒した。
ダンジョンのモンスターを倒し続けなければ、国内にモンスターが溢れかえってしまう。怒るのも当然だろう。
「はぁ……聖女が事故で亡くなったからと言って調子を悪くする必要は無いだろう。公私混同はやめてもらいたい」
「アタシが……あんなやつを……?」
ショコラの事は不慮の事故で亡くなったと伝えてある。消したのは勿論アタシ。これで日々のストレスからおさらばだと言うのに。
国王は私があんなヤツが死んで悲しんでるとでも思ってるの?
解消したはずのものが再度湧き上がるのを感じた。
「ふざけないでください!! アタシは……!!」
「ほう? 反論は結果を示してからにして欲しいな」
「……」
何も言い返せない。
上層で逃げ帰り、醜態を晒しているのにも関わらず、反抗するアタシは負け犬の遠吠えでしかないだろう。
歯をギリッと食いしばりながら、アタシは上げた頭を下げるしかなかった。
「さて……おい、兵士を集めろ。ダンジョン部隊を増やすぞ」
「え……」
「勇者パーティがしばらく使い物にならない以上、替わりのパーティでダンジョンを攻略するしかないだろう」
「へ……」
ふざけるな。それじゃまるでアタシ達が用済みとでも言われてるようじゃないか。
「待ってください!! アタシは、アタシは!!」
「黙れ!! 貴様らはしばらくワシに顔を見せるな!!」
「っ!!」
「……さっさと下がれ」
威圧に押され、国王の言葉に黙って従う。
その足取りは重く、内心では今日の出来事でイライラが溜まる一方だった。
「や、やっぱりショコラがいないと……」
「あの田舎娘がいないと、だって?」
「ひぇ!! で、ですが回復も盾役もいつもあいつが……」
「あんな奴に頼らなくてもアタシ達はやれるんだよ!!」
クソッ!!
城内の壁を思い切り蹴る。
今回はヒーラーが居なかっただけだ。
ここはパーシバル、優秀な人材ならいくらでもいる。
勇者であるアタシが声をかければ聖職者の一人や二人来るに決まっている。
回復なんてあの田舎娘でも出来るんだ。
すぐ、取り返せるはずだ。
「次は必ず成功してやる……!!」
焦りながらもアタシは次のダンジョン探索に向けて準備を始めた。
だが勇者達は知らない。
聖職者ごときが聖女の代わりを務めることは出来ない。
それどころか、ショコラは自慢の怪力で戦闘も封印解除もこなす唯一無二の人物であると。
〜〜〜
「勇者、か……かなり焦っていますねぇ」
誰にも気づかれない場所に隠れ、ひっそりと動向を追う者が一人いた。
「負のエネルギーが溜まっている……反逆の時は近い」
不敵な笑みを浮かべながら、その場から離れる。
この世界の脅威はモンスターだけではないと、勇者も聖女も魔王もまだ知らない。
本当の戦いは、まだ始まってすらいなかったのだ。
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第2章
第8話:魔族の国に来ました!
「着いたぞ、ここがデモニストだ」
「「おおー!!」」
馬車に揺られながら時間を過ごしていると、いつの間にか目的地についたらしい。
荷台から顔を出すと、そこにはパーシバルとはまた違った街並みが広がっていた。
「懐かしいのう……魔族が多い」
「よかったね」
すっごく嬉しそう。パーシバルに行かずにこっちへ来てよかった。
デモニストにいる者は角が生えていたり、尻尾が生えていたり……それらが魔族である事を証明していた。
と、エミルさんが荷台でガサゴソしているかと思ったら、果物の入った紙袋を持って来た。
「ほい、これお礼だ」
「ええええ!? こんなに貰えませんよ!?」
「いいっていいって!! モンスターから荷物を守ってくれたからな、これくらいはさせてくれ!!」
「で、では……ありがたくいただきますっ」
「ありがとうなのじゃ!!」
リンゴになし、グレープフルーツまで。 色んな果物の入った詰め合わせだ。
まさかここまで感謝されるなんて……
「またどこかで会ったときはよろしくな!!」
「はい!! 本当にありがとうございました!!」
「元気でな~」
改めてお礼を言い終わった後、エミルさんは街中へと馬車を進めるのだった。
「いただきまーす……おいちい」
「んぅ……そのままでも結構いけるのう」
ちなみに貰った果物はめっちゃ甘くて美味しかった。
ただ食べすぎるとすぐに無くなってしまいそうだったので程々にしつつ、残りはアイテムボックスに放り込んだ。
「さて、魔族の国に来れたのは嬉しいのじゃが……」
「が?」
「……なんじゃ、これ」
国の中をぶらついている最中、悩ましい表情と共にムーナが顔を動かす。
「ごめーん、かなり遅れちゃった~」
「いいっていいってー。俺も寝てたからさぁ」
「ふわぁ、、、仕事も終わったし寝るかぁ」
「ぐぅ……休みに青空の元でお昼寝は最高だなぁ……」
「……なんか、ぽわぽわしてるね」
「この覇気の無さは一体……かつての血気盛んな姿はどこにいった」
魔族の住人の少し変わった姿。
皆が穏やかというか寛容というか。マイペースなだけ?
それにしても独特の雰囲気ではある。
「平和になったから? それとも魔王様の影響?」
「魔王? 今の時代にも魔王がおるのか?」
「うん。確か名前はステラとか……」
「……今何と?」
「え、だからステラって人が魔王を……」
「あやつかぁ!!」
名前を呟いた途端、ムーナが声を荒げる。
「え? 知り合い?」
「知り合いも何も、あやつは500年前の魔王軍幹部じゃ!!」
「え、じゃあ戦争時代から生きてたの!?」
「あぁ、実力こそあるが普段は寝てばっか、めんどくさい作戦会議は配下に任せて自分は酒を飲んで遊んでいた問題児……!!」
「う、うわぁ……」
「実力主義が招いた惨事じゃ……ぐぬぬ」
歯をギリギリさせて悔しそうな表情を浮かべるムーナ。
少し聞いただけでやばいなぁと思ったけど当事者からすれば溜まった者じゃなかったのだろう。
「ちなみにあやつについて知っている事は?」
「えーと、パーシバルとの会談をすっぽかしたくらいかな……」
「……ゆくぞ」
「え? どこに」
「魔王城」
「ええええええ!? 今から!?」
「そうじゃ!!」
やばい!! 直接説教するつもりだ!!
「あやつは500年経っても何も変わっておらん!! メリハリにも限度がある事を直接教えてやるわあああああ!!!」
「だからって荒事はやばいって!! また封印されるよ!?」
「ええい離せぇ!!」
ただでさえデリケートな立場(元凶は私だけど)なのにもめ事はマズい。
私はムーナを抑え込もうと自慢の怪力で抑え込んだが……
「うわわ!? 飛ぶのはずるいって!!」
「ゆくぞおおおおおおおお!!」
「うわあああああああああ!?」
先ほどの翼で空を飛び、そのまま城がある方へと加速してしまった。
~~~
「ついたぞ」
「はぁ……で? 入れるの?」
「当然、わらわは先代の魔王じゃぞ?」
魔王城の門前。見張りが二人構えており普通に入るのは不可能だ。
なのに自信満々に門へと向かうムーナ。 本当に大丈夫なんだろうか。
「おい、魔王ムーナの帰還じゃぞ。とっとと開けんか」
「あ? なんだこのガキ?」
「あれだあれだ、思春期特有のヤツ」
「あー!! 闇魔法の恐ろしさを知れ!!とか言うあれか!! クッソ痛い奴!!」
「そうそう!! お嬢ちゃん可愛いねぇ凄いねぇ……」
「……」
あ、やっばい。あの門番達殺される。
「ヘルフ……」
「ストップ!! とぁ!!」
「げふっ!?」
「すみません友人が、それじゃ~」
「「……?」」
痛々しいクソガキ扱いされ、完全に殺る気だったムーナを腹パンで気絶させてその場から退散。
危な!! もう少しで門前で一騒動が起きる所だった!!
「ヒール……ムーナはとりあえず落ち着いて?」
「あやつら……絶対許さん」
「まあまあ」
門番も言い過ぎではあるが気持ちは分かる。いきなり魔王ムーナだ!! って言われても訳わかんないだろうし。
……とりあえず別の作戦に移るか。
「ムーナ、こっそり潜入するのはどう?」
「ん? 別に構わんが入れるのか?」
「ほら、私って力強いから。穴を開けるくらい簡単だよ。封印があっても解けるし」
「確かに……それでいくか」
とりあえず作戦を実行することに。
先程いた門前とは真後ろの場所に移動する。
「確か魔王の作業室は塔の真ん中辺りじゃったかな?」
「あ、じゃあ空を飛んで行こうよ。私が適当に穴開けるからさ」
「よし来た」
ムーナが私を抱えあげ空を飛ぶ。
そして作業室がある位置まで上昇した所で、私は拳を打つ構えに入った。
「軽くでいいからな?」
「分かってるって……てやぁ!!」
ガァン!!という音と共に砂埃が舞う。
そして拳は見事、人が通れる程の穴を作り出した。
「やった!!」
「ナイスじゃ!! このまま中に入るぞ!!」
「うんっ!!」
ちょっと悪いことしてるけど、これくらいならバレない筈。
さっさと魔王ステラに会ってさっさと抜け出そう。
「ん?」
そう思った時だった。
塔が妙に揺れているのに気づいたのは。
「……おい、なんじゃこれは」
「い、いやぁ……?」
グラグラと塔が揺れる。
気づけば穴を開けた所からひびが広がっていき、やがて塔全体を包み込んだ。
そして
ガッシャーン!!
「「……」」
塔の上部が崩れ落ちた。
「なんの音だ!?」
「あっ、あそこに怪しいヤツが飛んでるぞ!!」
「逃がすな!! 捕まえろ!!」
見張りの兵がどんどん集まってくる。
軽くやったつもりだったのに。
ただ穴を開けるだけだったのに。
目の前に広がっていたのは瓦礫と化した塔だったもの。
……どうやら私の力は想像以上だったようですね。
「……てへっ☆」
「てへっ☆じゃないわ!! 大事を避けてたのはお主じゃぞ!! 一番酷いでは無いか!!」
「知らないよ!! ああああなんでこうなるの!!」
そんなつもり無かったのに!!
私が一番揉め事起こしてるじゃん!!
「……こうなったら一つしかない」
「……何?」
「ゴリ押し強行突破じゃあああ!! ゆくぞおおおお!!」
「そーれしかないよねえ!!」
ここまで来て「はい帰ります」では済まない。私達は城の中へと入り、蔓延る兵士達と戦うことを決意した。
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第9話:実家で大暴れ
「おらおらおらぁ!!」
「どかぬか貴様らぁ!!」
「「「うわあああああああああ!?」」」
城内では壮絶な戦いが繰り広げられていた。
二人の侵入者に魔族達が押し寄せるも、近づいた者からどんどん吹き飛ばされていく。
ある者は持ち上げられて投げられたり。
ある者は炎魔法で焼き尽くされたり(一応生きてる)
ある者は拳で城外へとぶっ飛ばされた。
つまりだ。聖女と元魔王がボッコボコに暴れ回っている。
「フレイム!!」
「アイスショット!!」
「ウィンドカッター!!」
「痛っ!? 危ないなぁ!!」
拳と杖で暴れ回る私の元に、遠距離魔法の雨が襲いかかる。
一応盾はあるものの、取り出すまでに時間はかかる。
それに私は防御魔法も遠距離魔法も持っていないので、射程外からの攻撃はかなりしんどい。
だが
「テンペストォ!!」
「「「ぐわああああああ!?」」」
とてつもない竜巻がそれら全てを吹き飛ばす。
遠距離はムーナが、前は私が。
役割分担を行う事でお互いの弱点をカバーする作戦だ。
「ふんっ!! 貴様らに出遅れるわらわではないわ!!」
「さっすがムーナ!! というか魔法だけで突破できるんじゃない?」
「強力な魔法一つで突破できる程、軍勢というものは甘くない。ほれ、まだ来るぞ」
小話を挟んでる間にも、敵はやって来る。
減るどころか増える一方。
そのあまりの数にうへぇと気が滅入ってしまう。
「うぉ!?」
「でもやっちゃったものはしょうがないし……ええい!!」
「うわああああ!?」
近づいた魔族を投げては殴って杖先で付いたり。
数で抑え込まれても私なら大丈夫。力強いし。
ただ、ラチがあかないんだよねぇ。
「ムーナ!! 偉そうなやつから情報聞こう!!」
「そうじゃな!!」
とりあえず魔王の居場所を知っている者を探す作戦。
私は辺りを見渡し、強そうな魔族を探した。
「あっ!! あいつなんかどう!?」
「いいのぉ……わらわが援護するから拘束せい!!」
「了解っ!!」
「え? えっ?」
筋肉質で身体中から魔力を漂わせている大きな魔族が一人。
私達はターゲットを見定め、確保する準備を進めた。
「グランドブリザード!!」
「うわぁ!? 地面から氷が!?」
ターゲットの周りに氷を出現させ、魔族を氷漬けにする。
氷漬けにされた者は身動きすら取れず、しかも氷が壁となって周りの魔族の行動範囲を狭めた。
「伸びろチェーン!!」
「うわ、うわあああああ!?」
すかさず私がチェーンを伸ばし、ターゲットを拘束した。
そして思いっきり引っ張りあげると私達の方へと一気に距離を縮める事が出来た。
「捕まえたぁ!! さーて、魔王様の居場所を教えて貰おうかな?」
「い、言う訳ないだろ!!」
「ほう……今すぐ貴様の目ん玉を燃やし、手足を切り裂き、内蔵を氷漬けにするがよいか?」
「……地下の寝室です」
「正直でよいよい」
怖。結構えぐい事言わなかった?
ターゲットも身体震わせて涙目だし。
「さて、今すぐ向かうぞ!! ヘルフレイムランス!!」
炎の槍がドガアアアン!! という音と共に地面を削り、大きな穴を開ける。
「捕まれ!! ショコラ!!」
「うんっ!!」
ムーナに捕まった後、彼女は翼を広げ地下へと急加速して降りていく。
うわぁ、かなり派手にやったねぇ。
周囲には部屋らしき瓦礫がいくつも広がっている。
「ついた?」
「ああ……恐らくここで間違いない」
地下にいくと、寝室と書かれた札が掛けられた大きな扉があった。
さっきの情報だとここに魔王がいるハズ。結構大暴れしちゃったけど結果オーライかな?
「さて、いく……んぉ……」
「え!? ムーナ!?」
足を踏み出した瞬間、ムーナが突然うつ伏せで倒れこんだ。
「どうしたの!? 大丈夫!?」
「……やらかした、魔力切れじゃ」
「えぇっ!?」
「昔みたくバカスカ魔法を使ってしまった……わらわのミスじゃな」
そういえばムーナちゃんはダンジョンからずっと休みなく魔法を使っていた。
全盛期の頃ならそれでも問題なかっただろうが、封印で弱体化しているのなら話は別。
その辺りを考慮しなかった結果、遂に限界を迎えてしまったという事だ。
「はぁ……はぁ……」
「待ってて、今魔力を分けるから……」
私は消費魔力が少なく、保有魔力が多いから全然大丈夫だ。
なのでムーナの元へ駆け寄り、自身の魔力を分け与えようとしたのだが、
「見つけたぞぉ!!」
「早!? ていうか全員飛べたの!?」
さっきまで上にいた魔族達が一斉に下へと飛んで降りてきていた。
飛行ってムーナちゃんの専売特許じゃなかったんだね!!
てか、そんな事考えている場合じゃない。
「覚悟しろよ……侵入者め」
「あばばばばば……」
ムーナはダウン。私は戦えるけど守りながらだと正直キツイ。
どうしようどうしよう、と焦っていると
「そこまでですよ」
「?」
突然寝室の扉が開いた。
「この者達とは私が話をします。皆さんは下がってください」
「……スライム?」
扉の先にいたのは、なんと喋るスライムだった。
黒くてぷるんとしていて小さい。
何故スライムが魔族の前で偉そうに出来るのか?
そう疑問に思っていると
「は、かしこまりました」
「え!?」
なんと魔族達があっさり従った。
魔族達は羽をバサバサと動かすと上空へと飛び姿を消した……
「あ、あの……もしかしてあなたがステラ?」
「あ、いえ。私は大賢者スライムです」
「大賢者スライム?」
「変異種みたいなものですね。禁書を吸収した結果、こうなったみたいです。まあざっくり言えば頭のいいスライムです」
「はえーそんな事が……」
とりあえずかしこいスライムだというのは分かった。
「でもなんで魔族達がスライムの言う事を聞くの?」
「それは私が政治等、ステラ様がやる事を代わりに行っているからですね。私が一番優秀だったのでいつの間にかえらくなってしまいました」
さらっと凄い事言うね。
魔族達を差し置いて、政治等の重要な役割を与えられているとは……
ん? 待てよ?
さっきステラの代わりって言ってたよね。
「魔王本人は何をしているの?」
「基本は寝て飲んで遊んでます」
「えぇ……」
「魔族の古株としてなし崩し的に魔王になりましたからね。面倒を抱えていた時に私と出会い、色々と押しつけた後ステラ様は好きな放題しています」
「それでいいのか……」
「口出しも変な政策も言わないので案外大丈夫ですよ。まぁスライムに乗っ取られる時点で終わってるとは思いますが」
「えっぐい事言うねぇ……」
押しつけた魔王が100%悪いけど。
スライムに支配された魔族の国って言うのも恐ろしい話だ……
まぁそれで国が回っているのならいいんじゃないかな、とも思ってしまう。
「さて、あなた方の目的は大体わかっているので早速会わせたいのですが……」
「げほっ……げほ……」
「ムーナ!?」
「……それどころではありませんね」
そうだ、ムーナは魔力切れで苦しんでいるんだ。
顔を青くし酷くせき込んでいる。
魔力を分け与えないと更に重症化してしまうだろう。
「ごめんなさい、時間はかかるけど魔力を……」
「あ、手よりも効率的な魔力供給の方法がありますよ」
「そうなの!? すみません、教えてください……!!」
「えと……覚悟は出来ていますか?」
「へ?」
どういう意味?
もしかしてそこまで危険な方法なのだろうか?
いや、でも手段は選んでいられない。
一刻を争うんだ、決断は早いに越したことはない!!
「大丈夫です!! 教えてください!!」
「……わかりました。ではお互いの唇を重ね合わせて……」
待って待って、頭が追い付かないって。
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第10話:初めてのキス
「えと……なんで唇と唇なんですか?」
「効率よく魔力を供給出来る場所が口なんです。いくつかの書籍にもそう記述がありまして」
「は、はぁ……」
大賢者が言うのだから間違いはないのだろう。しかし、問題はその行為だ。
唇と唇の触れ合いとは言ったが要はキス。恋人同士がやるものだ。
私とムーナは知り合って間もないし第一女同士な訳で。
「はぁ……はぁ」
「……ですが手でも魔力供給は行えますし死ぬことはないです。その辺の選択は任せます」
「わかりました……」
「さて、流石にここで行う訳にもいかないので隣の部屋をお使いください。落ち着いたタイミングで寝室をノックしていただければ」
「ありがとうございます」
お礼を言った後、私はムーナちゃんを抱き抱えて隣の部屋へと移動した。
作業場だろうか?
本棚にはいくつもの本が並べられており、奥の机には資料が散らばっている。
あ、近くにソファがあるじゃん。
休ませるのにちょうどいいと思い、私はソファの上にムーナをゆっくりと降ろした。
「う、うぅ……」
「……大丈夫?」
「あー……頭が痛い、吐き気もある」
「……しんどいよね、当たり前か」
身体を震わせ、呼吸を荒くしている。
魔力は生き物の生命エネルギーみたいなものだ。それが無くなるという事は身体への負担がとてつもなく大きくなる。
私も何度か経験しているから、その辛さはよく理解している。
「う、うぅ……」
「ムーナ……」
繋がれた手を強く握る。
いくら聖女でも魔力を回復させる事は出来ない。一応リチャージで気力を回復させたりはしてるけど気休め程度だ。
魔力は供給しているし死ぬことはない。
ただ、ムーナの悲痛な表情を私は見ていられなかった。
「げほっ……げほ……」
虚ろな目で明後日の方向を見ている。
身体の震えは収まらないし、むしろ咳き込んで酷くなっているようにも感じる。
死ぬ事がないと分かっていても、この状況を私はよく思わない。
……やるしかないのだろうか。
「……」
ムーナの頬に優しく手を添える。
正直、私はキスなんてした事もされた事もない。ムーナは長く生きているから一回や二回経験はあるだろうけど……会って間もない私とする程、軽い人ではないだろう。
だからこそ、今からやる行為は私の自分勝手なもの。
辛そうなムーナを見たくなくて、見続けないといけない状況から解放されたくて。
己の身勝手な思いに悩みながら、彼女の元へとゆっくり顔を近づける。
「ごめんね……後でいっぱい殴っていいから……」
「……っ」
謝罪の言葉を告げた後、私はムーナと唇を重ねた。
「ん……」
初めて味わう唇の感触はとにかく柔らかかった。ぷにぷにで押せば押すほどくっついていくような気がして。
「ふぅー……ふぅー……」
呼吸と同時に魔力を流し込んでいく。
ただ、ムーナの力が想像以上に弱まっていて、口が開いてくれない。
これでは効率的に魔力を供給出来ない。
なので……私は舌を使って無理やり口を開けさせた。
「っ……」
……聞こえない。
水音なんて聞こえていない。
いや、聞かないようにしてるだけ。
かなり際どい事をしているという事実は認識している。ただ、それを受け止めると恥ずかしさで死にそうというか。
何も考えないよう、私は空いた口から魔力を注ぎ込んでいく。
「ん……」
ムーナの顔色が良くなった。震えも少しずつ収まり、手だけの時より明らかに効果が出ている。
このまま続けていけば、ムーナはすぐにでも回復するだろう。
「……」
ただ問題は私の方。
初めてのキスで、しかも舌まで入れてしまった。行為というものはする前は戸惑うのに、一度踏み出してしまえば止まるところを知らない。
ムーナが良くなったのにも関わらず、彼女を助けるという思いが薄れていき、私の中にある醜い欲望が徐々に顔を出していく。
(もっと……深く……)
欲望にリミッターが破壊され、入れ込んだ舌をより深く入れようとした時だった。
「んぅ?」
「もぅ……よい……」
ムーナが私の顔に手を当て、くぐっと前へと押し出す。
「……っ!! ご、ごめん……」
「大丈夫じゃ……気にする事はない」
ヒートアップした私の頭に冷静さが戻り、己の抱いた欲望だけが残される。
何をしていたの、私……
初めてとはいえ、キスで暴走し医療行為の範疇を超えた行動に出ようとした。
何故?
「ありがとね……」
「? 礼を言うのはこちらの方じゃぞ?」
欲に飲まれた私を止めてくれて本当に感謝している。あのままだと私はとんでもない事をしていた気がするから。
「ただ、少し待ってくれぬか……」
「え、うん、いいよ……」
「すまぬ……」
そう言い残し、私に背を向けて寝転がるムーナ。やはりまだ疲れているのだろう。
効率的な魔力供給といってもその時間は僅かなものだったし。
少しでも楽になるように、私がムーナに近づき手をギュッと握りしめた時
「……照れてる?」
彼女の耳が赤く染まっている事に気がついた。
「初めてじゃったからな……そういう行為では無いと頭でわかっていても本能は抑えられん」
「え、初めてだったんだ……」
「意外か? まあ、縁がなかったというよりはする暇がなかっただけじゃが……」
確かにムーナが生きていた時代は戦争の真っ只中。魔族を率いる王としての責務を果たす中で、色恋沙汰に手を出す余裕等なかったのだろう。
「だったら尚更ごめんだよ……初めてを奪ったんだから」
「そんなロマンチックな事は考えておらん。安心せい」
意外とドライなのかな?
そういう経験が無いと、少しは憧れるものだと思っていたけど。
「ただ……悪くはなかった」
「へ?」
いや……今のは何?
「これ以上は言わせるな。休ませておくれ……」
「う、うん……」
ボソッと呟かれた言葉が頭から離れない。ただの慰めの言葉か、それとも……
妙に気まずい雰囲気の中、私は静かにムーナの手を握りしめ彼女が立ち上がるのを待ち続けた。
「「……」」
長い沈黙。
だが手首から伝わる、ムーナのやけに早い脈拍。
その鼓動を感じながら先程の出来事について考え込んでいたせいか、退屈はしなかった。
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第11話:魔王様(現在)の登場
「お、お待たせしました……」
「ああ、どうぞどうぞ」
少し落ち着いた後、私達は再び寝室の前に立ちノックをする。
大賢者スライムの許可の後、ドアを押して中へと入っていった。
「えと、妙によそよそしいですね」
「あはは、まぁ……」
「うむ……」
そりゃあんな事をした後ですもの。正常でいられる方がおかしい。
お互いぎこちないし、ふと顔が向き合えばすぐに明後日の方向に逸らしてしまう。
そして少し静かになると先程の出来事が頭に……あああああああ!!
「と、とにかく!! 私達はステラ様に会いに来たので!! お願いします!!」
「ああ、はい。わかりました」
気を紛らわす為に、本来の目的を強引に進めた。
「こちらとしても先代魔王のムーナ様が来ていただいて助かりました」
「ほぉ……お主はわらわが魔王だと分かるのじゃな」
「魔力の流れが特殊なのといくつかの文献で見た特徴と一致していましたからね」
「はえーなるほど……」
奥へ進みながらふんふんと頷く。
流石大賢者、知識も豊富だし魔力の察知能力が高い。
スライムは喋らないし弱い、だけど何でも吸収するから街の掃除屋さんとして活躍しているモンスターだ。
そんなスライムが禁書を吸収するとこうなってしまうのか。未だ謎が多いモンスターの生態ではあるが不思議なものだ。
「まあ流石に封印が解除された理由までは分かりませんけどね」
「解除したのは隣にいるショコラじゃよ」
「殴ってたらいつの間にかぶっ壊れました!」
「……どうやら私の知識もまだまだですね。自惚れないよう精進します」
「こやつは規格外だから気にするな」
ただ私の方がもっと不思議らしい。
ちなみに説明は出来ない。出来てしまったから出来たとしか言えない。
と、会話に夢中になっていると、いつの間にか目の前に大きくて高級そうなベッドが現れた。
「ぐぅ……」
「……あれか」
「ええ、あれですね」
フリルの可愛らしい寝間着姿で気持ちよさそうにベッドで眠る魔族の少女。
銀色のショートヘアーにムーナよりやや細い角を生やしている。
体形はやや小柄かな? でも出るとこは出てる。
大賢者スライムの反応から間違いない、彼女が魔王ステラだ。
「こんな真っ昼間から寝おって……いつもこうなのか?」
「えぇ、いつも夕方まで寝て、朝まで起きて、また夕方まで寝て……の繰り返しです」
「魔族って夜型?」
「基本は朝型じゃ。まあ夜に仕事をするものもおるがこやつは……」
「いつも遊んでますね」
「ようし、ぶっ飛ばすか」
パキポキと指を鳴らしながら、ステラ様の寝ている場所まで近づくムーナ。
いっつもぐーたらな生活をしているのかぁ……正直少し羨ましい。
二日でいいから変わってほしい。
「では、仕事があるのでこれで」
「あありがとうございます」
そう言い残して、大賢者スライムはぴょんぴょんと扉の方へと移動していった。
その姿を見送った後、ベッドの方を振り返ればムーナがステラ様の身体をぶんぶんと揺らしていた。
「おーきーろー!! もう朝じゃぞ!!」
「んぅ……まだ寝ますぅ……ぐぅ……」
「……ダメじゃなぁ」
相変わらずぐーぐーと眠り続けるステラ様。
結構強めに起こされてるのに、びくともしないなぁ。
これはどうしたものかと私も首をひねっていると
「ショコラ」
「ん?」
ムーナが私の方を見て、こちらへ手招きした。
「どうすればいい?」
「わらわは魔法を控えたいからな……こやつを思いっきり抱きしめろ」
「強さは?」
「全力で」
「了解」
腕を回しながら私もムーナのいるベッドへ近づく。
「よいしょっと」
「ぐーぐー……」
「うわぁ、気持ちよさそうに寝てるなぁ」
よだれまで垂らしちゃってるよ。
上半身は既にベッドから離れているというのに、変わらない寝姿に感心すら覚える。
美少女な魔王さんの可愛い姿を堪能した後、私は彼女の腰に腕を回し胸元へと寄せた。
そして……
「起きてくださいステラさまあああああっ!!」
「いだだだだだだ!? なになになに!?」
力の限り彼女を抱きしめると見開いた目と叫び声と一緒に飛び起きた。
「え!? 何ですか!? 暗殺!?」
「初めまして。先ほどあなたを起こしたショコラです」
「あ、どうも……って誰!?」
突然の痛みに飛び起きたら、目の前に謎の女性がいた。
うん、びっくりするよね。怪しさMAXだし。
「こやつはわらわの旅の仲間じゃ。久しぶりじゃのうステラ」
「ん? ……ム、ムムムムムーナ様ぁ!? なんでここに!? 確か死んだはずでは……」
「死んではおらん、封印じゃ!! それが解かれたからここにいるというに……相変わらずお主は」
「あ、あははぁ……」
ムーナの姿にビビり散らし、その場で頭を下げるステラ様。
やっぱり先代魔王は恐ろしいんだ。いや、彼女の場合は自らの自堕落な行いが原因だから仕方ないのでは?
なんて考えていると、ムーナがステラ様の方へと更に詰め寄る。
「自堕落ぶりは悪化、隣国との会談をすっぽかす、おまけに仕事と関係なく不健康な生活を送る……どういうことじゃ?」
「いや、そのー……魔王だし仕方ないですよねっ!!」
「バカ者ォ!! 開き直ったから良い訳じゃないわ!!」
「ひいいいいいい!! ごごごごごめんなさああああい!!」
うわぁ……容赦ない。
これが正当な理由での怒りだとしても、受けたくはない。
「はぁ、全く……」
「えと、ムーナ様がこちらに来たのは何故ですか……? はっ、まさか私に変わって再び魔王の座に……」
「もう魔王になる気はないわ。古い人間が上にいても仕方ないからな。今日来たのは様子見とちょっとした指導じゃよ」
「え、てっきりここまでしたから魔王城を乗っとるのかと思ったよ」
「だーれがクーデターを起こすと言った。まあ確かにいくつか壊しはしたが……」
「え?」
壊した、というムーナの言葉にステラ様が反応する。
「ムーナ様、何を壊したんですか?」
「……」
「ショコラさん?」
「えと……塔の上部を折って、中で滅茶苦茶に荒らしまわって、地面に地下まで通じる穴を開けました……」
「えぇ……マジでクーデターじゃないですか……」
「ま、まぁわらわも少しはしゃぎ過ぎたしのう……」
うん、クーデターだね。
魔族に会いに行くとはいえ、明らかにやりすぎだと思う。
再び元に戻すのに一体どれほどかかる事か……ん?
「あれっ、そういえば壊した物ってどうす……あっ」
「すぅー……」
余計な事に気づいてしまった。
話を止めて両手で自らの口をふさいだがもう遅い。
チラッと横目にムーナの方を見ると、口を開けだらだらと汗を流しながら視線をそらしている。
「……ムーナ様、ショコラ様、現魔王があなた達に命じます」
「「……」」
「弁償してください」
「「はい……」」
裁判長、判決が終わりました。
当然のごとく有罪、大人しく弁償の為にがんばりまーす……
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第12話:一緒に行こう(強引)
「取り敢えずどうやってお金を稼ぐか、だが……」
「やっぱダンジョンじゃない?」
「じゃな」
腕を組みうんうんと唸りながら考えた結果、ハイリスクハイリターンなダンジョンがいいだろうと結論が出た。
あそこなら素材等でかなり稼げるハズ。というか私達はそういう事しか出来ないからね。
「ステラ様、この近くにダンジョンはありますか?」
「ええと、ここから少し北の方に高難易度のダンジョンがありますよ。というかタメで大丈夫です」
「あ、わかった」
「ほう、丁度良いな。それでは行くか」
「あ、待って。まずはムーナの冒険者カードを作らないと。ギルド行こ」
「おお、そうじゃな」
やっぱり冒険者カードはなかったか。500年も前だし仕方ないといえば仕方ない。という事で私達はギルドへ向かう事にしたのだが……
「いってらっしゃいませぇ」
「……待て」
「?」
ムーナが何かを思いついたらしく、不敵な笑みを浮かべてステラの方を見た。
「はえ? な、なんですか?」
「のうステラ、わらわは城の弁償をしなければならない。そうじゃな?」
「はい……そうですね?」
「なのでわらわ達は外に出ようとしている。監視も無しでな」
「……? あー!! まさか逃げ出そうとしてます!? ダメですよぉ!!」
ムーナは何が言いたいのだろうか。
先程から自分の首を絞める発言しかしていない気がするけど。
「そうじゃな、だからわらわがこの国から逃げないよう監視役が必要じゃと思うのだが……」
「ですね!! それもムーナ様とショコラさんを監視できるくらい物凄く強い人じゃないと……」
あ、ムーナが言いたい事が分かった。
「のうステラ、わらわと一緒に来ないか?」
「……」
ニッコリとした笑顔のムーナに対し、ステラは視線をそらし身体を震わせていた。
「え、嫌です……」
「何故じゃ!! どうせ寝て食って遊んでの繰り返しじゃろ!! 少しは働け!!」
「やーだー!! 元魔王が現魔王に偉そうにしてますー!! 城ぶっ壊したのにー!!」
「なっ!! ぐぬぬ……言い訳だけは立派じゃなぁ……!!」
「ふふふ、それに魔王が気軽に外なんて出ちゃいけないんですよー!! ちゃんと許可を取らないといけませんから~♪」
形成が逆転するや否や強気な態度を取るステラ。
気持ちがいい程のドヤ顔っぷりで悔しそうな顔のムーナに対して余裕すら感じられる。
でも城を壊したのは事実だしなぁ……それにステラが偉いのは事実だしそう簡単に連れ出すなんて……
あ、そうだ。
「じゃあ大賢者スライムに許可取りに行けばいいじゃん。二番目に偉いんでしょ?」
「え!?」
「ナイスアイデアじゃ!! ショコラ、こやつを取り押さえろ!!」
「はいはーい!!」
「えぇ!?」
暴れるステラをガッチリホールドし、身動きを取れなくさせる。
そして右腕で抱えるように持つと、そのまま扉へと向かった。
「よーし大賢者スライムに許可を取りに行くぞ」
「やだー!! 反逆罪で訴えますよー!!」
「罪なら弁償し終わった後にいくらでも受けてやるわ。それより、お主が魔王にもなってぐーたらな生活を送り続けているのが気にくわん!!」
「酷い!! ボクはただ自由に生きたいだけなのに……まだ寝たいよぉ……」
「メリハリが無さすぎるのも問題なのじゃよ……ほれ、大人しくしてろ」
「うぅぅ……」
観念したのかジタバタもがいていたステラがぴたりと動かなくなった。
私としてはステラがサボろうがどうでもいいんだけど、なんかこの子面白いじゃん?
ムーナとの絡みも見てて楽しいし、自ら乗っかってみた。
「よく強気に出れるねぇ」
「こういうのはノリと勢いが大事なんじゃよ」
お互いに笑みを浮かべる。
結構無茶苦茶な旅になっているけど、ムーナの言う通りノリと勢いで押し切るのも悪くないなと思う。
~~~
「ステラ様とダンジョンに? 別に構いませんよ」
「ねぇえええええ!!」
お隣の部屋にいた大賢者スライムは、ムーナの提案をあっさりと受け入れた。
「普段から外出許可は出してますし、別にダンジョンくらい行っても大丈夫ですよ。お目付け役も必要ですし」
「う、ううう……」
「魔王らしくダンジョンで実力を示すのも悪くないと思いますよ~」
まあ外で遊び歩いているのなら許可は降りるよね。
大賢者スライムもステラで遊んでいるような気もするし。
「あ、これもサインしないと……と、侯爵様への手紙も……あぁ、これは要望ですか」
というか話しながら書類仕事やってて凄いね。
複数の触手でババババッ!!と書き物をする姿は最早神業である。
「よかったのう、これでいっぱい稼げるぞ?」
「クソババアめ……」
「あ?」
ド直球な暴言にムーナが反応し、お互い一触即発の状態になる。
「こうなったら実力行使だ!! 500年経ったボクの実力お見せしますよ!!」
「ほぉー望むところじゃ!! お主如きに遅れを取るわらわではないわぁ!!」
室内だというのに魔力をバリバリに出し合う二人。
まぁどっかでこうなるなぁとは思ってたよ。ステラもかなり強いだろうし。
「やめなさいっ!!」
「「ぐぉっ!?」」
だけどこれ以上やると更に弁償する羽目になる。
私は二人の額に思いっきりデコピンをかまし、一撃でノックアウトさせた。
「あぁぁぁぁぁ!! ああああああああ!!」
「ぐおおお……頭がぁ……」
「ムーナはまだ無理したらダメ!! で、ステラは戦うとムーナに負担かけるから大人しく従って!!」
「えぇ……ボク何にも悪い事……」
「私、かわいい子が泣く姿が好きなんだぁ……あ、この棒で殴ったら……」
「……わかりました」
よし、これで大人しくなった。
結構強引だったけど、まあいいでしょ。
かなり強めにやったからか未だに頭を押さえ苦しんでいる。
その二人を抱えて、私は部屋を出た。
「お主……ドSのフリでステラを従わせるとは……なかなかやるのう……」
「いや、フリじゃないけど……?」
「え」
「ひぃっ」
一応補足するとそこまで過激なのは趣味じゃない。
魔力切れのムーナが苦しんだ姿に興奮はしていないし本気で心配してたから。
ただかわいい子が泣いている姿が好きなだけ。泣いてる子って感情がぐちゃぐちゃで高まってる状態だからすっごい好みなんだよねぇ……
そんな一面を踏まえて、自分がSなんだろうなぁとは個人的に思っている。
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第13話:いざダンジョンへ
「ほうほう!! これが冒険者カードか!!」
「そうだよ~名前やスキルが全部乗っている冒険者の必須品!」
デモニストのギルドについた後、早速ムーナの冒険者カードを発行してもらった。
冒険者カードは冒険者の情報がのっている身分証明書のようなもの。
ここには名前やギフト、スキルや年齢、
後、詳細を開くと何故か体形の情報までも書いてある。何故か。
「ふむふむ……」
「見てもいいー?」
「ん? よいぞ」
「おおー……これがムーナ様の……」
「ステータスオープン」と唱えるとムーナの情報が空間に表示される。
ーーーーーー
名前:ムーナ
ギフト:魔王
~保有スキル~
・闇魔法強化・極
・闇属性付与
・魔力強化
・魔防貫通
・魔素吸収
・闇魔法無効
・魔眼
・魔王の怒り
ーーーーーー
「……なんか絶対魔法で殺すって意思を感じる」
「魔防貫通って結構えぐいスキル持ってますね……」
「これでもかなり減ったと思うのじゃがのう……昔は近接系のスキルも保有しておったのに」
「この魔眼と魔王の怒りって何?」
「おお、これか? これはわらわ専用のスキルだった筈……」
そう言いながらスキルの文字に触れると詳細な文章が表れた。
【魔眼】
鑑定や威圧、気配察知の上位互換
【魔王の怒り】
闇魔法に浸食を与え更に呪いを付与する
※浸食は魔法ダメージを徐々に与える効果です
「流石魔王だ」
「流石魔王ですね……」
「お主も魔王じゃろうが」
ムーナのスキルは殺意が凄まじい。
ダメージが通りやすい上に、更にじわじわと痛めつけていくといった内容。
こんなの一回でも喰らえば終わりじゃん。
「ふむ……?」
と、顎に手を添えながら自身の冒険者カードを眺めるムーナ。
「このギフトというのはなんじゃ?」
「それは個人の特性のような物……え? ムーナ知らないの?」
「知らんが? 500年前にはこんなのなかったしな」
ギフトを知らない……?
そういえばギフトの歴史ってあまりわかんないけど、ムーナの時代にはなかったんだ。
「あー、ギフトって結構最近現れた概念ですからねー……確か100年前くらい?」
「え、そうだったんだ……」
「そうなんですよー。当時は人間だけギフトを調べたり研究してたみたいで……途中から他種族から色々突っ込まれて今に至るというか……」
「へー……人間が独占してたって変な話だね」
一応私が生まれる前には存在してた……とはいえ100年何て魔族からしたら最近だろう。
ただ人間だけが調べてたって言うのも不可解だ。まるでギフトが人間の為に表れた存在のような……いや、それは考えすぎか。そもそも何の為にって話になるし。
「他には何か知らんのか?」
「ボクが知っていると思いますかー? 大賢者スライムにでも聞いてください」
「500年間なーにをしてたんじゃお主は」
「昼寝と夜遊びとその他諸々」
「ダメ人間のオンパレードだ……」
まぁ知識面でそこまで頼りにしてないからいいけどさ。
ただ生意気な態度にムーナはむっとしたらしく、ステラの鼻を軽くつまんでいた。
「ま、考えても仕方ないしダンジョン行こっか」
「そうじゃな」
「あ、ボクはお腹が痛いので……」
「おーそうかそうか……ショコラよ、ステラがお腹痛いそうなんじゃが……」
「あー治っちゃいましたねー!! 不思議だなー!!」
「一応言うけど聖女の前で仮病は効かないからね?」
明らかに嫌そうなステラを(無理やり)引きつれ、私達三人はダンジョンへと向かうのだった。
~~~
「そういえばステラって何が出来るの?」
「あぁ、こやつは罠魔法がメインじゃな」
「ですね~何もしなくても相手が勝手に死ぬので楽です」
魔素の濃い森に存在するダンジョン、私達はそこの中層を目指していた。
なんでもそこに生息するモンスターがかなりレアな素材を出すのだとか。
レアって事は周りのモンスターもかなり強い証拠だけど……まぁ聖女一人に魔王二人なら何とかなるでしょ。
と、楽観的に考えていた所でモンスターと遭遇する。
「んー? あぁデビルウルフですか……」
「ギャウッ!!」
「引っかかりましたね?」
「ッ!?」
勢いよく飛び出したデビルウルフが、突如地面から現れた植物のつるによって縛り上げられる。
恐らく事前にステラが仕掛けていたのだろう。
「おお、一瞬で動きを……とあー!!」
動こうとしても僅かに手足の先がピクピクと震える程度。その隙に私は杖で身体をグシャッと叩き潰した。
完全に死体と化した事を確認すると、私はデビルウルフの身体を解体し素材と魔石を回収する。
「手馴れてるのう」
「んー? まあ前のパーティだと素材回収も私の仕事だったからねぇ」
前のパーティでは雑用は私の仕事だった。正確には押し付けられたんだけど……ただそれらをこなして行く内に一通りの事は出来るようになっていたのだ。
「綺麗に取りますねえ……これなら高く売れますよ!」
「えへへ、ありがと。ステラが動きを止めてくれたおかげだよ。綺麗に倒せた」
「ふふーん、これでも魔王ですからね!」
「ステラの罠魔法は強力じゃからな……人間達が下手に魔族の土地へ攻められなかったのも、大量に罠を張り巡らされてたからじゃし」
流石は元幹部で現在の魔王だ。
攻める側からすれば大量に罠がある場所に行くのはリスクが高いだろうし。
人間といざこざを起こした魔族の国が今も存在するのは、ステラのおかげかもしれない。
「ん? 何これ?」
「大きな岩……ですかね?」
と、先へ進んでいると巨大な岩に道を阻まれた。
「かなり魔素が濃いのう……妙な呪いと封印が掛けられておる」
「うーん……ディスペルが効かない。浄化しきれないんだ」
ムーナが岩に触れようとするとバチッという音と共に手が弾かれる。
私も聖女の力で浄化を試みるが、一瞬綺麗になったと思いきやすぐ黒いモヤに包まれてしまう。
こんなのムーナと出会った場所でもあったなぁ。
「ショコラさんでも解呪出来ないとなると、ここは引き返すしか」
「よし、殴るね」
「え?」
だったらやる事は同じ。
聖魔法を込めて思いっきり殴る!
「すぅー……ハアッ!!」
思いっ切り振りかぶり、勢いのある右ストレートが岩に直撃した。
ピシッ!!
ガラガラガッシャーン!!
「よしっ!!」
「なるほどのう、これで扉と水晶を……」
「え、えぇ……」
岩は拳を受けた瞬間、真っ二つに崩れ落ち、防がれた道を顕にした。
その一部始終を見ていたムーナはうんうんと感心し、ステラは何故かドン引きしていた。
「な、何で拳で解呪出来るんですか? 本来岩が壊せないように呪いがかかっているのに? あれ、ボクおかしい事言ってる?」
「ちなみにわらわの封印をぶっ壊したのはショコラじゃ」
「なーんでムーナ様の封印が解かれたのか分かんなかったけど……そういうことですか……」
乾いた笑みを浮かべるステラ。
信じたくないけど信じるしかないと、そういった感じだろう。
「魔法じゃないんですか……?」
「えーと、多分魔法と素の力の融合技かな?」
「ますます訳が分かりませんよぉ……」
と、言われてもねぇ。
私も原理を考えたことがないから上手く説明できないんだ。
できるからできる、それだけの事です。
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第14話:ダンジョンの番人
「あっ、あれは!!」
「宝箱じゃないですかー!! しかも三つ!!」
岩をどけた先の空間には、なんと宝箱が三つも置いてあった。
呪いで封印するほどの物が眠っていたのかな? とりあえず城の弁償にはぐっと近づけるかも!!
「こんなあっさりと行くものかのう……ん?」
ステラと一緒に宝箱へ駆け寄ろうとした時だった。
天井から巨大なモンスターが落ちてきて、私達の前に立ちはだかったのだ。
「シャアアア……」
「キ、キングリザードだ……」
「ダンジョンの番人……」
長い舌をしゅるりと出して、こちらへ近づいてくる赤色の大トカゲ。
キングリザードはダンジョンの番人として有名なモンスターだ。獲物を執拗に追い詰め、その長い舌で素早く捕食し胃液で何でも溶かして吸収してしまうという……
と、まあ色々と恐ろしいモンスターではあるが
「ショア!?」
「あ、そこ三つくらいトラップあるから気をつけて下さいねーって言っても遅いか」
足を踏み出した瞬間、地面から蜘蛛の巣が現れキングリザードを包み込む。
おまけに先ほどのつるやネバネバとした粘液もセットでキングリザードに絡みつき、動きを完全に封じ込めてしまった。
「とあー!!」
で、動けなくなったタイミングを見て私はキングリザードの頭をグシャッと叩き潰した。
「相手が悪かったのう、相手が」
「一応魔王ですからねーショコラさんもかなりお強いですし」
「へへ、ありがとっ」
こちとら魔王二人+怪力には自信がある聖女だ。
その辺のモンスターの一匹や二匹、なんてことはない。
さっさと宝箱を回収して帰ろう。
ザッザッザッ!!
「ん!?」
「騎士さんがいっぱい!?」
「落ち着け、奴らに魂はない……となると術者がいる筈じゃな……」
突然壁が崩れたかと思えば、鉄鎧に身を包んだ騎士が大量に出現した。
無機質で何もしゃべらない、ただ私達の方へと徐々に向かってくる姿は不気味だ。
そしてある程度騎士が出終わった時、見覚えのあるモンスターが姿を見せた。
「キングリザード……!?」
「しかも三匹もいますよ!!」
先程の大トカゲが三匹も。しかもよく見れば魔法陣を展開して新たな騎士を召喚していて……
「待って、キングリザードってこんな事出来たっけ!?」
「あー多分魔素が濃いので変異したのかなーと……」
「ええええ!?」
「うろたえるな!! 落ち着いてやればわらわ達で倒せる!!」
三匹のキングリザードが私達の周りを取り囲むと、やがて奇声を発しそれを合図に騎士達が突撃を開始した。
「へへーん!! トラップに引っかかってますねー!!」
「こいつら重そうだけど結構軽いね!!」
「数がいても弱くては意味がないわっ!!」
それぞれの得意分野で騎士達を蹴散らしていく。
正直足止めにすらなってないんじゃない? まあウザイのはウザイけどさ。
なーんて楽観的に考えながら対処をしていると。
「シャオッ!!」
「はっ!?」
キングリザードが自慢の舌で騎士達を捕まえ、そのまま私達の方へとぶん投げたのだ。
「うわああああああ!? 大砲みたいに飛んできましたぁ!?」
「ちぃ!! 速度があってはわらわの魔法で対処が出来ん!!」
一応トラップや魔法で防いではいるものの、ちょこちょこ取りこぼしがある。
というか結構痛い!!
勢いよく投げ出された騎士の塊はそれなりの衝撃があり、私達に重いダメージを与えた。
しかも残りの二匹も真似するように投げてるし。
このままではマズいと、回復魔法を使いながら盾を構え、二人に呼びかける。
「壁の角に行こう!! 私の盾で正面は防げるから!!」
「う、うむ!!」
壁に背を向け、攻撃を受ける方向を正面だけに絞らせた。
しかし、これで状況が良くなるかと言えばむしろ悪化している。
壁に背を向けるという事は逃げ場所を失うという事なので、実はかなり追い込まれた状況だ。
「ヘルフレイム!!」
ムーナが隙を見て魔法を放つ。しかし、
「シャア!!」
「なっ……」
キングリザードは炎を吐いてヘルフレイムを相殺……は出来なかったが威力を下げた。
それなりの勢いでムーナの魔法が直撃したのだが、キングリザードは平気そうな顔をしている。
「嘘!? ムーナ様の魔法が効かない!?」
「ちぃ、こやつら防御が上手すぎる!! 外皮が頑丈なのもあるが、わらわの魔法を弱めるなんて判断は並のモンスターじゃ出来んぞ!!」
魔防貫通のスキルがあるにも関わらず、魔法が防がれてしまった。
「くっ……」
絶え間なく続く、ガンガンと投げ飛ばされた騎士が盾にぶつかる音。
騎士自体の対処は私が足で蹴飛ばしたり、ムーナが魔法を使ったり、ステラのトラップで何とかなる。
だが肝心のキングリザードはどうしようもない。
攻撃をしても上手いように攻撃を防がれてしまうのだ。
最早絶望的か……?
(いや、待てよ?)
あいつらムーナの魔法は炎を吐かないと防げないのでは?
外皮が固いのならそれに頼ればいいのに、そうしなかったのはムーナの魔法で致命傷を負うと判断したから。
ならば、攻撃の隙さえ作れば!!
「ムーナ!! ヘルフレイム程じゃなくていいから魔法でキングリザードを牽制して!!」
「了解じゃ!! ダークネスショットォ!!」
ムーナが闇の魔力を込めると、雨あられのように闇の塊がキングリザードへと降り注ぐ。
だが、威力が弱いせいで致命傷とまでは行かない。それでも全くダメージがないわけではなく、キングリザード達の動きが徐々に鈍くなっていた。
恐らくスキルの【魔王の怒り】により、呪い効果が付与された為だろう。
「今だっ!!」
一匹のキングリザードに狙いを定め、杖先をかぎ爪に変化させたチェーンロッドを伸ばす。
キングリザードはチェーンをかわそうと横方向へ逃げるものの……
「キシャッ!?」
「トラッパーリキッド……ネバネバで動けませんよね?」
「ステラないすぅ!!」
いつの間にか仕掛けていたネバネバのトラップに足元が捉えられる。
キングリザードは動く為にネバネバに向けて炎を吐こうとする……が少し遅い。
チェーンが既に巨体を回り切り、ガッチリと拘束していたのだ。
「いくよーっ!! そーれっ!!」
拘束したキングリザードを思いっきり引っ張り上げ……こちら側に寄せた。
「ちょ!? なんでこっちに寄せるんですかぁ!?」
「大丈夫だから!! 取り敢えず二人は空に飛んでいて!!」
「ん? ……なるほどのう。おいステラ!! 早く飛ぶぞ!!」
「え? は、はい!!」
ムーナは多分私のやる事が分かったみたい。
二人が空に飛んだ事を確認すると私はキングリザードの尻尾を掴んで持ち上げて……
「おりゃああああああああ!!」
「キ、キングリザードをぶん回したぁ!?」
ぶんぶん回転しながら振り回し、周りの騎士達やキングリザードを吹き飛ばした。
「「キシャッ!?」」
「くらええええええええ!!」
まるで投げ縄のように振り回されるキングリザードの姿に流石の二匹も動揺している。
まあ誰でも驚くとは思うけどさ。
勢いのままキングリザードを目の前の一匹に向けて手放すと、ドガーンという音と共に激突して気絶してしまった。
「どうよ!!」
「ええと……何ですかあれ」
「これがショコラじゃよ」
「あんなの聖女じゃなくて蛮族じゃないですか……」
「ば、蛮族……」
言いたい事はわかるけどさ!!
私だって女の子なんだから、野蛮な異名は付けられたくない。
けど取り敢えず形勢逆転。
これから最後のお掃除といきますかー!!
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第15話:まさかの事実
「さて、これで戦いやすくなった!!」
私はまだ元気なキングリザードに向けて突撃を開始する。
キングリザードも反撃するために自慢の舌を私に向けて伸ばしたのだが
「甘いわっ!!」
「キシャッ!?」
ムーナが魔法で横やりを入れたことで動きが鈍る。
先ほどまでとは違い、今は1VS3の状況。
つまり楽に倒せるってこと。
「よし、さっき見たこれでっ……!!」
「メイス?」
私は杖先を騎士が使っていた棘付きのメイスに変化させる。
重い一撃が出せて、取り回しが良さそうだと思ったからだ。
「とりゃああああ!!」
キングリザードの懐に入り、顎に向けて思いっきり振り上げる。
「ギジャア!!」
メイスの重い一撃が顎を砕き、脳を振動させ、その巨体を宙に浮かせた。
「たった一撃であんなに……」
「ムーナ!! 後はお願い!!」
「任せよ!! ヘルフレイム!!」
宙に浮いたキングリザードをムーナが燃やし尽くす。
身体が一瞬で灰と化し残されたのは少し大きめの魔石だけだった。
「残りの二匹もやるかのう……よいか?」
「あ、それなら私がやるよー!! 素材とか回収したいし!!」
気絶している二体の元に行き、頭を的確にメイスで叩き潰す。
うーん、大物モンスターがこんなに。
これはかなり稼げちゃうかも?
「うわああああああ!! 宝箱の中身凄いですね!!」
「あぁ……これならすぐにでも弁償できそうじゃ!!」
一足早く宝箱を開けたらしい二人。
何が入ってたんだろう……気になる。私は解体を後回しにして二人の元へと行く。
ほんとは先にやんないといけないけど、頭を叩き潰したから大丈夫でしょ。
「んー? おおおおおおお!!」
そこにあったのは光り輝く財宝の数々。
一つ目の宝箱には希少な貴金属類が。
二つ目の宝箱には聖なる魔力が込められた光り輝く槍と弓が。
三つ目の宝箱には紅に輝く大きな宝石が。
どれもかなり貴重な代物だ……!!
「どうします? どうします!?」
「うーん……全部売ろう!! そしてお金をいっぱい手に入れよう!!」
「賛成じゃ、この中にある物でわらわ達が使えそうな物はないからな」
「ですね~……あーこれ全部売れば何回カジノに行けるんですかねぇ」
「お主の場合一瞬で溶かしそうじゃがな」
「酷!? これでも大賢者スライムにお小遣い管理されてるんですよっ!!」
「それ、信頼されてない証拠じゃん……」
取り敢えず全部売っても問題はないと思う。
二番目の宝箱に入っている物も私が使えそうで使えないし。
「さーて、アイテムボックスにまとめるよー」
「はーい……ん?」
「ん?」
宝箱の中身をぽいぽいとアイテムボックスに入れていく。
その時である。
「キシャア……」
「え」
急にヌルっとしたものに掴まれたと思えば、一瞬で引っ張り出され辺りが真っ暗になった。
「ショコラさんが食われたぁ!?」
「ええい!! あのトカゲまだ生きておったのか!! もう一度……」
「ダ、ダダダダメですよ!! ショコラさんごと消し済みになりますよ!?」
「ぐぬぬー!!」
あ、私食われたのか。
どうりで周りがベトベトしてて暗いと思った。
しかし、どうしようか。
このままだと飲み込まれそうだし、後なーんか臭くて汚い……
「ええい、さっさと出せっ!!」
取り敢えず思い切り口の中を殴る。
しかし、ビクッとしただけであまり反応がない。
よーしこうなったら!!
「オラオラオラオラァ!!」
ひたすらに殴り続ける。
連打に連打を重ねるとやがて口内の揺れが激しくなり、そして
「ゲボォ!!」
「うわぁ!?」
汚い胃液と共に、外へと吐き出された。
「ムーナ様!! 今です!!」
「おう!! ヘルフレイム!!」
吐き出されたタイミングを逃さず、ムーナがキングリザードを焼き払う。
うう……凄く変な匂いがする。
魔石になったのは確認したし取り敢えず綺麗にしよう、と自らにリフレッシュをかけ汚れを完全に消し去った。
「災難じゃったな」
「あはは……私の確認ミスだよ」
本当にそれ。
頭を潰したから大丈夫!! と油断した結果がこれだ。今度からちゃんと死んでるか確認しよ……と初心者に教えるかのように自分へ言い聞かせる。
「ひゃっ!! ショ、ショコラさん……その」
「ん?」
振り向けば何故かステラが恥ずかしそうな顔で私を見ている。
なになに? この状況でそんな気分になるの?
なーんてくだらない事を考えていたのだが。
「服……溶けてます」
「え?」
自分の体を見る。
そこには至る所が溶けて破れ、ボロボロになった服の姿が。
足元はスカートだから元々布面積が少ないので良いとして問題は上半身。
それなりの大きさを誇る私の胸元が破け、いわゆるツンとした部分を……
「ひゃああああああ!?」
思わず手で覆い隠す。
同性しかいないけど、こんな格好で外にいるなんて恥ずかしすぎる!! 最悪!!
「ほれ、これでも羽織っておけ」
「あ、ありがとうムーナ……」
ムーナから黒いローブを渡され、全身を覆う。
「次からは気をつけるのじゃぞ」
「うん……」
「えーでもムーナ様ぁ、ショコラさんに熱い視線を送っていたのは一体……」
「ん、んな変態みたいな事せんわ!!」
「何でちょっと動揺してるの。後、顔赤い」
わかりやすっ。ムーナって意外とムッツリだったんだ。
まあ私って体型はそこそこ整っているから、見たくなる気持ちも分からんでもない。
胸の大きい人とか見かけるとチラ見しちゃうし。
「と、とりあえず外で服買お!! いつまでもこんな格好で歩くのヤダ!!」
「これがきっかけで露出に目覚めたり……」
「しないから!!」
そんな変態になってたまるか!!
いつまでも今の状態は恥ずべき事だと自らに言い聞かせ、私達はダンジョンを後にした。
〜〜〜
「な、なんだこの素材!? 本当に売ってもらえるのか!?」
「ええ、勿論です」
「ありがてぇ……!!」
街中に着き、私達はギルドの買取窓口で素材の売買を行った(勿論先に服は買って着替えている)
やはりというか、かなりの値打ちが付いたらしく受付の人もかなり喜んでいた。
私達も高く売れそうで嬉しい。
「いやぁ高く売れてよかったですねぇ。そうだ、この後飲みにでも行きませんか!? 奢りますよ!!」
飲みかぁ。そういえばデモニストの食事ってどんなのか知らないや。
ちょっと楽しみ。
「ほう、随分と太っ腹じゃのう」
「働いた後はパーッとするのが一番ですし!!」
「普段働いてない癖に」
「うぐっ」
事実をドストレートに刺す。
まあ今回のダンジョン探索では(無理やりとはいえ)ステラはかなり活躍してくれた。
これくらいにしておこう。
「まあ奢ってくれるならありがたい。よろしく頼む」
「私もお願いしていいかな?」
「勿論ですとも!! あ、そうだ」
「ん?」
うなづいた後、何かを思い出したように口を開くステラ。
「ボクの彼女も連れて来ていいですか? もうすぐ仕事が終わると思うので」
「あぁ、一人くらい構わ……待て、今なんと?」
ん? 私も聞き逃さなかったぞ?
「ですから彼女です!! ボクの恋人!!」
「はあああああ!? ス、ステラに彼女じゃとお!?」
「えええええー!! ステラって恋人いたの!?」
「えへへ……はい」
顔を赤くし俯きながら頷くステラ。
あ、これガチの反応だ。
恋する乙女の顔してるし、女の子がいっちばん可愛い瞬間を出してるし……!!
「まさかステラを世話するヤツが現れるとはのう……」
「え、そこなの?」
「と、とりあえず!! 換金が終わったら彼女の元に行きましょうっ!!」
「あ、あぁ……」
「う、うん……」
まさかステラに恋人がいたとは。
そっちの衝撃が強すぎて同性と付き合っている所に突っ込めなかった。
人は見かけに寄らないとは、こういう事なんだろうなぁ……
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第16話:愛しい人
「こっちですよー!!」
「あ、うん……」
ステラに連れられるがまま、街中を歩く。
知り合いの彼女に会うってこんなに緊張するものだったんだ。まるでお見合いを間近にした母親のような気持ち……
「しかし、ステラに彼女が出来るとは……」
「やっぱり意外?」
「一生ボクの世話だけしてほしいーとか言うヤツじゃぞ?」
「あぁー……」
ダメ人間の理想は高すぎる。
自堕落で甘やかされたいステラに出来た彼女。一体どんな人なんだろう……
「あっ!! エメさーん!!」
「ん? おぉステちゃんやーん!!」
ステラの姿を見た途端、駆け寄って抱きしめるポニーテールの女性。
この人がステラの彼女?
なんというか結構サバサバしてそうな明るい人。甘やかし系かと思ったけど意外だった。
「あ、こちら元上司とそのお仲間さんです!!」
「ムーナじゃ。500年前に魔王をしておった」
「ショコラです。その魔王を解放しました」
「おお、なんや結構濃いお仲間さんやな……ウチはエメラルっていうねん!! よろしく!!」
凄くいい人って感じがする!!
パーティに一人いたら嬉しいムードメーカー的な存在。
こういう人が前のパーティにいてくれたら色々かばってくれたのだろうか……
「えーと、エメラルとステラは……」
「はい……えへへ」
「ちょ、もう言ったんか……恥ずかしいから、あんま広めんといてーやぁ……」
「とか言いつつ、嬉しそうじゃないですかぁ♡」
「そりゃあ、ステちゃんに会えたんやしぃ♡」
すごい。すっごいバカップルだ。
見てるだけで吐き気がするレベルで甘い。なんか周りにハート見えそうだもん、ていうか一瞬見えた気がする。
「あ……わわ……ひゃあ……」
「あれ? ムーナこういうの苦手?」
「苦手な訳!! な、ない……ない……!!」
顔を真っ赤にして、うぅ……と顔を俯かせるムーナ。
苦手なんだろうなぁと思いつつ顔を手で隠し、指の隙間からチラッチラって二人を見てた。ムッツリじゃん。
「と、とりあえず飲む話を……」
「ああ!! そ、そうですね!! どうですかエメさん?」
「んー? ウチは仕事終わったとこやし全然えーよ。お二人さんは?」
「私は大丈夫」
「わ、わらわもじゃ……」
「よーし!! では行きましょう!!」
〜〜〜
「かんぱーい!!」
カーンッとグラスの音が気持ちよく響き渡る。ここはどこかの店。
お酒はもちろん食事のバリエーションも豊富らしく、食べる前からワクワクしている。
「で、ステラとエメラルはどこで出会ったの?」
「うふっ、いきなりそこかいな……まあええけど」
「えっとですねぇ。エメさんが仕事をしてた偶然出会って……」
「そうそう。ウチが聖騎士として魔素の浄化のお仕事をしてたら、なんやちっこい魔族がおるなぁって……」
「ほぉ、エメラルは聖騎士か」
「せやでー、結構意外に思われるけど……ほれ」
「わぁ……本物の聖剣だ」
エメラルがアイテムボックスから取り出した細長の剣。聖属性の魔力を感じるから間違いない。
「んで、ステちゃんと話してたら結構気があって」
「はい。それで……私から告白を……」
「おおー……いいねぇ」
「せ、青春しておるのう……」
「ま、まあな……ウチもステちゃんの事……好きやったし」
三人とも照れちゃって、可愛いなぁ。
「えー二人はどこまでいったのー?」
「ショコラよ? それは聞きすぎではないか?」
「あ、えーと……お互いの心と身体を……その……」
「わー!? 馬鹿正直に言わんでええねん!!」
「な、ななななな何をしてるんじゃお主ぃ!?」
あ、最後まで行ってる感じね。
その熱さは朝から夜までずっとということ。
……カップルって凄い。
「えーでもショコラさんとムーナさんも付き合ってるんじゃ?」
「え?」
「おい、何故そうなる」
「だって大賢者スライムから魔力供給を……」
「ぶっ!?」
「な、何故それを!?」
え!? あれステラも知ってたの!?
確かに大賢者スライムは知ってたけど、まさかステラにまで伝わるとは……
私としても結構恥ずかしい思い出だから忘れたいのにぃ!!
「魔力供給? あー……お二人さん結構大胆やな……」
「いや、そのね!? あんまりにもムーナが苦しそうだったから……つい」
「そ、そそそそうじゃ!! ショコラはわらわを思って助けを……!!」
「でもお二人とも顔が赤いですよ?」
「「キスしたら誰でもそうなる!!」」
ぜぇぜぇと言いながら断固抗議を行う。
恋愛話になるとやけにステラが強い気がするなぁ。ムーナもさっきから気力がごっそり削られたような顔をしているし。
「えー? そんなに恥ずかしがりますかねぇ? エメさーん?」
「んー? どういうことやー?」
「んっ……」
「「え!?」」
ステラが唐突にエメラルを呼んだかと思えば、振り向いた顔に近づいて互いの唇を重ね合わせた。
「わ、わぁ……」
「あわわわわ……」
唇が重なり合う音が聞こえる。
み、見世物でも見てるのかな?
そこまで深いキスでは無いのに、お互いのとろんとした表情がやけに色っぽく見えてしまう。
「ぷはっ……どうですか? ボクはそこまで恥ずかしくないですけど……」
「んっ……こーらっ!! 外ではあかんって言うたやろー!?」
「えー、でも物陰とかでいつもコッソリしてますしー……」
「それはそうやけど!! ここはお店やで!!」
「はーい、ごめんなさーい」
なんて淫乱なんだ……
こんな人目のあるところでキスをするなんて大胆すぎる!!
ステラの意外な一面を見てしまった……
「ステラって……」
「ああ……まさかあそこまで振り回すとはのう……」
「ムーナは知ってたの? ステラが結構大胆な事」
「し、知らん……何も知らん……」
……何か知ってるな。
目を逸らしたし、頬も赤らんでいるし。
これまでのムーナの反応から察するに何かエッチな一面でもあったのだろう。
ただ追求した所で知らん知らん!! と騒いで誤魔化すと思うので、今は黙っておく。
「さて!! お料理も来たので食べましょうー!!」
「ステちゃんは凄いなあ……切り替えが早すぎる」
「んー? なんの事ですかー?」
「いや……もういい」
ああ、普段からこうなんだろうな……
エメラルも苦労してそうだ。
「おー……唐揚げだ。美味しそう〜」
「これは何じゃ?」
「それはサラマンダーの竜田揚げですねー……癖も少なくて
美味しいですよ」
「おおー!! デーモンスネークのスープや!! これめっちゃ美味いんよなあ……」
「エメさんそれ好きですよねー。ボクは少し苦手です……」
一悶着あったが、私達は並べられていく料理にすぐ夢中になり、本来の目的である飲み会が始まる。
ちなみに料理はどれも美味しかった。
この辺の料理店に詳しいエメラルのオススメという事もあり、かなり満足のいく内容。
また機会があれば来たいな〜!!
〜〜〜
「んー!! いっぱい食べたねー!!」
「ああ……デモニストの料理がここまで進化しておるとは……流石じゃ」
飲み会の後、私達はエメラルに紹介された宿屋に泊まる事になった。
二人一つの部屋で何故かダブルベッドだったけど。
「いい国だね……」
「ああ……わらわは幸せじゃ」
「楽しい?」
「勿論」
「ふふっ」
ムーナが楽しそうならよかった。
色々問題は起きたけど……それ含めて満足ならよし、かな?
「ステちゃん……」
「エメさん……」
「「ん?」」
壁の近くにいたからか、はたまた薄いからか。隣の部屋からステラとエメラルの声が聞こえる。
「ちょっと聞いてみよ」
「ばっ……よくないじゃろ」
「いいってー面白そうじゃん」
「……確かに」
なんだかんだでノリノリなムーナと共に壁に耳を当てる。
「「っ!?」」
が、次に聞こえたのは、何かがきしむ音や激しい水音。そしてやけに甲高い二人の声。
もしかして……
「エ、エッチな事だ……」
「な、なななな何をしとるんじゃあ……!!」
まさか隣で発情しているなんて!!
大胆なのは知ってたけど、ここまで行くとは……
盗み聞きとはいえ、こちらの身にもなって欲しいなぁ!?
「「……」」
で、問題は私達。
隣ではやらしい音がして、こちらも少しもんもんとしてしまって。
((ヤバい……あの時のキスを思い出しちゃった……!!))
しかもそれが原因でムーナとキスをした時の事が蘇った。
お互い顔を背けて、頬を赤く染めている状態。
つまり、めっちゃ気まずい。
どうやら穏やかな夜は送れなさそうだ……もぉ、二人とも何してんのさぁ!!
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第17話:ベッドで二人
「ど、どうするのじゃ……」
「と、とりあえず寝ない? もう遅いし」
「うむ……そうじゃな」
誤魔化すようにベッドに入ろうとする。
だが、
「「あ……」」
寝室に用意されていたのは、ダブルベッド。二人で一緒に寝る為のものだ。
あんな場面を聞いて二人一緒で寝るなんて想像したら……淫らな妄想が過ぎり、それらを頭から追い出すようぶんぶんと首を振る。
「な、何か変な事考えてない……?」
「お主こそ!! そう言うお主こそ変な事を……」
「仕方ないじゃん……あんなの聞いちゃったらさ……」
「む、むぅ……」
変に意識するのは何故だろう。
魔力供給という名のキスをしたから?
恋人同士である二人の熱い場面を見たから?
それともお互いが一つになる場面を聞いたから……
いや、全部だね。
これらを得てなんの事ー? って平気な面構え出来る方がおかしいと私は思う。
「まあ寝たら忘れるよ、きっと」
「そうだとよいな……」
「おやすみ、ムーナ」
「おやすみなのじゃ」
色々考えたって時間が過ぎるだけ。
布団に入りさえすれば、眠気も襲って自然と朝が来るはず。
やや緊張した動きで私達はベッドへ入り、ゆっくりと目を閉じていく。
「「……」」
暗い部屋に訪れる静かな時間。
木のきしむ音や布が擦れる音がいつも以上に耳へと入り、雑音として脳内で処理されていく。
「っ……ぁ……」
「「っ!!」」
その雑音の中に、私達ではない微かな声が入り込んだ。
甲高くやけに色気の含んだ声。
それは僅かな瞬間だったが、脳に焼き付けるには十分。
声が頭の中でループし続け、記憶と共にぐるぐると駆け巡る。
((眠れるわけ無い……!!))
と、まあこんな状態で眠れる訳もなく。
睡魔が訪れるどころかむしろ覚醒してしまう。
何であんな事しちゃうのかなぁ……!!
もう少し謹んで欲しいと思いながら、記憶に存在する艶かしい声の誤魔化しをするべく寝返りを打った。
「「……」」
どうやらムーナも似たような考えだったらしい。
私が寝返りを打ったタイミングで、ムーナもこちらを向いたのだ。
暗がりの中で微かに輝く金色の瞳。
状況が状況だからか私は見惚れてしまい、鼓動が少しだけ早くなるのを感じた。
「……寝れない?」
「あぁ……あんなのを聞いたら、な」
「だよね……」
意識しなくてもしてしまう。
感じたくなくても感じてしまう。
困惑と緊張を引き起こす状況で、眠れる訳が無かった。
「ねぇ……お互いギュッてしない?」
「っ!? お、お主……奴らにあてられすぎじゃぞ……!?」
「ち、違うよ……その、何かを抱きしめると眠りやすいって聞いた事があるから……」
「そ、そうか……」
意地でも寝たいと思って捻り出した策。
何かに包まれたり温もりを感じると人は眠りやすい……らしい。
「後、ムーナって暖かそうだし……」
「んぅ……そ、それを言うならショコラも……」
「あはは……で、どうする?」
「物は試しじゃ……ん」
「ん……」
お互いに近寄り、優しく抱きしめ合う。
暖かくて柔らかい、桃のように甘い香りが漂っているムーナの身体。
密接したからか、彼女の小刻みな鼓動がダイレクトに響いており、それが眠気とは違うふわふわとした気持ちにさせる。
「はぁ……」
「っ……」
身体にかかる吐息にビクッと反応してしまう。
全身でムーナという存在を感じ取り、自らの鼓動と熱を激しくさせていく。
「眠れるか?」
「わかんない……でも、安心はする」
「……そうじゃな」
温もりによる安心感。
それがどこか心地よく、私にとっても悪い時間じゃないと思わせた。
なんだろう、この気持ちは。
じわじわと沸き立つ感情に、幸せが満たされていく感覚。まだ出会ったばかりの彼女に抱いてるこの名前はなんだろう?
目をつぶりながらムーナへと意識を集中させ、答えを見つけようとする。
「……ぁ」
「……ぅ」
ただ同時に眠気も襲いかかる。
後もう少し、もう少しなのに。
ボーッとしていく意識の中、私は包まれた幸福を言葉にしたかった。
「ム……ナ……」
そして意識がもうすぐ途切れると感じた瞬間だった。
「す……き……」
僅かな気力で口を動かした後、それを合図にしたかのように睡魔が私を支配し、そのまま眠りについた。
〜〜〜
「……ぇ?」
鳥のさえずりが耳に入る。
ゆっくりと目を開け柔らかな感触に視線を移すと、そこにはすやすやと気持ちよさそうに眠るムーナの姿があった。
「あー……そっか、私がギュッてしようって……」
あまりに淫らな雰囲気だったから、何とかして寝ようと私が提案したんだ。
初めはお互い緊張してたけど、段々心地よくていつの間にか意識が無くなって……
まあちゃんと眠れたんだしいいでしょ。
「……あ」
ふと蘇ったあの言葉。
僅かな意識の中、高ぶる気持ちを形にしようと捻り出した……好きという思い。
(え、待って……ムーナに聞かれてないよね? え? え?)
自らが口にした言葉に顔を熱くする。
別に告白とか恋愛的な意味とかそういうのでは無い。
もっとこう、思いの全てを表したかったというか、そこまで深い意味はないと言うか……
「ん……もう、朝か?」
「っ……おはよ、ムーナ」
「あぁ……おはよう」
私が動いたからかムーナも目を覚ました。そしてゆっくりと私の方へと視線を移し、自らがどういう状況であるかを再認識した後、
「っ!! わ、わわわわ……!!」
恥ずかしそうな声と表情で私から離れていった。
「そ、その……昨日はよく眠れた?」
「うむ……おかげさまでな……」
「そ……ならよかった」
無理やり平静を保つ。
そもそも私が考えすぎなんだって。
友達同士でも好きって言い合うことあるし別に変な事じゃない。
それに……多分ムーナは聞いていないだろうし。
「とりあえずステラ達の所に行こっか……起こさないと一緒あのままだと思うし」
「あぁ……」
エメラルはともかく、ステラは起こさないと夜まで寝ていそうだ。
ムーナとしてもステラの生活改善をしたいと思うので、私は着替えやらなんやらの準備を整えた。
(でもムーナ……凄く可愛かった)
昨夜、全身で感じ取ったムーナの全てに私は愛おしいと感じ、その温もりを忘れる事はなかった。
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第18話:二つ目の依頼
「「……」」
朝、ステラとエメラルがいる寝室にお邪魔すると、やけにツヤツヤな二人が眠っていた。
いや、服はちゃんと着てるんだけどさ? 布団がやけに乱れてるし妙な臭いもするし……
やっぱやりやがったな、こいつら。
「ん? おおお二人さんおはよう……ほら、ステちゃん起きないとあかんで」
「えー……キスしたら起きる」
「もぉ、しゃあないなぁ……ん」
「んー……♡」
無言で睨む。
いや、イチャつくのは別にいいんだけどさ。仲が良いのはいい事だし。
ただ、ね?
それを人のいるところでやるのは勘弁してほしい訳ですよ。
「ん? どうしたんですかー?」
「険しい顔しとるなぁ?」
「お……」
「「?」」
「お主らのせいじゃあああああああ!!」
「うえぇ!?」
流石にムーナも思うところがあったらしく、二人からしたら理不尽にも捉えかねられない怒りを顕にした。
「どうどう……えーと、かくかくしかじかでね? うん……」
「あっ……」
「えーと、聞こえてました?」
「ちょこちょこ色んな音が入っておったわ……!!」
「「……すみませんでした」」
その場で深々と土下座する二人。
確かに仲が良いのはいい事だ。ただしその関係を密な感じで表現し、我々に迷惑をかけるのは流石にお控えいただきたかった。
ストリップ劇場を見ているような気分だったよ。行ったことないけど!!
「取り敢えず朝ごはん食べない? 二人とも出会って間もないし、これからお互いの認識をすり合わせて頂ければさ……」
「そ、そうですね……」
「二人ともすまんなぁ。今度また何かおごらせてーな?」
まあ、今度から気をつけてくれれば、それで良しとしようか。
〜〜〜
「お二人さんはどうするんや?」
「えーと、城の弁償の為に」
「ギルドじゃな」
「あー……がんばりなぁ……」
朝ご飯を食べ終わり宿を出る。
昨日だけでも大分稼いではいたが、まだまだ目標の金額には及ばない。
ちゃっちゃっと終わらせて自由になろう。
ちなみにステラも連れて行く(強引に)予定だったが、デートしたい!! と言い出したので断念した。
流石にエメラルに迷惑かけるのはよくないしね。
「それじゃ、ウチはステちゃんとデート行ってくるわー」
「えへへ……久しぶりですねえ」
「楽しんでおいでー」
私達に手を振り、ギルドとは逆方向へと歩く二人。
背中を見れば、指と指を絡ませた恋人繋ぎで嬉しそうに歩いている。
「いいなぁ……」
本好きな私は恋愛系のお話もよく好んで読んでいた。
王子様にお姫様がさらわれるお話とか、初々しい少年少女の恋愛模様とか。
ムーナはこういうの恥ずかしくて苦手みたいだけど、私はむしろ逆。
刺激的な話こそ流石に顔を赤くしてしまうが、実はけっこう興味はある。
なので、ステラとエメラルのいかにも恋人って感じのムーブは、ロマンチックで憧れる。
「ん? 手くらいわらわ達も繋ぐか?」
「え!? ど、どどどどうしたの!? えっ、あう……」
「何を緊張しておるんじゃ……」
ムーナの方から攻めてくるなんて!?
いや、変に意識している私がおかしいのか?
女の子同士で手を繋ぐなんてよく見る光景だし……うむむ。
「ほれ」
「う、うん」
差し出された右手を握り返して、ギルドへと向かう。
先ほどのカップルみたいに指と指を絡ませてはいないものの、それでも妙にドキドキしてしまって落ち着かない。
それ以上に大胆な事を二回もしているのに!!
こんな子供みたいな事で緊張するなんて……と、うろたえながらムーナを見れば
「あ、耳赤い……恥ずかしいなら言わなけばよかったのに」
「お、お主が物欲しそうな目で見ておったから……!!」
「あはは……はいはい」
なーんだムーナも見栄を張っていたのか。
そうまでして手を繋ごうとしたのは……私の憧れを察知したのと、自分も少し興味があったからかな。
可愛い奴め、このこの。
「ありがとね」
「ど、どういたしまして……なのじゃ」
初々しい様子で私達は少し早歩き気味にギルドへ向かったのだった。
~~~
「さて、この依頼をどうするかじゃが……」
ギルドで受注した依頼を見て私達は悩む。
内容はこの国で少し問題になっている盗賊団の壊滅。
それなりの実力者達なうえに商人たちの荷物を盗んでしまう事から、ギルドへ依頼が出されたのだという。
正直倒すだけなら私とムーナで何とかなると思う。だけど付随された条件に問題がある。
「生け捕りで報酬アップねぇ……う-ん」
「事情聴取等で色々聞きたいんじゃろうなぁ……殺しても構わんとは書いておるが」
「報酬は多いに越したことはないしねぇ」
生け捕りというのが悩ましい点だ。
だって私達、火力がバカすぎて人間の身体くらいあっさり吹き飛ぶから。
かと言って加減していたら人数差で押し切られるだろうし。
「こーいう時こそステラの奴がおればのう……しくじったわ」
「あはは、確かに」
ステラのトラップなら相手を傷つけずに捕獲する事が可能だけど、彼女は現在最愛の彼女と楽しくデート中。
恋仲を引き裂くなんて真似、私はしたくない。
ラブラブなのはいい事だしね!!
「あ、そうだ」
「ん? 思いついたか?」
「うん、出来るかわかんないけど……試してみよう」
「じゃな。ダメならぶっ殺そう」
「よーしレッツゴー」
一個アイデアが浮かんだので盗賊団がいるらしきアジトを探す。
別に殺しても報酬は入るし、そこまで気負わないで行こっか。
ま、どちらにせよやり方が少々えぐい事に変わりはないと思うけど……
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第19話:盗賊団を捕まえよう
「とりあえずこの辺かな?」
「モンスターを従わせて力を示すとは、なかなか良い脅し方を考えたではないか」
「えへへ、でしょー?」
依頼を受け取った後、私達は近くの森にやって来た。
屈強な盗賊団を生け捕りにするにはどうすればよいか? それは圧倒的な力を見せつける事で自分達の惨めさを認めさせる事。
なので分かりやすい一例として強そうなモンスターを捕獲し、一緒に盗賊団のアジトへ引きずり出そうというワケ。
「しかし強いとはいえ中々おらんのう……」
「だねぇ……」
一目で強い!! と思わせるようなモンスターに遭遇できない。
やっぱり脅しに使うならデカいヤツに限る。だけど周りにいるのはせいぜい人型レベルの大きさだからなあ……ん?
ゴゴゴゴ……
「地面が……」
「揺れてるのう?」
私達の近くの地面が揺れ、ドガン! という割れた音と共に土煙が舞った時だった。
「グモオオオオオ!!」
「「あっ」」
デモニストに来る途中に出会ったアイツと再会した。
〜〜〜
「オウオウオウッ!! 俺ら盗賊団デュバルに喧嘩売ろうってヤツはお前ら……ってなんだぁ!?」
盗賊団のアジトがある集落に攻め入り、頭だと思わしきゴテゴテの目つきの悪い男が名乗りを上げた時だった。
威勢よく飛び出したものの、目の前の光景を見ると目を丸くして立ち尽くしてしまう。
「デッドリーモグラ!? なんでアイツが!?」
「おいっ!! 上になんか乗ってるぞ!!」
「グモォ……」
何故かビクビクしながら私達を乗せてのっしのっしと歩くデッドリーモグラ。
脅しの材料はこいつにした。
最初は私達を見るやいなや退散しようとしたが、あの手この手でボコボコにし、無理やり従わせる事に成功したのだ。
「よいか? あやつらみたいに横暴で残虐なイメージを植え付けられるよう振る舞え」
「出来るかなあ……そんなのやった事ないし」
「大丈夫じゃ、お主は自信を持てば良い」
威圧の方法は色々教えて貰ったけどさぁ。
私ってそういうキャラじゃないし……ええい、ノリと勢いでやるしかない!!
「愚かな盗賊団よ!! 悪い事は言わない、今すぐ投降しろ!!」
「この状況が目に入らぬか!! 貴様らがわらわ達に敵う可能性は微塵も存在せん!!」
二人で声を張り上げ、盗賊団を威圧する。
その姿に盗賊団達はざわめきだし、若干引き気味の体勢を取っている。
これは案外いけるのでは? と余裕を持ったのも束の間。
「うろたえるんじゃねぇ!! 俺らデュバルの意地をみせねぇでどうするぅ!!」
「「「うおおおおおおお!!」」」
そう上手くはいかないよねっ!!
頭の掛け声で盗賊団の戦意が一気に上がり、各々武器を取り始めた。
くうう……こうなったらプラン2だ!!
これで上手くいかなかったら諦めよう!!
「おい、跪け」
「グモッ!?」
「何でそんなに動くのが遅いの? ねぇ?」
「グ、グモォ……」
私がドスを聞かせて命令するとデッドリーモグラは大人しく従う。
言う事は聞いたけど飴はあげない。ひたすら鞭を与え続けて、誰が強くてご主人様なのかを周りにはっきりと知らしめる。
「あ、あのデッドリーモグラが……」
「やっぱやべえんじゃ……」
再びたじろぐ盗賊団。
しかし、先程とは違い勇気のある者も中にはいた。
「い、いけぇスカイファルコン!!」
盗賊団の一人が召喚獣を呼び出すと、鳥型のモンスターが私に向かって一直線に突撃した。
なるほど、自分の手は汚さず召喚獣で実力を試そうという訳か。
「ピエッ!?」
「えいっ」
だが、相手が悪い。
私はスカイファルコンをわしづかみにすると力の限りグシャッと潰す。
瞬間、肉体が弾け飛び、私に大量の血を浴びせた。
「「「……」」」
説明も出来ないレベルで悲惨な光景を生み出し、場の空気が凍り付く。盗賊団は勿論だが、何故かムーナも半笑いで私の事を見ている。
「どうする? まだやる?」
「こ、降伏します……」
ただ盗賊団達の戦意を削ぐには十分だったようで、彼らは大人しく私達の言う事に従ってくれた。
〜〜〜
「さーて、大人しく縄に捕まってね」
「はい……」
盗賊団達を縄に縛りあげていく。
全員青ざめた表情で私を見てたけど、そんなに怖かったのかな?
「お主……あんなえぐい事が出来たのじゃな……」
「え、ムーナも?」
「いや……なんでもない」
ムーナも彼ら程ではないが、若干引いている。
所々引っかかるけど……当初の目的は達成できたし良しとしよう。
「あ……」
「ん?」
盗賊達の対処をしていると、建物の影から震え続ける二人の女性が現れた。
きっと盗賊団に望まぬ事を強要されていたのだろう。心に負った傷というのは回復魔法でも癒す事は難しい。
少しでも安心して貰う為に、彼女達に近づき頬にそっと手を添えると……
「「ありがとうございます!! お姉様っ!!」」
「っ!?」
想像より遥かに元気で、しかも私には似つかわしくない言葉で返事をした。
「お、お姉様って……もしかして私の事?」
「勿論です!! 勇敢で凛々しいお姿にこれ以上相応しい言葉はありません!!」
「あの盗賊団に一歩も引かず、恐れすら感じさせない強さを示したお姉様を称えさせてください!!」
「は、はぁ……」
瞳を輝かせ、尊敬の眼差しを私に向ける二人。
これは……予想外の展開だ。
生まれてから男女共に一度もモテた事がない私。
回復魔法を使えば当たり前だと罵られ、拳を振るえば野蛮だと遠ざけられた。
思いがけない春の訪れに、私は困惑せざるを得なかった。
「是非お礼をさせてください!!」
「私達、姉妹がオススメする料理店がありますので!!」
「えーと……この盗賊達を引き渡してからでもいい?」
「「勿論ですっ!!」」
だけど、悪い気分じゃない。
村を出てから好意というものを余り味わっていなかった私にとって、彼女達の存在は自己肯定感をかなり高めてくれる。
しかも二人ともかなり可愛いし……!!
可愛い子に囲まれて幸せになるのに男女は関係ない。そう実感した私は思わず口角を上げてしまい……
「……随分楽しそうじゃのう?」
「え!?」
何故かめちゃくちゃ不機嫌なムーナから、殺気を込めた鋭い視線を向けられていた。
「可愛いおなご二人からちやほやされて、さぞ幸せじゃろうなぁ……!!」
「えと、何で怒ってるの……」
「別に怒ってなどおらん!!」
「えぇ……」
絶対怒ってるじゃん。
うーん……理由が分からない。
盗賊達だってちゃんと捕獲しているし、こなすべき仕事はしている。
姉妹ちゃん達との触れ合いもそこまで長くしていた訳じゃないのに……あ
「もしかして嫉妬してる?」
「っ!!」
図星だ。今、身体をビクッとさせた。
そっかぁ、ムーナが嫉妬かぁ。
会って間もないのに、私を姉妹ちゃん達に取られて拗ねちゃうんだ。
ムーナって結構かわいい所あるじゃん。
「もぉ、心配しなくてもムーナの元から離れないからさぁー……ね?」
ただ余りからかい過ぎると本当に機嫌を損ねてしまう。
なのでムーナに近づき、かるーく抱きしめたのだが……
「……など」
「ん?」
「嫉妬など、しておらんわぁ!!」
「うわぁ!?」
突然魔力を爆発させ、近くの空き家に向かってヤケクソ気味に魔法を放つムーナ。
右手から放たれた業火は家を包み、一瞬で灰にさせてしまった。
「さっさと行くぞ!! わらわはもう知らん!!」
「えー!! ちょっと待ってー!!」
「あっ、お姉様!!」
「私達も行きますー!!」
足音が響くレベルでアジトから離れるムーナを慌てて追いかける。
勿論、盗賊達も引き連れて。
あちゃぁ、これは相当だなぁ……今晩は意地でもムーナといて仲直りしよ……
「こっそり逃げようと思ったけど……やめよ」
「何なんだよあいつら……怖すぎる」
ただ、ムーナの魔法で盗賊達が更におじけづいたのは、思わぬ副産物だったけど。
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第20話:またまたトラブルです
「私はアイです!! で、こっちが妹のマイです!!」
「私達は二人で一人の双子姉妹!! 一緒に情報屋として頑張っています!!」
「情報屋? って言う事は結構ヤバめな事も知ってたり?」
「それはそれは……」
「恐ろしい事を知っていますよ~?」
盗賊団を城まで輸送している途中、先ほど助けた双子姉妹と色々と話していた。
ポニーテールなのがアイ、サイドテールなのがマイ。
顔や体形は似てるし髪も目の色も同じだから、髪型で差別化してるのかな?
「で、なんで盗賊団に捕まってたの?」
「それが裏社会の情報を集めようとコソコソしてた所……」
「うっかり足を踏み外してバレてしまって……」
「「私達、隠れる事と逃げ足以外全然ダメなんですよねぇ」」
だから得意な事を生かして情報屋になったという訳か。
なるほどね。
「あいつらに何かされなかった? 大丈夫?」
「えーと、一線は超えてませんが裸をまじまじと見られましたね」
「まーじで気持ち悪かったです……」
「うわぁ……可哀想に」
こんな野蛮な奴らに見られるなんて最悪すぎる。
助けてよかった……
「でも捕まったおかげでお姉様と出会えました!!」
「こんなに素敵なお姉様に助けられるなんて、私達は幸せですっ!!」
「いや~えへへぇ」
それにめっちゃチヤホヤしてくれるし!!
甘えるように両腕に絡みついてくる姉妹ちゃん達に私は夢中になってしまう。
あぁ……可愛がりたい。もう死ぬほど可愛がってもっと好かれたい。
なんて邪念を抱いていると、後ろの方から明らかに不機嫌なオーラを向ける魔族がいた。
「ギロッ……」
「うっ……ご、ごめんってムーナ」
「何も言うとらん」
「でも何か思う事はあるでしょ?」
「知らん知らん!! 知らーん!!」
あーあ……完全に拗ねちゃった。
姉妹ちゃん達と戯れるのは楽しいけど、この辺で止めにしなきゃ。
「ごめんね、ちょっとムーナの所に行きたくて……」
「? ……あー、なるほど」
「そういうことですか……」
「なになに? どうしたの?」
「いえいえ!! こちらの話ですから!! お姉様頑張ってください!!」
「応援しています!!」
「は、はぁ……」
仲直りの話だよね? だよね?
どこか引っかかる言い方に疑問を抱きつつ、私はムーナの元へ行き優しく手を握りしめた。
「……なんじゃ」
「ごめんね、構ってあげられなくて」
「別に、怒っとらんと言うとるじゃろ」
「そうじゃないとしても、私はムーナと手が繋ぎたかったの……ダメ?」
「……勝手にせい」
「ありがとっ」
顔を背けてそっけない態度を取るも、ちゃんと手を握り返してくれるムーナ。
拗ねやすいしちょっと素直じゃない。けど、そんなところが可愛いなぁと思う。
友達に抱くには少し重めの感情かな? なんて考えつつ歩みを進めていく。
「おお……これは」
「お姉様と魔族の……これはよきです……」
……ニタニタと笑う姉妹ちゃんの姿が若干気にはなるけど。
~~~
「え、これ全員生け捕りにしたのか?」
「はい、首領から聞きだしたので間違いありません」
「はえー……すっげえ……」
城に連れてこられた盗賊団の姿に、衛兵さんもぎょっとしている。
ただ想定外ではあるものの生け捕りにしてくれた事は嬉しかったらしく、報酬額のサービスを取り計らうとまで言ってくれた。
「もう二度と悪い事はしねぇ……」
「ゆるして……ゆるして……」
「……あんたら何したんだ?」
「えーと、まあ……」
「ちょっと脅かしただけじゃよ」
「そ、そっか」
間違ってはない。間違ってはないけど、少し過激だったかなーとは思う。
改めて思い返したけど召喚獣をぐしゃっと潰す場面とか完全にホラーだし。
まあやったのは私なんですけどねー!!
はははー……
「お姉様は凄いんですよ!! なんせ、あの盗賊団をひれ伏させたんですから!!」
「ほぉ……この子が」
「一応わらわもおったのじゃが……何故触れんのじゃ」
「「好みが……」」
「私情だったのか!? わらわ怒るぞ!?」
「まぁまぁ落ち着いて……」
「お主はさぞ気分がよかったんじゃろうなぁ? のうお姉様?」
「うぐっ」
見事な煽りが私の心に刺さる!!
な、なにも言えない……
「しっかし城壊したヤツが盗賊団を捕まえるとは……お前らテロリストなのか英雄なのか分かんねぇな……」
「はは……」
本当にその通りだと思う。
やっている事が無茶苦茶なのは私も自覚している。
ま、まあ心を入れ替えたと言う事で、ね?
なんて兵士と雑談をしていると。
ビュン!!
「ぐぅ!?」
「「っ!?」」
捕まえた盗賊の首筋に、どこからか飛んできた弓矢が命中した。
「あ、あぁ……!!」
「今の何!?」
「気配も一切感じぬな……じゃがまだ潜んでいるハズ……」
辺りを見渡してもいるのは盗賊団と兵士達と私達四人だけ。
それ以外の人影は見当たらない。
既に逃げたか、それとも誰かに紛れた……?
「ぐ、グオアアアアアアアア!!」
「なっ!!」
「巨大化したじゃと!?」
盗賊の一人が肉体を肥大化させ、城の門と同じくらいの大きさにまで成長した。
張り裂けそうな程の筋肉に血涙を流した赤色の目。
唸り声をあげながら荒く呼吸をし、そして私達を見た瞬間
「グオァ!!」
「うわっ!?」
巨大な腕を私達の方へと振り下ろした。
衝撃と同時に風が舞い上がり、その場にいた者が勢いで吹き飛ばされる。
「うわあああああああ!?」
「退避ー!! 退避ー!!」
「くっ、バカみたいな力じゃな……!!」
「あれなんなの!? 何で急に!?」
「知らん!! じゃが……」
改めて暴走した盗賊を見て、私達は武器を取る。
「確実に生け捕りが一人減るな……」
「そうみたいだね……!!」
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第21話:暴走を止めよう
「グオアアアア!!」
暴走した盗賊が殴りかかる。
肥大化した拳は壁をガラスのように粉々にし、その風圧がこちらまで届いていた。
「うっわぁ!! 何あれ!?」
「単純な魔力暴走? いや、それにしてはケタ違いじゃな……」
一旦距離を取って様子を見る。
力任せで拳の振り方もデタラメだが、威力がバカみたいに高い。
なんとか受けきれる範囲? いやでもミスったら流石の私でもぐしゃぐしゃにされそうだなぁ。
「あっ、あれは!!」
「姉妹ちゃん達、知ってるの?」
「はい!! 最近デモニストの裏で流行っている、暴走する矢です」
「暴走する矢?」
「あの矢に射貫かれたものは一定時間暴れ続けるのだとか……私達も数回しか見ていませんが」
「まんまだね……」
「じゃな」
流石情報屋、それなりに知っている。
姉妹ちゃん達の言う事から推察するに、一定時間が経てば元通りになるハズ。
ただ……
「グオァ!!」
「あれ放置するのヤバくない?」
「少なくともあの城はぶっ壊れるじゃろうな」
あの破壊力があれば城くらい余裕で破壊可能。それどころか、街中に入ったら被害は更に拡大してしまう。
「姉妹ちゃん達は下がって!! いくよムーナ!!」
「おう!!」
私達は覚悟を決め、盗賊の元へと接近した。
「そういえばさ、こいつの攻撃で街が壊されたら追加で弁償するのかな?」
「それはないのでは? 悪いのはこいつじゃからなっ!!」
ムーナが風魔法を放ち、盗賊の身体を吹き飛ばす。
吹き飛ばされた身体は城の中へと入っていき……あっ
「うわぁ!? 監視塔が!?」
「逃げろー!!」
「……こっちは弁償じゃない?」
「……じゃな」
監視塔に激突し、瓦礫と共に崩れ落ちた。
「な、なるべく破壊しないようにしないと……」
「というかこやつを離れた場所に移動させるのが先じゃな」
ここで派手に暴れ回ったら私達の弁償額が倍増してしまう。
なるべく被害を最小限に、かつ迅速に移動させたいのだが……
ビイイイイイイ!!
「目から光線!? 魔族ってあんなこと出来るの!?」
「知らん知らん!! しっかし早さと火力を兼ね備えた厄介な代物じゃな!!」
突如、盗賊の瞳から発射された光線によって動きが止まる。
光線は私達がいた地面を貫き、綺麗な穴を開けた。
「あれじゃ近づけないよ!! どーしよ!!」
「くぅ……わらわ達の力では被害が出てしまうからのう……」
全力を出せない状況に歯がゆさを覚えつつ、盗賊に向き直る。
最早手は無いのか、そう考えていた時だ。
ズバァン!!
「グオ!?」
「腕が切れた!?」
突如、高速で何かが近づき、盗賊の腕を切り落とした。
「大丈夫かいな!!」
「エメラル!!」
「おぉ!! お主の力だったか!!」
「せやでー!! 速さには自信があるんや!!」
「おかげで私は酔いかけましたけどねー……うっぷ」
細剣を携えたエメラルの姿。
あの速さと正確な切り込み、一瞬の出来事ではあったが見事なものだ。
これなら街の破壊を防ぎつつ対処が出来る!!。
……っと、その前にステラを回復させないと。多分高速移動で酔ったんだ。
「はい、ヒールとリチャージ」
「ううう……ありがとうございますぅ……」
さて、四人揃ったことだし、反撃と行きますか!!
「ほな先陣は行かせてもらうわ!!」
エメラルが再び駆け、盗賊に切りかかる。
盗賊も先程の攻撃を警戒して片腕で防御態勢を取った。
「それじゃウチは抑えきれへんで!!」
しかし、腕で防ぎきれない腹を狙って的確に切り払う。
線のような切り傷が入り大量の血を流した後、盗賊は膝をついてしまう。
「お次はトラップです……おえっ」
少しだけ吐き気が残るステラが盗賊の周りに魔法陣を展開した。
「グアッ!?」
キングリザードと同じようにあらゆる捕縛系のトラップが盗賊に絡みつき、身動きを封じる。
盗賊の力は相当なものだが、ステラのトラップの方が上回っているようだ。流石魔王様。
「じゃあ……行くよ!!」
そして準備は整った。
私は身動きの取れない盗賊の元へ駆け出し、数メートルまで迫ったところで飛び上がる。
「んー……!!」
頭上まで近づいた所で大きく振りかぶり浄化魔法を拳に込め、グググ……っと溜めた後、その拳を
「ハァッ!!」
頭へ目掛けて思いっきり下に殴った。
「グアアアアッ!!」
「リフレッシュ!!」
殴られて地面にめり込んだ盗賊を手で押さえつけ、浄化魔法をかける。
浄化をかけられた盗賊は最初こそ暴れていたものの、動きが大人しくなるにつれ邪悪なオーラが消え失せた。
「よくやったショコラ。まあ今回はわらわ何もしておらんがな……」
「何とかなって良かったよー。あ、腕くっつけないと……」
「なんと、そんな事まで出来るのか……」
「うんー聖女だからねー」
無からは出来ないけど元があれば再生は可能だ。腐ってたり余りにもぐちゃぐちゃになっていなかったりと細かい条件はあるけど。
「流石ですお姉様!!」
「見事でした!!」
「えへへ、ありがとうー!!」
「んー? また可愛らしいお二人さんやなぁ」
「あーこの姉妹ちゃん達はさっき助けて……」
「こやつがたぶらかしたんじゃよ」
「誤解を招くような事言わないで!?」
「あー……なんや大変そうやな」
「……ですね」
色々と察したらしい。
まあ私も私で悪い所はあるけど誤解も多いんだ、そろそろ許して……
何にせよ、盗賊の引渡しは全員生け捕りという形で引き渡す事が出来そうだ。
「どうやら何かあったみたいですね」
「あっ、大賢者スライム!!」
「はいどうも、非常に賢いでお馴染みの私です」
「自分で言うんやな……」
「事実ですので」
瓦礫の周囲からぴょんぴょんと向かってくる大賢者スライム。
自慢話ならわざわざ足を運ばないだろう、恐らく今回の騒動絡みだ。
「さて、裏でちょこちょこ暴れていたのは知ってしましたがまさか表立って行動するとは……」
「何者なの? こんな事をするやつは?」
「組織の詳細は分かりませんが……名前くらいは」
「ほう、どんな名じゃ」
ムーナの問いに大賢者スライムが答える。
「その名は……アクトです」
「「「「アクト?」」」」
「今分かるのはそれだけですね。まだ調べてる途中ですから」
アクト……初めて聞いたその名前に全員が首を傾げた。
そう、全員が。
……ちょっと待って
「なんでステラが知らないの?」
「……寝てたので」
「国の有事じゃぞ!? 少しは関心を持たんか!!」
「ぴぃっ……すみません」
「まあまあ……その辺にしたって」
問い詰められて半泣きのステラの頭を撫でるエメラル。
あぁ……いつもそうやって甘やかされてきたんだなぁ。ダメ人間製造機だ。
「アクト、ねぇ……」
とりあえずきな臭い事に巻き込まれたというのは分かった。
まーた何かやってくるんだろうなぁ……面倒くさい。
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第22話:楽しい飲み会(二回目)
「へぇー、エメラルが紹介してくれた所とはまた雰囲気が違うね」
「そうじゃな。なんというか、高級感がある?」
「はい!! ここは少しお高めなんですけど、私達のお気に入りなんです!!」
「料理もお酒もとても美味しいので、人を招待する時はここを選んでいます!!」
少し細い道を通ってアイマイ姉妹に連れられて来たのは、何やら高級感が漂う料理店。
店内は物凄く綺麗で、中にいるお客さんもどこか気品のある人が多い気がする。
ちょっと緊張するな……
「ステラとエメラルが来れないの残念だね」
「仕方ない、あやつらにはあやつらの時間があるんじゃ」
ステラとエメラルは夜も二人きりでいたい、というお願いをしており、今回の誘いを断っていた。
昨日私達に構わずにイチャイチャしていた事に少し思う事があったのかもしれない。まあこの店の場所は分かったし、また今度誘おう。
「さて!! 早速料理を頼みましょう!! すみませーん!!」
アイが手を振り店の人を呼ぶとどんどん注文を入れていく。
正直何がオススメなのか全く分からないし、任せていいでしょ。
料理楽しみだな〜!
「しかしアクトなんて知りませんでしたよ」
「私も初めて聞きました」
「へぇ、情報屋さんでも知らないレベルなんだ」
「はい……ですが知らないと言うことは情報の宝箱!!」
「手に入れさえすれば一攫千金も間違いなし!! 燃えてきました!!」
「あ、あんまり無理はしないでね?」
「お主ら一回捕まっとるんじゃぞ?」
「「大丈夫です!! 引き際は学べたので!!」」
「「お、おお……」」
どこから来るんだろうかその自信は。
生業にしているからか、はたまた長年の経験からか。
まあ見つけた時も意外と元気だったし、この二人ならなんとかなるのかもしれない。
「お待たせしましたー」
「あっ!! お酒と前菜が来ましたね!!」
「飲みましょう食べましょう!!」
テーブルの上に置かれたお酒の入った瓶と四人分の前菜。
「へぇ……初めて見た」
置かれた前菜だが、鮭の切り身とスライスしたたまねぎに緑色の油がかかっている。
オリーブ? だっけ。デモニストでは料理や美容にたまー使われるらしい……と本で昔読んだことがある。
あー、でも結構いい香り。私は好きかも。
「ここのオリーブオイルは中々美味なんですよねぇ……そして!!」
「待ってましたワイン!!」
「おおー!! ワインだ!!」
「果実酒とは良いのう」
グラスに注がれる紫色のお酒にテンションが上がる。
ワインはパーシバルで何度か飲んだことがあるけど大好きなんだよねー!!
甘くて飲みやすいから、ついつい何杯もいっちゃう。
「それじゃ乾杯しましょう!!」
「「「かんぱーい!!」」」
こうしてデモニストに来て二回目の飲み会が始まった。
「んく……美味しい!!」
「ほぉ……後味が爽やかでよいのう」
アルコール特有の苦味はあるものの、後味がすっきりしていて尚且つ甘い。これならお酒初心者にも勧められるのでは?
というか本当に美味しいな。何か一緒に食べたくなる。
「ふふふ、ここの料理はどれもワインと相性が良い物ばかり!!」
「じゃんじゃん飲んでじゃんじゃん食べてください!!」
「わーい!! ありがとー!!」
あー最高。
まさか二日連続で飲むとは思わなかったけど、たまにはいいでしょ。ハメは外せるときに外さなきゃ!!
こうして私達は自由に飲んで食べて楽しく過ごしていたのだが。
~~~
「お姉様ぁ……好きですぅ……」
「いっぱいぎゅーぎゅーしてくださーい……」
「……」
どうしてこうなった?
しばらくして、姉妹ちゃん達が酔ってしまい、私に過度なボディタッチや猫なで声で甘えてくるようになったのだ。
甘え上戸だったんだね二人……と、ここまではいい。
「じー……」
「あ、はは……」
ムーナがさっきから殺気を向けてくるんだよ!!
やだ、超怖い!!
どうやら私が姉妹ちゃん達とイチャコラ(してるつもりはないけど多分そう見えてる)のが気にくわないらしい。盗賊団を捕まえた時もそんな感じだったし。
だが、今回はちゃんと対策をしている!!
「ごめんね、別にムーナだけ仲間はずれにしたい訳じゃないんだよ? よしよし……」
「んぅ……」
右腕を伸ばし、ムーナの頭を優しく撫でる。
実は何とかして右腕を確保し、ムーナに構える部分を作っていたのだ。子供みたいな扱われ方にムーナは少し頬を膨らませていたが、ほろ酔いだからかすぐに受け入れてくれた。
「ふふっ」
「んぁ……」
あ〜かわいい。
なんか癒されるなぁ、まるで甘えん坊な子猫みたい。魔王だけど。
「はーい、ゴロゴロー……」
こうして首の方も撫でて上げれば更に猫感が……
「シャーってしてやろうか?」
「……にゃあ」
「お主が猫になってどうする」
あ、流石に理性はあったのね。
酔ってるとはいえ顔が少し赤いだけだし。
私もだけどムーナって結構お酒強いのよね。
「ごめんごめん、ただムーナの事も見てるよーって」
「そこまで可愛がらんでもよいわ……恥ずかしい」
「えー? 満更でもなかったのに?」
「うるさい」
取り敢えず再び魔法で八つ当たり、みたいな事態は避けられたようだ。
「お姉様~!!」
「だっこ~!!」
「わっ!!」
と、再び姉妹ちゃん達がくっついてくる。
「えへへー……」
「ふへへー……」
うーん、大分酔ってるなぁ。
取り敢えず水を飲ませて……
「んくんく……お姉様ぁ」
「んー? どうしたー?」
「私達にかっこいいセリフを言ってください~」
「かっこいいセリフ!? 例えば……?」
「えー……どうしたんだい、子猫ちゃん? とか」
「きゃー!! それいいですねぇ!!」
「えぇ……」
そんなキャラじゃないんですけど!?
えーと、マジで私がやるの?
なんかキラキラした目で期待してるし……ど、どどどどうしよう。
「はぁ……」
放置したらずっと要求してくるだろう。
それはそれで面倒くさいな……
そこまで嫌な要望でもないし、さっさと済ませるか。
一呼吸おき、アイマイ姉妹をじーっと見つめた後、
「ど、どうしたんだい……子猫ちゃん?」
精一杯の決め顔(多分)とかっこよさそうな声で要望のセリフを告げた。
「「キャー!! お姉様素敵ー!!」」
「あーー!! 恥ずかしい恥ずかしい!!」
くっそう!! さっさとやればいいとか思ったけど結構恥ずかしいな!!
間違いなく私の黒歴史メモに刻まれた瞬間だ……二度とやりたくない。
「えへへー……最高でしたぁ……」
「やっぱりお姉様は素敵ですぅ……」
「そ、そう?」
ただ、べた褒めしてくれるのはかなり気分がいい。
二人だけのお姉様っていうのも悪くないなぁ。
なーんてくだらない妄想で顔を二ヤつかせていると
「ガブッ」
「ギャーー!! 痛い痛い!!」
ちょうどムーナに向けていた右手の指を思いっきり噛まれた。
「気分はどうじゃ、お姉様?」
「い、いえー……最高でした」
「少しは頭を冷やせ、全く……」
別に噛まなくてもよかったのに……あー跡付いちゃってるなぁ。
「ぺろっ」
と、ケガをした時のクセで噛まれた部分を舐めたのだが
「はわわ……」
「お、お姉様……」
「ん? 何?」
何故か二人が私を見ている。というか顔が赤い。
なんで?
「そ、それ……ムーナさんが噛んだ所ですよね?」
「え、うん?」
「ま、まさかお姉様が間接キスだなんて……」
「はぁ!?」
「っ!?」
いやいやいや!?
何でそうなるのさ!?
確かにムーナの口は触れたけど私はただ舐めただけだよ!?
「ねぇムーナ!! あれはキスとかそういうのじゃないよね!?」
「……」
「なーんで無言で頬染めてるの!! ねーえ!!」
「やっぱりお姉様は……」
「お姉様ですね……」
何その抽象的だけど妙に意味が分かってしまう言い方は!!
そのさ? キスとか変な風に意識されると私だって……!!
「恥ずかしいからやめてー!!」
今日は今日で騒がしい飲み会だった
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第23話:その頃勇者達は、その2
ショコラがパーティから消えて一週間、リコットは更に窮地へと追い込まれていた。
「くっ!!」
「ちょ……!?」
前衛に立つタンクが目の前の攻撃を盾で受け流す。
その結果どうなるか。受け流された攻撃が後ろのリコット達の付近まで来てしまい、足を止めるハメになってしまう。
「何で受け流すんだい!? そんな事をしたらアタシらに当たるじゃないか!!」
「あんな攻撃を真っ向から受け止められるか!! 俺に死ねって言うのか!?」
「受け止めるのがタンクの仕事だろう!? 使えないねぇ……!!」
イライラが溜まる。
新しくメンバーを雇ったというのに、改善されるどころか悪化している。
今いるダンジョンも11階層という微妙な場所でこの有様だ。
「うわああああ!!」
「お、押されるっ!!」
目の前の熊型モンスターにパーティが吹き飛ばされる。勿論リコットも。
盾役が全てを受けるという考えが旧勇者パーティには存在しており、新メンバー達との認識のすり合わせがちゃんと出来ていないのだ。
パーティの何名かが傷付き倒れ、回復役がヒールを試みるが……
「遅いんだよ!! ちんたら回復するな!!」
「はぁ!? これでも早い方だぞ!? 何言ってんだ!!」
「これで早いって? ふざけた事言ってんじゃないよ!!」
「ここで喧嘩しないでください!! あっ、うわああああ!!」
パーティが言い争っている内に熊型のモンスターが突撃を開始し、メンバー全員が入り口付近まで吹き飛ばされた。
「ふさけやがって……!!」
うつ伏せで倒れながら、ギリッと歯ぎしりをする。
何で上手くいかない。アタシは勇者リコット、選ばれし人間であり優れた才能を持つ存在なんだぞ。
なのに、何でこんなところで苦戦しているんだ……!!
「あああああああああああっ!!」
悲痛な叫びがダンジョン内に響き渡る。
その声に悔しさが込められているのは言うまでもないが、この時新しく入ったメンバーはこうも思っていた。
勇者リコットの負け犬の遠吠えであると。
~~~
「こんな惨状で報酬が払えるか。元々13階層での討伐が目的なのによぉ」
「ふざけんな!!」
ダンッ!! と受付のテーブルを叩く。
苛立つ声と視線でギルドマスターを見るが、彼は表情を変えない。
それどころか、受付嬢を力で脅そうとしていた現場を見ていた為、むしろ殺気立っていた。
「はぁ……あんたらは最近問題行動が多すぎる」
「なんだって?」
「依頼は失敗する、煽られれば喧嘩を買っては騒ぎを起こし、いくつもの店では金も払わず飲んだくれてるじゃねぇか」
「あ、あれは……」
「お前らがギルドにいると面倒なんだよ。もういい……解雇だ」
「は?」
「勇者リコットの冒険者資格を剥奪する。過去三度の警告を無視したからだ、受け入れろ」
「ふざっ……けるなああああああ!!」
激情し剣を抜いたと同時に、ギルドマスターへと斬りかかる。
だが
「ふんっ!!」
「ぐはっ!!」
泣きじゃくる子供を抑えるかのごとく、リコットはギルドマスターの拳によってあっさりギルドの外へと吹き飛ばされてしまう。
「これが最後の警告だ。大人しくこの国から出ていけ」
「く、くうう……!!」
本日二度目となる地面の味にイライラがつのる。
本当の名ばかりとは私だったのか……なんて考えが一瞬でも頭によぎったせいで、ダンダン!! と地面に八つ当たりをしてしまう。
「や、やっぱりショコラがいないと……」
「あいつこそ真の役立たずだ!! アタシさえ戦えれば、あんなヤツ!!」
「「「「……」」」」
相変わらずの態度に、パーティメンバーはやれやれといった表情を浮かべる。
元々勇者リコットを信じてここまでついてきたが、今ではこの有様。
こうなってしまえば、自分達が下す決断は一つだけ。
互いの顔を見合わせた後、彼らはリコットに対し最後の言葉を告げた。
「もうあなたにはついていけません」
「ここで冒険者ができなくなるのは嫌です。ギルドマスターに頭を下げてきます」
「こんな所で悪評を喰らうのはごめんだ」
「さっさと消えろ、この偽物勇者が」
思い思いの言葉を口にした後、パーティメンバーは全員リコットの元を去ったのだった……
~~~
「がっ!!」
「へへへ……勇者サマも大したことないなぁ」
「かえせっ……!!」
冒険者という職を奪われ、城からも出禁となったリコットが稼ぐ手段とは。
プライドの高い彼女がどこかの店に就職、なんて事はできず野盗として裏社会で奪い奪われの生活を送っていた。
「がはっ!!」
「あーあ……どうする、ヤるか?」
「いーや、こいつじゃなくてもいいだろ。いい女は他にもいるしな」
「だな」
服はボロボロ。ロクに風呂も入れず、食べ物だって満足に得られない。
毎日が傷だらけの生活。最悪だ……
「くっ……う、うう……」
地の底まで落ちた自らの立場に涙を流し続ける。
「いいですねぇ。それでこそアクトの求める人材だ」
その時だ。謎の女性が目の前に現れた。
「……誰だい?」
「おっと、申し遅れました。私はエージェント、才能に溢れた恵まれない者を救う存在です」
「救う……?」
何を言っているのだろうか。
いつものリコットならふざけんなと一蹴する所だが、動く事すらままならない。
結果、不本意ながら彼女の話を聞く事になった。
「何故パーティという存在に縛られなくてはならないのか。何故集団に人々は拘るのか。個々の力を高め、より個人が尊重される時代を作ることこそが、多くの人を救済できる……私はそう考えています」
「何が言いたい……」
「ま、分かりやすく言えば……」
ガサゴソとスーツケースを漁ると、彼女は液体の入った瓶を渡してきた。
「世界、壊してみませんか?」
「これで何ができるんだい」
「圧倒的な力です」
「力……」
「私の求める理想の為には、破壊と実力の証明が必要ですからね」
「……」
これさえあれば、アタシはまた輝ける。
また勇者リコットとして、地位も名誉も取り戻せる。
全てを奪われた彼女に選択肢などなかった。
「ごくっ……」
震える手で瓶に手を出し、勢いよく飲み込んだ。
「っ!? がああああああああああああ!!」
身体が熱い。メキメキと激痛が走り、意識を保つのがやっとだ。
だが、同時に力がみなぎるのを感じる。
「ふふふ、さぁ始めましょう勇者リコット。才能溢れる個人が輝く、理想の時代を作るのです!!」
「アアアアアアアアアアッ!!」
力に従うまま剣を取り出し、勢いよく振り払う。
ドガアアアアアアアアアアンッ!!
「ッ!?」
「どうですかこの力? これが貴方の力、世界を変える力ですよ!!」
「これが、アタシの……」
周囲の建物が灰と化した。
たった一振りでこの威力。以前のアタシなら考えられない。
ニヤリと含みのある笑いを浮かべるエージェントを見た後、リコットは前に踏み出した。
「アタシが……アタシがあああああああ!!」
力に支配された勇者が今、世界を壊そうと動き出した。
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第3章
第24話:あれから一週間
「そっち行ったよ!!」
「任せなー!!」
ダンジョン内での戦闘。
複数存在する蜘蛛型モンスター、デススパイダーの討伐を私達四人で行っていた。
「せりゃああああ!!」
エメラルの連続斬りが逃げるデススパイダーの身体をバラバラに引き裂く。
残るは四体。
「ッ!?」
「ふっふっふ、入口は全部トラップで封じました……逃げ場はありません!!」
逃げ惑うデススパイダーがトラップによって動きを止める。
その隙にムーナが魔力を込め、炎の魔法を放出を開始。
「ヘルフレイム!!」
「「「キシャアアアアアア!!」」」
三体のデススパイダーが炎に包まれ、灰と化した。
残るは一体。
「キシャッ!!」
その一体が私の方へと突撃してきた。
口元から自慢の毒針をチラつかせ、今にも私の身体を突き刺そうと試みている。
だが
「ふんっ!!」
自慢の盾で防がれ、逆に動きを止めた。
「これでおーわりっ!!」
先端をメイスにしたチェーンロッドでデススパイダーを叩きつけ、血肉を爆ぜさせる。
デススパイダーはピクピクと僅かに動いた後、やがて静止し魔石と化した。
「やたー!! これで終わりだー!!」
「えらい長かったなぁ……デススパイダー何匹おるねん」
「最初は五、六十匹くらいいましたね……あれはグロすぎますよ……」
「ま、なんとかなったからよかろう。それより」
くるっとムーナが私の方を見る。
「これで城の弁償は終わりじゃな」
「だねっ!!」
城をぶっ壊してから一週間。
遂に私達は必要な金額を集めることが出来た。
あー、長かったなぁ!!
毎日ダンジョンに潜ったり依頼をこなしたりで、かなりハードなスケジュールだったよ……
「おめでとうございます!! これでボクも解放されるぅ……」
「まーだサボりたいのかお主は」
「引きこもり魂を舐めないでください!!」
「ステちゃん、そこは誇る所やないで……」
エメラルはともかく、ステラはムーナに無理やり連れ出される形で参加していた。
曰く、少し目を離せばぐーたらな生活にすぐ戻ってしまうらしく、それを見かねたムーナが引っぱり出しているのだとか。
本人はかなり嫌そうだったが、エメラルと一緒なら余り文句は言わなくなったので、基本的に二人か四人でダンジョンは潜るようになっていた。
「取り敢えず地上に戻って大賢者スライムの所に行こっか」
「そうじゃな」
「あー……ボクも久しぶりに顔出さないと……」
「そういえばウチも会ってないなぁ。一緒に行こ」
「エメさーん!!」
「ステちゃーん!!」
まーた始まったよバカップル劇場が。
何かといちゃついたりギューギューし合う光景。
見慣れた物だ。
「あやつらめ……全く」
「まだ慣れないの? ウブすぎじゃない?」
「……うるさい」
ムーナが照れるのも相変わらずのようだけどね。
「ふぅ……」
取り敢えず、抱えていた問題は一つ解決できそうでよかった。
これで自由、好きな事もいっぱい……あれ
(私って何の為に冒険してるんだっけ?)
~~~
「これで全部ですね……ありがとうございます」
「いえいえ、こちらが全部悪いので」
大賢者スライムにお金の入った袋を渡し、精算が完了した。
「まさか一週間もかかるとは思わんかったがのう……」
「あぁ、それは私が改築費用を上乗せしたからですよ」
「はぁ!?」
「何!? そんな事をしておったのか!?」
何それ初めて聞いたよ!?
このスライムさんさらっと恐ろしい事をやってますねぇ!!
「まぁ被害者側なのでさらっと盛っても大丈夫かなぁと」
「う、うーん……」
「中々えぐい事しとるなぁ……」
確かに悪いのは私達だしパッと見で気づかなかったけどさぁ……ずる賢いなこいつ
「じゃが気に食わんな……そうじゃ、改築費用のお返しにステラをしばらく借りるとしよう」
「あ、全然構いませんよ」
「なんでボク!? やっと開放されると思ったのに!!」
急に自分へと話題が切り替わった事に驚くステラ。
「ま、とりあえず外に出るか。世話になったのう」
「あ、ありがとうございましたー……」
「ううう……なんでぇ……」
「まぁまぁ、ウチもなるべく一緒にいるから」
落ち込むステラを引っ張りつつ、私達は執務室を後にした。
~~~
「う、うう……」
「まーだ引きずっておったか」
「だって……だってぇ……」
そんなに嫌なのか働くのが。
別にムーナも私も無理な任務は入れてないし、休みの時間もかなり多めにあげたつもりなのだが。
エメラルからも「こんなダンジョン生活なら永久就職したいわー」とお墨付きを貰っているくらいだし。
「おー、どうしたんだいステラ様」
「あー!! 飲み屋のおっちゃん!!」
声をかけられた途端、見知らぬおっさんの方へと駆け寄るステラ。
え? 知り合い?
「楽園から引きずり出されたんですよぉ……ううう」
「はっはっは!! 相変わらずだなぁステラ様は!!」
「笑い事じゃないですっ!! おっちゃんの方は最近どう?」
「んー特に問題はねぇが最近北の石橋が壊れて通行範囲が狭くなったんだよー……元からボロい土地だけどよぉ」
「あーそっかぁ。あそこあんまり改革できてないからねぇ」
改革できてないとかこの国の王がぶっちゃけて良いのだろうか?
しかし、それでも構わず仲良さそうに会話を続けるステラ。
「あ、ステラ様だー!!」
「やっほー!! こんにちわです!!」
「最近大変なんですよねぇ、気温が上がって蒸し暑くてさぁ」
「えーおばさんのとこもそうなんですね。ウチの城も暑くて暑くて仕方ないですよー」
「税を上げるのはいいけど少し上げ幅が……」
「え? 税なんて上げました? 大賢者スライムに聞いてみますねー」
気づけばわらわらと民衆がステラの周りに集まってくる。
大人気じゃん……普段はあんなんだけど、一応魔王らしく慕われてはいるんだ。
「ステちゃんはみんなから愛されてるんやで―。誰に対してもフランクで色んな事ぶっちゃけるし」
「最後は国に関わるものとしてどうなのじゃ……」
「あはは。まあステちゃんは色んな声を聞いては大賢者スライムにそれとなーく話してるし、全く仕事してない訳ではないんやで?」
「「へ、へぇ……」」
あれ? 結構重要な役割じゃない?
日常会話の中から問題点を見つけ出し、それを大賢者スライムに報告して改善を促す。
民衆の考えを自らが見て聴いて感じ取る、というのは立場が上がれば上がるほど難しいというのに。
彼女はサボるという大義名分こそあるが、無意識にそれを王という一番偉い立場で成し遂げている。
「ステラって……」
「案外この国にとって大事な存在なのじゃな……」
伊達に500年以上魔王をやっている訳じゃないんだなぁ。
この時ばかりは私とムーナはステラに関心していた。
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第25話:ショコラの思いとは
「ステラ様ー!!」
「私も私もー!!」
「あわわわ……人がこんなに!! 嬉しいんですけどね!!」
人の波は減る様子を見せず、むしろ増加していく一方。気がつけばステラの周りは民衆で埋め尽くされており、遠巻きで眺めていた私達も彼女の姿が見えない程だった。
「……いつもこんな感じだっけ?」
「今日は休みのとこが多いからなー。後珍しく昼間におるし」
「あー……」
そういえばステラは基本夜に行動してた。ムーナが無理やり連れ回すからあんまり気が付かなかったけど。
「あーれぇー……」
ああ……運ばれちゃってるよ。
ここだと狭いからだろうか。よっぽど魔王様とお話がしたいらしい。
「凄い人気だねー……」
「あはは、魔王様やからなー……ってやば!? もう日が落ちかけとるやん!?」
「ん? 何かあったのか?」
「昼過ぎから森に来て欲しいって頼まれてたんや!! ステちゃんは後で説明しておいて!! またな!!」
「え、あぁ……またねー……」
バタバタと慌てた様子でその場を去るエメラル。
って早!? もう見えなくなったよ……
たまーに冒険について行ってくれるけど、エメラルはエメラルで仕事があるんだよねぇ。
「……」
二人とも誰かに必要とされている。
そんな様子を見て、私は少し心にモヤモヤした思いを抱えていた。
「ん? どうした?」
「え? な、なんでもないよ?」
「そんな訳あるか、顔が悩んでおるぞ」
「う……」
察しがよすぎる。
人生経験の前では隠し事も通じないという事か……
「まあここでは落ち着いて話せん。どこかでゆっくりお茶でもしながら話そうか」
「ん、わかった」
〜〜〜
「さて、ここならどうじゃ?」
「わー、結構落ち着く。いい店だね」
ムーナに連れられて来たのは、茶葉の臭いが漂うオシャレな店。
そういえばエメラルからお菓子や紅茶が美味しい場所があると聞いた事がある。
私もムーナも行ってみたかったけど、中々機会に恵まれなかったんだよね。
「お待たせしましたー」
「わー、いい香り」
テーブルに運ばれる二つの紅茶。
優雅な紅茶の香りがふんわりと立ち込め、落ち着いた気分にさせてくれる。
「紅茶でも飲みながらゆっくり話そう……さて、何か悩みでもあるのか?」
「うーん……悩みというかなんというか……」
「イマイチはっきりせんのう……まあよいわ」
紅茶を口に含みながら少しづつ考えを具体的にしていく。
私の悩み……というか憧れ?
ここに来た目的もなければ、ステラやエメラルのように誰かから求められているわけでもない。
それは……
「私って……何がしたいのかなって」
「ほう?」
「流されるままにここまで来たけど、結局やりたい事とか、何がしたいのかとかよく分かんなくて……」
「ステラとかエメラルはちゃんと役割があるのに、私には何も無いなぁって……」
「なるほどのう……」
ティーカップをゆっくりと皿に置いた後、ムーナは再び口を開いた。
「そんなの、わらわだってない」
「え?」
「言っただろう? わらわは役目を終えて封印されたと。それが解かれた今、使命もなにも残っておらん」
「そっか……」
「ま、それを探す旅でもあったのじゃが……のう、ショコラ」
「ん……わっ」
呼びかけに答えたと同時に、頭を撫でられる。
「え、なになになに?」
「そんなに焦らんとゆっくりでいいんじゃよ」
「う、うん……」
「大小関係なく、お主の目的がきっと見つかるハズじゃ。なんせわらわより若いんじゃから」
「ま、まあ……そうだね」
若いというのは可能性の塊だ、なんて大人達が言ってたけどまさかムーナにも言われてしまうとは。
でも、ムーナが言うと妙に説得力があると言うか……なんて困惑している私に笑みを浮かべるムーナ。
「お主の隣にはわらわがいる。だから安心せい」
「っ……」
彼女の眩しい笑顔に胸が高鳴る。
安心感と独占欲、まるで初日の宿屋で一緒にくっついて寝ていた時のような気持ち。再び呼び起こされた感情に私は思わず顔を熱くし、彼女から顔を逸らしてしまう。
「? どうしたのじゃ?」
「いや……別に」
「まーだ隠し事か? ほれ、こっちを向け 」
「やっ……あ」
無理やり顔を捕まれ、ムーナの方へと向けさせられる。
それでも視線だけは別の方向を見ていたのだが、妙に強い圧を感じた為、大人しく目線をムーナの方へと動かした。
「……随分顔が赤いな」
「あうう……」
恥ずかしいから見たくなかったのに。
これも変な意味に捉えた私のピンクな脳内が悪いのだが、考えてしまった以上仕方ない。
「何を考えておったのじゃ? お?」
聞かないでよぉ!!
この状況で追求されるとか地獄ですか?
「う、うう……分かったよ」
けど、何でも話していいと言われた手前、黙るのは失礼かもしれない。
降参だ……全てを白状しよう。
「なんかさ、わらわがおるから安心しろって……すっごい頼もしく聞こえて……」
「ふむ」
「胸がキュンって……なっちゃった」
「は……」
あああああああああああ!!
はっずかしいなぁ!!
意地でも黙っておけばよかったって少し後悔してるもん。
自らの乙女な一面にドギマギしつつ、チラッとムーナの方を見ると。
「……」
「へ……」
耳まで真っ赤にして、顔を俯かせていた。
「……やめない? この話?」
「な、悩みが解決したなら……」
「う、うん……解決した解決した」
「そ、そうか……ならよい」
お互い気まずい空気。
さっきまで紅茶の味と香りを堪能する余裕があったのに、今では何も感じない。
「「……」」
ああ、どうしよう。
無言の時間が長く感じる。初々しいカップルかよ。
頼む、誰かこの空気をぶち壊してくれ……
「「す、すみません!! ムーナ様とお姉様はいますか!?」」
「「っ!?」」
グットタイミング……いや、バッドタイミング?
この空気を破壊する見知った顔が来店してきた。
「ど、どうしたのアイマイちゃん」
「随分慌てておるようじゃが……」
「とんでもない事件が起きたんです!!」
「もしかしたらデモニストに影響があるレベルで!!」
「「?」」
手足をバタバタとさせ、汗をダラダラと流している姉妹ちゃん達。よっぽど慌てて来たのだろう。
イマイチ実感が湧かないが、デモニストに影響がある事件とは一体……
「パーシバルの国王が暗殺されたんですよ!!」
「「え!?」」
予想以上にとんでもない事だった。
「パ、パーシバルが!? 何があったの!?」
「それが、私達が調べた時には城そのものが破壊されていて……」
「城内に死体の数々が……加えて」
「加えて?」
「「……」」
深刻そうな面持ちで互いを見た後、再度私達の方を向いた。
「跡地が……アクトらしき組織に占拠されていました」
「……!?」
「なんと……」
まさかのアクト絡み。
姉妹ちゃん達の情報力も凄いが、それ以上に国王を殺すという大事件をアクトが成し遂げるなんて。
とんでもない組織を相手にしているのだと、この時改めて実感した。
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第26話:誰が国王を殺したのか
「と、とりあえず物騒な話だし一回外に出ようか」
「あ、そうですね……」
「じゃな。ごちそうさま」
会計を済ませた後、私達は近くの路地裏の方へと移動し、話の続きを始めた。
「で、国王が暗殺されたってどういう状況?」
「一体何を見たんじゃ?」
「えと……昨日、私達が情報収集の為にパーシバルを訪れた際、城そのものが破壊されていて」
「辺りには兵士の死体の山、そして国王の首が高く上げられ晒されていました」
「なんて悪趣味な……」
「これは何かあるな、と思い私達はこっそり城の中へと入った訳です」
「城の中……え? 入ったの!?」
「「情報屋ですから」」
「こっそりとはいえ大分危なっかしいのう……」
情報にかける情熱が凄まじい。
いや、生活がかかってるから当たり前と言えば当たり前だけどね?
ただ、捕まっていた過去があるので心配しただけだ。
「中では兵士に変わって、蜘蛛の巣がデザインされたマスクを被る黒ずくめの集団がウロウロしてました」
「蜘蛛の巣?」
「はい。恐らく組織の下っ端達かと。時々会話でアクトがどうのこうのーって言ってましたし」
「ガバガバすぎる……」
大賢者スライムですら名前しか把握できなかった情報をこうもあっさりと……アクトさん油断し過ぎでは?
なんて余裕を持って話を聞いていた時、
「で、それらをかいくぐって私達が見たのは……」
「黒いコートに身を包んだ女性と、勇者リコットが話している姿でした……」
「え……」
私にとっては国王の暗殺以上に衝撃的な事実を告げられた。
「嘘……でしょ」
リコットの名前を聞いた瞬間、私の心はドクンと嫌な跳ね方をした。
嫌な汗がバッと吹き出し、思わず手を強く握りしめてしまう。
「リコット……本当にリコットなの?」
「えぇ、以前からパーシバルでは有名なお方なので顔は何度も見ています。間違いはないかと……」
「ってお姉様、もしかして勇者リコットとお知り合いなのですか?」
「知り合いも何も、少し前までリコットと一緒にダンジョンに潜ってたから……」
「「え!?」」
私の告げた事実に驚く二人。
そういえば私が元勇者パーティだと知っているのはムーナだけだ。
伝えなかったというより、伝えるタイミングがなかっただけだが。
「ただ扱いは散々だったけどね。こき使われた挙句、ダンジョンの下層に突き落とされたんだから」
「あ、そういえば勇者パーティで一人亡くなった方がいるとウワサで……」
「それがお姉様?」
「多分、ね」
「「な、なるほど……」」
リコットめ、やはり事故として私の事を処理したんだな。
相変わらず私の事が嫌いで嫌いで仕方ないみたいだ。
「それでお主がわらわが封印されている所に来て……」
「拳で解呪したワケだね」
「ああー!! そこでお二人は出会ったんですね!!」
「運命感じます!!」
「そ、そう?」
運命、なのかなぁ?
確かに出会いは偶然だったけど、そこまでロマンチックなものではない。
封印を解いた瞬間、事故とはいえ思いっきりムーナを殴り飛ばしたし。
「で、本題!! リコットが何で国王暗殺に関わってるんだろ? あんなのでも一応勇者としての使命は果たしてたハズだけど……」
「それがここ一週間で随分地位を落としたらしくて」
「城からも追い出され、冒険者カードも剥奪されてスラム生活を送っていたとか……」
「えぇ……」
「何故そこまで落ちたのじゃ……」
「依頼の達成率があまりにも低かったのと」
「素行不良すぎたのが原因ですね、最後なんてギルドマスターに殴りかかってたらしいですし」
「やっ……ばぁ……」
ざまぁみろバーカとは思うけどさ。あんなんでも実力はそれなりにある方だと思ってたから、この落ちぶれっぷりには驚きだよ。
「で、落ちる所まで落ちた所でアクトにスカウトされた感じ?」
「恐らくは」
「ただ、妙なオーラを身にまとってたんですよねー」
「ふむ?」
「禍々しいというか、闇に溢れていたといいますか」
「あ!! 一週間くらい前に弓で打たれた盗賊みたいな感じでした!!」
「なるほど……恐らくその勇者とやらも同じ状態で間違いないじゃろう」
あー……何となく想像出来てしまう。
あのプライドの高いリコットの事だ。なりふり構わず力に溺れてしまったのだろう。
「ただ謎の女性の方は詳細があまり……」
「というか近づきすぎると気づかれそうで、急いで撤退したんですよね……」
「なるほど……二人ともありがとうね」
「「いえいえ!! お姉様のお役に立てたのなら!!」」
とりあえずかなりの情報を入手できた。
昨日起きた出来事、という事は近日中に近隣諸国にも影響が及ぶはず。
警戒を怠らなければ。
「では、私達は城に情報を伝えに行くので!!」
「ガッポガポ……じゃなくてお役にたってきまーす!!」
「いってらっしゃーい」
欲望を漏らしつつ、姉妹ちゃん達は急ぎ足で城へと向かった。
「……リコット、か」
蘇る苦い思い出。
パーティにいた時は彼女に全く頭が上がらなかった。立場も実力も何もかも劣っていると思っていたから。
彼女と再び対面した時、私は上手く立ち回れるだろうか……
不安で身体が震え、乱れた呼吸が徐々に増えていく。
「大丈夫じゃ、何とかなる」
「ムーナ……」
「勇者がどの程度の実力かは知らんが、お主も相当なもの、安心せい」
「ありがとう……」
ムーナの言葉で少しだけ心が安らぐ。
「そうじゃな……カフェでは伝え損ねていたが」
「?」
「お主は自信を持て、多少はマシになったが、まだまだじゃ」
「ははは……そうだね」
いつぞやの下層で言われた事だ。
私もだいぶ自信がついた方だと思っていたんだけどなー……かつての仲間に恐れを感じている辺りまだまだなのかもしれない。
「ねぇ……ムーナ」
「なんじゃ?」
「優しく……抱きしめさせて……」
「……わかった」
照れながらもムーナは両腕を広げ、その懐に私は飛び込む。
そして互いの腰に手を回した後、優しく抱きしめ合った。
「……落ち着いたか?」
「……うん、大分」
「そうか……ならよかった」
ほんの少しの間ではあったが、私はムーナの温もりを感じていた。
ただ、その温かさが私の不安を取り除き、互いの身体を離した時にはいつも通りの余裕を取り戻せた。
大丈夫……近くにムーナがいてくれる。
例えリコットと敵対したとしても、私は私のやれる事をするだけだ。
~~~
「これでいいのかい?」
「はい、完璧です」
「あ……が……」
高貴な衣装に身を包んだ男が、首を掴まれ息苦しそうにしている。
その様子をあざ笑いながら、卑劣な行為を続ける女性が二人いた。
勇者リコットとエージェントと名乗る謎の存在だ。
「これで全員……案外チョロいもんだねぇ」
「ですが敵はパーシバルだけではありません。次の目標はデモニストですから」
「デモニスト? 魔族の国に何があるんだい?」
「魔王が二人、聖女と聖騎士がそれぞれ一人……偵察隊が確認しました」
「聖女、ねぇ……そいつらを殺せばいいのかい?」
「いえ、生け捕りでお願いします。彼女たちの才能は生かすべきなので」
「ふん、わかったよ……」
少しめんどくさそうにその場を去る勇者リコット。
「ふふふ……これは思ってた以上に上手く行きそうですね……」
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第27話:勇者リコットとの遭遇
「ねぇ……今日は一緒に寝てもいい?」
「こ、子供か……まぁ構わんが……」
「ありがとう」
今日は甘えたい気分だ。
弱気な心を元に戻すのは結構難しい事で……というか何かと理由を付けてムーナと一緒にいたかった。
「へ、変な事するなよ……?」
「しないよ!?」
「どうだか……」
さっきよりも顔を赤くしないで!?
なんかやらしい雰囲気になりそうじゃん!!
「警戒されるようなことしたっけ……」
「警戒というか、お主は少し大胆じゃからな……」
……そうですね。
思えば今までムーナと少し激しめのスキンシップをしていたような気がする。キスとか、ギュッとしたりとか。
大体そうせざるを得ない状況ではあるけど、友人でもしないような事を何回かやらかしてますね……
「と、とにかく!! 今日は変な事しないから!!」
ただ、今日は大人しくするつもり!!
単純にムーナの温もりを感じたいだけだし。いっつも変な事ばかりしてる私じゃないですよ!!
と、意気込み通りその夜は二人共大人しく、ゆっくりお休みできた。
〜〜〜
ドカアアアアアアン!!
「「ッ!?」」
それから何日か過ぎた頃の朝。
突如外から響いた轟音に叩き起こされた。
「なになになに!?」
「とりあえず外じゃ!! 早く準備するぞ!!」
「う、うん!!」
大慌てで身支度を整えた後、外に出る。
一体何が起きたのか。若干の眠気が残る中で私が見た光景とは
「ま、街が壊されてる!!」
周辺のいくつかの建物が壊されていた。
既に街の人は叫びながら逃げ惑っており、これが如何に異常な事態である事を伝えている。
「あの先かな……」
「恐らく……」
私は武器を取り出し、住人の逃げる方向とは逆に進んだ。
「ふふふ、勇者に拘らず悪役ムーブって言うのも面白いもんだねえ」
「っ……!!」
禍々しい剣を振るい、周囲の建物を破壊する一人の女性。
首まで伸びた赤い髪に少しキツめのメイク。そして嫌味がたっぷり込められた、今まで何度も聞いたムカつく言葉。
「リコット……!!」
「ん?」
元パーティリーダーであり勇者。
リコットがそこにいた。
「へぇ、聖女と聞いて少しだけ頭によぎったけど田舎娘だったのかい。生きててよかったよ」
「私を殺そうとした癖に……」
「あー? あれは助けようとつい魔法を撃っただけだよ。別に奈落に突き落とそうなんて悪い事考えやしない……ねぇ?」
「ちっ……!!」
いかにも確信犯といった悪そうな笑み浮かべている。
そんな相変わらずな態度にギリギリと歯ぎしりをし、先程よりも杖を強く握りしめてしまう
。
冷静に対処しないといけない状況。だが、今までのトラウマと憎き相手を前にしたせいで、平静を保てない。
「落ち着け、あやつに乗せられるな。今はわらわもおる」
「ムーナ……」
ムーナの言葉で少しだけ頭を冷やす事が出来た。
そうだ……焦る必要は無い。
目を閉じ落ち着いて深呼吸をし、再び目を開いてリコットと向き合う。
「へぇ、あんたが500年前の魔王かい? 今の魔王とは随分雰囲気が違うねえ」
「あやつが特殊すぎるだけじゃ。それで、お主は何しにここに来た? ただの憂さ晴らしか?」
「それもいいねぇ……ただ、目的はあんた達だよ」
「私達?」
じゃあ破壊は陽動する為?
何故私達を狙う必要があるのだろうか。
「あんたらを生け捕りにするのが組織の目標だからね。死なない程度にたっぷり痛めつけてやるよ」
「……それがアクト?」
「へぇ、アタシらの事をよく調べたねぇ。アクトはいいよぉ……こんなに素晴らしい力が手に入るんだからなッ!!」
「「っ!!」」
突然、私達の方へと剣を振り下ろすと、直線方向に巨大な斬撃波を生み出した。
「ぐっ!!」
急いで盾を構えて防御態勢を取る。
斬撃波は盾に接触した瞬間、衝撃の強い爆発を生み出し、辺りに砂埃を舞わせた。
「ケホッ……こんなに強かったっけ……」
「変わったんだよアタシは……これで誰もアタシを見下さなくなる、誰もアタシに逆らわなくなる……!! 力ってのは最高だねぇ……アハハハハハハハ!!」
プライドをへし折られ、自らより上の立場にいる人間に強い憎しみを抱いている。
アクトに身を委ね、新たな力と恵まれた才能を生かした結果だ。
「……」
正直、まだ怖い。
だけど……
「だったら私達は全力で抵抗させてもらうよ……」
「ほう?」
「お主がどんな境遇であろうと知った事ではない。勝手に巻き込まれるのは困るんじゃよ」
「ふふ、随分余裕だねぇ」
今は無理やりにでも自分を奮い立たせ、立ち向かう時だ。
盾を構え、杖先をメイスに変化させた後、リコットに向けて突きつける。
「結構痛いけど我慢してね……!!」
「はっ!! 田舎娘が偉そうにしてんじゃないよ」
私だって……いつまでも過去に囚われたくないんだ……!!
「そういえばステラ達が来ないね……」
「離れた所にでもいるんじゃろう。なーに、すぐ来る」
「それはどうかな?」
「え?」
「戦う人間はアタシだけじゃないって事さ……」
パチンと指を鳴らすと瓦礫の奥から蜘蛛の巣のマスクを被った黒ずくめの兵士達が現れた。
「あれがアクトの……?」
「量産型の魔力増強剤を使用した選りすぐりの兵士だよ。並の人間じゃ太刀打ちできない」
「アクト戦闘員…… といったところか」
魔力増強剤というのが盗賊やリコットを変えてしまった元凶なのだろう。
それを量産型とはいえこれだけの数に投与してるとなると……厄介だな。
「現魔王や聖騎士も確保するよう言われてるからね。あちこちに手配しているのさ」
「うそぉ……」
「援軍は期待できんな……」
とはいえ私とムーナでも十分戦える。
魔力だってここ最近激しく使っていないから、ほぼ全開と同じ状態だし。
コンディションはバッチリだ。
「ならさっさと終わらせるべきじゃな!!」
「だね!!」
ムーナが炎の魔力を込め、私がメイスを構えて突撃を行う。
「ヘルフレイム!!」
「ホーリーインパクト!!」
多数のアクト戦闘員を巻き込んで、大爆発が巻き起こる。
そんな爆炎の中でも関係なく、私は突き進む……憎き彼女の元へと。
「リコットォ!!」
「田舎娘が私に歯向かうなんて百年早いんだよッ!!」
因縁の対決が、今幕を開けた。
「ハァ!!」
「田舎娘が戦闘かい? 随分調子に乗ってるみたいじゃないか」
「えぇ……おかげさまで上手くやってるよ!!」
「ならその認識を変えないとねぇ……田舎娘じゃアタシに叶わないって事を……!!」
「ッ!!」
素早く剣が振り下ろされる。
私は再び盾を取り出してガードを行った。ここまではさっきと似たような状況。
だが、
「爆炎蹴り!!」
「ッ!?」
炎の魔力が込められた蹴りが私の腹に直撃する。
「がっ……」
「どうだい!? これを機に自分の愚かさを再認識出来ただろう!?」
身体が宙に浮き、直線方向に勢いよく吹き飛ばされた。
だけど、私だってここで終わりじゃない。前とは違うんだ!!
「はぁ!!」
「ッ!?」
すかさず杖先をかぎ爪に変化させ伸ばし、リコットに絡みつかせる。
やがて私の身体が地面についた瞬間、痛みをこらえて勢いよく引っ張り上げ、今度は逆にリコットの身体を浮かせた。
「くっ!! なんだいこれは!?」
「はああああああああ!!」
「うわああああああ!!」
リコットの悲痛な叫び声と共に思いっきり地面に叩きつける。
ドォーン!! という強い衝撃音と共に風が吹き、周囲に砂埃を舞わせた。
「あぐっ……ハイヒール……!!」
ただ結構無理をした。
未だ鈍い痛みが続く腹に向かって私は回復魔法をかけて、傷を癒していく。
「はぁ……はぁ……お前、お前ええええ!!」
「どう!? 田舎娘にやられる気分は!!」
「ははは……死ぬ一歩手前まで痛めつけてやるよ!! 覚悟しなぁ!!」
怒り狂ったリコットが先程よりも殺気を強くむき出しにする。
戦いはまだまだ始まったばかりだ。
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第28話:リコットの強さとは
「さっきは良い攻撃じゃったぞ」
「はは、ありがと……!!」
アクト戦闘員に囲まれる。
電撃のようなものを剣からビリビリと放出させ、私達の方へと突き立てる彼ら。
「おっと!!」
「ふっ!!」
そして同時に剣を振ってきたので、私達はかわしたり盾で防いだりしていたのだが……
「あばばばば!?」
剣が盾に触れた瞬間、全身に電流が流れビリビリとした痛みが私を襲った。
「ヒ、ヒール……」
「相手は電気じゃぞ!? 鉄の盾で防いでどうする!!」
「これ鉄だったんだ……完全に油断してたぁ……」
すぐにヒールをかけて体勢を立て直す。
リコットの言った通り彼らは厄介だし魔法だってそれなりの威力がある。
「もしかして全員同じ魔法?」
「量産型とか言っておったからな……力の代償に同じような能力になったのかもしれぬ」
だが、皆同じような動きだしオーラもどこか似ている。数というのは恐ろしいもので物量で押し切れる場面があるのもまた事実。
なので……
「まずは周りのヤツらから!!」
「じゃな!!」
リコットに集中出来るようさっさと倒してしまおう!!
「はぁ!! ぜぁ!!」
「ぐっ!!」
「がはっ……!!」
拳を奮って戦闘員を一人一人ぶっ飛ばす。確かに動きはしっかりしているし、戦い慣れている感じもある。
ただこっちは下層のモンスターやダンジョンのヌシと戦い続けたんだ。
オマケに多人数戦なら城で暴れた時に慣れているし!!
「うわああああああ!?」
「ほれほれ!! 張合いがないのう!!」
私の後ろでムーナが戦闘員を燃やし尽くす。
「こ、こいつら強いぞ!!」
「バケモノか!?」
「へぇ……」
恐れおののく戦闘員と暴れ回る私達をじっくり観察するリコット。
はいはい、自分は高みの見物ですか。
さっさと片付けるからそこでゆっくりしてて!!
「「せやあああああああっ!!」」
気づけば戦闘員のほとんどが倒れ、残されたのは勇者リコットだけとなった。
「やるねぇ。ま、大多数は他の連中の確保に向かっているし仕方ない」
「あ、そうだったんだ」
「まあステラとエメラルなら大丈夫じゃろう。あやつら相当強いし」
「だね」
トラップと高速戦闘で無双する姿が容易に想像出来てしまう。
あの二人なら問題なさそうだね。
「お仲間さんの心配をしてて良いのかい? カオスウェーブ!!」
「っ!! ムーナ!! 私の後ろに!!」
魔力の大波が私達へと押し寄せる。
それを見て私は身を縮ませて大盾を構え、大波になるべく当たらないよう防御を行った。
「ふんっ!!」
波が辺りの地面や建物を破壊し尽くす。
唯一の安全地帯は私の盾の後ろだけ。
「はぁ……ってやばぁ!?」
波が収まった時、私達のいた地面だけが妙に浮き上がっており、辺りが更地と化していた。
「ふふふ、これが新たな力だよっ!!」
「くっ!!」
いつの間にかリコットに距離を詰められており、すかさず剣で突いてくる。
それを杖で叩き落とすように防ぎ、お返しに蹴りを入れたのだが
「はっ!!」
蹴りは宙を舞っただけでリコットに当たる事はなかった。
クルクルと機敏な動きで飛び回り、私から再び距離を取るリコット。
「ヘルフレイム!!」
動いている隙を見てムーナの魔法が放たれる。
「甘いねぇ!!」
「なっ……!!」
だがその攻撃もリコットには届かない。
例の剣がムーナの炎を真っ二つに叩き割ったのだ。
「ほーら、お返しだよ!!」
振り下ろした剣を勢いよく上げ、再び斬撃波を私達の方へと飛ばす。
「え!? なんか増えたんだけど!?」
しかも斬撃波が途中で3つに増えて襲いかかってきた。
「うわっ!?」
「ぐぅ!!」
突然の攻撃にまともな防御も取れずモロに食らってしまい、後ろに吹き飛ばされる。
「か、回復……」
とりあえずお互いにヒールで立て直す。
ただ面倒だ。次から次へと多彩な攻撃をされるせいで、対処がかなり困難になっている。まるで複数人の手練と同時に戦っているようだ。
「あの剣、なかなか厄介じゃな……」
「というか剣が本体かもね……」
「ムカつく事を言うじゃないか……その口黙らせてあげるよ!!」
再び私達の方へと迫り来るリコット。
「……」
リコットは万能タイプだ。
攻撃、防御、身のこなし、魔法……なんでもこなせる。
勇者のギフトを授かっただけあって、汎用性では彼女に勝るものはそうそういないだろう。
「ほらっ!!」
再び盾で剣を受け止める。
だけどね、汎用性の塊っていうのは言い方を変えれば……器用貧乏って言うんだよ?
「同じ手は……っ!!」
「なっ!? 盾を!?」
剣を防いだ後、すかさず盾をリコットの方へと投げた。
この盾はかなり重い……らしい。
私を抱えて飛べるムーナでも少し支えるのがやっとな程だ。
「ぐぅ!? なんて重さだい……!?」
そんな盾が直撃したらどうなる?
リコットは盾の重さに耐えきれなくなり、押しつぶされる形で地面に倒れた。
「隙ありっ!! ホーリーメイス!!」
倒れる所を確認し、すぐさま彼女に接近して聖魔法を込めた重いメイスの一撃を振り下ろした。
「がっ……ご、は……」
盾の重さと共に響く、強い衝撃。
あまりの威力にリコットは口から胃液を外にぶちまけた。
「お、のれ……!!」
衝撃によって盾が動いた事でリコットに自由が与えられた。
恐らくさっきと同じように距離を取り、何かしらの作戦を練る時間を稼ぐつもりだろう。
「逃がさないよっ!!」
「がっ……また!!」
だがそんな事はさせない。
再び距離を取らせない為に杖からチェーンを伸ばし拘束する。
「今度は外さんぞ……ヘルフレイム!!」
「がああああああ!!」
動けない所を闇の業火がリコットを包み込んだ。
炎がリコットの身体を焼き、あちこちにやけどを作る。
「うまくいったね」
「あぁ、二人相手には流石の勇者も太刀打ち出来んようじゃな」
「はぁ……はぁ……」
状況はこちらが優勢。
休む隙すら与えない攻撃の連続に流石のリコットも肩で息をするくらい疲労している。
「な……めるなぁ!!」
「「っ!?」」
だがそんな状況にムカついたのか、リコットが注射器を取り出すと自らの首筋に謎の液体を注入した。
「今何をしたの!?」
「はは……普段から暴れると面倒だからね……けど流石に頭にきたよ」
「まさか前の盗賊のように……!!」
「はは……あんた達なら全力でも死なないって信じてるよっ……!!」
そんな理不尽なお願いされてもねぇ!?
やがてリコットの身体はどんどん肥大化していき、最終的にあの盗賊と同じような禍々しい姿へと変貌した。
「ウオアアアアアアアア!!」
咆哮が周囲に響く。
このピリピリした感じ……さっきのリコットとは全く違う!!
「フー……いいねぇ……」
「意識が……ある?」
「多少はね……ただ」
剣を突き立てると、禍々しい魔力が刃へと集まる。
やがて刃は黒く染まり、それ見たリコットがニヤリと笑うと
「あんた達を痛めつけたくて仕方ないよ」
「「っ!!」」
目にも止まらぬ早さで私達へと近づき、横切りで腹を血に染めた。
「がっ……!!」
「ぐ、ううう……!!」
「どうだい? これがアクトの技術だ、素晴らしいだろう?」
リコットが迫る瞬間、少しだけ身体をそらせたおかげで致命傷は避ける事ができた。
だが重症には変わらず、私達は腹を抑えて痛みに苦しんでいた。
「ヒール……」
「助かる……」
回復は出来る。だが傷が大きければ大きいほど治すのに時間がかかってしまう。
ヒールによる半ゾンビ戦法も魔力と時間の問題なのだ。
「かなりやばいね……」
「じゃな……」
リコットに本気で殺される。
生け捕りなんて雰囲気を感じない彼女に少しだけ恐れを感じ、私達は緩みかけていた緊張を改めて引き締め直した。
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第29話:決着
「せやぁ!!」
「っ!? 増えた!?」
剣が空中に浮いたと思えば、まるで分裂するかのように増えた。やがてリコットの周りを剣が埋め尽くし、それらが合図を送った途端、雨のように私達に襲いかかる。
「テンペストォ!!」
「くっ!!」
だが黙ってやられる私達じゃない。
ムーナは風の全体魔法で剣を弾き飛ばし、私は盾を構えて正面の攻撃を防いだ。
しかし、
「くっ……流石に多いか……!!」
テンペストの隙間を通り抜けて、剣が私達の身体を掠めていく。
一つ一つのダメージは小さいが、積み重なることで大きな傷を生み出してしまう。
「はぁはぁ……オートヒール!!」
この程度なら自動回復で補える。
癒しの波動が二人を包み、掠めた傷を塞いでいく。
「厄介だねぇ……なら直接っ!!」
「舐、めるなぁ……!!」
剣の雨が止んだ直後に、再び襲い掛かるリコットの突撃。
彼女の真っ直ぐな突きに対し、私は再び盾を構えてガードする。
「はぁ……はぁ……」
……暴走状態でも、腕力ならこちらの方が上のようだ。
剣がこれ以上、私達の方へと進むことはなかった。
「力だけなら、貴方にも勝てるんだよ……!!」
「みたいだねぇ……けど、力以外ならどうかなぁ!?」
「っ!? 地面が!!」
突如として私の周りに渦のように魔力が周りだし、やがてそれは竜巻のように成長していく。
「フレアスクリュー!!」
「きゃあああああああ!?」
炎の竜巻が私の身体を宙に浮かせる。
熱と竜巻の風圧で身体が痛めつけられ、風力を無くして地面に叩きつけられた事でそのダメージは更に増した。
「あいつ……やばい……」
「じゃな……」
これが勇者の力、いや魔力増強剤の本気なのか。
(さて、どうしようか……)
一番厄介なのはあの剣による多彩な攻撃だ。
なら剣さえ何とかできればこちら側へと有利に戦いを持っていけるはず。
少し目を閉じて戦いのシュミレーションを頭の中で行った後、再び目を開けてムーナの方へと振り向いた。
「ねぇ、ムーナ……炎系の全体魔法って使える?」
「ん? 出来るが……何か思いついたのか?」
「うん……それをリコットが空中に浮いた状態で撃ってほしいんだよね……私もなんとかするから」
「よし……やってみるかっ!!」
リコットの方へと向き直り、武器を改めて強く握り直して突撃した。
「せやっ!!」
「はっ!! 攻撃が単調だねぇ……そんなのじゃ当たらないよ!!」
リコットへメイスを振り下ろすもひらりとかわされてしまう。
確かにパワーなら私の方が上だがスピードはリコットの方が高い。
いくら火力があっても当たらなければ意味がない。
「ダークネスバレット!!」
リコットがかわした瞬間、闇魔法の弾が雨のようにリコットへと襲いかかった。
「ふんっ!! 小賢しい!!」
「何その防ぎ方!?」
だがリコットは剣をぐるぐると円を描くように回転させ、自身へと降り注ぐ魔法を全て防いだのだ。
いくら剣が厄介とはいえ、そんな器用なこともできるの!?
彼女のポテンシャルの高さに改めて恐ろしさを感じた。
「まだまだっ!!」
「ちっ!!」
だからこそ、あの剣を手から離さなくては勝てない。
私は盾を構えてタックルを行う。連続して行われる攻撃の対処は流石のリコットも難しいらしく、剣で自らを守るというやや苦し紛れな防御手段で防いだ。
その隙をムーナは見逃さない。
「ジャンプじゃ!! スパイラルクエイク!!」
ムーナの掛け声とともに私は右方向へ飛び上がると、地面を泳ぎながら進む魔法がリコットの方へと向かった。
「こんなものぉ!!」
地面からの攻撃への対処はリコットにとって簡単なもの。
だけどその避け方は?
そう……彼女は飛び上がったのだ。
私達の思い通りに。
「今!!」
「フレアウェーブ!!」
「っ!?」
当初の作戦通り、波のような炎魔法がリコットへと襲いかかる。
炎は辺りの瓦礫を燃やし尽くしながら進み、対象を灰にしてしまおうと彼女へと迫る。
その姿にチッと舌打ちをしながら剣を構え、魔力を込めて振り上げる!!
「小賢しいんだよ!!」
放たれた斬撃波がフレアウェーブを真っ二つに割る。
「はっ、これで終わりかい!?」
度重なる猛攻にイライラしつつも全てを防ぎきった事から生まれる慢心した表情。
随分と余裕そうだ……
確かにダメージは与えられていない。だが、あらゆる行動によってリコットに大きな隙が生まれている。
その事実に彼女は気づいていない。
「いや……ここからだよっ!!」
「!?」
私はフレアウェーブの影に隠れてチェーンを伸ばすと、彼女の剣をガッチリと掴んだ。
「そーれっ!!」
「わ、わわわわ!?」
思いっきり引っ張り上げると剣を掴んでいた彼女のもろとも宙に浮く。
地面に浮かせたのも、全体魔法で彼女を覆ったのも。
全て剣を引っ張りあげる隙を生み出す為。
空中という人間が自由に動かせない場所で、炎の全体魔法で目くらましをされた結果、私が伸ばしたチェーンの存在に彼女は気づけなかったのだ。
「これで終わりだリコット!!」
剣だけ奪えなくても彼女ごと引っ張ることができれば、かわす空間が少ない近距離でボコボコに殴り倒せる。
抵抗してきても前方向なら盾で防げるし。
一気に有利な状況に運ばれた事にリコットは驚愕し、苦しい表情を浮かべていたが……
「なめるなあああああ!!」
「っ!? 加速した!?」
彼女は私の方へ空中ダッシュし、チェーンで引っ張り上げるよりも先に近づいたのだ。
「チェーンに余裕があれば、アタシだってまだ自由に動ける!! 奪われる前にあんたを刺し殺してやる!!」
「ちぃ!! ショコラ!!」
「無駄ぁ!!」
「ぐぅ!!」
リコットの企みにムーナが気づくも遠距離魔法によって妨害されてしまう。その隙に彼女は私に近づき、自慢の剣を私に突きつける。
「しねええええええ!!」
瞬時に盾を構える。
だが突然の行動に身体が追いついておらず、盾は剣を防ぐことなく僅かに掠める程度。
「っ!!」
キィンと虚しい掠めた音と共に、魔力の込められた刃が私の懐へと入り込み、そして……
「が……はっ……!?」
「ははははは!! いい顔してるねぇ!!」
「ショコラ!? ショコラあああああああ!!」
私の腹へと深く突き刺さった。
「どうだい!? 田舎娘じゃアタシに敵わない!! さっさとくたばりな!!」
「……」
鋭い痛みに意識が奪われそうになる。
腹だけでなく口から血が流れており、全身から気力と力が失われていくのを感じた。
だが
「っ!? 剣が……は、離せ!!」
「ふー……ふー……」
私は血だらけの手で剣を掴む。
絶え間なく続く激痛を歯ぎしりしてこらえ、絶対に剣を渡さないと力を込める。
「ぁあああああ……!!」
「うわああああっ!?」
そして最後の力を振り絞って身体を回転させ、リコットを剣から引き剥がして空中に飛ばした。
「ムー……ナ……!!」
「任せろ!! ヘルフレイム!!」
その瞬間を見てムーナが十八番の魔法を放つ。
剣を失ったことで先程のように魔法を切り裂くような防御手段は取れない。
ましてや今は空中。ご自慢の身体能力でかわす事すら難しい。
「ちぃ!! ウォーターシールド!!」
なので水の盾でムーナの魔法を防ごうと、魔力を込めた。
それしか出来ないからだ。
「そんなもので防げるかぁ!!」
「ぐっ!? がああああああああ!?」
だがそんなもので防げるほど、ムーナの魔法は弱くない。
元々単純な火力ではこちらの方が上回っていたのだから。
炎が水の盾をたやすく壊し、やがてリコットの身体を包み込んだ。
「はぁ……はぁ……」
動けなくなったリコットの身体が地面に叩きつけられる。
かなり厳しい戦いだったが、なんとか勝利を収めることが出来た。
しかし
「ぐ……が、は……」
「ショコラ!!」
次はこの剣の対処をしないと……ね
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第30話:魔力供給
「お主大丈夫か!?」
「はぁ……はぁ……」
絶え間なく続く出血と痛み。
そんな朦朧とする意識の中で私は、自ら刺さった剣を掴み
「っ……あああああああ!!」
「っ!?」
勢いよく引き抜いた。
「あ……う……」
「な、何をしておるんじゃ!! 死ぬ気か!?」
傷口がズタズタにされ痛みが更に増す。
正直、今度こそ意識を持っていかれるかと思った。
だが何とか意識を保ち、自らへハイヒールをかける。
「ふぅー……ふぅー……」
ハイヒールの癒しが傷を塞ぎ出血を抑えていく。
正直、荒療治ではあると思う。
けど、このまま放置しても出血多量でくたばるのは分かっていたし、今すぐに治療したかった。
「はぁ……なんとか、なった……」
「心配させおって……少し休め」
「いや……まだやる事があるから」
「やる事?」
「リコットの魔力増強剤を消す……これだけはやってしまいたい」
「……あまり無理はするなよ」
「……分かってる」
這いずるようにリコットへと近づく。
傷口は塞げたが、まだ重い痛みと死を覚悟させたあの感覚が物凄く気持ち悪い。
さっさと終わらせよう……そう考えながらリコットに手を触れる。
「リフレッシュ……」
浄化の光を出すと、彼女の身体から邪気が徐々に消えていく。
やがて正常な人間へと姿が戻ったのを確認し、私はふぅと一息ついた。
「お疲れ……これでもう」
「うっ……おえぇ……」
「っ!?」
浄化を終えた瞬間だった。
突然訪れた吐き気に耐えきれず、私は血の混じった嘔吐物を地面に吐き散らしたのだ。
「ゲホッ……ま、りょく……きれたかも」
「っ……!! そんなギリギリだったのか!?」
「ごめん……多分なんとかなると思って……」
「このバカ者……!!」
頭が痛い。
身体全体がだるい上に鬱々しい気持ちでいっぱいになる。
おまけに回復しきれなかった激痛で更にしんどい……
状態としては最悪だ。
「ここですかね……ってショコラさん!? 大丈夫ですか!?」
「なんかヤバそうな雰囲気やん!?」
遠くの方からステラとエメラルが駆け寄って来た。
恐らく、戦闘員達との戦いを終えてこっちに来たのだろう。
結構激しい戦いだったし、居場所を特定するのは簡単だと思う。
「傷口は塞がったがまだ痛みはあるようじゃ。オマケに魔力切れまで起こしてもうて……」
「なんやそれ……はよ治療しないと命に関わるで……!!」
「ならボクの城に来てください!! ポーションとかもあるので!!」
ムーナに抱き抱えられながら、私達は城へと向かう。
(……ムーナ)
薄れゆく意識の中でムーナの必死そうな表情が印象に残った。
〜〜〜
「……とりあえずポーションはここにあるので、後はお任せしてもよろしいですか?」
「任せろ。わらわがしっかり見ておる」
次に目が覚めた時、私はベッドの上で寝ていた。
恐らく、皆が私を寝室に運んでくれたのだろう。
遠くの方で知っている声がいくつも聞こえる。
「ボクはデモニスト全域にトラップを張ってきますね……流石に動かないとヤバいので」
「ウチも見回りしてくるわ」
「そうか……二人とも気をつけるのじゃぞ」
やがて声は無くなり、近くにいるのはムーナ一人になった。
(しんどい……)
未だ続く身体の不調。
今すぐにでも寝てしまいたい気持ちなのだが、重く続く痛みがそれを良しとしない。
楽になりたいのに楽になれない。
そんな地獄のような状況に、私の心はどんどんすり減っていく。
「とりあえずポーションを飲め……少しは傷も和らぐ」
ポーションの瓶が開けられ、口に注がれていく……だが
「ッ!! ゲホッ、ゲホッ!!」
飲み込む力がない。
喉を通ることすら出来ず、口の中に溜まり続けるポーションで呼吸が出来なくなる。
結果、私はポーションを外に吐き出してしまった。
「ここまで弱ってしまったか……」
ヤバい……眠気とは違う感覚で意識が遠くなってきた気がする。
気持ち悪さもさっきより増したし、痛みだって未だに続いている。
「……ぁ……っ」
「大丈夫じゃ……大丈夫」
不安でいっぱいになり、それが涙という形で外へ出ていく。
その様子を見てムーナはそっと私の頬へ手を伸ばし、優しく撫で始めた。
(落ち着く……)
絶え間なく続いた鬱な気持ちが、少しだけ和らぐような気がした。
……そういえばムーナが倒れた時も私は似たような事をしたっけ。
あの時のムーナも、同じような気持ちでいっぱいだったのだろうか。
「……あの時はお主が助けてくれたな」
目を閉じ、少し顔を赤らめながら思い出を語るムーナ。
確かに思い出す度恥ずかしくなる出来事だった。
ムーナもそう思っているのか、時々身体がビクッてしているし。
「あんな大胆な方法を取るとは思わなかったが、わらわは感謝しておる……だから」
「……?」
覚悟を決めた目付きで、机に置かれたポーションを手に取り、自らの口に含む。
そして
「今度はわらわの番じゃな」
私の口元へと近づき、そっと唇を重ねた。
「っ……!?」
突然の唇の感触に驚いてしまう。
更には舌をねじ込まれ、無理やり口内への入り口が開かれると、液体がゆっくりと流れ込んで来た。
「っ……ぅ……」
飲み込む力がムーナの呼吸によって補助され、液体が喉を通っていく。
ただ慣れていないからか、口の隙間から肌をつたってこぼれ落ちるのを感じた。
(……まだ、つづく?)
互いの口の中から液体が消えても、ムーナは唇を離そうとはしなかった。
一定の間隔で呼吸が行なわれ、彼女の吐き出す息が私の中へと入る。
いや、空気だけじゃない。魔力のようなものも流れてくる。
私は気づいた。ポーションだけでなく、魔力供給も行っているのだと。
「ふぅー……」
ムーナの魔力が口を通して私の中へと入っていく
そして、自身の魔力が少しずつ回復していくのを感じ、朦朧としていた意識がはっきりとしていく。
(きもち、いい……)
柔らかくて、熱くて、この温度に身を任せたら自分が溶けてしまいそうで。
でも、凄く心地いい。幸せな気持ちで包まれる。
なんだろうこれ。
言葉で説明するのは難しいけど、どんなものにも代えられない。
私を夢中にさせる何かがある。
「っ!? ぁ……」
魔力が注ぎ込まれて苦しみが和らぎ、少しだけ余裕が出来た。
そんな僅かな余裕から生まれた行動とは……ムーナの舌に、私の舌を絡ませる事だった。
(……すごい)
舌を絡ませた瞬間、互いの身体が電流を流し込まれたかのようにびくっと反応する。
だが受け入れるのは早く、ちょっとだけ激しい魔力供給が再開した。
「……っ」
「ぁ……」
水音が激しくなる。ムーナの匂いや柔らかさに過剰な反応をしてしまう。
ただ舌を絡ませ合っているだけなのに、幸せは増すばかり。
それらが何度も繰り返され、心臓を過剰なまでに激しく動かしていく。
(ムーナは……どうなっているんだろう……)
唇を重ね合わせてから、私はずっと目を閉じていた。全てを受け入れるよう、ムーナに身を任せていたからだ。
だから気になる。ムーナはどうなっているのか。
(少し……だけ……)
不調と快楽に支配されている為、目に力を入れるのにも時間がかかる。
それでも、彼女の顔を確かめたい。
僅かに残された気力を振り絞って、自身の目をゆっくりと開いた。
「……?」
眩しい光が視界を埋めつくす。だが光は鮮明な形へと徐々に変化し、目の前にいるムーナの姿をハッキリと映し出した。
「「っ……!!」」
お互いに目が合う。
熱っぽい表情に、涙まじりのとろけた瞳。その目に私は吸い寄せられ、少しの間ムーナを見つめてしまう。
「「……」」
舌の動きが止まる。
あれだけ激しく響いた水音が無くなり、布の擦れる僅かな音しかしなくなった。
(……)
静かな時間が流れ、ムーナは無言で口を離す。
口元からキラキラとした糸が伸び、やがて頬へと落ちていった。
頬から感じられるその糸の冷たい感覚が、この静けさではやけに強く感じてしまう。
「……しばらく、やすめ」
「わっ……うん」
ムーナに布団を顔までかぶせられたので、再び目をつぶる。
僅かな時間だが、とても濃密な体験をした。
重ねられた唇。流し込まれる液体。以前よりも激しい、舌と舌の混ざり合い。
そして……お互い熱が込められた視線。
(忘れられない……)
布団の中だからか、さっきまでの熱はしばらく冷めることはなかった。
何よりもムーナのあの目がずっと頭から離れないのだ。
言葉では言い表せない、思い出すだけで胸がドキドキしてしてしまうあの視線。
悶々とした感情を抱えながら、私はベッドの上で一日を過ごした。
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第31話:変わりゆく関係
「……ん」
目が覚める。
まだ少し身体がだるいが、昨日よりは回復した気がする。
ふと、隣を見ると椅子に座って私をじっと見つめるムーナがいた。
「お、おはよ……」
「お、おはよう……」
挨拶を交わした後、すぐに目を逸らされてしまう。視界に入るのは真っ赤に染まった耳。
やはり昨日の出来事が恥ずかしすぎて、私の事を直視できないのだろう。
(恥ずかしいのは私だけじゃなかった……)
だがそれは私も同じ。
ヒートアップして起こした行動に自ら顔を熱くし、枕に顔を埋めていた。
だって昨日のアレっていわゆるディープなキスでしょ?
私の人生の中で最も刺激的な体験をしてしまったんだ。冷静でいられる訳が無い。
「「……」」
結果、お互い無言の時間が続く。
なんだろう、この気まずい雰囲気。
静かだから余計に昨日の事を考えちゃう。この状況、絶対よくないよね?
気を紛らわせたくて、私は布団から顔を出しムーナに声をかけようとしたのだが
コンコン
「「っ!!」」
ノックの音に遮られてしまう。
「ど、どうぞー……」
「はーい、ってなんか雰囲気重いですね……」
「いや重いって言うより……お二人さんなんかやった?」
入ってきたのはステラとエメラルだった。二人とも初めは心配そうな顔をしていたものの、私達の妙な雰囲気を見て何かを察したらしい。
「「っ!!」」
「あー……なるほど」
まぁあれだけ酷い状態から話せるようになってたり、お互い顔を赤らめているからバレバレだよね……
お願いだからあまり触れないで……!! と、強い視線を向けるとやれやれといった顔で別の話へとうつってくれた。
「とりあえずリコットは牢獄にぶち込まれたわ。怪しい戦闘員らも大半は殺したけど、まだまだ捜索中や」
「そっか……とりあえず一件落着、かな?」
「安心するのはまだ早いで。パーシバルに例のあいつが残ってるし、また何かをしてくるかもしれん」
そういえば姉妹ちゃん達が異様な雰囲気の女性がいると言っていたな。
恐らく彼女がリコットをけしかけ、私達を確保しようとしたのだろう。
「ま、少なくとも今のショコラにやってもらう事はないわ。ゆっくりやすみなー」
「おやすみなさいですー」
「ん、二人ともありがとうね」
手を振った後、二人は寝室から去った。
そしてこの場には再び私とムーナの二人だけが残される。
「昨日はごめんね……」
「全く……心配したぞ」
が、先程までと違い少し話したおかげで、落ち着きを取り戻すことが出来ていた。
「いくら何でも無茶苦茶すぎるぞ……わらわも死ぬかと焦ったわ」
「あはは……」
剣が腹に突き刺さり、それを無理やり引っこ抜いてハイヒールで即座に治療。
見ている側からすれば、気が気でない状況だったと思う。オマケに魔力切れで倒れたのだから、ムーナにはたくさんの心配をかけてしまった。
「だが、よく頑張った」
「……ありがとう」
ポンと頭に手を置かれゆっくりと撫でられる。手が動く度に心がぽやぽやした気持ちで包まれ、目を閉じた事でその感触がより強く感じられる。
「……」
いい気分……このままムーナに撫でられていたい。
トクン……トクン……
「っ……」
同時に心臓の鼓動が早くなる。
おかしい……幸せな気持ちがいつも以上に溢れてしまう。
ただ撫でられているだけなのに、ムーナの一つ一つに過剰な反応を示している。
「ムー……ナ?」
「っ……!!」
やや上目遣いでムーナを見たが、また目線を逸らされる。
「……なんでこっち見てくれないの」
「そ、それは……」
それが少し不満だった。
ムーナの方へと手を伸ばし、服をぐいっと引っ張る。
いくら恥ずかしいとはいえ、私の方を見てくれないのは嫌。
まるで嫌われているみたいだし……
(なんか……おかしいや)
いつもよりムーナに対する感情が大きくなってる。
ちょっとした事でも気になるし、もっと私に向き合って欲しいとも思ってしまう。
「こっち見て……無視しないで……」
「っ……お、お主……」
こんな甘えた声を出して、構ってもらおうとアピールしちゃうのも、ムーナのせいだ。
「わかった……だからあまり拗ねるな……」
「……拗ねてない」
変に嫉妬したり、面倒くさい感情を抱いたりするのも全部……
「う……これで、いいか……?」
「ん……」
私の機嫌を治すためか、少し視線を逸らされながらギュッと抱きしめてくる。
むぅ、また見てくれない。
ムーナに抱きしめられるのは好きだけど、なんか誤魔化されたような気がする。
「んー……」
「っ……や、やめ……」
いつまで経っても変わらない態度に痺れを切らし、私はムーナの顔を掴んで無理やりこっちに向かせた。
「っ!!」
「っ……」
潤んだ金色の瞳。
瞬間、ドクンと跳ねる心臓の音。
昨日と同じだ……
「ぁ……」
じっと見つめる。
ムーナの頬がより赤く染まり、恥ずかしいからと逃げようとする。
だけど相手は私。弱っていてもムーナより力は強い。
「ムーナ……」
「っ!?」
その瞳に吸い寄せられるように、私の顔を近づけていく。
まるであの時の感覚を求めるように。自らの唇を少しだけ尖らせ、彼女のものに重ねようと……
「違う……じゃろ?」
「っ!!」
少し引き気味なムーナの言葉に、私の動きが止まる。
「まだ魔力供給が必要なら分かるが……もう大丈夫、では?」
「そ、そうだね……」
あれは魔力供給を効率的に行う為の方法。快楽など二の次だ。
今私がやろうとした行為は魔力供給の事など一切関係ない。
己の欲望を優先した一方的な押し付けのようなものだ。
「体調を崩して人肌恋しくなったのじゃろう……少し休め」
「……わかった」
「わらわは水を飲んでくる……」
やや早足で、寝室を出ていく。
ムーナは何も間違った事を言っていない。熱に浮かされた私を冷静に落ち着かせたのだから。
でも
『違う……じゃろ?』
あの時のムーナの姿が頭から離れない。
「……え」
頬を伝って流れていく涙。
自分でも驚きだった。
なんて事はないと思っていたのに。
「なんで……だろ」
今日はおかしい。
ムーナの事で過剰に反応してしまう。
さっきも、傷つけるつもりはないって分かっている。
「……ぁ」
なのに……私を止めた言葉が私の胸に深く突き刺さっていた。
「どーしたんや?」
「っ!? エ、エメラル!?」
いつの間に!?
突然現れた事に動揺しつつも、そんな事はお構い無しに私の側へ近寄るエメラル。
「ムーナの様子が妙やなーって思って来てみたけど……大丈夫なんか?」
「う、うん……大丈夫」
「んなわけないやろー、泣いてるんやし」
「あ……こ、これは」
どうしよう。変に気を使わせたのかもしれない。
別に喧嘩をしたわけではないし、さっきのは私が悪い。それどころか私を諭したムーナの言葉で泣いてしまったのだから ……なんて面倒くさい女なのだろう。
「ウチでいいから話して欲しいわ。ムーナに直接言えない事もあるやろ?」
「……わかった」
ただこれ以上エメラルを心配させるのも嫌だったので、私はこれまでの出来事を全て話した。
エメラルはふんふんとうなずくばかり。 気になる所に突っ込んでくる……なんて事は無かった。
「なるほどなぁ……ま、今の聞いてこれだけは分かったわ」
軽く笑みを浮かべるエメラル。
そこまでおかしい話した?
彼女の様子に違和感を覚えていたが、この後に告げられた言葉に私は更に首を傾げる事となる。
「ムーナに恋してるんやろ?」
「へ?」
予想の遥か上を行く答え。
考えたことも無いけど、心にすっと入る言葉。
これが……恋なの?
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第32話:恋の相談
「こ、恋? 私がムーナに?」
「せやせや、聞いた感じそうとしか思えんけどなぁ」
と、言われても……
でも思い返せばそうかもしれない。
ムーナの事を必要以上に求めたり、構って貰えなかったりすると寂しく感じちゃったり。
「私が……ムーナの事を……」
胸に手を当てて考える。
鼓動が早い。思えば思うほどムーナの事が頭に浮かんできて、全身を熱くさせていく。
「ふふ、甘酸っぱくなってきたなぁ」
「っ!! も、もう……」
「まあまあ。恋バナならウチに任せや。ステちゃんっていう素敵な彼女もおるし」
「あー……確かに」
そういえばお二人はラブラブなカップルでしたね。
遠くから見てても甘々で、見てるこっちまで恥ずかしくなる素敵な関係。
いわば恋の先輩だ。
「じゃ、じゃあ……お願いします」
「オッケー!! ウチに任せや!!」
現役で恋人生活を送っているエメラルに相談するのは、正しい選択かもしれない。
「で? ムーナのどういうとこが好きなんや?」
「いきなりぶっ込むね!?」
「恋バナの鉄板やろー? やっぱりここは大事やん?」
「う、うん……」
確かに一番気になる所だと思うけどさぁ!!
言う方はすっごく恥ずかしいんですよ!!
だけど相談すると言った以上、隠し事はよくない。私は勇気を振り絞ってムーナの好きな所について少しずつ話し始めた。
「頼りになる所と……綺麗な目、かな?」
「ほぉほぉ……目、かぁ」
「うん……ムーナの目って近くで見るとすっごくキラキラしてて、涙とか溜まるとそれが更に魅力的に見えるの……」
「へぇ……いいやん」
あの目を見ると、私の感情がぶわっと舞い上がってしまう。
見てるだけでドキドキが止まらなくて……心が奪われる。
「見た目も中身も好きって、だいぶメロメロやな」
「うぅ……」
「しっかし目かぁ……今度間近で見てみよっかな……」
「だ、だめっ」
「んー? なんでや?」
「あっ……」
ニヤニヤと笑うエメラル。
ハメられた……!!
絶対私の恥ずかしい所を突っつくつもりだ!!
「えと……私だけの、ものだから……」
だけど譲らない。
ムーナの瞳の良さは私だけが知ってればいい。
ってなんで私の物という前提なの。誰の物でもないのに。
「はぁー……いいわぁ。大好きな人を独占したくなる所、すっごくかわええ……」
「ねぇー!! さっきから私で遊んでない!? 遊んでるよねっ!!」
「そんな事ないでー? ただ恋する乙女っていうんは、ついつい可愛がりたくなるものなんやって」
「む、むぅ……!!」
言いたいことは分かる。
昔、村にいた女の子が大人の男に恋している姿とかすっごく可愛かったし。
けど、その矛先が自分に向けられるとなると……結構恥ずかしいですね……
「てか、それだけ大好きなら、なんで悩んでるんや? ムーナだってショコラの事、好意的に思ってそうやし……」
「……欲深いから」
「欲深い?」
「うん」
多分、この言葉が今の私を表していると思う。
「ムーナと唇を重ねるだけでよかったのに……私が勝手に舌を絡めたり、もう一回しようとしたから……欲深いんだと思う」
「なるほどなぁ……」
「それでムーナを怖がらせたから……悪いのは私なの」
「んー……んんんん……」
腕を組んで唸り声を上げるエメラル。
どこかしっくりきていない……そんな感じだ。
そして少し悩んだ後、再度口を開いた。
「多分……普通の事やと思うで?」
「え?」
「好きな人に欲情するのは当たり前やって。ショコラはムーナの事をもっと求めたかったんやろ?」
「それは……まぁ」
好きなんだから求めていたんだろう、と今は思う。
ただ、それが過剰だったからムーナに迷惑をかけた訳であって……
「あんなぁ、そんな行為しておいて平常でいられる方がおかしいって。ショコラは普通の事をしたまでや」
「で、でも……」
「だけど」
私の言葉が遮られる。
「大事なのはその思いを伝える事や」
「……!!」
思わずハッとなった。
「ムーナからしてみたら、何であんな事をするのかわからへんわけや。だからお互い向き合ってちゃんと話し合う必要がある」
「確かに……あれからちゃんと話せてなかった」
「やろ?」
思えば一方的な押し付けだった。
ムーナの思いを聞かずにぐいぐい攻めて。互いを理解するという部分が足りなかったのだ。
「で? ショコラはムーナに何を伝えたいんや?」
「私は……」
ムーナに伝えるべき事。
そんなの、一つしかない。
「ムーナの事大好きだって……ちゃんと伝えたい」
自らの思いをムーナに。
そしてもう一度ちゃんと話がしたい。
緊張するし怖いけど、ここを乗り越えないと、いつまでもムーナと気まずいままだ。
「でもちょっと不安かな……」
「大丈夫や、ムーナはショコラの事嫌ってない」
「そうかな……」
「少し混乱してるだけやって。ちゃんと話せばわかってくれる」
「うん……ありがとう」
「ええって、ええって」
優しく抱きしめられる。
だけどムーナの時みたいに心が跳ねたりはしない。その事実に改めて彼女が特別な存在である事を自覚した。
「さて、もう遅いしここで寝ようかな。隣借りるで」
「え!? 私と一緒のベッドで!? ま、まさか私を……」
「ちゃうわ!! せっかくやしムーナとステちゃんを嫉妬させたろうかなーって」
「あー……なるほど」
いたずらっ子のような悪い笑みを浮かべるエメラル。彼女持ちのエメラルが私と同じベッドで寝ていたら……なんかあったと思うよね。
彼女は人をからかうのが好きみたいだ。
「怒って起こしてされるかもね」
「ステちゃんは泣きじゃくりそうやけどな」
「ふふっ」
ただ私も面白そうだと思い、乗っかってしまう。この際だ、私の心をかき乱すムーナを少しからかってやろう。
「さて寝よっか……ここ最近働き詰めでしんどいんや……」
「ん……おやすみなさい」
着替え終わったエメラルと共に、ベッドで眠りにつく。
身体の疲れがまだまだ溜まってたからか、意識が遠くなるのは早かった。
明日はちゃんと話そう。
そしてまた元通りの毎日を……
〜〜〜
「ん……」
眠りから覚める。
どれくらい経っただろうか。
地下だから日差しが入らず、正確な時間が分からない。
「あれ……なんだろう」
辺りをキョロキョロしていると、机に二通の封筒が置かれているのを見つけた。
しかも丁寧に宛名まで書かれている。
「どれどれ……」
一つはエメラル、もう一つが私宛みたいだ。
城の人がわざわざ届けてくれたのかな? ありがたい。
取り敢えず自分向けの封筒を開け、中に入っていた手紙を読む。
”わらわの事は忘れてくれ。”
「……」
明らかにムーナが書いたであろう一文。
他には何も入っていない。
「え!?」
待ってこれ、何か勘違いされてない!?
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最終章
第33話:消えた二人
「エメラル!! エメラル起きて!!」
「んぅ? どーしたんや……」
まだ眠そうな目でゆっくりと起き上がるエメラル。
「朝起きたらこんな手紙置いてあったんだけど!! これヤバくない!?」
「……ヤバいな」
ただ私への手紙を読んだ瞬間、事の重大さに気づいたようだ。
本当にどうしよう!? ムーナに私が浮気したって思われてる!!
「嫉妬どころか取り返しのつかない事になっちゃったよ!! ああああ……
「ま、まぁ一旦落ち着いて……ん? あっちのテーブルに置いてあんのは?」
「あぁ、あれはエメラル宛てだよ」
「……なんや嫌な予感がするなぁ。まあええわ、さっさと読も」
テーブルに置かれたもう一枚の封筒を開け、中身を読むエメラル。
「……」
あれ? なんか雰囲気おかしくない?
身体を震わせながら、手紙を掴んでいる指が強くなり、紙にしわを作っている。
「なんやこれ!?」
「ほら!! エメラルもステラに浮気したって思われてるんだよ!!」
「ちゃうちゃう!! これ読んでみい!!」
「ん?」
エメラルに手紙を手渡される。
そこには、ムーナから私に当てたものとは全く異なる内容が書かれていた。
”パーシバルに人質として行ってきます!! やだ怖い助けて!!”
「……なんか話変わって来たね」
「……せやな」
パーシバルに人質?
急にどうしてそのような話になるのだろうか。
しかもあそこは今アクトに占領されている真っ只中。そんな場所に行くなんて自殺行為のようなものだが……ってまさか
「ムーナも人質として?」
「可能性は高いな」
同時期に消えた、ということはムーナもパーシバルに向かった可能性がある。当然の事態に頭が付いてこないが、とりあえず……
「大賢者スライムに話聞こうか」
「やな」
着替えた後、手紙をクシャッと潰して寝室を後にした。
その足取りは非常に重く、踏み出すたびにドンドンと怒りを感じされるもの。
近寄ったら殺されるんじゃないか、と当時近くを通った従者は語ったという……
~~~
「で? これは?」
「どういこうことや?」
「なーんで馬鹿正直に書いちゃったんですかね……あれだけごまかせと先代様に言われたのに……」
私達に突きつけられた手紙に、大賢者スライムははぁとため息を付く。
「ウチのステちゃんは面倒事が大嫌いやからな。さ、早く話してもらおうか?」
「……わかりました」
観念したのか、大賢者スライムは今回の事について語り始めた。
「その文章の通りです。ムーナ様とステラ様がアクトの人質になりました」
「そんな……」
「……文章を書く暇があったという事は、二人が希望したって事だよね」
「はい……正確にはこちらが脅された形ですので……」
やはり脅されたのか。
内容も恐らく……というか何となく想像が出来る。
「何があったんや?」
「アクトよりパーシバルと同じように侵略を行う……と」
「やっぱり……」
「今のデモニストはリコット達に攻められた傷がいえておりません……なので攻め入れられれば」
「確実に負けると……」
パーシバルを一瞬で陥落させた奴らだ。
今のゴタゴタした状況では太刀打ちできない可能性が高い。
私達にとって残酷な判断だし納得はできない。だけど、これが国を守るということだ。
「それで本当に攻められないの?」
「はい、向こうは魔法契約書まで使ってお二人を求めたので」
「なら安心……ではないけどね」
魔法契約書は重大な契約を結ぶ際に使われるものだ。契約書に書かれた事を破れば、その者に天罰が下るという極めて信頼性の高いもの。
この国を捨ててまで、二人を手に入れたかったのか……一体何が目的なんだろ?
「そんなんで納得できるかぁ!!」
「……行こ、エメラル」
「ショコラ!! いくらなんでも理不尽やろ!!」
「だから行こう、ね?」
「……わかった」
不服そうな顔で下がる。
正直私だって納得はいっていない。
ムーナと何も相談できていないし、こんなの突然すぎるって思うし。
ここで話していたってしょうがない。
だったら行動するまでだ。
「行かせませんよ」
「……!!」
ま、やっぱり止めに来るよね。
魔族の兵士達が続々と中に入り、私達を囲んだ。
「なるほど……ショコラのやりたい事がなんとなーくわかったで」
「強引だけど結構いい案だと思わない?」
「そうやな……とりあえずしっかり捕まりな!!」
「うんっ!!」
顔を見合わせた後、私はエメラルに捕まりそれを合図に猛ダッシュで部屋から脱出した。
目的はもちろん、パーシバルに向かう為。
「あ、あいつら!!」
「追え!! 逃がすな!!」
魔族の兵士達が追いかけようとする。
だがエメラルの速さは国内でも随一。
そこら辺の生物が追いつける程、甘くはない。
「いえ、もういいです……」
「……よろしいのですか?」
「”裏切り者”が何をしようと、こちらは知った事ではないので」
「……まさかそこまで考えて?」
「さぁ? でもまあ、状況が良くなる事を願いましょう」
〜〜〜
「で!? どうやって向かうんや!?」
「馬車は多分無理だし……徒歩?」
「何日かかると思ってるんや!! けどまあ……それしかないかぁ」
パーシバルの情勢が良くない以上、そこに馬車を出してくれる業者はいない。
エメラルに降ろされた後、仕方ないのでパーシバルまでの道を歩いて進んでいたのだが……
「「お姉様ー!!」」
「ん?」
私を慕う聞き慣れた声と共に、私達が求めていた馬車が目の前に走ってやって来た。
「アイちゃんマイちゃん!! この馬車どうしたの!?」
「ふっふっふー、パーシバルで乗り捨てられた馬車をこっそり拝借して」
「多分お姉様が必要かと思い、ここまで来ました!!」
「ナイスタイミングや!! けど、さらっと盗んでへん?」
問い詰められたら確実にこちらが不利になりそう。だが今は緊急事態、なりふり構ってられないのだ。
バレなきゃ犯罪じゃないしね!!
「とりあえずこれで足回りは確保出来たから!! パーシバルまでお願いしてもいい?」
「「勿論です!!」」
私達は馬車に乗り込み、パーシバルへと向かった。
流石お馬さん、走ったりするより大分早い。これなら2〜3日で向こうに着きそう。
「ムーナ……」
胸に手を当て思い人の事を考える。
まだ伝えられていない、私の気持ち。
すれ違ったままで終わるなんて、そんなの嫌だ。絶対に嫌だ!!
「待ってて……絶対助けるから」
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第34話:その頃二人は
「やだやだやだ!! 帰りたい帰りたい!!」
「なーに駄々こねておるんじゃ!! 魔王としての仕事を果たせ!!」
「こんな扱いされるくらいなら辞めてやりますよー!! 助けてエメさーん!!」
ショコラ達が馬車に乗り込んだ頃、遥か先では二人の魔王が騒いでいた。
「……まさかお主、手紙に余計な事を書いておらんよな?」
「……」
「無言じゃと!? なーにを書いたか白状せい!!」
「やだああああああああ!!」
「全く……国の為に頑張ると言ったお主はどこへいった」
「ば、馬車に乗った瞬間消し飛びました……」
勇ましい姿を見て関心していたのに。
それが駄々をこねるわ、手紙で馬鹿正直に事実を書いたり(多分確定だろう)
相変わらずの情けなさにため息が出てしまう。
「はぁ……お主もお主じゃが、ショコラもショコラじゃ。わらわを差し置いてエメラルと二人仲良く寝おって……」
「あぁ、あれはエメさんの入れ知恵ですよ……たまーにああいう匂わせやるんですよね」
「なんて面倒くさいヤツじゃ……」
あの場面を見た瞬間、怒りで怒鳴り散らかそうかと思った。だけど事態が事態だったので、ぐっと抑えて手紙を書いたのだ。
それでもまた会える日が来るのなら、問い詰めてやろうと考えている。
「しかし……どうなるんですかね」
「わらわにもわからんよ」
ショコラが寝込んだ後、わらわ達の元に謎の女性が現れた。
確か……エージェントと名乗っていた。
明らかにヤバそうな雰囲気を出していて、見ているだけで背筋が凍りそうだった。
『侵略を諦める代わりに二人の魔王が欲しいです。よろしいですか?』
エージェントはこのデモニストを攻め落とそうとしていた。
隣国であるパーシバルを落としたというウワサは国民にも知れ渡っており、不安で包まれている中でだ。
(最悪なタイミングで来おったのう……)
ショコラは寝込み中。
兵士達の過半数はアクト戦闘員との交戦で傷ついており、まともにやり合えばこちらが確実に負ける。
つまり、わらわ達に選択肢は無かった。
「何やら騒がしいですね? お二人とも元気そうで何よりです」
「エージェント……」
奥の方からぬるりと顔を出す黒ずくめの女性。
異様な雰囲気に身体が強ばり、警戒心を解くことを許さない。
「デモニストを諦めてまでわらわ達にこだわる理由はなんじゃ?」
「た、確かに……」
「取引の基本は痛み分け。お互い得をし損をする……これがベストな関係です」
「なるほど?」
「私は貴方たちが欲しい、貴方たちは国を守りたい。お互いの要望が叶えられた良い取引だと思うんですよね……」
「ふん……」
誤魔化しおって。
国以上にわらわ達の力に価値があるのだろう。何かしらの研究材料に使われるのは目に見えている。
ただ、それを防ぐ手段もわらわ達にはないが。
「……ショコラ」
ふと口にする、心の中で強い存在感を放つ大事な人。
気まずい関係で終わらせたくなかった。少し落ち着いたら、またいつも通りに戻ると思っていたのに。
(もう少しだけ……話したかったのう)
彼女のいない空間が、今は寂しく感じてしまう。
ステラがいるのに……それが何故かは、わらわにもわからなかった。
〜〜〜
「……ムーナ」
か細く呟いた想い人の名前。
まだ離れて一日しか経っていないのに、こんなにも胸が締め付けられるのは何故だろうか。
「大丈夫やて、あの魔王様がすぐくたばるとは思えへんよ」
「うん……だよね」
「……ま、ウチもステちゃんがいなくて不安やけど」
そう語るエメラルの表情はどこか寂しげだった。少しでも気を抜けば泣いてしまいそうで。
身体を震わせる彼女の姿を私は見ていられない。
「……ギュってする?」
「……しよか」
想い人と離れ離れになった者同士で抱きしめ合う。
お互いの体温は温かく、寂しさを感じていた心が少しだけ落ち着いてくる。
だけど、
「足りないね……」
「ああ……」
何かが不足している。
「大丈夫ですよ!!」
「私達は色んな情報を知っているので!! すぐ助け出せます!!」
でも大丈夫、私一人じゃない。
姉妹ちゃんもエメラルもいる。
絶対、絶対助け出す。
そしてまた……いつも通りの毎日を。
「ありがとう……情報って具体的にどんな?」
「えーと、城の内部構造や研究施設の場所、後は隠し通路や罠の設置箇所とか……」
「ほとんど筒抜けやん!?」
「なんかゴタゴタしてて……」
「ガバガバだったんですよね……」
「えぇ……」
ここまでバレバレなら二人を人質に差し出さなくてもよかったのでは……
情報が少なかったから仕方ないけど。
「今のパーシバルは結構危ないですが、安全なルートを知っているので!!」
「ご安心ください!!」
「危ない? アクトがいるから?」
「いえ、そうじゃなくて……」
「「?」」
深刻そうな顔で話を続ける姉妹ちゃん。
その様子に疑問を覚えつつも、何やらただならぬ雰囲気を感じた。
「民衆同士で……」
「物の奪い合いをしてるんですよ……」
「え?」
物の奪い合い?
どういうこと、状況が全く分からない。
「ど、どういう事?」
「アクトがあらゆるお金と物資の半分を奪い去って」
「それで力のある者に食べ物等が集中しちゃったんですよ」
「……つまり貨幣での取引が無くなった?」
「はい……」
なるほど、それで限られた物資を奪い合っている訳か。アクト側は国を収める必要なんてないし、国民がどうなろうと知った事では無い。
自らの利益を優先させた結果か。
……地獄だね。
「パーシバルから脱出は出来へんの?」
「アクト戦闘員が周囲を監視している以上難しくて」
「冒険者の一部は脱出できたんですよ。ただ皆が皆強い訳ではないので……」
力無き者が苦しむ世界を作り出して何がしたいのか。
ムーナ達だけでなく、関係のない人々まで辛い目に合わせるだなんて
「許せない……」
「せやな……はよぶっ飛ばそう」
拳を握り締め、アクトに対する怒りを強くさせた。
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第35話:いざパーシバルへ
「暗いのでそろそろ休みましょう」
「お馬さんも疲れているので」
暗い森の中。私達は馬車を降り、寝床を作っていた。
パーシバルまでの距離がどれくらいかは分からないが、かなり進んだ気がする。
遅くても明後日には向こうに着いているはずだ。
「それではおやす……ぐぅ」
「すぴー……」
「早っ!?」
「寝付き良すぎやろ!?」
姉妹ちゃんが寝袋に入った瞬間、一瞬で眠ってしまった。
「まあ二人とも情報収集で疲れてたんだよね。ゆっくり休ませてあげよう」
「そうやな。見張りはウチら二人で交代しながらやる事にしよか」
思えばそうだ。
パーシバルという危険な場所での情報収集、そこから馬を確保しここまで急いでやって来た。
疲労は相当なものだろう。本当にお疲れ様。
「そういえばさー」
「ん?」
「エメラルってステラのどういうとこが好きなの?」
「っ!? き、急にどうしたんや!?」
唐突な恋愛話にエメラルが顔を赤らめて驚く。
「だって恋バナしてた時、私の話しかしてないからさ。エメラルの話が聞きたいなーって」
「そ、そうか……なんや恥ずかしくなってきたな……」
「それと同じ思いを私はしてましたけどー?」
「せ、せやけどなぁ……分かったわ」
髪を掻きむしりつつも、観念した表情を見せるエメラル。
散々私をからかっておいて、自分だけ何も語らないのは不平等だ。いい機会だしいっぱい聞いちゃお。
「ステちゃんの好きな所はいっぱいあるけど……強いて言うなら」
「言うなら?」
「……普段は甘えん坊やけど、ベッドの上やと途端に攻め攻めになるんや……そのギャップが……」
「お、おぉ……」
「ガチで照れんなぁ!! こっちまで変な感じになるやろぉ!!」
予想以上に甘々だった。
確かにステラってたまーに大胆な時あるよね。酒場でいきなりキスし始めたり、私達の隣の部屋で色々おっぱじめたり……
「そういえばあの時もステラが……」
「ちょ、まだ覚えてたんか!?」
「当たり前だよ。あんな刺激的な場面、忘れる訳ないでしょ」
「つーことはウチが攻められてる所も……」
「バッチリ聞いてました」
「あああああ……」
それはもう濃密なものでしたよ。
あまりにも刺激が強すぎて、寝るのに一悶着あったくらいには。
「でも、素敵だと思う」
「そうかぁ? ならええけど……」
「だってお互いラブラブちゅちゅな関係だなんて羨ましいよ」
「その言い方だとウチらがバカップルみたいやん」
「実際そうだよ」
「……そうか」
あれだけイチャついてバカップル以外の何だと言うのか。
でもイチャイチャしている二人の姿はとても幸せそうで、ムーナへの恋心が芽生えた今では余計に憧れてしまう。
「心配せんでも、お二人さんもお似合いやしすぐそーいう関係になれるって」
「ムーナと? いちゃラブちゅっちゅ?」
「既にちゅっちゅはしとるやろ」
「あ、あれは魔力供給だから……」
「その魔力供給で発情したのは誰やろなー」
「うっ……」
そ、そりゃ二回やって二回ともラインを超えちゃったけど。
でも舌を入れただけだし!! 入れただけだし!!
……よく考えなくても仲間同士ではアウトですね。
「ま、その辺ハッキリさせる為にも早くムーナとステちゃんを取り戻そうなー」
「うんっ!!」
「とりあえず先に寝てええよ。ウチが見張っておくから」
「ありがとう〜また時間経ったら起こしてね」
「ほいほい」
エメラルに見張りを任せ、私も寝袋に入る。ハッキリというかちゃんと話し合いたいだけなんですけどね。
後……誠意のこもった謝罪。
「ムーナ……」
早く会いたいな……
愛しの人を頭に思い浮かべながら、その日は眠りについた。
〜〜〜
「馬車はここで捨てましょう」
「え? 捨てちゃうの?」
「アクトの戦闘員や民衆に見つかると追い剥ぎに遭う可能性があるので……」
「あー……」
「ちゃんと引き取ってくれる場所も見つけてあるので、安心してください」
日が頂点まで登った頃。
私達は外れにある民家に馬を預け、歩きでパーシバルまで向かった。
「ここがパーシバル……」
「なんやピリピリしとるな……」
懐かしのパーシバルは……酷い惨状だった。
壁はボロボロ、あちこちで黒い煙が巻き上がり、遠目で見ても瓦礫と化した家が散乱している。
そしてパーシバルで一番目立っていた城は……無惨にも崩れ去っていた。
「ここから入りましょう。私達が作った抜け穴です」
「用意周到やな……」
「お姉様の為ですから、当然ですっ」
「さ、流石姉妹ちゃん……」
ここまでやってよくバレなかったね。
とりあえず私達は姉妹ちゃんの作った穴に入り、奥へ奥へと進んで行った。
土壁で囲まれた暗い穴だったが、進んでいくと少し広い場所に出た。
「抜け穴……というか下水道までの道やん」
「まあここなら監視の目は薄いか……って臭」
どうやらあの穴は下水道までの道だったらしい。なので臭いが……凄まじい。
あちこちで腐った臭いが充満しており、軽く嗅いだだけで鼻が折れそうだと錯覚する程だ。
「一番安全なのはここですが……」
「この臭いだけは慣れません……オェ……」
このままでは辿り着くまでに気絶してしまいそう。なので
「任せて、リフレッシュ!!」
リフレッシュで辺りを浄化し、腐ったものや臭いを完全に消し去った。
「うわぁ!! あの異臭が空気の澄んだ山の中みたいにスッキリしました!!」
「凄いですお姉様!!」
「この広範囲をリフレッシュしたんか……えぐいなぁ」
「えへへ、こーいうのは得意なんだよねー」
なんて言ったって聖女ですから。
消臭なら朝飯前、なんなら呪いだって拳込みで何でも解呪出来ますし!!
「着きました!! ここが入口です!!」
「行きますよー!!」
スッキリした気持ちで私達はパーシバルへの入口を開けた。
「えと……これは」
「なんて有様や……」
そこに広がっていたのは絶望した顔で周囲を徘徊する民衆の数々。
誰もがやつれており、肉もあまり付いていないようだ。
「これがアクトのやった事……」
「助けるついでに美味しいご飯も取り戻そうか」
「そうだね」
これ以上苦しむ顔を見たくない。
私達は打倒アクトへ向けて、再び歩みを進めるのだった。
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第36話:潜入
「ここにいると民衆に襲われます。なるべく隠れながら城へ向かいましょう」
「ん、わかった」
いくら私達が手練とはいえ数に襲われたら対処が難しい。隠れて来たのに目立てばアクト戦闘員に居場所がバレてしまう。
私達はローブを被り、なるべく人気の少ない場所を通って城に向かった。
「お腹空いた……」
「返してよ!! それボクのだから!!」
「うるせぇ!! 弱い方が悪いんだよ!!」
「……」
通りかかる度、目にする人々の様子。
誰もが飢えに苦しみ、目の前の暴力に怯えている。
「酷いな……」
「うん……」
負の感情で溢れた世界。
少しの希望も感じない姿はまるでゾンビのようだ。
見ているだけで気分が悪くなりそうで、私はやや顔をうつむかせながら先に進む。
「今のパーシバルはアクト戦闘員と野蛮な冒険者達に食料が集中しています」
「なので力のない人達があのような扱いを……」
活気に溢れたデモニストも侵略を受ければ、このような惨状になるだろう。
だからこそ
「早く城に行こう。それが一番手っ取り早い」
「せやな。いちいち助けてたらキリがないわ」
一刻も早く終わらせなければ。
こんな事は。
〜〜〜
「ここが城か……」
「さっきよりも戦闘員が多いな」
敵の本拠地である城の近くまでやって来た。
しかし、流石は国の中心。見渡す限りアクトの戦闘員で溢れかえっており、強固な守りを築いている事が分かる。
「秘密の抜け穴はこっちです。ただ」
「見張りが少ないだけで、いるんですよね……」
少し遠くに移動すると先程より人気が随分と減った。
だが、数人の見張りがいる。穏便に通してくれないか……
「大丈夫、ウチに任せな」
どうしたものかと悩んでいると、私の肩をポンと叩いてエメラルが前に出る。
「やほ」
「は? ぐえっ」
「なん……ぐふっ」
一瞬で見張りの背後に回ったかと思えば、手刀を首に当て二人を気絶させた。
「おおー……」
「流石です……」
「さ、はよ行こか」
目にも止まらぬ速さであっさりと……
エメラルの技術に見惚れながら、私達は秘密の抜け穴へと入り、城内へと潜入した。
「ここが城の中……随分変わったなあ」
「ショコラは入った事あるんか?」
「何回かね。ただここまで色々変わっていると流石に当てに出来ないかも」
第一こんなにボロボロじゃなかったし。
色んな部屋をアクト専用に作り替えているらしく、かつて城で生活していた私ですら困惑する程だった。
「あ、でもトイレは突き当たりを右だった筈」
「トイレの場所が変わってたらおかしいやろ」
私が把握している場所なんて、日常生活で使う部屋の場所を把握している程度だ。
ここは姉妹ちゃんに全部おまかせしてしまおう。
「ここまで変わっている理由ですが……色んな部屋で新兵器や新薬の開発をしているからだとか……」
「新薬って……暴走する例の?」
「はい……あれを量産化するのが今の目標だそうで」
あんなものが量産されてしまえば世界は終わりだ。
一人を相手にするのもかなり面倒。アクト戦闘員の全員が暴走すると考えたら……恐ろしい。
「っと、ここですね」
「誰もいない……?」
「休憩時間でしょうか?」
「こっそり入って色々調べようや」
「賛成です。何か役に立つ物があるかもしれませんし」
物陰に隠れながら進み、薬開発を行っているらしき部屋の一つにたどり着いた。
ただ中に誰も人はいないらしい。
色々と物色させてもらおう。
「これが暴走する薬……って本当に色々あるなぁ」
「こっちが実験中、こっちが完成品のようやな」
「なるほど……」
中には至る所に薬があり、触れるだけで危なそうなものまであった。
「筋力増強、脚力増強、魔力増強」
「鳥に変わる薬、スライムに擬態する薬……なんやこれ」
「変わった薬もあるね……」
スライムと鳥はなんの役に経つんだろう……興味はあるけど、元に戻れなかったら嫌だしスルーしよ。
「とりあえずこれで全部かな」
「せやな……さ、次はステちゃん達の所へ」
あらかた見終わり、次の所へ向かおうとしたその時だった。
「あっ」
ビー!! ビー!!
「……エメラル?」
「……やってもうた」
明らかにヤバそうなスイッチを、エメラルが押してしまったのだ。
「なんだなんだ!!」
「侵入者! 侵入者!」
まさか警報だった!?
本来は見つけた研究者が押すための物だけど、侵入者が押すとは設置した人も想像がつかなかっただろう。
「うーわ……どーしよ」
「やばいですよぉ……」
「私達、真正面から戦うのあんまり……」
ぞろぞろと押し寄せる戦闘員達。
エメラルは自らの失敗に頭を抱えているし、姉妹ちゃん達は戦えないから目の前の脅威に怯えている。
「アイちゃんマイちゃん、二人が閉じ込められていそうな場所ってわかる?」
「「え?」」
なので……私が対策を考えた。
「えと……多分」
「ここの地下だと思います……」
「地下か……よし」
地下にあるならこの先進むのは簡単。
いくら囲まれていても、道というのは穴があれば進める。
つまり、穴を作ってしまえばいい。
「二人とも私達に捕まって!! エメラルは動く準備を!!」
「なんやなんや!? 何をする気や!?」
「説明は後!! いっくよー!!」
私は拳を強く握り締め、勢いよく地面に向けて振り下ろした。
「「「うわああああああ!?」」」
地面が崩れ落ち、私達の身体が悲鳴と共に宙を落下する。
「こっからどうするんや!?」
「多分痛いと思うから我慢して!! 私が回復するから!!」
「ええええ!? そ、そんな無茶ある!?」
「大丈夫!! 案外何とかなるから!!」
ダンジョンに突き落とされた時もこんな感じだった。あの時も死ぬ程痛かったけど何とか耐える事が出来たし大丈夫!!
死ぬ程痛かったけど!!
「「ぐえっ!!」」
程なくして地面に激突し、私とエメラルは全身を強く痛めた。(姉妹ちゃん達は私の上に乗っていたので無事)
全身に痛みが回り、動くのですらやっとの状況。というかぶつけた所から出血してるし。
「「お、お姉様!? 大丈夫ですか!?」」
「大丈夫……ハ、ハイヒール……」
あの時と同じようにハイヒールをかける。癒しの光が傷と痛みを消し去り、いつも通りの健康な肉体へと戻した。
「ね、大丈夫だったでしょ……」
「死ぬかと思ったわ……けどありがとうな」
「「さ、流石ですお姉様……」」
無茶苦茶なやり方なのは自覚してるけどね。ただおかげでアクト戦闘員達も伸びているし結果オーライだ。
「うぅ……なんなのじゃ」
「騒がしいですね……」
「え?」
奥の方から聞こえる、知っている声。
私達はその方向へとゆっくり歩みを進めた。
「ムーナ!? ステラ!?」
「ん? おぉ……ショコラか……」
なんとムーナとステラが腕輪で拘束されていたのだ。地下にいるとは知っていたが、まさかドンピシャで出会えるとは。
私達ラッキーすぎじゃない?
「わー……ステさんの幻覚だー……」
「本物やて!! てか、かなり弱ってるやん!?」
ただ二人とも衰弱してるみたいで、声に覇気を感じない。
恐らく、魔力欠乏に近い状態だ……
「と、とりあえず腕輪を壊して……」
「それあっさり壊せるものやっけ……」
あまり良くない魔力を出す腕輪をディスペルと力技で破壊する。
とりあえず当初の目的は達成できた。
後は……無事に帰って二人を元気にするだけかな?
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第37話:黒幕、現れる
「二人ともちょっと揺れるけど我慢してね」
「おお……」
「ありがとうございますぅ……」
私とエメラルで二人を抱える。
それにしても酷い。
鉄格子と壁に囲われた、薄暗くて冷たい場所だ。置いてある物も大きめの布が一枚のみ。
「しっかし何があったんや。こんなにやつれて……」
「魔力を……吸い取られた」
「魔力を?」
「何かの研究で使うらしくて……それでギリギリまで魔力を……」
おまけに実験道具にまでされたのか。
前に倒れた時よりマシとはいえ、かなりの衰弱具合だ。
「許せない……」
二人を罪人のように扱ったアクトに、私は怒りを抑えきれない。
「とりあえず地上に戻って休もう。アクトへの対策はそこから……」
「逃がしませんよ?」
「っ!!」
地上へと向かおうとした時だった。
突如背後から殺気を感じ、振り返ると黒ずくめの女性が立っていたのだ。
こいつだ……こいつがムーナを……!!
「お前がこんな事を……」
「ええ、契約ですから……」
「契約だからってムーナを弱らせていいの?一方的に侵略をチラつかせて、代わりに魔王を人質に取ったと思えば実験道具にして……横暴にも程があるでしょ!!」
感情的になり声を荒らげて怒りをぶつける。そんな私を見て、こいつはニタニタと笑う。
気味が悪い。
「ふふっ……仕方の無い事ですよ」
「?」
「個人を輝かせる為には、どうしても犠牲が必要なのです。心苦しいですよ、私だって」
「嘘つけやぁ!!」
明らかに感情の篭っていない返答にエメラルも激怒し、勢いに任せて剣を振るう。
「おっと」
「チッ!!」
しかし、太刀筋を見切っていたのか紙一重でかわされてしまった。
「あんたがステちゃんをこんな目に合わせたんやろ!? 今すぐここでぶっ殺してやるわぁ!!」
「エメラル」
「なんやショコラ!? 止めても無駄……」
「ここは私にやらせて」
「はぁ!? ショコラ一人に任せられる訳……」
「いいから。エメラルは二人を守って欲しい」
「……」
怒りでいっぱいのエメラルを落ち着かせ、私に譲るようお願いをする。
エメラルの気持ちも分かるし、こいつを一緒にぶっ飛ばしたい。
だけど私達には姉妹ちゃんと弱りきった二人の魔王がいる。守りながら戦えば確実にやられるだろうし、第一ここに居座らせるより四人を逃がしたい。
逃げ足の早いエメラルに離脱を任せ、私は戦いに集中する。
危険も多いが最善の選択だと思う。
「わかったわ!! けど、ショコラも無理せんといてや!!」
「大丈夫、こいつをボコッたらエメラルの所に持っていくから」
「へぇ……それは楽しみにしとくわぁ」
勿論、エメラルへの手土産は忘れない。
こいつを倒した後は三人の所まで引きずり出し、思う存分ボコボコにしてもらおう。
「それじゃ、こっちは任せや!!」
「うんっ!! お願い!!」
エメラル達が引くのを確認し、私は再び黒ずくめの女に向き直った。
「ほぉ、これはこれでちょうどいい。聖女ショコラのサンプルも欲しかったんですよ」
「悪いけどタダでは渡さないから」
「勿論、取引の基本は痛み分け……貴方の力を手に入れる為に……」
黒ずくめの女がパチンと指を鳴らす。
すると、
「手荒な真似を使いましょうか」
アクト戦闘員が私の周りを囲い、武器を首元に突きつけていた。
「個人に栄光ある世界を。貴方はその為の道具となるのです」
首筋に刃が触れ血が流れる。
黒ずくめの女は相変わらず不敵な笑みを浮かべ、周りにいる戦闘員は数という力に慢心し、少しばかり油断を感じた。
「……」
誰がどう見てもわたしが不利だ。逃げ場所はどこにもないし、少しでも動けば四方八方から刃の雨が襲いかかるだろう。
「悪いけど……」
「ん?」
それでも、私のやる事は変わらない。
「殺す気でやるから」
ムーナを苦しめたこいつらを、全力で痛めつけるだけだ。
「ゴッ……ガホァ……」
「なっ……!?」
「あ、頭がトマトみたいに潰れて……!?」
目の前にいた戦闘員の頭を思いっきり掴み、グシャッと潰した。
血肉と共に頭だったものが弾け飛び、戦闘員だったものが無惨な姿へと変化した。
「やれ!! やらないと死ぬぞ!!」
「「「「おおおおおおおおっ!!」」」」
突然の出来事に戦闘員達は明らかに混乱していたが、自らを無理やり鼓舞して私に襲いかかる。
だが、
「がっ……!?」
「ぶぼぉ……」
「うぐ……っ」
グシャッ!!
バシャッ!!
ゴシャア!!
鈍い音と共に攻撃が戦闘員達に命中し、激しく流れる血と共に吹き飛ばされる。
攻撃方法は多彩だが、いずれにせよ喰らった者の命は既に無い。
「ひぃっ……ひいいいい!!」
「ば、バケモノだあああああ!!」
たった一撃で絶命していく戦闘員達に生き残った者達は怯え、自らの命の危機に思わず逃げ惑う。
そんな彼らの様子を気にせず、私は一人ずつ確実に殺していく。
「……」
何人殺したのだろうか。
攻撃を繰り返す度に、聞こえていた悲鳴の数が徐々に減っていく。
「これで最後……か」
やがて悲鳴が聞こえなくなった頃、周囲を見渡すと、既に血と肉の固まりと化した戦闘員達で部屋を埋め尽くしていた。
「ほぉ……これは素晴らしい力だ。やはり戦闘員では抑えきれ……」
「はぁ!!」
「おっとぉ!!」
会話を遮る形で黒ずくめの女に拳を振るう。
だが、エメラルの時と同じようにあっさりとかわされた。
「いいですねぇ……その速さ、威力、どれも一級品だ」
「黙れ。さっさとお前をぶっ飛ばす……死ぬ一歩手前まで」
「そうですかそうですか……」
何回か攻撃すれば一回くらい当たるだろう。
単純な憶測を抱きながら、私は再び近づいて攻撃の準備をする。
「では私も本気を出しましょう」
「っ!?」
だが、近づいて来た私を黒ずくめの女は魔法で吹き飛ばした。
「がっ……!!」
「素晴らしいでしょう? 魔力のエネルギー波によって身体が押さえつけられ、身動きの一つすら取れなくなる」
「くっ……」
謎の力に圧をかけられ、上手く動く事が出来ない。それどころか私の身が押し付けられた壁にどんどんめり込んでいく。
「この力で私、エージェントは幹部まで登りつめた。貴方だって、その力を使えば私と同じような幸福が得られますよ」
「何を……!!」
「あぁ何故戦わないと行けないのですか……同じ選ばれた力を持つ者同士、アクトの理念に相応しい人間なのに……!!」
狂気を含んだ声で私に語りかける。
確かにここまでの力は上に立つには相応しいのかもしれない。
個人の力が必要とされる組織の体制。
少し前までの私だったら、リコットと同じようにアクトへ身を委ねていただろう。
だけど
「そんなもの……私にはいらない!!」
「なっ!?」
今の私には仲間が、ムーナがいる。
魔力による圧力を力技で突破し、エージェントに急接近する。
「が……はっ……」
そして拳を握りしめ、勢いのある一撃を彼女の顔面に向けて放った。
「どう? かなり効いたと思うけど」
「あぁっ……いいですねぇ。この力、組織に生かせないのが残念です……」
鼻血を垂らしながらも平静を保つエージェント。
まずは一発。攻撃はかわされるが当てさえすればダメージは入る。何発か当てれば確実に倒せるハズ。
『お主は自信を持て……大丈夫じゃ』
圧倒的に不利という訳では無いが、有利でもない。ムーナの言葉を思い出し、冷静に相手の動きを見る。
自信さえあれば、私一人でもやれる。
そう実感していた。
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第38話:許さない
「まあ……戦い方で言えば私の方が有利ですけどねぇ!!」
「ぐっ!!」
距離を取られ、魔力で形成された氷柱がいくつも私に降り注ぐ。
上空に盾を構えてガードをするも、今度は正面に隙が出来てしまう。
「そこですっ!!」
「がっ!!」
当然その隙を見逃さない訳はなく、直線上に発射された氷柱が私の腹部を貫き、ポタポタと血を垂れ流す。
「ちっ!!」
「はっ、そんなの当たりませんよ」
苦し紛れにチェーンロッドを伸ばすもあっさり回避される。
ダメだ、素早い上に遠距離魔法がリコット以上に優れている。
相性は最悪だ……
「なら突撃すれば……!!」
ヒールで回復した後、盾を正面に構えてエージェントを目掛けて突撃した。
上空からの氷柱は走り抜ける事で回避し、正面は盾で防ぐ。
「これはこれは、中々頑丈ですね……」
エージェントまであと数歩の所まで近づいた。
せめて後もう一撃。先程の拳によるダメージと合わせれば、動きを鈍らせる事が出来るはず。
「はあああああ!!」
「ならば……」
杖先をメイスに変化させたチェーンロッドに魔力を込め、エージェント目掛けて振り下ろそうとしたが
「ヘルフレイム!!」
「ッ!?」
馴染みのある闇の炎が私に襲いかかり、再び距離を離した。
「がっ!! いま、の……」
「ええ、その通り。これはムーナさんの魔法、突貫でしたので威力は数段落ちますが、効果は再現済です」
「ぐ、ううう……」
闇魔法の呪いが身体を蝕み、じわじわとダメージを与える。私はディスペルとヒールの重ねがけで回復を行い、身体を元の状態に戻して体制を立て直す。
(くそったれ……)
ムーナの魔法まで会得するとは予想外だった。
こんな奴の為にムーナの魔法が利用されたと思うと更に怒りが湧いてくる。
(まだまだ手はある……!!)
当たらなければ当たるような状況まで持っていけばいい。
頑丈さと粘り強さには自信があるんだ。何度でも立ち向かってやる。
再び杖を握りしめ、エージェントに迫った。
「はっ!! せやぁ!!」
「手数だけ増やしても無駄ですよ?」
杖や蹴りを織り交ぜたラッシュ攻撃。
しかし軽々とかわされ、向こうの攻撃があっさりと通ってしまう。
「ほーら、また隙が」
「ぐっ!!」
鋭い蹴りが脇腹に直撃し、思わずその場でうずくまる。
ここまでの実力差が……赤子を扱う母親のように弄ばれ、私に自由は与えられない。
「ま、だっ!!」
「おっと、足元とは中々姑息な攻撃を」
倒れ込みながらも、足払いを行う。
エージェントはジャンプをする事で回避をし、一瞬だけ宙を舞った。
「ホーリーメイス!!」
「なるほど、宙に浮いた瞬間を……狙いはいいですね」
空中なら回避は制限される。
手元のメイスに聖魔法を込め、力いっぱい前に振り下ろした。
渾身の一撃、決まればタダでは済まないだろう。
だが、
「ですが私には当たりません」
身体を捻られてしまい、メイスはかすりもしなかった。
奥の手もダメみたいですね……なんて嘲笑うような視線で私を見ている。
「ふふっ」
私を相手に優位を取れて、さぞ幸せだろうなあ。頭の中ではどう実験しようか未来の事を考えているだろう。
ピシッ……ピシッ……!!
「っ!? じ、地面が!?」
でもさ、どんな時でも油断はしちゃダメだよ?
ホーリーメイスが直撃した地面が崩落し、私とエージェントから足場を奪った。
「な、なんて力!? まさか私ではなく地面を破壊する為に!?」
「私がどうやってここまで来たか、理解してなかったの?」
力技で地下への道を作ったんだよ?
想定外な戦法も視野に入れておかないと。初見殺しな戦い方なのは認めるけど。
「ま、魔法を……」
「今度こそ隙あり!!」
「なっ!?」
作られた僅かな隙を見逃さない。
急いでチェーンロッドを伸ばし、エージェントの身体を完全に拘束する。
よし、これで魔法は使えない!!
「ぐっ……身体が!!」
「今度こそ決めるよ……そーれっ!!」
「う、わああああああ!?」
空中でジタバタもがくエージェントを勢いよく引っ張りあげ、私の方へと引き寄せる。
私は両足に聖魔法を込め、グググッと膝を自分の方へ曲げて力を貯めた。
「ホーリー……キィイイイイック!!」
「がっ、は!?」
私の方まで近づいた瞬間、聖魔法の両足蹴りがエージェントの腹を直撃し、そのまま地面まで急速落下した。
ドガアアアアアアン!!
「あ……が……」
地面に直撃した瞬間、足と地面のダブルサンドがエージェントに襲いかかり、僅かな身動きしか取れない状態まで追い込まれた。
「いだだだだだだだ!?」
……勿論、私も。
何かが砕け散ったような痛みが両足に走り、私は激痛のあまりその場で叫んでしまった。
「ハイヒール……ハイヒール……」
高等な回復魔法で砕けた足を修復し、痛みを無くしていく。
まーじで死ぬかと思った……危ない危ない。
「さて、これで終わりかな?」
パーシバルを攻め落とした元凶はこれで滅びた。
後は残された戦闘員達を始末すれば、今回の騒動は終わり。
ムーナもステラも帰ってきて、パーシバルの人達は再び幸せな暮らしをしましたとさ。
「まだ、ですよ……」
「っ!? しつこいなぁ!!」
「幹部、ですから……目的の為なら手段は選ばず、ですよ」
なんてめでたい話はもう少し先らしく。
倒れ込んだままエージェントがガサゴソと服のポケットを漁り始めた。
「ここは最大のリスクを取って、最大のリターンを取りましょうか……ふふふ」
「っ!? まさかそれ!?」
「えぇ、魔力増強剤ですよ……しかもより強力になった!!」
よく見ると注射液の色が赤い。
リコットの時は無色透明だったのに。
という事は……あれを打たせるとヤバい事になる!!
「やめろ!!」
「もう遅い!!」
私が駆け寄ろうとした時には既に遅かった。赤い注射液がエージェントの身体の中に入り込み、全身をドクンドクンと震わせた。
「あ、が……」
「?」
「アアアアアアアアア!!」
「っ!? か、身体が変わってる!?」
今までのように肥大化してるだけじゃない!?
鱗や翼、しっぽなどの人間には存在しないであろう部位が生え始め、最早原型を留めないレベルで変化していく。
「フー……フー……」
「ド、ドラゴンになっちゃった……」
そして全てが終わった時、エージェントの身体はドラゴンのような姿に変貌していた。
「さぁ!! 真の力を見せてあげましょう!!」
「わっ!? か、身体が!?」
驚いた隙を突かれ、私の身体がドラゴンの牙に捕まりそのまま空中へと上昇する。
風圧でまともに動けず、変わりゆく景色を眺める事しか出来ない。
「ここまでくればいいでしょう……」
「は、なせ!!」
「ぐっ!?」
城より遥か上空で静止したタイミングで、私は歯茎に向けて拳を振るった。
デカくなっても私の力は通じるらしく、痛みのあまりドラゴンは
口を開けてしまった。
……もう一度言う、上空で。
「やった!! ってここ高!?」
「おバカですねぇ? いくら頑丈な聖女といえども、この高さでは死は免れない!!」
今度は私の身動きが取れなくなった。
しかも相手はドラゴン。私と違って翼があるので自由に飛行が出来る。
空中の王者を相手に、人間はあまりにも無力すぎた。
「死ねええええええ!!」
「きゃああああああああああ!?」
ドラゴンは勢いよく尻尾を振って私に叩きつけた。
加速が更にかかり、目にも止まらぬ早さで私の身体が地面に向けて落下していく。
「ムーナ……」
もうダメだ……助からない。
刻々と近づく死へのカウントダウンに私は目をつぶって受け入れた。
この状況で出来ることなんて限られている。
私は想い人の名前を口にして、少しでも安らかに逝けるよう願った。
「ショコラァアアアアアアア!!」
その時だ。
大好きなあの声が聞こえたのは。
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第39話:ドラゴンになったけど…
「ムーナ!? なんでここに!?」
「つかまれ!!」
「え、わぁ!?」
急降下している私に空を飛んでいるムーナが近づき全力でキャッチ。
どうしてムーナが!?
腕の中で困惑する私に、やれやれといった表情を浮かべるムーナ。
「な、何で元気なの?」
「あの姉妹がエリクサーを持っていてな、そのおかげで完全回復したという訳じゃ」
「エ、エリクサー!? 国宝レベルの回復アイテムだよ!?」
エリクサーとは体力だけでなく魔力も即時回復させるチートアイテム。
国に一つあるか無いかと言われている貴重な物で、普段は国庫に保管されている筈なのに……どうやって手に入れた?
「まあ元気になったのは事実!! やるぞショコラ!!」
「う、うん!!」
ややスッキリしない気持ちで私達は目の前のドラゴンに向き直る。
ちなみに後で聞いた話だが……
『エリクサーですか? パーシバルの国庫から盗みました!!』
『偉い人達みんな殺されてるので、全部アクトのせいに出来ますし!!』
姉妹ちゃん達がこっそり盗み出したらしい。あの時はファインプレーだったけどやってる事やばいね。
「はっ!! 二人に増えた所で私に勝てるとでも!? ヘルフレイム!!」
口から吐き出された闇の炎が、私達に襲いかかる。
だが流石はムーナ。攻撃を難なくかわすと、自身の右腕に魔力を込めて反撃の体制を取る。
「ヘルフレイムのお返しじゃ!!」
「ぐぅううう!?」
右腕から放出された闇の炎がドラゴンの身体を覆い尽くす。
炎に襲われたドラゴンはもがき苦しむも、羽をバタつかせて身体に取り付いた炎をなんとか払った。
「そんなにわか仕込みのまがい物で、本家本元に叶うと思ったか!! この阿呆め!!」
「ちぃ……!! だが魔法だけだと思うなぁ!!」
魔法ではなく今度は近接戦闘に持ち込んでくる。
急接近したドラゴンが私の身体以上にある爪をギラリと光らせ、そのまま私達の方へと振り下ろした。
「はぁ!!」
「なっ!? ド、ドラゴンの攻撃すら受け止めるか!?」
「怪力聖女舐めたらダメだよっ!!」
「わわ!!」
だけど私には通じない。
盾を構えて防御の姿勢を取ると、ドラゴンの爪をあっさりと受け止めてしまう。
「ホーリーメイス!!」
「グギャア!!」
今度はわたしのお返し。
聖魔法を込めたメイスでドラゴンの頭を思いっきり叩きつけた。
「ぐ、ぐぅ……!!」
「身体がでかいから攻撃が当てやすくていいねぇ」
「このまま一気にケリをつけるぞ!!」
「うんっ!!」
先程は人間サイズで素早かったから攻撃が当てづらかった。
しかし、今はとんでもなくデカいドラゴン……的としてはあまりにもデカすぎた。
「テンペストォ!!」
「グアアアア!!」
「ホーリーインパクト!!」
「グボォ!!」
「ダークネススラッシュ!!」
「ギャバア!!」
「セイントブロー!!」
「グビアアアアアア!!」
持てる全ての技でドラゴンをボッコボコにしていく。
能力が上がっているとはいえ私達の火力でゴリ押せるし、むしろいっぱい当たる分こちらが有利だったりする。
当たれば最強なんだ、私達は。
「はぁ……はぁ……おのれええええ!!」
「チェーンロッド!!」
「がっ!? く、口が!!」
「地面に落ちろおおおおおお!!」
「うわああああああああああ!!」
更に有利な状況へ追い込むべく、ドラゴンの口にチェーンをひっかけ、地面に向けてぶん回す。
ドラゴンの巨体が赤子のように動き回り、やがて急激に落下していった。
「な、何故だ!! 我々に付けば幹部も夢ではないというのに!!」
「そんなの決まってるでしょ……」
地面に降り立った後、すぅっと息を吐いて思いの言葉を叫ぶ。
「ムーナが隣にいない世界なんて、ぜっっっったい嫌だから!!」
少しの間とはいえムーナを私から引き剥がすなんて、
許さない!!
「ショコラ……お主」
「メイスよ……もっと大きくなれ!!」
「な、何を!!」
杖先のメイスに魔力を込めると、徐々にサイズが大きくなっていく。
やがてメイスがドラゴンと同じサイズになると、私はそれを思いっきり振り下ろした。
「くらえええええええ!!」
「させるかあああああ!!」
ドラゴンもただではやられない。
すかさず巨大火球を繰り出し、巨大メイスにぶつけて対抗してきたのだ。
「ぐっ!? か、火球が!!」
「ふはははは!! これがドラゴンの力だぁ!!」
火球は更に巨大化していき、メイスを押し返していく。対して私はこれが精一杯、このままじゃ押し込まれる!!
やっと自信を持って戦えるようになったのに……
「全く、お主は相変わらず……」
苦悶の表情を浮かべる私に、ムーナがふっと微笑みながら前に立つ。
「ムーナ?」
「そういう大胆な所……結構好きじゃよ」
両手を掲げ、漆黒の魔力を集中させる。
漆黒の魔力はやがて巨大な黒炎へと成長し、ムーナが振り下ろすとその黒炎は巨大火球へと突っ込んでいった。
「デスフレイム!!」
ドス黒い炎が巨大火球に激突し、徐々に力を奪い去っていく。
火球の力が奪われた事でメイスの力が勝り始め、ドラゴンの方へと近づいた。
「はああああああああっ!!」
「あああああああああ!!」
弱っていく火球をメイスが押し始め、激しい轟音と共に叩き潰した。
ドガシャアアアアアアアン!!
「はぁ……はぁ……」
「ば、かな……」
メイスに押しつぶされたドラゴンは人間の姿に戻り、地ををはいつくばっている。
あれだけ余裕を見せていたエージェントが今ではボロボロ、酷い有様だ。
「ここで終わるわけには……まだ、逃げればっ!?」
「逃がしませんよ……?」
「ステラ!!」
逃げようとした所をステラのトラップが捕まえた。ツタが全身に絡みつき、もがけばもがくほど絡まって動けなくなる。
「がっ……ち、力が……!!」
「それは魔力を吸うツタ。もうあなたは身動き一つとれませんよ……ということで」
ステラと一緒に現れたエメラル。
そしてムーナも一緒にエージェントへ近づき
「「「殴らせろ」」」
ボカボカボカボカボカァ!!
三人は思う存分ボコボコにした。
恨みいっぱいに込められた攻撃は何度も行われ、エージェントが完全に気絶するまで続くのだった。
自業自得だ、ばーか。
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最終話:怪力な聖女様は伝説の魔王に愛されている
「これで全部終わったんだよね……」
「あぁ……」
エージェントは捕まえた。
アクト戦闘員もほとんど倒した。
やらないといけない事は……一つを残して終わらせたのだ。
「ムーナ……」
「ん?」
「その……ね」
残された一つを今から片付ける。
だけど、
(なんて言えばいいんだろ)
伝えたい事が多すぎる。
自分の思いとか、謝らないといけない事とか。
全部いっぺんに言うとわかんなくなりそうだから頭の中で整理して、本当の気持ちをムーナに……
「言わないといけない事とか、いっぱいあってさ」
「おう」
「伝えないとって、ここまで来て……だからね」
「うむ」
「えっと……」
ダメだ、余計にこんがらがっちゃう。
考えれば考える程、言わないといけない事が多くなって。
そもそも受け入れてくれるのか? 怒っていたら話を途中で打ち切られそうだし。私だって悪い事をしたんだ、許される保証なんてどこにも無い、全部が上手くいくとは限らない。
だから……だから……
「……ひぐっ」
「っ!? 何故泣くのじゃ!?」
「だってぇ……だってぇ!!」
結果、感情がぐちゃぐちゃになって泣き出してしまった。
「ムーナがいなくなるから!! ムーナが変なことするからこんな事になるんだよぉ!!」
「は、はぁ?」
「ずっと傍にいるって言ったのにいなくなってさ!! 手紙一つ置いてどっか行くなんて薄情者だよ!! こっちはキスした時の温もりに飢えて辛かったのに……ばか!! あほ!! ばか!!」
ああ、ダメだ。
一番やっちゃ行けない逆ギレをしてしまった。泣きながらキレ散らかす私にムーナは呆れちゃってるし。
「お、お主こそなんじゃ!! わらわを求めていた癖にベッドで他の女と寝おって!! 後は妹達からやけに慕われて鼻の下伸ばしてたではないか!!」
「伸ばしてなんかない!! 嬉しかったけど!!」
「嬉しかったのではないか!! だったらわらわなんて必要ないではないか!?」
「っ……!!」
ムーナまでヒートアップしてしまった。
仲直りをするつもりが悪化したではないか。
お互い感情的になりすぎて、抱えている事を全てぶつけた結果がこれだ。
でも、さっきムーナが言った言葉……
「そんな事ないもん!!」
必要としてないという言葉にカチンとくる。
「私をここまで引っ張ってくれたのはムーナだよ!! 誰かといる楽しさを与えてくれたのもムーナだよ!! いっぱいいっぱい自信を分けてくれたのも、ムーナだよ!! 私はムーナにいっぱい助けられたし、いっぱい感謝もしてる!!」
「……」
私はムーナがいなければここまでやっていけなかった。
村を出て、周りに恵まれずいい様に利用され続けた私。そんな私に手を差し伸べて、色んな世界や体験、自信をくれたのがムーナだ。
「そんなムーナが……そんなムーナが……!!」
色々言ったけど、私が彼女に対して一番抱えている想いというのは
「世界で一番愛してるの!! ムーナがずっと傍にいて欲しい!! 一生私から離れて欲しくないよ!!」
「っ!!」
心の底から大好きだっていうことだ。
「私だって悪い事いっぱいしたし、情けない所もいっぱいあるよ……でも、ムーナが傍にいて欲しいよ……ワガママだけど離れ離れはもう嫌なの……」
「ショコラ……」
「……ごめん」
全部を吐き出して、燃え尽きたかのように感情がリセットされる。
冷めた心に好き放題言ったことに対する自己嫌悪が重なり、膝が崩れて再び泣き出してしまう。
「……ありがとう」
「……っ!!」
泣いてうずくまる私を優しく抱きしめるムーナ。私が魔力欠乏で苦しんでいた時と同じようだ……暖かくて、優しさに溢れている。
「その、思う事はあるがお主といた日々は楽しかった。わらわもここまで惹かれる者というのは会ったことが無かったし……えと……」
「つまりどういう事?」
「へっ……?」
我ながらいじわるだと思う。
私もムーナも答えが分かりきっているからか、お互い顔を赤くしているし。
でも、ムーナはちゃんと言ってくれるって信じてる。
「ちゃんと言わないと、わかんない」
「っ!! あぁ、もう!!」
ムーナは私に向き直り、恥ずかしそうな表情を浮かべながら
「わらわも、お主の事が大好きなんじゃよ!!」
「っ……!!」
ヤケクソ気味に自らの想いを叫んだ。
「ムーナ……!!」
「へ? わ……んっ」
再び跳ねる心臓。
感情が爆発し、勢いでお互いの唇を重ね合わせる。
「んっ……ふぅ……」
「ショ、コラ……」
「ムーナ……」
魔力供給ではない。
自身の空気や魔力を分け与えない、お互いの唇を味わい合うだけの行為。
だけど……幸せな気持ちを確かめ合える。
「ぷはっ……」
「はぁ……はぁ……」
少したった後、唇を離す。
熱っぽい表情はそのままに、互いの視線を外さず見つめ合う静かな時間が訪れた。
「いきなり何をする……」
「つい……」
「大胆すぎるぞ……お主」
「だって……ムーナの事が愛おしすぎて……」
「ばかもの……」
こういう所は成長してないと思う。
感情的になってムーナを傷つけたと言うのに、同じような事を繰り返している。
「けど……これが愛というものなんじゃろうな……」
「そうだね……」
良いこと悪い事全部ぶちまけて、キスで色々とうやむやにして。
かなり無茶苦茶な愛情表現だと思う。
「ムーナ……」
「ん?」
「ずっと一緒だよ……」
「あぁ、今度こそ約束する」
「ありがとう……大好き」
「わらわも大好きじゃよ……」
けど……これが私達らしいのかも。
微笑み合って少しした後、夕日と共に再び唇を重ね合わせる。
いつまでも愛してるよ、ムーナ。
〜〜〜
「さーて、次の国が楽しみだね」
「亜人やエルフ等、色んな種族が暮らす国じゃったな? わらわもワクワクしておる」
再びデモニストに戻り、少しの時間が過ぎた後。私達は馬車の中で揺られながら、次の目的地へと向かっていた。
「で、なんでボクまでいるんですか!?」
「どーせお主はぐーたらするじゃろ。だから無理やり連れて来た」
「うっ……うう……」
「まあまあ……ウチもおるし、な?」
「エメさぁん……」
勿論ステラとエメラルも一緒に。
ステラは大賢者スライムから「世界の視察って事でいいんじゃないですかねー」と言われてしまった為、むしろ帰る理由を無くしている。悲しいね。
で、ステラが旅をするからとエメラルもくっついて来た。
「ふふっ」
「ん? どうした?」
「いや、幸せだなぁって」
「……そうじゃな」
騒がしいのは好きだ。
見ていて飽きないし、ギスギスしているよりは楽しい方がいいと思うから。
何より
「ムーナ……大好きだよ」
「っ!! わらわも……大好きだ」
愛している人が隣にいてくれる。
それが何よりの幸せだ。
「こーいう時は可愛らしくていいのに……なーんでいつもは頑固ババアなんですかねー」
「ステラよ……お主は一度死を味わった方が良さそうじゃな?」
「ひいいいい!? 許してくださいお願いします何でもしますからー!!」
「誰が許すか!! このバカ者がァ!!」
このやり取りも見慣れたものだ。
だけど見慣れたものこそ大事で、離れ離れになって改めて実感する。
「ムーナ……手、つなご」
「へ? あぁ、うん……」
怪力な私ですが、今は伝説の魔王に愛されて幸せです。
〜終〜
ここまで見ていただきありがとうございました!!
一度ハイファンタジーで文庫本一冊分の物語を書きたいと思っていたので完結出来てほっとしています。
次回作は未定ですが、遅くても再来月までには投稿したいと思います。
それではまたノシ
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