まるやまっ! (あやさよが万病に効くと思ってる人)
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あや!




※丸山彩のキャラがしゅわしゅわどりーみんしてます





 

 

 

 

 

 校舎の呼び鈴が鳴る。夕日に当てられたクラスの中は、赤焼け色に染まっている。その中でたった1人、机に伏している少女はいびきをかきながら、悉く惰眠を貪っていた。

 

「…丸山さん、丸山さん!」

 

「んぁ…」

 

 ぼやけた視界に入るは夕陽に当てられ光る清涼なアイスグリーンの髪。顔を上げると友人の氷川紗夜が呆れた顔で立っていた。

 

「…あ、紗夜ちゃんおはよー」

 

「…もう授業も終わって夕方ですよ」

 

「え、うっそ!?あ、ホントだ綺麗な夕日!」

 

「全く、いい加減帰りの連絡中に寝る癖をやめなさい。先生も困ってましたよ」

 

「ごめんなしゃーい」

 

 反省の色皆無で繰り出されるてへぺろ顔で紗夜のこめかみに血管が浮き出る。しかしこんなしょうもないことで怒りを噴出したところで体力の無駄なことは明白。感情を抜くように静かにため息を吐く。

 

「次寝てるところを見つけたら問答無用で叱責しに行きますからね」

 

「先生が喋ってる途中でも行くってことだね!紗夜ちゃんチャレンジャー!じゃあ明日仲良く説教されようぜ!」

 

「説教は今ここでした方が良いですか…?」

 

「スミマセン…」

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

「夕陽が綺麗だー」

 

「そうですね」

 

「反対側は暗いなー」

 

「日がないですからね」

 

「まるで怒った紗夜ちゃんみたいだー」

 

「そうd、どう言う意味ですかそれ」

 

「ほら、あの雲の形とかさ、丁度夕陽が当たって吊り上がったおめめに…イタタタ!!?」

 

 紗夜は両の拳で彩の頭部を挟み込んだ。当然彩には激しい鈍痛が響く。

 

「うげげ…、目がチカチカする…」

 

「変に挑発するからです。これからは発言に心がけてください」

 

「もー!ちょっとした冗談だったのに!」

 

「例え冗談でも距離の取り方一つで人間関係は崩壊するもの。親しき仲にも礼儀あり。丸山さん、貴女は普段から悪ノリが過ぎます。もっと落ち着きや自身を節制する事を覚えるべきです」

 

「もー、紗夜ちゃんて変に細かいこと考えるよねー」

 

「…思春期の学生なんて大抵そんなものなのでは?」

 

「いーや、紗夜ちゃんにはハジケ度が足りないね!あり体に言えば青春してない!青!紗夜ちゃんは青しか無いの!春が足りない!」

 

「なんですかそれ。変な価値観を押し付けないでください」

 

「青春って私と紗夜ちゃんみたいじゃない!?ほら、青とピンクで!」

 

「話聞いてください」

 

 呆れたように紗夜はため息をつく。

 こんな他愛もあるような無いような会話をして紗夜に余計な疲労が溜まっていく。2人のいつもの光景だった。

 

「とにかく!紗夜ちゃんは人生楽しめてないってコト!というわけで今日はいつもの公民館に行こう!」

 

「…まぁ、構いませんが。あまり遅くは残れませんよ」

 

「分かってるって!今日こそ紗夜ちゃんにハッピーを叩き込んでやるぜ!じゃ、ちょっと待ってて。許可とってくるから!」

 

「はぁ…」

 

 2人は時折時間の空いた日に地域公共の施設を使って遊ぶことがある。とは言っても、殆どは紗夜のギターの練習に費やされるのだが。

 しかし2人にとっては数少ない何にも縛られない時間であることには違いなかった。

 

「快ッ諾!よっし行こうすぐ行こう!」

 

「ちょっと丸山さんあまり腕を引っ張らないで…!そもそも貴女は落ち着きがなさすぎる…!」

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 オッス!オラ通りすがりの転生者だ!覚えておけ!

 最期の記憶が雨の中登山してたら急に目の前がスーパーフラッシュしたところで終わってるから、多分雷に打たれて死んだぞ!やっべー!死因の中でもスーパーレアなんじゃ無いかな!?なんか特典とかあるかな!?あったら欲しいです!無かったけど!

 そんなわけで丸山家長女丸山彩として再び生を受けたのだが、前世と特別何か変わるわけでもなく、フツーに生きて、フツーに今日まで過ごしてきた。

 そんなこんなで15年!紗夜ちゃんという心の友もできて、不足ない日常をコマ送り中である。

 

 ただ、この紗夜ちゃんがねー、中々癖が強くて。ビバ・思春期コンプレックス中って感じ。妹がいるらしいんだけど、その子にやることすること全部真似された挙句に自分よりも上達早くて上手いからってことで怒髪天なんだよね。そこで私は紗夜ちゃんのメンタルケアを買って出たのだ!友達だから悩んでる時に寄り添うのは当然なのだ!

 しかしまぁ、当の紗夜ちゃんがとんでもなく頑固!昭和の髭親父じゃ無いんだからさ、もっと柔軟に考えるべきだ!

 

「そう、紗夜ちゃんは頭が堅すぎる。まるでジャガイモのようだよ。マッシュポテトにするべきだよ」

 

「誰がジャガイモですか。…そんなの、変えようと思って変えられるものじゃ無いですよ」

 

「その為に私がいるのよ!私がバッチリ調理して見事なポテトにしてあげる!」

 

「その後は?」

 

「私が食べる!」

 

「はいはい、後でポテト買いに行きましょうね」

 

「はーい」

 

 あれ?なんか丸め込まれた?ま、いっか。ポテトポテトー。

 

「あと前から言ってますがセッション中に話しかけないでください。集中できないので」

 

「いーじゃん別に。暇なのよー」

 

「…ギターを弾きながらそんな下らないことをペラペラ喋るのは貴女くらいですよ」

 

 失礼な!

 ちなみに紗夜ちゃんはべらぼうにギターが上手い。ぜ、前世の私よりお上手なのでは…?うごご…人生二周目でようやく勝てる技量の差とはこれ如何に…。私もそれなりにギターには自信あったのになぁ。

 

 紗夜ちゃんは天性の努力家だ。何事も妥協を許さずに取り組む姿勢は正直私には無理っす。コツコツと積み重ねてそれがわかりやすく結果に出る。私の知る限り、このタイプの人間は考えるよりずっと少ない。理由は色々。三日坊主になったり、積み重ねるものを間違ったり、そもそも結果に辿り着く手段を知らなかったり。でも紗夜ちゃんはその過程を持ち前の用意周到さとこれまでの経験で全てカバーできる。何かを上達する人で紗夜ちゃん以上に優秀な人物は私は知らないね!

 けどそれのせいで色々溜め込んじゃうんだよねぇ。おまけに頭も堅くなる。だからガスを定期的に抜かないと大爆発しちゃう。イメージガス爆発かな?全体攻撃的な。

 

「全く本当に、丸山さんといると頭がおかしくなりそうだわ」

 

「それで良いのよー、うりうり〜」

 

「ちょっと頬を突かないで!というかどこから取り出したんですかそんな玩具!変に器用な真似はやめてください!」

 

「ほらほらー、そんな堅い顔で演奏するんじゃなくてさぁ、もっと笑顔になろうよ」

 

「い、いやっ!音楽は厳粛なものなの!」

 

「そんなこと言っちゃって、体は正直じゃん。口角が上がっちゃってるヨォ」

 

「うぅーっ!丸山さんっていつもそうですよね!私を乱すようなことばっかり!もう知りません!!」

 

 おっと、紗夜ちゃんが爆発してしまった。失態失態。やりすぎちゃった。

 

「ごめんごめん。お詫びに新曲聞かせてあげるから、機嫌直してよ」

 

「……」

 

「あれ?もしかして聞かない?勿体無いなー。昨日出来立てホヤホヤなのになー。聞かないならボツにするしかないなー」

 

「……聞きます」

 

「よしきた!」

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 私、氷川紗夜には変わった友人がいる。

 

 彼女はいつも無駄なくらい元気いっぱいで、騒がしい。日頃からその有り余る元気を振り撒いていて、まるで一際輝く一等星のよう。まぁ、振り撒きすぎて逆に周囲から少しだけ距離を置かれている感じもするが。

 そんな彼女と私は悪く無い交友関係を築いている。初対面の時には考えられなかったことだ。曰く彼女は楽しいことが好きで、どんな事も全力楽しむがモットーなのだとか。あの前向きなところは私も見習わなければならない。

 

 彼女は音楽が上手い。

 こと音楽において、総合的に見れば私が知る中で誰よりも上手い。できる幅も広い。歌ができて、ギターが弾けて、ドラムが叩けて、ピアノが弾ける。他にも知らないだけで色々できると思う。だからか私は丸山さんから妹の日菜と同じものを感じてしまう。…だが不思議と嫌悪感はなかった。なぜなのかはよくわからない。丸山さんの演奏から努力の色を感じ取ったからか、人柄で許してしまったからなのか、それともただ他人だからなのか。けれど、1番はきっと私が丸山さんの音に、姿に私が惚れてしまったからだと思う。

 

 私の前で自作した曲を楽しそうに弾き語る丸山さんを見て私は改めてそう思った。明るく軽い曲調の歌。演奏技術も、歌も、高水準にまとまっている。だがそれ以上に、心底楽しそうな笑顔を浮かべて歌う彼女が、その瞳に映る一等星から、目が離せない。

 

 これだ。

 そう、これなのだ。

 丸山彩の真骨頂。彼女の真に恐ろしいところは歌が上手いところでも、幅広い楽器を扱えるところでも無い。この圧倒的な存在感。ある種のカリスマとも言える不可視のパワー。まるで惹きつけられるかのようなそのエネルギーが放たれる姿は、私の網膜に、脳に、いとも簡単に焼きついた。

 

 ギターの残響音が沈み、演奏が終わる。それでさえ、名残惜しさを感じた。

 

「どうだった!?」

 

「…ええ、素晴らしい演奏だったわ。終わるのが惜しいくらいに」

 

「えへへ、やった!」

 

 本当に嬉しそうに喜ぶ丸山さん。

 ああ、本当に良かった。私はきっと音だけでなく、丸山さん自身にも惹かれている。

 なぜ丸山さんがこうして私を練習に付き合ってくれたり、曲を聴かせたりするのか、それはまだはっきりと分からない。だが丸山さんと会う前の私はいろんなものに追い詰められていた。責任に、劣等感に、妹に。けれど彼女との時間だけはそれを全部忘れられた。花咲川女子学園風紀委員でも、天才に怯え隠れる姉でもない、ただの氷川紗夜に戻れた気がした。私にとってこの時間は数少ない心から安息できる場所になっていたのだ。

 

「よーし!じゃあ帰ったら動画上げるから絶対見てね!」

 

「ええ、楽しみにしてるわ」

 

 丸山さんは動画投稿活動をしている。『書いて歌った曲をぶん投げるだけの垢』などと本人は言っていたが、それにしては随分と人気だ。まぁ、あの技量なら妥当であるが。

 曰く、いろんな楽器を使えるようになったのも曲に必要だから練習したからだそうな。この燃料無限のエンジンのようなモチベーションもまた彼女の大きな武器の一つだろう。

 

「そういえば紗夜ちゃんももうすぐライブだったよね」

 

「そうね、二週間後よ」

 

「今度チケット頂戴!」

 

「そう言うと思って持ってきたわよ。はい」

 

「おー!ありがとー!絶対見に行くからね!」

 

 私はRoseliaというバンドユニットに所属している。

 結成して間もないが、プロを目指しているだけあってガールズバンドの中でも特にストイックなグループだと思う。メンバー一人一人の技量も高く、ボーカルやピアノに関してはプロに匹敵するレベルだと思っている。…そんな2人を比較対象にできる丸山さんは正直異常と言わざるを得ないが。

 そんなことを考えながら、受け取った代金を財布に仕舞う。

 

「…そろそろ帰りましょう。日も沈んだわ」

 

「承り!」

 

 そう言って片付けを始める。

 …実のところ、私は丸山さんに対して一つだけわからないことがある。いや、普段の発言や行動原理とかも意味不明ではあるが、私が思っていることはそんな根っこの無い事ではなく、何かしらの事情がありそうな事だ。

 

「ポッテト、ポッテト〜♪」

 

「丸山さん」

 

「ん?なにー?」

 

「いつも言ってますが、丸山さんは、その、音楽に携わることはしないんですか?ライブ活動とか…」

 

「えー、それなら動画投稿してるじゃん」

 

「いえ、そう言うのではなく、もっと実践的なものです。例えば人前で演奏するとか、アイドル活動をしてみるとか…」

 

 人を惹きつける才能を持つ丸山さんにとってアイドルはまさに天職と言えるだろう。

 

「アイドル〜?無い無い!大体私アイドル苦手だし。…ってこの話前にもしたような気がするよ」

 

「…そうでしたね。すみません、変なことを聞きました」

 

「全然いいよ。昔もそんなことよく言われたし。──それに!私はこうやって紗夜ちゃんと一緒に演奏できるだけでも十分満足だしね」

 

 そう言って丸山さんはいつもと違う優しい笑みをこちらに向けた。

 

「………ええ、ありがとう」

 

 そんな彼女を見て、思わず私も笑みが溢れてしまった。

 

 ああ、私は今安心してしまっている。自然と強張ってしまった身体から安堵と一緒に力が抜けていくのを感じる。

 

 私は怖い。世界に丸山彩が見つかってしまうことが。

 あんなことを聞いたくせに、私は彼女の魅力が世間に知られていることをこの上なく恐れている。まだ彼女が動画投稿者としてもそこそこにとどまっているのは歌だけだからだ。仮に歌っている姿そのままでネットに上げてでもしまえば、彼女の人気は爆発的に上がるだろう。再生数や登録者も比較にならないほど伸びるはずだ。そうなれば当然丸山さんの視線は私だけではなく、他の不特定多数の人間にも向けられる。

 

 想像するだけで耐え難かった。

 丸山さんが世間に目を向ければ私もその不特定多数の誰かになってしまうような気がしてならなかった。だから少なくとも学校では丸山さんが音楽ができると言うことを知っているのは私だけだ。

 動画投稿の方も正直やめさせたいけど、そこまでして丸山さんの趣味を取りたく無い。それに万が一嫌われでもすれば私はきっと生きる気力を無くしてしまう。それぐらいには私は彼女に傾倒してしまっている自覚があった。

 

「よし、片付け終わり!じゃあ早速ポテト買いに行こう!」

 

「分かりましたから、そう急かさないでください」

 

 私は、一生私だけにその姿を見せてほしいと思っている。その音を聴かせてほしいと思っている。

 これがどれほど醜い感情なのかなんて理解している。どこまで行っても一方通行なのは知っている。

 

「ねぇ、紗夜ちゃん」

 

「なにかしら」

 

「また遊ぼうね!」

 

「…ええ、勿論よ」

 

 

 だがそれでもどうしても、私は丸山彩が欲しいのだ。

 

 

 

 

 

 








丸山彩(転生):宝くじ当選並の豪運で死亡した転生した一般人!人生楽しく生きるのがモットー!紗夜ちゃんのメンタルケアをファンブルしてしまっていることに気がついていない。貴女の友人さん、とんでもないモンスターになってますよ!

【挿絵表示】


氷川紗夜:転生彩ちゃんに目を焼かれた挙句、性癖を破壊されてしまった人。現在姉妹氷河期真っ最中。実はポテトの話題が出てきた時内心ウッキウキだった。


 この後のプロットZERO!無いよぉ!プロット無いよぉ!!
 修羅場になるかもしれないし、ならないかもしれない。

 好評なら続く可能性が無きにしも非ず。




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さよ!




【前回のあらすじ!】
・テンプレ転生者丸山彩!
・アッ、アヤサヨトウトイ…
・病みポテト一丁!




 

 

 

 

 

「…貴女が丸山さんね」

 

「んむ?」

 

 そう振り返った顔には大きなエビの天ぷらを頬張られていた。一瞬、虚を突かれる。

 丁寧に敷かれたシートの上で重箱と共にあぐらで座っている少女、丸山彩。彼女は海老天弁当を食べていた。

 

「…まだ昼食には早いですよ。それにここは屋上です。一般生徒は立ち入り禁止なのですが」

 

「…ん、ゴクッ。そんな細かいこと気にしちゃダメだよ。人間自由じゃないと」

 

「知りません。学校の規則です」

 

「規則は破るためにあるのだ!」

 

「ふざけたこと言わないでください!…丸山さん、貴女は中等部の時から問題ばかり起こしているそうですね。先生たちも辟易していましたよ。良いですか?私たちはもう高等学生です。いつまでもそんな小学生のようなお気楽気分でいられれば困ります」

 

「貴女は説教が得意なフレンズなんだね!私は手品が得意だよ!」

 

 そう言って手からポンとたんぽぽの花を出した。そしてそのまま食べた。…それ重箱に入ってたたんぽぽじゃない!

 

「というか誰かと思ったら風紀委員長様じゃん!キビキビしすぎていつか禿げるってもっぱらの噂の!」

 

「どうりで最近頭に視線が集まるわけですよ!誰ですかそんなふざけた噂を流したのは!」

 

「私」

 

「い、良い度胸ですね。説教と呼び出しの準備は出来ていますか?職員室で先生と一緒にみっちり指導してあげます…!」

 

「あ、それは嫌」

 

 そう言うとあっという間に空の重箱とシートを片付けて、そそくさと退散しようとする。

 

「待ちなさい!逃しませんよ!」

 

「えーい!離せー!」

 

「貴女は厳重指導対象です…!大人しく来てもらいますよ…!あっ!コラ頭を掴むのをやめなさい!」

 

「やだ!」

 

「離しな、さい!」

 

 ばっと丸山さんの腕を引き剥がす。すると、はらりと細やかな感触が手筋を伝った。

 

「…?」

 

 不思議に思い、丸山さんの手を見てみると、その手には大量のアイスグリーン色の髪の毛のようなものが。思わず血の気が引く。

 

「あっ…、あっ!あっ!!?」

 

 咄嗟に頭部を確認するが、実際にどれくらい減ったか分からないので全く安心できない。

 

「はいどうぞ鏡」

 

「…!」

 

 差し出された手鏡を奪い取り必死に頭を確認する。しかし特段変わったことはなかった。

 え?じゃあさっきの髪の毛は…

 そう思い振り返った時には既に丸山さんは屋上から出ていた。そんな彼女の制服のポケットからは私の髪の毛と同じ色のカツラがはみ出ている。私は全てを察した。

 

「コラコラ!屋上は一般生徒がいたらダメなんですよ!風紀委員長が何をやっているんですかー!」

 

「…ッ!…!!…っ!!!まっ、丸山さん!!!」

 

 怒髪天になった私はそのまま爆笑する彼女を追いかけ回した。その後、廊下で走っているところを先生に見つかって2人仲良く説教されることになる。

 

 これが私と丸山さんとの出会い。

 ……正直良い思い出ではないが、確実に私の人生が変わる大きなターニングポイントだった。

 

 

 

 

 

 

 

 ●●●

 

 

 

 

 

 

 

「ただいま…」

 

 玄関の扉を開ける。疲れの重さを伴っているからかやけに重い。玄関横の置き時計を見ると8時過ぎだった。

 共働きの両親はどうやらまだ帰ってきていないらしい。この様子だとまた残業だろう。

 

「おかえりー、今日も遅かったね。おねーちゃん」

 

 そう言って現れたのは妹の日菜だ。

 自他共に認める天才肌。一度見たことなら大抵はできてしまう。そんな子だ。最近アイドル活動を始めたらしいけど、詳しくは知らない。

 

「どうしたの?今日はRoseliaの練習もお休みってリサちーに聞いてたのに」

 

「…少し寄り道してきただけよ。貴女には関係無いわ」

 

「ふーん、最近多いよね。おねーちゃんそういう意味のなさそうな寄り道、あんまり好きそうじゃ無いのに」

 

「唯の気まぐれよ」

 

「誰かと一緒にいたの?」

 

「別に…」

 

「いたんだ」

 

「…誰と一緒にいようと私の勝手でしょう」

 

「………」

 

 日菜の視線を感じながらも、逃げるように階段を登り、自室の扉を閉めた。

 

「……はぁ」

 

 日菜は変に勘が良い。天才故なのか、日菜は僅かな情報で答えに辿り着けるだけの能力がある。仮に日菜に丸山さんとの交流がバレれば、確実に丸山さんに干渉してくることだろう。丸山さんは日菜と同系統のタイプだ。日菜が彼女に興味を持たないわけがない。

 

 ダメだ。それだけはダメだ。なんとしてもそれは阻止しなければいけない。あの時間だけは奪われたく無い。

 

「…ぐぅ」

 

 ああ、ダメだ。こんな考え方はらしく無い。どうにかして気を紛らわせないと…

 

「…あ」

 

 そういえば丸山さんが、帰ったらさっきの曲を投稿すると言っていた事を思い出す。

 動画サイトを開き、登録しているチャンネル欄を見ると、すでに動画はアップされていた。…少しこれで気を落ち着かせよう。

 

 携帯にイヤフォンを挿して椅子にもたれかかりながら音楽を聴く。…やっぱり良い曲だ。さっき聞いた時と違ってドラムやピアノ、ベースも入っていて曲の完成度が上がっている。多幸感で自然と顔に入っていた力が緩んでいくのを感じる。

 

 動画の内容は静止画に音楽が流れているだけというシンプルなものだ。時折自作のMVなどを作る事もあるようだが、基本的に顔出し無し、演奏光景無しが丸山さんのスタンスだ。登録者も40万人と個人活動にしてはかなり多い部類だ。演奏風景を流せば更に爆発的に登録者は増えるだろうが、本人がそれを望んでいない。飽くまで趣味らしい。

 …この完成度で趣味、か。正直嫉妬する。だが彼女の前ではこの嫉妬すらどうでも良くなってしまう。なんとも不思議な感覚だ。あれほど日菜に向けていた醜い自尊心からの嫉妬が彼女の前だと唯の悦に変わってしまう。そして彼女と一緒に音を奏でられる時間が私にとって何よりも幸福で、この人と並び立てたという充実感すら出てくる。それが錯覚だと理解していても、そう思わずにはいられない。

 

 そんなことを考えていると曲が終わった。もっと聞いていたいが、今はギターの練習を優先させよう。丸山さんも大事だが、今はRoseliaだ。

 丸山さんに魅せられたのなら、今度は私がRoseliaとして丸山さんに魅せる番だ。そんな一心でギターを掻き鳴らし始めた。

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

「よぉ紗夜ちゃん!ライブ出よーぜ!」

 

「はい?」

 

 次の日の放課後早々、丸山彩はチラシ片手にそんな事を言い放った。

 

「このライブハウスでやるんだってー。2人でも参加できるからさ!一緒にやろーよ!」

 

 チラシには一月後にライブハウスで小さなライブが行われる旨の内容が書いてある。

 

「昨日紗夜ちゃんに言われて色々考えてさー。折角ならちょっとチャレンジしてみようかなって!」

 

 紗夜は悩む。

 無論、如何にして丸山彩をライブに出させないかだ。たとえどれだけ小さなものであってもライブはライブだ。現代の情報拡散力を持ってすれば周知は一瞬である。何とかして参加を阻止しなければいけない。

 手っ取り早いのは紗夜が参加を拒否することだ。このライブ、どうやら1人では参加できないらしい。紗夜以外に特別組む相手がいない彩は参加する術を失う。

 

「せっかくのお誘いだけどお断りさせていただきます」

 

「まぁ、もう登録しちゃったんだけどね」

 

「何やってるのよ!!?」

 

 今日一大きな声が出た。

 

「チームアオハル!いやー、我ながら良い名前だ」

 

「きゃ、キャンセルしますよ!大体私はこの日用事が…!」

 

「え?でもそっちのライブが終わったらしばらく何も無いって言ってたじゃん」

 

「う…!きゅ、急用ができたんです!ですのでその日は…!」

 

「ねぇ」

 

 ピタリと紗夜は言葉を止める。彩はゆっくりと此方に近づいて、ついにはお互いの鼻が当たりそうなほどに接近する。紗夜の目の前には桃色の瞳がいっぱいに映る。

 

「…そんなに私と演奏するの、嫌?」

 

「え、と…」

 

 断らないと断らないと断らないと

 そう順考するが、少しずつ頭がぼうっとしてくるような感覚に陥る。うまく考えがまとまらない。瞳に映る光が目に焼き付く。

 

(あ、れ…?何考えてたんだっけ…)

 

「一緒に行こ?」

 

「…………はい」

 

「じゃあこれにサインしてくれる?」

 

「………はい」

 

 彩がどこからか取り出したライブの出席登録の紙を机に置いて、紗夜はそれにサインを書く。

 

「よし決まり!じゃあこの日準備しといてね!私バイトあるから行くよ!じゃあ!」

 

 そう言って彩はそそくさと教室を出てしまった。紗夜は1人ぽつりと取り残される。

 それから数秒後、紗夜はハッと意識を取り戻す。

 

「丸山さん!!!またやりましたね!!しかもさっき書かせたの登録書でしょう!?おかしいと思ったんですよ私の了承も無しにライブ登録なんて!コラ待ちなさい!!」

 

「待てって言われて待つ阿呆はいませんよーだ!言質と書類は取ったからね!!」

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 結局彩には逃げられてしまい、ライブに参加を防ぐことは叶わなかった。ああなった彩を説得するのは非常に困難だ。しかしあんな強引にしてくるとは紗夜も予想外である。こんなことなら昨日あんなことを聞くのではなかった。

 

「はぁ…」

 

「お、紗夜の珍しい顔発見!眉を寄せてるのはよく見るけどそんな深刻そうな顔見るのは初めてだなー」

 

 そう声をかけたのは、紗夜の所属するバンドユニット『Roselia』のメンバーである、今井リサだ。彼女は紗夜に限らず何かとバンドメンバーの気配りをしてくれている。今回もいつもと様子の違うバンドメンバーを心配して話しかけたのだろう。

 

「はい、まぁ色々ありまして…」

 

「色々ねー、まぁでも紗夜って生徒会で風紀委員で弓道部も兼用してるんでしょ?そりゃ疲れるよね」

 

「…ええ、まぁ、そうですね」

 

 珍しく歯切れの悪い回答にリサは首を傾げる。

 

「もしかしてまた丸山さん絡みですかね」

 

 そう言ったのは同じメンバーの白金燐子だ。紗夜のクラスメイトでもある彼女は問題児である彩が紗夜に叱責されている光景を何度も見ている。

 

「まるやまさん?」

 

「私と氷川さんと同じクラスにいる方です。一年生の頃から色々とトラブルばかりを起こしていたので、花咲川ではちょっとした有名人ですよ。最近は少し大人しくなったのですが…」

 

「へぇー。因みにトラブルってどんなこと?」

 

「そうですね…、私が知っているものでは、授業中に持参した重箱のお弁当を食べていたり、時間問わず勝手に放送室を使って先生方の秘密を暴露するゲリララジオをしていたり、校舎でロッククライミングをして遊んでいたりとかですかね」

 

「思ったより無茶苦茶だった!?」

 

「そしてその度に氷川さんと先生方に追いかけ回されています。大体3割の確率で御用になりますね」

 

「しかも結構逃げ足速い!!」

 

「おかげで先生方も手を焼いてるんですよ。あっ、でも最近は氷川さんと仲良くしているところもよく見ていて…」

 

「リサ、燐子」

 

 突然聞こえた突き刺すような声色に思わず2人は会話を止める。

 声のした先にはRoseliaのボーカルである湊友希那が立っていた。友希那は責めるような冷たい視線を2人に送っている。

 

「2人はここに無駄話をするために来たのかしら。もう予定していた練習時間よ。やる気が無いなら帰って頂戴」

 

 その有無を言わさない圧力に2人は思わず言葉を詰まらせてしまう。

 

「あはは…、いやーごめんね友希那。思った以上に話が弾んじゃって。すぐ準備するよ。ほら行こ燐子」

 

「は、はい…。すみません、友希那さん」

 

 そう言って2人は各々の楽器を取りに行った。

 それを見た紗夜もチューニングを終えたギターを持って所定の位置に行こうとする。

 

「紗夜」

 

「…なんでしょうか」

 

「私は貴女の学校生活にまでとやかくは言わないわ。…けれどその丸山さんとやらがRoseliaの練習に影響するのなら、すぐに縁を切りなさい。特に、今回の様なことが続く様ならね」

 

「…ええ、わかってます」

 

 バンドグループ『Roselia』。

 彼女、湊友希那が中心となって構成されたバンドユニット。その目的は、世界中のトップクラスのバンドが集うFUTURE WORLD FESの出場、及び優勝。バンドとしての実力と技量のみを追求するこのRoseliaに、一切の不純物が混ざることを友希那は許容しない。紗夜もそれを理解しているからこそ、何も言い返せなかった。

 

「Roseliaに妥協は無いわ」

 

 彼女たちは本気で頂点を目指している。並のスクールバンドの様なたるみや馴れ馴れしい雰囲気は一切感じない。その証拠に彼女たちはほんの一部を除いてプライベートの全てをそれぞれの研鑽に当てている。

 それもあって彼女たちの技量は既にアマチュアのそれを優に超えていた。しかしそれで彼女たちは満足しない。もっと先に、もっと上に。一切の妥協無しに。

 

 

「さぁ、練習を始めましょう」

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

「ちわーっす!出前でーす!!」

 

 

 そう言って彩は勢いよく玄関扉を開ける。

 ここはライブハウス『SPACE』。数多くの有名バンドを輩出したその界隈ではちょっとした有名どころだのだが、そんなもの関係なしとずかずかと出前のケースを持ちながら彩は人を探す。

 

「喧しいよ丸山。ここはライブハウスだ、他人の迷惑になるから音量を下げな」

 

 そう言ったのはこのライブハウスのオーナー、都築 詩船だ。

 いつも通りはち切れんばかりの元気を振り撒きながら参上した彩に半ば呆れと諦観のため息を落とす。

 

「あれ?この日って誰も入ってなかった気がするんだけど…」

 

「最近入ったんだよ。気骨の良い娘たちがね」

 

「へー。あ、はいこれ頼んでたラーメン定食ね」

 

「私はこんなもの頼んで無いよ」

 

「あれれ?確かに住所はここなんだけど…」

 

 持っている住所が書かれている紙を睨みながら呻く。

 

「貸しな。……あんたこれお隣じゃないか」

 

「うっそ!?うわ本当だ!おかしいと思ったんだよ詩船おばちゃんがこんな重いもん頼むなんて!」

 

「だれがおばちゃんだ!!失礼が過ぎるよ小娘!」

 

「えー、でも事実でしょ。こんな胃にきそうなもの食べれる?」

 

「ふん、私を舐めちゃ困るね。この程度軽く平らげられるわ」

 

「やめときなよ、血圧上がるぜ婆さん」

 

「上等だ、その喧嘩良い値で買ってあげるよ」

 

 その言葉に詩船は額に青筋を立てる。

 詩船はその厳かな雰囲気と冷徹な物言いから怖がる人も多い。そんな彼女にこんな命知らずな物言いができるのは、この辺りでは丸山だけである。

 

「あ、そんなことよりもさ!これ私出るから。はい登録表」

 

「ん、ああ、来月の箱ライブね。…丸山、あんた出るのかい」

 

「うん、良い感じのパートナーも見つかったし」

 

 そう聞くと詩船は心底驚いた様な表情をする。

 

「…この氷川ってのはアンタについて来れるのかい?」

 

「無問題!!最近ちょっとずつ良い感じになってきたんだよね」

 

「……良いわ。だけど登録は保留だよ。今度その娘、こっちに連れてきな。私が見分けてあげる」

 

「おっけー!じゃあラーメン伸びるからそろそろ行くね!また後で収録来るから!」

 

「だからウチは収録現場じゃ無い…ってもう居ない…」

 

 彩は既に台風が如くライブハウスを飛び出していた。勢いよく開けたであろう玄関扉がぶらぶらと揺れている。

 

「しかし、あの娘に相方ねぇ…」

 

 正直、かなり驚いた。

 相方ができたこと自体よりも、丸山彩の音楽について来れたという人間がいたことにだ。

 

 丸山彩は唯我独尊だ。これは彼女の音楽を知る少ない人全員に聞けば必ず返ってくる答えだ。彼女の音は丸山彩以外の世界を許さない。圧倒的な技量と、そして溢れ出る異常なカリスマ。普段の彼女とは正に豹変と言えるレベルの変わり様に、初めて彼女の音を聞いた詩船も度肝を抜かれた記憶がある。

 

 ───完成している。

 それが第一に出てきた感想だった。ギターと歌だけの非常にシンプルなものにも関わらず、5人、いや6人で組まれたバンドの演奏にも引けを取らない圧力。本来多数で成し遂げる演奏をたった1人で完成させる。こんな娘は見たことがなかった。

 

 …しかしそれ故に丸山彩は孤独だ。

 理由は単純、彼女と釣り合う人間が今に至るまで見つからなかったから。一緒に演奏した人間は皆心が折れるか、彼女に魅入るかのどらちかだった。そこに本来のバンドにある各々の個性の輝きなど無く、唯々丸山彩という一等星が、目を焼く光を放つだけの独壇場があるだけだ。故に彼女にとって誰かと演奏することは1人でするのとなんら変わらなかった。

 

 だがそれでも丸山彩は前を向いて生きていた。詩船に見せた演奏でも、たった1人で「やりきった」演奏を見せてくれた。だから詩船は彩がこのライブハウスを利用することを許可している。

 

 そして今、彼女はそんな自分の前に立ちはだかる巨大過ぎる課題をどうにかしようともがいている。

 彩がこのライブハウスに通い始めてもうすぐ一年が経つ。詩船はいつもたった1人で練習部屋に篭る彼女を見てやるせない気持ちになっていた。いつかの彩との会話で、彼女は『みんなで一緒に楽しく演奏したい』そう言っていた。

 

(…あの子はきっと本当の意味で誰かと演奏する楽しさってものを知らない。共に自分たちの音と個性を共有する嬉しさを知らない。己の才能故に)

 

 だからこそ見極める必要がある。この氷川紗夜という人間が、丸山彩の隣に立つに相応しいか。

 詩船が思うに丸山彩について来れる人間は、才能やセンスの持ち主などでは無く、何がなんでも彩に食らいつく様な強靭なメンタルと、地道を積み重ねられる努力を持ち合わせた人間だ。

 そして仮に半端であれば即関わりを断つことを勧める。非情な選択だが、それが1番お互いのためになる。それ程に丸山彩の音は危険なのだ。

 

「こっちも、腹括らないといけないねぇ」

 

 詩船は丸山の音楽の幸福を願っている。故に彼女が幸せになれる様に努めるのだ。

 自分の音楽で孤独になってしまう人間なんて、いてはいけないのだから。

 

 

 

 

 

 

 






 転生彩ちゃんのヒミツ①:実は数学が超苦手!テストではいつも散々な点数だぞ!




 主はバンドリ初心者だぜ!
 何か原作設定と齟齬があればやんわり教えてくれると有り難いだぜ!


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こころ!





【前回のあらすじ!】
・彩ちゃん「お願い♡」紗夜「はい♡」
・【悲報】ギスリアさん、ギターを寝取られる
・詩船さん、ライブが混沌に染まることを察する





 

 

 

 

 

 

 退屈の極みを決めている人間がいる。今の私である。

 いやー、超暇!紗夜ちゃんは部活でいないし、今日はバイトとかも無いし、実に暇なのだ!暇潰そうにも、ぶっちゃけ学校でやれる事はあらかたやり尽くした感がある。

 この暇を楽しむっていうのもアリではあるんだけど…。あ、そうだこれ歌とかにできないかな。ワンチャン行けそうかも。

 

 ひまーひまー極まる退屈決まらず就活!だらだらだらだら冷や汗ダラダラ、きまらずダラダラ、未練たらたら!イェイ!

 

 ってあれ?あの部屋って部室だったっけ?私の記憶にはあそこは使われてない物置だったはずだけど…。紗夜ちゃんも許可が出てないから使うの禁止って言ってたし。

 はっ!!わ、私のオモシロセンサーが強い妖気を感じている!父さん!これは一体!?

 

イマジナリー父さん(え、知らん何それ、怖)

 

 よし!非常に面白そうなので特攻しに行こう!たのもー!

 

「はろーえぶりばでー!ここは使用許可が出てないぜ!風紀委員が見逃してもこの丸山彩が見逃さない!さぁ御用よ!」

 

「あら?」

 

「およ?」

 

 そこにはちょこんと椅子に座った金髪の可愛らしい少女。そしてなんとその両脇に大量の黒服を着た人たちが所狭しと並んでいた。

 おや、これは詰んだかな?幻聴かざわ…ざわ…なんてSEが聞こえてくる。

 ふぅー、もちつけ。深呼吸だ。こういう時こそ冷静な判断が求められるのだ。そう、紗夜ちゃんを思い出そう。あの誠実さを今発揮する時!さぁ行くぞ!

 

 

「……すみませぇん!!借金は勘弁してくださぁい!」

 

「ええっ!?」

 

 

 

 

 

 

●●●

 

 

 

 

 

 

 

 その日の放課後、紗夜はいつも通り彩のところに行こうと席を立った。が、しかし教室を見回しても彩の姿は何処にも見えない。

 頭に疑問符を浮かべていると近くの生徒の話し声が聞こえてくる。どうやら彩は帰りの連絡が終わって早々に一目散に何処かへ走り去って行ってしまったようだ。

 なまじ運動神経は良い彼女だ。ちょっと目を離した隙にどこかに行ってしまうということは良くある。仕方ないので近くにいた生徒に行き先を聞いてみる。

 

「…すみません、丸山さんがどこに行ったのか知ってますか?」

 

「え?丸山ちゃん?うーん、ちょっとわからないなぁ…」

 

「あ、私知ってるよ。丸山さんならさっき部活に行ったわ」

 

「はい?」

 

 紗夜は目を丸くした。当然である。彩が部活に入ったなど初耳だからだ。

 

「え?丸山ちゃんって部活入ってなかったよね?」

 

「最近入ったらしいよ。なんか面白そうだからってみたいなこと言って」

 

「えーどこどこ?」

 

「えっと、確か…」

 

 その部活の名前を聞いた瞬間に、紗夜は教室から飛び出していた。

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

「こんちくわー!」

 

 彩が元気よく入った部屋は若干殺風景な小さな個室だ。部屋の真ん中に置かれている折り畳みの長机の奥に座る生徒は彩の訪問に嬉しそうに顔を上げた。

 

「こんにちわ彩!来てくれたのね!うれしいわ!」

 

「そりゃ部員だから当然だよ!」

 

 彩の言葉に心底嬉しそうに答えるのは、ここ『天文部』の部長である弦巻こころだ。

 彼女は今年高等部になった生徒なのだが、新学期早々突如この天文部なる部活を立ち上げた校内でも彩に次いで有名な生徒である。無論、奇人という意味ででだ。

 

「さてさーて、今日は何しようかなー。この前は惑星を作ってみようの会だったよね」

 

「ええ!彩が作った木星、とっても大きかったわ!」

 

「唯のケーキだけどね!」

 

「とっても美味しかったわ!」

 

「また作りたいねー」

 

「じゃあ今から作りましょう!」

 

「いやいや、折角だからもっと別の試みをしてみよう。私たちは青春謳歌特権持ち高校生なのだ。より沢山の経験をしてみることが思い出の刺激になること違いなし!探せばもっと面白いこともある筈!」

 

「確かに!流石彩だわ!じゃあ何をしましょう?」

 

「うーん、そうだなー。前回は天文学部っぽい事をしてみようってことでああなったから、今回は一周回って天文学部とは関係ない事を…」

 

 そこまで彩が言葉を発した瞬間、部室の引き戸が勢いよく開かれた。

 開かれた扉を見るとそこには肩で息をしている紗夜がいた。

 

「はぁ、はぁ…!」

 

「あり?紗夜ちゃん、どうしたのそんな急いで。あっ!?もしかして私がお昼に紗夜ちゃんのお弁当の唐揚げを食べたのがバレた…!?」

 

「はぁ…!やっぱり丸山さんが食べたんですねあれ…!いやそれよりも…」

 

「じゃあ昨日のハンバーグを食べたのも!?」

 

「おかしいと思ったんですよ、三つ入れたのに二つも消えて!まぁもうそれは良いです、許します。それよりも私が聞きたいのは…」

 

「じゃあ一昨日のポテトも…」

 

「絶対に許しません制裁です」

 

「ウワーッ!!!許すって言った!許すって言った!!許すって言ったぁ!!!」

 

「お黙りなさい!!私がどれほどあのフライドポテトを楽しみにしていたと思ってるんですか…!初めて…初めて自分で作ったプライドポテトだったんですよ!?」

 

「紗夜ちゃんのハジメテ…奪っちゃった♡」

 

「遺言はご家族の方にしっかり伝えておきますね」

 

 紗夜はノータイムで彩の顔面にアイアンクローを決めて、そのまま持ち上げる。明らかに人体から鳴ってはいけない音が鳴る。

 

「あだだだだだだだだ!!?やめて潰れる壊れる死んじゃう冥界の片道切符受け取っちゃうらめぇぇ!!」

 

 

「……何だか分からないけどすっごく愉快ね!」

 

 

 

 

 ーーー

 ーー

 ー

 

 

 

 

 

「危うく潰れたトマトになるところだった…」

 

「余計なことをするからでしょう。今度ポテトを奢ってもらいますからね」

 

「ふぁーい…」

 

 2人でポテトの山を探索することが決定したところで、紗夜は本題に入る。

 

「…それで、丸山さん。貴女いつの間に部活なんて入ったんですか?」

 

「え、3日前くらい?」

 

「…私入部届なんて受け取ってないのですが…」

 

 紗夜は生徒会の一員だ。なので入部届の一通りの管理も彼女が行うことが多かったりする。何ならこっそり彩が出しても処分できるように目を光らせていたまである。

 

「だって紗夜ちゃん私が部活入ろうとすると止めるじゃん。だから別の生徒会の人に手渡しして受理させたんだよね」

 

「くっ…!」

 

 紗夜は歯噛みする。完全に油断していた。

 折角彼女を生徒会か弓道部に入れようと色々と画策していたというのに見事に台無しになってしまった。

 これが普通の部活ならばまだ何とかなっただろう。そもそも丸山彩のノリについていける人物自体が希だからだ。しかし彼女が入ったのは丸山彩の再来とまで言われた稀代の奇人、弦巻こころが作り上げた部活だ。そんな彼女たち2人のシナジーはそれはもうとんでもないだろう。現にこころの彩に対する距離感は他の生徒とは比べものにならないほどに近い。

 紗夜としてはあまり気分の良く無い光景だった。

 

「えっと、確か生徒会の人よね。彩とよく追いかけっこしている」

 

「…はい、氷川紗夜です」

 

「そう!やっぱり!いつも彩と楽しそうに追いかけっこをしているからよく覚えてるわ!」

 

「別に楽しくは無いのですが…」

 

「そうかしら?私にはとっても楽しそうに見えたけど」

 

「……そんなことは」

 

「無い無い無い、あり得ない。毎回鬼みたいな形相で追ってくるんだよ?顔にそのままシワが残るんじゃ無いかってくらい。そうなれば節分の時、鬼の仮面いらずだね!」

 

「何故鬼が反撃しないのか、理由を教えてあげましょうか?手を出せば相手が死ぬからですよ」

 

「ス、スミマセン…」

 

「ふふっ、やっぱりすごく仲良しね!ねぇ、紗夜!貴女天文部に入らない?きっと楽しくなるわ!」

 

「いえ、私はもう弓道部に所属しているので…」

 

「大丈夫よ!兼部すれば問題ないわ!!」

 

「確かに!」

 

「体力的に無理です!それに私は既に生徒会と兼部しているので校則でこれ以上部活には入れませんよ…」

 

「そういうことならなんとかするわ!黒服さーん!」

 

 その瞬間、どこからともなく黒服サングラスを装備した謎の女性数名が現れた。

 彼女たちは弦巻こころの身支度、お世話、おねだりと、何でもこなしてくれる人型パーフェクトマルチツール通称黒服さん。こころの意向であればどんな要望も叶えてくれる超優秀な人たちだぞ!

 

「この学校で1番偉い人と話して三つ以上兼部できるようにお願いして欲しいの」

 

「畏まりましたこころ様」

 

「やったぜ!これで紗夜ちゃんも晴れて天文学部だよ!」

 

「ちょちょ、ちょっと待ってください!!勝手に校則を変えようとしないでください!!」

 

 紗夜の必死の抵抗で何とか校則の改変は阻止された。

 弦巻こころは超大富豪の家の一人娘である。その財力はこの世にある願望の大半は叶ってしまう程だ。そんな恐ろしい力がまるで自販機でジュースを買うような軽さでぶん回されるのだ。たまったものではない。

 

「あっそうだ!紗夜ちゃん。今日って部活あったっけ?」

 

「今日は休みですが…」

 

「よし、じゃあ紗夜ちゃんも一緒にやろう!部活に入れないならちょっと体験入部ってことで!」

 

「とっても良いわ!人数は多い方が良いもの!」

 

「よし、じゃあ早速準備だ!」

 

「ちょっと話を…!そもそもこの後バンドの練習が…!」

 

「それまでには終わらせる!すぐできるとっておきなのを今思いついた!」

 

「さすが彩だわ!必要なものがあったら言って!黒服さんに頼んで用意してもらうわ!」

 

「おけまる!」

 

「ああああ!もう!!」

 

 どうやら紗夜は宇宙人の巣に入り込んでしまったらしい。もはや脱出は不可能と悟った紗夜は半ばヤケクソになりながら黒服たちに連行されていった。

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

「いやー、楽しかった!」

 

「死ぬかと思いました…」

 

 部活動という名を冠しただけの奇行を行った2人+αは案の定、その場に居合わせた先生にテンプレ説教を受け、解放されたのち帰路に着いていた。尚、こころは権力制裁を恐れた先生方に見逃された。

 

「またやりたいね!惑星バンジー!」

 

「もう2度とごめんですよ!落ちる瞬間今世を放棄しましたからね!というかあんな設備どこから持ってきたんですか!?」

 

「こころちゃん超金持ちだからね。頼んだらなんでもあの黒服さんが準備してくれるんだって」

 

「なんて無茶苦茶な…」

 

 妄想を現実にしてしまうほどの財力とは…。あの手の奇人には1番持たせてはいけないものなのではないだろうか。

 いずれにせよ、今後天文学部を訪ねるときは色々と心の準備をしなければならない。あの災厄のディザスターコンビを相手するには相応の覚悟が必要である。

 

「そういえば弦巻さんはどこに行ったのでしょう。用事があると言ってましたが…」

 

「あー、こころちゃんバンドやってるの。多分それの練習に行ってる」

 

「そうなんですね。少し意外です」

 

「…あ、紗夜ちゃんライブハウスあっちだったよね?じゃあここでお別れだね。ライブの練習頑張ってね。また明日ー」

 

「……あの、丸山さん」

 

「ん、なに?」

 

「その…今日、お時間空いていますか…?」

 

「ん?うん、今日は1日暇だけど」

 

「その…、公民館に行きませんか?どうしても夜遅くにはなってしまいますが…」

 

「……」

 

 彩は目を丸くして紗夜の方を見ている。彩にしては珍しく素で驚いていた。そして少しずつ満面の笑みになっていく。

 

「うん!行く行く行く!!やった!紗夜ちゃんからのお誘いゲット!これは大きな進歩だね!」

 

「……ふふっ」

 

 笑顔で飛び跳ねる彩を見て思わず笑みが溢れた。

 

 既にRoseliaのライブには二週間を切っている。この時期になってくるとライブに向けて本格的に詰めていかなければならない。そのため必然的にプライベートの時間を削らざるを得ない。

 なのでライブ前に一緒に残れる機会は恐らくこれが最後になるだろう。どうせ一週間は碌に教室以外では会えないし、天文部のトンチキ活動でさらに機会は減る。これくらいの贅沢はしたいと思っていた。

 

 …と、まぁ色々と御託を並べたが、要するに紗夜はこころに嫉妬しているのだ。

 真面目な性格のせいで中途半端にしか外に出せない独占欲が表出した結果がこれである。しかしそれでも自分から踏み出せただけ彩の言う通り進歩なのかもしれない。

 

「じゃあ練習終わったら連絡してね!待ってるから!」

 

「…ええ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 ふふっ、楽しい!楽しいわ!特に最近は最高に!

 理由は明快!彩のおかげ!初対面にいきなり土下座をしてきた時は驚いたけど、話してみたらとっても楽しい人だったわ!しかも他の人と違って私と一緒に部活を全力で楽しんでくれるから、見てるこっちも笑顔になっちゃう!おかげで最近は学校に行くのが特に楽しみだし、楽しみすぎて夜も寝付きにくいくらい!でもこれってとっても良いことよね!だって楽しいもの!

 

「〜♪」

 

「あれ、こころん何だか楽しそうだね?良いことあった?」

 

 そう話しかけてくれたのはバンドメンバーのはぐみ!今日も大好きなコロッケを頬張ってるわね!

 

「それはもう!とっても良いことよ!だって学校でとっても良いお友達ができたんだから!」

 

「へぇ!どんな人なの?」

 

「彩はね、とっても楽しくて愉快なのよ!それにとっても純粋!どんな時だって笑って走り抜けるのよ!今日だって風紀委員の人と一緒に沢山遊んだんだから!」

 

「彩って…もしかして丸山先輩?」

 

「そうよ!はぐみは彩のこと知っているの?」

 

「うん、花咲川じゃ有名人だよあの先輩。この前も昼休みに教室の窓の縁飛びながら先生から逃げてたって聞いたし」

 

「まぁ!そんなこともできるのね!今度部活でやってもらおうかしら!テーマは重力ね!」

 

「あれ、丸山先輩って天文部に入ってるの?」

 

「ええ!少し前に元気に入部届を出しに来たわ!」

 

「…大丈夫ですかその先輩。その…こころの遊びに付き合って」

 

 あっ!美咲!

 相変わらず私のことを心配してくれてるのね!それなら大丈夫よ!

 

「ええ!彩は私のいる時はいつも部室に来てくれて、一緒に沢山遊んでくれるのよ!この前も一緒にすっごくおっきな木星のケーキを作ったんだから!」

 

「マジ…?こころのノリについていけるって同じ人とは思えないわ…」

 

「そ、その…遊ぶのも良いですけど、程々にしてね。一応ライブも近いし…」

 

「あ、そうね…。暫く彩とは遊べないわね…」

 

「ライブが終わるまでの間だよこころん!その後うんと遊ぼう!」

 

「ええ、ええ!!そうね!!」

 

 そうね!ライブが終わったらまた沢山遊べるわ!あっ!そうだわ!また明日彩にライブのチケット渡さなきゃ!折角のライブだもの。彩も来て欲しいわ!

 

「そういえばさっきから薫くん静かだね。そろそろ練習始めるのに。…おーい!薫くーん?」

 

 本当ね。いつもなら儚いを付属して話に入ってくるのに…。よく見たら携帯で何か聞いてるわね。イヤフォンを刺してるから私たちの声が聞こえないのかしら?

 

「薫くん?」

 

「………ん、ああ、すまない。少し集中していたよ」

 

「珍しいね。次の役の台本?」

 

「いや、音楽を聴いていたのさ。これを聴くと不思議と気分が落ち着くからね」

 

「へぇ…、って『くいーん』じゃん。薫くんも聞いてるんだね!」

 

「くいーん?」

 

「この動画のチャンネル名。基本的に曲を投稿してるんだけど、これが滅茶苦茶上手いんだよね!」

 

「ああ、特にこの曲はとても儚い。まるで草原の中ぽつりと建つ一軒家。その窓に吹き抜けるそよ風のよう……ああ、儚い」

 

「ああ、『ひとりぐらし』でしょ?良いよねその曲!なんというか、こう安心しちゃう歌詞と声色だよね!実家にいる安心感みたいな!」

 

「ああ、それも適切だね。最近は彼女の曲を毎日聴いてしまっているよ。彼女の歌には不思議な魅力がある…。女王の歌声に当てられ心を狂わせる私…ああ、儚い」

 

「むぅ…」

 

 そんなに楽しそうに話されたら、私気になっちゃうわ!

 

「薫!私にも聞かせてちょうだい!!」

 

「ああ、構わないよ。…じゃあこころが聞いている間に私は楽器の準備をしてくるよ」

 

「了解!」

 

 そんな会話をよそに薫の携帯を受けとった私は早速イヤフォンをつけて再生ボタンを押す。

 

 ………とても良い歌だわ。

 落ち着いていて、それでもその中に強さみたいなものがある。何より楽しそうに歌ってるわ。はぐみが安心するっていうのも分かる…。

 それに、何だかこの歌を聴いているととっても眠くなってくる…。ゆっくりな歌だからかしら?頭がぼうっとして、うまく考えられない感覚。…不思議だけど…全然悪い気分はしないわ…。それに…どこかでこの声を聞いたことが……ある気が………

 

 

 あ、なにかひかって───

 

 

「こころ!」

 

「…あえ?」

 

「もう練習始めるよ。早く準備!」

 

「あ、あら?ごめんなさいね。ちょっとぼうっとしてたみたいで…」

 

「ふふ、こころも彼女の曲の虜になってしまっていたようだね。良ければ後で他の曲も聴いてみると良い。どれも素晴らしいものばかりだからね」

 

「ええ、そうするわ!ありがとう薫!」

 

 私は薫に携帯を返す。

 …よく分からないけど、何だかさっきよりも元気が出た気がするわ!これなら今日の練習も絶好調にできそう!

 

「準備OKだよ、こころ」

 

「ええ!」

 

 幸せいっぱいの気分で、ぎゅっとマイクを携える。

 

 

「さぁ!ハロー、ハッピーワールド!出動よ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ●●●

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「紗夜ちゃん、そこの調律間違えてるよー」

 

「…本当ね、ありがとう」

 

 

 

「紗夜ちゃん。この曲さ、こんな感じのコンセプトで行きたいんだけど、もうちょっとイントロ増やした方が良いかな?」

 

「…私は今のままでも十分だと思いますが、そのコンセプト通りにするのならギターをもう少し強調させても良いかもしれません」

 

「おけ!ちょっとやってみる!」

 

 

 

「あ、紗夜ちゃん。この前のライブの話だけど、そこのオーナーが紗夜ちゃんのギター聞きたいって言ってたから、今度行こうね」

 

「…どこのライブハウスですか?チラシをよく見ていなかったので」

 

「SPACE」

 

「…そこガールズバンドの聖地とか言われてる場所ですよね。利用するには厳しい審査が必要だと聞いたのですが、大丈夫なんですか?」

 

「大丈夫だって!気前の良いおばちゃんが1人いるだけだよ!」

 

「……丸山さんの大丈夫はアテにならないんですよね…」

 

 

 

 

 

「………あの、丸山さん」

 

「んー、なに?」

 

「その…どうして私をライブに誘ったのですか?」

 

「いや、このライブ1人じゃ出れないんだよね。だから誰か相方が必要だったってだけ」

 

「それならば、私でなくても良かったはずです。特にこのSPACEなら即興でバンドを組んでも問題ないフリーのギタリストもいると思いますし、丸山さんもすぐに適応できると…」

 

「あー、それ無理」

 

「え?」

 

「何回かやってみたんだけど、先に組んでる人が潰れちゃうのよね。オーナー曰く私が強すぎるんだって。おかげであのライブハウスじゃだーれも私に近づいてこない。ていうか知ってる人は皆んなライブハウス来なくなっちゃったから、今の面子はそもそも私がいること知らない」

 

「………なら、尚更…」

 

「だけど紗夜ちゃんは違う」

 

「え?」

 

「紗夜ちゃんだけはね、潰れなかったの。多分何回も打ちのめされてたと思うんだけど、その度に立って私に向かい合ってくれた。だから私の今の相方は紗夜ちゃんしかいないよ」

 

「……そう、なんでしょうか」

 

「そうだよ!だって前までは私の音楽聞いてるだけだったのに、今じゃ一緒に演奏してるじゃん!これは大いなる進歩だよ!」

 

「…」

 

「紗夜ちゃんはいつもいっぱい頑張ってるって私がよく知ってるから。そんな頑張り屋の紗夜ちゃんだから選んだんだよ」

 

 目の前の彼女が優しく笑いかけてくれる。私だけに見せてくれる笑顔で。それだけで膨大な多幸感と優越感が心に満ちた。

 ああ、彼女は私の努力を、頑張りを肯定してくれる。かつては妹から逃げようとしただけの拙い手段が、何をしても無駄だと言われてならなかった積み重ねが、ようやく実を結び始めたのだと実感した。

 

 そうね、そうよね。どれだけ彼女に魅せられる人が出てきても、この時間だけは、この笑顔だけは、私のものよね。だから、もう少しだけ、彼女の隣に…

 

「ライブ、絶対成功させようね」

 

「……ええ」

 

 

 彼女の優しさを肌で感じながら、その瞳に映る光を私はしっかりと目に焼き付けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 






彩ちゃん「メンタルケアをするには優しく長所を肯定してあげる、って本に書いてあった!これでヨシ!」

紗夜「丸山さんハァハァ…」



惑星バンジー:星の気分になってみようというテーマで彩が即興で思いついた部活動という名の遊び。やり方は簡単、惑星を模した風船の中に入ってバンジージャンプするだけ!さぁ皆んなもやってみよう!レッツバンジー!



 にわかなので、キャラのエミュができてるかちょっと心配な今日この頃…


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ろぜりあ!




【前回のあらすじ!】
・ざわ…ざわ…ざわ…
・ディザスターコンビ爆誕!!
・紗夜ちゃん の 依存度が 上がった!





 

 

 

 

 

 私がー、華麗にライブ会場に参上!!

 

 今日は紗夜ちゃんのバンドユニットのライブ日だぜ!今日という日が楽しみすぎて夜6時間しか眠れなかったぜ!超健康的だぜ!

 朝もとうもろこしを頬張りながら全力で自転車をこいできたので、体力的にもバッチリである!後は紗夜ちゃんのライブを全力オタ芸ダンスで応援するだけだ!この日の為にSPACEでめちゃんこ練習したのだからな!

 

 プログラムを見るに、どうやら紗夜ちゃんは最後の方にやるみたいだ!ふふ、首を長くして待とうではないか!

 買ったポップコーンを頬張りながら、ライブ会場に向かう。ん、おいし!

 

 お、あれ紗夜ちゃんかな?ベンチに座ってぼうっとしてる。やっぱライブ前で緊張してるのかね?

 それよりもライブ衣装かっくいいー!いつも以上にイケメン度が上がっておりますな!53万くらいありそう!

 

「紗夜ちゃーん!」

 

「丸山さん…ってその服は…」

 

「ふふん!見たまえ!これが私の最高傑作!サイリウムアーマー vol.3.5!凄いでしょー!」

 

「とんでもないですね。一体何本ついているんですかそれ…」

 

「えーと、150本くらい?」

 

「どこからそんな費用が…」

 

「ふふふ!これで紗夜ちゃんを応援するのに事欠くこと無しというわけだ!トランザム!」

 

「あの、取り敢えず電源だけ切ってください。眩し過ぎます」

 

 む、そう言うなら仕方なし。

 ふふふ、実はこのサイリウムアーマー、なんと電源ケーブルが繋がってるのでスイッチ一つで全てのサイリウムを消せるのだ! ほいカチッと。

 

「その能力をもっと別のところに活かせないのですか…?」

 

「ふふふ、私はこのサイリウムアーマーを紗夜ちゃんの為だけに作り上げたんだぜ!これ以上の活かし口がどこにあるのだ!」

 

「そ、そうですか…。ありがとうございます…」

 

 あ、照れてる。可愛いー。

 

「…ってそれよりも!ライブ前だけど良いの?こんなとこいて」

 

「はい、まだ時間はありますし、本番前に少し気分転換をしようかなと」

 

「ほむほむ。それで〜ライブの自信の程は?百点満点で!」

 

「私個人であるなら80程でしょうか。出来るところは全てやり尽くしたので後は丸山さんがいつも言っている通り、練習通りに楽しめれば良いかと」

 

 おー!なんかすごい自信あるみたい。心なしか少しドヤ顔だ。可愛い。

 今回は紗夜ちゃんも一際力を入れてるみたいだし、こりゃ応援のしがいがあるね!

 

「それにしても今回はメンバーに対して何も言わないんだねー。前のユニットメンバーには結構ボロクソに言ってたのに。流石の私も引いたぜアレは。ま、それだけ今回のメンバーは自信アリってこと?」

 

「はい、私が考えうる限りでは最高です。かつての私が考えた理想そのものですから」

 

「なら期待大だね!くぅー!超楽しみだ!」

 

「…まぁ、丸山さんが気にいるかと言われれば首を傾げますが…」

 

「ん?なんか言った?」

 

「いえ、それよりもそろそろ時間です。早くしないと席を取られますよ」

 

「あっ、ホントだ!やっばい!」

 

「行ってらっしゃい」

 

「…あっ!ちょっと待って!」

 

「?」

 

「はぐーっ!」

 

「!!!!??」

 

 丸山秘伝!必殺!あやちゃんはぐ!!

 ちょっと前に読んだメンタルケアの本で人肌は安心作用があるって知った!紗夜ちゃん表には出してないけど結構緊張してるみたいだし、ここは彩ちゃんえぬぁじーを供給さしてあげようではないか!

 

「うりうり〜」

 

「ま、ままままままま丸山さん…!?」

 

 そしてそこからの超上目遣い!これで相手のハートもイチコロ!…って本に書いてあった!

 紗夜ちゃんと至近距離で目が合う。

 

「ライブ、頑張ってね」

 

 よし!これでおっけー!

 後はライブを楽しむだけですな!さぁ、いざライブの観客席へ!

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 ───はっ!?

 し、しまった。驚き過ぎて一瞬意識を失っていたわ…。

 まさか急に抱きついてくるなんて…。いえ、丸山さんなりの応援なんでしょうけど、本当に急にはやめてほしい。心臓に悪い。命に悪い。

 ……正直もう少しああされたかったなんて思わなくもないけれど…。

 

「何をしているの、紗夜」

 

「…! 湊さん…。い、いえ、友人が来ていたので、少し話し込んでいました」

 

「…そう。…なら楽屋に戻るわよ。最後の音合わせをするわ」

 

「…分かりました」

 

 湊さんは良くも悪くも前しか見ない人だ。

 その姿は私たちバンドメンバーの目指す先を切り開いてくれるものだ。私たちRoseliaのメンバーは湊さんの背中を追ったから今こうして集い、バンドメンバーになっている。

 丸山さんとはまた別のカリスマ。どちらも音で私を惹きつけた。性格はまるで真逆だというのに、こういうところは似通っている。不思議な縁だった。

 

 しかしメンバーとの仲が良好と言えないのもそのカリスマが原因だろうと考えている。

 私たちはお互いを知ろうとしていないのだ。いや、知ろうとしない湊さんの背中をみんな見ているから、それが余計なものだと感じてしまっている。

 本当に音楽以外を、上以外を見ていないバンド。それが今のRoseliaだ。

 

 …以前までならこんなことは気にすらしなかっただろう。

 だけど、今の私にはそれがいつか致命的な欠点になってしまうのではないかと、そう思えてならなかった。

 

 

 

 

 

 

 ●●●

 

 

 

 

 

 

 

「いやー!超楽しかった!久々の生ライブ!」

 

 少し拙いバンドもあったけど、それも含めてのガールズバンドだよね!いやぁ、あの青さ。前世での学生時代を思い出すぜ…。

 グラウンドに耕した大根畑、ラップ大会になったラジオ体操、町内大戦争になった体育祭、販促アニメみたいな展開になったコマ遊び…今でも鮮明に思い出せるぜ!今度こころちゃんに言ってやってみようかな!

 

「それに、結構面白いバンドもあったんだよね!」

 

 あのAfterglowってバンドなんてパワーが凄かったね!他と比べてもめちゃんこ上手かったし!こう、最初の草むらの短パン小僧とジムリーダーくらいパワー差があった!いやー、良かった!

 

 んで、肝心の紗夜ちゃんとこのRoseliaだけど、結論から言うとべらぼうに上手かった。

 個々の技量はあの歳では考えられないくらいには高くて、純粋に上手い。会場も結構に盛り上がっていた。ほ、本当に高校生ですか貴女たち…?何より最高にテンション上がったのが途中の紗夜ちゃんのスーパーアドリブ!あれは凄かった!超興奮したよ!紗夜ちゃんの良いところ全部出てたね!おかげで私のオタ芸ゲージも最大値になったよ!

 

 …けど、なんていうのかなぁ。楽が無いんだよね。みんな演奏中、何かに追い詰められたみたいな顔してた。前の紗夜ちゃんみたいに。

 要するに、奏者が全然楽しそうじゃなかった。水の中をもがいてるみたいに苦しそうなバンド。それがRoseliaの印象。そりゃ紗夜ちゃんがぼやくわけだよ。まぁでもああいうのって時間が解決してくれたりするらしいし、なんとかなるでしょ!

 

「それに上手なのには変わりなかったよね!紗夜ちゃんが自信満々に言うだけはあった!超楽しかったよ!」

 

「…なんでそれを私のとこに来てまで言うんだい」

 

 向かいの席にいる詩船おばちゃんはため息側にそう言う。

 いーじゃん!紗夜ちゃんもRoseliaの反省会みたいなのに行って会えないんだからさ!今すぐに会える手頃な相手が詩船おばちゃんくらいしかいないの!どうせ今日はこの時間誰もいないんでしょ?だったら私の話くらい付き合ってよ!

 

「全く、勝手にしな。…ほら王手だよ」

 

「ん、あ!?あれれれ!?さっきまで勝ってたのに!?」

 

「ふん、詰めが甘いんだよあんたは。そんなんじゃ一生私には勝てないよ」

 

「ぐぐぐ!おのれぇ!歳しか食ってない癖に!」

 

「叩きのめし足りなかったようだね…!そろそろあんたは目上に対する態度を改めな!」

 

「嫌!兎に角もう一回だ!もう一回!」

 

「はぁ…、いいけど丸山、あんた動画の収録に来たんじゃ無いのかい?ここももうすぐ閉めるよ」

 

「ゲッ!そうだった!ちょっと個室の音響借りるね!」

 

 後はドラム収録した後統合して、データインからの投稿だけだからね!既に私の黄金コンボは成立しているのだ!

 さぁ、いざ弾きに行かん!!ワハハハハ!!

 

「…全く、本当楽しそうに生きてるねぇ。少し羨ましいよ」

 

「詩船おばちゃんも自由に生きれば良いじゃん!…って、そんなご老体じゃもう無理か!ごめんね無理言って!」

 

「あ?」

 

「ヒェッ、ゴメンナサイ」

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 Roselia初のライブが終わった。

 結果はまぁ上々と言ったところである。概ね練習通りの成果が出せたと言って良いだろう。友希那の求めるものとはまだ程遠いが、確実に大きな一歩になったと確信していた。

 今はライブの反省会も終えて、幼馴染であるリサと帰宅するための電車を待っている最中だ。

 

「今日の初ライブ、うまく行ったね!友希那!」

 

「当然よ、私たちはこんなところで失敗は許されないわ」

 

「もう、折角ライブも上手く行ったんだから、少しくらい喜んだら?」

 

「リサ、私たちが目指しているのは頂点よ。こんなところで一喜一憂してるようでは頂には届かないわ」

 

「そっか、なら次に向けて頑張らないとね!」

 

 湊友希那が目指すのは飽くまでフェスに出場して優勝すること。彼女はそれ以外の道筋をただの過程だとしか認識していなかった。

 

「そういえば、今日は紗夜の調子が滅茶苦茶良かったよね!本番ミスゼロ!最高のアドリブも入れてくれたし、今回のMVPだね!」

 

「……そうね」

 

 紗夜のアドリブは結果的にライブを予想していた以上に盛り上げてくれた。…しかし、腑に落ちないところもある。

 

「けど…、少し紗夜らしくなかったわ。結果的には上手く行ったけど、あそこは決してアドリブを入れる必要性があるところじゃなかったわ。安定した結果を求める紗夜が態々あんなリスクを犯してまでアドリブをしたのかしら?」

 

「…言われてみればそうかも。さっき紗夜は『みんなとのライブで気分が昂ったから』なんて言ってたけど、よく考えたら違和感あるかな…」

 

 幸運にもあのアドリブは彼女の音楽性から外れたものではなく、飽くまで正確無比な紗夜自身の音楽の延長線で生み出されたものだった。ならばこれは紗夜自身の音楽の進化と言えるだろう。それはきっとRoseliaを更なる高みに押し上げてくれることに違いはなかった。

 

 ただ、友希那の中には言い表しようの無い不安があった。

 紗夜があのアドリブを決めたあの瞬間、友希那は思わず紗夜の方を振り向いた。

 その時の紗夜の顔は見たことないくらいに楽しそうな笑顔で、そしてその瞳に黒い光のようなものが見えたような気がした。一瞬のことだったから、きっと気のせいかもしれない。ライブが終わった後の紗夜もいつも通りだった。だがそれでも、言い表しようのない不安が背中を伝う感覚がした。

 

「…悪い風に変わらないと良いけれどね」

 

 嫌な考えを振り切る。今重要なのはRoseliaの成長。それで十分ではないか。

 そう思い、一先ず今後の練習スケジュールを確認しようと携帯を見る。すると見知った通知表示があった。

 

(あら、新作が出てるわね)

 

 それはいつも見ている娯楽動画アプリの通知だった。友希那自身はあまりこの手のサイトは利用しないのだが、最近は気になるチャンネルができたので、よく使うようになった。

 

「あ、それ『くいーん』じゃん!新作出たの!?」

 

「そうみたいね」

 

 音楽系動画投稿者『くいーん』。

 主に自作の曲を投稿している作曲家兼歌い手だ。チャンネル開設半年にも満たないにも関わらず、既に登録者は50万に届こうとしており、熱狂的なファンもいる。しかし、動画には声と楽器の音しかない上、年齢や個人情報に始まり、個人なのか集団なのかも一切不明。他のSNSもしていないので、分かっていることは歌い手の性別が女性だということだけ。しかしそれもまた『くいーん』の魅力を引き上げる要因となっている。

 最大の長所はその技量の高さだろう。声色的には高校生ぐらいと噂されているが、だとすれば相当の練習量を重ねている。まるで惹きつけられるような魅力を持つ彼女の歌に友希那は密かな憧れにも似た感情を持っていた。

 珍しく気分を昂らせながら、イヤフォンを耳に挿して再生ボタンを押す。

 

「…良い曲ね」

 

 ギター、ベース、ピアノ、ドラムを使用したバンド調の曲。奇しくもRoseliaと同じ構成だった。

 非常に完成度が高い曲だ。プロが演奏していると言われても遜色ない程に。一つ一つの楽器の音が研ぎ澄まされていて、それでいて美しく統合されている。友希那の目指す理想の一つに近かった。

 

(それに、彼女の歌を聴いていると不思議と力が抜ける…。安心する…とでも言えば良いのかしら…)

 

 曲が終わり、ゆっくりとイヤフォンを抜く。清々しい聴了感が全身を巡る。

 しかしふと、電車の電光時刻表を見ると乗ろうとしていた電車の文字が消えてしまっていた。

 

 …どうやら曲を聞いてる間に電車を乗り損ねてしまったらしい。

 

「あちゃー…、曲聞いてる間に電車行っちゃったみたい…」

 

「…リサも聞いていたの?」

 

「いやー…、つい聞き入っちゃうんだよねー『くいーん』の曲って」

 

「…少しわかるわ。彼女の歌には不思議な魅力がある」

 

「だよねー!中毒性があるっていうか、聞いても全然飽きないよね!」

 

 久々にリサと話題が合って、口元が緩む。

 どうせ次の電車が来るのはまだ先だ。だからもう少しだけ彼女の曲を聞こう。

 そう思い、友希那は再びイヤフォンを耳につけて再生ボタンを押した。

 

 

 

 

 

 

 






転生彩ちゃんのヒミツ②:前世では一人暮らしだったので意外と料理ができるぞ!最近は対紗夜決戦兵器、フライドポテトを作る練習しているぞ!これで不味い時は誤魔化す気だ!ズル賢い!

サイリウムアーマー:大量のサイリウムを所狭しとツナギにつけた彩特製応援グッズだ!スイッチ一つで電源のオンオフができて、イルミネーションみたいな光り方のバリエーションも多彩にあるぞ!これなら推しにも一発で見つけてもらえる素晴らしいメリットのある優れ物だ!




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さよよ!





【前回のあらすじ!】
・ユニコォォーーーーン!!(幻聴)
・Roselia「この川…深いッ…!」
・彩ちゃん、オーナーに五十連敗目





 

 

 

 

 

 

「はぁ…」

 

 身体に溜まった疲労を抜くように嘆息する。

 最近は散々だ。あの丸山さんに関わってからというものことごとく舞い込むトラブルの山。本当に後処理をするこちらのことも少しは考えて欲しい。

 何より本人に反省の色が全く見えないことが問題だ。何度私や先生方が注意しても、怒声を浴びせても全くぶれないあのメンタルは逆にこちらが感心してしまうほどだ。無駄に逃げ足も速いので中々捕まえることもできない。

 

「……駄目ね。少し気分転換をしないと」

 

 私はいつも通っているライブハウス『CiRCLE』に足を運ぶ。

 適当に受付を済ませた後、練習部屋に1人で入り、持っていたケースから自分のギターを取り出す。そしてチューニングを済ませた後、静かに弦を弾き始める。音の点が繋がって線になり、曲になっていく。

 

 この曲は私が所属していたバンドの曲。

 私は先日そのバンドユニットを抜けた。理由は単純で、よくある方向性の違いというやつだ。私はバンドとしてもっと上に行きたかったが、他のメンバーはそうではなかった。それだけの話。

 だがそれでもやりきれない部分はある。私も1人の人間。半ば喧嘩別れのように離れてしまったあのバンドのことに対して何も思っていないと言われれば嘘になった。

 けれどそれでも私は先に行かなければならない。もっともっと先に行って、頂を掴んで、それで誰にも負けないものを作る。…そう、誰にだって。日菜にだって負けないものを。

 そんな思いが手首に伝ったのか、ピックが指から飛んだ。

 

 …しまった、つい力が入ってしまった。こんな感情的なミスをしているようではまだまだだ。冷静にならないと…。

 

「はい、ピック落ちたよー」

 

「ええ、ありがとうございます…」

 

「紗夜ちゃんギターやってたんだね。道理で指がゴツゴツしてる訳だよ。シンパシー感じちゃう!」

 

 ………ん?

 

「まっ、丸山さん!?どうしてここに!?」

 

「いや、帰りに紗夜ちゃんがライブハウス入っていくの見かけたからさ、気になって追いかけてきたんだよねー」

 

「…一応ここは私が個人で借りている部屋なのですが…」

 

「受付のお姉さんに紗夜ちゃんのお友達!って説明したらすんなり入れてくれたよ」

 

「あ、あの人は…!」

 

「それよりもさー!めっちゃ上手かったね今の演奏!ピック落ちるまではミスゼロだったじゃん!スーパーコンピーターみたいで超カッコよかったよ!」

 

 少し虚を突かれた。

 こんな風に真っ向から褒められるなんてことは久しぶりだったからだ。最近の私は評価されていてばかりだったからか、純粋な肯定の感想が少し照れ臭く感じた。

 

「……一応、練習していますので」

 

「へー!どこかのバンドに入ってるの?」

 

「…いえ、今は無所属です」

 

「いつもここで練習してるの?」

 

「ええ、まぁ…」

 

「今後バンドに入る予定とかある?入るんだったらライブ行くよ!サイリウムの服とか作ってさ!」

 

「いや、あの…」

 

 さっきから何なのだろうか、この人は。

 どうしてこう執拗に絡んでくるのか。そんなに私の演奏が気に入ったのだろうか。だとすれば有難いが、今は練習の邪魔でしかない。適当に流して部屋から追い出そう。

 

「…取り敢えず練習の邪魔なので部屋から出てください。話なら明日聞きますので」

 

「えー、ケチんぼ。そんなケチケチしてたらケチ魔人になっちゃうよ」

 

「ケチで結構。私は練習で忙しいので」

 

「……そんな風に練習してても上達なんてしないと思うけどね」

 

 思わず動きを止める。

 

「……どういう意味ですか。私の演奏に不満でも?」

 

「そういう意味じゃないっての。ただ、楽しくないまま練習してても上達ってしづらいよー」

 

「……楽しさなんて必要ありません。バンドに限らず音楽の世界は実力主義。そんな道楽を自分の中に入れて生き残れるほど甘い世界ではありません。上手いと伝わればそれで十分です」

 

「知ってる。その上で楽しさも必要って言ってるの!音楽は元は娯楽だぜい?自分が楽しまなきゃ相手も楽しめないでしょ」

 

「そんなわけがない」

 

「なら楽しくないバンドってある?何でライブで観客が声上げてはしゃいでるかわかる?楽しいからだよ!」

 

「…これまでのライブでもお客さんたちは十分楽しんでいました!私はこれが正しいと確信しています…!」

 

 丸山さんの言い分で頭に血が昇っているのを感じる。だがそれでも退き下がるわけにはいかなかった。

 私のこれまでを丸ごと否定させられてる気がしてならなかったから。その積み重ねは無意味だと言われてる気がしてならなかったから。

 

「あー!もう!この頑固者!石頭!ジャガイモ!」

 

「な、なんですか急に…」

 

「このままじゃ話は平行線!なら直接身体に教えてやるわ!!」

 

 そう叫ぶと丸山さんは部屋にある機材の中にあるギターとマイクセットを手に取り、そのまま構えた。

 

「丸山さん、貴方…!」

 

 

「教えてあげる!私が!この世で1番眩しくて!楽しい音楽を!!」

 

 

 キラリと星のような光が、彼女の瞳に見えた気がした。

 

 

 …そこから先のことはよく覚えていない。

 ただはっきりと覚えていることは、光があったこと。そして私の中に際限なく溢れた多幸感だけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 ーー

 ー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…よちゃん、紗夜ちゃん!」

 

「…あ、れ…?」

 

「びっくりしたー。急にぶっ倒れて頭打つから死んじゃったかと思ったわー…」

 

「わたし、は…」

 

 ……うた。そう うた だ。

 とてもしあわせで、たのしくて、まぶしい うた、おと……

 

 …………ああ、そうだ思い出した。丸山さんの演奏を聴いて、それで最後まで聴き終わる前に倒れてしまったんだ。

 軽く痛む後頭部を抑えながらゆっくりと起き上がる。

 

「いやー、ごめんね!久々だったからこうなっちゃうの忘れちゃってた!」

 

「……そう、なの…」

 

 丸山さんの声ははっきり聞こえる。だが、それに意識を向けることができない。頭がぼうっとして、うまく思考を巡らせられない。ただただ、丸山さんの顔に目を向けているだけで、それ以外の行動ができない。

 

「それでどうだった!?楽しかった?」

 

「……とても、幸せで…眩しくて…安心でした…」

 

「うんうん、それで?」

 

「ま、まる、まるやま、さんが、ひかりが、ひかって、きらりきらりって…」

 

「あれ?もしかしてまだ混乱してる感じ?むむむ、これでは会話にならない……あっ!そうだ!アレがあった!」

 

 そう言って丸山さんはどこかに行き、私の視界から離れる。その瞬間に、言い表しようのない不安に駆られる。どこ?丸山さん…?

 

「よしあった!こんなこともあろうかと買っておいた超有名ジャンクフード店の限定ポテト!ふふふ、風紀委員長様がポテト好きだということはリサーチ済みだじぇ!」

 

 そんな声が聞こえると丸山さんは視界に戻ってきた。

 あ、よかった。戻ってきた。丸山さんが戻ってきた。ああ、もっと、離れないように掴まないと…

 

「喰らえ!!丸山秘伝!必殺ポテトショット!!」

 

 掴まn

「ゴパァッ!!!??」

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやー、よかったよかった正気に戻って」

 

「良かったじゃありません!危うく窒息するところでしたよ!?」

 

「まぁまぁ、元に戻ったから良かったじゃん。はいポテト」

 

「むぐっ、ぽてぽて…」

 

「それよりもどうだった?何かわかった?」

 

「……わかる訳ないじゃないですか。…寧ろ更に分からなくなりましたよ」

 

「うーん、駄目かぁ。やっぱりこういうのはちょっとずつ認識を変えていくしかないね。よし、つーわけで今日から私も紗夜ちゃんの練習に参加します!」

 

「異議ありです!何故私の練習時間に貴女が割り込んでくるんですか!そんなこと認可できません!」

 

「いーもん、嫌って言っても無理矢理来るしー」

 

「ぐぐぐ…!」

 

「それに私はたった今紗夜ちゃんのファンになったのだ!推しには楽しく音楽してほしいもの!その思いで動くのはいけないことだと思う?私は思わないね!」

 

「……私は」

 

 楽しく、か。

 そういえば最後に音楽を楽しいって思ったのはどれくらい前だったろうか。前のバンドのライブ?日菜がギターを始める前?…それとも、初めてギターの音を聴いた時?

 

 さっきの丸山さんの演奏を思い出す。

 …うろ覚えだけれど、確かに丸山さんはあの時、心底楽しそうに歌って、ギターを鳴らしていた。

 それがあの不思議なパワーを生み出しているのなら、私が楽しさを思い出せば今よりももっと上に行けるのなら……もう少しだけ彼女の我儘に付き合うのも悪くはないのかもしれない。何か得られるものがあるかもしれない。

 そう思い、私は持っているギターを握りしめた。

 

 

 ───思えば、きっとこの時から私は既に丸山彩という人間の虜になっていたのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 ●●●

 

 

 

 

 

 

 

「もしかして紗夜ちゃん緊張してる?」

 

「…はい、正直」

 

 Roseliaのライブが終わったら次の日、2人は詩船の約束を果たす為に、ライブハウス『SPACE』に向けて足を運んでいた。

 『SPACE』のオーナーはかつては有名なバンドのギタリストだ。そんな人にギターを見てもらうと考えると紗夜は少し体が強張った。

 

「…あの、丸山さん」

 

「んー、何?」

 

「SPACEのオーナーってどんな方なんですか?」

 

「キレやすいおばちゃん」

 

「気前が良いのではなかったのですか…」

 

「気前も良いけど、気も短い。典型的なご老人ですよー」

 

「…それは丸山さんの態度が原因なのでは?」

 

「まっさかぁ!私は誠実な態度で接しているよ!ほら、歳も歳だし、色々労わらないといけないこと、あるしね!」

 

「そういうところだと思いますよ」

 

「ま、少なくとも悪い人じゃ無いよ。ちゃんとこっちのことは考えてくれてる人だから」

 

「…そうですか」

 

 彩がそこまで言うとは、信頼されている人らしい。少しだけ張った気が緩んだ気がした。

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

「へい、ばぁさん!約束通り来たぜ!」

 

「来店早々喧嘩を売るとは良い度胸だね。機材諸々使用禁止にしてやろうか?」

 

「おっとそれは勘弁だぜ!ごめんなさいだぜ!」

 

「素直でよろしい。…で、そこの隣にいるのがあんたが言ってた娘かい?」

 

「うん!氷川紗夜ちゃんだよ!」

 

 詩船は見定めるように、まじまじと紗夜を見つめる。

 あの彩が連れてくる相方など一体どんなジャジャ馬なのかと思っていたが、存外マトモそうである。

 

「…氷川紗夜です。本日はよろしくお願いします」

 

「ああ、じゃあ早速こっちに来てもらうよ」

 

 そう言って奥にあるスタジオに案内される。中は演奏場と思われるステージと多少の機材が並ぶスタジオとしてはシンプルな部屋だった。

 

「丸山、演奏曲はカバーが2つとオリジナルが一つだね」

 

「うん!今度のライブのために新曲こさえてきたんだからね!」

 

 丸山の新曲など良い予感はしないが、まぁそれは一旦置いておこう。今はこの氷川紗夜だ。

 

「…わかってると思うけど、今回アンタに演奏してもらうのはここを利用させる為じゃない。丸山の演奏について来れるかを確認する為だ。いつもみたいに甘く見るつもりは無いよ」

 

「…はい、分かっています」

 

「今からあんたにはライブで出す予定の曲を2回演奏してもらう。1回目はソロで、2回目は丸山と一緒にしてもらう」

 

 1度目の演奏で個人の能力を、2回目のセッションで丸山の音に引きずられていないかを確認する。

 知っての通り彩の音は大変危険な代物だ。彩の音とカリスマに負けない程の強靭な精神の持ち主でなければ彩の極光にかき消されて終わりだ。

 

「…そしてもしこの試験に落ちた時、…あんたには丸山との関係を絶ってもらう」

 

「!? な、何故…!?」

 

「当然だよ、生半可なヤツがあの娘の近くにいてもそれはあの娘の為にならない。足枷になるだけだ。…あの娘に潰された娘達みたいにね」

 

「…ッ!!」

 

 この試験はある意味丸山の人生を決める重要なものでもある。故にいつも以上に慎重に、厳しく見なければならない。

 

「準備ができたら始めな」

 

「……ッ」

 

 紗夜はスタジオから出て、少しばかり立ちすくんでしまう。

 確かに詩船の言うことは最もだった。彩の音は、カリスマは、半端な人が半端な覚悟でついていくものでは無い。

 しかし、もし試験に落ちれば彩との関係は完全に途絶えてしまう。

 

(…嫌だ、絶対にそんなの嫌だ…!私は…!)

 

「紗夜ちゃん」

 

 モヤの中を切り開くように伸びた暖かな手が紗夜の頭を優しく撫でた。ハッと瞠目する。

 

「ま、丸山さん?」

 

「大丈夫だよ。練習通りにすれば」

 

「きっと、きっと上手くいくから。…だから楽しんで来て」

 

 2人の目が合う。

 紗夜は不思議な感覚に襲われた。先程まで心を覆っていた不安が消え去り、まるで雲一つない青空のような清々しい気分になったのだ。今なら、どんな困難も乗り越えられる。そんな気さえした。

 

「…はい」

 

「よし!行ってこーい!合格したら今日は焼肉だぞー!」

 

 

 ー

 

 

「準備はできたみたいだね」

 

「はい」

 

「じゃあ始めな」

 

 そうして紗夜はギターをかき鳴らし始める。ライブで演奏するカバー曲だ。

 氷川紗夜らしい正確でミスタッチの限りなく少ない調律。しかし本来は無い転調や、独特なアレンジが絶妙なタイミングで差し込まれている。そこから滲み出る喜色は、音楽をきちんと楽しんでいる証だった。

 

(…ほう、お堅い音を鳴らすかと思えば、存外幅が効くじゃないか)

 

 そうして曲が終わり、残響音が沈む。

 詩船は椅子から立ち上がり、紗夜に近づく。

 

「一応、最初に言っておこうかね。…やりきったかい?」

 

「…はいっ」

 

「…技量は申し分無い。自分の音もきちんと確立できている。言うことはないよ」

 

「ありがとうございます。……ですが」

 

「そうさ、ここで終わりじゃない。…丸山」

 

「はーい!頑張ろうぜ紗夜ちゃん!」

 

「…はい」

 

 そう、ここからが本当の鬼門だ。

 今から紗夜はこの惑星のような強烈な引力に喰らいついていかなければならない。この怪物に振り落とされないように。

 

「一応言っておくけど、遠慮なんてするんじゃないよ、丸山」

 

「分かってるって!本番想定でやってあげるっ!」

 

「……ッ」

 

 その言葉で紗夜の脳裏に思い起こさせるのは、初めて彩の演奏を聞いたあの時の記憶。

 

 …この演奏の中で私がしなければならないことはただ一つ。私の世界を丸山さんに潰されないようにするということだけだ。潰された瞬間に私の負け。だから私ができることは…

 

「紗夜ちゃん」

 

「…え?」

 

「今から私たちは勝負をするんじゃないよ。一緒に演奏するんだ。それだけは、忘れないでね」

 

「………ええっ!」

 

 私たちはお互いに、それぞれギターとベースを構えた。

 

 

 

 

 

 ーーー

 ーー

 ー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハァッ…!ハァッ…!」

 

 やり、きった…!

 多分、恐らく…!私は最後まで丸山さんには呑まれなかった…!たった一曲だが、やり切った…!!

 その光は今まで感じたことのないほど強烈だった。あまりに眩しくて前すら見えなかった。何度意識が飛びそうになったかわからない。でも、それでも私はやり切った…!!私の音はまだ確かに、私の中にあるッ…!!

 

「はぁーッ、はぁーッ…!……やり、きり、ましたッ!!!」

 

「ああ、確かに見届けたよ。…合格だ」

 

 やっ、たぁー…

 その言葉を聞いて私は力が抜けて思わずその場にへたり込んでしまう。

 

 …やった、やった、やった!やった!!やった!!!

 

 思わず満遍の笑みが浮かんでしまう。ああ、でも仕方ない。ようやく丸山さんの隣に立つ資格を得たのだから。まだ私は丸山さんと一緒にいて良いのだ。そう思うと口角が上がるのを止められなかった。

 

「やったね紗夜ちゃん!!おばちゃん試験クリアだぜ!」

 

「…ええ」

 

「誰がおばちゃんだ」

 

 そう嬉しそうに私の隣で飛び跳ねる丸山さん。…こっちは疲労困憊だというのにまだまだ余裕そうだ。それがちょっとだけ憎たらしい。

 

「ほら喧しいよ。…丸山、少し氷川と2人で話をするから席を外しな」

 

「えー」

 

「100円やるからジュースでも買って来な」

 

「わーい!やった!!ありがとう詩船お婆ちゃん!」

 

「なんでさっきより歳とってんだい!さっさと行きな!!」

 

「はーい!」

 

 丸山さんは軽快にスタジオを出て行った。スタジオは私と詩船さんの2人だけになる。

 

「…さて、さっきも言ったけど合格だよ。ライブの出場登録はこっちで済ませとく。頑張りなよ」

 

「はい、ありがとうございます」

 

「…本当によくやってくれた。おかげでようやくあの娘も新しい道に一歩前に進めた」

 

 詩船さんは私の隣に腰を下ろす。その雰囲気は先ほどとは違い優しげで、目には嬉しさが滲み出ていた。

 

「…あの娘は知っての通り強烈すぎるもんでさ、バンドを組んだ相手を悉く廃人にしちまってたんだよ。未だに病院から出てこない奴も多いって噂だ」

 

「…そんな」

 

「でもあの娘はね、音楽が大好きなのさ。歌うのが好き、弾くのが好き、曲を作るのが好き。たった1人でもそれを心底楽しそうにしてくれる。だからアタシには危険とわかっていても1人の音楽に携わる者として、あの娘から音楽を取り上げるなんてことはできなかった」

 

 それは、まるで懺悔のようだった。持っている杖を静かに握りしめている。

 

「あの娘は、丸山は偶像だ。最強のね。誰も彼もがあの娘の背けられない光に目をやられちまう。あの子をこのまま世間に出せばとんでもないことになるだろう。少なくとも平坦な道とは程遠いものになるよ。…それでもあの娘に喰らいつく覚悟がアンタにあるかい?」

 

 ……そんなもの既に愚問だ。

 この試験を、丸山さんに喰らい切った時から覚悟は決まっている。

 

「あります」

 

「…良い目だね。鈍いけれど、確かに光がある。…さて、アタシの長話は終わりだ。本番、気張りな。楽しみにしてるよ」

 

「はいっ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 2人が帰った後のスタジオ。静かに先程の2人の演奏の余韻に浸る。

 

 ああ、本当に危なかった。

 後一瞬でも演奏が続いていたら、一瞬でも気を抜けば、こっちが廃人同然になるところだった。相変わらず彩の演奏は強烈だ。

 しかしそのリスクを負っただけの収穫もあった。氷川紗夜は見事丸山彩の演奏に耐え切り、生き延びた。だが詩船から見れば本当にギリギリ耐え切った、と言ったところである。例えるなら高級霜降り肉に和物がついた程度の変化だ。これから霜降りに張り合える存在になれるかは彼女次第である。

 当然あの様子では三曲ぶっ続けで演奏なんて無理なので、本番は彩が作ったオリジナル一曲だけにするようだ。

 

 まぁ、曲数なんて彩には関係ない。一度ステージに出れば後は唯我独尊を地で行くだけだ。紗夜はその道にようやく立つことができたに過ぎない。

 だが、逆に言えば立つことができたのだ。近いうちにきっと丸山彩は孤高ではなくなる。紗夜の瞳に映る鈍く光った焼け跡がそれを物語っていた。

 

(…こりゃ、とんでもないライブになりそうだねぇ)

 

 そうして、そろそろ店の片付けを済ませようと詩船は席を立つ。するとドタドタと床を叩く音が聞こえてきて、スタジオのドアが開かれた。

 

「オーナーさんっ」

 

「…ああ、ようやく終わったかい。全く、時間ギリギリまで残ってくれて」

 

「えへへ、なんたってPoppin'Partyの初ライブですから!できるだけ時間は沢山使いたいんです!」

 

 そう元気に言うのはバンドユニット『Poppin'Party』のリーダーである戸山香澄だ。後ろから他のメンバーも返却する機材を持って来ている。

 彼女らは、来週に迫るこのSPACEでの箱ライブに備えて練習をしていた。

 

「そうかい、まぁ本番に響かない程度に頑張りな」

 

「はいっ!…って、それバンドの登録書ですよね!」

 

「おー、今回は随分沢山出るんですね!登録帳にバンドがいっぱい…!」

 

「あっ!さーや、私にも見せて!」

 

「凄いですね…有名なバンドばっかり…」

 

「これもオーナーの縁ってやつですね!」

 

「ちょっと、見えないんだけど!香澄!もう少し屈みなさいよ!」

 

 やいのやいのと騒ぎ出すメンバーを見て詩船はため息を一つ落とす。

 

「アンタたち、勝手に業務用の紙を見るんじゃないよ」

 

「あっ、すみません…。ほら香澄、それオーナーさんに返そう」

 

「はーい…ってあれ、『アオハル』?初めて聴くバンドユニットだ」

 

「…確かに、ライブハウスの予約表でも見たことない名前だね。…ってよく見たらライブのトリじゃん!」

 

「トリって、最後ってことか。そんな凄えバンドなのか?」

 

 SPACEのライブでは演奏の順番を詩船の独断で決める。基本的に実力の高いバンド程後ろの傾向がある。

 

「…そうだね、というよりあの娘らに関しちゃあ、最後じゃないと色々不味いんだよ」

 

「え?どういうことですか?」

 

「本番にわかるさ。…ただ、一つ言うなら気をしっかり持つことだね」

 

「?」

 

「ほら、さっさと機材諸共返しな。もうここも閉じるよ」

 

「あっ、はーいっ!今日はお疲れさまでした!」

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

「はぐみ!」

 

「ん?どうしたのこころん」

 

「これ見て!」

 

 そう言って見せてきた携帯には彩と紗夜が楽しそうに焼肉店で食事をしているツーショットが写っていた。

 

「あ、丸山先輩と風紀委員長さんじゃん。仲良いって聞いてたけど本当だったんだなぁ」

 

「楽しそうだわ!ねぇはぐみ!今から私たちもここに食べに行きましょう!焼肉!」

 

「良いね名案!行こう!」

 

「いや待てい」

 

 さも決定事項かのように練習場を離れようとする2人を美咲は止めに入る。

 

「練習まだ途中よ。それにライブも近いんだから我儘言わない」

 

「だってぇ、当日彩が来れないって言うんだものぉ…!寂しいわ…」

 

「いや、まぁ、それは残念だと思うけどさ…。どうしても外せない予定があるんなら仕方ないでしょう」

 

「だから今から彩に会いにいくのよ!」

 

「だー!どうしてそう論理が飛躍するのさ!過程はどこに行った過程は!」

 

 美咲はこころを羽交締めで抑えて逃亡を阻止する。

 

「それにほら、折角花音さんがSPACEのライブ登録をとってくれたんだから、この機会を無駄にしちゃダメよ。ね、花音さん」

 

「は、はい…。ただのツテ頼りですけれど…。偶には実力のある人たちとのバンドも必要かなって…」

 

「フッ、相変わらず花音は思い切りが良いね。それに言ってることにも一理あるよ。世界をハッピーにするには勿論実力も必要だからね。今回はそれを試せる絶好の機会だろう」

 

「そう、だから私たちはそんな実力者に恥じないライブをしないといけないの。他のバンドに力負けして良いの?」

 

「……そうね!焼肉も食べたいけど、世界をハッピーにする練習も大事…。なら両方すれば良いのよ!黒服さん!今からここでみんなとバーベキューライブをしたいから準備お願いできるかしら!?」

 

「勿論ですこころ様」

 

「あーもうっ!!」

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

「どうしたの友希那、こんな夜にグループミーティングなんて」

 

「あ、紗夜さんがいないの珍しいですね!」

 

「氷川さんは用事があるみたいですので、今回は私たち4人だけですね」

 

「それで友希那。言いたいことって?」

 

「結論から言うわ。来週の日曜日を空けておいて頂戴」

 

「? 良いですけど、またどうして…」

 

「先日のライブで私たちは自分たちの実力を顧みることになったわ。それは結果として決して悪いものではなかったけれど、あの場には私たちの他にもレベルの高いバンドはいくつもいた」

 

「確かに。特にAfterglowなんて頭一つ抜けてましたよね!」

 

「ああ、あの友希那に変な対抗心向けてる子のとこの…。でも言うだけあって確かにレベルは高かったよね」

 

「そう、だから私たちは来週の週末、ライブハウス『SPACE』の箱ライブに行くわ」

 

「SPACE…!ガールズバンドの聖地と呼ばれている場所…!」

 

「つまり敵情視察ってことですね!」

 

「ちょっと物騒な物言いだね。…でも間違ってはないか。これから競うかもしれない相手もいるからね!」

 

「その通りよ。今回のSPACEのライブにはプロやそれに遜色無い程の実力者が多く出場するわ。私たちが乗り越えるべき壁を見るという意味でも行く価値は十分にあると私は考えたわ」

 

「成程!私は異議なしだよ!」

 

「あこも!」

 

「私も」

 

「なら来週の日曜日、朝SPACEに現地集合よ」

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…あら」

 

 静かにバイブ音を鳴らす携帯を取り出し、メッセージを確認する。

 通知欄には「花音」と書いてある。

 

「…久しぶりに連絡をしてきたわね」

 

 最近は色々とあったからか、中々連絡を取る暇も無かった。しかし彼女の方から送ってくれるとは。少し笑顔をはにかみながら、メッセージの内容を確認する。

 

「…ライブ」

 

 内容は花音が所属するバンドがライブを行うので、是非来てほしい。というものだった。ご丁寧に後日チケットを家まで配送するとまで書いてある。

 

「…偶には、気分転換も良いかしら」

 

 折角の友人からのお誘いだ。無下にするわけにもいかない。

 それに最近は周りで良くないことばかり起きていて正直気が滅入っていた。幸運にもその日は何も仕事は入っていないので、気を晴らすのが1番良いだろう。

 前向きな返事を返した後、携帯を鞄にしまおうとする。すると、再びバイブ音。

 花音からの返信かと思ったが、画面に映っていたのは「パスパレ事務所」の文字。

 

「…はぁ」

 

 態々自分に連絡してくると言うことはまた何かしでかしたのだろう。

 案の定内容はあちらのミスが発覚したので急遽対応して欲しいという旨だった。

 

「本当、少しは私たちのことを考えて欲しいわ」

 

 無能事務所め。

 そう内心どくづきながら彼女、白鷺千聖はすっかり日が沈んだ空に浮かぶ星を忌々しげに見た。

 

 

 

 

 

 

 ●●●

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやぁ、お腹いっぱいだぜ!」

 

「いくら食べ放題といっても食べ過ぎでは、太りますよ」

 

「大丈夫だよ、私どんだけ食べても太んないし」

 

「は?」

 

「そ、そんな怖い顔しないでよ〜。ほらあれだよ、私普段沢山運動してるからさ?それのおかげだよ!」

 

「んむ…」

 

 確かに丸山さんは運動神経が高い。それが 彼女の絶え間ない努力の成果なのならば、このプロポーションを保てているのも納得…

 

「できるわけないでしょうが!!そんな積極的に運動をしているならそんなに腕が!足が!細いわけがありません!胸ですか!?胸に行ってるんですか!栄養が!!」

 

「ぎゃーーっ!?やめて!そこ大事なとこ!大事なとこだからぁ!!」

 

 本当に私がいったいどれだけ今のプロポーションを保つのに苦労しているか…!そんな私の苦労も知らずに!この贅肉星人め!

 

「さぁ本当の理由を教えなさい!どうして太らないのかを!!」

 

「ふふ、まぁ、強いて言うなら才能、かな?」

 

 絶対に許せません生かしておけません歴史から抹消します。

 

「ほんぎゃあぁぁ!!!?」

 

 

 ー

 

 

「胸千切れるかと思った…」

 

「そのまま千切れればよかったんですよ。そうすれば私と仲間です」

 

「結構気にしてるんだね…」

 

「当然です!胸は女性のステータスですよ!女性の価値の半分は胸で決まると言っても過言ではありません!」

 

「そんなことないよ〜、だって私は紗夜ちゃんのことすごく魅力的だと思ってるもの」

 

「んなっ!ま、また貴方はそうやっておだてて…!」

 

「おだてじゃないんだけどなぁ…」

 

 毎度毎度同じ手に引っかかるとは思わないことです!

 

「ちぇーっ」

 

「…それよりも丸山さん、来週のライブの自信の程はどうですか?」

 

「そりゃ満点だよ!何より演奏が楽しみだ!紗夜ちゃんとステージに立てるんだからさ!」

 

「はい、私もとても楽しみです」

 

「紗夜ちゃんやーっと最近楽しく演奏できるようになったもんね!」

 

「…ええ、丸山さんのおかげです」

 

 この前のRoseliaのライブでも、今回の試験でも、アドリブを不確定を楽しむ演奏をした。以前の私なら絶対にしなかった演奏。今の私は以前よりも確実に広く物を見れて、成長していた。

 

「妹ちゃんとはいつまで経っても仲は良くならないみたいだけどねー」

 

「今は日菜のことはどうでも良いです。それよりも明日から練習に付き合ってもらいますよ。貴女の音に少しでも付いていくために、本番までに仕上げなければならないのですから」

 

「むふふ、そうこなくっちゃね。 SPACEの予約取ろっか?」

 

「いえ、いつもの公民館で」

 

「おけまるっ!じゃあ明日放課後集合ね」

 

 

 

 ー

 

 

 

「たーらーこー♪たーらーこー♪」

 

 余程2人でライブに出れたのが嬉しいのかさっきからるんるん気分の丸山さん。そんな彼女を見ていると、ふとさっき詩船さんと話していたことを思い出す。

 

「…そういえば、今更こんなことを聞くのも野暮だと思いますけど、丸山さんは自分のあの音楽を人前で披露することに抵抗は無いんですか?」

 

「…と言いますと?」

 

「その、仮にも人を狂わせてしまうほどの力を持つ音楽を、大勢の人の前で叩きつけることに何か思うことは…」

 

「無い」

 

 なんの澱みもなく、丸山さんはそう答えた。

 

「確かに最初は戸惑ったこともあった。…けど、それって私の歌を、想いを最後まで受け止めきれないお客が悪いのよ」

 

 そう言う彼女の目には一切の迷いは無い。

 

「そう!観客に音を捧げている私に何の罪も無い!仮にそれが原因でその誰かさんの人生が壊れたとしても、それは私の歌のエネルギーが生み出した結果!何の後ろめたさも無い!寧ろそんなことを考えてしまうのはこれから待つ観客に対しての失礼に他ならない!!だから私はステージで遠慮なんてしない!遊びはする!楽しみもする!けど手抜きはしない!それが丸山流だぜ!!」

 

 そう高らかに宣言する彼女の姿は、とても美しく、普段からは感じない気高さのようなものを感じた。…嗚呼、確かにこれは最強の偶像だ。

 他人を顧みないその姿はまさに傍若無人、天上天下唯我独尊。演奏者も観客もまとめて振り回す究極の歌う災害、丸山彩の姿だった。

 

「さぁ!共に蹂躙しようぜ紗夜ちゃん!!!私たちの音で!!観客を!!」

 

 いつもの笑顔でそう言って彼女は、私に手を差し伸ばした。

 …この手をどうするかなんて愚問だ。迷いなんて一切無い。………けれど、

 

「…取り敢えず、丸山さん。ここ街中です」

 

「あり?」

 

 丸山さんの大声に、往来する人々の奇異の目が私たちに向けられていた。

 本当、締まらない上に最悪のスポットライトですよ…。まぁ、こういうところも丸山さんらしいですけどね。

 そう思いながら私は抜けた顔をしている彼女の手を掴んだ。

 

 

 

 

 

 

 







転生彩ちゃんのヒミツ③:実はいくら食べても太らない!それと同時に滅茶苦茶大喰らいでもあるぞ!平気な顔で10人前はぺろりだ!どうやら前世でも同じだったらしい!

今作では出ないであろうパスパレ衣装の転生彩ちゃん

【挿絵表示】





次回、光爆発!!




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らいぶ!



 実質これがこの小説の第1話。
 ちょっと長いけど、ま、まぁ鍛えられたハーメルン民なら大丈夫やろ!


【前回のあらすじ】 
・まんまる焼きポテト!
・称号『地獄の前日譚』を獲得!
・君は、引力を信じるか?






 

 

 

 

 

 

 その日、ライブハウス『SPACE』はかつて無いほどの人で賑わっていた。

 基本的に箱ライブは規模が小さくなりがちなのだが、今日は参加するバンドの多数のファンも来ていることもあって、この有様だ。ガールズバンドの聖地というのは伊達では無いわけである。ライブハウスが開く前からこの様子なのだから本番の盛り上がりは想像に難くないだろう。

 

「うっひょー!すっごい人!」

 

 彩はそんな人でごった煮になっている人を見て感嘆の声を上げる。

 するとその人混みからは少し離れた場所に自分の相方を発見する。

 

「あ、おっはよう!紗夜ちゃん!」

 

「ええ、おはようございます。…って何を食べて来てるんですかそれ」

 

「きゅうりと生ハム。きゅうりは実家育ちだよ、欲しい?」

 

「いえ、結構です…」

 

「んじゃ入ろう!本番前に練習したいんでしょ?」

 

「はい、可能であれば。…ですがその前に」

 

 そう言って紗夜は鞄の中から何かを取り出した。

 

「何これカツラ?」

 

「はい。…一応、最低限の変装は必要と判断しましたので」

 

 というのも今日のライブ、実はRoseliaのメンバーも来ているのだ。

 紗夜はRoseliaのメンバーである。臨時とは言え、他の人と勝手にユニットを組んでいるとバレるのは少し、いやかなり不味い。

 …何より、彩の身元を隠さなければならない。彼女の今後のことを考えると生身でそのまま演奏するのは正直危険である。万一に学校での知り合いなどいたら日常的な生活にまで支障を来すだろう。

 

「おー、サングラスにカラコンまで。しかもどれも結構上等なやつじゃん」

 

「まぁ、この数の観客です。中途半端なものではバレてしまいかねないので。なので詩船さんに頼んで登録名も偽名にしてもらいました。私はアオイで丸山さんがハルカです」

 

「偽名!なんかスパイっぽいね!」

 

 そうして彩は黒、紗夜は黄金色のカツラを着けて服装も俗っぽく仕上げて、バンド参加者の裏口からSPACEに入る。すると出席バンドの確認をしていた詩船が2人を出迎えた。

 

「来たか……って何だいその格好は」

 

「変装!今の私たちはジャパニーズシノビなのだ!」

 

「スパイではなかったのですか…?」

 

「ああ、成る程。まぁ賢明な判断だね。それならステージ上でも誰かは分からないだろう。…取り敢えず楽屋行きな。アンタらが最後だよ」

 

「はい」

 

 楽屋に入ると、数組のバンドが楽器の手入れや、セッションなど、それぞれが本番に向けた調整を行っていた。

 2人は空いているところに適当に荷物を置く。

 

「本番まで時間あるねー。音合わせするー?」

 

「…いえ、少し待ちましょう。今は人が多いですので」

 

 ライブ前に人を再起不能にするなど笑えない。その辺りを自重しないといけないのは彼女と組む上での問題になりそうだ。

 

「あの、すみませんっ」

 

「ぽよ?」

 

 彩に声をかけて来たのは頭に二つの独特な突起物(?)がある茶髪の少女だ。

 

「『アオハル』さんだよね!私Poppin'Partyの戸山香澄って言うの!」

 

「かすみんだね!私はまるy」

 

「どうもアオハルのアオイです!こちらは相方のハルカ!」

 

「もごもご…!」

 

「アオイとハルカだね!私2人のこと登録表見た時からずっと気になってたんだ!オーナーが最後に選んだバンドってどんな人たちなんだろうって!」

 

 香澄は目をキラキラ輝かせながら2人に詰める。

 

「コラ香澄!何やってるのよ!」

 

「イタッ!?痛いよ有咲!」

 

「アホか!初対面でそんなに詰め寄ったら迷惑だろうが!あっ、すみません!ウチの香澄が…」

 

「大丈夫ですよ。こういうのは慣れていますので」

 

 主に隣のピンクの悪魔のせいで。

 

「ねぇどうなってるのその髪!なんかツノみたい!」

 

「ツノじゃないよ!星だよ!」

 

「星?第二の耳とかじゃなくて?」

 

「ハルカさん、あまり時間を取らない方が良いですよ。香澄さんたちも練習時間が必要でしょうから」

 

「ぐえー」

 

 服の襟を掴まれて彩は引き戻される。

 

「そう言うアオハルさんは練習しないのか?」

 

「…はい、少し事情があって」

 

「…ずいぶん余裕なんだな。最後だからって調子に乗っていると足元掬われるぜ」

 

 わざわざオーナーの詩船が最後に選んだバンドユニット。2人だけ、というのは異質だが、それ以外に特別光るようなものがあるふうには見えなかった。

 探る意味も兼ねて、有咲は敢えて挑発的に言ってみる。

 

「問題ありません。私たちはPoppin'Partyがどんな演奏をするのかは知りませんが、最後に全てを奪うのは私たちですので」

 

「ふーん、腕に自信があるんだな」

 

「……」

 

「…正直心配なんだよ。たった2人でこのライブのトリを飾れるのか。特にそこのハルカさんを見てると尚更な」

 

「んむ?」

 

 持って来ていた朝食のきゅうりを頬張るその姿にはとてもこのライブの最後を飾るバンドの片割れには見えない。紗夜は嘆息気味に頭に手を当てる。取り敢えずライブハウスで食べるのは勘弁してもらいたい。

 

「…えぇ、まぁ普段はこんなんですけれども、やる時はしっかりやる人なので。その心配は杞憂ですよ」

 

「…そうか」

 

 このライブは前々から詩船が苦労して企画したものだと有咲は知っていた。だからこそPoppin'Partyの初ライブにして詩船が大きな期待を寄せているこのライブを成功させたいと思っていた。

 

「それよりもそちらは大丈夫なのですか?Poppin'Partyの演奏は最初の方だったはずですが」

 

「それは…」

 

「香澄ー!有咲ー!」

 

 声のした方には3人の少女が。衣装が2人と同じものなので、おそらくバンドのメンバーだろう。

 

「いたいた!ドリンク買ってくるって言って全然戻ってこないから心配したよ」

 

「わ、悪りぃ…」

 

「とりあえず見つかって良かった!2人ともオーナーが呼んでたよ!全員に話があるって」

 

「うぇっ!?じゃあ早く行かなきゃ!?あっ、ライブ期待しててね!私たち1番最初だから!」

 

「うん!頑張ってねー」

 

 そう言って5人は慌ただしく部屋を出ていった。

 

「いやー、面白い人たちだった。mgmg…」

 

「早くそれ食べてくださいよ。……それにしても、やはり私たちは異質に思われてるみたいですね」

 

 よく周りを見れば、他のバンドからの突き刺すような、或いは嘲るような視線があった。まぁ、ある意味自然なことだろう。ぽっと出のたった2人のユニットが自分たちが慕うオーナーのライブのトリを飾るのだから。良い気分ではないのは違いない。要するに2人はなめられていた。

 

「放置放置。それよりもほら、もうライブ始まるぜ!」

 

「そうですね」

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

『初めまして!私たちPoppin'Partyです!』

 

 会場に人が詰め寄る中、ついにライブが始まった。

 開幕早々、Poppin'Partyの青いが元気で活力のある演奏で観客は湧き立っていく。

 

「おぉー!凄いね友希那!」

 

「ええ、でもまだ全体的に仕上がりが甘いし、技量も追いついてないわ。…ギターは良い感じだけれども」

 

「でも不思議と元気になれると言うか、楽しくなりますね!」

 

「そうかもしれないけど、私たちの目指す場所とは違うわ。私たちが磨くべきなのは技量。この場に紗夜がいれば同じことを言う筈よ」

 

「それにしても残念だよねー。紗夜が来れないなんて」

 

「どうしても外せない用事があるのでしたら仕方ありませんよ。紗夜さんにも色々あるようですし」

 

「そうね…」

 

 そう呟く友希那は見るからに落ち込んでいる。ある意味で紗夜は友希那がRoseliaで1番信頼していると言っても良い存在だ。純粋で愚直に上だけを目指す彼女にとって同じ考えを持つ人は貴重であった。理由ありきとは言え、そんな仲間にライブに行くのを断られたのはそれなりにショックだった。

 そんな友希那の心情を察したリサは元気に声をかける。

 

「友希那!そんなしょぼくれてたら今日来た意味がなくなるよ!先のことを考えるのも良いけど、今日の私たちは観客!1番は楽しむことだよ!ほら、一緒に」

 

 そう言ってリサは友希那にサイリウムを差し出した。

 

「…ええ、そうね」

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

「やったね!初ライブ大成功!」

 

 ライブ終了後の楽屋。Poppin'Partyのメンバーは無事に初ライブが成功したことを喜んでいた。

 

「ま、初ライブにしちゃ上出来だったよ」

 

「えへへ、ありがとうございますオーナー」

 

「やりましたね香澄ちゃん!オーナーのお褒めの言葉もらっちゃいました!」

 

「うんっ」

 

 各々で喜びを分かち合っていると、楽屋の扉がガチャリと開いて、彩と紗夜が入って来た。

 

「やっほー、お疲れ!ライブめっちゃ良かったよ!」

 

「あっ、ハルカ!見てくれたんだね!ありがとう!」

 

「当然!どういてこましまして!」

 

「いてこましてどうするんですか…」

 

「…でも正直、見応えなかったんじゃねぇのか?ほら、私とかドベの初心者だし…」

 

「確かに技量に至らない部分は多かったですが、それ以上に楽しく悔いなく演奏していたので、見ている側としてはとても気持ちが良かったですよ」

 

「そ、そっか…。ありがとな…」

 

「やったね有咲!なんだかんだで1番緊張してたもんね」

 

「う、うるさいなぁ!沙綾だってスティック飛ばしたらどうしようなんて昨日電話して来たじゃねぇか!」

 

「うっ!あ、あれは有咲の緊張を少しでもほぐしてあげようと…」

 

「うそこけっ!電話越しでも半泣きって分かったぞ!」

 

「はいはい、アンタら一旦落ち着きな。喜ぶ気持ちはわかるけどまだライブ自体は終わってないんだ。ちっとは大人しくしてな」

 

「そうだよー、老人のお小言は聞くもんだぜ!」

 

「アンタに1番言ってんだよ!ハルカ!」

 

「アウチッ」

 

 丸めたプログラム用紙で頭を叩かれる。彩ちゃんは5のダメージを受けた!

 

「あははは、ハルカさんって面白い人だね」

 

「うん、オーナーさんが選ぶくらいだからもっと怖い人かと思っちゃった」

 

 ポピパの全員が彩に対する警戒心を解いている中、香澄は一歩前に出る。

 

「ハルカ!私たちは今できる全部を出し切ったよ!」

 

「うん見てた!だったら次は私たちが出し切り返す番だね!」

 

「えへへ、楽しみにしてるね」

 

「うん、最高なモノ、魅せてあげる」

 

 キラリと瞳が光る。

 

「え…?」

 

「んじゃ!私たち他の人の演奏見てくるね!行こうさy」

 

「ハルカさん」

 

「あ、アオイちゃん!」

 

 そう言って2人はスタジオを出ていった。

 

「なんだか騒がしい人だったね。嵐みたいな人だったよ。でも演奏は凄いんだろうなぁ」

 

「私たちは香澄で慣れちゃってるけどねー」

 

「違いないな。…よし、私らもライブ見に行こうぜ。勉強にもなりそうだしな」

 

「うん、そうだね。…香澄ちゃん?どうしたの?」

 

 声をかけてもうんともすんとも言わない香澄。妙に感じて有咲が体を揺する。

 

「おい!しっかりしろ!」

 

「───うぇっ!あ、あれ?」

 

「どうしたんだよ、なんか変だぞ香澄。…まさかあのハルカって奴になんか言われたのか!?」

 

「ち、違うよそんなんじゃない!そんなんじゃないんだけど…でも……なんでか分かんないけど、見えた気がしたんだ…」

 

「見えたって、何がだよ」

 

「…星」

 

 

 

「…全くあの娘は、見境が無さすぎるよ」

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 その後も卒なくプログラムは進行して、いよいよ最後の3組となった。

 ここまで来ると会場の盛り上がりもピークになっており、演奏終了後には黄色い声援が飛びかっている。

 

「いやー、やっぱり超興奮するねこういうの!最高の臨場感!アオハルが溢れてやがるぜ!」

 

「そうですね、どのバンドもしっかりと練習しているのが伝わります。それにここまで来ると演奏者一人一人の技量もプロに退けをとらなくなっていますね」

 

「キンチョーしてる?」

 

「…そうですね、していないと言えば嘘になります。正直こんな大人数の前で演奏するのは初めてですので…」

 

 以前のRoseliaのライブでもここまでの人はいなかった。今から紗夜はたった2人であの大舞台に立ち、演奏しなければならない。

 だが、緊張こそあれど、不安だと思うことはなかった。何故なら今彼女の隣には、あまりに頼もしすぎる相棒がいるから。

 そうこうしているうちに次の演奏が始まるようだ。2人はステージの裏からこっそり様子を覗く。

 

 まだ前のバンドの演奏の興奮冷めぬ中、軽快にステージに飛び出す五つの影。少女4人と、何故かピンクのクマの着ぐるみ1匹。

 

『みんなーっ!初めましての人は初めまして!私たちハロー、ハッピーワールドよ!!』

 

『ワアァァァァァーーーーーー!!!』

 

 会場から盛大な歓声が上がる。

 

「…ねぇ、あれもしかしなくてもこころちゃんじゃね?」

 

「え、そんなまさか……本当ですね」

 

 ステージで元気よく観客に手を振る少女は天文部の弦巻こころその人だった。

 

「すごーい!こころちゃん超人気者じゃん!」

 

「バンドを組んでいるとは聞いていましたが、まさかこのライブに参加していたなんて…。ところで何故着ぐるみがDJを?」

 

「いーじゃんそんな細かいこと!おおーっ!超楽しそう!まさかこころちゃんがやるライブがここだったとは!超ラッキー!」

 

 こころのバンドは三曲を披露した。どれもハロハピオリジナルの曲だ。

 

 一言で彼女らの演奏を言い表すなら、自由だった。

 フリーダムに動き回りながらも正確な調律を出しているギター、それに目を輝かせながら元気に弦を弾くベース、おどおどしながらも正確な音を叩き出すドラム、それを見守りながら音を管理する着ぐるみDJ、そしてその彼女らの全ての魅力を100万倍にして観客に弾け飛ばすボーカル。

 その全てが観客には輝いて、そして心底楽しく愉快に見えた。まるで自分たちがこの愉快な世界の一部になったかのような多幸感。自然とその場にいる人たちの顔は笑顔になっていた。

 そうして最後の曲が終わる。終わってしまう。

 

『ああっ!楽しい!楽しいわ!ねぇ、ミッシェル!もう一曲歌って良いかしら!?私まだまだ足りないの!』

 

『気持ちはわかるけど、今日はダメだよ。次のライブでもっといっぱい歌って踊ろうじゃないか!』

 

『ええ、ええ!!名残惜しいけれど今日はこれでお終いっ!みんなありがとーーーっ!!』

 

 観客の黄色い歓声と共にこころたちはステージを後にした。

 

 

 

 ー

 

 

 

 タオルで爽やかな汗を拭きながら、ハロハピの面々はステージの裏手に笑顔で戻って来た。

 

「ふふ、ああっ、最高に楽しかったわ!お客さんもたくさん喜んでくれたし、最高に成功ね!」

 

「そうだね、私たちの魅力に観客も心を打ち抜かれてしまったらしい。…きっと彼女も楽しんでくれただろう。ああ、儚い…」

 

「は、はいっ、観客の皆さんすごく喜んでました…!」

 

「これで世界をハッピーにするのにまた一歩近づいたね!」

 

「ええ!でもやっぱり彩が来れなかったのが……あら?」

 

 こころは何かに気がつくと、その方向へ駆け足気味に走っていく。彩と紗夜のいる方へ。

 

「ねぇ!貴女たち!私たちのライブはどうだった?」

 

「え、えっと…」

 

「チョー楽しかった!いやー、観客席で聞きたかったよ!」

 

「そう!嬉しいわ!」

 

「そ、それで他に何か御用ですか…?」

 

「うーん、いえ特別あるわけではないの。でも、2人が私の友達によく似てるのよね…。貴女たち名前はなんて言うの?」

 

「ギクリ。ハ、ハルカダヨー…」

 

「…アオイです」

 

「ハルカとアオイね!覚えたわ!…それにしても似てるわ。特に貴女!彩にそっくり!」

 

「…タ、タニンノソラニデスヨー」

 

「うーん…、そうかしら…」

 

 こころは彩の周りをぐるぐる回りながら、じっくりと観察している。

 

 弦巻こころは観察眼に優れている。このままでは2人だとバレるのは時間の問題かもしれない。紗夜はどうにかして誤魔化しの手口を考えようとする。

 

「…やっぱり似てるわ!ねぇ貴女」

 

「ちょっとアナタ」

 

「あら?」

 

 そう2人の間に入って来たのは、このライブに参加しているであろう女性。勿論2人に面識など無い。

 

「ライブ終わったらとっとと楽屋に戻りなさい。後がつっかえてるから迷惑よ。お仲間も待ってるわよ」

 

「あら確かに!ごめんなさいね!じゃあ2人ともまた後でね!」

 

 そう言ってこころは駆け足でメンバーのところに戻っていった。紗夜は内心ホッと息を落とす。

 

(あ、危なかった…)

 

「…それで、アナタたちアオハルでしょう。ライブでトリ飾る」

 

「ええ、そうですが…。貴女は確か…」

 

 そう紗夜が答えると女性はジロジロと舐めるように2人を見る。

 

「…なんでしょうか」

 

「ふーん…、やっぱり大したことなさそうね。まだ学生でしょアナタたち。しかもたった2人」

 

「……何が言いたいのですか?」

 

「相応しくないって言ってるのよ。このライブの最後にアナタたちは」

 

 その言葉に紗夜の顔つきが険しくなる。

 

「バンドは実力主義の世界よ。技量があって、センスがあって、何よりチームワークが重要。そんな世界でたった2人で箱とは言えこの規模のライブのトリ。正直舐めてるとしか思えないわね」

 

「…でしたら何ですか。貴女にとやかく言われる筋合いはありません」

 

「…アタシらはこのSPACEにいて長くいた。今はもうここから出てプロとして活動してるが、その時の感謝は忘れてないわ。…今回のライブもオーナーとの縁で参加した。プロになって成長した姿をあの人に見せるためにね」

 

「…」

 

「別にトリを飾れないのが不満なんじゃない。アナタたちみたいな見るからに歴の浅いアマチュア未満の奴らがあの人の作り上げたライブを最後までやり切れるわけ無いって言ってるのよ」

 

「…ッ」

 

 周囲からそうだそうだと声が上がる。皆2人が最後であることに不満がある人たちだった。

 

 彼女の言うことは正しい。周りがそう思うのも仕方ないと思う。が、それでも紗夜にも沸点というものがある。

 彩を、自分たち2人の音楽を心底見下している感覚がしたから。頭に血が昇って、拳を握る力が強くなる。

 

「次のライブはアタシたち。今のうちに棄権することをお勧めするわよ」

 

「…ッ!!貴女はッ」

 

「はいストップ」

 

「あっひゃあ!!?」

 

 紗夜の背中に冷たい何かが伝う感覚が電気のように走る。思わずその場で飛び跳ねる。

 

「落ち着くには冷やすのがイチバンってね!」

 

「ひいぃ!?なんですか!何なんですかこれぇ!」

 

「キンキンに冷えたきゅうり。心も頭もヘルシーにってね☆」

 

「と、ととと取ってください!」

 

「ヤダ。ほらそこに鏡あるから、落ち着いたら取れるよー」

 

「ひいぃっ!?あ、後で覚えててくださいよ!」

 

「覚えてたらねー」

 

 そう言って紗夜はその場を後にした。

 

「…ふざけてるわね。アナタたち」

 

「仲良いでしょ?私たち」

 

「恥をかいても知りませんよ」

 

「そんな確率0パーだよ」

 

「…アナタがイチバン気に入らないのよ。来た時からふざけ散らかして…!遊びじゃないのよライブは!」

 

「遊びだよ。遊んで戯って、それで客が満足したらそれで無問題なのだ!私の悔いさえ残らなかったらね」

 

「舐めるな!ここにいる全員が真剣なのよ!アナタ1人だけがふざけてる!」

 

「私たちも真剣だよ。真剣に練習して真剣に客に音を届けようとしてる。それ以上に一体何の不満があるの?」

 

「…バンドに絶対的に必要なもの、それは技量、そしてチームワーク。でも私はもう一つ絶対的に必要なものがあると思っているわ」

 

 その時、舞台裏にスタッフの声が響く。彩の目の前にいる彼女たちの演奏の番だった。彼女のバンドメンバーが今にも出れると言わんばかりに舞台前で待っている。

 

「それを今からアナタに教えてあげる」

 

「おー!かっくいー!おなしゃーす!」

 

「フン、そんな減らず口今のうちよ。見せてやるわ、プロってやつを」

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

「いやぁ、楽しかったね友希那。遊園地のパレードみたいに愉快だった!」

 

「そうね、私たちとはまた違った方向性の演奏だったわ。ある意味完成されていると言っても良いかもしれないわね」

 

 ハロー、ハッピーワールド。無茶苦茶な演奏をする集団だったが、中々に技術は高かった。というより彼女らの真骨頂は演奏技量には無いのだろう。未だ興奮冷めぬ笑顔の会場がそれを表していた。

 

「私たちも欲しいですよね、ああいうバンド独特の強みっていうか…」

 

「確かにそうですね。私たちもバンドの華と言えるものがあれば今より良くなるかもしれませんね」

 

「別にそんなものは必要ないわ。それに、そういうバンド独特の雰囲気は活動を続けていくうち、自然と身についていくもの。決してこちら側から追求するものではないわ。私たちが頂点を目指していれば自然とそういうものも手に入れているわ」

 

「おー!流石良いこと言うね友希那!」

 

 そんなことを話していると、次のバンドグループが出てくる。メンバー全員が黒のジャケットに身を包んだハードなイメージを連想させるバンドだ。

 友希那はその姿を見て思わず目元が険しくなる。

 

「来たわね…『LIQUID』」

 

「わぁ!あこプログラムで見た時から楽しみにしてたんだよね!」

 

「そんなに凄いバンドなの?」

 

「うん!おねーちゃんが大好きなバンドなんだ!」

 

「…LIQUIDは最近プロ入りを果たしたガールズバンドです。その最たる長所は圧倒的な技量、そしてチームワーク。安定した技術とどんな状況にも対応できる柔軟なチームワークは既にベテランにも通用する程と言われてます。特にボーカルのウェスタさんは、よく雑誌にも取り上げられてますよ」

 

「へぇー、詳しいね」

 

「よく友希那さんが指標の一つとして話してくださるので…」

 

「…え?ちょっと私それ聞いたことないんだけど」

 

「貴女たち静かに。…始まるわよ」

 

『──アタシたちはLIQUID。今日はこのSPACEのライブに来てくれてありがたく思うわ。このライブ自体は終盤だけれども、しっかりと楽しんでもらえると嬉しい。それでは一曲目──』

 

 口頭紹介を終え、黄色い声が響く中、ボーカルが静かに息を吸う。

 

 世界が揺れた。

 あまりの衝撃に友希那たちは一瞬身体を背に逸らしてしまう。一瞬、会場が物理的に揺れたのではと思うほど。そのレベルのショック。 LIQUIDが生み出した不可視のエネルギーは一瞬でこの会場全体を制圧した。

 

 ハロー、ハッピーワールドとは真逆の厳かで正当なロック調の演奏。だが刻まれる音その全てが正確かつ、極限まで研ぎ澄まされている。それはその音単体でもバンドとしての実力の高さが窺える程だ。

 そんな音に釣られて会場も自然と盛り上がっていき、ついには今日最高になるほどの熱気が溢れかえった。

 

 正当、王道。故に最高。

 それが LIQUIDの曲最大の強みだった。

 

 その熱を背負ったまま、流れるように二曲目、三曲目へと入っていく。

 いつの間にか友希那たちも熱気に釣られて一心不乱にサイリウムを振り続けていた。それ程のパワー。それ程のカリスマ。この瞬間は、会場にいる全ての観客の心が一体となった。

 

 全ての曲が終わり、残響が染み渡る。

 そして同時に今日一番の歓声が会場を埋め尽くした。もはやここまで来ると箱ライブの熱気ではない。どこかのアリーナと言われても信じられるレベルだった。

 

『ありがとう』

 

 そう一言残すとLIQUIDの面々はステージを去っていった。

 

「はぇ〜、凄かった…」

 

「はい…、恐ろしくレベルが高かったです…」

 

「あれが…プロかぁ…」

 

「…険しいですね」

 

「…それでもやらなければならないわ。私たちは」

 

 噂通り技量もチームワークも卓越していた。だがそれ以上に目を見張ったのはそのカリスマとも言える圧倒的パワー。観客を惹きつけるようなエネルギー。これがプロだと言わんばかりの実力をLIQUIDは見せていった。

 

「…もしかしたら私たちはLIQUIDとフェスで競うかもしれないってことか」

 

「ええ、十中八九出るでしょうね」

 

「……本当に勝てるのかな、私たち」

 

「勝てる勝てないじゃない、勝つのよ。私たちRoseliaが目指すのは頂点だけよ。過程にだけ目を奪われては頂点には届かない」

 

「……うん、そうだね。よし!帰ったら練習頑張ろう!」

 

「その前に最後のバンドが残っていますね。確か、『アオハル』でしたか。…聞いたことがありませんね」

 

「て言うか見てくださいよこれ!メンバー2人だけですよ!?」

 

「うぇ!?本当だ!2人だけって、大丈夫なの!?」

 

「…このライブは後続になるほどバンドとしての実力が上がっていったわ。この線が正しいなら、この最後のアオハルはさっきのLIQUIDよりも実力が上ということになるけれど…」

 

「正直、2人だけでは厳しいと思ってしまうのが本音ですね…」

 

「…そうね、演奏を聴いてみないことには分からないけれど、はっきり言えばライブを舐めている、と受け取られてもおかしくないわ。こんな大きなライブでなら尚更ね」

 

「そうだよねぇ…。どんな人たちなんだろ」

 

 そうして遂にアオハルがステージに出て来た。いや出てきたというよりは、飛び出してきた。

 サングラスをかけた金髪と黒髪の少女の二人組。それぞれがギターとベースを携えている。だが先程のLIQUIDのような実力のあるバンド独特の雰囲気を感じない。転がり込むように登場した彼女らに、観客は少し困惑する。

 

「…なんていうか、破天荒だけど。…意外と雰囲気は普通?」

 

「確かに。…というかあっちの金髪の人紗夜さんに似てません?」

 

「あ、確かに。サングラスで見にくいですけど、目下のあたりとか似てますね」

 

「……」

 

 そうして黒髪の少女が置いてあるマイクを手に取る。

 

『どうも!私たち『アオハル』のハルカだよ!私今日のライブがとーーーーーっても楽しみだったんだ!!昨日全然寝れなかったぐらい!具体的には7時間!でも朝ごはんはいっぱい食べてきたよ!きゅうり10本と、あとは生ハムを5袋…』

 

 唐突に始まった自己語りに観客は唖然とする。

 

『あの、ハルカさん。気が舞うのはわかりますが、一旦落ち着きましょう。…どうも『アオハル』のアオイです。本日はよろしくお願いします』

 

『えーっ!いーじゃん!私がステージに立つの本当に久しぶりなんだよっ!ちょっとぐらいトークに更けても…』

 

『ダメです。皆さんは今日演奏を聴きに来ているんですよ。早く始めますよ』

 

『ぶーぶー!おけちー!』

 

 観客はそのやりとりを見て少し不安になる。まるで日常のやり取りをそのまま切り取ったかのようなフラットなやり取り。とてもこのライブの最後を飾るバンドの姿には見えなかった。

 ざわざわと困惑まざりの騒めきが会場からちらほらと出てくる。

 

『まぁでも本当のお楽しみはここからだよね!私たちが歌うのは一曲だけだよ!でもその一曲で貴女たちを満足させると誓いましょう!タイトルは【青春☆爆発】!』

 

 少しずつ騒めきがおさまっていく。

 取り敢えず聞かないことには始まらないと概ねの意見が観客で一致したのだ。批判もヤジを飛ばすのもその後だ。

 

『つーわけでアオイちゃん!5秒後に行くよ!!』

 

『本当に身勝手なんですから…』

 

 マイクの位置を調整し、ベースを構える。

 誰にも聞こえないように静かに息を吸う。

 そして彩の声が発せられるその直前、紗夜は誰にも聞こえない声で小さくつぶやいた。

 

「聴け」

 

 

 

 

 その瞬間、世界が光と共に爆発した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

 

 

 ───時は遡り、彩たちがステージに出る少し前。

 

 

「あ、おかえりー!超凄かったぞ!サイリウム持って来たらよかったって思っちゃった!」

 

 そう笑顔で言う彩に対して彼女、ウェスタは冷たく対応する。

 

「…見たでしょう。バンドをするのに最も必要なもの、それは人の目を集めるカリスマ。人を惹きつけるエネルギーよ」

 

「うん、見たよ。すっごいお客さん楽しんでたね」

 

「さて、アナタにこれ以上のエネルギーを生み出せるかしら?」

 

「…ふふっ」

 

「…何がおかしいの?」

 

「おかしい訳じゃないよ。ただ、優しいなって思って」

 

「はぁ?」

 

「だって私たちにこうして音楽やバンドのことを教えてくれるじゃん。私たちのこと心配してくれてるのかなって」

 

「…チッ、本当アナタおかしいんじゃないの?」

 

「よく言われるそれ」

 

 そう話していると、いよいよ彩と紗夜の出番がやって来た。スタッフに待機の言伝を伝えられる。それと同時に紗夜が戻ってくる。

 

「や、やっと取れました…。まだ背中がゾクゾクする…」

 

「何やってるのアオイちゃん!私たちの番だよー」

 

「誰のせいだと…!…はぁ、わかりました。行きましょう」

 

「あっ、ちょっと待って!一個言うの忘れてた」

 

「はい?」

 

 そう言って彩は機材を置く台の上に乗り、舞台裏にいる全員に向かい合った。その顔は満遍の笑みでウェスタ含めてその場にいる参加者全員が困惑する。

 

「貴女たち私たちがトリ飾るのに文句があるんでしょ!?だったら観客席から私たちを見ておいて!そしてしかと刮目しときなさい!!」

 

 そう言って真正面にビシリと人差し指を刺す。

 

 

「私が貴女たちの全てを奪ってあげる!!」

 

 

 大胆不敵、傲慢不遜。

 そのあまりな物言いと態度に全員が唖然とする。そうしている間に彩は紗夜の手を引いてステージへの道へと走っていった。

 

 

 

 

 ー

 

 

 

 

「…ふふふっ」

 

「ん?どした紗夜ちゃん」

 

「だからアオイって…まぁ今は人がいませんから良いですけど」

 

 紗夜はゆっくりとステージ前のパイプ椅子に腰を下ろし、最後のチューニングをする。

 

「…こんな敵だらけの状況でも丸山さんはブレないんですね。正直、丸山さんが不遜にも彼女たちに宣言した時、胸が空いた思いでしたよ」

 

 紗夜には世界で一番、丸山彩の音を理解しているという自負があった。だからこそ、そんな全幅の信頼を置いている存在を嘲られるのは我慢ならなかった。怒りを抑えられなかった。

 しかしそんな憤りも彩の手で綺麗さっぱり払われた。

 

「そっか!なら私たちがやることはもう決まったよね!」

 

「ええ。…確かにLIQUIDの演奏は凄かった。湊さんが注目するだけあって、プロという一つの大きな壁を見せられました。…だから私たちも全力で返さなければなりません」

 

「うんっ、そうだね!」

 

 彩と紗夜は互いに正面を見て見つめた。2人の両の眼がお互いを映し合う。

 紗夜の目にはついていくべき光が映っていた。安心感が身体に満ち、自然と緊張もほぐれていく。

 

「……紗夜ちゃん」

 

「……なんですか?」

 

「…きゅうり食べたでしょ。食べカスついてるよ?」

 

「………だ、だってどこにしまえばいいか分からなかったんです!本番も近くて楽屋にはもう戻れませんし、その辺に置くわけにもいかなかったので、仕方なく…!」

 

「美味しかったでしょ?」

 

「あ、はい、瑞々しくしかし決して無味というわけではない絶妙な…って何言わせてるんですか!!」

 

「あはははーっ」

 

「アオハルのお二人ー!本番お願いしまーす!」

 

 スタッフの声で紗夜はハッと我に返る。

 顔を朱に染めながらも、咳払いをして気持ちを切り替える…前に彩に手首を掴まれ引っ張られる。

 

「さぁ、行くぞー!正面突破で天下とーうたる!!」

 

「えっ!?ちょ、丸山さん!?そんな急にっ…!?」

 

 2人は熱気の籠るステージへと飛び出した。

 

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

 

 

 これは幻覚か、またまた現実か。

 

 それは正しく光だった。目に、耳に入る全てが。

 

 目の前のボーカルが歌い出した瞬間、友希那の視界を音と共に溢れんばかりの光の音とアーチが支配した。

 眩しい、あまりに眩しい。日光を直視しているかのような凄まじいヒカリ。しかし友希那はそれから全く目を離せなかった。まるで偉大なものを見たかのように。目に焼きついて離れない。瞳が、脳が悲鳴を上げている。

 

 音。音が聞こえる。歌だ。眩しい歌。

 音が眩しいなどおかしな話だが、そうとしか言い表せないのだ、コレは。

 うっすらと光の中に見えるヒトガタのシルエット。それから発せられている。歓声すら、サイリウムを振ることすら忘れていた。

 

 次に友希那が感じたのは多幸感だった。先程の、 LIQUIDの演奏からは比較にならないほどの超越的引力と、まるで無限に湧き上がるようで止まらない幸せ。

 ボーカルの眩しい声、ギターとベースの音、幻視する光。その全てが幸福なものに見えた。

 

 体が動かせない、声が出せない、目を背けられない。何もすることができない。

 

 だが徐々に、徐々に光の中のヒトガタがはっきりと見えてくる。逆光に当てられたように真っ黒なシルエット。

 ベースを弾くその姿が少しずつ、少しずつ輪郭を型どっていき、そうして───

 

 

 

 ヒカリが見えた

 

【挿絵表示】

 

 

 

 ただ一つ、目の前の存在の瞳に映るその星のような光が、湊友希那の脳裏にくっきりと焼きついた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 光の中、私はがむしゃらにギターの弦で音を刻む。

 丸山さんから現れる光と不可視のエネルギーがまるで突き刺すような痛みとなって私に襲いかかってくる。それはまるで丸山さんの世界から私を追い出そうとしているように思えた。

 

 身を委ねれば楽になる。その瞬間に悍ましい多幸感に襲われるだろう。だが意地でもそんなことをするわけにはいかない。今私はどれだけ端役でも彼女の隣に立つ演奏者。ここで倒れれば彼女の信頼と自分の誓いを破ることになる。そんなことは断じて許容できない。

 

 ライブの臨場感に当てられているのか、丸山さんの演奏は過去最高とも言える程に光り輝いている。私はそれに潰されないように必死になって自分の音を刻み続ける。

 

 歌が聞こえる。愛らしさと美しさがありながらも、その中に莫大なエネルギーを秘めた声が。彼女の思う青春の楽しさを会場中にぶち撒けている。そうして歌を聴いている観客が視界の端で1人、また1人と倒れていく。

 かつての私と同じで丸山さんの強烈なカリスマと音楽が許容量を超えて失神しているのだ。心が弱い人はサビにすら辿り着けないだろう。

 丸山さんの歌と、その存在がマッチするからこそ起こるビッグバン。誰も彼もが丸山彩に釘付けになってしまう不可避の極光。丸山さんがステージの上では最強と言われる所以だった。

 

 だから丸山さんはいままで1人の演奏しかできなかった。けれど今は違う。今は私がいる。

 拙いだろう。まだ丸山さんの方が圧倒的に強いだろう。だけど、それでも、確かにこの演奏は2人の演奏だ。私と丸山さんだけのステージだ。

 

 …どれくらい時間が経っただろうか。

 私の中では無限に続くのではと錯覚するほどに、ゆったりと時間が流れていた。だがついに約3分と少しの演奏は終わりを迎える。

 最後に丸山さんが盛大に転調ボーカルで締め括った。その瞬間に光の大爆発が辺りを吹き飛ばす。

 

『せーいしゅーーーーーん…!!ばくはーーーーーーーーーつッッッ!!!!!!!!』

 

 そうして最後に特大の被害を残して私たちの演奏は終わった。

 

『サンキューッ!!ありがとーう!!』

 

 今日一番の歓声と共に曲が終わり、私はどっと膝から崩れ落ちる。…本当、いつまで経ってもこれには慣れそうにない。

 

『やったよさy…アオイちゃん!大成功だよ!見てよアレ!!』

 

 そう言って満遍の笑みの丸山さんは私に手を差し伸ばす。

 

「だ、大丈夫です…、なんとか立てます」

 

 私はなんとか自力で立ち上がり、丸山さんが見た光景を瞳に映す。

 

「…あぁ」

 

 会場は弾け飛ぶような歓声で埋まっていた。溢れ出るような達成感で少し涙が出そうになる。

 恐らく私がこの歓声に貢献したのはほんの僅かだろう。丸山さん1人でもこの結果は生み出せたかもしれない。でも、それでも私たち2人で生み出したこの結果だからこそ、意味のあるものだと私は信じている。

 そうして感極まるのを我慢していると、丸山さんが拳を差し出してきた。

 

「やったねっ」

 

「……はいっ」

 

 コツリとお互いの拳をぶつけた。

 小さく目の端に涙がたまるのをついには我慢できなかった。

 

 そうして観客に一言礼を言ってその場を後にしようとする。

 しかし背後から突然鳴り響くアンコールに思わず足を止める。

 

「え…!?」

 

「あららー、お客さんはまだ満足してないみたい」

 

 観客の中にはちらほらと倒れている人もいる。だが周りの人たちはそれをまるで気にも留めずに一心不乱に曲のアンコールまで要求していた。明らかに正気では無い。

 …初めて見るが、これが丸山さんに魅せられてしまった人たち。ただ一心に、丸山さんの音だけを求めるその姿は、まるで亡者だ。だが、その瞳には希望で満ち溢れている。この光景を見ていると否が応でも丸山さんのカリスマの強さを認識せざるを得ない。

 

「…丸山さん、これは…」

 

「ねぇ紗夜ちゃん」

 

 丸山さんは満遍の笑みでこちらを向いた。ここまで来ると次に丸山さんが何を言うのかは大体予想できる。伊達に一年の付き合いではない。

 …正直気力も体力もギリギリだ。今にも倒れそうな程に。けれど今後のことを考えたらこんな事でへこたれるわけにはいかない。

 

「もう一曲いける?」

 

「……当然です」

 

 相方の望みに最大限応えるのが、パートナーの役目なのだから。

 

 

『行くよ、タイトルは【跪いてeveryone】』

 

 

 キラリと光る瞳が、その時は一際魅力的に見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 ●●●

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やり過ぎだよアンタら」

 

「さーせん」

「すみません…」

 

 結果としてライブは大成功だった。

 もれなく会場から3分の1の失神者を出してだが。

 

「全く、予め救急車を呼んでて良かったよ」

 

「申し訳ありません…」

 

「いや、良いんだよ。丸山に演奏させた時点でこうなる覚悟はしてた。…それに、何も悪いことだけじゃない。アンタたちの音は確かに良い影響もここにいる奴らに与えてくれた」

 

「ぽえ?どういうことだす?」

 

「そのうちわかるさ。…一先ず、観客に怪我人とかはいない。意識を失ってた人も殆ど目を覚ましてるよ。まだ精神面では不安定みたいだけどね」

 

 今回の騒動はそれなりに大ごとに取り上げられそうだが、原因がライブで興奮しすぎたなど、まともに取り合ってくれるところも少ないだろう。2人が変装していたこともあって、なんとか被害は最小限に留められた。

 

「さ、きょうはとっとと帰りな。話の続きは後日聞くよ。裏口は開けてある」

 

「はーい!」

 

「ああ、そうだ。……良い演奏だったよ。今までで一番ね」

 

「…当然っ!私と紗夜ちゃんの演奏だもの!」

 

「…とっとと行きな、韋駄天共」

 

 部屋を出る直前、彩は詩船の方へと振り返る。

 

「……ありがとね、オーナー。誰かと演奏するのって、こんなにも楽しかったんだね!」

 

「…! ……そうかい、ならこれからもその感覚を忘れないことだね」

 

「うん!」

 

 そうして今度こそ彩は部屋を出る。

 楽屋で1人になった詩船は満足気に息を落とす。

 

「…全く、ああいうところがあるから、嫌いになれないんだよ」

 

 

 

 

 ーー

 

 

 

 

 

 

 

「待って…!」

 

 今まさに裏口から外へ出ようとした時、唐突に2人は呼び止められる。

 

「あ、液体の人!えー、名前は…」

 

「LIQUIDのウェスタさんですよ…。目が覚めたのですね。良かったです、倒れたと聞いていたので…」

 

 被害があったのは勿論観客だけではない。裏手に待機していた人含めたライブの参加者も少なくない失神者が出た。そして彼女もそのうちの1人だった。

 

「…見たよ。ハルカ、アナタたちのライブ」

 

「どうだった?凄かったでしょ」

 

「……ええ、正直舐めていたわ。…はぁ、ホント冗談みたいな話よね。たった2人であんなビッグバン級の衝撃を出すなんて」

 

 プロとして活動してきたからこそわかる。目の前の丸山彩のずば抜けたセンスと夥しい量の積み重ね、そして何もかもを捩じ伏せてしまう強烈なカリスマを。

 

「…井の中の蛙はアタシの方だったみたいね。ふふ、アナタたちには余計な世話だったかしら…」

 

「そんなことはありません。私たちがバンドを組んで間もないことは事実です。ウェスタさんの言葉は決して間違っていないかと」

 

「ふふ、そう。ありがとね。……悪かったわ、アナタたちにはあの時は強く言ってしまって」

 

「…いえ、私こそ頭に血が昇ってました」

 

「ぜーんぜん気にしてないよー!」

 

「…アタシね、アナタたちの演奏を聴いて気づいたの。アタシたちはいつの間にか音楽を楽しむことを忘れてたんだって。…ははっ、哀れな話よね。音楽を楽しんでやり切ること。オーナーが1番大事にしていることだったじゃない。そんな大事なことをアタシたちはプロとして生き残る中で忘れてた」

 

「ウェスタさん…」

 

「だからありがとう。アタシたちに1番大事なことを思い出させてくれて。これでアタシたちは、もっと先へ行ける」

 

 そう言うウェスタの瞳には覚悟の色が確かにあった。それは紛れもなく、心折れずに、芯が立っている証拠だった。

 

「そして、いつかアナタたちにリベンジするわ…!今よりもっともっと高みに登って!」 

 

「コラボライブならいつでもウェルカムだぜ!」

 

「…ふふっ、アナタやっばり生意気ね。ハルカ」

 

 ウェスタはじっと彩を見つめる。あの時、サングラス越しに見えた星型の光は見えない。だが、その存在は確かに己の瞳に焼き付いていた。

 また彼女のライブが見たいと思える程には。

 

「…ねぇ、ハルカ。アナタ『くいーん』でしょう」

 

「あ、やっぱバレる?」

 

「ええ、二曲目でアナタの代表曲なんて出されたら嫌でも気付くわ」

 

「あははは!そりゃ確かに!」

 

「…アタシ、これでもアナタのファンなのよ。毎回新曲も聴いてるし…、とても綺麗で力のある声。正直憧れてる。…まさか歳下で、こんな近くにいるとは思わなかったけど」

 

「そっかそっか!今日弾いた奴も今度上げるから楽しみにしててね!」

 

「……ええ、勿論よ」

 

「ハルカさん!裏手に人が溜まってきました。このままだと出られなくなります!」

 

 ザワザワと人の声が外から聞こえてくる。

  SPACEの話題を聞きつけた野次馬が裏口にまで漏れ始めてきたのだ。このままでは落ち着いて出ることができなくなってしまう。

 

「そりゃヤバイ!じゃあねウェスタちゃん!」

 

「…ええ、また会いましょう」

 

「…あ、そうだ!実はハルカは偽名なの!本名は丸山彩だよ!覚えててね!」

 

「はぁ!?ちょっと、アンタ…!」

 

「またねー!」

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

「何をしてるんですか丸山さん!一体私たちが何のために変装をしているのか…!」

 

「いーの、いーの。ウェスタちゃん信用できるし」

 

「そういう問題ではありません!というより丸山さん貴女どうして着替えてないんですか!私たちの顔は最早その格好の方が知れているんですよ!」

 

「いーじゃん、私と紗夜ちゃんの思い出コーデだよ?もうちょっとたなじせてクレヨンっと。それに着替えるの面倒だし。このカツラしっかりしてて取るのめっちゃ大変なんだよ〜」

 

「伊達にお高くはないのでね!」

 

「ごちになりまーす!」

 

「何勘違いしてるんですか、貸しですよ。後日諸々の料金はしっかり請求しますので」

 

「馬鹿な!?」

 

「この世にタダは無いんですよ」

 

「ぐごごごご…!おのれぇ」

 

 因みに紗夜の購入した変装セットは彩1人でも二万円は下らない。彩の小遣いが吹き飛ぶことが確定した瞬間である。

 

「あ!それよりも打ち上げ行こうぜ!焼肉!仲間同士の打ち上げとか一回やってみたかったんだよなー!ね?カツラとかも着いた時に着替えるからさ!」

 

「…全くもう、仕方ないですね。というか焼肉は先週行ったばかりじゃないですか。別にしましょう」

 

「えー、じゃあ鶏肉屋!」

 

「焼肉と大して変わってないじゃないですか…」

 

「えー、私鳥のささみが美味しいところ知ってるよ?ほら、小カロリーだからでぃえっとにもなr…アダダダダダダダダダ!!!?ごめんなさいぃ!!」

 

「貴方は一々人を煽らないと死んでしまうんですか?」

 

「アオリムシ:常にふざけ倒して人を煽らないとその命が終わってしまう哀れな生態をしている。むし、はがねタイプ」

 

「どく、あくタイプの間違いでしょう。特に無いならいつものところに行きますよ」

 

「はーい…」

 

 なんだかんだで結局ジャンクフード店に行くことになってしまった…。結局ポテト食べたいだけじゃん。太るよ?」

 

「は?」

 

「ヒェッ、で、伝説のスーパー風紀委員…!」

 

「誰が筋肉ダルマですかっ!!」

 

「ぎゃん!?」

 

 

 

 

 ー

 

 

 

 

「あ、見えてきたよお店。何頼むー?」

 

「そうですね…、取り敢えずこのメガ盛りポテトとミートスパイスポテト、あとはポテトブースですかね」

 

「じゃあ私もそれと同じで」

 

「…取り敢えず約束です丸山さん、お店に入る前にカツラと服だけ着替えてきてください」

 

「えー、私結構これ気に入ってたのに〜」

 

「厄介なファンとかに絡まれますよ」

 

「…つまりそのままエロ同人みたいな展開に!?キャッ、紗夜ちゃんったらムッツリ!」

 

「だ、だだだ誰がムッツリですか!それは丸山さんの勝手な想像!何を根拠にそんな言われのないことを…!」

 

「清楚キャラはムッツリと我々の業界では決まってるのですよ」

 

「どんな業界ですかそれ!?ふざけてないで早く着替えてきてください!私は先に中で注文を頼んでおきますので!」

 

「あっ!ちょっと…行っちゃった…」

 

 しゃーなしだ。

 あの路地裏あたりで着替えてこようっと。

 

 

 

 

 

 

 ●●●

 

 

 

 

 

 

 

 

「………」

 

 頭がぼうっとする。

 なんだか夢でも見ていたかのような気分だ。でも不思議と嫌な気持ちはしなくて、幸せの2文字だけが今私の胸の中にあった。

 

 黒と金の少女2人。私と同年代くらいだろうか。彼女たちの演奏は素人目から見ても逸脱していた。それまでの全てのバンドの演奏が前座だったかと思わせる程の圧倒的な存在感。

 彼女の歌が始まったと同時に、世界は光に包まれた。

 気がつけば真っ白な世界で私1人が立っていた。そうして目の前にはベースを弾いて歌う黒髪を靡かせる彼女の姿が。私は手を伸ばして彼女に触れたい衝動に駆られた。だが不思議なことにどれだけ近づいても触れることはおろか、近づくことすらできない。目を離さず、どれだけ走っても、どれだけ近づこうとしても、手には届かなかった。まるで空に浮かぶ星のように。

 

 でも諦めることなんてできなくて、ただがむしゃらに走って、走って、走って。

 するとふと、彼女が私の方に振り向いた。私は歓喜した。彼女が、私が追っても追っても追い付かなかった存在が、今私だけに目を向けてくれている。それが嬉しくてたまらなかった。私は彼女に何かを言おうとした。しかし言葉が出せない、それどころかさっきまで動いていた足すら物言わなくなっていた。何故!?後少しなのに!後少しで届くと言うのに!!

 私は縋るように彼女を見上げる。

 そうして、目が合った。瞳の中にある光と。

 

『☆☆☆』

 

「──ぇ」

 

 

 

 …気がつけば私は救急隊員の人に起こされていた。

 そこから最低限の介護を受けて今に至る。特に体調にも問題がなかったので、今は精神面の様子を見るため、経過観察として自宅に帰っている。救急隊は今回のことはライブの熱気にやられて気を失ったと思っているらしい。

 だが、私はあの時何があったのか、うろ覚えながらもしっかり覚えている。だが、こうして歩いている今でもあの時の光景が鮮明に蘇る。

 

 …忘れられない。

 あの姿が、あの音が、あの光が。

 あの人、ハルカのあらゆる情報が頭から焼き付いて離れない。

 

 ……また会いたい。また聞きたい。彼女の姿を見たい、歌を聴きたい、触れ合いたい。

 

 そんなことを考えていたからか、私は家に帰る道とは違う大通りに出てしまった。

 …しっかりしなければ。明日からはまた仕事だ。自分は他の学生とは違って何かに現を抜かす時間などないと言うのに。

 

「…ふぅ」

 

 感情を抜くように息を吐き、気持ちを整える。

 明日のこともある。今日は早めに帰らないと。そう思って、きた道を戻ろうとしたその時、見覚えのある黒髪が目に入る。

 

「──!!?」

 

 思わず動きを止める。

 見間違いかと思ったが、間違い無い。彼女は私が先程までどうしようもなく渇望していたアオハルのハルカその人だった。隣には…確か風紀委員の氷川さん…?どうして…。すると、2人は別れてハルカは何故か人気のない路地へ入って行った。

 

 …いけないことだとわかっていても、魔が差してしまう。我慢できない。折角奇跡的に会えたというのにそれを不意にすることなどしたくない。私は彼女の後をこっそりと追いかける。

 

「ほーら、やっぱり固いよー。どうやって取るんだこれ」

 

 声が聞こえる。

 どうやらあの曲がり角のすぐ側にいるようだ。私は勘付かれないように慎重に足を潜める。

 

「うげっ!?な、なんか留め金みたいなのが服に引っ掛かった!?ガッデム!これだから高級品は!私高級ですよみたいな面しやがって!あ、ヤバい目が見えナッシング!ぎゃあ!!?」

 

「え…きゃあっ!?」

 

 地面をする音が聞こえたと思えば、唐突に曲がり角から現れた彼女に私はぶつかり、その場で尻餅をついてしまう。

 すると、私の手元に細やかな感触が伝った。私は真っ黒なそれを手に取る。

 

「…カツラ?」

 

「いったぁ〜、あ!カツラ取れた!やったぜ!」

 

「!」

 

「あれれ?どこだカツラ…」

 

 不意に彼女はこちらの方を向いた。思いがけず彼女と目が合う。綺麗なルビーの瞳だ。

 それぞれを目視した瞬間、お互いが思わず数秒固まる。そんな彼女の頬には冷や汗が流れている。

 

 

「…やっべ」

 

 

 きっとこの出会いは運命だ。

 この瞬間に私、白鷺千聖はそう確信した。

 

 

 

 

 

 

 








転生彩ちゃんのヒミツ④:実は高級な趣向品が苦手だぞ!使っている化粧品とかも全部安物だ!曰く、化粧品は匂いが苦手らしい!

LIQUID:作者が5秒で考えた架空のバンドチーム!バンドリ原作にはこんな奴らいないから気をつけるんだぞ!

ウェスタ:同じく作者が潤滑油のため5秒で創造したオリキャラ。勿論バンドリ原作にはこんな奴(以下略)。後日彩ちゃんと連絡先を交換した。

 びふぉーあふたー紗夜ちゃん。

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 感想は作者の血肉になるぜ!



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ちさと!





【前回のあらすじ】
・香澄ちゃん「シ… シ… シカリ…!」
・彩ちゃんが 解き放つ 全力の Zワザ!
・Fate構図で運命の出会い(?)





 

 

 

 

 

 

 

 

 白鷺千聖は女優である。

 

 娯楽、バラエティを人々に提供する若手女優。人によれば羨望の的になることもある存在だ。だがそれ故に普通の同年代とは違った悩みを持つことも多い。特に彼女は子供ながらにさまざまな経験を積んでいるので、大人からも頼られることが多い。なので常に気苦労が絶えず、学校生活でも疲れを思い出すことも多かった。

 

 しかし、最近は調子が良い。

 ここ数日はこれまでの気苦労が嘘のことだったかのように体が軽い。自身の背負ったベースの重さを忘れてしまうほどには。

 

 理由は明白。千聖にとって素晴らしい精神安定剤を得たからだ。目立った仕事もレッスンも無い今日はそんな最高のセラピーを受けに行くわけだ。

 思わず足取りが軽くなり、小刻みにスキップしてしまう。

 そうして千聖は彼女が待つ音楽室の前にまで着き、スライドドアをガラリと開ける。

 

「あっ、来た!やっほー千聖ちゃん」

 

「ごめんなさい、少し遅れたわ」

 

「全然いいよ。私もさっき来たばっかりだったし…」

 

「珍しいわね、彩ちゃんが遅れるなんて」

 

「いやー、紗夜ちゃんに追いかけ回されちゃって…。今日がバンドの練習日で助かったよ」

 

「ふふ、今日は何をやらかしたのかしら?」

 

「やらかしたなんて失礼な!ただ廊下をセグウェイで走行しただけなのに!」

 

 そう言って彩はピアノのそばにある椅子の高さを調節し始める。そして楽譜も載っていない鍵盤に向かい合う。

 

「今日はピアノかしら?」

 

「うむ!弾き語り。新曲だじぇ!」

 

「あら、3日前に作ったばかりなのに、もう新しいのができたの?」

 

「昨日落とし穴に落ちた時しゃべるモグラみたいなのと会ってね!その時思いついたの!」

 

「??? そ、そうなのね」

 

「目んの玉かっぽじってよく聞くのだな!」

 

「彩ちゃん。それだと失明しちゃうわ」

 

 そう言って彩はピアノを弾きながら歌を口遊み始める。

 綺麗な歌だ。綺麗な音色だ。あの時、ライブで聴いた音とはまた違うタイプの音。ああ、彼女はこんな音も出せるのか。まるで人肌に包まれたかのような緩やかな安心感が心に充満する。

 そうして歌が終わり、ピアノの音も消え入るようにおさまる。音が抜けた千聖の心からは、名残惜しさだけが残る。

 

「どうだった?」

 

「…ええ、とても良かったわ。もっと聴いていたいぐらいには」

 

 なぜあの話題からこんな哀愁漂う曲が生まれるのかは謎だが、そこは丸山プロセスを経由しているので考えるだけ無駄である。

 

「そっかそっか、今日はこれの無限ループコースだね!」

 

「いえ、もっと別の曲が聞きたいわ。私、彩ちゃんのこともっと知りたいもの」

 

「そう言うなら、この前作ったこのハイパーデスボイスロックを…!」

 

「…ふふっ」

 

 どんな曲を演奏するか悩んでいる彩を見て千聖は思わず笑いが溢れる。音楽を楽しんでいる彼女の姿は、見ていると自然と心を解かれる思いになった。

 

「エレキギター…は今ないから、ここのギターを一つお借りしよっと」

 

 彩は適当な椅子に腰掛けて、ギターを携える。

 これから彼女からどんな音が生まれるのか、知ることができるのか、それが千聖には楽しみでならなかった。

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 千聖ちゃんとお友達になったぜ!(白目)

 

 はい、ファンに正体がバレてしまった情けねぇ女、丸山彩です。

 

 完全にやらかしてしまいました。結局あの後、根堀り葉掘り事情を聞き出されて、私と紗夜ちゃんのこと含めて概ね全部バレました。

 

 それでこれは流石にまずいということで、なんとか頼み込んでこのことを内密にしてもらうことに成功!

 しかし条件として二つのお願いを出されました。一つ目はこうして時間が空いた時に演奏をこの千聖ちゃんに聴かせること。二つ目は千聖ちゃんに歌とベースの弾き方を教えることである!なんでも千聖ちゃんはバンドを組んでいて、それで自分だけがチームの中で初心者だから是非アオハルのボーカル兼ベース担当の私に練習を見るのをお願いしたいそうなのだ!

 なんと言うか、初対面の相手に頼むようなことでない気もするけど、お断りなんぞ出来るわけなし。何よりその時の条件を提示してきた時の千聖ちゃんの顔が怖いの何の。最早あれは脅迫だったね。うん。

 

 それに私としても決して都合が悪いわけでもなかったのでこれを快諾!私としては友達が増えるのは有りがたかったし、特別問題があるとすれば何でかこの関係を紗夜ちゃんには内密にしないといけないことぐらいかな!理由は知らんけど!

 なので千聖ちゃんがやってくるのは紗夜ちゃんに何らかの用事が入ってる時だけなのだ。

 そんなわけで、こうして私と千聖ちゃんの奇妙な時間が生まれたわけである。

 

「…彩ちゃんはいろんな楽器を使えるのね。他にはどんな楽器が使えるのかしら」

 

「んー…、パッと思いつくのはギター、ドラム、ピアノ、ヴァイオリン、チェロ、トランペット、太鼓、三味線…とかかな…?」

 

 ほとんど前世で習得したやつだけど。他になんかあったっけ?

 

「…凄いわね。洋楽器や和楽器まで網羅してるなんて」

 

「網羅は大袈裟。唯の趣味だよー。作曲に必要っていうのもあるし」

 

「それでも普通はできないことよ。私は凄いと思うわ」

 

「照れますな☆」

 

「私のバンドにも彩ちゃんと似た子がいるわ。その子も何でもできるのよ。いつも陽気で彩ちゃんとよく似ているわ」

 

 へー、なんかその子とは気が合いそうだなー。

 

「まぁ、最近はなんだか怖い顔をしてることが増えたけどね。……じゃあそろそろ練習を見てもらえるかしら?」

 

「おけまるっ!なんだかんだで千聖ちゃんの演奏聞くのは初めてだからね」

 

 

 

 

 ー

 

 

 

「どうだったしら?」

 

「うーん、100点満点中15点!」

 

「厳しいわね…」

 

 こりゃ完全に初心者ですね!多少練習してる跡は見えるけど、ネットとかのばっかり見てたんだろうな。やり方が噛み合ってないですねクォレハ。

 しかぁし!この私がいれば無問題な訳ですよ!

 

「大丈夫だよ、私が手取り足取り百足取りで教えてあげるよ!」

 

 前世の音楽教室でバイトをして積み重ねた私の教鞭力がついに火を吹く時が来たようだな!

 

「ふふ、彩ちゃんは優しいのね」

 

「ん?」

 

「私あの時結構脅迫紛いでこの練習をお願いした自覚はあるのよ。普通なら嫌がっても仕方ないのに、彩ちゃんはあっさり受け入れてくれた。…どうして?」

 

「そりゃ決まってるよ!私がしたいと思ったから!千聖ちゃんは悪い人じゃないって一目で判ったし、この人は間違いないって私の面白センサーが受信したからね!事実私は今結構楽しい」

 

「……ええ、私もよ」

 

「ようし、この話終わり!まずはベースからだね!私と同じ風に持ってみて!」

 

「彩ちゃん、普通の人間はそんな指の曲げ方はできないわ」

 

 

 

 

 ー

 

 

 

 

「──あら」

 

 千聖の携帯からバイブ音が鳴る。

 名残惜しさを感じながらも一旦練習を切り上げて、通知を見る。そして顔を顰めた。

 

「…ごめんなさい、今日はここまでだわ」

 

「ん、なんか用事?」

 

「ええ、急に練習が入っちゃったみたい」

 

「? 千聖ちゃんのバンドって千聖ちゃんがリーダーなんでしょ?予定も千聖ちゃんが決めてるんじゃないの?」

 

「…ええ、私たちのバンドは事務所に所属してるの。だからフリーのバンドとは違って事務所側がスケジュールを決める。だからこういうことも良くあるのよ」

 

 だとしてもこんな急に予定が入る事は業界的にも非常識なのだが、彩がそんなことを知る余地はない。

 

「そっか、窮屈なんだね」

 

「……彩ちゃんから見ればそうかもしれないわね。でも、それが仕事だから」

 

「それって楽しいの?演奏をすることを義務に入れ替えてない?」

 

「…それでもやらないといけないの」

 

「じゃあ私と一緒に練習してるのも義務?」

 

「それは違うわ!!」

 

 千聖自身も驚くぐらいの大声が出た。彩が目を丸くしているが今更退き下がれない。

 

「今こうしているのは私が、私自身が彩ちゃんと一緒にいたいからよ!…私ね、彩ちゃんたちの演奏を聴いてとても幸せな気持ちになったの。今まで義務感だけで音楽をしていた擦り減った私に希望を見せてくれた!だから、だから私も貴女みたいに音楽を心から楽しみたくて…!そんな貴女と一緒にいたくて…!」

 

「………」

 

「それにね、私目標ができたの。彩ちゃんのおかげで。前までは義務感だけでしていたバンドを続けていく意味が」

 

「…そっか!ならライブする時は教えてよ!絶対行くからさ!」

 

「…………ええ、近いうちにメンバーも貴女に紹介するわ。彼女たちにも貴女の歌を聴いてもらいたいもの」

 

「いいよー。ふふ、その時は紗夜ちゃんも呼んでちょっとしたライブでもしようかな!」

 

 それは少し困るわね、と内心言葉をこぼしながらもベースをケースにしまい、その場を後にする。

 

「…じゃあ、また今度ね」

 

「うん、またね!」

 

 

 

 

「……あ、バンドの名前聞くの忘れてた。まぁ、また今度でいっか」

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 とても。

 とても幸福な時間だった。

 

 彩ちゃんとの2人きりでの練習時間。この時間は私にとって最大の楽しみとなっていた。

 正直、あの時咄嗟にあの約束を取り付けた私にいいねを連打せざるを得ない。

 

 しかし、まだ足りないと言っている私もいる。

 私はあの日以来、彼女の歌に姿に、魅せられてしまった。私の脳から網膜から、彼女の姿が離れなくなってしまった。

 だからか、あんな幸せな時間を得たにもかかわらず、もっと欲しいと私の心が渇望している。まるで麻薬の中毒症状のように、少しでも彩ちゃん情報をあらゆる感覚で収めたいと思わずにはいられない。

 

 その感情は彩ちゃんのことを知ったあの時から日に日に強くなっている。そうして彼女の事を知っていくうちにライブで見た偶像としての彼女から、丸山彩個人に私の心の関心が動いているのを自覚した。

 

 正直、少し前まではこんなことになるとは思っていなかった。

 彩ちゃんの事自体は前々から知ってはいた。花咲川に君臨する究極の問題児だと教師たちが話していたし、やたら風紀委員の紗夜ちゃんに追いかけ回されていたのも印象に残っている。

 そんな問題児と関わろうとも思っていなかったし、正直嫌悪すらしていた。

 

 しかし今や私の心は今丸山彩という人間を中心に回ってしまっている。どうしようもなく、彼女の隣にいたい衝動に駆られる。

 だけど私は若手女優。そんなことを自由に出来る立場ではない。だけどそれでも少しでも彼女と一緒にいたい。その想いだけが日に日に積み重なっていった。

 

 いっその事、今までのキャリアを全て投げ打つということも一瞬考えたが、今のメンバーにも多少思い入れがある。彼女たちを捨てるようにあそこを去るのは戸惑われた。

 それに、もっと良い方法を思いついた。そう、どうせなら今ある立場というものを最大限使ってしまおうというわけだ。

 しかし私の考えるプランには幾つかの無視できない問題があった。その一つが今目の前の状況だ。

 

「こんにちは、麻弥ちゃん」

 

「あ、千聖さん。来たんですね…」

 

「ええ、まぁ急とは言えレッスンですもの。無視するわけにはいかないわ」

 

「あはは、そうっスよね…」

 

「ところで、イヴちゃんと日菜ちゃんが来てないみたいだけど…」

 

「イヴさんは丁度アルバイトが入っていたみたいなんでお休みっス。日菜さんは…連絡が付かないので多分サボりかと…」

 

「そう…」

 

 これが今私が所属しているバンドユニット『PastelPalettes』の現状だ。メンバー全員の心がバラバラになってしまって、収拾のつかない事になってしまっている。

 

 正直に言ってしまえば、全てはこのバンドを管轄している事務所側が悪いと言わざるを得ない。

 まず当初5人で発足するはずだったが結局人数を集めきれず4人で決行、結果私がボーカルを兼用する事になった。

 そして初ライブでの口パク、当て振りでの強制決行をして活動自粛に追い込まれたことに始まり、それに伴う突然の個人アプローチへの方針変更、私のツテ以外では殆ど仕事も獲得できないといった呆れるくらいの無能っぷり。正直、彩ちゃんと麻弥ちゃんの事がなければ、あと一月も経たずに辞めていた自信すらある。

 

 しかし事務所以外にも深刻な問題はある。それがこのメンバーを纏める存在がいないという事だ。パスパレのメンバーは個性の塊だ。今は私がリーダーという事にはなってはいるが、恥ずかしい話彼女たちを纏めるには力不足と言わざるを得ない。その結果がこの有様。それぞれの方向性が合わず、何をしてもチームとして失敗してしまう。このこともあって世間からの評価は散々だった。

 

 無能な事務所と何をしても裏返しになる現代の批判の的となったバンドユニット。それが今のパスパレだった。

 

「……千聖さん、正直ジブンもうどうしたら良いのか分からないんです。パスパレに入って何をしても失敗ばっかりしてしまって、その度に謂れのないことを言われ続けて……こんな事ならジブン、パスパレに入るんじゃなかったって、そう思っちゃうんっスよぉ…!」

 

 掛けている眼鏡に涙が落ちることを気にも留めず、ボロボロと涙をこぼし始める麻弥ちゃん。

 

「…ごめんなさい、私が貴女を誘ってしまったばっかりに…」

 

「…いえ、千聖さんは悪く無いんです。最終的に入ることを決めたのはジブンです…。でも、でもその結果が、こんなのって、あんまりっス…!」

 

 麻弥ちゃんはあまり前に出たがる性格じゃ無い。この世間からも批判が止まらない現状で、1番最初に根を上げたのは彼女だった。

 私は麻弥ちゃんを優しく抱きしめる。

 

「……大丈夫よ、もう少しの辛抱だから」

 

「うぅっ…!」

 

 そう、この状況を打開する方法はある。

 一見、世間の批判も相まって殆ど詰みと言っても良いこの現状。たった一つ解決策があった。

 

 それは他ならない丸山彩をこのパスパレのリーダーに据えること。

 圧倒的カリスマを持つ彼女なら今までの悪評をお釣りが釣るレベルでまとめてひっくり返す事ができるだろう。今組んでいるバンドも飽くまで臨時のようなものらしいので勧誘自体はできるだろう。

 しかし今のこのパスパレを見て彼女が入りたいと思うかと言われると当然否だ。だからまずは変えないといけない。このパスパレを事務所を、まとめて全部。彩ちゃんに振り向いてもらえるくらい魅力的に仕上げなければならない。

 幸運にも今のメンバーは個性の塊。今日の反応を見ても、きっかけになる程度の興味は持ってくれるだろう。

 

 利用していると嘲れば良い。

 私がしようとしている事は今彼女たちを餌に自分の欲を手に入れる行為に他ならないのだから。

 だが、現状パスパレにこれ以外の打開策がないのも事実だ。私は彩ちゃんの演奏を聴いて自分のいるバンドと向き合うと決めた。多少無茶をしてでも彩ちゃんをパスパレに入れる。

 そして彼女の隣に立ち、共にステージを駆けてみせる。

 

 麻弥ちゃんに今日はもう帰宅するように言っておいて、私はスタジオを後にする。

 

「…さて」

 

 まずは邪魔な無能スタッフ共から処理しようかしらね。

 

 

 

 

 

 ●●●

 

 

 

 

 

 

「あ、紗夜ちゃーん!!」

 

「はいなんd、ぐはぁっ!?」

 

 不意をついた超速弾丸マルヤマが紗夜の鳩尾に突き刺さった。紗夜は悶絶し、その場でうずくまる。

 

「あ、めんご」

 

「ぐふっ…!あ、後で覚えておいてくださいよ…!」

 

「それにしても今日は早かったね!練習終わったの?」

 

「いたた……はい、皆さん調子が悪い様子だったので今日は早めに切り上げました」

 

「風邪かなー?」

 

「…十中八九私たちのライブのせいだと思いますよ。Roseliaのメンバーもあのライブに来ていたので」

 

「ありゃ、そうなの!じゃあ紗夜ちゃんには悪いことしちゃったかな?」

 

「…いえ、あのライブをしたことに全く後悔はありません。それがこの結果なのであれば……きっと仕方のなかった事なんだと思います」

 

「紗夜ちゃんに後悔ないならそれでヨシ!さて、今日暇になっちゃったね!どこか遊びに行く?」

 

「ではいつもの公民館で。丁度練習が足りないと思っていたところでしたので」

 

「じゃあ行こう!鍵は持ってるぜ!」

 

「あ、丸山さん」

 

「ん、なに?」

 

「………いえ、やっぱり何でもありません」

 

 彩からいつもは無い上等な香水の匂いがした気がしたが、どうやら気のせいだったようだ。

 

 

 

 

 

 







千聖ちゃん:自分の有利なフィールドで戦う系の敵
紗夜ちゃん:戦いの中で成長する系の敵
彩ちゃん:ラ ス ボ ス


転生彩ちゃんのヒミツ⑤:実はべらぼうにゲーム全般が苦手だぞ!直近では格闘ゲームでは見知らぬ小学生に10連敗した記録を持つ!逆にリズムゲーは得意だぞ!




 今更ですけど、主要なとこ以外の時系列は超適当だぜ。時系列把握しながらストーリー組んでたら作者の頭が爆発します。

  


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ここころ!




【前回のあらすじ】
・千聖ちゃんとの禁断の時間…♡
・空中盤解寸前バンド!その名はパスパレ!
・アヤチャン・くいーんは触れたものを何でも(修羅場の)爆弾にできる。そう、何でもだ。例え若手女優であろうともね…





 

 

 

 

 

 

 

 彼女はすぐに察した。これは夢だと。

 

 真っ白な世界。自分以外は何も無い無垢の大地。物はおろか影すら無い。

 ただ、何も無いまるで白紙のデジタル用紙のような世界にたった1人、ぽつりと置いて行かれていた。

 

 不安から、ふと辺りを見ると、誰かがいた。先程まであんなところには誰もいなかったはずなのだが、いつの間にかいた。…人影だろうか。

 かなり離れていて豆粒程度にしか見えないが、確かにそこには何者かがいた。逆光に当てられているかのように白い世界では不自然なほどの黒。

 人影は何かを持っていた。ギターか、ベースか、分からないがそれは確かに何かを持ち、棒立ちをしている。

 

 次に襲ってきたのは衝動だった。猛烈にあの人影に近づきたいと言う抗い難い衝動。気がつけば自然と足は動いていた。

 少しずつ、少しずつ影に近づいていく。ついにはその全身がはっきりと見えるぐらいに近づいた。

 影は女性だった。しかしそれ以外はわからない。まるで黒塗りのように真っ黒で、目も口も鼻も、髪や衣服の境界線すらも全く見えなかった。

 不気味、不可思議、しかし奇妙な魅力を持っていた。正体を探ろうにも、頭がぼうっとして、うまく考えがまとめられない。

 しかしそれでも理性を振り絞り言葉を発する。

 

「…貴女は、誰なの?」

 

 返事は無い。

 ただ人影はじっとこちらを見ているだけだ。そこに何かの思慮が含まれているとは考えられない。唯々こちらを見ている。

 しかし、人影を見ていくうちに妙な親近感を感じた。まるで昨日まで楽しく一緒に話していたかのような、友達のような馴れ馴れしい雰囲気。

 

「貴女は、私を知っているの…?」

 

 返事は無い。

 

「私は、貴女を、知って、いるの…?」

 

 返事は無い。

 

「ねぇ、教えて…。お願いだから…!じゃないと私…!」

 

 人影がこちらに近づく。

 

「!」

 

 気がついた時には既に視界は黒に占められていた。

 その両腕で優しく頬を包まれ、そのまま視界を上に上げられる。

 

「……ぇ」

 

 そこには、両の眼があった。黒の中に真っ白な白目に真っ黒な瞳。そして瞳孔の中に光るヒカリがあった。

 優しく、妖しく、星のような魅惑的なヒカリ。一気に思考能力を奪われる。ただ、彼女を手にしたいという衝動に駆られ、彼女の頬に手を伸ばさずにはいられなくなる。

 

 欲しい、欲しい、欲しい、欲しい、欲しい。

 このヒカリを、星を、彼女を、この手に収めたくて仕方がない。

 そうして手が爪先程の距離まで彼女の身に近付いて、そして、そして、そして、そして。

 

 

『✴︎✴︎✴︎』

 

 

「──ぁ」

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハァッ…!ハァッ…!」

 

 

 弦巻こころは現実の豪華なベッドで飛び起きた。

 身体には凄まじい量の汗が滴っており、小刻みに震えている。時刻を見ると朝の5時。いつもならまだぐっすり寝ている時間帯だった。

 頬に軽く手を添える。そこには未だに暖かな感覚が宿っていた。

 

 こころは数日、あんな夢を何度も見る。

 真っ白な空間に1人立っている。その後は決まって視界の奥に人影が現れて、現実のことを何もかも忘れた自分が、それを追いかける夢。

 

 近くに掛けてあるタオルを手に取り、顔の汗を拭き取る。

 …未だに心臓の高鳴りが抑えられない。この感情は一体何なのだろうか。恐怖、とはまた違う不可思議な感情。

 

「はぁ…、はぁ…!」

 

 どうにも落ち着かない。ここ最近は夢と一緒にこの感覚が身体を蝕んでいる。そのせいでこころは数日学校を休んでいた。弦巻こころという人間を知っている人にとっては信じられないことだった。

 

(ダメ…、我慢できない…)

 

 こころは側にあったスマートフォンを手に取ると、動画アプリを開く。そしてイヤフォンを耳に挿すと再生ボタンを押して音楽を流した。

 

 心地良くも優しい調律と歌声が流れてきて、こころの中に安堵が満ちる。まるで児童向け番組のOPようなポップな曲。

 顔色の悪さも引いていき、身体に取り憑くようにあった重さも消えていく。

 

 これは『くいーん』が投稿した曲の一つだ。とても明るい曲調で、今の自分に元気を与えてくれる。彼女の曲の中ではこれが1番好きだった。体の不調もくいーんの曲を聴いていると不思議と治るのだ。

 

(…本当、どうしちゃったのかしら私…)

 

 この原因不明の明らかな不調。著名な精神医師に見せても、ライブの疲れが出たとしか結論が出せなかった奇妙な症状。

 心当たりがあるとすれば…やはり、あのライブだろうか。

 ハルカたちの演奏は一言で言えば強烈すぎた。演奏が始まった瞬間、辺りに散らばる光のアーチ、幸福な音色の嵐。まるでその会場だけが別世界に変貌してしまったかのような、圧倒的な演奏による支配。感情が強制的に多幸感に変換させられ、まるで吹き飛ばされるような圧巻のパワー。その全てに気押されて、あまりの多幸感にこころは笑うことすら忘れていた。

 気がついた時には全てが終わっていて、こころ以外のハロハピの面子は地に伏していた。手洗いから戻ってきた美咲が慌てふためいていたのをぼんやり覚えている。

 

 そして、ハルカたちの演奏を聴いたあの日以来、この夢を見始めて、体調不良も起き始めた。他のメンバーも、あの場にいなかった美咲以外は皆んな調子が悪いらしく、現在ハロハピは実質的に活動休止となっていた。

 

 いつもならば楽しいことをしたいと思えるはずなのに、まるで心が雁字搦めにされたかのように調子が出ない。

 

(…夢に出てくる人影、ハルカ、そして『くいーん』…。きっとこの三つは同じなんだわ!)

 

 くいーんはハルカで人影はくいーんだ。

 ハルカの音楽を聴いた瞬間から疑念に、そして今日の夢で確信に変わった。

 

 だとするなら、することはただ一つだ。

 ハルカを、くいーんを、人影さんを探す。そうすれば、自分も幸せになれるし、この不調も元に戻るだろう。失われていた気力が少しずつ戻ってくるのを感じる。

 そうと決まれば一刻も早く動かなければ!とベッドから飛び降た。今日は休日なので一日フリーだ。できることはやり尽くそう。

 

 するとふと、部屋の机に立てられているカレンダーが目に入り、今日の日付に印が書いてあるのが見える。

 

(あ、そう言えば今日は…)

 

 

 

 

 

 

 

 

 ●●●

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 馬鹿は風邪ひかないって言うけど私はアレに異議を唱えたい。

 

 時には馬鹿だって風邪ひいたり、病気になったりするよ!まぁ、私は前世含めて生まれてこの方風邪にも病気にもなったことないけどね!(ドヤァ)

 おかげで私の自宅には小中学の皆勤賞の賞状がコンプリートされてたりするのだ!ワハハハハハ!!見よ!これが全てのパーツが揃った皆勤賞の姿だ!これで貴様に無限ポイントのライフダメージを与える!!無休の業火 カイキンショー・フレイム!!

 

 閑話休題。

 とまぁ、結局何が言いたいのかというと、完璧な人間ってこの世にいないわけで、当然こころちゃんも風邪の一つや二つひくわけである。

 最初黒服さんから聞いた時は紗夜ちゃんと揃ってエネル顔になりましたよ。

 

 いやー!まさかこころちゃんが体調不良なんて、正直一番縁の無いものだと思ってた。

 しかしひいてしまった以上、心配もするわけで、今日はこころちゃんのお見舞いに行くわけなのだ!そして到着!

 

「……でっけー豪邸!」

 

 漫画とかアニメぐらいでしか見ないような超☆ビッグスケール!ラスボスとかいそう!

 

「お待ちしておりました、丸山様」

 

「あ、黒服さん!お疲れでーす!それで、こころちゃんの調子はどう?」

 

「現在はだいぶ回復していらしています。今は元気に部屋で丸山様を待っております」

 

 お、なら良かった!門前払いってことにはならないみたい!いやー、アポ取っといて良かったー!

 

「うわー、中広ー!天井たっかー!」

 

「ここは御当主様がこころ様の為に建てた屋敷。つまるところ、別荘になります」

 

「別荘!ひぇー!流石金持ちはやることのスケールが違うね!」

 

 高そうな装飾品とか芸術品とかがなんか芸術的っぽく置かれてる。ザ・お金持ちの家って感じだ。

 わ、私の家も負けてないけどねー!…前世のだけど。

 

「……丸山様」

 

「なにー?」

 

「丸山様は………いえ、やはり何でもございません」

 

「??」

 

 

 

 

 ー

 

 

 

 

 

 

「こんにゃくちわー!」

 

「彩!来てくれたのね!」

 

「お友達のピンチに駆けつけないマイフレンドはいないぜ!はいこれお見舞いのこんにゃく型クッキー」

 

「まぁ!どうして蒟蒻なのかは分からないけれどありがとう!」

 

 ポリポリとこころはこんにゃくクッキーを頬張る。味はチョコ味だった。

 

「思ったより元気そうで良かったー。紗夜ちゃんも心配してたよ」

 

「彩が来たから元気になったのよ!私とっても嬉しいわ!」

 

 いつもの調子でキャッキャと騒ぐ2人。

 

「あ、ならテレビゲームしない?今日ソフト持ってきたんだー」

 

「ええ!とても良いと思うわ!やりましょう!」

 

 

 

 

 ー

 

 

 

 

 

 

「ワハハハハハー!受けよ!丸山秘伝必殺アルティメット・エクスプロージョン!(自爆特攻)」

 

「ああ!…ってあら?彩、貴女穴に落ちちゃってるわ」

 

「ほんぎゃー!何故ー!?」

 

「ふふ、また私の勝ちね!」

 

「ふぐぐぐ…、何故だぁ…」

 

「彩はあまりゲームが得意じゃないのね」

 

「得意じゃないわけではない!何故か命中しないだけだよ!」

 

「それを下手って言うのよ」

 

「えーい、見てろよー!次はさっきこころちゃんが使っていたのを……!」

 

「あ、そのキャラクターさん技を溜めすぎたら自爆しちゃうわよ」

 

「ぎゃーっ!!?」

 

「あはははは!」

 

 結局ゲームは彩の全敗で、あまりにおかしな死に方をしてしまう彩にこころの笑いは収まらなかった。

 ひとしきり笑った後、2人は一度ゲームを切り上げて、今度は彩が気になると言う屋敷の中を散策することにした。

 

「それでここが34個目の使用人さんのお部屋よ」

 

「多い!広い!迷わないこれ!?ここでかくれんぼしたら一生見つけられない自信があるよ!」

 

「私は全部覚えてるから問題ないわ!それに彩ならどこに隠れていても見つけられる自信があるもの!」

 

「む!なら私だってこころちゃんがどこかに隠れたら絶対見つけてあげるんだから!」

 

「え!本当!?」

 

「あたぼーよ!寧ろこころちゃんの方から来るぐらいにしてやるんだからね!」

 

「あははは!よく分からないわ!よく分からないけど、とっても嬉しいわ!そう言ってくれて!」

 

 

 

 

 

 ー

 

 

 

 

 

「おー!この部屋楽器だらけ!演奏部屋だったりするの?」

 

「ええ、この部屋はレッスン部屋。少し前まではここで音楽の先生にいろんなことを教えてもらっていたのよ」

 

 部屋にはピアノ、ヴァイオリン、チェロ、フルート、トランペット、トロンボーンなど、所狭しとクラシックに使うような洋楽器が並んでいた。

 

「あ!これストラディバリウスじゃん!ウルトラレアだ!」

 

「ええ、少し前の誕生日にお父様の知り合いから頂いたの。正直、あまり使ったことはないけれど…」

 

「おー!これ何!?見たことない形!凄い!」

 

「…彩は楽器が好きなのね」

 

「ん?好き…うん、好きかも」

 

「私ね、あまりここのレッスンは好きじゃなかったの。特別嫌いってわけでもなかったけれど、とても退屈だったわ」

 

「こころちゃんそういうの苦手そうだもんね。私も無理だなー」

 

「レッスンだけじゃないわ。私は弦巻家の一人娘。色んなことを学ばないといけなかった。お父様の交友関係の集まりにも沢山行ったわ」

 

 しかしこころがそれらの経験を通して思ったことは、やはり退屈の一言だった。

 教える教師も、父に世話になっていると嘯く大人たちも、皆心の底から笑っていなかった。何かしら腹の底に何かを抱えているような気味の悪い笑顔。それが弦巻こころが見てきた世界だった。

 

「私は我慢できなかったわ!だって世界にはもっと幸せで心の底から笑えることがあるはずなのにそんな退屈な笑顔ばっかり浮かべるなんて勿体無いじゃない!」

 

 こころはばっと両手を広げる。

 

「だから私は作ったの!ハロー、ハッピーワールドを!世界を笑顔にする為のバンドを!おかげでとても楽しい毎日になったわ!」

 

 自分がつまらないと思う世界なら、面白く楽しい世界に変えて仕舞えば良い。世界中に笑顔を届けて、その笑顔を絶やさない世界を作る。それが弦巻こころの野望だった。

 

「良いなー、そんな世界できたら最高じゃん!一生退屈しなさそう!」

 

「そうよ!それに私、そんな世界を1番彩に楽しんでもらいたいの!」

 

「私に?」

 

「……会った時から思っていたわ。彩は私に似ているって。でも少し違う。貴女の目は常に今と未来の二つを一緒に見ているわ。今あるものを楽しんで、そうして出てくる結果に胸を躍らせて、いつだって自由に世界を駆けている。まるで絵本の中の主人公みたいに」

 

「ふふ、絵本かぁ。そう言われるのは初めてだなぁ」

 

「ええ!彩はいつも私を笑顔にしてくれるもの!私にとって天文学部はハロハピと同じくらい最高の居場所なのよ!」

 

「私もだよ。今まで生きてきてこころちゃん以上に気が合う人はいなかったな」

 

 すると、辺りから陽光がふっと消える。日が沈んだのだ。

 彩が来たのは昼過ぎ、屋敷を見回るのにもかなり時間が経っていた。ふと窓の外を見てみると幾つかの星が見えた。

 

「よし!折角だしここで天文学部の活動をしよう!」

 

「え?」

 

 そう言って彩は椅子の上にどかりと座り、グランドピアノの前框を開けた。

 

「ちょ、ちょっと彩!?」

 

「ふふ、休んだ分まで楽しい時間を過ごしたいじゃん。今日は課外活動ってことで、ね」

 

「彩…」

 

「いくよ、今日のテーマは『星は音楽でより綺麗に見えるのか』だよ」

 

 そう言って彩が弾き始めたのは『きらきら星』だった。

 かつての恋の歌、今の星の歌。キラキラとピアノの美しい旋律と共に流れる光の粒子は彩を中心に部屋を満点の星空に仕立て上げた。

 こころは呆然とそれを眺める。

 

(とても、綺麗だわ…)

 

 それはあまりにも、美しい光景だった。

 幻覚だとは理解していても、音というたった一つの要素がそれを作り上げていることに、こころはこの上なく胸を踊らされた。

 

「〜♪」

 

 いつの間にか彩は歌い始めていた。

 穏やかに、子供に聞かせるように、とても優しく。

 それは、よく知っている音だった。よく知っている声だった。思わず声を張り上げたい気持ちに襲われるが、この幸福と美麗に満ちた世界を壊したくないあまりに、口を噤む。

 

 ふと、一瞬彩がこちらを振り向いて、目が合う。

 その目にはあの時、夢で何度も渇望した光があった。まるで一等星のように夜空に一つ浮かぶ、優しくも強い綺羅星を。全てのピースが綺麗に頭の中で当てはまる。

 

(ああ…、私が欲しかったものは…こんなにも近くに…)

 

 そうして、演奏が終わる。音の星空はまるで最初からなかったかのようにフワリと消える。夢の時間が終わってしまった。

 

「どうだった……ってあれぇ!?なんで泣いてるのぉ!?どうしたの?ぽんぽん痛い!?」

 

「…………やっと」

 

「え?」

 

「やっと見つけたわっ」

 

「うぇあ!?」

 

 こころは彩をその場で押し倒す。珍しく彩は素で困惑した表情を浮かべる。

 

「ねぇ彩、貴女ハルカでしょう?アオハルの」

 

「え"」

 

「それに『くいーん』よね?動画投稿してる」

 

「うぼぉ!?」

 

「ふふ、その反応は図星ね」

 

 突然ひた隠しにしていたものを引っ剥がされて、彩は冷や汗を流す。

 一瞬誤魔化そうとも考えたが、こころの目を見て、その類は意味を成さないと察して観念することにした。

 

「えへへ、バレちった…」

 

「ふふ、一緒に弾いていたのは紗夜かしら」

 

「うん、一緒に仮バンド組んだんだ。最高だったでしょ?」

 

「ええ、本当に、最高に楽しかったわ。あんなにも幸せな時間は今まで体験したこと無かったくらいに…。みんなが倒れたのはビックリしたけれど」

 

「えへへ、ごめんね。でもアレが私の伝え方。見る人聞く人に最高のひと時をプレゼントするのが私の音楽なの」

 

「その後のことは考えないなんて、酷い人ね、彩は」

 

 おかげで私たちはこんなにも掻き乱されたというのに。

 でも今思えば苦しいと思うと同時に、生きようと前を向こうという希望も胸に溢れていた。特にくいーんの曲を聴いた時は顕著に。

 もしかすれば彼女の音楽は人に本物の希望を与えてくれるものなのかもしれない。笑顔になるのに最も必要不可欠な生きる活力という希望を。

 こころは押し倒した彩にそのまま抱きつく。…ああ、この温もり、間違い無い。あの夢の手の感触のままだ。

 

「彩は私たちの演奏見てくれたでしょう?」

 

「うん、最高に楽しかったよ。まるで遊園地のパレードみたいにみんな愉快で楽しく歌って奏でて踊ってた」

 

「ええ、ええ!ハロハピは私にとって最高のバンドよ!」

 

「ふふ、ちょっとだけ羨ましい」

 

「…彩はみんなと演奏したいの?」

 

「うん!だからその為に今頑張ってるんだよ。今はまだ紗夜ちゃんの2人だけだけど、いつかもっとたくさんの人と!最高のバンドを作って!世界を私たち色に染め上げてやるのさ!」

 

 そう自分の夢を語る彩の瞳は見たことないくらいに輝いていた。

 彩がいつか自分だけのメンバーを集めて演奏する。そんな姿を思い浮かべると、何故か心に妙なモヤが残った。

 

「ねぇ彩!」

 

「なに!」

 

「私、貴女が欲しいわ!」

 

「ひょ?」

 

「ハロハピに入りましょう!私たちが貴女の最高のバンドになってあげる!」

 

「ヤダ!」

 

「……え?」

 

 まさか真っ向から拒否されると思わなかったのか、こころは数秒フリーズする。

 

「ど、どうして…?私の…ハロハピの何がダメなの…!?」

 

「ハロハピやこころちゃんが悪いわけじゃないよ。ただ、私自分のメンバーは自分で集めたいの。誰かに与えられたり、既にできてるものを奪うことはしたくない」

 

「奪うなんてそんな…」

 

「奪うよ、私は」

 

「………ぇぁ」

 

 瞳の光がこころを射抜く。その光に彼女が言いたいことの全てが詰まっていた。

 

「…ま!こころちゃんが私のバンドに入りたいって言うなら、超ウェルカムだけどね!あはははっ、なんちゃって!」

 

「……」

 

「こころちゃんにはこころちゃんのバンドがある。もしかしたら今こころちゃんには私がどうしようもなく眩しく見えるのかもしれないけど、そんなの今だけ!こころちゃんは今ある居場所を大事にしてあげて」

 

「………わかったわ」

 

 こころはすっと彩の上から離れる。ちょっぴり暗い顔をしているこころに彩はにっこり笑いかける。

 

「そんなしょぼくれた顔しちゃダメだよ!ほら、笑顔笑顔!世界を笑顔にするんでしょ?だったらまずは自分が笑顔にならないと!私はここにいるし、ずっと友達なことには変わりないでしょ?」

 

「…ええ、そうね!」

 

「よし!じゃあ今度は一緒に演奏しよう!私チェロ使いたい!」

 

「だったら私はこのピアノにしようかしら!」

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 彩が私の隣で小さく寝息を立てている。

 

 本当、優しいのね彩は。態々夢見の悪い私のためにこうして一緒に夜を過ごしてくれるんだもの。ああ、とても可愛らしいわ。

 

 …ごめんなさい、彩。

 ああ言われたけど、やっぱり私貴女のことが諦め切れないわ。どうしても貴女を手に入れたいの。

 私の夢の最後のピースだからだとか、一緒に世界を笑顔にしたいとか、そんなのは全部建前。本当は私が貴女を隣に置いておきたいだけ。私のためだけに一生音楽を奏でて欲しいだけなの。私、貴女無しじゃあもうロクに生きてもいけないみたいだから。

 でもきっと簡単なことじゃないわよね。貴女はとっても強いもの。お金だとか、軽い情だとかでブレる人じゃない。優しく愉快だけれど、その中身はとっても傲慢不遜で大胆不敵。決して誰かに靡かないし、誰にも縛られない。

 でも私、諦めないわ。だって私が求めてやまなかったキラキラ星がこんなにも近くにあるんだもの。そんなの見逃せるわけないでしょう?絶対に、貴女の全部を私が手に入れてみせるわ。

 そしたら私と一緒に今日みたいに最高にハッピーな世界で毎日楽しく暮らしましょう?

 

 だからもう少し待っていて、私だけのお星様。

 

 

 

「ん……あぁ、天ぷらがいっぱい…ふへへ…」

 

「うふふ、明日の朝は天ぷらねっ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ●●●

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 

「…どうしたのおねーちゃん、そんな怖い顔して…」

 

「………なんでもないわ」

 

 なんだろう、無性にイライラする。

 今日は丸山さんと会っていないからだろうか。…確か今日は弦巻さんの家にお見舞いに行くと言っていた。丁度今日は用事があって一緒に行けなかったのが悔やまれる。

 

「おねーちゃん」

 

「…何?」

 

「おねーちゃん、最近ずっと変だよ。ずっとよそ見してるっていうか、何も見てないって言うか…」

 

「…貴女には関係ないことよ」

 

「どこを見てるのおねーちゃん」

 

「……」

 

「ねぇ、ねぇ答えてよ!!何処なの!?何処を見てるの!!」

 

 日菜が私の肩を掴んでくる。…今日はしつこいわね。言ってる意味もよくわからないし。まぁ、この子の考えなんて理解しようとするだけ無駄だけれど。

 

「別に、何処も見てないわ」

 

 しつこく掴む日菜を引き剥がして私はリビングを出る。

 …確か明日は丸山さんと遊ぶ約束があったわ。昼からとは言え、きちんと用意をしておかないと。どんなところに行こうかしら。いつものジャンクフード店や公民館でも良いし、普段は行かないような大きなショッピングモールにでも行こうか。いっそ思い切って動物園や遊園地でも…

 

 

「私を見てよ…、おねーちゃん…」

 

 

 

 ──ああ、明日がとても楽しみだわ。

 

 

 

 

 

 

 







好きの反対は無関心♠︎



転生彩ちゃんのヒミツ⑥:実はめちゃくちゃテーブルマナーが上手だぞ!こころちゃん曰く、今まで見てきた中で1番綺麗に食べるそうだ!但し普段は面倒なので野生動物みたいにがっついて食べてるぞ!色々もったいない!





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ゆきな!



 ヒャッハーッ!てめぇら!新鮮な続きだぜぇ!
 部屋を明るくした後画面から距離をとって、目が疲れていない時に閲覧することだなぁ!!



【前回のあらすじ】
・紗夜「弦巻さんが風邪?またまたご冗談をw」
・こころちゃんオルタ誕生!
・ありゃ氷河期じゃねえ…!虚無期だ!!





 

 

 

 

 

 

 新進気鋭のバンド、Roseliaは現在不調を極めていた。

 メンバーの殆どが思うような演奏ができていない。スランプ、と言うわけでは無い。しかしそれに限りなく近いものであった。

 

「…やめましょう。これ以上は無駄だわ」

 

 友希那はマイクを戻してそう呟く。それに反対する者はこの場には居なかった。全員がこれ以上の練習は無為だと理解していたから。

 

「……また、ですか…」

 

 キーボードの燐子が言葉を溢す。なんだかんだでここ数日、Roseliaの面々はずっとこんな調子だった。終わらない不調に思わず不安が出てきてしまうのも仕方ないことだった。

 

「…飽くまで一時的なものよ。今集団で練習しても悪い癖が身につくだけ。今は個々人の技量を…」

 

「友希那さんっ!」

 

「…!」

 

「分かってますよね…。今の私たちじゃチームでも個人でも、どれだけ練習したって無駄なことくらい…」

 

 溜めていたものが溢れるように燐子は本音の水を決壊させていく。

 

「離れないんですよ…!!あの時の演奏が、頭から!!焼きついたみたいにずっと!昨日だって夢にまで出てきました…!」

 

「……あこも、あこも出てきたよ夢に。ずっと夢の中であこのことを見てるの…。あの、あの光がずっとあこのこと…」

 

「……」

 

「リサさんは一向に体調が良くならないですし、私もうどうしたら良いか…!」

 

 燐子の嗚咽が静かなスタジオに響く。すると今まで黙っていた紗夜が冷静に言葉を発した。

 

「皆さん、友希那さんの言う通り今日は切り上げましょう。今ここで現状を嘆いても状況は好転しません。…皆さん体調が優れていないみたいなので、後片付けは私がしておきます。皆さんは先に帰っておいてください」

 

「………そうね、分かったわ」

 

 紗夜の言葉に3人は重い空気のまま帰宅の準備をした。

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 …どうしてこうなってしまったのだろう。

 

 今やRoseliaのメンバーの心はバラバラで息も全くあっていない。

 おまけに先程の夢のこともあって、紗夜以外のメンバーはあまり寝付けられていない様子だった。

 

 かく言う友希那も最近は殆ど眠れていない。ふと店の窓に映った自分の顔。くっきりと目元に残った隈と、疲弊し切った顔はまるで亡霊のようだった。

 

(…酷い顔ね)

 

 内心自嘲する。

 全ての地獄はあのライブの日からだ。あのアオハルの演奏を聞いてからRoseliaの全てが崩壊し始めた。

 彼女たちの音楽は文字通りRoseliaの音楽を全て奪い去っていった。演奏をしようとしてもあのボーカルの影がチラついて自分の音を出せない。まるで呪いのようだった。

 

(ダメね……私がこんな調子じゃ)

 

 ふらふらと歩きながら街から少し離れた公園について、そこにあるベンチに倒れるように腰かける。目の前に見える公園で遊ぶ子供たちが、まるで色褪せて霞んだかのように見える。

 

「……うぅッ」

 

 涙が溢れてきた。

 悔しいのだ。悔しくて悔しくて仕方ないのだ。

 友希那は復讐のためにバンドを組み、FUTURE WORLD FESで頂点を勝ち取ろうとした。だがその望みは一歩も踏み出すことなく捻り潰されようとしている。あの時、友希那たちは負けたのだ。あの演奏に気圧され、奪われ、最後には一曲目を聴き終えることなく、情けなく地面に伏した。そしてその代償は今なおRoseliaに付き纏っている。

 情けなくて仕方がない思いでいっぱいだった。

 

(…………くいーん…)

 

 携帯の画面に写っている動画チャンネル。友希那が曲を毎日のように聞いていて、密かに憧れを感じている人。

 

(ハルカは…くいーんだったの…?)

 

 はっきりとした確証はない。だが、あのライブで聞いた歌声はあまりにも彼女と酷似していた。だとするのなら、自分たちを壊したのは…

 

 そこまで考えて一度思考を放棄する。嫌なことを振り払うように、素早くイヤフォンを耳に挿していつも聞いている曲をタップした。

 …やはり不思議と気持ちが落ち着く。先程までの怒りや悲しみがまるで溶けるように消えていくのを感じる。

 

 そうだ、今は嫌なことは忘れよう。少しでもこの憂鬱とした気分を晴らさないと気がおさまらない。

 そうして友希那はその心地良い音色に身を委ねることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 ●●●

 

 

 

 

 

 

 

 ───気がつけば、真っ白な世界に立っていた。

 

「………ここは」

 

 …また、この夢だ。

 リサも話していた、明晰夢。友希那は何度もこの夢に苦しめられている。…いや、苦しめられているというのは少し語弊があるかもしれない。

 

『………』

 

 そうしていつものように目の前に現れる黒い人影。まるでそこだけが切り取られたかのような黒。

 ただ今日はいつもと違うことが一つ。

 近いのだ。いつもは豆粒ほどの大きさに見えるほど遠くなのに、今日は手を伸ばせば届くほど至近距離にいた。

 

「…貴女は」

 

 これまでにない状況に一瞬困惑するが、すぐに向き直る。

 

「……貴女は、ハルカなの?」

 

 沈黙

 

「貴女は、くいーんなの?」

 

 沈黙

 

「どうして、夢に出てくるの!」

 

 沈黙

 

「邪魔…なのよ!私たちは進まないといけないの!証明…しなきゃいけないの…!父の音楽が正しかったって…!!」

 

 沈黙ばかり

 

「…ッ!!!」

 

 遂に頭に血が上り、友希那は人影に掴みかかって押し倒す。そうして溜めていた想いを爆発させた。

 

「貴女がッ!貴女さえ居なければッ!!」

 

『…』

 

「何なの!?貴女は何なのよ!!」

 

『…』

 

「どうして私の…!私たちの夢を壊すのよ!!!」

 

 それは屈託の無い本音だった。

 唯の八つ当たりなのは知っている。負けたのは自分たちだ。弱いのが悪い。しかしそうと分かっていてもやりきれない思いが、友希那の中にはあった。

 

『…』

 

「なんでなのよ……。何か言って…言ってよ…」

 

 するとふと、頬に感触が。手だ。人影の手が友希那の頬に当てられ、目からこぼれた水を優しく拭ったのだ。

 友希那は硬直する。目の前の人影の顔。目も鼻も口もない真っ黒なそれが、優しく微笑しているように見えたから。

 

 急に熱が冷める。その場で停止し、困惑と驚愕と恐怖が内で混ざり合う。そしてそれと同時にほんのりと滲み出す安心感。

 優しい温もりが頬を伝い、溶かすような安心感に思わず身を委ねて、瞼が静かに閉じていく。…が、その寸前に自分の頬を思いっきり叩き、人影を押し返した。

 

「ハァ…!ハァ…!」

 

 本能だった。あのまま身を委ねれば本当に取り返しのつかないことになるかもしれなかったから。

 逃げなければ。ここから早く。一刻も早く。そう背を向けて走り出そうとするが、なぜか前にいたはずの人影は振り向いた先にいた。小さく声を上げ、思わず息を呑む。

 

 人影にはヒカリがあった。

 瞳があるべきところにある二つの光。あの時意識を失う前に見た星。再びそれに呑まれる恐怖で友希那は後ずさる。

 

「や、やめて…!見ないで…!」

 

 人影は笑顔で近づいてくる。悪意などこれっぽっちも無いように。

 

「近づかないで!その目で…その目で私を見ないで!」

 

 逃げたいのに目が離せない。引きつけられるような存在感。まるで引力のようだった。

 次の瞬間、その人影は目の前に現れる。驚いて友希那は腰を抜かす。無論視線は外せずに。

 光が友希那を射抜く。

 

「……や、やめて…、お願いだから…!これ以上私の世界を壊さないで…!」

 

『☆☆』

 

 初めてその人影が言葉を発した。しかし友希那にそれを聞き取る余裕は無い。

 

(早く、早く覚めて!お願いだから早く!)

 

 もがいてもがいて、何とかここから出ようとする。だがその全ては空を切るだけだった。

 それが少しずつ友希那を覆っていく。嫌だ嫌だと思っても体は全く動かずに、少しずつ呑み込まれて…

 

 

 

『大丈夫?』

 

 

 

 別の誰かに腕を掴まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 ●●●

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…あ」

 

 目が覚める。水気の多い感触が全身を伝う。頬を触ると大粒の汗が滴っていた。

 

 ……余りに酷い夢だった。毎日こんな夢ばかり見るから最近は寝付けないのだ。

 公共時計を見るとそれなりに時間が経っており、再生していた曲はとっくに終わり、黒に染まっていた。日も沈みかけている。…今日はもう帰ろうか。

 取り敢えず汗を拭こうと持っていたハンカチを鞄から取り出そうとする。

 

「はいタオル」

 

「ええ…、どうもありがとう…」

 

 受け取ったタオルで汗を拭く。

 

「………え?」

 

「いやー、凄いうなされてたから心配したぜ。通りすがりにベンチでうめく美女を目撃した私の心情を答えよ。二十文字以内でね!」

 

 ………誰?

 全く見知らぬ少女が隣に座っていた。数秒フリーズする。

 

「…誰かしら、貴女」

 

「私?私は丸山彩!花咲川の高校2年生で誕生日は12月27日!山羊座のA型!好物は天ぷらで学校では花咲川の天災なんてイカス二つ名をもらってるけど、最近はこころちゃんと統合されがちになってるのが不満なこの頃!けどこころちゃんの花咲川の異空間っていう個別名称も結構イカスだと思うんだよねいやー花咲川のみんなのネーミングセンスが光るところで私も感嘆しちゃうようんそんなわけで貴女の名前を教えて?」

 

「え、えぇ…?湊友希那…」

 

「友希那ちゃんだね!よし連絡先交換しよう!」

 

「……唐突に現れて連絡先を交換するというのは非常識だと思うのだけれど」

 

「いーじゃんちょっとくらい!ケチケチせずにさー。一応ファンなんだしー」

 

「…私を知ってるのかしら?」

 

「うん!紗夜ちゃんのバンド友達でしょ?歌が超うまかった人!ライブ見たぜー!超カッコよかった!」

 

 …ああ、思い出した。

 丸山彩と言えば確か最近紗夜とつるんでいるという問題児ではないか。噂通りの破天荒だ。

 …まぁ特別彼女と話すこともない。話すだけで疲労が溜まるような彼女とこれ以上一緒にいても体力の無駄である。

 

「…そう。タオルありがとう、それじゃあ」

 

「まぁまぁ!もうちょっとお話ししようぜ!」

 

「話す事なんてないわ。私は忙しいの」

 

「練習、滞ってるんでしよ?」

 

 友希那はピタリと動きを止める。

 

「紗夜ちゃんから聞いたよ。メンバーみんなスランプなんだって?」

 

「…それがどうしたというの。貴女には関係のない事よ」

 

「うーん…、いやまぁ関係あるというか無いというか…」

 

 苛立ちが溜まっていくのを感じる。

 全く関係のない他人がRoseliaの問題に首を突っ込んでくることに、ふつふつと怒りが煮えていく。

 

「…なら貴女に私たちの不調の原因がわかるとでも言うの?」

 

「楽しんでないからじゃない?」

 

「…は?」

 

「友希那ちゃんたちの演奏見て思ってたけど、ぜーんぜん楽しそうじゃないんだよね。むしろ苦しそう」

 

「…何を言い出すのかと思えば、楽しさなんて必要ないわ。私たちRoseliaは頂点だけを目指すバンド。それは不純物よ」

 

「純物質だよ。純粋に楽しんでこそのライブでしょ。あんな演奏じゃ上手いってことだけしか伝わらない。私から言わせればそれじゃあ頂点なんて到底無理だね!」

 

「……」

 

 …聞き捨てならない。

 演奏は技量が全てだ。正確無比なギター、上質な下地のベース、適度な刺激を与えるドラム、演奏の流れを操るキーボード、そしてそれらを最高のクオリティまで引き出すボーカル。それが友希那が目指すRoseliaの形であり、理想だ。そしてその理想が頂点を掴める。その確信があった。

 それをこんな楽器も使ったことのないような奴に否定されるなど、到底許せなかった。

 沸いた怒りが迫り上がってくるのを感じる。

 

「話にならないわ。音楽の世界は実力主義。技術が無ければ意味なんてないのよ!」

 

「うーん、お堅い。会った時の紗夜ちゃんを思い出すぜ。…確かに技術は必要。でも楽しむのも必要だじぇ」

 

「知ったような口を聞かないで!私たちは私たちのやり方で頂点を目指すの!貴女に口出しされる言われはないわ!」

 

「でもその結果が、今なんでしょ?」

 

「…ッ」

 

 いや半分くらいは私のせいだけど。という言葉を彩は飲み込む。しかしこんな他を顧みないやり方では遅かれ早かれ崩れていたのではないだろうか。そう思わずにはいられなかった。

 

「技量一本で行こうとするから崩れた時に全然立ち直れないんじゃないかな」

 

「くっ…」

 

 友希那は言葉が詰まってしまう。

 確かに今回の不調はある意味アオハルによって自分たちの技量による自信や自負といったものを粉々に打ち砕かれたことが原因の一つだ。早い話Roseliaにはそれをフォローする要素が無かった。僅かながらその部分を請け負っていたリサも今はダウンしてしまっている。

 

 なら、どうすれば良い。Roseliaは湊友希那はこれからどうすれば良いのだ。視界が急に狭くなり、目の前が真っ暗になりかける。沸いた怒りが冷めていき、虚しさに変わっていく。

 すると俯き様に、突然手首を掴まれた。

 

「よし!取り敢えずどっか遊びに行こう!私丁度今暇してたんだよね!」

 

「…えっ、ちょ、ちょっと…!?」

 

「元気のない時は遊ぶのが1番だぜ!さぁまずは腹ごしらえ!私お腹すいた!」

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 唐突に始まった丸山式遊戯ツアー。

 友希那は色んなところに連れ回された。レストランにゲームセンター、ペットショップにバッティングセンターと彩は時間の限り遊びまくった。

 友希那も最初は嫌々で怒りの声を漏らすこともあったが、やがて諦観し、そして彩の破茶滅茶に身を委ねた。

 

 そうして最初に来た公園に戻ってきた頃にはすっかり日が暮れていた。

 

「はぁー!超楽しかった!久々に紗夜ちゃん以外と遊んだぜー!」

 

(疲れた…)

 

 友希那は疲弊し切っていた。

 まるで嵐の如くあっちこっちに駆け回る彩に引き摺られながら連れ回されたのだから当然である。

 

(こんな子と紗夜はいつも一緒にいるの…?)

 

 正直こんな破天荒の具現化のような存在と一緒にいる紗夜の気が知れなかった。

 2人はベンチに腰掛ける。空にはぽっかりと浮かぶ満月があった。

 

(もうこんな時間…。連絡したとはいえお父さんは心配してるでしょうね…)

 

「それでどうだった?楽しかったー?」

 

「疲れたわ…」

 

「お婆ちゃんみたいな感想だね。還暦にはまだ早いぜー」

 

「誰がお婆さんよ!本当、貴女のことがまるで理解できないわ…!」

 

「私は友希那ちゃんのこといっばい知れたけどねー。例えば音楽以外は結構ポンコツとか、超がつくほどの猫好きとかー」

 

「ぐっ…さっきも言ったけれどそのことは…」

 

「えーどうしよっかなー、考えちゃうなー。友希那ちゃんがこれからも私と遊んでくれるなら口を噤んでおくのもやぶさかでもナッシングーでありんすなー」

 

「貴女ねぇ…!いい加減に…!」

 

「おやー良いんですかー?今怒ったら友希那ちゃんのマル秘情報を友希那ちゃんの母校に丸山週刊で号外しちゃいますよー。ほーら、こんなに可愛いお写真がー」

 

「あっ!?ちょっといつの間に!?消しなさい!」

 

「いやだねー!ほらほらこっちでちゅよー、べろべろばぁー」

 

「待ちなさい!!」

 

 携帯を取り上げようとするが、友希那の脆弱な運動神経で彩に勝てるはずもなく、普通に息を切らして敗北した。

 その顔は疲れ切ってはいたが、数時間前と比べれば随分とマシになっていた。彩はそれを見て自分の行動が正解だったことを確信する。

 

「ハァ、ハァ…、全く、音楽以外でこんなに疲れたのは久しぶりよ…」

 

「そういえばさ、友希那ちゃんはどうして音楽を始めたの?ちょーてん目指すって言ってたけど」

 

「何で貴女にそんなことを…」

 

「猫」

 

「………一言で言えば復讐のためよ。夢半ばに折れた父の代わりに私が世界の頂点を勝ち取るため」

 

 そして父親の音楽が正しかったと証明するために。これまで湊友希那の心にあったのはそれだけだった。

 そのためなら何だって、どんな努力だってする覚悟があった。それこそ今のメンバーを切り捨てる覚悟だって。

 

「だけど、ふふ、空回りばっかり」

 

 結局は復讐心だけでなんとかなる世界ではなかった。あっさりとその復讐の刃はへし折られ、バンドメンバーも無理について来させている現状。

 友希那はその不格好な刃を愚かなプライドだけで掲げていた。

 

 やけに晴れた脳内。さっきよりかは少しだけ冷静に現状を見れた。

 

「…今になって気づいたわ。私は1人で走りすぎたのね。折角ついてきてくれたみんなを、リサを蔑ろにして…」

 

 懺悔をするように言葉をこぼす。同時に数滴の涙も。

 それを見て彩は静かに言葉を紡いだ。

 

「…私ね、別に実力だけでバンドをしていくのに反対なわけじゃないんだ。ただ、もっと自由に演奏して欲しいだけなの。あんな風に苦しい演奏、見てる人も苦しくなっちゃう」

 

「……」

 

「友希那ちゃんは復讐が義務になっちゃっただけなんだと思う。やらなきゃ、やり遂げなきゃってずっと思ってるから余裕が無いんだよ。そのお父さんの復讐にずっと縛られていたから」

 

「…!」

 

 彩はガタリとベンチから立ち上がり、友希那に向かい直る。

 

「友希那ちゃんは歌い手!想いを伝える側!ならその伝える側が誰かに、ましてや聞き手に、友希那ちゃんが縛られるなんてことはあってはいけない!!」

 

「音楽は自由だ!!実力主義も結構!復讐も結構!けど不自由だけはダメだ!!友希那ちゃんは友希那ちゃんの歌で聴き手共を捩じ伏せれば良いの!!文句を言う奴も!小言を言う奴も!何もかも!!!そして!!!」

 

 

「そいつらの脳味噌に湊友希那の名前を焼き付ければ、ついでに復讐ミッションコンプリートよ」

 

 

 唖然。

 友希那は動けなかった。あまりにとんでもない暴論。理論飛躍も良いところだ。

 だが不思議とそれが自分に足りないものなのだと納得もできた。

 

「縛られすぎていた…ね。…んふっ、ふふ、ふふふふ、あはははははははっ!!!!」

 

「お?」

 

 友希那のゲラな笑い声が夜の公園に響く。ひとしきり笑った後、友希那は彩の目の前を向く。

 

「…ありがとう、少しスッキリしたわ」

 

 清々しい気分だった。

 まるで目の前を覆っていた草木が全て取り払われたかのような圧倒的清涼感。まるで憑き物が、取れたかのような清々しさ。

 

 当然全ての蟠りが消えたわけではない。だがバカらしく思えてしまったのだ。父親にしろアオハルにしろあの夢にしろ、誰かに拘るのが、縛られるのが。この丸山彩を見ていると。

 

「ん、そっか。なら良かった」

 

「ねぇ、彩」

 

「んー?」

 

「どうして私に付き合ってくれたの?貴女にとって私は殆ど他人も同然なのに…」

 

「そりゃファンだからね!それに紗夜ちゃんのRoseliaの演奏をもうちょっと聴きたくなったからかな?」

 

「そう、なら紗夜には感謝しないとね」

 

 そう言って友希那はベンチを立つ。

 

「…私は帰るわ。今日はありがとう」

 

「またライブ呼んでね!最高に自由で楽しんでる友希那ちゃんたちの演奏が聴きたいし!」

 

「…ええ、勿論よ」

 

 その場から立ち去る寸前、あっと思い出したように友希那は立ち止まる。

 

「…その、連絡先…交換しましょう。良ければ、また相談に乗ってくれるかしら?」

 

「うん勿論!」

 

 いえーいやったやったーと、軽快な笑い声が誰もいない夜の公園に響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ●●●

 

 

 

 

 

 

 

 

 最近、湊さんの様子が変わった。

 

 どう変わったかと言われれば少し言語化しにくいが、何というか棘がなくなったのだ。

 今まではまるで射抜くような張り詰めた雰囲気を常に発していたのに、今では随分と物腰も柔らかくなって、笑顔を浮かべることも増えた。以前よりも心に余裕ができた印象だ。

 そのおかげか、Roseliaは完全とは言わずとも少しずつ以前までの調子を取り戻していた。

 

「お疲れ様です」

 

「ええ、お疲れ紗夜。今日も良かったわよ」

 

「ありがとうございます。…そういえば湊さん、最近は私が勝手にアドリブを入れても何も言わなくなりましたね。何か心境の変化でも?」

 

「…ええ、少し、ね」

 

 そう微笑する湊さんはすっかり顔色も良くなっている。最近ではよく寝れているのだろうか。

 ふと湊さんはスタジオの時計を見る。

 

「…ごめんなさい、もう私行かないと」

 

「ああ、すみません。引き止めてしまって」

 

「良いわ、それじゃあね」

 

 そう言って軽い足取りで湊さんはスタジオを後にした。

 …本当に何があったのだろうか。つい数日前まではあんなに苦心していたのに。正直気にはなるが、宇田川さんや白金さんも影響されてか少しずつ調子を取り戻している。Roseliaに良い影響を与えているのなら別に追求する必要はないだろう。

 ふと、懐の携帯が揺れる。

 

「…あら、丸山さんからね」

 

【ごっどまるやま:ゴメーン!今日別の約束あるから行けない!】

 

 …この後の練習に誘おうと思っていたのだが、どうやら用事があったらしい。少し気は落ちるけど、まぁ仕方ない。

 それにしても約束とは何だろう。弦巻さんは今日はバンドの方に足を運んでいると聞いたから、違うと思うけど…

 

(…私や弦巻さん以外に約束を取り付ける仲の人なんていたかしら…?)

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

「彩…!」

 

「あ、やっほー友希那ちゃん!」

 

「ごめんなさい、待たせてしまったかしら…」

 

「ぜーんぜん!寧ろこっちが遅れかけてねー。トラックに飛び乗らなかったら危なかったぜ!」

 

「そっちの方がはるかに危ない気がするのだけれど…」

 

 逆に彩だからこそ大丈夫というところもあるが。

 

「それにしても最近友希那ちゃん、よく私に会いにくるよね!もしかして私が恋しかったりー?」

 

「…多分、そうなのかもしれないわね。それに、彩にはまた歌詞を見てほしいから」

 

「あ、新作できたの!?見せて見せて!」

 

「そうがっつかないで。店に着くまでくらい我慢しなさい」

 

「あはは!ごめんごめん、じゃあその後はゲーセン行こう!」

 

「…考えておくわ」

 

「あ、そうだ!今度Roseliaの練習見せてよ!私紗夜ちゃんと友希那ちゃんの練習見たいなー!」

 

「それは……、まだ駄目よ」

 

「えー、なんでー」

 

「まだリサがいないし、それに…」

 

「それに…?」

 

 ……他のメンバーに彩のことを知られたくないから、なんてことは口が裂けても言えない。

 ここ数日、毎日のように彼女と会っているうちに、自分の中でも妙な独占欲が出てきていることは自覚していた。

 こうして握ってくれている手はとても温かく、彼女が褒めてくれるととても嬉しい気持ちになる。

 いつのまにか彼女と会う時間は私にとって幸福な時間になっていたのだ。

 

(本当、不思議ね。彩といると、とても安心できる)

 

 そのおかげか最近はあの夢も見ない。ここ数日はこれまでの睡眠時間を取り戻すかのように、快眠を極めていた。

 

 彩なら大丈夫、彩だから頼める、彩だから言える。

 私を縛っていたしがらみのかわりに、私の中に優しく充満した人。彩は私がほんの少しだけ我儘になれる。そんな友達になった。

 

「あ!マンションの上に猫発見!行くぜ友希那ちゃん!」

 

「え!?ちょっと、私貴女みたいに猿みたいな動きはできないのだけれど…!?」

 

 

 …まぁ、相変わらずよく振り回されるが。

 

 

 

 

 ー

 

 

 

 

 

「はー、美味しかった!」

 

「…本当、よく食べるわね」

 

「えへへー、手が油だらけになっちゃった。ちょっと洗ってくるねー!」

 

 そう言って彩は席を後にする。

 戻ってくるまでの暇を潰そうと携帯を取り出すと、嬉しい通知が目に入る。『くいーん』の新作が出ていたのだ。投稿されたのは、丁度Roseliaの練習が終わったぐらいの時間だろうか。

 内心気分を高めながら、手早くイヤフォンを準備して再生ボタンを押す。

 

「〜♪」

 

 …今回は電子音をメインにした構成か。しかし良い。とても良い。電子の海の中でもその歌声は健在。素晴らしい歌唱力だ。とろんと幸せな気分に浸かっていく。

 

 …そうね、ハルカとくいーんが同一人物だろうと関係ない。彼女はこんなにも素晴らしく、安心できる歌を世界に運んでくれるのだから。

 当然私も負けてはいられない。今よりもっと技量を磨いて、Roseliaとしてより高みに上り詰めていかなければ。

 そして、いつか彼女みたいに人を惹きつけられる音を…

 

 

 そう思う彼女の瞳には小さな黒の焼き跡があった。

 

 

 

 

 

 

 








補足:友希那ちゃんたちが見ている夢は一種の禁断症状ダゾ!本物の彩ちゃんを一定期間見なかったので自分の脳が勝手に彩ちゃんを作って夢という形で彩ちゃんの情報を得ているのだ!要は推し不足を脳内補完で何とかしてるということである!基本的に動画の曲を聴くことで軽減、本人と会うことで解消するけど、飽くまで一時的!完治はしないぞ!つまりよっぽどのことがない限り持病のように一生付き合っていかなければならないのだ!




転生彩ちゃんのヒミツ⑦:実は今世で小学校を一つ潰している。




落書きとかこの辺りに放ってる。気が向いたら見にきて。



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かすみ!




 ちょっと箸休め回。
 新学期が始まって筆が遅くなってまうけど許してや…。


【前回のあらすじ】
・OH〜!ナイトメア〜!
・よわよわ友希那ちゃん。アッ、カワイイ…
・次の日の地元朝刊の見出し『怪奇!猿女現る!』






 

 

 

 

 

 

「はぁ…」

 

 ガールズバンド『Poppin Party』のリーダー、戸山香澄は困ったようにため息をついた。

 

「どうしちゃったんだろ皆んな…」

 

 香澄の悩みはただ一つ。今日も今日とて次のライブに向けた演奏の練習をしようとしたのだが、なんと香澄以外の4人が体調不良で休んでしまったのだ。

 しかも今日だけの話ではない。ここ数日ずっとだ。メンバーたちの様子を見に家にも行ってみたのだが、あまり寝付けない、変な夢を見る、うまく演奏ができない。これ以外は何もわからなかった。

 それは香澄が思っていたよりも深刻で、チョココロネ教狂信者のりみがチョココロネをあまり食べなくなったと言われれば嫌でもその異常性を理解できるだろう。

 

(それにしても夢かぁ…、確かに最近変な夢は見るけど…)

 

 最初は怖かったが、あの星のような綺麗な目を見ていると寧ろだんだんと調子が良くなっていったのだ。いつも見ている星の声…とは少し違う気がするが、見ているだけで幸せな気分になって不思議と希望が湧いてくる感覚。

 

(アオハルさんのライブを見た時もこんな感じだったなぁ)

 

 アオハルのライブはある意味香澄の理想だった。演奏そのものがキラキラと光り輝いて皆んなに生きるエネルギーを与えられる演奏。それは香澄がライブを通して観客に伝えたいこととよく似ていた。その姿を思い出すだけで新しい音楽のイメージが湧き上がってくる。どうにかしてあのキラキラの光を表現したい。

 だから正直今すぐにでもみんなとそれを共有したかったのだが、そうはならなかった。なのでこうして1人で『SPACE』に足を運んで歌詞作りや練習に励んでいたわけなのだが…

 

(…大丈夫かな、皆んな)

 

 やはりメンバーのことが心配なわけである。有咲は今日病院に行くらしいし、正直心配だ。心配だが今すぐこのインスピレーションもどうにか表現したい自分もいる。

 香澄の中にはその二つの感情がせめぎ合って現在大いに悩みの種となっていた。

 

「行き詰まってるのかい、戸山」

 

「あ、オーナー…」

 

 スタジオの一室から出てきた詩船は香澄の隣に腰をかける。

 

「ごめんなさい、最近はチームで練習もできなくて…」

 

「いや、良いんだよ。それにこうなった責任もアタシにあるからね。とやかく言う権利は無いさ」

 

「原因って…アオハルのことですか?」

 

「…ああ。戸山、アンタは怒ってるかい?あんな娘をライブに出したことに」

 

「い、いえ!そんなわけないです!寧ろ良かったと思ってます!あんな凄いキラキラした演奏が世界にあるって知れたんですから!」

 

 その言葉を聞いて詩船は少し驚いたような顔をした。

 …考えてみれば香澄だけはアオハルの演奏を聴いた後は、多少ぼうっとしていたが、他の人と比べても普段通りだった。

 そういえば、以前彩が自分の音楽を聴く人にも相性があるなんて言葉をこぼしていたことを思い出す。

 

「…戸山、アンタあのアオハルの演奏を見てどう思った?」

 

「…え、どう思ったって、それはもう凄かったですよ!キラキラーってしてドキドキーって興奮して、まるでお星様を見てるみたいで!やっぱりオーナーが言うだけあってすっごいバンドでしたよ!」

 

 そう嬉しそうに言う香澄の瞳はキラキラと星のような細やかな輝きがある。元気いっぱいで希望に溢れた振る舞い。…まぁ、つまるところいつも通りの戸山香澄であった。

 

「…そうかい、やっぱりアンタはあの娘と相性が良かったのかもね」

 

「あの娘?あの娘って、ハルカさんのことですか?」

 

「ああ、あの娘は少し特殊でね。端的に言えば市ヶ谷たちの不調はあの娘が原因だよ」

 

「そういえば皆んなあのライブを見てから調子が悪くなったような…」

 

 その次の瞬間、別のスタジオの扉が勢いよく開けられ、大量の機材を背負いながら誰かが飛び出してきた。

 

「詩船おばちゃーん!新曲できたぜー!今回のは超☆上出来!新しく取り入れたヴァイオリンが一際輝く傑作!正に現代とクラシックの古代の機械融合!!ちゅーわけでご試聴如何?」

 

「丸山、アンタ自分で設定した予約時間が何時か覚えてるかい」

 

「10時間!」

 

「2時間だよこの馬鹿タレが!朝っぱらからスタジオに引き篭もってからに!今日が人が来ない日だから良かったものの、予定が狂ったらどうするつもりだったんだよ!それともまたタダ働きさせられたいのかい?」

 

「おおっと、それは勘弁…。あ、でもでもその代わり凄いのができて…」

 

 突然オーナーに押しかける彼女に香澄は困惑する。というよりあの独特なピンクの毛髪、どこかで見たことある気が…。それにしても何だかハルカに似てるなー。そういえばオーナーがさっき丸山って…

 

「ってあれ?香澄ちゃんじゃん!ライブぶり!」

 

「え?私のこと知ってるの?」

 

「…………あ」

 

 ピシリと石のように停止する。

 彩は自分がハルカとしてライブに出ていたことをすっかり失念していた。なんとか真っ白な頭の中で爆速に言い訳を考える。

 

「ちょちょちょ、ちょ、ちょーっと知り合いに似てただけなんだナノーネ」

 

「知り合い?」

 

「そ、そうそう、こう黄色くて、星星してて、ぴょんぴょん飛び跳ねて、食べたら触れるもの皆傷つける悲しきモンスターになれる…」

 

「一体私は何と比べられてるの!?というか黄色の時点でだいぶ違うよ!」

 

「いや、虹色だったかな?」

 

「虹色でも違うよ!?」

 

 そんなやりとりを見てた詩船は、諦めたようにため息をついて、2人の間に口を挟んだ。

 

「もうやめな丸山。これ以上誤魔化してもボロが出るだけだよ」

 

「うべぇ…」

 

「あ、あのオーナー、その人は…?」

 

「こいつは丸山彩。さっき話してたアオハルのハルカだよ」

 

「え?」

 

 ふいっと彩の方を見る。

 

「で、でも髪が…」

 

「ありゃカツラだよ。変装してライブに出てたのさ」

 

 香澄は彩を凝視する。

 確かに雰囲気というか、行動とか諸々全部あの時会ったハルカそのものだ。

 香澄の記憶にあるハルカフィルターと目の前のピンクちゃんの顔が完全一致する。

 

「えへっ♡隠してごめんっちゃ」

 

 

 

「………え?」

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 丸山彩と言えば花咲川では知らぬ人の方がいない程のヤバイ人である。

 

 その破天荒さは香澄も聞き及んでいる次第で、曰く、日常的に重箱を持ち歩いていて中には必ず天ぷらセットが入っている。曰く、中学の体育祭で上杉謙信並の無双っぷりを披露しながら流れで校長のカツラをとった。曰く、校長先生の激レアカット写真を何故か油絵で100号サイズのキャンパスに模写して、全校集会中、壇上で晒す。

 その唐突すぎる突発的すぎる行動と発想のぶっ飛び具合から学校内からも一線を引かれている生徒。それが丸山彩。

 

 しかし忘れてはいけない。彼女、戸山香澄もまた丸山彩と同系統な人間であるということを。

 

「バーガー美味い!」

 

「ポテト美味しい!」

 

「ピクルス美味い!」

 

「ジャガイモ美味しい!」

 

「「あははははははーっ!」」

 

 

「…こりゃ、出会わせちゃいけなかったかもねぇ」

 

 詩船はムシャムシャとジャンクフードを貪る2人を見て、後悔まじりにため息を落とす。

 スタジオでの活動をひと段落させた2人は夕飯を食べるために近くのファストフード店で腹ごしらえのための食料を買って食べていた。

 

「美味そうに食べるのは結構だけど、夕飯にジャンクフードってのはどうなんだい…」

 

「美味しいから問題なし!それに世界には不健康なものは美味いという原始時代からの法則があるのサ!」

 

「うんそうだよね!いつだってフライドポテトは美味しいけど、練習終わりのは特に悪魔的!」

 

「わかるー!それにまだ日も暮れてないしー、夜食じゃないから平気さ!おばちゃんにはキツイかもだけどー」

 

 そう小馬鹿にするように言う彩。一々頭にくることを宣う彩に痺れを切らし、詩船はそのまま彩の購入したバーガーを一つ取って齧り始めた。

 

「あーーっ!!?私が買ったクワトロチーズバーガーが!?」

 

「ふん、いつもの迷惑料だよ。…しかし言うだけあって美味いね」

 

 バーガーをペロリと平らげ、ぎゃいのぎゃいのと騒ぐ彩を他所に爪楊枝で歯の手入れをする詩船。

 因みに詩船の健康状態は超良好で、たかがバーガー1つ分の添加物では彼女の健康城壁は崩せないということを付け加えておく。

 

 すると突然、香澄はあっと思い出したようなそぶりを見せて、彩に向かい合って机に乗り出した。

 

「彩さん!この前のライブ凄かったです!あんなキラキラした演奏初めてだったもん!どうやったら私もあんな音楽を出せるようになるのか、是非ご教授を!」

 

「んー?そりゃいっぱい練習することと、いっぱいご飯食べることと、あと演奏を楽しむことだよね!」

 

「うーん…、練習はこれからいっぱいするし、ご飯も毎日3食お腹いっぱい食べてるし、ライブも最高に楽しんでるし……うーーん…?」

 

「考えるだけ無駄だよ。丸山の音楽に原理やら理由やらなんぞ、あるもんじゃ無いからね」

 

「でも私どうしてもあのキラキラを演奏で出したいんです!彩先輩はどうやってあのキラキラを出してるんですか!?」

 

「じゃあ一緒に演奏する?」

 

「……え?」

 

 

 

 

 

 

 ●●●

 

 

 

 

 

 

「よし!じゃあ早速やろう!」

 

「ええっ!?」

 

 2人が立っていたのは街道のど真ん中だった。日が沈み、学校や会社から帰宅する人で溢れかえっている。

 

「ちょ、ちょっと待ってください!」

 

「んー?」

 

 黒のカツラを調整している彩に香澄は慌てて今の状況に突っ込む。

 

「演奏するならSPACEで十分ですよ!それに私たち音合わせもしてないですし…」

 

「フフフ、香澄ちゃん。私は香澄ちゃんともっと仲良くなりたいのだ」

 

「はいっ!それは私もです!」

 

「人と人が仲良くなる最短距離はいつだって本番!ぶっつけ本番だからこそ、なんか良い感じに覚醒して、仲間同士のユウジョウが深まる!…ってこの前読んだ雑誌に書いてあった!」

 

「それ少年雑誌ですよね!?」

 

「それに空を見よ!」

 

「??」

 

 そう彩が指差す空には街の光で見えにくいがいくつかの星があった。

 

「聞いたよ、星が好きなんだよね。だったら星の下、ギャラリーに囲まれて演奏する方がより星になれそうな感じしない?」

 

「………確かに!そうかもしれません!そっちの方がよりキラキラを見れるかも!」

 

「よし決定!弾く曲はポピパの曲で良いよね?あのライブで演奏してたやつ」

 

「え?あれ?コードとか教えましたっけ?」

 

「聞いたの覚えてるから問題ないぜよ!……よし、チューニングおけ!私ベースやるからギターとボーカルお願いね?」

 

 サクサクと話を進める彩に対して流石に困惑の色が出る香澄。…だが逆に言えばこれは絶好の機会だ。既にギャラリーもそれなりに集まってきている。

 覚悟を決めた香澄は持っているギターを構えて真っ直ぐ彩を見据える。

 そうだ、唐突事なんてポピパじゃいつもの事!いつも通り、この人とやり切る演奏をする!

 

「彩さん!準備OKです!」

 

「あいさー!じゃいくよ。……せーのっ!」

 

 ベースとギターの音で2人の路上ライブが始まった。

 

 弾き始めた瞬間、香澄は感じたこともない感覚に襲われた。まるで押しつぶされるかのようなプレッシャーにも似た感覚。それが彩から発せられていることは即座に理解できた。一瞬でも気を抜けば音全体が彩に持って行かれてしまう。

 だが不思議と弾いている腕はぶれなかった。いやそれどころか普段の何倍も自由にピックを持つ手が動く、歌声が出せる、音が表現できる。光がまるで背中を押してくれているかのように今までで最高の音が身体から出てくる。

 

(彩さんが、支えてくれている…!初めて一緒に弾くのに、ずっと一緒に連れ添ってきたみたいな安心感…!この人となら合わせられるって、信じれる!!)

 

 今の香澄が見ている景色は最高にキラキラしていた。

 星と言うにはあまりに眩しく、しかしあの時見た光に比べればはるかに弱い。だが、この光の景色を自分が生み出している。そう考えるだけでワクワクが止まらなかった。

 

 曲の間奏、ふと香澄は上を見る。相も変わらず鈍く光る星々。だが今の香澄にはそれが満点の星空に見えた。

 

(…もっと、もっと出せるはず!私の全力全開!彩さんの音に乗せれば!もっと先に!もっと遠くに!あの満点の星空まで!!)

 

 再び歌が再開する。

 結論から言えば、今の香澄は言ってしまえば1人走りをしてしまっていた。仮にこの状態でポピパの面子と演奏をすればこっぴどく注意される事だろう。しかし、それでも曲として成立しているのは、彩との演奏の波長が奇跡的なレベルでマッチしているからに他ならなかった。

 いや、正確には彩のいるレベルにまでどんどんと香澄の音のレベルが上がってきているのだ。まるで引っ張り上げられるかのように。

 

(これが、ラスト…!今までの最高で決める!!)

 

 最後のサビ。これまでにない程の集中、そして気分の高まり。

 そして最後の最後に香澄と彩が同時に歌声を重ねて、今日1番の光が辺りに爆発し、そうして曲は終わった。

 しん、と音が静まり、はっと香澄は正気に戻る。

 

(おわ…)

 

 ピックを下ろした瞬間、ギャラリーから大量の歓声が押し寄せた。

 

「うわわっ!?」

 

「やったぜ香澄ちゃん!大成功!!」

 

 彩が後ろから飛びついてくる。その表情はとても嬉しそうで、見ているこちらもつい笑ってしまう。

 ギャラリーを見ると、沢山の人が自分たちの演奏を笑顔で讃えていた。仕事帰りの中年男性も、部活帰りの少年たちも、買い出しに来ていた主婦も、みんなみんな。

 

(…これを、私たちが作ったんだ)

 

 あの時のポピパの演奏に負けないくらいの満足感と充実感。あの時と違って聴いた人の表情がより鮮明に見える分、やり遂げた達成感も鮮烈だった。

 

 気が緩み、疲労でふらついて倒れそうになる。観客がザワリと動揺する。

 

「おっとと、大丈夫?」

 

「えへへ、ちょっと気が抜けちゃいました」

 

「はいティッシュ。鼻血出てるよ」

 

「え?…あ、本当だ。ありがとうございます」

 

 香澄にティッシュを渡して、鼻の血を拭く。観客がホッとしていると、その空気を突き刺すように怒声が聞こえてきた。

 よく見るとそれは紺色の服と帽子を着用した男性3人で…

 

「お前たち!そこで何をしている!」

 

「やっべ、警察だ」

 

「ええっ!?」

 

 考えなくても当然で、香澄と彩はここを無断で利用している。誰かに通報されればこうして警察に詰め寄られるのは自明の理である。

 しかしこのままではお縄になった挙句、長い説教と面倒な処遇まで加えさせられるかもしれない。慌てて香澄は逃げようとするが、足に力が入らない。

 

「あ、あれ…?なんで…。イタッ!?」

 

 頭に鈍痛のようなものが響く。思わず地に手をついてしまう。

 

「ダメダメ!疲れてるんだから」

 

「で、でも逃げなきゃ…」

 

 警察はすぐそこまで来ている。このままでは…

 

「……しゃーない!香澄ちゃん、ちょっとギター借りて良い?」

 

「え、良いですけど…」

 

 彩は香澄からギターを受け取ると、爆速でチューニングを終わらせて、倒れていたマイクを構える。

 

 

 

『第二ステージだヨ。みんな楽しんじゃってね♡』

 

 

 

 キラリと瞳の星が輝いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 ーー

 ー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅー、危なかったぁ。でも超スリルあったよね!」

 

「………」

 

「香澄ちゃーん?」

 

「…ハッ!…あ!ご、ごめんなさい!何だかぼうっとしちゃってて…」

 

「ホントに大丈夫?」

 

「はい!もう大丈夫です!」

 

「ならおけ!鼻血出てたからねー。ちょっと心配してたんだよ」

 

(………本当、凄い演奏だったなぁ…)

 

 その歌はあまりにも鮮烈だった。

 香澄と歌った時とは勿論、あのアオハルとしてのライブの時以上の眩しい光。まるで一つの恒星、完全な丸山彩の独壇場。

 暗闇を照らすような発光ではなく、キラキラしていたのだ。香澄フィルター抜きで見てもそうとしか表現できない。

 アニメや漫画でしか見ないような綺麗な光のアーチがそこら中で暴れ回るあの光景は正に圧巻の一言に尽きた。向かってくる警察も、見ている人々も纏めて全てを忘れさせる演奏。

 もしかすればアレが自分の求めていた音楽なのかもしれない。誰かの希望になれるくらいあんなキラキラする音を出せれるように…

 

「…で、どうだった?キラキラできた?」

 

「はい!!最高でした!おかげで私もっと頑張れそうです!」

 

 今日のライブは最高だった。

 ただ楽しかったのではなくて、自分の新しい可能性とも言えるものが垣間見えたのだ。新しい世界、自分の求めてやまなかった煌めき、そして観客のあふれんばかりの笑顔。この経験を通して香澄は自分の中にある未来のバンド像が形になりつつあった。

 

「…彩さん。やっぱり私、彩さんみたいになりたいです!あんな風にみんなをキラキラな笑顔にできる人に!」

 

「おー!本当!?私超嬉しいよ!いやー、ついに私もここまできたって感じー?流石私ね!」

 

 どこか自慢げに喜ぶ彩。こういうところでついつい調子に乗ってしまうところは実に丸山彩である。こういう何事も笑顔で肯定してしまうところが彼女の長所の一つなのかもしれない。

 

「でも、香澄ちゃんは私みたいになっちゃダメだよ」

 

「…え?」

 

 だからこそ、否定されるとは思わなかった。しかもこんな、諭すような表情で。

 

「ど、どうしてですか?私じゃ力不足なんですか!?」

 

「そういうわけじゃないよ。ただ1人はダメってこと。香澄ちゃんにはバンドのメンバー皆んなで私を目指して欲しいんだ!」

 

 その方が楽しいでしょ?とニヒルに笑う。

 なんだそういうことか。とホッと胸を撫で下ろす。憧れの人に夢を否定される時ほど恐ろしいことはないのだから。

 

「あ!そろそろ着くよ!」

 

「…そういえば、どこに向かってるんですか?山奥だけどここ…」

 

「すぐにわかるよ〜。香澄ちゃんと演奏した時からここを一緒に見たかったんだ」

 

 そう言いながら、茂みをガサゴソと掻き分けて2分ほど。ようやく開けた場所に出る。

 

「ほら着いたよ!私自慢の穴場スポット!」

 

「わぁ…!」

 

 星が溢れる空。

 香澄は星をよく見るが、この眼前の星空は今まで自分が見てきたどの景色よりも美しい空だった。

 

「ここ街の光があんまり届かないから、よく星が見えるんだよねぇ」

 

「……凄い。キラキラがいっぱい…!」

 

 強い高揚を感じる。これまで見たこともないような、自然の光に香澄は見惚れてしまう。

 

「…人間ってね、当たり前だけど宇宙のスケールで見たら一瞬しか生きれないの。それこそ、この星の光が目に届く頃にはもう私たちが死んでる可能性があるくらいには」

 

「…彩さん?」

 

「私はそんな宇宙に私自身の名前を残したい!あの星にも負けないくらいに輝いて、この丸山彩とそのバンドの名前を宇宙世紀に刻んでやるのだ!そして丸山一等星として太陽にも負けない光になってみせる!!!」

 

 それが丸山彩の野望。

 彼女が前世からずっと心のうちに抱えてきたもの。完全な絵空事だ。他人に言えば無駄で無為で無謀だと言われること請け合いだろう。それに宇宙への刻み方など今の彩には見当もついてない。

 だが、それでも彼女は止まるつもりなどさらさら無い。

 誰かに認めてもらうのではなく、無理矢理認めさせるのが彼女流なのだから。

 

「……」

 

 香澄は彩の語る夢に圧巻される。その瞳に光る星を見るだけで彼女が嘘でも冗談でもなく、本気で言っていると理解できた。

 

 スケールが違った。彼女は先を見ているとかそんなレベルではない。

 今まで香澄は演奏経験が浅いながらも色んなバンドに関わってきた。皆が皆、素晴らしい演奏をして、そして眩い夢を持っていた。ある人は世界をハッピーにしたい、ある人は世界に自分たちの名を轟かせたい、ある人は頂点を取りたい。

 しかし、技量云々を抜いても彩の考え方はそのどれとも当てはまらないような、一線を画すものだった。

 彼女は最初から見ている場所が違った。上ではなく、空を見ていた。

 幼子が空を最初に見て思うような絵空事を本気で叶えようとしていたのだ。

 

「…彩さんは、やっぱり凄いです。私、そんなの考えたこともなかった。…星になりたいって考えたことはあったけど」

 

「それはそれで気になる!宇宙とか行ったらなれる方法とか見つかるかな?あはは!」

 

「…」

 

 ああ、やっぱり眩しいなぁ。

 香澄は、彼女の目指す夢は既に半分叶えられていると思っていた。何故なら香澄にとって最早彩は星そのものだったからだ。みんなにたくさんのキラキラと言う名の希望を与えてくれる最高の人。自分が無意識に望んでいた存在の具現化。

 

(私もいつか、彩先輩みたいな星になりたい…!)

 

 そんな一等に輝く星を見て、胸の鼓動を抑えられなかった。

 

 

「彩さん!」

 

「んー?」

 

「お願いが、あります!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ●●●

 

 

 

 

 

 

 

 次の日の放課後、天文学部の部室には3人の影がいた。

 1人は黒服を連れ添った部長の弦巻こころ。もう1人は今日部活が休みの氷川紗夜。そして最後の1人は勿論我らが丸山彩…ではなく、

 

 

「入部!!しにきました!」

 

 

 そう高らかに宣言した少女、戸山香澄はダンとこころの前に入部届を叩きつけた。

 

「「……」」

 

 2人は反応できなかった。

 いや、部員が増えること自体は喜ばしいことだろう。正直部員2人だけと言うのは、若干の寂しさを覚えていないと言えば嘘になったし、紗夜からすれば活動報告を書くのも一苦労だったからだ。

 しかし、意図が全く見えてこなかった。2人からすればあまり接点もない戸山香澄という少女が唐突にこの天文学部に入るというのは、何か打算的なものを感じざるを得ない。

 普段なら飛んで喜んでいるであろうこころが笑顔のまま何も言わないのも空気の張り詰め具合に拍車をかけている。

 嫌な汗が紗夜と黒服たちの頬を伝う。

 

「……戸山様、その、一応入部理由をお聞かせいただいても?」

 

 空気を読んだお付きの1人が香澄に問うた。紗夜は内心その勇気ある黒服さんの行動にサムズアップする。

 

「あ、それはね…」

 

「こんにちワンタン麺ー!先生の追跡を免れた私が独特なポーズで来たーーッ!!…ってあれ?」

 

「あっ!こんにちは彩さん!」

 

「あ、香澄ちゃん!どうしたの部室にまで来て……ハッ!?ま、まさか弦巻財閥に借金…!?絶望…ッ、圧倒的…!ごめん香澄ちゃん…、流石の私も現金をどうにかすることは…!」

 

「ち、違う!違うよ!ほらこれ、入部しにきたんですよ!天文学部に!」

 

「え?ホント!?やったー!!」

 

 嬉しそうにピョンピョンと飛び跳ねる彩。

 

「あ、そういえばもうバンドの方は大丈夫なの?」

 

「はい!彩さんから貰った動画をみんなに送ったらちゃんと元気になりました!この後も皆んなで練習する予定です!」

 

「そっかぁ、よかったよかった。それでそれで?なんで入ろうと思ったの?」

 

「それは勿論彩さんがいるからですよ!やっぱり彩さんみたいになるなら彩さんのことをもっと知るべきだと思いましたから!」

 

「わーい、やった!部員GETだぜ!」

 

「ちょ、ちょっと待ってください!」

 

 喜び抱き合う2人に紗夜が割って入る。彼女は未だ現状を整理しきれていないようだった。

 それはそうである。たった2日の土日休日、目を離していたら、ライブ中に変装姿で知り合ったバンド女を引っ付けてご帰還したのだから。

 

「その、ふ、2人はどういう関係で…?」

 

「あ、それはね…」

 

「ふっふっふ!何を隠そう私、Poppin Partyが戸山香澄、この丸山彩さんに弟子入りしたのです!!」

 

「…でし、いり…?」

 

 ……でしいりというのはアレだろうか。あの、三つ編みの老人が赤の鉢巻をつけた若者に厳しい鍛錬のもと武術を教授する的なヤツだろうか?つまり戸山さんは将来的に体に螺旋状のエネルギー体を纏いながら突撃したり、身体がゴールドレアになったりするのだろうか??はれ?はれれ??

 

「あ、紗夜ちゃんがバグった」

 

「だ、大丈夫ですか氷川先輩…」

 

「アレはもうダメだ。直に爆発する」

 

「しませんよッ!!」

 

「あ、戻った。お帰りー」

 

「お帰りじゃありません!というか弟子ってなんなんですか!私そんなの聞いてませんよ!?」

 

「だって弟子になったの昨日だし」

 

「はい!私、彩さんの演奏に惚れたんです!なので彩さんの事を勉強するために天文学部に入りたいんです!」

 

 そのまま香澄は彩に抱きつく。紗夜の怒りボルテージが一気に跳ね上がる。

 

「ダメです!却下します!そんな不純な動機で入部なんて断じて認めません!」

 

「?? 不純って、どこがですか?それに氷川先輩って天文学部に入ってるわけじゃないですよね?そういうのって部長のこころちゃんが決める事なんじゃ…」

 

「うぐっ!」

 

 純粋な目から繰り出される正論パンチに思わずたじろいでしまう。しかしそれでも紗夜は退き下がるわけにはいかなかった。

 

「だっ、ダメダメダメ!!ダメなんです!!そんなの私は絶対に認めませんからね!!」

 

「えー…」

 

 子供のように駄々をこねる紗夜に流石の2人も少し引いた。何が彼女をそこまでさせるのかが、さっぱり理解できない。

 

 すると、いつの間にか席を立っていたこころが、彩に抱きついてきた。

 

「あ、こころちゃん!こころちゃんからも言ってよ〜。部員増えるのは最高じゃん!こころちゃんならこの嬉しさがわかるよね!」

 

「ええ、よく分かったわ。彩、貴女が目を離しちゃいけない人だってことがね」

 

「…あれれ?こころちゃん、ちょっと力強くないですかね?アッ、し、締まる!私のパーフェクトぼでーが!?」

 

「ぶげぇ!?私も巻き添え!?」

 

「ちょ、助けて黒服さん!貴女のお嬢様、ご乱心ですよ!?このままじゃ私たちのウェストがクラッチでクラッシュですよ!?」

 

 そんな彩の魂の叫びに対する回答は、『無理です』と書かれたホワイトボードの提示だった。彼女たちも命は惜しいのである。

 

「あ!凄い持ち上がってるよ!こころちゃん力持ち!すごーい!だから下ろしてお願いします!」

 

「あ、私なんだか天井にお星様が見えてきた…。とってもキラキラ…」

 

「それは多分見えちゃダメなやつだぜ香澄ちゃん!あっ!紗夜ちゃんタスケテ!紗夜ちゃんが最後の希望なの!」

 

「…………」

 

「あれれぇ?おっかしいぞ〜?どうして紗夜ちゃんも一緒に締めに入ってるの〜?」

 

「自分で考えてください」

 

「うぼぼぼぁ!?このパワーッ!?流石弓道部!」

 

「ウッ」(失神)

 

「うわぁーっ!?香澄ちゃんが落ちたぁ!しっかり!貴女がここで倒れたら私に誓った夢はどうなっちゃうの!?ここを乗り切れれば、きっと夢は叶うんだから!」

 

「誓ったって何をかしら?」

「誓ったってなにをですか?」

 

「ナムサンパワーーッ!!?」

 

 

 この後黒服さんたちの尽力で2人は無事生還し、香澄もなんとか無事に入部できた。

 

 

 

 

 







彩ちゃん:キラキラ☆
香澄ちゃん:きらきら!
詩船おばさん:アンタら食い終わった後ぐらい片付けてから出ていけやぁ!!


転生彩ちゃんのヒミツ⑧:作業中はよく眼鏡を着用しているぞ!視力が特別悪いわけではなく、単純に頭が良くなる感じがするからという理由だ!実際集中力は二段階くらい上昇するぞ!



あと…!あと少しで完結までのルートが…!



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りさ!




課題に呑まれ、就活に追われ、トドメに風邪をひく。

オデノカラダハボドボドダ‼︎



【前回のあらすじ】
・詩船さん、ジャンクフードがトレンドになる。
・彩・香澄「友情パパワー!!」
・天文学部の期待の新星香澄ちゃん!入部早々暗黒空間を生成する!







 

 

 

 

 

 

 その部屋は小物や日用品が散乱していて、酷い有様だった。

 綺麗に整理されたその部屋の名残りは、今や見る影もなく、ことごとくがその本来の役割を失っている。部屋から人気も感じられない。雰囲気だけはまるで廃墟の一室だ。

 

「……」

 

 しかしそんな部屋で彼女、今井リサは虚な瞳で黙々とイヤフォンから流れる音楽を聴いていた。シャカシャカと音が漏れ出る中、ぼうっと心あらずな表情を浮かべている。

 

 リサはここ数日、ずっとこんな調子だ。

 最初は今より軽度だった。変な夢を見たり、いつもより彼女の動画、『くいーん』の音楽を聴くのが多くなった程度。しかし日を追うごとにそれはどんどんと悪化していき、最終的には今のような日常生活もままならない有様になってしまった。

 今の彼女は普段の軽快で明るい性格とはまさに真逆。暗く、深い焦燥感に駆られているその表情はまさに亡者という言葉が相応しいと言えるだろう。

 

「……ッ!!」

 

 音楽が終わる。

 直後、言い表しようのない不安が津波のように彼女の心に襲いかかってくる。不安で不安で仕方なくて、心がどうにかなってしまいそうなほどに軋んで、どんどんと精神が食われていく感覚に陥る。

 

「ハァ…!ハァ…!」

 

 …足りない。足りないのだ。

 自分の心があの音を、あの姿をもっと目に焼き付けたいと渇望している。もはや限界だった。似ているだけの動画の音じゃもう満足できない。本物の、彼女の姿を目に焼き付けたい、耳に入れ込みたい。そんな衝動に駆られる。

 ふと、部屋に置かれていた小さな置鏡に自分の顔が映る。ボサボサの髪に、全く手入れされていない肌、深い隈のできた目元、虚な瞳。とてもかつての今井リサとは思えない様相だった。

 

(……何やってんだろ、アタシ)

 

 学校にもRoseliaの練習にも行かず、ただこうして一つのモノを求めるだけの己。

 Roseliaのメンバーたちからは何度も心配のメールや電話がかかってきたし、友希那も毎日のように部屋の前まで来て自分の様子を見に来てくれている。しかし、リサはその悉くに何も返せなかった。

 惨めだったのだ。あの歌に音に姿に魅せられ、こんなまるで穀潰しのような自堕落も良いところな自分になってしまったことが。バンドメンバーに、家族に、親友に、迷惑以上のことを掛けてしまっている己が、惨めで惨めで仕方なかった。そして自分がそれを全く治す気がないことにも。

 

(…ごめんね、みんな…でももうアタシ…)

 

 そうしてリサはイヤフォンをつける。あれだけ心の中で懺悔に塗れておいて結局はそこに帰ってきてしまう最悪な自分の自己嫌悪に苛まれながら。

 

「…あ」

 

 音楽を再生させようとボタンを押すが、間違えて別のアプリを開いてしまう。それはSNSの投稿サイトだった。操作を誤ったことにイライラしながらも元のアプリを開こうとする。

 しかしふと、画面を見るとネット上に投稿されていた一つの動画が目に入る。それを見て思わず思考が止まった。

 

 

「………え?」

 

 

 

 

 

 

 

 ●●●

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「最近私自分の演奏が地味だなって思うようになってきたんだよね」

 

「1000%それは無いと思うけれど理由を聞かせてほしいわ」

 

 放課後の音楽室。

 いつものご教授レッスンをしている途中、突然そんなことを言った彩に千聖はすぐに反応した。

 

「いやさ、実はこの前私のファンだって子と一緒に演奏したんだけどさ、その子が超健気で!すごい初々しかったんだよねー!」

 

 何それ裏山なんですけど。

 千聖はそんな本音を無理矢理飲み込む。

 

「それでさぁ、気づいちゃったんだよね!私の音楽から『若さ』が抜けてることに!!」

 

「…若さ、って彩ちゃんはまだ若いでしょう?」

 

「いやいやいーや!そう言うのでは無い!今の私には若者特有の元気がなくなってきてるってこと!」

 

「ひょっとしてそれはギャグで言ってるのかしら?」

 

 げんきのかたまりを定期接種しているのではないかと思うくらいには常日頃からはち切れていると思うのだが。

 

「ギャグとかギャングならこんな真剣に言わない!兎に角!私は今から若さを取り戻そうと思う!」

 

「でも若さを取り返すなんてどうやって…?」

 

「若さが足りないってことは、私が初心を忘れているってことだよ。つまり初心を取り戻せば私はさらにグレートになれるってわけ!」

 

 相変わらず理論飛躍が著しい。それに千聖から見れば既に彩はこの世の頂点に立っているも同義だ。その気になればその手の業界でトップに躍り出るのも容易いはず。一体これ以上ここで上を目指してどうなるのだろうかと思うところはある。

 …もしかして、彩には何か目的があるのだろうか。思い返してみれば、行動自体は破茶滅茶だが、何処か一貫性がある気がしないこともない。ならばそれを確かめるために、一度ここらで動くべきだろう。

 

「じゃあ。一旦外に出てみましょう。気分転換ってことも兼ねて」

 

「良いね!もしかしたらうっかり地面に落としちゃってるのかもしれないし!」

 

「初心って落としちゃうものなの?」

 

「大人だって青春とか初恋とかを落とす時代だよ?初心くらい落ちてるって!」

 

「そういうものかしら…?」

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 ーー

 ー

 

 

 

 

 

 

「無いよーっ!!」

 

「はぁ、はぁ…、でしょうね…」

 

 あれから学校から出て片っ端から彩の気の向いたところに探しに行くこと2時間。当然のように彩の求めていたものは見つからなかった。

 

「今更だけれど、初心って地面に落ちているものでは無いわよね…。せめて物とかなら分かりやすいのだけれどね。音楽を始めるきっかけになった物とか…」

 

「忘れちゃった!ごめん!」

 

「まぁ、知っていたら苦労してないわよね…」

 

「あっ!でも他の拾い物なら何個かしたぜ!」

 

「拾い物?」

 

 そう言って彩は何処からかずた袋を取り出す。どうやら探し物ついでに興味のあるものを拾い上げていたらしい。ポケモンかお前は。

 

「例えばー…、ほらキャラ消しゴム!ハツドマンだぜ!」

 

「あら懐かしい。昔は手足をもいで遊んでたわ」

 

「ほら500円硬貨!これでジュース買えるよ!」

 

「よく見たら玩具ねこれ。プラスチックでできてるわ」

 

「ほら猫ちゃんだぜ!毛が真っ白!丸くてむっくりしてる!」

 

「ニャー」

 

「あら可愛い。お団子みたいね」

 

「ほら友希那ちゃん!猫に釣られてやってきたよ!可愛いね!」

 

「にゃーんちゃん…」

 

「ええ……って誰!?」

 

 猫の後に摘まれていたのは、明らかな人間だった。

 あまりにも自然な流れで出されたので思わず見過ごしそうになってしまった。しかも当の本人はこちらのことは気にも留めず猫と戯れている。

 

「ニャーン………ハッ!?ひ、久しぶりね彩…」

 

「昨日会ったばかりだよ友希那ちゃん!猫をチラつかせただけでついてくるなんて私友希那ちゃんの将来が心配だぜ!」●REC

 

「ちょっと撮影しないで!消しなさい!」

 

「嫌だね!いずれ完成する丸山放送局で流すんだい!あ、友希那ちゃんも出てね。生放送スペシャル組むから」

 

「出ないわよ!」

 

「えー、猫カフェとか行かずにタダで猫と戯れられるハイパーサービス番組なんだけどなぁ」

 

「うっ…!で、出な…!でっ…でッ!うううっ…!」

 

「あーほらほら泣いちゃダメだよ。はい猫ちゃん」

 

「あ、ねこねこ…」

 

 …なんというか、情緒不安定な人だ。

 猫を片手に一喜一憂している様は滲み出る変人感を拭えていない。やはり変人には変人が集うものなのだろうか。

 

「彩ちゃん、その人は…」

 

「友達の友希那ちゃん!歌が上手い猫愛好家だよ!」

 

 友人か…。まぁ、明るい性格の彼女のことだ。自分の他にも友人は沢山いるのだろう。

 友希那と視線が合った。ちょっぴり気まずい空気が2人の間に流れる。

 

「…白鷺千聖よ。よろしくね」

 

「ええ、湊友希那よ」

 

 仮面越しに、彼女の琥珀色の瞳を見つめる。

 ……彼女は彩のことを知っているのだろうか。彩が目を焼く極彩を放つことを、眩しくも優しい輝くカリスマを。

 知っていたとして特別どうと言うことはないが、仮に彼女も自分と同じように彼女に惹かれたのならば敵対する可能性もゼロではない。

 

(……その時は、思い切りをつけないといけないわね)

 

「そうだわ彩。少しお願いがあるの」

 

「お願い?」

 

「ええ、丁度貴女を探していたからそっちから来てくれて助かったわ。……正直、無関係な貴女にこんなことをお願いするのは気が引けるのだけれど…」

 

「いーよいーよ!たとえ神龍が叶えられなくてもこの私ならば叶えてしんぜよう!取り敢えず天ぷらセット一式でお願いします!」

 

 コストはかかるのね。

 しかし天ぷら一式でどんなお願いも聞いてくれるなら正直魅力的だ。

 

(……天ぷらで懐柔してから勧誘もアリね)

 

 

「それでお願いって?」

 

「…私の友人を…リサを部屋から出すのを手伝ってほしいの」

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 友希那が言うには、最近バンドメンバーであるリサの様子がますますおかしくなっているとのことだった。

 家に引き篭もるようになってからバンドどころか学校にすら行かなくなったリサ。以前の自分たちのように奇妙な夢に苛まれているのだが、日に日に症状が悪化しているらしい。今では友希那の話すらまともに聞いてくれない程に精神が不安定で、リサの両親も大層心配していた。

 一応精神科にも一度診せたようだが、目立った原因はわからず終い。入院も勧められたが、本人が激しく拒否。完全に手詰まりになっていた。

 そんなわけで、自分を直してくれた彩ならば…と友希那は考えて、藁にもすがる思いでお願いしてきたわけだ。

 

「ここがあの女のハウスね!今すぐ成敗してやるんだから!行くよ2人とも!」

 

「彩、リサの家は反対だわ。そっちは私の家よ」

 

「それはそれで気になる!猫ちゃんとかいるかな!?」

 

「くっ…、猫はいないわ…!いたらあんな苦労は…」

 

「えー、うっそだー!そんなこと言ってさぁ、中に濁流の如くいるんじゃないのー?ニャーン・オーシャンで年中ニャカンス生活してるんでしょー?」

 

「濁流……猫の海……ニャカンス………ハッ!?い、今はリサが先決!ほら行くわよ!」

 

「嫌!えーい!こうなったらベランダから侵入してやる!」

 

「させないわ!見なさい!これが暴れ出す彩対策で生み出した秘技!にゃーんちゃん・きゃぷちゃー!」

 

「うげぇ!?首がしまりゅ!?」

 

 何処からか取り出した猫の首輪を投げて彩の首に装着。そのままリサの家まで引っ張る。反発する彩を力の全てを使って引っ張っている様は、さながらペットと飼い主である。

 尚、次の日に友希那の両腕が筋肉痛になるのは蛇足である。

 

「すみません私も無理を言って着いてきてしまって」

 

「…い、いえっ、元々は貴女が彩の先約者よっ。こちらの都合を後に入れてしまったのだからこれは当然っ…!その代わり…!」

 

「分かってるわ。無遠慮に他言する程私は腐ってないわよ」

 

「ええっ…!助かるわ…!」

 

「うげっ、げっ、くるしっ…!」

 

 最初は変人かと思ったが、案外常識が通じる人だ。まぁ、最近は彩然り、パスパレ然り、常識のない人と接しすぎたせいで感覚が麻痺している感も拭えないが。

 特別他人に彩との領域を侵されることを恐れているわけでも無いし、彼女は敵視するような人物では無いだろう。

 

「…取り敢えず手綱、引くの代わりましょうか?というか代わってください」

 

「……嫌よ」

 

 前言撤回、やはりこの人は敵かもしれない。

 

 

 

 

 

 ー

 

 

 

 

 

「飼われるかと思った…」

 

「貴女が無理矢理私の家に不法侵入しようとするからよ。反省しなさい。……さて、ここがリサの部屋よ」

 

 3人の前には可愛らしい文字で『リサ』と書かれた看板が掛けられている。

 その看板一つ見ても、その手作り感が出ている可愛らしい仕上がりに、リサと呼ばれる人物が相当に女子力が高い人物だと伺えた。

 

「…先に私がリサと話をしてみるわ。まだリサが何を考えているのか分かってる訳じゃないから…」

 

 リサが引きこもってから友希那は彼女と碌に会話をしていなかった。彼女が頑なに喋ろうとしないからだ。

 これまで自分がリサに苦労をかけていたことが気にかかって今日に至るまで聞けなかった。しかし今日は隣に彩もいる。いよいよ友希那にも腹を括る時が来たのだ。

 軽く扉をノックする。

 

「……リサ、聞こえているかしら。私よ」

 

 しかし、扉の先からは何の反応も返ってこない。いや、それどころか人の気配すら感じない。まるで扉の先に虚空でも広がっているのではと勘違いしてしまいそうなほどに。

 

「…入るわよ」

 

 扉には特別鍵が取り付けられているわけでも無い。静かに友希那は扉を開けて中に入る。2人もそれに続く。

 

(これは…、酷いわね…)

 

 千聖は部屋の様相を見て思わずそう思った。

 おそらく元はきっちり整理された女の子らしい部屋だったのだろうが、今や見る影もなく散らかりきっている。

 一体誰がこの部屋をここまで荒らしたのか。その答えは目の前にあった。

 

 布団にくるまった誰か。一瞬置物かと錯覚したが、確かに人間だった。ということはあれが…

 

「…リサ」

 

「……」

 

「リサ、聞こえているかしら?」

 

 反応は無い。

 

「…もうやめましょう。ずっとここにいても何も変わらないわ」

 

「……」

 

「そうやっていても、何も変わらないことは貴女自身が1番よくわかってるはずよ…」

 

「……」

 

「…確かに、あのアオハルの演奏は凄かったわ…。一度私たちは敗れた。でも、終わったわけじゃ無いの!私たちはまだやり直せる!」

 

「………」

 

「貴女にはこれまで酷い苦労を掛けたわ…。私のわがままで振り回してもきたし、酷いことも言った。……ごめんなさい、本当に…」

 

「…………」

 

「でも私は考え方を変えた。お父さんのためじゃなくて、私のためにFESで優勝するって決めたの!今のRoseliaで!」

 

「………」ガリッ

 

「だから私たちには、Roseliaには貴女が必要なのよ!リサ!お願いだから帰って来てッ!!」

 

 そう言って友希那は包まっている毛布を引っぺがす。

 そこに居たのは、顔を俯かせながら一心不乱にイヤフォンをつけてスマートフォンの画面を見ている今井リサの姿。その目からは狂気とも言える執念のようなものが読み取れた。

 友希那と千聖は思わず言葉を詰まらせ、その場で立ち尽くした。

 

(…友希那さんは、さっきアオハルって言ったわね…)

 

 少しだけ読めてきた。

 おそらく、彼女はあの時ライブの場にいたのだ。それであの『アオハル』の演奏に当てられて心が折れてしまった…だろうか?なんにせよ、今回彼女がああなった原因の大半は彩にあるということだ。

 千聖は改めて丸山彩という人間の影響力に戦慄する。友希那の話を聞くに元は相当に明るい性格だったようだ。道中で見せてもらった写真でも明るい今時のギャルと言った印象を抱いた。

 そんな彼女が、あそこまで変わり果ててしまう。たった一度のライブで。決して他人事ではないが、千聖は同情の意を抱いた。

 

 友希那は苦々しい表情でリサを見つめる。

 いつまでもこんな変わり果てた親友は見たくはなかった。どうにか元の元気な彼女に戻って欲しい。

 

 対するリサは毛布を取られたことにも何の反応も示さず、友希那のこともまるで居ないかのように無視を貫いている。

 

「……リサ!!」

 

 我慢の限界になった友希那はリサの持っていた携帯を取り上げた。イヤフォンが耳から抜ける。

 しかしリサは何も反応を見せなかった。あれほど執着していた物を取られた割にはあまりにも無反応。妙に思った友希那は徐に携帯の画面を見る。

 

「…これって」

 

 そこに映っていたのは一本の動画。

 路上で少女2人が演奏している数分の動画。そのうちの1人にはひどく見覚えがあった。

 

「……ハルカ?」

 

 本体の音量は下げられていたので音は聞こえないが、この黒髪、このベースの弾き方、間違いない。アオハルのハルカだった。

 

「どうして…」

 

「ねぇ返して」

 

 地の底から鳴ったような声が聞こえた。リサだ。

 いつの間にか立ち上がっていたリサは乱雑に携帯を取り返す。

 

「ッ、リサ…」

 

「……もう…、もう良いんだよ」

 

「良いって、何がよ!」

 

「…アオハルの演奏を聴いた時に、思っちゃったんだ。アタシなんかじゃステージに見合わない…、もうアタシじゃあ友希那たちの隣に立てないって」

 

「そんなこと…!!」

 

「あるんだよッ!!友希那が変わったからとか、Roseliaが前に向いたからとかじゃ無いの!アタシがッ、アタシ自身がもう、折れちゃったんだよ…!弾く側じゃなくて聴く側になりたいの…!!」

 

「だって、そっちの方が幸せだって感じちゃうからッ…!!友希那たちと演奏するよりも、ずっと…!」

 

 そう言ってボロボロと涙をこぼすリサ。

 彼女も友希那の前でこんなことは言いたくなかった。しかし事実だ。彼女は彩の演奏を見てしまった時点で、友希那に食らいついていたなけなしのプライドも、抱いていた夢も、木っ端微塵に砕かれ、ただの一色に塗りつぶされてしまった。

 

「……」

 

 友希那はよろめきながら後ずさる。

 今までずっと連れ添ってきた親友からの明確な拒絶の言葉。それは友希那の心を揺らすには十分過ぎた。

 

「…出てって」

 

「ま、待ってリサ!」

 

「皆んなによろしく言っておいて、もうアタシは使えなくなっちゃったから、Roselia抜けるってさ…」

 

「そんな…認めない!認めないわそんなの!!」

 

「帰って!!!友希那の夢に、もうアタシは必要ないの…!!!」

 

「リサッ…!」

 

 

 

 ー

 

 

 

 友希那を押し出して無理矢理扉を閉める。今度は入ってこれないように側にあったタンスを扉の前にズラして置く。ドンドンと扉を叩く音と友希那の叫ぶ声が聞こえる。耳を塞いで聞かないふりをする。

 …数分して部屋に再び静寂が戻り、リサは壁にもたれかかる。

 

「………はぁ…、ふふ、あはははっ。何やってんだろアタシ……」

 

 これでリサの手元には何もかもが消え去った。バンドも夢も親友も。空虚な喪失感だけが胸に広がり、悲しみが胸から込み上げてくる。

 この二週間自分を苦しめたRoseliaの禊。消えて清々するかと思ったが、やはりそんなことはなかったようだ。

 

「……」

 

 もう何もかも忘れたい気分だった。

 その一心でリサは携帯の画面をつけて動画を再生する。

 

「……ふふっ」

 

 偶然SNSで見つけたアオハルのハルカの演奏動画。今やネット上では既に削除されてしまっている貴重なものだ。本人は歌っておらず、ベースを弾くだけの役目だが、その溢れ出る存在感を隠し切れてはいない。唯一、これから彼女のソロ演奏が始まると言うところで動画が途切れるように終わっている点だけは残念だが、それでも彼女の姿を再び拝めただけでもありがたかった。

 

 楽しそうに歌う彼女を見ているだけで不思議と幸せな気持ちになれる。たった今あったことが霧散するように頭の中から離れていく。

 今井リサは完全に画面の中のハルカに酔っていた。

 

「やっぱり素敵だなぁ…」

 

「えぇ〜、照れるなぁ。じゃあさ、例えばどんなところが素敵なの?」

 

「全部だよ!歌もベースもハルカ自身も!とってもキラキラしていて、この人を見てるだけで凄く幸せになれるんだよ…」

 

「幸せなのは良いことだよね!」

 

「うん。…ハルカはアタシのことを救ってくれるんだよ。今の惨めな私を忘れさせてくれる。夢を叶える力のない私に、優しい夢を見せてくれるんだよ」

 

「てことはその夢諦めちゃったの?勿体無いなぁ」

 

「仕方ないよ…。アタシじゃ皆んなについて行くなんて最初から無理だったんだ…。一丁前に夢だけ語ってさ。実力ないと意味ないのにね。あはは…」

 

「そう?私はリサちゃんの演奏大好きだったけどね!紗夜ちゃんと同じくらい楽しそうに弾いてたじゃん!」

 

「…あの時はまだ思い違ってたんだよ。やっと友希那と並べたって…」

 

「思い違いじゃないよ。リサちゃんは溺れながらちゃんと前を向いて友希那ちゃんの隣に立ててたよ」

 

「…ッ!そんなわけ!」

 

 怒りの表情で顔を上げる。誰かは知らないが、知ったような口を言うのは気に食わなかった。そうして視界に入った桃色を目にして、突然にリアルを直視する。

 

「…え、は?だ、誰…?」

 

「やっほー」

 

 リサは今更部屋に残っていた彩の存在に気がついた。動揺して携帯を落としてしまう。彩はそれを拾った。

 

「フッ、我ながらよく動画映えしてやがるぜ!香澄ちゃんにも送りたいなー」

 

「…だ、誰なの貴女…?」

 

「私はRoseliaファンクラブ総隊長コードネーム『ぎゃらくしー』!貴女のハートに銀河的フォーチュンブレイク!ファンという垣根を超え、タキオン粒子を伴って貴女をお助けに来たのだ!」

 

「???」

 

「さぁこの陰湿な汚部屋から出て無限の彼方にまで行こうではないか!いざちょーてん!」

 

「…よ、よく分かんないけどさ、早く出てってよ。助けるとか、余計なお世話だし…」

 

「嫌!リサちゃんがいないとRoseliaは復活しないんでしょ?だったら戻らないと。友希那ちゃんも待ってるぜ」

 

「…無理だよ。見てたでしょ、私もうRoseliaの一員でもなんでもないんだよ。もう私に戻る居場所なんてどこにも…」

 

「フッ、あんな行けたら行くみたいなあいまいみー口約束未満で本当に抜けられたと思っているお前の姿はお笑いだぜ。…友希那ちゃん絶対まだ諦めてないよ」

 

「そういう問題じゃない!!……アタシがもう弾けないんだよ…!」

 

 今井リサは良くも悪くも凡人だった。少なくともRoseliaの中では。だからこそ、他のメンバーとの実力差や才能の違いに常々コンプレックスを感じていた。本当に自分はRoseliaに必要なのか?いずれ捨てられるのではないか?そんな不安が心に巣食う日常。それでも親友である友希那の隣に立てていると思い込むことで、何とか己を保っていた。

 しかしそのなけなしのプライドは、あのアオハルの演奏を聴いて粉々に砕け散ってしまった。強烈な光と依存の果てに起きてしまった劣等感の爆発。それは支えを失ったリサを押しつぶすには十分過ぎた。

 

「アタシ、もう疲れちゃったんだよ、弾くの。ギター持つたびにさ、思っちゃうんだよね。私じゃなくても良いって…。それでいつの間にかギターを持ってる手が震えちゃうの」

 

 しかしそんな彼女を救ってくれるのが、『くいーん』の音楽であり、あの路上ライブの動画だった。今の弱くて情けない自分を慰めてくれるような気がしたから。

 そしてそれと同時に絶望した。自分はどこまで行っても聴く側に過ぎなかったことを知ったから。いつかの友希那と一緒に語った夢。それを叶える権利すら、自分には無かったのだと理解してしまったから。

 

「キミもさ、ファンなら分かるでしょ?Roseliaの中核は友希那。何もかもが中途半端なアタシが友希那の足枷になるわけにはいかないの…!」

 

「全然分かんない。だってRoseliaのベーシストはリサちゃんだけなんでしょ?」

 

「そんな…わけないよ!!アタシより上手い人なんて、強い人なんて探せば掃いて捨てるくらいいるに決まってる!!ハルカだってそうだった…!アタシは子供のままなの!夢を見てるあの頃から何にも成長してない…!実現する力もないくせに…!」

 

「それはただの思い込みだよ。リサちゃんがそう決めつけてるだけ。リサちゃんが思ってるよりもずっと現実は優しいよ」

 

「うるさいうるさいうるさいッ!!!何なのさっきから!!キミに何が分かるの!?私のこと何にも知らない癖して偉そうに!!」

 

 自棄になったリサは毛布にくるまって籠ってしまう。

 

「出てって!出てってよ!!」

 

「うーん…、弱った…」

 

 紗夜や友希那とはまた違った弱さ。自分に価値がないと思った瞬間に、諦めがついてしまうタイプ。

 はっきり言えば、彩はリサのように上から打ちのめされた経験が無い。挫折の経験はあれど、自分に負けたことはないのだ。なのでこういう時、どういうふうにアドバイスを送れば良いのかがイマイチ掴めずにいた。

 

「…あ、そうだ!じゃあ、一回試してみようよ!えーっと確か…」

 

「…な、何?あんまり勝手に部屋漁らないで欲しいんだけど…」

 

「あった!テッテレー、リサちゃんのギター(ダミ声)!」

 

 彩は少しばかりの埃が積もったそのケースを開けて、中からベースギターを取り出す。リサにとっては最早忌々しくも思っていたそれを。

 

「ちょ、ちょっと勝手に…」

 

「無理だ無理だなんて言う前にさ、一回弾いてみたら?案外うまく行くかもよ」

 

「…やめてよ。聞いてなかったの?アタシはもう…」

 

「ほら立って立って!人生足2本で立たないと生きていけないぜー!」

 

「…ッ、本当いい加減に──!!」

 

「立て」

 

「──はい」

 

 すくりと何の抵抗もなくリサは立ち上がる。

 

「ん、良い子」

 

「あ、あれ…?何でアタシ…」

 

「よし、じゃあギター装備!これで今井リサ完全体だ!」

 

 いつの間にか、自分の肩にはベースギターのベルトが掛けられていた。何が起きたのかがわからないリサは混乱する。

 

「じゃあ何か知ってる曲とかある?Roseliaの曲でも良いからさ!」

 

「………えっと…」

 

 動けない。

 彩は演奏することが決定事項かのように言っているが、そもそもリサは了承の言葉を一言も発していないし、全く納得もしていない。しかし、何故かギターを取り外す気にもなれなかった。理由はわからないが、本当に放棄する気力が湧かなかったのだ。

 考えがまとまらないリサを放って彩は勝手に話を進めて行く。

 

「…大丈夫だよ、自分を信じて。私がリードしてあげるからさ」

 

「あっ…」

 

 背中から覆い被さって、両手にそれぞれベースのネックとピックを持たされる。その優しく包み込まれるような感覚に言葉を失う。

 何と言えば良いのだろう。安心感、だろうか。自分の中で深い暗雲のように蔓延っていた不安が少しずつ払われていくような優しい感覚。

 

「あの時のライブの曲で良いよね。最初に弾いたやつ」

 

 あの時、と言うのはRoseliaの初ライブのことだろう。ゆっくりと彩はベースギターのチューニングを進めて行く。

 

「…うん」

 

「じゃあ行くよ」

 

 ……その曲は、自分でも驚くほどに綺麗に弾けた。背後の彼女に支えてもらっているとは言え、まるで二週間のブランクを感じさせない程の…いや寧ろあの時よりもキレが上がっている気がすらした。

 低音と共に冷めてしまった熱が戻ってくる。瞬間瞬間に色を感じる。

 

「そう、順調。そのまま気持ちに任せて」

 

 どんどんと熱が高まって自然とピックを持つ手が進んでいく。さっきまでへばりついていたマイナスの感情が嘘のように腕が動く。

 いつの間にかリサは彩の支え無しで弦を弾けていた。そんな彼女の脳裏に満ちていたのは禊を切った筈のRoseliaのメンバーの顔……では無く、ハルカの声だった。いや、厳密には彩の声と言うべきか。己の隣で呟くように小さくベースに合わせて歌っている丸山彩の声。

 

 くいーんとハルカが同一人物であることに関しては、ある程度察しはついていた。そしてこの二週間、狂うように『くいーん』の曲を聞いていたから、あの動画で嫌なほどに彼女の姿を凝視していたから、解る。解ってしまう。

 それはみるみるリサの中で確固たる確信に変わっていく。

 

 

「ウン、最高だよ。リサちゃん」

 

 

 

 彼女は、くいーん(ハルカ)だ。

 

 

 

 

 

 ー

 

 

 

 

 

 

「なんだよーやればできるじゃーん!なーにが弾けないだっての。生意気いいおってー」

 

「……」

 

 汗が滴りぼやける視界でリサは改めて彼女を視認する。さっきまでは碌に顔を見れていなかったが、彼女の桃色の髪とルビーの瞳が目に入る。

 

「…ねぇ、キミ…名前なんて言うの?」

 

「フッ、そこまで気になると言うのならば仕方あるまし…」

 

 そう言って彼女は部屋にあるリサのベッドに登って仁王立ちで宣誓する。

 

「天が呼ぶ!地が呼ぶ!祭が呼ぶ!今巷で噂になっている花咲川の天災、丸山彩とは〜、私のことだッ!!」

 

 控えめに言って超ダサい決めポーズを披露してドヤ顔でキメる。

 これがギャグ漫画だったならばこのタイミングで背後が盛大に爆発していたことであろう。リサは数秒硬直する。

 

「丸山…彩…。そっか、貴女が…」

 

「ふふ、やっぱり私を知っているのだな!いやぁ私の名声も随分と広まって…」

 

 その瞬間、彩はリサに抱きつかれ、ベッドに押し倒された。

 彩は突然のことに唖然とする。

 

(…なんかデジャヴ)

 

「……あぁ」

 

「?」

 

「やっと、やっと会えたよ…!ハルカ…!」

 

「……」

 

 滝のような汗が流れる。

 

 な、ナナナナナナナなんでバレてるノーネ!?

 馬鹿な!こちらのセキュリティは完璧だったはず!

 

「は、ハルカって誰ナノーネ。そんな人しらしらしららら知らないよー」

 

「アハハ、ハルカって嘘が下手なんだね。…じゃあくいーんって呼んだ方が良いかな」

 

「おば、おばばびば…」

 

 自身の正体を的確に当てられて、機械のバグのようなノイズみたいな声を上げている。…そんな態度では自分から答えを言っているようなものである。

 しかし、リサにとってはそんな彼女すら愛おしく見えた。

 

「…アタシね、くいーんのファンなんだ。曲も全部聴いてる」

 

「しょ、しょうなんだ…。ありがと…」

 

「ずっと…、ずっと会いたかった…!ああ、くいーんってこんな可愛かったんだなぁ」

 

 リサは彩を力一杯抱きしめる。

 リサからすれば、この二週間ずっと自分のことを慰め、守ってくれた画面の中のアイドルが、自分の目の前に現れたのだ。その興奮と嬉しさは計り知れない。

 だからこそ、それを手放したくない、手に入れたいと思うのは人間としてごく自然なことだった。

 

「と、取り敢えず、部屋から出ない?ほらちゃんとギターも弾けたんだしさ!友希那ちゃん待ってるよ!」

 

「………嫌だよ、ずっとアタシと一緒にいて。アタシから離れないで…くいーん…」

 

「…うーん、私にもやりたいことがあるからそれはちょっと無理かなぁ」

 

「…………」

 

 リサは少しだけ巻いている腕を緩める。そうして独白を零していく。

 

「……くいーん、アタシね昔は歌手になりたかったんだ。キラキラしたステージでみんなの前で歌う。…今思えば友希那のお父さんの影響だったろうけど、それで流れでアタシと友希那はいつか一緒にバンドを作るって約束した」

 

「じゃあ歌えばいいじゃん。ツインボーカルとか珍しくないでしょ?」

 

「あはは、でもアタシ本当に歌はダメダメでさ…。音楽の先生には才能無いなんて言われたこともあった」

 

 しかし対する友希那には父親譲りとも言えるズバ抜けた歌のセンスがあった。正直に言うと、嫉妬した。自分が喉から手が出るほど欲しいものを友希那は持っている。それが羨ましくてたまらない。

 同時にそんな邪な心を持ちながらのうのうと友希那の隣に立っている自分自身が嫌になって、自虐的になったこともあった。

 

「友希那は天才だった。多分今でも自分のお父さん超えてるんじゃないかなって思うくらいには凄い。だからアタシの中で友希那より凄い人なんてもう出てこないって思ってた」

 

 思ってたのになぁ。そう言いながらリサは上半身を起こして彩の目を見やる。

 

「…もっと凄い人に出会っちゃった。アハハ、アタシくいーんのせいでこんなんになっちゃったんだよ…」

 

「……」

 

「…ねぇ、だからさ、くいーん。責任取ってよ」

 

 彩を掴んでいる腕が強くなる。両腕に痛みが走る。そこからは絶対に離さないというリサの執念が感じられた。

 彩は何も言わずにそんな焦燥したリサの顔をじっと見つめていた。そうして小さく口を開く。

 

「……私はリサちゃんにRoseliaに戻って欲しい。でもリサちゃんは私とずっと一緒にいたい」

 

「……うん」

 

「じゃあさ、一個約束しようよ。お互い納得できるような約束」

 

「約束…?くいーんとなら全然良いけど……でもアタシ…」

 

「そんな不安そうな顔しないで!丁度私も初心を思い出したの。だからお互いハッピーになれる話だよ!」

 

「??」

 

「ふふっ、実は私ね──」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 ーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「良かったわね、リサさんが戻ってきて」

 

「うん!一件落着!流石私!」

 

 彩はリサを連れて部屋から出てきた。

 部屋を出た瞬間に友希那が2人に飛びついてきて、困ったような笑顔を浮かべていたリサが印象に残っている。どうやら彩はリサの説得に成功したようだった。

 リサも先ほどのことを友希那に謝り、仲も取り持った。これでRoseliaは一旦の完全復活を果たしたわけだ。そんなわけで今日は一旦解散。彩と千聖は日が暮れた帰路を歩いていた。

 

 しかし、千聖の中には言い表しようのない違和感があった。丸く収まったはずだ。収まったはずなのだが、根本が解決されていないような感覚。

 

「…彩ちゃん、リサさんと中で何を話していたの?」

 

「んー、別に特別なことは何も?ちょっとお悩み相談して、一緒にベースギター弾いたくらい」

 

「だから部屋からベースの音が聞こえてきたのね。…でもそれだけじゃないでしょう?」

 

「何のこと?」

 

 千聖は足を止めて、彩に向き直る。

 

「彩ちゃん、私ね今貴女に夢中なのよ。貴女と会う時は常に目を離さないくらいには。だから彩ちゃんが嘘が下手っていうのも知ってるし、何かを隠す時は分かりやすいサインが出てくるのも分かってる。そう、例えば視線をいつも私の真反対に向けちゃうところとか、ね」

 

「うぐっ、何でわかるんでしゅか…?」

 

「さ、教えて彩ちゃん」

 

 そのマゼンタの瞳で詰め寄られ、思わず彩は後ずさる。

 

「べ、別に怪しいことしてないよ!ただ約束を一つしただけ!」

 

「約束?約束ってどんな?」

 

「それは言えない。ごめんね」

 

「…どうして?」

 

「リサちゃんと約束したから!あと私の都合!」

 

「…………」

 

 納得できない。納得できないが、これ以上問い詰めても彼女は何も喋ってくれないだろう。彼女は変に頑固なのだ。

 ならば今自分がすることは他人を見ることでは無く、できるだけ自分のポイントを稼ぐことだ。丁度準備も整った。今が動き時だろう。

 

「…ねぇ、彩ちゃん。明日の休日って空いているかしら?」

 

「明日?うん、特別何もなかったけど」

 

「バンドのメンバーを紹介したいの。集合場所は後で連絡するから来てくれないかしら」

 

「え、本当!?行く行く!」

 

「ふふ、ありがとう」

 

 ボサっとしていれば彼女は別の誰かに掠め取られる。今井リサであれ氷川紗夜であれ、そんな事実は白鷺千聖は許容できない。

 ならばやられる前にこちらで囲い込む。逃げる隙さえ与えず、付け入る隙すら与えず、完璧に。

 

「明日が楽しみだぜ!」

 

「ふふ、私もよ」

 

 

 さぁ、悪魔の口は目の前だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ●●●

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ…」

 

「どうしたんですか紗夜さん。随分と落ち込んでいますけど」

 

「羽沢さん…」

 

 コトリと目の前に淹れたての珈琲が置かれる。

 ここ羽沢珈琲店の一人娘である羽沢つぐみは心配そうに紗夜を見ている。

 

「久しぶりに来てくださったと思ったら、凄く落ち込んでるんですよ。一瞬別人かと思っちゃいましたよ」

 

「すみません、最近は少し…」

 

「何かあったんですか?できれば相談に乗りますよ」

 

「…いえ、あまり大した話ではないのですが、最近友人と一緒にいる時間がめっきり減ってしまって…」

 

「よく遊んでいたんですか?」

 

「遊んでいた…と言うわけでもないと思いますが、放課後はよく自主練に付き合ってもらってました。…なんですけど、最近は理由をつけて断られることが多くなってしまって…」

 

「成程成程…」

 

「部活にずっと入り浸ることもありますし、連絡だけ残して何処かに行ってしまうこともありました。私の方も部活やバンドの練習で予定が噛み合わないことも多くて…」

 

 しかもいつの間にか後輩まで誑かして来て…!弦巻さんといいそろそろ良い加減にして欲しいんですけどね…!

 

「さ、紗夜さん、顔が怖いですよ…」

 

「あ、すみません…」

 

 怖がらせてしまったようだ。もう少し自制しないと…。

 すると、別の店員が頼んでいたケーキを持って来た。

 

「お待たせしましたー!ショートーケーキです!」

 

「ありがとうございます」

 

「いえ!ではごゆっくり!」

 

 元気な声で店員はそそくさとその場を後にする。

 

「…この間は見ない方でしたね。新入りさんですか?」

 

「はい、一月ほど前に入って来た若宮イヴさんです。とても素直で熱心に働いてくれるんですよ!」

 

「へぇ…」

 

「それで、ここだけの話なんですけど、なんとイヴさん現役のアイドルなんですよっ」

 

「アイドル…。それはまた凄いですね」

 

「はいっ!…前まではあまり上手く行ってなかったそうなんですけど、最近は環境が良くなったとかで凄くご機嫌みたいなんですよね」

 

 アイドル…。

 そう言えば以前丸山さんが何故か苦手と言っていた。今度あったら理由でも聞いてみようか。

 

「あ、それでその友人さんのことでしたよね。うーん、本人に直接聞いてみるのが1番な気がしますけど…」

 

「…あまり口を割ってくれないんですよね。肝心なことは何も言わない人ですので…」

 

「…じゃあいっそのこと後を尾けてみては?」

 

「尾けるって…そんなストーカーじみた事…」

 

「偶には思い切ったこともしてみるのも大事…だと思いますっ。その友人さんが大事な人なら尚更です!」

 

「…そうね」

 

 …確かに、仮に自制を続けてその隙に丸山さんを誰かに掠め取られてしまうなんて事があれば、きっと私はどうかしてしまうかもしれない。…なら羽沢さんの言う通り偶には自分に素直に動いてみるのも大事なのかもしれない。

 

「…ありがとうございます。相談に乗ってもらって」

 

「いえいえ、こっちもご贔屓にさせてもらっていますので!」

 

「…ごちそうさまです。会計をお願いします」

 

「はい!」

 

 …取り敢えず丸山さんと会う約束を取り付けようか。尾ける云々はリスクも高い。真剣に丸山さんに問い詰めた後の手段として残しておこう。なんだかんだで彼女は隠すのが下手だから、勢いで攻めればあっさりゲロったりする。

 明日は1日バンドの練習が入っているから、明後日にしよう。私は携帯を取り出して丸山さんに明後日の予定が空いているかの旨を書いたメールを送る。

 

「どうぞ、お会計こちらになります」

 

「はい。…丁度でお願いします」

 

「分かりました!…あ、そういえば気になったんですけど友人さんのお名前って何て言うんですか?」

 

「ああ、そういえば言ってませんでしたね。丸山彩って言うんですけれど、本当に彼女は毎回毎回厄介事を持ち込んでくるんですよ!…いやだからと言って嫌いというわけでもないんですけど、せめてもう少し落ち着きを持ってほしいと……羽沢さん?」

 

「えっ、な、何ですか…?」

 

「顔色が悪いみたいですけれど、どうかしましたか?」

 

「だ、大丈夫です!何でもありませんよ!はい領収書です!」

 

「え、ええ。ありがとうございます」

 

「ではありがとうございます!またいらしてくださいね!」

 

「え、あの、ちょっと…」

 

 半ば追い出されるような形で店を出る。…一体どうしたと言うのだろうか。

 

「…あ」

 

 ふと携帯を見ると、丸山さんからOKの二文字が返って来ているのに気がついた。

 一週間ぶりに2人の時間ができたので気分が高揚する。どんなことをしながら問い詰めてやろうか。そんなことを考えながら私は帰路を辿った。

 

 

 

 

 








転生彩ちゃんのヒミツ⑨:子供の頃の夢は世界征服!絵本で読んだ魔王がカッコよくて堪らなかったそうだぞ!

にゃーんちゃん・きゃぷちゃー:彩専用捕縛道具。開発当初は猫に使う予定だったが、猫の首を絞めるのはかわいそうという理由で永らくお蔵入りになっていた。結構練習したのでそれなりに命中率は高い。近いうちに、あやちゃん・きゃぷちゃーに改名されることになる。





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ぱすぱれ!






【前回のあらすじ!】
・千聖「彩ちゃんが地味になった時は世界の終わりだと思っています」
・私はリサちゃんと彩ちゃんの演奏を融合!いでよ暗黒パリピ・リサチャーン!
・紗夜「浮気の気配がする…」









【前回の舞台裏】


 弦巻こころは自身の携帯の画面を見る。そこに映るのはネットで広まった路上で香澄と楽しそうに演奏をするハルカの姿が。

「…こころ様。投稿されている動画、及びネット情報。全て削除が完了いたしました」

 ネットに存在した演奏動画は、投稿されてからわずか数分でネットの海から姿を消した。それもこれも弦巻家の力を最大限使った結果。
 きっと彩はいずれ世間にその姿を現し、侵略とも言える影響力を発揮し始めることだろう。しかし、それはまだ早いと思っている。しかし彼女は傍若無人だ。己の姿が世間に明るみに出ることなどカケラも戸惑わないことだろう。だからこそ自分が抑えておかなければならない。まだその時では無いのだから。

「ありがとう、今後もこういうのが投稿されたらすぐに消してちょうだい」

「畏まりました」

 黒服は一礼をして部屋を出る。
 部屋に1人残されたこころは再び画面を見る。視界にはハルカの隣にいる香澄の姿が。

 己の将来の宝物に集る虫、埃。
 彼女だけではない。黒服から聞くに彼女の虜になった人間はそれこそ水田に集るユスリカ程にいるのだから。

「…そろそろ、お手入れの一つくらいしないといけないわね!」

 そう言葉を溢すこころの表情は恐ろしいほどに、いつも通り満天の笑顔だった。







 

 

 

 

 

 

 

 

 

 人には誰しも苦手な人の1人や2人いるもので、学校の先生やバイトの上司、関わり難い同級生なんてのはよくいる例だろう。

 大和麻弥にとって白鷺千聖はそういう苦手な部類に入る人に違いなかった。もちろんそこに優しさがあることも理解はしているが、ストイックな部分ばかりを見てきたからかどうも関わりづらいのだ。

 そして今日は何故かそんな千聖からお呼び出しを受けてしまっていた。

 

「マヤさん!おはようございます!」

 

「あ、おはようございますイヴさん。今日は一際元気っスね」

 

「元気も出て来ますよ!何たって今日はあのチサトさんがお友達を連れてくる日なんですから!」

 

「そうっスか…まぁ確かに会ってほしい人がいるなんて、千聖さんが言い出すのはちょっと驚きっスけど」

 

 2人の中の千聖のイメージは厳格で真面目な人、である。こうして自分たちと関わっているのも飽くまでビジネス部分が大きく、仕事以外では最低限しか関わってこない。そんな人だと思っていた。いや、事実以前まではそうだった。

 ごく最近になって急にメンバーのケアや活動環境の改善に努めるようになり、それに加えて今回の事だ。理由はわからないが、2人にしてみれば嬉しいことには変わりなかった。

 

「チサトさんのお友達ってどんな人なんでしょうか?」

 

「分からないですけど、千聖さんのことですしお仕事関係の方かもしれませんね。態々こうしてお店を予約してまで時間を空けるくらいですし…」

 

 麻弥は軽く周囲を見渡す。

 ここはそれなりに高い代物を扱っている料理店だ。有名人が来ることもあるくらいには名が知れている場所でもある。そんな大人びた店にはその2人の少女は少しばかり不相応だった。

 

「それでも千聖さんの方から歩み寄ってくれていることには変わりませんよ!すごいパフォーマンスをするにはメンバー間の距離感を縮めることは必須!今回もその一環に違いありません!」

 

「そうかな…?……そうかも」

 

「千聖さんのおかげでどんどんパスパレは良くなって来てます!最初こそビックリしましたけど…」

 

 2人の頭に思い出されるのは、ここ数日の激動の日々。唐突に激しい入れ替わりを見せたスタッフ。事務所主体からメンバー主体の活動方針への転換。そしてメンバーへの手厚いメンタルケアの確保などなど。大変なこともあったが、以前と比べれば格段に活動環境は良くなったと言えるだろう。それもこれも、全ては千聖が尽力したおかげだと2人は理解していた。

 

「本当、千聖さんには頭が上がらないっス。ジブンたちのためにここまでしてくれるなんて…」

 

「今度のライブが上手くいったら皆んなでエンカイをしましょう!私エンカイゲイというものが見たいです!」

 

「あはは…そうっスね。それも良いかもしれません…」

 

 テーブルに置かれているお冷を見つめる。自分の顔がぼんやりと写っている。

 

「……これからジブンたち、どうなっちゃうんでしょうか。環境は良くなっても、ジブンたちのお先は真っ暗ですよ」

 

「…頑張るしかありませんっ!私たちがアイドルを続けていく限り必ず光明は見えてきます!だからそれまで…!」

 

「それって、いつまでなんですか?一週間?一ヶ月?…それとも数年後?ジブンそれまで耐えられる自信無いですよ…」

 

「それは…」

 

 はっきり言えば麻弥は限界だった。終わらぬバッシングと停滞する現状に彼女の心は悲鳴をあげている。そんな苦悩している麻弥を見てきたイヴは下手な言葉を出せなくなる。

 

 そんな重苦しい空気の中、2人の机の前に店員らしき人が現れた。その両手にはクローシュが被せられた料理の皿がある。

 

「あ、あっ!料理が来たみたいですよマヤさん!」

 

「…え?まだ千聖さん来てないのに。それにジブンたち何か頼んだ覚えなんて…」

 

「お待たせしやした!マルヤマ天ぷら盛り合わセットお雑煮添えだぜ!」

 

 どかりと目の前に出される金色の山。料理に関しては殆ど素人の2人から見ても素晴らしい完成度だと見るだけでわかる。実に食欲をそそる色だ。

 一つ問題点があるとすれば、ここは西洋料理店であり、天ぷらなどここのメニューには存在しないと言うことだけである。

 

「……あの、ジブンたちまだ何も頼んでいないのですけど…」

 

「フッ、お客様。料理店においてメニューを頼んだか頼まなかったなんてものは実に些細な問題なのですよ!店とは料理人の領域!この店に入った時点で既にユーたちは料理人の好みを食らうことは確定しているのだ!」

 

「成程…!私たちはいつの間にか受ける側になってしまっていたのですね!これがJapanese restaurant…!」

 

「いや全然違いますからね!?イヴさん騙されないでください!この人の言ってること全部出鱈目ですから!」

 

「いえマヤさん…一概にそうとも言えません。以前読んだJapanese mangaで見たことがあります。ニホンの料理人は皆自分のパーソナルスペースを展開可能であり、その中ではあらゆるものが必中必殺なると…」

 

「いろんなものが混ざった上での偏った知識!そんな事実は無いっス!」

 

「取り敢えず冷めちゃうのでモシャモシャとっとと食ってモシャモシャくだせぇ」

 

「うわぁ!食べられてる!?そっちが天ぷら頂いちゃってどうするんですか!?ジブンたちまだ一口も食べてないのに!」

 

「隙を見せた方がわろし」

 

「くっ、これがJapanese culture!やはり素晴らしくも侮れないデス!」

 

「日本人皆んなこんな変人と一緒にしないでほしいっス!」

 

「あっ!いたぞ!」

 

 野太い男の声。その先には長いコック帽を被った彫の深いいかにもな人がいた。

 

「あ、やべバレた」

 

「勝手にお客様に品物を振る舞うなど許せぬ!成敗してくれる!」

 

 怒り心頭の料理長は、華麗に警棒を構えて武人さながらの突きを見舞う。それを怪しい方の店員は紙一重で避ける。突然始まった戦闘に麻弥はついていけず、イヴは目を輝かせた。

 

「仕方ない、残りの天ぷらはくれてやる。私は逃げなければならないからね!ではサラダバー!」

 

「待ちなさーい!」

 

 そう言って謎の少女は店の外へ走り去ってしまった。

 

「……なんだったんスか今の」

 

「面白い人でしたね!コックさんも店員さんも素晴らしい動きでした!それにしても、さっきの店員さんどこかで見たことある気がするんですよね。何処でしたっけ…」

 

 …まぁ、もうすぐ夏だ。季節の変わり目には変な人が増えるとも言うし、たいして気にする必要も無いだろう。

 そんなことを考えながら、麻弥は適当に皿に残った海老の天ぷらを齧る。

 

(めちゃくちゃ美味しい…)

 

 

 

 

 

 ー

 

 

 

 

 

「2人ともお待たせ。…って貴女たちもう頼んでいたの?」

 

「むっ…!?ち、千聖さん違うんですこれは…」

 

「Japanese Cookさんに持ってきてもらったんデス!とっても美味しいデスよ!チサトさんも如何ですか?」

 

「いえ、私は良いわ。…それよりも日菜ちゃんがいないみたいだけど」

 

「あー…、その、実は朝から連絡が取れなくて…」

 

「またサボりね。全く、あれだけ釘を刺していたのに…」

 

 氷川日菜はメンバーの中でも特に集まりが悪い。兎に角気まぐれで気分屋だ。特に最近は酷く、こうした活動関係なしの集まりにすら来ず、半ば幽霊メンバーとなっている。千聖がメンバーをまとめるのに苦労している原因も、8割は彼女だ。

 

「…まぁ今は良いわ。今はそれよりも今日の本題なのだけれど…」

 

「そうですチサトさんのお友達デス!姿が見当たりませんが、一緒に来てないんですか?」

 

「おかしいわね。先に来ているって言っていたのだけれど…。2人とも見なかったかしら。ピン…黒髪で癖のある髪の子なのだけれど…」

 

「黒髪…すみませんが見てませんね…」

 

「私もデース」

 

 彼女はアレでも約束は律儀に守る人だ。もしかすれば何かトラブルでもあったのかもしれない。そう思い携帯を取り出したその瞬間、視界が暖かさと共に黒になった。千聖はすぐに察する。

 

「だーれだ!」

 

「ふふ。…ハルカちゃんよ」

 

 

 

 

 

 ー

 

 

 

 

 

 待たせたな!皆んな大好き天ぷら大好き高級カツラは大嫌い、丸山彩ちゃんだぜ!

 何でかカツラを装備して来て欲しいという千聖ちゃんの要望に応えて今回はハルカちゃんとして参上だぜ!まぁどの道この店で追われの身になっちゃったから変装必須なんだけどね!

 

「…ハルカちゃん?」

 

「フッフッフッ、本当にそうかな?」

 

「?」

 

「千聖ちゃんは今私の姿を視認していない。つまりそれはまだ背後にいるのがまる…ハルカだということが確定していないと言うこと!そう、今の私はさながらシュレディンガーの猫!さぁその上で当てて見せよ!」

 

「声が聞こえる時点でその理論は破綻してるわハルカちゃん」

 

 あ、ホントだ。彩ちゃんうっかりだぜ。

 

「あの、千聖さん…。その人が?」

 

「ええ、友人のハルカちゃんよ」

 

「しくよろー」

 

(どことなくさっきの店員の人と似てるような…)

 

「はじめまして!私若宮イヴです!ニホンサムライブシドー大好きです!よろしくお願いします!」

 

「むむっ…、ならばこちらも日本の礼儀で応えねば、無作法というもの…。皆んな大好きハルカちゃんでーす!そう!今日本で1番輝いている女とは私のことだ!」

 

 彩はそう叫び控えめに言って超ダサいポーズをキメる。どこか侍らしい雰囲気が無いこともないので彼女なりの日本のイメージなのだろうが、正直表現力の欠如と言わざるを得ない。麻弥はどうリアクションして良いか困ってしまう。

 

「おお!これが日本式の自己紹介!これは日本力が試されている証拠…!私も続きます!」

 

「続かなくて良いっスよ!」

 

「ででで?貴女は?」

 

「うわっ!?や、大和麻弥っス…」

 

「やまと…まや…!?つまり、逆から読んでもやまとまや!」

 

「え、は、はいそうですね…?」

 

「くっ!負けた!」

 

「いや何に!?」

 

「日本力で!」

 

「だから日本力って何ですか!?」

 

「逆さ言葉なんて…そんなの生身の人間がザーボンさんに挑むようなもの!今の私では勝てない…!」

 

「正直その例えは複雑っス…」

 

「ふふ、仲良くなれてるみたいでよかったわ。ほら、ハルカちゃんもお店の迷惑だから席に座って」

 

「あ、そうだお腹減ってたんだった!私食べたいのあったんだよねー!」

 

 そう言って席に座る彩。千聖とイヴと一緒にキャッキャとメニューを見始めた。

 

(…何というか、すごく子供らしい人っスね)

 

 理性的な千聖に対して感情的に動くハルカ。まさに真逆。正直千聖はああいうタイプは苦手だと思っていたので少し意外である。ここにいないメンバーのこともあるから尚更。

 

(…まぁ、怖い人じゃなくて良かったっス)

 

 

 

 

 

 ー

 

 

 

 

 

「ぷはぁ、お腹いっぱい!」

 

(10人前は食べましたよこの人…)

 

 積み上げた皿の山に戦慄しながら、麻弥は食器を重ねる。

 

「千聖ちゃんから聞いたけどみんなバンドやってるんだよね!うーん青春!麻弥ちゃんは何やってるの?」

 

「え、っと…ジブンはドラムっス…」

 

「私はキーボードです!」

 

「千聖ちゃんがベースとボーカルだから…あれギターは?」

 

「その…日菜さんは…」

 

「ギターの子は今日は来てないの。今日も声をかけていたのだけれどね…」

 

「サボりってこと?」

 

「そうね、最近は練習にも全然顔を出さなくて困ってるのよ」

 

「ふむふむ…ヨシ!今日やること決まり!」

 

「え?」

 

「今からそのギターの子を探しに行こう!サボってるんだったら練習だって出来ない!それじゃあ千聖ちゃんのライブが見れなくなる!それは困る!せっかく作った千聖ちゃん応援グッズが無為に帰しちゃう!」

 

「でも何処にいるのか…」

 

「ふふ、ならまずは身辺調査だ!サボるからには理由があるはず!」

 

「今回はすぐ外に飛び出さないのね」

 

「ふふ、あy…ハルカちゃんは日々アップデートを繰り返す生き物!私も反省を活かすのだ!そんなわけで最近そのギターちゃんに変わった様子とかあった?」

 

「変わったというか…」

 

「最近のヒナさんすごく怒ってる様子でした!レッスンに来ても常にイライラしているって言うか、心ここに在らずというか…」

 

「それでも演奏とダンスは完璧でしたけどね」

 

「ふむふむ成歩堂…」

 

「それに空いてる時間に何かと携帯を見たり、メモ帳を取り出して何か書くことも多くなりました。何をしてるのかは頑なに教えてくれませんでしたけど…」

 

「サボりが増えたのもそれと同じくらいの時期でした!」

 

「って言っても日菜さんは最初からあんな感じでしたけれど…」

 

「ムッ、ビビッと来た!!」

 

「な、何ですか?」

 

「私はそのギターちゃん、もといヒナちゃんの異常はズバリ家庭事情と読んだ!携帯をよく見るのも家族のことを気にしてるからに違いない!」

 

「じゃあメモは…」

 

「あれは……多分反省文かなんかでも書いてるんだと思う!」

 

「ちょっと無理がある気が…」

 

(……反省文は兎も角、他は案外的を射てるわね)

 

 話し合う3人の他所、千聖は冷静にそう思う。

 というのも、千聖は日菜の異変の原因の大体の見当がついていた。無論本人の口から聞いたわけでは無い。なので飽くまで予想ではあるが、恐らくは家族関係だろう。

 というのも日菜は側から見ても自身の姉に対する執着が隠しきれていない。彼女は何でも興味のあるものなら手をつけて、飽きたら放置する。そんなタイプだ。実際このパスパレがそうなのだから。彼女のパスパレに対する興味は最早米のデンプンの味ほどしか残っていないだろう。何もしなければ近いうちにパスパレを抜ける確信すらあった。寧ろ今に至るまでよくいたと感心するくらいだ。

 しかし、どうやら姉だけは違うらしい。先ほど述べた通り、日菜は姉である氷川紗夜に異常な執着を見せている。理由はわからないが、家族なのだ。特別な想いを寄せることもあるだろう。

 そうして思い返すこれまでの日菜の異変。同時期に彩と紗夜が行ったライブ。そこからより親密になった2人の関係性。無関係とは断言できない。というよりそれしか考えられない。

 日菜があのライブを見たのかは知らないが、何かの拍子で姉の異変に気がついたのだろう。それで彼女なりに悶々と悩んでいる状態。それが今の日菜の現状…というのが千聖の推測。

 

 …まぁ要するにこの推測が導くところは、結局また彩のせいだということだ。

 

「兎に角!メンバーなら向かい合わないと!」

 

「ですが、やっぱり居場所が…」

 

「簡単簡単、ご自宅に殴り込みに行けば良いのだよ」

 

「えぇっ!?それは流石に迷惑というか…」

 

「向こうが勝手にサボったのだ。ならこっちも勝手にやらせても結構でしょ?」

 

「私も良いと思うわよ。そろそろあの子には一言言わないといけない頃だと思ってたし」

 

「私も賛成です!」

 

「けど…やっぱり悪いですよ。態々こうしてハルカさんが来てくれたのにこんなジブンたちの都合に巻き込んで…。もっとパスパレとは関係のないことをしてみませんか?ほら、何処かに遊びに行ったりとか。ジブン良いお店知ってて…ってもういない!?」

 

 店のカウンターを見ると既に会計をしている千聖の姿が。行動が早い。

 

「ほら行こう!」

 

「わわっ!ちょっとハルカさん!?」

 

 ハルカは麻弥の腕を引っ張って立ち上がらせる。

 軽快に笑いながら自分の腕を引いて走らせるその様は、麻弥にこれから起こる災難を感じさせるには十分だった。

 

(本当に大丈夫なんスかこの人…)

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

「ここが日菜ちゃんの家よ」

 

「チサトさんヒナさんの家知っていたんですね」

 

「ええ、ちょっと知る機会があってね」

 

 事務所を乗っ取った時にメンバーの個人情報を一通り網羅したのは秘密である。

 

「へー、紗夜ちゃんと同じ苗字なんだー」

 

(………ここは敢えて黙っておこうかしら)

 

 そうして彩は迷いなく呼び鈴のボタンを押す。すると中から足音が聞こえてきて、ガチャリと玄関の扉が開く。

 

「…どちら様でしょうか?」

 

「暗黒の使者ハルカちゃんです!」

 

「……えっと」

 

「ちょっとハルカさん、初対面の人に失礼っスよ!…あ、スミマセン。ジブンたち日菜さんに会いにきたんですけれど、日菜さんのお母さんでよろしかったでしょうか?」

 

「はい、そうですが…、確か…貴女たちはPastel✴︎palletの皆さんでしたよね?ごめんなさい、せっかく来てくれて申し訳ないのだけれど、丁度日菜は出かけているのよ」

 

「どこに行ったか分かりますか?」

 

「ごめんなさい、あの子自由奔放だから。私にもどこに行ったのかは…」

 

「うーん、心当たりとかも無い感じですかね?」

 

「はい。…それで、あの子に何か御用でしたか?」

 

「いえ…、実はヒナさんの様子が最近おかしくて…。心配で来たんですけれど、何か心当たりとかありますか?」

 

「……いえ、分からないわ。家でもあまりものを言わない子ですし…」

 

「そうですか…」

 

 親にもわからないとなると、もう手詰まりだろう。正直もう少し聞きたい気持ちがあったが、これ以上時間を使わせるのも迷惑だろう。そう思い一旦この場から退こうとする。

 

「あ、そうだ!ヒナちゃんってお姉ちゃんとかいたりする?ちょっと垂れ目だけど、超怖い様相してる!紗夜ちゃんって言うんだけどさ!」

 

「…………いえ、私の家は日菜の1人っ子よ。他人の空似じゃないかしら」

 

「そっかぁ残念。似てると思ったんだけどなぁ…」

 

「……」

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

「ヒナちゃん見つからず!」

 

「どうしましょう…。完全にアテが無くなっちゃいました」

 

「そうっスね…、ジブンたちも日菜さんがどこに行ったかなんて分かりませんよ」

 

「まだ諦めるには早いよ2人とも!打つ手は残っている!」

 

「と言うと?」

 

「ふふ、名付けてカブトムシ作戦!」

 

「か、カブトムシ?」

 

「道中で言ってたよね。ヒナちゃんは面白そうなものに飛びついてくる習性があるって!これを利用しない手は無いよ!」

 

「習性って…」

 

「作戦は単純!私たちが最高に面白いことをしてヒナちゃんを誘き寄せる!近づいてきたところで待機組が捕獲する!どう?」

 

 まるで昆虫のような扱いをされる日菜に同情を禁じ得ない。

 しかし日菜が興味のあるものに飛びついてくるのは事実。現状打つ手が無い以上、これが最善手なのかもしれない。

 

「でも面白いことって一体何を…?」

 

「うーん…、今日楽器とか持ってきてないしなぁ…。千聖ちゃん何かあるー?」

 

「そうね、日菜ちゃんが興味を示すものといえば…」

 

 やはり1番はライブだろう。路上なりステージなりで彩が演奏をすれば、少なくとも寄りかかってくる可能性はある。楽器もツテですぐに取り寄せられるだろう。

 しかし日菜の居場所がどこなのかがわからない以上必ず来るとは言い難い。それにまだ彩の魅力を大衆に知らしめる時では無い。それはまだ早いのだ。まぁ本人の破天荒さのせいで漏れ出しつつあるが…。兎も角、ライブという手段は使えない。勿論それで手段が無くなったというわけではないが、ここは自分がとやかく言うよりも有効な手段がある。

 

「…私は貴女がやりたいことをするのが1番だと思うわ」

 

「んー??」

 

「要するに、貴女の行動そのものが日菜ちゃんの興味を惹くに値するのよ」

 

 これは断言できる。

 丸山彩はその次の瞬間を楽しむために生きている。だからやることなすこと全てが私たちの予想を上回る。周りの人間も振り回される。究極の自己中心的思想。

 そんな瞬間瞬間を目を輝かせながら生きている彩に日菜が惹かれない訳がない。故にシンパシーも合う。

 

(そうなれば日菜ちゃんがパスパレに留まる理由もできる)

 

「よくわかんないけど…、私が考えたのならなんでも良いってことだね!よーし、なら張り切っちゃうぞー!」

 

「だ、大丈夫なんスか千聖さん…」

 

「大丈夫よ。………多分」

 

「千聖さん!?」

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 ーー

 ー

 

 

 

 

 

 

 

 

「いらっしゃいませい!ご注文はなんでしょーか!」

 

「えっと、まんまるDXクレープ一つくださいっ」

 

「はーい!イヴちゃん具材お願い!」

 

「わかりました!」

 

 そう言ってイヴは鮮やかな果物を華麗な包丁さばきで適切なサイズに切っていく。

 

「ほあちゃーっ!」

 

 果物たちが宙を舞う。だが、舞う先にはいつのまにかクレープの生地を完成させていた彩が。果物を綺麗にキャッチし、慣れた手つきでクリーム付きで巻いていき、包装に入れた後棒チョコを5本差し込む。

 

「へいお待ち!300円だじぇ!」

 

 商品を受けとった少女はお駄賃を渡したあと、嬉しそうにその場を離れていった。

 

「ふぅー、健気な幼女の笑顔は健康に効くぜ!」

 

「……あの」

 

「どうした麻弥ちゃん!もしかしてクリーム作るの疲れた?代わろっか?」

 

「いやそうじゃなくて…」

 

「麻弥ちゃん、言うだけ無駄よ。私たちにできることはもうないわ」

 

 そう言う千聖の目は少しばかり死んでいた。それと同時に嬉しそうでもあったが。

 

「それにそれなりにお客さんも来てるわ。これなら日菜ちゃんも騒ぎに気がついて来る可能性もある」

 

「そ、そうかもしれないっスけど…」

 

「それにしてもハルカさん、こんな手押し屋台どこから持ってきたんですか?」

 

「いやー、私バイトでクレープ屋さんに勤めててさー。そこの店長からもらったんだー」

 

「凄いですよそれ!すごく信頼されてる証拠じゃないですか!」

 

「売り上げ出さないとドヤされるけどねー。それよりもヒナちゃんいた?」

 

「うーん、見当たらないですね」

 

「ならもっと盛り上げよう!今回は特番振る舞い!パフェもケーキも追加だ!」

 

「クレープだけでも結構クタクタなんですけどジブンたち…」

 

「大丈夫私がいる!下準備も全部終わらせてるし、盛り付けだけだしさ!それに今よりお客が増えれば日菜ちゃんも見つかる可能性がある!」

 

「そうです!今の私たちに不可能はありませんよ!イザブシドー!」

 

「「おー!!」」

 

「変にシンパシー合ってるっスね2人とも…」

 

 

 

 

 ー

 

 

 

 

 

 少しだけ客行きが落ち着いてきた。

 麻弥は近くのベンチに疲れを落とすように腰掛ける。

 

「はぁ〜、疲れたっス…」

 

 ふと屋台の方を見る。未だに彩とイヴは張り切ってお客の対応をしている。よく体力が持つものである。すると突然視界の端にジュースが現れる。

 

「お疲れ様、麻弥ちゃん」

 

「あ、千聖さん。どうもっス」

 

「どうかしら、私のお友達は」

 

「…どうって、もう無茶苦茶っスよ。初対面なのに遠慮も何も無いですし、やることすること突拍子もないですし…。正直日菜さん相手にするより疲れるっス…」

 

「……でも、悪くないって思ってるところもあるんじゃないかしら」

 

「………そう、っスね。ちょっとだけ楽しいとは思ってます。まぁ、最近が最近だったからだと思いますけど。フヘヘ…」

 

「そうね、正直ここまでのパスパレの活動は散々と言わざるを得なかった。私も何度抜けようと思ったか分からないわ」

 

 寧ろリアリストの彼女が日菜同様今日に至るまで残っていることが奇跡と言えるかも知れない。千聖は自分のキャリアに色が付くと言う理由だけでパスパレに入っていたのだから。

 

「それに阻害物が無くなったとはいえ、今までのことが帳消しになるわけじゃない。パスパレは今後も厳しい視線に晒されるでしょうね」

 

「………まぁ、そうっスよね」

 

「そんな私たちがこれからこの芸能界で生き残るには決定的な何かが必要なのよ。そう、例えば私たちをまとめて引っ張ってくれるリーダー的な存在、とかね」

 

「…何が、言いたいんスか?」

 

「私はハルカちゃんをパスパレに入れたいと思ってるわ」

 

「…えっ」

 

 唐突な言葉に思わず目を丸くして言葉を詰まらせる。

 

「今回2人に会ってもらったのはハルカちゃんのことを知ってもらうため。本当は日菜ちゃんもいて欲しかったのだけれどね」

 

「…それってつまり、パスパレのリーダーをハルカさんにするってことっスか?」

 

「ええ。…今までは私が纏め役を買って出ていたけれど、貴女やイヴちゃんだけならともかく、正直日菜ちゃんは私じゃ手に余るわ。だから私たち4人を一つにしてくれる統率者が必要なの」

 

「…そうなんですか。でも言っては失礼ですけどハルカさん1人入っても特別状況は好転しないと思いますよ」

 

「いえ、変わるわ。今とは比べ物にならないほど良い方にね」

 

「…随分自信ありげなんですね。その自信がどこから出てくるのかジブンにはよく分からないっスけど…」

 

「そのうち分かるわ、そのうちね」

 

 そう笑う千聖の表情は嬉しそうであると同時に少しだけ不気味で、妙な底知れなさを感じ取った。

 

(まぁ、今のジブンたちは千聖さんに従うしかないっスけど…)

 

 千聖に推薦されてパスパレに入った時はこんなことになるとは思ってなかった。何度も何度も見たくも聞きたくもないものを浴びせられてきた。アイドルはもっとキラキラしたものだと思っていたのに、実際にあったのはその真逆。苦しくて苦しくて今すぐにでも逃げたい気持ちだ。だが千聖はまだ諦めていない。このパスパレの現状をどうにかしようともがいている。意図はわからないが千聖が自分たちのために必死になっているのなら逃げるのはきっと卑怯なのだろう。

 それは果たして逃げたくないのか逃げられないのか。どちらなのかなどとうに忘れてしまった。

 

「麻弥ちゃん!千聖ちゃん!お客さんが雪崩の如く押し寄せてきやがったぜ!手数が足りぬ!このままでは私の腕が4本に増えてしまう!」

 

「ヒナさんがいるのか分からないデス!ミッケ!みたいな難易度でーす!」

 

 屋台の方には大繁盛と言って過言なしの客で溢れかえっていた。帰宅ラッシュもあるかもしれないが、それにしても良く繁盛しているものだ。少しばかり行くのが億劫になる。

 

「…お呼びみたいね。行きましょう麻弥ちゃん」

 

「そうっスね。お互いお客さんに潰されないよう頑張りましょう」

 

 未だ今後に対する不安は拭いきれていない。ハルカが仲間になってどうにかなるとも思えない。そもそも仲間になってくれるのかさえ。

 

 ただまぁ、彼女がいれば辛いことも乗り越えられそうな、そんな気はした。

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「結局見つからなかったぁ!」

 

「でも大繁盛でしたね!在庫も全部売り切れ!素晴らしい戦果でした!」

 

「最後の方とかお客さん来すぎて逆に見つけにくかったですからね…」

 

「良いじゃない。売り上げも出たことだし、アルバイト代も貰えたでしょう。…それにしても良かったのかしらハルカちゃん。こんなに貰って…」

 

「いーのいーの。この屋台は実質私が店長みたいなもんだし、給料の振り分けも私の勝手なのだ!」

 

 色々問題が出そうな発言だが、まぁ彼女らしいと言えばそこまでだろう。

 

「…そろそろ日が沈むわね。この辺りで解散にしようかしら」

 

「そうですね、親も心配しますし。明日もレッスンがありますしね…」

 

「そうだ!ハルカさんも見にきてくださいよ!見てもらった方が練習にも良いですし!」

 

「あー、ごめんね。私明日は友達と約束あるんだ。だからまた今度誘っておくらー」

 

「残念です…」 

 

 しょんぼりと落ち込むイヴ。どうやらイヴは彩と親しくなれたらしい。向いている向きが一緒だからか馴染むのも早い。

 

「あ、じゃあジブンたちはこっちなので」

 

「サヨナラです2人とも!今日はとっても楽しかったですよ!」

 

「私もー!じゃーねー!あ、ライブやる時はチケットちょうだいねー!絶対だよー!」

 

「分かりましたー!」

 

 そう言ってイヴと麻弥は別れ道の先へ消えていった。

 2人の姿が見えなくなった頃、彩と千聖は再び歩き始める。

 

「いやー、凄い面白い人たちだった!また遊びたいなー」

 

「ふふ、また時間が取れれば会えるわよ。それこそレッスンの日に来てくれれば良いし」

 

「あれ、でも千聖ちゃんのバンドって事務所に管轄されてるんでしょ?なら部外者が行くのって不味そうな気がするけど」

 

「それくらいの融通は利くわ。日程さえ押さえれば容易だし、彩ちゃんなら歓迎よ」

 

「まじ?やった!」

 

「それで、彩ちゃんから見て2人はどうだったかしら?」

 

「愉快な人たち!」

 

 ボケとツッコミを高水準でこなせる人たちだと思いますな。芸人向いてるぜ。

 

「ふふ、確かにそうね。あの2人隙を見せればすぐに漫才を始めるんだもの。とっても愉快よ」

 

「だよねー!千聖ちゃんが言うだけあって面白い人だった!みんなの言うヒナちゃんに会えなかったのは残念だったけど、過ごしてて楽しそうな人たちだった!」

 

「…彩ちゃんが望むのならいつだって過ごせるようにしてあげられるわ」

 

「ん、ドユコト?」

 

 きょとんと首を傾げる彩。

 少し早いかも知れないが、今が彩ちゃんの真意を確かめる絶好の機会。

 

「もし、もしの話よ。今私が彩ちゃんに私たちのバンドに入ってほしいって言ったら、どうする?」

 

「そりゃ断るよ」

 

 即答。

 流石に虚を突かれるが、予想の範囲内だ。

 

「…それは、どうしてかしら」

 

「私事務所とか管轄されるとか苦手だし、バンド組むなら私1人で作るって決めてるからね!」

 

 成程、彼女らしい理由だ。それならあの時氷川紗夜と組んで演奏していたのも頷ける。

 要は紗夜は彼女に見染められたのだ。隣に立つに相応しいと彼女が思ったから、あそこにいる。

 胸の内に醜く混ざり合った黒が現れる。

 

「それに選ばれないのは、私たちが力不足だから?」

 

「まぁ…そうとも言えるかも」

 

「ふふ、もっとはっきり言っても良いのよ。それは事実だから」

 

 私と氷川さんは同じ凡才だ。

 互いに秀でたところはあれどそれは努力で作り上げたもの。長年ギターに触れてきた氷川さんと数ヶ月前に始めたばかりの素人では差が出るのは当然。

 芸能に全てを捧げてきた私と、ギターに全てを捧げてきた彼女。

 

 何が違うというのか。

 

 仮に、私が幼いころから音楽に出会っていれば、ドラムでもピアノでも、楽器ならなんでも良い。出会って努力していれば、きっと彼女の目に留まれた筈なのに。私にも選ばれる権利があった筈なのに。

 どうしようもないことばかりが頭の中を駆け巡る。

 

「…私がもっとベースを弾くのが上手くなったら、彩ちゃんの作るバンドに入れてくれるの?」

 

「うーん、でも千聖ちゃんは今いるバンドがあるんでしょ?そっちを大事にするべきだよ」

 

「私は彩ちゃんのバンドに入りたいの」

 

「ダメだよ。千聖ちゃんは──」

 

「彩ちゃん」

 

 腕を掴んで彩ちゃんを引き留める。

 こんなに頑なだとは思わなかった。こんなに今あるバンドのことを考えてくれているとは思わなかった。こんなにも、優しい目で見られるなんて思ってなかった。

 

 だから、もう我慢できない。

 

「…千聖ちゃん?」

 

「彩ちゃん。私ね、貴女が欲しいの。欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて堪らないのよッ」

 

「うわっ」

 

 私はそのまま彩ちゃんを家の璧に押し当てる。目の前の彼女はまっすぐ私を見据えている。

 手に触れる彼女の肌、顔の肌に当たる吐息、カラーコンタクト越しから僅かに見える紅い眼差し。その一つ一つがどれも愛おしく思えてしまう。

 そのまま私は彼女の頬に優しく触れる。

 

「嗚呼、綺麗…」

 

「くすぐったいよ」

 

「御免なさい。でも本当に綺麗で、愛おしくて…」

 

「あはは、私のことを知らない人はみんなそう言うよ」

 

「…?」

 

「それより、そろそろ離してくれないかにゃー。ちょっと距離近いし…」

 

「ふふ、嫌よ。だって今の彩ちゃん…」

 

「ん…」

 

「とっても可愛いんだもの」

 

 きっと同性にこんな感情を持つことは間違っているのだろう。女優という世間の目に晒される立場なら尚更。それでも彼女を手にしたいと思っていた時からずっと想い重ねていた感情。

 私は強く彩ちゃんを抑えながら、少しずつその顔の距離を近づけていく。

 

 

 そうして距離が0に──

 

 

「だめだよ」

 

「!」

 

 寸前に彩ちゃんの人差し指に阻まれる。彼女の目に映る光が私を射抜く。

 

「のいて」

 

 ああ、ダメだ。逆らえない。

 せっかく詰めた距離が元に戻ってしまう。…本当、時折こんなカリスマを垣間見せるのだから彼女は一筋縄ではいかないのだ。

 

「ふふ、そういうのは将来のお婿さんに取っておくべきだよ。きっと私のこと手元におきたくて堪らないんだろうけど、私はそんな安くないのです」

 

「………」

 

「今日も1日楽しかった!それで良いじゃん。それ以上を求めるなんて贅沢だぜ」

 

 やっぱり彼女はどこまでも不羈だ。今の私程度じゃその歩みを引き留めることすらままならない。

 

「それに私が欲しいんだったらそんな程度じゃ全然足りないよ。もっと、もっと、もっと、全部投げ打つくらいガンギマリで来ないと!」

 

 でもだからこそ、ますます欲しくなる。諦めるなんてもってのほかだ。絶対に、絶対に私の手元に置いてみせる。今回は駄目だったけど、いつか絶対に、

 

「ほら、帰ろうぜ。千聖ちゃん」

 

 

 丸山彩を奪ってみせる。

 

 

 

 

 

 

 

 ●●●

 

 

 

 

 

 

 

 

 はぁー、カツラキツかった!今度からハルカちゃんに変身する時は髪染めようかな?頭皮のダメージがデカデカのデッカーなんだよね!カラコンなんてまだマシな方だよ!

 

 それにしても千聖ちゃんにも困ったもんだぜ!私じゃなかったら即死だった。あれは魔性の女ですよ。

 まぁ、前世でもあんな感じの人珍しくなかったしね!それにあの手の人は突き放すよりも焦らす方が面白いことしてくれるんだよねー。いやー今後が超楽しみ!

 

 さーて、今日は晩御飯がハンバーグだ!早く帰って作らなきゃだし、今日の私は走る彩ちゃんだ!ヒュー、今晩は私の料理の腕前が火を吹くぜ!

 

 …ってムムッ、あのアイスグリーンの髪!華奢な体つき!そしてあの自信満々の立ち姿!我が友、紗夜ちゃんではないか!こんなところで会うなんて非常に珍しい!これは猛アタック不可避だね!

 

「ふははは、紗夜ちゃんみっけ!おーい紗夜ちゃーん!丸山ダーイブ!」

 

「わぁっ!?」

 

 イェーイ!捕獲完了!

 紗夜ちゃんGETだぜ!このままジムリーダー全員フルボッコにしてチャンピオンになろうぜ!ダイジョブ!私たちならできる!目指せバンドリマスター!

 

「いたた…」

 

「…?」

 

 凄い違和感。触り心地が違う?なんかいつもよりちんまいような…。

 

「なんなの急にー…」

 

 顔は似てるけど、なんか違う。というか紗夜ちゃんじゃない。

 

「いや誰?」

 

「…それこっちのセリフなんだけど」

 

 

 …どうやら私は人違いをしてしまったようだ!てへっ!彩ちゃんのドジっ子!コツン!

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 彩ちゃんと交差点で別れ、1人住宅が立ち並ぶ道を歩く。

 

 …はぁ、分かっていたけれど想像以上に厳しいわね。あの様子じゃ囲い込みも駄目そうだし、ちょっと手詰まり気味ね。むしろ明確な拒絶をされなかっただけ幸運と思うべきだろうか。まぁ、諦める気は毛頭無いけれど。

 

「……」

 

 …思えば、私は安全な道ばかりを歩いてきた人生だった。だからこそ、無意識に安牌で確実な方法を取っていたのかも知れない。彼女のいう通り今の私に必要なのは覚悟。何もかもを投げ打つくらいの覚悟。

 ふふっ、危ない橋なんて生まれてこの方渡ったことなんてなかった。怖く無いと言えば嘘になる。けれど、彩ちゃんを手に入れるためなら私はなんだって利用してみせる。もう何も怖くなんてない。

 

 だからこそ、今私がするべきことは──

 

 

 

「……さて、いい加減出てきてもらって良いですか。氷川さん」

 

「………」

 

「たまたま会った、という顔ではないわね」

 

「──お話が、あります」

 

「奇遇ね。──私もよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 








補足:千聖ちゃんが彩ちゃんをハルカちゃんとして会わせたのは、パスパレではハルカちゃんとして共有。そして自分のプライベートでは彩ちゃんとして独り占めしようとしたからだぞ!できる女は抜け目ないのだ!


転生彩ちゃんのヒミツ⑩:実は私服のセンスが絶望的!クローゼットには数多のダサTが眠っているぞ!普段着ているのは紗夜ちゃん直々にコーディネートしたものだ!安心!




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ひな!




【前回のあらすじ!】
・彩「料理器展開…」
・日菜ちゃんカブトムシ説
・ヤベェ奴とやべぇ奴が遭遇した





 

 

 

 

 

 あたしがおねーちゃんの違和感に気がついたのは半年くらい前からだ。

 

 ある日からボーッと何かを考えることが多くなった。特別珍しいことじゃないように思うけど、それが日常生活に影響が出るくらいにもなると心配になる。箸に白米を乗せたまま固まった時は流石にびっくりしたよ。

 携帯で何かを聞いていることも増えた。しかもすごく柔らかい表情で。気になったから教えてもらおうと思ったけど、全然教えてくれないし、携帯のパスワードもしょっちゅう変えてくるし、結局何聞いてるのか全然わかんないんだよね。

 一つわかることはおねーちゃんが何かに意識を割かれてるってことだけ。

 

「うーん…、気になる…」

 

 一体何がそこまでおねーちゃんの意識を持っていっているんだろう。気になる、羨ましい。あたしもそんなふうにおねーちゃんに想ってもらいたい。

 そんなことを考えてもガードの堅いおねーちゃんを突破できずに、時間は経って年を越した。

 

 明確な異変が現れたのはこの時期からだ。

 まずあたしを見る目が変わった。今までは忌々しいものを見るみたいに真っ赤に染まった目で見てたのに、今は無地だ。真っ白。まるであたしに対する興味関心がなくなったみたいに何の感情も持ち合わせてない視線を向けられることが多くなった。

 正直嫌悪の眼差しを向けられるよりもよっぽど堪えた。

 あたしって自分でも結構歪んでるって自覚があるんだよね。おねーちゃんに想われるなら嫌悪でも憎悪でも良い。頭の片隅に少しでもあたしがいればそれで良いって、そう思ってたのにな。

 あと外出も増えたかな。何もない日でも学校から帰るのが遅くなったり、休日に出かけることが多くなったり。

 この辺りからあたしはおねーちゃんの隣に誰かがいるってことを確信した。その誰かがおねーちゃんの心からあたしを消し去ったことも。

 

 新学期に入ってから、あたしは本格的に動き出した。

 おねーちゃんの人間関係を片っ端から洗い出して調べた。それこそちょっと法に抵触しそうなことをしようとしてまで。けど拍子抜けするくらいに望んだ答えはあっさり見つかった。

 

「丸山彩?」

 

「うん。アタシも燐子からの話づてで聞いただけだけど、その彩ちゃんって子と紗夜仲良いみたいなんだよねー」

 

「へぇ、例えばどんな感じ?」

 

「うーん、よく学校で追いかけっこしてるって話を聞くけど、あとはなんて言うかトンチキすぎて口では説明しずらいんだよね」

 

「ふーん…」

 

 それからあたしは気になってその彩ちゃんのことを調べ始めた。…んだけど、結論から言うとよくわからなかったんだよね。なんというか経歴がバラバラで一貫性がない。中学2年で花咲川に来るまであっちこっちに転校してたみたいだし、小学校の経歴に関しては丸ごと無いし。

 けど中学高校のテストも数学以外は平均点、特別賞を取ったみたいなものも無いし、学校でもトラブル以外は目立ったことはしてない。経歴見た感じちょっと変わった凡人っていうのがぱっと見の印象かなー。

 

「わかんないなー…」

 

 あれのどこにおねーちゃんの心を惹く程の魅力があるのか正直わからない。単純に人間性に惚れ込んだのか、まだあたしの知らない秘密でもあるのか。でもあたしの中ではおねーちゃんがああなった要因は別にあるという風に固まっていた。

 

「まぁ直接会ってみないとわかんないかなー」

 

 変な違和感も感じてた。何か重大なことを見落としてるみたいな嫌な感覚。

 でも資料上は大した脅威じゃ無いし、いつまでもあたしを押し出して居座られても困るしとっとと脅して退場してもらおう、なんて考えていた。

 

 同時期、りさちーが学校に来なくなった。

 最初は風邪かなって思ったけど二週間も来なかったら流石に心配になる。友希那ちゃんに聞いたらRoselia自体の活動が止まってるみたい。

 

 おんなじバンドチームの千聖ちゃんも変わった。

 低迷してからはバンド活動には消極的だったのに、急に事務所を取り仕切るようになって、パスパレを盛り返そうとし始めた。ぶっちゃけ無理だと思うんだけど、千聖ちゃん何期待してるんだろ?新メンバーでも入れるのかな?まぁ、どうでも良いけど。

 

 そんなことよりも1番深刻だったのはおねーちゃんだ。

 

「…ねぇ、おねーちゃん」

 

「……」

 

「おねーちゃん!」

 

「………」

 

「聞いてるのおねーちゃん!」

 

「…………あぁ、日菜ね。どうしたの」

 

「………ギリッ」

 

 以前までの症状が更にひどくなった。

 もうあたしが何を言っても、どんな憎まれ口を叩いても何の反応も無くしちゃってた。まるでいないかのように、無関心な態度。

 

 許せない。もう我慢の限界だ。

 おねーちゃんをこんな風にした奴を見つけてズタズタにしてやらないと気が済まない。感じたこともないドス黒い怒りが胸に湧き出てくる。

 

 吹っ切れたあたしは、丸山彩のところに行くことにした。

 まずはあいつを探し出して2度とおねーちゃんに関われないようにする。別に直接的な原因とは違ってても良い。違ったら違ったでまた虱潰しに探せば良い。取り敢えずまずは手頃なやつから関係を切らせないとあたしの気が済まない。家なら経歴を調べた時に知っている。そう思って丸山彩の自宅に行ったんだけれど…

 

「ごめんね、あの子は今家にいないの」

 

「そっか、どこに行ったのかも分かんない?」

 

「……ええ、私にはもう、あの子がどこに居るのかも分からないわ」

 

 なんか含みがある気がしたけどまぁ良いや。

 それにしても親にも分かんないってどんな奔放な性格してるんだろう。気がしれないや。

 

 結局その日は丸山彩を見つけられなかった。結構街中走り回ったんだけど影も形も見つからなかった。目立ったピンクの髪らしいからすぐ見つかると思ったんだけどな。

 

 なら次は学校に直接いくしかないよね。そう思って授業を放り出してあたしはおねーちゃんの学校に足を運んだ。

 

 またしても見つからなかった。なんでも丸山彩は部活の課外活動だとか言って、部員と一緒に朝っぱらから街に繰り出したのだとか。しかもおねーちゃんを連れて。

 

「…ムカつく」

 

 だったら登校時間に待ち伏せだ。あたしは朝早くから花咲川の校門角で出待ちをして、丸山彩を捕まえることにした。あ、おねーちゃんがいる!持ち物検査してるんだー。かっこいいな…。丸山彩はおねーちゃんと一緒にいることが多いみたいだし、これなら捕まえられそう!

 

 見つからなかった。丸山彩はバイクに乗った暴走族みたいなのに追いかけられて、友人を抱えながら校門の塀を乗り越えて学校に入ったらしい。何でそうなったの…。

 

「なんでッ…」

 

 ふー、よし逆に考えよう。丸山彩はおねーちゃんとよくいる。なら逆におねーちゃんを見ていたらいつか丸山彩が来る。これならいけるね。あ、噂をすれば来た!隣に別の人もいるけど関係ない。よし早速捕m

 

 失敗した。あとちょっとだったのによくわからない黒服の人たちに邪魔されて、校門前まで放り出された。何であんなのが学校にいるの!?意味わかんないんだけど!

 

 結局あたしの考えた作戦は悉くに全部失敗した。

 

「何で見つかんないのー…」

 

「どうしたのヒナ。悩み?」

 

「悩みも悩みだよ。結構深刻な」

 

「へぇー、それって最近授業抜け出してるのと関係ある感じ?理由は知らないけどサボりはダメだよ」

 

「2週間も家に引き篭もってたリサちーにだけは言われたくないかな」

 

「い、いやーあの時はご迷惑を…」

 

 無事復学を果たしたリサちー。結局引き篭もってた理由は謎のままだけど、今はいいや。

 

「それにしてもさ、リサちー何か雰囲気変わった?」

 

「そう?」

 

 どこか落ち着いたというか、達観するようになったというか。変に大人びたんだよね。良い変化には違いないんだろうけど、なーんか違和感。

 

「アタシも色々あったってことだよー」

 

「ふーん」

 

 ……なんて言えば良いのかな。すごい変な感じ。

 リサちーの事もあるけど、それだけじゃなくて、何だかあたしの周り全体で変なことが起きている気がする。今はあたしの生活に直接干渉してくるようなものじゃないけど、このままじゃ取り返しのつかないことになるかもしれないような、嫌な予感。

 

(…相変わらずおねーちゃんはあんな調子だし、リサちーも何か変。そういえば友希那ちゃんも妙にイヤフォンをつけてることが多くなった気がする)

 

 結局その日は気味の悪い感覚が拭えないまま1日が終わった。

 

「はぁ、何だか最近るんっ♪て来ないことばっかり」

 

 あたしは部屋のベッドに寝転がって漠然と天井を見上げる。真っ白な天井を見てるとぼんやりと思考を奪われる感覚になる。

 ふと、懐の携帯が揺れる。

 

「……あーまた来てる」

 

 千聖ちゃんからの連絡だ。最近の千聖ちゃんはすっかり口うるさくなってしまった。なんであんな半ば終わってるバンドグループを必死に立て直そうとするのかなー。理解できないや。

 しかも友達紹介したいって、なにそれ。こっちはそれどころじゃないんだけど。

 

 忘れていたイライラが戻ってきて、眉を寄せながら携帯をしまう。

 とにかく丸山彩だ。まずあいつを見つけ出さないと話が進まない。明日もあいつの家に行って探してみよう。

 

 

 

 ー

 

 

 

「……なんで見つかんないんだろう」

 

 丸山彩の家は誰もいなくて留守だった。その後も色々聞き込みとかしながら1日奔走したけど結局影も形も見当たらなかった。

 

「はぁー、動きすぎてお腹減っちゃった…」

 

 そういえば今日は朝から何も食べていない。流石に空腹感を紛らわせなくなってきた。どこかで買い食いでもしようかな。

 

「んー、美味しいねこれ!」

 

「それなー。見た目も画面映えするし、同い年が作ったなんて思えないよねー」

 

「…?」

 

 なんだろあれ、クレープ?すごく美味しそう。あ、今るんっ♪て来た。凄い久々。ちょっと気になる。

 

 よく周りを見たらみんなおんなじようなスイーツ食べてる。この辺りに売ってるのかな。

 まぁお腹が減っては戦はできぬだしね!そうと決まれば早速そのクレープ屋さんに、

 

「おーい紗夜ちゃーん!丸山ダーイブ!」

 

「わぁっ!?」

 

 え、うわっ、なに!?

 うげっ!?アスファルトの感触!久しぶり!

 

「いたた…何なの急にー…」

 

 思いっきり地面にこけたんだけど…。誰なの本当にもー!タダでさえイライラしてるのにこんな時にさー!

 

「……」

 

 仰向いた先で目の前の人と目が合う。綺麗なルビーの瞳だ。カーテンのようにあたしを覆うピンクの髪が頬に掛かる。

 見覚えがある。いや見覚えしかない面。探し当てるために何度も写真を確認して覚えた顔。

 

「いや誰」

 

 丸山彩じゃん。

 

「…それこっちのセリフなんだけど」

 

 動揺と怒りを悟られないようにそう言葉を溢す。それが今できる精一杯だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ●●●

 

 

 

 

 

 

 

 

 日が沈みかけているカフェテリア。

 学生が来ることの多いこの羽沢珈琲店はちょうどこの時間帯には客足が落ち着く頃合いだ。なのでそこで働く店員たちも少し一服できるちょっとした憩いの時間なのだが、そんな空気を叩き割るように2人の魔王は店の席に君臨していた。

 

「………」

 

「………」

 

 流れる空気は最悪と言って良いだろう。

 一方はアルカイックスマイルを崩さず佇んでいる白鷺千聖。一方はまるで狂犬のような目つきで千聖を睨んでいる氷川紗夜。この2人が来店した瞬間に店の空気は極寒と化した。触れる者皆細切れにせんとばかりの殺傷力を放つ2人。近づくだけで危険だと心の中のブザーが掻き鳴らされる。幸いなのはあの2人以外に客はいないことだろうか。

 しかし2人をもてなす店員はそうもいかない。

 

「あっ、あの、あのの…、こ、珈琲とショートケーキですっ…」

 

「ええ、ありがとう。そこに置いといてちょうだい」

 

「……」

 

「しっ、失礼しましゅ!」

 

 逃げるようにその場を後にするつぐみ。

 客の対応としては失礼に当たるだろう。しかし責めることはできない。寧ろ内容物を一切溢さずに2人に運び切った彼女を讃えるべきだろう。彼女は勇敢だった。

 

 つぐみを見送った千聖は紗夜に向き直る。2人の間に暫しの沈黙が流れる。

 珈琲を一口つけた後、千聖は静かに口を開く。

 

「私は、彩ちゃんを愛してるわ」

 

 獰猛さを増す視線を無視して千聖は続ける。

 

「薄紅色の瞳、桃色の髪、幼稚な子供らしさ、時折発する大人らしい色気、甘い美声。あの子の全てを私は愛しているわ」

 

 手に持ったフォークでケーキの苺を突く。

 

「私の手元に一生置いておきたいくらいには」

 

「…ッ!!」

 

 ガタリと机が揺れる。椅子から立ち上がった紗夜の目には明確な敵意がある。

 

「ふふ、そう荒立たないで。私に出し抜かれたことに対して怒りを感じる気持ちはわかるけど、ここはお店よ」

 

「……」

 

 何も言わず紗夜は席に戻る。

 

「それで、貴女はどうなの?氷川紗夜さん」

 

「1番彩ちゃんの近くにいて、1番関わってきた貴女は、あの子のことをどう思っているのか。是非教えて欲しいわ」

 

 挑発的な視線と物言い。こちらを探っているのだろうか。冷静さを保とうと努めるが、あの時見た光景が脳裏に浮かんで脳味噌が沸騰するような気持ちになる。

 

 2人を見つけたのはたまたまだった。

 Roseliaの練習を終えての帰宅途中、偶然彩たち4人を見つけたのだ。声をかけようと思ったが、彩が普段どんなふうに過ごしているのかが気になり、魔が刺して、こっそり後を尾けた。その結果見たものがあのやりとり。

 会話こそ聞こえなかったが、明らかに目の前の女は彩を奪う気だった。一線を越えようとしていた。許せない。許せない。怒りで頭がおかしくなりそうだ。

 

「どうしたのかしら。もしかして言いようの無い関係だったりする?だとしたらごめんなさいね。手を出したりして」

 

「ッ!!」

 

 …ダメだ。このままでは相手にペースを持っていかれる。

 切り替えろ。いつも彩と練習をしている場面を思い出せ。たとえ相手が明確な敵だったとしても彼女と1番一緒にいたのは私だ。冷静に、冷静に考えろ。あの時の場面を冷静に…

 

「……あぁ、丸山さんにフラれたんですね」

 

「………あ?」

 

「彼女は他人に靡くような性格はしてませんからね。けど諦めきれないから他の関わりのある人を牽制しておこう、みたいな感じでしょうか。考え方が卑しいですね」

 

「……」

 

「先ほどの問いの答えですが、ええ、私個人としてはとても好ましく思っていますよ。少なくとも貴女よりかは純粋にね、白鷺千聖さん」

 

 グチャッ

 

 千聖のフォークがショートケーキを貫いた。雑に刺したせいで苺は醜く裂け、クリームと生地が皿周りに飛び散った。

 うっすらと見えるマゼンタの瞳はドス黒い感情が見え隠れしているように思える。成程、これが彼女の本性か。

 

「沸点が低いですね」

 

「貴女に言われたくは無いわ」

 

 互いの視線が突き刺さる。

 一層張り詰めた空気が辺りを支配し、店内は無音となる。カウンターから覗いているつぐみは既に半泣きだ。

 

「…やめましょう、無意味だわ」

 

「……」

 

「ここで争っても彩ちゃんが手に入るわけじゃ無い。体力の無駄ね」

 

 そう言い千聖は崩れたケーキを口に含む。生地とクリームの甘さとイチゴの甘酸っぱさが口内に広がる。

 

「そう、お互いもっと効率的にリソースを割くべきだと思うのだけれど、どうかしら?」

 

「…どう、とは」

 

「無駄に啀み合うのはやめましょう、ということよ。こんな風に会うたびに睨み合っても疲れるだけだし」

 

 どの口が言うのだろうか。

 さっきから思っていたが、この女なかなかに腹が黒い。表向きは繕ってはいるが、内は野心の塊。ああ、全く彼女はまた厄介な人を引き寄せてしまったものだ。

 

「ええ、良いですよ。貴女が2度と丸山さんに近づかないと確約してくれるのなら」

 

「……随分強気ね。私がそれにはいと答えるとでも?」

 

「してくださるとありがたいですね」

 

(…妥協のつもりは無し、と)

 

「…さて、お話は以上ですか?」

 

「ええ、これ以上話しても建設的にはならなさそうだし、この辺りでやめておくわ」

 

 それが賢明だろう。私もこれ以上感情を抑えられる自信が無い。少しでも気を緩めれば今すぐにでもこの女の喉笛を噛みちぎってしまいそうだから。

 

「ふふ、怖いわね。お代は置いておくわ」

 

「ええ、どうも」

 

 いつの間にか綺麗に完食された皿の前に丁度の代金が置かれる。

 

「ああ、それと最後に」

 

 取り出した携帯を片手に小さくほくそ笑む。

 

「貴女の妹さん、今彩ちゃんとデート中らしいわよ」

 

「…………は?」

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

「いやー、こんなところで日菜ちゃんに会えるなんてビックリだよ!超越ラッキー!」

 

「………」

 

「あ、そうだ千聖ちゃんに送っとこー。はいマーガリーっと」

 

 パシャリと日菜ちゃんとイケてるツーショットを撮る。おおー、我ながら中々の映え度。これは即送信だね!"日菜ちゃんGETだぜ"っと。

 

「…あれ、日菜ちゃん食が進んでないけどお腹減ってなかった?」

 

「そんなんじゃない」

 

「そう?なら良いや」

 

 なーんか、聞いてた話と結構違うような気がする。普段からめちゃんこ元気いっぱい民らしいのだが、今の日菜ちゃんは正に仏頂面の鉄仮面!無表情でずっとこっちを見てるんだけど!顔に穴が開いてまうで!

 これでは一緒にファミレス夕飯食べて仲良く大作戦が無に帰してしまう!いやだい!アタイは日菜ちゃんと仲良くなりたいんだい!

 

 やはり例の家族問題(未確定)のせいだろうか。よしならこの私がバッチリ相談に乗ってやるぜ!丸山相談所開店!

 

「日菜ちゃーん、最近悩みとかあるー?」

 

「無いよそんなの」

 

 後即閉店。ってなわけあるかーい!

 

「えー、ほんとかにゃー?日菜ちゃんのバンドメンバーから最近鏡の前でおっぱっぴーしてるって目撃証言が多数寄せられてるんだけど(大嘘)」

 

「…はぁ?」

 

「そんな奇行をするには理由がある筈!そんな訳で日菜ちゃんのお悩みがあるなら聞いてあげるぜ!」

 

 うわ凄い嫌悪感丸出しの顔してる。前世含めても今までで1番じゃないかな。…あれ、もしかして私日菜ちゃんに嫌われてる?

 

「…貴女って噂以上に馬鹿なんだね」

 

「はい?」

 

 なんか急にディスられたんですけど。丸山ちゃんは5のダメージを受けた!

 

「何か狙いあってと思ったから大人しく着いてきたけど、何も無いんだったら言いたいことだけ言って帰るよ」

 

「んーなになに?」

 

「あたしのおねーちゃん、知ってるでしょ?」

 

「…あー、もしかして紗夜ちゃん?」

 

「そうそう。言いたいことってそれでねー。金輪際おねーちゃんに関わらないでほしいんだ」

 

「え、嫌だけど」

 

 何言ってるんだこのおませは。

 

「……はぁ」

 

「んー?…うごっ!?」

 

 急に押し倒された!てか首締まってる締まってる!

 

「関わんないでって言ってるの。あたしは貴女にお願いしてるんじゃ無い。命令してるの」

 

「むぐぐッ…!」

 

「さっさとはいって言って。ナイフで首元掻っ捌くよ」

 

 いや怖すぎィ!!

 え、この子本当に紗夜ちゃんの妹?凶暴すぎない!?目が完全にイッちゃってるんだけど!というか足で関節完全に決められてて右腕超痛いんですけど!ちょ、助けてヘルプミー!

 

「誰も来ないと思うよ。この席店員からも他のお客さんからも死角だし。それより早く答えてよ。たかだか人1人に会えなくなるくらいじゃん。自分の命より全然安いと思うんだけど」

 

 いやそれよりも離して!まともに話せない!というか息ができない!

 

「ほら早く。本当に首切るよ」

 

「ぐぎぎ…!」

 

 まずいでおじゃる!このままでは本当に第二の人生が閉幕してしまう!うおぉ、どうするどうするどうする!?

 

 その時、矢木(イマジナリー)に電流走る。

 

矢木「逆に考えるんだ、彩。殺されちゃっても良いさ、と」

 

 そうか!そうだよなとっつぁん!引いてダメなら押してみろだ!

 

 

「……しょ、食用ナイフってね、見ての通り、あんまり切れ味良く無いんだ」

 

「……?」

 

「包丁とか、調理器具に比べたら、本当に切れ味悪い。だから、人体切るのは、結構苦労するんだよね」

 

 私は日菜ちゃんの腕を掴んで、自分の首に押し当てて、引いた。ツプリ、と皮膚と血管が切れ、血が浮き出る。

 

「…ッ!!?」

 

「ほら、引きなよ。私の命を獲れるよ」

 

 あ、ちょっと力弱まった。よし押し返せ!

 

「!」

 

 ぷはぁ、ようやく十分な呼吸が取れる!死ぬかと思った!というか本当に誰にも見つかってない。えー凄。

 っていうか日菜ちゃん見てると超イライラするんだけど。すっごい久しぶりな感覚。鏡見てるみたい。

 

「やっぱり」

 

「?」

 

「やっぱりオマエのせいだ」

 

「What?」

 

「オマエのせいでおねーちゃんは変わっちゃったんだ」

 

「…はあ??」

 

「オマエのせいでおねーちゃんはあたしを見てくれなくなった!」

 

「異議あり!事実無根じゃー!ショーコはあんのなショーコは!」

 

「オマエしかいないからに決まってるじゃん。最近のおねーちゃんはずっと貴女ばっかり構ってたことは知ってるの。バンドに入ったのも最近になってだし、だから消去法でオマエしかいないの、丸山彩」

 

 えー、そんなん知らんがな。

 

「……これが最後だよ。おねーちゃんの前から消えて」

 

「だから嫌」

 

「だったらもう良いよ、はいって言うまで痛めつけて…」

 

「あ、あのー、お客様…」

 

「!」

 

 あ、店員さん。流石にあれだけ騒げば気づかれるよねー。すっごい気まずい空気だし、私の首の怪我もあるし、訝しんでる感じかな?取り敢えず大事になるのは不味いよね。

 

「あー大丈夫ブイ!ちょっと戯れてただけ!心配されるようなことは特別ナッシングだぜ!」

 

「そ、そうですか…。そちらのお客様も…」

 

「……うん大丈夫だよー、何でもない。ちょっと遊んでただけ」

 

「そ、そうですか。あまり店内でそういうことは控えていただくと…」

 

「うん、ごめんなさい。…じゃあ私先に帰るから。お金置いていくね」

 

「うん、またねー!」

 

 日菜ちゃんは丁度の代金を置いて、立ち去り様に滅茶苦茶冷たい目で一瞥して店を出て行った。だから怖すぎ。

 

 あ、日菜ちゃん結構ご飯残してる。ラッキーラッキー!お金も置いてくれたし一緒に食べちゃおーっと。

 

 

 

 

 

 

 

 ●●●

 

 

 

 

 

 

 

 

「けぷっ、ごちそうさまっと」

 

「丸山さんっ!!」

 

「あ、紗夜ちゃん。今度は本物だ!奇遇ー」

 

「…1人ですか?」

 

「うん、あ!そうそう、さっき日菜ちゃんに会ったんだよ!ほら、いつも話してた紗夜ちゃんの妹!もう帰っちゃったけど」

 

「………そうですか。何も、されませんでしたか?」

 

「あー…」

 

 流石に妹さんに脅されたなどと言うにはかなり口が憚られる。彩は適当にお茶を濁すことにした。

 

「特別何も。一緒にご飯食べてただけだよ。あ、もしかして叡智なこと想像しちゃったー?もうっ!紗夜太さんのムッツリ!」

 

「……なら、良いです」

 

 紗夜の視線は彩の首元を見る。うっすら残る五指のアザと切り傷。何かがあったことは明白だ。思わずギターケースのベルトを握りしめる。

 

「…丸山さん、折角ですし一緒に帰りましょう」

 

「ん、いいよ!」

 

 

 

 

 ー

 

 

 

 

 

 恐れていたことが起きてしまった。

 

 丸山さんと日菜の邂逅。あれほど警戒していたのに、出会ってしまった。

 暫くはバンドや丸山さんのことに集中していたこともあって、日菜の注意がおろそかになっていた。今後は気をつけなければ。

 

「…あの、日菜と何を話していたんですか?」

 

「んぇ?え、えーっと、最近のことかなー…?ほら日菜ちゃんのバンドメンバーと会ったし、そのこととか!」

 

 嘘だ。視線が上に飛んだ。確実に何かを隠している。

 

「…そうですか。……その、丸山さんは日菜を見て何か思うことはありましたか?面白いとか、一緒にいてて楽しいとか…」

 

「うん、面白い子って思ったよ!また会ってお話ししたいぜ!」

 

「……………」

 

 

 

 

 ー

 

 

 

 

「…そういえば今日はもう遅いですが、親御さんは心配しないんですか?」

 

「んー、大丈夫だよ。私一人暮らしだし」

 

「……初耳なんですが」

 

「あれ、言ったことなかったっけ?マンション借りて暮らしてるんだよ。私は立派な独り立ちデビューを果たしているのだ!」

 

 道理でやけにバイトを掛け持ちしている訳だ。しかしそうと言うのなら都合が良い。

 弦巻さん、戸山さん、白鷺さん、そして日菜。徐々に彼女に惹かれた人たちが集まってきている。しかも今回に至っては掠め取られそうにまでなった。…いつまでも自分に言い訳をしながら燻る時期はもう終えるべきだろう。

 

「……丸山さん」

 

「なにー?」

 

「今から、丸山さんの家にお邪魔しても良いですか?色々、話したいことがあるので」

 

「えっホント!?ウチ来るの!いいよいいよ全然いいよ!やったぜ、また紗夜ちゃんのデレベルが上がった!」

 

 白鷺さんには感謝しないといけない。おかげで私は、本当の意味で自分に正直になれたのだから。

 

 楽しそうにステップを踏む彼女の後ろ姿を眺めながら、私は踏ん切りをつけた。

 

 

 

 








Q.動物に例えるなら?

紗夜ちゃん:いっぬ
千聖ちゃん:ふぉっくす
日菜ちゃん:CAT
友希那ちゃん:タカ!
リサちゃん:鶏
こころちゃん:プーさん
彩ちゃん:該当なし


転生彩ちゃんのヒミツ⑪:前世の彩ちゃんは黒髪ロングの大和撫子!どちゃくそ美麗だったけど、性格のせいで全て台無しになっていた残念美人だったぞ!




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あやや!



 うっ!作者のあやさよを書かなければ死んでしまう病がここでッ!


【前回のあらすじ】
・第一次丸山大戦の火蓋切られる!
・日菜ちゃん怖すぎンゴ
・アヤサヨキテル‼︎




 

 

 

 

 

 

「ただいまーっと」

 

「…お邪魔します」

 

 その部屋は想像よりも質素だった。

 八畳ほどの畳の敷かれた部屋と、キッチン、お手洗い、浴槽。いくつか楽器がおいてこそあるが、それ以外はなんら変哲のない借用マンションの一室。

 ただ丸山さんが住んでいると考えると少しばかり意外だと思う感情が先出た。

 

「思ったより、落ち着いているんですね。もっとこう、変なものが置いていたり、散らかっているものとばかり思ってました」

 

「マッカーサー、私家じゃさながら修行僧みたいな生活送ってるんだぜ」

 

「今日も冗談の質が良いようで何よりです」

 

「私の信頼値が少なすぎる!」

 

 他愛のないことを話しながら2人は手を洗い、畳の上の丸机の前に座る。

 

「あ、ご飯いる?」

 

「……そうですね、よろしければ頂きます」

 

「ん、おっけ。ちょっと待っててね。何かリクエストとかある?」

 

「…では丸山さんの気分で」

 

「りょーかい!あ、待ってる間自由にしていいからね」

 

 彩はキッチンへ行き、冷蔵庫を物色。適当に食材を引き出すと、流れるように開封し、そのまままな板の上で包丁を使い細かく切り始めた。

 1人でさせてしまうのも申し訳なかったので、手伝おうとしたが、思ったよりも彩の手際は良く、素人の自分では余計な足を引っ張るだけだろうと、立つのをやめた。

 

「〜♪」

 

「………」

 

 それにしても楽しそうに料理を作る。こういう姿は音楽をしていても、部活動をしていても、変わりない。

 

 紗夜は改めて部屋を見渡す。質素な部屋だが、きちんと手入れはされていて、決して怠惰な生活を送っているわけではないことが伺える。置いてある楽器も同様だ。使ったままケースにしまっていないであろう幾つかは、使い倒された跡がありながらも、まるで新品同様の清潔さを保っている。

 特に目が行ったのは台座に立てかけられた黒のエレキギター。外殻の塗装は殆ど剥がれ、弦も何度も交換した跡が見える。まるで何十人の人間が使い込んだ後のような状態。彼女がいつも使っているものとは違う代物だった。

 畳から立ちあがり、ギターのそばに近寄る。

 

(…私のギターもそこそこ長く使ってるけどこんなことにはなってない)

 

 ここまで来ると買い替えたほうが早いだろう。ギターをここまでの状態にまでするほどの努力と熱量。それを将来を全く考慮していない趣味などと言ってのける彼女は正しく天才なのだろう。

 

 ふとギター横の押し入れに目が行く。この部屋にはやたらと押入れがある。この部屋だけではない。他のわけられた一室にもほぼ全てにも存在した。

 何の気なしに襖を開くと、中には無数の楽器がぎっちりと仕舞われていた。無論ケースには入っているが、それにしても数が異常だ。まさかと思い隣の襖も開ける。そこも同様の有様だった。中には学生では到底手の届かない高価な代物もあった。

 

(動画やバイトの収入がどこに消えてるのかと思えば…)

 

 こんなところに消えていたとは。しかもホコリ一つ載っていない。毎日手入れをしているというのだろうか。

 そういえば彼女はやたらに食べる。食費のことも考えると、意外と彼女は金使いが荒いのかもしれない。

 

 しかしこれ程の楽器の数。一体彼女はいつから…

 

「…丸山さん」

 

「なにー?」

 

「丸山さんはいつ頃から音楽を始めたんですか?」

 

「んー、覚えてないくらい昔!物心ついた時にはーってやつ」

 

「…丸山さんは昔から音楽が好きなんですね」

 

「あはは、実のところ最初はそうでもなかったり」

 

「…そうなんですか?正直かなり意外です」

 

「まぁ色々あったんだよ。色々」

 

 そう言う彩の表情は普段よりも少しばかり沈んでいるような気がした。

 

「……丸山さん、私も手伝います」

 

「え、ホント?じゃあそこのニンジン洗ってもらおうかな!」

 

「………」

 

「冗談だって!だからそんなジト目でこっち見ないで!可愛いだけだから」

 

 

 

 

 ー

 

 

 

 

「よしできた!今日のご飯はハンバーグだぜー!」

 

 机に置かれる小皿たち。ハンバーグをメインに据えた他、白米に野菜や漬物などの青物もあり非常に健康バランスが良い献立となっている。

 

「紗夜ちゃん意外と手際良くてビックリしたなー」

 

「親が共働きで家にいないことが多いので」

 

「じゃあさ、今度紗夜ちゃんの家行ってもいい?この彩ちゃんのフルコースを見舞ってやるぜ!」

 

「………それ天ぷらオンリーになりそうな気がするんですが。…まぁ、日菜がいない時であれば」

 

「よし!言質ゲット!」

 

「それより早く食べましょう。冷めてしまいます」

 

 いただきます、と声をあげて二人は料理に箸をつける。

 

(…美味しい)

 

 優しい味だ。どこか郷愁を感じる物思いにふけさせるような風味。心に安心感を落とし込んでくれる。まるであの頃の母が作った料理のようだ。

 ふと脳裏に浮かぶ妄想。使い古したギターを背負って帰ってきた自分を暖かな食卓と共に迎え入れてくれる丸山彩。おかえりと優しい言葉をかけてくれて、そのあとは一緒にギターを弾いたりして、それで休日には一緒に小さな箱ライブで音を合わせたりしてその夜には……

 

「紗夜ちゃん、美味しい?結構自信作なんだけど」

 

 ハッと現実に心が戻される。

 

「……はい、相変わらず上手ですね。今度教えてもらっても?」

 

「いいよー、私も紗夜ちゃんの料理食べたいし!」

 

 …いつも彼女は1人でこんな風に食事をしているのだろうか。

 そんな彼女を想像すると胸が痛くなる。そもそもなぜこんなマンションで一人で暮らしているのか。彼女の両親と何かトラブルでもあったのだろうか。トラブルがあったとしても娘を1人マンションで暮らさせるのは如何なるものか。

 勝手な想像と理解していても、そんな考えが頭に浮かばずにはいられなかった。

 

(……私なら絶対に独りにしないのに)

 

 

 

 

 ー

 

 

 

「ふぃー、ご馳走様っと」

 

 相変わらずよく食べる。積み上がった皿を見上げながら紗夜はそう思う。

 彼女が大食漢であることは今更とはいえ、いったい栄養が何処に行っていっているのかが気になるところである。

 

「そんなに胸見ないで。えっち」

 

「チッ」

 

「…大丈夫だよ。貧乳はステータスじゃない、希少価値だ。紗夜ちゃんはひんぬーであることを誇るべきなんだよ。ほらもっと胸張って!」

 

「成程、ハンバーグと同じ姿になることがお望みならそうと言えば良いのに。大丈夫ですよ、やり方は丸山さんの作り方を見てしっかり覚えましたので」

 

「誠に申し訳ありませんでした」

 

「次はありませんよ」

 

 美しい彩の五体投地を他所に紗夜は食器を片付け始める。

 

「……ところで、丸山さんはどうしてここで一人暮らしを?」

 

「んー…、まぁ親と反りが合わなかったって感じ。家族とも何年も会ってないよ」

 

 何年もって…

 

「……あの、いつから一人暮らしを」

 

「中学入る前くらいかな。ホント最初は大変だったんだよ!音楽用に部屋を超改造するところから始めたんだからね!管理人の頭が堅くて堅くて。全然許可降りなかったんだよねー」

 

「……」

 

 …数年間1人で生活していたとは。明らかに小学生の少女がすることではない。何か、奇妙だ。

 

「………独りは、寂しくないんですか?」

 

「? 全然」

 

「そ、そうですか…」

 

 まぁ確かに彩が1人寂しくてべそべそしている姿など想像し難い。自分と出会うまで友人もいない様子だったし、意外と1人には慣れているのかもしれない。しかしそれにしてもサッパリし過ぎな気もするが。

 

「あっ、そう言えば話したいことって何?」

 

「えっと……いえ…特別なことではないのですが、その、これを……」

 

「んー?」

 

 そう洗い物を終えた紗夜が机に置いたものは、箱ライブの案内チラシだった。

 

「2週間後にCIRCLEというライブハウスでRoseliaのライブをするので良ければ…」

 

「行く行く行く!絶対行く!!」

 

 予想はしていたが即答だった。

 …今この話をするわけではなかった。本当は彼女の人間関係について徹底的に洗い出したかったのだが、彩のこれまでの人生を想像すると中々口に出せなかった。

 

 彼女にようやくたくさんの友人ができたというのにそれを振り払うような真似をするのはどうなのだろうか。そんな良心に葛藤される。

 

「いやーそれにしてもRoseliaも完全復活だね!復活の一助した私としてもノーズがトールだぜ!」

 

 最近は戻ってきたリサも遅れを取り戻すように恐ろしい勢いで上達しているという話だ。次のライブは彩的にも大いに期待できた。

 

「いつまでも足踏みをしているわけにもいきませんから。…それにフェスの予選エントリーも近いですし」

 

「ふぇす?」

 

「FUTURE WORLD FES。世界中のバンドグループが集って頂点を決める場です。Roseliaはそこでの優勝を目標に現在活動してます」

 

「なんか凄そう!」

 

「凄いも何も、有名から隠れた無名まで世界中の凄腕バンドマンが集う場ですよ。特に今はガールズバンドの戦国時代。プロありきでも激戦は避けられないと思います」

 

 仮に彩が参加しても一筋縄では行かないだろうと紗夜は踏んでいる。それほどまでに昨年までのフェスのレベルは高かった。

 

「私たちに今最も足りないのは経験です。練習もしつつ場数を増やすのが今できる精一杯なのが現状ですね」

 

「成程!なら私と紗夜ちゃんもどこかのライブに出るべきだね!」

 

「………えっ?そ、それって丸山さん──!」

 

 まさかフェスに…!

 

「紗夜ちゃんの経験のために!」

 

「…………そうですね」

 

「よーし、そうと決まれば早速練習だぜ!いっぱい歌も用意してあるんだ」

 

 そう言って部屋の棚の中から山のような紙束を取り出した。見てみると一枚一枚に歌詞と楽譜がびっしりと書かれている。どれも動画では見たことのない歌詞。つまり全て新作だ。ほぼ毎週チャンネルに曲を更新しているのにも関わらずこの数とは。相変わらず彼女の創作能力には恐れ入る。

 同時に、それ程紗夜とのライブをするのを楽しみにしていたことが窺えて少し嬉しい気分になる。

 

「早速セッションからやろう!」

 

「はぁ…、わかりました」

 

 いつも使っているギターを手に笑顔を浮かべる彩。それに絆されて紗夜も少しだけはにかむような笑顔を浮かべる。

 

 

(………もし仮に、丸山さんがフェスに出場すると言い出したら、私はきっと…)

 

 

 

 

 

 

 ー

 

 

 

 

 

 

「あ、すごく良い感じだよ紗夜ちゃん。最近ますます磨きがかかってきやがりましたね!流石歩くシンギュラリティマシン!これならフェスも優勝間違いなし!」

 

「そんな甘いわけないでしょう。…ふぅ、少し休憩しても大丈夫ですか?」

 

「ん、おっけ。そこにお冷置いといたよ」

 

「ありがとうございます」

 

 紗夜は畳に腰を落ち着ける。相変わらず彼女とのセッションは気を削る。勿論楽しいには楽しいのだが、知らぬうちに疲労が溜まってしまうので夢中になれば卒倒してしまうかもしれない。頬を伝う汗を拭いながらコップの水を飲む。

 

「そういえばもうお外暗いけど紗夜ちゃん何時頃帰るの?」

 

「今日はここに泊まります」

 

「了解ー……………ん?」

 

「着替えは行きしなに買ってきたのでご心配なく」

 

「あ、おい待ちなYO!え、泊まるの?泊まっちゃうの!?あの頑固紗夜ちゃんが!?家出ビュー!?親に反逆!?沸き立つ観客(私)!?今日は狂宴!?ヒャッハーッ!!」

 

「落ち着いてください」

 

「はい」

 

「全く、少し調子に乗ればこうなんですから…」

 

「いーじゃん別に。それより本当どうしたの?私のお家に乗り込んできただけでなく、そのままお泊まりなんて!最近紗夜ちゃんの積極性が鰻登りひつまぶしだよ!」

 

「…別に、気が向いたからです。友人同士ならば特別珍しいことでもないでしょう」

 

「確蟹!じゃあ今日はお祭りだね!」

 

 そう言って彩は紗夜の向かい側に座り、汗を拭く紗夜をじっと見つめる。

 

「…な、なんですか?」

 

「いやー?えへへー、やっと紗夜ちゃんが素直になってきたなーって」

 

「……そうかもしれませんね。誰かさんに毒されたんでしょう」

 

「毒でも適量なら薬だよ。最近は日菜ちゃんのことで悩むことも減ったでしょ?」

 

「……そうかしら。確かに日菜の事で頭を抱えることは減ったように感じたけど…」

 

 悩みがないと言われると言葉が濁る。何せ特大の悩みが目の前の人間を中心に発生しているのだから。

 

「ふふっ、やっぱり私のメンタルケア法は間違っていなかったってことね!流石私!」

 

「ふふ、丸山さんが私に良い影響を与えてくれたと言うのは間違い無いと思いますよ」

 

「そうだよね、初めて会った時の紗夜ちゃんは色々見ていられなかったからさ」

 

 彩は紗夜の隣に歩いてきて、優しく抱きついてきた。

 

「ま、丸山さん…?」

 

「……紗夜ちゃんもさ、家だと色々大変なんでしょ?妹のこととか、親のこととかさ」

 

「…ぇ、ど、どうしてお母さんのことを…」

 

「やっぱり不仲なんだね」

 

「…あっ」

 

「いいよいいよ、誰だって親と仲が悪いことくらいある!私もそうだったし。…あ、今もそうか。あははっ」

 

 そう笑いながらも、彩は自分の背中を優しくさすってくれる。紗夜はそこに母性にも近い安心感を覚えた。

 …母に最後こうして撫でられたのは一体どれほど前だったろうか。今はもう碌に関わっていない両親との短い思い出が追憶される。

 もう何年も感じていなかった温かさに胸の奥が締めつけられる感覚に襲われる。

 

「その、丸山さん。もう私は…」

 

「気にしないで。気にしないで良いんだよ」

 

「……んっ」

 

「私はね、紗夜ちゃんに我慢して欲しくないんだ。性分だっていうのも分かってる。紗夜ちゃん超真面目だからねー」

 

 彩はそのまま包み込むように紗夜を自分の胸に寄せる。

 

「けどさ、私と一緒の時くらい全部捨てて素直になってほしいんだ。ほら、私の家を第二の家だって思えるくらいにさ!」

 

(…家、ここが、私の…?)

 

「よしよし」

 

 安心感。多幸感。

 それらが紗夜の中でゆっくりと巡り会う。

 

「ぁっ、ま、丸山さん…」

 

 体から力が抜けていく。

 多分きっと、これが誰かが隣にいるという幸せなのだろう。安心なのだろう。

 いつからか自分のことなどいないように扱ってきた両親。中学に入ってからは最低限の物以外は何も施されたことがなかった。親に何度も何度も比較され、いつしか失望され、劣等感だけが積み上がっていた毎日。食事だって妹か自分で作った料理を食べていた。紗夜にとってもはや自分の家は心休まる場所では無くなっていた。

 

 けれど彩といる時はそんな失った安心感が取り戻せたような気がした。

 

(…きっと私が丸山さんに求めていたのはこれなのかもしれない)

 

 隣に大事な人がいる安心感。本来は家族に感じるはずであろうそれを、彼女は彩から感じていた。

 彼女は自分を肯定してくれる。努力を認めてくれる。隣に寄り添ってくれる。幸せが欠けた紗夜にとってこれ以上に幸福なことはなかった。

 

「よしよし、今までよく頑張ったね。超偉いよ」

 

 嗚咽と涙を漏らす自分にただ隣に寄り添ってくれる彼女。できるのならば、ずっとこうしていたかった。

 

 

 

 

 ー

 

 

 

 

「その、すみません。こんなみっともない姿を…」

 

「全然みっともなくないよ。誰だって泣きたい時とか弱音を吐きたい時はある。それって当たり前なことなんだよ。私だってあるしね!」

 

「そう、ですか。なら丸山さんが泣きそうな時は私が隣に来てあげますね」

 

「うん!その時はお願いね。えへへ、言質取り付けちゃった!」

 

 まぁ正直彼女が泣くなんて姿想像がつかないのが正直なところではあるが。というかそもそもネガティヴな感情自体彼女の中で発生しているのかも怪しい。

 それは偏に、丸山彩という人間の強さなのだろう。

 

「…私も丸山さんのように強く在れたら」

 

「なにー?羨ましいのかい?この私が!」

 

「はい、羨ましいです。誰よりも自由に振る舞って、何にも縛られていない貴女が、とても」

 

 何もかもに縛られている自分とはまるで真逆で、羨ましい。

 

「そんなこと言ったら私だって紗夜ちゃんの努力できるところ羨ましいなって思うよ。ほら、私真面目になりきれないからさ」

 

「…そう、なんですか?」

 

「ウン!隣の芝生は青いって言うじゃん。悩みだって、幸せだって、苦痛だって人それぞれ。私は紗夜ちゃんが紗夜ちゃんらしく在れたら、最強になれちゃうって知ってるんだから!」

 

「ん…」

 

「隣ばっかり見ても仕方ないよ。正面だよ正面!前向いて頑張れば、きっと他人より自分の方が好きになれる」

 

「できるんでしょうか…、私に」

 

 家族から何もかもを否定された自分を好きになんてなれるのだろうか。前を向いて生きていけるのだろうか。

 

「大丈夫!なんたって紗夜ちゃんが大好きな私がいるんだからね!」

 

 そう快活な笑顔で言う彩。

 …確かに、一緒ならば怖い道も歩いていけるかもしれない。大好きな彼女となら。

 

「丸山さん、もう少しだけ練習しましょう」

 

「うん、いいよ!あ、そうだ折角だから歌とか歌って見る?これとかデュエット専用で…」

 

「…ふふっ」

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 好きな人と過ごす時間とは不思議なもので、一緒にいるうちに嫌なことや腹の立つこともすっかり忘れてしまうものだ。

 

 少なくとも私はそうだ。今日あった出来事の大半は今の幸せに呑まれて気にも留めなくなっている。

 正直自分でも意外だった。丸山さんに詰め寄って問い詰めるくらいはしてしまうと思っていたのに、今や彼女の手玉に取られているのだから。

 けれどもそれは無理もないことだと私は思う。なぜなら現在進行形で私は幸せの絶頂に呑まれているのだから。

 

「zzz……あっ、天ぷら……えへへ」

 

「………」

 

 …寝れない。

 いや寝れるわけがない。今私と丸山さんの間にはなんの仕切りも無い。それどころか一緒の布団の中に入っているのだから。

 一緒に湯船に入った時もそうだが、丸山さんにそう言う感情を持ってしまっている私としては少し、いや凄くハードルが高い。

 

 そうだ、羊を数えてみよう。迷信じみている話だけれど、このまま心臓が破裂するよりかはマシ。…確か自分の好きなものでも効果があったと聞いた覚えがある。なら…

 

(丸山さんが1人、丸山さんが2人、丸山さんが3人、丸山さんが4人、丸山さんが……えへへ…)

 

 私は馬鹿か?

 丸山さんが隣にいて寝れないのにどうして頭の中でデフォルメ丸山さんを量産したのだろうか。

 というか本物が隣にいるのに頭の中で数えると言うのも少し馬鹿馬鹿しい。

 

「………」

 

 私は丸山さんに助けてもらってばかりだ。

 一緒に演奏をする楽しさを教えてもらって、達成感を教えてもらって、自分を肯定してもらって、そして私に家族を思い出させてくれた。

 

(…温かかったな)

 

 実際の親の温もりなどもう覚えてはいないが、彼女の優しさは間違いなく私に安心を与えてくれていた。

 丸山さんは私に足りないものを埋めてくれる。欠けたところを優しく補ってくれる。

 こうして過ごしていると改めて思う、私には丸山さんが必要なのだと。そして私も丸山さんの足りないところを補ってあげたい。

 

 けれどもそう言い張るにはあまりにも敵が多いことも、また理解していた。特に白鷺千聖。彼女だけには取られたくない。

 これは争奪戦だ。まだ私が知らないだけで伏兵もきっといるだろうし、これから敵が増えることだってあるだろう。

 

 それに今日白鷺さんと話して理解した。私は消極的で臆病だ。どうしてもそれが足を引っ張って私に一歩踏み出した行動をさせてくれなかった。

 だから勇気を出して丸山さんの家で一夜を明かす決断をしたが…まだ、足りないのかもしれない。

 

「……」

 

 私はこの一年彼女の何を見てきた?引いてばかりでは手に入らないことぐらい嫌ほど思い知ってるだろう。

 目の前の彼女を見習おう。いつだって丸山さんの突発的行動には呆れると同時に感心していた。私も今だけは常識を捨てるべきだ。

 

(なら私がこれからするべきことは…)

 

 静かに布団から抜け出して立ち上がる。

 

 

「……いつもの仕返し、とでも思ってください。彩さん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ●●●

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 紗夜ちゃんがいねぇ。

 

 朝起きたら布団にいたのはこの丸山様だけ!家にも誰もいない!玄関見たら靴なかったし、帰ったのかな?でも持ってきてた荷物はあるしなー…。

 むぅ、折角朝食はフライドポテトフルコースジェットストリームアタックにしようとしてたのに、いないとは残念だ。仕方なし、今日遊ぶ時にポテトで釣り上げてからかってあげよっと!

 

 ってあれ、呼び鈴?こんな時間に誰ー。もしかしてまた管理人?うっ、まさかまた私が違法改築をしているのがバレた!?また説教かなー。嫌だなー。はいはい今出ますよーっと。

 

「おはようございます丸山さん。昨日ぶりですね」

 

「…紗夜ちゃん?どしたの急にいなくなって。もうごーとぅーほーむしたかと思っちゃったじゃん」

 

「すみません、少し準備に手間取りまして…」

 

「準備?」

 

 ……ていうか荷物多くね?

 キャリーバッグ2つにリュック、手掛け鞄。すごい荷物だね。そんなに膨らんだ鞄漫画でしか見たことないよ。旅行でもこんなに盛らないよ?

 

「えーっと、どしたの?駆け落ちかなんかだったりする?」

 

「それも悪くは…ごほんっ!まぁ、私なりの決断です」

 

「決断?」

 

 紗夜ちゃんはどさりと荷物を廊下に置く。

 

「私、ここに住みますので」

 

「………んぇ?」

 

「確か使っていない物置き部屋が一つありましたね。そこを使います」

 

「いや、え、ちょっと!?もう決定事項な感じ!?」

 

「大丈夫です。管理人さんとは先ほど話をつけたので」

 

「ウッソでしょ!?え、じ、実家は!?ほら両親!日菜ちゃん!」

 

「あそこにはもう一片の未練もありません。それにここで過ごした方が練習的な意味でも有意義だと判断しましたので」

 

 あ、ダメだこれ。完全に目が据わってらっしゃる。

 

「……紗夜ちゃんが不良になっちまっただ」

 

「ふふ、これからよろしくお願いしますね。丸山さん」

 

 

 

 

 

 

 






転生彩ちゃんのヒミツ⑫:実は手品が得意!握った手から鳩を出したり、髪の毛から鳩を出したり、紗夜ちゃんのスカートの中から鳩を出したりできるぞ!




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すれ!



 ちょっと箸休め回



【前回のあらすじ】
・【速報】風紀委員長自ら風紀を乱す
・【速速報】彩ちゃんがバブみを持っていた件
・【速速速報】あやさよが王手に!







 

 

【雑談】最近アツいガールズバンドを語るスレ

 

 

 

 

1:名無しのバンドファン

何でも書いてください

 

 

2:名無しのバンドファン

『LIQUID』

 

3:名無しのバンドファン

>>2わかる。メンバーが学生の頃から頭ひとつ抜けてたけど、今めっちゃ勢いあるよな

 

 

4:名無しのバンドファン

なんか一ヶ月くらい活動休止しとったけどな

 

 

5:名無しのバンドファン

あれやろ、戦の前の休息的な。フェス始まったら休みとか取れなさそうだし。まぁにしても休みすぎ感は否めねんけど

 

 

6:名無しのバンドファン

その分今めっちゃ積極的に活動してるしええやろ

 

 

7:名無しのバンドファン

プロで言ったら『RUN RUN』とか『SCREEN』もワイ的にアツいけどなー。両方FWFにも出るって明言してるし期待できる

 

 

8:名無しのバンドファン

『RUN RUN』は結構炎上しとるけどな

 

 

9:名無しのバンドファン

>>8めっちゃ過激やもんな。いつか問題起こしそうな雰囲気する

 

 

10:名無しのバンドファン

>>8尚現在進行形で大炎上してる模様

 

 

11:名無しのバンドファン

本当、よくあれで事務所所属できてるって思うわ

 

 

12:名無しのバンドファン

>>11実力やろ。試しにMV調べて聴いてみ、トブぞ

 

 

13:名無しのバンドファン

『れっどさわー』とかお勧め。ファンサ凄くてライブめっちゃ盛り上がった

 

 

14:名無しのバンドファン

>>13上と比べたら技量イマイチやろ。優勝は無理とちゃうか

 

 

15:名無しのバンドファン

阿呆言うなや。楽しんだもんが勝ちなんや

 

 

16:名無しのバンドファン

>>15阿呆はそっち。FWFじゃ技量が全て

 

 

17:名無しのバンドファン

>>12トンだ

 

 

18:名無しのバンドファン

>>12はぇー、凄いわ。最近新人バンドばっか見とったけど、やっぱ事務所所属はレベルちがうなー

 

 

19:名無しのバンドファン

>>12今流行ってるバンドの中でもだいぶ上澄行くなこれ。余裕で予選は行くやろ

 

 

20:名無しのバンドファン

っていうか皆んな当たり前のようにFWFの優勝予想しとるけど、ここそういうスレじゃねーから

 

 

21:名無しのバンドファン

優勝予想は別スレでやって、どうぞ

 

 

22:名無しのバンドファン

まぁ、荒れてるやろうけどな

 

 

23:名無しのバンドファン

そういや去年も予想スレ大荒れやったしな。結局皆んな意見バラバラで1000まで行ったし、それまでも言い争いがヤバかった

 

 

24:名無しのバンドファン

予想スレなんてそんなもんや

 

 

25:名無しのバンドファン

どんなものでも優劣をつけたがる人間って醜い…

 

 

26:名無しのバンドファン

>>25優劣があるから社会が成り立ってるんやで

 

 

27:名無しのバンドファン

ていうかプロのバンド出してもさっきみたいな血みどろ争いが展開されるだけやから、ここはお勧めの新人バンド出し合うってのはどうや?

 

 

28:名無しのバンドファン

>>27賛成、このままだと脱線が続くだけ

 

 

29:>>新人バンドマスター

ならワイが色々教えたるわ。とっておきをなぁ!

 

 

30:名無しのバンドファン

>>29なんやコイツ

 

 

31:名無しのバンドファン

>>29はよいえ

 

 

32:名無しのバンドファン

>>29絶妙に腹が立つので結構です

 

 

33:>>新人バンドマスター

>>30>>31>>32

おまんら酷いな!まぁええわ、勝手に言うし

 

 

34:名無しのバンドファン

はよ

 

 

35:名無しのバンドファン

はりーはりー

 

 

36:>>新人バンドマスター

まぁ落ち着いてくれや、今纏めてるから

あ、スレタイにもあるけど今回紹介すんの皆んなガールズバンドやからな。男性バンド期待してる人は回れ右やでー

 

 

37:名無しのバンドファン

>>36寧ろ推し得

 

 

38:名無しのバンドファン

男性バンドもいないことはないけど、数年前と比べたら大分減ったよなー

 

 

39:名無しのバンドファン

>>38減ったっていうか、ガールズバンドがめっちゃ増えたんや。やからバンドの数自体もめちゃんこ増えた。本当に大流行っていうのが言えて妙だと思う

 

 

40:名無しのバンドファン

世はまさに、大バンド時代!

 

 

41:名無しのバンドファン

まぁでもバンドに限らず音楽の世界って厳しい所あるから、歳半ばもない少女たちが人生台無しにしないか心配。心折れた時とか悲惨だと思うぞ

 

 

42:名無しのバンドファン

ワイ友人が他との才能の差感じてバンド辞めたんやけど、その時にはもう二十歳超えてて、大学にも行ったんかったから完全行き詰まりになってもうてたわ。今はコンビニエンストアでアルバイトしとる

 

 

43:名無しのバンドファン

>>42うわぁ、悲惨

 

 

44:名無しのバンドファン

何するにしても確固たる意思がないとね

 

 

45:>>新人バンドマスター

エントリーNo. 1『Roselia』

孤高の歌姫湊友希那が結成したバンド。一見して彼女の儚い印象を全て吹き飛ばすその歌唱力は他の新人どころかプロと比べても一線を画していると言っても良い。また他メンバーの技量も相当で、特にギターの氷川紗夜は学生とは思えない正確さと絶妙なアドリブを差し込める柔軟性を備えている。

FWFの出場を明言してる。結成した年にFWFに挑むという一抹の不安はあるが、プロともやりあえるバンドであることには違いないので、私としても大いに期待したいバンドグループ

 

 

46:名無しのバンドファン

結構ガチに解説してて笑った

 

 

47:名無しのバンドファン

あー知ってるそのバンド。初見ビックリした。ホントプロと遜色無いんだもん

 

 

48:名無しのバンドファン

っていうかフェス出るのか。説明聞いて戦えるのは判るけど流石に時期尚早なんじゃ

 

 

49:>>新人バンドマスター

>>48それはワイも思ってる。正直もう少しバンドとして実力磨いてからの方が確実に上位に行けるとは考えとるんやけどなー

 

 

50:名無しのバンドファン

キャリアでも積みたいのかなー

 

 

51:名無しのバンドファン

だったら尚更焦っちゃダメでしょ

 

 

52:名無しのバンドファン

焦らしプレイ嫌いなんやろ

Roseliaの子たちはヤる時にはとことんヤる子らなんやと思う

 

 

53:名無しのバンドファン

>>52なんか卑猥

 

 

54:名無しのバンドファン

ワイ氷川紗夜って子見たことあるで!Roseliaできる前に他のバンドでギターやっとった。その時でも滅茶苦茶上手かったで

 

 

55:名無しのバンドファン

ていうか湊友希那って孤高の歌姫とか呼ばれてるけど有名なん?

 

 

56:名無しのバンドファン

>>55界隈だとそこそこ。兎に角技量が高いから必然的に事務所の間とかで噂になるんやと思う。あんな上手いんならそろそろスカウトとか来る頃なんちゃうか?

 

 

57:名無しのバンドファン

羨ましいわ…ワイにも才能があったらなー

 

 

58:名無しのバンドファン

>>57現状嘆く前に努力しろ

 

 

59:名無しのバンドファン

>>57そんなんやったらいつまで経ってもスカウトなんて来うへんで

 

 

60:名無しのバンドファン

若いっていいよね

 

 

61:新人バンドマスター

エントリーNo.2『Afterglow』

リーダーの上原ひまりを中心として結成されたバンド。新人バンドとは言ったものの、メンバーが楽器歴自体は長く、故に実力も高水準

特にボーカルの美竹蘭は力強く熱い歌声はバンドの象徴。作る曲も激しいロック調のものが多く、頻繁にライブも行っているので、根強いファンが多い。

Roseliaを敵視している節があるので、FWFに出場するのではないかと噂されている。しかし最近はメンバー間の息が合っていないのではと言うファンも一定数存在する。が、私としては今後の成長も見据えながら応援したいバンド。

 

 

62:名無しのバンドファン

Afterglowかー

歌めっちゃ好きだわ

 

 

63:名無しのバンドファン

わかる。こう、失っていた情熱を取り戻してくれるよね。

 

 

64:名無しのバンドファン

私もこんな熱い歌のような青春が欲しかった

 

 

65:名無しのバンドファン

初見で一瞬でファンになりました対ありです

 

 

66:名無しのバンドファン

っていうかメンバー間の息が合ってないってドユコトや

 

 

67:名無しのバンドファン

>>66一部のファンの与太話やろ。ワイこの前のライブ行ったけどそんな気配全くなかったで

 

 

68:名無しのバンドファン

いつかRoseliaとAfterglowの対バンがみたいで候

 

 

69:名無しのバンドファン

>>68同意で候

 

 

70:名無しのバンドファン

>>68なんなら美竹蘭と湊友希那とのデュエットも見たいで候

 

 

71:名無しのバンドファン

>>70その場に居合わせたら卒倒する自信がある

 

 

72:名無しのバンドファン

>>71非常にわかる

 

 

73:名無しのバンドファン

ライブ中に見せるちょっとしたやりとりがメンバー間の仲の良さが見えるよね。拙僧ああいうのに弱い

 

 

74:名無しのバンドファン

5人全員幼馴染らしいからな。結束の強さも納得

 

 

75:名無しのバンドファン

息があってないなんて有り得ねぇよなぁ!

 

 

76:名無しのバンドファン

バンド素人のワイ。アップされているAfterglowの動画を見て速攻ファンになったでござるの巻

 

 

77:名無しのバンドファン

>>76また1人ガールズバンドの渦に呑まれていった…

 

 

78:名無しのバンドファン

>>76歓迎するぞ同志よ

 

 

79:新人バンドマスター

エントリーNo.3『ハローハッピーワールド』

弦巻財閥の一人娘、弦巻こころが結成したバンド。唯の金持ちの遊びと侮るなかれ。まさに韋駄天を具現化したかのようなライブから発せられる圧倒的存在感は唯一無二と言っても良い。更には上記二つのバンドにも引けを取らないメンバーの技量、観客に語りかけるような臨場感ある演出、メルヘンの世界からやってきたDJクマさん、ミッシェルの存在など、兎に角見ていて楽しいバンドだ。本人たちも世界中を笑顔にすると豪語しており、全国各地でライブを行っている。

しかしその方針故にか、今のところFWFに出るという情報は無い。だが仮に出れば確実に予選は出るのでは無いかと私個人は睨んでいる。彼女たちのライブを見たことがないのならば是非一度足を運んで欲しい。彼女たちは君たちに夢のような時間を与えてくれるだろう。

 

 

80:名無しのバンドファン

ハロハピキタコレ!

 

 

81:名無しのバンドファン

メルヘンの世界からやってきたDJクマさんってそれ着ぐるみ…

 

 

82:名無しのバンドファン

>>81ミッシェルはハッピーワールドからやってきたクマさんだよ?

 

 

83:名無しのバンドファン

>>81何言ってんだおめぇ

 

 

84:名無しのバンドファン

>>81アレが着ぐるみ?HAHAHA、バカ言っちゃいけないよ

 

 

85:名無しのバンドファン

>>81お前を殺す

 

 

86:名無しのバンドファン

>>85デデンッ

 

 

87:名無しのバンドファン

>>85直球で草

 

 

88:名無しのバンドファン

なんかすまん

 

 

89:名無しのバンドファン

>>88分かればええんや

 

 

90:名無しのバンドファン

ハロハピのライブは一回行ったことあるけど、最高やったで!丁度ライブ地が遊園地な事もあってめっちゃテンション上がったわ

 

 

91:名無しのバンドファン

>>90凄くわかる。他のバンドには無い魅力があるよね

 

 

92:名無しのバンドファン

告白します。正直最初の方ボンボンが作った三流バンドだと舐めてました

 

 

93:名無しのバンドファン

>>92よく言った

 

 

94:名無しのバンドファン

>>92大丈夫やで、ワイもそうやったから

 

 

95:名無しのバンドファン

金持ちとかそういう印象全部を吹き飛ばすくらいこころちゃんがカワイイんだよね!

 

 

96:名無しのバンドファン

>>95薫様も負けてないが??

 

 

97:名無しのバンドファン

薫様万歳!

 

 

98:名無しのバンドファン

活発系女子のはぐちみゃんも推せる

 

 

99:名無しのバンドファン

おっとお前ら、ふえぇ系女子の花音ちゃんを忘れちゃいないかい?

 

 

100:名無しのバンドファン

>>99忘れてるわけねぇよなぁ!?

 

 

101:名無しのバンドファン

そういえばハロハピ今度遊園地でライブするらしいよね

 

 

101:名無しのバンドファン

>>101え、どこ?

 

 

102:名無しのバンドファン

>>102なんか新しくできるところでらしい。名前忘れたけど来週開園してその記念にやるんだとさ

 

 

103:名無しのバンドファン

調べてみたら名前ミッシェルランドだったんだが

 

 

104:名無しのバンドファン

>>103 ま た 弦 巻 か

 

 

105:名無しのバンドファン

>>102やっぱ金持ちはやる違えわ。畜生、馬鹿みたいに銭使いおってからに!

 

 

106:名無しのバンドファン

>>105許せねぇよなぁ!

 

 

107:名無しのバンドファン

>>106でも行くんでしょ?

 

 

108:名無しのバンドファン

>>107うん

 

 

109:名無しのバンドファン

>>107当然

 

 

110:名無しのバンドファン

>>107行く以外の選択肢があるとでも?いや、無い(反語)

 

 

111:名無しのバンドファン

>>107当たり前だよなぁ?

 

 

112:新人バンドマスター

なんか変な方向に話脱線しとるけど、まぁワイがぱっと思いつくバンドはこれくらいや。おまんらもなんかお勧めの新人バンドあったら出してケロ

 

 

113:名無しのバンドファン

正直出尽くした感はある

新人バンドってそこまでギア上げて有名になるとこ少ないし、印象に残ることも少ないから

 

 

114:名無しのバンドファン

寧ろ三つもプロに匹敵できるバンドが台頭してるのが驚き

 

 

115:名無しのバンドファン

流石ガールズバンド戦国時代。今年のFWFはもしかしたらもしかするかもしれない…!

 

 

116:名無しのバンドファン

そういえばあんまり有名ってわけじゃ無いんやけどさ、『Pastel*Palettes』ってどうなったん?アイドルとバンドの融合型ってコンセプトおもろそうやなーって思ってて結局見る暇とかなかったんやけどなんか知ってたら情報プリーズ

 

 

117:名無しのバンドファン

あー、パスパレかー

 

 

118:名無しのバンドファン

ありゃダメだわ。話にならん

 

 

119:名無しのバンドファン

バンド云々の以前に事務所がね…

いやメンバーにも多少問題アリやけども

 

 

120:名無しのバンドファン

>>116一言で言うなら完全に失敗した。初回ライブのアテレコに始まって、続くイベントが悉く失敗。バンドファンから批判が殺到して一ヶ月前くらいから活動自粛に追い込まれとる

 

 

121:名無しのバンドファン

>>120サンクス。はえー、そないなことなっとったんか。メンバーの子ら気の毒やなぁ

 

 

122:名無しのバンドファン

>>121まぁ正直9割事務所が悪いと言わざるを得ない。仲の事情とかはよく知らないけど、初回アテレコ考えたん多分事務所側やし、その後のやらかしも事務所がやったみたいな記事がこの前出てた

 

 

123:名無しのバンドファン

メンバーがなまじ努力してるだけに報われないのがね…

 

 

124:名無しのバンドファン

なんで解散してないのかが不思議

まだワンチャンあるとか思ってるんかな

 

 

125:名無しのバンドファン

元子役の白鷺千聖もいるし、絶対成功すると思ってたんだけどなー

 

 

126:名無しのバンドファン

>>125考えてもみろ。白鷺千聖は多分今までベースギターとか使った経験一切なかったと思うで。ちょっと前に撮られた動画見たことあるけど、メンバーもギターとドラムは比較的マシでそれ以外がダメダメって感じ。その上メンバーの息も全く合ってなくて酷いもんだった。正直すぐに解散しても何ら違和感ない

 

 

127:名無しのバンドファン

うわー、ヤバいなそれ

 

 

128:名無しのバンドファン

多分メンバー間の仲も結構険悪なんじゃないかな?やっぱり解散が1番無難

 

 

129:名無しのバンドファン

>>128やろーな

 

 

130:名無しのバンドファン

>>128普通にファンやったから残念やわ…。見た目で日菜ちゃん推してただけやったけど

 

 

131:名無しのバンドファン

>>128でも今のところそういう解散話全く無いよな

 

 

132:名無しのバンドファン

>>131せやな。事務所が諦めてないか、メンバーが諦めてないか…

 

 

133:名無しのバンドファン

>>132どっちにしろ碌な方向には転がらんと思う

 

 

134:名無しのバンドファン

ワイ個人としてはもうパスパレはすっぱり切り捨てて新しい未来をみんな歩んで欲しいと思う

 

 

135:名無しのバンドファン

>>134ワイトもそう思います

 

 

136:名無しのバンドファン

でもしてないってことは、絶対なんかあるんやろなー

 

 

137:名無しのバンドファン

噂によると事務所の環境がかなり良くなったらしいから、活動再開の可能性もあるにはある。そしたらライブとかも…

 

 

138:名無しのバンドファン

>>137行かない

 

 

139:名無しのバンドファン

>>137絶対行かんわ

 

 

140:名無しのバンドファン

>>137流石にちょっと

 

 

141:名無しのバンドファン

>>137アテレコ現場いたけどあんな熱が一気に冷める感覚はもう2度と味わいたく無い。台無し確定のライブに行くつもり無し

 

 

142:名無しのバンドファン

>>137行かないかなー

 

 

143:名無しのバンドファン

>>137流石に前科の数が多すぎてなー…

 

 

144:名無しのバンドファン

>>137金払って台無しな空気味わされるのはちょっと…

 

 

145:名無しのバンドファン

はいやめー!この話やめー!こっちの気が滅入るわ!もっと明るい話しよ!ここそういうスレ!

 

 

146:名無しのバンドファン

>>145よう言った!お前は勇者や!

 

 

147:名無しのバンドファン

そやな。未来が明るいバンドの話しよ

 

 

148:名無しのバンドファン

>>146感謝の極み

 

 

149:名無しのバンドファン

じゃあみんなが1番印象に残ってるバンドとか出してみたら?新人とか関係なしに

 

 

150:名無しのバンドファン

ワイは『カミツルギ』かなー。ギターの子最高やったわー

 

 

151:名無しのバンドファン

>>150知ってる。めっちゃ技量高いよな、プロ入りしますって明言してるだけあるわ。今は何でか活動休止しとるけど

 

 

152:名無しのバンドファン

最近やったら『cuties』かなー

技量もそこそこあるし、何よりメンバーみんなカワイイ

 

 

153:名無しのバンドファン

『フレグランス』とか?ドラムの子が最近すごい伸びてて注目してる

 

 

154:名無しのバンドファン

>>152いいよね、『cuties』。なんかアイドルとかそっちにも手を伸ばしそう

 

 

155:名無しのバンドファン

アイドル…パスパレ…ウッアタマガ

 

 

156:名無しのバンドファン

>>155掘り返すな馬鹿タレ

 

 

157:名無しのバンドファン

>>152一ヶ月くらい前から活動休止してるけど、復帰したらまた見たいなライブ

 

 

158:名無しのバンドファン

>>152ワイちょっとそう言う系は苦手やねんな。どっちかと言うと>>153の『フレグランス』とかのガチガチロックの方が好きやわ

 

 

159:名無しのバンドファン

>>158凄いわかる。別に否定するわけじゃ無いけど、そっちの方が王道で肌に合うっていうか、こうしっくりくる感じがある

 

 

160:名無しのバンドファン

>>159共感してくれる人いて嬉しいでござる。今は無期限で活動休止してるけど、またライブ見たいなー

 

 

161:名無しのバンドファン

ワイは『スカイデルタ』が好き。聞いてるだけで開放感溢れてくる感じがドストライクだった

 

 

162:名無しのバンドファン

>>161良いよね『スカイデルタ』。電子音の使い方マジで上手いと思うわ。

 

 

163:名無しのバンドファン

>>161このバンドの型にとらわれない感じの曲調好きだよ

 

 

164:名無しのバンドファン

最近見てへんけど何してたっけ?

 

 

165:名無しのバンドファン

>>164確か一月くらい前から活動休止してたな。原因は不明。SNSも更新してへんし、完全に沈黙状態

 

 

166:名無しのバンドファン

…っていうかさ、活動休止のバンド多くね?

 

 

167:名無しのバンドファン

>>166思った。ここに出てる以外にも動いてないバンド滅茶苦茶あるもん。FWFも近いのにだいぶ奇妙

 

 

168:新人バンドマスター

そう!それワイも気になってたんや!

 

 

169:名無しのバンドファン

うわ

 

 

170:名無しのバンドファン

>>168急に出てくんなや

 

 

171:名無しのバンドファン

>>168満足してスレ去ったと思った

 

 

172:新人バンドマスター

スマソ、ちょっと気になることあって調べてた。っていうのもな、さっき言った通り最近活動休止になってるバンドがやたら多いねん。中にはFWFに出るって息巻いてたとこもあったし、滅茶苦茶不自然。知り合いのバンドマンとも連絡取れなくなってるし、ちょっと異常事態やでこれは

 

 

173:名無しのバンドファン

>>172まじ?

 

 

174:名無しのバンドファン

>>172え、大丈夫?今年FWF開催されるよな?

 

 

175:名無しのバンドファン

>>172なんで???

 

 

176:新人バンドマスター

>>174そこまで深刻やない。全体で見れば開催には全く問題はないんやけど、なにぶん不自然や。おまんらが話してるバンドもちょいと調べてみたけど、事務所所属じゃないとこは何の音沙汰もなしに活動休止しとる。おまけにSNS見たら一切更新もしとらんし、連絡も取れへんらしい

 

 

177:名無しのバンドファン

>>176ヒェッ…

 

 

178:名無しのバンドファン

確かにおかしい

 

 

179:名無しのバンドファン

>>176偶々やろ

 

 

180:名無しのバンドファン

連絡とれないのは怖いな…

 

 

181:新人バンドマスター

兎に角1バンドファンとしてこの状況は見過ごせへん。何か情報知ってたら教えて欲しいで

 

 

182:名無しのバンドファン

何かただの雑談スレが凄いことになってきた

 

 

183:名無しのバンドファン

大事件の予感だったりする!?

 

 

184:名無しのバンドファン

>>183テレビの見過ぎ

 

 

185:名無しのバンドファン

アオハル

 

 

186:名無しのバンドファン

ヤバいちょっと興奮してきた!

 

 

187:名無しのバンドファン

>>185なんぞや急に

 

 

188:名無しのバンドファン

これはスレに名探偵が湧き出しそうな予感!

 

 

189:名無しのバンドファン

アオハルアオハルアオハルアオハルアオハルアオハルアオハルアオハルアオハルアオハルアオハルアオハルアオハルアオハルアオハルアオハルアオハルアオハルアオハルアオハルアオハルアオハルアオハルアオハルアオハル

 

 

190:名無しのバンドファン

>>189なんやなんや?

 

 

191:名無しのバンドファン

ただの荒らしや放っとけ

 

 

192:名無しのバンドファン

この手のスレには荒らしは付きものですからねー

 

 

193:名無しのバンドファン

アオハルアオハルアオハルアオハルアオハルアオハルアオハルアオハルアオハルアオハルアオハルアオハルアオハルアオハルアオハルアオハルアオハルアオハルアオハルアオハルアオハルアオハルアオハルアオハルアオハルアオハルアオハルアオハルアオハルアオハルアオハルアオハルアオハルアオハルアオハルアオハルアオハルアオハルアオハルアオハルアオハルアオハルアオハルアオハルアオハルアオハルアオハルアオハルアオハルアオハルアオハルアオハルアオハルアオハルアオハルアオハルアオハルアオハルアオハルアオハルアオハルアオハルアオハルアオハルアオハルアオハルアオハルアオハルアオハルアオハルアオハルアオハルアオハルアオハルアオハルアオハルアオハルアオハルアオハルアオハルアオハルアオハルアオハルアオハルアオハルアオハルアオハルアオハルアオハルアオハルアオハルアオハルアオハルアオハルアオハルアオハルアオハル

アオハルきをつけてまぶしいから

 

 

194:名無しのバンドファン

>>193失せろ

 

 

195:名無しのバンドファン

>>193マジでなんなん

 

 

196:名無しのバンドファン

>>193ちょっとこれはタチ悪いわ

 

 

197:新人バンドマスター

取り敢えず通報しといたで

 

 

198:名無しのバンドファン

>>197ナイス!

 

 

199:名無しのバンドファン

>>197冷静な判断ありがとうございます

 

 

200:新人バンドマスター

>>199どういたしましてやで。ああいうのには黙って通報が安牌やからな

じゃあ話戻そうか。兎に角なんか原因わかる人いたら教えてくれい

 

 

 

 

 

 

 

 

 ●●●

 

 

 

 

 

 

「…はぁ」

 

 少しばかり手に追えなくなってきた。やはり自分にはこう言うのは向いていない。正直見てるだけで疲れる。そうして開いていたPCを閉じる。

 まぁ、大体わかっていたことだが碌な情報が無い。ちょっと手掛かりになりそうなことを知ってそうな奴はいたが、それだけだ。

 喉の渇きを感じて、紙コップに入ったドリンクを一口飲む。

 

(…ベタ褒めされてたのは悪くなかったわね)

 

「お、珍しいね〜蘭がPC触ってるなんて。新しい編曲アプリでも入れたのかな〜?」

 

「そうじゃないわよ。…まぁ、ちょっと調べ物」

 

「あぁ、もしかして彼女のこと?そんなに心配する必要ないと思うけどなぁ〜」

 

「馬鹿言わないで。つぐみがああ言ったのよ。調べるだけの価値は十分にあるわ」

 

「………それで、お目当てのものは見つかったのですかな?」

 

「イマイチね。SNSに何も情報がなかったから、匿名掲示板ってやつを少し使ってみたけど、殆ど不毛な語り合いって感じ。他にも色々使ったけどめぼしいものは何もなし。…ま、何も成果がなかったって訳じゃないけどね。時間に見合ったかは微妙だけど」

 

「ほほーう、ならその成果とやらを聞かせて貰おうかな〜」

 

「……まずアイツがバンドを始めたのはほとんど確定よ。メンバーはまだアイツ含めて2人だけみたいだけど」

 

「…あ〜やっぱり?ていうかアレに着いてく人いるんだね。モカちゃん的にはそっちの方が驚きだよ〜」

 

「…外面だけは無害面してるから。それにメンバーなんてアイツには関係ないよ。引き摺るだけ引き摺り回して、使えなくなったらゴミみたいに捨てる。そういう奴なんだから」

 

「…」

 

「それにライブでの相方と動画の相方は違う人みたいだしね。取っ替え引っ替えしてるんでしょ」

 

 そう吐き捨てる彼女の表情は窓から入る赤焼けの影で見えなかった。だが言葉の端々にある鋭さと冷たい声色が、自然と怒りという一文字を浮かばせる。

 

「……ねぇ蘭、ホントにやるの?」

 

「当たり前よモカ。このままアイツを許すつもり?…あたしは絶対に許さないわ。みんなの未来を奪ったアイツを、あたしたちから全部を奪ったアイツを!」

 

 ぐしゃりと紙コップを握りつぶす。残っていた飲料が飛沫と共に床にぶちまけられる。流れる液体に少女の憤怒が映される。

 

「ようやく見つけられたんだから…!あの時のことも、みんなの分も含めて、纏めて償わせる!」

 

 鋭く紅い瞳がそこにはいない存在を貫く。その眼には真っ黒な憎悪と確固たる決意が見えた。

 

「……」

 

「覚悟してなさい丸山彩…!!Afterglowはその為に作ったバンドなんだから!!」

 

 彼女たちはAfterglow。

 何かに打ちのめされた少女たちが、それに打ち勝つ為に赤焼けのあの日に誓いを立てて、集ったバンドだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 






掲示板初めてやから多少のガバは勘弁してや…



転生彩ちゃんのヒミツ⑬:実は雷が苦手!理由はお察しである。誰しも死ぬのは怖いものなのだ!




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あこ!







【前回のあらすじ!】
・(ミッシェルに中身なんて)ねーから!
・スレ山コナソ「FWF前に多数のバンドが活動休止…?妙だな…」
・蘭ちゃん「オレハオマエヲムッコロス!」




 

 

 

 

 

 

 

 宇田川あこはライブを一体化の手段だと思っている。

 複数人で音を合わせて演奏することで、一つの曲を生み出す。そして目の前の観客とも音で世界を同一化していき、同じ興奮と感情を共有できる場。そんな風に思っていた。

 今だってそうだ。こうしてRoseliaのメンバーと音を合わせて演奏できるこの時間はあこにとって至福とも言える時間だ。少し前まではバンドが解散寸前まで行って碌に練習もできなかったからか、一層そう思えた。

 

「──今日はここまでにしましょう」

 

 演奏を終え、友希那はそうメンバーに告げる。

 

「うん!いやぁ中々良くなってきたんじゃない?前までの不調が嘘みたいだよ!」

 

「そうですね。特に今井さんはここ最近上達が著しい。以前とは比較になりません。一時期引き篭もっていたのが嘘みたいですね」

 

「うっ、その節は誠に申し訳ございませんでした…」

 

「あの時のリサ姉何言っても部屋から出てこなかったもんねー」

 

「はい…、なのに今の上達具合…。何か良いことでもありましたか?」

 

「いやー、みんなが頑張ってるからアタシも気合い入れなきゃって思っただけだよ!」

 

「この調子ならライブにも間に合いそうだわ」

 

「確かCIRCLEでの箱ライブだったよね。前のライブよりも規模はでっかくなるから気合い入れないと!」

 

 そしてその次はいよいよフェスへの切符へ繋がる選考コンテスト。Roseliaの目標達成につながる重要な一歩だ。言うならばCIRCLEでのライブはコンテストへの慣らしだった。

 

「そういえばあの人たちも出るのかな?」

 

「あの人たち?」

 

「アオハルだよ!あの2人だけの変だけど凄いバンドチーム!あれだけの実力ならこのライブにも参加しても全然おかしくないよ!」

 

「…確かにそうかもしれないけれど」

 

「残念だけれど次のライブにアオハルはエントリーしていないわ。別のコンテストに出るのか、それとも既にメンバーを募ってフェスの予選の切符を手に入れているか…」

 

「とにかく、今回はアオハルには会えないよ」

 

「えー…」

 

「その、あこちゃんはアオハルに会いたいんですか?」

 

「当たり前だよ!ドラムじゃないけどあんな凄い演奏する人たち見たことなかったもん!特にベースボーカルのハルカって人!凄いビカーってしてズドーンってしてた!一回で良いから話してみたい!」

 

「…あ、あこちゃんは怖くないの?もしかしたらまたあの怖い夢を見ちゃうかもしれないのに…」

 

 燐子はあの夢のことがすっかりトラウマになってしまっていた。

 紗夜がお勧めした動画を見始めてからは頻度は減って、日常行為に支障が出るレベルではなくなったものの、今でも時折見るあの幻影は彼女の恐怖を掻き立てている。

 

「…正直怖い。けどあこなんとなく思うんだ。あの人のことを知れればあこはもっと上達できるって」

 

 あの時あこが見たものはその場を支配する圧倒的存在感。いずれバンド界の魔王となることを夢見ている彼女からすれば正に理想に近い存在と言っても良かった。

 

「だからあこはまた…!」

 

「やめなさい」

 

「! 紗夜さん…」

 

「仮にそのハルカがいたとしても下手に近づいてまた以前のような不調が起きてしまえば確実にライブ支障が出ます。リスクある行動は控えるべきです」

 

「…そうかもしれないですけど」

 

「紗夜の言う通りよ。確かに気になる気持ちはわかるけれど、それを理解するのはもう少し先でも良い。焦っても良い結果は生まれないわ」

 

「…でも、ちょっとだけでも」

 

「駄目です」

 

 紗夜が即答する。

 

「あの」

 

「駄目です」

 

「先っぽだけでも」

 

「絶対駄目です」

 

「なんでそんなムキに」

 

「駄目なものは駄目です」

 

「わ、わかりました…」

 

 紗夜の気迫に渋々納得する。

 あこも協調性が無いわけではない。自分の勝手な行動でまたチームがあの時のような空気になることは避けたかった。

 ちょっぴり微妙な空気になったところに燐子が改の言葉を差し込む。

 

「あ、あの、この後みんなでどこか食べに行きませんか…?今後の予定決めも兼ねて…」

 

「そうね、みんな行けそう?」

 

「ごめんなさい、私今日は行けません」

 

「? 紗夜今日何か用事あったっけ」

 

「いえ、そういうわけではないのですが、今日は家族の帰りが遅いので先に帰って夕飯を作らないと…」

 

「そう、分かったわ。話の内容はまた後日連絡するから」

 

「わかりました。では」

 

 そう言って紗夜は荷物を持って、ライブハウスの一室を後にする。

 紗夜が出た扉をメンバー4人は訝しむ表情で見る。

 

「…なんかさ、最近紗夜の様子変じゃない?」

 

「それは私も思いました。なんというか、前よりも生き生きとしてると言うか…」

 

「ギターの技術もリサに負けないくらいの速さで上達しているわ。練習に熱を入れていることは違いないのだけれど…」

 

「彼氏でもできたんですかね?」

 

 その言葉に3人の顔が弾かれたようにあこのいる背後を振り向く。

 

「…彼氏。でもそんな話一回も聞いたことは…」

 

「普通言わないよ。自分だけの大切な人なんだもん。…うん、私だったら言わないかな」

 

「も、ももももしかして紗夜さんの言う家族ってそういう…!?」

 

「あ、飽くまであこの勝手な予想だよ!?もしかしたら本当にお母さんとかの為に帰っただけかもしれないし…!」

 

「でもその可能性があるっていうのも事実かなー…」

 

「…ちょ、ちょっと調べてみる?休みの日に紗夜さんの跡とかつけてみたりとかさ…」

 

「あこちゃんそれは…」

 

「…やめておきましょう。紗夜には紗夜の生活があるのよ。今のRoseliaはそこを侵害するほど縛るバンドじゃないわ」

 

 あれから友希那はメンバーの自主性を尊重するようになった。なので彼氏を作ろうが練習によっぽどの影響が出ない限りは問題はない。むしろ良くなっているのならば、それを好意的に受け止めるべきだ。

 

「この話は終わりよ。仮に彼氏ができているとしてもそれは紗夜から話してくれるのを待つべきだわ」

 

 そうして友希那の言葉でこの話題は打ち切られた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ●●●

 

 

 

 

 

 

 

 

「こんにちはーっと…」

 

 紗夜にはああ言われたものの、やはり気になるのが子供のサガである。協調性?そんなものは捨てた。子供は自ら動いてナンボである。

 あこは後日練習のない日に「アオハル」の2人を探すべく、ライブハウスSPACEに足を運んでいた。

 

(周りの人に知ってる人はいなかったし…、手掛かりがあるとすればやっぱりここだよね!)

 

 SPACEはアオハルがライブを行った場所。2人に関する何らかの情報があるとあこは踏んだのだ。

 今日はそれなりに人通りが良いようなので、誰かアオハルの情報を知っているか聞き込みをすることにした。あこは近くにいるギターケースを背負った男に話しかける。

 

「あの、すみません!」

 

「ん、なんだ」

 

「前にここでライブしてたアオハルってバンド知ってる?」

 

「…………」

 

「何か知ってたら教えて欲しいの!」

 

「……悪いが俺は何も知らん。じゃあ俺は急いでるから」

 

「えっ、ちょ、待って…!?」

 

 あこの言葉を聞き終わる前に男はライブハウスから出て行ってしまった。聞き込み失敗である。

 

「…ふ、ふふ、失敗など当たり前!この程度では我を止めることはできない!」

 

 一度失敗したからと言ってめげている場合ではない。まだ時間もたっぷりある。色んな人に聞いていけば良い。

 あこは気合いを入れ直して、別の人に突撃しに行くのだった。

 

 

 

 

 ー

 

 

 

 

「ぜっ、全滅、だとっ…!?」

 

 あこはロビーの椅子に背から倒れる。

 2時間ほど聞き込みを続けたが、得られためぼしい情報はゼロだった。

 

「…絶対何か知ってる筈なんだけどなぁ」

 

 そう、聞いた人たちはアオハルのことを知らないわけではない様なのだ。ただ話したがらない、話したくない、かのような反応を見せる。それどころかアオハルと口に出すだけで嫌悪の目すら向けられる。おかげで口噂が広まってあこの聞き込みに答えてくれる人は皆無になっていた。

 

「むぅ、そう思う気持ちは、分からなくはないんだけど…」

 

 何せ自分たちも少し前までアオハルの音に苦しめられていた。もしかすればアオハルはここでは嫌われているのかもしれない。

 

(でももう顔覚えられたから聞き込みはできない。どうしよう…)

 

「ちょっとアンタ」

 

「うぇ?」

 

 自身の真上から声をかけられる。目線を上に向けてみるとそこにはパーカーを着た男まさりな印象を抱かせる女性がいた。

 

「アンタよね、さっきからアオハルのこと嗅ぎ回ってる奴ってのは」

 

「う、うぇ、ウェスタ!?」

 

 ガールズバンド「LIQUID」のボーカル、ウェスタ。プロの世界で名を馳せている実力者が今宇田川あこの目の前にいた。驚きであこはその場から飛び起きる。

 

「ど、どうしてこんな所に…」

 

「どうしてもこうしても、このライブハウスはアタシたちが普段練習に使っている所よ。いて何か悪いのかしら」

 

「あ、いやそう言うわけじゃなくて…」

 

「はぁ、まぁ良いさ。それよりアンタ、アオハルを探してるんだってね」

 

「あっ、うん!何か知ってたら教えて欲しい、です!」

 

「…アンタ何にも知らないんだね。いや、ここにきて初めてならそうか」

 

「…?」

 

「…とりあえずこっち来て。落ち着けるところで話しましょう」

 

「は、はい!」

 

 

 

 

 

 ー

 

 

 

 

 

 

 

 案内されたのはライブハウスのスタジオだった。安易的な機材がまばらに並べられている。

 

「あれ、他のメンバーは…」

 

「今日は個人練習で来てるのよ。…一応知り合いが1人一緒に来てるけど今は昼飯買いに行ってる」

 

 ウェスタは適当に二つパイプ椅子を持ってくると、あこに座るように催促した。

 

「んでアンタ名前は?」

 

「え、あ、宇田川あこです!Roseliaのドラムやってます!」

 

 目の前にいるのはプロであり、友希那が目標の一つとして見据えているバンドのリーダー。つい敬語を口走ってしまう。

 

「Roselia…ああ、あの噂の歌姫が組んだバンドか」

 

「友希那さんのこと知ってるんですか!?」

 

「この辺りじゃ有名だからな」

 

 そう言ってウェスタは持ってきたパイプ椅子に腰掛ける。

 

「さて、アオハルについてだったか。…まぁ、アンタの目的はハルカの方だと思うけどね」

 

「なんで分かったんですか!?」

 

「これまで何人もハルカ目的で訪ねてきてる奴がいるからな。会いたいやら歌が聴きたいやらスカウトしたいやら、正直頭が痛くなるよ」

 

「……」

 

「んでだ、アンタはどうしてハルカを探してるんだ。唯のファンってクチなら追い出すぞ。そういうのは辟易してんだ」

 

 ウェスタはプロのバンドマンだ。その業界で生き残ってきただけに、それなりのツテも存在する。一度舞台に現れてから一切姿を見せないハルカとアオイの行方を探して、ウェスタを頼りにしてくる人は多いのだ。

 

 ただでさえ鋭い彼女の眼光が容赦なくあこに突き刺さる。反射的に体が強張ってしまう。しかし、あこはこんな所で身を引く訳にはいかない。彼女にもやるべきことがあるのだから。

 

「あっ、あこは、ハルカと話がしたいんです!どうやったらあんな音を出せるのか…!それが知りたくて!」

 

「アンタの専門はドラムだった筈だけれど」

 

「専門外でも得られるものはあります!」

 

「…アンタは何も分かってないわね」

 

「…え」

 

「ここの奴らに聞き漁ったなら分かってるでしょう。ハルカは決してここの奴らに好かれている存在じゃない。むしろ恐れられている。どうしてかわかる?」

 

「……夢に出てくるから?」

 

「あー、まぁそれもある。けどアタシはそれはあくまで副次効果だって思ってる」

 

「副次効果って…何のですか?」

 

「これはアタシの勝手な推測だけど……自分の世界を奪われた影響かもってアタシは思ってる」

 

「自分の世界…」

 

「音楽してる奴なら必ず持ち得る自分の世界。要は演奏する時に構築するイメージさ。アンタも心当たりあるでしょ、テーマパークにいるみたいな楽しく愉快な音にしたいとか、激流みたいに激しく強い音にしたいとか、音楽に限らず何かを作る上での自分の理想とか願望がさ。ハルカはそれを無理矢理奪い取っちまうのさ。おかげでアタシらも一ヶ月近くまともに活動できなかった」

 

 そう言われてあこの脳裏に浮き出したのは、自分たちがスランプに陥った時の記憶。

 あの時の自分たちはまるで今まで作り出してきた音を忘れてしまったかのように、演奏することができなかった。思えばあれは自分の中の音のイメージが消失してしまったからなのだろう。紗夜が勧めてくれた動画のおかげである程度調子が戻ったが、あれがなければ今も自分は不調の淵を彷徨っていただろう。

 

「アイツの強すぎる光は他人の世界を焼いて奪う。それもあってハルカはこのライブハウスじゃ触れちゃいけない毒物扱いよ。名前すらタブーだわ」

 

「……」

 

「オーナー曰くライブ以前にもアイツが原因で音楽人生を絶たれた奴も大勢いるらしいしね。噂じゃハルカと一緒に演奏した奴が顔中から血を出して病院送りにされたとか」

 

 ま、アタシは戻ってきたの最近だから眉唾物な噂だけどね、と手に持っていたドリンクを飲む。

 

「アタシからは関わらないことをお勧めするわ。…ハルカは何でかライブをすること自体は消極的だし今回のフェスにも出ないと思う。忘れるなら今のうちよ」

 

「……そんな」

 

 できるわけがない。そんな逃げるような真似を。

 宇田川あこは魔王になりたい。バンド界を震え上がらせるほどに、その名を知らぬ者がいないほどに、偉大で凄く、カッコイイ大魔王に。

 彼女は、ハルカはそんな理想の自分になるための大事な何かを知っている。そんな気がするのだ。彼女のことを知れば自分はもっと大きく前に進めるかも知れない。Roseliaの中でも1人停滞感を感じている現状、絶対にここで退くわけにはいかった。

 

「……はぁ、そんな目で見ないでよ」

 

 そうウェスタはため息を落とす。それはどこか諦めたかのような態度だった。

 

「…ま、そこまで覚悟据わってるなら止めないけどさ。話したきゃ話せば良いさ。アイツ自身性格は悪いってわけじゃない。アンタさえ良ければ話は通しといてやるよ」

 

「ほ、ホントです──」

 

「ちょっと」

 

 その声はここにはいなかった第三者。部屋の入り口に立っている数人の少女のうち1人から発せられたものだった。

 ウェスタはその顔ぶれに見覚えがあった。彼女たちはこのライブハウスで練習、活動をしているガールズバンドだ。あの時のライブにも出ていて、それなりに歴や実力もある。しかしどうしたことか、全員が顰めた面をしている。

 

「…何か用?この部屋には借用時間終了まで絶対入ってくるなってオーナーに言われてた筈だけれど」

 

「…現役プロはお偉くて羨ましいわね。それより話聞いてたわよ。その子さ、あのハルカに会いにきたんでしょ?前の奴らみたいに」

 

「だったらなんだ」

 

「それで何人目なのかしらね。ハルカ目的でこのライブハウスに来たやつは」

 

 態とらしく少女は言う。

 

「来たやつは揃いも揃ってアオハルの話ばっかり。あのライブで活躍したやつはあいつらだけじゃ無いって言うのに…」

 

「嫌味言いに来ただけなら帰れ。こっちは取込み中なのよ」

 

「うるさい。…あのライブはね、私たちフリーのバンドが事務所からスカウトを受けられる大きな機会だったのよ!それをアオハルが全部持って行った挙句、全部断ってる。許せるはずない…!私たちもあの日のために努力していたのに!声すら掛けられないなんて!!」

 

 ライブの次の日、SPACEは人で溢れかえっていた。アオハルの音を聴きたい者、スカウトしたい者で。

 そう全員だ。全員がアオハルのみを目当てに来ていた。それ一つを求める姿は亡者の様で、他のバンドは歯牙にも掛けられなかったのだ。無論、「LIQUID」も。

 

「負けた理由を他人のせいにするな。スカウトを受けられなかったのは、アンタらの実力不足だ」

 

「ふざけないで!アイツらさえ、アオハルさえいなかったらきっとアタシたちだって日の目を見ていた!あんな…あんなヘラヘラした奴らに全部取られて…!貴女は悔しくないの!?」

 

「そ、そうだよ…!あたしなんて、ライブに来てた彼氏がライブ以来おかしくなっちゃって…!ずっと部屋に引き篭もる様になっちゃったんだよ!?」

 

「私も家族が…」

 

「私もずっと夢に…」

 

「私も…」

 

 メンバーが一人また一人と不幸の風呂敷を広げていく。困惑しているあこを横目にウェスタは息をつく。

 

「アンタらさぁ、バンド舐めてんの?」

 

「はっ…?」

 

 その一言に空気が張り詰める。バンドグループの5人は一斉に言葉を切られる。

 

「別にさ、音楽をするなら勝手にすれば良いさ。チームを組もうが、好きな楽器を使おうが、それで良い。けどな、ライブの舞台に立つ以上はきちんと覚悟持ってやんねーといけないんだよ」

 

 彼女たちは何も言えないままウェスタは言葉を続ける。

 

「複数のバンドが演奏する以上、絶対に上手い下手の優劣ってのは出るもんなんだよ。そこに私情だの努力だの関係ない、結果が全てだ。言ったでしょ、アンタらの実力不足なのよ」

 

「…で、でも私の彼氏が…」

 

「アオハルが悪いことをしたか?アイツらは自分たちの音楽を全力で表現しただけだ。悪いことなんて一個も無いんだよ。悔しいなら自分たちの音で見返してみろ」

 

 ウェスタの言葉に少女は黙り込んでしまう。

 

「他人のせいにするな。現状を嘆く気持ちはわかる。けどな、それは誰かのせいじゃ無い。アイツの、ハルカの生み出した音の結果だ。音に罪悪があると思うか?アタシらはハルカの音に負けたんだよ」

 

 或いはハルカ自身が彼女たちの破滅を願って歌ったのなら彼女たちの恨みも尤もだが、そんな可能性は0%どころかマイナスである。

 

「…ハルカは言った。アタシたちから全てを奪うって。んでその通りになった。けどそれを取り返せるかはアタシたち次第だ」

 

 奪われたものは取り返すしかない。必死に足掻くしかないのだ。少なくともウェスタはそうして自分たちの音を取り戻した。

 

「…アンタらに今できることは必死こいて練習することだけよ。無駄でも、手応えなんてなくても、やり続けるしかないんだよ」

 

「………ッ」

 

「それかまたハルカに会えば案外なんとかなるかも知れないわよ」

 

「 誰があんな奴に!!!」

 

「あっ、待ってよリーダー!」

 

 そう吐き捨てると、少女は仲間と共に部屋から出ていった。ピリついた空気の残穢が残る中、あこは恐る恐る声を出す。

 

「……あ、あの」

 

「悪いな、嫌なもの見せて。前まではあんなふうに噛み付く奴じゃなかったんだけど…」

 

「だ、大丈夫です」

 

 あのライブ以来、このSPACE内は、主に二つのグループに分かれていた。ハルカに心酔する者と、反抗する者だ。

 彼女たちは反抗派だった。なまじ実力があるだけに、それをあっさりと上回ったアオハルのことが心底気に入らないのだろう。認めないだけのプライドなど、唯の贅肉に過ぎないと言うのに。

 

「……アンタも今日は帰りな。どの道ハルカはこのライブハウスにはいない。常連ってわけでもないしな」

 

「えっ」

 

「…また後日話してやるから帰りな」

 

「…うん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

「……なんだかすごいの見ちゃったな」

 

 ハルカが原因でこのライブハウスで起きているトラブル。ハルカがこれを知ればどうするのだろうか。悲しむだろうか。あんなに楽しそうに歌っていたのに、あんなに幸せな歌だったのに、こんな不和に繋がるなんて、あこには考えられなかった。

 

「…」

 

 音は人を動かす。

 あこは湊友希那の歌に惹かれてRoseliaに加入した。それは友希那の歌に心を動かされたからに他ならなく、言い換えれば音楽の力で引力の様に引きつけられたということ。Roseliaのメンバーは皆そんな感じだ。湊友希那の歌の力に引き寄せられ、結成されたバンド、それがRoselia。

 

 しかし最近は違うことを考える様になった。

 それは音楽が人を不幸にし得る可能性。アオハルの演奏を聴いてRoseliaは不調になった。一歩間違えれば瓦解していたかもしれない。そして今日ハルカの演奏が原因で嘆いている人がいる光景を見て、嫌な未来を幻視してしまう。

 今後Roseliaがさらに有名になって、名声を獲得した時、そこから蹴落とされたであろう誰かに「お前らのせいだ」と言われることが恐ろしくてたまらなかった。きっと友希那は自己責任だと切って捨てるかも知れない。あこもそう思う。そう思うが、自分たちの演奏で不幸になる人が出てきてしまったという事実が、指に刺さった木屑の様に心に残り続けるだろう。

 そんな想像があこに顔を前に向ける気力をなくさせていた。曲がり角にいる人にも気づかず。

 

「いたっ!」

「うぼぁっ!」

 

 人にぶつかり思わず尻餅をつく。バラバラとぶつかった相手が持っていたであろう荷物が無情にも床に散乱する。

 

「あわわっ、ごめんなさいっ」

 

「………」

 

 相手は頭から血を流して微動だにしなかった。

 

「ひ、ヒイィィィーーーッ!!?」

 

 顔を真っ青にしながらも、あこは倒れた血だらけ少女に駆け寄る。

 どうにかしようと動くが、直視しきれない現実にパニックになって何をどうしたら良いのかを見失う。とにかく何かしようと呼びかけ、ゆさぶる。

 

「ねぇ!ねぇ!?大丈夫!?生きてるよね!?」

 

 返事が無い唯の屍のようだ。

 あこはここで本当にまずい事態になったことを察する。

 

「…あ、あはは…、友希那さんごめんなさい。あこ、犯罪者になっちゃった…」

 

 このまま自分はどうなるのだろう。警察に連行されてしまうのだろうか。きっと友達や家族に大変な迷惑がかかるだろう。そうなれば勿論Roseliaの皆とも会えなくなる。

 

「ううっ、嫌だよぉ…!お別れしたく無いよぉ…!友希那さんたちともっと演奏したいよぉ…!」

 

 しかし後悔しても遅い。既に目の前には自分が作り上げた人の肉が転がっているのだから。

 あこは完全にこの現状を諦観する。

 

(…どうしよう、まずは救急車かな。あ、自首もしなきゃだし警察からかも…)

 

 絶望に項垂れている中、携帯電話を取り出す。

 人を致してしまった以上、言い逃れできるはずもない。そうして最後に殺してしまった女性にごめんなさいを言おうと倒れている桃色の髪の少女を見る。目が合った。

 

「……」

 

「……」

 

「……ぇ」

 

「ハイジョージ☆」

 

「ぎゃあぁぁぁぁ!!?死体がしゃべったあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ー

 

 

 

 

 

 

 

「もう、死体なんて超失礼だね!私怒っちゃうよ!プンプン!」

 

「ご、ごめんなさい…」

 

「うんいいよ!」

 

「えっと、その、だ、大丈夫なの?頭から血が出てたけど…」

 

「あぁ、アレ買ってきたトマトジュースだから大丈夫。ぶつかって溢しちゃってさ」

 

「そ、そうなんだ…。よかったぁ…」

 

「まさか本当に死んだと思った?アレで人間死ぬなら現代スポーツは殺人だぜ!」

 

「そ、それは慌てて…」

 

「それよりさ!貴女Roseliaでしょ!ドラム叩いてたちっちゃい子!」

 

「え、うん……いや、その通りだ!Roseliaのメンバーにして世界で2番目のドラマー!宇田川あことは我のことだ!!」

 

「おーかっちょいー!」

 

 お年頃ポーズを決めるあこにパチパチと拍手を送る。どうやら桃髪少女のお気に召したらしい。

 

「よしなら次は私よ!」

 

 ぴょんと前に飛び出して、しっかりとした仁王立ちをする。

 

「嵐あるところに私有り!お祭り騒ぎに私有り!花咲川のディザスターこと、丸山彩とは私のことだ!」

 

 シャキンと自信ありげにポーズを決める。

 

「……だ、ダサい」

 

「え"ーーっ!?徹夜して考えたポーズなのに!流石にダサいことは無いでしょ!」

 

「ダサいよ!ダサダサのダサだよ!何その構え!ワカメじゃん!」

 

「違うよメカブだよ!」

 

「どっちも一緒だよ!ダサさが!」

 

「全然違う!全くこれだから素人は…」

 

「な、なんだとー!?少なくとも決めポーズはあこの方がカッコいいもん!素人はそっちだよ!」

 

「はぁー!?そこまで言うなら上等じゃ!ショーブだショーブ!」

 

「受けて立つ!お前みたいな変な奴に負けるか!!」

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

「…何やってんだアンタら」

 

 連れが帰ってくる気配がなく、気になって部屋の外まで探しにきたウェスタ。

 連れはすぐに見つかった。何故か先ほどまで話していた宇田川あこと共にちょっと常識とは言い難い姿勢をとりながらだが。

 

「あっ、ウェスタさん良いところに!」

 

「グッタイだウェスタちゃん!唐突な問い!どっちが凄い!?」

 

「いやその前に状況を説明しろ」

 

「今私とこのあこちゃんは譲り難い勝負をしている!」

 

「どっちがよりカッコいいポーズをとれるか!」

 

「相手の心をへし折れば勝ちだよ!」

 

「今はあこが優勢!」

 

「はぁー?寝言は寝て言いやがりませ!私が勝ってるに決まっとろーが!」

 

「あこだよ!」

 

「私じゃ!」

 

「「さぁどっち!!」」

 

「喧嘩両成敗の引き分けだバカ共が!!!」

 

「「ぎゃあッ!?」」

 

 

 

 

 ー

 

 

 

 

「酷いよウェスタちゃーん」

 

「五月蝿い、そもそも廊下であんなことやるな。迷惑でしょうが」

 

「そこはまぁそう言う彫像とでも思ってもらうのが吉だよ」

 

「吉じゃねーよ凶だよ。いやアンタの場合は狂か」

 

「あ、あの…、その人ウェスタさんの知り合いなんですか?」

 

「…あー、ほらさっき言ってた連れよ。全く、帰りが遅いから心配して来てみれば、アホかアンタは」

 

「心配してるれたの?キャーウレシー!今をときめくバンドマンに心配されちゃった!夢女子になっちゃう!」

 

「……」

 

「イタイイタイ!やめてー!お餅になっちゃう!あんこかけちゃわないでー!あ、でも私はきな粉の方が好みだからそっちでお願いします!」

 

「変な人ですね!」

 

「変の範疇を超えて狂気だけれどね」

 

 外国のネットミームの如く支離滅裂なことを口走る彩。しかしこれが彼女の常なので、ウェスタはもう慣れたものである。

 

「それでそれで?どうしてあこちゃんはここに来たの?Roseliaは別のライブハウスで練習してるって聞いたけど。ハッ、もしかして、SPACEに宣戦布告…!?」

 

「違うわ馬鹿。…その子はハルカに会いに来たそうよ。態々探しにここに来たってわけ」

 

「ハルカ………へぇー、ほぉー、ふぁーん」

 

「な、なに?」

 

「…よし!じゃあ私が話つけといてあげる!確かRoseliaって来週ライブあったでしょ?そこにハルカちゃんが行くようにさ!」

 

「えっ、ホント!?」

 

「ホントもホント!私実はハルカちゃんとはハイパーフレンドなんだよね!それくらいジュースを買うくらいインスタントだぜ!」

 

「やった!…ククッ、褒めて遣わすぞ丸山彩!」

 

「ははーっ」

 

 先程まで啀み合っていたと言うのに、2人はあっさりと打ち解けた。それは果たしてあこが能天気すぎるのか、彩が阿保すぎるのか、ウェスタは考えを放棄した。別に考えなくても良いことだ。

 

「ほら、話は終わったか?終わったらアンタはもう帰んな。アイツらに会ったらまたややこしいことになるわよ」

 

「うん!ウェスタさんも彩も今日はありがとう!」

 

「何で私だけ呼び捨てなんだー?年上だぞ我ー」

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

「…はぁ、本当アンタ変なことしか起こさないわよね」

 

「変なことって何よ。あこちゃんとバトってただけじゃん」

 

「…今日1日だけで氷川の奴の苦労を身に染みてるよ」

 

 丸山彩に行く先行く先で暴風の如く振り回される。一つの行動で無数のトラブルとツッコミどころを生み出す彼女は正直手に追うので精一杯だ。

 しかし彼女の時間をもらっているのは此方なのだ。相応のリターンももらっている以上、強く文句は言えない。

 

「さっ、ご飯食べよーぜ。色々買って来たし!」

 

「……食べたら続きやるわよ」

 

「うんいーよ!」

 

 ウェスタは彩と一緒に個人練習をしている。ウェスタが頼み込んだのだ。驚くほどあっさり許可してもらえたが。

 丸山彩の音は引力だ。少なくとも共にセッションをする時に感じるものはそれに近い。まるで存在そのものに引き寄せられるような不可視のエネルギー。マトモにやれば光に近づきすぎて焼殺されるだろう。

 しかしそんな彼女と音を交わすからこそ得られるものもある。彼女が持つものは気持ちの問題や精神論ではなく、単純な実力と力。そしてその力の中にある何か。ウェスタはそれが自分が先に進む上で絶対に必要なものと確信した。だからあこがここに来た理由も彼女には理解できた。行き詰まり、一度どん底に落ちかけて、それがもう嫌だから彼女に期待してハルカに会いに来た。もしかすれば丸山彩は自分たちの知らない何かを知っているかもしれない。そんな期待を胸に秘めて。

 

 『LIQUID』はNo. 1を取るために、ウェスタが初期メンバー3人で結成したバンドだ。何かで1番になりたい。そんな思いを持った学生が集まった集団。そうして紆余曲折ありつつも、死に物狂いで努力して、プロの領域まで足を踏み入れ、今ではその世界で戦い抜けるほどの実力を手にした。しかし時折現れるのだ。目の前の化け物のような突き抜けた才能を持った存在が。今までの努力を嘲笑うような実力を持った奴が。

 だから逆に掠め取ってやるのだ。自分たちより力量が上回っている存在が現れるからこそ、まだ上にいけると思わせてくれる。まだ死に物狂いになれる。それが果てすら到底見えないものだとしても。

 

(…目標は見えないくらいが丁度良いからね)

 

「〜♪」

 

 一時とはいえ自分から音を奪ったのだ。ならば、技術の一つくらいは奪い返されても、文句は言えないだろう。今度はメンバー全員で押しかけて、とことん付き合ってもらおう。

 

 

(それが私たちを狂わせた、こいつの責任の取らせ方だ)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ●●●

 

 

 

 

 

 

 

 衣を纏った塊を油の中に入れる。じゅわっと油の弾ける音が聞こえて、重厚かつ清涼な香りが鼻腔を突いた。揚げ上がったことを確認して、中から取り出し、皿の上にトマトとキャベツと一緒に盛り上げる。

 

 …とりあえずこれでいいかしら。

 前の家だと時々しかしてなかった料理も随分手についてきた。丸山さんが教えてくれたおかげでもあるけれど、我ながら今回は上手くできたと思う。後は彼女の帰りを待つだけだ。

 

 ふと窓から外を見るとすっかり空は赤焼け色になっていた。

 …こんなにも落ち着いた気持ちで家事をこなすのは久方ぶりだ。理由はこの家が安心できる場所というのもあるけど、何よりやり甲斐がある。家事をして、料理を作って、頑張って喜んでくれる人がいる。それが何よりも私の気持ちを昂らせた。

 

「ただいま〜」

 

 そんな物思いにふけていると、早速件の王妃様が帰って来た。一旦作業を中断する。

 

「お帰りなさい、丸山さん」

 

 私は笑顔で丸山さんを出迎える。いつも通りの笑顔で彼女は玄関を通って来た。

 

「あっ!この匂いは、コロッケだな!?やったー!今日はご馳走だい!」

 

「ちょっと丸山さん、靴ぐらいちゃんと揃えなさい!あとでもちゃんと手も洗って!」

 

「あ、ごめーん」

 

「全く…」

 

 一緒に住んで分かったことだが丸山さんは結構ズボラだ。これまでの交友である程度察していたが、まさか玄関で寝たり、1日3食天ぷらで済ませるとは思わなかった。彼女は家でも自由らしい。

 

 そうして私は彼女の意味不明な生活習慣を改善すべく、こうして家事を率先して行なっている。

 そんな私は丸山さんを何とか諌めて料理の乗った丸机の前に座らせる。

 

「いっただっきまーす!」

 

「はいどうぞ」

 

「うおぉ!美味い!美味すぎる!私は今人間蒸気機関車よ!」

 

「そんな急いで食べたら胃もたれするわよ」

 

「大丈夫、私胃は頑丈だから」

 

 そんなこんなで山のように積まれたコロッケは数分で彼女の胃袋に収まってしまった。

 

「はぁ、美味しかった!また上手になったんじゃない?凄いよこれなら料理番組でも覇権獲得間違いなし!」

 

「お粗末さまです。…大袈裟よ。まだ丸山さんの方が上手だわ」

 

 長年一人暮らしをしているだけあって丸山さんの料理は美味しい。私にとっての母の味というやつだ。

 

「それで、今日は何をしてきたんですか?」

 

「ウェスタちゃんと一緒に練習!」

 

「……ウェスタさんと?」

 

「ま、軽くセッションしただなんだけどね」

 

「……どうしてセッションを」

 

「なんか私にしか頼めない〜って言ってきてさ。FWFに出るらしいからそれまでレベル上げの為にしばらくお願いしたいってさ」

 

「……」

 

 仮にもプロがバンド歴の短い丸山さんに直接お願いするなんて…。ウェスタさんから見れば決して気分の良い存在ではないはずなのに。…実力の向上のためなら恥も捨てられるところは友希那さんとよく似ているのかもしれない。

 

「ウェスタちゃんプロなだけあって歌すごい上手でさー。デュエットめっちゃ楽しかったんだよね!」

 

「………」

 

 一瞬だけ食事を運ぶ箸が止まる。そうですか、楽しかったんですか…。

 

 最近自分は思いの他独占欲が強いことを知った。彼女が他の人と仲睦まじくしている話を聞くだけで私の中に黒い嫉妬が現れる。時には彼女を監禁しようなどという人権を無視した非常識的なことにすら思考が飛んでしまうほどだ。

 

「そういえばさ、紗夜ちゃん私に敬語使わなくなったよね。ここに住む前はガチガチに他人姿勢だったのに」

 

「…まぁ、もう他人というわけじゃ無いし、家にいる時ぐらいは…」

 

「その割にはまだ私のことは丸山さん呼びなんだねー」

 

「うっ、それは…」

 

 ごもっともだが、正直なことを言うとまだそこまで距離を縮められる勇気が無い。

 自宅に乗り込んだ挙句住み着いて何を今さらと思うかもしれないが、それとこれとは話が違う。仮に丸山さんを呼び捨て名前呼びしてしまおうものなら私のヒットポイントは瞬時に0になることだろう。以前と比べて丸山さんとの時間は圧倒的にあるのだ。ゆっくり慣れていくしか無い。

 

「まぁ、最近の紗夜ちゃんは積極性がカンストしてらっしゃるからね。ふふ、私のメンタルケアは完璧だったわけだ!あ、食器洗っといたよー」

 

「ありがとう。こっちもお風呂沸かしておいたわ」

 

「てんきゅー。さ、お風呂沸くまでテレビ見ようぜ!テレビ!…えっと、リモコンどこだっけ…」

 

 そう言って机の下を探し始める丸山さん。本当に楽器の管理以外は杜撰なんだから…

 

「テレビの下の棚にしまっているわよ」

 

「あっ、さんきゅ!いやー紗夜ちゃんが居てくれると助かるなー」

 

「丸山さんの私生活がだらしな過ぎるだけよ」

 

 彼女がリモコンの電源を入れると、流行りのクイズ番組が映る。

 すると丸山さんは押し入れから手頃の楽器の入ったケースと手入れ用具の入った箱を持ち出した。そうしてケースから手入れ用具を一通り取り出した後、私の膝の上に腰を置いた。

 

「…丸山さん?」

 

「うーん、ジャストフィット。あ、痛かったら言ってね」

 

「…いえ、大丈夫よ」

 

 丸山さんは楽器の手入れをしながらテレビの画面を見る。まったりと、その背中を預けてくれている。

 そんなじんわりとした幸せを受けながら、私は彼女の手入れの邪魔にならないように腰のあたりを両手で抱いた。

 

「とうちゅうかそう…?どんな漢字だったっけ…」

 

「冬虫夏草よ。主に昆虫に寄生する菌糸類。今でも薬として使われることもあるのよ」

 

「へー、流石紗夜ちゃん。物知り!」

 

 日菜に勝とうと躍起になっていた時に色々していたせいで余計な、とは言わないが妙に埃かぶるような知識が私の頭には多かったりする。

 

「丸山さん、お風呂の後にセッションしましょう」

 

「ん、いいよ。今回は何使って欲しい?」

 

「じゃあ……ドラムで」

 

「おけー。紗夜ちゃん入ってる間に準備しとくね」

 

「ええ、お願いね」

 

 この家で私は生まれ変わった。

 今までの私とは訣別して、新しい自分を歩んでいく。それはきっと以前までよりもずっと、素晴らしいものになるだろう。

 

「うーーーん、この問題わかんない…。紗夜ちゃんわかる?」

 

「ええ、この問題はね…」

 

 だって、こんなにも愛おしくて優しい彼女が隣にいるのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ●●●

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ“あ“あ“あ“あ“あ“あ“あ“あ“あ“ッ!!!!!」

 

 怒りに任せてその場にあるものを投げる。おねーちゃんとお揃いだった水色の目覚まし時計。部屋の壁に激突して、少しの中身をぶちまける。

 それでもあたしの怒りは冷める気配がない。

 

 数日前、おねーちゃんが消えた。

 おねーちゃんが帰ってこなかった次の朝、書き置きの一つもなしに、部屋から一切の私物が消えた。その日以来おねーちゃんは一度も家に帰って来ていない。

 あのクズ親はおねーちゃんのことなんか気にも留めてないから捜索届けの一つも出しやしない。勿論あたしは探したけど、知ってる場所にはどこにもいなかった。

 

「なんでッ…!なんでぇ…!!」

 

 訳がわからなかった。

 どうして家を出たの?どうして何も言ってくれなかったの?どうしてあたしも連れて行ってくれなかったの?どうして、どうして、どうして、どうしてどうしてどうしてどうしてどうして!!!

 

 …そんなの決まってる

 

 アイツだ

 アイツのせいだ

 

 やっぱりあの時に徹底的にやっておくべきだった!!

 

 あたしからおねーちゃんを奪うなんて!!絶対に許せない!!

 

 罰だ。罰を受けさせてやる。

 あたしのおねーちゃんを奪った報いを。

 絶対に。絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に!!!

 

 

 「───待ってて、すぐに連れ戻してあげるから。おねーちゃん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 








転生彩ちゃんのヒミツ⑭:実は楽器の中だと1番和楽器が得意だぞ!特に三味線は1番馴染みがあるらしい!


ウェスタちゃん

【挿絵表示】



落書きとかまとめてるところ。気が向いたら見にきて



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みさき!




【前回のあらすじ!】
・時代を駆け抜けたHEISEIバンドラーたち
 今その無念が未来へと受け継がれる
 祝え!新たなる魔王の誕生を!
・ホクホク満足系主婦氷川紗夜
・日菜ちゃん「殺してやるぞ丸山彩!」






 

 

 

 

 

 

 想像できるだろうが、夏場の着ぐるみの中は暑い。とんでもなく暑い。

 最近の着ぐるみは排熱機能やらなんやらが付いてはいるものがあるが、私の身につけているものには最低限しかない。誰だってアニメのデフォルメキャラの背中やらケツやらの穴から妙な機械の駆動音が鳴れば顔を顰めるものだろう。故にこれは子供の夢を守る必要な犠牲なわけだ。

 そう、この目の前の子供2人の夢と希望を守るために、通称『中の人』は暑さと疲労に戦い続けるのだ。それが我々きぐるまーの役目なのだから。

 

「ミッシェル!次はアレに乗りましょう!とても楽しそうだわ!」

 

「いやあっちが良いんじゃないかなぁ?空中分離するジェットコースターなんて初めて見た!」

 

 それは安全性という面で大丈夫なのだろうか。

 そんな疑問を飲み込みながらも、私は道化…もといクマさんを演じ続ける。まぁ黒服さんが大丈夫だと言うのだから問題ないだろう。弦巻家に限ってそんな安全性を度外視したプランを立てるわけもない。

 

「大丈夫だよ。ここミッシェルランドは皆んなに夢の時間を与える場所だからね!2人はめいいっぱい楽しめば良いさ!」

 

 二人を喜ばせるために私は歯に衣を着せた柔らかい言葉を投げかけた。

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

 ──時は少し遡る

 

 

「ちょぼまき、さばまき、もんじょまき〜♪」

 

 休日の朝。見事な快晴である。こんなに天気が良いと、気分も良くなるというもの。思わず彩の口から漏れる歌がそんな上々な気持ちを表していた。

 

「おはよう彩ーー!今日は良い朝ねーー!」

 

「んぇ?」

 

 そんな中、唐突に彩の前に現れたのはスーパーお嬢様弦巻こころだ。現れたのは玄関からでは無く、向かいの窓の外からだが。

 マンションのすぐそばに滞空している弦巻家御用達のヘリがけたたましい音を鳴らしている。

 こころはそのままヘリから飛び降り、彩のいる部屋に転がり込んできた。

 非常識どころの行動ではないが、彩は特に疑問に思うこともなく、寧ろ目を輝かせてこころを迎え入れた。

 

「こころちゃんおはよー!ダイナミックな登場だね!」

 

「ええおはよう彩!…あら、それ紗夜の鞄よね。紗夜も来てるのかしら!」

 

「来てるっていうか、今ウチに住んでるんだよねー。今はバンドの練習で出かけてるけど」

 

 こころは一瞬真顔になる。

 

「……そう。それよりも彩!今から遊園地に行きましょう!」

 

「おっと唐突…って遊園地?」

 

「ええ、来週開園するのよ!」

 

 そう言われて、彩はいつの間にか部屋にいた黒服の人から遊園地のパンフレットを渡される。

 『ミッシェルランド』。どこかで見たことあるクマがマスコットのテーマパーク。そこに描かれているアトラクションの数々は彩の好奇心に炭酸をぶっかけていく。

 

「それでね彩、本当は来週からなんだけど、今日は黒服さんにお願いして遊べるようになったの!だから一緒に行きましょう彩!」

 

「うん!行く行く!超行く!ちょっと待って荷物持ってくる!」

 

 トントン拍子に話が進んでいく。この場には誰も二人を止める役が存在しないので、状況を置いて話だけが進んでいく。ツッコミ不在の恐怖とはこのことである。

 仮にライブ前日の追い込みで不在の紗夜がここにいたのなら、その身を賭けて全力で阻止していたことだろう。しかし現実はそうはならず、彩は満遍の笑みで荷物を持って来た。

 

「そうだわ彩!今日はもう1人一緒に遊んでくれる友達がいるのよ!」

 

「んー、誰?」

 

 その時、ヘリから1つの影が飛び出してきた。影は空中で一回転し、スタイリッシュに部屋の窓へ滑り込んできた。

 それはクマだった。というかパンフレットに描かれていたピンク色のクマ型マスコットそのものだった。クマは静かに立ち上がり、こころと彩に向かい合う。

 

「──やぁ、始めまして!僕はミッシェルランドの妖精ミッシェルだよ、今日はよろしくね!」

 

 あり大抵に言えばそれは着ぐるみだった。カラフルな衣装を着たクマ型マスコット。

 

「お、おぉーーっ!!?クマが喋ってる!!凄いどうなってるの!?突然変異!?」

 

「ふふ、当たり前じゃない。ミッシェルは妖精さんなのよ!」

 

 しかしこの銀河級のバカ2人には本物の生物に見えているようだった。近くにいた黒服は遠い目でとありし日の純粋だった幼き自分を重ね合わせる。薄々察していたが、丸山彩は自身の仕えるお嬢と同類だったようだ。

 

「ていうかこのクマさんこころちゃんのバンドでDJやってた子じゃん!」

 

「ええ、そうよ!ミッシェルは私たちハロハピのメンバーでもあるのよ!」

 

「すごー、さすが妖精さんだ…!」

 

「実は今日ハロハピのライブのリハーサルがあるからそれも彩には見てほしいの!」

 

「え、ホント!?前は舞台裏で見てたからなー。今度は観客席で見たいぜ!」

 

「ええ勿論よ!今日のお客さんは彩一人だもの!張り切っちゃうわ!ねぇミッシェル!」

 

「うん!僕も今日は特別DJ張り切っちゃうよ!」

 

「おぉー、DJができる喋るクマさん…はちみつも食べるのかな…!」

 

「ええ、きっと食べるわ!妖精さんだもの!」

 

「だよね!妖精だもんね!」

 

「「あははははーっ!」」

 

「あははー…」

 

 とんでもないメルヘン具合だ。今の二人の脳みそには花畑が咲き誇っているに違いない。

 

(……これからこの二人の相手するのかー…)

 

 今から押し寄せる災厄を憂い、ミッシェルの中の人こと奥沢美咲は着ぐるみの中で無機質な天井を仰いだ。

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

 

 

 そうしてやって来たミッシェルランド。

 元々廃園寸前だった遊園地を弦巻家の力で大幅リニューアルして建築されたこのテーマパークは、あらゆる最先端技術が盛り込まれている夢の場所でもあった。

 無重力空間を体験できる迷路の館、馬が自立して動くメリーゴーランド、明らかに物理法則を無視した挙動をするジェットコースター。これら全ての最先端テクノロジーが一堂に会する場は世界広しと言えどこのミッシェルランドのみだろう。

 

 弦巻家が莫大な資産を投じて完成したこのミッシェルランド。

 彼女奥沢美咲はそんな弦巻家に雇われ、ここのマスコットキャラの中の人として絶賛労働中なわけである。

 一介の学生兼アルバイターがどうしてこんなことになったのだろうか…。しかし考えても仕方のないことである。何故ならアルバイト先でミッシェルをスカウトしたのは弦巻こころその人だからだ。宇宙人の思考回路を理解しろなど土台無理な話である。

 

 目に映る遊具を一通り楽しんだ3人は、昼食のためにミッシェルランド常設のレストランに来ていた。

 

「はぁー、楽し!!ホント夢みたいな場所だなー!」

 

「そうでしょそうでしょ!私も初めて遊んだけど最高に楽しいでしょ!?」

 

「うん!遊園地がこんな楽しいなんて知らなかった!」

 

「もしかして彩ちゃんは遊園地に来るのは初めてかい?」

 

「うん、行きたいなーって思ったことはあるんだけど色々あって行けなくてさぁ」

 

「そうなの!じゃあ私は彩の初めてを貰っちゃった訳ね!」

 

「そーだね、初めてだね!あはははは!」

 

「……えへへ」

 

 頬に手を当てて噛みしめるように嬉しがるこころ。

 そんなこころを美咲は着ぐるみ越しにただ黙って見ていた。

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

「おーい、こころーん!」

 

「あっ、はぐみ!」

 

「ふえぇ〜、ここ広すぎるよぉ〜」

 

「ふふっ、迷わなかっただけ成長だよ花音。…しかしこの異界の地で姫をエスコートしながら登場する私……フッ、儚い…」

 

 広場に現れたハロハピの3人。こころに負けず劣らずの尖りきった個性を持つ彼女らは間違いなくハロハピを支える大事な存在だ。

 

「あら、美咲は来てないのかしら」

 

「え、えっとね!美咲ちゃんはもう少し遅れるって…」

 

「そう、残念だわ…」

 

「そういえば会わせたい人がいるってこころん言ってたけど…」

 

「ええ、紹介するわ!私の友達の……ってあら?彩は?」

 

 辺りを見渡すがどこにも彩の姿は見えない。というかミッシェルもいない。ついさっきまでここにいたというのに、その影も形も見当たらなかった。

 

「ふ、二人が迷子になっちゃったわ!?」

 

「えぇっ!?」

「ふえぇ!?」

「儚い…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

「迷子やー!」

 

「……うーん」

 

 商店の裏通りを模したショップエリア。そこに彩とミッシェルはいた。

 

「うごご…どないてこんなことに…」

 

「彩ちゃんが急に走り出すからだよー」

 

「だって猫ちゃんいたんだもん!ピンク色の可愛いのが!」

 

(多分それビジュアル用に用意された猫型アンドロイドなんだよなぁ)

 

 兎にも角にも二人はこの膨大な敷地を誇るミッシェルランドで迷子になってしまった訳なのだが、実のところ大した問題ではない。

 というのも美咲が装着しているミッシェルヘッドにはこころのお付きの黒服の人たちといつでも連絡が取れるツールが仕込まれている。なので、あと数分もしないうちにこちらの電波を逆探知して黒服の人たちが迎えに来てくれるだろう。今自分たちがするべきなのはここで動かず黙って待っていることなのだ。

 

「迷っちゃったのは仕方ないよ。もうすぐお迎えが来るから座って待ってよう」

 

「はーい」

 

 二人は近くのベンチに腰を下ろす。

 街の裏通りを模しているだけあって、日が当たりにくく薄暗い。だが優しいそよ風が入って来て涼しくもあった。通気性の良いミッシェルの鎧には程良い回復イベントだ。

 

「そーいえばさ、ミッシェルって何でこころちゃんのバンド入ったの?」

 

「…え?うーん、そうだね。普通に誘われたから、かな。最初は断ったんだけど強引にって感じ」

 

「あははっ、こころちゃんらしー。私も一人くらい強引に行こうかな?」

 

「彩ちゃんはバンドを作りたいの?」

 

「うん、宇宙で1番輝けるバンドを作りたいの」

 

「凄い夢だね」

 

「でしょ?私と友達で一緒に考えたんだよ。…昔ね、その友達に言われたことがあるんだ。貴女ならどんな場所にでも行けるって。私は今でもその言葉を信じてる!…それで叶うならみんなも連れて行ってあげたい。みんなで登った景色は私が知ってるものよりもずっと綺麗な筈だから」

 

「…そうなんだね」

 

「まぁ、まだ私以外の正式メンバー1人も決まってないんだけどね!あはは!」

 

 そう軽快に笑う彩。

 …良い人だ。夢があって、輝いていて、何より芯がある。こころと同じで自分の信じたものが一切ブレない人間。だから少し意外だった。彼女がいまだに他のメンバーが一人もいないことに。

 

「…僕はね、こころちゃんに誘われるまでは妖精さんじゃなかったんだ」

 

「えっ」

 

「唯のクマ…いやそれ以下だった。けどこころちゃんがあの時、笑顔で手を差し伸ばしてくれたから僕は今ここにいるんだ」

 

 脳裏に浮かぶはこれまで何度も自分たちのことを助けてくれた彼女の姿。奥沢美咲にとって弦巻こころは光だった。どんな世界も等しく照らしてくれる優しい光。

 

「こころちゃんがいたから僕は変われた。だから彩ちゃんも誰かに手を差し伸ばし続けたら自然と人は集まってくると思うよ。君とこころちゃんはよく似ているから」

 

「……あははっ、ありがとうミッシェル。うんそうだね!待っている人たちのためにも私は止まれないわ!いずれ宇宙を制してマルヤマキングダムを設立してやるのよー!」

 

 うおーっと闘志十分になった彩。そんな姿にこっちまで元気をもらってしまう。

 

(まぁ、バンドができたら見に行ってあげようかな…)

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

「ただいまー!」

 

「彩!」

 

「おぎゃあっ!?」

 

「どこ行ってたの!心配したのよ!?」

 

「そーりそーり、ちょっと迷っちゃって…」

 

「…ねぇ、ミッシェルと何か話していたの?」

 

「ん、まぁ何でミッシェルがバンド入ったとかそんな事」

 

「そう!後で私にも聞かせて頂戴ね!」

 

「いーよ」

 

 すると、彩に長身の少女が近づいてくる。彩から見た印象はなんかキラキラのエフェクトがかかっている人という感じだ。

 

「やぁ、初めましてだね。私は瀬田薫。君のことはこころからよく聞いているよ、丸山彩ちゃん。話に聞いてた通りこころによく好かれているようだね」

 

「うむ!よろしく。…ほぉー、へぇー」

 

「…フッ、やめたまえ。そんなに私を見ても君を愛でる言葉しか出てこないよ」

 

「…どうやってそのキラキラ出してるの?ディ◯ニーマジック?」

 

「ディ…、ふふ、これは私の溢れんばかりの魅力が、可視のエナジーとなって現れているのさ。世界がこの瀬田薫を儚いと認めている証だよ」

 

「………お酒を飲んでもゲロは」

 

「吐かない…」

 

「お風呂に入るときに靴下は」

 

「履かない…」

 

「あれっ、前まであったお墓が…!?」

 

「墓無い…」

 

「夜にアサガオは」

 

「咲かない…」

 

「「イェーイ!!」」

 

「……???」

 

 美咲は頭の中が疑問符だらけになる。…いや本当によくわからない。一体今のやりとりで二人はなにを感じ取ったのだ?全くもって意味不明である。

 

「はいはーい!北沢はぐみだよー!北沢商店でコロッケ作ってます!てことで一個どうぞ!」

 

「mgmg…、美味すぎる!」

 

「えへへ、ウチのコロッケは世界一だからね!……ってあ"ーーー!袋のやつ全部無い!20個個くらい詰めて来たのに!?」

 

「うふふ、彩はとっても食いしん坊なのよ。油断してたら残りのコロッケもみんな食べられちゃうわ!」

 

「コロッケ…コロッケヨコセ…」

 

「わわわっ!残りはみんなの分だよ!」

 

 コロッケの亡者となった彩は黒服が用意した天ぷらを食べることで事なきを終える。そして天ぷらの山を頬張る彩におずおずと最後の一人が近寄ってくる。

 

「え、えっと私は松原花音ですっ。ドラムやってますっ。それで、えっと…」

 

「んぐっ…キャノンちゃんね!よろしく!」

 

「えっと、花音です…」

 

「アンノウンちゃんね!よろしく!」

 

「だから花音ですっ」

 

「サノス!」

 

「花音!」

 

「家紋!」

 

「花音!」

 

「波紋!」

 

「か・の・ん・ですぅ!!」

 

「うひょーっ!耳がキーンてする!」

 

「誰のせいだと思ってるんですかっ」

 

 すっかりご機嫌斜めになる花音。消極的な花音がこんなにも強く自分を出すのは珍しいのか、ハロハピの面子は皆驚いた様子だ。

 

「ふふ、やっぱり彩は不思議ね!私の知らない皆んなの面白いところが沢山出てくるんだもの!最高よ!」

 

「そうだね。…それに君の声を聞いているとなんだか他人のような気がしなくなる。もしかしてどこかで会ったことがあるかい?」

 

「早く美咲にも会わせてあげたいね!絶対気が合うよ!」

 

「そ、そうかな…?寧ろ強めなシャウトが飛んできそうだけど…」

 

「そうだね、美咲ちゃんは真面目さんだから(流石花音さん、私のことよく分かってる)」

 

 メンバー全員が揃ったハローハッピーワールド。みんながみんな、各々の個性を出していて愉快な集団だ。

 彩はそんな彼女たちを少しだけ遠い目で見る。

 

「こころ、そろそろリハーサルの時間だよ。練習時間も限られているからね。早く行こう」

 

「ええ、そうね!彩行きましょう!私たちの演奏を見せてあげる!」

 

「うんっ、今行くー!」

 

「あっそうだわ、彩!もう迷わないように手を繋ぎましょう!」

 

「ん、いいよ!」

 

「……」

 

 ふとミッシェルがこころの横に近寄ってくる。

 

「あら、どうしたのミッシェル?」

 

「あっわかったよ!ミッシェルはこころんと手を繋ぎたいんでしょ!」

 

「そうなの?ミッシェル」

 

「………え、あ、うんっ、久しぶりにこころちゃんをエスコートしたいなって」

 

「フフ、ミッシェルにも可愛いところがあるじゃないか」

 

「嬉しいわ!じゃあ一緒にいきましょうミッシェル!」

 

「……うん」

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 ミッシェルランドの特設ステージ。屋外屋内両方に変形可能なハイスペック施設である。それ以外にも暖房完備に客席の配置の工夫、テーマパークならではのビックリシステムなど、どんな時でもお客様に最良のライブが楽しめる仕込みが満載である。

 そんな広々としたステージの真ん中にハロハピの5人はそれぞれの楽器を持って堂々と立っていた。

 

「ふえぇ〜、ひ、広すぎるよぉ〜。こんなところでお客さんに向かいながら演奏なんて…」

 

「大丈夫!あたしたちなら絶対できるって!それに今日はお客さんはあややん一人だけだしさ」

 

「その通りさ花音。嫌でも本番は来週。今のうちに慣れておくのが1番だよ。それに、本番にはそんな不安は綺麗さっぱり消えるさ。観客の熱気に当てられてね」

 

「そうだよ花音ちゃん。みんなでやって、それからできるか考えよう。弱音を吐くのはそのあとさ」

 

「…そ、そうだよね。私は変わるんだ。その為にドラムだって…!」

 

 その真正面を向いた花音の表情は覚悟が極まっていた。それを見てこころはいつでも演奏が始められることを確認する。

 目の前にいる観客は丸山彩唯一人だ。ステージの真ん前のど真ん中に綺麗な姿勢でサイリウムを持って着席している。

 

「そういえばキーボードはいないんだね」

 

「そうだね。でも何一つ問題無いよ」

 

「その通りよ!例えキーボードが無くても私たちの演奏は最高なんだから!彩、今から貴女に最高の時間をプレゼントしてあげる!」

 

 こころの掛け声と同時にけたたましく鳴り響くギター。

 それを皮切りに彼女たちの音が重なっていき、徐々にエネルギーを溜め込んでいく。風船のように膨らんだ燻りは、こころがとびきりの笑顔を見せた瞬間に、一気に爆発した。

 

「おおっ!」

 

 思わず声が漏れる。

 その声はハッピーの爆音によって掻き消されるが、湧き上がる心は止まらない。技量もあのライブの時より確実に上がっていて、より正確かつ軽やかに奏でられる音が彩のワクワクを刺激する。

 

 それはまるで夢のようだった。子供の好奇心が詰まった玩具箱があちこちで元気よく爆ぜていく。カラフルな音の紙吹雪が散る中、まるでパレードのように5人はとびきりの笑顔で演奏をしている。それに釣られて彩も席を立ち笑顔でサイリウムを振る。

 そうして最初の曲が終わり、こころは熱が冷めぬまま彩に声をかける。

 

『彩ーっ!楽しんでるーっ!?』

 

「あったぼーーーっ!」

 

『今日は彩のためだけに用意したとびきりスペシャルステージよーーーっ!!いっぱい楽しんでいってねー!!』

 

「いぇーーーい!!!」

 

 そうしてハロハピは時間が許す限り存分にその幸せを一人の観客に振る舞い続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 ●●●

 

 

 

 

 

 

「ふぅー…」

 

 誰もいなくなったステージで、私ことミッシェル…ではなく奥沢美咲は静かに息を漏らした。

 ハロハピの面子と丸山先輩は予行練習が終わったあと、どこかに遊びにいった。流石にそろそろ奥沢美咲としてこころたちの前に行かないと不安がられる頃なので、ミッシェルは用事があると言って一旦はぐれ、現在休憩中だ。

 

(流石にミッシェルとの一人二役はキツイ…)

 

 ミッシェルとしてハロハピに付き合い始めてから随分と身体も鍛えられたと思う。それくらいにはミッシェルとの二人三脚はハードスケジュールだ。

 

 しかしそれにしてもだ。今回の予行練習、随分とこころは張り切っていた。もしかしたらいつものライブ以上に元気だったのではないだろうか。

 

(やっぱ、丸山先輩かなぁ)

 

 最近になってこころは彼女のことばかり話すようになった。前に学校で二人が話しているところを見たことがあったが、丸山先輩と過ごしている時は一際幸せそうだった。

 …正直、羨ましい、って思う。私もあんなふうにこころに笑顔を向けてほしい。いや、常日頃向けられているけどそう言うのじゃなくて、こう、もっと向けて欲しいっていうか…むぅ、なって言ったら良いのだろう…。

 

「あーもうっ、よく分かんない…!」

 

「何がわからないのですかな?」

 

「うわぁッ!?」

 

 突然背後からかけられた声に私は観客席から滑り落ちる。いった…思いっきり尻餅打った…。

 

「ありゃ、大丈ブイ?」

 

「…あー、はい。大丈夫です」

 

 そこにいたのは丸山先輩だった。ミッシェルとしていた時とは違う優しさの混じった笑顔を向けながら私に手を差しのべる。私はその手を取る。

 

「えーと、一応初めまして、ですよね。私奥沢美咲です…」

 

「丸山彩!21歳!」

 

「いや大嘘つかないでください。まだ高校生でしょう」

 

「いずれなるから問題ないんですよ。そしていずれなるということはもう既になっているということ!私ニジューイッサイ!イェーイ!」

 

「いやだから…はぁ、もうそれで良いですよ…」

 

「テンテレーン!私は21歳になった!つまり私は時空を超越した!」

 

「は?」

 

「時空を超越して今に顕現できる存在はただ一つ!そう、私は神なのだ!いやたった今神になったのだ!」

 

「えぇ…」

 

 もう訳がわからない。あの時ミッシェルとして話していた人とは別人なんじゃないんだろうか。

 

「そして神になったからには願いを一つ叶えてやろう!さぁ願いを言えぃ!」

 

「…じゃあ大人しくこころたちのところに戻ってください」

 

「……」

 

「な、なんですかそんな膨れっ面で…」

 

「じゃあ美咲ちゃんも連行ね!」

 

「へっ?ちょ、ちょっと待って!私まだ休憩中…!」

 

 せめてあと10分は休みたい!

 

「やーだね!私は丸山彩21歳職業神!弦巻こころの命により奥沢美咲をレンコウしにきたんだから!」

 

「神使いっ走りになってるじゃないですか!?兎も角嫌です!まだ私は休みますよ!」

 

「うわ力強っ!?畜生油断した!まさか美咲ちゃんが女子プロレス覇権志望者だったなんて!まったく予想してなかった!」

 

「本当にスクリュードライバー決めますよ!?こちとら鍛えてるんですから!!」

 

「ぬおぉー!負けるかぁーー!」

 

 

 

 

 

 

 ー

 

 

 

 

 

「…何やってんだろ私ら」

 

「美咲ちゃん強い…」

 

 アホなことをした私たちは二人揃ってダウンしていた。っていうか丸山先輩こそ女の子の力じゃない気がするんだけど。

 

「そーいえばさ、気になったんだけど美咲ちゃんってライブ出ないの?」

 

「…えっ」

 

「一応美咲ちゃんもこころちゃんのバンドメンバーなんでしょ?ならみんなで演奏した方が楽しいじゃん」

 

「…あー、ほら、私楽器弾けないですし」

 

「そんなの弾けるように慣れば良いだけだよ!ねーねー、なんか気になる楽器とかあるー?あ、ボーカルが良い?」

 

「いやあのちょっと、勝手に決めないで…」

 

「あっそうだ!」

 

 そう言って立ち上がると丸山先輩はステージに上がって、舞台裏から背丈ほどのケースを持ち出してきた。思わず私は制止しようとステージに上がる。

 

「ちょ、丸山先輩!勝手に備品持ち出すのは…」

 

「これをこうして…よし!美咲ちゃん、これ使ってみようよ」

 

 目の前に用意されたのはキーボードだった。このステージでは遊園地のスタッフも演奏で観客を盛り上げる。恐らくそのために用意された物だろうが…

 

「ほら座って座って」

 

「うわっ、ちょっと…!」

 

 私は無理矢理席に座らされる。そうして丸山先輩がもう一つ椅子を持ってきて私の隣に座った。

 

「私も一緒にやるからさ、やってみようよ。何事もチャレンジだぞ!」

 

「丸山先輩キーボード弾けるんですか…?」

 

「お遊びレベルなら……よし、じゃあ何でも良いから鍵盤叩いてみて」

 

「何でもって……じゃあ…」

 

 目の前にある白の鍵盤の一つを叩く。ポーンと、電子音が鳴り響く。

 

「よし、じゃあ私も」

 

 丸山先輩が叩いた別の音が跳ねる。

 私は何となくそれに釣られて別の鍵盤を押す。それを返すように丸山先輩が再び。

 そうしてまだ私が。

 先輩が。

 私が。

 先輩が。

 私が。

 

「……」

 

 それは曲とは呼べないし、そもそも形すら成していない支離滅裂なピアノの音。ただ適当に鍵盤を叩き合っているだけだ。

 けど、それなのに不思議と指が動く。まるで子供にでも戻ったみたいに、好奇心に駆られて鍵盤を叩いていく。少しペースが上がってきた。

 

(…なんか、ちょっと楽しいかも)

 

「あーーーっ!!」

 

「!?」

 

 声の飛んできた方に目を向けると、そこには遊びに行ったはずのこころがいた。こころは目を見開いた目を戻すと、珍しく目を吊り上げてこちらに走ってくる。

 

「美咲ったらズルいわ!!彩とそんな楽しそうなことしてるなんて!!私もやる!!」

 

「おやおや、彩の帰りが遅いと思って来てみれば、珍しいものが見れたね」

 

「みーくんがキーボードやってる!はぐみもやるー!」

 

「み、美咲ちゃん…」

 

 こころだけではない、続々とハロハピの面子が流れ出てあっという間に私の周りはわちゃわちゃになった。

 

「あはははっ、皆んな愉快だなぁ」

 

「言ってる場合じゃないって…!ちょ、こころ!無理矢理座んないで!流石に一個のキーボードに6人は…!」

 

 当然こんな状況で続きをできるわけもなく、丸山先輩とのキーボード体験コーナーはハロハピのお遊戯会に変わっていった。

 

 

 

 

 

 ●●●

 

 

 

 

 

 

「…はぁ、ホント酷い目にあった」

 

 夜もふけて、美咲は一人家につながる岐路を辿る。

 普段からハロハピの活動は疲れるものだが、今日は一際だった。特に丸山彩は弦巻こころと同じくらい意味不明な人で、まるでこころがもう一人増えたかのようだった。一人でさえ手を焼いているというのにプラスワンなど冗談ではない。きっと来週の開園にも来ることだろうし、中々に頭が痛い。

 そんな来週の本番に押し寄せるだろう疲労を思い、少し億劫になる。

 

「………」

 

 けれどもそんな疲れに塗れた今日1日の中でも、あのキーボードを叩いた感覚は忘れられなかった。音と共に指が踊り出すかのようなあの感覚は美咲の心に鮮烈に刻まれている。

 

「…結構楽しかったな」

 

 こころたちも歌や楽器を使っている時はあんな感覚だったのだろうか。だとするなら、案外楽器を使うという選択肢もアリかもしれない。

 …楽器を使えるようになれれば、こころも自分をもっと見てくれるかもしれない。

 

「あ、そういえば…」

 

 明日は確か有咲たちにライブに来てほしいとチケットを渡されていたことを思い出す。有咲たちPoppin'Partyも出るようだし、折角なら見にいってみようか。キーボードを使っている人を見れるし、丁度良い。

 

「美咲ーっ」

 

「…こころ?どうしたのあんた、家真逆でしょ」

 

「ちょっと美咲とお話したくなっちゃって」

 

「話?…ってあんた鼻血出てるじゃん!どうしたの!?」

 

「…あら?本当だわ。なんでかしら」

 

「そういえばあんただけ彩と二人残ってたよね!なんかされてない!?」

 

「美咲は彩が私に何かしたと思ってるの?ふふ、本当美咲は心配性ね!でも彩はそんなことはしないわ!ただ最後に二人で演奏しただけよ!本当に最高だったわ!」

 

「そ、そっか。なら何で鼻血なんて…」

 

「わからないわ!」

 

「えぇ…」

 

 原因不明の鼻血をその一言で済ませるのは実にこころらしいと言えばそこまでだが、もう少し自分の身体を気にかけて欲しいと美咲は思う。

 一先ず危害を加えられたわけではないとホッと胸を撫で下ろし、こころにティッシュを一枚渡す。

 

「それより話って?」

 

「ええ、彩と何話してたのかしらって」

 

「丸山先輩と…?まぁ、特別なことは何も。ただ普通にふざけてそれで何でか流れでキーボード触ることになってていうだけだよ」

 

「…ふぅーん」

 

 こころは訝しむように美咲を見る。美咲は頭に疑問符を浮かべる。一体どうしたのだろうか。

 

「…彩ってね、美咲が思ってるよりもずっと変なの。一目見たら我儘で自分勝手。でも友達にはすっごく優しくて、大切に思っているところもあってね、甘いのと辛いのと不味いのとか、色々混ざってるみたいでよく分からないの」

 

「…?」

 

「でも彩は全部が正直なの!それでいてとっても眩しくて、ずっと上のお空から照らしてくれる光。歌ってる姿はまるでお星様よ!…だから美咲が彩を魅力的に思うのも分かるわ」

 

「魅力的って、こころあんた何言って…」

 

「でもね」

 

 こころはいつもとは違う含みのある微笑浮かべて、黒の焼き跡がある瞳で美咲を見上げた。

 

「……ぇ」

 

「彩は私のモノなの。…勝手に取ったり、しないでね」

 

 そう言った後、直ぐに元の明るい笑顔に戻り、こころは家に帰っていった。

 

 こころと別れたその後でも、脳裏に焼きついたその瞳が美咲の頭から離れることは無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 ●●●

 

 

 

 

 

 

 今日1日遊び散らかして大変満足な彩。たらふく貰ったお土産を両手に下げながら、自宅の玄関にまで辿り着く。さぁ、今日の楽しかった思い出を沢山紗夜に話さなければ!そう思い玄関を開ける。

 

「ただいm──ぐええぇぇっ!!?ハエトリグサぁ!?」

 

 玄関を開けた瞬間に彩は吸われるようにリビングに引き摺り込まれた。犯人は当然紗夜である。逃がさないと言わんばかりに彩の身体をがっちりホールドしている。

 

「おかえりなさい丸山さん…。ええ、ようやく帰ってきたわね…!!私がどれだけ待ったと思ってるか分かるかしら!」

 

「うごごごぉ!?れ、連絡したじゃん!今日は帰り遅くなるって!」

 

「うるさいっ!私のいないところで弦巻さんとゆ、ゆゆ、遊園地なんてズルい…じゃなくて、せめて前日までには行くことを言ってほしかったわ!私も行ったのに!」

 

「いや練習は!?本番明日だよ!」

 

「関係ないわ!」

 

「大いに関係あるよ!?」

 

「……もちろん明日は来てくれるわよね?」

 

「うん、行く!行くから離して!このままだと逝く…!」

 

「…嫌です今日はこのまま寝ます。おやすみなさい」

 

「あれ、私まだお風呂入ってないんだけど?お布団敷いてないんだけど!?私死んじゃいそうなんだけど!?」

 

「うるさい」

 

「ぴぇ…」

 

 この日彩は人生で初めて眠れない夜を過ごした。

 

 

 

 

 

 

 

 







Q.皆んなが遊戯王やってたとしたら?

・紗夜ちゃん:青眼
・こころちゃん:EM、オッドアイズ
・友希那ちゃん:サイバー
・香澄ちゃん:スターダスト
・リサちゃん:サンダードラゴン
・日菜ちゃん:銀河眼
・千聖ちゃん:ギミック・パペット
・あこちゃん:ブラマジ
・美咲ちゃん:魔術師
・転生彩ちゃん:時械神



転生彩ちゃんのヒミツ⑮:意外と勉強は苦手!最近は嫌いな数学も含めて紗夜ちゃんに教えてもらっているぞ!




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ららいぶ!




【前回のあらすじ!】
・まじかる☆ゆうえんちでぇと
・過労死型変身系きぐるまー奥沢美咲
・一晩で搾り取られた(物理)女、丸山彩





 

 

 

 

 

 もうすぐ本番が始まろうとするCIRCLEでのライブ。最後の調整とリハーサルを済ませたRoseliaは本番を待つのみとなった。

 久しぶりの本番ライブに燐子は緊張した様子だ。

 

「うぅ…緊張する…」

 

「だ、大丈夫!あこたち前のライブよりずっと上手くなってるんだから、絶対成功するよ!」

 

「そうよ、本番を迎える前に気持ちで負けていてはいけないわ。特に燐子は技術はこのライブに出ている誰よりも秀でていると私は思っているわ。気の張りすぎでそれが発揮されないのは勿体無いわよ」

 

「そーだよ、燐子は凄いんだからもっと自信持って!」

 

「…二人ともありがとうございます。ちょっとだけ気持ちが楽になりました」

 

「よし!りんりんの調子も戻ったし…ククク、今日は我の闇の力を存分に振るってやろうぞ!」

 

 普段よりも一層張り切った様子のあこ。リサが意外そうな声を漏らす。

 

「そう言うあこは今日はやたら力入ってるね。久しぶりのライブで火がついた感じ?」

 

「それもあるけど今日はなんて言ったってあのハルカがあこたちのライブを観に来るんだよ!気合いしか入らないよ!」

 

「…ちょっと待ちなさい。それは本当かしら」

 

 聞き捨てならぬと言わんばかりに友希奈が声を上げる。

 

「うん!ハルカと友達の人が今日来るって言ってた。ハイパーフレンドなんだって!」

 

「……へぇーそうなんだー。それならアタシも気合い入れないとねー」

 

「ええ、彼女が来ていると言うのなら尚のこと、今回のライブは気を入れていかないといけないわ」

 

 Roseliaは一方的ながらハルカと因縁がある。そんな彼女がここに来ていると言うことは、またとないリベンジの機会だ。友希那の中で気力の炎が点火する。

 

「…あの、もう一回だけ通しで練習しませんか?本当は待ち時間だからダメかもしれないけど、まだ時間がありますし…」

 

「私は白金さんに賛成です。皆さんの言う彼女に見せるのならそれを想定してより完璧に仕上げるべきですので」

 

「ええ、そうしましょう。次は私たちがアオハルに目にもの見せる番よ」

 

 各々で楽器を手に取り始めたその時、突然控えの部屋の扉が開く。開いた扉の前には黒髪のショートに赤のメッシュが入った少女が立っていた。

 

「貴女は…」

 

「…」

 

 友希那は記憶の中を掘っていく。…思い出した。確か今回参加していたAfterglowのボーカルだ。以前のライブでも変に突っかかってきたのが印象的だった子。

 前回とは違い、彼女は何も言わずにこちらを見渡している。

 

「…あのー、何か御用ですか?」

 

 その問いに少女は完全無視する。リサは軽くショックを受けた。

 

「…久しぶりですね、友希那先輩」

 

「…何か用かしら。これから練習なのだけれど」

 

「別に、最近ライブで見てなかったので逃げたんじゃ無いかと心配になって」

 

「なんだとーッ!?」

 

「あこちゃん…!」

 

「落ち着いてください宇田川さん。…貴女はAfterglowの美竹蘭さんでしたよね。本番も近いと言うのに、こんなところで油を売っていてよろしいのですか?」

 

「問題無いですよ。そっちと違ってあたしらは準備バッチリなんで」

 

「そうですか、それは本番が楽しみですね」

 

「そうですね、あたしも貴女たちを踏み潰すのが楽しみですよ」

 

「…なんですって?」

 

 その蘭の言葉に反応したのは友希那だ。

 こう見えて友希那は案外短気だ。特に音楽に関してはここ1番の気の短さを発揮する。こうもわかりやすく挑発されれば尚更である。

 競り合う二人の視線に燐子は思わず後ずさる。

 

「そう、貴女がそう言うなら望み通り返り討ちにしてあげるわ」

 

「もしかして耳が遠いんですか?あたしは踏み潰すって言ったんですよ。耳がダメなのは音楽を扱う人間としては致命的ですよ」

 

「薔薇の棘に刺されて退散するのが目に見えるわね。泣き言を垂れても知らないわよ」

 

「へー、ならそっちもあたしらに焼かれる覚悟アリってことですね」

 

「ひえぇ…」

 

 二人の負けず嫌いな性格も相まってヒートアップしていく二人の口喧嘩。場の空気は最悪である。反りが合わないとは思っていたがまさかここでとは。紗夜は内心嘆息する。

 

「はーい、そこまでだよ〜蘭」

 

 その時、突然現れた少女が蘭を制止した。蘭は吐き捨てたような表情の後、大人しく引き下がる。

 

「友希那も、これ以上は不味いよ」

 

「…ええ、ごめんなさい。少し熱くなったわ」

 

「いやぁ〜、ごめんねウチの蘭が。最近変に気が立ってて喧嘩っ早くてさ〜。あ、私は青葉モカ。Afterglowのギターやってるよ〜、よろしくね〜」

 

 妙に抜けた口調でこちらに語りかけて来るモカ。どうやら普段は彼女が蘭のストッパー役を務めているらしい。

 

「…いえ、大丈夫です。こちらも失礼を」

 

「大丈夫だってそんな畏まらなくても〜。蘭はああ言ったけどこっちとしてはお互い楽しんでライブしたいんだ〜」

 

 まぁ、さっきの態度の手前難しいと思うけどね〜と、モカは苦笑いを浮かべる。

 

「あ、そうだ。あこちん…だっけ」

 

「…?」

 

「ライブ終わったらトモちんが話したいって言ってたよ〜」

 

「えっ!?」

 

「それじゃモカちゃんらはここいらで失礼しま〜す。迷惑かけました〜。ほら行くよ蘭」

 

「……フン」

 

「ちょ、ちょっと待って…!」

 

 その瞬間、唐突に勢い良く扉が開かれる。本日2度目の来訪者に全員の意識が扉へ向かう。

 まず目に入ったのは華やかな、というか眩しい衣装だった。この部屋自体もしっかり灯りがついているのに普通に眩しい。まるで衣服に蛍光塗料を塗りたくったかのようだ。そしてそこに装着された大量のペンライト。正に人工発光の完全体とも言えるその姿に全員が絶句する。

 そんな彼女らを他所にまるで丑の刻参りの如き様相をした少女は元気よく声を張り上げる。

 

「おっはろーー!地球誕生以来、いまだ発生したことのない空前絶後の超絶美少女!皆んな大好きハルカちゃん!応援装備で参上だぜーーッ!!イェア!」

 

 この場に黒髪、黒目のイかれた女が参上した。いや場の空気は既に惨状である。

 

『………』

 

「……あり?」

 

 彩は自分の登場が盛大に滑ったことを自覚した。だからか、己に向けられる二人の憤怒の視線に気づくことはなかった。

 

 

 

 

 

 ー

 

 

 

 

 

 す、滑ったーーーーっ!!

 

 やーっちゃった、やっちゃった!滑ってこけるどころか、そのままトリプルアクセル決めて顔面から地面に激突したくらいには最悪の空気だよこれ!

 っていうかせめて何か言って!なんで誰も何んも言ってくれないの!?紗夜ちゃん、その哀れみの目をやめて!傷口にドリルライナーだから!

 

「ハ、ハルカ…?」

 

 あ、あこちゃん!ちょっと私あこちゃんにまでそんな目向けられたら生きる気力無くしそうなんだけど!モウマヂムリ、リスカシヨ…。

 

(…大丈夫?丸山さん)

 

(もう無理、あたしゃ芸人失格ダヨ。引退しかねぇ)

 

(貴女いつから芸人になったのよ…。それよりしっかりして、丸山さんにはこの空気をどうにかする責任があるんだから)

 

(あい…)

 

 てか今気づいたけどRoseliaの皆んなめちゃんこ衣装お洒落じゃん!カワイイ!えー、誰作ったんだろ。

 

「うおっほん、やっほーあこちゃん!ひさ…じゃなくて、始めまして!皆んな大好き超越美少女ハルカちゃんだよー」

 

「は、ハルカだ!あこの名前知ってるの!?」

 

「勿の論だぜ!話はしーっかり超絶美人な彩ちゃんから聞いているからね!すっごいドラマーがいるって聞いて世界の果てからドビュンと一っ飛びさ!」

 

「わぁ、半分くらい信じてなかったけど本当に来てくれるなんて!やったー!」

 

 嘘…、私の信用値低すぎ…!?たった今私はあこちゃんの中でただの怪しいお姉さんになっている説が浮上。泣けるぜ。

 でもそれはそれとしてお目目輝かせてるのはかーわーいーいー。ふふ、実家の妹を思い出すぜ…。元気にしてるかなー。

 

「…ハルカ」

 

「あ、友希那ちゃん」

 

「私の名前も知っているのね」

 

「そ、そうだよー、彩ちゃんから聞いてたしー」

 

「…!彩と知り合いなの?」

 

「あーうん、友達だからねトモダチ、あははー」

 

「……」

 

 なんか紗夜ちゃんの無言の視線が突き刺さってるんですが。私何も悪いことしてないよね!?なんでそんなトゲトゲしたお目目で見てくるの!彩ちゃんこわーい!

 

「…ハルカ、私たちの音を聞いてくれるかしら」

 

「うん、だって今日はそのために来たんだから」

 

 その答えを聞くと友希那ちゃんは満足そうに笑った。あ、可愛い。いやー、やっぱクーデレは地球が生み出した財産だわ。これだけで金払って拝む価値ありだもん。

 そんなやりとりをしてたらいつの間にか時間が過ぎてたみたいでスタッフの人が部屋に入ってきた。

 

「あのー、そろそろ本番が始まるのでお客様は観客席に戻っていただけると…」

 

「はーい、んじゃ皆んな頑張ってね!」

 

「うん!絶対ハルカを痺れさせてやるんだから!」

 

 そうしてハルカは部屋を後にした。スタジオにはRoseliaの面々だけが残る。

 

「…あれ、そういえばAfterglowの人たちは?」

 

「ホントだ、いつの間に出ていったんだろ」

 

「…すみません、少しお手洗いに行っても大丈夫ですか」

 

「ええ、本番には遅れないようにね」

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

「丸山さん」

 

「あ、紗夜ちゃん」

 

「…いきなり部屋に来た時は肝が冷えたわ。正直いつバレるものかとヒヤヒヤしたわよ」

 

「ま、これで私の変装がパーペキであることが証明されたわけね!やはり私は多才!」

 

 因みに友希那もハルカ=彩だということに気がついていない。彼女も大概天然なのだ。

 

「それより私としては友希那さんといつから面識があるのかが気になるところなのですが」

 

「だからそんな目で見ないでよぉ、彩ちゃん塩をかけられたナメクジになっちゃう」

 

 …まぁ、それは後で問い詰めよう。私の預かり知らぬところでその毒牙を広げているのは恐怖でしかないが、そこが彼女の長所であり、魅力でもある。強くは言えない。今度の一緒に行く遊園地で勘弁してやろう。

 

「取り敢えずその服は取って会場に行ってください。周りに迷惑ですので」

 

「馬鹿な!?」

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 衣装の型靴を鳴らしながら黙々と2人は歩く。蘭のペースが早い様に感じるのはきっと気のせいでは無いだろう。

 

「…ねぇ蘭」

 

「……」

 

「あれってさ」

 

「分かってるわよ」

 

 何かを堪えている様な声で蘭は答える。まるで込み上げる感情を押さえ込んでいるようにその声は震えていた。

 

「じゃあなんで何も言わなかったの」

 

「…焦っても今回あいつはライブに出てない。今弾糾してもあたしらが滑稽なだけだよ」

 

「……大丈夫だよね蘭。私たちは──」

 

「ええ、大丈夫よモカ。あたしは何も忘れてない。何も消えていない。何も落としていない

 

「…皆んなには言うの?」

 

「まだ言わない。きっと本番に集中できない。特にひまりとつぐみはね」

 

 確かにそうかもしれない。特にひまりはあの日のことをずっと引き摺っている。今伝えるのは彼女の精神衛生上危険だろう。

 

 そうして目の前の扉を開く。中にはAfterglowの残りメンバーが揃っていた。

 

「遅いよ二人とも。もう本番始まっちゃうよ!」

 

「ごめんごめん〜、ちょっと油売っててさぁ」

 

「まぁ良いじゃん、蘭とモカが遅れるなんていつものことだ」

 

「私たちは準備バッチリだよ!」

 

 笑顔で出迎えてくれる3人。

 皆が皆、この笑顔の裏にある強い決意でバンドを続けている。全てはあいつを超えてあたしたちを証明する為に。

 

「…うん、じゃあ行こう。あたしたちの音を証明しに」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ●●●

 

 

 

 

 

 

 

 

「そろそろ始まるかな…」

 

 美咲は腕時計を確認して、本番の時間がすぐに迫っていることを把握する。

 

「っていうか、やっぱ人が多い…」

 

 なんだかんだでこうして観客側に来るのは初めてだ。前々からあそこで応援するのは大変そうだとは思っていたが、まさかここまでとは。

 打ち付ける波のように人が押し寄せる。

 

「うわっ!あ、すみませんっ」

 

 誰かに当たって倒してしまった。慌てて美咲は倒れた人に駆け寄る。

 

「あー、うん大丈夫だよ。ちょっとこけただけだから」

 

「本当ですか?どこか怪我してたりとか…」

 

「いやいや本当大丈夫。それよりあたし先急いでるから、じゃあ」

 

「あっ」

 

 少女はそそくさと人混みの中に消えてしまった。

 

(ぶつかった私が悪いけど、なんかドライな子だったなー…)

 

「おーい」

 

「…?」

 

 目の前に現れるサングラスをかけた黒髪少女。見覚えのない容姿に美咲は一瞬混乱する。

 

「……もしかしなくても丸山先輩ですか?」

 

「あ、やっぱわかっちゃうかんじー?昨日ぶり!」

 

 何と昨日会ったばかりの丸山彩が目の前にいた。彼女にライブのことは伝えてないはずなのだが、偶然とは恐ろしいものである。

 

「…黒髪なんて随分大胆なイメチェンですね」

 

「ヅラだけどね。それよりもここで会ったも何かの縁!一緒ライブにみようぜー」

 

「まぁ良いですけど…。それにしても先輩もライブ来てたんですね」

 

「私のマイフレンドが出るんだー。凄いでしょ!」

 

「なんで先輩の方が自信ありげなんですか」

 

「そりゃあ、私が育てたも同然だからね!高尾山の天狗にもなるのもだよ」

 

「なぜ高尾山…」

 

 そしてライブが始まり、プログラムは滞りなく進んでいく。

 やはりアマチュアや新人のバンドが多く参加しているだけに、曲のクオリティなどは美咲が普段聴いているものとはどうしても劣る。だが会場に籠る熱気に当てられると、気分も自然と高揚するものだ。小さくはにかみながらも美咲はライブを楽しんでいた。

 

「…観る側も結構楽しいですね」

 

「でしょー?私なんか興奮しすぎて思わず乱入とかしそうだよ!」

 

「やめてくださいね?」

 

 彼女の性格なら本当にしてしまいそうなのが怖いところだ。正直彼女の演奏を聴いてみたいと言う欲求もあるが、ひとまずの我慢を決め込む。

 そんなこんなで楽しんでいると、残りバンドは僅かとなっていた。

 

 次はRoselia。彩の友人が所属しているらしく、一推しのバンドらしい。実際冷たく簡潔なボーカル挨拶とは裏腹に、強く心に響くような歌声を披露してくれた。第一曲が始まった瞬間に、ドンッという物理的な衝撃がはっきりと伝わって来た。これまで聞いたバンドとはまさに段違いの上手さ。彩が気にいるのも納得だった。

 

「ヒュー!良いよ紗夜ちゃーーーん!!最高にさよってるよーーー!!!」

 

「すっご…!ていうかボーカルの人息継ぎいつやってんの…」

 

 まるで恐ろしく細やかな技巧で造られた繊細な造形作品を視界一面見せられているかのように、彼女たちの歌に、技巧に、姿に、釘付けになる。

 

 単純な実力で魅せる。紆余曲折あったが、Roseliaはバンドとして実力主義で生きていくことを選んだ。見る視点が変わっても、フェスで優勝したいと言う気持ちは何も変わらなかったから。

 ギターとベースの残響が響き、最後の曲も終わった。

 

「はぁーっ、凄かった…」

 

「見て見て美咲ちゃん、汗ベットベト!」

 

「あはは…、私もです」

 

 残りのライブはあと二つとなった。Afterglowと、RUN RUNだ。特にこのRUN RUNはかなりプロの中でも上澄と称されているらしいので、美咲は内心期待を膨らませる。

 すると、次のバンドグループであるAfterglowが入場してきた。ボーカルは静かにマイクを構えると、淡々と言葉を落とし始めた。

 

「…どうも、Afterglowです。今日はあたしたちの名前と歌を脳に刻み込んで、帰ってください」

 

 簡潔。だがこれ以上ない宣誓。

 ボーカルの瞳がギラリと煌めく。

 

 マイクを握り締めて数瞬後、彼女たちの音がステージを埋め尽くす。

 

「うわっ…!」

 

 熱い音楽だ。誰にも負けない、誰にも屈しないとでも言わんばかりの凄まじい力強さ。特にボーカルが良い。曲全体の圧を底上げしている。このライブという場を抜きにしても技量、個性共に素晴らしいものだ。それこそ今のRoseliaに何ら引けを取らない。

 

「…?」

 

 違和感。

 喉に魚の小骨が引っかかったかの様なつんざく感覚を彩は感じ取る。ほんの、ほんの僅かだが音同士が噛み合ってないのだ。それは音楽としてギア超える表面的な部分ではなく、もっと根本の耳には通らない部分の齟齬。

 しかし当然それはこのライブで目立つことはなく、観客の大半は気付かずに終わり、次の曲へと進む。

 

「ーー♪」

 

 抜けない違和感。まるで不協和音だ。音は全て力強く正確、何より美麗で統合されている。にもかかわらずこのようなことが起こるのは、メンバー間の息が合ってないからなのだろうか。

 以前はこんなことはなかった。息が合わさった素晴らしい演奏だったと思っている。もしかすればメンバー間で何かトラブルでもあったのかもしれない。

 

(…ま、それはあのバンドの問題だよね!それに美咲ちゃんも楽しそうだし別にいっか!)

 

 

 

 

 ー

 

 

 

 

『ご来場のお客様にお知らせいたします。プログラム最後のガールズバンドRUN RUNのライブですが、予期せぬトラブルにより、ライブが取り行ないため、もうしばらくお待ちください』

 

 告知用のアナウンスが鳴る。トラブルでもあったのか突然の延期宣言。Afterglowのライブの興奮冷めぬ中、観客は少しばかりの不満をこぼす。

 美咲個人としては良いクールタイムだと汗を拭いながらため息を落とす。

 

「ふぅー。だってさ、丸山先輩」

 

「えー、何だよそれー。ちょー退屈じゃんー」

 

 言うまでもないだろうが彩は待つことが苦手だ。特に昂った中でのラストスパートの待ったは彩にとってはこの上なくストレスだった。

 

「…よし、私ちょっと裏方で紗夜ちゃんたちの様子見てくるー」

 

「え、そんな簡単に入れるものなんですか?」

 

「当然!私くらいになると顔パスよ!」

 

「へぇ、凄いですね」

 

 当然嘘である。この女勝手にスタジオ裏に侵入して紗夜と会おうと画策していやがるのだ。

 そもそも普通はこんな緊急時に裏方へ出入りなどできるはずもないのだが、ライブ終わりでハイになってる今の美咲にそこまでの考えが及ぶことはなかった。

 

「じゃ、行ってくるねー」

 

「すぐ戻ってきてくださいよー」

 

 

 

 

 

 

 ●●●

 

 

 

 

 

 

 さてさて紗夜ちゃんどーこかなっと。今回は無許可で入るからね。私だとバレてはいけない。なのでこの昨日買ったミッシェルのお面が役に立つと言うわけなのだ!

 って、なんかさっきからスタッフの方々が騒がしいね。ライブ遅延で忙しいのだろうか。

 

 っと、裏方前に敵兵2体発見!このままでは侵入できないでござる!くっ、まさか門番を配置していたなんてね…!この丸山、早速のピンチ!

 …でもなんか警備してるってわけでもなさそう。なんか深刻そうな顔で話してるし。…まさか、トイレでも混んでたのかな。確かに今大人気両店並みに行列が連なったたけど。でも確かスタッフ専用お手洗いとかあったよね。

 ははーん、さては彼女たち新入りだなぁ?スタッフ用のお手洗いがわからないんだ!仕方ない、この超親切で美少女な私がお手洗いの一つや二つ教えてしんぜようでは無いか!!

 

「へいへーい、スタッフさんたちぃ!スタッフ用のお手洗いならそこをまっすぐ行った突き当たりの右にあるぜ!」

 

「え、誰…?」

 

「か、仮面をつけた不審者…!」

 

「あれ違った?」

 

 どうやら私は推理を間違えたらしい。まぁ美少女には間違いの一つや二つつきものだよね!ドジっ子属性も魅力の一つなのだから!

 

「ここからはスタッフ専用通路だから回れ右してねお嬢さんー」

 

「まぁまぁ!ちょっとお話ししたくてさ!なんか悩んでるみたいだし!」

 

「はぁ…」

 

「私の名前は青春仮面!チミたちの悩み、この私めが解決してしんぜよう」

 

「はいはい、親御さんのことろに帰りましょーねっと」

 

「ウワーッ、離せー!!この変態ー!不審者ー!」

 

「……不審者は貴女よ。それより貴女…」

 

 まままままずいノーネ!このままだと紗夜ちゃん到達への道のりが途絶えてしまう!なにより見逃せない!このトラブルの匂い!スタッフさんが慌てるくらいの出来事!あまりに面白いことになりそうな気配!スルーするーなどできぬ!!

 

「ほ、ほら困ってるみたいじゃん!全然バンドの人来なくてさ!」

 

「それと貴女は関係ないでしょう。ほら行くわよ」

 

「ウワーッ‼︎」

 

「ま、まぁまぁ先輩。ちょっと落ち着きましょう?無理矢理返してもちょっと可哀想ですし…」

 

 お、おぉ、天使。天使がおるで…!優しい抱擁が私を包む…!なんと心地よい、彼女は私の母になるかもしれなかった女性だった…!?

 

「ふいー、ありがとう大天使コーハイ」

 

「どういたしまして…って何その名前!?」

 

 この門番2人なんと驚くことに今回のライブを仕切るメインスタッフだったらしい。ま、まさか大ボスが目の前にいたとは…。まぁ最近のRPGでもラスボスが初っ端に出てくるのはあるあるだからね。仕方ないね。

 で、そのボス2人曰くなんでも最後のトリを飾るライブをするバンドの、えーっと、らんらんるー?みたいなバンドグループがまだ来てないせいで、ライブができないみたいな話らしい。

 

「彼女たち結構な問題児で、ライブに遅れてくることもしょっちゅうなんだけど今回は特に…」

 

「実力は本物なだけに惜しいのよね彼女たち。あの素行の悪ささえなかったらって何回思ったことか…」

 

「うわー酷いねそれは」

 

「今回は電車の遅延に巻き込まれたって話なんだけど、それにしたってもっと早くいってほしかったと言うか…、そもそも本当かわからないって言うか…」

 

「遅延にしても結構重篤らしくてね。仮に車で来ても今から30分はかかる距離よ」

 

 えーっ!それは困る!1時間も待ってられない!!そんなに待ってたら退屈お化けになって死んじゃう!

 スタッフさんは紗夜ちゃんたちにもう一回ライブやらせて時間稼ぎたいらしいんだけど、流石に1時間は厳しいと。最悪罵倒覚悟でトリ無しでライブを切り上げることも視野に入れてるらしい。確かにこれは大問題だな!

 

「はいはーい!それなら私に良い考えがありまーす!」

 

「…まぁ一応聞くわ」

 

「私を使えば良い!」

 

「…はい?」

 

「そのバンドさんが来るまでの前座として私が時間稼ぎするってコト!」

 

「え、ええ!?何いってるの!?無理だよ音楽の経験もないのに…!」

 

「…いえ、経験はあるみたいよ彼女」

 

「えっ?」

 

「見ただけでわかるその指の硬さ。肉角の位置。ギターだけじゃないわね。複数の楽器を扱える人間の手」

 

 スタッフさん凄え…。歴戦の猛者かよ。しかしスカウター内蔵人間だったとは。へへ、オラワクワクしてきたぞ!

 

「で、でもそうだとしても厳しいことには違いないですよ!」

 

「そうね、彼女の言い方だと30分たった1人でこなすことになるということ。そんなことができるのはそれこそプロよ」

 

 へーそうなんだ。じゃあ私準備してくるね。備品の楽器一個借りるぜー。

 

「ちよ、ちょちょちょちょっと待ってぇ!?ダメだよそんなの!」

 

「えーい離すのだ大天使コーハイ!会場が私を待っているるるる…!!」

 

「……貴女、名前は?」

 

「青春仮面!!」

 

「真面目に答えなさい」

 

「ヒェッ、は、ハルカでぇす…」

 

「……ウデは信用して良いのね?」

 

「もうバーッチリ任せてよ!」

 

「30分持つのね?」

 

「モーマンタイ!のーぷろぐれむ!一切合切!」

 

「……わかった。許可するわ。オーナーには私から話を通しておく」

 

「せ、先輩!?」

 

「ラッキー!んじゃ楽器借りるねー!」

 

「ええ、好きなものを持っていってちょうだい。舞台に上がる時間は後で連絡するわ」

 

 イェーイ!なんか急に気前よくなったね!よくわかんないけどラッキー!

 よし、そんな優しい貴女は今日から大天使センパイーだ!よろしく頼むぜ!

 

 

 

 

 

 ーー

 

 

 

 

 

 

「先輩!どういうつもりですか!あんな見ず知らずの観客の子1人に任せるなんて!」

 

「……どの道このままだと観客の不満は爆発する。正直藁にも縋りたい思いだったからね。一応最低限実力は保証できているし、表に出て演奏すること自体に問題はないわ」

 

「でもそれなら今いる他のバンドのメンバーの方に頼めば良いじゃないですか!」

 

「そうね。そうかもしれないわね」

 

「じゃあ今からでも彼女たちに…」

 

「私は!!」

 

「!!」

 

 突然発された大きな声に後輩は思わず言葉を止める。普段冷静な先輩がこんなふうに声を荒げることは珍しかった。

 

「……さっき彼女の手に触った時、震えたわ。一体どれほど楽器を触っていればあんなふうになれるのか、あんな積み重ね方ができるのか」

 

「知ってるでしょ?私が元バンドマンなこと。分かっちゃうのよ、どれくらい彼女が上手いのか」

 

「私は見たいの。彼女の音楽が、彼女の作り上げる世界が…!」

 

「私情を優先したと軽蔑すれば良いわ…!でもそれでも私は見たくなったの!聞きたくなったのよ!この仕事に携わるものとしてね!」

 

 歪な笑顔を浮かべる先輩に後輩は何も言うことができなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 ●●●

 

 

 

 

 

 

 

 時は少しだけ遡る。

 出番が終わり、舞台裏でゆっくりプロの演奏を見ようとした折に起きたトラブル。友希那たちRoseliaは一旦待機室から出てステージが見える観客席に移動していた。

 

「いやー、良かったね今日の演奏!今までで最高の出来だったんじゃない!?」

 

「う、うん。何だか今回は練習以上にみんなと一体になれた感覚がして、その、とっても気持ちよかったです…!」

 

「これならハルカも絶対喜んでくれる!」

 

「驕らないで。私たちはまだまだ発展途上。この程度で喜んでいたらまだまだよ」

 

「う、ご、ごめんなさい…」

 

「まぁまぁ友希那。今日くらいいいじゃん。今日が1番上手く演奏できたのも事実でしょ?今くらい素直に喜ぼうよ」

 

「…はぁ。そうね、成長したという意味では確かに違いないわ」

 

「や、やっぱりそうですよね!なら早速ハルカに聞きにいきましょう!」

 

 それで凄かったって言ってもらうんだ!とテンションが天井破り気味のあこをリサは落ち着かせる。

 そんな時、顔を俯かせている紗夜が目に入る。

 

「あれ。紗夜、どうしたの?」

 

「…え、あ、いえ…、何でもありません。少し気分がハイになっていた反動が来てただけです」

 

「確かに今日の氷川先輩のギターキレッキレだったもんね!こう、音が輝いてるみたいですごく一緒に演奏してて気持ちよかったです!」

 

「…ありがとう、宇田川さん」

 

 Roseliaは完全にキレを取り戻した。今回の演奏も皆の言う通り今までで最高のものだっただろう。かつてない一体感は清々しさを感じさせた。

 そう、そのはずなのだ。満足しているはずなのだ。にも関わらず、この胸に空いた喪失感は一体何なのだ。まだ自分は満ち足りていないとでも言うのだろうか。

 かつての自分が求めていた完全な形の仲間たちがいると言うのに、何かが足りない。そう思えてしまうのは一体何故──、

 

「それにしても最後でライブ遅延だなんて…。珍しいこともあるわね」

 

「RUN RUN。実力は確かと聞きますけど、噂に聞いた通りの問題児ぶりですね」

 

「時間通りに来ないといけないのはマナーなのにね!」

 

「そうね、プロとしてあるまじき行為よ」

 

 すると友希那たちの向かい側から見知った顔の人たちが現れる。Afterglowだ。彼女たちも同様に観客席に来ていたらしい。

 

「さっきぶりですね友希那先輩」

 

「ええ。演奏、良かったわよ。よく洗練されてた」

 

「そっちこそ、そこそこ良かったですよ」

 

「……そこそこ?」

 

「ちょ、ちょっと蘭!ごめんね友希那先輩!ちょっと今ピリピリしてて…」

 

 前に出てきたのはAfterglowのリーダーである上原ひまりだ。慌てて彼女は蘭を下がらせる。

 

「…いえ、別に良いわ。美竹さんからそういった感想が出てくるのならそれは私たちの技術が至らなかっただけのこと」

 

 美竹蘭が音楽のことで嫌味を言ってくるような性格では無いことは理解している。仮に本当にそうだったとすれば性根まで腐った証。見限るだけだ。

 そんな一触即発の爆弾を処理した後の空気の中、あこは蘭の隣にいるモカに話しかけた。

 

「…ねぇ、おねーちゃんは?」

 

「え、トモちん〜?……そういえばいつの間にかいないなぁ。蘭知ってる〜?」

 

「スタジオに用事あるってさっき行ったわよ」

 

「だってさ〜。ごめんね」

 

「…うん、大丈夫だよ。ありがとう」

 

 明らかに落ち気なあこ。宇田川巴はあこの姉であり、Afterglowのドラムを担当している。

 巴はあこにライブが終わったあと話があると言っていた。姉から話があると言ってくれたのは久しぶりだった。それだけにまるで避けられるようにいなくなられるのはショックだった。

 

「ま、大丈夫だよ〜。何か話たいことがあるのは本当みたいだし、気長に待とうよ」

 

「………うん」

 

 

 

 ー

 

 

 

 

「羽沢さん」

 

「あ、こんにちは氷川先輩!」

 

 紗夜が話しかけたのは、いつも通っている珈琲店で働いている羽沢つぐみだ。彼女もまたAfterglowのメンバーである。

 以前店であったいざこざの時のことを謝りつつ、話題を進める。

 

「それにしてもライブすごく良かったです!少し前まで活動を辞めてた時は心配でしたけど、そんなの関係ないくらいすごい演奏でした!」

 

「羽沢さんこそ、前よりも技術が洗練されていましたよ。以前より指の動きがスムーズになってました」

 

「わっ、凄いですね!それみんなにも言われたんですよ!すごく上手になったって!紗夜さんはギターを使ってますけど、キーボードのこともわかるんですか?」

 

「…まぁ、友人が弾いているのをよく見るので。素人知識程度なら」

 

「確かに、白金先輩凄い上手ですもんね!やっぱりあそこまで綺麗に弾けるのは正直憧れちゃうなぁ…」

 

「今の羽沢さんなら直ぐに追いつけますよ」

 

「あはは、ありがとうございます」

 

 絆らかな笑顔で嬉しそうに言うつぐみ。

 実際紗夜も驚いた。以前の箱ライブで聴いた時とは比べ物にならないほどにレベルアップしていたのだから。Roseliaのキーボードに追いつける話も案外本音で言っていたりもする。

 …そう、素晴らしい成長具合だった。だからこそ、解せない部分もある。

 

「その、唐突ですが、とても不躾なことを聞くけれど良いですか?」

 

「不躾…?良いですけど…」

 

「最近バンド間で仲が悪かったりしないかしら。喧嘩があったりとか…」

 

「えっ………と、全然ありませんね!いつも通り仲良しAfterglowです!どうしてそんなことを?」

 

「いえ、最近ウチでも似たようなことがあったので、羽沢さんのところは大丈夫かなと思っただけです」

 

「えっ、大丈夫だったんですか!?」

 

「はい、一応解決しました。心配いりませんよ」

 

「良かったぁ…。すごく良い演奏だったからもう聞けなくなるかもって心配しちゃった」

 

「ふふ、ありがとうございます」

 

 聞いていて音が噛み合っていないような気がしたが、どうやら気のせいだったらしい。みたところメンバーに特別変わった様子もないし、何より同じメンバーのつぐみが言うのならば間違いないだろう。

 しかしそれにしてもライブの方が心配だ。もうかれこれもう30分は待っている。相当混み合ったトラブルらしいが、これでは観客の不満もピークだろう。自分たちが時間を稼ぐために演奏に出ることも視野に入れるべきかもしれない。そう考え、友希那に話しかけようとした時、再びアナウンスが鳴った。

 

『ご来場の観客の皆様にお知らせいたします。最終プログラムのバンドチームRUN RUNのライブですが、現在トラブルにより当バンドの到着の見込みはまだ立っておりません』

 

 ざわざわと観客たちが騒ぐ。中には文句や罵詈雑言も聞こえてきて、やはり相当ストレスが溜まっていると見受けられる。

 それも当然で、プロの演奏を聴きにきたのにこんなところで待ちぼうけを受けるなど、ストレッサー以外の何者でもなかった。

 

『つきましては、急遽プログラムを変更いたしまして、ご用意いたしました個人バンドマンによるミニライブをお楽しみいただきたいと思います』

 

 ざわざわと先ほどよりも困惑の喧騒が強くなる中、紗夜は1人思案する。

 ミニライブ…、しかも個人。

 今日のライブ、自分たち以外に参加者はいなかったはずだ。いやそもそもたった1人で箱ライブとは言え、この不満に溢れた観客が目の前のステージに立つなど紗夜ですら億劫になる。

 

 …そう言えばさっきから彩を見ない。待機室に乗り込んでくるくらいはするものかと思っていたが、今に至るまで姿すら見せない。

 

(ライブ………個人?)

 

 凄まじく嫌な予感がする。例えるならば背中に冷えた胡瓜を突っ込まれたかのような底冷えするような気付き。

 

(まさか…、まさか…!)

 

 その時、目の前のステージの中心にスポットライトが照った。四つの光はステージのど真ん中にいる黒を際立たせている。

 黒の髪、黒の衣装、黒のキーボード。そしてなぜか着用しているミッシェルの仮面。少女はそのままキーボードについているマイクを取り、息を大きく吸った。

 

『みーんなーー!!こーんにーちわーー!!』

 

 大音量の声が会場全体を貫く。

 

『私はミッシェル仮面!ミッシェルランドの精霊、ミッシェルが生み出した第二の化身!または使者!みんなを絶対幸福王国マルヤマランドにお連れするため、ここに参上したぜ!!』

 

 唖然。

 この場にいる全員が何も言うことができなかった。いやどう言い表せば良いのかがわからなかった。

 イェーイと1人騒ぐ少女。観客全員が彼女1人が作り出した世界に完全に置いていかれていた。

 

『…ん?あ、スタッフさんどしたの?…え?仮面は口が見えないからナシ?そんなー』

 

 集まった数人のスタッフに注意されながらミッシェル仮面は渋々仮面を外す。

 中から現れたのは美麗な少女だった。黒髪黒目の美少女。少女はどこからか取り出したミッシェルの柄が施されたサングラスを着用して、快活な笑みで叫んだ。

 

『──私は時によって姿を変える者!時にハルカ!時にミッシェル仮面!そして今の私はぁ、ミッシェル柄のサングラスを布教する者!ミッシェルグラスだぁーーーーッ!!!』

 

 もう意味不明である。

 彼女の展開する世界に全くついて行くことができない。一体あの少女の目には何が見えていると言うのだろうか。文句や野次を飛ばす気力すらない。

 

『今日の私のお仕事は、みんなをマンゾクさせること!そう!マンゾク!幸せいっぱいマンゾク!私がここにきたからには幸福は忘れられぬと知れぃ!』

 

 ガチャリとマイクをスタンドに戻し、キーボードの鍵盤を流すように鳴らす。その動きには圧倒的な自信と確信に満ちていた。

 幾人が気付く、──今から爆ぜると。

 

『んじゃ、いっくよ☆』

 

 瞬間、観客全員を光が貫いた。

 

 

 







転生彩ちゃんのヒミツ⑯:実は他人には意外と薄情だったりする。



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らららいぶ!



今日のお昼ご飯は値上がりしたマックでした。


【前回のあらすじ!】
・俺が!俺たちがRoseliaファンなんだぁ!!(サイリウムアーマー没収済み)
・美咲ちゃんの運命の分岐点発生
・衝撃!謎のシングルバンドガールマルヤマ仮面降臨!






 

 

 

 

 

 

 

「…はぁ、まずったなぁ」

 

 ライブの参加者待機室前。宇田川巴は1人悩んでいた。

 悩みの種は大きく、普段は快活で明るい彼女が下を向いて苦い顔をするくらいには重篤だ。

 

「何で逃げてきちまったんだろ…」

 

 実のところ、宇田川家の姉妹仲は良好とは言い難い。明確に嫌悪しあっているわけではないが、半ば喧嘩別れのような状態で気づけば数年が経過していた。

 喧嘩の原因も正直ほぼ巴に非があると言って良い。だからこそ今日の機会に仲直りと思っていたのだが、数年の間に築かれた溝は想像より大きかったらしく、妹を目の前に逃げてきてしまったのだ。

 

「……戻ろう。そんでちゃんとあこに謝るんだ」

 

 そう呟ききた道を引き返そうと歩き出す。するとガチャガチャと何か機材を探るような音が聞こえてきた。どうやらこのスタジオから聞こえてきているようだ。

 スタッフが楽器でも探しているのだろうか。そういえばプロのバンドグループが遅刻してライブが遅延しているとか放送で言っていた。さぞかしスタッフも忙しいだろう。

 そんなことを考えていると、音が聞こえていた扉が勢いよく開いた。

 

「キーボードゲットだぜ!結構上等な奴だし、これならノープロだねノープロ!」

 

「……ぇ」

 

「衣装とかはあの衣装からペンライト取って……ってあれ」

 

「………」

 

「あーっ!君あれでしょ!えーっと、そう!Afterglowのドラムの人!良かったよ演奏!体の芯に響いてきたよね!力強いドラムのリズムが」

 

「丸山彩…」

 

「パない……って、え?」

 

 唐突に本名を言い当てられた彩は動きを止める。対する巴はまるでそこにいるはずの無い存在に会ったかのように目を見開いていた。

 

「あれ?んー、君どっかで会ったっけ。ウーム…」

 

「………」

 

「…ん、あっ、いや待って!違うぞ!私は丸山彩では無い!ハルカちゃんだ!あ、いや違うミッシェル仮面だぞ!ほらミッシェルのお面あるし!」

 

 慌ててお面を被る彩だが時すでに遅し。巴は完全に確信を得てしまっていた。

 

「……」

 

 巴の脳内に蘇っていく記憶。

 目の前の彼女の挙動に声、その一つ一つが鮮明にかつての記憶を掘り起こす。あの日、あの場所で刻まれた決して剥がれ落ちない焼き跡。精神の異常は心のみにとどまらず、浅い息を繰り返す。

 

「…んー?まぁいいや。今から私ライブするからさ、良かったら見ていってよ。今日は最高な時間になりそうな予感がするんだ!」

 

「………らい、ぶ?」

 

「うん!最後のバンドの人たちが来るまで時間稼ぎすることになったんだー」

 

 らいぶ。…らいぶ?…ライブ!?

 一気に意識が現実に戻される。同時に湧き出てきたのは、一刻も早く目の前の存在を止めなければいけないという使命感。

 

「ちょ、待ちなよ!」

 

「え、なに?」

 

「…ッ」

 

 瞳がこちらを射抜く。それだけで気後れをしてしまいそうになる。しかし止まるわけにはいかない。あんな事を目の前で2度も繰り返させるわけにはいかないのだ。ましてや蘭たちがいるあのステージで。

 

「い、行かせない…!絶対行かせない!!」

 

「何事?お腹痛いの。お手洗いなら後ろだよー?ほら離した離した!」

 

「嫌っ、絶対嫌だ!またあんな事を繰り返すつもりなの!?そんなこと絶対やらせない!あたしらみたいな被害者はもう出したくないんだ!」

 

「…??? よくわかんないけど、どこかで会ったことある?ごめんねー、顔思い出せないや!」

 

「……おい、まさか本当に覚えてないのか?あんな事をしておいて…!?」

 

「覚えてない!!ごめん!!」

 

 その言葉と同時に、巴の怒りは爆発。怒りのまま綾の胸ぐらを掴む。

 

「…ッ!!ふ、ふざけんなよッ!!あんたのせいでどれだけの人間が苦しんでると思ってんだ!!どれだけ…!どれだけあたしらが苦しんだと思ってるんだ!!今もおかしくなってるやつだって…!!」

 

「でもそれって私が演奏をやめる理由にはならないよね」

 

「………はっ?」

 

 一瞬何を言ってるのかが理解できなかった。巴の慟哭など意に介さず淡々と言葉を続ける。

 

「要するに私が歌ったら苦しむ人が増えるから歌うなって言ってるんでしょ?なんで私が他人のために演奏する事をやめないといけないの?」

 

「…おまっ、なんでって…!」

 

「音楽は自由だよ。誰に制されるでもなく、誰に縛られるでもなく、ただ人前で謳歌できる凄いコンテンツ。その特権を顔も知らないような人たちに奪われる謂れはないよ」

 

「…………………………」

 

 感性が違う。

 巴はずっと彼女に思いの丈をぶつければどうにかなると考えていた。真正面から当たればどうにでもなると思っていた。

 しかし甘かった。彼女はそもそも自分の歌で影響を受ける他人のことを見向きすらしない。完全なる興味の喪失。

 そもそも基盤となってる信条の違いが最悪の食い違いを生み出した。巴がどれだけ被害者として声を張り上げようと、彩には何も響かない。何故ならどうでもいいから。

 

「ほらそろそろ離して。早くステージ行かなきゃいけないからさ!」

 

「…ッ!嫌だ!行かせない!言って聞かないなら力尽くで──」

 

「離せ」

 

「はい」

 

 するりと巴の手は彩の胸ぐらから離れる。

 

「………え?…はっ?」

 

「ライブぜってえ見てくれよな!最高のステージにするから!じゃーね!」

 

 そうして彩は廊下の角を曲がって走り去っていった。

 ただ呆然と彩の消えた曲がり角を見る巴。数十秒経って、ようやく巴は状況を理解した。同時にその場に膝を折る。

 

「……………畜生」

 

 そう言って大粒の涙をこぼすことしか今の巴にはできなかった。

 

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

 

 

 

 基本的に丸山彩は誰かと演奏する時はその演奏相手に合わせるように心がけている。

 

 以前に路上で共に演奏した戸山香澄が良い例だ。あの時彩は極限まで香澄と音の背丈を合わせていた。彩の視点から言えば手加減をしていたと言って良い。

 いや、本来演奏とはそういうものだ。互いに互いの息を合わせて一つの曲として昇華させていく。前に出過ぎず、後退し過ぎず。足並み揃えてこその音楽。それこそが演奏の在り方なのだ。

 

 しかし丸山彩に限ってはそれに当てはまらない。

 

 彼女にとって演奏とは自分1人で成立するものであり、本来誰の手も必要ないのだ。そこに何者かが混ざっても彼女1人の演奏の劣化か、不協和音にしかなり得ない。

 かの氷川紗夜と演奏した時でさえ彩は無意識に彼女に音を合わせていた。とはいえあの時の彩は限りなく本領に近かったのも事実だが。

 兎も角、結局のところ何が言いたいのかというと、彩は複数人よりも1人で演奏した方がその本領が遺憾無く発揮されるということである。

 

 何者と組まずとも最初から丸山彩の音は完成しているのだ。

 

 

 

 

 

 ー

 

 

 

 

 

 

『イェーーーーーーーーーーイッ!!!』

 

 

 まるで気分がハイになった不良学生のようなハスキーボイスが会場をぶち抜く。

 しかしそんな低俗な音からは想像もできないほどの高い技量が観客たちを魅了していく。視界に映る可視化されたクロスの光。その軌跡がまるで会場全体を輝かせるかのようにギラギラと極光を放つ。

 

 共に鳴るキーボードの音。荒く無茶苦茶に叩いているようにも見えるそれは、しかし素人から見ても美しく調和のとれた指運びだと理解できる。

 そして何より弾かれ発せられる音。彼女の歌声と完全に組み合わさったそれは、両方を合わせて限りなく完全に近いと思わせるものだった。

 

 全員が目を奪われる。

 全員が目を離せない。

 全員がのめり込んでいく。

 

 その完成された演奏に。

 

「……すごい」

 

 そう言葉を発したのは誰だったか。しかし全員の感想は一致していた。

 一度はその演奏を間近で聴いたRoseliaの面々。あの時は立つことがままならないほどの光が照っていたが、慣れたからなのだろうか。今は倒れるどころか逆に活力と多幸感が湧いてくる。

 確かに今、彼女たちはその音を、その姿を、はっきりとその五感で感じ取れていた。

 

「………」

 

 言葉をこぼす余裕すらも消えていく。今この会場にいる観客全員が、一秒でも長く彩の歌を、音を脳内に詰め込もうと必死にリソースを注いでいる。

 呼吸すら忘れる。瞬きすら忘れる。経過した時間すら忘れる。その圧倒的かつ象徴的な存在感に。

 

『最☆強』

 

 その言葉で演奏は締められピアノの音の余韻と共に光のドームは幕を閉じる。

 全員が数秒何も言えなくなる。演奏が終わってしまったという喪失感と処理の追いつかない脳細胞が拮抗し、そうしてようやく数人のまばらな拍手が飛び始めるが、その瞬間に次の演奏が始まった。

 

 数秒、と言っても十秒も経過していない。拍手も喝采も要らぬと言わんばかりに、彩は再び世界を光で満たす。

 彼女に今観客に気を遣う気などさらさら無かった。折角のステージ。折角の観客。折角の自由。今丸山彩は貯めていたものを溢れ出し、爆発させている。

 止まることも、止める者も、もういない。

 彼女の気の赴くまままでこの極楽は続く。満足させるのではない、満足するまで終わらない。

 

『はっははははははははーっ!!!えんどれーーーーっす!!』

 

 過去最高に楽しそうな表情を浮かべる彩に対して、観客はその熱線に耐えられず1人、また1人と倒れ伏していく。しかしそんなことはお構いなしに彩はさらにギアを上げていく。

 それに釣られるように会場から歓声が湧き上がってくる。弾いている曲は彩完全オリジナル。到来するワクワク感はその場にいる人々の感性をぶっちぎっていた。

 

(………遠いわ。本当に)

 

 友希那は1人感慨深る。

 届いたなどと思っていなかった。追いついたなどと思っていなかった。しかし、あまりに遠かった。

 たった1人で、いや1人だからこそ完成させられる演奏の極地。また色濃く己の脳に彼女の存在が刻み込まれるのを自覚する。

 いつまで経っても届く気がしない。しかしそれは逆にたどり着くべき場所が明示されたということでもある。

 

(Roseliaはこれからも止まれないわ。彼女に、ハルカに追いつくためにも)

 

 そしていずれは対等に、素晴らしい自分として彼女の前に立ちたい。手を固く握りながら、切にそう願っていた。

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 ーー

 ー

 

 

 

 

 

 

「いやいや、こんな遅刻するなんて思わなかったなぁー」

 

「リーダーが時間間違えるからだよー?おかげでとんだとばっちり受けちゃったじゃんー」

 

「ホントだよー」

 

「まぁまぁ、今からライブなんだから落ち着いてって。観客のみんながあたしらを待っている!」

 

「だ、大丈夫かな…。もう予定の時間より1時間異常遅刻しちゃってるけど…」

 

「大丈夫だって。ほら私ら上手いし」

 

「そうだぜ。むしろ私らの演奏を聴けるんだから多少の遅刻くらいは目を瞑ってほしいもんだ」

 

 彼女たちはプロバンドとして活動しているグループ『RUN RUN』。その粗暴さと炎上スレスレの問題行動からその業界では特に問題視されている5人グループだ。

 一方的な遅刻を理由にライブに出遅れた彼女たちは、ようやくライブハウスCIRCLEへと到着した。

 

「…ん?なんかライブハウスの前変じゃねーか?」

 

「きゅ、救急車ですね…。人もいっぱい…」

 

「トラブル発生ー?」

 

「あのライブハウスちっさぇからなぁ。機材トラブルでもあったんだろ。ははっ、間抜け」

 

「言ってる場合かよ。このままじゃあたしらのライブが台無しになっちまうじゃねーか。無駄足はごめんだぜ」

 

 5人は人混みを避け、裏口からライブハウスへと入る。

 スタジオに行くまでの道中、見知った顔と会った。

 

「お、後輩ちゃーん」

 

「…あっ、皆さん……。やっと来たんですね…」

 

「外どうなってるのあれ。なんかいっぱい人来てたけど、なんかトラブったワケ?ライブは?」

 

「………えっと、ライブは…、運営側がプログラム進行不可能と判断しましたので……その、中止になりました」

 

「…は?」

 

 空気を割るように響くリーダーの声。その中には明らかな苛立ちが混ざっていた。

 態々こうして遠い地から予定を開けて足を運んできたというのに中止などと、到底受け入れられる事実では無かった。

 

「と、取り敢えず見た方が早いと思います。一緒に来てください」

 

 そう言われて5人はスタジオを通り、舞台裏からやけに騒がしいステージ前の観客席を覗き込む。

 

「……なんだよこれ」

 

 異様な光景だった。

 観客であろう人たちが無数に倒れている。何十人ではない、何百人だ。動けるスタッフや救急隊員が慌ただしく介抱をしている様子が見て取れる。

 知らぬ人が見れば毒ガステロで起きたのではないかと思わせるかのような光景。全員の背筋に嫌なものが走る。

 

「おーい!後輩ちゃん!」

 

「あ、まりな先輩…」

 

「もう大丈夫なの?体調良くないから休んでくるって言ってたけど…」

 

「はい、大丈夫です。もう幸福です」

 

「え、幸福?」

 

「なんでもないです。それよりナガレ先輩は…」

 

「見てないけど…、一緒にいなかったの?」

 

「はい、どこかに行ってしまったみたいで…」

 

「困ったな…、オーナーも倒れて病院いっちゃったし、頼れるのあの人だけなんだけど…」

 

「…もしかしたら、追いかけていったのかもしれないです」

 

「追いかけたって、例の子?」

 

「はい、演奏が終わったらすぐに逃げ帰っちゃいましたから」

 

「やるだけやって帰るってなんで傍迷惑な…。それに今でも信じてないよ、1人のライブでこんな有様になったなんて」

 

「まりな先輩はちょうど備品の買い出しで聞けてないから、仕方ないですよ。きっとあの子のライブを聞けば私の気持ちもきっと理解できます。…ええ、本当に、良かったんです。すごく幸せで、まるで極楽で…」

 

「…やっぱり疲れてるよ後輩ちゃん。ほら、後ろ下がっておいて。あとは私がなんとかするから」

 

「…あの」

 

「…あっ、RUN RUNの皆んな。ごめんね、見ての通りこんな感じだからさ、ライブ中止になっちゃったんだ。埋め合わせは絶対するから、ごめんね!」

 

 そう言ってまりなは後輩を連れて舞台裏へと消えていく。5人はその様子を何もいうこともできずにただ呆然と見ることしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 ●●●

 

 

 

 

 

 

 

 

「世を駆ける超絶美少女が現れた!Roseliaはどうする!」

 

「ハルカ……!」

 

 1時間近くにも及ぶスペシャルライブを乗り切り、救急隊員が迫る前にライブハウスを出たRoseliaの面々はその帰路に合うことはないと思っていた人物に遭遇した。

 しかしそこには友希那とリサの2人しかいなかった。てっきり全員いるものかと思った彩は目を丸くする。

 

「あれれ?2人だけ??」

 

「あはは、そうなんだよね。みんな帰っちゃって…」

 

 彩の逃亡直後、紗夜は彩を探すために解散。あこは巴と話すために解散。燐子もどうしてもしたいことがあると言い1人本来の帰路とは逆の方向へと帰っていった。

 ライブが終わった喪失感とも言える心の穴のせいで呼び止める気力すら湧かず彼女たちの後ろ姿を見ることしかできなかったが、それは今目の前に喪失の原因が現れたことでピッタリと埋まった。

 

「ま、いっか。超良かったよライブ!痺れちゃったね!みんな超イケメンだったよ〜!キラキラ輝いてた!」

 

「……ふふ、貴女がそれを言ったら私たちの立つ瀬が無いじゃない。改めて素晴らしい演奏だったわ。人を倒したり、終わった瞬間に逃げ出すのは宜しくないけれど」

 

「倒れたみんなはきっと満足したんだよ!ほら皆んな幸せそうだったでしょ?なら私の目的は達せたわけだ!」

 

「……ええ、そうね。そうに違いないわ」

 

「ん?」

 

 友希那はそう言うとハルカに近づいて正面から倒れるように抱きついてきた。

 

「およ?どしたの、疲れちゃった?」

 

「……ええ、少し疲れたの。休んでいいかしら」

 

「いーよ。ライブって楽しいけど疲れるからねぇ」

 

「そういう貴女はあれだけ歌ったのに息も切らしてなかったじゃない」

 

「ふふーん、体力には自信があるのよ!」

 

「友希那だけずーるい!私もー!」

 

 そう言って背中にリサが飛びついてきた。驚いてバランスを崩しかけるが気合いで持ち堪える。

 

「はぁー、やっぱりすっごい安心するー…」

 

「……そうね」

 

「もーなにー?2人して。もしかして私に惚れちゃったー?全く困っちゃうぜー」

 

 あははーと冗談混じりに言うが、割と冗談にもならないのだ。

 丸山彩は言ってしまえば存在自体が甘露な毒。麻薬のように脳内へと溶け込んでいくそれは、人の精神に多大な影響を与える。

 

 そしてそれが今ある人間関係に決定的な軋轢を与えていくのは必然のことだった。

 

 

 

 

 

 ー

 

 

 

 

 

 

 夕陽が差し込んでいる街路。

 奥沢美咲はだらしなくも惚けた顔を浮かべながら帰路を辿っていた。

 

「……」

 

 其れは未知の体験だった。

 見たこともない世界、見たこともない姿、聞いたこともない音。そしてあまりに輝かしいヒカリ。

 その全てが美咲の身体を精神を容赦なく貫いた。

 

(……丸山先輩。あんなに上手かったんだ…)

 

 いや、もはや上手い下手の領域を超えているのかもしれない。

 美咲は音楽に関しては作曲以外は素人も良いところな立場だが、彩の演奏が他と比べても明確に隔絶していると言うことは理解できていた。

 

「………綺麗、だったな」

 

 その強烈な姿になす術もなく倒れた美咲だが、その最中に最も心に残ったものがある。

 

 ピアノだ。

 美咲はキーボードを弾く彩の姿が、奏でる音が、頭から離れないのだ。

 抱いている想いは、羨望か。あの会場にいた誰よりも自由に、そして楽しそうにキーボードを叩いていた彼女を心底羨ましく感じているのかもしれない。

 ハロハピというどこよりも自由なバンドに所属しておきながら、何たる贅沢か。しかし一度生まれた想いはそう簡単には消えない。

 

(…今度、丸山先輩にまた教えてもらいに行こうかな)

 

 

 

 

 

 ー

 

 

 

 

 

 

 

 

「…既読、つかないわね」

 

 紗夜は道の真ん中で小さく呟く。

 演奏が終わった瞬間に飛び逃げていった彩を追いかけて会場を出てきたが、よく考えれば身体能力で彼女に勝てるはずがなかった。一瞬で見失ってしまい、メールや電話にも出てこず、今に至るまで見つけられていない。

 しかしそれにしても彼女も意地悪である。いったいどんな理由があったのかは知らないが、1人でライブを強行するなど、どうせなら自分も誘って欲しかった。一刻も早く彩に追いつくためには彩と一緒に演奏をするのが最も手っ取り早いのだから。

 …いや、きっとそれは言い訳だろう。紗夜は理解していた。彼女1人の演奏は明らかに2人で演奏していた時よりも上等であったことを。自分がまだ彼女の足を引っ張っていたと言う事実をまじまじと突きつけられたのだ。躍起になって探したくもなる。

 

(……一度帰りましょう。もしかしたら先に帰ってるかもだし)

 

 今日の食事当番は彩だったはずだ。帰ったらライブ祝いと称して豪勢な食事が用意されているかもしれない。

 胸が高鳴り自然と口角が上がる。仮にいなかったとしても一緒に作れば良いだけである。どこをどうとっても幸せだ。そうと決まれば一刻も早く帰ろう。足早にその場を後にする。

 

「おねーちゃん」

 

「!」

 

 その場にいないはずの声が響いた。急速に身体の熱が冷めていく。紗夜はゆっくりと後ろを振り向く。

 

「やっと…見つけた…」

 

「……日菜」

 

 2週間以上会っていなかった妹が目の前にいた。

 日菜は喜びが耐えられないと言わんばかりの表情で足早にこちらに近づいてくる。

 

「どうしてここに…!」

 

「ライブするってりさちーから聞いてたから、あの会場にいれば絶対会えるって思って外で待ってたんだー。…でも良かった。急にライブハウスを飛び出した時はもう見つからないって思っちゃった」

 

 紗夜は息を呑む。紗夜が最も恐れていたことが起きてしまった。

 氷川家の中で最も恐ろしい人物は誰かと問われれば、紗夜は即座に日菜と答える。父親も母親も多少の鬱憤晴らしはしてくるが、その感情の根幹は無関心だ。しかし日菜は違う。何を考えているのか彼女は姉である自分に異様に執着している。

 紗夜は日菜が苦手だ。自分と比べるまでもないほどの才能の差は勿論だが、何よりも不気味なのだ。自分以外にも世界はあると言うのに日菜は自分と姉しかいないように振る舞う。なんでも片手間に成し得る才能を持ちながら何も持ち得ない自分に執着する。それが堪らなく嫌だった。彩と出会ってその嫌悪感はより明確に自分の中に現れたと思う。

 

 そんな事を考えているうちにみるみる2人の距離は縮み、紗夜が後ろに下がるよりも速く日菜は紗夜の腕を取る。

 

「ほら、帰ろ。おねーちゃん」

 

 恐ろしいほどいつも通りにそう話しかける日菜。

 怖い。正直、身を引いて逃げ出しそうになる。しかしここで逃げても事態は何も解決しない。延々と追いかけ回される事だろう。そうなれば必然に彩も巻き込むことになる。それは嫌だ。

 ここで日菜と決着をつけなければならない。

 

「……嫌よ。私はもうあの家とは、貴女とは縁を切ったの」

 

「そんなことない。まだあたしとおねーちゃんは繋がってるよ。ほらっ」

 

「ッ…!」

 

 力づくで引っ張られる腕。鈍い痛みが走る程に強く掴まれたそれは、日菜の執着の強さをそのまま表していた。

 

「帰ったところで、あの家に私の居場所なんてないわ。父も母も私を必要となんてしていない。貴女といても心が苦しいだけ。私にはあの家にいる理由がないのよ!」

 

「ある。あたしにはあるよおねーちゃん。おねーちゃんがいなくなってあたしすごく苦しかった。あたしたちは姉妹なんだよ?双子なんだよ?家族なんだよ?いなくなっちゃうなんて許されないんだよ。だから帰ってきて」

 

 ドロドロと日菜の口から出てくる本心。紗夜は敢えて作っていた自分の妹との隔たりを壊された事を感じ取る。

 

「居場所もあたしが作ってある。あいつらもあたしが説得した。もうあの家におねーちゃんとあたしを邪魔する奴なんていない。だから──」

 

「嫌よ!私にはもう自分の居場所があるの!…これ以上関わらないで」

 

 明確な拒絶。日菜を心底恐れている紗夜にはこの選択肢しか選べなかった。

 唖然としている日菜の手を振り払い、そのまま背を向けて走り去ろうとする。

 

「……………やっぱり、アイツなんだ」

 

「…ッ!」

 

 地の底から響くような声が聞こえた。

 同時に胸ぐらを掴まれて押し倒される。軽く頭を打ち痛みに悶える。

 

「ちょっと貴女何を…!」

 

「丸山彩」

 

「…ッ!?なんっ」

 

「あはは、その反応、やっぱりそうだったんだ。…おかしいと思ったんだよ!!」

 

「ッ!!」

 

 突如豹変した日菜。見たこともない怒りの形相を浮かべて地面に押し付けた紗夜の腕に万力を込める。

 紗夜はその場から逃げようと踠くが、日菜の腕はびくともしない。

 

「無駄だよおねーちゃん。力だってあたしの方が強いんだから」

 

「日菜…!こんな馬鹿な真似はやめなさい…!」

 

「……おねーちゃんが悪いんだよ。あたしのことなんか見向きもせずにずっとアイツのいる方を向いてるんだから…!!」

 

「っ痛ぅ…!」

 

「あはは、怯えておねーちゃんも可愛いよ。…うん、るんっ♪て来る」

 

 瞳孔が開いた瞳が紗夜を貫く。

 見ているだけで気分が悪くなる。一刻も早く目を逸らしたい。

 今の紗夜にとって日菜は自分をあの地獄に連れ戻そうとする悪魔同然。仮にどれだけあの家がマシになっていようとも彩の下から離れるつもりなどさらさらなかった。

 

「ほら、あたしと一緒に帰ろう。おねーちゃんはあたしのおねーちゃんなんだから!」

 

「…違うッ、私の居場所はもう丸山さんの隣なの!氷川家じゃない!!」

 

「あははー、聞こえなーい。大体さー、アイツのどこが良いの?勉強だって今ひとつだし、学校の評判も良くない、少し運動はできるらしいけど、それくらい」

 

 そんなわけないと、怒鳴り散らしたい気分だった。しかし日菜の有無も言わせぬ雰囲気がそれを許さない。

 

「それにさー、あたし見つけちゃったんだよね」

 

 ケラケラと笑いながら体を起こす。まるで嘲笑うかのようにこちらを見下ろす。

 

「アイツの、丸山彩の前科ってやつ」

 

「前科…ですって…?」

 

「そう。明確な逮捕歴があるってわけじゃ無いけど、酷いことしたらしいよー?」

 

「………」

 

「経歴から見て不自然だったんだよね。中学以前までの記録が不自然に飛んでてまっしろけ!で、ちょっとハッキングして調べたらわかっちゃったんだよね」

 

 スマホを操作して、紗夜に画面に映ったそれを見せつける。

 

「ほらこれ。栗山小学校大量昏倒事件!アイツはこの事件の容疑者。けど被害があまりに子供離れしてるから警察に事実を隠蔽されてる」

 

「……」

 

「音楽発表会中、学生543人、教師32人、親族102人昏倒!いやー、一体どんな手段使ったんだろー。しかも学校内の人間関係が原因だってさ。あはは、おっかなーい」

 

「…………」

 

「あ、やっぱり知らなかったんだ。まぁそうだよね。自分から前科あるますなんて言う馬鹿はいないよ。でもそれってずっとおねーちゃんに嘘ついてたってことじゃない?あはは、酷ーい」

 

「帰ろ、おねーちゃん。こんな奴と一緒にいたら、おねーちゃんまで余計なとばっちり受けちゃう。だから、ほら」

 

 

「………………」

 

 

「帰ろ?」

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

「やっと解放されたでござる…」

 

 ようやく2人から解き放たれた彩は疲れた表情で帰路を辿っていた。

 

「ファンなのはすごく嬉しいけど、スキンシップ激し目は当方NGなのだよなー」

 

 正直ライブするよりも何倍も疲れた。まるで幼子を相手取るようなあの感覚は前世の社会人時代を思い出す。生まれ変わってもファンへの対応は大変である。

 

「お、紗夜ちゃんから連絡きてる。…えーと、ジャンクフード屋さんの前で待ってる、か。よし決まり!なら行こう!」

 

「待ちなさい」

 

 いつの間にか彼女たちは彩の視線の前に立っていた。見た顔だった。

 現れたのは2人。美竹蘭と青葉モカ。

 

「……確か超かっこいい演奏してた、えーっと、あ、そうAfterglow!演奏よかったよー!」

 

「あはは〜、そりゃどうも〜。でも正直貴女に言われても全く嬉しく無いんだよね〜」

 

「え、じゃあ私の労いコメントとか!今ならクラッカー付きだぜ!」

 

「いらないわよ。貴女の言葉なんて。反吐が出る」

 

「パンパカパーン!お疲れお歌ー苦労!あ間違えた、Afterglow!イェーイ!」

 

 彩は2人の意見を完全無視。

 パンッとクラッカーの音が虚しく響く。2人の視線は以前冷たいまま。なんとも言えない空気になる。しかしそんな空気も無視して彩はニコニコ笑顔のままだ。それが2人にはどうしようもなく癪に触った。

 

「……本当、あの頃からずっと変わってない。その腹の立つ笑顔も、狂気めいた言動も。自分中心に世界が動いてると思ってるそのお気楽な性格も!!」

 

「そうだね〜。ちょっとはマシになってるかななーんて考えてたあたしたちが馬鹿だったよ〜。……良い加減真面目に対応してくれないかな。こっちはお前に用があるんだよ丸山彩」

 

「……なにぃ!?なぜバレた!カツラつけてるのに!」

 

「そんなもの無くても分かるわよ。貴女の顔を忘れた日なんて1日も無いんだから…!!」

 

「んー…?どこかで会ったことある?」

 

「…はっ、まぁ貴女にとってはどうでも良いでしょうね。勝手に狂った奴らのことなんて」

 

「でもあたしたちは大変だったんだよ〜?みんなおかしくなって、手を伸ばしてくれる人もいなくて…だからあたしたちだけでどうにかしてきた。いつかお前に全部を償ってもらうために」

 

「んー…?よくわかんないけど何が言いたいの?」

 

「謝れ」

 

「……」

 

「あたしにも、モカにも、ひまりにもつぐみにも巴にも父さんにも!あの日、あの時に会した全員にその額地面に擦り付けて謝れ」

 

 

「その上で一生全員に償い続けなさい」

 

 

「それが貴女が犯した罪の洗い方よ、丸山彩」

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…ッ、ぷっ、ふふっ…!」

 

「…?なに。何がおかしいのおねーちゃん」

 

 唐突に吹き出した紗夜。それは耐えられぬと言わんばかりに笑いへと変わっていく。日菜はとうとう頭がおかしくなったかと一瞬頭によぎる。

 

「ふふっ、あはははっ、いえ、ごめんなさい、ちょっとあんまりにも可笑しくて…!」

 

「……はぁ?」

 

「ねぇ日菜。貴女今日の最後のライブ聞いた?」

 

「おねーちゃんのライブ終わった後はずっと外で待ってたから全然」

 

「そう。なら話すことはないわ」

 

「は?」

 

 そう言うと紗夜は片腕に偏っていた日菜の体のバランスを崩し、そのまま拘束から脱した。

 

「あっ!?」

 

「…貴女は丸山さんのことを何もわかっていないわ。彼女が嘘つきの犯罪者?丸山さんにそんな小さなことを隠すおつむがあるわけ無いじゃない」

 

 そもそも彼女の性格からして全くもって気にも留めていないだろう。

 それに日菜が見せた記事にも彩のことは容疑者とだけ書いてあった。つまり断定はされていないと言うこと。そりゃそうである。誰もまだ中学も入っていない子供の歌が原因でこんな大惨事が起こったなど誰も信じないからだ。彩が容疑者になったのはおそらく被害者からの報告だろう。それが恨みからか信仰からか、どちらかはわからないが、供述がある以上、彼女が容疑者とならざるを得なかった。…まぁ、実際そうであるのだが。

 

「確かにそれをしたのは丸山さんでしょうね。それだけのことをできる能力を彼女は持っている」

 

「だ、だったらなんで!!」

 

「決まってるわ。……好きだからよ。私が丸山さんのことを」

 

「………………」

 

「仮にどれだけの罪を丸山さんが犯していたとしても、私は離れるつもりは微塵たりともない。だってあそこは私にとってもう本当の居場所なの。あの家じゃ得られなかった本物がある」

 

 彩との生活は経験したしたことがないことばかりだった。以前の生活では得られなかった心休まることばかりで、本当の意味での充足感というものを手に入れられていた。

 故に離れたくない。離れない。あの日にもう決めたことだ。氷川紗夜は過去にあった全てと決別し、唯の紗夜として生きることを決めた。

 そして、妹が現れたこの状況も自分の責任。ケジメは付けなければならない。

 

「…だから、ごめんなさい。日菜」

 

「……えっ?」

 

「貴女の想いには私は応えられない。今の私には理解もできないし共感もできない」

 

 それは、久方ぶりに見た姉としての氷川紗夜の姿だった。それと同時に、これが最後なのだと、日菜の直感が知らせる。

 

「……正直あの家には碌な思い出はない。けれど貴女は私の妹。だから最後に言葉は落としてあげる。…恨むなら勝手な姉と恨みなさい」

 

 日菜は自分に一方的に帰ってこいと言ってきたのだ。これくらい言い返してもバチは当たらないはずだ。

 

「ま、待ッ…!」

 

 

「さよなら、日菜。もう2度と私たちに関わらないで」

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

「嫌に決まってんじゃん。馬鹿なんじゃねーの?」

 

「……」

 

 彩の答えは決まりきっていた。そもそも誰よりも自由を尊ぶ彼女が誰かの言いなりになるなど許容できるはずがない。

 

「…そう、まぁ貴女ならそう言うと思ったわ。知ってたもの、貴女が他人を顧みないクズだってことは」

 

「そもそもさぁ、状況わかってる〜?開き直るところじゃないと思うんだけど〜」

 

「うんわかってる!要は、2人は私のファンってことでしょ!」

 

「「は?」」

 

 2人の瞳が豆粒のように小さくなる。

 こいつは何を言っているんだ?一体何をどう読解したら自分たちがファンなどと言う結論に辿り着くのか。全く理解できない。

 

「いやー、良くいるんだよね!こう言う厄介ファン。まぁでも!ワタクシの魅力にメロメロになったのなら!仕方ないかもね!」

 

「………ふざけてるの貴女。状況理解してる?私は貴女のことが嫌いなの。憎いとすら思ってるのよ。だからわざわざ貴女を探してここまで来た!!」

 

「キャーッ、嬉しい!そんなに私のことが大好きだったなんて!しかもかのAfterglowのボーカルから!ウレシー!」

 

「…ッ!!」

 

 イライラする。本当にイライラする!どこまで自分勝手なんだ!

 

「本当いい加減に…!!」

 

「よし!じゃあ勝負をしよう!」

 

「……勝負?」

 

「そうそう、勝った方は負けた方のいう事を何でも聞く勝負!もちろん音楽でね」

 

 突如持ちかけられた勝負。

 確かにこのままでは話は平行線だろう。ならば直接対決で話をつけた方が早いというわけだ。

 

「良いわ、最初からその気で話しかけたもの。Afterglowは貴女に勝つためだけに結成したバンド…!ただし勝負内容はこっちで決めさせてもらうわよ」

 

「んー?良いけど、めんどくさくないのにしてね」

 

「内容はシンプルよ。これを見なさい」

 

 そう言われ見せられたスマホの画面にはライブの広告が映っていた。2週間後に行われるライブ。かなりお大型で行われるライブであり、優秀なチームにはなんとFWFの本戦出場の切符が貰えるほどに大きな大会だ。

 

「このライブに私たちは出るわ。丸山彩、貴女も出なさい。そこでより優秀な成績を収めた方が勝ちよ」

 

「……あのー、4人以上のメンバー必須って書いてあるんですがそれは…」

 

「貴女ならそれくらい余裕でしょう。騙すのが得意なあなたならね」

 

(全然得意じゃありませぬ…)

 

「ちょ、ちょっと蘭!こんなところで丸山のライブなんてさせたら被害が…!」

 

「モカ。私たちがどうしてAfterglowを結成したのか忘れたの?この目の前の悪魔を乗り越えるためよ!コイツを超えない限り、あたしたちはずっとあの時から止まったまま!!決着をつけるならここしか無いのよ!!」

 

「…………蘭」

 

「丸山彩、私たちが勝ったらさっき言った通りあの場にいた全ての人間に一生かけて償い続けなさい」

 

「え、じゃあ私が勝ったら…えーっと……どうしてもらおっかなー…。まぁバイトの手伝いとかでいーや。最近人手足りなくなってきたし」

 

「勝手にしなさい。…丸山彩、私は貴女の全部を否定する。覚悟してなさい」

 

「は、はーい」

 

 そう言って2人はその場を立ち去ろうとする。彩も紗夜のいるところに行こうとした時、何かを思い出したような素振りを見せ、あ、そうだ、と呟き今さっき思い出した事を告げた。

 

「ひまりちゃんによろしく言っといて!演奏よかったよって!」

 

「ッ!?ちょっと貴女──!!」

 

「んじゃーね!ライブ楽しみにしてるよー!」

 

 そう言ってあっという間に彩はどこかに走り去っていった。それ呆然と見る2人。

 

「……いつから思い出してたんだろうね」

 

「…知らないわよ。アイツの考えてることなんか」

 

「…うん、違いないね」

 

 

 

 

 

 ●●●

 

 

 

 

 

 

「あ、紗夜ちゃん」

 

「…丸山さん?」

 

 適当に家に向けて走っていたら紗夜ちゃんとばったり会った。なーんか疲れてる顔してる。ライブ疲れかな?

 ってわぉ!紗夜ちゃんのハグ攻撃!ダイタン!今日はやけにハグをされる日である!

 

「どしたの?」

 

「…いえ、改めて丸山さんの有り難さを実感してるだけです」

 

「???」

 

 どう言うことだってばよ?

 ハッ、まさかついに私はご利益を見出せる程には神々しくなってしまったと言うことか!?フッ、また私は宇宙にその名を轟かせると言う夢に一歩近づいたと言うわけだな!

 

「…丸山さん」

 

「んー、なに?」

 

「丸山さんは家族について、どう思いますか?」

 

「急に何?」

 

「いえ、少し気になって…」

 

「うーん…、まぁぶっちゃけいてもいなくてもどっちでも良い存在かなー」

 

 他の人にとってはそりゃ大事な存在なんだろうけど、少なくとも私にはいようがいまいがさして影響がない存在だろうなぁ。あ、でも今世の妹のことはちょっと気がかりかなー。目ちゃんこ良い子だし、お小遣いあげたくなっちゃう!

 

「…そうですか」

 

「どしたの急に」

 

「…いえ、もう終わったことです。大丈夫ですよ」

 

「んーそう?」

 

 ふーむ、なんのこっちゃ分からないけどまぁいっか。

 それよりも私には早急に考えねばなるまい深刻な問題があるのだから!

 

(うーん、まじでバンドメンバーどしよ…)

 

 今の所誘える心当たり0人!

 ぶっちゃけ今世最大のピンチである!誰がぽすけて…

 

 

 






転生彩ちゃんのヒミツ⑰:前世の彩ちゃんの家は超豪邸!伝統と血筋を重んじるクソめんどくせぇ家柄だったぞ!





ただし彼女の血縁者は全員原因不明の変死をしており、警察は全員の死因を自殺と判断している。




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