9-nine- ゆきいろ ゆきみち ゆきのよる (YURitoIKA)
しおりを挟む

第1章 超能力者達の遊戯(偽)

 

 

 

 

たとえばボクの人生に

神様から貰った台本があるとして。

 

 

 

その役名はモブA。

 

この世界のどこかにいる、

主人公さんの背景係。

 

別に自虐じゃないよ?

 

むしろありがたいことだね。

 

主人公ってやつはさ、

モブよりも辛い思いをして、

ちょっぴりだけのハッピーエンドを

貰える役柄でしょ?

 

ギャラが見合ってないよね。

 

大層なハッピーエンドはいらない。

モブなりの不幸と幸福で結構。

 

そう。ボクは普通が好きなんだ。

 

変わってるって?

 

そんなことないよ。

想像力が乏しいだけ。

 

むしろ、キミみたいに、

自分が主人公のように活躍している

ところを妄想する想像力の強さに

ボクは憧れちゃうね。 

 

……。ちょっと言い方きついな。

 

とにかく。快食快便なら万々歳。

睡眠時間はそれなりに。

ティータイムにはお昼寝も。

それがボクの人生設計。

品も夢も無いけれど、

バチは当たらないよね。

 

ところでお前は誰かって?

 

鋭い質問だね。

 

うん。申し訳ないけど上の発言は

ぜーんぶ忘れていいよ。

誠に残念なことに、ボクは、

 

 

 

──このイカれた物語の主人公さ。

 

 

 

❑─PRoLoGuE─❒

 

 

 

 それはごく平凡な一日の出来事。

 春風の抜けきった5月の中旬。

 外の世界は夜の色。

 お月様は雲に隠れてお休み中。

 

 白巳津川市。白巳津川駅バスターミナル横。横断歩道前。信号下。信号を待つ途中、ボクは妹と喧嘩をしていた。

 

「事件のことなんてどうでもいいです。私達はこれからのことを──」

「どうでもって……御子(みこ)はどうでもいいって言うのかよ」

 

 まぁ……恥ずかしいことに。

 ボクは兄らしくなくカチンときていて、口調も声量も荒かった。

 

「それとは話が別です。そんなことも分からないくらい脳みそがパープーなんですね。あなたは警察でもなければ探偵でもない。ただの学生なんですから」

 

 パープーは言い過ぎだが、それ以外はグーもパーもチョキも出すことが出来ないほどの正論だった。ボクは口を噤んで、悪役みたいな渋顔をするしかない。

 

 そんな兄の醜態に妹は本当に呆れたようで、「もういいです」と捨て台詞の中でも最上級の切り捨て台詞でボクにトドメを刺し、横断歩道を渡っていってしまう。

 

 ……多分。妹も相当頭にキテいたのだろう。彼女は信号機の表示する“色”を確認していなかった。

 

奈津(なつ)────!」

 

 ──なんていうか。

 ドラマで観たことあるような。

 ありきたりなワンシーン。

 

 当然の赤信号。

 当然の通行車。

 当然の──主人公。

 

 世界の音は車のクラクション一点のみになった。ヘッドライトの灯りが役者にスポットライトを当てるかのように煩くボクを照らしてる。

 

 そして。舞台は整った。

 導かれる結末はあまりにも簡単。

 

 

 

ドゴォ。

 

 

 

 誰かの人生を終わらせた音。

 

 誰かの人生が狂った音。

 

 ボクはその光景を見てるだけ。

 車に吹き飛ばされた彼女。体を変な方向に曲げ、地面と衝突する彼女。いつの間にか体の下に赤いカーペットを敷いていた彼女。

 

 ボクの、たいせつな、妹。

 

「あ……あ……?」

 

 脳はオーバーヒート中。思考能力の欠落。感情整理の欠除。しかしボクの足は一歩ずつ妹の方へ。

 

「な、奈津……?」

 

 返事なし。首を変な方向に曲げてまでボクと話がしたくないみたい。

 

「おい…………」

 

 お兄ちゃんを無視するなんてひどいなぁ。せめて返事くらいしてよ。

 

「ねぇ」

 ねぇ。

 

 ──ボクの後ろから運転手の声。なんだか大袈裟に声を上げてるみたいだけど、なにしてるんだろ。

 

 別に大したことない。

 

 うっかりしていた妹が、ちょっと車に掠っただけ。転んじゃったけど、すぐに起き上がってく「ねぇ」

 

「ねぇ」そろそろ「ねぇ」返事してくれな「ねぇ」本当に「ねぇ」やばいって「ねぇ…………」

 

 いつの間にかボクは、妹を抱き抱えていた。変な匂いもする。

 

 ⬜の匂い。

 

「嘘だよ……そう、ウソ」

 

 うん、きっとそうだ。

 

「ウソなんだ。ぜーんぶウソなんだ。そう! そうなんだよ! なんだあははははははははは」

 

 あは。あはは。

 

「…………………………」無視。

 

「奈津ー? もういいよ分かったから。ドッキリ面白かったよ、ほら」

 

 肩を揺らす。

 反応無し。

 ボクの手にも、血。

 

              血?

 

「…………………………………」

 

       。

            。

 

 ちがう。

 ちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがう。

        こんなのちがう。

    ちがうんだ。

       ちがうんだよ。

 

 だから、

 

 

だから──!

 

 

 ⬜⬜⬜⬜⬜⬜⬜⬜⬜⬜⬜⬜⬜⬜⬜⬜⬜⬜⬜⬜⬜⬛⬛⬛⬛⬛⬛⬛⬜⬜⬜⬜⬜⬜⬛⬜⬛⬜⬛⬛⬛⬛⬜⬜⬜⬜⬜⬜⬜⬜⬜⬛⬛⬛⬛⬜⬜⬜⬜⬜⬜⬜⬜⬜⬜⬜⬜⬛⬛⬛⬛⬛⬛⬛⬛⬛⬜⬜⬜⬜⬜⬜⬜⬜⬜⬜⬜⬜⬜⬜⬜⬛⬛⬛⬛⬜⬜⬜⬜⬜⬜⬜⬜⬜⬜⬜⬜⬜⬜◣◢◤◣◤◢

 

 

 

「兄さん……?」

 

 

 

「え?」

 

 ()()()()()()()()()

 血も。その匂いも消えていた。

 

 最初からそうだったみたいに。

 それが正しいみたいに。

 

「二人とも、怪我はないかい!?」

 

 妹を轢いた車の運転手が叫びにも似た声でボクらの安否を確認する。

 

「怪我って……見ての通りッ」

「兄さん? 私は大丈夫ですけど」

 

 いつもの声。いつもの彼女。

 

「でも、さっき首とか変な方に……」

「私、喋ってますけど」

 

 妹を轢いた車のヘッドライトが灯りとなり、彼女の顔はよく見えた。

 

 不思議そうな顔。常識を疑う顔。

 

 ボクが、間違ってる?

 

「それ、は…………」

 

 おかしい。だって彼女は車に轢かれて、地面に衝突して、それで……。

 

「兄さんは怪我はありませんか?」

「ボクは……無いけど……、けど」

「そうですか。なら、……良かった」

 

 そうして笑顔になる妹。妹の笑顔を見るのは久々な気がする。彼女は心の底からボクを心配して、そして安堵している。

 

 でも、ボクは違った。

 

 あの光景が忘れられない。

 彼女が生きていることを確認しても、震えが止まらない。

 

 

 

 ──以上が物語のプロローグ。

 

 死んだ彼女

 生きていた彼女。

 ボクの……チカラ。

 

 家族の交通事故だなんて主人公としてはありきたりすぎるよね。

 

 でも大丈夫。

 

 これはほんの最初の1ページ。

 

 この先に待つ“絶望”に比べたらボクはまだ物語のスタートラインにすら立っていなかったのだから。

 

 だから、ゆっくり楽しんでよ。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()

 

読者(ナイン)さん?

 

 

 

 

 

 

 

❑─CHAPTER1(AYUMU KURAME)─❒

 

─5/21日─

 

 ボクの名前は蔵芽(くらめ)歩夢(あゆむ)

 ありきたりな紹介文になってしまうけれど、ボクのステータスはごく平凡なもの。

 

「なぁ、歩夢」眼鏡くいっ。

 

 白泉学園3年生。

 身長はそこそこ。体重も同じく。胸の大きさは平均。好きなものはニット帽。趣味はエナジードリンクのタブ集め。性格は……うん、まぁ、つまらないくらい普通だよ。

 

「大事な話がある」

 ──頬を赤らめる彼。

 

 長所はちょっと前向きなとこ。

 

「僕と付き合ってほしい!」

 ──差し出される右手。

 

 あ、そうそう。とっても大事なことを言い忘れてた。

 

「あー、ほんとにごめんっ、

 

  ボク、男なんだけど……」

 

 ()()()()()()()()

 

 ゴメンもなにも望んで“女顔の男”になったわけじゃないんだけどね。

 

 「す、すまない!」とリンゴみたいな顔をして走り去ってしまう彼を見つめながら、ボクは被っていたニット帽の位置を調整するのでした。

 あ、こけた。

 

◢◤◢◤◢◤

 

「また告白されたんですか」

「うん。ボクって可愛いのかな」

「自意識過剰なんですね」

 

 ばっさり。

 我が家の夕飯風景の一部をお届けしよう。今日も蔵芽兄妹は仲良し!

 

「今日学校どうだった?」

「どうもありません」

「友達は増えたか?」

「少なくとも兄さんよりは」

「欲しい物とか」

「1(ぶんの)1日本領土でしょうか」

「……悩みは」

「私を子供扱いする某兄さんとか」

「あう」

 

 敗北。惨敗の味は残飯の味。

 うん、仲良し!

 

 彼女は蔵芽家の次女、蔵芽奈津。

 罵倒の切れ味が斬鉄剣を上回ったともっぱら噂の白泉学園2年生。

 

 ──そして。先週、交通事故によって跳ねられ、無傷だった少女。

 

 無傷。掠り傷一つ無し。病院の先生には奇跡だと言われた。

 

 じゃあそれは誰が起こした奇跡なんだ? 神様か? 仏様か?

 

 答えはWHY。分からない。

 

 一つだけ思い当たることがある。奈津を抱き抱えたあの瞬間、死んでほしくないと強く願ったあの刹那、不思議な力が働いたという感覚。

 

 ……厨二病は文字通り中2の頃に卒業している。仮面ライダーの変身ベルトを巻いている所を妹に見られた所で、だ。なので、決して痛い妄想とかではなく、正確な記憶による現実で起きた実感だ。

 

 まとめてみよう。

 妹は車に轢かれ、大怪我をした。

 ボクは近づき、抱き抱えた。

 抱き抱えた数秒後、

 彼女は無傷の状態になっていた。

 

 ──現実的に考えれば事故のショックでどうにかなってしまったボクの頭が彼女が大怪我をしたところを妄想してしまった、というオチ。

 

「奈津、あの事故のことだけど」

「その話をするの、これで39回目です。サンキューです」

 

 にっこり笑顔の奈津の親指が高評価ボタンから低評価ボタンへ。

 

「本当になんともなかった?」

「なんとかなってほしかったと?」

「いや、そういうわけじゃ……」

「じゃあさっさとご飯を食べてお皿を持ってきてくださいね」

 

 奈津は食べ終わった自分の食器を持って台所に行ってしまった。

 

 彼女はあの日の話をしてくれない。トラウマ……というわけでもなさそうだけど。

 

 これがもし能力バトル的なアレなら、何か隠してるんだろうけど、もちろんここは現実で、妹が謎の組織に入ってたり髪が触手になったりするわけない。

 

 あの日の怪我も。ボクの考察もぜんぶ思春期の痛い妄想。

 

 それが正解。

 それが絶対。

 それにしても…… 

 

「世の中の妹って全員ああなのか」

 

 妹の反抗期具合は紛れもない事実オブ現実なのでした。

 

◢◤◢◤◢◤

 

 夜。日付が変わる頃。

 ここ最近は眠れない日々が続いていて、ベッドの上でなんとなく自分の身辺事情を朗読している。

 

 蔵芽家は5人家族だ。

 

 父は幼い頃に病で亡くなってしまい、母は仕事の都合で隣町で暮らしている。ボク達兄妹はマンションで3人暮らし。

 

 3人。()()()()

 

 ボク、奈津、そして、御子。

 

 蔵芽御子。白泉学園1年生。

 彼女は……先月の連続殺人事件に巻き込まれて、死んだ。

 

 それもただの殺人事件じゃない。

 

 白巳津川石化殺人事件。

 世間ではメデューサ事件とも。

 

 石化というのは比喩ではない。体が石になっていた、という事件。

 

 勿論信じられる話じゃない。おとぎ話にしか聞こえない。

 

 ……でもボクは見てしまった。大学病院の解剖に通される前、ボク達家族はそのあり得ない光景を目の当たりにした。

 

 苦悶に満ちた表情のまま石になった彼女を。芸術作品のように、そっくりそのまま石にされた彼女を。

 

 やがて解剖が進むと、皮膚が石化していたこと、死因は窒息死であったことが判明した。

 

 被害者は御子だけじゃない。今日までに御子を含めた6人が石化されている。

 

 この前代未聞の事件は直ぐ様ネットで話題になり、メデューサ事件と呼ばれ、毎日ニュースランキングやトゥイッターのトレンドに入った。

 

 

 

◇◇◇6ちゃんねる◇◇◇

 

 

 

【衝撃】石化された少女の画像!!

 

 

0002 新規スレ立て人募集 社説+の募集スレまで 2020/04/20(水) 05:42:21.83

 

やばくね?

 

0013新規スレ立て人募集 社説+の募集スレまで 2020/04/20(水) 05:45:30.21

 

こわ〜

 

0021新規スレ立て人募集 社説+の募集スレまで 2020/04/20(水) 05:47:27.81

 

海外のドッキリとかじゃないの?

 

0056新規スレ立て人募集 社説+の募集スレまで 2020/04/20(水) 07:11:11.73

 

顔可愛いな

 

0057 新規スレ立て人募集 社説+の募集スレまで 2020/04/20(水) 07:19:24.05

>>56

いやブスだろ

 

0072 新規スレ立て人募集 社説+の募集スレまで 2020/04/20(水) 07:56:59.28

 

石化って痛いんかな

 

0086 新規スレ立て人募集 社説+の募集スレまで 2020/04/20(水) 08:35:45.78

 

窒息死だし痛いとかじゃなくて苦しいんじゃね?

 

0159 新規スレ立て人募集 社説+の募集スレまで 2020/04/20(水) 11:32:90.22

 

異常性癖に目覚めるヤツいそうwwwww

 

0161新規スレ立て人募集 社説+の募集スレまで 2020/04/20(水) 11:50:63.31

 

白泉学園か

 

0240新規スレ立て人募集 社説+の募集スレまで 2020/04/20(水) 14:01:22.45

 

この前の地震然り、この学園都市呪われてんじゃん

 

0241 新規スレ立て人募集 社説+の募集スレまで 2020/04/20(水) 14:03:29.07

 

ここだけの話抜いた

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 ……ふざ、けんな。

 

 ある事無い事がネット上で囁かれ続け、ボクの大切な妹の画像が顔も知らない奴に晒されている。削除依頼をしても誰かが新しく投稿する。

 

 誰が写真を撮った?

 誰が御子を殺した?

 どうやって石化させた?

 なぜ御子を選んだ?

 なぜ? どうして?

 

 警察はまだ捜査中らしいが、捜査状況なんてなかなか教えてもらえるものじゃないし、当然現場も見せてくれない。

 

 なにより犯人が見つかっていない。犯人の足取りも掴めてない。

 

 ……このまま何も知らずにじっと堪えてるだなんて、いやだ。

 

 ボクは……ボクの家族を殺した人間を問い詰めなきゃ気が済まない。

 

『事件のことなんてどうでもいいです。私達はこれからのことを──』

 

 奈津は、ボクの事を心配してくれてるんだろう。

 それは充分理解している。母さんは御子が死んでもボク達と一緒に住む気は無いみたいだし……昔から母さんは、ボク達と距離を置いている。

 

 だから、ボクと奈津は二人三脚で生きていかなくちゃいけない。

 

『奈津────!』

 

 死ねない。

 死んじゃ、いけない。

 助け合わないといけない。

 

 わかってる。

 わかってる、……けど。

 

 

 

『御子、今日の予定は?』

『いつも通り塾だよ』

『そっか。夜道に気をつけて』

『そうやって声かけてるとお姉ちゃんにまたシスコンって言われるよ』

『う……気をつけます』

『あはは。じゃ、行ってきます』

 

 

 

 御子が死んだ日の夜。

 最後の会話。

 

 彼女を止められなかった後悔は、今でもボクの胸を締め付ける。

 

 後の祭り。今考えたってどうしようもないのは分かってる。

 

 けど、割り切れない。

 

 少しでも真実を知らなきゃ、少しでも前に進まなきゃ、ボクはその後悔を拭える気がしない。

 

「絶対に、見つけるんだ」

 

 絶対に、ぜったいに、と呟く内に、ボクは眠りに落ちていった。

 

 深く、深く。

 

◢◤◢◤◢◤

 

 それはごく平凡な一日の出来事。

 春風の抜けきった5月の中旬。

 外の世界は夜の色。

 お月様は雲に隠れてお休み中。

 

 白巳津川市。白巳津川駅バスターミナル横。横断歩道前。信号下。信号を待つ途中、ボクは妹と喧嘩をしていた。

 

「事件のことなんてどうでもいいです。私達はこれからのことを──」

「どうでもって……御子(みこ)はどうでもいいって言うのかよ」

 

 まぁ……恥ずかしいことに。

 ボクは兄らしくなくカチンときていて、口調も声量も荒かった。

 

「それとは話が別です。そんなことも分からないくらい脳みそがパープーなんですね。あなたは警察でもなければ探偵でもない。ただの学生なんですから」

 

 パープーは言い過ぎだが、それ以外はグーもパーもチョキも出すことが出来ないほどの正論だった。ボクは口を噤んで、悪役みたいな渋顔をするしかない。

 

 そんな兄の醜態に妹は本当に呆れたようで、「もういいです」と捨て台詞の中でも最上級の切り捨て台詞でボクにトドメを刺し、横断歩道を渡っていってしまう。

 

 ……多分。妹も相当頭にキテいたのだろう。彼女は信号機の表示する“色”を確認していなかった。

 

 

 

「奈津──ッ!」

 

 

 

 手を伸ばした先は自分の部屋の真っ白な壁。ボクは道路の上ではなくベッドの上で布団をふっとばして起き上がった所。

 

「へ?」

 

 夢オチなんてサイテー、という気分ではなかった。夢に見るにはあまりにも現実的で、そして最悪だ。

 

「朝から妹の名前を叫んで起き上がるだなんて、重度の厨二病なんですね。お察しします」

「あ……おはよ」

「その伸ばした手が私の胸だったらエロゲかエッチな漫画の主人公になれたでしょうに。同情します」

 

 それ見放してない……?

 

「この前の事故を夢に見ててさ」

「へぇ」

 

 目も返事も死んでいる。

 興味ゼロどころかマイナス。

 

「はやく朝ごはんを食べてください。食器を洗いたいので」

「うん。いつもありがとう」

「うっわ」

「感謝の言葉でも引かれるの!?」

「いや、嬉しいなと」

「感情表現が間違った方に豊か!」

「競馬には興味ありません」

「日本騎手クラブ会長様のお名前が朝から拝めるなんて最高だなぁ」

「そんなに元気なら早く朝ごはんを食べて、そして死んでください」

「最後の晩餐ってこと……?」

「朝食でしょう」

 

◢◤◢◤◢◤

 

─5/22─

 

 マンションを出て学園を目指す。

 御子の事件以降、二人で一緒に学校に登校するようになった。

 

 傍から見れば仲良し兄妹……

 

「ハァ…………チッ」

 

 数字の8を数えているのか、それとも単純に四拍子くらいのリズムで溜息と舌打ちを繰り返しているのか。多分後者。

 

 妹は一切会話をしてくれなさそうなので、独り言をひとつ。

 

 白巳津川市は学園都市であり、市の中央に白泉学園を構える。そこから少し離れた白巳津ヶ丘と呼ばれる丘の上に玖方女学院がある。玖方女学院の方が偏差値は上。

 

 どちらも学校としては怖いほど綺麗かつ広大であり、設備もばっちり。あまりの広さと内部の複雑さのおかげで3年生になるボクでも白泉学園内の教室や研究室の位置関係を把握できてない。

 

 白巳津川“市”として特筆すべきところは特に無い。大都市にぎりぎり届かない中都市と言ったところ。

 

 ショッピングや遊び場としては困らないが、人通りはそこそこ。

 

 安心安全住みやすい街。

 というのがキャッチコピーだった……のは1か月前まで。

 

 先月、4月17日に起きた玖代地震や石化殺人事件、さらに石化事件とは別に発生している連続バラバラ殺人事件『キメラ殺人事件』。

 

 もはや大規模なテロが起きてるのではないかと巷では騒がれるほどの治安の悪さではある。

 ……学校の呑気な生徒達はそんなことは自分に関係ないと言わんばかりに下校時間が早まったことに喜んでいるのだが。

 

 登下校は必ず二人以上で、という学校側からの要請を無視し、何人もの白泉学園の生徒が一人で歩道を歩いている。

 

「自分がいつ巻き込まれるか分からないってのに……」

 

 ボクは苛立ちを我慢できず、そう、愚痴をこぼした。

 

「…………そうですね」

 

 奈津は、静かに答えた。

 

 やっぱり彼女も同じことを考えていたのかもしれない。

 

 自分とは関係ない。

 

 自分はあくまで視聴者。

 

 ドラマのように蠢く人の死や事件を客席で笑ったり泣いたりして見てる側。これまでも、これからも、ずっとそう。

 

 ──なんてことはない。

 

 いきなりスポットライトを当てられて、壇上に引き上げられる恐怖。

 

『御子……? これが……?』

 

 石化、事件。

 

 石になって運ばれてきた妹。

 

 ボクはあの日に経験した。それに、あの交通事故も同じくだ。

 

 常に気を引き締めろだなんて理不尽なのは分かってる。けど、神様の脚本にいつアドリブが入るのかは分からない。

 いや、そもそも最初から事件に巻き込まれる運命なのかもしれない。

 

 結局、人は自分の人生に怯えていくしかないのかも……やーめた。

 

「やめやめ、なんだか考え事をすると辛気臭くなるような性格になっちゃったな。明るく楽しく元気よく。人生ってのは明日っていう暗闇をミラーボールで照らしていくくらいがちょうどいいんだよねっ!」

 

「はぁ、パリピの相田みつをが考えそうな詞ですね」

 

「台詞の最後に“みつを”って付けるだけでみつをの詞みたいになるよ」

「そろそろ黙れ。みつを」

「みつをに嫌われた!?」

 

◢◤◢◤◢◤

 

 朝会前の自由時間。白泉学園3年Aクラスの雰囲気は今日も良好。なにやら同クラスのマドンナ的存在と同クラスのイケメン的存在が壮絶な別れ方をしたことで盛り上がってるみたい。

 

 ぶっちゃけ別れ話はめちゃくちゃ気になるけど1時限目の提出物が終わってないのでボクの目と手はノートに吸われている。

 

 窓際最後尾の席。俗に言う主人公席。でも日中しこたま窓の外を見ているわけでも、ヒロインが横に座っているわけでもない。

 と、心のひとりごとの途中でボクの横の席に着席したのは──

 

「ありゃー? ういちゃんの横にいるのはもしかして生徒会長を壮絶にフった蔵芽歩夢()()()かなー?」

「壮絶ってほどでもないよ。ただ事実を伝えただけだ」

 

 ボクの横の席に座るのはボクの幼馴染、眞坂(まさか)うい。元気ハツラツを絵に描いてその描いたキャンパスをダイナマイトで爆発させたような性格をしている女の子である。

 よくわかんない? ボクも。

 

「事実ってのは冷凍食品よりも冷たいんだよ。あの紙カップにお遊び要素があるカニグラタンみたいなね。

 にしてもかわいそ。告った相手が男の娘だなんてアニメの世界でも稀だよ。性癖歪んじゃうんじゃ?」

「そこまでの責任は取れないよ」

「罪な男ね。これから生徒会で噂を立てられて男の娘はホモに換算されないっていう謎理論を立てる男共に集団レイプされちゃうんだよ」

 

 詰みな男だ。

 

 

 

❑─CHAPTER2(UI MASAKA)─❒

 

 

 

 さてさて視点を変わりましてあたしはこの作品の美少女担当兼、幼馴染担当兼、ヒロイン担当、眞坂ういちゃんでございます。

 

 兼が多いですね。けんけん、パッでいきたいところですが、残念ながら兼は3つ。忙しい女です。

 

「図書委員つっても倉庫に入れるのは当番の人だけじゃないっけ」

「まぁ、そうともいう」

 

 そういわない例があるみたい。

 

 図書委員として昼休みに図書室に働きに来ていたあたしと歩夢は、それはまぁ芸術的なまでに仕事をサボって入荷した本が積まれた倉庫で駄弁っていました。

 

 彼は白巳津川で起きている2つの事件を追っています。

 

 1つ目は『メデューサ事件』。白巳津川市内で無差別に人が石化され、殺された連続猟奇殺人事件。彼の妹……御子ちゃんことみーちゃんが巻き込まれた事件。

 

 2つ目は『キメラ事件』。石化事件に続き、白巳津川市内で死体と死体が歪にくっついて発見されるという連続猟奇殺人事件。

 

 歪に、というのは……。

 

 

 

 目と目。

 鼻と鼻。

 手と手。

 足と足。

 まるごと頭?

 まるごと性器?

 

 

 

 人間のパーツというパーツが切り刻まれ、入れ替えられ、縫い合わせられて発見される凄惨な事件。

 

 石化(メデューサ)合成(キメラ)

 異常と異常(ケタハズレ)

 

 人間によって引き起こされた事件なのかすら疑われる奇怪な殺人。

 

 この2つの事件は犯人が捕まっておらず、捜索も続行中。でも、犯人の足取りは一向に掴めないみたい。ニュースでは専門家達のつまらないコメントが垂れ流されている。

 

 

 

『これは劇場型犯罪ですね。犯人は殺人を愉しんでる。メデューサ事件の後にキメラ事件が起きたというのはキメラ事件の犯人はメデューサ事件の犯人に憧れ──』

 

『本物の石化なんですよ? これは魔女の仕業ですよ。ほら、イギリスの予言に──』

 

『同じ人と思いたくないですが、これは人間社会が産み出した悪魔なのですから──』

 

 

 

 かっこつけちゃって。あんた達だって楽しんでいるでしょうに。

 

 ……とまぁ、とにかくこの白巳津川では2つの大きな猟奇殺人事件が起きていて、目の前の純粋バカはそれらの事件を追っているってわけ。で、あたしは幼馴染として、腐れ縁として彼に付き合っている。

 

 ぶっちゃけ危ないようなことをしないようにする為の見張り番……ってとこかな。あたしって優しいね。女神ってるね。

 

「でー? メス顔探偵さんは手掛かりを掴めたのかなー?」

「メス顔言うな。うーん。今月のムムーのインタビュー、結構期待してたけど……大したことないな。カッコつけてるだけだ」

 

 ムムーってのはオカルト雑誌のこと。最近は白巳津川の猟奇殺人について取り上げてるみたいだけど、大した情報は得られなかったみたい。

 

「そ。仕事戻る?」

「いや、まだ今日の新聞の朝刊、旭の方は読んでないからそっちを」

「へいへい」

 

 こうして続く彼の事件捜査。いや、捜査にも満たない探偵の真似事。自己満足の権化。でも、あたしに止める資格は無い。

 

 家族を失った心の棘は、どんなに便利なピンセットでも抜けやしない。遠回りの末に抜くしかない。だからあたしに介入する余地はない。彼は彼なりに己の後悔に尽くしているのだから、あたしは見守るだけ。

 

 こやつが無理をしそうになったら、デコピンを喰らわしてやる。

 

 それで、いい。

 

 友達、だからね。

 

「またインタビューか……」

「ん、インタビューって家族の?」

「あぁ。と言ってもこの前とまるっきり同じことしか言ってないみたいだけどね」

 

 家族。

 それは被害者の家族ではない。

 

 キメラ事件の犯人の家族。そう、犯人の足取りは掴めていないけど、犯人の名前は判明している。

 

 これまでのキメラ事件の現場には、被害者の血でメッセージが残されていた。

 

 犯人が残したと思われるメッセージの内容は犯人自身の名前だった。

 

「石化事件について何か手がかりを持ってるかもしれない。だからキメラ事件を起こしたコイツ(犯人)も見つけなきゃいけない。

 

        ……結城(ゆうき)希亜(のあ)を」

 

 ニット帽をギュ、と深く被る歩夢。彼は新聞を睨みながら、低い声でそう呟いた。

 

 

 

◤▼─

【挿絵表示】

─▼◢

 

 

 

◆うい◆

よし。

昼休み終わりまで時間あるし、

改めて事件を振り返ってみよ。

ほら歩夢、ボキッとしてないで。

 

◆歩夢◆

あまり聞きたくない擬音語。

うん。印刷は?

 

◆うい◆

今日は忘れてないよ。

 

あたしはA4用紙にまとめられた

事件についてのメモを

机の上に広げた。

 

これはパソコンの

ワードで作成したもので、

白巳津川の地図の画像と、

対比させた事件の情報を

細かく記したものだ。

 

ワンドライブで共有していて

作成はあたしと歩夢で行ってる。

 

▼▼▼

 

✔メデューサ事件

 

─容疑者─

●???

 

─被害者一覧──

…及び死体発見日と発見場所

 

●蔵芽御子(15)-4/20

 白巳津川公園・ベンチ

 

●加藤麟(32)-4/22

 ラウンドツー・裏路地

 

●真島茂(24)-4/23

 ハイビアスビル・屋上

 

●九條都(16)-5/17

 カラオケ缶・裏路地

 

●新海天(15)-5/18

 白巳津川駅・駐輪場

 

●香坂春風(18)-5/18

 白巳津川公園・木陰

 

▼▼▼

 

◆うい◆

てなわけだけど……どう?

 

◆歩夢◆

どうってなにさ。

 

◆うい◆

なんかピラめいた?

 

◆歩夢◆

うわ、懐かしいソレ。

けど全然ピラめかないね。

 

被害者のうち3人、

九條都さん、新海天さん、

そして香坂春風さんは

女子高生っていう共通点が

あるけど、3人の親族によれば

別段関係があるわけじゃない。

 

ってなると共通点から

犯人の考えを読み取るのは

難しそうだね。

 

◆うい◆

計画性は無いってことかな?

 

◆歩夢◆

無いにしては目撃者がいない

ことが気になるな……。

無差別なのは確かだと思うけど。

 

◆うい◆

これらの事件ってさ、

いわゆる劇場型犯罪ってやつ?

 

◆歩夢◆

そうとも言えるね。

 

実行犯が主役。

被害者が脇役。

世間が観客。

 

演劇のような殺人劇

 

まったくもって……

馬鹿げてるよ。

 

◆うい◆

……うん。

犯人は快楽殺人鬼ってとこ?

 

◆歩夢◆

そうかもね……。

理解できないよ。

 

人気の無いところで事件を

起こしてるっていうタチ悪い

考えはあるみたいだけどね。

 

◆うい◆

深夜の公園や裏路地。

当たり前だけど、犯人の

目撃情報は出ていない。

これまでに一度も、だ。

 

殺人理由も快楽の為?

 

◆歩夢◆

被害者に共通点が無い以上、

それしか考えられないな。

 

◆うい◆

あと気になることは……

メデューサ事件が起きてからは

一度も石化殺人が起きてない

 

◆歩夢◆

うん。これはチェック項目かも。

覚えておこう。

 

◆うい◆

じゃあ次はキメラ事件だね。

 

▼▼▼

 

✔キメラ事件

 

─容疑者─

●結城希亜(16)?

 

─被害者一覧─

…及び死体発見日と発見場所

 

●田中みう(14)-5/19

 ホテル・バッカ前、路地

 

●伊藤武(75)-5/19

 ホテル・バッカ前、路地

 

●神藤裕也(41)-5/19

 ホテル・バッカ前、路地

 

●神田虹花(27)-5/20

 白巳津川駅・女性トイレ

 

●井荻ゆうり(23)-5/20

 白巳津川駅・女性トイレ

 

●貴島京子(15)-5/20

 白巳津川駅・女性トイレ

 

▼▼▼

 

◆うい◆

容疑者は現場に残された

メッセージから、結城希亜。

玖方女学院2年生。

メッセージの内容は……

 

◆歩夢◆

『あたしは結城希亜。』

だったよ。何度も写真で

見たから忘れないよ。

 

◆うい◆

前々から思ってたんだけどさ、

あからさますぎない?

 

◆歩夢◆

ボクもそう思うよ。でも、

彼女は未だに行方不明だ。

怪しさマックスだし、もし仮に

犯人じゃなかったとしても、

彼女を見つけられれば、大きな

手がかりになるには間違いない。

 

◆うい◆

そっか。その子の関係者は?

 

◆歩夢◆

親族は

『うちの子はそんなことしない』

の一点張り。犯行を否認中。

友達は……少ないみたい。

その数少ない友人も何も知らず。

 

まぁ……警察がダメなら

ボク達で探すのは無理だろうね。

 

◆うい◆

その前に危ないでしょ。

 

◆歩夢◆

もちろん。分かってるよ。

 

◆うい◆

絶対分かってないね。

 

◆歩夢◆

被害者は……今度こそまるで

共通点が無いね。

やっぱりこの事件も、

その場にいた人物を

無差別に殺したんじゃないかな。

 

◆うい◆

ううん……よし、

とにかく地図と関係メモは

これでオッケーだね。

 

あとは気になるところを

もっとピックアップしよっか。

 

◆歩夢◆

まぁ……散々言ってるけど、

どうやって石化したのか。

どうやって合成したのか。

この2つだね。まず。

 

◆うい◆

合成ってのは、

死体のパーツを別々に

縫い付けてたんだよね?

お人形さんみたいに。

 

◆歩夢◆

うん。むごいよ。

 

◆うい◆

それなら、別に力技で

なんとかなるんじゃない?

犯人に付着した血とかは

また別問題としてさ。

 

◆歩夢◆

いや、殺し方の問題は

そこじゃないんだ。

バラバラにされた腕や足に

切断跡が無いことだよ。

 

◆うい◆

切断跡がない……?

だって人って、腕を切断したら

傷とか血とか、残るじゃん?

 

◆歩夢◆

それが無いんだよ。

おまけに縫われた方にも、

糸を取っても腕は取れなかった。

 

つまり、糸は飾りで、

腕は完全にくっついてたんだ。

 

◆うい◆

なにそれ……。

じゃ、じゃあ犯人は

超超完璧移植手術マンだった

ってことになるの?

 

◆歩夢◆

超完璧移植手術マンでも

血を出さないのは不可能だろ。

 

◆うい◆

超が1個足りないよ。

 

◆歩夢◆

とにかく、石化と合成方法は

やっぱり考えても仕方ない。

魔法としか思えないよ。

 

◆うい◆

超能力とか?

 

◆歩夢◆

信じちゃいそうだよ……。

次は、発見者がいないことかな。

 

◆うい◆

つまり、超短い犯行時間で、

大掛かりなこともしてないって

ことだよね? すごくない?

 

◆歩夢◆

すごいというか、

人間業じゃないな……。

 

◆うい◆

あとは犯人はどうやって

この被害者の人達を

集めたのかな。

 

今から殺しまーす!

人気の無いとこ来てね!

なんて無理でしょ。

 

◆歩夢◆

人気の無いとこに最初から

みんないたとは考えにくいね。

ってなると……運んだ?

 

◆うい◆

誰にも見つからず?

 

◆歩夢◆

不可能だろうね。

 

◆うい◆

やっぱり超能力だよ……。

それで全部片付くじゃん。

 

◆歩夢◆

……。一応、メモしとくか。

 

◆うい◆

歩夢は、『超能力?』

と書かれたメモを、

地図の上に貼り付けた。

苦虫を噛んだ顔をしてる。

 

▼▼▼

 

✔振り返りメモ

 

●石化事件の容疑者は謎

●メデューサ事件の容疑者は

 結城希亜という女子高生

●犯人や犯行方法の手掛かりなし

 ⇛キメラ事件のバラバラ死体に

  傷が無い。

●キメラ事件が発生してから

 石化事件は起きていない。

 ⇛同一人物による犯行?

●超能力による犯行?

 

▼▼▼

 

◤▼─

【挿絵表示】

─▼◢

 

「結局何も分からなかったね」

 

 あたしの言葉に歩夢は「うん」と頷いて、静かに笑った。

 

「でも、振り返ることは大事だ」

 

 彼は真面目な声で言うので、あたしも「うん」と強く頷いた。

 

 いつまで……これは続くのか。

 いつまで……彼は諦めないのか。

 

 分からない。分からないことだらけだ。けど、それでも前に進む。あたし達はそれでいいんだと思う。

 ほら、やらないで朽ちるよりやって砕けろって言うしね。最期は華々しく散るのが人生ってヤツよ。

 いや死にたくはないけど。

 

 でも、きっと希望はある。

 青臭いけど、信じてる。

 

「よし、そろそろ行「おーい、予鈴鳴ってるよー、昼休み終わりでーすよー。おサボりさん達ー」

 

 意外にも。

 青臭い希望ってやつは、

 望まぬ時に来るものだ。

 

◢◤◢◤◢◤

 

 図書室の倉庫が突然開くと、図書委員の先生が顔を覗かせた。

 

 2学年に担任クラスを持つ女性教師、成瀬(なるせ)沙月(さつき)先生だった。

 沙月先生はあくびをしながら倉庫内に入ると、あたし達が広げていた捜査メモをまじまじと見つめた。

 

「これ……例の事件のやつ?」

「はい。…………え?」

 

 生徒が殺人事件について調べているなんて、教師としては由々しき事態なはず。ならば叱るのが道理……ってわけじゃないみたい。

 先生はじっ、とあたし達のメモを睨んでいた。

 

「ニット帽の君……名前は?」

「蔵芽歩夢、ですけど」

「蔵芽……そっか。妹さんの為に調べてるの?」

「ええ。……その、止めないんですか? 生徒のこういうの」

 

 いらんことを言うなバカ歩夢。

 

「うーん、君は家族のこともあるしね。ぁいや、だからこそ止めないとなのか……。でも、うーん。めんどくさい」

「本音が出た!?」

 

 噂に聞いてたグータラ具合は本当らしい。でも嫌いじゃない。

 

「ま、危険の無い程度に好きにやればいいんじゃないかな。でないと気が済まないんでしょ? 君らみたいな年頃は」

「悟ったこと言うんですね」

「まぁね〜」

「歩夢、急がないと」

 

 あたしの呼びかけに歩夢はハッとして、広げたメモ達を片付ける。

 

「よし、クラスに戻ろう」

「うん」

 

 あたし達は揃って沙月先生の横を抜けて図書室の倉庫から出る。

 

「先生、それじゃ」

 

 沙月先生の横を通る瞬間のことだった。

 

「似合ってますよ、そのぬいぐるみのネックレス」

 

 幼馴染としてこのポンコツ女顔男の人生を語りますと、コイツは無駄口が多いです。

 渋谷とかで可愛い女の子を見かけたら「足太っ」て声を出すタイプ。

 ので、横にいるあたしはいっつも迷惑をぶっかけられるわけですが……

 

「待って」

 

 多分、さっきの歩夢の言葉は別れの挨拶みたいなもの。

 けど先生はそんな彼の言葉を聞くや否や、彼の腕をぎゅっと掴んだ。

 

「え?」

「──────」

 

 耳打ち。

 あたしには聞こえない。

 

「分かりました。ほら行こ、うい」

「あ、ちょっと!」

 

 歩夢に引っ張られるまま図書室を出ていくあたし。図書室を出たところで彼の腕を払いました。

 

「なんて言われたのさ」

「別に大したことじゃないよ」

「それフラグって言うんだよ」

「なんで分かるの」

「フラグ免許持ってるもん」

「あーデザイン集団の」

「それフラグメント」

「本当に大したことないって。ただ単純に放課後使われてない技術室に来てって。鍵開けとくからって」

「…………」

「いいこと教えてくれるってさ。ね? 大したことないだろ?」

 

 …………。

 

「歩夢、昨日お風呂入った?」

「え? 入ったけど」

「パンツ今日何色?」

「普通の黒だけど」

「毛は剃ってる?」

「奈津がうるさいから定期的に剃ってるけど」

「ヨシ。じゃ、行こう」

「は?」

 

 

 

❑─CHAPTER3(NAKIRI KUDOU)─❒

 

 

 

 人生はゲーム。

 なんて言葉は詩的でしょうか。

 

 わたしはそうは思いません。

 

 ゲーム、特に物語の存在するゲームはセーブデータという“記録”が存在するから成り立つのです。

 逆に言えば、それが無ければ永遠と前に進めない。

 であれば死ななければそのままハッピーエンドに直行なわけですが、とても残念なことに、神様がプロデュースした人生っていうゲームはハードコア。

 そう簡単に、いえ、ほぼ絶対ハッピーエンドには辿り着けません。

 

 はぁ。

 

 悲しいですね。

 

 まぁいいです。

 

 どうせ明日には、この感情も忘れてしまうのですから。

 そもそも、今日しか存在しないわたしにとって、明日なんてものは小学生の夢見るスーパーヒーローみたいなもの。

 

 幻想空想仮想セカイ。

 

 夢物語もいいところ。

 

「お前はなにを言ってるんだって思ってることでしょう。いいですよ。教えてあげます。謎解きに答えが用意されるように、謎の美少女にはそれなりの自己紹介が求められます。

 らたしの名前は工藤(くどう)百鬼(なきり)といいます。百の鬼って、なんだか強そうですよね。でも安心してください。らたし、握力18ですから。クソザコですから。

 さて、台詞が長くなったのでここからは思考文章にまとめますね。俗に言う地の文です」

 

 わたしは輝かしいアオハルの申し子、女子高生の1年生。スリーサイズを簡潔にまとめると『きゅ、きゅ、きゅ』です。キュキュットのCMみたいですね。

 

 そんなごく普通の肩書きを持つわたしには、昨日までの記憶が常に存在しません。

 忘れっぽい、とか。重度の病気でもありません。病院で確認済です。

 

 ではなぜ? 毎日記憶が無くなるくらいヘドバンしてるの?

 

 いえいえ。メタルな曲は聴くと頭が痛くなるので苦手です。

 

 わたしの忘れっぽさはなにやら先日手にしたアクセサリーが原因のようです。プカプカと浮かぶぬいぐるみが教えてくれた■……らしいです。

 

 アーティファクトと呼ばれる超常能力。常識の外側。異常の権化。

 

 ソレがこのチカラ。

 

 わたしの能力は……忘却。

 

 すっごく迷惑。

 

 でもしかたないですね。人に自分の人生の脚本を書き換える力なんて存在しませんから。

 人の力が及ぶのは人の創り上げた範疇。自然概念に惑星神秘には叶いっこないのが世の心理。運命って言葉には頷くしかないのです。

 

 だからわたしは前を向いて歩くことにしました。

 

 この忘却の能力とやらは自分でどうにかすることはできないようなので、とにかく頑張って付き合っていくことにします。

 

 でも、昨日までの記憶が無くなってしまうので、当然家族の記憶も家への帰り道も分かりません。

 自分の学校も何もかも、知らない、知れない、知り得ない。

 ないない尽くしの今日という日を生きるため、わたしは『わたしノベル』なるものを書き、自分についての記録を小説にしてまとめてます。

 

 ■……らしいです。

 

 家に帰る手がかりを小説に記録しながら、なんとか生きてます。

 

 ■……らしいです。

 

 警察や施設とかに頼るのはなんとなくめんどくさいので、ホテルを転々としてます。

 

 ■……らしいです。

 

 お金はどうやって工面してるのかって? それはご安心ください。決して怪しいところから貰ったり奪ったりしてません。

 

 ちゃんと働いて、頂いてます。

 

「あの……あなたが今日のらたしのお父さんですか?」

「そうだよ。百鬼ちゃんがサービスしてくれた分ちゃーんとお金、弾むからねぇ」

 

 これはおままごとの延長線上だと、()()()()()()()は言いました。

 

 娘として、親孝行は当たり前ですよね。誰の言葉かは忘れましたが。

 

「ほら百鬼ちゃーん? 僕のおちんちんにどうやって挨拶するのー?」

「はい……」

 

 まぁ、ゲームオーバーにならないように、このクエストを頑張るとしましょう。

 

「あぐ」

 

 人生は、ゲームですから。

 

 

 

「らしい、です」

 

 

 

 そうしてわたしは『わたしノベル』を閉じて、今日のお父さんへのご奉仕を始めるのでした。つづく。らしいです。

 

 

 

❑─CHAPTER4(NATU KURAME)─❒

 

 

 

 白泉学園に終業の鐘が鳴り響いた。最近は夏に近づいて太陽の出番も増してきたようです。

 

 私は身支度を整えて生徒会室に向かう。生徒会書記としての仕事があるためだ。

 

 私の横をジャージ姿の生徒達が駆け抜けていく。私は幼い頃から運動音痴なのでああいう運動熱心情熱過剰な生徒達はちょっと憧れる。

 

「なっちゃん。これから仕事?」

「うん。〇〇は?」

 

 部活動に所属している友達達と挨拶を交わしつつ、私は生徒会室に到着した。

 

 生徒会室にはまだ誰もいない。まぁ、会議の予定時刻まであと30分もあるので当たり前といえばそうなのだが。

 

 遅刻は厳禁。処罰は現金。それが私の鉄則。完璧って言葉は好きじゃないけれど、約束(ルール)って言葉は好き。

 

 守るものがある方が人は強く在れる。そんな言葉を残した母親は、私達から距離を置いているのはなんて皮肉だろう。

 

「さて……」

 

 持て余したこの時間は読書か勉学に使う。学生として当然ですね。

 

 電気ケトルに水を入れて、スイッチを押す。棚にしまってあったマグカップを軽く水洗いして、お湯が沸くのを待つ。

 

 待っている間にバッグから小説を取り出して、しおりの挟んであったページを開く。

 

 大石昌好先生の『グリップマン・ユニバース』だ。名前に反して内容は純文学なとこが好み。

 

 カチッと音が鳴り、お湯が沸いた。スティックコーヒーを開封し、中身をマグカップに入れて、ケトルのお湯を注ぐ。

 

 こう見えて……というか誰にどう思われてるなんてあまり興味無いですが、私は味音痴です。

 料理が上手な、味音痴です。これで料理が下手だったら皆の期待するヒロインになれたのでしょうが、資格が無いようです。

 

 話が横転事故しました。コーヒーの味を気にしない私は手間のないスティックコーヒーを愛用しています。今日はネルカフェの微糖。お湯を注いだ時のコーヒーの匂いはいいですね。寿命が延びる気がします。

 

 ひと口。うん美味しい。

 

 コーヒーを飲むと平和を感じます。私は主人公でもなんでもないので、世界のどこかで誰かが泣いてるのに平和などと言えるのかなんてポエムは残しません。私は私と家族が幸せなら平和なのです。

 

 2口目。美味しい。

 

 生徒会室からは学園のグラウンドが見える。この学園は無駄に広いので校庭が幾つもある為、部活動の活動する広場をグラウンドと呼びます。

 

 サッカー部がゴールを運んで、野球部はキャッチボールをしてますね。テニス部はラケットで遊んでいて、……ん。あれはコスプレ同好会ですね。『勇者ライディーン』のコスプレですね。何歳なのでしょうか。

 

 3口目。美味しい。

 

 人が来ないうちに孤独に平和を堪能することにしようと本を手に取った所で、

 

「なっちゃーーーんッ!」

 

 トラブルの種は今にも咲かんという勢いで降りかかってくるのです。

 

「ねぇねぇなっちゃん? どしたの? 無視なの? ムヒなの? ムチムチなの?」

 

 ぐい、ぐい、と歩みを詰め顔を詰め最後に私の胸に顔をうずめるのは眞坂うい先輩。幼馴染で腐れ縁で、尊敬できないタイプの先輩です。

 

「無視してません。びっくりしただけです。あと、一般の生徒は生徒会室、入っちゃダメなんですからね」

「あたしが一般だって? 普通の女だって? そんな枠に収まる人間だと思ってしまっているのかい?」

「つまり額縁人間ってことですか」

「どこをどう要約したの!?」

「で? まさか『大事件が起きたんだよ! 大変だよなっちゃん!』とか言わないですよね先輩」

「大事件が起きたんだよ! 大変だよなっちゃん! ……はっ」

「やっぱり。先輩のなんちゃって『大事件』はろくなことが無いので聞きたくありません。過激すぎるんですよ、うい先輩は」

「えー……。そうかな。そうかも。じゃあもういいや! 話さない! どんなに媚薬を飲まされてレイプされたって話さないんだからね! ギロチンにかけられたって口開けないからね!」

 

 なんてリョナ趣向。

 

「あの……すいません。逆に気になりました。そこまで言うなら話してください。期待せずに聞きます」

 

 4口目のコーヒー。

 ちょっと冷めてきた。

 

「結構驚くと思うけどなー」

 

 4口目続行。

 

「えーとね、歩夢がね~」

 

 一気に飲み干し──

 

「先生とセックスするって!」

 

 ぶ。

 

「ガフッ!」

「うわぁ! 大丈夫なっちゃんッ!? やばい、可愛い後輩が口から真っ黒な血ぃ吐いちゃったよ」

「ち、血じゃなくてコーヒー……です。あの、今なんて?」

「あたしが一般だって?」

「戻しすぎです」

「先生と」

「その次」

「セックスするって!」

 

 バリン。

 持っていたマグカップを地面に落としたように見せかけて投げつけましたなんだって?

 

「はい? セッ、え? それはいわゆる性行為ですか」

「うん。放課後の技術室でね」

「…………。あの、はぁ。とにかく、事情を聞かせてください」

「うん。カクカクシカジカ」

「ふざけてるとぶっ殺しますよ」

「効く! おふざけじゃないディスが効くぅ!」

 

 それからうい先輩に図書室倉庫での事情を聞いた。委員の仕事をサボった件については厳重注意とマグカップを片付けさせるだけで許した。

 

「ただの相談とかじゃないですか。まったく、言わんこっちゃない。かげきしょうじょなんですよ先輩は」

「過激処女ってビッチの日本語言い換えみたイダダ上履き踏まないで!

 でも気にならないのさ? 先生と放課後の教室で二人っきりなんて、おかしいと思わない?」

「別に、どうでもいいです」

 

 5口目。──。

 

「なっちゃん、マグカップなんて存在しないよ」

「…………」

「なっちゃんの悪いところは素直じゃないところだよ。誰かに正しく生きていくのは窮屈だけど、自分に正しくないのはもっと窮屈でしょ。人生きゅうりと一緒で真っ直ぐな方がいいんだから、ね」

 

 …………。ほんと、

 

「疲れますね」

「そこ地の文でよくない!?」

 

◢◤◢◤◢◤

 

 生徒会会議を家庭の用事により欠席することを生徒会長に伝えて、私はうい先輩と技術室に急いだ。

 

 学園1階。体育館入口前の廊下を左に進むと奥にぽつんと潜む技術室。技術室が2階に移動したため、正式には“元”技術室だ。

 

 忍者の如くそろりそろりと教室に近づき、音を立てないようにドアを開け、私とうい先輩は団子兄弟のように中を覗き込んだ。

 

 そして、聞こえた。

 

 この耳でしかと聞いた。

 

 

 

「君は能力者だ、蔵芽歩夢くん」

 

 

 

❑─CHAPTER5(AYUMU KURAME)─❒

 

 

 

 ボクは放課後、技術室に直行した。教室のドアの鍵はまだ開いてなくて、ボクは扉の前でスマホをいじるしかなかった。

 

「ごめーん。おまたせ〜」

 

 10分ほど遅れて沙月先生がやって来た。先生はドアの鍵は開け、「ほらどーぞー」と先に中へ入るようにボクを促した。

 

 言う通りに中へ入ると、教室の中は綺麗だった。“使われてない”という一言だけ聞くと、もっと埃が溜まっていそうな感じを予想していたのだが、流石白泉学園というか、あっぱれ清掃のおばさんというか。

 

「じゃ、ここ座ろっか」

 

 技術室中央の縦長の机と木製の椅子。対面するような形でボクと先生は座ると、暫しの沈黙が流れた。

 

 じっとしていられず、ボクから用件を聞くことにする。

 

「で、いいことってなん

       「君はさ」

 

 ボクの言葉に被せるようにして先生は口を開く。

 

「最近変なこと起きなかった?」

「変なこと?」

「うん。常識じゃ考えられないようなこと」

 

 先生は窓から照らす夕焼けを背に語る。 

 

「なんでもいいんだ。気になること、ない?」

 

 にこっと笑う。

 どこか、怖い。

 

「変なこと……」

 

 思い当たることはある。この前の交通事故のことだ。轢かれた奈津、傷だらけの奈津と、無傷の奈津……。でも、信じてくれるだろうか。

 

「信じるよ」

「え」

「なんでも。ほら、言ってみて」

 

 笑顔は途切れず。橙色の日光は取り調べ室のランプのように、ボクを、照らす。

 ──あの事故を思い出す。

 

『奈津──』

 

 それと。

 

『じゃ、行ってきます』

 

 あの事件の手掛かりを──

 

「先週のことなんですけど」

 

 ボクは沙月先生にあの事故のことを話した。先生は適度に「うん」と頷いてくれて、はじめて、ちゃんとボクの話を聞いてくれた。

 

 最後まで話し終えると、沙月先生は右手の指を2本立てた。

 

「単刀直入に、2つの事実を、君に話すね」

 

 片方が下ろされる。

 

「ひとつ。わたしは君の不可思議な状況の答えを知っている」

 

 もう片方が下ろされる。

 

「ふたつ。わたしは君の妹さんを殺した犯人を知っている」

 

「え、それっ「もったいぶらずに言うよ。めんどくさいから」

 

 沙月先生は今日はじめてみる真剣な目つきで、言った。言い放った。

 

「君は能力者だ、蔵芽歩夢くん」

 

 息を呑む。世界が静寂に包まれ、心臓の音だけがボクの生命をはっきりとさせる。

 

 

 

「君の妹さんを殺したのは、白泉学園2年生。深沢与一くんだよ」

 

 

 

◢◤◢◤◢◤

 

 落雷。稲妻の衝動。

 寝耳に海水。

 馬の耳にフルスイング。 

 

「は、え」

「信じられないよね。うん。当然だよ。それが普通。常識。当たり前。でも今から話すことは常識の2文字を切り離さないと入ってこないよ。で、君は話を聞く資格と、責任がある。だからソフィ、おねがい」

 

 なにを、言ってるんだ。

 能力? 石化事件の犯人?

 

 おかしなことしか言ってないけど……なんでだろう。先生の言葉はこれまでの点となったキーワードを線でつなげるような感覚が……あった。

 

「はーい。ようやく出番ね。まったく。この体勢も辛いのよ?」

「ごめん。でもこうしてユーザーが見つかったんだから許してー」

 

 先生はぬいぐるみと喋っていた先生はぬいぐるみと喋っていた先生はぬいぐるみと喋っていた!?

 

「は、は、は、あ?」

「こっちの世界の人間は驚くと気を溜めるだなんて、どの枝でも教えてくれなかったわよね」

「多様性ってやつだねー」

「あらそう」

「そうそう」

「いやいやいや。は、ちょ、なに? なんですかそのぬいぐるみ。え、だってついさっきまでぬいぐるみみたいなネックレスで、で、今でっかくなって宙に浮いてしゃべっ、あ?」

「翔よりうるさいわねこの子。天と似たタイプの女の子ね」

「男ですよーソフィーさーん。顔は可愛いけどねー」

「へぇ。面白いのね」

「面白がっちゃうとネットで叩かれちゃいますよーソフィさーん」

 

 ボクはバン、と机を叩いて、勢い良く立ち上がった。

 

「あの、とにかく整理させてもらっていいですか?」

「整理させようとしたところよ。話を聞きなさい、アナタ、名前は……歩夢、だったかしら」

「そうですけど……」

 

 ぬいぐるみが喋ってる。

 体の大きさはサッカーボールより一回り小さいくらいで、体の中央にチャックと口がある。

 

 目は子供の落書きのようなグルグル目で、体の色は青と白。

 

 異形。喋る人形にこれほど相応しい言葉は無い。

 

「じゃ、いくわよ」

「いくってなにを?」

「話を整理したいのでしょう。なら教えてあげるわ。私たちのこれまでのお話を──」

 

 そう言うと、ぬいぐるみのチャックが開き、ワームホールのようなものが露わになる。もはやなんでもアリだ。

 

「名乗り遅れたわね。私の名前はソフィーティア。異世界の住人よ。よろしくね」

 

 あまりにも、な自己紹介をして、ボクの頭にワームホールごと被さった。

 

 そして始まった。

 これまでの物語を語る、スペシャルミニ劇場。

 

▶▶▶

 

 300秒で分かる

 9−nine−

 ここいろ!

 そらいろ!

 はるいろ!

 ゆきいろ!

 

白巳津川市。

学園都市であること以外になんの特色もない街。

観光客を呼び込もうと町興しに励んでいるが、どれも不発。

しかし、思わぬ形で世間の注目を集めることになった。

 

ぶっきらぼうな態度をとりがちだが、行動力ある頼れる青年。『新海(にいみ)(かける)

なんだかんだ言いながら周りのことを第一に考える優しい性格である。

 

 

普通の学生らしい平穏な生活を送っていたが、

玖代地震により白蛇九十九神社(はくだつくもじんじゃ)に祀られていた神器が破損し、平行世界から不思議な装飾品『アーティファクト』が流出した。

 

アーティファクトは所持者に特殊能力を授ける。

 

その人智を超えた力を悪用した深沢与一により人体石化事件が発生したのだった。

 

平行世界の住人であるソフィーティアは流出したアーティファクトを回収する為、紆余曲折の末様々な人間に協力を申し出る。

 

奪取の能力を持ち、正義感の人一倍強いしっかり者『九條(くじょう)(みやこ)』が事件の解決のために動くことを知り、自身も知らない能力を持つ『新海翔』もまた協力することに。

 

さらに天真爛漫な翔の妹であり、気配操作の能力者『新海(にいみ)(そら)』、オタク気質であり幸運を操作する『香坂(こうさか)春風(はるかぜ)』、厨二病気質であり、裁きの能力者『結城希亜』も加わり、少年少女達の能力者を巡る物語がはじまった。

 

アーティファクトを巡る彼らの物語は幾つもの平行世界・別名『枝』を渡り激化し、最終的には黒幕『イーリス』との戦いに突入する。

 

イーリスと、彼女に協力した深沢与一との戦いに翔達はなんとか勝利するものの、翔は意識不明。

 

そして彼と共に戦った四人は与一によって殺されてしまったのである。

イーリスは消滅したが、流出したアーティファクトは白巳津川市内に存在する。ソフィーティアと、翔達と協力していた白蛇九十九神社の巫女であり白泉学園の女性教師・成瀬沙月は全てのアーティファクトを回収できるのか!?

 

 つづく。

 

▶▶▶

 

「わかった?」

「まぁ……大体。なんかご丁寧にイラストや動画もついてたし。アフレコもされてたし。信じられるかどうかは別なんですけど」

「信じなければ、これまで白巳津川で起きた事件の説明がつかないでしょ?」

「それは……そうですけど。でもちょっと待ってください。能力がどうとかは後にして、まずイーリス? と戦った5人って……」

「そう。翔は病院で目を覚まさないまま。他の4人は……死んでるわ」

「結城希亜って、キメラ事件の容疑者じゃないですか!」

「犯人の嘘に決まってるでしょう。犯人は結城希亜の死体を奪い、あたかも彼女が殺人を犯しているように罪を擦り付けているのよ。最低ね」

「全部……信じろって?」

「私の存在で充分な証拠にならない? それとも何かトリックがあると思って?」

「…………」

 

 ボクは、ボクの頭上にプカプカと浮かぶ、ソフィーティアと名乗るぬいぐるみを掴んでみる。

 

 もにゅ。もにゅ。

 

 うん。なんか、ほんとにぬいぐるみって感じ。

 

 離すと、やはり浮かぶ。糸があるようには見えない。電池蓋もない。

 

 もう一回掴む。

 もにゅ。むにゅ。

 

「エッチね」

「え、ぬいぐるみも感じるんですか」

「…………。歩夢。だいぶ肝が座っているのね。幻滅したけど気に入ったわ」

「どっちですかそれ」

「でさぁ」

 

 しばらく蚊帳の外にされていたボクの向かい側に座る沙月先生は、どこから取り出したか知らぬ午後の紅茶(ミルクティー)を一口呷ってから話し始めた。

 

「わたし達の話、聞いてくれる? 能力者について。これからのお話について。わたし達は一刻も早く止めたいんだ、キメラ事件の犯人を」

 

 それは。そんなの。

 決まってるじゃないか。

 不可思議なことなんて聞き飽きた。見飽きた。

 

『御子……? い、石に……』

 

 どんなに馬鹿げた話でも。

 ミリの希望があるのなら。

 しがみついてやる。

 

「ボクは、「駄目です」

 

 技術室に声が響く。これまでの3人(内一匹ぬいぐるみ)の声ではなく、新たなる来訪者。否、元よりそこに隠れていた──

 

「奈津?」

「兄さん。そんな怪しい話、聞かないでください。どうせそこのぬいぐるみも何かの手品でしょう。能力だとかなんだとか、変な話に乗って高校3年生の大事な時期をお釈迦にしないでください」

「そうだぞ歩夢。楽しそうだからあたしも混ぜろ。てかさっきから気になってたんだけ」

「先輩はちょっと黙ってて」

「あたしゃ無能だ!」

 

 奈津の肩からひょっこり顔を出すうい。果たしてどちらが先輩か。

 

「奈津、これは……」

 

「異議あり!」

 

 机を大きな音を立てて叩き、立ち上がっては人差し指を奈津に突きつける沙月先生。

 

「今の発言には決定的な矛盾が存在します。裁判長」

「裁判長?」

 

 首を傾げるボク。

 

「続けなさい」

 

 ソフィさん?

 

「蔵芽奈津さん。あなた、今『そこのぬいぐるみ』と発言しましたね? それはおかしいんですよ」

 

 指で顎をすりすりと、さながら探偵のように擦っている。腹立つなあのポーズ。

 

「なにを言ってるんですか。先生も先生ですよ。教師として兄の相談に乗ってくださっているのかと思えば変なほら話を──」

「奈津ちゃん。君も能力者だよ。だって、能力者にしかソフィーティアのことは見えないもん」

「ねぇなっちゃん? そろそろ聞いていい? さっきから話してる“ぬいぐるみ”って、なに?」

 

◢◤◢◤◢◤

 

 2020年4月17日。

 午後13時35分。

 玖代地震と呼ばれる、 マグニチュード7.1の大地震が発生。

 白蛇九十九神社に祀られていた神器が破損し、平行世界と繋がりを持つ。

 そこから流出した装飾品をアーティファクトと呼び、アーティファクトを手にすると超常能力を行使できる。

 

 モノを奪う能力。

 気配を消す能力。

 幸福を呼ぶ能力。

 人を罰する能力。

 

 能力の力は絶大。

 この世界では、あまりにも危険すぎる代物である。

 

 平行世界にてアーティファクトを管理する『セフィロト』と呼ばれる団体のリーダーであるソフィーティアは、直接こちらの世界に来ることが不可能の為、ぬいぐるみの姿で人間に協力を呼びかけた。

 

 壮大な戦いの後、力を悪用した『深沢与一』とソフィーティアの別の枝での姿・『イーリス』を倒すことに成功したが、アーティファクトの回収はまだ終わってない。

 

 アーティファクトを持つ者・アーティファクトユーザーに対抗できるのはアーティファクトユーザーのみ。

 できるだけ多くのユーザーに回収を協力してもらいたい。だから、ボクに声をかけた。

 

 ボクの能力は──

 

「戻れッ」

 

 わざと割ったガラスのコップ──その破片に、念じる。

 

 イメージは元のコップ。

 

 だけど、

 

「ダメだ……」

 

 なにも起こらず。うっすらと右手の甲にあるスティグマが輝いたが、すぐに消えてしまった。

 

 あれからアーティファクトやこれまでの戦いについて改めて教えてもらい、他の能力者や協力者を紹介するとのことで今日の夜に喫茶ナインボールでまた集まろうということになった。

 

 それまでの間、ボクと奈津は家に帰っていた。

 

 スティグマというのはアーティファクトユーザーになった証らしく、体のどこかに発現するらしい。

 

 が。ボクはユーザーとしてはかなりの異例らしい。主に残念な方向で。

 

 普通アーティファクトを手に入れた場合はその能力の使い方のレクチャーがされるそうだが、ボクにはそんなことされた記憶は無い。

 

 このスティグマというのも能力発動前にもうっすら見えるらしいが、ボクのスティグマはまったく見えない。

 

 アーティファクト本体・装飾品も持ってない。落としたら持ち主の元に戻ってくるらしいけど、どこにもございません。

 

 なにより、自分の使いたいタイミングで能力が使えない。おかげで再生の能力(仮称)の全貌も分からない。

 

 ので、あの時奈津を助けた方法も分からない。ソフィーティアによれば人を生き返らせる力なんて存在しない……らしいけど。

 

 無い無い尽くしのあっぱれ具合。泣いちゃうね。

 

「クソ雑魚なんですね」

 

 ボクの向かい側のソファに座っていた奈津が言う。

 

「もっとさぁ、兄を労るとかさぁ、ない?」

「ないです」

「誰だよ真っ直ぐ生きろとかいった幼馴染クソ野郎は……」

 

 ちなみに奈津も能力者らしく、能力は『譲渡』。名の通り()()()()()()()()()()()()()()()()()()という。

 

『なんで隠してたんだ?』

『あ、私能力者になったんだー! ってなると思いますか? 幻覚だと思って無視してました』

 

 ──とのこと。流石妹。強い。奈津のアーティファクトは指輪の形をしており、

 

『それなりに可愛いから使わせてもらってた』という。将来はきっと出世するなこいつ。

「奈津の能力も見せてよ」

「嫌です。兄さんはソフィーティアの話を聞いてなかったんですか? 能力はどんな副次作用を起こすか分からない危険な代物なんです。それに、能力を使えば使うほどスティグマが体全体に侵食し、いずれは己の能力によって自壊する。

 

 こんな恐ろしいものを無闇やたらに使うなんてありえません。この世に存在するバカに失礼なくらい兄さんですねバカ」

 

 逆だし酷いしでも前者は正論だからもう情緒がグチャグチャですお兄ちゃん。

 

「ごめん……。けど、改めて……信じられないな」

「…………。信じるしか無いのなら、私は受け止めます。いつまでもウダウダ存在を確認している方が非効率ですから。

 

 私は私と兄さんの自衛の為なら能力を使います。その、沙月先生達の要請も、兄さんの監視役の為に付き合います」

「あのなぁ……。監視役って」

「兄さんの頑固加減は生まれた時から知ってるんですから。

 だから、これが最大限の協力です。私は本当は殺人犯や能力者を探すなんて危険な行為に、足を突っ込みたくなんてありません」

「……奈津。分かった。

 ……ありがとう」

「ひとつ。約束してください」

 

 奈津は身を乗り出し、テーブルに手をつくと、小指を立てた

「絶対に無理はしないこと。危機を感じたら能力がどうこう関係なく、逃げること。いいですか」

「奈津はどんどんお母さんみたいになるな……。あ、世でいう一般的なお母さんな。

……うん。分かった。約束する。ゆびきり──」

 

 約束。誓い。

 小指を交え、言葉を交わす。

 

 奈津は昔から約束が好きだ。逆に約束を守らないことは大嫌いだ。

 だから、破ったりはしない。妹を泣かせるようなお兄ちゃんは、御免だしね。これ以上妹からの株を下げられたくないし。

 

「あ、そういえば奈津のスティグマってどこにあるの?」

「…………。言いたくありません」

「なんでよ」

「言いたくないからです」

「お願い! ちょっとだけ!」

「嫌です」

「一生のお願い!」

「だったらもうとっくに終わってます」

「再発行は?」

「ないです」

「土下座!」

 

 ボクはシュバッとソファの上で頭を下げた。

 

「なんでそんなに見たいんですか」

「スティグマってちょっとかっこいいからさ。ザ、異能力モノって感じで。ね? ね?」

「…………」

「Please show me!」

「──です」

 

 掠れるような声。

 聞こえん。

 

「なに?」

「だか、ら。胸……です」

「む、ん」

「胸! ですッ!」

「あ……ごめん…………」

 

 ボクの株は地の底に。

 

 

 

❑─CHAPTER6(???)─❒

 

 

 

 少年は振り返る。

 今日一日がどれだけ幸福に満ち溢れていたのかを。

 

 少年は母親とデパートに来ていた。白巳津川駅から徒歩5分ほどの場所に位置する『白巳津川れれぽーと』だ。

 白巳津川の中で最も広大なデパートは、その大きさと比例して店数も人通りも多い。

 当然、迷子も1日に1回は必ず起きる、という具合である。

 

 きっかけは値引きセールだった。少年は母親に手を引かれていたものの、押し寄せた人の群れに流され、握っていた手を離してしまった。

 それからの内容は語るまでもない。ただ母の名を呼び、叫び、ただ泣き、叫び、の連続である。

 

 やがて泣き疲れ、休憩スペースのソファに座りこんで、ようやく迷子センターの存在を思い出した彼は、自分の愚かさにため息混じりに笑うしかなかった。

 

「なにやってるんだろ、ぼく」

 

 歩き疲れたものの、いつまでもこうしてはいられないと立ち上がりかけた彼の体は、突然フワリと浮いた。否、巨漢が少年を抱き上げたのである。

 

「はぇ?」

「おーここにいたのか。ようやく見つけたぞぉー」

「え、だれ!」

「なにいってるんだ、パパだよ」

 

 それは違う。少年の父親は今日は仕事に行っているはずで、このデパートにはいないはず。

 

 当然少年は不審者の存在に声を揚げようとするが──3秒。

 

 パパという単語を聞いた後、少年は助けを求めることを諦めた。

 

 違う。彼は、その巨漢を本当の父親と認識したのである。

 

 当然、

 

「ぐひ、ひ、ひひひひし」

 

 巨漢は紛れもない不審者であり、異常を行使するアーティファクトユーザー。常人から逸脱した存在である。

 

◢◤◢◤◢◤

 

 少年が次に意識を取り戻したのは、デパートの倉庫きらしき場所だった。

 埃にまみれ、掃除用具がちらかった灯りの少ない部屋で、彼は服を脱がされていた。

 

「たまんねぇなぁ。ショタだぁ、ぐじ、がひひひ」

 

 わるものだ、と。少年は心で呟いた。こんなにもありきたりな笑い声を上げる悪党がいたものか、と。

 

 しかし状況は最悪だ。少年はガムテープで口や手足を塞がれ、到底逃げられる状態ではない。

 

 幼くしても理解した。

 これはオワリだ、と。

 

 意識を失っていたおかげか体力はそれなりに回復していた少年は、ひたすらに泣き叫ぶ。外に声の響かないであろう場所だと理解していても、この現実を拒むように声をあげた。

 

 あるいは。ヒーローのような誰かが、助けに来てくれると、願った。

 

 少年は今年で5歳となるが、ヒーローへの興味は薄かった。むしろ嫌っていた。フィクションよりもノンフィクションが好きだった。車や電車が好きだった。架空を嫌った。空想を嘲笑った。

 

『バッカみたい』

 

 日曜朝の口癖だった。が、その言葉の矛先は今では自分だった。こんなことに簡単に巻き込まれて、助けを求めて泣き叫んで、本当のバカは自分じゃないか、と。

 

 やがて少年は泣き止んだ。

 すべてを諦めた。

 

「えぇ、なんでやめちゃうのぉ。おれさぁ、泣いてる子を犯すのが好きだからさぁ、ほらもっと泣いて? まだ尺足りないよ? オカズにするんだから」

 

 カメラを持った巨漢が迫る。少年は黙ったまま眺めていた。自分のオワリを見届けようとした。

 絶望を呑み込もうとした──その時だった。

 

「キャワウィくない、そういうの」

 

 女性の声が倉庫に響く。

 瞬間。

 

「あぶ?」

 

 巨漢の首が落ちた。

 人として正常な位置から──落ちて、床を転がった。

 

「ふーん。ユーザーにしては耐性無さすぎ。もっとキャワウィくない。ま、それでもユーザーはユーザーだからいっか」

 

 いつの間にか、首の無くなった巨漢の真後ろにコートを着た女性が立っていた。

 

「あんちゃん大丈夫? マッキィの助けいる感じ? いやいる感じだよね? はーいいりまーす! お、いい返事だねぇ。助けちゃおう!」

 

 白髪に赤いリボン。特徴的な喋り方。おおよそ不審者と考えられる要素しか存在しない彼女は、少年の拘束を解いた。

 

「あ、あの……」

「いいよ礼は。マッキィはキャワウィウィモノが好きで、君はキャワウィウィから目をつけていて、そんな君をいじめるクソ野郎をボッコボコにしてやっただけ。

 つまるところ人助けではなく自己満足衝動ってわけ。あ、もしかしてこれ難しい単語な感じ?

 まぁいいや。ヒーローってことにしとこうかな」

「た、たす、助けてくれて……ありがぁ……ぁぁ」

「およよ泣いちゃったよキャワウィすぎるよ。よし。あんちゃん、お母さん探してるんだよね?」

「はいぃ…………」

「マッキィが一緒に探してあげる。人助けはね、キャワウィウィものの次に好きなんだっ!」

 

 少年はコートの少女に手を引かれ、倉庫を出ていった。

 

「ほらあんちゃんもおいで、キャワウィくない人」

 

 呼びかけに応じるように、首の取れた巨漢の死体は、己の首をゆっくりと拾い上げ、元ある場所にくっつけ、歩き出した。

 

 少年は、

 笑って、

 ソレを見ていた。

 

◢◤◢◤◢◤

 

 白巳津川れれぽーと2階。雑貨売り場通りを手を繋いで歩く少年とコートの少女。その後ろをノロノロと歩く巨漢。

 

「あの、おねえさんなまえは?」

「マッキィだよ。よろしくね。じゃあお姉さんと一緒に遊ぼっか」

「え、おかあさ──うん! 遊びたい!」

「マッキィはね〜キャワウィウィクレープのお店知ってるんだ。お姉さんがおごったげる」

「やったー!」

「やったー!」

 

 少年と巨漢が声を上げる。

 

「あんちゃんには言ってないよ巨大デスチンポホモ男」

「あう……」

 

◢◤◢◤◢◤

 

「美味しい?」

「うん、美味しい!」

 

 少年はクレープを食べてい/クレープを、食べ、ているよ。

 

「ほんのりあったかい?」

「うん。あと、ちょっと硬いかも」

「そっかそっかー! ()()ってそんな感じかー!」

「ところでおねえさん、ここどこ?」

「んー? どこでもいいじゃん。ねぇ? ホモ太郎」

 

 暗闇の空間。唯一の灯りは蝋燭一つ。少女の投げかけた視線の先にはバラバラにさ/可愛い女の子が座っていて、元気よく「はいっ」と頷きました。

 

「デザートも食べたし、ゆうとくん。マッキィともっと遊ぶよね?」

「うん!」

 

 少年は持っていた巨漢の目だ/クレープの残りをポイと投げました。

 

「なにであそぶの?」

「ここは昔ながらの遊びといきましょかー。グーチョキパーで何作ろう遊びはどう?」

「うん、やる!」

「じゃあ相手より面白いモノを作れたら勝ちね! まずはマッキィから!

 グーチョキパーで、

 グーチョキパーで、

 何作ろー?

 何作ろー?

 右手はパーで、

 左手はチョキで、

 爪剥がし拷問〜

 爪剥がし拷問〜」

 

「じゃあつぎはぼくだね。

 グーチョキパーで、

 グーチョキパーで、

 何作ろー?

 何作ろー?

 右手はグーで、

 えーと……。

 左手もグーで、

 ゴーリーラー!

 ゴーリーラー!」

 

「つまんない」

 

 パキャ。

 少年の爪が剥が/笑顔の少女は少年の爪をぺろりと舐めました。

 

「ちょっと! なにするのおねえさんっ! くすぐったいよ」

「えへへ、だってキャワウィウィんだもん。けどこのままじゃゆうとくんの負けだよ? いいの?」

「それはダメだよ! だってそしたらおねえさんをよろこばせられないもん!」

「だよね、じゃあほら」

「グーチョキパーで、

 グーチョキパーで、

 何作ろー?

 何作ろー?

 右手はグーで、

 右手はグーで、

 左手はパーで、

 左手はパーで、

 あっと、えーと……。

 スーパーキーパー!

 スーパーキーパー!」

 

「つまんない」

 

 ブチ。

 少年の耳が引き裂/少年の頭に少女の優しいげんこつがひとつ。

 

「いたい!」

「痛くないでしょ、優しくしたんだから〜。でもまだダメ。ほら、()()()()()()()()()()()から、使っていいよ」

「う、うん。

 グーチョキパーで、

 グーチョキパーで、

 何作ろー?

 何作ろー?

 右手はグーで、

 右手はグーで、

 右手はパーで、

 右手は左手は左手は左手は左手は右足は左足は左手は右手は右足は左足は左足は右耳は左目は右目は右足は左足は──」

 

「うん、面白い! やっぱり人間は手と手足と足なんでもかんでも繋がって協力するべきなんだよ! すんばらしい! マッキィは大好きだよっ! 人の愛や絆ってさッッ!」

 

 少女は高ら/マッキィだっつってんだろいい加減名前覚えろよ。

 

「じゃ、君たち()()()()()ね。

 

 本当に、

 

 

 

 

──キャワウィウィよ」

 

 

 

 少年は振り返る。

 今日一日がどれだけ幸福に満ち溢れていたのかを。

 

 

 

❑─CHAPTER7(AYUMU KURAME)─❒

 

 

 

 白泉学園から徒歩10分ほどだろうか。白巳津川大橋を渡ったところに、古風でお洒落な喫茶店が構えてある。

 

 喫茶ナインボール。口コミは好評、店内のシックな雰囲気や店長を務める九條聡さんの人当たりの良さ、また優しい値段や学生を気遣った大盛りサービス等々、知る人ぞ知る名店である。──というのがボクの調べによるものだ。

 

 で、実際は──

 

「こんな遅い時間にすまないね。親御さんに連絡は? できれば家に送るついでにご挨拶も」

「あ、いいですいいです。ボクと奈津は二人暮らしで、母は別居なので。それに、ウチの母はそーゆーの気にしませんから」

「そうかい? ……すまない、踏み込んだことを話させてしまったね」

「い、いえ! とんでもない!」

 

 なんだろう……この圧倒的な善人爺さんは……!

 

「お気遣いありがとうございます。こちらこそ閉店後にすみません」

 

 奈津はシャキッとした発音とシャキッとしたお辞儀でそう言った。

 

「いいんだよ。ワタシが呼んだようなものだからね。ほら、みんなが揃うまで新作のパフェを食べておくれ」

「「ありがとうございます」」

 

 喫茶ナインボール、評判通りというか実際に体験してみると評判以上というか。よし。今度から通うことにしよう。

 

 ボク達は集合時間──午後の9時より10分前に集合場所の喫茶ナインボールにやって来ていた。

 

 聡さんはボク達の為に閉店時間を早めてくれたらしく、現在のお店にはボクと奈津、聡さん、そして──

 

「こ、このパフェう、うんめぇ……。オラ、生きてて良かっただぁ……」

「どこの人間だよお前」

 

 ──ういも来ていた。

 ういは能力者ではないため、ソフィーティアのことも視覚できない。

 だが、困ってる人を助けたいとのことで、捜査や情報探しに貢献したいとのこと。

「聡さん、いいんですか? こいつ」

「いやいや。捜査に協力してくれるのはとてもありがたいよ。しかし、危険が及ぶことも……分かっているよね?」

「ひゃい! 大丈夫です! ゆーてネットとか新聞とかの情報共有くらいしかしないんで! 危ないことはしないっす!」

「そうかい。ありがとうね」

 

 聡さんの笑顔が眩しい。

 肩叩きしてあげたい。

 

 集合時間丁度になると、続々とメンバーが集まった。

 沙月先生にソフィーティア、赤髪の白泉学園生徒と、黒長髪の学園生徒。

 

「えーと、君は……」

 

 ポケットに手を突っ込んでこちらに近づいてくる赤髪の青年。

 

「ふぅむ。君かぁ。新たなるアーティファクトユーザーというのは」

 

 ぬめっとした喋り方。

 

「話は聞いている。再生の能力者といったな? 能力の効果が未知数とのことだが……ふふふ。滾るなぁ。謎とは神秘! 神秘とはロマンッ!

 

 このリグ・ヴェーダも賑やかになるぞぉ……ッ」

 

 あ、ヤバい人だ。

 厨二病さんだ。

 

「蔵芽、歩夢、です」

「おっと。私としたことが名乗り遅れたようだ。私は高峰(たかみね)蓮夜(れんや)。よろしく頼むぞ、イナンナ」

「はい?」

「君のコードネームだ。再生とかけて死の国から戻った女神の名だよ」

「知らないっすね……」

「そうか。まぁそういうことだ」

 

 どういうことなの。

 

「この子は君と同学年だよ。アーティファクトユーザーで、ユーザー探しを手伝ってもらってる」

「そういうことだ。

 よろしく、頼む」

 

 蓮夜から右手が差し出された。握手の意だろう。ボクもそれに応えて右手を差し出し、ぎゅっと握った。

 

「う、うん。よろしく」

「で、この黒髪の子も同学年で、名前は戸車(とぐるま)(しゅう)くん。この子もユーザーで、協力してもらってる」

「なるほど。よろしくっ」

 

 今度はボクから右手を差し出す。が、彼はピタッと止まったままで反応無し。

 

「えーと、嫌われてます……?」

「この子人間アレルギーらしいんだ。だから無口だけど許してあげて」

「………………スマン」

「え、なんて? まぁいいや。了解です。仲良くしよう」

 

 柊はゆっくりと頷いた。

 この2人……先行きが不安だけど、退屈はしないだろうな。

 

「ボクからも紹介するよ。こっちの女の子がボク達と同学年の眞坂うい。幼馴染なんだ。で、こっちはボクの妹の奈津」

「よろしく!」

「よろしくお願いします」

 

 そんなこんなで挨拶を済ませ、ボク達は聡さんの案内によって店の奥に向かった。

 

 事務所の更に奥。『使用禁止』という張り紙の貼られた扉を、聡さんは躊躇なく開いた。

 

 そこには──

 

「すごい……」

 

 ドラマで見たことあるやつ……というのが第一印象。

 

 部屋の大きさは……だいたい4.5畳くらい。3つほどの移動式ホワイトボードに白巳津川市内の地図。部屋中央には細長いテーブルと幾つものクリアファイル。資料がまとめてあるようだ。

 

「沙月君から聞いてると思うが、ワタシは娘を……都を与一君に殺された。だからこそ、これ以上アーティファクトによる事件を起こしたくない」

「だから私達は、ここを使って事件についてまとめたり話したりしてるの。キメラ事件だけでなく、未回収のアーティファクトを持ったユーザーについてもね」

 

 聡さんに続いてソフィが語る。確かに地図に貼られたメモに、能力者の概要が書かれている。

 

「といってもまだ3人しか回収できてないんだけどね。アーティファクトの契約を破棄させる為のアンブロシアも入荷待ち……先は長いね~」

 

 手をひらひらと振ってため息をつく沙月先生。

 

「これだけのユーザーが揃ったんだ……。新生リグ・ヴェーダに恐いモノなど無いッ!」

「…………タカミネクン、ウルサイ」

「さっきから言ってますけど、リグ・ヴェーダってなんです?」

 

 奈津が蓮夜に問う。

 

「我々のチーム名だ。

 どうだ、いいだろう?」

「よくありませんダサいです」

 

 オイ……! 直球すぎ。

 

「ふぅん」

 

 にやりと笑う蓮夜。

 

「いや会話終わりかい!」

 

 思わずツッコミを入れるうい。ボクも同感です。

 ……というような魑魅魍魎メンバーの集いは、1時間半ほど事件についての情報を共有して解散することになった。

 

 その中で大した新情報が出ることはなかったが、ボクにしてみれば『結城希亜』と『深沢与一』の情報だけで充分だ。

 

 家が遠い蓮夜と柊を聡さんが送ることになり、ボクと奈津、ういは沙月先生に送ってもらうことになった。

 

 白巳津川大橋を渡る。奈津は先生と喋っていて、その前をボクとういが並んで歩いている。

 

 ういはずっと曲名の分からない鼻歌をうたっていた。

 

「これで……これで……前に進める」

 

 ボクは興奮を噛みしめるように、拳を握り、夜空へと突き上げた。

 

 ようやく。ようやく前に進める。

 

 今までやってきた捜査は、無駄じゃなかった。今日という日に繋がったんだから。

 

「歩夢」

 

 と。突き上げたボクの拳を、そっとういの手が掴んで、無理やり下げられた。

 

「うい?」

「進みすぎて気づいたら足場がありませんでした、とかやめてね」

「どういうこと」

「周りをよく見ろってはなし。あたしが言えたことじゃないけど、でも、歩夢は特に。突っ走りすぎてあんたがいなくなっちゃったら、嫌だからさ」

「おい急にヒロインぶるんじゃない。なんかこっちまで恥ずかしくなってくるじゃん」

「あんたの事心配してるの、なっちゃんだけじゃないってこと! はい、以上! あたしも恥ずかしいわッ!」

「なんだそりゃ。でも……うん。わかった。ありがとう、うい」

「ん。礼はお金で」

「はい台無し」

 

 そんな言い合いをしている内に、お互いに可笑しくなって笑い合う。10年以上前から変わらない光景だった。

 

「付き合ってるの? あの2人」

「それは……ありません。ありえません。ちがう」

「んー? あー、なるほど」

「はい?」

「いーやー? なんでもごじゃーせんよ。うんうん」

 

 そんな後ろの会話には、一切気付かなかったのでした。

 

 

 

❑─CHAPTER8(UI MASAKA)─❒

 

 

 

 沙月先生に自分の家にあるマンションまで送ってもらった後、あたしは家の前にあるコンビニに入った。

 

 ファミリーメイドのデザートといえばイチゴ粒の入ったいちごミルクは外せない。あとはやっぱりアイス。ちなみにあたしはゲソゲソくんのコーンポタージュ味が好き。

 

「E払いで!」

 

 スマホの電子決済で支払いを済ませ、スキップでコンビニを出ていく。

 

 ここら一帯は白巳津川市にしては珍しく街灯が少ないので、星が一番綺麗に見えるのだ。

 

 コンビニから出てしばらく、あたしは星を眺めた。今日一日のことを振り返りながら。

 

 まさしく激動の1日のだったと思う。アーティファクトだのなんだの、信じられないことばっかり。

 

 本当に……大丈夫なのかな。

 

 実はこう見えて、あたしは結構ビビりだったりする。それをノリと勢いでどうにかしちゃうけど、自分のペースが崩れると一気に壊れちゃうタイプ。

 

 だから、ちょっと恐い。

 

 アーティファクトなんて現実じゃ到底信じられないようなものが出てきて、歩夢やなっちゃんがどうにかなっちゃうんじゃないのか。

 

「そんなの……ヤダ」

 

 やだ。なっちゃんに沢山牛乳を飲ませておっぱいを大きくする作戦も決行できてないし、歩夢と……歩夢と……。う。

 

 セックスも、できて、ない。あ。その前に告白か。うわ〜でもあいて絶対冗談だって思うんだろうな〜。

 

「問題、山積みだなぁ」

 

 心が糖分を求めたのでイチゴオレを開封した。

 ゴキュ、ゴキュ、と音を立てて飲む。うめぇ。

 

「あたしにも、力があったら」

 

 そんなことを言って、あたしはイチゴオレを持った手を夜空に掲げる。

 

 

 

「ホシイ?」

 

「え」

 

 

 

❑─CHAPTER9(AYUMU KURAME)─❒

 

 

 

 ういや先生と別れて、ボクと奈津は家に帰っていた。お互いに寝る準備を済ませ、

 

「おやすみ、奈津」

「おやすみなさい」

 

 それぞれの寝室へ。

 ボクはベッドの上に捜査メモを広げ、改めて今日手に入れた情報についてまとめていた。

 

「といっても情報が多すぎるから、ういと作り直した方がいいな……」

 

 これまでの常識を根本からひっくり返す非常識の存在。アーティファクト。そして、結城希亜の無実。深沢与一の犯行。ボリューミーにもほどがある。

 

「けど、これで一歩、いや数歩近づいたぞ、御子」

 

『突っ走りすぎてあんたがいなくなっちゃったら、嫌だからさ』

 

 そんなのは分かってる。慎重に。かつみんなで力を合わせて。ユーザーの事件を止める。

 

「できるさ……」

 

 ボクは右手の甲を、きゅっ、と左手で握った。

 

「ボクには、もっとなにができるんだ……」

 もっと。もっと──

 

 

 

 

 

 

トゥルル。

 

 

 

 

 

 電話だ。ボクのスマホ。

 画面を表示すると──え?

 

「もしもし。

 ……ういのお母さん?」

『歩夢くんっ!

 ういのこと知らないッ?』

「え、ういならとっくに帰ってると思いますけど……」

 

 

 

『ういが……

 

 

 

   まだ帰って来てないの』

 

 

 

◢◤◢◤◢◤

 

「兄さん、ダメですよ。こんな時間に。補導されます。うい先輩のことは警察に──」

「分かってる。分かってるけど、じっとなんかしてられない……」

「またそんなこと」

「だからゴメン! すぐに帰ってくる。じゃあ!」

 

 兄さんは、ドアを開けて行ってしまいました。

 

「なにも……なんも、分かってないじゃないですか……」

 

◢◤◢◤◢◤

 

 

 

─5/22日─

 

 

 

 ボクが外に出る頃には、日付が変わっていた。月は見えない。

 

 ボクはパジャマの上に上着を来てマンションから駆け出した。

 沙月先生によればういの家のマンションすぐ下のコンビニに一人で入ったとのこと。

 

 それが最後の目撃情報。

 

 沙月先生と聡さんも探してくれているらしい。

 

「あいつ……どこほっつき歩いてんだ?」

 

 二人にも外に出ることを止められた。二人とは付き合いが長いわけでもないのに、多分様子でバレたんだろうな。

ボクってかなり分かりやすい性格なのかも。

 

「そんなこと──」

 

 どうでもいい。とにかくういの行きそうな場所。もしくは、

 

「人気の無い場所……」

 

 最悪の事態を想定して。

 

 

 

❑─CHAPTER10(UI MASAKA)─❒

 

 

 

 目を覚ますと、どうやらアパートの一室のようでした。

 体を起こす。どうやら布団の上で寝てたみたい。

 埃っぽくて汚らしい。いかにも古いアパートの一室って感じ。ドラマとかで使われてそう。

 

「どこ……ここ」

「ぼくの部屋だヨ」

 

 声の方へ視線を向けると、このリビングらしき部屋の入り口に、顔が見えないくらい長髪の男が立っているようでした。

 

「あな、あなた誰です?」

「力、ホシイんでショ?」

「はい?」

「ダカらアゲルノ、チカラ。もう、イラない。いらないんだ。こんなの勘弁だ勘弁だ勘弁だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!」

 

 やばい。

 

 本能が警鐘を鳴らしてる。

 逃げなきゃ──

 と。すかさず立ち上がろうとしたところを男が飛びかかってきた。

 

「は──ぐッ」

「ダメダ。ダメなんだ。オマエはココでぼクのチカラを引き継がなきゃダメなんだだだだめんだやっどミツけた……適合者を、ヲォォォォォ!!」

「やめっ、て……! はなっしてッ!」

 

 信じられない強さで男はあたしを押さえつけてくる。

 

「だい、たい、体液ぃ……ぃ、体液を、取り込めぇぇッ!」

「はっ、ず──んんぅぶ」

 

 男があたしの唇を無理やり奪う。無理やり舌を、唾液を、押し込んでくる。

 

「おぐ──がぶぁ、え────おぇ」

 

 息が、できない、

 ひたすら  に。

 だ   唾液  を。

 

「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ、もっど、もっど、」

「やめ……で、やめ……きゃ」

 

 男はあたしの服を無理やり脱がせようとする。必死に抵抗しようとしても、力が弱まっていたあたしには、なにも、できない。

 そのまま。

 

「どこだよぉ! マンこどぉこだよぉぉッ! ぼぐの、ぢンボ、いれ、いれなっ」

 

 そのま      ま。

 男性の   を。

 あた   し。 の。

 な      

     か

           に。

 

◢◤◢◤◢◤

 

 股を……ジンジンと痛む秘部を触ると、ぬめっとした感触があった。

 

 それが何かを想像する力もあたしには残されていなかった。

 

 ただ分かるのは。

 

「助けて、歩夢ぅ…………」

 

 ずっと、同じことを。

 言い続けていたことと。

 

 男が。

 

 

 

 

 

 

 

 ()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

トゥルル

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『もしもし!?』

「あ、歩夢? ごめん心配かけちゃって。あたしなら大丈夫だよ」

『は、え? お前、大丈夫なのか!?』

「うん」

『うんじゃないだろっ! どれだけみんなが心配したと思ってんだよ』

「うん。だから、ごめん。もうお母さんにも聡さんにも沙月先生にも伝えてあるから。ほんと、ごめん」

『お前……。わかった。どこに、いるの?』

「いやー、道に迷ってるお爺ちゃん助けてたらさ、今度はあたしが道に迷っちゃって。あはは」

『なんだそりゃ。なら連絡してよ』

「充電も切れちゃったし公衆電話も見つからなくて、半泣きだったよほんとー。今は警察の人にこっぴどく怒られながら連絡してるって感じ。お母さんもすぐ来るって。

 

 だから、ほんと大丈夫」

 

『わかった。また明日ね』

「うん……明日……ね」

 

 

 

 ブツ。

 

 

 

「明日…………かぁ」

 

 

 

「無理かもなぁ……それ」

 

 

 

「はぁ…………。ごめん」

 

 

 

 

 

「さようなら」

 

 

 

 

 

 あたしは()()()()()()()()()()()()()を、そっと、撫でた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




https://twitter.com/Yuri_to_Ika?t=yVD3CxRGlOluhopqJvtTRQ&s=09

Twitterでは本作の最新情報などを
お届けしております。
感想もお待ちしております!

よろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第2章 崩壊妄想少女の涯(蓋)

 

 

──妄想は孤独だ。

 

 

 

 夢に堕ちる圧倒的な閉鎖感。

 空想心理。

 熱烈幻想。

 

 人はそれを“寂しさ”と喩える。

 

 ワタシはソレを、

 余計なお世話と跳ね返す。

 

 ワタシは妄想を愛してる。

 

 人に悲惨と喩えられようと。

 

 無様と比喩されようと。

 

 幻想と罵られようと。

 

 ワタシは──

    ()()との世界を愛してる。

 

 きっともう、この世界も長くは無いだろうけど、あまりにも不平等なこの世界で、幸せを望む権利くらいなら、ワタシだって握っている。

 

 

 

 

世界を(/毒)で犯そうと、

ココ(/妄想)は絶対渡さない。

 

 

 

 

 

 

❑─CHAPTER11(SATUKI NARUSE)─❒

 

─5/25日─

 

 新白巳津川病院4A54番病室。天気は快晴。雲は有給取得中。最高気温は30度という真夏に片足を突っ込んだ破天荒具合である。

 今日は平日の水曜日。わたし──成瀬沙月は白泉学園に務める立派(ここ大事)な教師であり、平日(イコール)暇も許されぬブラックな日程だが、面食いの先輩教師が課題作りを手伝ってくれたおかげで、なんとまぁ夕刻の5時に仕事を終えることができたのである。

 

 んな教師の独り言はさらさらどうでもよくて、わたしが我が家兼実家に帰らずに病院にやって来ていることが重要なのである。

 

「今日は平日に来れちゃったよ。

 ……翔くん」

 

 病室のベッド──シーツに枕にサイドレール。白で統一された世界の上に横たわるのは緑の病院服を着た一人の少年。

 

 新海翔。

 

 アーティファクトユーザーの一人であり、アーティファクトを悪用した魔女をくい止めた少年。

 

 そして、力を行使し過ぎた故、眠りについた少年。

 

 あれから一週間と少し。翔くんのおかげで一番タチの悪いやつは止まったけど、まだまだアーティファクトは悪用されている。

 

「この前の話の続きだけどさ」

 

 わたしはここに来て、学校の近況について話している。勿論答えは返ってこない。

 

 そりゃあ……寂しいけど。幼馴染が返事もせずに眠ってるって、結構クルものあるよ。二十歳超えた残念お姉さんでも、さ。

 

 でもいい。

 

 病室の窓の隙間。黄金の日を浴びた風が、翔くんの前髪を優しく揺らす。それがまるで、彼が優しく頷いてくれているみたいだから。

 

 それで充分。

 死んだわけじゃあるまいし。

 

 ──もし。目覚めたら。

 

 担任教師として、とびっきりの量の課題を突きつけてやるんだから。

 

 で、困った顔を笑ってやる。

 

 ちっぽけでありきたりな未来。

 響きは良いとも。

 

「でさ──」

 

◢◤◢◤◢◤

 

「あ、そうそう。新しいユーザーの子が見つかってね。協力してもらってるんだ」

 

 それから事件のことについても少々。

 

 5月21日にデパートの倉庫でキメラ事件7、8人目の犠牲者が見つかった。

 

 飯島翔太くんという小学生。小詰大昌さんという元プロレスラー。

 

 髪の毛を全て抜き取られ、代わりに頭皮に二人の手の指と足の指がくっつけられていた。

 

 二人の首はすり替えられていた。

 

 他にも凄惨な状況だったらしいけど、流石に一般教師のわたしには知り得ない。……ていうか知りたくない。

 

 3体目の人形。

 

 傷跡や血の痕跡が無いのはこれまでと同じだった。

 

「けどね、ここで止まってるの」

 

 19日から21日にかけて、一体ずつ人形が生み出されてきた。……なのに、22日から今日にかけて、新たな被害者は出ていない。

 

 見つかってないだけ……っていう可能性も無くはないけど、わざわざ『結城希亜』と現場に書き残すような愉快犯が街の奥底に隠すような真似はしないと思う。

 

 警察も四六時中白巳津川市をパトカーでうろついているし、数日も見つからないなんて……おかしい。

 

 どんな理由があるかは分からないけど……とにかく猟奇殺人事件は止まっていた。

 

「これで終わってくれたら……まぁ、無いとは思うけど。どうしようかね、翔くん」

 

 人をバラバラ死体にして、人形みたく遊ぶような凶悪な人間が、わたし達の説得でアーティファクトの契約を破棄してくれるわけがない。

 

 強制的に破棄させようとしても、イーリスと同じ……それ以上の危険を孕んでいる。

 

「君なら、どうするのかな」

 

 カッコ悪いよね。いち大人が、高校生に縋るなんてさ。

 

 わたしも完璧な部外者ではない。アーティファクト流出の原因、大地震による神器の破損。その神器の祀られていた神社の巫女であるし、また、世界の眼を持つ成瀬家のアーティファクトユーザー。

 

 他の枝……平行世界との繋がりを持つ、常識外の人間。

 

 まったくもってその実感はしないし、だからって生活が一変することもないので、イーリスとの戦いで能力を使って以降、やっぱり名前だけなんじゃないかって思ってるけど。

 

「どうだろう。これは妄想だけど、キメラ事件の犯人は石化事件の時みたくアーティファクトの奪取が目的で、人形にされた被害者達は実はアーティファクトユーザーでした〜とかだったら」

 

 もちろん、わたしも狙われる。

 

 むしろ神器の祀られていた神社の巫女、なんて即バレ不可避だ。学校から帰ってる途中に……犯人に……狙われ、たり。

 

 正直、怖いよ。すごく。

 

「知ってるよ。君がめちゃくちゃに、途方も無いくらい傷ついて、戦って、眠りについたこと。

 だから……意地かな。休日は布団と合体していたいし、合コンとか誘われてもふつーに新刊の漫画読む方優先するくらいぐーたらなわたしでも、すんごく残念な事実として……一人の大人だからさ

 

 負けてられないんだよね、君に」

 

 座っていた椅子から立って、そっと、翔くんの頬をさする。

 

「せいぜい、努力はするさ。ぐーたらなわたしなりに、ね」

 

 病室を出る。足取りは軽い。やるべき事がある、という現実に対する気怠さは、今は何故か感じない。

 ちったぁ成長したのかもね。

 わたしも。

 

「蓮夜くん。ここまで来たなら、顔、合わせてあげなよ」

 

 病院一階のホール。その中央に並ぶソファの一つに座る赤髪の彼は、わたしの声に応じるようにして立ち上がった。

 

「先生……。私には……僕にはそんな資格は無い。彼を苦しめることに加担した。それを悪い事とも思ってはいないが、その罪は残る。

 忘れないでほしいのだが、アーティファクトユーザー探しの件は彼のためではなく私の正義のためだ」

 

 高峰蓮夜くんは、随分な長台詞の後にこっちに振り向いた。難しい顔をしてる。

 

「ここまで来たことに対する弁明は何かあるのかな?」

「道に迷った。それだけだ」

「高校三年生の嘘にしては赤点かなぁ。キミ」

 

 

 

❑─CHAPTER12(AYUMU KURAME)─❒

 

 

 

「部屋の前置いとくよ。えーと、数学と……現代文のプリントね」

「ん。ありがと、歩夢」

「別にいいけど……。体調は大丈夫なのか?」

「まぁまぁ良くなってきたかな」

 

 ういは警察に補導された件以降、部屋に閉じ籠もっている。どうやら体調が悪いらしい。

 なので、学校のプリントはボクが届けに来ている。

 ……ういの母親曰く、病院には行きたがらないらしい。熱などは無いとのことだが、母親とも顔を合わせたくないらしく、一日にほんの数回、それもトイレや食事を受け取る時しか顔を出さないという。

 

 引き籠もりというやつだ。ボクも幼馴染として、彼女がおかしくなっているという事にすぐ気がついた。ういの母親、ボク、そして奈津も原因を探っているが、未だ不明。補導された件の前までは何らおかしいところは無かったのでお手上げだ。

 

「ね、歩夢。学校で何があったか、教えてよ。歩夢の声、もっと聞きたいよ」

「う、うん」

 

 とにかく、何かコミュニケーションを。一人だけにするのは危険だ。

 

 ──ボクは学校での他愛のない話、奈津との近況、アーティファクトユーザー探しの件についてダラダラと話した。

 

「あれから……事件、起きてないんだ」

 

 ういの部屋の前。ドアを挟んで会話をする。ボクはドアに背中を預けながら、ういの母親から貰ったクッキーをつまんでいた。

 

「あぁ。死体が見つかってないだけってのも、考えにくいからな。けど、安心はしてられない。犠牲者が出ていないうちに、突き止めないと」

「もしかしたらあの人が……」

 

 ういは、ドアの向こうで小さな声でナニかを言った。

 

「ん?」

「なんでもない。犯人がとんでもない女装好きだったらチャンスだよ、歩夢」

「ボクは女装趣味なんて無い。正直この顔も……好きだ、とは思えないよ」

「あたしは歩夢の顔、好きだけど」

「…………」

 

⬜⬜⬜

 

『歩夢って女なんだろ? だったらブラジャーとかつけてこいよ』

 

──だから、ちがっ……

 

『一緒に遊ぶなんて無理だろ。お前女じゃん。力も弱いし足も遅いだろ?』

 

──ぼ、ボクも……

 

『はい。僕の牛乳飲んでよ。女の子は牛乳飲んでおっぱい大きくするんでしょ?』

 

──牛乳は苦手なんだって……

 

『クラスの男子に、女子達と一緒に帰れって言われた? 嫌だよ。だって中身は男なんでしょ? 女のマネしてパンツとか触られちゃうかもしれないし』

 

──なんで、そういう時だけ……

 

『キミィ。何年生?』

 

──えっ。

 

『ダカラ、何年生?』

 

──小学、4年、です。

 

『うん。タイプだ。ちょっとおじさんと一緒に来ない?』

 

──は、いや、嫌です……けど

 

『今のは質問じゃなくて宣言だよ。一緒に来ようね』

 

 

知らないヒト。

 ガリガリの体型。

 ヨレヨレの服。

 伸び切った髭。

 コワイ、カオ。

 

──ボク、男っですけど

 

「うーん、もっとタイプ♡」

 

 嫌いだ。

 

 ボクはボクが一番キライ。だからここで、どうなってもいいと──

 

 

 

『てめぇの──

 金玉ン色は何色だァ──ッ!』

 

 

 

 ズボッ。

 男の股が浮く。同じ男として理解する。あれはきっと、詰みだ。

 変態不審者男の金玉を玉砕したのは、眞坂ういという幼馴染だった。

 ツインテールを揺らし、走ってきたのか肩で息をして、続けた。

 

『あたしの親友を汚すなんてこの宇宙にもう1回ビッグバンが起きるまで早いよ。ホラ、この防犯ブザーが火を吹く前にどっか行けッ!』

 

 ういは、ランドセルについた防犯ブザーのストラップをキュッと力強く握った。

 男は股(金玉)を抑えながら逃げていく。

 

──うい、ボク……

 

『歩夢“ちゃん”だろうが歩夢“くん”だろうが関係無い。歩夢は歩夢。あたしの親友。親友には、もっといい顔をしていてほしいな』 

 

──いい顔?

 

『たとえば、』

 

⬜⬜⬜

 

「笑顔とかさ」

「へ?」

「いや。なんでも。ういは昔から素直だよな」

「……まぁ、ね」

「だから悩みがあるなら、ちゃちゃっと言ってよ。お前の笑顔は部屋に閉じ込めとくのはもったいない」

「はぁ……歩夢らしくないね。ちょっとカッコいいこと言っちゃってさ。歩夢は四六時中女の子の脇のことばかり考えてるはずなのに」

「いつからそんなフェチ設定が追加されたんだ」

「生協の『協』を『脇』にすると『生脇』になってなんかエロいね」

「コープが訴訟を起こしてもいいくらい失礼」

 

◢◤◢◤◢◤

 

「今日もありがと。明日も来てくれるの?」

「うん。明日なら奈津も来れるんじゃないかな。生徒会無いって言ってたし」

「そっか……。いや〜歩夢達にはでっかい借り作っちゃったなぁ。今度、ちゃんと返すよ」

「いいよ別に。友達なのに借しとか借りとか、窮屈だろ」

「体で」

「はぁ?」

「冗談だよ。ほんとありがとうね」

「ん。じゃあ」

 

 そうしてボクは部屋から離れた。ういのお母さんに挨拶をして、眞坂家を出る。

 外はもう暗くなりかけていて、月夜の出番も間近、といったところだった。

 

「ちょうどいい感じだな」

 

 スマホで時刻を確認する。17の数字。約束の時間まであと一時間。目的の場所は白巳津川駅前。

 

 ここからなら30分くらい。遅刻することはないはずだ。

 

「それにしても、新生リグ・ヴェーダって名前はやめてほしいよなぁ」

 

◢◤◢◤◢◤

 

 5月中旬を過ぎた。

 昨日、一昨日と雨が続き、梅雨の到来を予感させる天候。

 

 ジメジメとした空気、地球のニキビのように、ポツポツと点在する水溜まり。

 

 ──以上のような光景から一転し、曇天様も束の間の休息を得て、本日は雲一つなくお月様の独壇場である。

 

 夕日の出しゃばる白巳津川市。月光の出番までもう少し。白泉学園から北西に進んだ所。白巳津川駅を中心に栄えるビル群は、ボクらを星空から遠ざける眩しさだ。

 

 時刻は18時前。改札口は帰宅ラッシュの渦中であり、耳にイヤホンをして外界から現実を遮断し、足早に家を目指すサラリーマン達の荒波だ。

 

 そんな人盛りの中、時間通りにメンバーは揃った。

 

 ボク。蓮夜。柊。

 高校3年生メンバー。

 

 奈津。沙月先生。

 1年生&教師の女性メンバー。

 

 以上の5名と、

 

「集まったわね」

 

 ぬいぐるみが1匹。

 

「なぁソフィさん、あんた、ほんとに見えてないの? 周りの人に」

「もちろんよ。認識透過のアーティファクトを使用しているわ。あなた達はアーティファクトユーザーであり、アーティファクトに耐性を持っているが故に、私を視覚できるの」

「なるほど」

 

 ユーザーはアーティファクトに多少の耐性を持つ。貴重な情報だ。

 

「ふむ。それでは有志は集ったというわけだ……。では行こうか。我らの作戦会議の場所へ」

 

 渋い声で蓮夜が言う。

 

「ただのカラオケじゃないですか」

「…………ウン」

 

 奈津と柊が正論を突きつける。

 しかし流石というか、蓮夜も蓮夜でそんなガヤは聞いておらず、既に目的地へと歩み始めている。大股で。

 

「ピクニックに来た子供みたいだな」

「兄さんは人盛りではぐれた迷子みたいですね」

 

 研いだまち針みたいな発言にお兄ちゃんは涙。

 

◢◤◢◤◢◤

 

 白巳津川駅周辺には娯楽施設が多い。ショッピングは勿論、ラウンドツーや広場など、憩いの場としては完璧といえる。

 

 ボク達はカラオケ缶にやって来ていた。5階建てのかなり大きなカラオケ店であり、カラオケ単体を楽しむならラウンドツーよりもお得な学生御用達の場所。

 

 別段特別な施設でも無いし、来ようと思えばいつでも来れる場所ではあるのだが──

 

「カラオケ……友人達と、カラ、オケ……だと。歩夢、これは夢ではあるまいな?」

「リアルオブ現実ですけど」

「では柊。幻ではあるまいな?」

「…………ゲンジツ、オブ、リアル」

「私は友人とカラオケに来ることに憧れていたのだよ」

 

 蓮夜はその性格上、クラスにはあまり友達が居ないらしい。いやまぁ、こうして付き合ってみると、悪いやつでは無いんだけど……どーもクセが強すぎる。

 

「…………おれも」

「柊もか?」

「…………ウマレテ、ハジメテダ。…………キョウヲ、キネンビニスル」

「ごにょごにょ何言ってるか分からんけど、うん、大体わかった。嬉しいんだな」

 

 コクっと頷く柊。彼も彼で大人しい性格で、話せば可愛い性格をしているのだが……。コミュニケーション能力にちょっち問題あり。

 

「時間はどうする? やはり5人なのだからフリータイムかぁ? ドリンクバーにはアイスクリームも付けるのかァ?」

「私達は高校生。午後11時を過ぎてしまっては補導されてしまいます。うい先輩みたいに。なので帰る時間は遅くても9時とすると……3時間。フリータイムの方が安いですね」

「おぉ、確かに。さすが奈津」

「出掛ける場所の予算くらい調べるのが高校生としてフツーなんじゃないんですか?」

「ぐうもぱあも出ないっすね」

「ちょきはでるんだね」

 

 なんだかくだらないことを言ってる沙月先生。もち、ボクも同類。

 

「あと蓮夜先輩。ソフトクリームはつけません。無駄金です」

「なにっ。ソフトクリームが……無駄、だと。蔵芽奈津君。キミは理解していないようだ、ソフトクリームという人間の叡智にしてデザート界の──」

「受付の番、来たみたいよ。行きましょう」

 

 ソフィーティアに会話をぶった斬られたことにより、結局ソフトクリームの件は白紙に。

 

「まぁなんだ。蓮夜。ドリンクバー、楽しもうよ」 

 

 ポンポンと肩を叩く。

 

「おぉ……。それもまた、夢だったのだ……」

「えぇ……」

 

◢◤◢◤◢◤

 

「見ろ歩夢。ドリンクバーの飲み物を全部混ぜてきたぞ」

「おう」

「コーヒーもなぁ」

「おう」

「砂糖も……入れてやった」

「うん」

「終焉の色をしている……」

「おお」

「味は……」

「…………」

「…………」

「…………」

「まずい」

「そっかぁ」

 

 405号室。ファミリールームに指定されたボク達は、それぞれソファに座りつつ、各々ドリンクバーで入れてきた飲み物で喉を潤していたのだが、この高校3年生は何か人生のやりたいことリストを必死に埋めている。

 

 止めるのも可哀想なので、生暖かい目で見ていてあげることにする。

 

「迷惑なのでやめてください」

 

 至極真っ当な論を放つ奈津。

 

「占領していたわけではない。人が来たらその度に並び直していたさ」

「いやそういうことじゃなく」

「そうか……奈津君も飲みたいのか」

「曲解すぎて折れてます」

「ねぇねぇ、お酒飲んでもいいかな?」

「教師が生徒とカラオケに来ているのも問題事に近いのに、そんなことしたらオワリですいろいろと」

「うぅ……」

「…………ナツチャン、トイレッテ……」

「部屋を出て通路を進んで、突き当りの右です」

「…………ア、アリガトウ」

 

 と。ボクの肩の辺りに、ソフィーティアがやって来た。いつ見てもちょっと心臓がキュッとなる見た目。

 

「あなたの妹……アーティファクトに興味を抱かなかった件もそうだけれど、中々肝が据わっているのね」

「肝が、というか、オカン気質というか。昔から──ボクも御子も怠け癖があったから、あいつが母さん役みたいに気張ってくれたんだ」

「そうなの」

 

 ソフィーティア──このぬいぐるみはその顔に一切の感情を表さない。

 せいぜい色が時々変わるくらいだけど、その基準も分からない。

 彼女(一応女性らしい)の声は異世界人らしく何処か神秘的だけれど、声色で感情が汲み取れるのは、どの世界でも同じなのかもしれない。

 

「思ったんだけど」

「何かしら」

「達観したような喋り方をするんだね」

「…………」

 

 アーティファクトを回収する命を受けた過去、現在があること。それによる責任。哀しさも忘れる機械的。

 

「そうね」

 

 彼女と出会って数日のボクには、アーティファクトが人殺しに利用される心境なんて、浅い想像しかできない。

 

「でも信じているわ。あなた達を」

 

 今はその言葉だけで充分だった。

 

◢◤◢◤◢◤

 

「先陣をきって歌わせてもらおうか……。それでは皆、まずは1曲目──」

 

 カラオケルームのモニターに映し出される曲名は、どうやら有名なゲームのオープニングらしい。

 

 誠に残念なことに、ボク達の中にゲーム・アニメ好きはいないので、口を開けるしかない。

 

「蓮夜、」

「任せておけ。こう見えてミックスボイスは得意だ」

「あぁいやそういうことじゃなく」

「合いの手は頼んだ。──では」

「…………。うん、まかせろ」

 実際、ここに来た目的はユーザー探しの情報交換なのだが、楽しんでいる彼を責めることもできまい。

 

「『まるで夢みたい──』」

 

 ──それからは、ひたすらにゲームソング、アニメソングを熱唱する彼と、合いの手を入れる4人という光景が続いた。(こういう時にちゃんと乗ってあげる奈津の優しさは、ちょっとよく分からない。)

 

◢◤◢◤◢◤

 

「そろそろ本題に入りましょうか」

 

 かれこれ1時間ほど皆で歌った後(ほとんど蓮夜だけど)、ソフィーティアの一言により、本来の目的に戻った。

 

 アーティファクトと呼ばれる超常能力。

 それらを行使するアーティファクトユーザー。

 

 ソフィーティアは異世界でアーティファクトを管理する団体のリーダーらしい。

 

 今回はお互いの能力を見せ合おう、とのことだった。

 

「ていっても……ボクはまだ使い方が分からないんだよな」

「アーティファクトと契約を結んだ際に、能力の使用方法はイメージとして伝わるはずだけれど……。

 歩夢の場合は、その能力の特異性と相まって、何かバグのようなものが起きているのかしら?」

「それって前例ってあるの?」

「あるにはあるわね。新海翔も似たようなパターンだったけれど、ちょっと違うかしら。彼は世界の眼の使い手だったから」

 

 新海翔。アーティファクト騒動の黒幕にして、石化事件の犯人・深沢与一を唆した張本人──イーリスの野望を止めた英雄……的なやつ。

 

「世界の眼って……。確か沙月先生も?」

 

 沙月先生の方を見やる。先生は「うん」と頷いてから、目を瞑った。

 

 何かを念じるようにすると、先生の額にスティグマが浮かび上がった。

 

聖痕(スティグマ)、か。やはり、歪で、それでいて美しいカタチをしているな」

 

 感傷に浸るように蓮夜が言う。多分意味深なようでカッコつけただけ。

 

「他の枝との繋がりを得られるらしいけど、実際使い所がよく分かんないんだよね。ぶっちゃけ捜査とかバトル方面では意味ないと思うよ」

「強大な力ではあるけれど……唯一の存在にして説明も利用方法も難しいのよね。アーティファクトユーザーを捕らえるのには向いていないわ」

 

 枝──無数に広がると言われる平行世界の仮称。世界の眼はそれら全てを観測できる、という。

 よく分からないけど、今はそれが正解なのかも。

 

「翔くんと先生の話は一旦区切るとして、ソフィーティアは何か能力を持ってんのか?」

「私は透過の能力と、沙月と同じ世界の眼よ。だから、これまでの翔の戦いを知っている。記憶ではなく、あくまでも観測によって得られた情報として、ね」

「なるほど。じゃあ蓮夜は?」

 

 と、蓮夜に話を振ると、座っていたソファからスッと徐ろに立ち上がり、額に右手をあて、なんか……またカッコつけてますね。ええ。

 

「切断、だ」

「せつだん……ねぇ。具体的に頼む」

「良かろう。柊、ナプキンを」

「…………ウン」

 

 柊からカラオケに常備されているナプキンを一枚受け取ると、それをボクら全員に見えるように掲げた。

 

「断て、闇鴉(ヤミカラス)

 

 と。

 一秒にも満たない時を得て、ナプキンは横一文字に分かたれた。

 

「これが、切断の能力……」

「そうだ。物体はもちろん、意識すらも断つ至高の(つるぎ)。どうだ、私に相応しいと思わないか?」

「それはよく分からないですけど。相手を捕える時には、重宝しそうですね。意識も断てるなら、比較的穏便に事を済ませられる」

 

 蓮夜の中二病タイムをばっさりと斬り捨てて、現実的な論を展開する奈津さん。恐れ入る。

 

「話し合いが一番だとは思うけど、向こうも……特に殺人犯に関しては、鉢合わせることそのものが危険だからな。と考えれば……めちゃくちゃ頼りになるな、蓮夜」

「そう褒めるな……頬が焼ける」

 

 素直に照れるって言えばいいのに。

 

「実戦で使用したこともある彼なら、今後の局面においても頼りになるわね。

 

 次は柊。みんなに説明してもらえるかしら?」

 

 宙に浮くぬいぐるみことソフィーティアは、大きな目で彼に視線を送る。

 

 蓮夜が座ると同時に、ゆっくりと柊は立ち上がった。目が泳ぎに泳いでいて、今にも溺れそうだった。

 

「…………オ、おれの、ノウリョク……は、は、束縛」

「束縛?」

 

 なんか切断とは別ベクトルで怖い単語が聞こえたけど。

 

「…………ソウ。チョット、アユムクン…………タッテ?」

「ん? いいけど」

 

 言われた通りに立ち上がる。

 

「……、…………オレノメ、見てて」

 

 さらに言われた通りに、彼の眼を見つめる。蓮夜のような詠唱はなく、流れるように能力は行使された。

 

 両の目を瞑る彼。

 

 左瞼に灯るスティグマ。

 

 やがて開かれた右目は、先程までの綺麗な蒼の瞳ではなく、桜色の瞳が輝いている。

 

 螺旋のように渦を巻く魔眼の(イシ)

 

 その先に()()ボクは、一瞬にしてその虜となった。

 

「あ、……?」

「この、ノウリョク……を、ツカワレタ、ヒトハネ。ウゴケナク……ナルンダ」

 

 束縛。凄い力だ。一歩と動けやしないし、視界もぼやけてきたし、意識も虚ろだ。

 

 ぐるぐる。ぐるぐるぐる、と。アタマが、オカシクなる。

 

「あ……ご、ゴメンネ。トク、ネ」

 

 桜色の瞳が瞼によって遮断されると同時に、ボクは開放された。

 

「す、凄いな……。ほんとに動けなかった」

「私も初めてこの目にしたが……。凄まじい。リグ・ヴェーダの一員として素晴らしい能力だな」

「それはよく分からないですけど。蓮夜先輩同じく、相手を傷つけずに捕らえるのにはうってつけですね。束縛の能力による撹乱と捕獲。切断の能力による意識の遮断と……或いは、拷問」

「おい、奈津」

「冗談ですよ」

「お前の場合はそう聞こえないかな」

「私の能力は、不用意に傷つけるのには使用しない。悪いが、これが私の私に課したルールだ」

「殺人犯でも?」

 

 少し強気な口調で奈津が言った。蓮夜はそんな彼女の瞳に、真剣な目つきで応えた。

 

「あぁ」

「……壮大な空想を振り撒く割には、優しいんですね」

「この傲慢さを優しさと喩える君も、同じくだ」

 

 話にケリがついたのかよく分からないけど、あまり良い空気には思えなかったので、また話題を変えることにする。

 

「じゃあ、奈津は?」

「この前にも言った通り、譲渡です。例えば、まず、私の肩を思いっきり叩きます」

 

 言って、奈津は自分の方をパシンッと音が鳴るくらいの勢いで叩いた。

 

「そして──譲渡」

 

 瞬間。奈津を襲ったはずの肩を叩いた衝撃、痛覚が、ボクの肩に。

 

「いたっ。て、え? 今誰か叩いた?」

「私です。触れてはいませんがね」

「なるほど……。痛み、つまりは感覚を譲渡することができるってことね。物体はできないの?」

「私が行使できるのは体の内にあるモノだけです。道具を転移させることはできません。それに範囲も、私の視界内に在るものだけです」

「ふん……。陽動作戦、などには使えるかもしれんな。状況次第ではあるが」

「それはよく分か……あ、まとも」

「上下関係に厳しい性格ではないが、君、私に厳しすぎないか?」

「お兄ちゃんの顔が見てみたいな」

 

 とぼける。

 

「…………アユムクン」

 

 つっこむ。

 

◢◤◢◤◢◤

 

 それぞれの能力についてはまとまったので、撤収する前に、白巳津川市内での事件について気になることを、再度ピックアップしていた。

 

 やはり議題に上がったのはキメラ事件の犯行が止まっていること。

 

 そして。ようやく見つかった犯人への手がかり。

 

 3体目の人形が見つかった白巳津川のデパート、『白巳津川れれぽーと』の監視カメラが、被害者と犯人の姿を捉えたのだ。

 

「コートを着た女性……ってニュースにあったよね。あと新聞にも。ほら、全部おんなじ内容」

 

 沙月先生の神社では色んな新聞社の新聞を取っているらしく、『旭新聞』、『毎朝新聞』の2つを部屋の机に広げてくれた。

 

「フードを深く被っていて顔は見えてなかったらしいけど」

 

 依然として犯人の素性は掴めていないが、今までは雲の存在だった犯人が、ようやく摑めるところまで来たという感じだ。

 

 春も抜けきる5月のこの時期に黒フード……。なんとも“それっぽい”怪しさだ。現場に残されたメッセージといい、なんだかありきたりすぎる気もするけど。

 

「テレビでもかなり取り上げられていますから、同じ格好で彷徨いている……とはあまり考えられないですね。

 愉快犯であり、殺人を見せつけるのが趣味だと言っても、身を隠している以上、警察に捕まるのは避けたいでしょうから」

 

 新聞の記事──特にウチで取っていない『毎朝新聞』の方をじっと眺めながら、奈津は言った。

 

 防犯カメラが捉えたのは夕方頃のデパート内の通路、その一箇所のみ。

 

 活動時間は推測できないけど、気をつけるに越したことはない。

 

「とにかく気をつけましょう。なるべく一人で行動することが無いように、ね」

 

 以上でソフィーティアが話を締めようとしたところで、「あ、ちょっと」と沙月先生が手を上げた。

 

「事件に関係があるかは分からないんだけど、一応、報告しておくね。

 

 ──奈津ちゃんも生徒会で聞いたんじゃないかな」

 

 新聞の記事を睨みながら考え込んでいたようだった奈津は、先生に名を呼ばれると、ハッとした表情で言った。

 

「もしかして……『()()()()()()』……のことですか?」

 

「「貴島京子の会?」」

 

 ボクと蓮夜が同時に声を上げた。

 が、すぐに気づく。

 

「貴島京子って、たしかキメラ事件の被害者の……」

 

 貴島京子。キメラ事件の2体目の人形となってしまった6人目の被害者。

 白泉学園の3年生だったはずだ。

 

「そう。貴島京子さん。その同じクラスの子達──女子グループの子がね、昼休みの校内放送で、とあるCDを流させてくれって言うの」

「ふむ。そのCDに何か問題が?」

「でね。音楽とかなら全然オッケーなんだけどさ、彼女達が持ってきたのが……貴島京子さんの“声”なの」

 

「「声?」」

 

 またまたボクと蓮夜が同時に声を上げた。

 先生とバトンタッチするように、今度は奈津が説明を始める。

 

「ええ。声です。貴島京子の生前の声を収録したCDです。

 私は実際に聞いてないですけど、声といっても台本のある台詞、とかではなく、彼女の普通の生活時の声を録音したものらしいです」

 

「いやなんでそんなの録ってるの」

「私に聞かないでください」

「ほらー。なんていうかさー、そういうのをお昼の放送で流しちゃうのはちょっとねってことで止めたんだけど。

 ほら見て。変わりにこんなチラシもらっちゃったぁ」

 

 沙月先生はバッグから一枚のチラシを取り出した。A4サイズとソレには、大きな横文字かつ筆文字で、『貴島京子の会』と書いてある。

 

「『宇宙の元に命は等価値。星より眩いこの命。貴方の参加を待っています。説明会はこちらから』……と。死者を想うのは良いことなのかもしれないけど……ちょっとこれはやりすきじゃあ」

 

 達筆な文字で書かれている。チラシの中央には貴島京子の顔写真。言い方悪いかもしれないけど、宗教勧誘みたいだ。

 

「だよねぇ。被害者っていう点以外ではキメラ事件と関わり無さそうだけど──」

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ソフィーティアが割って入る。

 

「キメラ事件の犯人との関連性は薄くても、調べてみる価値はありそうね」

「なら、キメラ事件については引き続き調べつつ、こっちの『貴島京子の会』についても調べてみようか」

 

「……ァ、あの、サ」

 

「柊? なんか『貴島京子の会』について知ってることある?」

 

 

 

「ソレ……さ。()()()()()

 

 

 

❑─CHAPTER13(UI MASAKA)─❒

 

 

 

 たぶん、というか絶対的な話。

 あたしは、歩夢のことが好きなんじゃないかな。

 

 ぶっちゃけ、ラブコメは好きじゃない。

 

 決められたレールは脱線したい性格。恋とかなんだとかじゃなくて、乙女だハニーだとかじゃなくて、もっとこう、かくれんぼの最高スニーキングタイムとか、昨日のオナニーのおかずとか、……と思ったら味噌汁のおかずとか、そんな話をしていたいのだ。

 

 だけどさ。人間に標準装備されている“心”とかいう麻薬は、同じく人間に標準装備された脳味噌が操縦桿を握っているわけじゃない。

 

 あやふやでぐちゃぐちゃ。

 ふわふわでピュアトロ。

 想像以上に詩人的。

 理想以上にお馬鹿さん。

 

 結局そんなとこ。

 

 煩悩まみれの一般人第うん億番のあたしは、結局誰かを好きということにいつか気づく。

 

 その“誰か”が彼。

 

 “いつか”が数日前。

 

 いや──もっと前かも。

 

 目を逸らしていただけで、本当はずっとずっと前から、それこそ幼馴染として触れ合うようになったあの日から、一目惚れとかいうロマンティックど真ん中だったり。

 

 なんだか訳わかんねーことを一生ぶんくらい喋った気がするので、要約する。

 

 あたしは歩夢のことが好き。

 

「はぁ……ンッ」

 

 1と1が2を求めるように。

 あたしは、好きな人のことを想って、オナニーをしていた。

 手で擦るたびに、グチュグチュグチュと淫靡な音を立てるあたしの秘部。クリトリスを抓って、痛みと、それに伴う快感をただひたすらに求めていた。

 

 歩夢の肉棒があたしに入っていることを妄想して、ひたすら、ひたすら、ひたすら──

 

 気持ちいい。

 ひどい。

 気持ちいい。

 酷い。

 気持ちいい。

 非道い。

 

 こんなの最低だ。自分でも分かってる。好きな人を想って股を擦って何になる?

 これを歩夢が見てたらどう思う?

 当然。嫌われる。

 離れていく。

 話せなくなる。

 罪悪感。自己嫌悪。

 それがレシピ。

 

 あぁ──ほんと。

 人間ってうまくできてる。

 

 人生の中で一番気持ちのいいことが、クソッタレな2つの調味料でデキているなんて。

 

「イッ────」

 

 ベッドがギシギシと揺れた音がして、脱力。はぁ、はぁ、と乱れた息。

 

「明日こそは、学校、行かなきゃ」

 

 …………。アーティファクト。

 歩夢が追う事件の手掛かり。

 歩夢も奈津ちゃんも、この前のナインボールで会った人達とみんな持ってる特殊なチカラ。

 あの時は──ちょっと憧れていた。ちょっとね。

 

「…………」

 

 今は、呪いだと思ってる。能力について考えるだけで、あの男がちらつく。

 

『白巳津川市内のアパートにて40代後半の男性が首を吊った状態で発見される』

 

 この前歩夢が、事件と関連性があるかもとか話してくれた。でも、事件について触れられているのは男の自殺だけで、あたしについてはノータッチ。

 

 正直どうやってあの部屋に連れてこられたのか、どうやって逃げたのか覚えてない。

 

 ほんの微かに記憶があるとすれば、逃げ出す途中で、()()()()のようなものを聞いた気がする。

 

 見た目は…………。

 

 歩夢みたいにニット帽を被ってたようなそうでもないような。

 

 それも含めて明日、話そう。前を見なきゃ。進まなきゃ。

 

「強欲の、アーティファクト」

 

 男に犯されて、アーティファクトと契約をした時、このチカラの正体を知った。

 

「んの前にもう一回、シますか」

 

 そう、進むんだ。歩夢に会って、全部話して、歩夢に会って、お見舞いの事お礼言って、歩夢に会って、歩夢に会って、歩夢に会って、歩夢に会って、歩夢に会って、歩夢に会って、歩夢に会って、歩夢に会って、歩夢に会って、歩夢に会って、歩夢に会って、歩夢に会って、歩夢に会って、歩夢に会って、歩夢に会って、歩夢に会って、歩夢に会って、歩夢に会って、歩夢に会って、歩夢に会って、

 

 

 

どぉしよっかなぁ。

 

 

 

❑─CHAPTER14(NATU KURAME)─❒

 

─5/26日─

 

「おはよっ、ふたりとも」

 

 朝。私と兄さんがマンションを出ると、うい先輩の姿があった。部屋に籠もっていた時の暗い雰囲気は無くて、いつも通りの明るい先輩だ。

 

「おはよう。もう大丈夫なのか?」

 

 兄さんが問う。もっと聞きたいことはあるだろうけど、当たり障りの無い会話をしている。

 

「お母さんから電話来てたでしょ。もーだいじょうび。トラックが突っ込んできてもぶっ飛ばせちゃうくらい元気もっちりよ」

「食感なのか……」

「うい先輩、無理はしないでくださいね」

「もちもち」

 

 家に籠もった理由って餅を喉につまらせたから……とかじゃないですよね。

 

「ほら行こっ。今日から勉強も事件捜査もギア上げなきゃねっ!」

 

 右手で青空を指さし、左手で兄さんの手を引いて駆け出すうい先輩。本当に、逆に心配になるくらいのハイテンションだ。

 

 そう。手を引いて……。

 

「ちょちょちょ、引っ張るなって」

「手ぇ繋いでいこうよ。学校まで」

「いいけど、なんていうかっ」

「嫌なの? てかなに、歩夢さんは幼馴染にナニか勘違いしちゃってるわけぇ?」

「そ、それは断じて否だけど」

「ほんとかな。ま、行こ。なっちゃんもボーッとしてないでさ。ね?」

「は、はい」

 

 なんだろう。兄さんの手を引いて、私の先を行くうい先輩。その振り向き顔。その、瞳。どこか黒い渦を巻いたような、どこか、狂気を閉じ込めたような。

 

 ──こわい。

 理由も理屈も無いけれど。

 

 このうい先輩は、やだ。

 

 

 

 ……そんな私の心配は……どうしてか、こういった不穏な予感は、的中してしまうのが世の常なもので。

 

◢◤◢◤◢◤

 

 4時限目の授業が終わり、白泉学園に昼休みの開始を知らせるチャイムが鳴った。

 

 空腹との別れに胸を踊らせる者、別クラスの友人との再会に目を輝かける者。

 

 選り取り見取りの青春模様を横目に、私は学校の屋上へと向かっていた。

 

 うい先輩に呼び出されたのだ。

 

 屋上へと続く扉を前に、私は息を呑む。

 

 何てことはない。

 

 ただの仲の良い先輩じゃないか。年上だけど、幼馴染じゃないか。数日間会えなくて、寂しかったはず……です。

 

 なにを、そんな。

 

 ガチャン。

 扉を開ける。

 強めの風が私の前髪を揺らす。

 

 数歩。屋上に出ると、鉄柵につかまり、足を乗せている先輩がいました。昨日から続く青空と、風に流されていく雲の波を、じっと眺めています。

 

 いつもは下品で鼓膜を揺らす声量の破天荒な先輩たけど、その横顔は──ただ、綺麗でした。

 

「先輩?」

 

 声をかけると、先輩はハッとした顔をしてから笑顔でこちらに向いた。

 

「来たね、なっちゃん。ごめんね、生徒会とかは大丈夫?」

「今日は特に集まりとかは無いので。ここでご飯食べてもいいですか?」

「風強いけどだいじょぶそ?」

「おにぎりなので」

 

 先輩の隣に並ぶ。先輩と同じように鉄柵に手をかけつつ、足を乗っける。下を見下ろすと、中庭が一望できる。ベンチでご飯を食べる生徒。談笑しながら歩く生徒。当たり前の日常。

 

 包みを解いて、自分で握ったおにぎりにかぶりつく。今日の具は梅干しと鮭。あ……そういえばこれで梅干しが在庫切れだ。帰りに買わなきゃ。

 

「先輩も一個どうぞ」

「ううん。あたし、ちょっと食欲なくて。気持ちだけいただきます」

「…………」

 

 暫く何も食べていなかったのか、うい先輩は痩せたように見える。

 先輩は牛丼屋で並盛を頼む人間を弱者と貶し、おっぱいを大きくするためと言って一日5食べているような人間でした。

 

 やっぱり、心配です。

 

「なっちゃんはさ」

 

 うい先輩は私と同じように、中庭を見下ろしながら言った。

 

「歩夢のことどう思ってるの?」

 

 あまりにもラブコメすぎる質問でした。

 

「兄さんは兄さんです」

「好きになったりしないの?」

 

 おかしな質問でした。

 

「なりません。兄さんは兄さん。私の兄。私の家族。それ以上になることもなければ、それ以下になることもありません」

「本当に?」

「しつこいで、」

 

 言葉に詰まる。なぜならうい先輩の顔が、視線が、こちらを貫くような真剣な表情と鋭さだったから。

 

「本当に、なの」

 

 一歩。先輩が詰めてくる。私だけを見つめていて、もはや世界に私しかいないようにこちらを眺めていて。

 

「だってなっちゃんは──」

「やめてください」

 

 私は動かない。私は睨み返さない。変わりに地面を見つめて、続ける。

 

「たとえうい先輩だとしても、それ以上先を言ったら、許しません」

「……そっか。うん。そだよね。ごめん。あたしが軽率だった」

「分かってくれれば……いいんです。でも、前のうい先輩ならこんなこと、こんな話題を振ったりしなかった。

 先輩。話してください。どうして家に引きこもったのか、なにがあったのか」

「…………」

 

 先輩は目を閉じて、黙ってしまった。何か考えているようだ。迷っているみたいでした。

 

「先輩」

「話すよ。ぜんぶ。大切な話が、あるから。みんなの前でちゃんと話す。うん。ありがと、なっちゃん。やっぱりなっちゃんはしっかりしてるね」

 

「それなら……良かっ「でも」

 

 被せるように言ったかと思えば、うい先輩は私の腕を掴んで、ぐっと体を引き寄せた。

 

 先輩と体がぴたりとくっついて、先輩の顔が、勢いよくこちらに近づいて。

 

 口が──

 

「んぐっ!?」

 

 うい先輩の唇が私の唇に触れる感触。うい先輩の舌が私の舌に触れる感触。

 

「ん──ぶッぁ」

「んは、ぁ。お、具は梅干しだね。なっちゃん」

「な、なんっ、な、」

「だいじょーぶ。女の子同士のキスはノーカンだからさ」

 

 唇をハンカチで拭きながら、先輩から一歩引いた。

 

「そういうことじゃないです。なんでこんなこと」

「覚悟だよ覚悟。あたしはね、なっちゃん。歩夢が好きなんだ、たぶん。いや、きっと」

 

 寝耳に水をぶっかけられた上にさらにお酢をぶっかけられた気分でした。

 

「兄さんを……? 薄々、気づいてましたけど。覚悟って、まさかこんなキスを兄さんにするつもりですか」

「どうだろうねぇ」

 

 この世で最も恐ろしいと思った疑問形でした。うい先輩と兄さんは昔から仲良しだったし、予想できなくもなかったのですが……。

 

 いざこうしてはっきりと告げられると、クルものがありました。

 

 いや、それ以上に──

 

「こう見えて、色々考えて、色々悩んでたんだよ? 将来設計とかさ。遊んでるだけじゃ生きてけないし。遊んでるだけじゃ進まないし」

「しょうらいせっけい」

 

 ○ッキーがドラえもんの真似をするみたいな超違和感。

 

「でも、悩んでても仕方ないなって。やっぱあたしはあたし。あたしにできることをする。欲張りのままで生きる。そう決めたんだ」

「人に迷惑だけは、かけないでくださいね」

「私と歩夢が付き合って邪魔になるのは、なっちゃんだけでしょ」

「邪魔では、ないですけど。家がうるさくなるのは嫌ですけど」

「見えてるよ。

 ()()()()()()()()()()()

 何を望んで、ナニを求めているのか、ね」

「はい……? 先輩の言っている意味がよく分からないです」

「とにかく、本当になっちゃんの兄貴とっちゃうからね。あとやっぱおにぎりちょーだい」

 

 ひょいと私のおにぎり(鮭)を取って、屋上を出ていってしまう先輩。

 

「話はそんくらい。ほんとありがとね、なっちゃん。

 

 

 

 ほんと──後悔しないようにね」

 

 

 

 そう言い残して、うい先輩は行ってしまった。バタン、と扉の閉まる音が幾度も頭の中に響く感覚。

 

 

 

「先輩、あなたは」

 

 

 

❑─CHAPTER15(NAKIRI KUDOU)─❒

 

 

 

 キュピ。

 

「……いやはや、どっからジョーカーが出てくるか分からんねぇ」

 

 イヤホンを耳から外しながら、お姉さんが何か言いました。

 わたしはそんな彼女に首を傾げて、「どうしたんですか?」と問います。

 するとお姉さんは妖艶な微笑みを見せて、「なーいしょ」と言いました。えっちです。

 

「その……なんでらたしに声をかけたんですか? どこからどう見てもつまらない人間なのですけど」

 

 白巳津川市白巳津川駅から徒歩数分。白巳津川マークタワーと呼ばれる、この学園都市の目印となる超高層ビル──その1階。

 レストランホールの喫茶店の端の4人席の窓際。わたしはちょこんと座っています。眼の前には、セーラー服のお姉さん。

 

「平日の昼間っから制服でパパ活してる女の子がつまらないっていうのなら、総理大臣がすっぽんぽんになって地球の終わりを知らせても笑えねぇ世間になっちまうさぁね。だいじょーぶ。面白いよちみ。マッキィの目に狂いは無い」

 

 パパ活……? お父さん達のことでしょうか。よく、わからないです。

 困惑していますが、こういう時は深呼吸をして、いつものペースを取り戻すことが大事です。4人目のお父さんが言ってました。

 

「らたしは……工藤百鬼といいます。お姉さんのお名前、聞いてもいいですか」

 

 お名前を聞くことは大事。相手を知ることは大事。これも先人ならぬ先父の知恵。

 

「んーーー。そうねぇ。君は面白いしキャワウィウィから教えたげる。日角(ひずみ)マキ。それがマッキィん名前。マッキィって呼んでね」

「あの……マキさんでもいいですか。距離、近すぎる気もするので」

「うむぅ。ま、よろし。()()()()()()()()()()()だろうし」

「そうですね。きっと、()()()()()()()()()()から。お姉さんのこと」

「…………」

「…………」

「…………ぷ。くふふ……君、君さぁ。うん。いいね。すんごくいい。ちょっと話したらビスク・ドールにでもしようと思ってたけど、ナシナシ。遊ぶことにした!」

「はぁ……。別にいいですけど。昨日は沢山貰えたので、お金も沢山あるので」

「決まりッ。今日はたっくさん遊ぼッッ」

 

 ダンッと机に手をついては体を乗り出し、わたしにぐっと顔を近づけるお姉さん。眩しい笑顔です。ちょっとこわい。

 

「あの……ちなみに、お姉さん、仕事はなにされているんですか?」

 

 これはお父さん達によく使う話題の転換です。困ったらコレ……と、『わたしノベル』に書いてありました。

 

「しごと? しごとしごと……。

 

 うーん。あー。

 

 そうだね。強いて言うなら──

 

 

 

 殺人鬼?」

 

 

 

 ■……今思えば。どうしてどのお父さんも、“知らない人にはついていくな”と教えてくれなかったのか、と不思議に思いました。

 

 

 

❑─CHAPTER16(SHU TOGURUMA)─❒

 

 

 

 おれにとっては、こんなの……こんな光景、はじめてだった。

 机をくっつけて、みんなと、一緒に、お昼ごはん……なんて。なんて!

 

 白泉学園、3学年の一番奥の教室。3年Iクラス、その隅の席、つまりはおれの席に、歩夢くんと蓮夜くんが来てくれていた。もう一回言うけどみんなでご飯を食べているんだ。すごいね。凄いでしょ?

 

「こ、こういう時、一発芸とかした方がいいのかな」

「なにその関係……。会社の社長と新入社員じゃあるまいし、普通にしてれば……ってちょっと待って。今なんかすんごく普通に喋ってなかった?」

 

 歩夢くんはとても不思議そうに、目を白黒させておれのことを見つめてくる。もしかして好きなのかな。いや、嫌いなのかな。あ、嫌いだったらおれのことなんて無視してるか。

 

「えっとね、なんていうか、あのキャラ……みんな飽きたかなって」

 

「「キャラ……?」」

 

 会話をしていた歩夢くんだけじゃなく、黙々とサンドイッチを食べていた蓮夜くんまで反応してくれた。うれしい……嬉しい!

 

「待て。柊。ということはつまり……今まで己の創作したキャラクターを演じていた……ということか?」

「流石だよ蓮夜くん。理解力が高いよ。東大受かっちゃうよ。いやむしろもう蓮夜くんが東大だよ」

 

「…………」

「…………」

 

 あれ……蓮夜くんも歩夢くんも完全に引いちゃってるよ……?

 ば、挽回。撤回。い、イメージを良くしなきゃ。

 

「その……キャラを演じないと、おれみたいな何も無い人間に誰も振り向いてくれないから……ね。

 だから、声が小さいっていうキャラを演じていたんだけど、周りに迷惑をかけてるってソフィーティアさんに怒られたから……普通に戻ることにしたんだ。それに、彼女のこともあるし」

 

「別にキャラとかどうでもいいんじゃないか。疲れるだけだろ、そういうの。むしろボクの周りはキャラがどきついヤツしかいないから、柊みたいな大人しいヤツはありがたいし頼りになるよ」

 

「それに……共に駅前のサンドイッチを食べた仲だ。既に──同盟だ」

 

 蓮夜くんはサンドイッチを分けてくれた。とっても美味しかった。こんなおれにご飯を分けてくれるなんて、彼はマリアの生まれ変わりかもしれない。男だけど。

 

「ど、どうめい……。つ、つまつまつまり、親友ってこと……っ?」

「そうとも、言えるな」

 

 フフ、と笑う蓮夜くん。

 とぉってもクールだ。

 

「彼女って、貴島京子のこと?」

 

 歩夢くんが聞いてくる。

 

「そうだね。京子ちゃんは……あの時はなんだっけ。語尾をぴょんにしてた時かな。京子ちゃんがね、おれはおれで良いって。おれのままでいいんだって叱ってくれたんだ。彼女がいなくなって、また前の自分に戻っちゃってたけど、それじゃあ彼女との思い出に意味がなくなっちゃうからね」

 

 京子ちゃんは冴えない映えないノロマで気持ち悪いおれに手を差し伸べてくれた。正しく、希望の光みたいな存在。

 

「うーん……なるほど。じゃあやっぱり貴島京子が柊の彼女だったっていうのは本当なんだな」

 

「そう……なるね。いや、なるのかな。あれ、でも好きって言ってくれたよな。あれ、でもキスもしたしセックスも……」

 

「ちょちょちょストーーーっプだ戸車柊君。暴走、しすぎ」

「っな……。おい、柊。貴様まさか……神ったのか。契ったのか。まぐわったのかッッ」

 

 ぐいぐいと歩夢くんと蓮夜くんがおれに寄ってくる。えへへ、悪い気はしないなぁ。こういうの。親友みたいで。

 

「ま、まぁまぁ。ふ、普通くらいのことしかしてないよ?

 とにかくね、京子ちゃんとは付き合ってたよ。けど、『貴島京子の会』については何も知らないんだ。ごめんね」

 

「なるほど。やっぱり直接聞いてみるしかないな。二人とも放課後空いてるよね?」

「もちろん」

「ああ」

「よし決まりだ。乗り込もう。

 

 その『貴島京子の会』とやらに」

 

 

 

 

❑─CHAPTER17(MAKI HIZUMI)─❒

 

 

 

 楽しい時間はあっという間なもので、ラウンドツーやショッピングモールで遊んでいたら、マッキィ達だけじゃなくお日様も疲れちゃったみたい。

 

 太陽が衣替えをしてオレンジ色になった夕の刻。

 

 白巳津川の由来となった『白巳津川』の河川敷で、マッキィとナッキーは駄弁っていたのでした。

 

「今日、とぉっても楽しかったよね? よね? ナッキー?」

 

 いい呼び方だと思わない?

 河川敷の草むらの上に並んで寝そべるマッキィ達。んー。青春ってカンジ。

 

「はい。同年代の女の子と遊ぶなんていつぶり……いや、記憶がないので『いつ』なんて存在しないのですけど、楽しかったのは確かです」

「めんどくさい言い回しだね」

「マキさんもなかなか」

「おいおいー、ぶっ殺しちゃうよー」

「冗談になりませんね……」

「だいじょーぶ。洒落だから」

「着こなせませんね。それ」

 

 彼女──工藤百鬼という少女は忘却のアーティファクトユーザー。自分の記憶が翌日には消えてしまうというもの。

 

 意味わかんない。そんなの自分に対してデメリットにしかなってないじゃん。アーティファクトは、アーティファクトユーザーは選ばれし物と者なんだから、特別で、幸せでなくっちゃならないのに。

 

 いや。それが幸せなの?

 きみは。

 

「ねぇ。ナッキー? 今、幸せ?」

 

「急に哲学的なことを聞くんですね。らたしは……よく分かりません。

 明日の自分がわからないのは誰だって同じですけど、昨日の自分が分からないのは……いえ、正確には『わたしノベル』で知ることはできますが、あれも文字による“情報”でしかないですから。

 昨日の記憶が無いっていうのは、得体のしれない怖さがあります」

 

 無知。人間は本能的な部分で『黒』より『 』の方が恐ろしいと感じている。

 

「記憶の自動的消去。よって、不安定となった自我の形成。人格のぐらつき。本来人間を彩るはずの思想の欠陥。

 ナッキー。記憶が無いまま、これからどうやって生きていくの? マッキィはもうナッキーの友達だから、助けてあげてもいいよ?」

「殺人鬼に助けてもらうのは気が引けますけど……。でも、ありがとうございます。気持ちだけで貰っておきます」

「気持ちだけ? 今ならマッキィん体も付いてくるけど、いいの?」

「もっといりませんね……。いいんです。一人で生きていくの、結構悪くないですよ。お父さん達との交流も、嫌いじゃないですから。お金も手に入りますし。気持ちいいですし。不自由じゃ、ないんです」

 

 不自由じゃない、か。

 

 記憶が無いって、自然と辛いことだと思ってたし、縛られるものだと思ってたけど。逆なんだ。

 

 昨日っていう“枷”が無いんだ。

 

 自由なんだ。──そういう自由もあるんだ。へぇ。やっぱ広いんだね、世界って。

 まるであの時の彼みたい。

 

「そろそろ行こっかな。マッキィ、今日は中華料理の大食い大会に出なきゃなんだ」

「え、お昼ラーメン一緒に食べませんでしたっけ」

「ラーメンは偉大すぎて中華とかジャンルとかいう枠に当てはまらないんだよ。ほら、ダウンタウンやとんねるずも芸人って感じしないじゃん?」

「よく分からないですけど。今日はありがとうございました」

「んう。次会う時は──きっと殺してあげる」

「洒落ですか」

「ほんと。なんかねぇ、次に会う時は、ナッキーの命日な気がする。マッキィの意思と関係なく、ナッキーが死ぬべきである日に再会する気がする。

 

 だからその時は、

 きちんと殺してあげる。

 

 苦しまないで死ぬだなんて許さないからね。他殺も自殺もなんであろうと人は苦しんで死ぬ。そうでなきゃならない。帰るまでが遠足なら、人は死ぬまでがエンタメなんだよ。息を止めるその一瞬まで、苦しまなきゃならない。

 

 苦しみさえも忘れちゃったら、本当の亡霊になっちゃうよ。()()()()()()()

 

「…………。それも哲学ですか」

 

「ううん。受け売り。だから安心して生きなよ、ナッキー」

「はい。マキさんこそ、人殺しはほどほどに」

 

「「それじゃあ」」

 

 ──こうして、殺人鬼と忘却少女は別れたのでした。言っちゃえばただ遊んだだけの一日だったけど、それだけで大きな意義があった。やっぱ人生ってのは楽しんでナンボじゃん。ジャンボに生きなきゃ損じゃん?

 

 白巳津川大橋の中腹でマッキィは足を止めた。つい先程別れた少女の背中を目で追う。

 

「にしても、与一くんといい、ナッキーといい、どうして君たちみたいな目をする人は、孤独を選ぶのかな」

 

 また歩き出す。「わたしもか」と珍しい声色で呟いて、スタスタと早歩きで進んでいく。

 

「人殺しもほどほどに、ねぇ。別に殺してもいいけど、まだダメだね。この拗ねちゃったマッキィを満足させない限り、殺人鬼になってあげないんだかんさ」

 

 そう。拗ねちゃったのだ。

 これはぜーんぶ世間が悪い。

 マッキィがこーぉんだけ愛と情熱を持って人を殺しているのに、向こう様は何だかおかしなことを言ってるんだもの。

 

「マッキィはちゃんと覚えているからね、()()()()()

 

 

 

❑─CHAPTER18(AYUMU KURAME)─❒

 

 

 

「それでは始めさせて頂きます。まず、本日は『貴島京子の会について超分りやすく説明しようの会Z』にお越し頂き、誠にありがとうございます」

 

「あの、ちなみになんですけど、この説明会って2日前……月曜からやってるんですよね? なんでZなんすか」

 

 アルファベットでいうと最後。

 

「? いつでもZですよ。『貴島京子の永遠なれ』の『Z』なのですから」

 

 おいおいおい……。

 これは、相当だぞ。

 

 白泉学園2階。視聴覚室。その中央に用意された、およそ20脚の勉強椅子。ボク達は最前列に座っている。

 

「蔵芽歩夢さん、眞坂ういさん、高峰蓮夜さん、そして……戸車柊様」

 

 様?

 

「おれだけ“様”なの……やめてくれませんか?」

 

 おろおろとした態度で話す柊。

 

「それはいけません。貴島京子様の愛人なのですから。本来ならばこちらで『管理』するのが当然ですが、人権がありますからね」

「ヒッ……」

 

 管理とか言っといて司法は気にするの、よく分からないな。

 

「挨拶が遅れました。ワタクシ、貴島京子の会の会長を務めます、(くれない) 研吾(けんご)と言います。本日はよろしくお願いします」

 

 ぺこりと一礼。研吾さんと名乗る彼は、白泉学園の3年Iクラスの生徒──柊、そして貴島京子と同じクラスだ。

 

 そこから長々と始まった一時間にも及ぶ説明を、個人的にまとめていく。

 

 この会は3年Iクラスの生徒によって構成されている。

 活動内容は貴島京子の素晴らしさを伝えること。

 亡くなってしまった彼女を天国で笑顔にさせること。

 

 ……以上。それ以外については淡々と貴島京子の私生活について語ってもらっただけである。

 

「そろそろ喉が乾いてきたでしょう。どうぞ」

 他のメンバーと思われる生徒がボク達に500mLのペットボトルを配ってくれた。中身は水──なはずなんだけど。問題はラベルだよラベル。

 

 蓮夜が手を上げる。

 

「一つ聞いていいか。なんだ、これは」

「貴島京子水ですが」

「きじまきょうこすい」

 

 ういが頭がショートしたように目をパチクリさせて復唱した。彼女が言ってなかったらボクが言ってた。

 

 そう。ペットボトルのラベルに、でかでかと『天然 貴島京子水』と書いてある。

 

「成分は?」

 

 一応ね。

 

「貴島京子の体液が1パーセントです。彼女の私服、体操着、コップ等などを浸けた水ですから。どうです? 貴島京子を感じるでしょう?」

 

「歩夢」

 

 コツ、とボクの上履きを足でつついたかと思えば、蓮夜が耳打ち。

 

「これは逃げたほうがいい」

 

 ボクは頷いて、ういと柊の方へ視線を投げる。2人も同じことを考えていたようで、その視線をキャッチして、頷いてくれた。

 

「よし、では、その、とっても参考になりましたありがとうござんしたー!」

 

 起立オブ反転オブ逃走。出口へと駆け寄り、ドアノブを強く握った。

 

 捻る。

 うん。

 開かねぇ。

 

「なにしてんの歩夢っ!」

「あれれ〜? おっかしいぞ〜? あっかないぞ〜?」

 

 多分ボクの両の目がぐるぐる回ってる。ナルトみたいに。

 

「歩夢。かせ」

「へ?」

 

 今度は蓮夜がドアノブを握る。同時に、ドアノブを握っていない手の方──左手の平にスティグマが浮かび上がった。

 彼の意思に呼応するように、碧く発光している。

 

闇鴉(ヤミカラス)

 

 彼の詠唱と共に、ドアノブからガチャン、と音が鳴った。内部の部品を切断したみたいだ。

 

「開いたぞ──!」

 

 バンッと勢いよく視聴覚室の他の教室よりも分厚く硬い鉄製のドアが開く。

 開いたと同時にドタドタと足音を立ててボク達は逃げ出した。

 

 ……よくよく考えれば、視聴覚室って声を出してもバレにくいわけで。色々と想像できちゃうよねって話。

 

「思ってた以上に話が通じ無さそうだったな、あれ」

「同感だ。あれは入り込んでどうにかするより、一定の距離から調査を進めたほうが良さそうだった」

「貴島京子水ってなにあれっ! あたしラベル見てなかったら普通に飲んじゃいそうだったんですけどッ」

 

「…………」

 

 走りながらやいのやいの言い合うボク達だったが、柊だけはずっと黙っていた。

 

 俯いたまま。

 何かを考え込むように。

 

「柊? 大丈夫?」

「あぁ、うん。ありがとう。こんなおれを心配してくれて。大丈夫だよ。ちょ、ちょっとね。トイレに行きたいだけ」

 

 と。丁度トイレに差し掛かる。

 

「追ってきては無さそうだし、ちゃちゃっと行ってきちゃえば? ボク達が見張ってるから」

「え、いいの?」

「辛そうだしな」

「ありがとう……。じゃあ」

 

 柊はトイレへと駆け込んだ……というところをういが引っ張り戻した。

 

「ふぁッ!?」

「そっち女子トイレ! こーゆー時は押さない駆けない焦らない、だよっ」

「あ、うん」

「めちゃくちゃ駆けてたけどな。ボク達」

「ちっちゃい事ばっか気にしてると、おちんちんまでちっちゃくなるんだよ。歩夢」

「それはやだな……」

 

 

 

❑─CHAPTER19(SATUKI NARUSE)─❒

 

 

 

 時刻は19時。外はまだちょっとだけ明るいかな。

 

 喫茶ナインボールの端の席。なんでだろう、この席には特殊な感覚……記憶がある。他の枝の記録? 果たして誰の記憶?

 

 たまに垣間見える平行世界の風景。わたしは一瞬、黒いドレスを身に纏う少女を錯覚した──。

 

「そこにはね、毎日パフェを注文してくれる常連の女の子が座っていたんだよ。ウェイターの子は『パフェクイーン』なんて呼んでたかな。

 美味しそうに食べてくれるし、実はこっそり苺やクリームの量を増やしてたんだけど、気づいてくれてたかねぇ」

 

 注文したカフェオレを運んできてくれた九條聡さんは、そう語った。

 

「結城希亜ですね」

「え?」

 

 前の席に座る奈津ちゃんが、意外な人物の名前を口にした。

 

「兄さんとキメラ事件の容疑者として結城希亜について聞き込みをした時に、この喫茶店でパフェをよく食べていたことを知ったんです。学校でも噂されていたそうですよ」

「そうなのかい。聞き込みっていうと、うん、本当に探偵さんみたいだねぇ」

 

 奈津ちゃんの前にオレンジジュースを置きながら、にっこりと笑う聡さん。ちなみに聡さんはこの喫茶店のオーナーでありシェフでもあるので、本来はこうして飲み物を運んでくるなんてことはない。特別に挨拶に来てくれたみたい。

 

 ほんと、びっくりするくらい良い人である。そう。やっぱ九條都ちゃんによく似ている。

 

「悪いけど、ワタシはお店を閉めるまで調査には参加できないからね。それまでは、混雑するまではゆっくりしていってね」

「はい。いつもありがとうございます」

「感謝するのはこちらだよ」

 

 そう言って、厨房に戻っていく聡さん。

 カフェオレを一口飲んで、頭に糖を回す。思考能力の活性化。判断能力の向上。なにより、冷静に。

 

 奈津ちゃんもオレンジジュースをストローで啜って、「美味しい」と呟いていた。何かと無表情な彼女だけど、美味しいものを食べる時は口元が緩む。年相応の可愛さだ。ヨシ。目の保養もオーケー。

 

「よし、じゃあ今日の聞き込みについてまとめようか」

「はい」

 

 お互いにメモ用紙を取り出して、今日聞き込みをした内容──『貴島京子の会』についての話に目を通す。

 

 直接貴島京子の会に乗り込むのは歩夢くん達に任せて、わたし達は外部への聞き込みに専念した。

 

 わたしは白泉学園の教師として、わたしの受け持つクラスの生徒達、他の仲の良い生徒達と、職員室の先生方。機会があったので学園長にも聞き込みができた。

 

 奈津ちゃんの方でも仲の良い生徒達に。そして、放課後になったらソフィーティアと一緒に白巳津川市内で街の人達に聞き込みをしてもらった。

 

「まずわたしから。生徒達も先生達の間でも、ヤバい集団ってことしか認識されてないみたい。誰が作り上げたのか、とか。どんなことをしているのかってのも、わたし達の知る説明会しか知らないみたいだったね。

 先生方は……周りに迷惑を掛けない以上は止めに入らないスタンスらしいけど。ちょっと怖いなぁ。当たり前だけどねぇ」

 

「こちらも同じですね。私の友達も何も知らないようでした。街の人達から得た情報では、白巳津川市内の──」

 

 奈津ちゃんはそこで言葉を区切って、ポケットからスマホを取り出した。地図アプリを開いてこちらに画面を見せてくれた。なにやらマーカーが付けられている。

 

「白巳津川駅改札口。れれぽーと南出口。白巳津川マークタワー入口。この3箇所で貴島京子の会の布教をしていたみたいです」

「布教って言うといよいよ宗教じゃん……」

「時間は昨日の午後19時頃。警察に止められて中断したみたいです。──数時間かけて得られた情報は、これだけですか」

「まぁまぁ。上出来だよ。大きな情報はきっと歩夢くんたちがゲッチュしてくれるさ。で、気になってたんだけど、ソフィーティアは?」

「彼女は──アンブロシアを取りに行っているみたいです。えーと、アーティファクトの契約を強制的に破棄させるんでしたっけ?」

「らしいね。わたしも詳しくは知らないけど、キメラ事件の容疑者のこともあるし、この貴島京子の会についても、ちょっと不安だし。

 にしても、どうすればいいんだろうね。この会について。事件で亡くなってしまった友達を大切にするのは、良い事だと思うけど……。度を超えているような気もするし、止めるのもまた難しい。何より心配なのはさ、」

「柊先輩のことですか」

「うん。彼は自分の彼女が持ち上げられていることについて、どう思ってるのかなって。教師としては、生徒が第一だし」

「ですね。あの、カフェオレ一口もらってもいいですか。オレンジジュースあげますので」

「合わなくない?」

 

 

 

❑─CHAPTER20(AYUMU KURAME)─❒

 

 

 

 今夜も夜の9時に喫茶ナインボールに集まることになっている。それまでまだ時間が残っているので、ボクとうい。蓮夜と柊の二手に分かれて、街で聞き込みを開始した。

 

 奈津と付き添いとしてソフィーティアが先行して聞き込みをしてくれているはずだけど、情報は多いほうがいい。

 

『昨日水を配ってたよ。駅前で。貴島京子水? だっけな? チラシを配る新興宗教みたいな……いや、それ以上に怖かったさ』

 

『チラシを配ってたネ。きじまきょうこ? って子の顔がでかでかと載っていてね。親御さんはどう思ってるのか心配だよネ』

 

 情報としてはこの2つ。他の人は「知らない」とのこと。まぁそんなもんだよね。

 

「うーん、やっぱり気になるんだけどさ、この貴島京子って人の親が犯人というか、関わってたりしない?」

 

 喫茶ナインボールに向かう道中。白巳津川大橋を渡る途中で、ういが話す。

 

「まぁ、学校内と、ビラ配りくらいじゃまだ伝わってないだけって可能性もあるけど。その線も充分にあり得るな。カタチの特異なモンスターペアレント、的な」

「うわぁ……こっわ。

 あとはやっぱり、誰があんな会を作ったのかってことだよね。そもそもあの会の活動を止めるなら、その人に掛け合わないといけないんでしょ?」

「状況によると思うけど……。そもそも、止めないといけないっていう風に踏み込めもしないんだよな。あの水は明確にヤバいし、思想も結構恐いけど、まだ難しいというか。

 本来ボク達が専念すべきなのは、貴島京子の会に関連するアーティファクトユーザーの発見と対処だ。黒幕がアーティファクトユーザーならわかりやすいけど、もし本当に、純粋に頭のおかしな会長さんが始めた集まりっていうなら、ボク達だけの力で止めることは難しくなってくるな」

 

「あんな集団を作るってことは、やっぱり洗脳系の能力?」

「だとしか考えられないけど……。魅了とか?」

「あーありそう。エロゲでもよくあるよね」

「知りません」

「またまたー」

「奈津がやらせてくれると思う?」

「……思わない」

「でしょ」

 

 橋を渡りきったところで、ういがボクの手を握った。

 

「ね。集合時間までまだ時間あるでしょ。早めに行き過ぎて喫茶店で居座り続けるのもよくないし、夜の街でちょっと遊ぼうよ」

「夜の街って言い方やだな。いやらしい」

「行くの行かないのどっちなんだい」

「許可しましょう」

「なんなんじゃそりゃー」

 

 

 

❑─CHAPTER21(SHU TOGURUMA)─❒

 

 

 

 おれと蓮夜くんの2人で聞き込みを続けて数時間。このコンビ……相性が悪いだなんて蓮夜くんに失礼だから絶対に言わないけど、けど、人に話しかけるのがお互い苦手すぎて……。

 

「まぁ、なんだ。こういう日もある、ということだ。我々が今日という日を以て得られた教訓は」

 

「だ、だね」

 

 とぼとぼと白泉学園から徒歩数分の場所に位置する、白巳津川商店街を歩いていく。

 

 学園都市として近代化の進み、ビル群の建ち並ぶこの白巳津川市では珍しい、風情を感じる昔ながらの商店街。

 集客するお店のおじさんおばさん達の声の調子は今日も絶好調らしく、大きな越えの苦手なおれは、びくびくとしながら歩いていた。

 

「柊」

 

 並んで歩きながら、蓮夜くんはシリアスな雰囲気でおれの名前を呼んだ。なんだろう。まさか告白? まさかの男女の契り?

 

「負担はかかってないか」

「え?」

「この事件……というより、問題か。あの怪しげな集団については君の愛人に深く関わることだろう。彼女が亡くなった上で、こんな捜査を続けるのは辛くないのか」

 

 そっか……。蓮夜くん、おれのこと気にしてくれてるんだ。なんて優しいんだ。嬉しいな。

 

「正直、辛い部分もあるんだ。彼女が死んだ日に、どれくらいの涙を流したかなんて覚えてない。日本海だって超えちゃうくらいの量だったかもしれない。

 

 ……けどね、何もしないのも、嫌なんだ。昔から要領もデキも悪いおれだったけど、そんなおれに手を差し伸べてくれて、並んで歩いてくれた彼女に、恩返しがしたい。前を向いて生きて、彼女の名前を使ってみんなを困らせるようなやつを、とっちめたい。

 

 だからいいんだ。おれは進む」

 

 自分に暗示をかけるように、言い聞かせるような言葉の列。なんだか恥ずかしいことばっか言った気がするけど、蓮夜くんは集中して聞いてくれていた。

 

「そうか。私は君を勘違いしていたのかもしれないな」

「勘違い?」

「正直な話、君はもっと弱い人間だと……僕と同じような人間だと思っていた」

 

 “僕”と言った。蓮夜くんが本音を語る時、自分をそう呼ぶ気がする。

 

「しかし違う。君はもっと強い。人の死を糧にし、前へと進める人間だ」

「蓮夜くんは違うの?」

「私は……」

 

 蓮夜くんはポケットから小さな石を取り出した。手の平に収まるくらいの、小さな石の欠片。彼はそれを宝物のように、或いは過去の断片を想うように、儚く見つめていた。

踏み込めはしない領域だと思った。

 

「前に進めているのか。そんな簡単なことも分からないな。

 

 私は進めているか、与一」

 

 きっと、彼にとって大切な人の名前。おれにとっての京子ちゃんみたいに、ずっと一緒、いや、おれ達よりも遥かに長い関係だったのかもしれない。

 

 過去を惜しむように、その人の名を口にして、蓮夜くんは太陽の出番の終えていく夜の空をぼんやりと眺めていた。

 

 追うようにして、おれも眺めてみる。京子ちゃん、京子ちゃん、京子ちゃん。

 

 

 京子ちゃん。貴島京子ちゃん。

 

 

 

 見えるわけねぇか。

 

 

 

❑─CHAPTER22(UI MASAKA)─❒

 

 

 

 喫茶ナインボールでの集合までの時間潰しということで、白巳津川駅前のショッピング街を歩夢と並んで歩く。

 

 といっても欲しいものなんて無いので、ぶらぶらと、彷徨うように人の波に流されていくのでした。

 

 隣を歩く歩夢に目をやると、周りのお店を見渡しながら、ニット帽の位置を調整してる。彼のお気に入りのニット帽は赤。あとニッコリマークの缶バッジ。小さい頃、御子ちゃんに貰ったのを大事にしてるんだって。

 

 今度の歩夢の誕生日に……ニット帽でもあげようかな。喜ぶかな。……うわ、すごく彼女っぽいかも。

 

「歩夢は欲しいもん無いの?」

「無いかな。漫画とかもめっきり読まなくなっちゃったし。プルタブ集め以外の趣味が無いんだよ。ま、貯金ができるから経済的には良いのかもしれないけどさ」

「じゃあ欲しい女の子はいないの?」

「いないかな」

「ふぅん」

「なんだよ」

「いや。そういえば昔から歩夢の色恋話って聞かないなって」

「妹一筋だからね」

「シスコン」

「なんかもうそれでいい気がしてきた。発情はしないけどさ」

「じゃあこれから一生恋人は作らないんだ」

「そういうわけじゃないけど」

「どういうわけなの」

 

 あたしは立ち止まった。

 

「何が言いたいのさ」

 

 歩夢も立ち止まる。

 

「そのさぁ……。歩夢さ? あたし達……昔っからずっと一緒に遊んできたじゃん?」

「うん」

 

 あれ。普通に。平常に。平静に。ありのまま話せばいいのに、なんでこう、肩が震えてるんだろ。おかしいよ。

 

「もうちょっと、遊ばない?」

「もうちょっとって……遊ぶ回数を増やそうってこと?」

「ちーーーがくて。違うの。深度のことを言ってるの」

「だから震えてるのか」

「震度じゃねぇよぶっとばすぞ」

 

 ちがちがうちがつ。

 こんなのじゃない。

 もっと強引に攻め落とすんじゃん。今までのあたしから、変わるんじゃん。

 

「あー、もう、だからさ。そのぉ……」

 

 早く出せよ。次の言葉を。そしたら後は勢いでどうにかなるじゃん。なるはずじゃん。

 

「うい」

 

 ポンッと。

 なんとも。

 まじのまじで。

 最悪で災厄なタイミングで、頭を撫でられた。

 ナニソレ。

 テメーはラブコメの主人公でも気取ってるのか。

 

「変わらないよ。ボクも奈津も。話したいことが、あるんでしょ。ずっと一緒に過ごしてきたんだから、分かるよ。

 いつでもいいよ。いつだっていい。本当に辛かったら話さなくてもいい。どっちにしろボクも奈津も、お前への接し方を変えたりとかしないよ。

 

 ん。」

 

 歩夢は、撫でていない方の手を、さぁ掴まってと言わんばかりに差し出してきた。 

 

 あのさぁ。

 

「泣くぞぉ……」

「もう泣いてるじゃん」

 

 思えば、歩夢はこれまで一度も嘘をついたことがなかった。アホみたいに素直で、バカみたいに純粋。きっとオナニーしてる時だって罪悪感で途中でやめちゃうんだろうさ。

 

「ほんとに変わらない?」

「うん」

「金玉の色も?」

「それは変わりたくないな……」

 

 歩いていく。手を握って。

 離したくないと思った。

 こんな時間が。

 こんな明日が。

 こんな明後日が。

 どこまでも続いてほしいと思った。

 暫く歩いて。

 街の喧騒を抜けて、喫茶ナインボールの看板が見えた。

 

「ねぇ歩夢。ありがとね。ちょっと勇気もらえた。だから返す。

 

 あたしの、勇気」

 

 制服のボタンを外して、肩を露出させる。

露わになった肌には、青白く発光し、己が能力者であるという証明を果たしている。

 

「幸運のアーティファクト。それがあたしの能力」

 

 歩夢はほんと純粋で素直だから。また、騙されて?

 

 

 

❑─CHAPTER23(SHU TOGURUMA)─❒

 

 

 

 第2回目となった新生リグ・ヴェーダの集まりは、1時間ほどの情報共有にて終わった。

 

 キメラ事件についてのおさらい。なぜ事件が止まっているのかについて。

 貴島京子の会について。

 そして、ういちゃんのアーティファクト。『幸運のアーティファクト』の入手について。

 

 主にこれらの話。なぜ事件が止まっているのかについては、やっぱり答えは出なかったけど、貴島京子の会についてはこれからの調査について決めることができた。

 

 明日はおれと歩夢くんと蓮夜くんで京子ちゃん本人についての調査。

 ういちゃんと奈津ちゃん、ソフィーティアさんは貴島京子の会の動向の監視。

 

 この二手に分かれて調査することになった。そして。ソフィーティアさんが異世界から持ってきたユーザー探しの要。

 

 強制契約解除薬。

 通称アンブロシア。

 

 注射器の形をしていて、これを注入することができれば相手のアーティファクトの契約を強制的に破棄させることができるみたい。

 

 注射といっても、針は特殊な素材で出来ていて、本物の注射みたいな精密さはいらないらしい。ブスッと刺しちゃっていいんだって。

 

 まだ一回分しか完成していないから、ソフィーティアさんが管理している。使用時にソフィーティアさんを呼んで、使うという流れ。瞬間移動できるんだから、異世界人ってすごいよね。見た目は……ぬいぐるみだけど。

 

 最後にういちゃんの話だけど、これにはみんなびっくりしてた。ういちゃんも突然手に入れたとのことで、それに驚いて家に引き籠もってたんだとか。誰にも相談できずに。

 

 うん。分かるなぁ。やっぱ人に相談するって大変だよね。すごく。

 

『春風と似たようなアーティファクト……となると、第1世代をベースに、政府から任を受けていない魔術師が勝手に作り上げた模造品(コピー)。第3世代のアーティファクトかもしれないわね』

 

 これがソフィーティアさんの談。ちょっと難しいからよく分かんないや。

 

『体に害が及ぶというのなら、ここでアンブロシアを使う手もあるのよ』

『ううん。いいの。もう体調もばっちりだし、それに、みんなの力になりたいから。ほら、まだ一個しか無いんだし、いつキメラ事件の犯人や貴島京子の会の黒幕が現れるか分からないんだから、大事にしないと。

ほんとにやばかったらすぐギブするよ』

 

 ──その時のういちゃんは、なんだかカッコよかった。

 

 っていうのが喫茶ナインボールで話した内容。おれ達も高校生なので、夜遅くに帰ってしまうとういちゃんみたいに補導されてしまう。

 夜の10時になる頃には解散し、おれは家の前までナインボールのオーナー、聡さんに車で家の前まで送ってもらった。

 

 高層マンション。その7階。705。

 おれの家がそこにある。

 

 マンションのエレベーターに向かう足取りは軽い。

 

 京子ちゃんが死んじゃった時には、おれも追っかけようかと思ったけど、そんなことしなくてよかった。

 

 みんなが支えてくれた。一緒に話して、一緒にご飯食べて、他愛のないことで笑い合って。

 

 ありがとう。京子ちゃん。

 本当にありがとう。

 おれ、こうでいいんだよね。

 このままでいいよね。

 コレが正しいよね。

 

「愛してるよ」

 

 えへへ。どうかな。君には何回言えたのかな。言ってあげたのかな言ってもらえたのかな。

 

「足りないよね」

 

 

 

「まだ、足りないよね」

 

 

 

 

「もっと言ってあげよっか」

 

 

 

「愛してるよ。愛してる愛してる愛してる愛してる。心の底から、愛してる」

 

 

 

 ──もっと、か。

 

 

 

❑─CHAPTER24(NATU KURAME)─❒

 

 家に帰ってお互いにシャワーを浴びて、別に約束をしたわけでもないのに、兄妹揃ってリビングのソファに座っていました。

 対面する兄さんの顔は、だいぶ疲れ切っているようでした。

 

「お疲れ」

「おやすみなさい」

「時に礼儀は拒絶になるぞ妹よ」

「あら、兄さんいたんですね。いたならいたと吠えてください」

「人間失格」

「無茶、してないですよね」

 

 ここ最近の兄さんは、危険です。日常目まぐるしく事態が動いているが故、どんなことが兄さんを襲うか分からない。どんなことに兄さんが足を突っ込むのか……考えるだけで恐ろしい。

 

「してないよ。もう高3だぜ? 進路も考えないといけないし、危険かどうかの判断くらいつくよ」

「ジーーーっ」

「目を細めすぎて擬音が声に出てますけど」

「信じますからね」

「もちろん。兄貴なんだぜ、これでも」

「そうだったんですか」

「他人事!?」

「私が明日にいなくなることだってあるんですから。本当に、ちゃんとしてくださいよ」

「そういう話はやめてよ」

「……はい」

 

 これに関しては、言い過ぎた。

 

「にしても、ういがまさかアーティファクトユーザーになっちゃったなんてさ。なんかもう、アーティファクトユーザーチームみたいになってきたな」

「ネーミングセンスどうにかならないんですか」

「奈津もさ、見守ってくれないか。あいつのこと。あいつの方が不器用だから、色々」

「それは私が器用だと思っているんですか?」

「え違うの」

「いちいち1+1を声に出さないと導けないんですね」

「自信」

 

 ソファから立ち上がって、今度こそ「おやすみなさい」と言って寝室に向かう。後ろから「おやすみー」と聞こえてきました。

 

 ガチャン。

 

 ドアを閉めて、ベッドにダイブ。ギシギシ、バネの軋む音。毛布のハグ。

 

「本当に器用だったら……」

 

 微塵も価値もない、あられもない罵倒を、一つ呟いてみました。

 

 当然、事態は何一つとて好転しないのですが。

 

 

 

❑─CHAPTER25(AYUMU KURAME)─❒

 

─5/27日─

 

 朝になった。珍しくあの交通事故の悪夢も見ず、奈津に叩きおこされることもない。

 

 平和な朝ってやつだ。

 

 家には──既に奈津はいなかった。朝から生徒会の仕事があるのだろう。

 

 こういう時は机にご飯が、

 ……無いな。

 

 ま、昨日兄貴がどうとか言ったばかりだし、試されてるんだろう。

 

 朝ごはんに身支度に、それなりに仕上げて学校へGO。

 

 玄関を開ける。

 あぁ、拭えない。

 

 なんだろう。この、あまりにも出来すぎた違和感は。

 

 ありきたりにも程がある、明確な嫌な予感は。

 

「エスパーってヤツはいつもこんな気分なのかな」

 

 そんな軽口でしか気を紛らわすことができなかった。

 

 マンションを出ると、ういと、奈津が待ってくれていた。

 

「あれ、奈津?」

「ちゃんと身支度できたんですね」

「3年生でそれ言われるんだ……」

「なっちゃん、いじめすぎは良くないぞ。歩夢に変な性癖ついちゃうから。ばっちいから」

「性癖ってばっちいの?」

「さっさと行きましょう。二人とも」

 

 うん。何も変わりやしない。この違和感だって、耳鳴りみたいなもので、すぐに消えるだろう。

 

 昨日ナインボールで決めた調査をどうするか、それについて考えなくちゃなんだ。こんな、寒気。

 

 

 

「「兄さん(歩夢、)」」

 

 

 

 

 いつの間にか。ボクはういと奈津を追い越していた。

 

 

 

 正直言うと。

 振り向きたくない。

 

 

 

 けど、読者がページを捲るように、運命とやらは巡り巡る。

 

 時間とやらは、オートスクロールで現実を追いやっていく。

 

 いつだって、酷く残酷に。

 

 

 

 振り向いた。

 

 

 

 

 

「「ところでさ、」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「貴島京子の会に、

      入りませんか(入らない?)」」 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第3章 崩壊妄想少女の涯(慨)

 

 

 

 

それはきっと──。

最初から壊れていたんだ。

 

 

 

 

 

 この世界はあまりにも優秀だから、星屑にも満たない人の子の運命なんて神様は気にしない。

 

 巡り巡るカラクリ。

 醜悪で残虐なメモリアル。

 

 この顔に刻まれた呪い。

 

 ワタシの人生のヒビ。

 

 ねぇ神様。

 

 聞こえてる? 神様。

 

 壊れちゃったよ。

 ワタシの人生。

 

 木工用ボンドとかアロンアルファとかなんでもいいから直してよ。はやくしてよ。はやくしないと、もっと酷いことになるよ。

 

 ねぇ。     ねぇってば。

 

 なんてね。

 

 知ってる知ってる。

 

 神様なんて信じてないから。

 

 神秘は都合の良さの言い訳。

 

 不可思議は現実逃避の現れ。

 

 もういい。

 

 世界が壊れていて、

 

 神様も無能なら、

 

 ()()()()()()()()()()()()()()

 

 ワタシの舞台。ワタシの、幸せ。

 

 

 

ワタシのセカイ。

ワタシはカミサマ。

 

 

 

 

 

 

❑─CHAPTER26(AYUMU KURAME)─❒

 

─5/27日─

 

 ──『貴島京子の会』。

 突如として白泉学園に広まった、『貴島京子』を崇拝する集い。

 

 白巳津川市で巻き起こる猟奇殺人事件、『キメラ事件』。その被害者である貴島京子を天国で笑顔にさせるとか言って、ひたすらに彼女の名を広めるというのが主な活動内容。

 

 学園内、市内での広告活動。怪しい水の配布。やっている事はもう新興宗教とかのソレだが、しかし、貴島京子は神ではない。

 

 3年Iクラス。クラス内はもちろん、学園内でも顔の広い人間だったらしく、彼女の彼氏である『戸車柊』の話を聞けば、性格もかなり良い人間だったと考えられる。

 

 俗に言うアイドル。

 

 2次元的で非現実的な喩えだが、こうも狂気的な持ち上げ方をされると、正しいとさえ思える。

 

 さて。こちらの陣営の話に戻そう。ボク達は斯々然々の末に白巳津川市に広まった、人間に未知の力を与える装飾品──『アーティファクト』の回収を目的に活動していた。超常能力とは文字通り超常現象を引き起こす、特殊な力のことだ。

 

 或いは、不可視の切断。

 或いは、感覚の譲渡。

 或いは、視覚による束縛。

 

 “何言ってるか分かんねぇだろうが”っていう一連の流れが実際に引き起こせちゃうアイテム。

 貴島京子の話にも、これが絡んでいると考えるのが普通だ。アーティファクトについて知るボク達にとっては、ね。

 学校では名が通り、殺人事件の被害者となってしまった、となれば……言い方はあまり良くないが、特殊な人間であることは確かだ。

 けど、こうも宗教みたく集まりができるものか? 学校の放送を借りようとしてまで? 彼女の体液の入った水まで作って?

 

 異常だ。

 そう、異常。

 

 断定はできないけど、こういうのは決まって『洗脳』だとかの能力だろう。

 

 では一体誰が引き起こした騒動なのか?

 

 何が目的で?

 

 そりゃあもちろん分からない。

 

 けれど、それを解明するのが物語の主人公ってやつで、その物語の主人公ってやつが、ボクってやつで、そしてボクってやつは──

 

 

 

「「どうして逃げるの? ほら、貴島京子の会に入りましょう?」」

 

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

◢◤◢◤◢◤

 

 白巳津川市大橋中央付近を駆ける、男子高校生の姿。

 夏が近づいていることを予感させる、ジリジリと日照りが主役の快晴。

 通学中の生徒を追い越しながら、ボクはポケットからスマホを取り出した。

 

 ()()()()()()()

 ()()()()()()()

 

 あまりにも重大なこの2点の問題は、とりあえず置いておく。とにかく、2人と一緒にいたままでは、2人を洗脳した犯人と鉢合わせて自分もお陀仏になりかねない。

 

 今はまず、状況の報告と整理。報連相ってやつだ。1年の時に働いていたバイト先で教わった言葉だ。ちなみに焼肉屋ね。匂いがきつい。

 

「出てくれよ……ッ」

 

 LIMEで蓮夜のアイコン(アニメのキャラだ)をタップし、通話ボタンを押した。スピーカーにして、コール音を聞きながら走る。

 学校にも家にも逃げ場が無いなら、あそこに賭けるしかない。

 

 コール音が止んだ。

 

『もしもし、歩夢か?』

 

「あぁ! 蓮夜、まずいことになった。奈津とういが──」

 

『……なるほど』

 

「は?」

 

 なるほど、と蓮夜は言った。まるで、この状況に納得するかのような一言。

 

『沙月先生も様子がおかしくなった。多分、そっちの奈津君とうい君と同じような事を言っている。“貴島京子の会に入らないか”とな』

 

「────」

 

 なるほど。なるほど、だ。とても簡単な話、ボク達は追い詰められている。

 

『こちらは柊と共にナインボールに向かっている。聡さんが無事である、という保証はないが、学園にも駅にも近づいていない人物なら可能生はある』

 

 柊も無事みたいだ。走っているので俄然ホットであるが、胸をホッとさせる。

 

「分かった。ボクもナインボールに向かってる。今はまだ開店前だし、学生もいないはず。店の裏口で落ち合おう」

 

『了解した』

 

 さて。となると、

 

「わたしは無事よ」

 

 相変わらず物理法則を無視する空飛ぶぬいぐるみ、ソフィーティアが現れる。驚くよりも先に安堵の息が出てきた。

 

「良かった。でも、そのチャック顔でも分かるよ。状況、良くないんでしょ」

 

「察しが良くて助かるわ。そうね、白泉学園の半分ほどの生徒が貴島京子の会に入れと口ずさんでいるわ。それと、奈津とういも学園に向かっている。感染型のアーティファクトなら、全校生徒が犯人ユーザーの手に落ちるのも時間の問題だわ」

 

 想像通りの最悪な展開だ。

 

「感染型ならボクも……って思ったけど、もしかしてユーザーはアーティファクトに耐性があるからってやつ?」

「そうね。耐性の強さにも個人差があるのよ。あなたや蓮夜、柊はそれが強かったのかもしれない」

 

 未だに正体の掴めないアーティファクトに助けられたらしい。運はこちらに……あってほしいな。

 

「まだ貴島京子の会の学生が彷徨いている。鉢合わせない場所を案内するわ」

「有能って言われない?」

「踏んだ場数も超えた年齢もあなた達とはワケが違うの。覚えておきなさい」

 

◢◤◢◤◢◤

 

 時刻は朝の8時46分。喫茶ナインボールの裏口では、オーナーでありシェフでもある九條聡さんが仕入れてきたばかりであろう機材や食材を運んでいるところだった。

 

 出会い頭に肩で息をしながら状況を説明した。普段ろくに運動をしないくせに走ったから、喉はガラガラ顔はゾンビ。呂律はきっと回ってない。

 それでも聡さんは事態の深刻さを察してくれたようで、聞き返してくれたり優しく頷きながら説明を聞いてくれた。この人も踏んだ場数が違いそうだ。

 

「なるほど……まぁ、見てもらえればわかると思うがね。ワタシは無事だよ。安心してくれたまえ」

 

 白い顎髭がクスリと揺れる。こちらに安心感を与えてくれる笑顔だが、その眼差しは真剣なものだった。

 

「ほんとに良かったです。蓮夜と柊も無事です。事務所の奥の部屋を使わせてもらってもいいですか?」

 

 ガチャン、と、聡さんは裏口のドアを開け、ボクに中に入るように促した。

 

「構わないよ。お店を閉めるわけにもいかないから、ワタシはほんの少ししか話に入れないと思うがね」

 

 一度頷いて、ボクは中に入る。

 

「ありがとうございます」

 

 蓮夜と柊が到着する前に、ナインボールの事務所の裏──事件についての資料がまとめられている部屋に入る。

 ホワイトボードに貼りつけられている白巳津川市の地図。メモ用紙に『貴島京子の会 本部』と書いて、白泉学園の上に貼ってみた。

 

 ……あくまで勘だけれど。

 この事件は、クラスメイトの歪んだ友情による疑似宗教……みたいな複雑な話じゃない気がする。もっと簡単で、狂気的なまでに明快で、恐ろしいナニか。

 

 貴島、京子。

 

「あんた、誰なんだよ……」

 

 

 

◤▼─

【挿絵表示】

─▼◢

 

 

 

◆歩夢◆

喫茶ナインボール事務所裏。

会議用の折りたたみデスクに

並べられたアーティファクト

についてのメモ、筆記用具諸々。

 

そして、ホワイトボードには

白巳津川市の地図。

 

◆蓮夜◆

……さて。まずは一応、

再会のハグでもするか?

 

◆柊◆

は、ハグぅ!?

 

◆歩夢◆

男同士でハグはちと嫌だな……。

 

◆聡◆

青春だねぇ。

 

◆歩夢◆

今、この部屋にいるのは

ボク、蓮夜、柊、聡さん。

そしてソフィーティア。

 

蓮夜と柊は遅れて到着したが、

なんとか無事だったみたいだ。

様子もおかしくない。

 

なんとか集まったボク達だが、

まずは状況把握だ。

事件についての整理をし、

今後の方針をまとめることにした。

 

順に整理していこう。

まず、貴島京子の会について

初めて話題が挙がったのは……

 

◆蓮夜◆

2日前……カラオケに

行った時のことだな。

 

休み時間の校内放送で、

『貴島京子』についての生活音

を流させてくれと、

『貴島京子の会』に提案された

ということだったな。

 

◆柊◆

か、会が発足したのは、

かなり最近だよね……。

そ、それこそ数日前。

 

だって、京子ちゃんの彼氏である

おれですら知らなかったし、

そんなへ、変態的な会が

学校に出来てたら、

とか……広がるよね。

 

◆聡◆

ナインボールにも学生さんは

よく来るし、バイトの子の中にも

白泉の生徒がいるが、

そんな噂は聞かなかったね。

 

◆歩夢◆

うん……。メモを取っていこう。

 

▼▼▼

 

✔貴島京子の会事件

 

●貴島京子の会が出来たのは最近

●あまり広まっていない

 

▼▼▼

 

◆ソフィーティア◆

貴島京子の会について

もっとまとめてみましょう。

 

まず、貴島京子の会の目的。

確か……貴島京子の素晴らしさを

伝えるため……だったかしら?

 

◆歩夢◆

うん。天国の彼女を笑顔に

させるんだってさ。

 

メンバーは3年Iクラス。

貴島京子や柊のクラスメイト達。

会長はそのクラスの紅研吾って男。

 

◆蓮夜◆

柊、紅研吾という人物に、

なにか心当たりは?

 

◆柊◆

無いよ。と言っても……

おれが無いだけで、

京子ちゃんにはあるかも。

ほら、京子ちゃん顔広いから。

クラスの全員と知り合いみたいな

ものだったし……。

学級委員長だったし……。

 

◆歩夢◆

クラスのみんなから愛されて、

学級委員長……。なんかもう、

ゲームのヒロインみたいだね。

 

◆柊◆

だ、だよね……。

おれなんかに見合うわけないのに。

どうして……おれなんかと。

 

◆聡◆

そうやって自分を卑下するのは、

 

◆蓮夜◆

良くない癖だな。柊。

お前は彼女に選ばれた。

それが答えじゃないか。

 

◆柊◆

…………。答え、か。

 

◆ソフィーティア◆

話が逸れているわ。

では貴島京子の会の重要人物、

紅研吾についての情報は無し。

会のメンバーはクラス全員?

 

◆歩夢◆

この前乗り込んだ時には

10人くらいがボク達を

取り囲んでいたし、その間にも

ビラ配りをしているメンバーが

いるなら、そう考えていいはずだ。

 

▼▼▼

 

✔貴島京子の会事件

 

●貴島京子の会の目的は貴島京子の

 素晴らしさを伝えること。

●会のメンバーは3年Iクラス。

 +()()()()()()()()()()()

 

◆ソフィーティア◆

……そう。

 

◆歩夢◆

ソフィーティアは何かを

察したような溜息をつく。

見た目は人形だと言うのに、

その奥の人間としての

感情の揺らぎが見えるような

間をついてから、話し始めた。

 

◆ソフィーティア◆

アーティファクトに耐性の

あるはずの沙月も奈津もういも

洗脳されている状態。

つまりは非常事態よ。

だからこそ、迅速な対応と、

あらゆる状況に対処し、

全ての危険性を考慮すべき。

 

それを前置きして

言わせてもらうわ。

 

 

 

柊。あなた、怪しいわよ。

 

 

 

◆柊◆

え、え……。

 

でもまぁ、そうだよね。

クラスで洗脳されていないの、

おれだけなんだから。

 

◆歩夢◆

……。これに関しては、

随分と前から行き着く

考えではあった。

 

ユーザーであり、洗脳されてなく、

貴島京子やIクラスの人間と

関わりがあり、加えて、

奈津やういを洗脳できる人物。

消去法で考えれば彼しかいない。

 

◆蓮夜◆

次に話題にすべき要点。

貴島京子の会を作った人物。

貴島京子の会に入らせようと

洗脳するAFユーザー。

 

柊。残念だが私も同意見だ。

君の意見を聞きたい。

 

◆歩夢◆

部屋の空気が一層重たくなる感覚。

室内の人間の視線が、

柊に集まる。

 

どう答える……?

 

 

 

◆柊◆

おれが怪しいって言うなら……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ユーザーじゃない人間は

近づけちゃダメよォ。

 

 

 

◆蓮夜◆

ぐ、ぁ。

 

◆聡◆

………。

 

◆ソフィーティア◆

蓮夜ッ!!

 

◆歩夢◆

柊の顔が今までに

見たこともないほど歪んだ刹那、

 

聡さんが蓮夜の胸にナイフを

突き立てた。

 

 

 

◤▼─

【挿絵表示】

─▼◢

 

 

 

 彼の右目に灯る、禍の桜。状況は明白。寧ろ遅すぎた結末。

 

 いつ気づけば良かった?

 カラオケで能力を使った時?

 貴島京子の会の人間の大半が3年Iクラスの生徒であると知った時?

 

 遅い。そんな“タラレバ”は現実に必要の無い戯言だ。

 

「蓮夜ッ!」

「分かるよ……凄く分かるんだ。みんな、おれのこと疑いたくなかったんだよね? いや、心では疑っていても、口には出せなかった。おれのこと……友達だって思ってくれていたからッ……!」

 

 聡さんは血の付いたナイフを握りしめたまま硬直中。ボクは危険を顧みずに蓮夜に駆け寄った。

 刺されたのは背中。刺した直後に引き抜いたせいで血が制服を濡らしている。こういう時の対処法は素人なので無知だ。まずは救急車を呼んで、すぐに──

 

「大丈夫だよ、歩夢くん」

「何がだよ……。この状況の一体どこが大丈夫なんだよ……。友達なんじゃ、ないのかよ」

「そうさ。ほら、よく見てご覧よ」

 

 気づけば柊の右目は閉じられていて、左瞼のスティグマも消えていた。

 

 能力が解除されていた。

 

「え」

 

『奈津──』

 

 フラッシュバックする。奈津の交通事故とその顛末。血だらけの彼女は、ボクの記憶の中にしかいない。

 

 ──正しくそれと同じ。

 彼──高峰蓮夜の刺し傷、血、苦悶の表情全てが、消えていた。

 

「れ、蓮夜……?」

「ほら、聡さんを見てみて」

 

 ばたん、と力無く倒れた聡さん。手に持っていたナイフは……無い。転がったわけでも、柊が回収したわけでもない。

 

「無いんだよ。ナイフなんて。だってさ、この人がナイフを持ってきたとこ、見たかい?」

 

 確かに見ていないし、厨房の人間がそんな危ない調理器具を部屋に持ち込んだりするわけがない。最初から操られてた……と考えても、柊のスティグマの位置は瞼だ。部屋に入る前から能力を使用していたのなら、誰かが気づくはず。

 

「なにがどうなってるのか……説明してくれる優しさは残ってるの?」

「当たり前じゃないか。友達に優しくするのなんて常識さ。まぁ、今のはちょっと強引だったけど。でも、喧嘩も仲良しの内だよね。

 いやー、蓮夜くんの能力は強力すぎるからねぇ。『切断』だなんて、強すぎるじゃないか。もし洗脳の能力が効かずに、さらにおれの能力を遮断されたら全部パーだ。だからこうして眠ってもらった」

 

 蓮夜に倒れた際の怪我が無いか確認した後、聡さんの容態も確認する。……うん。蓮夜と同じで、気絶してるだけみたいだ。倒れた時の怪我も無いみたい。ていうか、計算されている。倒れる位置にはちょうどクッションとなるような資料の詰められたダンボールが置いてあった。

 

 ますます分からない。こいつは何を考えている? なによりも、こいつの能力は──?

 

「でも、今確かに刺されたはずだ」

「そう、見せたからね」

「見せた? 柊、お前の能力は『束縛』なはずだ。ボクはこの身で体験したし、嘘じゃないはず。なのに、こんな幻覚は」

「だからこそ、分からないかなぁ。体感したでしょ、()()()()()()()()()

 

『ぐるぐる。ぐるぐるぐる、と。アタマが、オカシクなる。』

 

 束縛……。その瞬間に考えていたことや視界がぐるぐると掻き回されるような感覚。なんだろう、同じことを頭の中でずっと見させられ言わされ続けられるみたいな。

 

 同じこと……?

 

「意識の束縛……。体が動かなくなることが“主”で、視界や思考が虚ろになったのは副次的なものだと思ってたけど、()()()()

「そーう! やっぱ凄いよ。歩夢くん。キミ、探偵ごっこをしている時は能力についてあまり考えてこなかったみたいだけど、一度コッチ側の人間になると頭が回るみたいだね。うん、才能があるよ

 

 おれの能力はね、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ものなんだ。ほら、テスト勉強とかでさ、ずぅーっと解けない問題のこと考えてると、脳が疲れて脱力しちゃうでしょ。あれと同じ原理、延長線上のものなんだよ。

 

 更に、そこに()()()()()()()()()()()()()()()。そうすることによって対象者に自由な映像や思想をお届けできるわけ」

 

 あのおかしな感覚のロジックはソレか。物理的な束縛ではなく、思考の束縛だなんて。

 

「ソフィーティアさんの機関も結構緩いよね。能力の詳細まで分かってないなんて。それのせいでおれが犯人っていう確信を持てなかった」

 

 ボクの後に蓮夜の様子を確認していたらしいソフィーティアは、顔の色を変えた。あの色は……複雑だな。多分、柊の言っていることが正論であるが故に、反論を出来ない歯痒さ。己への憤怒。色々なものを内包している。

 

「そうね。全くその通り。アーティファクトの種類は数千を超える。異世界でもすべてを回収できたという保証は無いし、また、アーティファクトそのモノにも未知の可能性がある研究段階の代物。

 こうした事態で何も出来ないのは、なんて、情けない」

「やめてよソフィーティアさん。あなたも友達だと思ってる。そうやって落ち込んで欲しいわけじゃないんだ。不快にさせたなら、謝るよ、おれ」

 

 柊の顔は本気で焦っているようだった。残念ながら彼の発言のどこをどう切り取ろうと皮肉にしか聞こえないのだが。

 

 けど、これではっきりした。

 戸車柊という人間の破綻。

 

「ずっと聞きたかったことを聞くよ。柊」

「うん。なんだい?」

「お前は誰で、一体どうしてこんな回りくどいことをする? 何のために?」

「質問責めだね。おれのことをもっと知りたいんだ。ドキドキしちゃうね」

「ふざけないでくれ」

「怒らないで。ごめん、おれコミュニケーション能力が疎いんだ……。謝るよ。

 

 うん。順に答えるけど、いい?」

 

 ボクは彼を睨んだまま頷く。

 

「まず一つ目。おれはおれだよ。

 で、二つ目と三つ目。回りくどいもなにも、おれの目的はもうとっくの昔に達成されてるんだ」

「──は?」

 

 とっくの昔?

 それはいつを指すんだ?

 

「だから、みんなを傷つけようとか学園を乗っ取ろうとか考えてない。これは本音だ。嘘発見器を取り寄せてもいいよ」

「話が見えてこないわね」

 

 ボクが思っていたことをそのままソフィーティアが突きつける。

 

「うーん。ごめん、“目的”に関してはゲームの内容に抵触するから答えられないかな」

 

 机を挟み対峙するボクと柊。

 彼は、ゲームと言った。

 

「ゲーム?」

 

「いやぁ歩夢くん。歩夢くん歩夢くん歩夢くん。君にとっておれの行動が謎であるように、おれにとっても君は謎だ。カラオケで君達に能力を使用した時、確かに君も能力に掛かっていた。そして今も蓮夜くんが聡さんに刺されるという幻覚を見たはずだ。

 

 じゃあ、なんで眠らない。操られない。

 束縛の能力によって、おれの意思を他人に流しこむことができるってのはさっき言ったと思うけど、その時ね、相手の感覚や感情もちょっとだけ共有されるんだ。

 

 結果から言うと……君は変だ。アーティファクトの耐性に弾かれるような感覚じゃない、君はもっと()()()()()()()が違う……友達として、失礼な事を言うけど……気味が悪い」

 

 それは、そうだ。自覚はしている。蓮夜や聡さんのように、自分も眠っているはずではないのか。能力の詳細すら分からないくせに、2人よりも耐性があるだなんてご都合主義。自分で自分が怖くなってきたところだった。

 

「君は特別な人間だし、度胸もあると思う。だから、()()()()()()()。いいかい、歩夢くん。おれはね、今、

 

 

勃起をしている

 

「は?」

 

「京子ちゃんへの愛だよ。おれの行動は京子ちゃんへの愛に一貫している。貴島京子の会も、蓮夜くんに眠ってもらったことも、なによりなによりなにより、おれの存在そのものも! ぜんぶっ、全部ッ!! 京子ちゃんのためなんだッッ!!」

 

 本音。歪みに歪んだ彼の顔。不協和音のような笑い声。絶なる希望に満ちて、酷なる欲望に満ちた衝動と作用。

 

 そう、これだ。

 

 彼の破綻。リグ・ヴェーダに入ったこと、カラオケ店でボク達をすぐに操らなかったこと、ここに来て蓮夜を潰したこと、最後に──ゲーム。

 

「だから、歩夢くんにはまた探偵ごっこをしてもらう。問題は簡単だよ。

 

 

 

 キメラ事件の被害者。

 貴島京子はなぜ、

 

 戸車柊を好きになったのか?」

 

 

 

「な……」

「この前交換してくれたLIMEに住所を送信したよ。それとこれを」

 

 柊はポケットから小さな何かを取り出すと、ボクの方へと投げた。警戒したが、反射的に受け取ってしまった。

 それは──鍵だった。

 

「かぎ?」

「期限は今日の下校時間。白泉学園のIクラスで待ってるよ」

「待ってくれ、そんなのなん──」途切れる映像。割って入るノイズ。

気づけば眼の前に、ティラノサウルスが居た。

 

「ん、なに、てぃー?」

 

 うんティラノサウルスだ。ティラノサウルスだよティラノサウルス。あの図鑑とか映画とかで見るいっちばん有名な恐竜が、あ、はいナインボールの天井を突き破りました。

 

 本能のままUターン。明らかにボクに向けられた咆哮と“ドシンドシン”とかいうカタカナじゃ到底表せないような足音を背に、転びそうになりながら走る。

 転がり込むようにして出口を突き破り、外へ。

 先程聡さんと出会ったナインボールの裏口だ。

 

「はぁ、はァッ、な、なにが……」

 

 振り向けば、さっきと何ら変わらない裏口と従業員以外立入禁止の張り紙。ティラノサウルスの鳴き声は聞こえず、天井も突き破られていない。

 

「これも能力かよ……」

 

 魂まで抜けてしまいそうな大きな溜息を吐く。胸を掴み、心臓の位置と鼓動を確認。ヨシ、生きてる。

 

「歩夢、無事? 凄い汗よ」

「ソフィーティア……よかった。うん、ボクは無事。そっちは?」

「私は問題ないわ。本体は異世界にあるのだから。さぁ、状況を整理しようとしたらよりぐちゃぐちゃになったわけだけれど、どうする?」

「改めて整理したい、どこかゆっくりできる場所に行こう。今後の方針を決めないと」

「…………。パニックにならない辺り、やはり肝が座ってるのね、あなた」

「妹が死にかけるよりはどんな状況だって屁の河童だよ。お兄ちゃんってやつはさ」

 

 仕切り直しだ。今、自分はどんな状況に置かれていて、何をすべきか。考え直さなきゃいけない。

 

 放課後までという時間制限はあるけど、まだ時間はある。少なくとも深呼吸をするくらいは。

 

 そう。一回、

  息を大きく吸ってぇ──

 

 

 

「そぉんな口を奪っちゃう、

 マッキィなのでした☆」

 

 ぶちゅ。

 

 

 

❑─CHAPTER27(???)─❒

 

 

 

 10年前。夏。

 

 親が離婚して、ワタシはママと二人で暮らすことになった。

 別段不幸せと感じたことはない。ワタシは一人が好きな性格で、ぶっちゃけ食事という日課や家族旅行という行事は嫌いな方だったから。

 

 学校でも一人。

 家でも一人。

 孤独ゆえに幸せ。

 ちらり、と。仲良さそうにする同級生を見て、胸がざわざわするのを感じて、それはきっと心のノイズのようなものだと切り捨てた。

 

 9年前。冬。

 展開が早いけれど、全てが壊れたのはここからだった。

 ママが新しいパパを連れてきた。ママは依然から可愛げのないワタシのことを、お返しのように冷たくしていたけど、パパが来てからはより一層冷たくなっちゃった。

 

 ──時期が、悪かった。

 

 

 

 

バリン。

 

 

 

 なんてことはない。

 其処にドラマはない。

 偶然の結びついた事実の羅列。

 ワタシがクラスメイトの大切にしていた花瓶を壊し、その子はとても人気者で、ワタシに対するいじめがはじまった。

 ランドセルに入っていたはずの筆箱やノートはいっつも燃えるゴミに捨てられたし、〇〇菌と言われてワタシが触れた物には誰も触れなくなった。給食の時も、みんなワタシの机から避けた。

 ありきたりな話だ。ありきたりすぎて、自分が主役のはずなのに、どうでもよくなってしまう。

 孤独が好きとかほざいていたけど、どうやらワタシは自分の思っていた以上に人間であったらしく、限界が来たのはいじめが始まった2週間後だった。

 

「ママ、」

 

 ワタシの語り出しからして、無視されちゃう、とか思ってたかもしれないけど、実は案外ママもパパも学校に連絡してくれた。……深読み、というか悪い考察をするなら、どちらがどちらもカッコつけたかったのかも。ラブラブってやつですね。

 

 んまぁそんなことはどうでもよくて。

 ようやく先生も事態を重く受け止めてくれて、いじめっ子に注意をし、いじめは終わった。

 

 結果は孤独の再来。

 いじめは無くなったけど、別にワタシの性格が一変するわけじゃないし、クラスの皆からしたらいじめられていた子に今更友達になろうとも思わないだろうし。

 

 この世界は。ワタシの生きているセカイはゲームじゃないんだ。

 

 創造主なんてもちろんいない。何かイベントがあったら、確実なハッピーやバッドが用意されているわけじゃない。

 

 ふぅ。ちょっと語り疲れちゃった。

 あぁ、付き合ってもらって悪かったけど、別にこの話や語りにオチはないよ? 目的も意義もない。単純な 構ってちゃんってやーつ。

 

 でも君は。ほら、笑ってくれる。優しく、日差しを生ける微風みたいに頷いてくれる。

 

 うーん、大好き。

 柊くん。

 

 

 

❑─CHAPTER28(AYUMU KURAME)─❒

 

 柊からLIMEが届く。

 3件。

 貴島京子の家の住所について。

 聡さんは今日のボク達との一件のみを忘れて、普通に喫茶ナインボールで働いているということ。

 蓮夜は突然倒れてしまったということで救急車を呼んで運んで貰ったということ。重度の貧血、ということでベッドの上で眠っている。今は家族の人が見守っていて、柊は学校で待ってるとのこと。

 

 彼の洗脳は……今日のタイムリミットまで解かない気だな。

 

 

 

 白巳津川市のファミリーレストラン、その中でも最もドリンクバーの種類が豊富なゴスト。平日なので人気は少ない。

 4人用の席についたのは、ボク、宙に浮いているので“席につく”という表現は正しくないのであろうソフィーティア。

 最後に、

 

「本名は日角マキね。でも、本名よりはマッキィって呼んでほしいな。ていうかそれ以外で呼んだらどうにかしちゃうかもナ!」

 

 セーラー服の小柄な少女。白髪に真っ赤な瞳。ツインテールと瞳と同じ赤いリボン。……圧倒的な、オーラ。

 只者ではない、と本能が叫んでいる。

 

「じゃあ……マッキィ? まずなんでボクの唇を……その……」

「え! もしかして初キスだったっ!? 初物だったの!? そりゃあ―ちょっち悪いことした気もするようでしないけど、でもね、マッキィってば美少女だぜ? さらにさらにセーラー服だぜ?」

「それで納得する男子は世でも希少種かしら」

 

 ソフィーティアが至極真っ当なツッコミを入れてくれた。味方がいるのは非常に心強い。

 机を挟み、ボクもマッキィもそれぞれのドリンクバーのジュースをストローで啜る。互いの出方を探るように、ズズズ、と飲み物を喉に通す音が響く。

 

 ボクは見逃さなかった

 

「ソフィーティアのこと、ちらっと見ましたよね」

 

 ソフィーティアも頷く。そう、彼女は確かに、ソフィーティアの言葉に反応した。

 

「うん、見たよ。だってマッキィ能力者だもん」

「なるほど。なんでぇ!?」

「あなた、」

 

 クスクスと笑いながらマッキィは背を伸ばした。

 

「構えないでよ。敵対する意思はないから。ほら、見せてあげるよ。マッキィのウルトラスーパー能力」

 

 マッキィは店員さんを呼びつけると、スティックシュガーを貰った。

 

「歩夢くん、コーヒーを入れてきなよ。この砂糖を使ってね」

「は、はい?」

 

 言われた通り、ドリンクバーの場所に行って、アイスコーヒーをコップにいれて、マッキィから貰った砂糖をいれた。

 机に戻ると、マッキィはウキウキとした表情で話し始めた。

 

「んじゃそれ飲んで。砂糖を持ってきたのは店員さんだし、コーヒーを入れたのはきみ。カップも君自身のもの。マッキィは怪しい動きもしていない。──で、お味は?」

「…………。毒見」

 

 ゴクリ。一口。お味は、

 

「しょっっっぱっ!」

「──?」

 

 ボクの反応にハテナマークを浮かべるソフィーティアと、「ギャハハ」と笑い転げるマッキィ。

 

「ほら、この臍にあるのがスティグマ。マッキィの能力は『手品』なんだ。種も仕掛けもない、赤の超常能力さ」

「手品……、ソフィーティア、聞いたことあるか?」

「名前は聞いたことあるけれど、セフィロトの管理外のアーティファクトね。ごめんなさい、詳細はわからないわ」

「おい美少女が臍みせてんだぞ。勃起しろ勃起。それとももしかして二次元にしか興味が無いタイプなのかなぁ!?」

 

 ──となると、マッキィとやらの言葉を信じるしかなくなる。まぁでも、今すぐにボク達を殺そうってわけではないらしい。

 

 ここは話の流れに乗ってみよう。

 

 ボクはさっきまで飲んでいたオレンジジュースで口直しをして、話を切り出した。

 

「色々聞きたいんですけど、どうしてボク達に付いてきたんですか。学生さん……ですよね?」

「面白そうだからだよ。本当にそれだけ。疑ってもいいけど答えられるものはないさ。ちなみに学校は新島高校ね」

「新島って隣町の……。こんな平日に?」

「そんりゃチミも同じじゃね? ま、学校はおもんないからさ。こっちみたいに貴島京子の会が広まってないし」

「知ってるんですか?」

「この前ショッピングした時にね。駅でワーキャー言ってるのを聞いてたさ。で、なんとなく気になったんで色々調べて、探偵っぽく路地裏で聞き込み調査なんてしてたら、あり得ない量の冷や汗かいたチミと空飛ぶぬいぐるみを見つけました、と」

「それで、一緒に調べたい、と」

「うん。マッキィ個人には関係もないし目的もないけど、野次馬気質なのさ。だから、チミみたいなキャワウィウィ顔の男の子との冒険を所望するッ!」

「なにか有益になりそうな情報は持っているのかしら」

「無いだろうね。調べ始めたのなんて気まぐれだし。…………あ。ごめん、一個あったよ」

「ほんと!?」

「ごめごめ、情報の方じゃなくて、マッキィにとっての目的の方。マッキィはね、可哀想な一人の人間を救いたいんだ」

「それは?」

「チミ達は絶対知らない人だよ。“その子”の無念の為にマッキィはついてく。君たちと一緒にいれば、“その子”の無念も晴れる気がする」

 

 今まではピエロのごとく笑ってばっかりふざけてばっかりのセーラー少女だったが、その眼差しは真剣なものだった。恐ろしいくらいに。

 

「ソフィーティア」

「私、与一の件もあって人間を見る目は無いみたいなの。あなたに判断を任せるわ」

「……分かった。なら、今は信じる」

「今は、なんだ」

「勘だけど、あんたみたいなタイプは、ラスボスの背中に包丁を刺す中ボスタイプだ」

「んー。だったらラスボスの方がかっこいいけど……ま、いっか。ついていっていいってことだよね?」

 

 ソフィーティアの方に目をやる。

 強制契約解除薬。アンブロシアは、ソフィーティアが一本保有している。本来なら暴走した柊に使いたいところだが、万が一のこともある。

 

「んじゃ、指切りしよ」

「可愛いこと言うんですね」

「訂正しなよ。マッキィは最初からキャワウィウィんだ。ウルトラスーパーキャワウィウィって言いなさい」

「はい、小指」

「チミ、中身はあんまキャワウィくないね」

 

 小指を交わし、仮の契約。ぶっちゃけ彼女を連れて行く行為に意味があるとは思えないが……これも、勘だ。

 この局面で彼女は必要である。そう、ボクじゃないボクが言ってる……的な。厨二病、治ってないのかもな。

 

「そーいやさ、ご飯は頼まないの? 丁度お昼時だぜ?」

「んー、なーんか最近、お腹減らないんだよなぁ」

 

 

 

❑─CHAPTER29(NATU KURAME)─❒

 

 

 

『譲渡』

 

 

 

「………………」

 

 今日、朝起きた時に感じた頭のモヤ。もっと早くに能力を発動していれば、兄さんにあんな醜態を見せずに済んだかもしれないけど、取り返しがつかなくなったわけじゃないなら、よしとしましょう。

 

 貴島京子の事についてしか考えられなくなり、視界にも彼女が映ってしまうような束縛の術。その僅かな隙間で譲渡の能力を発動し、まだ能力に掛かっていなかったらしい生徒に自分への暗示を譲渡したのでした。

 悪いことをしたという自覚はもちろんありますが、ここは情けを感じている暇のある局面ではない。

 

 兄さんからのLIME。

 戸車柊が犯人であったという事実と、彼が始めたゲームについて連絡が来ていた。

 

 彼については、兄さんたちが貴島京子の会に乗り込んだ話を聞いた辺りから、目星を付けていました。

 会のメンバーはIクラスの人間であり、貴島京子をより愛していた人物。寧ろ、怪しくない点を探す方が難しかった。

 けれど、ではなぜ私達に近づくのか。近づいておいてなぜなにもしないのか。この2点がどうしても気になって、あえて泳がせていた。その結果がこのザマなわけですけれど。

 

 白泉学園内部ではいつも通りの時間が流れています。出席を取り、授業を始め、それを休憩を挟んで4回ほど繰り返し、お昼休み。

 お弁当を開きながら、時々『貴島京子』と呟く生徒たち。でも、暴動を起こしたりはしていません。

 授業中、先生が問題の答えを『貴島京子』と間違えたりするようなことはあったけれど、逆に言えばそれ止まり。

 ここまで大規模な洗脳攻撃をするのなら、犯人はもっと大きな行動を取ると思ったのですが……。

 

 私の立場はスパイのようなもの。敵陣の中にいるのだから、何か少しでも手がかりを手に入れて、今も逃げている兄さんに届けなければいけません。

 

 洗脳されていない、ということがバレたらまずいので、他の生徒と喋ることは控え、お弁当も屋上の隅っこで食べることにしました。

 

「兄さん、ちゃんと食べているでしょうか」

「うん、きっと食べてるよ。奈津ちゃん」

 

 その声の主に、私は憎しみを込めた鋭い眼差しをプレゼントしてやりました。

 

「元凶、」

 

 本人の前で洗脳されたフリをするつもりはない。

 彼だって、私の譲渡の能力を知った上で近づいたのでしょうから。

 戸車、柊。女性のように長く綺麗に伸びた黒髪に、男性の中でもかなり整った顔立ちです。性格は残念な部類だし、絵に書いたようなコミュニケーション不足な人間性だったけれど、悪人では無いと思っていたのに……。

 

「友達にそんなこと言うの、ひどいなぁ」

「貴方を友達だと思ったことなんてありません。ましてや、能力を使用して洗脳を掛けておいて、これ以降友達と思ってもらえるって、本気で思ってるんですか?」

「え?」

「え、じゃないでしょう。私は貴方がどんな人生を歩んできてどんな友達と巡り合ってきたのか微塵も知りませんが、そんなことも分からないような人間関係を作り上げてきたんですか?」

 

 つらつらと、脚本でもあるのかみたいに彼の歪を突きつける。さぁ、本音はいかが?

 

「そこまで……言わなくても、いいじゃん……。洗脳したのは、は、謝るけど…………蓮夜くんのことも、謝るけどぉ…………」

 

 蓮夜……。蓮夜先輩をどうしたって?

 やっぱり、危険は重々承知でスマホで兄さんに連絡を取った方が良さそうですね。

「京子ちゃんのためなのに…………なのになのになのになのになのになのになのになのになのになのにィ、

 うん。でも正論だ。ありがとう、奈津ちゃん。正論を言ってくれて。こんなおれのために」

「どういたしまして」

 

 さぁ。次の手。彼の様子、そして兄さんに課したゲームの内容からして、この戸車柊の危険性というものは少ないように思えます。が、如何なる時も最悪を考慮し、手を打つということ。

 この場合は、

 

「ッ、」

「な。なにしてるの、奈津ちゃん!」

 

 足を打つのですが。

 白泉学園の屋上、その周りを囲む白いフェンスに、私は思い切り自分の足をぶつけた。ガツォン、と鈍い音が鳴り、鈍痛が足を蝕む。自分で招いた結果とはいえ、顔をしかめながらも、私は能力を発動した。

 

「譲渡」

 

 快晴の日照りの中、尚も光を散らす碧の紋章。既に私は──()()()()()()()()()()()()()()

 

「きみはァッ」

 

 私の足から痛みが消えると、柊先輩は蹲っていた。

 人間にとって無知とは類なき脅威であり、根源的恐怖の対象だ。ただの痛みでも、脈略の無いものであれば往来の痛みはより鋭くなる。

 

「悪く思わないで、なんて言いません。思って結構。私には私を傷つけて貴方を拷問する覚悟があります。これはまだレベル1。次は骨でもいきましょうか」

 

 目を閉じたまま、喋る。彼の『束縛』の能力は、謂わば魔眼の類。目を合わせなければ済む話。

 

「うぅ……また友達と喧嘩しちゃった……。今日は、仲良しデーだなぁ」

 私がフェンスにぶつけたのは右足。彼も右足を抱えながら、しかし笑っている。

「変なことを言ってないで、はや──」

 

 

 

「なっちゃんごめん、

     あたし、死ぬわ!」

 

 

 

❑─CHAPTER30(???)─❒

 

 

 

 4年前。夏。

 

 小学校を卒業し、中学に入学し、蒼き春の輝かしい2年生となった。

 

 いじめは無くなり、それによる周囲の壁も無くなったけど、その頃にはワタシの方から高く分厚い壁で自分を守っていた。

 学校ではほとんど喋らず、授業中先生に当てられた時の「分かりません」の一言だけ。

 

 放課後になればすぐに学校を出て、隣町の舞台のお手伝いのアルバイトをしていた。本来中学生でお金を貰って働くことは禁じられているけど、親戚の人が運営している舞台なので、お小遣いということでグレーゾーンを突っ切っていた。

 

 家には帰りたくなかった。最近、ママとパパの仲が悪い。お金の使い道だの、愛がどうだのなんだのかんだの。

 

 恋愛になんてミリとて興味の無いワタシだし、2人が離婚しようとなんだろうと、別にお金があれば彼ら彼女らの顛末なんてどうでもよかった。

 だからこうして働いて、2人が寝付いたタイミングで帰るようにしていた。

 

 ──その日は、ダメだった。

 

 ワタシが帰ってくるタイミングでも、まだ喧嘩をしていた2人。騒音……なんて2文字じゃ片付けられないような、怨嗟怒号呪詛叱責。痛みで思考をごまかせる分、まだ地獄の方がマシなんじゃないかって思えるような、居心地の悪さ。

 

 ワタシは両手で耳を塞いで、自分の部屋を目指す。けど、その為には階段を登らなくちゃいけなくて、で、その階段はリビングを通らなければならない。

 

 ママとパパがバトっているとこを通らなきゃいけない。

 

 風。微風となったつもりで、走ることなく、流れるように、リビングを抜け──

 

 

バリン。

 

 

 ──あぁ、またこの音だ。これがまた、ワタシのセカイを壊していく──

 

 右目に異常。いや、やや上辺りか。右頬に異常。この痛みの感覚は、切り傷。それも深い。ぶわりと血が零れる感覚。生命としての異常事態に鈍る神経とブレる視界。……揺れる。

 背中に衝撃。ふらついてリビングの棚にぶつかったのだろう。でも、痛くない。もっと気持ちの悪い感覚がワタシの顔面を覆っているから。

 

「⬜⬜」

 

 父の声。父の声?

 

「⬜⬜」

 

 母の声。母の声?

 

 

 

「「お前がいなければ」」

 

 

 

 あー、そーゆーのね。はいはい。見たことあるある。

 となると……どっちがワタシの首を締めてくれるのかな。ほら、早くしてよ。

 どうせなら殺してよ。ワタシの方から願い下げだ、こんなセカイ。ワタシに向けられた花は1輪とて無いじゃないか。どうしてこう、普通に生かせてくれないんだ。別に幸福を望んでなんかいない。一人でひっそりと生きていたいって、つまらない願いを胸に抱いているだけじゃないか。

 こんなつまらない世界は、そんなつまらない願いも掻き消すほど腐っているのか。

 

 さぁ殺せ。

 いま殺せ。

 

「チッ……()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 は?

 

 いや、は?

 

 

 なんで?

 

 

 

 なにやってんの?

 

 

 

 頭ポリポリ掻いて。ふたりして。なにしてんの? ばかなの?

 

 

 

「あーこれ虐待とか言われるかなぁ。理由考えといてよ、お前」

 

「ビン投げたのはあんたで──」

 

 

 

 

 

『ふざけんなッ──!!』

 

 これが、本音(リソウ)

 

「ごめん、なさい……」

 

 これが、現実(コトバ)

 

 

 

 傷は治った。5針縫うことになったけど、障害みたいのは残らなかった。

 

 でも、ワタシの顔には、大きなヒビが残った。

 

 決して消えることなく、埋まること無い穴と渦。

 

 あの時の……感覚が、まだ残ってる。ずっと、飛んできたビンと割れた破片と、両親の顔が、螺旋のようにワタシの脳を犯す。

 

 

 

 その事件以降、初登校日。

 ワタシが休んでいる間に、留学していた生徒がクラスに帰ってきたらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よッ」

 

 

 

 

 笑顔。

       なんて──結末。

 

()()()()()()()()()()()()()

      ()()()()()()()()

 

 

 

 ()()()()()()()()

 

 

 

❑─CHAPTER31(NATU KURAME)─❒

 

 

 

 何年も耳にした、聞き慣れた声の主。──眞坂うい先輩。尊敬なんてしてないしすることもないだろうけど、大切な人間かと聞かれれば即頷くようなヒト。いつかお酒を飲める歳になった時、一緒なら楽しいのだろうな──とか。

 

 この場面において必要のない情報が脳を駆け巡りました。

 

「先輩、危ないじゃないですか」

 

 フェンスに乗っかり、さらには座ってしまった彼女。ちょっとでもバランスを崩せば、落下してしまいそうな姿勢でした。

 

 あれは彼女の意思ではない。戸車柊による、束縛の洗脳。

 

「友達にこんなことするんですね」

「間違っても彼女を殺すだなんてしないよ。君に止まってもらうために、芝居をしてもらっただけ。充分だったでしょ?」

「コケに──」

「するさ。君は自分の能力を理解してないんじゃないか?」

「奈津ちゃん、ごめんね。貴島京子の会に入らないからだよ」

 

 気配は無かった。気づいた時には、沙月先生に羽交い締めにされていた。

 

「……ッ」

「奈津ちゃんはあの歩夢くんの妹さんだ。先生を傷つけておれを傷つけるようなことはしないよね?」

「…………えぇ。しませんよ。そんなこと。するまでもないので」

 

 私は、舌を噛みちぎった。

 

 

 

❑─CHAPTER32(AYUMU KURAME)─❒

 

 

 

 白巳津川市の中央に位置する白泉学園から、東西南北に振り分けられた住宅街。およそ北西に位置する、ビル群のエリア。

 

 高層マンションが並ぶ、世で言う富裕層のエリアってやつ。

 その一つ。7階の705。そこが……貴島京子の家だという。

 LIMEに届いた柊からのメッセージによれば、“柊の友達である”と言えば貴島京子の母親が出迎えてくれるらしい……けど。

 

「まぁ、ぶっちゃけ赤の他人の家に乗り込むなんて、勇気がいるよね」

 

 1階。オートロックなので、まずは柊から教えてもらった部屋番号を入力して、中にいる人間に鍵を開けてもらわないといけない。

 

 ……インターホンの前で立ち止まる、少年少女とぬいぐるみ。

 

「そう? ワクワクしない? 家宅捜索的な?」

「ドラマじゃあるまいし。ねぇ、こういう時に役立つアーティファクトみたいの無いの?」

「あのね歩夢。私はドラえもんじゃないのよ。付け加えればあなた達でいう“異世界”に、家宅捜索なんて概念は無いのよ。怪しき者は罰せよ。家を捜査するより、燃やした方が早いもの」

「えっぐいなぁ……」

 

 雑談はそこまで。時間制限がある。ボクは、覚悟をきめてインターホンを押した。『はい……』と生気の無い女性の声が聞こえた。ボクは唾を飲み込んでから、「あの、戸車柊くんの友達なんですけど……」と言った。

 よくよく考えなくても、亡き娘のお参りにその友達の友達が家にまで来るなんて、どんな状況だよ……と突っ込まれて然るべきだけど……。

 

『まぁ、柊くんの。お参りに来てくれたのね。鍵、開けるからね』

 

 ドアが開いて、エレベーターに進めるようになった。

 

「キャワウィくない雰囲気だね。

 さ、いこっ?」

「うん」

 

◢◤◢◤◢◤

 

 出迎えてくれた人物は、貴島京子の母親である。声からしてもっとやつれていたり、流れからしてヤバイ人が出てくるものかと思っていたけど、目の隈以外は普通の見た目、普通の態度の女性だった。

 

 突如やって来たかつ顔も知らないであろうボク達に、お茶とお茶菓子を出してくれて、座らしてくれた。

 

 少し話を進めてみると、貴島京子が亡くなる前は娘との2人暮らしだったそうで、日中はほとんど働いているのだという。母親から見ても、完璧超人を絵に描いたような少女であったらしく、その点を最初の夫(一度再婚しているらしい)に感謝しているんだとか。笑っていいジョークなのかマジなのか分からない。

 

「戸車柊くんのことは、何か聞いてますか?」

「たまに家に呼んでいたわ。わたしも許可していた。どこまで進んでいたのかは知らないけれど……わたしに言えるのは、とてもいい子だってこと。あの子になら京子を任せられるってねぇ」

「絶対セックスしてますよ!」

「黙っててマッキィ」

 

 一つ、気になる。柊、Iクラスの生徒、母親といい、どうして貴島京子のイメージが抽象的なんだろう。素晴らしい、とか。優しい、とか。超人だの。美しいだの。顔が広い、とは言っていたけど、ボク達が話してきたのは彼女と身近な人物なはずだ。

 イメージが掴めないんじゃない。掴めすぎる。イメージが出来すぎている。

 

 まるで……

 

『その……キャラを演じないと、おれみたいな何も無い人間に誰も振り向いてくれないから……ね。』

 

 キャラクター。

 創り上げられた、明確な偶像。

 

「すごいありきたりな質問なんですけど」

「ええ、なにかしら。遠慮せずに聞いて。少しでも多くの人に、京子という素晴らしい人間を広めたいから」

「じゃあ聞くんですけど、()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

「────」

 

 硬直。それはバーチャルアシスタントに変な問題を突きつけて、バグらせてしまったような。

 まるで、“すみません、よく分かりません”と機械的に言ってしまいそうな無表情。

 

 どうして、答えない……?

 母親ならすぐに答えられる、ごく簡単な質問だろう?

 

 沈黙の是非は。

 

「ええ、なにかしら。遠慮せずに聞いて。少しでも多くの人に、京子という素晴らしい人間を広めたいから」 

 

 

 

 

❑─CHAPTER33(NATU KURAME)─❒

 

 

 

 舌を噛み切れば人は死ぬ。現実的な話ではないが、まぁ常識内のショッキングな例え話。

 

 スパイが捕まった時の自殺方法とかでよく聞くけれど、そんな痛そうなものを実践しようなんて人間は世界にどれほどいるのでしょう。

 

 事実と現実に忠実に断言するのなら。

 ココにはいます。

 

「ガッ、ぁぁアっ」

 

 プッと血溜まりを口から吐き捨てて、朱に滲んだ唇を指で拭う。

 

「なんでなんでなんでなんでそんなことがそんなこ、と、できる?」

「言ったはずです。私には覚悟がある、と。私は兄さんを守るためなら、舌を噛む覚悟だってある。それだけのことです」

「そんな……キャラだっけ……、君」

「人はキャラを被るものですから。ほら、喋ると痛いですよ。怪我の痛みを譲渡しただけで、貴方の舌が切れているわけではありませんが、痛みは本物ですから」

「それに……舌を噛みちぎったら、死ぬ、でしょ?」

「ええ、そうですね」

 

 だから? と言わんとするような返答。どうでもいい質問ですし、正解を教える気もありません。

 

「さぁ、みんなの洗脳を解いてください。さもなければ、次は歯を──」

 

 

 

 

 

バリ、ン。

 

 

 

 なにかが壊れるような音を、この耳が捉えた──。

 

 ──そう。浅はかだったのは彼だけじゃなく私の方でもあった。想像が足らなかった。

 

 

 

「もう……もう……もう……」

 

 

 

 常識外の苦痛による、無為の覚醒。生存本能の発揮。誰もがきっと抱えていて、その人生において決して開けることはないブラックボックス。

 

 アーティファクトを使用しすぎると、いずれはスティグマが身体中に侵食し、暴走し、やがて死に至る。ソフィーティアはそう言っていた。

 

 学校の生徒ほとんどに掛けていたのであろう束縛の洗脳。

 

 私やうい先輩の例のような“時間差”の洗脳。繊細な行使。

 

 とうに擦り切れていたのであろう脳と体。私が──トドメを刺した。

 

 崖っぷちで手を広げていた彼を、小指でつついたように。

 

「京子ちゃん。本当はね、君にこんなことさせたくなかった。おれがどうにかして、誰も傷つけないようにして、君の理想のセカイを作ってあげたかった。でも……無理みたい。だから、だから…………

 

 やはり君のやり方で復讐を果たそう。それがいい」

 

 

 

 

せーんろはつづくーよー。

どーこまーでーもー。

のーをこえやまこえたにこえてー。

はるかなまちまで。

ぼーくたーちーの。

たのしいたびのーゆめ、

つーなーいーでーるー。

 

らんららんららーんららんららんららーんららんららんららんららんららんらんらーん、らんららんららーんららんららんららーんららんららんららんららんららんらんらーん、らんららんららーんららんららんららーんららんららんららんららんららんらんらーん、らんららんららーんららんららんららーんららんららんららんららんららんらんらーん、らんららんららーんららんららんららーんららんららんららんららんららんらんらーん、らんららんららーんららんららんららーんららんららんららんららんららんらんらーん、らんららんららーんららんららんららーんららんららんららんららんららんらんらーん、らんららんららーんららんららんららーんららんららんららんららんららんらんらーん、らんららんららーんららんららんららーんららんららんららんららんららんらんらーん、らんららんららーんららんららんららーんららんららんららんららんららんらんらーん、らんららんららーんららんららんららーんららんららんららんららんららんらんらーん、らんららんららーんららんららんららーんららんららんららんららんららんらんらーん、らんららんららーんららんららんららーんららんららんららんららんららんらんらーん、らんららんららーんららんららんららーんららんららんららんららんららんらんらーん、らんららんららーんららんららんららーんららんららんららんららんららんらんらーん、らんららんららーんららんららんららーんららんららんららんららんららんらんらーん、らんららんららーんららんららんららーんららんららんららんららんららんらんらーん、らんららんららーんららんららんららーんららんららんららんららんららんらんらーん、らんららんららーんららんららんららーんららんららんららんららんららんらんらーん、らんららんららーんららんららんららーんららんららんららんららんららんらんらーん、らんららんららーんららんららんららーんららんららんららんららんららんらんらーん、らんららんららーんららんららんららーんららんららんららんららんららんらんらーん、らんららんららーんららんららんららーんららんららんららんららんららんらんらーん、らんららんららーんららんららんららーんららんららんららんららんららんらんらーん、らんららんららーんららんららんららーんららんららんららんららんららんらんらーん、らんららんららーんららんららんららーんららんららんららんららんららんらんらーん、らんららんららーんららんららんららーんららんららんららんららんららんらんらーん、らんららんららーんららんららんららーんららんららんららんららんららんらんらーん、らんららんららーんららんららんららーんららんららんららんららんららんらんらーん、らんららんららーんららんららんららーんららんららんららんららんららんらんらーん、らんららんららーんららんららんららーんららんららんららんららんららんらんらーん、らんららんららーんららんららんららーんららんららんららんららんららんらんらーん、らんららんららーんららんららんららーんららんららんららんららんららんらんらーん、

 

 うい先輩も。沙月先生も。下の階にいた人間は窓を開け、グラウンドにいた人間は中央に揃い、学園の人間が一斉に歌い出す。

 

 

 

「さぁみんな、おれ達からの最後のお願いだよ、貴島京子の会バンザァァァァァァァァァァァァァァァァァイッッッ!!!」

 

 

 

❑─CHAPTER34(AYUMU KURAME)─❒

 

◤▼─

【挿絵表示】

─▼◢

 

 

 

◆歩夢◆

貴島京子の部屋に案内してもらい

仏壇でお参りの行事を済ませた後

彼女のアルバムなどを

見せてもらった。

それからボク達は、

貴島京子の部屋の中で

話をまとめていた。

 

◆マッキィ◆

にしてもても、

結構普通に可愛い子だったね。

 

◆歩夢◆

まぁ、確かに可愛かったけど。

今の要点はそこじゃない。

ここで手に入れた情報を、

まずはまとめてみようよ。

 

◆マッキィ◆

3人寄ればもんじゃ焼きだ!

 

◆ソフィーティア◆

文殊の知恵、じゃないかしら。

 

◆歩夢◆

異世界人に国語力負けてるよ……。

 

◆マッキィ◆

手に入れた情報つっても、

貴島京子のお母さんが

変にバグっちゃったのと、

アルバムくらいじゃね?

 

◆歩夢◆

バグったことについて

もうちょっと考えてみよう。

これまで、貴島京子を知る人物が

彼女について語る時、

抽象的な発言しか出てこなかった。

それこそもなにもない。

人気者なら、それに伴う

エピソードだってあってもいい。

 

◆ソフィーティア◆

けどそれは、たまたまって

可能性も捨てきれないでしょう?

 

◆歩夢◆

まぁね。貴島京子の母親が

おかしくなったのは、

ここで一旦置いておこうか。

次はアルバム……。

気になったとこは……。

 

◆マッキィ◆

卒業アルバムに誰も

寄せ書きしてない!

 

◆歩夢◆

そう!

 

◆マッキィ◆

きっとクラスのみんなが

修学旅行中に心中したんだ!

 

◆歩夢◆

…………。うん。

 

一人とぬいぐるみで

他人の家に乗り込むのは

ちょっと怖いっていうのと、

同じAFユーザーということで

情報交換ができると思って

ついてくるのを許したけども、

悪手だったのかもな……。

 

◆マッキィ◆

でもおかしくなーい?

貴島京子ってさ、

人気者だったんしょ?

にゃーら、アルバムの寄せ書きは

多いはずだし、それにさ、

 

◆ソフィーティア◆

2年生からの写真がない。

そうよね?

 

◆マッキィ◆

しょー。

 

◆歩夢◆

2年生、夏以降の行事の写真に

彼女は写ってなかった。

さらには3年生の集合写真にも

個人の写真も載せられて無い。

名前だけ記載されているだけ。

個人写真が無いなんて

余程の理由があるはずだよね。

病欠よりももっと重い、なにか。

 

◆ソフィーティア◆

顔の傷……とかかしら?

 

◆マッキィ◆

それはあるだろうね。

心の問題にもなるんしょ?

 

◆歩夢◆

顔に、傷……。でも、

美少女だのなんだので……、

傷について誰も話してない。

仏壇の写真も、彼女の顔は

傷ついてなんてなかった。

 

◆マッキィ◆

──チミ。

、貰ったんでしょ。

それどこに使うんさ。

 

◆歩夢◆

え……。

 

ボクは柊から渡された

小さな鍵を、手元の学校用バッグ

から取り出した。

鍵。

どこの鍵なんだ……?

 

◆マッキィ◆

ありがちなのはクローゼット

の中とかじゃない?

 

◆ソフィーティア◆

さっき調べた時、

鍵穴なんて無かったわよ。

 

◆歩夢◆

片付けられてなかった

学習机もあったけど……

あれにも鍵穴はなかったよね。

 

◆マッキィ◆

あたまをやーわらかくするんよ。

あんちゃん。

脳味噌を角煮にするんだよ。

 

◆歩夢◆

角煮……角煮……。

 

◆ソフィーティア◆

どうしてそこで流されるのかしら。

 

◆歩夢◆

考えて、考えるな。

思考を緩くしろ。引き締めるな。

ありそうとかなさそうではなく、

もっと広い視野で──。

 

およそ10秒に及ぶ記憶旅行。

 

仏壇だ……!

 

貴島京子の母親にお願いし、

また仏壇に通してもらった

ボク達。仏壇をイジるという

禁忌を犯していることを

頭にいれつつ、それでもボクは

好奇心を抱えて、鍵穴を探した。

 

──すぐに、見つかった。

 

地袋の部分に不自然な鍵穴。

柊から貰った鍵が、

ピッタリと入った。

鍵を回し、開く。

そこには…………。

 

 

 

ガラスの、破片?

 

 

 

◢◤◢◤◢◤

 

 

◆歩夢◆

白巳津川市で巻き起こる

猟奇殺人事件、

メデューサ事件とキメラ事件。

白泉学園の生徒も事件に

巻き込まれており、

下校時間は14時50分と

少し早まっていた。

しかし……。

大会前ということで、

部活動は許可されている。

結局他人事にしているんだ……。

隠そうとしているんだ……。

事件なんて、見向きをしなければ

それでいい、なんて思ってるんだ。

改めて。柊とのゲームの内容は、

下校時間の14時50分までに、

なぜ貴島京子は柊のことを

好きになったのか、を答えること。

 

◆マッキィ◆

よく分からんね。

手がかりだってさ、

ほとんど無いじゃん?

 

◆ソフィーティア◆

ええ。2人の関係に纏わる

話は何一つ聞けなかったし、

見つからなかった。

答えられるの……? 歩夢。

 

◆歩夢◆

うん。ううん。

 

◆マッキィ&ソフィーティア◆

どっちや!?

 

◆歩夢◆

ボク達は学校へと歩みを

進めていた。

時刻は14時きっかり。

もう、時間がない。

 

ピースは揃っているはず。

ボクの、喉元に、答えはあるはず。

見落としはない。

確かに答えは、

掴める位置にある。

 

──さっきから、気づいていた。

ボクの右手の甲のスティグマが、

ジリジリと肌を焼くように

反応している。

 

 

 

──ボクの記憶は、可変する___

 

 

 

拳銃の遊底を引くように。

ガチ、ン。

記憶を装填する。

縦型になったこれまでの記憶から、

有用な情報を取得する。

過去の誰かの発言も、

一言一句鮮明に思い出せる。

 

再生の能力。

 

そうか。

そもそも、ボクの能力は──

 

 

 

◥─

【挿絵表示】

─◤

 

 

 

クラヤミにひとりボク。

分かたれた記憶達。

CHAPTER1〜34。

幾つか見えない記憶はあるけど

問題ない。

ボクの記憶だけで充分だ。

 

 

 

本題は⬜貴島京子の会事件⬜

 

CASE:ONE

主な登場人物は戸車柊

そして、貴島京子その人。

学校では人気者、誰もから

愛されているとされた

ヒロインガール、貴島京子。

彼女はキメラ事件によって

亡くなってしまった。

 

CASE:TWO

そのショックにより、彼女の

素晴らしさを伝える為という

目的で貴島京子の会が創られる。

やがてクラス全員が

メンバーとなり、さらには

白泉学園の人間ほとんどを

巻き込むこととなるが、

元凶は貴島京子の彼氏、

彼女を崇拝する戸車柊だった。

 

CASE:THREE

束縛の能力によって

学校中の人間を洗脳した彼。

この方法は魔眼によるものであり

目の合った人物全てが

対象となったんだ。

学校の人たちを巻き込めた理由は

能力の時間差使用。

カラオケでの一件から暫くして

奈津やうい、沙月先生を洗脳した

ように時間差で洗脳を始めたんだ。

 

CASE:FOUR

貴島京子の会という

大規模な洗脳をした理由、

それは貴島京子への愛に

一貫している。

貴島京子の素晴らしさを伝える

邪魔となる者、友人、高峰蓮夜を

病院送りにするほどの愛情。

 

さて、ここでひとつ──

 

フラッシュバックが止まる。

浮かび上がる疑問が可視化される。

 

QUESTION:1

 

蔵芽歩夢にゲームをやらせた理由

 

──邪魔をされたくないが故に、

強力な能力『切断』を持つ

蓮夜を排除したのに、どうして

ボクには自由に行動させた?

 

A・解いてほしいから

 

──これに帰結する。

あちらのほうが仲間の数も多く、

能力の面でもボクより強力である

柊が、問題を出す時点で

メリットがない。

なら答えは簡単だ。

ボクに解いてもらいたいからだ。

 

QUESTION:2

 

解かせてどうする?

 

柊は洗脳の能力を有しながら

ボク達と協力していた。

そんな回りくどいことをする

のはおまけであり、柊にとっての

“目的”とやらは達成されている。

貴島京子への愛情、それとは別の

目的──それは一体何か。

このゲームの内容に抵触するモノ

であると彼は言っていた。

この答えは保留しよう。

 

QUESTION:3

 

貴島京子の存在

 

幾ら愛人とはいえ、

酔狂なんてもんじゃない

愛情を貴島京子に抱えた戸車柊。

貴島京子の母親にも洗脳を

施していたとも考えられるが、

母親からも抽象的な

“貴島京子”という存在しか

知ることができなかった。

 

そして、中学2年生から

喪失した彼女の存在。

隠されたガラスの破片。

 

行事に参加しなかった理由。

寄せ書きが無い理由。

いじめ?

傷? 病気?

 

矛盾。

人気者であるという彼女、

学校に行っていない彼女、

どちらが正しい──?

 

 

 

最終的な謎は、

●真の目的

●貴島京子の存在不審

●貴島京子はなぜ

 柊を好きになったのか?

 

 

 

◤▼─

【挿絵表示】

─▼◢ 

 

 

 

「独り言は終わったかしら?」

 

 ソフィーティアの言葉にハッとする。

 

「あれ、もしかして全部聞こえてた感じ……?」

「えぇ。ぶつふつと早口で。それが『再生』の能力?」

「うん。そんな感じがする。あれ、マッキィは?」

「…………。用事を思い出したと言ってどこかに行ってしまったわ。あなたに呼びかけたのに、ずっとぶつぶつ言ってるだけだった」

「う……そっか」

 

 結局あの人はなにがしたかったんだ?

 

「あなたの独り言のどこかを聞いて、何かに気づいたようだった」

 

 ボクの──? 戸車柊の狙いや貴島京子の正体に気づいたのか?

 

「ってことは、やっぱり答えはもう少しなのか……」

「ゲームに対するアンサーは、まだ出ていないのね」

「いや、本当にほんとに、馬鹿げた答えだけど、一つだけあるよ」

 

 浮かび上がる3つの疑問に対し、唯一の解答。そして、最もイカれた回答。

 

 ──超常能力。この世には存在しないもの。常識外のルールブレイカー。

 

 なら、この問題にトリックは必要ない。必要なものは、発想の転換。

 

 イカれた者には、イカれた真実を。

 

 それがこの物語に相応しいのだと、ボクはどこかで呟いている。

 

 

 

❑─CHAPTER35(MAKI HIZUMI)─❒

 

 

 

 いやはや、恐ろしいものだよ。

 

 ヤツ──戸車柊の能力は、どう考えたって束縛だけじゃない。

 

 もっと莫大な、それこそこの街、このセカイを埋め尽くすアーティファクトの中でも最上級の脅威を抱えていた。

 が、アーティファクトそのものとは適合していないところをみるに、きっと自我が崩壊して、理性なんて働いていないはずだ。

 

「まぁでも、謎は解けたよ。

 江口ヨウくん。

 だってマッキィ、遊んだお人形さん達の名前、間違えたり忘れたりしないもんね。キャワウィウィものには目がないんだから。

 

 だから──、

 ()()()()()()()()()()()()

 

 あとは蔵芽歩夢がどうにかしてくれる。能力の覚醒は見届けた。土台はできたわけだ。

 

「お好きにどうぞ? マッキィは中ボスらしいからさ。

 

 

 

 

()()()()()()()()

 

 

 

❑─CHAPTER36(KYOKO KIJIMA)─❒

 

 

 

 ここから先に、語るべきドラマなど無い。いじめられて、学校が怖くなって、家に引きこもりました。ちゃんちゃん。

 

 ママとパパは結局離婚して、振り出しに戻った。ママについていくことになったワタシは、遠いとこ──白巳津川市って場所に住むことになった。

 

 一応、学校に行かなくなっても特別授業だとか通信教育だとかで、中学を卒業し、白泉学園の入学試験にも受かるレベルの学力はあった。

 

 白巳津川市はワタシの元いた町からかなり離れているから、もう、いじめた人と出会うことなんて無い。

 

 だから──って高望み。知ってるよ。人生そんな上手くいくわけない。むしろ悪い方に上手くできている。

 

 幸せと絶望は対等にならない。不幸と希望は均等にならない。いつだってワンサイドゲームなクソ試合。それが人生ってやつなんだから。

 

 しってる。

 でも結局、

 希望に縋ろうとして──

 

「なにその被害者ぶった顔にキャラ。確かに顔の傷は可哀想だけど、いい加減覚えてよ。あんたを助けようとしてる人なんて、この白泉に、一人とていないんだって」

 

 

 

 ──。

 ──────。

 

 

 

 ワタシには戸車柊くんという男の子の友達がいます。ひっこみ癖があって、いっつも黙りしてるけど、本当は心の優しい男の子。髪は女の子みたいに伸ばしていて、顔はよく見えません。でも、よーく見ると顔も整ってて、すんごくカッコイイんです。彼との出会いは中学2年生のころ。たまたま帰り道が一緒になったので、声をかけてみました。すると彼はワタシが貞子にでも見えたのかすんごく驚いてしまって、こけちゃいました。で、その反応に驚いて、ワタシもこけちゃってのです。お互い見合ってお互い沈黙。お互い、大笑い。それが馴れ初め。青い春に咲く桜の、蕾さん。

 柊くん。

 柊くん好き。

 柊くんだいすき。

 柊くんはワタシを守ってくれる。たとえ明日に世界が終わろうとも、ぎゅっとワタシを抱きしめて、ワタシだけを助けてくれるんだ。

 あぁ、大好き。すき。すきすきすきすきすきすきすきすき。

 

 

 

 

 

 

 1か月前。春。

 高校3年生、自宅警備中。家で勉強して課題を終わらせて、なんとか3年生。

 

 

バリン。

 

 トラウマだった。その音が聞こえた途端、ワタシは取り乱し、髪を引っこ抜けるまで掻き毟り、発狂し、現実に帰還するまでかなりの時間を要した。

 

 今度のソレは──ワタシへの救済だった。

 銀の指輪。翡翠の宝玉が装飾されている、とっても綺麗な指輪。これだ。これだよこれこれ。そう、セックスとかだけじゃないんだよ。ワタシ達、結婚するんだよ。

 うふふ。けっこんけっこーん!

 となればドレスだよドレス。通販で調べなきゃ。大きさって普通の服みたいな感じでいいのかな。って言っても、いつもパジャマしか着てないから普通の服なんてものを知らないんだけど。けど柊くんは許してくれるよねー?

 うん、ありがと!

 あーでもでも。結婚式には沢山人呼ばないとね。え、うん。いるよ友達。たっくさん。うーん? えっとね。100人はいるよ。そりゃもう。ほんとだって。いるもん。いるよね。いるよ。いるって。いるでしょ。いなきゃだめだよ。なんでワタシがこんな目に。いてよ。駄目だよ。ワタシがこんなに可哀想なのに。わけわかんねぇよ。いるよ。友達。いるの。いるって。

 

 じゃあ試そっか。

 まってて、()()()()()()()()

 

 

 

───────────────

 貴島京子の精神は崩壊していた。そんな彼女に反応した『妄想』と『束縛』の2つの能力。1つ目の能力は、彼女との契約と同時に暴走する。

 

 貴島京子の創り上げたセカイ。とても素晴らしい人間だった貴島京子という人間は、猟奇殺人事件に巻き込まれてしまい、皆はそのショックを受けてしまう。その中で愛を忘れず、孤独に生ける貴島京子の彼氏、戸車柊。

 

 いつまでも貴島京子は忘れられることはない。いつまでも輝き続ける一番星の生まれ変わり。

 ──()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 アーティファクトでも、対象を視覚するだけで必中の効果を得る魔眼の能力は最強の部類に値するが、『妄想』は()()()()()()が故に無限の可能性を秘めていた。貴島京子の生まれ持った能力への歪な適応と精神の崩壊具合。更に彼女の強い想いにより、完全無条件による不特定多数への能力の使用を実現させた。

 二度と観測されることはないであろう、最強のアーティファクトによる、最上の奇跡である。また、災厄の実現である。

 

         以上、ね。

───────────────

 

❑─CHAPTER37(KYOKO KIJIMA)─❒

 

 

 

 指輪型のアーティファクトを手に入れて、すぐにもう一つ、今度は碧の宝石が装飾された指輪、『束縛』のアーティファクトと契約した。

 幸せだった。舞台は整いすぎていた。

 だから、手を伸ばした。

 

『私は高峰蓮夜だ。共に戦おう。君は今日から同盟であり、友人、だ』

 

 アーティファクトの回収を目的としたチーム。蓮夜くんにソフィーティアさん、九條聡さん。さらにメンバーが増えて、歩夢くんに奈津ちゃん。ういちゃん。

 超常能力っていう常識外れの繋がりなら、今度こそ、仲良くなれるかもしれない。一緒にご飯を食べて、カラオケに行って、駄弁って、笑って、そんな幸せ。

 京子ちゃんに見せてあげたい。

 

 ──いや、違う。

 

「やぁ、歩夢くん。下校チャイム、あと1分だったね。さて、ゲームはクリアできたのかな?」

 

「先に涙を拭いたほうがいい。過去に風邪をうつされるからね。貴島京子さん?」

 

 ──ワタシが体験してみたい。

 当たり前の青い春。

 

 うん、楽しかったッ! 

 

 

 

❑─CHAPTER38(AYUMU KURAME)─❒

 

 

 

 14時50分。白泉学園3年Iクラスに、終業の鐘が響く。

 ソフィーティアに周囲を確認してきてもらった。学園の生徒の異常事態と、唯一奈津だけが体育館倉庫で眠らされていることを把握した。

 

「やらせておいて、だけど。よく分かったね」

「うん。自分でもびっくりだ。やっぱりこういう案件の探偵は向いているのかもしれない」

「そっか。羨ましいよ。そうやって都合好く駒を進められる、きみが」

「いいや。これまでにファーストキスを奪われた。ハンカチを渡されれば、泣けるよ、ボク」

「さてどうしようか」

「どうもするな。みんなを解放して」

 

 学園の生徒は、みんな自分の顔に刃物を突きつけている。

 

「危害を加える気は……ないんだよね?」

「気が変わったんだよ。名案なんじゃないかな。いじめられる方にみんなが回れば、必然的にみんながいじめられなくなる」

「ツッコミ待ちだと思うから言うけど、破綻してるよ、ソレ()も君も」

「追求ありがとう。でもおれは……ワタシはね、論で話していない。この胸から溢れて爛れて渦巻いている、感情を発散しているの」

「君は今まで、洗脳したり、蓮夜を眠らせたりだとか、アーティファクトを悪用してきた。怪我人も……もしかしたらその過程に生まれているかもしれないけど、でも取り返しのつかないことは起こってないはずだ。

 このまま洗脳を続けたら、本当に取り返しがつかなくなるんだよ」

「もうつかないよ」

 

 戸車柊/貴島京子は己の制服を脱いだ。晒される裸体。女性が脱いだとかなんだとかは、気にしない。気にならない。考えられない。なぜなら、彼女の体を蝕むスティグマが、おどろおどろしい聖痕の渦中は、あまりにもグロテスクだった。

 

 そう。彼女の瞼に灯るのは束縛のスティグマであり、肝心の洗脳に使われたのであろう妄想の能力のスティグマは、服装で隠れる部分ほぼ全てに広がっていた。

 能力の暴走によってスティグマに侵食されると、やがて死に至る。

 

「ソフィーティア」

「アンブロシアを使えば、1割の可能性があるわね」

 

 1割か。今の彼女を救うには充分すぎる確率だ。残る確率変動要素は、ボク自身。

 

「単刀直入に聞く。見栄をはらないで。歩夢、勝てるの?」

「一応言っとくけどさ、抵抗するよ? ワタシ」

「うん、知ってる」

 

 右手の甲。ボクの従える聖痕(スティグマ)は、試合開始のゴングのように轟くのだ。

 

◢◤◢◤◢◤

 

「友達ってのも楽しかった。お礼を言うね、歩夢くん。幸せは摘んだ。あとは復讐に花を咲かせるよ」

「嫌だよ、君にはもっと幸せになってもらう」

「はぁ?」

「友達が友達の幸せを願うことに、疑問符を打つのは違うんじゃない?」

「ワタシ、騙したんだよ、きみたちのこと」

「知ってる。だからね、まずは謝ってもらう」

「いやだ」

「ボクもやだね」

「それに勝てないよ、きみ」

「うるさい。まずはその能力(アーティファクト)を退かす」

 

 ボクは彼女に向かって駆け出した。魔眼に目を合わせないように下を向く。

 

『おれの能力はね、この眼を見た人物が同じ事、同じ風景しか考えられないように束縛するものなんだ』

『更に、そこにおれの意思を混ぜることができる。そうすることによって対象者に自由な映像や思想をお届けできるわけ』

 

 妄想の能力は不特定多数への、キメラ事件の被害者の改竄という点で常に稼働してる以上、現在は単独では使えない。

 束縛の能力とセットにすることによって、洗脳のような思考の操作をできたわけだ。

 その片割れ──束縛の能力さえ躱せば、どうってことはない。力もない少女相手だ。乱暴だけど、抑えつけてアンブロシアを打っちゃえば──!

 

 ──という考えが打ち砕かれるまでに0,2秒。

 もう、貴島京子の目的は友達作りだとか自分の尊厳だとかに注視されてない。この場における唯一の邪魔者を排除し、全校生徒を自分のように傷つけ、スティグマに呑まれて死ぬつもりだ。

 

 結果。

 ()()()()()()()()()。脳を駆け巡る“江口ヨウ”というキメラ事件の本当の被害者と、チグハグの1か月の修正。

 

「トんで、歩夢くん」

 

 彼女の妄想が降りかかる。貴島京子に手を伸ばそうとしていたボクの頭上から、ティラノサウルスが天井を突き破って落っこちてくる妄想。それが現実のものではないと理解していても、一瞬でも体が硬直したらボクの負け。左方向から雀蜂の大群。右方向から貴島京子の──蹴り。

 女性かつ素人の慣れない蹴りでも、頭に入れば、格闘経験もなく受け身もとれないボクには大打撃だ。

 蹴られた方へそのまま転がった後、すぐに起き上がる。受け身を失敗したせいで、手首を痛めた。

 

「左利きなんだね」

「もう怪我したくないでしょ。やめてよ、歩夢くん」

 

「やだ──ッ!」

 

 対策を取らないといよいよまずい。いや、いよを2つも綴る前に、次の一撃でやられたっておかしくはない。

 やはり──アーティファクト。右手の甲の上でドクドクと脈打つ異常原石。

 

「フゥ」

 

 息をつく。呼吸の整え。目を瞑り、開けて、視野も良好。脳は頗る快調だ。

 

 残るは──能力への理解。先程ボクが使ったのは、再生の能力による記憶の視聴。

 つまり、『再生』の能力とは、動画の再生とか、そっち方面に似た姿をしているんだろう。

 どうやって奈津を生き返らせたのか、あの時の状況との関連性は分からないけど、さっきの能力使用でカタチは触った。

 

 さぁ。掴め。

 記憶の装填ができたのなら、

 あとはなにができる。

 

 そりゃあ。

 ()()()()()()()()

 

()()()()()()()

 

 瞬間。貴島京子もまた理解した。ナニか、こちらを打倒する用意を、カレは整えたのだと。手遅れの前兆は、逃さない。

 

「蔵芽歩夢──ッッ!」

 

 

 

再再生(リ・プレイ)

 

 

 

 その過去は繰り返される。先程の雀蜂とティラノサウルスが、妄想の主の創造と関係なく顕現した。

 

「なんで、」

 

 貴島京子からしてみれば奇妙な感覚だったろう。過去に使用した能力とその結果が繰り返されることに。──およそ5秒間。ボクが駆け出して蹴られるまでの再生。

 

 うん。これは、

 

「一歩っ!」

 

 パシッと拳を鳴らす。

 能力の使い方をひとつ学んだ。

 

 だが懸念点がある。『再再生(リ・プレイ)』を使用するには、『時間指定(リ・ロード)』を行わなければならないということ。つまりは(記憶)の装填時間を要する。

 また、根本的な問題として、後手に回らなければこちらの攻撃方法は皆無である。

 

 或いは──。

 

 貴島京子に『妄想』と『束縛』というアーティファクトの最強の一角を正常な脳で行使する力が備わっていたのであれば、勝敗は一切の余地なく決まっていたのであろう。

 

「なによ……なんだよ、なんなの…………。もう、誰も邪魔しないでぇッッ!!」

 

 本音。本性。

 彼女の、根源。

 最後に彼女が妄想したのは、自分の人生を壊した、()()()()()()()()()()()だった。

 彼女の能力の覚醒。全身のスティグマが青色ではなく“赤”に発光した。

 

 妄想の現実化。

 ()()()()()()()()()()()()

 

 ……本物の凶器がボクの目前に。

 

 あぁ──ソレか、と。

 

 ボクは、弱く呟く。

 

 リ・ロードは済んだ。

 

 能力は使用できる。

 

 しかし。

 

「結局現実からは逃げられない。そういう、話なんだ」

 

 ボクはそのどれもを避けず、くっぱりと肌が裂ける痛みに、ただ堪えた。

 

「なん」トスッ。

 

「すいません、聡さん。ナインボール、お休みにさせてしまって。年中無休が信条、みたいの聞いたんですけど」

 

「気にしないでくれよ。子供の命を守るだなんて、老兵には何にも代え難い使命なのだからね」

 

 事前に呼んでおいた聡さんによって、貴島京子にアンブロシアが注入される。本当は外で待っててもらうだけのはずだったのに、ソフィーティアが呼んでくれたのかな。

 

 どうにせよ、助かった。

 

「ひとつ、いいかな」

「柊くん……柊くん……しゅうくん………」

「柊の名前の由来って、なんなの?」

 

「…………。……。

 戸車は、最初のパパの、名字。

 柊は、ヒイラギ。ワタシを…………守って、くれ…………………」

 

 聡さんに支えられながら、彼女は眠ってしまった。アンブロシアを注入された者は、強制的に契約を破棄され、意識を失う。

 目が覚めるまでにどれほどの時間がかかるかは個人差があるらしいけど……。

 

「そもそも、ここまでアーティファクトを暴走させておいて、目覚めるかどうか……ね」

「うん」

「歩夢。頑張ったわね。でもあなた、傷は──」

「……覚ますさ。その為にチップを払ったんだから」

 

 笑うと、顔中の切り傷が開いて痛む。どうして躱さなかったのかは……分からん。あれを避けたら、きっと、分かりあえない気がしたから。理由なんてそんなもの。

 

「歩夢……一応聞くけど、ケチャップパーティやってたわけじゃ……ないよね?」

 

 洗脳が解けたのであろう、ういがひょっこりと顔を出す。教室のドアから、まじまじとボクを見つめてる。それがおかしくって。

 

「あんま笑わせないで」

 

 それがなんだか、懐かしくって。

 

 

 

 こうして貴島京子の会事件は、一旦の幕を……閉じた。

 

 

 

◢◤◢◤◢◤

 

─6/3日─

 

 あれから一週間。

 

 アンブロシアによる貴島京子のアーティファクト契約破棄で、洗脳されていた人間は解放された。

 

 奈津も救出して、蓮夜も退院(本当に少しの間だけど)できた。ボク以外の怪我人はほとんどいないはず。

 

 ここで一つ問題。いや、別に悪いことが起こったわけじゃないけど……()()()()()()()()()()()()()()()()のは、何故だろう。これも再生の能力なのか。でも、あれは記憶を操る“再生”なんじゃなかったのか? ……まだまだ、ボクの能力は分からないことだらけだ。

 

 話を戻そう。当然だけど、キメラ事件の被害者も元に戻った。新聞の記事も、しっかりと元の人物の名前が載っている。

 

 もちろん、貴島京子という人間の正体も、元に、戻った。

 

 貴島京子は無事だった。けど、また学校に来なくなってしまった。喫茶ナインボールに、ボク達に対してお礼を言いにきてくれたけど、それが最後だった。

 

『さようなら』

 

 そう言い残して、ナインボールを去った彼女の背中を、忘れることはできない。

 ていうか、忘れるつもりも、放っておくつもりもない。

 

 高層ビルの705。

 インターホンを押す。

 

『はい、どなたです……?』

 

「あ、京子ちゃんの友達です」

 

『京子に……? でもそっか、最近ちょっとだけ学校行ってたのか……。分かりました』

 

 通してもらえた。

 

「兄さん、ほんとに行くんですか」

「うん」

 

 

 

❑─CHAPTER40(KYOKO KIJIMA)─❒

 

 

 

 ワタシは能力を失い、また自宅警備の生活に戻った。ただそれだけ。はい、ちゃんちゃん。

 

 部屋の扉にバリケードを作った。これでいい。もうここを出る気はない。ワタシは生かされただけ。自殺する勇気はない。

 柊くんは、もういない。生きる意味なんて無い。

 

『友達が友達の幸せを願うことに、疑問符を打つのは違うんじゃない?』

 

 …………。友達。

 あんなの、うそ。そう、嘘なんだ。歩夢くんも蓮夜くんもみんなワタシのことが嫌いになってる。当然さ。あースッキリ。うんうん。

 

「やっぱ……一人は、

     いいなぁ…………」

 

 ヒビ割れた顔に、ポロポロと温かい違和感。今は名称さえ思い出したくない。思い出したら、もっと止まらなく──

 

 

 

 コンコン。

 

 このノック音は……ママじゃない。

 

「蔵芽歩夢です。元気?」

 

「……………」

 

「よかった元気だって」

「兄さんが耳カス野郎なのは理解しました」

 

 なんで……? なんで2人がここに来てるの……? てかママも赤の他人を通すなよ。あの事件の詳細はほとんど忘れてるはずなのに。

 

「…………」

 

 開けろとか、言うんでしょ。

 

「開けなくていいよ」

 

 出てこいっていうんでしょ。

 

「そのままで聞いて。

 

 白泉学園でもいじめられてたって言ってたけど、やっぱりあれは……嘘だよね」

 

「────っ!」

 

 そう。白泉学園に入学はできたけど、学校には行ってない。

 

『なにその被害者ぶった顔にキャラ──』

 

 つまりあれは、

 ()()()()

 

「回復したら、とか。絶対に帰ってこいよ、とかは言わない。それはあまりにも無責任だ。他人であるボクに、君の未来は保証できない

 

 だから──!」

 

 やめて。それ以上言わないで。あの2文字を言われたら、やばいから。止まらなくなってしまうだろうから。ほんとにお願い、だめ……。

 

「友達として、

 ご飯食べる気になったらさ。お昼の時間だけでも来てよ。蓮夜がうんまいサンドイッチまだまだ教えてくれるって」

 

 あ…………。

 

「ぅ、ぁ」

 

「…………。ほら生きてる」

「兄さん、一言余計な癖は、本当に直した方がいいですよ」

 

 2人の声が遠のいていく。信じちゃ、ダメ……? ダメだよね。だめだよ。そうやって裏切られてきたんだもん。傷口に塩を塗るなよ。

 

 京子ちゃん。

 

 既に朽ちた妄想が、ワタシの後ろで囁いた。うん、知ってるの。彼はワタシが生み出したのだから。

 今。彼は笑ってる。長い長い前髪の下は、太陽みたいに眩しいんだろうな。

 

 バリケードの下に落っこちていた鋏を取って、伸び切った黒髪を、切っていく。

 

 /ザク、

 京子ちゃん。

 /ザク、

 やっぱりおれにはもったいないんだよ。

 /ザク、

 だって、おれは京子ちゃんに作られた偶像だろう?

 /ザク、

 なら世の中にはもっといい男が、

 /ザク。

 いるはずだから──。

 

 

 

 

バリン。

 

 

 

 バリケードを自分で破壊して、部屋を飛び出る。ママが白目を剥きそうな勢いで驚いてたけど、面白いからそれは後でのお楽しみ。

 

 裸足のまま玄関を出て、丁度通路を歩いていた2人の背に、

 

「ま、また! から……おけ、行けます、か?」

 

 叫ぶ。

 2人は振り向いて、

 

 

 

「「ボク()、結構歌うよ」」

 

 

 

 過去をふやかす涙。

 未来をうながす笑顔。

 果たしてワタシは──自分が見たことのない笑顔を見せていることに、気づいただろうか?

 

 

 

 春は過ぎた。夏もまだ来ない。これからきっと雨が降る季節になる。

 

 でもなぜだろう。

 

 桜が花を咲かせる前の。

 

    ──淡い青の匂いがした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

❑─CHAPTER41(SATUKI NARUSE)─❒

 

 

 

 えーとですね。なにやらこの前、大人だから頑張るだの言っていたらしいのですが、あっさり洗脳されて、目ぇ覚めたら事は全部終わっていましたとさ。

 

「なーんとか、翔くんに話す時には、もっとわたしの武勇伝を……」

 

 と、自分の活躍をどうにか増やして話そうと頭をこねくり回していました。

 

 この前の貴島京子の会事件のおかげで、倉庫が荒らされてるだの生徒も先生も変なポーズをとっていたので、下校時間がまた早くなったのと、部活動も全面禁止となった。先生たちは諸々の事務作業に追われており、かくいうわたしも、面会の限界時間、夜の8時に翔くんのお見舞いに来ていた。

 

 

 

「翔くーん。聞いてよ〜。ちょっとでっかい事件が…………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ()()()()()()

 ()()()()姿()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 




第4章は11月頃公開予定です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。