忘却の最弱ストライカーによるブルーロック (takenoko437)
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プロローグ
忘れられたストライカー


彼は、サッカーが好きだった。

彼は、ゴールをしたときの感覚が好きだった。

彼は、ゴールをしたときの、████████████な感覚が好きだった。

彼は、彼は────

 

彼は、中学二年生の時、記憶を失くした。

 

 

 

「僕らの学校は、負けた。でもね、ここで培った経験がこれからの人生で活かされるかどうかは、君達次第だから!」

特に感情を持っていなさそうな監督からの芯のない激励を受けて、その場にいる全員は、一切悔しがっていなかった。一人を除いて。

 

舞台は東京の小さな、小さな大会。

小さすぎてほとんど話題にならない、大会に出ようとする学校が少なすぎて予選すら開かれないような、大会と言えるか怪しいお遊戯場。

その一回戦で惜しくも敗退した、とあるチームの中に、彼はいた。

 

[落雫 液雫:RAKURO EKIDA]

 

弱小チームの中ではずば抜けた実力を持つ高校一年生のエースストライカー…

……だが、彼の強さも、その弱小のぬるま湯の中にいるから目立つものだ。他の強豪校に行けば、無名FWに成り下がることだろう。

ただまぁ、そのチームの中だとエースなのは間違いない事実。しかし、彼がチームメイトたちに賞賛されることはなかった。

彼には分かっていた。今、チームメイトたちが思っていることはこうだ。

「落雫が悪ぃだろ。」

「落雫が点を取れてりゃ勝ててた。」

端から見ればそんなことはない、なんてのは火を見るよりも明らかだ。

しかし、彼らには「自分が頑張る」という思考がない。これだから弱小チームに甘んじているのだ。

だが、落雫にも「自分が悪い」という思考が染みついてしまっている。だから、弱小チームに甘んじているわけだ。

 

「それじゃ、解散!」

悔しがっていない人間の一人がそう言うと、その場にいる人間たちはそれぞれの家に向かった。

もちろん液雫も彼の帰路についた。

「……クソッ。」

その目から小さく雫を零したが、それは誰にも気づかれなかった。

 

 

彼は、中学二年の時までそれはそれは強いストライカーであったそうだ。

その実力は県内で1、2を争うようなもので、彼の「世界一のサッカー選手になる」なんて子供じみた夢を補強する自信となっていたらしい。

しかし、そんな夢も、彼は忘れてしまった。

事故があった。交通事故だ。原因は運転手の居眠りだったらしいが、そんなことは彼にはどうでもよかった。

彼は脳に大きな障害をもたらされた。主に記憶に関して。

もちろん、サッカーに関する知識は全てなくなっていた。

彼のサッカーの実力は、フィジカルにはなかったらしく、彼はそのまま中学最弱のサッカー選手になってしまった。

それでも、彼はサッカーを続けた。彼自身の夢なんて覚えていなかったが、それでも続けた。

理由は、なんとなく楽しかったから、などという軟弱なもの。

ただ、彼はそれなりにサッカーに打ち込んだ。夢なんかはなかったが。

いや、なかったというより、忘れてしまっていた。

 

 

 

しかし、彼はまだ知らない。

彼自身すら忘れてしまった夢を、彼自身が叶えることになるということを、彼はまだ知らない。

 

 

 

 

 

 

 

 



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入寮テスト編 ~
監獄へ


家に帰ってからは、休む時間がなかった。

「ね、ね、大会どうだったの?」

「だから何度も言ったでしょ、母さん…負けたっての。2-3だよ。」

「液雫は何点決めたの、ね??」

「2点だよ…でも、ボクがミスってなければあと1点決めて延長戦に持ち込めたんだけど…」

「そんな風に自分を卑下しちゃだめだぞ!お前の悪い癖だ!」

「父さん…わかってるよ。わかってるけどさ…ていうかご飯くらい食べさせてよ!」

こんな風で、家族は自分の大会の様子を何度も聞いてくるし……

 

「そういえばこんなの届いてたぞ!日本フットボール連合だってさ、結構スゴいことなんじゃないか?」

「強化指定選手…? これは…確かにスゴいかも。」

「だろ!?よかったなぁ~~。それじゃ、その日に向けて早く寝なきゃな!!」

「えっ、ちょっ、まだご飯」

「はい、おやすみ~~!!!!」

てな感じで、もう寝床だし…

別に父さんも母さんも悪意はないんだろうけど、どうにかならないだろうか。あの落ち着きのなさ。

大会もあって疲れてしまっていたボクは、届いた紙の事をよく考えずに、そのまま眠りに落ちてしまった。

 

 

 

当日。

とりあえず、紙に書いてある通りに来たけど…

「あれ?一難の潔くん?」

その声がする方を見てみれば、あれは──

 

[吉良 涼介:KIRA RYOSUKE]

 

嘘だろ…あの吉良もいるのか!?

吉良涼介…つい先日全国大会出場が決まった松風黒王高校2年のFW…U18代表への飛び級招集も受けてるらしい…

そういえば昨日の大会、見れなかったな。できれば試合内容知っておきたかったんだけど…

そんで隣にいる「一難の潔くん」と呼ばれていた彼は…見ない顔だ。でも、たしか一難と言えば昨日松風黒王高校に1-2で負けたとこだ。

負けたとは言っても、その試合は延長戦に持ち込まれるほどアツい試合だったらしいが…

にしてもあの二人は顔見知り…なのかな?いいなぁ、あの吉良と顔見知りか。

そのまま会話を盗み聞きするのも良くないだろうと考えたボクは、彼らの隣を通り過ぎて建物の中へ入っていった。

 

 

 

中に入ってみれば…これは…見たことある人達だらけだ。見た感じ…FWが多いような気がするけど…?

にしても日本各地いろんなとこからよく集めてきたな。

ボクがその光景を眺めていると、突然会場のライトが消え、視線は自然に前方へ向かう。

 

「おめでとう、才能の原石共よ」

メガネをかけた、どうにも怪しそうな風貌の男が口を開いた。

「お前らは俺の独断と偏見で選ばれた優秀な18歳以下のストライカー300名です」

「そして俺は絵心甚八、日本をW杯優勝させるために雇われた人間だ」

 

その言葉を聞いた瞬間、会場にどよめきが走る。

当たり前だ。どこの誰かも知らない人にこんなことを言われれば、そりゃ誰だって困惑する。

その会場のどよめきの中、絵心はまた口を開く。

 

「単刀直入に言おう。日本サッカーは世界一になるために必要なのはただ一つ──革命的なストライカーの誕生です。」

「俺はここにいる300人の中から、世界一のストライカーを作る実験をする。」

実…験??

「見ろ。これがそのための施設…」

そして絵心が後ろを指さしたかと思うと、モニターが光を灯し…

「ブルーロック、"青い監獄"。」

「お前らは今日からここで共同生活を行い、俺の考えた特殊なトップトレーニングをこなしてもらう。」

「家には帰れないし今までのサッカー生活とは決別してもらう。」

「でも断言する。このブルーロックでのサバイバルに勝ち抜き、299名を蹴散らして…」

「最後に残る一人の人間は、世界一のストライカーになれる。」

「説明は以上。よろしく。」

 

会場は、それまでのどよめきとは打って変わって水を打ったような静けさに包まれていた。

家に帰れない…? 他の299名を蹴散らす…? 世界一のストライカー…??

全員が疑問を抱いている所に、一人の高校生が声を挙げた。

「あの!すみません、今の説明では同意できません。」

この声…吉良涼介か!

「僕らにはそれぞれ僕らの大事なチームがあります。全国大会を控えている選手もいます。」

「あなたのおっしゃるようなワケのわからない場所に、僕はチームを捨てて参加することはできません。」

彼の怒気を含んだ声につられ、堰を切ったように会場にまたどよめきが戻る。

「そーだよ!俺も全国あんだよ!」 「てかお前誰だよ!」

そうか…みんなこれから全国があるような選手なのか…すごいな。

 

ボクがそんな場違いのことを考えていると、絵心が呆れたようにしゃべり始めた。

「そっかぁ……重症だなぁ、お前ら…」

「ロックオフ。帰りたい奴は帰っていいよ。」

「チームが大切…? お前らは自分が世界一のストライカーになることよりも、こんなサッカー後進国のハイスクールで一番になる方が大事か? あ?」

「お前らみたいなのが日本の未来背負ってると思うと絶望だわ。」

…え? なんだ、あいつ。急にいじけだしたのか…?

当の絵心はしゃべり続ける。

「いいか? 日本サッカーの組織力は世界一だ。他人を思いやる国民性の賜物と言える。」

「でも、それ以外は間違いなく、二流だ。」

その妙に迫力のある語調で言葉が放たれる。

「お前らに訊く。サッカーとは何だ?」

「11人で力を合わせて戦うスポーツ…? 『絆を大事に』? 『仲間のために』…?」

「違うんだよ。だからこの国のサッカーはいつまで経っても弱小なんだ…教えてやる…サッカーってのはな…」

「相手より多く点を取るスポーツだ。点を取った人間が一番偉いんだよ。仲良し絆ごっこがしたいんならロックオフ。」

めちゃくちゃだと声を荒げたくなるが…言いたいこともわかる…。

が、これはまともなチームプレイなんかできないボクだからだ。だから…

「……不快です…撤回して下さい…」

吉良が先ほどより怒りを露わにして声を出す。

「本田選手や香川選手…他にもいっぱいいる…代表イレブンが11人で戦う姿を…僕らは現在の日本代表のチームプレーを見て育ったんです!」

「彼らは僕のスターです!あんた間違ってるよ!!」

まぁ、そりゃキレる。吉良くんなんかはちゃんとサッカーやってるもんな。

「…ん? 本田? 香川? ん~~?」

「そいつらってW杯優勝してなくない? じゃあカスでしょ。世界一になる話してんだけど? 俺。」

からかうように笑いながら絵心が告げる。

屁理屈といえば屁理屈だが、たしかにそうだ…。

 

「例えば――」

絵心がまた口を開く。

「例えば、ノエル・ノアの話をしよう。メッシやC・ロナウドを抑えてバロンドールに輝いた、今世界一のストライカーはこんなことを言ってる…」

用意されていたかのように後ろのモニターにその言葉が映し出される。

「『味方にアシストして1-0で勝つより、俺がハットトリック決めて3-4で負ける方が気持ちいい。』と。」

「20世紀最高のフットボーラー、エリック・カントナは言った。『チームなんてどうでもいい。俺が目立てばいい。』と」

「W杯優勝3回、史上最高のフットボーラー、ペレは言った。『世界一のFW、MF、DF、GK、どれを訊かれても自分だと答える。』」

「どうだ?最悪だろ!?でもコイツらがNo.1なんだ!革命的なストライカーは皆──!!」

「稀代の"エゴイスト"なんだ。日本サッカーに足りないのはエゴだ…」

「世界一のエゴイストでなければ、世界一のストライカーにはなれない。」

絵心がまくし立てるところを、ボクらはただ茫然と見ていた。ただただビックリしていた。

その場にいた全員が、そんな言葉、サッカーをやってきて聞いた覚えがなかったんだ。

「この国に俺は、そんな人間を誕生させたい。」

「この299名の屍の上に立つ、たった一人の英雄を。」

ボクだって、ただ茫然としていた。

ただ、絵心の次の言葉を、ひな鳥のように、ただ待っていた。

絵心も何かをしゃべっていた。だから、ボクもそこで突っ立っていたはずだったんだ。

 

 

──なのに、ボクはいつの間にか、走り出していた。

299人のFWを蹴散らして世界一のストライカーになる自信があったわけでも、絵心を否定したいわけでもなかったが、なぜか吸い込まれるように、ボクは走っていた。

そんな中、ボクの頭だけは、どこか冷静に周りを見回していた。

走ってくるボクを見て、どことなく目を見開いて…いや、表情を変えていない絵心が扉の前から退き、そしてそこに突っ走っていく。

後ろからはさっきの吉良の顔見知りがついてきている。

 

……別に、人の前に立てたって思ったわけじゃない。

けど、その時のボクは、ブルーロックに希望を見出していたんだ。

 

 

 

 

 

 

『──ある者は言った。』

『フットボールの世界において、一流のGKやDF、MFは育てることができるが、ストライカーだけはその類ではない。』

『一流のストライカーという生き物は──』

 

『その瞬間最も、フットボールの熱い場所に、突如として出現する。』

 

 

「……300名、全員参加っと。」

絵心が扉の前に腰を下ろす。

「…これでもう後戻りはできない。これから私はあなたの言うとおりに動きますので…」

「日本サッカーとの300人の未来…よろしくお願いします。絵心さん。」

絵心は口を開く。

「…多分、299人の人生はグチャグチャになる…そして、一人のストライカーが誕生する。それがブルーロックだ。」

「…始めようか、アンリちゃん…世界で一番」

「フットボールの熱い場所を。」

 



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入寮テストと脱落者

………

 

「どうしました?落雫くん。」

目の前の女性…たしか、帝襟さん…に話しかけられる。

「あ、すいません。」

彼女の手からボディスーツを受け取る。

「…300…Z?」

ボディスーツの…肩辺りだろうか。300、Zと書いてある。なんの番号だろうか。

 

「それじゃあ一人ずつ制服のアルファベットの部屋に入り、着替えて待機して下さい。」

ボクは言われた通りにコンクリート仕立ての迷宮を歩いていく。

300Zだから……Zか。

ROOM Zと書かれた黒い扉の前に立ち、気合を入れようとしたその時…

……ウィーン

「…自動ドアじゃん……」

ボクは間の抜けた顔で部屋に入っていった。

 

 

…いや、誰もボクの方は見てない。気にしないでいこう。

コンクリートの壁でできた直方体の部屋と、その隣に…ロッカールームか。壁には大きなモニターがある。

それで部屋の中には11人…ボクを含めて12人か。

相部屋なのか…??いやまぁ文句はないけど…

てか、あの人は…!

「吉良…涼sもがっ!!」

「あ、わり…服、飛んだ。」

「え、あ、大丈夫、です…」

服って飛ぶものか?

ていうかこのオレンジ髪の人も身体スゲェ…

そしてこの床で寝てる人は誰だ…硬いだろ、ここ。

「…ヘイ、ジーコ、パス……ちゃんと出せ…ジーコ…」

…どんな夢を見てるんだ??

 

常識人ぽい服を飛ばす人と床で寝てる人に困惑しつつボディスーツに着替えていると、後ろから声が聞こえる。

「わ~キミってば吉良クン!?この前の大会おめでと~~っ!!!」

なんだ…誰だあの人?銀髪?のツインテール…???女装か??ボディスーツのせいで筋肉が見えてグロいけど?いやまぁとやかく言うつもりはないけど…なんだあれ。カオスじゃん。

「え、あ、どうも…?」

吉良くんもビビってるじゃん…

「あ~そっちの子は落雫クンじゃ~~ん!!」

「ヒッ…」

こっち来た…

「あの…誰ですか?」

「え、あれ~?一目見たら忘れられないような見た目してるつもりなんだけど…」

自覚してるんだ、見た目。

「ホラ、覚えてない?白太刀 小春だよ。キミんこといつか倒す~って言ったじゃん!!」

…もしかして中一、二の時の話か?

自分が記憶を失くしたことを伝えようとしたちょうどその時、モニターがジジッと音を立てブルーライトを発する。

 

「着替えは終わりましたか…才能の原石共よ。」

モニターには絵心が大きく映し出されている。

「やぁやぁ。今同じ部屋にいるメンバーはルームメイトであり、高め合うライバルだ。」

…マジか、てことは吉良くんもボクのライバル判定されてるじゃんか。

軽く衝撃を受けているボクの前で絵心は話を続ける、

「お前らの能力は俺の独断と偏見で数値化され、ランキングされてる。制服に示される数字がそれだ。」

「300人中何位かが一目でわかるようになってる。」

300人中…ってコトはボクは最下位!?

「うぇ~~俺299位なの~っ!?!?」

白太刀くん…299位だったのか。ボクに一番近い人間…。

「そのランキングは日々変動し、トレーニングや試合の結果でアップダウンする。」

「そしてランキング上位五名は無条件で、6ヶ月後に行われる大会──」

「U-20W杯、FW登録選手とする。」

それって…U-20の日本代表になれるってことかよ!?

「ちなみに…」

「ブルーロックで敗れ帰る奴はこの先一生、日本代表に入る権利を失う。」

…は!?

日本代表に入れることもできれば入れないようにすることもできるって…

300人も高校生を集めた時点で分かってはいたけど、かなりのビッグプロジェクトなのか…この監獄は。

絵心は話を続ける。

「ここで勝ち上がるために必要なのは"エゴ"だ。今からその素質を測るための入寮テストを行う。」

「……さぁ、"オニごっこ"の時間だ。」

ガコンという音が天井から鳴ったかと思うと、天井にポッカリと空いた穴からサッカーボールが落ちてきて、ボクの足元に転がる。

「制限時間は136秒。ボールに当たった奴が"オニ"となり、タイムアップの瞬間に"オニ"だった最後の一人にはロックオフ…つまり」

「敗退、してもらいます。…あ、あとハンド禁止ねー。ルールは以上。」

突然のことにボク、いや、他の全員も固まっていた。

ヴン、と音を立てモニターが絵心から違う物へと表示を変える。そこには…

 

「ONI→落雫 液雫 RANKING:300 2:16」

 

ちょっと待てよ……

 

「ONI→落雫 液雫 RANKING:300 2:15」

 

最底辺のボクが最初の鬼かよ!?

 

「なんだよコレ…!?こんなんが入寮テスト!?サッカーじゃねーじゃん…」

「…チッ! 自動ドア開かなくなってるぞ!!」

周囲の人間は戸惑いながらも部屋の中央にいたボクから逃げていく。

…やるしかないってことなのか…!?なら、仕方ない…

「ごめん、皆…誰が敗退しても恨みっこナシだ!」

ボクはボールに目をやる。いたって普通に見えるな…

「ちょっと待てって! 日本代表がどうとか…絵心の言ってる事信じるつもりか!?」

「仕方ないよ…ウソでもホントでも、オニごっこをやらない意味がボクにはないし…」

とは言ってもここにいる人は比喩とかじゃなくて全員格上…ボクが誰かにボールを当てたりできるのか…!?

いや…「やるしか…ないんだ…っ!」

 

 

その場にいる全員のサッカー人生を懸けた"オニごっこ"が、今開始された──!

 

 

一番狙って可能性がある人は299位の…

「ちょっ、落雫クン!?こっち来ないでってばぁ!」

白太刀くんだ!

部屋の角に追い詰めた白太刀くん目掛けボールを蹴るが、ピョンと跳ばれ綺麗に避けられる。

クソ…!ダメだ、いつもみたいな狙い方じゃ動く相手には当たらない…シュート精度を急に上げることもできないし、どうにか至近距離に近づくか不意をつくしかない…!

「バカげてるよ、こんなの…こんな遊びがトップトレーニングとは思えない…」

吉良くんの声が聞こえてくる。

「俺は絵心を否定するためにここに参加したんだ…! この2分ちょっとの"オニごっこ"で人のサッカー人生潰すなんて絶対間違ってるよ…!!」

さすが吉良くんというか、色々考えてるんだな…

…って、何考えてるんだボクは。今はあんな強い人は考えてちゃダメだ!

 

「クッソ、全然当たんない…! …って」

あれは…さっき寝てた人!まだ寝てんのか…!?

あの人に当てれば…!!

相手を起こさないよう、そーっとボールを運んでいき、当てようとしたその時…

彼が体を跳ね起こしたかと思うと、手で体を支えたまま体をひねり、そのままボクは回転蹴りを決められそうになった。ギリギリで避けたが。

「むにゃ…アレ、当たんなかったか~…」

なんだコイツ…!?

「ちょ、暴力は良くないよ!」

「してないじゃん。当たってないも~ん!」

なんだそれ!?無茶苦茶だ…

すると彼の後ろからオレンジ髪の常識人ぽい人が

「汚いやり方は嫌いだ。正々堂々と戦え」

なんて言っている。今言うことか…?ここでボクがボールを当てることもできるのに…

…ってあれ?ボールは?

「あっ」

「あ?」

眠っていた人に当てようとしていたまま地面に転がっていたボールが、ゆっくりと転がっていき、オレンジ髪の人の足にコツン、とぶつかる。

 

「ONI→國神 錬介 RANKING:291 1:09」

 

「…にゃろう…正々堂々とやれって言ってんだろ…!」

「い、いや、ちが…! ちょ、マジの脚の振り方じゃッ…!!」

國神くん…とモニターに書いてあったが、彼がその左脚を振ったかと思うと、普通じゃない威力のボールがボクのお腹に突き刺さる。

「ガハッ…!ちょ、死ぬ……!!」

「ワリ…やりすぎた…」

やりすぎだよ…!なんだあの威力は。

いやまぁ見るからにフィジカルは強そうだったからこんなもんか…??

 

「ONI→落雫 液雫 RANKING:300 1:07」

嘘だろ…!?負傷した状態であと1分…!?

こんな状態で誰かに当てられんのかよ…!?

イヤだ…マズイ!イヤだイヤだ…!!!

こんなところでボクのサッカー人生終わんのかよ…!?

ヤバい…思ったより体力を消耗してる…息が持たない…ッ!

イヤだ…負けたくない…終わりにしたくない…!

 

「キャッ!?」

「にゃはは~♪いってて~…」

どんな状況なのかはわからないが、白太刀くんの上に眠ってた人が乗っかってる…?

「いッ…ちょ、待って、足くじいちゃったんだけど…!」

白太刀くん…足を…くじいた…?

今って…チャンス…なのか……??

 

「ね、ねぇ、ちょっと待ってよ、落雫クンッ、足くじいたんだよっ!?俺に当てても意味ないって!多分!!」

今…ボールを軽く蹴っただけで…ボクは勝てる…のか…?

でも…白太刀くんのサッカー人生は、ここで終わりだ…いや、何を躊躇ってるんだ?

蹴んなきゃ、蹴んなきゃ…!

タイマーは非情に進んでいく。ボクが何をしても一秒は一秒だ。

彼のサッカー人生が終わんなければ、ボクのサッカー人生が終わるんだぞ!?

ボクのサッカー人生が終わるんだったら…

 

ボクのサッカー人生が終わるんだったら…なんだ?

 

「…落雫…クン?」

ボクはなんのためにここまで必死になってる…?それに、けが人に当てて、それで終わりって…なんだか…

なんだか…すごく…卑怯だ…!

別に正義感に目覚めたわけじゃない。けど、どうせここで卑怯な、運に頼り切りな勝利を手に入れたところで、これからどうせ敗退するだけだ…なら!

ボクは振り向くと、他の人に向かいボールをドリブルする。

「いいね、キミ。」

…え?

「だよね♪ 潰すなら…」

「一番強い奴っしょ♪」

 

「ONI→蜂楽 廻 RANKING:290 0:11」

 

ボクは一瞬、何が起きたかわからなくなっていた。

そう、彼はボクからボールを奪っていったのだ。

「ちょ、俺かよ!?」

そんな声に後ろを振り向くと、蜂楽くんが吉良くんを狙っている。

蜂楽くんがボールを蹴り、それを吉良くんがジャンプし避けたかと思うと、今度は吉良くんの顔面に蜂楽くんのキックが掠る。

 

そして壁に跳ね返ったボールを蹴り上げた。

「ミスキック…!?」

吉良くんの声が聞こえる。が、ボクの集中は完全にボールに向いていた。

視界の中で、ボクへのパスがゆっくりと、キレイなパスコースでボールが降ってくる。

ボクが一番強い奴にボールを当てると思っているからこその、蜂楽くんのパス。

「一番…強い奴…」

 

 

多分蜂楽くんは、ここでボクが吉良くんにボールを当てると思っていたのだろう。

でも、その時のボクには、不思議と吉良くんじゃなくて…

蜂楽くんが、一番強く見えていたんだ。

 

 

次の瞬間、蜂楽くんの顔面にはボールが激突し、数秒後にプーッとブザーが鳴った。

その空間の誰もが、驚きを表情に湛えていた。

落雫も例外ではない。先ほどまでの炎の灯った瞳を持つ顔は、愕然とした表情に染められていた。

「おつかれ、才能の原石共よ。結果が出たようだな…」

モニターから絵心の声が聞こえる。

「敗退者は蜂楽 廻…敗者は帰れ(ロックオフ)!」

 

………なんで、

なんでボクは蜂楽くんに蹴った?

パスされたボールを避けるならわかる。

吉良くんに当てるのも…まぁギリギリわかる。

なんでよりによって蜂楽くんに蹴った…?

こんな、何もわからないのに…なのになんでボクは…

なんでボクはこんな、昂揚してる!?

 

「…そっかぁ……」

声がした方を見ると、蜂楽くんの悲しそうな顔が見える。

彼は怒りを露わにするでもなく、そのまま静かに、扉の向こうに消えていってしまった。

胸がズキリと痛む。

いや、仕方ない…これが勝つってことだ。

 

とはいえ、思ったより静かな退場に面食らっていると、モニターの中の絵心が話し出す。

「…何はともあれ、このオニごっこについて説明しておこうか?そこの、この俺を否定しに来たヤツのためにな。」

吉良くんの方を見てみれば、険しい目つきでモニターをにらみつけている。

「オニごっこで追う側に要求されるのはドリブルの精度、動きながら撃てるキックのクオリティ…逃げる側に求められるのは対人感覚に駆け引き、ポジショニングだ。このオニごっこは、ボールを持ち続けることで"敗者"にもなりえるが、誰かに当てることで自分が勝者になれる"有権者"とも捉えられる。」

 

「ストライカーとはその全責任を負い、最後の一秒まで戦う人間のことだ。その点で言えば…」

「倒れた白太刀ではなくもっと強い奴を狙いに行った落雫液雫、さらにそこからボールを奪い一番強い奴を潰しに行った蜂楽廻は俺の求めたエゴイストだったんだが…」

…あれ、これってボクなんかよくないことしてないか?

「ま、蜂楽廻にも負けの原因はある。最後に余った数秒を、他の誰かにボールを当てることじゃなく諦めることに使っていた…いや、愕然とすることに使ってた、かな?」

そんなことまで求められんのかよ…

 

「ま、なんにせよ残ったお前らは"勝者"だ。お前らが軽々しく憧れてるワールドクラスのストライカーはこんな勝負の日常を命懸けで生き抜いてる。」

「どうですか?生まれて初めて人生を懸けて戦った気分は?」

「ビビったろ? シビれたろ? これがブルーロックの常識だ。」

「痛感したろ? お前らが過ごしてきた毎日がいかにヌルく貧弱なサッカー人生だったかって!」

「『やった…俺は生き残った』って!!」

「それが"勝利"だ。よーく脳に刻んどけ。」

その本性を表すような狂気的な笑みに、背筋がゾクリとする。

でも、確かに…ボクは生き残った喜びと謎の昂揚に包まれている。

「おめでとう。"ブルーロック"入寮テスト合格だ。」

「っしゃー!」

周囲から喜びの声が聞こえる中、ボクはボクの中に潜む喜びに打ち震えていた。

 

 

 

「今部屋にいるのはちょうど11人…お前らはこれから生活を共にする運命共同体、イレブン…」

 

[伊右衛門 送人:IEMON OKUHITO]

[久遠 渉:KUON WATARU]

 

「時に協力し」

 

[成早 朝日:NARUHAYA ASAHI]

[雷市 陣吾:RAICHI JINGO]

 

「時に裏切り」

 

[我牙丸 吟:GAGAMARU GIN]

[千切 豹馬:CHIGIRI HYOUMA]

[國神 錬介:KUNIGAMI RENSUKE]

 

「夢を削り合うライバル…」

 

[吉良 涼介:KIRA RYOSUKE]

[双咲 吹矢:SOUZAKI HUBUYA]

[白太刀 小春:SIRODACHI KOHARU]

 

「"ブルーロック"、チームZだ。」

 

[落雫 液雫:RAKURO EKIDA]

 

 

 



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一次選考編 ~
下の下の底辺


ボクが入寮テストを無事勝利し、ブルーロックでの特別なトレーニングが開始してもう三日ほど経った。

最初から覚悟はしていたけど、やっぱりみんなボクなんかより格上で…

 

【ランニング・テスト】

「落雫! 白太刀!! お前ら体力ショボすぎ!!ハッハー♪そんなんでよく世界一のストライカーとか言えたな!」

「俺に負けて泣く前に帰れよ凡人共が!」

 

[雷市 陣吾:RAICHI ZINGO RANKING:294位]

 

「ハァ、ハァ、雷市くんがッ…ゲホッ! 体力あるだけじゃッ!」

ボクは雷市くんに言い返す体力もないのに、この人はどんだけ体力があるんだ。

「俺はッ、別に体力がいらないからだしッ!負けてないし!!」

というか、雷市くんが体力お化けなのももちろんだがボクの体力がないのも正しい。

白太刀くんにすら負けてるし。

「…大丈夫?落雫くん。ホラ、水。」

「別にアイツの言う事なんて気にする必要ないよ。俺たちはやれることをやろうよ。」

「久遠くん…水、ありがと……」

 

[久遠 渉:KUON WATARU RANKING:293位]

 

こんな風に、同部屋にはいろんな人がいるけど、でもどの人も結局どこか秀でた才能がある。

今の所体力面でギリ追い抜けそうなのは…白太刀くんと双咲くんか。

でもどちらもやっぱりボクより前にいるんだよなぁ…

 

【ジャンピング・テスト】

「いくよ落雫くん?せーのっ!」

二人が同時に飛びあがるが、その差は一目瞭然。言うと7、いや8cmくらい。

これでも平均くらいだと思うんだけどな…

「あれ?落雫くん調子悪いの?」

「え、いや、いつもこれくらいかな…ハハハ…」

悪意がないのだから一層タチが悪い…

 

そんな会話をしていると、トレーニングルームにチャイムが鳴り響く。

「落雫クン、ご飯だよ、行こ!」

いつの間に元気になっていた白太刀くんがこちらへ歩きながら言う。

この"ブルーロック"では、分刻みで生活がプログラムされている。

こういう所はさすが世界一を目指しているだけあるな、とは思うが。

…食堂ではご飯とみそ汁の他にランキングによって変わるおかずがある。

「また今日もたくあん…」

「俺も納豆だ…」

そう、下位ランクの人間の食事面はかなり、イカれている。今、成長期だぞ?

「ほら、見てあの…我牙丸?だっけ。あの人餃子だよ…」

白太刀くんの視線の先には我牙丸くんとおいしそうな餃子が見える。

いいなぁ…あ、我牙丸くんが餃子を手で食べ始め……

「手で!?」

「あの人、山でクマにでも育てられたんじゃない?」

と、そんな所へ我牙丸くんと仲のいい(気がする)成早くんが餃子を奪い取って…あぁ、またやってる。

「いいなぁ…俺も盗ってこよっかな」

「ダメだよ白太刀くん…」

「じゃあさ、たくあんちょーだい?」

……争いは同じレベルの人間でしか発生しないって、こういう事を言うのか。

 

【就寝タイム】

就寝時は11人で同じ部屋に、布団を敷いて寝る。隣に寝相の悪い人を持つと辛いだろう。ボクみたいに。

………

『俺に負けて泣く前に帰れよ凡人共が!』

『あれ?落雫くん調子悪いの?』

…正直、これからが不安で夜を寝れない!ていうか寝てる場合じゃない!!

練習しないと、どっかでついた差を取り戻さないと……

このままじゃボクは絶対脱落する…てかそもそもが最下位スタートなんだ。入寮テストで脱落しなかったのも蜂楽くんがボクにパスなんてしたからだ。

自分は今スタートラインにすら立ててない!まず追いつかないと…!!

 

「ちょっと、落雫くん?」

そんな焦燥を抱えながらトレーニングルームへ歩いていくボクの背後から、誰かの声が聞こえる。

「…あぁ、吉良くんか。起こしちゃった?」

 

[吉良 涼介:KIRA RYOSUKE RANKING:290位]

 

「いや、なんか物凄い形相で外に出てく落雫くんが見えてからさ。これから練習?僕も付き合おうか?1on1しよーよ!」

「えっ、いいの?!やた、ありがと!」

いつものキラキラオーラを放ちながら1on1を持ちかけてくる吉良くんにボクはYESの返事を返す。

これはチャンスだ…!吉良くんから何か学び取るんだ!ここで生き残る何かを…!

 

【チームZ 室内トレーニングフィールド】

「ねぇ、落雫くん、一つ聞いてもいいかな。」

ボールを蹴り、練習を始めながら吉良くんが言う。

「"オニごっこ"の時のキミと、今のキミって、全然表情が違うよね…何があったの?」

「え、あぁ、それはッ……っと、なんか、自分でもよくわからないんだけど…極限まで集中してた?っていうか?」

吉良くんがボールをドリブルしつつボクを抜く、という形式のトレーニングだが…

「なるほどね…その時の感覚とかさ、詳しく言葉にできない?」

なんでこの人しゃべりながらなのにこんなうまいんだ…!?

「うーッ、ん~っとね…難しッ、いかも!あぁ、抜けられた…」

吉良くんは後ろに下がるように見せかけ、教科書に載っているかのような模範的な美しいフリックでボクを抜き去っていく。

「そっか…それが言葉にできたら、ここで生き抜く武器になるのかもね!で、どう?もう一回しようか?」

あの時の感覚を言葉にして、武器にする…か。

思えばボク以外の人には武器がある。

久遠くんはジャンプ力、雷市くんは体力、吉良くんは…ブルーロックに来る前の試合を見た感じ、オールラウンドな面…

もしボクに新しい武器が必要なら、久遠くんや雷市くんのものは手に入れられないだろう。

急なフィジカルの成長は見込めないし、もし成長したとしても、周りも大体同じスピードで成長していく。

だとしたら、「フィジカル」じゃなくて、ボクが持つべき武器は「テクニック」、技術だ。

技術面での武器…か。

 

「……落雫くん?落雫く~~ん??ちょっと、大丈夫?」

「あ、え、吉良くん…もしかしてボク無視してた?」

「ま、まぁそうだけど…」

「マジか、ごめん!えっと、それで…」

ボクが元々なんの会話をしていたのか聞こうとした瞬間、「ピンポンパンポーン♪」と間の抜けた音が聞こえる。

「えー…三日間にわたる体力テストの集計が終わりました。速やかに部屋に戻り、最新ランキングを確認せよ。」

「あ…行こうか、落雫くん。」

 

【チームZルーム】

急いで部屋に戻ると、チームZのメンバーが自分のランキングを見ているようだ。

「あ、落雫く~ん!ランキングどうだった?俺は274位だよ~?」

白太刀くんに促され自分の左肩を見てみれば、「275位」と表示されている。

25も順位が上がっている…のか?

「やあやあお疲れ、才能の原石共よ。ブルーロックの暮らし楽しんでるか~い?」

ヴン、という音と共にモニターに現れた絵心が話し始める。

「フザけんな、こんなクソみたいな環境でマジでサッカーうまくなんのかぁ!?」

呼応するように雷市くんが声を荒げる。

文句を言いたくなる気持ちもわかるけど…

「環境がクソなのはお前らがサッカー下手クソだから当然だ、バーカ。」

と絵心がバッサリと切り捨てる。…まぁそんなとこだろうとは思った。

 

「少しブルーロックの話をしよう。」

絵心が続ける。

「この施設は五つの棟で構成されていて、B~Zの全25チームが5チームずつに分かれてそれぞれ同じ棟で生活しています。」

「ちなみにオニごっこで各部屋一人ずつが既に脱落していて、現在ブルーロックの残り人数は275人です。」

ということはボクは最下位のままか…

 

「そしてランキング順にチームは分かれている。1~11位がB、12~22位がC…つまり分かるな?」

「お前らのいるチームZは5つの棟の中でも最低ランクの伍号棟、さらにその中の最底辺が集まるチームだ。」

吉良くんですら底辺辺りなのか…!?

どれだけ魔境なんだ、このブルーロックは…

「ランキング上位者は上のランクの棟で良い飯と良いトレーニングを得て、トップストライカーのための最高位の生活を送っている。ここではサッカーができるヤツが王様だ。いい生活がしたけりゃ勝ってのしあがれ。」

勝ってのしあがれ…?

ということはつまり、これから行われるのは…

「それではこれよりブルーロック、」

 

「一次選考(セレクション)を始めます。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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一次選考、キックオフ

「サッカージャーナルの弐瓶と申します、本日は取材に応じていただきありがとうございます。」

なんとなく高級そうな建物の中、記者が挨拶をする。

「早速ですが、キミは少し前まで世界有数の名門クラブチーム、レ・アールの下部組織に所属していたところを、規定により日本に戻ってきた…つまり、我々はキミが国内リーグでプレイするところを観られるのかな?」

記者の質問に対し、目の前にいた彼はこれ以上ないほど無礼な態度でこう返す。

「死んでも嫌っすね」

 

[糸師 冴:ITOSHI SAE]

 

彼は日本の若手で間違いなく、一番の才能を持っているであろうサッカー選手。

新世代世界11傑にも選ばれているMFだ。

「こんな国でサッカーするくらいなら、ドイツの大学生とやってた方がまだマシっすね。」

記者はやりづれ~…と心の中でため息を漏らしつつ苦笑いで質問を重ねるが、冴はほとんど聞いておらず、部屋の扉の前に立つと

「この国には俺のパスを受けられるFWがいない。俺は生まれる国を間違えただけです。」

そう言い残し去って行ってしまった。

世界一にしか興味のない天才である彼を満足させるようなFWは、まだこの国にはいないのだ。

しかし、彼はこの国にもう少しとどまることとなる。

彼を満足させるかもしれない、イカれたエゴイスト(ストライカー)を作るプロジェクトを、知ってしまったから。

 

────────────────────────────

 

「それではこれよりブルーロック、一次選考を始める。」

モニターの絵心が言う。

「一次選考はお前らのいる伍号棟55名、全5チームによる総当たりリーグ戦、"サバイバルマッチ"だ。

勝ったら3点、引き分けたら1点、負けたら0点最終戦の結果、上位2チームのみが二次選考へと勝ち上がる。

ただし!敗れた3チームにも復活ルールとして、全試合終了時点でのチーム内得点王三人が勝ち上れる。チーム内で得点王が並んだらフェアプレーポイント制を採用して一人を決める。」

…ん?

待てよ…今の話だと…

「チームZ11人全員FWなのに…チームを組むってコト…?」

どうやらボクが言った言葉が正しいらしく、後ろではFWの取り合いとそれ以外の押し付け合いが始まっている。

そんなわたわたを制止するように絵心が話を続ける。

 

「いいですか?サッカーは元々点を取るスポーツです。本来は11人全員FWで当たり前なんです。

お前らの中にバカみたいに刷り込まれてるポジションや戦術なんてのはサッカーの進化の歴史で成立してきただけのただの役割であって、サッカーとは元来全員がストライカーであることから始まった。」

「その原点からサッカーをやれ。お前らの頭で"0から"創り直すんだよ」

サッカーを創り直す…? それって選手にやらせるものなのか…??

絵心がまた畳みかけるように話す。

「今までの常識なんて信じるな、捨てろ。新しい概念を脳にぶち込め。」

「日本が世界一になるために最も必要な事は、"11人のチームワーク"じゃない。"たった一人の英雄"なんだよ。」

「そのストライカーを止めるためにDFシステムが創造され、それを凌駕するための新しい戦術が生まれる…」

「たった一人のプレーがチームを、国を、世界を変えていく!それがサッカーというスポーツだ!」

 

「戦う準備はできてるか?」

 

 

『"己のゴール"か、"チームの勝利"か。そんなストライカーの宿命がこの一次選考では試される!』

『これはサッカーを0から創るための戦いだ…第一試合は二時間後、チームX vs──』

 

『チームZ!』

 

いつの間にかチームZのまとめ役となっていた久遠くんがみんなの前で話し出す。

「よーし皆、じゃんけんの結果第一試合はこの布陣で行く!」

 

今回の試合の相手はチームX。相手は格上だし、さらに初試合なのでボクは様子見とチームの勝利のために久遠くん、成早くん、千切くんとDFに行った。

その後結局押し切られて伊右衛門くんがGKになり、そしてジャンケンでCFに吉良くん、セカンドトップに白太刀くんが行き、残りはMFだ。

 

まぁ、ジャンケンで決めたにしては上出来…なはずだ。

「勝ちゃあいいんだろ、勝ちゃあ。」

雷市くんがそう言う。まぁそれはそうだけど…

正直、こんなに早く試合をやると思ってなかったというか、心の準備がまだできていない…

それに、絵心の言っていたサッカーの"0"もよくわかってないし…

でも、だからこそ、この試合は大事だ…! 他のチームのレベルだとか、チームメイトの実力だとか、色々知っておかなきゃ…!

ボクの人生を変えるブルーロックの戦いが、いよいよ始まるんだ…!

 

【第伍号棟 センターフィールド】

「一次選考におけるファウルなどの判定は、全てVARによるものとする」

アナウンスの脇で準備運動していると、國神くんの「来たぞ、チームX」という言葉が聞こえる。

やっぱりこう見てみると…さすがに圧が違うというか…不安になってきた…いや、頑張んなきゃ…!

 

「それでは第伍号棟第一試合、45分ハーフ!」

「チームX vs チームZ」

 

開戦(キックオフ)──!!」

 

 

 



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"0"を創れ

 

『キックオフ──!!』

 

その声と同時に、吉良くんがボールを蹴りだす。

さすが吉良くん…上手なドリブルで向かってくる人を抜こうとするが、すぐさま人が3…いや、4人ほど集まってきてしまい、一度止まる。

一人にどれだけのマークを…危険視されてるんだろうか。

 

そして吉良くんがボールを白太刀くんにパスしようとするが…そこを止められてしまった。

…あれ? 今あのパスコースをカットできた敵っていないはずじゃ……って

「雷市くん!何やってるの!?」

そのボールを止めたのは、味方である雷市くんだった。

ボクが思わず叫ぶと、雷市くんが叫び返す。

「一番点取った奴が勝つルールだろ? チームなんかどうでもいい!俺は俺のやり方でやるぜ!」

と、ボクへの返事に気を取られている雷市くんの背後から、今度は國神くんがボールを奪う。

「わかってんじゃねーかライチ。それがブルーロックのやり方なら、正々堂々と俺も一人で戦わせてもらう。」

…正々堂々って、それでいいのか!?

そんな二人に釣られ、一人、また一人と各々の持ち場から離れていく。

「どけオラ!」「お前がどけ!」「ちょっと、ずるいんだけど!一応俺もFWだし!!」

「クソ…國神お前、いいフィジカルしてんじゃねぇか…!」

と、そんな風に味方同士で争っていれば当然…

「お邪魔しまーす♪ラッキーいただき!」

と、余裕な様子の敵に煽られながらボールを奪われる。

それでこう来たら次は多分…

「お前こそよそ見してんじゃねーよ!」「あ!?コラ、点取るのは俺だ!」

敵も仲間割れを起こし始める……だろうな。

 

まぁ確かに、点を決めた人が勝ち上れるのがブルーロックの常識だ、エゴを剥きだせストライカー、みたいなことばっかり言われてたしな。

自分一番で行きたくなる気持ちもわかるけど…

『これはサッカーを"0"から創るための戦いだ。』

絵心の言ってたサッカーの"0"って、こんな、サッカーと呼べるかも怪しいようなお団子サッカーなのか…!?

ボクが今取るべき行動はなんだ…!? 行くべき…ではないよな、あんな魔境からボールを取ってゴールなんて突進力はボクにはない…

だから、今やることは…!!

 

ボクが遠くから選手のお団子を見ていると、そこから割って一人の相手チームのユニフォームを着た選手が出てくる。

そうだ、今やるべきは誰が出てくるか把握してどうにかDFすること!

 

「俺の前に立つな」

その、割って出てきた彼が、ドスの効いた威圧的な声をボクに向ける。

「ブチ殺すぞ…」

 

 

[馬狼 照英:BAROU SHOUEI RANKING:250位]

 

 

止め…られる気がしない…!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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"1"に変えろ

「ブチ殺すぞ…」

 

 

[馬狼 輝英:BAROU SHOUEI RANKING:250位]

 

 

この…この相手を、止め…られなくても、時間を稼ぐんだ…!!

 

彼が次行くのは、右か、左か…? 彼の足元に集中する。

ボールが左足によって右に蹴られ…いや、そのボールを右足で跳ね返して、左に行くだろ!

左だと踏み、ボクは踏み込む…が。待て、これは、違う…!?

彼は、さっきまでの豪快なフィジカルと口調から一変し、ヒールリフトでボクを完全に抜き去っていった。

吉良くんとかに比べたら下ではあるけど…でもうまい…!

「ゴメン久遠くん双咲くん、そっち行った!!ヤバいかも!」

ボクはすぐ振り返りまだ自陣にいる久遠くんと双咲くんに注意する。

いや、でも流石に二対一だ、ボクが追い打ちをかけにいく時間はあるはず…

と後ろを向いてみれば、彼はすでに顔色一つ変えず久遠くんを股抜きしていた。

そのさらに後ろにいる双咲くんは…彼のワザには反応できているが、フィジカル差で強引に抜けられてしまった…

あとはGKの伊右衛門くんだけど…

敵チームの彼がゴールから大体30m…いや、もう少し短いくらいの距離で力強く、それでいて完璧なコースでシュートを放ち、そのボールがゴール右上隅にブッ刺さる。

「いいか覚えとけヘタクソどもが。俺にとってボールは友達でもなんでもなく……」

「俺を輝かせるための、ただの球体下僕だ。」

 

[Z vs X:0-1]

 

「ピッチの上じゃあ、俺が王様(キング)だ。」

 

 

…こんな強いやつがいるのか…チームX…!?

まずい、チームの空気も試合の戦況も悪くなっていく…!

と、そこでパンパンと手を叩く音が聞こえる。吉良くんだ。

「みんな!お団子サッカーじゃなくてさ、ポジション守ってパス回せばきっと点取れるよ。だから…」

そんな風に鶴の一声でチームがまとまるかと安心していたが、すぐに雷市くんが突っかかる。

「あ? それじゃあFWのお前が点取ることになるだろうが…お前らは全員俺にパス回しときゃいいんだよ!」

「はぁ?俺だろ!」「俺にも回してよぉ!」「俺だ俺…」

そしてまた始まるこの意味のない喧嘩……まぁ、自分のサッカー人生懸けてるんだから、冷静になれるわけないよな。

結局ボクたちは、アナウンスに一度怒られてやっと試合を再開した。

 

そうだ、落ち着こう…まだ試合は始まったばかりだろ?

そもそもこの一次選考でキーになってくる、"0"っていうのの重要性がわかってない…

と、そこで吉良くんから声がかかる。

「ね、落雫くん…他のみんなは自分のゴールに執着しきっちゃってるっぽいからさ、キミがパス回してくれないかな…?」

「吉良くん……そうだね、このままじゃ勝てる兆しすら見えないし…」

誘いに驚きつつも、乗らない理由もないので乗ることにした。

思ったより早いFW入りだが…やってやる…!

 

吉良くんがボールを蹴り始める。それと同時にボクも前にあがっていく。

他のみんなも上がっていってるしここまでは何も言われないはず…

と思っていたが、そうだった。

いつもと違いすぎて忘れかけていたが、今日は味方もボールを奪ってくるのだ。

白太刀くんが吉良くんからボールを奪い取っていく。

そしてそれを敵にとられ…今度はあの…チームメイトに馬狼と呼ばれているにパス。そのままゴールに流し込まれ…

 

[Z vs X:0-2]

[Z vs X:0-3]

 

だめだ…同じパターンの繰り返し…何をしたら止められる…?

そもそも理解ができていない…理解ができてなきゃ、なにも始まらない…!!

クソ…まさかこの一次選考って、己の得点能力だけを追求する原初的なサッカーの力が試されているのか…!?だって、この状況でチームをまとめる方法はなにも…!

 

 

アレ…?チームX、纏まってきている…??

いつからだ…思い出せ…そうだ、馬狼くんがゴールをしてからだ!

馬狼くんという圧倒的な個を中心に、皆が「補強」という立場で役割を確立していっているんだ…!!

つまり、サッカーの"0"は全員が同じレベルの中で、特に工夫なく競い合っているお団子状態。

そしてその"0"を圧倒的な個の能力で"1"に変えるのがこの一次選考を突破するキー!!

わかったぞ、仕組みが!

 

ということはつまり、チームXの面々は馬狼くんの補佐的な役割を担うハズ…。

その時、フィールドではボールを持った馬狼くんをとにかく止めなくては、と馬狼くんを中心にチームZの塊ができている。

さっきのお団子サッカーのときなら馬狼くんの実力で抜けられただろうが、今はさっきと違い馬狼くんに注意が向いているのでさすがに抜けられないだろう…

だとすれば、彼の次に取る行動は限られる…選択肢が限られれば、反応もその分容易になる…!

「おいおいいいのか? 俺一人にヘタクソどもがそんなに集まっても?」

馬狼くんの足元に集中だ!

あの足の動きは…前に振りかぶって…バックパスか!だとするとパスの先は…!

 

ここ、だろ!

「!? おま、なんで止めて…!」

「パス先はここなはずだ…! 奪い返したぞ、主導権(ボール)!」

もう、時間的にもこれがラストチャンスに近いだろう…

敵も気を抜いてる、今しかない……今しか…!

やるしかない…ボクが…

 

ボクが、"0"を"1"に変えてやる!

 

 

 

 

 

 



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vs X、終了。

ボクはボールを奪うとすぐに振り返り、相手のゴールに走っていく。

ボクに協力してくれるのは一人だけ…だが、その一人は吉良くんだ。

ゴール前まで持っていくことは十分できるだろう。

もちろん、この試合を挽回できるだとか、ボクが得点王になろうだとか、そんなことは一切考えていない。

絵心の説明だと、チームは勝てば3点、引き分けは1点、負ければ0点を得る。

そして各チーム4試合をする…ならば、全員が互角で戦っても点数は2勝ち2負けで6点だ。

ということは、ボクらに必要なのは7点。この試合を挽回できることができないのなら、もう一度も負けられないのだ。

だとすれば、次の試合の時点でボクらの行く末はほぼ決まると言っていい。

だから、今、チームZを本当の意味で"チーム"にするため、誰かが"1"にならなきゃいけないんだ。

 

隣にまで並走してきた吉良くんに一度ボールを預ける。

吉良くんならゴールまでの気を抜き切った数人を抜き去ることはできるだろう。

そう考えたボクはゴール前へダッシュする。

フィジカルも技術も凡庸なボクがゴールを決められるのは、ゴール前へ走ってからの縦ポン一発シュート…!!

ちょうどのタイミングで吉良くんからキレイなパスが来る。トラップしやすい場所にドンピシャだ。

あとはGKとの1vs1…決める…絶対に!

その直後だった。

 

「おい4番…俺より目立つな。」

「キングは俺だっつってんだろが…抜いてみろ、ヘタクソ…!」

 

馬狼くん…!? なんでいるんだ…追いつかれたのか?

クソ…ボクが遅いばっかりに…!

体から冷や汗が噴き出す。

どうする、抜くのか? でも相手は馬狼くん…いや、勝負しなくて何がストライカーだ…!

どうすればいいんだ…!?

「落雫ッ!後ろ!!」「パス出せ!」

「俺が決める!!」「俺だ!こっちだ!」

すると、後ろから声が聞こえる。

この声は…雷市くんと國神くんだ…!

マークを一枚背負っている國神くんが右から、そしてフリーの雷市くんが左から走ってきている。

パスか…!?いや、ボクが決めるんだ、勝負しなくちゃ意味がない…!!

ここはブルーロックだ…ストライカーになるんだ!

うじうじしている暇はない…こんな風にしている間に馬狼くんは…

 

と前を向いてみれば、馬狼くんは思ったより動いていなかった。

いや、馬狼くんだけじゃない、他のみんなの動きが、ボクの動きが、とてもスローに見える。

なんだこれ…意識だけが素早く動いているような…そういえば、あの時もこの感覚だった。

入寮テストの、あの日もだ…

待て、時間があるなら落ち着いて考えるんだ…。

まず、ボクが決めるのはほぼほぼ不可能だ。

さっきは舞い上がっていて勝負だなんだと考えていたが、それは無理に等しいだろう。

そう考え二人の方を見てみると、二人ともまぁまぁなロングレンジだ。

とはいえ彼らがゴールに近づくのを待つのも難しいだろう。

なら、いったん戻すしかないのか…?

いや、思い出せ…思い出すんだ、何か突破口が…!

そうだ、國神くんのあの左脚…!!

 

そう思いついてボクは、すぐさま國神くんにパスをした。

「ナイボー落雫…!」

敵の気を抜いた声が聞こえる。それはそうだ、このロングレンジからのシュートを決められる人間はそこまで多くない。

だけど、國神くんの左脚は…!

力強く振りぬかれた彼の脚から、ボールがはじき出されたかと思うと、そのボールは高速でゴールに打ち込まれる。

そして、モニターの表示が変わるとともに、驚きと静寂に包まれたフィールドに、ボクと國神くんの二人の、喜ぶ声が響く。

 

[Z vs X:1-3]

 

「っしゃオラぁ!!!!」「よッ…し!!」

その瞬間の気持ちは、間違いなく、「楽しい」だった。

 

 

でも、そんな喜びもすぐかき消されることになる。

「何やってんだ落雫!!フザけんなよ!?」

雷市くんだ。ボクの首根っこを摑まえ怒鳴りつけてくる。

「なんで國神にパス出してんだよ!!俺の方が明らかフリーだったろ!?」

「やめろ雷市!1点取っただろ!?」

ボクが委縮しておびえていると、見かねた久遠くんが仲介に来るが、

「あァ!?お前もバカか!?自分以外のヤツが点取って1-3で負けて何が楽しいんだよ!!俺たちみたいな弱小チームじゃ普通にやったって負けるだろーから、最終的に点取ったやつが勝ち残るんだよ!落雫お前、よりによってパスってどーゆーことだァ!?」

すごい剣幕でまくしたてられて言葉を挟む余地もない。

するとその場に、馬狼くんが歩み寄ってくる。

「おい、4番…」

どこか冷めた瞳で話しかけてくる。

「ゴール前でビビる人間にストライカーの資格はねぇぞ…」

「才能ねぇよ、お前。」

…なんでこうも、ボクの説明を聞いてくれようとしないんだ…?

 

その瞬間、ピッピッピーと笛の音がフィールドに鳴り響く。

残ったのは、チームXの歓声と、絶望したチームZだった。

【第伍号棟 第一試合勝者 チームX】

 

 

 

…その後。

「ん"~~~…でもよォ、お前がゴール前でビビったことには変わりねぇだろ!」

説明を終えたボクに雷市くんが突っかかる。

「い、いやまぁ、否定はできないけど…」

「ケッ、理論武装したとこで結局お前にストライカーの資格はねぇよ。いーから黙って俺らの話聞いとけ。」

雷市くんは、余計なことをするな、というような目でこちらをバッサリ切り捨ててしまった。

ストライカーの資格…か。

確かに、自分で言うのもなんだがボクにはストライカーになるためのなにかが欠如している気がする…

「そもそも吉良が点取れなかったのが原因だろ!?次の試合は俺が1トップだからな!」

「いや俺だね!」「はぁ!?ザコ共は引っ込んでろよ!」「お前こそ落雫にパス貰えなかったザコだろ!」

ボクが考えごとをしている間にまた喧嘩を始めてしまった…

 

そこに、久遠くんの声が入りピシャリと喧嘩がやむ。

「いい加減にしろよお前ら!遊びじゃないんだぞ!これは…!!」

そうだ、次からは点数的にも絶対に負けられない…。

2回負ければもはや負け、限りなく赤に近い黄色信号のデッドゾーンだ…。

「でもよォ、なんか勝てる策でもあんのかよ。」

雷市くんが言う。確かにもっともだ…

「それは…」「あるぞ。」

久遠くんが言い淀んでいるところにかぶせるように、國神くんが声を出す。

「俺がとったあのゴールは、吉良がボールを運んで落雫が状況判断をミスらなかったからこそのゴールだ。あれは勝つヒントになるだろ。」

そこに吉良くんが加勢する。

「たしかに、あの試合でのベストゴールといっても過言じゃないよ、あのゴール。」

 

そういえば、話していないことがまだ一つあったんだ…

「あのさ、皆。そういえばなんだけど、絵心がサッカーの"0"って言ってたでしょ?」

「あ~アレな、結局なんなん?」

双咲くんの質問に答えるように、言葉を続ける。

「多分なんだけど、"0"ってのは最初のお団子サッカー、連携も戦略もまるでないような状態なんだ。

そして、それを"1"にしたのは馬狼くんのあのワンプレー。あのプレーから、馬狼くんを中心に他の10人が"チーム"になっていって、秩序が生まれて、"1"を"10"とか"100"にしていくんだ。

だから、こそ必要なのは、"0"を"1"にする圧倒的な個の力なんだと思う。」

ボクの仮説を話してみると、どうやらみんな納得してくれたみたいだ。

双咲くんが口を開ける。

「つーことは、得点王のシステムはそれぞれのエゴをむき出しにして"0"を見せるためってこった…

サッカー、チームってのは圧倒的なストライカーから生まれる…多分これが絵心の言いたかったことなんだろうな。」

ボクの言いたかったことを完璧に再現した彼の声に呼応するように、モニターからヴンと接続音が鳴る。

「うんうん。いい線いってるね~、才能の原石共よ。さっきお前らのいる伍号棟の第二試合が終了して、チームVが9-0でチームYを破りました。」

9-0…!?チームVは最高チームで、チームYはボクらの一個上のチームだよな…!?

「んで、コレが現在の順位。」

絵心の手の上に順位表が表示される。

1位は圧倒的なV、次がXで3位はまだ試合をしていないW、そして4位がZで5位がYだ。

 

絵心が話を続ける。

「"0"から"1"か…なるほど、考えてることはあってるけどお前らはまだ肝心の"1"にする方法をわかってない。

いいか、才能の原石共よ。意識を書き換えろ。サッカーにおいて得点を奪うというのは、相手の組織を破壊するコト、つまりストライカーとは"破壊者"だ!そしてゴールとは敵の秩序を破壊する、ピッチ上の革命だ!

ストライカーよ、決して役割という枠に収まるな!お前たちは秩序の中で生きることを受け入れてはいけない!!」

絵心がさらにまくしたてる。

「"0"から"1"を生むための武器を持て、破壊者(ストライカー)よ!!敵の組織を翻弄し、ねじ伏せ、破壊するための、己だけの武器を!!」

武器…そういえば、吉良くんもそんな話をしていた。

「一流のストライカーは何物にもない唯一無二の武器を持っている!見極めろ、思考しろ!その肉体と脳で何ができるのかを!!」

「勝利はその先にしか存在しない──」

そう言い残し、映像は途切れてしまった。

 

"武器"…これが、この一次選考を生き抜くヒントなのか…!

次の試合はそう遠くない…。

見極めなくちゃ…ボクだけの武器を!

 

 



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"ヒーロー"の右隣

「俺の武器は華麗なシュートテクニック!座右の銘はセクシーフットボール!!」

雷市くんが自信満々で(おそらく)嘘を口走る。

この前絵心に言われた「武器」を重要視し、チーム全員でそれぞれが自分の武器を言っていこう、という話になったのだ。

「左脚のシュート力。」「フットワーク…っていうのかなぁ?」「読みあいだなぁ~」「僕はオールラウンドのとこだな。」「被ったんだが…」

全員がポンポンと自分の武器を言っていく。

「俺はジャンプ力。で次、落雫くんは?」

「ボク…? ボク…は、ごめん、覚えてないんだ…」

覚えてないってなんだよ、とみんなが口をそろえてあきれる。

「パスの精度とかぁ?」

「いやストライカーとしてだめでしょ…」

「自分の武器も言えない時点でダメだよお前は。はい次。」

雷市くんがキッパリと切り捨てる。言い返せない…

「じゃあ千切は?」

「……言いたくない。」

言いたくない…?

ボクの「覚えてない」もまぁまぁだと思うが、「言いたくない」はなぜなのだろう…?

何かよくない思い出でもあるのだろうか。

 

ワガママ女王様呼びされてもほぼ動じない千切くんを横目に、久遠くんが話を続ける。

「…とりあえず、絵心の言っていたことから考えるに、それぞれが武器をどう活かすかが何よりも大事なことなんだと思う。」

とは言っても、それぞれが自分の武器をひたすら出し続けてもこの前のようなお団子サッカーになるし、試合回数も限られているからなぁ…

「ちょっと待った…いや、この作戦なら…」

久遠くんがメモ帳を眺めながらぶつぶつと呟く。

「この作戦なら…勝てるかも…!」

 

──それからボクたちはトレーニングの時間の多くを費やして、特訓を重ねた。

別に、和気あいあいと、とか、絆友情勇気、みたいな団結力があったわけじゃない。

負けたら終わりの崖っぷちにいるという共通点がボクらを一つにしていたんだ。

 

 

 

 

【食堂】

 

真夜中の食堂。電気は昼と比べポツポツとしか点いておらず、薄暗い。

ボク以外のチームメイトはもう就寝の準備をし始めているが、ボクはトレーニングルームでひたすら体力強化をしていた。

未だにボクの武器は見つからないが、もしボクにも武器があるのなら、見つかったその時に備えていつでも武器を行使できる「体力」が大切だと思ったからだ。

ただまぁ、今日はやりすぎた。

たま~にアナウンスすら聞き逃して、気付いたら周りに人がいない、なんてことがあるんだよなぁ…

 

ブルーロックに来て、もう一週間ほど経ったと思う。

正直、サッカーがうまくなっている実感がわかない。

いやまぁ、昔と比べて環境は相当ハイレベルだし、自分の中だけでなら成長しているとは思う。

ただ、サッカーは他人とやるスポーツだ。

みんなの成長を追い越さなきゃ、底辺のボクは戦えない。

「たくあん…飽きてきちゃったなぁ…」

ため息交じりにそう漏らすと、右方から声をかけられた。

「お疲れ、落雫。隣いいか?」

「國神くん…」

國神くんはボクの右隣に座る。

「お前、おかずずっとたくあんなの?」

「あはは…低ランキングはずっとこうだよ…というか國神くんはご飯食べに来たの?」

「飯はさっき食った。俺はお前に用があって来た。」

そう言って、國神くんはこちらに向き直ると、

「パス、あざっす!」

と言った。

「えっと…前の試合のことかな?」

「おう。俺の信念は正々堂々だからな。」

ボクの質問に、当たり前だろ?というように返してくる。

 

律儀な人だな…と思いながら、ボクは無意識に

「…ありがと!」

と礼を返していた。

「え、礼をするのはこっちなんだが…」

「え、あぁ、いやさ、なんかサッカーが楽しかったの、覚えてる限りだとあの時が初めてだったんだ。この体験ができたのも、國神くんが決めてくれたおかげだよ。」

「というか、ボクのパスもそんな特別なもんじゃないし…」

「いや、そんなことはなかったぞ。」

國神くんが口を開いたかと思うと、

「あの咄嗟の状況であのパスができたのは結構すごかった。話聞いてる限り、パスし慣れてるわけじゃないんだろ?」

と否定してくる。

 

「そう…だった?そんなに咄嗟の状況だったかな?」

「そりゃお前、馬狼と対面してから一瞬だったぞ。アレって…こう、インスピレーションで行ったのか?」

「マジか…いや、なんかボク、あの時間を長く感じてたんだよね。だから、色々考えた結果國神くんにパスしたって感じ。」

「……それって、お前の"武器"なんじゃね?」

國神くんの口から想定していない言葉が出てくる。

「武器…?」

「集中力っつーかさ、なんか聞いたことあるぞ。そういうの。」

集中力…か。

たしかに吉良くんが言っていたな。"入寮テストの時の感覚"を言語化すれば武器にできるかもって。

あの時の…あの、意識だけが高速で動いているような感覚、つまり人より深い集中状態に入れる集中力…か。

確かに、他の人にとっての一瞬の間に長考できるのは、一種の武器になりえるのかもしれない…

 

「…もう一つ聞いていいか?」

ボクを思考の海から引き上げるように、國神くんが言葉を続ける。

「サッカーが楽しかったのが初めて…ってどういうことだ?別に最近始めたわけじゃないんだろ?」

そういえば記憶喪失の話は今のところ誰にもしていなかったな。

まぁ、不幸を自慢するようで居心地が悪いが、聞かれたからには話そう。と、ボクはこれまでの経緯を話した。

小さいころからサッカーをしていたこと。中学生の時、事故で記憶を失ったこと。なんとなくでサッカーを続けていること。

全てを聞き終わり、國神くんはゆっくりと話し始める。

「…ということは、絵心の言う"エゴ"っていうのがまだ見つかってないのか?お前。」

「そう……なるね…。」

「だったら、早く見つけねーとな…」

サッカーを続ける理由、"エゴ"…これまで考えないようにしてたことだ。

でも、これから生き延びるんだったら、考えなきゃな…

 

「…そういえばさ、國神くんがサッカーを始めたきっかけとかって、あるの? 参考にしたいんだ、強い人がサッカーしてる理由。」

「そんなの簡単だ…俺は、サッカーでスーパーヒーローになる。」

國神くんは迷いなく答える。

「子供の頃な、俺はアニメのキャラじゃなくて、緑の芝生を駆け巡って勝利のためにゴールを奪う、ストライカーたちにあこがれたんだ。」

ボクの疑問に答えるように、ポツリポツリと話を続ける。

「フィクションじゃない彼らは、勇気と興奮を俺にくれる、実在するスーパーヒーローだった。」

「この世界のそんな存在に、俺はなりたい。だから、俺は俺の夢のために、正々堂々と世界と戦う。恥ずかしいことなんて何もない。」

國神くんの瞳には、迷いも、不安も、ないように思えた。

それだけ、その時の彼は、"かっこよかった"のだ。

 

そんな感傷に浸っていると、ピッ、と音が鳴る。

「落雫…一緒に食うか?」

そんな國神くんの手にはステーキが…ステーキ!?

「ホラ、あそこに書いてあるゴールボーナスってやつ、決めた得点ぶんのポイントと景品を交換できるんだとよ。とりあえず肉にした。」

ほんとだ、気付いていなかったが柱に張り紙が貼ってある。

ステーキにマッサージ、さらに高いのだとスマホやベッド、一日外出券まである…!

「てかさ、あのゴールは半分お前のおかげだから、この肉も半分こだ。」

そういって國神くんはステーキの半分を切り分けてボクのご飯の上に乗せてくれる。

あぁ…香りだけで幸せだ…もはや食べてないのにおいしい…!!!!

「…ん!?バカうま!!ほら落雫、見てないで早く食え、冷めちまうぞ。」

國神くんが今日一大きな声を出す。

食べてみれば…これは!!

別に舌に自信があるわけじゃないが、この肉は多分良い肉だ…!!!おいしい!!!!!!!!

「…國神くんはいい人だね…なんか希望が見えてきたよ!」

そんなことを口走れば、國神くんがそっぽを向いてしまった。

え…?照れてる??

顔を覗き込むと、恥ずかしそうに言葉を紡ぐ。

「あーもー、食ったら寝るぞ…」

 

「そんで、次の試合は…」

「うん、絶対、勝とう!」

ボクらは、気合を入れるようにこぶしを突き合せた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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次俺9 vs チームY

ブルーロック一次試験、伍号棟第3試合が終わり、チームXがチームWに1-4で負けて順位は以下の通りだ。

 

(順位:勝点:得失点差)

1V:3:+9

2W:3:+3

3X:3:-1

4Z:0:-4

5Y:0:-8

 

それぞれチームXがチームZに、チームVがチームYに、チームWがチームXに勝ってこの通りになっている。

ボクらが苦戦したチームXに三点差で勝利したチームWもかなり強敵そうだ。

チームVはなんだかよくわからない圧勝を見せている…

そしてボクらの相手であるチームは…

 

 

【一次試験 伍号棟第4試合】

今回の試合は…チームZ vs チームY!!

チームYは先述の通りチームVに負けて後がない。そうとう必死だろう…

そしてそのチームYの"0"を"1"にしたストライカー、要注意人物は背番号9番、シュートテクニックがズバ抜けてる熊本県大会得点王、熊本の点取り屋こと彼だ。

 

[大川 響鬼:OOKAWA HIBIKI RANKING:261位]

 

落ち着いた大川くんの、鋭い瞳がボクらを一瞥する。

すこしビビって委縮してしまいそうだが…今回のボクらには"作戦"がある。

「練習の成果を出すだけだ、死んでも勝つぞ、チームZ!!」

久遠くんを中心に円陣を組んだボクらは、おう!と声を返し気合を入れた。

そう、その"作戦"というのは前日にさかのぼる──

 

────────────

 

「この作戦の肝は、絵心の言ってた"武器"。」

作戦を思いついたらしい久遠くんがメモ帳を見せながらこちらに話す。

「これはそれぞれの"武器"を活かすための超攻撃型システムだ。」

「でも一人一人がやみくもに武器を使うとまたバラバラになるよ、前回のボクらみたいに」

「そう、だから、今回は時間を区切り交代で一人ずつFWを担い、周りのやつらはFWのやりたいサッカーをさせるための布陣(フォーメーション)を組んでそれを11回繰り返すんだ。」

なるほど、それなら全員が武器を使えて公平だし、攻撃のバリエーションが増えるから通じやすいな…

「じゅんばんはぁ~?」「ランキング順でいいんじゃない?」

「FW以外のポジションはどーすんだ、混乱しそう。」「時計回りに回していけば問題ないハズだ。」

そこで伊右衛門くんが口を開く。

「…さすがにGKを11人がやるのは守備面でリスキーすぎるな、勝つためだ、GKは俺固定でいい。」

そこに千切くんも便乗し、「俺もDF固定でいいよ」と言う。

「い、いいの?ホントに…?」

「ここで自己主張できねぇ時点でお前ら才能ねーんだよ!」

雷市くんが相変わらずの口調で切り捨てる。

そして久遠くんが立ち上がり、宣言する。

「OK、じゃあこの作戦は11人から2人抜いた9人で回す…通称、」

「次俺9(ナイン)作戦とする!」

 

「ダサ……」「え、ボクはかっこいいと思うけど」「それはお前の感性がおかしいだけだろ。」

 

────────────

 

ま、まぁ、名前のことはあとで考えるとして。

始めの10分はチームZのトップランカー、吉良くんのフォーメーションだ。

吉良くんの武器はオールラウンドなところ…その全体的に高水準な実力と、そこからくる連携力。

全員でラインを徐々に上げていき、最後は吉良くん一人でゴール前に抜け出し、ボクらにDFを対処させることで確実なゴールを決める堅実なプレイスタイルだ。

でも、さっきからパスがないようだが…?

…そうか、パスコースが完全に封じられているが、敵の全員の距離感が絶妙なせいでどうにもできないのか…

「…ッ、吉良くん、後ろ!!」

ボクの叫びに呼応してボールをずらすと、そこに相手の背番号7の足が空を切る。

「ごめ、集中切れてた!」

吉良くんが言葉を返す。

危ない、ボールを取られるところだった…

すごい、吉良くんの武器を統率で封じてる…!!

作戦を練ってきたのはボクたちだけじゃない…チームYもだったんだ!

そりゃそうだ、相手だってコレが最後だし、それに"1"に変えられる人材がいる…作戦が洗練されている…!

でも、チームYは全員の武器を"使う"次俺9作戦に対して、相手の武器を"封じる"ための守備よりの作戦だ…攻めているのは間違いなくこっち!

吉良くんの武器だって間違いなく効いてたし、こっちにはまだ8人分の武器がある。このまま押せば…勝てるハズ!

 

「おい!10分!!」

雷市くんが吉良くんに呼びかけると、戻ってきた吉良くんが國神くんにパスする。

國神くんの武器は左脚のキック力によるミドルシュート。

さっきとは違い、ボールを前線に持ち上げるのは全て味方に任せ、自分はフリーでゴール前待機…あとは味方からのゴール前パスをその左脚でブチ込むだけ…!

それにしてももう10分か…やっぱり早すぎるような気もする。

そんなことを考えている間に、ボールは國神くんに捉えられていた。

國神くんの左脚がボールを力強く蹴る…が、そのボールは二人係のシュートブロックでせき止められ、零れた球が

敵にクリアされる。ボクが球を取り敵の手には渡らせなかったが…

相手のDFはかなり硬い統率と事前練習がよくされているんだろう…しかしこんなんじゃキリがないぞ…

でも、キリがないのは相手もそうだ、当たり前だが点を取らなきゃ勝てない。

そもそも、このチームのトップである大川くんの武器はシュートテクニックでありDF向きじゃないハズなのに…

と、大川くんに目を向けてみれば、彼はDFをするでもなく突っ立っていた。

思い出してみれば、大川くんはずっとボクらのDFラインの少し向こう側辺りにいた…何かを狙っているのか…?囮…ではないだろう。これまでのゴールはちゃんと彼によってなされている。

 

その間に、國神くんの二度目のシュートが降りぬかれるが、しかしそれもブロックされてしまう。

まずい、結構遠くだから落下地点に行けない…

そして高く舞ったボールがその下にいる背番号7に取られると同時に、大川くんが走り出す。

そうか…チームYの作戦は決して防御だけじゃない…!

大川くんの武器なら、DFさえいなければほぼ確実に点を取れる。

確実に点を取れる手段があるのならそれまでは守り抜けばOK…

だから、守って守ってボールがチームYに渡った瞬間に、DFに反応させず大川くんをゴール前に行かせてシュートを"蹴らせる"…

チームYの作戦は、"カウンターアタック"だったんだ!

DFラインの間を走り去っていく大川くんを追いかける。

「やっと来たか、二子!」「よろしくです、大川くん。」

 

[二子 一揮:NIKO IKKI RANKING:262位]

 

ボクらは攻めていたんじゃない、攻めさせられてたんだ…!

 

 



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黒幕(フィクサー)

二子…と大川くんに呼ばれていた背番号7から、ゴール前にボールが渡される。

ターゲットは熊本の点取り屋…

 

[大川 響鬼:OOKAWA HIBIKI RANKING:261位]

 

ストンと吸いつくようなトラップでボールを取ると、ゴールに向かい走っていく。

距離的にもうDFは届かない…あとはGKの伊右衛門くんとの1vs1…!

まずい、まずいぞ…このまま先制点を取られたらかなりまずい…!

敵の作戦的に、彼らは守備を中心に練習している。

なので、おそらく彼らが先制点を取った後は、ボールを回してボクらに触れられないようにして、試合終了まで持ちこたえられて終わる泥沼だろう。

にしても大川くんの"ズバ抜けたシュートテクニック"っていう"武器"を、GK初心者の伊右衛門くんに止められるだろうか…

大川くんが脚を振り、シュートモーションに入ると同時に伊右衛門くんが飛び出す。

素早い反応だが…アレは多分…

予想通り今の大川くんのはGKのタイミングをズラすためのシュートフェイント…!

大川くんに触れるように蹴られたボールは、フワリと伊右衛門くんの上を跳び越し、ゴールのネットを静かに揺らす。

 

[Z vs Y:0-1]

 

「お前のマークだろうが成早!大川だ、大川を自由にさせんな!」

フィールドに雷市くんの怒号が飛ぶ。

たしかに、大川くんは危険だ…ゴールに近づけることすら危険すぎる…

これでハッキリした…チームYの作戦は引いて守ってボールを奪ってからの大川くんに武器を使わせるカウンター…!

「一人じゃ止めらんないよ!大川には2枚つけないと!!」

成早くんの言うこともわかる。

なんてったって、相手の作戦的にそもそも止めるチャンスが少ないのだから、一人で止められるわけない……

そうだ…相手の…作戦的に…?

なんだろう、何か見落としているような…

思い出せ、ボクの記憶の中に何かが、あるハズなんだ…!

……チームYは…守って奪ったボールを大川くんに蹴らせるカウンター…

そうか、相手の作戦は大川くんに"蹴らせる"こと…彼の武器は、ゴールを取るための"手段"でしかないんじゃないか…!?

トップランカーが誰かに利用されてるっていうのか…?

めちゃくちゃだ…が、ありえない話じゃない…

でも、彼を利用する程の戦略力があるのだ…これまでの試合全てを振り返れば誰なのかわかるはずだ…

この試合のチームYの防御、パス、指示、攻撃。

全てを思い出し、振り返れば思ったより答えは明確だった。

このチームの心臓は…!

「落ち着け皆!!切り替えてこ、まだ一点だ!10分経ったから俺の作戦で頼む!」

久遠くんの声により正気に引き戻される。

つい集中してしまっていた…もう試合が始まってしまいそうだ。

…この答えが正しいかは、すぐわかるだろう。

 

久遠くんの武器はかなり高いそのジャンプ力。

周りはあまり進みすぎないようにして、時折先に進んで行っておいてある久遠くんの競り勝ったヘディングのパスを周りが受けて大きく進み、そこから攻撃を組み立てていく作戦だ。

しかし、久遠くんのヘディングからボールを受け取れそうな人に常にマークが付き、すぐ2vs1の状況を作ることで攻撃しづらくしている…!これも分析済みのようだ…

 

当のパスを受けた國神くんを、敵DFの二人が止め、國神くんの足が止まる。

そして、ボクの思っていた彼は思った以上に早く、姿を現した。

ボクはすぐさま近くへ走っていく。おそらく間に合うだろう。

そう、このチームYの心臓、黒幕(フィクサー)はキミだろ…!?

行かせないよ…背番号7の、二子くんだけは!!

 

國神くんの方へ向かおうとしていた二子くんを止める。

多分普通この距離なら止めるに値しないのだろう…だから、今のボクの警戒は過剰だ。

それにボクの考えも別に確定で正しいわけじゃない…多分、みんな今頃ボクのことを不審に思っているだろうが…

しかし、彼は過剰な警戒をしなくてはならない危険さがある…それも大川くん以上に!

國神くんが敵のひずみを見つけパスしていく。

相手のDFが硬いのはあまり変わらないが、使い物にならないボクがチームYの攻めの主軸である二子くんを止めているのだからさっきより攻めやすくなったようで、少しずつだが前線が前に進んでいく。

「…っしゃあ、ここからは俺の10分だ、ライチターイム!!」

雷市くんが元気に声を出す。

雷市くんの武器はセクシーフットボール…作戦もボールはとにかく雷市くんへ、あとは全て任せた、というモノらしいのだが……

「あ"!?」

ダメだ…雷市くんの猪突猛進さとチームYの守備作戦の相性最悪…!!

すでに分析済みであったようで、周囲に待機していた敵が半分リンチのように雷市くんを囲み、即ボールが取られ、そして回され始めた………

「お前じゃあ無理だ雷市…俺の10分に任せろ。」

 

ボールをひたすら追いかける雷市くんの肩をポンと叩き、走り出したのは次の双咲くん…

双咲くんの武器は読み合い。その武器でボールを取った後は、久遠くんのようにボールを周りにパスして攻撃を組み立てていく。

にしてもすごい…未来でも見えているかのように、心でも読めるかのように、ボールを追いかけている。

すると、不意に双咲くんに話しかけられる。

「…落雫、前行け。」

「え?」「いーから行けっての」

その言葉に従い、二子くんに目をつけたまま前に行ってみる。

すると、ボクに気付かず後ろに戻そうとしたのであろう敵のパスが、流れてくるように目の前に迫る。

咄嗟にボールを取るが…

「ナイス落雫、よくとった~」

双咲くんの声が聞こえる。まさか後ろに出すタイミングまで読んだのか…!?

その受け取ったボールを他に渡そうとパスをしようとした瞬間、ブザーが鳴った。

「あちゃ、もう前半終わりか。」

 

 

「フザけんなよお前ら、ボール取れよ!」「お前が取られなきゃ問題なかったろ。最後取ったし」「ありゃ運だろ運!」「ちげーしー」

やらかした雷市くんを中心にまたケンカが起こっている…。

しかし、双咲くんの武器、他と比べて爆発力というか、力で押しつぶすような理不尽さはないけど、かなり強いんだな…後でコツとか聞いてみるか。

と、そうだ、試合後のことなんか考えてる暇はない…。

まだ勝ちの糸口が見えただけ、とにかく点を取るまで油断禁物だ…!

「よし、お前ら!次俺9作戦は続行、これが最善手でいいな!このまま攻め続けるぞ!!」「おう!!」

ボクらは久遠くんを中心に気合を入れ直した。

 

 

後半が開始され、チームYのボールで開始される。

ただ、双咲くんも対策されてしまったようで、そもそも敵に近づけてすらいない…。

二子くんを動かさないようにしてはいるのだが、指示は止められない…にしても、指示が上手というか、わかりやすいな。

やっぱり二子くんは他人を動かすことに長けているのかもしれない…

タイミングを見計らった双咲くんがボールにダイブするが、惜しくもボールは取れない。

「クソ、かってーなマジ…」

しかし、取れはせずとも揺らいだ相手ボールを我牙丸くんが掠め取った…!!

「10分経った、俺の番。」

 

我牙丸くんの作戦の起点はサイドの白太刀くん…狙うのは練習通りゴール前の届きそうにないスペースへの、無茶ぶりアーリークロス!

あの距離、普通に考えれば届くはずのないその空間へ届かせられるのは我牙丸くんの"武器"…その肉体のバネ!!

「だぁッ!!!!」

頭から飛び出した我牙丸くんにより弾かれたボールは、そのままゴールポストギリギリを通過し入りそうになった…がGKに止められてしまい、そのままコーナーキックとなった。

今のはかなり惜しかった…点を取れはしなかったが、あの武器は間違いなく通用していた!

このままいけば勝てるハズだ!!

 

コーナーキック、それにこっちは二子くんを潰せているから、有利…なハズ。

二子くんも諦めたのか、さきほどまでの黒幕的な立ち位置から、普通のDFの一員として立っている。

集中、集中…!コーナーキックの時は特に反応が早い方がいい…!!

コーナーキッカーは仲間を見ることが得意な吉良くんだ…これは入れられるぞ…!!

 

吉良くんが脚を振り、ボールが綺麗な軌道で飛んでいく。ターゲットは…久遠くんか!

その武器から警戒されているが、でも他の誰かより確率があると踏んだのだろう。

ボクは、久遠くんの頭とボールの当たる、ボールの軌道が決まるその瞬間をじっと見る。

軌道が決まるその瞬間さえ見えていれば、大体の軌道は確認できる…今の当たり方なら、大体ここだろ!

ボクが走りこんできた辺りにボールが落ちてくる。さて、競り勝ったはいいが…

ここから誰に出すか…密集している敵から抜け出すか競り勝てる人が絶対いいだろうから…

ボクはゴールポストギリッギリに、ほぼシュート性な"無茶ぶりパス"を出す。

届くわけがない…が、ここなら彼の、彼だけの射程距離内だ…我牙丸くん!!

ピョンと抜け出してきた我牙丸くんがそのボールをゴールに押し込む。

 

[Z vs Y:1-1]

 

「ナイスアシスト、落rう"!」

…今何かを言おうとしていたが、飛び出した勢いで我牙丸くんの腹部とゴールポストが激突したために聞き取れなかった。

「よく追いついて反応したな、お前!!」「っしゃ…あ、他人のゴールで喜んじまった…」

皆は三者三様の喜び方をしている…

とにかく、これで引き分けまで持ち込んだ!

あと一点、一点取れれば、時間的にも勝つことが可能になってくるハズ…!

このままだ…このままでいい!!

 

 



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"一分殺攻撃"

ブルーロック一次選考、伍号棟第4試合、チームZ vs チームYは試合開始から60分を迎え、各チームが1点を取って引き分けの状態…しかし、チームYの軸はボクが止めている。

どちらかといえば利があるのはボクらだろう。

 

「追いつかれちゃいましたね。」

そのチームYの軸である二子くんが話しかけてくる。

「キミもしつこいですね…おかげで自由に動かせてもらえない。」

「キミへのパスも、キミの動きも、全部ボクが止めるから…!」

ボクも負けじと答える。

「……キミって、僕と似たような武器を持ってる…でも、僕には勝てませんよ。試合を支配するのは、僕です。たとえ僕を止められても、アイディアは止まりませんよ。」

アイディアは止められない…?似たような武器を持ってる…?

「別に、ボクに他人を使役する武器はないけど…」

「えぇ、まぁ、それはないでしょうね。でも、僕はこのフィールドを的確に把握できる"眼"も持ってる…」

フィールドを把握できる眼というと…どういうことだろう。

 

ただ、ボクが考え込むような暇はなく、試合が再開されてしまったので、それについて考えるのは後回しになってしまった。

我牙丸フォーメーションで10分が経過したので、次は成早くんだ。

成早くんの武器はDFラインの裏への飛び出し!

ボクらがそこへスルーパスをし、成早くんが前に切り込んでいく作戦…だが、

「成早くん!」「おう!」

「させるかぁ!!」「守れ!これ以上点は取らせんなチームY!!負けたら終わりだぞ!!」

やはり相手も必死だ。簡単には抜けさせてくれないか…

ボクのパスが止められ、球を取られてしまった。

「ボールちょーだいよ!」「クソッ…二子、頼んだ!」

白太刀くんのプレスでボールが二子くんにパスされたが、すぐ近くについていたボクがカットする。

二子くんの危険性を知っているのはこのチームだとボクくらいだ。

攻撃が少し疎かになってでも二子くんへのパスは全てカットする…!

 

「よぉ~し、俺の時間だ~~~!!」

後半25分を迎え、白太刀くんが元気に叫ぶ。

彼の武器はフットワーク、華麗な動き…と本人は言っているが、どちらかというとハンドワークだ。

動き自体は、かなり練習してきたのだろうと思うような動きなのだが…

あいにくにもハンドワークのためのフィジカルがなく、押しきって取ればいいだけになってしまっている。

本人曰く、「肩幅が広いとツインテールがさすがにグロい」らしいのだが…諦めろよ。

そんな白太刀くんから奪い取られたボールは敵間でずっと回されている。

引き分け狙い…いや、二子くんを封じたおかげで攻め手がないのか。

「時間ねぇぞ…攻めろ攻めろ!」

 

残り時間は…あと数分で終わりか。

このタイミングで一点を取れれば勝利はほとんど確実だろう。

とはいえ、ボクは二子くんを抑えなくては…

「…おい、落雫」

声のする方を見てみれば、そこには双咲くんがいた。

「お前、当然のように自分の時間飛ばしてっけど、いいのか?」

「あぁ…ボクはちょっとやりたいことあるから」

双咲くんは、ボクの目をじっと見つめたかと思うと、

「…二子なら俺が止めといてやるから、行って来いよ。」「えっ!?」

と言った。

ボクは二子くんのことを誰にも伝えていない…

それに誰かが勘付いた感じもしなかったが…

「わかんねぇけどさ、二子にはっついてんだろ?目ぇ見りゃわかんだよ。特技なんだ。」

…彼の武器である読み合いって、もしかして読心術から来るのだろうか?

とはいえ、二子くんを止めてくれるのはかなりありがたい。

双咲くんも、今の状況じゃ武器の使用どころではないのかもしれないな。

ボクは彼に礼を言うと、敵陣のゴールに足を向けた。

 

二子くんに言われたことについて、これで考えごとができるようになったぞ…

いやまぁ、試合中に考えごとをすること自体よくないかもだけど。

武器と言えばだが、二子くんの言ってた"眼"の武器…アレって、「空間認識能力」のことだろうか。

空間認識能力というのはその名の通り、空間(フィールド)全体を認識する能力のことだ。

自分が俯瞰しているかのような、そんな感じでフィールド全体を見れるのだ。

どこで知ったかは覚えていないが、たしかそんな感じだったはずだ。

二子くんにはそれがあるのかも…

でも、ボクにもあるというのはどういうことだろうか…

 

と、考えごとをしていると、フィールドに違和感が生じる。

あれは…ずっと突っ立っていたハズの大川くんが戻ってきている?

他のチームYメンバーも、こちらのゴールと大川くんをちらちらと見て、…攻めるつもり様子をうかがっているようだ。

…まさか、ここに来てカウンターではなく、攻めるつもりだろうか?

そういえば、とタイマーを見れば最後の一分になっていた。

こんな時間までチームYはずっとパス回しをしていたのか…?

何かおかしい…思い出せ…これまでのチームYは攻められる時も無理に攻めようとしていなかった。

別に、彼らは点数リードしているわけじゃないのに。

引き分けなのに防戦一方、最後の一分で動き出す…まさか、チームYの狙いは最後の一分で全てをひっくり返す速攻、"復讐戦法(リベンジ・タクト)"…!?

二子くんの言っていた「アイディアは止まらない」っていうのは、こういうことなのか…

だとすれば、ボクがやるべきは攻めじゃない、防御…!

「……せっかく引き受けたのに防御かよ」

双咲くんに不満をたらされながらも、ボクは踵を返した。

 

ボクが自陣に走ったすぐ後、突然の大川くんへのパスがスイッチとなり、他のチームYのメンバー含めた最初で最後の総攻撃…

一分殺反撃(ワンタイムキルカウンター)です!」

ここまで予想通り!!二子くんにネーミングセンスがあることは予想外だけど、それは関係ない。

ここで反応できていて、対処できるのはおそらくボク一人…

ボクが大川くんを止めて、そのままボールを奪取する…!

 

狙うのは、カウンターのカウンターだ!

絶対、点を取る!!

 

 

 



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vs Y、終了。

相手の作戦は"一分殺反撃"…自陣に戻ってきた大川くんがパスを受けたのをスイッチにチームYの全員で一気に攻める、まさに"殺反撃"な作戦。

しかし、二子くんの抑えを双咲くんが代わってくれたことによりボクはこの反撃に対処できる。

「マジかよ…止めろ!」「誰か最終ライン止めろぉ!」

振り返ってみると、チームZの面々が絶望して、叫んでいる。

一部チームYのボールに食らいつこうとしているが、さすがにパスで回避されている。

そうか…みんなボクの存在に気づいていないのか?

二子くんの方もゴールに必死なのか気付けていない様子だ。

だとすれば、取りにいくのは今じゃなさそうだ…ボクのスキルじゃ無理だろう。

GKとの1vs1のところに割り込むのが一番か…?

そう考えながら走っているとき、突然謎の感覚が降ってくる。

"頭の中に情報が流れ込んでくる"ような、なんとなくデジャブな感覚。

これはなんなのかがわからず、ボクは一瞬戸惑ったが、双咲くんの援助を無駄にはできない…

ちょっとした賭けだ、"感覚"に身を任せてみよう…!

 

二子くんがついにゴールのところにたどり着く。

GKと二子くんとの1vs1…じゃない!

GKである伊右衛門くんは気付いていないようだが、まだ1vs1じゃない。

二子くんの脚が振られようとしているが、それはシュートではなく…あの脚の振り方は…!

「!?」

「大川くんへのパス…だよね、二子くん?」

パスをカットし、踵を返す。

「今、キミはゴールを十分決められたハズだよ?」

「確かに、キミはボクと似た脳と眼を持っているかもしれない…でも、キミはこの土壇場で武器を捨て、脳死でパスを選んだ…ボクの勝ちだ!」

 

「キミにストライカーの資格はない!!」

ボクが言われた言葉を、そっくりそのまま投げつける。

ストライカーは常にボールという"権利になりえる責任"を持って仕事をする人間だ。

どれだけボクが弱くたって、ゴールの可能性がある状態でその権利も、武器も、捨てることだけはしなかった…!

高校のサッカー部でも、ずっとそれに徹してきたんだ。

だから、ボクが弱くても点が取れたんだ…!!

思い出せ、ここに来る前に持っていたボクのエゴを!!

 

まだ敵陣にいる仲間に、向かって、縦パスをする。

「…よくやった落雫」

いち早くボールに反応して受け取ったのは双咲くんだ。

周りに残っている数少ない敵を軽くいなして避けているが、しばらくすると人が集まり囲まれてしまう。

あれでは双咲くんの武器があっても活用できない。

「チッ…あとは頼んだっ!」

「OK任せて!」

双咲くんは敵をどうにか潜り抜けて、吉良くんにパスをする。

吉良くんは見ているだけで感心するほどのドリブル力で敵を突破していき、簡単にゴール横までたどり着く。

「頼むっ…行ってくれっ!!」

そして吉良くんはゴール前の空いてるスペースへ無茶ぶりパスをする。

そう、彼のパス先は我牙丸くんだ。でも、我牙丸くんの位置的に…

「あ…ちょ、無理…!」「外したぁ!?」

ほぼほぼ理論値を出しても届かない…

「…!?なんでいるんだ…」「んなこったろうと思ったよ…!!」

我牙丸くんにボールが届かないであろうことはわかっていた。少しヒヤヒヤはしたが。

だから、他のことは考えずにここまで全力疾走してきたのだ。

多分、双咲くんもわかっているだろうけど……

ボクが考えてるのは…ボクのゴールだけだ!

「決めろ…落雫液雫(エゴイスト)

このゴールは…ボク(ストライカー)のモノだ!!

 

[Z vs Y:2-1]

 

ボクの脚に勢いよく蹴られたボールが、ゴールのネットを激しく揺らす。

「ナイスーーー!!!」「よく詰めてたな…どんだけ走ったんだ!?」

肩で息をしているボクにチームメイト達が歩み寄ってくるが、ボクの思考の中に彼らは入らなかった。

ボクは彼らの間を歩いて通り抜けていく。

「クソッ…!」「チッ…」

チームYの面々が半分うずくまるようにしながら絶望している…

ボクが…やったのか…? 本当に…??

また…まただ…"知らないのに体が覚えている"感覚…

なんなんだ…この、快感は──!?

 

 

 

 

 

 



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悩みの幕間

「それではチームZ第2試合、勝利を祝しまして…」

「「「かんぱ~い!!!」」」

「か…かんぱーい…」

ここはチームZの部屋。

布団を脇に寄せて作ったスペースの真ん中に置かれたテーブルに、二つのステーキが置かれている。

切り分けられたステーキを、みんながばくばくと食べていく。

今日は、チームYを破り生き残った記念としてゴールポイントと交換したステーキと、みんなのおかずを持ち寄ってちょっとしたパーティを開いているのだ。

2ゴール…我牙丸くんとボクが取ったゴールだ。

そう…ボクが取ったゴール…なんだけど…

「…どうした落雫?もっと喜ぶ立場だろ、お前。」

双咲くんが話しかけてくる。

やっぱバレるか…

「いや…なんか、これまではなんで点が取れてたかわかってたんだけど、今回のはなんで点が取れたかよくわかってなくて…」

ボクは悩みを吐露する。

あの、ラストのゴール…

あの時のボクは全て読めていたようだけど、ボクにはなぜ読めていたのかがわかっていなかった。

「へぇ…ま、俺にはわかんねーや。」

 

「…そういえば、あの試合は双咲くんに助けてもらってばっかだったね、ありがと!」

「どーもどーも、肉もうひとかけら貰っちまお」

誰かの分の肉を奪った双咲くんに苦笑いしながら、質問する。

「そういえば、双咲くんて読心術が得意なの?」

「まぁ、そうだな。読み合いが得意なのもそーいう感じ。」

なるほど…

フィジカルに頼らない技術面の武器…ちょっと参考にしたくはあるな。

今のボクの能力だと少し頼りない部分があるし…

「その技術って教えてくれたり…」

「するわけねーだろ。つか武器二個も欲しいのか欲張りめ。」

「べ、別に武器は一個までなんて決まってないし」

「そういう問題じゃねーわ。」

切り捨てられてしまった…

と、そこで今の会話を聞いていた様子の雷市くんが、

「チッ…こいつ大丈夫なのかよ?」

と突っかかってくる。

「ま、落雫のゴールで俺たちは勝てた。それが事実だろ。」

「そうだ、俺たちは生き残ったんだ…次も絶対勝つぞ!!」

國神くんと久遠くんが援護してくれる。

ありがたい…が、とはいえ、ゴールした理由がわかっていないのはよくない…

なんでかといえば、そのゴールが"まぐれの一発"で終わってしまうからだ。

色々サッカーの資料を漁っているときに思ったのだが、所謂スーパーゴールを決めた選手がそれっきりであることはまぁまぁある。

多分、自分ですらなぜゴールできたかわかっていないようなまぐれとも言えるゴールをしてしまったことが原因だ。

身の丈に合わない奇跡で調子に乗り、何も考えないでいるとそうなってしまう。

今のボクはそうなりかねない状況だ…

 

 

 

「………」

みんなが寝静まり、部屋には寝息といびきだけが満たされている。

ボクはずっと悩み続けていた。

「眠れない……」

もともと隣の白太刀くんの寝相が悪いのであまり寝つきはよくないのだが、やはり今日はいつもより眠れない…

「ボクが決めて…勝った…?」

この事実を確信できない自分がいた。どうにも後ろに疑問符がついてしまう。

いや、別に夢を見ていたと言いたいわけではないんだけど…

それに、試合終了の時に感じていたあの快感…そして既視感はなんだったんだろうか…

ていうか快感って…もしかしてボクって変態?

いやいやいやいや……

ボクはなぜか居ても立っても居られなくなり、部屋の外にた。

どうせだし、モニタールームで試合見て研究しよう…

 

【チームZ モニタールーム】

ボクがモニタールームに着いた時、すでにモニターはONになっており、そのモニターの前には一人座りこみ、映像を見ている人がいた。

「…千切くん?」

「落雫か…何しに来た?」

「あ~いや…ちょっと眠れなくて、今日の試合見返そうかなって」

ボクは質問に答えながら彼の隣に座る。

「そうか…俺も、お前のゴール見返してた。」

モニターの方を見てみれば、ボクのゴールシーンが流れていた。

「そりゃ寝れないよな…こんな気持ちいいの決めれば。ストライカーとして最高の瞬間だろ。」

「そう…だね。これまでのボクじゃあ絶対決められなかったゴールだし…多分このゴールは二度と"忘れない"んじゃないかな。」

「…"忘れない"、ね。」

「まぁ、正直まだ納得いってないんだけど…」

「そうだな…このゴールは、集中力って感じじゃなかった。」

その後、少しの間を開けてから質問される。

 

「お前さ、武器を言っていくときに覚えてないって言ってただろ?今は集中力が武器ってことになってるけど…あの時はなんだったの。」

そういえば、記憶喪失の話は國神くん以外に言っていない…國神くんも口外していないのかな。

質問された以上隠そうとは思わず、ボクは彼に簡単にすべてを話した。

「そうか…なんつーか、大変なことがあったんだな。」

「まぁね…そうだ、ねぇ、千切くんも自分の武器言ってなかったよね、あれってなんだったの?」

ボクはなんとなく質問してみる。

あの時の反応的に聞くだけなら地雷じゃない…ハズ。

「だから言ったでしょ…言いたくない。」

「そっか……どうしてもだめ…かな?」

「……はぁ…わかったよ。俺も教えてもらったしな…」

ボクが少し食い下がってみると、彼は重い口を開いた。

「…右膝前十字靭帯断裂。一年前、俺はケガをした…」

「医者には、もう一度同じ箇所をやったら選手生命は危ういって言われた…

だからケガが治った今でも、まだ同じようにプレーできない。」

彼は俯きながら立ち上がった。

「俺にもあったんだ、落雫…お前みたいな武器と、自分のゴールに酔いしれて眠れない夜と、世界一のストライカーを夢見てた瞬間が…」

「でも今は、あんなに気持ちよかったサッカーと夢を失うのが怖いんだ…」

「俺は"夢をあきらめる理由"を探しにブルーロックに来た。落雫、お前のゴールを見て俺は諦められる気がするよ。」

 

「待っ…!」

悲し気な背中を見せながら帰っていく彼に、ボクは思わず声を投げていた。

「キミは、ソレで"納得"しようと、いや、させようとしているように見える…」

言っていいのか、悪いのか、ボクにもわからないまま言葉を綴る。

「納得はいろんなことの礎だ…そのままじゃ、諦めることも、前に進むこともできないんじゃないかな…」

ボクは、だんだん小さくなっていく声で、どうにか言葉を言い切る。

それを聞いた彼は振り返ると、

「お前に…お前に俺の何がわかんだよ…!」

こちらをにらみつけ、怒りをにじませながら、そう言った。

ボクが謝る隙すら与えず廊下に出ていく彼は、怒りだけではない感情を見せていた。

 

 



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