日陰者たちの戦い (re=tdwa)
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以前理想郷様並びにハーメルン様に投稿しておりました。
現在は作者のブログとの同時掲載となっております。ご了承ください。


 

 

 

時に。

電車の進歩は、速度という面では21世紀の半ばで止まったらしい。

技術の進歩自体は速度の向上を可能にしたけれど、それ以外が駄目だった。

 

要は、万が一の事故の被害が大きすぎることだとか。

或いは、僅かな時間短縮のために莫大な費用が掛かりすぎるだとか。

それまでに重ねていた進歩だけで、実用性は十分にあったのが原因だ。

 

勿論、これは速度に関してだけの話である。

速度が駄目ならば、乗り心地だの騒音公害だの、他に目指すものはある。

その面から見るならば、電車の進歩はまだまだ終わらずに続いていた。

 

そんなのは、当然乗るだけの人間からはあんまり関係ない話で。

結局、電車というのはこの2196年に至っても、余り大きく形を変えない。

切符を買って、ホームで定間隔毎に来る車両に乗れば目的地につく。

 

運転がほぼ完全に自動化されたところで、万が一の為の運転手もいる。

車両内の人的エラーに対応する車掌さんだって未だに欠かせない。

使うのが人間だから、その能力が変わらないから、大きくは変わらないのだ。

 

技術が進歩しても、人類は、まだ人類のままである。

 

 

 

 

 

 

 

 

佐世保駅に着いた時、既に空は大分オレンジ色に近かった。

長い間、瞳を閉じていた俺には優しかったけれど、それはそれ。

コミュニケ<腕時計型通信機器>を見れば、なんと午後5時である。

 

「――素直に、早いのに乗ってくれば良かったか、な」

 

家を出たのは、確か午前8時頃だったのだけど。

搭乗手続きが面倒だからと飛行機に乗らなかったのが問題か。

それとも、旅情感を味わうために早いのに乗らなかったからか。

 

或いは、所々で売店に寄ったり、福岡で買い物をしたのが原因か。

予定では、もっと早くここについている予定だったのだが。

……どう考えても自分のせいである気がしなくもない。気のせいだけど。

 

幸いなのは、相手方が時間指定で俺を呼び出したのではなかったことか。

いや、流石に時間指定されていたら俺も普通に急いでいくけれど。

なまじ時間がある分余裕ぶっこいていたらこのざまである。

 

「バス……もめんどいや」

 

コミュニケに有線接続した、ハンドグリップコンソールを握る。

ウィンドウを出すまでもなく脳裏に浮かぶ、駅内地図とバスの時刻表。

ちょろっと見ただけで、俺はタクシー乗り場に目的地を変えた。

 

正直、もう疲れたのだ。流石に何時間も電車に乗るのは大変だった。

最初は時間潰す方法なんて幾らでもあるしとは思ったのだが。

買い食いもネットもゲームもあるから、平気だとも思っていたのだが。

 

買い食いは駅弁4つめでほぼ限界が訪れた。

別腹のデザートも、アイスとお饅頭が4で限界である。

未だに持たれた感じがするし、お夕飯は抜きでいいかもしれない。

 

ネットもゲームも、あれだ。

他にやることがあるときには、幾らでも楽しく時間を潰せるが。

それしかやることがないときには、あんまり向いていないことが判った。

 

 

 

 

 

「――ネルガルの佐世保ドックへお願いします」

「あいよ」

 

そんな訳で向かったタクシー乗り場で、適当に乗り込む。

幸いながらお金には不足していない。

運転手さんも、チラリと俺を見ただけで、直ぐに車を出した。

 

――ま。

どこからどう見ても普通の大学生を超えない俺であるけれど?

実際いつも大学に通うのと大して変わらない格好である。

 

カーゴパンツに薄手のパーカーにスニーカー。

厚手のショルダーバッグには、数日分の着替えが入っている。

うん。金なんて持ってなさそうな普通の大学生である。

 

それでも、即タクシーを選ぶほどにお金には困っていない。

これは、今から行く場所が関わっているというか。

今から行く場所があるからこそ、お金には困っていないというか。

 

そんなことをぼんやりと考えていると、あっという間に着いた。

何か話しかけられるかとも思っていたが、そうでもなかった。

そういう運転手なのかもしれないし、或いは会社の規定なのかも。

 

一応、ここらへんは企業やら軍事やらの機密ばかりなわけで。

無駄なおしゃべりをする人には、余り向いていないのかもしれない。

まあ、なんら確信のない適当な予測である。事実なんてどうでもよかった。

 

電子マネーでぱぱっと払って、直ぐに降りる。

降りてすぐに、海の匂いがした。ほんのりと、磯臭い。

普段嗅がない匂いだから、一瞬ビクッとしかけた。

 

周りには、物々しい建物が立ち並ぶ……というと言いすぎか。

広い道には何台ものトラックが行き交う。

高い壁越しには、かなりの規模の建物が立ち並ぶ。

 

生活臭、などという言葉にはほとんど縁のない感じがする。

所謂、工業地帯、といった感じだろうか。

そんな中で立ち尽くす俺も、一般人過ぎて違和感だらけかも知れない。

 

なんだか居た堪れなくなって、さっさと移動することにした。

降ろされた、トラックが行き交うメインの道から入った脇道から出る。

IFSを起動させるまでもない。目的地は、目視ですぐにわかった。

 

中々変わらない信号に少しだけ焦らされて。

夕方だというのに熱を残した日の光にもまた焦がされて。

辿り付いたのは、ネルガルの工場の入口――の端の、歩行者用入口。

 

入るとすぐに、警備員さんの詰所があった。

当然、スルーなんて出来ないし、する必要もないので挨拶する。

財布の中に入れておいた社員証を見せると、待っているように言われた。

 

奥の方から現れた、今度は警備員ではなく社員さんだろう。

その人に連れられて、更に敷地内の奥へと進んでいく。

事務的に案内するその人に連れられて、向かったのは一際大きな建物だ。

 

海に隣接した、というか。海を飲み込むように飛び出た建物。

所謂、ドックなんて初めて見るけれど、これがそうなのだと思った。

小奇麗な建物というには、潮風で微かに傷んだような跡に引っかかる。

 

「――さて。

 申し訳ありませんが、個人認証をお願いします」

「あ、はい」

 

その建物の入口にも、更に警備員さんがいた。

言われるままに差し出した社員証は、カードリーダーに通され。

備え付けの遺伝子認証はちくりとした痛みを人差し指に感じさせた。

 

どちらも、問題ないはずだ。

というか、本人である以上問題なんて出られても困るが。

検査結果が微妙に気になって、ハッキングしようかと思ったが、止めた。

 

流石に、ここでそんな真似をしたら怒られるだけではすまないだろう。

幾らなんでも、興味本位だけでそんな大ボケをすることはできない。

ちょっとだけ緊張して待っていると、ほどなくして結果は出たようだった。

 

「登録されていますね。

 ……到着が少々遅いようですが?」

「あ、すいません。

 観光してたもので」

「いえ、確認までですから。

 ――それでは最後に、ご氏名と来場理由をお願いします」

 

穏やかに確認してくるおじさんに、流石にちょっと焦った。

いや、だってさ。この日に行きますとしか伝えてなかったからね。

まさか俺もこんな時間になるとは思ってなかったからね。

 

幸い、怒られずに済んでよかった。

ふと、この人に俺を怒る権限がないだけかなとも思った。

安定のクズ発想である。

 

それは、ともかく。

聞かれると、プロスさんに言われていた言葉を聞かれた。

俺は、用意していた言葉を擬似電脳から引っ張って、口にした。

 

 

 

 

 

「タキガワ・トオル、21歳。非制限IFSオペレータ。

 スキャパレリ・プロジェクトに参加しに来ました。

 職務は電算管理兼、セカンド・オペレータです」

「――確認しました。ナデシコへようこそ」

 

 

 

 

 

2196年9月16日。ナデシコ発進予定日まで、後一ヶ月。

 

 

 



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嗚呼、無限に広がる大宇宙!

――なんて言葉が、20世紀には流行ったこともあったらしい。

その言葉に秘められた思いが叶ったのは、21世紀も半分を過ぎてだが。

 

なるほど、確かに宇宙は無限とも言えるほどに広い。

拡大し続けているのも事実ではあるし、現状の技術ではそれに追いつけない。

そういった意味では、人間が限界にはたどり着けないし、無限だろう。

 

とはいうものの、実際に無限であるかどうかを意図した言葉ではない。

寧ろ、もっと差し迫っていた“限界”を強く認識しているのである。

つまりは、当時の人類が持っていた地球というたった一つの資源だった。

 

21世紀中旬の時点で、人類は行き詰まっていたという。

増える人口や、発達する技術は、同時に多くの資源を必要としていた。

地球は、小さい。いつかパンクしてしまうことは、明らかだったという。

 

そんな彼らが求めたのは新天地。

地球から得られる資源では足りない。地球だけでは場所が足りない。

実益もロマンも、そして現実的にも、宇宙進出は避けられなかったのである。

 

その宇宙進出が成功に至ったのには、当然色々な分野が関わっている。

人類を乗せる方舟には、当然工学系やマテリアル関係が大きな位置を占め。

人間を管理する医療などの生体系の学問だって、関わらないわけがない。

 

まさしく、人類がその存亡を賭けたプロジェクトだったのである。

その苦難は筆舌に尽くしがたい、なんともXなプロジェクト。

これらは、ある一点の人類のブレイクスルーによって達成されたのだ。

 

“ナノマシン”。つまりは、極小サイズの機械の総称。

用途も動力源も様々な、ただサイズだけで決められた名称だ。

ナノマシンの実用化、余りにも小さなそれは、人類の大進歩だった。

 

開発の歴史や、それが学問に与えた影響を語るのは今は避けよう。

けれど、テラ・フォーミングの根幹技術として選択され、成功した。

医療用にも通信用にも、革命を起こしたのは想像に容易いことである。

 

既に人類には欠かせない。そこまで達した技術であった。

 

――とは語ってみたものの、今となっては当たり前の技術である。

感染症を防ぐ、医療用のナノマシンを入れていない人間の方が珍しい。

大抵の人が赤ちゃんの頃に、生まれた直後に注射するものだ。

 

例え成人までナノマシンを体に入れない人がいたとしよう。

そういう人がいても、宇宙に旅行するときには必要になるのである。

パスポートを取るのに必須なのだから、入れないわけにも行かない。

 

中空に浮かぶウィンドウだって、元はと言えばナノマシンの関係技術だ。

ナノマシンを空中に撒く、というのは批判が多く中止されたけれど。

結局は同系統の技術系統を持って実用化されたものである。

 

だというのに、地球の上ではナノマシンに対する風当たりは強い。

ナノマシンというか、IFS。イメージフィードバックシステム。

機械を直接制御する為に、脳に擬似電脳を構成する割と新しい技術だ。

 

見方によっては、人体改造とか、人間の機械化だとか部品化だとか。

というか、一般的な見解でそう言われているので、どうしようもない。

火星や月ならともかく、地球上では本当に好かれていない技術である。

 

そんなものを、普通の大学生である俺が入れている理由は……

余りにも大したことがなくて逆にビックリされたりする程度のものだった。

 

 

 

 

 

21世紀中旬に行き詰まっていたのは、地球の資源だけではない。

発達し続ける技術に反して、人間の限界はもっと早くに訪れていた。

道具を使う側が、道具よりも先にその全力を使い果たしていたのである。

 

大体の人の手は二つしかなく、そして指はそれぞれに五本しかない。

人の目は二つしかなく、耳は二つあっても別々のものを捉えられない。

どれだけ成長したデバイスであっても、人間には使いこなせない。

 

人に使えるように簡易化すればするほどに、道具は全力を果たせない。

果たして、成長した技術は無駄になっていく。

どの産業分野でも抱えてしまっていた、悲しい現実だった。

 

その現実とかなり早くから直面していたのは、ゲーム業界だった。

よりリアルに、より華やかに。より想像する世界に近づいていく中で。

現実にプレイする人間は、結局はコントローラーを持っていた。

 

誰でもプレイできるように作られたコントローラー。

当然、入力のパターンなんてそう多くは作れない。作れても作らない。

だとしたら、技術的に出来ることは多いのに、結局は出来ない。

 

これはプレイヤーだけの問題ではない。作り手も、そうだ。

技術的には作れても、予算と時間が追いつかない。

リアルなのは見た目だけで、実際の限られた操作とは離れていった。

 

技術が成長すればするほどに、その乖離は凄まじくなっていく。

発達する技術は、根本的な問題を更に悪化させていく一方なのだ。

よりリアルになっても、“これはゲームに過ぎない”のだから。

 

進歩の限界に達したところで、ゲーム業界は2つの答えを出した。

昔に戻り、簡略化された画面と入力で“ゲーム”らしいゲーム。

大きな筐体を使い、VR化した世界を体感していくより専門的なゲーム。

 

この答えは、売上という明確なラインで示された。

もっと言うのなら、予算と倒産という言葉で現実が決定した。

他に、生き残る道なんて、もう既になかったのである。

 

そうして、まだゲーム業界は生き延びている。

延命をして、未だに若い青少年たちの娯楽としては欠かせない。

ああ、欠かせない。俺の青春はいつだってゲームとともにあった。

 

俺はゲームが好きだ。勿論、作る側の話ではない。

プレイするのが好きだ。VRではなくて、レトロゲーが大好きだ。

ああ、二次元に入れるなら入りたい。当たり前である。

 

そんな俺は、IFSに昔から目をつけていた。

理論は20年ほど前に成立しつつも、実用化から時間が経ってない。

俺はこれがあれば二次元に入れると思い込んでいたのだ。

 

 

 

 

 

人間が機械に入力するのに、IFSまで何もなかったわけではない。

脳波入力なんて、150年ほど前にできたシステムである。

手よりは早い。少なくともキーボードに打ち込むよりはずっと早い。

 

ただ、これには残念なことに限界があるのだ。

まず最初に、各個人の脳波に合わせた入力機の調整が必要になる。

当然、早さを求めれば求める程に、高額になっていく。

 

そして何よりも、機械側からの出力を人間が受けることは出来ない。

脳波に直接流し込むだなんて、ただの自殺行為である。

あくまで、出力を理解するのは人間の目と耳でしかないのだ。

 

勿論、個人の脳波に調整すれば、全くできないという話ではない。

ただもの凄い設備が必要になるし、バイタルデータの管理も必要だ。

その上でも、少し間違えれば神経を焼き切られるので、危ない。

 

妥協に妥協を重ねて、ヘッドセットにガントレット。

それが人間が機械に入力する、最適化された姿である。

プログラマと言えば、そんな姿を想像するのが一般的だろう。

 

それに大して、IFSは出力を受けられるというのが最大の特徴だ。

擬似電脳に一時データを移し、そこから微細電流に変換している。

人間を部品化しているとの批判を受ける、最大の理由である。

 

IFSならば、機械との間に双方向の通信が出来る。

それだけならば、色々な人にとって、ある意味夢の技術だ。

嫌悪感どまりの倫理など、実益の前には無力である。

 

……要は、機械の思考は人間にとっては早すぎるのだ。

初期のIFSは、そのままデータ出力していたから、死人も出た。

IFSで脳神経が焼き切れたのは、流石に色々と問題だった。

 

しょうがなく。本当に、技術者にとってはしょうがなく。

人間が扱いきれるように、死なないように機能を制限したのだ。

出力速度を限定し、そして入力を簡略化し、余裕を作った。

 

それが、所謂ノーマルタイプIFSである。

機動兵器のパイロットしか使わないため、パイロットIFSとも呼ばれる。

今現在、地球人類の使っているIFSの殆どはこっちである。

 

もう一つだけ。諦めきれない科学者は、逃げ道を作った。

人間と機械の相互通信は、やはり人生の夢とまで思う人がいたのだ。

その人たちは、「耐え切れる人間ならいいよね?」って言った。馬鹿だ。

 

機械思考に耐えられるほどの思考能力を持ち。

機械思考と齟齬を起こさない適合した思考を持ち。

その上で、最大限の調整をすれば、許されると思ったのである。

 

要求される思考速度は人類のほぼ限界値、上位0.001%。

極度に整理された思考を持っていることを最低基準とした。

それこそ、その為に作られでもしない限り、滅多に出ない素質である。

 

――俺は初めて、賢く生んでくれた親に感謝した。馬鹿である。

 

 

 

 

 

成人してすぐに、親に隠れて検査を受けにいった。

事前の検査で、若しかしたら通るかもという期待はあった。

サラリと通った時には、流石の俺もガッツポーズした。

 

簡単な手術を受けるときにも、後悔はなかった。

俺は二次元に入って、好きなキャラときゃっきゃうふふするのだ。

バイトで貯めた40万なんて、微かにも惜しいとは思わなかった。

 

非制限IFS保有者としては、下から数えた方が早い年齢。

能力的には中の上層。技術はほぼゼロの下の下。

そんな術後の検査にも、一喜一憂することなんてなかった。

 

俺が求めていたのは、ただ一つ。きゃっきゃうふふである。

もらった折りたたみコンソールを抱えて、全速で家に帰った。

家に帰ってゲーム機にコンソールを突き刺して、起動した!

 

――――そして、すぐに絶望した。

 

IFSを得たからと言って、ゲームの中に入れるわけではない。

入力と出力を脳内で出来るからと言って、二次元には入れない。

そのことに、脳裏に浮かぶゲーム画面を見て、ようやく気付いた。

 

いわば、画面が頭の中にあるだけなのである。

当然触れたり?匂い嗅いだり?舐めたり?揉んだり?出来ない。

…………人生で初めて、挫折した。

 

悔しくなったので、諦めて自分で触れられるようにパッチを作った。

自分の3Dデータも構築して、色々なことをできるようにしてみた。

大学の講義中であっても、ウィンドウなしで作業できるのが幸いだった。

 

――半年後。

データの中で楽しく第二の現実を遊びつくした俺に、現実で迎えがきた。

残念ながら美少女でも美女でも美少年でもなく、変わったおじさんだったが。

 

 

 



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「――タキガワ・トオルさんですね」

「……ええと、どちら様で?」

 

6月。ほんのりと暑さを感じ始める、そんな日のことだった。

3年生で始まったゼミを終えて外に出た俺を、待ち受ける人がいた。

夕暮れ時の構内は、まだ明るかったが人通りは多くなかった。

 

赤いベストにメガネを掛けた、ちょっとばかし胡散臭い男性である。

大学に社会人がいることは珍しくもないが、彼らとは少し違った感じ。

なんというか、仕事人的な?研究者よりの人ではないと思った。

 

研究者っぽい人なら、理系学部に用事があってもおかしくはないのだが。

どちらにしても、俺に用事のあるおじさんに心当たりはなかった。

取り敢えず、どこのどちら様なのかを聞いてみる俺なのである。

 

「おや、失礼いたしました。

 プロスペクターと申します、お見知りおきを」

「……ネルガル?

 あのおっきい会社のですか」

「ええ、あのおっきい会社です」

 

差し出された名刺には、おじさんの写真と、ネルガル重工の文字。

後はおじさんの役職名と、恐らく偽名であるプロスペクターと書かれている。

……いやいや、胡散臭すぎではありませんか。これは。

 

名刺など見慣れていない俺にとっては、その真贋など判らない。

詐欺、とか。そういうものかと思って、すぐに考え直した。

俺個人を対象にしてきているのだ。金目当てではありえないだろう。

 

俺は、幾らそれなりの大学に通っているとは言え、普通の大学生だ。

敢えて普通から離れているところを言えば、それこそIFSがあるぐらい。

……俺、まだネルガルには悪戯した記憶がないんだけど。

 

「……どのようなご用件で?」

「あなたをスカウトしに参りました」

 

勿論、面と向かってハッキングしたことがない、などとは言わない。

そも俺の持ってる機材や俺の実力じゃ、大学のシステムを弄るのが精々だ。

ログインシステムをこそっと高速化するぐらいである。ボランティアだ。

 

というか、普通に俺のパソ子が熱暴走で死にかけるからね。

後俺の持ってるコンソールじゃ限界速度もアレだからね。

当然、大企業のガチガチのウォールなんか相手出来るはずもない。

 

――ってえー?

 

「スカウト?

 …………俺を?」

「ええ、あなたを」

 

聞き返した俺に、プロスペクターさんは頷いて示した。

スカウトってことは、あれだろ。

なんかお仕事みたいなのを頼む的なあれなんだろ。

 

俺がそんな風にスカウトされるってことは、やっぱりIFS関連?

いや、だけど。ネルガルなんて大企業なら、自分とこで抱えてるだろうし。

俺の技術なんて対したものではないのは、自分が良く判っている。

 

プログラマとしては高速思考含めて2流もいいところ。

打込屋としてはそれなりだけど、人手で補える程度。

やっぱり、俺自身の価値はそれほど高いものではない。

 

「――えっと、IFSオペレーターとしてですよね」

「はい、勿論です」

「失礼ですが、すいません。

 俺をスカウトする理由が判らないんですが」

「……非制限IFS所持者の人数をご存知で?」

 

むっ。質問に質問で、ということはともかくとしつつ。

そんなのは当然知っている。というかデータは擬似電脳の中にある。

どっかに先月発表の記事を保存していたような気が……あああった。

 

「公式発表だと、先月で863人」

「はい。

 その内、どれだけが適性持ちかをご存知で?」

「……296人でしたっけ」

「ご名答です」

 

残念なことに、IFSを入れる適性とは別にもう一つ適性がある。

入れてから、それを使いこなせているかどうか。

俺は、出来る方に入った。出来ない人が何故出来ないかは知らない。

 

入力も出力も出来ることは出来ると聞いたことがある。

ただ、その速度が実用クラスではないとのことで。

パイロット用のIFSと変わらない程度しか出ないのでは、意味がない。

 

それならば、下手をすれば脳波入力とあまり変わらない。

持ってるだけでは意味がない。

悲しいことに、使えなければ意味がないのは事実だった。

 

「それでは、重ねて。

 その内何人が、連合軍所属でしょうか」

「……いえ、知りませんけど」

「およそ4割、132人です」

 

知ってるわけないですの、そんなの。

思わず言いかけた言葉を胸先で止めつつ、素直に応えた。

4割。それを多いと捉えるか、どうか。人それぞれだろうか。

 

俺は、妥当なところだと思った。

何だかんだで必要とされるのは間違いない人材ではあるのだ。

だからこそ少しだけ、その先の言葉を予想できる気がした。

 

「後は、殆どが大企業に所属。

 フリーの方なんて、数える程です」

「ネルガルにもいるけれど、今の仕事から外せない。

 ……無所属だったら、誰でもよかったと?」

「誰でも良いわけではありませんよ。

 その中で、あなたが最優秀だったからです」

「引き受けてくれそうな中で、ですよね」

 

俺だって、俺以外のIFS所持者を調べたことだってある。

大抵が、どこかの企業の研究所や電算に所属している。

フリーの人間だったら、一本幾らで仕事をするプログラマだ。

 

その中で、俺はただの大学生に過ぎない。

多少頭の出来は良くとも、親のすねを齧って生きる学生だ。

なるほど、猫の手でもいい時なら、俺を誘いにも来るか。

 

プロスペクターさんは、困ったように笑った。

言葉が過ぎたかと思ったが、気にしていないようだ。

或いは、社会人としての冷静さなのかもしれないと思った。

 

「否定はしません。

 ですが、あなたが必要なのも事実です」

「……どんな仕事なんですか?」

 

別に俺は、俺でないと出来ないようなことには関心はない。

特別であることには、それほど価値を見出さない。

元より、努力をすればそれなりには特別であれたから。

 

それよりも、俺自身を必要と言ってくれたことが気に入った。

せっかく手に入れた割にはそれ程役立っていないIFS。

大企業の世界にスカウトされるというのは、それは面白そうだった。

 

「なに、ただのデータ管理ですよ。

 あなただったら、問題なく出来る仕事です」

「……そうですか」

「ただし、場所は新造の戦艦。

 期間もそれなり以上の長期間ですがね」

「……!

 戦艦、ですか!」

 

一瞬、思っていた程楽しそうではなさそうだと思い。

その直後に続けられた言葉に、流石に言葉を失いかけた。

戦艦、だ。戦艦である。新造戦艦なんて、なんと心躍る響きか。

 

新造戦艦ということは、つまりは実験艦ということだろう。

戦闘データの管理や、そもそもの調整。幾らあっても手が足りない。

手数が必要で、その上で出来るだけ乗艦員は少なくしたい。

 

それならば、俺が呼ばれるのも判る気がする。

そんな頭の中の冷静な判断は置いといて、楽しそうだと思った。

俺を見るプロスペクターさんも、掛かったと言わんばかりの顔だ。

 

「勿論、大学は休学していただきます。

 下宿も引き払い、ですね」

「費用は」

「ネルガルが全て負担いたしましょう。

 給与だって、契約金に月額と危険手当でこれだけ」

 

プロスペクターさんが差し出した宇宙ソロバンを見て、引いた。

いや、この金額はマジないわ。マジドン引きだわー。

少なくとも、大学生に出す金額ではない。ドン引きである。

 

休学、というのはどうかと思うが。しかし。

それを含めても、相応の金額であるといえるかもしれない。

それでも小さく迷っている俺に、プロスペクターさんは言った。

 

「他に条件はありますか?」

「……その、卒業後って」

「ネルガルでよければ」

「よろしくお願いします」

 

即答である。よっしゃあ、と内心でガッツポーズを取る。

いや、多分最初からそう言う意味でのスカウトも含めてたっぽいが。

それでも、色んな不安をお空の彼方にポイ捨てである。

 

いやはや、無軌道な学生としては、面倒事は出来るだけ避けたい。

この件で実績を積むというのも一つだし、これも一つのコネである。

未来を考えたら、これは参加するしかない。ないと俺は思った。

 

「出航は4ヶ月後です。

 それまでは、訓練を積んでください」

 

そう言ったプロスペクターさんの言葉も俺の気分を損ねない。

この時の俺は、本当にテンションが上がりっぱなしだったのだ。

――両親への説明なんて、思い至ってもいなかったのだから。

 

 

 



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ナデシコを見て最初に、予想よりも遥かに大きいと思った。

300mと聞いていて、かつ3Dモデルは見ていたが。

距離としての300mと、構造物としての300mは違ったらしい。

 

地元にあった、展望台的なタワーが確か70m強だった。

長さで言えばその4倍。しかし、これはあくまで戦艦なのだ。

直方体ではないけれど、奥行300に加えて縦も横もある。

 

当然のことながら金属製。メタリックカラー。

3Dモデルとは違って、光が織り成す影のコントラスト。

浮かび上がるような質量感に、ああこりゃデカいわと素直に思えた。

 

改めて、胸が高鳴るのを感じた。どうやらワクワクしているらしい。

案内してくれた社員さんが、入口を教えてくれた。

仕事があるらしく、案内は出来ないそうだが仕方がない。

 

入口は二つ。格納庫に直通の大きな搬入口と、普通の搭乗口。

搬入口は荷物の運び入れをしているし、避けた方が良さそうだ。

外枠は完成しているように見えるが、中身はまだなのだろうか。

 

コンソールを握って、艦内地図を呼び出す。

まだ整理されていないデータベースは、クラウドしている。

見つけた地図も、ただの設計図と大差がないレベルだった。

 

案内地図とか作らなきゃと思いながら、誰もいない搭乗口へ向かった。

 

 

 

 

 

ナデシコに入って、取り敢えず自室とされた場所に向かってみた。

一応、運航班の一員に当たるからか、居住域でもブリッジ近くである。

時折作業中の人とすれ違いながら、静かな廊下を進んでいった。

 

見つけた部屋は、生体認証のロックがかかっていた。

案内地図すら出来ていない割には、設備は出来ているらしい。

……まあ、案内地図がないのは俺が作ってないからだが。

 

中に入ると、思ってたよりは狭い感じのしない部屋だった。

備え付けの家具の中に、送りつけていた荷物が置かれている。

中に入っているのは、大抵が服とか多少の本の類である。

 

ダンボール3箱分。纏めてみると案外少なかった、俺の荷物だ。

引き払う際、本当に必要かどうか考えたら小さく纏まってしまった。

荷物の多さが人の中身などとは思わないけど、少し寂しい気もする。

そも。

俺の趣味といえるのが、大抵データ化出来るのが問題である。

何せ俺の電脳にすら入ってしまうのだから、何も必要ない。

 

ベッドのスプリングを確認して、部屋の設備を見て。

ダンボールをどうにかしようかと思って、やっぱり止めた。

この程度の荷物なら、後からなんとでもなると思えた。

 

それよりも、先に中を見学にでも行ってみよう。

現状、まだ正規クルーは殆ど来ていないはずだが、いる人はいる。

常識的に、挨拶ぐらいはしておくのが普通だろう。

 

そう思った俺は、取り敢えず自室から出ることにした。

 

人がいそうな、というかいると判っている場所は現在3つ。

格納庫とブリッジと食堂である。勿論IFSで確かめた。

雑多なデータの中で、センサー類を探すのは少しだけ手間だった。

 

ま、最初は俺の仕事場であるブリッジか。

他のクルーはまだ搭乗していないが、どんな場所かを見ておこう。

何より、他の場所よりも圧倒的に近いのがよかった。

 

士官用の部屋の前を通り、階段を降りるとすぐブリッジ。

入口から恐る恐る覗き込んで、俺はやっぱり引き返した。

全体的に作業中である。修羅場っているので入りたくない。

 

なんか椅子とかをギュイーッて設置している。

なんかコンソールの配線をグニグニ弄っていたりする。

そんな中で平気な顔をして打込みしてる人もいる。

 

なんというか、俺はそんな場所に平気な顔では入れない。

いやあ修羅場ってますねえ!なんて思っても口に出せるわけがない。

真剣な雰囲気、というのが苦手なのである。子どもなのだ。

 

まあ、丁度他のクルーも来ていないことですし。

入艦記録を見る限り、多く来ている整備班を見に行こう。

格納庫格納庫、と仕事人たちの職場に俺は背を向けた。

 

格納庫はナデシコの後部。ナデシコの色々が詰まっている。

兵器類だけかと思いきや、物資も結構な割合で置いてあったり。

戦艦はよく判らないけど、結構雑な設計をしている気がする。

 

あくまで、気がするだけだ。

専門の人が作ったものに、大声で文句を言うつもりもない。

どうせ実験艦なのだから、これはこれでいいのかもしれないし。

 

格納庫に近づくと、やっぱり仕事中の人が多い感じだった。

邪魔にならないように、現場には入らずに壁沿いの通路を通る。

丁度高い位置にあるから、下の光景もよく見えて、案外悪くない。

 

いや、見るだけならば監視カメラでも見れるけどね。

あんまりそういうのばっかりに頼るのも、覗き的でよくない。

そこらへんのセキュリティも調節しなきゃいけないんだっけな。

 

誰か話しかけられそうな人がいないかなーと思って見て回る。

乗員名簿と顔を照らし合わせて、正規クルーを確認。

大抵が真面目に仕事をしているので、やっぱり話しかけにくい。

 

っていうか、作業着って本当に話しかけづらい。

なんか威圧感的なものを感じるのは、俺だけではないだろう。

人によっては情報補佐にゴーグルとかつけてるし、怖い。

 

まごついてしまう俺だが、幸い俺に目を向ける人はいない。

高場の隅にいるのもあるし、みんな忙しそうにしているのもある。

そんな内に、メガホンを持った人が、作業場から離れるのが見えた。

 

それを見た俺は、ピコーンと閃いた。

向かった先には格納庫の休憩用控え室があったと記憶している。

メガホンを持っているからには、指示出来る偉い人のはずだ!

 

ぺたぺたと目立たないように、その背中を追いかける。

IFSで最短かつ邪魔にならない追跡ルートを構築。

広いし、入り組んでいる分、追跡の為じゃなくても案内が欲しかった。

 

 

 

 

 

俺が休憩所にたどり着いたとき。

目当ての人は、自販機の前に腰に片手を当てて立っていた。

当然、もう片手は飲み物を口に傾けている。

 

リストアップしていた候補者の中から、顔を照合。

大体、現実時間で0.2秒程度。

俺が予想していたよりも、ずっと大物がヒットした。

 

「えっと、整備班班長のウリバタケさん、ですよね」

 

自動ドアが開いたことに反応したのか、彼は俺を見ていた。

大体30歳というところの、ちょっと細身のお兄さんだ。

少し気難しそうな顔が、訝しむように俺を見た。

 

恐らく、俺の服装に場違いさを感じたんだろうな、と思う。

色んな意味で俺の姿は、場所に適したものであるとは言えない。

いや、カーゴパンツだから、ある意味間違ってないかも知れないが。

 

制服に着替えてくればよかったかな、と少しだけ思った。

「あんたは?

 作業員っぽくはないな。クルーか?」

「はい。タキガワ・トオル。

 セカンドオペレータ兼、電算管理です」

 

飲み物を嚥下したウリバタケさんは、俺を誰何した。

別に隠していることでもないし、職務を答える。

どちらにしても、この人とは関わることも多いだろうし。

 

そう思って応えた俺に、ウリバタケさんは少し眉を顰め。

少ししてから、目を見開いて凄い勢いで俺に近寄ってきた。

うおっと引き下がる前に、俺は肩を掴まれる。

 

「セカンド……ってことは!

 あんた非制限のIFS持ちか!」

「え、ええ。

 そうですけど」

 

目の前に迫ってきた大声に、引きつつ。

嘘を言う理由も余裕もなく、俺は素直に応えた。

……微妙に、最近聞いたばかりの父の怒鳴り声を思い出しながら。

「マジかぁ。

 非制限二人たぁネルガルも本気なんだなぁ」

「……ええと?」

「ああ、悪い。

 中々見ないからちょっと興奮しちまった」

 

とはいえ、両親と違って怒ってはないらしい。

単純に、滅多にいないのを見た驚きであったようだ。

珍しいかもしれないが、俺はそれほど特別ではないのだが。

 

「興奮、ですか」

「おう。俺も欲しかったけど取れなかったんだよな。

 システムに関わる人間にとっちゃ、憧れの一言だぜ」

「俺自身は、それなり程度なんですけどね」

 

実質、訓練を受けてきたとは言え、そこそこどまりだ。

それなりに色々出来る様にはなったけれど、トップにはなれない。

もう一人の、トップオペレータの足元にも及ばないのは事実だ。

 

「メインシステムは、もうおひと方の担当ですから。

 俺はあくまでデータベース関係の担当です」

「……いや、でもアンタもIFS持ちなんだろ?」

「トップオペレータのホシノさんですけど。

 そちらの方は、IFS適合強化体質の方ですよ?」

 

俺が、人類の中でIFSに“耐えられる素質”を持っているならば。

まだ会ったことのないホシノルリさんは“使いこなす”為に作られた。

当然、その素質は比べるまでもなく、残酷な程に明確だった。

 

IFSも、俺に合わせて調節されたものとフルスペックのホシノさん。

訓練期間も遥かに違い、残念ながら俺は技術的にも勝つ余地はない。

トップとセカンドという名前通りに、実力にも差があった。

 

「――とんでもねえな」

「はい。

 俺は、彼女のサポートです」

「アンタを二番手に、か。

 この艦豪華過ぎるな」

「……は?」

 

何を言ってるのだろうか、この人。

思わず、俺は気の抜けた声で聞き返してしまった。

まるで俺を知ってるような、そんな感じだが。

 

腕を組んでうんうんと頷くウリバタケさん。

そんな目の前の彼も、俺の様子に気がついたらしい。

どうかしたのか、と不思議そうに俺を見てきた。

 

「――豪華、ですか?」

「いや、だって。

 整備班用のインターフェース作ったのアンタだろ?」

「……そうですけど」

 

俺の仕事はデータベースと、そのアクセス全般である。

航行と戦闘システムをトップが担当し、それ以外が俺だ。

当然、普通のクルーが使うためのシステムも俺が構築担当である。

 

俺がこんなに早くここにいるのも、それが理由だ。

各システム自体は商品として持ち込まれているが、運用は俺。

統合して、俺以外にもアクセス出来るようにするためである。

 

整備班が他のクルーよりも先に乗艦するのなら、当然先に作っている。

というか、俺が練習がてら初めて作ったのが整備用のシステムだ。

有り余る時間と試行錯誤が詰まった、未だ未完成の子どもの積み木である。

 

だからこそ、微妙に納得のいかない俺。

なんでそれを今話題に出すのか、と思う程度には微妙な作品だ。

少なくとも本職の人に見せるにはまだ不安なものだった。

 

「あれを作れるなら、十分一流クラスだ。

 特に、あのパーツデータはすげえ」

 

けれど、ウリバタケさんにはそうでもなかったらしい。

すげえとまで言われては、あんまり卑下するのもあれだけど。

実質俺にとっては褒められる理由があんまり判らなかったりする。

「……そんなに凄いですか、アレ?

 カタログデータ打ち込んだだけですよ」

「全メーカー統一項目で、統一3Dデータ付きじゃねーか!

 検索も便利で、どこがだけなんだよ!」

 

……そんなことを大声で言われても。

俺にとっては冗談とか、その場のノリの範疇である。

なんか、暇だったから全部モデルを作ってみた。

 

3Dモデルの制作は、比較的得意な分野である。

というか、時間を掛ければできる系統の分野は全般得意だ。

俺の強みは、電気信号と同じ速度で仕事が出来るというだけである。

「あれって凄いんですか?」

「……作った人間が判らねえのか?」

「残念ながら。

 必要かなっと思った機能をつけただけなので」

「……まじなのか」

 

なので、俺にとってはまだまだ未完成だったりする。

必要な機能を全部備えつつ、直感的な操作ができることが目標!

俺自身がそうでしか仕事が出来ないから、そうせざるを得ない。

 

「俺は、素人ですから。

 必要な機能は、言ってくだされば付けますよ」

「……無茶ぶりでもいいのか?」

「出来るかは保証できないですけど」

 

俺にプログラミングの才能は、やっぱりない。

だから、センスが必要な類のものは作れないけれど。

ウリバタケさんは、じゃあ、と小さく前置きして、言った。

 

「――物理演算付きのパフォーマンス計算機。

 データ上で設計出来て、シミュレータに投入可能とか」

「……そんなのでいいんですか?」

「いまそんなのっていったかおめえ」

 

掴まれたままの肩を前後に揺らされる俺。

 

「いやっ!だって!

 あのカタログ、それ見越して作ってたので!」

「――――マジかぁ!」

「浪漫な機体を俺も組んでみたかったしー!」

 

3Dモデルを作っているのだから、当然のことである。

流石に納期には間に合わなかったが、現在も続行中だった。

……だって。理論上のみの機体を作るとか、楽しそうじゃん?

 

しかし、ウリバタケさんは俺を揺らす。

とにかく揺らす。めっちゃ揺らす。

――俺の目が回りに回った頃に、漸く放してくれた。

 

「……とにかくアンタの実力は判った。

 これからも、カタログデータの更新は頼むぜ」

「うっす……。

 あー……レファレンスサービスもやるんで、必要ならどうぞ」

「……レファレンス?

 電子司書か、どこまでやってくれるんだ?」

 

レファレンス。所謂、参考業務である。

つまりは情報の入手と選択についての補佐をすることだ。

図書館とかで司書さんに聞けば、大体教えてくれるあれである。

 

俺も、訓練期間中に電子司書の資格は取った。取らされた。

プロスさんが取ったらお小遣いくれるって言うから取ってみた。

直前に大体30分ほど本を読んだら取れた。擬似電脳万歳。

 

――日本に限らず、非制限IFSユーザーへの法整備などない。

マイノリティにも程があるし、その上社会でも大抵上層部である。

平等性などをアピールする人などなく、誰も問題視しない。

 

っていうか、非制限IFS入れてから電子司書とる馬鹿なんていねーし。

必要な人間は入れる前に取ってるし、いらないなら縁がない。

そんな必要になってから取るような素人なんて俺以外にはいないな!

 

それはともかく。

聞かれたことに、俺は少しだけ考えてから応えた。

一応プロスさんとの契約の中に入っている業務である。

 

「……情報収集と、レポート化ですかね。

 内部外部に関わらず、どの情報源でもやります」

「外部もか」

「ナデシコのデータベースになければ、追加という形で対応します。

 分野は限らず、犯罪にならない限りは」

レファレンスというよりは、データベースの管理サービスというか。

データベースは常に更新するが、その内容についての依頼は受けている。

そう言うと、ウリバタケさんはむぅと感嘆した様子であった。

「――非制限オペレータのレファレンスか。

 研究環境としては、破格すぎるほどだな」

「……使われる場合は、一応正規ルートで申請して下さいね」

「なんでだ?」

俺の実力を過大評価しているようだが、まあそれはよい。

そんなことよりも、俺は最後に一番重要なことを忘れずに伝える。

これは命令系統的に、色んな意味でとってもとっても大切なことだ。

 

一応、俺は系統外のナデシコ運営班から派遣のナデシコ航海班である。

なので、俺の直属の上司はナデシコの副長だし、あるいはプロスさんだ。

そう伝えると、ウリバタケさんは面倒だろと不思議そうである。

 

それに、決まってるじゃないですか、と俺は無意味に胸を張った。

「俺の給料の査定にも入りますから!」

「……アンタ、実は結構いい性格してるな?」



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ネルガルの新型戦艦ナデシコは、実験艦だ。

 

真空の相転移によりエネルギーを得る相転移エンジン。

斥力を展開し、艦を防衛するディストーションフィールド。

重力を収束発生させる主砲、グラビティブラスト。

 

最新鋭の、系図すら知れない技術が大量に使われ。

膨大なコストが掛けられた、どうあがいてもワンオフの戦艦。

なるほど、そのスペックだけでも実験艦でしか有り得ない。

 

けれど、実験艦ナデシコの本質はそこにはない。

 

ナデシコはスキャパレリプロジェクトの為に作られている。

全ての機能は、プロジェクト完遂の為のものである。

ナデシコのコンセプトは、“最新鋭の戦艦”ではないのだ。

 

では、どこにあるかと言えば。

プロジェクトの中での役割は、とある場所に行き戻ってくること。

その機能さえ果たせるならば戦艦でなくとも構わない。

 

ただそれが、宇宙空間を越える必要があり。

木星蜥蜴たちとの戦闘を無事に切り抜ける必要があり。

そのどちらも単艦でこなさなければならないというだけだ。

 

画して、ナデシコは最新鋭の戦艦として作られた。

それも単独で戦闘をこなし、単独で長期航海できる戦艦に。

そして“そのように”運営されるべく作られたのである。

 

木星蜥蜴の圧倒的な数の暴力。

たった一艦で立ち向かわなければいけないナデシコ。

数の利という現実は、明らかに敵に味方していた。

 

量に立ち向かうのは、同じ量か、あるいは質でしかない。

最新鋭の技術は詰め込んだ。後は、それを活かしきるかどうか。

スペックが発揮しきらなければ、プロジェクトの成功は有り得ない。

 

故に。

ナデシコを運用するのは、最高の人材でなくてはいけない。

少人数で情報伝達を早め、単艦のメリットを活かさなくては。

 

実験艦ナデシコは、誰でも運用できるようには作られていない。

普通の兵器のように、一定の基準を満たす者なら使えるわけではない。

選ばれたたった一人を掛け合わせ、理論値を目指しているのだ。

ネルガルの新型機動戦艦ナデシコは、実験艦である。

そのコンセプトは、最高の人材で最適化された最強の戦艦。

それは兵器というよりは、ただの科学者のロマンの塊だった。

 

今後、ナデシコの技術を継ぐ艦は幾らでも出るだろう。

ナデシコの戦闘データも、多くの人に分析され利用されるだろう。

けれど、ナデシコのコンセプトが引き継がれることはない。

 

だからナデシコは実験艦でしか有り得ない。

まともな理念で設計されていないから、系図には入らない。

――――けれど、俺はそれを少しだけ寂しく思った。

 

 

 

 

 

ナデシコに乗艦し、俺はシステムの構築を始めた。

実際の、各設備各機能はインストール済み。

けれどそれを統合的に運用できるようにするのは俺である。

 

最初の頃は、俺も真面目にブリッジで仕事をしていたが。

まだ誰もいないブリッジで、一人だと寂しすぎた。

外に羽ばたき出すまでに、時間はさほど掛からなかった。

 

何が問題って、ブリッジでなくても仕事出来るのが悪い。

速度に限界こそあれど、コミュニケとグリップコンソールは便利だ。

なんと工場の外で遊びながらでも、アクセス出来るのだ。

 

実質思考の二割から三割程度。

それぐらいのリソースを回せば、まあ何とかなる。

外部からのアクセスで、回線自体が細いから限界でもあった。

 

っていうか、幾らなんでも防壁硬すぎである。

正規アクセスでも、ここまで入力絞られるとか馬鹿である。

メガネとIFSがなければ死んでいた所だ。俺コンタクト派だけど。

 

そんなこんなで遊び歩く日が続いてきた今日この頃。

佐世保グルメツアー2196☆8日目。

流石にバーガー10個目はきついと思いながら食す俺。

 

一人だと、遊ぶにしても食い倒れツアーしかない。

買い物ばっかりするにも、そこまで時間潰せないし。

無趣味に近いと、こういうときって本当に困るものだ。

 

そう思いながら、半ば自棄に暴飲暴食をしているが。

幸い俺は非制限IFS持ちである。頭悪いレベルで燃費がやばい。

常時起動しているのもあり、この程度なら体重も現状維持だ。

 

……それを知らない店員さんは俺をすごい目で見るけどね?

 

そんなこんなでバーガーに飽きてきた俺の頭の中で警報がなる。

これは勘とかそういうものではなく、リアルに鳴り響く。

コミュニケに繋いだコンソールを通して擬似電脳が叫んでいる。

 

ナデシコのデータベースに繋がっていた俺の意識が一瞬飛ぶ。

リソースとして3割が飛んだことで、IFSが警報を出したのだ。

すぐに立て直して、状況の把握を開始する。

 

――ナデシコの中に、誰かいる。

いや、元より作業員や整備班の皆さんはいるんだけども!

それとは違った、全くの異物が現実と電脳の両方に存在していた。

 

まず最初に、ナデシコの電脳の方に、異様な何かがいた。

俺もよく判らない、驚愕のスピードで何かを構築している誰か。

激流のようなアクセスで、あっという間に出来ていく砦みたいな何か。

 

そのアクセススピードで、外部アクセスではないとすぐ気がついた。

ナデシコ内部から、明らかに非制限IFSの速度で干渉している。

それにしたって、異様な速度だ。手出しの隙間が見当たらない。

作られているのが、領域を確保する為の城壁と気付いたときには遅く。

結局、俺が割り込むことも何かを潜ませることも出来ない内に。

その誰かはナデシコの中に、自分だけの王国を作り上げてしまった。

 

 

 

流石にやばいと思ったので、俺は全速力で帰った。

いや、大体誰がやったのかとかは想像は出来ていたのだけど。

それでも色々と、そのまま放置出来そうにはなかったのである。

 

絶対にナデシコの中からのアクセスで、間違いなく関係者。

その上で、こんな処理速度のIFSユーザーなんて一人しかいない。

……っていうか、ナデシコの関係者とか関係なく一人である。

 

その人が来ているならば、尚更俺は早く帰るべきだった。

だって常識的に考えて、職場が同じで同職の方なわけである。

微妙に職務が違うけれど、大体にして上司と言っても構わないのだ。

 

帰りがけで買ったクレープを食べながら、工場に入り。

そして早足にナデシコに乗艦し、俺はブリッジへと向かった。

そこに割と見慣れた姿を見つけ、思わず声を掛けた。

 

「――プロスさん!」

「ああ、タキガワさん。

 帰ってきましたか」

 

そこにいたのは、いつもの赤ベストのプロスペクターさんだった。

訓練中も、ネルガルのIFS研究所に時々様子を覗きに来たり。

早めに乗艦してきたから、俺にとっては馴染みのある人だった。

 

「ええ、来たんですよね?

 それで、どこに」

「把握されてましたか。

 そちらにいらっしゃいますよ」

 

そうして、プロスさんが手で指し示したのは入口の奥。

艦長席に近い今の場所からは見下ろす位置。

俺の仕事場セカンドオペレータ席の、すぐ隣だった。

 

階段を転がるように降りて、背凭れ越しに背中を見つけた。

どう声をかけたものか、一瞬悩んで。

その間に、すっとこちらを振り返ってきた。

――その人は、座っていてもかなり小柄と判る女の子だった。

明らかに何かの調整を加えられた、ブルーシルバーに輝く髪。

白い肌は、人よりも熱の薄い、硬質な印象を俺に持たせた。

 

ただ、それでも。

人形でも、アンドロイドの類でもないと思ったのは。

彼女の全身と表情の倦怠感が、不釣合に人間臭かったからだ。

 

「ああ、ホシノさん。

 こちらセカンドオペレータのタキガワさんです」

「タキガワ・トオルです。

 主に電算管理を担当します」

 

俺を追いかけてきたプロスさんが、口止まる俺の紹介をする。

取り敢えずその助け舟にのって、テンプレ自己紹介。

興味のなさそうな、熱の薄い視線が俺を遠慮なく貫いた。

 

そも、きっと振り返ったのも、騒がしかったからだろう。

プロスさんが口を出さなければ、きっと目を逸していたはずだ。

微かに不安そうな色を浮かべたその瞳に、俺はそう思った。

「――――ホシノ・ルリ。

 ……………………よろしく」

「宜しくお願いしますね、ホシノさん」

付け足すように加えた言葉は、本当に付け足しだと思った。

一番当たり障りがなくて、その上で短い言葉。

端的に呟いたそれは、視線がなければ独り言と勘違いしていただろう。

 

そうして、銀髪の少女は顔を前に向けてしまった。

見る必要もあまりないだろう画面を、ホシノさんは見ている。

俺に興味がないのか、それとも一体どう思っているのか。

 

チラリと見たプロスさんは、なんとも言えない表情で。

どちらもフォローしにくいというか。

下手に何かを言えないというのが、俺にはよく判った。

「――それにしても凄かったです。

 先ほどの領域確保と防壁には驚きましたよ」

「……オモイカネが、嫌がってたから」

むう。

そりゃ確かに、まだ整理が行き届いてはいないけれど。

というかそこは、納入してきた企業さんが悪いというか。

 

俺は取り敢えず外枠だけ固めて、後で片付ける派である。

というかまだまだ出航までに日にちがあるし。

……などというには、遊んでいたのも事実なんだけど。

 

それにしても人馴れしていないというか、なんというか。

どれぐらいの距離感にするかが掴めない俺には、反論も難しい。

そう思って悩む間に、ホシノさんは更に続けた。

 

「下手、でも。

 雑でもいいけど」

「はい」

「オモイカネが嫌がるのは、やめて。

 ……しないでほしい」

淡々と。ホシノさんは、熱のない声で俺に告げた。

そも、きっとあまり声を出し慣れてないのだと俺は思った。

どこかもごもごとした感じと、言葉の区切りが変な感じ。

 

IFS適合強化体質。

俗に、週刊誌でマシンチャイルドと揶揄された実験の被験者。

プロスさんに、難しい方だと聞いていたけれど、本物かもしれない。

 

「それだけ……守って。

 ……後は、なんでもいいけど」

「……気をつけますね」

実力差が果てしない、10も歳下の人馴れしてない半上司。

距離を測りかねる俺と違って、そもそもそうする気もないらしい。

……これは流石に、思っていたよりも前途多難かもしれなかった。

 

 



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機動戦艦ナデシコは、極少人数で運行可能である。

機能としての話に限定すれば、最悪一人でも動く。

人間がしなければいけないことは、最小限に収められている。

 

これは、少数先鋭を目指したことの副産物だ。

本来戦艦とは、十人単位のオペレーターで運航するものである。

情報伝達は口頭で行い、正確を期すために復唱を繰り返す。

 

正確さと迅速さは、相反こそしないが同じ方向には向いてない。

両立することは難しく、完璧などは絶対に有り得ない。

複数人による情報伝達は齟齬と能力差によるエラーから逃れ得ない。

 

それでも実験艦ナデシコは、最善を目指していたのである。

情報伝達の齟齬。各クルーの能力差によるボトルネック。

ナデシコのカタログスペック発揮の為に、排除する必要があった。

 

戦艦内の情報伝達を最小限にするために、人員を削減。

オペレーターの命令復唱を極少化、艦内の意思決定は最速に。

最高の人員だけで、最小限かつ最高精度の情報伝達を目指した。

 

普通なら、当然有り得ない。

オペレーターが複数いたのは、絶対的に必要だったからである。

能力のぶれも命令時間も、作業量という現実には勝てない。

 

その現実を越えたのはAIオモイカネと、ホシノ・ルリだ。

人工知能オモイカネに、艦内の制御の大部分を任せ。

オモイカネとIFSにより直接接続したホシノ・ルリの高速制御。

最高のオペレーターによる、単独制御が実現されたのだ。

 

勿論、人工知能による制御が今までなかったわけではない。

通常の戦艦でも、10人単位まで減らせたのは技術の恩恵である。

それでも完全に単独制御が出来ないのは簡単な理由だった。

 

AIは結局人間が作るもので、人間が制御するものである。

多数に渡る必要な制御を、全て自動化できるプログラマーの存在。

そして複雑なAIに統合的な指示を出来るオペレーターの存在。

 

ま、結局はいつも通り機械より人間の方が限界が早かったわけで。

 

人間としての器を持った、機械として作られたIFSオペレーター。

その最初期の最高傑作にして、完成品であるホシノ・ルリ。

同時期に一緒に作られ、共に育てられた人工知能オモイカネ。

 

ホシノ・ルリとオモイカネならば、他にオペレーターは必要ない。

幾重に渡る復唱などせずとも、たった一度だけの受け答え。

それだけで、世界でトップの速度と精度のオペレートが為されるのだ。

 

実験艦ナデシコの目指す少数先鋭化。

その内、機械技術でフォローされる範囲の最適解。

それがホシノ・ルリという存在であった。

 

……それで済めば、なんで俺はいるのかって話なんだけどね。

 

 

 

 

 

視界の端に、小さな影が動くのが見えた気がした。

長い間座っていて、動くのが億劫なので首だけ動かして見る。

恐らく全クルー中一番小さい少女が、立ち上がった所だった。

「ホシノさん、休憩ですか?」

「……上がり。

 調整、終わったから」

「お疲れ様です。

 ……ちゃんと休んでくださいね」

 

声を掛けた俺に、抑揚のない返事が返ってくる。

その声は、感情がないように見えて、案外篭っているものだ。

……少なくとも、今現在は疲れというものが明確に。

 

元々白い顔色が、ほんのり青白い。

微かにつくため息も、空気が抜けるようなもの。

細身の身体が、くたりと萎れそうな感じすらする。

 

意識してそうしたのか、判らない程度の頷きを返して。

ホシノさんは姿勢よく、ゆっくりと静かにブリッジを出た。

それを最後まで見送ったとき、別の場所からため息が聞こえた。

「――超クールですね、ルリちゃん。

 小さいのに、プロって感じ」

「そうよねぇ。

 顔色悪いのが心配だけど」

 

その出元は、ブリッジを縦半分に切った向かい側。

俺と同じブリッジクルーの並ぶ席、俺とは反対側の通信士席。

そこに座る、10代後半の少女と俺と年の近い女の人だ。

 

通信士、メグミ・レイナード、17歳。元アニメ声優。

操舵士、ハルカ・ミナト。23歳。元証券会社社長秘書。

勿論ナデシコの誇る、一流のエキスパートたちである。

 

数日前に、同時にナデシコに乗艦してきたこの二人。

それぞれセンサー類と通信システムの基礎設定をするメグミさんと。

シミュレータってるミナトさんが現在ブリッジで仕事中だった。

 

きゃぴきゃぴとしたメグミさんと、大人びたミナトさん。

女子率の高い空間で、居心地が悪いようなそうでもないような。

取り敢えず、普通の会話ぐらいだったらこなせる俺である。

 

「――ま、多分大丈夫だと思いますよ。

 オペレーターIFSの副作用みたいなもんですから」

「そう……。 

 ならいいんだけどねぇ」

 

正直、心配は心配だけれども。

心配しすぎるのは、多分きっとやめといた方がいい。

俺も経験があるけれど、非制限IFSは体力を使うものだから。

 

この体力ってのは、比喩のようでいて比喩でない。

もっと具体的な言葉で表現すれば、所謂カロリーってやつで。

非制限IFSに限り、起動してしまうと物凄いバカ食いするのである。

 

元々まだ11歳の幼い身体に、遺伝子調整の影響で生育が遅く。

そこにトップランクのIFS処理速度なのだから、燃費もお察し。

最高で一時間2000キロカロリーとか言われても俺は驚かない。

 

俺がほぼ常時アクセス出来るのも、基礎体力があるからだし。

それにしたって、結局7000キロカロリーとか取らないと足りないし。

なので、多分ホシノさんは今バカ食いの真っ最中だろうと予測される。

 

――女の子がさ、そんなの人に見られたくないよね。

 

なんて、俺は半上司に気を使ったり使わなかったりする。

そこらへんのフォローも含めて“セカンドオペレーター”だったり。

正しく俺はホシノさんのサポート役だったりするのだなぁ。

 

「……ねえトオルさん。

 なんでルリちゃんをホシノさんって呼んでるの?」

「いや、まあ。

 実質上位職権者みたいなものではありますし」

 

などと思っていると、メグミさんが俺を見ていた。

この二人、初対面からルリちゃんと呼び始めた強者である。

ホシノさんは微妙そうだったが、結局定着してしまった。

 

そんな中で俺がホシノさんと呼ぶのは、なんというか。

ちゃん付けって子ども扱いみたいかなーと思ったからというか。

俺の微妙な立ち位置を反映していると申しますか。

 

――俺の契約時点での所属は、命令系統外のナデシコ運営班。

ハッキリ言うのなら、俺はナデシコクルーとして雇われてない。

俺はスキャパレリ・プロジェクトの運営員として雇われているのだ。

 

ネルガル重工が計画しているスキャパレリ・プロジェクトがあり。

その統括をしているのが、当然ネルガルのプロスペクターさんである。

ナデシコはあくまで、プロジェクト内にある一組織という立場。

 

まだ乗艦してないけれど、ホーリーさんがプロスさんの補佐。

プロジェクトの機密管理と、機動班を担当。

そこにアドバイザーとしてフクベ提督始め軍人さんがつく。

 

俺も、“ナデシコ運営班”と呼ばれるその一員だったりするわけで。

そしてその全員が、ナデシコに乗艦するので系統下に入るのだ。

その結果、俺の派遣先となってるのがセカンドオペレーターなのである。

 

俺にとって明確に上司なのはプロスペクターさん。

それに、ナデシコでの勤務時に限り、ナデシコ艦長と副長。

後はオペレーター内の上下で、ホシノさんも該当する感じだろうか。

 

とはいえ俺の通常業務、電算処理は運営班の仕事。

ホシノさんが俺の上司になるのは、ナデシコ戦闘時だけである。

かといって普段から上司でないかと言われると、微妙すぎて。

 

どっちかに合わせるなら、常識的に丁寧な方になるわけですね。

 

それを纏めて一言で答えると、実質上位職権者という言葉。

しかし、それを聞いたメグミさんはそうなんだ、と微妙な顔。

なんというか、大体にして、熱を失ったと判る感じ。

 

あ、判る。判るよ俺。この反応よく知ってるよ俺。

俺何度もこの反応経験してきたからね、何を思ってるか判るよ。

興味を失ってはないけれど、恐らく何かの対象からは外れたんだね。

まあ判るよ。10歳歳下の女の子が上司の男が見えるかぐらい。

それでも、正直実力差も激しいし、バイト気分の俺より真面目である。

さん付けも敬語も、俺にとっては当然の話だと認識している。

 

ホシノさんも俺をどう扱えばいいのか判らないんだろうな、と。

経験が希薄な上で、距離感が掴めないのでは、なんとも仕様がない。

突き放した言い方もそうだろう。ゆっくり慣れてもらえばいいと思う。

 

なんか、これを保護欲というのかしら、などとじんわり思ったり。

 

「――う~ん。

 気持ちと立場は判るけど、ホシノさん、はないわねぇ」

「……じゃあ、なんて呼べば?」

「ルリちゃんでいいじゃないですか」

「馴れ馴れしくないですか……」

 

そんな俺に、ミナトさんは微妙に不服のようである。

いやしかし苗字にさん付けが普遍的な感じがする敬語だし。

……ホシノトップオペレーターとか役職は、単純に言いにくいな。

 

11歳の女の子が、21歳の男に馴れ馴れしくされるのは嫌だろう。

普通、あの頃の女の子なら子ども扱いされるのは嫌がるだろうしさぁ。

あれだけ賢い子……賢いじゃ済まない子なら尚更だと思う。

 

「いいじゃない、馴れ馴れしくても。

 こっちから壁を壊してあげなきゃダメよぉ」

「そんなもんですかねぇ」

 

しかし、残念ながらミナトさんは俺と意見が違うらしい。

ん~……あくまでそれは同性だからって感じがしなくもないが。

もうちょっと俺としては、丁寧に接したいというか。

 

そも妹も彼女もいない俺には単純に荷が重いっつーか。

どうやって心を開かせたものかねと思ってる内に。

ミナトさんは一つの結論にたどり着いた様子であった。

 

「ルリちゃんにはぁ……

 何かかわいい呼び方が必要なんじゃないかしら」

 

名案だ、と言わんばかりに瞳を輝かせるミナトさん。

その場で色々とあだ名を考慮し始める彼女を横目に見ながら。

そういう問題かなぁ、と常識人の俺は思ってしまうのであった。

 

 

 



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日が経つに連れて、クルーの数も段々と増えていった。

俺が来るよりも先に乗艦していた、整備班の面々と食堂組。

俺より少し遅くに生活班、そして4人の運航班。

 

残りは艦長たち首脳陣と、出航してからが仕事の戦闘班だ。

その中では、やはり仕事として来ている分真面目なのか。

フクベ提督と、ムネタケ提督が同時に乗艦した。

 

……一応アドバイザーとのことではあるが。

データ管理担当のせいで、この艦の目的を多少知ってる分。

フクベ提督に、なんとも言えない感情を抱いてしまったり。

 

なんでこの人が来たのかなぁとかさ。

内心を色々想像しちゃうのは仕方ないと思うんだよね。

感情を読み取れない表情は、少し不安に感じた。

 

ま。

別に俺は軍人さんに、忌避感を抱いてるわけじゃない。

自分たちの為に命を掛ける人に、そんな感情は抱けない。

 

命、命かぁ。

人の為に死んでいくって、どんな気持ちだったのかな。

俺は、想像すら、彼らの死を汚すような気がして嫌だった。

 

 

 

 

 

ほぼクルーが揃ってきた今日この頃。

艦長と副艦長が数時間単位で遅れて乗艦してきたり。

その際の「ブイッ!」とか言うから反射でお返ししたり。

 

ダメである。振られたら返すのが俺の癖であるのだ。

それを見ていい笑顔をする艦長、ミスマル・ユリカさん。

中々に狂った思考回路をしてそうで愉快である。

 

天才と馬鹿とは紙一重というけれど。

共通しているのは思考の順路が他者に理解できない所にある。

天才は一足飛ばし、馬鹿はよく判らない方向に行くだけだ。

 

さぁて、この艦長はどっちなのかなってね。

隣りの副長は一挙一動にビクドキで苦労性っぽい感じ。

漸く俺と同じまともそうな人が現れて、ありがたいことだった。

 

そんな感じで、挨拶とかしていたら。

プロスさんから、唐突に一人分クルーが増えると紙を渡された。

手書きの資料を見ながら、結局入力するのは俺な訳である。

これだから下っ端はダメである。

プロジェクトのメンバーだからと、雑用頼まれ過ぎだ。

入力程度なら片手間……小指でちょいだが、それだけじゃないし。

 

テンカワ・アキト。18歳。

少し幼い感じの顔立ちの、まだ若い半人前コック、らしい。

本人の能力で特筆するべきなのは、ノーマルIFS持ちぐらい。

 

けれど、問題は住所に輝く“ユートピアコロニー”の文字。

もう、引越しをしたならちゃんと住民票移さないと。

そうじゃないのは、プロスさんに裏取りを頼まれたので判ってる。

 

どう調べても、地球、日本に入国した履歴なんて残ってないし。

かと言って偽装されたような様子も、そんなコネもない。

いやコネはあるけど、連絡をとった形跡もなんて一切残ってない。

 

金融系のデータも見てみるけど、普通の……普通の?

なんというか、あまり裕福でない社会人といった感じだし。

正直これで偽装されてるなら、バリバリの組織的なあれである。

 

個人が出来る程度の偽装は俺でも暴けるだろうけどさ。

それ以上とまでなると、正直俺では手に余ってしまうわけで。

クラックは出来ても、元々素人が出来る範囲を超えている。

 

というわけで、俺個人で判る範囲では、裏無しということで。

ま、どうせゴートさんとかも調べるだろうしさぁ。

大した驚異じゃないんじゃないかなって俺は思っちゃうわけよ。

 

経歴見る限りは、火星生まれ火星育ちの普通の青年。

地球生まれ地球育ちの俺は、宇宙なんて修学旅行振りである。

歳も近いことだし、ま友達ぐらいにはなれるんじゃないかな。

 

……ユートピアコロニーかぁ。

友達の死体が降り注いだ場所が、今どうなっていることやら。

彼の死に、意味はあったんだろうかって思っちゃうよね。

 

 

 

カチカチと、まあ比喩なんだけどコンソールを弄ってる内に。

格納庫でエステバリスが倒れたらしく、ナデシコが揺れて。

なんか早く来たパイロットが怪我したらしいと、連絡が来た。

 

……この場合、保険とかってどうなるのかしら。

全く職務中とは言えない気がするんだけど、とプロスさんに確認。

苦々しい顔をして、俺に乗艦予定日を弄るように指示をした。

 

――それしかないっすよねーとね。

ナデシコの記録と工場の記録とネルガル自体の記録をちょちょい。

なんだか最近は犯罪してばっかである。バレない限りはセーフ。

 

まぁいいのだーと思ってると、再度ナデシコが揺れる。

誰か天丼でもしたのかと思った俺に、鳴り響くアラート。

……まさかの、凄いタイミングでの敵襲であった。

 

――取り敢えず、情報収集が俺たち運航班のお仕事である。

 

ナデシコのセンサー類は元より、お外の観測システムをハック。

さぱっと同期化させつつ、戦況データを構築、更新。

ここから、各クルーに必要情報を提供出来るように調節である。

 

大体ここまでに、艦が揺れてから40秒ほど掛かった。

元より基礎システムがあるから入力するだけである。

戦況データをウィンドウにして、ブリッジに表示する。

 

それに対して一番早く反応したのは、やっぱりゴートさんで。

続いて軍人さんたちが“どうするか”について意見を出し始めた。

彼らを尻目に、俺はやっぱりコンソールに向かい続ける。

 

……情報は片手間だけだとすぐ更新速度が落ちるのである。

 

俺ほど必死にならなくてもいいらしく。

ミナトさんとメグミちゃんは席から離れ、会議に参加。

ホシノさんだけは俺の隣りに座って、戦闘システム起動中。

 

……やっぱり戦闘するのかね、と。

ここまで来ても、俺は俺の命を大切には思えない。

死にたいわけではないけれど、なんというかさ。

 

思い入れを持てるほど、俺は必死になったこと、ないし。

俺よりも必死に生きていた人が、あっさり死んじゃったし。

拗ねてるだけと判っていても、なんか虚しく思えた。

 

「艦長は、何か意見があるかね」

「――海底ゲートを抜けて一旦海中へ。

 その後浮上して、敵を背後より……殲滅します!」

 

それはともかくとしても、状況は背後で進んでいるようで。

作戦の正当性を検証するまでもなく割り込んで来るウィンドウ。

発信元は格納庫、発信者はヤマダ・ジロウさん。

 

俺が囮になるとか言ってたけれど、骨折中らしく無理らしい。

ってことはさっきナデシコが揺れたのはこの人か。

プロフィールの備考欄にロボオタの文字がキラキラ光る。

 

「囮なら出てるわ。

 今、エレベーターにロボットが」

 

けれど。

みんなが、あれ?手がない?と思い始めるより早く。

ホシノさんが格納庫のエレベーターが動いていることを告げた。

 

そして開かれる通信。

……あれ、さっきのテンカワ・アキトくんだ。

フクベ提督の誰何に、ヒッという声が中々に美味しい。

 

ヤマダさんが騒いだり、コックとか色々揉めたりしてるうちに。

そんなことを思っていると、艦長が騒ぎ出した。

実は幼馴染だったらしい艦長とテンカワさんのラブストーリー。

 

幼馴染かぁいいなぁ。

俺は幼馴染とか、いないからなんとも言えないけれど。

なんかグダグダってるけど、エレベーターが地上につく。

 

――ま、ディストーションフィールドあるし、大丈夫かな?

誘導経路と回避経路さえ示しときゃ、なんとかなるっしょ。

現状のテンカワさんのアクセス速度なら普通に動かせるだろうし。

 

「――エレベーター停止、地上に出ます」

「えっおいちょっと」

「頑張ってくださいね!」

「ゲキガンガー返せよなぁっ!」

「うるせぇっ!」

 

なんだかんだであっという間に囲まれちゃうテンカワさん。

それでも、一瞬気を取られただけですぐに動き始めた。

やはり、IFSに慣れた感じのする操作をしている。

 

予測攻撃範囲をお出しすると、ちゃんとそこから逃げてくれる。

ま、そこらへんの予測は俺がするからいいとして。

10分は相手の手数的に厳しいだろうなぁという現実。

 

「――皆さん!

 アキトの、新人パイロットの為に急ぎますよ!」

「どうするのぉ艦長?」

 

むぅ。

確かに急いであげたほうがいいとは思うんだけどねぇ。

現実的な限界ってものもあるんだけど、という視線が集まる。

 

けれど艦長は、決して感情だけで言った言葉ではないらしい。

強く握り締めた手は小さく震えて、緊張しているのが判る。

それでも静かに前を見る瞳は、揺らぐことなく決意を湛えていた。

 

「――海流に乗れる場所は海流に。

 対流はディストーションフィールドで突っ切ります。

 エンジン出力は主砲に限界まで回してください!」

「ゆ、ユリカ?」

「この地形とナデシコなら、4分は短縮できるはずです。

 各員、最善を尽くしてください」

 

……結構なレベルの無茶言ってるぞこの人!

それってどう考えても、現状の潮流の把握が前提条件だしさ。

フィールドの切り張りでエネルギーロスト減らすってことだろ?

 

切り替えのタイミング次第では消費の増大が確定。

それだけではなくて、単純に目標地点にたどり着くのも遅れる。

っていうかまず海流に乗れなかったらそれでアウトじゃん。

 

――しかし。残酷なことに艦長は最初に俺を見た。

 

「タキガワさん、海流と敵の誘導を。

 ルリちゃん、エネルギー管理とフィールド切り替えを任せます」

「……アイサー」

「行けます」

「ミナトさん、二人の情報からルート構築、操舵を。

 メグミちゃん、センサーと艦内通信をお願いします」

「りょうかぁい」

「準備できてます」

 

……俺の名前と職務はバッチリ覚えちゃってるわけなのね。

この人も、脳みそ自体は人類上位の恵まれたアレらしい。

いや、もうなんでもいいけど。そんな余裕なんかないし!

 

そうだ。俺に答える余裕なんて与えられていない。

統合済みの潮流データを、リアルタイムで作れと言われたのだ。

どこにそんなものがあるというのだ。自力しかないじゃないか!

 

取り敢えず、近隣の観測所を完全掌握。

あと気象観測衛星落として、現在のデータを閲覧。

……無理!過去のデータから予想データ出した方が早い!

 

過去40年間で、日付と気温と湿度と風量で近いデータ。

比較的近いデータから差分出して、平均値のパラメータ検出。

誤差予想を出来るだけ大きく、再構成開始。

 

――なるほど。確かにこの海流使えそうだわ。

 

「ホシノさん、データどうぞ」

「……最短ルート構築完了、ミナトさん」

「はいはい、ちょっと待ってねぇ。

 ――はいできた。ルリルリ、どうぞ」

 

――ルリルリ?

思わず顔を見合わせたのは、俺とメグミさんであった。

なんというセンスだろう。驚愕の一手である。

 

「……るりるり?」

「可愛いでしょ?

 フィールドのタイミングはお任せするわねぇ」

 

舌っ足らずになったのは、生来のものだけではないはずだ。

なんというか、ショックであることを隠しきれていない。

――――美味しい!と俺が思ってしまうのは、避けられない。

 

「ルリルリ!

 誘導予測どうぞ!」

「る、ルリルリちゃん!

 衝撃発生スケジュールください!」

「……ちゅ、注水8割方終了」

 

流石のルリルリも、俺とメグミさんの畳み掛けに声が震える。

開き始める工場のゲート。同時に修正される予定ルート。

震えているのは感情と声だけで、お仕事は問題ないらしい。

 

「エンジン状況よし。

 いつでも行けるわよ」

「……はい、それでは。

 ――――ナデシコ、発進!」

「ナデシコ発進します」

「衝撃来ます」

 

エンジンから、各機関に出力が回っていく。

水中で大質量が動いたことによって、ナデシコも揺れる。

まだドック内だから、流れは弱いけど、反動は結構ある。

 

そのうちに、俺はテンカワさんを再誘導。

現状の予想到着ポイントから、敵の誘導の為に若干修正。

……主砲発射タイミングを確認して、更に再修正。

 

「3秒後、対流突入するわ!」

「フィールド60%で2秒間展開」

「右側に揺れます、各員体勢を!

 4秒後、ナデシコ左部のみ上下に衝撃来ます」

 

ミナトさんは最速を目指してナデシコを只管ぶん回す。

水の抵抗や、ナデシコの自重による慣性を考慮してなお。

ずっと加速に入れっぱなしで、それでもコースから外れない。

 

それをナデシコの機動とフィールド発生のラグを全て把握して。

必要な一瞬に必要な強度だけでフィールドを張り続けるホシノさん。

エネルギーのロスなんて、既に本来の7割はカットしている。

 

ホシノさんから回された衝撃予測と、各通信を全部並列。

ジェットコースター紛いの艦内で、必要な情報を最速で正確に。

機器の操作、通信の内容と精度、全てが余人では成し得ない。

 

馬鹿みたいな、現実離れした作戦を実現するために。

馬鹿みたいな、現実離れした実力をみんなで発揮して。

そして成し遂げた、予定時間よりも4分24秒の短縮。

 

水面に上がったナデシコに、エステバリスが着地した。

 

「――お待たせっアキト!」

「お待たせったって……。

 まだ十分経ってないぞ……?」

「あなたの為に急いできたの!」

文字通り、人類トップクラスの知識と技術を総動員してね。

この一瞬を作り出すために、どれだけの無理が重ねられたか。

それをテンカワさんは知らないし、知る必要はないだろう。

 

「敵残存兵器、有効射程内に殆ど入ってる」

「目標、敵纏めてぜぇ~んぶ!撃てぇ!」

 

そして、収束された重力波が数体の兵器を除いて、塵にする。

直撃しなかったのも追跡調査を掛けようとしたら爆発した。

全敵データを最新に更新すると、敵戦力データは残存0となった。

 

フクベ提督の報告指示に従って、各班から報告が上がってくる。

それを聞きながら、各部の情報と戦闘データを記録しながら。

テンカワさんのエステバリスを回収誘導し、ハッチを開けながら。

 

なんだかんだでこの艦は、馬鹿げたレベルの天才と。

それを活かせる化け物が乗せられているんだな、と俺は思った。

……火星まで、案外なんとかなっちゃうのかもねってね。

 

 

 



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スキャパレリ・プロジェクトの目標は火星である。

木星トカゲの侵略により、人類の防衛圏は地球まで後退。

その中で、結果として見捨てられた火星を救いにいく。

 

火星がどうなっているかは、一年前から定かではない。

地球から出来る観測だと、表面上に人の生活は見られない。

けれどシェルターに避難している可能性を否定出来ない。

 

ま、シュレディンガー程度のあれなんだけどさ。

 

今までの木星トカゲたちの行動パターンからして。

人類の生存圏と命を狙ってることは間違いなく。

実際に生きているかどうかは、さてはてってことで。

 

よく考えなくても、これって人類滅亡の危機なんだよね。

地球こそビッグバリアで守られてはいるものの。

火星とその周辺コロニーの損失はどれだけ大きかったことか。

 

単純な死亡者と行方不明者だけでも相当数。

資源回収プラントが全部使えないってのも、爆発的。

人類の持ってる対抗手段が量しかないってのもアレ。

 

経済的には、とっくに破綻をしかけてるような感じ。

地球が無事だからなんとかなってるけど、それもいつまでか。

実際、結構色んな場所で終末論が流行るぐらい。

 

日々頭上で連合軍が命を賭けて木星トカゲと戦って。

それで負けても、大した感慨は得られない程度だけれど。

いつか破綻するってのは、充分みんな理解はしてる。

 

ただ、それが自分の命と結びつくか。

そこまで実感がある人は、多分極小なんじゃないかなって。

どうしても皮肉ってみてしまう俺だったりもするのである。

 

勿論、日々命を賭けてる連合軍はそんなわけではない。

彼らだって自身の命を無駄にしたいわけじゃない。

幾ら発達した脱出装置でも、エラーがゼロにはならないし。

 

会ったこともない誰かの、戦う理由なんて判らない。

誰かを守りたいっていう使命や、或いはお金のためなのかも。

個人個人で色々な理由があるのは当然である。

 

しかし組織としては、“防衛する”という機能的使命があり。

現状の攻め込まれている状況は、彼らの面子がボロボロなわけで。

解決するのに、持ってる命ってリソースを投げ捨ててるのだ。

 

そんな中で現れた、空気読まない実験艦ナデシコ。

まともに対抗できて、勝利という戦果を上げてしまった。

使命から、そして立場的にも、見逃すことなんて出来ない。

 

というわけで、今、ナデシコは連合軍に接収されそうである。

艦長のご父君、ミスマル提督まで出張っての直接交渉。

艦内も連合軍の人たちに制圧されて、脅し以外の何者でもない。

 

艦長も作動キー抜いちゃったし、どうなることやら。

 

 

 

 

 

「――起動シーケンス請求、は許可ー。

 要求パスの照会、は回答プログラムを返答ー」

 

ただし、回答プログラムの起動パスは個人情報。

個人情報であるならば、ここは不許可でお渡し出来ない。

いやあ残念なことである、ぼくにはきょうりょくできない!

 

例えブリッジクルーは全員知ってても個人情報だ。

これはネルガルさんの所有情報ではないから、渡せない。

何せ、相手が個人情報を閲覧するのは違法であるからね。

 

「おっと兵器群の情報請求もきましたかー。

 カタログスペック閲覧どうぞー」

「……ねえ」

「実際の整備データはアウトー。

 クルーの個人情報も含まれておりますー」

 

名前とかシートの位置とか、その程度だけど。

あ、IFSパターンと脳波パターンもあるから超アウトだね。

これは連合軍の皆さんにはお見せできない。

 

飛んでくる閲覧請求を、許可非許可に別けていく。

大体許可しつつ、個人情報が絡むのは適当に弾いていく。

……おや、大抵相手が知りたそうなものは非許可である。

 

は?個人情報のみマスクしてお出しする?

そんな権限は、俺には与えられておりませんが故に。

俺のお仕事は請求に対しての返答のみを求められております。

 

「ナデシコの戦闘データの請求はー。

 通信記録全アウトー、命令内容も抜きでならー」

「……ねえちょっと」

「備品搬入記録も、購入記録も不許可ー。

 監視カメラの映像を許可出すわけないじゃないですかー」

 

基本的に特別な事情がない限りは、俺すら見ないのにね。

彼らのアカウントでは、残念ながら見れないのである。

情報管理の担当者としては、個人情報は十分注意しております。

 

事務的に、本当に事務的に個人情報のみお出ししません。

ただ、個人情報をマスクしてお出しする権限も俺にはありません。

含まれている情報を全てお出しできないだけであります。

 

「次は」

「ちょっとタキガワさん」

「なんですか副長」

「僕がここにいる意味なくないか」

 

そんな感じで、大体大雑把に仕事をしてた俺。

――と、隣に座っている副長、アオイ・ジュンさんである。

向けられた瞳はうんざりとしている気がした。気のせいだ。

 

ここは、クルーが集められたナデシコ食堂の片隅。

他の人たちからかなり離れたカウンター席の隅っこだ。

みんなは思い思いの長テーブルとかに集まっている。

 

「意味ありますよ。

 軍の人が使ってるアカは副長のですし」

「申請弾きまくってるじゃないか」

「弾かれる申請する方が悪いです」

「ユーザビリティが欠片もないな……」

 

俺とアオイ副長がここで何をしているかっていうと。

連合軍さんからの情報照会にお答えしているわけである。

……あんまりお答えしていない気もするけれど。

 

連合軍の皆さんは、ナデシコを接収しにいらしたが。

それは単純に“モノ”だけではなく、当然情報もご入用。

戦闘データから設計など何から何まで、回収しに来たのである。

 

ただし、ここで何が問題になるか。

それはナデシコが民間の戦艦で、民間人ばっかということ。

連合軍は“ネルガル重工”のナデシコを接収しにきたのだ。

 

当然、彼らが持っている権利では個人情報を請求できない。

もしも勝手に持っていったら大問題になってしまう。

それが公権力の強さであって、公権力の弱さなのであったり。

 

それはともかく。

接収時に、情報請求への対応をプロスさんに任された俺。

その立会人となっているのが、副長のアオイさんなのである。

 

副艦長のアクセス権限を渡し、後はその権限内で申請。

その申請に対して、提供の可否を判断してお出しするお仕事。

それが接収成立前の、正当な情報請求への回答事情である。

 

それに何故副艦長が関わっているか、と申しますと。

第三者立会人として、相当の配慮を持ってる人というわけで。

ぶっちゃけ他に該当しそうな人が忙しかっただけである。

 

――っていうか、この人。

艦長とプロスさんが艦を離れた時に普通についていこうとしたし。

上位権限者の上から三人が抜けていってどうするというのか。

 

良くは知らないが、艦長不在時の代理とかが職務じゃねとか。

情報請求や艦内統制のために残ってくださいと言ったら残った。

……俺、情報管理だけど、流石に責任なんて持てないしね!

 

 

 

 

 

「――それにしても。

 随分と、軍に非協力的なんだね」

「そうですかね。

 俺としては中立の積もりなんですけど」

 

いや、ネルガルに雇われてる時点で中立ではないが。

それでも、これがお互いにとって最適の行動だと思ってる。

ま。俺が判る範囲だけでも、色々ときな臭いっぽいしね。

 

しかし、副長さんは納得していないらしい。

それもそうだ。どう見たって敵対的な行動だし。

でもこれはこれで、後に引かせないためなんだけど。

 

「まだ、接収は成り立ってないですし。

 どう転ぶか、判んないですからねぇ」

「……君も、火星に行くべきだと思ってるのかい?」

「どうでしょう。

 ネルガルの人間なんで、なんとも」

 

一応、ネルガルの組織内に所属しているからね。

個人の思惑は、あんまり意味がないというか。

俺自身の行動としては、ネルガルに味方せざるを得ない。

 

かと言って、ネルガルに味方し続ける理由もあまりない。

他に俺を引き取る所があるならば、別にそこに合わせるだけで。

……そして、この状況は俺を絶対に必要としているわけで。

 

「どうなっても、俺はナデシコを降りませんし」

「え?」

「なんだかんだで。

 ナデシコを動かすのに俺も必要ですからね」

「……ああ、そうだね」

 

結局は、IFSオペレータというだけで希少なのである。

ナデシコがホシノ・ルリとオモイカネを前提としているのも。

普通の人間が何人揃っていても、前に進ませることも出来ない。

 

オモイカネ無しで動かせるように再構築しようとしたら。

多分、俺だったとしても3ヶ月は頂きたいと素で思う。

それだけの時間を掛けてる余裕は、きっと誰にもない。

 

それと同じで、ナデシコのデータベースもね、アレだから。

センスと技術で構築されたメインシステムと違ってね。

俺は体力と時間とテンションとその日の天気で作ったからね。

 

……要は、すぐさま入れ替えできるパーツではないのだ。

データベースのシステムも、動かせる人型インターフェースも。

それなのに、軍もきっとすぐさま継続して使いたがるだろう。

 

それだけの戦艦であり、それだけの戦力なのだ。ナデシコは。

副長として戦力把握している分、アオイさんも判っているだろう。

だからこそ、色んな思惑が働いちゃったりするんだけど……。

 

「ま――でも。

 多分、火星に行くことになるんじゃないかな」

「……え?」

「怪しすぎますもん、この艦。

 強すぎるし、裏がないわけがない」

 

何さ、実験艦ナデシコって。

人類の窮地に、いきなり現れた敵と対等に戦える戦力。

そんなものが、ぽんと作れるなんて有り得ない。

 

そんな技術があったのならば、ここまで追い込まれていない。

ならば僅かな時間の間に、実用化したとでも言うのか。

言うだけならタダだけど、幾らなんでも現実的ではない。

 

それなのに、機動戦艦ナデシコは華々しい初戦の戦果をあげた。

木星トカゲを圧倒し、そして一切の被害なく勝利を遂げた。

思い返したのか、副長は目を細めてから、また俺を見た。

 

「……確かにね。

 主砲も、バリアも、どう見たって敵の技術だ」

「そうそう」

「こんな技術があったなんて、聞いたことないし。

 ……裏があると考えない方がおかしいね」

 

そう。何がおかしいって、技術の系統が一切不明な所だ。

今までの流れとは無縁だけど、敵の模倣で出来るものでもない。

だって、それだとしたら研究期間一年未満だよ、実際。

 

ナデシコの着工を考えたら、開戦時に計画があっても普通。

その時には、実物に作られるぐらいの技術がなければおかしい。

……一部の天才が、一晩でやってくれでもしない限り無理。

 

「最先端を詰め込んだ実験艦。

 それを、デモじゃなくて最前線にブチ込むもん」

「……この情勢で、ね。

 ネルガルは何を握ってるのかな」

「流石にそこまでは俺も知らないけど」

 

ただ単に、ネルガル重工が覇権を握りたいのなら。

ナデシコは、地球圏をぐるぐる回っていればそれでいい。

後続艦は続々と採用されて、ネルガル一強になることだろう。

 

人類の危機なのだ。対抗できる戦艦があれば採用される。

それなのに、ネルガルはナデシコを火星にまで行かせようとする。

これが合理的な思考の下に行われたとすれば、大体二択。

侵略に対抗する手段なり物資が火星に存在しているか。

或いは、木星トカゲの侵略では人類が滅ばないと考えているか。

どちらにしろ、普通じゃ知らない何かを知っているということ。

ならば、軍との交渉手段を用意していないわけがない。

有利なのは接収する連合軍ではなく、持ってるネルガルなのだ。

情報なり、技術なり。或いは建造されるだろう戦艦で話はつく。

っていうか、駄目元でお駄賃せびりにきたとかさ。

或いは以前からの対価を受け取りにきたのかもしれない。

どう足掻いても、まともに考えたら火星に行くことになるよね。

――ま、ナデシコは色んな意味で空気読めてないのである。

技術的にも情勢的にも、どう考えてもイレギュラー。

だけど、詰まりそれが適切と考えた誰かもいるって言うことで。

謎技術と資源ぶちこんでまで火星にいく理由がネルガルにはあり。

それが一体なんなのかまでは、推測の仕様もないけれど。

決して利益という言葉とは無縁というわけではないだろう。

火星にある何かは、地球圏のヒーローになれた可能性を失い。

連合軍と表面上険悪になる、悪役になるマイナスを足したよりも。

ネルガルにとっては利益のあるものでなければ、おかしい。

そんなのはともかくとしても、ネルガルの余裕と行動を見ていると。

まるで、人類が絶滅することがないって判ってるみたいでさ。

案外、黒幕は近くにあるのかも……なぁんて邪推をしてみたり。

――ただの暇つぶしの陰謀論なんだけどね!

「ま、そこらへんの大人の事情はさ」

「事情は?」

「……ボクこどもだからよくわかんない!」

――――ってことよ!

組織行動読めるほど賢くないし、情勢も把握なんかしてないし。

知ったかぶりの机上の空論。賢いフリした中学生だよこれ。

流石にちょっと驚いたのか。

急にテンションを上げた俺に、副長はなんだか一瞬固まって。

そのあと、再起動した彼は割と素っぽい感じの声で聞いてきた。

「……いや君、僕より年上だろう」

「は?

 一向に永遠の17歳ですが?」

俺17歳から歳を重ねた記憶なんて一切ないし。

時間を重ねても、精神的に成長してないから17歳のままだし。

5歳までは誤差の範囲だから22歳までは17歳だし。

「……冗談はおいといて」

「一向に本気ですが」

「僕はそれ、悪くない読みだと思うよ。

 このままナデシコに乗るのも、悪くなさそうだ」

……スルーされたッ?!

こやつ、見た目から真面目一辺倒かと思いきや、案外やりおる。

ともかく、何だかよく判らんが心変わりしたようで。

 

――いや。まあ、これに関しては推測出来るけども。

ネルガルの思惑にも意味があると踏んだんだろうけれども。

見極めてやろうとでも思ってるかもしれないのだけども!

 

なんというか、こんな使命感に満ち溢れてるのは辛い。

何が辛いって何も考えずにのうのうと生きてる自分が辛い。

あんまり茶化せないと思って、思わず目を逸らした。

「――あ、なんか始まってる」

目を逸らした先では、なんだか人だかりが出来ていた。

ガチャガチャと、ウリバタケさんが何かを弄ってるようで。

何事かと見守っていると、古いアニメが始まった。

 

熱血って感じの映像は、俺の趣味とは離れていたけれど。

それを最前列で見る、若い2人の青年に。

副長を見るよりは心を癒されたのだった。馬鹿っぽくて。

 

 

 



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ぶっちゃけた話、戦艦の中で銃なんて使えない。

壁の一枚裏は、各種精密機器で埋まってる。

その壁が銃弾に耐えられるほど丈夫かっていうと、微妙。

 

居住区ならブリッジとかよりはマシだけど、それもね。

結局は生命維持関係のアレが一杯詰まってるので。

まともな人間なら、戦艦の中で銃器なんて使わないのである。

 

んで、軍隊の人間はそこらへんは絶対にまとも。

撃っていい場所と撃ってよくない場所に関しては正確だ。

勿論それ以外に関しては、個人差があるだろうが。

 

軍の人達も銃は脅しに過ぎないのは、判りきった話。

 

なんかゲキガンガー?に感化されたらしく。

テンションあげたテンカワさんが、艦長迎えに行くとか言って。

みんなでナデシコ奪還しちゃう流れになったのである。

 

銃が使えず、相手は民間人。

それも多分手を出すなって命令されていただろう軍人さん。

かわいそうなぐらいに、パパッと片付けられちゃった。

 

いいのかなー?と思いながら、俺も俺。

やっぱりみんながノってる以上、その方が楽しそうだし。

丁度、チューリップも近くに出ちゃったみたいだし?

 

艦長が戻ったらすぐに動けるようにってことで。

唯一アクセス権が正常状態だったので、俺がブリッジに。

ホシノさんとメグミさんはテンカワさんのフォローに行った。

 

んで、副長とミナトさんと俺でナデシコ起動作業。

その間に、テンカワさんが何故か陸戦フレームで出撃した。

別に戦えないことはないだろうが、大変だろうに。

 

その陸戦フレームが襲われている間に、艦長が帰還。

ホシノさんとメグミさんもゴートさんに担がれてブリッジ入り。

作動キーが回され、メンバーが揃い、ナデシコは発進。

 

そんなタイミングで、ヤマダさんから通信が入った。

まだ骨折したままのはずなのに、エステバリスの発信許可。

……なんで?と思ったのは、多分俺だけじゃなかった。

 

「ブリッジ!

 テンカワに空戦フレームを渡してくる!」

「……どうやってぇ?」

「空中換装だ!

 オペレートは任せたぜ!」

 

そんなことを言って、通信は一方的に切られた。

空気が凍ったブリッジの中で、副長が最初に動いた。

再度、今度はこちらからヤマダ機に通信を試みる。

 

「ヤマダ機!

 空中換装……ってのは?」

「コクピットを同時に外して、フレームにインだ!

 名付けてクロス・クラッシュ!」

「……そんな機能ないんですが」

「やれば出来る!

 俺は誘導通りに動くからアキトを頼むぜ!」

 

誰のツッコミも追いつかないままに、発進。

なまじハッチが空いていた分、誰も止められなかった。

エレベーターに乗った時点で止めたら危険である。

 

「……そんなの出来るんですか?」

「理論上は出来るな」

 

メグミちゃんの素直な疑問に、ゴートさんが応えた。

そう、理論上はできなくもない。っていうか出来る。

エステバリスの基本機能はフレームに着いているからだ。

 

だから、外から遠隔調整すれば、できなくもないけれど。

 

じゃあ、それを誰がやるのって話である。

2機を同時にフレーム外して、慣性頼りでぴっちり嵌める。

そんなのを遠隔操作で誘導しろとか、正直無理である。

 

そう思った俺が、ホシノさんを見ると目を逸らされた。

続いてミナトさん、メグミさんを見るも同様。

いや、元々彼女らが出来る操作ではないけれどもさ。

 

「――え。

 俺、ですか」

「頑張ってください!」

俺に死刑執行を下したのは、満面の笑みの艦長だった。

 

 

 

 

 

――なんてやり取りがあったのも、悪くない思い出。

あ、ごめん嘘。流石に普通に顔引きつるわ。

本気で二度とやりたくないってかなり素で思います。

ま、何だかんだでナデシコはネルガルのものとなり。

スキャパレリ・プロジェクトは予定通りに実行される。

……その前に、色々補修も必要になったんだけど。

 

まだまだ完成してないって時に動かしたもんだから。

微調整が足りなかったり、改善点が見つかったり。

あともう少し、年内は地球にいるって話になった。

 

そんな感じで、取り敢えず本番前のリハーサルってとこ。

まだ宇宙に出てないけど、業務は予定通りに進行中。

つまり、夜番とかの交代制は、バッチリ運用され始めた。

 

そう、ここが俺の真骨頂なわけである。

 

本来トップ・オペレーターのホシノ・ルリはまだ年少。

体力を使うオペレートに、そもそも体力も貧弱気味。

他のクルーと比較すると最大スペックなのは短時間である。

 

ホシノさんに比べりゃ、俺なんて人間永久機関だ。

多少体格は小さいものの、年齢と性別相応の体力はある。

21歳成人男性、特技バカ食いは伊達じゃない。

 

とにかく、俺の仕事はどっちかっていうと夜間が多い。

別に平気は平気だけども。夜間手当一杯出てるし。

でも、問題があるとしたらやっぱり、あれである。

 

――夜って、みんな寝てるんだよねぇ。

当然、購買部とか食堂とかもフル回転ではないわけで。

出前も頼めないので、毎回毎回お腹空いて大変なのだ。

 

というわけで、夜勤明けのこのテンション。

減りに減ったお腹をどうにかするべく食堂に向かう俺。

せめて2000カロリーは摂取しないと寝れない。

 

時間は現在午前5時。

今なら、まあ仕込みをしている時間だと踏んだ。

流石にこの程度をIFSで確認はしない、お腹空くし。

 

そうして飛び込んだ食堂で見つけたものはッ!

――電気を消されて、厨房から灯りが漏れる。

その奥で動く姿は、エプロンを掛けた青年だった。

 

自動ドアが開いた音に、青年も手を止めて俺を見る。

俺の足音だけがかっかっと響き渡り――。

カウンターに手を掛けて、俺は青年に声を掛けた。

 

「――ヘイ、バーテン。

 オススメを」

「お客さん、ここは酒場じゃないよ」

――オゥ、なんてこった!

この店は客にミルクすら出さないってのか!

それともあれか、マーマのおっぱいでも吸ってろか!

 

吸えるもんなら吸いてえよ、マーマ以外のおっぱい。

……あ、おしゃぶりとか?口が寂しい的な?

実はタバコを吸う人はおっぱいが恋しくて吸ってるとか?

 

女性喫煙者に同性愛志向があったとは驚愕の事実だ。

これは学会に発表するべき学説かもしれない。

ピンクはIN‐RANと同レベルの学説の可能性がある。

 

そんな深夜のテンションは兎も角として。

深夜29時はよくない。思考にブレーキがない。

せめて行動にぐらい理性を持ちたいものである。

 

「あ、ごめんなんかノリで。

 テンカワさん、今って仕込み中?」

「そうだけど、簡単なものなら出せるよ」

 

というわけで、俺は冷静になって本来の目的を果たす。

このくぅくぅなるお腹をどうにかしなければ。

流石に眠れもしないっていうのは明らかである。

 

何か作ってもらえるというのはありがたいのだが。

簡単なもの、で収まるような空腹ではない。

俺的には何か、チャレンジメニュー二週目みたいな感じ。

 

「あー、ガッツリ食べたいんだよね。

 夜勤明けだからさぁ」

「量的にってことすか?」

 

そうそうと答えながら、俺はカウンター席に座る。

食堂の電気を付けようとするテンカワさんを止めながら。

……なんか、これはこれで雰囲気があって良い。

 

しかし、俺にお冷を出しながらテンカワさんは困り顔だ。

流石にこの時間帯には、軽食ぐらいしかないらしい。

困らせるぐらいならそれでもいいかなって思い始めた頃だ。

 

「――あ、火星丼なら。

 確かデミグラスソース残ってたし」

「……火星丼?」

「知らない?」

 

知らない名前である。俺は料理に詳しくないし。

聞き返した俺に、テンカワさんは首を傾げて見てきた。

……そこまで有名ってわけでもない感じ、か?

んー……正直調べようと思ったらすぐなんだけど。

目の前に料理人がいるのに、そんなのもなぁ。

体力もないし、素直に説明を受けるべく頷いた。

「火星丼ってのは、火星の名物で。

 ……一言で言うと」

「言うと?」

「野菜多めのハヤシ丼タコさんウインナー付き、かな」

「……野菜多めなん?」

ああ、うんとテンカワさんは少し寂しそうな顔をした。

……火星のこと、思い出しちゃったのかね。

俺のせいな流れではないけれど、少し申し訳ない。

 

「火星はさ、野菜あんまり旨くなくてさ。

 食べられればいいみたいなとこ、あって」

「うん」

「量は多いんだけど、味はちょっとね。

 勿論、ここで出してるのは美味いって保証するけど」

「そうなんだ」

 

……微妙に、俺の心配とは違った感じ、かな。

故郷を懐かしんでるのは確かだけど、嘆いてる感じはない。

案外、気にしてないのかもしれないなって俺は思った。

 

とにかく、聞いておいて別のものってのはない。

そんなに極端でもない、つーかごく普通のものっぽいし。

それが出せるってなら、火星丼を頼むことにした。

「――じゃあ、火星丼ティロ盛り。

 それとサラダ大盛りと、あとミックスサンド二人前」

「火星丼のテラ盛りとサラダ大とサンド2ね」

 

ティロって。舌噛んだ。大盛りって言おうとしたのに。

本当に噛んだだけである。っていうか、テラってあれですか。

聞き間違いで補完してくれたけどあれっすかテンカワさん。

「かっ」

「火星だけにとか言うなよ殴るぞ」

「言うわけないじゃないですかハハハ」

――――セーフッ!

よかった、思いとどまって本当によかった。

流石に、俺もこの体力残量で殴られたらキツイ。

 

もう残りエネルギーはかなり少なくなっているのである。

さっきの注文でも、寝る前のちょっとした夜食程度だ。

フラフラなのは眠いのではなくお腹がすいているからだ。

用意に掛かる前にテンカワさんは振り向いて、俺を見た。

 

「すぐに用意するけどさ」

「なに?」

「――――残すなよ?」

「余裕」

実際、余裕である。テンカワさんは不安なようだが。

確かにね、俺の体格だと入るように見えないかもだけど。

俺を満腹にしたかったら、せめてその2倍である。

 

――これも、IFSオペレーターとしての才能である。

 

やがて、程なくして来た注文の品々を。

朝の仕込みに戻るテンカワさんを見ながら、余裕の完食。

呆れるように俺を見る視線は、何か変人を見るものだった。

 

 

 



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10

 

 

 

就寝前の軽い夜食をあっさりと食べ終わり。

まだ入らなくもないお腹具合に、どうしようかと少し悩む。

満腹というには、まだ大分余裕のある感じである。

 

メニュー表を片手に、主にデザートを見てみる。

チラリと向けられてくるテンカワさんの視線は軽くスルー。

しかし、その中にもあんまり唆られるものはない。

 

「この時間はデザートやってないよ」

「なんだと」

 

ってそりゃそうか。まだ朝の仕込みも済んでないのだ。

そんな中で一番優先順位が低いものができるわけもない。

実際に頼むかは微妙だったが、ちょっとショックである。

 

けれど、何だか逆に引っ込みがつかなくなってきた。

ここは何かを頼まなければ負けな気がしてしまう。

何に負けるかって?現実に決まっているではないか。

 

「……なら、爽やかにスピリタスを一杯」

「だから酒場じゃないし、ないよそんなの。

っていうかアンタ未成年だろ」

「――ッちっげぇよ!余裕で成人してるよ!」

 

俺はエターナル17歳だけど成人はしている。

俺の故郷<クニ>では、17歳から成人なのである。

あ、正確にいうと17と36ヶ月からなんだけど。

 

それはともかく、勿論スピリタスは冗談である。

流石にあんなものを飲むほど、アルコールは得意ではない。

カクテルなら飲むが、それだってジュースでも構わない。

 

因みにスピリタス自体はこの艦に普通に置いてある。

料理長のホウメイさんが申請し、正規で購入されていた。

僅か2瓶であるが、飲む人もいないしそんなもんだ。

だから、スピリタスがあると知らないのも無理はない。

在庫を全部把握しろだなんて、俺自身位にしか要求出来ない。

そんな内部事情は置いといて、テンカワさんは驚いていた。

 

「――え、俺より年上?」

「うん」

「……すみません、同じくらいかと」

 

……俺は17歳だから大体同い年だけども?

三歳差も一歳差のどちらも、正直誤差の範囲だと思う。

学生同士ならともかく、相手は社会人と言えるわけだし。

「態度変えなくても、別にいいよ。

実際、あんまり離れてないし」

「……そう言ってくれるなら。

 ごめんな、若く見えたもんだから」

ん、まあ俺の言動も見た目も、学生にしか見えない。

学生の範囲で、どれくらいに見られるかは個人差だけど。

実際学生だし、多少幼く見えるくらいは問題ない。

 

自分の言動で成人と判断するのが困難なのは判ってるし。

見た目にしても、平均より大分低い身長であるのが邪魔をする。

ヒール履いた艦長に負けて、ミナトさんとタイなのは事実。

――気にしてないよ。足は短くないし姿勢だって良好である。

コンプレックスにするほど低くもないし、他に目立つ汚点もない。

ただ、背の高いイケメンを見るとイラッとするだけである。

「それで、なんか飲む?

俺に出せるもんならすぐ出すよ」

「んー……それなら。

 とりあえず、オレンジジュース頂戴」

「あいよ」

微妙に申し訳なさそうにしたテンカワさんは奥に向かった。

彼もまた、幼く柔らかい顔の割には案外しっかりと背が高い。

……そういえば、副長もあれで170オーバーである。

何時か削ぐ。そう決意していると、テンカワさんが戻ってきた。

「ありがとテンカワさん」

「うっす。

……ところでお客さん」

「何?」

「なんで俺の名前知ってるの?」

 

――その一瞬、何を聞かれているのかよく判らなかった。

そりゃ知っている。何度ナビゲートしたと思ってるのだ。

乗艦登録だって、片手間だけど俺がしたのだし、と考えて。

……どれも、俺が一方的に知ってるだけって気付いた。

登録は勿論、エステバリスの誘導も彼と接触したわけではない。

データのやり取りもモニタリングも、一方的だった。

テンカワさんからの俺の観測は、数える程。

それこそブリッジへの通信で、片隅に映っているだけの俺を。

戦闘中のテンカワさんに気付く余地があったかという話。

ぶっちゃけ、無理だ。

「そっか、君からは初対面か。

割と縁がある積もりだったけど」

「……ええと?」

「ブリッジクルーのタキガワです。

前の戦闘で、君を誘導したりしたんだよ」

君に覚えはなくとも、十分以上に関わってる積もりである。

――言外に、だから仲良くしようぜオーラを放出中。

数少ない同世代の同性である。気兼ねなく話せる相手は欲しい。

「――ごめん。

助けてくれてたのに知らなくて」

「いいよ、別に。

寧ろ、俺たちは助けられた側だから」

あの時、テンカワさんがいなかったら大変だったのだ。

状況的に、エステバリスなしではナデシコの力押ししかない。

当然、ナデシコだけでなく周辺への被害も甚大だろう。

――俺がエステバリスに乗っていたかも知れないのだ。

オペレーターIFSでノーマル用にアクセスするなど、嫌だ。

小指しか動かせないぐらいのイライラタイムは勘弁である。

敵戦力的には危険ではなかったが、彼は俺の救世主だった。

 

 

 

そうして、仕込みに戻ったテンカワさんを俺は見守る。

……サービスのつもりか、大ジョッキのオレンジジュースを傾けて。

いや、嬉しいよ。微妙に釈然としないが悪い気はしない。

 

若干間違えた気の使い方に、突っ込むか悩んでいたから。

実際に声を掛けられるまで、その人の接近に気付かなかったのだ。

……まさか、こんな時間に他のお客さんが来ると思わない。

「――お!

 アンタはオペレーターだな?」

「……随分、早起きなんですね。

 何かあったんですか?」

 

そこにいたのは、ナデシコ唯一の正規パイロット。

ダイゴウジ・ガイ改め、ヤマダ・ジロウさん。逆だっけ。

とにかく熱血系のアニメオタク。俺とは方針違いだ。

 

流石にもう骨折も完治に近づいてきたらしく。

片手に杖をついてはいるが、平然とした顔で歩いている。

その服は、制服ではなくラフなジャージ姿である。

 

そんなヤマダさんは、首を振りながら俺の隣に座った。

 

「ただのトレーニングだ。

 日課なんだよ」

「……トレーニング?

 こんな朝早くからですか?」

 

ふと、時計を確認するとまだ6時を回っておらず。

その割には、彼からは運動をした形跡が伺える。

簡単に言うと、微妙に汗の匂いが漂ってくるというか。

 

「ああ、身体が鈍っちまったからな。

 少しでもとりもどさねぇと」

「鈍るって」

「俺はパイロットだからな。

 身体能力が下がったら仕事になんねえよ」

――やべぇ。予想外にまともっぽい。

え、徹夜アニメフルマラソンとかじゃないんですか。

まさかの、予定を遥かに外れた常識人なんですか。

 

なんか、ほら。

アニメヲタの機動兵器パイロットって言ったらさ。

もっとダメな人をイメージしていたんですが。

 

微妙に内心、馬鹿にしていたというか。

多分に偏見の目で見ていた自分に大ショックである。

これは、かなり失礼な見方をしていたような気がする。

 

内心の大焦りは、どうやら彼には伝わってないらしい。

ヤマダさんは、厨房に朝ごはんの注文をしている。

見られてないのを幸いに、俺は少しだけ姿勢をただした。

 

「――骨折も随分良くなられたんですね」

「お蔭さまで。

 前の戦闘では、アンタに迷惑をかけたな」

「あ、え、はい」

「無茶なオペレートをさせた自覚はあるさ。

 アンタなら出来ると思ってたけどな」

 

――今更ながら、俺はお礼を言われているわけで。

そんな言葉が来るとは、欠片も想像してなかったわけで。

その上、どうやら相手は俺を以前から知っていたらしい。

 

今度は、テンカワさんと違って俺に心当たりがない。

関わりと言えるほどの関わりは、持っていた記憶はないが。

これでも記憶力に自信はそれなりにあるのだけども。

 

俺の戸惑いに気付いたのか、ヤマダさんは小さく笑った。

 

「シミュレータの作者だろ、アンタ。

 流石に、それぐらいは把握してるさ」

「……ああ、それで」

 

そういう理由なのか、と一応の納得である。

いや、それだけで覚えられてたことにも驚きだけど。

流石にここまで評価を上書修正した後だと、納得するしかない。

 

「会えてよかった。

 アンタに頼みたかったことがあるんだ」

「……俺に、です?」

 

聞き返す俺に、ヤマダさんは深く頷いた。

日焼けした肌に精悍な顔は、経歴通りの軍人さんのもの。

当然その瞳も、静かだけれど深い熱を秘めていた。

 

どんなこと、だろうか。

今一、この人の評価が安定してないので予想できない。

考えるより、実際聞いた方が早いだろうと、待った。

 

「――シミュレータなんだけど、さ。

 追加して欲しい機体があるんだ」

「……ゲキガンガー、ですか?」

「ああ、そうだ。

 弱くてもいいから、作ってくれないか?」

……やっぱり、彼の評価を定められない。

馬鹿なことを言われてると判っていても、その瞳。

間違いなく真剣なものであり、俺を見つめていた。

 

馬鹿げている、子どもだと切り捨てるのは容易。

だけど、それをするには、俺には躊躇いがあった。

だってそれが、この人の夢だというのは想像できたから。

 

「それはきっと。

 君の夢、ですよね」

「ああ、夢だ。

 なんとしても叶えたかった」

 

短い時間しか、話したことはないけれど。

彼が乗りたかったのは、エステバリスではないのは判る。

現実には叶わないからこその、代用品なだけで。

 

“ゲキガンガーに乗りたい”という、ちっぽけな夢。

でも彼はそれを叶えるべく、世界のトップパイロットになった。

動機はともかく、その結果と熱意は誰にも真似できない。

 

俺の苦手とする、努力と根性を地で行く人である。

ブレずに真っ直ぐ進んできた、そういうことなのだろう。

……俺には、眩しすぎて、ちょっと辛かった。

 

「頼むよ。

 俺の、一生を掛けた夢なんだ」

 

ああ、本当に眩しいと思えた。

これを馬鹿にするなら、同じだけの結果を出して言え。

それぐらい、俺からは純粋で美しい夢だと思った。

 

――けれど、それを叶えるかは別の話だ。

 

「……お断り、します」

「なんでだ?!」

「あなたはパイロットです。

 変な癖とか、付けられたら困りますから」

彼がただのオタクなら、俺は叶えていたかもしれない。

だけどヤマダ・ジロウはエステバリスのパイロットだ。

エステバリスを動かして戦場で戦う、命を掛ける人間だ。

 

シミュレータは、遊びではない。

戦場での動きを身体に染み付かせ、生存確率を伸ばすもの。

パイロットが無事に帰る可能性を少しでも増やすものである。

 

だからこそ、彼が遊びに使うことを俺は承認しない。

私用に使っている俺がいうのもおかしいが、それでもだ。

彼が無事に帰らない可能性を、増やせるわけがない。

 

「絶対に、影響は残さない。

 俺の魂に誓う!」

「それでも、駄目です」

「なんでだ!

 アンタなら判ってくれると思ったのに!」

 

彼が、本気で、本心から言っていることは判る。

それが浪曼であることも、その為の努力の時間も全部。

ここまでに掛けてきたのが、魂であるというのが判って。

 

――それでも、なお。やっぱり俺は首を振れない。

 

「言い方はあれですけど……。

口で言うのは簡単で、意味がないのはお判りですよね」

「……どうしたら、信用してくれる」

「あなた自身を信じさせて下さい。

 それまで、変なものはお渡し出来ません」

 

どうしたらも何もない。

信用というのは、積み重ね成していくものだと思う。

俺は、まだ彼を信用しきっては当然、ない。

 

彼が、適当に作ったゲキガンガーのシステムに慣れて。

存在もしない武装に急場で頼らないとは、俺は言い切れない。

その結果彼が命を失うことを、可能性がゼロとは思えない。

 

いや、本当はきっとゼロに相当近いのだろう。

恐らく、彼はそれを為すために相当の努力を重ねてきたはずだ。

だけどそれでも、俺は悲劇の引き金は“作れない”。

 

「俺は、技術屋の末席に座るものです。

 使い手に相応しいものをお出しするお仕事です」

「……」

「使いこなせると信じるから、見送れるんです。

 それが、俺たちの正義であると理解してください」

 

生きて帰ってくると信頼できる人に。

これなら生きて帰ってこれると自信を持ってお出しする。

それが見送ることしか出来ないものの正義だと思う。

 

彼が、正義の味方であることを、俺は心から認めよう。

だからこそ、俺は俺の正義を彼が守ってくれると信じた。

きっとこの人なら、理解してくれると、俺は思った。

 

――――そして、その願いは、きっと叶った。

 

ヤマダさんは、少し寂しそうな瞳をしてから、微笑んだ。

その表情が諦観だと一瞬勘違いして、違うことに気がついた。

彼の瞳から情熱は消えず、更に燃えていたのだから。

 

「……判ったぜ。

 今の俺では、駄目だってことだな」

「すいません……本当に」

「謝る必要なんてどこにもないぜ」

 

そう言った彼は、間違いなく、主人公だった。

ただのヒーローもどきではなく、俺は本物だと思った。

だから、驚いて、俯きかけた顔を即座にあげた。

 

そこには、満面の笑顔の、熱血ヒーローがいた。

 

「――俺の夢。

 真っ直ぐ受け止めたのはアンタが初めてだ」

「……俺は、断りましたよ」

「いいんだ。

 馬鹿にせずに、本気で聞いてくれたから」

 

きっと、馬鹿にされ続けてきたんだと思う。

真剣に聞いてくれるような人は、いなかったんだろう。

それなのに、彼は直向きに努力し続けてきたのだ。

 

だからこんなのは、彼には苦境なんかじゃないんだろう。

明確な目標もないのに、彼は理想を抱いて走れたのだから。

理解者も、目標もあるなら、それは平坦な道なのかもしれない。

 

「何時か、アンタを信頼させてみせる。

 その時は、作ってくれよ?」

「……いいですよ、約束します。

 敵も含めて、原作再現しちゃいますから」

 

これは、安請け合いなんかじゃないと俺は思った。

その約束が果たされるのが、何時かは判らないけれど。

その時が来たら、俺は全力で彼の夢を叶えようと強く思った。

 

――その後。

ガシガシグッグッしている俺たちを見て。

テンカワさんが“何コイツ等”っ目で見たのは余談である。

 



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11

 

 

 

何事にも、順序ってものがある。

語義的には、モノの並び方とか段取りなんだけど。

どっちでも火星に行きたいと言ってすぐ行ける訳ではない。

 

大気圏突破して、宇宙超えないと辿り着けないし。

物理的なものを置いといても、色々調節が必要だったり。

世の中って一足飛びを許すほど、緩くは出来てない。

 

いや、正しくは緩いんだけど、緩い分ガチガチというか。

俺は子どもだし、そんな事情なんて理解したくはないけど。

要は、みんながこれでいっかと思う、確認が必要なんだよね。

 

関係者の許容範囲で、物事はなんとなく進んでいくんだけど。

それが大人数が関わるとなると、またちょっと事態はね。

ややこしくなるというか、ややこしくせざるを得ないというか。

 

――色々ね、面倒なんだよね、実際ね。

 

今現在、地球人類は一応滅亡の危機に瀕している。

木星の方からやってきました無骨な見た目の僕らのお友達。

トカゲ諸君によって、人類の生存圏は激減。

 

火星を始め、なんと月まで落とされてしまった僕たちの。

最後のラインを守るのは、所謂“ビッグバリア”ってやつ。

それによって、なんとか地球だけは守ることに成功。

 

核融合衛星による大出力バリアで構成される。

バリア関係が強い(株)クリムゾンが作った第一防衛ライン。

外からも中からも、大体のモノの出入りを拒んでいる。

 

そう、当然味方識別機能なんかある訳もなく。

地球から外に出ようとするナデシコにとっては邪魔なもの。

だからといって、バリア切ってもらうとか無理すぎる。

 

バリア切ったら、外から幾らでも襲撃し放題だし。

すぐさまONOFF出来るほど、気軽な出力のものでもないし。

そんなの、提案するだけで人類の敵ってわけよ。

 

連合軍とは話をつけてあっても、やっぱり外面もあり。

ナデシコを火星に行かすのも、バリアを切るのも。

どっちもやっぱり表向きは了承なんかしようがない。

 

というわけで、ナデシコ及びネルガルの目的と。

連合軍さんの面子とかお外への説明とかも合わせると。

またちょっとしたプロレスショーをしないといけないのだ。

 

地球連合統合作戦本部の会議にわざわざ挑発したり。

台本通りの抵抗を乗り越えて、ビッグバリアも衛星を壊して。

そうして漸く、無限に広がる大宇宙に飛び出すのである。

 

んで、ナデシコは人類の敵になりかけて。

そうは問屋が卸さないっていうか、卸したらみんな困るしね。

まだまだ台本が続いてしまうんだよね、多分ね。

 

現状の予想ルートで壊す衛星は、中で一番老朽化したもの。

勿論それが壊れても、地球の危機なのは変わりないんだけど。

幸い、その衛星の代わりになる衛星が丁度完成してるのだ。

 

偶然、クリムゾン製のバリア衛星と有効な互換性があり。

偶然、完成してて発射するのにも支障がないレベルで。

偶然、ネルガルが作ってて接収すると連合軍の面子も保てる。

 

ま、そこらへんのシナリオなんて俺は知らないけれど。

流石に明白なタイミングでそんなのがあれば、誰だって判る。

これで別のシナリオって言われたら、逆にびっくりだよ。

 

誰が利益得るかって考えたらさ。

連合軍は面子的には総合すると若干マイナスで実質被害なし。

ネルガルは資金的には損だけど、プロジェクトの予算内。

 

だけど利益ではなく、損害で考えるとまた話は違って。

ナデシコに衛星壊され、代用品がネルガル製になるクリムゾン。

さてさて、相対的にプラスになったのはどこかしら。

 

個人的には、こういう足の引っ張り合いが?

今の地球人類の悲惨な状況を作り上げてると思うんだけどね。

そこらへんは、言っても誰も解決できない話である。

 

「――現実って世知辛いねぇ」

「……やめてくれないか!

 しみじみと凹む言葉をいうのは」

 

思わず漏れた言葉に突っ込んだのは、アオイ副長。

俺の隣で、備え付けの……机っつーか作業台に向かってる。

俯いたままプルプル震える姿は、何とも愉快な見た目である。

 

多分、俺と彼とは別の受け止め方をしてるのだけど。

誤解ではあっても、微妙にささくれた心を傷つけたのなら。

仕方ないしと俺は思索を止めて、現実に戻ることにした。

 

「どうしたね、副長。

 そんなに大変かい、それ」

「大変だよッ!

 見て分かるだろ!」

 

こちらを振り向かずに、アオイ副長は吠える。

そんな副長が見つめるのは、中空に浮かぶ幾つものウィンドウ。

大体が書類作成ファイルかデータ資料だったりするんだけど。

 

「いやだから、手伝ってるじゃん。

 こんな時にシート離れてまでさぁ」

 

本当に、こんな時にシートを離れるとかね。

只今高度上昇中、勿論宇宙を目指しての進軍である。

まだまだ防衛ラインを越える途中、プロレス真っ最中だ。

 

今後、ミサイルだとか?

機動兵器だとか色々襲って来る予定で、警戒態勢継続中。

普通なら、俺もシートに座ってるべきなんだけど。

 

今俺たちが座っているのは、ブリッジ後方にあるサブシート。

警戒態勢で、俺はともかく副長が座るような場所ではない。

それが判っているからか、微かにバツ悪げに目を逸らされた。

 

「……君が暇だからだろう。

 ブリッジメンバー勢揃いで」

「暇なのは否定しないけど。

 流石に暇でも、やること自体はなくもないよ」

 

確かに、ホシノさんにミナトさんにメグミさんもいて。

警戒態勢ではあっても、実際の戦闘行動なんてない状況。

別に俺はシートについてなくても、問題はないけれど。

 

それなりに俺も忙しくないわけでもない。

整備班から任されてるデータ処理とか資料集めもある。

片手間でこなしても時々増えるから、やらないと溜まるし。

 

そうでなくても、色々俺も勉強したいこともある。

流石にど素人よりはマシになっても、まだまだ初心者で。

ホシノさんの技術を、少しぐらいは見習いたくもあり。

 

そんな感じで、顔を上げてこちらを見る副長と見つめ合い。

取り敢えず、俺に負い目はないので断然有利だし。

予定調和の流れで、やっぱり副長が目を伏せて謝った。

 

「――ごめん。

 悪いけど手伝って」

「いいよ、別に。

 流石にこれはちょっとアレだしね」

 

只今副長がやっておりますのは、アレです。

ビッグバリアを越えてから、補給でコロニーに寄るんだけど。

その時に出す、停泊とか補給とかの申請書類なのである。

 

要は、色々書き込んで提出するだけなのだが。

問題点は、ノウハウなんて誰一人持ってないってこと。

書式とかは判ってても、そこに何を書くかはちょっとね。

 

本来なら、艦長や副長は数年掛けてなれていく仕事。

例外的にこんな形で艦長になったから、経験なしで体験中。

それも新型艦で、微妙に前例が真似しきれないってのもポイント。

 

「――ここの記名欄なんだけど。

 ここの名前って、ネルガルかユリカかどっち?」

「……ええと。

 前例的には、乗船員の責任者で出してるかな」

「じゃあユリカ……よりプロスさんか」

「その次の部分は、艦長の名前でいいよ」

 

ま、本来ならそこをサポートしてくれる人がね。

軍からの出向という形で来てくれてたムネタケさんとかね。

いるんだけど、今現状頼れない状況にあるっていうかね。

 

「総重量って荷物込み?」

「普通は荷物込みだと思うよ。

 何度も来てる艦だと別みたいだけど」

「慣例で通る分はオッケーってことか」

「勿論ナデシコは総重量で」

 

そう言って、適当に組んだ数式データを投げる。

後で印刷時にオートコレクトで、現在データに入れ替える。

それぐらいの手心は込めてあげなきゃ、副長が可哀想である。

 

ムネタケさんがいればね、頼れたんだろうけど。

間違いなく出来る、現職の士官で戦艦乗りなんだからねぇ。

捕えちゃってる以上は、答えてくれるとは思えないが。

 

「……いっそフクベ提督に聞いちゃえば?」

「聞けるか!……聞けるかァッ!」

「ですよねー」

「……判ってて言わないでくれ、本当に」

 

そりゃ、ね。

軍に入ったら、雲の上の階級の、それも英雄扱いの人。

そんな人にただの事務処理の話を聞けるわけもないよね。

 

聞けば答えてくれるとは思うけどね、優しいし。

でもさ、もしだよ。

その時の副長に任せてたせいで判らないって言われたらね。

 

きっと面白い空気になると思うんだ。

俺的にはぜひぜひアオイ副長には挑戦してもらいたい。

俺は面白いことが大好きである。多分腹筋が耐えられない。

 

……というわけで、現状副長の手助けを出来るのは俺だけ。

具体的には、サツキミドリ5号をちょちょいとね。

覗き見とかしちゃったりして、受付けたものを確認するのだ。

 

あ、所謂あれです、レファレンスサービスってやつ。

一応法に関わるかどうかでやるかは決めてるんだけどさ。

結局、バレなけりゃセーフという世界のルールに則ってる。

 

――ま、面倒くさいのには変わらないけどね。

 

「……世の中って世知辛いねぇ」

「全くだ……っと、取り敢えずこれでいいか」

「終わったの?」

「一応ね。

 また後で確認だけするよ」

 

そう言って、アオイ副長は保存ボタンをぽんと押す。

個人エリアに入ったのを確認して、一応バックアップを取る。

後、ついでに今回参照したページにも全部付箋つけておく。

 

「助かったよ。

 僕一人じゃ、どれぐらい掛かったことか」

「俺もそれがお仕事ですので?」

 

それでもね、と言ってアオイ副長は爽やかに笑う。

うん、この人のこういう律儀さ、みたいなのは嫌いじゃない。

善人かつしっかりしてる感じで見習いたいほどだね。

 

 

 

 

 

そうこうしているうちに、第三防衛ラインに入ったらしく。

機動兵器の群れを、メグミさんが報告。

すぐさまにヤマダさんが出撃したのだけど。

 

なんだか、これまでと微妙に雰囲気の変わったヤマダさん。

ウリバタケさんの話をしっかり聴いてる様子とか。

ゲキガンガーと呼ばずエステバリスと呼んでいるとか。

 

ほんのちょっと、けれど大きな変化。

それに気付いたのはいったい何人いたのでしょうか。

その姿は、エースパイロットの称号に相応しいもの。

 

……彼が、そんな風に変わる理由になったことを。

俺は思い浮かばないでもないが、それを理由だとは思いたくない。

いやいや……俺が原因じゃないよね、流石のヤマダさんでも。

 

「……俺に信頼されようとしてるのかなぁ」

「おいタキガワさん何をしたんだ君は」

 

思わず呟いてしまった俺に、副長が噛み付いてきた。

流石にこの人は、ヤマダさんの変化にも気が付いているらしい。

俺はあの話を口に出すか、少し悩んでやっぱりやめた。

 

あの話は、俺とヤマダさんの約束であるし。

ヤマダさんにとっては人生を掛けるほどの夢であるのだし。

というわけで、俺は誤魔化すつもりでテヘペロしてみた。

 

若干うわウザみたいな顔をして、副長はジト目で見てきた。

 

「……君が見た目以上に強かなのは判った」

「それほどでもないですよ」

 

俺なんて、とてもとても。

現実に翻弄されるだけで、ただの無力な学生だからね。

少しぐらい、自分にできることを探していきたいね。

 

油断を捨てて、真面目になったヤマダさんはやっぱり強く。

相手もそれなりにしかやる気がないもんで、あっという間に勝利。

3機を戦闘不能にして、4機を小破した時点で戦闘終了。

 

そのあとすぐに、第ニ防衛ラインに入り。

防衛衛星から発射される、ミサイルをフィールドで受け流し!

そうして漸く、第一防衛ラインまで到着したのである。

 

後は、予定通りの予定調和。

核融合衛星をぶっ壊して、ナデシコは宇宙に飛び立った。

地球を囲む、一枚のビッグバリアを見て、一言。

 

「絶対防衛領域ってワクワクするよね」

「何言ってんだ君は」

 

ほら、夏だ!花火だ!眼球だ!みたいなノリで。

なんというか、言葉の響き的に男の子の味がすると思うんだ。

残念ながら、アオイ副長にはボケが通じなかったが。

 

ここにテンカワさんか、ヤマダさんがいれば。

特にヤマダさんだったら、ウザイぐらい同意したかなって。

丁度“その”時、俺は偶然彼のことを考えていたんだ。

 



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12

 

 

 

お風呂は好きだ。大きいお風呂はもっと好きだ。

ぼんやりした頭をはっきりさせ、一日の汚れを洗い流す。

禊の感覚とでもいうのだろうか、とにかく好きだ。

 

お風呂だけではない、俺はプールや海も好きだ。

川や、噴水も好きだし、単純に水が好きなのかもしれない。

ただ、その中でもやはり銭湯のような大きなお風呂が好きだ。

 

その圧倒的な量の水。

じんわりとした暖かさが身体を包み込むのが好きだ。

これだけのお湯があれば、どんな汚れも押し出せると思えた。

 

ナデシコの大浴場を外に出て、俺は居住区へと向かう。

格好は、普段着よりの部屋着。

落ち着かないけれど、これで寝れなくもない程度の服装。

 

時間は大体午前0時、夜間体制に入って4時間目。

持ち物は財布とコミュニケと、肩に掛けたスポーツタオル。

乾きかけの髪が、ほんのりと熱を放出するのを感じた。

 

個人的に、ドライヤーの類は面倒で好きではない。

美容院で人にやってもらうのはいいが、自分ではしない。

それよりも、自然に乾燥していく感覚が好きだった。

 

途中で飲み物を3人分購入し、向かう先は、自室。

――よりも少し先にある、士官用の部屋の群れ。

その中で、大体にして中間ほどにある一つの部屋だった。

 

目当ての部屋にたどり着いて、俺は立ち止まる。

個人認証機に手をかざすが、開かない。

許可IDになってないことにイラっとして、コミュニケを開く。

 

さぱっと許可一覧に俺の名前を書き添えて。

再度俺は認証機に手をかざす。一秒の後、今度は開いた。

多少の満足感とともに、遠慮なく俺は部屋に入った。

 

「――やほ。

 勝手に入るよ」

「……やぁ。

 本当に勝手に入ったね君」

 

丁度、扉を開こうとしてきたのか。

二三歩進んだ所に、その部屋の持ち主は固まっていた。

――僕らのナデシコ副長、アオイ・ジュンさんだ。

 

 

 

 

 

「悪いね、こんな時間に」

「いいよ君なら。

 僕も、話したいことはあったから」

 

案内されるままに、俺は奥へと進んでいく。

流石に士官用の個室は、広々とは行かずとも小さくない。

一応程度の差ではあるが、俺の部屋よりは確実に広かった。

 

或いは、そう感じるのはものの少なさからかもしれない。

備え付けの家具に違いはなくとも、あるものの差。

私物と言えるものは、恐らく限られるほどだと俺は思った。

 

部屋の中程にある、前時代的なちゃぶ台。

適当に座ってと言われた俺は、座布団に適当に腰掛けた。

その際に、持ってきた飲み物の内、一つを彼に差し出す。

 

「これ、差し入れ」

「あ、ありがと。

 ……ってこれはなんだい」

「おしるこ」

 

差し出された缶を反射的に受け取ってから。

副長閣下は絶妙な感じに眉を顰めて、俺を見てきた。

俺はその視線を気にせずに、スポーツドリンクを手にとった。

 

数秒、俺を見て缶を見てスポドリを見て。

その後何か言いたそうにして、やっぱり黙った副長は。

おしるこをちゃぶ台に置いたので、俺はもう一本を差し出した。

 

今度は普通の緑茶である。

やっぱり何か言いたげにしながら、副長はそれを受け取った。

飲み口をかちりと開けて、普通に口をつけた。

 

俺も同じように、スポーツドリンクを傾けて。

2・3口飲んでから、それをちゃぶ台に置いてから。

そうして、俺はチラリと部屋の中を見回した。

 

大分、広々としている。寒々しさすら感じる。

それはきっと、本当に生活感が見られないからだと思えた。

荷物がない。本も趣味物もなく、少量の着替えしかない。

 

その着替えすら、ナデシコの制服と私服が数枚だ。

肌着や寝巻きは一瞥でナデシコの購買で買ったものと判る。

それぐらい、何もない。デイバッグ一つ分の私物しかない。

 

「大分、部屋片付いてるんだね。

 殆ど物がない」

「……そうかな」

「うん、二三泊の旅行って感じ。

 やっぱり予定とは変わっちゃった?」

 

そう言って、俺は特に感情を込めずに笑って見せた。

別に探りを入れるほどのことじゃない。

ほぼ確定事項だったから、ただの確認として聞いただけ。

 

それでも、それなりに驚かせたようだった。

一瞬だけ目を見開くと、副長はすぐに真面目な顔に戻った。

その後、小さく笑うと、俺を気の抜けた表情で見てくる。

 

「――まいったね。

 ワザとだったんだ、タキガワ君」

「……まあ。

 帰りたそうにしてたからね」

 

それは、ミスマル提督がナデシコを接収しにきたとき。

どちらかと言わずとも、副長は連合軍よりだったわけで。

ナデシコを遊ばせておく理由はないとも主張してたし。

 

元よりトップエリートの彼なのだ。

普通に、ナデシコに乗らなければ軍の主流に乗っていた。

彼の性格的にも、わざわざ脇道に逸れるような感じでもない。

 

だから、彼は最初からあまり乗り気ではなかったのだ。

ただ、ついてきただけ、それ以上の何者でもない。

そんなのは短時間見ているだけの俺でも判る程度のもので。

 

主流から外れようとする、ミスマル・ユリカ。

彼女を心配してついて来た彼は、今の状況をどう感じてるか。

……当初の目論見とは、大きく外れたのではないかな、と。

 

「やっぱり、今でも帰りたい?」

「……微妙なこと、聞くね」

 

そんな彼も、最初の頃と同じままの感情ではいられない。

一度はナデシコに乗り続けるのも有りだと、思った副長だから。

ま、色々あったから、なんて言葉で誤魔化すのは卑怯だけど。

 

「――副長は。

 正義の味方って、憧れた?」

「……まあね、昔の話だけど」

 

そういって、目をそらす副長。

生活に困らず軍人を目指すのは、復讐者か正義の味方だと思う。

副長は間違いなく、小さい頃に正義の味方に憧れた口だ。

 

正義の味方なんて職業は、ない。

だけど、それっぽいものなら、ある意味幾らでもある。

軍人というのはその回答の一つであり、4番手ぐらいだろう。

 

しかし、それっぽいだけでそれそのものではない。

正義の味方“じみている”だけで、正義の味方ではない。

俺は嫌味な質問であることを理解しながら、副長に聞いた。

 

「連合軍はどうだった?」

「判ってて聞くなよ」

 

当然、綺麗な正義の味方なんてどこにもいないわけで。

人間関係とか利害関係とか、決して一枚岩なんかであるわけもなく。

それでも連合軍にいる理由はきっと、力が必要だから。

 

誰かを守ったり、正義を為したりするには力がいるわけで。

その力は個人で持てるものではない。個人で持ってはいけない。

だからこそ、組織で持って、組織の中でパイを奪いあう訳で。

 

「艦長は。

 艦長は、変えてくれそうって感じ、するよね」

「……ああ。

 だから憧れてるし、嫉妬してる」

 

副長は艦長に、主流のままでいて欲しかったのだ。

家柄も本人の実力も、何より必要なカリスマ性も申し分ない。

彼女なら、正義の味方になってくれると信じてたんだろう。

 

……あれだけの才能を、間近で見て。

羨ましさも、嫉妬も、憧れも、何も抱かないなら。

きっと、副長はもっと楽に人生を生きられた人だと思う。

 

俺は、どうなんだろうか、正直自分がよく判らない。

努力なしで身に付けられるレベルの能力でないことは判るけど。

かといって、ゼロから育てられる程のものでもないのも判る。

 

なんだかんだで、努力してないわけではないけど。

悔しいと感じるほどの努力をしなくても、なんとかなったから。

副長を判ってはあげられても、共感だけはしてあげられない。

 

「――変えて、欲しいね」

「本当に、ね」

 

そう言いながら、俺はポケットに手を突っ込んだ。

財布を取り出して、その中にある小さなチップを1つ出す。

一般的なストレージ、わざとネットに繋げていないもの。

 

データのやり取りをするだけなら、コミュニケで構わない。

当然、ネットに繋げていないのは繋げたくないから。

そんな単純なことは、副長には直ぐ分かることに決まってた。

 

「――これは?」

「同一データは、これ含めて3つ。

 俺とプロスさんと、これ」

 

言いながら、俺は目を伏せた。

中に入ってるのは、よくある形式の動画ファイルだ。

撮影時間優先で、画質は粗めといっても問題ないレベル。

 

「ナデシコのデータベースからは、消した。

 ホシノさんでもサルベージ不可だよ」

「……そういう、データなんだね?」

 

俺は言葉にせず、頷くことでそれに応えた。

これは、そういうデータだ。

知る必要がない人が、知る必要がない情報が入っている。

 

俺は見た。

何度も見た。

何度も見て、何度も見て、何度も見て、もう忘れられない。

 

色んなことが、色んな間が悪かったのだ。

誰もいないはずの場所に、偶然彼が行ってしまっただけ。

反射的に、しなくてもよかったことをした誰かがいただけ。

 

この場合、誰が悪かったのだろうか、と考えた。

誰も行かないように、立ち入り禁止の札を通り越した彼か。

それとも、上司として引き金を制止出来なかった彼か。

 

多分、きっと誰も悪くない。

たぶんきっと、何もかも上手く噛み合わなかっただけだ。

悲しくないわけではないが、ただそれ以上に虚しく思えた。

 

「――貰っとく。

 指示がない限りは、他言無用で」

「判った、ありがと」

 

なんとなく、俺はお礼を言った。

同様のことはプロスさんにも言われていたけど、それでも。

誰かに感謝でもしなければ、悪意を振りまきそうだった。

 

……これから、きっと大変だ。

動画を隠した所で、彼が死んだ事実は決して隠せない。

俺がしているのはその瞬間を誰にも見せようとしないだけ。

 

それを為した人を、特定させようとしないだけのことだ。

撃った人間には罪はない、あの人は任務として行ったわけだから。

だからそれを間接的に命令した上司や組織そのものの責だ。

 

けれど、この艦のクルーの多くは一般人だ。

俺は立場上理解せざるを得ないが、犯人を憎む人もいるだろう。

それが判っているからこそ、政治的なことを含めて、隠蔽。

 

――それにしても、さ。

なんで俺みたいな適当な人間が生き続けているのにさ。

どうして真面目に生きて、必死になっている人が先に行くのかな。

 

努力しても、越えられない壁というのがこの世界にはあり。

努力しなくても、壁の向こうから傍観できる俺みたいなのもいて。

この世界は決して優しくはないし、公平なものでもなかった。

 

「――正義って。

 なんなんだろうねぇ」

「僕に聞かれてもね」

例えそれが無意味な質問だとは判っていても。

俺は問いかけることを、我慢できそうにはなかった。

……それに応えたのは副長の苦笑いだけだったけれど。

 

 

 



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13

 

 

 

ヤマダ・ジロウの葬式は、ナデシコの艦内で行われた。

民間といえど戦艦で、それも既に戦地へと向かう身。

長期航海の慣例として、この時代では決しておかしなことじゃない。

 

本人や遺族の希望で、地球まで連れて行くこともあるけれど。

今回それはなかったらしいし、別にその理由には興味も湧かない。

ただ、どちらにせよヤマダ・ジロウが地球に帰ることはなかった。

 

業務維持に必要なもの以外が参列した、その葬列。

僅かなもの以外は特に感情を表に出さず、しめやかに進んだ。

静かに渦巻くのは一体どんな思いなのか、俺には判らなかった。

 

その中で、ほぼ唯一。

テンカワさんだけが、その感情を大きく露わにしていた。

なんでだよ、と叫ぶ彼を見て、俺は何度も唇を噛み締めた。

 

素直に叫べれば、泣ければ。

だけど、俺の中にはそれ程強い感情はなく、波もなかった。

テンカワさんの嘆く姿が、哀れで見ていられなかった。

 

他の人がどんな風に感じているのか。

何も感じてないわけではないだろうけど、推測も出来ない。

噛み締めて、飲み込んで、それが大人らしい振る舞いなのだろう。

 

大人になりきれず、子どもになりきれず。

そんな俺は、一体どんな風に振る舞えばよかったのだろうか。

みっともない姿だけは見せたくなくて、姿勢だけは正した。

 

葬儀といえど、ナデシコ内部には火葬場なんてない。

ゴミの処理場も、人の遺体を骨だけ残すなんて真似は難しい。

勿論、出来る出来ない以前に、感覚的にもどうよって話で。

 

そも、艦内で火葬にする理由なんて殆どない。

別に埋葬するわけでもないから、腐敗なんて問題にならない。

地球に連れて帰るなら、それこそ冷凍保存すればいい。

 

だから、他の宇宙戦艦と同様に。

棺に詰め込んでそのまま宇宙に放流する、所謂、宇宙葬。

何時か何かに衝突するまで、彼の抜殻は虚空の旅を続けるのだ。

 

ナデシコの制服を着せられた彼の顔色は、決して悪くなかった。

死化粧か、それとも保存状態が良好だったからか、どちらでもいい。

せめて最後の瞬間も、苦しまずに逝けていたらいいなと思った。

 

彼の身体が旅に出たとき、俺はポケットの中の手を握り締めた。

それは、悔しくてではない。勿論その感情も否定しないけど。

握り締めたのは感情ではなく別のもの。小さな、データチップ。

 

本当は、一緒に持って行ってもらおうと思った。

彼の為に作ったものだから、彼の夢の欠片だったのだから、と。

それでも、棺を閉めるその瞬間まで迷い続けて出来なかった。

 

――――ゲキガンガーの、機体データ。

シミュレータにぶち込めば、そのまま起動できるレベルのもの。

彼の夢だ。俺が頼まれていた、彼の夢に形を与えたもの。

 

頼まれたときから、断った時から、作り続けていた。

“何時か”が何時になるかなんて判らなかったけど、それでも。

彼が真剣に夢に向かうなら、俺も真剣に応えようと思っていたから。

 

彼の為に作ったものだから、彼とともに逝かせたかった。

だけど、これはまだ未完成のものだったから。

急いで形を作りあげたけれど、まだまだ満足の出来のものじゃない。

 

棺の中の彼の姿は、まるで彫刻みたいに時間が止まっていた。

そんな彼が最後の旅に出るのに、未完成なものをあげたくなかった。

だから、最後の時まで、俺はこれを渡してあげられなかった。

 

何時かは、遊ばせてあげたかったと素直に思う。

プロジェクトが終わった時でも、パイロットを辞めた時にでも。

もう俺が渡してもいいと思えた時には、いつでも直ぐに。

 

だけど、その願いは叶わなかった。叶えそこねた。

叶えそこねた願いは、一体どこに消えていくのだろうか。

灰になることもなくただ、虚空を彷徨い続けるのだろうか。

だとしたら、彼は永遠になったのかもしれない。

ヤマダさんの人生の大部分を占めたのは、その願いだったから。

それなら、やっぱりこのパッチデータをあげなくてよかった。

 

こんな未完成なもので、彼の夢を完結させたくなんてなかった。

彼の夢は、叶わなかったから、美しい理想のまま永遠になればいい。

捨てそびれた――贈りそびれた夢を、俺は小さく握り締めた。

 

 

 

 

人一人が死んで世界が変わる程、この世界は単純に出来てない。

変わったとしても個人単位の世界観であり、それすら微妙だった。

俺の世界は何も変わらず、ただ静かに続いていくだけだ。

 

きっと、俺自身が死んだとしても、俺の世界は変わらない。

ただ俺という観測個体が死ぬだけで、俺の想像する世界が続く。

俺が認識する世界とはそういうもので、ある意味でセカイ系だった。

 

連合軍が逃亡するその最中に撃ち殺されたヤマダ・ジロウ。

その死を、どう受け止めたかはやっぱり個人単位の話。

そして、その熱量の差は、如何ともしがたい程の差があった。

 

強い感情を覚えた人もいれば、静かに事実として受け止めた人。

それを表に吐き出す人もいれば、心の中で消化した人もいる。

どちらが正しいとかそういう話ではなく、ただ心の整理の違いだ。

 

歳を経れば、当然経験を積んで感情を制御出来るようになる。

磨耗した、だとか。情動を失っただとか、嫌な表現もあるけど。

羨ましいだとは思わないが、決して悪いことではないと思う。

 

吐き出すだけじゃなくて、飲み干すことが出来るのならば。

どちらか片方の方法しか出来ないことよりもずっといい。

選択肢は、逃げ場は多ければ多いほど、心の平静が保てる。

 

どちらにせよ俺たちは、仕事から逃げることなんて出来ない。

戦場に向かうのだ、感情から目を背けてでも現実を見なければ。

吐き出していたのでは、仕事にならない。それは明白だった。

 

俺の仕事場であるブリッジなんて、それの代表だろう。

ただでさえ人員が少なくされているのだから、休めるわけもない。

仕事から逃げ出して次に行く場所は、きっとヤマダさんと同じだ。

 

やらなきゃいけないことがあるってのは、一つの救いだ。

幾ら、職場がギスギスとした雰囲気で会話がなくても。

仕事さえしていれば、その分の時間は流れてくれるのだから。

 

ブリッジも、最初の頃は会話があった。

俺も、あんまり暗く振舞うのは好きじゃないから、いつも通り。

それなりに話を振ったり、それなりに返したりしていた。

 

ミナトさんも、多分同じ。気を使った明るさがあった。

積極的にいつもよりも明るく振舞っているのは、見て分かる。

その行動は間違いなく、他の二人を気遣った行動であった。

 

ホシノさんはいつもと変わらず。

元より少ない口数も、表に出てこない感情も、同じまま。

ただ、思うことがないというのが違うというのだけは判った。

 

生まれが生まれ、育ちが育ち、年齢が年齢だ。

人の死なんて、普通に生活していても身近にあるものじゃない。

なればこそ、彼女を見てあげられる人は、多分必要だった。

 

その誰かに、ミナトさんは誰にも言われずに立候補した。

いつもよりハッキリとしたメイクは青白い肌を隠すためだろう。

震える唇を隠して、それでも“大人”であろうとしていた。

 

――俺は、俺は。正直、良く判らなかった。

明確にショックではあって、その割に冷静なままでもある。

子どもでもあり大人でもあり、要は居場所を見失っていたり。

 

伸ばした背筋を緩めるタイミングも見逃し。

他の人に、自分から手を差し伸べるほどの余裕もなく。

なんというか、マイペースに自分を見失っている俺である。

 

……というわけで。

積極的に何かをするわけでもなく、本当にいつも通り。

話しかけて、反応が悪けりゃ無理に話を続けようともしない。

 

そんな俺では扱いきれないのがメグミさんだ。

ナデシコの中でも、上から二番目に判りやすく落ち込んでいる。

落ち込み凹み、ショックを受けたのを一切隠そうとしていない。

 

ホシノさんとは対照的に、人が死んだことに極端に反応。

話を振っても一言二言、そうでなければほぼ完全に沈黙している。

仕事にも集中しきれずに、それを逃げ場にも出来ていない様子。

 

時々、俺とミナトさんを見る視線がある。

“いつも通り”振舞っているのが、好ましくないのだろう。

口に出して言わないけれど、それぐらいは大体判る。

 

落ち込め、とか、悲しめ、とは欠片も思ってないだろう。

ただ何の感傷もなさそうに振る舞うのが、受入れられないのだ。

なんとなく、俺も気持ちだけなら判らんでもない。

 

ただ、俺たちだってわざと明るく振舞っているわけで。

その意図を口にしてしまっては、より空気を悪くするだけで。

自分で気付いて欲しいけど、今の彼女では出来ないことも判る。

 

そんな感じで、不機嫌オーラを放出し続けるメグミさん。

あまりつついて、爆発させてしまうのも、望む所ではない。

気が紛れればと振る話のネタも、やがては尽きていった。

 

 

 

 

 

「――時間なので、失礼します」

「お疲れ様です」

「お疲れ様ぁ、メグミちゃん」

 

チラリとこちらに一礼だけして、メグミさんは席を離れる。

長時間、会話がなかったせいで声のテンションを上げきれない。

優しい声を出そうとして、今一気持ち悪い声になった。

 

唇を笑みの形で閉じたまま、ブリッジを出るのを見送り。

ぱしん、とドアが閉まってから鼻から空気が漏れ。

そして小さなため息が、俺とミナトさんの二人分重なった。

 

「……いやぁ、困っちゃいますね」

「どうしましょうねぇ」

 

コンソールでちゃんとメグミさんが離れてくのを確認。

通信回線も、どこにも繋がってないことを確かめてから。

視線も向けずに言った言葉に、即座に反応が帰ってくる。

 

おおよそ4時間ぶりぐらいの、ちゃんと反応がある会話。

なんとなく、今自分が生きてるのが夢じゃないと安心できる。

いや、別に夢じゃないのは当然判ってた事なんだけど。

 

同じ環境にいたミナトさんも、流石に少し疲れたらしい。

その表情に力はなく、代わりに心配そうな色が浮かんでいる。

独り言か、区別できない音量でミナトさんは小さく呟いた。

 

「会話、出来なかったわねぇ」

「なんかもう、嫌われちゃってますね。

 空気読めって思われてますよこれ」

「思い詰めないといいんだけど……」

 

そうして、しっとりと瞳を伏せるミナトさん。

俺から見ると、そうしているミナトさんも結構なんだが。

気を配りすぎて、この人もまた自滅しそうな感じである。

 

ホシノさんに気を使って、メグミさんに話を振って。

今回はホシノさんがいなかったけれど、それでも大変だ。

ツン、と会話を断る態度を続けられれば、傷つきもする。

 

そりゃさ、気持ちは判らんでもないんだけどね。

表面だけ見れば、くだらない世間話を掛けてくるわけで。

空気読んでよと言いたくなる気持ちは、仕方ないかもしれない。

 

俺からすると、どっちが!って感じなんだけどね。

ああ、うん。俺はただのクズですので。

口に出して言わないだけ分別があることを評価して欲しい。

 

だって、じゃあ沈痛な面持ちで黙ってれば気が済むのかって。

今の彼女みたいに、仕事に集中しきれずにいればいいのか。

気持ちが判るから怒らんけど、それはそれでダメだと思う。

 

心配は勿論しているが、なんとも、ね。

人に心配かけておいて知らん顔なのは、俺は好きじゃない。

ミナトさんにまで、悪影響を与えてどうするってさ。

 

せめて、悲しむだけが道でないことに気付いて欲しいけどね。

それさえ判れば、本人が楽になるだろうに。

後ろでプシュと空気音が聞こえたのを無視して、俺は口を開いた。

 

「こんなタイミングで、二人いるから。

 励ませるんじゃないかと思ったんですけどねー」

「そうよねぇこんなタイミングで。

 まるで誰かが計ったような感じだものねぇ」

 

普段、日中とは言えど、この3人で当番にはならない。

日中なら大抵、艦長か副長かのどちらかと運航班から2人だ。

なくはないけれど、あくまで割とレアなメンツである。

 

6人の内、現状普段通りに仕事が出来るのは4人。

艦長は、良くも悪くも完璧にいつも通りだし、副長も同じ。

俺とミナトさんは、何だかんだで年上のプライドもある。

 

それに比べると、やっぱりホシノさんは多少動揺しているし。

メグミさんなんて論外……とは言わないけれど、戦闘は厳しい。

夜番も考えたら、俺を取っといて艦長を入れたいところである。

 

「なんか、さもメグミさんも励ませ?みたいな?

 そういう誰かの都合を感じるっていうか?」

「本当にどちらさまかの都合を感じるわよねぇ。

 私たちだって余裕ないんだから自分で励ませっての」

 

愚痴をいう積もりはないですけれど。

ただ、色々と不平感は溜まりに溜まってもいるわけで。

物音なんて聞こえないほどに、声が大きくなっていく。

 

そもそも、メンバーの精神面を俺たちが面倒見るとかね。

本来上司的な、上役的な立場にいる人がやるものじゃないかな。

こんな20代前半の若造がやるものでは絶対ないし。

 

「もっとしっかりして欲しいですよねー」

「人任せも程々にして欲しいものよねぇ」

「――いや、もうなんか本当ごめんなさい」

 

と、ここで。

先ほどから近づいてきた足音は、今回の当番を組んだ人。

僕らのなよなよして頼りにならない副長閣下であった!

 

 

 



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14

 

 

 

「――んで、どうなん?」

「えっと、状況確認の話でいいかな」

「いや、違って。

 何時になったらしっかりするのかって」

 

そっち?!と言わんばかりに目を見開いてくる僕らの副長。

というか、実際に口に出そうとしてしなかったというか。

どちらかと言わなくても、分が悪いのが理解しているのだろう。

 

目をうろちょろさせて、助けを求めても。

残念ながら、ここにいるのは俺とミナトさんだけである。

反論を飲み込んで、副長は小さく悔しげに言葉を絞り出した。

 

「……あと十年はお待ちください」

「十年後には17歳になってるっつーの」

「私もついに23歳の大台に乗っちゃうわねぇ」

 

――――おっと時間軸があっという間に乱れたぞ。

この艦はちょっと簡単に時空が歪みすぎて困る。

あれかな、斥力とか重力とか扱っちゃうのが原因なのかな。

 

……地球に帰ったらオカエリナサトとかないよね?いやマジで。

 

それはともかく、みんながツッコミを放棄したせいで沈黙。

ボケるだけボケて投げっぱなしはよくない。

かと言って俺がフォローするということはノリツッコミになる。

 

まあ、別にそこまで本気で言ってるわけじゃないし。

美青年で背が低くなくて優秀で、人間経験も豊富とかないしね。

取り敢えず、副長の胃が死ぬ前にスルーで対応しておこう。

 

「――んで冗談はともかく。

 結局、どうなんです?」

「……いやま、二人なら何とかしてくれるかな、と。

 そんな期待があったのは、今更否定しないけど」

 

話を切り替えた途端に、パッと口を動かし始める副長。

まるでその話をする予定だったというぐらいに、口は滑らかで。

っていうかする予定だったのである。疑う余地もなく。

 

「無理だったけどね」

「無理だったわね」

「うっ。

 ……判ってるからわざわざ言わなくても」

 

いやだよ、言うよ。

こんなうんざりするジメジメ空間を演出しやがって。

しっかり云々はともかく、そこだけは絶対に許されない。

 

微妙にミナトさんも、多少心がささくれ立っているような。

怒っているほどではないが、不満を隠すつもりはないらしい。

まあ、思うところは流石にあるよね。仕方ないと思う。

 

「とにかく副長も座りなよ、床に」

「床に?!」

 

いじけている副長に、正座を勧めたり。

嗜虐心を満足させてストレスを解消させようとすると。

副長は正座もせずに、なんかうじうじと喋り始めた。

 

「――だって、だってさ。

 こんな空気になるとか思わないだろ、それもブリッジが」

「……ほう」

「他の部署はもっと普通なんだよ。

 なんでよりによって、ブリッジだけこうなるのさぁ……」

 

……あ、こいつただ単に愚痴り始めた。

流石に虐めすぎたかと思ったが、多分そういうのではない。

普通に背負いきれない仕事が口から漏れているだけだろう。

 

まあ、確かにブリッジがこんな空気なのは、ね。

規模の大きな戦闘になったら、ちょっと笑えない危機である。

なので、取り敢えず副長の心労は放置しておいて他事を。

 

他の部署、という言葉に俺はミナトさんの顔を見る。

ミナトさんの視線もこちらを向いており、丁度視線があった。

見合う形になったのを、意見を聞きたいのだと、俺は汲み取る。

 

「他の部署というと、整備班とか生活班ですかね」

「整備班はウリバタケさんもいるし。

 そもそも年齢的にもそんなに揺らがないでしょ」

「男性ばっかりですし、反応があっても微妙ですね」

 

普通に仕事をしている年齢の男性ばかりなのですし。

工場とかでは、何時までも不幸な事故ってゼロにならない。

偶然で職場の知合いが死んだからと言って、反応はどうだろう。

 

実際に怯える人がいないとは思わないけれど。

それにしたって、仕事に影響を出すほどにはならないかなーと。

影響が出ていれば、ウリバタケさんが怒鳴りつけるだろうし。

 

「生活班もホウメイさんがいるわねぇ」

「元より年齢層高いのもありますね。

 ホウメイガールズだけですよね、10代は」

 

彼女らは、単純にお互いを慰めあうことができるし。

ホウメイさんも面倒見が抜群だから心配することもない。

――そうなると、残ってくるのはブリッジだけである。

 

ここで問題になってくるのが、ブリッジの人間関係だ。

良くも悪くも、ブリッジに人間的な指導者というのはいない。

艦長も副長も優秀だけど、若くて指導者よりではない。

 

フクベ提督は出しゃばらないし、プロスさんもゴートさんも沈黙。

基本的に外からの作用はブリッジメンバーには働かず。

そうなってくると、ブリッジ内での自浄作用しか有り得ない。

 

ホシノさんに影響力はなく、メグミさんも現状あんな感じ。

俺は反発こそせずとも外にも合わせず、マイペース。

残っているのは何時もより顔色の悪いミナトさんだけである。

 

――あれ、そういえば、なんでミナトさんは顔色悪いん?

俺が落ち込んでいるのは、友達、友達?が死んだからだけど。

ミナトさんが落ち込む理由って、よく考えれば判らない。

 

「――ミナトさんが凹んでるのは、なんで?」

「……唐突な挙句、今更ねぇ。

 私は……可能性に気がついたから、かな」

 

取り敢えず、気になったら文脈はともかく聞いてみる。

そんな俺に微妙に苦笑しながらも、ミナトさんは呟いた。

可能性、可能性。何のだろうか、とそのまま視線でもう一度。

 

「ヤマダ君が死んで。

 あ、こんなに簡単に人って死ぬんだなぁって」

「……」

「なによその視線……違うわよ?

 死ぬ可能性があることに気がついたんじゃないわよ?」

 

向けていた胡乱げな視線に、ミナトさんが反応して。

俺が思ってるようなこととは違うと言い切った

そりゃそうだ、と俺は安心して胸をなでおろす心地である。

 

流石にこの期に及んで、この人が花畑だと俺も頭が痛い。

一応どころか、戦艦で最前線のその向こうへ向かうのだしね。

言っちゃあなんだが、自殺行為であるのは確かな訳である。

 

お花畑ではないとして、では一体何の可能性だろうか。

チラリと見たミナトさんの顔は、微かに疲れたような表情で。

俺の視線に伺うような感じで、目を向けてくる。

 

「――トオル君に聞くけどさ。

 何でヤマダ君って死んだの?」

「そりゃ……そりゃ。

 偶然起こった、不幸な事故ってやつかと」

 

俺の視点から見ると、それ以上の何ものでもない。

言葉を選んでも、色々配慮してみても、それが現実だと思う。

ただのタイミングの一致が起こした、やりきれない事故だ。

 

単純に、いてはいけないところに人がいた。

引き金を静止するだけの余裕が、誰にもなかった。

何が悪いって言ったら、状況が悪いという回答にしかならない。

 

「――ナデシコが接収されかけたとき。

 あの時にさ、私も銃口むけられてたのよねぇ」

「…………ミスマル提督の、ですか?

 でも、あれは」

 

ミナトさんが言っているのは、地球を出る少し前のアレだ。

ムネタケ提督が起こした反乱で、艦長がキーを抜いた時の話。

あの時に、一応確かに俺たちブリッジは占拠されている。

 

でも。だが、しかし。

あの時は、当然だけど脅し以外の何ものでもなかった。

接収しようとする艦のブリッジで、銃器を使うわけがない。

 

それは誰だって判っていることで、ミナトさんもそうだ。

反射的に言い返そうとする俺に、判ってると言わんばかりに頷く。

そうしてミナトさんは、食うように話を続けた。

 

「“あの時は射つ積もりはなかった”でしょ?

 射つつもりがなかったのは、今回だって同じじゃない」

「……まあ、そうですね」

「だとすれば、ああなっていたのは私なのかもね。

 私が死んでその結果、“不幸な事故”って言われるの」

 

――まあ、可能性があったというだけなら、それは確かに。

人間がやることなのだから、ミスがないことなんてない。

最悪の形で手が滑ったことなんて、きっと幾らでもあることだ。

 

納得だけなら、できない話ではない。

ただ、それ以前に今のミナトさんの喋り方というか。

妙に捻くれた感じの物言い方に、微妙にその、ね。

 

「死ぬかもしれないとは思ってたけど。

 でも、そんな死に方はお断りだわ」

「……」

「私は私の人生が、不幸な事故で流されるのは嫌。

 その他大勢の一人なんて、絶対嫌よ」

――――うわぁ、と思ってしまう俺を、俺は責めない。

寧ろ声に出して言わない分だけ、褒めてあげたいくらいだ。

なんというか、それ程に俺はかなりドン引きをしている。

 

この人、自意識がとってもとっても高くないだろうか。

見た目とか言動は、比較的常識人の類だと思っていたのだが。

案外、びっくりするほどにナデシコのクルーなのかもしれない。

 

能力は間違いなく一流の類で、それにこの見た目。

なるほど、確かにこれだけの自意識があってもおかしくはない。

寧ろ、とってもスイーツな感じで納得も出来る話である。

 

――要は、彼女の世界の主役は、彼女ってだけの話。

 

俺は、別にそれを直接否定するつもりはない。

ただこの想いを敢えてそのまま言葉にするならば、そう。

単純に、これ以上会話を続けるのが面倒臭いと素直に思った。

 

「――副長。テンカワさんとメグミさん。

 どっちか片方って言われたら、どっち優先?」

「……ええと。

 戦力的な意味で、テンカワかな」

 

おし、と俺は色んなものを飲み込んで立ち上がる。

世の中には言葉にしなくてもいいものって、案外多い。

それを確かに実感しながら、俺はやるべきことを口にする。

 

「しゃあないね。

 テンカワさんは、俺がなんとかしてくるよ」

「あら、じゃあついでにメグちゃんもよろしくねぇ」

「――――え?」

 

振り向いた先には、打って変わって明るい顔のミナトさん。

ほら、と見せてくるウィンドウには艦内の所在地地図。

テンカワさんとメグミさんの光点は一部屋に固まっていた。

 

――ヤマダジロウさんの部屋。

どうやら二人は、そこで傷を舐めあっているようだった。

その事実に小さく舌打ちした俺は、きっと悪くない。

 

 

 



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15

 

 

 

俺がその部屋に入ったとき。

一番最初に思ったのは、電気ぐらいつけろってことだった。

目が悪くなるとかじゃなくて、雰囲気に酔うな、と。

 

暗い通路の先に、ぼんやりと灯りが見える。

その灯りは、妙に滑舌のいいあの特有の口調と漏れてくる。

溜め込んだ決意は、そのアニメ声にため息とともに流れかけた。

 

それを必死に我慢して、飲み込んで。

歩みを進めると、そこにはゲキガンガーをつけたテレビ。

その前に座る、泣きじゃくるテンカワさんの姿があって。

メグミさんの姿は、それから少し離れた場所にある。

テンカワさんに寄り添うわけでもなく、ただ部屋の片隅に。

小さくなってぼんやりとテレビを見るメグミさんがいた。

 

メグミさんは、その視線を俺に向けて、また外し。

テンカワさんはそもそも俺に気付かずに泣いたままで。

なんとも陰鬱な空間に、手榴弾でも投げ込みたい気分になる。

 

「――二人とも。

 少し話を聞いてもらっていいかな?」

 

けれど、そんなことをしたい訳では勿論ない。

陰鬱な空気を壊したいのは事実だけど、まともな形で。

出来ればいい方向で収めたいとは、一応本気で思ってる。

 

二人とも、ピクリとは反応したけれど、顔は上げない。

そのことにほんの少しまた苛立ちながら、後ろに荷物を置く。

まだまだ想像の範囲内だし、全然我慢できる範囲である。

 

「反応がないってのは、了承ってことでいいね」

 

ドラマか何かで聞いたことあるような言葉を自分が言う。

その滑稽さに、案外あれはあれでリアルなんだなと思った。

単純に、俺が俺自身の言葉で喋れないだけなのかもしれない。

 

――さて。

言いたいことは幾らでもある。思うことは幾らでもある。

だけれど、その全てを伝えることには何の意味もない。

 

ただ少なくとも、この部屋のこの雰囲気が、俺は大嫌いだ。

悲しむだけならいい。だけど、それに酔っているようなのは。

現実に向き合えず、やるべきことをやらないで嘆くなど。

 

だけど、それと同じぐらい嫌いなことを今やろうとしている。

人に説教を出来るほど、できた人間でなんかあったことはない。

人を導けるほど、正しいと思う姿を心に描けはしない。

 

やる前から、既に身体中を嫌悪感が埋め尽くしている。

だけど必要だと思ったから、やらなきゃいけないから、だから。

俺は小さく瞳を閉じてから、もう一度現実を見直した。

 

「――ヤマダさん、死んじゃったね。

 俺、約束のゲキガンガー、載せてあげられなかった」

 

この言葉を言い終えるまでに、二人はびくんと反応した。

テンカワさんは、ヤマダさんの名前に。

メグミさんは、死という言葉と、約束という言葉に。

 

反射的に上がってきた視線は、感じのいいものではない。

寧ろ、何をしに来たと言わんばかりの否定の感情。

歓迎はされてないことは明確で、思わず俺の口も歪んだ。

 

「悲しい、ね。

 もう会えないし、もう話すことができない」

「……」

「約束は、どうしようか。

 果たす相手のいない約束は、どうすればいいかな」

 

さあ、どっちが先に釣れるかな、と。

出来るだけ、穏やかな表情を形作りながら問いかける。

声も穏やかにしようとして、上手くできなかった。

 

妙に感情が薄く、飄々とした口調になって、響く。

思っていたよりもずっと響いて、内心驚いた。

だけど口から出てしまった声を、今更戻せはしない。

 

数秒待って、まだどちらも食いつかないと判断し。

もう一度次の煽りを言おうとした時に、小さく。

微かに空気が動く、息を吸う音が聞こえてそちらを向いた

 

「――嘘、です。

 悲しいなんて、嘘」

「嘘じゃない」

「嘘です!

 悲しいと、感じてるわけないじゃないですか!」

 

――――先に釣れたのは、メグミさんだった。

泣きそうな顔で、俺を睨みつけている。

どうやら、俺は上手く不満をぶつける対象になれたようで。

 

「嘘じゃない、悲しいよ」

「……悲しいなら、なんでいつものままなんですか!

 なんで、いつもみたいにヘラヘラ笑ってるんですか!」

「悲しいからだよ」

「なにそれ……意味判んない」

 

理想的な食いつき方に、思わず俺の眉間も歪む。

作りきれていない表情も、案外とプラスになったものである。

演技のプロといえど、流石に本調子ではないらしい。

 

どう煽ろうか、どう引きずり出そうか。

どれだけ彼女の心を踏みにじろうか、そんなことを考えて。

平然とそんな思考に至ってる自分に笑えてきた。

 

「トオルさんだけじゃない、みんなそう。

 人が死んだのに何も変わらないなんて、おかしいです!」

「おかしくないよ、みんな悲しんでる」

 

恐らくだけど、感情のジャンルで言うならみんな悲しんでる。

人が死んで全く何も思わないのは、割と難しい話だと思う。

ただ、悲しいのレベルが人によって違うというのも、当然の話。

 

嘆くという段階まで行ってるのは、この二人だけだろう。

普通は、憐れむだとか同情するだとか、その程度で収まって。

引きずる理由がないから、引きずらないだけのことだ。

 

引きずるものがなければ、後は残った現実を見るしかない。

引きずるものがあっても、次にすることは現実を見ることだ。

どう足掻いても、何もしないままでいることはできない。

 

要は、しなきゃいけないことに手を付けるまでの時間差だ。

嘆いて、悔しんで、心を慰めることが無為とは言わないし思わない。

けれどそれでも、何もしないでいるのは、俺は好きじゃない。

 

「――悲しんで、するべきことをしてる。

 自分に出来ることは何か、考えてやってるよ」

「……何が言いたいんです」

「いつも通り、仕事に向きあう悲しみ方もあるってこと。

 それこそ、他に何も考えられなくなるくらい我武者羅にね」

 

別に、俺は彼女を責めたい訳ではない。

個人的にはどうかなと思わなくはないが、それはそれ。

今、俺が彼女を責めてしまえば、ただの八つ当たりである。

 

あー詭弁だなー、俺は今詭弁を使ってるよー、と。

本当に今、悲しんで仕事に向かっている人が何人いるだろう。

真面目に考えたら、嘘はついていないけれど本当でもない。

 

だから、聞かれて襤褸を出す前に。

真面目に俺の言葉を考え始めたメグミさんから目をはなし。

俺はあからさまに明るい声を意識して、そして出した。

 

「テンカワさんも、泣いてるだけじゃダメだよ。

 友達だったら、泣いてそこで終わっちゃいけない」

「…………?」

「みんながやるべきことを探してるんだ。

 だったら、仲良かったと思うんなら、尚更ね」

 

場違いにはならない限界の明るさで、俺は話しかける。

先程から、声のトーン自体は暗くなりすぎないようにしていた。

テンカワさんは、びくんと反応してから、俺へと顔を向けた。

 

顔は上げずとも、話は聞こえていただろうし聞いていただろう。

恐る恐る向けられた顔は、火照り、くしゃくしゃだった。

その表情には隠しきれない疲れが見えて、多少、不憫に思った。

 

目には力がなく、ただ沈んだ表情は暗く。

今の彼に、まともな判断力など欠片も備わっていないと推測できた。

それは、今の俺にはどちらかと言わずとも間違いなく好都合。

 

「“友達だから”出来ることってあると思うんだよ。

 テンカワさん……いや、アキト君」

「…………俺に?」

 

テンカワさんの言葉に、うん、と俺は小さく頷いた。

友達だから、と。態々名前で呼んでまで、特別感を演出して。

元々乗りやすい性質があるだろう彼を、俺は舞台に載せる。

 

舞台に、ストーリーに乗せてしまえば、後はこっちのものだ。

勝手に乗って、勝手に期待した目を向けるアキト君に俺は笑った。

残るシナリオは、僅か。最後まで駆け抜けるしかない。

 

「うん、だから」

 

あくまで明るい声を崩さないままで、穏やかな表情で。

俺は先ほど後ろに置いたままにしたトートバッグを前に出す。

中身は、真空パックやクリーニングシート、掃除用品。

 

カバンの中に仕舞われたそれを、俺をゆっくりと広げ出す。

二人の視線は俺とカバンと、お互いを行ったり来たりしていて。

戸惑ったままの二人に、俺は初めて、心からの笑顔を向けた。

「――艦長とプロスさんには了解取ってます。

 お掃除しましょ?」

「…………はぁ?」

 

 

 

 

 

そうして二人を巻き込んで、俺は遺品整理を始めた。

単純に、この部屋をそのままにしておくのもおかしな話だし。

このまま二人が落ち込む為の部屋になんか、俺がさせたくない。

 

どちらにしても整備班か生活班の人がやるならさ。

ある程度交流があり、趣味も知ってる俺たちがやるべきでしょ。

ついでに気分も上向きになれば、ラッキーって程度で。

 

二人も、なんとか思惑通りに片付けに真面目になってくれている。

決して表情は明るくはないものの、さっきとは雲泥の違いだ。

やることがあると、やっぱり気持ちが変わってくるのだろう。

 

元よりそう広くない部屋で、住んでからもまだ短期間。

副長の部屋に比べりゃものは多いけれども、それも知れている。

一番多いのがゲキガンガー関連なことに、少し寂しくなった。

 

それにしても、やっぱり飾り気のない感じ

副長の場合はそれこそ単純に生活感が殆どなかったのだが。

彼とは全く別の感覚で、この部屋もかなり偏った感じがする。

 

レーダーチャート的にいえば、副長は全数字が低くて。

ヤマダさんの場合は、剣山が尖った感じのピーキーな形になる。

趣味物に偏って、おされさが一向に足りていない感じがする。

 

なんというか、もっと腕にシルバー巻くとかさ。

ちなみに、俺は軽度の金属アレルギーなので巻くと気触れる。

なので、巻きますか巻きませんかって言われても巻かない。

 

そんな感じで、掃除と片付けを進めていく間に。

俺が手を付けることにしたのは、備え付けのクローゼット。

当然中には服があり、そこに目立つものなんて何もない。

 

――――そう、何も目立つものなんて、ない。

 

明るい色のものなんて、ナデシコの制服ぐらいである。

ぱりっとアイロンが掛けられて、彼の几帳面さが伺える。

やっぱり軍人さんだったんだな、となんとなく思う。

 

それ以外は、本当に地味だ。

色合い的にもそうだし、お洒落な要素なんて見当たらない。

まるでトレーニング用の服ばかり、と思って、気がついた。

 

――殆どがスポーツメーカーの、衣料ブランド。

通気性や伸縮性などの機能性には当然優れている、だけど。

俺は、これがお洒落なものであると今まで聞いたことはない。

 

これを見て、飾り気のない人間であるのは直ぐ判る。

外見には無頓着だとか、或いは運動好きだとかそういう感じ。

何の変哲もないことであるし、いつもなら俺もスルーすることだ。

 

…………だけど、今回に限っては、少しだけ違った。

 

要は、これが遺品整理の真っ最中だったということと。

そこまで長い付き合いでなくても、彼の人柄を知っていたこと。

お洒落とか、そういうものに見向きもしない理由を知っていたから。

 

そんなものよりも、彼にはやりたいことがあって。

目標の為に、自分の人生を費やしていたのを推測できてしまったから。

その結果がこのクローゼットの中身だと、俺は理解したから。

 

――思わず、耐え難い胸糞悪さに吐きそうになった。

 

 

 



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16

 

 

 

通信士メグミ・レイナードは、元声優である。

その中心となる業務は、艦の内外の情報管制と通信業務。

それと、ブリッジ担当員に共通する緊急時の対応だ。

 

数多に存在するセンサーを制御し運航に必要なデータを観測。

艦が行う全ての通信を管理運営し、肉声による情報伝達を担当。

必要な時には、防衛行動までならその職権の範囲で行える。

 

勿論、普通の戦艦であるなら、個人で担当する範囲ではない。

もっと多くの人数で、それぞれが一つの部所として行う業務である。

省力化が進んでいるとは言え、人一人には限界があるからだ。

 

しかし、これを特別でないと感じるのはここがナデシコだから。

 

オモイカネとIFSにより単独制御を成しえるホシノ・ルリ。

超高速化した思考を持って、艦の全てを制御できる彼女がいる。

センサーも通信も、本来であればホシノ・ルリ単独で行える。

 

それに比べてしまえば、メグミさんの仕事なんて数える程だ。

センサー類も、メグミさんではあくまで観測までしか出来ない。

運航用のデータに落とし込むのは、最後はオモイカネである。

 

理屈だけでものを言うなら、彼女もホシノさんの予備だ。

ナデシコの設計理念は、より少ない伝達経路を必要としている。

――しかし、実際の最大効率ではメグミさんが不可欠になる。

 

メグミ・レイナードは声優であると同時に看護士である。

医療の発達により平均寿命が延び、長くなったモラトリアム。

その流れとは別に、脳波出入力により加速したギフテッド教育。

 

未来を選び取るまでの時間が、極端に二分化されたこの時代。

メグミさんは、最短ルートの中でもほぼ最短の道を通っている。

彼女は僅か17才にして、正規の教育を受けた正看護士だ。

 

とはいえ、正看護士であることが彼女を通信士にしたのではない。

メグミ・レイナードが一流の人材として扱われる理由は2つ。

彼女のもつギフテッドとしての能力と、声優の技術だった。

 

幼い頃より優秀と見做された少女には、一つの才能があった。

目で見たもの、耳で聞いたもの、情報の“意味”を理解する能力。

単純にいえばそれは、理解力と称されるものにほかならない。

 

他の、記憶力や処理能力も十分に並を越えるだけの力があり。

彼女は手に入れた情報を、自分の頭で統合処理し、理解できた。

人としての範疇で、彼女もまた十分に天才と言われる存在だった。

 

オモイカネに依らず、人力で最速の読み取りを行える人材。

そして、彼女の才能はそれだけでは終わらない。

彼女の本当の価値は、ホシノ・ルリと組ませてこそ見られるもの。

 

ホシノ・ルリはナデシコを単独で動かせるが、そうしない。

それは、彼女単独で出来るのは“動かす”ことだけだからだ。

動かすことは出来ても、継続して“運用”は出来ない。

 

運用するには、整備班がいる。その為には生活班も必要。

ナデシコとセット運用されるエステバリスにもパイロットがいる。

そして、彼らとの情報の共有が、絶対に必要になってくる。

 

なるほど、確かにホシノ・ルリはナデシコを単独で動かせる。

しかし、そこからが繋がらない。彼女で情報は止まってしまう。

ホシノさんが持っている情報も、伝わらなければ意味がない。

 

メグミ・レイナードはその情報の淀みを清流に変える化け物だ。

データに過ぎない情報を読み取り、人の言葉に訳す“翻訳機”。

そしてそれを過不足なく、正確に、最適なタイミングで伝え続ける。

 

統合されたデータから、通信の内容とタイミングを想定し。

必要とされる場所に、緊急度に合わせた声量と声色で通信する。

息をつく暇も考える暇もなく、彼女は全てをつなぎ合わせる。

 

ホシノ・ルリが電子の海を生きる、人型端末とするならば。

メグミ・レイナードは電子と現実を繋ぐ、人型翻訳機。

ナデシコの制御はこの二人によって、理論値を現実に近づけている。

……IFSオペレーターの高度処理を前提とした戦艦であっても。

結局は、完全な人力を頼らなければならない皮肉なお話。

人間と同様に、機械にも限界という虚しい現実があるのだった。

 

 

 

 

 

「――敵機動兵器の攻撃を確認。

 フィールド出力安定、迎撃の必要ありません」

「ん、了解。

 データ取りまとめは俺が」

「私がやりますから大丈夫です」

 

機動戦艦ナデシコ、ブリッジ、オペレーター席。

ポップアップする敵戦力データと、交戦必要なしの承認欄。

ざっと見るだけ見て、それを離れた所に座る副長に投げつける。

 

その副長も、大まかに確認するだけで承認を押して終了。

定期的、散発的な攻撃であるならば、態々応戦する必要もない。

ディストーションフィールドはそれだけ強固なものではある。

 

……というか、機動兵器一体に応戦するのは微妙に難しい。

ナデシコは基本主砲とミサイルだけなので、ムダが多いのだ。

態々エステバリスを出動させるわけにも行かないし、なんとも。

 

そんな訳で、群れからはぐれたバッタさんならスルー推奨。

安全面からも費用面からも問題ない、というのは事実なわけで。

むしろそれよりも脅威なのは、この場の雰囲気である。

 

『おいちょっとメグミさん怖いんだけど』

『知らないよ!

 大概こういうのって君のせいじゃないの?』

 

そんな心辺りはなくもないような気がしなくもないが。

とにかく、微妙にビビっている俺と副長の草食獣コンビである。

怯えている対象は、今日のブリッジ担当者、通信士メグミさんだ。

 

こう俺たちがビクビクするのは、不機嫌そうだからではない。

以前の様に苛立った様子なら、触れなければ話はすむが今は違う。

現状のメグミさんは、“とっても真面目に”お仕事中であるのだ。

 

バンバン仕事片付けるし、俺がやることまで先回りするし。

いつもだったら雑誌片手に、ちょろちょろやってる仕事も全力。

なんというか、遊びがないと言うべきだろうか、そんな感覚だ。

 

不機嫌なオーラは放出していないが、仕事に没頭している。

その雰囲気は、以前よりもよっぽど空間制圧力が高く、厄介だ。

俺たち二人には、筆談(画面上)で会話するしか逃げ場所がない。

 

『そういう風に俺に押し付けるのよくない』

『君が慰めにいってからこうなんだよ?

 何か言ったとしか思えないじゃないか』

『要約すると……真面目に仕事しろやって』

『疑う余地なく君のせいだよそれ!』

 

副長閣下はそう言うけれど、さて真相は一体どうだろう。

俺の言葉だけで、それだけ影響を与えたとも考えにくいし。

ここまで態度変えてくる程、大したこと言った記憶は俺にない。

 

そうなると、テンカワさんと何かまたあった、とか。

それとも自分の中で考えた結果、そうすることに決めた、とか。

俺は切っ掛けにはなれど、大きな影響を与えてない、はず。

 

なんだろうなぁ、よくわからんなぁ。

何が判らんってあの話で、こうも極端に変わる理由が判らん。

前よりは悪い方向ではないのは確かだから、まあいいけどさ。

 

そんなこんなで、サツキミドリ2号までの道のりを消化中。

ヤマダさんに変わる、追加パイロットも3名いるとのことで。

俺としても色々思うところは、なくもない程度にはあるのだが。

 

人に相談できる程、まとまった内容でもないし。

かと言って愚痴として口に出すのは、趣味にあわないし。

副長はともかく、別に俺はこの沈黙がそこまで嫌ではなかった。

 

――ま、それでもやっぱり副長は今一みたいなもんで。

一々、どうにかしろと視線でも画面でも訴えかけてくるからさ。

ふとした折に、俺もまたちょっと話しかけてみようかと思った。

 

「――敵機動兵器、今度は3体。

 こちらに接近する様子はありません、交戦必要なし」

「了解、データは」

「できてます、承認だけお願いします」

 

わーお、超優秀。下手すると俺並に処理早いんじゃないか。

なんというか、俺今日襲撃データの処理をしてないんだけど。

今日に限って微妙に件数が多いことも含めて、急に早くなってきた。

 

慣れれば、大したことのない作業ではあるんだけどさぁ。

どちらかと言わずとも俺の仕事というかさぁ。

やってくれてもいいんだけど、任せっきりなのはなぁ、と。

 

「あー、あのさ。

 ……もうちょい、こっちに仕事振っていいよ?」

「いえ、大丈夫です」

「いやいや。

 いつもみたいに、雑誌とか読む余裕無いでしょ?」

「……今は、そんな気分じゃありませんから」

 

――取り付く島がない。そっかぁと俺も、仕方なく引き下がる。

機嫌が悪いわけではないし、俺に対する当たりも決して悪くない。

どちらかというと、自分の殻の中に閉じこもろうとしてる感じ、か。

 

でもその割にはちゃんと仕事も出来てるし、意思疎通に問題はない。

こちらを見たのは雑誌に関して話を振った時だけではあるけれど。

その時も何か考えてそうではあったが、案外普通の顔つきだった。

 

一度はこちらを向いた顔も、既に画面へと向き直している。

――悪い状況ではない、と思うんだけどなぁ。

そんな感じで、さっきから俺を見てる副長との筆談画面に書き足す。

 

『副長に伝えておきたいことがある』

『何』

『女の子には触れちゃいけない時が3つある。

 不機嫌な時と妙に機嫌がいい時と料理中と電車内だ』

『ああうん4つだね、で?』

『……ごめんなさい』

 

俺では無理でした、ということで。お手上げ侍である。

迷惑かける方向じゃないし、その内落ち着くかなーなんて。

なんか、いいバランスを見つけるまでじゃないかなぁと思ったり。

 

あ、ちなみに、不機嫌な時は八つ当たりされるから危なくて。

機嫌がいい時も、大抵禄でもないことに巻き込まれるから危ない。

後二つは火や刃物で危ないのと、社会的に危ないものである。

 

『まあ、副長なら※でセーフかもしれないけどね』

『いやいやいやいや普通にアウトだからね?!』

「――筆談中に申し訳ないですけど。

 お二人ともちょっとこれ見てもらえます?」

「……えぇと、何?」

「何か変なものでも見つかったのかい?」

 

そんな会話に、肉声で割り込んできたのは当然メグミさんだ。

ま、流石に定期的にウィンドウ触ってれば筆談にも気付くよね。

声に出して話すのを避けていただけなので、素直に返事をする。

 

すると、メグミさんは幾つかのウィンドウを俺たちに投げる。

ピコピコピコ、と青い画面に幾つかの点が浮かぶのは。

……さっきからの襲撃状況の、地図と敵機数の纏めかな、これ。

 

「襲撃のデータ、だよね」

「やっぱり、段々と遭遇回数増えてるね」

 

よく見なくても、ナデシコの通ってきたラインを中心に。

ポツポツと幾つかの光点が並んでいる。単純な接敵地点図だ。

地球を離れてから、接敵の頻度が上がっているのが判る。

 

しかし、それも別におかしいことだとは俺は思わない。

地球から火星に向かうほどに、木星トカゲの制圧圏なのだ。

割合として増えることに関しては、まあ当然ではないだろうか。

 

チラリと見た副長も、それに恐らく同意しているようだ。

特に違和感というのは感じない。けれど、何かあったのだろう。

メグミさんは、視線と声を若干俯いたままに話を再開した。

 

「……さっきから少し気になって。

 群れの観測地と、接敵地点での敵行動を調べてたんです」

「なんか、繋がったのかい?」

 

多分、ですけど。そう言ったメグミさんはコンソールを弄った。

見ていたウィンドウに、機動兵器の群体が観測されている場所と。

それと、遭遇した敵がどの様に行動していたかが追加される。

 

先に気付けるのは、遭遇した敵が近づくまでに向かっていた方向。

ナデシコに向かってくるまでは、秩序だって一方向を目指している。

近づいてこなかったものに関しても、同じ方角を向いていた。

 

そしてもう一つ。これは直接画面では出てないけれども。

仮に、接敵したものが、群体から離れたものだとした時に。

そいつらはかなりの広範囲で、たった一つの目標を目指していた。

 

「……目標は、サツキミドリ?」

「アオイ副長もそう思われますか」

 

画面から判断する限りは、バッタはサツキミドリにイナゴっている。

普通に、予想される規模を考えたらかなりの大襲撃になる。

これ、サツキミドリ2号を落とすだけなら余裕だと思えるくらいに。

 

気づけば、副長は画面ではなく俺の顔をじっと見ていた。

意見を求めてきているのだと直ぐに判って、俺は大きく頷いた。

少なくとも、俺に襲撃を否定する材料は持ち合わせはない。

 

「――判った、メグミさん第一種警戒態勢に移行。

 サツキミドリ2号に最大船速で向かってください」

「艦長に確認は?」

「後からでいいよ。

 ユリカならこの予測みれば判ってくれるから」

 

ま、そりゃそうか。俺はコンソールに手を置いてIFSを機動する。

航行制御システムを呼び出して、最速ルートで数字の再入力。

通信席に座るメグミさんのアナウンスが全艦に響いてから、実行した。

 

――――着実に集まっていくブリッジメンバー。

物々しい雰囲気は、ただ戦いに赴くからというだけではなく。

俺は、その何処かに命を失うことへの恐れがあるように感じた。

 

今までとは規模の違う戦い。俺の背中にも変な汗が流れた。

 

 

 



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17

 

 

 

そんなこんなで始まりました、サツキミドリ2号防衛戦。

メグミさんの指摘通りに、結構広範囲からイナゴさんが集合。

ナデシコも、四方八方から来るバッタさんに対応中である。

 

都会っ子の俺としては、実はあの造形は大分苦手っていうか。

まあ個人的な思いはさておき、とにかく生命的に危険度も高い。

俺たちの命も狙ってくるのだから、倒すのに気兼ねはいらない。

 

警戒態勢発令後、直ぐにブリッジに上がった艦長の指示で。

コロニーに襲撃がくると通達したり、俺たちも超特急で急いだり。

色々ありつつ開戦したのはいいのだけれど、問題がまだ一つ。

 

――――地味に、戦況はとってもよろしくない。

ナデシコはともかく、サツキミドリの防衛が微妙にギリギリで。

これ下手すると数百人単位で死亡者出るんじゃねって感じ。

 

実際の戦闘規模は、第一戦の佐世保ドックと大差ない。

敵数も多いが、今回はサツキミドリの防衛隊もあるしトントン。

それなのに、今度はなんだか分が悪い。それは一体どうしてか。

 

なんか微妙に判断が鈍いオモイカネを蹴り飛ばしつつ。

さっきから敵味方の識別で変な機動をしてるので、正直邪魔だ。

とにかく、データベースから識別した結果から判断すると。

 

ま、状況の違いって言えばそれだけの話。

 

まず一つ、敵の攻撃目標がナデシコではなくてサツキミドリ。

ディストーションフィールドがあるかないかってだけでも大問題。

防御力に関してだけでも、天と地とは言わないまでも差がある。

 

もう一つは、ここが地球ではなくて宇宙空間だってこと。

上下があって、攻めてくる方向が狭まっていた佐世保とは大違い。

四方八方、文字通り上も下もなく敵は襲いかかってくる訳で。

 

当然、サツキミドリだけではなくナデシコも落ちてはいけない。

守るものが二つある状態、敵は防御力の低いものを優先する。

無視されたナデシコは、防御をおろそかにすることも出来ず。

 

その上、こっちを狙ってこないわけだから敵も分散しちゃったり。

基本的に「グラビティブラストで決まり!」で通す艦なもんだから。

どうあがいた所で、漏れるわ漏れるわ溢れ放題な状況である。

 

こんな状況に対応すべくなエステバリスは一機だけ。

それもまだ宇宙戦用の零G戦フレームがないから、どうしようもない。

手数が欲しいタイミングで、使えるのは不便な大技だけってこと。

 

それでも集団はなんとか潰してはいるんだけど、溢れた分がね。

サツキミドリの防衛隊に期待するしかないこの状況なんだけど。

艦長と副長だけでなく、戦況データ集積中の俺も大曇りって感じ。

 

「――サツキミドリ、ミサイル発射確認。

 あ、でもこれ当たんないコースですね。意味ないです」

「こんな時に何やってんだ!」

「1、2、予想通り6割弱が外れ。

 でも回避分で機銃のマグレ当たりがそこそこです」

 

と、いう感じで対空……対宙?火砲がなかなかに悲惨な状況。

それなり程度の牽制にはなってるんだけど、今欲しいのは撃破。

まともに倒せてるのが防衛隊の機動兵器だけってのが痛い。

 

理論値とか予測値から考えれば、機銃で十分撃破も出来るので。

そこらへんを期待してるんだけど、全然期待に沿わないっていうか。

マグレ当たりって言葉になっちゃう程度には残念な感じ。

 

「ああ、もう少し当ててくれよ!」

「あのタイプだと、標準フルオートですからね。

 敵行動予測も、オモイカネほどじゃないでしょうし」

「……データリンクでなんとか出来ないか?」

「システムの問題ですから。

 それこそ、俺が直接コントロールするなら話は別ですけど」

 

行動予測も追尾システムも恐らくシステム的に一貫だろうし。

外から予測が入ってきても、すぐには対応不可能だと思われる。

それこそオペレーターが直接どうにかして繋げるぐらいか。

 

そのどうにかするにしたって、まあこの短時間じゃ無理だしね。

IFSオペレータークラスが、人力標準するのが理想じゃないかな。

そんな積りで言った言葉に、副長が予想外にいい反応を返した。

 

「――コントロール、奪えるか?」

「……時間くれるなら?」

 

通信や指示で騒がしいブリッジが、ここだけ若干静かになる。

実際、この火事場なら、恐らくそっちに手を回す人はいないし。

俺でも簡単に奪えるんじゃないかなって予測は立つんだけど。

 

本当にやるかと言われると、ちょっとあんまり自信はない。

流石に人様の命が掛かってる状況で、その命を守ってるものをね。

勝手に横取りするのは俺的にはどうかなと思うんだけれども。

 

「どれくらい必要だ?」

「……30秒ぐらい、かなぁと」

「えっ」

「あ、じゃあやっぱり5年ぐらいで」

 

思わず素で答えたら、やることになりそうになったので誤魔化す。

何がやっぱりだ、と返答がくるのを待っていたが、来ない。

その代わりに、副長ではなく別の方向からもっと厄介な人が来た。

 

――麗しのナデシコ艦長、ミスマル・ユリカ様である。

指示や予測で精一杯だったはずの彼女のウィンドウが俺を見てる。

とっても穏やかで静かな力に満ちたその視線が、俺を貫いた。

 

「タキガワさん」

「……うっす」

「死ぬ気でやれ、とは言いません。

 ……殺す気でやってください」

 

了解しました、としか言えず。

俺は素直に、目の前の画面に目をむけコンソールに手を置いた。

逆らわない方がいい物っていうのは、この世には普通に存在する。

 

普段使っている、グリップコンソールとは桁が違う。

繋がっているのもオモイカネで、合計すれば処理能力は数千倍。

余りの感覚の違いに、ぬるりとした気持ち悪さに襲われる。

 

オモイカネに繋がって、そして空いてる領域を確保した。

同時に擬似電脳にあるオートディフェンスを自意識の元に解除する。

頭に鳴り響くアラームを無視して、俺は感覚野の拡大を始める。

 

広がっていく感覚、自分自身の思考が加速していくのを感じる。

防衛機制を解除したことで、“俺”は直接電子の海に落ちていく。

俺と世界の境界線は既になく、“俺”はただ世界に広がっていく。

 

領域を確保し処理を加速、領域を確保し更に処理を加速。

加速していく思考と同時に、俺の人格は拡大した感覚野に分散する。

溶けていく。俺の人格が溶けていく。分散して、そして――。

 

――溶けて、なくなった瞬間に、俺の人格を再構築する。

分散して何処かに消えた元の俺の影を使って、領域を制御する。

これで準備はできた。IFSオペレーターとしての仕事の始まりだ。

 

さて、人格は消えてしまったのに大丈夫なのかというけれど。

直前までの記憶はあるし、一応連続性は保っているので俺ではある。

元の俺がどうなったのかとは、正直俺自身にもよく判らない。

 

……俺ではあるし、別に自分であることに執着もないからセーフ。

 

とにかく、お仕事開始。

がら空きのサツキミドリに侵入して、パパッと火事場泥棒。

ぶっちゃけ力押しでもなんとかなるレベルには、力差もある。

 

さくっと機銃のコントロールを奪ったので、そこからそこから。

オモイカネの行動予測を元に、全機銃を牽制と撃破に向けて動かす。

例えフィールドがあろうと、実弾が集中すればバッタなら落とせる。

 

ちょっと手が足りなくなってきた時に、“俺”のコピーを作り。

そいつらに幾つかの機銃の操作を任せ、俺自身は監督に移る。

数百の機銃の標準ぐらい、俺が殺す気でやればまあ余裕なのである。

 

 

 

 

 

なんだかんだで、サツキミドリ2号防衛戦も大勝利。

途中から機銃が仕事をし始めたので、敵も近寄れなくなって。

逸れたら機銃、集まったらエステやナデシコが腹パンで終了。

 

サツキミドリの人たちも、ハッキングについては聞いてこないし。

聞いてきたとしても知らばっくれる予定だけども、別によし。

俺としては死人が出なかったから、胸をなでおろすだけである。

 

そうそう、死人が出ないといえば。

艦長や提督とかが、今回のメグミさんについて褒めていたらしい。

メグミさんがどう思うかは判らないが、いい方向に進めばいい。

 

今回の戦闘でも戦っていたらしいが、3人の補充パイロット。

若い女性、という話だが、俺は忙しくてまだ会っていない。

搬入される機材とか、色々のデータ更新でそれなりに忙しかった。

 

……いや、実際には、あんまり会いたくなかっただけである。

子どもじみて馬鹿馬鹿しいことを言うけれど、代わりかぁってさ。

人間には、例えどんな人でも代わりがいるんだなぁと思ったり。

 

引きずってもしょうがないとは言え、引きずるなというのもね。

あんまり面に出さないようにしてるから、誰も俺には言わないし。

苦いにがぁい顔をしながら、目をそらして前に進むだけである。

 

「――おっし、当番終了!」

「お疲れ様でしたー」

 

丁度、考え事と同時に、シフトも終わったみたいである。

今度こそまた火星に向かうルートに入ったので、通常のシフト。

今回の夜番はメグミさんとミナトさんの安心のコンビだった。

 

……珍しく俺が昼番なのは、あれである。

搬入作業とかで、微妙にシフトが狂った関係の末路だったりする。

俺以外は通常のシフト。なので一緒に終わったのはこの2名。

 

「あー終わった終わったよぉ!

 さあおっいしいおっいしいアキトのご飯!」

「……お疲れ様でした」

「はいはいご飯ですね、行きましょう艦長。

 ……っと、ホシノさんは?」

 

わっふわっふと騒いでいる艦長は、まあともかく。

食堂とは別の方向に向かおうとしているのは、ホシノさんである。

俺と同じ体質なのだから、大概お腹も空いてると思うのだが。

 

俺の言葉にかたりと足を止めたホシノさんは、小さく振り向いた。

その大きな目を揺らがせて、言葉を探している感じ。

聞かれなれてないっつーか、喋りなれてないっつーか、なんとも。

 

「……私も、食事」

「そっちは食堂じゃないですけど……。

 ……あー、自販機です?」

 

数秒掛けてから出てきた言葉もやっぱり、端的なものであり。

微妙に考えてから、俺も漸く彼女の言いたいことに気がついた。

自販機コーナーにある、あれである。自販機フードさんたちである。

 

俺的には、あれはただのレンチンご飯過ぎて選択肢に入らないが。

言われてみると、ホシノさん的には都合がいいかもしれない。

誰とも会話しなくて済むし、とってもオーソドックスな味だし。

 

……どれぐらい食べようと、変な目で見られることもないし。

まあ色々考えれば、そっちを選択しててもおかしくはない、かも。

一瞬、食堂の使い方が判らないとか思ったけど、それは抜きで。

 

正直、俺とホシノさんは同職のためシフト被らないし。

食事をどうしているかなんて俺は知らなかったが、どうしようか。

冷凍も良くないし、使い方が判らないとしたら、もっとダメである。

 

「え、ルリちゃん自販機ご飯なの?

 そんなのよくないよ、一緒に食堂に行こうよ」

「……私は」

「アキトのご飯美味しいよぉ!

 なんて言ったって愛情がいっぱいこもってるから!」

 

――――ナイス、艦長。

気がついてかどうかは判らないけれど、素晴らしいフォローである。

こんな誘い方をされて断れる程、ホシノさんに会話能力はない。

 

「さ、艦長もこういってるしね。

 ホシノさんも一緒に食堂に行こう?」

「……はい」

 

戸惑っているホシノさんに、俺は有無を言わさぬ笑顔で言うと。

二つの笑顔に囲まれてしまったホシノさんは逃げ出すことも出来ず。

一番言葉数が少なくてすむ回答を、小さな声で返してきたのだった。

 

――勢いで押し切った気がするが、まあそれも良しってことで。

 

 

 



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18

 

 

 

そこそこ人がいる食堂を艦長は真っ直ぐカウンターに向かう。

空いてるテーブルには一切目をくれずに、足取りに迷いはない。

早足ではないが、なんとなく置いていかれる気分になる。

 

大声を出してるわけでも、足音が響くわけでもないのだが。

やはり本人自体に異様に華があるからだろうか、人の目が集まる。

高身長超絶スタイルにあの美貌、それだけでも十分目を引く。

 

その上で、本人の気質かなんだかは判らないけれど。

手足の長さと相まって、颯爽とした動きが驚くほど鮮やかで。

どこにいても輝く星(ステラ)のようだ。俺上手いこと言った。

 

なんというか、いるだけで目を奪われるというかね。

あんまり好みのタイプでもないんだけど、憧れる気持ちは判る。

副長閣下も、あれだけ近くにいたら憧れるか嫉妬するかだよね。

 

そんな感じで、ちょっとぼんやりしていたのか。

後ろにいたはずのホシノさんが、いつの間にか隣にいたので。

取り敢えず艦長の背中を追いかけて、カウンターに向かう。

 

「アッキト!アッキト!

 今日も美味し~いお夕飯を食べに来ました!」

「あいよ、何にする?」

 

艦長の姿を見かけたホウメイガールズの一人が奥へと向かい。

その代わりにやれやれと出てきたのがテンカワさんである。

……ああ、うん。テンカワさんは艦長担当なのね。

 

普段、艦長とは時間帯が被らないのでご一緒したことはないが。

どうやら毎回の光景であるらしいのは、周りの様子で伺える。

この艦長のテンションにも、慣れっこというみたいであるのだ。

 

「今日はぁ、どうしようかなぁ。

 アキトのご飯はなんでも美味しいからなぁ~」

「なんでもいいぞー」

「じゃあ……甘いチキンライスをアキトの愛でふわりと包んだぁ……。

 アキトの愛情たぁ~っぷりオムライスを1つ!」

「オムライスなー」

 

作ったわけでない、生粋のぶりっ子がここにいる。

声があめぇ語尾があめぇ発言があめぇ全体的に蜂蜜みたいな甘さ。

耐え難い現実に、どんな表情をすればいいのか判らない。

 

そんな艦長に立ち向かう、なんでもいいと答えるテンカワさん。

会話だけを聞くとバカップルだが、よく見るとそうでもない。

テンカワさんの方は、かなり適当な感じで受け流しているからだ。

 

……いやいや、これ羨ましいというか、なんというべきだろうか。

これだけ直球で好き好き言われて受け流せるとか、凄いな。

そう思ってみていると、テンカワさんの視線が俺の方を向いた。

 

「そっちの二人はどうする?」

「……あー、えっと、どうしようかな」

 

――俺も空腹であるし、当然注文しなきゃいけないんだけど。

ちょっと目の前の光景があれだったから、考えそびれていた。

隣から、どうすればいいのと微かに不安そうな視線が俺を刺す。

 

……ホシノさんが注文しやすい様にって考えると、答えは一つか。

 

悩んでいる素振りを見せながら、適当にカウンターの椅子に座り。

ホシノさんに、同じように椅子に座るようにと促して。

小さな身体が座るのを横目に、とっくに出ていた答えを口に出した。

 

「じゃあ、俺は――」

「何?」

「――甘いチキンライスをアキトの愛でふわりと包んだぁ……!

 アキトの愛情たぁ~っぷりオムライス、ラブ盛1つ」

 

ドヤァ……と出来る限り表情で表現しつつ、同じ注文を繰り返す。

勿論、注文の意図としては、ホシノさん用の前フリである。

慣れてないお店では、他の人と同じように動くのは基本なわけで。

 

幸い、オムライスなら相当オーソドックスな一品だしね。

そのまま俺の真似をしてくれても大丈夫だし、そうでなくても。

注文に悩んだら同じのはどうかな?って勧められるわけだ。

 

勿論、自分で決めて自分で注文できるならそれに越したことはない。

世話を焼くつもりはないが、焼かないほどのつもりも俺にない。

とにかく気付かれない程度の気遣いの言葉、それに反応を返すのは。

 

「ラブ盛……?!」

「タキガワさん、言っとくけどそれ商品名じゃないからね。

 あとユリカ、ラブ盛なんてないからな大盛りだからな!」

 

なるほど、そういうのもあるのかと頷く艦長。

そして期待通りのツッコミをしてくれるテンカワさんの2名。

ホシノさんは若干首を傾げて、あんまり判っていないご様子。

 

さて、これでホシノさんも俺の真似をしてくれればいいけれど。

その前に、折角艦長がちょっと面白い反応を返したので弄る。

俺はドヤ顔を継続したまま、艦長をチラ見してから口を動かす。

 

「――さぁテンカワさん。

 艦長よりも沢山の愛を全力で盛ってくれたまえ……!」

「なんだよ愛って」

「アキトからの愛に関して、私は負けられないよ……!

 アキト、私もラブ盛で!」

「いいけどただの大盛りだからな」

 

俺の挑発に、流石の艦長は対抗心を燃やしてラブ盛を頼む。

ちなみに愛とはすなわち熱量、つまりはカロリーのことである。

ほら情熱っていうじゃん。多分燃やしたりできるものなんだよ。

 

それにしても、テンカワさんも中々突っ込みにキレがある。

ボケと天然にこのさらりとした突っ込みも添えてバランスもいい。

取り敢えず艦長を煽ったので、後はホシノさんの注文である。

 

「ホシノさんはどうする?

 俺と艦長は、オムライスの大盛りだけど」

「……じゃあ、私も」

「うん」

「甘いチキンライスをアキトの愛でふわりと包んだ。

 アキトの愛情たぁーっぷりオムライス、ラブ盛1つ」

 

――――ここにきて、まさかの天丼である。

思わず噎せそうになるのを我慢して、代わりによだれを拭う。

いや、狙ってはいたけど本当にそのままいうとは思わなんだ。

 

何が噴くって、あれだ。似合わないとかそういうのよりもさ。

きっちり覚えてることと、見事に棒読みな所に噴く。

取り敢えず、ホシノさんは弄れないので、もう一人を弄る。

 

「テンカワさんモッテモテー」

「うるせぇ」

「アキト、アキトは私のことが一番好きだよね?!」

「うるせぇ!

 ご注文は以上だな待ってろ!」

 

いやぁ本当にモテモテだよね、テンカワさん。

艦長にこれだけラブ光線向けられた挙句、ホシノさんもだ。

勿論ホシノさんにそういうつもりなんてないのは判ってるが。

 

っていうかテンカワさん、本当に艦長の扱いに長けてる。

上手くあしらってるというか、流しているというか。

照れ隠しというわけでもなさそうなのが、なんというべきか。

 

女の子に慣れてる感じもしないのに、動揺もしてないのは。

好きって言葉を当然と思ってるのか本気で受け止めてないのか。

正直どっちだとしても、馬鹿ップルにしか見えないけれど。

 

とにかく、テンカワさんは奥に戻っていって。

それと入れ替わるようにガールズの一人がお冷を置いていった。

オムライスなら、多分そう時間もかからず出てくるだろう。

 

――それにしても、艦長はこれ“も”素なのが怖いよなぁ。

見た目はこれで、間違いなく天才の中でも上の方の類で。

生まれも育ちも人格も十二分に優れた、美女艦長であるのにね。

 

その上で、この11歳の女の子を恋敵かと不安になるのだ。

流石にそれはないだろうと、ちょっと心配しすぎだと思うの。

もう少し敵味方の判別は、危険度を考えるべきじゃないかな。

 

俺的には、ホウメイガールズ当たりを危険視するべきだね。

一緒にいる時間が長い同じ年頃の女の子なんだからさぁ。

そっちの方がよっぽど泥棒キャッツされる可能性が高いはずだ。

 

……敵味方といえば、あのオモイカネはなんだったんだろう。

状況的に木星トカゲと戦う地球人類だから、無条件で味方だが。

まごつく理由が今一判んないというか、本当、奇妙である。

 

急いでたから蹴り飛ばしたけど、見てた方がよかったかな。

最低でもデータくらいは採取してた方が、理由も判ったかも。

……調べた方がいいのかなぁ。放置していいか、判らない。

 

どうしようかな。一応艦長に相談しておくべきか。

そう思ってチラリと横を見てみると、真面目な顔をしていた。

真面目な顔で、テンカワさんの料理している姿を見ている。

 

「……艦長ー」

「ん、なぁにタキガワさん」

 

艦長は、俺に目を向けることなく、ただ奥を見ている。

想い人の一挙一足を逃さないというかのように、真剣である。

まあいいや、聞く気はあるみたいだしと思って、続けた。

 

「前の戦闘でですねー。

 オモイカネが微妙な動きしてたんですよー」

「うん」

「なんか敵の識別に手間がかかってて。

 妙に思考にエラーが出てたみたいなんですよねー」

 

別に特に問題は出てないんですけど、と俺は説明をする。

ただ、理由もわかってない以上は調べた方がいいですよねぇと。

勝手に調べるのもあれだし、取り敢えず確認だけですけどって。

 

識別関係なんて、俺の領域からはちょっとはみ出してるしね。

調べるだけならできるけど、それ以上だったら困っちゃう。

すると艦長は細い顎に指をあてて、うーんと小さく悩んでから。

 

「――私だと、技術的なのは判んないからなぁ。

 現在、何も問題って起きてないんだよね?

「です」

「調べてもらって、また報告してもらっていいかなぁ?」

「了解っす」

 

……ま、艦長に了解ももらったことであるし。

オモイカネに、適当にシミュレータで敵識別でもやってもらうか。

思考プロセスを見ていけば、理由も判るだろうしねぇ。

 

オモイカネに試行してもらってから、あとで調べるだけだし。

それほど時間もかかんないだろうなぁという適当な推測も立つ。

後のことは、調べ終わってから考えればいいんじゃないかな。

 

「――へい、お待ち。

 オムライス大盛り3つな」

「ども」

「ありがとアキト!」

「……どうも」

 

考えている内に、オムライスもやってきて。

甘い(略)オムライス大盛りに立ち向かうべく、武器を手に取る。

スプーンという名の武器は、鈍い輝きを放っていた。

 

ちなみに同じ大盛りではあるが、サイズは若干違う。

俺のだけ明らかに重量感が違っているのは気のせいじゃない。

食堂の皆さんも、俺の注文は自動的に大盛りにしてくれるのだ。

 

勿論値段もその分上がってるみたいなんだけどねー、と。

電子マネーからの自動天引きなので、あんまり実感はないが。

元より社食だし、基本金額が安いんだから大したこともない。

 

無言で、目の前にある卵とチキンライスの山を食べ進む。

卵はとろり半熟タイプではなくて、薄く焼いて包んだ正統派だ。

半熟も嫌いじゃないが、こっちの方が馴染みがあって俺は好き。

 

「アキトの愛はとっても重いのね……。

 いいわ、私なら全部受け止めて見せるから!」

「太るぞ」

 

半分程食べ進んだ所で、艦長がちょっと苦しげに呟いた。

大盛りだときっちり1・5人前ぐらいで出してくるからね。

ノリだけで頼むと、普通の人なら苦しいってのは知っている。

 

しかし今回の注文の経緯は、ラブである。

テンカワさんから提供された愛(カロリー)を、艦長は残せない。

残念ながら艦長の思いはテンカワさんに届かないみたいだが。

 

「どう、ホシノさん。

 オムライス美味しい?」

「……このご飯」

 

そんな不憫な艦長からは目をそらし、もう片方のホシノさん。

苦しそうな様子もなく、着実に食べ進んでいるご様子。

恐らくは無理なく食べきるっぽいので、ちょっと一安心である。

 

ホシノさんは俺の言葉に、こくんと口の中のものを飲み込んで。

そして肯定するかのように小さく頷いてから、小声で答える。

スプーンでさしたのは、赤く色づいた甘酸っぱいご飯のつぶ。

 

「チキンライスが気に入ったの?」

「……チキン、ライス」

「多分、単体でも注文できると思うよ。

 ちょっと待ってね――テンカワさーん」

 

オムライスが出来るんだし、チキンライスを頼めない訳もない。

ここは別にガチガチにマニュアルのあるチェーン店でもないしね。

店員さんがいいよって言うか言わないかってだけである。

 

というわけで、ナデシコ食堂の店員さん。

具体的にいうとテンカワさんに声を掛けて、手招きする。

なんだなんだと寄ってくる青年に、俺は小さく笑って聞いてみた。

 

「なんかあったか?」

「あのさ、ホシノさんがチキンライス気に入ったって。

 チキンライスの単品注文って出来るよね?」

「あ、うんできるよ。

 ……チキンライス、美味しかったのかい?」

 

若干、テンカワさんに空気読めよと目配せをしつつ。

安心のモテる男は屈んで目線を合わせて、ホシノさんに問うた。

……テンカワさんってそういう一々の仕草が、なんかあれだよね。

 

とにかく、目線を合わされ真っ向から聞かれたホシノさんは。

恐らく人生の中で、口に出したことのない食事への感想について。

数秒掛けて考えてから、漸く小さな声で一つの言葉を絞り出した。

 

「…………美味しいです」

 

その時のホシノさんの表情は、何時もより少し柔らかく見え。

俺はテンカワさんと顔を合わせて、お互いに小さく頷きあった。

彼女を食堂に連れてきてよかったなと、素直に思えたのである。

 

 

 



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19

 

 

 

「テンカワがシミュレータ訓練をしないんだ」

「俺帰るね」

 

実家に。

即座に立ち上がろうとする俺の服の裾に、副長の手が伸びる。

反射的にその手を払うと、縋り付くような視線に気がついた。

 

その目を見て一瞬揺らぎかけて、すぐに気を取り直した。

これ以上、こんな下らない関係を続けることなんて出来ない。

粘着く視線を断ち切るように、俺は拒絶の言葉を口にする。

 

「――今度こそ愛想がつきました。

 俺、実家に帰らせていただきます」

「無理だよ?!」

 

ここ宇宙空間だからね?!とアオイ副長は判らんことをいう。

そんなのはどうでもいい、ホームと決めた場所がホームだ。

具体的には、なんていうか、狭くて暗い机の下みたいな場所。

 

このブリッジみたいな広くて明るい空間はなんかちょっと違う。

全体的に俺の居場所じゃないっつーか、妙に落ち着かない。

多分なんか文明的すぎる。あとなんか湿度的なものが足りてない。

 

「いつもいつも都合の悪い時ばかり……!

 あなたは俺を一体何だと思ってるんですか……!」

「部下だよ!迷うことなく部下だよ!

 都合の悪いときってのは本当謝るけど!」

 

副長って厄介事は俺に押し付ければいいと考えてる節あるよね!

俺も、そりゃ大概器用な立ち位置と性格だとは自覚してるけどさ。

だからっていい加減俺だって面倒臭いと投げ出してもいいはずだ。

 

逃げ出すのを一度止め、俺はその鬱屈した気持ちをぶつける。

一瞬は怯んだ副長もすぐに立ち直り、俺をキッと見返してきた。

俺を追い詰めるように立ち上がり、両手で俺の肩をそれぞれ掴む。

 

「頼むからちゃんと話を聞いてくれないか!

 僕には君が必要なんだ!」

「アオイ副長、もうやめてくれ!

 もう君のそんな言葉には騙されたくない!」

 

必要だからって言われて誤魔化されるもんかよ、この状況で。

勢いでなんとかなると思ったら大間違いだと知るべきである。

耳元で騒がれる五月蝿さに嫌気がさして、俺は手で耳を塞いだ。

 

外音がなくなり、今度は強く訴える瞳が俺を貫こうとする。

それからも俺は逃げ出すように、眼を閉じて顔を背けた。

光と音を感じなくなり、ただ肩を掴む手の熱だけが残った。

 

――――それから、どれくらいかの時間が経って。

静かな世界の中で、何故か俺の身体に不思議な悪寒が走った。

言うなれば、誰かに熱視線を送られている感じ、みたいな。

 

妙に歪な気配にそっと目を開くと、そこにはやはり副長。

ただ、その副長もなんだかそわそわとしている。

どうやら、俺と同じように変な視線を感じているらしかった。

 

二人でキョロキョロと、他に誰もいないブリッジを見回し。

そして恐らく同時に、自動なのに何故か半開きの入口に目をやる。

……そこから、明るい茶髪で眼鏡の女の子が半身で覗いていた。

 

見慣れない顔だが、赤い制服で補充パイロットだと直ぐに判る。

判るけれど、その妙に清々しい感じの視線が何か判らない。

副長を目を合わせ、無言でどっちが声を掛けるかを押し付けあう。

 

いつもだったら割と平気で誰にでも話しかける積もりなのだが。

なんだか何処か達観した、というか悟りを開いた視線が怖い。

二人で怯えている間に、女性は身じろぎもせずに小さく呟いた。

 

「――――キテル」

「……え?」

「キテルネ……」

「なんだか知らんがキテナイよ」

 

取り敢えず否定しなきゃいけないような気がした。色んな都合で。

その言葉を聞いた女性は、少し淋しげな表情でスゥと消えていく。

……いや、単純に閉まっていく自動ドアで見えなくなっただけである。

 

見えなくなる瞬間、「キテマスワー」と小さな声が聞こえた気がした。

それはやっぱり多分気のせいだと思ったので、記憶から消去する。

ともかく、肩に置かれたままの手を払い除け、副長をチラリと見る。

 

「――あれって」

「パイロットの、アマノ・ヒカル……のはずなんだけど」

 

赤い制服、そして身体情報は間違いなく彼女でしか有り得ない。

だがしかし先ほどの彼女は、人というよりはもっと何か違うもの。

多分なんか邪神とかそういう系列の存在じゃないかなと思う。

 

「よく判らない、判らないけど……。

 取り敢えず関わらない方がいい気がする」

「それは多分間違いないわ」

 

とにかく、君子危うきに近寄らず的な何かだと同意に至った。

あれに下手に触れるとあまりいい方向に進まないような気がする。

色んなフラグがポッキリ折れた音がした。多分気のせいである。

 

 

 

 

 

「――ふと思ったのですが」

「うん?」

「俺より先に相談する相手がいるのでは」

 

具体的に言うと、現パイロット長スバル・リョーコさんとか。

或いは、コック長のホウメイさんでもなんとかしてくれそうな。

直接テンカワさんに関わる人の方が良くないかなと思うんだが。

 

その人達より先に俺に相談するのは、なんというか、お門違い?

別に俺とテンカワさんは特別仲がいいわけでもないわけで。

時々喋るし、まあ……ヤマダさん関係でも話はあるけれども。

 

あの時は、俺以外に適任が本当にいなかったからやっただけだ。

今回に関しては、そもそも俺が口出しするのもおかしい程。

そう思っての問いかけに、アオイ副長はああうんと小さく頷いた。

 

「流石に君が一番じゃないよ。

 スバルからきた話でもあるしね」

「ならなんで?」

 

スバルさんから話があったのなら、そこらへんで解決すれば。

俺が関わる要素がほぼないと思うと、ちょっと言葉が強くなる。

副長は「ホウメイさんにも聞いたんだけど」と前置きをして。

 

「……本人にやる気がないみたいで」

「あー」

 

そりゃそうだ、と俺は頷く。そもそも最初から嫌がってたわ。

あれでしょ、診断されてるかは知らないけれどPTSDでしょアレ。

パイロットとして乗ったわけでもないし、そりゃやる気ない。

 

現状としては、押し付けられている以外の何物でもないだろう。

緊急時ならともかく、平時に訓練としてやるかって言われるとねぇ。

勿論緊急時のための訓練と、理屈で判らんわけはないと思うけど。

 

「――っていうかさぁ。

 テンカワさん、やっぱりパイロットとして扱うの?」

「……まあね、言いたいことは判るんだけど。

 それでも、一機でも残っている以上は使っておきたい」

 

副長は微妙に苦々しい顔で、現状における最適解だろう答えを言う。

やっぱり良心的には咎めてるっぽいのが、色々言うのを制止する。

これで何も考えてないとかだったら喜んで精神的フルボッコだけど。

 

――戦場での手数の必要性ってのは、サツキミドリで明らかだし。

エステバリスの場合、単純な手数ではなくもっと大きな一駒である。

特に問題がなければ動かさない理由がないっていうのも現実で。

 

「テンカワさんでないといけない理由は……。

 やっぱり、あのIFSの習熟度、かな」

「ああ。

 搭乗時間ゼロで、最初からあれだけ戦えたからね」

 

その上で問題なのが、テンカワさんが普通に動かせてるってこと。

IFS式の機動兵器の操縦は難しくはないが、簡単なものでもない。

少なくともIFSか、機動兵器の操縦のどちらかの技術は必要になる。

 

そのどちらかさえあれば、もう片方の経験がゼロでも動かせはする。

俺も“動かす”ことだけなら、まあ出来なくはないってところ。

でもそこから上に至るのは、流石にちょっと難しい話かもしれない。

 

両方ともある人が当然最高だけど、そんなのはパイロット3人だけ。

どちらか片方だけで候補を上げると、俺とかゴートさんとか副長とか。

多分その中で最優かつ、他に役職がないのはテンカワさんだろう。

 

テンカワさんは機動兵器に乗った経験はともかく、IFSは熟練である。

なんと搭乗時間ゼロから動かすだけでなく応戦までしてのけた。

機動兵器自体に慣れるだけで完成する以上、最適と言わざるを得ない。

 

――というわけで。

必要であるという理屈も、そしてテンカワさんであるのも判るけど。

理性と感情が結びつくかと言われると、俺は別個に動かすタイプ。

 

「何とかしてもいいけどさぁ。

 ……正直、俺は気が進まないからね」

「いいよ、判ってる。

 僕も、積極的に乗せたいわけじゃないよ」

 

……本心なんだろうなぁ。積極的に乗せる理由はないはずだし。

動かせて応戦出来るとはいえ、あくまでただの素人に過ぎないわけで。

危険なのは間違いなく、使いたい手札ではないと想像はできるけど。

 

ただ実際には使える駒が増えるメリットを考えて、すぐ使うはず。

残念ながら、状況的には段々と厳しくなっていく一方ではあるしなぁ。

使いたくないのが本心だろうけど、現実には切る手札だと思う。

 

ここで手伝わない、というのは勿論俺の感情に沿った行動だけど。

でも手伝わなかったら訓練が足りてない状況で戦場に出てしまうのだ。

恐らく、俺がどうしようとテンカワさんが乗るのは止められない。

 

どちらにしても、多分誰かに戦場に強制で出されるのが確定ならば。

きっと最善なのは、ここで俺が協力して訓練を受けさせる事だと思う。

それがみんなにとってより安全な流れなんだとは思う、思うけど。

 

――――ってアレ、これ俺が考える余地があることじゃないわ。

もう乗せることが上の方で確定してて、今の話は訓練の話だけだ。

訓練の話だけに主眼を置くのなら、させない理由が俺にない。

 

だってしなけりゃ本人も俺も危ないし、するに越したことはない。

本人にやる気がないっていうのなら、やる気を出させるだけである。

……俺、もしかして副長よりで考えすぎてドツボに嵌ってたかも。

 

「――うん、思い違いしてた。

 アオイ副長、俺がなんとかするわ」

「いきなり方針転換?

 いやありがたいのはありがたいけど」

 

自分の気にすることじゃないと気がつくと、急に気が楽になる。

そのままの調子で口を開くと、副長は軽く戸惑った様子で頷いた。

俺はそれを見て、勘違いしていたことが少し恥ずかしく思えた。

 

「訓練してもらうってだけならね。

 それ以上の責任は、俺は持たないよ」

「それで十分だよ。

 ……で、手はあるの?」

「ん、要はやる気だしてもらえばいいんでしょ。

 多分、なんとかなるかなぁぐらいだけど」

 

なんで訓練しないのかについたら、幾つか理由が考えられるけど。

結局的に言えば、訓練してもらうには大まかに二つしかないわけで。

詰まるところ、強制か本人にやる気を出してもらうってことだ。

 

やらない理由だけで考えたら、そりゃもう多分戦闘の恐怖とかさ。

後は職業がコックでパイロットではないし、寧ろやる理由ないよね。

マイナスを除いたところで、プラスが一個もない辺りが駄目である。

 

強制って手段を俺は取れないし、副長も取るつもりがないならば。

じゃあ後は、本人がやる気になるように仕向けるしかないってこと。

戦闘そのものか、或いは訓練へのモチベーションかどっちかを。

 

どっちが簡単かなーと、両方のパターンをそれぞれ考えてみて。

そう対して難易度に差はないけれど、俺の胃に来るダメージが違った。

あれだ、こっちだとテンカワさんだけじゃなく俺まで追い詰める。

 

折角なら、あんまりキツイ感情をぶつけ合うよりも、さ。

もっと前向きに生きていけた方が、きっと楽に生き方なんだと思う。

そう思って、俺は迷いを飲み込んで、副長に笑顔を向けてみた。

 

戸惑ったまま曖昧な笑みを浮かべる副長を横目に、俺は深呼吸した。

そして胸元にしまったままの小さなお守りを片手で握り、願う。

…………“どうか俺に、誰かを導く勇気を貸してください”ってね。

 

 

 



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20

 

 

 

「――んで、俺に協力を求めに来たってか」

「いや、ウリバタケさんじゃなくてもいいんですけど」

 

そういうなよ、とウリバタケさんはスパナを片手に俺を見る。

正直、そんな大事でもないのに班長級に頼むのはちょっと。

今回はソフトとハードの適合を見られればいいだけなのである。

 

要求されるスキルを俺が持っていないからの依頼ではあるが。

推測するに、技術的に難しいことでは決してないわけで。

要は実機で動かした時にエラー吐かないか見てもらえば終わり。

 

そんなことの為に、わざわざウリバタケさんには、ねえ。

なので誰か手の空いてる人を借りようとお願いしたはずなのだが。

なんでかウリバタケさんは、そのまま俺を捕まえてしまった。

 

そしてカチャカチャと機材を弄ったり、設定を弄ったり。

俺の話を聞きながらでも、その動きに淀みは全く見受けられない。

まあ、やって貰えるなら誰でも構いはしないのだけどさ。

 

「――なんか、もう。

 サボりたかっただけかと邪推したくなるんですが」

「いやいや。

 流石にそれだけじゃねえ」

 

ウリバタケさんは、右手に持っているスパナで俺を指す。

そういう要素があるのは否定しないんだ、などと突っ込まないが。

微妙に熱の入った、興味深々っぽい視線に思わず後ずさる。

 

「……なんです?」

「聞いたぜ。

 アンタ、中々無茶したそうだな?」

 

――はて。

何か聞きたいことがあるのかと、確認してみるのだけれど。

無茶と急に言われても、思い浮かぶものなんて全くない。

 

あるとしてもテンカワさんに無茶ぶりしたぐらいである。

“この食堂チャレンジメニューみたいなのないの?”みたいな。

面倒くせェみたいな目で見られたが、一つの収穫が得られた。

 

なんとありとあらゆるメニューにトオル盛が出来たのである。

量に目安はなく、盛る人が気分で盛る素敵な危険物。

試しにガールズに注文してみたらすっげえ量出てきて噴いた。

 

どうにかして他の人に頼ませて一笑い稼ぎたい所だが。

幾ら簡単とは言え艦長を連続でターゲットるのはよろしくない。

……しかし、流石にこんなことではないだろう。ないよね。

 

「心当たりないですけど……」

「サツキミドリだよ、サツキミドリ。

 稼働中の戦闘プログラム制圧してたろ」

 

素直に聞いてみたら、つい数日前のことを話題に出された。

ああ、言われりゃそんなことをした記憶がなくもない。

言葉にされて耳で聞いてみると、流石の俺でも思い出せた。

 

確かにギリギリとかでなくブッチギリのアウトなロウ。

犯行がわかるほど雑な仕事はしてないが、まあ駄目だ。

……うん。改めて言われると無茶かもしれないな、と納得する。

 

「……緊急でしたし」

「緊急でやれるのがすげえよ……。

 短時間過ぎてログ回収しきれなかったぜ」

 

だから、とウリバタケさんは悪い笑い方をして俺を見た。

俺に向けられた手のひらは天井を向き、わきわきと蠢く。

よこせ、と。何とも明確な意思表示に、若干ついて行けない。

 

「た、大したことしてないですよ。

 防壁突破して、乗っ取っただけですもん」

「…………突破した?

 忍び込んだ、じゃないのか?」

「忍び込めるわけないじゃないですか……。

 そんな技術も時間もないですよ」

 

ウリバタケさんも無茶なことを言う。

幾らなんでも、下準備も無しに忍び込めるはずもない。

気付かれずにことをなす余裕がどこにあったと言うのだ。

 

あの時点から解析するような悠長なことは出来ないし。

そうなると、他に取ることが出来る手段なんて限られてしまう。

……限られるというか、既に一択しかなかったというべきか。

 

「忍び込む理由もなかったですしね。

 気付かれた所で影響もなかったはずですから」

 

そもそも忍び込むというのは、気付かれたくないからで。

俺の場合は別に気付かれないようにする理由などなかった。

見つかったら困るのは誰が犯人かの痕跡だけである。

 

そんなのは、後からでも力尽くで消滅させられるし。

取り立ててあの時点で突破以外の手段を取る必然性はない。

――けれど、ウリバタケさんは顎に手を当て、眉間には皺。

 

「……なぁ、タキガワ。

 突破なんて、出来るもんなのか?」

「……すいません。

 ちょっと言ってる意味が良く判らないんですけど」

 

出来るか出来ないかで聞かれたら、出来るに決まってる。

ハードルは高いけど難易度的に高いことではない。

実際に、俺だってオモイカネ有りだけどやってのけている。

 

防壁に対して突破するのは、一番シンプルな攻略方法だ。

シンプルで誰でも思い浮かぶから、対応されてない訳もない。

……それでも“突破すること”だけなら、まだ簡単である。

 

それを“出来るもんなのか”というのは変な話だ。

ずぶの素人ならともかく、相手はウリバタケさんである。

専門自体は知らないけれど、相応以上の技術者さんで。

 

「――だから、防壁の突破なんて出来るのかって。

 戦闘プログラムの防壁なんてガチガチだろ?」

「そりゃまあ。

 でも、堅いは堅いですけど、堅いだけですよ?」

 

そんな人がするには、なんとも意味が判らない質問。

電子の世界で戦争したことがある人間の発言ではありえない。

だって、防壁なんて言っちゃなんだが“置物”じゃないか。

 

防壁は確かに堅かったが、アレはあくまでただの防壁だ。

壊すだけなら相応の手段を以てすれば、決して難しくはない。

本質はその先にあるし、守る為の時間稼ぎに過ぎない。

 

――まるで、戦争屋さんでないような、と思いかけて。

もしかしなくても戦争屋ではないのかもしれないと気付いた。

目の前にいる人は、どちらかと言わなくとも技術者である。

 

「――もしかして、ですけど。

 ウリバタケさんは集団でのクラック経験って……?」

「ない、な。

 基本的にソロでやってるが」

 

…………あああ、なるほど。

俺もソロオンリーだけど、話が噛み合うはずもない。

俺とウリバタケさんのクラックは、別の種類のものではないか。

 

そも。クラックするのには、主に2つの目的がある。

“気付かれずに情報を奪うこと”と“制御を奪うこと”の2つ。

クラックしても得られるのは、このどちらかだけである。

 

ウリバタケさんが言っているクラックは、この前者の方だ。

気付かれない為には、大きな戦力で仕掛けることは出来ない。

必然的に、組織でも個人でもほぼ単独で仕掛けることになる。

 

当然、戦力的にも目的の面でも、防壁突破は出来ない。

そうなれば、下準備をして忍び込まざるを得ず。

細く早く、言うなれば怪盗みたいな真似をしないといけない。

 

それに反して、俺が言っているのは後者のことである。

こちらは気付かれないことが目的に入れられることは少ない。

制御を奪った時点で気付かれないのは普通に無理だからだ。

 

行動を開始してから防壁をクリアし、制御を奪い維持する。

これに必要なのは技術よりも、機材と人数である。

人海戦術を以た大戦力でこそ、成し遂げられるものであるのだ。

 

この際、防壁なんてただの障害物にしかならない。

技術の発展に伴って、防御側より攻撃側の方が有利なのは必然。

時間を掛けられ、かつ防御力より火力の方が強化しやすい。

 

防壁をぶち抜いて、制御を奪ってからが本当の戦いだ。

データ上の補完システムや、物理的な回復行動を妨害しつつ。

その奪った制御を維持し続けなければならないのである。

 

この“維持”というのが、非常に厄介なのである。

集団クラック相手に、防壁が意味を無くして以来の話。

秒以下の速度で復旧し補完するのが、主流になっているのだ。

 

IFSオペレーターは、その維持というのには、弱い。

瞬間最高処理速度では単独で集団クラッカーを超えるけれど。

長時間に渡って安定して処理することはできないからだ。

 

これに関しては一度考えてみれば直ぐに判る。

電子上とは言え、体感時間が現実の1000倍以上になるのだ。

現実時間の10秒は、3時間以上電子の世界で戦ってきたのと同じ。

 

処理速度を上げれば上げるほど、時間を長くすればするほど。

当然ながらオペレーターの人格はあっという間に磨り減る。

……維持に関しては、優秀なAIに人類は絶対に勝てない。

 

もっとも、そんなレベルのAIも殆どありはしないしね。

オモイカネも汎用型の思考だし防衛は得意ではない。

まあそれはともかく、ウリバタケさんに説明しないと。

 

「……ええと、ウリバタケさん。

 今回のクラックは、制御奪取が目的なんですよ」

「ああ、そりゃ知ってる」

「なので、俺には忍び込む理由がないんですよね。

 クラッカーの区分的には、怪盗じゃなく政治犯なんです」

 

人数的に軍勢でもないし、勿論愉快犯でもない。

政治犯なので気付かれても問題はなく、後は火力の問題である。

瞬間火力なら、寧ろ俺の得意な戦場と言って差し支えない。

 

俺の攻撃力は、訓練済の100人単位の軍勢より上だ。

何せ意志疎通の必要もなく、判断速度も電子級。

俺自身は二流の指揮官でも、部下もなく時間の余裕もたっぷりだ。

 

この防衛能力を捨てて火力に振るのは俺だけのことではない。

いっそ、IFSオペレーターの種族的特徴とすら言っていいことだ。

だから、という俺に、ウリバタケさんはまだ疑問があるようで。

 

「……いや、判らんでもないが。

 でも気付かれてたら復旧や妨害喰らうんじゃないか?」

「……今回に関しては、それは杞憂なんですよね。

 相手には制御奪い返す選択肢、なかったですもん」

 

はぁ?と口に出す顔は、物凄く怪訝そうな表情である。

あの時に俺が落としたのは、メインの制御と補完のサブ2つ。

どちらも、物理的に復旧すればすぐ元通りの範囲である。

 

けれど、そうはならなかった。勿論それには事情がある。

奪い返すことが出来ない、ではなくその選択肢を選べない。

普通ならあり得ないけど、そもそも普通の時ではなかったのだ。

 

「あの時、敵の襲撃中だったじゃないですか。

 そこに速攻のクラック、いわば火事場泥棒です」

「……で?」

「奪われたのは防衛兵器の制御、挙げ句に戦果を上げだす。

 復旧や妨害かけたら、一時的とはいえ対空火砲なくなりますよ?」

 

俺が奪う時には、ラグが出来ないように配慮したけど。

復旧でも妨害でも、それをはね除けて制御する腕はない。

何せ俺はIFSオペレーター、維持は大の苦手である。

 

でも、されなかった。されないだろうことは判っていた。

幾ら怖くても、蜘蛛の糸を下から引っ張る馬鹿は多くない。

石橋ならともかく、多分ウエハース的な橋であるのだ。

 

そんなことをしたら、一体どうなるというのか。

それは俺よりも軍や防衛隊の人の方が余程詳しいだろう。

……詳しくなくても簡単だ。季節外れの花火大会開催である。

 

「――なので、問題ありませんでした。

 邪魔がなければ、難しいクラックじゃないです」

「……納得はできるが、なんだ、その。

 聞く限り結構、いいのかそれって感じなんだが」

 

恐らくは、人道的に、或いはそれ以外かも知れないが。

いいのかと聞かれてしまえば、よくないという回答しかない。

出来るからやり、相応の結果にもした積もりではあるが。

 

やってること自体は下種というか、割と最悪クラスだし。

倫理には反してると思いつつも、結局やったのは俺である。

悪人の自覚はないが、ブレーキがない人間の自覚はある。

 

ただ、素直に自分を下種と認めるのもあれであり。

かと言ってフォローできるほどの材料などそれこそなく。

だから結果として、俺は目をそらして小さく「さぁ」といった。

 

思っていた以上に薄っぺらい声は、明らかに惚けただけで。

そうか、と話を変えようとするウリバタケさんの視線も、そう。

一瞬だけ、嫌悪感を含んだちょっと嫌な目つきになっていた。

 

 



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21

 

 

 

「――それにしてもいい出来だなぁ。

 相手選べば売れなくもないんじゃないか?」

「売り物にする為じゃないですし、何よりも」

「何よりも?」

「面倒くさそうで……」

 

無事に動いたパッチを見て、ウリバタケさんの褒め言葉。

先程までの微妙な嫌悪感は既に何処かに消えていた。

ウリバタケさんも、俺を説教したいほどでもないのだろう。

 

だがしかし、なんというか。

急造で、作ったのは大体ガワだけとは言え悪くない。

元がアニメアニメしていた分、3Dとしては嘘が多いが。

 

基本モーションはほぼ嘘がないけれど。

必殺技的な動きの時は、一部描画枚数抜いて誤魔化したり。

別作りの動きをオーバーライトしていたりする。

 

「まあ、プレイアブルじゃないですからね。

 見た目だけにしか拘ってないですし」

「……いい出来なのになぁ」

 

いい出来でも、結局版権とかの問題もあるだろうしね。

態々小金を稼ぐために努力するほど、お金には困ってない。

……というか、今はまだ宇宙だから交渉も出来ない。

 

もし、交渉するとしたら一体どこになるのだろうか。

一応エステバリス用シミュレータの3Dモデルなんだけど。

流用するとなるとゲームだろうし、そういう企業なのかな。

 

或いは著作権持ってる所とか?よく判らないけど。

そもそもが古いアニメで、需要があるのかも知らない。

さてはて。考えるだけ無駄な気がしてきた俺である。

 

――――なんて。

ウリバタケさんに出来そのものは褒めてもらったけれど。

“これ”はあくまで副産物というか、道具に過ぎない。

 

これは“誰か”の夢の残骸で、俺の委ねた希望の寄せ集め。

誰にももう汚す余地のない、きらきら綺麗な理想の塊。

あなたが正義のヒーローならば。俺に少しだけ勇気をください。

 

そう願って、小さく目を閉じて祈った俺は目を開いた。

前には数時間前にウリバタケさんが調整したシミュレータ。

そしてそのウィンドウを呆然と見つめる、テンカワさん。

 

先程までは、何を言われるのかと若干不機嫌そうだった。

やはり、他の人にも小言なりを言われてきていたのだろう。

素直についてきたのは、少しは信頼を得てるからだろうか。

 

「――タキガワさん。

 その、これって」

「見ての通り、ゲキガンガー。

 ……を元にしたパッチファイルだよ」

 

オートモードのシミュレータは友軍機を映し続ける。

そこにはエステバリスより大きな、派手な着色の機体が一機。

木星トカゲの機動兵器を倒し続ける、ゲキガンガーを映す。

 

そのモーションは、ヤマダさんのものを参考にしている。

彼の実力を以て再現された、ゲキガンガーの全てのモーション。

完成度とかそういうレベルではなく、これしかない最適解。

 

俺にとってはこれは紛れもなくホンモノのゲキガンガーだ。

出来ればテンカワさんにもそう見えてればいいなと思う。

漸く理解したのか、目を輝かし始めるテンカワさんに俺は言う。

 

「俺は、別に説教とかしないよ。

 そんな立場でもそんな人間でもないからね」

「アンタも、俺に乗れっていうんすか」

「……どうだろう、判らない。

 でも、俺は君に死んで欲しくないなと思った」

 

理屈とか、感情とか、色んな考えてることはあるけれど。

それを一々説明するのは余り好きじゃないし、違うと感じた。

俺の言葉を待っているテンカワさんに俺は普通に笑いかける。

 

「まあ、細かいこといいんだよ。

 折角作ったんだから、遊び感覚でいいんだ」

 

そう言って、俺はテンカワさんをシートに押し込む。

テンカワさんは、抵抗することなくシミュレータに向かった。

少しの躊躇いの後、コンソールに手をやる彼に俺は告げる。

 

「――ま、あれは操縦できないんだけどね」

「ってここまで来てそれかよ?!」

 

振り向いてまで大声で突っ込んでくるテンカワさん。

ガーン、と出鼻をくじかれたような感じで、残念そうである。

そりゃそんな反応だろうなと、予想していたので頷く。

 

そもそも、出来ているのはガワだけで操作は出来ないこと。

演出重視で人間が乗れるような設定に出来ていないこと。

そして何よりも大切なのは、あの機体に込められた願いだ。

 

「あれはヤマダさん専用機だから」

「……そっか、ガイのか」

 

友軍機か、或いは敵としてしか戦えない正義のヒーロー。

それに乗っているのはヤマダさんの操縦データである。

だから、俺は操縦用のインターフェースを作るつもりはない。

 

起動したシミュレータ。動き始めるゲキガンガー。

敵機動兵器に向かって真っ直ぐ前進し、そして戦い始める。

その凛々しい姿は、紛れもなく主人公機として作られたもの。

 

大物喰いに向いているゲキガンガーはバッタ相手は厳しい。

テンカワさんも、少し見ている間に気がついたらしく。

巻き込まれないように、離れて雑魚を散らすように動き始めた。

 

それは得てしてナデシコとエステバリスの関係に近しい。

テンカワさんに求められているのはあくまで手数。

ジャイアントキリングなんて、エステバリスの仕事じゃない。

 

周りの雑魚をテンカワさんが片付け、障害物がなくなると。

ゲキガンガーは敵主力に向かい、あっという間に倒した。

シミュレータが終わるとテンカワさんはシートから出てきた。

 

「――これでいいのか?」

「いいよ。

 それなりに、楽しかったでしょ?」

 

自慢じゃないけれど、俺は上手く作った自信がある。

ゲキガンガーそのもの、というよりはステージ設定を、だが。

色んなステージを、ゲキガンガーと一緒にクリアしていく。

 

所謂、ストーリーモード、とでもいうべきものだろう。

十分にやって楽しいと思えるものには作ったつもりである。

テンカワさんが望んでいたものでないかも知れないが。

 

ステージ設定なんて、元のデータを弄るだけで出来る。

それこそ幾らでもパターンなんて生み出せる。

原作展開もオリジナル展開も、時間をかけずに直ぐにできる。

 

小さく頷いて、楽しかったと呟いたテンカワさん。

どんな感情が渦巻いているのか、俺には判らないけれど。

多分、これからはやるだろうと思うほどには本心だろう。

 

何か言いたそうで、でもうまく言葉にならない。

そんな感じで視線を彷徨わせるのを見て、何処か安心する。

別に無理に言葉にする必要はない。俺も、テンカワさんも。

 

雰囲気を変える為に、俺はとっておきを出すことにした。

ステージデータ作成中に撮ったスクリーンショット。

それを見せながら、俺はテンカワさんの肩を軽く叩く。

 

「そんなことより見てくれよ。

 このゲキガンガーのベストショット!」

「どんだけ楽しんでんだよアンタ!」

 

なに、俺はいつだって遊ぶときは本気である。

ナデシコとエステバリス、そして地球を背景にゲキガンガー。

まるで劇場版かなんかのポスターの様で、妙に出来がいい。

 

現実も、こんなに明るく爽やかであればいいのに、なんて。

思ったり思わなかったり、微妙に複雑な17歳の今日この頃。

握った拳に、どんな感情を込めたのか自分でも判らなかった。

 

 

 

 

 

色々あったが、なんだかんだで時間は過ぎる。

時間が過ぎれば、その分火星まで航路も順々に消化していく。

緊張感がないなりに、やっぱり火星に思うところもあり。

 

シミュレータをするようになったテンカワさんも。

一体どう感じてるのかな、と多少心配したりもしつつ。

特に何かの変調もなさそうなので、取り敢えず安心しつつ。

 

顔見知りの整備班の人から契約内容について質問されたり。

男女交際の欄が云々とか言ってたけど面倒くさくなって。

相手がいない人は関係ないですよって言ったら泣かれたりした。

 

まあ俺も、当分関係なさそうではあるんだけどねぇ。

それに関してプチ騒動もあったらしいけど、有耶無耶らしい。

らしいが続くのは、丁度俺が非番の時間帯だったからである。

 

俺が非番のときに火星宙域にたどり着き。

俺が非番のときに火星に降下してしまったり。

自動重力制御でエラーが出て寝ぼけた俺が即興で直したりした。

 

ヒナギクでネルガルのオリンポス研究所の調査とか。

テンカワさんがユートピアコロニーを見に行ってたりとかね。

俺が寝て起きてブリッジに着いた時にはそんな感じだった。

 

……コロニー行きの許可出したのって、提督らしいねぇ。

その時の心情なんて俺には想像も出来ないけど、如何かしらん。

誰も自棄になってたりしなければいいなと思うけど。

 

なんか、色々と蚊帳の外っぽいのが微妙に気に食わないが。

それは俺が夜勤用に寝だめしてたのが原因なので何も言えない。

ブリッジから見る火星の大地は、赤々と荒れていた。

 

――さて。オリンポスの研究所はどんな様子なのかなぁ。

一応ネルガルの目的は、あそこのデータと研究者の回収だ。

ああ、勿論他に助けられる人がいたら助けるだろうけれども。

 

なんだっけ、特にナデシコに大きく関わってる人がいた。

その人の、最悪でも生死を確認したいとかプロスさんが言ってた。

名前は、そう、イネス・フレサンジュというまだ若い女性。

 

当初の予定だと、その人が回収できたらラッキーってことで。

ナデシコはそれで火星から離れる、結構目標は低い感じである。

電撃作戦とは言わないまでもそれなりに短期間で終わる予定。

 

その予定的に、ちょっと心配なのはテンカワさんである。

割と感情的に行動するというか、全体的に考え不足というか。

一応、万全の態勢で見に行ってるようなので、杞憂だといいが。

 

コミュニケからエステバリス経由でフルモニタリング。

モニタリングの担当はメグミさん、情報の見落としはないだろう。

位置情報から声音、簡易的ではあるがバイタルデータも管理中。

 

そこまでの態勢だからか、直ぐに異変にも気がつけた。

どうやらコロニーの地下に人がいて、接触が出来たとのこと。

人数的にも、決して少ない人数ではない。色々奇跡である。

 

……奇跡的な半面、また色々と厄介でもあるんだけれども。

要は、コロニーの彼らは確定で要救助者なわけである。

それも、この敵地の中で見つかってないことで生存している。

 

問題点は、何よりもここが敵地という一点にある。

何もしなくても、敵戦力が整えばナデシコは襲撃されるだろう。

出来る限り火星の滞在時間を減らすのは、当然の前提だ。

 

要救助者側が、戦闘能力がないというのもまた厄介である。

敵機動兵器に感知され、襲撃を受けるまではそれほど長くない。

迅速に救助するか、感知されないようにするかのどちらかだ。

 

救助に使える手段はエステバリス、ヒナギク、ナデシコの3つ。

気付かれにくいのはこの順で、最大搭乗人数はこの真逆。

ナデシコなら一発解決、ヒナギクなら推測で6往復ぐらい。

 

当然、時間が経てば経つほどに発見のリスクは高まる。

そうでなくても襲撃のリスクもあるし、時間が一番の敵だ。

どれだけ撹乱しても限度も限界もある。何せ命中率半分。

 

かといってナデシコの一発ツモも、これまたリスクが高い。

何せ目立つ。ナデシコが救助に向かえば一発発見される。

失敗すれば次はなく、成功の目はかなり不確かと言っていい。

 

救助中、搭乗中に襲われたらそれでナデシコも詰である。

搭乗口を開けている状態では、当然フィールドは張れない。

……万全な解決策なんて、何処にもないのは明白だった。

 

そんな中、ヒナギクからの帰還連絡が届いてしまった。

時間が経つほどに状況は悪くなる。必然的に選択が迫られる。

最善手がないこの状況の中で、艦長は一つの決断を下した。

 

「――ナデシコで直接救助に向かいます。

 ヒナギク回収後、ユートピアコロニーへ」

「いいのかいユリカ?

 木星トカゲの襲撃が予測されるけど」

「今なら、まだ第1陣まで時間があるの。

 襲撃前の救助完了も難しくはないよ」

 

艦長の選択は“最速”。それもこれ以上ないほどの。

ナデシコで直接向かい、直接着陸して全員の救助をする。

滞在時間も少なく上手くいけば全取りが出来る選択肢。

 

「着陸も出来てエンジンも休止出来る。

 短時間でも整備できるのは見逃せない」

「……情報が足りないし、リスクは高そうだけど。

 安全策を取る積もりはないのかい?」

「戦闘回数は出来る限り少なくしたい。

 みんなの疲労もあるし、ね」

 

情報は足りていない。避難民の情報が殆ど手に入ってない。

人数も確定していないし避難の準備も全く進んでいない。

受け入れ側も避難側も、どちらにも時間の余裕のない決断である。

 

ヒナギクでの救助なら情報は手に入り、時間にも余裕が出る。

しかし襲撃前の一発ツモを目指す限りはその選択肢は取りえない。

それでもそのルートを選ぶのは、欲に目が眩んだ訳ではない。

 

ナデシコは少数先鋭だ。一艦という意味でも乗船員の少なさでも。

存在のあり方として継戦能力には殆ど力が向けられていない。

ブリッジクルーもパイロットも超一流だが予備はいないのだ。

 

俺とホシノさんが落ちたら、ナデシコの戦闘力は極端に下がる。

戦えはするだろうけれど、火星の脱出は限りなく難しくなる。

だから、必然的に。艦長はそれが取りうる最適だと考えたのだ。

 

事実、その決断をするまでの速さは十二分に即断と言える。

その選択を成功させるため、動き出しも進行も問題はなかった。

着実に成功要素を重ねていって、上手くいくと誰もが思った。

 

その上で最後の最後で簡単につまづいてしまっただけである。

――ああ、うん。誰も要救助者が一番の障害とは思わなかった。

ただそれだけの単純な理由である。何とも虚しい話に終わった。

 

 

 



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22

 

 

 

火星の生存者、イネス・フレサンジュは科学者である。

彼女は相転移エンジンとディストーションフィールドの開発者だ。

開発だけではなく、ナデシコの基本設計をした紛れもない天才。

 

理論研究から開発、実用化まで手がけ、彼女の手は余りにも長い。

ナデシコの性能的限界を誰よりも知るのは彼女に違いない。

性能を知っているからこそ、彼女は一つの残酷な結論を下した。

 

エステバリス経由で通信を取り、救助の手筈を整えた俺たち。

予定位置に着陸し、そして避難民を待ち構えていたナデシコに。

実際に姿を出してきたのは、テンカワさんと彼女だけであった。

 

ナデシコ一艦では木星トカゲには勝てない。

そう結論付けた彼女はナデシコに避難しないとハッキリ告げた。

避難民の纏め役である彼女の方針、それと違うものはないようだ。

 

火星に生存し、誰よりも木星トカゲの戦力を見てきた。

ナデシコの限界も知っている、だからこそ彼女たちは乗らない。

彼女の知っている情報からすれば、その選択肢は取りえない。

 

火星の生存者、イネス・フレサンジュは科学者に過ぎない。

幾ら彼女が優秀でも、彼女は軍人でも現場の技術者でもない。

ましてやこの場においては避難民であり、救助者ではない。

 

作ったものがその性能を知るのは当然だが、運用は違う。

運用をするのは現場にいる軍人と技術者で、科学者ではない。

ナデシコは民間人多めなので、軍人とは言葉の綾だけど。

 

現場にいる人間にとってはその場にある兵器だけが全てだ。

例え高い性能を持っていても、性能通りに動くとは限らない。

寧ろもっと酷い条件の中で、あるもので戦うことしかできない。

 

一艦では多数に勝つことが出来ないのは、当然のことである。

そんな当たり前かつ判りきったことを今更言われても逆に困る。

戦って勝つなんて前提はナデシコには当初より存在していない。

 

一艦であるからこそ、真っ向から勝負する必要がない。

機動力で翻弄し、時々ぶっぱし、適当な所で切り上げて逃げる。

相手が無人兵器でそこまで柔軟でないから取りうる戦法だ。

 

ナデシコの性能を活かしきれる人材を集め。

ナデシコの性能が落ちるより早く救助を達成し。

色々なボロが出る前に全てを終わらせる。

 

今回だって、そうだ。

まともに戦っていられないから、さっさと終わらせて逃げる。

その戦法を活かしきるだけの要素はそれなりに揃っていた。

 

艦長の判断は出来うる限りの最速と言って過言でないし。

ゴートさん主導の避難案内と生活班の準備にも大きな粗はない。

ただ、勿論足りないものが幾らでもあるのは事実ではあった。

 

戦力はともかく、避難民の状況や感情、木星トカゲの情報。

「あなたたちは木星トカゲの何を知っているの?」

そう言ったイネス・フレサンジュの言葉は間違ってはいない。

 

しかし、それはそれこれはこれという素敵な言い回しがある。

この際、木星トカゲの正体だとか目的の情報は必要がない。

目の前で銃口を向けてくる相手に、自己紹介はいらない。

 

取り敢えず必要なのは、どうにかして安全を確保する方法。

色んな理屈とかは後から考えて、知ることでしかない。

寧ろ相手の情報なんて、その方法を作る手段にしか過ぎない。

 

――ああ、まあ所謂ブーメラン、全体攻撃である。

結局彼女の視点から、ナデシコが安全に見えないのは事実。

実際安全ではないからこそ手段を限定されているわけで。

 

ただナデシコ側から見れば、彼女のその視点で策が潰れた。

最速で、というのは最初に彼女だけの時点で既に終わっており。

彼女の話で避難民の協力が望めないと判った時点で全て終了。

 

無理やり乗せる準備などしてないし、そんな時間もない。

説得の時間などないし、説得の内に彼女の正しさが証明される。

出来たのは、きっともっと早い段階での離陸ぐらいである。

 

別の見方をすれば、どうやっても協力は望めなかった。

例えヒナギクで救助していても、それに関しては変わらない。

……ああ、まあ犠牲者数は変わっていただろうけれど。

 

彼女視点での正論は、ナデシコの救助を無意味なものにした。

予定よりも長く掛かってしまった時間は機動兵器の襲撃を招き。

襲撃を掛けられたナデシコは生きるためにそれに対抗した。

 

――というわけで、着陸中に襲撃があって。

倒せもせず、逃げられもせず、ナデシコはフィールドを張った。

自分たちの命の為に、地面の下の避難民を全て犠牲にして。

 

その選択を下した艦長は、過ぎた重圧に耐えかねて。

駆け込んだトイレの洗面台で、その胃の内容物を吐き戻した。

追うべきかと思ったが戦闘中で、テンカワさんが行ったから止めた。

 

「アキトに早く会いたいからって私、間違えちゃったのかな」

 

心配だからとつないで置いた通信も、その言葉を聞いて切った。

間違えたとしたらナデシコに乗っている全員で、俺も共犯だ。

慰める言葉なんて持たないけれど、俺にも責任逃れなどできない。

 

……多分、俺も結構今、精神的に荒れてるんだと思う。

イネス・フレサンジュが悪くないと判っていても、当たってる。

彼女は彼女の視点の中で、最適行動をしたと判っていても尚。

 

いや、本当に最適な判断だったと断言してもいいのだろうか。

避難所の上にナデシコがきた時点で、選択肢はなかったのでは。

だってそれ自体が発見が時間の問題になったということなのだから。

 

――などと。気を抜けばやっぱり恨み節になってしまうのだ。

本当に恨み節を言いたいのは、彼女自身であるはずなのに。

俺は、どうしても“自分は悪くない”が抜けてくれそうにない。

 

また人が呆気なく死んだ。今度は救えたかもしれない人が。

それだけではない。戦闘によって、ナデシコ自体も傷ついた。

得たものは少なく失ったものは多く。次は一体何を失うか。

 

 

 

 

 

救助には失敗したわけだが、それだけでは終わっていない。

少なくともここにいる限りは、俺たちだって要救助者である。

ナデシコが負傷してしまった以上は、余計に。

 

あの襲撃で集中した敵砲撃は、ナデシコをボロボロにした。

見た目的にも勿論だが、もっとやばいのは中身の話。

火星圏を脱出出来ないほどにエンジンが傷んでしまった。

 

戦闘行動も、本格的になると大分厳しいだろうとのこと。

あらら、これは詰んだのかしらとぼんやり思い。

放送されているなぜなにナデシコも頭に入っていかない。

 

オーバーオールより少女少女した格好の方がいいと思うな。

あとガチ着ぐるみではなくて艦長の体型を前面に出そう。

……っていうか、あんな着ぐるみ資材に入ってたっけなぁ。

 

まあとにかく。生きている限りは生きる努力をするべきだ。

正直あんまり怖くないのは、現実感がないからかどうなのか。

それとも、それでいいと諦めちゃってるからかな、なんて。

 

そんな感傷はどうでもいいとしても、微妙に俺は忙しい。

ナデシコの自動姿勢制御が上手く機動してないので手動である。

手動と言っても手入力という意味での手動ではあるけれど。

 

なんというか、こう。左斜め後方に若干グイーンとね。

基本姿勢が変になってるだけなら、差分で調整すればいいが。

少しずつ少しずつグイーンとなるから、一々面倒臭い。

 

そうしてなんとかかんとか逃げながら。

修理出来るかもと、北極冠のネルガルの研究所を目指す航空中。

微妙に変なものをメグミさんが見つけてしまったのである。

 

護衛艦クロッカス。地球でチューリップに飲み込まれた艦。

それがどうしてか火星の表面上にボロボロになって落ちている。

……氷が張っており、恐らく生命維持装置は動いていない。

 

救助、それ以前に生存者の確認をするかという問題で。

少なくとも通信には答えず、システムも全落ちしてるのを確認。

素人判断だと、生存者はいないだろうなと思ってしまうけど。

 

艦長は義務としての確認を提案、プロスさんが反対。

実際に現状でそんな時間があるかというと、また微妙な感じ。

どっちが正しいのかね、と悩むうちにテンカワさんがきた。

 

イネス女史と連れ立ってきて、艦長が呼んでたと思い出す。

簡単に説明しようかと思って近寄ると、違和感に気付く。

――違和感つーか、テンカワさんなんか思い詰めてないかこれ。

 

一瞬、声を掛けるのを躊躇っていると彼は俺に見向きもせず。

ブリッジの奥へと進んでいって、集団――提督に向かった。

すっごく嫌な予感がしてきたので、俺はこっそり後をつけていく。

 

なんというか、最近誰も自棄にならないといいなぁとかね。

思ってたからこそ気付けたわけなのかも知れないですけどね。

なんで俺はこういうのに気付いちゃうのかなぁとも思うわけで!

 

この場合の自棄になり方って、外に出るか内に向くか。

人によると思うけれど、テンカワさんは一体どうだろう。

その実証なんていらないが、念の為に近くに立っておく。

 

いやいや、まさか、そう自棄になった行動なんてねぇ?

起こすわけがないよねぇと、握られた拳から目を逸らし。

そして提督に話しかけたテンカワさんの口から漏れたのは。

 

「――提督。

 第一次火星会戦の指揮を揮っていたって」

 

……はいアウトー!テンカワさんアウトー!

なんでこう俺の胃を痛める行動ばっかするかなぁこの人は!

胃から血が溢れて多分目からも出そうな感じすらしてくる。

 

テンカワさんにすり足差し足でこそこそと近づきつつ。

周りの人は異常に気が付いてないのか、平然としている。

流石に、俺がやるしかないのかぁと覚悟を決める時がきた。

 

激高するテンカワさんが振り絞るような叫びを上げて。

驚いて誰も動かない中で俺だけがぴょんと走って羽交い絞め。

まあ体格差的に、後ろからしがみつく程度ではあるが。

 

いきなり後ろから止められるとは思っていなかったのか。

少し力が弱まったので、そのまま後ろに下がってずりずり。

直ぐに立ち直られてしまったが、距離だけは離せた。

 

「ゴートさん、ゴートさん!

 ヘルプヘルプ、回収して俺の部屋に!」

「了解した」

 

俺だけじゃあんまり長時間抑えてもいられないので援軍を。

やっぱね、こういう時って大きさが武器だって偉い人が言ってた。

というわけで、大きくて強そうなゴートさん頼みである。

 

――そしたら、テンカワさんを羽交い絞めする俺ごと担がれ。

あれ?あれ?何この状況?って思ってる内に部屋にポイされた。

ブリッジから近かったために、突っ込む間もなかった。

 

その間もテンカワさんはムギュムギュ動いているし。

俺はなんかその付属品的な感じで軽々運ばれちゃってるし。

俺も軽いってもそれなりに重いはずなのに、なんだろうこれ。

 

流石に下ろす時には、割と丁寧にぽんと床に置かれた。

ゴートさんはうむと頷いてからそのまま外に出てしまった。

微妙におかしい空気の中、俺は取り敢えず扉のロックを掛けた。

 

 

 



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23

 

 

 

コミュニケでポンポンとロックを掛けた俺は立ち上がり。

不貞腐れたように胡座をかくテンカワさんをおいて奥へ行く。

備え付けのプチキッチンからコップ2つと麦茶ボトルを出す。

 

さらに奥に進んで、適当に置いてあるちゃぶ台に。

コップを置いて、その片方に冷えた麦茶をこぽこぽと注ぐ。

水出しの麦茶を一口含んで、そのまま半分位を更に飲む。

 

もう一回、飲んだコップに8割ぐらいまで注いでから。

あと片方のコップにも注いで、俺の対面に置く。

その間、テンカワさんは憮然とこちらを見たままだった。

 

「テンカワさん、こっちおいで」

「……」

「そこ、空調効かなくて冷えるから。

 風邪ひく前にこっちに移動してね」

 

宇宙戦艦なので、空調はフルコントロールなんだけどね。

通路とかは循環の為に基本温度は低めだったりするので。

部屋の入口とかは割と冷える現実があったりなかったりする。

 

ジャージ……運動着?姿のテンカワさんだと肌寒いだろう。

俺は制服のジャケットを羽織ってるのでそれほどでもないが。

まあ、風邪をひかないことに越したことはない。

 

その言葉に従うか、どうかを考えている素振りの彼は。

少し躊躇った後に、ゆっくりと立ち上がりこちらに寄ってきた。

座ってから俺を見る目は、なんというか不服そうである。

 

あー、ちょっと軽率過ぎたかもしれないなぁ、止めたのは。

いやしかし、あのまま暴れさせる訳にいかないし、なんとも。

殴っても誰も得しないのは明白だし、単純に駄目だし。

 

考えがあって止めたわけでもないので、ちょっと罪悪感。

何か言ってあげたほうがいいかなと思いつつ、考えつかない。

……いいや。テンカワさんが落ち着くまで黙っていよう。

 

「――なんで。

 なんで、邪魔したんすか」

「なんでって。

 ……年配の方を殴ろうとしちゃ駄目です」

 

そう思っていたのに、思ってたより早く話しかけてきた。

なんで、と聞かれても、特に理由などないから答えられない。

適当に考えた真っ当そうな言い訳を、取り敢えず口走る。

 

自棄になった行動は駄目とか、勢いでの乱暴は駄目とか。

なんだろうか。本当に理由があるわけじゃないので、困る。

まさかなんとなく、なんて目の前の彼に言えるわけもない。

 

テンカワさんは、ユートピアコロニーの敵の積りだろうし。

客観的に考えれば提督が敵じゃないのは判るだろうけれど。

それを今の彼に理解させるのは、無理じゃないかなって思う。

 

俺は他人事だから、幾らでも客観的になれはするけど。

どう足掻いてもテンカワさんは、そういうわけにはいかない。

感情的な話を、理屈で説得出来る程の技術は俺にない。

 

「……それだけかよ」

「うん、それだけ」

「あいつは。

 あいつがユートピアコロニーを壊したんだぞ」

「其処らへんの是非は知りません。

 でも、年配の方を殴ろうとしちゃ駄目です」

 

なので、あえて言うなら相手の土俵に乗らないだけである。

これでテンカワさんが怒るならそれでもいいだろう。

俺に当たって気が済むのなら、提督に当たるよりはマシである。

 

……だって、提督がかわいそうではないか。

あの時火星会戦で死んだ軍人さんの数も相当だと聞いている。

フクベ提督だって、その中での生き残りに過ぎないのである。

 

命を掛けて守って、そして実際に命を喪った人達がいて。

偶然その中で生き延びてしまって、それで敵だと詰られるなんて。

そんなの、俺はとてもじゃないけれど可哀想だとしか思えない。

 

「――何人、死んだと思ってんだ。

 なんで、あいつがおめおめと生き延びてるんだよ」

「死ぬべきだとでも言いたいんですか?」

「そんなこと言ってねぇ!」

「君が言ってるのはそういうことだと思いますよ」

 

いや、まあそうとも限らないかなぁとも思いつつだが。

多分重要なのは、おめおめとって所じゃないかなとも思うし。

死んでほしいと思ってる訳では、多分ないと確信も出来る。

 

要は、テンカワさんは提督に償って欲しいんだと思う。

……でも、そんなのって一体何をすれば償ったことになる?

何をしてもパフォーマンスだって逆に批判するだけだろ?

 

ああ、若しかしたら英雄扱いされてるのが気に食わないのかな。

英雄扱いじゃなくて戦犯扱いしろと言いたいのかもしれない。

英雄か戦犯か、どちらかにしか扱えない結果ではあるけれど。

 

……うん。誰にとっても戦犯扱いは都合が悪すぎる。

戦犯扱いにして、全ての責任を取らせるわけにも行かないし。

必然的に英雄になってもらうしかなかったんだろうなと思える。

 

自分の命令で多くの部下が死んでるのを目にして。

自分の命令の結果、守るべき人を守れなかったというのに。

――それでも英雄扱いか。これほど哀れなこともないだろう。

 

「……死んでないだけです。

 命を掛けて、みんなを守ろうとしてたんです」

「みんな死んだよ」

「軍人さんも、ね。

 提督も命賭けてたんですよ?」

 

火星の人が、軍人さんが死んだのは提督のせいではない。

木星トカゲが火星を攻めてきたからであり、戦ったからだ。

それを提督だけの責任にするのは、あまりに酷だと俺は思う。

 

――そう。命を賭けていたのだ。

見知らぬ誰かの為に、職業とは言え命を賭けていたのだ。

それを、その行為を否定されるのは、切ない。

 

せめてその命が、意味のあるものであったと。

塵のように消えていった灯火に、意味があると思いたい。

これは俺のただの自己満足に過ぎないかもしれないけれど。

 

……俺の様子が微妙におかしいことに気がついたのか。

テンカワさんは何処か困惑した様子で、俺を見ていた。

一瞬手を浮かせかけ、そして戻してから、小さな声を出した。

 

「誰か、知り合いがいたのか?」

「…………まあ。

 友達が軍人さんやってたもんで」

「……どんな人だったんだ?」

 

聞かれたから、答えたけれど。あまり言いたくはなかった。

したい話では全くない。誰かに聞かせたい話でもない。

ましてや、こんな状況でテンカワさんにしたくはなかった。

 

だって、テンカワさんが喪ったのは故郷と知合い全てで。

俺は親友とは言え、ただの友達をなくしただけなので。

不幸比べをしたくもないけれど、訳知り顔なんてしたくない。

 

――でも、いいや。もう少しで俺も死ぬのかもしれないし。

溜め込んでいたけれど、一度くらいは吐き出してもいいのかも。

少し投げやりな気分で、俺は目を閉じて彼のことを思った。

 

 

 

 

 

「――――馬鹿な人だった。

 要領が悪くて、不器用で、どうしようもない人」

 

一言で言えば、どんくさい。

間抜けとか、三枚目だとか、そういう言葉が思い浮かぶ。

逆に、完璧超人なんて言葉とは、もの凄く縁が遠かった。

「高校の友達だったんだけど。

 一応名門なのに高卒で軍人なんかになってさ」

 

偏差値だけで言うのなら、上なんて後は5・6校しかない。

当然、進学する人が殆どで就職なんて年に一人いないぐらい。

確かその年も、あの馬鹿一人だけだったと記憶している。

 

ああ、うちの学校じゃなければもっとマシだったのかもね。

一般的にはアイツだって、それなり以上の秀才だったわけで。

中堅ぐらいまでなら、余裕でトップ走れる程度ではあった。

 

それなのにあの学校を選んだのも、要領が悪いうちだろう。

ギフテッドとして飛べない最上位か、飛ぶ気がないギフテッドか。

あのレベルまでくると、そのどちらかしかいないんだから。

「勉強は俺より出来なかったし、運動も俺の方がマシ。

 見た目も野暮ったくて、色恋には縁が遠かった」

その中で、俺は飛ぶ気のないギフテッドだったわけで。

モラトリアム気取って、必要もないのに全単位とってたりさぁ。

行こうと思えば、高校なんて飛ばして行けたってのにね。

 

アイツが得意な教科より、俺が苦手な教科の方が点は上。

体動かすのは苦手だし、体格に劣る俺の方がまだマシなレベル。

休日に会っても、ほぼ黒一色。どこのラノベ主人公かっての。

 

当然ラノベ主人公ほどモテるわけでもなく、ただの地味な奴。

キモイまでは言われてなかったけど、まあ普通ぐらいだろうか。

特筆すべきことなんてその能力の中にはなかった。だけど。

 

「――でも、優しかった。

 真面目で、直向きで、人を見下したりしなかった」

人当たりのよさというのだろうか。

相手のことを真面目に考えて、親身な行動が取れる人だった。

俺みたいに、相手を予測して都合よく振舞うなんてしない。

 

賢しげな態度なんて取らないし、自分をひけらかさない。

どれだけ馬鹿にされても、悔しい思いをしても。

その気持ちを動力源に、見返してやろうと頑張っていた。

 

「どんなことに対しても真剣で。

 努力家で、いつ見ても必死に頑張ってた」

 

なんとなく、感覚的なもので摺り抜けてくるのではなく。

一生懸命だった。一生懸命、真っ直ぐ前を見て努力していた。

自分の人生に向き合って、就職と決めたのも早かった。

 

――それなのに、死んだ。

俺よりも真面目に人生に向き合っていたのに、呆気なく死んだ。

その場のノリで全てを乗り越えられる俺でなく、彼が死んだ。

 

一生懸命な努力も何もかも報われずに、ただ死んだ。

俺の知る限り、誰よりも真面目で優しかった人だったのに。

その命はまるで塵芥にように、火星に散蒔かれてしまった。

 

「そういう、人だったよ」

「……タキガワさんが火星に来たのは。

 その人のため、なんだよな」

 

そうかもしれない。そうでないかもしれない。

すぐさま回答することが出来ずに、俺は笑って誤魔化した。

テンカワさんも、いつの間にか落ち着いたようだった。

 

――――確かに。

あの人が死んだ場所を一目見ておきたいというのはあった。

だけど、それだけではないかもしれない。

 

あの時、火星会戦の合同葬で俺は凄く虚しくなった。

親友だったはずの人が、その体も何も残っていないなんて。

あんな人であっても、その命に報われるものがないなんて。

 

俺はこの世界が平等で公平なものであるなんて思ってない。

努力が報われるとは限らないし、初期条件だってみんな違う。

だけど、俺は嫌になった。この世界で頑張るのが嫌になった。

 

別にこの世界から離れたい……死にたい訳ではない。

俺はただ、真面目で優しい人が報われないこの世界の中で。

真っ当に生きていくのが嫌になっただけなのだ。

 

オペレーターIFSつけて真っ当な職には付けなくなって。

投げ出したはずなのに、ネルガルからスカウトが来て。

勢いだけで戦艦に乗ってそのまま火星まで来てしまった。

 

真っ当じゃなくなったはずなのに、なんとかなっている。

こんな時にまで、また世界は不平等なんだろうか。

死ぐらいは、平等で公平なものではなかったのだろうか。

 

死にたいわけではない。ただ拗ねているだけだ。

死が怖くないわけではない。ただ現実感がないだけだ。

――俺は、自分の人生に向き合ったことなんて、ないから。

 

まるで他人事だから、俺は怖くなんかなかった。

極冠研究所に入るための、5機のチューリップとの戦闘も。

その為に動かしたクロッカスがこちらに砲口を向けても。

 

フクベ提督に脅されて、チューリップの中に入っても。

このままクロッカスの乗船員みたいに死ぬかもしれなくても。

それでも俺は怖くなかった。なんの実感もなかったから。

 

テンカワさんやプロスさん、艦長の声が響くブリッジ。

不安そうな声が幾つも周りを取り巻いても、俺は。

これからどうなるんだろうな、と他人事のように考えてた。

 

もしこれで死んだら、俺もみんなの所に行けるかな。

ヤマダさんやアイツにまた会えるかな、なんて。

馬鹿馬鹿しいほどに意味がない、優しい想像をしていた。

 

 

 



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24

 

 

 

チューリップの中はやっぱり広く、外観より遥かに大きい。

クロッカスの攻撃で入口は壊れ、前に進むことしか出来ない。

この先に待っているのは、木星トカゲの本拠地かそれとも。

 

センサーではなく、カメラで見る外の光景は光の渦。

七色とまでは行かずとも、不思議な光がくるくると渦を巻く。

その光が、一層強くなる所で、その道の終焉は訪れた。

 

奇妙な違和感、この先に何かがあるという感覚のあと。

それが限界まできた時に、視界が白く染まった。

意識が薄く引き伸ばされるような感覚、俺は思わず手を伸ばす。

 

まるで、電子の世界で意識を再構成する直前のような。

そんな感覚だったから、自己の連続性を保つ為に、掴んだ。

バラバラになりそうな意識の中で、なんとかそのままで。

 

ぐるんぐるんと目が回り、ぐらんぐらんと世界が揺れた。

いつの間にか閉じていた目を開くと、変わらずナデシコの中。

妙な静けさが、少しだけ不気味だな、と俺は感じた。

 

「――本艦、通常空間に復帰。

 座標、現在調査中」

「……ええと、周辺確認……戦闘中、ですね。 

 連合軍と、木星トカゲのようです」

 

ブリッジに誰かの声……ホシノさんの声が響いて現実に戻る。

咄嗟に周辺調査で安全確認を行うと、丁度戦闘中である。

どうやら、ナデシコは戦闘中のチューリップから出てきたようだ。

 

周りを見てみると、みんながコンソールテーブルに倒れている。

焦ってバッとバイタルデータを確認するも、気絶したようだ。

どうやら、取り敢えずは無事になんとかなったようではあるが。

 

「艦長、イネスさん、テンカワさんは展望室。

 ほぼ全員が気絶中ですね、どうしますかタキガワさん」

「展望室?なんでまた……。

 ともかく、ええと。指揮権貰っていいですか?」

「どうぞ」

 

さっきまでブリッジにいた艦長が、なんで展望室にいるのか。

それはまあともかくとしても、気絶してるんじゃしょうがない。

俺とホシノさんじゃ一応同格なので、指揮権の確認をする。

 

外を見る。勿論比喩表現で、モニターとセンサー越しに。

意外なことに、連合軍が優勢と言っていいほどに善戦中である。

いや、戦力的には極微小な差であるのは事実なんだけど。

 

なんというか、連合軍の皆さんが上手く戦えているというか。

上手く防衛をしながら、敵をきっちり削ることに成功している。

そこに無人兵器が無駄に攻撃をし続けてる感じである。

 

ナデシコは現在木星トカゲの陣のど真ん中、チューリップ前。

幸い戦艦級は連合軍を向いているので、こちらには向いてない。

機動兵器の類は、フィールドで何とかなっているようだ。

 

――うん、これは。

さっさと離脱してしまった方が邪魔にならないのではないか。

そう結論づけて、俺はその方針で考えることにした。

 

「連合軍に、離脱すると通信します。

 その後、フィールド全開で戦場を離れましょう」

「はい」

「俺が通信をするので。

 ホシノさんは、ルート構築と艦の制御を」

 

戦闘するにしても、この位置だと面倒臭いことになる。

そもそもナデシコも負傷中だし、只今皆さん気絶中でもある。

ここは敵さんがこっち見てないうちに離れちゃいましょう。

 

その前に、一応状況だけ再確認。

ナデシコの乗船員に緊急性のある要救助者は特になし。

離脱だけなら今のナデシコでも問題なし。よし行けそう。

 

「通信、開きます。

 対象は適当に、連合宇宙軍の全艦隊」

「はい、どうぞ」

 

どの艦が旗艦なのかとか、判らなくもないけれど一応ね。

戦場での正しい振る舞いは知らないので、アイムヒアだけ。

返事をしてくれた人が、相手をしてくれる人である。

 

よし、と気合を入れる。

なんだかんだで通信をするってことは代表者ってことだ。

臨時とはいえ、戦場でまともじゃないことはしない方がいい。

 

「――こちら、ネルガル所属宇宙戦艦ナデシコ。

 ネルガル所属宇宙戦艦ナデシコです、どうぞ」

「……あ、ああ、こちらは連合軍第二艦隊だ。

 無事、なのか……生存者はいるのか?」

 

……なんだろうか。まるで亡霊にあったかのように。

まあ地球からすれば、チューリップに消えたのが最後だけど。

生きてるのが不思議な程度にはあれなことはしてるけどね。

 

少なくとも、相手様は俺たちを心配してくれてるようで。

俺たちがどれぐらいピンチなのかを測りかねているご様子。

多分、その想像の中では相当マシな状況ではあると思うけれど。

 

「――ほぼ全員生存、ただし気絶者多数、です。

 一度、戦場から離脱させていただいていいですか?」

「そう、か、よかった。

 離脱に、援護は必要だろうか」

 

複雑そうではあるが、生きていて良かったと言ってくれる。

サングラスに隠されていてもその瞳は暖かく、優しいもので。

なんだか、俺は凄く色々なことに申し訳なく感じてきた。

 

「……いえ、大丈夫です。 

 お心遣いに心より感謝申し上げます」

「構わん、気にするな。

 それでは早期に離脱したまえ」

「ありがとうございます。

 一度失礼いたします」

 

また、挨拶に伺うべきだろう。行くのは俺以外の誰かだけど。

あ、でも良かったらその場について行かせて貰ってもいいか。

生きていて良かったと言外にでも伝えられたのは初めてだ。

 

それに物凄い感銘を受けたわけでもなんでもないけれど。

誰だって死ぬより生きてた方がいいって思うからの発言だけど。

それでもやっぱり実際言われてみると、少しだけ嬉しかった。

 

うん。小さく頷いてから、俺はホシノさんに振り返る。

それを見たホシノさんは頷きもせずにルート案を此方に投げた。

俺が確認するかしないかの内にナデシコは静かに動き始める。

 

その動きと予測図に、一抹の不安も感じなかったので。

俺は一度は閉じた通信ウィンドウを、今度は艦内全域に。

……取り敢えずみんなを起こしましょ。さみしいし。

 

 

 

 

 

――8ヶ月。

チューリップに飛び込んでから、それだけ経っていた。

ナデシコは瞬間移動ではなく、時間を飛び越えていたらしい。

 

俺の年齢は17歳のままだが、世間はそうではない。

なんか色々と情勢が変わっているようで、またややこしい。

気にしない方が気楽でいいかもしれないとふと思った。

 

えっと、まず地球規模で大きいこととしては。

ネルガルが宇宙軍と和解し、木星トカゲとの戦線が進行。

月までを奪還出来たということで、人類の危機は遠のいた。

 

それに付随することではあるが、兵器類の一新。

ナデシコ級二番艦コスモスが建造されて、月軌道上で大活躍。

その他諸々、全体的に良くなったらしい。フィールド出力とか。

 

まあ其処らへんは、またデータ更新の時に考えればいい。

おう、それこそ更新用のデータの束は幾らでもあるぜ大丈夫。

電算担当者としては目をそらしたくなる量だが、まあいい。

 

これらの話はナデシコ級コスモスで教えてもらった話である。

流石にボロボロになっていたナデシコも、そこで大改修。

俺に回ってくるデータ更新依頼も、大好評順番待ち中だ。

 

ああ、こんだけ忙しいと中々手の回らない所も出てくる。

以前からやっていたオモイカネの識別異変とかがそれである。

現在はウリバタケさんと押付けあった結果、俺が勝った。

 

俺の仕事が終わらないと、あっちも仕事になんないからね。

これはしゃーないことだと思う。必然的な結果である。

俺的にはどっちにしても忙しいことには変わらなかった。

 

んで、話の規模がナデシコにまで小さくなる。

なんか、ナデシコ及びナデシコの乗船員が軍属になるらしい。

一部の自由人たちはそれを若干以上に嫌がっているようだ。

 

俺自身は、ナデシコに乗ったときからそんな積もりだし。

軍に対しても極端に嫌な感情は抱いてないので、なんとも。

寧ろ遂に落ち着くところに落ち着いた感すらある。

 

あと、なんかネルガルの会長が乗ってきた。

エステバリスのパイロット、アカツキ・ナガレさん。

俺よりちょっと年上の、ロン毛のイケメンさんである。

 

ネルガルの、とか、会長、とか。

そういうのと関係ないという振舞いで、名乗ってすらいない。

それなら俺もなんとなくでそれに乗ってあげるだけである。

 

次は個人的なこと。俺自身の話と、テンカワさんの話。

まず俺自身は、8ヶ月の間に起こってしまったあれである。

要する所、実家とか両親とかそういう関係の話である。

 

元々下宿していた学生であるけど、一応ですね。

ナデシコ乗るときには話だけしていた関係がありました。

勿論了承などされず、半分家出とかのノリになったけれど。

 

一応ね、一応ですよ、本当に一応ね。

流石にこのまま連絡なしは不味かろうと思ったので。

連絡したところ――――泣かれた。それはもう盛大に。

 

もうちょっとだけ、俺は自分を大切にしようかと思えた。

なんかもう、なんだろう、よく判んなくなってきた。

投げやりに生きていくには、俺は普通すぎるのかもしれない。

 

俺の話はここまでにして、テンカワさんの話。

フクベ提督の最後に、色々な感情を隠しきれなかったり。

軍属になったことに、一番顕著な反応を返したり。

 

アカツキ会長に、なんか煽られてるっぽかったり。

どうしてかテンカワさんの周りはいつでも騒がしい気がする。

なにかな、人徳ってやつかな。本人は喜んでなさそうだが。

 

それはともかく、木星トカゲからの襲撃があって。

PTSDを再発したテンカワさんが、ナデシコから逸れて遭難。

テンカワさんを迎えに、艦長が一人戦闘機で追いかけた。

 

俺も行きたかったけれど、俺は免許持ってないからなぁ。

艦長を一人行かせるのもアレだが、戦況は落ち着いていた。

戻ってきたテンカワさんの症状も安定しているようで。

 

それでも、やっぱりパイロットを続けるのはどうかなぁ。

本人がやる気を出しちゃったみたいなので止めないが。

正直、周りが止めてあげた方がいいような気がしなくもない。

 

戦闘後、ナデシコに更に2人の乗船員がやってきた。

その内片方は、ネルガルの会長秘書、エリナさん。

副操舵士としてきたお陰で、ブリッジメンバーが増えた。

 

そしてもう一人。

この人は、やってきたというより、戻ってきただろう。

――――連合宇宙軍の提督、ムネタケ・サダアキである。

 

「判ってる、判ってるよ副長。

 大丈夫だよ、復讐なんて無益だからね!」

「どうしよう。

 信じられるのに信用できない」

 

彼の姿を見かけた時から、俺の笑顔が止まらない。

フルスロットルの満面の微笑みを見て、ドン引くのは副長。

先ほどから俺が何処かに行こうとするのを阻止してくる。

 

……不思議だなぁどうして信用してくれないのかな。

平和主義者な俺が人に酷いことをするわけないじゃないか。

そう言って説得しているのに、中々退いてくれそうにない。

 

「――いや、大丈夫だとは思うんだよ?

 ただ予想を超えることをしでかしそうで怖い」

「超えないよ。

 ほんのちょっと釘を刺してくるだけだから」

 

いや、本当に。

見てるぞ知ってるぞって言いに行ってくるだけだから。

次はねえぞって全力で脅しかけてくるだけだから。

 

何も言わないよりも、きっとお互いにいい関係に出来るよ。

敵ではないからね、ちゃんと共存関係であることをね。

ムネタケ提督にちゃんと伝えてくるだけだからさ……そう。

 

「HeyHeyと全力で煽ってくスタイルで!」

「……タキガワさん程々にね」

 

なんだかんだで、副長も色々思うところはあるだろう。

結局は俺を止めることなく、行かせてくれた。

ならば俺は俺らしく、話し合いでケリをつけに行くだけだ。

 

別に俺だって、敵を増やしたいワケじゃないからね。

味方でいられるなら、その方がいいと感じるものだしさ。

仲良くやっていくためにも、話し合いをしなくては。

 

 

 



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25

 

 

 

少し躊躇してから、コンコンとドアを叩く。

個人認証機も当然設置されているが、今回は使わない。

この部屋に俺の登録はないし、クラックもしない。

 

二三秒の間の後に「どうぞ」と小さく声が聞こえる。

ドア越しの声でなく、返答用のウィンドウ。

ロックが外れスライドするドアの中に、俺は入った。

 

「失礼します」

「……セカンドオペレータ?

 艦長と副長ならいないわよ」

 

向けられる無感情な視線は部屋の中から。

幾つかの机が置かれた士官執務室には、今日は一人だけ。

ムネタケ提督――ヤマダさんを殺した人である。

 

元はフクベ提督が座っていた場所に、今は彼がいる。

データではなく並べられた紙の書類は軍のものだろう。

あまり見るものでもないなと思って、視線をずらす。

 

提督は唐突な訪問にも嫌そうな素振りは見せていない。

俺が副長と仲良くしているのを知っているのだろう。

ただ、ここにはアオイ副長がいないことをサラリと告げた。

 

「……いえ。

 提督にお話があって参りましたから」

「……アタシに?なにかしら」

 

副長は先程まで一緒にいたし、今回は提督に用事である。

けれど、俺個人にも業務的にも俺と提督の関係は薄い。

だからか、提督の返事は少し声のトーンが低いものだった。

 

これが或いは、俺の感情的なものを察したというのなら。

それは俺にとっての不手際というやつである。

俺は別に、提督に喧嘩を売りに来たわけじゃないのだ。

 

どうしたものかと一瞬途方に暮れかけて、目を閉じて。

胸元にあるお守りに手を伸ばしかけて、やっぱり止めて。

何処か願うような気持ちで、目の前の人を見た。

 

「軍事法廷……拝見しました。

 ヤマダさんには気の毒な事故でしたね」

「ええ、そうね。

 ……彼には申し訳ないことをしたわね」

 

そう言った提督は、どこか悲しそうな素振りを見せる。

それが本心から来るものかどうかは、俺には判別できない。

俺だって人のことを言えるほど、対人経験がある訳じゃない。

 

ヤマダさんを殺した犯人は、提督の部下の一人に“決まった”。

事実などは意味はなく、そうあるべき真実が優先される。

話は俺に関係の無いところで終わり、俺は関係ないままだ。

 

まあ世の中、というか、大人の都合ってそんなものである。

俺はやっぱり子供でよく判らないし、判りたいとは思えない。

多分、その部下の人にも見返りはあったんだろうね、ぐらい。

 

そのご都合を台無しにする以外、何の意味もない事実。

俺が知っていることを、提督が知っているかは知らないが。

そんなのは、この際俺にとっては割とどうでもいいことだ。

 

気の毒な事故と口に出ながら、胸元のお守りを取り出し。

小さなストレージ。小さなデータチップを提督の机に置いた。

俺を見る提督に視線に耐え切れず、俺は俯いた。

 

「――俺の持ってる分です。

 手持ちにはもうデータはありません」

「……そう」

「後は、プロスさんと副長に一つずつ。

 その行き先が何処かは二人にご確認を」

 

それが何のデータであるか、聞き返されることはなかった。

俯いたままの俺には、提督の顔を見ることが出来ない。

だからその声が、その応答が、一体どんな意味のものかも。

 

凄く静かで、言葉を選んでいるような響きはあっても。

実際に言葉にされることはなく、だから俺には伝わらない。

例え提督が後悔してても、言葉にしない限りは。

 

仮に。仮に後悔していたとして、それがなんなのだ。

そんなのは俺に関係ないし、伝えられても、正直困る。

俺にとってヤマダさんなんて、赤の他人に過ぎないのだ。

 

――そう。たかが、夢を少しだけ理解しちゃっただけ。

それだけの為に、色々なものを狂わせる事なんて選べない。

いつの間にか握っていた拳を緩めながら、俺は声を絞る。

 

「――復讐なんて無意味ですよね。

 それも、出会ってまだ数日だった人のなんて」

「……」

「仲良くしていけますよね。

 誰にも恨み合う理由なんてないですもん」

 

誰一人として、利益を奪い合う関係ではないはずだ。

例え被る範囲があったとしても、交渉の余地はあるだろう。

ならば共存できるはず。ならば協力できるはず。

 

無知な子供でも、無関心な大人でもなく。

無鉄砲な子供でも、復讐しかなくなった大人でもなく。

選択肢がある中でこれが正解であると俺は信じたい。

 

……復讐を。本当にしたいというのなら、きっと簡単だ。

後先を考えなければ、驚く程にすぐに完結するだろう。

ここは戦艦の中。機械のトラブルはいつでも起こりうる。

 

「次はないです」と。

自分でも口に出したか、思っただけなのかが判らない。

それほどに、俺は今自分の制御が出来ていなかった。

 

聞こえたかどうか、俺は視線を上げて提督を見る。

光の薄い鈍い瞳が俺を見ていて、結局、俺には判らない。

提督は複雑な感情を顔に浮かべてから、小さく哂った。

 

「お生憎様ね、ガキ。

 必要もないのに汚れ仕事はしないわよ」

「……それは」

「用が終わったなら出て行きなさい。

 言われなくても、精々利用させてもらうわ」

 

そうして、提督は俺から一切の興味を失ったかのように。

手元にある書類へと、その熱のない視線を戻した。

まるで俺なんていないみたいに、あっという間に切り替わる。

 

言われたことは、きっと俺の望んでいた通りの内容で。

ガキ、と言われたことに反発を覚えるよりも。

……寧ろ何処か、お前は関わるなと言われたような気がして。

 

あなたも、正義の味方に憧れた口ですか、とか。

必要悪であるとご自身をお考えですか、とか。

……やっぱり、する必要がなければしなかったんだ、とか。

 

色々なことが頭の中を渦巻き、感情にも言葉にもならず。

ただモヤモヤとした気持ちを胸に抱えたまま。

提督が俺を見なくなったことを幸いに、俺は退室した。

 

 

 

 

 

機動戦艦ナデシコは乗艦員ごと連合軍の所属になった。

俺の身分証にも新しく、連合宇宙軍の文字がちょろりと入る。

……なんとなくだが、少しだけ背筋が伸びる感じがする。

 

手は震えずとも、心が震えている気がする。

勿論感動とかではなくて、もっとネガティブな何か。

揺れる心と揺れる決意、振り子の方が法則性がある分マシだ。

 

とにかく、ナデシコも俺も軍属になったわけだが。

それはそのまま何処かの軍に配属されるってことではない。

況してや、どこぞの基地とかどこぞの艦隊には入らない。

 

ナデシコは、ムネタケ提督に降りてきた命令に応えて。

独立した形で行動し、作戦行動を行うって方針のようである。

実際にどんな命令系統になってるのかはちょっと謎だけど。

 

その作戦行動っては、地球上にゴロゴロしてるチューリップ。

活動中も不活動中も含めて計2637個もあるんですけど。

そいつらのお片づけをするのが主だったお仕事……らしい。

 

主要な土地にあるものでなく、僻地とか不活動中とか。

そういったモノについては、中々処理が回らないとのことで。

まあ体良く回ってきた気がしなくもないんだけども。

 

ナデシコのクルーに真面目に軍人が出来る気もしないし。

機体特徴的に考えても、単独行動が向いてる戦艦でもあるし。

特に表立って文句を言う理由とかもないので問題もない。

 

提督が言う通り、「尊い命を守る」ってのは、別にねえ。

それこそお題目としては文句をつけるような余地もないしね。

なんというか、なんとも言えない感じにはなんともなく。

 

そんなこんなで、北極海域のウチャツラワトツスク島で。

すっげえ僻地に取り残された某国親善大使の白熊の救出とかね。

地球上だから敵戦力データも相応に揃えられるわけであり。

 

機動力とか諸々を考えたら、余程のエラーがなければ余裕。

そして余程のエラーなんてものは中々起こりもしない。

流石に何時もよりブリッジは緊張してたけど、その程度で終了。

 

大した戦闘もなく、無事白熊さんは救出することは出来て。

提督は満足、乗艦員も多少の疲労とそれなりの達成感。

俺的には白熊さんが予想ほど可愛くなかったのが減点だった。

 

んで、今日は赤道直下にあるテニシアン島。

新型と思わしきチューリップが落ちたってことでその調査。

一応不活動中ってことなんだけど、どうなんだろうね。

 

場所的には、とあるお金持ちの所有している島らしく。

所有者さんが依頼したのかなんなのかは俺は知らないけれど。

浜辺は休暇用に貸してくれると話がついているらしい。

 

ネルガル的にも休暇扱いってことで、エリナさんもノリノリ。

そうなると基本テンション高めのクルーもノリノリ。

皆さんの居場所とバイタルチェック担当の俺はいつも通り。

 

いや、コミュニケ経由でデータ収集するだけなんで。

別に全然大した仕事でもないし、片手間にでもやれるけど。

こう……キャッピキャッピしてるのはちょっと苦手で。

 

別にビーチバリボー大会に参加とかも出来るけどねぇ。

運動が得意なわけでも、騒ぎたいテンションでもあまりない。

……別に女の子たちと遊びたい!みたいなのも、薄い。

 

なので、大きめのパラソルを幾つかと、テーブルとイス。

クーラーボックスには色んな飲み物と冷やしたお絞り。

医薬品を備えた簡易救護室の開設を取り敢えず担当してみた。

 

取り敢えず必要物資を運んでたら、アオイ副長も手伝って。

広げたパラソルの下にはいつの間にかホシノさんも居つき。

手伝ってくれていたプロスさんとゴートさんは将棋をしてる。

 

空を見上げれば雲ひとつなく、清々しい程の青空が広がり。

見回せば青々とした緑と整備された砂浜と透き通った海。

見下ろしてみると、小さな蟹が1匹カシャカシャと動いてた。

 

カシャカシャカシャと俺に気付いているのかいないのか。

普段は中々見ないものがこう元気にカシャカシャしてるので。

なんというかこう、ちょっと嬉しくなったのが声に出た。

 

「蟹だ」

「蟹だね」

 

相槌を打ってくれたのは、近くに座るアオイ副長である。

救護室開設を手伝ったため、色々混ざりそこねたのだろう。

結果として、相対的に仲のいい俺と一緒に蟹を見ている。

 

見ていると、蟹がカニカニと鋏を俺たちに向けて威嚇する。

カニカニカニカニと、実に愛らしい。白熊とは大違いである。

テーブルの上に乗っけようかと思ったが、止めておく。

 

「威嚇してるね」

「そうだね」

「タキガワさんが涎垂らして見るから」

「……食べないよ?」

 

流石に。

焼いても茹でてもあんまり食べるところもなさそうだし。

……美味しいのかな。そもそも食べれるのかなこいつ。

 

適当にネットで種類でも調べるかと思っていたら、動いた。

先程と同様にカシャカシャとその足で段々と離れていく。

その行くすえをぼんやり見ていたら、その先に人がいる。

 

若い男性、長身の姿に紫色のブーメランパンツ。

茶髪のロン毛がチャラチャラしく、なんともチャラい。

僕らのネルガル会長、アカツキ・ナガレさんである。

 

「……健康な男が二人で何してるんだい?」

「蟹を見てました」

「タキガワさんが美味しそうだって」

 

うん言ってないね。会長さんが若干ドン引きしてるね。

チラリと副長を見るも、しれっとした顔で会長を見ている。

抗議するまでもないかと思って、何かをいうのは止めた。

 

空気を変える為に、足元にあるクーラーボックスを開ける。

恐らく、会長さんも飲み物を取りに来たんだろうしね

一通り適当に入れまくってきたお陰で、まだ在庫は一杯だ。

 

「それで会長さん。

 飲み物でしたらここですよ」

「……ああうん、炭酸をもらうよ」

「会長さん、お絞りいります?」

「……ありがとう」

 

手を拭いて、口元を拭って。

そうして手に取ったボトルをプシューと開けて、一口二口。

一息ついたのか、会長さんは俺たちを見て口を開いた。

 

「……君たちは、地味だねぇ」

「会長さんが派手すぎるだけかと」

「だけかと」

 

流石にロン毛のパープルブーメランには勝てないし。

俺と副長はサーフパンツ、俺は上にパーカー羽織ってる。

……いやあ、人様に見せられるような身体ではないもんで。

 

なにせ貧弱な坊やですからね、こちらは。

副長ですらまだ結構引き締まってるし筋肉ついてますしね。

ああそうさ、俺は格闘技の訓練なんて受けたことないからね。

 

目の前にいる会長殿は、なんとも引き締まった身体である。

日にも焼けて、すごく自信満々というか、そんな感じだ。

しかし、その会長はなんか、凄い戸惑った感じで俺を見る。

 

「その、会長って呼ぶの。

 二人共、止めてくれないかな」

「……隠してる積もりだったんですか?」

「……なかなか手厳しいね」

 

隠しているんだろうなぁとは何となく思ってはいたけど。

どうしようかと副長を見ると、意味もなく力強く頷かれた。

なんだか良く判らなかったが目を逸らさずに聞いてみる。

 

「……会長ですよね」

「……今のボクはただのパイロットさ」

「…………会長、ですよね?」

「…………お忍びなんだよ、判ってくれよ」

 

じっと見ていたら、目を逸らされたのでなんか満足した。

うん。実に真っ当そうな人で、中々安心である。

駄目なのはあれだな、ナル寄りのファッションセンスだな。

 

強い日差しが大地を叩き、煌く光が視線を焼く。

手元にあるウィンドウの光点の一つが森の奥へと進んで。

砂浜ではマッシュルームが美味しく焼きあがっていた。

 

 

 



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26

 

 

 

「――いやしかしプロス君から聞いた通りだね。

 優秀でよく気がつくけど、ちょっとアレだって」

「……アレってなんですか?」

「タキガワさんから優秀と気配りを引いて残るものだよ」

 

何が残るんだろう、いや本当に。

これといった特徴は俺は持ち合わせていないと思うのだが。

……普通、普通でいいや。大人しい普通系男子だな。

 

なんでもいいが、今日の副長は色々とブッ込んで来ている。

何荒ぶってるんだろうか、遅めの反抗期なんだろうか。

ここは年上の度量で受け流してすっ転ばせなければいけない。

 

さてどうやってすっ転ばすかと、アオイ副長を横目で見る。

俺を見ず、アカツキさんも見ない視線の先はウィンドウ。

開いたままの所在地情報、幾つもの光点が浮かぶのを見ていた。

 

「……艦長の居場所?」

「艦長ならテンカワ君を探してたよ?」

「知ってる」

 

知ってるんだぁ。まあそうかなとは思ってもいたけれど。

まさかそれで不機嫌になってるとかではない、よねえ。

んー、どうなんだろうか。一応気を使うべきなのかなぁ。

 

正直どこまで踏み込んだものかって、よく判らない。

そんな重い話でもないし、聞いてみるだけしてみるか。

答えないならそれでいいし、答えるならそれはそれでだ。

 

「……いいの?」

「良くはない」

「そっか」

 

別に構わないけど、不機嫌にはなるってところなのかね。

じゃあ俺から特になんかいうことでもないだろう。

誰かを応援する理由も応援しない理由も、俺にはないからね。

 

一瞬色恋沙汰な話に寄りかけて、その上に沈黙が広がり。

ふと気がついたら、アカツキさんがむずむずしていたので。

何か?と話を促してみたら、視線を迷わせてから口を開く。

 

「……副長は艦長が好きなんじゃないのかい?」

「好きですよ」

「好きですけど憧れの方が強いんですよ、この人」

 

好きなんだけど、恋愛的にかというと微妙な感じみたいな。

俺は割と近くで見てるから、副長がどう思ってるのか。

なんとなく予想がつくし、多分それで当たってるとも思う。

 

要は、幼い時から超級美少女で超性格良くて超優秀。

嫉妬して追いつこうと努力して、近づくことで凄さが判って。

彼女こそがなりたかった自分の理想であると気付いちゃって。

 

駄目なところがあるとは判ってるけど、それでも。

副長にとっての“理想”の塊として、現実に生きているのだ。

好きだし独占欲も湧くけど、恋愛以上に憧れが強いまま。

 

ああうん、恋愛というかそういう気持ちもあるだろうけど。

そこらへんは流石に10年以上の感情だろうし判らない。

アカツキさんも「艦長は完璧超人だしねぇ」と納得している。

 

「だからこそ、なんでテンカワさんをって。

 多分この人はそんな風に考えてるんですよね」

「……人を見透かすのはやめてくれないか。

 大体合ってるのが、それはそれで結構嫌だ」

 

副長にとっては、自分が艦長の相手でなくてもいいのだ。

ただそれが納得するというか、理想を崩さない相手であれば。

そういう点で見ると、テンカワさんはきっとコレジャナイ。

 

……という俺の推測も大体あっているとの判定が下った。

ちょっとばかりふくれっ面になっている副長。

わざとらしくその顔を覗き込むようにして、聞いてみる。

 

「若干イラってするー?」

「イラってするー」

「……仲いいねぇ、君たち」

 

うむ。お互いに煽りあえるいい仲だと自負している。

流石にアカツキさんは、何処か呆れたように俺を見てくるが。

その視線も決して固くない柔らかいもので、案外好ましい。

 

俺は、あれだからね。

基本的に無責任に言える場所から言いまくるだけだからね。

踏み込みすぎず、自分に責任がない振舞いが肝要である。

 

踏み込まずに、想定される問題をね、遠回しにね。

俺に色々回ってくる前に、消火出来るならしておきたい。

例えばテンカワさんとか、テンカワさんとかの話だが。

 

「まあそれはともかく、アカツキさんも。

 ……あんまりテンカワさんを苛めちゃダメですよ?」

「うん?」

「あの子、結構繊細ですからね。

 溜込みも爆発もするタイプなんで、程々に」

 

彼は彼でいっぱいいっぱいというか、普通に限界近いので。

地に足がついてないというよりは、付けるべき地がないのだ。

……普通に考えて、同情できる要素で満載なのであるよ。

 

施設育ちで故郷が爆散して避難民でパイロットやらされて。

フクベ提督でユートピアコロニーでユリカ艦長で。

落ち着いて考えて欲しいが、彼はまだ18歳で未成年だ。

 

子どもだよ。子どもだよね。俺よりも歳下である。

多くのナデシコクルーと違って、相対的に普通の子でもある。

天才として特別に育てられたメンタルを持ってもいない。

 

……それとは別に、立派に自活してる社会人でもあるが。

そこらへんについては、あんまり俺が口を出せないけれども。

少しぐらいは、気を使ってあげたいなぁとは思ってはいる。

 

心配なんだよね、単純にね。

どうにも出来ないもので困っている人は、流石に不憫だ。

そう思っている俺に、アカツキさんは何故か目を見張る。

 

「――――そうだね。

 確かに配慮が少し足りなかったかもしれない」

「ま、程々なら大丈夫なんで」

「……しかし、マイペースだね君。

 掴みどころがなくて、少々戸惑うよ」

 

……むう、マイペースと言われても。

正直あんまりいい意味で使われることって少ない言葉だ。

俺はそんな積もりはないが、掴みどころがないんだろうか。

 

どうなんだろうと思って、副長を見てみる。

何かしらのコメントか反応が見れるかなと思ったのだが。

その副長はこちらを見ずに、別の話題を口にした。

 

「――で、そのテンカワなんだけど。

 どうやら森の奥に進んじゃったみたいだよ」

「森の奥?」

「島の所有者の別荘の近く。

 ……いや、位置からすると別荘の中かな?」

 

別荘の中ということは、招き入れられたってことかな。

……ここって、厄介なお嬢様が住んでるって聞いたんだが。

一応来る前に大体の情報は副長と一緒に確認している。

 

確か、少女漫画家を誘拐して自分用の漫画を描かせるとか。

パーティーの食事に痺れ薬混ぜたりだとか、色々をやらかす。

ネルガル級の大企業、クリムゾン家の一人娘って話だが。

 

……彼女から招き入れられたってことであるよねぇ。

テンカワさんって、見た目的にそこそこ整ってるよねぇ。

チラリと横を向けば、俺たち3人の視線が交差した。

 

「クリムゾン家のお嬢様……」

「テンカワさん大丈夫かなぁ」

「ロボアニメ男と少女漫画女。

 ……うん、大丈夫だ」

「問題が起こる要素しかないね」

 

真っ当な構成要素が何処にもないと、寧ろ安心する。

大体ここまで来たら、何かが起こるのがほぼ確定である。

それは、この3人での共通認識として同意を得られた。

 

――まあ、取り敢えず、助けにいくのは確定としても。

ぱぱっと連れ戻しに行くのか、それともどうするものか。

無事に戻ってくる可能性も、万が一にあるかもしれないし。

 

そろそろ、予定していた撤収時刻も近くはなってきた。

先に新型チューリップを解決するのも、なくはない。

まあ判断するのは副長かと思った矢先に、彼が手を挙げる。

 

「――もう一つ、提督が埋められてる。

 砂浜で焼きムネタケが出来上がってる」

「あ、ごめん、それはボクたちだ」

「……埋める?なんで?」

 

訳が判らんが。聞かれたアカツキさんも首を捻った。

つまりはその場のノリとか、天気が良かったからだろう。

それなら仕方がないと納得出来たので、それはいい。

 

っていうか、炎天下で砂浜に埋めるとか。

……正直ちょっと危なくねと、普通に心配なんだけど。

大丈夫かなあの人。そんな丈夫そうでもなさそうだし。

 

様子を見てみようと、こっそり出した通信ウィンドウ。

提督から見えない程度の位置で、小さめに。

……なんか、元気そうである。案外心配いらないかも。

 

「ええと、どっちを先に助けましょうか」

「……あーうん、微妙にどっちも危ないね」

 

――というわけで、そういうわけで。

恐らく命の危機にはならないと、テンカワさんを放置。

チューリップ調査後に、改めて迎えに行く方針になった。

 

皆さんに撤収の連絡をし、提督を引っ張り出して。

まるでキノコ狩りみたいだと思っていたらまた蟹がいた。

先程と別個体だろうが、コイツもまたカニカニして可愛い。

 

「蟹、連れてっちゃ駄目かな」

「すぐ食べるの?

 それとも育ててから食べるの?」

「食べないよ?」

 

やっぱり面倒見きれないと諦め、泣く泣く別れを告げる。

別れは惜しまぬというつもりか、蟹はこちらを振り向かず。

俺は、シャカシャカと遠くへと旅立っていくのを見送った。

 

その後は、みんなでナデシコに戻ったのだが。

その中に艦長の姿はなく、なんとテンカワさんを追ったまま。

副長の指示でチューリップの調査をしたのだけれども。

 

新型チューリップの周りを囲む、クリムゾン製のバリア。

それの解除スイッチを持っていたのが、当のお嬢様であり。

テンカワさんと心中しようと痺れ薬を盛って、解除。

 

色々危険なような、そうでもないような。

微妙な空気の中で、テンカワさんは無事な姿で艦長が保護。

その艦長たちを、調査を終えたエステバリス隊が回収した。

 

あ、新型チューリップは巨大ジョロの輸送ポッドだった様で。

正直、色々な策を検討しているのではとのことではあるが。

肝心の増援機能を無くして、一体どうするのだと俺は思った。

 

 

 

 

 

夜半のブリッジ。あ、宇宙標準時間の午後11時頃。

こんな時間にブリッジにいるのは、大体半分俺だけである。

業務ってほどの業務も中々ないもので、ちょっと困る。

 

何せ、本気を出せば大抵はあっという間に終わるのだ。

IFSで電子の世界に飛び込めば、数千倍速じゃきかない。

ああ、その分精神的にも負担は大きいんだけども。

 

下手にIFSを使ってしまうと、相対的な勤務時間が長くなる。

思考速度を加速してしまえば、体感時間も長くなるのだ。

勤務時間の全てを加速していたら、多分俺はすぐ廃人である。

 

それに、使った分のエネルギーの摂取もしなくちゃだし。

体質的に消化機能は強いけど、代謝自体は普通の人間並み。

取りすぎも使いすぎも、どっちも身体に負担があるのだ。

 

食べなくていいなら、普通の量しか食べない時もあるし。

消化器系にあるナノマシンも時々は休めてあげたいし。

というわけで、普段は加速せずにIFSを使うわけである。

 

んで、加速しないとなると、それはそれで暇である。

俺の一部だけで処理が間に合うので、他事が出来てしまう。

まあ大概は、適当にゲームでもしているだけなのだが。

 

そんな感じで、適当にシミュゲってる今日この頃。

普段なら誰一人として邪魔の入らない、この優雅な駄目空間。

入口がいきなりスライドしたものだから、俺は驚いた。

 

「――へっぷ」

「なんだ今の声。

 タキガワか、タキガワが出したのか?」

「……ウリバタケさんです?」

 

振り向いたその先には、端末を抱えたウリバタケさん。

変な所を見られた気がするが、多分気のせいである。

ウリバタケさんもそのまま普通に近寄ってきたからだ。

 

いつも通り、整備服を着込んでいるけれど。

夜勤なのかな、それでも、なんでブリッジに来たのか。

……普通に考えたら、ブリッジクルーに用事、か。

 

「夜で、俺しかいませんけど……。

 どうかされましたか?」

「ああ、お前に話があってきた。

 前に頼まれた件なんだが」

「……オモイカネの話です?」

 

一つだけある心当たりに、ウリバタケさんは頷き。

俺の近くまでつかつかと近寄ってきて、端末を置く。

見ろと言わんばかりに、その画面を指差した。

 

「あの後、一通り調べてな。

 少なくともハードには問題はない」

「はあ」

「んで、ソフト面をな。

 洗い出すためにシミュレータを何度もやらせたんだ」

 

戦闘シミュレータ、か。総当たりをしたってことか。

よく使われるのはパイロットの訓練用であるが。

他にも操舵士用とか、指揮官用のだとか、種類は多い。

 

それらを一通り、何千週もやらせたと彼は言う。

相手はAI、高速思考で疲れ知らずで幾らでも試行出来る。

設定もマクロを組んで、ほぼオートだったとのこと。

 

「んで、理由が確定した。

 ――オモイカネの学習プログラムだ」

「……学習プログラム?」

 

なんで学習プログラムが、と疑問に思った俺に。

ウリバタケさんは新しいウィンドウを開いて見せてきた。

そこに開かれていたのは、何かのログと戦闘記録。

 

「あー」

 

よく見なくても、数秒でいつの記録かが読み取れた。

これあれだ。地球防衛ライン突破の時の戦闘記録だと思う。

この時が原因といいたいのなら、理由は明確である。

 

つまりは、木星トカゲ以外を敵として判断したことがある。

その経験から判断すれば地球軍は味方とは限らない訳で。

……そういえば、このすぐ後にこの異変が出てきたんだね。

 

「……ええと、対策は?」

「問題はオモイカネの思考だからな。

 思考は今更弄るのは難しい、そこで」

「そこで?」

 

ここまで判ってるなら、何らかの方針は考えているだろう。

そう思った俺の想像は間違ってなかったらしく話は続く。

こういう時は、素直に感心した振りで話を聞いておくべきだ。

 

「――敵識別をさせなければいい。

 それこそ、一般的な奴に入れ替えれば終わりだ」

「一般的なのって?」

「自動でデータベースと照合するタイプの奴。

 普通の戦艦が使ってる奴だよ」

 

……ああ、そりゃそうか。そりゃそうだよな。

高度AIを積んでない戦艦もあるんだから、そうすればいいのか。

普通に考えたらそっちの方が主流でもおかしくないぐらいだ。

 

「っていうか、なんでAIに判断させてんだ?」とウリバタケさん。

そういやどうなんだろう。纏めたのは俺だけど、パーツは違う。

……用意されてたのを組み上げただけだしなぁ。正直判らん。

 

「んで、そっちがよければ。

 こっちで処理しちまうけど、いいか?」

「いいんですか?」

「エステバリスとかにも影響出るからな。

 下手に分業したくねぇ」

 

ん、それ言われたら俺も他に影響出るんですけど。

というか影響出るか判んないから、結局自分も触るんですけど。

……でもいいかと聞かれたら、良くないと答えるのもねぇ。

 

事実として、もう既に解決法を探ってくれていたわけで。

現状俺よりも仕様に詳しいんだから、ゼロからの俺よりマシ。

うん、ババを引くなら自分でいいやと俺は小さく頷いた。

 

「艦長にも俺から話持ってくな。

 入れ替えるときはまた連絡するわ」

「ああ、はい、お願いします。

 ご面倒お掛けします」

 

調査作業を纏めてぶん投げたことも含めて、である。

調査して対応考えた人が今後のこと考えた方針を提示して。

そこまでやってもらったら、他に言えることなどない。

 

まあ識別からオモイカネの手を引かせるだけだし。

あんまり大きい影響もない……といいなぁとは思うけど。

後はオモイカネ自身の、統合軍への意識もなぁ、そのうちね。

 

だって、今回の対策だとそこには一切触れていないし。

思い浮かぶ範囲で、そこらへんに抵触しそうな件も調べなきゃ。

人に投げて楽が出来ると思ったら、また大違いであるものだ。

 

じゃあな、と足早に去っていくウリバタケさんを見送って。

気を取り直した俺は再度、シミュゲに意識を向ける。

まだまだ朝までは時間が長く、暇な時間が続きそうだった。

 

 

 



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27

 

 

 

クルスク工業地帯。軍需産業、とりわけ陸戦兵器で有名。

一世代前の兵器まではかなり栄えていたとのことだが。

無重力下の生産の方が都合がいい兵器も増え、少し劣勢に。

 

そんな経緯で現在では半分、昔の兵器の博物館みたいな。

そういう扱いを受けている時代の流れに負けちゃった地域である。

あ、別に部品の生産はしてるんで、まだ過疎ってはないけども。

 

しかし、この工業地帯に、木星トカゲの新型兵器がドーン。

まるで蝸牛の殻に、筒がついたようなそんな感じの見た目の。

パッと見ただけでも遠距離砲台と判るアレである。アレだ。

 

「司令部ではナナフシと呼称されてるわ」

 

という提督の言う通り、大分細長い見た目をしている。

しかしそのナナフシに、軍の迎撃部隊が3回も撃破されている。

結局、その新型兵器の破壊はナデシコに回ってきたわけだ。

 

「――そこでナデシコの登場!

 グラビティブラストで決まりっ!」

「遠距離射撃ってわけだね」

「グラビティブラストのチャージ後。

 山間より出て、ドーンと決めちゃってください!」

「残念ながらそれじゃダメなのよね」

 

相手が固定砲台であるならば、近くによる必要はない。

ナデシコは宇宙戦艦だ、大気圏内でも射程距離なら負けはしない。

火力も十分、敵前に姿を晒すのはそれこそ一瞬で済むだろう。

 

作戦はシンプルであればあるほどに、当然リスクも低くなる。

エステバリスを発進しなくても、そして交戦することがなくても。

倒すことが出来るのならば、それ以上に安全なことはない。

 

そこに口を挟んだのは、任務説明後黙っていた提督である。

パチンと鳴らした指に従うように、ウィンドウが展開された。

……あ、ここら辺の仕込みは、大体俺が準備してあったり。

 

開かれるウィンドウ、そこに広がるのは当然敵の情報である。

そこで一番ポップアップされているのが対空攻撃システム。

重力波レールガンによる、超長距離砲撃が敵の主軸攻撃だった。

 

その広範囲の射程と超威力はナデシコよりも圧倒的である。

そして、それを支えるのが無人兵器による索敵領域と弾幕の量。

ミサイル類は効かずナデシコの最大射程より探知領域は広い。

 

「見ての通り、撃ち合いじゃ負けちゃうの。

 だからこそ、アタシのナデシコに回ってきたわけね」

「……なるほど。

 ですが提督、随分と詳細なデータですけど」

 

ふんふんと、ウィンドウを一枚一枚引っ張り見ていた艦長。

確かに、情報量としてはただ貰ったというだけには遥かに多い。

かなりの情報を集め、その上で数人で分析した結果であろう。

 

分析とかで引っ張りだこの俺が、今回はノータッチであるので。

提督が集めるとしたら、連合軍から貰ってきたことになる。

……当然、能動的じゃないと集められない部分もあるだろうに。

 

そのことに、艦長も気づいたのだろう。

あまり人に借りを作るのを、良しとする提督でないと思うが。

しかし、その提督は腰に手を当てて実に嬉しそうに笑った。

 

「おっほほほ!

 連合軍が無様に負けた相手よ、当然でしょ」

「はぁ」

「そんなのに、アタシのナデシコが無傷で勝つ。

 これほど愉快なことはないわね」

 

……ああ、なるほど。そういう事なんですね。

今のナデシコは、提督にとっては運命共同体も同然な訳で。

ご自身のためという前提があるにしろ、なんというか。

 

それこそこんな言い方しなければいい提督で終わるのに。

いい人ではないが、嫌いになりきれない原因はこういう所だ。

明確すぎて、隠しすらし無さ過ぎて、憎みきれない。

 

強い権力欲と名誉欲、それを下品な程に表に出したまま。

欲望の炎がその瞳に宿り、ギラギラと輝かせる。

そして、提督は不敵に笑う。俺たちみんなの視線を受けて。

 

「……目指すのは無傷で勝利。

 それならアタシもあんたたちも万々歳よ」

「……提督」

「艦長、やっつけなさいな。

 これ以上ないほど、鮮やかにね!」

「――ハイッ!

 ありがとうございます提督!」

 

それを受けた艦長は、太陽のような笑顔で頭を下げた。

どちらも輝くものでありながら、全く種類は別のものである。

地獄の底からの熱量と、遍く照らす日の光だと俺は思った。

 

清々しいほどに、汚い。いっそ笑えるほどに打算塗れだ。

だからこそ理解しやすくて、我慢しようもあるかもしれない。

利害が一致する内は裏切らないとある意味信じられるから。

 

詳細な情報を手に入れた艦長は、まもなくして作戦を決めた。

超超高度からの、地表へのグラビティブラストの一撃。

丁度火星への降下時にやったのと似たようなものである。

 

レールガンの照準が周辺にある無人兵器を利用したもので。

現在までに、ある一定以上の高度からは攻撃しないことから。

艦長はそれが最適であると判断し、実行するに至った。

 

念の為に多少、悟られない様に遠回りのルートで。

結構時間は掛かりはしたが、無事に一度の放射で撃破した。

……勿論、相手の砲撃を受けることなく終了したのである。

 

――欲望とは、人間の動力源だと聞いたことがある。

綺麗だとか汚いだとかは別として、なければ生きていけない。

とにかくナデシコと提督は協力していけると、俺は感じた。

 

 

 

 

 

機動戦艦ナデシコ乗艦員は、ネルガルの契約社員である。

自動更新型の期間契約で、雇用契約は一応本社としている。

つまり俺たちは、こう見えて真っ当にネルガルの社員である。

 

ネルガルっていうのは、地球圏でもトップクラスの大企業。

大企業っていうのは、なんだかんだで色々と見る目も厳しい。

贈収賄もそうだが、勿論労働条件も世の中は甘く見てくれない。

 

当然福利厚生もしっかりせざるを得ないわけなのであり。

乗艦員の健康管理も、会社の義務として行わなければいけない。

そう。一年に一度の健康診断を実施する必要性が出てくるのだ。

 

ここで考えて欲しいのは、失われた8ヶ月である。

年が明けてからそう経たない内に、ナデシコは時間を越えた。

一年の3分の2はそれだけで過ぎ去ってしまったのである。

 

この間に、一応死亡判定が下っていたりしたらしく。

会社や生命保険の死亡給付金だとかが家族の方に支払われて。

今回生きてたことで、それが取消しになったりもしたのだが。

 

代わりに労働拘束がされてたとして、お給料が発生したり。

家族がどうしてたかで、色々問題が発生した人もいるようだが。

そこらへんは俺が処理してないので知った話ではない。

 

とにかく一年の間に健康診断をしなければならなく。

気がつけば、一年はもうすぐ過ぎ去ろうとしているわけである。

――――そうして、ナデシコは緊急健康診断祭りになった。

 

補給と点検の為に寄ったドックの中の、会議室。

ナデシコ内部だけで出来なくはないんだけど、人数が人数だ。

借りた幾つかの大部屋を使って、一日で行うことになった。

 

寝巻きに近いハーフパンツとTシャツに羽織ったパーカー。

検診用のチェックシートに持ってきた幾つかのファイル。

慣れっこだが他の人よりも、そのファイルの分荷物が多い。

 

「――お、タキガワさん」

「テンカワさん。

 どうだった、身長伸びてた?」

「少しだけな」

「許せん」

 

身長・体重測定後、幾つかの検査をどの順で受けても良く。

何処が空いているかなと見ていたら、視力検査にテンカワさん、

ちょっと並んでいたが、話相手がいる方がいいだろうと続く。

 

そして、取り敢えず気になる身長がどうだったかを聞いて。

少しだけとは言うが、元々俺とテンカワさんは結構差がある。

差が増えるのは許せない。あ、勿論俺は一向に伸びてない。

 

いいんだよ。別に小さすぎる程小さい訳ではないし。

また後で副長にも聞かなくては。伸びてたら削がなくては。

新たに決意を固めていると、テンカワさんの視線に気付く。

 

視線といっても、俺の顔を見ているとかではなくて。

俺の持っているファイルを、なんだろうという顔で見ている。

……気になるなら聞けばいいのに。大したものじゃない。

 

「コレが気になる?」

「あ、うん。

 何持ってるんだ?」

「しんだんしょー。

 俺にはこれが必要なのだ」

 

興味があると答えたので、バッと開いて軽く見せる。

医療用ナノマシンに関わる診断書。消化器系の関係が多い。

……ファイルが複数になるぐらいには、量もあったり。

 

診断書、と言われて一度ピクっとしたテンカワさんに。

見てもいいよと俺は頷いて、そのままファイルを手渡す。

別に問題あるような個人情報は入っていない。身長とか。

 

「……ナノマシン結合生育者?」

「おー。

 小さい頃から医療用ナノマシン入れてるもんで」

「ふぅん……」

 

赤ちゃんの時にちょっとした事故があって、それから。

俺のお腹の中の結構な割合がナノマシンで出来ているのだ。

ああ、とはいえ別に健康に支障があるレベルではないけれど。

 

そういう人は珍しいって程でもなく、結構ゴロゴロしてるが。

危険度が低く特別扱いはされていないので知らない人も多い。

テンカワさんも知らない方に入るのか、ぼんやりした顔である。

 

「あんまり小さい時に強いナノマシン入れるとね。

 成長する中で、内臓とくっついて取れなくなるんだよね」

「……大丈夫なのかそれ」

「大丈夫は大丈夫なんだけど。

 こういう時には、こうやって診断書が必要になる」

 

支障があるとすれば、まさにそれだけなのだ。

診断書がないと一から検査になるので、ぶっちゃけクソ面倒。

代わりに診断書があればそれのコピー渡して素通り出来る。

 

まあ、それでも数年に一度くらいは軽く検査もするけど。

俺はIFS入れた時に検査しているので、まだ当分しない積もりだ。

……公的にはもう2年経つから、もうした方がいいかもだけど。

 

「ま、生体と絡むからね。

 一部謎進化を遂げるナノマシンもあるけど」

「謎進化って」

「謎進化は謎進化だよ。

 俺にも正体不明のログデータとか入ってるし」

 

人体がまた自然発生するプログラムなものである以上。

それと結合して育ってしまうナノマシンも、謎進化しやすい。

ま、謎進化と言えど、大抵は想定の範囲内の中に収まるが。

 

そういうこともあるので、基本的には幼少期の投与はしない。

俺は本当に中身がぐちゃぐちゃになったのでやっているが。

……正直、全く記憶のないレベルの昔なので、よく知らない。

 

んで、俺の中にはよく判らないログみたいなのがある。

更新履歴は俺にナノマシンを投与したのと、ほぼ同時ぐらい。

大体20年の間、一切動いていない一連のデータ群。

 

危険度はない、と思う。今までのお医者さんたちもそう見た。

正体不明という言葉を聞いて、若干引き気味のテンカワさんに。

そう言いながら、俺はその一部を空中のウィンドウに広げた。

 

./eesnalfanAY EtAYzEYy ./aem yyEYtAYm aroy err Ex ./.m.a.m

ga t.z.j AnNt ./mNrNw zz aem eit rras err Nx ./kNua zz ga

NzUd atramA err Ux ./aemA elle tnErNYh ejeAY err Ax ./udood

egev tu aAv ga aemA yNytAm ./largAY AYwAr zz ./NmUrNt zz

.t.z.j err Nx ./EYLjAlAYj zz .x.z.z .s.s.l.h .z.d err Ex

./aleahps elle roy AwAYr ./OTIKA NYLmNYrNw seju NYLkUuEYa

zz eit tnrNYh aroy err Ax atramA elle AmrAYt./aroy staaw

sos dohtem AYLtAzAYj ./heEtEYzEYLj dohtem err Ax

 

「……なんだこれ?」

「一連のデータの最終部分。

 完全に正体不明の文章だから、謎進化」

「うわぁ……」

 

正しくはそのデータを無理やりコードに当て嵌めたもの。

初期状態だと、全く意味不明な記号がズラリと並ぶだけだ。

大量にコードを当てはめて、それっぽくしたのがこれである。

 

何が謎って、恐らくだけども意味のある文字列っぽいこと。

結構使っている単語らしきものには重複するものも多いため。

……解読できるかもと思ったけど、結構普通にできなかった。

 

多分、何かの入力データではないかとは俺は思うんだけども。

かと言って欠片も解読できないようでは、意味がない。

仮に入力データだとして、一体なんのという話になるしね。

 

普通は。ここまで整ったデータになるはずがないんだが。

あくまで自然発生的なランダムデータでしかないはずだけど。

何が起こってこうなったんだろうねという、不気味な話だ。

 

ま、そこまで細かい話をする必要はないんだけどねっと。

ここまで説明してしまうと、その人に心配をさせるだけである。

なのでいつも通り、同じ状況の人には良くある事と説明する。

 

実際にして、ランダム文字列ぐらいはみんなあるので。

ただ俺はランダムっぽくない文章が、やたらと多いだけだ。

心配することじゃないと自身とテンカワさんに言い聞かす。

 

「良く判んないけど。

 ……取り敢えず、お大事に?」

「うん、ありがと」

 

……自分の身体の中にあると思うと、一応怖くはあるけどね。

受信用発信用何れともくっついていないから今更動かない。

動いたとしても、悪さは出来ないから、問題としてはない。

 

相当頭のいい人達と、本気で考えた時期もあるけどね。

世の中には考えてもしゃーないことがあるってことで諦めた。

流石に、未知の言語を最初から解読する気にはなれない。

 

そんなこんなで、一瞬微妙な空気になりながらも。

無事にナデシコ健康診断は終わり、また平常業務に戻った。

……ちなみに、副長は若干伸びていた。いつかまた削ぐ。

 

 

 



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28

 

 

 

12月。ナデシコイン横須賀ドック。

海は好きだが、冬の海はそれほどでもない。なにせ寒いし。

泳ぐのも海産物も好きなので次は夏に来たいものである。

 

どうやらクリスマスはこの都市で過ごすことになりそうで。

艦内はネルガル主催とアカツキさん主催の二つのパーティ。

同時にあるそのどちらに参加するのかが専らの話題だ。

 

ネルガル主催が、艦長副長ウリバタケさんが中心で。

アカツキさん主催が、大体業者に任せきりって感じらしい。

どちらかと言えば派手なアカツキさんの方が人気の様だ。

 

「タキガワさんはどっちに?」

「俺は美味しいご飯がある方に行くよ」

「君はそういうやつだよ」

 

どっちにも参加して取り敢えずメニュー一周が基本である。

二週目以降はよりご飯が美味しい方で食べるべきだろう。

美味しいご飯は大好きだ。それ以上に優先されることはない。

 

しかしまあ、最近は本当に食欲の権化扱いされて困る。

本来の俺の代謝自体は普通で、殆どナノマシンだというのに。

IFSも医療用も稼働させなければ普通の量でも構わないのだ。

 

……ナデシコに乗っている時点で、無理な話はともかく。

ちょっと、ナデシコを取り巻く情勢が変わってきたらしい。

どうやら地球上ではなく、月面の方に移動するとのこと。

 

二週間ほど前に、月の軍勢力下で謎の大爆発が発生。

そちらの月面方面軍に、ナデシコを再編成する予定であると。

横須賀ドックで乗艦員に、軍人さんたちはそう言った。

 

本当は俺たちも軍属ではなく軍人にしたいのだろうが。

ネルガルと統合軍で、色々取引をしているのは周知のことで。

まだまだそうなるには、ネルガルの方が有利な様である。

 

その代償行為なのかなんなのか。新たに軍人さんが一人。

イツキ・カザマ少尉、黒髪ロングの若い女性パイロットだ。

黒くて格好良いエステバリスと一緒にナデシコにやって来た。

 

綺麗に着込んだ制服と、伸びた姿勢は実に真っ当。

反射的にウチのパイロット組を見て、すぐに目を逸らした。

もしもまたあのキテマスワーの人と目があっても困る。

 

時々チラチラと見られているのは知っているが、怖い。

特に俺がテンカワさんや副長といる時に視線を感じるのだ。

それはともかく、人事異動はそれだけで終わらなかった。

 

「――俺はお払い箱っすか」

「何時までも素人にエステを任せる訳にもね。

 アンタは一度戦場から離れるべきよ」

 

一人増えたパイロットの代わりに、テンカワさんが。

パイロットとしてだけではなく、コックとしても下艦する。

急な出来事に茫然自失としたのは、本人だけではないだろう。

 

というか、なんで急にって感じでしかないんだけど。

確かに俺はテンカワさんがエステバリスに乗るのは反対だが。

ナデシコから降りるということまでは欠片も考えていない。

 

いや、PTSDの疑い的には戦場から離れた方がいいんだろうが。

それでも、コックが余ってるかというとそうでもないし。

コックとしてのテンカワさんを降ろす理由なんてないだろう。

 

――――とは、俺は内心思ってしまうんだけど。

提督が言っているのも、実際徹頭徹尾全く正しいなとも思い。

思わず口を挟んでいいものかと迷い、その機会を喪った。

 

カザマ少尉がその手を握り、お疲れ様でしたと一言言って。

そして荷物を持ったテンカワさんと引き止める艦長が言い合い。

最初にタイミングを逃した結果、それは決定事項になったのだ。

 

少尉が言った、「また戦争後には笑顔で会える」というのは。

それはそうであればいいなと思うけど、正直不完全燃焼だ。

…………なんというか、「これで終わっちゃうんだー」的な。

 

取り敢えず俺に出来ることは、一体何だろうかなぁと。

一瞬考えて、取り敢えず困ったら連絡してねってメールした。

あんまりに急な話だし、困らないはずがないと思ったのである。

 

なんだかんだで未成年、住む場所とか難しい所もあるだろう。

住み込みで働ける場所を探すのも、簡単ではないんじゃないかなぁ。

最悪、当分の間は収入がなくても生活出来るとは思うけども。

 

一人連絡船にのって、ドックから離れていくテンカワさんを。

どんな顔をして見送ればいいのか判らず、ただ曇った。

こんなクリスマスだなんて、正直なんてこったという感じである。

 

 

 

 

 

あ、結局二つのクリスマスパーティは合同になりました。

元々何のパーティかは同じだったわけで、合体も楽チンである。

残念なのは、二種類の料理を食べられなくなったことだった。

 

……正直、貪りたいと思うほどのテンションでもなかったけど。

俺は結構繊細さんなのである。落ち込み癖がついているというか。

基本的に色々気にする質なので、引っかからずには居られない。

 

とはいえ、苦い思いをパーティ中に振りまくのもね。

切替えられずとも、表に出さないぐらいはできるし、そうする。

華やかな飾りや美味しいご飯は、そうでなくても気分を上がらせる。

 

ちなみに、合同しつつも主となったのはネルガル主催の様で。

艦長のエステバリスを筆頭に、色々なコスプレが闊歩していたり。

俺もそれに倣って、神主っぽい服装で参加することにした。

 

服の調達はナデシコ冠婚葬祭用の機材の中からパクもとい拝借。

着付け等はネットで見ながら適当、それぐらいには不器用でない。

優しい系の神主さんになったと自負している次第でございます。

 

曇ったままの艦長や、今一不穏当なミナトさんゴートさん。

それらをそっと見なかったことにして静かに食べる俺の前に。

ピコン、と木星トカゲが出現したとポップアップが広がった。

 

「川崎シティに木星トカゲが出現」

「……総員戦闘態勢に移行!

 エステバリス、各機出撃してください!」

 

ホシノさんの報告に艦長の指示が飛んで、みんなが走り出す。

俺も持ってたお皿とフォークを近くのテーブルに置いて。

走りながら持ってたグリップコンソールを握り起動させる。

 

俺の役目は指揮でも動かすことでも戦うことでもない。

ただ繋げること。情報を集め分析し必要な所に提供すること。

俺とホシノさんが集めた情報から、全ては動いていくのだ。

 

敵が出現したのは川崎シティ市街区、ネルガルの子会社。

2機の大型兵器が現れて、現在連合軍が応戦しているが劣勢。

恐らくはあと数十カウント後には、負けているだろう。

 

その大型兵器はどちらも小型のグラビティブラストを装備。

ジェネレーターもサイズに相応しく、フィールドも強大。

フィールドを張って、ただ歩くだけで被害を齎すその姿は。

 

「――何アレ?!

 ゲキガンガー?」

 

出撃したヒカルさんが驚く様にゲキガンガー的なのが二体。

ゲキガンガーカラーが一体、相対的に細い青色の機体が一体。

――直感的に、ゲキガンガーと思わせる見た目のものがいた。

 

そいつらが、立ち並ぶビルの中を乱暴に進んで。

時折障害になるものに対して、その胸元から主砲を放つ。

まるで。そうまるで。シミュレータから飛び出たようで。

 

それを見た俺は、白昼夢を見ているような気分になった。

まさか現実にありえる光景だとは、俺には思えなかったのだ。

あのパッチデータを作った俺だからこそ有り得ないと感じた。

 

あの二つの機体は、ゲキガンガーを現実に再現したように。

もっと言えば、現実に作中の描写をすりあわせたように見えた。

それは正しく“作るとしたら”こうなると俺が思ったように。

 

俺の想定と完全に同じ訳ではない。勿論差異は幾らでもある。

けれどあそこは冷却部、腰の装甲は設定より薄いだろうと。

基本的な思想自体は、それほど離れてはないと思ったのである。

 

呆気にとられる俺を尻目に、エステバリス隊は戦いを始める。

ディストーションフィールドは厚く、簡単には攻撃が通らない。

その上攻撃が直撃しそうになると信じられない回避を見せた。

 

――――瞬間移動。攻撃した機体の背後に出現したのである。

瞬間移動自体は今までの木星トカゲも行ってきたことだが。

今回はチューリップを介せずに行うという、新パターンである。

 

スバル機、そしてアマノ機の二機の背後に連続して出現。

直後の攻撃にも、二機は無事に対応することが出来たけれど。

その様子を見たカザマ少尉は、即座に行動に始めた。

 

「落ち着いて。

 私が前に出ます!」

 

そう通信を残した少尉はエステバリスからワイヤーを射出。

二機の内、ガンガーカラーの方に巻きつけることに成功した。

飛びついた少尉は、総攻撃するように指示を出す。

 

「繋がっていればっ!

 いくら瞬間移動しても同じことです!」

 

なるほど、少尉からすれば確実な判断だったのだろうと。

間違ってはいないと俺は思い、そして危険であると気付いた。

あの瞬間移動がチューリップでするものと同じであるなら。

 

取り付こうとしているカザマ少尉のエステバリスを見て。

俺が思い出したのは、クロッカスよりも――ヤマダさんの姿。

動かなくなってしまった彼の姿を、彼女の影に見た。

 

――何かをしなくてはいけないと、俺は突き動かされた。

一瞬で焼き付きるような胸の奥は凄く熱くて吐きそうな程。

ただ、このままではまた。また何かを失うと俺は感じた。

 

何が出来る。何が出来る。一体この俺に何が出来るのだ。

飛びかけた思考をIFSに繋ぎ、準備もせずに加速する。

焼ききれるような意識をただ必死に我慢して、ただ時間を。

 

シミュレート。目的はカザマ機の敵密着状態からの離脱。

指示によって可能か。次回瞬間移動はすぐだろう、無理だ。

他の機体の援護で撃破は。可能性は高いとは言えない。

 

それよりも確実なのは、こちらでコントロールを奪うこと。

ワイヤーを切断、牽制しながら背後に向かって跳躍し、着陸。

やるならば今すぐにでもクラックしなければ間に合わない。

 

出来るのか。パイロットでもなく、時間に猶予もないのに。

やらなくちゃ。じゃなきゃまた俺の目の前で誰かが死んじゃう。

やれるはず。だってあの時ヤマダさんは俺を信じてくれた。

 

――――そうだ、あの時ヤマダさんは俺を信じてくれたから。

無心に。今の俺に感情なんかは無駄である。切り捨てる。

必要なのは精度と速度、人の命の為に、振り絞れるもの全てを。

 

「――なっ」

「新入り!」

 

ワイヤーロック解除、装備切断。これで右手はフリー。

同時に左手でライフルを掃射、モニターと脇の冷却部を狙う。

右足で離脱、バーニア噴射、姿勢制御は一旦捨ててフィールド。

 

敵視線がこちらを向いて、機銃。フィールドで弾ける。

バーニアを前に、距離を空けながら姿勢を調節そのまま着地。

コントロール解除接続カット加速終了。思考の安定まで3秒。

 

「――パターン読みます!

 皆さん中距離維持して牽制続けて!」

「今のあなたですかッ?!

 危ないでしょう死にますよ?!」

「新入りあのままでも死んでんぞ!

 感謝しとけよオペレーターにッ!」

 

瞬間移動をするにしても、先程からエステの背後にしか出てない。

完全な不規則なんて無理な話だ。ランダムな数字は入れられない。

ならば幾らでも読みようがある。例え相手がなんであろうと。

 

少尉から文句が出るが、そんなのは承知の上である。

それでもスバルさんには俺のやったことは伝わっていたらしく。

少尉の文句も、こうして聞けたというのが成功の証なのだ。

 

敵機体を見る。牽制に徹していれば、負ける面子ではない。

艦長の指示で集中攻撃が行われ、それが届く寸前に瞬間移動。

その数度の繰り返しの後に、俺は何らかの違和感を掴んだ。

 

――――多分、判る。多分、タイミングと場所が判る。

データには規則があり、そしてそれは現実と間違いがない。

ただ先に直感が来て、その後にそれを証明する様にデータが。

 

ここに来ると思ったのが先に。データ予測がその後に。

機械より洗練された感覚がある人間もいるとはいうが、まさか。

この短時間で俺に芽生えるとはって感じで、流石に驚く。

 

とにかく、ゲキガンガーカラーの方を先に撃破指示、成功。

続いて青くて細い方を倒そうとしたら、様子がおかしい。

……エンジンのオーバーロード。確実に爆発する勢いである。

 

「艦長、このままだと。

 都市がまるごと吹き飛びます」

「……ッ!

 アキトさんがあんな所に!」

 

メグミさんが震える声で叫んで、誰も動けないまま。

敵近くのビルの屋上にいたテンカワさんと敵は光に包まれて。

――何処かに消えた。何処かに消えてしまったのである。

 

あれがチューリップで飛ぶのと同じものであるとしたら。

やはりテンカワさんは死んでしまったのだろうと俺は思った。

ヤマダさんに続いてテンカワさん。折角一人助けられたのに。

 

そうみんなが思っていた時、テンカワさんから通信が入った。

……2週間前の月面。謎の爆発が起きた場所に出たらしい。

五体無事なテンカワさんは何だか判らないと笑ってみせた。

 

 

 



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29

 

 

 

川崎シティで撃破した、敵新型大型兵器。型が多いな。

2週間前の月面へ瞬間移動、この場合は時空間移動だろうか。

とにかく青くて細い方はいなくなってしまった訳だけど。

 

もう片方のゲキガンカラーの方は、ナデシコが捕獲。

近隣の連合軍で動ける部隊はこいつらにやられてしまって。

軍属だけど、ナデシコが一番近かったからそんな流れに。

 

んで、格納庫に無理やり乗っけたはいいんだけど。

その中に“誰か”が載っていたような、そんな形跡が見られ。

木星トカゲに人型の生命が載っていたと推測されたのである。

 

提督に、極秘で調査するようにと指示が下ったとのことで。

それが保安部でなく、もう知っている整備班を中心に。

パイロットを捜索する話になっているところなのだけれど。

 

「――なんで俺が呼ばれたの?」

「機体の検証のためだよ?」

「極秘なんだよね?」

「極秘だよ、何か問題が?」

 

副長と共に解体された大型兵器の前に立って、眺め見る。

実際に自分が設計したわけでないにしろ、何だか感慨深い。

俺以外がこんなのを作ったというのも不思議な気分だが。

 

あのパッチデータの存在は、ウリバタケさんも知っている。

だからこそ呼ばれたのかねぇとは思うのだが、極秘だよ。

内密にって言われているのに、なんで改めて俺を呼ぶのか。

 

問題がないかって聞かれたら、俺はあると思うんだけど。

しかし、その極秘にしたいはずの提督もここにいるわけで。

……俺は一体どんな風にこの人達に思われているのかね。

 

「で、機体の検証って何をすればいいの?

 中のプログラムとか、確認してみればいい?」

「それは俺たち整備班がやる。

 お前は、気付いたことがあれば言ってくれ」

「……曖昧な指示ですねぇ」

「僕たちも特別な期待してないから大丈夫」

 

コイツ、人を呼び出しておいて期待してないとか抜かした。

耳を疑い、見開いた目で副長を見たがしれっとしてやがる。

はんぱねぇなコイツ。段々図太くなってきやがった。

 

まあ、そこまで言われたら何か結果を残さずに居られない。

一応目的としては謎のパイロットを探すということだし。

コクピットはどこになるのかと聞くと、頭部であるようだ。

 

案内に従い近づいて、入っていいのかと聞くとOKが出る。

副長、提督、ウリバタケさんと整備班に見守られて中に入る。

……これって心配されてるの、監視されてるのどっちなの。

 

見た目通りにというか。ゲキガンガーの見た目通りの外見と。

中身は少し趣が変わってゲキガンガーヲタの部屋みたいな。

そんな感じの内装だが、普通に機動兵器のコクピットである。

 

シートがあって、操作用機器があって、モニターがある。

エステバリスの操縦席と極端に変わった様子は感じられない。

ま、だからこそ人型生命が載っていたと推測された訳だけど。

 

中に入り込んで、そのままシートに浅めに腰を掛ける。

ちょっと慎重に操作用機器に手を伸ばし、若干遠く感じる。

固定用のベルトに視線をやってから、俺は思うまま叫んだ。

 

「――イケメンの匂いがする!」

「そうか何言ってんだオメエ」

 

こう、くんくんと。わざとらしく鼻を鳴らす俺に突込みが。

いや匂い嗅いだところで大体機械っぽい匂いしかしないけど。

ウリバタケさんの流すような突っ込みが、心に染み渡る。

 

うん。冗談だけど、ある意味冗談でなく本気で言ってるし。

説明待ちの外の人たちに、俺は気になる所を指差してみせた。

何言ってるのかと聞かれたからには真っ当に答えてやろう。

 

「――これ、シートの位置がですね。

 明らかに手足長い人のそれなんですよね」

「……ほう?」

「固定用のベルトもです。

 ほら、ここに折り目ついてるでしょ」

 

俺がそのまま付けると、結構余ってしまう長さだけれど。

推測される手足の長さだとしたら、凄くいい身体をしている。

少なくともガリガリでもプニプニだとも思えない。

 

手足が長くて引き締まっている身体なら、大体イケメンだ。

というかそれだけ揃ってれば顔が余程悪くない限り平均以上。

男の場合は体型髪型服装で8割決まると偉い人が言っていた。

 

「こう、普通に座っても。

 俺だと少しずつ足も手も足りてないので」

「うん」

「……180cmぐらいはあるんじゃないですか。

 んで、普通体型の筋肉質ってところだと思います」

 

なので、イケメン。そうでないのは本当に余程だろう。

……パッと判るのはこんな感じか。それ以上は判らない。

ただ、正体不明の成人男性が艦内にいるとなると。

 

提督もウリバタケさんも、俺の推測に納得したようで。

整備班が捜索員として、バラバラと解散し捜索を始めている。

副長の手を借り外に出て、俺も参加すると宣言しようとして。

 

「よし、俺も」

「駄目だよ」

「えっ」

「君は駄目だよ」

 

その場で副長ストップが入る。思わず素で振り返った。

凄い普通に真顔である。いや笑ってるんだけど、本気である。

え、なんでこの場に至って参加不許可なの、と視線で問う。

 

「オペレータ一人でもナデシコ動かせるからね?

 こういう状況ではすごく重要なんだよ?

「……それならホシノさんも」

「君、極秘でも勝手に勘づいて動きそうだし。

 それを防止するために、こうして呼んだんだよ」

 

――うん、それはちょっとどうするか自信がないけども。

どうだろう、何も言われずに気付いてたらなんかしてるかな。

なんかしてないはずないな、少なくとも手伝いには行くな。

 

聞いてみると、他のブリッジメンバーにも護衛がつくと。

俺にも護衛はつくが、それ以上に行動するなとのことである。

勝手な行動禁止か……何となく恨みがましく副長を見てしまう。

 

「……そんな目で見られても。

 180cm相手に勝てるのかい?」

「無理でござる」

「なら無理しないでください」

 

頼まれた。まあ、俺の安全だけでは済まない話だしなぁ。

……自分の安全がかかるだけでも動く気はさらさらないけどね。

取り敢えず、この場は素直に話を聞く振りをすることにした。

 

機会があったら、出し抜いてやろう。安全で上手な方向で。

そんな感じで若干決意を固めながら、素直にブリッジに送られた。

残念ながら、俺は副長より完全に弱いのである。くやびく。

 

 

 

 

 

2週間前の月面に飛んだ、青細ゲキガンガーとテンカワさん。

例の謎の爆発ってのは、どうやら青細ゲキガンガーの爆発の様で。

一応、解決したような。そうでもないような、微妙な所である。

 

結局、あの瞬間移動についてはチューリップのものと同様で。

今回の2週間の時間移動も、火星からの8ヶ月と同じとイネスさん。

今後は、あの現象はボソンジャンプと呼称する様に指示あり。

 

瞬間移動、実際には時空間移動かな、とにかくボソンジャンプ。

それで月面までテンカワさんは飛んでしまった訳だけど。

ナデシコはその回収の為に、月面に向かっている最中です。

 

テンカワさんってナデシコ降りたんだよね、とかさ。

そういう微妙なことは思い浮かぶが、なんか取消になったらしいよ。

エリナさんから指示が出てるので、ネルガル都合らしいけどさ。

 

そうでなくてもあのゲキガンガー二機はネルガル子会社から。

ざっと調べてみたけど、ボソンジャンプを研究してたらしいね。

……川崎シティは巻き込まれかけてたってことかなぁ、なんて。

 

テンカワさんだけ無事にボソンジャンプ出来ていたりと。

色々釈然に落ちないことはあるんだけど、まあこの際それはそれ。

人間には気にしないって機能があるので気にしないことにする。

 

気にし始めるとね、なんでパイロット捜索が極秘なのかとか。

どんどん出てきてしまうので、俺は業務に集中するわけですよ。

そう、ブリッジクルーが一人しかいない航行とかにね!

 

副長は謎の木星人類の捜索中、他の皆さんは非番とかお風呂。

そうでなくても連合軍勢力下の月に行くだけなので、安全。

そうして今のブリッジは俺一人と……何故かカザマ少尉の二人。

 

「――ってなんで、少尉もここに?」

「あ、私は副長にあなたの護衛をしろと」

「……少尉が?」

 

護衛だよ。普通こういうのって、女性じゃなくて男性じゃ。

ジェンダーとかあんまり気にしないが、女性に護衛されるのは。

うむ、なんというか護衛より別のことを重視されてる気がする。

 

具体的に言うと、監視とか行動阻害とかお目付け役だろうか。

何せ、彼女は数少ないまともな軍人であるわけでして。

副長もそこらへんを任せやすかったのかなぁなんて思ったり。

 

「副長なんか言ってました?」

「……ええ、その」

「聞かせられません?」

「……いえ。

 賢くて行動力があるから余計に危険だ、と」

 

完璧に監視の紐じゃないですか。あの野郎何時か泣かす。

まあいいですけどね、俺も何かするつもりではないですし。

っていうか、褒めてんのか危険物扱いなのかはっきりしろと。

 

実際に聞いたら両方だって回答がきそうでちょっと腹立つ。

いいや、この場にいない人間に腹を立てるのは流石に不毛だ。

それよりも、何か言いたそうな少尉に、話を促そう。

 

そう思って、まだこちらを見たままの少尉に俺は何ですかと。

副長が俺に対して、他にも何か言ってやがったのかと思ったが。

しかし少尉はどこか逡巡してから、小さな声で呟いた。

 

「私から志願したんです。

 ……………………あなたの護衛」

「……え?」

「先日はその、すいません。

 助けていただいたのに、怒鳴ってしまって」

 

――ああ。川崎シティでの一件のことか。

アレは謝られることされてないというか、こちらがしてる。

何せ、何の連絡もなしにコントロールを無理やり奪ったわけで。

 

流石にあの後、アカツキさんからあれはねぇと小言を言われた。

思い切りよくやったからこその結果ではあるが、なんともね。

クラックを思い切りよくやれるのも、人としてどうかである。

 

「いや、いいっすよそんなの。

 俺も説明せずやってしまったんで」

「ですが」

「気になさらないでくださいよ。

 あれは誰だって普通は怒りますから」

 

っていうか、本当にやられたらもの凄い恐怖だと思う。

いきなりマシンが言うこと聞かずに、別の機動をするのだ。

下手すれば乗れないくらいに、トラウマってもおかしくない。

 

せめてあの瞬間に何か一言掛ける機転が回ればよかったが。

意識が全然そちらに向かなかったので、申し訳ないばかりだ。

しかし、それでも少尉は納得していなさそうだったので。

 

「――でも、護衛に志願してくださったんですよね。

 それでチャラですよ、ありがとうございます」

「これは、任務ですから」

「それいったら、俺も任務でしたよ。

 なので、これでお互いさまってことですね」

 

俺が助けたのは任務、少尉が護衛してくれるのも任務なら。

少尉が志願してくれたのと、怒鳴ったのでチャラである。

俺としては怒鳴ったのがマイナスでなく、志願分プラスだが。

 

それを言うとややこしくなってしまうなぁと思ったので黙る。

ただ黙ったら空気が悪くなるので、穏やかに笑ってみせる。

そうしたら少尉も微笑んでくれたので、ちょっと俺も和んだ。

 

――――と、こうして話している間に。

どうやら侵入者がいることが、色々とバレちゃったみたいで。

俺たちはブリッジか食堂に、避難することになりました。

 

「――っていうかバレない訳ないよね。

 あれだけ大規模に探し回っててさ」

「……うん、そうなんだけどね。

 君はそういう所、本当に冷静だよね」

 

バレた経路としては、ウリバタケさんたちから艦長に。

伝言ゲームとしては出来が悪かったそうだが、ともかく。

あの中に誰かがいて、それを探してるのは周知になりました。

 

んで、ブリッジメンバーは基本的にはブリッジに集合。

それ以外の人で、搜索に加わらない人は食堂に集合となり。

俺はあともうすぐで、非番となるわけなんですけども。

 

「ん、俺も食堂にいればいいかな?」

「そうだね。

 ここにいてくれてもいいけど」

「お腹空いたし、食堂に行ってるよ」

「私もご一緒しますね」

 

というわけで、引継ぎを副長とホシノさんにお願いして。

立ち上がった俺とカザマ少尉に、副長は思い出したかのように。

艦内マップのウィンドウを投げながら、俺に頼みごとをした。

 

「まだ避難してない人に。

 避難の呼びかけしてくれないか?」

「いいよ、りょーかい」

「……くれぐれも。

 危ないことはしないでくれよ」

 

本当に、副長は心配してるのか釘を刺してるのかどっちだ。

どっちでも大差はないが、あんまり連呼されても、その。

人間の性質として、反抗したくなるかもしれないじゃんねぇ。

 

とにかく、通り道で未避難なのはメグミさんとミナトさん。

メグミさんの部屋で二人共何かをしているようなので。

俺と少尉は、食堂に行く前にそちらに寄っていくことにした。

 

 

 



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30

 

 

 

歴史上、火星より外側に人類がコロニーを作ったことはない。

基本的に人類が継続的に宇宙で生活するには、コロニーが必要。

なので結果的に、人類の生活圏は火星まででしかなかった。

 

もしもあの機動兵器の中にいたのが、木星トカゲで。

その上人類であったのならば、その人類はドコから来たのか。

地球人類とほぼ同じ姿をしてるのに外宇宙からか、それとも。

 

「――それにしても。

 何してるんですかね、あの二人」

「避難してないのってお二人だけですよね」

「そうですね。

 部屋を確認するだけなんですけど」

 

残るはメグミさんの部屋の、メグミさんミナトさんの二人だけ。

他の人達はゆっくりでも移動を始め、呼びかけはいらない。

ま、侵入者もいるし、流石に皆さん動きも早いといいますか。

 

居住区から食堂に行くだけで、問題は起こしようもないしね。

カザマ少尉も、それ程張り詰めたような様子も見受けられない。

多分、ここから別の場所に行くとか言ったら大反対だろうけど。

 

どちらにせよ長くもない距離だ。あっという間に辿り着く。

居住区のフロア、通路の奥に何故か開いたままの部屋があり。

顔を合わせ目を合わせ。そこがメグミさんの部屋と確認した。

 

少尉に手で制されたのでその後を黙って静かについていき。

開いたままのドアの少し手前で立ち止まり、壁に沿って立つ。

……そうして聞こえてきたのは、聞いたことない男性の声。

 

――失礼しました、私は木星圏ガニメデ・カリスト・エウロパ。

及び他衛星小惑星国家間反地球共同連合体突撃宇宙優人部隊少佐。

白鳥、九十九であります――――――――。

 

その言葉に思わず俺は小さくウィンドウを開いて。

『この場合、俺のせいじゃないと思うんですよ』と書いて見せ。

『そういう問題でもないですね』と真っ当なコメントを貰った。

 

チラリと中に、通信用のウィンドウを開いてのぞき見て。

着ぐるみを着た、背の高い男性が中にいることを確認すると。

俺と少尉はやっぱり筆談で、その場で会話を始めた。

 

『整備班呼びましょうか』

『そうしましょう。

 でも、お二人が人質に取られる可能性があります』

『やっぱり、銃持ってますかね』

『名乗りからして確実に軍人ですから』

 

直ぐに整備班を呼んでから、二人を引き離す方針で決まり。

大体の状況をメールで副長に送った所、内部で話が動いてた。

ランドリー用の押車に彼を載せ、洗濯物で埋めて運ぶらしい。

 

早く来い、早く来いと念じていたが、先に二人が動いた。

カラカラカラと、折り畳みの押車に大量の下着類を乗せて。

その中にいる男性と一緒に出てきた二人に、俺は話しかけた。

 

「――あ、ミナトさんとメグミさん。

 非常警戒体制なので、早めに移動してくださいね?」

「あらトオルくん。

 洗濯物だけ洗わせてもらいたいんだけど」

 

うん。流石にミナトさんである、顔色一つ変えることがない。

チラリと脳内で確認した、整備班到着時刻までは後30秒ほど。

警戒されない程度に足止め出来れば、それで十分満たせる。

 

態とらしくならないようにコミュニケでウィンドウを出す。

非常警戒体制のお知らせページを開いて、確認するふりをする。

ウィンドウの片隅でカウントし、タイミングを合わせて。

 

「――いいですよ。

 でも、後少しだけ待ってくださいね」

「待つって、なんでですか?」

「危ないですからね、整備班を待ちましょう。

 ……そちらの方もご一緒に、ね」

 

2、1、0と。一斉に隠れていた整備班が飛び出して。

押車を埋め尽くして、そして下着類が通路上に撒き散らされて。

取り押さえられたのは、ゲキガンガーっぽい服を着た人。

 

驚いた顔のメグミさんとミナトさん、冷静なままの少尉と。

そして、ヤマダさんにそっくりな顔をしたその人に。

俺の心臓は、何も考えられないほど色々な感情で埋まった。

 

 

 

 

 

木星トカゲのゲキガンガーパイロット、白鳥九十九さん。

整備班によって捕縛され、彼は簡単な尋問と検査を受けた。

……一応、大人しく従ってくれているのであるけれど。

 

遺伝子調整の後は見られても、遺伝子情報は地球人類の系列。

彼自身は、地球人類と呼ばれることを嫌っている様だが。

木連の兵士と。あくまで別の枠組みであると、彼は主張する。

 

あくまで地球が戦っているのは、木星トカゲたちであり。

その、木星連合、とやらは存在を聞いたこともないんだけど。

どちらにせよ敵対意思を隠す積もりは一切なさそうである。

 

メグミさんとミナトさんがこの人をどうしようとしてたとか。

発見者が俺なので、そこらへんは軽く煙に巻いちゃったが。

――――彼の処分が決まる前に、自体は少し変わってしまった。

 

「艦長、月着陸コースに入ります。

 月面では現在、敵巨人タイプとエステバリスが交戦中です」

「えっうそ。

 アキト、大丈夫かなぁ……」

 

ブリッジのホシノさんからの報告に、艦長は対応を優先。

エリナさんから捕虜を優先と文句は出たものの、そんな場合か。

この人、何を考えてるのか判らないことを言う節があるよね。

 

プロスさんやアカツキさんも、思う所はあるようだったが。

このメンバーを見るに、ネルガル関係だろうかとは思うけど。

こういうところが不信感を増してると、気付かないのかな。

 

その白鳥さんは、結局戦闘能力があるアカツキさんが。

取り敢えず戦闘が終わるまでとのことで、隔離室に連れて行った。

尋問の続きも処分の方針も、また先に伸ばしただけである。

 

とにかく、艦長は月面を優先したけれど警戒体制は低いレベル。

つまり、ブリッジメンバーでも非番は非番っていうことで。

また戦闘が近くなれば呼び出されるとは思うけど、それより。

 

みんなが移動し始めても残っているメグミさんとミナトさんに。

俺はどうしたものかと思いながら、やはり声をかけることにした。

……ちなみに、まだカザマ少尉も俺と一緒に残ったままである。

 

「メグミさん、ミナトさん」

「……トオルさん」

「すいません。

 騙したような形にしてしまって」

「いえ、それはいいんですけど。

 ――あの人たちが。火星の人を殺したんですよね」

 

若干、睨むようにキツめの視線を送ってくるミナトさんと。

すごく悩んでいるような、ぐるぐるとした視線のメグミさん。

俺に返事をしてくれたのは、そのぐるぐるメグミさんだった。

 

そのメグミさんが発した言葉は、その。

なんというか、俺では、すぐさま答えることが出来なかった。

そう単純に決め付けていいか、そう応えていいか、判らない。

 

仮に。仮に彼が木星トカゲの本体だとするにしたって。

手を下したのは、あくまで木星トカゲの無人兵器であるわけで。

もし命令を下していたとしても、彼個人が原因とも限らない。

 

感情論的に、彼が犯人だと決め付けるのは簡単でそれもいい。

だけど、そこで止まってしまっていいのかについては疑問である。

何せ俺たちは、少なくとも俺は、木連とやらを知らない訳で。

 

「……決めつけは出来ませんが。

 組織の一員である可能性は高い、ですかね」

「……なんで、そんなことをしたんでしょうか」

 

無理やり捻り出した言葉としては、そんな誤魔化すような。

聞かれてることに答えてる訳じゃないのは、自覚の上。

メグミさんも、今度はただ疑問を口に出しただけのようだった。

 

判らないとしか言えない。彼の事情なんて聞いていないし。

……正直、あんまり聞きたいとも思わない自分もいたりするが。

例え理由があったとしても、それに納得したくなんかもない。

 

納得出来る理由であるなら、それこそ本当に聞きたくない。

一応親友と認めなくもない人が死んだ理由が、一体なんなのか。

意図的に気付かないようにしてるが、仇の可能性だってある。

 

「話、聞きに行きましょ。

 あの人のこと、もう少し詳しく知りたいわ」

「私もです。

 正直、このままじゃ収まりつきません」

 

――だけど。流石にこの二人で行かせるわけにも行かないと。

半ば義務感みたいなものが、どうしてか俺の中にはあって。

それは、うん。嫌だなと思う気持ちよりは、まだ一応強かった。

 

義務感とは別に。やっぱりあのそっくりさんへの興味もあって。

別人だ。年齢だって違うし、よく見れば顔も決して同じじゃない。

でも、何処か似た場所を見つけては、少し虚しさに襲われる。

 

「――俺も付いてきますよ」

「じゃあ私もですね」

 

俺の言葉に即座に反応したのは、やっぱりカザマ少尉である。

もう非常警戒体制は解かれているので、護衛もいらないのだが。

けど、なんでと聞くのも嫌味っぽいしこのままにしておこう。

 

ミナトさんの視線は、やはり少し厳しいままだが反対もなく。

4人揃って、出て行ったアカツキさんと白鳥さんを追いかけて。

そして見つけたのは、険悪な空気のお二人の様子である。

 

アカツキさんが、白鳥さんに銃を突きつけているのはまあいい。

けれど、立ち止まり、している会話には不穏当な空気が流れ。

……まるで、生きていると不都合があるような言い方をしている。

 

アレ流石に拙くない?と思ったのは俺だけではなかったようで。

少尉とミナトさんが同時に駆け出して、メグミさんが続いた。

あららららと俺が思っている間に、二人の視線がこちらを向く。

 

「アカツキさんあなたはッ!」

「それっ!」

「ちょぉッミナトさん!」

 

アカツキさんを引き止める少尉と、振り向いたアカツキさん。

追い打つように振りかぶられた一撃はアカツキさんの頭に。

スコーン!と直撃して、ミナトさんはアカツキさんを落とした。

 

ちょっと大丈夫かなぁと思うほどにいい音がしてたので。

俺も近寄って、アカツキさんの様子を見ようとしたんだけど。

アカツキさんに近づいた俺の足音に、まだ足音が続いた。

 

バタバタバタ、と。足音が続くはずもないタイミング。

うん?と思って見上げてみると、三つの人影が通路の先に。

先程まで近くにいた、残り三人の姿であると直ぐに気がついた。

 

「逃げた……?」

「えっ」

 

余りにも予想外というか、素で「えっなんで」って感じで。

呆然としてしまったのは俺だけでなく、カザマ少尉もだった。

少尉はアカツキさんを見ていて、気づかなかったらしい。

 

拘束具をつけた白鳥さんより射殺しようとしたアカツキさん。

そちらの方が重要であると思って、意識をそちらに向けており。

そして、頭の強打による安否の確認をしていたようである。

 

だからこそ、俺とカザマ少尉は気付くことができなかった。

白鳥さんを助け逃がそうとする、ミナトさんとメグミさんに。

拘束具も両手を振って走る後ろ姿からも、外れていると判る。

 

状況的に、二人が外したんだろうなぁというのは確定で。

ここにいると殺されると、短慮……本当に短慮かは知らんが。

とにかく、そう判断して連れ出したと気づくまで、数秒。

 

「――捕虜が脱走しました!

 警戒体制の発令をお願いします!」

「――ッ!

 ミナトさんとメグミさんも同道してます!」

 

俺よりも先にカザマ少尉が反応して、ブリッジに繋いだ。

続いて、俺もミナトさんとメグミさんが同行したと告げる。

対応の判断までは、俺よりもブリッジの方が冷静だろう。

 

とにかく、俺と少尉はブリッジにすぐに駆け込んだ。

月面へと降下中、月面で戦うエステバリスと通信が繋がり。

ブリッジでは戦うテンカワさんの姿が大写しになっていた。

 

ナデシコの姿を見てか、撤退する巨人タイプの木星トカゲ。

それとほぼ同時に、ナデシコを発進するゲキガンガーの頭部。

ゲキガンガー頭部は、敵の勢力下へと逃げ出していった。

 

追いかけるヒナギクも、当然敵の攻撃に迎えられて。

結局は逃げ出すしかなくて、遂に彼らには追いつけなかった。

――ミナトさんとメグミさんは、攫われてしまったのである。

 

 

 



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31

 

 

 

襲撃も撃退し、ネルガル地下ドックに収容されたナデシコ。

そこでは、ナデシコ第4番艦シャクヤクの建造がされていた。

あ、これはあくまで連合軍にも極秘らしいんですけど。

 

なんか極秘極秘って、すっごく感じが悪いことばっかりで。

そのシャクヤクのシステム構築を頼まれたのはいいんだけど。

あんまりに気が向かないので、ナデシコのほぼコピペ。

 

用意されてた素材も似たようなもんだし、オモイカネもないし。

寧ろ、ナデシコそのまんまを期待されてた様でもあるので。

最悪エラーさえ吐かなければ、なんでもいいような気もする。

 

ただその極秘極秘ってのに、嫌悪感を感じていたのが数人。

ムネタケ提督なんてお酒が入ってたし、プロスさんもイライラ。

特にプロスさんなんて、クラックの下準備もしたりしていた。

 

さてはて、一番最初にやらかすのは誰かなっと。

提督とかプロスさんとか、それとも痺れを切らした俺だとか。

どれを取っても一級品、止められるもんなら止めてみればいい。

 

そうして、俺以外の二人はほぼ同時に限界を迎えたらしい。

提督は直接エリナさんに聞きに行き、プロスさんはクラックで。

本来秘匿回線のそれを、全艦に公開してしまったのである。

 

ナデシコ全艦、強制的に全ての人が見られるように公開。

ホシノさんの力も借りてだろうか、その妨害は誰にも出来ず。

俺はシャクヤクのブリッジから、中継してそれを覗いていた。

 

――曰く。

木星トカゲは、100年前に地球圏から追放された地球人。

歴史から消されてしまった、歴史の被害者であると。

 

100年前、月の自治区で独立運動が発生、内戦に至る。

その過程で共和派と独立派で内部対立をしているんだけど。

どうやら当時の連合が、内部工作をしていたらしく。

 

独立派は負けて、当時植民が始まったばかりの火星に逃げて。

火星に逃げた先で連合軍が撃った核にやられたとのこと。

その核でも死ななかった人達が、木星へと更に逃げ続けて。

 

木星で死を待つだけだった彼らは、偶然見つけてしまった。

相転移エンジンや無人兵器を製造するための、プラント。

100年経って、彼らはまた地球に対して復讐を始めた、と。

 

――――正直、これだけを聞いて判断するのもアレだけど。

凄く、凄く、馬鹿らしいことを言われているような気がする。

なんとも言えないほど、冷静さが足りていないっつーか。

 

独立派と共和派っていうけどさぁ。

これってどこに可哀想だと思う要素があるというのだろうか。

……強いて言えば、核とか。生き延びちゃった100年とか?

 

普通に考えれば、共和派と対立する独立派って何よって。

共和してても独立は出来る。寧ろ問題は共和しないってこと。

親地球ではなく、反地球。そんなの誰が認めるかってーの。

 

内部工作とは言うが、外部圧力も内部工作もして当然だろう。

核は、まあ。流石に俺もどうかとは思いもするけれどさ。

反地球なんて、追放するか禁錮するか結局は限られてくる。

 

――ああ、そうだ。馬鹿馬鹿しい。

たかがそれだけの為に、どれだけの火星住人が死んだのか。

そんな下らない話で、なんで俺の友達は死ぬに至ったのだ。

 

そして、その提督とエリナさんの会話に艦長が割り込んだ。

直接戦う人達に、何も知らずに戦えなんていえない、と。

……同じことを言うようで、艦長は生きている人を向いていて。

 

何とも言えないその違いを思い知らされて、勝手に曇って。

思わず下唇をむにむにしていたら、シャクヤクに衝撃が走った。

シャクヤクだけではない。この地下ドック全てに、である。

 

コロニー周辺のフィールド発生装置が急に爆破されたのだ。

ナデシコは、艦長の指示でディストーションフィールドを展開。

丁度通信を繋げていた俺にも、エリナさんより指示が下った。

 

「ちょっとセカンドオペレータ!

 なんとかしてシャクヤクを守って頂戴!」

「は、はい、とにかくフィールド展開します!

 サブエンジン、フルスロットルで起動!」

 

まだ完成してないけど、なんとかフィールドくらいなら。

手抜きのせいで、まだバラバラのシステムを潜り繋げながら。

微弱ながらディストーションフィールドを、無理やり展開する。

 

揺れる、揺れる。地上を木星トカゲが攻撃しているらしく。

まだメインエンジンを繋げていないこの艦では、フィールドで。

落ちてくる破片の全てを綺麗に受け止めることが出来ていない。

 

「ちょ、怖いんですけど!

 俺、おうちに帰りたいんですけど!」

「ああもう!

 動かして逃げることは出来ないの?!」

「無理です!。

 まだ機体の方が完成してません!」

 

完成してたら、俺一人でも発着ぐらいなら普通に出来るし!

これでも、ナデシコを一人で動かせるオペレーターだけども!

怖い怖いホントに怖い!当たったら普通に死んじゃうよね?!

 

段々とボロボロになっていくシャクヤクの姿。

一応ブリッジ周辺は、フィールドも強化はしているけども。

多分、追加ユニットを付ける場所はもう修理が必要なはずである。

 

なんか、ナデシコにそのユニットを付け始めてるぐらいで。

そのナデシコも、装着を終わった途端に俺を置いて地上に出て。

襲撃してくる機動兵器との戦いを始めてしまっている。

 

「この人の名誉の為に言っておきます!

 私たちは人質なんかじゃない!」

「戦いを止めてください!

 これ以上人が死んでしまうのは嫌です!」

 

などと、なんか地上では色々言い合いをしている風味だけど。

俺にとってはそんな余裕はない。っていうかマジ誰か早く助けて。

……うん?今のメグミさんとミナトさんの声か、無事っぽいな。

 

――――遂に、この戦闘は俺が参加することなく終わり。

テンカワさんは襲撃してきた青細ガンガーを月面フレームで撃破。

もう一機のゲキガンガーは、ナデシコがフィールドで捉えた。

 

ガンガーには白鳥さんがメグミさんとミナトさんを載せており。

青細ガンガー――――白鳥さん曰くダイマジンの撃破後に。

メグミさんとミナトさんを解放し、テンカワさんとの戦闘を希望。

 

その時点で、様子を見ていた連合軍が参戦。

テンカワさんは白鳥さんを見逃して、戦闘はそれで終了した。

……当然の様に俺は戦闘終了までスルーされていました。泣く。

 

 

 

 

 

追加ユニットこと、Yユニットを無理矢理つけたナデシコ。

シャクヤクは当分修理で、まだまだ時間が掛かりそう。

というわけで、Yユニットはナデシコのものと本決まりになった。

 

シャクヤクを守れなかったのは申し訳ないが、ナデシコも。

4つの相転移エンジンがついて、強いは強くなったんだけど。

ドック艦コスモスでの修繕が必要になっちゃったのである。

 

そうして宇宙を静かにずーっと飛んでいるわけなのだが。

艦内ではあるところに、長蛇の列がずらっと出来ていたりする。

大人気のその場所は、イネスさんのお悩み相談室であった。

 

なんか、こう。色々あって悩んでる人がいるみたいで。

木星トカゲが人類だったとか、そんなことにショックだとか。

本当に人が並んでたりするので、逆に俺はびっくりである。

 

「――百年前の報復で人を殺して。

 その報復で戦争して、何時になったら終わるんでしょうか」

「……うーん」

 

などとメグミさんもポロリと勤務中に漏らしていたりする。

流石にそこまでの質問には俺では答えきれなかったり。

彼女はイネスさんには相談せずに、自分で考えているようだ。

 

パイロット勢もブリッジ勢も、色々と色々あるみたいで。

あと、ウリバタケさんが費用の使い込みやってたみたいで。

艦内はちょろちょろと感情が渦巻いてる感じがしなくもない。

 

俺は別に人だからどうとか、機械だからどうとかないし。

寧ろ相手が人だった方が、生々しい悪意を感じて腹が立つ。

機械ならともかく、人がやったことだったら許し難く感じる。

 

ああ、別に復讐とかは本当に無意味とも思ってるけども。

価値を見出す人もいるのだろうけど、俺は違うからしない。

それこそ、するならまず先に近い方から片付けるし。

 

うん本当にと、なんとはなしにふと後ろを振り返ってみる。

特に悪意も意図もなく、斜め後ろに座っている人を見つめる。

――ナデシコで数少ない軍人さんの一人、ムネタケ提督。

 

ムネタケ提督も、木星トカゲが人間だったことには。

それほど影響を受けていないように見える人の一人である。

隠していて、見えないだけかなとは思わなくもないんだけど。

 

老獪って言葉が似合う人でもないけどさ、流石に経験がね。

この性格というか、欲望が明透けでも提督に上がれる人だよ。

関係が浅い俺に測れるほどには、簡単ではないだろう。

 

その提督も、なんだか月面の襲撃から忙しそうな感じで。

軍やネルガルと連日の様に協議して、慌ただしくしていた。

現在は落ち着いた様だが、次の任務でも来たのだろうか。

 

「――さっきからなによ。

 用事があるなら言いなさい、セカンドオペレーター」

「……いえ、すいません。

 次の任務って何かなーと思ったんですが」

「まだ決まってないわ。

 決まってたら直ぐに通達するわよ」

 

む。見ていたのに気づかれていたのは、まあいいとしても。

任務決まってないのか、いつもなら立て続けに来るのに珍しい。

あの連日の協議は、打ち合わせが難航中ってことなのかな。

 

提督の歯に衣を着せないような口調も、いつになく力がない。

単純に疲れてるって感じだが、一体どうしたんだろうか。

心配、心配じゃないとは言わないが、何というか変な感じだ。

 

「お疲れですか?」

「それなりにね。

 軍の上層部もつんつんしつこいのよ」

「上層部が、です?」

 

……なんか、予想外というか。何かせっつかれてるのか。

内部の話になってしまうだろうし、聞くのに躊躇っていると。

提督はあっさりと「木星トカゲの話よ」と口にしてしまった。

 

どうも。木星トカゲの正体が人間だったというのは。

軍の中でも極秘の話で、提督も知らないことだったらしく。

それをナデシコ内で公開された責任を追及されたそうである。

 

「――大丈夫なんですか、それ」

「簡単に引きずり落とされはしないわよ。

 アタシもナデシコも、結果を残してるもの」

「はあ」

「お気楽のお間抜け集団だけど。

 ……実力は本物なのがありがたいわね」

 

そう呟いた提督は、複雑な表情ながら悪感情は見られない。

案外高評価というか、立場からすれば最上級に近くないかこれ。

予想外の心の開き具合に少し驚いて、瞬間息が詰まった。

 

それに気付かずにか「ま、そのお気楽もね」と皮肉気に笑う。

言い方から、俺はそれが今の対人間での動揺についてだと思って。

今なら応えてくれそうだな、と軽く装って言葉にしてみた。

 

「提督はどうなんですか?」

「――アタシ?」

「提督は、人間相手に戦うことはどう思われに?」

 

少し見開いた瞳は、今の質問の何かが予想外だったのだろう。

俺が聞いたことか、それとも提督に聞いてくる人間がいたことか。

そういったことを考えたことがなかったとか、判らないけど。

 

俺が提督を見て、そして答えを待っているのを提督は見て。

視線を逸らし、目を細めてどこか遠い所を見るようにしてから。

また俺に近いところまで視線を戻して、感情薄くサラリと言う。

 

「……綺麗な仕事とは思ってないし。

 現実を変えていくには力が必要なのよね」

「――なるほど」

 

まるで何処かで聞いた言葉だなと、俺はそのまま素直に思い。

だからこそ俺は、この言葉には二つの意味があると受け止めた。

“木星トカゲの現状”と“連合軍の現状”の二つの意味、と。

 

今の戦いは戦争だ。だから何かをするために相応の戦力がいる。

連合軍は組織だ。だから何かを変えるためには相応の権限がいる。

どちらにせよ、今戦うことが変えていく為には必要なのだと。

 

――この人も本当は、理想の為に現実を生きる人なんだろう。

現実を変える為に権力を欲し、今も理想を捨てずに生きている。

副長なんかより時間が経っている分、余程根深いと感じる。

 

俺の知ってる軍人さんは、そんな人ばっかりだ。

雁字搦めで、凄く凄く見ていて悲しいほどに苦しそうである。

――そして、アンタはどうなのよと、視線で問いかけられた。

 

提督が応えてくれたのは、きっと本心のものだと俺は思った。

だからこそ、俺もちゃんと答えようと思って、考えてみる。

俺が木星トカゲ相手に、人間相手であっても戦う理由ってやつを。

 

――投げ遣りに火星まで行って、結局何も変わらずに戻って。

降りる理由がなかったから降りずに、これからは人間とも戦う。

目的がなかった分、状況が変わろうとも大きな忌避感はない。

 

でも、降りることを勧められても、今の俺はきっと降りない。

降りてそのあとどうするんだっていうのを直ぐに考えられる程。

この戦艦と戦争に、思い入れがないわけじゃないと思うから。

 

その思い入れの理由なんて、考えるまでもない。

この戦争で俺の親友一歩手前とヤマダさんと、それ以外も沢山。

俺のすぐ近くで、多くの人の生き死にに関わってきたのだから。

 

「――俺はこの戦争を見届けたいだけです。

 相手が機械でも人間でも、それは変わらない」

「見届ける?」

「……なんで死ななきゃいけなかったのかなって。

 正直、俺の執着や未練みたいなものですね」

 

意味があればいいなと思う。意味がなくてもそれを探したい。

たった一人の命に、意味があるだなんて想像でも思えないけど。

それを素直に認められるほど、俺は大人でも子どもでもない。

 

ヤマダさんを殺した提督には嫌味かもなと思ったけれど。

チラリと横目で見たその表情は、何処か寂しげなだけだったので。

それはそれで悔しくて、俺は半ば八つ当たる積もりで呟いた。

 

「――というか、機械より人類の方がマシかなと。

 だって最悪、生存競争待ったなしだったわけですし」

「…………アンタも、大概強いわよねぇ」

 

そう言って呆れた様に笑う提督に、そうかなぁと思ったが。

だって相手が人間であるなら、交渉の余地も何処かにあるかも。

それは希望観測に過ぎないけれど、そうなって欲しい。

 

戦艦乗りの言葉じゃないかもしれないが、誰も死んで欲しくない。

これ以上意味もなく人が死ぬのは嫌だし、理由を探すのも嫌だ。

かと言って納得出来る理由も見つかって欲しくはないわけで。

 

これは両方解決しようとしたら悟りとか開けるレベルだろと。

格納庫でウリバタケさんが怒られているのをのぞき見しながら。

思考を軽く停止して、目の前の業務をただこなす俺であった。

 

 

 



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32

 

 

 

永世中立国ピースランド。テーマパークが起源の小さな国。

現在でも観光産業を中心としており、街並はほぼ観光用である。

どこかで見たような建物や施設、或いは食べ物とかが沢山だ。

 

またスイスに並ぶプライベートバンクの存在でも有名であり。

秘匿性の高い私人銀行で、微妙に犯罪の温床になっている側面も。

しかし全体的に見れば、子ども一人でうろついても問題ない治安。

 

そういう俺も、結構昔に家族に連れられていったことがある。

その時の記憶としてはあんまり魚介類が美味しくなかった感じ。

どこにいっても着ぐるみがあって、ふかふかだった記憶がある。

 

そのピースランド、なんとホシノさんがお姫様だったようで。

本人も知らない話で、ピースランドから迎えがきて発覚したが。

ホシノさん的には、あんまり嬉しくもなかったようである。

 

「観光して戻ってきます」と、お土産は何がいいかと聞き回り。

実際に数日後には大量のお土産と共にナデシコに帰ってきた。

その中でもイネスさんの頼んだクマさんは圧巻の大きさだった。

 

まあ、受精卵の時点で行方不明になって、現在の彼女に育って。

今更お姫様と言われても、正直困ってしまうのはあるだろう。

それでナデシコに戻るのは、納得のようなそうでもないようなだが。

 

他に内定している後継がいるということで、戻ってもね。

歓迎はされるだろうが、本人として居心地がいいとも限らない。

……こうして戻ってこれてる辺り、色々あるってことだろう。

 

そうして、俺もセカンドオペレーターのまま仕事も増えず。

頼んでいた適当なお菓子を食べながら、気軽にお仕事中である。

別に極端に美味しくも不味いわけでもないのが素晴らしい。

 

お土産って美味しすぎると困るよね。次も食べたくなったり。

その場合は取寄せとかしなきゃいけなくなって、また面倒だし。

すぐ手に入るものに舌を慣らしておくことが俺的には重要である。

 

それはともかく、ホシノさんはナデシコを降りなかったが。

クルーの中には対人間を嫌がって、ナデシコを降りる人もいる。

特に顕著なのは元の人数が多い、整備班と生活班だった。

 

ブリッジクルーやパイロットみたいな主要クルーだったりすると。

プロスさんたちネルガルの人や、提督も話を聞いてくれたりと。

色々気を使ってくれたりもするんだけども、それ以外は中々。

 

人数が多い分、辞めやすくもあるかもしれないけれど、ね。

ナデシコ全体から見れば多くないけど、減っているのが現状。

その事実がまた、降りる人を増やしてしまう悪循環がある。

 

そんな空気を変えたいと思っている人は、少なからずいて。

俺も勿論その一人ではあるが、それは居心地が悪いからであり。

もっと実務的な理由で、そうしようとしている人たちもいた。

 

ナデシコは、一応地球圏の中では単艦での最強候補。

ネルガルにとっても連合軍にとっても派手な戦績を持っている。

見た目の良さもあって、広告塔みたいな所もあるわけで。

 

そのナデシコの中でクルーがうだうだしてるってのは色々と。

ネルガルと連合軍的には、あんまりよろしくないとのことで。

――まあ、なんかよく判らんけどイベントをすることになりました。

 

ナデシコ一番星コンテスト。優勝者はアイドルデビュー。

そんな感じで予告されていたイベントが、いつの間にか別の趣旨。

“明日の艦長は君だ!”……みたいな感じで広まっていて。

 

いいのかなこれと俺は思うんだけど、誰も特に何も言ってない。

艦長もプロスさんもエリナさんも、修正する積もりはなさそうだ。

つまり、これで優勝した人がこれからの艦長になるわけで。

 

結構色んな人達が参加していて、みんなが結構本気で取り組み。

水着審査とかもあるみたいなんだけど、案外嫌がってないようだ。

ナデシコらしいとは思うけど、本当にいいのかなぁこのままで。

 

ま、仮に艦長が艦長でなくなっても、別の名前で指揮は取れる。

新しい艦長が指揮をしたいとか言い出さなければ問題なしだ。

そう言った意味では、俺もそこまで心配してはいなかったりする。

 

だから、結局コンテストは誰も止めることなく、現在開催中。

多目的ルームにステージを作って、手を変え品を変えって所。

ブリッジクルーはなんだかんだで参加して、ブリッジにいない。

 

艦長メグミさんミナトさんは参加、なんとエリナさんも参加。

ホシノさんも飛入り参加する積もりらしくて、準備中。

副長も司会の方で呼ばれていて、他の皆さんも見物に行った。

 

一応、ナデシコは現在も月近くのパトロール中ってことで。

ブリッジも、出番が来た人から交代するという話だったけど。

見に行くというのも気が向かなかったので、引き受けてしまった。

 

あんまりミスコンとか、そういうのが元より好きでないし。

折角参加するなら、仕事から離れて参加した方が楽しいだろうと。

ブリッジにはそう思った俺と、あと一人――カザマ少尉がいた。

 

カザマ少尉は俺と違って、気が向かないという理由ではなく。

ネルガルではなくて、軍からやってきた人なので参加できない。

正しくは、参加できても艦長になることは恐らく不可能だろう。

 

とはいえ全く興味がないとかそういった訳でもないらしく。

手元の端末に向き合いながらも、側には中継のウィンドウがある。

軍への報告書を書きながら、コンテストを見ているようだった。

 

 

 

 

 

「――――はぁ」

「……お疲れみたいですね、少尉。

 報告書、書き終わったんですか?」

「ええ、なんとか」

 

身体を伸ばし、ため息と共に背もたれに身を任せる少尉に。

チラリと視線を向けながら、俺は労わるつもりで声をかけた。

こっそり覗いた端末には、項目が大体埋まった報告書が見える。

 

少尉は、ネルガルではなくて連合軍から出向された軍人さんで。

連合軍の内部的にはムネタケ提督の元に出向されてるだけで。

現在も配属自体は極東方面軍の中で、上司は提督でなくそちら。

 

そういう事情もあり、毎日の様に報告書を書いているのだが。

パイロット用の事務室なんてのはなく、持ち場はブリッジ。

その結果、ブリッジに端末を持ち込んでカタカタとやっている。

 

なんだかんだで、ナデシコに馴染める副長より真面目寄り。

手伝いたいが組織自体が違うので、聞かれた時ぐらいだけで。

気になるんだけど、性別が違うこともあって話しかけにくい。

 

真面目な人ってね、やっぱり溜込み易かったりするしね。

別の組織に無理矢理の様に出向させられてるんだから、尚更。

気を配れるようなら、そうした方がいいかなと俺は思うのだ。

 

というわけで俺がかけた言葉に、少尉は小さく振り向いた。

ピシリと伸びた姿勢は、先程までの疲れを感じさせない。

一々の所作が凛としていて、凄く軍人さんといった感じだ。

 

「お疲れ様でした。

 コンテスト、見に行かれます?」

「……そうですね。

 誰が艦長になるか、気になりますし」

 

あ、うんそうだよね。多分真面目な理由かなとは思ってた。

それこそ、結果自体は軍の方にも連絡が行くのは当然だけど。

内部での反応とかも、報告すべきことではあるだろうし。

 

楽しんでないかって聞いたら、また答えは違うとは思うが。

……他の人よりは、普段から気を抜けなくて大変だろうなぁ。

こういう時の上手い気の使い方というのを、生憎と知らない。

 

俺が社会人で、他社の人との会話の経験があれば別だろうが。

しかし、俺はあくまでずっと学生で、そんな経験は積んでない。

やるとしたら手探りだけど、それで上手くいくかどうかである。

 

あんまり、そういうので上手くいく想像ができなくて。

余計なことを言ってしまうかもと、尻込みをしてしまう俺に。

カザマ少尉は、下から覗き込むようにして聞いてきた。

 

「――あの、タキガワさんは。

 コンテストは見に行かれないんですか?」

「ええ、まあ」

「中継も見られてなかったみたいですし。

 …………興味、ないんですか?」

 

む、興味がないかと言われたら、なんか別の意味に聞こえるが。

それこそ艦長が誰になっても、今の艦長が指揮をするだろう。

結果そのものは気にはなるけれど、それは速報で流れると思うし。

 

それとは別に、ミスコン自体への興味も当然有りはするけど。

ああいうのは出てる人が知らない人だったらまだ平気なんだけど。

知っている人が出ていると、俺はあんまり参加したくはない。

 

なんでかって聞かれたら、やっぱり気まずいのが一番なのだが。

その気まずさを少尉……女性に伝えるのが、なんというか。

ないわけではないと前置きをして、俺は言葉を必死に選んだ。

 

「あの、上手く言えないんですけど。

 ブリッジクルー、他全員出てますよね」

「皆さん参加されてますね」

「で、なんか水着審査とか、したくないじゃないですか。

 変な目で見るのって、好きじゃないですし」

 

ここって職場なのである。俺はそういうのを持ち込みたくない。

自分で切り替えろって話でもあるんだけど、俺は苦手だ。

そもそも、異性を異性として認識するのも不慣れではあるし。

 

性的なことに潔癖という積もりも、ない積もりなんだけど。

この狭い艦の中、そしてもっと狭いブリッジの中なのである。

あんまり、俺の居心地が悪くなる要素を作りたいとは思わない。

 

聞いている少尉も、凄く微妙な顔をして聞いているけれど。

納得はしてくれた様子だが、どう反応したものかといった所か。

そんな感じなので、反応を待たずに、俺は話にオチを付ける。

 

「まあ投票自体は。

 変わって欲しくないですし、艦長にするんですけどね」

「あ、するんですね」

「……少尉が出てたら少尉にしてましたけどねぇ」

 

主に艦長として安心的な意味で。ある意味一番安牌な気がする。

どうせ俺と同じ考えで、艦長に投票する人は多いだろうし。

余程の番狂わせがなければ、順当に艦長が優勝すると思ってる。

 

何より、確実に艦内全員が知っているという知名度があって。

艦長という優勝特典から、現役の艦長を選ぶ人もいるだろう。

元の美貌も性格も、素でミスコン優勝クラスなのには違いない。

 

もし少尉が出てたら。まずはそういう安心的な理由もあるし。

真面目な人が、ミスコンに出る意外性っていうのも評価したい。

しっかりした黒髪美人さんは、ナデシコだと他にいないしね。

 

良い所行く可能性もあるんじゃないかなーと俺は思ったが。

……口にしてから、これってセクハラに当たるかも、と気付く。

そういうのに敏感だったら、謝らなくてはいけないなぁと。

 

そう思っていたのだが、少尉は驚いたかのようにこちらを見て。

目をパチパチさせて、小さく「ありがとうございます」と呟いた。

良かったと安心した瞬間に、俺の目の前にウィンドウが開かれる。

 

「ブリッジ!

 エステで周辺哨戒してもいいか?」

「……周辺哨戒ですか?

 レーダーには何も写ってないですけど」

「ああ、ちょっと気になるんだが……駄目か?」

「いえ、いいですよ。

 あまり長くは出ないでくださいね」

 

スバルさんである。一応レーダーを確認したが、敵影はない。

なんでまたとは思うけれど、パイロットの勘もあるだろう。

別に哨戒程度の許可なら、俺の権限でも出すことに問題ない。

 

実際、何かあるかもしれないとパトロールをしているわけで。

“元から何もない”が最善だけど、あるなら見つかった方がいい。

カタパルトより発進準備、カウント後スバル機は発進していった。

 

――その数十分後、スバル機は唐突に出現したミサイルを発見。

有人戦闘機を誘導機として、長距離ボソンジャンプで現れたのだ。

イネスさんが強襲用として実現した場合脅威であると解説する。

 

続々と、新たなミサイルがボソンジャンプにより出現をしたが。

追いかける様に出撃したエステバリス各機によって無力化に成功。

これは確実に、スバルさんの哨戒による成果に違いなかった。

 

あ、スバル機のミサイル発見時点で、コンテストは終了間近で。

戦闘終了後に結果発表があり、ホシノさんが断トツで優勝とのこと。

ただし艦長は辞退、二位であった艦長が繰上げ当選したそうだ。

 

相変わらず艦長は艦長のまま。ま、艦内は明るくなったしね。

当初の目的はそれなりに果たしてるんじゃないかなーと俺は思う。

ホシノさんも出場して優勝だなんて、大分変わったなと感じた。

 

以前はそんなこと、しそうな感じではなかったのにねぇ。

やっぱりこの艦に乗っていると、色々影響を受けるんだろうか。

……少尉もこれから変わっちゃうんだろうか、などと思った。

 

 

 



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33

 

 

 

インド洋会戦。第103後方支援部隊こと、ナデシコ一艦。

前線から100キロ後方で待機、開戦してからずっとこの位置だ。

苦戦はしてなさそうだけど、すっこんでろとばかりに後方待機。

 

それというのは、軍にもナデシコ内のグダグダが伝わっており。

それが、軍の本体に伝染らないかと不安視されているようで。

あんまり関わり合いになって欲しくないということらしいけど。

 

……戦わなくてもいいってならそれはそれで誰も文句はない。

戦闘待機中ではあるが、みんなだらだらと好き勝手にしている。

雑誌読んでいたり囲碁やっていたり、ゲームしてたり様々だ。

 

エリナさんがなんとかみんなを真面目にさせようかと。

色々煽ってたりはするけれど、あの人そういうの下手だよね。

斯く言う俺も、IFSは繋げているけど正直やる気はない。

 

だって作戦行動中であるから、一応メンバーは揃ってるし。

みんな完全に集中力途切れてるかっていうと、そうでもないし。

なんかあっても対応できる程度には、準備は出来ているのだ。

 

というわけで暇である。暇であるからには何かしようか。

そう思って足元の私物ボックス(共用)の中から、色々取り出す。

少し考えてから4つ取り出し、近くのアオイ副長に一つ渡した。

 

「こんな所にコントローラーがあります」

「……はい、コントローラーがあります」

 

頷きながら受け取られたので、テンカワさんとアカツキさんにも。

これで4人の面子が揃いましたが故に、ぴぴぴっと起動する。

起動するのは大乱闘でアクションな格闘ゲームのシリーズだ。

 

アイテムとか設定は、出来るだけ戦いが派手になるように。

技術的な差を埋めるために、当然オートハンデは実装しておく。

そしてゲームスタート。ちなみにみんな持ち場でプレイだ。

 

それぞれが離れた所で、無言。ゲームは段々と進行していく。

特に何も打ち合わせなしで、連携したり裏切ったり裏切られたり。

白熱するゲーム内容とは真逆に、誰一人として喋らない。

 

レートとしてはアカツキさん>俺=副長>テンカワさんである。

技術はそれなりだが、判断が早く安定しているアカツキさん。

ノリで裏切ったりネタプレイに走りがちで、落とすし落ちる俺。

 

副長は堅実に立ち回り、派手な戦績はないが大きなミスもない。

技術で劣るテンカワさんは重ねたハンデで爆発力が断トツだ。

総合すると、極端に誰かが突出した勝ち数というわけでもない。

 

そうして、ただひたすら無言で、開戦より4時間が経過。

段々熟れてきたテンカワさんが俺と副長に並び始めた頃である。

唐突に副長が立ち上がって、ガタンと座っていた椅子を鳴らした。

 

「――不毛すぎる!」

「なにを今更」

「せめて遊ぶんなら会話しようよ!

 なんで無言で大乱闘してるんだよ!」

 

本当だよ。もっと早くに誰かが突っ込むと期待していたのに。

開始直後ぐらいにアカツキさんあたりがマトモなこというだろうと。

なんで無言でこんな時間までやってるんだ。楽しかったけどさ。

 

その言葉を皮切りに、テンカワさんとアカツキさんが近寄ってくる。

表情に疲れがあるのは事実だが、どうやら楽しんでいたようだ。

苦笑しながらも、その顔は決して暗いものであるとは感じない。

 

「――いやぁ。

 こんなゲームなんて久々にやったよ」

「俺もっす」

「人が揃わないとやらないからねぇ」

 

流石に人数揃って遊ぶお祭りゲーを、一人でやる気にはならない。

いやキャラ開放とかの為だったり、状況と場合による部分はあるが。

……俺は別にやり込みの為に、修行を重ねたりはあまりしない。

 

それにしても、まあ楽しんでくれたのは結構なことであるのだが。

なんで今の今まで、誰も突っ込まずに無言でプレイしてたのか。

まさか誰も疑問に思わなかったのかとかそういうことはないよね。

 

「……突っ込み遅いよね?」

「いや、だって。

 無言でコントローラー渡してきたから」

「俺も突っ込み待ちかなと思って。

 そのままノってみたんだけど」

 

大体あってる。しかし、なんて無軌道な若者たちなのであろうか。

空気を読むのもいいが、まさか無言でお祭りゲーをやろうとは。

その発端が自分であることには、この際目を瞑ってスルーである。

 

取り敢えず一度中断されたが、続きをするかそれともどうするか。

そう問いかけた所、みんなそれなりに疲れたようで休憩を所望。

それならと取り敢えず一度目の前のコンソールに手を向けてみた。

 

――戦闘はまだ続いている。俺たちが大乱闘している間にも。

連合軍は指揮官がいいのだろうか、上手く連携を取り合って優勢。

下手にナデシコが入ると、足並みが崩れると思う程度ではある。

 

もしナデシコが参加するとしても、背後に回っての奇襲だとか。

或いは大物相手に機動戦挑んでジャイアントキリングするかだろう。

それぐらいならやらなくても、この艦隊に問題はないと俺は思う。

 

そんな感じで戦況を眺めていたところ、なんか変な挙動の艦。

チューリップを出てから、かなりの速度で戦場を一気に通過中。

その速度からするに最新艦、というか、ナデシコと同レベルかも。

 

あの速度、あのコースだと軍を置いてナデシコに接近するか。

もしかして1ON1でナデシコとの殴り合いをしたがっているのかな。

此方にくると確定したら報告しようと思った、その瞬間に。

 

強烈な違和感というか、意識にスッと割り込まれる感覚がある。

俺よりも後ろの方に、大量の情報の束が何処かから送られるような。

その情報が質量を持つような未来を――――幻視した気がして。

 

「……緊急回避!

 皆さん何かに掴まって!」

 

とにかく、動いた。推進器をひたすら動かして飛び出るように。

重力制御をする余裕がなくて、小さくナデシコ全体がふらついた。

呼びかけたし、直ぐに制御も取り直したから大丈夫とは思うが。

 

何もなければそれでいいと、よく言われる言葉ではないか。

直感を信じられるほど、自分を信用したことなんてないけれど。

それが馬鹿げた幻想というには、余りにはっきりとしていた。

 

ブリッジに小さな悲鳴が響いて、何かが落ちた音もする。

犯人が誰であるかについても、艦内放送をしたので丸分かりだ。

いっそ怒号が来るのを待ち構えていたら、ホシノさんの声。

 

「――ナデシコ後方に。

 ボース粒子反応、異常増大中」

 

その直後に衝撃。先程とは質の違った揺れがナデシコを襲う。

艦長が何事かと叫び。それに対してホシノさんが現状を報告した。

……曰く、ナデシコ後方で爆発が発生、被害状況は軽微だと。

 

「前線より入電、チューリップより出現した大型戦艦一隻。

 一直線に、ナデシコに向かってきます!」

「大型戦艦……。

 タキガワさん、回避専念!」

「了解でっす!」

 

メグミさんの報告に、艦長が何も聞かずに即座に俺へ指示をだす。

流石、艦長である。俺にだってなんで避けられたのか理解出来ない。

ただ次弾がすぐに来ることだけは判って、その回避を任された。

 

集中するまでもない。違和感は何故か脳裏に直接叩き込まれた。

先程ボース粒子の異常発生も見られたし、これはボソンジャンプだ。

ボソンジャンプのデータ予測より早く予測が出来るのは判ってる!

 

「――次弾、Yユニット先端部。

 ミナトさん、回避お願いします!」

「了解よぉ」

 

ウィンドウに予測地点をマーキングしたものをミナトさんに投げて。

即座にミナトさんは、慣性を利用してナデシコを急旋回させた。

今度は俺が重力制御を最初からしているので、ナデシコは揺れない。

 

やはり、直後に揺れが来る。今度は判っていたのでデータ収集。

爆発物は敵兵器、恐らくはミサイルのようなものだと推測される。

月周辺であった、ボソンジャンプ利用攻撃の無人バージョンだろう。

 

今回も被害は軽微、どころかほぼ無しでなんとか済んだけど。

敵を倒さなければ何時までも攻撃は続くわけで、対応が迫られる。

敵艦はまだ42キロ程離れた地点、もうすぐ視認ができるはず。

 

「タキガワさん!

 敵弾予測の精度はどれくらいですか?!」

「なんとなく判りますけど……。

 データとしての信用度は全くないです」

「わっかりました!

 一度、敵から距離を置きましょう!」

 

艦長の問いかけに正直に答える。正直信用されても困るのだ。

ナデシコのセンサーより早いけど、精度は誰も保証してくれない。

当然だ、何せ俺の勘が由来なのである。命は掛けられない。

 

その思いを艦長も察してくれたのだろうか、後退を選んだ。

クルーからは今一な反応が返るが、気にせずにミナトさんに指示。

宇宙空間へと飛び立つその時、今度の違和感は通り過ぎた場所。

 

「次弾予測、次はもう当たらないです」

「ボソン反応再び増大。

 今度は、先程ブリッジがあった場所の真下です」

 

動き始めたナデシコは、それを置き去りにするような形で。

前の2発とは違って、今度は爆発すらナデシコには届かない。

ナデシコは急速に高度を上げて、宇宙空間へと旅立った。

 

 

 

 

 

宇宙空間へ進路を向けたナデシコを、敵戦艦は追いかけてきた。

幸いながら3発目以降次弾が飛んでくる様子は見られない。

その間にイネスさんを初めとして、解析は進められていった。

 

それほど時間が掛らずに、やはりあれはボソンジャンプと判明。

であるからして、脅威なのはそれがフィールドを無効化すること。

無効化というと少し違うけど、中に入られたら防御できない。

 

事実上として、対抗するには回避するしか方法がなく。

それを回避するのは、ボース粒子が発生してからでは不可能だ。

敵の攻撃精度によるが、ブリッジや機関部に当たったらアウト。

 

艦長が命名したボソン砲。まさに一撃必殺の新兵器。

イネスさんの推測するボソン砲の射程は、およそ100キロ。

ナデシコと同クラスの戦艦だから、撃ち合いでは分も悪い。

 

単純に考えてしまうと、割とどうしようもないんだけど。

回避する手立てとして俺の予測があるってのが、また如何とも。

当然、艦長を初めとした面々が俺のことを注目しちゃう訳で。

 

「それで、どうやって予測を?

 なんでデータに信憑性がないんですか?」

「……勘だから、です。

 どうして判るか、俺にも判んないですもん」

「何か予兆を見つけても?」

 

俺は艦長の言葉に首を振る。ホントのホントに何もないのだ。

なんというか、何処かから情報が送られてくるような感覚。

その情報が実体化するというのは、何故そんな予感がするのか。

 

今現在までの結果からすると、間違ってはないかもしれない。

けれどいつどこで間違うか、それか判らなくなるかもしれないのに。

そんなので誰かの命を預かるのは、流石に俺は致しかねる。

 

それも、艦長が他にないと命令してくれるなら別だけど。

それなら仕方がないと覚悟を決めかけて、艦長の言葉を待ち。

しかし艦長は「それなら大丈夫です!」と小さく笑って言った。

 

「予測が頼れなくても。

 撃たせなければいいんですよ!」

「でも、どうやって?」

「えっへーんっ!

 撒き餌と待ち伏せ大作戦です!」

 

艦長の説明した作戦は、ある意味で非常にシンプルだった。

ナデシコの相転移エンジンを切って、敵のセンサーから逃れ。

慣性に乗りながら潜水用のバラストの圧縮空気で進路変更。

 

進路変更によって、ナデシコの位置を判らなくさせてから。

エステバリス全機を発進させて、そのままの場所で待機。

敵進路に向けて時限発火に設定したミサイルを大量放出する。

 

その後、再度元の進路にナデシコを戻して、進行。

近づいてきた敵に対して、待機していたエステバリスで襲撃。

エステの接近戦で撃破する、というのが作戦の主軸である。

 

この作戦のキモは、敵戦艦が“考えて行動する”ということ。

最初にナデシコが進路変更するのは間違いなく読んでくる。

その後、ミサイルを撃った方向から進路を予測するのも確実。

 

そして、その方向には既にナデシコがいないと読むのも、だ。

そのタイミングでどの方向にいるか、相手はどう考えるか。

相手は人間、こちらと同じ様にこちらの思考を読もうとする。

 

その時点で、こちらの視点からどこが一番安全かと考えると。

元の進路に戻るのが、一番予想しにくいと考えられるはず。

だからこそ、敵戦艦は進路を変えずに突っ込んでくると読む。

 

そうして、真っ直ぐ突っ込んできた敵戦艦は、まんまと。

エステバリスが待機していたすぐ近くを通ってくるという訳だ。

……なんというか、くっそ悪辣な気がするんですけどこれ。

 

危険、だとか。希望的要素に溢れすぎてるだとか。

イネスさんやエリナさんから反論は出たものの、これで決定。

相手が想像ほど賢くなくても、対応出来る作戦だからだ。

 

それでも、一抹どころじゃない不安をみんなが抱えつつ。

センサーに引っかからないように色々切って無重力の世界で。

人生の最後を覚悟した人も、多分いたりするんだけども。

 

――結局、ナデシコはこの一大決戦に大勝利した。

艦長の予測通りに進行し、なんとかかんとか無事に終了。

敵巨人タイプも出現したが、アカツキさんがクリティカル。

 

ボソン砲の発射装置をぶち壊しただけで撃破はしてないが。

戦闘の内容としては、確実にこっちの大勝利ってやつである。

……やっぱり、この艦長って普通に天才なんだなぁと思う。

 

近くをグラビティブラストが通過したりと怖い思いはしたが。

例え人間相手でも、その反応を見越した作戦を実行する当たり。

脳味噌の出来よりも、その度胸にビックリする俺であった。

 

この艦長ならば、もしも有人戦艦を撃破する時であっても。

きっと間違えずに、最適な判断をしてくれるのでは、と。

俺は少し苦い思いを何処かで感じつつ、信じられそうだと思った。

 

 

 



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34

 

 

 

月。地球の衛星。夜空に浮かび、金色に光り続ける小さな丸。

地球と木星との戦いでは、随分前から最前線で有り続けている。

……それこそ、ナデシコが火星から戻ってきた時にはもう。

 

大体の目安として、地球に向いてる側が連合軍の勢力圏。

地球から外を向いている側が、木星トカゲの勢力圏のままである。

小競り合いで多少は変動するが、膠着状態といって過言でない。

 

ま、着々と地球側が領地を剥ぎ取っていってもいるんだけど。

ただ、このペースが続くとなると、何時まで経っても終わらない。

何時かはきっちり白黒をハッキリさせる必要が出てきていた。

 

――そして、そのタイミングがようやく訪れた。

木星トカゲも、有人戦艦や有人兵器の運用に遂に乗り出し始め。

今を逃せば、月全面を攻略する機会は中々訪れないだろう。

 

月方面軍の第二艦隊は月面フレームと新型戦艦を大量に投入。

現在、かなり総力を込め、月裏面の最終攻略を行っているのだが。

そんな中で、このナデシコにも一つの役割を任されたのである。

 

ナデシコに託された役割は“主砲”。敵艦隊の殲滅役である。

Yユニットにある、相転移砲というシステムによる攻撃だ。

設定された空間を強制的に相転移、フィールドでも防げない。

 

ボソン砲が木星トカゲ側の必殺兵器なら、こちらは相転移砲。

勿論、汎用性や範囲といった大きな差もあるんだけれど。

どちらもフィールドでは防げず、殺意満々という共通点はある。

 

結局ナデシコは、第二艦隊を囮として背後から忍び寄り。

敵陣後列にある有人戦艦と有人兵器を中心とした敵主力艦隊を。

その相転移砲で一撃する、作戦の要を託されたのである。

 

この作戦を知らされたのは、作戦実行の80分前で非常に急な話。

役割としては、確実に対人相手にオーバーキルの砲撃なんだけど。

案外誰からもNOという声は聞こえず、静かに実行に移され始めた。

 

……いや、それになんら問題があるとは思ってないんだけど。

流石に意外だなとは感じた。急で反応が追いついてないのかな。

とにかく、隠密で敵の裏側に回ることから始めたのであるが。

 

所定の位置まで向かう途中敵別動部隊と遭遇、戦闘となった。

敵ゲキガンタイプ2機に対して、エステバリス隊が出動、撃破。

敵戦艦も接近、ナデシコでなくテンカワ機が対応へと回った。

 

テンカワ機とアカツキ機が人工的なボソンジャンプを試み。

テンカワ機は成功、アカツキ機は経過観察で危険であると中止。

敵戦艦の元にジャンプしたテンカワ機によってボソン砲を破壊。

 

正直、有人ボソンジャンプに不安を隠しきれないんだけど。

テンカワさんがやる時には、脳裏に大丈夫だという判定が降りて。

アカツキさんの時は何のデータも思考には飛んでこなかった。

 

とにかくナデシコはエステバリスを回収後所定位置まで前進。

一時はボソン砲で、一瞬であれど後退を考えた状況からしたら。

邪魔は入ったけど上手くいっている感じではあるんだけど。

 

俺も作戦行動中ということもあり、念の為IFSは加速せず起動。

意識の移行に掛かる時間を考慮して、中から外を見る感じ。

要は主体を電子の中に、身体をデバイスとして認識するんだが。

 

――遭遇戦闘終了後、数分も経たない内にクラックを受けた。

何処かからナデシコに侵入した誰かが、俺の世界を埋め尽くす。

速いは速い……けれど、それほど強いやつではないと思った。

 

だけど、その速さが今の俺にはものすごく相性が悪かった。

IFSユーザーは基本的に攻撃力に振っていて、防御力は高くない。

その上俺は電子に思考を落とし、防衛機制を切っているのだ。

 

奪われて、最悪消されても身体が死ぬわけではないんだけど。

少なくとも今ここで思考している俺の、連続性は失われる訳で。

出来れば、そう出来れば。あんまりしたくない事ではあった。

 

とにかく防壁を起動し、どこまで逃げればいいのか周りを見る。

敵攻撃力はやっぱり低く、オモイカネには手出しすら出来てない。

……その割に、何故かYユニットは完全に取られちゃっていて。

 

Yユニットも防御が甘いわけじゃない。寧ろ機構が単純で堅い。

じゃあ、もしかしたら物理的に取られちゃってるのかしら、と。

そこから俺と、他のIFSの補助電脳が取られてるのを確認した。

 

灼かれても身体に走る痛みじゃない。神経に走る痛みじゃない。

そうは判っていても、流れる衝撃は俺にとっては現実で。

――抜け出せたその瞬間にも、意識は結局維持しきれなかった。

 

 

 

 

 

電子の世界で、何かが起きたんだろうなってのは直ぐに判った。

流石に思考が完全に途切れて、残ったのはバラバラの残骸。

そんな状況だったから、普通に“前の俺”が灼かれたのかと気付く。

 

ただ、ここまで必死に逃げ出してきてるっていうのは。

もしかして持ち帰りたい情報があったりしたのかなとは思い。

そうでなくても、データがあるからには修復せざるを得ないのだ。

 

そして、それと関係しているであろう事件も同時に勃発する。

Yユニットの武器管制コンピューターサルタヒコのアクセス異常。

同時に、実際の通路でも高圧電流や重力制御のカットで通れず。

 

相転移砲を撃つ為にはサルタヒコが動かなきゃいけないのだが。

アクセスを排除されている現状では、そんなのできるはずもなく。

だとしたら、Yユニットから直接制御するしかって話なんだけど。

 

……いやいや。なんでアクセス拒否されてるのかってさ。

普通にどこかの誰かから手を出されてるってことだと思うんだが。

それも推測するに、恐らくはYユニットの内部からではないか。

 

だってそうでもなけりゃ、ホシノさんに気づかれずにこんなこと。

俺でも大量のバックアップで、外部から漸く出来る可能性がでる。

なので、内部に誰かいると判断するのが正解じゃないかなって。

 

中に誰かがいるとしたら、確実に敵が侵入したってことである。

いや流石に、味方が勝手に入って利敵行為とか本当にないですし。

先程の遭遇戦の時に、入り込まれたってのが妥当かな、と思う。

 

それを提言したところ、戦闘能力があり操作を可能とする人達。

俺と、ホシノさん以外のIFS保持者、詰まるところパイロット組。

彼らが行くことになったのだが、どうも様子がおかしいらしい。

 

“幽霊が見える”と言いだして、軽い恐慌状態のご様子であり。

その幽霊、ヤマダさんやアカツキさんのお兄さんが見えていると。

ホシノさんや艦長まで言い出したので、これはまたアレである。

 

俺のデータが壊れてる件も含め、推測されるにIFS障害かなと。

正しくは調べないと判らないけど、クラックによる影響だろう。

軽い認識障害だから、それほど影響はないと思うんだけども。

 

こういう時に解説しにくるイネスさんも、特に何も言わないし。

俺の言葉を聞いた艦長指示により、パイロット組はYユニットへ。

テンカワアカツキマキ組と、スバルアマノカザマ少尉組である。

 

高圧電流と無重力に対しては、整備班特製自転車で対応。

その他の予測されている障害物、或いは無人兵器には銃器で対応。

ま、どう考えても俺もホシノさんも行けるお仕事じゃないよね。

 

作戦実行までそれ程時間はなく。ナデシコも前に進むのみ。

パイロット組サポートをメグミさん、ナデシコ管理を他2名で。

残った俺は、状況整理の為にデータの修築に急ぐわけである。

 

まあ、俺自身がどうして壊れかけになって戻ろうとしたのとか。

持ち帰ろうとした情報に興味があるってのも確かなんだけど。

それと同じくらいに、一応自身の連続性を保つ必要を感じもする。

 

あんまりぶつ切りが続くと、なんか身体と精神に悪そうだしね。

そんなことを考え、Yユニットに進むパイロットを見ながら。

俺はどうにかしてバラバラになったコードを繋いでいくのである。

 

そのパイロットの皆さんも。

なんだかテンカワさんの口調が、何時もよりも勇ましかったり。

アカツキさんがちょっとなよってして賭とか言い出しちゃったり。

 

スバルさんが弱々しかったり、アマノさんが静かだったり。

マキさんはいつもおかしいが、方向性が若干変わっていたり。

特におかしい様子でないのは少尉ぐらいのものであったりした。

 

――んで、一通り元の記憶に近いと思われる所まで修復すると。

その理由がなんとなくではあるが、判ってきたりするわけで。

まずは、状況について報告することを当然優先することにした。

 

つまり、Yユニットが無人兵器に物理的に乗っ取られており。

その際にコミュニケ経由でIFSの補助電脳が奪われていて。

みんなの認識障害と俺のデータクラッシュはそれで発生したと。

 

「――皆さんの人格も。

 これが影響してるっぽいですねぇ」

「どんな風に?」

「IFSの人格防衛機制が取られたので。

 ……普段は表に出してない性格が出てる感じ?」

 

本体、もとい本物の脳についてる防衛機制は取られてないが。

普段より一枚上着を脱いでいる状況と言えば、そうかもしれない。

それでも普通の人と同じ状況になっただけなのではあるけども。

 

テンカワさんは、本来的に割と暴力的というか。男の子だしね。

オドオドしているアカツキさんは、普段は虚勢もあるのだろうか。

スバルさんもそういう仮面というか、素振りをしてるんだね。

 

元々考えてしまう感じなのを、アマノさんは勢いで単純化して。

いつもよりちょっと普通なマキさんは、狂人の振りかもしれない。

変わって見えないホシノさんは……まあ裏表がまだないのかね。

 

「……それにしてはぁ。

 イツキちゃんは変わってないけどぉ?」

「そう、ですねぇ。

 少尉はあんまり変わられてないかも」

 

ん、ミナトさんに言われて考えてみると、確かにその通り。

少尉からは、いつもと余り変わったような様子は見受けられない。

いつもと同様に、真面目に静かに奥へと進んでいる感じである。

 

まあ、他にいるのが弱々しい乙女スバルさんと悩みアマノさん。

引っ張るようにひたすら前に進んでいるが、進み具合は微妙である。

なんだかんだで威勢のいいテンカワ組の方がより早く進んでいた。

 

……特に何もなければ、それはそれでいいんだけどさ。

何かあるなら困っちゃうので、確認しておこうかと結論が出た。

そこで手が空いた俺に回ってきたので、ウィンドウを開く。

 

「少尉、IFS異常ですけど。

 何か自覚されてる症状はありますか?」

「……タキガワさん?」

「はい俺です。

 何かあったら早めに言ってくださいね?」

 

自転車に乗ったまま、進行方向斜め横のウィンドウの俺を見て。

カザマ少尉は、どうも少しぼんやりとした視線を向けてきた。

それを見て体調が悪いか、それとも何か影響が出てるのではと。

 

しかし先程からの動きを見る限りは体調も判断力も悪くなさそう。

てきぱき動き、他の二人を先導する様子はいつもと変わらない。

だけど自覚症状次第では、一人だけ戻らせるのも選択肢の内だろう。

 

その少尉は「じゃあ言わせてもらいますけどぉ」とのんびり言う。

いやいや君そんな口調だっけと思いながら、俺は言葉を待つ。

……なんだろうか、形容し難い嫌な感じを何処かに感じながら。

 

「なんでぇ、私を少尉って呼ぶんですかぁ?」

「……いや、階級ですし。

 っていうかそれ今関係ないですよね?」

「他の皆さんはイツキと呼ぶのにぃ。

 あなただけ私を少尉って呼ぶんですよぅ」

 

やべえ話が通じねえ。っていうかやばい方向に何かがまずい。

なんかスッゲェ、喋り方が柔らかいっていうか、間延びしている。

いつもの軍人らしいカッチリとした口調はどこに置き忘れたのだ。

 

「線引かれてる感じがして寂しいです。

 あなたもイツキって呼んでくださいよぅ」

「いや、それは」

 

……ふむ。推測されるに、真面目と冷静部分が薄まってしまって。

その分を甘えたがりな女性成分が前面に出てきた感じだろうか。

表情は問題なく、行動も見る限りは平時と同じで、口調と思考か。

 

いや、冷静な分析はともかくとしても。この場でそれはまずい。

別にイツキと呼ぶこと自体には言われりゃそうする程度だけども。

何がまずいってここはブリッジ、明らかにまずい人達が見ている。

 

「あらぁいいじゃない。

 イツキちゃんもトオルって呼んだらぁ」

「お揃いでいいですよねー」

 

そうミナトさんとメグミさん、この二人に見られたい光景ではない。

いや、別に恥ずかしがるようなことはしてないしされてもないが。

っていうか、それ以前に二人のことも名前で呼んでいたりする訳で。

 

「――わっかりました!

 イツキさんと呼べばよろしいですね?!」

「私もトオルさんってぇ」

「呼んでくださって構いませんので!」

 

別に呼びたくなくも呼ばれたくなくもないんで、本当に。

それよりも、なんかニヤニヤと見られることの方が普通に嫌なんで。

色々と勘弁して欲しい。俺は人に好奇心で見られるのに慣れてない。

 

正直、取り敢えず大丈夫そうだというか。症状の内容は判ったし。

何かあったら報告をお願いしますと伝えるだけ伝えて、切った。

話している間にも前に進んではいたし、おそらく大丈夫であろう。

 

……それにしても本当になんなのだ。余に何を求めているのだ。

その程度のことならば、別に普段でも言えばいいだけのことだろう。

それなりに話すのだから、呼び方くらい何時でも変えられるのに。

 

気にしてたんだとは思っても、気にされてるんだと思い上がる程。

そこまで自惚れても勘違いするつもりもないけどさ、なんとも。

こう、好奇心の目で見られることの辛さを、ほんのちょっと実感した。

 

――予想通り、Yユニット中枢に無人兵器はぴったり張り付いていた。

無人兵器を奥まで辿り付いたテンカワさんが銃撃によって撃破。

作戦も、相転移砲の一撃によって脱出者多数だが範囲内全て撃墜。

 

奥に辿り着くまでに、色々な幻覚を引き続いて見たようだけど。

俺は見てないし、パイロット陣もそこには触れて欲しくなさ気で。

ま、そういう様子ならそこまで深く突っ込むことでもないだろう。

 

イネスさんも、色々と終わってから解説のためブリッジにきた。

みんなのいつもの人格は中で記憶麻雀とやらをしてたとのことだが。

そこに、イネスさんと艦長がいた理由については一切不明であると。

 

……というか、巻き込まれてたんですねって感じなんですけど。

道理で、いつもと違って俺が状況予測を解説するはずである。

そういやぁメンタルチェックの時も、一切話に出てこなかったなぁ。

 

ともかく、そんな感じで事後ながら色々とイネスさんが解説し。

みんながそれぞれの持ち場とか、休憩に以降とする中で。

俺は一人の背中をキョロキョロと探し、走りよって呼び止めた。

 

「イツキ・カザマ少尉」

「……タキガワさん」

 

あ、トオルさんじゃないんだ。まあ俺はどっちでもいいんだけど。

無人兵器の撃破で、俺以外のIFS所持勢と艦長とイネスさんは平常に。

記憶麻雀とやらの記憶と、その間の現実の記憶を持っているらしい。

 

勿論、俺がここでフルネームに階級で呼び止めたのもその関係。

あの時正気を失ってた訳じゃなくても、平常でなかったのは事実。

そんな時にした約束を、果たして守ってほしいかって話なんだけど。

 

どうしてか、少尉は俺の顔を見ると顔を引きつらせて逃げようと。

背中を向けてしまったので、思わず服の裾を軽く掴んでしまった。

ピンと張られた化学繊維。少尉はゆっくり俺を伺うように振り向き。

 

「――イツキさんって呼べばいいですか。

 それとも、少尉のままで良かったですか」

「…………し、知りませんッ!」

 

俺の純粋な質問に逃げ出すように、というか走って逃げていった。

……ええと、なんだろうなぁ。取り敢えず面白いとは思うけど。

呼び方ぐらいなら恥ずかしいことでもなんでもない気がするんだが。

 

ん、それとも、あの時のあの口調のことだったりするのかな。

あれはあれで平常時じゃなかったんだし、仕方がないのではないか。

寧ろあの口調でも理性はちゃんとあったみたいで、びっくりだ。

 

どうしたもんか、と結局置いていかれて途方にくれた俺に。

いつの間にかニヤニヤと複数の視線が送られてきたので、逃げた。

……次からは、本当にどっちでお呼びすればいいのかな、困った。

 

 

 



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35

 

 

 

IFSによる補助電脳へのハッキングは、近年では余り例がない。

ナノマシンにまで母数を増やしたとしても、割合の変動は小さい。

その理由は技術的な難易度と罰則の強さが要因になるだろう。

 

技術的に考えるのであれば、まず相手が繋がっている必要がある。

IFSであるなら起動、ナノマシンなら何らかの形での接続。

その最低限の条件を満たし、待ち構えているのは強固な防壁だ。

 

人体に直接繋げ、精神にも繋がってくるものが柔いはずがない。

個人が持てる防壁としては、別格クラスで強いものと言える。

防衛機制を含めたら、馬鹿馬鹿しい程に複雑なプログラムなのだ。

 

その中に入っているのは、思考の欠片や記憶の断片。

当然個々人の独立した処理であるため、統一性があるわけもない。

下手をしなくても独自言語の可能性だってあり得るわけである。

 

そこまでやって手に入るのは、ただの個人情報だ。

確かに金融情報やその他色々な情報を手に入れることは出来るが。

補助電脳にクラックする技術があるならもっと簡単に手に入る。

 

そして罰則の強さにも繋がってくるが、認識障害も引き起こせる。

今回の事例の様に、見えないものを見せるぐらいなら出来るのだ。

思考にも手を出せるので、洗脳すらも技術的に不可能ではない。

 

勿論、不可能ではないというだけなのではあるが。

補助電脳開発の極めて初期の頃に、テロでやらかされていたらしく。

現在では、どう足掻いても割の合わないクラック対象なのである。

 

まあそれでも、馬鹿と賢い馬鹿はいつだっているもので。

定期的にやらかしては即バレして、ガッツリ痛い目を見ている。

記憶や思考に手を加えられたら、大抵すぐ気付くものなのだ。

 

つまるところ、実際に起こった被害よりもずっと。

世間様は大きく反応するジャンルのもので、今回も例外でない。

該当者は全員、メディカルチェックを受けることになったのである。

 

世間に公表する程、大きい話にするかは別のようであるけれど。

それぞれでウィルスとトロイと基礎ソフトと登録情報のチェック。

加えて問診を行って、異常検査を行うというわけである。

 

パイロット組、そして俺とホシノさんと艦長の計9人。

イネスさんは検査をするために、自分だけ先に終わらせたそうだ。

みんなが順番に、流れ作業のように検査をピピピと受けていく。

 

こう、なんというか。工場の出荷検品作業を彷彿とさせる。

こういう風にエラーチェックとか、IFSによる洗脳とかがあるから。

非人間的とか言われるが、ともかく無事に検査は問題なく終了。

 

「それとあなたはナノマシン検査ね。

 なんで2年間も放置してんのよ」

「は、8ヶ月は俺のせいじゃないですし」

 

……こうして、呼び止められた俺以外のみんなについては。

言われてみると、そっちの方に影響が出てないとも限らないので。

調べなさいと言われたら、従う理由しかなかったりもするのだが。

 

呼び止められて検査器具をペタペタと身体に貼られることより。

平然とした顔で勝手に医務室の中に入ってきて、俺の検査を見る。

エリナさんのお姿が、俺は気になって仕方がないんですけど。

 

「あのー」

「なにかしら」

「なんでエリナさんもですか?」

「興味があるみたいよ」

 

興味。俺の身体に、という浅めのボケは取り敢えず脳内に留め。

一応上半身は脱いでいることとか、微妙に気になったりはするが。

検査台に寝転がったまま、顔だけ向けてエリナさんを見てみる。

 

静かに椅子に座り、真っ直ぐではないが俺の方を見ていて。

……心当たりというと、やっぱりボソンジャンプ関係かなと思う。

この組合せで他の回答は思い浮かばないし、俺も変なのは判ってる。

 

「……ボソンジャンプ、ですよねぇ」

「ご名答、流石に判るわね。

 何か知っていることはあるかしら?」

「ないですよー。

 理由が判ってたら説明してます」

 

仮に理由がわかっていたら、隠している理由なんて現状ないし。

……言ったら人体解剖が有りうるものだとかなら、隠すかも。

いやでも、それが元の安全交渉ぐらいならエリナさんは乗るだろう。

 

もしも公表することで、犯罪が連発するようなものであるなら。

んーその場合も、犯罪をするのはネルガルではなさそうだし。

技術の管理ってことで、イネスさんに相談してもおかしくはない。

 

「基本、隠し事はいつかバレますし。

 俺が知っている情報の中には一切ありません」

「そう……なんで、事前予測が出来るかも?」

「頭の中にですねぇ、浮かぶんですよ。

 なんかこう……来る!みたいな感じで?」

 

来る、みたいな感じでねぇとエリナさんは今一納得いかなそう。

とは言っても、俺自身に本当にそれ以上の情報はないんだけども。

なぜか予測出来て、なぜかそれが現状100%で当たってるだけで。

 

うん、考えると半端なくおかしいね俺。奇妙なものである。

ここまで来ると職人の勘とか、そういうのとは違うのは判るけど。

俺自身の、特徴と言える程の特徴なんてIFSとナノマシンぐらいだ。

 

……まあだからこそ、両方共調べられるここにいるんだろうけど。

イネスさんも、研究者だからそりゃ乗るよね。俺も拒否はしないし。

言われる言葉の予想が大体付きつつ、それが形にされるのを待った。

 

「――私たちは、あなたに期待してる。

 あなたのナノマシンが要因ではないか、と」

「協力して、ですね。

 いいですよ、俺の身の安全は絶対ですけど」

 

悩む理由はない、が。ここで流されるのだけはよろしくない。

ここで適当に対応して、相手側に条件を決められるのは避けなきゃ。

出来る限り、解釈の余地がない状況にしとかないとまずい。

 

何が不味いかっていうと、この交渉相手がエリナさんってこと。

この人、基本的に交渉が上手くない癖に押し切ろうとするからね。

俺の反応に、少し息を飲んでる内にこっちから掛からなくては。

 

「こっちは今回の検査データを提供します。

 そちらは解析して、その結果を提供してください」

「ええ」

「俺に対する隠蔽はなし、個人情報漏洩なし。

 解析後の利用と、追加の検査は要相談でどうです?」

「……いいでしょう、それで飲むわ」

 

基本は、相手を出し抜かなくても協力できると認識させること。

出し抜いた場合のリスクより、協力による安定が上と思わせること。

裏切るよりも、交渉が低リスクなら誰だってそうするわけである。

 

包括契約ではなくて、余り判ってない状況なので契約も小刻み。

ああ、これだと検査データの解析以外の利用の禁止が入ってないか。

それも追加で口に出しながら、お金の話を手を振って拒否した。

 

「お金はお給料貰ってるんでいいです。

 ただ、違約はしないでいただけますよね?」

「ええ。

 その時は交渉に乗ってもらえるんでしょう?」

 

ほら、こういう人である。きっちりしてればきっちりなのだ。

テンカワさんみたいにやると、この人も意固地になってしまう。

どっちかと言わずとも、提督とかそっちの方の人よりであるのだ。

 

なんで俺も、こういう会話がこなせるようになったのかねと。

多少自嘲しながら、イネスさんが器具を外していくのに任せる。

手渡されたTシャツに袖を通して、起き上がって振り返る。

 

「どうでしたー?イネスさん。

 異常とかってありましたかー?」

「あるわよ。

 やっぱりヒットみたいね、あなた」

 

そう言って、イネスさんは俺とエリナさんにウィンドウを投げた。

並べられたのは、なんかのリスト。ファイルの更新日の一覧表かな。

上から目を通していくと、結構その数自体は30と多くはない。

 

一番初めのが20年前ぐらいで、次が去年の冬ぐらいのもの。

そのあと20個ぐらいがクリスマスで、続く3個がちょっと前。

んで、最後の10個弱……8個が、つい昨日のものであるようだ。

 

「これって」

「全部、あなたがボソンジャンプを見た日よ」

 

――あ、そうか。一番初めのは判らないけど、それ以外なら。

火星から地球へ、八ヶ月の時間ごと飛んだのが二番目の更新日で。

次がクリスマスの横須賀への襲撃。続いてがボソン砲と昨日である。

 

んーでも、ナデシコの関わったボソンジャンプってこれだけか?

有人誘導ミサイルの時とか、月面の襲撃時もそうじゃないのかなぁ。

……だから、見た、といったのか。俺が見ることが必須なのかな。

 

「……俺が見たもの、だけですか」

「それか空間を認識してたもの、かしら。

 実行時、或いは出現時を認識したものだけね」

「どういう内容の更新ですか?」

 

こうして並べられている中に、一番目のがあるということは。

多分、同一系統のものであるということだとは思うんだけれども。

謎な言語で綴られた、恐らく何かへの入力データと推測される。

 

事前予測の度に、そういうものがあったと思うと微妙だけど。

何かの入力データらしきものという回答が来る、と予想しながら。

問いかけた質問に、イネスさんは瞳をギラギラさせて笑った。

 

「――分析データかしら。

 一番最初のファイルと類似しているわ」

「分析データ、ですか」

「早速、ネルガルの解析班に回すわ。

 …………期待をしていて頂戴」

 

分析データか。俺はあれを入力データの複製だと思ったのだが。

微妙に釈然としない気持ちを不思議に思いながら俺は頷いた。

……これからのことを考えるにしても、解析結果待ちだしね。

 

 

 

 

 

俺たち、というか。俺がナノマシン検査を受けている間。

ナデシコはエステで、漂流中の敵小型シャトルを回収したらしい。

中には10代前半の女の子が一人、気絶していたそうである。

 

イネスさんによると、どうやらボソンジャンプの出現時に。

ちょっとエラーがあった様子で、その衝撃で揺れたとのことだが。

なんとそのショックで、記憶喪失になってしまったらしいのだ。

 

とはいえ個人証明物は普通に持っており、お名前は白鳥ユキナ。

……どう考えてもあれですよね。白鳥九十九さんの関係者だろう。

しかし、当の本人が記憶喪失と言ってるんだからと思った矢先。

 

やらかしました、この子。大浴場に侵入して、のぼせたそうだ。

のぼせただけならどうでもいいが、目的はミナトさんの暗殺。

爆弾を持ち込んでいたらしく、それで自爆覚悟であったようだが。

 

まあのぼせた挙句、暗殺対象に介抱されてほだされてちゃねぇ。

その際に、全然記憶も失っていなくて、白鳥さんの妹と判明。

……流石ミナトさんっていうか。結構お互いに気にいったらしい。

 

彼女自体は、和平交渉の使者として選ばれて此方に来たらしい。

使者とは言うが、彼女にその交渉の権限そのものは与えられずに。

交渉用のリアルタイム通信機を持たせられ、飛んできたそうだ。

 

そのリアルタイム通信機。どう見ても敵無人兵器なんだけど。

そいつを用いて、まずは白鳥さんとミナトさんに会話して欲しい。

白鳥ユキナさんは、艦長にそう申し出て直ぐに認められた。

 

通信機を付けるとすぐ白鳥さんが出て、ユキナさんを心配する。

そのユキナさんは「特別だからね」と一言言って、ミナトさんに。

通信を始めたミナトさんと白鳥さんは、何とも言えない空気で。

 

これを100%の精度で表現できるほど、俺には語彙がなく。

無理矢理例えたなら、若い人に任されちゃったお見合いだろうか。

なんとも甘酢っぱい空気の中で、白鳥さんはこう切り出した。

 

「――ミナトさん、もしも和平が決まったら。

 和平が決まったら、是非私と――――!」

「白鳥さん、その言葉は。

 直接出会ったときに聞かせて、ね?」

 

白鳥さんの言葉に、ミナトさんは穏やかに微笑んでそう返し。

周りがふわぁっとした空気に包まれる中で、俺は混乱していた。

……イヤイヤ、なんか色々展開が早くないんですか、と。

 

だって白鳥さんとミナトさん、まだ出会ってそう経ってない。

拉致された時も、時間としてはそんなに長くはなかったはずだ。

それがなんで。こんなレベルで話が進んでしまっているのか。

 

ミナトさんは凄い頭のいい人で、雰囲気だけには乗らない。

けれど、こうしてその返事をしたってことはOKってことだろう。

癖は確かに強いがあれだけ頭のいい人が、本気なのだろうか。

 

しかし、そうやって戸惑う俺とは対照的に。

ブリッジの雰囲気は、そういった明るく穏やかなままである。

そんな中で、艦長はナデシコの方針について、宣言をした。

 

――――皆さん。艦長としての私の結論を発表します。

私はネルガルと軍を説得し和平交渉を実現させたいと思います。

このまま戦争を続けるより二人に幸せになって貰いたいから。

 

その艦長の発言は、どうやら無言の中で肯定された様だった。

提督もエリナさんも口出しをしない。それが多分答えなのである。

白鳥さんもそれに小さく頷き、そして静寂の中で言葉を発した。

 

「ご決断、感謝致します。

 それではもう一つ、和平会談に向けてですが」

「はい、なんでしょう」

「和平会談を開くに当たり。

 木星連合の上層部が一つの条件を出しました」

 

ここに至って口を挟むことなどこの場にいる誰も出来やしない。

ただ、どのような条件が挙げられるかそれだけをみんなが待って。

こほん、と小さく咳払いした白鳥さんは厳粛な声で述べ上げた。

 

「――木星連合は地球連合と会談を希望しています。

 機動戦艦ナデシコを、その大使として送っていただきたい」

 

その言葉の意図を、誰が一番早く正確に理解したのだろうか。

色々と汲み取れるその文脈は決して単純なものではなくて。

事態は、思っていたよりももう少し面倒臭くなりそうな予感がした。

 

 

 



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36

 

 

 

白鳥さんの通信は、その場で即答することはできないと回答。

そりゃそうだ。ナデシコに和平交渉なんて出来るはずもないのだ。

人選とかそういうのの前に、地球連合の全権なんて持ってない。

 

もしも有りうるとしたら、地球連合の本会で採択されたらだ。

……それにしたって、ナデシコ並びにその代表者に全権は、ね。

流石に役目の方が重すぎて、俺たちはお呼びじゃないのである。

 

どちらにせよ、上の方に伺いを立てさせてもらうと回答すると。

白鳥さんも無理なことを言ってる認識があるらしく、申し訳なさげ。

残念ながらこちらには返答する権利すら持ち合わせてないからね。

 

とにかく艦長個人としては前向きであると告げ、通信は終了。

ユキナさんはミナトさんに連れられて、ブリッジを出て行った。

そこに残っているのは俺とか艦長とか、要はブリッジクルーだ。

 

……っていうか、これってあれだよね。言っていいのかな。

いやこんな明白なもの、みんな判ってて言わないだけだろうけど

こう口がむずむずしては、うん、どうにも我慢できそうもない。

 

「――罠だよね?」

「罠ね」

「罠だろうねぇ」

 

そうだねと提督と副長が返してくれた。他の人も大体頷いてる。

だって、流石におかしいよね。ナデシコが大使って一体何事だよ。

それも白鳥さんじゃなくて、木星連合上層部からの条件である。

 

白鳥さんがというなら、交流が既にあった相手をとなるけど。

木星連合上層部からの指名となると、俺たちは目の敵のはずだ。

何せ俺たちは、これでも地球連合の単艦最強であるのだから。

 

「……裏表がない可能性はないんですか?」

「それは難しいよメグミちゃん。

 大使の選択だって、外交の内になるんだから」

「白鳥さんは本心かもですけどね」

 

裏表以前に、理由のない行動なんてものはありえないわけで。

艦長の言う通りに、絶対に何か目的があってのご指名のはずだ。

白鳥さんのことも俺は信用しきれないけど、それはともかく。

 

「それにしても、なんでナデシコなのかしら」

「そうですよね。

 言っちゃなんですけど、そんな価値はないですよ」

 

みんなの疑問をエリナさんが代弁し、それに副長が続く。

そう、問題はやっぱりそこなのである。ナデシコに価値はない。

ナデシコは強いだけで、ネルガル所属のただの軍属艦である。

 

確かに地球連合最強の戦艦ではあるし、広告塔でもあるのだが。

それはこちらの都合であって、相手からは厄介な敵でしかない。

ナデシコが和平をとなれば確かに意味はあるだろうが、でも。

 

あくまで地球圏側のイメージ戦略的なものに過ぎないのは事実。

木星連合が地球側の本気を内部にアピールしたいというにしても。

もっと、地球連合を代表するような重要な艦は他にもあるのだ。

 

「……ナデシコの廃艦が条件、とか」

「それなら尚更ナデシコを呼ばないわよ」

 

ナデシコを目の敵にしていて、それに八つ当たりしたいなら。

別にナデシコを指名しなくても、和平交渉で条件にすればいい。

提督が言う通り、排除が目的ならその方が効率がいいだろう。

 

排除するために呼んでも、出来るのは鬱憤ばらしだけである。

それだけならそれでもいいけど、まさかそんな訳があるまいに。

微妙な空気の中で、顎に指を当てた艦長が小さく呟いた。

 

「条件……っていうけど。

 あれって地球側へのかなぁ。白鳥さんに、じゃない?」

「……木星内での内部対立ってことね」

 

先程までのは、地球側への要求だというのが前提であるけれど。

仮に上層部から白鳥さんに、和平交渉担当者に出されたとすれば。

相対的に、和平を望んでいない人達がいるということになる。

 

いや、まあそれについては当然いるという見込みだろうけど。

社会的にもそういう社会で、100年の恨みがあるんだろうし。

だとしたら、なんでその人たちはそんな条件を課したんだろうか。

 

「――継戦派がいたとして。

 ナデシコを呼ぶ目的ってなんでしょう?」

「そりゃ、最終目的は継戦だよ。

 和平交渉を失敗させるのが目的じゃない?」

 

む、そりゃそうだ。ってことは失敗させにくるのはほぼ確定か。

木連上層部がどこまで意思統一出来ているかにもよるけれど。

全くの一人も工作員や交渉人を出してこないなんて、ありえない。

 

しかし、和平交渉の失敗にナデシコを呼び寄せるってのもなぁ。

失敗にナデシコを使うのか、失敗にナデシコを巻き込むのか。

……ナデシコが直接成否に関係するってのは予想しにくいんだが。

 

「継戦派が失敗させにくるとして。

 その時って、ナデシコの役割って何かなぁ?」

「あら、そんなのは判りきったことだわ。

 原因押付けて纏めて排除に決まってるでしょ」

 

ちょっと思考が遅れたか。艦長が俺の一歩先の話題を出した。

そうか、その時の役割を考えれば、責任追及の対象しかないか。

継戦派が排除したいのは、和平派だけでなくナデシコもだ。

 

しかしエリナさんも権力争いには、やっぱり手馴れてるんだね。

そうでないときは、割とポンコツ気味の人に思えてくるけど。

ともかく、まとめてか。どうにかして和平を失敗させて――。

 

……違うな。失敗だけだと、和平派自体は排除できないんだ。

潰さなきゃいけないのは和平派と和平の目の両方になってくる。

やるなら、普通に考えてまとめて潰してくると思った方がいい。

 

しかし、そんな都合よく纏めて潰す手があるものなのかね。

ナデシコを呼んだってことは、ナデシコは確実なんだろうけど。

和平派と目を、とそう考えた所で、小さな呟きが耳に届いた。

 

「――――和平派の暗殺、ね。

 原因をナデシコに押付けてプロパガンダ、どうかしら」

「提督」

「やることはシンプル、効果は絶大。

 和平派とナデシコの排除と継戦の全てを狙えるわ」

 

――――確かに。確かにシンプルな行動で、総取りができる。

ナデシコを呼び寄せて、会談中に白鳥さんを暗殺して。

その後、直ぐにナデシコを報復行動で撃破してしまえばどうだ。

 

目撃者も反論者もいないから、その後はどうとでも発表出来る。

失うものも少なく、ミスも非常に発生しにくいと考えられる。

……ああうん、言われてみれば俺だってそうする最適解である。

 

「……ま、そうなるとも限んないけどね。

 とにかく、まずは連合政府にお伺いからよ艦長」

「あ、はい。

 ナデシコ、地球方面へ向かってください」

「あんたたちも。

 ……覚悟だけはしておきなさいな」

 

提督は、どんな覚悟とは一切言葉にせずブリッジを出て行った。

……覚悟、覚悟ねぇ。俺は一体何について、覚悟すべきかな。

まだ戦争が続く覚悟か、それか知合いがまた死んでしまう覚悟か。

 

それにしても、戦いを続ける為に死を望まれるだなんてね。

死に方の中でも、出来る限りの限界まで嫌な死に方ではないかな。

それぐらいなら意味がない方がマシだなんて、ちょっと思った。

 

 

 

 

 

ナデシコインヨコスカシティ。前に来たのはクリスマスだった。

白鳥さんが希望する和平会談、それと伝えられた条件について。

それぞれの人がそれぞれの行動をする為に、一度地球に戻ってきた。

 

といっても。アカツキさんやエリナさんやプロスさんがネルガルに、

提督や艦長副長が、連合軍の方に報告をしに行ったぐらいの話で。

他の皆さんにとっては大体休みっていうか、実質お休み期間である。

 

……少なくとも、和平の使者が乗っている状態で戦闘は出来ず。

指揮官級が艦を離れている時点で、非戦闘任務も中々出来ないしね。

ナデシコは今まででもしかしたら初めての、完全休養状態に入った。

 

ヨコスカが選ばれたのは、まあその場所の都合の良さっていうか。

色々と皆さんが動くので関東が良かったってだけなのであるが。

休みを与えられる俺たちにとっても、決して都合の悪い話ではない。

 

白鳥ユキナ。彼女の存在は公表されていないが隠されてもいない。

木星連合から使者があり、地球まで来たと知られてないだけだ。

使者が来たのも、連合政府の上級の関係者しか知らない話である。

 

んで、護衛はつく。当然付くけど別に外に出ることに支障はない。

寧ろ案内人がついて外を観光する分には、推奨された程である。

使者の方に地球を知ってもらうこと……俺は遊びたいだけだけど。

 

提督や艦長、そしてアカツキさんたちがいないこの現状で。

ユキナさん用のお財布の紐が回ってきたのは……何故か俺である。

まあミナトさんと俺だったら、どうかな。どっちが妥当だろう。

 

結構な金額が出処は知らないけれど、新しい口座で渡されて。

遊んで買い物してご飯食べる資金だと判ってるので、遠慮なく。

ミナトさんと俺が中心になって、ユキナさんを案内する訳である。

 

うん、相手が13歳の女の子っていうのはちょっとアレだけど。

たった一人こんな場所まで来ているわけでさ、凄く不安だよねぇ。

俺はテンカワさんでも気になったのに、気にならないわけがない。

 

丁度俺も、ミナトさんに一回確認してみたいこともあったしね。

他の都合の良い人も、適当に参加したり途中で抜けたりしながら。

平均すると5人ぐらいの集団で、東京を巡ったりするのである。

 

最初の頃は結構警戒もされてたけど、一日目も後半になると。

「地球人にしては」と彼女の感覚からでは、最大級の賛辞もあり。

途中で二人になっても話が続く程度には警戒されなくなった。

 

彼女自身も、うんいい子である。元々しっかりしているのだろう。

木星があまりいい生活環境でないのか、一々反応はするけども。

お持て成しではあるが、がめつくも遠慮し過ぎもなくやりやすい。

 

休憩に入ったケーキが有名なカフェで、全種類を注文して。

彼女が一口ずつ食べて残ったのを俺が食べるという素敵協力プレイ。

そんな光景を、ミナトさんとメグミさんが笑ってみてたりする。

 

気に入ったケーキは、彼女が最後まで食べようとしていたり。

大量のクリームと格闘する姿を見てたら、段々時間が過ぎていき。

他が席を外した結果、ミナトさんと二人になる瞬間が訪れた。

 

お互いに飲み物を口にするばかりで、急に会話がなくなって。

チラと送った視線も、静かに受け止められるばかりで反応がない。

……聞きたいことがあるならどうぞって、そういうことだろう。

 

「――ぶっちゃけトークなんですが。

 その、どれぐらい本気だったりします?」

「割と命賭けていいかなってぐらい」

 

そうきたかー。不意にくる全力の回答に思わず俺は天を仰いだ。

正直こういうジャンルの人の思考って、俺には想像しにくいけど。

これってどうなんだ。結構逝ってるレベルの回答じゃないのか。

 

取り敢えず落ち着いて。何が聞きたいのかをもう一度整理しよう。

白鳥さんのプロポーズについて、どこまでちゃんと認識してるのか。

軽々しく考えるには、ちょっとこの恋は重すぎると思うんだ。

 

「出会ってすぐですよね」

「そうね」

「好きになる時間もないですよね」

「いい人だってのは知ってるわ。

 ユキナちゃんを見ても一目瞭然よね」

 

それは俺も確かに思う。あの妹さんのお兄さんなら、相当だろう。

しかし、今ので確信が持てた。現状ではいい人以上に思ってない。

いや、正しくは白鳥さん自身に恋焦がれてる訳じゃなさそうである。

 

「命掛かりますよ」

「そうでしょうね」

「ぶっちゃけ雰囲気に酔ってますよね」

「否定はしないわ」

 

ああ、自己分析も機能してるのか。目が曇ってるわけでもない。

それでもまだ、これを一時の感情と割り切っての判断をしないのか。

リスク計算だけなら、もう手を引いていておかしくない状況だが。

 

心配というよりは不安。この人が、急に手をひっくり返さないか。

もしもこの人がそのまま貫くならば、和平の大きなファクターになる。

上手く和平が出来て結婚したら、きっと平和の象徴にもなるだろう。

 

若き艦長と最強の戦艦の操縦士。そして見た目はかなりの美男美女。

それはそれは素敵な恋物語として、後世に語り継がれるかもしれない。

だからこそ。俺は凄く凄く、この人の本心が不安でしょうがない。

 

「まだ好きでもないのに、どうしてですか?」

「それぐらい大した問題じゃないと思えるから」

 

好きでもない人と結婚するというのは、俺には想像が出来ない。

そもそも、結婚などというものを真剣に考えたこともあるわけなく。

恋愛結婚でない結婚も、確かに有りうるという知識が頭にあるだけ。

 

一緒にいれば情も湧くとは、色んな場所で見てきた言葉だけど。

この状況は、果たして順番を変えてまでそう為すときなのだろうか。

考えて黙ってしまった俺に対して、ミナトさんは更に言葉を告げた。

 

「私は、きっと彼を好きになる。

 平和になった世界も私たちを祝福してくれる」

「そうですね」

「――ほら、この恋は命を賭ける意味があるでしょう?」

 

……ああ、俺には判らない理屈だ。理解出来ても納得できない。

確かにきっと、白鳥さんは好きになれるほどの魅力があるだろう。

すごくロマンチックな恋愛は、それだけでも心を震わせるかも。

 

その恋は、きっと素晴らしいものになるかもしれない。

けれど命を賭ける意味があるかと聞かれたら、価値観の相違である。

俺はこの“世界のヒロイン候補”の言葉を正確には理解出来ない。

 

でも。本気、なのだろう。本気であることに違いはないだろう。

難しいものと理解していて、寧ろ望んでいるなら、俺は止めない。

出来ればその恋が上手くいき、誰も不幸にならないことを祈るだけだ。

 

――時間は無情に過ぎていく。この穏やかな日々も終わりを告げる。

ナデシコがヨコスカについてから、13日が経ったその日。

和平交渉の大使、機動戦艦ナデシコはヨコスカドックを旅立った。

 

 

 



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37

 

 

 

どこまで高度な政治的判断が行われているかとか、俺は知らない。

俺は元々地球にいた頃だって、気が向いた時に新聞を読むくらいで。

ニュースですら流し見る程度にしか見ておらず、政治知識なんてない。

 

だがしかし、流石に知らされることから多少も予測も立つわけで。

今のナデシコは、一応名目上は本当に和平交渉の大使であるらしい。

与えられてる権限は、停戦についての条件確認までであるようだが。

 

和平って言ったって、すぐさまポンポン決まるものであるわけもなく。

今回は停戦で戦闘行動を終了し、その上で後処理する形を取るらしい。

他の和平交渉の流れを知らないから、これが普通かは判らないけど。

 

現状地球側に、トカゲの正体が木星連合であることは周知されず。

この調子で行くと、停戦して実は木星連合ってのが相手でしたって。

バラした流れで和平と友好条約とかに入っていくのではないかな。

 

ま、これは和平交渉が上手くそのまま進んだ場合の話に限定される。

連合政府も正直、俺たちが成功するとはあまり考えてないだろう。

勿論失敗しろと願われていることは、ないと思いたいところだが。

 

戦争には着陸点が必要で、今回の会談はその一回目の小さな失敗。

まずは会談をして、意見がすりあわずに終わっちゃうのが望まれてる。

そんな感じの役目であると、俺とかは予想しているのだけどもね。

 

ナデシコにボディアーマー的なものが詰まれ、サイズ合わせしたり。

どう考えても会談時の護衛的役割な、軍人さんが乗ってきてたり。

俺たちは、白鳥さんも含めて全員無事に終わることが期待されている。

 

……連合政府の印が押された、停戦文書への署名でもいいけどね?

一応、艦長はそういった類の文書を大切に預かっているようですし。

どうなることかねぇ、と俺は若干他人事チックに考えちゃう訳である。

 

――あの日、ナデシコがヨコスカドックを飛び立ったその日。

ナデシコクルーはそれぞれ色々な感情を抱いて、色んな表情をして。

覚悟決めたり決めなかったり、苦い思いをしてたりしたのだが。

 

その中にアカツキさんとエリナさん、イネスさんの姿はなかった。

別に用事があるというか、別動するという話ではあったのだけれど。

確実にボソンジャンプに関わるメンツ、どう反応すればいいのか。

 

直接和平交渉に関わる人達ではないってのが、また微妙な所で。

思う所がないわけじゃないけども、この場にいない人の話もアレだ。

まずは目の前に近づいてきた和平交渉に向けて、という感じである。

 

ユキナさんが持ってきた通信機を使い、再度白鳥さんに連絡。

こちら、というか連合政府の意向により停戦交渉に入りたいと伝え。

まずは白鳥さん単独と、火星近くで合流するということになった。

 

ゲキガンタイプ一機でこちらに向かってきた白鳥さんを回収し。

艦長同士の挨拶や、心配し合ってたユキナさんと無事の確認の後。

何故か白鳥さんが持ってきたゲキガンガー総集編を見ることになった。

 

いや、相手さんの社会文化の基礎となってるものの確認と思えば。

ある意味で妥当というか、至極真面な行為ではあるかもしれないけど。

流石ナデシコである。――――なんか、色々と感化されてしまった。

 

うん、多分みんな緊張してたり、疲れたりしていたんだろうね。

それぞれで平和ってなんだろうとか、色々考えたりもしたんだろう。

だからこそか、何というか。みんなが、ゲキガンガーに嵌ったのだ。

 

そうして始まったゲキ祭。略さずに言うとゲキガンガー祭みたいな。

最近、お祭りみたいな素直に騒げることに飢えていたこともあり。

歓迎会的なとこもあって、盛大にゲキ祭が開かれちゃったのである。

 

俺はその、まあ。元々熱血系アニメって趣味が合わないっていうか。

そもそもそんなに一つのことに熱中するというのもしないもので。

乗り気かどうかって聞かれると、普通のお祭りとして楽しむ感じだ。

 

……白鳥さんに近づくには、ちょっと俺的にバツが悪いとこもある。

だって、最初に発見した時に彼を捕えたのは、俺が要因だったりとか。

そうでなくても、やっぱりヤマダさんを意識する外見だというか。

 

よく見ると全然似てない。二人共、ケンに外見を近づけてはいるが。

そのせいで全体の雰囲気は確かに近いけど、細部が全然違うのだ。

年齢も違うし体型もヤマダさんの方が細身、所作は同じ所は殆どない。

 

そうやって、違う所探しをしてしまう程気になってしまうのである。

彼を目の前にした時に、比べない自信が俺には一切何処にもない。

というか、比べる。何気ない全ての言動を比べて見てしまうだろう。

 

どちらにしても、俺から近づくのは申し訳ないがちょっとない。

相手が賓客なのだから、態々不愉快な要素を近づける必要もないし。

……まあそういう時に限って大抵相手から近づいてくるんだけど。

 

白鳥さんと話すユキナさんが、俺について何かを話している様で。

チラチラと見る視線が俺を向くのに、流石に気がついてしまった。

逃げ出す訳にもと思ってたら「君がタキガワ君か」と話しかけられた。

 

「――どうやら、妹が世話になったようで」

「お気になさらないでください。

 敵地で不安でしょうし、当然のことをしたまでですから」

 

本当にね。負う役目はそれ程でもないが、緊張感は凄かっただろう。

幾ら護衛が付いているとは言え、彼女にとっては敵地だったわけだし。

13歳の女の子が感じていけないほどの、重圧に変わりないはずだ。

 

極悪非道と教えられている人間の中で短期間とは言え生活する、か。

そう考えたらよく順応したし、よくしっかりと行動できたものだよ。

……最初は暗殺の為にきたとはいえ、本当に頑張っていると思う。

 

とはいえそこらへんについては、態々俺が口にすることでもない。

ユキナさんが頑張ったのは、白鳥さんも他の人から聞いただろうしね。

なので白鳥さんのお礼にも、社交辞令の微笑みを返すだけに留める。

 

――うん。やっぱり、白鳥さんはヤマダさんとは全然違うなぁ。

この人は、ヤマダさんみたいな綺麗な夢を追う人ではなさそうだ。

何処か寂しく感じる俺に、清々しく笑う白鳥さんは更に言葉を続けた。

 

「随分良くしてもらったと聞いたよ。

 失礼だが、君は軍人なのか?」

「いえ、違いますよ。

 軍属ではありますが一般人です」

「ああそうなのか……いや済まない。

 ユキナから、お兄ちゃんとは全然違うと聞いたから」

 

ああ、そうだろうな。確かに俺とは接した感覚が真逆の人だろう。

こう話しているだけで判る、純朴で実直な好青年但しちょっと野暮感。

……逆か、俺はそれと逆なのか。自分で考えといて結構ショックだ。

 

俺はアレだから。ひたすら器用で気の利く感じなのが売りだから。

残念ながら実直と純朴って言葉とは、この人生で俺に縁はなかった。

そこらへんは、野暮とトレードオフの関係にあるんだと信じたい。

 

白鳥さんを買い物に連れてっても、荷物持ちになるだけだろうなぁ。

俺は言うよ。似合わないとかせめて色変えろとか平気な顔で言えるよ。

洗うの面倒だよとか、メイク合わせんの大変だよとか普通に言うよ。

 

それはともかく。きっと木星には俺みたいなのは少ないかもね。

どっちかと言わずとも、軍隊寄りの国家体制の様子に見受けられる。

俺を見る白鳥さんの視線も、何処か測る様な感じがしてくる。

 

ま。人様に胡散臭く見られがちなのは判ってるし、気にもしない。

白鳥さんがユキナさんを思いやっての行動だというのも知っている。

笑顔のままの俺に、白鳥さんは片手をゆっくりと差し出してきた。

 

「これからも、仲良くしてやってもらえると嬉しい。

 ユキナも君が気に入ったようだから」

「いいですよ。

 こちらこそ、よろしくお願いしますね」

 

その手を掴んで握手する。触った瞬間にすごく硬い掌だと思った。

大きくて、言ってしまえば無骨な手。いかにも軍人さんって感じだ。

精力的な熱血漢。俺と殆ど歳は変わらないだろうに、大分違うな。

 

――この人が。継戦派から命を狙われている可能性が高いと思うと。

その時が来たら、そうなってしまったら、俺はどう感じるのだろうか。

白鳥さんに被って見えたヤマダさんの姿を、頭を振って消し飛ばした。

 

 

 

 

 

和平交渉は木星連合の用意した戦艦で行うべく準備が進んでいる。

木星側交渉者の一番上は優人部隊リーダーの草壁中将とのこと。

……事実として、現在の軍務上のトップに近い人物であるらしい。

 

そうしたことを白鳥さんから聞いた俺たちも、当然準備する。

俺たちは予定通り失敗したときは、白鳥さんを連れて逃げ出すのだ。

参加するメンバーも待機するメンバーも、それぞれ役割がある。

 

参加組は上から提督艦長ゴートさんミナトさんテンカワさんに俺。

勿論白鳥さんも参加するけれど、そもそも木連側の人である。

念の為に、可能だったらこちらの方に並んでもらう予定ではいるが。

 

この人選の内提督と艦長は言うまでもなく、ゴートさんは護衛。

ミナトさんはパイロット組を除いたヒナギクの操縦士として参加。

テンカワさんは、エステバリスのパイロットとして採用である。

 

そして俺は、ナデシコからバックアップを受けてクラック担当。

軍から護衛として派遣されている2名を含め、計8名の参加である。

その2名に関しては交渉に参加せず、退路の確保が専任となる。

 

参加メンバーはそれぞれボディアーマーを装着し、安全確保。

護衛の中心となるのはゴートさんとテンカワさんで、俺は警戒。

クラックによる周辺状況の確認を、俺には要求されていた。

 

ま。それぐらいなら、いつもやっていることではあるしね。

今回はナデシコからホシノさんのバックアップもあるし、楽勝だ。

求められている技術的には、大したものじゃないという安心感がある。

 

残りの待機メンバーはナデシコの防衛と撤退の援護が主務である。

撤退するまでは防衛するしかないので、パイロット組はほぼ全員だ。

ミナトさんが参加メンバーなのは、主にこれが要因となっている。

 

ナデシコの運営自体は副長ホシノさんメグミさん。十分である。

比較的攻勢には向いていないがエステ込みの防勢はトップの組だ。

俺は攻勢寄りだし、ミナトさんは機動戦よりだから仕方ない。

 

――――不安がないとは、胸を張って言えることじゃない。

幾ら警戒していた所で、不意の事故は誰にも防ぐことは出来ない。

平和の為の会談にまさかフル装備で向かうことも出来はしない。

 

白鳥さんにもユキナさんにも、木連が裏切るなどとは言えない。

彼らにとって木星連合は、自分が所属する社会そのものであるのだ。

そんなものが自分の命を奪おうとしているなど信じられないだろう。

 

「お兄ちゃんもみんなも、頑張ってね」

 

そう言って見送ってくれたユキナさんの瞳には陰りなどなくて。

今から君のお兄さんは死ぬかもしれないんだなどと、誰が言える。

……俺程度の面の皮じゃあ、到底言えそうにはなかったのだ。

 

それらの結果、白鳥さんにはボディアーマーを着せられなかった。

ミナトさんが着せようとしていたが、どうしても無理だったという。

当然だ。なんでと聞かれた時に言える理由を持ち合わせていない。

 

命は簡単に無くなりうる。ナデシコも撃沈するかもしれない。

それは白鳥さんだけじゃなくて、この俺自身も当然該当する。

ボディーアーマーも、首や眉間までは守ってくれるわけがない。

 

それでも。参加者として選ばれたメンバーは誰も引かなかった。

責任であるから。職務であるから。俺は一体なんで引かないのか。

考える間もなく時間は進み、遂に和平会談は開かれようとしていた。

 

木星連合戦艦より、草壁春樹中将の名前で会談の通信を受け。

ムネタケ提督以下7名は上陸艇ヒナギクに、テンカワさんはエステに。

白鳥さんはゲキガンタイプで、和平会談のためナデシコを離れた。

 

――――そして、案内されるままに和平交渉の席へとついて。

条件文書に書かれた地球軍の武装放棄、財閥解体、政治理念の転換。

こちらを見て賎らしく笑う視線に、俺はその時が来たのだと気付いた。

 

 

 



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38

 

 

 

この戦いが始まってから、一体どれぐらいの人が死んだのだろう。

その中には軍人さんもいたし、そうでない人も沢山いたのは知ってる。

自分の人生を生きてきて、多くは死にたくて死んだ訳ではないはずだ。

 

俺がこのナデシコに乗り、まだ生きているのは偶然でしかない。

これが運命だというなら他の人にも脚本を渡してあげて欲しかった。

ミナトさんではないが、その他大勢になった全ての人に、どうか。

 

無慈悲に押しつぶされる様に、或いは押しつぶされて死んだ人たち。

彼らの死に、何か報われるものはあったのか。意味はあったのか。

そんな益体もないことを、何度ぼんやりと考えてはやめたことだろう。

 

意味なんていうのは、結局は評価だ。基準に乗っとって測ったもの。

死の意味なんて、その人の人生の評価なんて、そんな不遜なもの。

一体どこの誰に下せるというのか、神様だとしても糞喰らえである。

 

決めるのはその本人でしかない。その本人が納得するか、どうか。

だとすれば今まだ生きている俺たちは、それを願うだけである。

彼らが自分の人生に、意味があったと思えたことを祈るだけである。

 

――死者を。亡くなった方を思う度に、俺は惨めな気持ちになる。

なんで死んでしまったんだろう。なんで俺じゃなかったんだろう。

死にたい訳じゃないけれど、この順番を俺は強く意識してしまう。

 

今の俺と、亡くなった誰かを比較して、そこに何かの違いを探して。

当然何も明確な違いなんてない。生きている理由なんて何処にもない。

何も持たない俺は誰かの生きたはずの未来をなんとなく生きている。

 

誰の死を悼む時にも、悲しいよりも先にただ惨めさを感じて。

その惨めさを押し殺して、俺は悲しむ人に慰めの言葉を掛けていく。

友達もヤマダさんも、そしてきっとこれからもそれは変わらない。

 

だから、今回もそれは同じなんだと。白鳥さんが死んでもきっと。

変わろうと思っていない人間が、まさか変われる訳なんてないから。

艦内マップで物陰に隠れる誰かに気づいてからも、そう思ってた。

 

――だけど。その懐から人を殺すのに十分な銃器が出てきた時に。

ヤマダさんの姿とか。親友の合同葬とか。ユキナさんの瞳とか。

とにかく、色んなものが頭の中に浮かび上がってしまったのである。

 

ムネタケ提督によって、あの時撃ち殺されたヤマダさん。

胸を貫かれ崩れる様に倒れたあの映像は、もう俺の手元にはない。

けれど、今度は俺の肉眼によって、新たな映像を見ることになる。

 

火星会戦で亡くなった全ての人の合同葬、あの中にあいつもいた。

あいつは誰かを救えたんだろうか。あいつの死に意味はあったのか。

白鳥さんの死は、更なる誰かの死を招くものになるのだろうか。

 

俺たちに向けられた、何も疑っていないユキナさんの輝く瞳。

俺は何も言えなかった。無邪気に送りだす彼女に何も伝えていない。

もしかしたら君のお兄さんは死んでしまうなんて、言えなかった。

 

判っていて何も言えず。判っていてそれを見逃してしまったこと。

判っていて判っていたと伝えずに、ただ惨めに慰めるだけだなんて。

……もう嫌だな、と思ったのである。素直に耐えられなかった。

 

なあなあで生きる俺に、それを耐えさせる信念など何処にもない。

背中に載せた荷物を担ぎ続ける理由がなかったから、降ろした。

だから、自己犠牲でもなんでもなく、ただ俺はその瞬間に前に出た。

 

状況的に気付いていたのは俺だけで、他の人に伝える時間もなく。

どうやったらどうなるかなんて判らずに、弾みで立ち上がって前に。

無計画だったから、俺が一体どうなるかなんて考えてなかった。

 

――そしたらドッと俺の胸元から音がした。振動が身体を走る。

横っ面から殴られたような痛み、ああ俺にそんな経験ないんだけど。

とにかくそういうのが流れて、身体がその方向に持っていかれる。

 

後ろにあった何かにぶつかって止まる。息が苦しくて、噎せた。

もう何か、色々考えるのが面倒くさくなってきたので目を閉じた。

どうなった所で、こんな痛みを抱えたまま動く気もしなかった。

 

「――悪の帝国は正義によって滅ぼされる。

 それが、ゲキガンガーの結末でもある」

 

何処かで誰かが何かを言っているのが聞こえ。でも頭に入らない。

俺の耳は、聴覚は身体を流れる血のドクドクという音でいっぱいだ。

とにかく熱くて面倒臭くて、更には鼓動が騒がしいでうんざりだ。

 

誰かに抱きしめられたのを感じた。背中が暖かいように感じた。

このまま意識が切れたらどれだけ楽かと思って、でもそうならない。

俺の心臓は騒がしく、そして俺の周りはそれ以上に騒がしかった。

 

連続する破裂音が何度も聞こえ、そして直ぐ後に胸に衝撃が。

今度は点ではなくて、面。姿勢が変えられて、何かに被さる様に。

結ばれた紐は、確か緊急用のおんぶ紐だと何処か冷静に思った。

 

そして、揺れる。振り回される。頬にふさふさするものが当たり。

目を閉じたままでも、それは誰かの髪なんだろうなって思った。

だっだっと足音に従って揺れる。誰かの背中に背負われているのだ。

 

ほんの微かな汗の匂い。男性だけど、俺のとは違った匂い。

何処かで嗅いだように感じて、でも俺は少しだけ違うと気付いた。

何が違うんだろうと、俺は漸くにして外の世界に意識を向けた。

 

目を開いて、耳を傾ける。視界が熱でぼんやりと眩んで見える。

それを払う様に、大きく息を吸って吐く。胸が傷んでまた噎せた。

……うん。肺の辺りが痛くて、熱っぽく感じるだけで元気だ。

 

白鳥さんの背中。そして今いるのは、ナデシコではない通路。

立ち止まっているのか揺れず。代わりにみんなの会話が聞こえる。

どうやら通路の先に待ち伏せがあるらしく逃げかねている様だ。

 

何処かの部屋へ一度逃げ込んで。そんな話になりかけるのを。

ぼんやりとした頭で聞きながらも、いい手段だとは思えなかった。

この狭い戦艦荷物を抱えて隠れても、追い詰められるだけだ。

 

「――駄目、です。

 鬼ごっこなんだから、逃げなくちゃ」

「タキガワくん……?」

「立ち止まったりしたら。

 今よりも、状況は絶対に悪くなりますから」

 

鬼ごっこならば、逃げ続けなければ。隠れてしまっては駄目だ。

隠れるならば居場所を変え続けなければ、何れは見つかってしまう。

居場所を変え続けられる程、この戦艦は広いフィールドじゃない。

 

ぼんやりとする頭でIFSを起動する。繋げたままの艦内マップ。

ホシノさんに、俺たちの現在状況を更新したものを送りつけ任せる。

今の俺ではどう足掻いた所で、真っ当なナビゲートは出来ない。

 

目を閉じて、大きな背中に身を任せる。暖かくて硬い背中だ。

俺のIFSとコミュニケを経由し、ナデシコからナビゲートを受ける。

……ヤマダさんの背中も、こんな感じだったのかなとふと思った。

 

少ししてから、また揺れ始めた。銃撃戦らしき音もまた聞こえる。

ただ、目の前の背中から感じるこの熱を、白鳥さんの命だと感じて。

まだまだ途切れそうにない熱に、俺は少しだけ泣きそうになった。

 

 

 

 

 

――第一次地球木星間和平会談、結果は交渉決裂。死者はなし。

援護に駆けつけたナデシコ級第三番艦カキツバタによりみんな無事。

アカツキさんエリナさん、イネスさんもこれによって合流した。

 

死者が出なかった要因としては、使用された銃器の種類による。

決して大きいものでなく、貫通力についても低いものであったこと。

ボディアーマーを貫通することなく、身体を貫くこともなかった。

 

要は怪我人も俺一人。肋骨が多少折れただけで割と大丈夫らしい。

折れて何処かに刺さったということもないとのことで、なんつーか。

固定はされたが、痛み止めを渡されただけで終わってしまった。

 

熱と痛みは撃たれた反動。死にタイムは、撃たれたショック。

それに元の精神状態が絡んだだけで、走馬灯とかでは勿論ない。

……うん。要は不健康な健康体である。色々と情けない気がする。

 

情けないというか、そこまで心配されるレベルじゃないみたいな。

少なくとも、医務室の外にズラリと人が並ばれる様なものではない。

こう、艦長辺りが大丈夫ですかー?と見に来て終わりでいいのだ。

 

それで終わってくれたら、俺的には寧ろ幸いであるのだけども。

そうは行かないのがナデシコというか、ユキナさんであるというか。

目の前で目元に涙を溜めて、俺を睨むように見ているのである。

 

おかしいなぁ。俺は悪い事してないはずなんですけどね。

どっちかと言うと、彼女のお兄さんを身を挺して庇ってですね。

マジで怒られる3秒前みたいな状況とかね、おかしくないですか。

 

「――馬鹿。馬鹿。馬鹿。

 本当に馬鹿、信じられないほど馬鹿」

「うん」

「ユキナそんなの頼んでない。

 命賭けて守ってなんて頼んでない」

 

……どうしよう。何か言ったらこの子、本気で泣きそうである。

普段なら言われっぱなしになんかしないが、相手は13歳だし。

周りで見ている人も、止めてくれそうな様子には一切見えないし。

 

どうにかして話をそらして、クルっと上手く丸め込んだりとか。

流石に今それをここでやったら、多分後から非難轟々であるだろう。

とか思っていたらユキナさんは俺に手を伸ばし胸元を掴んできた。

 

「聞いてるの馬鹿。

 ちゃんと自分を大切にしてって言ってるのよ馬鹿」

「いやぁ」

「いやぁじゃないわよ馬鹿。

 なんで怒られてるか判ってるの馬鹿」

 

まず俺の名前は馬鹿じゃないけど。いやまあこの際それはいい。

こう、自分を大切にしろって言われた所でね。守れる気がしない。

自分の安全は、重要な物の中では最速で投げ捨てるものである。

 

なんで怒られてるかって、本当になんでなんだろうなぁ。

勢いで助けることになったのはいいけど、別に自己犠牲じゃないし。

俺自身を大切にしてないかっていうのとは違うつもりなんだけど。

 

そうして思わず首を傾げる俺を、ユキナさんはブンブンと揺らす。

いやいや痛い痛い、痛み止めは効いてるけれどなんか痛い気がする。

手を伸ばし止めようとして、彼女の瞳から溢れるものを見つけた。

 

……一番最初に感じたのは、泣くんだという意外性である。

なんで泣くかって言われたら、やっぱり今は俺についてだろうし。

出会って直ぐの俺が命を賭けたことに彼女は泣いてるんだろう。

 

ああうん、俺でも泣くんだと。泣く人もいるんだなぁと思った。

こうやって真っ当に怒って、真っ当に泣いてくれる人もいるんだ。

それがもの凄く意外に感じて、思わず言葉に詰まってしまった。

 

もし、今回の件が原因で俺が死んでしまっていたとしたら。

今ここにいる人たちは、きっと少しは悲しんでくれるんだろうな。

中には俺の死んだ意味を想像してくれる人もいるかもしれない。

 

だとしたら。そうやって悲しんでくれる人がいることが。

俺が生きた意味で、生きていた意味で、人生を全うした意味かも。

みんなもそうだったらなと、現実から逃避しながら俺は思った。

 

……いやいやだって。目の前に13歳の泣いてる女の子だよ。

どうすればいいのか判らずに、現実逃避するも仕方ないではないか。

そうやって困ってる俺に、遂に白鳥さんが助け舟を出してくれた。

 

「――ユキナ。

 タキガワ君も困ってしまっているだろう?」

「……うん、お兄ちゃん」

「タキガワ君、助けてくれて本当に感謝する。

 ……これからも“ずっと”ユキナと仲良くしてくれるか?」

 

本当にありがたい。勢いで勿論そうすると答えかけて、一度止まる。

……ずっととは。なんというか、異様に感じてしまう言葉なのだけど。

一瞬流しかけたが、今ずっとという言葉を結構強調した気がする。

 

聞き返そうにも、なんというかそんな空気でもないのだが。

なんか嫌な予感が止まらずに、脳内で言葉をどうにか探していると。

周りにいる人々から、ざわり、とざわめき立つ音が聞こえてきた。

 

――イツキさんだ。イツキカザマ少尉が群衆を割って出てくる。

黒の長髪をサラリと揺らし、伸びた姿勢は凛として美しいと言える。

異様に静かな視線が俺を貫くように真っ直ぐと、暗く暗く光った。

 

ざわり、という音が止まらない。みんながざわめく音でもあり。

そして俺自身の背中が、怯え怖がり鳥肌を立てる音でもある。

俺の胸元から手を離したユキナさんも、無表情で彼女を見ていた。

 

「なんというか。

 別にまだ、好きというほど好きじゃないんですが」

「はい」

「かと言って目の前でかっさらわれるのも。

 これもまた非常にむかっ腹が立つと思い知りました」

 

なにがだよ。いやもう本当になにがなんでこうなるんだよ。

医務室の中と外から、おおーという感嘆の声が聞こえ更に苛立つ。

特に「言うわねぇ」とかいってるミナトさん、アンタもである。

 

もう何か怖いんだけど。なんでユキナさんもイツキさんもさ。

さっきまで見たいに怒ってるんならまだしも、なんで表情がないの。

その上で俺に視線が集まってくるものから本当に訳が判らないよ。

 

いや判る。イツキさんに、ユキナさんも白鳥さんも否定しないし。

要はそういうことなんだろうってのは、流石に俺も判るんだけど。

何故俺に、何故このタイミングで、同時に二人来るのだという話だ。

 

えっていうか。これって何、俺って何か言わなきゃいけないの?

この超おっかないモードの二人に、俺は何か告げないといけないの?

……無理だ。無理です。本当に無理だと思って、布団を被った。

 

ブーイングが飛び、布団すら貫いて冷たい視線が俺に刺さって。

銃弾よりも遥かに重大なダメージを、俺の胃に強く刻み込んだ頃。

騒がしさにキレたイネスさんがみんなを追い出すまでそれは続いた。

 

 

 



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39

 

 

 

――和平会談は予定通り失敗したけれど、予定が違った人もいる。

白鳥兄妹にとっては、当然寝耳に水的なお話であったりするのだが。

話してみると案外あっさり納得したらしい。実際起きたことだしね。

 

白鳥さんを撃とうとしたのも、なんと実は彼の親友であるらしく。

木星の内実も、こちらが予測したものと大きくは外れてないそうだ。

…………親友が済まないことをしたと謝られてもね、どうしろと。

 

撃たれた時に、同時進行でナデシコもまた唐突に攻撃を開始され。

ヒナギクとエステが逃げ出してくるまでは、大変だったそうだ。

特にナデシコと逃走中の援護を頼まれたホシノさんとかを中心に。

 

当初の予定的には俺が内部でナビするはずではあったからねぇ。

しかしその俺がダウンしたので、役割がホシノさんに飛んだのだ。

恐らく大変だったろうが、謝ったら案外どうでもよさそうだった。

 

援護に駆けつけたカキツバタと一緒になんとかその場を潜り抜け。

追って来ないまで逃げ出している間に、俺は治療されたりした。

固定用のサポーターで、振り向いたりするのが出来なくて煩わしい。

 

……イツキさんとユキナさんは、正直俺にはもうよく判らない。

さっき二人とすれ違った時は、特に俺に何かをいうことはなかった。

このまま有耶無耶に出来ないかなって思う。絶対無理だろうけど。

 

そして今。俺はエリナさんたちに呼ばれてカキツバタに来ている。

他に来ている人としては、艦長とテンカワさん、イネスさんである。

それに加えて、俺たちを送ってきてくれたスバルさんがいた。

 

エリナさんアカツキさんイネスさん。彼女らに呼ばれる理由なんて。

それこそ俺には、あのボソンジャンプの件しかないんだけれども。

何か判ったということなんだろうけど、いい知らせであればいい。

 

そうでなくてもこう、ジャッジメントタイムといいますか。

自分が一体どうなっているのか、凄くビクビクしてしまうというか。

あんまり特別であることに好意的に見れなかったりする俺である。

 

努力の結果とか、生来持ち合わせている身体精神的な特徴とかで。

それで評価されるのはいいんだが、こういうのは俺は別にいらない。

ナデシコに乗れる程度には、そっちで自尊心は満足してるのだ。

 

とにかく、カキツバタに来たのはいいんだけど。

格納庫には誰も迎えに来ておらず、エリナさんも通信してきただけ。

イネスさんも凄く珍しいことに、説明は後でするといいだした。

 

――その数秒後に、身体、というかかなり広範囲が変な感じがした。

何か膜に包まれたようなと思い、直感的にジャンプフィールドと判る。

大体、そう大体。カキツバタ全艦を覆い尽くす大きさだろうか。

 

艦長とテンカワさんに、火星のことを考えてと言ったイネスさん。

その身体は幾何学的な光の線を放ち、存在が霞んで見えた気がした。

ボソンジャンプ。俺の脳はその出現場所はこの近くだと示した。

 

それに追うように、動揺したままの艦長とテンカワさんからも。

同様の光のラインが放たれて、俺の脳裏にまた同じ場所が算出される。

カキツバタの中、だろう。追いかける様にウィンドウを場所指定。

 

「――そこですか?」

「ええ。

 カキツバタの展望ドームね」

「俺も行きましょうか」

 

俺の言葉にイネスさんは小さく頭を振った。通信でいいのか。

まあ、俺が行こうとしたら艦内マップを出さなきゃいけなくなるし。

多少面倒臭いから、行かなくていいならそれでも俺はいいのだが。

 

展望ドーム。イネスさんたちの隙間から見えるのは外の光景か。

ジャンプフィールドで不思議な色合いの世界が、ゆらゆらと揺れる。

その色合いに何故か脳の思考が活性化されるような感覚を覚えた。

 

「ねえ、タキガワくん。

 カキツバタはジャンプするけど、どうかしら」

「……場所ですか?」

「それもあるけど。

 みんなが無事に飛べると感じてる?」

 

意識を外の光景に向けていた俺に、イネスさんが切り替える様に。

俺に事前予測を要求してくるので、取り敢えず俺は従うことにした。

何せカキツバタには俺も乗っているので、俺も危険な訳である。

 

ただ、それ程危機感はわかない。何故か俺は大丈夫と思っている。

目を閉じて見ると、フィールドに情報が伝わっているのを感じる。

目的地、そしてジャンプするもの。その入力がされているのだろうか。

 

目的地は、恐らく先程イネスさんが言っていた、火星。

その中でも何処かと思い浮かべて、火星世界地図を脳裏に広げる。

……ああ、ここか。拡大さらに拡大。ユートピアコロニーだ。

 

そこに跳ぼうとしてるのは、俺を含めてカキツバタの全員丸ごと。

何というか、保護シートみたいなものが貼ってあるというか。

全員にセーフティが掛かってる感じで、大丈夫だと直感で感じた。

 

「……大丈夫な気がします。

 恐らくユートピアコロニーに無事に行けるかと」

「そう、全員が?」

「はい。なんか保護されてる感じです。

 確実じゃないですけど、俺に不安はありません」

 

そう、確実じゃないんだけど。俺の中に何故か妙な自信があって。

俺の命も掛かってるはずなんだけどその自信が不安を打ち消す。

下手な俺の判断よりも高い確定事項の様に、俺は感じてるのだ。

 

やっぱりね、とイネスさんが呟く。その理由は一切不明だけど。

その口調から、どうやら俺についての調査もかなり進んだと判る。

ま、何についての機能か当たりがついていれば、それも普通か。

 

それから10秒も経たない内に、カキツバタはグラグラ揺れた。

ボソンジャンプに成功した。そういうことなのだろうと俺は思った。

艦内放送が流れて、格納庫、周りは少しだけ騒がしくなっていた。

 

 

 

 

 

極冠遺跡。ネルガルが火星極冠で見つけた、古代文明の遺産。

チューリップクリスタルと同じ組成で、現在も稼働が確認できる。

……そう、ボソンジャンプが発生した時に、活性化が見られる。

 

要は、ボソンジャンプのコントロールシステムと推測されるが。

ネルガルはずっと、その遺跡を求めて火星を狙っていたとのことで。

そして恐らくは、木星連合もきっとその積もりであるのだろうと。

 

そのシステムを解析すれば、ボソンジャンプを独占的に使用でき。

この戦争どころか、人類にとって大きなブレイクスルーになる。

規模的には、ナノマシンに匹敵するレベルの変化になるはずだ。

 

現在は遺跡を木連軍が占拠しており、無人兵器でいっぱいで。

確保するなりどうにかするなり、とにかくそいつらを退かすこと。

ま、木星のものにさせるわけにも行かないのは、同感である。

 

その為に、カキツバタはナデシコを和平会談まで助けに来て。

ボソンジャンプによって火星に飛んだカキツバタをナデシコが追い。

そして、俺たちはその遺跡確保に共同戦線を張ることになった。

 

地球連合軍は残存している戦力を結集、あと半日で火星まで到達。

木星連合も移住の為の都市艦も含め、大艦隊があと半日で火星到着。

時間はなく、戦力もそれなりどまり。やれることには限度がある。

 

ネルガル側カキツバタより出された方針提案は、基本的に確保。

しかし確保が出来ないのなら、その際は放棄も視野に入れるという。

判断と方法については、ナデシコの指揮に従うとのことである。

 

「ネルガルで確保が一番だけど。

 最悪、誰の手にも入らなければそれでいい」

「……珍しいですね。

 宗旨替え、といった所ですか?」

 

プロスさんの質問に俺も内心で頷く。アカツキさんらしくない。

基本的に、取れる限りはテイクスオールの人だと思ってたが。

そんな重要らしきものの放棄を、先に言い出すだなんて珍しい。

 

何か理由があるのかと思って、すぐ気づいた。問題はその遺跡だ。

遺跡が木星に狙われているなら、確保しても狙われてしまう。

それはきっと、和平とかの話になってからも変わらないことだ。

 

木星がネルガルに所在を追求して、連合軍がそれを知ったとき。

遺跡の所有者というか、誰が研究するか泥沼になるのは違いない。

……それでも確保が一番にくるあたり、重要性もわかるけれど。

 

「ここで確保したら。

 所在を追求され続けるから、ですか?」

「まあ、それもあるけどね」

「他にも?」

「……タキガワ君、君だよ。

 ボクたちが遺跡を確保しない理由は」

 

――俺か。それ程意外って感じもしないのは、あれだろうか。

ネルガルが現状掴んでいる、ボソンジャンプの有力な情報の内で。

俺のデータの解析が一番早く結果を出しそうだから、だろう。

 

そして、アカツキさんはそのまま俺とみんなに説明をした。

あの一連のデータ郡、そしてその基礎となってる演算プログラム。

どうやらそいつら、ボソンジャンプの解析機であるらしいのだ。

 

まだ翻訳は完全ではないらしいが。それでも大体のことはわかる。

ボソンジャンプの入力者。対象。目標。これは定形であるらしい。

カワサキシティでの、あの連続予測があったから判明したとのこと。

 

その内、目標については、非常に構文が様々で一定してないが。

しかしそれも今後データを積み重ねていけば、解決の余地がある。

十分に機能するレベルと推測される解析性能を持った、観測機。

 

……まあ確かに。観測できるなら上手く入力する方法も調べうる。

元がプログラムなのもいい。きっと、本物の解析機も作れるだろう。

何れは遺跡の翻訳機能を持った、入力機も作れるかもしれない。

 

「今回のジャンプで確信を得た。

 君は、ボソンジャンプの人間解析機だ」

「……ええ、それで」

「いつ追求されるか判らない遺跡より。

 ボクたちは、協力してくれる君に賭けたんだ」

 

なるほど、と。俺が言っていいのかは判らないけれど。

実際遺跡よりランクは下がるけど、その分俺の方がお手軽である。

背負いきれないリスクよりは取りうる最善策なのかもしれない。

 

俺自身としても、ネルガルがそういう楽で安全な選択肢を取るなら。

別にアカツキさんに協力するだけなら、まあいいかなとも思うし。

やっぱり多少、身の安全的な不安を感じるのはどうしようもないが。

 

しかし。なんというか、この俺に集まる視線に色々と耐え切れない。

数時間前には、イツキさんとユキナさんの件もあったというのに。

何か連続で俺に視線が集中しており、もうそろそろ穴が開きそうだ。

 

それ程大した人間でもないのに、こうもスポットライトが当たると。

どうにかしてあんまり真剣じゃない雰囲気にもって行きたくなる。

……つまりこう。なんとなくボケなきゃいけない世界の必然を感じた。

 

「――酷いっ!

 俺の身体だけが目当てだったんですね?!」

「……ああそうだ!

 君のその力をボクの為に活かしてくれたまえ!」

「何やってんのよあんたら」

 

修羅場ごっこである。大抵の男子大学生が基本スキルでもってる芸だ。

とはいえ何となく解れた雰囲気に、こそっと紛れる俺の自己主張。

アカツキさんとは友達だから、このノリなら協力するという意思表示。

 

確実にそれは受け止められた。にやりと笑う視線に俺も同じ表情を。

突っ込む提督も呆れたようで、どこか見守ってくれるような顔をする。

……うん。この選択肢は、間違いでなかったと信じていきたい。

 

極冠遺跡に巣食った無人兵器たちも、相転移砲の前では敵じゃない。

カキツバタを囮に、位置を調整された無人兵器たちは質量を消されて。

相転移砲を持ってるナデシコの、最強の証明にしかならなかった。

 

けれど、火星全体で考えるとまだまだ木星トカゲさんは大量である。

ここにナデシコがいる以上、彼らも無尽蔵に湧いてくるわけなので

艦長は即座に遺跡の破壊の為、相転移砲の発射を指示したが、無力化。

 

ディストーションフィールドじゃ防げないはずの相転移砲ですら。

防いでしまう古代火星文明ってのは、やっぱり底が知れないけれども。

少なくとも遠距離攻撃での破壊ってのは出来なかったのである。

 

……しかしその時、イネスさんからナデシコカキツバタの両艦に。

最重要通信枠で、なぜなにナデシコの最終回が通信されてきたのだ。

それも極冠遺跡の最下層、その本体があると推測される場所から。

 

イネスさんが説明したのは、ボソンジャンプの基礎的な原理。

電波の発生時、時間を順行する遅延波と時間を逆行する先進波が発生。

普段なら遅延波によって、先進波は打ち消されるが、しかし。

 

遅延波と干渉しない粒子、イネスさんによりレトロスペクトルと仮称。

その粒子に変換された物質と情報は、過去へと向かうことが出来る。

そしてその物質はこの遺跡によって現在へと更に送り返されるのだと。

 

現在から過去に、そして現在に送り返されるレトロスペクトル。

その現象こそがボソンジャンプ、詰まるところ時空転移であるらしい。

遺跡はその演算を、時間を越えて延々と繰り返しているそうだ。

 

この遺跡は時間を超えて存在している。これを壊せば全てやり直し。

今までのボソンジャンプは全てなかったことになり、歴史もやり直し。

ここにいる俺たちも、一体どうなるかは判らないということだけど。

 

イネスさんはそんなことよりと切り捨てて、テンカワさんを呼んだ。

遺跡で迎えなきゃいけない人がいるということだが、果たして。

勿論それが誰であるかとか、イネスさんの目的も気になる所だけど。

 

テンカワさんがエステバリスで遺跡に向かい始めてから、数分後。

上空より落下してきた巨大物体――チューリップの中より、艦隊出現。

ナデシコとカキツバタはそっちの対応もしなくてはいけなくなった。

 

 

 



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最終話

 

 

 

チューリップから何かが出てきた瞬間に、カキツバタが被弾した。

ディストーションフィールドを張っていたのに、貫通してダメージ。

つまりは、それだけの出力を持った戦艦であるのが即座に判る。

 

というか顔を出しているのは、明らかに木星の有人戦艦である。

それも、ボソン砲を備えているタイプ。ナデシコ級の天敵である。

有人戦艦が続けて2隻。2隻目は後方から無人兵器を出している。

 

今までと違って、ボソン砲を使える戦艦が2隻。対象も2隻。

そこに無人兵器までつくのだから、要求される予測精度も遥か上。

神経がちょっと灼けるのを覚悟して、コンソールに手を置いた。

 

無人兵器に囲まれるカキツバタ。被弾して機動力も落ちている。

遺跡に身を隠しているナデシコより、そちらを優先したのだろう。

投入されたゲキガンタイプ3機も、カキツバタを攻撃している。

 

2隻分のボソン砲。そして織り交ぜられるグラビティブラスト。

ボソン砲を予測されることは、前の戦いで恐らく気付かれていた。

だからこその2隻かもしれない。だからこそ速攻かもしれない。

 

直前にしかどこにくるか想像できない分、回避も緊急になる。

慣性もあり方向転換もあり、一回避けるごとに選択肢は狭まる。

グラビティブラストを考えれば、逃げ場なんてすぐになくなる。

 

回避技術自体も、ナデシコよりもカキツバタの方が低い。

ナデシコの方がミナトさんとホシノさんと俺と人材は揃っている。

なんだかんだで最前線で戦ってきて、連携も取れているのだ。

 

結果として、俺の最善も虚しくカキツバタは追い詰められる。

一回避けた所で、次のボソン砲が二弾連続で当たれば意味がない。

頼みのテンカワさんも、現在は遺跡に向かったきりである。

 

ナデシコのエステバリス隊も、ナデシコから離れられないし。

相転移砲を撃つのにも、カキツバタの位置が余りにも悪い。

……相手さんの指揮官の、溢れる殺意に涙が出てきそうである。

 

下手に囮として結構な距離を開けていた分、援護も出来ない。

結構本気で、打つ手が尽きかけていた時に駆け込んできたのは。

白い制服が目立つ、木星軍人の白鳥九十九さんその人だった。

 

「――私に通信させてください!

 彼らに停戦を呼びかけてみます!」

「ユリカ!」

「……はい白鳥さん、お任せします!」

 

ある意味で、最高の助けかもしれない。無意味かもしれない。

だって敵は軍人であるのだ、命令違反をするとは俺は思わない。

だけど、それでも信じたいぐらいには万策が尽きていた。

 

艦長も、一瞬瞳を閉じて考える素振りを見せたが直ぐに頷く。

白鳥さんの前に開かれるウィンドウ、数秒で準備が整い繋がる。

この場にある全てのものに繋がれた通信。白鳥さんは始めた。

 

「――こちら、木連少佐白鳥九十九。

 戦闘中の全部隊、どうか戦闘を中断してくれ!」

「……九十九か!

 今更貴様が出てくるな!」

 

白鳥さんの通信に反応を返したのは、見覚えのある長髪。

あの人、俺を撃った人だ。……つまり白鳥さんを殺そうとした。

でも、確か白鳥さんはあの人を親友と呼んだけど、どうして。

 

白鳥さんは、あの時の和平会談の経緯については触れない。

どう失敗したかは告げず、ただ失敗したがまだ次があると訴える。

諦めるには早く、今はまだ歩み寄りが足りなかっただけだと。

 

……しかし敵の攻撃は止まない。当然だ、止まるわけがない。

白鳥さんの言葉は段々と感情的なものになり、長髪もそれに返す。

ゲキガンガーの正義に言及されるまで、時間はいらなかった。

 

「ゲキガンガーの正義は!

 手を取り合える人と戦うものだったのか?!」

「お前が正義を語るな九十九!

 地球は悪だ!悪を倒して何が悪い!」

 

――その時。ゲキガンタイプが撃ったグラビティブラストが。

カキツバタを直撃して撃沈。機関部に当たったのか爆発が起こる。

乗艦員は……あ、大丈夫っぽい。普通に離脱出来てるみたいだ。

 

感情的な言い合いに加えて、撃沈されてしまったカキツバタ。

このまま決裂、更なる戦闘の激化、次はナデシコかと思った瞬間。

……白鳥さんのでない女性の声が、戦場全てに響いて聞こえた。

 

「――おかしいです、そんなの。

 そんなのを正義と呼ばないでください!」

「なんだ貴様。

 男の戦いに女が口を挟むなぁ!」

「口を挟むなというなら。

 私たちを戦争に巻き込んだりしないで!」

 

メグミさん、だ。即座に怒鳴り返されて、ビクッと肩が震える。

しかしメグミさんは眉を引き締めて、引くつもりはない様である。

何を思って口を挟んだのかは知らないけれど、止めるべきか。

 

俺がシステムに割り込みを掛けようとした、その時に。

ウィンドウが開き、そこには静かに微笑んで首を振る艦長がいた。

……意味があると。見守るべきだとそういう意味と受け取った。

 

「正義だと言うなら!

 正義を守ってくださいよ、戦わずに!」

「倒すべき悪を倒すのが正義だ!」

「守るべき正義も守らずにですか?!

 人を傷つけない正義すらも守らずにですか?!」

 

感情論、だ。正義なんてものを語るのなら、感情論になる。

だって正義には明確な基準なんてない。あくまで主観に過ぎない。

正義と名乗るのなら、それはその誰かにとっての正義である。

 

――だけど。だけどメグミさんのそれは、何故か不思議と。

何故か不思議なくらいに、この戦場を埋め尽くす力を持っていた。

それ程に、響く。物理的に阻害するものがなく、ただ響き渡る。

 

「あなたたちの正義は!

 人を傷つけることを許容するものなんですか!」

「――ッ!」

「正義の味方であるなら……。

 傷付けずに守ってくださいよ、私たちみんなを!」

 

その理由に俺は気付いた。彼女は今この戦場のヒロインなのだ。

圧倒的な声量。ノイズの混じらない、声質を維持する確かな技量。

メグミ・レイナード。彼女は、一線級の声優であった人である。

 

その悲痛な声は、意識して作ったものかどうかは俺には判らない。

ただ、彼女の声は非常に儚く美しく、悲劇的な少女の声に聞こえた。

その声は、熱血アニメオタクたちの元に、何の加工もなく届く。

 

木星連合の軍人にとって、どれだけの意味を持つのだろうか。

彼らの目の前に現れた、正義を訴える現実のヒロインの意味は。

……それこそ、人生観を変えてしまうのではないかと予想する。

 

「……30分後だッ!

 30分待つ、その間なら投降を受け付ける!」

「月臣……!」

「それ以上は待たん!

 連絡なき場合は覚悟をしておけッ!」

 

一方的に切られた通信も、今までとは違って与えられた猶予。

事実として戦力的に絶体絶命であるナデシコに、残された選択肢。

その中の一つとして見逃せないそれを与えてくれるものだった。

 

近く、通信席で瞳を潤わせて、肩で息をしているメグミさん。

その正義の主張は、また彼女の主観であるものでしかないけれど。

メグミさんの正義を願うその声は、確かに届いたと俺は思った。

 

 

 

 

 

カキツバタの乗員はナデシコに来たものの、状況は変わらない。

ナデシコ単艦で切り抜けられるような戦力の差では既になく。

遺跡もどうにかしなくてはいけないものとして、頭を悩ませる。

 

遺跡の奥でテンカワさんとイネスさんには何かあったようだが。

流石にそんなことを気にする時間はなく、また今度の話だ。

テンカワさんはイネスさんと遺跡、そしてもう一人回収してきた。

 

そのもう一人。亡くなったと思われていたフクベ提督である。

木星トカゲに捕虜として保護されていてなんと無事だったのだ。

現状の解決には繋がらないが、決して悪いことではなかった。

 

投降はない。艦長は通信が切れた後、即座にそう言い切った。

その選択肢を選んでしまえば、遺跡の確保も放棄も出来はしない。

地球を襲うボソンジャンプの危険は、今までよりも強くなる。

 

かといって遺跡の破壊も現在のナデシコでは確実ではなかった。

相転移砲が効かない今、それ以上の威力はナデシコの自爆だけ。

それですら確実とは言えず、歴史も壊れてしまうはずである。

 

歴史が壊れることに一番反対をしたのは、ホシノさんだった。

ボソンジャンプがない歴史が、今より良くなってると限らない。

正論だけど、きっとホシノさんの本心はそことは別にあるだろう。

 

ピースランドよりもナデシコにいることを選んだホシノさん。

……ナデシコに乗らなかったら。そんなことを想像したのかも。

その真意がどうにせよ、ナデシコは遺跡の破壊を選ばない。

 

投降も破壊も。どちらも選べなければ、後は逃げるだけである。

幸いながらこのナデシコにはテンカワさんという最終兵器がある。

あ、僭越ながら一応俺もその類であるかもしれないですけども。

 

遺跡のジャンプフィールドを利用して、遺跡ごとジャンプ。

とにかく誰もいない場所に逃げてから今度は遺跡の処理に移る

ナデシコの一部に遺跡を載せて切り離し、遥か外宇宙へ。

 

遠く遠くに投げ捨ててしまえば簡単には見つからないだろう。

そんな艦長による提案は、意外な所から否定されることになった。

……通信後、黙り込んでいた白鳥九十九さん。彼からである。

 

「――それではいずれ見つかりますね。

 在り処を変え続けることは出来ないのですか?」

「それは……」

 

在り処を変え続ける、つまりは逃げ続けるということだけど。

それは無人で行うには、ちょっと複雑すぎる行動である。

思考はなんとかなるかも知れないが、燃料の方が持たないだろう。

 

無限に続く燃料なんて、無限に劣化しないものなんて有り得ない。

いや、確かに遺跡は時間で悪くなったりはしないだろうけれど。

……遺跡?遺跡か。確かに遺跡そのものは、経年劣化しないな。

 

「……イネスさん。

 ボソンジャンプでどうにか出来ません?」

「そうねぇ艦長。

 入力の仕方次第だと思うけど」

 

そういって、艦長とイネスさんを始めとして俺に視線が集まる。

入力、かぁ。条件次第で別解を出す数式を入力すればいいのでは。

それだけだったら、入力はともかく作るのはそう難しくない。

 

寧ろ入力者が、ちゃんと意図を理解して正確に入れられるか。

そっちの方が余程難題じゃないのかなあと思って、頭を振った。

だって艦長もイネスさんも入力者である。無駄な心配だろう。

 

「……人類がいない場所に。

 一秒毎にボソンジャンプとか、どうですか?」

「まあ、そのあたりよね。

 方法もボソン砲の応用だしすぐ出来るわ」

 

そうだよね。物質単体で飛ばすのなんて既に実例があるもんね。

普通に機能する解析機もここにいるし、難しい話ではない。

それこそ今から30分の間に間に合ってしまうほどのことである。

 

うん、だが。それにしてもまさか白鳥さんが口を挟もうとは。

何かちょっと意外だったので、軽く言葉にして聞いてみた。

すると、白鳥さんは目を丸くして俺を見て。少し男臭く笑った。

 

「――君が言ってたじゃないか。

 鬼ごっこは逃げ続けなくちゃ、だろ」

「……なるほど」

 

道理で。道理で凄く俺的に納得しやすく、受け入れやすいのか。

あまり記憶にないけど、恐らく和平会談の時に言った言葉だろう。

白鳥さんに背負われて逃げ出していた、たった半日前ぐらいの。

 

気がつくと俺はいつの間にか、撃たれた胸を手で押さえていた。

痛み止めは効いているのか、痛みはない。呼吸も苦しく感じない。

サポーターで分厚く感じる胸は白鳥さんを生かした証だろうか。

 

準備は着々と進んでいく。ナデシコをボソンジャンプさせ。

その後居住区と切り離したナデシコ本体をボソンジャンプさせる。

荷物の片付けは急ピッチ。同時にプログラミングも急ピッチ。

 

イネスさんとホシノさんを含めて、6テイク後にOKが出て。

組まれたマクロを艦長に説明し、小物で何度か練習してもらい。

俺の観測では、永遠に宇宙を逃げ続けるボールペンが生まれた。

 

そして遂に本番を迎えた。ナデシコ展望室に参加者が並ぶ。

入力者はテンカワさん、艦長、そしてイネスさんの3人。

オペレートと機器による観測は、ホシノさんとエリナさん。

 

それと俺。入力が正確であることを確認する人力観測担当。

この中で誰が一番重要かって言われたら、流石に俺であろうか。

まさかナデシコに乗艦時には、こんなことは想像もしなかった。

 

――色々あったと思う。こんな言葉で流しちゃいけないぐらい。

俺は何の答えも見つけてないし、この戦争もまだ終わらない。

この遺跡を飛ばした所で、戦争の激化を止めることで精一杯だ。

 

和平会談も漕ぎ着ける所から再スタートだし、始まってもない。

本当に残念なことながら、俺たちはまだ何も解決をしていない。

だが。それでいいのだ。俺たちだけでは戦争は終わらせられない。

 

正義の復讐から始まって。それに立ち向かうのもまた正義で。

誰もが正義のヒーローだったけれど、誰もがそうではなかった。

この戦いを終わらせるのは、英雄なんかではなくて人である。

 

「この戦争に、英雄なんていらない。

 都合のいい正義のヒーローも悲劇の英雄もいらなかった」

 

ヤマダさんはヒーローに成りきれず、夢半ばで死んでしまった。

白鳥さんは悲劇で終わることなく、平和の為にあがく人の一人だ。

戦いを終わらせるたった一人の英雄なんて俺たちにはいらない。

 

この戦争は、平和を求める多くの人たちで終わらせるべきだ。

クローズアップされ、スポットライトが向けられる英雄ではなく。

この時代を生き延びて、それでも平和を望む一般人たちの手で。

 

「艦長、終わらせに行きましょう。

 誰も陽に当たらない、この日陰者たちの戦いを」

 

俺の言葉には、すぐさま返事が返ってくることはなかった。

そりゃそうだ。これはただの俺の妄想で、ただの厨二病である。

ぽかんとした艦長は、それでも何となく察してくれたらしい。

 

満面の笑みで「勿論!」と鮮やかに。

一瞬その綺麗さと強さに目を奪われかけて、直ぐに目を逸らした。

こんなのがバレたら、あの二人にまたなんて言われることか。

 

光り始めた周りの空間。ジャンプフィールドが形成されていく。

安心感と共にぐにゃりと曲がっていく世界は、虹色で綺麗だった。

戦争は終わらないけど、俺たちナデシコの戦いはこれで終わった。

 

 

 



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エピローグ

エピローグを読む前に、先に「ラストプレゼント 或いは、誰も幸せになれなかった話 (http://novel.syosetu.org/31283/)」をお読み下さい。
読まなければ、繋がりが判りにくい恐れが存在する可能性がございます。


 

 

 

風鈴の音がチリンと鳴る。クーラーの風が前髪を揺らす。

木製の、小洒落たテーブルに置いたグラスの水滴が右手を濡らす。

拭くかどうかを一瞬悩んで、そのまま自然に任せることにした。

 

クリアなガラス窓の向こう側は、まだ暑そうな日差しの中で。

熱気を感じた気がして、俺はもう一度アイスティーを口に含んだ。

微かな苦味と香り、そして何より氷の音が涼しさを感じさせる。

 

手元に小さく開いたウィンドウには、今日の日付と時間。

2201年9月18日午前10時27分。一般的には休日である日。

ホシノルリナデシコB艦長就任記念パーティまで、あと一時間。

 

「――ま、同窓会みたいなもんだよね」

「そうだね、久しぶりかな」

 

俺の向かいに座るのはアオイ元副長。現在は連合宇宙軍の中佐。

前より髪を伸ばして、イケメン度と同時にカワイイ度も向上している。

ああ、その代わりに幼さは殆どなくなったとは言えるんだけども。

 

戦争が終わってから3年。世界は変わった様なそうでもないような。

戦争中に結構重要な位置にいたものだから、元々変動も大きく。

戦争前と戦争後で、一気に変わったという感覚も俺にはないけども。

 

――うん。やっぱりきっと色々変わっているんだろうとは思う。

新技術も社会も組織も、変わらないものなんてそう多くはなくて。

まあ。変わっていくとは言えども大抵は地続きでしかないけど。

 

「……全く会ってない人も、そうはないけどね。

 元々交流ある人は、今でも時々は会ってたりするし」

「僕と君とかね」

「後はミナトさんとか、テンカワさんとか。

 ネルガルの人たちは今更言うまでもないけど」

 

仲良かったというか、一緒にいる機会が多かった人で会わないのは。

ムネタケ提督とか一応いないこともないけど、連絡はとっている。

大抵微妙に後暗いというか、クラックの依頼だったりするのだが。

 

仕事でイネスさんにはよく会うし、ウリバタケさんにも会う。

特にウリバタケさんには、色々と機材関係で無茶をお願いしたり。

結構アウトな改造もしてくれるので、中々お世話になっている。

 

ナデシコを降りて、戦争が終わっても引き続き仲良くしていて。

とはいえ、今回みたいに全員で集まるのは滅多にないんだけども。

それこそ……それこそ主要クルーの結婚式とかそれぐらいである。

 

「ミナトさんか、僕は中々会わないけど。

 どうかな、ちゃんと白鳥さんと仲良くしてるの?」

「ああ、うん。

 あの二人ならイチャイチャしてるよ」

「……イチャイチャ?」

「してるよ?」

 

しているよ。戦争が終わってすぐに結婚してから絶えずずっと。

こう、基本的に白鳥さんが、それほど女性に慣れていないのがあり。

ミナトさんがそれに合わせて、ゆっくりとした付き合いをしてて。

 

言葉通り、嫌味なく古風というか。段々距離を縮める感じで。

時々ミナトさんが我慢……我慢?しきれずに距離を詰める様だが。

それは俺はよく知らん。仲良くしている様で幸いなことである。

 

俺の即答ぶりに、副長……ああ、もう副長ではないんだけど。

なんとなく状況を悟ってくれたらしく、若干遠い目をして頷いた。

微妙になりかけた空気を払う様に、態とらしく俺は話を変えた。

 

「――それより艦長も。

 4ヶ月ぐらいだっけ、どんな感じ?」

「まだ、そんな目立たないよ。

 ユリカは落ち着いてるし、周りが騒がしいぐらい」

 

3年も経てば。結婚する所は結婚するし、子どもも出来る。

順当にテンカワさんと艦長は結婚したし、子どももお腹の中である。

ちょっと年齢的に早い気もするけど、個人的な感覚に過ぎない。

 

いいこと、だ。これでテンカワさんも一人ではなくなる。

なんというか、何処か寂しいような気もするけどもとても目出度い。

構ってた子に置いていかれるのは、やっぱり少し寂しいけども。

 

なんかこう、ふわふわしてる自分に気付かされてしまったり。

自分の方が余程、現実に向き合わなきゃいけないのは判るんだけど。

取りあえずは、彼らの行く末の方が、現状の俺には気になる訳だ。

 

「ミスマル大将も気が早くてさ。

 まだ性別も判ってないのに、名前を考え始めて」

「うん」

「誰が名付けるかとか話し合ってもないんだよ。

 それなのに、結構色々案をもう準備してるみたいで」

 

むう。あの艦長が幾ら父親といえど、任せるとは思えないけれど。

どっちかというと、テンカワさんと仲良く決めようとするだろうし。

何か口出しされたところで、すげなく断りそうな気もするんだが。

 

親バカと知られてる人だし、やっぱり孫バカにもなるんだろうか。

寧ろ普通にその方が健全でよろしいのではと、若干以上に感じるが。

性別が判ってないのに名前を付けるとなると、その方向性は。

 

「男女どっちでもいい系の名前?」

「そうそう。ゆうきとかそういう系。

 で、とおるって名前が案の中にあったから」

「……どうしたの?」

「とおるだけは駄目って。

 僕が絶対許さない姿勢で否定してきた」

 

喧嘩売ってんのか。俺の名前の何が悪いってんだ。俺の存在か。

……まあ、確かに知合いの子どもの名前には、ちょっとなぁ。

付けないだろうけど、可能性も阻止してくれた方が嬉しいかも。

 

艦長もテンカワさんも俺の名前は、確実に知って覚えてるし。

選ばれるとなると意図的なものになる訳で、なんでだって話で。

良い理由にしろ悪い理由にしろ、あんまり胃には優しくない。

 

なので総合的に見れば感謝するのだが、それはなんか嫌である。

副長もこういう言い方するからには、感謝を求めてもないだろう。

なればこの心遣いに、俺はさらりと意趣返しをするわけである。

 

「――お仕事どうです?

 特に統合宇宙軍との関係とかそのあたりは」

「一言で言えばややこしい。

 本音を言うと滅びろ統合宇宙軍」

 

うむ。その即答具合に、色々と億劫な状況になっているのは判る。

外から見る限りだと連合宇宙軍と統合宇宙軍が同時に存在して。

どちらかというと、連合宇宙軍が劣勢な状態で組織統合しそうだが。

 

一瞬無表情になる副長に穏やかに笑いかけて「ざまぁ」と言うと。

何時でも牙を剥けるぞと言わんばかりの、爽やかな微笑みが返ってきた。

すぐにお互いに不毛であることに合意して、和平の締結に至った。

 

「……君の仕事は?」

「いつも通り程々に。

 便利屋さんをやり続けてるよ」

「ボソンジャンプの入力機開発とか?」

「そういうの」

 

戦争終結後はネルガルに残りボソンジャンプの研究開発に関わって。

観測機や入力機、時々は別の研究開発やセキュリティを整えたり。

……一応、ナデシコBのメインプログラムとかにも携わりはしたのだ。

 

俺は元々の専門が特にないから、極端に目立った変な手癖もなく。

必要があれば電子の世界で勉強するだけなので、なんとかなっている。

事情的に独立は無理だけど、今後もそれなりにやっていけるだろう。

 

そう言った意味では変わりない。開発よりなので忙しくもないし。

基本的には納期とかはなく、エリナさんとかは俺に結構寛大である。

それはともかく副長は言葉を選ぶ素振りで、ゆっくり聞いてきた。

 

「ボソンジャンプの研究、続けてるよね」

「そうだね」

「……君が観測できる理由とか。

 昔は気にしてる余裕もなかったけど、判ったの?」

 

ああ、うんと。微妙に言葉を濁してしまうのは結構微妙な話だから。

ぽんと話すには流石に重く、内容的にも面倒臭いことこの上ない。

話せない程部外者って訳でもないし、内容も価値を失っているけど。

 

副長の今の仕事も、こんなことを聞いてくるものではないし。

恐らくは、そしてほぼ確実に、個人的に俺を心配しての行動だろう。

なので話すことに支障はないが、聞いて楽しいかと言われると。

 

「――割と早めに判ってた、かな。

 戦争が終わったのより、ちょっと後ぐらい」

 

でも、聞いて楽しいかどうかよりも、心配されない方が上である。

面倒くさい内容も、まあこの際は流石に仕方がないことだろうしね。

諦めて――そう、諦めて。俺は軽く現実に目を向けることにした。

 

「――俺のナノマシンの。

 最初のデータが、大体解読されたんだけど」

「うん」

「それから推測されることが。

 多分全ての答えというか、回答なのかなぁと」

 

今から考えれば大体25年前に更新されていた、あの謎のデータ。

テンカワさんにも一度見せたあれが、要するに答えの様である。

あの長くもないデータが、この色々なことに対する回答なのだと。

 

断言できないのはあくまで今からいうことが推測に過ぎないから。

間違ってはないだろうけど、そうだと採点してくれる誰かもいない。

なので、事実として語るにはあんまり俺も気が向かなかったりする。

 

簡単にそんな旨を伝えても、副長はそれでもいいと俺に言う。

ならばとは思うが、さてどうやって説明したものかと考えて考えて。

まずは最低限の前置きをして、順番順番に伝えていくことにした。

 

「――あのデータは。

 別の世界か、別の時間軸からボソンジャンプしたもので」

「……」

「最初のデータはその観測と処理データです。

 なので、誰が誰をどこに飛ばしたのかも大体判ってます」

 

別の世界。それか別の時間軸。

そう言い切れるのは、確実にこの世界のこの時間軸ではないからだ。

何せ、この世界ではそのジャンプは実行されなかったから。

 

つまり要するところは、このジャンプが行われたのは過去の日時。

この時間軸では過ぎてしまった時間で、そしてその時間に行われず。

別の、違う歴史を歩んだ時間軸で、このジャンプは行われている。

 

「結構、凄く変則的な処理をしてて。

 幾つかの点を順番にあげて説明していきます」

「……お願い」

「まず一点。

 この入力者はボソンジャンプの処理をしていた」

 

俺のデータは観測用のモノでしかない。それ以上の機能は持たない。

けれど処理ログの中では、その人はボソンジャンプの処理をしている。

まるで、あの極冠にあったジャンプユニットの様な動きをしている。

 

ボソンジャンプの自動入力機という訳では、恐らくはないだろう。

人間が。人間と推測される誰かが演算ユニットに接続されている。

その状況で入力したと、解読したイネスさんは断言してみせた。

 

「二点。

 その人は、解析用のデータと自分の母親の感情を飛ばした」

「……感情?」

「感情だけ。

 身体とか記憶は飛ばせる状況ではなく、パージしてる」

 

順番としては、自分の母親を目標地点までジャンプさせようとして。

その際に、身体から記憶と感情を切り離して飛ばそうとしていた様子。

身体は不必要なものと、束縛するものとして切り離しをかけている。

 

記憶と感情だけを目標地点に飛ばそうとして全てのものは飛ばせず。

更に記憶をパージして、感情だけを目標地点に飛ばせるまでの。

そのサポートをさせる為に、先行的に解析データだけを飛ばした。

 

飛ばした対象は、それこそどこでも誰でも良かったんだと思われる。

干渉出来るようになんらかの形で機材に繋がってさえ居れば問題ない。

例えば、病院の機材に繋がっているナノマシンでも良かったのだ。

 

「三点。

 目標地点は、母親の幸せな場所。幸せになれる場所」

「曖昧だね。

 それでも飛べるの?」

「処理したのは自分だから。

 なんとか無理やりやったんじゃないかな」

 

そして、その飛ばした先が、今から25年前になる訳である。

今から25年前に、恐らくは誰かの脳かナノマシンに感情が飛んだ。

記憶ではなくただの感情。だから歴史に与える影響は薄いだろう。

 

それでも飛ばした、それでも飛ばしたかった理由は。

その目標地点に掲げられた、幸せになれる場所という強い願いは。

……これから告げる事実を考えると、更に重い響きとなってくる。

 

「目標地点に、さ。

 付則情報というか、条件指定もあって」

「……」

「その条件が一言――――アキト」

「――アキト?

 アキトって……テンカワのこと、か?」

 

俺はどちらとも答えない。縦にも横にも首を振ることはしない。

AKITOと入力されたそれを、別の読み方が出来るなら、そうしたい。

副長の戸惑う様な問いかけには答えずに、俺は更に、更に続けた。

 

「データの入力日は、2201年9月13日。

 ジャンプアウトの日付は、2176年3月3日」

「おいそれって」

「……そうですね。

 僕らの艦長、テンカワユリカさんの誕生日です」

 

もうたった数日前に過ぎた日付に入力されたこの入力処理データ。

それがジャンプアウトした先は、アキトを目標にした25年前。

どこに飛んだのかの明確な答えなんて無いけど、必要もないだろう。

 

この時間軸ではないというのは、殆ど確実なことだと思われる。

テンカワ夫妻の子供は生まれてないし、艦長の記憶も健在。

だから。この世界では、そのジャンプの入力はされなかったのだ。

 

「――ちょっと。ちょっと纏めさせてくれ。

 演算ユニットに接続されたユリカの子供が、ユリカを?」

「恐らくは」

「それって」

「ご想像の通りでいいんじゃないかな。

 …………イネスさんは、確実に人体実験だと言った」

 

それは、俺の中にある観測用のデータの完成度を見ても判ると。

何百人という単位で解体せば、数年でもあのレベルに持っていける。

逆に言えば、数年であのレベルに持っていくのは、普通は不可能。

 

どういう歴史の流れでそうなったのかは、このデータの中にない。

だけど子どもがそうなった状況で、母親の艦長は無事なのかといえば。

自然な流れで考えてしまえば、そんなことはきっとないだろう。

 

だからこその幸せな場所という言葉が、どこまでも重く感じる。

もう駄目になった身体を捨てて、せめて感情だけでもという想いを。

このどうしようもない胸糞悪さを御裾分けするために口を開ける。

 

「飛ばした感情を要約すると。

 “私はアキトが大好き、アキトは私が大好き”」

「ッ!」

「なお、ジャンプ直後に。

 入力処理者は、どうやら機能停止している模様」

 

それも“産んでくれてありがとう、幸せに”と言葉を残して。

そして俺はその願いに巻き込まれて、今ここに立っている訳で。

ああいや、今はお洒落目の喫茶店に座っているんだけれども。

 

何が始まりだったのかは判らないしその時の状況も知らないが。

とにかく俺は、俺自身の何よりもただ偶然に巻き込まれただけで。

絶対的に俺が必要とされていたかというと、首を傾げることに。

 

「――要は、俺自身には何にもありません。

 母親の幸せを願った人に巻き込まれたわけでござるな」

「なんというか……本当になんていえばいいだろうね。

 因みにユリカはそれについて?」

「メールで送ったら“そうなんだ”の一言だった」

「……そっか」

 

まあ、それ以上の反応もしようも無いかなぁとは俺も若干思うが。

だって恐らくは、艦長にも昔の記憶は飛んできていないわけで。

記憶があるならもう少し色々別の行動をしていたんじゃないかな。

 

気になる点としては、あれだ。幸せな場所という言葉の意味だ。

もしかしてここは、艦長に都合のいい世界だったりするのかなとか。

俺がナデシコに乗ったのは、艦長の幸せのためなのかなとか。

 

多少は気にならなくも無いけれど、俺にその自覚は無いわけで。

考えても仕方ないことを考えるような性質では、ないと思ってる。

なので気分を変えるためにアイスティーを飲み干して、言った。

 

「ま、俺は舞台役者気取りの黒子ってことで。

 艦長も幸せそうだし、それでいいんじゃないかな」

「はぁ……。

 ちょっと油断したら、モヤモヤをお裾分けしてくるね」

 

うむ。なかなかに副長殿も曇ったようで実に幸いなことである。

この二人だと、暗いけど暗くなり過ぎないので凄い気が楽なのだ。

これが例えばテンカワさんだと、ひたすら暗くなりすぎるから。

 

事実は事実として受け止めて、感情はまた別で処理をする。

現実ってのは、案外そういう人の事務的な処理で進んでいくのだ。

スポットライトが当たる場所だけでは、物事は進んでいかない。

 

そんなこんなで俺たちは生きてるしこれからも生き続けていく。

陰というのは、陽を受ける人やものがあって、初めて出来るもの。

そこで生きてく俺たちは、ほぼ同時に時計を見て顔を見合わせた。

 

「ちょっと早いけど行こうか」

「行こうか」

 

そうすることになった。これ以上続けたい話でもないしね。

多分お互いに思うことはあろうけど、それを口にするつもりは無い。

テーブルの端に置かれた伝票をつかんで、副長に振り向く。

 

「支払いどうする?」

「君と割り勘だけは絶対にお断りだ」

 

さもあらん。俺だって俺相手の割り勘だったら全力で逃げ出す。

ぱっと見た感じ、大体3:1ぐらいの代金の割合の様である。

恐らく朝ごはん代わりに頼んだサンドとパフェが原因であろうか。

 

まあいいやと立ち上がり、二人の分を俺が纏めて払うことにした。

これでもそれなりに稼ぎもあるし、あんまり使う機会もないし。

店を出て歩き始めた俺に、隣に歩く副長がそうそうと口を開いた。

 

「今日ってさ、くるんだよね?

 ユキナちゃんとカザマさんの二人も」

「くるよ」

「結局どうするのさ、君」

「……どうしようね?」

 

なんか、最近二人とも色々ガチになってきているというか。

気がつくと、俺を追い詰めにかけようとする節が見られるので怖い。

なんというか、もうそろそろ逃げるのにも限界の様な気がしてきた。

 

前を向くのが怖い。責任を負うのが怖い。

一度は目を逸らした現実に真正面から向き合うのがどうしても怖い。

――――でも、いつかはやっぱり前を向いていかなくちゃ。

 

誰かが生きたいと望んでいた日を、怖がりながら生きていきます。

怖くても逃げ出したくても、前に向かうこの足を止めはしません。

だから俺に前を向く勇気をくださいと、俺は小さく英雄に願った。

 

 

 



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IFエンド:イツキ・カザマの場合

 

 

 

2201年9月18日午前11時30分。

元ナデシコクルーの、ホシノルリナデシコB艦長就任記念パーティ。

……ま、ある意味同窓会みたいなものであるわけで。

 

 

 

 

 

パーティというからには、それなりに着飾る必要も出てくる。

年頃の女性であれば尚更で、ちゃんと手間とお金を掛けなくては。

別に義務ではないが、これはある意味プライドという奴である。

 

ワンピースドレスにパンプスに、アクセサリにバッグを忘れず。

髪のセットにメイクも必須。見っとも無いのは誰より自分が許せない。

前持った準備を心掛けねば、いつか何処かで悔しい思いをする訳で。

 

「トオルさん?

 そこに居ますか?」

「いるよー。

 着れたなら一度見せてよ」

 

んで。今日はパーティの一週間前、そしてここは試着室の前。

その前持った準備をするために、今日の俺はつき合わされている。

楽しくないかと聞かれたらそんなことはないと首を振るけどね。

 

カーテンの端が少し動いて、カラカラと更に開かれる。

そこに居たのはイツキさん。御歳23歳の連合宇宙軍の軍人さんだ。

恐る恐るといった感じで、若干不安げに俺のことを伺ってくる。

 

着ているのはインディゴの少し光沢があるワンピースドレス。

身体に沿った感じのデザインで、色も合わせてシルエットが美しい。

長い黒髪もしっとりと、かなり大人びた印象を俺に与えてくる。

 

似合ってるかと聞かれたら、勿論超似合っていると答えるが。

本当にこちらを着るならセットとメイクも気合が必要だろうなぁ。

その点を鑑みながら、こちらをみるイツキさんに俺は小さく頷いた。

 

「どう、ですか?」

「さっきのライム色よりも大人っぽい。

 シルエットが綺麗で、凄く上品な感じだけど」

「だけど?」

「多分メイクとかが大変じゃないかなぁ。

 これに合うネックレスとか、確か持ってないよね?」

 

大体、今まで着てる服はある程度だけど覚えているので判るけど。

前着ていたのはシンプルな奴だったので、多分あまり合わないかなと。

イツキさんのことについての記憶力には結構自信があるのである。

 

むぅ、と悩んでいるイツキさん。さっきのも気に入っていたようで。

ちょっと子どもっぽいがライム色が鮮やかで確かに似合っていた。

どっちがより、と聞かれたら俺でも正直困ってしまうかもしれない。

 

「……どっちが似合ってました?」

「どっちも最高に似合ってた」

「嬉しいけど今はあんまり嬉しくないです……」

 

いい顔である。喜色満面なのに打つ手なしみたいなオーラがいい。

こう、なんというか。あんまり他の人には見せたくないなって感じ。

一しきり満喫してから、俺は彼女に助け舟を出すことに決めた。

 

「強いて言うなら」

「……」

「気合入れて着飾ってるイツキさんが見たいかな、俺は」

 

折角だしねと笑いかけると真っ赤になってカーテンが閉じられた。

その様子に、やっぱりニヤニヤしながら俺は満足感を感じて。

中で着替えるイツキさんから、俺は二つのドレスを受け取った。

 

「あ、両方でお願いします」

「畏まりました」

 

イツキさんが出てくる前に、ささっとそいつらを購入して。

着替え終わったイツキさんに、紙袋に入った二つの箱を見せ付ける。

ぷんぷんと。勝手なことをする俺に、彼女は膨れっ面を見せて。

 

「――駄目ですよ。

 ちゃんと私の分は私で買うんですから」

「いいじゃんか。

 どうせその内、同一会計になるし?」

 

そんな風にからかってみたら、やっぱり彼女は真っ赤になって。

見られまいと先を歩こうとするものだから、俺も軽く早足になる。

手を握って、離れられないようにして、そして今度は隣を歩く。

 

次はネックレスを見てパンプスを揃えて、それからランチして。

まだまだやりたいことも沢山あるし、時間は幾ら合っても足りない。

俺はもっともっと、彼女のいろんな顔を見たいと思うのだ。

 

不安な顔も喜ぶ顔も困った顔も怒る顔も真っ赤な顔も全部楽しい。

他の誰にも譲れない。譲りたくはないと、心の中で小さく決意する。

次はどんな顔をさせようかなと、繋いだ手に少し力をこめた。

 

 

 



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IFエンド:白鳥ユキナの場合

 

 

 

2201年9月18日午前11時30分。

元ナデシコクルーの、ホシノルリナデシコB艦長就任記念パーティ。

……ま、ある意味同窓会みたいなものであるわけで。

 

 

 

 

 

最近、昔よりも髭が濃くなってきたように感じる。

昔は数日に一度剃るだけでも、別にざらついたりはしなかったけど。

今では毎日剃らなければ、ざらざらと手に残る感触がある。

 

髭をそり、眉を整え、髪をセット。

歯磨きと洗面は終わらせてあるから、これで一応大丈夫である。

鼻元に残った水をタオルで拭いて、洗面所から出る。

 

部屋に戻って、着替えを開始。

普段着よりちょっといいボクサーパンツに、インナーの白Tシャツ。

準礼装の上下にYシャツを探して、求めているのが見当たらない。

 

薄い水色のラインが入った、涼しげなYシャツはどこだろう。

まだ暑いし、ちょっと色合いだけでも爽やかに決めたいのだが。

見当たらないので、部屋を出てリビングにある背中に声をかけた。

 

「ユキナちゃん。

 あのブルーのYシャツってどこー?」

「まだベランダよ。

 自分の服ぐらい把握しておいてよね」

 

そういいながら、外に取りに言ってくれるのは白鳥ユキナ嬢。

まだ高校生なのだが、いつの間にか俺の家に入り浸っていたりする。

俺よりもこの家のことに詳しく、冷蔵庫の管理も彼女であったり。

 

ああ、別に一緒に住んでいるとか、そういうことではないけど。

何故か週に数度この家に来て、料理洗濯掃除をこなしてから帰る。

……人呼んで、幼通い妻ということらしい。なんか人聞き悪い。

 

はい、と渡された求めていたものに、ありがとうと伝えて。

部屋に戻ってから、さっさと着替える。大体数分で全て着終わる。

姿見に映した全身で、ネクタイが曲がっているような気がした。

 

ちょいちょいと直して、でもなんだか納得いかなくて。

数度に渡って結びなおしている時に、ピンポンとチャイムが鳴る。

ありゃりゃ、流石に時間をかけすぎた様だと流石に慌てもして。

 

「やあ弟くん。

 もうそろそろだし迎えに来たよ」

「はぁい、トオルくん。

 お邪魔するわねぇ」

 

出迎えにユキナちゃんが出て、そして入ってきたのは白鳥夫妻。

何故か3年前より俺を弟と呼ぶ白鳥九十九さんとミナトさんの二人。

一応違うのだが、反論したら後が怖い気がするので、しない。

 

っていうか、今更何かを言ったところで俺の意見は無視だろう。

住む場所も近くにするようにと、ほぼ命令みたいな指示があったり。

気がつけば合鍵が普通に作られてる辺り、恐らく間違いない。

 

「ちょっとトオルくん。

 ネクタイまだ結べてないの?」

「ああ、うん。

 なんか上手くしっくりこなくて」

 

そうして、ユキナちゃんは俺の首元にあっさりと手を伸ばし。

くるくるくる、と巻いて、ちょちょいと調整して。

数十秒の後には、腰に手を当てて満足そうによし、とつぶやいた。

 

むう。流石に俺よりネクタイを結ぶのが上手いだなんて。

一応働いている人間としては、恥ずかしいような気もするのだが。

なんか暖かい視線しか送られないので、気のせいかもしれない。

 

こう、なんか。色々間違ってたり駄目な気もするんだが。

とっても暖かいぬるま湯のような、居心地がいいのか悪いのか。

そんな感じの日々が、俺の周りを囲んでいるのだけれども。

 

――――ま、これはこれで。きっと幸せってやつだろう。

これで文句を言ったら、誰かに刺されるような気がしなくも無い。

多分これからも、あんまりかわらない日常が続くのだろう。

 

その隣に居るのは……やっぱりこの子なのかなぁと。

10歳も歳の離れた、やたらしっかりものの女子高校生を見る。

なんだかほっこりした気分で、俺は3人に続いて家を出た。

 

 

 



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