ハンター世界での生活 (トンテキーフ)
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名もなき森
プロローグ、あるいは修行パートへの導入


初投稿です。

※2014年9月14日 加筆修正しました。


「……」

 

深い、深い森の奥。原生林のような曲がりくねった木々の隙間から漏れる光は、湖の水を輝かせていた。ファンタジー小説の挿絵や絵画じみた、幻想的な光景。写真や絵としてなら、見る人の関心を買うに違いない。だが、俺はこの光景を似ても感慨に浸ることはなかった。

 湖を覗き込み、俺はため息をつく。そこに映っていたのは当然、生まれてきて以来ずっと付き合ってきた俺の顔であるはずだ。だが、湖に映り俺を見返していたのは、中性的な、見慣れない美顔だった。

今度は手や足を確認する。細めだが、鉄よりも遥かに硬い感触。柔らかく、しなやかに動く関節。俺の思い通りに動いてくれるのは結構だが、どう考えても俺の手足ではない。

わけが分からない。漫画を読みながら寝落ちしたところまでは覚えている。そのままいつも通りに起きたら、すでにこの理解不能な状況に陥っていた。。自分の体がまるまる別人に変わり、更にどことも知れない密林の中に放り出されているのだ。例え仙人の如く心頭滅却した人でも、俺と同じ体験をすればパニックに陥るだろう。事実、先ほどまで俺はあまりのことに思考を止めていた。誰とも知れないこの体が、思い通りに動くという事実。いや、薄々気がついてはいるのだ、この顔の持ち主については。何せ、昨日の夜遅くまで読みふけっていた漫画に、この容姿とそっくりなキャラクターが載っていたのだから。

 

「はぁ……」

何度と知れないため息に、今度は声を乗せてみる。その声すらも変わっていて、俺を更に落ち込ませた。だが、最も俺を気落ちさせているものは、俺の後ろにある。

 ゆっくりと後ろを振り向く。見えた先に、背の高い木の根元で寝そべっている熊っぽい何かがいた。童話や絵本ならのほほんとした、現実なら恐怖以外何者でもない描写ではあるが、しかし俺は焦ることはなかった。

 

何故なら、その熊っぽい何かは、頭に赤い花を咲かせて絶命していたからだ。

 

目が覚め、パニックになっていた俺を襲った偽熊。咄嗟に放った回し蹴りが異常な速度で偽熊の頭部にヒット。対して効かないだろうと予測したその攻撃は、偽熊の頭部が爆発したという結果に終わった。

 

その後近くにあった泉で自分の体を確認して、気が狂いそうになりながらもなんとか落ち着こうと努力した。しかし何度と確認しようと体が元に戻るということもなく。

理解することを諦めて、今に至る。

 

そして、この容姿について、だが。見慣れないとは評したが、漫画の中では幾度となく見た顔だった。耳は普通の人間と変わらず、尻尾すらついていない。だが、顔はどうみてもハンターハンターのネフェルピトーそっくりだ。

そして、先程から意のままに操れる、体から出ているオーラっぽいなにか。その量は莫大で、濃い密度でもって俺を包み込んでいる。

 

……どうやら俺は、ハンターハンターの世界で、ピトーっぽい何かになってしまったらしい。

 

1

 

ぱちぱちと鳴る焚き火をぼんやりと見つめ、俺は座り込んでいた。

あれからなんとか自分の容姿を許容した後、俺はまず服を脱いだ。いやらしい意味などなく、この体がどうなっているか知りたかったからだ。

結果、人間の体そのものだということが分かった。原作ネフェルピトーは関節部が人形じみていたが、この体はそんなこともない。単なるそっくりさんかとも思ったが、それにしては顔は似過ぎているし、何より偽熊を蹴り殺した身体能力の説明がつかない。ぐるぐる考えてみたが、結局何も分からなかったので、この体については保留にしておくことにした。あまり深く考え始めると、本当に気が狂いかねない。

次に考えたことは、これからどうするかだ。正直今の俺は浮浪者と何ら変わりない。本当の意味で何も分からない分、浮浪者よりもたちが悪い。このまま街に出向いても乞食扱いされるか、最悪街にすら入れないかも知れない。そもそもここがどこかすら分かっていないのだ。右左も分からない状況で移動するのは危険極まりない。略奪などもってのほか。

ならば、どうするか。

 

「……引きこもるか」

 

呟いてみると、存外悪い考えではないような気がしてきた。何もわからないままに人間社会に出ようものなら、あっという間に淘汰されてもおかしくない。そんな厳しい社会に出るよりは、この森で暮らす方が気が楽なのではなかろうか。

 そういうわけで、街に行くことなく、この森で生活することに決めた。いつかは街にいってみたいが、それは今でなくてもいい。食べるために生き物を狩ることに抵抗はあるが、それも慣れてくるはず。森の中でも十分に過ごせるはずだ。

考えに一段落つくと、腹が切ない感じで鳴った。そういえば起きてから何も食っていない。何かないかと辺りを見回し、目に飛び込んできたのは蹴り殺した偽熊の死体。

早速焚き火を起こし、熊の両手をもぎ取り、皮を剥ぎ、丸焼けにしている最中である。いや、偽熊から手をもぎ取ったり皮をはいだりするのは中々グロテスクではあったのだが、いかんせん身近で頭が爆発するというショッキングな映像を見てしまい感覚がマヒしたのか、気分が悪くなることもなかった。むしろ火に焼けて油で光る偽熊の手は非常にうまそうであり。

余談だが、樹の枝を折ってマッチ感覚でこすって火がつくのはどうなんだろう。幾ら何でも力が有り余りすぎだ。街に出るには力の制御ができてから出ないと、普通に生活するだけで事故を起こしかねない。

つらつらと考えていると、香ばしい匂いが漂ってきた。焚き火で体育座りってキャンプファイアーっぽいなどと考えながら、焦げ目がついたところで火からあげる。期待しつつ一口かじる。

 

「……おお」

 

珍味とでもいえばいいのだろうか、普段あまり口にしないような味と食感だ。筋が多くやや食べにくいが、噛むたびに肉の味が染み出てくる。油が乗り過ぎて胸焼けしそうなのが惜しいところ。言葉にする間も惜しく、夢中で肉をほおばる。そうして骨までガリガリかじり、2本目を食べようとした。

 

「……クゥ〜ン」

 

後方から弱々しい鳴き声が聞こえてきた。振り返ると木々の間からこちらを見ているモノと目があった。

 

「……犬?」

 

思わず声が出た。白と灰が混じった毛に、少し細長い顔。犬というよりは狼に近いようで、しかし体長は1mもないような、そんな獣がこちらをみていたのだ。その獣は俺と目が合うと、のそのそと近寄り、ゴロンと仰向けに寝転がった。どういうつもりかと思い獣を見ると、獣はこんがり焼けた熊の手を見てよだれを垂らしている。

腹が減っているようだった。というか肋骨が皮の上から透けて見えるほど痩せている。

群れからはぐれてしまったのか、追い出されたか。どちらにしろ食料にありつけていないらしい。

 

「……」

 

 仕方なしに骨つき肉を放ってやると、獣は飛びつき、いそいそと肉を食い始める。呼吸を忘れて肉を頬張る様は、見ていて非常に愛らしい。背中の毛を撫でてやると、一瞬ピクリとしたものの、そのままなされるがままになっている。

 

「……」

 

 撫でながら、再び思考する。森の中でどう過ごすか。最初は狩りのやり方を覚えて、飢えないようにすることが先決。飯が食えれば、とりあえず最低限は生きていける。そして、この世界で過ごして行くに当たり重要な技能である念の修行をする。基礎さえできれば、街に出た時に職に困ることはない、と思いたい。ましてやより良い職に着くには念は必須なはずだ。修行方法については漫画を読んで全て覚えているので、これもなんとかなるだろう。

 

「キュッキュッ」

 

いつの間にか肉を食べ終えていた獣が甘えるように身を寄せて来る。頭を撫でつつ、俺はこの世界での生活に期待と不安を膨らませるのだった。

 

 それにしてもこの獣、体躯と鳴き声がミスマッチである。




プロローグなのであっさりしてます。


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食生活の変化とライバル

お気に入り登録、評価ありがとうございます。
気分が乗ったのでもう一話。


1

 

この森での生活も、早くも3日が経とうとしていた。特に問題があるわけでもなく、俺はここでの生活に慣れてきたように思う。前と比べて非常に不便だが、それも工夫次第だ。風呂は代わりに湖で水浴びすれば済むし、夜は焚き火で明かりを保つ。焚き火が切れたらとっとと寝る。テレビやゲーム、本すらないのだから徹夜する意味がない。その代わり、日中は念の修行に励んでいる。若干手探り感が否めないが、それでも漫画は偉大な情報媒体。修行方法が分かっているので、コツを掴むのは割と楽だ。今では纏、絶、練を初歩ながらもできるようになっていた。

その後は軽く体を動かす。なるべく早くこの体に慣れなければならない。ポチ相手の手加減を覚えなくてはならないし、念の修行にも影響しそうだからだ。

ちなみに、ポチというのは初日になついてきた狼っぽい獣のことである。あれ以来俺の後をついて回るようになり、修行の時ですら忠犬よろしくおすわりしてこちらを見つめている。俺のことを親代わりにでもしているのか、俺を見つめる目は尊敬に溢れている、気がする。こちらとしても懐かれて嬉しくないはずがなく、一緒に遊んだり、芸を仕込んだり、飯(熊肉)を食ったりしている。

ともあれ、およそ順風満帆と言っていい生活だが、一つ問題が出てきた。それは元の世界の日本ではさしたことでなく、しかしこの環境に放り込まれて自覚したこと。すなわち、

 

「肉、飽きてきたよポチ」

「くぅ?」

 

疲れたように言うと、ポチは不思議そうに声を上げた。つまりはそういうことだ。幾ら絶品の熊肉でも、同じものを食い続けていれば必ず飽きが来る。ポチは相変わらず嬉しそうに肉を頬張っているが、人間(だと思いたい)である俺にとってこれは厳しい問題だ。好物が嫌いな食べ物に変わる前に、なんとかしないといけない。それに最近熊の死体から嫌な匂いが上がってきたし。

そんなわけで早速狩りに行きたいところなのだが、またもや問題が発生した。発生した、というよりはようやく気付いただけなのだが。

この三日間、偽熊とポチ以外の動物を見かけないのだ。

 

気付いた当初、この森では生物がほとんど絶滅したか、来るべき冬期に備え皆移動でもしたのかと想像した。しかし、それにしては森からは何かしらの気配を感じるし、遠くの方では鳴き声も聞こえる。だが姿は全く見えない。なぜだろうとしばらく考え、ようやく原因に思い至る。

俺が原因だった。動物たちは俺の放つオーラや傍の熊の死骸に怯え、近づいてこないようだった。それなら絶でオーラを断てばいいのだが、今の俺の絶では全ての精孔を閉じることが出来ない。そのため気配を絶って狩りに出るのは難しい。

次案として果物などの木の実を考えたが、どの樹も実を生らしていなかったため、諦めざるを得なかった。

 

「……魚を獲るか」

「アゥッ!」

 

結局魚を獲ることにした。ほとんど選択肢はなかったが。そうと決まれば早速実行、長めの樹の枝を折って竿、ポチから抜け落ちた毛を結って糸、石の下の土を掘り返して出てきたミミズを餌にして、さて針はどうしよう。悩んで悩んで、自分の噛んだ爪を使うことにした。そのままでは強度が不安なので、オーラで補強すればいいやと思い実行する。しかしそれだと魚に気付かれるため、オーラにも絶を施してみた。これなら釣れるだろうと思い、満足してその日は寝てしまった。

……後で気付いたのだが、これ周と隠の組み合わせを実行していたようだ。基礎より先に応用技やってどうする自分。

 

4日目、早速釣りをしてみたのだが、予想外に大漁に魚を釣ることができた。人の手の入っていない湖であるためか、入れ食い状態だった。オーラの偽装もいらなかったかも知れない、というぐらいの大漁。釣れるたびにポチと小躍りして喜び合う。夕方までペースが乱れることもなく、暗くなって焚き火をする頃には魚達の小山が出来ていた。

 

早速焼き魚にしてポチと一緒にせぇので齧る。待ち望んだ肉以外の食べ物。それを口に入れた、瞬間。

頭に火花が散った。気付いた時には魚は消えていた。あれ?と首を傾げもう一匹焼いて一口。瞬間、魚は消える。

おかしいなと思いつつ、三匹目を焼く。今度は慎重に、ゆっくりと魚の腹を噛み。

……その瞬間は、筆舌に尽くし難かった。隣でポチが心配するようにほおを舐めてくるが、口の中が天国である現状、そんなことを気にする余裕はなかった。

魚のアッサリとした白身。淡白ともいうべきその味は、熊肉の油に慣れた俺の舌に染み渡る。その弾むような食感は震える舌を蹂躙し尽くす。喉越しすら快感で、頭の奥が痺れてくる。

知らず、涙が溢れてきた。うま過ぎてわけが分からない。なんだこれ。

……その日の夜は延々と、嗚咽と鳴き声が響いていた。

 

その日以降ほぼ毎日魚を食べていたのだが、全く飽きがこない。魚こそが俺の主食だと言わんばかりに食いまくる。ただ、ポチは三日で魚に飽きたらしく、自分で獲ったイノシシっぽいやつを食べていた。いやお前、狩りできるならしろよと思ったが、そうしたら魚のうまさに気づけなかったかも知れないと思えば、むしろポチに感謝したいくらいだ。釣り糸も提供してもらっているし。

さて、食事事情が改善したところで、以前にも増して修行に身が入ってきた。うまい飯は元気の源だ。それに、念の操作が上手くなるたび、できることが増えて行くたびに自信がついてくる。自信がつけば心に余裕がでて、更に改善すべきことが見えてくる。いいことずくめだ。魚万歳。

 

そんな生活を送っていた、ある日のこと。何時ものように修行しようと自然体になると、普段大人しいポチが普段より必死な感じで鳴き出した。すわ何事かとそちらを向くと、緩やかなオーラを纏ったポチの姿が。おまけにめちゃくちゃ嬉しそうに尻尾を振っている。

……念って、そんな簡単に習得出来たっけ?

固まったままポチをみていると、褒めてもらえないと業を煮やしたポチが絶や練を見せてくれました。しかも今の俺とほぼ同じ練度です。

……どうやらうちのポチは天才だったみたいです。

複雑な気持ちになりながらも、ポチが念を覚えたのは嬉しいことに変わりない。

ひとしきり褒めまくり、その日からは一緒に念の修行をすることになった。

 

ライバルがいるって素晴らしい。心の底からそう思う。

なんの話かと聞かれれば、ポチのことである。端から見ていて明らかな速度で成長していくポチだが、凝で観察していくと自分では気づけなかったオーラ操作の妙に気づかされるのだ。どうやらポチの方も俺から念操作の取っ掛かりを覚えているらしく、お互いがお互いに影響し合い、加速度的に上手くなっていく。今までの修行は何だったんだと言わんばかりに。成長速度が半端ないことに。

だが、ある意味納得はしている。俺とポチには師匠がいない。誰からも教えられることなく、独学で修行しなければならないのだ。例え漫画の知識があったって、必要なことが完璧には分からない。生身の、経験を積んだ達人の言葉が、今の俺たちには足りなかった。

だが、俺にはポチ、ポチには俺がいる。お互い足りないところがあれど、相手を観察することで足りないところを補っていく。ライバルがいるからこそ、俺たちは成長できる。

更に、修行内容が増えた。ポチと組手をするようになったのだ。

身体のスペックが違いすぎるので、オーラはほとんど纏わないが、ポチは戦闘の才があるのか、拳と前脚、蹴りと牙を打ち合うたびに堅と硬がせんれんされていく。流石に流は戸惑っていたが、ポチの才能には脱帽せざるを得ない。

ライバルの存在、そして強くなっていく自分に喜びを覚えながら、俺たちは今日も修行を続けるのだった。

 

……そういえば、念に関して何か忘れているような。



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水見式と能力開発

※捏造設定、能力クロスオーバー要素があります。


「あ、水見式忘れてた。」

「ぐ?」

 

ある日の夜。いつものように焚き火を囲み、魚を食べていたとき。唐突に思い出した。念の修行、何か足りないと思っていたのだが、一番大切なことを忘れていた。四大行の発、つまり必殺技の修行。思わず声が出てしまい、隣で肉にかじりついていたポチが不審そうに顔をあげる。今では体長も3mを超え、立派過ぎるほど巨大に成長しているポチだが、毎日肉ばかり食べている。前に肉より魚の方がうまいのにと呟いたら喧嘩になった。言葉は分からないはずなのだが、どうも俺の感情を何となく察したらしい。和解は出来たが、絶対に肉より魚の方がうまい、という思いは変わらない。だが、お互いに相手の気持ちは考えようと思い、口に出して言うことはやめた。

思考がわき道に逸れた。そんなことよりも水見式だ。忘れないうちにやってしまおう。

 

念の能力は主に六つに分かれている。モノの働きや力を強化する強化系、オーラの性質を変える変化系、オーラを物質に変化させる具現化系、オーラを飛ばす放出系、物や生物を操る操作系、以上五つの能力に分類出来ない特質系。どの能力も極めれば相当に強い。ただ、修行方法が分からないからできれば特質系以外の能力が欲しいところだ。

早速水見式を実践する。コップはないので手で湖の水をくみ、拾ってきた葉っぱを乗せる。胸の高まりを感じながら、手の平を中心に練をしてみた。

葉っぱを中心に、黒水晶のような結晶がボゴンと現れた。隣で見ていたポチと共にびくりと肩を震わす。これほと急に変化が現れるとは思っていなかった。とまれ、”水の中に不純物が現れた”ので、俺は具現化系に属することが分かった。

ちなみにポチも真似をして水見式をしたところ、俺の手から噴水のように水が湧き上がってきたので顔がべしゃべしゃになってしまった。ポチは申し訳なさげだったが、ヒラヒラと手を振って怒ってないよと告げる。ポチは強化系のようだった。

 

これでお互いに念の系統が分かったわけだ。それにより、自分の系統別修行をおこなえるし、必殺技の開発もできる。ただ、俺は一刻も早く発を開発しなければならなくなった。それというのも、ポチが強化系であることが分かってしまったからだ。強化系は纏と練をしておけば自然と強くなって行くのに対し、具現化系は発あってこその能力であるためだ。ここ最近組手で負けが混んでいるのも強化系と具現化系の差から来ているのかも知れない。肉体の強度がほぼ互角になり、力で押し負けることが多くなって来たのだ。とにかく早く発を使えるようにならないと、どんどんポチに先をこされてしまう。

しかしいざ能力を作ろうとしたところで、どんな能力にするかでこけてしまった。原作で具現化系といえばクラピカの鎖やゴレイヌのゴリラなどがある。両者とも具現化した物に特殊能力を与えていたが、自分が能力を作るとなると中々思いつかない。

唸っているとポチが遊ぼうと誘うように元気に声をかけて来た。そういえばこいつを観察してから修行の効率がとぼんやり考え。

ピンと来た。

 

次の日から、俺は具現化するモノのイメージトレーニングをしていた。ポチは俺が構ってやれないのが分かっているのか1匹で修行するか昼寝をしている。

肝心のイメージだが、予想通りなかなか上手くいかなかった。それもそのはず、俺がイメージしようとしているのは前の世界で見ただけで触ったこともないものであるため、質感を想像しにくかったからだ。それでも必死にイメージし続けおよそ1ヶ月半。

「出来たぁ!」

まるで小さな子供のような、歓喜の声が飛び出ていた。今俺の顔を見れば、濃い隈に荒んだ目、凄惨な笑みを浮かべる口と中々ひどいことになっていただろう。だが今はそんな己を省みる余裕はなかった。何せやっと自分の念が形になったのだ。嬉しくないはずがない。

喜ぶ俺の手の中で、黒い玉に浮かんだ眼がじっとこちらを見つめていた。

 

さて、俺の能力は、この目玉念獣な訳だが、普段は黒玉から出た日本の紐が俺の首に絡まりふよふよと浮いた状態になっている。この状態の時、目玉は俺と同じものを見るようにしている。

そして肝心要の能力は、『凝』の強化と視界の共有だ。目玉自体が精度の高い凝をし、更に視界が共有されるため俺に思考の余裕ができるというもの。相手をよく見て思考する、観察特化な能力にした。他の具現化系能力者と比べると弱いかも知れないが、突飛な制約、誓約なしなら十分な能力だろう。使い続けることで更に強くなる可能性もあるし。

余談だが、念を使い続けて、天空闘技場でヒソカの言っていた容量(メモリ)について考えたことがある。カストロはメモリのムダ使いにより負けたということだが、そもそもメモリとは何なのか。

考え抜いた挙句、俺はこうではないか、というあたりをつけた。

 

メモリ=修行期間×修行効率×才能

 

すなわちどれだけ長いこと修行を続けたか、どれだけ効率の良い修行をしたか、そして最も大切なこと、自分が目指す能力に対して自分がどれだけ才能を持っているかが重要なのだ。カストロは対ヒソカに燃え、二年間密度の高い修行をして過ごしたのかも知れない。しかし、ダブルという能力に対してカストロは才能がなかったのだ。幾ら修行期間、修行効率が凄くても、才能はどうしよもない。

また、制約、誓約はリスクを負うことで大きな力を得るものだが、これは修行の期間を誤魔化すために使うものだと思う。非常に強い念能力を考えてもその訓練に数十年単位で時間がががっていてはたまらないだろう。俺は復讐のような目標もないため、あまり考えなくてもいいだろう。

 

そんなこんなで発を開発してからの始めての実戦だ。ポチは見慣れない目玉を不審そうに目を向けていたが、放つオーラは俺のものなのですぐに警戒を解いてくれた。そしてそのまま組手を始めたところ。

いやぁ、勝利って気持ちのいいものですね。というか久しぶりにポチ相手に勝ち星を挙げられて気分がいい。

相手のオーラの濃淡がはっきりわかり、かつ思考する余裕があるのだ。どうすれば攻撃を避けられるか、どこを攻撃すれば致命的かがよく分かる。前足の攻撃を払い、牙をよけ、突進を躱して横っ腹に一撃を当てることが出来た。観察って案外バカにならないな、と再認識した戦闘だった。

その後もポチが悔しそうに吠えて来たので、その日は延々と組手をし続けたのだった。




能力は東方projectの古明地さとりから。


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例え化け物だとしても

この森は非常に深い。人の手の入った様子がないからどれだけこの森が深いのだろうと思い、ポチに乗って散歩して見たりしたのだが、丸一日かけても森の外側に辿り着けなかった。どれだけ広い森なのか。

散歩ついでに円の訓練をしてみたのだが、野生動物はいるものの視界に入った途端に皆逃げ出してしまった。我先にと逃げる様は、滑稽を通り越して俺を落ち込ませるのに十分な光景だった。偽熊事件から大分時間が経っているというのに、今だに怯えているのだろうか。勘が鋭いってもをじゃない。今度散歩する時は絶をしてやるか、と遠い目をしつつ、その日はポチとじゃれあって過ごすのだった。

それにしても、ポチも大きくなったもんだ。もう体長5mはあるんじゃないだろうか。組手の時も身長の格差を利用してごり押ししてくることが多くなってきた。デカイ、ハヤイ、オモイと三拍子揃ったポチの攻撃をまともに食らったら、ダメージいかんにかかわらず吹き飛ばされてしまう。そしてこちらの攻撃は面積が小さく、あてても大したダメージにはならない。結局黒目玉で先読み、攻撃を避け続け、隙があれば攻撃することに終始し、どちらかのオーラが尽きるまでの体力勝負になってきた。一回でもミスすれば負ける、というプレッシャーは黒目玉の能力を飛躍的に向上させるのに役立ったが、こちらの攻撃が通らずに相手の攻撃ばかりを避け続けるのはマッハでストレスが溜まっていく。何か面積の大きい攻撃方法が欲しい。人間相手ならともかく、今のポチを相手にするのは生身で象を殴るようなもので、不毛であるという印象が拭えない。そんなわけで、もう一つ能力を作ることにした。

 

いろいろ考えてはみたが、二つ目の能力はシンプルにいくことにした。纏で纏い、練で練ったオーラを『触れる』という性質に変え、オーラを巨大化した拳や脚の形へ変えるというもの。

系統としては変化系と具現化系の中間あたりの能力だと思う。具現化系で作るには人間の手足は複雑で、さらに言えばそこまでして手足を模倣する意味もない。それにこのイメージならこめたオーラの量で拳や脚の大きさも調節するという狙いもある。

黒目玉と違いシンプルなイメージで作ったので割とあっさり能力は出来た。これでポチ相手でも殴り勝てるぞ!と意気込んでみたが。

実際に戦ってみたところ、壮絶な打撃戦になった。

まだ能力は出来たてで制御が甘かったのもあるが、とにかくこちらの攻撃に対してカウンター気味にポチが攻めてきたのだ。面の攻撃に対し必要な分だけ硬でガードし、近づいてきた俺にでかい牙で噛み付いてくる。黒目玉で先読みし巨大化で牙を防ぎ蹴りを放つと前脚でガードされ、それを読んで追撃し……

強化系が戦闘でバランスがいいとはよく言ったものだ。純粋に、地力というか力で勝り、傷を受けても徐々に回復される。こちらの利点を押し付けなければまともに戦うことも難しい。

結局は能力を作る前と変わらず、拮抗したままの組手で終わった。しかし久しぶりにポチと殴り会えた気がした、サッパリとした組手だった。

森での生活は、悪くない。それどころか、ポチがいるため非常に充実したものだ。このままポチとここで一生を過ごすのもいいかも知れないと、と思い始めていた。

……後に思い出す。そして、後悔する。ずっと一緒にいたいと考えたこと。そして思考することから逃げたこと。俺は、どうしようもなく甘かったということを。

 

 

念の能力はイメージに多大な影響を受ける。具現化系はそれが特に顕著に現れる。何せイメージ通りの物質を念で作り出すのだ。きちんと想像出来ていなければ念は形になってくれない。

さて、俺が、念獣の黒目玉を作った時、イメージしたのは某心を読む妖怪だ。観察する、という点で読心はその極致のように思えたからだ。

そして凝の強化として使っていた念が、円も強化出来るようになり。

そして、視力すらも強化され。

 

『父さん、闘おう!』

 

いつの間にかポチの心の声が読めるようになってきた。

イメージが本当に大切なんだなとか何故父さん呼ばわりなのかとか、尻尾を振りながら巨体が身を摺り寄せる様は中々な恐怖だとか、色々言いたくなるのだが。

「……じゃ、やるか!」

『うん、うん!』

そんな言葉を飲み込んで組手を選んでしまう時点で、俺たちが戦闘狂なのは間違いなかった。

 

そして、長くも楽しかった、充実した時間を過ごし。

考えないようにしていた、しかし心のどこかで恐れていた日がやって来た。

 

 

 

きっかけは、些細なことから。組手の時、動きか少し鈍いなと思ったのが始まりだった。次の日、攻撃に精彩が無くなって来た。ゆっくりと、ゆっくりとポチの動きは悪くなって行き。

そしてもう、ポチは満足に、立つことすら出来なくなっていた。

身体の筋肉は、始めて会った時のようにやせ衰え。もはや呼吸すらもが苦しそうで。

ポチは老いて、寿命を迎えようとしていた。

「なぁ、ポチ」

『なぁに?』

聞こえてくる弱々しい思念に叫びそうになりながら、ぐっとこらえる。

「俺さ、ずっとお前といられると思ってたんだ。一緒に修行して、一緒に飯を食って。ずっとずっと、一緒だと思ってた」

頬を熱いものが伝わる。言葉は、止まらない。

「永遠だと思ってたんだ。こんな時間がずっと続くって、信じたかった」

一番初めに考え、保留していたこと。途中からは考えるのが怖くなり、逃げ出していたこと。

「……どうして」

俺は。

「どうして俺は、お前と一緒に歳を取れないんだっ!」

人間ではなく、化け物だった。

 

ポチが、成長していく傍ら。ふと気になって、湖の水を覗き込み。

怖気が走った。髪の長さは違えど、この世界に来て覗き込んで見た顔と、何ら変わっていなかった。

以来、自分の顔を見なくなった。考えたくなかった。ポチが、成長し、周囲の風景すら微細に変わって行く中、俺だけが時間から切り離されていた、なんて。

そして。考えることから逃げ出したツケが。今、回ってきた。

 

「俺は、俺は、俺は!」

意味のある言葉が出てこない。悲しみ、絶望、負の感情が絶え間無く心を浸す。

「……いっそのこと」

一緒に生きることが出来ないなら、せめて。

一緒に死んでしまえれば。

そんな暗い感情が体を包み。

 

思い切り、頭をはたかれた。

 

「……え?」

 

何が起こったか分からず、振り返ると。

ポチが、しっかりとした二本脚で、こちらに唸っていて。

 

『ダメ、ダメ、絶対にダメだ!』

ようやくポチの心の叫びに気が付いた。

「お前、その体は……!」

ポチの体は、老衰でくたびれていた。それが今は、まるで最盛期の時のように立派な身体になっている。

だから、気づいた。

「やめろポチ!お前、残りの寿命をっ!」

『知らないっ知らない!』

ポチは、残りの命を全て、この瞬間に燃やしている。

 

『嫌なんだよ!父さんが死ぬのも、父さんのそんな顔を見るのも!……だから!』

 

そして、ポチは。

 

『やろう、父さん。最期の、修行を!』

 

いつもやっていたように、いつものように。組手の構えをとって見せた。

 

「……あは、は」

いつの間にか、笑っていた。相変わらず涙が止まらなかったが、強引に拭い去る。

「馬鹿だよ、馬鹿だ。俺も、お前も」

言って、口を固く結ぶ。これ以上、泣かないように。全力を出して、ポチに向かうために。

 

互いに構え、互いの時が止まる。そして、風が二人の間を通り抜け。

 

「はぁぁぁあああ!!」

『あぉぉぉおおん!!』

 

全力の咆哮が、森中に木霊した。

 

 

 

『ねぇ、父さん』

 

『僕がいなくなってもさ』

 

『父さんなら、絶対に大丈夫だよ』

 

『森から出ても、生きていける』

 

『僕がいなくても、生きてるから』

 

『だからさ、もし、また僕と会えたらさ』

 

『父さんの話を聞きたいな』

 

『森の外はどうなってるのか』

 

『父さんは、何を感じたか』

 

『聞かせて欲しいな』

 

『それじゃあ、父さん』

 

『最期は、笑顔で』

 

『バイバイ』

 

 

 

森を抜けるのに3日はかかった。その先は広い広い平原になっていた。

途方もなく広い世界、だがそんなもので挫けるほど、俺の心は細くない。

 

(行ってらっしゃい)

 

思わず、振り向いた。聞こえるはずのない声が、聞こえたような気がして。

 

もちろん、ポチはいなかった。薄暗い森が見えるだけだ。

だが、俺は胸に手をあて、笑顔で行った。

 

「行ってくる、ポチ!」

 

そして。

平原への一歩を踏み出した。




第一章終了。


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旅は道連れ
ヨークシンの街にて


二章開始です。


賑やかな声があちらこちらで広がっている。人を呼ぼうと必死な客引きの声。楽しそうに通りを歩く紳士や淑女と言った言葉が似合いそうな夫婦の談笑。たまに聞こえてくる怒鳴り声は、物取りにでもやられたのか。

ヨークシンシティは非常に賑わっていた。一攫千金や宝を求める人々の活気で溢れ、夜も眠ることはない。裏で強面のマフィアが陣取っているとはいえ、欲望に目がくらんだ人間にはどうでもいいことらしい。特にオークション期間目前の今は人混みでごった返している。

そんな街に来た俺が、何をしているのかというと。

路地裏の入り口でボロ頭巾をかぶり物乞いをしていた。

 

考えて見れば当然のことだ。現在俺には金がない。金がなければ何も買えない。子供でも知ってる常識だ。そのうえ俺には身分保障すらなく、更には文字も読めない。街に来たからと言って、出来ることがほとんどない。ないない尽くしだ。

こういう事態は考えてなかったなぁ、と嘆息してみる。せめて天空闘技場に辿り着ければ金を稼げたかもしれないのに。

俺がヨークシンシティへ着いたのは、あの森と同じ大陸に位置していたからだ。森から出て真っ直ぐ進んでいたら海へ出て、そこからぐるりと沿岸部を回ったところで辿り着いた。文字が読めなくても言葉は通じて、ここがヨークシンシティであること、現在1995年の八月下旬であることが分かった。だが、金を持たない俺は何か買えるわけでもなく、しかしせっかく辿り着いた街から離れることも出来ずに燻っていた。食事は海から魚を取れるにしても、火を付けるための焚き木も出来ないから生魚を食べることになった。それはそれで美味かったので、文句を言うつもりもないが。

金、金、金。とにかく金を稼がないと泊まることも出来やしない。俺は野宿をするために街に来たんじゃあない。しかし金稼ぎの方法が思いつかない。

詰んでいた。

鬱屈した気分を取っ払うために、大きく伸びをする。気分を切り替えるために表通りで開かれてる店の、様々な物品を遠目で眺める。

それにしても懐かしく、かつ新鮮な光景だ。前の世界で買い物したことなどはるか昔のことだし、当然ながら森で買い物などしなかった。やったことといえば、せいぜいポチとの肉魚(ぶつぶつ)交換くらいのものだ。

商品を眺めながら思い出に浸っていた時、ふと気になって黒目玉で通りを行く人々を見つめる。

 結果は、この町に来た時から変わりはない。

人に会えるようになってから試したのだが、どうにもポチと比べて心が読みにくい。人が次にどう動くか、どう動きたいかや嘘をついたかどうかくらいは読めるのだが、感情や心の声はとんと視えなくなってしまった。まぁ、戦闘で困るほどの能力の低下ではないし、そもそも言葉が通じるから問題はないのだが。

そんな中、手前で商売をしている男の足元を見た時にある物を発見した。

少し弱いが、念を放っている商品。それも二つだ。一つは古ぼけたネックレスで、もう一つは質素な意匠の髪飾りだ。オーラを放つ物質など、強化系の系統別訓練の時に使った小石くらいだったので、珍しいと思った。

「おい、嬢ちゃん」

そんな風に眺めていたためだろうか、少し前から暇そうにしていた店主が眉間にシワを寄せて言ってきた。

「嬢ちゃんが見てたらお客さん逃げちまうよ。どっか行っちまいな」

しっしっ、と嫌そうに手を振られてしまった。流石に彼の商売を邪魔する気はない。言われた通り遠くへ行こうとして、ふと気が変わりもう一度男の方へと向かう。

「なんでい嬢ちゃん。あんまりしつこいようならこわ〜いお兄さん達のところに連れてっちまうぞ?」

「これと、これ」

嫌味を言われたが、構わず先ほどのネックレスと髪飾りを指差す。

「きちんと鑑定してもらった方がいい」

「……はぁ?」

男の素っ頓狂な言葉も気にせず、それから、と続ける。

「俺、男だよ?」

離れる時に見た男は呆然とした表情で、少しだけ愉快な気持ちになった。久しぶりに会話をした嬉しさも、そこそこ混じっていたりする。

 

 

俺が裏路地でブラブラ過ごしているのは大体昼間でだ。夕方は三食分の魚を取獲り、夜は魚を食いつつ念の訓練。その後しっかりと身体を動かし、そして眠くなるまでイメトレだ。乞食にしては充実した日々を送っているのではないだろうか。

ちなみにイメトレは念のための物ではない。ポチ相手や対人を想定した組手のイメージトレーニングだ。実際戦闘するのが、勘を鈍らせないためにも効果的だが、相手がいなければどうしようもない。まさか街中で決闘するわけにもいかないし。

さらに言えば、イメージの中の対人は俺対俺という不毛な戦いである。人相手の戦闘など経験したこともないから仕方が無いのだが、同じ思考で、同じ技で戦うことなど皆無といっていいだろうし、不毛であるという感情が否めない。

やはり、どうにかして天空闘技場へ行きたい所だ。経験的な意味でも、金銭的な意味でも。

「いっそのこと、泳いで渡るか……?」

声に出すが、すぐさま首を振る。距離的にはどうにかなるかもしれないが、方向音痴の俺では確実に迷子になる。

なんとかして、飛空艇か船のチケットを手に入れなければ海も渡れない。どれだけホームレスに優しくない世界なんだろう。

だが、俺は諦めない。この程度の難関で挫けていられない。諦めてしまったら、それこそポチに合わせる顔がない。

「なんとかするかぁ」

あの日、約束したのだ。この世界を見て、この世界を感じて。この世界でがんばって、次にポチとあった時、面白おかしく伝えてやるのだ。

世界はこんなにも面白かったんだぞ、と。

……明日はもう少し、積極的に動いてみよう。

 

 

次の日、俺は市の全体を見て回っていた。一つ、金稼ぎについて思いついたことがあったからだ。しばらく歩いていると目的の”競り”を見つけることが出来た。

ただやはり、それにすらコネが必要だったが。

こうなったらヤケだ、落ちてる金を拾って集めてやろう!と暗い笑みで笑っていると。

「お〜ぃ……」

遠くからこちらに走ってくる人影が見えた。しかもどうやら俺目指して走ってくるようで、人影とバッチリ目があっていた。

昨日の店の男だった。彼は俺の近くまで来ると、ゼェゼェと見出した呼吸を整えて、

「坊主!ボロ雑巾の坊主!お前さんのお陰だ!あの後店閉めてとっとと帰ろうとしたんだが、お前さんの言が気にかかってよぉ!鑑定屋に頼んで鑑定してもらったら、一つ50万ゼニーの大値打ち物じゃあねえか!俺ぁちょくちょく借金してて生活が回らなくなって物置に放り投げてたもん売りに来たんだが、まさか借金帳消しでお釣りが来るたぁ驚いたもんよ!そんで浮かれて、鑑定書片手に質屋一直線よ!いやあマジでありがてえ!これでまた二ヶ月は働かずに過ごせるってもんだ!これその礼だぁ!持ってけ持ってけ!」

喜色満面でまくし立てて来た。目を白黒させる間に金を押し付けられ、

「そんじゃまた会おうな〜」

と言ってサッサっと行ってしまった。

周りの人間も驚いていたが、何より俺が一番驚いていた。テンションの上がり具合も去ることながら、まさかこんな乞食に謝礼を持って来るなんて。

押し付けられた紙幣を見る。一本の棒に四つの丸。今の俺には、それがどうしようもなく輝いて見えた。

 

 

 

『さぁさぁ皆さん!現在キャリーオーバーは20万!挑戦費はたったの一万ゼニー!この男、キャプテンブルアに挑戦される猛者はいらっしゃいませんかぁっ!』

 

メガホンからやかましい音量で煽る蝶ネクタイの男。その隣の黒い眼帯の大男は腕を組み偉そうに踏ん反り返っている。どうやらあらかた挑戦者は捌いたようで、手を上げる勇者は中々現れない。

俺がこれからやる”競り”は、つまりストリートファイトだ。金銭ではなく、力で景品を勝ち得る”競り”だ。さっきは費用がなくて挑戦出来なかったが、店の男のお陰でそれはまかなえた。よって、俺は高らかに手を挙げた。

『おっおぉ!?今度は美少女!ボロボロの服を着た美少女が挑戦者だーっ!』

誰が美少女だ。

俺を見て騒ぎ出す観客は無視してメガホンの男に1万ゼニーを渡し、大男と相対する。大男はバカにしたように鼻を鳴らし、コキコキと手首と首を鳴らして挑発してくる。こちらを煽るポーズだと分かっていても、ついイラっとさせられた。

『それでは〜、レディー……ファイトォ!』

メガホン男の合図とともに、大男、キャプテンなんたらが突進ししてきて。

俺は男の挙動に合わせて、鳩尾に拳を突き当てた。

『ダーウン!!キャプテンブルア、一発ダウンだ〜!!』

『ぉおおおおおおおお!!』

泡を吹き倒れる大男を見て、観客はやかましいほどの声援を贈り。

今更注目されて、視線に慣れていない俺は俺は照れに照れるのだった。



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遭遇、そして

※転生者多数要素があります。


賞金を受け取った俺は、何よりもまず服を揃えることにした。今の格好ではどうしたって相手に見くびられてしまうからだ。

あの後泡を吹く大男を尻目に賞金を受け取ったのだが、俺の乞食風味な格好から、こいつから金を奪うのは簡単ではないかと考えてしまったらしく、観客達が次々と俺に喧嘩をふっかけ始めたのだ。割とカオスな事態に陥りそうだったが、メガホンを抱えた司会の男がその場を収集したので乱闘には発展しなかった。ただし男は俺が金づるになると考えたらしく、大男の代わりに俺が相手をするストリートファイトを提案し始めた。流石にそこまで付き合い切れた物ではなく、奪うように賞金を受け取りとっとと逃げ出したのだが。

そんな訳で、あらためて見てくれが大切だと実感した俺は服屋で衣服や下着を何着か買って着替えることにした。やはり店の人に嫌な顔をされたが、むき出しではあるがきちんと金を持っていること、そして俺の顔を見て何かがクリティカルだったのか、即座に態度が豹変した。強引な感じて服を勧めてくる店主にヒキつつ、目当ての服を探す。動きやすさを第一に考え、ジーンズやハーフズボン、そしてそこそこ柄のいいTシャツ、そして足にぴったりとはまる靴。靴は別の店で買ったのだが、大体服屋とおなじ反応だった。そこまで着込んでやっと人並みな格好に慣れた。総額3万ゼニー也。女物を何点も勧められたが、そんな物は全て断った。

後は旅行用にバッグと、財布などの小物を数点買う。

これで普通に歩ける、とホッとして、手持ちの生魚をかじるのだった。

 

金が入ったということで、俺はレストランへ入ってみた。手渡されたメニューの文字は相変わらず読めなかったが、品目の下にローマ字で名前が書かれていたので読むことが出来た。いつかは文字も勉強しないといけないな。

さて、注文したのはシーフードカレーなのだが、これがまた絶品だった。近くの港で獲れる海鮮をこれでもかと詰め込んだ一品ということで、複雑なスープにスパイスがよく効いている。

「……」

言葉を放つ間も惜しんで必死で平らげる。調理された魚がここまで上手いとは。生魚焼き魚ばかりの生活だったから新鮮に感じる。お代わりを繰り返し、10皿食べたてやっと満足した。この料理を食べただけでも、この街へ来た甲斐がある。顔がゆるけきっているのが自分でもわかる。ほどほどに食休みをして、勘定を済ませて店を出る。後は飛空艇のチケットを買って、明日にでも出発しよう。

 

尾けられている。鼻歌を歌いながら、しかし円で尾行者の位置を確認する。距離はおよそ10m。人数は1人。建物の影から影にジグザグに移動している。

尾行に気づいたのはレストランで食事をしていた時だった。余程俺が珍しいのか、何人もの人に好奇のの目で見られたのだが、大抵の人がすぐに興味を失って去って行く中、この尾行者だけはずっと俺を見つめていたのだ。

とりあえず尾行されているのは非常に鬱陶しいので接触してみることにした。自然な足取りで裏路地に入り、軽く跳躍して建物の屋根に掴まりそのまましばらく。

ひょこりと顔を見せたのは、10歳くらいの女の子だった。服装は乞食の時の俺よりはましという程度。少女は俺がいないことに驚愕の表情を見せた。

「ウソッ!?絶対ここに入ったと思ったのに……まさかまかれた!?」

慌てて裏路地の奥の方へ行こうとする彼女の後ろに音を消して着地。トントンと彼女の肩を叩いてやる。

「もしもし?」

「へ?」

キョトンとした様子で振り向き、俺の顔を確認した途端。

「ひっひぃぃぃいい!」

物凄い勢いで後ずさった。冷や汗が吹き出し全身がビクついている。

「お、おい?」

「ひいっ!?た、助けて!お願いします!出来心だったんです!土下座でも何でもするからい、命だけは助けて下さい!」

「いや落ち着けよ」

「やだぁあ!まだ死にたくないよぉぉお!!」

ボロボロ泣き出してしまった。およそ10歳の少女を泣かすという謎の罪悪感にさらされる中、にわかに表通りが騒がしくなって来た。

「やば!」

どうも少女の鳴き声が表にまで広がったらしい。何人もの人が集まって来た。

とにかく少女を静かにさせて逃げなければならない。俺が近づくとそれだけで悲鳴をあげそうだったが、手で口を塞いで声が出ないようにし、身体を抱えて路地裏の奥の方へと逃げ出した。

 

 

「それで?なんで俺の後ろを尾けて来たの?」

「ひぅっ」

人気のない場所まで走り、少女を降ろす。そして問いかけたのだがまだ怯えられているのか肩をびくんと震わせた。というかなぜわざわざ俺の後を尾けて来たのか、どうして俺にここまで恐怖しているのか。疑問が尽かったのだが。

「……あれ?一人称が俺?ピトーって僕だった気が……」

その言葉でいろいろ吹き飛んだ。

がしりと肩を掴みにっこり笑って見せる。それだけで彼女は震えたが今は気にする余裕はない。

「や、殺さないで、殺さないで……」

「君、ハンターハンターって知ってる?」

「……ふぇ?」

彼女は間抜けな声を出し、次第に目を丸くしていき。

「ええええ!?」

素っ頓狂な声を上げた。

 

 

「まさか、まさかよ。私とおんなじ人がいるなんて思いもしなかったわよ……」

落ち着いた彼女と一緒に地べたに座り込む。一通り俺の事情を話したところ、彼女は気が抜けたようだった。

「それもまさか、原作キャラそっくりとかさぁ。考えつくわけないじゃない」

「ハハハ」

じとりと睨まれたので笑って誤魔化したら脛を蹴られた。蹴った彼女の方が悶絶していたが。

「それで?君の話が聞きたいんだけど」

「私も大体あなたと一緒よ。漫画読んで寝落ちして、気付けば漫画の世界とか。夢でももっとマシでしょうに」

愚痴るように彼女は呟く。

「更に、更によ?両親はクズで借金こさえた挙句に私を放って夜逃げしやがったのよ。起きた時には家の中はもぬけの殻。私も急いで逃げ出してココに来て、一息つけると思ったらあなたを発見。人生詰んでるとかってもんじゃないわ」

あなたは勘違いだったけど、と中年のサラリーマンのような疲れた笑みを浮かべた。

「そういやどうして俺の後を尾けたんだ?」

「最初はピトーみたいなあなたを見てすぐに逃げ出そうとしたんだけどね。あなたのんきにレストランでご飯食べてるじゃない。それで不思議に思ってストーキングしてみたのよ。今考ると頭おかしかったわね」

原作キャラに会えたと思って浮かれてしまったのかもね、と彼女は続けた。

しかし、俺以外にもこの世界に来た人がいるとは考えもしなかった。もしこの少女のように他にもいたとしたら、顔を晒すのは危険かもしれない。

そこまてふと、彼女の名前を聞くことを忘れていた。

「そう言えば、君の名前は?」

「レアよ。家名は捨てたわ。あなたは?」

逆に聞かれて言葉に詰まる。そう言えば俺はこちらに来てから名前を名乗った記憶がない。

「……フェルトゥーだ」

「それ絶対ネフェルピトーからとったでしょ」

苦し紛れに答えるもあっさりと看破されてしまう。

「仕方ないだろう。名前を聞かれることなんて今の今までなかったんだから」

「名前を聞かれないって、どんだけよ」

「最近まで人に会わなかったからなぁ」

「それこそどんだけよ。無人島にでも住んでたのかって話」

「大体あってる」

レアから更にひかれた気がした。

 

 

「これからどうするんだ?」

「さあねぇ。とりあえず今は今日を生きるので精一杯ね。あんたは?」

「金が入ったから天空闘技場へ行こうと思ってる」

そう言うと、レアはなぜか驚いた顔をした。

「……もしかしてあんた、使えるの?」

「使えるって?」

「念のことよ」

「そりゃあ、使えるけど」

そう答えると、レアはがばりと立ち上がった。そしてそのまま俺の方へと勢いをつけて土下座して来た。

「おい!?」

「お願いします!私も連れて行って下さい!」

急に敬語になって、俺の方が驚いた。

「いや、何で?」

「何でって、分かるでしょう!この世界で念を使えるのなんてほんの一握りなのよ!さっき私を抱えて走ってた時の身のこなしで、更に念を使えるなら200階までは楽勝じゃない!つまり!」

そこまで言い切り、キラキラとした表情を浮かべるレア。

「あんたに賭けてれば絶対儲けられるってことよ!」

そう言って、レアは楽しそうに笑うのだった。



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天空闘技場のあれこれ

携帯が壊れて投稿が遅れました。
申し訳ありません。

追記
大幅に加筆修正しました。


「うわぁ……」

「たっか……」

 

飛行船から見る景色は今までいた場所が豆粒のように見えて、そのスケールだけで感動してしまう。その景色の中でも特に目を引くのが、先の見えない超高層タワーだ。

天空闘技場。腕に覚えのある猛者達の集う格闘の聖地。全長およそ1000mだというのだから驚きだ。一体どのようにして建築したのか非常に気になってくる。

思わす感嘆の声があがるほどには壮観だ。

 

「ホント凄いな、あの塔」

「確かにねぇ。それに……」

 

レアは言葉を区切り、飛空艇のフロアに視線をやる。そこは天空闘技場への挑戦者らしき人のほか、観戦するために来た一般人の人々で埋め尽くされている。

 

「毎日4000人だっけ?とんでもない数の挑戦者よね」

「使える人は全く見当たらないけどね」

 

ペットボトルの水を飲みながらそう言うと、呆れたようにため息を吐かれた。

 

「だから、言ってるでしょう。ホンの少しでも使える人なんてごくごく僅かなのよ。滅多に会えるもんじゃないわ。あなたが使えるって聞いて驚愕したわよ」

念使いは貴重な人材なのよと、レアは告げる。そう考えると最初から念を使えたチートな俺はともかく、ポチはまさしく天才だったのか。人と獣とでは勝手が違うかもしれないが。

ちなみに俺が念使いだというのは証明済みだ。水見式を見せれば一発で分かるから簡単なものだった。初めて念をみたレアは興奮していてなかなか面白かったが。

 

結局、レアとは一緒に行動することになった。同じ転生者ということで困っているなら助けたいし、俺にしてもレアがいることはメリットになるからだ。

例えば、この世界の文字について。指導者もなしに文字を覚えるのは至難の技だ。しかしレアは、もとは底辺の家庭育ちとはいえある程度の教養はあるらしい。文字を教えてもらえれば、買い物をする時の問題が一つ解決する。文字に限らず、社会で生きるためにはそこで生きてきたレアの知識が有用だ。この世界のどの人間とも接点のない俺にとって、転生という共通項のあるレアは割と貴重な存在だった。

レアは儲けるための手段を、俺は知識……専ら常識を知る手段を互いに必要としていた。巡り合いは俺の容姿からだが、出会えたからにはお互いの利益になる行動をするべきだろう。

感慨に耽っていると、レアは胡乱げにこちらを見てきた。

 

「それにしても、その格好はどうにかならないの?」

 

その格好とは今の俺の状態のことだ。目深に帽子を被り、サングラスをかけたこの姿。これでマスクでもしていれば立派な不審者である。

自分でもこの格好は職質されても仕方ないと思うのだが、俺は顔を隠す必要があった。

肩を竦めて、レアに答えた。

 

「しょうがないだろう。レアみたいな転生者が他にいないとも限らないし。顔のせいでいちゃもんつけられたら面倒だ」

 

いくら獣の耳と尻尾がないとはいえ、顔はネフェルピトーそっくりなわけで。見る人が見れば俺が転生者だと気づかれてしまうかもしれない。

ましてやこれから向かう天空闘技場では数多の衆人の目に晒されるのだ。この世界にどれほど俺たちみたいな転生者がいるのか分からないが、余計なトラブルを増やさないためにも、警戒するに越したことはない。

 

「それは分かってるけどさ、もうちょ〜っと何とかならなかったの?さっきから視線が煩わしいのよ」

 

まあ確かに、ここまでする必要はなかったかもしれない。空港でも危うく通報されかけたし、今もヒソヒソとあちこちで噂されている。

 

「……金が入ったら何とかするさ」

 

髪を染めてストレートにするだけでも大分印象は変わるだろうし、やるかどうかはさておき、整形すれば完全に別人になるだろう。どんな活動をするにしても先立つ物が必要だが。

 

「ま、私はあんたで稼がせてもらうんだから、あんまり強く言えないんだけどさ」

 

そう言ってレアは窓の外へ目をそらす。レアは飛空艇に乗るための代金は持っていたのだが、賭けに参加するためには少し足りなかった。そのため俺が金を貸すことになったのだ。

騙しとられるかも、という危機感は全く感じなかった。黒目玉を具現化してレアを見る。

 

『正直こんな格好のアヤシイヤツと一緒にいたくないなぁ。でも稼がないとどうしようもないし、借りも作っちゃったし。変質者みたいねって言ってコロされる可能性も、まあ無きにしも非ずだし。早く稼いで、マシな格好になって欲しいなぁ』

 

……そっと黒目玉の具現化を解除する。どうもこの黒目玉、対象を凝で視た時間が長い程思考を読めるようになるようだ。自分の能力のことを知らなかったのは致命的だが、ポチとともに暮らしていた時は比較対象などいないため仕方が無いだろう。

金を貸した時に黒目玉でレアを視たとき、彼女に騙すような意思はなかった。心変わりする可能性もあるが、今は彼女を信じることにする。それにこれから稼ごうとしている額に比べたら、貸した金はホンの少しだ。金が帰ってこなくても何とかなる。

楽観的に考えながらも俺は密かに握りこぶしを作った。早急な見た目の改善を決意する。見た目10歳の少女から変質者のように思われているのは思った以上に心にキていた。

 

「それじゃあ50階の観客席でで待ってるわよ!」

 

天空闘技場に着くや否やレアは止める間も無く走って行ってしまった。俺が50階に行くかどうかも分からないというのに、気の早いことだ。選手用の長い行列に加わる。選手の人々がこちらを睨むように見てきた。先ほどのレアとのやりとりが気に食わなかったらしい。だが俺を見るなり鼻を鳴らして小馬鹿にしたように笑ってきた。どうやら舐められているようだった。

「おうおう、ひょろいのがこんなトコしてんじゃねぇぞ!」

「デカイの、軽ぅくやっちまえ!」

 

リングに入るなりヤジが飛んできた。そんなに俺はひょろく見えるのだろうか。肉付きはいい方だと思うのだが。

大罵声の中試合が始まった。相手はレスラーのような体格で、俺を掴もうと手を伸ばしてきた。胴を捻ってその手を除け、ついでに相手の正面に入る。

一撃。鳩尾に十分手加減した拳を叩きつけた。それで男は泡を吹いて倒れてしまった。

いつの間にかヤジだけでなく周りが静かになっていた。何となくいたたまれなくなり、審判から50階の切符を受け取ってそそくさとリングから降りて行った。

 

 

「凄い、凄いわよ!たった1試合で10万ゼニー!3万ゼニーが3倍超よ!」

 

レアはメチャクチャはしゃいでいた。俺の50階の試合にかけていたようで、賭けに勝ってご満悦のようだ。その場で踊り出しそうなほどだ。

対して俺は不機嫌だった。苦々しい表情なのが自分でも良く分かる。

 

「どうしたのよフェル。あなたもファイトマネーが手に入って嬉しいでしょうに」

 

俺の顔をみてレアは心配そうな顔をした。

 

「いや、賞金が手に入ったのは嬉しいんだけどね……」

 

二試合目もまた、対戦者に舐められたのだ。それもただ煽って来るのではなく、俺の性別を絡めて。

 

「このカマ野郎って、言われたのは結構ショックだった」

 

「あー」

 

納得したのか、レアはポンと手を叩いた。

 

「そりゃあんた、体型が問題なんでしょうよ。他の野郎と比べたら、フェルは異常にスマートだし。私も聞かされるまでは女だと思ってたし」

 

気まずそうに言ってきて、ますます俺は落ち込んだ。

 

「ほ、ほら!暗い気分に浸るのは後後!折角金が増えたんだから美味しいもの食べに行きましょう!何食べたい?」

 

「魚!」

 

食らいつくように答えると、レアは一瞬仰け反り、しかしニヤリと笑みを浮かべた。

 

「OK、そう言うと思って美味しい魚貝類のレストランを探しといたわ。嫌なことは食べて忘れましょう!」

 

そのあとは魚料理を半ばやけ食いし、ついでにレアと酒を酌み交わした。嫌なことも多々あったが、レアと笑いながら酔っ払うことで、そんなことは簡単に吹き飛んだ。

久しぶりに、楽しい食事だった。



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これから

※2014年9月16日 加筆修正しました。


 下顎に迫った抜き手を半歩下がってよける。するりと抜けたその手は、しかし形を変えて今度は首を薙いできた。瞬発的に腕を振り上げ、首を守る。接触。まるで重い金属同士がぶつかり合ったような衝突音がリングに響く。一瞬もおかず鳩尾へと蹴りを放つも、小さな体はブリッジのように上体をそらして攻撃をかわす。そのままバク転の要領で距離を取られた。あれほど歓声と怒声で盛り上がっていた観客席も、今では水を打ったかのようにシンと静まり返っていた。響くのは俺と対戦相手の戦闘音のみ。実況することが仕事のアナウンサーも、話すことを忘れてしまったかのようにリングにくぎ付けになっている。

 後でレアに聞いてみたところ、観客の半数にとってこの試合は、小休止のようなものだったらしい。天空闘技場190階。200階一歩手前ということもあり、修羅場を潜り抜けた本物の猛者たちが戦いあう決戦場。そんな戦場に、まだ十にも達していないかのような子供と、引き締まってはいるが細い体に帽子とサングラスで顔を隠した怪しい風体の男が紛れ込んできたのだ。場違いだ、と感じる者達がいてもおかしくない。この試合で存分に罵詈雑言を消費し、すっきりとした気持ちでこの後の素晴らしい試合に備えよう、と。そんな軽い気持ちでこの試合を見ることに決めたらしい。

 だが、どういうわけか二人の選手は見事に戦い抜いている。普段の190階の試合と比較しても何ら遜色ない、それどころか頭一つ飛び抜けている。子供の方は消えるような速さで的確に人体の弱点を狙って抜き手や足を放ってくる。攻撃の瞬間は観客の視線から完全に消え去っている。

 対して細い男の方は、子供ほど素早いというわけではない。時折ぶれて見えることはあっても、動き自体にはついていける速さだ。

 だが、その動作は洗練されていた。武術の極みのような動きではない。野生そのものというかのような、獣を思わせる本能的な動き。型も何もない、だがまったく無駄な動作を見いだすことができない。その動作は獲物を仕留ようとする狼を思わせた。

 もはや疑う余地もない。この試合は超一流の試合であると。今では彼らは驚愕と興奮を持って、この試合に臨んでいた、とのこと。

 だが、驚愕しているのは俺も同じだ。

 

「……おにーさんさぁ、いい加減本気でやってくれない?だんだん、イライラしてきたんだけど」

 

 目の前の銀髪少年はむすりと機嫌が悪そうに言う。ポーカーフェイスを決め込みながらも、内心どうしたものかと困惑していた。

 

 なにせ目の前の銀髪少年、キルア君だと来たものだ。ファミリーネームがゾルディックだというあたり、間違えようがない。そういえば親父さんに天空闘技場(ここ)に放り込まれたとかいってたっけ、そうかこの時期にここに来ていたのか。今の今まで忘れてた。

 

 一目見たときは子供が天空闘技場の上層にいることに驚き、アナウンサーに名前を呼ばれて二度驚いた。そして驚いたまま試合が始まってしまったのだ。

 

「へぇ、無視とかしちゃうんだ。」

 

 黙っているとキルア君の機嫌がいよいよ悪化してきた。声が平坦になっている。更に両手が軋むような嫌な音を立てて変形してくる。いやいや、暗殺モードとか洒落にならない。確かに手は抜いていたが、真剣に戦っていたというのに。

 だが、弁解する間もなくキルア君が突っ込んできた。今までで最高の速度。襲い来る両の抜き手はきっちり心臓を狙っている。話をしても聞いてくれそうにない。仕方なく、その変形した手をするりと掴む。何やらキルア君は目を見開いているようだったが、かまわず手に負担がかからないよう投げ飛ばした。キルア君は宙高く飛んでいたが、猫のように体を回転させて着地した。また突っ込んでくるのかと思ったが、彼はひどく驚いた顔でこちらを見てきた。少しの間その状態が続き、ふと、彼は顔を緩ませた。

 

「まいった」

 

 そのまま敗北の宣言をした。周囲が唖然としている間にキルア君はリングを降りてしまった。

 

『……あ!き、キルア選手、唐突!唐突な降伏宣言です!よって勝者はフェル選手!フェル選手です!』

 

 今更なアナウンスを聞きながら、俺は審判に手を掲げられた。

 

 

 

 

「まっさか、キルアと出会うとはねぇ」

 

 今や行きつけとなったレストラン。レアはどこか楽しそうにカレーライスを頬張っていた。賭けていた金が2億を突破したそうだ。よく見れば服も前よりいいものを着ているように見える。

 

「俺も驚いたよ。この時期にココに来てたんだな」

「私も自分のことばかり考えてて忘れてたわ」

 

 割とどうでもいい雑談を交わしていると、そういえば、とレアが切り出してきた。

 

「フェルはこれからどうするの?200階からは賞金でないみたいだけど」

「何戦かは戦ってみるつもりだよ。ここに来たのは戦い方を学ぶためでもあるから」

 

 人相手の戦い、人の戦い方。ポチと戦うだけでは得られない経験を得るために、ここに来た。もちろんお金を稼ぐためでもあるが、金は必要な分だけあればいい。貯金がたまり金を稼ぐ必要がなくなったので、これからは戦闘訓練に集中できる。残念ながら180階までの試合はほとんど役に立たなかったが、キルア君のような戦い方をこの目で見れるのなら200階から先は期待していいのかもしれない。

 

「ふぅん」

「……もしかして、また俺に賭けるの?」

 

 何事かを考えていそうなレアに、聞いてみた。

「いや違うわよ。200階から先は賭けてもどうなるかわからないし。そうじゃなくてね」

 そこでレアは、ひどく真剣な表情で俺を見てきた。

「もし、もしよ?あなたが良ければなんだけどさ」

 

 一呼吸置き、レアは頭を下げてきた。

 

「私に、念を教えてください」

 

「……ええと」

 

 急な頼みごとに驚いていると、レアはゆっくりと話し出した。

 

「無理な願いだというのは分かってる。だけどね、身元のない私が生きるには、やっぱりお金だけじゃ難しいの。だから……」

 

「いや、念を教えるのは問題ないんだけど」

 

 そういうと、レアはぱちくりと目を瞬かせた。

 

「……へ?」

 

「ただ、何かを人に教えたことなんてないから、ちょっと戸惑っただけ」

 

 そこまで言っても、レアは呆然としたままだった。

 

「ただまぁ、俺が教えてばかりというのもなぁ。レアって何か勉強できる?」

 

「……数学なら少しは。これでも前世は教師だったし」

 

「……そうなの?」

 

 てっきりレアも俺と同じような学生だと思っていた。

 

「じゃぁさ、レアが俺に数学を教えてよ。それで、俺がレアに念を教えるのと対等ってことにしよう」

 

「いえ、教えてあげるのは構わないのだけど……」

 

 レアは困惑したような表情を見せた。

 

「……念の対価が数学って、どうなのよ」

 

「俺は別に気にしないけど」

 

 そういうと、何が納得いかないのか、レアは唸り始めた。互いにものを教え合うということで対等だと思ったのだが、何が気に入らないのだろう。

 

 しばらくして、ようやくレアは顔を上げた。心なしか、少しばかりヤケクソの気がする。

 

「……OK。それで行きましょう」

 

「ん。それじゃ、これからもよろしくってことで」

 

 レアとがっちりと握手をした。何故かレアは俺の手を力いっぱい握りこんでいた。



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試合、観戦、レアの変化

「……むぅ」

 

 自分の口から唸り声が漏れだしたが、周囲の歓声に完全に飲まれてしまった。200階クラスでの試合。ここ一週間は試合をするでなく、割高なチケットを買って試合を観戦する日々を送っている。念能力者の戦闘を学ぶためだ。

念能力は個性的だ。能力者それぞれが自らの発想を持って能力を開発しているのだから、個性が出るのも当然かもしれない。なるほどと納得する能力もあれば、そうきたか、と唖然としてしまうような能力もある。

今日の試合は特にそう感じた。相対する能力者の両方が、個性的であり、かつ優秀な能力を所持していた。

 片方は短い頭髪の男で、、ラフな格好に二本のナイフを携えている。面白いのはそのナイフで、振るう度にナイフに込められたオーラが、剣線に沿って糸状に空中に漂っている。触れればナイフ同様の切れ味で切り刻まれてしまうようだ。短髪の男は素早く動き回り、オーラの線でリングを埋め尽くして行く。相手の逃げ場を奪いつつ戦うタイプらしい。

もう片方は天空闘技場(ここ)では珍しい女性の闘士だ。ストレートの黒髪を靡かせ、凛とした表情で試合に臨んでいる。可憐な容姿もあいまって、観客達に非常に人気があるらしい。獲物は持っていないが、念能力は短髪の男よりも更にユニークだ。

人外の器官を具現化する能力。

今、彼女は背中に集めたオーラを翼状に具現化している。それも鳥のような飛ぶためのものではなく、敵を攻撃するのに特化したような凶悪なものだ。広げた翼の先から羽の弾丸を乱射する。弾の速度は速く、乱れ飛ぶ念の弾丸に行動を阻害され、短髪の男は中々彼女に近づけない。よしんば近づけたとしても、彼女に攻撃を当てることは非常に困難だ。

男が距離を詰めてくれば、翼を猿のような長い尻尾に変化させ、その尻尾を鞭のようにしならせ相手を牽制してくるのだ。尻尾自体も威力があり、侮ることができない。

だが、俺が特に上手いと思ったのは、彼女のオーラの操作能力だ。短髪の男が張った糸状のオーラを、彼女の尻尾は何でもないかのようにすり抜けてくる。尻尾に実体がないわけではない。彼女は尻尾が糸に触れる寸前に、尻尾具現化を解きオーラに戻しているのだ。糸をかいくぐって再び具現化してきた尻尾の攻撃は、男の能力と相性が最悪だったようだ。結局、短髪の男は黒髪の女性を追い詰め切れずに、試合は彼女のの勝利に終わった。

 密かに具現化させていた黒目玉を解き、満足して息を吐いた。見どころのある、いい試合だった。

 

 

「ただいまー」

「……おかえり」

 

 レアの部屋に入ると、調子の悪そうなレアが毛布にくるまってベッドの上にいた。

 

「体調はどう?」

「あまり良くないわよ……」

 

 そう言って、小さくくしゃみをした。しゃべるのも億劫そうだ。

 実のところ、レアの体調が悪いのは彼女自身のせいだ。念の修行の第一歩、精孔を起こす。自然体で瞑想してオーラの流れを感じ取り、ゆっくりと精孔を広げていく修行に、レアは六日で飽きてしまった。それで俺に、発を当てて無理やり精孔を起こしてほしいと頼んできたのだ。俺もまあ、オーラが枯渇しても死にはしないだろうと高をくくり、彼女に発を当てたのだが、レアはオーラを纏うのに時間をかけ過ぎた。その日の内には何とか纏が出来るようにはなっていたが、そのころには気絶寸前までオーラが減っていた。そのまま倒れるようにして眠りにつき、一夜明けたら風邪をひいてしまったのだ。

 

「いろいろ食材買ってきたけど、どう?果物くらいなら食べられそう?」

「……うん」

 

 小さくうなずくレアは、普段とは比べ物にならないほど弱弱しかった。紙袋からリンゴを取り出し、果物ナイフで皮をむく。しばらく、皮をむくシュリシュリという音と、レアの鼻をぐずる音だけが部屋に響いた。

 

「……ねぇ」

 

 一つ目のリンゴの皮をむき終えたとき、レアが話しかけてきた。

 

「フェルはさ、目的ってある?」

「目的?」

「そう。生きるための、目的」

 

 レアの顔を見る。彼女の目はどこか虚ろで、俺のいるあたりをぼんやりと眺めている。

 

「……どうしたんだ。急にそんなこと聞いてきて」

「何となく……ね。知りたくなったのよ」

 

 理由を尋ねても、彼女ははぐらかしてきた。黒目玉で見れば分かるのだろうが、使う気にはならなかった。

 

「生きる目的……ね。まあ、確かにあるよ」

「どんな?」

 

 相槌を打つレアに背を向け、俺は二個目のリンゴに取り掛かった。

 

「友達がいたんだ。親友というか、ライバルというか。そんな感じの友達が」

「……」

 

「その友達との約束でね。世界を見てきてって、頼まれた」

 

「一生懸命生きて、いろんなものを見て。」

 

「聞いて。嗅いで。食べて。触って、学んで」

 

レアは、何も言わない。ただ、俺が話すだけ。

 

「そうして、もう一度そいつと会えたらさ。胸を張ってやるんだ。ちゃんと俺は生きたぞって。一生懸命、生きて、世界を楽しんできたぞってさ。……それが、俺の生きる目的かな」

 

 しばらく、静かになり。俺とレア、どちらも口を開こうとしなかった。ようやくレアが口を開いた時には、皮をむき終えた二個目のリンゴを俺が食べ終えた時だった。

 

「……そっか」

 

 それだけ言って、レアは顔が隠れるほどに、毛布をかぶりなおした。俺ももう何も言わず、レアに一枚布団をかけ、部屋を出た。

 

「……漫画を読んでるだけじゃ、分からないわね……」

 

 後ろでレアが呟いているのが、聞こえた。

 

 外に出ると、冷たい風が頬を撫でた。何となく空を見ると、ひときわ大きな星が俺を見ているような気がした。

 

 

 

 

「フゥーハハハ!」

 

 翌朝。レアの部屋を訪れると、彼女は変な笑い声で俺を迎えた。纏の習得により自己治癒能力が向上しているらしく、風邪は一晩ですっかり治ったようだ。

 

「……どうしたの、変な笑い声出して」

「変で悪かったわね!テンションあがってるから仕方ないじゃない!」

 

 本当にテンションが高いようで、ベッドの上でぴょんぴょん飛び跳ねている。

 

「念よ!念を覚えたのよ!結構憧れてたのよ、ホントに!テンションが上がらなきゃ嘘じゃない!」

「……まだ纏だけでしょうに」

 

 ぼそりというもレアは聞こえていないようだ。

 

「早速水見式しましょう!」

「いや早いよ。まず練だろう」

 

「自分の系統を知るのは大事でしょ!」

「そうはいっても基本の基本が出来てなきゃ……」

 

 互いにあーだこーだ言いながら、何となく、レアが以前より近くにいるような気がした。彼女の中で、何かがあったのだろうか。

 

 ぐちぐち言い合うよりもとにかく修行した方がいいと気づいたのは、言い争いを始めてから30分もたったころだった。




 女性闘士の能力は東京喰種から。

 レアの性格はミーハーで守銭奴な感じをイメージしました。


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系統と思考

「……」

「……」

 

ひと気のないカフェテラス。俺たちの他に客も、従業員すらいない。カウンターで年老いたマスターが船を漕いでいるような、寂れた喫茶店だ。そこで、俺とレアは互いに向き合って座っていた。

テーブルの上には水の入ったコップが二つ。両方ともに道端で拾ってきた葉が載せてある。レアはその片方のコップを両手で包み込み、眉間にしわを寄せて唸っている。

 もちろん、水見式だ。初めは俺が教える立場だということで、練の訓練をしていたのだが、まともな形になってきたのでレアの系統を調べることにしたのだ。コップと水、そして何か水に浮くものがあれば簡単に調べることができるので、水見式が最も一般的なやり方だというのもうなずける。

 さて、そういうことでレアに水見式をさせてみたのだが、どうにも様子がおかしかった。確かに練はできているのだが、コップに変化が見られないのだ。

 

「ね、ねぇ、フェル。私何か間違えたかしら」

「いや、やり方はあってるはずだ」

 

 そう、やり方はあっている。ということは、見た目以外に変化が起こっているということだ。

 

「水の味を見てみようか。変化系なら味が変わってるはずだ」

「……あぁ、そっか!」

 

 険しい表情から一転して、レアは嬉しそうにコップに指を突っ込んだ。そして……

 

「……熱ぅぅうううううう!!」

 

 ……椅子からずり落ちて、のた打ち回り始めた。居眠りしていたマスターがびくりと肩を震わせた。

 

「……どったの?」

 

 レアの動作が落ち着いた頃を見計らって声をかけると、涙目でこちらを睨んできた。

 

「どうしたもこうしたもないわよ!何で熱湯なんか用意したの!」

「熱湯だって?」

 

 不思議に思ってレアのコップに指を浸す。確かに、熱い。だが、俺は熱湯を用意した覚えなんてない。と、いうことは、つまりだ。レアの練が水を熱した、ということになるのではないか。

 頬が引き攣るのを感じた。レアにそう伝えると、彼女もまた頬が変に強張っていた。

 

「……特質系、かぁ」

 

 今まで考えていたレアの修行プラン、見直しが必要かもしれない。

 

 

 

 

 一呼吸おいて、俺たちは今後のことを話し合うことにした。

 

「まぁ、しばらくは普通の修行かな。系統別の修行をするには錬度が足りないし。ただ、今のうちにどんな能力にするかは考えておいた方がいいかもしれない」

「能力かぁ。特質系の能力って、どんなのがあったっけ」

「能力を盗む能力、相手の記憶を読む能力、あとは全系統の能力を100%の精度で使える能力とか」

「……うぅ~ん」

 

 悩ましげに唸るレア。自分が特質系だということに、いまいちピンと来ていないようだ。

 

「一応教える立場だからいうけど、自分に一番必要なものを念能力にするといいよ。それか自分がこだわってるものとか」

「そういわれても、なかなか……。あ、そういえば、フェルの系統って何?」

「俺は具現化系だよ。ほれ」

 

 そう言って、もう一つのコップに練を通し、レアに中身を見せる。

 

「……ねぇ、フェル。具現化系って、水の中に不純物ができるのよね?」

「そうだね」

「なんか水全体が結晶化しているのだけど……」

 

 レアの言うように、コップの中は半透明の黒で覆い尽くされている。

 

「……多分具現化系だよ。」

「せんせーしっかりしてください」

 

 目をそらしながら言う俺に、レアは冷ややかな視線を向けた。

 

「それで?せんせーの能力は?」

「せんせー言うなし。俺の能力は、これだよ」

 

 黒目玉を具現化してみる。初期のころは2本の紐がついているだけだったが、今では6本の紐は俺の体にまとわりついている。目玉が開いているとレアの思考が読めてしまうので、まぶたは閉じてある。

 そういえばこれ、モデルがあるんだよなと思ったが、レアは大した反応を示さない。原作を知らないようだ。

 

「わ、念獣なんだ。どんな能力なの?」

 

 珍しそうに黒目玉のまぶたを触ってくる。

 

「思考を読む能力。」

「……へ?」

 

レアの手が止まった。

 

「い、今なんて?」

「だから、思考を読む能力だよ」

 

レアの手が震え出した。分かりやすいほど動揺している。

 

「……つかぬ事をお聞きしするんだけど……」

 

妙な言葉遣いで、レアは聞いてきた。

 

「その、私の思考も、読んじゃったりした?」

「二回ほど」

 

レアの動揺の理由は分からないが、聞かれたので普通に答えた。

 

「いつ?」

「ヨークシンで一回、飛空艇で一回だけど」

 

「……本当に?」

「本当だって。戦うとき以外はあんまり使ってないし」

 

レアは安堵したように息をついた。

 

「OK。信じるわよ、その言葉。……それにしても、結構やばい能力ね、それ」

「そう?」

「そうよ。私だったら、今の自分の思考を読まれたりしたら、て思うだけで怖くなっちゃうわよ」

 

 以前思考を読んだことは大丈夫らしい。

 

「これと、あとは半具現化した手足が俺の能力だよ」

「手足を具現化?」

「そう、巨大化した手足を」

「……思考を読む能力に、巨大化した手足?何でそんな能力にしたのよ」

「前に話した、友達と戦うためだけど」

「どんな友達よ……」

 

 呆れたように、レアは言った。

 

 

 

「まぁ、能力は考えておいて。しばらくは練とか凝の特訓になると思うから」

「了解よ」

「とりあえず明日、じゃないや。明後日からみっちりやっていくから」

「?私は明日からでも大丈夫よ?」

 

 首をかしげるレアにいやいや、と俺は首を振った。

 

「レアじゃなくて、俺の事情。明日は試合があるんだよ」

 

 

 

 翌日、200階のリング上に俺はいた。

『さぁ、今回対戦するのはこちら!フェル選手対インジェ選手だ~!!』

 怒鳴るような勢いで喋るアナウンサーに、観客の歓声が応える。それと反比例して俺のテンションはダダ下がりだ。

 今日、レアは観客席にいない。念のことで頭がいっぱいで、チケットを買っていなかったらしい。今はエントランスホールのベンチで中継されているこの試合を見ているそうだ。だが、正直この試合は別に見なくてもいいのだが。

 対戦相手の、インジェと呼ばれた男。どぎつい色の髪にセンスの悪い派手な服。観客へのアピールのつもりなのか、いちいち動作が大仰だ。そして顔には嗜虐的な笑みを張り付けている。

 黒目玉で読まなくても分かる。この男は俺をいたぶることと、勝ち数を上げることしか考えていない新人狩りだ。

 俺がげんなりしている間に、対戦者の紹介はインジェから俺に移った。

 

『対するフェル選手は、何と180階まで一撃で勝負を決めてきた猛者中の猛者!サングラスに隠れたミステリアスな容貌と相まって、数多くのファンがフェル選手についているようです!かくいう私も……』

 

「猛者中の猛者、ねぇ……」

 

 ククク、といかにもな笑いをもらすインジェ。なんかもう、さっさと試合を終えてしまいたい。そんなやる気のない俺を置いて、試合は始まった。

「おらぁっ!」

 試合開始のゴングとともに、インジェが威圧感のない雄たけびをあげて突っ込んできた。オーラを手に込めて、一撃必殺を狙っているらしい。技術も何もないその拳からは、何も学べそうになかった。

 いつものように懐に潜り込んで、一撃。流すらまともにできない彼は、その一撃で沈んでしまった。

『インジェ選手、ダーウン!これは決まったかぁ~!?』

 

 いつもの通りハイテンションなナレーターの声を聞き流しつつ、俺はレアの訓練メニューを考えるのだった。



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出会ってしまった

「……ねぇ、フェル」

「……」

 俺の初試合が終わってから5か月ほどたったある日の、まだ日も見えない早朝。今ではレアの訓練場と化した俺の部屋。その中央で、全身に分厚い重りをつけたレアは両手を放り出して突っ伏していた。全身から噴き出した汗が、床に水たまりを作っている。

 息も絶え絶えな様子で、レアが聞いてくる。

 

「何、でっ私は、練をしながら、腕立て500回なんてしているの」

「……もちろん、鍛えるためだろ」

 

 なぜも何もない。念を教えると言った時、一緒に体も鍛えると約束したのを忘れたのだろうか。

 オーラはガソリンのようなもの。質のいいガソリンがあれば車は速く長く走ってくれる。だが肝心の車がおんぼろだと、走ることすらできないのだ。オーラだけを鍛えて、体を鍛えない理由はない。

 

「ええ、確かに、鍛えてるわね、これ。筋トレは体を鍛える効率的な方法だし、練は念の基礎の基礎だものね。でもね……」

 

 そこで言葉を切り、レアは大きく息を吸い込んだ。

 

「何も同時にすることないだろうがぁー!!」

 

 そして発せられる怒声。怒りのあまり口調が乱れている。

 

「そもそもこの重りは何!?これのせいで満足に体も動かないし、練のせいでガンガンスタミナ減ってくし!わけがわからないわよっ!」

 

 レアは半泣きになっている。ため息をついて、彼女に告げる。

 

「それだけ叫べるなら十分元気だ。腕立てプラス100回」

「どちくしょー!!」

 

 不幸を嘆くレアの魂の叫びが、俺の部屋に木霊した。

 

 

「というか、今日のフェルおかしいわよ?いつもならちゃんとしたメニューをやらせてくれるのに」

 

 一通り朝の訓練を終え、クールダウンしたところでレアは少し睨んできた。確かに、いつもはちゃんと筋力と念の訓練は別々に行っている。

 俺は頬をポリポリと書き、レアに謝った。

 

「ごめん、ごめん。ちょっと上の空になってた」

「うわの空で無茶をさせられる、こっちの身にもなってみなさいよ……」

「だからごめんって」

 

 そこまで言って、レアはふぅ、とため息をついた。

 

「まぁ、フェルがとぼけてるのは今に始まったことじゃないか」

「……ひどいな、それ」

 

 苦笑すると、レアはさっきまでとは一転して、まじめな表情になった。

 

「何か心配事でもあるの?聞くだけなら聞いてあげるわよ」

「心配事というか、何というか……」

 

 軽く唸り、ポツリと呟く。

 

「なんか、肌がピリピリするというか……」

「なにそれ?」

 

 呆れたようにレアが言う。だが、それ以外に表現しようがない。

 肌の表面を弱い電流が常に流れているような、脳が伸縮しているような。一番近い感覚は、緊張と高揚か。ポチと対峙していた時の感覚に良く似ている。

 

「虫の知らせか何かか……?」

「ハイハイ。多分緊張でもしているんでしょう。なにせ今日はあの試合があるんだから」

 

 呟く俺をスルーして、レアはチケットをひらひらと揺らした。一見ただのチケットに見えるが、その実ネットオークションで60万ジェニーで競り落とした貴重なものだ。

 

 試合は、239階の、フロアマスターの防衛戦だ。

 

 

 

「フロアマスターの試合でも、普通はこんなに高くないんだけどね」

 

 買ってきたブドウのジュースを飲みながら、レアは言う。

 

「今回は天空闘技場で一番人気のフロアマスターの試合だから、こんなに高くなったみたい。噂だと、生まれてから一度も負けたことがないとか。ホントかしら」

 

 そこまで言って、レアは俺を半眼で睨んできた。

 

「そわそわするのは分かるけど、もう少し落ち着きなさいよ。子供じゃないんだからさ」

「ピリピリする……」

「まだ言ってるの?」

 

 レアに呆れたように言われたが、観客席についてから、むしろちりつく感覚は強くなっている。これから、何かが起きる。誰かが来る。来てしまう。そんな予感までしてきた。

 緊張、高揚。緊張、高揚……。感覚の連鎖。その流れが最高潮に達した時、アナウンスが流れた。

 

『お待たせしました、皆様!いよいよ本日のメインイベント!フロアマスターの防衛戦でェ~す!!』

 

 一際大きくなる、歓声。

 

『まずは挑戦者、アイナル選手の入場だぁー!』

 

 一人の選手がリングに上がった。アナウンサーが彼の経歴や戦歴を流暢に紹介する。その一切を無視して、彼の姿を注視する。……違う、彼じゃない。

 

『対するはァ~、常勝不敗、40年の生きる伝説!不屈の男、フーガだ~!!』

 

 そうして、リングに上がってきたもう一人の男を見た、瞬間。

 

 全身の毛が逆立った。

 

 現れたのは黒の道着を着た、筋骨隆々の男。短く髪を切りそろえ、不機嫌そうな表情だ。

 

 その、戦うためだけに鍛え抜かれた肉体。泉のように溢れいで、純粋なオーラ。足遣い、目、雰囲気。表情に至るまでの全てが男を雄弁に語っている。

 彼が圧倒的な強者である、と。

 

 ごくりとつばを飲み込む。あるいはポチにすら匹敵する存在感に、目を離せなくなる。自分の心臓の音が耳から離れない。

 俺の動揺をよそに、試合は始まった。蹴り、突き、手刀。アイナルは次々に攻撃を繰り出すが、どこか精彩を欠いている。アイナルも、フーガの雰囲気に呑まれてしまっているようだ。その攻撃を、フーガは紙一重でかわしていく。

 明らかに手加減している。だが、フーガの表情は険しく。まるで何かを見極めるかのように、アイナルを睨んでいる。十数分にも及ぶ攻防。ふ、と。フーガは表情を緩ませた。何かを諦めたような、あるいは何かに失望したかのような表情フーガの動きが明らかに遅くなる。フーガの表情には気づかずに、チャンスとばかりにアイナルが大ぶりの突きを放った、一瞬。

 フーガの足がぶれる。数瞬、響き渡る轟音。アイナルの体が宙高く舞っていく。そのまま、今度はアイナルと天井が接触した鈍い音が響いた。

 どさりと落ちるアイナル。フーガはもはや自分の対戦者には興味がないようで、目を閉じ腕を組んでいる。ダウンしたアイナルが起き上がってくることはなく。

 審判がフーガの勝利宣言を出すが、フーガはむっつりと黙ったままだ。代わりに、観客の声が爆ぜた。アナウンサーすら、呂律が回らなくなっている。

 だが、やかましいほどの歓声も、興奮して噛みまくりのアナウンサーの声も、何も気にならなかった。

 緊張と高揚は徐々に引いて行った。代わりに現れた感情は、歓喜。

 学ぶ対象として、だけではない。真剣に戦うだけでもない。本気で戦える相手が今、目の前にいるのだ。

 

「……ェル、フェル!!オーラしまいなさい!」

 

 レアに肩をたたかれようやく俺はフーガから目を離した。どうも無意識に全開の纏をしてしまったらしい。周囲の人々が怯えた顔で俺を見ている。精孔を9割閉じ、一度頭を下げて再びフーガに目を向ける。

 目が、あった。閉じていた目を開け、フーガは俺を見ていた。しばらく睨み合いのように、俺たちは互いを見つめていた。

 唐突に、フーガは笑う。ニヤリという擬音すら生ぬるいほど、どう猛に、挑発的に。

 

『かかってこい』

 

 聞いたことのないフーガの声が、聞こえた気がした。自然と、俺の表情も緩んでいくのを感じた。

 

「ちょっとフェル、一体どうしちゃったのよ!!」

 

 慌てるレアに、俺は震えそうになる声を抑え、ゆっくりと告げた。

 

「ごめん、レア。修行、一か月くらい遅れるかもしれない」

「はい!?」

「俺はレアを見てあげられないけど、纏と練だけはちゃんとやっておいてね」

「いや、どういうことよっ!お、おかしいでしょフェルっ!ちゃんと説明しなさい!」

 

 俺は去っていくフーガの背中を見ながら、、言った。

 

「……ちょっとフーガ(あの男)を倒してくる」

 

 拳を痛いほど握り、その場を後にする。レアが後ろで何事か叫んでいたが、気にするだけの余裕が、今の俺にはなかった。



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激闘

※今回地の文が三人称になってます。ご注意ください。

※2014年9月14日、加筆修正しました。


ひと月を経たずして、再びフロアマスター防衛戦が行われる。一か月前と同じ、フロアマスターの中で一番人気の闘士、フーガの試合だ。しかも、挑戦者はここ最近破竹の勢いで勝ち数を稼いでいた闘士、フェル・トゥー。観戦者にとって、より多くの試合を見せてくれる闘士は人気が高い。当然のごとく、チケットは飛ぶように売れた。

 しかし、チケットを買った人々は、後悔することになる。彼らは戦闘というスリルを味わうために金を払っているのであり、決して己が身に危険が降りかかることを良しとしているわけではなかった。

 

 いつもならば興奮と熱気でおおわれている、天空闘技場。だがこの日の会場では、誰一人、声を上げようとしなかった。

 皆が皆、話すことを忘れてしまったかのような、沈黙。それは観戦に来た者だけでなく、アナウンサー、審判すらも例外ではない。

 彼らは全員、この静寂の原因である二人を見つめている。一人は、239階フロアマスター、フーガ。いつものように黒い道着で身を包んだ彼は、いつもと違い対戦者を睨んでいる。その視線にある、射抜かれたものの心臓を止めてしまいでもしそうな、圧倒的な凄み。それを、対戦者は平然と受け止めていた。

 フロアマスターへの挑戦者、フェル・トゥー。いつもかけているサングラスを、今回は外している。普段目にすることのない彼の瞳は、冷たくフーガを観察していた。それでいて口元に笑みを携えているため、残虐な、酷薄なイメージを見る者に与えている。

 両者が放つ圧倒的な雰囲気に、会場は呑まれていた。ここから逃げ出したい、この二人から目を逸らしたい。だが足が思い通りに動くことはなく、目も、意思に反して彼らへと釘付けになる。

 恐怖。目を逸らした瞬間、自分は殺されてしまうのではないか。その恐怖が、彼らの行動を阻害していた。

 ほんの一分程度のにらみ合い。それだけで、会場の全てのものが理解した。

 あの二人は、理解できない怪物である、と。

 唐突に、二人は視線を逸らした。視線を向けられたのは、リングに上がることもできずにいた審判だ。観客同様に動けずにいた彼だが、二人から睨まれて体を震え上がらせた。もし彼が自分の仕事を思い出すことができなければ、延々と自分に向けられる視線に耐えきれず気絶してしまったかもしれない。

 

「し、ししし……」

 

 審判が発声を初め、両者は再び向き直った。フーガは重心を落とした自然体の構えを、フェルは更に低く、全身を屈めた獣の構えを持って。

 

「試合、開始ぃぃい!」

 

 かすれるほどの叫び声が広がり。

 会場全体が、激震した。

 

 

 フェルは心の内で舌打ちした。開始の合図とともに先手を切ろうと脚にばねを溜めていたのに、そのばねを避けることに使わざるを得なくなったからだ。黒目玉を具現化し、フーガの行動を読んでいなければ実際に飛びかかっていた。そしてあえなくカウンターを食らっていただろう。

 フーガのしたことは、字面にすればひどく単純だ。強化した脚で、地面を叩く。いわゆる震脚、踏み鳴りの一種。本来大きな音を立てて相手の行動を制限する技。その技を持って、フーガは攻撃を仕掛けてきた。

 振動の強化により、膨れ上がった大地の波。ここがタワーの上層に位置することも災いし、局所的な大地震を発生させている。まともに立つことすら、並みのものでは出来はしない。

 震源地にいるフーガは、僅かも体心が乱れていない。高空にいるフェルを、挑発的に睨んでいる。

 お返しとばかりに、フェルは半透明な拳を現出させた。ただの拳なら自分の手で殴った方が早いが、フェルのそれはただの拳ではなかった。

 巨大な、あまりにも巨大なそれ。いったい何に使うのか、見当もつかないほどの大きさ。フェルは自分の拳と連動したその拳を思い切り振りおろした。

 再び巻き起こる振動、轟音。打ち出された拳は、リングと接触していた。しかし、フェルの打ち出した技はそれだけに留まらず。

 

 リングがほぼ、全壊した。上方からの圧迫に、耐えきれなかったのだ。残っているのはただ一か所。フーガの立つ場所のみが、歪な円柱状に残っていた。

 

「……大味な技やのぅ」

 

 瓦礫の合間に着地したフェルに、フーガが声をかけた。呆れたような口調とは裏腹に、どう猛な笑みを浮かべている。

 

「そっちこそ」

 

 フェルもまた、笑みをより深くしている。

 フーガは鼻を鳴らし、一言話す。

 

「今度は、殴り合うてみるか」

 

 言葉とともに、地面を蹴り上げてフェルへと突進する。その爆発的な加速力は到底目で見切れるものではない。

 しかし、フェルは完全に対応して見せた。唸りを上げるフーガの拳をギリギリでいなし、手薄になった胴体へと蹴りを放つ。これをフーガは流を持って対応し、フェルの脚を受け止め、その脚を逆に掴みかかろうとする。手が届くよりも早く、フェルは足をひねりフーガの胴を足場に跳躍し、彼から距離を取ろうとする。

 

「逃がすかぁっ!!」

 

 フーガは猛り、再び地面を蹴り上げる。再び巻き起こる音の奔流。しかし、初めほどの振動は起こらない。

 

「ぐぅっ」

 

 フェルは苦悶の声を上げ、瞬発的に自身の体を現出させた拳で守る。直後にその手を激しい振動が襲う。

 振動が本体に回る前に、フェルは現出させた拳を足場に更に跳躍する。そこでようやく、二人の距離は離れた。

 

「よぉやるわ」

 

 フーガは今度こそ呆れた表情でフェルを見る。

 

「大震脚はともかく、裏震脚まで避けよぉか」

「……さっきの技、そんな名前なんだ」

 

 フェルは戦慄を感じながらそう応じた。

 フーガが裏震脚と呼んだその技。オーラを波状に変化させ、地面と足が接触する瞬間に相手に向けて放出する技。遠距離用の技であるが、フェルが脅威に感じたのはそこではない。

 フェルの体は鉄以上に強靭である。しかし内臓はその限りではない。およそすべての生物がそうであるように、フェルもまた内臓が弱点なのだ。

 その弱点を突く、今の技。まともに食らえば脳は揺れ、内臓も幾ばくか破壊されていたかもしれない。

 下手に距離を取れば今の技が飛んでくる。そう思えばもう、距離を取ることは難しくなる。

 だが、真にフェルを驚かせたのは、フーガの思考だ。二度も己の技を破られたというのに、その思考にいささかの乱れもない。あるのは歓喜の感情と、戦闘の為の思考だけだ。

 

「すごいな、あんた……」

「誉めんのはわしがお前に勝った時にしとぉけ」

 

 思わず漏れ出た言葉を、フーガは顔をしかめて切り捨てる。戦闘において、敵の賞賛など不要だ、と。

 フェルは身を、心を引き締めた。相手が自分と戦うことだけを考えてくれているのに、自分が余計な思考をしていたら失礼だ、と考えた。

 

「……いくぞ」

「……来ぃ」

 

 短い言葉の応酬。その言葉を皮切りに、二人は同時に地面を蹴った。

 

 

 拳、蹴、技の応酬。フーガの攻めをフェルは躱し、フェルの技をフーガは受け止める。攻めに対する攻め、カウンターの応酬。時にフェイントも織り交ぜられ、互いに己の技量を存分に見せつけあっている。芸術的ともいえる技巧のバランス。観客の大多数は気絶しており、眠りに落ちていないごく少数の中にもフェルとフーガの動きを追うことの出来る者はいなかったが、もしも彼らの動きを見ることが出来たなら、その究極ともいえる体術の均衡にため息を漏らしたはずだ。しかしその均衡は、時間が経つにつれ徐々に傾いていった。フェルの見切りの速度が速まってきたためだ。現時点で、フーガが動き始める前に身躱しの体勢を取っている。神憑り的なフェルの見切りによって、フーガは一方的に攻撃を受けている。だがフーガはむしろ、こぼれんばかりに笑みを深めた。

 

「その、奇矯な目ん玉」

 

 久方ぶりに間合いが離れたとき、フーガが口を開いた。

 

「儂の心を読んどるな?」

「……さすがにばれるか」

 

 並みの達人では足元にも及ばないフーガの動きを読み取るのは至極困難だ。それなのにフェルは、足先、視線、構えなど、フーガが動き始めないうちから彼の攻撃に備え始めていた。何かの念能力であると考えるのは当然であり、そしてフェルには見慣れぬ目玉の生物がまとわりついている。神憑り的な先読みと、黒い目玉の生物。二つの事象を結びつけるのに、さほど時間はかからなかった。

 

「なるほど、なれば」

 

 フーガは一つうなずくと、目を深く閉じた。次に目を開けた時、その瞳には何の感情も映し出してはいなかった。

 

「!!」

 

 爆発的に加速したフーガに、しかしフェルの動きは半歩遅れた。それはフェルの心に乱れが生じたためだ。

 今まで読めていたフーガの思考が、霧にまみれたかのように読めなくなった。先読みを黒目玉に委任していたフェルが、初めて相手の思考が急に読めなくなるなどという事象に陥った。そこからきた遅れはフェルの致命的な隙となった。

 

 回し蹴りがフェルの鳩尾に直撃した。ご丁寧に波状のオーラも添えられたその攻撃に、フェルは錐もみ状態で吹き飛んだ。審判が起きていればクリーンヒットを取られたその攻撃。しかし着地の瞬間フェルは片手を地面に突き、バウンドの勢いを殺して立ち上がった。

 口元から血液がだらだらと流れ出し、額には大粒の汗が流れている。満身創痍。それでも、フェルは構えの体勢を取った。

 

 無想、と呼ばれる体術の奥義がある。自分が今まで培ってきた経験をもとに、体に全ての運動を任せるというもの。フェルがフーガの思考を読めなくなったのは、彼が表層的に考えることをやめたからだ。人間とは脳で考えて体を動かす生物である。体が先に動き出すことなど、脊髄の反射以外はあり得ない。思考をすることおなく今までと何の変りもないまま動き始めたフーガはほとほと人間をやめていると感じる。おそらく深層では脳は思考しているはずだが、そこまで読み取るには凝による観察の時間が少なすぎた。

 

 一瞬、フェルは迷った。このまま黒目玉の具現化を続けても、フーガの思考を読むことはできない。なれば具現化を解き、目の前のフーガに集中するべきではないか、と。だが、フェルはそんな思考を切って捨てる。黒目玉は、フェルが最初に作った能力であり、彼そのものと言っていい。この黒目玉が通用しなくなったのなら、それはフェルの負けを意味する。意地に近いフェルの思考。しかし、何も策がないわけでもなかった。

 

 練により湧き上がる強大なオーラ。そのまま練を続けていれば、一般的な能力者の攻撃はまず通らない。そのオーラを、全て目に宿す。フーガ相手では自殺に近い行動だが、彼にしてみれば唯一の対抗策だ。

 

 突っ込んでくるフーガを、格段に遅くなった動きで対応する。突きを払えば掌が裂け、蹴りを腕でガードすれば骨のきしむ嫌な音が鳴る。それでいてフェルは亀のように手を出さない。ただ、目だけが爛々とフーガを睨みつけている。

 

 連続するフーガの攻撃に、とうとうフェルの体に隙が出来た。唸りを上げて、フーガの拳が再びフェルの鳩尾へ飛び込んでくる。二発目を食らえば、もはや立っていられる保証はない。

 

「カっ!!」

 

 まさにフーガの拳が鳩尾へ触れる寸前、フェルの手が拳を払い落した。

 フェルは、賭けに勝った。フーガの思考を、ようやく掴めたのだ。そのまま流れるような動きでフーガに切迫し、攻撃を避けつつも連撃を繰り出してゆく。フーガこそが手数が少なくなり、守りの体勢になった、瞬間。

 

「獲った!!」

 

 常識外の速度でフェルが背後に回り込み、手刀をフーガの首へと打ち付けていた。

 

 

 

 

「……タフだなぁ、ホント」

 

 手刀を打ち据えた後、フーガの体はぐらりと揺れた。だが、倒れる寸前、足を前に踏み込みギリギリで体を支えていた。

 何度目かの、睨み合い。もう、フェルもフーガも、殴り合うだけの体力が残されていない。

 ゆえに、彼らは睨みあったまま呼吸を整えている。次の一撃、正真正銘最後の一撃に、持てる全ての力を注ぐために。

 

 やがて呼吸のために上下していた胸がぴたりと止まった。フーガは限界まで練ったオーラを拳に込め。フェルもまた、全てのオーラを念拳に込めている。

 

 耳に痛いほどの静寂がしばらく続き。

 二人は、同時に雄たけびを上げた。一直線上に、二人は突進していく。フーガの波を携えた拳と、フェルの半透明に揺らぐ拳、それらが一点を紡ぎ。

 

 決着を知らせる、音が響いた。

 

 

「……カカッ」

 

 乾いた笑い声が、聞こえた。

 

「……まさか、わしの拳を、素通りされるたぁのぉ」

 

 倒れているのはフーガ、立っているのはフェルだ。

 最後の瞬間、二人は突きを放ち、拳を打ち合わせるかに見えた。だが接触する瞬間、フェルの念拳の一部、ちょうどフーガの拳が当たる部分がオーラに溶けたのだ。どんなに高威力の突きでも、当たらなければ何ということもなく。

 ただし、フーガも最後の抵抗とばかりに波状のオーラを飛ばしたため、フェルの方も立っているのがやっとであったが。

 

「……お前の勝ちじゃ。まったく、悔しいのぉ」

 

 そう言って、苦々しく表情を歪めて。

 フーガは、気絶した。

 

「……」

 

 

 フェルは目を閉じ、動かすだけで痛みの走る腕を振り上げ。

 勝鬨の、咆哮を上げた。



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さらば天空闘技場

「三か月」

「……」

 

「九十日」

「……」

 

「二千百六十時間」

「……えぇと、何の時間?」

 俺は気まずく頬をかいた。目の前の彼女、レアは仏頂面で、淡々と言葉を紡いでいる。しかしぶるぶると震える拳からは、彼女の激情を察せられた。

 

「あなたの入院期間よこのバカ!」

 

 遂には抑えきれなくなったか、声を荒げて俺の頭を殴ってきた。纏っていたオーラを全て拳に込めていたので、結構派手な音が白い病室に響いていた。

 現在俺は運び込まれた病院のベッドの上で横たわっている。フーガとの試合でついた全身の傷、そして内臓が危険な感じで損傷していたので、入院せざるを得なくなったのだ。

 顔を真っ赤にして怒るレアに、俺は宥めるように手を振った。

 

「大丈夫、これくらいなら一週間あれば治るから」

「そういうことじゃない!」

 

 しかし俺の言葉は逆効果だったようで、彼女は赤を通り越して蒼白な表情で俺に詰め寄った。そのまま、羽織っている病院服の裾を掴んでくる。

 

「この一か月、話しかけようとしてもどこにいるか分からないし!試合中のあなたは怖くて見てられないし!それから、何よあの試合!」

 

 服を掴んでいる手は、震えている。怒りに震えた先ほどまでとは違って、俺に縋ってくる。

 

「あの男に、こ、殺されちゃうかと思ったわよっ!」

 

 もはや泣き出しそうに、レアは顔を歪めた。服を掴む手の力がさらに強くなる。

 

「生きたいって言ってたくせに!自分から死のうとしてんじゃないわよ!」

 

 別に、死のうとしていた訳じゃない。ただ、たがが外れてしまっただけだ。人の社会に出るまでは、ポチと延々と戦い続けていたのだ。その時の感情が、フーガを見た瞬間に抑えきれなくなってしまった。戦闘中毒者(バトルジャンキー)にも程があるが、戦う喜びを知ってしまっている以上、自分を抑えることがどれほど難しいことか。

 だがレアには、俺が自ら死地を選んでいるように見えたらしい。とうとうぼろぼろと、大粒の涙を流し始めてしまった。

 

「……ごめん、レア」

 

 俺にできたのは、彼女の頭を撫で、謝ることだけだった。

 

 

 一時間ほどの無言の時間が過ぎ、ようやくレアは落ち着いた。むっつりと不機嫌そうにこちらを睨んではいるが、まだ俺の服を離そうとはしない。

 

「それで、フェルはフロアマスターになっちゃったわけだけど。」

 

 どうすんのよ、とレアは聞いてきた。

 

「あぁ、それなんだけどね……」

 

 備え付けのタンスの中から通帳を取り出し、レアに見せる。訝しげにそれを見ていた彼女だが、だんだんと目が見開かれていく。

 

「ちょっ!どうしたのよこの金額!」

 

 叫び声をあげるレア。無理もない。そこには現実ではなかなかお目にかかることのない金額が記されていたのだから。

 

「なんか、金を出すからもう天空闘技場(ここ)には来るなって言われた」

 

 レアが病室に来る前に、スーツを着込んだ天空闘技場の関係者だという男が置いて行ったのだ。なんでも無茶苦茶になった試合会場の修理や観客への対応、天空闘技場のイメージダウンによる収益の減少などにより大赤字であることを懇々と無表情で説明され、これだけの金を払うからもう天空闘技場に来るなと言われてしまった。

 どうもブラックリストに入れられてしまったらしく、観客として入場することもできないそうだ。

 それらの事情をレアに伝えると、彼女は泣き終えたばかりの赤い目で、呆れ果てたように俺を見た。だが、何を思ったのか持参していたバッグから彼女の通帳を取り出し、俺に見せてきた。

 

 前に見たときよりも、桁が一つ増えていた。

 

「あなたに賭けていたのよ」

 

 不思議に思っていると、レアが説明してきた。

 

「俺にはもう賭けないとか言ってなかったっけ」

「そんなこと言ったかしら」

 

 俺もレアをじとりと見つめるが、彼女はしれっと言った。だがその後で、付け加えるように言った。

 

「あなたが勝つって、信じたかったのよ」

 

 そんなことを言われて、もうおれは何も言えなくなってしまった。

 俺もレアも、大金持ちになってしまった。

 

 

 これからのことを、レアと話し合った。天空闘技場ではもう戦えない、試合を見ることもできない、金を稼ぐ必要もない。なら、どうするか。

 

「観光しましょう」

 

 そう、レアが提案した。

 

「フェルはこの世界を見たいのでしょう?なら旅行でもして、いろいろと見て回るのがいいんじゃないかしら」

 

 レアはそういうが、目の光具合から、彼女自身が観光(それ)を期待しているのは明白だ。

 だが、悪い考えではないように思えた。未知のものを経験し、学んでいく。その手段として、観光は打ってつけだ。

 

「観光、してみるか」

 

 彼女に同意すると、嬉しそうにガッツポーズを決めてきた。

 

「言っておくけど、修行は続けるぞ?」

「あったりまえでしょう!というか、フェルがいなかった一か月間で能力決めちゃったわよ!」

「……まじで?」

「まじで。まだ形にはなってないけどね。」

 

 得意げに、レアは笑う。そういえば、さっき俺をはたいた時の硬は、ひと月前よりも洗練されていた。

 俺の言ったことを守って、一人で修行を続けてきたのか。そう思うと、ますますレアに謝りたくなる。

 これからは付きっ切りで修行してやろう。一か月の遅れを取り戻すために、1.5倍くらいの密度で。

 

「……なんか急に寒気がしてきたわね……」

 

 レアはぶるりと体を縮こまらせた。

 

 

 

 

 その日。レアが帰った後の、夜。俺は病室を抜け出し、屋上への階段を上っていた。夜風に当たりたい気持ちも確かにあったが、理由は他にあった。

 

「……おぅ、来たか」

 

 屋上の扉を開けると、そこにいた人物が声をかけてきた。

 フーガだ。腕を組み、閉じていた目を開けこちらをじろりと見てくる。体のいたるところに包帯を巻いており、彼自身の怪我も深いようだった。

 

「そりゃ、あれだけ挑発されたらな」

 

 フーガは円を使い、俺にオーラを当ててきたのだ。ともすればケンカを売っているように感じてもおかしくはない。だが、オーラ自体に敵意はなかった。ただ単に、俺を誘い出したいだけのようだった。

 

「それで、何の用だ」

 

 フーガの真似をして腕を組んでそういうと、彼は面白くもなさそうに鼻を鳴らした。

 

「宣言しとく」

 

 そう言って、フーガはオーラを立ち込めさせた。

 

「儂に土ぃつけたんは、お前で二人目じゃ」

 

 腕をほどき、俺を威圧するように。

 

「いつか必ず、リベンジしちゃる」

 

 向けられた敵意に、俺はあの時の高揚が蘇るのを感じ取り。

 

「……あぁ、いつでもかかってこい」

 

 俺は口端を吊り上げ、フーガを挑発した。初めてフーガを見た時とは逆の状況。

 フーガも笑みを浮かべ、俺に背をむけて階段を下りていく。

 次に会うときは、俺もフーガも更に強くなっている。レアには悪いが、俺はまた、フーガと戦うことになるだろう。歯止めは、効きそうにない。

 

 しばらく屋上で時間をつぶし、俺は自分の病室へと戻った。

 

 

 

「……」

 

 退院明け。旅行に必要なものをまとめて、レアと二人で飛空艇に乗り込んだ。行先はジャポンだ。まず、どこへ行きたいかを考えたとき、真っ先に思い浮かんだ。前世の、日本に良く似た国。日本との違いを見つけるのも楽しいかもしれない。

 

「……」

 

 だが、せめてもう少し時間をおいて飛空艇に乗り込むべきだったと今になって後悔した。

 

「……ねぇ、フェル。すごい気まずいんだけど」

 

 レアが話しかけてくるが、むしろ俺の方が気まずく、そして気恥ずかしい。

 飛空艇の中で、フーガと鉢合わせてしまったのだ。先日あんな別れ方をしておいて、この状況。フーガも一度俺をじろりと見ただけで、あとは窓の外を眺めている。

 

「……えと、これ食うか?」

 

 俺は意を決して、フーガに話しかけた。

 

「……なんだ、それは」

 

 俺が手にしているものを一瞥し、フーガは問いかけてくる。

 

「干し魚」

 

 そういうとフーガは黙り、視線をレアへと移した。

 

「そっちの、ちっこいの」

 

 レアはフーガに話しかけられ、ビクンと震えた。

 

「お前の連れか?」

 

 レアと顔を見合わせる。

 

「あぁ、連れというか、弟子みたいなもんかな」

 

「ほう!」

 

 フーガはなぜだか目を丸くした。

 

「弟子なぞとっとったのか。そうか……」

 

 それきり、フーガは黙りこくってしまった。俺たちも、何も言わない。ただ、気まずい空気は消え去っていた。

 

 窓の外の景色は、ゆっくりと移り変わっていった。




第二章終了。


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閑話~ヨークシンから天空闘技場まで

・レアと遭遇後、ヨークシンにて

 

 

「そういえば、レアって身分証みたいなの持ってる?」

 

 レアとともに天空闘技場へ行くことが決まった後、ふとレアに尋ねてみた。

 

「身分証?どうして?」

「飛空艇に乗るのに必要じゃないかと思って」

 

 あぁ、とレアは納得の声を上げる。ヨークシンと天空闘技場は別の大陸にある。身分証、もしくはパスポートみたいなのが必要になるかもしれない。

 

「持ってないわ」

 

 レアが低い声で言った。

 

「正確には、持ってたって言った方が正しいわね」

「持ってた?」

「父親と母親が、私財を一切合財持ち逃げしたのよ」

 

 聞いて、げんなりとした気分になった。レアはレアで苦労しているようだった。

 

「でもどうしよう。私が役所に行っても新しく身分証取れないかも……」

 

 彼女は不安そうに言う。少し思案し、軽めに言ってみた。

 

「俺の養子になってみる?」

 

 レアは盛大に噴き出した。

 

「なんでそうなるのよ!」

「いや、親が変わったってなれば、身分証も新しくとれるんじゃないかと思って」

 

 言ってみたが、さすがに俺の養子になるのは彼女の気に障ったらしく、首を振られて却下された。

 しばらくどうするか話し合い、結局俺がレアの保証人、というか後見人になることで話がついた。一応黒目玉で確認し、レアが俺を騙していないかどうかは確認しておいた。

 

 ちなみに、役所で俺が後見人になるというのはあっさりと了承された。面接で話した職員の人が、レアの境遇に思うところがあったらしい。

 少し手数料を取られただけで、身分証を発行してもらえた。

 

 

 

・勉強

 

 

 カリカリと紙を掻く音が部屋に響いく。大体5時間くらい経っただろうか。俺は鉛筆を握っていた手を止め、瞑想していたレアに話しかけた。

 

「レア、出来たよ」

 

 レアは難しい表情で目をつむっていたが、俺の声を聞いてゆっくりと目を開けた。

 

「……もうできたの?適当にやったんじゃないでしょうね?」

 

「ちゃんとやったってば」

 

 何をかと問われれば、念の対価に教えてもらうと約束した数学である。一度約束したその日に、レアは小学校レベルのドリルから高校レベルの参考書までを一式そろえてきたのだ。レアが瞑想でオーラをゆっくり起こしている間に、俺が自習し、分からないところを後でレアに聞くというもの。

 

 俺はレアに参考書と、文字と付箋で埋め尽くされたノート15冊を手渡した。

 レアの顔が引き攣っている。

 

「……ねぇ、まさかとは思うけど、この参考書を全てやったとか言わないわよね?」

「そのまさかだけど」

 

 何をしたかと言えば、オーラを活用しただけだ。脳と目、それから鉛筆を持つ手にオーラを集めたのだ。強化した脳の回転は以上に早くなるし、強化した目から得られる情報は通常と段違いになる。

 

「……やっぱ念能力者ってチートだわ」

 

 オーラのことを説明すると、レアは疲れたようにつぶやいた。その翌日、瞑想に痺れを切らしたレアの精孔を強制的に開くことになった。

 

 

 

 

・入院1

 

 

「フェルさ~ん、検査の時間ですよ~……って」

 

 病室に入ってきたナースの人が、ほんわかした雰囲気から一転して、厳しい表情を見せた。

 

「もう、またですか!?いい加減ナースコールを使ってほしいんですけど」

「あ、あはは……」

 

 おれはナースさんの詰問するような視線から目を逸らした。その、逸らした先には多数の人間がお折り重なって山を作っていた。

 俺を襲撃してきた人間の山だ。

 俺が怪我をしていると知った彼らが集団になって病室に押しかけてきたのだ。

 彼ら一人一人の技量は大したことがなく、怪我をしていても大した危険もなかった。しかし、何故同じ病院にいるフーガは無視して俺だけを襲ったのかが気になり、彼らの内の一人に聞いたところ、少し驚くべきことが分かった。

 彼ら全員転生者だった。

 どうもフーガとの試合で顔を隠していなかったのがまずかったらしい。あの試合では圧倒的だったが、しばらく時間がたって、俺が怪我をしていること、そして彼らが多数であることから、俺を倒せると踏んでしまったようだ。

 結果、入院中に何度も襲撃を受ける羽目になってしまった。

 

「いいですか、何度も言いますけど、フェルさんは重症患者なんですよ?本当なら、運動なんかしちゃいけないんです。それなのにフェルさんは危険なことばっかりして!そもそも……」

 

 プンスカと言った擬音が似合いそうな表情で、毎度のことながらナースさんは説教をはじめ、俺は黙って彼女の言葉に耳を傾けるのだった。

 

 折り重なった人々は、後にポリスに突き出された。

 

 

・入院2

 

「そういえば、フェルの能力ってどんな名前?」

 

 俺が病室のベッドに寝て、レアがリンゴの皮をむいているという、いつかとは逆の状況。レアが果物ナイフの手を止めて聞いてきた。

 

「名前?別にないけど……」

「ウソ!」

 

 驚かれたが、本当に名前なんて付けていないのだから仕方ない。

 

「名前がないと、自分の能力を説明するとき困らない?」

「そもそも能力を説明するときなんてなかなかないと思うけどね」

 

 そう言ってあしらおうとしたが、レアは結構食い下がってきた。

 

「じゃあさ、レアが能力の名前決めてよ」

 

 少ししつこく感じてきたので、レアにそう提案してみた。

 

「え?いいの、私が決めても」

「うん、いいけど……」

 

 レアの目が怪しく輝き始めた。嫌な予感がしたが、

 

「じゃあ、ちょっとまっててね!」

 

 と言って、止める間もなく病室を飛び出してしまった。嫌な予感をひしひしと感じつつも、待つこと一時間。戻ってきたレアの手には、厚めのノートが二冊握られていた。

 

「この中から決めてね!」

 

 おそるおそるノートをめくると、びっしりと俺の能力の『名前』が載っていた。一つの能力につき一冊丸々名前を考えてきてくれたらしい。ありがたいが、妙に痛々しい名前も載っているのはなぜなのか。

 

 取り合えずざっと目を通し、、比較的まともな名前を二つ選んだ。黒目玉の名前は奇怪な隣人(ストレンジアイ)に、念拳、念脚は矮小な巨人の手脚(ジャイアントキリング)となった。

 

 

 

・ジャポン

 

 

 木造りの道場。視線の先で二人の人間が組み手をしている。一人は全力で相手に向かっているのに対し、もう一人は相手に合わせて程よく力を抜いている。

 レアとフーガだ。

 

「脇が甘いっ!腕が下がってきとるっ!」

 

 フーガが鋭く声を飛ばす。レアは大粒の汗を流しながらも、声に従い構えを引き締めた。

 

「はぁっ!」

「儂から目を逸らすな!体ごと向かってこい!」

 

 次々とレアの悪い点を指摘するフーガ。レアはふらつきながらも歯を食いしばって彼に食らいつく。

 稽古の様子を見つつ、ちらりと時計を見る。時間が来ているのを確認し、手に持っていた日本の木の棒で三度音を立てた。

 休憩の合図だ。

 

「フーガって、ジャポン出身だったんだ」

「まぁのぅ」

 

 レアが道場の真ん中で大の字で伏している間に、俺はフーガに話しかけた。

 ジャポンに着くまで飛空艇を何度か乗り継いだのだが、その度にフーガと顔を合わせた。もともとジャポン行きの飛空艇の数が少ないのに何度も会うので不思議に思っていたが、当然だった。目的地がまったく一緒なのだから。

 ジャポンに着いた後、何故か俺はフーガの実家に招待された。そのままなし崩し的にご飯をごちそうになり、こうしてレアに稽古をつけてもらっている。

 

「……聞いていい?」

「何を」

「何でレアに稽古してくれてるの?」

 

 フーガは少し沈黙し、口を開いた。

 

「お前の体術は、我流やろぅ」

「まあ、そうだね」

「それも幾多の武術を経験した後に形作ったものではなく、自ら試行錯誤しながら完成させたもの」

 

「お前のそれは、お前専用の体術。あの子にいくら教えても、身に付きはせん」

 

 確かに、そうかもしれない。レアはもともと戦闘経験に乏しい。そんな彼女では我流で体術を得ることは難しいかもしれない。

 

「……でも、それはこっちの事情だ。フーガがレアを鍛えようと思った理由を聞きたいんだけど」

 

 俺の質問に、フーガは鼻を鳴らし、どこか遠くを見るような眼をした。

 

「……師の言葉を思い出した、それだけや」

「師の言葉?」

「人にもの教えるんこそ、自分の糧になる、とな。口ぃ酸っぱく言われとったのに、忘れとった」

 

 フーガは、何かを惜しむような表情で言った。彼にも、彼の事情があるのだろうか。声をかけようとしたが、先にフーガが声を荒げた。

 

「よぉし、またぁやるぞ、レア!」

「は、はいぃ!」

 

 レアは裏返った声で、フーガに答えた。

 

 何度も休憩をはさみ、その日は暗くなるまで稽古が続いた。



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旅をするのに必要なもの
受けるか否か


「どうしてもいけませんか。……分かりました。はい、はい。了解です」

 

 最近買ったばかりの携帯電話の電源を切り、一息つく。隣でファッション雑誌を読んでいたレアが顔を上げた。

 

「どうだった?予想はつくけど」

 

「駄目だったよ。一般市民に特例を出すことは認められないってさ」

 

「やっぱりね」

 

 二人そろってため息をついた。完全に手詰まりだった。

 

 

 

 天空闘技場を出た後、俺たちは観光旅行に出ていた。ネット上で観光名所や食材の情報を仕入れて、興味が出た場所へ飛空艇なり客船なりを経由して赴く。見たことのない建造物、見たことのない動物、味わったことのない食べ物。様々に楽しいこと、面白いこと、美味しいものを経験することが出来た。

 そうしてある日、俺たちはいつも通りに情報を仕入れた未開の地へ旅行へ行こうとした。だが、飛空艇や旅客船側からNGが出てしまったのだ。

特別な資格がない限り、入ることもできないという秘境。身分上一般人である俺たちはどんなに金を積んでも弾かれてしまう。更に詳しく調べてみると、そのような一般人立ち入り禁止の区域はそこそこに多かった。

 

「どうしたものかな……」

 

思わずレアがごちた。久しぶりの悩みの種は彼女も存分に苦しめているらしい。

 いったん思考を止め、レアに話しかけた。

 

「取り敢えず、今日の分の修行をやっとこうか」

「オッケー」

 

レアも思考を切り替えたように、表情を引き締めた。

 

大体半年前くらいから、レアの修行は専ら俺との組み手になった。四大行、系統別の修行はもうレア一人でも十分にこなせるようになったからだ。その代わり、組み手の比重は高くなった。それもただの組み手でなく、能力使用ありの組み手だ。

 

「今日こそ一発入れてやるわよ!」

俺から目を離すことなく、レアは携帯型のタッチ式パソコンを具現化させた。凄まじい指使いでパソコンを操作し、操作を終えるとパソコンの具現化を解く。代わりに、レアの体長よりも大きな拳が現出していた。

 

「とりゃっ!」

 

 掛け声一喝。レアは間合いを気にしながら念拳を叩きこんでくる。軽くいなし、間合いを詰めようと踏み込むと、レアは後方へ大きく飛びのいた。

 

「まだまだぁ!」

 

 パソコンを具現化して、操作。レアは大きく足を振り上げ、地面に足を打ち付けた。

 飛んでくる波状のオーラ。サイドステップで波をかわし、次いでレアに向かって突進する。

 

「ほっ!はっ!」

 

 こちらの攻撃をギリギリで避け、レアは三度パソコンに指を走らせた。

 

 不完全な物真似(コピーキャット)。一度見た念能力の劣化コピーを作り出す能力。一度見ただけではせいぜい元の能力の1パーセント程度しか模倣が出来ないが、視覚情報、内部情報など、情報があればあるだけ模倣率は高くなる。現在、俺の矮小な巨人の手脚(ジャイアントキリング)が30パーセント、フーガの裏震脚は18パーセントほど模倣できているらしい。この能力の欠点は、一度に使える能力は一つまで、能力を切り替えるのにいちいちパソコンの操作が必要な点だ。特に能力の切り替えは戦闘で大きな隙になりやすい。レアは画面を見ずにパソコンを操作することでそのリスクを減らしていた。

 

 能力を模倣するという時点でかなり優秀な能力。しかしこの能力はレアのもう一つの能力を際立たせるための引き立て役だ。

 

「これならどうだぁ!」

 

 パソコンの具現化を解き、再び念拳が現れた。しかし先ほどまでのものと明らかに違う点が一つあった。

 念拳の周囲に渦巻く、振動するオーラ。オーラの振動が空気中に伝わり、金属のきしるような音が響いてくる。

 能力結合(スキルコンバイン)。二つの劣化コピーから一つの新しい能力を作り出す能力。

 レアは波渦巻く念拳を持って、大声を上げて俺に殴り掛かってきた。

 

「よっと」

「あぁ!」

 

 俺はレアに距離を開けさせず、懐に詰め寄って顎に拳を添えた。

 

「一本」

「くぅっ!」

 

悔しそうに呻くレア。さっと距離を取り、仕切り直しとばかりに相対する。今度は紐のついていない黒目玉を具現化させてこちらの出をうかがう。

 

「駄目だよレア。レアの修行なんだからそっちから来なきゃ」

 

 言いつつ、地面を蹴る。レアは俺の行動を読み取り対応しようとするが、速度が追い付いていない。

 

「一本」

「くぅぅ!」

 

 そんな状態で何度も組み手を続けた。

 

「それにしても、タフになったなぁ」

「師匠のおかげよ」

 

 じとっとした目でこちらを見てくるレア。そんな目で言われても皮肉にしか聞こえないのだが。

 修行が終わっても、レアは少し休んだだけで復帰していた。今も自分一人で反省点を洗っている。

 

「……やっぱり実践で使えるコピーが少ないのがネックよね。そう考えたら天空闘技場で能力を発現させてなかったのが痛いなぁ。200階クラスとか、コピーし放題だったじゃない。後は筋力。せめてフェルの突進に対応できるくらいはつけとかないと……」

 

 ぶつぶつつぶやくレアをしり目に、俺はこれからのことを考えた。

 

「……やっぱり必要かなぁ」

「……え?何か言った?」

「いや、ライセンスが必要かなって」

「えぇ!」

 

 レアは大げさに驚いた。いつかのように目が煌めいている。

 

「ライセンスって、あのライセンス?」

「どのライセンスか知らないけど。ハンターのライセンスだよ」

 

 レアの目が輝く理由に思い至らずも、答える。

 ハンターライセンス。莫大な価値を誇る、ハンターである証。そして最も重要な効力が、民間人入国禁止の国の90%、立ち入り禁止地域の75%まではいることが可能になる、というもの。

 民間人では入れない場所も、ハンターになれば入ることができるようになる、ということだ。

 

「そっか、そっか……」

 

 レアはそわそわし始めた。首を捻りつつ、ハンター試験の日時を思い出す。試験は大体年明けに行われる。受付の締め切りが12月31日で、今は11月15日だから余裕はある。今年は1998年だから来年は……

 

「あ」

 

 さっと振り返る。レアも同様にさっと顔を逸らした。

 

「ねぇ、レア」

「……なにかしら」

「初めて俺と会った時のこと、覚えてる?」

「……私がフェルをストーキングしていたのよね」

 

 当時、レアはネフェルピトーそっくりの俺の後をつけてきていた。それはつまり。

 

「レアって、ミーハー?」

「ぐぅっ」

 

 レアは唸り、開き直ったかのように吠えた。

 

「……えぇ、そうよミーハーよ!いいじゃない、憧れた世界で、好きだったキャラクターを一目見たいって思っても!」

「いや、悪くはないけど……でもなぁ」

 

 俺は渋った。レアの気持ちは分かる。ただ、どうしてもリスクは高くなる。

 一つは、ほかの転生者たちも同じように考えている可能性。もし彼らも試験に参加しようものなら、この容姿では非常に目立つ。ただ、そのリスクは俺がまた変装でもすれば何とでもなる。危険なのはもう一つのリスクだ。

 殺人者の存在、つまりヒソカがこの試験に参加していること。俺一人なら何とか切り抜けられるかもしれない。だが、もしレアが目をつけられてしまったらどうか。

 

「……ねぇ、私はいいわよ。本当、命投げ出してまで彼らに会いたいとは思わないし」

 

 俺が悩んでるのを察して、レアが言った。確かに危険なことではある。だが、そんなことを言っていたら二年以上もハンター試験を見逃さなくてはならない。流石に、そこまで待つわけにはいかない。もともとハンター試験にリスクはつきもの。リスクを怖がって怯えていたら、何も出来なくなる。

 

 自分の感情を押し殺しているレアに、言った。

 

「……可能な限り、他の参加者には接触しないこと」

「フェル……?」

「危険だと思ったら凝をして、本当にマズイと思ったら念で切り抜けること」

「……」

「出来るだけ一人にならないこと。つまり、なるべく俺と一緒にいること。……それらが守れるなら、今回の試験に参加しよう」

「フェルっ!」

 

 レアは俺の右手を握り、ぶんぶんと振り回した。喜色満面の表情。その顔を見て……何故だか、胸が痛くなった。




 レアの能力はウィザーズ・ブレインから


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試験会場

 遅くなりました。


 肉の焼ける香ばしい香りが嗅覚をくすぐる。鉄板の上に敷かれた分厚い肉はどれも食べごろで、まばゆく光る肉汁が自己主張している。そのうちの一つを箸でつかみ、たれにつけて口に放る。

 

「うん、まあまあ」

「そう?結構おいしいけど」

 

 口いっぱいに頬張った肉を飲み込み、レアが首をかしげた。

 

「悪くはないよ。ただ、これで敷かれてるのが肉じゃなくて魚肉だったらなってどうしても思っちゃうから」

「ああ、納得」

 

 うなづきながらもレアは手を止めず焼かれた肉を皿いっぱいに盛る。俺の魚好きはレアの中ではすでに常識のように当たり前の認識になっていた。そもそも出会った当初すら俺はシーフードカレーをバカ食いしていたのだから。一度腐りかけの魚を食べようとして止められたこともある。

 

 俺が白米を片付けている間にも、肉の山はみるみる減っていく。

 

「……レア、よく食べるようになったね」

「食べないとやってられないから」

 

 口を開くのも煩わしげにレアは肉を貪っている。修業を始める前は小食だった彼女だが、今では俺とほとんど遜色がないくらいの大食いになっていた。

 

 食べることに夢中の彼女から視線を外し、部屋を見渡す。見た目はどこにでもある定食屋の一室だ。だが、店に入るときに合言葉を口にすることで、この部屋へと通される。ここは部屋自体がエレベターになっており、現在進行形で試験会場へ向けて降下しているのだ。この下に巨大な地下通路とあわせてどれだけ大がかりなのか。これが年一回のハンター試験のために作られたのだから、ハンターとはどれほど儲かる職業なのか。少なくとも倍率一万超というのは伊達ではないらしい。

 

 やがて部屋の微細な振動が止まった。

 

「着いたみたいだ」

「ちょっと待って、最後の一切れをやっつけるから」

「……食い意地もほどほどにね」

「フェルに言われたくないわよ」

 

 小気味よく言葉を返しながらも、あっという間にステーキ肉を平らげてしまった。席を立ち扉へと向かおうとするレアに待ったをかける。

 

「最終確認。原作組とは?」

「なるべく関わらない。ただし最低限の礼儀は忘れずに」

「目立つ行為は?」

「起こさない。ただし必要なら試験官にきちんとアピールする」

「念能力は?」

「使わない。ただし危険を感じた時だけ使う!」

 

 ここに来るまでに何度も確認した注意事項。レアはしっかりと記憶しているようだ。

 

「よし、それじゃあ行こうか」

「おけ!」

 

 やたらテンションの高いレアを引き連れ、扉を開く。彼女ほどではないが、俺もそれなりに気分が高揚していた。

 

 

 

 入ってくるときに頭が豆のような人から渡されたナンバープレートをくるりと回す。327番。ここに来るまでに土産店やレストランで時間をつぶしていたため、それなりに遅い番号だ。レアは一つ数字が上の328番。彼女はプレートをリュックサックに閉まっていた。プレートをポケットにしまい、次いで周囲を見渡す。強面の男たちが、ピリピリとした空気を放っている。その中に、ちらほらと見た顔があった。

 レアなら涎をたらさんばかりに喜ぶかもしれない。だが、彼女は今少し困ったことになっていた。

 

「ね、あなた出身は?」

「よ、ヨークシンよ……」

「へぇ、有名な場所ね。もしかして、実はマフィアのお嬢様だったりする?」

「いやいや……」

 

 レアに絡んでいる、というより話し相手ができて嬉しそうな女性は、ふくらみを持った特徴的な帽子をかぶっていた。蜂使いポンズ。このハンター試験において、数少ない女性の受験者。どうも男ばかりの受験者たちの不躾な視線にイラついていたようだ。そこで女性、というより女の子なレアを見つけ、仲間ができたと思ったらしい。楽しそうにおしゃべりをするポンズに、レアはひきつった顔を浮かべつつ相槌を打っている。俺もまさか、向こうから話しかけてくるとは思わなかった。話しかけてくるとしたら、もっと別の……

 

「よっ」

 

 軽く腕を上げて、身長が低く鼻のでかい男が話しかけてくる。そう、まず話しかけてくるとしたらこの男だと思っていた。

 

「君、新顔だね。あの娘もそうだろ」

 

 人付きのする笑みを浮かべてレアのほうを指で示してくる。一見お人好しな彼。振る舞いも友好的で、何も知らなければあっという間に騙されてしまうだろう。

 

「ええ、まあ。」

「だろ?何せ俺はハンター試験の大ベテランだからな。去年まで試験を受けてたやつの顔は全部覚えてるんだ」

 

 ふふんと、自慢げに男が胸を張る。

 

「それはすごいですね。ええと……」

「トンパだ。よろしくな」

「はい、トンパさん。俺はフェルです。あっちで話し込んでいるのはレア」

 

 握手をしつつ、互いに自己紹介する。

 

「フェルに、レアね。まあ、これから気楽にやってこうぜ。っと、そうだ」

 

 がさごそと荷物をあさり、3本の缶ジュースを取り出してきた。

 

「乾杯しようぜ。お互いの健闘を祈って」

 

 差し出されるジュースを、しかし俺は受け取らなかった。

 

「すみません」

「どうした?アレルギーでもあるのなら他の飲み物もあるが」

「下剤入りのジュースなんて飲めません」

 

 ……さっきまで和やかだった空気に亀裂が入った音が聞こえた。

 

「は、ハハハ。まさか、下剤なんて入れるはずがないじゃないかフェル君」

 

 トンパは分りやすいほどに顔をひきつらせている。対して俺はサングラスの奥から微笑んでトンパを見ていた。

 

「ええ、そうですよね。俺もまさか、新人を騙して下剤を飲ませるような人がいるとは思えません」

「だよな、あはははは!」

「でもそのジュースは飲みません」

「……」

 

 しばらくの沈黙。

 

「そ、それじゃあ俺、他の新人にも挨拶してくるから……」

「ええ、試験ではお互いに頑張りましょう」

 

 俺の言葉を聞いているのかいないのか、トンパは小走りに去っていった。

 

「……フェル」

 

 いつの間にか近くに来ていたレアが恐る恐る話しかけてきた。

 

「なあに?レア」

「その微笑みやめて! めちゃくちゃ怖いわよ!」

 

 レアの後ろのほうではポンズまでもが冷や汗をかいていた。

 失礼な。懇切丁寧に気持ちを込めたイイ笑顔だと言ってほしい。

 

 

 

 しばらくするとゴン、クラピカ、レオリオがエレベーターから降りてきて、トンパが絡みに行くのが見て取れた。レアはまだポンズと談笑している。もう一端の友人のようだ。

「レア、そろそろ」

「え、もう?」

 

 きょろきょろと辺りを見渡し、ゴンたちの姿を見つけるレア。

 

「あ、ほんとだ。そろそろか」

「レア、そろそろって何が?」

 

 不思議な顔をするポンズ。

 

「――そろそろ、試験が始まりそうってことよ」

 

 まるでその言葉を待っていたかのように、やかましく響くベルの音。パイプの上に、そのベルを鳴らした男が立っていた。

特徴的な口髭に執事のような服装。

 

「ただいまを持って受付時間を終了いたします……」

 

 続く言葉に、ポンズは彼が試験官だと気が付いたようだ。

 

「あ、ほんとに始まりそう。なんで分ったの?」

「企業秘密!」

 

 腰に手を当てて胸を張るレア。子供のようなその姿がおかしかったらしく、ポンズはクスリと笑った。

 

「ふふっそれじゃあ、頑張ってね、レア。そっちの怖~い彼氏さんも、ね」

 

 そう言って、ポンズは髭の曲がった試験官のほうへと歩いて行った。

 いよいよ、ハンター試験が始まる。期待と、幾つかの不安をはらんだ試験が。俺は気を引き締めて、口髭の試験官、サトツさんのほうへと歩いて行く。

 

 ……その前に、俺はレアに問いかけた。

 

「……ねえレア。ポンズに俺のことなんて言ったの?」

「何も言ってないんだけどなぁ……」

 

 

 



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走り抜け

 延々と続く長い道のり。少しづつ足が速くなる試験官を追いかけていく、第一試験。初めは早歩きでも追いついていた者たちが、次第に息を荒げていく。もはや普通に走っているのと何ら変わりない速度で、俺たちは足を動かしている。

 多少腕に覚えのある程度では、とっくにギブアップしていてもおかしくはないだろう。だがしかし、ここに集まっているのはいづれも何らかの道を修める達人たちばかり。互いに競い合わせるのではなく、ただ単純に試験官についていくだけならば、脱落する者のほうが少数だろう。

 俺とレアも、無論何の問題もなく試験官サトツを追いかけている。二人とも息の乱れはない。俺はもちろん、レアも汗一つかいていない。このくらいなら、今まで積み重ねてきた修業のほうが余程辛いだろう。

 前方を確認する。今俺たちが走っているのは、先頭から少し離れたあたりだ。一番前には試験官サトツ、すぐ後ろに髪のとがった少年と銀髪の少年が楽しげに話しながら走っている。次に、ちらりと横目で後方を確認する。目的の人物はすぐに見つかった。サーカスのピエロのような服装。

 この試験で最も注意すべき存在、ヒソカ。超人的な感覚と圧倒的な戦闘センスを誇る、理解しがたい快楽殺人者。彼は現在、楽しげに辺りを見渡し、目を細め舌なめずりをしている。試験開始より放たれている殺気は、微妙に俺の神経をくすぐってくる。狩るべき獲物を物色しているのだろう。俺は視線を前に戻し、さり気なく体をヒソカに見られないよう移動させる。なるべくなら関わり合いたくない相手だ。一人の武闘家としてヒソカの腕前が気にならないわけではないが、こうして試験会場に来て、実際に彼を見て、直感した。

 彼とは、相容れることが出来ない。

 この体も人間であるとはいいがたいが、少なくとも俺は、精神的には人のつもりだ。悲しければ涙を流し、楽しければ声を上げて笑うだろう。いささか戦闘に傾倒しすぎているきらいもあるが、それでも俺は最後の一線は守っている。

 しかし、ヒソカはもとから、最後の一線を守る気はないのだ。彼の行動原理はただ、己の快楽のため。強い相手と戦い、殺す。そこから生まれる快楽を貪りたいがために、彼は行動する。あらゆる生物は彼の欲求を解消するために存在する。おそらくは、平然とそんなことを考えているのだろう。

 体ではなく、心が怪物じみている。常人とはかけ離れた、その思考。なにより、ヒソカは自分が異常者であることを隠しもしない。だから彼を見たものは、ヒソカの異常性を嫌でも理解することになるだろう。

 とにかく関わり合いになりたくない。まだ遊び半分のつもりで殺気は薄いようだが、陰湿で、ねっとり体にまとわりつくような殺気が、俺に注がれるかと思うと鳥肌が立つ。今回の試験に参加したことは、やはり間違いだったのではないか。そう思う程に、ヒソカを見たくはなかった。

 

「……フェル」

 

 唐突に、レアが俺に小声で呼びかけてきた。顔を見なくてもわかるほど、心配の意を込めた声音。

 

「なに?レア」

 

「また、怖い顔してる。フーガのときみたいな……でも、あの時よりずっと怖い顔」

 

 そう言われ、俺は顔を撫でた。気持ちが表情に出ていたのか。

 

「ねぇ、フェル。私はちゃんと注意事項を守るから。あなたも、無茶しないで」

 

「……分ってるよ」

 

 無茶なんてするはずがない。だが、レアの声を聞いて、少し気分が落ち着いた。大丈夫。今はただ、走ることに専念する。下手に後方に注意を向けてヒソカの気をひくこともない。

 

 やがて道の角度が上がっていき、急な階段が現れた。全体の速度が緩やかに落ちていく中、トンネルの中に差し込む光が見えてくる。光の下までたどり着いた時、受験者たちから上がりかけた歓声はなりを潜めた。

 

 ヌメーレ湿原、通称詐欺師の塒。獲物を騙すことに特化した奇妙な生物たちが、濃い霧の中で息づいている。サトツが説明する途中、大声を立てて現れた傷だらけの男が、人の顔を持つ猿を引きずり現れた。

 

「あの服装、どうやって準備したんだろ」

 

「さあね。騙した相手から奪い取ったんじゃない?」

 

「やっぱそうなのかな」

 

 周囲がにわかにざわつくが、幾人かは冷静に、あるいはにやついて黙している。現れた男のうさんくささに気づいたか……それとも最初から知っていたのか。

 やがて男の偽りの演説は飛んできたカードに遮られた。先ほどよりも顔を嬉しげに歪めるヒソカ。サトツが彼に警告し、マラソンは再開した。

 

「よお、お二人さん」

 

 サトツを見失わないように走り続けてしばらく、髪をきれいにそり上げ、忍びの衣装を身に纏った男が話しかけてきた。

 

「なに?294番の人」

 

「ハンゾーでいいぜ。番号呼びとか他人行儀に過ぎんだろ。同じ受験生同士、もっと仲良くしようぜ。いや、せっかくトンネル抜けてゴールかと思ったのにまだ道半ばなんてな、空気がピリピリビリビリ、いやになるくらい重いのなんの。こっちまで肩がこっちまうよ」

 

 何がそれほど楽しいのかは知らないが、俺が呼びかけに答えた途端に勢いよく話始めたハンゾー。そういえば、彼はお喋りで口が軽いんだったか。

 

「…フェル・トゥー。フェルって呼んで」

 

「レア」

 

 「おう、フェルに、レアか。男女の異色コンビって感じだな。そんでまあ、こうして話しかけたのは重い空気に耐えられなかったってのもあるが、二人に聞こうと思っていたこともあってな」

 

「聞きたいこと?」

 

「そう、あの人面猿のことだよ。少し話を聞いちまったんだが、二人ともあれが偽物だと知ってた風じゃないか。他にも何人か気づいているようだったし、良ければどうして分かったのか教えてもらおうと思ってさ」

 

 口は軽いが、こちらを見る目は真剣だ。もしこれが実戦だったら、彼は命を落としていたかもしれない。そう考えれば、知らないことを知っておくのは彼にとって死活問題なのだろう。だが、残念ながら、俺たちは彼の期待に沿える回答を持ち合わせてはいなかった。

 

「……人面猿のことを知っていた訳じゃないよ。知っていたのは試験官のほうだ」

 

「あのヘンテコリンな髭のあいつか?」

 

 ツルツルの頭を棚に上げて話すハンゾー。彼は割と失礼だった。

 

「サトツって名前。考古学者らしくてね。ネットで見たことがあった」

 

「ああ、それでか。ちっ残念。何か正体を看過する法でもあるのかと思ったぜ」

 

 ハンゾーは天を仰いだ。

 

「そういえば、正体が分かっていたのは他にもいたんでしょ?なんで私たちに話しかけてきたの」

 

 ふと、レアがハンゾーに問いかけた。

「そりゃお前、あん中でフェルとレアが一番空気が緩かったから……ってのは冗談で」

 

 そこでハンゾーの表情が一転し、人の悪い笑みを浮かべた。

 

「あんたらが一番やり手だと思ったからな」

 

「……そんなにわかりやすいかしら。これでも注意してたんだけど」

 

 レアが不安げにいう。かくいう俺もかなり気になった。

 

「いんや、最初は全く分からなかった。だが、俺は忍っつー隠密集団の末裔でな。敵の強さを図る術に長けてんだ。この湿原を走り始めて猿に気づいていた連中を観て、ようやくあんたらのヤバさに気づいた。」

 

「……そっか、忍者か」

 

「ん、忍者について知ってるのか?」

 

 意外そうな顔でハンゾーが尋ねてくる。

 

「文献で知っただけだけどね。何でも飛び道具を巨大化させて滝をきるだとか、里を一つ潰す息を吐くだとか」

 

「いや忍者はそこまで出鱈目じゃねーよ」

 

「そうよ。精々謎のエネルギー弾で人体を破壊する程度でしょ」

 

「それもちげえ! てか謎のエネルギーって! 忍者を何と心得る!」

 

「……びっくり人間?」

 

「なんでだよ! 一体全体何の文献を見たんだ!」

 

 俺達のふざけた忍者の知識に、ハンゾーは憤慨するそぶりを見せる。もちろんポーズだろうが、その様子は非常におかしかった。

 

 二次試験会場につくまでハンゾーと飽きずに駄弁り続けた。彼の大声を聞いた他の受験生のうるさそうな顔が印象的だった。 



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落とし穴

「うっわ、凄い音」

 

「地獄の底から響いてくるような、もしくは凶暴な生物の唸り声みたいな……」

 

「変な形容はいいから。でもやっぱり、凄い音だ」

 

「……お前ら……ホント常軌を逸しているな……」

 

 シャッターの降りている倉庫を前に呑気に会話をする俺たちをしり目に、ハンゾーは乱れた息を整えていた。忍として優秀な彼でもサトツの足の速さと持久力にへばってしまったようだ。無理もない、試験官は受験者の数を減らすために試験をするのだ。念も覚えていない受験者に余裕を持たせる試験をするはずがない。ハンゾーが疲れているのは至極当たり前のことで、俺たちのほうが異端なのだ。それでも走行中俺たちの言葉にツッコミを入れ続けるあたり、彼は根っからの苦労人なのかもしれない。

 

 しばらくしてハンゾーの息が整うと、あきれたように俺とレアを交互に見やった。

 

「いやしかし、おったまげた。俺も忍法を極めるため18年修業してきたが……上には上がいるもんだ。フェルはともかく、明らかに俺より年下のレアまで規格外ときたもんだ。どんな修業を積んできたんだよ、全く……」

 

 ぶつぶつと、後半は愚痴をこぼすようにぼやくハンゾー。彼も厳しい修業をしているはずだが、やはりまだ無念能力者。念による肉体の活性化がないので肉体の性能は俺たちに劣ってしまう。その分念を覚えた時の伸びしろがあるともいえるが。

 

 それからしばらくして、顔の膨れ上がったレオリオを連れたヒソカが現れた。レオリオを木の根元においてきた彼は、今まで以上に楽しげだ。大方”合格”した者たちのこれからを思い浮かべているのだろう。手元のトランプを操る彼の手もどこか弾んでいる。

 

「……不気味だな」

 

 振り返ると、ハンゾーがしかめっ面で俺を見ていた。

 

「……ヒソカのこと?」

 

「ああ。なんというか、奴が楽しげだと非常に不愉快な気分になる」

 

 それはそうだろう。ヒソカが考えているのは挑戦者(玩具)をどう壊すかということ。そんな彼が楽しそうにしていて、釣られて俺達も愉快な気分になるはずもなく。

 

「とにかく、あんまり奴のほうを見ないほうがいい。目をつけられたら厄介だ」

 

「ああ、そうだな」

 

 その返答を持って、俺達は精神衛生上よろしくない会話を打ち切った。少しだけ気まずかったが、ゴンとクラピカが来て、シャッターが上がるころにはそんな空気も払しょくされていた。

 

 

このビスカの森に生息する豚は一種類。外敵を押し潰すことに特化した、巨大で硬い鼻を持つグレートスタンプ。世界一荒い気性と合わさり、下手に接触すればあっという間に圧死してしまうだろう。現に森へ駈け込んでいった約160人の大半がギブアップしていた。そんな豚の一頭が、今まさに俺へと突進してきている。この豚は既に勝利を確信しているのか、(いなな)きもどこか嬉しそうだ。しかし彼には悪いが、俺にとってこの試験は前哨戦に過ぎない。押し出される鼻頭を足場に跳躍し、体をひねり、尖らせた手刀を豚の眉間に叩き込んだ。

 

 

「多いな」

 

「多いわね」

 

「? 何が多いんだ?」

 

 不思議そうな顔をするハンゾー。何でもない、とかぶりを振る。

 

 改めて豚の丸焼きを持ってきた受験者の人数を数える。80人。俺とレアを含めて、もとの人数よりも10人も多い。

 

「……関わりたくないなあ」

 

 ハンゾーに聞こえないよう呟いた。思い出すのは天空闘技場でフーガと戦った後の病室のこと。大量に押しかけてくる彼らを相手にするのは非常に面倒くさい。

 

 しばらくして、80頭まるまる完食したブハラが受験者の合格を告げた。まあ、ここまでは予定調和だ。次の試験、そう次の試験こそが……

 

「あたしのメニューはスシよ!」

 

――来た。

 

「フェル、落ち着きなさい、そわそわし過ぎよ」

 

 テンションが高まりすぎてレアに注意された。

 

「でもレア、スシだよスシ! 俺の愛してやまないさ……」

 

 魚料理、と言おうとしたら思いっきりにらまれ、慌てて口を閉じる。そうだ、今の声量だと周りに聞こえてしまう。

 

「フェル! お前スシを知ってんのか?」

 

「えっまあ、ジャポンに行ったときに食べたから……」

 

 代わりに急に大声を上げた俺にハンゾーが反応してしまった。

 

「なんだと!? くそ、俺だけのアドバンテージ到来かと思ってたのに! こうなったら早いもん勝ちだ!」

 

 そう言い残してハンゾーは倉庫から出ていった。

 

「……俺達も行こう!」

 

「はいはい」

 

 ハンゾーに出鼻をくじかれ慌てる俺を、レアはなぜだか子供を見る母親のような微笑ましい顔で見ていた。

 

 

 

「……いくら何でも取り過ぎじゃない?」

 

「そんなことないよ。きちんと全部食べる」

 

「全部食べちゃダメでしょ」

 

 山盛りの魚たちを前に、俺たちは調理していた。試験官メンチのほうでハンゾーが何か喚いていたが、スシのレシピを漏らしてしまったのだろう。

 

 ふと、周囲を見渡す。皆が必死に調理する中、何も作っていない、魚すら用意していないものが何人もいた。まあ、今の俺達には関係ない。

 

「よし、出来た!」

 

「私も!」

 

 二人して、出来つつある行列に並ぶ。しょぼくれた様子のハンゾーがわきを通り抜け、俺たちの順番が回ってきた。

 

「次はアンタ? ダメね、もう見栄えからして最悪。 食べる気をなくすわ! やり直し!」

 

「シャリの握りが弱すぎ! 箸でつまめないじゃない、これもダメ、次!」

 

 流れ作業のように不合格をくらってしまった。

 

「……食べてもくれなかったね……」

 

「うん……」

 

 二人して肩を落とす。しょうがない、料理なんて焼いたものぐらいしか経験がないのだ。こうなることは予測できた……それでもバッサリ切られると悲しいが。

 

 哀愁にくれている間に試験は終了。メンチが合格者ゼロを言い渡し、255番の男が突っかかる。ブハラが彼を吹き飛ばし、もめている間に会長ネテロが飛び降りてくる。そうして予定通り二次試験はやり直され……

 

 

「ただし! あんたとあんた、そしてそこの……」

 

 予定調和とばかりにおよそ七人の受験者が指差しで指名される。彼らは二次試験後半で何も調理していなかった者たちだ。

 

「アンタらは不合格! また来年やり直しなさい!」

 

「なっ!?」

 

 彼らのうち一人が声を上げる。他の者も信じられない、といった様子で愕然としている。

 

「ふむ……参考までに、なぜ彼らを落とすのか聞いてもいいかの?」

 

「だって会長。奴ら、私の出した試験に挑戦すらしようとしなかったんですよ! 合格を最初からあきらめてる連中に、もう一度挑戦するチャンスは必要ありません」

 

「なるほど。それならば仕方がないの。いまメンチ試験官が示した七人は不合格とする!」

 

 ネテロが判決を下し、おそらくは俺達と同類であろう彼らはここでリタイアした。

 

「……形だけでも試験に参加しててよかったね」

 

「そうね……」

 

 俺とレアはほっと胸をなでおろしていた。

 

 

 やり直された試験は非常にものすごく楽だった。ただ崖を降りて卵を取ってくる、それだけ。楽なうえに、珍味まで味わえるのだから二度美味しい試験だった。

 

 

 

「あれ、トンパさん? どこへ行くんですか」

 

「ゔっ」

 

 三次試験へと向かう飛空艇。暇をつぶすため持参していた携帯ゲーム機でレアと対戦していたのだが、こっそりと部屋から出ていこうとするトンパを見咎めて声をかける。

 

「やだなぁフェル君。ちょっとトイレに行きたくなっただけだよ」

 

「ああそうなんですか。てっきりまた何か悪さをしに行くのだとばっかり」

 

「……聞きたいんだが、最初から俺のことを知ってたのか」

 

 その質問に、俺は満面の笑みで答えた。

 

「わ、分った。最低限、アンタらに接触しないことだけは誓う。誓うから、その、命だけは……」

 

 顔を蒼くし、しどろもどろになにかをいいかけたが、ふらりと倒れて気絶してしまった。

 

「全く、人の顔を見て気絶するなんて失礼だよね」

 

「フェル、分ってて言ってんでしょ。それより、ほら」

 

 レアの示す先を目でたどる。俺の持ってるゲーム機の画面に、『You lose !』と大きく表示されていた。

 

「レア……ちょっとくらい待ってくれてもいいじゃないか」

 

「目を離したほうが悪い」

 

 意地を張りあい、結局夜が明け空が白ずむまで対戦を続けた。そこまでやっても、引き分けで終わってしまったのだが。




 マスターキートンの最新刊発売の喜びに打ち震えつつ投稿。


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迷路

 日が地平線から顔を覗かす早朝。平らな、物寂しい大地に円柱状のタワーがぽつんと置かれている。

 ハンター試験三次会場、トリックタワー。試験内容は、塔の最下部までたどり着くこと。外部から降りようとしても怪鳥の餌となってしまうため、受験者は何とかして塔の内部へ侵入する必要がある。

 

「とりあえず、ここから先は別行動かな。大丈夫だとは思うけど、気を付けて」

 

「フェルもね。ヤバい奴と鉢合わせしないよう祈っとくわ」

 

 そう言ってレアは歩き出す。その背中を見送り、俺は地面を靴で叩きながら歩き始めた。

 

 カツン、カツン、カツン……

 

 周りの受験者の様子は様々だ。座り込んで辺りの様子を伺うもの、無意味に歩き回るもの、円の淵でどうにかして下に降りられないか試行錯誤しているもの。数えてみたら、さっそく誰か仕掛けに気づいたのか人の数が減っていた。

 

 カツン、カツン、カツン……

 

 さて、俺はトリックタワーといえば多数決の試練しか知らない。運よくゴンチームと一緒になれれば楽でいいが……まあ、IF(もしも)を考えても仕方がない。出来ることをして、この試験を突破する。俺がやるべきなのはそれだけだ。

 

 

 カツン、カツン……コツン。

 

 

 やがて一際軽い音が鳴り響いた。調べてみると、地面の石板が回転して、下へと落ちる穴が出現する。周りに見られないうちに、その穴の中へと飛び込んだ。

 

 

 穴の中は狭い部屋になっていた。自動式の扉に、腕時計のような機械。扉の上部の壁にはスピーカーとパネルが取り付けられている。

 

『それを腕につけたまえ』

 

 スピーカーから機械じみた声が発せられた。言われたとおりにつけると、画面の中に制限時間が表示された。

 

『さて、君が受けるべき試練は迷路の間だ。それも多人数参加式のね』

 

 迷路。単純な戦闘ならよかったのだが、面倒くさいものになってしまった。

 

『ルールを説明しよう。この迷路の入り口は全部で五つ、出口は一つ。入り口に5人が入るか、残り時間が40時間を切ればそこの扉は開く仕組みになっている。迷路は繋がっているから、勿論キミと他の受験生がぶつかることもあり得る。協力するか、潰しあうか……まあ、君たちしだいかね。それでは、スタートまで待っていてくれたまえ』

 

 説明を終え、スピーカーは沈黙した。あとはスタートするのを待つだけか。

 

 どう攻略するか。普通に考えれば、他の受験生と協力しながら進むのがベターに思える。しかし他の受験生が協力的かどうかは分からない。うかつに接触するのはあんまりよろしくない……

 

 少し考えて、あっさりと決めた。これから挑むのはただの迷路だ。迷路なら、一人でも攻略することが出来る。俺がするべきなのは走り回る、それだけだ。頭の中に空白の地図を思い浮かべ、総当り的に走って地図を埋め、下を目指すだけ。他の受験生はスルーする。

 

 

 体を伸縮させる準備運動をしつつ、俺は扉が開くその時を待った。

 

 

 

 約五時間後。沈黙を保っていたスピーカーがようやく口を開く。

 

『……さて、五人全員がそろったようだ』

 

 俺はプレイしていたゲーム機の電源を切り、体を起こす。

 

『それでは、試験を始めよう』

 

 アナウンスが終わり、パネルに5の数字が表れる。カウントダウンのようで4、3、と数字が減っていく。そうしてカウントがゼロになり。

 

 俺は地面を蹴り、開かれた扉の奥へ猛然と走り出した。

 

 

 迷路といえば、何を思い浮かべるか。ぱっと思いついたのは、小学校の時の自由帳だ。

 開いたページに適当に線を引いて、友達同士で遊びあった。あまりに適当過ぎてゴールへの道のりが途切れていると軽い喧嘩になったりもした。RPG風に、ゴールにボス敵を配置して遊んだこともあったか。

 そういう遊びをしていたので、俺は平面の迷路に慣れていた。指でたどっていけば、あっという間にクリアできる。そのため、この試験も楽だと考えていたのだが。

 

 立体的な迷路は、そこまで甘くなかった。階段を降りた先が行き止まりなんて当たり前、三回連続で十字路に行き当たったり、長い下り階段を降りた先に上り階段しかなかったり。

 

 上から迷路全体を見渡せないだけで、これほどフラストレーションがたまるとは思わなかった。二人ほど受験生とすれ違ったが、一様に顔をしかめてイラついているようだった。

 

 

 

 それでもどうにか頭の中の地図を埋め、道を進めた先に。

 

「フェルさん、こっちは行き止まりです! さっき俺が行って確かめました!」

 

 何か、変なのに絡まれた。

 

「そ、そう。ありがとう」

 

「いえ、礼なんていりません。協力するなら当たり前のことです!」

 

 背筋をピンと張り、嬉しそうに話す少年。名前はヨルクというらしい。彼もまた、俺と同じく迷路に挑む受験生だ。

 

 なんてことはない。行きがけの迷路で、俺とヨルクはばったりとぶつかった。他の受験生と同じくスルーしようとしたのだが、

 

「……もしかして、フェル・トゥーさんですか?」

 

 そう声をかけられ、「俺のことを知っているのか?」と聞いてしまった。「やっぱり!」ときらめく目で俺を見つめ直したヨルクは、関を切った洪水のように自分のことを話し始めた。

 

 もともとヨルクはさる道場の門下生だったらしい。5年前、彼は師と仰ぐ人物に天空闘技場に連れられ、念の修行をつけられたそうだ。現在は16歳だそうだから、当時は11か。相当将来を見込まれていたのだろう。そんなある日師から観ることも修行だと言われて、フロアマスターの試合を観戦したそうだ。

 

俺とフーガの試合である。

 

その凄まじい試合内容は、ヨルクの心に焼きついたそうだ。

 

「師匠、俺はあんな人たちを目指せばいいんですね!」

 

「いやあんなもん参考にならんだろ」

 

そんな会話もあったとか。

 

 

「それにしても、なんでまたハンター試験に?」

 

 強くなりたいだけならハンターにならずとも良いはず。ましてやすでに念を修めているならなおさらのはずだ。

 そう思って聞いてみたのだが。

 

「師匠が、フェルさんに近づきたいなら今回の試験を受けたほうがいいとおっしゃられたんです!」

 

 予想外の返答が返ってきた。

 

「俺に近づきたいなら……?」

 

「はい! でもまさか、実際にフェルさんに会えるなんて思ってませんでした!」

 

 ヨルクは無邪気な笑みを見せる。どうやら彼は師の言葉を自分が強くなるための助言だと思っているようだ。しかし俺は、ヨルクの師のその言葉に違和感を覚えていた。

 

 

 そんな奇妙な出会いから、こうしてともに迷路を進むことになってしまった。

 

 

「それにしても、本当にすみません。一、二次試験は人が多くてフェルさんのことを見つけられなくて……」

 

「いや、別にどうでもいいけどね」

 

「どうでもよくありません! 俺が尊敬するうちのお一方と同じ試験を受けておきながら、そのことに気づかないなんて……!」

 

 ……俺としては勝手に敬愛されても仕方がないのだが。そう思ったが、彼は思い込みが激しいというか暴走しがちというか。一人で勝手にヒートアップしてしまっている。

 

 そうして二人で迷路を進むこと10時間。途切れることのないヨルクの言に精神的に疲れてきたころ、ようやく出口のが見えてきた。

 

「あ! 出口ですね!」

 

「だな」

 

 二人でゴールの扉に立つと、扉が自動的に開く。中は円柱状の部屋になっていて、すでに結構な人数の受験生が控えていた。

 

……その中に、座っているレアの姿があった。

 

「……どうしたの、レア?」

 

「いや、少しね……」

 

 立ち上がったレアは思い切り伸びをした。

 

「私の試練、精神的にきつくてね……ちょっと休んでた。それより、その子は?」

 

「ああ、こいつはヨルク。途中で合流した」

 

「ヨルクです! 宜しくお願いします!」

 

 びしりと敬礼するヨルク。指の先までピンと立っている。

 

「フーン。見たことないわね?」

 

「まあ、悪い奴じゃないよ」

 

「見たら大体分るわ、それ」

 

 そうして、三人で話したり、乱入してきたハンゾーも交えてゲームのようなことをしながら時間を潰した。時間終了間際にゴンたち五人組が下りてきて試験は終了。合格者は29名(うち一人死亡)だった。



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