葛の恋 (勉強サボ浪)
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始まりの夜

 プロデューサーは疲れていた。

 この仕事を始めてもうすぐ3年が過ぎていた。283プロもアルバイトを増やし、そろそろ新しい事務員を雇うかそれとも新しい事務所を構えるかというところにあった。

 要は安定期である。各ユニットもそれなりに成果を出し、革新を行う直前みたいな空気。

 1年目と比べると比較的楽になった彼であったが、それでも蓄積する責任の重圧やアイドルの成長などを考えると快調とはとても言えない状況である。

 

 外はすでに真っ暗であり事務所にはほとんど人がいない。そんな中彼の机にマグカップが置かれた。中身はコーヒーではなくお茶である。夜にコーヒーは禁物だと考えたのだろう。

 

「お仕事お疲れ様です~」

「ありがとうございます」

 

 七草はづきは彼が新人プロデューサーであった時からの付き合いだ。アルバイトであったが妹である七草にちかがアイドルとしてかなり有名になり仕事量が増えたことをきっかけにようやく正社員になった。――その時社長が説得にひどく苦心したことを記しておく。

 お茶を飲む。特筆することのない、ぬるいお茶だ。

 

「しばらくかかりますか?」

「えぇ。今日はアンティーカの動画の確認をして、終わりです」

 

 アルバイトが作った動画はファンが見るには良いが、アイドルファンでもない人が見ると数分で忘れそうなものだった。やる気がない、と責めるのは簡単だが昨今の動画サイトの動向をみると仕方のないことだといえる。

 

「ではプロデューサーさん、終わったら飲みに行きますか~?」

「えっ……あー」

 

 思考を巡らせる。

 プロデューサーはこれまでに何度かはづきと飲み会に行ったことはある。ただこれはアイドルと一緒にだったり社長と一緒だったりと基本3人以上。はづきだけと飲みに行くことはこれまでに一度もない。

 

「――珍しいですね。はづきさんが飲みに誘うなんて」

「丁度2人で飲みたいと考えていたんですよね~どうですか~?」

 

 

 頭が痛い。

 二日酔いによる頭痛でプロデューサーは目を覚ました。部屋は朝の光が入ってきて、ぼんやりと明るい。

 隣を見た。

 裸の七草はづきがいた。

 

「……!?」

 

 眠気は一瞬で覚めた。自分の置かれている状況は予想される最悪であった。裸で見知らん部屋のベッドに同僚と一緒に寝ている。どう考えても酒の魔力で過ちを犯したという状況である。

 

「ん……?んぅ……」

「ちょっと……はづきさん……!」

 

 隣で寝ているはづきがプロデューサーの腕に子供のようにしがみつく。豊かな双丘が押し当てられたが今の彼には性的興奮を覚えるほどの心理的余裕はない。

 何回か肩をゆすると、はづきはゆっくりと瞼を開けた。

 

「え……あぁ……プロデューサーさん、おはようございます……」

「え、あ、はい。おはようございます……」

 

 彼女はゆっくりと上体を起こし伸びをした。自らが裸であることに気づいてはいるものの、気にしていないという状況であった。

 

「あの……!俺たち、昨晩――」

「はい~……昨日はお楽しみでしたよ~」

 

 のんびりとした口調ではづきは最悪の答えを発したため、プロデューサーは頭を抱えた。

 

 

 共にホテルから事務所に向かう道でプロデューサーは気が気ではなかった。そんな様子にはづきは笑う。

 

「昨夜は私も承諾してましたし、後で『乱暴された~』とか言って泣きついたり慰謝料請求したりしませんよ~」

「いや……でも、俺きのうの事何にも覚えてなくって……だから、何か粗相をしていないか……!」

「粗相……私に手を出したことですかね~」

 

 身もふたもないことを言うはづきの顔色はいつも通りで、昨晩体を重ねたとは思えない。

 

「まぁまずは状況を整理して落ち着きましょう~」

 

 はづきは人差し指を立てて子供に説明をするように順序だてて話し始めた。

 

「昨晩私たちは一緒に飲みに行きました。それでいつもよりハイペースだったプロデューサーさんは店を出るときには既に出来上がっていて、それでまともに歩けそうになかったんですよね~。ですので仕方なく私が近くにあったラブホテルまで連れて行くと……そのまま押し倒されちゃいまして……」

「そうして朝になると……」

 

 最悪だった。アイドル相手ではないから気を許しても良いという言い訳にはならない。

 

「あぁ、気にしないでください~。きちんとゴムはしてもらいましたし、特に乱暴もされていませんから~」

「………意外と冷静ですね、はづきさん」

「まぁ別に私、おぼこっていうわけでもありませんからね~。それなりに遊んではいますし、男性経験もありますよ~。プロデューサーさんは慌てまくっていますけど、こう……その場のノリでヤっちゃうなんて経験はないんですか~?」

「無いです」

「うわ~純情ですね~」

 

 男性アルバイトも入った283プロ内でも未だにアイドルたちの恋愛感情の矛先を向けられるプロデューサーは鉄壁ともいえる理性を誇る。だが彼も異性と昨夜のように酔っぱらったことは一度もなかった。

 

「ともかく、私は昨晩のことを誰かに言いふらすつもりはありませんですしこれまで通り仕事上での付き合いのみで済ませましょう~って感じなんですが、プロデューサーさんはよろしいですか?」

「それでお願いします……。――もし、その……問題が起きたら、連絡お願いします……」

 

 はづきは「わかりました~」と言ったが、プロデューサーの言う問題が起きるとは思っていなかった。

 

 

 数日後。

 

「――そういえば、七草さんが先週の水曜日に何をしていたか分かりますー?」

「……え?」

 

 社用車の中でそろそろ高校を卒業する七草にちかがプロデューサーに質問した。自身のことを「七草さん」とは言わないと思われるので、きっと七草はづきの事を指しているのだろうということは容易に想像できた。

 

「先週の水曜?」

「ですですー。なんかあの日だけ家に帰らなかったんですよね……。何か知っています?」

「――いや、よく知らないな」

 

 先週の水曜日は一緒に飲みに行ってそのままホテルに行ってしまった日だ。しかし馬鹿正直にそんなことを喋るわけにはいかないためごまかした。

 

「はづきさんは何て?」

「友達と飲みに行ったって言ってたんですけど、不自然でして……。お姉ちゃんにオールで飲み明かすような友人いたかなぁ」

「千雪はどうだ?」

 

 心の中で千雪に謝罪しながらプロデューサーは続けた。

 

「たまに一緒に飲みに行っているという話は聞いたことがあるが」

「千雪さんですか」

 

 んー、と彼女は車窓に流れる街路樹を眺めながら答える。

 

「どうやら違うみたいなんですよねー。もしそうなら『千雪さんと飲んだ』っていうと思うんですよねー」

 

 その言葉に何も言えず、プロデューサーは「……そうか」としか言えなかった。

 



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mid-night

失恋描写が含まれます。


 春の風が桜の花びらを吹き飛ばす。高校を卒業した凛世は精いっぱいの召し物をした。

 桜並木の桃色にぼやけないように規則的な青紫の着物。

 着物に合うように新調した薄く桜の刺繡が施された桃色の袋帯。

 紅の櫛かんざし。

 格子柄の茶色の羽織。

 ベース、アイシャドウ、アイライン、チーク――真っ赤な口紅。

 

 姿見を通して己の姿を確認。すでに何度も確認して、もはや何が問題なのか分からない。

 あまりしたくはなかったが――

 

 凛世は寮の共用スペースに飛び込んだ。そこには樹里が暇そうにテレビを見ていた。

 

「おう、凛世……なんだその服!随分と気合入ってるな」

 

 ちょうどいい、と言わんばかりに凛世は樹里に今の装いを見せた。

 

「樹里さん……今から……プロデューサーさまと……デート……なのですが……」

「お、デート――」

「いえ……デート……なのですが……最後に……告白……するつもりで……」

「えっ!」

 

 樹里はその言葉を聞くや否や辺りを焦ったように見回した。おそらく恋鐘や千雪がいないか確認したのだろう。ちなみに2人はおろか、凛世と樹里以外の人間は寮にいない。

 

「それは……やばいな」

 

 なにがやばいのか言った樹里も理解していないのだが、凛世は同調するように「はい……やばいです……」と声を震わせながら言った。

 

「ちなみに――どうやって告白するつもりだ……?」

「夕餉を食べた後……夜桜見物をして……その時に……」

「うわぁ……すげぇロマンチック」

 

 無論、樹里が言うロマンチックは彼女が見たことのある漫画やドラマでの知見に基づいており、彼女自身に経験はない。

 

「大丈夫だよ!きっと……きっと上手くいくって!」

「………………わかりました」

 

 樹里の励ましに純粋に喜べない凛世だったが、覚悟を決めたようにうなずいた。

 


 

 14時。

 待ち合わせの商店街のアーケードで凛世は待つ。待ち合わせは10分後だ。

凛世は15分前から待っている。プロデューサーがやって来るのを微動だにせず待っている。

 

「――凛世!」

 

 あぁ、来た。

 

「――プロデューサーさま……」

「お待たせ。待たせてごめん」

「いえ……凛世も……さきほど到着したばかりですので……」

 

 事実ではない。実際には凛世は15分待っているが、この15分という時間は凛世にとって永遠ともいえるものだった。

 凛世は上擦ったような声で漏らした。

 

「では……今日は……よろしくおねがいします……」

「おう」

 

 凛世は今日のことを「デート」と捉えているがプロデューサーはいつものように「撮影の下見」としか捉えていない。実際彼は休暇にもかかわらずいつものスーツだ。

 彼と自分の間にある意識の差を感じて落胆したが、そういった差を埋めるために今日告白するんだと思いなおす。

 

「凛世、今日は一段とオシャレしてるな」

「……!ありがとうございます……」

 

 でもこのように褒められてしまうと、現状でも良いのではないかと思ってしまうのが惚れた弱みなのか。

 


 

 プラネタリウムのナレーションが星座にまつわる物語を思い出す。

 

――星座の中には忘れ去られてしまった星座もあります。代表的なものとして『ねこ座』が挙げられます。星座の世界には犬に関連する星座は3つもあるのにねこの星座は一つもありません。

 

 フランスの天文学者が名付けたその星座が現在有名になっていないのは、天文学者の正式な会議で省かれたかららしい。

 やまねこ座も作者が「見ることは難しい」というぐらいには見にくい星座のようだ。

 

「少し……かわいそうですね……」

「かわいそう?」

 

 ショッピングモールの和食レストランで凛世がそんなことを言ったのだからプロデューサーは案じるように問うた。

 

「猫の星座は……人に忘れられ……捨てられ……残ったやまねこ座も……人には見られない……。人に……見つけられないのは……悲しいことで……ございます……」

 

 凛世の言葉先ほど見たプラネタリウムの内容を思い出してプロデューサーは思考を巡らせる。

 

「すみません……せっかくの……逢瀬なのに……このような……暗い話を……」

「――いいや」

 

 凛世の自戒の言葉をプロデューサーは否定した。

 

「見られないことは、たしかに寂しいことだ。アイドルなら尚更……」

「………はい……」

 

 ――ちがう。

 凛世があの星座に感じていたのは己の恋愛感情と似たところがあるからだ。想い人に見られない思慕はむなしいということを伝えたいのに……。

 デートの最中であっても仕事のことを忘れてくれないプロデューサーに対して少し憤りを感じた。

 


 

 夜桜が幻想的にライトアップされ、光源が庭園を照らす。

 凛世はプロデューサーの横を歩く。

 

「凛世、寒くはないか?」

「いえ……大丈夫です……」

 

 満開の桜がその花弁を風によって散らす。都会では明るすぎて星座は全く見えなかった。

 

「そういえば凛世は大学生になるが、いろんな手続きは終わっているか?」

「はい……故郷からの……書類も……すべて整い……提出も済みました……」

 

 会話の幅が広がらない……。基本的に相手の会話に乗っかる形で話すことが多い凛世にとって、今の状況はあまりにも苦しいものだった。

 

「――ですので、これからは……受験が終わったこれからは……アイドルとしての活動も……頑張れますので……」

「あぁ……!よろしく頼んだ」

 

 そんなことを言いたい訳ではなくて……。

 

「そっ……それに……」

「?」

「プライベート……というより……プロデューサーさまと……一緒にいる時間も……増やせます……」

 

 ――言ってしまった。

思考がまとまらない。頭の中で何度もシミュレーションしたが、すでに現実は台本とは逸脱していた。

 

「……凛世?」

「あっ、あの……プロデューサーさま……」

 

 手を引く。初めて自分から手をつないだという事実は、今から行おうとしていることに比べれば些細なことだと言えた。

人目が少ない場所へ……。

 

「あの、凛世……?」

 

 彼が困惑の声を上げる。表情も似たようなものだろうが、今は自分の顔を見せられないので彼の顔を見ることができない。

 少し歩いたところに小道からは外れた、ほかの観覧客の視界から外れるような場所を見つけた。

 

「り、りん――」

「プロデューサーさま」

 

 顔が熱い。きっと真っ赤だ。

 それでも凛世は彼に対して真正面に立ち、彼の顔をしたから見上げる。

 顔をそらしてはダメだ。目をそらしたらダメだ。

 それでも――何度も考えた告白の言葉が、言えない。

 

「――凛世」

「……!」

 

 彼の手が、凛世の肩に乗る。

 

「………ゆっくりでいい」

「……!はい……」

 

 彼の体温が伝播し、凛世の緊張を解きほぐす。

 すー、はー……。

 深呼吸をして頭に酸素を巡らせる。

そしてようやく凛世は決心がついた。

 

(ここで……告白を……!)

 

「プロデューサーさま……3年前の春……あなたと出会って……凛世の人生は変わりました……。

何度も……何度も……あなたさまに励まされるたびに……凛世は……よろこびを隠し切れなくなります……。あなたさまに見つめられるたびに……顔は赤くなってしまいます……。」

 

 恥ずかしい。顔をそむけたくなる。

 それでも――視線は落とさない。

 

「3年たっても……凛世があなたさまに向ける感情は薄まらず……むしろ強く、濃くなるばかりです……。その数年……凛世は大学生になり……そして大人になりました……。

 人生の節目として……あなたさまに……凛世の想いを……告白します……」

 

 深呼吸をする。

 一度目を強くつむって、目を開く。

 

「凛世は……あなたに……初めて会った時からずっと……ずっと……恋焦がれていました……。プロデューサーさま……凛世の……恋人に……なってください……!」

 

 やっと……やっと言えた。

 凛世は何年も蓄えていた自身の本懐を本人の前で遂げたことで、彼女は自然と涙が出て嗚咽を漏らしてしまった。

 

「すみません……泣いて、しまうつもりは……!」

「凛世……」

 

 凛世は涙を自分のハンカチで拭く。漏れる嗚咽をハンカチで必死に隠す。

 プロデューサーは泣く凛世に向けて手を伸ばそうとして、途中で止めた。

 凛世の嗚咽が止むまでプロデューサーは何もせずに待ってくれた。

 2人の間に桜の花びらが舞う。

 

「――それで、プロデューサーさま……ご回答は……いつになっても……構いませんので……」

 

 ある程度落ちついた凛世が少し咳きこみながら返事を促す。

 

「――分かった。いま、返事するよ」

「え、もう……ですか?」

 

 しかし回答は凛世が思っていたほど速くやって来た。

 

「うん。――多分、答えはどれだけ時間がたっても変わらないから……」

 

 プロデューサーは決心したように、息を吐いた。

 


 

 眩暈がする。頭がグラグラと痛い。

 

 寮の玄関を開ける。凛世は自分の下駄箱に下駄を入れるとフラフラと自室に戻ろうとする。

 

「凛世?おい、凛世!」

 

 薄暗い廊下を熱に浮かされたように歩く凛世をどうにか樹里は抱き留めると意識を確かめるように凛世の肩を叩いた。

 

「凛世、本当に大丈――」

「――樹里さん……」

 

 弱々しく反応し、青ざめた顔をした凛世は涙を流すことすらも我慢しているようで。

 樹里は凛世が今日のデートでプロデューサーに告白し、そしてフラれたことを悟った。

 

「…………凛世は………」

「――凛世」

 

 うわごとのようにつぶやく凛世を樹里はなだめるように強く抱きしめた。そのせいか凛世の喉から嗚咽がもれる。

 

「――りん、ぜは……!」

「凛世……よく頑張ったな……」

 

 樹里は凛世をなだめる様に強く抱きしめ、頭を優しくなでた。

 


 

――ありがとう、そしてごめん。ずっと凛世の気持ちに気づかなくって。

――告白の答えだけど、俺は凛世の好意に応えられない。

――俺はプロデューサーで、凛世はアイドル。

――アイドルじゃない凛世に、交際関係を持つほど俺は君に好意を抱いていない。

 

「……そうか」

 

 樹里が入れてくれたカフェインレスミルクティーは大量生産が故の規格化された甘みを凛世に提供してくれた。

 

「結構、こっぴどくフラれた……のか?すまん、アタシはこういう恋愛事情は詳しくなくてだな……」

 

 樹里は凛世から聞かされた顛末から、今夜の告白についてそう判断したらしい。

 

「それで……どうするんだ?これから」

「……これから……とは……」

「それは………あー」

 

 樹里としては凛世がこの結果を受け入れるのかそれとも諦めずに何度もアタックするのか――それともいっそアイドルをやめてしまうのか気になったのだが言わない。

 それどころかフラれた直後に身の振り方を聞くのもなかなかひどいものだと気づいて樹里はあわてて訂正した。

 

「あー……すまん。今日はいろいろあって何も考えられないよな。そんな時にさらに追い詰めるようなことを……。ごめん」

「いえ……そんなことは……」

「それで……えーっと、一人のほうがいいか?それとも……」

「いっしょにいてください……今夜は……今夜だけでも……っ」

 

 声が震えて、つっかえる凛世を樹里は抱きしめた。

 彼女のパジャマが凛世の涙によって汚された。

 

 

 

 プロデューサーはまっすぐ帰ることを望まなかった。適当な静かな酒場に入ると物思いにふけるように酒をあおる。

 プロデューサーが凛世からの好意に気づいたのは最近である。アイドルデビューから好意を受けていたのに気づかなかったのは朴念仁なんてものでは済まされない。

 彼は凛世以外のアイドル――恋鐘・甘奈・千雪・透が自分に恋愛感情を抱いていることに気づいた。

 しかしプロデューサーはアイドルに対して愛情はあっても恋愛感情は存在しなかった。

 きっとこれから自分は何人ものアイドルの恋愛感情を踏みにじることになるだろう。そう考えるとプロデューサーは自分の過去をひどく後悔するのであった。

 



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諦め

 アイドル達の雰囲気がおかしい。

 

「な、なぁ樹里……」

「……なんだよ」

「なんでアイドルのみんなはこう……ピリピリしているのかな」

「………まさか理由が分からないなんて言わないよな?」

 

 数舜考え込んだ後に「あぁ……」と漏らしてプロデューサーは納得した。

 

「凛世のこと……もしかしていろんな人に」

「バラすつもりは凛世も私も無かったんだけどなぁ」

 

 ばつが悪そうに頭を掻いた樹里は共有スペース内にいた恋鐘と千雪を見た。二人は樹里とプロデューサーの視線から逃げるように顔をそらした。

 

「あの日の翌日、いつもと雰囲気が違う凛世を見て寮のみんなが問いただしたんだ。そこから……じゃないかな」

「それは……みんな俺から距離を置いている……っていうことか?」

「いや、距離を詰めようとしてるんじゃないか?」

 

 距離を詰める、という言葉にプロデューサーは怪訝な顔をした。

 

「あー……今の言葉は忘れてくれ。その……こっちも……な。プロデューサーに隠したいことも一つや二つ、あるんだよ」

 

 それは事務所の何人かが自分に好意を持っているということだろうか。

 

 

 七草はづきは仕事終わりに桑山千雪と呑みに出かけていた。

 

「はづき~」

 

 行きつけの居酒屋で千雪は机の上で突っ伏していた。

 

「どうしたのよ千雪……」

 

 若干あきれながら、はづきは千雪に問いかけた。いつも以上に粗相を見せている千雪であったが、理由は何となく察していた。

 

「プロデューサーさんが、凛世ちゃんを振ったんだって」

「あぁ~……らしいね。甘奈ちゃんが言ってた」

 

 はづきはそうは言っていたが、実際はほとんどのアイドルから似たり寄ったりの情報を受け取っていた。果てには妹のにちかも噂話のネタにしていた。

 

「凛世ちゃんが……告白したんだって」

「うん」

「私も告白したほうがいいのかなぁ……」

 

 酔っぱらっているのか、とはづきは尋ねてみたかったが茶かすのも気が引ける。

 

「凛世ちゃんが最初に告白して……そして振られた。だから……ここから先は競争。どのアイドルが先にプロデューサーさんの心を射止められるかの。でも……勇気が出ないの」

 

 思い人に告白するかどうかを悩む親友の発言に愛おしさを感じる。

 

(私がプロデューサーさんと性行為したって言うと千雪はどんな顔をするのかな……)

 

「早くしないと、他のアイドルに盗られるんじゃな~い?」

「ん……それは……そうだけど……」

「甘奈ちゃん、時々プロデューサーさんにアタックしてるみたいだし~」

「んっ……うーん……」

「それに恋鐘ちゃんは千雪よりも胸が大きいし、透ちゃんは若いし……そろそろアラサーの千雪には……?」

「……」

「そろそろ本気出さないと、まずいんじゃない?」

「うん……」

 

 千雪は子供のように不貞腐れながらも頷いた。気恥ずかしさからか更に酒をあおる。

 

「――でも、私のほうがプロデューサーとの年齢が近いし……」

「その理論で言ったら美琴さんや私が適している――ってことにならない?」

「……」

「私、プロデューサーさんのこと奪っちゃってもいいのかな~?」

「だ、ダメ~!はづきにも……盗られたくないの……!」

 

 子供のように駄々をこねる千雪に「ごめんごめん」とあやした。

 

「でもね~千雪。たとえ振られたって良いじゃない」

「え……?」

「一度ぐらい振られても、何度も何度も告白して……何度もアタックすれば、プロデューサーさんも最後には千雪のことが好きになるんじゃないかな」

「……最初っから振られるって仮定しながら話すの、止めてほしいな」

 

 たしかにそれもそうだ。はづきは再度、千雪に「ごめんごめん」と子供をあやすように慰めた。

 

 

 はづきが考えていたことは、他の者も考えていた。

 

「プロデューサーさま……こちらを……」

 

 朝の事務所では凛世がプロデューサーに包みを渡していた。

 

「……?」

「弁当でございます……本日の昼餉に……どうぞ……」

「えっ」

 

 プロデューサーは驚いた。

 彼は数日前、彼女を振ったのだ。

 激しく狼狽している彼を見て、凛世はコロコロと笑った。

 

「凛世……俺はこれを受け取る資格が――」

「これは押しつけです。――凛世の……未練……。思いかなわず……それでも……プロデューサーさまへの想いを忘れられない……凛世のわがままでございます……」

「……凛世は、まだ……?」

 

 その言葉に凛世は頷いた。

 

「はい……あなたさまへの恋情は……未だ、残るまま……。だから……最後まで……。凛世が諦めるまで……お付き合いください……」

 

 その言葉――まだ諦めないと言う凛世の意思をプロデューサーは真っ向から否定できなかった。

 

「……俺はその言葉に『はい』と言わないぞ」

 

 慄きながらも宣告をするプロデューサーに凛世はいつものように笑って見せた。

 

「ふふっ……プロデューサーさまは優しいのですね……」

「えっ」

「プロデューサーさまは……いつも……凛世が傷つかない言葉を……かけてくださるのですね……」

「……」

 

 プロデューサーは閉口した。事実、彼は凛世に諦めるように諭したのは彼女がこれ以上無意味な恋愛に身を傷つける必要は無いのだ。

 

「凛世は……あなたさまへの恋情を……諦めるまで……。他の方へ恋情が移るまで……凛世は……ずっと――ずーっとあなたさまに……恋をする……それだけでございますゆえ……」

「……そうか」

 

 プロデューサーは凛世を説得するのをやめた。

 どうやら、事務所内の恋愛事情を解決するのは当分後になりそうだ。

 

 

 

 



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夜の続きを

投稿忘れてました


 事務所の朝。千雪がプロデューサーに話しかけていた。

 

「プロデューサーさんは今日も朝食、抜いてきたんですか?」

 

 責めるように冷たい視線を向ける彼女の目線から逃げるように逸らした。

 

「う……すまない」

「私に謝られても困りますよ」

 

 もう、と千雪はバッグから小さなバスケットを取り出した。

 

「お腹の足しに、これを……。軽食のフルーツサンドです」

「え?でも……」

「良いんです!どうせ、おやつに食べるために持ってきたものですから」

 

 そう言って彼女は顔を真っ赤にして共有スペースから出て行った。

 

「困ったな……」

 

 彼女の厚意はうれしいが、好意には答えられないのだ。しかし無下にするにもいかない。

 彼はバスケットのふたを開ける。色とりどりの果物がクリームとパンに挟まれて、とてもおいしそうだ。

 食べると口の中に果物の瑞々しい酸味とクリームの柔らかな甘みが広がる。とてもおいしい。

 

「あ!プロデューサー!」

 

 共有スペースに入ってきた恋鐘が驚いたような声を上げる。

 

「なんね……プロデューサーが朝ごはんを食べるなんて……めずらしい」

「はは……千雪が俺にくれたんだ」

「ふーん……千雪が……」

 

 恋鐘は納得したようにうなずく。若干批判するような視線なのはプロデューサーの勘違いだろうか?

 じっとこちらを見ている恋鐘に思わず食べる手を止めてしまう。

 

「……何だよ?」

「ううん、なんもないよ。――これ、プロデューサー!」

「おっ――いつもありがとうな」

 

 恋鐘からお手製の弁当を受け取る。

 彼女だけではない。プロデューサーは毎日、誰かから何かしらの昼飯代わりの何かを受け取っていた。なぜか被ることは一度もなかったが……。

 

「今日は鳥のつくねがメインよ~!」

「うん、ありがとう。今日の昼も楽しみだな!」

 

 と、プロデューサーは言っているし本心から思っているが何故彼女たちアイドルが彼に餌付けのようなことをしているか分かっているから、嬉しいかと聞かれたら微妙だ。時限爆弾を抱えているようなものだ。

 そんな彼の内心を鑑みずに、彼女は「えへへ……」と嬉しそうに笑っていた。

 

「じゃ、うちはレッスンに行ってくるけん!」

「おう!がんばれよ」

 

 

 チェインのとあるグループでとあるやりとりが行われていた。グループ名は「Pラブ最前線基地」。

 

恋鐘「千雪~~~~~!抜け駆け禁止~~~~!」

杜野凛世「千雪さん……?」

桑山千雪「いや、違うの」

桑山千雪「プロデューサーさんが朝食忘れていたから、軽食のサンドイッチあげただけ」

恋鐘「理由になってなか」

恋鐘「逆やろ? 元っからサンドイッチ渡しに持ってきたつもりやったんちゃうか?」

大崎甘奈「千雪さん……?」

浅倉「おー」

浅倉「そういうのもあるのか」

 

 彼女たち――プロデューサーに恋愛感情を持っているアイドルはこのグループの中で様々な相談や牽制をしていた。

抜け駆けをしてしまえば事務所内の雰囲気が悪くなることは全員が承知している。だから、抜け駆けをしないようにこのような仕組みを整えたのだ。ちなみにプロデューサーに弁当を渡す人がダブルブッキングしないのは、このグループでいつも話し合っているためである。

 

恋鐘「透~~~!なに感心しと!」

浅倉「いっしょに食べればいいんだなって」

浅倉「朝食」

大崎甘奈「抜け駆け禁止!」

大崎甘奈「プロデューサーさんには私からちゃんと朝食を食べるように注意しときます!」

恋鐘「頼むばい」

浅倉「あれ」

浅倉「おかしくない?」

杜野凛世「甘奈さん……?」

 

 ――と、中身は平穏とは違う少し油断したら誰かが抜け駆けをしようとする場所だったが、激しい喧嘩が起きないのは283プロの民度を表しているのかもしれない。

 

 

 夜になった事務所でプロデューサーはそれぞれのユニットのレッスン計画を立てていた。

 仕事上とはいえ、アイドルのことを考えていると彼女たちに向けられる恋愛感情について考えてしまう。

 

――いっそアイドルの対応はアルバイトとはづきさんに任せてしまおうか。

 

 そのような思考が湧き出てしまう。

 

――情けない。

 

 自分をそのように思ってしまう。

 

「お疲れのようですね~」

 

 そんな時にはづきが彼の背中から声をかけてきた。

 

「はづきさん……」

「はい、七草はづきですよ~」

 

 そうおどけて見せる彼女はいつもと同じようにおどけてみせた。

 先日、とても体を重ねた関係だとは思えない。

 

 彼女は壁にかかっている時計を示した。その様子は少し苛ついているようにも見えた。

 

「プロデューサーさん……もう定時、とっくに過ぎてますよ~」

「あ……すみません……」

「事務所のカギ、どうしますか~?このまま仕事を続けるのであれば渡しますけど……」

「いえ、もう帰ります」

「はい~」

 

 作業を中断し、振り返るとすでに事務服から白のブラウスへと着替えた彼女がいた。

 どうやら早く帰りたいらしい。

 

「すみません……はづきさんの帰宅を遅らせてしまって……!」

「いえ~構いませんよ。――あ、でも」

 

 彼女はいたずらっぽく微笑むとプロデューサーに提案した。

 

「これから、飲みに付き合ってくれませんか?」

 

 

 はづきが千雪といっしょによく行く居酒屋で二人は一緒に飲んでいた。

 

「プロデューサーさんはいつになったら千雪と付き合うんですか~」

「えー……」

 

 ある程度食事をとった後で彼女がそのように絡んできた。

 

「千雪がプロデューサーさんのことが好きなの気づいているんですよね?」

「えぇ……まぁ……」

「でもプロデューサーさんはほかのアイドルにデレデレして……。千雪が嫉妬してましたよ~」

「別に、デレデレしては……」

 

 言葉だけ聞くと言い訳に聞こえるが、彼の発言は本心だった。

 アイドルに向けられる恋愛感情が重圧になっている。

 自覚はあるが、解決方法が思い浮かばない。

 

「……」

 

 どちらかといえば焦燥を感じ取ったのか、はづきはからかいの表情を消した。

 

「――もしかして、プロデューサーさんはアイドルへの好意が嫌なんですか?」

「――」

 

 彼は沈黙を貫き、手元にあった自分のカクテルを一気飲みした。

 この沈黙をはづきは肯定と受け取った。

 

「つらいんですね……」

「……つらいですよ」

 

 はづきの生半可な慰めに安心したのか彼は自分の感情を吐露し始めた。

 

「俺はアイドルに対して仕事上のパートナー以上の意味を持たせたくないんです。だってアイドルに手を出してしまえば、自分どころか事務所の問題になってしまう。――でもそれ以前に……俺はアイドルと恋人になりたくないんですよ」

「それは……なんでですか?」

「それは……」

 

 彼は自分のグラスを一度持って、中身が空であることに気づくと舌打ちをして卓上のタブレットで適当にアルコールを頼んだ。

 荒れているな、とはづきは思ったが口には出さない。

 数分後、届いた梅割りを半分ほど飲むと彼はため息をついた。それで一瞬我に返ったのか申し訳なさそうに頭を下げる。

 

「すみません……俺……」

「いえ、構いませんよ」

 

 はづきは彼を安心させるように微笑む。

 

「良いですよ」

「え……?」

「私はアイドルではありません。――同僚の愚痴を聞くのも業務の一環かと思いまして」

 

 その言葉にいくらか逡巡したのちに彼は己の心情を再び語り始めた。

 

「俺は……アイドル達にずっと理想のプロデューサーを演じていたんです。……ですから彼女たちに自分の醜い部分がバレるのが……とても怖いです……」

 

 自身の感情をある程度形にして外に出した彼はため息をついてはづきに謝罪した。

 

「すみません……言葉に甘えてこんなことを……」

「いえ……構いませんよ」

 

 はづきはその言葉に納得したように頷く。

 

「なるほど……プロデューサーさんが言い寄られているときいつも微妙な表情をしていたのはそんな理由があったんですね」

 

 その言葉に彼は目をそらす。

 

「……理由になっていませんよ。俺が素の自分に自信が持てないだけです」

「気にする必要はないのではないですか?」

 

 はづきの発言に彼は疑うような視線を向けた。その視線に答えるようにはづきは根拠をいう。

 

「だって……この前抱かれたときは、意外にも紳士的でしたよ~」

「……よりにもよって、根拠がそれですか………」

「でも、私はアイドルのみなさんよりももっと――裸のあなたを知っています」

 

 はづきは彼を安心させるために彼女は微笑んだ。

 

「そんなに気にしなくても良いですよ」

「それは……」

 

 彼は何かを逡巡して、話すのをやめた。

 

「それとも……あの時のあなたも何かを演じていたという訳ですか?」

「――わかりません。アイドルのために演じることに慣れすぎていて、醜い自分がどれだけ醜いのか……」

「なら……」

 

 はづきは肘をついて体を前かがみにする。

 

「私で、測ってみませんか~?」

 

 グラスを握る彼の手に触れ、撫でる。

 はづきの脳裏に千雪のことがかすめたが、彼の悩みを解決しないことにはどうにもならないからと心の中で言い訳をした。

 

 

「はづきさんは最初、千雪と俺を併せようとして今日の飲みに誘ったんですよね?」

 

 前回使ったラブホテルの一室。シャワーから出てバスローブを纏ったはづきを出迎えたのは彼のそんな言葉だった。彼はすでにシャワーを浴び終えている。

 

「なのにこんな――」

 

 このまましゃべらせるとホテルに誘った意味がなくなる。そう感じたはづきは彼の口に人差し指を立てて黙らせる。

 

「あなたはまず自己分析をしないといけません。良いところ、悪いところすべてを把握するために私を実験台にするんです。そして私は――あなたと千雪が結ばれることを応援しています。……私は実験台になることを望んでいるんです」

「そんな……実験台なんて」

 

 彼が倫理観に訴えかけて中止する作戦に出たことを察知してはづきは彼を強引に押し倒し無理やりキスをした。

 

「――っ!」

 

 彼は驚き、震える。

 

(ほら、ほら。あなたはどんな風に抵抗するんですか?)

 

 はづきは腕に体重をかけて彼の肩をベッドに沈みこませる。

 

(あなたはどんな風に女と関わるのですか?)

 

 はづきは彼の脚に自身の足を絡ませて腰を押し付ける。

 

(あなたは私のような女に強引に襲われて、受け入れるんですか?)

 

「――ふぅ」

 

 はづきは顔を上げるとそこには顔を赤くした彼がいた。

 

「抵抗、なさらないんですね。あなたはレイプされそうになっているんですよ?」

「それは――でも――」

「ふふっ……優しいんですね~」

 

 きっと彼ははづきを傷つけないように本気で抵抗しないようにしているのだろう。

 彼の胸板に指を沿わせて首にキスをする。

 腰に感じる熱は彼が興奮していることの証拠だ。

 

「……どうなさるんですか~?」

 

 彼の手は宙を泳ぎ、そしてはづきのバスローブを強引に剥がした。

 

「ふふっ……意外とノリが良いんですね~」

 

 

「あなたの最大の欠点は言い寄られたら断らない、ということですね~」

 

 ラブホテルから出て帰路につくなか、はづきはそう分析した。

 

「よくもまぁ……あの凛世さんの告白を振りましたね……」

「あれだけは絶対に断らなければいけないと思ったので」

 

 彼の言葉には強い意志があった。

 

「昔、何かあったんですか?主に女性関係で」

「……――まぁ」

 

 彼の長い沈黙は彼の過去にあったことを推察するには十分だった。

 

「将来の恋人には伝えてくださいね~」

 

 その恋人の候補に、自分は含まれていない。

 そうであることを願いながらはづきは言った。

 

 



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夢の終わり

モブが出てきます


 5月の入り。事務所では動画サイト用の動画の編集をしている大学生のバイトがいた。

 

「あー……お疲れさまでーす」

 

 男子大学生のバイトが腑抜けた声で言った。やる気のなさそうに聞こえるが、実際は今の彼の頭の中は再試験と中間試験で埋まっていてアイドルのことなど考える余裕がないだけである。

 プロデューサーはパソコンに録画データを移動させるバイトに声をかける。

 

「どう、順調そう?」

「どうでしょう……」

 

 バイトはシークバーを適当に動かし撮れた映像を簡単にチェックする。

 

「TRPGのセッションを動画にするっていうアンティーカの提案はこれっきりにして欲しいですね」

「難しいか?」

「セッションの内容に沿ったコスプレをさせたは良いものの、それだけではやっぱり絵が単調ですよ。最初の数分は録画と字幕だけ、そっからは顔だけの映像とフリー画像でそれっぽい演出を――っていうのが理想なんでしょうけど、そうするとおぞましいぐらい編集量が増えて……ねぇ」

「クオリティの高い動画なら再生数も伸びるんじゃないか?」

「…………そっすね」

 

 バイトは「分かってない」という表情を浮かべ、説得はあきらめた様子でメモ帳を開いた。

 

「何とかはしますよ、何とかは。大人しく外注のプロを雇わなかったことを悔やんでください――。と、そういえば」

 

 バイトはこちらを振り返って好奇心あふれる、という目でこちらを見た。

 

「結局、プロデューサーはどのアイドルと結ばれるんですか?」

「……君もその話題を出すんだな」

「まぁ………いろんなアイドルから雑談という名の恋愛相談を受けてたら気になりますよ」

 

 彼にもいろいろ気苦労があるのだろうか。

 

「俺はアイドルと付き合うつもりは無いかな」

「えっ。あんなに愛されているのにですか?」

「愛されている……まぁ、そうなんだけどさ」

 

 その言葉は認める、と言わんばかりのプロデューサーの反応にバイトは首を傾げたが何も追求しなかった。

 

 

 ストレイライトの面々はプロデューサーが運転する車の中で座っていた。

 

「あんたも大変ね」

 

 そういうのはリーダーの冬優子だ。

 

「いろんなアイドルに言い寄られてるんでしょ?」

「まぁ……」

「安心しなさい。とりあえず、ストレイの中じゃあんたに恋してる奴はいないわ。たぶん」

 

 冬優子はストレイのメンバーの寝顔を見渡す。彼女たちが確かに寝ていることを確認した後、バックミラー越しにプロデューサーを見る。

 

「……結局、あんたはアイドルに手を出すわけ?」

「――アイドルと一定以上の親密な関係に変化させるつもりはないよ」

「………アイドルではない人間なら恋愛関係になり得るということ?」

「からかってるだろ。……とりあえず今の俺は恋愛のことを考える気にはなれないかな」

 

 プロデューサーのいかにも建前ですと言わんばかりの返答に冬優子は「ふーん」と無関心を装った声で応じた。

 

「――冬優子……冬優子も俺の恋愛事情に介入するつもりか?」

「そんなんじゃないわよ……ただ、事務所内政治に付き合わなければいけないわけ。大崎甘奈や桑山千雪なんてユニット内にも関わらずバチバチだし、アンティーカは月岡恋鐘が恋愛感情を隠そうとしてないからほかのメンバーは手出ししにくい状況だし……。ともかく!あんたがとっととはっきりしてくれないと事務所の中がギスギスするのよ!」

「……そうか。そうだよな………」

 

 彼の反応がいつもの「理想のプロデューサー」らしからぬものを感じ、冬優子は内心おびえていた。

 

(バイトから話は聞いていたけど、やっぱりこいつの恋愛観に何らかの問題があるのは確からしいわね)

 

 冷徹に分析する彼女の思考の裏に

 

(………わたしじゃ、無理よね。――もしかしたら、って思ったんだけどな)

 

 密かにあこがれていた感情が無意味だったことを悲しむ乙女の想いが隠されていた。

 

(泣くな。泣くな、私。――いま泣いたら、あいつは『理想のプロデューサー』に戻ってしまう。だから――隠し通せ……)

 



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夢の間隙

 現在プロデューサーに恋愛感情を持っているアイドルは数多い。しかし、彼女たちの中にはその恋愛感情をあきらめた人物が幾人いる。三峰結華はすでに同ユニットの月岡恋鐘を応援する方向で、黛冬優子は事務所の様子を静観、風野灯織は未だ自身の感情を恋愛感情だと気づいていない。

 そして、プロデューサーは全員の恋愛感情を把握しているわけではない。

 必然的に「爪痕すら残らない」恋愛が出るのだ。

 

 

 七草にちかは悩んでいた。

 といっても、将来の問題ではないし自身の恋愛の話でもない。最近はようやく事務所のメンバーと上手くいっている。

 では何なのか。

 

「にちかちゃん、プロデューサーの話なんだけど」

「あー、はい」

 

 事務所のキッチン。移籍から3年が経つ緋田美琴は、最初は「レッスンマシーン」と渾名されても仕方がないほどのストイックさだったが日々の生活によってようやく文明人らしい生活を得てお菓子が作れるような趣味を獲得した。

 にちかは蒸し器からもち米を取り出すと美琴と一緒に練り始める。

 

「最近、プロデューサーいろんな人からおすそ分けしてもらっているみたいだから私からは控えたほうがいいのかな」

「いえいえ!というか、美琴さんはいつも以上に頑張ったほうがいいと思います」

「そうかな?」

「そうです!だって事務所の人、たっくさんプロデューサーさんのこと狙ってるんですよ!頑張らないと、盗られちゃいますよ!」

 

 断っておくとにちかはプロデューサーに恋愛感情は抱いていない。だから純粋に美琴のプロデューサーへの恋愛感情を応援しているのだ。

 

「月岡さんや千雪さんなんかはむっちゃプロデューサーに餌付けしてるんですよ!ここで逃げは絶対に悪手です!」

「うん……でも、私は他のアイドルなんかよりも料理の腕が低いから……。だからご飯とかじゃなくってお菓子を差し入れにしてるけど……そんなことをしたらプロデューサーが太っちゃうんじゃないかなって」

「大丈夫ですよ!あの人、ぽっよーんですから」

 

 そう言いながらも、にちかは美琴を見て(所帯じみてきたなぁ……)と軽く感動していた。

 共有スペースのドアが開かれる音が聞こえる。作業の手を止めずに見ると斑鳩ルカがいた。

 

「おっ、美琴――と、にちか」

 

 にちかの名前を呼ぶときだけ苦々しくするルカににちかは特段なんの反応も返さない。

 

「――って、またお菓子作ってんのか。あのプロデューサーのために」

「なに?ルカには関係ないでしょ」

「確かに美琴がプロデューサーに惚れていることは私には関係ないけどさぁ」

 

 ルカは辺りのにおいをかぐ。

 

「もち米が蒸された匂いがする……」

「今日は柏餅だよ。いろんな人がプロデューサーに差し入れするから、カロリーが低めの和菓子にしてみたんだ。そろそろ子どもの日だしね」

「ふーん……」

 

 変わったな、とルカは思いながら雑談を続ける。

 

「……そういえば、あのプロデューサー。誰とも付き合わないって言ってるらしいけど」

「ちょっ……」

 

 にちかが思わず作業の手を止めてルカに抗議するように見る。

 

「なんだよ」

「何って……そりゃ、美琴さんが一生懸命あの人を振り向かせようとしている最中なんですよ?そんな時に水を差すなんて……いやー、ないですねー」

 

 その声にルカはうなり声をあげる。

 

「なんだよ!私は美琴のことを思って――」

「ルカ」

 

 美琴はルカの発言を遮るように呼び掛けた。

 

「いいの。これがたとえ報われない恋だったとしても……私はあの人のことが好きだから。だから……がんばるの」

「…………でもなぁ」

「それよりも、暇なら手伝ってほしいな。ルカが私に恋を諦めさせたいのは何となく察したけど、私は諦めないから」

「………はぁ……」

 

 ルカはため息をつくと嫌々ながら手を洗い始めた。

 

「私、何すればいいんだ?料理は作れるが、お菓子は作れないぞ」

「もち米を練って、丸めて。あんこは市販のものを使うから」

「あんこ売ってるやつ使うのか!?」

「時間なかったんですよー……」

 

 にちかの言葉を無視してルカはもち米をこね始める。

 

「しかし、こんな量……事務所のみんなにも配るつもりか?」

「うん。にちかちゃんや恋鐘ちゃんには色々世話になったから、そのついでにね。2人にはお菓子作りを教えてもらったから」

「いつのまに恋鐘とそんな関係に……」

「というか、ルカさんもいつの間にか事務所に馴染んでましたよねー。なにかきっかけがあったんです?加入当初は誰にもつるまないって感じだったのに」

「あー……それは灯織がいろいろ便宜を図ってくれてな……」

 

 キッチンで3人の談笑が始まる。彼女たちにはかつて様々な問題があったが、ある人の手助けによりある程度は解決していた。残りどれだけ歩めるかは本人たちの双肩にかかっているだろう。

 

 

 さて彼女たちのわだかまりを解決した男はというと――

 

「さて、今回お前たちに来てもらったのは他でもない……アイドル達との付き合いについてだ」

 

 社長の言葉にバイトが目だけを動かしてプロデューサーを盗み見る。彼の言わんとしていることは何となく察した。

 

「プロデューサーは――こう、はっきり言うのは憚れるが、アイドルからの好意をどうするべきか考えてほしい」

「すみません……」

 

 と、言ったものの彼はすでに凛世を振っているのだが。

 

「――予め言っておくが、私はお前がアイドルと結ばれるとしても……まぁ色々な手続きを踏んでくれるのならば構わんと思っているぞ」

「え――」

 

 その言葉にプロデューサーは驚いたような声を漏らした。

 

「アイドルと結ばれるにせよ、他の一般人と付き合うにせよ……私は構わん。だが早く事態を収拾してくれないか。……このままだと事務所が内部で崩壊してしまいそうで怖くてな……」

「はぁ……」

 

 社長の気苦労を感じ取ったが、プロデューサーはあまり乗り気ではない。

 生半可な返事をしたプロデューサーにバイトが忍び笑いをする。きっとプロデューサーの恋愛下手に嗤ってしまったのだろう。

 

「バイト、自分は無関係な顔をするな。お前は逆にアイドルとのコミュニケーションがとれていない。彼女たちは確かに自分から輝くものだが、輝かせ方も考えないとその魅力は半減するぞ」

「…………善処します」

 

 まさか自分は叱られるとは思っていなかったのだろう。バイトは気まずそうに視線をそらした。

 

「じゃあ、バイトは今日の業務に戻れ。プロデューサーは面談の続きだ」

「はい。――失礼します」

 

 バイトが社長室から出ていくと、社長は深く椅子にもたれた。

 

「それで――あのバイトを雇って良かったか?」

「はい。今まで配信オンリーだった事務所のチャンネルに動画という選択肢が増えましたから」

 

 プロデューサーもはづきも、他のアイドルもわざわざ動画を製作する余力も技術もない。簡単なものではあったがバイトが作る動画がアイドルの仕事につながったこともあり、かなり重要な立ち位置になっていた。

 社長は軽くうなずくと、大きなため息をつく。

 

「それで、お前は――」

「…………」

「……わかっている。お前の昔のことは把握している」

「……はい」

「でも……だからこそ、はやく立ち直ってほしい。でないと――七草にも」

「――すみません」

 

 様々な感情を巡らせて彼は謝罪の言葉を述べた。

 




必修単位、落としました。


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酩酊

AC6、楽しいです。


 七草はづきは疲れていた。

 バイトから正社員に昇格したが業務内容は以前とあまり変わらない。アイドルの出演の同行や察しの悪い学生バイトの対応、一つ一つはそこまで負荷ではない。しかしアイドルプロデュースというのは細々とした業務が積み重なり非常に煩わしい。

 加えてプロデューサーが異性のアイドルに同行できないような仕事を割り当てられることもある。

 だから定期的なガス抜きをしていた。

 

 

 平日夜のカラオケボックスは料金が案外安い。

 アイドルほどではないがそれなりの歌唱力がたった一人しかいない部屋に響き渡る。

 

「ふぅ……」

 

 マイクを置きぶどうジュースを飲んで喉を潤す。甘ったるいものばかり飲んでいた弊害か、紅茶のような口直しが欲しくなる。

 一人でカラオケに行くのは特に気にならない。にちかや千雪と行くこともあるが、誰かと行くときは基本的に盛り上げ役として参加するのが主でありマイクを握ることが少なくなる。

 そういえば千雪に歌声を褒められたことがあったっけ。本業の人に褒められるなんて……

 思考を打ち切る。

 どうしてオフで人間関係のことを考えないようにカラオケに来てるのに仕事のことを思い出してしまうのか。

 モニターには宣伝映像が流れタブレットからはピーピーと電子音が鳴り響く。延長は考えていない。歌い飽きたはづきはそのままカラオケボックスを出た。

 会計をし、雑居ビルから出て梅雨の湿気を孕んだ空気を身に感じていても家に帰る気がしない。

 梅雨間近の夜空の下を歩いてもすっきりしない。それでもどうしようもないから添加物の後味が消える前に家に帰ろうかと考えた。

 

しかし

 

「あれ、はづきさん?」

 

 偶然、プロデューサーと出会ってしまった。

 

 

 頭の片隅では罪悪感が蠢いている。

 それを意識しないようにはづきは未だ果てないプロデューサーの耳を劣情を煽るように舌を這わせる。

 

「はづきさ――」

 

 その声を強引に唇でふさいだ。

 ――どうして私は同僚を性欲のはけ口として使っているのだろう?親友の恋路を応援しているつもりなのに、どうして……

 湧きあがった疑問は彼の唾液とともに飲み込む。

 大した趣味がないというのは問題だな、とようやく果てたプロデューサーを見下ろしながら思う。

 

「はづきさん……」

 

 うめき声を出しながらベッドの上で悶えるプロデューサーの顔をなでる。

 

――まるで恋人気取りね。

 

 脳裏の自分の思考を感じ取ったはづきは「……すみません」と自身の腰を上げて離れた。

 

「あ、あの」

 

 ホテルに備え付けのシャワーを浴びるために、何より自分の感情を整理するために彼から離れようとするはづきをプロデューサーは腕をつかんで引き留めた。

 

「――どうかしましたか~?」

「その……今夜はどうして誘ったのかな、って」

 

 頬を紅潮させて、まるで今夜が初体験だったような初心な態度で尋ねる彼。

 そんな彼を自分のフラストレーションのはけ口のために利用していることに少しだけ抵抗を感じる。

 

「…………そうですね。今日は………ただ――本当に、日ごろの苛立ちを発散したくて」

「――性行為で、ですか」

 

 嫌悪感ほどではないが困惑の表情。そりゃそうだ、セックスでフラストレーションの解消なんてモラルに反しているし阿婆擦れだと思われるだろう。

 でも彼は、

 

「………何か仕事で、嫌なこととか不満点があったでしょうか……?」

「えっ。………」

 

 身内相手だとなんでも好意的に捉えるのが彼の良くないところよね。

 はづきは必死で回答を考えてしどろもどろに答える。

 

「まぁ――いえ、えーっと……特には」

「……そうなんですか?」

「まぁ……」

 

 不満点が無いわけではないが、微々たるものだ。少なくともはづきにとっては無視できるものである。

 だから彼女が彼を求めていたのは単純に性モラルの差ゆえということにあるのだろう。

 

「大丈夫ですよ。私は何ともないですからね~」

「はぁ……」

 

 困惑のまま全裸で放り出されたプロデューサーを無視してはづきはシャワールームに向かった。

 

 

 しかし一度始まった縁は強く残り続ける。

 結局二人は2週間に1回は逢瀬を行うことになった。

 プロデューサーはそのことをあまり良くは思っていないようだったが、はづきが強引にホテルに連れ込んだ。

 誰がどう見ても爛れたこの関係を、はづきはセフレと名付けたくはなかった。

 

「もうやめませんか」

 

 服を着ながら数時間の逢瀬を終わらせたプロデューサーは言った。

 

「こんな関係、良くないですよ。恋人でもないのにこんな……体だけの関係なんて」

 

 真っ当な、しかし正しいだけの意見にはづきは「そうですね~」と雑に頷いた。

 ソファの上に置いた上着に袖を通しながらはづきは内心彼の言動に苛立っていた。どうしてこのような感情になるのかは自身でもよくわからない。

 

「――はづきさん!」

 

 不意にはづきの腕がプロデューサーによって掴まれた。

 振り返ると彼が真剣な顔でこちらを睨んでいる。

 

「ど……どうしましたか~?」

 

 どうして私はここで声が上擦ったのだろう?

 

「私はこんな関係、良くないと思います」

「それはさっき聞きました~」

「だってこんな……自分を安売りするようなこと、良くないですよ!だって――あまりこういうことは言いたくないですけど、千雪のこととか――」

 

 友人の名前が出た瞬間、はづきは強引に彼の唇を奪った。

 

(――あぁ、私も彼に恋をしていたのか)

 

 彼の口に強引に舌を突き入れ、舐めまわす。ほかの女の匂いがしないように、

 



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シャニPとはづきさんが一緒に飲みに行く話(嘘は言っていない)

このシリーズにおけるコンセプトモデルです。


 芸能プロダクション、283プロの社長である天井努はあまりプロデューサーに対して干渉しない放任主義をとっている。彼がプロデューサーに教えられることは研修中にすべて教えたつもりだし、たまに面談を行って軌道修正をしているのも事実だ。

 しかしそれだけでは部下とのコミュニケーションが足りないのではないか?そんなことを日曜日のラジオドラマを聞きながら思ってしまったのである。いわゆる飲み会というものが現代において問題視されているという風潮だが部下のストレス管理(それが仕事であれプライベートであれ)だって上司の仕事ではないのか――というのがそのラジオの内容である。

 なるほどな、それは否定できない。

 そんなことを思い、彼はプロデューサーに呑みの誘いをしてみたに至ったのである。

 

「――ということで、だ。今日の終業後、一緒に呑みに行きたいのだが……可能か?」

「あー……えっと」

 

 プロデューサーの視線が泳ぐ。回答は彼の思ったものではなかった。

 

「なに、別に私の自己満足なのだから断ってくれても構わない」

「いえ、行きたいとは思うのですが――今日は先約がありまして」

「先約?」

「はい……その、ほかの人と」

「ほう――恋人か」

 

 その言葉に事務所にいたアイドルの幾人がビクリと視線を向ける。からかい6割、期待4割で放った発言だったが事務所全体を揺るがすような発言だったかもしれないと少し反省する。

 

「いえ、恋人ではないんですが――一緒にカラオケに行く程度の仲、ですかね」

 

 その言葉や表情に嘘は見えない。社長とアイドルたちはそう判断し、安堵だったり興味だったりといった表情を見せる。

 

「あぁ――いや、すまない。あまりこういう話はハラスメントという奴か。うちの事務所には浮ついた話があまり無いから少し心配していたものでな……」

「心配、ですか」

「アイドルはさておき……お前もはづきも将来どうするのかと思ってな。家族がどうこうという――すこし不躾だったな。申し訳ない。今の発言は失礼だったな」

 

 そんなことを考えたのは未だに友人の幸せだった顔とプロデューサーを重ねてしまうからだろうか。視界に映るはづきの後姿を見て、そんなことを思った。

 

「いえっ、お気遣いありがとうございます……。しかし……まぁ、その、恋人のことは考えて――」

「いや!気にしなくてもいい、今ではいろんな幸せの形がある――って、そんなことを話したい訳ではない!」

 

 焦ったように社長は話を軌道修正して、咳払いをする。

 

「まぁ――なんだ。友人同士の付き合いがあるのならばそちらを優先しろ。私との付き合いは――まぁ、いつかこちらから声をかける」

「はい……!楽しみにしています」

 

 畏まってそんなことをいうプロデューサーに社長は止めるようにとそぶりをした。ただ彼は部下と呑みに行きたかっただけなのだ。

 しかし……と、視線をアイドルたちのほうに向ける。平静を装っているが、内心こちらの会話を伺っていることに社長は気づいていた。下手に事務所内で恋愛話を持ち掛けないようにしよう、と決心する。

 はづきがいつものように微笑みながらこちらにやって来た。

 

「社長~あんまりプロデューサーさんを困らせてはいけませんよ~。それにアイドルの皆さんは年頃なんですから、話題には気を付けてくださいね~」

「はづき……!その、すまない。もうしない」

 

 わかれば良いですよ~、と彼女は荷物をまとめたカバンを手に持ちながら退勤表に印をつけた。これから彼女は買い出しである。

 

「それでは、お疲れさまです~」

 

颯爽と彼女はプロデューサーのことを一瞥もせずに事務所から出て行ってしまった。

 

 

 夜8時過ぎ。退社したプロデューサーは事務所から少し離れたドラッグストアで色んなものを買って、入り口でジュースを飲んでいた。流石の彼でも夜中の終業後にコーヒーを飲むほど中毒ではない。

 

「お待たせしました~」

 

 その場にやってきたのは七草はづきだった。彼女の姿を認めると彼は一気に缶の中身を飲み干し、ごみ箱に捨てた。

 

「あぁ、はづきさん。最低限必要なものは買っておきましたよ」

「はい、――確認しました。それでは行きましょう~」

 

 昼に着ていた事務服ではなく初夏ということもあり、はづきは少し開放的なワンピースを着ていた。プロデューサーは彼女の手からエコバッグを引き取る。

 

「持ちますよ」

「え~……別に良いですのに」

 

 バッグの中身は酒とつまみがいくつか、加えて様々な原色をぶちまけたような箱が一つ。プロデューサーが購入した物品とほとんど変わらないラインナップにプロデューサーは顔を綻ばせる。

 

「それで、どこにしますか?いつものところにしますか?それとも……安いところにしますか?」

 

 街灯と店の明かりで薄暗さを微塵も感じることができない道を並んで歩きながらはづきが訊いて、プロデューサーは少し違和感を覚えた。

 

「いえ、いつものところで……何で安いところに?」

「だって私は『恋人じゃない』らしいじゃないですか~」

 

 えっ、とプロデューサーが驚いたように彼女の顔を伺う。彼女の顔はいつもの様に感情を見せない微笑みだ。

 

「あ、いや、でもっ!………えっと」

「こういうとこ、本当の恋人さんと一緒に行ったほうが良いんじゃないんですか~?」

「そういう訳には……!女性をエスコートするんですから、きちんとしたところでやったほうが……!」

 

わたわたと己の発言を考えては引っ込めるプロデューサーに彼女は吹き出してしまった。

 

「すいません、ちょっとからかってみただけですよ~。本当は微塵も気にしていませんから~」

「………本当ですか?」

「えぇ。実際、恋人ではありませんからね~」

 

 はづきはそう言うと少し暑いと言わんばかりに胸元を扇いだ。プロデューサーからはきっと下着が見えたはずだが、彼は当然のように視線をずらす。その様子を見て彼女はまたもや吹き出しそうになり、抑えようとしたが忍び笑いが漏れ出てしまう。

 

「――ふふっ。すいません、紳士的なことは良いですが~……既に『今更感』が強すぎると思いますよ~」

「いや……まぁ、そうかも、ですけど……」

 

 二人はネオン輝く夜の街を通り過ぎる。飲み屋の看板やカラオケの料金表が無料案内所やキャバクラの下卑た光に変化しても二人の手は繋がれないままだった。

 

「結局どうするんでしたっけ……。俺はいつもの場所で良いですけど。備品も一通り揃ってますし」

「はい、私も賛成ですよ~」

 

 そうして二人はいつもの場所であるとある建物に入った。エントランスではづきはいつもの様に沢山ある銘柄の入浴剤のうち一つを手に取る。

 従業員もいない、人気がプロデューサーとはづきしかいないエントランス。ただ普通のホテルと比べて異様に狭いのとよくわからない謎のモニュメントがある。

 プロデューサーはタッチパネルの前に立つと色々操作をして、はづきに見せた。

 

「どの部屋がいいですかね?」

「あ~……では、ここを」

 

 肩を並べて部屋を選択し「宿泊」と書かれた部分をタップして、彼女はすぐ近くの棚にあった貸しシャンプーのパッケージを眺めた。「最近、にちかがシャンプーの匂いに気づきはじめちゃって~」と、無香料と書かれたものを手に取る。

 

 上り専用のエレベーターに二人が入る。普通の建物と比べてやけに狭いそれのため、お互いの肩がくっつく。

 

 エレベーターが案内したとある階の廊下にある一室のランプがチカチカと点滅しているのが見えた。

 

「では、行きましょうか~」

 

――まるでコンビニに行くかのような気楽さで、

――七草はづきは同じ会社の男性社員と共にラブホテルの一室に入り、鍵をかけた。

 

「今夜も、よろしくお願いしますね」

 

 彼女は笑顔だった

 

 

 ラブホテルの一室で女性の声が響き渡る。

 すこしゆったりとした高音は間違いなく七草はづきのもので。

 蠱惑的な唇から発せられる彼女の声は――

 

――マイクを通して適切にエコー処理され、スピーカーを通して部屋中に拡散された。

 

「うわぁ……!相変わらずお上手ですね……!」

「いえいえ~」

 

 ソファに腰かけたプロデューサーが手をたたいて褒めて、ベッドに座ったはづきがいつものように謙遜をした。

 新型コロナウイルスの影響でカラオケ店のマイクを使うことを忌避する人間が表れたことで、最近のラブホテルではカラオケが実装され始めている。カラオケと比べて数倍も値段は張るものの、この場所にはシャワーもベッドもウォーターサーバーもある。自由度が高いこの場所は明日も仕事がある両者にとっても都合がよかった。

 部屋にチャイムの音が鳴り響いた。どうやら注文した料理が届けられたらしい。

 

「取りに行きますね~」

「いえ、俺が――」

「お気になさらず~。私のほうがドアから近いですから~」

 

 プロデューサーの言葉を聞かず、はづきは二重扉の小部屋に入った。配膳台に並べられた酒と料理をトレイごと持ち上げて部屋に戻り、ソファの前のテーブルに置いた。彼に了承も得ずに勝手にソファに座る。

 

「よいしょ~」

「……何の躊躇もなく隣に座りますよね」

「今更じゃないですか~?恋人でもないのに一緒にラブホに行く仲ですよ?」

「うーん、まぁ確かに……」

 

 未だに照れを隠さない彼にはづきは少し笑う。

 

「まぁまぁ、ビール飲みましょう~。は~い、カンパ~イ」

「……乾杯」

 

 キン、とビールジョッキ同士がぶつかり両者ともにジョッキの中身をある程度飲んだ。そして大きなため息。奇しくも同じ行動をしたことにより2人は顔を見合わせて笑う。肩がくっつくぐらいの至近距離なのだが、お互い離れようとしない。

 プロデューサーが皿に盛られたソーセージをフォークに突き刺して口に運ぼうとしたときに、はづきがおもむろに口を開けた。

 

「あ~ん」

「……はづきさん?」

「あ~ん」

「あぁ……はいはい……」

 

 苦笑しながらも彼ははづきの口の前にソーセージを持っていくと半分ほど残して食いちぎられた。平然と彼は残ったそれを口に運ぶ。

 

「いつも頼んでますよね、ソーセージ」

「ハーブが効いていておいしいじゃないですか」

 

 ソーセージを頼んだプロデューサーがそんなことを言っているさまを、子供を見るような感覚ではづきは眺める。仕事中は立場もあってか大人ぶっている彼もプライベートではその無邪気さも相まって余計子どもに見える。もっとも彼女が彼のそのような姿を見ることができるのは大人の場(ラブホテル)であることがあまりにもミスマッチだったが。

 はづきは鉄板の上のチキンステーキをナイフで切り、一切れをプロデューサーに差し出した。

 

「はい、プロデューサーさん。あ~ん」

「んっ…………ありがとうございます」

 

 おっかなびっくり、という感じでステーキを噛む彼を肴にして柔らかい鶏肉の脂をビールで流す。最近の冷凍食品会社が企業努力を怠らないのか、それともこのラブホの料理担当の腕がいいのか意外と美味だ。

 

 ある程度料理を食べるとプロデューサーがカラオケのリモコンを手に取った。

 

「それじゃあ、俺も歌いますね!何を歌おうか……」

「は~い。では私はビールをどんどん飲みますよ~」

 

 

 ――22時過ぎ。

 結局2人は何度も歌っては飲んで食べてを繰り返して、そして歌い飽きた。

 

「これから、どうしますか……?」

「どうしますって……いつもやってますよね~」

 

 どうぞ~と、はづきは自分の隣をぽんぽんと叩いた。それを見てプロデューサーは机の上にあるレジ袋から原色をぶちまけたような小箱を取り出し、ベッドにいるはづきの隣に腰かけた。

 

「ふふっ……やっぱりヤる気いっぱいじゃないですか~」

「…………はづきさんだってその気満々じゃないですか!」

 

 プロデューサーははづきを押し倒して覆いかぶさった。首元に顔をうずめ、彼女のシトラスの香水と汗の匂いをかぐ。「もう~」と、はづきはむしろ歓迎するようにぎゅ~と抱き着いた。

 

「ほら……いつものように体重をかけてもいいんですよ……?」

 

 その声に従ってプロデューサーははづきの上ではづきの体を全身で感じる。豊かな双丘が胸板によって押しつぶされ、生足がからみつく。甘えるような彼にはづきはまるで子供をあやすように頭をなでる。はづきはプロデューサーの耳を舐め、手探りで彼のシャツのボタンを外していく。

 

「今夜も、よろしくお願いしますね……?」

 

 はづきはいつもの様に囁くように、甘えるようにプロデューサーの理性を溶かした。

 

 

 入浴剤で着色されたお湯がジャグジーによって泡立つ。2人で同じ浴槽に入ってはづきはプロデューサーの膝の上に座り、プロデューサーは後ろから彼女の腰を抱く。はづきは彼の脚に生足を絡ませて、まるで甘えるかのように彼に背中から体重をかける。

 

「だいぶ頑張りましたね~。溜まってらっしゃったのですか~?」

「ん……」

 

 彼は照れたようにさらに強く彼女を抱きしめて首にキスをする。

 

 2人は恋人ではない。

 2人っきりでホテルに行き、食事とカラオケをするついでに一夜を供にすごす仲であっても。この関係は他の誰にも伝えてはいけないというのはお互いが認知をしている。

 しかし七草はづきはプロデューサーを愛している。

 どんな人にも優しいところ、いつもは理路整然としているのにプライベートだとまるで少年のように笑うところ。

 自分に甘えてくれるところ、ベッドの上で指を絡めて手を繋いでくれるところ、いつも優しいのに攻めるときは容赦なく自分を高めてくれるところ。

 何度か体を重ねるうちに彼女が彼に抱いている感情が恋愛感情であることに気づいた。

 それでも恋人にならないのはアイドル達がプロデューサーのことを愛しているから、自分がその恋路を邪魔するわけにはいかないからだ。

 

――私はアイドルたちの恋愛の障害になってはならない。だから私は彼の性愛の対象となろう

 

――それでも自分が彼の将来の重荷になるように、葛のように彼の体に纏わりつけば彼の寵愛を受け続けられるんじゃないか

 

 自身の昏い感情を性欲に変換して、今夜もはづきはプロデューサーに抱かれるのだ。

 

「――はづきさん?」

 

 心配するかのようにプロデューサーははづきの頭を撫でた。

 

――なんで恋愛感情には気づかないくせに感情の機微を彼は気づくのだろう……。

 

「何でもないですよ~」

 

 宙にあるプロデューサーの右手を左手でつかみ、指を絡める。

 この手を離すべきなのだが、離したくない自分に七草はづきはどうしようもなく自己嫌悪していた。

 

「はづきさん……そろそろ上がらないと。のぼせますよ」

「嫌です。……もう少しだけ、いっしょにこうさせてください。――そしてもう一度ベッドの上で愛してください……」

 

 あぁ、どうしようもない。自分の彼に対する独占欲がいつものように暴走していくのを感じる。

 絡めていた手を放し、彼に正面から抱き着く。彼は驚きつつもいつものようにやさしく頭を撫でてくれた。石鹸と入浴剤の匂いがはづきの鼻孔を満たす。

アイドルにも事務員にも――誰にでも無償で提供される彼の優しさをはづきは自己嫌悪するほど愛していた。だからはづきは彼がアイドルにだけ提供する過剰な加護以上の優しさを欲していた。

 



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定点Pとの距離を縮めよ

姉にこのアカウントの……待てよ、ばれたのはXとニコニコとpixivのアカウントだけでハーメルンのアカウントはばれてない……?

2023/12/05
誤字修正しました。報告、ありがとうございました


 初夏の事務所はクーラーをつける程ではないが少し汗ばむ。

 

「プロデューサー、少し暑いですよねー。やってあげますよー」

「え、なにを――うわっ!?」

 

 タイピング音しか響いていなかった事務所の静寂がぶしゅーと打ち破られた。不意に冷却スプレーを吹き付けられたプロデューサーが椅子から飛び上がる。たむろっていたアイドルたちがこちらを見る。

 

「摩美々―っ!」

「ふふー。摩美々が後ろにいるのにー無防備にしていたプロデューサーが悪いんですよー」

 

 摩美々がニマニマといたずらに成功した猫のように笑う。

 その様子を見てプロデューサーのことを愛しているアイドルは一体なにを思うのか。

 

(田中摩美々……!恋愛感情を持っているアイドルをからかいに来た……私たちじゃあいつにちょっかいをかけることはできない……)

 

 使い捨てマスクと猫かぶりの下で黛冬優子は分析した。

 摩美々に恋愛感情があるかどうかは冬優子には分からない。

摩美々は恋鐘のように分かりやすいわけではないし咲耶の様に自分の感情を素直に出力しない。結華は完璧に誤魔化しているが故に同じ穴のムジナの冬優子にとっては逆にわかりやすい。霧子は……そもそも彼女は恋愛に限らず俗世的な感情を持っているのだろうか?

 恋鐘のように明け透けでなく咲耶みたいに素直でなく、しかし結華のように鉄壁というわけではない田中摩美々という女は何もかもが中途半端で冬優子からすればその真意を測ることができない。

田中摩美々がプロデューサーの後ろから抱き着く。その様子は構って欲しそうに主にいたずらをする猫のようだ。

 

「摩美々……抱きつかないでくれ……!」

「――ふふー、照れてるんですかぁ?照れてるんですねぇー。学生に言い寄られて、恥ずかしいんですねー」

「摩美々……からかうな……!」

 

 プロデューサーに惚れたアイドルの刺すような視線の前に摩美々はあえて見せびらかすように彼の首元に顔をうずめた。

 

 

 その様子を七草はづきは冷めたような視線で見ていた。

 田中摩美々の行いは自分のと似ている。

 要は構ってもらいたいのだ。友人が、自分が好きな男を愛している。だから己の感情を素直に吐露できずに不器用な劣情をぶつけてしまう。

友人を傷つけたくないがために自分も友人も傷つくような消極的な行動をとるしかできない。

 

(つくづく碌でも無い……1人の男を争ってアイドルたちが――事務所が崩壊するんじゃ……)

 

 もっとも一番崩壊する要因をバラまいているのは定期的に夜の誘惑をするはづきなのだが。

 はづきもアイドルたちがどのような応酬を繰り広げているか全てを把握しているわけではない。千雪経由で様々な情報を得ているが、それも完全ではない。

 とりあえず今はアイドルたちの不和は起きていないようだが時間の問題だろう。

 ……むしろ起きてほしい。このまま誰も幸せにならないまま消極的な攻めがズルズルと続くのならば、関係が面倒なことになることは明白だった。

 誰かが悪役になってこのぐずついた空気を変えなければならなかった。

 

 

 三峰結華は長考する。

 

(事務所の中で考えると――まののん、ひおりん、こがたん、まみみん、なーちゃんに千雪姉さん、りんりんになっちゃん、ふゆゆ、とおるん、美琴さんは確実に黒だなぁ……。さくやんも大分本心隠せてないけど身を引くそぶりはあるし……。問題はめぐるんとひななん。どちらかといえば親愛が強めだけど多分恋愛感情は生えて……うーん)

 

 樋口円香のことが頭にかすめたが、あれは一旦考えないことにする。あれを信頼とするか恋愛とするかは本人たちが決定することのように思えたからだ。

 問題は、自分もプロデューサーに対して恋愛感情を持っているということである。

 

(この均衡を破るには誰かが行動しなくちゃいけない。……でもりんりんが告白失敗したから殆どの人があと一歩のところで尻込みしちゃってるんだよなぁ)

 

 結華ははづきと同じことを考えていた。このままアイドル同士がけん制しあっている状況は誰にとっても良くならない。

凛世が最初に告白したものの逆に事務所のアイドル全員を竦ませてしまった。他のアイドルは差し入れ程度で、あとは摩美々が行う「構ってポーズ」ぐらいだろう。それ以上は事務所内のアイドルは行っていない――はずだ。

結華は七草はづきがプロデューサーに恋愛感情を持っていることはおろか肉体関係を持っていることすら知らない。はづきが事務所の中とホテルの中で態度を大きく変えていることとアイドルのように照れたりしないため誰も気づかなかったのである。

 このままじゃいけない。このぐずついた空気をどうにかするために――

 

「――いやいや……それはだめでしょ……!」

 

 脳裏に浮かんだ「自分が告白するという」アイデア。自分が犠牲になることでアイドルたちの積極性を高めるという自爆覚悟の火付け――そしてもしかして自分が彼の恋人になるかもしれないという淡い願望。

 抜け駆け――いや、凛世が既に告白したのだから抜け駆けとは言えない。

 こがたん以下アンティーカの他のアイドルに申し訳が――

 

「いや、これじゃ他のアイドルたちと同じでビビってるだけじゃん……!」

 

いろいろ考えると逃げてしまうことは自分のこれまでの言動を基に考えると容易に判断できることだった。

 だから考えるべきことは一つ。

 

(――私はあの人と今の関係のままで我慢できるか)

 

 考えること数秒。結華は自分の選択を採った後行動に移した。

 

 

 翌日。283プロにて。

 

「プロデューサーっ」

 

 結華の呼びかけにプロデューサーはパソコンの画面から顔を上げた。

 結華の表情は笑顔だが、彼は知っている。笑顔が少しひきつっている。それに二人称がPたんではなく「プロデューサー」だ。何かをごまかしている時の表情だ。

 

「……どうした?」

 

 少し緊張して応えると結華は少し恥ずかしそうに眼をそらして、絞り出すように指を弄って話す。

 

「プロデューサーは、さ………」

 

 紅潮した頬に焦点の定まらない、しかし覚悟を決めた眼。この感じは知っている。凛世に告白された時と同じ――

 

「あー……ごめんね。――このままいくといろいろ考えちゃって、尻込みしちゃいそうだから……さ」

 

 そのときドダドタと慌てたような音が玄関から聞こえてきた。適当に話を打ち切ってしまおうとプロデューサーはデスクから立ち上がって――

 

「だ、誰だろう――ちょっと行って」

「――ダメ。行かないで」

 

 結華がプロデューサーの左腕に抱きしめるように引き留めた。振り放されないためにかぎゅっと抱きかかえられて動けなくなる。

 

「ゆい――」

「プロデューサー、私は……三峰は、あなたのことが、好き、です……」

「え――」

 

 結華の間髪入れず行われた告白にプロデューサーは目を白黒させる。

 彼女の表情は冗談を言っているように見えない。あの、凛世が告白した時と同じ動悸によって酩酊した表情――

 

「プロデューサー!結華みと――ふぇっ!?」

 

 恋鐘が焦ったように扉を開けて押し入って、驚愕の表情を浮かべる。

 

「――遅かったかな」

 

 続いて入ってきた咲耶がこちらを見て予想が当たったという感じでため息をついた。

 2人が入って結華は体をびくりと震わせたが抱き着いた腕を離すことはしない。

 焦りながらもわたわたと体を振って結華を引きはがそうとするプロデューサーを見て咲耶は苦笑した。

 

「結華、2人もいることだし離れて――」

「あぁ――いいんだ」

 

 未だ離れまいと彼の腕にしがみつく結華を見て微笑みながら咲耶は手を上げて制した。

 

「結華は宣言通り告白した。……それだけのようだね?」

「宣言通りって……」

 

 と、困惑の声を上げたプロデューサーに咲耶はスマホの画面を見せる。そこには昨日のチェインが一つ。

 

三峰「誰もプロデューサーに行動しないのなら」

三峰「あした、私はプロデューサーに告白します」

 

 これを見てプロデューサーは腕にしがみつく結華を凝視する。

 

「――結華」

「まったくたい」

 

 恋鐘が疲れたような声を出す。

 

「こいのおかげで寮のみんなば、右往左往。でもほとんどの人が仕事やらレッスンやらで誰も結華の告白になんも出来んくて」

 

 恋鐘は疲れたような、やりきれないような表情でなおも腕にしがみつく結華を見る。彼女の顔は肩に隠されてて見えない。

 

「な、なぁ――」

 

 とりあえず声をかけようと考えたとき、結華はさっきまでの必死さを振り払って名残惜しそうに腕を離した。

 

「ゆい――」

「返事はいいよ。どうせ振られるって分かってるし」

「――」

 

 彼女の言葉にプロデューサーは黙ってしまう。実際彼女の告白を振るつもりではあったからだ。

 

「だけど、これだけは覚えていてほしい」

 

 涙をいっぱいたくわえた結華がこちらを見ながら言った。

 

「私はりんりん――杜野さんみたいに大人しくプロデューサーの意思を変えるつもりはないから。改めて惚れてもらおうだなんて思っていないから」

 

 結華はここでようやく息を整えた。目をつぶって深呼吸。

 

「後で後悔しても知らないから。Pたんが見向きもしなかったアイドルがいい女になっても」

 

 半分からかいの意識をねじ込もうとして上手くいかなかったのだろう。ぎこちない笑みを浮かべながら結華は微笑むとこちらを呆然と見ている2人のアイドルをみた。

 

「そして、2人とも。特にこがたん。事務所内の雰囲気を重視してけん制しあっているのは良いけど、三峰みたいに暴走しちゃう子もいるから早くしないといけないよ」

「結華……」

 

 2人は困惑したような表情で三峰を見て、そして頷いた。

 

 

 急いで家に戻る。手洗いうがいも忘れない。

 乱雑に置かれていたぬいぐるみを手に取りベッドに勢いよく転がる。

 そういえば化粧を落としていない。

 そんなことを思いながらも結華は動かない。

 動けない。

 窓は梅雨の雨天を示しており、頭痛の原因の一つを示している。

 でも頭痛の主な原因はそれではない。

 

「これで私の恋も終わりかー……」

 

 結華は大きくため息をつく。

この3年間、プロデューサーと出会ってアイドルを始めて。

 それなのに運命を感じちゃって。

 自分の恋心を隠しながら「できる女」感を演じながら。

 自分の悪いところを必死に隠しながら、ときおり自己嫌悪を見せてしまい彼に甘えてしまって。

 何度ベッドの上で自分とプロデューサーが結ばれる妄想をして。

 

「これで終わりかぁ……」

 

 だから今日だけはただの少女のままでいさせて。

 結華は眼鏡を外し袖で目を隠しながら涙を流した。

 



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シュレティンガーの恋

サブタイトルは投稿するときに考える。

初めて感想をいただきました。ありがとうございます。


 三峰結華の突然の行動により283プロのアイドルたちの間には緊張感が漂った。凛世の告白の時は行動をするだけで積極性に欠けていた。

 しかし今回の告白は恋をするアイドルたちのケツに火をつけた。

 ――と言っても、だ。

 

「どうすればいいのかしら……」

 

 283プロのアイドル寮。食卓を囲んでアイドルたちが集結し作戦会議。頭を抱えた千雪が誰にも答えられない質問をしてしまった。この数十分で変化したのはマグカップの飲み物の量だけである。

 

「どうすればよかか、何も思いつかん……」

 

 机の縁をこすって精神統一を執り行う恋鐘を見ながら、その場にいた者が全員でため息を行った。

 

「……で、なんでアタシまで駆り出されているんだ?」

「相談役……みたいな?寮組の中で唯一プロデューサーに恋してないから」

 

 透の言葉に樹里は大きなため息をついた。今は寮以外のメンバーも訪れており、彼女たちの切羽詰まり感が明白だ。

 

「で、どうするー?三峰のあの告白以降、誰が先に告白するかで牽制しあって何にも進まないんですけどー」

 

 摩美々が突っ伏しながらも不満を言う。

あの日以降、彼女も彼女なりに何度かアプローチしていたのだがプロデューサーの態度があの日以降硬化してしまったのだ。恋鐘たちの弁当も受け取らなくなり「胃袋をつかむ」ができなくなったというのも問題である。

 

「いっそのこと、全員で告白するっていうのはどうかな?プロデューサーに恋愛感情を抱いている人全員で囲って、一度に」

「――それ、下手すれば事務所崩壊しないかな……」

 

 咲耶の提案を千雪が否定する――ように見せかけて単純に弱腰になっているだけだ。

 

「その点凛世ちゃんは――あー……すごいよね。抜け駆けしちゃってるからさ」

「それは……まぁ……」

 

 言葉を選んで、しかし結局トゲが取れなかった透の言葉に凛世は視線を横に流す。

凛世のアプローチは自身の告白以降まったく進んでいないに等しかった。自分が最初に告白をしたのだ、という事実に甘えてしまったことが原因である。現在の態度が硬化した彼を崩せるほど攻撃力の高いアプローチを凛世は保有していない。

 

「えー、どうするー……!?このままじゃ、プロデューサーさんのこと告白もできずに逃げられちゃうよ……」

「甘奈ー、これから『どうする』を禁止ねー。みんなが思っていることだしそのための会議だから」

 

 摩美々の手厳しい言葉にみんながため息をする。全員が「どうする」と思っており、それをつぶやくことで議論した気になりたがっているのだ。

 

「しょんなかねー、じゃあ――」

「恋鐘ー、料理することで自分だけ議論から逃げること禁止ー」

「ふえっ」

 

 議論から逃げようとした恋鐘を摩美々が引き留め、悲鳴をあげた。

 そんな彼女たちの様子を見て「議会は踊る、されど進まず」という言葉を思い出しながら透はいかに自分が告白すれば成功するかを思索した。

 

 

 八宮めぐるの自宅ではそろそろ3桁に届こうともなるイルミネお泊り会が行われていた。

 彼女たちもアイドルとはいえ普通の女の子。事務所を取り巻くプロデューサーの恋愛模様がもっぱらの会話の種である。

 

「そういえばさ、真乃と灯織はプロデューサーのこと好き?」

 

 いきなり突っ込まれた質問をされた2人は目を白黒させる。特に灯織なんかは盛大にむせてしまっている。

 

「灯織ちゃん、大丈夫!?」

「――っ、――っ、だいっ……じょうぶ……」

 

 何度か咳き込みようやく落ち着くと灯織は恨みが少しこもった目でめぐるを見る。

 

「脅かさないでよ。急にそんなこと言うとビックリする」

 

 灯織は大きく息を整えるとコップの水を飲んだ。

 

「灯織、急に驚くもんなんだね。もしかして……」

「めぐる、変な勘繰りはやめて。私はプロデューサーに恋愛感情なんて抱いていないから」

 

 灯織はため息をつくとテレビの様子を面白くなさそうに見つめた。しかしテレビがコマーシャルから短尺の料理番組に変わると表情を一変させた。

 

「これ……」

「どうしたの、灯織ちゃん?」

「この料理、プロデューサー好きそうだなって――なに、めぐる?」

「いや……」

 

 言葉を選ぶために言いよどみ、結局めぐるは率直に自分の意見を言うことにした。

 

「灯織ってさ、プロデューサーのために弁当作ったりしてるよね。それに一緒に買い物行ったりとか……。それってさ、最早通い妻って奴じゃないのかな?」

「それは……………」

 

 とっさに否定しようとした灯織だがこれまでプロデューサーにしてきたこと、そして何よりプロデューサーとのやり取りがそれを邪魔する。

 

「確かに灯織ちゃんって私たちのことも大切にしてくれているけど、プロデューサーさんと一緒にいるときはかなり打ち解けているというか……安心して話しているというか……」

「ま、真乃まで……!」

 

同調し始めた真乃に灯織が思わず抗議の声を上げる。

 話を振ってきためぐるは灯織をからかいもせずに、むしろ慰めるように言った。

 

「でもそれってさ……不味いよね。今の状況的にさ」

「めぐる……そもそも私はプロデューサーに恋愛感情を抱いてないから」

 

 なおも否定する灯織を真乃とめぐるはじっ……と、見つめる。

 

「な、なによ、二人とも」

「だってねー」

「うん……これまでだったら灯織ちゃんに自覚が出るまで待つところなんだけど、今の事務所の状況は待てるほどじゃないから……」

「えっ」

 

 彼女たちの様子から本気であることを察した灯織は気まずそうに視線をそらした。

 

「その、大丈夫だから。というか何でそんなに私に恋愛感情があるかどうかが気になるの?」

「そりゃあ……ねぇ?」

 

 めぐるの様子から出刃亀4割心配6割だと察した灯織は「もう……」とため息をつく。

 

「灯織ちゃん、私たちはね、灯織ちゃんの――プロデューサーさんへの好意が不幸な結果にしたくないの。だから……」

「その、大丈夫だから!」

 

 灯織の照れながらの発言に2人は黙る。2人の中にも言い過ぎたという思いが少しあったのだろう、彼女たちの眼に少しだけ後悔が混ざる。

 

「私は大丈夫だから。――自分の好意を恋だと決めることはできないけど、私はプロデューサーの重荷ではなく一瞬の宿り木になればいいと思ってるから。だから……別に私は自分の好意が報われれば良いとは思ってないから」

 

 その言葉を聞き終えた真乃とめぐるは目を見合わせると胸やけをしたような顔で灯織を見た。

 

「そう言うなら私は何もしないけど……知らないよー」

 

 その言葉に灯織はきょとんとした顔でめぐるを見つめた。

 灯織が自身の恋心に気づくのは数年後になる。

 



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血のつながり

「アイドルのみなさん、大変そうですね」

 

 はづきの大変そう、という言葉だけで済まされた現在のシチュエーションにプロデューサーは頭を抱えた。

 

「大変、っていうレベルでは……」

 

 居酒屋のカウンター席。ビールのジョッキを握りながら飲もうとしないプロデューサーの苦悩を見てはづきも少し悩む。

 

「現状を確認しましょうか。イルミネの皆さんは比較的安定していますが他のユニットは硬直しています。……三峰さんが起こした行動は場の硬直を崩しましたが、全員が慌てて何もできないらしいですね」

「…………それは誰からの情報で?」

「いろんなアイドルからですね~。情報の多くは千雪さんとの飲みで仕入れましたが、いろんなアイドルの皆さんにも――牽制、というか偵察?――私がプロデューサーさんと恋愛関係にあるかどうか確認のために色んなことを聞かれたって感じですね~」

「……なんて答えたんです?」

「恋愛関係ではないとだけ。心配しなくてもわざわざ夜遊びの相手だなんて言いませんよ~」

 

 からかいの意味も含めてそう言うとプロデューサーはあからさまに目を背けた。逢瀬はすでに片手では数えきれないほど交わしたものの未だにインモラルに慣れないらしい。

 

「で、今日はどうしますか~」

「どうって……」

「それは――ねぇ?」

 

 なにが「ねぇ?」なのだ、単に何時ものように夜に誘うだけだというのに何を照れているのだとはづきは自分の情緒を恨んだがこれも惚れたが所以か。

 

「………どうしてはづきさんは俺を……セックスに誘うんですか。そんな自分を安売りするような――」

「はい、そこまで~」

 

 またこれだ。はづきは彼の唇に立てた人差し指を当てる。

 何度目のこの質問だろうか。それを訊かれるたびに何度はぐらかしただろうか。彼女が彼を誘うのは6割の性欲と4割の恋慕のためだが、それを正直に言うわけにはいかない。

 だって照れるじゃないか。何も知らない処女のようにあなたに恋をしているから自分の身体を使っているだなんて、明け透けに言えない。

 それ以前に、いつも誘って強引にホテルに連れ込んでいるのははづきだ。もとより彼に決定権はほとんどない。

 

「――今日はやめときましょうか~」

「……珍しいですね。いつもなんだかんだ言いつつ言われつつ、結局ヤってるのに」

「なんか今日は気分が乗らないんですよね……。それにプロデューサーさんは誘ってもいつも断るので、今回はプロデューサーさんの意思を尊重しようかなと」

「できればいつもやめて欲しいのですが……」

「うるさいですね、犯しますよ~?」

 

 はづきの軽口にプロデューサーは嫌そうな顔をした。

 

 

「ただいま~」

 

 七草邸につくとにちかが出迎える。

 

「お姉ちゃん!もう、最近遅いんだからどこに行ってるの?」

「そんなんじゃないから~」

 

 にちかの言葉にはづきは適当にごまかす。いつものことだ。

 

「どこ行ってたの?千雪さん、今日はラジオだから違うよね」

「んー、ちょっとね~」

「……男?カレシ⁉」

「そんなんじゃないって、プロデューサーさんと飲みに行っただけ」

「ふーん」

 

 ではなぜそのことを最初から言わなかったのか。にちかは気になったが黙った。

 最近――ここ2か月ほどはづきは誰かと夜の街に出歩いている。いったい何が目的かはにちかは知らないが「何か」は感じ取っていた。

 

「……プロデューサーさんとどんなことしたの?」

「え、なに~?プロデューサーさんに嫉妬してるの?それとも私のプロデューサーを盗るなって~?」

「ちがうよ、美琴さんの恋路を邪魔されたくないだけ」

 

 そんなことを言ってにちかは姉の顔を見た。

 

「プロデューサーさんはね、お酒強いのにあんまり強い酒を飲もうとしないな。きっと私に配慮してくれたんだと思う。いろんなおつまみを分けてくれてね……。プロデューサーさんは子供舌みたいで味が濃く肉とかが好きみたい。でも魚や野菜も好きみたい」

「………へぇ」

「……どうしたの?参考になったでしょ~」

「まぁ……うん」

 

 その顔を見る。明らかに美琴や他のアイドルと同じ恋をした女の顔だ。

 自分の姉が恋をしているという事実に少し気持ち悪さを感じたが、それ以前にプロデューサーに恋をしているという事実が。

 

(――苦しいなぁ)

 

 きっとこの姉のことだから碌な恋愛してないんだろうなぁ。これまでも私に隠して結構なこと経験していたみたいだし。

 

「――早くお風呂入ったら?」

「うん、そうする~」

 

 

 大崎甘奈は悩んでいた。

 現在に至るまでの事務所の恋愛総力図は三峰結華の突然の告白で大きく変容していた。これまで静観をしていた者も積極的に行動をしていた者も黙ることができなくなっていた。

 何人のアイドルが彼に恋愛感情を向けようとしている中、さすがの甘奈も現状維持を続けることができなくなったのだ。

 

「でも、どうしようかな……」

 

 スマホには大量の恋愛相談の閲覧履歴。すべて年上の上司をどうやって墜とすかを示した内容だ。

 

「でもなぁ、あの凛世ちゃんが告白して失敗したんだよ……。難攻不落だよ……!」

 

 夜の10時ごろ。リビングのソファで寝っ転がりながら頭を抱える。服がはだけているがそんなこと気にする余裕はない。

 そんなことをしていたのか、甘奈を諫めに父親がやってきた。

 

「甘奈、どうしたんだ。こんなに暴れて」

「パパ……」

 

 さすがに父親に自身の恋愛感情について詳しく話すべきかわからない。しかし――

 

「……パパとママってどうやって告白したの?」

「――っ!?え、どうした!?いきなり」

 

 そりゃそうだ、驚くだろうという予測通りの発言をした父だった。自分の娘に恋愛事情を訊かれるようなエキセントリックな経験を積むなんて思ってもいなかったのだろう。

 だから、正直に自分の恋愛事情について話すことにした。

 

「――甘奈ね、恋をしてるの」

「知ってる。――プロデューサーさんにだろ?」

「えっ、気づいてたの?」

「そりゃあ……家では仕事の話もするが基本的にプロデューサーの話ばかり。明らかにおかしいからな。……とは言ってもママが気付いてくれなきゃ、僕は気づかなかったが」

「うー……」

 

 恥ずかしいやら、照れるやら。自分の肉親に恋愛感情を気付かれるなんて、結構恥ずかしい。

 

「そういえば幼稚園の時も誰かと好きになってた。確か――」

「それは!……えっと、それよりも!パパとママの馴れ初めについて知りたいなぁって……」

 

 強引に話題を変えると、父はひとしきり「あー……」と、うなった。実の娘に結婚になるまでの馴れ初めを語るなど考えてもいなかったのだろう。

 

「……照れてる?」

「まぁ……。あまり、娘に言うような物でもないような気もするんだがなぁ」

 

 そう言うと、彼は滔々と語りだした。

 

「僕とママは――そうだな、最初の出会いは僕が大学生だったころか。バイト先の同僚だった」

「そのときママは高校生だったんだよね」

「そうだ。喫茶店のバイトで僕は厨房、ママはフロア。……そのとき僕は大学3年生、ママは高校2年生だったか」

 

 彼はそこで一旦言葉を切って、これからの発言の精査を行う。

 

「最初の告白は、ママからだった。僕が就活でバイトを辞めると聞いて彼女は自分の思いの丈を語ったんだ。それに僕は了承したんだ」

「えっ、ママから⁉聞いてない……」

「正直に言ってママもあの時の告白は短絡的だったと少し嘆いているようだったからね。あまり甘奈の前で言いたくなかったのだろう」

「……短絡的?」

 

 予想しない言葉だ。その真意を測るように父を見ていると、彼も簡単に答えを出してくれた。

 

「未来のことを考えていないというか……まぁ、そんな感じだ」

「どういうこと?」

「……すごく簡単に言うと、僕が就職した会社は転勤が多かったということだ。だから直ぐに決断の時が来た。――ともに同じ人生を歩むか、別れるか。その決断を先伸ばしにするために遠距離恋愛が始まったんだ」

「そのことは知ってるよ。二週間おきにママに会いに帰省したんだよね」

「……そんな良いモンじゃないよ」

 

 あの時の日々は良いとは言い切れなかった。二週間に1度会えたら良い方で1か月も会えないことも当たり前にあった。

 

「何度も予定を反故にして、何度もママを泣かせたよ」

「それは……」

「だから決断を迫られた。相手方の両親もそうだけど、僕もね。その時の稼ぎは家庭を持つほどじゃなかったし」

「………」

「何度も現実のほうに流されそうにもなったよ。分かれて別の人生を歩むことを何度も考えた。でも……僕は理想に殉ずる事にしたんだ」

「結婚、したんだ」

「うん」

 

 彼は頷いた。

 

「結婚して、上手くいくかは分からなかったけど……まぁ案ずるより産むがって奴だな」

「……ママと結婚してること、後悔してる?」

「まさか」

 

 彼は微笑んだ。

 

「僕は幸せだよ。ママがいて、甜花と甘奈がいて――幸せだよ」

 

 

 父親の話は理解できた。要は早く決断しろということだ。でないと幸せが失われてしまう。

 しかし恋愛において極度の積極性不足の甘奈にとっては……。

 甜花は行動しない。彼女も自身の妹と年長者のどちらを応援すればいいのか分からないのだ。

 甘奈の背中を押したのは、父の言葉以外存在しない。

 

(甘奈は……)

 

 夏の昼の事務所。そこで彼女はいつもの様に愛しいプロデューサーを盗み見ていた。

 

 盗み見るしか出来なかった。

 

 




大崎パパの一人称は「僕」だったはず。
たしかジャーニーで出ていたけど……よく覚えてない。


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祈祷

 アイドル業界にも盆休みは存在する。撮影スタジオもテレビ局も夏の雑誌や番組の撮影は終了しておりグラビアを撮ろうにも海水浴場には人が満載。どこに行っても人がうじゃうじゃいるため、特に予定されていたイベントがない限り、彼らの仕事は特にない。

 それは事務職にとっても同じである。必ずしも退屈というわけでもないが、少なくとも繁忙期と同じ程忙しいというわけではない。

 だからはづきは妹と一緒にここに来たのだ。

 

「お父さん、来たよ」

 

 東京の田舎のとある共同墓地に2Lペットボトルと仏花を携えて2人は父親の墓前に立った。

 

「にちか、花持って」

 

 仏花を妹に持たせるとペットボトルの中の水を掛け始めた。墓石がほとんど汚れていなかったのは、きっと社長が先に訪れたからだろう。

 直射日光が肌を炙る。日傘をさしながら作業はできない。蝉の大合唱が降り注ぐ中、はづきは無言で掃除をはじめ仏花を供えた。実際にはお菓子やらお茶やらを備えなければいけないみたいだが、はづきもにちかもそのようなきちんとした作法を知らない。

 姉妹そろって手を合わせる。特に祈ることはないが、いくらか報告しなければいけないことはあるだろう……と思ったが、私事は特に思いつかない。とりあえず母がまた入院したことは伝えておこう。

 

「……ふぅ」

 

 墓地ではどのように会話の起点を作ればいいのか分からない。とりあえずいつバスの時間が来るのかを調べて――

 

「あれ」

「どうしたのにちか……うん?」

 

 視線を向ける。にちかの視線には一人の男がいた。

 なんて事はない。この共同墓地に自分たち以外の人間を見るのは確かに初めてだが、盆の季節なのだからおかしなことではない。だから最初にちかが反応した理由がわからなかった。

 でもその背格好は見覚えがあった。

 

「プロデューサーさん……?」

 

 虫対策のためか、炎天下だというのに長袖長ズボンの身長の高い男がいた。髪型から見てもあれはプロデューサーである。

 視線を逸らす。街中だと声を掛けたかもしれないけど、さすがに墓地で声をかけるのは憚られる。

 

「流石に声をかけるのはまずいかな……」

「うん……早くバス停に向かおう」

 

 はづきの提案に流石のにちかもうなずいた。

 しかし階段を下っていき、共同墓地から出る門へ続く道をそそくさと逃げるように歩いていると。

 

「あれ、はづきさんににちか……?」

「あっ……」

 

 運悪く、合流してしまったのである。

 

「まさか同じ墓地に墓があるなんて思ってもいませんでしたよ」

「えぇ、まぁ……」

 

 プロデューサーが誰の墓参りをしていたのかは分からないが、七草姉妹は自身の父親相手に墓参りをしていたのだ。目的を言ってしまう訳にもいかないだろう。

 彼も薄々察しているのだろう。しかし、少し目線をそらした後こちらを向いて訊いてきた。

 

「……お父さまの墓参りですか」

「え……まぁ、はい」

 

 はづきが答えると彼は驚愕の質問をぶつけてきた。

 

「――俺も手を合わせてもいいですか?」

 

 

 ナンバープレートの先端が“わ”のプロデューサーが運転する車で七草姉妹は後部座席で気まずい思いをしていた。

 あのとき、プロデューサーが父の墓前で何を考えていたのか分からなかったからだ。どんな偶然があって職場の同僚が墓前に立つなんてことがあるのだろうか。結婚前でもあるまいし――

 

「……なんでプロデューサーさんが七草家の墓参りしたんですか」

「……!」

 

 無遠慮なにちかの言葉が発せられる。思わずはづきは「にちか……!」と諫めるようにたしなめた。

 しかし運転席に座るプロデューサーは、あらかじめ用意していたかのような台詞を言った。

 

「そりゃ、にちかがいつもお世話になってるからな。仏壇にはいつも手を合わせているけど、だからってお墓の近くに来たからって手を合わせないわけにはいかないだろ」

 

――嘘つき。

 にちかの雑な反応を聞きながらはづきはミラー越しに彼の顔を見る。

何かを隠している顔だ。ベッドの上で何度も交わったから分かる。何か含みがある顔だ。

 

「どうします、どこか昼飯にでも……」

「あっ、いいですねー。もちろんプロデューサーさんのおごりで!」

「っ……、ほどほどに頼む」

 

 妹と彼の楽し気な会話を聞きながらも、作戦を立てる。

 たしか事務所の倉庫のあそこに――

 

「お姉ちゃん?」

「――あっ、ごめんちょっとぼーっとしちゃってた。どうしたのにちか」

「プロデューサーさんが食べるならどこがいいかって」

「え~、あんまりプロデューサーさんを困らせちゃダメだよ」

 

 口調はいつもとズレていないか冷や冷やする。

もしかしたら今の関係が壊れてしまうかもしれない。

 それでも――

 

 

 墓参りから数日後。コンクリート張りの倉庫ではづきは探し物をしていた。

 かつて父の弁護士事務所があったあの場所、現在では283アイドルの寮の一部屋になったあの場所に大量にあった書物の一つ。

 なぜか社長が処分を拒んだ書類。機密保護の観点から見ても捨てなければいけないはずなのに保護を選んだ――

 

「あった」

 

 持出禁と捺された文書ファイル。開くと最初にパソコンで打たれた文字が大量に並ぶ。

読みにくい次へ。次へ、次へ。

 何ページかめくっていると、依頼人の詳細が記されたページが現れた。

 予想通りだった。依頼人は――

 

「プロデューサーさん……」

 

 高校生だった、彼だった。読む。額には汗が流れる。クーラーどころか空調設備が換気扇しかないこの場所で時間も忘れて読みふける。

 父の仕事は詳しくは知らない。弁護士だということは知っていたが、民事か刑事か分からないし彼女も法律家を目指して勉強していた事もない。だから何某法第何条とか示されてもはづきは理解できなかった。

 しかし事件の概要は彼女も知っている単語をかき集めて何となく捉えることができた。

 加害者、知らない女学生。被害者、彼。罪状、ストーカー被害――

 だが、短絡的に行動したのが失敗だった。

 不意に大きく音を立てて倉庫のドアが開かれる。

 

「――っ!?はづき……」

「――」

 

 はづきの直属の上司にして父の友人であり、現在この文書を保有している天井努がそこにいた。

 

「あっ、あの、これはっ」

「………あぁ」

 

 彼は大きくため息をついた。はづきがしてしまったことを反芻するように。

 

 

「それで、どこまで把握しているんだお前は」

 

 身を縮こませるはづきに努は容赦なく問いただした。

 彼女は目をそらす。しかしこのままではいつまで経っても事態が進展しないことを把握したのか、ようやく口を開いた。

 

「……彼が、ストーカー被害を受けていたこと。加害者は彼の元恋人で、警察が逮捕状を請求した時には既に自殺をしていた――そこまでです」

「あぁ」

 

 ふぅ、とため息が聞こえる。努はものすごく嫌そうに肯定した。

 

「あの……社長はプロデューサーさんとはどのぐらいの付き合いなんですか?」

「彼が高校生の時――その文書にある事件の裁判の時だ」

 

 社長室の対面ソファで二人はどう話せばいいかわからないといった表情だった。しかしややあって口を開いたのは努のほうだった。

 

「私がアイツ――お前の父親と仕事をしていた時期があったのは知っていたか?アイツが倒れる前に辞めた話だが」

「……いえ、知りませんでした」

 

 初耳ではあったがよく考えたらヒントはあった。努が父の事務所を保有していたことから考えてもよかったのに。

 

「私がアイツの助手をしていた時の客の一人、それが高校生だったプロデューサーだ」

 

 助手といっても運転手と書類整理しかしていなかったがな、と努は自嘲するようにつぶやいた。きっと今でも父の過労の原因が自分にあると思っているのだろう。

 

「ひどいものだったよ。警察は死人が出たというのに痴話喧嘩としてでしかとりあおうとしない。加害者家族は被害者――つまり彼に罵詈雑言を浴びせる始末。裁判では上手くいったが……結局、彼の心にはダメージが来てね」

「…………もしかして彼が誰かと恋愛関係にならないのは」

「あぁ」

 

 恋愛恐怖症、そういうことだろう。

 

「さて今回書類を盗み見たことにしては、黙っておいてやる。――だが、お前は知ってしまった。今後お前がどうするかは、自身の判断に任せる」

 

 あとは自分で考えろ、と努ははづきを社長室から追い出した。

 

 

一人になった社長室で努は大きなため息をつく。

 まさかこんな事になるなんて。しかしこれで事務所内の恋愛に関するいざこざはある程度は崩壊するかもしれない。

 ――まわりまわって事務所が崩壊するかもしれない。

 

 それでも、彼には普通の恋をさせてあげたいのだ。

 




ストックがなくなりました。試験が終わり次第、続きを書きます。
一応、だいたい1ヶ月に1回更新は続けようと思うので、よろしくお願いします。


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