問題児たちが異世界から来るようですよ?-時間神の恩恵を持つ男- (大禍時悪)
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YES! ウサギが呼びました!
プロローグ


「ハァ……」

 

 教室の窓から青い空を見上げて軽くため息をついた。暇だ、とてつもなく暇だと。授業の終了まであと30分、ちらりと黒板を見るとアルファベットの羅列が見て取れる。もう一度ため息をついて空を見る。いろいろな形の雲が空に浮かんでいた、空を飛ぶことができたのなら、どれだけ楽しいのだろうかと夢想するのも悪くはない。

 

「黒瓜ぃ、そんなに俺の授業がつまらんか!?」

 

 机の横に体育教師と言われても遜色のない、筋骨隆々の教諭が教科書を丸めて黒瓜に振り落した。その瞬間、すべてが硬直しモノクロの世界へ移り変わった。そして振り下ろされた教科書に軽く手を添える、すべてに色が戻り動き出し、教諭の丸めた教科書は黒瓜の添えられた手によって、机を打ち付けるだけで終わった。

 

「つまんなくはないっすよ、ただ退屈なだけっす」

 

 黒瓜はけだるそうに、そしてやる気のなさそうにガリガリと頭を掻きながら答えた。

 

「なら、せめて教科書を開け、ノートを出せ、筆記具を手に持て、板書をしろ」

 

 それもうすでにちゃんと授業受けろって言ってるだけじゃないですかやだー。と心の中で思ったが決して口には出さなかった、めんどくさいし。そのまま教諭の言葉を無視してただひたすら空を眺めたり、適当なノートに思い付いた単語をでたらめに並べる遊びに興じていると授業終了のチャイムが鳴り響いた。

 

 HRも手短に終わり鞄を肩にかけて教室から出てまっすぐ昇降口に向かい、下駄箱を開けた。するとどうだろう靴の上に手紙のようなものが乗っかっていた。手紙の表にも裏にも差出人の名前はなく、ただ封のついていない方に『黒瓜黒継(くろうりくろつぐ)殿へ』と書かれていた。

 

「なんだこりゃ時代錯誤の果たし状(ラブレター)ってやつですか? どうせ悪戯だろうし、読んで面白くなかったら適当な掲示板にでも晒しておくかね」

 

 靴を履いて独り言を呟きながら封を開き文章を読んだ。

 

『悩み多し異才を持つ少年少女に告げる。

 その才能を試すことを望むのならば、

 己の家族を、友人を、財産を、世界の全てを捨て、

 我らの”箱庭”に来られたし』

 

 もう一度なんだこりゃ、という前に世界の光景が劇的に変わった。今まで薄暗くほかの生徒の喧騒にまみれていた空間が、あっという間に開放感のあふれる青空へと変貌し浮遊感を感じた。落下している、しかもかなりの高度から。50分前に空を飛べたらどれだけ気持ちのいいだろうと夢想したが、こんな形で叶えられるとは思ってもみなかった。だがそれ以上に、今まで黒瓜黒継が夢に見て、待ち望んで、心の躍るものを見た。真下を見れば巨大な天幕に覆われた未知の都市が、目の前を見る視線の先の地平線には世界の果てとも思える断崖絶壁が。そしてその場の勢いに任せてこう、叫んだ。

 

「異世界だぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 と。

 

 



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第一章-黒瓜黒継、箱庭の地に降り立つとのこと-

 ボチャン、と超高高度から湖に落下したとは思えないほどあっけない音で着水した。途中何か膜のようなもののおかげだろうか。幸いすぐ近くに陸地があったのでさっさと陸地に這い上がる。

 

「うわ、服がびたびただよ。はぁ……」

 

 不揃いに切られた前髪をかきあげる。濡れた服を肌から離すようにつまんだ後、ブン! っと右手についた雫を払うように振るう。その刹那、余すところなく濡れ鼠になっていた学生服がすべて乾いていた。

 

「し、信じられないわ! まさか問答無用で引きずり込んだ挙句、空に放り出すなんて!」

 

「右に同じだクソッタレ。場合によっちゃその場でゲームオーバだぜコレ。石の中に呼び出された方がまだ親切だ」

 

 二人の男女は服を絞りながら文句を言っていると、そのうち一人の金髪の少年が、黒瓜の服がすでに乾いていることに気付いた。

 

「なあお前、服が乾いてるみたいだがそれを俺にもやってくれないか?」

 

 ヤハハ、と笑いながらそう提案してきた。

 

「わかった。ほかのお二人さんはどう?」

 

 金髪の少年の肩をポンと叩き、指をパチリと鳴らす。すると先ほど同様少年の服が乾いていた。

 

「そうね、じゃあお願いしようかしら」

 

「……私も」

 

 ショートカットの少女とロングヘアの少女の服を一度触り、またパチリと指を鳴らす。

 

「まず間違いないだろうけど、一応確認しとくぞ。もしかしてお前達にもあの変な手紙が?」

 

「そうだけど、まずは”オマエ”って呼び方を訂正して。―――私は久遠飛鳥よ。以後は気を付けて。それで、そこで猫を抱きかかえてる貴女は?」

 

 ああ、その通りだ。と答えようとしたらすかさずロングヘアの少女、久遠飛鳥が反論していた。

 

「……春日部耀。以下同文」

 

「そう、よろしく春日部さん。で、さっき服を乾かしてくれた、いかにもやる気のなさそうな貴方は?」

 

 やる気のなさそうな、という枕詞がついたのでおそらく俺のことだろう。

 

「黒瓜黒継です。夢にまで見た異世界でただいまテンション爆上がり中です。以後よろしゅう」

 

「よろしく黒瓜くん。最後に、野蛮で強暴そうな貴方は?」

 

「高圧的な自己紹介をありがとよ。見たまんま野蛮で凶暴な逆廻十六夜です。粗野で凶悪で快楽主義と三拍子そろった駄目人間なので、用法と容量を守った上で適切な態度で接してくれお嬢様」

 

「そう。取扱説明書をくれたら考えてあげるわ、十六夜君」

 

「ハハ、マジかよ。今度作っとくから覚悟しとけ、お嬢様」

 

 ケラケラと楽しそうに笑う逆廻十六夜さん。

 とても高圧的で上から目線の久遠飛鳥さん。

 先ほどから一切口を開かない春日部耀さん。

 そしていじめられっ子でひねくれ者の俺。うん俺も含めて協調性0だね、うん。

 

「で、呼び出されたはいいけどなんで誰もいねえんだよ。この状態だと、招待状に書かれていた箱庭とかいうものの説明する人間が現れるもんじゃねえのか?」

 

 逆廻十六夜と名乗った少年が苛つきながらぼやく。

 

「あれじゃない? 説明を聞きたければまず町まで来い的な、実は最初の試練でしたとか。あらヤダ斬新……でもないね」

 

 その場のノリで適当なことを黒瓜は言ってみた。でも最初に説明がないのは本当に斬新だと思っていた。

 

「いいな、それもそれで面白そうだ」

 

「でも、説明もないまま動いては危険じゃない?」

 

「俺は問題ない」

 

「そう。身勝手ね」

 

「さて冗談はこれくらいにして、さっきから向こうでこっちを観察してる人にでも聞いてみる?」

 

 黒瓜は真正面にある草むらの方を、軽く睨む様に目を細めて見る。

 

「なんだ、貴方も気づいていたの?」

 

「ええ、まあ。いじめられっ子は他人の視線には敏感なんで。でもここにいる人はみんな気付いているんじゃ?」

 

 ちらりと十六夜と耀に目を向けながら話を振る。

 

「当然。かくれんぼじゃ負けなしだぜ?」

 

「風上に立たれたら嫌でもわかる」

 

 風上にいたらわかるってどういうことだろう、と疑問に思ったとき先ほど見ていた草むらから、がさりがさりと音を立てて黒い髪の少女がぴょこり、と顔を出した。ウサギの耳が生えているのが若干気がかりだったが。

 

「や、やだなあ御三人様。そんな狼みたいに怖い顔で見られると黒ウサギは死んじゃいますよ? ええ、ええ、古来より孤独と狼はウサギの天敵でございます。そんな黒ウサギの脆弱な心臓に免じてここは一つ穏便に御話を聞いていただけたら嬉しいでございますヨ? ってそこの黒髪の殿方はなぜダメージを受けているのですか!?」

 

 御三人様、といった中に俺は含まれていないようだ。また苛めか、無理やり呼び出しておいて俺はいない人扱いですか。まあ、黒ウサギ? さんの値踏みするような目で見られてるし、睨んでも怖い顔じゃないって遠まわしに言ってるんだねきっと。とそう考えることによってこのウサ耳さんの精神攻撃から何とか立ち直る。

 

「断る」

「却下」

「お断りします」

「そんなことよりじろじろ見んのやめてくれない」

 

「あっは、取り付くシマもないですね♪」

 

 黒ウサギは両手をあげて降参のポーズをとる、だけど値踏みする視線は変わることはない。どうしたものかと黒瓜が考えを巡らせていると耀が黒ウサギ近づいて……。

 

「えい」

 

 思いっきり引っ張った、ウサ耳を。鷲掴みにして。黒ウサギは声にならない悲鳴を上げた。

 

「ちょ、ちょっとお待ちを! 触るまでなら黙って受け入れますが、まさか初対面で遠慮無用に黒ウサギの素敵耳を引き抜きにかかるとは、どういう了見ですか!?」

 

 あれ、本物の耳だったんだ。てっきり飾りか何かだと思ってた。春日部さんが好奇心のなせる業、とつぶやくと、逆廻さんも久遠さんも黒ウサギさんに近づいて、逆廻さんは右耳を久遠さんは左耳をそれぞれつかんでまた思い切り引っ張った。再び黒ウサギさんの声にならない絶叫が響き渡った、南無。ちなみに二人が手を離した後、俺は黒ウサギの了承を取り軽く触らせてもらった。意外とすべすべしていましたまる。

 

「―――あ、あり得ない。あり得ないのですよ。まさか話を聞いてもらう為に小一時間も消費してしまうとは。学級崩壊とはきっとこのような状況のことを言うに違いないのデス」

 

 しょんぼりとうなだれた黒ウサギさんはブツブツと涙目でつぶやく。そりゃ一時間近くも話聞いてくれずに弄られてたら涙目にもなるよね。黒ウサギさんはゴホン、と咳払いをしつつ両手を広げて宣言した。

 

「それではいいですか、御四人様。定例文で言いますよ? 言いますよ? さあ、言います! 『ようこそ”箱庭の世界”へ!  我々は皆様にギフトを与えられた者だけが参加できる『ギフトゲーム』への参加資格をプレゼンさせていただこうかと召喚いたしました!』」

 

「ギフトゲーム?」

 

 四人が四人とも頭にはてなマークを浮かべた。

 

「そうです! 既に気づいてらっしゃるでしょうが、御四人様は皆、普通の人間ではございません! その特異な力は様々な修羅神仏から、悪魔から、精霊から、星から与えられた恩恵でございます。『ギフトゲーム』はその恩恵を用いて競い合うためのゲーム。そしてこの箱庭の世界は強大な力をもつギフト保持者がオモシロオカシク生活できる為に造られたステージなのでございますよ!」

 

「質問いいかい? ギフトとやらの保持者ってことは、特異な人しかいないって認識でいいんだよね、どんな能力をもっていても軽蔑されたりしない世界なんだよね?」

 

「YES! 決してそんなことはありません。確かに”恩恵(ギフト)”によっては非常に驚かれたり恐れられたりすることはありますでしょう。でも軽蔑されることはありません」

 

 黒ウサギはそう断言した、それが聞ければこの箱庭の世界で生活するうえで黒瓜にとっては十分だった。

 

「ありがとう、続けて」

 

 俺が話を主権を戻そうとすると久遠さんが挙手をした。

 

「初歩的な質問をいい? 貴女の言う”我々”とは貴女を含めた誰かなの?」

 

「YES! 異世界から呼び出されたギフト保持者は箱庭で生活するにあたって、数多とある”コミュニティ”に必ず属していただきます♪」

 

「嫌だね」

 

 黒ウサギの説明にほぼノータイムで拒否を示す十六夜。

 

「属していただきます! そして『ギフトゲーム』の勝者はゲームの“主催者(ホスト)”が提示した商品をゲットできると言うとってもシンプルな構造となっております」

 

「・・・・・・”主催者”って誰?」

 

 耀が挙手をして黒ウサギに問う。

 

「様々ですね。暇を持て余した修羅神仏が人を試すための試練と称して開催されるゲームもあれば、コミュニティの力を誇示するために独自開催するグループもございます。特徴として前者は自由参加が多いですが”主催者”が修羅神仏名だけあって凶悪かつ難解なものが多く、命の危険もあるでしょう。しかし、見返りは大きいです。”主催者”次第ですが、新たな”恩恵”を手にすることも夢ではありません。後者は参加のためにチップを用意する必要があります。参加者が敗退すればそれらは全て”主催者”のコミュニティに寄贈されるシステムです」

 

「後者はかなり俗物ね」

 

「質問、ゲームに参加するにはどうしたらいい?」

 

「コミュニティ同士のゲームを除けば、それぞれの期日内に登録していただければOK! 商店街でも商店が小規模のゲームを開催しているのでよかったら参加していってくださいな」

 

 その言葉を聞いて飛鳥がピクリと反応した。

 

「……つまりギフトゲームとはこの世界の法そのもの、と考えてもいいのかしら?」

 

お? と驚く黒ウサギ。

 

「ふふん? 中々鋭いですね。しかしそれは八割正解の二割間違いです。我々の世界でも強盗や窃盗は禁止ですし、金品による物々交換も存在します。ギフトを用いた犯罪などもってのほか! そんな不逞の輩は悉く処罰します―――が、しかし! ギフトゲームの本質は全くの逆!  一方の勝者だけがすべてを手にするシステムです。店頭に置かれている商品も、店側が提示したゲームをクリアすればただで手にすることも可能だということですね」

 

「そう。中々野蛮ね」

 

「ごもっとも。しかし”主催者”は全て自己責任でゲームを開催しております。つまり奪われるのが嫌な腰抜けは初めからゲームに参加しなければいいだけの話でございます」

 

 フッと一息つくと黒ウサギが指をパチリと鳴らす、すると空からカジノによくあるトランプゲームをするテーブルが一つ降ってきた。そして黒ウサギはいつの間にか持っていたトランプをシャッフルしつつ言った。

 

「話を聞いただけではわからないことも多いでしょう、なのでここで簡単なゲームをしませんか?  先ほども言いましたが、箱庭で生活するには必ずコミュニティに所属しなければなりません。皆様を黒ウサギの所属するコミュニティに入れてさしあげても構わないのですが、ギフトゲームに勝てないような人材では困るのです。ええ、まったく本当に困るのです、むしろお荷物、邪魔者、足手まといなのです」

 

 黒ウサギはカードをシャッフルするのをやめて、テーブルの上に一列にカードを広げ四人を挑発するようにニタニタと笑いながら煽る。

 

「俺たちを試そうってのか?」

 

 十六夜はにやりと笑い目を細めて黒ウサギを見る。だが飛鳥が勢いよく立ち上がる。

 

「ちょっと待ちなさい、私たちはまだ一言も―――」

 

「自信がないのでしたら、断ってくださっても構わないのですよ?」

 

 黒ウサギは飛鳥のセリフを遮るようにさらに煽る。そして頬に手を当てて余裕の表情。

 

「それで? ゲームのルールはどうすんの? そのカードを使うんだろ?」

 

「そうですね、ではこの52枚のカードの中から絵札を選んでください。ただしチャンスは一人につき一回、一枚までです」

 

 黒ウサギは先ほど一列に開いたカードを指差して宣言した。

 

「方法はどんなことをしてもいいの?」

 

「ルールに抵触しなければ、ちなみに黒ウサギは”審判権限(ジャッジマスター)”という特権を持っていますのでルール違反は無理ですよ。ウサギの目と耳は箱庭の中枢とつながっているのです」

 

「チップは? お前の言うギフトをかければいいのか?」

 

「今回皆さんは箱庭に来たばかりですので、チップは免除します。しいて言えばあなたがたのプライドをかけるといったところでしょうか?」

 

 黒ウサギの言葉と精一杯のドヤ顔にまた目を細めて睨みつけてへぇ、とつぶやく十六夜。そこで耀が挙手をする。

 

「私たちが勝った場合は?」

 

「そうですね、その場合は神仏の眷属であるこの黒ウサギが、何でも一つだけあなた方の言うことを聞きましょう」

 

 ウサ耳をピコピコと動かしながら両手を広げて言った。

 

「「何でも……か」」

 

 俺と逆廻さんは、ほぼ同時に同じことをつぶやいた。ただし逆廻さんの視線は黒ウサギさんの胸元にいっていた。その視線に気づいた黒ウサギさんは、両手で体を抱き隠して慌てて訂正をした。

 

「で、でも性的なことはダメですよ?」

 

「冗談だよ。で、どうする?」

 

 呆れたように逆廻さんはため息をつきながら言った。ただし女性陣からは冷ややかな目で見られていた。その冷ややかな目線には俺も含まれていたようだ、ひどい。

 

「どうもこうも」

 

「うん、やろうか」

 

「ギフトゲームがどんなものか知っておきたい。是が非でもやろう」

 

 四人とも了承の意を見せる。すると四人の目の前に一枚の古ぼけた茶色い紙が現れた。それを十六夜がつかみ取り内容に目を通す。

 

 こういうのを羊皮紙って言うんだっけか、初めて見たよ。

 

「それは?」

 

「これは”契約書類(ギアスロール)”です。いわばゲームに関する契約の書。ゲームのルールやクリア条件が書かれています」

 

『ギフトゲーム名”スカウティング”

 

 ・プレイヤー一覧 

 逆廻 十六夜

 久遠 飛鳥

 春日部 耀

 黒瓜 黒継 

 

 ・クリア条件 テーブルに並べられたカードの中から絵札のカードを選ぶ。

 

 ・引けるのはプレイヤー一人につき一回一枚まで。

 ・カードを引く時を除き、カードに触れてはならない。

 

 ・敗北条件 降参か、プレイヤーが上記の勝利条件を満たせなかった場合。

 

 宣誓、上記を尊重し、誇りと御旗とホストマスターの名の下、ギフトゲームを開催します。 

                                 ”サウザンドアイズ”印』

 

「OK、だが始める前にそのカードを調べさせてもらうぜ?」

 

 黒瓜以外の三人は熱心に、あるいは真剣にカードのチェックや(おそらく)仕込みをしている。黒瓜は彼らがカードをチェックしている間に”契約書類”を見る。禁止事項は引くとき以外、カードに触れてはいけない。それだけだ、それ以外は何をやってもいいのだろうか、そのラインをある程度見極めるのもこのゲームの目的一つだ。しかしこの箱庭の世界では元いた世界での常識は加味されるのであろうか、それが気がかりだった。お世辞にも黒瓜の考え付いた手段は褒められたものではない。しかしこれからこの世界で生活するうえで、このギフトゲームというゲームは切り離せないものになるだろう。むしろここでそれを見極めるために黒ウサギはこのゲームを提案したのだろう。

 

 よし、と決意を固めるとほかのお三方の確認も終わったようだ。

 

「黒継、お前は調べなくていいのか?」

 

 まさか逆廻さんが、会って小一時間しかたってないのに俺の名前を呼び捨てにしたことに若干驚いた。

 

「あ、ああ、大丈夫だ。その代わり、と言っては何だが一番手で行かせてもらってもいいか?」

 

「俺はかまわないぜ。二人はどうだ」

 

 久遠さんと春日部さんからもお先にどうぞ、とジェスチャーをもらったので軽くうなずき、カードの並べられたテーブルの前に立ち一通り並べられたカードを眺める。

 

「ではゲーム開始でーす」

 

 黒ウサギはピシッとポーズを決めてゲーム開始を宣言する。

 

「改めて聞くが、あの”契約書類”に書かれていることがルールの全てなんだよな?」

 

「YES! その通りでございますよ」

 

「本当に、すべてなんだな?」

 

「は、はい」

 

 二重の最終確認を済ませて深呼吸をする。そしておもむろに右足を振りかぶって。

 

 

 フンッ! という掛け声とともにテーブルを思い切り()()()()()。ガゴンッ!  と鈍い音を立ててテーブルは回転しながら空高く舞い上がる。上に載っていたほとんどのカードが表向きになって、パラパラと黒瓜たち四人の前に散らばる。そしてその中からスペードのキングを引く。

 

「な……な、な」

 

「じゃあ私これ」

 

「私はこれ」

 

「んじゃ俺はこれ」

 

 黒ウサギが絶句している間に飛鳥はハートのキングを耀はスペードのクィーンをそして十六夜はクラブのキングをそれぞれ引いた。その直後テーブルが元あった場所に土煙を上げて落下した。

 

「ちょ、ちょっと待ってください。今のは……」

 

「ルール違反……か? 俺は何もルールに抵触していないぞ? ”契約書類”にはカードを表にしてはいけない。なんて記述はなかったしテーブルに触っちゃいけないって記述もなかった。それを踏まえて俺はあれがすべてだな? と聞いたんだ。それをあんたはその通りと肯定した、なら俺を糾弾するいわれはないと思うんだが?」

 

 黒瓜は真ん中に穴をあけて落下してきたテーブルに足を乗っけて、屁理屈と詭弁を総動員して黒ウサギの非を主張する。それはそうですが……と言葉を濁す黒ウサギのウサ耳がピコピコと動いた後、その耳をへにょりとたらし。

 

「箱庭の中枢から有効であると、判定が下されました……」

 

 と、とてもしょんぼりとしながら言ったのだった。

 

「やるわね貴方。でもおかげでこちらの考えていた手が無駄になったわ」

 

「……うんうん」

 

「ごめんちょ。でもギフトゲームに前の世界の常識は加味されないってことがわかったし、それでいいじゃない。あ、そうだ聞き忘れてたんだけど仮にギフトゲームでルールに抵触する行為を行った場合は、それを行ったプレイヤーだけが失格になるのかい? それとも参加プレイヤー全員?」

 

 半ば放心して呆れていた黒ウサギが、ハッと表情を戻して質問に答えてくれた。

 

「それはゲームの内容によって異なりますが、一般的にはルールに抵触した場合、その時点で参加者側の敗北となります」 

 

「そっか。てことは黒ウサギさんが審判をしている場合は、違反ギリギリを攻めるのはやめた方がよさそうだね。うん、了解」

 

「おい、黒ウサギ早速だが言うことを聞いてもらうぞ?」

 

 黒ウサギはビクリと跳ねるとまた両腕で体を隠した。

 

「う、だめですよ。性的なことは」

 

「まあ、それも魅力的ではあるんだが、俺の聞きたいことはただ一つ」

 

「な、なんですか?」

 

 十六夜は、少し間をおいてから何もかもを見下した視線で。

 

「この世界は……面白いか?」

 

 と口にした。その言葉の答えを俺たちは待った。すべてを捨ててまで来たこの箱庭の世界に、その代償に見合うだけの催しがあるのかが知りたかった。黒ウサギはにっこりと満面の笑みをもってその質問に応じた。

 

「YES。『ギフトゲーム』は人を超えた者たちだけが参加できる神魔の遊戯。箱庭の世界は外界よりも格段に面白いと、黒ウサギは保証します♪」

 

 そう、この世界は面白い。すなわち黒瓜が、今まで抑圧していじめっ子たちにただ一度しか振るわなかった力を、抑えることなく出すことができる世界なのだとこの時に確信した。

 

 



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第二章-問題児、喧嘩を売るとのこと-

「ジン坊っちゃーン! 新しい方を連れてきましたよー!」

 

 大量の巨大な天幕に覆われた都市の根元にある、石造りの門の階段に座っていたダボダボのローブを着た跳ねた髪の毛が特徴的な少年が、黒ウサギの呼び声で顔を上げ小走りで駆け寄ってきた。

 

「お帰り、黒ウサギ。そちらの三人が?」

 

 ん? 三人? ああ、また俺のことをナチュラルスルーですかそうですか。この世界はまず俺の精神を削るんですね。

 

「はいな、こちらの御四人様が――――」

 

 こちらをクルリと振り返る黒ウサギ。

 

 そしてカチンと固まる黒ウサギ。

 

「……え、あれ? もう一人いませんでしたっけ? ちょっと目つきが悪くて、かなり口が悪くて、全身から”俺問題児!”ってオーラを放っている殿方が……ってなんでまた黒瓜さんがダメージを受けてるんですか!?」

 

「ああ、十六夜君のこと? 彼なら”ちょっと世界の果てを見てくるぜ!”と言って駆け出していったわ。あっちの方に」

 

 あっちの方に、と久遠さんが指差す方向は上空から落ちてくるときに見えた断崖絶壁の方だった。そういえば途中から逆廻さんの気配がなくなってたな。あまりに自然に気配がなくなったから忘れてた。てことは、先ほどのジン少年の三人、といった発言は別に俺をスルーしていたわけではなかったようだ。もうそろそろこの被害妄想癖直さないと。

 

「な、なんで止めてくれなかったんですか!」

 

「”止めてくれるなよ”と言われたなそういえば」

 

 なんとなく乗ってみる。

 

「ならどうして黒ウサギに教えてくれなかったのですか!?」

 

「”黒ウサギには言うなよ”と言われたから」

 

「嘘です、絶対嘘です! 実は面倒くさかっただけでしょう皆さん!」

 

「「「うん」」」

 

 三人同時に肯定の意を表すと黒ウサギはがっくりとうなだれた。するとジン少年が黒ウサギに慌てて駆け寄った。

 

「大変です! ”世界の果て”にはキフトゲームのために野放しにされている幻獣が」

 

「幻獣?」

 

「は、はい。ギフトを持った獣を指す言葉で、特に”世界の果て”付近には強力なギフトを持ったものがいます。出くわしたら最後、とても人間では太刀打ちできません!」

 

「え? マジで!? 楽しそうだからちょっくら俺も世界の果てに行ってくる」

 

 と言って目にやる気を灯し回れ右をした後、全力で地面を蹴りだそうとした瞬間に、いつの間にか背後に立っていた笑顔の黒ウサギに万力のような力で両肩をつかまれた。ギチギチと肩が軋む音をたてる、地味に痛い。

 

「急にやる気に満ちた目に戻っても、危ないと言っている場所に素直に行かせるとお思いですか?」

 

「デスヨネー」

 

 足に込めた力を抜いて振り返ろうとしたが万力のような力が解かれることがない、仕方なく自らの能力を発動させる。とたんに世界の色がモノクロに代わり世界の全てが停滞する。万力のような両手の束縛から逃れ黒ウサギの横に移動する。その動作が終わった瞬間に世界が元に戻る。

 

「……へ? あれ? 黒瓜さんいつの間に黒ウサギの手から逃れてそこに?」

 

 急に俺がいなくなったことで、地面の方へ押さえつけていた力のやり場を失い少し前につんのめる黒ウサギ。そしてそこにいた全員が驚いたように黒瓜を見ていた。

 

「0.8秒くらい前よ」

 

 ニコリと笑って答えてあげた。だが、ほかのみんなの頭上にはクエスチョンマークがういている。まあいずれわかるよ。

 

「はあ……ジン坊ちゃん。申し訳ありませんが、皆様の御案内をお願いしてもよろしいでしょうか?」

 

「わかった。黒ウサギはどうする?」

 

「問題児を捕まえに参ります。事のついでに――――”箱庭の貴族”と謳われるこのウサギを馬鹿にしたこと、骨の髄まで後悔させてやります」

 

 先ほど黒瓜の肩を締め上げていた時のいい笑顔をして、黒い髪を淡い緋色に染め上げると地面にひびが入るほどの力を足に込めて弾丸めいた速さで飛び去って行った。その際に皆さんはゆっくりと箱庭ライフをご堪能ございませー! と聞こえてきた。

 

「うっへえ……超はえー箱庭のウサギってあんなに早く飛べるんだ」

 

「ウサギたちは箱庭の創始者の眷属。力もそうですが、様々なギフトの他に特殊な権限も持ち合わせた貴種です。彼女なら余程の幻獣と出くわさない限り大丈夫だと思うのですが……」

 

 飛鳥は空返事をして心配そうに黒ウサギの消えて行った方向を見るジンに向き直り。

 

「黒ウサギも堪能くださいと言っていたし、御言葉に甘えて先に箱庭に入るとしましょう。エスコートは貴方がしてくださるのかしら?」

 

「え、あ、はい。コミュニティのリーダーをしているジン=ラッセルです。齢十一になったばかりの若輩ですがよろしくお願いします。皆さんの名前は?」

 

「久遠飛鳥よ。そこで猫を抱き抱えているのが」

 

「春日部耀」

 

「で、異様なまでにやる気のない目に戻ったのが」

 

「黒瓜黒継だ、よろしくジン少年」

 

「さ、それじゃあ箱庭に入りましょう。まずはそうね。軽い食事でもしながら話を聞かせてくれると嬉しいわ」

 

 久遠さんがとてもいい笑顔でジン少年の腕を引いて、俺と春日部さんはその二歩後ろを歩き石造りの門の中に足を踏み入れた。

 

 

 

 

 

 少し長い石畳の門の中を歩き天幕に覆われた都市の中に入る。

 

「うおっ……眩しっ……天幕に覆われてる割にはクッソ明るいじゃねえかよ」

 

「箱庭を覆う天幕は内側に入ると不可視になるんですよ。そもそもあの巨大な天幕は太陽の光を直接受けられない種族のために設置されていますから」

 

 ジンはさも当然といった感じで説明した。しかし飛鳥は今の説明の中に気になる部分を見つけた。

 

「それは何とも気になる話ね。この都市には吸血鬼でも住んでいるのかしら?」

 

「え? いますけど」

 

「……そう」

 

「ハッハッハ、さすが修羅神仏が跋扈する箱庭の世界だ。吸血鬼がいるんならほかの神話生物がいてもおかしくはなさそうだ。ドラゴンとか鵺とかニンジャとかいないの?」

 

 黒瓜は冗談めかしてジンに聞いてみた。こちらの疑問もさも当然かのように答えてくれる。

 

「いますよ。ニンジャはともかくとして、鵺は北側の方にいます。ドラゴン……というより龍の純血は箱庭の最強種の一種として、恐れられています」

 

「なるほど、純血ってことは龍が別の生物との子を産んだら親よりも確実に弱くなるってことか、親を超えられない子ってのも悲しいもんがあるな」

 

 もちろん早くに超えるってのも悲しいけどな、と小さな声でつぶやく。ほかの人たちは聞こえていたのか聞こえていないのかあいまいな表情をしていた。

 

「お勧めの店はあるのかしら?」

 

「す、すいません。段取りは黒ウサギに任せていたので……よかったらお好きな店を選んでください」

 

「それは太っ腹なことね」

 

 久遠さんがそういうと一瞬だけ春日部さんが笑った気がした。だが本当に一瞬の出来事ですぐに無表情に戻る。

 

  四人と一匹は六本の傷が刻まれた旗を掲げたカフェテラスに座る。するとすぐに店の奥から猫耳の生えた店員が注文を取りに来た。

 

「いらっしゃいませー。御注文はどうしますか?」

 

 飛鳥が飲み物と軽食をあれやこれやと多量に注文する。途中で耀の抱いていたニャンコがニャーゴと鳴いた。

 

「はいはーい。ティーセット四つにネコマンマですね」

 

「……? 猫の言葉がわかるのか?」

 

 久遠さんやジン少年が、え? と頭にクエスチョンマークを浮かべ小首をかしげている間に、つい疑問を口に出す癖が出てしまった。春日部さんはかなり驚いた様子で俺と店員さんを見て。

 

「三毛猫の言葉、わかるの?」

 

 と再度尋ねる。おそらくその言葉は、店員だけでなく黒瓜にも向いているのだろうと判断できたが、再度聞かれるだろうと思い無視をした。

 

「そりゃわかりますよー私は猫族なんですから。お歳の割に随分と綺麗な毛並みの旦那さんですし、ここはちょっぴりサービスさせてもらいますよー」

 

 店員さんの言葉に反応するようにニャゴニャゴニャンニャンと鳴く。おそらく会話しているんだろう。

 

「やだもーお客さんお上手なんだから♪」

 

 店員は嬉しそうに尻尾をフリフリしながら店の奥へと帰っていく。

 

「あなたも、三毛猫の言葉わかるの?」

 

 嬉しそうな顔で膝に抱いた三毛猫を撫でて再度、黒瓜に問う春日部さん。だが黒瓜は手を振って否定する。

 

「いや、全くわからん。ただ鳴いてるだけにしか聞こえなかった」

 

「え? でもさっき……」

 

「あれは、単純に推測しただけよ。注文をしている間に声を出したのは久遠さんと三毛猫君だけ、久遠さんがそこの三毛猫君に気をまわしてネコマンマを注文した、って可能性もあったけど。さっき注文を繰り返したときに久遠さんが驚いたような顔をしてたから、その可能性を排除した結果、その推測に至ったのよ」

 

 すまないね。と一言謝ると残念そうに耀は頷く。

 

「しかし、動物と会話か。それはそれでとても楽しそうだ」

 

「ちょ、ちょっと待って。貴女、猫と会話できるの!?」

 

 ワンテンポ遅れて飛鳥が動揺した声音を出す。耀もコクリと肯定する。

 

「もしかして猫以外にも意思疎通は可能ですか?」

 

「うん。生きているなら誰とでも話はできる」

 

「それは素敵ね。じゃあそこを飛び交う野鳥とも会話が?」

 

「うん、きっと出来……る? ええと、鳥で試したことがあるのは雀や鷺や不如帰ぐらいだけど……ペンギンがいけたからきっとだいじょうぶ」

 

「し、しかし全ての種と会話が可能なら心強いギフトですね。この箱庭において幻獣との言葉の壁と言うのはとても大きいですから」

 

「そうなんだ」

 

「一部の猫族や黒ウサギのような神仏の眷属として言語中枢を与えられていれば意思疎通は可能ですけど、幻獣達はそれそのものが独立した種の一つです。同一種か相応のギフトがなければ意思疎通は難しいと言うのが一般です。箱庭の創始者の眷属に当たる黒ウサギでも全ての種とコミュニケーションをとることはできないはずですし」

 

「そう……春日部さんは素敵な力があるのね。羨ましいわ」

 

 久遠さんが憂鬱そうな声と表情で呟いた。そういえばここに呼ばれた4人は皆、超常の力を持っているんだった、前の世界ではあんまり面白くなかったんだろうね。

 

「久遠さんは」

 

「飛鳥でいいわ。よろしくね春日部さん」

 

「う、うん。飛鳥はどんな力を持ってるの?」

 

「私? 私の力は……まあ、ひどいものよ。貴方はどうなの? 黒瓜くん」

 

「んーまあ、酷いもんだね。前の世界じゃ」

 

「おんやぁ? 誰かと思えば東区画の最底辺コミュ”名無しの権兵衛”のリーダー、ジン君じゃないですか。今日はオモリ役の黒ウサギは一緒じゃないんですかぁ?」

 

 顔を上げるとそこにはおそらく2m近くはある巨体に、パッツンパッツンの今にもボタンがはじけ飛びそうなタキシードを着たおかしな男がいた。その男は黒瓜の対面の空席にドスンと勢いよく腰かける。

 

「ちょい、あんた誰? 相席を許可した覚えは無いんだが?」

 

「おっと失礼。私は箱庭上層に陣取るコミュニティ“六百六十六の獣”の傘下である」

 

「烏合の衆の」

 

「コミュニティのリーダーをしている・・・・・・ってマテやゴラァ!! 誰が烏合の衆だ小僧オォ!」

 

 ジンに余計な横槍を入れられ、おかしな男の気に触れたのか怒鳴り声とともに顔が獰猛なトラに変化した。

 

「ハッハッハッうるさい。早く自己紹介の続きをしてくれトラ公」

 

「ト……失礼いたしました。改めて”フォレス・ガロ”のリーダーをしているガルド=ガスパーと申します」

 

 トラ公、という言葉に一瞬ピクリと反応したがトラ顔を元の人の姿に戻し、紳士めいた態度を崩さずに自己紹介をするおかしなトラ公改めガルド=ガスパー。

 

「んで? そのガルド=ガスパーさんが最底辺だと嘲笑する”名無しの権兵衛(ジョン・ドゥ)”になんの用だ?」

 

「黒瓜さん、僕らのコミュニティの名前は”ノーネーム”です。けして”名無しの権兵衛”でも”ジョン・ドゥ”でもありません」

 

「あ、そうなの? ごめん。訂正しよう”ノーネーム”になんの用なのだガルド=ガスパーさん?」

 

「いえ、用があるのはそこの名無し風情ではなく、新たに箱庭に来られたあなた方にあるのです。単刀直入に申しあげましょう。我々のコミュニティに来ませんか?」

 

「な、何を言い出すんです! ガルド=ガスパー!?」

 

「黙れ、小僧。てめぇは自分のコミュニティの惨状を説明もせず、新たに来た方々を迎え入れようってのか?」

 

「ハイ、ちょっとストップ」

 

 ガルドがジン少年を睨めつけ、なお威嚇するように語尾を強くしたあたりで久遠さんが遮るように手を上げた。

 

「事情はよくわからないけど、貴方達二人の仲が悪いことは承知したわ。それを踏まえた上で質問したいのだけど―――」

 

 久遠さんはガルドの方ではなく、ジン少年を睨んで問うた。

 

「ねえ、ジン君。ガルドさんが指摘している、私たちのコミュニティが置かれている状況……というものを説明していただける?」

 

「それは……」

 

 ジンは言葉に詰まった。さっきガルドが言っていた通り、ジンのコミュニティは何か大変なことに直面していることを隠しているようにも見えた。外門の中に入ってからも自らのコミュニティの話題が出なかった、もしくは出さなかったことも、ひとえに酷い惨状にあるコミュニティの状況を説明してしまったら新たな人材である黒瓜たちに、見限られてしまうと思ったのだろう。

 

「貴方は自分のことをコミュニティのリーダーと名乗ったわ。なら黒ウサギと同様に、新たな同士として呼び出した私たちにコミュニティとはどういうものかを説明する義務があるはずよ。違うかしら?」

 

 問い詰める声はとても冷ややかで、鋭い声音でもあった。その追求する声を聴いていたガルドが好機と言わんばかりに似非紳士のような声音で言った。

 

「レディ、貴女の言うとおりだ。コミュニティの長として新たな同士に箱庭の世界のルールを教えるのは当然の義務。しかし、先ほども言ったように、彼はそれをしたがらないでしょう。よろしければ”フォレス・ガロ”のリーダーであるこの私が、コミュニティの重要性と小僧――――ではなく、ジン=ラッセル率いる”ノーネーム”のコミュニティを客観的に説明させていただきますが」

 

 久遠さんはうつむいたままのジン少年を一度見てから。

 

「……そうね。お願いするわ」

 

 コミュニティの重要性を語る中にコミュニティに属さずとも三十日の自由が約束されていること、そして旗印は縄張りを主張する大事なものであると語っていた。その後ガルドはジンのコミュニティのことをベラベラと語りだした。正直言ってしまうと、他人の過去は本人から聞く、それを信条としている黒瓜にとっては鬱陶しい以外の何物でもなかったが。

 

 要約するとジン少年のコミュニティはもともと東側で最大手のコミュニティだった、しかし箱庭における天災、”主催者権限(ホストマスター)”と呼ばれる特権を持つ修羅神仏たち、俗にいう魔王の襲来とそのギフトゲームに強制参加させられ一夜にして崩壊、名と旗そして主力陣を失い廃墟になった膨大な土地と子供たちをだけが残された。とこんなところか、ついでに言うなら一度コミュニティを解散して、新たに名と旗を申請すればまだ残っていた人材で再建できたがそれをせずに”ノーネーム”のままでいた為に残っていた人材は去りさらに追い込んでいってしまったと。最後のひとつは何らかの理由がありそうだなあ。

 

「私のコミュニティ”フォレス・ガロ”は旗印をかけたギフトゲームに連戦連勝し、今やこの地域を治めるほどになりました。ジン=ラッセルの”ノーネーム”に比べどちらが裕福かなど説明するまでもないでしょう」

 

 ジン少年のコミュニティの過去話が終り、今度はガルドの自慢話が始まった。

 

「改めて、もう一度言います。是非黒ウサギともども私のコミュニティに――――」

 

「結構よ、だってジン君のコミュニティで私は間に合っているもの」 

 

 ジン少年とガルドはえ? と聞こえた言葉の意味がわからずに呆けていた。そういやなんで黒ウサギさんがいつの間にか勧誘の対象に混ざってるのだろうか。そして久遠さんはガルドの勧誘を拒否し何事もなかったかのようにガルドがしゃべくってる間に運ばれてきた紅茶を飲み春日部さんに笑顔を向ける。

 

「春日部さんは今の話をどう思う?」

 

「別に、どっちでも。私はこの世界に友達を作りにきただけだもの」

 

「あら意外。じゃあ私が友達一号に立候補していいかしら? 私達って正反対だけど、意外に仲良くやっていけそうな気がするの」

 

 久遠さんは自分の髪を触りながら春日部さんに問う。口にしておきながら恥ずかしかったのだろう。

 

「うん。飛鳥は今までの人たちと違う気がする」

 

 女性陣が友情をはぐくんでいる間にニャンコがニャンニャン鳴いていた、たぶんなんか言ってるんだろう。

 

「黒瓜君はどう思う?」

 

「……」

 

「黒瓜君?」

 

「……組織としては悪くはなさそうだな。バックに上層コミュ、潤沢な資金と縄張り」

 

 黒瓜はあえて聞こえるように呟くとそれを聞いた飛鳥はぎょっとしつつも冷たい視線を送ってきた、耀は相も変わらず無関心、ジンに至ってはやはり駄目かと目を伏せていた。

 

「では――――」

 

 ガタリと音を立てて椅子から立ち上がり、気色悪いほどの満面の笑みで黒瓜を見て、何か言おうとしていたみたいだがそれを遮って言う。

 

「まあでも俺もジン少年の”ノーネーム”に入ろうかね」

 

「……し、失礼ですが、理由を教えてもらっても」

 

 ガルドは立ち上がった状態のまま気持ちの悪い満面の笑みをひきつらせていた。

 

「だから、間に合ってるのよ。春日部さんは友達を作りに来ただけだから、ジン君でもガルドさんでもどちらでもでも構わない。そうよね?」

 

「うん」

 

「それで、黒瓜君は? さっきはあんな思わせぶりなこと言ったのだから、それ相応の理由があるのよね?」

 

「や、とくには。単純に俺、このトラ公嫌いだし。老い先短いのはどちらもそう大して変わらない。何より後ろ盾がいるからって偉そうにしてるのが気に食わないから。久遠さんは?」

 

「私、久遠飛鳥は――――裕福だった家も、約束された将来も、おおよそ人が望みうる人生の全てを支払って、この箱庭に来たのよ。それを小さな小さな一地域を支配しているだけの組織の末端として迎え入れてやる、などと慇懃無礼に言われて魅力的に感じるとでも思ったのかしら。だとしたら自身の身の丈を知った上で出直してほしいものね、このエセ虎紳士」

 

 あら、言っちゃった。俺も言いたくて仕方なかったけど言わなかった言葉をはっきりきっぱりと言っちゃうのかこの子は、よくやった。トラ公を見るとおそらくは怒りで体を震わせているが、できる限りの上品ぶった言葉を探すのにギョロギョロと瞳を蠢かせている。

 

「お……お言葉ですが――――」

 

()()()()()

 

 言葉を探し終えたガルドが久遠さんに反論しようとした瞬間に久遠さんがそれを一喝すると。ガルドの口が不自然に閉じる。ガルド自身も困惑しているようだ。そして畳みかけるようにさらに久遠さんが命令するように言葉を発する。

 

「私の話はまだ終わってないわ。貴方からはまだまだ聞き出さなければいけないことがあるのだもの。貴方は()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 立ち上がっていたガルドが椅子にヒビが入りそうな勢いで座り込む。ほんの少しだけ椅子が沈んだ、おそらく椅子にヒビは入らなかったが床にはヒビが入ってしまったようだ。修理費はこっち持ちなのかな。しかし久遠さんの言っていた酷い力、見た感じ発した言葉通りに他人を動かす力の様だ。なるほど酷い力だ、ただ一言命令すれば仰せのままにと反ってくるわけだ。きっと俺よりも前の世界は退屈だっただろう。

 

「お、お客さん! 当店で揉め事は控えてくだ――――」

 

 ただならぬ雰囲気に気付いた猫耳の店員が急いでこちらに駆け寄る。

 

「ちょうどいいわ。猫の店員さんも第三者として話を聞いてほしいの。たぶん、面白い話が聞けると思うわ」

 

 当たり前に状況の理解できていない店員さんは小首を傾げて困惑している。ごめんね。

 

「貴方はこの地域のコミュニティに”両者合意”で勝負を挑み、そして勝利したと言っていたわ。だけど私が聞いたギフトゲームの内容は少し違うの。コミュニティのゲームとは”主催者(ホスト)”とそれに挑戦する者が様々なチップを賭けて行うもののはず。………ねえ、ジン君。コミュニティそのものをチップにゲームをすることは、そうそうあるものなの?」

 

「や、やむを得ない状況なら稀に。しかし、これはコミュニティの存続を賭けたかなりのレアケースです」

 

 猫の店員さんもうんうんと頷いて肯定する。

 

「だろうね、自分らの象徴をそう簡単に賭けるなんて、負けの可能性が皆無な場合かよっぽどの阿呆か、もしくは脅迫でもされなきゃ賭けたりしないだろう」

 

「魔王には”主催者権限”があるからこそ恐れられているのに、なぜあなたはそんな大勝負を続けることができたのかしら? ()()()()()()()?」

 

 ガルドに問いかける。引き攣った顔に脂汗を浮かべポツリポツリと言葉を紡いでいく。

 

「き、強制させる方法は様々だ。一番簡単なのは、相手のコミュニティの女子供を攫って脅迫すること。これに動じない相手は後回しにして、徐々に他のコミュニティを取り込んだ後、ゲームに乗らざるを得ない状況に圧迫していった」

 

「まあ、そんなところでしょう」

 

「なんだよ、ほんとに単なる脅迫かよ。どうせ吸収した奴らを従わせるために子供なり女性なりを人質に取ってるんだろ?」

 

「その通りだ」

 

「………そう。ますます外道ね。それで、その人達は何処に幽閉されているの?」

 

「もう殺した」

 

 その場の空気が凍りついた。ジン少年も、店員さんも、春日部さんも、久遠さんや予測していた俺でさえ一瞬耳を疑って思考を停止させた。だがガルドは命令されたまま言葉を紡ぎ続ける。

 

「初めてガキ共を連れてきた日、泣き声が頭にきて思わず殺した。それ以降は自重しようと思ったが、父が恋しい母が愛しいと泣くのでやっぱりイライラして殺した。それ以降、連れてきたガキは全部まとめてその日のうちに始末することにした。けど、身内のコミュニティの人間を殺せば組織に亀裂が入る。始末したガキの遺体は証拠が残らないように腹心の部下が食

()()

 

 またもやガルドの口が勢いよく閉じ最後の言葉を紡がせないようにした。最後はお察し通り部下に食わせた、か。死体の隠し場所にはうってつけってやつだ、外道だなー。

 

「素晴らしいわ。ここまで絵にかいたような外道とはそうそう出会えなくてよ。流石は人外魔境の箱庭の世界といったところかしら……ねえジン君?」

 

 久遠さんはとても冷ややかな目でジン少年を見ていた。しかしジン少年は慌てて否定する。

 

「彼のような悪党は箱庭でもそうそういません」

 

「そう? それはそれで残念。────ところで、今の証言で箱庭の法がこの外道を裁くことはできるかしら?」

 

「厳しいです。吸収したコミュニティから人質を取ったり、身内の仲間を殺すのは勿論違法ではありますが……裁かれるまでに彼が箱庭の外に逃げ出してしまえば、それまでです」

 

 ガルドがいなくなり事態が明るみに出れば、人質で従わされていた連中が従わなくなりジン少年よろしく烏合の衆である”フォレス・ガロ”が瓦解するのは見えているだろう、しかし久遠さんはどうも満足していない様子。

 

「そう。なら仕方ないわ」

 

 久遠さんが指をパチリと鳴らすと、急にガルドが動き出しテーブルを砕き激昂する。

 

「この……小娘がァァァァァァァ!!」

 

 切れたガルドが全身をトラに変化させ、パッツンパッツンのタキシードを自らの筋肉で弾け飛ばし、久遠さんに腕を振りかぶって襲い掛かる。

 

「おい、トラ公。店で暴れるなや、ほかのお客の迷惑でしょう? おじいちゃんに教わらなかったのか?」

 

 黒瓜は振りかぶったガルドの腕を掴み骨を砕く位の力で握りしめる。腕の太さが黒瓜の掌よりも二回りほど大きかったので指を少し腕に食い込ませている。片手を封じられたので反対の腕を振り上げるといつの間にか春日部さんが居て反対側の腕を止めた。

 

「っ! テ、テメェら、どういうつもりか知らねえが……俺の上に誰が居るかわかってんだろうなぁ!? 箱庭第六六六外門を守る魔王が俺の後見人だぞ!! 俺に喧嘩を売るってことはその魔王にも喧嘩を売るってことだ! その意味が分かってんのか!?」

 

 ガルドがベラベラと後ろにいる魔王の存在をちらつかせる。箱庭第六六六外門か、黙示録の獣か何かかねこいつもトラ公だし。そんなとき久遠さんがガルドに話しかける。

 

「さて、ガルドさん私は貴方の上に誰が居ようと気にしません。それはきっとジン君も同じでしょう。だって彼の最終目標は、コミュニティを潰した”打倒魔王”だもの」

 

「……はい。僕達の最終目標は、魔王を倒して僕らの誇りと仲間達を取り戻すこと。今さらそんな脅しに屈しません」

 

「そういうこと。つまり貴方には破滅以外のどんな道も残されていないのよ」

 

 久遠さんは少々機嫌を直したようで、とてもいい笑顔でガルドの顎を細い指で持ち上げる。

 

「だけどね。私は貴方のコミュニティが瓦解する程度では満足できないの。貴方のような外道はズタボロになって己の罪を後悔しながら罰せられるべきよ。――――そこで皆に提案なのだけれど……」

 

 本当に楽しそうな笑みを浮かべて久遠さんは言った。

 

「私達と『ギフトゲーム』をしましょう。貴方の”フォレス・ガロ”存続と”ノーネーム”の誇りと魂を賭けて、ね」

 

 



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第三章-変態、遭遇するとのこと-

 日が暮れたころ逆廻さんを捕まえた、木の苗のようなものを抱いた黒ウサギさんと合流した際に嵐のような説教と質問を受けた。それに対して俺と春日部さんと久遠さんとジン少年は。

 

「「「「腹が立ったから後先考えずに喧嘩を売った。反省はしていない」」」」

 

「このお馬鹿様! お馬鹿様! お馬……鹿様!!」

 

 四人同時にまったく同じ言い訳をしたら俺たち三人だけ黒ウサギさんにどこからともなく出したハリセンで引っ叩かれた。一発目の縦ふりを軽く上体を反らせて回避したが、次に来るフルスイングはよけられなかった。

 

「まあまあ、落ち着いて。いいじゃない勝てない喧嘩を売ったわけじゃないんだからさ」

 

「黒瓜さんは楽観視しすぎです! それに今回のゲームで得られるものは自己満足だけなんですよ? この”契約書類(ギアスロール)”を見てください」

 

 黒ウサギは羊皮紙を手に持ってウサ耳をシャキン! とまっすぐにのばして憤慨する。

 

「”参加者が勝利した場合、主催者は参加者の言及する罪を認め、箱庭の法の下で正しい裁きを受けた後、コミュニティを解散する”――――まあ、確かに自己満足だ。時間をかければ立証できるものを、わざわざ取り逃がすリスクを背負ってまで短縮させるんだからな」

 

 ちなみに俺らのチップは”罪を黙認する”だ。これは今後一切このことに対して口を閉ざすってことになるんだけど……。

 

「あー黒ウサギさん二つくらい訂正してもいい?」

 

「はい? なんでございましょう? あと呼び捨てで結構ですよ」

 

「アッハイ。じゃあまず一つ目、今回手に入るのは自己満足だけじゃないよ。敵意しかない相手の組んだギフトゲームの経験を積めること。二つ目は戦う前に事前にこういう連中を裁くための機関に通報しておけばいいのさ。仮に負けたとして、あくまで”ノーネーム”として口を閉ざしますとチップにかけた。そしてさっきあのトラ公が言ってたけど、箱庭に来てからは三十日の自由が約束されているって。つまり”ノーネーム”に所属してない三十日以内の段階ならだれにばらしても問題もないはずじゃないかな?」

 

「確かにギフトゲームでの経験が入るのは当然としても二つ目はちょっと黒ウサギにはわかりかねます」

 

 自分で言っては何だが、俺の無理やりすぎるあくどい発想に黒ウサギは頬を引き攣らせウサ耳をへにょらせ項垂れる。すると久遠さんがまた冷ややかな目でこちらを見てきた。

 

「あら、でも貴方、ジン君の”ノーネーム”に入ろうかなと言ってなかったかしら?」

 

「うん言ったよ。でも入ろうかなと意思を表明しただけで、まだ正式に入っていいと許可をもらった覚えは無いよ?」

 

「でも、あのゲームは”ノーネーム”として受けたゲームよ? ”ノーネーム”に入っていないのならば参加資格もないのではなくて?」

 

「そうだね、でもガルド=ガスパーはそうとは考えてない。意思を表明した時点で”ノーネーム”の一人としてカウントしてる。こちらの今の状態がどうであれ、ね。あのトラ公が勝手にそう思い込んだだけで責められるいわれはないと思うよ」

 

 あっさりと肯定し、そしてニコリと笑顔を浮かべた。この時黒瓜自身は普通に笑顔ができたと思っているが、ほかの五人にはとても邪悪な笑みに見えていた。その笑顔を見て久遠さんは引き攣った笑みを浮かべてため息をついていた。

 

「……貴方って詐欺師の方が向いているんじゃなくて?」

 

「そんなことないよ本当の詐欺師ならもうちょいと先を読んで策を巡らせると思うよ、このくらいで本業の人と比べられたら本業の人たちに失礼だよ」

 

 ハッハッハと大げさに笑う黒瓜であった。

 

「黒瓜さんも、やっぱり問題児なのですよ……。まあ、いいです。”フォレス・ガロ”程度の相手なら十六夜さんだけでも楽勝でしょう」

 

  黒ウサギは笑いながら振り返ると逆廻さんが怪訝そうな顔で黒ウサギを見ていた。

 

「俺は出ねえぞ?」

 

「……HA?」

 

「HA? じゃねえよ。いいか? この喧嘩は、こいつらが売って、やつらが買った。なのにその場にいないかった俺が手を出すのは無粋だって言ってるんだよ」

 

「あら、わかってるじゃない」

 

 一瞬ポカンと呆けた黒ウサギにさも当然のように言う逆廻さん。そして、元からそうさせる気のなかった久遠さん。

 

「……もう、好きにしてください」

 

 疲れ切った黒ウサギはもう言い返す気力も残っていないようで、がっくりと肩を落とすのだった。

 

 

 

 

黒ウサギはジンを先にコミュニティに帰らせて、黒瓜たちを引き連れて”サウザンドアイズ”という所にギフト鑑定に行こうという話になった。

 

「”サウザンドアイズ”ってのはコミュニティの名前か?」

 

「YES。”サウザンドアイズ”は特殊な”瞳”のギフトを持つ者達の群体コミュニティ。箱庭の東西南北・上層下層の全てに精通する超巨大商業コミュニティです。幸いこの近くに支店がありますし」

 

「ギフト鑑定というのは?」

 

「勿論、ギフトの秘められた力や起源などを鑑定することデス。自分の力の正しい形で把握していた方が、引き出せる力は大きくなります。皆さんも自分の力の出処は気になるでしょう?」

 

 黒ウサギは同意を求めるように問いかけるが、黒瓜以外の三人は複雑な表情を浮かべる。各々思う所があるのだろう。反面黒瓜は興味なさげにキョロキョロと周りを眺めている。謎の街路樹から桃色の花びらが散りほのかに甘い香りを漂わせている。

 

「桜の花……ではないわよね? 花弁の形が違うし、真夏なっても咲き続けているはずがないもの」

 

「いや、まだ初夏になったばかりだぞ。気合の入った桜が残っていてもおかしくはないだろ」

 

「……? 今は秋だったと思うけど」

 

「春じゃないのか? 桜満開、春爛漫って感じの? 一週間前に花見をしたばかりだし?」

 

 四人の季節が全く噛み合わないのを聞いていた黒ウサギが、笑いながら説明する。

 

「皆さんはそれぞれ違う世界から召喚されているのデス。元いた時間軸以外にも歴史や文化、生態系など所々違う箇所があるはずですよ」

 

「へぇ? パラレルワールドってやつか?」

 

「近しいですね、詳しくは立体交差並行世界論というものなのですけれども……今からコレを説明を始めると一日二日では説明しきれないと思うので、また別の機会にということで」

 

 話が長くなりそうなので適当に切り上げる黒ウサギ。お目当ての支店について様で蒼い生地に二人の女神が向かい合った旗が掲げられている。入口付近に看板を下ろそうとしていた女性店員に黒ウサギは待ったを、

 

「待っ」

 

「待ったなしです御客様。うちは時間外営業はやっていません」

 

 待ったをかけられなかった、黒ウサギは女性店員を睨みつける。その表情は大層悔しそうだった。

 

「なんて商売っ気の無い店なのかしら」

 

「まあ、しょうがないんじゃない? あちらさんも閉店前なんだし閉店の準備もあるんでしょうよ。帰ろう」

 

「で、でも閉店五分前なのですよ? それでも客を締め出すなんて……」

 

「しょうがないよ、決定権は向こうにあるし諦めようよ。そんでもって帰ろうよ」

 

「さっきから黒瓜さんはなんでそんなに帰りたそうなんですか!? 黒ウサギの拘束を抜けた瞬間移動でお店の中に入ってくださいな」

 

「いや、あれは瞬間移動じゃ――――」

 

「いぃぃぃぃやほおぉぉぉぉぉぉ! 久しぶりだ黒ウサギィィィィィ!」

 

 黒瓜の言葉を遮るように感極まった叫び声が突如として聞こえ、飛来した謎の白い影が黒ウサギに抱き付くようにタックルを仕掛け、街路樹の向こう側にある水路に突っ込んでいった。水柱は立たないものの盛大な落下音がした。

 

「・・・・・・おい店員。この店にはドッキリサービスがあるのか? なら俺も別バージョンで是非」

 

「ありません」

 

「なんなら有料でも」

 

「やりません」

 

 十六夜が真剣に店員に問い、そしてそれを真剣な表情できっぱりと言い切る店員。水路の方ではなんやかんやと話し声が聞こえるが、距離があるせいで何を話しているのか黒瓜には聞き取ることができない。するとおそらく黒ウサギにタックルを仕掛けた白い影の正体が水路から飛んできた。白い髪に和装の少女が十六夜の方へと飛んでいき……。

 

「てい」

 

 彼はその少女を()で受け止めた。

 

「ゴバァ! お、おんし、初対面の美少女を足で受け止めるとは何様だ!」

 

 少なくとも美少女は吹っ飛んでこないだろうし、足で受け止められてゴバァ! で済むほどの超耐久を持ってるとは思わないんですけど。

 

「十六夜様だ。以後よろしく和装ロリ」

 

 ヤハハと笑いながら自己紹介を済ませる逆廻さんをポカンとした表情で見ていた久遠さんは、思い出したかのように逆廻さん曰く和装ロリに話しかける。

 

「貴女はこの店の人?」

 

「おお、そうだとも。この”サウザンドアイズ”の幹部様で白夜叉様だよご令嬢。仕事の依頼ならおんしの年齢のわりに発育がいい胸をワンタッチ生揉みで引き受けるぞ」

 

 なんだこのド変態。と素直な感想を口に出してしまいそうになった黒瓜だが、すんでのところで飲み込む。仮にも相手は超大型商業コミュニティ”サウザンドアイズ”の幹部なのだ、下手なことを言うと出禁にされかねない。黒ウサギがミニスカートや自らの服を絞りながら水路から這い上がってくるなり複雑そうに愚痴る。

 

「うう……まさか私まで濡れる事になるなんて」

 

「因果応報……かな」

 

 耀の鋭いツッコミを受け、悲しげに服を絞る黒ウサギに黒瓜は近づいてき肩にポンと手を置く。

 

「まあまあ()()()()()あげるからさ、そう落ち込まないで」

 

 黒ウサギはえ? と首をかしげるといつの間にか自分の服に先ほどまでまとわりついていた湿り気が無くなっていることに気付く。黒瓜に何をしたのか問おうとしたが。

 

「ふふん、お前達が黒ウサギの新しい同士か。異世界の人間が私の元まで来たということは………遂に黒ウサギが私のペットに」

 

「なりません! どういう起承転結があったんですか!」

 

 白夜叉のボケに対するツッコミで機会を逃してしまった。

 

「まあいい。話があるなら店内で聞こう」

 

「いいのか? 営業時間外なんだろ?」

 

「かまわんよ。だが営業時間外だから、私の私室で勘弁してくれ」

 

 といい白夜叉が歩き出し五人と一匹は後ろについてく。すれ違いざま女性店員に睨まれた気がした。なので後ろにいた黒ウサギに黒瓜は隣に移動して小声で問いかける。

 

「ねえ、さっき店員さんにすっごい睨まれたんだけど、どうして?」

 

「じ、実は”サウザンドアイズ”では”ノーネーム”をお断りされているのです」

 

「それは身元が分からないし信用できないから?」

 

「……はい」

 

 黒ウサギは俯き申し訳なさそうに返事をする。反面黒瓜は。

 

「そっか、じゃあ仕方ないね」

 

 特に気にした風もなくニコリと笑って改めて前を向き元の位置へと戻っていった。

 

 白夜叉さんが障子を開けるとそこは個室というにはやや広めの和室だった。

 

「もう一度自己紹介をしておこうかの。私は四桁の門、三三四五外門に本拠を構えておる”サウザンドアイズ”の幹部の白夜叉だ。この黒ウサギとは少々縁があってな。コミュニティが崩壊してからもちょくちょく手を貸してやっている器の大きな美少女だと認識しておいてくれ」

 

「その外門、って何?」

 

「箱庭の階層を示す外壁にある門ですよ。数字が若いほど中心に近く、同時に強大な力を持つ者達が住んでいます。私たちの住む”ノーネーム”は一番外側の七桁の外門です」

 

 傍らに木の苗を置いた黒ウサギが耀の疑問に答えた。

 

「……超巨大タマネギ?」

 

「いえ、超巨大バームクーヘンではないかしら」

 

「そうだな。どちらかといえばバームクーヘンだ」

 

「んー。俺的にはタマネギの方に一票入れたいかな。中心があるわけだし」

 

 四人の身も蓋もない感想に黒ウサギがまた項垂れる。

 

「ふふ、うまいこと例える。その例えなら今いる七桁の外門はバームクーヘンの一番薄い皮の部分にあたるな。更に説明するなら、東西南北の四つの区切りの東側にあたり、外門のすぐ外は”世界の果て”と向かい合う場所になる。あそこはコミュニティに属してはいないものの、強力なギフトを持ったもの達が住んでおるぞ――――その水樹の持ち主などな」

 

 白夜叉が黒ウサギの持っている木の苗に目を向ける。すると黒瓜が珍しそうに木の苗を見ながら黒ウサギに問う。

 

「そういえばさっきから気になってたけどその苗って何なの?」

 

「これですか? この苗は水樹と言って、水を生み出す摩訶不思議な木なのですよ。箱庭では水も立派な商品。水を手に入れるには他のコミュニティから買うか、もしくは外門から数キロ離れた大河から汲んでくる必要があるのです」

 

「そっか~。向こうでは当たり前のように使ってた水が、こっちではそんなに苦労していたとは……文化の違いってやっぱあるもんだな」

 

 しみじみとした表情で感慨にふける黒瓜に横目に話を戻す白夜叉。

 

「して、一体誰が、どのようなゲームで勝ったのだ? 知恵比べか? 勇気を試したのか?」

 

「いえいえ、この水樹は十六夜さんがここに来る前に、蛇神様を素手で叩きのめしてきたのですよ」

 

 胸を張り自慢げに黒ウサギが言うと。ひどく驚く白夜叉。

 

「なんと!? クリアではなく直接的に倒したとな!? ではその童は神格持ちの神童かの?」

 

「いえ、黒ウサギはそうは思えません。神格なら一目見たら分かるはずですし、現に神格を持っているのは御四人様の中では黒瓜さんだけです」

 

 その場にいた全員が黒瓜の方に目を向ける。呆けながら話を聞いていた黒瓜は急に視線を向けられたことに驚き。おどおどしながら聞く。

 

「え? オレェ? てか神格って何よ? そんなにすごいもんなの?」

 

「神格というのは生来の神そのものではなく、種の最高ランクに体を変幻させるギフトのことだ。更に言えば神格を持つことで他のギフトも強化される。ここ箱庭の住人は己の目的のために神格を得ることを第一目標としているのだ」

 

「てことは……」

 

 とつぶやいた瞬間に十六夜の隣に胡坐をかいていた黒瓜がいなくなり。

 

「これが神格の力だってことかい?」

 

 反対側の耀の隣で胡坐をかいていた。先ほど黒ウサギが瞬間移動と言っていた能力だ。

 

「そうだ、それが神格の宿ったギフトの力。しかし今何を……」

 

「時間を操ったんだろ? 黒継」

 

「おや、バレてた?」

 

 白夜叉の疑問にわかっていたかの様に十六夜が答える。そしてそれをよくわかったね、とおどけるように答える黒瓜。

 

「最初に会ったときあたりをつけていたが、店の前での会話で確信した。お前、黒ウサギの服を乾かす前に言っただろ()()()()ってな。もし乾かすのならもっと別の言い方があっただろ?」

 

 あちゃーぬかったわーと言い笑いながら額に右手を当てる黒瓜。笑っているのはほかでもない、この場にいる十六夜以外の全員が驚いてはいるものの、奇異の目で見ているものがひとりもいなかったからだ。

 

「ハッハッハ。逆廻さんの言う通り、俺の力は時間を操る力。まあ、操るって言っても停止、遡行、加速、減速ができるくらいだよ」

 

 そして耀の隣にいた黒瓜がまた消え、元の位置に戻ってくる。

 

「十六夜でいいぜ、お互い呼び捨ての方が呼びやすいだろ?」

 

「ん、わかった十六夜」

 

「話は戻しますが、白夜叉様はあの蛇神様とお知り合いなのですか?」

 

 明らかに無理やり話を元の方向に修正し、十六夜が殴り倒したとされる蛇神について聞く黒ウサギ。

 

「知り合いも何も、アレに神格を与えたのはこの私だぞ。もう何百年も前の話だがの」

 

 先ほどの黒ウサギと同じように胸を張りながら豪快に笑う白夜叉。それを聞いた十六夜は目を光らせて白夜叉に問う。

 

「へえ? じゃあオマエはあのヘビより強いのか?」

 

「ふふん、当然だ。私は東側の”階層支配者(フロアマスター)”だぞ。この東側の四桁以下にあるコミュニティでは並ぶ者のいない、最強の主催者(ホスト)だからの」

 

 白夜叉が最強の主催者と口走った瞬間、十六夜と同じよう物騒な光を瞳に輝かせた飛鳥と耀が、十六夜と同時に立ち上がる。

 

「ではつまり、貴女のゲームをクリア出来れば、私たちのコミュニティは東側で最強のコミュニティということになるのかしら?」

 

「無論、そうなるのう」

 

 久遠さんがかなり物騒なことを言い、そして白夜叉さんもそれを肯定する。いやな予感がしてきた。

 

「そりゃ景気のいい話だ。探す手間が省けた」

 

 十六夜たちが闘争心を剥き出しにして白夜叉さんを見る。すると白夜叉さんは高らかに笑いだす。

 

「抜け目のない童達だ。依頼しておきながら、私にゲームを挑むと?」

 

「え? ちょ、ちょっと皆様!?」

 

「よいよ黒ウサギ。私も遊び相手には常に飢えている。おんしは参加せんのか?」

 

 驚き焦っている黒ウサギを片手で制し、黒瓜の方へと目を向ける白夜叉。黒瓜は相変わらずやる気のない瞳に鈍い光を灯しながら答えた。

 

「やめとくよ。三人に勝負を挑まれてなおも余裕を崩さない、よくある相場じゃこういう人は例外なく強いし。さっきの黒ウサギの焦り方を見るに大手コミュニティの幹部って理由だけでもなさそうだ。おじいちゃんが言ってた、何事も見た目に騙されちゃいけないって」

 

「ふふ、そうか。――――さておんしら三人にはゲームの前に確認しておく事がある」

 

「なんだ?」

 

 十六夜が怪訝そうな瞳で問い返すと、白夜叉は背筋が凍るような笑みを浮かべて、袂から”サウザンドアイズ”の旗印である向かい合う二人の女神が描かれた、白いカードのようなものを取り出す。

 

「おんしらが望むのは”挑戦”か?――――もしくは”()()”か?」

 

 瞬間、視界が爆発的に変化する。視覚が意味をなさず様々な光景が脳裏をよぎる。記憶にない光景がいくつもを廻ったのちに、一つの場所に収束し投げ出される。

 

「な……!?」

 

「冷たっ!?」

 

 投げ出されたのは広大な雪原と凍り付いた湖畔、そして何より異常なのは太陽と思しき白い星が()()()()()()()()()だ。あまりの異常さに十六夜は絶句し息をのむ。座り込んでいた黒瓜はその異常さに気付く前に、雪の上に座っている冷たさの方に意識が向いていた。

 

「今一度名乗り直し、問おうかの。私は”白き夜の魔王”――――太陽と白夜の星霊・白夜叉。おんしらが望むのは試練への”挑戦”か? それとも対等な”決闘”か?」

 

 魔王・白夜叉。先ほどの背筋が凍るような笑みにとてつもないほどの凄味を感じ、息を飲む黒瓜を含めた四人。

 

「なるほど白夜に夜叉で白夜叉か。太陽であり鬼神でもあるってか……面白い。さしずめこの場はあんたを表してるってことか?」

 

 やる気のない鈍い輝きしか放っていなかった黒瓜の目が、まるでスイッチを入れたかのように爛々とやる気に輝きだした。

 

「如何にも。この白夜の湖畔と雪原。永遠に世界を薄明に照らす太陽こそ、私が持つゲーム盤の一つだ」

 

「これだけの莫大な土地が、ただのゲーム盤……!?」

 

「如何にも。して、おんしらの返答は? “挑戦”であるならば、手慰み程度に遊んでやる。――――だがしかし“決闘”を望むなら話は別。魔王として、命と誇りの限り闘おうではないか」

 

「……っ」

 

 飛鳥と耀、そして自信家である十六夜でさえ即答できなかった。白夜叉がいかようなギフトを持っているのかはわからないが、勝ち目がないことだけは一目瞭然だった。しかし自分たちで売った喧嘩を自分から取り下げるのはプライドが邪魔をした。

 

「気が変わった、手慰み程度に遊んでくれよ」

 

 だが黒瓜は即答した。犬歯を剥き出しにして獰猛な表情で笑う。すると諦めたかのように笑いゆっくりと十六夜が挙手をする。

 

「参った。やられたよ。降参だ、白夜叉」

 

「ふむ? それは決闘ではなく、そこの童と同じで試練を受けるという事かの?」 

 

「ああ、これだけのゲーム盤が用意出来るんだからな。アンタには資格がある。――――いいぜ今回は黙って()()()()()()()、魔王様」

 

 吐き捨てるように言う十六夜に対して白夜叉は吹き出し腹を抱えて笑い出した。

 

「く……くく……して、他の童達も同じか?」

 

「……ええ。私も、試されてあげてもいいわ」

 

「右に同じ」

 

 ほかの二人も不愉快そうな顔をして返答する。それを見て白夜叉も満足そうに声を上げる。

 

「も、もう! 黒瓜さんまでなんで喧嘩を売ってるんですか!? ”階層支配者”と新人が喧嘩をその場で売り買いするなんて冗談にしては寒すぎます! それに白夜叉様が魔王だったのは、何千年も前の話じゃないですか!!」

 

「なんだと? じゃあ元・魔王様ってことなのか?」

 

「はてさて、どうじゃったかの」

 

ケラケラと笑い十六夜の質問をはぐらかす。その時、遠くの山から甲高い鳴き声が聞こえた。それは鳥とも、獣とも聞こえる叫び声に反応したのは耀であった。

 

「何? 今の鳴き声。初めて聞いた」

 

「ふむ……あやつか。おんしら三人を試すには打って付けかもしれんの」

 

 鳴き声が聞こえた山の方へ白夜叉が手招きをする。すると巨大な獣が翼を広げて滑空し黒瓜たちの前に舞い降りた。

 

「グリフォン……嘘、本物!?」

 

 耀が感極まったように声を上げる。

 

「フフン、如何にも。あやつこそ鳥の王にして獣の王。”力” ”知恵” ”勇気”の全てを備えた、

ギフトゲームを代表する獣だ」

 

 グリフォンが白夜叉さんの隣へ行き深く頭を下げ、そして俺たちををまっすぐ見る。

 

「さて、肝心の試練だがの。おんしらとこのグリフォンで”力” ”知恵” ”勇気”の何れかを

比べ合い、背に跨って湖畔を舞う事が出来ればクリア、ということにしようか」

 

 そう言いながら白夜叉は先程のカードを取り出す。すると虚空から”主催者権限(ホストマスター)” にのみ許された輝く羊皮紙が現れ、白夜叉はそれに記述する。

 

『ギフトゲーム名 ”鷲獅子の手綱”

 

 ・プレイヤー一覧 

 逆廻 十六夜

 久遠 飛鳥

 春日部 耀

 

 ・クリア条件 グリフォンの背に跨り、湖畔を舞う。

 

 ・クリア方法 ”力” ”知恵” ”勇気”の何れかでグリフォンに認められる。

 

 ・敗北条件 降参か、プレイヤーが上記の勝利条件を満たせなくなった場合。

 

 宣誓 上記を尊重し、誇りと御旗とホストマスターの名の下、ギフトゲームを開催します。

”サウンドアイズ”印』

 

「ちょっと待て、俺の名前が無いぞ」

 

 一通り”契約書類”を呼んだあと黒瓜が不機嫌そうな顔で白夜叉に文句を言う。すると白夜叉はさっきの背筋が凍る笑みを浮かべ、答えた。

 

「おんしは、私が直々に相手をする。安心せい手加減はしてやるでの」

 

「了承した、ちなみに理由を聞いても?」

 

「そうじゃのう……ひとえに言えば面白いからかの。あれだけの力の差を見せつけられておいてなお、遊んでくれとのたまったのだ。それ相応の報酬を用意してやらねば」

 

「お心遣い痛み入ります、元・魔王様」

 

 と黒瓜と白夜叉が話し終えると、もうすでに挑戦者が決定していたらしい。指先までしっかり伸ばして耀が「私がやる」と言い十六夜たちからもGOサインをもらっていた。

 

 グリフォンもいつの間にか黒瓜たちの目の前から数メートル離れた場所にたたずんでいた。耀は抱いていた三毛猫を降ろして小走りで近寄る。一呼吸置きそして話しかけた。

 

「え、と……初めまして春日部耀です」

 

 ビクリとグリフォンの体が跳ねる。おそらく春日部さんのギフトがグリフォンにも通じた証しだろう。

 

「私を貴方の背に乗せ……誇りをかけて勝負しませんか?」

 

 春日部さんの言葉を聞いた瞬間にグリフォンの目に闘志が宿った気がした。グルルル、と威嚇をするような唸り声を上げる。

 

「貴方が飛んできたあの山脈。あそこを白夜の地平から時計回りに大きく迂回し、この湖畔を終着点と定めます。貴方は強靭な翼と四肢で空を駆け、湖畔までに私を振るい落とせば勝ち。私が背に乗っていられたら私の勝ち。・・・・・・どうかな?」

 

 春日部さんはそのまま勝負の細かい内容を提案し小首を傾げる。するとグリフォンはグルと唸る。

 

「命を賭けます」

 

 おそらくはグリフォンの誇りと引き換えに何を賭けるのか、問われたのだろう。それを聞いて慌てる久遠さんと黒ウサギ。

 

「だ、駄目です!」

 

「か、春日部さん本気なの!?」

 

「貴方は誇りを賭ける。私は命を賭ける。もし転落して生きていても、私は貴方の晩御飯になります。……それじゃ駄目かな?」

 

 春日部さんの提案にさらに動揺する黒ウサギと久遠さん。それを俺と十六夜がきつめの声で二人を制する。

 

「本気だろう、冗談であんなこと言ったらあのグリフォンに失礼だろ。それに春日部さんの提案したことだ、俺たちが口を挟んでいい事じゃない」

 

「ああ、無粋な事はやめとけ」

 

「でも……」

 

「大丈夫だよ」

 

 春日部さんはこちらに振り向きニコリを笑って頷く。そしてグリフォンに向き直るとグリフォンが春日部さんが跨がれるように姿勢を落とす。春日部さんは手綱を握りグリフォンの背に跨る。

 

「準備はよいな?」

 

 白夜叉さんが問いかけると春日部さんは頷く。そして始まる前に何やら口が動いていたが聞き取ることはできなかった。

 

「よぉぉぉぉぉい、スタート!!」

 

 白夜叉が合図を出した瞬間、グリフォンが旋風を巻き上げて空へと飛び立った。

 

「すげえな、グリフォンってのは。空を踏みしめて飛んでいやがる」

 

 黒瓜が驚嘆の声を上げている間に、グリフォンがぐんぐんと加速し瞬く間に森林を越えて飛んできた山の陰へと姿を消す。間もなく頂上よりさらに上へと急上昇し、そこからさらに急降下するように速度を上げ、なおも振り落さんと旋回と回転を繰り返し地平ギリギリまで高度を落とす。勢いを落とさぬままスタート地点でありゴール地点でもある湖畔の元へ疾走するグリフォン。そして耀の勝利が確定した瞬間に耀の体が空中へと投げ出された。助けに入ろうとした黒ウサギを十六夜が止める。

 

「待て! まだ終わってない!」

 

 黙って耀の動きを見ていると真っ逆さまに落ちていた耀の体がを少しずつ整い始め、最後にはまっすぐふわふわと飛翔していた。そのままさっきのグリフォンのように空中を踏みしめて雪原に降り立った。

 

「やっぱりな。お前のギフトって、他の生き物の特性を手に入れる類だったんだな」

 

 降りてきた春日部さんにみんなが近づき十六夜が春日部さんのギフトの正体を看破した。しかし春日部さんはムスッっとした声音で返答した。

 

「違う、これは友達になった証。けど、いつから知ってたの?」

 

「ただの推測。お前黒ウサギと出会った時に”風上に立たれたら分かる”とか言ってたろ。そんな芸当は人間にはできない。だから春日部のギフトは他種とコミュニケーションをとるわけじゃなく、他種のギフトを何らかの形で手に入れたんじゃないか……と推察したんだが、それだけじゃなさそうだな。あの速度で耐えられる生物は地球上にいないだろうし?」

 

 興味津々な十六夜の視線をよけて、駆け寄ってきた三毛猫を抱き寄せる。その向こうで拍手を送る白夜叉と、じっと耀を見つめ唸るグリフォン。

 

「うん。大事にする」

 

「いやはや大したものだ。このゲームはおんしの勝利だ。……いろいろと聞いてみたいところではあるが、次はおんしの番だ」

 

 輝く羊皮紙が黒瓜の前に舞い降り、それを受け取る。

 

『ギフトゲーム名”黒い亀との徒競走”

 

 ・プレイヤー一覧 

  黒瓜 黒継

 

 ・クリア条件 山を登り支給された旗を頂上に立てる

 

 ・敗北条件 降参か、主催者が先の到達し旗を立てた場合

 

 ・禁止事項

  飛行系のギフトの使用

  参加者、主催者へ直接危害を加える行為

 

 宣誓 上記を尊重し、誇りと御旗とホストマスターの名の下、ギフトゲームを開催します

                                                                     ”サウザンドアイズ”印』

 

 ”契約書類”を三度四度しっかりと読み込む。そして少々考えると頼みごとをすべく飛鳥の方に近づく。

 

「久遠さんちょっと頼みごとがあるんだけどいい? 実は……」

 

 頼みごとをこしょこしょと耳打ちすると、予想通りすごく嫌そうな顔をしたが渋々了解してくれる久遠さん。一応理解はしてくれたようだ。また今度何か埋め合わせしないと。

 

「審判は黒ウサギにしてもらう。よいな?」

 

 白夜叉が黒ウサギに問うと、わかりましたと快諾する。そして白夜叉が柏手を打つと二本の旗が雪原に突き刺さる。大きさはおよそ百五十センチほど、白夜叉の方には”サウザンドアイズ”のシンボルである双女神の旗が、黒瓜の方には無地に黒い時計塔のようなものが描かれた旗が靡く。旗を立てるギフトゲームに旗のない”ノーネーム”ではいささか寂しいのでは? というい白夜叉なりの気遣いなのだろうか。

 

「ゴールはあの光の根元としよう」

 

 白夜叉が扇子を最も高い山の山頂へ向けるとそこから白い光が柱のようにまっすぐと伸びる、距離にしておおよそ二十キロ程度だろう。明確なゴールが設定されたことにより、”どの山の山頂なんて決まってない”という屁理屈を封じられ、黒瓜はチッと舌打ちする。それを見て白夜叉はフフンと笑う、まるでその程度の事お見通しだと言わんばかりに。お互いが丁度光の柱と一直線になるよう横に並ぶ、そして黒ウサギが黒瓜たちより一歩半前に出て手を上げる。

 

「ではよーい……」

 

「ねえ白夜叉?」

 

 小さく白夜叉にだけ聞こえるように飛鳥が声をかけるそして。

 

「そこを()()()()()()()()()かしら」

 

「な……!?」

 

「スタート!」

 

 飛鳥のギフトが白夜叉に作用し体を硬直させて表情が変わる。そして黒瓜だけがロケットめいたスピードで走りだし、雪原に刺さった旗を()()引っこ抜く。そして白夜叉の旗を反対側の森の方に思いっきり投げ飛ばし空を駆け上ってゆく。それに逸早く気づき異議を申し立てたのは黒ウサギだった。

 

「黒瓜さん!? 飛行系のギフトは――――」

 

「違うぞ黒ウサギ。あれは飛行しているわけじゃない。あれは時間を止めた空間を足場にしてその上を走っているだけだ」

 

 禁止されているのは空を飛行するギフトだ、黒瓜が行っているのはあくまで空中に足場を作ってその上を走っているだけでルールには抵触しない。数秒後、白夜叉は飛鳥のギフトの拘束を解き黒瓜によって投げ飛ばされた旗を回収すべく、投げ飛ばされた方へと走り出す。一方黒瓜は、時間を止めた空間を思い切り踏みしめて跳躍する。しかしその跳躍は黒瓜本人が想像したよりも高く飛び上がった。

 

 おかしい、トラ公の腕を掴んだ時もそうだが、前の世界にいた時よりも肉体のスペックが上昇している。前の世界なら跳べてせいぜい五メートル近くが限界だったのに、今ではおよそ三倍近く跳躍力が上がっている。いや、そんなこと考えている余裕はない。そろそろ投げた旗を白夜叉さんが回収する頃だろう。

 

 現在森林区間に入って半分ほど経過した場所、距離にしておよそ八キロ地点、さらに黒瓜はスピードを上げさらに高く飛び上がる。その瞬間背筋がゾクリと粟立つ、とっさに世界の時間を停止させ背後を見ると額に青筋を浮かべ、まさに悪鬼のような形相で黒瓜と同じよう空に足場を作りその上を走り、こちらを猛追する白夜叉の姿が。白夜叉の姿を視認した瞬間、黒瓜の背中から多量の冷汗が噴き出した。

 

 やばい、勝つためとはいえやり過ぎたと黒瓜は歯噛みした。もう出し惜しみしている場合ではない、このままでのスピードでは間違いなく追い抜かれる。世界を時間を四分の一に減速し、自らの体とその周りの時間を四倍に加速する。その瞬間世界の停止が解除され白夜叉の猛追が始まる。通常時間のおよそ十六倍で走っているにも関わらずじりじりと距離が詰まりお互いの間はおよそだが四百メートルを切っている、ゴールまで残りおよそ三分の一程度。このスピードなら二分も経たずに勝敗は決定する、だがここまで白夜叉が何もアクションを起こしてこないのが黒瓜にとって気がかりだった。

 

 単純にアクションを起こそうにも、追いつかない限り行動を起こせない。という可能性も捨てきれない、旗を投げ山頂に立てるという方法もありそうだが、それを弾かれて別の場所に飛んで行ってしまったらかなりのロスになる、それどころか最悪敗北までありうるからアイデアとしてはまだあまい。もしかしたらゴール地点に旗を立てる直前、もしくはその瞬間に山の頂上もしくは山自体を吹っ飛ばす、なんて暴挙に出るのも最終手段で思い付きはしたが流石にそんなことまではしてこないだろう。と思いたい。

 

 ゴール地点までもう目と鼻の先、数秒もしたら勝負がつく。白夜叉との距離はおおよそ百メートル程度、最後の足場を思い切り跳躍した時、フッと嫌な予感が脳裏をよぎり振り返ると右半身を半歩後ろに下げ右腕を腰だめに構え弓のように引き絞る白夜叉の姿が。その口元はニヤリと口角を吊り上げ笑って、否、嗤っていた。

 

 吹っ飛ばす気だ、ゴール地点ごと山脈を。やると言ったらやる凄味を感じた。あくまで黒瓜に触れることなく、山脈を吹っ飛ばそうとしているため、おそらくではあるが禁止事項に抵触しない。なぜなら、()()()()()()()()()()()からだ。フルで時間を止めれば三秒、こっちに来てから肉体のスペックが上がったということは能力にも何らかの影響が出ているはず、おそらく五秒近くは止められるはずだ。世界を停止させる。だが白夜叉の拳が前方に突き出される瞬間でもあった。残り四秒、頂上に着地する。残り二秒、白い光の根元に立つ。残り一秒、旗を振り上げ光の根元に突き刺す。タイムリミット、世界が動き出し白夜叉の拳が放たれる。その拳圧で山脈が土埃を巻き上げて轟音とともに崩壊する。

 

「む、ちとやりすぎたかの?」

 

 土埃が完全に晴れると山脈の大部分が削り取られ、大きくごっそりと抉られていた。しかし光の柱とその根元は不自然なほど、綺麗に残っておりそこには地面に手をつき旗を支えている黒瓜と無地に黒い時計塔が描かれた旗が悠然と靡いていた。こうして白夜叉との追いかけっこは黒瓜の勝利に終わった。

 

 

 

 



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第四章-問題児たち、ノーネームの惨状を知るとのこと-

 

「して、おんしはゲームの始まる前なら、ルールに縛られないと踏んだということか?」

 

「はい、すいません」

 

 某声優の真似をする某声優の真似をしながら平謝りをする黒瓜。そんな彼は今、雪の上で正座させられている。あの追いかけっこの直後、旗を立てた場所に倒れて動けなくなってしまった黒瓜を、白夜叉が担いで元の場所に戻ってきた後雪の上に強制的に正座させたのだ。

 

「しっかしよくもまあこんな恥も外聞もない方法を思いつくものだ」

 

「いや~ゲームが始まる前の不調や準備不足はあくまで参加者(プレイヤー)主催者(ホスト)のせいですし」

 

「ああん?」

 

「はい、すみません」

 

 言い訳を言った瞬間にドスの利いた声で白夜叉に恫喝され、また平謝りをする。

 

「まあよい。あれがルール違反ならゲームが始まった時点で、おんしが敗北になるはずだろうしの。しかし最後のあれはなんだ? 山脈を丸ごと吹っ飛ばすつもりで放ったのだが、おんしが居たところだけがなんともなかったのだ?」

 

「あれは単純にあの場所の空間の時間を止めただけですよ。時間を止めた空間は外部からの干渉を一切遮断しますから」

 

 たはは~と笑いながら、あっけらかんととんでもない事を言う黒瓜。

 

「で、俺はいつまで正座してなきゃいけないの?」

 

「ところで、聞きたかったのだが、おんしのギフトは先天性か?」

 

 黒瓜の質問を無視して、白夜叉が耀の方へと向き直り少し前の耀のギフトについて聞く。そのあと木彫りのようなペンダントを見せて何やら話していたが、系統樹だとか輪廻の流転だとかさっぱり訳が分からず、いつの間にかいろいろと話が進んでいた。

 

「よ、よりにもよってギフト鑑定か。専門外どころか無関係もいいところなのだがの」

 

 いつの間にか当初の目的のギフト鑑定の話になっていた、白夜叉を見ると和服の裾で困ったように口元を隠していた。

 

「どれどれ……ふむふむ……四人とも素養が高いのはわかる。だがこれだけでは何とも言えん。おんしらは自分のギフトの力をどれくらい把握している?」

 

「企業秘密」

「右に同じ」

「以下同文」

「一応六割がたは」

 

「うおおおおい? 仮にも対戦相手にギフトを教えるのが嫌なのは分かるが、それでは話が進まんだろうに。後おんしはなんで急に素直になっておるのだ」

 

「おじいちゃんが目上の人の言うことは素直に聞きなさいって言ってたものですから」

 

「おんしの中でのおじいちゃんはどれだけの優先度を持っておるのだ」

 

 ん~一番かな~と適当に答えてケラケラと笑う黒瓜。

 

「別に鑑定なんていらねえよ。人に値札張られるのは趣味じゃない」

 

 きっぱりと鑑定を嫌がる十六夜とそれに同意するように頷くほか二人。それを聞いてぐぬぬ唸り困り果てて頭を掻く白夜叉は突如ひらめいたかのようにポンと手をたたいた。

 

「よかろう、では主催者(ホスト)として、星霊の端くれとしてちょいと贅沢な代物だが試練をクリアしたおんしらに”恩恵(ギフト)”を与える。コミュニティ復興の前祝いとしてはちょうどいいだろう」

 

 白夜叉がパンパンと柏手を打つ。すると四人の前に光り輝くカードが現れそれぞれが手に取ると別々の色へと染まる。そのカードには各々の名前と自らに宿るギフトが記されていた。

 

 十六夜のコバルトブルーのカードには”正体不明(コード・アンノウン)”。

 

 飛鳥のワインレッドのカードには”威光(いこう)”。

 

 耀のパールエメラルドのカードには”生命の目録(ゲノム・ツリー)””ノーフォーマー”。

 

 黒瓜の下半分が純白で上半分が漆黒のカードには”時間神の世界””ホワイト・ブラッド””恩師トノ誓イ(オジイチャントノヤクソク)”。

 

 全員が全員しげしげとカードを見ていると黒ウサギがハイテンションで驚く。

 

「ギフトカード!」

 

「お中元?」

「お歳暮?」

「お年玉?」

「商品券? それとも相手のライフポイントを三千回復してくれるの?」

 

「違います! なんですかライフポイントって!? それに息が合いすぎです!? このギフトカードは顕現しているギフトを収納できていつでも取り出せる超高価なカードなんですよ!」

 

「つまり素敵アイテムってことでオッケーか?」

 

「ドラクエ的にいえば大きな袋みたいなもんか」

 

「それならシレン的にいえば保存の壺だな」

 

「だからなんで聞き流すんですか!? そうです超素敵アイテムなんです! あとどらくえ? がなんだかわかりませんが袋や壺なんかと一緒にしないでください!」

 

「本来ならコミュニティの名前と旗印も記されるのだが……おんしらは”ノーネーム”だからの。少々味気ない絵になってしまっているが、文句は黒ウサギに言ってくれ」

 

「まあいいんじゃない? 俺たちがコミュニティ復興を達成した暁には、ここに旗印と名前が刻まれるんだ。そう思うとその瞬間が楽しみで仕方ない」

 

 とニコニコしながらカードを眺める黒瓜。すると恩師トノ誓イ(オジイチャントノヤクソク)と書かれた文字が次第に薄れ師トノ誓(ヤクソク)までに減ってしまった。黒瓜は慌てて白夜叉に詰め寄る。

 

「白夜叉さん!? 白夜叉=サン! 大変!? ギフトネームの文字が一部消えたんだけど!?」

 

「なんじゃと?」

 

 怪訝そうな顔で黒瓜のギフトカードを覗き込む。その際黒瓜はこれが消えたと指を指して示す。

 

「ふむふむ。これは制約系のギフトだの」

 

「制約系?」

 

 黒瓜は軽く首を傾げて白夜叉に問う。

 

「うむ、その名の通り与えた者の力や霊格を抑えたり封印したりするギフトのことだ。見たところ神格を得ていたおんしの力なり霊格なりを、こちらに来る前の世界にある程度適合させるために与えられたものだ。それを約束という形でおんしに制約をかけたのだろう、少しでも生きやすいようにとな」

 

「そっかやっぱりおじいちゃんの仕業だったのか。文字が消えたってことはその制約が消えつつあるってこと?」

 

「どちらかといえば内に秘められていた力を、少しずつ引き出せるようになっておるようだ。おそらくこのギフトの文字が完全に消えてしまえば、おんしの本来の力と霊格を扱えるようになるはずだ。しかしおんしの言うおじいちゃんとは何者なのだ?」

 

「さぁ? 近所でちょっと変わり者で、ほら吹きが有名なおじいちゃんだよ。小さな一軒家に住んでて力に目覚めた俺にいろいろ教えてくれた人。力のある人間はかくあるべしってね、他にも武勇伝とか話してくれてたなあ……今思うとおじいちゃんって箱庭の関係者だったんだね」

 

 おじいちゃんのことを思い出し一度クスリと笑う。決して後ろで十六夜が黒ウサギを追いかけ回して、水樹を収納したギフトカードから水を出して黒ウサギを濡れネズミならぬ濡れウサギにしようとしている光景に笑ったわけではない。

 

 その後、ギフトカードの正式名称や十六夜のギフトがある意味特殊なものであることを知り、ようやく白夜の雪原から解放されてサウザンドアイズの支店から出る。もちろんロビーに出てから店の暖簾を潜って外に出るまで女性店員さんにずっと睨まれていた。

 

「今日はありがとう。また遊んでくれると嬉しい」

 

「あら、駄目よ春日部さん。次に挑むときは対等な条件で挑むのだもの」

 

「ああ、吐いた唾を飲み込むなんて、恰好付かねえからな次は渾身の大舞台で挑むぜ」

 

「それじゃ、次の挑戦は俺も混ぜてもらおうかな、白夜叉さんとのゲームは楽しかったし……死ぬかと思ったけど」

 

「よかろう、楽しみにしておけ。……ところで」

 

 白夜叉の表情がおちゃらけた幼女の顔から真剣な表情に変わる。

 

「改めて聞かせてくれ。おんしらは自分たちのコミュニティがどういう状況であるか、はっきり理解しているか?」

 

「ああ、名前とか旗の話か? それなら聞いたぜ」

 

「もちろんそのために旧ノーネームを下した魔王と戦わなければならないことも、ね」

 

「では、おんしらはそれを理解した上で、黒ウサギのコミュニティに加入するのだな?」

 

「ええそうよ。打倒魔王なんてカッコいいじゃない」

 

 飛鳥はフフンっと胸を張って答えるその解答には十六夜も、耀も、黒瓜も同調している。その様子に白夜叉は軽くため息を漏らす。

 

「”カッコいい”で済む話ではないのだがの……全く、若さゆえなのか。無謀というか、勇敢というか。まあ、魔王がどういうものかはコミュニティに帰ればわかるだろ。それでも魔王と戦う事を望むというなら止めんが………そこの娘二人。おんしらは確実に死ぬぞ」

 

 白夜叉の助言という名の死の宣告を受け、飛鳥も耀も何か反論しようと言葉を探すが白夜叉の威圧感がそれを許さない。そして今度は黒瓜の方を見る。

 

「おんしに一つ聞いておきたいことがある。おんしは時間の遡行ができるといったな?」

 

「うん、言った」

 

「ならば、()()()()()()()()()()()ことは可能か?」

 

「可能だ、だけどそんなことはしない。おじいちゃんから絶対にやっちゃいけないって念押しされてる」

 

「そうだ、それでいい。その言葉を忘れるな? この際だから言っておく。世界の時間を戻してしまったらおんしは、おんしと同じ時間を司る神々に魔王の烙印を押される。主催者権限(ホストマスター)を手にすることはできるが、魔王としていずれ何某かに討たれる事となる。そうならぬようゆめゆめ忘れるでないぞ?」

 

「当然、わかっている。魔王になったのなら、ノーネームの彼らにでもゲームを吹っ掛けて華々しく散ってやるさ」

 

「ふふ、何かあればいつでも遊びに来るがよい、私は三三四五外門に本拠を構えておるでの」

 

 わかった、その時はよろしく頼む、と礼を言いサウザンドアイズの支店を後にした。

 

 

 

 

「これはひどい」

 

 サウザンドアイズの支店を後にした黒瓜たち問題児一行は”ノーネーム”本拠にある居住区に足を運んでいた。その光景は紛れもなく廃墟だ、しかも明らかに自然で不自然だった。まるでこの居住区だけが外界から切り離されているかのように、時間の進みが明らかにおかしかった。十六夜は一つの廃屋に近づき、木材で作られた囲いの破片を拾い上げる。するとボロボロと乾いた音を立てて崩れ落ちる。十六夜は乾いた笑いを浮かべて黒ウサギに問う。

 

「おい、黒ウサギ。魔王との戦いがあったのは――――()()()()のことだ?」

 

 黒ウサギはその質問に顔を伏せ静かに答える。

 

「僅か三年前にございます」

 

「おかしいな。この寂れ方はどう見ても戦いによって発生した寂れ方じゃない。どれだけ少なく見積もっても三百年近くは放置されて自然風化したような寂れ方だ」

 

 黒ウサギの回答にしかめっ面で答える黒瓜。少し進むとベランダに放置されたティーセットを見て飛鳥が悲痛な感想を言う。

 

「まるで、生活していた人が突然姿を消したみたいね」

 

「……生き物の気配が全くない。整備されていない人家なのに獣が寄り付かないなんて」

 

 耀もまた悲痛な感想を述べる。黒ウサギは廃屋から目を背けて黒瓜たちに向き直る。

 

「………魔王とのゲームはそれほどの未知の戦いだったのでございます。彼らがこの土地を取り上げなかったのは魔王としての力の誇示と、一種の見せしめでしょう。彼らは力を持つ人間が現れると遊び心でゲームを挑み、二度と逆らえないよう屈服させます。僅かに残った仲間達もみんな心を折られ………コミュニティから、箱庭から去って行きました」

 

「なあ、黒継。この廃墟を元に戻すのにどれだけ時間がかかる?」

 

 十六夜は黒瓜に問う。少し顎に手を当て考え込み、やがて答える。

 

「そうだな今の力でいけば、不眠不休で三年と半年ってところか。土壌だけなら一年と少しだな。しかし十六夜よ、なぜそんなことを聞く? それは興味本位か? それとも……」

 

 黒瓜は真剣な表情に変えて十六夜に問う。しかし十六夜はいつもと変わぬ楽しそうな笑みを浮かべる。

 

「魔王に対する一種の宣戦布告か、か? 反抗意識は潰えていないと誇示するってか? いいなそれ。もっともその魔王様が今もつぶしたコミュニティを監視してるとは思わないが」

 

「そうだな。遊び終えて飽きたおもちゃは、物置の奥底にしまわれるのが世の常だしな」

 

 黒瓜も十六夜の意見に同意した。しかもその眼は十六夜と同様で、爛々と輝かせ今までにないほどのやる気を灯した目であった。

 

 

 

 

 ところ変わって”ノーネーム”のある程度整備された居住区画、水門前。黒ウサギの言っていた。貯水池に水樹の苗を設置するために貯水池に足運んだ。そこにはサウザンドアイズに行く前に分かれたジンとブラシやら箒やらを持った子供たちが水路をきれいに掃除していた。

 

「あ、みなさん水路と貯水池の準備はできてますよ」

 

 ジンが額の汗を拭い子供達とともに黒ウサギ達の元に歩いてくる。皆ワイワイガヤガヤと同時に話しかけてくる。

 

「黒ウサのねーちゃんお帰り!」

「眠たいけどお掃除手伝ったよ!」

「ねえねえ、新しい人達って誰!?」

「強いの!? カッコいい!?」

 

「YES! とても強くて可愛い人達ですよ! 皆に紹介するから一列に並んでくださいね」

 

 黒ウサギの一言で一列に迅速に並ぶ子供達、意外に統率されている動きであった。数はおおよそ二十人前後、中には猫耳や狐耳の少年少女もいた。もう一度言おう。猫耳や狐耳の少年少女もいた。黒瓜は目に入った瞬間にモフりたいという衝動に駆られるが少し我慢する。

 

「右から逆廻十六夜さん、久遠飛鳥さん、春日部耀さん、黒瓜黒継さんです。皆も知っている通り、コミュニティを支えるのは力のあるゲームプレイヤーです。ギフトゲームに参加できない者達はプレイヤーの私生活を支え、励まし、時には身を粉にして尽くさなければなりません」

 

「あら、そんなのは必要ないわよ。もっとフランクにしてくれても」

 

「駄目です。それでは組織は成り立ちません」

 

 きっぱりと黒ウサギは断言する。おそらくは今まで黒ウサギ一人でやりくりしていたが故の厳しさなのだろう。

 

「コミュニティはプレイヤー達がギフトゲームに参加し、彼らのもたらす恩恵で初めて生活が成り立つのでございます。これは箱庭の世界で生きてく以上、避けることができない掟。子供のうちから甘やかせば子供の将来のためになりません」

 

「……そう」

 

「まあ、子供ってのはそういうもんさ。甘やかしすぎたり厳しすぎたりしたら俺みたいなひねくれ者が出来上がっちまうぞ」

 

 黒ウサギも十六夜も飛鳥も耀も黒瓜の俺みたいなひねくれ者といった瞬間に、黒瓜のように育った子供達を思い浮かべ背中にゾワリと悪寒が走ったのは言うまでもない。

 

「ここにいるのは子供達の年長組です。ゲームには出られないものの、見ての通り獣のギフトを持っている子もおりますから、何か用事を言いつける時はこの子達を使ってくださいな。みんなも、それでいいですね?」

 

「「「「「よろしくお願いします!」」」」」

 

 二十人前後の子供達が同時に一斉に声を張り上げて叫ぶ。

 

「ハハ、元気がいいじゃねえか」

 

「そ、そうね」

 

「ハッハッハよろしくなーとりあえずモフらせろー」

 

 黒瓜が適当になお投げ槍に言うと猫耳、狐耳の少年少女がわーっと笑いながら散り散りにばらけて逃げる。それを軽く追いかける黒瓜。それを傍からから見る十六夜たち。

 

「これから子供関係は黒瓜に任せるか?」

 

「そうね、それもいいわね」

 

「……うん」

 

 黒瓜の聞いていないところで担当のようなものが決まっている瞬間でもあった。

 

 その後黒瓜がめんどくさくなって諦めた後、狐耳の少女のリリが黒瓜の元に歩いてきたので軽く名前を聞いたのちに、頭と尻尾を撫でて満足した。水樹を台座に設置した時に、屋敷への門を開いた十六夜が勢いよく流れてきた水にさらされて、今日一日で三度目のずぶ濡れになった。もともと台座には龍の瞳とやらが置いてあったそうで、十六夜も黒瓜も欲しがり黒ウサギにどこにあるのかと問い詰めたが適当にはぐらかされてしまった。

 

 屋敷についたころにはもう夜中になってしまった。どこに泊まるのかと質問したところ、コミュニティの伝統としてギフトゲームに参加できる人に序列を与えて、上の者から最上階に住むそうなのだそうだ。飛鳥が屋敷の脇に建つ建物のことを聞くと子供たちが泊まっている館だそうだ、それを聞いたとき十六夜が悪い笑顔を浮かべた。

 

「そういや、黒継の立場はどうなるんだ」

 

「黒瓜さんの立場、でございますか?」

 

 黒ウサギが十六夜にオウム返しをする。すると飛鳥が細かい補足をする。

 

「そういえば、黒瓜君は”ノーネーム”に加入したいって意思があるだけで、まだ正式に加入したわけではなかったわね」

 

「ああ、それなら一時的に宿を借りてるって扱いでいい」

 

「なら黒継は母屋じゃなくて別館な」

 

 と十六夜はニヤッっと笑って親指で別館を指しながら言った。それに何故か黒ウサギが猛反論する。

 

「”別館な”じゃありません! ノーネームのためにフォレス・ガロとのギフトゲームのプレイヤーになってくれた黒瓜さんに別「いいぞ別に」いいんですか!?」

 

「かまわんかまわん。だけど正式に加入するときになったら、ちゃんと母屋に住ませろよ?」

 

 十六夜はもちろんだとも、と言いながら黒ウサギ達とともに母屋の方に入って行き、黒瓜は別館の方に向かった。どうせ黒ウサギ達女性陣が先に風呂に入るであろうと思ったからだ、だからせめて先に別館に行ってとりあえず眠れそうな場所を確保しておこうと目論んだ。

 

 別館のロビーにある窓から朝日が直接当たらない場所のソファーを寝床として確保した後、少しくつろぎ外に出る。さっき別館に入る少し前から何者かの視線を感じたからだ。別館の裏手に回ると退屈そうにしゃがみこんでいる十六夜を発見した。

 

「よう、どうした? 星でも見に外に出てきたのか?」

 

「ん? 黒継か。お前も気づいたのか」

 

(ひと)がせっかく気づいてない風を装って、今こっち見てる連中を出やすくしてやったのに。配慮の読めないやつだな」

 

「ヤハハ何言ってやがる。気づいてない風とか言って、視線のある方をガンガン警戒してんじゃねえか」

 

「出会った時に行ったはずだぞ? いじめられっ子は視線に敏感なんだ。誰かに見られてると思うとそれが何であろうと警戒しちゃうんだよ。まあいいや、そろそろ出てきてくれよ。こちとら結構長い間起きてて眠たいんだよ」

 

 十六夜との会話を打ち切り、黒瓜は視線の方に声をかける。しかし視線の主は揺らぐことなく反応もない。はぁ……とため息をついて足元にあるピンポン玉くらいの大きさの石を拾い上げ、振りかぶり見事なオーバースローで投擲した。

 

 その石は音の壁を軽々と突き抜けて第一宇宙速度に到達し、木々を薙ぎ倒し地面を抉り轟音を立てて視線の主たちを吹き飛ばし、抉られた地面の上にバタリバタリと落ちてきた。

 

「なんですか今のは!?」

 

「あ、ごめん力加減を間違えた。あと無礼なお客様への粗茶みたいなものを提供してあげてた」

 

 別館から慌てたジンが出てきて黒瓜達に問い、黒瓜がさらりと答える。

 

「ふーん、ただの人じゃないみたいだな」

 

 黒瓜は地面に倒れている人影を見て感想を述べた。そのうちの何人かがフラフラと立ち上がり黒瓜の方を見る。

 

「な、なんという力だ……蛇神を倒したという噂は本当だったのか!?」

 

「いや、やったの俺じゃねえから。つか箱庭って噂が広まんの早いのな、数時間前だろ? 蛇神さんぶっ飛ばしたの」

 

 黒瓜はこいつこいつと十六夜を指差しながら無礼なお客様の元へと歩いていく。先ほどのただの人じゃないといった通り、犬の耳が生えていたり、長い体毛と爪を持っていたりと様々だった。十六夜は彼らを興味深く見ていた。

 

「我々は人をベースにさまざまな”獣”のギフトを持つ者。しかしギフトの格が低いため、このような半端な変幻しかできないのだ」

 

「へえ……で、何か話をしたくて出てこなかったんだろ? ほれ、さっさと話せ」

 

 話の主導権を握りにこやかに話しかける十六夜、無礼なお客様方は俯き沈黙する。そして幾何かの間の後に目配せをした後、意を決して頭を下げた。

 

「恥を忍んで頼む! 我々の……いえ、魔王の傘下であるコミュニティ”フォレス・ガロ”を、完膚なきまでに叩きつぶしてはいただけないでしょうか!!」

 

「嫌だね」

「嫌だよ」

 

 十六夜も黒瓜も同時に一蹴する。お客様方ことフォレス・ガロのメンバーたちは、絶句しその場にいたジンもあっけにとられて軽く放心していた。十六夜は先ほどのにこやかな顔から真逆のつまらなそうな顔になり背を向ける。黒瓜は箱庭に来てから初めてムスッとした不愉快そうな表情を見せる。

 

「どうせお前らもガルドとかいうのに人質とられてる奴らだろ? 命令されてガキどもを拉致しに来たんだろ」

 

「は、はい。まさかそこまで……」

 

「あ? その人質全員あのトラ公の部下の胃袋ん中だからもういないぞ」

 

「なっ!?」

 

「黒瓜さん!?」

 

 ジンが驚き目をむいて黒瓜を見る。ジンの目には他の問題児達(ひとたち)に比べて比較的良識人であると認識していた黒瓜が、何の躊躇もなく無残な真実を暴露した。今までの行動や言動を見ても、少なくとももう少しオブラートに包んだ言い方をする人だとジンは認識していた。

 

「なんだ? 秘密を暴露(バラ)しちゃいけないのはゲームに負けたらだ。ゲーム開始前の秘密の漏洩は何にも触れられてないはずだろ。それにもう少し言い方を考えろ。とでも言いたそうだな。嫌だね元の原因がガルドにあるにせよ、人質を攫って同じ境遇のやつを増やしてきたのはこいつらだろう? それならこいつらもガルドと同罪だ」

 

 ギロリとジンを睨む黒瓜。箱庭に来て黒ウサギを睨みつけても怖い顔と判別されなかった黒瓜の顔が、睨むだけにジンやフォレス・ガロのメンバーさえも怯ませるほどの形相になり、今までの温和で穏やかな黒瓜の言動とは百八十度変わって暴言が混じり口調が荒々しくなる。

 

「それに明日、ゲームをする相手のメンバーに”自分のコミュを潰してくれ”なんて言われて、はいそうですかと信じると思ってるのか? 思う訳ねえだろうが。それにテメエらもテメエらだ、あのクソ外道が人質を残しておくと思ってんのか? そもそも人質とって脅迫するような奴が素直にを人質を返してくれるわけねえだろうが、ちっとは考えろ」

 

 クソがと吐き捨てて舌打ち交じりに息をつく。フォレス・ガロのメンバー達は全員項垂れる。黒瓜に指摘されたこともあるが人質がもうこの世にいないことのショックは計り知れない。

 

 その時、十六夜が妙にいい笑顔でフォレス・ガロのメンバーの方へと歩みより、やさしく肩を叩いた。

 

「お前らは”フォレス・ガロ”のガルドが憎いか? 叩き潰してほしいか?」

 

「あ、当たり前だ……だがあいつは魔王の配下だ。ギフトの格もはるかに上。ゲームを挑んでも勝てるわけがない……!」

 

 チッと舌打ちをして文句を言おうとした黒瓜を十六夜が片手で少し待てと制する。少しムッとしながらも何か策があるのだろうと黒瓜は黙って従う。

 

「それにそんなことをして、もし魔王に目をつけられたら……」

 

「その”魔王”を倒すコミュニティがあるとしたら?」

 

 黒瓜以外の全員がえ? という間抜けな声とともに顔を上げて十六夜を見る。そして十六夜はジンを引き寄せる。

 

「このジン坊ちゃんが、魔王を潰すためのコミュニティを作るといってるんだ」

 

 この瞬間、黒瓜は十六夜の考えたこと、実行しようとしていることが大体理解できた。だから十六夜の横にいるジンの隣に立つ。十六夜が黒瓜を見てアイコンタクトを送ってきた。御チビの口をふさげ、と。素早くジンの口を塞ぎ、なおかつ自分の手の周りの時間を止めジンの出す声を完全に遮断する。

 

「人質の件は残念だった! だが安心していい。明日ジン=ラッセル率いるメンバーがお前たちの仇を! 無念を晴らしてくれる! その後のことも心配しなくてもいい! なぜなら俺達のジン=ラッセルが”魔王”と倒すために立ち上がったのだから!!」

 

 十六夜は演説をするように大仰に語る。そしてその演説に希望を見るフォレス・ガロのメンバー達。黒瓜が指摘した少しは他人を疑えと言ったのをもう忘れている。

 

「さぁ! コミュニティへ帰り仲間たちや仲間のコミュニティに伝えるんだ! 俺達のジン=ラッセルが”魔王”を倒してくれると!!」

 

「わかった!! 明日は頑張ってくれ! ジン坊ちゃん!」

 

 もごもごとジンが叫んでいるがジンの発した声はフォレス・ガロのメンバー達どころか十六夜にすら届くことなく、あっという間いなくなり少し前までの静寂が戻った。

 

 

 

 

「どういうつもりですか!?」

 

 本拠の最上階にある大広間に、十六夜と黒瓜を引っ張って連れてきたジンは開口一番に怒鳴った。

 

「”打倒魔王”が”打倒全ての魔王とその関係者”なっただけだろ。”魔王にお困りの方、ジン=ラッセルまでご連絡ください”っとキャッチフレーズはこんな感じか?」

 

「うん、いい感じじゃないか? 少しインパクトが足りないが、シンプルでいい」

 

「全然笑えませんし笑い事じゃありません! コミュニティの入り口を見て魔王の力を理解したでしょう!?」

 

「勿論。あんな面白そうな力を持った奴とゲームで戦えるなんて最高じゃねえか」

 

「面白いかはさておき、魔王打倒を掲げるんだ多少危険な橋を渡ることになっても、実行しておきたい作戦ではある」

 

 黒瓜はおそらく十六夜が思い付いたであろう考えを作戦として口に出す。

 

「作戦……ですか?」

 

「ああ。先に聞いておくが御チビは俺達を呼び出して、どうやって戦うつもりだ? コミュニティの廃墟や白夜叉みたいな力を持っているのが、魔王なんだよな?」

 

 十六夜が問い、少しジンが考え込みぽつりぽつりと方針を答える。

 

「まず……水源を確保するつもりでした。水神クラスは無理でも水を確保する方法はありました。これに関しては十六夜さんが、想像以上の成果を上げてくれたのは素直に感謝しています」

 

「おう、感謝しつくせ」

 

 笑う十六夜を無視して続けるジン。

 

「ギフトゲームを堅実にクリアしていけばコミュニティは必ず強くなります。しかもこれだけ才有る方々が揃えば……どんなギフトゲームにも対抗できたはず」

 

「期待一杯、胸一杯だったってわけか」

 

「まあ、堅実な手ではあるな。ところでジン君」

 

「はい?」

 

「君はその手を()()()続けるつもりだい?」

 

「……え?」

 

 黒瓜の質問に呆気にとられるジン。そのまま続ける黒瓜。

 

「確かに悪く無い方針ではある、だが相手も魔王である前に一つのコミュニティでもあるわけだ。俺達がギフトゲームをクリアしている最中、その魔王も勢力を広げ力をつけていくはずだ。ともなれば追いつくことはほぼ不可能に近いだろう。更に言えば強力なギフト以上に俺達に足りないものがあるそれは……」

 

「人材だ、俺達には圧倒的に人材が足りていない。ましてや相手が先代を潰した魔王なんだ、必然的に先代を超えることになる。そのためには今以上に人材が必要だ、だが名も旗も無い俺たちが売り出せるものと言ったら……もうリーダの名前しかないよな?」

 

 黒瓜の言葉を引き継ぎ、その続きを十六夜が答える。

 

「僕を担ぎ上げて、コミュニティの存在をアピールするってことですか?」

 

「そう。それに俺たちが”ノーネーム(その他大勢)”の扱いでも、リーダーの名の知れた”ノーネーム”つまりは”ジン=ラッセルが率いるノーネーム”であれば、それは名や旗印にも匹敵するレベルになりうるわけだ」

 

「だがそれだけじゃインパクトが足りない。だから”打倒魔王”を掲げたジン=ラッセルという少年が、一度でも魔王やその一味に勝利したという事実があれば、魔王だけじゃなく御チビ達と同じ目に合い同じく”打倒魔王”を胸に秘めた連中にも伝わるはずだ」

 

「まあ、その同じ目標を持つ人たちが俺達に賛同して、手を貸してくれるかどうかは別問題なんだけどね。それに俺も含め歩兵()がたくさんいるに越したことはないけど、十六夜のお眼鏡にかなうかどうか……」

 

()()()とまでは言わねえよ。せめて俺の()()()()か黒継と同等ぐらいだ」

 

 ヤハハとケラケラ笑う十六夜。その十六夜をジンは見つめ直し改めて舌を巻く。あの短時間でここまでの策を思い付き、筋の通っている。だがしかしそれに賛成するには大きな不安要素があった。

 

「わかりました。ですがこの作戦を受けるには一つ条件があります。今度開かれる”サウザンドアイズ”のゲームに十六夜さんと黒瓜さんで参加してもらいます」

 

「なんだ? 俺に力を見せろってか?」

 

「俺は別に構わないんだけど、実力なら明日のゲームでわかるんじゃないのかな?」

 

「箱庭には、単独ではクリアできないゲームが多々あります、なので黒瓜さんには仮にそのゲームに当たってしまった場合のサポートをしてもらいたいんです。もちろん単独でクリア可能なゲームなら、十六夜さん一人で攻略に臨んでいただきます」

 

 そして少し間を置き付け足すようにジンが口を開く。

 

「そしてもう一つ、理由があります。そのゲームには僕らが取り戻さなければならない仲間が出品されます。その仲間は、十六夜さんや黒瓜さんのお眼鏡にかなう元・魔王の仲間です」

 

「いいな。その元・魔王の仲間が取り戻せれば、触れ込みに真実味が増す。そしてその魔王が所属していたコミュニティすら滅ぼせる、魔王もいると」

 

「とにかく俺達はそのゲームで元・魔王様の仲間を取り戻せばいいんだな?」

 

「はい。それができれは対魔王の準備も可能になります、十六夜さんたちの作戦も支持します。ですから黒ウサギには内密に」

 

 十六夜はあいよ、と軽く返事をして大広間から出て行こうとする、そして扉を開けたあたりで振り返り。

 

「あ、そうだ。明日のゲーム、負けたら黒継連れてコミュニティ抜けるから」

 

「え?」

 

 十六夜の爆弾発言にジンは本日三度目の、あいた口が塞がらない状態になっている間にボソリとつぶやく。

 

「なんで俺も連れて行かれるんだよ」

 



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