鉄血のオルフェンズ 鮮血の海 (24代目イエヤス)
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1『海と三日月』

ガンダムの二次創作って難しそ……と思って安易に手を出さないようにしていたのですが、我慢できなくなりました。


 

 鉄華団。

 それは足掻き続ける者達。

 

 アーブラウ代表指名選挙で蒔苗・東護ノ助が選ばれ、その援助をした鉄華団は、組織として巨大化し、世界に名を知れ渡らせた。

 

 何も持たなかった子供たちが、会社ごっこをしていた子供たちが、ここまでの成果を勝ち取り、生き延びた。

 

 それでも彼らは止まらない。生きて、“ここじゃない何処かへ”辿り着くまでは。止まることができない。

 

 

 ――分からなかった。

 きっと鉄華団は、自分たちを虐げてきた世界を変えようと奮闘しているのだろう。けれど、世界というものは彼らが想像している以上に大きい。宇宙のような物理的な大きさではないが、世界は果てしなく()()()。なのに何故、彼らは――。

 

 

 

 鉄の音が鳴り響く。機内が瞬く間に、血の匂いで埋め尽くされる。

 眼の前にいるMS(モビルスーツ)――否、ガンダムフレームは、こちらの性能を明らかに上回っていた。

 

(違う……)

 

 そうじゃない。

 この敵は、単純に()()

 

 

 振り下ろされる、超大型メイス。それを受け止めるは、一機のガンダムだった。

 

 シルエットは、高貴な印象を持たせる伯爵を彷彿とさせ、金色のナノラミネートアーマーで構成されている。弧を描く対を成した二本の角。獲物を睨みつけ、ぼんやりと光る蒼色の複眼。

 持つ武器は、細々とした刀のみ。傍から見ても、操縦者から見ても不利である。

 

「ぐぅっあっ!!」

 

 機体が大きく吹っ飛び、パイロットは唸る。

 

 そのガンダムを繰るのは、一人の少女。薄っぺらい黒のタンクトップを身に着け、曇天の空に似た色の長い髪を靡かせている。執拗に尖り、獲物を追う瞳は真っ赤だった。

 

「何で、何でだぁぁ!!」

 

 ガンダム――フォルネウスは、悪魔かのような敵機に対し、我武者羅な斬撃を複数回に分けて繰り出す。何度か命中するも大したダメージにはならず、逆に相手から手痛い一撃を御見舞される。

 

 また、コックピットが大きく揺れる。口の中が鉄の味でいっぱいになり、とうとう鼻からも垂れてくる。

 

(私……私は……)

 

 血が出てようやく、正気に戻った。

 自分は今戦場にいる。

 

 そして、殺されそうになっている。

 

「うあぁぁぁぁっ!!」

 

 血を垂れ流しながら、少女は叫ぶ。

 

 フォルネウスは泳ぐかのような素早い身のこなしで、次なる攻撃を回避。悪魔の右側から捨て身のパンチを繰り出す。奴が反応しきれぬうちにもう一度、鉄と鉄をぶつけ合わせた。

 

「死にたくない……! まだ、死にたくない……!」

 

 超大型メイスが振り下ろされ、フォルネウスの肩をひしゃげさせる。みるみるうちに、刀身は黄金の装甲を潰していき、コックピットの寸前まで至る。

 

「嫌だ……」

 

 彼女がそう呟いた瞬間、何故か敵の攻撃は止まった。

 

 ――そういえば。

 

 我武者羅になり過ぎて気づいていなかったが、本部からの通信が途切れていた。

 

 

『ねぇ』

 

 

 突然、目の前のMS(モビルスーツ)から通信が入ってくる。

 

「え……」

『あんたってさ、俺を殺す気、あんの?』

 

 何処か冷徹な少年の声。

 少女は、何も答えることができないままでいた。

 

『どうなの』

「……無いです」

 

 彼女は震えた声で答える。

 

『ふーん。というかあんた――』

 

 

『なんで泣いてんの』

 

 

 フォルネウスのコックピット。そこは、真っ赤な雫と、紅い瞳から零れ落ちる透明な雫が入り混じった、異様な空間と成り果てていた。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 鉄華団が撃破したのは、ちんけな海賊だった。ガンダムフレームを持っていたとは言え、ただそれだけの、小さな海賊だった。

 

「押収できたモンは?」

 

 団長のオルガは、部屋に戻ってきた副団長のユージンに声を掛ける。

 

「ガンダムフレーム一機と、それ用の武装」

「……おかしいとは思ったが、まさか本当にガンダムフレーム一機だけなんてな」

「あぁ。気味わりぃ」

「しかも、船員はたったの数人。自惚れちゃいねぇが、俺たちに喧嘩売るにはあまりに情けねぇ戦力だ」

 

 その海賊は、あろうことかガンダム一機で勝負を仕掛けてきた。他のMS(モビルスーツ)など一切なしに。鉄華団も舐められた物だ、とオルガは内心苛立っていた。

 

「で、どうなんだ。あのガンダムフレームのパイロットは」

「めっっちゃカワイイ!!」

「はっ倒すぞ色男」

「えぇ!?」

 

 ユージンはオルガに頭を掴まれ、情けない声を上げる。

 

「容態の事を聞いてんだ」

「……身体に問題はねぇ。けど、三日月の野郎かがやりすぎたせいで、ちょっと……」

 

 

 

 ◇

 

 

 

「シアちゃん? どう?」

 

 少女は鉄華団に匿われ、“いさりび”と呼ばれる戦艦の一室で身体を休めるよう指示された。

 アトラが部屋に入るや否や、シアと呼ばれた少女は「ひっ」と声を漏らし全裸の身体をシーツで隠す。

 

「ご、ごめんね……びっくりさせちゃった? 服持ってきたから、よかったら使って?」

 

 ベッドの隅に置かれたのは、丁寧に畳まれた質素な服。

 

「あぅあ、ありがとう……」

 

 シアは前屈みになりながら礼を言う。その白く綺麗な背中は異形であり、三本の突起が歪に伸びていた。

 

「名前、シア・ジョーリンで良いんだよね?」

「へぅっ……あ……うん」

 

 服を着ながら、シアは返事をする。

 毎回発声する度に、初めの言葉が詰まってしまうためか、アトラは少し話しづらかった。

 

「ね……あの、アトラ……さん」

「ん?」

 

 黒いタンクトップと半袖のズボン、そして鉄華団のジャケットを纏い終えたシアは、アトラに自発的に話しかけた。

 

「あの……さ。ガンダム動かしてた人って、誰……?」

「……あぁ。三日月っていう男の子だよ! 話してみる?」

「いや、ええっと……」

 

 アトラは食い気味に答えた。

 

「三日月とっても優しいんだから! シアちゃんもぜっったい好きになると思うよ!」

「あの……話すのは……」

「行こうよ! 話しに!」

「あぅ……はい……」

 

 急に積極的になったアトラに押し負けて、シアは部屋を出ることに。

 

 何人か団員とすれ違い、ジロジロと見られたが、アトラの尽力もあってか何事もなく、二人は目的地へと辿り着く。

 

 そこは、彼女が対峙したガンダム・フレームが収納されている、広々とした空間。その前にちょこんと座り込み、遠くを見つめる少年こそが、アトラの言っていた三日月・オーガス――ガンダム・バルバトスのパイロットだった。

 

「あぁ、アトラ。どうしたの」

 

 黒いスーツに身を包んだ彼の背中からは、一本の管が伸びていて、ガンダム・フレームと繋がっている。

 

 シアはアトラの背後から前に出て、三日月を見下ろす形にはなるが、面と向かい合った。

 

「……あんた、金ピカのガンダムに乗ってた人?」

「ぁうが……そう……です……シア、って言います」

「なんか喋り方変じゃない?」

「三日月!」

 

 アトラに制され、三日月は指摘を即座にやめる。

 

「シア。俺に何か用?」

「あぅ……その……えぇっと……」

 

 用も何も、アトラに無理矢理連れて来られただけだから答えようが無かった。

 けれど、彼があそこで攻撃をやめていなかったら、きっと今頃――。そう思うと、自然と言葉が思い浮かんできた。

 

「た、助けてくれてありがとう……ございます。私……もう……どうしたらいいか分からなくて……」

 

 三日月は彼女を見上げたまま、じっと黙り込んでいた。

 

「いいよそんなの。オルガに殺せなんて言われてないし」

「オルガ……?」

「鉄華団の団長だよ。あんた知らないの」

「……その……あんま分かんなくて、鉄華団のこと……」

 

 ふーん、と三日月は軽く受け流す。

 

「とりあえずさ、休めば」

「ふぇっ……?」

「何か疲れてるみたいだし」

 

 もごもご口を動かすシアは、もう限界のようだった。

 

「あ、あの……アトラさん……」

「えぇ?! 気持ち悪いの!?」

 

 口を押さえながら振り向いたシアに、アトラは驚愕し、彼女を連れて早急に飛び出ていった。

 

 取り残された三日月。掌に入れていたデーツを口に放り込み、上の空を見つめながら淡々と咀嚼した。

 

 

 

 



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2『夜明けの地平線団』

 

 ギャラルホルン アリアンロッド艦隊の戦艦にあるブリッジ。広大な宇宙が目前には広がっている。

 

「夜明けの地平線団?」

 

 腕を組み、悠々と構えるラスタル・エリオンに、ジュリエッタは尋ねた。

 

「最近、勢力を拡大している宇宙海賊だそうだ。火星と地球の間を活動域としているらしい」

「勢力を拡大……とは、具体的にはどういった規模で?」

 

 ラスタルは髭を触りながら「構成員は3000以上と見ていいだろう」とジュリエッタに告げる。

 

「……分かりました……ところでラスタル様」

「何だ?」

 

 ジュリエッタは不審感たっぷりな目つきを、ラスタルの隣に立つ見知らぬ男に向ける。

 

 背は高く、エメラルド色を基調とした軍服と分厚い深緑のマントに身を包んだ華奢な男。短く整えられた髪の色は黒く、鋭く、死んだ魚のような眼は深みのある紺色に染まっている。

 

「彼は誰ですか?」

「ノクティス・フーティアス。突然だが、アリアンロッド艦隊に属する事になった、優秀なパイロットだ」

 

 ノクティス、と呼ばれた男はジュリエッタに軽い会釈を送ったきり、彼女に見向きもしなくなった。

 

「お前と戦闘を共にすることがあるかもしれん。今のうちに話しておくといい」

 

 そう言い残して、ラスタルは一時ブリッジから姿を消した。

 見知らぬ男と二人、同室に閉じ込められて、ジュリエッタは気分が悪かった。

 

「私はジュリエッタ・ジュリス。よろしくお願いしますね」

 

 一応、丁寧に挨拶はしておいたが、ノクティスは会釈をするだけで、一言も発そうとしない。それに腹を立てて、ジュリエッタは眉をひそめた。

 

「……初対面でこう言うのも何ですが……少しは話そうという態度を、見せたらどうです?」

「どうすればいい」

「は……」

 

 ノクティスは掠れた声で彼女に問う。

 

「俺はどうすれば、お前の思うようになれる」

 

 少し前屈みになった彼の、宇宙のように深い、二つの紺色の玉が彼女の前に現れ、身を竦めた。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 海賊襲撃後、イサリビは火星にある鉄華団本部に戻り、僅かな補給を終えた。

 

 二度の初めての場所に、シアは戸惑いを隠せないままであった。

 

 皆が食事の時間だと言うから、アトラに連れられるがまま、食堂へと訪れる。

 あれから数日が経ち、シアはまだ僅かなトラウマを残しながらも、面と向かって話せる程には落ち着いてきた。

 

「あ、あれがシアちゃん?」

「胸でか……アトラの三倍はあるぞ」

「滅茶苦茶美人だな」

 

 野郎どもの囁き声が、微かに聞こえてくるが『年頃の男の子だから』と広い心を持ち、シアは久々の食事を楽しんでいた。

 

「シア、隣いい?」

「うぇっ!? あ、うん……いいよ」

 

 お盆を持ってきた三日月が、彼女の隣に座る。数日前、()り合ってたとは思えぬ程、彼は当たり前のように接してくる(彼女からすればありがたいが)。

 

「あれ……」

 

 三日月は包帯で右腕を固定したまま、ぴくりとも動かしていなかった。この前会った時は、包帯なんてしていなかった気がするが。

 

「三日月……骨折でもしたの?」

「ん? あぁ。俺、バルバトスから降りると、腕動かないんだよね。右目も見えないし」

「あ……そうなんだ」

 

 良くないことに触れたと思い、彼女は声音を低くした。勘付かれたのか、「気にしなくていいよ」と言われる始末だ。

 

「バルバトス……って、あのMS(モビルスーツ)の名前?」

「そう。バルバトスルプス。最近、修理終わったばっかりなんだ」

 

 少し、シアは片方の瞼を震わせる。

 あの悪魔のように見えた機体が、脳裏に過ぎったためである。

 

「シアのは? 名前何て言うの?」

「ん……とね。フォルネウス。ガンダム・フォルネウスって言うんだ」

「ふぅん。俺にも乗れるかな」

 

 三日月はそう言って、液状のポテトを口いっぱいに頬張った。

 

 ――フォルネウス。あの機体が無ければ、彼と出会う事は無かった。

 そう考えると、何故だか悔しい気持ちが込み上げてくる。

 

 三日月は良い人だ。真っ向から話してみて分かった。戦い狂いではあるが、悪い人ではない。

 

「……シアさ。今度手合わせする?」

「え? ガ、ガンダムで、だよね」

「当たり前じゃん。女の子殴ったらアトラに怒られるから」

 

 きちんと教育されている。流石はアトラと言ったところだ。

 

 バルバトスと手合わせ――少し気乗りしなかったが、これから鉄華団の一員としてやっていく為にも、仲間に怖気づいたままではいられない。

 

「うん。ぜひやらせて」

 

 

 

 ◇

 

 

 

 フォルネウスに乗るのは、久しぶりだった。

 

 火星の荒野に佇む黄金の機体を見上げ、シアは息を呑む。

 

「君は……私の何なんだろうね」

 

 返ってくる筈もない返事を待っていると、三日月に催促されて、フォルネウスのコックピットに乗り込む。

 

 背中の突起を、コックピットのデバイスと接続すると、僅かの間だが凄まじい衝撃が脳に奔り悶える。

 

「ッ……あっ……!」

 

 口端を伝う生温い感覚を拭って、三日月に通信を送る。

 

「大丈夫だよ、三日月。やろう」

『壊さないようにはするけど、遠慮はしないからね』

 

 フォルネウスの視界にアクセスし、目の前に彼の見る景色が映し出される。

 そこに立つのは、あの機体――バルバトスルプス。真っ白な、細々とした骨のようなボディだが、その威圧感はどのMS(モビルスーツ)よりも凄まじい。

 

 動き出すバルバトス。それに立ち向かうように、フォルネウスも走り出した。

 

 互いに組み合い、金属の軋む音が大地に轟く。

 

 宙を舞う斧をキャッチしたバルバトスは、その勢いのまま、フォルネウスに振り下ろす。

 腰の斧をフォルネウスは抜き取り、その攻撃を受け止める。ジリジリと刃は迫ってきて、額に当たるまでに至る。

 

 何とか押し返して、体制を崩したバルバトスにスラスター噴射で推進。回転を掛け、さながら月のように斬りつけた。

 しかし、その攻撃はバルバトスの掌で止まり、容易く受け流されて斧が金色の胸部を斬りつけ、機体を大きく吹き飛ばす。

 

「嘘……!」

『いい動きじゃん。前よりよっぽど』

 

 バルバトスの推進剤が灼熱と化し、焔を唸らせ、大気を焼きながら爆ぜる。フォルネウスの胸部に入った、バルバトスの強烈な足蹴が金色の伯爵をまたもや空き缶のように飛ばした。

 

「うわぁぁぁっ!!」

 

 コックピットが揺れ、シアは絶叫する。世界が百八十度回転して、視界の中に現れる。機体を動かそうと思っても、何故だか動かす気にはなれなかった。

 

(私……何のためにこんな事してるんだろ)

 

 右半身不随に陥った人間のように、荒れた大地に横たわるフォルネウス。黄金のナノラミネートアーマーが蟻の巣窟と化したみたいに、砂だらけとなっている。

 

『シア。もう終わり?』

 

 三日月の声が聞こえる。

 彼は何のために戦っているんだろう。

 

 思えば自分は、あの海賊に拾われた時から、戦う理由なんて分からなかった。出撃命令に従うがままフォルネウスに乗り、迫りくる敵を我武者羅に殺した。

 人殺しの資格が自分にあるのか? 戦う意味すら持たない、自分に?

 

「ごめん三日月……もう、終わってもいいかな」

『……あっそう。付き合わせて、なんかごめんね』

 

 フォルネウスを立ち上がらせて、阿頼耶識を外す。コックピットから飛び降りると、三日月が支えてくれた。

 

「なんかさ、シアって変だよね」

「え……?」

「なんて言えばいいんだろ。MS(モビルスーツ)に乗ってるのに、乗ってないみたいというか」

「……そう……」

 

 三日月の言ってる事は、少し言葉足らずな気はするが、理解はできる。

 

 自分はなんでこの子(フォルネウス)に乗っているのか。

 

 その意味が分かる日が、いつか来るのだろうか。

 

「三日月ぃぃぃぃ!!」

 

 その時、遠くの方から駆けてきたダンテが、息を切らしながらも三日月にこう告げる。

 

「敵襲だ!! 早く出撃準備しろ!!」

 

 

 

 



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3『地平線に昇る』

ロボット書くの楽しい!!


 

「夜明けの地平線団だと?!」

 

 焦ったオルガが飛び込んできて、ユージンとダンテは彼に状況を説明する。

 

「エイハブウェーブの反応は、すぐそこで止まっている。かなりの大所帯だぞ」

「向こうのボスが通信を入れてきた。どうする? オルガ」

「繋げ」

 

 通信機器の並べられた部屋の一画。小さいコンピューターのモニタに、髭を生やした大男の姿が映し出された。

 

『俺は夜明けの地平線団団長、サンドバル・ロイターだ』

「……鉄華団団長、オルガ・イツカだ」

 

 椅子に座った大男は、随分と余裕そうにふんぞり返っており、団長としての権限を優雅に堪能しているように思えた。

 

「何が目的だ? 海賊如きが」

『俺たちの目的は、お前自身がよく知ってるんじゃないのか? えぇ?』

「……なんだと?」

『渡せよ、早く』

 

 大男とオルガの間には、決して噛み合わない歯車が置かれているようであった。渡せと言われても、何を渡せばいいのか、そもそも鉄華団に海賊の望む物があるのいうのか。

 

「クーデリアお嬢様はうちにはいないぞ」

『革命の乙女なんざに興味はない。早く渡せ』

「だから何をだ!!」

『しらばっくれるなら、力づくだな』

 

 通信は切れる。オルガは、訳の分からぬ状況に苛立っていた。

 

「何を渡せってんだ……!! 早く迎え撃つぞ!! ありったけの戦力で出迎えてやれ!!」

 

 

 

 ◇

 

 

 

 鉄華団本拠地の格納庫は、一気に騒々しくなり、敵を迎え撃つ準備が着々と進められていた。

 

「お前らきっぱりやれよ!! 海賊相手だからといって油断するなと、団長からの命令だ!」

 

 おやっさん、の愛称で親しまれる整備係の雪之丞が、MS(モビルスーツ)の整備を進める団員達にテキパキと指示を入れている。

 

「おお、三日月。バルバトスはいつでも出れるぞ――なんだ、お前か」

 

 三日月と間違えられたシアは、雪之丞の前に佇むバルバトスを見上げ、目を細めた。

 

「フォルネウス……だったか? あれも整備は済んだ。出られるなら、いつでも行けるぞ」

 

 雪之丞はそう言い残し、他のMS(モビルスーツ)整備に手を貸しに行った。

 

「シア。出ないの?」

「……いや、出るよ。敵が来たんでしょ?」

「そうだけどさ、何か元気無さそうじゃん」

 

 遅れてやってきた三日月に、シアは心配されてしまった。

 

「う、ううん。平気。大丈夫だから」

 

 そう言って、シアは綺麗に整備されたフォルネウスに乗り込んだ。

 

「シア。お前、この武装の使い方は分かるのか?」

「はい。何度か使った事があるので、大体は」

「そうか。俺たちはこの機体の事はあんまり分かんねぇから、出来ることはすくねぇかもしれん」

「ありがとうございます」

 

 雪之丞に見送られながら、コックピットが外部と遮断され、暗闇に包まれる。阿頼耶識システムが作動し、フォルネウスの見ている景色が彼女とリンクされ、コックピットは一気に明るくなった。

 

『シアちゃん。敵は多いから、気をつけてね』

 

 メリビットの通信を聞き入れ、シアは息を呑んだ。

 

 目を見開き、シアは出撃する。スラスターから放たれる爆炎は、フォルネウスに莫大な推進力を与え、格納庫から火星の荒野まで、ものの数秒で駆り出させた。

 

 地上に足を着けば、慣れない衝撃がシアを襲った。

 

「そういえば……地上で戦うの初めてだ」

 

 阿頼耶識があるから何とかなるが、地上での戦闘は、初めてのパイロットにとっては慣れない物であった。

 フォルネウスがエイハブウェーブの反応を捉えた。接近する敵MS(モビルスーツ)の数は、四機。

 

「四……か。大丈夫かな」

 

 少し不安になるも、フォルネウスは腰に配備された蒼い刃の太刀を引き抜いて、さらにそれを分断し、二刀流にして構えた。

 

 接近する敵MS(モビルスーツ)。重厚感のあるあのフォルムからして、ロディ・フレームだということが一目で分かるが、シアには機体の種類などどうでも良かった。

 

 スラスターで敵の死角へ瞬時に回り込み、回転斬りで一撃、二撃と素早く叩き込んで、早くも一機を撃破。

 降りかかる敵の攻撃を片方の剣で受け止め、もう片方で攻撃し振り払う。

 二度振り下ろされる大剣の攻撃を避け、コックピットへ二対の刃を突き刺し、二機目を撃破。

 

 敵の機銃掃射は、黄金の装甲を前にしては豆鉄砲に過ぎず、あっという間に距離を詰められて、機体を大きく切り裂かれてしまう。

 

 残るは一機。相手の武装は、自分と同じような太刀だった。

 二対の剣を合体させ、一本の長い太刀へ変形させ、相手のぶつかり合う。

 

 火星に響き渡る鉄の音。大地を飛び交う火花。すべてが混ざり合って、戦場の殺伐とした空気を作り出していた。

 

 敵の攻撃が入り、フォルネウスは大きく後退。大量の砂埃が、黄金の機体を包み込んだ。

 

「ふーっ……ふーっ……」

 

 そんな激しい戦闘を繰り広げても尚、自然と、呼吸は平常を保てている。

 

(どうして……私、こんなに冷静なんだろ)

 

 海賊の元で戦っていた時は、毎回毎回、死にものぐるいだった。負けたら、自分には何も残らない気がして、勝ってもただ“生きる”しかできない気がして。なのに、死にたくはなくて。

 

 左腕部に取り付けられた滑腔砲を展開し、150ミリの砲弾を敵機にお見舞いする。装甲を穿つ弾丸と共にスラスター噴射で滑走。ボロボロになったナノラミネートアーマーへ、追い打ちの斬撃を叩き込み、回転しながら停止した。

 

 フォルネウスの背後を爆炎が覆い尽くし、金色の装甲に微かな赤みを加え、消えてゆく。

 

「私は……なんで」

 

 頭が空っぽになったシアは、フォルネウスを繰り、さらなる敵を求めて荒野を駆ける。

 

 暫く荒野を駆けていると、遠くの方に、戦闘中の鉄華団機を見つけ、スラスター噴射を強めた。

 

 

『うわぁぁぁぁっ!!』

 

 新入りの乗った機体が地面に倒れ、トドメを刺される寸前にまで至る。

 大剣を振り翳すロディ・フレームに、フォルネウスの太刀が突き刺さり、新入りは命拾いをする。

 

『あ、ありがとう! お姉ちゃん!』

「……」

 

 少年の礼に返事を返す事なく、混戦状態の戦場へと足を踏み入れていく。

 

『ん? シア。いたんだ。ここはいいから他に――』

 

 交戦中のバルバトスを襲おうとしていたロディに、滑腔砲をお見舞いし、間一髪のところで撃破した。

 

『いいって言ってるじゃん。他のところも戦ってるから、そこに行ってあげて』

「……あ。ご、ごめんなさい」

 

 長らく口を閉ざしていた為か、口内がカラカラでうまく声が出せなかった。

 

 フォルネウスの方向を急転換し、再び火星の荒野を駆ける。

 

 すると、真っピンクに染まった紫電が複数のロディ・フレームに囲まれているのが見えてきた。

 

「確かあれって――」

 

 スラスター噴射を一気に強め、獅電と組み合っているロディに強烈な一太刀を叩き込んでやった。

 

『うぉっ!? あ――あぁ!! シアちゃん!! た、助けてくれたのか!?』

「シノさん……でしたっけ」

『“さん”なんていらねぇよ、軽々しく呼んでくれて構わねぇ!』

「じゃあ……シノ。まだ戦える?」

『当たり前よ!!』

 

 興奮気味のシノと背中合わせになり、取り囲まれたロディ・フレームと今一度向かい合う。

 

 スラスターを噴射し、二対の機関銃の軌道が飛び交う間をすり抜けて、分断した剣で二機のロディ・フレームを斬りつける。

 そのうちの一機に、頭上から襲いかかり、コックピットに剣を突き立てて沈める。剣を合体し、機関銃を太刀で防ぎながら、もう一機に長い刃を突き立てれば、リアクターの熱で機体は暖かに包容される。

 

 シノの紫電はシールドを用いて、メイスによる素早くも力強い攻撃で敵を圧倒していた。先程までの劣勢が、まるで嘘のようだった。

 

『うぉぉらぁぁ!! 海賊如きに鉄華団が負けるかよぉ!!』

 

 

 二人は取り囲んでいた敵機を全て撃破し、荒野に立ち尽くした。

 

『助かったぜシアちゃん! ありがとよ!』

 

 礼を言われたシアは、不思議な感覚を覚えた。

 

「あ……うん。大丈夫だよ」

 

 海賊の所に居た時には、味わった事のない感覚だ。胸が熱くなるような、そんな感覚。

 

「なんか……ありがとう。シノ」

 

 礼を言う筋合いは無いが、彼女の口から自然と、そんな言葉が零れ落ちたのだった。

 

 

「うぉぉぉぉ……! めっちゃ可愛いぃぃ……!」

 

 シノは通信を一時切り、コックピットの中で一人、何かを噛み締めるように顔を歪めていた。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 新人が多かった為か、多少の犠牲者を出してしまった鉄華団だったが、何とか敵を退ける事に成功した。

 オルガに呼ばれたシアは、大柄な男だらけの会議室に一人、三日月の隣で肩を竦めていた。

 

「夜明けの地平線団……火星と地球の間を活動域にしている大海賊。うちに攻めてきたのは、そのほんの一部らしい」

「まじか!? 結構な数いたぞ!?」

 

 オルガの言葉に、ダンテのみならず皆が驚愕する。

 

「俺たちを襲った理由は?」

「分からねぇ。とにかく()()()()()の一点張りでな。こっちの話なんか聞きやしねぇ」

 

 オルガがそう答えるも、当然、質問した明弘の疑問は解消されないままであった。

 

「オルガ、どうするの」

 

 座っていただけだった三日月が口を開き、オルガを見上げる。

 

「……仲間がやられた。数人だが、それでも、あいつらは鉄華団の仲間を――家族を殺した」

「やられっぱなしじゃいられねぇ。本格的に潰しに行く」

 

 オルガはそう言って拳を握り締めてから、シアの方に目を向けた。

 

「シア。お前がいなかったら、犠牲者がもっと増えていたかもしれない。感謝する」

「……いいんです……寧ろ、感謝しないといけないのは私の方ですよ」

「次も頼む。ミカを支えてやってくれ」

「俺は一人でいいよ」

 

 三日月はそう言っていたが、オルガは譲る気は無さそうだった。

 

「……うん。分かった」

 

 シアはそれより、オルガの言った“家族”という言葉が、どうにも引っかかっていた。

 

(家族……って……なんだろう)

 

 

 



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4『深淵の蒼穹』

 

 鉄華団は火星から宇宙に飛び立った。ありったけの戦力を乗せ、夜明けの地平線団と真っ向からやり合うために。

 

 イサリビの宇宙がよく見渡せる通路に佇むシアは、遥か遠くに浮かぶ火星を眺め、感傷に浸っていた。

 

(意外と綺麗)

 

 地上は荒れ果てていたが、惑星を全貌から眺めると、真っ赤な硝子球みたいで綺麗だった。

 

「おーいミカ――ありゃ」

 

 紅いスーツを靡かせながら、オルガが彼女の元に近づいてくる。

 

「なんだ、シアか」

「団長……」

 

 オルガはそう呟いてから、火星を見る。

 

「俺達の故郷だ。鉄華団は元々、CGSっていう会社だったんだ。でもな、俺達はそこでクズ同然の扱いを受けて、それでも必死に生きていた」

 

 突然、オルガはそんな話を始めたが、鉄華団の成り立ちを知らないシアからすれば、興味深い話であったため、大人しく聞くことにした。

 

「CGSを乗っ取って、鉄華団を創った。そして、そこから鉄華団みんなのおかげで、ここまで成長できたんだ」

 

 オルガは拳を握りしめる。

 

「だから俺は、俺たちは進み続ける。ここじゃない何処かに辿り着くまではな」

 

 そしてシアの方を見やって、手を差し伸べてくる。

 

「お前も、俺たちの家族だ。シア」

 

 ――家族。喉に突っかかる言葉だったが、その意味は何となく分かり、微笑みながら彼の手を握り、握手を交わした。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 火星からだいぶ離れた場所にて、敵の反応を、イサリビのレーダーが捉えた。

 

 その反応こそ、夜明けの地平線団の本部隊。総勢3000を超える大戦隊が、鉄華団を今か今かと待ち侘びていたのだ。

 

 フォルネウスのコックピットに乗り込み、出撃の時を待っていたシアの元に、大荷物を抱えたアトラがやってくる。

 

「どうぞ! シア」

 

 彼女が差し出してきたジュースを取り、アトラに礼を言う。

 

「ありがとうアトラ」

「頑張ってね! 私、待ってるから!」

 

 コックピットが閉まり、アトラのいる外からは完全に遮断され、暗闇が視界を支配した。

 

(……何だろう、この気持ち)

 

 胸が熱かった。冷たいジュースを流し込んでも、一向に冷める気配はない。病気も疑ったが、他に一切異変が無いから、医務室に行くのは馬鹿らしい。

 

「家族……」

 

 ふと、オルガが度々言っていた言葉が蘇ってきた。

 

『シアちゃん。出撃準備は整いました、いつでもどうぞ』

 

 メリビットさんの声が、出撃を促してくる。

 シアは大きく息を吸ってから、目を尖らせた。

 

 阿頼耶識システムが作動し視界が映し出されると、オープンされていく隔壁が見えた。

 

「シア・ジョーリン。ガンダム・フォルネウス、出ます!!」

 

 フォルネウスを乗せたカタパルトが火を吹き、黄金の伯爵を広大なる深淵へと放り出した。

 

 すかさずスラスターを噴射して、敵の待つ戦場へと一直線に駆けていく。

 

 

 シアに続き、次々と団員達が出撃していく。

 

 やがて、宇宙のど真ん中で待ち構えていたロディ・フレームの大部隊が見えてきて、鉄華団の部隊とぶつかり合う。

 

 フォルネウスは太刀を用いて、素早い身のこなしでロディを次々落としていく。ある時はコックピットを、ある時はリアクターを、ある時は真っ二つにして。

 

 しかし、仲間が無惨に殺されるのを目の当たりにしても、海賊共は恐れを知らないように突っ込んでくる。

 

「っ……早い?!」

『気をつけろシア!! 阿頼耶識だ!!』

 

 明宏の通信により、警戒を高める事をできたシアは、迫るガルム・ロディの攻撃を回避し、分断した片刃で大剣を抑え、もう片方でコックピットを串刺しにして撤退。

 

(阿頼耶識ってことは……)

 

 あのコックピットに乗っていたのは、自分と大差ない子供だ。それを、躊躇なく殺した。前までの自分なら、海賊どもに叱責されてようやくだっただろうに。

 

(何が私に……こんな力を)

 

 シアは不思議に思いながら、戦闘を続行する。

 

 シノや三日月達と合流すると、バルバトスは随分と丸っこい三機のMS(モビルスーツ)と激闘を繰り広げていた。

 数では圧倒的に向こうが有利なのに、一機、二機と落としていき、残るは一際目立つ武装が施されたMS(モビルスーツ)のみとなった。

 

『お前ら!! やべぇぞ!!』

「団長……? どうかしましたか」

 

 焦ったオルガの声が、通信機を通して伝わってくる。

 

『“ギャラルホルン”だ!!』

 

 その言葉を聞いた瞬間、背筋がゾクゾクと震え、心胆から一気に温もりが抜けていく。

 

 海賊時代、最も警戒していた軍事組織。

 

 それが今、この戦場に。

 

 フォルネウスで状況を確認する。

 

 地平線団艦隊の後方から、それを容に超える大艦隊が接近していた。

 

「アリアンロッド……」

 

 自然と零れ落ちる言葉。

 シアは歯を食い縛り、撤退しようとした。

 

 されど後ろから来た新たな敵に妨害され、退路を断たれてしまった。

 

(ギャラルホルンだけは……相手にしちゃいけないっていうのに……!)

 

 

 

 ◇

 

 

 

 アリアンロッド艦隊は、夜明けの地平線団を標的とし、かなりの戦力を持って戦場に赴いていた。

 

「地球での汚名返上に丁度良い」

 

 ラスタルはニヤリと笑って、遠くに映る鉄華団のMS(モビルスーツ)の小さな影を見やる。

 

「それは我々の獲物だ」

 

 

 

 ◇

 

 

 

 三日月が相手のボスと一騎打ちしていた所を、アリアンロッドから解き放たれたエメラルド色のMS(モビルスーツ)――レギンレイズが妨害する。

 

『それは私に譲ってもらいますよ』

『邪魔だよ。あんた』

 

 バルバトスは、そのレギンレイズを何とか凌ぎながら、オレンジ色のユーゴーを追う。

 その戦いは、目で追うのがやっとなものあった。

 

「すごい……」

 

 その戦いに圧巻されていると、フォルネウスのレーダーが、急激に接近してくるエイハブウェーブの反応を捉えた。

 

「っ!!」

 

 すかさず防御体制を取ると、太刀に凄まじい衝撃が降り掛かってくる。

 

 目を凝らしてみれば、攻撃してきたのは真紅のMS (モビルスーツ)。反り立つ一本角、甲冑を身に纏ったかのような重厚感がありながらも、スリムなボディ。

 

「ガンダム・フレーム……!!」

 

 ギラリと輝く複眼を見て、すぐに分かった。奴もフォルネウスと同じ、厄祭戦を生き延びたガンダム・フレームだ。

 

『お前は俺と同じか?』

「!!」

 

 無線越しに聞こえてくる、敵パイロットの声。機械のように冷酷で、生気を感じられない声色だった。

 

「同じって……どういう事……」

 

 オープンチャンネルのせいで、余計な声を拾ってしまった。

 

『同じだな、その気配』

 

 紅いガンダムは、大型メイスでフォルネウスを吹き飛ばす。そのメイスの縁には、細かな刃が無数に走っており、悍ましい音を立てていた。

 

「これが……ガンダム……」

 

 同じガンダムと戦うのは、三日月のバルバトス以来。それも、バルバトスは見逃してくれたが、この機体は恐らくギャラルホルンの物――今回は見逃してはくれない。

 

 

「ゼパル。俺の身体はお前にくれてやる。だから、お前は俺に従えばいい」

 

 ガンダム・ゼパルのコックピット内で、エメラルド色のノーマルスーツを着たノクティスが独り言を言う。その背中は、ゼパルと接続されていた。

 

 

 フォルネウスはスラスターを噴射し、紅いガンダム――ゼパルに一太刀入れる。されど、回転する刃に弾き飛ばされ、胸部に斬撃を入れられてしまう。

 

「ぐぅぁぁっ!?」

 

 回転刃による衝撃は凄まじく、視界が目まぐるしく周り、彼女の脊髄に膨大な情報が入ってくる。

 鼻から血を滴らせるノア。掌についた血を見て、息を呑んだ。

 

「死ぬ……死ぬの……? 私……」

 

 呑んだ息は、次第に荒くなる。血と鉄の混ざったコックピットの匂いが、彼女の焦燥を更に加速させた。

 

「嫌だ……死にたくない……死にたくないよ」

 

 コックピットの中で蹲り、一人、命乞いをしていた。しかし、それは敵機には聞こえないし、聞こえたとしても通じない。

 

(……なんで、死にたくないんだ……?)

 

 死んだら何もかも無駄になるからだ。

 

(何が無駄になるの……?)

 

 自分が今まで生きてきたすべてが。

 

(何もない私は、死んでも無駄になるものなんて……ないんじゃないの?)

 

 迫りくる紅い騎士の背後。

 バルバトスや獅電が、激闘を繰り広げていた。

 あそこだけじゃない。イサリビにいるオルガ、ユージン、アトラ、雪之丞。誰もが皆、それぞれ()()()()()

 

 

 ――お前も、俺たちの家族だ。

 

 

「そうだよ……私には鉄華団がある」

 

 

 操縦レバーを固く握り、フォルネウスを自分の思うがままに操る。

 

 

 ノクティスは、急に動いた敵機を警戒していた。

 

「何だ……戦うのをやめて、すぐに再開した……」

 

 顔を顰めたノクティス。

 ゼパルの手に握られた、チェインメイスが唸りを上げる。

 

「過去にしがみつくだけの亡霊に、何がある……?」

 

 

 フォルネウスの複眼が輝いて、ゼパルの攻撃を受け止め、軽々と押し返す。

 

「私は……守るものができたんだ」

 

 自分の事を気にかけてくれた、オルガやアトラ、三日月の姿が脳裏を過る。

 操縦桿を握る拳を、更に固く握りしめ、目を閉じてフォルネウスに語りかけた。

 

「フォルネウス、君も分かるよね。だったら――私に力を貸して」

 

 脳に伝わる、重く、鈍い感覚。それはやがて痛覚となって彼女の全身に行き渡り、靭やかな身体をびくんびくんと強張らせる。

 

 目や鼻から、どばとばと鼻血が漏れてくる。

 フォルネウスに、何かが起こっていた。

 

 カタカタと震える装甲。力を溜め込むように身体を丸め、痙攣していた。

 コックピットは、大量の警告表示で埋め尽くされたが、シアは動じることはなかった。

 

 

「なんだ……?」

 

 危機を感じ、ゼパルは奴に急接近してすかさずメイスを振り翳した。

 

 しかし、その行動は既に遅く、何かに阻まれて、刃はあらぬ場所を斬りつけてしまった。

 

「……?」

 

 それを阻んだ何かは、金色の装甲だった。

 

 フォルネウスの方を見やれば、そこに金色の伯爵はもう立っていない。

 金色の装甲をパージし、現れたのは蒼き甲冑に包まれたガンダム。蒼いナノラミネートアーマーを基調とし、各所が銀色の装甲で構成されている、パージ前に比べ幾分もスリムなボディだった。

 

「なるほど……それが真の姿か」

 

 チェインメイスを構え、スラスター噴射で斬りかかるゼパル。ぶん、と剣を振り下ろすも、そこに手応えは全くと言っていいほど無かった。

 探す暇も与えられず、ゼパルは背後から現れたフォルネウスの攻撃を諸に喰らい、体勢を大きく崩した。

 

「ガンダム・フレーム、侮れん」

 

 

 右頬から熱い物が滴っていく。瞳から溢れ出た血が、だらーん、と垂れていたのだ。阿頼耶識の代償。ガンダムの力を、高出力まで解放した際は、こうなる事が多い。

 

 でも、止まれない。

 

「私には、戦う理由がある!」

 

 フォルネウスはスラスターを噴射し、ゼパルに向けて滑腔砲を発射。それを避け、隙ができた真紅のボディに、大刀による一撃を叩き込み、鉄の音を宇宙に轟かせた。

 

 再び滑腔砲が無重力空間を裂き、ゼパルの装甲で弾ける。

 真紅の機体は怯むことなく、チェインメイスを振り回し攻撃。

 スラスター噴射で、目にも止まらぬ動きを繰り広げながら、その攻撃を避ける。

 

 そして近づいて、太刀で渾身の一撃を叩き込む。

 

『お前は何なんだ……? 俺と同じようで、何かが違う』

「そんな事どうでもいい。私は今、守りたいものの為に戦ってるんだ」

『……理解不能だ』

 

 遠くで、一際大きな、MS(モビルスーツ)のエイハブ・リアクターが爆発する音が聞こえた。

 ゼパルはフォルネウスの懐から離脱し、アリアンロッドの艦隊へと戻っていった。

 

「終わっ……た」

 

 コックピットで一人、シアは悶えた。

 フォルネウスが怒っている。

 ――あいつを殺らせろ。彼女にはそう言っているように聞こえた。

 

「ぅぐ……あぁぁぁっ……!!」

 

 頭が割れるような痛みに苛まれながら、シアの意識はぷつり、と途切れた。

 



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5『居場所』

長くなりました。申し訳ありません。


 夜明けの地平線団との戦いを終えた鉄華団。避けられた筈のこの争いは、火星の活動家団体 テラ・リベリオニスの代表 アリウム・ギョウジャンによって仕向けられたということが発覚した。

 オルガを率いた鉄華団の者達は、その落とし前をつけさせるために、アリウムを襲撃。

 どうなったかまでは、シアには分からなかったが、彼らは何時だって“本気”ということを彼女は知っていた。

 

 

 火星の基地に戻ってきたシアは、バルバトスと一緒に並べられたフォルネウスを見上げ、感嘆の息を漏らす。

 

「君って、こんな姿だったんだね」

 

 金色の甲冑に阻まれ、長らくその全貌を隠し続けていた、何の汚れも無い海のような蒼。バルバトスが霞むくらいに、その姿は美しく、気高かった。

 こんなフォルネウスの姿を見るのは、これが初めてである。

 

「こいつはすげぇ機体だな。お嬢さん」

 

 雪之丞がやってきて、誇らしげに聳える蒼穹の騎士を見据えて、そう呟いた。

 

「あの金ピカの装甲は、この貧弱なボディを守るための盾だったというわけだ。確かに、何重にも重ねられた強固な装甲だった」

「……もう、フォルネウスはあの姿にはなれないんでしょうか」

「そんな事は無い。この貧弱ボディを守ってきたからこそ、この機体は今までやってこれた。何度でも換装すればいいさ」

 

 そう言われ、シアはどこか安心したように息を漏らした。

 身寄りの無い自分にとっては、フォルネウスだけが身近な存在。いわば、家族のような立ち位置だった。そんな機体が見慣れない姿では、少し心が落ち着かない。

 

「それよりどうだぁ、鉄華団には慣れたか」

「……まだ慣れません……でも、海賊の所にいた時より、ずっと楽しいです」

「良かった。お前さんには、ちと合わないんじゃないかと心配してたんだ」

「……え?」

 

 雪之丞が彼女に背を向けながら言う。

 予想外の言葉に、シアは目を丸くする。

 

「後先考えず、進むことしか考えてねぇ餓鬼の集まりだ。お嬢さんのような子には、合わないんじゃねぇか、って思っただけだよ」

 

 その言葉に、何か返事をしようとしたが、内容を考えているうちに、雪之丞は何処かへ姿を消していた。

 

「進む……か」

 

 自身の手を握ったり、広げたりしながら、シアはその言葉を噛み締めた。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 標的を取り逃がしたアリアンロッド艦隊は、ギャラルホルンの名誉挽回の為に、次なる策を練っていた。

 そんな最中、ジュリエッタは先の戦いを思い出す。

 

「……っ……私はもっと戦えた……! なぜ、なぜ私は……!」

 

 ぶつぶつ、と独り言を垂れ流しながら、自身のレギンレイズを前にして、あちこちへ歩くのを繰り返していた。

 

「何をぶつぶつと」

 

 その様子を偶々見ていたノクティスが、冷ややかな目で彼女を見据える。

 苛々が最大限に達していたジュリエッタは、彼に対し理不尽に当たる。

 

「うるさいですね、私の問題ですからあなたは介入してこないでください!」

「……ほう」

 

 ノクティスはそう言われようと、引き下がる事をしようとはしなかった。

 

「あの戦いは忘れる事だな」

「同情のつもりですか。必要ありません」

「そんな事をしたつもりは無い。お前は、次の戦いだけを考えていればいいんだ」

 

 そう言うと彼は人差し指を突っ立てて、彼女の鼻先に当てる。

 折る勢いでそれへ掴みかかると、寸前のところで手を引かれ、惜しくも狙いを外す。

 

「先の事を考えろ。過去は過去だ。変えられない」

「何を当たり前のことを……」

「お前は力を求めているんだろう」

 

 図星を突かれたジュリエッタは、次なる言葉を、僅かに言い淀む。こちらを見据える深淵のような瞳に押され、とうとう黙り込んでしまった。

 

「力を欲した者の末路は悲惨だぞ」

「だが私は! ラスタル様へ示さなければならないのです! アリアンロッドの一員としての力を!」

「……好きにするといい」

 

 呆れ返ったように、ノクティスは彼女の前から姿を消した。

 

 屈辱を覚え、ジュリエッタは力強く振り返って、レギンレイズの隣に聳え立つMS(モビルスーツ)――ガンダム・ゼパルを見上げた。

 

 真紅の装甲が、照明に照らされ、四方八方へ狂気的なまでの輝きを放っていた。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 二日後、彼女はようやく三日月と再会した。

 

「マクギリス……?」

 

 会って早々、彼が口にしたのはその名前だった。

 

「うん。その人が……なんか、鉄華団と手を組みたいんだってさ」

「それってギャラルホルンの人でしょ? 何でそんな人が?」

「俺はよくわかんないよ。オルガに自分で聞いてみて」

 

 丸投げな三日月は、火星ヤシを頬張りながら食堂へと向かう。

 何が何だか分からないシアも、うるさい腹を沈めるために、彼についていった。

 

 

 一足遅れて食堂に着けば、三日月が先に食事を初めていた。

 すると、珍しい事に彼へ話しかける人物の姿が見える。

 

「お願いです三日月さん! 俺もMS(モビルスーツ)に乗せてください!」

「……オルガがどう言うか分からないよ」

「じゃあ、三日月さんから団長に言ってくれませんか? お願いです!」

 

 三日月より背の高い、白髪の青年が彼に頭を下げて懇願していた。

 ハッシュ、と呼ばれているのを、聞いたことがある程度だった。

 

「どうしたの、あれ」

「あぁ……どうしてもMS(モビルスーツ)に乗りたいらしくてな。三日月に鍛えてほしいんだと」

 

 怪訝そうに眺める昭弘に尋ねて、だいたいの事情を把握した。

 

「……阿頼耶識の手術はしない、ってオルガが直々に伝えた筈なんだがな」

「よっぽど戦いたくて仕方ねぇんだよ。なぁシアちゃん? あいつらはまだひよっこだから、戦ってもろくな戦果は得られねぇよな?」

 

 口を挟んだシノを、昭弘と揃って睨みつけた。

 「悪い」と大して悪びれる態度も見せず、二人の視線を気にしながら食事を続けた。

 

「あ……それより昭弘、この前はありがとね」

「ん?」

「ほら、私に敵のこと教えてくれたでしょ?」

「あぁ……まぁ、当然のことだ」

 

 照れているのか、いつもより幾分も小さな声で返事をした。

 肩を組まさせたシノに耳元で

 

「おいおい、昭弘もモテるなぁ」

 

と弄られて、ついつい手が出そうになった。

 

 食事を持ってきたシアは、三日月の隣で食べることに。まだハッシュは、彼に交渉を続けていた。

 

「わかったよ……俺がオルガに言っとく。けど、阿頼耶識の手術はもう出来ないよ」

「……! ありがとうございます!」

 

 ハッシュは頭を下げ、胸を張ったまま食堂を出ていった。

 

「三日月。大丈夫なの」

「何が?」

「いや……団長さんの許可もなしにさ」

「オルガが駄目って言うなら、あいつはMS(モビルスーツ)には乗せない。オルガがどう言うかだよ」

 

 三日月は団長の事をオルガ、オルガと異様な執着心というか、特別な感情を抱いているように感じる。鉄華団の一部は、長い付き合い同士だと聞いているが、彼の執着にはどこか異常性まで覚える。

 

「団長さんと三日月って、どういう関係なの」

「え。うーん……オルガは、俺たちを連れて行ってくれるんだ。辿り着く場所に。だから俺は、オルガの言う通りにする。そこに辿り着くために」

 

 辿り着く場所。その言葉に彼女は疑問を覚えた。鉄華団という、最高の居場所が彼にはある。アトラのような素敵な女の子もいれば、明弘やシノのように頼れる仲間もいる。そんな環境に置かれた彼が、これ以上何を求めるのか。

 

 口に出しそうになったが、我慢して飲み込む。言及してはいけない気がする。

 彼女は、以前までの――アーヴラウの一軒以降の鉄華団を知らない。何が彼をこうしたのか、シアはまだまだ知らない。

 半端な詮索は不幸を呼ぶ。

 

「食べないの」

「えっ? あ、ううん! 食べるよ」

 

 三日月が自分の皿にスプーンを伸ばした所で、彼女はようやく食事に手を付けた。

 ここの食事は美味しい。鉄華団は彼女にとっては最高の居場所だった。

 ――何があっても手放したくないほどに。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 オルガと三日月は、セブンスターズのマクギリス・ファリドに呼び出され、ギャラルホルン火星支部を訪れた。

 

 火星が足元に見えるその部屋で、マクギリスは彼らを待ち侘びていた。

 

「もう一度呼び出して、何の用だ」

「オルガ・イツカ。君に聞きたい事がある」

 

 マクギリスに尋ねられ、彼は眉を潜めた。オルガはまだ彼を、完全に信用してはいない――何度も助けられてはいるが。やはりギャラルホルンの者という認識は、簡単には拭えなかった。

 

「鉄華団の採掘場で、何か不思議な物が見つかったと聞いたが?」

「……それがどうかしたか」

「具体的に、どんな物が?」

 

 緊迫した空気の中でも、三日月は火星ヤシを頬張る。

 オルガは暫くしてからその問いに応える。

 

「ガンダム・フレームらしきMS(モビルスーツ)……それと、MS(モビルスーツ)とは思えない、巨大なモビルワーカーのような機械が見つかった」

「ほう……」

 

 マクギリスは急に立ち上がり、下に広がる火星へと目をやった。

 

「厄祭戦は、宇宙の各地で行われた。それは金星、木星、火星でさえも。どこもその戦禍に巻き込まれた」

「厄祭戦……? それと何の関係がある?」

 

 オルガの方に目をやり、マクギリスは応じた。

 

「その機械は恐らく、“モビルアーマー”。厄祭戦で七十二機のガンダム・フレームと激闘を繰り広げた、恐怖の殺戮兵器だよ」

 

 

 



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