僕と水泳とお嬢様 (京勇樹)
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共通ルート編
全ての始まり


予定を変更しまして、今月より投稿を始めます!
どうぞ!!


「居心地悪いなぁ……」

 

僕、《吉井明久(よしいあきひさ)》は居心地が悪かった

 

僕が居るのは、《(セント)エトワール女学院》

 

そう女学院だ

 

あ、言っておくけど、僕は男だからね?

 

誰だ! 今、犯罪者って言った奴!?

 

僕がここに居るのは、ワケがある

 

それは、今から約三ヶ月前の夏休みの時のことだった

 

明久sideEND

 

第三者side

 

うるさいくらいにセミが鳴き、太陽光がジリジリと肌を焼く

 

8月に入ったが残暑が厳しく、連日猛暑日を記録している

 

そんな街中を、同じジャージを着た十人くらいの男女の一団が歩いていた

 

全員が着ているジャージは同じで、胸元には〈文月〉の文字が刺繍されている

 

その先頭に居るのは、二人の茶髪の男子だった

 

片方は三年生と分かった

 

名前は古畑海(ふるはたかい)

 

水泳部の部長で、水泳部全員がイケメンの称号を送る数少ない人物である

 

なんでも、文月学園でも女子の人気は高く、何回も告白されるが本人は困ったように笑うだけで、それがまた、人気に拍車を掛けるのである

 

「今日も猛暑日らしいけど、明久は大丈夫かい?」

 

その海が隣に居る男子、吉井明久に声を掛けた

 

「はい! もう絶好調ですよ! なんなら、このまま焼き肉屋に行ってもいいくらいに!」

 

声を掛けられた明久は、右拳を握りながらサムズアップした

 

それを見た海は、笑みを浮かべて

 

「はは、そりゃ結構。その様子なら、全国大会でもいい記録を残せそうだね」

 

「気が早いですよ、海先輩。まずは今日の試合を勝たないと」

 

今日は彼らにとっては大事な日だった

 

地区大会を制しての都大会

 

彼らはその試合会場に向かっていた

 

「相変わらず、肝が据わってるのに謙虚っていうか。大物だよ、明久は」

 

明久の様子に海が苦笑していると、明久は憮然とした表情で

 

「僕が緊張しない奴だって、知ってるでしょう?」

 

「はははっ、そういえばそうだったね」

 

この都大会を制すれば、彼らは冬の選手権に出ずに全国大会に出れる

 

そして明久は、この大会のためにトレーニングを重ねてきて、春の地区大会も勝ち抜いたのだ

 

(やれる……気分はいいし、体だって軽い……集中力も保つ自信がある)

 

明久と同じく、大会を勝ち抜いた海を含めた部員達に、海や明久達を応援に来ている部員達と談笑しながら歩いて、明久は自分の調子を再確認した

 

そして、まさしく絶好調ということを確認した明久が拳を握っていると

 

「夏休みが終われば、交換でエトワールに行ってた人達が帰ってくるね」

 

という、海の呟きが聞こえた

 

「ああ、そういえばそうですねぇ……今回は珍しく、希望者が出たんでしたっけ」

 

明久が緊張してないのを確認したからだろう、海が話題を明久に振り、明久もそれに乗った

 

「よその学校でもあるんですかね? 《交換学生制度》って」

 

「さあ……聞いたことないね……そもそも、エトワールみたいな《お隣さん》が居る僕達のほうが珍しいと思うよ」

 

「確かに、そうですね」

 

海の言葉に明久は笑った

 

まず、彼らの通う文月学園と件のエトワールこと《聖エトワール女学院》の関係を説明しよう

 

彼らの通っている文月学園は、少々特殊だが、一応進学校である

 

だが、文月学園のある文月市の隣街に存在するのが、聖エトワール女学院である

 

この聖エトワール女学院、通っているのは所謂お嬢様である

 

財界や政界、さらにはアイドルなどが通っているのである

 

そんなお嬢様学園の存在している隣街だが、正確にはその街全てが学園の土地なのである

 

噂では、私鉄すら引かれているとか

 

「ただまあ、やっぱり向こうの特殊授業には面食らったみたいだね」

 

「あ、やっぱりそうなんですか」

 

海の言葉に明久は納得していた

 

特殊授業というのは、一般的に言う道徳などに当たるらしい

 

らしいというのは、交換で行った生徒も言葉を濁したからである

 

それがどうしてなのかは、明久は知らない

 

すると明久は、何か思い付いたのか視線を海に向けて

 

「海先輩、どうですか? 一回女装して入るってのは」

 

と、問い掛けた

 

すると海は、苦笑して

 

「あのね、明久。それで僕が何回弄られてると思ってるんだい? それに、君こそどうだい?」

 

と、切り返した

 

すると明久は、手をパタパタと振って

 

「やだなぁ、僕も何回弄られてると思ってるんですか?」

 

と言うと、二人して笑いだすが、しばらくして俯くと

 

「もう、やめとこうか……」

 

「そうですね……」

 

とため息を吐いた

 

二人が落ち込んだのにはワケがある

 

それは、5月に行われた文化祭で、二人はそれぞれ

 

海 女装の似合う男子 三年生部門 一位

 

明久 女装の似合う男子 二年生部門 一位

 

という、二人としては屈辱的な結果が出たのだ

 

そして、二人が肩を落として落ち込んでいると

 

「傷つくなら、最初からやらなければいいのに……」

 

と二人の背後に居た現メンバーの紅一点、工藤愛子(くどうあいこ)が溜め息混じりに呟いた

 

すると、二人は愛子に振り向いて

 

「まあ、恒例行事みたいなものだよ」

 

「そうそう」

 

と言った

 

その時、明久の耳に子供の声が聞こえて、明久は視線を道路を挟んで反対側に向けた

 

そこには、ご近所付き合いなのだろう

 

数人の子供と親らしき人達が一緒に歩いていた

 

(さすが、この暑いなか元気だね)

 

その光景を見た明久は、微笑ましく思った

 

すると、後方から激しい音が聞こえてきた

 

視線を後ろに向けると、凄い勢いで車がカーブを曲がってきた所だった

 

(危ないなぁ……あの車)

 

明久はそう思いながら、視線を前に向けた

 

すると、信号が青になったら渡って良いと言われてたのだろう

 

二人の子供が、道路に飛び出していた

 

それを見た瞬間、明久は走り出した

 

「アッキー!?」

 

「明久!?」

 

背後から愛子と海の慌てた声が聞こえてきたが、明久はそのまま走った

 

(ああ、やっぱり今日は絶好調だ……だって、体がこんなにも軽い)

 

明久はそう思いながら走り続け、持っていたボストンバッグを投げ捨てて横断歩道に出た

 

すると、明久の視界に二人の子供の他に二人の美少女の姿があった

 

(女の子!? なんで!?)

 

が改めてよく見ると、その女の子達も子供達を助けようとしているようだった

 

その女の子達はそれぞれ、子供を一人ずつ抱えて立ち上がろうとしたが、車が猛スピードで接近してくるのを見て、少女達は固まった

 

明久はその少女達目掛けて走り、全力で少女達を突き飛ばした

 

突き飛ばしたことで、少女達と子供達は歩道に倒れる形になった

 

それを見た明久も、歩道に向かおうとしたが、視界の端に目前まで迫った車が見えた

 

それを見て、明久は覚悟を決めた

 

その直後、鈍い音が響き、嫌な音と共に明久は道路に打ち付けられた

 

「おい! 学生が弾かれたぞ!」

 

「誰か! 警察と救急車を!」

 

周囲で見ていた人達が喚くなか、海と愛子の二人は呆然とした様子で

 

「あ、明久ーー!」

 

「アッキー!」

 

二人は明久の名前を呼びながら、倒れている明久に駆け寄った

 

その後、明久は呼ばれた救急車によってすぐさま病院に運ばれた

 

だが、この事故により、水泳選手の命とも言える足に、重大な大怪我を負ってしまったのだった……

 

なお、この時の車の運転手は飲酒運転だったようで、運転手は即逮捕された

 

そして、明久の意識が戻らないまま、2ヶ月が過ぎた……

 

季節は変わり、秋のある日だった

 

「う、うぅ……」

 

「明久!?」

 

「アッキー!」

 

明久の呻き声が聞こえると、たまたま見舞いに来ていた海と愛子は明久を呼んだ

 

そして、明久の目がゆっくりと開くと安堵した様子で

 

「明久、僕達がわかるか?」

 

「わかるなら、手を握って」

 

愛子の言葉に従い、明久はぎこちなくだが、手を握った

 

海はそれを見ると、体をドアに向けて

 

「待ってろ。今先生を呼んでくるから!」

 

と言って、部屋から出ていき、それに続くように愛子も

 

「ボクもアッキーのご両親を呼ぶね!」

 

と言って、部屋を飛び出した

 

その後、明久の病室に医師と連絡を取った明久の両親が来た

 

両親からはもみくちゃにされて、医師は診察を終えるとリハビリのことを明久に説明した

 

「うわぁ……細い手……誰の手だよ」

 

明久は自分の手を見て驚いたように言うと、椅子に座っていた海と愛子が

 

「そりゃ2ヶ月近く寝たきりだったんだ。そうなるのも当然だよ」

 

「お医者さんは、動けるようになれるかわからないって言ってたくらいだし」

 

と言った

 

「ふーん……そっか……あ、そういえば、あの女の子達は大丈夫だった?」

 

自分のことを軽く流すと、明久は突き飛ばした少女達のことを聞いた

 

すると、海と愛子はため息を吐いて

 

「自分の事は軽く流して、他の人を気にするんだ……」

 

「まあ、アッキーらしいって言えば、らしいけど……」

 

と呆れてから、海が

 

「明久が歩道に突き飛ばしたから、怪我はほとんど無かったみたいだね」

 

と、教えた

 

すると、明久は安堵した様子で

 

「よかったぁ……あんな美少女たちに怪我があったら、世界的にマイナスでしたよ」

 

と、言った

 

それを聞いた海と愛子は、声を上げて笑うと

 

「本当に、明久は大物だね」

 

「本当。自分のケガのほうが重いのに、相手の心配だなんて」

 

と呆れ半分で言った

 

それを聞いた明久は、フンスと鼻息荒く

 

「ある意味、それが僕だからね」

 

と言った

 

その後、他愛ない会話をしたりリハビリをしながら日は過ぎて約二週間後

 

文月学園 水泳部部室

 

「ヤッホー! 吉井明久、復活!」

 

明久は元気よく、水泳部部室に現れた

 

「明久!? あれ? 退院は月末のはずじゃあ!?」

 

突然現れた明久を見て、海は目を見開いていた

 

「いやぁ、確かにその予定だったんですが、医者曰わく、常人とは思えない回復力で早まりました」

 

海からの問い掛けに、明久は頭を掻きながら返答してから姿勢を正して

 

「というわけで、不肖吉井明久! 今日から復帰します!」

 

と宣言した

 

それを聞いた海は、明久に無理はしないようにと念押ししてから、明久の復帰を喜んだ

 

それから、一週間後

 

「はい、ゴール!」

 

学校の周りを明久が走り、校門前に到着すると愛子は声高に言いながらストップウォッチを止めた

 

そして、表示されてるタイムを見ると

 

「うーん……やっぱり、まだ遅いね……全盛期の二倍強ってところ」

 

と、明久に画面を見せた

 

それを見た明久は、傍らに置いてあったスポーツドリンクを一口含んでから

 

「本当だ……遅いね」

 

と苦笑いした

 

「でも、アッキーは諦めないんでしょ?」

 

「もちろん! 僕の辞書に諦めるって文字は無い!」

 

愛子の言葉に同意してから、明久は呼吸を整えて

 

「それじゃあ、もう一周走ろうかな?」

 

と言って、走ろうとした

 

その直後

 

「おーい! 明久!」

 

校舎の方向から、海が走りながら明久を呼んだ

 

「海先輩、どうしたんですか?」

 

「学園長が呼んでるよ。何でも、お客様だってさ」

 

明久が問い掛けると、海はそう答えた

 

「お客様?」

 

明久は心中で

 

(はて? 来客予定なんて、あったっけ?)

 

と首を傾げた

 

そして、明久と海、ついでに愛子の三人は学園長室へと向かった

 

「失礼します。学園長、吉井明久を連れてきました」

 

海がノックしてからそう言うと、ドアの向こうから

 

『入りな』

 

と催促されたので、ドアを開けて

 

「失礼します」

 

と頭を下げた

 

明久と愛子の二人も、それに続いて入室した

 

中に居たのは、白髪の女性

 

学園長の藤堂カヲルと、見知らぬシスター服を着た美女だった

 

そのシスターは明久を見ると、微笑みながら会釈してきた

 

明久は呆気に取られながらも、軽く会釈した

 

この時は気づかなかったが、この出会いが、明久の運命を決めることになった



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華の園への招待状

入室した明久が、中に居たシスターを見て考え込んでいると

 

「何をボケーッとしてるんだい。とっとと座らないかい。お客様を待たせるんじゃないよ」

 

「あ、はい」

 

学園長に促されて、明久は慌てるようにソファーに座った

 

すると、学園長は海に視線を向けて

 

「古畑もだ、座りな」

 

「はい」

 

そして、海が座ると愛子をジト目で睨み

 

「で、あんたはなんで居るんだい? アタシは呼んだ覚えはないよ?」

 

と言うと、愛子は苦笑いを浮かべ

 

「えっと、今はアタシが吉井君のサポーターだから、念のためにと思いまして……」

 

と、頬を掻きながら言った

 

すると、学園長はため息を吐いて

 

「仕方ないね……特別に許可しよう……とっとと座りな」

 

「はい、失礼しまーす」

 

学園長の許可を得て、愛子は喜々とした様子で明久の隣に座った

 

そして、三人が座ったのを確認すると

 

「さて、吉井を呼んだのはね」

 

と学園長が説明しようとしたら、シスターが片手を上げて

 

「学園長殿、私が説明しますわ」

 

と言った

 

すると、学園長はシスターに視線を向けて

 

「わかった。頼むよ」

 

鷹揚に頷きながら、そう言った

 

すると、シスターは微笑んでから体を明久に向けて

 

「はじめまして、吉井明久君。私は聖エトワール女学院にて講師兼シスターを勤めてる小早川美雪(こばやかわみゆき)と申します」

 

シスターこと、小早川美幸は名乗りながら優雅に一礼した

 

「あ、これは失礼しました。僕の名前は吉井明久と言います……って、聖エトワール女学院の先生?」

 

小早川先生が名乗ったので、明久も慌てて名乗ったが、名乗ってから困惑した様子で首を傾げた

 

そんな明久を見て、小早川先生は優雅に微笑んでいる

 

明久は念のために、視線を両側に座っていた二人に向けた

 

すると、海と愛子は驚愕した様子で固まっていた

 

どうやら、本当に知らなかったらしい

 

「えっと……なんで、聖エトワール女学院の先生がここに?」

 

明久が問い掛けると、小早川先生は僅かに頷いて

 

「はい。実は、吉井明久君にお礼を言いたいと思いまして、訪問させてもらいました」

 

「お礼?」

 

小早川先生の言葉を聞いて、明久は訳が分からないと言った様子で首を傾げた

 

すると、小早川先生も困惑した様子で

 

「えっと……身に覚えはありませんか?」

 

と問い掛けた

 

その問い掛けに、明久は顎に手を当てて

 

「えっと……痴漢撃退した事もないし……財布を拾った覚えも無いですし……」

 

と言ってから、うーん、と唸り出した

 

そんな明久の様子を見て、小早川先生は笑みを浮かべた

 

すると、今まで沈黙を保っていた西村が

 

「吉井……お前は、あの夏の事故を覚えているか?」

 

西村が問い掛けると、明久はキョトンとして

 

「ええ……そりゃまあ、自分の事ですから」

 

明久が答えると、西村は頷いて

 

「小早川先生はな、その時のことを言っているのだ」

 

「はへ?」

 

西村の言葉を聞いて、明久が首を傾げていると

 

「明久君が助けたのは、エトワール女学院の生徒なのです」

 

と小早川先生が告げた

 

すると明久は、視線を上に向けて数瞬考え込んで

 

「おおっ! そういえば、二人助けたっけ……元気ですか?」

 

手をポンと叩いてから、小早川先生に訪ねた

 

すると、小早川先生は微笑んで

 

「ええ。今も元気に、学び舎で過ごしています」

 

と答えた

 

小早川先生の返答を聞いて、明久はホッとした様子で

 

「それは良かった。怪我は無いって聞いてたましたが、改めて聞いて安心しました」

 

明久の話を聞いて、小早川先生は明久を見つめて

 

「怒ってはないのですか? あの子達が原因と」

 

と問い掛けた

 

その問い掛けに対して、明久はフンと鼻息を荒げて

 

「そんなことしませんよ。あの事故に関しては、自分で走り出した瞬間から、今の状況まで自己責任と思ってます。それに……」

 

明久がそこで言葉を止めると、小早川先生が首を傾げながら

 

「それに?」

 

と、先を促した

 

すると明久は、優しい表情を浮かべて

 

「人を助けるのに、理由が要りますか?」

 

と言った

 

その明久の言葉を聞いて、西村と小早川先生は驚愕していた

 

「確かに、世の中には恩を売るためにとか、お金目的に人助けをする人も居ますけど……僕は、困ってる人が居たら助けたいんです。それが理由で自分が怪我しても構いません。もしかしたら、自分が損をするかもしれない。だけど、助けたいんです。ただ、それだけなんです」

 

明久の言葉を聞いて、西村と小早川先生は目を丸くして驚いていた

 

すると、愛子と海が明久の肩を叩いて

 

「本当に、明久らしいよ」

 

「でも、もう少しは自分を大切にしてよね」

 

と言った

 

二人からのその言葉に、明久は苦笑いを浮かべながら

 

「うん……ごめん」

 

素直に謝った

 

その時、小早川先生は学園長に顔を向けて

 

「学園長。彼ならば、我が校も構いません」

 

と言った

 

すると、学園長は頷いて

 

「吉井。大事な話がある」

 

と切り出した

 

「大事な話……ですか?」

 

明久が問い掛けると、小早川先生が頷いて

 

「はい……あなたを、我が聖エトワール女学院に招きたいと思います」

 

と衝撃的なことを告げた

 

「…………はい?」

 

あまりにも予想外過ぎる言葉に、明久は首を傾げた

 

すると、小早川先生は笑みを浮かべ

 

「実は、あなたが助けた生徒達の親御さん達が、あなたにお礼をしたいと申し出ているのです」

 

「はあ……」

 

小早川先生の言葉に、明久が呆然としながら頷くと小早川先生は続けて

 

「大変申し訳ないですが、あなたのことを調べさせてもらいました」

 

「まあ、隠すようなことはないですし……」

 

小早川先生の言葉に、明久がそう返すと、小早川先生は明久が将来有望な選手として上げられていること

 

あの事故により、水泳選手の命とも言える足に、一番の重傷を負ってしまったこと

 

医者が驚くような速度で回復したが、それは日常レベルであり、以前よりも選手としては格段に悪くなっていて、このままでは、大会で好成績を残すなど不可能なこと

 

そして何より、文月学園での設備では思うようなトレーニングが出来ないこと

 

これらのことを列挙した

 

明久としては悔しかったが、それは事実だった

 

「そして……あなたの夢も聞きました」

 

「うっ……知ってましたか」

 

小早川先生の言葉を聞いて、明久は気恥ずかしそうに頬を掻いた

 

「もちろんです。部長さんとその子も知っているでしょう?」

 

小早川先生が問い掛けると、海と愛子は頷いて

 

「そりゃもちろん」

 

「常々言ってますからね」

 

と答えた

 

明久の夢

 

それは《何時かは、水泳で世界一を取りたい》

 

という、大きな夢

 

「その夢を叶えるお手伝いを、私達にさせてほしいのです」

 

小早川先生のその言葉を聞いて、明久は頬をポリポリと掻いてから

 

「そのお話は嬉しいんですが……いいんですか? 僕は男ですよ?」

 

「はい。それがどうしました?」

 

明久からの問い掛けに、小早川先生は笑みを浮かべながら問い返した

 

「こういっちゃ何ですが、採算も取れないと思いますし……なにより、悪影響とかも考えられると思うんですが……」

 

明久のその言葉を聞いて、小早川先生は真剣な表情になり

 

「そうですね……実を言いますと、この話を職員会議で聞いた時、私は反対してました」

 

と告げた

 

「まあ、そうでしょうね……」

 

その言葉に明久が同意を示すと、小早川先生は頷いてから

 

「理由は先ほど明久君が言った通り、男性が入ったことによる悪影響……そして何より、今まで前例が無かったからです。いくら親御さん達からのお願いとはいえ、エトワール女学院に男性が転入してくることなど」

 

小早川先生はそこまで言うと、明久を見つめて

 

「ですから、私が直接確かめに来ました。明久君がエトワール女学院に来るのに相応しいのかを……もし相応しくなかった場合、私は自身の職を賭してでも阻止しようと思いました。しかし……」

 

小早川先生はそこで一旦言葉を区切ると、笑みを浮かべて

 

「しかし、そんなのは全くの杞憂でした。明久君はエトワール女学院に来るのに相応しいです」

 

小早川先生は再び区切ると、胸元で両手をまるで祈るように組み

 

「『求める無かれ。惜しみなく与え、愛せよ』己の行為に見返りを求めない、奉仕の精神こそ、我がエトワール女学院の目指す理念。それを既に備えてる明久君を迎えるためならば、性別の問題など些細なこと……私はそう判断しました」

 

さすがに、そこまで言われて恥ずかしいのか。明久は照れくさそうに頬を赤らめながらポリポリと掻いた

 

すると、小早川先生は脇に置いていた鞄からパンフレットを取り出して

 

「それに、エトワール女学院ならば、明久君が求めるトレーニングも行えると思いますよ」

 

と言いながら、パンフレットを明久に手渡した

 

パンフレットを受け取った明久は、開いて中を見た

 

その数秒後

 

「うばっ!?」

 

思わず、奇声を上げて固まった

 

奇声を上げた明久を見て、海と愛子の二人も明久の持っているパンフレットを横から見て固まった

 

「こ、これはまた……」

 

「実業団でも、ちょっと見ないレベルだね……」

 

そのパンフレットには、最新鋭の設備や熟練のスタッフ

 

更には、療養施設まで網羅されている

 

三人が揃って固まっていると、小早川先生はクスリと笑ってから

 

「それに、実を申しますと、私が水泳部の顧問をしておりまして、明久君がエトワール女学院に居る間は、最優先で使えるように便宜を計りましょう」

 

小早川先生のその言葉を聞いて、明久は驚愕の視線を向けて

 

「ま、マジですか……?」

 

「はい」

 

明久からの問い掛けに、小早川先生は即答した

 

そして、微笑みながら

 

「ですから、私達に明久君の夢の手助けをさせてください。私達は、明久君を助けたいんです」

 

「小早川、先生……」

 

小早川先生の話を聞いて、明久は泣きそうになった

 

正直に言って、明久としてはとても嬉しい話だった

 

だがそれだと、文月学園の水泳部仲間を裏切っているようで明久の心中には躊躇いがあった

 

そんな明久を見て、海と愛子は察したのか

 

目を見合わせると頷いてから、明久の背中を叩き

 

「行ってきなよ、アッキー」

 

「良い話じゃないか。僕達は応援するよ」

 

と言った

 

すると、明久の目元に僅かに涙が滲み出た

 

「海先輩……工藤さん……」

 

明久は二人の言葉を聞いて決心したのか、一旦目を閉じると真剣な表情で小早川先生に視線を向けて

 

「小早川先生。先ほどの話、喜んでお受けします」

 

と言いながら、軽く頭を下げた

 

「はい、わかりました。親御さんへのご説明は……」

 

「ああ、それは大丈夫だと思いますよ。僕の家は放任主義でして、多分、二つ返事で了承してくれるかと」

 

小早川先生は明久の話を聞くと、頷いてから

 

「わかりました。もし、説明を求められたら、こちらにご連絡ください。私が直接お話しします」

 

と言いながら、名刺を差し出した

 

「はい、わかりました」

 

明久が返事をしながら名刺を受け取ると、学園長が頷いて

 

「それじゃあ、吉井。あんたは一週間後から、エトワールに行きな。明日からは準備期間として、公休扱いにしてやるさね」

 

学園長のその言葉を聞いて、明久は少し驚いた様子で

 

「え? 一週間もですか? 別に、そんなに休まなくても」

 

明久がそこまで言うと、西村が片手を挙げて明久の言葉を止めて

 

「吉井、お前はほとんどジャージで過ごしているが、普通の服はあるのか?」

 

と言った

 

「あー……」

 

西村の言葉を聞いて、明久は箪笥の中の服を思い出した

 

(有るには有るけど、かなりボロボロのしわしわだなぁ)

 

明久はそこまで考えると、素直にうなずいて

 

「わかりました。準備に入ります」

 

と、言った

 

明久の言葉を聞いて、小早川先生は満足そうに頷きながら、カバンから茶封筒を取り出して

 

「こちらが、今回の事に必要な書類です。必要事項は赤い枠で覆ってあるので、そのすべてを記入したら郵送してください」

 

と言いながら、明久に手渡した

 

「はい、わかりました」

 

明久が茶封筒を受け取ると、学園長は頷いて

 

「それじゃあ、吉井は準備が終えたらエトワールに行きな。失礼をするんじゃないよ」

 

「はい!」

 

学園長の言葉に明久が頷くと、その場は解散となった

 

それから明久は親に連絡。そしたら、親は二つ返事で了承

 

姉に関しては、母親が

 

『玲ちゃんに関しては、お母さんに任せなさい。調きy、ごほん……もとい、黙らせておくから』

 

という、頼もしいお言葉が聞けた(明久としては、姉が若干心配になったが)

 

そして、準備にドタバタしているウチに一週間が経ち、明久はエトワールへと向かったのだった



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少女の慟哭

そして、今に至る

 

「来たのはいいけど……凄い見られてるよ……」

 

明久はそう言いながら、苦笑いを浮かべて頬を掻いた

 

明久が言ったのは自意識過剰ではなく、事実だった

 

明久が到着して、早十数分が経過している

 

なお、この場所に来るのに明久は私鉄を使ってきた

 

書類を郵送したら、数日後に私鉄に乗るためのパスと一緒に色々な物が郵送されてきた

 

そのパスを見て、明久は本当に私鉄がある事を驚いた

 

そして、その私鉄から降りて既に十数分ほど経っているのだが、周りを歩いてる人や私鉄から新たに降りてきた人達が驚いた様子で明久に視線を向けるのだ

 

そして、明久も待ち人を待ってる間に観察していたのだが、通る人の九割以上が女性なのだ

 

彼女達からしたら、明久が居るのが異常なのだろう

 

ちなみに、明久は知らないのだが、聖エトワール女学院の教職員の内の八割がエトワールの卒業生なのである

 

ようするに、この学園は閉じられた世界なのである

 

小早川先生としては、そこも危惧すべき点なのであった

 

閑話休題

 

多くの視線に晒されて明久は落ち着かないのか、持っていた鞄から一枚の紙を取り出して

 

「えっと……うん、ここで待ってれば、案内係の人が来るって書いてある」

 

と確認した

 

それはパスと一緒に郵送されてきた紙で、今日の昼過ぎに駅前で待っていてください

 

といった旨が書かれている

 

(早くお迎えの人、来てくれないかなぁ……)

 

視線の集中砲火に明久は辟易して、ふと視線を逸らした

 

その時、明久の視界にこちらに向かってくる一人の少女の姿が見えた

 

別に、近くを歩いている人はたくさん居る

 

だが、明久の視線は自然とその少女に吸い寄せられた

 

見た目もかなりの美少女で、スタイルも良い

 

しかし、その美少女から滲み出ている雰囲気が何よりも明久の視線を吸い寄せた

 

気品の良さに穏やかな微笑み

 

それらが見事に相まって、明久はジッとその美少女を見ていた

 

それは周囲の人達も同じだったらしく、歩く人々は皆、その美少女に見惚れていた

 

そして、その美少女は明久の近くまで来ると、明久を数秒間見てから

 

「吉井明久さんですよね?」

 

と問い掛けてきた

 

「え……あ、はい! そうです!」

 

まさかそんな美少女から声を掛けられるとは思っておらず、明久は思わず一瞬固まった

 

「良かったです。私は小早川先生の代わりに迎えに来ました。東方院静歌(とうほういんしずか)と言います」

 

美少女、東方院静歌は名乗りながら優雅に一礼した

 

「あ、小早川先生の言ってた迎えの人ですか。僕の名前は吉井明久と言います」

 

静歌が迎えの人だと知り、明久は内心で少し安堵しながらも緊張した面持ちで挨拶した

 

すると、静歌はクスリと微笑んで

 

「ここでは、流石に人目を集めてしまいますね。近くに静かな公園があるので、そこに行きましょうか」

 

と提案してきた

 

その提案を聞いた明久は、すぐさま頷いて

 

「是非ともお願いします」

 

とお願いした

 

「では、案内しますね。こちらです」

 

静歌はそう言うと、明久を先導し始めた

 

先導されている明久は、周囲の景色を見て驚いていた

 

(私鉄が本当に引かれてるのも驚いたけど、本当に一つの街になってるよ……)

 

明久が驚くのも無理はなかった

 

明久が見た限り、周囲には娯楽施設もあればスーパーもあり、銀行もあった

 

まさに、至れり尽くせりである

 

そして、明久が周囲を興味深そうに見回していると

 

「フフっ……」

 

と、静歌が笑った

 

静歌の笑い声が聞こえて、明久は恥ずかしそうに頬を掻いて

 

「あぁ……まるで田舎者みたいだね……」

 

と呟いた

 

すると、静歌は胸元に手を当てて

 

「いえ、お気持ちはわかります。私も、外と比べて驚くこともありますから」

 

と言った

 

「そう言ってもらうと、助かるかな……」

 

静歌の言葉を聞いて、明久は安堵のため息を吐いた

 

その後、数分間歩くと、明久と静歌はわりかし大きめの自然公園に入った

 

その自然公園を見渡して、明久は

 

(ここ、走り込むのに良いかも)

 

と思ってから、視線を静歌に向けた

 

すると、静歌がどこか落ち着かない様子でそわそわしていた

 

その様子は先ほどまでとは違い、まるでなにか困っているような感じだった

 

「あの、どうし……」

 

明久が静歌に問い掛けようとした途端、静歌は勢い良く頭を下げて

 

「ごめんなさい!」

 

と謝ってきた

 

突如、静歌が謝ってきたので明久は困惑した

 

「えっと……いきなりどうしたの?」

 

明久が問い掛けると、静歌は明久と同じように困惑した様子で

 

「お、怒ってないんですか……?」

 

と聞いてきた

 

「怒る? なんでさ?」

 

静歌の言葉に明久が不思議そうに首を傾げると、静歌は泣きそうな表情を浮かべて

 

「だって……私のせいで、大事な大会に出られなかったって聞いて……」

 

静歌のその言葉を聞いて、明久はまさかと思って、あの事故の時を思い出してみた

 

そして、目の前の静歌がその時の一人と重なった

 

「おお! あの時に飛び出してた子か!」

 

明久が思い出した言わんばかりに手を叩くと、静歌はビクッと体を震わせて再び頭を下げて

 

「は、はい! その通りです!」

 

と叫ぶように言った

 

そんな静歌を見て、明久は微笑みながら

 

「で、元気だった?」

 

と問い掛けた

 

明久の問い掛けが予想外だったらしく、静歌はキョトンとしながら

 

「は、はい……ケガも無く、元気に過ごしてました……」

 

静歌の返事を聞いて、明久は満足そうに頷いて

 

「それは良かった。君みたいな可愛い子にケガさせたら、責任なんて取れないしね」

 

と言った

 

すると、静歌は驚いた様子で明久を見つめて

 

「なんで、怒ってないんですか?」

 

と問い掛けた

 

静歌からの問い掛けに明久は、意外だなぁ、という表情を浮かべて

 

「いや、あれは自業自得だし。自分で行動した結果だから、後悔はしてないよ? まあ、大会に出られなかったのは残念だけど」

 

と答えた

 

すると静歌は、強く手を握りしめて涙を滲ませながら

 

「その大会ですよ! 私、お父様に頼んで明久さんの事を調べてもらいました。明久さんは将来有望な水泳選手で、あの大会で優勝すれば、全国大会に出られた筈なんですよ!? それなのに、私のせいで……」

 

と言うと、俯いて涙をこぼした

 

そんな静歌を見て、明久は静歌を抱きしめた

 

「あ、明久さん……?」

 

明久が抱きしめたのを不思議に思い、静歌は視線を明久に向けた

 

すると、明久は静歌の頭を優しく撫でながら

 

「ごめんね……僕の行動で、君の心に傷を付けてたみたいで」

 

呟くように、優しく語り出した

 

「でもね、これは僕が自分で決めてやった事なんだ……だから、静歌ちゃんは気に病む必要なんてないんだ」

 

「でも……」

 

明久の言葉を聞いても、静歌は俯いた

 

「だったらさ、これは僕からのお願い」

 

「お願い……ですか?」

 

静歌が首を傾げると、明久は頷いて

 

「そう……ここに居る間、僕をサポートしてくれないかな?」

 

その明久の言葉を聞いて、静歌は目を見開いて固まった

 

「僕はここ、エトワールに関しては素人で、なにも分からないんだ……もし、静歌ちゃんの気が済まないって言うのなら、罪滅ぼしってわけじゃないけど、僕の手助けをしてほしいんだ……」

 

明久はそこまで言うと、静歌の顔の涙をぬぐってから見つめて

 

「お願い、できるかな?」

 

と、問い掛けた

 

すると、静歌は顔をクシャっと歪めて

 

「はい……はい……」

 

と頷いてから、声を上げて泣き出した

 

その後、明久は静歌が泣き止むまで、優しく頭をなで続けたのだった



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再会と二人目

原作とは違い、この人もヒロインです
作者は彼女が好きなんよ!!


静歌が泣き出して、数分後

 

「すいませんでした……みっともない所を見せました」

 

落ち着いた静歌は、目元を赤くしたまま頭を下げた

 

「いやいや、大丈夫だよ。むしろ、誰にも見られなくって良かったよ……」

 

明久はそう言いながら、苦笑いを浮かべると共に頬を掻いた

 

ここ、エトワール女学院は文字通り女子校で、明久は男である

 

下手したら、即刻捕まるだろう

 

「それでは、これから寮まで案内しますね」

 

「あ、うん……お願い」

 

そして、明久は静歌の案内によってエトワール女学院の寮へと向かった

 

「ねえ……寮……だよね?」

 

「はい、そうですが?」

 

明久からの問い掛けに、静歌はキョトンとしていた

 

「……」

 

明久は呆然としながら、目の前の建物を見た

 

そこに建っているのは、十数階建てに匹敵するホテルだった

 

しかも、豪華ホテルと呼べるレベルだった

 

「この寮は、生徒の親御さんが学院に提供されたんです」

 

明久が驚愕している理由を察したのか、静歌は明久に説明した

 

それでも、明久は固まったままだった

 

「とりあえずは納得したよ……中に入ろう」

 

明久はそう言うと、静歌と共に中に入った

 

中に入ると、明久は警備員に止められたが、静歌が説明すると警備員は納得して離れた

 

そして、小早川先生から鍵を貰い明久は部屋へと向かった

 

そして、十数分後

 

「ふう……これで、大体終わったかな?」

 

明久は、自室に届いていた荷物の開封を終えていた

 

なお、この後に明久は静歌と一緒に食堂に行くことを約束している

 

だが、食堂に行く時間にはまだ早かった

 

「そうだ……明日の準備しよう」

 

明久はそう思い立つと、備え付けの机に並べておいた教科書に手を伸ばした

 

が、すぐに固まった

 

「しまった……時間割知らないし、教科書も違うはず……」

 

明久が机に置いていた教科書は、文月学園で利用していた教科書だった

 

もちろんの事、同じ教科書を使っている学校もあるだろう

 

だが、生粋のお嬢様学院たるエトワールが使っているとは、明久には到底思えなかった

 

もしかしたら、教科書はある程度使えるかもしれないが、時間割を知らないというのは割と問題だった

 

「どうしよう……そうだ、小早川先生の部屋に連絡してみよう……」

 

明久はそう思い付くと、部屋に備え付けられている電話に近づいた

 

そのタイミングで、チャイムが鳴った

 

「あ、もしかして小早川先生かな……はーい、今開けます!」

 

明久はこれ幸いにと、ドアに近寄って開けた

 

が、そこに居たのは小早川先生ではなく、静歌でもなく、まったく別の美少女だった

 

「あっ♪」

 

そしてその美少女は、明久を見ると嬉しそうな笑みを浮かべた

 

そして、その笑顔に明久は見覚えがあった

 

それは、何年も前に出会っていた従姉妹に

 

「えっと……間違ってたら、ごめんなさい」

 

「うん、なぁに?」

 

明久が一言断ると、その少女はニコニコと笑みを浮かべた

 

「もしかして……くす姉?」

 

「っーー!!」

 

明久が久しぶりにその名を口にすると、その少女は嬉しさからか顔を赤くして

 

「アキくーん!!」

 

明久ですら反応が遅れる速度で、抱き締めた

 

「うわっ!? くす姉!?」

 

「もう! もう! もう!! 心配したんだからね!?」

 

明久がくす姉と呼んだこの少女の名前は、苧島久住(おのしまくすみ)

 

明久の従姉妹に当たる少女である

 

とはいえ、明久が最後に会ったのは小学校に入る前なのだが

 

「本当に心配したんだからね!?」

 

「わかった! わかったから、離して!?」

 

「いーやー!!」

 

明久の抗議も虚しく、久住は明久を強く抱き締めた

 

その力は、明久ですら引き剥がせないほどだった

 

身長的には久住のほうが小柄だが、久住の胸はかなり大きい

 

推定、Eくらいだろうか?

 

そんな巨乳に抱き締められた結果、明久の顔は完全に埋まっている

 

それによって引き起こされるのは……

 

(息が出来ない!!)

 

呼吸困難だった

 

明久はなんとか離してもらおうと暴れるが、久住は明久が驚愕するほどの力で抱き締めてくる

 

そして、明久の奮闘虚しく、明久の意識は途切れた

 

「がふぁ……」

 

明久がグッタリすると、ようやく久住は明久が気を失っていることに気づいて

 

「わぁ!! ごめんね、アキくん! 私ったら、つい嬉しくって!」

 

と離したが、時既に遅しである

 

「白目したらダメぇ! お願いだから、息をしてぇ!?」

 

そんな久住の悲鳴が、寮に木霊した

 

明久が意識を失って、十数分後

 

「うっ……ここは……」

 

明久は、あてがわれた自室のベッドで目覚めた

 

そして、そんな明久の部屋の一角では

 

「まったく……嬉しいのはわかるけど、気絶させてどうするの、久住」

 

「ごめんなさい……」

 

久住が知らない美少女にお説教されていた

 

「あのぉ……」

 

明久が声を掛けると、二人は明久が起きたことに気づいたようだ

 

「あ、起きたんだね。良かったよ」

 

「ごめんね、アキくん」

 

久住を説教していたボーイッシュな美少女は近寄ってきて、久住も正座から立ち上がろうとしたが

 

「久住はそのまま」

 

「はい」

 

ボーイッシュな美少女に言われて、即座に正座した

 

それを見ただけで、明久はなんとなく力関係を把握した

 

「君も災難だったね……吉井明久くん」

 

ボーイッシュな美少女は、明久に近づいてからそう言った

 

「あれ……僕の名前……?」

 

明久は名乗っていないのに、目の前の美少女が知っていることに首を傾げた

 

すると、美少女は微笑んで

 

「君のことは知っているよ。あの大会でね」

 

と言った瞬間、明久も思い出した

 

大会参加者に送られた参加者名簿に、エトワール女学院の生徒が珍しく明記されていたことに

 

桐島悠(きりしまゆう)さん……ですか?」

 

明久がそう問い掛けると、美少女こと悠は笑顔で頷いて

 

「うん、そうだよ」

 

と肯定した

 

エトワール女学院はお嬢様学院ということもあり、大抵は他の女子校などと同じ場所で試合を行うのだ

 

だが、今年は近年では珍しく他の女子校は軒並み予選で敗退しているか、参加を見送っていたりしていたのだ

 

その結果、近い地区で生き残っていた女子校はなかったのだ

 

それが理由により、エトワール女学院が珍しく共学校と同じ場所で試合に臨むことになったのだ

 

「それに、僕も君のことが気になってたんだ。先生が要注意兼将来有望な選手として挙げてたんだ」

 

悠のその言葉を聞いて、明久は水泳部の顧問が小早川先生だったことを思い出した

 

「それに僕としては、君に感謝したいんだ」

 

「感謝?」

 

悠の言葉に明久が首を傾げていると、悠は姿勢を正して

 

「あの時、助けてくれてありがとう」

 

と言いながら、頭を下げた

 

それを聞いた明久は、事故の時に静歌の他にもう一人居た事を思い出した

 

そして、その人物が目の前の悠と重なった

 

「ああ! あの事故の時の!」

 

明久がポンと手を叩くと、優は頷き

 

「そう。あの時僕は、たまたま散歩に出ていてね。あの現場に静歌くんと一緒に遭遇したんだ」

 

と説明した

 

「なるほど……」

 

悠の説明を聞いて、明久が納得していると

 

「ゆ、悠? そろそろ、足が大変なことに……」

 

という、久住の言葉が聞こえた

 

二人が視線を向けると、久住の足がプルプルと震えていた

 

「仕方ないね……いいよ、足を崩しても」

 

悠が許可すると、久住はグテーと寝そべった

 

その光景を見て、明久は苦笑いを浮かべていると、ピーンと頭上に電球が灯った

 

「そういえば、くす姉はどうして来たの?」

 

明久が問い掛けると、久住は上半身を起こして

 

「そうだよ! 小早川先生に頼まれて、教科書とかを渡しに来たんだ!」

 

と言って立ち上がろうとするが、すぐに倒れ込んだ

 

「どうしたの、久住?」

 

悠が問い掛けると、久住はジタバタしながら

 

「足が痺れた……」

 

と答えた

 

「くす姉、何分間くらい正座したんですか?」

 

明久が問い掛けると、悠は溜め息混じりに

 

「大体、十分くらいなんだけど……」

 

と言いながら、居間に当たる部屋に向かった

 

「さすがはくす姉……安定の運動音痴だね……」

 

悠の説明を聞いて、明久は苦笑いを浮かべた

 

なにせ、久住は明久が記憶している限り昔から運動能力が悪かった

 

何もない所で転ぶのは当たり前

 

満足に自転車すら乗れない

 

という徹底ぶりである

 

そのことに明久が懐かしがっていると、悠が両手で数冊の本を持って現れた

 

「はい。これが、明久君用の教科書と、所属するクラスの時間割だよ」

 

「あ、ありがとうございます」

 

明久は優が差し出した束を受け取った

 

そして、渡された教科書を見ると、やはり文月学園の物とは違っていた

 

そのことに明久は安堵すると、視線を未だにジタバタしている久住に向けて

 

「そういえば、くす姉は何でエトワールに居るの?」

 

と問い掛けた

 

すると、ようやく痺れが収まってきたのか、久住は立ち上がって

 

「何でって、生徒だからに決まってるでしょ?」

 

心外だな、という風体で答えた

 

それを聞いた明久は、手をポンと叩いて

 

「ああ……そういえば、くす姉の実家もお金持ちだったっけ」

 

と言った

 

「ちょっ!? それってどういう意味よー!」

 

明久の言葉を聞いて、久住は問い掛けた

 

すると、明久はコメカミ辺りを掻きながら

 

「うん……すっかりと忘れてた」

 

視線を逸らしながら、気まずそうに答えた

 

「そんなぁ!?」

 

明久の言葉を聞いて、久住は目元に涙を滲ませると

 

「悠ー! アキくんに忘れられてたー!」

 

と、優に泣きついた

 

「はいはい……ヨシヨシ」

 

その泣きついた久住に対して、悠は手慣れた様子で頭を撫でた

 

その時、明久と悠の視線が合い

 

(苦労してるんですね……)

 

(その様子じゃあ、キミもか……)

 

なぜかアイコンタクトが成立して、二人の間に不思議な結束力が生まれたのだった

 

 



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新たな出会い

これで、メインヒロイン達は全員登場です!


久住が悠に泣きついて数分後、チャイムが鳴り

 

『明久さん、迎えに来ました!』

 

という、静歌の声が聞こえた

 

「ああ……もうそんな時間か」

 

明久はそう言いながら、時計に視線を向けた

 

時間は六時半を少し過ぎたところだった

 

「はい、今開けま……」

 

そこまで言いかけて、明久は気づいた

 

(これ、下手したら修羅場になるんじゃ……)

 

明久はそう思い、背後に視線を向けた

 

すると、いつの間にか久住が泣き止み、優雅に微笑んでいた

 

「いつの間に!?」

 

明久が驚愕していると、悠が苦笑いを浮かべていた

 

すると、再びチャイムが鳴り

 

『明久さん? どうしました?』

 

という、静歌の心配そうな声が聞こえた

 

「あー……うん、今開けるよー」

 

明久は気を取り直して、ドアを開けた

 

「明久さん、約束通り迎えに……」

 

静歌は中に居る久住と優を見ると、驚愕した様子で固まり

 

「会長に副会長! なぜここに!?」

 

と声を上げた

 

「会長、副会長?」

 

静歌の言葉を聞いて明久が首を傾げていると、悠が近づいてきて

 

「久住と僕は星令会という、いわば生徒会に当たる会長と副会長なんだ」

 

と説明した

 

悠の説明を聞いて、明久は久住を指差しながら

 

「会長? くす姉が?」

 

と首を傾げた

 

すると、その明久の呟きを聞いて、久住が微笑みながら

 

「明久くん。言いたいことがあるなら、はっきり言ったら?」

 

と告げた

 

久住の言葉を聞いて、明久は頷くと

 

「あの天然ボケのくす姉が生徒会長なんて、信じられない!」

 

と断言した

 

「て、天然ボケ……」

 

明久の容赦ない言葉に、久住はズルズルと座り込み

 

「悠! アキくんに天然ボケって言われたぁ!」

 

再び、泣きながら抱きついた

 

「わかった、わかったから落ち着いて、久住。キャラが崩れてるから」

 

悠はなんとか久住を落ち着かせようと、あやし始めた

 

静歌はその光景を見て、呆然としていた

 

「ねぇ、静歌ちゃん。ここでのくす姉って、どんな人?」

 

そんな静歌の表情を見て、明久は気になって問い掛けた

 

「……何時も冷静でありながら、微笑みを絶やさず、公平な判断を下す全員のお姉様です……」

 

「そっか……」

 

静歌の言葉を聞いて、明久は一旦久住に視線を向けると静歌に対して

 

「これからは、結構な頻度でくす姉のキャラ崩壊を見ることになると思うから、早く慣れてね」

 

と告げた

 

「……頑張ります……明久さんは会長とはどんな関係ですか?」

 

静歌は明久の言葉に頷くと、明久に視線を向けて問い掛けた

 

「ん? くす姉は従姉だよ。ここに通ってるなんて知らなかったけどね」

 

「そうなんですか……」

 

明久の答えを聞いて、静歌は納得した様子で頷いた

 

その後、明久と静歌は泣いている久住を悠に任せ(押し付け)ると食堂に向かった

 

食堂は時間もあって、既にかなり賑わっている

 

「えっと……空いてる席は……」

 

静歌が空いてる席を探していると

 

「静歌、こっち空いてるわよ」

 

という、静歌を呼ぶ声が聞こえた

 

静歌は声のした方向に顔を向けると、笑みを浮かべて

 

「雅ちゃん!」

 

と言いながら、そちらの方へ歩み寄った

 

その先に居たのは、二人の美少女だった

 

片方は長い髪にメリハリのあるスタイルが特徴で、もう一人は小柄な体格にサイドポニーテールが特徴の女の子だった

 

「もしかして、席を取っておいてくれたの?」

 

静歌が問い掛けると、長い髪の少女は

 

「ええ、そうよ。今日静歌が交換留学生を案内するって聞いてたから、念のためにね」

 

「ありがとう!」

 

長い髪の女の子の言葉を聞いて、静歌は謝辞を述べた

 

「ねえ、静歌ちゃん。この子達は?」

 

明久が問い掛けると、静歌はポンと手を打って

 

「ああ、すいません。紹介がまだでしたね」

 

と言ってから、長い髪の少女を示して

 

「こっちは、私の友達の雅ちゃんです」

 

と言うと、雅と呼ばれた少女は立ち上がり

 

「初めまして。ようこそ、聖エトワール女学院へ。高鷲雅(たかすみやび)。静歌と同じクラスよ」

 

と名乗った

 

「あぁ、どうも……吉井明久です。よろしく」

 

明久は名乗りながら、手を差し出した

 

すると、雅も自然と手を差し出して握手した

 

そして、握手して明久はすぐさま気づいた

 

(なにか、スポーツをやってるな……)

 

確かに、肌は柔らかくしっとりとしているが、意外にしっかりとしていて、力も強かった

 

「……静歌同様、私もあなたの事情は理解しているわ。いろいろ大変ね」

 

「まあ……非常に珍しい体験をさせてもらって、嬉しいかぎりだよ」

 

雅の言葉に明久は苦笑いを浮かべて返すと、雅は優雅な笑みを浮かべて

 

「フフッ……たしかに、ここで男性と会食なんて、滅多にあることじゃないわね」

 

と語った

 

そして、そんな雅を見て、明久は内心で首を傾げた

 

(そういえば……どっかで見たことがあるような……どこだっけ?)

 

明久が悩んでいる間、雅は隣に座っていたサイドポニーテールが特徴の少女に視線を向けて

 

「巴、次はあなたよ」

 

と声をかけた

 

「はいっ! 初めまして、先輩!」

 

「あ……はい?」

 

巴と呼ばれた少女に声を掛けられて、明久はその子に視線を向けた

 

日秀巴(ひびりともえ)、と申しますっ。皆さんの一つ後輩になります。よろしくお願いしますっ!」

 

「うん、よろしく」

 

明久は元気な女の子だなぁ、という印象を受けた

 

「今は私、お姉さま……雅さんのコンダクトとして、誠心誠意、お世話させてもらってますっ」

 

「……こん、だくと?」

 

「はいっ♪」

 

明久が首を傾げると、巴は嬉しそうに頷いた

 

「コンダクトは、下級生が上級生のそばに居て、そのお世話をする関係を指すんです」

 

明久が首を傾げた理由を察したのか、静歌が説明してきた

 

「へぇ……そういう決まりがあるんだ」

 

「規則ではないんですけれど、学生の間だけで昔からの習慣になっていますね。もちろん、強要できるものではなくて、双方の合意がないと、コンダクトは結べません」

 

静歌の説明を聞いて、明久は頷くと

 

「そんな習慣があるんだ……だったら、二人は結構お似合いかもね」

 

と言った

 

すると、巴はピョンピョンと跳ねながら

 

「聞きました、お姉さま? お似合いだそうですよ♪」

 

と嬉しそうに語った

 

「あー……はいはい。わかったから、はしゃがないの」

 

雅は子供のようにはしゃぐ巴を見て、落ち着くように諭した

 

その後、明久と静歌は席に座り、巴がメニューを持ってきた

 

「本当にホテルみたい……」

 

明久が呟くと、雅が

 

「みたい、じゃなくて実質的にホテルね……厨房に居るシェフは、帝国ホテルで総料理長を務めたことがあるし、その他のスタッフも全員、海外の有名店で働いた実績がある人達ばかりよ」

 

と説明した

 

「お金掛けすぎでしょ……」

 

明久の呟きを聞いて、雅は周りに視線を向けながら

 

「これだけのお嬢様たちが、毎日食べるんだもの。そのくらいは揃えないとね」

 

と語った

 

「流石はお嬢様学院……」

 

明久は期待と共に呟き、メニューを開いて固まった

 

「わぁ……今日も美味しそう。迷っちゃうなぁ」

 

「あら、今夜はロシアもあるのね。男性にはちょうど良かったんじゃない?」

 

明久と同じようにメニューを見て、静歌と雅がそう言うが

 

「おぅ……」

 

明久としては、何が書いてあるのかサッパリ理解出来なかった

 

達筆な字で書かれている外国の言葉の下に、申し訳程度で日本語の料理名は書いてあるが、どういう料理なのかが分からなかった

 

明久は学生としては珍しく、一人暮らしをしているので料理には自信がある

 

だが、それは一般人の範囲であるので、高級フレンチやら何やらは完全にお門違いである

 

しかも、そのタイミングで

 

「では、先輩から注文をどうぞ」

 

と巴が聞いてきた

 

「うばっ!? 僕から?」

 

「はい♪」

 

どうやら、巴は気を遣ったらしく一番最初に明久に注文を聞いた

 

助けを求めようにも、静歌と雅は未だにメニューを見ている

 

ゆえに、明久は

 

「……ごめんなさい。理解不能です」

 

素直に降参した

 

そして、メニューを机に置くと

 

「というか、これ学生寮にあるまじきメニューじゃない?」

 

と言うと、共感出来るのか巴は苦笑いを浮かべて

 

「あ、アハハハ……それはまぁ、そうですねぇ」

 

と頷いた

 

その後、雅のフォローもあり、明久はなんとか注文できた

 

そして、明久がメニューを改めて見ながら驚愕していると

 

「まあ、世間一般ではそうなるわよね……私も時々、職気柄でエトワールと外の違いで驚くことがあるし」

 

と雅が言った

 

「え? 職業って……あ、そういえば……」

 

雅の言葉に明久は疑問を抱くが、雅をジッと見つめて

 

「あぁ! そういえば、テレビで見た!」

 

と、手を叩いた

 

「あ、ようやく気が付いたようね」

 

彼女、高鷲雅は今年に入ってから大ブレイクしたお嬢様系のタレントである

 

スポーツドリンクのCMを皮切りに、テレビ、グラビア雑誌、舞台、歌と色々とこなし、しかも頭の良さと立ち居振る舞いの優雅さから人気を博すマルチタレントだ

 

「……水泳部にも、君のファンが居るよ。写真集、買ってた……」

 

「あら、それはありがとう。……でも、明久自身は最初気づいてなかったわよね?」

 

明久の言葉を聞いて、雅は謝辞を述べるとそう言った

 

「う、うん……ごめんなさい。まさか、友達って紹介された人が芸能人だなんて、完全に予想外だったから……」

 

明久が素直にそう言うと、雅はクスクスと笑いながら

 

「まあ、普通はそうよねぇ」

 

と言った

 

そのタイミングで、静歌が

 

「でも、雅ちゃんは本当に凄いんですよ♪ 学業をしながら仕事もこなして、しかも部活動までこなすんですから♪」

 

と嬉しそうに語り出した

 

「あーはいはい……なんで、静歌が嬉しそうに説明するのよ」

 

「だって、本当に凄いんだもん♪」

 

雅の言葉に、静歌がそう返すと

 

「あ、ありがとう……」

 

と恥ずかしそうに言った

 

「でもまあ……気づいてもらえて何よりね。私もまだまだ、頑張らないとね」

 

「う……ごめんなさい。どっかで見たことあるなぁ……とは思ってたんだけど……」

 

雅の言葉に明久が渋面を浮かべていると、雅は肩をすくめて

 

「まだデビューしたてなのは本当だし、実際知名度なんてそんなものよ」

 

と言った

 

「あ、そうそう」

 

雅は何か思い出したのか、手をポンと叩くと

 

「明久、ここでは名字呼びじゃなくて名前呼びにしなさいね」

 

と言った

 

「どういうこと?」

 

「えっと、コンダクトと同じように、昔からエトワールでは誰かを呼ぶ時は、名前を呼ぶのが習慣なんです」

 

明久が首を傾げていると、静歌がそう説明した

 

「へぇ……そうなんだ」

 

「下級生は、先輩って呼ぶ方が多いけどね。同学年や、年上でも親しい場合は、名前を呼ぶのが慣習よ」

 

「なるほど……」

 

明久は頷くと、膝を叩いてから

 

「よし、郷に入れば何とやらってやつだね……よろしくね、雅さん」

 

「ええ、こちらこそ」

 

明久と雅が握手していると、タイミングよく巴が帰ってきてテキパキと食器類を並べ出した

 

 

「随分と手慣れてるね。手際良い」

 

「えへへへー、ありがとうございますっ」

 

明久からの賞賛を聞いて、巴は嬉しそうに笑いながら並べていった

 

そして、配膳が終わると

 

「それじゃあ、いただきましょうか」

 

と雅が言ったが、明久が手を上げて

 

「ごめん。ちょっといいかな?」

 

と声を掛けた

 

明久が声を上げたことに、三人は何事かな? と視線を明久に向けた

 

そんな中、明久は姿勢を正して

 

「これから何ヶ月かの間、さっきみたいに勝手がわからなくって、僕が色々と迷惑をかけちゃうと思う……けど、こうやって皆と知り合えたのはとっても嬉しい。だから、これからよろしくね」

 

と頭を下げた

 

すると、三人だけでなく周りのお嬢様達までキョトンとしながら明久を見ている

 

「……あれ?」

 

そのことに明久が首を傾げていると、三人が微笑んで

 

「こちらこそ、よろしくお願いしますね……私達こそ、あまり外のことを知らなくて、ご迷惑をおかけするかもしれませんけれど」

 

「まあ、明久は普段通りにしてればいいわ。そのうち慣れるでしょ、お互いに」

 

「よろしくお願いしますっ。先輩♪」

 

静歌、雅、巴の順番でそう言った

 

(良かった……受け入れてもらえたみたいだ)

 

明久は内心で安堵すると、一旦間を置いてから

 

「それじゃあ、改めてご飯にしようか」

 

と言った

 

「ええ」

 

「「はい!」」

 

そして、明久達は食事を始めた




我ながら驚きだ
一日で書き終わったよ


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お風呂パニック!

食事が終わると、明久はあてがわれた自室へと戻った

 

「ヤレヤレ……テーブルマナーが難しくって、味なんて覚えてないし、そもそも味わえなかったよ……」

 

明久はそう愚痴りながら、ポケットからカードキーを取り出して鍵を解錠して中に入った

 

その時、ドアに据え付けられている郵便物入れの中に大きめの茶封筒が入っているのに明久は気づいた

 

「なんだこれ……」

 

明久は茶封筒を取り出すと、封を開けてから中の紙を取り出した

 

「何々……《交換留学生のお知らせ》……?」

 

それは要約すると、異例ではあるが交換留学生として明久を受け入れました

 

という知らせだった

 

「えっと……僕のクラスは光組?」

 

明久は紙に書かれているクラスを見て、どんなクラス何だろう? と考えた

 

その時、明久は紙がもう一枚あることに気付いた

 

「ん? もう一枚ある……」

 

明久は紙を捲り、もう一枚を確認した

 

「……入浴時間変更のお知らせ?」

 

紙に書かれてある題名を読み、明久は首を傾げながら内容を確認した

 

それを読み終えた明久は、頬を掻きながら

 

「なんか、申し訳ないなぁ……」

 

と呟いた

 

内容は

 

明久が来たので、彼の為の入浴時間を設けます

 

その間、他の生徒達は使用を自粛してください

 

というものだった

 

しかも、時間は一時間も確保されてある

 

明久は時間を確認するために、視線を時計に向けた

 

入浴時間まで、後十分少々という所だった

 

「せっかくの好意、無駄にしちゃいけないよね」

 

明久はそう言うと、着替えとお風呂セットを持って地図を頼りに大浴場へと向かった

 

途中途中で、先に入浴を済ませたらしい女子とすれ違って、明久はとりあえず会釈しながら進んだ

 

そして、とあるガラス戸の前に到着すると

 

「ここ、だよね……」

 

と手元の地図で確認した

 

「うん……合ってる……時間も大丈夫」

 

地図を仕舞うと、次に携帯で時間も確認した

 

明久としては、中で女子とブッキングというのは一番避けたいのだ

 

最後に、中から出てくる人がいないか少し待ってから中に入った

 

「おおぅ……」中を見た明久は思わず、感嘆の声を漏らした

 

「脱衣所の時点で、かなり広い……」

 

やはり女子校だからか、脱衣所はかなり広い

 

それだけで、明久の期待は大きくなった

 

明久は手早く服を脱ぐと、それを脱衣籠に放り込んだ

 

そして、腰にタオルを巻いて入浴セットを持つと浴室へと入った

 

「うわぁ……」

 

中に入った途端、明久は素直に感嘆した

 

湯気でよく見えないが、浴室はかなり広く湯船に至っては一度に二十人以上は入れるだろう広さだった

 

「うわっ……映画とかでしか見たことないよ、コレ……」

 

そう言いながら明久が見つけたのは、お湯を吐き出すライオンの彫像だった

 

「さてと、入る前に体を洗おうっと」

 

明久はそう言うと、一つの洗面台に近づいて椅子に座ってから体を洗い始めた

 

体を洗い終わり、頭も洗うと明久は掛け湯をしてから湯船にゆっくりと足から浸かった

 

「あー……いい湯」

 

と明久が思わず、声を漏らしていたら

 

「ふぇ……?」

 

という、聞こえてはいけない声が聞こえた

 

「ゑ?」

 

明久が声のした方に顔を向けると、最初は湯気で分からなかったがそこに居たのは……

 

「し、静歌ちゃん……?」

 

「明久……さん?」

 

なぜか、静歌がそこに居た

 

「…………」

 

「…………」

 

二人はしばらくの間、無言で見つめ合っていた

 

その時

 

「……きゅう」

 

静歌が目を回して、湯船に沈み始めた

 

「うわぁ! 静歌ちゃん!?」

 

沈んでいく静歌を見て、明久は慌てて救助を始めた

 

◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇

 

「うん……あれ?」

 

「あ、起きた?」

 

団扇を扇いでいた明久は、静歌が目覚めたことに気付いた

 

「あれ? ……明久さん?」

 

「や、気分は大丈夫?」

 

明久が問い掛けると、静歌は頷きながら

 

「はい……それは大丈夫ですけど……」

 

「それは良かった。あ、先に謝っておくけど、なるべくは見ないようにしたからね」

 

明久はそう言うと、静歌にもう一枚のバスタオルを手渡した

 

「え……? ……っ!?」

 

何があったのか思い出したらしく、静歌は顔を赤くした

 

「すいません、明久さん! 私、とんだご迷惑を!!」

 

静歌はそう言うと、深々と頭を下げた

 

「ああ、それはいいんだけど、なんで居たの? 紙は見なかったの?」

 

明久がそう問い掛けると、静歌は顔を覆いながら

 

「い、いえ……お知らせは見たんですけど、ついウトウトしちゃって……」

 

「あー……うん、わかる」

 

静歌の言葉に、明久は納得したように頷いた

 

なにせ、明久も経験があるからである

 

しかも、今の季節は冬

 

お風呂に浸かっていると、自然と眠くなってしまうのは道理である

 

「まあ、とりあえず……早く着替えてくれるかな?」

 

「へ?」

 

明久の言葉の意味が分からないのか、静歌はコテっと首を傾げた

 

そんな静歌の反応に、明久は視線を逸らしながらある一点を指差した

 

静歌は明久が視線を逸らしたことを不思議に思いつつ、視線を下に向けた

 

そこに見えたのは、タオル一枚のみの自分の体

 

「…………っ!?」

 

数秒間見つめて静歌はようやく、自分が今まで裸に近い状態で居たことに気付いた

 

「お、お見苦しいものを見せてすいませんでした! き、着替えてきます!!」

 

静歌はそう言いながら、明久から貰ったバスタオルで胸元を隠しながら駆け出した

 

明久はそれを見送ると、頬を掻いて

 

「外で待ってよ……」

 

と呟くと、服を着終えていたので、廊下に出た

 

そして、正座で待つこと数分後

 

「お待たせしました……」

 

静歌がゆっくりとガラス戸を開けながら、出てきて

 

「なんで、正座してるんですか?」

 

と、明久に問い掛けた

 

その問い掛けに、明久は首を振りながら

 

「気にしないで」

 

と言いつつ、体を静歌のほうに向けた

 

「すいませんでした」

 

と、土下座を敢行した

 

「なんで、明久さんが謝るんですか?」

 

静歌からの問い掛けに、明久は頭を上げて

 

「居るとは思わず入って、体を見ちゃったから」

 

と言った

 

すると、静歌は首を振りながら

 

「いえ、今回は私が悪いんですから、気にしないでください!」

 

と告げた

 

しかし、明久は腕組みして

 

「でも……」

 

と納得してないようだった

 

すると静歌は、数秒間無言で考えると

 

「でしたら、今度一緒に買い物に行ってくれませんか?」

 

と提案した

 

「買い物に?」

 

「はい。それで不問にする、というのはどうでしょうか?」

 

静歌のその提案に、明久は少し考えてから

 

「静歌ちゃんがそれで良いなら、一緒に行くよ」

 

と頷いた

 

「決まりですね♪」

 

明久の言葉を聞いて、静歌は嬉しそうに頷いた

 

「それじゃあ、あらぬ誤解を受ける前に部屋に戻ろうか」

 

「はい」

 

明久は静歌が頷いたのを確認すると、立ち上がって歩き出した

 

この時から静歌は、買い物に行くのが楽しみだった

 

こうして、明久のエトワールに於ける一日目が終わったのだった



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初登校日

いやはや、右膝の靭帯か半月板を損傷しました
もしかしたら、手術して入院かもね(マジです)


翌日

 

朝六時半

 

明久は、まだ健やかに寝ていた

 

その時、なぜかドアの鍵が解錠されてドアが開いた

 

「久住。ボクは止めたからね?」

 

と呆れ半分で言ったのは、ボーイッシュな美少女

 

桐島悠である

 

止められたもう一人の美少女、明久の従姉

 

苧島久住である

 

そんな久住の手には、マスターと書かれてあるカードキーが握られている

 

どうやら、それを使って開けたらしい

 

久住は笑みを浮かべながら

 

「ここまで来たんだから、悠も同罪よ? さぁて……寝起きドッキリといきましょうかー♪」

 

久住はそう言いながら、明久が寝ているベッドへと足音を殺しながら歩み寄った

 

そして、ベッドの縁に手を突いた

 

その時、明久の目がカッと見開かれ

 

(バカ)の気配!」

 

と言いながら、明久はベッドのスプリングをも利用して高々と飛んだ

 

「へっ?」

 

まさかいきなり起きるとは思わなかったらしく、久住は飛び上がった明久を呆然と見上げた

 

そして明久は、自身のベッドに手を突いた状態の従姉を見つけた

 

数分後

 

「で? どうやって入ったのかな、くす姉? カギは掛けた筈なんだけど?」

 

制服に着替えた明久は、正座している久住を見下ろしながら問い掛けた

 

「そ・れ・は……寮監さんから、生徒会長権限を使って、マスターカードキーを借りたから!」

 

明久からの問い掛けに久住は、ドンと胸を張りながら答えた

 

その直後、明久はどこからともなくハリセンを取り出して久住を思い切り叩いた

 

「あ痛ー!?」

 

「思いっ切り職権乱用じゃん! なに寮監さんを困らせてるのさ!?」

 

従姉の所業に、明久は思わず突っ込んでいた

 

「だって、アキくんの寝顔が見たかったんだもん!」

 

「そんな理由で、困らせないの!」

 

久住の告げた理由に明久は突っ込みを入れながら、久住が持っていたマスターカードキーを奪った

 

「ああ! 返してよ~!」

 

「ダメ! これは、後で僕が責任持って返しておくからね!」

 

マスターカードキーを奪われた久住は、マスターカードキーを取り返すために飛び跳ねるが明久は手を高く上げて阻止した

 

すると、悠が溜め息混じりに

 

「だからあれほど、止めとけば? って言ったんだ……」

 

と呟いた

 

その時、チャイムが鳴り

 

『明久さん! 起きてますか?』

 

と静歌の声が聞こえた

 

「うん! 今開けるね!」

 

と明久は返事してから、久住の方へと視線を戻した

 

すると、久住は優雅な微笑みを浮かべながら立っていた

 

「どんだけだよ!」

 

久住の変わり身の早さに、明久は思わず突っ込んでいた

 

『明久さん? どうしました?』

 

「ううん……今開けるね……」

 

朝から疲れた明久はトボトボとドアに近寄り、ドアを開けた

 

「おはようございます。明久さん……どうしました?」

 

明久が疲れた様子で居たからか、静歌は首を傾げた

 

「うん……朝から疲れたなぁ……って」

 

明久の言葉に首を傾げたまま、静歌は明久の肩越しに室内に視線を向けた

 

そして、室内に久住と悠を見つけて

 

「久住会長、悠副会長。おはようございます」

 

と頭を下げた

 

すると、久住と悠は笑みを浮かべたまま

 

「おはよう、静歌ちゃん」

 

「おはよう、静歌くん」

 

と挨拶した

 

そして数十分後、四人は通学路を歩いていた

 

周囲を歩いている他の女子生徒は、明久を見てヒソヒソと話していたり

 

「ねえ……なんで殿方が居るのかしら?」

 

「ほら、手紙が回ってきたじゃない……交換留学生を受け入れたって……」

 

という会話が聞こえた

 

中には

 

「あの男……久住会長や悠副会長に何かしたら……」

 

という声すら聞こえた

 

その声を聞いて、明久は頬をひきつらせながら

 

「僕……無事に過ごせるかな……?」

 

と呟いた

 

すると、悠が真剣な表情で

 

「大丈夫だよ、明久くん……ボク達が手出しさせないし、何かあったら、ボク達が許さない」

 

と断言した

 

すると、久住も同じ考えなのか頷いて

 

「だから、明久くんは落ち着いて過ごしてね」

 

と言った

 

そして、歩いていると大きな建物が明久の視界に入った

 

見た目は完全に西洋のお城で、校門だろう柱に《聖エトワール女学院》と書かれてあることから校舎だとは予想出来た

 

「デカ過ぎない……?」

 

明久が呟きながら指差すと、静歌は首を傾げた

 

すると、久住と悠が

 

「明久くんが驚くのも無理はないわ」

 

「そうだね。規模だけなら、日本でもトップクラスだからね」

 

と語った

 

明久はしばらく呆然とすると、頬を軽く叩いてから

 

「よし。職員室に行こう」

 

と言った

 

すると、久住が

 

「大丈夫? 場所は分かるかしら?」

 

と問い掛けた

 

すると明久は、カバンから一枚の紙を取り出して

 

「一応、小早川先生から職員室までの地図を書いてもらったよ」

 

と言った

 

すると、久住は微笑みながら

 

「それなら、心配いらないわね。私は会室に行かないといけないから、ここでお別れね」

 

と言った

 

すると、悠が

 

「なにか困ったことがあったら、遠慮なくボク達に連絡してね」

 

と言ってから、久住と共に校舎へと入った

 

そして静歌は

 

「それじゃあ、明久さん。また後で」

 

と言って、校舎へと入った

 

そして明久は校舎に入ると、地図を頼りに職員室へと向かった

 

そして、職員室に入ると学院長と名乗る初老の男性が明久のことを先生達に説明した

 

学院長の話を聞いて、ほとんどの先生方が好意的に明久に対して接してくれた

 

そのことに明久は戸惑いながらも、担任教師は誰かと学院長に問い掛けた

 

すると、光組の担任は小早川先生だと教えられて驚いた

 

その後、明久は小早川先生に先導される形で教室へと二人で歩いていた

 

すると

 

「どうですか、明久君。ここでの生活には慣れましたか?」

 

と問い掛けてきた

 

すると、明久は苦笑いを浮かべながら

 

「まだ1日では、慣れる訳がありませんよ。でも、くす姉が居て助かりましたよ」

 

と言った

 

すると、小早川先生はああっと言ってから

 

「そういえば、久住さんは従姉でしたね」

 

と言った

 

「ええ、まあ……少し困った従姉ですがね」

 

明久が苦笑しながらそう言うと、小早川先生が立ち止まり

 

「ここが光組です。ここ光組は、政財界のお嬢様やアイドルの娘達が所属するクラスです」

 

と説明した

 

その説明を聞いて、明久は緊張した様子で

 

「うわぁ……そんなクラスなんて、大丈夫かなぁ……」

 

と呟いた

 

すると、小早川先生は微笑みながら

 

「明久君なら、大丈夫ですよ。それでは、私が呼んだら入ってくださいね」

 

と言うと、ドアを開けて中に入っていった

 

そして、数分後

 

『明久君、入ってください』

 

と呼ばれたので、明久はドアを開けて入った

 

そして、小早川先生の隣に立つと

 

「吉井明久と言います。右も左も分からないので、色々と迷惑を掛けると思いますが……よろしくお願いします」

 

と挨拶すると、深々と頭を下げた

 

数秒後、割れんばかりの拍手が明久を出迎えた

 

明久が頭を上げると、小早川先生が手を叩いて

 

「皆さん。吉井明久君は皆さんにとって、家族以外での初めての殿方です。ですので、もし質問等されたら答えてあげてくださいね」

 

と言うと、女子達は元気に返事をした

 

小早川先生はそれを確認すると、明久に対して

 

「明久君の席はあそこです」

 

と窓際の席を指差した

 

「わかりました」

 

明久は、小早川先生に教えられた席に座るとカバンを横のフックに掛けた

 

すると

 

「今日からよろしくね」

 

と隣の席に座っている女子に話しかけた

 

すると

 

「はい、今日からよろしくお願いしますね。明久さん」

 

と知っている声が聞こえた

 

「え? 静歌ちゃん?」

 

そう

 

隣の席に座っていたのは、静歌だった

 

すると、続いて

 

「はぁい、明久。やっぱり気づいてなかったのね」

 

と前からも、知ってる声が聞こえた

 

前に視線を向けると、前の席に座っていたのは雅だった

 

「雅ちゃんまで……」

 

明久は絶句していると、校舎に入る前に静歌がまた後で、と言ったのを思い出した

 

「静歌ちゃん……同じクラスだったのを知ってたんだね?」

 

明久が問い掛けると、静歌はクスクスと笑い

 

「はい。どうせなら、少し驚かそうと思いました」

 

と言った

 

その笑顔は年相応で、明久は微笑ましく思った

 

すると、雅が

 

「静歌ったら、教室に来てからずっとソワソワしてたのよ」

 

と意地の悪い笑みを浮かべながら言った

 

すると、静歌はアワアワとしながら

 

「だって、明久さんが同じクラスになるなんて嬉しかったんだもん!」

 

と言った

 

明久は微笑ましい光景を見て、微笑んでから

 

「二人とも……色々と迷惑を掛けるかもしれないけど、改めてよろしくね」

 

と言った

 

「はい!」

 

「ええ。よろしくね、明久」

 

二人は笑みを浮かべながらそう返事して、そのタイミングでチャイムが鳴った

 

こうして、明久の初登校日は始まった



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お昼と二つ名

「ふー……疲れたぁ」

 

チャイムが鳴り、先生が教室から退室した直後、明久は背伸びをしながら呟いた

 

授業の進みは文月学園と大差なく、明久はなんとか追従できた

 

とはいえ、元々勉強があまり得意ではない明久としては、かなり疲れた

 

すると、雅が近寄ってきて

 

「明久、銀の河(アルジャン)に行きましょう」

 

と言った

 

「アル……ジャン?」

 

聞き慣れない言葉を聞いて、明久は首を傾げた

 

すると、静歌が近寄ってきて

 

銀の河(アルジャン)というのはですね、学園の食堂のことです」

 

と説明した

 

「なるほど……」

 

明久は納得すると、立ち上がって

 

「それじゃあ、案内してくれる?」

 

と言った

 

「はい!」

 

「ええ」

 

明久の頼みを聞いて、二人は頷いた

 

そして教室を出て数分後、静歌曰わく食堂に到着したのだが……

 

「ここが、食堂……?」

 

「そうですけど?」

 

明久が呆然としていると、静歌は不思議そうに首を傾げた

 

明久が呆然とするのも、無理はない

 

なにせ、明久の食堂のイメージは細長い大きなテーブルに食券方式の注文だからだ

 

しかし、銀の河(アルジャン)の見た目は完全に、高級レストランのそれだった

 

入り口に立ててある黒板には《本日のオススメ》と書いてあるメニューに、シックではあるが高級な内装

 

更にはメイドが歩き回って、注文を受けては専用のカートで運んでいた

 

明久が固まっている理由に気づいたのか、雅が苦笑いを浮かべながら

 

「まあ、驚くのも無理ないわね。見た目は完全に高級レストランだもの」

 

と言うと、銀の河(アルジャン)の中を見回して

 

「どうやら、少し出遅れちゃったみたいね」

 

と呟いた

 

雅の言う通り、銀の河(アルジャン)の中は満員状態だった

 

今からとなると、かなり待つことになるだろう

 

「うーん……どこか空いてないかな……」

 

と静歌が目を細めていると、近くの席に座っていた数人の女子達が立ち上がって

 

「静歌様! ここをお使いください!」

 

と席を譲ってきた

 

「え!? 悪いですよ!」

 

と静歌が申し訳なさそうに言うが、その女子達は

 

「《お姫様》を待たせるわけにはいきませんし、私達は食べ終わっています」

 

「そういうわけですので、どうぞ座ってください。それでは」

 

と言って、女子達は去っていった

 

「えっと……」

 

静歌が迷っていると、雅が席に歩み寄って

 

「あの子達の好意を無駄にするわけには、いかないわ。座りましょ」

 

と言った

 

そう言われた静歌は、数秒ほど黙考してから

 

「うん、そうだね」

 

と頷いてから座った

 

静歌と雅が座ったので、明久も続いて座った

 

すると、メイドが一人近づいてきて

 

「お客様、メニューをお持ちしました」

 

と言って、革張りのメニューを差し出してきた

 

だが、明久としてはそのメイドの声に聞き覚えがあった

 

「え、巴ちゃん?」

 

「はい。こんにちはです、先輩♪」

 

明久の視線の先に居たのは、雅のコンダクトの巴だった

 

「あら、巴。お昼休みは入ってなかった筈じゃ?」

 

「そうなんですけど、今日は一人風邪を引いちゃったので、私がヘルプで入ったんです」

 

雅が問い掛けると、巴は朗らかに返答した

 

「なんで、巴ちゃんが働いてるの? お嬢様の筈でしょ?」

 

巴が働いているのを不思議に思った明久は、首を傾げながら巴に問い掛けた

 

すると、巴は手をパタパタと振りながら

 

「違いますよ、先輩。私はむしろ、先輩と同じですよ」

 

と言った

 

巴の言葉に要領を得ない明久は、更に首を傾げた

 

すると、雅が

 

「明久。巴はね、明久と同じ一般家庭の出なのよ。スポーツ推薦でエトワールに入学したのよ」

 

「え、そうなの?」

 

雅の説明を聞いて、明久は目を丸くした

 

「はい、そうなんです。ただ私の家じゃ、入学費用だけで手一杯でして、お小遣いまでは無理だったんです。だから、せめてお小遣い位は自分で稼ごうと思ったんです」

 

巴の説明を聞いて、明久は感心したように声を漏らすと、視線を巴に向けて

 

「巴ちゃんは偉いね……僕はたまに、短期のアルバイトをするくらいだよ」

 

と誉めた

 

すると、巴は恥ずかしそうにしながら

 

「ありがとうございます、先輩♪」

 

と言った

 

そして、咳払いをすると姿勢を正して

 

「ご注文はお決まりですか?」

 

と問い掛けてきた

 

すると雅が右手を軽く上げて

 

「私は日替わりの魚をお願い。静歌は?」

 

先に注文すると、視線を静歌に向けた

 

「私も同じので」

 

巴は雅と静歌の注文を伝票に書き留めると、視線を明久に向けて

 

「先輩はどうします?」

 

と問い掛けた

 

明久は軽くメニューを見たが、寮よりはマシだが、相も変わらず、学生には不釣り合いな料理名が記載されている

 

メニューを見ながら明久が唸っていると、巴が右手の人差し指をピンと立てながら

 

「日替わりのお肉はどうでしょうか、今日のオススメですよ?」

 

と言った

 

巴の提案を聞いた明久は、数瞬黙考してから

 

「それじゃあ、それでお願い」

 

と言った

 

そして、巴は明久の注文を伝票に書いてから

 

「承りました。少々お待ちください」

 

と一礼してから、カウンターらしき場所へと向かった

 

明久は巴を見送ると、ふと思い出して

 

「そういえば、《お姫様》ってなに?」

 

と二人に問い掛けた

 

すると、雅はああと言ってから

 

「《お姫様》っていうのはね、静歌に与えられた二つ名よ」

 

「二つ名?」

 

雅の説明を聞いて、明久は首を傾げた

 

「そうよ。静歌の家柄と性格、容姿から呼ばれるようになったの」

 

雅の説明を聞いて、明久は納得した

 

静歌はかなりの美少女で、性格もかなり優しい

 

しかも、静歌の実家は名高い東方院グループである

 

アパレルから建築業まで、手広くこなしているマルチ企業である

 

それを考えると、確かにお姫様と呼ばれるのも納得だった

 

「うん、似合ってると思うよ?」

 

「あ、ありがとうございます……」

 

明久が素直に言うと、静歌は顔を真っ赤にした

 

そのタイミングで、カートを押しながら巴が戻ってきて

 

「お待たせしました。日替わりのお魚セットと日替わりのお肉です」

 

巴はカートから各自の前に料理を置くと、手早く食器を置いて

 

「それでは、ごゆっくりとご堪能ください」

 

と言いながら、一礼して去った

 

その後、明久達は料理を堪能してから教室へと戻ったのだった

 

余談ではあるが、明久はやはりテーブルマナーに四苦八苦したのだった



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明久の料理

やべえ
今月は筆が乗る乗る


お昼も終わり、明久達は教室に戻って授業を受けた

 

そして、寮に戻ると明久はふと

 

「料理しようかな……」

 

と呟いた

 

何を隠そう、明久の特技の一つは料理である

 

その凝りようは凄まじく、自宅からこだわりの道具ど調味料を一式持ってきた程だ

 

しかし悲しいかな、冷蔵庫の中は空だった

 

「うーん……まだこの街のことはよく分からないから、買い物にも行けないし……小早川先生に聞いてみようっと」

 

明久はそう言うと、小早川先生の部屋に向かった

 

そして事情を説明すると、小早川先生は朗らかに笑いながら食材を提供してくれた

 

そして、自室に戻った明久が袖まくりすると、チャイムが鳴った

 

「おろ? 誰だろ?」明久は首を傾げながら、ドアに向かった

 

「はい、どなた?」

 

明久がドアを開けると、そこには明久としては見慣れたメンバーが全員居た

 

「みんな……どうしたの?」

 

「明久さんを食事に誘おうと思いまして」

 

「明久の部屋に向かってたら、たまたまみんな合流したのよ」

 

明久からの問い掛けに、静歌と雅が続けて答えた

 

それを聞いて、明久は後頭部を掻きながら

 

「ごめん……僕、これから料理を作ろうってしてたんだ」

 

と言った

 

すると、久住が手をポンと叩きながら

 

「アキくん、料理するんだ!」

 

と言った

 

すると、明久は遠くを見ながら

 

「うん……必要に迫られてね……」

 

と呟いた

 

「明久くん……君に何があったんだい?」

 

悠が問い掛けると、明久はカタカタと震えながら

 

「気付いたら、病院に居ました……」

 

と答えた

 

それを聞いて、その場のメンバーは明久に同情の視線を向けた

 

「という訳で、悪いけども……今回はごめんね……」

 

と明久が謝ると、静歌が

 

「私、明久さんの料理、食べてみたいです!」

 

と言った

 

すると、雅も

 

「そうね……明久の料理の腕を知りたいしね」

 

と同意した

 

その後も、他のメンバーは皆明久の料理を食べたいと口にした

 

「仕方ないか……」

 

明久はそう言うと、全員を中に通した

 

「しかし、困ったな……」

 

明久はそう言うと、再び後頭部を掻いた

 

何せ、明久が小早川先生から貰った食材は一人分しかない

 

流石に、連続で貰うのも悪いと思い、明久は非常に悩んでいた

 

すると、巴がキッチンに入ってきて

 

「先輩、何を作る予定なんですか?」

 

「ん? チンジャオロースだよ?」

 

巴からの問い掛けに、明久は腕組みしながら答えた

 

「チンジャオロースですか……」

 

明久の答えを聞いて、巴はしばらく唸ってから

 

「うん、大丈夫です! 私の部屋にある材料を持ってくれば、ギリギリ足ります!」

 

と言った

 

「え? 巴ちゃんも料理するの?」

 

「はい!」

 

明久からの問い掛けに、巴は元気よく答えた

 

「私としては、先輩を尊敬します! 男の人で、料理をするなんて!」

 

と巴はキラキラした眼差しで、明久を見上げた

 

「ありがとうね。まあ、僕は必要に迫られたからなんだけどね」

 

「それでもです!」

 

明久の言葉を聞いて、巴は頷きながらそう言った

 

「ありがとう……それじゃあ、食材をお願いしてもいいかな?」

 

「はい! お任せください!」

 

明久のお願いを聞いて、巴は自室へと駆け出した

 

十数分後、巴はビニール袋に食材を入れて戻ってきた

 

そして、小一時間後

 

「はい、お待たせー!」

 

と明久は言いながら、大皿に盛ったチンジャオロースを机に置いた

 

「あら、美味しそうね」

 

「へぇ……これが明久くんの手料理か……」

 

「うん……いい匂い!」

 

明久の料理を見て、それぞれ感想を口にした

 

その間に、明久と巴が食器を準備した

 

そして、明久は座ると

 

「えっと、皆の口に合うか分からないけど……どうぞ」

 

と言った

 

それを聞いて、全員は手を合わせて

 

「「「「「いただきます!」」」」」

 

と言った後、チンジャオロースを口に運んだ

 

「うん、何時も通り」

 

一口食べた明久はそう言うと、静かなことに気づいて他のメンバーに視線を向けた

 

すると、他のメンバーは落ち込んでいた

 

「どうしたの?」

 

明久が問い掛けると、久住が

 

「アキくん……腕、上げたね……」

 

と呟くように言った

 

「ありがとう、くす姉」

 

明久が謝辞を述べると、雅が

 

「明久……あなた、どこかのレストランで働いてた?」

 

と問い掛けた

 

「ううん……バイトは新聞配達くらい」

 

雅の質問に明久が答えると、悠が

 

「明久くん……これはもはや、プロとしても通用するよ……」

 

と呟いた

 

「いやいや、そんなこと……」

 

「これは正直言って、実家掛かり付けのシェフに匹敵しますよ!」

 

悠の言葉に明久が反論しようとしたら、静歌が被せ気味にそう言った

 

「正直、見誤ってました……先輩の料理の腕がここまでだなんて……」

 

巴がそう言うと、全員が同意するように頷いた

 

「正直……女としてのプライドがズタズタになるね……」

 

悠がそう言うと、他のメンバーも同意するように頷いた

 

「そこまで……?」

 

悠の言葉を聞いて、明久が首を傾げていると悠が明久に視線を向けて

 

「明久くん、僕達に料理を教えてくれないかい?」

 

と言った

 

「え? 僕がですか?」

 

予想外の悠の言葉に、明久はキョトンとした

 

「私達も料理は出来ますが、嗜み程度なんです」

 

「明久くんに比べたら、それこそね……」

 

静歌と悠が立て続けに言うと、明久は少し考えてから

 

「わかりました。僕でいいなら、教えます」

 

と言った

 

「それじゃあ、最初は何時にする?」

 

久住がそう言うと、明久は少し考えてから

 

「それじゃあ、土曜日の夜でどうでしょうか?」

 

と言った

 

エトワール女学院では、土曜日は半日で授業が終わるのだ

 

「土曜日か……うん、大丈夫!」

 

「OK、土曜日ね。ちょうど、仕事も休みね」

 

「うん、僕も大丈夫だよ」

 

「私も、バイトは入ってません!」

 

と口々に同意を示した

 

そのことに明久は頷いて

 

「それじゃあ、土曜日の帰りに食材を買いに行こうか」

 

と言った

 

「「「「「賛成!」」」」」

 

全員が賛成するのを確認すると、明久は満足そうに頷いて

 

「それじゃあ、皆食べてください」

 

と明久は促した

 

「うん、それもそうね」

 

「そうだね。作ってくれた明久くんにも申し訳ないしね」

 

「改めて、いただきます!」

 

明久が促すと、全員は口々にそう言ってから再びチンジャオロースを食べ始めた

 

こうして、明久による料理教室の開催が決定した



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結ばれる契約

翌日、明久はある提案を小早川先生に言った

 

それは《ここの女の子達に、家事の練習をさせませんか?》

 

だった

 

明久の提案を聞いて、小早川先生は快く承諾

 

初回の教師を明久に頼んだ

 

明久は最初驚くが、小早川先生の頼みを承諾した

 

そして、初めて始まった《特別授業》

 

明久達は、学園の一角にある洗濯機の置いてある場所に集まった

 

「というわけで、今回の特別授業は明久くんが教師役となってくれます」

 

「「「「「よろしくお願いします!」」」」」

 

一人の先生が説明すると、集まっていた少女達は明久に向けて頭を下げた

 

「あははは……僕で出来るかわかりませんが、頑張りますね……その前に……」

 

明久はそう言うと、スタスタと歩いて一人の少女の前で止まった

 

「なんで、くす姉が居るのさ」

 

なぜかそこには、三年生の久住が居た

 

「んー? 明久くんが特別授業の教師役をやるって聞いたから、見ておこうかなって」

 

「授業はどうしたのさ」

 

久住の言葉を聞いて、明久は素直に問い掛けた

 

特別授業をやっているこの時間は、他のクラスでは普通に授業中である

 

それはもちろん、三年生も同じだ

 

「生徒会長権限で来た!」

 

久住がドヤ顔で告げた直後、明久はどこからともなく取り出したハリセンで久住を叩いた

 

「あ痛ー!?」

 

「だから、職権乱用して先生を困らせないの!!」

 

明久がそう声を張り上げた直後、一人の少女がフロアに駆け込んできた

 

現れたのは、悠だった

 

「まったく……やっぱりここだったか……」

 

悠はそう言うと、久住に近寄って

 

「ほら、教室に戻るよ」

 

と言いながら、久住の襟首を掴んで引きずり始めた

 

「あーん! 私もアキくんの授業見たいー!」

 

「ダメ!」

 

久住がジタバタと暴れるが、悠は一喝して引きずっていった

 

そんな二人を明久は溜め息混じりに見送り、ほとんどの少女達はポカーンと見送った

 

そして十数分後、明久はフロア中を駆け回っていた

 

「明久さん、これはどうしたらいいんですか!」

 

「水って、どれくらい入れたらいいんでしょうか?」

 

「洗剤って、どれを使うのかしら……」

 

等々の対応に走り回ったのである

 

授業が終わる頃には、明久は息を荒くしていた

 

「お疲れ様です。明久くん」

 

小早川先生はそう言いながら、明久にコーヒーを手渡した

 

「ありがとうございます……」

 

こうして、週末最後の授業は終わった

 

そして約一時間後、明久達は街に繰り出していた

 

理由はこの後行われる料理教室と、明久の衣服や下着等を揃えるためである

 

「ここが、この街で一番お手頃なお店です」

 

静歌はそう言いながら、スーパーを指差した

 

「案内、ありがとう」

 

明久はそう言いながら、スーパーに入った

 

因みに、この買い物には静歌だけが同行している

 

この買い物に関しては、少女達の間で一悶着あったが、明久は一切知らない

 

他の少女達は明久の部屋にて、料理教室の準備をしている

 

閑話休題

 

「手頃……これが?」

 

明久は値札を見て、思わず呟いた

 

なぜなら、下着一枚で千円という値札が付いていたからだ

 

「男物だからか……? それとも、お嬢様学園だからなのかな……これだったら、もう少し持ってくれば良かったよ……」

 

明久はそう呟きながら、二つ手に取って籠に入れた

 

その後、食品売り場に回った

 

「明久さん、これはどうですか?」

 

静歌はそう言いながら、手に取ったイワシを見せた

 

「んー……いや、こっちのほうが新鮮だね」

 

明久はそう言うと、陳列されていたイワシを籠に入れた

 

「どうやって見分けるんですか?」

 

明久が見分けた方法が分からず、静歌は首を傾げた

 

「まずは、鱗の色だね。透き通った青い色が目印。それともう一つは魚の目が濁ってないか」

 

静歌は説明を聞くと、自身が持ってるイワシと明久が選んだイワシを見比べた

 

「あ、目が濁ってないです」

 

静歌は明久が選んだイワシを見て、そう言った

 

「正解」

 

静歌の言葉に明久は笑顔で頷いた

 

その後、明久と静歌は買い物を続けた

 

そして、とある一角で明久は静歌がリボンを見ているのを見つけた

 

「うーん……こっちがいいかな?」

 

「静歌ちゃん……リボンが好きなんだ……」

 

明久はそう呟くと、静歌が色々な柄のリボンを着けてるのを思い出した

 

「ふむ……」

 

明久はそこで一計を案じた

 

◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇

 

そして、清算時に明久は固まった

 

「ブ、ブラックカード……だと?」

 

明久は会計に静歌が出したカード、ブラックカードを見て固まった

 

このブラックカードは、最大限度額が設定されてないと明久は聞いたことがあった

 

しかしながら、静歌が払ってくれて明久としては感謝した

 

なにせ、今回の買い物の全額を払ったら明久の懐は一気に寒冷化するのは確定である

 

とはいえ、下着代は流石に自腹だが、それでも大分痛い出費である

 

だが、明久は後悔してなかった

 

買い物を終えて、明久達は寮に戻っている途中だった

 

自然公園に入り、周囲に人が居ないのを確認すると明久は視線を静歌に向けて

 

「静歌ちゃん……ちょっといいかな?」

 

と声を掛けた

 

「なんですか、明久さん?」

 

静歌が体ごと明久に向くと、明久は一回深呼吸してから

 

「これを……受け取ってほしいんだ」

 

と言いながら、ポケットから蒼いリボンを取り出した

 

「これ……」

 

静歌はリボンを見て、呆然とした

 

なぜなら、そのリボンは静歌が悩んでいて戻したリボンだからである

 

それに、明久としてはもう一つ理由があった

 

「それとさ……僕とコンダクト……結んでくれないかな?」

 

明久がそう言うと、静歌は驚愕で目を見開いた

 

「もちろん、これは強制じゃないよ? 僕はまだまだ、ここに慣れてないから、サポートしてくれる人が居ると助かるんだ」

 

明久がそう言うと、静歌は呆然とした表情で

 

「私で……いいんですか……?」

 

と問い掛けた

 

すると、明久は微笑んで

 

「うん……雅さんは仕事が忙しいみたいだし、巴ちゃんは除外。くす姉や悠さんは生徒会が忙しいみたいだからね……それに、静歌ちゃんなら、この学園に詳しいでしょ? だから、静歌ちゃんにお願いしたいんだ」

 

と言った

 

すると、静歌は目尻に涙を浮かべて

 

「私……頑張って、明久さんのお世話……します!」

 

と嬉しそうに言った

 

それを聞いた明久は、頷くと

 

「それじゃあ、これからもよろしくね?」

 

「はい……よろしくお願いします!」

 

静歌は嬉し泣きしながら、明久に抱きついた

 

こうして、新しく一組のコンダクトが誕生した

 

だが、この時二人にはこの先に起こる騒動は予想だに出来なかった……



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嵐の前の静けさ

翌日の日曜日

 

明久はかねてからの約束を守って、静歌と街中に出向いていた

 

「しっかし、本当にこの街は凄いねぇ……あれなんて、高級メーカーの支店だし」

 

明久がそう言った視線の先には、LVというロゴマークが特徴の店があった

 

「なんでも、基本的に街から出ないように済むように作られたそうです」

 

という静歌の説明に、明久は納得しながらも視線を向けて

 

「それじゃあ、どこに行こうか?」

 

と問い掛けた

 

「それでは、あの喫茶店に行きましょう」

 

と静歌が示したのは、やはり高級そうな喫茶店だった

 

「ん、了解」

 

明久は静歌の要請を受け入れて、その喫茶店へと入った

 

そして、メニューを見て明久は固まった

 

「予想よりも高かった……っ! なに、コーヒー一杯二千円って! アップルパイなんて、一個三千円ってなに!?」

 

もはや、金銭感覚が狂いそうになりそうな金額だった

 

「あ、大丈夫ですよ。私、ここのゴールド会員なんで、半額になりますよ」

 

静歌はそう言うと、財布から自分の顔写真入りのカードを取り出した

 

「そ、そっか……」

 

明久は頷くが、視界の隅に見えるポスターに

 

《年会費二万円で会員募集中! 今なら、特待セットももれなく付きます!》

 

と書かれてあった

 

(年会費すら高いから! 僕が知ってるのは、大体千円位だから!)

 

と明久は心中で突っ込みつつ、注文を済ませた

 

しかも、静歌は再びブラックカードで払っていた

 

(ダメだ……本当に金銭感覚が狂いそう……)

 

明久はそう思いながらも、受け取ったトレーを持って空いている席に座った

 

そうして談笑を始めたが、そんな二人を離れた場所から撮影している人影があった

 

その人物はシャッターを素早く数回切ると、素早くその場から離れた

 

「フッフッフ……これはいいネタになるわぁ……これで、今年のエトワール部活賞はこの私、古升京子(ふるますきょうこ)に決まりよ! 待ってなさい! ピューリッツァー賞!」

 

とメガネを掛けた少女、古升京子は駆け出した

 

そして翌日の月曜日

 

明久は登校時から、視線が集中してるのを感じていた

 

「なーんか、嫌に注目されてるなぁ……」

 

しかも、その視線が好奇心だけでなく、懐疑的なのが混じっているように感じられた

 

そして、明久と静歌が校門を超えた瞬間

 

「あ、居た!」

 

「あの新聞は本当なんですか!?」

 

という声と共に、校舎から十数人の少女達が駆け出していた

 

「何事!?」

 

明久が驚いていると、横合いから悠が現れて

 

「明久くん。静歌くん。こっちだ!」

 

と言って、明久の手を握って走り出した

 

「静歌ちゃん!」

 

「は、はい!」

 

明久は咄嗟に静歌の手を握って、悠と一緒に走った

 

「ゆ、悠さん! これは一体!?」

 

「今はとりあえず走って!」

 

明久が問い掛けるが、悠は答えずにそう言った

 

そのまま一行は学園の裏側に入った

 

その時、前方の生け垣の中から雅が姿を現して

 

「悠さん、こっちです!」

 

と手招きした

 

「ん!」

 

悠は軽く頭を下げると、その生け垣の中へと明久達と一緒に飛び込んだ

 

「うわっ!」

 

「きゃっ!」

 

二人は驚きの声を上げるが、そんな二人の口をそれぞれ悠と雅が覆った

 

すると、バタバタという音が聞こえて

 

「居ないわ!」

 

「どこに行ったのかしら?」

 

「あの新聞のことを聞きたかったのに!」

 

と少女達の悔しそうな声が聞こえた

 

「あなた達、落ち着きなさい」

 

(え、くす姉?)

 

突如聞こえた久住の声を聞いて、明久は首を傾げた

 

「く、久住会長!」

 

「す、すいません……」

 

少女達が謝ると、少ししてから

 

「それで、理由は何かしら?」

 

と久住が問い掛けた

 

「え、えっと……」

 

「新聞部の新聞を読んで、真相を知りたくって……」

 

と少女達が言うと、久住は深々と溜め息を吐いて

 

「また、あの新聞部ですか……わかりました。まったく……あなた達も、あの新聞部は信憑性の無い記事を書くので有名なのは知ってるでしょう? それだったら、一々流言飛語に惑わされずに、淑女らしく落ち着いて対応しなさい。いいですね?」

 

「はい……」

 

「すいませんでした……」

 

久住に注意されて、少女達は落胆した様子で肩を落とした

 

「それでは、あなた達は教室に戻りなさい。いいですね?」

 

「「「「「はい……すいませんでした……」」」」」

 

少女達が謝って、数十秒後

 

「いいわよ。出てきなさい」

 

と久住が促した

 

「よっと」

 

「驚きました……」

 

促されて、明久と静歌が先に出て明久はそのまま悠と雅に手を貸した

 

「一体、何があったのさ?」

 

「ちょっと待ってね」

 

「今、巴が原因の解明をやってるわ」

 

明久が問い掛けるが、悠と雅は答えなかった

 

その直後、巴が近くの窓から現れた

 

「お姉様、これを」

 

巴はその手に持っていた一枚の紙を、雅に手渡した

 

その紙の状態から察するに、掲示板に張り出されていたのを剥がしてきたらしい

 

「やっぱり、こんなんだろうと思ったわ……」

 

雅は一読すると、その新聞を明久に差し出した

 

「なんじゃこりゃ?」

 

記事の見出しを見て、明久は思わず疑問の声を上げた

 

そこには

 

《お姫様と交換留学生の熱愛発覚!? 婚約まで秒読みか!》

 

となっており、下には先日の明久と静歌の喫茶店での写真の他にいつ撮影したのか。と言いたい写真と共に、とんだデマが書かれていた

 

「記者の名前は……古升京子?」

 

明久が首を傾げていると、雅が額に手を当てて

 

「またあの子なのね……まったく」

 

と呟いた

 

「知ってるの?」

 

と明久が問い掛けると、雅は頷いて

 

「ええ……私が仕事を始めた時期に、私の有りもしない記事を書いて出したパパラッチよ……いい迷惑だったわ」

 

雅はそう言うと、深々と溜め息を吐いてから

 

「私の時はしばらく無視してたら、諦めたのか静まったわね」

 

と言った

 

しかし、悠は唸ってから

 

「しかし、この子は懲りないね……」

 

と頭を振った

 

「常習者なんですか?」

 

明久が問い掛けると、久住が溜め息混じりで

 

「ええ……星令会でもブラックリスト入りしてるの」

 

と語った

 

「とりあえず、僕達のほうでもこの新聞に関しては対処するから、明久君達は普段通りに過ごして」

 

「わかりました」

 

悠の言葉を聞いて、明久は頷いてから静歌や悠を伴って教室へと向かった

 

だが、この時はまだあんな事件に発展するとは明久達は思っていなかったのだった



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本来の目的

その日の放課後

 

「大丈夫ですか、明久くん?」

 

「なんとか……」

 

小早川先生からの問い掛けに対して、明久は疲労困憊といった様子で答えた

 

理由は言うまでもなく、あの新聞が原因である

 

久住達が早急に対応したので、新聞はすぐさま剥がされた

 

だが、女子の噂の伝達速度はまさしく電光石火である

 

新聞の内容はあっという間に学院全体に広まり、至る所で明久への視線が半端ではなかった

 

もし視線を実体化したら、明久は間違いなく蜂の巣になっていたと断言できる程だ

 

それ程の視線に晒されて、明久の精神はかなり削られていた

 

「どうします? 今日は遠慮しておきますか?」

 

「いえ……行きます。それが、ここに来た目的なんですから」

 

小早川先生の問い掛けに明久はそう答えると、姿勢を直して歩き出した

 

二人が向かっているのは、水泳部が活動する屋内プールである

 

この屋内プールで行うリハビリこそが、明久がエトワールに来た目的なのだから

 

数分間移動すると、二人は巨大な建物に入った

 

そして、小早川先生はあるドアの前に立つと

 

「明久くんは、右側の更衣室を使ってください。放課後は明久くん専用としますので」

 

と説明した

 

「ありがとうございます」

 

「いえいえ……では、中で会いましょう」

 

明久が感謝で頭を下げると、小早川先生は手を振ってから左側のドアを開けて中に入っていった

 

明久は小早川先生を見送ると、言われた通りに右側のドアを開けて中に入った

 

「やっぱり広い……なんか、申し訳なくなるなぁ……」

 

更衣室の広さに明久はそう呟くと、手近なロッカーを開けて中に脱いだ制服を仕舞っていった

 

そして水着を着ると、タオルを持って奥のドアをくぐり抜けた

 

「うわぁ……どこの競技場?」

 

中に入っての明久の第一声がそれだった

 

しかしながら、それも無理ないことだ

 

その規模は、テレビなどでしか見たことない世界大会規模の広さと設備だったからだ

 

プールは10レーンは軽くあり、それでもなお更には一部が自由区画として使われている様子だった

 

そして、明久が呆然としていたら

 

「ようやく、この時が来たね。明久くん」

 

と言われて、明久は振り向いた

 

そこには、水着姿の悠の姿があった

 

「悠さん……」

 

「では改めて、聖エトワール女学院星令会副会長にして水泳部部長の桐島悠だ。よろしくね」

 

悠の自己紹介を聞いて、明久は軽く目を見張った

 

「悠さん、部長だったんですか……」

 

「うん……だから、ここでリハビリする間は僕がサポートするよ……」

 

「よろしくお願いします」

 

明久が深々と頭を下げると、足音がして

 

「これで揃ったわね」

 

と小早川先生が現れた

 

「はい、皆さん。集まってください!」

 

小早川先生が手を叩きながら呼ぶと、二十名近く集まった

 

「今日からこの水泳部で一緒に活動する、吉井明久くんです」

 

「唯一の男なので、色々とご迷惑をお掛けすると思いますが、よろしくお願いします」

 

「「「「「よろしくお願いします!」」」」」

 

明久が頭を下げると、女子達は元気よく声を出した

 

受け入れられている様子に、明久は内心で安堵していた

 

すると、悠が近づいてきて

 

「それと、明久くん……皆、明久くんがエトワールに来ることになった理由を知ってるよ」

 

「ちょっ!?」

 

悠の言葉を聞いて、明久は驚愕で目を見開いた

 

明久としては、自身がエトワールに来ることになった理由を話さずに去るつもりだったのだ

 

「なんで話したんですか……」

 

明久がジト目で見つめていると、一人の少女が近づいてきて

 

「皆が、あの新聞内容を信じかけててね……」

 

と説明した

 

「あれ、くす姉……」

 

「やっほ、アキくん」

 

そこに居たのは、水着姿の久住だった

 

「悠ったら、凄かったんだよ? あの新聞内容を信じて、水泳部に来ることになってたアキくんを疑ってたら、悠が凄い剣幕でアキくんがエトワールに来ることになった経緯を話したんだ」

 

久住が説明すると、悠が少し恥ずかしそうに頬を染めながら

 

「僕だけじゃないだろ? 久住だって、必死に説明してたじゃないか」

 

と反論した

 

その光景に明久が固まっていると、数人の少女達が集まってきて

 

「あの、明久くん……ごめんなさい!」

 

「明久くんがエトワールに来た理由が分からなくって、あの新聞もあって少し邪推してしまったの」

 

「それがまさか、お姫様と部長のお二人を助けて、車に引かれてたなんて……」

 

「しかも、2ヶ月近くも意識不明になってて、復帰したら選手として絶望的になってたなんて知らなかったわ……」

 

「それなのに、エトワールに来たのを親のコネとか、変に考えてしまって……」

 

と少女達が謝ってくると、明久は少し気恥ずかしい様子で

 

「いやまあ、普通はそう考えるよ……僕だって、まさかエトワールに来ることになるなんて、その時は思わなかったし」

 

と言った

 

すると、少女達は首を振って

 

「そうでしょうけど、お二人を助けた明久くんを疑ってしまってすいません!」

 

「お詫びといってはなんですが、私達も明久くんをサポートしたいと思います!」

 

と宣言した

 

「え、でも……」

 

明久が言いよどんでいると、悠が近づいてきて

 

「実を言うと、数分前に新聞部の子があそこに居たんだ」

 

と客席の方を指差した

 

「それに気づいて、あの子達が追い出してたよ」

 

久住がそう説明すると、明久はその少女達に視線を向けて

 

「大変、ありがとうごさいました」

 

と頭を下げた

 

今のタイミングで新聞部に来られたら、また変な内容の新聞を出されかねなかった

 

「ううん、大丈夫よ」

 

「あんな記事書かれたら、大変だしね」

 

「それに、私も昔新聞部にあらぬ記事を書かれたからね。意趣返しよ」

 

明久が感謝すると、少女達は口々にそう言った

 

どうやら、新聞部は敵のほうが多いらしい

 

「それでは、談話もここまでにして活動しましょう」

 

「「「「「はい!」」」」」

 

小早川先生の言葉を聞いて、全員部活動に精を出した

 

ちなみに、久住はカナヅチなのだが、水泳部に居た理由はエクササイズ目的だったとか

 

こうして、明久のリハビリが始まった



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進む崩壊

「………………ゴポッ! ブッハ!」

 

潜っていた明久は、息苦しさを感じて上がった

 

「はい、そこまで! 悠さん、タイムは?」

 

明久が出てきたのを確認して、小早川先生はストップウォッチを持っていた悠に視線を向けた

 

「一分三十秒です」

 

悠の告げたタイムを聞いて、腕組みしながら

 

「うーん……全盛期の半分以下かぁ……」

 

と唸った

 

「全盛期はどれくらい潜れたんですか?」

 

小早川先生が問いかけると、明久はプールサイドに上がってから

 

「大体、四分半位でしたね」

 

と答えた

 

それを聞いて、小早川先生は持っていたボードの用紙にサラサラと書き込むと

 

「確認しますが、これらの記録は全て事故前の記録と比較すると、半分以下なんですね?」

 

と明久に問い掛けた

 

すると、明久は水抜きをしてから

 

「そうですね。完全に半分以下です」

 

と答えた

 

水泳部に来た初日、明久はまず、今の自分の実力を知るために記録取りを行った

 

それによって分かったのは、全てに於いて半分以下になっているという事実だった

 

そのことに小早川先生は何か考え始めて、明久は腕組みしながら唸り始めた

 

(これを期に、走り込みとか始めようかな……)

 

と考えていると、悠が明久の肩に手を置いて

 

「明久君、焦ったらダメだよ? リハビリっていうのは、根気が大切なんだ」

 

と語った

 

「そうですよ。駐在医師の方も、根気良く行きましょう。と言ってたじゃないですか」

 

「悠さん、小早川先生……ありがとうございます」

 

悠と小早川先生の言葉に、明久は素直に頭を下げた

 

その後、小早川先生は一度離れたが、悠は明久に最後まで付き合った

 

そして活動時間が終わり、明久を含めた水泳部メンバーは着替えて外に出た

 

しかし、外に出た明久は驚いた

 

なぜなら、出入り口で静歌が立っていたからだ

 

「静歌ちゃん!?」

 

「あ、明久さん!」

 

明久が驚愕の声を上げると、静歌は嬉しそうに笑みを浮かべて近寄ってきた

 

「なにしてるのさ、今日は先に帰っていいよって言ったじゃん」

 

明久がそう言うと、静歌ははにかんで

 

「私、明久さんのコンダクトですから!」

 

と言った

 

そう言われると明久としては怒れなくて、ため息を吐いた

 

「コンダクト? 結んだのかい?」

 

と悠が問いかけると、明久は耳打ちするように

 

「オフレコでお願いしますね。僕、エトワールのことを、まだよく分かってないんで、頼んだんです」

 

と言った

 

すると、悠は納得したのか頷いて

 

「なるほどね。そういうことなら、静歌くんは最適だね。彼女は初等部から居るからね」

 

と言った

 

ここ、聖エトワール女学院はエスカレーター式の女子校であり、初等部、中等部、高等部とあるのだ

 

大学部もあるが、大学部は任意であり、大学は外の大学に行くことも出来る

 

なお、悠は外の運動系の大学に進もうと思っているらしい

 

閑話休題

 

その後、明久達は一緒に寮まで戻った

 

だが、生け垣の根元が一瞬光ったのは気付かなかった

 

翌日

 

「また、このパターン!?」

 

「今度はなんですかぁ!?」

 

明久と静歌の二人は朝から走っていた

 

二人が校舎に近づいたら、校舎の中から大勢の少女達が明久達目掛けて駆け出してきたのだ

 

そして、二人が走っていたら

 

「明久さん、こっちです!」

 

と目の前の別れ道で、一人の少女が手を振っていた

 

「君は確か、水泳部の!?」

 

「早く!」

 

明久が驚いていると、水泳部の少女は明久達を手招きした

 

「とりあえず、今は!」

 

明久は思い出すのを後回しにして、そっちに走った

 

すると、その先にまた一人の水泳部の少女が居て

 

「ここに入ってください! 早く!」

 

とドアを開けた

 

「南無三!」

 

明久は少女の言葉に従って、そのドアに飛び込んだ

 

明久達が飛び込んだ直後、ドアが閉まった

 

そして、数分後に再びドアが開いて

 

「もう大丈夫ですよ」

 

と先ほどの少女が言った

 

「ありがとう」

 

明久が出たタイミングで、雅と巴が現れて

 

「また新聞部ね」

 

「今度はコレです」

 

と一枚の紙を差し出した

 

明久が受け取って見ると見出しには

 

《驚愕! 早くも愛人多数!?》

 

というもので、それは昨日の帰りの写真だった

 

「なんじゃこりゃ!?」

 

明久は思わず、驚愕の声を上げた

 

そして、記者の名前を確認すると

 

《古升恭子》の名前があった

 

「また、こいつかぁ!」

 

明久は叫び声を上げながら、新聞を引き裂いた

 

明久はガルルルと唸るが、それを静歌は何とか宥めて教室へと向かった

 

昨日の新聞と合わせてか、明久や静歌への視線の集中が激しかった

 

そして、放課後

 

「あの新聞部、どうしてくれようか……っ!」

 

明久はグルルルと唸っていた

 

「まあまあ、明久くん。落ち着いて」

 

「今、星令会と職員会議で処分を検討してるから」

 

悠と久住が宥めるが、明久はまだ唸っていた

 

その直後

 

「そうですよ、明久さん」

 

「え?」

 

水泳部では聞こえない筈の声を聞いて、明久は声の方に顔を向けた

 

そこに居たのは、水着を着た静歌だった

 

「し、静歌ちゃん!?」

 

「仮入部って形で、入りました」

 

明久が驚愕していると、静歌は朗らかに笑いながら答えた

 

「明久くんのサポートをしたいって言ってね、許可したよ」

 

「凄い熱意だったよ」

 

悠と久住が続けて言うと、明久は頭を掻いてから

 

「無理はしないでね」

 

「はい!」

 

明久の言葉に、静歌は嬉しそうに頷いた

 

この時、明久は気づいていなかったが、静歌の顔色は僅かに白くなっていた



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起きてしまった事件

二日目の活動の大半が終わり、明久は悠に手伝ってもらって体を解していた

 

その時

 

「ごめんね、明久くん」

 

と悠が謝ってきた

 

「え、なんですか、いきなり」

 

悠が謝罪してきた理由が分からず、明久は首を傾げた

 

なお、静歌は足がつった久住のフォローに回っている

 

閑話休題

 

「ほら、新聞で僕が明久くんの愛人の第一候補みたいに書かれてただろ? 僕みたいな男女が愛人だなんて、明久くんに迷惑だったかなって」

 

と悠が言うと、明久はキョトンとしてから

 

「何言ってるんですか。悠さんも美少女じゃないですか」

 

と言った

 

「え? 僕が美少女?」

 

「はい。まあ、確かに口調は変わってるかもしれませんが、掛け値無しに美少女ですよ。むしろ、僕みたいな一般人が釣り合うかが心配ですよ」

 

と明久が笑いながら言うと、悠は顔を赤らめながら

 

「美少女……僕が……」

 

と呟いた

 

(初めて言われたな……そんなこと……)

 

悠は家族が男ばかりの環境で育ったので、口調や仕草も男っぽくなった

 

これに関しては、母親から

 

『もう少し、女の子らしい格好をしなさい』

 

と窘められることが多々あったが、悠は気にしていなかった

 

今までそれで困ったことはなかったし、これからもそうだと思っていた

 

だが、明久の言葉を聞いて

 

(もう少し、女の子らしい服装してみようかな……)

 

と悠は思った

 

◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇

 

時は経ち、数日後

 

「あの新聞部……いい加減、どうしてくれようか……」

 

明久は数日の間に新聞部が出した新聞の内容を思い出して、グルルルルと唸っていた

 

「まあまあ、落ち着いて、明久」

 

「そうですよ、今日は全校集会ですから。あの騒動は起きないですから」

 

明久の唸り声を聞いて、雅と巴が明久を宥めた

 

なお、巴の言った通りに、今日は朝から全校集会が行われるのだ

 

小早川先生から聞いた話では、なんでも、新聞の内容を知った親から苦情の電話が殺到したらしい

 

だから、今日の全校集会には来れる親も来ているらしい

 

故に、今日はまだ静かではあった

 

だが、明久は静歌の顔色がここ数日で急激に悪くなっているのに気づいていた

 

話し掛けても反応が鈍く、時々ボーっとしては、壁にぶつかりかけていた

 

そんな矢先に、今日の全校集会である

 

明久は、静歌が倒れないか心配だった

 

そして、数十分後

 

『という訳で、新聞部が出した新聞の内容は事実無根のデタラメです。生徒や両親方は節度を持って判断してください』

 

とエトワールの校長が説明したが、二階席の一番前に座っていた女性が立ち上がり

 

「そんな話、信じるわけがないでしょ! さっさと、その汚らわしい男を追い出しなさい!」

 

と声を張り上げた

 

すると、それに続くように、数人立ち上がって

 

「そうよ! どうせ、エトワールに来たのだって、薄汚い欲望からよ!」

 

「とっとと追い出しなさい!」

 

と声を張り上げた

 

その言葉を皮切りに、次々と親が立ち上がり、抗議の声を上げた

 

それを校長が宥めようとするが、親達は聞かずに喚いていた

 

親達が喚いているのを見て、明久は壇上に上がろうか悩んでいた

 

その時だった

 

ガタンという物音がして、明久が視線を向けた先では、静歌が倒れていた

 

「静歌ちゃん!」

 

その光景を見て、明久は思わず静歌に駆け寄った

 

静歌は気を失っており、明久が呼び掛けても返事はなかった

 

「とりあえず、医務室へ運ぼう」

 

明久はそう言うと、静歌をクラスメイト達に手伝ってもらって背負って立ち上がった

 

「はい、ちょっとごめんね」

 

明久がドアまで行くと、ドア近くには雅と巴が待機していた

 

「雅ちゃんに巴ちゃん!」

 

「なんとなく、こういうことが起きそうな予感がしてたからね」

 

「お姉様と一緒に待機してました!」

 

明久が驚いていると、雅と巴はそう言いながらドアを開けた

 

「静歌をお願いね」

 

「お願いします!」

 

「ありがとう!」

 

雅と巴の声援を背中に聞きながら、明久は医務室へと向かった

 

「ふん! やはり、薄汚い男ですね! あんなことをして、露骨にポイント稼ぎなんて!」

 

明久の行動を見て、一人の女性は吐き捨てるように言うが、少し離れた場所に座っていた一人の男性は笑みを浮かべた

 

場所は変わって、明久が医務室の近くに到着すると、そこには小早川先生が居た

 

「小早川先生!?」

 

「さあ、早く中へ!」

 

明久が驚くが、小早川先生は無視して、明久に中に入るように促した

 

明久も促されるがままに、医務室へと入って、静歌をベッドへと寝かせた

 

そして、待機していたらしい先生が静歌の診察を始めた

 

そして、少しすると明久と小早川先生に視線を向けて

 

「極度の疲労ですね……しばらく休んでいれば、すぐに良くなりますよ」

 

と告げた

 

医師の言葉を聞いて、明久と小早川先生は安堵の息を漏らした

 

そして、明久はキッと講堂の方に視線を向けた

 

「行くのですか?」

 

小早川先生が問い掛けると、明久は頷いて

 

「今回の事は、ある意味で僕が原因です……だったら、僕が鎮めるのが道理です」

 

と言った

 

「場が紛糾するだけかもしれませんよ?」

 

「それでも行きます……僕には、行く責任があります」

 

明久はそう言うと、講堂へと向かって走り出した

 

講堂のドアまでだと言うのに、明久の息は上がり、膝はガクガクと笑っていた

 

「情けないなぁ……」

 

明久がそう言いながら前を見ると、ドアの前には雅と巴の姿があった

 

「行くのね……明久?」

 

雅が問い掛けると、明久は頷いて

 

「多分、今回の騒動を静められるのは、僕だからね」

 

と答えた

 

すると、巴がポケットからスポーツドリンクを取り出して

 

「これを飲んで落ち着いてください」

 

と明久に手渡した

 

「ありがとう」

 

明久は受け取ると、一気に半分近く飲んでから

 

「よし、行きますか!」

 

と中へ入った

 

明久が中に入った瞬間、それまで騒いでいた親達が静かになった

 

理由は簡単である

 

明久の全身から、凄まじい(プレッシャー)が放たれているからだ

 

この時の明久は、はっきり言って怒っていた

 

それも、自分でも分かる位に今までで最大級に怒っていた

 

明久が歩いていると、二階席から数人の親達が汚らわしいモノを見るかのような視線を向けてきていたが、明久は無視して、壇の近くまで歩いた

 

すると、明久が近寄ってきたからか、校長が明久の近くに来て

 

「話すのかね?」

 

と問い掛けた

 

「はい……そうしないと、今回の騒動は静まりそうにないので」

 

明久がそう言うと、校長は渋面を浮かべて

 

「わかった……すまないね」

 

と謝ってから、明久に壇上に上がるように促した

 

明久は壇上に上がると、講堂を見回した

 

そして、ドア近くに居た雅と巴、更に小早川先生が微笑みながら手を振っていることに気づき、前の三年生の中から悠と久住が同じように微笑みを浮かべているのを見つけた

 

それだけで、明久は勇気を分けてもらったような感覚になり、深呼吸すると

 

「皆さん、どうも初めまして。僕の名前は吉井明久と言います。僕が壇上に上がった理由は、今回、僕がエトワールに来ることになった理由を話そうと思います」

 

明久はそこまで言うと、夏休みの大会に行く途中で起きた事故からの経緯を話した

 

事故にあい、約2ヶ月近く意識不明だったこと

 

目覚めてみたら、体がボロボロで、身体能力は事故前の半分以下にまで落ち込んでいたことを

 

それでも諦めず、自主練していたら、小早川先生が来て、エトワールに留学することを告げられたこと

 

そして、今に至る

 

「ですから、僕はリハビリの為にエトワールに来ました……ですから、新聞部が出した新聞内容は全くの事実無根です」

 

明久がそう言うが、それまで静まっていた親の一人が立ち上がり

 

「そんな作り話、信じるわけないでしょ!?」

 

「とっとと、エトワールから去りなさい!」

 

と騒ぎ出した

 

その時

 

「いや……彼が言ったのは真実だよ」

 

と言いながら、一人の男性が立ち上がって、二階席から階段で降りてきた

 

その男性はスーツを着ているというのに、一目で分かるほどに筋肉が凄まじく、何よりも、(プレッシャー)が凄まじかった

 

更に、久住が星令会の会長モードになった時よりも遥かに高い覇気を明久は感じた

 

「あなたは……?」

 

明久が首を傾げていると、男性は笑みを浮かべて

 

「初めましてだね、吉井明久くん。私は東方院宗継(とうほういんひろつぐ)。静歌の父親だ」

 

と名乗った

 

「静歌ちゃんのお父さん!?」

 

明久が驚いていると、宗継は教壇に近寄って

 

「すまないが、マイクを借りるよ」

 

と明久に断ると、マイクを握った

 

「皆さん、私の名前は東方院宗継と言います。東方院グループの現総帥をやらせてもらっています……」

 

宗継はそう言うと、講堂全体を見回して

 

「先ほど彼が言ったのは、全て真実だ……なにせ、彼はその事故の時に私の一人娘の静歌と桐島グループの娘の悠嬢を助けています」

 

宗継がそう言うと、講堂全体がざわめいた

 

なにせ、明久は先ほど二人を助けたことを言っていなかったからだ

 

「私は娘が彼のことを知りたがったので、独自に調べました……その結果、彼が将来有望な水泳選手であること、更にはその夏の大会を勝ち抜いていれば、全国大会のキップを手にしていただろうことも……だが事故にあい、彼は2ヶ月近くもの間、生死の境をさまよい続けた……しかも、目覚めたら選手としてはもはや絶望的なまでに、身体能力が落ちていた……だが、それでも彼は諦めず、がむしゃらに自主練習を続けた……それを知った私は、娘の願いを聞き入れて、エトワールに彼を受け入れるように話を通した……まあ、難色を示されたがね」

 

宗継がそう言ったタイミングで、二階席で新たに一人の男性が立ち上がり

 

「その提案を私も聞いて、儂が賛成した」

 

立ち上がったのは、白髪が特徴的な男性だった

 

明久は知らなかったが、宗継は知っていたようで

 

「桐島のご隠居……」

 

と呟いた

 

「すまんの」

 

白髪の男性はそう断りながら壇上に上がると、校長が差し出した予備のマイクを受け取り

 

「儂の名は桐島影章(きりしまかげあき)だ……この場を借りて、挨拶しておく」

 

影章はそう言うと、頭を下げた

 

そして、講堂を見回すと

 

「儂らは彼に娘を助けてもらった……だと言うのに、その恩人に対して恩を返さないというのは、人としてはどうなのか? 儂らはそこで同意して、彼を受け入れるように話したのじゃ」

 

「そして、今彼はここに居る」

 

影章に続くように、宗継は語った

 

そして、明久に視線を向けると

 

「最後は君が決めなさい」

 

とマイクを渡した

 

「あ、ありがとうございます……」

 

予想外の人物達の登場に、明久は驚きながらも気を持ち直して

 

「今、お二方が言ってくれた通り、これが僕がエトワールに来ることになった理由です……本当はエトワールを去るまで、話す気はありませんでした……ですが、ここまで話が大きくなっては仕方ないと思い、話すことにしました……最後にこれだけは言わせてください……」

 

明久はそこまで言うと、大きく深呼吸してから教壇を強く叩いて

 

「あなた達が僕をどう言おうが、どう思おうが別にいいです! けどね、周りの子達まで巻き込むな! 特に、静歌ちゃんや悠さんは僕をサポートしてくれているんだ! それをやれ恋人だ愛人だ!? ふざけるのも大概にしろ! もしこれで、二人だけじゃない。他の子達まで倒れたら、あんた達はどう責任を取る気だ!?」

 

と怒鳴った

 

明久の怒鳴り声に、二階席で喚いていた親達は座り込んでいた

 

「もし、僕に出ていけって言うなら、僕は出ていくよ。それがエトワールの安定に繋がるなら、僕は去るさ……」

 

明久はそう言うと、幾分か声を抑えて

 

「以上で、僕からの話は終わりです……ありがとうございました」

 

と頭を下げた

 

そして、数秒経って明久が頭を上げたタイミングで、割れんばかりに拍手が鳴り響いた

 

「おろ?」

 

まさか拍手されるとは思っておらず、明久はキョトンとした

 

すると、三年生席から久住と悠が近寄ってきて

 

「皆、アキくんの言葉に感動したんだよ」

 

「うん……後は、僕達に任せて、明久くんは休んでいて」

 

と言うと、明久と入れ替わる形で壇上に登った

 

そして、星令会と校長に呼ばれて、新聞部一堂が壇上に登った

 

だが、明久達の話を聞いていたからか、ガタガタと震えていた

 

そして、そんな新聞部に通達されたのは

 

1、新聞部の半年間の活動停止

 

2、新聞部の部費の半減

 

3、記事を書いた古升京子の部長権限の剥奪

 

4、古升京子の1ヶ月間の停学処分

 

だった

 

もちろん以後、明久のことに関してあらぬ記事を書いたら、更に追加制裁を加えることを言うと、新聞部一堂は揃って深々と頭を下げた

 

こうして、新聞部が原因の騒動は幕を下ろした

 



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気持ち

全校集会が終わって、数時間後の昼休み

 

「ようやく、来れた……」

 

明久は疲れた様子で医務室へと到着した

 

全校集会が終わって、明久はすぐに医務室へと来ようとした

 

だが、そんな明久の周囲を大人数の女子達が囲んで質問攻めしたのだ

 

その後も明久は、休み時間の度に来ようとした

 

だが、その度に女子達が囲んできては質問攻めしてきたのだ

 

そして、昼休みは雅の手助けもあってなんとか来れたのだ

 

具体的に言うと、巴がロープを用意し雅に手渡していて、昼休みに入ってすぐに雅が明久にロープを渡したのだ

 

そして明久は、そのロープを使って窓から脱出

 

医務室へと来たのだ

 

これに関しては、後から怒られる可能性が非常に高いが、明久は後悔してない

 

「失礼しまーす……」

 

ゆっくり入ると、医師が明久に視線を向けて

 

「あら、お疲れのご様子だけど……大丈夫?」

 

と言ってきた

 

「なんとか、大丈夫です……静歌ちゃんの様子はどうですか?」

 

明久が問い掛けると、医師はベッドを指差して

 

「まだ寝てるわ。よほど疲れてたのね」

 

と言った

 

明久が視線を向けると、確かに、静歌はスヤスヤと寝ていた

 

顔色はかなり良くなっており。呼吸も最初よりは安定していた

 

「良かった……」

 

明久が安堵していると、机の電話が鳴り医師が取った

 

そして、少しすると受話器を戻して

 

「ごめんね、少し職員室に行かないといけないから、彼女を見ててくれないかしら? すぐに戻るから」

 

医師はそう言うと、医務室から出ていった

 

明久は医師を見送ると、ベッド脇の椅子に座って

 

「大丈夫そうで、良かったよ……」

 

と言いながら、静歌の頭を撫でた

 

そして昼休みも終わり、更に数時間後

 

「ん……あれ? ……ここは?」

 

と静歌が寝ぼけた様子で起きた

 

「あ、起きた?」

 

「……明久さん? …………っ!?」

 

明久が声を掛けると静歌は恥ずかしいからか、布団で顔を隠した

 

「あれ? おーい、静歌ちゃん?」

 

明久が再び声を掛けると、静歌は僅かに布団から顔を覗かせて

 

「えっと……なんで、私は医務室に?」

 

と明久に問い掛けた

 

「ん? 静歌ちゃん、全校集会で倒れたんだ。それを、僕が運んだの」

 

明久がそう説明すると、静歌は数秒してからガバリと起き上がって

 

「そうです! 全校集会はどうなったんですか!?」

 

と明久に問い掛けた

 

「ん? 無事に終わったよ……後、新聞部には処分が下されたから、もう、僕達関連の記事は出さないはずだよ」

 

明久の説明を聞いて、静歌は安堵した様子で

 

「良かったです……これで、明久さんが安心してリハビリに専念出来ます……」

 

と言った

 

すると、静歌の目から涙が零れ始めた

 

その理由に関して、明久はなんとなく察していた

 

静歌はかなり責任感が強い

 

恐らく、今回の騒動に関しても自分の責任と考えているだろう

 

もしかしたら、エトワールに呼ばなくても、他にやり方があったのではないかと、そう考えて眠れなかった筈だと

 

「あ、あれ? すいません……いきなり泣いてしまって……すぐに、泣き止みます……」

 

静歌はそう言いながら涙を拭っているが、明久は静歌を優しく抱き締めて

 

「僕は大丈夫だよ、静歌ちゃん」

 

と優しく言った

 

「明久……さん?」

 

静歌が不思議そうにしていると、明久は優しく静歌の頭を撫でながら

 

「僕はエトワールに来れて、嬉しかったんだ……皆に会えたしね……なにより、静歌ちゃんに会えたしね」

 

「明久さん……」

 

明久はそう言うと、静歌を離して

 

「静歌ちゃんのおかげで、僕は夢を諦めずに済んだんだ……実を言うとね、少しばかり、諦めかけてたんだ」

 

「え?」

 

明久の言葉が予想外だったのか、静歌は固まった

 

「病院から退院して、自主練をしてたんだけど……かなり酷かったのは知ってるよね?」

 

明久がそう言うと、静歌は無言で頷いた

 

「実はさ、それで結構悪口言われてたんだよね。部活の仲間や学校全体で」

 

『無駄な努力』

 

『怪我人なんて、所詮は二級にしかなれない』

 

『諦めろ、役立たず』

 

それらの悪口が明久に投げかけられ、明久の精神は非常に危うい均衡だったのだ

 

それを知っていたので、海や愛子が近くに居て支えていた

 

もちろん、部活仲間の中には明久を励ましたり、支えてくれている生徒達が居たのだが、焼け石に水だった

 

「そんな時、エトワールに呼ばれたんだ……まあ、少し悩んだけどね」

 

明久はそう言うと、静歌に視線を向けて

 

「だから、静歌ちゃんは責任を感じなくていいんだよ。全部、僕が決めたことだからね」

 

と言った

 

すると、静歌は明久に抱き付き

 

「ありがとうございます……ありがとうございます……」

 

と泣き始めた

 

そして明久は、静歌が泣き止むまで、静歌を優しく抱きしめたのだった



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明久の二つ名

全校集会から数日後、明久達は何時も通りに登校していた

 

すると、近くを通った女子が

 

「おはようございます。会長、副会長、お姫様……騎士(ナイト)様」

 

と挨拶すると、恥ずかしそうに足早に去った

 

女子の挨拶の言葉を聞いて、雅が意地の悪い笑みを浮かべて

 

騎士(ナイト)様だってさ、明久」

 

と明久に言った

 

「ガラじゃないんだけどなぁ……」

 

雅の言葉を聞いて、明久は苦笑いを浮かべながら頬を掻いた

 

騎士(ナイト)様というのは、あの全校集会で倒れた静歌を助けるために、いち早く動いた明久に付けられた二つ名である

 

明久としては、何とも恥ずかしい二つ名である

 

そして、明久が話した来ることになった理由を聞いて、周囲の生徒達は明久に同情するようにすらなった

 

だからか、明久がリハビリに向かうと応援する女子すら居た

 

そして、月は変わって11月

 

明久は変わらないが、久住達は冬服へと変わっていた

 

紅葉も大分散って、段々と冬化粧を始めていた

 

明久のリハビリも順調に進み、少しずつではあるが、事故前に戻ってきていた

 

だが、まだ先は長いと明久は思ってはいたが、諦めないように頑張ろうと思った

 

そして、時は経ち放課後

 

「さってと……部活に行くかな」

 

と明久は言うと、静歌と一緒に教室を出ようとした

 

その時

 

「随分と仲良くなったみたいね、明久」

 

と雅が明久に声を掛けた

 

「そうかな?」

 

雅の言葉を聞いて明久は首を傾げるが、雅は何とも意地の悪い笑みを浮かべて

 

「だって、隙間がほとんど無いじゃない」

 

と雅は、明久と静歌の間を指差した

 

確かに雅の言った通り、二人の隙間は拳一つ分有るか無いかというものだった

 

それを見た瞬間、静歌は顔を赤らめて少し離れた

 

「しかも、あの集会から静歌は足繁く通ってるみたいだし……まるで通い妻みたいね」

 

雅がトドメ気味にそう言うと、静歌はハウッと声を上げてから

 

「通い妻……私が、通い妻……」

 

と呟きながら、頬を緩めた

 

明久はそれを見てから、視線を雅に見せて

 

「まあ、静歌ちゃんは気立てはいいし、覚えもいいけどさ。それは雅ちゃんも一緒じゃないの?」

 

と言うと、雅は呆然とした表情を浮かべて固まった

 

「だってさ、何気に気配り上手だし、面倒見もいいし、料理もかなり上手だったし」

 

と明久が立て続けに言うと、雅は顔を赤らめて

 

「な、ななな……」

 

と狼狽した

 

「あの新聞部の騒ぎの時だって、かなりお世話になったし……僕自身としては、仲良くなりたいんだよ?」

 

明久がそう言うと、雅は明久から視線を逸らして

 

「明久……よく、そういう恥ずかしいセリフが言えるわね」

 

「え? 僕の本心なんだけど」

 

雅の言葉を聞いて明久がキョトンとしていると、雅は深々と溜め息を吐いてから

 

「明久……そういう言葉は、あまり言わないほうが良いわよ?」

 

と忠告した

 

「え? なんでさ」

 

雅の忠告の意図が分からず、明久は首を傾げた

 

「なんでもよ……それじゃあ、私は仕事があるから」

 

「あ、うん。頑張ってね」

 

撮影に向かう雅を見送って、明久は手をヒラヒラと振った

 

そして、雅が見えなくなると

 

「それじゃあ、僕達も行こうか」

 

と静歌に視線を向けて、明久は固まった

 

「はい……行きましょうか、明久さん」

 

そこには、笑顔ではあるが、怖い笑顔を浮かべている静歌が居た

 

「あ、あれ? なんか、怒ってる?」

 

なぜ怒っているのかが分からず、明久は僅かに後退りした

 

「いえいえ……怒ってなんか、いませんよ?」

 

静歌はそう言うと、明久の腕をガシッと掴んで

 

「それじゃあ、行きましょうか。明久さん!」

 

と言うと、明久を引きずり出した

 

「待って!? 自分で歩くから、引っ張らないで!?」

 

明久は抗議するが、静歌は無視して引き続けた

 

その光景を見て、クラスメイト達は心中で明久に向けて合掌した

 

十数分後、プール

 

「今日もお願いします!」

 

と明久が挨拶すると、黄色い声が響いた

 

明久と静歌が視線を向けると、そこに見えたのは、観客席を埋め尽くさんばかりに居る部活に所属していない女子達だった

 

その密集具合はまるで、人気アイドルのコンサート会場であった

 

その密集具合を見て、明久は溜め息混じりに

 

「また人数増えてるし……」

 

「はい……昨日よりも、確実に増えてますね……」

 

明久の呟きを聞いて、静歌は同意した

 

明久としては、静かにリハビリに集中したいところである

 

しかし、歓声を上げてはいるものの、邪魔してるわけではないので、現状では、意識しないようにするしかなかった

 

そして、明久が準備運動していると

 

「はい。皆さん、集まってください!」

 

と小早川先生の声が聞こえた

 

どうやら、今来たらしい

 

明久は準備運動を終わらせて、小早川先生の所に向かった

 

そして、小早川先生は部員達に指示を出すと、明久に対して

 

「明久君は、今日はタイムを計りましょうか」

 

と言った

 

「今どの位出来るか分かっておくのも、大切ですから」

 

小早川先生がそう言うと、明久は頷いてから

 

「わかりました! 僕は大丈夫です!」

 

と言った

 

明久の言葉を聞いて、小早川先生は頷いてから悠に視線を向けて

 

「悠さんはタイムの計測をお願いしますね」

 

と言った

 

「はい、わかりました。静歌くん、手伝ってくれるかな?」

 

「はい!」

 

小早川先生の頼みを聞いて悠は頷くと、静歌に補助を頼んだ

 

その頃、久住は更衣室に駆け込んでいた

 

「ああー……もう始まってるよね、急がないと」

 

久住はそう言うと、手近なロッカーを開けて着替え始めた

 

久住が遅れた理由は、星令会での書類の量がダントツに多かったからである

 

悠も同じ位の量だったが、悠は手際良く片付けて一足先に部活動へと向かったのである

 

久住も急いで片付けると会室から出て、周囲に人が居ないのを確認してからダッシュ(本人にとっては全速力)で来たのである

 

そして久住は水着に着替えると、自分の大きな胸を見て深々と溜め息を吐いた

 

久住的には、自分の大きな胸が苦手であった

 

服や下着を選ぶのも面倒になり、なによりも外に出た際に向けられる男性のイヤらしい視線が嫌いだった

 

だが、今はさして気にしていなかった

 

なぜならば、思いっきり明久を抱き締められるからである(明久としては、窒息の危機)

 

明久を抱き締めると幸せな気分になれるし、何よりも明久も気にしている様子だからである

 

そう思うだけで、久住は笑みがこぼれた

 

そして、着替えた制服を見苦しくないように簡単に畳んでからしまってから

 

「それじゃあ、行きましょうか」

 

と呟くと、プールの方へと向かった

 

 



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限界とランニングと再びのお風呂パニック!

「プッハ! ……どうですか?」

 

プールサイドにタッチした明久が問い掛けると、ストップウォッチを見ていた静歌が

 

「2分10秒07です」

 

と告げた

 

それを聞いて、悠は用紙に書いてから

 

「落ちてるね。一番良いタイムを記録しておくよ」

 

と明久に言った

 

すると、明久は悔しそうに歯噛みして

 

「もう一回! もう一回だけお願いします!」

 

と言うが、悠は首を振って

 

「ダメだよ、明久くん。無理は禁物だ」

 

と忠告した

 

「ですが……」

 

明久が躊躇っていると、小早川先生が近づいてきて

 

「そうですよ、明久くん。今無理して、回復に影響が出たら本末転倒です」

 

と諭した

 

それを聞いて、明久は数秒間沈黙してから溜め息を吐いて

 

「分かりました。上がります……」

 

と言うと、プールサイドに上がった

 

その直後、明久は立ちくらみがして足元がフラついた

 

「あ……れ……?」

 

「明久くん!」

 

「明久さん!」

 

明久がフラついたことに気づいて、悠と静歌が近寄ろうとしたが、それより早く一人の少女が明久を支えた

 

「もう……無理しちゃダメだよ? アキくん!」

 

「くす姉……」

 

明久を支えたのは、遅れてやってきた久住だった

 

「アキくんは昔から、結構無茶するからね。少し強引にでも休ませないと」

 

久住はそう言うと、近寄ってきた悠と一緒に明久を支えてベンチに座らせた

 

「静歌ちゃん、アキくんの監視お願いね? 見てないと、また泳ごうとするから」

 

「はい! お任せください!」

 

久住と静歌の会話を聞くと、明久は渋面を浮かべて

 

「僕って、そこまで信用ないかな?」

 

と首を傾げた

 

すると、久住は憤然とした態度で

 

「そもそも、リハビリをすることになった理由はなんだったの? 静歌ちゃんと悠を庇って、車に引かれたからでしょ? アキくんは昔から、誰かを助けるためなら躊躇わないのは知ってるけどね、少しは自分を大事にしてほしいの。わかった?」

 

と諭した

 

久住の言葉は事実であり、明久は昔、小さかった久住が変質者に攫われそうになった時、重傷を負いながらも久住を助けたことがあったのだ

 

その後久住は、ベッドに横になっていた明久に対して、何時間も謝り続けたのだ

 

だから、事故の際にも本当は一目散に明久の下へと行きたかった

 

だが、星令会の会長として私情で動いてはいけないと自制し、なんとか耐えたのだ

 

だから、今回のように明久が無理をしようとしたのは、久住にとっては予想出来たことなのだ

 

「了解……」

 

明久が頷くと、久住は満足そうにしてから

 

「それじゃあ、私も活動しようかな」

 

と言いながら、準備体操を始めた

 

「溺れないでねぇ~」

 

明久がそう言うと、久住は顔を真っ赤にしながら

 

「溺れないよ!」

 

と反論したが、悠はクスクスと笑いながら

 

「大丈夫。溺れたら、僕が助けるから」

 

と言った

 

そんなことを言った悠を久住が顔を真っ赤にしながら叩くが、悠は意に介さず笑い続けていた

 

そして約二時間後、季節もあって外は真っ暗になった時間に、水泳部は活動を終えた

 

鍵を返すために、悠が残るので、明久達も残り、他の部員達は先に帰らせた

 

そして鍵の返却を終えて、明久達も寮へと戻っていると、以前静歌に案内された公園に差し掛かった

 

その時、悠が

 

「それじゃあ、僕は走るね」

 

と言うと、慣れた感じで自分が持っていたボストンバックを久住に手渡した

 

すると、視線を明久に向けて

 

「明久君、一緒に走るかい?」

 

と問い掛けてきた

 

悠の問い掛けを聞いて、明久は数秒間考えると

 

「走ります……静歌ちゃん、コレ、お願いね」

 

と悠と同じように、静歌にボストンバックを渡した

 

「はい、お気をつけて」

 

「転ばないようにね~!」

 

静歌と久住に見送られて、明久と悠は走り出した

 

そして、少しすると

 

「この公園は結構静かでね。ランニングには最適なんだ。変化が欲しければ、外側のコースを走ると、起伏が有っていいよ」

 

と悠が走りながら、明久に説明した

 

「なるほど……本当に、リハビリにはもってこいですね」

 

悠の説明を聞いて明久が頷くと、悠が

 

「だけど……明久君は足が速いね! 僕も結構足は速い方なんだけど」

 

と言うと、明久は苦笑いを浮かべて

 

「いやいや……悠さんだって、速いじゃないですか!」

 

と言うと、悠はニヤリと笑って

 

「それじゃあ、更にスピードを上げるよ!」

 

と言うと、更に速度を上げて駆け出した

 

「待ってくださいよ!」

 

明久はそう言うと、すぐに悠の隣に付いた

 

「ハハッ! 本当に明久君は凄いや! 僕、結構本気なんだけどな!」

 

「追い付くのでギリギリですよ! まったく、僕達って、スポーツバカですね!」

 

明久の言葉を聞いて、悠は笑うと

 

「本当だね!」

 

と言った

 

そして数分後、明久達が寮の前に到着すると、久住と静歌が待っていた

 

「お疲れさま」

 

「明久さん、スポーツドリンクとタオルです」

 

明久と悠が到着すると、二人はそれぞれ持っていたスポーツドリンクとタオルを手渡した

 

二人は息を荒くしながら、無言で受け取った

 

そして、息を整えた悠が嬉しそうに

 

「久住、明久君は凄いね。僕の結構本気の速度追い付いたよ」

 

と語った

 

すると、久住と静歌は驚きの表情を浮かべて

 

「本当!? 悠って、陸上部の選手よりも速いのに!」

 

「流石は明久さんです!」

 

と言った

 

すると、ようやく呼吸を整えた明久が手を振りながら

 

「いやいや……結構ギリギリだったからね……というか、悠さん、そんなに速かったんだ……」

 

と言った

 

この後、明久達は夕食を食べ終わると、部屋に戻った

 

そして、入浴時間

 

「あー……ランニングしたからか、疲れたなぁ……」

 

明久はそう言いながら、大浴場へと向かっていた

 

そして、手早く脱いで入った時だった

 

「え……明久?」

 

という、聞き覚えのある声が聞こえた

 

「ファッ……?」

 

意味不明な声を出しながら、明久は声のした方に顔を向けた

 

そこにはなぜか、雅と巴の姿があった

 

「ええっ!? なんで、雅ちゃんと巴ちゃんが居るの!?」

 

明久が慌てて問い掛けると、雅は顔を赤らめながら

 

「それを言うなら、明久がなんで大浴場に……?」

 

と問い返した

 

雅の質問の意図が分からず、明久は首を傾げながら

 

「いや、今の時間は僕の入浴時間になってるんだよ? 僕が編入してくる前日に、手紙が来てたでしょ?」

 

と言うと、雅は少し考える素振りをしてから

 

「ああ……あの手紙はそういう内容だったのね……失敗したわ。読まないで机に置いたままだし、今までシャワーで済ましてたから、知らなかったわ」と言った

 

すると、明久は納得した様子で

 

「ああ……最近、仕事が多かったもんね」

 

と頷いてから、視線を巴に向けて

 

「巴ちゃんも知らなかったの?」

 

と問い掛けた

 

すると、巴は頷いて

 

「はい。そもそも、下級生は大浴場には入れない規則になってるんです」

 

と説明した

 

「え? そうなんだ……じゃあ巴ちゃんが入ってるのは、もしかしてコンダクトだから?」

 

明久がそう言うと、巴は手を叩いて

 

「先輩、お見事です! コンダクトなら入浴の手伝いっていう名目で、一緒に入れるんです」

 

と説明した

 

「なるほど……それじゃあ、お二人はごゆっくりと」

 

明久はそう言うと、身を翻して出ようとした

 

「どうして?」

 

「いや、だって二人が入ってるのに、僕が入る訳にはいかないでしょ?」

 

雅が不思議そうに問い掛けると、明久は普通にそう返した

 

すると、雅は

 

「何言ってるのよ。今は明久の入浴時間なんでしょう? 知らないで入った私達に非があるわ」

 

「でも……」

 

雅の言葉に納得いかないのか、明久は躊躇っていた

 

すると、雅が駄目押しにと

 

「巴はどうかしら?」

 

と巴に振ると、巴は笑顔で

 

「私は気にしませんよ? 結構最近まで、弟達と一緒に入ってましたし」

 

と言った

 

それがトドメになったのか、明久は数秒間考えると

 

「わかった……其処まで言われたら、無碍には出来ないね」

 

と言うと、体を洗い始めた

 

そして、一通り洗い終わると

 

「それじゃあ、失礼します……」

 

と断ってから、湯船に浸かった

 

そして、なるべく雅と巴の方を見ないようにした

 

なお、見た目では平然としている雅だが、心中では慌てていた

 

(どうしよう……こんな近距離で男の人に裸同然を見られるなんて、初めて……お父様にすらないのに……でも、何でだろう……嫌じゃない……)

 

雅はそこまで考えると、薄目を開けて明久を見た

 

明久は必死に顔を逸らしているが、耳が真っ赤になっているのが分かった

 

どうやら、緊張しているらしい

 

そんな明久を見て、雅は微笑みを浮かべて

 

(相手が明久だから……かしら?)

 

と思ったのだった

 

 



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兆候

翌日、明久は二回目の特別授業の教師役をやっていた

 

「というわけで、今回はインスタント食品の授業です。ですが、その前に……」

 

明久はそう言うと、スタスタと一人の少女の前に立って

 

「どうして、くす姉が居るのさ?」

 

と明久が問い掛けると、久住はニコニコと笑みを浮かべて

 

「んー? 会長として、キチンと出来てるのか確認しに来たの」

 

と告げた

 

すると、小早川先生が苦笑いを浮かべながら

 

「それが、今回はキチンと手続きを行って来てるんです……」

 

と明久に一枚の紙を見せた

 

明久はそれを見て、深々と溜め息を吐いてから

 

「それならいいけどさ……悠さんに迷惑掛けないようにね……」

 

と忠告してから、教師役に専念した

 

そして、授業が始まったのだが、この街に住んでいる彼女達がインスタント食品を知っている訳がない

 

ましてや、この街にインスタント食品すら無かった

 

その事を小早川先生に相談したら、外部に居るという友人に頼み、大量のインスタント食品を送ってもらったのだ

 

明久はそれを使って授業を始めたが、あちらこちらで

 

「これをどうすればいいのかしら?」

 

「これで合ってますか?」

 

等々、明久は引っ張りだこであった

 

そして、静歌がインスタントラーメンを作っているのを見つけると明久は近づいて

 

「インスタントラーメンは栄養のバランスが悪いから、卵を入れたりしてバランスを整えたほうがいいよ」

 

と言うと、手早く野菜を切って入れた

 

「えっと、後は卵を……」

 

と明久が卵を探していると、横から

 

「はい、卵」

 

と久住から手渡された

 

「あ、ありがとう。くす姉」

 

明久が久住から卵を受け取ったら、一人の少女が冷や汗を流しながら

 

「あ、明久さん……その卵は……」

 

「ん、なに?」

 

明久は少女の方に顔を向けながら、卵を机にぶつけた

 

次の瞬間、卵はボン! と音を立てて破裂した

 

「……おい?」

 

明久が久住に顔を向けると、久住は御満悦な表情を浮かべて

 

「どうどう? 卵をどの位電子レンジで暖めたら、今みたいに破裂するか分かったの!」

 

と言った

 

次の瞬間、明久はどこからともなくハリセンを取り出して久住を思いっ切り叩いた

 

「あ痛ー!?」

 

「何食材を無駄使いしてるのさ!? 作った人に申し訳ないと思わないの!?」

 

明久は一料理人として、久住がやったことを許せなかったようである

 

「後何個作ったの! 全部出す!」

 

「ひにゃー!?」

 

明久は久住を思いっ切り揺らしながら、尋問した

 

その光景を、一人の少女が憎々しげに見ていた

 

翌日、明久は朝から公園で走り込みをしていた

 

なお、静歌は家から呼び出しの電話が来たらしく、実家に行った

 

(悠さんの言った通りだ……外側は起伏に富んでて、走り込みには丁度いいや……)

 

と明久が走っていると、前方に人影が現れて

 

「お待ちなさい!」

 

と制止してきた

 

明久は怪訝な表情を浮かべながらも、ゆっくりと足を止めた

 

「何かな?」

 

明久が問い掛けると、現れた少女は腰に手を当てて

 

「あなた、久住会長のなんなんですの?」

 

と明久に問い掛けてきた

 

「くす姉は僕の従姉だけど、君は誰さ?」

 

明久が問い掛けるが、少女は無視して

 

「あなたが久住会長の何者かは知りませんが、いい気にならないでください!」

 

と言うと、身を翻して去っていった

 

「なんだったんだ、今の……?」

 

明久は唸りながら首を傾げるが、気を取り直して走り込みを再開した

 

そして翌日

 

明久は部活でリハビリしながら、先日出会った少女の事を静歌に話した

 

すると、静歌は悲しそうな表情を浮かべて

 

「そんな……そんな事を言う人が居るなんて……」

 

と言うと、明久は首を傾げながら

 

「まあ、ああいう人が居るのは分かるけど、誰だったんだ?」

 

と言うと、悠が近寄ってきて

 

「それは(うるは)君だね」

 

と言った

 

「麗?」

 

「そう。フルネームは北条麗(ほうじょううるは)。明久君が言った髪型や口調なら、間違いないね」

 

悠はそう言うと、少し困ったような表情を浮かべて

 

「彼女は風紀委員会の代表を勤めていてね、久住を信奉してる子なんだ……ただ、それが理由で昔、問題を起こしてね……最近は大人しかったんだけど……」

 

と言った

 

それを聞いて、明久は内心で

 

(また、面倒なことになりそう……)

 

と溜め息を吐いた



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事件と内偵依頼

翌日、明久は普通に授業を乗り越えて、何時ものようにリハビリに臨んでいた

 

最近になって、明久は普段の水泳部の活動時間が終わっても限界ギリギリまで残ってリハビリするようになっていた

 

なおその際は、久住、悠、小早川先生の誰かが必ず残って、明久が無理しないように監視するようにしている

 

そして、今日は久住が残って監視していた

 

「アキくん! そろそろ時間だよ!」

 

時計を見ていた久住がそう言うと、ちょうどタッチして立った明久が

 

「わかった! 今上がる!」

 

と返事をして、ハシゴの方に進んだ

 

久住はそれを見て、座っていたベンチから立ち上がった

 

何時もだったらそのまま待っている所だが、今日の明久はかなり飛ばしていたので、心配になったのだ

 

そして明久がプールサイドに上がり、一歩前に踏み出した時だった

 

「あ……」

 

足に力が入らなかったのか、明久は膝がカクリとなって倒れそうになった

 

「やっぱり!」

 

久住の懸念通りで、久住は明久を支えようと両手を広げだ

 

だが、明久の方が身長が高く、しかも久住も大きく一歩前に足を踏み出していたので支えきれず、久住と明久は一緒に倒れた

 

「っ……くす姉、大丈夫?」

 

「う、うん……アキ君は、大丈」

 

明久からの問い掛けに答え、久住が大丈夫かどうかを明久に問い掛けようとした

 

その時だった

 

「キャアァァァ!?」

 

という悲鳴が聞こえて、明久と久住は視線を悲鳴の聞こえた方に向けた

 

二人が視線を向けた先、つまり更衣室のドアの所に、あの麗が居た

 

「吉井明久! あなたはやはり、そういう輩なのですね!?」

 

確かに、端から見たら、今の状況は明久が久住を押し倒したように見えるだろう

 

麗が誤解していると思い、なんとか立ち上がった久住は

 

「待って、麗ちゃん! これは違うの!」

 

と言うが、麗は聞かずに

 

「やはり、あなたがこの学園に居るのは間違いですわ!」

 

と言うと、ドアを開けて出ていった

 

「待って、麗ちゃん!」

 

出ていった麗を久住が追い掛けたが、追いつけないだろう

 

なにせ、久住は運動音痴なのだから

 

「面倒な事が起きそうだ……」

 

これから起きるだろう事態を考えると、明久は頭を抱えた

 

◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇

 

翌日明久達が登校すると、校門の所に麗が立っていた

 

そして明久に気付くと、持っていた鞄の中から一枚の紙を出して

 

「待っていましたわ。吉井明久! あなたに勧告します!」

 

と言いながら、その紙を掲げた

 

その紙には《吉井明久追放署名》

 

と書かれてあった

 

それを見て、それまで気まずそうな表情を浮かべていた久住が一歩前に出て

 

「麗ちゃん……お願いだから話を聞いて……あれは事故なの!」

 

と釈明するが、麗は久住の方に手の平を掲げて

 

「わかっていますわ、久住会長。久住会長は、その男に口止めされているのでしょう? ですから、風紀委員会代表たる私が、その男に正義の鉄槌を下しますわ!」

 

と言い放つと、それまで黙って事態を見ていた悠が前に出て

 

「麗君、どういうことか、説明してくれないかい?」

 

と麗に説明を求めた

 

すると麗は、昨日のことを悠に話した

 

説明を聞き終わると、悠は数瞬してから

 

「明久君、どういうことだい? 本当にそういうことが目的だったのかい?」

 

と言いながら、明久に詰め寄った

 

すると、久住が慌てた様子で

 

「待って、悠! それは違う!」

 

と言うが、悠は目も暮れずに

 

「明久君、どうなんだい?」

 

と、明久の襟首を掴んだ

 

明久はそんな悠に一瞬驚くが、悠とアイコンタクトで

 

(明久君、合わせて)

 

(了解)

 

と手早く会話すると、首を傾げながら

 

「その子の話が本当だったら、どうするんですか?」

 

と問い掛けた

 

「アキ君!?」

 

「明久さん!?」

 

明久の言葉を聞いて久住は驚き、それまでオロオロしていた静歌も驚いた

 

巴もオロオロしているが、雅は感づいたのか落ち着いていた

 

明久の言葉を聞くと、悠は手を離して

 

「もしそうだったら、僕は許せない……だから、明久君……」

 

そこまで言うと、今度は明久を指差して

 

「僕と勝負しよう」

 

と宣言した

 

「勝負?」

 

「そう……水泳のフリースタイルで勝負するんだ……もし僕が勝ったら、明久君には出ていってもらう」

 

明久が首を傾げると、悠はそう説明した

 

「悠!」

 

許せなかったのか、久住が声を張り上げるが、明久が久住の肩に手を置いて

 

「分かりました、悠さん……その勝負、受けます」

 

と受諾した

 

「アキ君! 何言ってるの!?」

 

「明久さん!?」

 

「明久先輩!?」

 

明久が受諾したのが信じられなかったのか、久住達は驚愕した

 

「わかった……それじゃあ、勝負は三日後の放課後。場所は屋内プールだ」

 

悠がそう言ったタイミングで、騒ぎに気付いたらしい教師達が駆けつけた

 

その後、教師達により女子達は教室に向かったが、明久と小早川先生の判断で、明久は寮に戻って、勝負の日まで自室待機することにした

 

その日の放課後、明久はもちろん自室に居て、明久の部屋の中には悠以外のメンバーが全員揃っていた

 

悠は朝のこともあり、勝負の相手である明久の部屋に来る訳にはいかなかった

 

だが、明久達は話し合っていた

 

「え!? 演技だったの!?」

 

『うん、そうだよ』

 

パソコンの画面越しに悠と明久の会話の真相を聞いて、久住達は驚いていた

 

『いくら何でも、麗の準備は早過ぎる』

 

「あ、それは僕も思いました」

 

ここ、聖エトワール女学院では、寮の各部屋毎にパソコンが設置されていて、更にそのパソコンには映像ボイスチャットがインストールされていた

 

そして、今明久達が話し合っているのは、水泳部のグループチャットだった

 

これは水泳部だけでなく、各部活や委員会毎に存在している

 

そして、もちろんのことだが、そのグループチャットには、許可された者以外は入れないのだ

 

それはもちろん、《星令会や風紀委員会の会員だろうが、例外ではない》

 

『昨日事故が起きたというのに、今朝には明久君の追放署名を出すなんて、有り得ない。しかも、風紀委員会全員の署名まで集めるなんて……』

 

「ええ、僕も思いました」

 

悠の言葉に明久が頷くと、水泳部の少女達が

 

『ああ、やっぱりそうなんですね』

 

『明久さんが、そんなことするわけ無いですよね』

 

『というか、悠さん。明久さんと勝負したいだけなのでは?』

 

と口々に言うと、悠が宥めてから

 

『それで、明久君の所に雅君は居るかい?』

 

と明久に問い掛けた

 

「ここに居ます」

 

悠に呼ばれて、雅はパソコンの前に立った

 

すると、悠は真剣な表情を浮かべて

 

『聡明な雅君なんだ。僕の言いたいことは分かるよね?』

 

と言った

 

すると、雅は悠然と微笑みながら

 

「わかってます。内偵ですね?」

 

と悠に問い掛けた

 

『その通りだ。お願いしていいかい?』

 

「わかりました。任せて下さい」

 

「私も頑張ります!」

 

悠の頼みを聞いて、雅と巴は頷いた

 

『今回の件、間違いなく裏があるはずだ……三日後にしたのは、麗君に言い逃れ出来ないようにするために、スピード勝負にしたんだ』

 

「なるほど……」

 

「麗が違反してる可能性があるからね?」

 

悠の説明を聞いて、明久は納得し、久住は自身の考えを口にした

 

『その通りだ。だから、雅君、巴君、頼んだよ?』

 

「ええ」

 

「お任せ下さい!」

 

改めて悠が頼むと、二人は笑みを浮かべながら頷いた

 

『それじゃあ、この話は絶対に口外しないようにね?』

 

「「「「「はい!」」」」」

 

『『『『『わかりました!』』』』』

 

悠の言葉を聞いて、明久達は全員揃って頷いた

 

そして三日後、運命は決まる……



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試合の日

三日後、屋内プールにはエトワール女学院の全生徒が集まっていた

 

そして、全員の注目はもちろん、明久と悠に集まっていた

 

『只今より、吉井明久さんと桐島悠先輩による、水泳メドレー勝負を行います! 司会は私、放送部の新井祥子がお送りします!』

 

と元気の良い放送がされているが、明久と悠は黙々と準備運動をしていた

 

すると、悠の傍に居た麗が明久に近づき

 

「吉井明久! 今日であなたはこのエトワールから去ることになるわ、せいぜい最後の時を楽しみなさい!」

 

と勝ち誇った様子で言うが、明久は黙々と準備運動を続けていた

 

すると、麗はコメカミに青筋を浮かべて

 

「ちょっと、聞いてますの!?」

 

と怒鳴ると、明久はキョトンとした表情で

 

「あ、なんか言った?」

 

と首を傾げた

 

実を言うと、明久には何かしらに集中すると、周りの音が聞こえないという欠点があった

 

明久としても直したいが、如何ともし難い

 

「こ、この……っ!」

 

麗が怒りで顔を真っ赤にしながら、続けて言おうとしたら悠が麗の肩に手を置いて

 

「麗、それ以上の侮辱的発言は、星令会副会長として見過ごせないよ」

 

と語気を強くしながら、断言した

 

すると、麗は悔しそうに口を噤むと

 

「わかりましたわ……ふんっ!」

 

と去った

 

悠はそれを溜め息混じりに見送ると、視線を明久に向けて

 

「大丈夫だよ、明久君。明久君は絶対に、僕たちが助けるから」

 

と言うと、右手を差し出して

 

「だから、全力で勝負しよう」

 

と言った

 

すると、明久は頷いて

 

「こんな形ですが、お互いに全力を尽くしましょう」

 

と言いながら、悠と握手した

 

そして、悠は意識を内偵しているだろう雅と巴に向けて

 

(頼むよ……雅君、巴君……)

 

と祈った

 

その頃、雅と巴は

 

「なかなか見つからないわね……巴、そっちはどうかしら?」

 

「まだ見つからないです、お姉さま……」

 

風紀委員会の会室で、机の上や引き出しの中の書類を調べていた

 

悠は麗が何かしらの違反をしていると考えて、先生にも内緒で風紀委員会の会室の鍵を雅に渡していた

 

そして雅は、その渡された鍵を使って風紀委員会会室に侵入

 

悠に頼まれた通り、麗の不正の証拠を探していた

 

しかし中々見つからず、探す場所を変えようかと考えていた

 

その時だった

 

「っ! お姉さま!」

 

と巴が雅を呼んだ

 

「どうしたの?」

 

「これが捨ててありました」

 

雅が問い掛けると、巴はクシャクシャになっていた一枚の紙を雅に手渡した

 

その紙には

 

《トイレの使用マナー悪化に伴う、見回りの強化について》

 

という題名が書いてあり、更には麗を始めとする風紀委員会全員の署名すらあった

 

(風紀委員会全員の署名があるということは、れっきとした議事録の筈……なんで、捨ててあるの?)

 

と雅が首を傾げていると、悠から預かっていたファイルを開いた巴が

 

「お姉さま! これ!」

 

ともう一枚の紙を掲げた

 

「それは?」

 

「悠先輩から預かった、件の紙です!」

 

雅はその紙を受け取ると、二枚を見比べた

 

そして、何かに気づいたのか、その二枚を照明に掲げながら、重ねた

 

すると、風紀委員会全員の署名がピタリと重なった

 

「完全に一緒……しかも、これは!?」

 

雅はクシャクシャの紙の裏を見て、あることに気づいた

 

その紙の裏には、僅かながらに黒い跡が付いていたのだ

 

「巴! もう一回ゴミ箱を探して! 多分、アレがある筈よ!」

 

と雅が言うと、巴はもう一回ゴミ箱を探し始めた

 

すると、巴は軽く目を見開いて

 

「お姉さま!」

 

とソレを掲げた

 

ソレはまさしく、雅が目論んだ通りの物で、証拠もクッキリと残っていた

 

雅は笑みを浮かべて頷くと

 

「行くわよ!」

 

「はい!」

 

巴と共に、風紀委員会会室から駆け出した

 

不正を正すために

 

何よりも、明久のために



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始まり、祈り

メドレーの内容は、適当です
ごめんなさい


『これより、吉井明久さんと桐島悠様の水泳メドレー勝負を開始します! 第一コース、吉井明久さん!』

 

放送部の子が呼ぶと明久が上がり、それに合わせるように歓声が上がった

 

その歓声を聞いて、不愉快だったらしく麗がしかめっ面を浮かべた

 

しかし、すぐに優越感に浸った顔を浮かべた

 

彼女とて、悠の実力を知っている

 

そして、明久は怪我から復帰したばかりで、まだ完調ではない

 

そんな悠と明久とでは天と地ほどの差があり、そもそも完調だとしても明久が勝てるわけがない

 

麗はそう思っていた

 

だが、それはとんだ思い違いである

 

ここ、聖エトワール女学院水泳部のエースは、間違いなく悠である

 

そして大会前、小早川先生が明久を要注意人物として名を挙げた

 

それは、《悠ですら勝てるか分からない相手》としてである

 

だから、《完調だっで明久と悠が勝負したら、どっちが勝つか分からない》のである

 

しかし、今の明久はまだリハビリが終わっていない

 

だから、勝てるかどうかは分からない

 

『第二コース、桐島悠様!』

 

放送部の子が悠の名前を呼ぶと、明久の時と遜色ない歓声が上がった

 

しかし、悠はその歓声に意を介さず、飛び込み台に登った

 

そして二人が飛び込み台に登ると、スターター役の小早川先生が近寄り

 

「位置について!」

 

と言いながら、右手に持ったピストルを上げて

 

「よーい!」

 

と告げた直後、引き金を引いた

 

パーンという音がした瞬間、明久と悠の二人はほぼ同時に飛び込んだ

 

そして、勝負は始まった

 

最初の数Mは潜水で進み、クロールから始まった

 

その勝負を、久住は両手を胸元で合わせながら見守っていた

 

(お願い……無事に終わって……!)

 

この戦い、久住は自身に責任が有ると思っていた

 

(私がちゃんと支えられたら、こんな事にはならなかったのに……)

 

久住はそう思うだけで、自分の胸が締め付けられる思いだった

 

(もし今回の試合で、アキ君になにかあって、それが理由でアキ君の復帰が絶望的になったら……私のせいだ……)

 

久住はそう思うと、両手に額を付けて真摯に願った

 

何事もなく終わってほしいと

 

試合が始まって、数十秒

 

明久と悠は接戦を繰り広げていた

 

最初のターンを終えて、クロールからバタフライへと変わった

 

最初のクロールでは、大した差は無かった

 

だが、やはり男だからか

 

バタフライでは、ほんの僅かに明久が前に出た

 

(流石だね、明久君……侮ってたわけじゃない……だと言うのに、君は僕の予想の上を行く!)

 

悠は前を泳いでいる明久を見て、素直に賞賛した

 

今日の悠は、コンディションは絶好調

 

意気とて、大会の時となんら遜色はない

 

それにこんな形とはいえ、明久と戦うのは望んでいた

 

だから、今の悠は今までのベストタイムを抜く勢いで泳いでいた

 

だが、今の明久はそれを超えて速く泳いでいる

 

だが、悠の得意な泳ぎは平泳ぎである

 

悠はそこで、明久を抜くつもりだった

 

だから、そこまで食らいつく

 

悠はそう意気込むと、強く水を掻いた

 

(ああ……凄いや……自分でも分かる位に、体が軽い……)

 

始まってから泳ぎ続けていた明久は、そう思いながらもさらに水を掻いた

 

それだけで、自分でも驚くほどに前に進んだ

 

(今なら、自己新記録に届きそうだ……)

 

明久はそう思うと、指が壁に触れたので、一気にターンして背泳ぎに移った

 

これで、半分終了

 

残り半分

 

平泳ぎと自由形

 

その二つで勝負は決まる

 

悠が勝つか

 

明久が勝つか

 

それは、勝負が付くまで分からない



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起死回生の一手

背泳ぎも終わり、明久と悠は平泳ぎに入った

 

最初は、明久がリードしていた

 

だが、グイグイと悠が追い上げて、あっという間に並んだ

 

そこからは平行に進み、観客席に座っていた女子生徒達は興奮していた

 

エトワールでも屈指のスポーツ選手である悠と、互角に泳げている明久に、女子生徒達は興奮していたのだ

 

だが、それを面白くないといった表情で見ていた生徒が居た

 

他でもない、麗である

 

そして、麗の背後に居る風紀委員会のメンバー達は、緊張した様子で所在なさげに立っていた

 

その表情はどこか、やましい所が有るようにすら見える

 

そして、泳いでいる悠は隣で並行して泳いでいる明久を見て、心中で興奮していた

 

(明久君……君は本当に凄いな! 僕の本気に付いて来るなんて……!)

 

悠はそう思いながら、一切手足を休ませずに、全力で動かし続けた

 

抜けそうで抜けない

 

まさにデッドヒート

 

二人の泳ぎはそのまま進み、いよいよ最終ターンに入った

 

最後は自由型となり、クロールである

 

最早、両方の実力が試される

 

ターンの時点で、二人は完全に平行していた

 

この時悠は気づいていなかったが、この時点で悠は新記録に差し掛かっていた

 

(行くよ、明久君!)

 

(行きます、悠さん!)

 

奇しくも、この時二人は同じ事を考えていた

 

どのような試合結果になろうとも、全力を尽くす

 

だから二人は、全力で両手両足を動かした

 

そして、十数秒後

 

「プッハ!」

 

先にタッチしたのは、悠だった

 

プールサイドにタッチした悠は、隣のレーンに明久の姿が無いことに気づくと、後ろに振り向いた

 

そして、明久はプールの中間辺りでバシャバシャと大きな水しぶきを上げていた

 

それは最早、泳ぎとは言えなかった

 

ただただ、手足を動かしているだけ

 

手は水を効率的に掻いておらず、足は水を蹴っていない

 

つまり、溺れていた

 

その光景を見て、明久のタイムを計っていた静歌がストップウォッチを取り落としながら

 

「明久さん!」

 

と、制服姿だというのに飛び込もうとした

 

だが、その静歌の肩を上がった悠が掴んで

 

「ダメだ、静歌君」

 

と引き止めた

 

「悠さん! どうして!?」

 

「今はまだ、時じゃない……っ!」

 

静歌が声を荒げると、悠はそう言いながら唇を噛んだ

 

しかも、静歌の肩を掴んでいるのとは逆の手を強く握り締めて、爪が掌に食い込んで血が垂れていた

 

そこから静歌は、悠も本当は助けたいと分かった

 

だが、《何か》を待っているのだ

 

そして悠が見ていたのは、溺れてる明久を見て、絶望している様子の久住だった

 

「あ、ああ……」

 

溺れてる明久を見て、久住は絶望感に襲われた

 

「私の……せいで……アキ君の夢を……壊しちゃった……」

 

久住はそう言いながら、激しく自分を責めていた

 

なぜ、あの時に耐えられなかったのか

 

耐えられたら、今回の試合は起きなくて、明久はゆっくりとリハビリに専念出来てた筈なのに……

 

そう思うだけで、久住は激しく後悔した

 

そして、溺れている明久を見て気づいた

 

明久はまだ、必死に前に進もうとしていることに

 

溺れているのだったら、普通は真上に手を動かす

 

だが、明久は前に手を伸ばしていた

 

ただただ愚直に、全身全霊で

 

「まだ、諦めてないんだ……アキ君……」

 

久住はそう言いながら、ゆっくりと立ち上がった

 

明久はまだ、最後まで諦めずに前に進もうとしている

 

だったら、今の自分に出来ることは?

 

今の事態を、解決する方法は?

 

久住はそこまで考えると、キッと前に視線を向けて……

 

(前に……進まなきゃ……!)

 

明久は足に激痛が走っているのを必死に堪えて、水を掻いていた

 

悠がとっくにゴールしたのは、僅かに見えた景色で分かっている

 

だが、それでも明久は最後まで泳ごうとしていた

 

負けていてもいい

 

みっともなくてもいい

 

悪あがきでもいい

 

悠と約束したから

 

全力を尽くしましょうと

 

だから、明久は少しずつでも前に進むために手足を動かし続けた

 

だがその時だった

 

(まずっ!? 水が口の中に!?)

 

明久の口の中に、水が流れ込んできた

 

それにより、一気にパニック状態に陥り、体が空気を求めた

 

だが体に力が入らず、少しずつ体が水に沈み始めた

 

それでも明久は必死に体を水面まで持ち上げようとしたが、とうとう力が入らなくなり

 

(ヤバい……意識が……)

 

明久の意識が遠のき始めた

 

視界が徐々に暗くなり、体から力が抜けて沈んでいった

 

(此処までか……)

 

そう思いながら、明久が意識を手放しかけた

 

まさにその時だった

 

「アキ君!」

 

という声が聞こえて、明久の体が水中から持ち上げられた

 

「ガハッ! ゲホッ!!」

 

「アキ君! 大丈夫!? しっかり!!」

 

溺れていた明久を支えたのは、制服姿のまま飛び込んできた久住だった

 

そしてこの状況こそが、悠の待ち望んでいた状況だった

 

《襲われた筈の久住が、襲った犯人の筈の明久を助ける》ことが

 

悠はかなり高確率で、明久が溺れることを予想していた

 

それを見越して、この作戦を立案した時、悠は

 

(この作戦で明久君のリハビリが伸びたら、全力でサポートしよう)

 

と考えていた

 

更には

 

(もし、選手としての復帰が絶望的になったら、僕が責任を取ろう)

 

とも考えていた

 

そして、久住が明久を一生懸命支えてるのを見て、悠も動いた

 

近くに居た水泳部員に目配せして、一緒にプールに飛び込んで、久住と明久を支えた

 

そして、プールサイドまで運ぶと、水泳部員と協力して二人をプールサイドに上げた

 

そして、一連の光景を見て周囲からは

 

「久住様が……あの男を助けた?」

 

「襲われた筈……ですわよね?」

 

「襲われた人が、襲った犯人を助けるかしら?」

 

「そもそも、久住様は泳げなかった筈……」

 

という声が挙がり始めた

 

それらの声を聞いて、麗は歯をギリッと鳴らした

 

その時、ドアがバンと勢い良く開いて

 

「悠さん! お待たせしました!」

 

「遅れてすいません!」

 

と雅と巴が現れた

 

二人が現れると、悠は明久をベンチに座らせてから

 

「雅君、巴君……頼んだのは見つかったかい?」

 

と問い掛けた

 

すると、二人は頷いてから

 

「ええ、見つけてきました」

 

「これが、その証拠です!」

 

と高々と、ソレを掲げた



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断罪と結果

雅が掲げたのは、二枚の紙だった

 

一枚は、三日前に麗が明久に突きつけた《吉井明久追放署名》

 

そしてもう一枚が、雅と巴の二人が風紀委員会会室で見つけた議事録の紙だ

 

それを見て麗は、目を見開き

 

「このっ!」

 

と雅に向かって飛びかかった

 

だが、雅はスルリと避けて

 

「ンフフ~♪ ダメよぉ? ゴミ箱に捨てた位で安心しちゃ。せめて、シュレッダーに掛けないと」

 

と言いながら、二枚の紙をヒラヒラと揺らすと、悠に差し出した

 

悠はタオルで手早く水気を拭くと、その二枚の紙を受け取った

 

そして、その二枚を見比べると

 

「こっちはこの前のやつで、こっちは……議事録だね」

 

と雅に視線を向けた

 

「はい……その二枚の署名部分を見比べて下さい」

 

雅がそう言うと、悠は再度二枚の紙に視線を向けた

 

そして、数秒後に片眉を上げて

 

「これは……名前の並びが一緒だな」

 

と呟いた

 

その時、水泳部員にタオルを掛けられた久住が近寄って、紙を覗き込んで

 

「あっ……この二枚、順番だけじゃない。筆跡が完全に同じ!」

 

と言った

 

すると、静歌と水泳部員に支えられて近寄ってきた明久が

 

「くす姉、よく分かるね?」

 

と問い掛けた

 

すると、久住はエッヘンと胸を張って

 

「毎日毎日、膨大な量の書類と睨めっこしてると、自然と分かるようになるの♪」

 

と答えた

 

そして、二枚の紙を指差して

 

「しかも、その二枚は字の書き方とかも全く一緒。普通だったら有り得ないよ」

 

と指摘した

 

普通、同じ字を繰り返し書いたとしても、どうしても少しは違いが出る物である

 

例えば、線の長さが違ったり、跳ねの角度や幅が違ったりする

 

だが、その二枚に関しては、完全に同じだった

 

それは、二枚を重ねて明かりに透かしても分かった

 

久住の指摘を聞いて、雅は頷いてから

 

「それを可能にしたのは……これです!」

 

と言いながら、ファイルの中からソレを取り出した

 

雅が取り出したのは、一枚の黒い紙だった

 

悠はそれを見ると、目を細めながら

 

「それは……カーボン用紙?」

 

と首を傾げた

 

カーボン用紙

 

それは、それ単体では意味を成さない

 

だが、それを挟むように二枚の紙を重ねて、上側の紙に文字を書くと、下の紙に全く同じ字を写すことが出来るのだ

 

今では、その機能が直接付加された書類が主流ではあるが、カーボン用紙も一部では根強く使われている

 

それは、詐欺等である

 

一部の詐欺師は、アンケートと偽って名前を書かせて、その下にある契約書等に名前を写させるという手口を使う

 

麗がやったのは、正にそれである

 

議事録の下にカーボン用紙と追放署名を重ねておき、他の風紀委員会の少女達に書かせたのである

 

これは立派な、公文書偽造だ

 

「麗……どういうことかな?」

 

悠が二枚の紙とカーボン用紙を掲げながら問い掛けると、麗は唇を噛んだ

 

その直後、麗の後ろに立っていた他の風紀委員会の少女達は俯いて

 

「すいません、麗様!」

 

「これ以上は無理です!」

 

「耐えきれません!」

 

と口々に言いながら、麗の傍を離れた

 

「あなた達!!」

 

それを見て麗が諫めるように口調を荒げたが、少女達は止まらずに、悠の背後に立った

 

悠はそれを無視して、紙をヒラヒラとさせながら

 

「麗、どういうことか説明してくれるかい?」

 

先ほどよりも語気を強めて問い掛けると、麗はスカートをギュッと握り締めて俯いた

 

それを見て、悠は大きく深呼吸してから

 

「答えろ、麗!」

 

と語気を荒げた

 

それが珍しかったらしく、久住は目を見開いている

 

久住の記憶では、悠は確かに男言葉である

 

だが、悠が怒る現場はなかなか見たことは無い

 

あったとしても、意外に懇々と言うタイプだ

 

だから、悠がこれほどまでに語気を荒げたのは、初めて見た

 

悠の怒声を聞いて、麗は俯いたまま呟くように

 

「許せなかったんです……」

 

と語り出した

 

「あの男のせいで、久住様は変わってしまった……それが許せなくって、あの男を排除すれば、久住様が元に戻ると思ったんです……」

 

麗がそう言うと、悠は麗を睨み付けたまま

 

「だからと言って、今回はやり過ぎだ。証拠の偽装に公文書偽造……いくら何でも、度を越している。前々から、多々問題だったが……」

 

麗の話を聞いて、悠はそう言いながら首を振った

 

実を言うと、この麗

 

以前から久住に近付いてきた生徒に対して、執拗に風紀委員会の強権を発動させて追い込んでいたのだ

 

しかし、そのほとんどは途中で悠か久住が気付いて止められることが出来た

 

だが中には、麗の行動が理由で不登校になった生徒すら居るのだ

 

星令会や職員会議でも度々議題に上がったが、麗の成績の良さや風紀委員会委員長としての実績も有って、今までは不問となってしまっていた

 

だが、今回は明らかに度を越していた

 

「風紀委員会委員長、北条麗。星令会副会長、桐島悠が君に処分を言い渡す……」

 

悠が其処まで言った時、久住が一歩前に出て

 

「待って、悠。それは私が言うから」

 

と悠を引き止めた

 

「久住……」

 

「任せて、悠」

 

短くやり取りをすると、悠は久住に譲った

 

そして、久住は麗を見ながら真剣な表情で

 

「風紀委員会委員長、北条麗。星令会会長、苧島久住が処分を言い渡します」

 

と告げた

 

それを聞いて、麗は無言で頷いた

 

「まず、風紀委員会から執行権と発言権の無期限の剥奪。風紀委員会は校則違反者を見つけた時等は、その都度に星令会か教職員に判断を仰いで下さい」

 

と言いながら、指を一本立てた

 

それに対して麗は何の反応もしなかったが、久住はそのまま二本目を立てながら

 

「次に、麗の風紀委員会委員長としての役職を剥奪します。これは、度重なる越権行為を見越してです。そして最後に」

 

久住はそう言いながら、悠が持っていた紙を一枚取って

 

「風紀委員会全員で、これを実施して貰います」

 

と麗に向けた

 

それは、風紀委員会会室で見つけた

 

《トイレの使用マナー悪化悪化に伴う、見回りの強化について》

 

という議事録だった

 

久住はその紙を軽く指で叩いてから

 

「この紙に書いてある見回りに、簡易的でいいので、清掃もやること。期間は1ヶ月で、毎日報告を悠に行うこと」

 

と言った

 

それを聞いて、悠は久住をジト目で見ながら

 

「さり気なく人に押し付けたね?」

 

と呟いた

 

それを聞いて、明久は苦笑いを浮かべて

 

「押し付けましたね」

 

と同意した

 

久住は二人の言葉を聞き流して、紙を麗に渡しながら

 

「これにて、今回の件は終わりとします! なお、当然のことながら、吉井明久君の追放は無効とします!」

 

と宣言した

 

こうして、追放騒動は幕を降ろしたのだった

 

なお、明久の足は多少ダメージを負っていたが、二三日の安静で済んだ

 

そして、悠の記録は最高新記録だったらしく、過去の記録を大幅に超えていたようだ

 

これに関して、悠は

 

「本当に、明久君は凄いね」

 

と語った



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出場競技

遅くなって、すまない
今月は、筆が進まないんだ


「体育祭、かあ……」

 

と呟いたのは、プールで小早川先生から説明を聞いた明久である

 

これから約二週間後、エトワールで体育祭が行われるという話だった

 

それにより、これから二週間は体育祭の準備や練習を最優先にし、部活動は休止することが決まった

 

それを聞いて、明久はどうしようか考えた

 

正式名称は、育身祭

 

それが、エトワールによる体育祭の名前だ

 

そして翌日、クラスで配られた紙を見ながら、明久は雅と静歌の二人を交えて話し合っていた

 

ただし、その競技内容が一般とはかけ離れていた

 

「えっと……ダンスにバレエ、新体操にフィギュアスケート……いや、出るわけにはいかないし、無理だからね?」

 

明久はプリントに書かれている競技内容を見て、思わず机にうつ伏せになった

 

そして、顔だけ上げると

 

「もっと普通の競技はないの……」

 

と呟いた

 

すると、雅が苦笑いを浮かべながら

 

「あると思う? あっても、簡単には出られないわよ」

 

「デスヨネー……」

 

雅の言葉を聞いて、明久はうなだれた

 

そして、さあどうしようか。と明久は本気で悩んだ

 

なお、体育会系の明久としては、サボるという発想はない

 

だが、今回は本気でどうしようかと、明久は悩んでいた

 

この時明久は気づいていなかったが、考えてみれば、明久は競技に出れない可能性が非常に高い

 

なにせ、明久はリハビリする為にエトワールに来ているのだ

 

それだと言うのに、競技に出てリハビリに支障が出たら、本末転倒もいいとこである

 

明久達はそれに気付かず、非常に悩んだ

 

しかし、それも仕方ないだろう

 

プリントにはキッチリと、全在校生参加(交換留学生含む)という文章があるのだ

 

そして、唸っていた明久はふと気になって

 

「そういえば、静歌ちゃんは何に出るの?」

 

と静歌に問いかけた

 

すると、静歌ははにかみながら

 

「えっと……私は乗馬です」

 

と答えた

 

「乗馬!?」

 

静歌の答えに驚愕し、明久は視線をプリントに向けた

 

すると、確かにかなり下の方に《乗馬》という、競技が書かれてあった

 

「私、運動があんまり得意では無いんですが、乗馬は昔、お父様に習ったので、得意なんです」

 

静歌が得意気にそう言うと、明久は感心したように頷いて

 

「乗馬かぁ……凄いなぁ……」

 

と呟くと、静歌が馬に乗っている姿を想像して

 

「うん……よく似合ってると思うよ?」

 

と言った

 

すると、静歌は顔を赤くして

 

「あ、ありがとうございます。明久さんもどうですか?」

 

と問いかけた

 

だが、明久は首を振って

 

「お誘いは嬉しいけど、やめとくよ。乗馬は難しいって聞くし、たった二週間足らずでちゃんと乗れるようになるとは思えないしね」

 

と断った

 

すると、雅が同意するように頷いて

 

「そうよね。私も乗ったことあるけど、振り落とされないようにするのが大変だったわ」

 

と言った

 

すると、静歌がハッとした様子で

 

「そ、そうでした。考えてみたら、明久さんは乗馬したことないんですよね。すいませんでした」

 

と謝罪した

 

そんな静歌の頭を、明久は優しく撫でながら

 

「ううん……大丈夫だよ。まあ、また誘ってね?」

 

と言った

 

「はい!」

 

明久の言葉を聞いて、静歌は嬉しそうに頷いた

 

静歌の返事を聞いて、明久は競技選びに頭を戻した

 

すると、雅が意地の悪い笑みを浮かべて

 

「明久、バトントワリングとかどうかしら?」

 

とかなり下の方を指差した

 

だが、明久はいやいやと手を振って

 

「それも僕は素人だから、男だから、何よりも団体競技だから」

 

と言った

 

すると、雅はすっとぼけた様子で

 

「あら本当。私としたことが、見逃してたわ」

 

と言った

 

その雅の言葉に、明久は深々と溜め息を吐いた

 

そして、ゆっくりと探していると一つだけ明久が出来る競技があった

 

それを見て、明久は頷いてから

 

「決めた。僕、テニスにするよ」

 

と言った

 

すると、雅が驚いた様子で

 

「え? なんでテニスなのよ。他にも、こんなに競技があるのに」

 

と言った

 

「消去法だよ。僕がルールを知ってるの、テニスだけなんだよ」

 

明久がそう言うと、雅はあーと声を漏らしてから

 

「それもそうね……」

 

と言った

 

明久はなぜ、雅がそんな反応するのか考えた

 

そして、思い出した

 

「あ、そっか! 雅ちゃん、テニス部だったっけ!?」

 

それを知ったのは、ほんの偶然だった

 

それは、数日前の日曜日

 

明久が早朝ランニングをしていた時だった

 

明久があの公園の外周を走っていると、元気な声と共にボールを叩く音が聞こえた

 

それが気になり、明久はその音が聞こえた方に向かった

 

すると、雅と巴を含めたテニス部が練習をしていたのだ

 

なお、そのテニスコートは四面ある見事なテニスコートで、間には柵もあったから、一気に複数の試合が可能だろう

 

そして、雅はキリッとした表情で指導していた

 

どうやら、かなりのカリスマ性を有しているのかもしれない

 

「そうよ。もしかしたら、明久と戦うことになるかもしれないわね」

 

雅が優雅な笑みを浮かべながらそう言うと、明久は肩を竦めて

 

「お手柔らかにお願いね」

 

と言った

 

すると、雅はふふっと笑い

 

「まあ、明久と当たるとは限らないけどね」

 

と言った

 

こうして、出場競技が決まったのだった



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コンダクト契約

本当にスランプだなぁ…………
全然書けない…………


その日の昼食後、明久達は教室へと戻っていた

 

だが、明久は昼食からずっと違和感に苛まれていた

 

メンバーはほぼ何時も通りに、明久、雅、静歌、巴だった(悠と久住は育身祭の準備が忙しいらしい)

 

その昼食時から、明久はずっと違和感を感じていた

 

だが、その違和感の正体が分からずに内心で首を傾げていた

 

すると、ドアの方から

 

「雅さん、お呼びですわよ!」

 

と雅を呼ぶ声が聞こえた

 

視線を向けると、廊下には下級生と思える一人の女子が居た

 

それを見て、雅は立ち上がると

 

「わかったわ」

 

と言って、廊下に出た

 

そして、その女子は緊急した様子で何か言うと、深々と頭を下げて、雅が何かを言うと、嬉しそうにして帰っていった

 

それを見た明久が

 

「ねえ、静歌ちゃん。あれってなんなの?」

 

と静歌に問い掛けた

 

すると静歌は、声を潜めて

 

「あれは、コンダクトのお願いです」

 

と言った

 

「コンダクト? でも、雅ちゃんは巴ちゃんとコンダクトを結んでるよね?」

 

明久がそう問いかけると、静歌は首を振って

 

「実は今の期間、育身祭まではそのコンダクトの契約更新期間なんです」

 

と説明した

 

「契約更新期間?」

 

「はい。一年に一度、コンダクトの契約更新期間が設けられているんです。その契約更新期間でコンダクトを切ることや、変更することが可能なんです」

 

「なるほどね……あ、それでか……」

 

静歌の説明を聞いて、明久はようやく違和感の正体に気付いた

 

それは昼食時、巴が雅の手伝いをしていなかったのだ

 

「まあ、大体の人は同じ子で契約を更新するんですが、雅ちゃんはいつも必ず、一度コンダクトを解除するんです。雅ちゃん、公平性を重視するんで……」

 

静歌の説明を聞いてから、明久は視線を廊下に向けた

 

すると、複数の女子が雅の前で列を作っていた

 

そして、公平性を重視するという言葉に納得した

 

雅は結構ハッキリした性格なので、ズルズルと関係が続くのを嫌がるのだろう

 

しかも、結構カリスマ性も高く感じる

 

それ故に、下級生から慕われているのだろう

 

「なるほどね……ん? そういえば、静歌ちゃんには来ないね……?」

 

と明久が問いかけると、静歌は恥ずかしいのかパタパタと手を振って

 

「そんな。私なんて、選ばれるほどでは……」

 

と言いかけたが、その時

 

「静歌は遠慮されてるのよ。高嶺の花ってね」

 

と雅の声が聞こえた

 

明久と静歌が視線を向けると、そこには話し終えたらしい雅の姿があった

 

「あ、雅ちゃん!」

 

「遠慮されてるって、どういうこと?」

 

明久が問いかけると、雅は椅子に座ってから

 

「ほら、静歌ってこの容姿に性格。それに東方院ってブランドでしょう? だから、みんな遠慮しちゃうらしいのよ。余りにも高嶺の花って」

 

雅の説明を聞いて、明久は納得したように頷いてから

 

「なるほどね……静歌ちゃんも美少女だもんね……」

 

と呟いた

 

すると、静歌は恥ずかしそうに俯いた

 

ちなみに、久住と悠も静歌と似たような理由でコンダクトを結んでいないが、裏では更に、女子達が激しく牽制しあっているという……

 

その話を聞いて明久は心中で

 

(人気者も大変なんだな……)

 

と思ったのだった



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巴のこと

待たせた上に短いです
ごめんなさい
筆が進まないんです
本格的に、ピンチ………


その日の夕方、明久は公園を走っていた

 

今は体育祭の準備期間なので、部活は休みである

 

その為に、自主トレをしていたのだ

 

テニスの練習に関しては、久住と悠が待ったが掛かっている

 

理由は、明久は知らない

 

だが、二人の真剣な表情から、明久は素直に従った

 

だからとりあえず、明久は公園を走っていた

 

すると、後方から

 

「あ、明久様よ!」

 

と、少女の声が聞こえた

 

振り向くと、テニスウェア姿の少女達が居た

 

どうやら、練習中らしい

 

「練習?」

 

「はい、そうです!」

 

明久が問い掛けると、少女は頷いた

 

すると

 

「貴女達、いつまでも喋ってるの!」

 

と雅の怒声が響き渡り、少女達は背筋を伸ばして

 

「す、すいません!」

 

と謝罪すると、走り出した

 

「雅ちゃん、やっほ」

 

「お疲れ様、明久」

 

明久が声を掛けると、雅は手を振りながら返事した

 

「テニス部は活動してるの?」

 

「まあ、そうね。全員がテニスに出場するから、そのまま活動してるわね」

 

明久が問い掛けると、雅はそう答えた

 

どうやら、それがテニス部の方針のようだ

 

「そっか…………そういえば、巴ちゃんは?」

 

明久はランニングしているメンバーの中に巴が居ないことに気づいて、雅に問い掛けた

 

すると、雅は渋面を浮かべて

 

「巴なら、コートで準備してるわ」

 

と説明した

 

「準備?」

 

「ええ……あの子、今事実上のマネージャー状態よ」

 

雅の説明を聞いて、明久は顎に手を当てた

 

明久は、巴がスポーツ特待生と聞いていた

 

その巴が、マネージャー状態

 

あまりにも不可解だった

 

すると、雅が

 

「あの子、酷い負け方をしたのよ。それからずっと、マネージャー状態」

 

と辛そうに語った

 

「酷い負け方?」

 

「ええ……コールドゲームよ」

 

雅の言葉を聞いて、明久は息を呑んだ

 

コールドゲーム

 

つまり、一点も取れなかったのだ

 

それは、確かに酷い負け方だ

 

下手したら、二度とコートに立てなくなるだろう

 

そういう意味では、巴はまだマシだろう

 

マネージャー状態とはいえ、コートに立てるのだから

 

「私は、巴にまた選手として立ってほしいわ…………あの子、いい選手なのよ………」

 

そう語っている雅は、かなり真剣な表情だった

 

数秒後、雅は首を振ると

 

「ごめんなさいね。じゃあ、部員達を追いかけるわ」

 

と言って、走り出した

 

明久はそれを見送ると、手を握りしめて

 

「なんとかしてあげたいなぁ…………」

 

と呟いた

 

そして数分後、走り出した

 

二人のことを、を思案しながら

 

そして後に明久は、大きな分岐点を迎えることになる

 

二人の仲を決める、大事な分岐点(ターニングポイント)



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巴の挑戦

待たせたな(蛇並感)


それが起きたのは、もはや恒例となった明久の料理教室の時だった

この日、明久が教えていたのは雅だったのだが、それを無意識なのだろう

巴が手伝っていたのだ

雅は視界の端でそれを見ながら、明久に教わった通りに調理していた

だがその表情は料理しているからだけではなく、かなり考えている様子だった

それを見ていた明久は、内心で

 

(嫌な予感がするなぁ……)

 

と溜め息を吐いた

それから十数分後、明久の危惧は当たった

雅の料理が完成したのだが、それを巴が配膳したのだ

それを見て、雅が腕組みして

 

「巴」

 

と静かに、だが力強く呼んだ

 

「あっ……」

 

巴は雅が呼んだ理由を察して、体を強張らせた

それにより、巴が運んでいた皿が落ちそうになったが、それは明久のファインプレーで回避された

そして、明久が皿を机に置いている間に、雅は巴に近寄り

 

「いい、巴? 貴女はもう、私のコンダクトではないのよ? それなのに、手伝ってどうするの?」

 

と説教を始めた

 

「はい………」

 

雅の説教を受けて、巴は沈んだ様子だった

その状況を見かねて、明久が間に入り

 

「まあまあ、雅ちゃん。巴ちゃんは長い間手伝ってたんだから、条件反射でやっちゃうって」

 

とフォローに入った

すると雅は、片手を上げて明久を止めてから

 

「私が言いたいのはね、それだけじゃないのよ……」

 

と言ってから、キッと巴を見て

 

「巴……あなた、何時まで現状に甘えてるつもりなの?」

 

と問いかけた

 

「…………え?」

 

巴が不思議そうに首を傾げると、雅は一度イスに座っていた久住を見て問い掛けるように首を傾げた

それを見て、久住は辛そうに頷いた

それを見て、雅は巴を指差して

 

「巴……今度の体育祭で優勝しなかったら………退部してもらうわ」

 

と告げた

 

「え!?」

 

雅の言葉を聞いて、巴だけでなく明久や静歌も驚愕した

すると、久住が

 

「実は、他の特待生から苦情が来てるの」

 

と説明を始めた

 

「巴君も特待生なのに、なぜマネージャーとバイトだけなのかとね」

 

久住に続けて、悠もそう言った

他の特待生が苦情を言ってきたのは、巴が元々有名なテニスプレイヤーだったことが挙げられる

明久や静歌は知らなかったが、巴は知る人ぞ知る有名なテニスプレイヤーだったのだ

しかし、巴は入学後にあった学内試合によりコールドゲームに負けて以来、ずっとマネージャー業務しか部活動には参加していなかった

それを知った他の特待生から苦情が殺到

それを受けて、星令会と教師陣はある決定を下した

それは、体育祭のテニスで優勝しなかった場合、巴の退部

更に、場合によっては退学すら示唆されているのだ

 

「巴、どうするの?」

 

雅が問い掛けると、巴は俯いてから

 

「わかりました………今度の大会、優勝してみせます! そしたら雅先輩………私ともう一度、コンダクトを結んでください!」

 

と告げた

それを聞いて、雅は目を見開いた

巴がしたのは、交換条件だ

だが、巴の目にあるのは強い意思の光だった

それを見て、雅はニヤリと笑みを浮かべて

 

「わかったわ。巴」

 

と頷いた

すると雅は、久住に視線を向けて

 

「会長。その間、明久をテニス部のマネージャー代わりに借ります」

 

と言った

 

「ええっ!?」

 

雅の言葉に久住は驚いたが、雅は毅然とした態度で

 

「この体育祭は、交換留学生も参加することが義務付けられてます。しかし、明久はリハビリ中の為に、本格的な参加は出来ません。だったら、彼も参加しようと提出したテニスでマネージャー代わりとして参加させます」

 

と告げた

それを聞いて、悠は俯いて

 

「それは名案だね。こちらとしても、賛成だ」

 

と賛同した

すると、久住はしばらく唸ってから

 

「わかりました………星令会会長として、テニス部部長代理、高鷲雅の提案を受け入れます」

 

と言った

しかし、その表情は不承不承といった様子だった

そして、明久へと視線を向けて

 

「明久君も、それでいいですね?」

 

と確認してきた

すると、明久は頷いて

 

「見てるだけにはいかないしね。いいよ」

 

と了承した

すると、雅が

 

「それじゃあ、明久。よろしくね」

 

と微笑んだ

明久もそれに応じるように、握手しながら

 

「よろしくね、雅ちゃん。巴ちゃん」

 

と微笑んだ

こうして、巴と雅の運命の幕が上がった



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巴の練習

お待たせしました!
少ない………
フグウ………


料理教室の翌日から、巴は練習を始めた

そこで巴の腕を見て、明久は驚愕していた

確かに、雅や悠から巴が優れたテニスプレイヤーだと言うのは聞いていた

しかし、聞くのと見るのとでは大きな違いがある

 

「凄い………」

 

実際、明久は目の前の光景に驚愕して固まっていた

なぜならば、巴は練習試合でなんと二人相手に善戦していたのだ

相手は雅曰く、今年入部したばかりの一年生二人だ

その二人相手に、巴は押していた

明らかに、巴の実力が頭一つ飛び抜けていた

 

(マネージャーでよかったかも……)

 

明久はそう思いながらも、胸を撫で下ろした

なお、他の部員に聞いたところ、雅と巴の二人が、今のテニス部の実質トッププレイヤーらしい

では、そんな巴に誰が勝ったのか

それは、引退した三年生

先代の部長らしい

先代部長は、全国大会で優勝を果たした選手らしい

なんでも、既に有名な運動系の大学に進むのが決まっており、悠々自適な学生生活を謳歌しているとか

しかし、悠から聞いた話では、その三年生もテニスに出場するらしい

もしかしたら、当たるかもしれない

もし巴が当たったら、まともに対戦出来ない可能性がある

明久はそれが気掛かりだった

すると、巴と二人の対戦が終わったらしく、ネット越しに互いに頭を下げていた

それを見て、明久はスポーツドリンクとタオルを持って

 

「巴ちゃん。お疲れ様」

 

と巴に手渡した

 

「あ、ありがとうございます。先輩!」

 

巴はタオルで汗を拭きながら、スポーツドリンクを飲み始めた

なお、スポーツドリンクは温めである

暖まった体に急激に冷たい飲み物を飲むと体が驚き、とても負担が大きいのだ

下手すれば、命に関わる場合すら有り得るのだ

これは、スポーツに関わる選手ならば常識である

巴はスポーツドリンクをある程度飲むと、点数表を見て

 

「やっぱり、鈍ってるなあ……」

 

と呟いた

 

「あれで、鈍ってるの……?」

 

二対一で勝ったというのに、鈍ってる発言をした巴を明久は、驚愕の目で見た

すると巴は、得点表を見ながら

 

「昔の私なら、後三点は差を開けた筈なんです……やはり、約半年は大きかったみたいですね……」

 

と言った

それを聞いて、明久はテニス部が活動毎に付けるという日誌を開き、四月頃のページを見た

そして、ある日付のページには

 

『噂には聞いていたが、凄いプレイヤー! あの子は確実に、世界にも通用するレベルになる!』

 

と興奮した様子で、文章が書かれてあった

名前を見たら、三年光組、金田彩乃と書いてある

恐らくは、その金田彩乃というのが、件の先代部長なのだろう

文章から察するに、以前から巴のことを知っていたようで、期待しているのが分かった

しかし、翌日のページには

 

『しまった……やり過ぎてしまったみたい……コールドゲームで勝ってしまった……もしかしたら、巴ちゃん、テニス部から去るかもしれない……』

 

という、後悔している旨が書かれてあった

どうやらこれが、巴がテニスコートに立った最後らしい

更に翌日のページには、去らなかったことを喜びつつ、巴からテニスプレイヤーとしての自信を奪ったことを後悔していることが記されていた

それからしばらくの間、巴に復帰するように促していることが書かれていたが、芳しくなかったらしい

そして、夏の大会で優勝後に引退したようだ

その最後には

 

『せめてもう一度だけ、巴ちゃんと試合がしたかったな』

 

と書かれてあった

どうやら、巴が二度とテニスコートに立たないと予想したらしい

しかし今目の前には、巴がラケットを持って練習しているのが見える

もし、その光景を先代部長が見たら、喜んだに違いない

それに、もしかしたら体育祭で当たるかもしれない

巴の目標は優勝だ

優勝するためには、その先代部長に当たっても勝たないといけない

明久はそれまで、巴をサポートしようと決めた

もちろんのこと、無理をさせないように

そして、時間は過ぎていく………



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始まる大会

中途半端ですが、更新なり


育身祭、当日

テニスコートの一角に、厳正なくじ引きの下でトーナメント表が作成、発表された

 

「これは………」

 

「なんともはや……」

 

発表されたトーナメント表を見て、巴と明久は茫然とした

なんと、巴と雅はトーナメント表の端と端

つまり、決勝戦で当たる

だが、巴にとっては雅よりも気になる名前があった

それは、金田彩乃だった

位置は真ん中辺りで、巴と彩乃の二人が順当に勝ち上がっていけば、準決勝で戦うことになる

巴にとっては、因縁の相手だ

しかし、負けたら巴に未来はない

だから、負けられない

負けるわけにはいかない

巴は気迫に満ちた目で、トーナメント表を見ていた

それを見た明久は、心中で

 

(なにも起きなければいいけど……)

 

と心配していた

そして、運命のテニス大会が始まった

 

◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇

 

「ゲームセット! 勝者、日秀巴!」

 

第一試合、巴はストレート勝ちした

相手は二年生のテニス部員で、夏の大会ではそれなりの記録を有するプレイヤーらしい

しかし、その二年生に巴はダブルスコアで勝利した

そして、試合が終わった二人は握手をしながら

 

「噂に聞いた通り、凄まじいプレイヤーね。巴は」

 

「ありがとうございます、先輩」

 

と会話していた

試合を見ていた明久は、巴がスイッチプレイヤーだったことに驚いていた

スイッチプレイヤー

それは、両手で試合が出来るプレイヤーのことを指す

巴自身は右利きだが、左手でも鋭い玉が打てたのだ

両手で打てるというのは、かなり大きい

右手では打てなくても、左手に持ちかえれば打てる

さらには、両手で打つことにより片手で打つよりも負担が軽減出きる

ただし、基本はやはり右手になるので、トラブルが起きた時は明久の対応が鍵になる

そしてもちろんだが、巴が勝ち抜いたならば雅とあの金田彩乃の二人も勝ち抜いていた

二人とも、相手にストレート勝ちだ

どうやら、現と元を含めてこの三人がテニス部の最高峰プレイヤーらしい

その後、何のトラブルもなく巴、彩乃、雅の三人は順当に勝ち上がっていった

そして、準決勝

巴の相手はやはり、あの金田彩乃だった

明久からの印象としては、かなり活発なお嬢様という印象だった

髪は肩辺りまで伸ばしたのを、後頭部で一纏めにしており、今まで見たお嬢様達の中では日焼けもしている

雅曰く

 

『かなり蓮っ葉な人ね、彩乃先輩は……性質的には、巴や明久に近いわね』

 

とのことだ

しかし、気さくな性格と面倒見がよく、更には腕もかなり立つことから、久住、悠と続く人気者らしい

しかも、このお嬢様学校にしては珍しく、外部に恋人が居るとのこと

 

閑話休題(話を戻して)

 

「どんな理由であっても、また貴女とプレイ出きるなんてね……嬉しいよ、巴」

 

「どうやら、永らくお待たせしたみたいですね………彩乃先輩」

 

二人はネットを間に挟んで握手しながら、互いの顔を真剣な表情で見ていた

そして、握手を終えると離れた

最初のサーブは巴から始まった

 

◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇

 

第二試合が終わり、結果は一対一で同点

第三試合に持ち越された

しかしこの時、巴はトラブルに見舞われていた

第二試合の最後辺りで、巴は前に出過ぎてボールを打った際にラケットでネットを強打

その時は試合を続行したのだが、第二試合が終わった今

念のためにリストバンドを外したら、右手首が真っ赤になっていた

 

「巴ちゃん………これは………」

 

明久は言外に、試合を辞退すべきだという表情で巴を見た

しかし、巴は首を振って

 

「先輩、テーピングをお願いします……」

 

と言った

 

「巴ちゃん………」

 

「今ここで諦めたら、私はずっと後悔します………それは嫌なんです………だから、お願いします」

 

巴の真剣な表情に、明久は巴は絶対に諦めないと悟った

だから明久は、自分に出きることをした

スプレーをして、ハードテーピング

そして、リストバンドをつけ直した

はっきり言って、明久がやっているのはその場しのぎでしかないだろう

本来だったら、試合を棄権してスポーツトレーナーの所できちんとした処置を受けるべきである

しかし、明久としても巴を応援したい

今のままというのは、明久としても嫌だから

 

(やっぱり、何時ものメンバーで、前みたいに居たいからね……)

 

だから明久は、最善を尽くすことにした

悔いの無いように、全てが丸く収まってほしいから……



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準決勝戦

さて、そろそろアンケートをするかな


準決勝戦第三試合が始まってから、数十分経過

試合は巴の気迫もあり、巴の優勢に進んでいた

しかし、明久は気付いていた

本来だったら、右腕で打つべき場面で巴は左腕で打っていた

痛みが、大分強くなっているのだろう

だから明久は、タイムアウトを取って右手首の処置をしていた

 

(これは、酷いな……)

 

明久は処置しながら、内心でそう思った

もはや右手首は真っ赤に腫れており、見るだけで痛々しい

本当だったら、今すぐ棄権して病院に行かせるべきだろう

しかし、巴はそれを望んでいない

明久としては止めたいが、それに反して止めたくないとも思っている

二律背反

矛盾した思い

それは、明久が一番分かっている

今ここで止めたら、ずっと後悔すると確信していた

だから止めない

故に明久は、自分に出来る処置を全てした

スプレーで冷やし、剥がれかけていた湿布を新しいのに交換し、その上から右手首を固定するように固くテーピングした

そして、最後にリストバンドを優しく着けた

 

「巴ちゃん。分かってると思うけど、僕のはアマチュアの付け焼き刃だ。あんまり右手は使わないようにね?」

 

「はい。ありがとうございます」

 

明久の言葉に巴は頷きながら返すと、ラケットを持って立ち上がった

点数から見て、これが最後のタイムアウトだろう

これ以降明久に出来るのは、巴の無事を祈るだけだった

 

◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇

 

「ゲームセット! 勝者、日秀巴!」

 

十数分に渡る接戦の結果、巴が押し勝った

明久から見たら、どっちが勝ってもおかしくなかった

観客もかなり興奮したらしく、拍手喝采だった

そして二人は、コートから出て会話していた

 

「流石ね、巴。予想以上の腕前だったわ」

 

「彩乃先輩こそ、流石の腕でした。流石は、女子シングルス優勝者です」

 

二人はそう会話しながら、握手した

その瞬間

ほんの一瞬だったが、巴の顔が歪んだ

その表情の変化に、明久は気付いた

その直後、彩乃が巴を抱き締めた

明久はそれが予想外だったので驚いたが、数瞬後に巴が目を見開いた

そして、彩乃は離れると巴の頭を優しく撫でてからコートを去った

彩乃が去って少ししてから、巴もテニスコートから出た

そして、明久は巴と合流するとすぐに処置を始めた

今は少しでも処置し、右手首の痛みを少しでも和らげることが重要だった

そして幸いと言うべきか、巴と彩乃の準決勝が長かったので決勝まで予定よりも長い時間休憩時間が設けられることになった

だから明久は、巴を人気の無い所に連れていって処置を始めた

幸いなのだろう

今の明久は、テニス部の仮マネージャーみたいなものである

故に、明久が巴を連れていることになんら問題点は無いし、肩からバッグを掛けているのも問題は無かった

そして明久は、処置しながら

 

「巴ちゃん。さっきなんかあった?」

 

と巴に問い掛けた

 

「え?」

 

「さっき、彩乃先輩に抱き付かれた後に、なんか驚いてたでしょ?」

 

明久がそう再び問い掛けると、巴はああと納得した様子で

 

「それがですね。『無理しないでね』って言われたんですよ」

 

と答えた

それを聞いて、明久は

 

「それって……気付かれてたってこと?」

 

と巴に視線を向けた

 

「はい……彩乃先輩はあれで、結構気配り上手ですし、観察力も高いですからね」

 

「なるほどね……っと」

 

巴の説明を聞いて、明久は納得しながらも処置を終えた

そして、ゆっくりと動かしてる巴に視線を合わせて

 

「巴ちゃん。これだけは約束して……決勝戦が終わったら、絶対に正規の治療を受けてね?」

 

と真剣な表情を浮かべながら、そう言った

それを聞いて、巴は頷きながら

 

「はい、わかってます……絶対に、勝って終わらせます!」

 

と宣言した

そして約一時間後、決勝戦の時間になった

決勝戦の相手は、雅だ

雅と巴は、ネット越しに握手しながら

 

「悔いの無いようにしましょう」

 

「そうですね。全力で、最後まで競いましょう」

 

と言って、離れた

ここに、二人の運命を決める試合が始まる



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決勝戦、終結。そして

そろそろ、共通ルートも終わりです


決勝戦、巴と雅は向かい合っていた

時刻は夕方に差し掛かっており、少し肌寒い位だ

しかし、それは巴と雅には関係なかった

むしろ、二人にはちょうどいい位だった

その証拠に、二人の体から白い煙

蒸気が登っていた

 

「巴……この時を待っていたわ」

 

「お姉さま……」

 

二人は短く会話すると、握手を交わした

そして、試合は始まった

サーブ権は、巴からとなった

巴はボールを高く投げると、体を大きく反らしてボールを打った

巴が打ったボールは、今までよりも早く飛翔した

それに雅は食い付き、打ち返した

しかし、その表情は苦々しいものだった

 

(ボールが、重い!)

 

巴の打球が、雅の予想を遥かに越えて重かったのだ

雅は何とか打ち返したものの、ボールは緩く上がってしまっていた

そして、そのチャンスを巴は見逃さなかった

 

「ふっ!」

 

短い呼気と共に、巴は思い切りラケットを振るった

それにより、ボールは雅の横を通り過ぎた

最初の点は、巴が取った

これは、明久と巴の作戦だった

はっきり言って、巴の手首は限界に近かった

だから、短期決戦

短い試合時間で、勝利しようと

第一試合はそれが功をそうし、巴がストレート勝利した

試合時間は、たった五分足らず

それにより、巴の手首の負担は最小限で済んだ

しかし、第二試合は雅が技巧で食らい付き、ラリーが長期化

巴も頑張ったものの、試合は雅が制した

試合時間は、約二十分近く

明久は時間を貰い、巴の手首の処置を行った

はっきり言って、巴の手首は最悪の一言だった

赤かった手首は紫色に変わり、手首の太さは一回りは太くなっていた

 

(これは……)

 

明久は苦渋の表情を浮かべながら、テキパキと処置をした

この時明久は、巴の手が震えてることに気づいた

顔を見ると、巴の表情は普通だった

しかし、恐らくそれは、痛すぎて感覚が麻痺してるのだろう

本当だったら、今すぐ試合を棄権し適切な処置をするべきだろう

しかしそれは、巴の思いを踏みにじる行為だ

だから明久は、最後まで見守ると決めていた

処置を終えると、巴の肩に優しく手を置いて

 

「巴ちゃん、頑張ってね」

 

と応援した

 

「はい!」

 

巴は立ち上がると、コートに入った

そして、ネット越しに雅と向かい合って

 

「泣いても笑っても、これが最後よ」

 

「ええ……全力で行きます」

 

と短く話した

そして、サーブは巴からだった

 

「ふっ!」

 

巴の打ったボールは、真っ直ぐにコートに突き刺さった

 

◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇

 

試合を激戦となり、共にマッチポイントとなっていた

二人は全身から汗をかき、呼吸も荒かった

誰から見ても、満身創痍

もう、長く続かないのは一目瞭然だった

そして、最後のサーブは巴だった

それを雅は打ち返し、ボールは巴の右側に来た

それを巴は、当然のように右手で打ち返した

巴が打ち返したボールは、雅の左側に来た

雅は素早く追い付くと、バックハンドで打ち返した

それは巴の左側に来て、巴も同じようにバックハンドで打ち返した

それは、まん中辺りに向かい、雅は普通に打ち返した

ボールは巴の右側に飛び、巴は片手で打ち返した

しかし、巴が打ち返したボールは雅の真正面に飛んでしまった

 

「これで!」

 

雅はそう言いながら、ボールを渾身の力で打った

ボールは巴の左側に飛び、誰もが間に合わないと思った

《右手で打つのならば》

そして、巴には切り札があった

前の2セットでは使っていなかった、《左手へのスイッチ》が

巴は前の2セットでは、敢えて使わなかったのだ

そうすることで、巴がスイッチプレイヤーだということを忘れさせるためだ

そして、その策は成功した

雅は巴がスイッチプレイヤーだと忘れていて、打ち返せても前側に落ちるだろうと予測し、前に出ていた

そのタイミングで巴はラケットを左手に持ち替えて、ボールを打つ体勢になった

 

(しまった! やられた!?)

 

雅は己の失策に気付き、後ろに戻ろうとした

だがそれより早く、巴が打ったボールが雅の頭上を越えて、コートに突き刺さった

その直後、審判の試合終了を告げる笛が、鳴り響いた

 

◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇

 

テニス部門は巴が制し、表彰式も恙無く終わった

なお、他のメンバーはと言うと

 

悠、陸上短距離走優勝

静歌、乗馬部門準優勝

 

となっている

久住は、言わずもがな

バトントワリングに出場したが、初戦敗退である

そして、大会終了後、巴は………

 

「はい、これで処置は終わりました……まったく、無茶をする」

 

「す、すいません……」

 

エトワールお抱えの病院にて、処置を受けていた

 

「全治二週間です。その間は、激しい運動は控えてください」

 

「わかりました……」

 

「お大事に」

 

処置が終わり、巴は退室した

そして、廊下で待っていた何時ものメンバーの方に視線を向けたが、首を傾げた

なにせそこでは、明久が廊下に正座していたからだ

 

「明久君……なんで止めなかったんだい?」

 

「いや、あの、最初は止めましたよ? けど、あれですよ? ここで試合を棄権したら、後悔が残ると思いましてね?」

 

どうやら、悠からお説教されているらしい

 

「だからって、無茶をしていいと?」

 

「えっと、あの………すいませんでした」

 

悠のプレッシャーが怖かったのか、明久は深々と土下座した

すると、付いてきていた彩乃が

 

「まあまあ、悠。その位でいいじゃないの」

 

「彩乃君……しかしね」

 

「明久君は、巴ちゃんの意思を尊重したみたいだし。それに、大会が終わったら、すぐに巴ちゃんを医務室まで連れてきてくれたじゃないか」

 

と説得をした

そのタイミングで、巴が

 

「そうです。私が明久先輩に頼んだんです。最後までやらせてほしいって」

 

と言った

それを聞いて、悠は深々とため息を吐き

 

「分かった……そこまで言われたら、僕からは何も言えないね」

 

と言った

そして、巴に視線を向けて

 

「それで、診断結果は?」

 

と問い掛けた

 

「あ、はい。全治二週間だそうです。これ、診断書です」

 

巴はそう言いながら、悠に診断書を手渡した

悠はそれを見て

 

「確かに……だけど、今度無茶したら、本気で怒るからね?」

 

と言った

 

「はい。すいませんでした」

 

巴が謝ると、まだ土下座していた明久に

 

「明久君……何時までしてるつもりだい? 明久君だって、足のリハビリがまだなんだ。今は、負担になる行為は避けるべきだろ?」

 

と言った

それを聞いて、明久は立ち上がった

すると、久住が

 

「それじゃあ、私達は帰りましょうか。雅ちゃんが、巴ちゃんと話したいみたいだし」

 

と言って、明久の腕を掴んだ

その反対側の腕を、静歌が掴んで

 

「行きましょう!」

 

と言って、歩きだした

 

「ねえ、歩けるから。僕、自分で歩けるから!」

 

引きずる二人に明久は抗議するが、二人は無視して明久を引きずり続けた

その後を、悠と彩乃も付いていき、廊下には巴と雅だけになった

すると、二人は向き合って

 

「頑張ったわね、巴」

 

「はい、お姉さま……」

 

と会話を始めた

 

「けど、無茶したわね……手首、大丈夫?」

 

「はい。全治二週間ですが……」

 

巴の言葉を聞いて、雅は巴の頭を撫でた

そして、雅が手を退けると巴は真剣な表情で

 

「お姉さま……約束です。私と、コンダクトを結んでください」

 

と言った

それを聞いて、雅は頷き

 

「約束だものね……それに、今の巴ならいいわ」

 

と言った

こうして、二人はまたコンダクトを結んだのだった

 



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ダンスの相手は

はい、ヒロイン分岐ルートです!


育身祭から時は経ち、12月中旬

 

「っぷは!」

 

「はい、そこまで! 悠さん、タイムは?」

 

「3分35秒です」

 

「明久君、どうですか?」

 

小早川先生が問い掛けると、プールサイドに上がった明久が呼吸を整えて

 

「ほぼ全盛期並ですね」

 

と答えた

すると、記録を記入した静歌が

 

「他の記録も軒並上がって、全盛期に近いのや一部では記録を更新してます!」

 

と興奮した様子だった

この聖エトワールに来てから、途中途中で予想外のトラブルが起きたものの、リハビリは順調に進んだ

その結果、年末になる前にほぼ全盛期までに回復した

これも一重に、支えてくれた皆のおかげだと明久は思った

そして、休憩を挟みながらリハビリ兼練習を続けて

 

「それでは、今日はここまでです!」

 

「ありがとうございました!」

 

練習が終わり、明久は何時ものように全員で帰った

そして、明久の提案で明久が料理を作り食べていた時だった(本日は明久拘りの麻婆豆腐)

 

「え? クリスマスパーティー?」

 

と、明久は首を傾げた

 

「うん! 12月24日の午後6時からやるエトワールの最大イベントだよ」

 

と明久にクリスマスパーティーを教えた人物

久住は説明した

 

「ほうほう……して、なしてそれを僕に教えたの?」

 

と明久が問い掛けると、雅が呆れた様子で

 

「まったく……忘れたの? 明久は来年には元の学園に帰るんでしょう?」

 

と言った

それを聞いて、明久は数秒してから

 

「あ、忘れてた」

 

と左手で右手の平を叩いた

それを聞いて、雅は心底呆れた様子で

 

「おバカなんだから……」

 

と溜め息混じりに呟いた

 

「あ、あはははは……明久先輩は、細かいことは気にしないですからね……」

 

巴が苦笑しながらフォローするが、明久もバカなのは自覚している

そして、明久は苦笑を浮かべながら後頭部をポリポリと掻き

 

「24日なら、まあ大丈夫だね。あ、だから24日は部活も無しなんだ」

 

と取り出した手帳を見た

その手帳の24日の欄には、部活無しの文字が

 

「そ♪ 準備と出席は有志だけなんだけどね」

 

「僕達星令会は参加が義務なんだけどね」

 

久住に続いて、悠がそう説明した

それに明久は、お疲れ様です。と言ってから

 

「クリスマスパーティー……かあ」

 

と呟いた

この時明久は知らなかったが、クリスマスパーティーの最後のダンスを共に踊った二人は永遠に結ばれるというジンクスが有ったのだ

 

◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇

 

そして時は経ち、24日

 

「よっこいしょっと……ふう」

 

明久は部屋で、荷物を纏めていた

エトワールで過ごすのは、今日で最後だった

だから今日、クラスメイト達がお別れ会を開いてくれた

全員が涙ながらにお別れの挨拶をしたり、物品を渡してくれた(相当な高級品なのは間違いないだろう)

それを丁寧に梱包し、ダンボールに仕舞った

持ってきたボストンバッグには私服と制服が仕舞ってあり、追加されているダンボールにはエトワールで買ったり貰った物が入っている

 

「来た時より、荷物が増えたなぁ」

 

明久が感慨深くそう言った時、ノックが聞こえて

 

「はーい」

 

と、明久はドアを開けた

そこに居たのは、小早川先生だった

 

「明久君。頼まれた物、持ってきましたよ」

 

「ありがとうございます、美雪先生」

 

小早川先生が明久に手渡したのは、一着のスーツだった

明久はスーツを受け取りながら

 

「制服でもいいかなと考えたんですが、なんか相応しくないような気がして」

 

と苦笑混じりに言った

すると、小早川先生は微笑みながら

 

「それが正解です。他の皆さんも、着飾りますからね」

 

と言った

それを聞いて、明久が安堵していると

 

「あ、このスーツのお金は大丈夫ですよ。久住さんの親御さんから、全額頂いてますから」

 

と言った

どうやら、明久がポケットから財布を取りだそうとしたのを見ていたようだ

そもそも考えてみれば、一学生である明久に払える金額とも思えない

 

(今度会ったら、お礼言わないとなぁ)

 

明久はそう思いながら、一緒に渡された紙に書かれたサイズを確認していた

すると、小早川先生が

 

「それで、明久君は最後のダンスを誰と踊るんですか?」

 

と明久に問い掛けた

すると、明久が不思議そうに

 

「え? どういう意味ですか?」

 

と首を傾げた

すると、小早川先生が不思議そうに

 

「あら、聞いていませんでしたか? クリスマスパーティーの最後のダンスを共に踊った二人は、永遠に結ばれるというジンクスがあるんですよ?」

 

と告げた

 

「そんなジンクスが有ったんですか………」

 

「まあ、誰を誘うかなんて、明久君が選ぶんですからね。それでは」

 

明久は小早川先生を見送ると、スーツを机の上に置いて

 

「最後のダンスの相手か………」

 

そう呟いた

そんな明久の脳裏に浮かんだのは………




誰を選ぶかは、皆さん次第です!
割烹かメッセでどうぞ!
あ、数字で1~5で選んでネ!


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帰還

ごめんなさい
もう一話だけ、共通ルートにお付き合いください
なお、最初のヒロインは既に決まってます


午後六時

明久はパーティー会場に居た

周囲には、豪華なドレスを着た少女達

はっきり言って、明久は酷い場違い感を感じていた

 

(こんな場所に、一般人たる僕が居ていいのかな……)

 

と明久は思った

その時だった

俄に、会場内がざわめきたった

明久は何だろうと思い、その原因が現れただろう入口の方向を見た

そして、思わず息を飲んだ

そこに居たのは、豪華絢爛なドレスを着た何時ものメンバーだったからだ

何時もとは違うメンバーの姿を見て、明久は固まった

普段着ている制服はまだ学生らしく、自分と同じ未成年なんだと認識しやすい

しかし、今の彼女達は見目麗しく、忘れがちだが、正しくお金持ちの御嬢様だと認識させられる

それほどまでに、今の彼女達は綺麗だった

 

「悠がドレスを着てるの、初めて見たよ!」

 

「そ、そうかな?」

 

「ですね……私が知る限り、去年は男役のスーツでした」

 

「私は去年、仕事で出てなかったから、知らないわね」

 

「私は、今年が初めてですから……でも、よく噂は聞いてましたよ! 悠先輩が男役を引き受けるっていうのは」

 

と何時ものメンバーは、会話しながら入ってきた

どうやら、悠のドレス姿に関してらしい

明久としては、全員似合っているとしか言えない

久住は緑色を基調色に和服の赴きが見えるドレスを着ており、茶道部に所属しているだけあって、よく似合っている

悠は白地に紫色のラインが入ったドレスを着ていて、普段の悠からは予想しづらい清楚な雰囲気である

次に雅は、紫色を基調色にしており、アクセントで赤や青色の装飾が施されたドレスを着ている

やはり仕事で着なれているのか、堂々としている

次に静歌だが、正しくお姫様としか言い様が無かった

白地に薄いピンク色のドレスに、肩に掛けられているストールが静歌の雰囲気に非常に合っている

最後に巴だが、活発な印象に似合うピンク色のドレスを着ている

ただし、ドレスに慣れてないためなのか時々スカートや胸元を弄っていた

そんな彼女達を見て、先に来ていた他の参加者達は黄色い歓声を上げていた

だが、その気持ちは明久にも理解出来た

今の彼女達は、絵本や映画で見る御嬢様そのものだったからだ

そんな彼女達も、どうやら明久に気付いたらしく

 

「あ、アキくーん!」

 

「先に来てたんだね」

 

「お待たせしました」

 

「スーツ姿、似合ってるわよ」

 

「先輩、お待たせしました!」

 

と明久に声を掛けてきた

そこでようやく我に帰り、明久は左手を上げて

 

「や、皆」

 

と短く返した

そして、改めて全員を見てから

 

「うん。皆、よく似合ってるよ」

 

と微笑んだ

明久に褒められたからか、少女達は嬉しそうに微笑んでいる

すると、そのタイミングで音楽が流れ始めた

どうやら、ダンスパーティーが始まったようだ

 

「さてと、誰から踊る?」

 

明久が微笑みを浮かべながら問い掛けると、少女達はジャンケンを始めた

 

◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇

 

「ふぅ……疲れた……」

 

少女達と踊り終った後、明久はテラスに出ていた

今も中からは音楽が聞こえてくる

そして、時計を見た

時計は、もうすぐ午後八時半

つまりは、もうすぐ最後の曲になる

 

「そろそろ、あの子の所に行かないとね……」

 

明久はそう言うと、テラスからホールに戻った

その人物と最後に踊るために

 

◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇

 

時は経ち、新年

その新学期の朝

 

「ヤッホー! 吉井明久、今日を持って復帰でーす!」

 

明久はそう言いながら、水泳部の部室に入った

すると、中で活動誌を書いていたらしい海と女子水泳部から活動誌を持ってきたらしい愛子が

 

「明久!? 帰ってきたのかい!?」

 

「今日からだったの!?」

 

と驚愕の声を上げた

そんな二人に対して、明久は元気に

 

「今日からだよ! リハビリは完璧に終了! 一部は記録更新した位だよ!」

 

と返した

それを聞いて、二人は笑みを浮かべて

 

「うん、それは良かった」

 

「本当!」

 

と言った

その時、チャイムが鳴った

どうやら、予礼らしい

 

「っと、そろそろ校舎に行かないとね」

 

「そうですね」

 

「あ、先生に挨拶しないと」

 

三人はそう言うと、水泳部部室から出て校舎に向かった

そして、教室に着いた

教室に着くと、クラスメイト達からは驚愕された

帰ってきたのかと

そして、歓迎された

それはもう、盛大に

そして、朝のホームルームが終った後だった

 

「……明久、エトワールからの交換留学生が来たようだぞ」

 

とムッツリーニこと、土屋康太が言ってきた

 

「へえ、そうなんだ。志願者出たんだ」

 

康太にはそう返したが、明久は嫌な予感がした

 

(はて……なんか、知り合いが来た予感……)

 

明久はそう思いながらも、トイレに行くために教室から出た

そして、旧校舎側のトイレに向かおうとしたのだが

 

「あれ? 工事中?」

 

「うむ。去年末に老朽化した水道管が破裂したらしくてのう。まだ工事中なのじゃ」

 

というように、工事中だったのだ

なお、今明久にその事を教えてくれたのは、木下秀吉である

双子の弟で、よく女の子に間違わられるのが本人の一番の悩み事である

どうやら、その秀吉もそのトイレから戻ってきたタイミングらしい

 

「仕方ない。新校舎側のトイレに行くか」

 

明久はそう言うと、自分が居る旧校舎から新校舎の方に歩きだした

そして、用をたしてトイレから出た

その時、予想外の人物がそこに居るのを見つけた

 

「なんでさ!?」

 

明久がそう叫ぶと、その人物は振り向いて笑みを浮かべた

そして……



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雅ルート編
来たのは


という訳で、一人目は雅でした!


「なんで居るのさ……雅……」

 

「はぁい♪ 明久」

 

明久が問い掛けると、雅はウィンクしながら手をヒラヒラとさせた

あのダンスパーティーで明久は、雅を最後の相手に選んだ

すると雅は、顔を赤くしながら

 

『明久……貴方、この行為の意味……知ってる?』

 

と問い掛けた

その問い掛けに明久が知ってると答えると、雅は顔を真っ赤にして

 

『なら、私から言うわね……明久……私は、貴方が好きよ』

 

と言った

すると、明久も

 

『僕も、雅が好きです』

 

と答えた

そして、秘密の交際が始まったのだ

だが、明久が文月学園に戻ったので、雅は交換生に立候補したようだ

 

「あ、巴も来てるわよ」

 

「テニス部は大丈夫なのかな……」

 

雅の話を聞いて、明久は思わず呟いた

テニス部の上位実力者二名

しかも、あの育身祭以降は雅が部長

巴は副部長になったので、実質部長と副部長が居なくなっている

 

「あ、それなら大丈夫よ。同学年の子で、信用出来る子が居るから」

 

雅はそう言うと、明久を手招きして

 

「どうせ、今日から部活に参加するんでしょ? 見させてもらうわね」

 

と耳打ちした

それを聞いて、明久は

 

「分かった」

 

と言って、雅と別れてトイレに向かった

なお、トイレから戻った明久に現場を見た同級生がどういう関係なのか聞いてきて、それの言い訳に困ったのは仕方ないだろう

そして、時は経って放課後

 

「本当に来たんだ……」

 

「言ったでしょ? 行くって」

 

「また会いましたね、明久先輩!」

 

更衣室前には、雅と巴の姿があった

なお、巴は明久と同じ街に住んでいるらしい

それを聞いた時、明久が驚愕したのは言うまでもないだろう

 

「仕事は大丈夫なの?」

 

「ああ、それなら大丈夫よ。今月は仕事はマチマチなのよ」

 

明久が問い掛けると、雅は手帳を開いて見せてきた

確かに、仕事という書き込みは四ヶ所ほどしか無い

 

「マネージャーが気を効かせてくれたみたいね。交換生活に慣れるまで、仕事はあまり入れないように」

 

明久が首を傾げてるのに気付いたらしく、雅はそう説明した

 

「元々、私は学生だからね。社長もだけど、学生は学業と遊びが本分。だからこういった機会では、そっちに集中しなさい。ってね」

 

「なるほどね」

 

雅の話に、明久は納得した様子で頷いた

どうやら、いい事務所らしい

ふとその時、明久は周りに居た水泳部仲間達が視線を集中させてきていることに気付いた

 

「どうしたの、皆?」

 

明久が問い掛けると、一人が近付いてきて

 

「な、なあ、明久……その人、本物の高鷲雅なのか?」

 

と、明久に問い掛けた

すると、雅が

 

「ええ、本物よ」

 

と微笑みを浮かべた

その直後、雄叫びが上がって

 

「お、俺! 写真集持ってます! サインお願いします!!」

 

「ほ、本物だあぁぁぁぁぁ!!」

 

と殺到してきた

それに対して雅は、流石はお嬢様アイドルだろう

優雅な微笑みを浮かべながら、見事に対応していった

なお、まともに部活が始まったのは、海が来た30分後だった

そして、部活が終わった後

 

「明久……男子はプールを使わないの?」

 

と雅が問い掛けてきた

その問い掛けは恐らく、男子達が走り込みをしていたからだろう

その問い掛けに、明久は

 

「うん、そうだよ。この学校は古い歴史を持っててね、一部に旧施設が残ってるんだ。僕の教室とか、この屋外プールもね。ただ今は、屋内プールもあるんだけど、そっちは主に女子しか使えないんだよね。屋外プールも、近い内に工事する予定みたいだけど……何時になるやら」

 

と説明した

それを聞いて、雅は腕を組んで

 

「なるほどね……そういえば、この学校って……」

 

と呟き始めた

明久が首を傾げていると、校門に差し掛かり

 

「そういえば、雅はホテルに住んでるの?」

 

と明久が問い掛けると、雅は意味深な笑みを浮かべた

そして

 

「貴方の家よ、明久」

 

と、衝撃的なことを告げた

それを聞いて、明久は暫く固まった

そして、耳を小指でほじってから

 

「雅……なんか、凄いことを聞いた気がしたんだけど……もう一回言ってくれるかな?」

 

と雅に問い掛けた

すると雅は、微笑みながら再び

 

「だから、貴方の家よ。明久♪ 貴方が広い部屋で一人暮らししてるの、知ってるんだから♪」

 

と言った

それを聞いて、明久は思わず

 

「なんでさ……」

 

と呟いた

そして、家に着くと

 

「いつの間にか、荷物があるし……」

 

部屋の中には、段ボールが山積みになっていた

それらは全て、雅の荷物のようだ

 

「流石はお父様。仕事が早いわね」

 

どうやら、雅の親公認らしい

 

「雅のお父さん……それでいいの?」

 

明久はそう言いながらも、荷物を空いてる部屋に運んだ

そして、雅に部屋の説明を始めた

 

「この隣が僕の部屋。そっちの右側がトイレで、左側がお風呂。で、こっちが居間だよ」

 

「一人暮らしにしては、広いほうね」

 

明久の説明を聞いて、雅はそう言った

確かに、一人暮らしにしては広いほうだ

これは、明久の母親

吉井明恵(よしいあきえ)が理由だろう

明恵は明久の夢を応援すると言ったのだ

明久の夢

何時か、水泳で世界を取る

これは、明久の父親

吉井玲慈(よしいれいじ)に起因している

吉井玲慈

旧姓苧島玲慈(おのしまれいじ)

名前で分かる通り、彼が苧島家の一員だった

だが、玲慈は明恵に一目惚れすると家族を説き伏せて結婚した

本来だったら、玲慈が苧島財閥を継ぐ筈だったのにだ

玲慈は運動能力と頭脳に於いて、かなりの能力を有している

だがかなり剛胆な性格で、過去にはかなりヤンチャしたらしい

そんな玲慈が唯一駄目なのが、泳ぐことだった

玲慈はカナヅチらしく、溺れてしまうようだ

明久がそれを知ったのは偶然だが、何時か父親を見返したいと思っていた明久は、水泳で父親を越えることを決意したのだ

そんな明久を応援するために、明恵は伝を頼って部屋を用意

明久の姉

玲から離す策を取ったのだ

吉井玲(よしいあきら)

容姿端麗、頭脳明晰と非の打ち所が無い女性だ

だがたった一つだけ、欠点があった

それは、常識はずれなことだった

明久を異性として愛していると公言し、何回も襲おうとした

これを知ってる明恵は、明久が集中出来るように部屋を用意したのだ

そして念のために、その姉の玲をアメリカのとある大学の研究所の所長助手に推薦しアメリカに行かせた

そして、今に至る

 

「じゃあ、今日から宜しくね? 明久♪」

 

「あはは……うん、宜しく、雅」

 

こうして、二人の同棲生活が始まったのだった

 



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前触れ

短いですが、投稿します


翌日、明久は朝練のために早くに登校した

すると、海が駆け寄ってきて

 

「明久、あれ知ってるか!?」

 

とある方向を指差した

その方向を見ると、屋外プールが工事していた

 

「なにこれ……ん?」

 

その時明久は、その工事の施主の名前を見た

《高鷲グループ》となっていた

すると、僅かに遅れて登校してきた雅が

 

「御父様、本当に仕事が早いわね」

 

と呟いた

明久は雅に視線を向けて

 

「雅、どういうこと?」

 

と問い掛けた

すると、雅は

 

「聞いた話しだと、明久達はこの寒い中で泳ぐこともあるみたいじゃない? でもそれだと、何時か絶対に体調を崩したり、何かしらの事故が起きるわ。だから、プールを屋内型にして、更に温水プールにしてもらうように御父様に頼んだのよ」

 

と説明した

それは事実だった

明久も一年生の時に、寒中水泳を経験している

はっきり言って、満足に体が動かせないのだ

だから、今年は海の方針もあり、寒中水泳はしないことにしていた

例年寒中水泳をしていて、大抵一人か二人は体調を崩す男子が居たのだ

海はそこを重視したのだ

しかし、やはり泳げないのは手痛い

近くには屋内型温水プールも経営しているが、簡単に借りることは出来ない

お金が掛かるのだ

男子水泳部は二年前に大敗してしまい、部費が大きく削減されてしまったことが大きい

それまでは、週一だったが借りられていたらしい

 

「けど、よく引き受けてくれたね?」

 

明久がそう問い掛けると、雅が

 

「将来への未来投資ですって」

 

と言った

つまりは、明久の将来のためらしい

それを聞いて、明久は額に手を当てて

 

「なんか、一気にハードルが上がったなあ……けど、正直ありがたいかな……期間は、一ヶ月? 早いね」

 

「高鷲グループは元々、ホテル経営からグローバル化した企業だからね。短期間で工事するのは慣れてるわ」

 

明久の疑問に、雅はそう答えた

それを聞いて、明久はエトワールの寮が高鷲グループの提供だったことを思い出した

確かに、長期間工事していたら収入は得られないだろう

ならば、短期間工事で終わらせるのは道理だ

その時、海が

 

「とりあえず、僕は詳しい話を学園長から聞いてくるから。皆は予定通り走り込みしてきて」

 

と指示を出して、校舎へと向かった

その指示に従い、明久達は走り込みへと向かった

そして、数時間後

明久は体育の授業で、マラソンをしていた

文月学園では、もうすぐマラソン大会が行われるのだ

それの練習とコースを覚えるために、走っていた

やはり、リハビリのおかげで体は軽かった

その時、それまで一人だった明久の横に誰かが駆け寄ってきた

視線を向けると、隣を走っていたのは雅だった

 

「雅、足早いね。流石、テニス部主将だ」

 

「これくらい、軽いほうよ」

 

明久の言葉に、雅は余裕そうに答えた

確かに、大して息を乱していない

そして学校帰りに、明久達は二人で買い物に出ていた

 

「んー……今日は、何にしようかな……」

 

と明久が唸っていると、雅が

 

「んー……そうね……久しぶりに、青椒肉絲にしない?」

 

とリクエストした

それを聞いて、明久は少し考えると

 

「うん、それにしようか」

 

と頷いた

そして二人は手早く買い物を済ませると、帰路に着いた

しかし、この時二人は気づくべきだった

騒動が、すぐそこまで迫ってきていることに



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露呈

それが起きたのは、雅と同棲を始めて一週間程経ったある日だった

明久が料理を作っていた時、雅の携帯が鳴った

 

「はい……あら、マネージャー。どうしたのかしら? え? テレビ?」

 

雅はそう会話しながら、食卓の上に有ったチャンネルでテレビを点けた

そして、固まった

 

「雅、どうしたの?」

 

料理を盛った皿を持って明久が居間に来ると、雅はテレビ画面を見て固まっていた

そのことを不思議に思って問い掛けたが、雅は答えなかった

明久は不思議そうに首を傾げながらも、雅の視線を追ってテレビを見た

そこには、黒い線で目元が隠されていたが、雅の写真が映されていた

その内容は

 

《あの御嬢様タレントに、熱愛発覚!? お相手はとある学校の学生か!?》

 

だった

その写真には、後ろ姿で分かりづらいが明久だった

写真から察するに、どうやら買い物帰りのようだ

 

「つっ……不味いわね……」

 

「どうしよう……」

 

と二人が呟いた直後、ドアが叩かれながら

 

『NOKの者です! 高鷲さん! 取材をお願いします!』

 

『週間文柊です! 出てきてもらってよろしいですか!?』

 

と声が聞こえた

どうやら、マスコミが来たらしい

しかも、近くにかなり居るようだ

明久が窓から外を見たら、脚立に登っているのも見える

どうしたらいいか分からず、固まっていると

 

『うわわわわ!?』

 

『危ねぇ!?』

 

『逃げろ!!』

 

と外が騒がしくなった

そして数瞬後、鍵が開いて

 

「明久、雅ちゃん! 最低限の荷物を持ってきなさい!」

 

と女性の声が聞こえた

明久が見ると、居たのは明久の母親

吉井明恵(よしいあきえ)だった

 

「母さん!?」

 

「急いで!」

 

明久は雅に声をかけて最低限の荷物を持たせると、一緒に外に出た

すると、すぐ前の道路にワンボックスが一台止まっていた

周りを見ると記者が転んでいたり、脚立に潰れたりしている

それを尻目に、明久と雅は車に乗り込んだ

そして、明恵が運転席に乗り込んで

 

「出すわよ! しっかり捕まってなさい!」

 

と言うと、アクセルを踏み込んだ

余りの加速に少しの間シートに押し付けられたが、少しすると速度が落ちた

それを見計らって

 

「母さん、早かったね」

 

と声を掛けた

明恵は運転しながら

 

「まー、ちょっとコネが有ってね。それで知ったのよ」

 

と答えた

すると、バックミラーで後ろを見ながら

 

「雅ちゃん。所属事務所には連絡してあるから、今から我が家に行くわよ」

 

と言った

 

「え、いいんですか?」

 

「いいわよ? 建宮君とも話し付けたしね」

 

「……社長とお知り合いで?」

 

「学友よ」

 

雅からの問い掛けに、明恵はそう答えた

そして、ある道を走っていると

 

「母さん、まさか……」

 

「ええ……まだ着けてきてる奴が居るわね……大丈夫よ。手は打ってあるから」

 

明恵のその言葉を聞いて、明久は後ろを見た

後ろには、バイクが見えた

 

「バイクか……」

 

「明久、座ってないと倒れるわよ」

 

明恵がそう言った直後、車が曲がって明久は倒れた

雅の胸元に

 

「ひゃっ」

 

「ごめん!」

 

明久が謝ったタイミングで、エンジンが切れた

その直後に、隣を一台のワンボックスが通りすぎた

同じ型のワンボックスだった

数瞬後、その後をバイクが追い掛けた

そして、他に追い掛けてきていた車両が来てないのか確認してから

 

「よし、大丈夫そうね。ありがとうね、斎藤くん。今度奢るわ」

 

と言った

 

(母さんの舎弟かな?)

 

明久はそう思いながらも、体勢を立て直した

吉井明恵

彼女はその昔、相当鳴らしていたらしい

そして、父親

吉井玲慈(よしいれいじ)は、苧島家の血筋だったのだ

結婚した理由は、互いに一目惚れ

明恵はそれを理由に足を洗ったが、未だに繋がりは残っている

当時の仲間達も就職しているが、明恵が一声掛けたら集まるのだ

恐らく、その一人だろう

 

「それじゃあ、行くわよ。今度は、安全運転でね」

 

明恵はそう言うと、ゆっくりと車を進ませた

そして、明久の部屋から出て約一時間後

 

「はい、到着」

 

「ここが、明久の自宅……」

 

吉井家に到着した

 

「普通の家だよ」

 

明久はそう言うが、所謂武家屋敷だった

 

「旦那の家よ。普通に入っていいわ」

 

明恵がそう言って入ると、一人の女性が近寄り

 

「奥様、御客様のお部屋の準備は整っております」

 

と言った

 

「ん、ありがとう。雅ちゃん、着いてきて。明久、部屋はそのままよ」

 

「あ、はい」

 

「わかった」

 

雅は歩きだした明恵の後に続いた

歴史を感じる家屋だが、キチンと手入れされているから古臭さは感じない

雅も御嬢様だが、明久もそうだったようだ

 

「明久、アタシの血を濃く継いでるからねぇ……お坊ちゃんらしくないでしょ?」

 

「あ、はい。そうですね……」

 

雅がそう言った直後、明恵が右手を上げて雅を止めた

その理由を聞こうとした

その直後、前の部屋の襖が開いて中から誰かが飛び出してきた

明恵は飛び掛かってきた人物の頭を掴むと

 

「ほい」

 

と、軽い調子で庭の方に投げた

投げられた相手は、庭にあった池に落ちた

 

「ったく……(あきら)……いい加減にしなさい!」

 

投げた相手

明久の姉

吉井玲に、明恵は怒鳴った

 

「母さん……しかし……」

 

「家族愛は認めるけど……弟の恋人を襲わないの」

 

池から出てきたのは、容姿端麗な女性だった

玲は容姿端麗で頭もいいが、常識が欠けてるとしか言えない

その理由が、弟たる明久を異性として愛しているのだ

勿論だが、明恵と玲慈は何回も諫めている

しかし、中々聞かないでいた

おかげで最近は二人して、どこで教育を間違えたのか頭を抱えていた

 

「まったく……玲、後で家族会議ね」

 

明恵はそう言うと、窓を閉めて歩きだした

そして、ある部屋の前に到着すると

 

「雅ちゃん。今日は、ここで寝てね」

 

と言って、襖を開けた

中はかなり広く、真ん中には布団が敷かれている

 

「ありがとうございます」

 

「いいのよ、じゃあね」

 

明恵はそう言うと、部屋から出た

そして雅は、パジャマに着替えてから

 

「……不味ったわね……用心はしていた筈だけど……」

 

と呟くと、布団に潜り込んだ



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決意

「分かってたけど、マスコミしつこいわねぇ……」

 

「マスゴミって言われるくらいだしな」

 

明恵の言葉に同意したのは、玲慈である

明久と雅が居るのは、吉井家だ

明恵は翌日に文月学園に連絡し、明久と雅を休学させた

それから三日ほど経ったが、テレビでは未だに雅の恋人は誰かと放送されていた

しかし大分調べているらしく、明久が住んでいたアパートは張り込まれているようだ

だから、明久と雅は吉井家に居るのだ

明久としては外に出て走りたいが、明恵の話では近くにマスコミが来ているらしい

だから明久は、筋トレしか出来なかった

そして雅だが、最近は何処かに電話していた

それも、かなり真剣な表情で

 

(何を話してるんだろ……)

 

明久はそう思いながらも、飛びかかってきた玲を避けた

玲はその勢いのまま、押し入れに突入

明恵が閉めて、棒で押さえた

 

「問題行動する姉は、仕舞っちゃおうねぇ?」

 

「母さん、ネタが古いよ」

 

「年がバレるぞ」

 

明恵のセリフに、明久と玲慈は思わず突っ込みを入れた

その数秒後、男二人の悲鳴が、家に響き渡った

 

「何か言ったかしら?」

 

「何でもありません、マム!」

 

「失礼しました!!」

 

青筋を浮かべた明恵の前で、失言をした男二人は土下座していた

その時、襖が開いて

 

「すいません、明恵さん。少しいいですか?」

 

と雅が明恵に声をかけた

 

「はいはい、何かしら?」

 

「実は、少しお願いがあるんですが……」

 

明恵と雅の二人が部屋から出ていくと、土下座していた男二人は

 

「相変わらず、明恵の拳は骨に響くなぁ……」

 

「母さん、中国拳法マスターしてるのかな?」

 

と会話していた

なお、二人の頭には見事なたんこぶが鎮座している

明恵の怒りの鉄拳が炸裂したのだ

よいこの皆は、女性に年齢の話をしてはいけないよ?

しても、作者は責任は一切負いません!

明恵と雅が戻ってきたのは、それから数分後だった

 

「母さん、どうしたの?」

 

「バカ二人は、家で待機ね」

 

「あ、はい」

 

明恵の言葉に、玲慈は素直に頷いた

父親の威厳?

そんなものは、ない

 

「雅ちゃん、急いで準備して」

 

「はい、ありがとうございます」

 

明恵の言葉を聞いて、雅は居間から出ていった

それを見送ると、明恵は鍵のラックから1つの鍵を取った

取った鍵を見た玲慈は、驚いた表情で

 

「明恵、お前……それは」

 

と言葉をこぼした

すると明恵は、ニヤリと笑みを浮かべて

 

「久し振りに、かっ飛ばすわよぉ」

 

と言った

それを聞いて、明久は嫌な予感がした

その時、襖が開いて

 

「着替えてきました」

 

と雅が現れた

その姿は、ライダースーツだった

雅の体のラインが、ハッキリとしている

すると、明恵が

 

「はーい、あんたは見ないの!!」

 

「あべし!?」

 

玲慈の頭に、踵落としを炸裂させた

しかもその一撃で、玲慈は畳に沈んだ

 

「じっくり見ていいのは、明久だけよ……雅ちゃん、ちょっと待っててね」

 

明恵はそう言うと、居間から出ていった

 

「分かってたけど、雅……スタイルいいよね」

 

「あら、ありがとうね明久……一応アイドルですもの」

 

明久の言葉に、雅はそう返した

その顔には、強い決意が感じられた

それから数分後、明恵もライダースーツを着て居間に現れた

そして、雅に

 

「雅ちゃん、行くわよ」

 

「はい」

 

と雅を連れて、居間から出ていった

そして、数十秒後に激しいエンジン音がした

それが気になり、明久は外を見た

すると、車庫から一台の大型バイクが飛び出した

どうやら、それに二人が乗っているらしい

そして二人が乗ったバイクは、爆音を響かせながら走っていった

明恵が帰ってきたのは、それから数時間後だった

明恵は帰ってくるなり

 

「明日の朝、テレビ見なさい」

 

と言って、明久が作った料理を食べると風呂に入って寝た

そして翌日、明久はテレビのニュース番組にチャンネルを合わせた

すると、トップでデカデカと

 

《高鷲雅、緊急会見》

 

と表示されていた

それを見て、明久は

 

「雅、何を言うつもりなんだろう……」

 

と呟いた

そして、明久は雅の決意を見る




割烹にて、次のヒロインのアンケートをします
数字の1から4にて投票してください
数字の理由は、アミダくじだからです


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雅の決断

アンケートは、まだ行っていますので
皆様、ご協力くださいませ


居間に居た明久は、高鷲雅緊急会見という項目が表示されていたニュース番組にチャンネルを合わせた

すると、そのニュース番組のMC(メインキャスター)だろう人物が

 

『えー、間もなく、あの話題のお嬢様アイドル。高鷲雅が緊急会見するという時間ですね……現場の高宮さん!』

 

と言った

どうやら、丁度よかったらしい

 

『はい! こちら、会見会場。高鷲ホテルの高宮です! ご覧ください! 会見会場には、既に多くの報道陣が詰め掛けています! これから、今話題の高鷲雅さんが、何らかの発表をするということで、大変注目されています!』

 

と担当らしい、女性アナウンサーが興奮した様子で言った

確かに、そのホールには夥しい数のマスコミが今か今かと待っている

正面には長机が一つ置かれており、その机の上にはマイクが三つ設置されていた

恐らく、そこに雅と社長、マネージャーが座るのだろう

 

『それで、会見はまだですか?』

 

とMCが問い掛けると、アナウンサーは腕時計を見ながら

 

『はい。もう間もなくだとは思うんですが……』

 

と言って、正面方向を見た

すると、あっと小さく声を上げて

 

『来たようです! カメラさん!』

 

とカメラマンに声を掛けた

すると、カメラの向きが正面に向いた

確かにそこには、雅の姿があった

雅はアイドルらしく、白を基調としたドレスを身に纏っている

雅の前には、五十代と思われる厳つい顔の男性が居た

恐らく、その男性が社長だろう

貫禄を感じる

そして雅の後ろには、若い男性が居た

キッチリとスーツを着ており、眼鏡と相まってか、敏腕マネージャーという雰囲気だ

その男性を見て、明久は心中で

 

(よく、あの人と恋仲にならなかったなぁ)

 

と思った

その間に、三人は着席

そして、深々と頭を下げた

その瞬間、凄まじい早さでフラッシュが焚かれた

その眩しさに、明久は思わず目を細めた

そして、三人が頭を上げると、一旦フラッシュが止んだ

すると、社長がマイクを握り

 

『皆様、今日は急な会見に来ていただき、誠に感謝します。私は社長の建宮清吾と申します』

 

と挨拶した

そして、一拍置くと

 

『これより、我が事務所所属の高鷲雅より、重大な発表があります』

 

と言って、席に座った

それを確認してか、雅が同じようにマイクを握り

 

『皆様、初めまして。私の名前は、高鷲雅です』

 

と名乗った

その直後、再び凄まじい早さでフラッシュが焚かれた

しかし雅は、それを意に介さず

 

『今日私は、皆様に重大なことを二つ、お話します……まず、一つ目……最近、私に恋人が居るかどうかというお話ですが……』

 

雅はそこまで言うと、一旦間を置いて深呼吸した

そして

 

『全て、事実です』

 

と断言した

その瞬間、フラッシュが焚かれながら、会見会場にどよめきが走った

明久は飲んでいたお茶を吹きそうになったが、なんとか堪えた

雅がなんと言うのか、それを見守ると決めたからだ

すると、一人のマスコミが立ち上がり

 

『お相手は一般の学生と聞いてますが、本当でしょうか!?』

 

と問い掛けた

すると雅は、毅然とした態度で

 

『はい、本当です』

 

と答えた

すると再び、どよめきが走った

それも雅は意に介さず

 

『相手のことに関しては、一部の方々は既に御存知かと思います……』

 

と雅が言うと、一部のマスコミがざわめいた

どうやら、明久に行き着いたマスコミらしい

 

『その相手の名前を、今ここで、発表します!』

 

「ふぁっ!?」

 

余りにも予想外だったので、明久は奇声を上げた

すると、いつの間にか来ていた明恵が

 

「私が許可したわ!」

 

と親指を立てた

 

「母さんェ……」

 

明久は両手を突いているが、玲慈はガハハハと笑っていた

その時、マネージャーが机の下から一枚のフリップを取り出した

そのタイミングを見計らってか、雅は前を見て

 

『その相手の名前は……吉井明久君です!』

 

と言った

それと同時に、マネージャーがそのフリップを裏返した

そこには、明久の写真が写されていた

 

『彼との出会いは、本当に偶然です……彼は、私がお嬢様でアイドルだと知っても、一人の私として接してくれました……そんな彼に、私は惹かれました』

 

と雅が語ると、凄まじい早さでフラッシュが焚かれて、マスコミ達がざわめいた

すると、一人のマスコミが立ち上がり

 

『その吉井明久と言うのは、将来有望な水泳選手の吉井明久さんのことでしょうか!?』

 

と問い掛けた

どうやら、スポーツ関連のマスコミらしい

 

『その通りです』

 

と雅が答えると、一部が興奮した様子で

 

『これはスクープだ!』

 

と言っていた

 

「そんなにかな?」

 

と明久は首を傾げていたが、仕方ないだろう

日本で、高校生の時点で有名な水泳選手は数少ないだろう

特にここ数年は、日本は水泳で目立った成果を上げていない

そんな矢先に、既に実業団から注目されているのが明久だった

しかも明久は、既にその実業団の一つ

高鷲グループから、先行投資を受けている

そんな明久を、スポーツ関連のマスコミが知らない訳がなかった

そして、マスコミが一段落したからか、雅は

 

『もう一つ、大事なお知らせがあります』

 

と言った

それを聞いて、明久も

 

「あ、二つって言ってたっけ?」

 

と思い出した

先程の明久の紹介で、度肝を抜かれて驚いたから、忘れていたのだ

 

『私、高鷲雅は……今日を持ちまして……芸能界から引退します!』

 

と雅が言った直後、またマスコミ達がざわめいた

それは明久も完全に予想外で、固まった

すると、雅は続けて

 

『これに関しましては、社長とも念入りに話し合った結果です……既に、全ての手続きを終えています』

 

と言った

すると、一人のマスコミが立ち上がり

 

『引退に至った理由は、なんでしょうか!?』

 

と雅に問い掛けた

それに対して、雅は毅然と

 

『私に恋人が出来た、という報道が為されてから、彼は自宅に身を隠すことを余儀なくされています。それだけではありません。一部の方々は身に覚えがあるかと思います……一部のしつこいマスコミが彼の通う学校にまで押し掛け、取材しようとしています。彼は学校に迷惑を掛けまいと、現在休校し身を隠しています』

 

と語りだした

確かに、休校すると決断したのは明久だ

その理由も、雅が言った通りだ

それに関しては、明久は雅に気にしなくていいと言ってある

しかし、責任感の強い雅はそれを許さなかったようだ

 

『更に、休校したことにより、彼は満足に練習すら出来ない状態です……それが理由で、彼の将来が閉ざされたら、私は自分を許しません』

 

雅がそう言うと、それまでざわついていたマスコミ達が、一気に静かになった

どうやら、雅の気迫に圧されたようだ

すると、玲慈が

 

「明久……あの子、いい女じゃねえか」

 

と言った

それを聞いて、明久は頷いてから

 

「そうだね……自慢の彼女だよ」

 

と誇らしげに言った

すると、画面向こうで雅が

 

『明久、これからもよろしくね』

 

と微笑んだ

それを聞いて、明久は内心で

 

(さてと……これからの学校生活、大丈夫かな?)

 

と真剣に、命の心配をした



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未来

かなり短く、気になるかもしれませんが、これにて雅編は終わりです


時は経ち、数年後

 

「はーい、そこの男の子ー! プールサイドは走らないでねー」

 

明久は、プールの監視員の仕事をしていた

明久が注意すると、注意された男の子は謝ってからまた走っていった

 

「だから、走らないでー!」

 

明久が再び注意すると、その男の子の母親が男の子を捕まえて頭を下げてきた

それを見て明久が溜め息を吐くと

 

「はーい、明久。お疲れ樣」

 

と雅が声を掛けてきた

 

「あ、雅。雅もお疲れ」

 

明久がそう返すと、雅は胸元から一通の封筒を取り出して

 

「はい、これ」

 

と明久に渡した

 

「ん、いよいよ来たね……」

 

「ええ、来たわよ。世界大会の案内状がね」

 

明久が受け取りながら言うと、雅はそう言った

あれから明久は、襲撃者(嫉妬に駈られた男子)達から逃げながら、無事高校を卒業

海、愛子と一緒に、高鷲グループ所属の水泳選手として活躍

そして明久は、過日に行われた大会にて日本代表選手として世界大会に出場が決まったのである

なお、愛子と海の二人も団体戦でだが選出されている

そして雅は、専業主婦となっている

だが、その傍らで行っているブログが大人気となり、つい先日に出版することが決まった

 

「というわけで、明久は早上がり。代わりの人員が来るわ」

 

「ん、了解」

 

雅の言葉を聞いて、明久は監視用のイスから降りた

そのタイミングで、若い女性が来て

 

「交代です。吉井さん」

 

と明久に声を掛けてきた

 

「ん、了解。今日は子供が多いから、注意して」

 

「わかりました」

 

明久は注意事項を言いながら、着けていた監視員という腕章をその女性に渡した

すると、その女性が

 

「吉井コーチ……頑張ってください!」

 

と言った

その直後、上階の窓から

 

《祝 吉井明久選手、世界大会出場!》

 

 

《目指せ! 世界一!!》

 

という横断幕が張られた

 

「あれま……」

 

「あらあら」

 

明久は少し呆然と、雅は嬉しそうにそう声を漏らした

すると、プールに来ていた利用客達が

 

「頑張ってください!」

 

「応援してるぞ!」

 

「目指せ、優勝!!」

 

と応援してきた

その声援を受けて、明久は少し恥ずかしそうに頬を掻いてから

 

「不肖、吉井明久! 世界大会にいってきます!!」

 

と宣言してから、左手を高々と上げた

すると、プール場全体で拍手が巻き起こった

それに頭を下げつつ、明久はプール場を後した

そして着替えて出ると、外には一台の黒い車が停まっていた

その車に近寄ると、運転手が

 

「お待ちしてました。どうぞ、お乗りください」

 

と頭を下げながら、ドアを開けた

明久と雅が中に入るとドアが閉められて、車は静かに走り出した

その中で明久は

 

「あれから、あっという間だったなぁ」

 

と喋った

 

「そうね、本当に」

 

明久の言葉を聞いて、雅はそう同意した

すると明久は、持っていたカバンに手を入れて

 

「ねえ、雅……大事な話があるんだ」

 

と言った

 

「なにかしら?」

 

雅が問い掛けると、明久は一回深呼吸してから

 

「今まで待たせちゃったけど……」

 

明久はそう言いながら、カバンで中から小さい箱を取り出して……



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久住編
来たのは


二人目は、従姉でした!


「なんでここに居るのさ……くす姉に悠さん」

 

そこに居たのは、星令会会長と副会長

苧島久住と桐島悠だった

 

「やっほ、アキ君♪」

 

「や、明久君」

 

どうやら、二人が来た交換留学生らしい

すると、明久が

 

「星令会会長と副会長が来て、学校は大丈夫なの?」

 

と問い掛けた

すると久住は、胸を張りながら

 

「大丈夫よ。この時期は、新星令会に引き継ぎされてるから」

 

と答えた

恋人とは言え、天然が混じってる久住の言葉が信じられず、明久は悠に視線を向けた

すると悠は、本当だよ。と言わんばかりに、苦笑いを浮かべながら頷いた

すると、その光景を見た久住が

 

「もう! なんで信じてくれないのよ」

 

と拗ねた

そんな久住の表情に、明久は苦笑しつつ

 

「ごめん。僕、トイレに行きたいんだ。また後でね」

 

と言って、トイレに入った

そして、放課後

場所、屋外プール横グラウンド

 

「まさか、こうしてエトワールの桐島悠と会えるなんてね……」

 

「それはお互い様だよ。阿藤海君。よろしく」

 

海と悠はそう会話すると、互いに握手した

悠と海は、ある意味でライバル関係だった

二人の自由形のタイムは、正しく一歩も譲らないものだったからだ

そんな二人が会うのは、大会の表彰式か余程の偶然位だった

しかも今まで、交換留学で三年生が来たという例は極めて少なかったのだ

海としては、来るとは予想してなかったのだ

そして、握手が終わると

 

「そういえば、グラウンドってことは、走るのかい?」

 

と悠が問い掛けた

すると、海が頷いてから

 

「一応、屋内プールもあるけど、そっちは女子用なんだ。しかも今日は、プールの表面に氷が張ってるんだ」

 

と説明した

それを聞いた悠は、屋外プールを囲っているフェンスを見上げると

 

「ふっ」

 

と軽く走ってから、フェンスをよじ登った

そして、上からプールを見て

 

「ああ、確かに張ってるね」

 

と言った

すると、久住が

 

「こら! 悠! スカートなんだから、そんなことしないの!」

 

と声を上げた

すると悠は

 

「大丈夫だよ、スパッツ履いてるから」

 

と言って、着地した

なお、悠のスカートを覗こうとした男子が数名居たが、それは海と明久が手刀で黙らせた

そして男子達は、準備運動を終わらせると走り出した

そのメンバーの中に、なぜか愛子が居たが

そしてランニングも終わり、帰宅していた時

 

「そういえば、くす姉と悠さんはどこに住んでるの?」

 

と明久が問い掛けた

すると、悠は

 

「僕は近くのホテルだよ」

 

と答えた

そこまでは、明久の予想通りだった

だが、その直後

 

「私は、アキ君の部屋だよ♪」

 

と久住が言った

それを聞いた明久は、僅かに固まった

そして、耳を小指でほじってから

 

「ワンス・モア」

 

と久住に言った

 

「アキ君、発音はバッチリだね」

 

久住はそう言うと、満面の笑みで

 

「だから、アキ君の部屋だよ!」

 

と言った

それを聞いた明久は、思わず

 

「なんでさ……」

 

と頭を抱えた

こうして、同棲生活が始まった

しかしこの時既に、魔の手が伸びてきていたことに、誰も気づかなかった




短くて、すんません


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急転

翌日、明久達が朝練の為に登校すると、校門付近が騒がしかった

余りの人数で、状況が把握出来ない

その時、人混みの中に海を見つけた

 

「海先輩!」

 

明久が大声で呼ぶと、海が振り返った

そして、明久達を見つけたらしい

海は人混みを掻き分けて出てくると

 

「明久! 良かった、早く来てくれて」

 

と安堵していた

 

「朝練がありますからね。何があったんですか?」

 

明久がそう問い掛けると、海は

 

「それが今朝早く、いきなり数台のトラックが来てね。屋外プールを工事すると言って、封鎖したんだ」

 

と説明した

そう話してる間に大分人が居なくなったので、屋外プールを囲うように展開している壁に近付いた

そして久住は、ある物を見つけた

それは、工事許可証だった

その許可証を見ていた久住は

 

「東藤俊治……東藤俊治!?」

 

と驚きの声を上げた

その声を聞いて、明久が

 

「どうしたの、くす姉」

 

と問い掛けた

すると久住は、その許可証下部を指差して

 

「この依頼主の東藤俊治って、確か、父さんの会社の部下の名前……」

 

と呟いた

するとそこに、眼鏡を掛けたスーツ姿の若い男性が来て

 

「貴方が、吉井明久さんですね?」

 

と明久に視線を向けて、問い掛けてきた

 

「そうですが、貴方は?」

 

明久が問い掛けると、男性は懐から名刺を取り出して

 

「私は、東藤俊治。この工事を依頼した者です」

 

と言った

渡された名刺には

 

《苧島書店グループ 経理部部長 東藤俊治》

 

と書かれてあった

 

「は、はあ……」

 

「此度は我が社の意向で、文月学園の屋外プールを工事することにしまして、そのことをお知らせに参りました」

 

明久は状況の把握が追い付かず呆然と返事したが、俊治はそう言った

その時、明久は相手の顔を見た

俊治は微笑んでおり、その微笑みは好青年と言えるだろう

しかし明久は、相手の眼が気になった

強い野心の光を、明久は感じた

すると、明久の背後から久住が出て

 

「東藤俊治さん。私は、そのような連絡は受けてませんが?」

 

と毅然とした態度でそう言った

すると俊治は、初めて気付いたという風体で

 

「おや、久住お嬢様。まさか、文月学園に居らしたとは存じませんでした」

 

と言った

そして、深々と頭を下げながら

 

「此度の事は、急遽決まりましたので、私が先に知らせに来たのです」

 

と言った

それを聞いた久住は、ジッと俊治を睨んだ

実は昨日、久住は実家に連絡しようと電話を掛けた

しかし、どういう訳か一切繋がらなかったのだ

それは携帯も同様で、深く心配していた

その矢先に、重要ポストに就いている東藤俊治が護衛すら付けずに一人で来ている

久住には、疑わしく見えた

 

「では、私はこれにて」

 

俊治はそう言うと、黒塗りのベンツに乗って去った

その日は結局、場所の確保が出来なかったので練習は無しとなった

そして授業も終わり、明久と久住、そして悠が一緒に歩いていた

そして、ある場所に来た時だった

明久達目掛けて、一台のトラックが凄まじい勢いで走ってきた

しかもよく見れば、運転席には人の姿が無い

 

「くす姉、悠さん!」

 

「わっ!?」

 

「つっ!?」

 

久住は明久が抱き締めて、悠は自力で横に跳んだ

その直後、そのトラックは先程まで三人が居た所を通過

そのままの勢いで、トラックは電柱に激突して止まった

その轟音を聞きつけて、次々と人々が集まった

その数分後、警察が到着

明久達がアパート近くに帰ったのは、すっかり暗くなった時だった

しかもアパートの前には、一台の車が止まっていた

白いワンボックスが

最初は警戒したが、明久が

 

「あれ、あのナンバー……母さんの?」

 

と首を傾げた

すると、アパートの明久の部屋のドアが開いて

 

「良かった! まだ無事だったわね!」

 

と明恵が現れた

 

「母さん……一体、どうしたの?」

 

「ここでは言えないから、車に乗って。二人も」

 

明久の問い掛けに明恵はそう言うと、車のドアを開けた

三人が乗ると、明恵は

 

「ちょっと、飛ばすわよ」

 

と言って、車を急発進させた

そして明久達は、今起きてる事態を知る



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流転

走り始めて約二時間後、車は明久の実家に到着した

しかも、普段は玄関前に止めるのに、車庫に入れた

それを見て、明久は何か起きてると察した

そして、家の中に入り居間に入った

そこには、ある人物達が居た

 

「御父さん! 御母さん!」

 

そこに居たのは、久住の両親だった

二人の服装は、如何にも私服だった

両親を見た久住は、駆け寄って抱き付いた

悠はそれを安心した表情で見守り、明久は明恵に

 

「何が起きてるの?」

 

と問い掛けた

すると明恵は、小声で

 

「今苧島書店は、東藤淳二に乗っ取られたのよ」

 

と言った

それを聞いて、明久は

 

「乗っ取られた?」

 

と言いながら、首を傾げた

すると、久住の父親が

 

「東藤家は元々、苧島書店グループを裏から支える家なんだよ」

 

と言った

それを聞いた久住は

 

「そんな家があったんだ……」

 

と言った

どうやら、久住も初めて知ったらしい

 

「苧島家と東藤家は裏表の関係でな……苧島家が表に出て、書店グループを経営する。東藤家は書店グループに敵対する者達を排除する役割を担っていた」

 

大規模になると、敵対者が現れるのは仕方ないだろう

顧客を奪いたい

苧島家自体を潰したい

様々な理由で、敵対者は現れる

それを排除するのが、東藤家の役割らしい

 

「東藤淳二は、その東藤家の者なのだがな……相当な野心家らしい……去年の頭辺りから内部工作を始めていたようだ……同調者達を集めて、苧島書店グループを乗っ取る計画を立てていたんだよ……気が付いた時には、半数近くの上層部のポストが、東藤淳二の同調者に占められていた……私達を含めて、命を狙われた者達は今は身を隠しているんだよ」

 

「そんな……」

 

父親の話を聞いて、久住は座り込んだ

まさか、そのような事態だとは思っていなかったようだ

 

「それで家の情報網に、そいつが文月学園のプール工事を始めたって聞いてね。念のために動いたのよ」

 

明恵がそう言うと、明久は納得した様子で

 

「なるほど……あのトラックは、それか」

 

と呟いた

すると明恵が

 

「トラック? 何があったの?」

 

と問い掛けた

すると、悠が

 

「実は……」

 

と説明を始めた

そして、聞き終わると

 

「もう直接的な方法で来たのね……予想より早かったわね」

 

と頭を掻いた

そして、少し黙考すると

 

「お義兄さん、お義姉さん、セーフハウスを何とか用意するわ。しばらくは不便だけど、そっちに居てくださいね」

 

と言った

すると、明久に視線を向けて

 

「明久。悪いけど、しばらくはここから登校してもらうことになるわ。多分、学校内では手出ししない筈よ」

 

と言った

それを聞いた明久は

 

「わかった。なんとかするよ」

 

と返答した

それを聞いた明恵は、部屋から出た

だが翌日、余りにも予想外な事態が起きた

昼過ぎ、明久達のクラスはマラソン大会のためのコース確認で走ることになっていた

その準備体操を終えて、明久は何の気なしに周囲を見回した

その時明久は、ある一角のフェンス間際に一台のバンが止まっていることに気が付いた

それ自体は、何ら珍しい光景では無い

だが、そのバンの後部の窓が開いていて、中から黒い物が見えた

その直後

 

「全員、何処かに隠れろぉぉぉ!」

 

と明久は大声を張り上げた

その瞬間、それは発射された

細長い矢が

静かに発射された矢は、風を切りながら飛んだ

明久が忠告したからか、矢は誰にも刺さることは無かった

監督役の先生はその車に視線を向けたが、車はギャギャギャと音を立てて走り去った

帰宅後、明久は起きたことを話した

すると明恵は

 

「つっ……相手の動きが速すぎるっ」

 

と憤っていた

そして久住は、顔を蒼白にしながら携帯を取り出した

そこには

 

《我々は本気だ。これ以上の事態を避けたいのならば、明日の昼までに下記の場所に来い》

 

と書いてあった

そして久住は、決意した

 

(これ以上、アキ君に迷惑は掛けられないよ……ごめんね、アキ君)

 

そして久住は、朝早くに姿を消した



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突入1

またアンケートします


明久達が久住が居なくなったことに気付いたのは、朝食を食べに来ない久住を明久が起こしに行った時だった

久住に宛がわれた部屋は、綺麗に片付けられていた

そして机の上には

 

《私が解決しに行きます》

 

と書かれた紙が置いてあった

 

「ちい……まさか、久住ちゃんがね……」

 

「久住のバカ……」

 

「久住……すまない……」

 

メモを見て、明恵は歯噛み

悠は涙目で久住を罵り、久住の父親は涙を流していた

そして明久は、意外なことに座っていた

だがその手は、組まれてる腕を強く掴んでいた

恐らく、怒りで暴走しそうなのを必死に押さえているのだろう

すると、一人の女性が明恵に近付いて何やら耳打ちして端末を渡した

それを見た明恵は

 

「どうやら、今から約二時間近く前に家を出たみたいね」

 

と呟いた

恐らくは、防犯カメラに映っていたのだろう

 

「問題は行き先だけど……多分、エトワールよ」

 

明恵がそう言うと、全員の視線が明恵に集まった

 

「その証拠は、久住ちゃんの格好よ」

 

明恵はそう言うと、端末を机の上に置いた

そこに映っていたのは、制服姿の久住だった

確かに、制服姿となればおいそれと変な場所には行けない

 

「だけど、エトワールに行っても、男の人が居たら変に思われるよ?」

 

と言ったのは、明久である

すると悠が

 

「……今日エトワールは、建校記念日で生徒も先生方も居ないはずだ」

 

と言った

 

「そうなの?」

 

「うん……生徒は前日には家に一時帰宅してる筈だ。先生方も、軒並み居ない」

 

明久が問い掛けると、悠は思い出しながらそう言った

星令会副会長だった悠が言うのだ

本当なのだろう

確率的には、半々と言った処だろう

すると悠が

 

「明久君」

 

と明久の名前を呼びながら、視線を向けた

その意図に、明久は勿論気付いた

明久は立ち上がると

 

「行きましょう、悠さん。時間が惜しい」

 

と言った

その目に宿るは、強い決意の光りだった

なんとしても、久住を助けるという強い決意

それを見た明恵が

 

「止めるのは、無理そうね……いってらっしゃい。私たちも、なるべく早く追い掛けるわ」

 

と言った

すると、久住の両親が

 

「ごめんね、明久君……」

 

「あの子を……久住を……」

 

と涙を流しながら、頭を下げた

すると明久は、一度片膝を床に突いて

 

「大丈夫ですよ、叔父さん、叔母さん……僕に任せてください」

 

と真剣な表情で言った

そして再び立ち上がると、居間から去った

それから約一時間後、明久と悠はエトワール学園の駅に着いていた

周囲には、一切人の姿は無い

悠の言った通りのようだ

そして明久と悠は視線を合わせると、一気に走り出した

高校生トップクラスの二人の速度は早く、恐らく一般人が居たら驚きで振り向いていただろう

そんな二人は示し合わせたように、公園の方に入った

だが、それは正解だった

二人が向かっている学園寮に行く最短ルートには、東藤俊二が配置したガードマンが居た

もしそっちを通っていたら、間違いなく捕まっていただろう

少し遠回りだが、二人は公園の道を走った

しかしその道は、二人にとっては慣れ親しんだルートだった

だから二人は一切減速せずに、駆け抜けた

そして数分後、明久と悠は寮近くの生け垣に隠れていた

 

「案の定だね……凄い人数だ」

 

と言ったのは、悠である

二人の視線の先

寮の正面玄関の周囲には、凄い人数のガードマン達が居た

間違いなく、東藤俊二の私兵だろう

 

「さて、どうやって入ろうかな……」

 

と明久が言った時だった

二人は、背後に人の気配を感じた

二人が振り向くと、すぐ近くに黒いスーツを着た40代半ばと思われる男性が居た

二人はその男性に、飛び掛かろうとした

すると、その男性は口元に人差し指を当てて

 

「お静かに」

 

と言った

拍子抜けに合った二人は、軽く目を見開いた

するとその男性は

 

「ここも危ないですので、こちらへ」

 

と囁いて、静かに歩き出した

恐らく、その男性も東藤俊二の私兵に間違いない筈だ

しかし二人は、その男性の後に続いた

そして到着したのは、少し離れた場所にある倉庫だった

男性はその倉庫の鍵を開けると、中に入って

 

「お早く、中に」

 

と二人に手招きした

二人は言われるがままに、中に入った

そして、男性は軽く周囲を見回してからドアを静かに閉めた

そして、二人に視線を向けると

 

「ここは安全ですよ、吉井明久様。桐島悠様」

 

と二人の名前を言った

 

「貴方は?」

 

明久が問い掛けると、その男性は頭を下げて

 

「私は、彼等の統括者です」

 

と言った

つまりは、東藤俊二の私兵達のリーダーだ

その言葉に、二人は軽く身構えた

だが男性は、そんな二人の前に手を掲げ

 

「ですが私は、東藤俊二様を見張り動向を調べるように、東藤修平様から仰せつかっております」

 

と言った

つまりは、内部調査をしていたらしい

東藤修平というのは、恐らく父親の名前だろう

 

「東藤修平様は、何回も止めるように仰いました。しかし、俊二様は独断行動を続けています」

 

どうやら、今回の騒ぎは東藤俊二の独断専行らしい

男性は軽く開けた隙間から、外を見ると

 

「今からお二人を、寮裏手まで案内します。そこには、人は配置していません」

 

と言った

騙すにしても、酷く手が込んでいる

信用出来ると、二人は判断した

そして、男性の先導で二人は寮の裏手に回った

確かに、人は誰も居ない

そして男性は、非常階段の鍵を開けて

 

「俊二様と苧島久住様は、八階の12号室に居ます」

 

と言った

その部屋は、明久が使っていた部屋だった

場所は、すぐに分かった

二人が非常階段に入ると、男性は

 

「申し訳ありませんが、私は此処までです。そろそろ戻らねばなりませんので」

 

と言って、頭を下げた

その男性に二人は

 

「案内してくれて、ありがとうございます」

 

「必ず、久住を助けます」

 

と言った

そして二人は、静かに、しかし早く階段を昇り始めた

その二人に、男性は

 

「お気をつけて」

 

と言って、頭を下げた



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突入2

まだ次ルートのアンケートを、割烹にて行ってます


明久と悠が八階に着いた頃

8012号室では

 

「いやはや、予想以上に早く来てくれたな。久住」

 

「……東藤俊二さん」

 

既に、久住と俊二の二人が出会っていた

 

「東藤さん……私が来たのですから、これ以上アキ君に危害を加えるのは辞めてください」

 

久住がそう言うと、俊二は笑いながら

 

「あのガキか? 俺の計画に気付いたか分からんが、逃がすと思うか?」

 

と言った

それを聞いて、久住は

 

「待ってください! それでは、約束が違う!」

 

と言った

たが俊二は、大声で笑い

 

「誰が、いつ、そんな約束をしたよ!」

 

と言って、久住に掴みかかった

 

「な、なにを!?」

 

「後は、お前を俺の女にすれば、苧島書店は俺のモノだ!!」

 

久住の言葉に俊二はそう言うと、久住を押し倒した

 

「イヤ! 助けて、アキ君!!」

 

久住が涙ながらに叫んだ

その直後

 

「ルームサービスです!!」

 

明久がそう怒鳴りながら、ドアを蹴破って入ってきた

 

「なに!? 表の連中はなにをしてやがった!?」

 

明久が部屋まで来たからか、俊二は驚愕で目を見開いた

その直後

 

「いっしゃぁぁぁ!!」

 

「がはっ!?」

 

驚愕で身を起こしていた俊二の側頭部に、明久の回し蹴りが炸裂

俊二は吹き飛ばされ、机にぶつかって床に倒れた

それを見た明久は、久住に手を伸ばして

 

「くす姉! 大丈夫!?」

 

と問い掛けた

すると久住は、泣きながら

 

「怖かった! 怖かったよぉぉ!!」

 

と明久に抱き付いた

明久は久住を抱き締めて、数回頭を撫でると

 

「今は、外に逃げるよ!」

 

と言って、久住の手を引いて走り出した

部屋の外に出ると、悠が

 

「あの人のお陰か、人の気配が無くなった。正面から出よう」

 

と言った

すると久住が

 

「悠!?」

 

と驚いていた

どうやら、悠まで来ていたとは予想してなかったらしい

悠は、真剣な表情で久住を見て

 

「後でまた怒るけど、久住のバカ」

 

と言って、久住の頭に軽く手刀を叩き込んだ

そして三人は、エレベーターまで走った

確かに、居ただろう黒服が誰も居ない

三人はエレベーターに乗ると、一階まで降りた

そしてそのまま寮から出て、公園入り口付近まで走った

確かに、大勢居た筈の黒服が一人も居なかった

そこで止まると、悠が

 

「久住……心配した」

 

と言って、久住を抱き締めた

 

「悠……ごめんね、でも私……」

 

「一人で抱え込まないの。誰かに相談すれば、変わってたかもしれないんだよ」

 

久住は悠のその言葉を聞いて、悠に抱かれたまま泣いた

それを見て、明久は

 

「これで、何とかなるかな」

 

と呟いた

すると

 

「しまった。勢いでとはいえ、ドア蹴破っちゃった……弁償出来るかなぁ」

 

と言いながら、頭を抱えた

その時だった

 

「このクソガキがぁぁぁぁぁ!!」

 

と怒鳴り声が聞こえた

三人が声のした方に視線を向けると、俊二が居た

吹き飛んだ時に鼻を打ったのか、鼻血を流している

俊二は、黒服達が居ないのを見ると

 

「あの役立たず共! 帰ったら、全員クビにしてやる! どいつもこいつも、使えねぇ!」

 

と吐き捨てる様に言った

そして、血走った目で明久を睨むと

 

「だがまずは、てめぇだ! このクソガキが!」

 

と怒鳴りながら、懐からそれを取り出した

黒光りする、鋼鉄製の凶器を

 

「拳銃だと!? そんな物まで!?」

 

俊二が取り出した物を見て、悠は目を見開いた

まさか、拳銃を所持しているとは思わなかったからだ

すると俊二は

 

「裏ルートで見つけた代物だ! こいつさえあれば!」

 

と言いながら、拳銃を構えた

その直後、銃声が鳴り響いた



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終結

まだアンケ間に合いますからねー
割烹にて


銃声が鳴り響いた直後、明久の右肩から血が溢れた

 

「が、ぎ……ぐぁぁぁぁぁ!?」

 

「アキくん!?」

 

「明久くん!?」

 

明久の絶叫を聞いて、久住と悠は声を上げた

すると、俊二が笑いながら

 

「あっはははは! このガキ、バカだ! 自ら銃口の前に出てくるとはな!?」

 

と言った

実は先の銃撃は明久を狙ってではなく、久住と悠に向けられていたのだ

明久はそれに直感で気付き、二人を庇ったのだ

 

「私のせいで……」

 

明久が痛みで蹲っているのを見て、久住は思わずそう漏らした

そして俊二は、明久から視線を外し

 

「このガキの始末は、後回しだ!」

 

と言って、久住と悠を見た

それを見て、悠は毅然とした態度で久住の前に立った

すると俊二は、鼻で笑い

 

「んじゃま、てめえから撃ってやるよ」

 

と言って、少し前に出てから拳銃を構えた

その時

 

「あ、が……」

 

明久が少しずつだが、立ち上がり始めたのだ

今も血が流れ、右腕は痛みからまともに動かないらしい

だがそれでも、明久は立ち上がった

 

「ダメ、アキくん! 動いちゃダメ!」

 

久住が制止するが、明久は構わず立ち上がった

そして、俊二を睨んだ

 

「なんで動ける、てめぇ!」

 

立ち上がった明久を見て、俊二は一歩後退りした

そんな俊二を見て、明久は

 

「バカは……死なないと……治らないってか」

 

と言いながら、歩きだした

 

「来るな! 来るんじゃねえ!」

 

俊二は明久にそう言いながら、左手を振り回した

その時、思い出したかのように

 

「それ以上近付いてみろ! 撃つぞ!」

 

と拳銃を構えた

だがその手は、ガタガタと震えていた

明久の気迫に、押されているのだ

明久もそれが分かっているのか、一歩ずつ確実に俊二に近付いた

そして、最後の一歩を踏み出しながら左手を振り上げて

 

「お前の……負け!」

 

と渾身の力で、俊二の顔面を殴った

 

「あがっ!? がは!」

 

殴られた俊二は吹き飛び、寮の門柱に背中を打ち付けて倒れた

それを見た明久は、両膝を突いた

すると、久住と悠が駆け寄り

 

「アキくん!」

 

「まったく、無理をして!!」

 

と倒れそうになった明久を支えた

明久の右肩からは、今も止めどなく血が流れている

だからか、久住と悠はハンカチを出すと結んで明久の傷口を縛った

その時

 

「この、ガキ共がぁぁぁぁ……」

 

と俊二が、ヨロヨロと立ち上がった

明久に殴られたからか、俊二の鼻からは血が溢れている

俊二は血走った目で三人を見ると、三人を指差し

 

「ガキ共、覚悟しろよ! 東藤家だけじゃねえ! 取り込んだ苧島の力も使って、終わらせてやる!」

 

と言った

その直後

 

「いや、そこまでだよ。東藤俊二君。君は苧島処か、東藤家の力すら使えないよ」

 

と男性の声が聞こえた

三人が後ろを見ると、そこに居たのはスーツ姿の男性

東方院宗継だった

 

「て、てめぇは……東方院の!」

 

「苧島書店は今朝、私が買収させてもらったよ」

 

俊二が驚いていると、宗継はそう言った

それを開いて、俊二は

 

「な!? それにしたって、金はどうした!? 幾ら東方院とはいえ、簡単に集められる額じゃ!」

 

と言った

すると、悠が

 

「それなら、この学園には何人の令嬢が通ってると思ってるんだい?」

 

と言った

その直後、次々と車が到着

中から次々と、居なかった生徒達が出てきた

その中には、かつて敵対した筈の麗の姿もあった

そして最後に

 

「明久さん! 大丈夫ですか!?」

 

「明久! 生きてるわね!?」

 

静歌と明恵が姿を見せた

 

「彼女達の家も出資してくれたが、一応の代表は私となっている」

 

「大人しくするんじゃな、小僧」

 

気付けば宗継の隣に、桐島影章の姿もあった

 

「だが、東藤の力すら使えないってのは!」

 

「それに関して、君の父親から伝言だ。『言うことを聞かないバカ息子など、もう知ったことか。煮るなり焼くなり、好きにしろ』だ、そうだ」

 

俊二の問い掛けに、宗継はそう言った

それを聞いて、俊二は歯を食い縛り

 

「あの、日より見親父があぁぁぁあ!」

 

と怒鳴った

その時、影章が杖で地面を叩いた

その直後、数人の黒服が現れた

すると、宗継が

 

「連れていけ、銃刀法違反で警察に引き渡せ」

 

と言った

それを開いて、黒服達は俊二を押さえ込んだ

 

「畜生! 離せ! 離せぇぇ!」

 

俊二は怒鳴るが、黒服は一切加減せずに俊二を結束バンドで拘束し、車に放り込んだ

それを見送ると、宗継と影章は明久に視線を向けて

 

「大丈夫か、明久君」

 

「二度目じゃな、悠が世話になったの」

 

と言いながら、明久に近寄った

その時、一台の車が止まり

 

「久住!」

 

「久住ちゃん!」

 

と中から久住の両親が出てきた

 

「お父さん! お母さん!」

 

久住は二人に駆け寄ると、二人と抱き合った

そして、明久は宗継の手配でエトワール私有地にある病院に担ぎ込まれた

幸いにも弾は貫通し、太い血管も傷つけてはいなかったらしい

翌日は絶対安静を言い渡され、面会謝絶となったが

入院して三日の間に、凄まじい数の見舞いが来た

その殆どが、エトワールの生徒達だった

そして明久として困ったのは、見舞い品の多さだった

個室に居るのだが、個室の左側にある棚は既に満杯状態だった

そして少し前に、明恵が来て苧島書店に関して話した

苧島書店は東方院財閥が中心となり、大きく人材の変更がなされたらしい

ただし、経営者は久住の父親が続投

俊二に従っていた者達は、全員閑職に回されたらしい

クビにしなかったのは、せめての温情らしい

そして明久が、窓の外をボーっと眺めていたら

 

『アキくん……入って、大丈夫?』

 

と久住の声が聞こえた

 

「大丈夫だよ」

 

と明久が入室を促すと、久住がオズオズと入ってきて

 

「傷……大丈夫?」

 

と明久に問い掛けた

すると明久は

 

「弾は貫通してたみたいだし、主要な血管も無事だから、一ヶ月もすれば退院だってさ」

 

と答えた

それを開きながら、久住は

 

「そう……」

 

と言って、椅子に座った

それを見て、明久は

 

「くす姉」

 

と久住に声を掛けた

すると久住は、涙声で

 

「私の行動の、せいで、また、アキくんが、怪我しちゃった……」

 

と喋った

どうやら、明久が撃たれたのを気にしているらしい

すると明久は

 

「でも、くす姉が撃たれるよりマシだよ」

 

と言った

それを開いて、久住が顔を上げると

 

「くす姉は女の子で、僕は男だ。男にとって、誰かを守って出来た傷は勲章だ。それが、好きな女の子なら、尚更だよ」

 

と言った

それを聞いて久住は、声を上げて泣いた

そして明久は、久住が泣き止むまで久住の頭を撫で続けた

この二週間後、明久は再びエトワールに向かうことになるが、それは後の話

この数年後、世界に名を轟かせる水泳選手が産まれることになる



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静歌編
予想外


三人目は、静歌だ!


「なんで居るのさ……静歌ちゃん……」

 

「あ、明久さん!」

 

Aクラスに来たのは、静歌だったらしい

 

「私、立候補したんです!」

 

どうやら、交換留学生に立候補

そして、立候補したのが静歌一人だったらしい

それを聞いた明久は、静歌に一言断ってからトイレに向かい、教室に戻った

そして、放課後

 

「プールは使わないんですか?」

 

と聞いたのは、静歌だ

問い掛けた理由は、明久がジャージ姿だからだろう

明久は体操しながら

 

「男子が使う屋外プールは、普通に水だからね。泳げないことはないけど、毎年誰かしら体調崩す人が出るから、今年は控えようって決めたんだ」

 

と説明した

 

「なるほど……」

 

「それじゃあ、僕は走り込みしてくるね」

 

納得した様子の静歌にそう言うと、明久は走り出した

走り出した明久を見送ると、静歌は近くを通り掛かった女子

愛子に、屋外プールの場所まで案内してもらった

そして部活動が終わると、二人で下校した

 

「そういえば、静歌ちゃんはどこに住んでるの?」

 

「あ、はい。私は、近くのホテルです」

 

明久が問い掛けると、静歌はそう答えた

 

「そこまでは、歩きで?」

 

「はい。健康にもいいですし」

 

明久の再びの問い掛けに、静歌はそう答えた

やはり、健康面にも気を使っているようだ

 

「あ、僕の住んでる家はそこ……」

 

明久は言葉の途中で固まった

なぜならば、明久の住むアパート

その前に、二台の車が止まっていたからだ

しかも、静歌が

 

「あのベンツは……」

 

と黒塗りのベンツを見て、呟いた

 

「あのベンツ、知ってるの?」

 

明久が問い掛けると、静歌は

 

「はい。あのナンバーは、御父様のベンツです」

 

と言った

そして明久は、もう一台

白いワゴン車を見て

 

「ってことは、あのワゴン車はうちのだなぁ……なんだろ」

 

明久はそう呟くと、首を傾げながらアパートに向かった

そして、静歌と二人で入ると

 

「だっはっは! 中々な飲みっぷりだな! 東方院の!」

 

「そっちこそ! 中々ではないか! 吉井の!」

 

ガタイのいい二人の男性が、出来上がっていた

それを見た明久が両手両膝を突いて

 

「なんでさ……」

 

と呟き、静歌は何が起きているのか分からないらしく、固まっていた

すると、二人が居る居間手前のキッチンから明恵が現れて

 

「あら、おかえり」

 

と言った

更にそれに続き、もう一人女性が現れた

その女性を見て、静歌が

 

「御母様!」

 

と驚いた声をあげた

すると、静歌の母親

東方院香代子が

 

「あら、静歌ちゃん。元気?」

 

と朗らかに問い掛けた

それに静歌が答え、香代子が抱き締めているのを横目に

 

「母さん、何が起きてるの」

 

と明恵に問い掛けた

すると、明恵は

 

「いやね、本当に偶然なのよ」

 

と語りだした

なんでも、明恵達は吉井家が出資してる文月学園がキチンと運営されてるか、抜き打ちで見にきたらしい

そして東方院の方は、静歌が来た文月学園がどういう所か気になって来たらしい

そして、互いに職員室から出た時に出会い、どういう訳か、男二人が一瞬にして意気投合

近くだった明久の部屋に来て、飲み会を始めた

ということらしい

 

「なんで、そうなった……」

 

「私にも分からないわよ」

 

明久が再び両手両膝を突くと、明恵がそう言った

すると、香代子が

 

「貴方。明久君が来たわよ」

 

と言いながら、宗継の頭にハリセンを叩き込んだ

すると宗継は、明久の方に振り向いて

 

「おお、明久君。お邪魔しているよ」

 

と言いながら、片手を上げた

 

「あ、はい。いらっしゃいませ」

 

この時の明久は、そう言うので精一杯だった

そして明久は

 

「こうなったら、料理作ってやる」

 

と言って、制服の上着を脱いだ

 

「あら、明久君は料理が?」

 

「御母様。明久さんの料理は、プロ級なんです」

 

香代子が首を傾げると、静歌がそう言った

そして、数十分後

 

「どうぞ!」

 

と明久が出したのは、エビチリと回鍋肉だった

そして、明久の料理を食べて明恵は

 

「明久。また腕を上げたわね」

 

と言った

そして、東方院両親は

 

「これは……」

 

「素晴らしい……」

 

と言っていた

なお、静歌は

 

「やっぱり、勝てる気がしません」

 

と言った

なお、東方院両親の言葉を聞いて、明久が片手を突き上げていた

そして、明久が帰ってきてから二時間後に、ようやく東方院親子と明恵達は部屋から去ったのだった

そして、明久は最後にポツリと

 

「……寝よう」

 

と呟くと、シャワーもそこそこに布団に潜り込んだのだった



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優しさ

基本的に、この作品は短いです


翌日、明久は朝練の為に早くに学校に来た

すると、プール周りに朝練参加部活の生徒達が集まっていた

なんだろうと思い、明久も近寄り分かった

プール周りに、高い足場が組まれていたのだ

 

「なにあれ」

 

と明久が呟くと、人ごみの中から海が現れて

 

「明久!」

 

と明久に近寄ってきた

 

「海先輩、これは……」

 

「それが、一時間位前にいきなり来て、工事するって」

 

明久が問い掛けると、海はそう答えた

そして明久は、立てられた看板に視線を向けた

その施主の所には、東方院財閥と書かれてあった

 

「え、東方院財閥?」

 

と明久が驚いた時

 

「おはようございます、明久さん」

 

と静歌の声が聞こえた

静歌に顔を向けて、明久は

 

「ねえ、静歌ちゃん。これ」

 

と看板を指差した

すると、静歌が

 

「はい。昨日、私が御父様に頼みました」

 

と言った

そして、説明された

昨日、東方院宗継が見に来ていて、屋外プールを知っていて、そのプールが明久達男子水泳部が使っていることを静歌から聞いた

そうして宗継は、早急に会社に戻ると文月学園のプール改修工事を提案

明久や海といった将来有望な水泳選手を育成するためにと、改修工事を採決させた

そして今朝、傘下企業が工事に入ったらしい

 

「流石は、天下の東方院財閥だね……」

 

「本当に……」

 

海の半ば呆然とした言葉に、明久は同意した

確かに、まさか一日足らずで動くとは思わなかったのだ

 

「明久さん達が寒い思いせずに、満足に練習してほしかったんです」

 

「ありがとう、静歌ちゃん」

 

静歌の言葉を聞いて、明久は礼を述べた

 

「確か、工事は二週間程だと聞きました」

 

「結構早いな」

 

「腕利きの業者さんたちらしいです」

 

海の関心した様子の言葉に、静歌はそう説明した

 

「本当、流石は東方院財閥……そういう企業も有るんだなあ」

 

と明久が言うと、愛子が来て

 

「海先輩、承諾取れました。更衣室、使ってください」

 

と言った

 

「ありがとう。皆! 屋内プールの更衣室で着替えるよ!」

 

「うっす!」

 

海の言葉を聞いて、男子達は一斉に返事をした

そして男子達は、屋内プールの更衣室で着替えると朝練のマラソンを始めた

なお、この件に関して男子達は静歌を崇めるようになった

そして明久達が走っている間に、静歌は明久の為にスポーツドリンクを用意

明久が止まると、明久にスポーツドリンクを手渡した

そして明久と静歌が談笑していると、それを見ていた男子達が羨ましそうに見ていた

この時、学園近くに停まっていた車の窓から怪しい光が見えたことに、誰も気付かなかった

そして、嫌な動きが始まる



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予兆

翌日の放課後

マラソンから明久が帰ってきた時だった

 

「あ、明久!」

 

と海が慌てた様子で、明久に駆け寄ってきた

 

「どうしたんですか、海先輩?」

 

と明久が問い掛けると、海は

 

「これ、見たか!?」

 

と明久に、携帯の画面を見せた

そして、携帯を見た明久は

 

「なにこれ」

 

と自分でも驚くほどに、低い声を漏らした

海が見せたのは、学園生徒だけが使えるコミュニティーチャット

それの裏版だった

そこには、こう書かれていた

 

《水泳部の吉井明久とかの大財閥の御令嬢が付き合ってる!?》

 

《あの野郎、調子に乗るなよ!?》

 

《どうせ、あの野郎が騙してるんだろうぜ》

 

《あいつの練習、邪魔してやれ!》

 

《そうだそうだ!》

 

と書かれていた

そこまではいい

自分に来るなら、ある程度は対処出来る

しかし

 

《だけどよ、あのお嬢様もチョロすぎね?》

 

《そういや、一時期あいつ学校に来なかったよな》

 

《どうせ、その間に出会って騙したんだろ》

 

と書いてあった

実は、明久が事故にあったことは学校の生徒の殆どが知らない

夏休み期間だったために、知られなかったのだ

一応学内新聞にて知らせてはいたが、マジメに読んだ者は殆ど居なかった

だから、何故明久がエトワールに行けたのかも知られていない

文月学園学園長、藤堂カヲルは、そういう所がかなり適当だった

それが災いしていた

 

「流石に、誹謗中傷は頭に来るなぁ……」

 

自分だけの影口や悪口

妨害等は、明久は大抵は受け流せる

しかし、他の人を巻き込むやり方は明久は嫌いだった

特に、恋人の静歌を悪く言われるのは頭に来ていた

 

「とりあえず、風紀委員会に学園内の巡回強化をお願いしてくる。少しの間、我慢してくれ」

 

海はそう言って、校舎に走っていった

そして明久は、振り向いた

その時、明久は見つけた

静歌が、近くに居たことに

しかも、静歌の顔は張り詰めていた

 

「静歌ちゃん……聞いてた?」

 

「い、いえ……」

 

明久からの問い掛けに、静歌はそう言って首を振った

しかし、明久は気付いていた

静歌が、先程の話を聞いていたのだと

そして、静歌は責任感が強い娘である

 

(頼むから、何も起きないでよ)

 

と明久は思いながら

 

「さてと、僕はまた走ってくるね。タイムお願い」

 

と言った

すると静歌は

 

「あ、わ、わかりました」

 

と言って、ストップウォッチを持った

それを見た明久は、グラウンドのトラックに立ち

 

「じゃあ、最初は100mから行くよ」

 

と静歌に言った

すると静歌は、ストップウォッチをしっかりと持って

 

「はい! 何時でもどうぞ!」

 

と促した

それを聞いた明久は、クラウチングスタイルを取って静歌に視線を向けた

すると静歌が

 

「では、よーい……スタート!」

 

と言いながら、ストップウォッチを押した

それと同時に、明久は走り出した

何も起きないで、と祈りながら



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暴挙

翌日、天気は生憎の雨

明久達水泳部は、校舎内で筋トレや走り込みをしていた

そしてそれが起きたのは、明久が階段で走り込みをしていた時だった

頭上から、バケツが落ちてきたのだ

そのバケツは避けたが、落ちた拍子に水が飛び散った

それ自体は、問題ない

しかし、もしバケツが直撃していたら怪我をしていたかもしれない

すると、明久と一緒に走り込みをしていた男子が

 

「誰だ! 危ないだろ!?」

 

と怒鳴った

だが、誰も現れない

そこに、一人の教師が現れて

 

「何が起きた?」

 

と問い掛けてきた

その教師に、明久と男子が説明した

それを聞いて、教師は

 

「分かった。怪我は無いんだな?」

 

と明久達に確認した

それに対して

 

「まあ、少し濡れましたが大丈夫です」

 

「大丈夫っす」

 

と二人は返答した

それを聞いて、教師は

 

「なら良かった。一応、この事は職員会議に出す。すまないが、片付けを頼む」

 

と二人に後片付けを頼み、職員室の方に去った

そして二人で後片付けしていた

その時、頭上からガタガタとけたたましい音が聞こえてきた

二人が見上げるとら大量の掃除用具が落ちてきていた

それを見た二人は、一斉に退いた

掃除用具は直撃しなかったが、もう一人の男子は余程慌てたのか転びそうになった

それは明久が支えて転ばなかったが、男子は怒り心頭と言った様子で

 

「ふざけんじゃねぇぞ! 誰だこらぁ!!」

 

と怒鳴った

その直後、西村が現れ

 

「どうした、何があった?」

 

と二人に問い掛けた

その問い掛けに二人は、起きたことを全て話した

すると、西村は

 

「昨日、阿藤から話を聞いてから見回りをしていたんだがな……すまんな」

 

と謝罪した

よく見れば、西村の腕には見回りと書かれた腕章があった

どうやら、見回りの最中だったようだ

 

「二人に、怪我は無いんだな?」

 

「はい、なんとか」

 

「大丈夫っす」

 

西村の問い掛けに、二人はそう返答した

すると西村は

 

「俺も手伝おう。手早く片付けて、二人は他の部員に合流を」

 

と言った

その時、階下から

 

「あ、明久さん!」

 

と静歌が現れた

 

「静歌ちゃん」

 

「遅いから、探しにきました!」

 

どうやら、走り込みをしていた明久達が遅かったから探しにきたらしい

確かに

当初の予定ならば、とっくに合流していた時間だった

すると静歌は、落ちている掃除用具を見て

 

「何があったんですか?」

 

と明久に視線を向けた

誤魔化すことは出来ないと悟り、明久は起きたことを全て話した

すると、静歌は辛そうな表情で

 

「そんな……私のせいですか?」

 

と言った

すると西村が

 

「いや、東方院のせいでは断じてない。吉井の功績を素直に認められない愚か者達が悪い。東方院は気にするな」

 

と言った

その言葉を聞いて静歌は一度は頷いたが、その表情は暗かった

そして片付けが終わった後、明久達は他の部員達と合流

なるべく、全員と一緒に居るようにした

そのためか、今日は何も起こらなかった

翌日の朝、学園長が全生徒を集めて朝会が行われた

その内容はもちろん、昨日行われた暴挙だった

それを言って、誰がやっているか分からないが二度とやらないように

と告げて、これから暫くの間は手空きの教師による見回りをすると言った

その後、水泳部が二月に行われる都大会に出場が決定したとし、直接出る明久を含めた数名を壇上に呼び出して激励した

だがその放課後、その水泳部がランニングをしていた所にバイクで突っ込んできた輩が居た

近くに居た教師が捕まえようとしたが、そのバイクは素早く逃げた

そういった妨害は度々起きたが、怪我人が出なかったのは幸いだった

しかし、それが自分のせいと思った静歌は気付けば水泳部の活動に来なくなった

それだけでなく、明久の部屋にも戻らなくなった

それが気になり、明久は練習に身が入らなくなった

しかしそれでも、時は過ぎて都大会当日になった

以前までだったら、静歌が明久に同行していただろう

しかし、今は居ない

そして、受付を済ました時

 

「あれ、海先輩は?」

 

と明久は、海が居ないことに気付いた

すると、一人の部員が

 

「部長なら、忘れ物したって言って、戻ったぞ」

 

と言った

 

「忘れ物?」

 

「ああ、大事な忘れ物だとよ」

 

明久のその問い掛けに、その部員はそう言った

そして無情にも、時間は迫る

明久の心は、虚しかった

 




忘れてました
割烹にて、アンケートをします
次のヒロインを決めますので
残りは二人
1と2です


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起爆剤

「私は……」

 

と言ったのは、一人学校の屋外プールの更衣室に居た静歌だった

今静歌は、今後どうすればいいのか悩んでいた

 

「私が居たら、明久さんや皆さんが怪我するかもしれない……」

 

静歌はそこまで言うと、俯いて

 

「どうすれば……」

 

と頭を抱えた

その時、外に出るドアが開いて

 

「ああ、やっぱりここに居たね」

 

と海が現れた

すると静歌は、驚いた表情で

 

「え、海先輩!? なんで!?」

 

と声をあげた

すると海は、微笑みながら

 

「なんでって、忘れ物をしたからさ」

 

と言って、静歌に近づいた

 

「忘れ物……ですか?」

 

海の言葉を聞いて、静歌が首を傾げた

すると海は

 

「そう。明久にとっての特大の起爆剤の君をね」

 

と言った

それを聞いて、静歌は

 

「でも、私が居たら……皆さんに迷惑が」

 

と言った

だが、それを聞いて海は

 

「一度でも、僕たちが君が居たら迷惑だ。なんて言ったかい?」

 

と問い掛けた

すると静歌は、首を振りながら

 

「いえ、言ってません……ですが」

 

と何かを言おうとした

しかし、それより前に海が

 

「まあ、確かにね。一部の連中が妨害を仕掛けてきてる。だけど、僕たちだって後手に回るだけじゃない。対策もしたさ」

 

と言った

そして、続けて

 

「そいつらには報いを受けてもらうとしてだ……君は最近、明久が練習に身が入ってないって知ってたかな?」

 

と静歌に問い掛けた

すると静歌は

 

「そう、なんですか?」

 

と首を傾げた

すると、海は頷いて

 

「そうなんだ。そしてそれは、僕の見立てでは……君が明久の近くに居ないからだ」

 

と言った

 

「私が、居ないから……?」

 

静歌が不思議そうに首を傾げると、海は頷き

 

「そう。明久にとって、君は大切な存在なんだ」

 

と言った

そして、続けて

 

「だから僕は、明久の大事な忘れ物……君を呼びに来たんだ」

 

と言った

すると静歌は立ち上がり

 

「大会の場所は、何処でしたでしょうか?」

 

と海に問い掛けた

その問い掛けに、海は素直に場所を教えた

すると静歌は、一気に更衣室から走り去った

それを見送り、海は

 

「お膳立てはしたよ、明久……後は、君次第だ」

 

と言った

そして、数十分後

その大会の場所では、明久が入場していた

だがその明久本人は、何とも気が抜けた表情だった

明久は今から、大事な個人メドレーの決勝戦だ

今までは、明久の実力ならば何ら問題はない予選だった

しかし、この決勝戦は違う

今ここに集まっているのは、その予選を越えてきた猛者達だ

その実力は、今の明久では危うい

しかし、どうしても明久は本気が出せなかった

その理由は、明白

関係者用応援席に、静歌の姿が無いからだ

そして、明久の名前が呼ばれて台に乗った

その時だった

 

「明久さん!!」

 

と待ち人の声が聞こえた

そして、声がした方

関係者用応援席に目を向けてみれば、そこには静歌の姿があった

走ってきたのだろう

呼吸が荒いのが見てとれた

そして、明久が軽く目を見開いていると

 

「頑張ってください! 明久さん!!」

 

と静歌は、応援した

そして少しすると明久は、獰猛な笑みを浮かべて片手を上げた

そして

 

(僕も現金な奴……一気に、やる気が沸いてきた。負ける気がしない!)

 

と全身にやる気が満ちたのを自覚した

そして明久は、スターターの音と同時に飛び込んだのだった



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行く末

割烹にて、次のアンケやってます
とはいえ、後二人ですが


大会が始まってから、約一時間後

明久はどうにも、試合に集中しきれていなかった

予選は突破したが、本調子とは言えなかった

そのタイムは、ベストタイムより遅かった

そして今明久は、準決勝戦のために文月学園に割り振られたロッカールームから出た

その時だった

 

「明久さん!」

 

と彼女の声が聞こえた

明久が振り向くのと同時に、彼女

東方院静歌が、明久に飛び付くように抱き付いた

走ってきたらしく、息が荒い

そんな静歌を抱き留めた明久は

 

「静歌ちゃん……」

 

数日振りに、静歌の温もりを感じた

そして、明久が静歌の頭を撫でていると静歌が顔を上げて

 

「明久さん……私、もう離れません」

 

と言った

その目には、強い意思を感じさせる光があった

 

「私は生涯、明久さんの隣を歩きます……だから、明久さん……勝ってください!」

 

その言葉を聞いた直後、明久は自身の体に力が満ちるのを感じた

それに、内心

 

(単純だなあ……僕って)

 

と苦笑した

そして、しっかりと静歌の目を見て

 

「わかった……必ず、優勝してくるよ」

 

と宣言した

そして、最後に静歌の頭を撫でると

 

「それじゃあ、行ってくるよ!」

 

と左腕を突き上げて、歩いていった

この後明久は、その宣言の通りに優勝

2位とのタイム差は5秒も開き、ベストタイムを三秒も速めた結果だった

そして明久は、全国大会のキップを手に入れたのだ

この後のことを説明すると、職員室のとある人物の机の上に掃除用具を落とそうとする写真や、バイクの傍でヘルメットを脱いでいる写真数枚が置かれていた

それを見たその人物は、凄い形相でその生徒達を連行

全員に、地獄のような補習を課した

そして逃げれば、もれなく倍になったらしい

その後明久は、全国大会も優勝

将来有望な水泳選手として、名を馳せた

そして卒業後は、東方院グループ所属の水泳選手として活躍

世界水泳に出場することが決まった

そして、卒業から数年後

 

「うぁぁぁぁ……緊張する」

 

スーツ姿の明久が、体をガチカチにしてある部屋に居た

その隣には、ドレス姿の静歌が優雅に微笑んでいた

そして、緊張している明久に

 

「大丈夫ですよ、明久さん。あんなに練習したじゃないですか」

 

と助言した

すると、明久は頷いてから

 

「わかってるけどね……やっぱり、義父さんと義母さんに直接言うとなると……」

 

と言った

これから二人は、両方の両親の前で誓いの言葉を言うことになっている

それを以て、東方院グループは明久を静歌の婚約者として発表することになっている

なお、本来だったらもっと早くに発表するはずだったのだ

しかし、明久の

 

『世界水泳のキップを取るまで、待ってください』

 

という言葉を、宗継が受け入れたのだ

明恵が受け入れた理由を問い掛けたら、宗継は

 

『漢の願い、受け入れないわけがないだろう』

 

とのことだった

どうやら、明久の目に漢を感じたらしい

そして、明久が何度目かの深呼吸をした時、ドアがノックされた

どうやら、来たらしい

二人が返事をすると、ドアが開いて四人が入ってきた

そして、二人の正面に立った

それを見て、二人は一回顔を見合わせてからしっかりと誓いの言葉を口にしたのだった



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巴編
来たのは


誰も入れてくれなかったので、独断で巴にしました


「なんで居るのさ……巴ちゃん」

 

「どもです、先輩!」

 

そこには、巴が居た

 

「ごめんね、巴ちゃん。先にトイレ行かせて」

 

「はい、どうぞ」

 

巴に断り、明久はトイレに行った

そして、放課後

 

「雅ちゃんも?」

 

「はい。とはいえ、今は仕事で居ませんが」

 

明久と巴は、ランニングしながら会話していた

それを見ていた水泳部一同は

 

『器用だなあ』

 

と思っていた

何故なら、二人は会話しながらきちんと足下の石を避けて、曲がり角も一度止まっていたからだ

そしてランニングが終わると、巴が

 

「そういえば、プールで泳がないんですか?」

 

と明久に問い掛けた

すると、体を解しながら明久が

 

「男子水泳部は温水じゃないんだよね……それに、外だから辛いんだ」

 

と説明した

その時、海が

 

「それに、今年は例年より冷えるみたいだからね。今年は、控えようって話になったんだ」

 

と説明した

それを聞いて、巴が

 

「泳げないのは、辛そうですねぇ」

 

と言った

すると、明久が

 

「まあ、しがない一般学園だしね。エトワールみたいにお金が無いから」

 

と肩を竦めた

文月学園は色々と特殊なために、お金を必要としている

その為、スポンサーを募ってお金を貰っているが、大半が学園の修繕費用に使われている

それにより、外プールの改修にまで回らないのだ

話では、少しずつだが貯めているらしいので、もしかしたら何時かは改修されるかもしれないが

 

「あ、それに関して連絡。明日、プール借りれたから」

 

「え、借りれたんですか?」

 

海の言葉を聞いて、明久は驚いた表情を浮かべた

すると海は

 

「ああ。向こうのご厚意で、格安で借りれたんだ」

 

と言った

すると、巴が

 

「あの、どこなんですか?」

 

と問い掛けた

すると明久は

 

「郊外にある、屋内温水プールだよ。近くにゴミ焼却施設があって、そこでゴミを燃やす時の熱で、プールが温かいんだ」

 

と説明した

 

「なるほど」

 

明久の説明を聞いて、巴は納得したように頷いた

すると海が

 

「明日、水着持ってくるように! 放課後は、外のプールに行くからな!」

 

と部員達に説明した

その後、明久と巴は一緒に帰っていた

すると、明久が

 

「そういえば、巴ちゃんは何処に住んでるの?」

 

と巴に問い掛けた

すると、巴が

 

「同じ街なんですが、凄い端なんですよ」

 

と言った

そして巴は、携帯で地図を表示

自分の住んでる家の位置を指し示した

 

「あー、本当だ……バスでも、10分以上掛かるね」

 

その位置を見て、明久はそう言った

すると巴が

 

「それで……良かったら、泊めてほしいんですけど……」

 

と恥ずかしそうに言った

そして

 

「タダでとは言いません! 家事だって手伝いますから!」

 

と言った

それを聞いて、明久は少し考えて

 

「ん、わかった」

 

と頷いた

すると巴が

 

「い、いいんですか!?」

 

と驚いた表情で明久を見た

すると明久は

 

「流石に、この距離は辛いからね……巴ちゃんのご両親が許してくれたらだけども」

 

と言った

すると巴は、携帯を操作しながら

 

「大丈夫です! 両親、放任主義なんで!」

 

と言って、携帯を耳に当てた

そして、数分後

 

「許可貰ったんで、いいですか?」

 

と言った

その言葉を聞いて、明久は

 

「ん、じゃあ、行こうか」

 

と明久は、巴を家に案内した

そして、巴は

 

「本当に、一人暮らしだったんですね」

 

と言った

 

「うん、姉さんから逃げる意味を込めてね……」

 

「どんなお姉さんなんですか?」

 

巴の問い掛けに、明久は遠い目で明後日の方を見た

そして約二時間後、巴の両親が巴の荷物を持ってきた

こうして、同居が始まったのだった



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嵐の前の

「かなり広いですねぇ」

 

「でしょ? この街一番のプールだよ」

 

巴の言葉を聞いて、明久はそう言った

今明久達が居るのは、件の屋内プールの待合所である

今海が、責任者と手続きに向かっている

そして、談笑すること数分後

 

「お待たせ」

 

と海が現れた

 

「許可が取れたから、全員中に」

 

その言葉を聞いて、待っていた部員達は次々に中に入っていった

すると、明久が

 

「そういえば、今日はよく借りれましたね?」

 

と海に問い掛けた

すると海は

 

「なんでも、本当は別の団体が借りてたんだってさ。ただ、昨日急にキャンセルされたんだって」

 

と説明された

だから、格安で借りれたのだろう

それを聞いて、明久は

 

「ま、その団体には感謝しときましょうか」

 

「そうだな」

 

明久の言葉を聞いて、海は微笑みながら頷いた

それから数分後、男子水泳部員一同は準備運動をしていた

そして、明久のサポートには巴が着いていた

すると、明久が

 

「そういえば、雅ちゃんには付いてなくていいの?」

 

と共に問い掛けた

すると巴は

 

「あぁ、それが……お姉様は今月中はかなりお仕事が忙しいみたいなんですよ。なんでも、映画に出演するのが決まったとかで」

 

と言った

それは、今から約二週間程前になる

その日雅は、何時ものようにCM撮影を終了

一緒に来ていたマネージャーと、事務所に帰ろうとした

その時に、ある映画監督が現れて

 

『実は、起用予定だった女優が、病気で出れなくなってしまったんだ。代わりに、出てみないか?』

 

と直接オファーに来たらしいのだ

それを聞いた雅は、それを自身の映画界進出への第一歩と位置付け、きちんと社長と話し合った上で快諾

撮影に入ったらしい

そして、気になる映画の内容は

 

「なんでも、凄腕の女スパイが敵の男スパイと恋に落ちて、共に戦うという感じらしいですよ」

 

「それはまた、雅ちゃんにお似合いの配役だねぇ」

 

巴の説明を聞いて、明久は思わずそう言った

その理由は、まず雅は運動能力が軒並み高い

更に容姿も優れており、普段から醸し出されるミステリアスな雰囲気がスパイには向いているように思えたからである

明久の言葉を聞いて、巴が

 

「ですよねぇ。私も思わず、そう言ってしまいましたよ。そしたらお姉様が『その替わりに、今月中は学園には行けそうにないわね。明久に会えないのが残念だわ』と言ってました」

 

と言った

すると明久は、苦笑いで

 

「それ、からかえないからって意味だと思うんだよね」

 

と言った

それを聞いて、巴が笑っていると

 

「全員、集まれぇ! 今から、タイム測定をするぞ!」

 

と海が声を上げた

それを聞いて、明久達は準備運動を終わらせてから海の所に向かった

こうして、二人の運動家の物語が始まった

しかしそれは、波瀾にまみれた物語だった



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一騒動

屋内プールでの活動の翌日の昼休み

明久と巴の二人が歩いていた時、一人の女子が

 

「あの……もしかして、陵華中学の日秀巴さん……ですか?」

 

と巴に問い掛けた

 

「はい、そうですけど……」

 

その女子の問い掛けに、巴はそう答えた

すると、その女子は目を輝かせて

 

「やっぱり! あの、二年前の試合観ました!」

 

と言って、巴の手を握った

どうやら、ファンのようだ

 

「あ、ありがとうございます」

 

その女子の勢いに押されて、巴はそう言うことしか出来なかった

すると、その女子が

 

「それで私、女子テニス部に入ったんです! あの、指導に来てもらってもいいでしょうか!?」

 

と提案した

それを聞いて、巴は

 

「でも、私……先輩の……」

 

と言いながら、明久に視線を向けた

すると、明久は

 

「巴ちゃん、行ってきたら?」

 

と巴に言った

すると巴は

 

「え、いいんですか?」

 

と困惑した様子で問い掛けた

その問い掛けに、明久は

 

「まず試しに行って、必要無さそうだったらこっちに来るって形にしたらどうかな?」

 

と言った

それを聞いて、巴がその女子に視線を向けると

 

「それで構いません! お願いします!」

 

と言いながら、頭を下げた

それを見て、数秒後

 

「……わかりました。不肖私が、見に行きます」

 

と女子の願いを受け入れた

すると、その女子は嬉しそうに

 

「ありがとうございます! では放課後、グラウンド端のテニスコートに来てください!」

 

と言って、走り去った

それを二人は見送り、たまたま近くに居た海が

 

「巴ちゃんって、そんなに有名なの?」

 

と明久に問い掛けた

その問い掛けに、明久は

 

「かなり有名な、テニスプレイヤーですよ」

 

と言って、携帯で検索

そして見せた

すると海は

 

「そんな子が、居たんだ……」

 

と感心した様子で頷いた

そして放課後

 

「では、先輩。いってきますね」

 

と巴は、グラウンドの端にあるテニスコートに向かった

それを見送り、明久は水泳部に合流

活動を開始した

そして、校外ランニングが終わってグラウンドに入った

その時だった

 

「調子に乗らないで、一年ごときが!」

 

と女子の怒鳴り声が聞こえた

視線を向けると、そのテニスコートで三年生らしい女子の一人が巴を呼んだ女子の前に居た

その三年女子を別の女子が止めようとしているが、よほど頭に来ているらしく突き飛ばした

そして、その女子に向かって

 

「私が、そいつに劣っているとでもいうの!?」

 

と癇癪染みた声を上げながら、迫った

すると、その女子は

 

「いえ、私は。巴さんと先輩のどっちが強いのか気になっただけでして!」

 

と慌てた様子で言った

すると、三年女子が

 

「そういうことを考えてる時点で、私をバカにしてるじゃない!!」

 

と怒鳴った

すると海が

 

「あちゃあ……高杉か」

 

と額に手を当てた

 

「知り合いですか?」

 

「一応、クラスメイトだよ」

 

明久の問い掛けに、海はそう答えた

そして、続けて

 

「あいつ、両親が有名なスポーツ選手で、あいつ自身もスポーツ万能な奴なんだ。特に得意なのが、テニスでね。だからあいつ、凄い自信家なんだ」

 

と言って、テニスコートの方に向かった

どうやら、止めに入るつもりのようだ

他の女子に止められていて、高杉はなんとか止まっているが、何時手を出すか分からなかった

そして、海と明久がテニスコートに入った

その時

 

「あんたみたいな奴が、嫌いなのよ!」

 

と言って、持っていたラケットを投げた

 

「やばっ!?」

 

海が慌ててた時、明久が既に動いていた

そのラケットの行き先が、巴だったからだ

そして明久は、巴の前に割り込んでラケットを掴んだ

そして明久は、そのラケットを放した

 

「せ、先輩!」

 

「大丈夫、巴ちゃん?」

 

明久はそう言いながら、右手をヒラヒラと振るった

すると海が

 

「高杉、落ち着け! 興味の言葉に、何過剰反応してるんだ!」

 

と高杉の肩を掴んだ

すると高杉は

 

「ああいう言葉、大嫌いなのよ!」

 

と言って、巴に視線を向けた

そして

 

「そこのあんた! 私と勝負よ!」

 

と巴に言った

こうして、騒動が始まった

 



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マッサージ

巴編は、原作とは違う展開になります


帰宅後

 

「はあ……」

 

「大丈夫、巴ちゃん?」

 

深々と溜め息を吐いた巴を見て、明久は問い掛けた

すると巴は、苦笑いを浮かべて

 

「はい、なんとか大丈夫です」

 

と返答した

しかしその顔には、疲労が見て取れた

あの後、テニス部の顧問が来て仲裁されたが、相手たる高杉は諦めなかった

そこで出された提案が、校内試合だった

一対一で試合することになり、巴もそれを受諾

その日程がなんと、明久達水泳部が出場する大会の日だった

それを聞いた明久は、大会への出場を控えようと思った

しかし、巴が

 

『先輩は、大体に出てください』

 

と言ったので、断念した

しかし明久は、自主練の時間を短縮

巴のサポートをすることにした

その一環として、料理は全て明久が作ることにした

巴は、食器の準備だ

そして、料理もなるべくバランスの良いものにした

そして、作った料理を並べて

 

「いただきます」

 

と二人は、声を揃えて食べ始めた

そして食事が終わり、巴が入浴している間に明久は部屋の本棚からマッサージの本を取り出して

 

「久しぶりに読むなぁ」

 

と明久は呟いて、開いた

そして、約三十数分後

 

『出ましたぁ』

 

と巴の声が聞こえて、明久は部屋から出た

そして、巴を見つけると

 

「巴ちゃん、ちょっと来て」

 

と巴を手招きした

すると巴は、小首を傾げて

 

「どうしました、先輩?」

 

と近寄ってきた

それを明久は

 

「とりあえず、部屋に入って」

 

と部屋に招き入れた

そして巴が入ると、ベッドを指し示して

 

「ベッドにうつ伏せになって」

 

と言った

それを聞いて、巴はベッドに寝転がった

それを確認した明久は、うつ伏せになった巴の上に股がり

 

「久しぶりだから、痛かったら言ってね」

 

と言うと、マッサージを始めた

すると巴が

 

「ふあぁぁ……気持ちいいですぅ……」

 

と声を漏らした

それを聞いた明久は

 

「良かった……一応、数少ない特技の一つだったんだ。ただ、一人暮らし始めてからはしてなかったんだ」

 

と安心した様子で言いながら、マッサージを続けた

すると明久は

 

「あ、背筋が凄い固い……無駄な力が入ってるのか、姿勢が悪いのかな?」

 

と言った

それを聞いた巴が

 

「あ、それは中学時代の顧問の先生に言われました……『日秀は少し力を入れすぎだから、もう少し力を抜け』と……」

 

と言った

それを聞いた明久も

 

「かもね……相当固いよ? よっと」

 

と言いながら、両手親指で巴の背筋を解していった

そして、十数分後

 

「終わったよ、巴ちゃん」

 

と明久が声を掛けるが、返答がない

すると明久は

 

「巴ちゃん?」

 

と問い掛けながら、巴の顔を覗き込んだ

すると巴は、スヤスヤと寝ていた

それを見た明久は、微笑みを浮かべて

 

「まあ、いいか」

 

と言って、一旦巴を少し退かしてから下にあった掛け布団を巴に被せた

そして、明久も入浴

入浴から戻っても、まだ眠っていた

よほど、リラックス出来たらしい

 

「こうなったら、仕方ないよね」

 

明久はそう言うと、巴を少しずらしてからその隣に入り

 

「おやすみ、巴ちゃん」

 

と言って、眠ったのだった



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二人の結果

次回は、最後のヒロイン
悠です
完全オリジナルになります


時は経ち、巴の試合日

明久にとっては、大会当日

巴はグラウンド端のテニスコート

明久は大会会場のロッカールームに居た

巴のコンディションは、明久のお蔭もあり最上

明久も、それに釣られて最上だった

後は、二人で最高の結果を出せばいいだけである

巴は、高杉に勝利する

明久は大会を制し、優勝する

二人は出る時にそう約束した

 

「ではこれより、校内試合を行います! 両者、前へ!」

 

テニス部顧問に言われて、高杉と巴は前に出た

そして、ネット越しに

 

「私の踏み台になってもらうわよ」

 

「そう簡単には負けません」

 

と短く火花を散らした

そして明久は、ロッカールームで準備運動をしていた

その気迫は、他の部員達が押されていた

その時、ロッカールームのドアが開いて

 

「登録ナンバー38番。吉井明久選手、出番です」

 

と係員が呼びに来た

それを聞いた明久は、振り向いて

 

「わかりました」

 

と告げて、係員の後に続いた

そして会場入りすると

 

『第五レーン、文月学園所属……吉井明久選手』

 

と呼ばれてから、飛び込み台に上がった

その頃、学園では

 

「ファーストサーブ、日秀巴!」

 

巴がファーストサーブで、始まろうとしていた

そして巴は、ボールを持つと

 

(先輩……私頑張りますから、先輩も頑張ってください)

 

と内心で明久にエールを送っていた

そしてそれは、明久も同じだった

明久も、スターターを今か今かと待ちながら

 

(巴ちゃん、頑張ってね……僕、優勝するから!)

 

と巴にエールを送っていた

そのタイミングで、スターターが鳴り、明久を含めた全選手は一斉に飛び込んだ

ほぼ同時刻、巴のほうも試合が始まった

 

◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇

 

あの後のことを言えば、明久は大会を圧倒的な記録で優勝

巴は高杉相手に善戦

最初に1セット取られたが、それ以降は1セットも取らせなかった

全て、ダブルスコア処ではない点数で勝利した

その後二人は、学生にして名の知れたスポーツ選手カップルとして一躍有名になった

それから時は経ち、数年後

 

「巴は、次は何の大会だっけ?」

 

「私は全英女子ですね。明久さんは確か、世界大会でしたよね? アメリカで」

 

「だねぇ」

 

と二人は、自宅から出ながら会話していた

二人は卒業後、高鷲グループの団体に所属

正に、日本が世界に誇るトップ選手になった

なお二人とも、オリンピックにも出場が決定している

今回の大会は、その中間点という感じだった

そして二人は、高鷲グループが用意した車に乗った

すると車は、静かに走り出した

行き先はもちろん、空港だ

その車中で、明久は恥ずかしそうに

 

「ねえ、巴……この大会が終わったらさ……」

 

と巴に話しかけたのだった



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悠ルート
悠の考え


オリジナルストーリーです


「ゆ、悠さん!?」

 

「やあ、明久君」

 

明久は驚くが、悠は至って平常に挨拶してきた

すると明久は、悠に近寄り

 

「副会長が来て、星令会は大丈夫なんですか?」

 

と問い掛けた

すると悠は

 

「問題ないさ。今の時期、星令会は引き継ぎしていてね」

 

と語った

星令会は代々、風紀委員会の委員長を勤めた人物が会長になっていた

しかし、今期の風紀委員会委員長だった麗が免責されたために、初となる選挙方式が採択された

選挙方式とは言っても、そのやり方は普通とは少し違った

普通の選挙は、立候補者が出て、その中から選ばれる形である

しかし、事前に行われた立候補者集めで誰も出なかったのだ

それにより、二年生の中から相応しいと思える者を挙げよ

となったのだ

そして選ばれたのは、圧倒的得票数で静歌と雅だった

雅はアイドルとしての仕事が有るが、在学中は少なくするように調整されたらしい

そして今、久住が静歌と雅に指導しているらしい

悠は久住に任せて、交換制度に立候補

来ているようだ

 

「それじゃあ、悠さん。僕、トイレに来たので」

 

「ああ、僕も教室に戻らないとね」

 

二人はそう言うと、それぞれの目的地に向かった

そして、放課後

 

「泳がないのかい?」

 

「僕達男子は、屋外プールなんですよ。しかも、今日は凍ってますし。今年は、例年に比べてかなり寒いみたいですから。泳がない方針なんです」

 

悠の問い掛けに明久がそう答えると、悠は近くのフェンスをよじ登った

そして

 

「ああ、本当だ。凍ってるね」

 

と言った

すると明久が

 

「悠さん! スカートなんだから、登らないでください!」

 

と言った

しかし悠は、気にした様子もなく着地して

 

「大丈夫。スパッツを履いてるから」

 

と言った

その間、明久は覗こうとした男子にチョークスリーパーを掛けていた

すると、遅れてやってきた海が

 

「本当に来てるよ……」

 

と呟いた

そして、悠に対して

 

「ここで、エトワールの桐島悠に会えるとは思ってなかったよ」

 

と言った

すると悠は

 

「僕もだよ。阿藤海君」

 

と言って、二人で握手した

そして海は

 

「それじゃあこれから、ランニングするぞ! 一番遅かった奴は、もう一周だからな!」

 

と言った

そして、男子水泳部の活動は始まった

その中に、悠も混ざって

 

「なるほど……学校の回りを走るのもいいね」

 

「そうですかね?」

 

と会話しているが、明久と悠はトップで走っていた

なお、同じペースで走っている海が

 

「まさか、僕と明久に着いてくるなんてね……」

 

と驚いていた

すると、明久が

 

「悠さん。エトワールの陸上部より速いんですよ」

 

と言った

それを聞いた海は

 

「うん、納得の速さだね」

 

と同意した

そして、明久達三人はダントツトップでゴール

一番遅かった一人が、また走っていた

そして、部活終了後

 

「そういえば、悠さんは何処に住んでるんですか?」

 

と明久が問い掛けた

すると悠は

 

「ああ、隣町のホテルだね。少し遠いかな」

 

と言った

そして、悠は

 

「そういう明久君は、どうなんだい?」

 

と問い返した

その問い掛けに、明久は

 

「僕は、一人暮らしですよ」

 

と言った

それを聞いた悠は、少し考えてから

 

「明久君、お願いがあるんだけど、いいかな?」

 

と問い掛けた

その問い掛けに、明久は

 

「なんですか?」

 

と首を傾げた

すると悠は

 

「明久君の部屋に、住ませてほしいんだ」

 

と言った

それを明久は

 

「いいですよ」

 

と快諾した

すると、悠が

 

「……随分、あっさりだね」

 

と言った

すると、明久は

 

「悠さんは彼女なんですから、拒否する理由が無いですよ」

 

と告げた

それを聞いた悠は、嬉しそうに

 

「ありがとう……場所は何処かな? 家に連絡して、ホテルを引き払うから」

 

と言って、携帯を出した

それを聞いた明久は、悠に自分が住んでるアパートの住所を伝えた

それを聞いた悠は、自宅に連絡

執事にホテルを引き払うように頼んだ

こうして、二人の同棲は始まったのだった



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ドキドキの同棲

「明久くん、一緒に料理していいかな?」

 

「はい、いいですよ」

 

悠からの問い掛けに、明久は朗らかに了承した

実はエトワールで料理教室をしていた時、一番腕前が上達したのは悠だった

最初は一番酷かったが、一度コツを覚えたらメキメキと上達

最終的には、雅と同レベルになった(反対に中々腕前が上がらなかったのは久住だったが)

特に悠が得意としたのは、家庭的な煮込み料理と鍋物だった

特に、出汁の取り方が上手かった

それに関しては、明久の太鼓判付きである

 

「何を作ろうかなぁ……」

 

「ポトフはどうかな?」

 

明久が呟くと、悠はそう提案した

すると明久は

 

「いいですね。それにしましょう」

 

と受け入れた

そして悠がポトフを作ってる間に、明久は合う料理を作ることにした

そして、一時間後

 

「いただきます」

 

と二人は一緒に、食べ始めた

なお明久が作ったのは、肉料理だ

丁度前日に少し大きめの肉の塊を、行き着けの肉屋で購入していたのだ

それを、前日の夜からヨーグルト(プレーン)に浸しておいたのを、半生の状態になるまで焼いたのだ

なお、基本的な味付けは塩胡椒のみ

そして、サラダはきゅうりとトマトを胡麻油で和えた物にした

そして、肉料理を一口食べた悠は

 

「相変わらず、明久くんの料理は美味しいね」

 

と言って、微笑んだ

それを聞いて、明久は

 

「ありがとうございます、悠さん。悠さんが作ったポトフも、美味しいですよ」

 

と悠が作ったポトフを食べながら言った

悠が作ったポトフは、野菜のみの素朴な味わいだが、明久好みの味だった

なおポトフというのは、決まったレシピは存在しない

悠のように野菜のみの場合もあれば、ソーセージが入っていたり、トマトが中心だったりと、様々である

更には、細かな味付けを上げると切りがない程だ

フランスの家庭料理で、各家庭毎に味付けが存在すると言われるほどの種類がある

しかしある意味、それを作るのには技量が必要とも言われる

だからポトフは、フランス料理では極めるのは難しい料理の一つと言われている

 

「ありがとう、明久くん」

 

悠は感謝の言葉を言いながら、料理を食べた

その後二人で皿や鍋を洗ったのだが、悠は

 

(なんか、夫婦みたい)

 

と思って、顔を赤くしたのだった

その後、二人は交互に入浴

そして明久は、予定を確認していた

その時だった

 

『明久くん……入っても、いいかな?』

 

とドアの向こうから、悠の声が聞こえた

すると、鞄の中身を入れ換えていた明久は

 

「どうぞ」

 

と入室を促した

その数秒後、ドアが開いて

 

「お、お邪魔するよ」

 

と悠が入ってきた

のだが

 

「ぶっ」

 

明久は悠の寝間着らしい服装を見て、思わず吹き出した

何故ならば、ワイシャツ一枚だったからだ

下着は着けているらしいが、胸元が見えている

 

「ゆ、悠さん……?」

 

「流石に、ちょっと恥ずかしいかな」

 

悠はそう言いながら、ベッドに腰かけた

そして

 

「一緒に……寝ていいかな?」

 

と明久に問い掛けた

すると明久は、数秒してから

 

「い、いいですよ」

 

と答えた

というか、そう言うのが精一杯だった

そして明久と悠は、背中合わせになった

流石に、正面向いて眠れる自信が互いに無かったからである

そして、悠は

 

「これから、交換留学が終わるまでの間……よろしくね明久くん」

 

と言った

それを聞いた明久は

 

「はい、よろしくお願いしますね。悠さん」

 

と返した

その後二人は、少し時間は掛かったが眠れた

ただし、翌日は寝不足で朝練に遅れそうにはなったが



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急転直下

明久と悠が同棲を始めて、二日後

それに気付いたのは、二人が朝練のために登校した時だった

 

「なんだ、あれ?」

 

「いやに、人が集まってるね」

 

校門付近に、生徒達が集まっていたのだ

その理由を知ろうと、二人はその場所に近寄った

そこは、男子用の屋外プールがある場所だった

しかし、あまりの人だかりに何が起きてるのか分からなかった

そこに

 

「二人とも、こっちだ」

 

と海が声を掛けた

二人はとりあえず、海に近寄り

 

「海先輩」

 

「あれは、一体?」

 

とその人だかりを見た

すると、海は

 

「今朝早くに、数台のトラックが入ってきたんだ。プールを工事するって」

 

と説明した

その時になって、ようやく人だかりが少しは減った

それを見た三人は、立てられている看板を見た

そこに記載されているのは、工事の許可証と施工起業だった

 

「桐島財閥……悠さん?」

 

「うん……僕の家だね」

 

明久が視線を向けると、悠は頷きながらそう言った

その時、壁を構成していた一ヶ所が開いて、中から二人のスーツ姿の男が出てきた

一人は、太った中年男性

もう一人は、ガタイのいい若い男性だった

その二人を見て、悠が

 

「河平専務!」

 

と声を掛けた

すると、太った中年男性

河平孝蔵(かわひらこうぞう)とその息子の河平豪将(かわひらごうすけ)が近寄り

 

「これはこれは、悠お嬢様」

 

「ご機嫌麗しゅう」

 

と挨拶してきた

しかし悠は、それを聞き流し

 

「これは、どういうことだい? 僕は、何の連絡も受けてないが」

 

と二人を睨んだ

しかし二人、平然と

 

「昨夜、幹部会議で決まったことでしてな。桐島財閥も、文月学園に出資すると」

 

「このプール工事は、その第一段でございます」

 

と告げた

それを聞いて、悠は

 

「本当かどうか、父さんとお爺様に聞いても?」

 

と二人に問い掛けた

すると、二人は顔を見合わせてから

 

「悠お嬢様」

 

「もしや、御存知ないので?」

 

と揃って首を傾げた

それを聞いて、悠は

 

「どういうことだい?」

 

と再び問い掛けた

すると二人は、神妙な表情で

 

「今朝早く、会長と社長のお二人が乗ったというヘリコプターが、途中で消息を断ちました」

 

と告げた

それを聞いて、悠は目を見開いて固まった

すると、二人は

 

「会長と社長のお二人が、アジア方面の我が社所有の木材場の視察に向かったのは、お嬢様も御存知かと思います」

 

「その帰りに、会長と社長が乗ったはずのヘリコプターが、レーダーから消えて、通信も途絶えました」

 

と語った

それを聞いて、悠は

 

「そ、捜索は!?」

 

と問い掛けた

すると、孝蔵のほうが

 

「勿論、その国の政府に要請。更に、捜索隊の派遣も決定しました」

 

と告げた

すると、豪将が

 

「父さん、時間」

 

と言った

それを聞いて、孝蔵は

 

「申し訳ありませんが、私は本社に戻ります」

 

と言って、去った

それを明久と海は見送ったが、悠はその場所から動かなかった

すると、明久が

 

「悠さん」

 

と声を掛けた

だが、悠は

 

「お父さん……お爺様……」

 

と声を震わせていたのだった



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悠にとっての

悠の父親と祖父が行方知れずになったことを知って、数時間後

明久と悠は、放課後の部活を早めに終えると、帰宅した

帰宅すると悠は、膝を突きそうになった

だがそれは、明久が支えた

そして、明久は

 

「悠さん……椅子に座ってください」

 

と言って、悠をお姫様抱っこで抱えあげた

そして、なんとか靴を脱がせて、居間の椅子に座らせた

すると悠は、明久の胸元に頭を当てて

 

「ごめん、明久君……少し、このままで……」

 

と言った

それを聞いた明久は、優しく悠の頭を抱き締めた

そして、どれ程の時間が経ったか

悠がぽつりぽつりと語りだした

悠は桐島家では唯一の女の子なのだが、産まれたのは一番最後だった

しかも、産んだ時の母親は、既に四十代半ば

母体への負担が大きく、悠を産んだ後は年単位で入院していたそうだ

そこで、育児を頑張ったのが父親と祖父だったらしい

父親は仕事をしながらだったが、祖父は結構な頻度で悠の面倒を見ていた

それを見ていた兄二人も、父親や祖父が面倒を見ていない時に遊んでくれていたらしい

その影響もあり、悠は男っぽい性格になったとか

そんな悠にとって、父親と祖父の二人が生死不明というのは、かなり来るものがあったようだ

 

「お父さん、お爺様……つっ……」

 

話終えると悠は、明久に抱き締められながら涙を流した

明久は、悠が泣き止むまで、優しく悠の頭を撫でていた

悠が落ち着いたのは、それから十数分後だった

落ち着いた悠は、目許を拭って

 

「ごめんね、明久君。ありがとう」

 

と言った

それを聞いて、明久は

 

「泣いてる恋人を慰めるのは、彼氏の役割ですよ」

 

と微笑んだ

すると明久は、エプロンを着けて

 

「それじゃあ、悠さん。一緒に料理しましょうか」

 

と提案した

それを聞いて、悠は

 

「うん……そうだね」

 

と言って、明久と同じようにエプロンを着けた

そして、二人はキッチンに並び立つと

 

「それじゃあ、今日は何を作りましょうか?」

 

「そうだね……」

 

と悩み始めた

そして悠は、チラホラと雪が降り始めた外を見て

 

「おでん、なんてどうかな?」

 

と提案した

それを聞いた明久は

 

「いいですね。今日は、寒いですし」

 

と同意した

そもそも、今年は例年よりかなり寒い

明久達が居る場所

東京でも、最低気温がマイナスまで行くらしい

この季節ならば、おでんで体の内側から温まる方がいいだろう

そこから二人は、手分けして調理を始めた

明久はタネを

悠は出汁を担当した

そして、約一時間後

 

「それじゃあ」

 

「いただきます」

 

と二人は食べ始めた

外では、しんしんと雪が降っている

それを見た明久は、内心で

 

(無事に済めばいいけど……)

 

と思ったのだった



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策謀

それが起きたのは、翌日の放課後だった

明久と悠は、部活を早めに切り上げて帰ろうとした

その時、校門の前に一台の黒い車が止まった

その車を見て、悠が

 

「あれは……桐島財閥の車だ」

 

と言った

そしてドアが開いて、中から一人の男性が出てきた

それは、先日会った男性

河平専務だった

河平専務は降りると、まっすぐに悠に近寄り

 

「悠お嬢様、大至急本社にお越しください」

 

と言った

それを聞いた悠は、片眉を上げて

 

「どういうことだい?」

 

と問い掛けた

しかし、河平専務は答えず

 

「ここでは、お話ししづらい事ですので……」

 

と言った

それを聞いた悠は、少しすると

 

「わかった」

 

と言って、明久に顔を向けた

 

「すまない、明久君。今日は、帰れそうにないよ」

 

と言った

それを聞いて、明久は

 

「急用なら、仕方ないですよ」

 

と言った

それを聞いた悠は、河平専務に先導されて車に乗った

だがその時、明久は河平専務がニヤリと笑みを浮かべたのを見た

見送った明久だったが、嫌な予感がしていた

その日、確かに悠は帰ってこなかった

場所は変わって、更に時は遡る

場所は、桐島財閥本社

そのある一室

 

「どういうことだい?」

 

と悠は、目の前の男性

河平専務を睨んでいた

すると、河平専務は

 

「ですから、一部役員の中には新しい代表を立てるべきだという意見が出てきているのです」

 

と言った

それを聞いた悠は

 

「だったら、既に重役に顔が効く兄さん達のどっちかじゃないのかい? なんで、僕なんだい?」

 

と言った

すると、河平専務は

 

「お二方には、未だに相続する権利を与えるべきではない。というのが、重役会の総意です。ですから、悠お嬢様と誰かを結婚させて、代表として立てることになりました」

 

と言った

それを聞いた悠は、河平専務を睨みつけて

 

「それを、僕が了承すると? そもそも、お父様とお祖父様が死んだと決まったわけじゃないのに、早計じゃないのかい?」

 

と問い掛けた

悠の表情は迫力が凄いが、河平専務は受け流して

 

「しかし、現地スタッフからの情報では、一日経ってもヘリの残骸すら見つからないようです。念の為、先手を打つことも重要事項です」

 

と言った

それは、確かに理屈が通っている

だが、悠は納得出来なかった

まるで、父親と祖父が死んだと決まったようだったからだ

悠はまだ、父親と祖父が生きてると信じていた

だからこそ、悠は

 

「悪いけど、僕は同意出来ない」

 

と返した

それを聞いた河平専務は

 

「どうしても、ですかな?」

 

と首を傾げた

その問い掛けに、悠は

 

「どうしても、だよ」

 

と言いながら、椅子に座った

その姿は、何者の意見も受けない

という意志が、アリアリと現されていた

それを感じたからだろう、河平専務は

 

「わかりました……本日は、こちらでご用意したお部屋でお休みくださいませ」

 

と言って、その部屋から出た

すると、河平専務は

 

「小娘が……下手に出てたら、図に乗りおって」

 

と忌々しげに言ったのだった



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暗躍

「昨日は、結局帰ってこなかったな」

 

明久はそう言いながら、朝食の用意をしていた

その時だった

玄関のドアが乱暴に開けられて

 

「明久、居るわね!?」

 

と明久の母親

明恵が乱入してきた

 

「か、母さん!?」

 

予想外の乱入者に、明久は目を丸くして固まった

そんな明久を、明恵は無視して

 

「ちょっと、付いてきなさい」

 

と言って、親指で外を指し示した

流石は、元レディース

堂に入った仕草だった

とりあえず明久は、調理を中断

出していたもの全て仕舞い、明恵の後に外に出た

そして明久は、明恵が運転してきたらしい車に乗った

すると、明恵は

 

「悠ちゃん昨日、桐島財閥の人が迎えに来たわね?」

 

と明久に問い掛けた

その問い掛けに、明久は頷きながら

 

「そうだけど……何か起きてるの?」

 

と明恵に問い返した

すると明恵は

 

「どうやら、桐島財閥の乗っとりを画策してる輩が居るみたいね……」

 

「乗っとり!?」

 

予想外の言葉を聞いて、明久は驚愕した

まさか、そんなことをしようとする輩が居るとは、と

そして明久は、もしやと

 

「まさか悠さんは……そいつらに利用されようとしてる?」

 

と明恵に問い掛けた

すると明恵は

 

「その通りよ、明久……悠ちゃんは賢い子だから、気付くかもしれないけど……相手は既に、手を打ってた」

 

と言った

それを聞いた明久は、二日程前の話しを思い出し

 

「まさか……悠さんの父親とお爺さんのヘリが消息を断ったのって!?」

 

と声を上げた

すると明恵は

 

「でしょうね……今、情報を集めてる最中よ」

 

と言った

どうやら、実家も動いてるようだ

となれば、苧島家も動いてるだろう

悠の親友たる久住が、動かない訳がない

 

「で念のために、明久もしばらく隠れてなさい」

 

「そういうことか……」

 

明恵の言葉に納得し、明久は一人唸り始めた

桐島財閥の乗っとりを画策する程ならば、悠の恋人たる明久を始末しようとするのも頷けた

しかし明久は、自分だけが安全な場所に居るのが納得出来なかった

すると、明久の葛藤に気付いたらしい明恵が

 

「大丈夫よ、明久……あんたにも、やってほしいことがあるから」

 

と言った

それを聞いて、明久は

 

「僕に、やってほしいこと?」

 

と首を傾げた

すると、明恵は

 

「簡単よ……お姫様を救う、騎士になるのよ」

 

と言った

それから明恵が運転する車は、ある一軒の家に到着

明恵と明久は、明久の家から持ってきた私物を運び込み

 

「ここは、昔の舎弟の持ち家よ。安全は保証出きるわ」

 

と言った

それを聞いて、明久は

 

(本当……母さんの舎弟の人脈が謎過ぎる……)

 

と思ったのだった

その頃悠は

 

「してやられた……まさか、この建物が電波が不通なんてね」

 

と呟いていた

悠が居る建物は、河平専務が案内したアパートの一室だった

しかしどういう訳か、携帯は圏外

室内に、電話の類は一切設置されていない

外に出ようにも廊下には、その河平専務が配置したらしい黒服を着た護衛が多数居た

幸いにも、電源は有るから、携帯の充電は出来ていた

だから、外に出てしまえば、明久に連絡が取れるのだ

 

「ベランダは無いしね……やれやれ」

 

幾ら身体能力に自信が有るとは言っても、悠一人で護衛全てを排除は出来ない

だが悠は、諦めていなかった

それは、明久を信じていたからだ

 

「待ってるよ、明久君……」

 

悠はそう言いながら、天井を見上げたのだった



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潜入

明恵が用意したセーフハウスに来てから、二日後

 

 

「明久! Get,Ready.Move.Standby !?」

 

「Mom.Yes.Mom !」

 

二人ともに、見事な発音の英語である

しかし、何故に英語なのか

 

「行くわよ!」

 

「了解!」

 

一体、どこで戦争を起こすつもりなのか

と言えるほどに、二人からは殺気が放たれていた

その理由は、明恵が調べあげた相手の手際だった

そもそも、悠の父親と祖父が視察に向かったのから罠だったのだ

相手は、現地の協力者に指示し、木材場の倉庫で事故を引き起こさせた

すると、悠の父親と祖父は、その性格から現地の視察と対策をする為に、現地に行くのが予想出来る

そしてその相手は、現地協力者にヘリに爆弾を仕掛けさせて、事故に見せ掛けて殺害する

という計画だったのだ

その後、悠を嫁にして桐島財閥の経営を掌握

支配しようとしているのだ

それを知った二人は、怒り心頭

機会を伺っていた

そして明恵曰く、チャンス到来らしい

 

『少し前に、特大の切り札を入手したわ! 今日、悠ちゃんを助けに行くわよ!』

 

明恵はそう言いながら、ドアを乱暴に開けてきたのだ

そして、今に至る

明恵と明久の二人は、セーフハウスから出て車に向かった

だが、車が

 

「……柳田清掃会社?」

 

「私の知り合いの会社よ。そこに、清掃の依頼が来たのよ。そのアパートに、悠ちゃんが居るわ」

 

明恵はそう言うと、明久にそれを投げた

それは、会社のロゴが入ったツナギ

 

「それに着替えなさい」

 

「はい」

 

言われるがままに、明久はそのツナギに着替えた

ふと気付けば、明恵は車の中で着替えている

そして、数分後

 

「よし、カチコミに行くわよ」

 

と明恵は言って、車を発進させた

その目には、ギラギラとした闘志が満ちている

実は明恵も、悠を気に入っているのだ

だから、やる気が溢れているようだ

 

「母さん、言い方」

 

「やることは変わらないわよ」

 

明久は突っ込むが、明恵はサラリと受け流した

そして、発進してから約30分後

 

「ここよ」

 

車は、あるアパートの駐車場に止まった

そのアパートに、明久は入ろうとした

だが

 

「はい、待った」

 

と明恵に止められた

明久が振り向くと

 

「道具くらい、持ちなさい。怪しまれるわよ」

 

と言われた

それを聞いて明久は、車の中から雑巾入りバケツやらモップを持った

明恵も、デッキブラシや洗剤類が入った籠を持っている

そして、入り口に立つと

 

「すいません、依頼を受けた柳田清掃会社です」

 

と明恵は、受付に声を掛けた

そして、なにやら手続きを済ませると、受付が中に入るためのIDカードを明恵に手渡した

それを受け取り、明恵と明久はアパートの中に入ったのだった



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救出

明久と明恵の二人は、受付から渡されたカードを使ってアパートの中に入ってエレベーターに乗った

そして明恵は、迷わずに5階のボタンを押して

 

「この階に、悠ちゃんが居るわ」

 

と明久に教えた

それを聞いた明久は、持っていたモップの柄を力強く握った

すると、ドアが開いた

それを見た二人は、エレベーターから降りた

すると、近くに居た黒服が

 

「なんだ、貴様らは?」

 

と二人に問い掛けた

その問い掛けに、明恵が

 

「私達は、柳田清掃会社の者です。今日は、こちらの清掃に参りました」

 

と説明した

すると、別の黒服が

 

「ああ……そういえば、管理人が清掃業者を入れると言っていたな」

 

と思い出すように言った

それを聞いた目前の黒服は

 

「分かった。さっさと済ませろ」

 

と偉そうに言った

それを聞いた明恵は

 

「はい……わかりまし、た!!」

 

「がっ!?」

 

明恵はそう言いながら、持っていたデッキブラシの柄で目前の黒服の腹部を強打した

すると、それを見た他の黒服達が

 

「貴様!」

 

「なにを!?」

 

と言って、明恵を捕まえようとした

だが

 

「僕を忘れないでね!!」

 

と明久が、モップを一人の黒服の頭に振り下ろした

それにより、一人は倒れた

すると、一番奥に居た黒服が

 

「貴様ら!!」

 

怒り心頭と言った表情で、懐から拳銃を抜いた

それを見た明恵は

 

「いっしゃぁ!!」

 

と気絶させた一人の黒服を、思い切り投げた

 

「なあ!?」

 

まさか投げるとは思わず、その黒服は投げられた黒服を受け止めた

その直後

 

「そいや!」

 

「せいや!!」

 

と明久と明恵の二人は、揃ってその黒服の頭にモップとデッキブラシを叩き込んだ

 

「がっは……」

 

僅か数分足らずで、黒服達は全員倒れていた

その直後、一番奥のドアが開いて

 

「君たち、どうしたんだい? さっきから、一体……」

 

と言いながら、悠が出てきた

そして、明久を見て

 

「明久君……なのかい?」

 

驚いた表情で、、明久を見た

すると明久は、持っていたモップを放して

 

「悠さん!」

 

と悠に駆け寄った

そして明久は、悠を抱き締めた

すると悠は

 

「助けに、きてくれたんだ……」

 

と涙を滲ませた

その言葉を聞いて、明久は

 

「お待たせしました……」

 

と言いながら、悠の頭を撫でた

そこに

 

「悠ちゃん、これに着替えて」

 

と明恵が、持っていたバケツの中からツナギを取り出した

 

「それに、ですか?」

 

「まあ、念の為よ」

 

悠の問い掛けに、明恵はウィンクしながらそう言った

すると悠は

 

「わかりました」

 

と言って、明恵からツナギを受け取り、部屋の中に入った

そして、数分後

 

「お待たせしました」

 

とツナギに着替えた悠が出てきた

その間に二人は、倒した黒服達を、黒服達のネクタイやベルトで拘束していた

 

「OK、それじゃあ、行きましょうか」

 

明恵はそう言って、エレベーターではなく、非常ドアを開けて外に出た



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企み

いよいよ、この作も終わりが近いです


三人は外に出ると、非常階段で下に降り始めた

すると悠が

 

「今回のは、会社の乗っとりですね?」

 

と明恵に問い掛けた

すると明恵は

 

「やっぱり、気が付いてたみたいね」

 

と悠を称賛した

すると悠は

 

「なにせ、色々とタイミングが良すぎたからね……父さんとお祖父様の海外工場視察・事故、上層の動き……何より」

 

と言って、階下を見た

そこには

 

「彼等の動きがね」

 

悠をこのアパートに入居させた、河平専務とその息子が居た

すると専務は

 

「困りますな、悠お嬢様。こんな身元不明者達と行動を共にするとは」

 

と言った

その語調は、まるで言うことを聞かない子供に言い聞かせるようだった

すると悠は

 

「河平専務……貴方は、今回一連のことを計画したね?」

 

と専務に問い掛けた

すると専務は

 

「はて、なんのことやら」

 

とすっとぼけた

すると、悠は

 

「今回のことは、はっきり言ってタイミングが良すぎる……父さんとお祖父様の海外工場への視察、ヘリ事故……そして、一部上層部の代理役の選出の提案……余りにも、タイミングが良すぎだ……」

 

と言って、専務を睨んだ

そして

 

「河平専務……貴方が、会社乗っとり計画の発案者ですね?」

 

と問い掛けた

それから数秒後、専務はクックックと笑ってから

 

「いや、流石は悠お嬢様です! お見事です!」

 

と拍手した

それを聞いて、悠は

 

「専務……貴方は!?」

 

と怒りを滲ませた

しかし、専務はサラリと受け流し

 

「もう、あのような老いぼれ達は引退すべきなんだ。それなのに、長々と社長と会長の椅子に座りおって……」

 

と喋り始めた

そして、続けて

 

「企業は、若い力が引っ張るべきだ! だから、我が息子が社長の椅子に座り、会長は私がなる! そうすれば、より発展させる事が出来る!私には、その計画がある!」

 

と言った

確かに、悠の父親は既に50代後半

祖父たる桐島影章は、間もなく80になる

それに対し、専務は漸く40代後半になった、というところだろう

そしてその息子は、二十代前半

確かに、圧倒的に若い

恐らくは、専務の意志に同調した輩も居るだろうことは間違いない

 

「もはや、第一計画は最終段階だ! 後は上層部会で、私の息子が新たな社長として認められれば、全て上手くいく!」

 

高笑いしながら、専務はそう言った

それを聞いて、明恵が鼻で笑った

すると、専務は

 

「何がおかしい」

 

と明恵を睨んだ

すると明恵は

 

「いえね。貴方のその計画には、致命的な欠点があるわ」

 

と言った

それを聞いた専務は

 

「欠点などない! 私の計画は、完璧だ!」

 

と怒鳴った

しかし、明恵は指差し

 

「貴方はまだ、二人の死を確認していない」

 

と言った

それを聞いて、専務は

 

「確かに……まだ死んだという報告は受けていない」

 

と認めた

だが、専務は

 

「しかし、生きているという保証もない!」

 

と告げた

確かに、それが普通だろう

だが、明恵は

 

「けど、それは覆されたわ」

 

と宣言した

その直後、一台の黒い車が甲高いブレーキ音を響かせながら、屋外駐車場に入ってきた

それを見た明久は

 

「貴方の悪巧みも、ここまでだ」

 

と言った

そして、車の中から現れたのは



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決着

停まった車の中から出てきたのは、二人の男性だった

一人は、白髪混じりだが、スーツを着たダンディーな男性

そしてもう一人は、以前にあった桐島景明だった

 

「社長に会長!? なぜ此処に!?」

 

その二人を見て、河平専務は驚愕した

なぜ、生きてるのかと

すると、社長が

 

「いや、なにね……此処に、悠が居ると聞いてな」

 

と言った

すると、景明が

 

「まあ、偶然で生きたのじゃよ……」

 

と言って、語りだした

そもそも二人は、その外国工場で起きた事故を不思議に思っていたらしい

その外国工場は、随分昔に桐島財閥が建設させた工場で、現地社員達には徹底的に安全指導を、二人が直々に行った

その現地の人々は、約束を守る人達だった

二三回指導すれば、注意したことをしなくなった

例えば、今回の事故の原因たるウィンチを使った事故

それは、ウィンチで伐採された木を持ち上げて移動する時は、必ず周囲の人々に声掛けをすること

事故に合い怪我した社員は、そんな声掛けを聞いてないと言った

だが、当時現場に居た他の社員達は、声掛けを聞いていたと言っていた

実際、操作していた社員も声掛けをしたと証言していた

そして決定的に怪しんだのが、当時の監視カメラの映像が無くなっていたのだ

それを二人は、怪しんだ

その後二人は、ヘリで一度近くの木材置場に向かうことになった

しかしそこに、現地工場の責任者の一人が慌ててきたのだ

どうやら、急用でその木材置場に向かう必要があるらしい

しかし、ヘリは運転士を除けば二人しか乗れない

だから二人は、その社員にヘリを譲った

そして、ヘリは発進

ある程度進んだ時、ヘリが突如爆発したのだ

その後二人は、念のために身を隠した

現地社員の最高責任者

その人物が、空いていた社員寮に隠れるように提案したのである

その人物の事を、二人はよく知っていた

建設直後から、長年働いてくれている社員だった

その社員も、今回の事故を怪しんでいたらしい

そして、二人が乗ろうとしたヘリが爆発

それが決定打になり、その社員は恩返しをしようと二人を匿ったのだ

そこに本社からの団体が来たが、誰が刺客か分からない

だから、その社員は匿い続けた

そこに現れたのが、苧島家が極秘に派遣していた捜索隊だった

その捜索隊に、社員が接触

味方と判断して、二人を桐島財閥の捜索隊に見つからないように引き渡したのだ

その後、苧島家の捜索隊に混じり、日本に帰国

苧島家から悠が軟禁状態だと聞き、急行してきたのだ

 

「河平専務……君には、長年会社を助けてもらった礼がある……」

 

「しかし、今回のことはな……」

 

二人がそう言うと、河平専務は

 

「私がその件に関わったという証拠は、あるんですか!?」

 

と言った

すると、景明が

 

「それなら、その責任者が知らせてくれたわい……怪我した社員を問い詰めたとな」

 

と言いながら、懷からIパッドを取り出した

その画面には、日本語で

 

『此度の件、日本本社の河平専務という方の手引きで起こしたと、その社員が白状しました』

 

と書かれてあった

それを見た河平専務は、顔を蒼白にして後退りした

そこに、新たに数台の車が到着

中から、続々と黒服が現れた

それを見た景明は

 

「この者達と、中に居る者達を捕まえよ」

 

と命じた

その命令を受けて、後から来た黒服達は河平専務とその息子

更に、河平専務に付き従っていた黒服達を捕縛

その後、中に突入していった

それを見た景明が

 

「すまんの、明久君や……また世話になったようじゃな」

 

と言ったのだった



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二人の時間

正真正銘の最終回です


あの後、桐島財閥では大粛清が行われた

河平専務に従った幹部数名

更に、河平専務直轄の部下達

その者達全員を解雇

新しい人材が配置された

その後、社長達は苧島書店に感謝の言葉と業務の一部提携を打診

結果、苧島書店と提携した買った本を読みながら軽食を楽しめる、喫茶店を開業

好評を泊している

そして桐島財閥だが、正式に明久と悠の婚約を認めて発表した

それは一時、経済界を騒然とさせたが、明久達にとっては関係なかった

そして二人は、高校を無事に卒業

その後は、有名な体育系の大学に進学

そこの水泳部のキャプテンは、興奮した様子で

 

『強化選手が三人も来た! 今年は、間違いなく優勝出来る!!』

 

と断言していた

三人というのは、明久と悠。そして海だった

なんと、海も同じ大学に進学していたのだ

それを知った明久は、大いに喜んだ

そして明久と悠だが、大学への進学を機に同棲を始めた

その部屋は、桐島財閥が建設に関わったセキュリティが確りしたアパートだった

そこに、二人で住むことになった

なったのだが、その際に吉井家で一悶着あったりするのだが、それは完全に余談だ

そして、季節は巡り冬

明久がバイトから帰ると

 

「おかえり、明久くん」

 

と悠が、エプロンを着けた状態で出迎えた

その部屋は桐島財閥が用意した部屋だが、明久はタダで住まわせてもらうのも気が引けると、バイトを始めたのだ

なお悠は、そのことに関して

 

『お父様が気にしないでいいって、言ってるんだけどね』

 

と苦笑を浮かべていた

それは、悠の父親曰く

 

『君の未来への、先行投資の一部だよ』

 

と言っていたらしい

そして、帰宅した明久は悠の頬に軽くキスしてから

 

「ただいま、悠さん。今日の晩御飯は、何かな?」

 

と悠に問い掛けた

エトワールでの料理教室と、明久の部屋での同棲以来、悠は料理に凝り始めたらしい

明久がバイトの日は、必ず悠が作るようになっていた

 

「おでんだよ、明久くん」

 

明久からの問い掛けに、悠はそう言いながら、鍋の蓋を開けた

中では、様々なタネが煮込まれている

出汁の匂いが、明久の空腹感を加速させる

 

「いいですね。今日は特に寒いですし」

 

明久はそう言いながら、脱いだマフラーとコートを玄関のコート架けに引っ掛けた

それを聞いた悠は

 

「なんでも、9時過ぎには雪が降るそうだよ」

 

と、明久に教えた

それを聞いた明久は

 

「それは、寒いはずだ」

 

と苦笑いを浮かべた

そうこうしている間に、煮込み終わったらしい

悠は火を止めて

 

「出来たよ、明久くん」

 

と明久に言った

それを聞いた明久は

 

「じゃあ僕は、手洗いうがいをしてきますね」

 

と言って、化粧室に入った

次いでに、トイレも済ませるつもりらしい

 

「うん、そうして。僕は、最後の準備をするから」

 

悠はそう言って、鍋を持って居間に入った

その部屋は、二人で過ごすには広い4LDK

その真ん中の部屋を居間にして、右隣の部屋が明久と悠の寝室になっている

言わずもがな、愛の部屋だ

気が早い明恵は、時々

 

『早く、孫の顔を私に見せてねー』

 

とからかい半分で、悠に言っていた

それを言われる度に悠は、顔を赤くしながら

 

『が、頑張ります……』

 

と言っていた

そして二人は、机に座り

 

『いただきます』

 

と同時に言ってから、料理を食べ始めたのだった




長々とお付きあいいただき、ありがとうございました


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