悪の組織の元幹部、釈放されたらダンジョンが出現していた (水色の山葵)
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第1話 不死人の復活

 

 世界の裏で暗躍する悪の組織は数多ある。

 

 その中で、最上の危険度に認定された組織の一つ。

 

 正義の執行者すら恐れた悪逆非道の集団。

 

 名を。

 

 

 ――ニーズヘッグ

 

 

 彼等の旗印は世界征服。

 そんな、大層な夢を実現できる力を持った、数少ない組織だった。

 

 しかし、それもずっと前の話だ。

 ある事件により、組織は壊滅。

 幹部7名及び首領であった女は死亡。

 

 ニーズヘッグは完全に潰れ。

 構成員の殆どは刑務所に入った。

 

 

 その末端構成員の一人。

 つまり俺は、9年振りに外の空気を吸っていた。

 

 

 最終学歴は高校中退。

 行く当てもなく、頼れる家族も居ない。

 

「ニーズヘッグも壊滅しちまったし、さてどうすっかな」

 

 誰にでも無く、そう呟く。

 けれど、それに応える声はあった。

 

「出所おめでとう、(ヒツギ)君」

 

 黒髪の眼鏡をかけた女。

 白衣を纏い、肘を持つ様に腕を組み。

 知性的に見える笑みを浮かべている。

 

 身長は俺より少し低い。

 が、女にしては高い。

 165cm程。

 

 けれど、胸も無くガタイもそれほどない為軽そうだ。

 

「何か失礼な事を考えてないかしら?

 人の身体をジロジロ見て」

 

「いや、あんたみたいな美人の知り合いが居たっけな、と思って」

 

「振った女の事を忘れるなんて、酷いわ。

 私は一目で貴方だと分かったのに」

 

「振った……女……?」

 

 俺に彼女が居た事は無い。

 中学でも高校でも、告白どころか嫌われ者だった。

 そんな俺に女を振った経験なんか……

 

「まぁでもその時の私は小学生だったし、忘れてるのも当然よね。

 色々、育ってる訳だし」

 

 小学生……

 あっ……

 

「あんた……いやお前、(れい)か!?」

 

「やっと分かったんだ、お兄さん」

 

 そりゃ9年振りだ。

 あの時のお前は12歳とかだった。

 今21とかか?

 

「昔は、歳がどうこう言ってフラれたけど。

 次はそんな訳には行かないわよ?」

 

 なんて言って小首を傾げる。

 マセガキが、成長してもっとマセやがった。

 

「俺もう27だぞ。

 無職で金もねぇおっさんだぞ?」

 

「愛にそんなの関係ないでしょ」

 

 そう言うと、少し悲しそうに俯いて。

 

「それとも、私じゃ嫌なの?」

 

 と上目遣いで聞いて来る。

 

「はぁ……

 さっさと本題を話せ。

 まさかそんな話が主題じゃねぇだろ。

 ニーズヘッグの天才ハッカー。

 東雲玲(しののめれい)が、俺に何の用だ?」

 

 今までの何処か可憐で、可愛らしいそれとはまるで違う。

 黒く、影の籠った表情で。

 三日月の様に口元を歪める。

 

 彼女が居たからこそニーズヘッグは大組織となった。

 ネットが中心となった現代。

 玲の力は、世界を制するとまで謡われた我が組織の中枢である。

 

「あぁ、貴方に頼みがあるの」

 

 そう、彼女が言った瞬間。

 車が彼女の後ろから現れる。

 黒塗りの車が3台。

 彼女の後ろに止まり、男たちが出て来て一列に並ぶ。

 

 そして、頭を下げてこう言った。

 

『お勤め! ご苦労様でした!』

 

 お前等……

 一応、秘密結社だぞ。

 目立ち過ぎだろ。

 

 というツッコミが喉から出かかる。

 ギリギリ飲み込んだ。

 

 続けざまに、玲が俺に近づきながら言った。

 

「貴方には総帥の息子に会って貰う。

 一緒に来てくれるわよね?」

 

 そして、俺の腕を取った。

 

 総帥の息子か。

 存在は知っているが、確か総帥は絶縁したと言っていた筈だ。

 

 それが、俺に何の用があるのか。

 気にならない訳が無い。

 

「分かった」

 

 俺と玲は同じ車に乗り込み、車は発進した。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 連れていかれた先はビル。

 元々は、ニーズヘッグの表向きの会社があった場所だ。

 

 その最奥にある社長室。

 その部屋の名前は、組長室に変わっていた。

 

 ノックと共に中へ入る。

 

 金色の壁。

 壁に掛けられた刀剣類。

 俺には分からんが、高級そうな壺や皿も部屋の端に並んでいる。

 

 そして、その中央に男が座っていた。

 俺と同じくらいか、少し年上に見える男。

 染められた金髪で、真っ白な歯を見せる。

 

 全身を煌びやかな装飾品で彩り、隣に女を2人侍らせた。

 

 その男は、入室した俺に手を上げて言った。

 

「まぁ、座れや」

 

 俺は、自分の隣をチラリと見る。

 玲に、どういう事だと言外に問いかけた。

 

 すると、彼女はぽつりと小さな声で言う。

 

「好きにしていいわよ。

 でも、一応話くらいは聞いてあげたら?」

 

 ……3秒程、時間を賭けて考える。

 正直、帰りたい気持ちはあるが。

 帰る家も無い訳で。

 

「ッチ」

 

 舌打ちと共に、俺は男の対面に座った。

 

「で?」

 

 男に視線を向けて、問う。

 さっさと答えろと、怒気を込めて。

 

「睨むんじゃねぇよ。

 見ての通りだ。

 ここは、お前の知ってる悪の秘密結社じゃねぇ。

 つうか、そんな子供の遊びは卒業しろよ。

 お前も良い歳だろうがよ」

 

 そう男が言うと、今度は侍る女が喋り始めた。

 

「悪の組織って何~?」

 

「私知ってるぅ、あれでしょ日曜の朝にやってるやつ」

 

 嬉しそうに笑って、男が女共に語って聞かせた。

 

「そうそう、世界征服とか言ってるガキの遊びだ。

 こいつはその残党で、しょうもねぇ罪で豚箱に入った。

 まぁ、俺は優しいからよ。

 御袋の被害者共に仕事を紹介してやってんだ」

 

 そこまで言って、男の目は俺を向き直る。

 

「俺は、構成員450人を従える黒龍組の組長。

 赤羽龍星(あかばねりゅうせい)だ。元ニーズヘッグの出所者には全員声を掛けてる、お前も入れ。

 人生終わってるお前みたいな人間でも、そこそこ稼げるぜ。

 俺等【ヤクザ】ならよ」

 

「ヤクザ……ね……」

 

 やっと、理解できたよ。

 玲が俺をここに連れて来た理由が。

 

「あぁ。

 金貸し、薬、チャカ、女。

 俺等は全部扱ってる。

 ケツ持ちは、日本一のヤクザだ。

 御袋の残したニーズヘッグっつう看板だけは、有効活用してやったよ」

 

 ニーズヘッグ。

 裏社会じゃ誰でも知ってる。

 最恐最悪の組織。

 

「あははは、御袋もあの世で喜んでる事だろうぜ」

 

 それが、今じゃヤクザか。

 

「けどまぁ、お前の言う通りだ」

 

「あぁ?」

 

 これでも、刑務所の中で結構考えた。

 総帥も幹部たちも。

 あの人たちが全員死んで。

 

 それでも、まだ俺が悪の組織なんてモンを続ける意味はあるのかってな。

 

 無職。貧乏。おっさん。前科持ち。

 ほんと、俺の人生終わってる。

 

 でも、それだって俺の選んだ人生だ。

 俺は、俺がそうしたいと思って悪の組織に入って、悪の組織で戦ってきた。

 

 あの人たちを尊敬してる。

 少なくとも、こいつよりはあの人たちの思いが理解できていると思う。

 

 俺が、ここで辞めたら。

 総帥も、幹部たちも。

 犬死だ。

 

「ケヘ……」

 

 それは、俺の口から出た言葉だ。

 

「ケヘヘヘヘヘヘヘ……」

 

「テメェ、気持ちワリィ声で笑ってんじゃねぇよ!」

 

 ニーズヘッグ総帥、ヴィラン名『エンテス』。

 本名を赤羽朱雀(あかばねすざく)

 俺を、ニーズヘッグに勧誘した張本人だ。

 

 その息子だからって、期待し過ぎた。

 

「お断りだ、七光り」

 

「そうかい、だったら海に沈んでから後悔(航海)しとけ」

 

 決め顔で、男はそう言った。

 

 それを見て俺は噴く。

 

「おもろ、ギャグ」

 

「「「えぇ……」」」

 

 女性陣の反応は思ったより良く無かった。

 本人は気が付いてないみたいだけど。

 

 俺が入って来たドアが開く。

 そこから、スーツ姿の男たちがなだれ込む様に入って来た。

 

 数は20人以上。全員が銃を携帯。

 銃口の全てが俺を向く。

 

「最後に聞いてやる。

 黒龍会に入れよ、黒木棺(くろきひつぎ)

 

 男の言葉を聞いて、玲が俺の隣から退く。

 壁際まで後退した。

 

 それを確認して、俺は答える。

 

「お前等じゃ俺の欲は満たせねぇよ」

 

「寝ぼけた事言ってんじゃねぇ。

 金も女も力も、俺は全部持ってる。

 見りゃ分かんだろうが」

 

「ケヘ……お前の方こそ、寝ぼけてんじゃねぇよ。

 俺たちが達成したかった夢はただ一つ」

 

 そうだ。

 他人の失笑も、不可能だと断ずる否定も、俺の行動とは何も関係ない。

 俺が、そうしたいからするのだ。

 

 

「――世界征服、それ以外はゴミだ」

 

 

 男の怒りが頂点に達するのが、俺にも分かった。

 

「やれや!」

 

 銃弾が俺の頭を貫く。

 俺の視界が、自分から発生した血飛沫を捉えた。

 

 額に穴を開けて、俺はソファに倒れる。

 

「馬鹿が、誰が片付けると思ってやがる……」

 

 久しぶりだ。

 この感覚。

 痛みが熱に変わる。

 冷えた身体が熱くなっていく。

 

 気持ちいいなぁ。

 

「心配しなくていいぜぇ、七光り。

 ケヘ、ケヘヘヘヘヘ……

 オレァ、生まれてこの方死んだ事がねぇからよォ!」

 

 ソファから立ち上がり。

 一番近い場所に居た黒服に向けて歩く。

 

「な、なんで生きてる……!」

 

 そう言いながら、黒服(そいつ)は引き金を引く。

 肩に命中し、少し身体が逸れる。

 けれど、それだけだ。

 

「あ、あぎゃっ――」

 

 男の頭を掴み、握り潰す。

 容易くそいつは地獄へ向かった。

 

 吐き出された血が、身体を伝い始める頃には、銃弾によって空いた穴は塞がっている。

 

「はぁはぁはぁ……

 やっぱり、棺君はそうでなくちゃ……」

 

「う、撃て、撃て!!」

 

 身体中、全身に銃弾の雨が刺さる。

 穴が開いて、塞がって、倒れて、立ち上がって。

 

 

 ――アァ。

 

 

 その声は俺の声じゃない。

 

 俺が握り潰した頭から。

 俺みたいに立ち上がる黒服の頭からだ。

 

「なぁ、知ってっかぁぁ?」

 

 起き上がるのは、青い顔の黒服。

 

「ゾンビに殺されるとなぁ、ゾンビに成っちまうんだぜぇえええええええええええ!!」

 

 生まれつき、極度の低体温だった。

 生まれつき、傷の治りが早かった。

 

 高校に入ってすぐの頃、俺は事故った。

 冷たい体を理由に苛められ、屋上から転落した。

 

 でも、俺の潰れた頭は直ぐに再生して、俺は生き返った。

 

 それが、俺の持つ異能だった。

 俺は正義の執行者(ヒーロー)に追われた。

 

 簡単に捕まって研究施設へ送られた。

 切り刻まれ、あらゆる損傷を受け、殆どの病気を体験した。

 

 助けてくれたのはニーズヘッグの総帥。

 こいつの母親に助けられたから今がある。

 

 ニーズヘッグが無ければ、俺はまだその施設の中だっただろう。

 

 だから、恩くらいは返してやるよ。

 

 (ゾンビ)死体(ゾンビ)は黒服共を睨み、追い回す。

 潰して、千切って、暴虐の限りに殺し続ける。

 

「終末を招ける力。

 人類の滅亡すら可能な力。

 黒木棺は【ゾンビ】なんだ」

 

 そんな俺を見て、玲が狂気的な瞳を輝かせて、そう言った。

 

「ひぃぃぃぃぃいいい!!」

 

「こっちに来るなァアアアア!」

 

「正気を取り戻せぇええええ!」

 

 銃が乱射される。

 けれど、ゾンビはもう死んでいる。

 これ以上死ぬ事は無い。

 

 死体の傷から、俺の細胞が流れる事で、死体はゾンビとなる。

 ゾンビの体内では俺の細胞が増殖。

 ゾンビの殺した人間も、俺の細胞を取り込み、ゾンビ化する。

 

「ケヘヘヘヘヘヘヘケヘヘヘヘヘヘヘ!!!!!」

 

「アァー」「オォー」「ウゥー」「ゲェー」

 

 ゾンビは増える。

 殺す度に増え続ける。

 

「なぁ、赤羽龍星っつたか……?」

 

「あ……あぁ……待ってぐ……」

 

 涙ぐんで、男は腰を抜かしている。

 侍らせてた女の方がちゃんと立って逃げてんじゃねぇか。

 クソダセェなぁ。

 

「俺は別に、ヤクザなんざどうでもいい。

 ただ、目的が違うっつてんだ。

 お前は、総帥の息子だから一回だけチャンスをくれてやる。

 次、俺がダルいと思ったら今度は殺すぞ」

 

 ブンブンと、龍星は首を縦に振る。

 

 それを見て、俺は扉へ振り返る。

 黒服は全員ゾンビになっていた。

 

 

 ――ヒュン。

 

 

 風を切るような音。

 それは、後ろから鳴って。

 

 俺の視線が落ちていく。

 胸より、腹より、腰より下。

 地面を、俺の頭が跳ねた。

 

「アハハハハハハハハ!

 俺に逆らうからこういう事になんだよ!

 テメェは知らねぇかもしれねぇが、世界は変わった!

 異能なんざ、珍しくもねぇ力だ!」

 

 男の中指にはめられた指輪。

 緑の輝きを放つ宝石のそれ。

 

 男はそれを強調する様に、こちらに向け。

 

 

 ――ヒュン。

 

 

 風の刃。

 カマイタチの様な不可視の斬撃が、俺の腕を跳ね飛ばす。

 

「これが現代のチャカ、ダンジョンの遺物の力だ!」

 

「ダンジョンの遺物だぁ?」

 

 ギョッと、龍星は床に転がった俺の頭を見る。

 

「なんで喋れる……」

 

「そりゃ喋るわ。ゾンビだぞ俺ぁ」

 

 っつても、ダンジョンの遺物ね。

 知らねぇ話だ。

 後で玲に聞いとこう。

 

「それより、そんだけかぁ?」

 

 風を刃にして飛ばす。

 不可視の斬撃。

 確かに常識的な力では無い。

 

 けれど、幹部や総帥の力に比べれば、遊びの範疇の力。

 

「ねぇ棺君」

 

 玲が通りの良い声でそう言った。

 そちらに視線を向ける。

 すると彼女は安心するように。

 

「貴方は、変わらないのね」

 

 変わったさ。

 

 歳もとった。

 

 地位を無くした。

 仲間は死んだ。

 帰る場所も消えた。

 

「よくも裏切りやがったな! 玲!?」

 

 龍星が怨みの籠った視線を玲に向ける。

 玲は、その視線を気持ちよさそうに正面から受けて、言葉を返す。

 

「私は最初から、ニーズヘッグの科学者よ」

 

 全てを失った俺にも、残った物はある。

 ニーズヘッグでの俺の役割。

 

「ニーズヘッグの幹部は7人じゃないわ。

 私を守るという役割を持つ故に、隠匿された8人目。

 存在を知るのは幹部と総帥と、私だけ。

 8番目の幹部。

 ヴィラン名――【デビルアンデッド】」

 

「は――?」

 

 少し強めに地面を蹴る。

 顔と片腕が無かろうが、俺はまだ死んでねぇ。

 

 ゾンビの身体能力。

 それは人間のリミッターをブチ壊す。

 

 超人的な、亜音速に迫る速度を弾き出し。

 

「そういうこった」

 

 一瞬で、首無しの身体が奴の目前に移動。

 拳が、顔面を捉える。

 

 腕の引き、肘、肩、下半身の力の流れ。

 骨格と筋肉の全ての力が限界を越えた……一拳(パンチ)

 

 それは、部屋全体に巨大な風圧を起こす。

 

 ガラスが割れる。

 元ヤクザのゾンビ共事、家具も壁まで吹き飛んだ。

 

「ケヘ、ケヘヘヘヘヘヘ……」

 

 その部屋で立つのは、俺ただ一人。

 久々に、身体が熱くなった。

 

 あぁ、まずい。

 幹部たるもの品を持て。

 そう、死んだ総帥に怒られちまう。

 

 顔を覆って笑みを消す。

 数秒落ち着けば、頭は冷えていく。

 

「これがお前の狙いで、良いんだよな?」

 

「知っての通り私に戦闘能力は無いから。

 これで、円満に黒龍会を脱退できる」

 

「円満ね……確かにその通りだな……」

 

 東雲玲(しののめれい)の異能力。

 それは、電子の可視化だ。

 電子を線の様に捉え、その線を歪める事ができる。

 

 あらゆる電子情報への、完全侵入。

 及び、改竄。

 その能力のお陰で、俺も研究所のデータを抹消して貰った。

 

 真面な刑務所に俺が送られ、普通に9年で出てこれたのは玲のお陰だ。

 

「それで、聞かせてくれんだろうな。

 ダンジョンに遺物ってのは、なんだ?」

 

「新聞とか見てないのかしら?」

 

「外の話には興味ねぇよ」

 

「まぁ、脱獄しなかった時点でそうよね。

 分かったわよ。一から説明して上げる。

 貴方がどうするのかは、それを聞いて決めればいい」

 

「あぁ、そうするよ。

 でも、ここじゃ何だし場所を変えようぜ」

 

 俺は、視界をウロつくゾンビ共に聴こえる声で命令する。

 

「もういいからよ。

 テメェらは、成仏してろ」

 

 言い終えると同時に、ゾンビたちの動きが止まる。

 崩れ落ちて、普通の死体に戻っていく。

 

 残ったのは、俺と玲と。

 

「助げで、ぐだしゃい……!」

 

「なんでもするがら、お願いじまず……!」

 

 泣きじゃくる女が2人。

 

「そうだな。じゃあ、美味いワインを出す店に連れってってくれよ」

 

「飲んだ事あるの?

 捕まった時未成年だったじゃない」

 

「一回だけな、総帥に付き合わされたんだ」

 

「そう、なんだ……」

 

 小さく呟いて、玲は転がった龍星に近づく。

 

 白目を向いて、鼻水と涎、涙で顔を汚す。

 気絶した男。

 

「昔の貴方は悪逆非道だった。

 人の痛みなんて興味も無かった。

 なのに、これを殺さなかったのは、総帥への恩赦かしら?」

 

 俺は、赤羽龍星を殺さなかった。

 拳を寸前で止めた。

 

 それはきっと、総帥を思い出したから……なんかじゃねぇ筈だ。

 

「俺も、丸くなったもんだ」

 

「あっそ……」

 

 玲は龍星のはめていた指輪を懐に入れ、俺の隣まで歩いて来た。

 

 玲は、再生した俺の腕に絡んで小さく呟く。

 

「もう総帥は居ないんだから。

 今度こそ、私を見てね」

 

 俺は、その言葉に聞こえていない振りをした。

 

 視線は、怯え切った女共に移る。

 

「そんじゃ、案内頼むわ」

 

「はいぃ……」

 

「わがりまじだぁ……」



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第2話 迷宮島

 

 赤いワインがグラスに注がれる。

 注ぐ手はブルブルと震えていた。

 

「この店にある最上のワインです。

 どうかこれで、ご容赦下さい」

 

 俺が来たのは、赤羽龍星の侍らせていたホステスの働いていたキャバクラだった。

 丁度開店時間だったらしい。

 

 ワインを注ぐのは、自分を店長(オーナー)と言ったボーイ姿の男。

 

 ホステスから俺の事を聞いても、唯一真面に応対している。

 悪い連中の相手も、それなりに慣れているのだろう。

 

「女の子も直ぐに来ますので……」

 

「あぁ、そりゃ要らねぇ。

 俺たちは大事な話があるんでね。

 一応聞き耳とかは止めてくれよ?」

 

 適当に笑いながらそう言ってやると、男は深々と礼をする。

 

「それに、女なんて侍らすとこいつが嫉妬しちまうからな」

 

「しないわよ、別に」

 

 グラスを回す様に揺らす玲。

 

 じゃあ、テーブルの下で俺の足を踏むのは止めろ。

 

「それと勿論、お代は結構ですので」

 

「ま、黒龍会を半殺しにした奴に酒なんか出したら、この店がケツ持ちに睨まれるか。

 分かってるから心配すんな。

 俺等が無理矢理押し入って奪ってた事にでもすればいい」

 

「そこまでは考えていません。

 ただ、貴方方はVIP扱いするべきだと思っただけでございます」

 

「まぁ、なんでもいいが」

 

 もう一度、男は頭を下げ、奥へ引っ込んでいった。

 個室には、俺と玲だけが残る。

 

「やっと落ち着けたわね」

 

「あぁ、それじゃあ聞かせて貰おうか。

 この9年で、何があったんだよ?」

 

「えぇ、分かっている事は説明するわ」

 

 俺の前にタブレットが立てて置かれた。

 それは、誰も触れていないのに自動的に起動する。

 必要な画像を映し始めた。

 

 それが、東雲玲(しののめれい)の異能力。

 感覚器官で電子情報を読み取り、脳波をそれに干渉させる。

 【電脳】だ。

 

「ダンジョンっていうのは、端的に言うなら別空間への扉よ。

 その別空間には地球上には存在しない物質と生物、法則が存在している」

 

 画像付きで、ダンジョンの扉の説明が始まる。

 

 俺は、ワインを飲みながら頷く。

 言葉は返さず、説明を続ける様に促した。

 

「現在、地球上で確認されているダンジョンの数は9つ。

 1年に1つのペースで増えてるわ。

 形状は塔や神殿、飛行物体と様々だけど、どれも内部は別空間だから外から見るよりかなり広大」

 

 1年で1つって事は、俺が刑務所に入った年に1つ目が見つかったって事か……

 

 そりゃ、随分タイミングの良い話だな。

 

「ダンジョンから持ち帰った道具や、地球上には存在しない素材で造られた品を遺物と呼ぶの。

 これもその一つで、効果はさっき見た通り」

 

 赤羽龍星の持っていた緑の宝石の指輪。

 それを見せびらかして、玲は微笑む。

 

「この力を巡って、世界各国や民間企業は争ってるの。

 産業戦争の中心地は、シリコンバレーからダンジョンに移行したわ」

 

「つまり、天下を取りたいなら行くべきはそこって訳だ」

 

「そうね。

 もし貴方が、まだあの夢を見るのなら。

 世界征服なんて夢を語るのなら、だけど」

 

 彼女は俺を見つめ、少しだけ距離を詰める。

 

 そして、言った。

 

「ねぇ、(ひつぎ)君。

 お願いがあるの」

 

「あぁ、俺もお前に一つ頼みがある」

 

 

 自分の事を不幸だと思っていた。

 どうして、俺の身体は冷たいのか。

 どうして、俺の身体は死なないのか。

 

 悩み続けた。

 その違いと戦った。

 

 だが結果は、最悪な物だった。

 人とは違うという理由で、檻に入れられ。

 実験動物として扱われる日々。

 

 そんな真面過ぎる世界から救ってくれたのは、総帥だった。

 

 俺の居場所は、結局一つしかない。

 

 無くなったとしても。

 崩れ去ったのだとしても。

 

 それなら、また作ればいいだけだ。

 

 悪の組織の元幹部として。

 俺にはニーズヘッグを復興させる義務がある。

 

 

「私と」

 

「俺と」

 

「「世界征服を」」

 

「してくれる?」

 

「やるぞ」

 

 お互いに言い終えて、玲はからからと笑った。

 

「貴方は、昔から強引よね」

 

「悪は急げだ」

 

 先手を取るのは、いつだって悪党なんだから。

 

「それって総帥の言葉?」

 

「いいや、俺の言葉だよ」

 

 俺の目を、彼女は見つめる。

 

「そう。良かったわ。

 貴方が、変わってなくて」

 

「変わったさ。

 ただ、暴れるだけだった昔とは変わる。

 俺は、総帥になるんだからな」

 

 ニーズヘッグの襲名制度。

 総帥が死んだ場合、幹部が序列順にそれを引き継ぐ。

 1番目から7番目の幹部ももう死んだ。

 

 だったら、継がなきゃならねぇのは俺だ。

 

「それなら、私は参謀ね」

 

 玲は、俺の膝の上に跨って、真っ直ぐと俺を見る。

 

「『ガキに興味はねぇ』。

 貴方はそう言って私を拒絶した。

 まだ、そんな言葉が吐けるかしら?」

 

 唇同士が、触れる。

 身体をくねらせながら、玲の舌が俺の口に入って来る。

 

 俺には熱すぎる、人の体温を感じた。

 

 唾液が糸を引いて、薄っすらと彼女は目を開く。

 

「私じゃ駄目?」

 

「はぁ……」

 

「……」

 

 溜息を吐くと、玲は悲しそうに俯く。

 

 こいつは、何を勘違いしてんのか。

 

「別に、俺は総帥に気なんかねぇよ。

 ただ、感謝してただけだ」

 

「え……」

 

「つうか、そっちこそいいのか?

 ままごと見てぇな恋愛を、する気はねぇぞ。

 俺の女になるって事の意味、分かってんだろうな?」

 

 頬を赤らめて、嬉しそうに彼女は俺に言う。

 

「分からないわ。だから言って」

 

「お前はもう、俺から一生逃げられねぇって事だ」

 

「……嬉しい。

 貴方の物にして、総帥」

 

 妖艶な瞳が、うっとりと俺を見て。

 シャツのボタンが外れ、柔らかそうな肌が露出する。

 

 紫色で花柄の下着も、また同様に……床に落ちた。

 そのまま、彼女の手は俺の服に掛かる。

 

「貴方の身体は、冷たいわね」

 

「嫌か?」

 

「……いいえ」

 

 柔肌が俺にしな垂れかかる。

 

 

 その時、勢いよく扉が開いた。

 

 

「ワレェ! 組に手ぇ出して! タダで済むとは思うとらんじゃろうなぁぁ!?」

 

「何を女と乳くりあっとんのじゃあ!」

 

「ド頭ぶち抜いたるけんのぉ! 覚悟しろやゴラァ!」

 

 

 はぁ……

 ドスに拳銃に日本刀まで持ってやがる。

 ダンジョンができたっつっても、誰彼遺物を持ってる訳でもねぇ訳だ。

 

「ケヘ……」

 

 丁度いいや。

 

 丁度、熱が欲しかった所だ。

 

 上着を玲に掛けて立ち上がる。

 

「テメェ等、やっちまえ!」

 

 一番奥で、顔に傷のある男がそう言った。

 

 だが遅すぎるぜ。

 

 殺すかどうか、決めてから来いや。

 

「バカが」

 

 懐に入る。

 一番奥でふんぞり返ってた、そいつに。

 拳を引いて。

 

 胸を弾く。

 

「兄貴ィ!!」

 

 俺の一歩より、随分遅れて。

 

 そいつ等の視線は俺に追いつく。

 

「もう死んでんぜぇ……兄貴君はよぉ……」

 

 胸に穴を開け、血でシャツを濡らす。

 兄貴なんて呼ばれた男は――起き上がった。

 

「アァーヴォー」

 

「あ、あにき……」

 

 隣に居た男の首に、ゾンビが噛みつく。

 

「ぎゃああぁぁああ! いでぇ、痛でぇよあにぎぃぃぃっ!!」

 

 首筋から、血飛沫を上げて、そいつも死ぬ。

 

 ――そして。

 

「アウゥー」

 

「なんじゃ、何が起こってんのや……」

 

 俺は、そいつ等の入って来た扉を閉める。

 この個室の出入り口はここだけ。

 これさえ閉じれば、もう逃げ場はない。

 

「ケヘヘヘヘヘヘ!!!

 ゲハハハハハハ!!!」

 

「なんだこいつ……

 狂ってんのかよ……」

 

 知らねぇよ。

 自分が狂ってるかどうかなんて、自分で分かる訳ねぇだろうがよ。

 

 バカが。

 

 手を前に。指を伸ばし。

 命令を飛ばす。

 

「全員、殺っちまえ」

 

「ヴォヴォヴォヴォヴォヴォヴォヴォ!!」

 

「アァァッァァァァァアアァアアアアアア!」

 

 2匹のゾンビから、ウイルスは電波する。

 

 ゾンビは、撃たれようが斬られようが止まらない。

 頭と筋肉と骨が健在である限り、動き続ける。

 ゾンビを殺すには頭を潰すしかない。

 

 それも、俺以外のゾンビの話だが。

 

「やめろ兄貴!」

 

「俺だ、俺だよぉ! 助けてくれぇええ!」

 

「嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ嫌だぁぁぁぁ!!」

 

 阿鼻叫喚。

 この部屋の中は今、終末だ。

 

 終末(EX)級異能者。

 異能者の中でも、世界を滅ぼせる可能性を持った者達。

 最上位の特級危険能力者。

 

 それが、俺だ。 

 

「ケヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘ!!

 俺の事も、忘れてんじゃねぇよ!

 遊ぼうぜェェェエエエエエエエエ!」

 

 

 3分。

 

 皆が静かになるのに掛かった時間です。

 

 手に着いた血を拭って、俺は残った一人を押し倒す。

 

「興が削がれたかしら?」

 

 玲が、そんな真面な言葉を口にする。

 きっと、俺も冷静になるべきだ。

 

 でも、衝動(ハイ)が止められねぇ。

 

「いや、丁度ノッて来た」

 

 壊さない様に気を付けて。

 優しく丁寧に、女を抱いた。

 

「んんっ……」

 

 

 

 ◆

 

 

 

「なぁ、俺たち悪の組織だよな?」

 

「えぇ、そうね」

 

 服を着替えた。

 血まみれの服のままじゃ、何かと問題があるからな。

 序でに、服を5着くらい買って。

 

 俺たちは今……

 

「なんで、夜行バス移動……?」

 

「仕方ないじゃない。お酒飲んじゃったんだから」

 

 少し、顔を赤らめて、いつもより少し柔らかい口調で彼女は言った。

 その間も、頭が俺の肩に預けられている。

 

 バスの中に、俺と玲は居た。

 旅行客に紛れて向かう先は、空港らしい。

 

「ダンジョンは日本には無いのよ。

 9つあるダンジョンの中で、民間人が入れる物は3つ」

 

「その内の一つに向かうって事か」

 

「そうよ。

 太平洋の無人島に出現したダンジョン。

 その無人島の所有権を持っていた富豪は、そのダンジョンを使ってビジネスを始めたわ」

 

 そりゃ、随分強かな富豪だな。

 

「誰でも自由に入れる代わりに、関税をかけるって方法でね。

 それ以外にも、観光地や色んな企業が集まって商売をしてるから、世界で一番ダンジョンに潜る探索者が集まる場所。

 迷宮島なんて呼ばれ方もしてるわ」

 

 世界征服の為の一歩目。

 

「ダンジョンは深くに行くほど、希少で貴重な素材や道具を発見できる。

 けれど、それに伴って環境は険しくなる。

 それに、生物も獰猛で強くなるわ」

 

「俺の仕事は、そんな魔境をより深く進む。

 そういう事だな?」

 

 まぁ、俺は頭を使った作業なんかできやしねぇ。

 そういうのは、玲に任せればいい。

 

「えぇ」

 

 だったら、俺がやるのは常に戦いだ。

 今までもそうだったのだから。

 それに、俺は戦ってる時しか温度を感じれない。

 似合いの仕事だ。

 

「それに、黒龍会の仕事を手伝って懐に入れたお金も限りがあるから。

 だから、貴方が稼いでくれないと我が組織は破滅ね」

 

 少し、庄を感じさせる言い回しで玲が言う。

 今の俺はヒモって訳だ。

 実際、一文無しな訳だしな。

 

「わ、悪いとは思ってるって……」

 

「いいのよ別に。

 私の異能なら仮想通貨だってコントロールできる訳だし。

 でも、ダンジョンで手に入る遺物や、探索者の異能は別。

 私の力じゃ、安物しか手に入らない」

 

「探索者の異能……?」

 

「ダンジョンには人の超人的な能力を覚醒させる機能があるの。

 人類はそれを『ステータス』と名付けた。

 探索者の中では、貴方でも中堅以下かもしれないわね」

 

「俄然楽しみだな……」

 

「新しく覚醒する自分の異能が?

 それとも、他の探索者が?」

 

 そりゃあ、まぁ……

 

「……」

 

「答えたくないならいいわよ。

 別に、喧嘩の話なんて興味ないし」

 

 数時間揺られたバスを降り、飛行機に乗り込む。

 その中で、玲は俺に一つの質問をした。

 

「なんで、脱獄しなかったの?

 貴方なら、簡単な事だったでしょ?」

 

 ずっと考えていた。

 世界征服とは、何だったのか。

 

 世界を支配する。

 人間を思い通りに操る。

 全人類が己に屈服し、それらを虐げて王となる。

 

 そんな物は、俺たちの理想じゃ無かった。

 

 俺たちの世界征服は、総帥が、エンテスが居たから成立した物だ。

 

 今となって、同じ方法は使えない。

 だったら、外に出ても無意味だと思っていた。

 

 それを、玲に説明する。

 

「それで、答えは見つかったの?」

 

「いいや」

 

 馬鹿がどんだけ考えても、答えはでねぇ。

 分かったのはそれだけだ。

 

「だが、出て来てお前と会って。

 ダンジョンなんて物の存在を知って。

 少し、可能性が増えた気がしてるんだ。

 考えるのは大事かもしれないが、俺には向かねぇ。

 なら、俺にできるのは行動する事だ。

 可能性のありそうな物を片っ端から試して、もっと可能性を増やしていく」

 

 それが、今の俺が思いつける全力の世界征服だ。

 

「どうだ、将来不安そうだろ?」

 

 笑みを作ってそう言ってみる。

 それに、玲も笑い返す。

 

「大丈夫、私は信じているから。

 貴方が居れば、なんだってできるって。

 少しづつ、初めからやり直しましょう。

 ニーズヘッグはこれから蘇るのだから」

 

「あぁ、お前の言う通りだ」

 

 飛行機は迷宮島へ進んでいく。

 数時間のフライトも、もう終わりかけだ。

 

 ふと、俺は窓の外を見た。

 

 そして、窓は赤で埋まっていた。

 

「既に、この航空機は迷宮島の空域内。

 あれは、この島を警護する龍騎士団よ」

 

 巨大な赤龍が、空を揺蕩う。

 その背には、黒い鎧を纏った男が乗っていた。

 

「龍騎士団団長にして、数少ないSランク探索者の一人。

 龍奏者リドラ・アーカム・ヴァレンティ。

 この島の人気探索者(マスコット)の中でも、群を抜いて人気な男ね」

 

 窓の外から、男が手を振っている。

 甲冑で目も顔も見えない。

 それでも、立ち姿と余裕だけで分かる。

 

 強さを持つ者。

 

「へぇ」

 

「手、振ってるわ」

 

 他の乗客と一緒に、玲も窓の外に手を振り始める。

 

「嫉妬してるの?」

 

「いや、全く」

 

 そう言った瞬間、太腿が殴られた。

 

「しなさい」

 

「お前の見る目がある内は、お前が俺よりあいつを選ぶ事はねぇ。

 だから、嫉妬もクソもあるか」

 

「そう、ね……」

 

 玲の手が、自分で殴った太腿を撫で始めた。

 分かりやすい奴だな。

 

 

 ◆

 

 

 そして俺は、迷宮島へ上陸した。



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第3話 ダンジョン

 

 賃貸マンションの一室。

 304号室。

 部屋のサイズは2DK。

 

「なぁ、俺たち悪の組織だよな?」

 

「そうね」

 

 昔は、豪邸に住んでいた。

 俺も玲も。

 使用人とかも居たりした。

 それだけ稼いでいたし、相応の立場もあった。

 

 だが、今は……

 

「ここが俺たちの拠点か?」

 

「私の貯金だって無限じゃないわ。

 できれば、非合法な手段でお金を集めるのは避けたいの。

 どんな遺物や異能力者に追跡されるか分からないから。

 今は、そんな攻撃から守ってくれる組織も無い訳だし」

 

「確かに……」

 

「それに、地価が高いのよ。

 元々は無人島で、埋め立てて土地を広げているけれど、それでも面積は日本列島の十分の一程度。

 ここだって、日本の似た部屋の5倍くらいの値段で借りてるのよ」

 

 いや、俺なんて1円も出してない。

 文句を言うのはお門違いだ。

 

「私だって全力を出すならそれなりの設備が必要だわ。

 けど、そういうを我慢して、当面の生活費に充ててるの。

 これ以上は、今の私の力じゃ……」

 

 少しづつ熱くなっていく様に、玲は話す。

 それに、自分自身も気が付いて。

 俯いて。

 

「その……ごめんなさい……」

 

 申し訳なさそうに謝罪する。

 

 それを見て、ブワッと冷や汗が出た。

 マズイ。

 まずいマズい不味い拙い。

 

「大丈夫だから。

 良い暮らしはさせて上げられないけど、数カ月なら働かなくても食い繋げる程度の貯金はあるし。

 もし、お金が溜まらなくても私がアルバイトとかして稼ぐわよ。

 大丈夫、心配しないで」

 

 そう言って、玲は笑みを作る。

 

 え、笑顔が……辛ぇ……

 

 なんだこれ。

 俺か? 俺が負担なのか!?

 

 待て待て待て待て。

 問題は何だ。

 いや、考えるまでも無い。

 

 

 ――金が、ねぇ!

 

 

「……ちょっと、この島を見て来る」

 

 そう言って振り返る俺の背中に、か細い声が届く。

 

「もう、居なくならないでね……」

 

 俺が捕まった時、玲は12歳だった。

 俺と同時に、ニーズヘッグの仲間を全員失った。

 

 秘匿保護された玲だけだ。

 年齢もあって捕まらなかったのは。

 

 そして、彼女は新興ヤクザに入会。

 電脳の異能を使い、貯金を続けた。

 悪の組織が、ヤクザの下請けだ。

 

 俺というボディガードを失って。

 暴力に無力となった玲は、そこに甘んじた。

 

 

 なら、これは俺の過失だろう。

 

 

 もう一度振り返り、俺は玲を抱える。

 

「んっ、何?

 島を見て来るんじゃなかったの?」

 

「いや、先に部屋の使い心地を確かめたくなった」

 

 寝室の扉を開き、中へ入って扉を閉める。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 持ち物は最小限。

 偽造パスポート。

 最新の翻訳機能付きの無線イヤホン。

 この島の通貨が多少入った財布。

 

 行先は、一つしかない。

 

 この島では迷宮が一般公開されている。 

 そこに入るのに特別な資格は必要ない。

 故に、年間の迷宮(ダンジョン)内死亡数は推定3万人。

 

 だが、迷宮(ダンジョン)を管理する富豪には、その責任は一切発生しない。

 

 バンジージャンプとかと同じだ。

 迷宮に入る前に、そういう内容の誓約書を書かされる。

 

 逆に言えば、それさえ書けばダンジョンに入れる。

 誰でも、いつでも。

 

「それでは、お気をつけ下さい」

 

 厳重な扉の前を守る警備。

 白人と黒人が一人ずつ、両脇に控えている。

 

 彼等からも異様な力を感じ取れた。

 普通の人間では無いと直観が告げる。

 確実に、何らかの力を保有していた。

 

 これも、探索者の異能(ステータス)って奴か……

 

「あぁ、ありがとう」

 

 礼を述べ、俺は扉を通過していく。

 鉄製の自動ドア。

 これ自体はダンジョンの出入り口じゃない。

 

 重要なのは、この部屋の中。

 

 この島に存在する中で、最も巨大な建造物。

 それは、塔の形状をしている。

 

 雲を突き抜けるほどの全長。

 建築学的に、絶対に直立する筈の無い構造。

 それでも確かに、その塔は立っている。

 

 更に、その塔を囲う様に円形に建物が作られている。

 俺が今通過したのが、その建物だ。

 

 その前門を通過した中庭。

 そこに、本物の塔の入り口が存在する。

 

 バベルの塔を彷彿とさせる、古風な建造物。

 折れる事なく、天まで伸びている。

 

 これが、ダンジョンか。

 

「フゥー」

 

 息を吐いて、同時に笑みも零れた。

 

 ゾンビが、何をビビってんのか……

 

 俺は、いつも通り、普通に。

 その塔の中に入った。

 

 

 ――そこは、洞窟だった。

 

 

「なんで、塔に入って中が洞窟だよ……」

 

 悪態をつく。

 だが、戻るという選択肢はない。

 

 背にある筈の扉は、見る影もなく消失している。

 物理的に、脱出の手段が無い。

 

 はぁ……

 多少は、情報収集してから来るべきだったか。

 

 まぁ、説明書読まずにゲームを始める性格だ。

 その後大体キレて壊すけど。

 

「まぁどうせ、帰るにはまだ大分早い。

 問題はねぇ」

 

 金がねぇ。

 そんな、しょうもねぇ悩みは。

 

 今日解決する。

 

 

「ガルルルルルルルルルルル!!」

 

 

 犬だ。

 

 野良犬より多少獰猛そうな。

 ドーベルマンより少しでかい。

 黒い毛並みと鋭い牙を持つ。

 そんな犬っころ。

 

 光を発する結晶のお陰で視界は保てる。

 都合がいい。これならやり合える。

 

「ガルルルルルルルルルルル!!」

「ガルルルルルルルルルルル!!」

「ガルルルルルルルルルルル!!」

 

 それが、大量に。

 そして、同時に。

 

『ガウ!』

 

 俺に向かって『火』を口から放射してきた。

 

「熱っじぃぃぃぃいいいいいいいいいい!!」

 

 身体が燃え上がった。

 身体が異様に熱い。

 

 転げ回って消火する。

 

 あぁ、最悪だ。

 ただでさえ金もねぇのに。

 服がボロボロになっちまった。

 

「ざけんじゃねぇ。

 このクソ犬共が……」

 

 拳が振るえた。

 我慢しようとは思ったんだ。

 けど。無理。

 

「っざっっっけんじゃ、ねぇえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!」

 

 殺す。

 その強い意思を持って。

 俺は、地面を蹴った。

 

俺の服を返せ(パンチ)!」

 

このクソ犬が(キック)!」

 

幾らすると思ってんだ(パウンド)!?」

 

俺も知らねぇよ(チョップ)!」

 

「ケヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘ!!」

 

 最後の一匹を蹴り飛ばし、壁の染みにする。

 十数頭の火を噴く犬の死体。

 

『ガァー』

 

 それが、起き上がる。

 

 俺のゾンビ化は人間以外にも有効だ。

 

「詫びとして、俺を手伝いやがれ駄犬共」

 

 立ち上がったゾンビ犬共は、俺の周りを取り囲んだ。

 そいつ等を引き連れて、俺は更に奥へ進んでいく。

 

 これが、魔物って奴なんだろう。

 

 玲が言っていた。

 奥に行くほど、魔物は強力になっていく。

 最底辺でも、火ィ吹くのか。

 

 そりゃ、楽しみだな。

 

 そう、考えた瞬間だった。

 風を切るような音と共に、肩が貫かれる。

 

 肩を見ると、矢がぶっ刺さってやがった。

 

 飛んできた方向へ視界を向ける。

 

「ギィ……」

 

 気持ちのワリィ笑みを浮かべる鬼面の小僧。

 それが、岩陰からこちらを覗いていた。

 

 弓矢を引き抜き、折って捨てる。

 直ぐに肩は再生していく。

 だが、服の穴は塞がらねぇ。

 

「ケヘ!」

 

「ギギギ!」

 

「ケヘケケヘ!」

 

「ギィギギギギギ!」

 

「ケヘケケヘヘヘヘヘヘ!」

 

「ギィギィギィギギギギギギギギギ!」

 

「ケヘゲヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘ!!!」

 

「ギィギィギィギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギ!!!」

 

 

 ――プツ。

 

 

「気持ちわりぃ笑い方してんじゃねぇ!

 ぶっっっ殺してやる!」

 

「ギィィィ!」

 

 鬼が、笑みとは違う声を上げる。

 そもそも、俺に向けてない絶叫。

 瞬間、周りから同じ魔物が姿を現す。

 

 既に、もしくは笑ってた間に、取り囲まれていた。

 

 数は30以上。

 2人1組。

 武器は、弓と石器の斧の様な物。

 

 原始人かよ。

 

「こっちは現代人様だぜぇ?

 科学でぶっ殺してやるよ、低能人種。

 おら! 科学ファイアーだクソ犬共が!」

 

 そう命令を出す。

 しかし……

 

「ボフゥ」

 

 そんな鳴き声と一緒に出たのは、黒い煙だけ。

 しかも、全員だ。

 

 っつっかえねぇぇなぁぁぁあああああ!

 

 そう叫ぼうとした瞬間、一斉に弓が放たれる。

 

 その全ては、俺に狙っていた。

 

 

 グサッ……グサグサグサグサグサグサ!

 

 

 百発百中かよこいつ等。

 距離15m強。

 全部が全部、俺に命中した。

 

 ゾンビ改めサボテンですってか。

 ヴィラン名サボテンマンってか。

 

 あ、このギャグおもろい。

 

「あぁ」

 

 大量の矢が刺さった体を無理矢理動かす。

 体の中で、棘の部分が動いて変な所に刺さる。

 その度に、熱が身体を伝達する。

 

「あったけぇ」

 

 傷を受けすぎると、直ぐに頭に血が上る。

 気持ちを整理しきれねぇ。

 

 食欲なのか。

 眠てぇのか。

 性欲なのか。

 暴力衝動か。

 

 暴走してんのか、発狂してんのか、キレてんのか。

 

 この感情の名前も分からねぇ

 

 だが、一つ分かるのは。

 

 もう既に。

 制御できねぇレベルに達してるって事だけだ。

 

「ヴォォォォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」

 

 

 起きろ。

 

 従え。

 

 暴れろ。

 

 

「――カカ」

 

 

 俺の声は、死者に届く。

 このダンジョンでの年間行方不明者数は3万人。

 ここにだって、大量の屍が眠ってる。

 

 俺の声は、そいつ等の骨を――叩き起こす。

 

「ははっ、なんだこの力……

 初めて使うのに、使い方が分かりやがる。

 気持ちわりぃ……」

 

 

 ――黄泉骨叩叫(デスボイス)

 

 

 立ち上がる人骨。

 白骨の数は、100体以上。

 

 ここで死んだ奴らの怨念を、骨の姿で蘇らせる。

 

 それが、俺の新たな力(ステータス)

 

「ケヘへ……復讐してやれよ、テメェ等」

 

『カカカカカカカ』

 

 黄緑色の悪鬼共の、更に回りを白骨が取り囲む。

 それはまるで、檻の様に。

 

 その中では、獰猛で俊敏な捕食者が駆け回る。

 火は吹けねぇが、こっちは集団で襲う犬。

 

 自分達を2人1組に分けてる鬼共。

 対応は困難だ。

 

 同時に、俺も身体を動かしバキバキと矢を折っていく。

 

 すると、喉がイガイガした。

 淡を吐いたら紫色の液体が出る。

 

 毒矢か。

 下らねぇ。

 

「ギャ……」

 

 睨むは、最初に俺を笑いやがった一匹。

 

 後退(ビビ)ってんじゃねぇ。

 

 地面を蹴って、俺に出せる最速で、拳を振るう。

 

「ほら、ガチ(ころ)距離だぜ」

 

 流行言大賞くれよ。

 

「ギ――」

 

 パン!

 

 殴ると、小鬼の顔が破裂した。

 血は赤色だった。

 

 首から上を失った。

 だが、怒りが治まんねぇ。

 倒れていく胴体を、更に蹴り飛ばす。

 

 速度を出し過ぎて、ぶった切っちまった。

 

 2つに(ひら)けた胴体から、何か鉱物の様な物が露出している。

 

 そいつを見てると、頭が冷えた。

 鏡の様に、俺の顔を写していたから。

 我ながら化物みてぇだ。

 

 9年。

 考えたんじゃ無かったのかよ。

 

 このやり方じゃ。

 ただ暴れるだけじゃ。

 また失敗する。

 

 もっと冴えたやり方が、俺には必要だ。

 

「フゥー」

 

 近くにあった岩に腰掛ける。

 犬と骨が戦っていた。

 後は見てれば直に終わる。

 

 戦いというよりは、狩りに近い。

 

 小鬼共も、犬からゾンビウイルスが感染し立ち上がる。

 

 俺の周りをゾンビ犬、人骨の怪物、鬼ゾンビが囲う。

 それを見て、俺も立ち上がった。

 

 

 移動すべく、歩みを進――

 

 

「ア……?」

 

 

 一匹のゾンビの頭に穴が開いて、倒れた。

 

 更に連鎖するように、周りに居たゾンビたちの額にも穴が開いていく。

 

 狙撃されてる。

 それに気が付いた頃には、100以上居た全ての死体が、動きを止めていた。

 

「アンデッドは、頭を潰さないと止まらない」

 

 女の声が、近づいて来る。

 

「この洞窟にアンデッドは出るのは珍しい。

 不運だったね、貴方」

 

 そいつの姿を視界に捉える。

 

 そいつは、肩程度までの金髪を揺らした。

 左右対称のショートボブに、カチューシャで前髪を上げている。

 両手には、銀色の拳銃が二丁。

 

 俺は、その女の事を知っている。

 忘れたくても忘れられねぇ。

 宿命の相手。

 

立花吟(たちばなぎん)

 

「私の事を知ってるの……?」

 

 俺は、呟くと同時に、そいつに襲い掛かった。

 

 全力の疾走。

 全力の拳。

 

 それを、風の様な靱やかさで躱される。

 

 大振りの一撃は空を突き、俺の上体が倒れ込む。

 

 それを、立花吟は支える様に受け止めた。

 

「大丈夫だよ。怖かったね。よしよし」

 

 俺の身体を抱き締める。

 

「放せ」

 

「放さないよ。

 私は貴方を安心させたい。

 貴方の不安を消して上げたい。

 だから、貴方を見放したりしない」

 

 女とは思えない剛腕。

 いや、それだけじゃない。

 俺の関節が完全に取られてる。

 この体勢からじゃ、力を生めない。

 

 俺の喧嘩術の延長とは違う。

 明確な格闘術。

 

「貴方は新人探索者かな?

 魔物に囲まれて錯乱しちゃうのはしょうがないよね。

 でも、私は味方だから安心して。

 ちゃんと地上まで貴方を送るから」

 

「風呂入ってなくて、歯も碌に磨いてねぇ。

 脂ぎったデブのおっさんの抱き着かれてるって想像しろよ。

 ――なぁ、放せ」

 

 そう言うと、整った顔が一瞬硬直する。

 

 しかし、彼女は直ぐにもう一度微笑んだ。

 

「私の事が嫌いなのは分かったよ。

 でも、私は貴方に死なれたくない。

 貴方が私の事を嫌いでも、私は貴方の事を好きだからね」

 

 こういう女だ。

 誰彼構わず愛想を振りまく。

 慈愛だ慈善だと、正義を語る。

 

 毎度毎度、俺を追い詰めて来た正義の執行者(ヒーロー)

 その一人。

 

「約束してよ。

 一緒に、ここを出てくれるって」

 

 こいつは俺の事に気が付いてない。

 まぁ、悪の組織所属だ。

 素顔で活動するような事は少なかった。

 

 こいつを対峙した時も、顔は出してない。

 気が付かれないのも当然だ。

 

「一人で出れる」

 

「信じられない。

 どうか、私を信じて」

 

 話にならん。

 

 藻掻いてみるが、上半身は完全に固定されている。

 下半身なら動くが、蹴っても足技だけであしらわれるのがオチ。

 

 地面を全力で踏み抜いて割るか……

 

 そう思い、足を振り上げた――その時。

 

 

《クエスト:蘇りし死霊の王を討伐せよ》

《難易度:S》

 

 

 声が頭に響いた。

 

「なんだ、この声……?」

 

「戻ったら研修を受けに来た方がいい。

 これは、他の8つのダンジョンには無い特異性。

 ダンジョンに出された課題(クエスト)をクリアする事で、遺物なんかの報酬を得る事ができる。

 課題報酬制(クエストシステム)だよ」

 

 その説明を聞いている最中にも、地面が盛り上がっていく。

 巨大な何かが、現れようとしているのが分かった。

 

 現れたのは、巨大な骨の塊。

 

 頭には王冠。

 黒いローブを纏い、鎌を持つ。

 まるで、死神を彷彿とさせる存在(シルエット)

 

「ジャイアントスケルトン……いや、違う。

 あれは、骸賢王(ハイエストリッチ)だ……」

 

 正義のヒーローの顔を汗が伝った。

 焦っているのか……?

 あの、立花吟が。

 

「ごめん」

 

 俺の身体が解放される。

 

「一人で逃げて貰う事になるかも……」

 

 そうか。

 正義のヒーローも、探索者に転職する時代って訳だ。

 俺と同じだな。

 

 悪の組織とか正義のヒーロー以前。

 お前は俺の先輩って訳だ。

 

 じゃあ、見せて貰うか。

 先輩の実力って奴を。

 

「なぁ、助けてくれよ。

 正義のヒーロー」

 

 嗤って、俺はその場に座り込む。

 

「貴方……もしかして、悪い人?」

 

「かもな。見捨ててくれてもいいぜ」

 

「見捨てないよ。

 人を背負った状態で、逃げる足は持ち合わせてないんだ。

 私は、何処に居たって、正義のヒーローだから」

 

 立花吟(たちばなぎん)

 俺等幹部と互角以上にやり合える。

 正義の名の下に集う異能力者の……

 

 頂点に座す女。

 

 それが、俺を守る為に戦い始めた。



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第4話 クエスト

 

 面倒極まりない相手。

 俺がこいつに向ける感情は、そんな所だ。

 

「ブースト」

 

 それが、立花吟(たちばなぎん)の持つ異能力。

 

 の一つ。

 強化。

 

 あらゆる物の異階を上昇させる。

 肉体に使えば、硬度や身体能力が向上。

 銃なら弾丸の速度と射程、威力が上がる。

 

「カカカカ……KKKkkkkkkkk」

 

 不気味な、骨の鳴る音が響く。

 その出所は一目瞭然。

 

 大鎌を振り上げ、巨大なそれは動き始める。

 

「シールド」

 

 半透明な盾が、立花の身体を守る。

 あの女の『2つ目』の異能力だ。

 鎌の一撃を完全に、ノーモーションで受け止めた。

 

「ふぅ……」

 

 息を吐きながら、二つの銃口が骨に向く。

 狙いは頭蓋。

 

 強化(ブースト)された銃は、青く輝き。

 

「フレイム」

 

 青い炎が、銃口から放たれた。

 

 ブースト。シールド。フレイム。

 どれも単純な異能力。

 だがコイツは、単身で3つの異能を保有する。

 

 それが、この女を最強たらしめる理由。

 

 こいつの銃。

 シルバーイーグルの装填数は9発。

 それが2丁で18発。

 

 全弾撃ち尽くして行く。

 

 完璧な人間。

 そんな在り方が、俺に怒りを沸かせる。

 

 

 この女は9年前の時点でも、裏の顔よりも表の顔が知れていた。

 

 祖父は元総理大臣。

 父親は財閥のオーナー。

 母親は裁判官。

 

 そして、コイツはあらゆるスポーツ大会で上位を取った経験を持ち。

 勉学も上等以上。

 

 その上、大手芸能事務所に在籍し、モデルや歌手として活躍していた。

 

 9年前。

 高1時点でだ。

 

 世界から愛されている。

 超人と呼んで、間違いは無いだろう。

 

 

「よし」

 

 彼女は振り返る。

 その背の向こうで、骨の王は倒れ伏す。

 

「怪我は無い?」

 

「心配は要らねぇよ。

 お前に助けて貰う事は、何もねぇ」

 

「なんで、私をそんなに憎むの?

 これでも、人を助けられている自信はあるんだけどね」

 

「お前はただ、嫌いな奴を殴ってるだ」

 

 少し、怒ったような面で。

 

「……何処が?」

 

 立花吟は俺を見る。

 

「お前は、死にたいと願う人間を前にした時、どうする?」

 

「願うよ。死なないで欲しいって。

 その為に、私にできる事があるのなら、それをする」

 

「悪人は、生きたいと願う人間をぶっ殺す。

 お前と同じ様に」

 

「それの何処が、私と同じなのかな……」

 

「お前がやってるのは、お前の都合だ。

 ただ、やりてぇ事をやってるだけ。

 死にたいと願ってる連中の頼みを聞いて、叶える。

 そんな大層な仕事があんのなら、俺を助けてる暇なんかねぇ筈だ」

 

 お前じゃ世界なんか守れない。

 今現在が、その証拠だ。

 

 死にたい奴なんて、世界中に死ぬ程居る。

 

 目の前いなけりゃそういう奴を救おうとはしない癖に、目の前にもいない悪党を好き好んで追い回す。

 

 それが正義の偽善者(ヒーロー)様だ。

 

「さっさと、全員幸せになれるルールを作ってくれよ」

 

「……貴方の語っている事は、貴方が語れる程単純な事じゃない。

 沢山の色んな関係や要素が組み合わさって世界はできている。

 その全てを把握して、全人が幸福になれる世界を作るなんていうのは。

 

 ――非現実的(ふかのう)

 

「あぁ、だから、どういうルールにするか悩んでる最中だ。

 けどまぁ、その前に酷く単純な前提を満たさなきゃならねぇ」

 

 影が差す。

 巨大な影。

 

 あの骸骨が、倒れた先にあった。

 立花吟が撃ち抜いた、俺のゾンビ共。

 その中にはまだウイルスが残ってる。

 その菌は、骨にすら感染し。

 

 

 ――蘇る。

 

 

「なんで……倒した筈なのに……」

 

 まぁ元々、俺の能力で呼ばれて来た存在だろう。

 

 助けてくれなんて言ってみたが、自分の始末を人任せにはしねぇさ。

 

 完全な暴走状態。

 俺にも支配できない程上位な相手。

 

 だから、俺の能力で呼ばれた存在なのに。

 ゾンビウイルスも感染していても。

 

 言う事を聞かねぇ。

 

 そんな、欠損兵は要らねぇわ。

 

「下がって。もう一度、私が倒すから」

 

 そう言って、立花吟の出した手を。

 俺が掴む。

 

「何するの!」

 

「黙れ、下がってろ」

 

 強引に腕を引いて、後ろに下がらせる。

 

「私が……力で負けた……?」

 

 呆けた面の立花を無視して、俺の目は敵を向く。

 

 立花のブーストは、身体能力を強化する。

 それは、俺の全力を容易く受け止める程。

 

 しかし、俺には全力の上がある。

 

「貴方……一体……」

 

 全力とは、俺の身体が壊れない最大威力。

 

 だが、ゾンビである俺は驚異的な速度で再生能力できる。

 

 生まれつき、俺には身体能力のリミッターは無かった。

 

「人生――全霊で生きなきゃ意味もねぇ。

 不可能何て言葉を口にするなら、最初から俯いて生きてろよ」

 

 起き上がった巨骨の服が、青く燃え盛る。

 

 俺の後ろから、銃声が響いた。

 

 しかし、放たれた青い炎は奴の身体に吸い取られ。

 

「私の炎を、制御して纏ってる……

 普通の骸賢王(ハイエストリッチ)じゃない……」

 

 諦めるなら勝手にしろ。

 俺も勝手に、諦めねぇ。

 

「逃げて!」

 

 全身の毛穴から、血が零れていく。

 全身の筋肉が、悲鳴を上げている。

 全身の骨が、咽び泣いている。

 

「貴方が勝てる相手じゃない」

 

 身体能力の上限突破。

 肉体という前提を越えて。

 俺の身体は加速し、力を蓄えた。

 

「私に任せて、貴方が下がって!」

 

 

 ――前提だ。

 

 

「次のルールを作るには、今あるルールを壊さなきゃならねぇ」

 

 

 ――それが、この世界に存在する前提。

 

 

「だから、取り合えず気に入らねぇモンはぶっ壊す」

 

 

 身体がブレる。

 意識を越え、想像した未来へ跳躍する。

 

 眼下に見えた。

 骨の化物の脳天。

 

 

 ――まず、テメェは(いら)ね。

 

 

 洞窟の天井を足場した。

 逆を向き全霊で跳ぶ。

 

 天への一歩目で左足が。

 地を向く二歩目で右足が。

 

 千切れ飛んだ。

 

 だが、速度は得た。

 

 その推進力を、全て一点(こぶし)へ。

 

「カッ――――――」

 

 奴の放った青い炎を突き抜けて……

 

 奴の視線よりずっと速く。

 

 俺は、地面に着地している。

 

 残ったのは、胴と頭と左腕だけ。

 

 しかし、失っただけの価値はあった。

 

 怪物が消えていく。

 まるで、魂が消えていくように。

 まるで、高熱に蝋が融けていくように。

 

 骨は、砕けた。

 

 

報酬(ギフト):ステータスカード》

《ランク:S》

 

 

 そんな声が、頭に響く。

 目の前に、謎の札が舞い降りる。

 パタリと、地面に倒れた。

 

 地を這いずる俺に、女が近づいて来る。

 俺の頭へ銃口を向けて。

 

「貴方みたいな戦い方をする悪党を、1人知ってる。

 ニーズヘッグの【デビルアンデッド】……

 なんで、生きてるの……」

 

 そもそも、俺は幹部換算されてねぇ。

 幹部全員死んだって聞いたお前が、勝手に勘違いしていただけだ。

 

「罪を償って出所した」

 

「ふざけないで。

 ニーズヘッグの幹部が、9年で出所できる訳ない」

 

「そうだな。

 だが、俺が幹部だったなんて証拠は無い」

 

 俺の情報は、全て玲が消した。

 昔の研究データを含めて全て。

 物理的な書類も、俺自身が葬って回った。

 もう、何処にも残ってねぇ。

 

 ニーズヘッグの幹部以外には、8番目の幹部の存在は伏せられていた。

 知っているのは、実際に俺と相対したヒーロー様くらい。

 

 だが、俺が昔お前達と遭遇した8番目の幹部であると証明する手段はない。

 

「そもそも、ニーズヘッグの幹部は7人だしな」

 

「そんな言い訳が通じるとでも……」

 

「少なくとも、法律には通用したな。

 これが、お前の守ってる正義(ルール)だろ。

 違うと思うなら、変えるしかねぇ」

 

「そんな事をしなくても、私が貴方をここで倒せばいいだけ」

 

 シルバーイーグルの引き金に、指が掛かった。

 

 それを見て、俺は笑みを抑えきれない。

 

 お前にそれはできない。

 

 法律ガン無視の暗部ならともかく。

 お前は根っからのヒーローだ。

 そんなお前には、俺は撃てねぇ。

 

「やれよ。

 法律的に何の罪も無い俺を、勝手な考えで死刑にしよう。

 悪の組織に転職希望でも出してみるか?

 歓迎するぜ、この悪党」

 

「……このっ」

 

 祈る様に立花吟は目を瞑る。

 眉間に皺をよせ、願う様に悩む。

 カタカタと怒りで手が震え始め、勢いよく目が開く。

 

「その獰猛な面の方が、似合ってるぞ」

 

「……自分で帰って」

 

 そう言って、彼女は銃を仕舞う。

 そのまま、場を後にしていく。

 

「瀕死の探索者をダンジョンに置いて行くなんて、とんでもねぇヒーローだぁ!」

 

 そう、背中に声を掛けた瞬間、銃弾が俺の頬を掠める。

 弾痕が、地面を汚す。

 

「瀕死じゃ無いでしょ、ゾンビ」

 

 ケヘ。

 バレた。

 

 損傷に意識を向け、手足を生やす。

 再生能力も、コントロールは利く。

 

「ヒーローってのはめんどくせぇな」

 

 一人残された俺は立ち上がる。

 そのまま、目の前に落ちていたカードを拾い上げる。

 

 ステータスカードとか言ってたが。

 なんだこりゃ。

 

 青い札。

 特に文字も絵も写って居ない。

 幾何学的な模様が見える程度。

 

 だが、俺の指に付いてた血が、それに吸い取られた。

 

 

 ――その瞬間、カードに文字が浮かんだ。



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第5話 ショッピング

 

 

 種族:アンデッド

 レベル:1

 

 スキル――

 超速再生(EX)

 死病原体(EX)

 限界突破(S)

 黄泉骨叩叫(デスボイス)(S)

 

 インベントリ――

 フレアドッグの魔石(10)

 ゴブリンの魔石(32)

 骸賢王の頭蓋骨(1)

 骸賢王の魔石(1)

 

 

 

 ◆

 

 

 

 少し触ってみたが、ステータスカードの効果は主に2つある。

 

 まず、俺の能力を表示する事。

 

 そして、ダンジョン内で手に入れた物を保存する機能。

 

 便利アイテムって訳だ。

 まぁ、あの程度の雑魚を倒した報酬にしては十分か。

 

 立花が去っていた方に進むと、洞窟の出口があった。

 石造りの降り階段と昇り階段。

 

 靴跡を見ると、昇り階段に向いている。

 真新しいから、多分立花の痕跡だ。

 

 上に行くか。

 

 進んでいくと違和感を感じた。

 浮遊感に似た感覚。

 最初に、ここに入って来た時に似ている。

 

 それは錯覚でも何でもなかった。

 塔の入り口に、一瞬で景色が切り替わる。

 

 訳が分かんねぇ。

 なんで、階段を昇ったら出口なんだ?

 

 まぁいい。

 丁度、服を着替えたかった所だ。

 自分の血と魔物の血でべったり汚れた服。

 矢で穴だらけだし、犬に焦がされてる。

 

「Welcome back」

 

 今朝にも挨拶した警備員が、そう声を掛けて来る。

 やべぇ。翻訳用のイヤホンが壊れてる。

 

「せ、センキュー」

 

「Is that outfit okay?」

 

 やべぇ。

 こちとら高校中退だ。

 

 俺の服を指してるし、多分心配してくれてそうだが……

 

「あ、あー」

 

 と、困ってると日本語が聞こえて来た。

 

「何をやっているのかしら、棺君」

 

 黒髪を肩に掛けながら、東雲玲がそう言った。

 

「英語が……分かりません……」

 

「はぁ……」

 

 溜息をついて、玲は警備員と話していた。

 

「Is that person's outfit okay? It looks torn.」

(「その服、破れてますけど大丈夫ですか?」)

 

「Don't worry, he's not hurt. He's just crazy.」

(「怪我はないから心配しないで、彼はただ頭がおかしいだけだから」)

 

「Oh, I see. There's a clothing store on the second floor if you want to check it out.」

(「そうですか。二階に衣服を扱うお店もあるので良ければ利用して下さい……」)

 

「Thanks, I'll go take a look now.」

(「ありがとう、これから行ってみるわ」)

 

 ……訳わかんねぇ。

 

「行くわよ」

 

「何処に?」

 

「洋服屋に決まってるでしょ」

 

 少し、怒っている様子。

 そんな玲の後を俺は追った。

 

 

 ◆

 

 

 洋服を選び終え、着替えた俺を見て。

 ほっとする様に、彼女は呟く。

 

「何があったらこうなるのよ……?」

 

 俺のボロボロになった服を、袋に詰めながら。

 

「モンスター共、思ったより強かった」

 

 最後の奴はまぁまぁだった。

 もっと奥へ行けば、あれより強い奴も居るんだろう。

 

「それより、なんで玲がここに居るんだ?」

 

「部屋に居ても暇だから、迎えに来たの」

 

「そうか」

 

「ねぇ、もう一つ聞いてもいいかしら?」

 

「ん……?」

 

「なんで、この服から女物の香水の匂いがするの……?」

 

 女物の……香水……

 

 いや、そんなの相手は一人しか思い浮かばない。

 立花吟に引っ付かれた時だ。

 

「立花吟、お前も憶えてるだろ?」

 

「えぇ。私達の邪魔をしてたヒーローよね。

 そう言えば、あの人も白の教会っていう組織に所属して、今はこの島に居るらしいわね。

 貴方、まさかとは思うけれど……」

 

「あぁ、ダンジョンで会ったんだよ」

 

「で、なんでその女とこんな近距離に接近する事になるのかしら?

 しかも、匂いが移るって事は一瞬じゃ無いわよね?」

 

 蛇の様な視線が俺を射す。

 袋を持つ手が震え、真っ黒な瞳が俺を見る。

 

「抱き着かれた。

 俺を新人探索者だと勘違いしてたみたいだったな」

 

「勘違いじゃ無いじゃない。

 新人だったら、なんでそんな事になるのよ?」

 

「知らねぇよ」

 

 あいつの思考回路は、俺にも意味不明だ。

 

「クソビッチ……」

 

 爪を噛んで、玲はそう呟いた。

 悪の組織っぽい顔だ。

 

「そんな事より玲、腹減った」

 

「あぁ、何か食べる?」

 

 このダンジョンを囲む中央施設は、巨大なショッピングモールのようになっている。

 基本的な店は揃ってる感じだ。

 

 勿論、それはダンジョンに出入りする探索者用のサービスも含まれている。

 

「まずは買取所に行くぞ。

 これからは、俺が金を出す」

 

「別にそんな事……気にしなくていいのに」

 

 そう言って、玲は俺の腕に自分の腕を絡ませた。

 

 そのまま、買取所に向かう。

 

 

「ささ、最高級の……

 ス、ススス、ステータスカードォォォオオオオオオ!!!????」

 

骸賢王(ハイエストリッチ)のま、魔石とととと、ず、頭蓋ィィィィイイイイイイ!?」

 

「黙れ叫ぶな」

 

 うるせぇ店員に、素材を売りつける。

 

「その遺物なら、5000万DPでお引き取り致しますが……」

 

「売らねぇよコレは。

 他のモンは全部売ってやるから、静かにしてくれ」

 

「も、申し訳ありません。

 今年一番の大物商品でしたので」

 

 モノクルを付けた、紳士服の初老がそう言いながら、魔石を鑑定していく。

 爺さんあんな大声出して大丈夫かよ。

 

 翻訳用のイヤホンは、玲が予備に持っていた物を借りた。

 

「へぇ、迷宮島っつっても大した物はねぇんだな」

 

「いえ、上級探索者はこの店の様な末端の買取所ではなく、契約している大手の会社に卸しますから」

 

「なるほどな。

 てかさっき言ってた、DPってのはなんだ?」

 

 俺がそう聞くと、隣に座る玲が捕捉する。

 

「この人、今日この島に来たばかりなの。

 説明してくれるかしら?」

 

「勿論でございます。

 迷宮島専用通貨――ダンジョンポイント。

 通称DPとは、この島で使用できる通貨の事です。

 全て電子通貨となっており、カードを使用します。

 カードの発行は、うちでも可能ですよ」

 

「市役所とかに行かなくてもいいんだな」

 

「えぇ、こちらで入力した情報がこの島の統括システムにアップロードされますので」

 

「じゃあ頼む。カード持ってねぇし」

 

「かしこまりました。

 それと、鑑定も終了しましたよ」

 

 言いながら、爺さんは電子パネルを操作する。

 

「それでは登録情報をお聞きしますね」

 

 爺さんの質問に答えていく。

 名前、国籍、住所、年齢、電話番号。

 その他諸々。

 

「必要事項の記入は終了です。

 それでは、買い取り額ですが……

 ゴブリンの魔石が1つ1200DP。

 フレアドッグの魔石が1600DP。

 骸賢王の魔石が140万DP。

 そして、骸賢王のユニークドロップ。

 頭蓋骨は、2200万DPでお引き取りさせていただきます」

 

 計23,454,400DP。

 そうモニターに表示される。

 

 そこから、買取手数料が5%。

 カード発行手数料1万DP。

 そして、迷宮税が20%引かれる。

 1760万くらいになった。

 

「ここに入っておりますので」

 

「あぁ、ありがとう」

 

 金色に光るカードを受け取り、俺は店を後にする。

 

「これって、日本円だとどんくらいだ?」

 

「相場だとあんまり変わらないわ。

 でも元は無人島だから、物資の殆どが輸入頼りで物価はかなり高いのよ。

 だから、3分の1円くらいだと思った方がいいわね」

 

 って事は、600万くらいだな。

 まぁ、初日にしては悪くねぇのか?

 

「なんか食べたいモンあるか?」

 

「なんでもいいわよ」

 

「じゃあ、中華にしよう」

 

「好きなの? 中華」

 

「辛い食べ物は、体温が上がるからな」

 

「……そう」

 

 少し、悲しそうに玲は俯く。

 別に、そういう顔をさせたい訳じゃ無かったんだが。

 

「まぁ、お前とこうして歩いてるだけで、俺の体温は上がってるが」

 

 少し照れくさくて、視線を逸らす。

 玲は、何も言わなかった。

 

 しかし、絡めた腕に籠った力は、少しだけ強くなった。

 



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第6話 案内役の少年

 

 金の問題は解決した。

 訳じゃない。

 

 玲の貯金や、俺が昨日稼いだ金額。

 毎日あの金額を稼げると計算した。

 

 必要な設備や、その維持費には全く足りていない事が分かった。

 

 当然だ。

 世界征服を成し遂げる悪の組織。

 その、設立と運営費用だ。

 幾ら有っても多過ぎる事は無い。

 

 もっと多くの金を稼ぐ。

 それに並行して、構成員を見つける。

 

 俺に向いてるとは言い難い。

 頭が必要な仕事。

 

 だが、やる。

 指示された事を熟していた昔とは違う。

 自分で考えて行動する事が必要だ。

 

 これでも、大人になった訳だしな。

 

「で、ダンジョンにやって来た訳だが……」

 

 塔に入ると、階段に繋がっていた。

 昨日の最後の地点。

 何故か、昨日と出た場所が違った。

 

 まぁどうせ、一階の雑魚を倒しても金は増えない。

 俺は迷う事無く、二階へ降りた。

 

 そこは草原だった。

 洞窟から階段で降りると草原とか。

 意味が分からん。

 

 だが、そこは問題じゃ無い。

 草原である事が問題なのではなく。

 

「囲え囲え!」

 

「おい、タンク前出ろ!」

 

「ヒーラー、こっちこっち」

 

 他の探索者の数だ。

 洞窟では立花吟以外には出合わなかった。

 しかし、この階は至る場所に探索者が居る。

 

 煩い声で叫んでいるから耳が痛い。

 喋ってるのはゲーム用語か?

 

 もっと深い所に行きたいな。

 

「お前……」

 

 近くに居た若い男に話しかける。

 

 褐色の肌を持つ、黒髪の男。

 まだ高校生くらいに見える。

 そいつは、疑問符を浮かべながら応えた。

 

「ぼ、僕ですか?」

 

「次の階層へ行きたい」

 

「は、はぁ……」

 

「案内しろ」

 

「え、いやいやいや。

 貴方はどうか知りませんけど、僕はここで採取をしてるんです。

 魔物となんて真面戦えるレベルもスキルもありませんよ!」

 

「俺が戦うから心配するな。

 さっさと案内しろ」

 

「いやだから……」

 

 そう、少年が言いかけた所で、俺たちに声が叫ばれる。

 

「あんたら! 危ねぇぞ!」

 

 その声の方向から、猪の様な魔物が猛進して来ていた。

 

「邪魔、すんじゃねぇ」

 

 猪の突進に合わせて、拳を突き出す。

 それだけで、猪は速度を停止。

 反転して、吹き飛んだ。

 

 生えていた牙も折れ、昏倒している。

 

 死んでないから、ゾンビにはならない。

 

「案内をよぉ……してくれるよなぁ?」

 

「……はい」

 

 怯えた顔で、少年はそう言ってくれた。

 優しい少年で良かったよ。

 

 

 少年に次の階層への入り口まで案内させながら、色々と質問してみる。

 

「お前、名前は?」

 

「ソーラ・レヴィです」

 

「ソーラね。俺は黒木棺だ。

 できれば末永くよろしく」

 

「かなり嫌ではあります。

 けど、死にたくないので言う事は聞きますよ」

 

「探索者相手に死んだりすんだな」

 

「そりゃ、そういう場所ですから。

 だから、周りの目が沢山ある第二階層は人気なんです。

 それを知らない貴方は、新参者ですか?」

 

「まぁな、昨日この島に来たばっかだ」

 

「だったら、今から街に戻って研修を受けた方がいいですよ」

 

「へー。3階の入り口まだ?」

 

「……まだです」

 

 そう言いながら、ソーラは進んでいく。

 俺はその背中を追って歩く。

 

「昨日来たばかりで、どうやったらワイルドボアを一撃で倒せるんですか?」

 

「ワイルドボア?」

 

「さっき貴方が殴り飛ばした猪です」

 

「ちょっと力入れて殴っただけだ」

 

「……」

 

 

 そんな他愛無い会話をしながら、歩く事1時間程。

 岸壁の中に埋まった階段があった。

 上と下、双方に向いている。

 

「上に行けば第一階層。

 下に行けば第三階層です」

 

「助かった」

 

「それじゃあ、僕はこれで」

 

「いや、お前も行くんだよ」

 

「は?」

 

 焦った表情を隠すことも無く、少年はそう言う。

 

「だって、第4階層への入り口分かんねぇし」

 

「僕だって行った事無いですよ!」

 

「でも、分かるだろ……」

 

「何を根拠に……」

 

「ビビりってのは、ちゃんと準備する。

 だから、割と優秀な奴が多い。

 遭難した時とか、置いて行かれた時とか、困るだろ。

 だからお前は知ってる筈だ」

 

 まぁ、確証はない。

 証拠も別に無い。

 しいて言えば、直観だ。

 見て来た人間の特徴と性格を、コイツに当てはめてみただけ。

 

「10階層までの地図は、頭に入ってます」

 

「そいつはラッキーだ」

 

「死にますよ……?」

 

 俺の目を見て、諭す様に言う。

 

「死なねぇよ」

 

 そう答えるしか、俺に選択肢はない。

 

「根拠は……」

 

「まだ、俺が生きてる事だ」

 

 少しだけ、殺気を込めて睨む。

 少年は、一歩下がって俺に問いかけた。

 

「貴方、何者ですか?」

 

「自分の目で、独断しとけ」

 

 そのまま、俺たちは3階へ降りて行った。

 

 

 ◆

 

 

 第8階層。それは森林だった。

 

 ソーラ曰く。

 第2から第10までは、草原と森らしい。

 第1階層だけ洞窟なのは、練習用の階層だから。

 らしい。

 

 なんで、建造物の方がこっちに練習させるんだ。

 なんて思うが、誰も解明した事が無いから知らないと、突っぱねられた。

 

 こいつ、ビビりの割には物怖じせず喋って来る。

 こんなのでも、探索者だという事なのだろう。

 

「ここ気に入ったぜ」

 

「他の探索者から、大不評の階層ですよ」

 

「だってよぉ、他の探索者が誰も居ねぇ」

 

「そりゃ、出て来るモンスターが巨大化した蟲ですからね」

 

 そんな会話をしながら、巨大芋虫の胴体に風穴を開ける。

 すると、紫色の体液が噴出した。

 

「キメェのが難点だな」

 

「難点というか、普通の人は確実に避けます」

 

 昨日知った事だが、魔物の死体は一定時間経つと消える。

 魔石と、場合によってはドロップ品と呼ばれる素材を残して。

 

 ゾンビ化している時は、消えないんだけどな。

 まぁ、芋虫はキメェし足も遅ぇから要らねぇ。

 

「おい、魔石回収しといてくれ」

 

「え、でも僕の鞄そんなに入りませんよ」

 

「これ使っとけ」

 

 ステータスカードを放る。

 バランスを崩しながら、ソーラはそれをキャッチした。

 

「これって……最上品質のステータスカード。

 っていうか、何ですかこのスキル……

 EX級が2つにS級2つって……

 Sランク探索者並みですよ」

 

「どうでもいい、さっさと回収しとけ」

 

「僕なんかEランクスキル2つなのに……」

 

 ボソボソと何か言いながら、カードに魔石を押し込めていく。

 収納機能、便利だ。

 全自動機能(ソーラ)もついたし。

 

 その後も、適当に蟲を狩っていく。

 体はでけぇ。身体能力もたけぇ。

 殻がある奴はかてぇ。

 

 だが、そんだけだ。

 厄介の特殊能力もそんなにない。

 殴れば死ぬ。

 

 昨日のゴブリンの方が、おもろかったな。

 うざかったが。

 

「お前さ」

 

「はい」

 

「普段一日で幾ら稼いでんだ?」

 

「多くないですよ。

 魔物を倒せませんから、薬草や鉱石の採取だけ。

 一日だと1万DP程度ですね」

 

「じゃあ、10万やるから明日も来い」

 

「10万ですか……?

 幾ら強いからって、蟲一匹3000DP程度ですよ。

 大量に倒すなら、遭遇率自体を上げないと……」

 

「あぁ、心配すんな。

 こっからは、本気でやるから」

 

 今までは、面白そうな奴が居ねぇか、確かめてただけだ。

 そんで、居なかった。

 

「立て、クソ蟲共」

 

 俺の声に応える様に、死体が起きる。

 殺す度に、その数は増えた。

 

「なんですか……これ……?」

 

「ゾンビだ。

 知らねぇのか?」

 

「倒した魔物を使役してる……?

 そんなスキル、聞いたことも……」

 

 俺も、俺以外には聞いた事ねぇな。

 まぁ、今そんな事はどうでもいい。

 

「来るのか来ねぇのか、今決めろ。

 こんな島まで来て、日給3000円の貧乏暮らしすんのか。

 それとも、俺に賭けて金を稼ぐか。

 好きに選べ、どうせ代わりは幾らでもいる」

 

 俺が殆ど脅しに近い言葉を発しても。

 ソーラは、堂々を答える。

 こいつの腹は据わっている。

 

 それだけの、目的があるのだろう。

 

 じゃなきゃ、俺を相手にその面はねぇ。

 

「……好きでこの島に来た訳じゃありませんよ。

 両親の出稼ぎに連れて来られたんです。

 でも、両親は数年前にダンジョンで死んだ。

 それからは、路上生活だって経験しました。

 死に掛けた事も、一度や二度じゃない」

 

「テメェの身の上なんざ知らねぇよ」

 

 昨日今日初めて会った奴の話に、涙も何もねぇ。

 不幸なんてのは、ありふれたモンだ。

 

 自分が不幸だと自覚して、異常に思い込み。

 何もしなくなる奴なんざ死ぬ程居る。

 

 頑張って、逆転を狙って努力しても。

 それでも、叶わず沈んでいく奴も同じ位居る。

 

 逆に、幸運で全部を持ってる奴だっている。

 人生を賭けたって、必ず上手くいく訳じゃねぇ

 だけど、本当に人生を掛けられる奴は稀だ。

 

 死ぬ気で、本気で。

 口にするのは簡単だ。

 だが、その言葉の本当の意味は。

 己の人生に置いて、その目的にそぐわない事を、一切しないという事だ。

 

 それはつまり……

 

「僕は、この命を懸けて夢を継ぎたい」

 

 

 ――人生を終える時、これ以上は無かったと、思えるかどうか。

 

 

「聞かせろ」

 

「僕の両親の夢。

 それは、ダンジョンの最終地点への到達です。

 僕は、その夢に憧れて育った。

 だから、その為に貴方を利用する。

 それでもいいですか?」

 

 真っ直ぐと、強い意思の籠った目を俺に向ける。

 

 俺を相手に、そんな馬鹿を言ったのは2人目だ。

 

 なぁ、総帥。

 

「荷物持ちが、調子乗ってんじゃねぇ。小僧(クソガキ)

 

 ソーラの頭を小突く。

 すると、ソーラは少し恥ずかしそうに頭を押さえた。

 

「毎朝10時、塔の前集合だ」

 

「はい」

 

「もしお前が使える奴なら、お前の願いも一つくらいは手伝ってやる」

 

 俺がそう言うと、驚いた様にソーラは口を開ける。

 

 どうせ、物の序でだ。

 世界征服の為の足掛かりに、コイツの夢を叶えてやるにも面白そうだと思っただけ。

 

「はい!」

 

 これで、荷物持ちはゲットだ。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 ソーラ・レヴィ。

 後に彼は、新生ニーズヘッグという悪の組織で、【薬王】の名を持つ事になる。



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第7話 死ぬ気

 

 平均日給640万DP。

 蟲は人気が無い分、素材の供給量が少ない。

 ドロップ品は高く売れた。

 

 金は玲のカードに移している。

 どうせ俺は最低限しか金を使わない。

 玲に必要な設備を揃える。

 それが、第一の目標だ。

 

 そして、目標金額が大体定まった。

 2億5000万DPだと。

 

 スー。

 

 まぁ、最新の装置が必要って話だ。

 量子コンピューターを連結して、使いたいらしい。

 何にそんなモン。

 てかなんだ……量子コンピューターって。

 

 ソーラも良く働いている。

 俺の操る蟲の上に乗って、素材を回収して回る仕事だ。

 

 最初は嫌がっていたが、慣れたらしい。

 乗ってるのは巨大ゴキブリ。

 機動力と飛翔能力を持つ。

 外骨格を持ち防御力もマル。

 知っての通り、生命力も最強だ。

 

 一日で討伐できる巨大昆虫の数。

 かなり慣れて、今は約200体。

 魔石が一つ2200DP。

 ドロップが1万だ。

 ドロップ率が1割程度、計640万DP。

 

「ソーラ、日給アップだ」

 

「いいんですか?

 僕は、ついて行って採取してるだけですよ。

 それに、僕が自分で採取してる素材。

 全部僕にくれてるじゃないですか」

 

「いいんだよ。

 夢を叶えてぇなら、貰える金は貰っとけ」

 

 そっぽを向いてそう言う俺を見て。

 ソーラは驚いていた。

 

「正直、諦めかけてたんです。

 僕に才能が無い事は、痛い程分かってますから」

 

 その言葉を聞いて、俺は昔の事を思い出した。

 

 俺も、玲も、総帥も。

 悪の組織に居た殆ど奴が……

 

 この世界で、生きていく才能がねぇ奴だった。

 だから、そういう出来損ない通しで集まって。

 お互いを慰めてた。

 

 そんな、側面が悪の組織には在った。

 

 だが。

 憂いは怒りに転じる物だ。

 それを、俺は知っている。

 

「強い奴は囲んで殺せ。

 人気者は一人の所を狙え。

 そうすりゃ言い訳は、地獄で勝手にやってくれる」

 

「……やはり貴方は、悪人なんですね」

 

「頼るのは嫌か?

 俺なんかに」

 

 雑魚は、いつもプライドを持ってる。

 目的の達成に条件(オプション)を付け続ける。

 だから雑魚で、馬鹿と呼ばれる。

 

「その程度で、叶う夢ならテメェの夢も底が知れるな」

 

 世界征服。

 その為なら、人も殺す。

 盗みもする、嘘も吐く。

 国家も滅ぼし、大勢を不幸にする。

 

 少なくとも幹部には全員……

 

 

 ――覚悟があった。

 

 

 だからこそ、俺はその姿に憧れた。

 

「確かに、貴方の言っている事の方が強いのかもしれない。

 悪党の力でも、利用できる物はするべきなのかもしれない」

 

 正しいは、脆く弱い。

 弱点を大勢持っているから。

 

 だが、悪道に違反はない。

 何をしても、目的を達成する。

 その究極系が、ニーズヘッグだと俺は思う。

 

「でも、自分の才能は選べないでしょ。

 僕は貴方とは違う」

 

 そう言った、コイツの顔を殴りたい衝動を、俺は抑える。

 今日の収入に関わる。

 

「生まれた時から、病気の奴だっている」

 

 冷たく、人を越えた再生能力を持ってる奴とか。

 死体に感染するウイルスを発症してる奴とか。

 

 寝たきりの奴もいる。

 寿命が短い奴もいる。

 腕や足が無い奴もいる。

 

 けど、そんな奴らも抗ってる。

 選択肢が無いから、何をすればいいのか明確化されてるなんて、プラスに捉えてる奴もいる。

 

「能力ってのは、目的に沿って最適化してくモンだ。

 殴りてねぇなら筋力を。

 発明をしてぇなら頭脳を。

 金を稼ぎてぇなら仲間を。

 そうやって、目的(ユメ)の上に手段(のうりょく)は成り立つ。

 お前に才能がねぇのは当然ことだ」

 

「目的と手段……

 それでも僕なんかには……」

 

「だが、良かったな」

 

「え……?」

 

「お前は、才能がある奴を()めんだから。

 それを、感じられるのは今だけだ。

 才能を越えた後じゃ、抱けねぇ。

 だが、それを抱けた奴は、強くなれる人間だ」

 

 それだけが、努力をする理由になる。

 他人と比べて持たざる部分が多いほど。

 それを、悔しいを考えるほど。

 

 人には、行動力が宿る。

 

「ぶっ殺したくねぇのか?

 大した努力もしてねぇのに、なんでも持ってる奴らをよ」

 

 俺も同じだ。

 望んで得た力じゃない。

 こんな、化物みたいな身体。

 

 それを見て、普通(バカ)な奴らが言いやがる。

 

 気味が悪いと……

 羨ましいと……

 

 どっちを言った奴にも、俺は同じ感情を抱く。

 

 

 ――死ね。

 

 

 けど、その悪意に満ちた感情は、強さに変換できる。

 

「その感情の名前はな」

 

 言葉を借りるぜ、総帥。

 

 

 ――棺。その黒く燃える感情の名はな。

 

 

「――死ぬ気っつうんだ」

 

 

 叶えるか。

 死ぬか。

 

 二者択一で、人生を賭ける。

 

 それ以外に。

 満足の方法はない。

 

「まだお前が、死ぬ気になれねぇなら。

 今ここで殺してやるよ。

 

 無能」

 

 その二文字が、ソーラの顔付きを変えた。

 

 拳を握り込み、目の中が黒く渦巻く。

 唇を嚙み切って、良い顔をした。

 

「謝罪、してくれるんですよね……?

 僕が、そうじゃ無くなった時は」

 

「ケヘ……いいぜ。

 やってみろよ、クソガキ」

 

 

 

 ◆

 

 

 

 次の日。

 蟲を殺した後の休憩中。

 ソーラは、試験管を差し出して来た。

 

「なんだそりゃ」

 

「毒です」

 

「はぁ?」

 

「僕のスキルは、植物図鑑Eと製薬Eです。

 今まで僕は、スキルを強くするために薬を作って居ました。

 簡単に作れる薬の製薬も繰り返していた。

 それが、僕のスキルを強くするためにベターな方法だったから」

 

 けど。

 と、ソーラは続ける。

 その目は真剣だ。

 

 だから俺も、口を出さず聞く。

 

「でも、スキルなんてまだ良く分かってない力です。

 ダンジョンができて、9年しか経ってないんですから。

 今まで、僕が努力だと自分に言い聞かせてやって来た反復運動。

 それを今日、辞めました」

 

「それで、結果がこいつか」

 

「製薬で、人体に対して致死性を持つ薬品を作りました。

 原理は同じですから。

 僕はこれから毎日、新しい薬を作ります。

 良薬も毒薬もなんでも。

 それが、僕に想像できた死ぬ気です」

 

 赤い液体。

 毒か……

 

「魔物にも有効な薬品を開発して、僕も戦う」

 

「あぁ、なら言った通り、俺も手伝ってやる」

 

 そう言って、俺は薬品を一息に呷った。

 

「ちょ――」

 

 頭がくらくらすんな。

 意識が変な感じ。

 それに手足が若干痺れてる。

 後は、腹がいてぇ。

 

「ぺっ」

 

 淡と一緒に薬品を吐く。

 治った。

 

「超速再生……

 毒にも有効なのか……」

 

 まぁ確かに普通の人間なら、死ねそうだな。

 

「取り合えず、俺を殺せそうな薬を目指せ」

 

「何言ってるんですか、それで本気で死んだら」

 

 もし、その薬が完成すれば俺も……

 

「いや、どうせお前の薬は俺が使うんだ。

 俺の細胞の特性を解析して、合う薬を目指せって事だ」

 

「なるほど……

 確かに、その再生能力があれば副作用の強い薬も投与できるかも……」

 

「まぁ、そんなとこだ」

 

「分かりました。

 その路線で薬の実験をしてみます」

 

「あぁ、人体実験は全部俺でやれ」

 

「はい!」

 

 って事は、コイツにもある程度金を渡す必要があるな。

 

 そんな憂鬱な事を考えていると、ソーラが申し訳なさそうに言った。

 

「それと明日は休みを貰っても大丈夫ですか?」

 

「なんか予定があんのか?」

 

「はい。

 白の教会というギルドが行っている研修がありまして。

 新発見された素材等の情報共有もあるので、薬を作る上でも参加したいんです」

 

 白の教会。

 確か、立花吟の所属する組織だ。

 玲が言っていた気がする。

 

「なぁ、それって新人探索者が行くんだよな?」

 

「まぁ、殆どはそうですね。

 ダンジョンの知識の勉強会があるので、研究職で参加してる人もいますけど。

 あ、白の教会の精鋭による実技演習もありますよ」

 

 実技……

 

「立花吟って奴、知ってるか?」

 

「えぇ、白の教会の副団長さんですよね。

 僕も何度か話した事があります。

 落ち込んでる新人に積極的に話しかけてくれる良い人ですよ。

 研修には殆ど参加してると思います」

 

 あの女。

 この島じゃ群を抜いて怠い相手。

 それが、どんな事をしてんのか。

 ヒーローを引退して、探索者になった理由も知りたい。

 

「面白そうだ。

 俺も行く」

 

「いいですけど、変な事しないで下さいね?」

 

 ふざけた事を言うソーラを小突く。

 

「痛い……」

 

 小突いた場所を抑えて、ソーラはジト目を俺に向けた。



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第8話 悪党

 

「ふあぁ」

 

 欠伸が出る。

 何言ってんのか良く分かんねぇ授業。

 ソーラは隣で真剣に聞いている。

 

 俺は、窓から空を眺める事くらいしかする事がねぇ。

 

「黒木棺、真面目に授業を聞いてるの?」

 

 そう、声を掛けて来るのは教員だ。

 俺は、それに軽い声を返す。

 

「聞いてますよ、立花先生」

 

 教壇に上がり、映像機を使って授業を行う。

 その人物は、俺の宿敵だった女。

 

 立花吟(たちばなぎん)だ。

 

「貴方!

 次、不真面目な態度があれば追い出すよ」

 

「へいへい」

 

 つっても、何言ってっか分からん。

 まぁ、追い出されるのも面白くねぇ。

 流石にここで暴れようとは思わねぇし。

 

「あの人が、あんなに声を荒げるなんて珍しいですね」

 

 小声で、ソーラがそう言ってくる。

 だが視線は、ノートから離れる事は無い。

 熱心な奴だ。

 

「知り合いなんですか?」

 

「ちょっとした昔馴染みだ。

 普段はどんな感じなんだ?」

 

「分からない生徒にも、分かるまで根気よく教えてますよ。

 白の教会でも、特に慈善事業や救難活動、街の治安維持に尽力している人です」

 

 あいつらしい。

 けど、性格は良けりゃ良い訳じゃねぇ。

 集まる奴の性格が良いかは別なんだから。

 

 俺は前の席に座っていた男の椅子を蹴る。

 

「何やってるんですか棺さん」

 

「な、なんだよ……?」

 

 男が振り向く。

 それを見て、俺は笑みを浮かべて話す。

 

「お前、なんで授業中に録画なんかしてんだ?」

 

「な、何言って……

 俺はビデオカメラなんか持ってないぞ」

 

 そう言って、掌を見せて来る。

 机の上も椅子を傾けて見せて来る。

 

 盗撮疑われて、ビデオカメラね。

 普通、最初に思いつくのはスマホじゃねぇか。

 

「お前の隣に置かれてる鞄からレンズが見えてんだよ」

 

 鞄のチャックの端が少し開いていた。

 そこから、上向きのレンズが見える。

 

 隠すのも下手だし、ガジェットを弄るテクも無い。

 最近開花した盗撮犯なんだろう。

 

「そんな……!」

 

 鞄を抱えて、それを隠す様に持つ。

 もう、それが証拠だろ。

 

 狙いは十中八九、立花吟か。

 

 あの女は、良くそんな被害に遭っていた。

 そりゃそうだ。

 

 面も良く、立場も人気もあって、その上誰にでも優しい。

 

 勘違いする馬鹿は、死ぬ程量産される。

 

「別に、あの女はどうでもいいけどな。

 カスが俺の前に座ってんじゃねぇ」

 

「ちがっ、これはたまたま持ってただけで……」

 

 焦った様に、男は弁明してくる。

 眼鏡をかけた小太りの男。

 雑な服を着た、雑な髪型の男。

 

「さっさと消えろっつってんだ」

 

 顎で出口を指す。

 それを見て、男は荷物を纏めた。

 纏め終えた男は、音を立てず逃げる様に外へ出て行った。

 

 その男を、立花吟の視線が追っていた。

 

「黒木棺、退室して」

 

 凛々しい声が、俺の名を呼ぶ。

 用件は、排除。

 

「……」

 

「ちょっと待って下さい!

 この人は、ただ注意をしただけで……」

 

 立ち上がったソーラに手を翳して、席に座り直させる。

 

「棺さん……」

 

 立花吟の真っ直ぐな瞳は、俺を貫き続けていた。

 問答は無用だ。

 

「分あったよ」

 

 俺は、さっきの男を追う様に退室する。

 

 白の教会という組織の所有する研修所。

 階段前のエントランスで腰を下ろす。

 さっきの男も、エントランスに居た。

 

「ハッ、ざまぁみろ馬鹿」

 

 男は、そう吐き捨てた。

 そのまま、急ぎ足で階段を下って行く。

 

 殺すか。

 

 いや、俺は大人になったんだ。

 大人は直ぐ殺したりしない。

 

 エントランスの椅子に座り。

 大人しく講習が終わるのを待つ。

 

 これが、大人だ。

 

 

「棺さん!」

 

 闇の中。

 俺を呼ぶ声が聞こえる。

 

「あ……?」

 

「なんで寝てるんですか……」

 

 呆れた顔で、ソーラがそう言う。

 暇すぎて寝ちまってた。

 

「悪の組織が聞いて呆れるね」

 

 ソーラの隣に、立花吟が立っている。

 講義は終わったらしい。

 

「今は真っサラなんでね」

 

「前科持ちが何言ってるの。

 というかなんで貴方がここにいるの?」

 

「お前が研修を受けた方が良いって言い捨てて行ったんだろうが。

 ……で、追い出した割に何の用だよ?」

 

「さっきはありがとう。

 彼から事情は聴いたわ。

 でも……」

 

 言い淀むその言葉の先。

 そこにあるこいつの願い。

 馬鹿らしいそれを、俺は何となく察した。

 

「悪党も善人も関係なく。

 期待するだけ無駄な奴もいる。

 お前は痛い程分かってると思ってたがな」

 

「それでも、私は期待したい。

 全ての人間が、思いやりのある人になれるんだって」

 

「随分、他人任せな言葉だな。

 願うなら、お前がそう矯正してやれよ。

 相手が変わるのを待つだけなら、一生馬鹿は馬鹿なままだ」

 

 殴ってでも。

 殺してでも。

 己の意思を通す。

 

 それが悪党。

 

 その真逆の善人であるこいつは、常に他人を信じ期待する。

 

「他人任せ……

 そう言われても、私はやっぱり人の根底には善意があるって信じてるから」

 

「所詮、俺とテメェは敵同士って事だな」

 

「そうだね。

 でも、今回の事は感謝してる。

 何かお礼でもしてあげようか?」

 

 敵対関係にある組織の、しかも元とは言え幹部に。

 こいつは、底抜けの善人(バカ)だ。

 

「午後は実技なんだよな?」

 

「そうだよ。その人にあった武器や格闘術を提案して、修練して貰うの」

 

「模擬戦とかやんねぇの?」

 

「一応、白の教会の団員同士でデモンストレーションみたいな物はあるけど。

 生徒同士っていうのは無いかな」

 

 ギリギリできそうか。

 笑みが漏れる。

 それを見た立花が、ハッとした表情を浮かべた。

 

 俺が何を言うか察したらしい。

 

「ちょっと、貴方……」

 

「じゃあ、俺の相手してくれよ?」

 

 その提案を聞いて、彼女は目尻を押さえた。

 

 溜息を吐いて妥協する様に呟く。

 

「何割……?」

 

「何割ならいいんだ?」

 

「武器は無し……

 それで3……いや、2だね」

 

「オーケー、2割でいいぜ」

 

「昔から思ってたけど、良く無い性格してるね」

 

「そりゃ、お互い様だろうが貧乳」

 

 そう言った俺の脛を、立花は思いっきり蹴とばした。

 

 痛ってぇ……!

 

「中庭集合ね」

 

 

 ◆

 

 

 研修所の中庭。

 学校のグラウンドに似たその場所には、研修生と教師となる団員が集まっていた。

 

 白の教会の奴等は、白いバッチを胸に付けていてすぐ分かる。

 

 そいつ等も。

 

「あの方が、自分で組手するのか?」

 

「相手は何物だよ。知らねぇ奴だし、団員でもないみたいだ」

 

「立花さんが相手する様な奴なのか……?」

 

 困惑している。

 

 俺が、立花吟と対峙している状況に。

 

「彼はまぁ、特別講師みたいな物だから。

 よく見ていて、探索者同士が戦うとどうなるのか」

 

 俺たちが向き合う場所。

 そこから見物客を30m程離す。

 それで、ギリギリ危険域外だ。

 2割のな。

 

「それじゃあ、始めるよ」

 

「あぁ、掛かって来い。

 胸を貸してやるって奴か?」

 

「勝手に言ってれば」

 

 彼女の身体が、薄っすらと青く光る。

 身体能力がブーストされている。

 

 それでも、全開のコイツの身体強化に比べればカスみたいな出力だ。

 

 全力出すとバチバチ言い出すからな。

 こいつ。

 

「レディ」

 

 短く立花が呟く。

 

「ファイト」

 

 音を発した瞬間、立花の姿が掻き消えた。

 

 いや、その規模の身体強化じゃ速度の出力もたかが知れてる。

 動体視力を完全に振り切る機動力なんざ出せる訳がねぇ。

 

 要するに。

 

「上だ」

 

「残念、下」

 

 上を向いた俺の顎に、強烈な衝撃が走る。

 蹴り上げられた。

 

 後退りながらそれに気が付く。

 しかし、彼女の連撃は続いている。

 

 愛用の銃すら使っていない。

 身体能力は高いが俺程じゃねぇ。

 なのに、押される理由。

 

 それは型だ。

 

 制御された姿勢。

 洗練された動作。

 

 足の幅から、肩の角度に至るまで。

 全てが、計算された物。

 

 胸を押され、顎を打たれ、腹を突かれる。

 腕、足とバランスを崩され、反撃の隙が潰されていく。

 俺の動きを完全に読み切った洞察力。

 

 合わせて、格闘術だ。

 

「うっわ、フルボッコじゃん」

 

「副団長えげつねぇ……」

 

 黙ってろ外野。

 こっからだ。

 

 俺は、頭に力を込める。

 立花の拳撃に合わせて、頭を前に出す。

 

 拳を頭突く。

 

 普通の奴なら、拳が砕ける。

 ブーストされていても、この程度の強化なら骨がイカれる。

 それ位の威力を込めた。

 

「フゥ……」

 

 けれど、立花は余裕を持って一歩下がる。

 間合いを取り直した。

 

「シールド」

 

 小さく呟いたその言葉と共に、俺の視線は腕に行く。

 

 薄く纏われた青い力場。

 シールドで、ガントレットを作ってる。

 

「流石、格闘術も相当だな」

 

「お世辞はいいから。

 真面に戦って」

 

「あぁ、丁度そうしたかった所だ」

 

 足を思い切り上げる。

 相撲取りの様な四股(しこ)踏み。

 を、前に向けて。

 

 

 ――地面に亀裂が走り、沈んだ。

 

 

「相変わらずの馬鹿力」

 

 避けるべく、立花が後ろに飛ぶ。

 

 動きが規則性を持つ。

 それを狙って、腕を振りかぶる。

 

 間合いの外。

 腕を振ったっとて、絶対に届かない距離。

 

 だから俺が殴るのは、空気だ。

 

「オォラァ!」

 

 殴りつけた空気が旋風を巻き起こし、拳の延長に弾かれる。

 

 その風が、立花を襲い行く。

 

「シールド」

 

 全体を覆う、円形の結界。

 それが、風を阻んでいく。

 面倒くせぇ能力だな。

 

 だが。

 

 足に力を溜め終わる。

 

 それは、跳躍力と機動力に転じ。

 

 一瞬で俺の姿を、結界の目前に迫らせる。

 

 ゼロ距離の拳なら、お前の結界なんざ。

 

「紙屑だ」

 

 拳を振り抜く。

 

「重要なのは使い方だから」

 

 結界を割った俺の拳。

 

 しかし、それは空を切る。

 

 蛇のように、立花の身体が俺の突き出した腕に纏わりついて来る。

 

「関節、貰うよ」

 

「やらねぇよ!」

 

 自分で自分の腕を殴りつける。

 それを見た立花は、拘束を解いて俺の拳を掌で受けた。

 

 ガントレットと軽やかな動きで、衝撃を逃がす様にふき跳ばれた。

 

 どうやって空中で体勢を変えたんだ……?

 そうか。結界を足場にした訳だ。

 

「異能の使い方が、随分上手くなったモンだな」

 

「9年あったからね。

 でも、貴方は全然変わってない」

 

「そりゃ、刑務所に居たもんでね」

 

 傷が勝手に再生していくのを見ながら、質問に答えていく。

 

最後(ラスト)一合」

 

 まぁ、妥当な所か。

 

「いいぜ。

 来いよ」

 

「サファイア・ソード」

 

 青い炎が、立花の手の中で剣を象っていく。

 

「武器は禁止じゃねぇのかよ」

 

「文句があるの?」

 

「ねぇよ」

 

 二度、腕を回す。

 再生完了。動く。

 

「ブースト+シールド」

 

 あ?

 何してやがる……

 

 

「――ラビット」

 

 

 空間に対して、小さな四角の結界が大量に配置される。

 その面が全て俺に向き、まるでそれは。

 

「足場かよ……」

 

「正解」

 

 言いながら、立花の姿が消える。

 いや、ギリギリ影が見えた。

 結界を踏み、空中を独歩しているらしい。

 

 しかも、結界(シールド)に弾力がある。

 踏む度に加速してんのかよ……!

 

 俺の身体能力は、一撃の威力に特化している。

 

 力を出せば身体が壊れる。

 その度に、再生の時間が必要だ。

 だから、初速や連続性には優れない。

 

「ピンボールかよテメェは」

 

「行くよ」

 

 どの方向から鳴った声かも分からねぇ。

 もう、視界すら間に合ってねぇ。

 

 何処から来るか。

 完全に分からねぇ。

 

 ならもういい。

 

 俺は目を瞑った。

 

「諦めた?

 いや、貴方にそれは無い」

 

 その声と共に、青い炎の筋が通る。

 

 俺のゾンビの肉体は、身体能力の上限を突破させる。

 それは、筋肉量と骨格だけに止まらない。

 

 動体視力強化。

 反射神経強化。

 

 脳力の限界を突破させる。

 頭がクソ痛ぇから、好きじゃねぇんだけどな。

 

 眼を開く。

 

「見つけたぜ」

 

 俺の視線と、奴の視線が交差する。

 

 上から、剣が振り下ろされ。

 下から、拳が振り抜かれる。

 

「グッ……!」

 

 呻き声を上げて、立花が吹き飛んだ。

 俺の拳を腹に受けたのだ。

 

 けれど、ギリギリでシールドを腹部に展開してガードしやがった。

 軽傷だ。

 

 対して、青い剣が吐き出した炎。

 それは大地を焼き焦がす。

 俺の周りは青い炎で包まれた。

 

「おい! 大丈夫かあの人!」

 

「死んでねぇよな流石に……」

 

「棺さんなら……」

 

 そんな、心配する声が聞こえる。

 数秒程で、炎は小さくなっていった。

 

 まぁまぁ熱ぃ。

 が、俺の再生能力を上回る火力じゃねぇ。

 

「おい、立花吟」

 

 そう言いながら、炎の中から姿を現す。

 

「ん…………」

 

 立花が目を見開いて、停止する。

 

「キャッ!」

 

「服貸せや」

 

 下着(パンツ)以外燃え尽きたわ。

 

「なんで、探索者用の装備じゃないの!」

 

 そんなモン、使った事ねぇよ。

 

 そう考えている所に、一人の男が駆け寄って来る。

 フードを深く被った、顔の良く見えない男。

 

「服と飲み物を、どうぞ」

 

 そう言って、男は着替えとドリンクを手渡してくる。

 

「おぉ、サンキュー」

 

 それを受け取った。

 

 その瞬間。

 

 

 ――グサリ。

 

 

「ハハッ……!!」

 

 俺の腹に、ナイフが突き立てられた。

 

 喜んだ拍子に、男のフードが取れる。

 そこにあった顔は。

 

 さっきの盗撮野郎。

 

「俺の女神に近づくな……

 俺の、俺だけの、俺の唯一の希望にッ……!

 この害虫がッ……!」

 

 そう言った男を見て、俺は拳を構えた。



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第9話 魔薬

 

 腹を刺すナイフが、独りでに抜けていく。

 それは、細胞が自己再生を始めた結果だ。

 

「は? なんなんだよこいつ……」

 

 それを見て、男は驚いている。

 だが、そう言いてぇのは俺の方だ。

 

「テメェ……」

 

 血が頭に昇る。

 久々に、面白くねぇ怒りの湧き方だ。

 

 握る拳に力を込めて。

 

「ヒッ……!」

 

 ブルブルと、震える男は腰を抜かした。

 

「一遍、死んどけ」

 

 さっきの遊びの威力じゃ無く。

 即時修復できる限界を込めて。

 

「ア――」

 

 呆ける男に、拳を振り下ろした。

 

 

 パリン! パリン! パリン! パリン

 

 パキリ……

 

 

 4度の割れる音。

 5枚目にヒビを入れて、俺の拳は停止した。

 

「おい……

 こりゃあれだ。

 正当防衛って奴だろ」

 

 ギロリと、目を動かす。

 視線の先にいるのは女。

 

 手を前に翳し、「シールド」と呟く。

 正義の味方だ。

 

「お前から殺すぞ」

 

 俺の全力の殺気。

 立花の頬を汗が伝った。

 

「その人は、こちらが引き取る。

 罪はちゃんと償って貰う。

 矛を引いて」

 

 見極めるような瞳で、俺を見る。

 一挙手一投足を見逃すまいと。

 最大限に警戒して。

 

「狂ってんか?

 俺を相手に、その言葉は正常か?

 なぁ、正義の味方。

 俺が誰か分かってんだろうな」

 

 その眉間に皺が寄っていく。

 悩んでいるのだろう。

 俺が、どうすれば止まるのか。

 何故、こんな事になっているのか。

 

 そして俺には、お前が到達する答えが分かる。

 お前はいつも通りに言うのだろう。

 

「これは、私の責任」

 

 そんな訳は無いと、誰でもわかる。

 お前以外の誰にでも。

 それでも、正義の味方として……

 

「だから、貴方の怒りは彼じゃ無くて。

 私にぶつければいい」

 

 己の胸に手を置いて。

 立花吟は、覚悟の籠った目を向ける。

 

「借り一つ、私に作れる。

 それで止まって」

 

 ここでそれを受け入れたのなら。

 貸しを理由に何かを頼めば。

 マジで、なんでもやりやがる。

 そんな確信がある。

 

 そんな、実質的な命令権。

 

「ケッ……」

 

 要らねぇよバカ。

 そう続けようとした声は、絶叫によって阻まれた。

 

「駄目だぁあああああああああああ!」

 

 叫んだのは腰を抜かしていた男だ。

 

 ブルブルと体を震わせて。

 ガチガチと歯を鳴らして。

 ガサガサと鞄を揺らして。

 

「駄目だ。そんなの駄目だ。こんな奴に。こんなチンピラに。こんなクソに。こんなカスに。こんなゴミに。こんな、こんな奴に!

 君は誰にも汚されちゃ行けない」

 

 好き勝手言ってくれんじゃねぇか。

 

「お、俺が守るんだ。あの人を俺が……

 良かった。

 これを買ってて本当に良かった」

 

 鞄から、タブレットケースが出て来る。

 その中から、赤黒い薬が零れた。

 

「棺さん! その人を止めて下さい!

 その薬は……」

 

 ソーラが、少し離れた場所からそう叫んでいる。

 

「ぎ、吟……俺は君の為ならなんだってできるよ」

 

 ソーラの声に反応して、手を出す俺より速く。

 か細く「やめて」と呟く立花吟よりも速く。

 

「殺してやる、チンピラ」

 

 殺気に籠った良い目をして。

 男は、タブレットケースを口の上で逆さにした。

 

 

 

 ――GGGGggggggggggggRRRRRrrrrrrrrrrrrrrrrr!!!!!!!!!!!!!

 

 

 

 叫び声と言うよりは、咆哮だ。

 獣の様に、荒れ果てた狂人は唸る。

 

 その絶叫は、男の姿を変貌させた。

 

「なんだこりゃ」

 

 目の前の男の全身を黒い体毛が覆う。

 体毛は服を割いて飛び出し。

 更に、その身体も2周り近く巨大化した。

 

「マズいです」

 

 近くまで駆け寄って来たソーラが呟く。

 

「さっき飲んだ薬は何だ?」

 

M.D(モンスター・ドラッグ)と呼ばれる魔薬です。

 探索者の強化薬として生産を開始されましたが、1錠飲むだけで精神が凶暴化する事が分かり製造は停止。

 違法薬物として認定されています」

 

「こいつ、10錠以上飲んでたぞ……」

 

「ほぼ、人の精神は残ってないでしょう。

 しかも、飲んだ錠数分だけ身体能力がランダムで魔物化します。

 それに、それだけの肉体負荷に堪えられる人間は居ない。

 寿命の低下や後遺症は、確実に発生すると思います」

 

 そう話している内に、変身は終わったらしい。

 

 黒い体毛。

 首から上は爬虫類。

 というよりは龍だ。

 下半身は馬に近く。

 背には黒い羽毛の翼。

 尾はサソリの様に尖り、長い。

 両手の爪は酷く鋭利だ。

 

 体長は3m弱。

 人型は保っているが、尾と羽が追加されている。

 完璧に、化物だ。

 

 何より、目が完全にイっちまってる。

 

「どうして……こんな事に……」

 

 震える声が、そう言って近づいて来る。

 立花吟は震えていた。

 

 その声に、怒りが湧いた。

 

「分かんねぇのかよ」

 

「え……?」

 

「自力って言葉をお前が忘れさせたからだ」

 

 いや、俺はそれには賛成だぜ。

 意思なんざ持たない方が、世界征服はやりやすい。

 

 でもそれは。

 

 誰かに縋り。

 誰かに願い。

 誰かに頼り。

 誰かに望む。

 

 それは、家畜だ。

 

「誰かの悩みをお前が解決してやる。

 さぞ満たされてんだろう。

 けど、それで満足してんのは一人だけだ。

 悩みを奪われた人間は、その原因が自分にしかないって現実を忘れちまうんだよ」

 

 己の人生。

 けれど、己以外が原因で自分は不幸になっている。

 そう思った瞬間。

 解決は不可能になる。

 

 原因が誰に有ろうが、解決するのは自分だからだ。

 

 何故なら他人は、自分(テメェ)の為に本気で行動なんか、してくれない。

 

 それこそ、そんな莫迦は……

 

 

 ――正義のヒーローぐらいだ。

 

 

「お前が勘違いさせたんだ。

 ほら、正義のヒーロー。

 自分が生んだ怪物を、さっさと殺して平和を守れよ」

 

 怪物なんか、そこら中に居る。

 

 これがお前達の守る平和で。

 これがお前達の守る社会だ。

 

「私のせい……?」

 

 そうだ。

 薄っぺらい偽善を、正義と名乗ってる。

 自覚して、絶望しとけ。

 

「GggggRrrrrr!」

 

 獣が吠えると同時に、その口元が赤く光った。

 

 ッチ。

 

 俺はソーラの腕を掴み、身体を寄せて遠くに投げ捨てる。

 

「ちょっ……

 棺さん危ない!」

 

 同時に、赤い炎が俺の身体を包んだ。

 

「ッケ、生焼けにもなりゃしねぇぞ」

 

 口から火を吐くなんざ。

 人間味はねぇな。

 いや、立花吟とそんな変わらねぇか。

 

 チラッと立花の方を見るが、動けそうには見えない。

 

 こいつを倒して平和を維持する。

 だが、コイツはお前を慕ってた。

 それを殺すのは正義に反すか?

 

 怠い人生生きてんな。

 

「じゃあ俺が遊んでやるよ。

 掛かって来い」

 

 どうせテメェは殺すんだから。

 

 ギョロギョロと目が動く。

 煽りに反応したのか。

 

 足に力を込める。

 さっきまでの遊びとは違う。

 本気の速度で、一瞬で奴の後ろへ回り込む。

 

「GgIiii」

 

 奴が振り向く頃には。

 

 既に、俺の充填(こぶし)は放てる。

 

「死んどけ」

 

 拳が腹に向けて、直進する。

 

「イイイィィィ……?」

 

 笑い声が聞こえ。

 

「なんだよこいつ」

 

 血が、地面に垂れる。

 それは俺の拳から滴って。

 

 正拳は、奴の体毛に突き刺さって止まっていた。

 

 鉄板位なら余裕で打ち抜く。

 それが、俺が今込めた力だ。

 それを、体毛で止めるだと……?

 

 鋼鉄並みの硬度。

 そして、針の様に尖った装甲。

 

「シシシシシシシシシシシシシ」

 

 笑みが膨らんでいく。

 

 やっべ。

 毛に刺さった手が抜けねぇ。

 

「ヒャァ!」

 

 黒い裏拳が、俺の顔を殴りつける。

 尖った体毛と爪が、俺の顔に傷をつけた。

 

「痛ってぇ」

 

 更に、返す拳が俺の顔を穿つ。

 

 両手を掲げ、その手が俺の顔面に何度も叩き込まれる。

 その度に肉が裂け、血が弾ける。

 

 眼球が潰れ、唇が切れ落ち、鼻の孔が増える。

 

「へぁ……」

 

 真面に声が出ねぇ。

 

 けどなぁ。

 あんまり、調子に乗ってんじゃねぇぞ。

 

 左腕に力を込める。

 込める。込める。込める。

 

 壊れていい。

 一撃に全霊を。

 

「ッガァァァ!」

 

 左手の突きと共に、奴の身体が押し退けられる。

 拳が抜けた。

 

 目が再生し、視界が蘇る。

 奴はまだ、健在だ。

 

 体毛が膨らんで、衝撃を逃がしてる。

 

 面倒くせぇ毛だな。

 

「ギィ……?」

 

 キモイ笑みが浮かぶ。

 そのまま手が、俺を招いた。

 

「――ぶっ殺す」

 

 後ろに回り込むなんて真似は、もういい。

 ただ、テメェの顔面に一発くれてやる。

 それだけを目的に、地面を蹴った。

 

 瞬間。

 

 バキッ。と後ろから音が聞こえた。

 

「は……?」

 

 俺の腹から、棘が飛び出す。

 

 よく見れば、奴の尻尾が地面に潜っている。

 俺の後方まで地中を通して、背中から貫いてんのか。

 

「ヒャヒャヒャヒャヒャ」

 

 腹から飛び出した棘が、広がる様に形状を変える。

 更に、尻尾が地面から出て空中に昇っていく。

 

 広がった刃が、俺の腹に引っかかって俺を吊るし上げた。

 

 伸縮自在の尻尾。

 

 それが鞭の様に撓り、俺の身体を地面に叩きつける。

 

 翼がはためき、奴は浮遊。

 嗤いながら、俺を叩きつける。

 何度も、何度も。

 

「グ……んの野郎……」

 

 俺が話すのを止めるまで。

 俺が動くのを止めるまで。

 

「ヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャ」

 

 うるせぇ声が、耳の中で木霊する。

 

「なんだあの強さは……」

 

「Sランクモンスター並じゃないか」

 

「彼が時間を稼いでいる間に早く避難するんだ皆!」

 

 外野の声も鮮明に聞こえた。

 非難してねぇで助けろ馬鹿。

 けどまぁ、この戦いに普通の奴は参加したくねぇよな。

 

 実際、この怪物は強い。

 ダンジョンで一番強かったあの骨の化物。

 それと同程度の庄を感じる。

 

 それに、俺とは相性が悪い。

 立花吟然り。

 速度を持つ相手に俺は弱い。

 

 こいつは多くの手数を持ち、俺の突破に反応できる反射神経と対応速度を持っている。

 

 つうかよぉ。

 遅ぇんだよ。

 

「ブースト」

 

 お前が、この程度の事で再起不能になるのなら。

 俺たちは、世界征服を既に成し遂げられていた。

 

「サファイアソード」

 

 青い炎の斬撃が、奴の尾を半ばから断ち切った。

 

 宙に投げ出された俺は、頭から落ちる。

 

「いってぇ……

 もっと優しく助けやがれ」

 

「彼を人に戻す。

 手伝って」

 

「なんで俺が、そんな事しなきゃ行けねぇんだよ」

 

「昔の好」

 

「ねぇだろそんなモン!」

 

「じゃあ、公然わいせつ罪の免除」

 

 あ……

 さっきのブレスで、パンツも焦げてら。

 

「初めて見た。

 男の人のってグロイね」

 

「感想なんか要らねぇよ。

 行き遅れ女」

 

「ほんとに捕まえるよ貴方」

 

 捕まりたくはねぇな。

 玲も居るし。

 折角出所したばっかりだ。

 

「どうやって元に戻す?」

 

「まずは抵抗できないようにする。

 殴って気絶させて」

 

「毛が邪魔だ。俺の能力じゃ自分の拳の硬さまでは変えられねぇ」

 

「見てたから分かってる。

 私が、貴方のを硬くしてあげる」

 

「お前、それ態と言ってるだろ」

 

「え? 何が?」

 

 天然女が。

 マジふざけんなよ。

 お前の方が公然わいせつ罪だろうが。

 

 ……もういい。

 

「……あいつを生かしても、お前に得なんかねぇぞ」

 

「損得で正義を名乗った事は、一度も無いよ」

 

 知ってる。

 

「でも、貴方の言葉が全て嘘だとは感じなかった。

 私の正義は完璧なんかじゃない。

 でもいつか必ず、私はそれを見つける。

 その為に、今の私の正義を貫かないと行けないの」

 

 全霊を賭さない人間の完成は生温い。

 重要なのは、大事な事に手を抜かない事だ。

 

 常に最善を尽くし。

 常に最高を目指せ。

 

 

 ――その先にのみ、完璧は存在するんだよ。棺君。

 

 

「死人が煩ぇなぁ……」

 

「どうかした?」

 

「いいや」

 

 それを言ったのは総帥じゃない。

 俺に説教垂れやがった幹部の男だった。

 俺に戦い方を教えてくれた男だった。

 

 それだけだ。

 

「行くよ」

 

「あぁ、あいつも来るらしい」

 

 化物の口元に紅が集う。

 熱を持ったそれは、轟轟と音を立て。

 

 炎が迫る。

 

「フレイム」

 

 青い炎と赤い炎が衝突した。

 威力は同じ。

 

 いや、立花吟が相手の全力に合わせた威力に調整してる。

 拮抗を演出している。

 

「視界は塞いだよ。

 跳んで」

 

「テメェの言う事を聞く訳じゃねぇ。

 ただ、あいつを殴りてぇからこうするだけだ」

 

 両足に込めた力を一気に解放し、跳躍する。

 その方向は奴の頭上。

 

 壊れた足は気にしねぇ。

 拳を引いて構え、落下が始まる。

 

「シシ」

 

 奴の視線が俺を向く。

 

 察知されたと同時に、尖った尾が俺に向けて伸びる。

 俺よりは弱いが、再生能力まで持ってんのかよ。

 

 更に、その尾は数十本に分裂する。

 

 このままじゃ串刺しコースだ。

 

「立花!」

 

「分かってる」

 

 透き通りの良い声が、響く。

 

「――シールド」

 

 俺の身体を球体状の結界が囲う。

 それは、相対的に俺に固定され、共に落下する。

 分裂した尻尾が結界にぶつかり、亀裂を走らせた。

 

「シールド、シールド、シールド!」

 

 全身を覆う結界に加え、盾が出現する。

 六角形の前面盾が2枚。

 更に、俺を球体の結界が重ね掛けされる。

 

 数十本の尻尾が結界に衝突し、亀裂を増やしていく。

 前面の結界が割れ、球体もどんどんひび割れていく。

 

「ヒャヒャヤヤヤヤヤヤ!」

 

 全ての結界が粉々に割れる。

 しかし、既に俺と奴の距離は5mも無い。

 

 引き絞った拳に意識を集中させる。

 

「殺してやるよ」

 

「殺さないで!」

 

 分かってるっつの。

 

「寄こせ!」

 

「ガントレット!」

 

 俺の右腕を半透明の結界が囲う。

 

「ヒ――」

 

「ケヘヘヘヘヘハハハハハハハハ!!」

 

 針の様に尖った髪の上から。

 拳骨を、脳天に叩き込んだ。

 

「ァァ……」

 

 着地すると同時に、振り返る。

 足元をふら付かせるそいつの顎を、更に弾く。

 

「クスリなんかに……

 振り回されてんじゃねぇよ」

 

「ゥ……」

 

 化物は眼を回して、仰向けに倒れた。

 

「ありがとう」

 

 近づいて来た立花吟が、そう声を掛けて来る。

 

「貸し一つだ。

 憶えとけ」

 

「えぇ、でもその前に……」

 

「あ?」

 

「早く服着てくれる?」

 

 ふぅ……

 

 はい。

 

 最初に、盗撮野郎が持って来た着替えが近くに転がっていたのを見つけ、俺は急いで服を着た。

 

「で、どうやって戻すんだ?」

 

 立花吟に聞いたつもりだったが、答えたのは別人だった。

 

「薬物の効果時間は精々10分から20分程度ですから、放っておけば戻りますよ」

 

「ソーラ、お前避難してなかったのか」

 

「棺さんが負けるとは思ってませんでしたから」

 

 俺は頭を掻きながら、斜めに視線をズラす。

 すると、ソーラは小さく笑って説明を続けた。

 この野郎……

 

「しかし、後遺症は免れないでしょう。

 実際、死んでいた方がマシな位」

 

「それでも生きて罪は償わせるよ。

 私のせいもあるんだから」

 

「そもそも、どうやって手に入れたんでしょうか。

 販売や製造だって禁止されてる筈です。

 ダンジョンの素材が使われてるから、外から輸入されたって訳でもないでしょうし……」

 

「だったら、島で作ってる奴が居るんだろ」

 

「いえ、必要な素材の中に危険な毒草が入っているんです。

 その毒草が採取できる階層には関所があって、持ち帰ってもその植物は没収されます」

 

「誰に?」

 

「この島の所有者である大富豪。

 ドルイ・バスケットの元にですよ。

 なので、一般人がこの薬の素材を入手するのは不可能な筈なんですが……」

 

 そう言って、頭を悩ませるソーラ。

 立花吟も良く分かって無さそうだ。

 

「だったら、二択しかないだろ」

 

「「え?」」

 

「その大富豪か関所の連中が作ってるか、誰かに流してるって事だ」

 

 そう俺が言うと。

 

 2人は焦るような表情を浮かべ、黙り込んだ。



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第10話 襲撃者

 

「何なのかしら、これは……」

 

 玲がノートPCの画面を指す。

 そこに映っていたのは俺だ。

 

 全裸で、恥部にモザイクの掛かった俺。

 どうやら、昨日の戦いを録画してた奴が居るらしい。

 しかも、それをネットに流したと。

 

「私が気が付いて良かったわね。

 再生数の少ない内に発信元のデータ事破壊できたわ」

 

 でも。と、玲は続けた。

 

「自覚して。

 貴方は、悪の組織の総帥なのよ」

 

 顔を近づけて、請う様に玲は言った。

 その表情をされると、俺も罪悪感を覚える。

 

「分かってる。

 悪かったって。

 もう軽率な行動はしない」

 

「そう、良かったわ。

 それでね……」

 

 玲が俺の手の甲の皮膚を抓り上げた。

 

「どうして、貴方とこの女が一緒に居るのかしら?」

 

 今度は、画面に映る立花吟を指して問われる。

 これはもう審問というより、脅迫に等しい。

 何せ、言い逃れできない証拠がある。

 

 けどまぁ。

 

 

「――何か勘違いしてないか?」

 

 

「そんな戯言で、私を……」

 

「お前の意見なんて知らねぇよ」

 

 そう言った瞬間、玲は怯える様に少し離れた。

 

「っ……」

 

「俺が誰と何処に居ようが、お前に許してるのは助言だけだ。

 お前の能力は有用で、俺はお前に対して多少の情もある。

 だがな、そんなモンは、俺たちの夢に比べればゴミだ」

 

 最重要項目は決まってる

 世界征服、ただ一つ。

 

 感情や仲間が大事じゃない訳じゃねぇ。

 ただ、それらは全て夢を叶える為の方法だ。

 

 失う事にビビって、到達点を忘れる。

 

 その程度で至れる程、この夢は軽くねぇ。

 

「お前を支配するのは俺だ。

 お前が俺を支配する事はねぇ」

 

 

 ――自覚しろ。

 

 

「お前は、俺の参謀だろうが」

 

 目尻に涙を溜めて。

 それが、零れない様に食い縛り。

 東雲玲(しののめれい)は気丈に宣言する。

 

「……だったら、私に命令しなさいよ。

 この島程度、容易に掌握してあげるから」

 

 久々に見た。

 こいつが泣きべそを掻く所。

 そりゃ9年振りなんだからそうか。

 昔は、毎日駄々こねてた癖に。

 

「ちゃんと、大人になったんだな」

 

「貴方と一緒に、そうなりたかった」

 

「報酬の前払いだ。

 この部屋に居る時だけは、俺をお前の好きな様にしていい」

 

 総帥。参謀。悪の組織。

 恋人。休憩。家庭。

 

 仕事とプライベートは分ける派だ。

 

「どうして、もっと素直に言えないのかしらね」

 

「お前の泣き顔を久しぶりに見たかったから」

 

「悪い人。それ病気よ」

 

 そう言って、クスリと彼女は笑う。

 

「今更何言ってんだよ」

 

「確かに、そうね……」

 

 そう言って玲は、俺の手を両手で握る。

 

「言って、貴方はこの世界をどうしたいのかしら?」

 

「ニーズヘッグは復活した。

 世界にそれを知らしめる。

 その為にまずは、この島が欲しい」

 

「…………分かったわ。

 後は任せて、シナリオは私が書くから」

 

 玲の手が、ノートPCに翳される。

 瞬間、画面に謎のプログラムが演算されていく。

 

「それじゃあまずは。

 貴方の敵に、挨拶でもして来るといいわ」

 

「敵ね……あぁ、そうするか。

 お前は本当に優秀だ」

 

「もう……都合いいわね」

 

 

 玲がそう言った瞬間、ノートパソコンが爆発した。

 

 

「おい、火事なるって!」

 

「あぁっ! 今これしかパソコン無いのに!」

 

 消火する俺。

 泣きわめく玲。

 混沌とした2DKの部屋の中から、新生ニーズヘッグの最初の作戦は始まった。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 星空が見える夜。

 都心から少し離れた周りに緑が良く見える植林。

 その中を走る道路の左側に、俺は立つ。

 右車線の車が、前から来るように。

 

 日本とはハンドルが逆らしい。

 面倒な話だ。

 

『着いたかしら?』

 

 耳に付けたインカムから玲の声がする。

 このポイントは、彼女に指示された場所だ。

 

「あぁ」

 

『後3分程で車が来るわ』

 

「了解だ」

 

 短く応える。

 

 同時に俺の視界は、自分の衣服へ向いた。

 

 それにしても、よく取ってたな。

 俺が幹部だった時の衣装。

 それにまた袖を通す事になるとは。

 

 羊の二本角の生えた仮面。

 漆黒のローブ。

 目深にフードを被る。

 

 黒の中に、僅かに赤の装飾の入ったブーツと手袋。

 サイズは変わってないらしい。

 

「今になって思うと、中々に子供っぽい恰好だ」

 

『それでも9年前だと、最高峰の科学技術と複数の異能によって作成された一品よ。

 仮面とフードは絶対にとれないし、変声期も内蔵してる。

 貴方の細胞を移植させて、肉体領域を細胞に誤認させる事で、衣服に自己修繕の機能を取り付けた……』

 

「何回も聞いてるけど、訳分かんねぇな」

 

『まぁ、機能さえ知っていればいいわ。

 それに、話してる時間もそんなに無さそうだしね。

 ……そろそろ来るわよ』

 

 ケヘ。

 最近、真面な事をやり過ぎた。

 少し、真面目な仕事もしなきゃな。

 

 エンジン音が聞こえる。

 それが、徐々に大きくなっていく。

 

 車の形状はバスに近い。

 しかし、それよりは幾分か小柄だ。

 トラックとバスの中間と言った所か。

 

 その車が俺の前で停止する。

 ライトの眩しさを鬱陶しく思っていると、助手席の男が車から降りて来た。

 

「何してるんだ君。

 公道だぞ、退きなさい。

 それに、なんだその恰好は!」

 

 その男の言葉を無視して、俺は地面を殴る。

 

「なにを……!」

 

「うぁああああ!」

 

 道路を破壊して、車の足を亀裂に取らせた。

 

「悪いが、旅行はこれで終わりだ。

 帰り徒歩で、問題ねぇだろ」

 

「何者だ貴様!」

 

 男は腰にあった拳銃を俺に向けた。

 それで、威嚇のつもりか。

 

「動くな」

 

「いやでーす」

 

 前に踏み出す。

 警官に近づいていく。

 

「止まれ! 撃つぞ!」

 

「あぁ、撃てよ」

 

 そう言った瞬間、太腿から赤い水が弾ける。

 しかし、俺の歩みは止まらない。

 

 運転席の男も出て来て、2人で銃を構えて発砲を始めた。

 

 俺の身体が撃ち抜かれる。

 しかし損害は、多少体が傾く程度。

 傷は即座に修復される。

 

 6発の銃弾を撃ち尽くし。

 リロードの間に、俺は彼等の目前に到着した。

 

「なんなんだよ……」

 

「やめろ……」

 

 ゆっくりと。

 

 彼等の拳銃に手を置いて。

 

「あ……?」

 

 握り潰した。

 

「は……?」

 

 そして、極めて単純に言葉を使う。

 

「ぶっ殺すぞ?」

 

「うわぁああああああああああああ!!」

 

 一人目が逃げる。

 

「ま、待て! 逃げるな!

 俺を置いて行くなぁああああああ!!」

 

 そう叫び、2人目の警官も追いかけて行った。

 

 車の後ろに回り、トランクを開く。

 それは後部座席とトランクが一体化した様な車だった。

 その中で、1人の男が拘束され座っていた。

 

 男の視線と俺の視線が交差する。

 

 男はまだ若いにも関わらず、黒髪の一部は白く染まっていた。

 それだけではない。

 目はギョロつき、手足は震えている。

 

 横には杖が置かれ、それなしでは男が歩けない事を示唆していた。

 

「誰だお前……?

 警官たちは何処に行ったんだよ」

 

 少し、仮面をズラす。

 男に俺の顔が見える様に。

 

「もう忘れたのかよ……」

 

 俺の顔を見て、男は絶句する。

 

 昨日、コイツを気絶させた後の話だ。

 男の身柄は立花吟から島の警察に渡された。

 

 探索者に協力して貰えなければ、大した力も無い組織だが、犯罪者の護送等の雑務はこいつ等の仕事だ。

 

 事件の後、俺とこいつは話せなかった。

 しかし、聞きたい事がある。

 あの薬の出所だ。

 俺は探偵じゃねぇ。

 

 分からねぇ事は、知ってる奴に吐かせて終わりだ。

 

 この護送車のルートと日時は玲が調べた。

 対して凶悪でも無い薬チュウ一人。

 ハッキングは容易だったそうだ。

 

「ま、待ってくれ……

 謝る、謝るから……もう変な真似はしないから……

 こんな身体になって反省してるんだよ、だから……」

 

 涙を流し、縋る様に男は言う。

 地べたを張って、願う。

 

 そいつに俺は嗤いかけた。

 

「昨日振りだな、盗撮犯」

 

「なんで俺ばっかり……悪魔……」

 

「何言ってんだ、寧ろ天使だろうが。

 何せ俺は……」

 

 言い終える前に声が聞こえた。

 強化していた聴覚が反応している。

 

 小さい話声。

 電波を用いて通信しているのだろう。

 しかし、そんな小声も今の俺の耳なら聞こえる。

 

「ターゲット確認。

 処理を開始する」

 

「待って下さい隊長。

 ターゲットの車が停車しています」

 

「それともう一つ。

 ターゲットの付近に警官では無い人物が」

 

「我々の他にも、あの男を狙う者が居るという事か。

 だが、渡す訳には行かん。

 ターゲットを確保しろ」

 

「だったら、アタイに任せて下さいよ。

 一撃で障害を排除して見せますから」

 

「いいだろう。

 スキュラ、お前が仕掛けろ」

 

「了解。

 ラッキー、最近丁度ストレスが溜まってたんだ」

 

 やっと、作戦会議は終わったらしい。

 道路の上にあった森林から、人影が一つ飛び出してくる。

 

「残念だったね。

 アンタはここで死――」

 

「ゴチャゴチャと……」

 

 その人影の頭上に回り込み、ぶん殴る。

 

「うるせぇ」

 

「ギャッ……!」

 

 声からして女であろう。

 そいつは地面に叩きつけられる。

 そのまま、潰死体(トマト)になった。

 

「なんだと……!?」

 

「強いっ……!」

 

 黒いマントを着た集団。

 俺と同じ様に、顔が包帯で隠されている。

 

 人数は計4。

 潰れた女を合わせて5人。

 俺と車を囲う様に現れた。

 

 この盗撮犯を追って来たって事は……

 恐らく暗殺者。

 

 玲が消したとは言え、動画を知ってる奴はいる。

 

 そこから情報が回り、こいつ等まで到達したか。

 もしくは薬の出処か。

 

 今の段階で、盗撮犯を狙う勢力は二種類しかない。

 

 製造元か、製造元を知りたい奴。

 

 俺は後者だ。

 

 そして、他に誰も来ないのなら。

 こいつ等は前者だ。

 

 製造元からすれば、薬の出所を知り、動画で有名になったコイツは早急確実に消さなければならない存在なのだから。

 

「貴様……何者だ……?

 我等に敵対するという事がどういう意味を持つのか、分かっているのだろうな……」

 

 暗殺者達の中で、一番風格のある男。

 一番強い奴が、俺にそう聞いて来る。

 

「ケヘ……教えてやるよ」

 

 俺は嗤いながら、その質問の答えを告げる。

 

「ニーズヘッグ元第8幹部及び現総帥。

 ヴィランネームは【デビルアンデッド】だ」



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第11話 保管

 

 名乗りを上げた俺を見て。

 暗殺者たちは笑った。

 

「フフッ……それは、9年前に滅んだ組織の名前ですよ。

 虎の威を借りるなら、もう少し傘の種類は選ぶべきではないでしょう」

 

「そうだね。

 そもそも、あの組織の幹部は7人だし。

 っていうか、そいつ等全員死んだんでしょ?」

 

「裏の世界でも、その名は終ぞ聞かない。

 貴様の言葉は紛い物だ」

 

 随分、お喋りな連中だ。

 暗殺者として、程度が知れる。

 

 いや、ステータスなんて物が現れたのだ。

 暗殺者も新人が増えたのだろう。

 暗殺者としての適性も探索者の方が高い。

 

 性別不詳のそいつ等に怒気を込めて。

 

「なら、さっさと殺してみろ」

 

 食っ(ちゃべ)るのが仕事かよ。

 違ぇだろ。

 

 テメェ等の仕事は暗殺だ。

 

 気圧されてんのが、丸わかりなんだよ。

 このド三流共が。

 

 

「――来い!」

 

 

 俺の怒声に3人が一気に動き始める。

 俺を囲い、全方位からの波状攻撃。

 

 武器は、三節棍、鞭。

 

 そして。

 

 

 ――スパッ。

 

 

 俺の両手と両足が斬り落ちる。

 

「ヒヒヒヒ!」

 

 小柄な奴が大笑いした。

 

「調子に乗るな。

 お前はただのターゲットなんだよぉ!」

 

 糸か。

 下らねぇ。

 

 達磨になった俺は、うつ伏せに倒れる。

 それを上から見下ろす。

 顔を隠しても、奴等の愉悦は見て取れた。

 

 でもいいのかよ。

 

 そこは『ソイツ』の間合いだぜ。

 

「アゥゥーー」

 

 最初に殺した、女の暗殺者。

 立花吟に見せてやりたい巨乳だから、性別も良く分かる。

 

 それが、小柄な奴の背中から抱き着いた。

 

「なっ、スキュラ?

 生きてたの? 良かっ……!」

 

 女が、奴の首筋を噛み切った。

 

「あぁぁぁぁああああああああああ!

 な、何やってるんだよ……!?

 僕は君の……」

 

 言葉を途切れさせる様に、女はその首を捩じ切った。

 

 それを見ながら、俺は立ち上がる。

 

「何故、立てるのですか。

 いや、足が元に戻ってる?」

 

 再生は既に済んだ。

 

「さて、次はどいつだ?」

 

「貴様ァ!」

 

 昆を持った男が、激情して迫って来る。

 

「三流が」

 

 俺は五流以下だが、お前よりは強いぞ。

 何せ、暗殺者じゃねぇからな。

 

「ア――?」

 

 迫って来ていた男の首が飛ぶ。

 男は絶命した。

 

「糸……

 ユイトの……」

 

 目を細め、残った奴がそう言った。

 声からして女だろう。

 武器は鞭。

 

「さて嬢ちゃん。

 後はお前だけだ」

 

 俺が、そう口にしている間に首の無くなった男が立ち上がる。

 

「爆乳がスキュラ。

 ガキがユイトね。

 それで、コイツの名前も教えてくれよ?」

 

「ヴォー」

 

「アァー」

 

「アゥー」

 

 ゾンビたちが、俺の周りに集まって来る。

 

 俺はそいつ等と肩を組んだ。

 

「ハイ、ハイ! ワンツースリー。

 こ・い・つ・ら・は、俺っちとお友達にぃ?

 なってくれる、そうでぇす!

 ヘイヘイヘイヘイヘイ……♪」

 

 リズムに合わせて、4人で組んだ肩を揺らす。

 勿論、ステップも忘れずに。

 

 さながら合唱団と言った所か。

 いや、ダンス集団かな。

 

 どっちでもいいや。

 

「お前も友達になってくれよぉ……?

 なぁ、いいだろ?」

 

「異常者が……」

 

 怒りを隠す事も忘れて。

 女は、武器を振り上げた。

 

「なぁお前ら、あいつの事も仲間に入れてやろうぜ」

 

 糸と三節棍が、女に絡む。

 

「なっ、皆……!」

 

 そして、スキュラの武器。

 針が4本、身動きの出来ない女へ投擲された。

 

 瞬間。

 

「へぇ……」

 

 針は地面に叩き落とされ。

 鎖も棍も粉々に砕けた。

 

 傍観していた4人目。

 

「隊長……申し訳ありません」

 

「やっと出てきたか。

 雑魚の相手ばっかりさせられる身にもなれってんだよ」

 

 飽き過ぎて踊っちまったじゃねぇか。

 

「私の部下を相手していたのは、殆どお前の死霊だったと思うがな」

 

 前に立つだけで分かる。

 他とは格が違う。

 

「忘れっちまったぜ。

 そんな昔の事はよぉ」

 

「噂通りの狂人振りだな。

 幻の第8席」

 

 ピクリと、自分の眉が動く。

 まるで、俺を知っている様な言い種だ。

 

「俺の噂を聞ける奴なんざ、外部にはヒーロー共しか居ねぇ筈だがな」

 

「私は元々、第2席の秘書をしていた。

 理由はそれだけで十分だろう」

 

 あの姫様の秘書……

 なるほど、そいつは強い訳だ。

 

「シェリアの部下なら、礼儀作法にはもう少し気を使え。

 例えば、相手を見て発言するとかな」

 

「元部下、だ。

 もう、あの魔女は主でもなんでもない」

 

「そうか。

 じゃあテメェを殺しても問題ねぇ訳だ」

 

「圧倒的な強さを持つ幹部たち。

 彼等に、恐れ慄くだけだった昔とは違う。

 及ぶための強さを研鑚し尽くした。

 スキルを修練し続け、レベル5に到達し。

 今の私には、幹部相手でも戦える強さがある」

 

 隊長と呼ばれた男は、ゆっくりと息を吐く。

 

「フゥー」

 

 タイミングを計る様に。

 俺から目を離さぬ様、集中して。

 

 一瞬で手にナイフのような暗器が現れ、それに渦巻く風が纏わりつく。

 

「風塵」

 

 それを見て、俺も息を吐いた。

 

「はぁ……」

 

 溜息を。

 

「幹部と自分が同列だ?」

 

 ギョッと、男の視線が俺を向く。

 

 一瞬で、男の側面まで移動した――俺を。

 

 既に俺は、拳を構え終えている。

 

「なぁお前」

 

「いつの間に――」

 

 戦闘員でもねぇ、秘書如きが。

 

「あんまり調子に乗ってんじゃねぇぞ」

 

 拳を突き出す、その一瞬。

 まるで、俺が未来へワープしたみたいに。

 世界の方が、俺に追いつく様に。

 

 一瞬の虚無の後に、爆発と轟音が空間を埋めた。

 

 男の後ろに有った植林用の森林。

 俺の拳の延長線上に、巨大な丸いトンネルができ上がる。

 

 震えながら、後方を振り返り。

 男は言った。

 

「なんなのだ……これは……」

 

 男のフードは風圧で剥がれ、髪が逆立っている。

 拳は男の手前を振り抜いた。

 その風圧は男を貫通し、森を抉ったのだ。

 

 女は既に言葉を失っている。

 喋れる分、この隊長は優秀だ。

 

「まるで、天変地異ではないか」

 

「お前如きが見れたのは、所詮幹部の遊び。

 最恐の悪の組織、ニーズヘッグ。

 その幹部が最強ってのは、当然(マスト)なんだよ」

 

 爆音が響き、森は掘削されてる間に。

 既にゾンビに、こいつ等を囲わせてる。

 

「……」

 

 チラリと、周りを見て。

 男は動いた。

 

 太腿から取り出した二本の短剣。

 それを、隣の女と自分の首元へ向けて……

 

「ちょっと待てや」

 

 俺の両手が、刃を阻んだ。

 両手から鮮血が落ちる。

 

「心配すんな。

 別にお前等は殺さねぇよ」

 

「何……?」

 

「伝言があるんだ。

 お前の雇い主にな」

 

「何を言っているのか分からんな」

 

「お前等の雇い主が、この島の領主。

 ドルイ・バスケットだって事は分かってる」

 

「……」

 

「俺がここに来た理由は、あの護送車じゃねぇ。

 お前等だよ、狙いは」

 

 玲のハッキング能力は、既にこの島の中枢に到達している。

 

 この島程度、容易に掌握できる。

 そう言った玲の言葉に嘘はない。

 

 こいつ等の指令内容は筒抜け。

 襲う場所も、日時も全て。

 

「最初から、俺たちはお前等の動きを全て読んでいる」

 

 薬の出所も、玲が調べさせた。

 ドルイ・バスケットとその周辺情報。

 及び、この島の警備能力と体制、戦力。

 筒抜けの敵に、全く脅威は感じない。

 

「そんな事が……」

 

「できるんだよなぁ、それが」

 

『貴方の実力じゃないでしょ』

 

 あ。

 イヤホン繋がってた。

 

「って訳で、帰って伝えろ。

 この島は、新生ニーズヘッグの誉ある最初のターゲットに選ばれた。

 よって、この島を統治するお前に未来はない。

 だが、もし献上するのであれば、ある程度の配慮はしよう。

 ニーズヘッグに明け渡す気になった時は、分かる形で宣言してくれ」

 

「幾ら貴様が強かろうが、そんな事ができる訳がない……

 この島にどれだけの探索者が居ると思っているんだ。

 龍騎士団(ドラゴンナイツ)凪船連合(シーユニオン)も、白の教会(ホワイトベル)も、黙ってはいないぞ」

 

「あぁ、だから……楽しみだ」

 

 これで、ここでの仕事は終わりだ。

 

 

「――さっさと消えろ」

 

 

「っ……!」

 

 そう叫ぶと、男は女を抱えて逃走した。

 

 さて、問題が一つ。

 

 この盗撮犯(エサ)、どうすっかな。

 

「ヴォー」

 

 スキュラとか言うゾンビが、盗撮野郎を捕まえて転がしていた。

 

「よぉ、守ってやったんだから感謝しろよ」

 

「あ、ありがとうございますぅうう!

 反省してますからぁ!

 助けて下さいお願いします!」

 

 土下座して、泣いて許しを請う男。

 

 うるせぇな。

 

「取り合えず、ゾンビ共はもういいぞ」

 

 そう3人に指示する。

 すると、爆乳女が近づいて来た。

 

「は?」

 

 ゾンビは、基本俺に絶対服従だ。

 どういう原理か知らねぇけど、逆らわれた事は無い。

 成仏しろと言えばそうする。

 

 その筈だ。

 

 なのに。

 

 スキュラは、俺の胸の辺りに手を入れ始めた。

 

「ヴァー」

 

 取り出されたのは、【ステータスカード】だ。

 

「何してんだ」

 

 それを地面に置き、靴が踏んだ瞬間。

 スキュラの姿が掻き消えた。

 

 同時に、並んでいたユイトとかいう奴と、ガタイの良い暗殺者も、踏みつけて消えていく。

 

 ステータスカードを拾い上げて確認してみると。

 

 

 インベントリ――

 スキュラ(1)

 ユイト(1)

 ゴラウ(1)

 etc.

 

 

 となっていた。

 

 は?



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第12話 三騎士団

 

 円卓を囲うのは、4人。

 

 その全員が同様に。

 この迷宮島で、知らぬ者の居ない有名人。

 

「今日集まって貰ったのは他でもない。

 現在、この迷宮島は攻撃を受けている」

 

 そう、冷ややかな視線で言った男。

 落ち払った冷静そうな人物。

 白の教会の所属である事を示すバッチ。

 それに似ているけれど、少し違う。

 

 それは、団長だけが付ける事ができるバッチだ。

 この島の陸を守る騎士団の長。

 

 名をユア・オリオン。

 

 白い髪と青い瞳。

 純白の肌を持った、少し小柄な男だ。

 けれど、その意思は凛々しく光り。

 

 何よりその視線は、遥か高みから盤上を見下ろす様に。

 無情で冷徹で、無関心。

 

 

「この島を攻撃するような馬鹿が、まだ残ってるとはな。

 少し前に、馬鹿みたいな数の闇組織を壊滅してから、めっきり減ってやがったのに」

 

 荒々しい口調そういうのは、黒い鎧を纏う男。

 今は兜は外しているが、黒髪に赤いメッシュが見える。

 何より、彼の隣には幼いが黒い龍の姿が見える。

 

 通常、人に懐かないとされるドラゴン。

 幼龍とはいえ、それは無警戒に男に背を撫でさせている。

 

 燃えるような強い意思。

 けれど、それは何処か黒い。

 そんな、雰囲気を揺蕩わせる。

 

 この島の空を守る龍騎士団の長。

 名を、リドラ・アーカム・ヴァレンティ。

 

 

「あいつ等、面白さだけは本物やった。

 そもそも悪の組織なんて、アニメの視すぎや。

 そんなんが本当にあった事にも驚きやし。

 何より、散り様が無様すぎて笑ってしまった」

 

 張り付けた笑みでそう語る女。

 短いエメラルドグリーンの髪は、肩程で切り揃えられている。

 

 大きな鞄を持っている。

 その中身は全て収納用の遺物だ。

 

 商人でありながら。

 海の守護者とも呼ばれる。

 凪船連合(シーユニオン)を率いる長。

 

 神凪綾《かんなぎあや》。

 

 この島の外交や輸出輸入の問題に関して。

 彼女は一級の権限を保有している。

 この島の裏の長とも言える人物。

 

「それで、今度はどんなバカだ?

 この、世界最強の島に仕掛けて来てんのはよぉ」

 

 リドラの言葉に答えるのは、最後の一人。

 最奥、上座に座り、彼等に騎士団の誉を授けた人物。

 この島の支配者にして、大富豪。

 

 ドルイ・バスケット。

 

 

 ――ではない。

 

 

「9年前に、最凶最悪の組織として名を馳せていた悪の組織。

 ニーズヘッグの元幹部、デビルアンデッドよ」

 

 赤い髪を、腰まで靡かせた美女。

 紫のドレスを纏い、化粧には余念がない。

 高級な装飾品を身に着け、自身を着飾っている。

 

 彼女の名前は、エリス・バスケット。

 

 ドルイ・バスケットの婚約者である。

 

「まぁた悪の組織かい。

 異能力かなんか知らんけど。

 ダンジョンで強くなれる探索者の劣化版やろ。

 それで、規模はどんくらいや?」

 

「確認されている人数は1名だ」

 

「はぁ?」

 

 ユアの言葉に、綾は笑い声を上げた。

 

「あははははははは!

 悪の組織ってのはコント集団なんか?

 単身でこの島に攻撃するなんか、ただの馬鹿やんか」

 

「下んねぇ。俺はそんな事で俺を呼び出したのかよ。

 俺は帰るぜクソが」

 

 立ち上がったリドラを止める様に、ユアは口を挟む。

 

「私の所の副団長が言うのだよ」

 

「ギンの奴が……なんだって……?」

 

「彼女は元々、悪の組織へ対抗する異能力者だった。

 そんな彼女が唯一、1対1で勝てなかった相手。

 それが、その男らしい」

 

 リドラは拳を握りしめる。

 何かを思い出す様に歯ぎしりし。

 円卓を殴りつける。

 

「ふざけんなよ!

 あいつは、俺を倒して名実共に最強になったんだ!

 それが、勝てなかっただと……

 じゃあ何か、その男は俺よりも強ぇってのか?」

 

「その可能性があると言っているんだ」

 

 ユアがそう言った瞬間、円卓に亀裂が走る。

 大理石で造られたそれを、握るだけで破壊した。

 

 そんな超人技を容易く行う。

 それが、この島のトップ探索者の握力だ。

 

「まぁまぁ、落ち着きいや。

 そんなの戦ってみれば分かる事やろ」

 

「えぇ、今ここで結束を崩すのは悪の組織を笑えない程の愚行ですよ」

 

 女性陣から、冷ややかな視線がリドラに向く。

 それを受けても、リドラの熱は治まらない。

 

「ざけんな……

 ギンは、俺以外の誰にも負けちゃ行けねぇんだよ」

 

 それを察したエリス・バスケットは、手を二度叩いた。

 

 黒い影が2つ。

 地面に落ちて来る。

 彼等は床に片膝を付き、首を垂れる。

 顔を包帯で覆った暗殺者だ。

 

「彼等は、実際にその男と対峙し生還した者達です」

 

 それを見て、リドラは直ぐに問い始める。

 

「お前等、ランクは」

 

「私はAランク、部下はBです」

 

「まぁ、物差しくらいにはなるか。

 聞かせろ、その男の強さはどれくらいだ。

 まさか、単身でこの島を落とせるなんて言わねぇよな?」

 

 その問に、覆面の男は淡々を応え始める。

 

「デビルアンデッドの能力は確認できただけで3つ」

 

 指を立て、説明し始める。

 

「1つは、怪力。

 山の中を幅10m長さ150m程を、拳一つで抉ります。

 2つ目は、再生。

 手足を全て切断しても5秒ほどで完全回復します。

 そして3つ目は、死体操作。

 殺した相手を蘇らせ、使役します。

 更に、その死体に殺された者も同じ状態になります」

 

「山を抉るだと……?」

 

 リドラの食いつく項目は怪力。

 しかし、他3名は別の同じ項目を恐れた。

 

「死体操作……」

 

「上限数によっては……」

 

「この島を滅ぼす事もできるかもしれませんね」

 

 エリスの危惧する最悪。

 それは、立花吟を始めとしたヒーローが危惧した物と全く同じ。

 

「その男は、9年前終末級異能力者と呼ばれていました。

 それは、世界を滅ぼせる異能。

 少なくとも、そう認識されていたという事です」

 

 元ニーズヘッグ構成員。

 その正体を敢えて明かさず、暗殺者は淡々と報告する。

 

「そんな事はどうでもいい……

 重要なのはそいつが、俺より強ぇかどうかだ」

 

 そう言ったリドラを見て、神凪綾は頭を抱えた。

 

「違うやろ。

 問題は、死体を操るっていう能力や。

 単体の戦力なんか、どうでもええ」

 

 その言葉に、エリスもユアも頷いた。

 だがリドラ以外に一人だけ。

 リドラの言葉に真面目に答える声がある。

 

「彼は、貴方より強いですよ」

 

 時が止まったかのように。

 ゆっくりと、視線がその男に言う。

 場にいる誰もが同じ事を思った。

 

 

 ――空気読めよ。

 

 

 と。

 

「あ?」

 

 けれど、その願いは届かない。

 

「もし、その男に死体を操る能力が無かったとしても、貴方と戦った場合、勝つのは彼です」

 

「お前……

 あんまり、調子に乗るなよ」

 

「貴方と同じ事を、彼にも言われました。

 圧力も殺気も、感覚が受ける全情報が。

 圧倒的にあの男の方が上でした」

 

 リドラが腰に携えた剣を抜いた。

 抜き身の輝きが、電球の光を反射して、暗殺者に当たる。

 

 それでも、男の口は塞がらない。

 

「ニーズヘッグの幹部を舐めない方が良い。

 彼と、公平に相対するのは自殺行為です」

 

「その言葉――」

 

 剣の切っ先が、男を向く。

 それを見て、控えていた暗殺者の女は怖気づき、後退る。

 

 けれど、怒りの矛先を向けられる男は。

 全く、微動だにしなかった。

 

「信用させてみろ」

 

 その言葉と同時に、突きが放たれる。

 爆音に近い音と共に煙が上がる。

 

 よく見れば、剣は男の頬を掠めただけ。

 

 けれど男は、一切姿勢を崩していない。

 回避行動を、一切取らなかった。

 

「当たらねぇと高を括ったか?

 ――それとも、俺の突きが見えない程雑魚なのかァ!?」

 

 二度目の突き。

 引きが早い。

 けれど、角度はさっきと違う。

 狙いは、男の更に奥。

 

 反応できていない。

 二人目の暗殺者。

 

 その角度が確定された瞬間、包帯の中から眼光が煌いた。

 

 暗殺者の男の手足に――風が宿る。

 

 一瞬で、男の身体が控える女の前に移動する。

 

「隊長……!」

 

 その場で――二者の他は――誰も認識できない程速い。

 瞬間的な一合。

 

 剣が弾かれ、壁に刺さった。

 剣を受けた暗殺者の男の腕が、裂傷(ズタズタ)になっている。

 

「申し訳ありません隊長!

 私の為に……」

 

 女が駆け寄る。

 切り裂かれた腕に処置を施していた。

 

「掠り傷だ。

 それに、お前の為ではない。

 これ以上部下が減ると、再教育が面倒だと思っただけだ」

 

 そう言いながら、処置を受け入れる。

 

 これが、この一合の顛末だ。

 

「お前、本当にAランクか?」

 

「えぇ勿論。

 ただ、最後に判定を受けたのは1年以上前ですが」

 

「名前を教えろ」

 

「私は暗部です」

 

「だからなんだ?」

 

「……隠染宗時(いんぜんそうじ)です」

 

「そうか。

 ……いいぜ。

 お前の話を聞いてやる」

 

 そう言って、リドラは座り直した。

 その表情には、落ち着きが戻っている様に見えた。

 

 エリスは、それを見て小さく溜息を吐き。

 神凪綾は、同情する様に愛想笑いを浮かべていた。

 

 

 その辺りで、扉が開く。

 

「おーい、エリスー」

 

 そう言って、初老の男が入って来る。

 それを見て、エリス以外の全ての物が傅いた。

 

「儂はそろそろ眠くなって来たぞ。

 お前の子守歌が無いと眠れぬ。

 寝室まで共に行こう」

 

 寝巻を着た、小太りの男。

 齢は50は越えているように見え、エリスと並ぶと「月と鼈」を体現した様な並び立ちになる。

 

 けれど、この場の誰もその男に逆らう事は許されない。

 

 この島の絶対支配者。

 

「畏まりましたドルイ様」

 

「なんだその呼び方は、いつもの様に呼べ」

 

 ドルイの言葉に、エリスは表情を一瞬で変えた。

 

「まぁ、ドルイちゃまったら。

 今日はどんなお歌が良いですか?」

 

「おぉ、まずは膝枕じゃ。

 何を歌って貰うかはその後考えるでの」

 

「わかりました。

 エリスも、ドルイちゃまに膝枕を堪能して頂くのが大好きですよ」

 

「分かっとる分かっとる。

 それでは行くぞ」

 

「えぇ、勿論です」

 

 そう言って、エリスを付き添わせ二人は部屋を出て行った。

 出ていく直前、エリスが振り返る。

 言葉を一つ置いて行った。

 

「ユア、指揮は任せます。

 リドラと綾も協力するように。

 この島の秩序を守る為、即刻件の男を排除しなさい」

 

「「「畏まりました」」」

 

 ドルイではなく。

 その婦人であるエリスに、首を垂れて。

 三者は同じ言葉を口にする。

 

 それが、この島の現状を物語っていた。



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第13話 孤児

 

 朝日がカーテンの隙間から差し込む。

 

「それにしても、どうして急に迷宮島が欲しくなった訳?」

 

 隣で横になる玲が、そう聞いて来る。

 

「この島は、世界の中心なんだろ。

 ここに来て一週間くらいしか経ってねぇ俺でも分かるぜ。

 この島は、世界で一番武力が集まってる。

 世界征服を目論む悪の組織がそれを狙うのが、何か不自然か?」

 

 言いながら、俺は玲に背中を向けた。

 

「2つ、おかしな所があるわ」

 

 玲は、俺の背中を直に触り「1」を描く。

 

「まず、貴方はそんな細かい計算をしない。

 嫌いな物を嚙み砕いて進む。

 それが、黒木棺(くろきひつぎ)なのだから」

 

 続けて「2」が描かれる。

 

「貴方にこれ以上の武力は必要ない。

 世界【征服】では無くて【滅亡】なら……」

 

 背に玲の吐く息が当たる。

 

「いつでもできるのでしょう?」

 

 ゾンビウイルス。

 それは、確かに終末を招く事ができるとされた能力だ。

 

 だが、実際にそれが証明された事は無い。

 今はまだ、机上の空論だ。

 

「まぁ、これ以上強くなりたいと思った事は、今の所ねぇな」

 

「だって、貴方は一番強いもの。

 この島の探索者よりも……

 あのヒーローよりも……

 貴方の方が、ずっと」

 

 肩に、玲の唇が触れた。

 

「教えて。

 貴方はこの島を見て、何を思ったの?」

 

 ハァァ……

 

 玲が息を吸い込んで。

 柔肌を背中に密着させる。

 

「教えてくれるまで、逃がさないわよ」

 

 カプリッ。

 

 玲は、俺の首に噛みついた。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 街の中を俺は歩く。

 目的地はソーラの住んでいる場所。

 最近は、そこへ迎えに行ってからダンジョンへ向かっている。

 

 どうせ、俺の住んでる場所からダンジョンまでの通り道だ。

 

 都心とは少し離れた廃墟が立ち並ぶ場所。

 スラムと言って差支えないだろう。

 家賃が掛からない代わりに、自衛が必要。

 そんな場所だ。

 

 廃墟の中で最も、大きな建造物の跡地。

 寂れた、教会。

 

 そこに、俺は入る。

 

 無人のそこには、頭の落ちた女神像がある。

 数年前、この辺りがテロ組織の根城になっていたらしい。

 だから、この島の探索者はその組織を壊滅させる為に。

 この場所を破壊し尽くした。

 

 それは、俺がこれから辿る運命なのかもしれない。

 

 けれど、もしも女神が居て。

 滅びの瞬間を目の当たりにしたのなら。

 

 俺が宣言して置こう。

 

「次は勝つ。

 そこで、見てろ」

 

 そう、俺が呟いた瞬間。

 

「ぐっ!」

 

 俺の身体は地面に叩きつけられた。

 腕が捻り上げられ、顔を押さえつけられる。

 

「シールドロック」

 

 足首が何かに縫い留められる。

 ばたつかせる隙間も無ければ、力を込められない。

 

 1秒の抵抗する隙間もなく。

 俺は、完全に拘束された。

 

「手荒な登場だな」

 

 皮肉気に、俺はそれを行った人物の名を呼ぶ。

 

「立花吟……」

 

 彼女は静かに語る。

 

「昨夜、貴方と私で拘束した男を護送中の車が襲われた。

 襲った犯人は、こう名乗ったらしい。

 元ニーズヘッグ幹部、デビルアンデッドと」

 

 力が強まり、怒気が高まる。

 

「犯人は行方不明。

 白の教会の全団員に、貴方の手配書が回ってきた。

 名実共に、貴方は私が捕らえるべき相手になった」

 

 基本、口数の少ない奴だ。

 だが、正義面してる時のこいつは違う。

 どれだけ拒絶されようと、躊躇いなく己の想いを叫ぶ。

 子供染みていて、理想的で、美しい。

 そんな、夢物語を。

 

「どうして……

 もう、あの組織は壊滅したのに」

 

「してねぇ。

 俺が残ってる」

 

「貴方一人で何ができるって言うの」

 

「俺一人じゃ、世界は取れないと思うか?」

 

「……9年で、変わったと思ってた。

 この島での貴方は、昔よりもずっと優しかったから」

 

 戯言だ。

 俺は優しく何か無い。

 考え過ぎだ。

 

「貴方がどれだけの悪人でも、私は必ず貴方を止める」

 

「それは、無理だな」

 

「……どうして」

 

 憂う様に。

 震えた声で。

 彼女は、泣く様に呟いた。

 

「なんで、そんなやり方しかできないの?

 今の貴方なら、本当にやり直せるかもしれないって。

 そう、思っていたのに」

 

 随分な過大評価だ。

 俺に、やり直す事なんか何も無い。

 人生が、また一から始まっても俺は同じ人生を歩む。

 確実に、総帥や幹部が死ぬとしても。

 

「貴方の言葉は、私の心に響いたよ。

 お願いだから、私の声も聴いてよ」

 

「俺にだって響いてるさ。

 お前を疎ましく思ってたが、羨ましいとも思ってた。

 輝くお前と、それに照らされた人間は、確かに幸せそうだった」

 

 けれど。

 それでも。

 その光の影響を、全ての人間が享受できる訳じゃない。

 

 お前一人が良い奴でも、世界にとっては些細な事だ。

 

「お前は、この島に正義があると本当に思うのか?」

 

「それは、秩序を乱す理由にはならない」

 

「見下ろしてばかりのお前には分からねぇさ。

 地べたを這いずる人間の行動原理なんざ」

 

「どういう意味……」

 

 立花吟という人間が、この島でどういう風に扱われているのか。

 

 少しは俺も噂を聞いた。

 

 迷宮島最強の探索者。

 正義の守護者。

 

 けれど、それは民衆の意見だ。

 彼女と接した事のある。

 特に、同じ白の教会の団員からは。

 

 立花吟は『疫病神』と呼ばれている。

 

 理由は簡単だ。

 全く、誰の特にもならない弱者救済の仕事を請け負ってくるから。

 白の教会からすれば、そんな慈善活動に付き合う人員も余裕も無い。

 

 けれど、『最強の探索者』を手放さない為。

 彼等は立花吟に嫌々付き合っている。

 

「変わったのは、戦いの上手さだけか。

 がっかりだぜ。

 お前はまだ、ヒーロー気取りなんだな」

 

「私はただ、誰にも傷ついて欲しくないだけ」

 

 カチャリと。

 鉄の鳴る音がする。

 シルバーイーグルが、俺の後頭部に密着する。

 

「貴方を捕まえる」

 

 そう言った。

 

 その時だった。

 

「やめてよ!」

 

 幼い声がした。

 教会の女神像の裏から。

 男女混合10人近くの子供が飛び出してくる。

 

 ボロボロの服と、汚れた身体。

 それを見て、お前は何を思う?

 

「――なんでこんな所に子供が」

 

「おじちゃんを放せ!」

 

 立花吟の周りを、子供たちが取り囲んでいく。

 幼げな蹴りや突進を、立花吟に浴びせる。

 

 そんな物で、この女に傷はつかない。

 

 だが、背中越しでも、唖然とした雰囲気は伝わる。

 

「やめて皆、私はただ……」

 

 多くの困惑と。

 多少の後ろめたさで、立花は呟く。

 

「あいつ等の仲間だろ!」

 

「同じバッチつけてるもん!」

 

「おじちゃんを放せよー!」

 

 おじちゃんじゃねぇけどな。

 

「この子たちは何。

 貴方はここで何をしてるの」

 

「なんだよ、来た事ねぇのか?」

 

「毎日、都心で活動してたから……」

 

 視野が狭く。

 思慮も無く。

 それでいて、正義感だけは人一倍。

 

 その成り果てる様は、今も昔も同じ。

 

「お前等、やめろやめろ。

 こいつは俺の知り合いだ」

 

「でも、ヒツギ!

 こいつバッチつけてるぞ!」

 

「あぁ、こいつはスパイだスパイ。

 かっちょいいだろー」

 

 ガキの頭をくしゃくしゃに撫でて、そう言って聞かせる。

 

「でも、あんまり仲良く無さそうだったじゃんか」

 

 女は目敏い。

 それが幼女でもだ。

 

 さて、どう誤魔化すか。

 

 小さく、立花に耳打ちする。

 

『俺に合わせろ』

 

「え?」

 

 困惑を無視して、俺は立花の肩を抱き寄せる。

 

「きゃっ」

 

「ほら見ろ、仲良し仲良し。

 な? 俺らマブダチだよな?」

 

「え……いやその……」

 

 合わせろって言ってんだろこいつ。

 

 俺は立花の肩から手を回し、頭を胸に抱き寄せる。

 

「ほら見ろ」

 

 ピースして、少年少女に見せる。

 小さく、立花にも「合わせろよ」と耳打ちした。

 

「ほらピース」

 

「い……いぇーい……

 ピ、ピース……!

 えへ……」

 

 ぎこちない手の動きと。

 ぎこちない笑みと表情で。

 

 ……言うもんだから。

 

「ップ」

 

 吹き出しちまった。

 

「はぁ……?」

 

 人形みたいに首が動く。

 立花が睨んでくる。

 

 悪ぃって。

 

「なんだそうだったのかぁ」

 

「スパイなんて初めて見たぜ、かっけぇ!」

 

「お姉ちゃん、さっきはごめんね」

 

「い、いや……大丈夫」

 

「俺たち先に飯食ってるから、おじちゃんも早く来いよ!」

 

「おじちゃん……ップ……」

 

 このクソ女マジで……

 

「おじちゃんじゃねぇっつの!」

 

「わぁ! 怒ったぁ!」

 

「……お前等、先に地下室に行ってろ」

 

「おじちゃんもさっさと来いよな。

 今日は俺の隣の日なんだから!」

 

「ハイハイ、さっさと行け」

 

 そう言うと、ガキ共はさっさと下に降りて行った。

 

 立花吟は、まだ少し笑ってる口元を隠しながら、俺に問い直す。

 

「それで、あの子たちは?」

 

「ここの孤児共だよ。

 別に、珍しい話じゃねぇだろ」

 

「それは知ってる。

 白の教会も、炊き出しとかしてるし。

 なんで、貴方に懐いてるのかって聞いてるの」

 

「炊き出しなんてしてる割に、ガキ共からの反応が気にならなかったかよ?」

 

「それは……まぁ……」

 

 バッチを見て、ガキ共の反応は敵対的だった。

 けれど、それは当然の事だ。

 

 お前は、知らねぇんだろうけどな。

 

 もし、ここで行われている事を、お前が知っているのなら。

 お前が、止めない訳がねぇ。

 

「俺もここで行われてる事を知ったのは最近だ」

 

 この島は、一種の独立国扱いされている。

 この島でダンジョンが発生した時、複数の大国は所有権を主張した。

 その間で戦争にすらなりかけた。

 

 だから、大国の間である条約が成された。

 それは、全ての国家に対して平等に取引する事を条件に、この島をどの国家にも所属しない島であるとする物だ。

 

 だから、この島では他国の法律は適応されず。

 軍や警官もやってこない。

 居るのは、島の支配者(トノサマ)からの指名団体。

 たった3つのクランだけだ。

 

「ソーラから聞いて、正直ムカついたぜ」

 

 ソーラは孤児だ。

 幼い時に両親が探索で死んだ。

 その後は、ここで育ったらしい。

 

「何が行われてるって言うの……」

 

 お前には知らされてない。

 って時点で、正義のセの字もねぇ話だ。

 

「別に、何のことはねぇさ。

 ただの……」

 

 俺は、立花吟に真実を告げる。

 

 

 

 

「――人身売買(ドレイ狩り)だ」

 

 

 その主犯の名は、白の教会団長。

 ユア・オリオン、というらしい。



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第14話 人買

 

 この島に到着して、3日程経った頃だ。

 

 ソーラと出会い、ソーラの夢を聞いた。

 その次の日の事だ。

 

 ソーラに、会って欲しい人が居ると呼び出された。

 それが、この教会の最奥の部屋だった。

 

「この部屋の中に、その人は居ますから」

 

 そう言って、ソーラは去って行った。

 後は一人で行けという事なのだろう。

 俺は、その一室の扉を開く。

 

 そこに居た人物は俺を見て、ポツリと漏らす。

 

「まさか、本当に……」

 

 瞳を震わせて、そいつはそう口に出す。

 それを見て、俺は直ぐにその人物が誰なのか思い当たった。

 

 名を、ロゼ・ノイジャー。

 

「もう一度お主に会えるとは、思っても居らなんだ。

 デビルアンデッド。いや、黒木棺……」

 

 ニーズヘッグとは別の悪の組織で、幹部をしていた女だった。

 

 俺の存在と名を知っている。

 それだけで、この女が本人なのは間違いない。

 

「随分、見違える風貌になったな」

 

 杖を突いた白髪の老婆。

 それは、昔を知る俺には衝撃的な姿だった。

 

「お主は変わらぬな」

 

 その女は、この教会で孤児を育てていた。

 

「そういう体質だ」

 

 教会の地下室。

 子供たちが寝泊まりする大広間の更に奥。

 小さな小部屋で。

 俺たちは、昔話に花を咲かせた。

 

 

「それで婆さん。

 あんたは、今何やってんだよ。

 悪の組織の元幹部が、マジで孤児院のママやってんじゃねぇだろ?」

 

 それは、当然の疑問だった。

 この女の異能は特別な物だ。

 

 この女が居た悪の組織【アグノム】の要と言っても間違いでは無い。

 

 それほど有能な異能であり。

 それほど優秀な人間である。

 

 それがまさか、孤児院等と冗談が……

 

「いいや。

 既にアグノムは壊滅した。

 この島を占拠しようと企み、複数の組織と合同で作戦を決行し。

 見事、打ち負かされたのよ」

 

 冗談めかして、婆さんは笑う。

 憤怒も辛苦も、笑い流す様に。

 

「今の私は、見ての通りただの老婆さ」

 

 皺が増え、瞼の垂れたその顔は。

 籠った意思を押し殺す。

 

「じゃあ、俺の正体知ってるテメェを。

 野放しにする訳には、行かねぇな」

 

 立ち上がり、婆さんの顔に指を向ける。

 殺気を込めて。

 

「フォホホホ」

 

 婆さんは高笑いを上げて、言った。

 

 

「――やってみよ」

 

 

 昔も見た、魔女の様に。

 喜々として、狂気的な。

 笑み。

 

「ッチ、何処がただの老婆だよ」

 

 舌打ちをして手を降ろす。

 こいつには、昔からいい様に利用されてた。

 

「まだまだ若造だな。

 デビルアンデッド」

 

「クソババア……

 で、ソーラに俺を呼び出させた理由はなんだ?

 まさか、昔話する為って訳じゃねぇだろ」

 

「あぁ、お主に頼みがあるのだ。

 だがその前に、見て欲しい物がある」

 

「ほぉ……」

 

 婆さんは立ち上がり、先導する。

 俺は婆さんを追って廊下に出た。

 

 教会の地下には部屋が4つしかない。

 来るときにも見た大広間。

 孤児たちが集まって生活している。

 それと、今の部屋。

 後は婆さんとソーラの私室だけ。

 

 ソーラは住み込みで、ここに金を落としてるらしい。

 

 婆さんは進んでいく。

 

「何があっても、手は出さんでくれよ」

 

 そう言って、大広間の扉を開く。

 食事の並んだテーブルを囲う様に、ガキたちが――

 

 

 全員寝ていた。

 

 

 大人は、壁際に控えるソーラと。

 他には白い制服を着た男が2人。

 大きな袋を広げ、そこに子供達を放り込んでいく。

 

「おぉ婆さん、今年もご苦労」

 

 白の教会のバッチを付けた、2人。

 

「これでこのスラムは今年も安泰だな」

 

 そんな言葉を吐いて。

 正義のヒーローと同じ所属の男たちが宣う。

 あぁ、そうだ。

 

 同じなのだ。

 

 俺を捕らえ、拷問としか呼べない苦痛を与えた組織。

 それは、立花吟を含めたヒーローを纏める組織だった。

 

 このガキ共は、あの時の俺と全く同じ。

 

殺す(ケヘ)

 

 一瞬。

 

「あ――」

 

「は――」

 

 奴等の認識を越えた速度で、首を圧し折る。

 

「クソババア、テメェここで何をやってやがる」

 

 倒れていく男たちを見ながら、振り返って俺は問いかけた。

 

「手は出すなと言っただろうに……

 まるで、正義の味方の様な事をするな。

 黒木棺……」

 

「俺の質問に答えろ。

 さもねぇとテメェも殺すぞ」

 

「待って下さい棺さん!」

 

 ババアの元に歩みを進める俺と、ババアの間に、ソーラが割って入る。

 

「その前に、お主に頼みがある」

 

 杖を突きながら、ババアは俺が殺した二人の元まで歩いていく。

 

「ふざけてんじゃ……」

 

 死体の前でしゃがみ込み、それらに触れて。

 

「私の全てを使って願う。

 どうかこの子等を、救ってくれ」

 

 アグノム元幹部。

 ヴィランネーム【否みの女帝(アンチヘルス)】。

 

 ロゼ・ノイジャーの異能力が――光る。

 

「この子達を救う力が、もう私には残って居らぬ。

 だが、お主ならできる筈だ。

 最恐と謡われた、ニーズヘッグのお主ならば」

 

 逆行《リバース》。

 

 そう呼ばれた異能力。

 例え死者であろうが、その時間を巻き戻し。

 

「あれ、なんだ……?」

 

「なんか、意識が……」

 

 蘇す。

 

「早く仕事をしなくて良いのですかな?」

 

「あ、あぁそうだった」

 

「俺たち仕事中だったよな」

 

 そう言って、男たちはまたガキ共を袋に入れていく。

 

「そういや、そっちのお前は新顔だな」

 

「ソーラと同じですよ。

 この男も、たまにここで働いて貰う事になりまして。

 私もこの歳で、色々と大変なんです」

 

「なるほどな。

 よろしく新人さん」

 

 俺の肩に手を置いて、男はそう言う。

 

「まぁ、ガキを育てて出荷するだけだ。

 そう気負う事じゃないさ」

 

 全ての子供を詰め終えた奴等は、それを外に運び出して行く。

 

「それじゃあ、ちゃんと配給はしてやるから次も頼むぜ」

 

「えぇ、助かります」

 

 バタンと、大広間の扉が閉まる。

 

「悪かったな。

 今はこうする他に無い」

 

 俺は、ロゼを睨みつける。

 

「どういう事だ……!」

 

「この辺りの住民は、悪の組織の末席や子孫、家族だった者達だ。

 我等は敗北し。

 搾取されるのは当然の事。

 毎年5才から10才の子供を10人。

 この島に献上する。

 その代わりに、我等は生存を許されている」

 

「それでもテメェ悪の……」

 

 俺の言葉を遮って、俺の言おうとする事を、婆さんは言った。

 

「私は、悪の組織として最期の抵抗をする」

 

 婆さんは、杖を捨てる。

 両膝を付いて、頭を下げた。

 

「誇りも、尊厳も、力も、財も。

 我等は全てを失った。

 だが、ただで願おう等とは思って居らぬ。

 私の異能で、誰でも一人。

 ニーズヘッグの幹部でも総帥でも、蘇らせよう」

 

「……自分が何言ってるか、分かってんのかよ」

 

 【逆行(リバース)】は、強力な能力だ。

 故に、そこには代償が存在する。

 巻き戻した時間の分だけ、『己の寿命』を消費する。

 

 このババアは、俺が知っている限り。

 まだ、30代の筈だ。

 

 けれど、見た目はどう見ても……80以上。

 これで更に、9年の時を消費すれば。

 最悪、死ぬ可能性だってある。

 

「あぁ、分かっているとも。

 だがそれでも、やらねばならぬ時がある。

 私の時間は、今この時の為に存在するのだ」

 

 

 ――だから、どうか。

 

 

「あの子達とこれから献上される全ての子供達を、救って欲しい」

 

 頭を地面に擦り付け。

 ただ、願い続ける。

 

 プライドも尊厳も、若さすら……

 全部無くして残ったそれは。

 

 子供達への愛だったらしい。

 

 

「そういう事なら――お断りだ」

 

 

 総帥と幹部たちは、己の人生を生きて死んだ。

 そこにはきっと、悔いは無い。

 それは、俺が一番分かってる。

 

「俺は、俺の好きにやる。

 婆さん、一つ俺からアドバイスだ。

 ……食器を多めに買っておけ」

 

「お主……!」

 

 婆さんは顔を上げ、驚いたように目を見開く。

 

 俺がガキの頃奪われた物を、俺はガキから奪えねぇ。

 

 

 あぁ、かなり気に入ったぜ迷宮島。

 俺が全部、奪い取ってやるよ。

 

 

 ◆

 

 

 その話を聞いて、東雲玲は言った。

 

「私、子供は嫌いだけれど。

 貴方のそういう所は好きよ。

 だから全部、調べ尽くしてあげる」

 

 

 ◆

 

 

 その話を聞いて、立花吟は言った。

 

「私が真相を確かめて。

 もしも、その話が本当だったなら。

 私には貴方の邪魔はできない……」



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第15話 弱点

 

「ロゼさんと貴方が知り合いだと聞いた時は驚きましたよ」

 

 そう言って、ソーラは隣で飯を食っている。

 

 立花は帰った。

 俺の話を調査し検討するらしい。

 跡を付けていた事は最初から気が付いていたが、一人で来たと言う事は元々何か思う所はあったのだろう。

 

 この島の富豪が薬を作っている。

 そう俺が言った時。

 ソーラと立花は黙った。

 驚くでも無く、何か思案する様に。

 

 ソーラは、子供たちの事を知っていたからだ。

 だが、立花吟は知らなかった。

 

 ならばその不信感はきっと、己の仲間に対してだ。

 

「けど、なんでガキ共の事を俺に言わなかった」

 

「最近知り合ったばかりの貴方を、そこまで信用はできませんよ」

 

「……それが答えで、いいのか?」

 

 嘘を吐いて居る訳ではないのだろう。

 ただ、後ろめたい何かをその表情から感じた。

 

「……僕の両親は紛争地帯の出身です。

 そこから逃げて、この島に来ました。

 でも、その場所では子供も大人も関係なく皆死ぬ。

 だから、僕の両親は僕に人の命の重みを小さく教えてくれた。

 実際僕は、このスラムに住む大勢が助かる為に、10数人を犠牲にするのは【建設的】と思っていました」

 

 食事をする手を止め。

 スプーンを置いて、ソーラは言った。

 

「僕は最低な人間ですね」

 

「けど、お前は俺をここに連れて来た。

 お前にとっては関係ねぇ、面倒事だ。

 俺が島に喧嘩を売っても、お前には損しかねぇ」

 

「それで、僕の罪は清算されたりしませんよ。

 僕は大勢、出荷してきたんですから」

 

 孤児院を手伝いながら、探索者をやっていた。

 探索で得た素材を使い薬を作り。

 それを売った金を寄付していた。

 

 けれど、同時にそれは奴隷を量産する行為だ。

 善人から指を差されて侮蔑される。

 そんな、最低の行いだ。

 

 だからこそ。

 

「本当に、お前はピッタリだな」

 

「え?」

 

 多くの人間を助ける為に、少ない人間に手を掛ける。

 それは、誰でもができる事ではない。

 

 ヒーローは語るだろう。

 

 全ての人間を救えずして、何が善かと。

 

 けれどそれは、強者の理屈でしかない。

 

「お前は、悪党(ヴィラン)だ。

 この俺が、お前を認めてやるよ」

 

 ソーラの肩に手を回し、その顔を俺の胸に埋める。

 

「わっ」

 

「お前、ニーズヘッグに入れ」

 

「はい……?

 僕が……?」

 

「俺たちは、大衆の意思を正義とは呼ばない。

 己の信念だけを正義と呼び、その達成の為に尽力する。

 そんな身勝手な連中の集まりだ。

 お前は、どっちがいいよ?

 大衆(ルール)か――自己(プライド)か」

 

 方法ではなく、願望にのみ、誇りを乗せろ。

 

 それが、悪の花道って奴だ。

 

「ま、考えとけ。

 俺は帰るぜ、今日の探索は中止。

 これは、俺の飯代だ」

 

 スマホを使って、ソーラのカードにDPを入金する。

 

「これ、多すぎですよ……」

 

「ヘッドハンティング代込みだ」

 

 親指を立ててそう言ってやると、ソーラははにかむ様に笑った。

 

「じゃあこれ、お礼って訳じゃないですけど護身用に持っておいてください」

 

 そう言って懐から出されたのは緑色の液体の入った瓶。

 

「これはポーションと呼ばれる物です。

 迷宮内の湧く聖人水という素材を使う事で、薬草等の効果を人体に対して適切な物に調整した魔法薬。

 しかもこれは、最近作れるようになった中級の物です。

 まぁ、貴方の再生の前では無力に等しい物なので、もし周りの誰かが傷を負った時にでも……」

 

 瓶の中身を呷った。

 

「なんで今飲むんですか!?」

 

「え、ジュースかと思ってつい」

 

「小学生ですか!」

 

 目尻を押さえて「まったく……」と呟くソーラを見ながら……

 

 

 ――視界が、何重にもブレた。

 

 

 息ができない……

 意識が遠退く……

 なんだこれ。

 こんなの初めてだ。

 

「ちょっと棺さん?

 何してるんですか?」

 

「おじちゃんどうしたんだ……?」

 

 おじちゃんじゃねぇよ……

 そんな声すらもうでない。

 頭が痛い。喉が苦しい。

 感覚が、遠退いていく。

 

「え、棺さん!?

 どうしたんですか!?

 大丈夫ですか、返事して下さい!」

 

「大丈夫かよ」

 

「おじちゃん! おじちゃん!」

 

 ケヘ。

 何泣いてんだガキ共。

 ソーラも、男だろうが。

 こんな事で、狼狽えてんじゃ……

 

 あぁ、けどマジでマズいなこれ。

 

 再生が、発動しねぇ……

 

「ロゼ……さ……! はや……!

 み……はな……!」

 

 音まで、消えていきやがる。

 視界が、暗闇に閉ざされていく。

 抗えねぇ……

 

 

 

「うっ……げは!」

 

 床が、緑色に塗れている。

 ソーラやロゼ、ガキ共が集まり、俺を心配に視てやがった。

 

「大丈夫なのか……?」

 

 ロゼの婆さんが、俺に触れながら心配そうに聞いて来る。

 

「俺は……どうなって……」

 

「私の異能で戻したんだ。

 そしたら、この水を吐いて……」

 

「ポーションだったか……」

 

 そう、ソーラは言っていた。

 傷を治すだとかって。

 

「棺さん、これは僕の個人的な見解ですが……

 貴方の身体、つまりゾンビの肉体はポーションによって破壊される特性を持っている可能性があります」

 

 ポーション。

 ダンジョンの水を使ってるとか言ってた。

 って事は、科学的な薬品じゃない可能性がある。

 普通の毒なら俺の身体は無力化する。

 

「ポーションの自浄作用が、貴方の体内のウイルスを異物として分解しているのではないでしょうか……」

 

 ソーラは、不安気な表情で、俺にそう言った。

 

「おじちゃん……大丈夫なのかよ……」

 

 安心させる様に俺は坊主の頭に手を置く。

 涙と鼻水まで垂らしやがって。

 無駄に懐かれたもんだ。

 

「心配すんなって、男はこんくらいで死なねぇんだよ。

 お前も、男なら泣きそうな顔してんじゃねぇよ」

 

「良かった……」

 

 ほっとする様に坊主はそう言う。

 涙は止まる処から、もっと溢れ始めた。

 

「ロゼ、ガキ共は頼む」

 

「あぁ、それは良いが……」

 

「ソーラ、ポーションの予備はあるか?」

 

「下級の物なら。

 でも、どうする気ですか?」

 

「お前の部屋に移動するぞ」

 

 俺は立ち上がり、ソーラを連れて大広間から出ていく。

 

 ソーラの部屋。

 薬品や本の嵩張る研究室っぽい部屋だ。

 

 その中に入って、俺は左手の人差し指を千切った。

 

「グロ……」

 

「こんくらいでビビんな。

 ポーションをこれに掛けてみろ」

 

「そういう事ですか。

 分かりました」

 

 指を受けったソーラは、それを試験管に入れる。

 その中を、ポーションで満たした。

 

 するとやはり……

 

「確定だな」

 

 薬の色は赤に変色し。

 俺の指は、溶けて消失した。

 

「これは、絶対に誰にも言う訳には行かない秘密ですね……」

 

「あぁ、恐らく俺の唯一の弱点だ」

 

 

 

 ◆

 

 

 

 棺さんが帰った後、僕は色々な事を考えていた。

 ニーズヘッグという組織に入るのか。

 

 僕のやって来た事を、あろうことかあの人は褒めて認めてくれた。

 人殺し以上の所業。

 僕自身、そう思っていたんだけどな。

 

 それに、ポーションの事もだ。

 黒木棺はゾンビである、僕が見たどんな探索者よりも【最強】だ。

 けれど、あの弱点は正直、その優位性をひっくり返す。

 

 相手がどれだけ低位の探索者でも、ポーションを浴びせるだけで棺さんは致命的な損傷を受ける。

 

 誰にも、言う訳には行かない。

 幸い、今分かっているのは僕と本人だけだ。

 

 子供達は良く分かってないだろうし。

 ロゼさんも、薬やポーションの事は詳しくない。

 

 調べないと。

 あの人が、致命傷を受ける前に。

 ゾンビの特性、ポーションの効果。

 一番大事なのは、致死量だ。

 それはきっと、僕にしかできない事だから。

 

「ふっ……」

 

 馬鹿だな僕は。

 こんな考えになる時点で、もう決まっているじゃ無いか。

 

 この島が奴隷を望んでいるのだとしても。

 こうして、この教会で子供達を犠牲にする事を許せた訳じゃない。

 仕方ない事だと、食いしばった歯を血を滲ませたんだ。

 

 重要なのは、島の構造(ルール)じゃない。

 僕の、僕自身の想い(プライド)だ。

 

 決めた。

 

「――僕は、あの人の味方になろう」

 

 

 そう意気込んで、大広間に戻ったその時だった。

 

 

 大量の足音が、僕の後ろから迫って来た。

 

「ガッ!」

 

 床に身体が叩きつけられる。

 同じバッチを胸元につけた、白い装束の集団。

 

「元ニーズヘッグ幹部、デビルアンデッド。

 ネット公開された練習場の映像から、正体は判明した。

 何せ、能力はほぼ同じだったからね。

 本名、黒木棺。

 街中の監視カメラの映像から、君は随分彼と親しいらしいね」

 

 意思の籠って居ないような。

 能面の様で、狂気的なその表情で。

 ユア・オリオンは僕に告げた。

 

「テロ組織との関連性があると判断し、君を拘束する」

 

 僕を見下ろして、白髪の青年がそう言った。

 僕は、その人物の名前を知っている。

 

「ユア・オリオン……?」

 

「君の知っているあの男の情報。

 洗い浚い吐いて貰うよ、ソーラ・レヴィ」

 

 それを見ていたロゼさんが駆け寄って来る。

 

「お、お待ちください。

 我々は、きちんと貴方方との約束を守っているではないですか。

 なのにこれではあまりにも……」

 

 ……やめろ。

 

 なんで。

 

 なんで、腰の剣に手を掛ける……

 

「元反乱因子の言葉を、聞く理由は何も無いな」

 

 

 

「あぁっ……」

 

 腹から入った真っ白な刀身が、ロゼさんの背から抜けていく。

 

「フン」

 

 刃を抜き、ロゼさんの身体を捨てる。

 

「ごふっ……」

 

 口から血を吐いて、老体は地面に附せた。

 

「ロゼさん!!!!!!!」

 

「子供も始末しろ。

 商品など幾らでも手に入る。

 それよりも、我々のイメージダウンの方が問題だ」

 

「了解しました」

 

 そんな、指示を飛ばし。

 他の者達もそれに頷いて。

 

 子供たちの悲鳴が、部屋を満たし。

 

「こんな事許される訳がない!

 こんな、こんな酷い事が!」

 

 今、ここで行われている事はただの虐殺だ。

 戦争ですらない。

 か弱い存在を、力を持つ者が寄ってたかって殺して。

 

 それの、何処に正義がある……!

 

「これが、秩序を守るという事だ」

 

 一つづつ、悲鳴は消されていく。

 

「ふざけるな……!

 ふざっっけんなぁあああああああああああああああ!」

 

「少し、静かにしたまえ」

 

 顎が、思い切り蹴り上げられる。

 僕はそのまま意識を失った。



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第16話 目的と方法

 

「それじゃあ、決行は今日の夜で良いわよね?」

 

 家のリビングのソファに腰かけ。

 玲から貰った書類を眺めながら。

 俺は頷く。

 

 それは、この島を転覆する為の計画書だ。

 

「大丈夫よ。

 貴方と私が居れば、失敗は無いのだから」

 

 後ろから、俺の首に腕を絡ませて。

 玲は続ける。

 

「それと」

 

 冷静に、一切の動揺なく。

 東雲玲は、悪役面で言った。

 

 

「貴方が探索を一緒にしてた男の子。

 白の教会に捕まったから」

 

 

「は……?」

 

「大方、街の監視カメラの映像でも調べたのでしょう。

 それで、貴方との関連性を見出した。

 M.Dの服用者と戦った時の映像と、護送車を襲った時の情報。

 それで、貴方がデビルアンデッドってバレていたのだし」

 

「どういう事だ。

 なんでそれを知ってて……」

 

「護送車を襲うのは必要な事よ。

 相手の表の戦力は調べられても、秘匿された戦力はやっぱり実際に相対して確かめるしか無かったもの」

 

「違う。

 お前なら、白の教会がソーラを襲う事に気が付いてた筈だ」

 

「えぇ、勿論」

 

 首を捻り、玲と目を合わせる。

 

「別に、構わないでしょう。

 あの男の子と、孤児院の子供と、別組織の老婆が死ぬだけ。

 作戦には何の差し障りもない」

 

「あいつは組織に入れるつもりだった」

 

「やっぱり……

 けれど、自分の事も自分で守れない人間なんて要らないわ」

 

「それを決めるのは、俺だ」

 

「私がそれを伝えても、貴方にできる事は何も無いわよ。

 まさか、あの古びた教会を守るつもりだったのかしら?

 そんな事をすれば、私たちは受け手に回る事になる。

 必要な戦力は倍増し、ドルイ・バスケットに逃げられる恐れもあるわ」

 

 玲の説明は、酷く正解で、分かりやすく。

 そして、真っ当に悪党らしい物だった。

 

「今夜の作戦を必ず成功させる。

 その為に、彼等には死んでもらうべきでしょう。

 重要なのは、『方法』じゃなくて【目的】なのだから。

 私たちの目的は、世界征服ただ一つ。

 その為の犠牲が、例え私であったとしても、切り捨てて。

 それが、昔に貴方から教わった。

 ――私の信じる在り方よ」

 

 その言葉に、間違いは一カ所も無い。

 ソーラが死のうが。

 ロゼが死のうが。

 ガキ共が死のうが。

 

 大の為に、小を切り捨てる。

 それが、悪党のプライドだ。

 

「はぁ……

 お前、俺が絆されたとでも思ったのか?」

 

「……」

 

 ジッと、彼女の眼光が俺を見る。

 本心を探る様に。

 

「お前の言う事は正しい。

 その上で、俺はソーラを守る必要はある」

 

 あいつは重要だ。

 何せ。

 

「あいつは俺の弱点を知っている」

 

 俺がそう言った瞬間、玲の目が揺らいだ。

 

「貴方の……弱点……?」

 

「ポーションだ。

 ポーションの治癒能力は、俺の体内のゾンビウイルスを分解する。

 つまり、俺を殺せるかもしれねぇ現状唯一の方法だ。

 それを、ソーラは知っている」

 

 作戦って言っても、俺と玲だけじゃできる事は高が知れている。

 今回も、殆どは俺の能力による力技だ。

 

 だから、俺を含めたゾンビを一撃で無力化できる。

 ポーションという情報。

 それは、死守しなければならない物だった。

 

 不安、なのだろう。

 その気持ちはずっと、俺に伝わっている。

 

 俺が、何処かに消えないか。

 俺が、目的を思い直さないか。

 俺が、死なないか。

 

 最近じゃ。

 

 メンヘラとか。

 病んでるとか。

 依存症とか。

 

 そんな風に言われる位。

 こいつの心は限界を迎えている。

 9年の月夜で、東雲玲は疲弊している。

 

 だから、人一倍、不安になる。

 

 仲間に、子供に、老婆に。

 俺が、情を持たねぇのか。

 

 首に回された手を引いて、玲を膝の上に乗せる。

 

「……私」

 

「安心しろよ。

 お前が安心できるまで、俺が傍に居てやるから。

 お前は……俺は――失敗しない。

 お前が間違えたなら、俺が拭ってやる。

 それが、ニーズヘッグの【現総帥】だ」

 

 ケヘッ。

 この程度のハンデが無きゃ、面白くもならねぇ。

 

「ごめ……」

 

「黙れ」

 

 雪の様に白い、その首を引き寄せて。

 俺は玲の口を塞ぐ。

 

「んっ……」

 

 うっとりと、玲は俺の顔を見て。

 唇が離れた頃には、その不安は色欲に上塗りされた。

 

 弱点を知られている。

 ポーションを使われるとマズい。

 

 その程度の事で、この俺が仕留められるかよ。

 

「玲、ソーラは何処に監禁されてる?」

 

「白の教会本部にある、地下牢よ……」

 

 スマホを取り出して、メッセージアプリを起動。

 玲から聞き出した情報を、送信した。

 

「ねぇ、誰に送ってるの?」

 

「俺が、この世で一番嫌いな女」

 

「それじゃあどうして連絡先交換してるのよ……」

 

 仕方ねぇだろ。

 言わねぇと逮捕するって脅されたんだから。

 

 

 

 ◆

 

 

 

『孤児院のガキ共と保護者は殺された。

 白の教会本部の地下牢に、ソーラが監禁されてる。

 お前が、本気で真相を知りたいと思うなら、ソーラに聞いてみろ。

 このままじゃ、また昔の二の舞を踏む事になるぜ。

 貧乳女』

 

「死んで」

 

 呟いた言葉を返信し、私は自分のクランの本拠へ向かう。

 

「お帰りなさいませ、立花様」

 

「えぇ、地下室の鍵を頂戴」

 

 受付に居た女性職員にそう問いかける。

 

「団長が誰も居れるなと……」

 

「優しく言っている内に――出して」

 

 銃を抜き、睨む。

 

「あ、はい……」

 

 鍵は簡単に出て来た。

 

 エレベーターで、最下層まで降りる。

 その先にある扉の鍵穴を、さっき貰った鍵で開く。

 

 廊下は、幾つもの留置室に面している。

 捕縛した犯罪者を、警察に引き渡すまで一時的に入れておくための物だ。

 

 今は、記録上、誰も入っていない事になっている。

 

 しかし……

 

 廊下の最奥。

 誰も居ない筈の特殊聴取室から。

 

 

 ――絶叫が響き渡っている。

 

 

 その扉の鍵は、閉まっている。

 鍵は世界に一つしか存在せず。

 きっと、中に居る人物はそれを持っている。

 

 ならば、外から開ける方法は。

 

 一つ。

 

「ブースト」

 

 鋼鉄の扉を、引っぺがす。

 

 金属音が鳴り響き、中に居る人物と私の視線が交差する。

 

「押戸なんだけどね、それ」

 

 部屋を見渡す。

 中心にある拘束椅子に座らされた青年。

 研修で何度も見た。

 ソーラ・レヴィ。

 

 両手両足の爪を無くし、歯を折られ口から吐血し。

 

 幾つもの注射痕の残った姿で。

 

 満身創痍の彼が居た。

 

「貴方は一体何を、してるの?」

 

「ドルイ・バスケット暗殺。

 それは、この島にとって国家転覆罪に等しい。

 彼は、その計画や首謀者の情報を知る証人だ。

 だが、中々を口を割ってくれなくてね。

 緊急性が高いと判断し、拷問している最中だ」

 

 同じだ。

 あの時と。

 全く同じ。

 

 私はまた、間違えた。

 

 

「――ふざけないで」

 

 

 ユア・オリオン。

 団長の視線の動きよりも、ずっと速く。

 私の手は、ソーラ君を抱えた。

 

 拘束具を破壊し、その身体を寝かす。

 

「大丈夫……?」

 

 私の声に、ソーラ君は小さく答えた。

 

「っやく、こんな(じま)……滅びればいいんだ……」

 

 涙を流し、誰かに願う様に。

 彼は、そう言って気を失った。

 

 持っていたポーションを彼に飲ませ、私は立ち上がる。

 

 振り返った先に居る、男を睨み。

 

「7年前、貴方は私に言った。

 今、世界で一番血の流れている島がある。

 その血を一滴でも多く止める為に、私に手伝って欲しいと。

 あれは、嘘だったの?」

 

「今、彼から情報を吐かせなければ、争いは激化する。

 この島で、もっと多くの血が流れる事になる」

 

「ソーラ君には、何の罪もないでしょう」

 

「首謀者と行動を共にしていた。

 それに、彼は数年前に壊滅させたテロ組織の子孫たちとも繋がりがあった。

 疑わない方が無理がある話だ」

 

「だからって、こんなやり方!」

 

「やり方を選んでいては、遅れを取る。

 大きな物を守る為に、小さな犠牲が仕方ない時もある」

 

「子供達を他国に売り払っていたのも、それが理由……!?」

 

 それは、確信の無いハッタリだった。

 けれど、団長は観念する様に話始めた。

 

「大国は、探索者という軍事力を寄こせと言って来た。

 遺物だけでは、足りないと言って来たんだ。 

 若ければ若い程、長く使える。

 だから、子供の方が数が少なくて済んだ」

 

 団長の表情を見て、私は思い出した。

 執行者(ヒーロー)を取り仕切っていた局長の顔を。

 この人も、あの人と同じだ。

 

 大儀の為に、小さな犠牲は仕方ないと、そう口にする。

 

 けれど、他の誰もそれを否定しなかった。

 私以外の全てのヒーローが、局長に同意した。

 

 私だけが、子供の様に喚きたてて、それを否定したのだ。

 

 私は、執行者を辞めた。

 そんな私を認めてくれたのは、貴方だった。

 貴方だけは、私の言葉を否定しなかった。

 

 けれどそうか。

 あの時の言葉も、嘘だった。

 

「……貴方のそれは、悪党の理屈だ」

 

 悔しい。

 この人にを悪足らしめたのは、私だ。

 

「君の理想(ひかり)は強すぎる。

 私には、現実(かげ)を踏み潰すのがやっとだ。

 君は、私如きに扱いきれる器では無かったという事だな」

 

「意味が分からない」

 

「だろうね。

 私達凡人の考えは、君の様な最強には分からない。

 君ならきっと、大国にだって物怖じせず吠えて見せた筈だ。

 だが、君が吠えれば、大国は本気になる。

 この島の安寧は、複数の大国同士が睨みを利かせた薄氷の上にしかない。

 君の言葉はそれを破壊する物で。

 私には、君の理想が叶うとは思えなかった」

 

「それはただ、正義から逃げただけ」

 

「君も、変わってきていたと。

 そう思っていたんだけどね」

 

 確かに、私は忘れていた。

 あの時、迷宮で言われた、あの男の言葉が蘇る。

 

 ルールだけが確実な正義では無い。

 そう、知っていた筈なのに。

 なのに私は、確かにそれを信じていた。

 

 法律だからと。

 決まりだからと。

 それを言い訳にして。

 

 だから、調べれば分かった事を調べなかった。

 

 私は、私の中に正義なんて物がない事を、理解するのが怖かったのだろう。

 これじゃあ、団長や局長と同じだ。

 

 

 ――それでも、私は認めた筈だ。

 

 

 研修所で、黒木棺に教えられた。

 私の中には、明確で確実な正義は存在していない。

 

 でも、団長や局長の正義が正しいとは思えない。

 

 だったら。

 

 

 【正義とは何か】

 

 

「答えを求める為に。

 私は、私の全霊を賭し、今の最善を行う。

 ――まずは、貴方の正義を否定する」

 

「君が真実を知る事が、私は怖かった。

 だから、準備は万全だ。

 この島の秩序の為ならば、一度くらい。

 ――最強(きみ)に勝って見せよう」

 

 二丁の銃を両手に握り。

 団長へ銃口を向ける。

 

「一つ、ヒーローをして分かった事もある」

 

「何だい?」

 

「弱い正義に、価値は無いって事」

 

 私は負けない。

 負ければ、私の正義は終わるから。

 

「団長。いや、ユア・オリオン。

 どっちの方が正しいか、勝敗で決めよ」



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第17話 転覆開始

 

 16:22。

 立花吟に黒木棺からのメッセージが送られる。

 

 17:11。

 立花吟がソーラ・レヴィを発見。

 ユア・オリオンと立花吟の交戦開始。

 

 17:43。

 東雲玲の姿が迷宮島のネットカフェ店内の防犯カメラで確認される。

 

「いらっしゃいませー。

 お姉さん美人っすねー。

 負けるからデートして下さいよー」

 

「ありがとう。

 でもごめんなさい。彼氏がいるから。

 あぁそれと、早く逃げた方がいいわよ」

 

 17:44。

 東雲玲の入ったネットカフェの全ての電子機器がジャックされる。

 

 17:50。

 世界中の弾道ミサイルの発射プログラムが、制御不能となる。

 

 17:53。

 54発の弾道ミサイルが迷宮島を目掛けて発射された。

 発射された弾道ミサイルは、連続的に迷宮島を狙う。

 多くの探索者が、迎撃の為に出撃。

 

 17:54。

 ネットカフェにあったPCが全て爆破。

 ネットカフェが火事になる。

 

 18:22。

 一発目の弾道ミサイルが到来。

 探索者によって撃ち落とされる。

 探索者達は、次のミサイル迎撃の為に、上空への警戒態勢を続ける。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 18:30。

 

 俺はデビルアンデッド用の装いに着替え。

 ドルイ・バスケットの保有する、城の様に巨大な大屋敷の前に居た。

 

「止まれ。

 ここはドルイ・バスケット様の屋敷だ。

 要件を言え」

 

 2人居た門番の片方が、俺にそう問いかけて来る。

 

「あぁ、要件ですよね要件。

 そう、凄く大切な要件なんですよぉ」

 

「白の教会とは連絡付かねぇし、ハッキングされたミサイルが発射されたとかでてんてこ舞いだってのに、重要な要件だと?」

 

「えぇ、そうだな。

 この島を貰いに来たって所かね」

 

 中指を親指で押さえ、力を込めて一気に弾く。

 その先から、風が弾丸となって放たれる。

 命中した額には穴が開き、その男は絶命する。

 

「は……?」

 

 もう一人の男は、唖然と立ち尽くした。

 その男が、銃を抜くまでの間に死体に近づき。

 

 死体に。

 血を一滴。

 垂らす。

 

「アァー」

 

「え、何、どういう事……」

 

 死体の腰にぶら下がっていたサーベルを引き抜き、もう一人の男の懐へ潜る。

 

 奇麗とは呼べない太刀筋。

 それでも、人は割と容易く死ぬ。

 

「グフッ……

 なんで……」

 

 そりゃ、お前がここの門番なんて仕事を引き受けちまったからだよ。

 

 もう一人の門番も立ち上がる。

 

「ウォー」

 

 同時に、ステータスカードからゾンビたちを呼び出して行く。

 

 3匹のゾンビ。

 スキュラ。ユイト。ゴラウ。

 暗殺者共だ。

 

 命令は一つ。

 

「敵意を持ってる奴は全員殺せ。

 それと、お前等、好きなだけスキルを使っていいぜ」

 

 スキュラ達で実験して、分かった事がある。

 こいつ等の、生前の能力は健在だ。

 

 自己思考能力の欠如。

 反射能力の低下。

 それと痛覚を含めた感覚器官の摩耗。

 

 以外は、生前通りだ。

 

 故に、命令さえ与えてやれば割と動ける。

 

「アァー」

 

「ヴォー」

 

「ハァー」

 

 まぁ、聞こえてんのか良く分かんねぇけど。

 

 ゾンビ共に先行させ、俺も後から入っていく。

 

 正面から、堂々と。

 

「止まれ! ここをどこだと思っている!?」

 

 城の中から、ゾロゾロと私兵共が湧いて来る。

 玲のミサイルで、結構な数の探索者を向かわせたはずだが。

 それでもやはり、並みの数じゃねぇか。

 

 まぁだが、俺にとってそれは。

 

 不利な要素に入らない。

 

「初めまして、ボディガード諸君。

 俺はニーズヘッグ総帥、デビルアンデッドだ。

 この島を頂きに参上した」

 

 跳躍し、踵を大きく上げ、地面を穿つ。

 それは地面に亀裂を生み、私兵共を没落させる。

 

 しかし、相手もそれなりの探索者。

 各々が異能を発現し、防ぐ。

 

 空に飛び退く者。

 身体を固めて耐える者。

 ロープの様な物で、付近の樹の上まで逃げる者。

 

 その上、反撃まで放ってきやがる。

 

「フレイムランス!」

 

「サンダーボルト!」

 

「アイシクルレイン」

 

 杖を掲げ、謎の力で浮遊する探索者共。

 後衛から、炎、雷、氷のを飛ばしてくる。

 

 容易く、それは俺に命中し。

 俺の身体を焦がして、感電させて、凍結させた。

 

 

 アァ。

 

 

 思い出す。

 ヒーローたちと戦っていた時の事を。

 7人の幹部に紛れ、ちょっと強い雑魚を気取って、局の奴等と戦っていた時の事を。

 

 

 パキ。

 

 

 そんな音と共に、身体を纏う氷が割れる。

 この程度で、俺は死なねぇ。

 

「無傷だと……?」

 

「今のを受けて、化物か!?」

 

 そんな事言ってていいのかよ。

 そこはもう、俺の間合いだぞ。

 

 指に力を込めて、筋肉の断裂と共に風を弾く。

 俺の指から放たれる風の弾丸の殺傷力は、スナイパーライフルの上を行く。

 

 雷を撃って来た老人の眉間に穴が開いた。

 そして、俺の指は既に再生している。

 

 ゾンビの一匹が、その老人の死体へかぶり付き、ゾンビウイルスが伝染する。

 

 立ち上がった老人が、所構わず放電し始める。

 

 門内、城の庭と呼べるその場所は、一気に滅茶苦茶になった。

 

 その中を翔けるのは3体の暗殺者。

 隙を縫い、敵の死角から命を刈り取っていく。

 鼠算式にゾンビの数が増えて行く。

 

 これが、俺の異能力。

 

 

 ――【ゾンビ】。

 

 

 殺した対象をゾンビに変え、戦力に変換する。

 

 更にゾンビには再生能力が付与され、頭を破壊されない限りは動き続ける。

 

「ケヘヘヘヘヘハハハハハハハハ!!!!!」

 

 集団戦闘に置いて、俺はニーズヘッグの要だった。

 

「篤と見てくれ、ニーズヘッグは復活したぁ!」

 

 俺の声に返事は無い。

 何故か。

 味方は物言わぬゾンビ。

 敵は自分の戦闘に夢中。

 

「待て! 俺は味方だ!」

 

「おい心をしっかり持てよ!」

 

「こんな、人の死を弄ぶような真似が許されるのか……」

 

「やめろ……やめてくれ……!」

 

「死にたくない、死にたくないよぉ!」

 

「家族が居るんだ、可愛い娘が!」

 

 関係ない。

 どうでもいい。

 お前達のミスは生まれて来る時代を間違えた事だ。

 

 俺が、世界征服を成し遂げた後。

 その世界にはきっと、お前たちの様な叫びを上げる人間は居ない。

 

「俺の夢の為に死んでくれ。

 この雑魚共が」

 

「アァァァー」

 

「ウゥゥゥー」

 

「ヴォォォー」

 

 ゾンビの数が増えて行く。

 見渡す限りの探索者が、死んでいく。

 ここでの戦闘は、俺の勝利だ。

 

 それが、決定しかけた。

 

 その瞬間だった。

 

 天から巨大な影が差す。

 大地に沈む夕焼けを遮り、それは揺蕩う。

 巨影の姿は、伝説を形容する存在。

 

 

 ――ドラゴン。

 

 

 白い鱗に包まれたドラゴン。

 二対の翼と四足を持ち、顔は恐竜の様に獰猛だ。

 蜥蜴の瞳が、眼下に居る生物を矮小と蔑む様に睨んでいる。

 

「全員、焼け死ね」

 

 その背から、声がした。

 

 小さな声を、それでも俺の聴覚は聞き取った。

 その龍を従える男。

 

「リドラ様」

 

 生きていた探索者の一人がそう声を上げた。

 

「何故ですか……?」

 

 と。

 

 その瞬間。

 大地は白い炎に包まれた。

 

 ゾンビも探索者も、問答無用。

 俺を含めた全てを燃やし尽くす。

 

 面白れぇ。

 

 そんな思考と共に、俺の身体は燃え尽きた。

 

 

「これで、全滅か?

 あっけねぇモンだな。

 所詮これが、悪の組織クオリティかぁ?」

 

 龍の背の上で、手綱を握り。

 そんな事をボヤく、黒い鎧の男。

 

 その背から、俺は声を掛けた。

 

「よぉ、会うのは二度目だ」

 

 ビクッ、と黒い鎧の男が震える。

 男はゆっくりと振り返り。

 

「俺は、テメェなんざ記憶にねぇよ」

 

 龍の背に乗る俺と目を合わせた。

 

「俺の女がテメェの面が好みとか言いやがってな。

 俺は個人的にお前にムカついてた所だ」

 

「まぁ、テメェよりは俺の方が面構えもいいだろうな。

 ドブネズミみてぇな事しかできねぇテメェよりは」

 

 男の手に、何処からともなく槍が出現する。

 俺のステータスカードと同じ。

 収納系のスキルか遺物か?

 

「ケヘ」

 

「気持ちワリィ……」

 

「だからよぉ。

 お前の顔を不細工にしてやろうと思ってな」

 

「やってみろ」

 

 兜も、虚空より現れて装着される。

 フル装備ってとこか。

 

「あぁ、丁度溜め終わった」

 

 炎が拭きかけられた時、その炎に向けて跳躍した。

 

 龍より更に上空へ行って、龍の背に着地するまでの数秒で身体を再生させた。

 

 そして、今話している間に、拳への力の充填も完了した。

 

 黒騎士が槍を構える。

 俺をジッと見て、間合いを読もうとしている。

 

 そういうのは、格闘家同士でやってくれ。

 

「爬虫類をペットにするとか、気持ちのワリィ趣味だなぁ!」

 

 龍の背に拳を思い切り叩きつける。

 龍の背がくの字に曲がる。

 

 黒騎士の奥で、龍の頭が白目を向いているのが見えた。

 

 龍の背に乗っていた俺たちは、大地を失い落下する。

 龍の巨体が地面に当たり地震を起こした。

 

「ッチ、こいつ一頭育てるのに幾ら掛かると思ってやがる」

 

「無駄使いが趣味なのか?」

 

 龍の背を降り、大地に立って対峙する。

 

 相手は、この島の空域を司る龍騎士団団長。

 リドラ・アーカム・ヴァレンティ。

 

 その形相が、俺を射止める。

 

「こんなにキレたのは久しぶりだ。

 必ずテメェはぶっ殺すぜ、デビルアンデッド」

 

「人の女に手ぇ出したお前は、最初から死刑確定だ」

 

 この島で、立花吟に次いで最強と呼ばれる探索者だ。

 

「出してねぇよ!」



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第18話 白い剣

 

 荒い呼吸が、暗い地下室に木霊した。

 

 拳銃を持つ手は震えている。

 足は今にも崩れ落ちそうだ。

 

 黄金の髪に、一条の赤い線が走り。

 髪先からは、ポタポタと鮮血が滴る。

 

 満身創痍。

 

「何、その剣……」

 

 最強と謡われた英雄は、目の前に余裕の笑みを浮かべる男に、問いかける。

 

「たった一度。

 一度だけの力だ」

 

 白い握りと柄を持つ、藍色の影の直剣。

 地面に突きたてられたそれが、床に影を伸ばしている。

 

 その時。

 

 藍色の剣は、物理的な衝撃を一切加えられていないにも関わらず、ヒビを帯びた。

 

「聖剣シャングリラ。

 現在発見されている遺物の中では最高位、ランクSの逸品だ。

 この剣から発生する影は、あらゆる異能に優先される」

 

 地面から影色の腕の様な物が飛び出る。

 5本、10本と腕は増え。

 一斉に、それは立花吟に襲い掛かった。

 

「フレイム」

 

 呟きながら放った弾丸には、青色の炎が付与される。

 

 けれど、炎は着弾と同時に掻き消される。

 

 銃弾の衝撃を受けても、腕は止まらず。

 

 炎の掻き消えた銃弾では、腕に風穴を開けるには至らない。

 

 その間、ユアは地面に突き刺した聖剣の柄に手を置いているだけだ。

 

「っ……」

 

 その余裕な態度を一瞥し、吟のスキルが起動する。

 

「ブースト」

 

 身体能力を強化するブースト。

 この力だけが、今の状況でも十分に使える異能だ。

 

 3種の異能を持ち、それを並列、複合させる事が吟の真価であったが、それは完全に封じられていると言っていいだろう。

 

 腕の猛攻を、何とか身体強化(ブースト)で掻い潜る。

 

 しかし、影の腕の物量は圧倒的。

 (ダメージ)は着実に増えて行った。

 

「いつまでも、そのまま逃げ続けるという訳には行かないだろう」

 

 微笑むユアの鼻先に、銃弾が飛来する。

 圧倒的な超速移動。

 その合間でも、腕の隙間を縫う様な精密射撃。

 

 しかし、ユアの周囲は常に腕が這い寄り、その身をガードしていた。

 

 圧倒的な戦闘の才(センス)

 それでもまだ、銃弾は敵へ届かない。

 

 歯がゆさを抑え、吟は冷静に腕を凌ぐ。

 

「ブーストは、スタミナまで強化しない。

 鍛えているとは言え、体力は常人の領域。

 逃げ続ければ、限界はくる」

 

 それは、立花吟自らの口より、ユア・オリオンに伝えられた。

 彼女の弱点だった。

 

「逃げ続けるだけ無駄。

 観念した方が賢明だ」

 

「観念しても、私もソーラ君も殺すんでしょ」

 

「あぁ、殺す。

 この剣の力は一度切り」

 

 パキリと、刀身に亀裂が増える。

 

「刀身が砕ければ二度目は無い。

 君を倒せる保険も無し。

 このまま、君を部下には置いておけない」

 

 だから殺すと。

 暗に彼は言う。

 

「私にとって人を殺すとは。

 その程度の事なのだから」

 

 聖剣の柄を握る力が少し増す。

 その様が、吟には何処か悲しんでいる様に思えた。

 

「……そろそろかな」

 

 立花吟が呟いた。

 小さな声ではあったけれど、その通りの良い声は地下牢に響く。

 

 立花吟の動きが完全に停止した。

 

「まさか諦めたのか?」

 

 独り言のように呟いたその言葉を、ユア・オリオンは即座に否定する。

 

 彼女の性格を誰よりも知っている。

 立花吟というヒーローは、絶望では止まらないと……知っている。

 

「シールド」

 

 展開された一枚の半透明な板。

 

「無駄だ」

 

 けれど、それに手が触れた瞬間、一瞬でシールドは砕け散る。

 

「×シールド」

 

 けれど、その一瞬があるのなら。

 

 使う意味は、多いに存在する。

 

「なんだ……?」

 

 多重展開。

 視界を埋め尽くす大量の分割された結界が、立花吟の周りを囲った。

 

 立花吟は、3種の異能を持つから最強なのではない。

 

 立花吟は、3種の異能を極めているからこそ。

 

 

「――キャッスル」

 

 

 最強なのだ。

 

 手が触れる。

 一瞬で結界は砕ける。

 けれど、その一瞬を圧倒的に超える生成速度。

 

 腕一本、掻い潜る隙間の無い様に精密に計算された配置。

 

 小さな結界が生成され続ける。

 

「化物か……」

 

「フレイム×」

 

 立花吟の胸の前に、青い火の球が顕現する。

 

「ブースト×」

 

 ボン!

 

 と、音を立てて火の玉が巨大化した。

 

 更に、炎の巨大化が連続的に響く。

 

 驚くべきは、キャッスルと呼ばれた結界の大量生成と、この技の構築を同時に行っている事だ。

 

 更に重ねて、立花吟は口にする。

 

「シールド」

 

 巨大な炎の球に覆う様に、結界が展開される。

 

 そして、炎を圧縮し始めた。

 

「止めろ!」

 

 ユアの叫びを受け、影の腕たちの狙いがその球体に向かう。

 それは、探索者としての危機察知。

 あれを止めなければ、悪い事が起こる。

 

 それだけは分かったからこその言葉。

 

「キャッスル」

 

 けれど、その球体を守る様に、更に数百枚の結界が展開される。

 

 その時、ユア・オリオンの視界は捕らえた。

 その作業を行っている立花吟の視線は、己の手の中にある『スマホ』に向けられている。

 

 まるで、今時の若者がするような『ながらスマホ』。

 

 それを見て、温厚優男で通っていたユアの頭にも、血が上る。

 

「増えろ!」

 

 藍色の聖剣の傷が増える。

 同時に、影から伸び出る腕の量が30以上増えた。

 

「行け! 必ず殺せ!」

 

「団長」

 

 スマホの画面を見せる様に振って。

 

「上の人たちの避難、完了しました」

 

 立花吟はそう言った。

 

「は?」

 

 その宣言を聞いても、ユアには一瞬理解できなかった。

 今、全く関係の無い話。

 そのように思えたからだ。

 

 けれど、吟の視線が先ほど浮かべた炎を圧縮した球体に向く。

 

 その球体は既に、ビー玉程度のサイズまで縮小していた。

 

 そのビー玉の間近へ、立花吟が銃口を密着させる。

 

 その射撃方向は天井へ向いていた。

 

 

「戦闘を激化させて、上に被害がでるのが嫌だった」

 

「何を言っている……

 意味が分からない……」

 

 きっと、それは理解したくないだけだ。

 己の用意した奥の手が、しかし対象に一切通用していなかった。

 

「だから、接戦を演じる必要があった」

 

 そんな、絶望的な事実に。

 

 引き金に掛かった指が、引かれた。

 

 

「――天召蒼龍(サファイアドラグーン)

 

 

 世界は、真っ蒼に包まれた。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 地か、もしくは空から見ていた者だけが、その光景を目に入れた。

 

 青い龍が、下より上へ立ち上る様。

 炎であり、光であり、奔流で。

 

 幻想的なその光景は、5秒間の持続を終えて、夜天へ消え去った。

 

 残った物は、深淵と天空を繋ぐ巨大な穴。

 

 ただ一つ。

 

 

「これほどまでか……」

 

 天を見上げれば、輝く星々と月が見えた。

 空を覆った雲さえも、一条の青い奔流が吹き飛ばしたのだ。

 

「本気を出す相手は、島には居なかった。

 そもそも昔だって、悪者は私を見ると逃げていったよ。

 だから、貴方が私と相対するって言った時は驚いた」

 

 見据える金眼が、恐ろしい。

 

 カツと鳴った靴音が、怖ろしい。

 

「私が本気で相手をしたのなんて、今までニーズヘッグの幹部と総帥だけしか居なかったのに」

 

「だが、だが!

 それでも、私の聖剣は健在だ!」

 

「うん、その為に広さが欲しかった」

 

 展開されるは数多の結界。

 

 けれどそれは、守る為の物では無い。

 

 展開された先は、ユアの周囲。

 

 まるで、囲い込む様に面がユアを向いている。

 

 

「ラビット」

 

 

 呟いた瞬間、吟の身体が消失する。

 

 穴の奥底で、足場を踏みしめる音だけが反響し。

 

 その音の間隔が、どんどん狭まっていく。

 

「その技は、映像で見たぞ」

 

 ユアの足元から影の腕が大量に出現し、全方位へ向けて放たれる。

 

「あの時は、2割っていう条件」

 

 何処から聞こえた声なのかも、判別付かない。

 それほどの速度に、既に到達している。

 

 だが、溢れる様に展開された腕は全方位を見ている。

 

 抜ける合間など存在しない。

 完璧な防御の陣形。

 同時に腕は伸び、攻撃へも転じていく。

 

 全ての結界に触れて、破壊すれば。

 自ずと吟も捕まえられよう。

 

 そういう、算段だった。

 

「何……!?」

 

 結界が破損する。

 連続的に響く硝子の割れるような音。

 全ての結界を割り切った。

 

 なのに、何処にも吟が居ない。

 

「何処に行った!?」

 

 その叫びの解答は、遥か彼方の天より落ちて来た。

 

 上空に展開される正方形の結界。

 その中心が、餅の様に奥へ萎んでいるのが見える。

 

 弾力を持った結界。

 引き絞るは、術者本人。

 

「――捉えた」

 

 その声と同じ速度で、彼女は落ちて来た。

 

 まるで、天上より差し伸べられた、純白の腕の様に。

 

「フレイム」

 

 白い炎を、剣に変えて。

 

「第四秘剣・月踏」

 

 ユア・オリオンの目が、己の身体へ向けられる。

 

 右肩から入った火傷の跡が、左の腰から抜けている。

 

 見る事も。

 察する事も。

 

 できず終い。

 

 だが、それ以上に疑問があった。

 

「私は、異能を無効化する手を全方位を守る様に配置していた。

 掻い潜るルート等、存在せぬ様計算して。

 それなのにどうやって……

 異能を保持し続けられた……?」

 

 仰向けに倒れ、月を仰ぐユアに、既に戦意は見受けられなかった。

 

 それを見て、吟は炎を仕舞いながら応える。

 

「貴方の手が、私に触れたと認識する前に、斬っただけ」

 

 そんな、荒唐無稽な解答にユアは目を閉じ笑みを浮かべるしか無かった。

 

「ははっ……

 やはり君は、私の手には余るという事か……」

 

 ユアの手が、月を握り込む。

 

 藍色の聖剣が砕け散る。

 男の信念が、そうなったように。

 

 ユアの握り拳の中から、丸薬が現れた。

 マジシャンの様な手付きで、その丸薬を人差し指と親指で摘まむ。

 

 口を開け、口の上で、その指を離した。

 

 

 ――BAN!

 

 

 いつまで経っても、丸薬は舌の上には乗らなかった。

 

 M.D(モンスタードラッグ)は、空中で撃ち抜かれた。

 

「何故だ……」

 

 呟く言葉の先を、立花吟は待つ。

 

「何故、私を殺さない……?」

 

 その問いに、当然と、当たり前と、疑問は無いと。

 

「貴方には罪を償って貰う」

 

 そのように、彼女は平然と言い放つ。

 

「私は正義のヒーローだから」

 

「ははっ……

 君の光に耐えられる者がいるとするなら。

 それはきっと……

 

 生粋の悪党だけだ」

 

 この島で最も力を持つクランの団長である一人の男は、いつまでも純粋無垢な目の前の乙女に。

 

 

 そう吐き捨てた。



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第19話 悪道

 

 黒い槍先が俺を見る。

 その持ち主の、黒い兜から覗く眼光。

 

 それは、真っ赤に染まり。

 

 言った。

 

「俺とやるって事は、テメェは死ぬって事だぜ」

 

「――そりゃ、随分楽しい事を言ってくれるな」

 

 切っ先がブレた。

 

 赤い閃光が見えた、気がした。

 

 

「――火竜槍撃《フレアストライク》」

 

 

 槍の先から俺へ向けて、道が燃え上がる。

 その速度は、瞬きよりも速く。

 

 神速の突きは、意識を越えて到達する。

 

 俺の身体が、炎に包まれた。

 

「温ぃぞ――

 この程度で、俺が殺せると思うのかよ」

 

 俺は腕を払う。

 巻き起こる突風が、炎を巻き上げ。

 

 空へ飛ばした。

 

 

「ッチ」

 

 

 もう一度だ。

 槍に力が籠められる。

 

 意識を鮮明に。

 視界を鮮明に。

 

 覚悟を、鮮明に、持て。

 

 見ろ。

 

 

「――火水竜槍撃《ダブルストライク》」

 

 

 槍が引かれ。

 圧倒的な速度で腕を振り、切っ先一点に込められた火と水を結合。

 水蒸気を爆発させて、横向きの円柱状に飛ばす。

 

 酷い力技だ。

 

 だからこそ、強力なのだろう。

 

 

「相手が、俺じゃ無けりゃな」

 

 

 中指を親指で弾く。

 突風の弾丸が、水蒸気にぶつかり、その威力を押し殺す。

 

 指の骨が折れて、即座に再生する。

 

 

「火事場にしちゃ、上出来の威力だテメェ。

 けどなぁ、俺はこれでもこの島で1番強い男を自負してる。

 1発2発防いだ程度で、調子に乗ってんじゃねぇよ」

 

 

 初見で、俺の膂力の構造を見抜かれた。

 

 情報を聞いていたとしても、俺が何をしたのかちゃんと目で捉えられたって事だ。

 

「今度は無傷じゃ済まさねぇ」

 

 大きく息を吸い込み。

 

 槍先が煌めく。

 

 

「――四連属龍槍撃(フォースストライク)ッッッ!」

 

 

 4本の突き。

 炎、氷、風。

 3本の槍が、俺の逃げ場を塞ぐように、左右と上に展開された。

 

 目前に迫るラストは電撃。

 流石に殴って止めるのは不可能。

 逃げ場もねぇ。

 

 

「突っ切るか……」

 

 

 呟き終える頃には、俺は一歩目を踏み抜いていた。

 

 疾走と呼ぶは少し無骨。

 腕を振り上げ、合戦に向かう兵士の様に、ただ電撃に向けて突進するだけ。

 

 身体が焼ける。

 身体が痺れる。

 

 身体が悲鳴を上げる。

 

「治せ」

 

 聲を黙らせ、ただ突き進む。

 

 

「――水竜槍薙(アクアウィング)

 

 

 振るわれた槍から、水が飛び出す。

 

 斬撃の軌道に乗った水が、ウォーターカッターの様に俺に迫った。

 

 

 スパッ。

 

 

 俺が、上半身と下半身に割れる。

 

 だが、上だけ残ってれば。

 

 もっと言やぁ、腕さえ治れば問題ねぇ。

 

 

「ケヘ」

 

 

 笑みが零れた。

 

「有り得ねぇ。

 そんなルートも。

 そんな戦術も。

 なんでテメェ、笑ってやがる!?」

 

「ここが俺の、正道!」

 

 振り上げた拳を、振り抜く。

 目前にまで到達せし、黒い騎士へ向けて。

 

 

「――ぶっ潰れろよ!」

 

 

 ッキィィィィィィン!

 

 パイプを殴ったような音と共に、男の身体が弾け飛ぶ。

 

 城の壁に激突。

 

 突き破り、更に奥まで吹き飛んだ。

 

「ホームランって奴かぁ?」

 

 下半身を再生させ、大地を踏みしめながら呟いた。

 

 ――瞬間。

 

「莫迦が。

 ただの、内野ゴロだろ」

 

 赤い光を帯びる黒の鎧が、俊足を以て飛来する。

 

 槍が男の後方で、高速で回転している。

 

 その回転を維持したまま、側面を通し前に出た。

 

 一気に、槍が頭上から、振り落とされる。

 

 その切っ先からは、薄っすらと光る白い煙が出ているように見えた。

 

「凍れ!」

 

 柄の部分を腕で受け止める。

 その箇所は一瞬で凍結し、一気に切断される。

 

「腕一本貰ったぜ!」

 

「じゃあ代わりに、頭を貰ってやるよ」

 

 叩きつける様に右腕を振り抜く。

 

 しかし、槍術という奴か。

 

 槍の尻を蹴り踏み、下へ落ちた刃が再び上がった。

 

 俺の太腿から腰、腹、胸と切り上げ。

 片目まで抉り取る。

 

 だが、俺の腕はそんな掠り傷で止まらねぇ。

 

「ッチ、狂人が」

 

 兜を掌底が穿つ。

 

「イケメンポイント。

 ……1ダウン」

 

 唇から血を流した奴の顔が露わになる。

 

 兜は明後日の方向へ吹き飛んだ。

 

「不死身かよ……

 クソが……」

 

 俺の身体の再生を見て、奴は毒突く。

 

「さっきから、遊んでんのか?」

 

「あぁ?

 煽ってんのかテメェ」

 

「なんで俺の弱点を突かねぇ?」

 

「弱点~?

 あんだったら教えろよクソが。

 まぁ、あるって分かっただけで上出来か」

 

 なんだ……?

 まさか、本気で知らないのか?

 

 ユア・オリオンがソーラを連れて行ったのは昨日だ。

 1日時間があって、聞き出す暇が無かったとは思えねぇ。

 

 この、筆頭戦力に教えられてねぇ訳が……

 

「まさか……

 ソーラは、黙ってたのか」

 

「誰の話してんだよ」

 

 あの馬鹿。

 さっさと言えばいい物を。

 

「警戒してたんだがな」

 

「あ?」

 

「マジで知らねぇならいいや」

 

「さっきから、何をブツブツ言ってやがる」

 

 ポーションを引っかけられたら俺は終わり。

 そう思って臨んでいた。

 

 だがそもそも。

 ハナからそんな戦術が、奴の頭に無いのなら。

 

 警戒も、用心も、歯止めも加減も。

 

 必要ねぇよな。

 

 

「次の一撃で、お前を殺してやるよ。

 ナンバー2」

 

 

 その言葉を引き金に、男は怒髪天に昇る。

 

「殺すぜ。

 確実に。

 絶対だ」

 

「立花吟に勝てねぇお前じゃ、俺には絶対に勝てねぇ」

 

「調子に乗んな。

 あの女は世界最強だ。

 誰も勝てねぇんだよ!」

 

 

「ケヘヘヘヘヘハハハハハハハハ!!!」

 

 

 あぁ、面白ぇ。

 あぁ、馬鹿らしい。

 

 俺は知っている。

 

 あの超人すら、容易く相手取った8人の悪党を。

 

 あのクソ生意気な小娘が。

 

「世界最強だと……?

 嗤わせんのも大概にしやがれ。

 最凶はニーズヘッグだ」

 

 神速の槍が引かれる。

 充填は刹那。

 貫抜きは一瞬。

 

 

「――五龍混槍撃(ノヴァ・ストライク)

 

 

 全霊で。

 

 死ぬ気を貫き。

 

 悪道を進め。

 

 

「これが、悪党(オレ)だ」

 

 

 込められる全てを込めた、最たる拳を。

 

 

 振り抜いた。

 

 

 激突は爆炎と成り、大地を焦がし、天を貫く。

 

 緑の禿げた大地を更に抉り、クレータを造り上げた。

 

 その中心点で、俺の立つ場所だけに芝が残っていた。

 

 

「うっ……ぁ……」

 

 満身創痍。

 騎士は崩れ落ちる。

 

 ……その鎧《プライド》も強さも覚悟も。

 

 何もかも砕け散る寸前だ。

 

 しかし、何より先に根を上げたのはその武装。

 

 黒い槍は、半ばより断ち切れた。

 

 そんな男に、俺は近づく。

 

「俺の負けだ……」

 

 負けを認め、まるで男としてお前を認める。

 

 みたいな、そんな意味わからねぇ面をしてる。

 

「――馬鹿かお前」

 

「あ……?」

 

「お前は今から死ぬんだぞ」

 

 負ければ死ぬ。

 当然の話だ。

 

 戦うのは、その存在を否定する為。

 

 もう、お前という俺への反乱因子へ物を言わさない為。

 

 言論統制って奴だ。

 

 手を伸ばす。

 

「止めっ……待て!

 待って……」

 

 首を掴み、男の身体を浮かせる。

 

「俺の負けだ!

 俺はもう何もできねぇんだぞ!

 そんな奴を殺して、お前に何の得があるってんだよ!?」

 

「だからよぉ……

 面が気に入らねぇ。

 って、言ってんだろ」

 

「へ……?

 なんだよ、その理由」

 

「命乞いの時間だぜ。

 自称、最強騎士様。

 俺を愉快な気持ちにさせてくれ」

 

「あっ――」

 

 首を強く締める。

 黒目が上がり、目が白くなっていく。

 顔が赤くなり、口から気泡が出始める。

 

「やめっ……

 俺はもう戦えね……

 お前の方が強ぇよ、だから頼む……」

 

 プライド何か、かなぐり捨てて。

 涙を流して男は言った。

 

「どうか……命だけは……

 助けて下さい……」

 

「ケヘ……ケッ……ケッ……」

 

 くつくつと。

 ふつふつと。

 頭が、快楽に満たされる。

 

 後十数秒で、コイツは死ぬ。

 首が折れるか、酸欠か。

 どっちにしても、死という事実は決定してる。

 

 僅かな命。

 僅かな意識。

 

 残された微かな時間。

 

 お前は何を、思い出しているのだろうか。

 

 好きな女の面か。

 家族の面か。

 殺めた誰かの面か。

 

 大昔に忘れっちまった走馬灯。

 

「死ね……!

 死んじまえよテメェ……!

 人を殺すのが、そんなに楽しいかよ……」

 

 それを見れるお前が、少し羨ましい。

 

「俺を殺しても無駄だ……

 クソ悪魔、お前なんかより……よっぽど悪魔見てぇな存在は存在する。

 それは、お前がこの城に入る事を許さねぇ。

 もし立ち入れば、お前は確実に死ぬ」

 

 そうか。

 お前の死期は、それでいいんだな。

 

「面白れぇ。

 悪魔には会った事がねぇ」

 

「ははっ……

 俺は2人あるぜ。

 どっちが勝っても下らねぇが。

 地獄で待っててやる……

 クソ……デビル……」

 

 そう言って、男の意識は落ちた。

 

 そのまま、俺は首を圧し折りにかかる。

 

 

 そんな俺の手から、男の身体が搔っ攫われた。

 

「止めなさい」

 

 月光に反射する黄金の髪を靡かせ、瞳を向ける。

 

「立花吟……」

 

「黒木棺。

 私の前で、人は殺させない」

 

「もう沢山殺したぜ。

 この屋敷に居た探索者共を」

 

「だとしても、もっと殺していい事にはならない」

 

「俺の邪魔はしねぇんじゃ無かったのかよ。

 貸しもあった筈だよな」

 

「ソーラ君は助けた。

 今は安全な場所に居る。

 それで、借りはチャラ」

 

「なんで、ソーラを助けると俺に借りを返せるんだよ」

 

「貴方はあの子を助ける様、私を誘導した。

 と言う事は、あの子は貴方にとって相応に重要な相手という事」

 

「ッチ……

 まさか、ここまで来て帰れなんて言わねぇだろうな」

 

「私も行く。

 この島で行われている事。

 ちゃんと領主に確かめる必要がある。

 そう、私の正義が判断したから」

 

「そうかよ。

 なら、さっさと行くぞ」

 

 リドラを寝かせた立花を一瞥し、俺はリドラを吹き飛ばして開けた穴から中へ入る。

 

「ちょっと待って」

 

 追いかけて来る立花を無視して、城の中を進んだ。



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第20話 悪魔

 

 真っ暗な屋敷の廊下。

 等間隔に並ぶランタンの光だけを頼りに、俺と立花吟は前に向かう。

 

 玲から、この城の構造は教えられている。

 隠し通路やシェルターに関する全て。

 

 及び、状況事に対応したドルイ・バスケットの行動マニュアルの全てだ。

 

 迷いなく、俺は進む。

 それに、立花吟は着いて来た。

 

「お前、大富豪様に面会して何言うつもりなんだよ」

 

 暇潰し程度に話しかけると。

 

「やめさせるに決まってる。

 この島で行われてる事は許せない」

 

 立花吟は、面白みも無くそう呟く。

 

「その、この島で行われてる事ってのは、具体的になんの事だよ?」

 

 こいつを見ると嫌味を言いたくなる。

 その生き様が、俺と反し過ぎるから。

 

「ガキ共を誘拐してる話か?

 他国と奴隷貿易してる事か?

 国際法ガン無視の捜査内容か?」

 

 それを取りやめて。

 お前の知る限りの悪事を、領主様が辞めたとして。

 それで、領主の悪政は消え失せるのか?

 

 最初から、この世に存在するあらゆるルールは、後付けの不完全品だ。

 

 それでも足掻くのは、自分のルールが今の物よりも優れていると思うからだ。

 

 何をするでもなく。

 ただ、他称悪人を責めるだけのテメェを。

 俺は、正義とは認めねぇ。

 

「大国、この島、民衆、お前。

 全部が納得する答えが、あるのかよ?」

 

「貴方は、貴方以外の全てを壊して。

 自分だけが納得できればいい。

 そんな世界を作ろうとしてる。

 それを私は納得できない」

 

「答えになってねぇ」

 

「……ないよ。

 今、私の中にそんな都合の良い正義は無い」

 

 キッパリと、そう言い放つ。

 こいつが嫌いだ。

 

 世界征服。

 その形状として明確な解答。

 それは、俺にもない。

 

 どんな世界征服が理想か。

 どんな正義を貫くのか。

 それは、酷く似ている疑問の様に思えた。

 

 自分の不出来を棚に上げ。

 同じ問題に喘いでいる事を知りながら。

 傷口を抉る様に、俺はしたり顔をしてた。

 

 そんな、自分の表情に気が付かせる。

 こいつの正義感が嫌いだ。

 

「でも、分かる事もある。

 模索を止めた瞬間、私の理想は崩れ去る。

 それだけは分かっていて、それは貴方もきっと分かってる。

 一致してる」

 

「何が」

 

「この城主のやっている事が、許せない。

 そんな、怒りが」

 

 拳に力を込める。

 拳に蒼炎が灯る。

 

「ハッ。

 二度はねぇと思ってたんだがな」

 

「私も。

 また同じ方向を見るとは思わなかった」

 

 目の前に佇む、巨大な鋼鉄製の扉。

 

 両開きのそれを片面づつ。

 

 

 ――ガンッ!

 

 

 巨人サイズのクソデカ扉。

 それは、俺とこいつの拳によって。

 ドアの奥へ。

 

 吹っ飛んだ。

 

 

 この城の最上位シェルター。

 遺物で作られた、絶対に破壊されない扉。

 そんな触れ込みを玲から聞いてたが。

 

「案外、脆かったな」

 

「そうだね」

 

 中は薄暗い、石造りの部屋。

 

 そこに、震える男が居た。

 小太りで、身長も低い。

 臆病な表情で腰を抜かし。

 初老と呼んでいい程度の歳に見える。

 

 少女趣味の寝巻を着て。

 それが、若い女に抱き着いて震えている。

 

「エリスゥゥ……

 どうしよう、エリスゥゥ……」

 

 その様を見て、立花吟が呟いた。

 

「これが、この島の王……?」

 

「随分、ちっちぇ男だな」

 

 顔と名前は知っている。

 有名だから。

 だが、こんなになよなよしい奴だとは知らなかった。

 

 これが、本当にこの島のシステムを造り上げたのか?

 そんな疑問が頭に過る。

 

 探索者を支援する仕組み。

 DPという固有通貨の管理。

 三騎士団を率いての島の防衛。

 何より、大国からこの島を守る交渉力。

 

 どうみても、そんなモンを持ってるようには、視えねぇ。

 

「ドルイ様、ご心配には及びません。

 このエリスが、必ずや貴方をお守りします。

 ですから、涙を流されないで下さい。

 貴方様の涙を見ると、エリスも悲しくなってしまいますから」

 

 赤毛の女の堂々たるや。

 隣の男とは比べ物にならない。

 

 俺たちに対し、明確な敵意と交戦意思を持った。

 全く、諦めの視えねぇ顔。

 

 女は、ドルイの手をゆっくり外し。

 

「エリス……?」

 

「はい。

 エリスは、ここに居りますよ」

 

 頭を何度か撫でて泣き止ませてから、立ち上がる。

 

「お前の方か……本命は」

 

「我が名は、エリス・バスケット。

 貴方達は、ここに居られるお方がどなたか心得ているのでしょうね。

 この島の覇者であり、王であり、盟主。

 そして、私の愛おしき夫。

 その恩恵に甘んじていた身の上で、この狼藉。

 断じて許せる事ではありませんわ」

 

 その言葉を、正義の執行者は。

 悪人を見る瞳で、切り捨てた。

 

「立ち方を見れば分かるよ」

 

 銃口が、女へ向けられる。

 

「貴方は弱い」

 

「えぇ、そうですとも。

 私は探索者でも、正義の執行者でも、秘密結社の一員でもない。

 見ての通り、ただのか弱き女です。

 けれど、私にも私なりの誇りがある。

 貴方達はここで、私が止める」

 

「へぇ、やってみろよ」

 

 俺の拳を見て、それでも女は何もしない。

 ただ、俺と立花吟の姿を凝視して。

 言葉を紡ぐ。

 

「私は武人でありません。

 だが、貴方達は紛い形にも人間でしょう。

 ならば知性ある存在と期待して、問います。

 この島への要求はなんですか?」

 

 政治家と言うより。

 どちらかと言えば商人。

 社長の様な鋭い視線だ。

 

「この島をより良くする。

 その具体的な方策があるのなら、お聞かせ願います」

 

「それは、テメェが知ってる実情を踏まえて、現在が最適とお前が思ったって意味で良いんだよな」

 

「はい」

 

「だったら、答えは一択だ。

 俺がこの島を征服する。

 それが、この島が最も良くなる方法だ」

 

「貴方が支配して、どの様な展開を想定しますか」

 

「この島の現戦力に、俺と俺の部下の力が加わる事になる。

 そうすれば、大国なんざ敵じゃねぇ」

 

 ハナからこの戦いの意義は一つしかない。

 商売上手とか政治が上手いとか。

 そんな所の話は、こっちはとっくに済ませてる。

 

 最初(ハナ)から、お前たちが抱える問題を、俺なら解決できる。

 その戦力提示こそが、今日の意味だ。

 

「下請け業者から、成り上がる。

 それが、この島の歩む道だ」

 

 視線が、俺を向く。

 エリスと呼ばれた女と。

 隣に居る立花吟が。

 

「その為に、この城を陥落させ力を示したと?」

 

「あぁ、惚れていいぜ」

 

「フフッ、私には心に決めたお人がおりますからお断りさせて頂きます。

 しかし、貴方の天望は理解いたしました。

 その上で、断言させて頂きます」

 

「ほう……」

 

「大国以前に、この城すら落とせない」

 

 真っ直ぐと、俺を捉えて。

 エリス・バスケットは、そう言った。

 

「7年前。

 この島にダンジョンが現れた時の事です。

 この島の権利を持っていた我が夫は、不幸のどん底でした」

 

 語る言葉は、誰も知らない。

 この島は繁栄と栄華を極めた。

 そんな領地を持つ。

 最高に幸運な男。

 

 その妻が語るにしては。

 かなり可笑しな導入から。

 話は始まった。

 

「あらゆる国が、総力を上げて、我が夫を追いました。

 追われ続け、知人も捕らえられ、殺され。

 大国は、あの方を捕える為、人道を無視しました。

 裏切られ、騙され、怪我を負い、精神をすり減らし。

 それでも、追われ続けた。

 理由は、この島にダンジョンが出現した。

 そんな、理不尽な不運一つ」

 

「……」

 

 立花吟の銃を持つ手が震える。

 

「貴方もその追手の一人だった筈です。

 人類最強の執行者。

 ヒーローネーム【白銀の天騎士(シルバーヴァルキリー)】」

 

 睨む。

 それを受けて。

 あの立花吟が、委縮していた。

 

「しかし、夫と私はその全てを納得させ。

 説き伏せ。

 現在の迷宮島の形を成しました。

 貴方方はそれを罪だと否定する。

 あの人以上の結果など、出せないクセに!

 何も、知らないクセに!」

 

 その叫びは、残響となって木霊する。

 

「あの人は、とうの昔に壊れてしまった」

 

 ガキみたいに、指を加えてそれを見るドルイ・バスケットが視界に写る。

 

「あの人は、一生分以上の不幸を味わった。

 あの人を、幸せにする為なら……

 私は、悪魔に魂をも売りますよ」

 

 この女はとっくの昔から、死ぬ気だ。

 俺たちと同じ、生死を足掻き生き抜いて来た。

 

「正義を背負う貴方へ問います!」

 

 立花吟は、何も答えない。

 

「悪を背負う貴方へ問います!」

 

 俺は、何も答えられない。

 

「私と夫は、死ぬべき罪人ですか……?」

 

 嘘を吐く奴は、大量に見て来た。

 本心とか本音が分かる訳じゃねぇ。

 

 ただ、そいつが発した言葉をどれだけそいつが信じているのか。

 

 それ位は、分かるつもりだ。

 

「私は……」

 

「俺は……」

 

 

「「――生きて」」

 

 

「より良い世界を目指して欲しい」

 

「俺の部下として働けよ」

 

 受動的に、立花吟は然と言う。

 能動的に、俺は欲望を語る。

 

 エリスは、まるで縋りつく子供の様に、目尻に大粒の涙を溜めて。

 

 助けを請う様に、俺たちに手を伸ばしたのだった。

 

 けれど。

 

 

 

「――それは、駄目だね」

 

 

 

 人と呼ぶには歪過ぎる。

 けれど、人以外と言うには人に近すぎる。

 

 それが、エリス・バスケットの後ろにいつの間にか立っていた。

 

 黒く濁った羊の角。

 ベージュパープルの髪。

 貴族が纏う様な黒と金の衣服を纏い。

 尖った八重歯見せびらかせ、笑みを浮かべてそれは語った。

 

「この夫婦には、僕の為に働いて貰ってる。

 勝手な事は、やめてくれよ。

 

 ――人間風情が」

 

 その殺気は、感じた事が無い程強烈で。

 意思より上位の何かが込められているとしか思えなかった。

 

「へぇ、僕の魔力を受けて。

 意識を正常に保つんだ」

 

 正常……?

 どこが。

 

 足の震えが止まらねぇ。

 横から、カチャカチャと銃が振られる音がする。

 

「なんなんだよ、テメェは……」

 

「序列第三位・悪魔ベルゴール。

 ダンジョンの主にして、次の魔王候補だ。

 この島に、ダンジョンに人間集め、魔力を徴収する。

 その為に、この哀れな女を使ってる。

 この女は、僕の物だ。

 勝手に取られると、困ってしまうね」

 

 圧倒的に次元が違う。

 ニーズヘッグの幹部でも。

 きっと、総帥でも。

 こんなに威圧感は無かった。

 

 ソレは、背より黒色の翼を広げ。

 抱く様にエリスを覆った。

 

「さて、エリス。

 問題だよ」

 

「は、はい……」

 

 恐怖に表情を染め上げ。

 小鹿の様にエリス・バスケットは答える。

 

「この問題は、どうすれば解決する?」

 

 エリスの視線が俺たちを向く。

 

「あの2人が死ねば……解決いたします……」

 

「なんだ、簡単じゃないか」

 

 反射的に、俺の手が立花の肩を突き飛ばす。

 立花と視線が交差して、その手が俺に翳されていた。

 

「シールド!」

 

「っんのやろう!」

 

 5枚のシールド全てを貫通し。

 俺の心臓に、悪魔の腕が突き刺さる。

 

「遅いね。

 脆いよ。

 弱すぎる」

 

 内臓が抉られ、大量の血が口から零れる。

 

「フレイム!」

 

 青い炎が、悪魔に向かって放たれる。

 悪魔の身体がまた消える。

 

 集中しろ。

 俺の目なら追える筈だ。

 

 動体視力強化。

 

「っく!」

 

 立花を庇う様に、身を挟み込む。

 

「死んでない……?」

 

 俺の首に腕を突き入れ、キョトンと小首を傾げ。

 

「よっと」

 

 首が捩じ切られた。

 

 頭が転がり、その頭が踏み潰される。

 

 視界が暗闇に染まった。

 

 この程度の傷!

 

 2秒で再生でき――

 

「ガッ」

 

「あっれぇ、人間ってこんな種族だっけ。

 殺しても殺しても再生するよ」

 

 何度も踏み潰され。

 再生する度に頭蓋が割れる。

 

「じゃあ燃やそ」

 

 悪魔の手から炎が放射される。

 それが俺を燃やすが、再生は直ぐに始まる。

 

「凍れ」

 

 それでもまだ。

 

「痺れろ」

 

 俺はゾンビで。

 

「切り刻め」

 

 死んだ事なんて。

 

「あれ〜?」

 

「なんで……」

 

 その間も、青い炎を纏う銃弾が、何度も悪魔を襲っている。

 

 にも関わらず、悠然と悪魔は立つ。

 豆鉄砲みたいに、銃弾は弾かれた。

 蒼炎は火傷すら負わせられない。

 

「駄目だな。

 何しても死なないやコレ。

 しょうがない。封印しよう」

 

 俺の頭が蹴り飛ばされる。

 

 白い炎で生成した剣を振り上げて、迫る立花吟の腹を殴りつけて、弾き飛ばし。

 

 悪魔の手の上に、真っ黒な宝玉が出現した。

 

 

 

 それを見ながら、俺は考えていた。

 

『こんなに死んだのは、いつ振りだ?』

 

 今だけで十数回死んだ。

 こんなの、研究所に捕まってた時以来だ。

 あの時は、泣き叫んだモンだが。

 今と成っちゃ痛みに鈍くなり過ぎて、声もでねぇ。

 

 あ、口と喉が無ぇだけだった。

 

 俺でも。

 立花吟でも。

 こいつには勝てない。

 

 こいつの雰囲気は圧倒的強者が遊ぶ感覚に近い。

 俺がいつもやってる事だから分かる。

 こいつは全然、本気じゃねぇ。

 

 それに、あの黒い宝玉だ。

 何かも分からねぇのに。

 死ぬ程怖ぇ。

 

「死ぬのか……オレは……」

 

 ダンジョンの主か……

 常軌を逸した強さだ。

 

「勝手に死ぬなんて許さない!」

 

 白い炎を全身より噴出させ。

 青いイナビカリを身体に纏い。

 

 物理限界に迫る速度と力強さを以て。

 

 最強の執行者は、正義を吠える。

 

「貴方を倒して、貴方を捕まえて、貴方に悔い改めさせる。

 それは、決定事項だから!」

 

 ――フレイム×ブースト。

 

「イクスブレイド!」

 

 極大な焔で生まれた純白の大剣。

 

 それを振り上げ疾走する。

 

「――人間ってのは本当に馬鹿な種族だ。

 だって、こんなちんけな力しか使えないんだから」

 

 全ての炎が。

 身体に纏われた青雷が。

 

 ――消失する。

 

 

「なにが……」

 

 

 俺の呟く疑問に、悪魔は喜々として答えた。

 

「魂を抜き取ったのさ」

 

 悪魔の持つ黒い宝玉の中に、真っ白な何かが吸い込まれていった。

 

 同時に、立花吟の身体が軽い音を立てて、パタリと倒れた。

 

 その瞳は、光を失っている。

 まるで、死んでいるかのように、身体は微動だにしない。

 

「さて」

 

 悪魔が俺に近づいて来る。

 

「君の番だよ」

 

 

 これほどまでの死の予感を、俺は感じた事があっただろうか。

 

 けれど何処か、俺はこの瞬間を心地よく感じていた。

 

 やっと、死ねる。

 

 幽霊が成仏を願う様に。

 そんな感情が頭を満たす。

 

 きっと、誰とも違う生涯だった。

 こんな力を授かったばかりに。

 俺には、人の生活なんざ存在しなかった。

 

 この不幸が、やっと終わる。

 

 やっと、諦められ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ふざけんな……

 

 

 なんで俺が……

 

 

 死ななきゃ、ならねぇんだぁぁぁぁああああああああああああああああああああああああああああああ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目の前にステータスカードが転がった。

 

 ――LevelUp――

 ――NewSkill――

 【黒獄繋鍵(こくごくけいけん)開門一口(かいもんひとくち)

 

 

 ――わしの名を呼べ。

 

 

 何処からともなく。

 そんな声が、耳に響いた。

 

 俺が願っても止まない。

 ずっと、会いたかった人の声。

 

 ずっと、あんたに聞きたかったんだ。

 

 俺、あんたの後を、継いでもいいのかな?

 

「今度は、何をしようとしてる?」

 

 骨でできた扉が顕現する。

 

「けど、もう遅いよ。

 君の魂は、もう吸い終わる」

 

 扉が開く。

 きっとあれは、地獄の扉。

 そうでなければ説明がつかない。

 俺がこの名を口にする、説明が。

 

 

「……エンテス総帥」

 

 

 そう呟いて。

 俺は、意識を失った。

 

 

 

 ◆

 

 

 

「さて、統べるとするか」



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第21話 魔王

 

 赤黒い髪の女だった。

 容姿は少女にしか思えぬ。

 衣服は和装。

 黒い袴を身に纏い。

 軍服に似合う様な帽子を被る。

 腰には軍刀《サーベル》が差され。

 上から纏った羽衣は、大将を示すレッド。

 

 赤い瞳は、全能を示す様に、悪魔的な魅力を放った。

 

 少女は、倒れた男に近づく。

 

「棺、わしが蘇ったぞ。

 挨拶はどうした。

 ほれ、椅子位用意してもてなせ」

 

 そんな言葉を掛けても、男はピクリとも反応しない。

 

 それを見かねてか。

 角と羽と牙を持つ。

 そんな悪魔が、助言を呈す。

 

「それはもう魂が抜けてる。

 要するに肉体だけの人形だ。

 幾ら呼んでも動く事は無いよ」

 

 悪魔がそう言う。

 けれど。

 

 少女は、その言葉を全て無視して、呼びかけた。

 

「棺、わしが命じておる。

 いつ、わしが従わぬ事を許した?」

 

 いや、命ず。

 

 【立て】

 

「は……?」

 

 魂を抜かれ、生きていると言う事がはばかられる程の状態に置いて尚。

 

 男は、少女の呼び声に応える様に。

 

 ――立ち上がった。

 

「さて其方、わしは黄泉よりの帰還で疲れて居る。

 椅子になれ」

 

 応えは無く。

 行動だけが返答として。

 

 棺は少女の前で、四つん這いになった。

 

「ふん、中々良い座り心地じゃ」

 

 その背に少女が腰を下ろす。

 足を組み、頭をひじ掛けに頬杖を突き。

 不遜な態度で物申す。

 

「じゃが、酒と女が足りぬ!」

 

 その赤い瞳は、怯える女と気を失った女体へ向く。

 

「赤毛の女、名は何と申す?」

 

 まるで、意思が抜け落ちたように。

 プログラムされた音声を出力する様に。

 

「……エリス・バスケット……です……」

 

「ほう、ではエリス」

 

【近う寄れ】

 

 女が歩き始めたのを確認し、少女は満足そうにそれを眺める。

 

「エリスゥ!

 どこにいくのだ……!」

 

 ドルイ・バスケットが叫ぶ。

 

「其方は……なんというか……

 外見上褒める部分が一カ所もないのう。

 【下がって寝ておれ】」

 

 ドルイも、身体を動かし壁まで下がり気絶した。

 

 同じだ。

 話しかけられた全ての人間が。

 一様に指示に従う。

 その瞳から意思を消え失せさせて。

 

「よもや、そこに転がるのは吟か?

 宿敵を気取っておったが、まさかこの程度の魔性に侵されるとは。

 はぁ、撫でてやるから近くに来るがいい」

 

 男を椅子とし。

 女を2人侍らせて。

 支配する。

 

「吟は昔から貧乳(チッパイ)よな。

 9年経てば育つ物も育ちきるだろうに。

 じゃがそれとは逆に、尻は中々良い触れ心地じゃ」

 

 寄らせた立花吟の腰に手を回し、尻を撫でまわす。

 対して、逆側に侍らせたエリスにも。

 

「こっちは爆乳じゃのう。

 揉み心地は最高じゃ!

 肌触りも良いし、己の美醜を理解した反応をしおる。

 初々しさはちと欠けるが、悪くない」

 

 乳を揉みしだき。

 尻を撫でまわし。

 

「ゲヘヘヘヘ……」

 

 エロい顔で、少女は色欲を満たしている。

 

「世の美男美女は全てわしの物。

 財も芸も美も酔も、人も。

 尽くわしの物じゃ」

 

 漸くだ。

 少女の赤い瞳が、漸くソレに向く。

 その光景を見て、理解に苦しんでいた。

 そんな悪魔へ。

 

「さて悪魔、そろそろ其方の話を聞いてやろう」

 

 悪魔と総帥の視線が混ざる。

 

「君こそ名乗りなよ。

 一体どこから湧いた、何者なのかな?」

 

「――其方今、儂に命じたか?」

 

 その表情が、一変する。

 

「あまり、調子に乗るな」

 

【頭が高い】

 

 その瞬間、悪魔の身体が強制的に稼働する。

 頭が大地に引き寄せられた。

 

「僕相手に、その程度の技が通用するか!」

 

 だが、圧倒的な魔力の放出がその異能を弾き返す。

 

 言の葉を耐え、立ち直す。

 

「ほう……?

 ならば褒美に、儂の名を教えてやろうか。

 ニーズヘッグ総帥、【エンテス】じゃ」

 

「エンテスね……

 君は僕が倒した2人の人間より、強いのかな?」

 

 余裕の笑みで悪魔は語る。

 

「倒した……?

 倒せぬから、封じたのであろう」

 

 笑みを返して総帥は煽る。

 

「この男は儂の臣下だ。

 敗北など、許した覚えはない」

 

「それは残念だね。

 とっくにそっちの彼は負けてる。

 何せ、魂が入ってないんだから」

 

 悪魔の言葉に、エンテスは笑い声を上げた。

 

「クッククク……ハッハッハハハハハハ!

 その程度で勝利とほざくか……?

 其方は将棋でも指しておれ。

 今から其方は儂に命じられ死ぬ。

 にも関わらず、この程度で棺が負けたとは、随分甘い認識をするではないか」

 

「僕が君に負ける?

 君こそ、随分甘い妄想をする。

 君の力は僕には通じなかった。

 言葉を操る君の能力は、純粋な力の前じゃ無力だろう」

 

 そこまで、会話を続け。

 両者、強く互いを睨む。

 

(さて、わしが顕現して居れる時間もそう長く無さそうだのう)

 

(魔力的には召喚獣、精霊に近いか。

 って事は、制限時間ありき。

 何者か知らないけど。

 使い魔如きが、僕に勝てる訳がない)

 

「闘争か逃走か。

 決める(いとま)は、今より先には存在せぬぞ?」

 

「負ける気がしない相手に逃げる意味、ある?」

 

 

 【其方たち、下がって居れ】

 

 

 少女(エンテス)が、黒木棺の背から降りる。

 その声に導かれる様に、三者は立つ。

 そして、彼等は扉の付近まで下がった。

 

 空間は、二者により、完全に支配された。

 

 死人成りて。

 満足ゆく生。

 だとしても。

 

 未だ生き足掻く、其方が儂を呼ぶのなら。

 

「棺、さぞ辛かっただろう……

 一人残された其方の気持ちを汲み取れる者等、現世に存在する筈もなし。

 故に、儂が命じよう。

 良く視。良く考え。良く戦え。

 必ず、その先に答えは存在しておる」

 

「……何を言っているのかな」

 

「何、久々に会った部下を褒めていただけ。

 気にするな。

 さて、死ねば言葉も紡げぬのだ。

 名を名乗るが良い、悪魔」

 

「ベルゴール。

 君が死んで僕の言葉が聞けなくなる前に。

 教えて上げる」

 

 

 【では、ベルゴールよ】

 

 

 心の内で、エンテスはそう言って。

 口に出す。

 

 

 【死ね】

 

 

「だから、効かないって!」

 

 その手に、青い魔法陣が出現する。

 現れるのは氷の槍。

 エンテスへ向けて射出する。

 

 それを見て、少女は腰の軍刀を抜いた。

 

 ――閃。

 

 氷の槍が、切り捨てられる。

 

「僕の魔法を斬った……?

 さっきの人間共よりは、確かに強いね」

 

 そんな言葉を、涼しい顔で流し。

 ベルゴールへ問いかける。

 

「何故、其方は儂の命令を『訊かぬ』?」

 

 黄金の雷が放たれる。

 

「その力は精神に干渉する物だろう?

 けど、僕は魔力で精神をプロテクトしてる。

 そんな小技は僕には『効かない』よ」

 

 それを、難なくエンテスは躱す。

 

「違うな。

 儂の言葉を訊き、実行する。

 それが、全人にとっての幸福じゃ。

 それを何故に拒絶する?

 貴様の為に、言っておる。

 儂が死ぬべきと判断した貴様は。

 ――死んだ方が幸福だと」

 

 赤い瞳が輝る。

 その目に、迷いや戸惑いは一切無い。

 まるで、常に同じ何かを凝視しているかのように

 不動。

 

「儂の意見は他の何より優先される。

 それが、最も全人の為になるからじゃ」

 

 放たれた炎を、剣圧で吹き飛ばし。

 

「狂ってるのか、人間……」

 

 悪魔は更に、魔法陣を展開していく。

 

「狂っている?

 自覚無き馬鹿を王にする事こそ狂乱よ。

 国王、皇帝、大統領、首脳、総理どれも。

 天地見渡す全人中、儂が最も適任じゃ」

 

 一斉に放たれた5つの魔術。

 属性を球体に押し込めた爆裂するそれを。

 

 避けて、

 斬って、

 砕く。

 

 

「この自覚のみが、王の器と知れ」

 

 

 ニーズヘッグ初代総帥。

 悪の組織を創り、一代で最強と呼ばせた。

 ヴィランネーム【全人の皇帝エンテス】。

 

「――我、命ず」

 

 その言葉は、悪魔へ向けた物ではない。

 

 剣を掲げ、天に唾を飛ばす様に放たれる。

 

 その言葉は。

 

「我、天上天下に敵は無く。

 我、全人を導く覇者と成り。

 我、最強へと至るがいい!」

 

 己へ向けて。

 

 

「――異能力【他化自在(たけじざい)】」

 

 

 赤い稲妻が、その身に走る。

 

 放出される圧倒的な魔力、圧力、引力。

 

 総じて――覇気である。

 

「この力を使うのも九年振りか。

 悪魔よ、簡単に死んでくれるでないぞ」

 

 赤黒い覇気を纏い。

 最凶と呼ばれた総帥は。

 

 切っ先を、迷宮の悪魔へと向けた。



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第22話 天魔嗤う

 

 

 ――赫雷が、舞い散る。

 

 

 散った刃より放たれるは、天を嘲笑う雷鳴の怒号。

 

「ほれ、次は脚か――?」

 

 背より声が響く。

 

 腕が舞う。

 肩より先を失いて、斬り飛ばされた。

 同時に、右翼が落ちて赤が地面を汚す。

 

 軍刀を振り抜いた姿勢で、頬に着いた血を拭い。

 

 天魔が嗤う。

 

「悪魔の血も赤いのか。

 良い事を知れた」

 

 汗が、額を伝う。

 悪魔の目が、揺れる。

 

「今……何をした……?」

 

「見えぬか?

 ならば、次はもう少し遅くしよう」

 

 まただ。

 

 何かが来る。

 対処を、防衛を、用心を。

 しないといけないのに。

 

 何をしていいのか、分からない。

 

 赤い稲妻だけを残して。

 その姿が掻き消える。

 

四性天界陣(クオリティア・ヘブン)!」

 

 全方位を完全に囲う、己が最上の防御魔法。

 理解不能なその攻撃に、対抗手段は浮かばず。

 逃げる様に、一番の魔法に頼った。

 

「ねぇねぇ、ベルゴールくん」

 

 トントンと、肩が叩かれた。

 

 その声は、結界の内部より聞こえる。

 

「だれじゃとおもう?」

 

 首を曲げて、後ろを見る。

 小さな少女が、その背に密着している。

 

 更に奥。

 

 結界に、無理矢理こじ開けた様な破損が見えた。

 

 三日月の様に。

 その紅色の口が、歪む。

 

「わしのような完璧美少女に、こんな事を言われたのだ。

 飛び跳ねて喜ぶがよい」

 

 手に、刀は握られていなかった。

 鞘に納めた刀の代わりに、その拳が大きく引かれて。

 

 

「――命令じゃ、弾けよ」

 

 

 後ろから腰を殴りつける。

 

「ぐっああああああああああああ!」

 

 弾け飛んだその身体は、己が作り上げた鉄壁の結界にバウンドし。

 

 地面と結界を行き来して。

 数十回跳ね跳んだ挙句。

 全身骨折の末。

 結界を突き破り、壁に練り込んだ。

 

「我が命、今度は聞けたではないか。

 その調子で自覚せよ。

 儂の命令を訊かぬとは……

 不幸であると」

 

 下半身だけが壁より露出する悪魔を眺め。

 最凶最悪の総帥は、微笑む。

 

「クソ……」

 

 壁が喋る。

 

「クソ、クソ、クソ……」

 

 パラパラと石礫を崩して、身体を壁から引き出す。

 

「今の結界が、何日分の魔力だと思ってる……

 さっきの魔法の連打で何時間分の魔力だと思ってる……

 僕の貯蔵した魔力を、たかが人間一匹の為に……」

 

「棺とまではいかぬが、随分な不死身っぷりじゃなぁ」

 

「僕の貴重な魔力を!

 どれだけ無駄にしやがる!」

 

「魔力とな……

 それが、其方の力の正体か?」

 

「7年掛けて、人間共から蓄積した魔力……

 まさか、ここまで使わされるとはなぁ!」

 

 圧力が増す。

 片翼の羽で飛翔し、空へ佇む。

 その眼光が、青く染まる。

 

 

「エクストラスキル【魔杖作成(デビルスタッフ)

 

 エクストラスキル【魔力解放(マナリンク)】」

 

 

 斬り飛ばされた腕と羽が独りでに動き始め、悪魔の手元へ吸い寄せられて、融合する様に一本の杖を創り出した。

 腕に羽を纏わせた錫杖の持つ魔力は、その概念を知らないエンテスにも感じ取れるほど絶大。

 

 

「あぁ、嫌だ嫌だ。

 努力すればとか、運が良ければとか、才能があればとか。

 人間如きが、希望に縋るその愚かしさ。

 心底吐き気がするよ。

 ほんの少しでも勝てると思った?」

 

「其方……」

 

「残念だったね。

 僕の勝負は、他の悪魔を出し抜いて魔王へ至る事。

 君達はただの、盤上に配置されたお邪魔キャラだ」

 

 赫い雷を残し、軍刀が悪魔の首を狙う。

 

四性天界陣(クオリティア・ヘブン)

 

 呟く様に発動されたその結界。

 

 それが、一刀を完膚なきまでに受け止めた。

 

 前の物よりかなり小型。

 それはつまり、ベルゴールの反応速度が完全にエンテスに追いついた事を意味している。

 

 バチバチと音を立て、結界と刀が鍔迫り合う。

 

「これが、現実だよ」

 

 エンテスの刀は弾かれた。

 

「この杖を使わせたのは褒めよう。

 ダンジョンコアと魔力接続までさせた事も。

 けど、所詮その程度だ。

 人の中では、最強に近い強さなんだろう。

 でも、そんな下級規格の話、僕等には関係ない」

 

 刀を弾かれたエンテスが、一歩下がる。

 何も言わず距離を取った。

 

 それを見て、悪魔が笑みを浮かべる。

 

 

「――さぁ、行くよ」

 

 

 一歩、悪魔がエンテスへ距離を縮めた。

 杖を床に叩きつけたその瞬間、その後方に。

 

 数十、いや百を越える。

 

 圧倒な量の魔法陣が展開される。

 

 虹色の魔法陣の数々。

 それは一様に、エンテスを照準(ロック)する。

 

「貫け、無限の矢(アルテミス)!」

 

 唖然と少女はそれを見ていた。

 しかしどこか、その表情は歓喜する様に。

 

(あぁ、あの時と同じじゃ。

 よもや、またしても儂を殺そうと立ちはだかるか)

 

 群れを成す彗星群。

 数多連射の矢の嵐。

 

 それを見て。

 

 少女は、軍刀(サーベル)の刀身を撫でた。

 

(のう、龍酔(りゅうすい)……

 其方も、奮い立っておるのだな。

 当然か、復讐を果たせるのだから)

 

 刀身が赫く染まっていく。

 蛇、いや龍の紋様が浮き上がる。

 

「命じよう、龍酔」

 

【全霊解放、羽虫の群れを叩き落とせ!】

 

 

 ――稲妻の輝きが、天へと吠えた。

 

 

 圧倒的な速度。

 圧倒的な剣速。

 

 あっという間に、魔法の嵐が切り捨てられる。

 

「我が名はエンテス。

 三千世界の皇である。

 身の程を弁えよ、悪魔風情」

 

 声が、少し低くなってゆく。

 

「なんだ、その姿……!」

 

 華奢な姿が一変する。

 

「あぁ、儂も歳を食った物だな」

 

 成長している。

 としか、言いようがない。

 身長は伸び、女性らしい膨らみを増し。

 

 何より、威圧感が研ぎ澄まされていく。

 

「幼女相手に本気になって。

 随分と楽しそうだったではないか。

 そういう者を何と呼ぶか教えてやろう。

 この雑魚が……!」

 

 魔王が嗤う。

 

「は? なんでだよ……?

 意味わかんないよ……!」

 

 心底、ソレを馬鹿にして。

 

「我が剣、龍酔に斬れぬ物は無い」

 

 その剣の前に立つ者全て、龍前に並ぶ飯でしかなし。

 

 名付けられた刀銘は――龍酔御膳(りゅうすいごぜん)

 

 全ての魔法を断ち切って。

 全ての魔力を無力化して。

 全ての攻撃を終わらせて。

 

 その切っ先は、悪魔へと向く。

 

「さぁ、撃ってみよ。

 貴様の奥の手、九年前のアレと同じ物を」

 

「9年前……?

 何を言ってる……

 僕がこの世界に来たのは7年前だ。

 9年前に来たのは序列1位の……」

 

 

 そこまで言って、悪魔は一言「あっ」と零す。

 

 

「まさか……あの一撃を……

 序列1位の流星魔法を止めたのは……!」

 

 最凶と呼ばれ、正義の執行者すら恐れた。

 そんな、悪の組織を壊滅させたのは。

 たった一発の弾丸だった。

 

 直径94km。

 最大速度、秒速19km。

 

 隕石と呼ばれる弾丸。

 

 総帥エンテス。

 及び、幹部8名の全霊に置いて。

 その隕石が地上へ到達する事は無かった。

 

 黒木棺以外の全ての幹部と総帥は。

 文字通り蒸発し。

 ニーズヘッグは、壊滅したのだ。

 

「儂は見たぞ。

 太陽にも勝る光の中で。

 月と重なるその幾何学模様を。

 其方が魔力と呼んだ輝きを!」

 

「あれを止めたって言うのか……

 そんなの、そんな奴に……

 僕なんかが勝てる訳……」

 

 震える身体。

 愕然とした表情。

 すっかり、その身から魔力は抜け切っていた。

 

「なんじゃ、あれは貴様の仕業ではないのか。

 つまらん……」

 

 黒い長髪を掻き揚げて、女性的に育ったその身を抱く様な仕草をして。

 見下す。

 

「ならば、この(いくさ)はこれで終いじゃ」

 

 赫い刀を引き摺って、魔王が近くに寄る。

 

「知らぬが仏と言うじゃろう?

 儂は言うたぞ、死ぬべきじゃと。

 其方に勝利は存在せぬ。

 その絶望を、知る前に」

 

 その膝が笑う様に崩れる。

 見上げるそこにて、天魔が嗤う。

 

「ぁ……ごめんなさ……」

 

 右手が刀に貫かれる。

 その手に持っていた黒い宝玉と共に。

 

「アガッ!」

 

 白い何かが、2つ。

 割れた宝玉より、抜け出て行った。

 

「次は其方の命の番じゃ」

 

 そう、刀を振り上げた。

 その瞬間。

 

「なにっ……!」

 

 エンテスの表情が、苦悶に歪む。

 後方より現れ出る。

 

 人骨で創造されし門より、幾本の黒縄が、その身体を巻き上げる。

 

「なんじゃ! この縄は!」

 

 エンテスが振り向くと、その黒縄が門の先へ繋がっている事が分かった。

 その縄が引かれる力は、エンテスの力を無視する様に圧倒的。

 

 一切の抵抗ができない。

 

「ははっ、はははははははは!

 そうだったじゃないか!

 何が最強だ! 何が王だ!

 お前は所詮、使い魔だろうが!

 魔力が切れれば地獄へ戻る。

 不完全な存在だ!」

 

 その笑い声に言葉を返す余裕もなく。

 エンテスの身体は引きずられてゆく。

 

「閻魔風情が、儂の歩みを邪魔するか!」

 

 刀を使って縄を斬ろうと試みるがしかし。

 その縄の頑丈たるや、傷一つ入らぬほど。

 

「く……逆らう手立てはないか……

 腹立たしい!」

 

「消えろ!

 お前さえ消えれば人間なんか家畜と同じ!」

 

 エンテスの感情の発露と同時に、赫雷が放出し黒縄を焼く。

 

「儂を御するとは、まこと忌々しい縄じゃ……」

 

 悟る。

 帰還は、確実の定めであると。

 だから、その瞳は、その声は。

 

 眠りこける、男へ向いた。

 

【棺! 起きよ!】

 

 その声に、バッとゾンビの様に起き上がり。

 

「待ってくれよ、総帥!」

 

 今にも泣きだしそうな子供の様な表情で。

 黒木棺は、そう言った。

 

「馬鹿者が……」

 

 その表情を見て、小さくエンテスが呟く。

 

「棺、すまなかったな。

 夢を叶えず儂は死んだ」

 

「俺も……」

 

 手を伸ばす。

 母親に捨てられる事を拒む孤児の様に。

 

 

 ――置いて、行かないで。

 

 

 そんな思いが、透けて見える。

 

「儂の夢は儂の物じゃ。

 そして、その夢は潰えた。

 儂は死んだ。

 しかし、我が生涯に後悔はない」

 

 追う様に、棺が走る。

 

「待ってくれ、待ってくれよ!」

 

 エンテスはその叫びを、何処か苦しそうに。

 ……けれど微笑んで、拒絶する。

 

「其方を二代目ニーズヘッグ総帥と認める。

 それでも、其方はこちらへ来るか?」

 

 足が減速する。

 足が止まる。

 

 漏れる様に、彼は言った。

 

「……行ける訳、ねぇじゃねぇかよ。

 ロリババア……」

 

「ロリババアじゃと!?

 儂はまだ三十だ……

 棺! ぶっ殺してしまうぞ!」

 

「うるっせぇ、テメェで自爆しただけだろうが!」

 

「ッチ、減らず口は健在か……」

 

 一つ、咳払いをしてエンテスは言い直す。

 

「しかし其方、恰好の良い男になったな。

 生前なら抱いてやった所じゃ」

 

 冗談めかしてそう言うエンテスへ、棺は涙を拭って答えた。

 

「アンタの声は、宝玉の中でも聞こえてた。

 心配すんな朱雀……俺はお前も越えてやる」

 

 不死人なれど、生者のそれより一層強く、瞳をギラつかせる。

 

 その言葉に、最凶の王は心底笑顔でこう答えた。

 

「必死に生きてこそ、その生涯は光を放つ。

 故に、其方へ命ずる。

 

 ――儂を、越えよ」

 

 

今一時(いまひととき)――儂の言葉を貸してやる】

 

 

 その身が、門の奥へ隠れていく。

 

「まずはそうだのう……

 儂を笑ったその小僧を、殴り飛ばしてしまえ」

 

 

 

 ◆ バタン――!

 

 

 

 あぁ。

 クソが。

 

 アンタは卑怯だぜ。

 あの隕石に挑んだ9人の中で……

 俺だけが生き残っちまって……

 

 どうしたらいいか分かんなくて。

 なんで生きてんのか分かんなくて。

 

 刑務所に引きこもって。

 

「はは、随分自分勝手な人間だったね。

 君如きじゃ僕を倒す事なんて不可能なのに」

 

 また、戻っちまった。

 あの、ガキの頃の何も無かった時に。

 そんな、俺の迷いを知ってか知らずか。

 

 アンタは、たった一言でグチャグチャにしていった。

 

 

「――うるせぇよ三下」

 

 

 自覚しろよ、俺様(クソッタレ)

 俺は……二代目ニーズヘッグ総帥。

 『黒木棺』だ。

 

「俺は!

 負ける事なんざ、許されてねぇ――」

 

 アンタの言葉を借りてやる。

 

 アンタを越える、そのために。

 

「赫い……」

 

 震え声で、悪魔は呟く。

 

「なんでお前が……」

 

 俺の身体に纏わりつく、赫雷(そのこえ)が!

 

 

 俺が総帥になった、何よりの証明だ――

 

 

赫正拳(せきせいけん)……」

 

 赫い雷電が、俺の拳に集約される。

 

「やめろぉぉぉおおおおおおおおおお!」

 

 踵に集めた(ちから)を使い、その懐に潜り込み。

 

 

「――(なる)(かみ)ぃぃぃぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!」

 

 

 赫い雷を宿す拳はその腹に直撃し、赫を背より貫通させる。

 

 赫だけが。

 その部屋に充満し。

 全てを染め上げた。

 

 

 残ったのは。

 ボロボロというより、バラッバラッに成っちまった悪魔だけ。

 

 その体は、ダンジョンの魔物と同じ、溶ける様に消えていく寸前。

 

「ニィィィンゲェェェンンンンン!!

 これで終わりだと思うなよ!

 ダンジョンがある限り僕は蘇る!

 必ずお前を殺してやるからな!」

 

「その前に、ダンジョンなんざぶっ潰してやるよ」

 

「だったら来なよ!

 僕の城(ダンジョン)に!

 待ってるからさぁ! 絶対来なよ!?」

 

 捨て台詞を吐いて、悪魔は溶ける様に消滅した。

 

「クソ、一発で今までに無ぇくらい身体がボロボロだ……」

 

 細胞一つ一つがぶっ壊れてる。

 完治には何分も掛かっちまいそうだ。

 首斬って再生し直した方が早ぇ位。

 

 こんな力を、アンタは嗤いながら振り回してやがったのかよ。

 

 壁は高ぇな。

 

「ケヘヘヘヘヘヘヘ」

 

 ケヘヘヘヘヘヘヘ。

 

 ケヘヘ。

 

「気持ちの悪い笑い方……

 何か、服が着崩れてるし……」

 

 あぁ、そりゃまぁ、あの色欲女の事だから。

 黙っとこ。

 

「それに、何があったらこうなるの……?」

 

 立花吟が近寄って、俺にそんな事を聞いて来る。

 俺が開けた大穴を見て。

 

 一夜にして、城が消し飛んだ。

 

「私でも、ここまではできない。

 粉々に破壊したんじゃ無くて、完全に消滅してる」

 

「何、前総帥が暴れて行っただけだ」

 

「どういう意味?」

 

「なんでもねぇよ。

 それで、エリスとか言ったか?」

 

 頭を押さえて起き上がり、城だった跡地の光景に唖然としながら。

 

「はい」

 

 それでも、落ち着いた返事をできるだけ上等だ。

 

「悪魔は撃退した。

 これでも、俺は不合格か?」

 

「……いいえ、あの悪魔に敵対した以上、この島の道は一つ。

 私たち夫婦は、貴方に従ってこの島を運営する事を誓いましょう」

 

 第一目標・迷宮島征服。

 これで、完了だ。

 

 問題は死ぬ程あるだろう。

 だが全部、死ぬ気でやるだけだ。

 そう、あんたに教わったからな。

 



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