ホロライブ・オルタナティブ〜holox of the eden〜 (天翼project)
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始まりはViolence

作者はホロライブファンですが、全ての配信や動画を追えている訳では無いし、一部のホロメンはほとんど追っていないので、キャラや設定の一部はwikiの情報を元に書いています。


 

春は旅の季節。

桜香る風は飄々と、大地を遍く照らす陽光はさんさんと。

小鳥は囀り森は風に揺れ、温暖な気候はこの世界に生きるものにとっては過ごしやすい事だろう。

 

 

…そんな中、川音のせせらぐ森の中、異形の角を持つ少女が一人。

 

 

「あぁ〜!!水うめぇ!失って分かるありがたみ!」

 

 

風情を壊す野太い声に、辺りの小動物は触らぬ神に祟りなしと、そそくさと少女から距離を取った。

そんな周囲の事情を知る由もなく、水筒に川の水を掬ってはガブガブと飲む少女。

サバイバル有識者からすれば煮沸とか水の洗浄とか言いたいことは色々あるだろうが、生憎この少女もその程度の知識は心得ている。

 

ならば何故それをしないのかと言えばする必要が無いからだ。

いや、した方が良い事には変わりないが、それでも今はそれをするのが面倒臭く、しなくてもそこまで変わらないのだから構わないというのが実情だ。

 

 

「はぁ…生き返った…なんで食いもんばっか持ってくるかね吾輩。水は基本だろ!」

 

 

誰かいる訳でもないのに元気に自分に突っ込む少女。

その格好はブラウンのローブに灰色のトップスと黒いズボンという色気の無い装い。

しかし特徴的な尻尾と二つの大きな角を頭から生やしていることから分かる通り、その正体は人間では無い。

 

『魔族』、”ラプラス・ダークネス”

 

本来この世界では魔界に住まう魔族だが、訳あって彼女は魔界を抜け出し現世を一人旅していた。

その際持ち出してきた食料類は余ってはいるが、まさか水を水筒一本分しか持ち出さず数日で干からびかけたのはなんと滑稽な事だが。

 

 

「どうしよっかな〜…水筒にまた詰めてもその内無くなるだろうし、また都合良く水源を見付けられるとは限んないし…せめて都市部でも見つけられたらなぁ…おいカラス、飛び回ってたんだったらなんか見えなかったのかよ」

 

『カァ、カァ』

 

「そうかそうか、分からん」

 

 

今後の方針を決め兼ねるラプラスの頭上に降り立ったのは、妙にふてぶてしい表情が鼻につく一羽のカラス。

ラプラスのペットとして魔界から一緒に連れ出されたこのカラスはラプラスの旅の唯一の相棒と言っても良いが、当然意思疎通は出来ないので実質的に頭の上を温めてくれるだけの存在と化していた。

なお、カラスは言葉が通じないのを良い事にラプラスを馬鹿にすることもあったりする。

 

 

「しゃーねぇ、川に沿って降りてくか…その内村落くらい見つかるだろ」

 

『カァ』

 

 

ともあれ、方針を決めたラプラスは頭にちょこんとカラスを乗せたまま川の下流に沿って移動を始めた。

魔界では地図を手に入れられなかったため勘だけで進んでいるラプラスだが、それでも彼女の勘は中々に馬鹿にできないものがあった。

故に、ラプラスは予感を感じていたのだ。

 

この先に待つものは、きっとこれからの未来を変える運命の出会いなのだと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…結局二晩歩いて何も無いとかあるか?おっかしいなぁ、こっちに行けばなんかあると思ったんだけど…」

 

『カァ?』

 

「呑気だなぁお前は。ほれ食え」

 

 

干からびかけてから早二日。

ひたすらに川に沿って降り続けてもなお近辺に人工物はおろか人の営んだ形跡すら見つけられず、ヤケになったラプラスは取り敢えず川で捕まえて焼いた魚を分け合って食していた。

頭の上に食べカスを落とされても困るのでカラスを下ろし、適当に白身を分けて置くと、カラスがもっもっ、と啄むように食べるのをラプラスが眺める。

 

 

 

今後どうしようかと食べ終わった魚の骨と焚き火の火に目を向けながら、倒れた木を腰掛けにぼーっとしていると、不意に強く風が吹く。

 

 

「…?おいカラス、少し離れてろ」

 

『カァ!』

 

「大丈夫だって。野獣程度なら問題ないし…野獣狩りに慣れた狩人でもな」

 

 

次の瞬間、風に揺れ動く森の木々の合間から風を切る音と共に一本の矢が迫った。

飛んできた矢を正確に捉えたラプラスは、首を横に傾けるだけで脳天を狙った矢をやり過ごす。

しかし立て続けに、それも先程とは別の位置から二本同時に矢が飛んできたのを見つけると堪らず飛び退くが、恐ろしい威力を持った矢が焚き火を打ち壊し、明かりが無くなって周囲が暗闇に閉ざされた。

辛うじて月明かりのお陰で何も見えない訳では無いが、それでも狩人からしてみれば夜目の効かない相手ほど狩りやすいものは無いだろう。

 

強く吹く風音と闇夜に紛れ、己の位置を悟らせない狩人の立ち回りにラプラスはほぅ、と感心するが、それでも無抵抗で狩られてやる道理もなし。

次の奇襲を警戒し、僅かな音にも微かな視界の中の動きにも意識を集中し、その瞬間を待つ。

 

風の一吹き、木々が揺れ葉がカサカサと鳴り、ラプラスが脚を踏みしめる土音が一際強く木霊して────

 

 

「───甘い!」

 

 

再度風を切る音。

ヒュン、と飛び交う矢を身体を傾けて躱し、次に襲いかかってくる三本の矢をバク転混じりに飛び退いて避け、その度に矢が飛んでくる方向を把握する。

 

 

(下手人は何人だ…?それとも、もし一人なら移動速度が速すぎる…だが少なくとも複数いるようには思えない。となると、こんな動きが出来るやつは限られてくるが…)

 

「…ははっ!おもしれぇ!表出てこいよ!」

 

 

獰猛に笑ったラプラスは再三襲い来る矢を横跳びで避けると、空間に手を捩じ込み、強引に開けたような歪んだ孔から細かな装飾がされた一本の三叉槍を抜き放つ。

槍からは紫電が走り、それを警戒したのか狩人からの攻撃が一度止まる。

 

しかし逃げた訳では無いと踏んだラプラスは、威嚇するように槍をブォンと振り回すと片手で構えてキョロキョロと辺りを見回す。

未だに狩人の位置は割出せていないが、構えを取っているのと居ないのとでは対処できるか否かが大違い。

次の狩人の動きを待っていれば、あっという間に時間は流れ既に一分は経過しただろう。

 

そして…ようやく痺れを切らしたのか、再び狩人から矢が放たれた。

その瞬間───

 

 

「───ぶっ飛べ!」

 

 

矢が襲ってきた方向に瞬時に向き直り、矢に向けて…否、その奥の狩人に向けて矢を巻き込むように振り抜いた槍から魔力の奔流が発生し、木々を薙ぎ倒しながら紫色の輝きが破壊を振り撒いた。

 

おおよそ百メートル程の範囲を根こそぎ粉砕した魔法が失せると、後に残るのは抉れた地面と砂塵のみ。

しかしラプラスは確信を持っていた。

今ので狩人を葬れてはいないと。

 

 

「何が目的かは知らねぇけど…まあ野盗だろうが人攫いだろうが構わねぇけど、そろそろ面見せてくんないかな?じゃないと、今のでこの辺全部更地にしてやるけど」

 

 

森を飲み込み破壊の限りを尽くした魔力の奔流の中、それから逃れる影をラプラスは確かに捉えていた。

その影が逃げた方向に呼びかけると、少しの間を置いて土と地面に落ちる枝を踏む音が夜風の中に響き、やがて木陰から月明かりに照らされた狩人が姿を現した。

 

 

「…なるほど。随分速いと思ってたが、有翼の獣人か。隼辺りか?」

 

「残念、鷹ね。そっちも随分立派な角が生えてたから新種のバイソンかと思ったわ」

 

「誰がバイソンだ」

 

 

抜け抜けと言う女の声。

深緑のマントのフードから覗くサーモンピンク?っぽい髪色。

背は高く、青く煌めく瞳がじっとこちらを睨みつけている。

そしてなにより特徴的なのが、頭から小さな、そして背中からは雄々しさを感じる立派な翼が揺れていることだ。

それは女の意思に従って動いているようで、飾りでもなんでもない事を裏付けている。

 

故に、先程まで瞬時に位置を変え狙撃してきていたあの機動力にも説明が着いたというわけだ。

 

 

「…言っとくが、食っても上手くないぞ?」

 

「むしろこっちから願い下げよ。あんたみたいなの口に入れたらお腹壊しそうだし」

 

「それはそれで失礼だな、えぇ?どういう意味だっつってんだよ」

 

「言った通り…魔族なんて食材にもならないって話!」

 

 

言うが速いか、女は軽やかな動きで飛び上がると、背負っていた弓──形状的にアーチェリーのようなものに近い──を構え、めいいっぱいに矢を引き絞った。

空に浮かぶ満月を背にした一連の動作は女の姿勢の良さも相まって、絵画のような美しさすら感じる。

 

されど放たれた矢は凶星の如く、夜空を駆けてラプラスに飛来した。

しかし如何に引手の技術が凄かろうと、魔法的な補助もないただの弓矢の威力、そして速度などたかが知れている。

ラプラスは槍の一薙ぎで矢を弾くと、再び槍に紫電のような魔力を纏わせ槍の切っ先を滞空する女に向ける。

 

 

「じゃあ、鷹狩りと行こうか!明日の朝ごはんはお前で鍋作ってやるよ!」

 

「猛禽類を舐めないでよね」

 

 

横薙ぎに振るわれたラプラスの槍から放たれる紫に輝く魔力の奔流。

夜空を駆ける一条のレーザー。

女はそれを躱すと、レーザーの周囲を螺旋を描くように回りながらラプラスとの距離を急激に詰めた。

ラプラスの目の前まで女が迫り、そして腰から抜からた大型のサバイバルナイフがラプラスの角を掠める。

火花と共に小さな傷を残したナイフが女によって高速で振るわれ、それを的確に槍で捌いたラプラスは一度後ろに下がって距離を取る。

 

が、女が次に取り出したのは長い皮の鞭。

風切り音と共にめいいっぱい振るわれた鞭が、大きくしなりながらラプラスに迫った。

 

 

(…鞭の先端に鋭い金属のカバー?おいおい随分殺意高いじゃねーか)

 

 

亜音速の鞭を見切りラプラスが屈むと、頭上を過ぎ去った鞭がその先にあった一本の木へと直撃───そのまま粉砕して女の操作により再びラプラスに襲いかかる。

 

 

「金属のカバーが鞭の先端の破壊力を上げてんのか。重心的に扱いにくいだろうに、よくそんなに上手く操れるもんだ」

 

「あら、褒めていただけて結構。ならそろそろ…死ね」

 

「おぉ、怖い怖い」

 

 

遮蔽物は無意味と言わんばかりに木々を破壊しながら縦横無尽に空間を動き回る鞭。

反撃しようとラプラスは槍に魔力を通すが、それを放とうとする前に変則的な動きをする鞭が死角から襲いかかり体勢を崩されていた。

かといって接近戦に持ち込もうにも、先端でなくとも鞭に絡めとられれば簡単に動きを封じ込められてお陀仏だ。

結果反撃することは叶わず、距離を詰めることも出来ず、一方的に攻め立てられている状況。

戦況は極めて不利だが、そんな状況でもラプラスは頭を回して分析を進めていた。

 

 

(鞭の長さは二十五メートル弱。が、最高速で若干伸びてるな。間合いを見極めるのはムズいか。こんな長物をあんだけブンブン振り回してたら腕がイカれそうだが、流石に獣人の肉体能力と体力は侮れない。となると…)

 

「いつまでそうやって逃げ回ってるつもり?リーチも手数もこっちに分がある。そろそろ諦めたらいかが?」

 

「バカヤロー!そんなんではいそうですねって言うわけねぇだろ!馬鹿の一つ覚えみたいにブンブンしやがって!今に見てろよ!」

 

 

女の煽りにめげずに言い返すと、少し苛立ったのか鞭の速度が上がる。

風切り音は強くなり、もはや物理法則を無視しているのではないかとも思えるほどに鞭は蛇のようにのたうち回ってラプラスを包囲するように四方八方から襲ってくる。

なんとか躱して、捌いて、弾いて。

しかしその度にかすり傷が増え、ローブが裂け、角を掠めた振動が頭にガンガンと響いてくる。

 

 

 

(そろそろ手を打たないとまずいな…まあ大体分かったし───)

 

「───終わらせるとするか!」

 

「っ!」

 

 

鞭のタイミングを測り、顔面を狙った鞭の先端を槍で弾いたその瞬間。

ラプラスは槍に魔力を流し込み、紫電のような魔力が迸る。

対して女は何かされる前に押さえ込もうと再度鞭を振るおうとするが…それよりも早く、ラプラスの槍が紫色に輝いた。

 

三叉槍の先端から、雨のように魔力の弾幕が横向きに、女へ向かって降り注ぐ。

女はラプラスを狙うのを諦めて咄嗟に鞭を引き戻すと、魔力の弾幕を次々と鞭とナイフで弾き、打ち払った。

しかしその数も数。

圧倒的な物量で迫る弾幕に対処が間に合わなくなり、防ぎきれなくなった弾幕に女が飲み込まれる。

 

 

「言っとくが…槍からの魔力放出はノーモーションでもできるんだぜ?」

 

「このっ…よくも…!」

 

「おいおい先に手を出してきたのはそっちだ。噛まれる覚悟もねえ奴が狩りなんかすんなよ」

 

 

全身を打ち付けた弾幕によっていくらか弱ったようだが、それでも身体を震わせながら立ち上がる女にラプラスも楽しそうに嗤う。

獣人らしい生命力、気力、体力。

見定めるように女が次どのような動作を取ってくるのか、四肢を捉え気を張るラプラスに対して…女は大きく翼を広げ、全速力で突進を行ってきた。

 

 

「!…ふん、付き合ってやるよ!」

 

 

再び槍に魔力が行き渡り、そして放たれる横向きの雨のような魔力の弾幕。

先程より広く、多く、展開された弾幕が女を飲み込もうとして…ラプラスは、女の目が金色に輝いているのを見た。

そして、

 

 

「嘘だろっ!?はっや…!」

 

 

女は迫る魔力の弾幕、その合間に身体をねじ込み一切被弾することなくくぐり抜けるという異次元の機動力を見せた。

それに対抗し槍から放つ魔力の弾幕が増やされ、しかしそれらをすべて避けて大きく旋回しながら着実にラプラスとの距離を詰めていく女。

閃光のように駆け巡り、ラプラスですら視線で追うのもやっとな高速飛行。

それを弾幕を回避しながら行える体捌き、そして情報の処理能力。

 

 

「…っ!良いなぁ!お前、良いなぁ!」

 

「ぐっ!?」

 

 

女の力を認めたラプラスは、一切の遊びを捨てた。

一瞬弾幕が打ち止めになったかと思えば、続いて放たれた紫の雷。

くぐり抜ける隙間すら存在しない不可避の雷撃。

それは女に確かに直撃し、その機動力を目に見えて鈍らせた。

そこに追撃をかけようとラプラスは女に槍を向ける。

しかし───

 

 

「うおぉぉおおおりゃぁぁぁ!」

 

「なっ…ちょちょちょちょ!?」

 

 

その前に、女が振り回した鞭がラプラスの脚に絡み付き、鞭の動きに合わせて空中に放り出される。

 

 

「ま、待て!落ち着いて話し合おう…って、うわぁぁぁぁ!?」

 

 

焦るのも時既に遅し、女が全身を使って鞭をハンマー投げでもするかのように振り回し、それに従って鞭に絡め取られたラプラスもぐるんぐるんと振り回される。

その上、意図的にラプラスを木にぶつけ木を粉砕し、木にぶつけ木を粉砕し、それを何度も繰り返した最後に、天高くに持ち上げられたラプラスを勢い良く地面に叩きつける。

 

一連の動作で息を切らしたのか、鞭を離して地面に手を着き、ラプラスが叩きつけられて土煙が舞う場所を女が睨む。

 

 

「あぁ…痛ってぇ、クソ痛ってぇ!木を折る力で何度も叩きつけられたんだ…人間ならとっくにミンチだ」

 

「はぁ…はぁ…なんで生きてんのよ化け物…」

 

「むしろ吾輩を殺しかねない攻撃出来るだけそっちも十分化け物だろ。あー…背骨ヒビ入ったかも…さて、そんじゃあまあ終わらせるか」

 

「クソッ…!」

 

「おっと逃がさねぇよ」

 

 

一発逆転の一打でも倒しきれなかった今、もう手札も体力も残っていない女が選んだのは逃走だった。

それは決して悪くない判断であったのだろう。

だからもしそれが間違いだったとしたら…その判断が遅すぎたということだ。

 

 

 

 

 

「堕ちろ」

 

「…っ!」

 

 

ラプラスに背を向けて空へ飛び立った女。

しかしその逃げる背中に向けて、容赦なく紫色の雷撃が迫り、そして穿つ。

全身が痺れ、制御を失い、身体を支えるものもない空中。

 

そこで女は意識を失い、そして地上へと墜落した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…」

 

「おっ?起きたか鷹」

 

「…え?何…本当に鍋にされそうになってるの私…」

 

「なわけねーだろ。同じ人型で言葉が通じる生き物なんて口に入れられるかってんだ。ちょっと待ってろ、そこの川で採れた魚で鍋作ってるから」

 

 

日が昇る空。

早朝の柔らかな空気。

あの戦いから一夜明けて、女は目を覚ますやいなや直ぐに周囲の状況を確認して、現状の把握に努めた。

まず、武装は全て取り上げられているようだった。

これは、まあ当然だろう。

 

次…特に拘束などはされていないようだ。

これは少し理解できない。

普通命の取り合いをした相手を自由にさせるだろうか。

 

最後…命に別状はなし。

何故トドメを刺さなかったのか、いつでも機会はあったはずだ。

あそこで殺しておけば武器を取り上げる必要も拘束する必要もなく死体をその辺に捨てて処理も楽に済むだろうに。

 

 

「…不思議か?生きてんのが」

 

「えぇ、そうね…」

 

「吾輩も最後の一撃は殺す気で行ったけどなぁ。本気では無かったけど。んで、お前はそれでも耐えてこうして生きてる。ならそれ以上は野暮ってもんさ」

 

「どういう理屈?意味分かんない…」

 

「そのうち分かるようになるさ。これから吾輩についてたっぷり学んでけ〜」

 

「なにがなんだか…これから?」

 

「おう、これから。もしくはお前この辺に拠点構えてたりするのか?」

 

「え…いや…私はフラフラ放浪してるだけの旅人だけど…」

 

「そうかそうか、なら吾輩に着いてこいよ。これ決定な。勝者の特権ってやつだ」

 

「…えぇ!?」

 

 

堂々と言い放つラプラスに女が気の抜けた驚き声を上げる。

その反応が面白かったのか、ニヤニヤとした笑みを浮かべるラプラスは煮えた鍋の具を椀に移すと、それを女に手渡した。

鍋の傍で生意気そうな顔をしたカラスも不思議とにやけているように見える。

 

 

「えっ、いやっ…ありがとう…じゃなくて!」

 

「なんだ、嫌か?まあ嫌か…取り敢えず聞けって」

 

「…何が目的?」

 

「その前に、一応聞いておきたかったんだが何で吾輩を狙ったんだ?」

 

「トロそうだから荷物を狙って…」

 

「失礼だなぁおい。確かに食いもんはそこそこ詰め込んでるが…っていうかお前本当に行く宛てが無いんだな」

 

「…こっちにはこっちの事情ってものがあるの。あなたには関係ないでしょ」

 

「そりゃあそうだ…まあ取り敢えず食え食え。鍋にこだわりのある吾輩の手製だ。まだ身体弱ってるだろ」

 

「あなたにやられたのよ…はぁ…」

 

 

ラプラスをジトっとした目で睨む女だったが諦めるように嘆息し、少し警戒しながら鍋の入った椀をゆっくり口元に近付けた。

一応警戒はしているが、そもそもわざわざ毒なんて回りくどいことをしなくてもさっきのうちに息の根を止めていれば良い話だからそれも念の為に過ぎない。

まあラプラスという魔族が人が毒で苦しむのを楽しむサイコパスなら話は別だが。

 

しかし、椀から啜った鍋の汁は川魚の出汁が良く取れていて、絶品とまでは行かなくとも普通に美味しいと言えるものだった。

味付けは塩と胡椒くらいらしいが、調味料や食材が揃っていればもっとよく出来たものが作れるのではないかと女は呑気に考える。

幾らか口出したい所はあるが、なんやかんや気に入ったのか箸を受け取って女はそのまま鍋に夢中になり、椀の中身が空になれば鍋から新たに掬い始めた。

 

 

「うんうん、そんな美味そうに食ってもらって嬉しいよ…あぁ!?取りすぎだろ私の分も残せ!」

 

「あら、わざやざ命の恩人にこんな粗末なものを食べさせるのに気が引けただけよ」

 

「なんだとー!喧嘩売ってるなら第2ラウンドも望むところだぞ!」

 

「冗談よ…それで、結局あなたは何者なの?なんで私なんかを連れていきたいの?」

 

「急に普通になんなよな、調子が狂う…そうだな、お前には吾輩の野望に協力してもらう!」

 

「野望?」

 

「ああそうさ…それ即ち世界征服!」

 

「…は?」

 

「心底呆れたみたいな声やめろ!吾輩真面目に言ってるからな!」

 

「いやだって…ねぇ?確かにあなた強かったけど、本気で世界征服するなんて言ってるならあの”黄金国”とか”獣王国”を敵に回すことになるのよ?出来るとしたらせいぜい多少のテロ行為くらいで…たった一人の力で世界を取れるならとっくの昔にいずれかの勢力が天下統一してるわよ」

 

「ふっふっふっ…分かってねぇな。確かにこの大陸だけ取ってもやべぇ奴らはたくさんいるが…それが吾輩に対してなんの障害になるってんだ?」

 

「…はぁ?」

 

「また出たな呆れたような声…吾輩の覇道を邪魔するなら、そいつら全部ぶっ飛ばすだけだ!…それにもう一つ思い違いを訂正してやるよ」

 

 

女からの指摘にも堂々と宣言するラプラス。

傍から見れば、現実を知らない子供の妄言にしか聞こえないだろうそれ。

しかし何故か女はラプラスの言葉がやけに胸に響くのを感じていた。

そして、ラプラスは女の目の前に移動すると前のめりに顔を近付け、女の頭に手を乗せた。

 

 

「吾輩は一人じゃない。お前もいる。仲間だってもっと増やす。ごっこ遊びやサークルじゃ終わらせない。狙ったのが吾輩で運が良かったな。どうせ食い倒れて、或いは強盗を繰り返していつか返り討ちに合うくらいなら、吾輩に着いてこいよ───

 

 

 

 

 

 

 

───楽しくやろうぜ?」

 

 

 

 

「…本当に、訳わかんない」

 

 

女を覗き込む黄金の瞳。

魔性の魅力、幻惑の瞳孔。

 

不思議と、初めからそうであると運命づけられていたかのように、女はその瞳と言葉に魅入られた。

ゆっくりと瞼を閉じ、ふぅ、と深呼吸。

そして開かれた女の目に決意が宿っているのをラプラスは見た。

 

 

「衣食住完備で、ある程度趣味に時間を割けるくらいの労働環境は提供してくれるのよね?」

 

「なんだぁ、真っ先にやる事が交渉とは分かってるじゃないか。お前の、そして吾輩の部下となる連中に求める労働は『吾輩を信じて従う』ことだ。見返りは自由で愉快な暮らし、そして世界!これじゃ不満か?」

 

「そうね…面白いじゃない。どうせ見逃された命。自業自得とはいえ、この先一人で淡々と生きるよりかは、あなたに預けてみるのも悪くないかもね」

 

「そうこなくっちゃなあ!吾輩の名はラプラス・ダークネス!立派な魔族さ!…お前は?」

 

「…ルイ。”鷹嶺ルイ”。見ての通り鷹の獣人。これからよろしくね、ラプラス」

 

 

 

 

そうして、運命の輪は回り出した。

始まりの出会い、受難の因果。

この先に待つのは、長く厳しい現世の旅路。

 

しかしそれをも彼女達は乗り越えるのだろう。

知恵と策を巡らせて、或いは根性をもって真正面から、或いは…信頼する仲間と共に。

 

これは物語の初めの1ページに過ぎない。

ほんのちょっとしたプロローグ…壊れた世界を舞台にした、繋がりと結びの、そんなお話。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、まずはこの森を抜けるところから始めようか…おいルイ。まず最初の命令だり飛んで近くの人の文明圏を探してきてくれ」

 

「…生憎だけど、どっかの誰かさんのせいで翼痛めたから当分は飛べないわよ?」

 

「…あぁぁぁぁ!結局また長々歩かなきゃいかんのかい!」

 

(早速お先真っ暗…やっぱりやめた方が良かったかしら?)

 




週1くらいで続きを上げていく予定ですが、遅れている時は気長にお待ちください。


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仲間探しはcriminal chase

 

「ラプ〜、あったよ!東に12km!」

 

「お!やっとか!いい加減げんなりしてたとこだ」

 

 

1人旅をしている所に襲撃してきた女…鷹嶺ルイを下し仲間に引き入れたラプラスは、あれから数週間歩いてその報告を聞き溢れんばかりの笑顔を浮かべた。

その様子は確かに無邪気な子供そのもの。

しかし、彼女の仲間…或いは部下として共に旅をすることになった鷹嶺ルイは、ラプラスが内に秘める野望とカリスマ性をよく知っていた。

 

勿論あの無邪気さも素であることに違いないというのは、この数週間の関わりで分かっていたことだが。

 

 

「なあルイ。もう歩くの面倒だから吾輩おぶって街まで飛べないか?」

 

「出来なくは無いけど…魔族抱えた獣人が猛スピードで飛んでくるとかそれなんてホラー?」

 

「…人間の街だったか?」

 

「えぇ…」

 

「そっか〜…」

 

 

さてここで1つちょっとした世界観のお話。

 

この世界には多種多様な種族が存在するが、その中で魔族が魔界と言われる異界に暮らしているのは1話で話した通り。

そして現世には魔族は非常に珍しく、そして忌み嫌われる存在として知られていた。

それは古い歴史の話になるが、かつて魔族も現世に暮らしていた時期があったが、現世を支配するために魔族達が他種族の侵略を行い、大陸全土にわたる大戦争となったことがあった。

最終的に戦争は多種族連合の勝利、敗北した魔族達は5人の賢者によって天界の裏側の世界、魔界へと封じ込められてしまった。

 

そんな魔族達も何かの拍子に現世に現れることがあるが、そういった魔族たちは尽く疎まれ突っぱねられるのが今の世だ。

ただ、長い時が経ったことによって敵対意識が薄れ、過激な攻撃を行う者が少数派なのは救いか。

故に現世でも細々と生きている魔族は少なからず存在していた。

 

そんな魔族が疎まれる世界ではあるが、時の流れ、情勢の変化、様々な要因が絡み付き、他種族同士での仲も険悪になってきたこのご時世。

大陸で双璧を成す大国である”黄金国”と”獣王国”は苛烈な戦争を行い、日夜多くの犠牲者が出ている。

 

そんな種族間で諍いが起きているこの世の中、人間の街に魔族と獣人が乗り込んだらいい顔をされないのは明白だった。

 

 

「私はまあ、フード被って翼も畳んでマントで隠せば行けるけど…ラプはねぇ…」

 

「おう吾輩誇りの角に文句があるなら言ってみろ」

 

 

苦笑いしながら角を見てくるルイにラプラスが睨み返す。

当然ながら大きく立派なラプラスの角はフードを被るくらいじゃ隠せるはずもなし、街に入るのは困難だろう。

ルイだけが街に入るのもありだが、せっかく数週間ぶりに見つけた文明圏。

ラプラスもそこを観光…視察してみたいという気持ちでいっぱいだった。

 

 

「…よし、ルイ。街行って出来るだけデカイ帽子買ってこい」

 

「…え?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ヨシ!」

 

「何がヨシ!なのよ…」

 

 

マッシュルームのように膨れ上がった特徴的な帽子は確かにラプラスの目立つ角を隠せてはいるが、これがいかにも屈強な大男ならばともかく、明らかに体格小さな子供があまりにもバランスの悪い帽子を被っている様はなんとも不釣り合いで逆に悪目立ちしていた。

ルイは自分が選んで買ってきたとはいえ、改めてラプラスが被っているところを見るとそのあまりのシュールさにげんなりとする。

 

カラスはそんなふかふかとした帽子の上にちょこんと座っていて、それが余計に周囲の注目を集めている気がしないでも無い。

 

 

「多少変な目で見られても差別的なものよりかはマシだろ。さっさと用を済ませるぞー」

 

「はぁ…ええと、地図と食料と日用品と…着替えも買えれば良いかな。私はそんなに持ち合わせが無いけど、ラプはお金持ってるの?」

 

「過去に魔族が魔界に押し込められた時、連中は何も身一つだった訳じゃない。当時現世で使われてた通貨はその後魔界でも使われて、発行もされてたんだ。そしてこの通貨の歴史は古く、今も使われてる…つまり魔界で稼いでおけばそのままこっちでも使えるってわけさ。幸い硬貨の製造方法は昔と…そして魔界のと変わってないみたいだし、精査も甘いし偽造だとか言われることは無いだろうな」

 

「へぇ…そうなんだ。どうやって稼いだの?」

 

「世の中にはな…知らなくて良いこともあるんだぜ…?」

 

「何それ怖…」

 

 

ジャラジャラと音のするパンパンに詰まった皮袋を手の上で跳ねさせ悪い顔をするラプラスに、ルイは余計な詮索はしないことを決意した。

 

 

「とはいえ持ち出せる分にも限りがあったし、そのお金関係の工面もしないとだな。宝探しでもしてみるか?」

 

「普通に働いてみるのはどう?もしくはいっその事強盗とか」

 

「お、人の荷物狙って襲いかかってきた奴の言うことは違うな」

 

「照れるじゃない」

 

「褒めてねぇよ」

 

 

悪戯っぽく微笑むルイにラプラスがツッコミを入れると、帽子の上のカラスも一緒になって『カァ』と鳴いた。

 

特に話題も無くなった二人は、店を探しては目的の物を買い揃え、ラプラスの大きなリュックに詰め込んでいく。

大きな帽子にリュックまで膨らんでくると、もう訳の分からない不審者の出来上がりだが必要なものを全て揃えた二人は街の中にある丘の上で一息着くことにした。

 

 

「え〜と…あ、この辺黄金国の国境付近なんだ」

 

「っていうかお前結構長く旅してそうなのに土地勘ないんだな?」

 

「まあ、普段人の街には寄らないしね。獣王国じゃあ、こっち側の地図は中々手に入らないの」

 

「ほぉ、やっぱりあそこの出身か。黄金国とは長年戦争が続いて大変だったろう。旅に出たのはそれが関係してんのか?」

 

「いや、単に私の趣味…と言えば良いのかは分からないけど、情勢がどうなろうとこうして放浪してただろうことは間違いないかな」

 

「ふ〜ん?何でも良いが…方針でも決めるとするかぁ」

 

 

ルイが持っていた地図を横から掠め取ったラプラスは適当に座ると、コンパスと地図を照らし合わせ地図に何かを書き込みながら何かをブツブツと呟いていた。

その様子が気になったルイは後ろから地図を覗き込む。

 

 

「…それは?」

 

「土地の詳細だ。この前まで吾輩達が歩いてきた道のな。あと、見える限りの高低図、地域の植生、生息してる動物、虫、等々…」

 

「…随分旅慣れしてるのね?」

 

「こっち来る前は魔界でさんざん練習してきたからな。世界征服は地道な努力の積み重ねからだ。吾輩だってそこまで馬鹿じゃない」

 

「だからといって地味であることに変わりは無いけど…それにあんまり意味あるかも分からないし」

 

「そりゃそうだが…そういうお前はどうなんだ?それなりに旅してきたなら知識とか身に付くもんだろ」

 

「まあ多少のサバイバル知識は…でも薬学とか医療方面は得意じゃないから道中体調崩したら大変だよ?」

 

「同じく。まあ吾輩は風邪なんて引かねぇからなぁ。健康優良児だ」

 

「そりゃラプは風邪は引かないでしょうね」

 

「ハハハッ…おいどういう意味で言ったコラ」

 

「冗談冗談」

 

「ったく…けど、やっぱ専門知識とかある頭の良い奴どっか居ないもんかね。吾輩は天才だし想像力は豊だが、やっぱ世界征服ってのは作戦立案したりメカニックやら怪しい薬やらの悪の科学者!組織の参謀、頭脳担当が必要だと思うんだ!」

 

「そんな人材が都合良く転がってたらとっくにどこかしらの組織に引き込まれてるでしょうけどね」

 

「だよなぁ…」

 

 

最終的な目標は決まっているとはいえ、そこまでの過程をどうするかで揃って首を傾げる二人。

と、そこに風に乗って丁度よく飛んできた新聞紙がラプラスの顔を直撃した。

 

 

「…」

 

「あら思ったよりリアクション薄いね」

 

『カァ』

 

「おいカラス馬鹿にしたな?流石に分かるぞ…ったく、捨てたのか間違って飛ばされたのか知らんが気を付けろよ…ん?」

 

「どうしたの?」

 

「…ちょっと見てみろ」

 

「?」

 

 

顔から引き剥がした新聞紙に目を落としたラプラスは、暫く読み進めてピタリと止まる。

疑問に思ったルイが促されるままに新聞を受け取り読むと、ラプラスが何に反応したのかに気が付いた。

 

 

「『指名手配欄』…『濃霧の月夜の殺人鬼(シリアルキラー)』、『桜の都の夜叉(ナイトメア)』、『獣王国の狂気の科学者(マッドサイエンティスト)』…え、これ勧誘するつもり?」

 

「なんなら全員良さげだ。新聞は最近の、つまりまだ捕まってないんだろう。黄金国で出回ってる新聞だから、全員この国に潜伏してるはずだ。良いな…騎士団より先回りして見つけに行くか?」

 

「態々指名手配されてるってことは相当な危険人物でしょ?大丈夫なの?」

 

「初対面での危険度ならお前も負けてないから安心しろ」

 

「まあそうか」

 

 

さもありなん、と納得するルイを他所に、ラプラスは早速支度を始めた。

新聞から細かい情報を読み取り、各自が潜伏していそうな場所、或いは目撃情報が上がっていた場所を地図に書き込み、追跡の準備をする。

 

 

「どうせ吾輩達は悪党だ。この先やること考えたらその内指名手配される側になるんだろうし、犯罪者だろうが引き入れても変わんないさ」

 

「追われることになるのは大分面倒だとは思うけどね」

 

「上等!全部返り討ちにしてやらぁ!」

 

 

悪党を追い詰める正義が現れるのは、世界征服の醍醐味だとラプラスは思う。

あらゆる障害、困難に阻まれながらも、それらを打ち砕いてこそ世界を手に入れた時の達成感は膨れ上がるというもの。

邪魔も妨害も望むところのなのだ。

 

 

「さて、足取りが掴めそうなのは…都合良く存在が知れたマッドサイエンティスト!頭脳担当捕まえに行くぞ!」

 

「え〜、ラプの推測だとここから北西に210kmくらい…工業都市の近くに潜んでると。普通に歩くと数週間かかるかな?」

 

「馬車でも捕まえられりゃあ良いんだがな。工業都市に一旦着いたら少し休んで、その後直ぐに足取りを追うとしよう。しかし工業都市か、空気悪そうだな」

 

「獣王国の工業地帯とか空気が終わってるからそっちに比べればマシだと思うけど。あの侵略国家は戦争のことしか考えないから武器ばっか作って…」

 

「ハハッ、そう思うと魔界がどれだけ平和だったか…平和…だったかなぁ…」

 

「自分で言って自分で疑問持たないでよ」

 

「ちょいちょい火柱が上がったり魔法災害が起きたりパンデミックが起きるくらいだから」

 

「それなんて世紀末?」

 

 

そんなこんなで目的の人物が遠くに移動する前に近付くため、早々に街を出た二人。

出る前に買った焼き鳥をつまむラプラスがカラスに突っつかれたり、同じく焼き鳥を食べるルイに「えぇ…」といった視線をラプラスが向けたりとしたことがあったがここは割愛。

 

幸い種族的にも体力のある二人は一日中歩き続けることは苦ではなく、かなりのペースで移動が進み早2週間ほど。

水の補給の為湖で取れた水を煮沸しながら休憩していた時のこと。

 

 

「…ん?」

 

「…気付いたか?」

 

「えぇ、いるわね」

 

 

焚き火を囲みのんびりしている所に、何かの気配を察知した二人はそれぞれ槍と鞭を構えた。

ラプラスの頭の上で寝ていたカラスも異変を察知するとパタパタとどこかへ飛び去り身を隠す。

 

 

「こんなこと前にもあったな…お前の時か」

 

「いつまで擦るのその話。もう良いでしょ…」

 

「別に恨んじゃねぇしむしろ良い思い出話さ。思い出くらい語らせてくれ」

 

「水に流しときなさい。後ろの湖にでも放り込んどいて」

 

 

軽口を叩き合うが、その最中も警戒を切らすことはせず。

やがて近くに居た”何か”の気配が離れていくのを感じると、やっと二人は気を緩めた。

 

 

「なんだったんだ?」

 

「生き物っぽい気配では無さそうだったね。絡繰の類かな?」

 

「新聞でもそれっぽい目撃情報が上がってたが、絡繰…つまりロボットか?となると…ハハッ、さっきの奴の足跡でも追ってみるか。もしあれが遠隔操作されてるロボットだとして、動かしてた奴はまだ遠そうだが探査範囲は中々広そうだ。最悪近づこうとしたら攻撃されるかもな」

 

「じゃあ、どうするの?」

 

「決まってんだろ…強行突破だ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれ…魔族、だったよね?一緒にいたのは多分有翼の獣人…同郷だったりするのかな?」

 

 

薄暗い部屋の一角で、壁掛けの大量の液晶、その一つに目を向ける桃色髪の少女が一人。

その頭部には特徴的な耳が揺れ、彼女が唯の人間でないことを示していた。

 

 

「旅人っぽかったけど…騎士団じゃないなら問題ないかな?はぁ驚いた…なんか私のロボット見られてたみたいだし。騎士団が当たりをつけて捜索に来る前に移動しようかな?せっかく大きく作った基地なのに、放棄するのは惜しいなぁ…籠城出来るかなぁ…」

 

 

独り言を続けながらも少女が手元の機械を操作すると、複数の液晶が映す画面が同時に動き、それぞれが独立したように移動を始める。

少女は画面を監視しながら湯気の立つコーヒーを一啜りすると、グッと伸びをして大きく息を吐いた。

 

 

「にしても…1人は好きだけど、暇だなぁ…なんか面白いことでも起きないかなぁ…」

 

 




設定資料:世界観
様々な文明が1つの大陸に散らばる歪な世界。
木造建築が主な和風の里があれば、機械工業が栄える近代都市、剣と弓を掲げる中世風の街、森林の中にひっそりと佇む隠れた村落、空に浮かび魔法的な技術が発展した神秘の島など、文明レベルは多種多様。
種族も同じく様々だが、他種族同士では仲がよろしくなく、特に魔族等は魔界と呼ばれる異世界に押し込められている。
ちなみに大陸では黄金国、獣王国と呼ばれる二つの大国が双璧と呼ばれる一大勢力を築いており、覇権を争って戦争していたりする。


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時代を先取るtechnology

 

「ここが工業都市か。やっぱり公害が酷そうだな」

 

「初めて来たけど獣王国よりは全然マシ。嫌なら布巻いておきなよ」

 

「うい」

 

 

森で不思議なロボットらしきものを感知してから数日。

ラプラスとルイは黒煙を上げる煙突が伸びた大きな建物が立ち並ぶ黄金国の工業都市に到着した。

その環境の悪さからか一般人の居住区はほとんどなく、働いている人や街を巡回する衛兵達の寮が幾らかある程度。

そもそも観光スポットでもなければ他の街からかなり離れているこの街に旅人が訪れるのも不自然だろうが、情報収集の為に二人は街へと乗り込んだ。

 

勿論、ラプラスは以前と同じくアンバランスな大きな帽子を被り、ルイもマントとフードで翼を隠している。

なお空気の悪さに慣れているルイはともかく、ラプラスは布で顔の下半分を覆っている。

 

 

「大丈夫か?聞こえにくかったりしない?」

 

「ちょっとくぐもって聞こえるけど…まあ聞き取れるかな。それで、どうするの?」

 

「悪の組織らしく行こうぜ。吾輩的には性に合わんがこっそり潜入でもするか。目撃情報が上がってから結構経ったし、騎士団も足取りを調べてるはずだから…」

 

「なるほど。じゃあ狙うのは駐屯基地ね」

 

「そゆこと。捜査資料でも残してくれてりゃあ良いな。最悪なくとも今後の為にこの国の情報は引っこ抜いておきたいし」

 

「ちゃっかりしてるなぁ…まずは立地の把握から始めよっか。あそこの1番大きい建物の傍にあるのが多分目的の駐屯基地で、そこまでのルートは─────」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よし、行くか」

 

「うん…っていうか隠密行動するなら帽子とか逆に邪魔じゃない?」

 

「…よし、行くか」

 

 

指摘され無言で帽子をリュックに詰め込んだラプラスは、一度大きな荷物をその辺の茂みに隠すと、今度こそ気を取り直して都市に足を踏み入れた。

都市内は金属や燃料等の特有の異臭や、健康に影響しそうな空気が漂っていてとても人が生活出来る環境とは思えない。

一応都市周辺の植物には所々禿げている場所はあるが、思っていた程影響は出ていないようだったので有毒性はあまりないのかもしれないが、喘息を抱えてしまいそうだ。

 

だからか遠目に見える作業員と思われる人は皆顔全体を覆うマスクをして働いていた。

巡回し見張りを行っている兵士も同様、しかしそのマスクのお陰で視界が狭まっているのか、隠密行動をするにはうってつけのザル警備だ。

 

 

「…ここまで見たのは”兵士”だけか。”騎士”は見つけたか?」

 

「まだ見てないね…主要な工場が集まってるから騎士団は常駐してると思ってたけど…」

 

 

さてここで話は変わるが、この黄金国において”兵士”と”騎士”が存在するが、何が違うかと言えば単純に戦力としての強さだろう。

兵士は徴兵により集められたものから職業として国に帰属し街の警備や戦争での戦いに駆り出されたりしていて、その総数は黄金国の総人口8000万人の内120万にも登る。

対して、騎士とはこの国では”白銀騎士団”を指し、その練度も所属員の才能も兵士とは桁違いに優れており、文字通りのこの国における最精鋭。

黄金国を強国たらしめる要因であり、騎士団の総数は5000程度と兵士に比べれば遥かに少数だが、その人数だけで十数の小国からなる連合軍を淘汰するに十分な武力を誇る。

 

故にこの2人をもってしても警戒するに値し、世界征服を目指すラプラスにとって最大の障害の1つとなるだろう。

 

 

「それにしてもラプは現世に来るまでずっと魔界にいたって聞いたけど、魔界の方でも騎士団の強さは知れ渡ってるの?」

 

「まあ案外情報は伝わってくるんだよな。現世と魔界を行ったり来たりしてる魔女がいてな、ソイツが新聞とか雑誌をばらまいていくんだ」

 

「そう簡単に行き来出来るようなものじゃないと思うけど…」

 

「魔界の住人も大概何でもありだからなあ…っと、見えてきた。あれが目的の基地か。どうだ?」

 

「ん…やっぱり騎士は見えないか…」

 

「おっけー、じゃあさっさと情報をかっさらってこっちが先に見つけるぞ」

 

「でも流石に兵士は多いから、一応慎重にね?」

 

「へいへい。カラスのこと頼んだぞ〜」

 

 

ルイからの注意に軽く返したラプラスは頭の上に乗っていたカラスを預け、小柄な体躯を活かしてちょこちょこと物陰を移動しながら見張りの兵士達の目を掻い潜って基地に近づいて行く。

やはり角が邪魔になってそうな感じは否めないが、基地を囲む無機質な塀にまでなんとか到達し、塀の上まで跳躍して飛び乗った。

 

 

「建物の中は…あそこからなら入れそうだな」

 

 

ラプラスは基地の構造と見張りの位置を確認すると、身軽な動きで基地の壁まで跳んで突起に足をかけ張り付き、適当な窓まで移動する。

窓は締め切られ鍵がかかっているようだが…

空間から引き抜いた槍を窓に押し当てると、そこから魔力により発生させた高熱で窓を溶かすという荒業で鍵を突破した。

開かれた窓から中に入り、人がいないことを確認して一度小休止を取るラプラス。

 

 

 

「資料室とか見つけられるか…?もしくは会議室でもあればそっちに置いてる可能性も…まあ虱潰しにやりゃあ良いか」

 

 

鋭い感覚を頼りに、周囲の人間の気配を探っては見つからないように部屋を渡って書類を漁っていく。

そんな作業を繰り返し、早12番目の部屋に辿り着いた時。

 

 

「…お?これはビンゴか?」

 

 

見つけたのは大きな机と幾つもの椅子、そして机の上に複数の書類が置かれた部屋。

書類の内容は…『潜伏中の指名手配犯について』

十中八九現在ラプラス達が探している人物のことであり、内容と日付から既に騎士団と兵士が共同で捜索に当たっているようだった。

 

 

「捜索範囲は…なるほど?もう捕まってたら諦めるが、基地の騎士が全員出払ってるのを見るとそうでも無さそうだな。どっちが先に見つけられるか競走と行こうか。となると…」

 

 

適当な書類を懐に仕舞ったラプラスは、再び槍を取り出して部屋の窓に向ける。

そして槍の先端が淡い光を持つと、次の瞬間に放たれた眩い紫電が窓を、周囲の壁ごと抉りとり、空を紫に染め上げる。

 

 

「っ…!何だ!敵襲か!」

 

「上の階だ!探せ!」

 

「獣王国の工作員でも来たか!?念の為王都に調査団と応援を呼べ!」

 

 

 

 

「ふふっ、んじゃ暫く混乱しててくれ」

 

 

当然明らかに目立った行動は今まで掻い潜ってきた兵士達も知覚するが、時既に遅し。

目的を達したラプラスは壁の穴から素早く建物の屋根に飛び上がると、そこに飛行してきたルイの手を掴み、そのまま建物から離脱した。

 

 

「やたらめったら騒がしい合図を…もう少し控えめにやれなかったの?」

 

「あれだけ派手にやりゃ暫くは街から増援は来ねぇよ。最悪騎士団とぶつかることも考えたら少しでも相手を減らした方が良い。ほら、さっさとこんな空気が悪い街からずらかるぞ」

 

「全く…本当にラプがやる事なす事面白いなぁ…場所は?」

 

「んーと、北東だな。騎士団の捜索範囲は半径20km圏内。ずっと空飛んでると流石に見つかるから森で一旦降りて、そこからは地上をくまなく探索するしかないな。まあ騎士団の読みがあってればの話だが、一から調べるよりか楽だろ」

 

「了解、急降下するから舌噛まないようにね」

 

「おう…おおおぉぉぉ!?」

 

 

宣言通りの急降下、ほぼ落下とも言える高速の直角降下にラプラスが叫び声を上げるが、それを気にせず一帯を覆う木の葉の天蓋に突っ込んだルイは、慣性の法則もびっくりな急制動で地面に直撃する前にぴたりと止まって見せた。

それを小柄とはいえラプラスという重りを抱えた状態でやってのけるのだからとんでもない。

ちなみにカラスは少し遅れながらもちゃんと並走してきている。

 

 

「うぇ…酔うかと思った…もうちょっと乗員に気遣えよ」

 

「抱えて飛ぶことを発案したのはラプでしょ?私は止めたのに食い気味に来るから、自業自得だね」

 

「だって1回空飛んでみたかったんだもん…良い機会だと思ったのに…」

 

「はいはい、今度暇な時に何時でも飛ばしてあげるから…今は例の指名手配犯の探索でしょ?」

 

「ああ…っし、騎士団とはなるべく鉢合わせ無いように動き回るぞ。もし見つけた時点で捕まってたら取り敢えず横からかっ攫ってみる。無理そうならそこまでだ。せっかく初めて出来た部下をそうそうに失う訳にはいかないし吾輩もとっ捕まる気は無い。無理はしないぞ」

 

「了解」

 

 

詳細を詰めた2人はそれぞれ辺りの気配を探り、標的を捜索し始めた。

ラプラスは天性の勘の良さで、ルイは獣人特有の優れた感覚で、この森林の違和感を掴み取ろうとする。

 

あの工業都市から排出されるガスは確かに有毒性はほとんど無いようだが、すぐ側にあるこの森林の草木が少し禿げ上がってはいるがあまり影響を受けていないのは何故か。

それはこの森林を隠れ蓑にしている何者かが、何かしらの手段で保全してるからではないだろうか。

噂に聞く科学者ならばそれを可能にしてもおかしくは無い。

 

ならばある筈だ。

森に紛れる隠れ家が。

 

 

「…っ!ラプっ…」

 

「分かってる、少し隠れるぞ」

 

 

探している最中、ルイがラプラスを腕で制した。

その要因に目を向ければ、そこに居るのは重厚な銀…言い方を合わせるならば白銀の鎧を纏った集団。

数は確認できる限りで8人、それ以外の兵士の姿は見えない。

 

 

「…見つからんな。本当にここら辺で合ってんのか?」

 

「工業都市の作業員が件の科学者が開発したと思われる絡繰を目撃したそうだ。遠隔操作で遠くから送ってきてたのならばお手上げだが、手がかりだけでも見つけねば」

 

「それに何より、捜索範囲を絞ってくれたのは団長だ。あの方の化け物じみた勘の鋭さは良く知ってるだろう。あの方がいると言うならばいると思って行動した方がいい」

 

 

茂みに隠れながら、騎士達の話に耳を傾ける2人は、声を小にしてその内容をまとめていた。

 

 

「向こうは確信を持ってるわけでは無いのか…外れ…の可能性もあるか?いやでも…」

 

「団長って、あの団長でしょ?先代白銀騎士団団長の一人娘」

 

「女の癖に騎士団の長をするなんてー、とか余りいい評判は聞かんがな」

 

「というか白銀騎士団は武力こそあれど政治的な立場はかなり低いからね。あの強さの連中に政権まで持たれたくないんだろうけど、それで軽んじてる人がいるのも事実。でも騎士団内では端麗な容姿とかその人格から人気があるらしいけどね。そして彼女の歴代でも群を抜いた力が騎士団のレベルを底上げしたというのも、また事実」

 

「文字通りこの国の英雄様って訳か。敵に回したくねーけど、いつかバチコリやり合うんだろうなぁ」

 

「着いてくって決めたから付き合うけど、やる時はちゃんと作戦くらい立ててよね?」

 

「任せとけー。まあ吾輩だけで考えるつもりは無いけどな。その為の仲間集めだ。行くぞ…カラス、ちょっとアイツらの邪魔してこい。ウザがられて撃ち落とされない程度で良いからな」

 

『カァ!』

 

 

ラプラスの指示にやけに生意気な返事を返すと、大袈裟に羽根をばたつかせたカラスが騎士団の頭上で木の葉を揺らし始めた。

 

 

「…おい、なんかいるぞ」

 

「落ち着け、ありゃあただの鳥だ。カラスか?あんな臭い都市の近くに住めるとは流石の生存能力だな」

 

「言ってる場合か!煩くて堪らん!」

 

「鳥類にムキになんなよ。大人気ねぇー」

 

「なんだと貴様!」

 

 

 

「よし、今の内」

 

「あの人達意外とアホだったりするのかな…?」

 

 

騒ぎ散らかして騎士達の集中力をカラスが奪っている内に、森林を駆け抜けて目標を探すラプラス達。

しかし、いくら探し回っても見つからない。

一応、地図に書かれていた騎士達の巡回ルートを探しているので、彼らが、或いはラプラス達が見落としているのでは無い限りはもう探せる範囲はそう広くない。

 

 

(…いや、何か思い違いをしてるのか?森の隠れ家、科学者の根城…潜伏の為の秘密基地、シェルター…もしかして…)

 

 

その気付きに思い至り、ラプラスはもう一度騎士団が作っていた地図を見回す。

足を止めたラプラスに訝しげな視線を送るルイだが、取り敢えず共に地図を覗き込んでいると、暫く見ているうちにその違和感に気が付いたようだ。

 

 

「…森が禿げてるところは、騎士団の巡回ルートに無い?」

 

「そして吾輩達もそこは探していない。今の今まで森で建物を隠しているのかと思ってたが…多分、科学者の隠れ家は地下だ。それなら、木のない平地にも入口を置ける。そして、探しに来たやつは森の中に隠れてるもんだと思って目立つ平地は探さない」

 

「…木が禿げてる場所は見たところ七箇所、この数なら直ぐに回れるね」

 

「ああ、だがその分捕捉もされやすい。騎士団にも…身を潜める科学者にもな。監視カメラってやつだったか?あれでもあれば一発アウトだ」

 

「だとしても行くしかない、でしょ?」

 

「その通りだ」

 

 

考えに至った2人は直ぐに行動を開始した。

まずは直近の木の禿げた平地、その地面を探る。

足元の土を蹴飛ばしたり地面に耳を当て地下の空洞を探るが…ここの近辺には無さそうだ。

勿論この間2人を隠してくれる木は周辺には無く、姿が丸見えになるため騎士達の動向にも注意を払わなければいけない。

 

次の平地も同じように探り、見つからない。

次も同様、その次も同様…

もしこれで見つけられないならばお手上げだが…そうして見つけた5番目の平地。

 

これまで同様騎士達に警戒しながら地面の土を蹴っていたラプラスは、足元に硬い感触を感じた。

 

 

「…!ははっ、ビンゴだ!」

 

 

薄くだが土に覆い隠されていたのは、中々分厚そうな金属の扉。

金庫を思わせる重厚な造り、多少の爆撃を受けてもビクともしないであろう堅牢さだ。

それはこの扉だけか、或いはこの地下の隠れ家全体が覆われているのか、そもそもどうやってこの国の人間の目を掻い潜ってこんなものを造ったのか、或いは初めからあったのか…疑問は尽きないが、今するべきことは一つ。

 

 

「開く?」

 

「勿論開かねぇ。だったらぶち破るしかねぇよなぁ!騎士が来るだろうから暫く足止め頼んだぞ!」

 

「ちょっと自信ないけど、任せてよ」

 

「しゃあ行くぞ!離れてろよ!」

 

 

本日何度目か、ラプラスは空間に空いた漆黒の孔から得物とする三又の槍を抜き放つ。

紫電を纏い、妖しく発光する槍の先端が扉に向けたれた。

迸る紫電と暴力的なまでに膨れ上がる魔力が光を奪い辺りが薄暗くなり始め、溜まったエネルギーはただ純粋な”破壊”として放出される。

 

 

 

 

『─────────!!』

 

 

 

 

世界から一瞬音が消えたかのような爆音、次の瞬間に吹き荒れる暴風。

木々を揺らし土煙を立ち上げ、空間が震えたかのように錯覚する大爆発。

 

地面には大きな穴が開き、その奥には機械的なものが大量に見える広大な縦穴が広がっていた。

 

 

「行ってくる!止めきれなそうだったら降りてこい!」

 

「そっちも、気を付けて!」

 

 

縦穴に降りたラプラスを見送ったルイは、直ぐに駆け付けてきた騎士達に向き直る。

警戒と共に、その手に背中に担いでいた弓と矢を握り締めて。

 

 

「…先程の紫色の発光を伴った爆発、都市からの連絡でも同じような爆発を確認したらしい。貴様がやったのか?」

 

「さあ?どこかのバイソンが力んだら光っちゃったんじゃない?」

 

「チッ、獣王国の工作員か?何が目的だ!」

 

(問答に付き合ってくれるなら時間稼ぎになる…けど…)

 

 

彼の騎士団がことさら戦闘による駆け引きにおいてはそんな阿呆では無いことは重々承知している。

ここに見える騎士の数は7人、ではもう1人は…話している最中に背後から飛んできた矢をノールックで回避したルイは、即座に反転し飛んできた方向に矢を打ち返す。

 

飛んでった矢は潜んでいた騎士に迫り、そして簡単に剣で打ち払われる。

 

 

「…投降しろ。そうすれば…色々条件は付くが、身の安全は保証してやる」

 

「やだね。私捕まりたくなんか無いから、しっかり抵抗させて貰うよ」

 

「そうか…可能なら生かして確保しろ!抵抗が続くようなら殺して構わん!」

 

 

この小隊の隊長と思われる人物の指示を受けて、控えていた騎士達も構えを取った。

対してルイもまた弓を背負うと、鞭とサバイバルナイフを構えて抵抗の意を見せる。

 

 

(頼んだよラプ…いつまでも止められないからね…)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

巨大な円形の縦穴、人の手で作ろうとすればどれだけの時が必要になるのかも分からない広大な空洞、壁に埋め込まれた電子基板等の回路。

見たところエレベーターのようなものが上下するための壁の溝はあるが、今はそれが降りているのかラプラスは仕方なく壁にある溝や突起を上手いこと足場にして縦穴を降りていた。

 

直下は薄暗く壁の回路の光が僅かな光源となっているだけだが、それを頼りになんとか降下して数分。

ようやく足を落ち着けられる地面に降り立った。

 

 

「ったく、建造にかかった時間も気になるが、どんだけの技術者ならこんなもの造れるんだか…なあ、そうは思わないか?犬っころ共」

 

 

様々な機材や廃材、よく分からないロボットのようなものが立ち並ぶ格納庫の様な場所を歩いていたラプラスの前に立ちはだかったのは、30は超える大量の犬のようなロボット。

目に当たる部分はその敵意を表しているかのように赤い光を灯していて、威嚇するかのように『ギギギギ…』と金属が擦れるような音を鳴らしている。

 

 

「よう、見えてるか?自動で動いてんなら馬鹿らしいけど、見てるやつがいるならよく聞けよ───

 

 

 

 

 

 

───お前を引き抜きに来た。世界取りたいから力貸せ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何あいつ…私のラボの入口吹っ飛ばした挙句変なこと言って…けど、ふふっ…ずっと隠れてたから警備ロボの実戦は初めてだし…この機会にデータでも取ってみようかな」

 

 

犬型…否、コヨーテ型警備ロボット『guardian 三式』に搭載されたカメラを通して侵入者を睨みつけるのは、隠れ家の主。

ラプラス達の尋ね人…かつて作り出した発明品により起きた事故によって、国を追放され追われる身となった科学者。

 

 

「ボクの…こよの研究の、いい実験台になってよね、おバカさん♡」

 

 

『WANTED 狂気の科学者(マッドサイエンティスト) 博衣こより』




設定資料:黄金国
本作の舞台となってい大陸で、獣王国と双璧を成す大国。
圧倒的な人口と支配下に置く領土の広さ、国内の豊富な鉱産資源から科学・工業技術の発展にも力を入れている。
獣王国とは常に戦争状態で、現状大きな衝突は無いものの日々小競り合いが続き両国共に段々と消耗しているという状況がここ数十年続いている。
黄金国の強さの背景には100万を超える兵力の中でも精鋭中の精鋭である『白銀騎士団』が要となっており、5000人程度からなる騎士団だが個々の武力は圧倒的で、特に現団長を務める先代団長の一人娘は大陸有数の力を誇り、歴代最強の騎士と名高い。
黄金国よりも科学技術が発展し近代武装をも戦力として運用する獣王国が黄金国に決定打を打てないのは、一重に騎士団、そして団長である彼女の存在故と言っても良い。
但し、その武力の高さから権力までをも持つことを恐れた王政が意図的に騎士団の政治的権力を弱め、政治への介入を妨害している。
その一環として、国民からの支持が騎士団に集まらないように国が騎士団の悪評をヘイトが溜まりすぎない程度に適度に民草に流布していたりする。


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機械仕掛けのlaboratory

 

地下深くの巨大施設。

いつどうやって建設されたかも分からないその巨大構造物の中で、ラプラスは襲い来る無数の犬のような四足歩行の警備ロボを迎え撃っていた。

丁度今槍で串刺しにした機体を放り捨て、しかし臆することなく襲いかかってくる連中にいい加減辟易としていた。

 

 

「チッ…キリが無いな。体感100はもう壊してんだろ!」

 

 

最初にラプラスが見た時、警備ロボットの数は30体程だった。

しかしどれだけ破壊を続けても一向に攻めては緩まず、数もまるで減っている気がしない。

流石におかしいと思って戦闘中に破壊した機体の様子を見ていると、何体かの警備ロボットが壊された機体の残骸を回収し、どこかへ運び去っていた。

そして、しばらくすればどこかからか警備ロボットが追加される。

 

 

(まさか、回収したのを直して送り込んできてるのか?だとしたら直すのが随分早いが…)

 

「…っおわっと!?」

 

 

ラプラスに向けて口に当たる部分を開いた警備ロボットはそこから銃口を出現させると、弾丸を連射した。

咄嗟に射線から逃れたラプラスだが、他の機体も同様に弾丸を放ち弾幕を作り上げ逃げ場を奪っていく。

 

 

(段々こっちの動きを学習してる…時間をかけるほどこっちが不利か?)

 

 

警備ロボットの動きは徐々に機敏になり、連携も取れ始め、最初は噛み付いたり体当たりしたり程度しか攻撃手段を持っていなかったのに、壊して復帰してくる度に銃やブレードなどの新たな武装を装備してやって来る。

ラプラス自身の動きの癖等も把握しているのか、少し隙を見せるだけで重い一撃が飛んでくる。

 

 

「…はっ、だからどうした!こんなもんで吾輩を止められると思うなよ!まとめてスクラップにしてやる!」

 

 

ラプラスの獰猛な笑みに合わせ、槍が紫電を纏い激しく瞬く。

そして横薙ぎに槍が払われれば、広範囲に放出された魔力の弾幕が正確に警備ロボット達を撃ち抜いていく。

復帰してくる度に強度も上げてきていた連中も、その圧倒的な物量に打ちのめされ次々と沈黙し、遂に目に見える範囲の機体は全て大破した。

 

 

 

「全部壊れれば回収できないだろ!」

 

 

勝ち誇るラプラス。

しかし、次の瞬間部屋の警報装置が鳴り、どこかで大きな機械が駆動しているかのような音が響いた。

息付く暇もなく現れた新手に再び警戒するラプラスだが、衝撃音と共に目の前に降ってきたのは、人型のロボット。

大きな鎧のような外見のそれの隙間から中を見ることが出来るが、奥に回路や装置の光が見えるだけで人は入っていない。

無人のパワードスーツといったところだろうか。

 

そんな新たに現れたロボットは、右腕を前に突き出すと手首から銃口が伸び、ラプラスに向けて長い金属の杭が発射された。

咄嗟に回避したラプラスだが、杭が飛んで行った先を見ると射線の直線上にあった資材や装置等の金属製物体をまとめて貫いて奥の壁に突き刺さっている。

 

 

「…上等だ、本気で吾輩とやり合おうってんならせっかく作ったロボット全部ガラクタにされる覚悟をしとけよ!」

 

 

再び槍が横薙ぎに払われ、今度は鋭い紫電がロボットを穿とうと放たれる。

しかし、ロボットは左腕を前に出すと機体の正面に半透明の六角形がセル状に集まったようなバリアが展開され、紫電を弾き返した。

 

 

「っ!?物理的な障壁じゃ防げない筈だから…高密度のエネルギーの結晶体か?」

 

 

そんな問に答え合わせをしてくれる訳でも無く、今度はロボットの背中から展開されたアームの先に搭載された砲塔が狙いを定める。

一瞬発光した後、打ち出されたのは不可視のエネルギー弾。

それを勘で回避したラプラスは反撃に魔力の弾幕を放つがそれらもシールドで全て阻まれてしまった。

ロボットは続けて背中の砲塔と右手の杭を放つ銃口、さらに目にあたる部分からレーザーまで放ち、執拗にラプラスをつけ狙って攻撃する。

 

逆に攻撃を全て防がれてしまうラプラスは、それらの攻撃から逃げ回ることしかできずジリ貧となっていた。

 

 

(あのバリアも無敵ではないと思いたいが…それに、さっきの犬っころ共の学習を引き継いでるのか?癖を読まれてる感じがする…)

 

 

しかしなんにせよこのままされるがままであるはずも無く、分析と考察を重ね目の前の障害を排除する方法を模索していく。

上ではルイが騎士達の足止めをしている筈だが、それも何時まで持つかは分からない。

ルイは確かに強いが、白銀騎士団に所属する彼の最精鋭を8人も抑え込めるほど圧倒的では無いだろう。

或いはそこにラプラスがいれば突破は可能だが…

 

 

「…なんにせよ、時間が無いんでね。その巫山戯た人形遊びもそこまでにしとけよ!」

 

 

苛烈な攻撃を仕掛けるロボットに対してラプラスが選んだのは、突貫。

ロボットに搭載されたカタパルトから発射されたミサイルを飛び退いて避け、壁に着地した瞬間にそれを蹴ってロボットに向かって突っ込む。

急激に間合いを詰められたことに動揺するでもなくロボットは淡々と左腕を前に出し、バリアを展開する。

 

しかしラプラスはバリアに衝突する寸前、槍を地面に叩きつけ、その反動で放物線を描いてロボットの頭上を通過、そのまま背後を取った。

 

 

「強度テストでもしてやろうか?」

 

 

咄嗟にロボットが振り向こうとするよりも早く、投擲された槍がロボットを貫く。

それだけでは飽き足らず、槍から溢れた激しい紫電が内側をも焼き尽くし、ロボットは黒い煙とバチバチと回路がショートする音を立てながら崩れ落ちた。

 

残骸から槍を引き抜いたラプラスは、ロボット達が塞いでいた扉を槍からの魔力の奔流で吹き飛ばすと、その奥へ目指して駆けて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぐぅっ!」

 

「詰めろ詰めろ!飛ばせるなぁ!」

 

「射線に入らないようにしろ!連携を崩すな!」

 

 

ラプラスが地下で警備ロボットを突破していた頃、ルイもまた騎士を地下に行かせないよう孤軍奮闘していた。

それなりに戦闘慣れし、獣人特有の身体能力とタフネスを併せ持つルイだったが、それ以上に騎士達の練度が厄介だった。

 

特にこの小隊の隊長と思われる騎士が司令塔の役割を果たし、特殊な鞭による広い間合いと変則的な攻撃、そして手数を持つルイに対しても彼らの連携で押せ押せの状態だった。

 

 

(何より…後方でボウガン構えてる奴が邪魔過ぎる…!そのせいで迂闊に飛べないし常に位置を気にしなくちゃいけない分他への対処が追い付かなくなる!)

 

 

騎士の数は8人、その内ボウガンを構えルイを牽制してくる騎士は2人。

どちらも周囲を動き周りながら移動砲台として立ち回り、間合いを詰めて襲いかかってくる5人の騎士も彼らの射線を通すように的確に判断して間合いを管理しながら戦っている。

例えばこれが1人2人なら勝利は難しくないだろうが、この人数で連携を取るこの練度の騎士を相手にすることがどれだけ難しいことかをルイは実感していた。

少しでも油断すれば、そこから一気に切り込まれて瓦解してしまうだろう。

 

 

「ふ、ふふっ!黄金国の騎士様は鳥一匹落とせないくらい狩りが下手なんだね!」

 

「やかましい!騎士は猟友会では無い!国に牙向く害悪を討ち、民が安心して過ごせる日々を守るのが我らの役目だ!害鳥め!」

 

「なら猟友会でも呼んできな、って!」

 

(動きが速い、情報の処理能力が桁違いに高い。この人数の、全員に気を配りながらの立ち回り…一体何者だ?)

 

 

 

煽り合い、売り言葉に買い言葉。

粘り続けてくるルイに小隊長は内心毒を吐く。

ギリギリで戦況が成り立っているのは騎士達も同じ。

少しでも戦況の有利を得ようと互いに相手の隙を誘う為に手段を選ばない。

 

 

(いや、しかし…手配されている科学者は獣人であると聞いているが、有翼という目立つ特徴が挙げられてない以上一般的な獣人の筈。となるとコイツは科学者の従者か何かか?奴が守るようにしているあの穴…十中八九あそこが科学者の潜伏場所だろうが…)

 

 

嵐のようなルイの鞭を捌きながらも冷静に思考を進める小隊長だが、いくら考えたところで答えは出ないだろう。

なんせぽっと出の世界征服を企む謎集団だ。

情報も何も無いのだから考察のしようがない。

 

 

「そろそろキツイかな…ラプはまだ…?」

 

「攻め続けろ!休む暇も逃げる隙も与えるな!」

 

「クソッ、鬱陶しい!」

 

 

騎士達の剣捌きはルイの縦横無尽の鞭をも的確に弾き、人数差もあって着実に間合いを詰めている。

そこに死角からも矢が飛び、その対処に回った瞬間に急接近して斬りかかってくるのをサバイバルナイフで防ぐのもやっとのところ。

また距離を取っても騎士達の連携が着々とルイを追い詰めていく。

 

 

(1人くらい倒しておきたいけど…一当てしたら降りるか)

 

 

ここで逃亡に思考が移ったルイは再び接近してきた騎士に対して防御ではなく、全身を使った抱擁による拘束という選択肢を取った。

 

 

「何っ!?」

 

「おい何してる!引き剥がせ!」

 

「逃がさないよ!」

 

 

仲間を援護しようとボウガンを構えていた騎士が撃った矢は拘束している騎士を上手く盾にして鎧で弾き、ルイの両手が塞がっているうちに近づいてきた騎士達を見て戦いながら場所を移動し、そして辿り着いていたこの位置。

今ルイの後方には底が遥か深くにある穴が広がっていた。

 

 

「追って来れるものなら、追ってみなよ!」

 

「まさかっ!待て!」

 

 

振り払おうともがいていた騎士の首をぐいと引くルイ。

それによって騎士の体勢が崩れて…真後ろの穴に落下した。

騎士と共に落下するルイだったが、途中で抱擁を解き自前の翼で飛行、騎士だけが直下に落ちて地面に激突していた。

 

 

「…ふぅ…引き剥がされないようにするだけで疲れる…肩外れそうになった…ただの人間なのに力強すぎでしょ…あれだけの人間が5000?そりゃ黄金国が強いわけだよ」

 

 

穴の上から見下ろす騎士達に背中を向け、滑空して底に降りたルイは地面に倒れている騎士を確認する。

そしてそこで見た事実に思わず呆れ顔をした。

 

 

「生きてるし…色々骨とかは流石に折れてるけど…あの高さで受け身取れるって正気?」

 

 

トドメを刺そうかとも考えたが、放置することに決めたルイはようやく息をついて辺りを確認し、ラプラスのものと思われる戦闘の跡を辿り、彼女の後を追うことにしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ドン!と、工業都市の地面が揺れ砂塵が舞う。

ミサイルのように着地し地面を粉砕した人物は、白銀の兜の間から覗く瞳を動かし周囲の様子に目を向ける。

そこに、都市に駐屯していた兵士が恐る恐る出迎えた。

 

 

「あ…き、騎士団の団長殿…ですか…?どうしてここに…」

 

「調査団と騎士団の派遣要請送ってきたよね?あれ、私が間違えてた?」

 

「ま、間違ってはいないです…いやそうではなくて、王都に常駐してると聞きましたが、一体どうやってこの距離を…600kmは離れている筈ですが…」

 

「走ってきた。ちょっと数えてみたけど317歩で来れたよ。遅くなってごめんね?あと地面壊しちゃったし。もうちょっと前で降りて普通に走ってこれば良かったよ」

 

「あ、いえ…そんなことは決して…え?」

 

「それより私が来るまでに何か掴んだの?報告とかない?」

 

 

その発言をにわかには信じられない兵士だったが、彼の困惑も気にせず団長と呼ばれた人物…女性は報告を求めた。

それに慌てて答えた兵士の話を聞き、うんうんと暫く頷いていたが…

 

 

「…なるほど?例の科学者の捜索に出てた騎士団からも応援ねぇ…座標は聞いてる?」

 

「最後に信号が出たのはここから北東に13km程です」

 

「そう、ありがとう。じゃあ7歩ぐらいで着くかな…っと!」

 

「うわぁ!?」

 

 

目的地の方向と距離を聞くや否や、女性はぐっと屈むとその方向へ向かって凄まじい勢いで跳躍して見せた。

踏ん張った地面は着地の衝撃と合わせて粉々に砕け、彼女が跳んだ軌跡には工業都市の煙がトンネルのように晴れていて、その速度がどれだけのものか窺い知れる。

彼女が去った後、遠目に兵士と彼女のやり取りを見ていた他の兵士が現れて、もう彼方に見えなくなったその背中を見上げる。

 

 

「すっげぇ…声綺麗だったのに、なんだよあの脚力…」

 

「騎士団の団長の事ちょっと甘くみてたけど…俺絶対あの人怒らせないようにしようって心に決めたよ」

 

「俺も…」

 

 

 

 

それは、国の事情により立場が低い白銀騎士団の団長。

しかしその力はまさに英雄であり、女性であることと流布される悪評で見下す兵士達をも実力と人格で慕わせる女傑。

 

世界でも五本の指に入るだろう最強の騎士。

ただの人でありながら無双を誇る”天賦の子”。

 

 

「休み取って〜、非番の間に友達のところ遊びに行って〜、牛丼食べて〜…その為に、さっさと片付けちゃおっと!」

 

 

例えば、敵対する獣王国はその名を恐れる。

 

 

 

 

白銀騎士団、団長…白銀ノエルを。

 

 




設定資料:天賦の子
種族に関係なくごく稀に突然変異的に現れる超越者。
極めて優秀な才を有し、極めて強力な身体能力を生まれ持つ。
絶対的な力は余人の手に届くところにはあらず、個が国一つを落としうるだけの脅威になり得る。

その力をどう活かすかは、天賦の子次第である。


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秘密結社のscientist

 

警備ロボットの守りを突破し、地下施設の主である科学者を探して奔走するラプラスは、その道中ついでとばかりに幾つもの施設内の設備も観察していた。

 

 

(自給自足用か大きな菜園や植林場、それらを加工するロボットによる全自動工場…水はどっかの湖か川から引いてきてるのか?動力は…これだけの施設の規模となると核融合炉ってやつか?)

 

「…凄いな、なんならここを拠点にしたいくらいだが…流石に騎士団に捕捉されてるのなら無理か。なら目的のものだけさっさと回収してくか…な!」

 

 

圧倒的なハイテク施設。

生活に必要なものが全て地産地消されるまさに究極の秘密基地とも言えるこの施設に羨望を抱いたラプラスだったが、少なくとも黄金国の中に拠点を構えるつもりが無いのもあって遠慮なく破壊の限りを尽くし目的の科学者を探す。

散々探し回り遂に当たりをつけた頑丈そうな分厚い扉を槍からの魔力放出でぶち破ると、そこには縦穴を降りた時と同じような一際広い空間があった。

 

空間の奥の大きな穴の上に吊り下げられるように巨大な装置が鎮座しており、見るからに装置から高熱が吹き出し、装置の周囲にある青白く光る棒のような機械…恐らく冷却用と思われるそれで制御されているようだった。

これがこの施設の動力なのだろう。

 

そして、部屋を見回すラプラスは、部屋の片隅にある無数のモニターとコンピューターがある場所にようやく目的の人物を見つけた。

 

 

「やっと見つけた。探したぞ〜」

 

「ふふふっ…こっちは入れるつもりも無かったけど、まあいいよ」

 

 

モニターの前の椅子に座っていたその人物はくるりと椅子ごと回転してラプラスに向き直ると、フラフラとした足取りでゆっくりと立ち上がる。

長い時間手入れしていないのか長く伸びたボサボサの桃色の髪、顔を覆う前髪からは朧気に光る眼光が覗き、纏う白衣は薄汚れていた。

そして何より目立つピンと立った獣の耳。

イヌ科の獣人の少女。

よく見ると彼女の傍にある机の上には栄養価だけは高そうな見るからに味気ない健康食品と思わしきものの残骸が転がっていて、余程ストイックそうな性格なのが伺える。

 

 

「こよのラボの入口も吹き飛ばして、『guardian』達も壊してくれちゃって…許せないなぁ〜…」

 

「道端にちょっと大きめの石ころが落ちてたら蹴るだろ?そういうことさ」

 

「…言ってくれるね〜…じゃあ道の前から大きな岩が転がってきたらどうするのか…教えてもらおうかな!」

 

 

ラプラスの煽りに敵意を瞬かせた少女は、手元に浮かび上がるように出現したモニターを操作すると、直後この空間の天井が勢い良くが開き、巨大なロボットが降ってくる。

押しつぶされまいと後方に飛び退いたラプラスだったが、次の瞬間に襲いかかってきた無数の弾丸の嵐に慌てて近くの遮蔽物の裏に隠れた。

 

 

「『guardian 試作機(プロトタイプ)』…一番初めに作った試験機だけど、愛着が湧いていろいろ足してたら凄いことになっちゃったんだよね。これで君を潰してあげる」

 

「ふっ…はっはっはっ!笑わせんな。道の前から大岩?そんなもん…真正面からぶっ壊して終いだろうが!」

 

 

威勢よく、新たに現れたロボットにも臆することなく吠えたラプラスは近くに転がっていたガラス片を持ち、その反射で遮蔽物越しにロボットの威容を確認する。

 

分厚い装甲に全身を覆われたそのロボットの全長は15m程はあるだろう。

手足が備わる人型に近い体躯だが、そのどれもが巨木のように太く、そして腕の指に当たる部分は全て大砲のような構造になっていた。

さらに肩や背中には幾つものカタパルトやオートエイムの機関銃が搭載されているようで、あれら全てが展開されればその弾幕の量は推して知るべし、今ラプラスが身を隠している遮蔽物など簡単に消し飛ぶに違いない。

 

そして、少女はいつの間にかロボットの頭部にある座席に搭乗していて、無数のモニターを操作してロボットを操っていた。

 

 

「例えが悪かったかな〜?道を転がる大岩、対して君はただのアリ…ボクの『guardian 試作機』は壊せないし、止められない。せいぜい良い戦闘データだけ回収させてもらうよ」

 

「おう良いぞ。ところで壊しちまっても構わないんだよな?」

 

「その虚勢がいつまで続くか…見ものだねっ!」

 

 

ロボットが大きな腕を振り上げ、そして振り下ろす。

単純な質量による絶大な破壊力を持った一撃は遮蔽物を容易く押し潰し、床に大きな亀裂を生み出す。

なんとかそれを避けたラプラスだったが、姿を顕にしたのと同時にロボットに搭載されている無数の機銃が火を吹いた。

 

逃げ場なく撒き散らされる弾丸の雨。

それは見を隠せるような遮蔽物さえ物量で根こそぎ破壊していく。

 

 

「っ!自分の部屋こんなぶっ壊して良いのかよ!」

 

「どうせ直せるし?そんな事よりデータデータ!もっと君の”魔法”を見せてよ!そしてボクの技術を試させてよ!」

 

「チッ、分かっちゃあいたがロクな奴じゃないな!そう来なくっちゃ吾輩の部下には相応しくないよな!」

 

 

なんとか弾幕を魔法によるバリアで防いでいたラプラスだったが、バリアの耐久力の限界を察して反撃に移ることを決めた。

 

バリアに亀裂が生じた瞬間、それを後方からぶち破りながら槍の切っ先をロボットに向け、そこから特大の魔力の奔流が放出される。

津波のような破壊の魔力に対して、ロボットは先ほど遭遇した機体のと同じようなバリアを全方位に展開しそれを耐え凌ぐ。

それでも耐久力がそれなりに削られたのか、ロボットを覆うバリアは弱々しく点滅を始めた。

あれがバリアの耐久力の限界を表しているのなら次の一撃で破れるだろう。

 

 

「っ…!今のは効いたよ!なら、次はこっちの番だね!武器システム起動、全武装展開、炉負荷起動、排斥プログラムON、外殻補強、セルシールド補強、耐久システム起動、耐性起動、衝撃吸収システム起動、センサー出力最大、マルチシステム起動、戦闘プログラム管理システムフル稼働───さあ、本気で行くよ!」

 

 

ガシャン、ガシャンと、ロボットが次々と変形を繰り返し、その内部からウィーーンとけたたましい音が鳴り響く。

薄れていたバリアも光を強め、背中や腕からさらに多くの武器が出現し、ロボットその物が持つ威圧感が増す。

 

これは確かに強敵だ。

こちらも全力で仕留めにかからねば返り討ちにされかねない障害。

本当はあの科学者を何とか仲間に加えたいところだが、手加減は出来なさそうだ。

 

 

(まあ…それで死んだのならそれまでか。運命感じたんだが、ダメならダメで次を当たるだけ───)

 

「───だが、念の為もう一度聞いておこうか。お前、吾輩の部下になる気は無いか?」

 

「君の部下になるより君で実験した方がボクにとっては何十倍も利益があるんだよ。だから大人しく身柄を引き渡してくれたらちょっとは優しい実験をしてあげるかもよ?」

 

「そうか…なら力づくで分からせてやるしかないな!」

 

「はんっ!君なんかこのguardian試作機の敵じゃ───へ?」

 

「…なんだ?」

 

 

お互い戦意を剥き出しにし、ぶつかり会おうとしたその瞬間。

突如として、何の前触れもなく施設の天蓋が消し飛んだ。

深い地下にあったはずのこの施設から、僅かに雲がかかる青空が見える程に見晴らしの良くなった空間。

天蓋だけでなく特定方向にかけて土壌が放射状に根こそぎ抉られているようで、何がその原因になったのかは想像がつかない。

 

拍子抜けしたようにラプラスと科学者が硬直していると、そこに突っ込んでくる人影が一つ。

 

 

「っ!ラプ!直ぐに逃げるよ!」

 

「ルイか!?何があった?」

 

「化け物が来てる───うわぁ!?」

 

「うぐっ!?ぐぅ…!」

 

 

ラプに近づこうと飛んできていたルイの背後で真っ白な閃光と共に爆発が置き、衝撃で吹っ飛ばされてきたルイにラプラスも巻き込まれ床を転がる。

暫く呆気に取られていた科学者もそれでようやくハッとして、爆発の方に機体を向けた。

 

 

「はぁ〜…ちょっと力みすぎたかな?誰か巻き込まれてたりしないよね…?一応方向とか調整した筈だけど…」

 

 

立ち上る土煙、その奥から姿を現したのは、全身を重厚な白銀の鎧で覆われた騎士然とした振る舞いの人物。

聞こえる声は、何処か気の抜けた女性のものだ。

 

 

「…君が、ボクの…こよのラボをこんなふうにしたの?」

 

「んー?え〜と…あぁ、話に聞いてた手配犯。ここにいたんだね。次いでに捕まえようとしてたから丁度いいや」

 

「よくも、ボクが手塩にかけて改築したラボをっ!」

 

「っ!おい!お前よせ!」

 

 

施設を吹き飛ばしたと思われる下手人に科学者は激昂し、ロボットの巨腕を振り抜いた。

同時に背中から、腕から、そして胴体からも出現した無数の機銃やニードルガン、ミサイル等の攻撃がただ一人の人間を葬るために殺到する。

 

 

 

 

そして、それらは騎士が剣を一度横薙ぎに払った事で生じた閃光によって消し飛んだ。

放射状の光、真っ白な極光。

それが弾幕を全て飲み込み、迫るロボットの腕も、ロボットを守るシールドも、様々な防御機構が働いていたらしい機体の外殻をも背中まで貫き、それだけでは飽き足らず背後の壁まで抉って、斜め上に駆け抜けた閃光がまたもや地上に届く風穴を開ける。

 

 

「危ないなぁ…人に硬くて重いもの投げたりぶつけたりしちゃいけません!…って、子供の頃に習わなかったの?」

 

「な…そん…な…ありえない…そんなわけ…うそ…だ…」

 

 

閃光は辛うじて登場スペースの下を通り抜けたので科学者は巻き込まれることなく五体満足で済んでいたが、愛着が湧いて魔改造したという機体。

戦闘において絶大な信頼を誇っていたロボットがたった一撃で粉砕され、うわ言のようにその事実から逃避するような言葉を呟いていた。

 

ロボットは崩れ落ち、その衝撃で科学者が登場スペースから投げ出された。

ゴロゴロと転がり、何処かぶつけたのか呻きながら身体を抱えるように悶える科学者に、騎士はカツン、カツンとわざとらしく靴音を鳴らして近づいていく。

 

 

「訓練用のカカシか何かだったのかな?だったらもっと頑丈に作らないと。ねえ?」

 

「…ルイ、ありゃ何だ?」

 

「…あれが例の現白銀騎士団団長、白銀ノエル。最強の騎士、天賦の子。突然地下に降りてきたかと思ったら、剣を振っただけで天井を地面ごと吹き飛ばしてて…」

 

「天賦の子…なるほど、そりゃやばい訳だ。っと、ひとまずどうするか」

 

「…君達も、私の部下の邪魔をして怪我させたんだってね?落とされた人なんか辛うじて生きてたけど、もう騎士として仕事することは出来ないだろうね。公務執行妨害、及び傷害罪…お縄についてくれるよね?」

 

「っ!」

 

「…勿論お断りだ、ね!」

 

 

科学者を見下ろしていたノエルの兜の中の瞳が、ラプラス達を捉える。

同時に向けられた穏やかなようで重くのしかかるような気迫にルイは本能的に体が強ばってしまっていたが、対してラプラスはそれでもなお気押される事無く、槍をぐるんと回すとノエルに向かって突進した。

 

 

「ふんっ…およ?」

 

「───が、流石に無策で勝てるとは思わないけどな!」

 

 

迎撃の為に振るわれたノエルの剣。

先程の閃光は放たれず、あくまで常識の範囲での破壊力を持った剣。

それでも神速の如く横薙ぎに振るわれたそれをラプラスはスライディングで剣閃の真下を潜り抜けるように回避すると、そこで蹲っていた科学者を回収しながら床を転がる。

その意図が掴めずとも、捕まえるべき標的を奪われた事を察したノエルは諸共押さえ込もうと踏み出そうとするが、その足に鞭が絡みついた。

 

 

「ん?何?」

 

「ラプの邪魔は…きゃっ!?」

 

 

足を絡めとった鞭を引きノエルを引き倒そうと試みたルイだったが、逆に鞭が絡まったことを意にも介せず踏み込まれた足に引っ張られ前のめりに転倒してしまう。

絡まる鞭を足を振って払い退けラプラス達の元に歩み寄ろうとするノエルだったが、物陰から襲いかかってきたコヨーテ型の警備ロボットを両断して迎撃するのに僅かに足を止めた。

 

その隙を突き、ラプラスが槍の切っ先をノエルに向ける。

それに気付いて振り向いたノエルだったが、それとほぼ同時に槍から放たれた極大の紫色の光線が重厚な鎧に包まれた身体を軽々と吹き飛ばし、施設の壁まで押しやり、叩きつけた。

 

 

「おいルイ!今のうちにコイツ連れて離脱するぞ!」

 

「う、うん!二人分持つのはちょっとキツイかもだけど…」

 

「…逃げるの?」

 

「あぁ?あの化け物相手にまだまともに戦えるわけないだろ。全力で立ち向かった所で本気出されたら歯が立たない」

 

「そう…せっかく頑張って作ったラボだったのになぁ…」

 

 

科学者のざんばらに伸びた前髪から覗く瞳に涙が浮かんでいるのをラプラスとルイは見た。

しかしノエルが突っ込んだ壁の方から瓦礫が崩れる音を聞いて、直ぐにルイはラプラスと科学者の首根っこを掴んで空に向かって羽ばたく。

流石に二人分の重量は厳しいのかフラフラと揺れていて安定感は無いが、それでも十分高度を上げて、尚且つかなりの速度で飛べるのは流石と言うべきか。

その間、科学者は独りでに浮遊する端末で何か操作を行い始めた。

 

 

「排除システム起動…警備ロボット全起動…生体認証、敵対設定…護衛設定…ラボ自爆システム、可決…Enter、と。取り敢えずラボの防衛システム全部起動して足止めさせた…君…ボクの事部下に欲しいって言ってたよね?」

 

「あ?ああ…改めて聞くが、なる気はあるか?」

 

「…あのラボはね、元々昔の戦争の時に身を隠すための地下シェルターだったんだよ?国を追われてあそこを見つけて、それから何年もかけて広げて自分好みにカスタマイズして…自動農園とか生産工場とか核融合炉まで作って、積み上げた実験データも研究成果も全部あそこに置いてきたのに…もう、帰れなくなっちゃったよ」

 

「…」

 

「1番強い警備ロボットもあんな呆気なく壊されて、作ってきたものも全部無くなって…そんなボクを、君は欲しいの?」

 

「ああ、頭が良いってだけで利用価値はある。資材も機材もまた揃えてやる。必要な環境だってきっと与えてやる。吾輩達の、世界征服したいって野望を叶える為には…吾輩達には、お前の力が必要だ。手を貸してほしい。対価はお前の望む研究環境と好き勝手できる暮らし。ついでに世界だ。どうだ、来るか?」

 

「…うん、分かった。まだ色々安定して無さそうだし、報酬は後払いで良いからさ…研究の手伝いとか、してもらえると有難いな。えっと…ボクはこより、”博衣こより”。よろしくね」

 

「おう、よろしく。ちな、吾輩が偉大なる魔族、ラプラス・ダークネスで、こっちの鷹の獣人が部下第一号のルイだ」

 

「うん、鷹嶺ルイだよ。よろしく───後ろ!」

 

「むっ!?クソッ!」

 

 

自己紹介をし合ってる最中、後方のラボがあった場所で特大の爆発が起こった。

そして直後に、向けられたルイ達の背を追うように飛来してきたのは、白銀の鎧を僅かに煤けさせた程度の損傷しか負っていないノエル。

既に上空600m余り、地上の騎士達でもボウガンを向けては来るが狙いにくい距離と速度があるというのに、それに一度の跳躍で追いついたのはまさにラプラスの化け物という評を表していた。

 

 

「逃がさないよ!」

 

「ぶつかるとしたらまた今度だ!今は帰れ団長様よぉ!」

 

「くっ、落ちないようにね!」

 

 

このままではマズイと思ったのかルイは迫るノエルに取りつかれる前に急降下し、その頭上をノエルが飛び越える形になった。

しかし、それを見たノエルは剣を思いっきり振り抜くと、その反動で降下するルイ達に向かって進路を変える。

 

 

「そんなのあり!?」

 

「もう!せっかく気持ち切り替えようとしたのに!ボクのラボをめちゃくちゃにしたことも許さないんだから!君達地上に降りて!」

 

「えぇ!?」

 

「早く!」

 

「ルイ!信じてやれ!」

 

「う、うん!」

 

「ごちゃごちゃ言ってないで…捕まれぇ!」

 

 

どう逃げ回っても強引に進路を変えて追ってくるノエルに痺れを切らし、こよりの指示に従ってルイ達は地上に降りた。

当然ノエルも追ってきて、勢いよく地上に着地している。

降下の際に自前の翼で減速できるルイはともかく、あの高さからあの勢いで思いっきり地面に衝突してもピンピンしてるのはおかしいだろうとラプラスは苦笑した。

 

 

「普通くたばれよな、人間なら」

 

「ちょっと高い所から落ちてやられちゃうような脆弱な人間は騎士団にはいないからね…あの地下施設の入口から落とされた騎士も生きてたでしょ?そういうこと」

 

「いや骨にヒビすら入らないのはおかしいって…」

 

 

人間離れしたその肉体の頑強さにルイもついツッコミを入れるが、そんな話はどうでもいいとノエルは剣を構え、いつでも叩き切れるぞと威嚇するように刃を光らせていた。

ラボを吹き飛ばしたあの閃光と同じ白い光だ。

 

 

「最後通告、大人しく捕まるのなら無闇には傷付けないよ」

 

「今の黄金国のきな臭さ的に、人間以外の種族が捕まったのなら問答無用で極刑確定だろうが。何が傷付けないだ」

 

「…そう、それについては私もどうかと思うけど、お国の考えることに騎士団は口出し出来ないしね。取り敢えず…私は私の仕事を全うさせてもらうよ!」

 

 

ノエルが踏み込み地面に亀裂が走る。

ラプラスとルイが迎え撃たんと構える。

そして───割り込んできた大きなコヨーテ型ロボットに双方が飛び退いた。

 

 

「…何?」

 

「『guardian五式』…ついでに、『guardian四式』」

 

 

頭から尾にかけて全長7mはあろう巨大なコヨーテ型ロボットと、そこに合流する無数のドローン。

それらはラボ周辺の監視や防衛を目的に作られていた警備ロボットで、普段は光学迷彩で身を隠しているが、ノエルという化け物に対抗するためにこよりが一帯から呼び出したものだった。

 

 

「皆…行っけぇー!」

 

「チッ!」

 

 

巨大な質量を持った大型コヨーテロボットが、機体ごとに様々な兵装を備えたドローン型ロボットが、ノエルに襲いかかる。

更に、ドローンが放った煙幕に隠れて、そのままラプラス達は逃走した。

ドローンは次々と剣閃で叩き落とされ、大型コヨーテロボットも既に両断され粉砕されているが、全方位からの弾幕と悪臭弾、粘着弾、ネット弾等の豊富な種類の兵装と数えるのも嫌になるドローンの数をもって、確実に足止めを行っていた。

 

 

「待てぇ!逃げるなぁ!悪党!」

 

「悪党上等、覚えてろ団長様!吾輩達は…いつか世界を征服する秘密結社…『holox』だ!」

 

 

煙幕と弾幕に紛れて、再びルイに抱えられ飛行するラプラスとこより。

今度は地上からでも見つかりにくいように、木々の合間を縫って超低空飛行で移動する。

景色が瞬く間に移り変わり、暫く。

流石に疲弊したルイが着陸した時には、日は落ちて夕焼けが空を赤く染めていた。

適当な岩に腰掛けて休息するルイ、唯一持ち出していた浮遊する端末を操作して何かを確認しているこより、そしてそんな二人に代わって周囲に気を張っているラプラス。

三者三葉に休む中、先程のラプラスの宣言をを思い出したのかルイが口を開いたを

 

 

 

「はぁ…はぁ…holox…ねぇ。即興で考えたの…?」

 

 

「ん?良いネーミングだと思わないか?固有名詞に意味が必要な訳じゃないだろう」

 

「それはまあ…そうだけど…」

 

「…警備ロボットは皆壊されちゃってるね。でも、残ってる監視カメラとか見るに追跡は諦めてくれてるみたい」

 

「そうか、取り敢えず撒けたのなら…はぁ。疲れた」

 

「お疲れ様ー。大変だったね」

 

「その…改めて、よろしくお願いします…」

 

「なんだなんだ、もっと軽く接してきても良いんだぞー?」

 

「それは…もうちょっと慣れてからで…」

 

「…ま、良いけどな。これで念願の頭脳担当ゲットだ」

 

「ずのー…」

 

 

目的を達成したことを改めて噛み締めているラプラスをこよりはじっと見つめた。

その様子が面白かったのか、ルイは遠巻きに二人の様子を少しニヤニヤとしながら眺めていたが、やがて日が落ち始め、念の為もう少し移動した三人は適当な川の近くで野宿を始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ああぁぁーーーー!!!???草むらに隠した荷物置いてきたぁぁーーーー!!」

 

「色々あったから回収忘れてた…」

 

「ねえ既にお先真っ暗なんだけど…ボクまた判断間違えた?」

 

「これは私も経験した事だからこよりも慣れるよ」

 

「えぇ…?」

 

「ちっくしょーーー!」

 

 

そして案の定グダグダになり、新人にこれでもかと不安感を植え付けるのだった。

 

 




設定資料:こよラボ
地下500m程に作られた巨大研究施設。
元々今は忘れ去られたシェルターだったのをたまたま発見したこよりが、そこに住み着きながらも改築を繰り返し広げた。
掘削ロボットを作り、掘り当てた鉱物を使ってさらにロボットを増やし、同時に空間を広げ、それを繰り返す内に現在の広さになっている。
施設内には完全な自給自足を可能にする農園や加工工場があり、これらは全て全自動で制御され生産から加工までを人の力無しで執り行える。
ただしここで製造されている食料などは味気ないサプリや栄養バー等で研究に没頭するあまり無駄な要素を省いてきたこよりのストイックさが現れている。
多くの警備ロボットが施設内を徘徊しており、普段収納されているものを含めると1000を上回る数の警備ロボットが存在している。
これらもまた全自動で製造、改修、メンテナンスされ、自立して稼働している。


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小休止のfree time

 

大陸の何処かにある草木生い茂る森の奥地。

神秘的な木漏れ日と水のせせらぐ音、明らかに一本一本が巨大な大木、それを利用して作られた幾つものツリーハウス。

そこに暮らすのは、長い耳が特徴的な種族。

 

神秘と幻想に溢れる長命な種族、エルフの隠れ里。

 

 

そんな里の広場の一角で、切り株のテーブルを挟んで2人の少女が向かい合い茶を啜りながら語らっていた。

 

 

「でさー、任務失敗したのをここぞとばかりに貴族とか王族さん達にいびられて、今騎士団も大分空気悪いんだー」

 

「はぁ、上も馬鹿だね〜。ノエル程の戦力を無下に扱うなんて」

 

「まあでも私達が悪いのも事実だよ?どれだけ強くたって仕事もろくにこなせないんじゃ意味ないだろうし…私もあの時は思いっきり油断してたからさ。正直かな〜り舐めてた」

 

「ふぅん?その…ほろっくす?って名乗ってたんだっけ。強かったの?」

 

「ウチの騎士が複数がかりでも一人に翻弄されてたらしいし、あのリーダーっぽい魔族の子は凄い魔力だったけど…ぶっちゃけそんなにかな。でも例の私達が追ってた科学者の絡繰の大軍にまんまと足止めされちゃって。言い訳だけど、上方向ならともかく横に逃げる相手にぶっぱしちゃうと被害が広がりすぎるし…」

 

「なんにせよ、物騒だねぇ。そっちも獣王国の侵略活動とか酷いって聞いたよ?」

 

「んー…あの人達凄い連射してくる鉄砲とかかなり遠くまで飛んでくる大砲とか使ってきて普通の兵士さん達じゃ全然相手にならないんだよね〜。騎士団の皆がなんとか踏ん張ってくれてるけど…正直な所私も暇を出されてるとはいえこんな所にいる場合じゃないんだけどね」

 

「良いよ別に、あんな国滅んでも。騎士団が決起したら簡単に堕ちるだろうに、よくずっと従ってられるね?」

 

「民に罪はないからね。国は横暴でも賊とか妖から民を守ってることに違いは無いし、幾ら騎士団でも国全部に手を回せないから」

 

「それは難儀な…ノエルを飼い殺しにしてる癖に好き勝手して、腹立つ〜。ラミィでも王都の真ん中に放り込んで滅ぼしてやろうか…」

 

「フレアが励ましてくれるだけで私は十分だから、やめてね?さっきも言った通り民に罪は無いから…」

 

「分かってるよ」

 

 

黄金国の事情に愚痴をこぼすのは、つい最近の仕事のミスで暫く任務を解かれ、普段の鎧姿ではなく私服に身を包む白銀騎士団団長、白銀ノエル。

そしてもう1人は、縁あってノエルの幼なじみであり親友として度々会っている不知火フレアというダークエルフ。

親友の近況を聞いて物騒な事を言い始めるフレアだったが、ノエルは苦笑してそれを宥めた。

 

 

「大変だね騎士団長様も。最近凄い立て込んでるって聞いてるよ」

 

「今回は件の科学者を取り逃しちゃったけど、夜叉と殺人鬼も追わなくちゃ行けないからね。今晩にはもう帰るけど許してね」

 

「それは別に良いんだけど、夜道に気を付けて…って言う必要も無いか。なんかあったらまた相談してよ」

 

「うん、ありがとう!…ところでなんか寒くない?」

 

「どうせラミィの奴が昼間っから酒飲んで酔って冷気ダダ漏れにしてるんでしょ。そのうちアキが締めるだろうから気にしなくて良いよ」

 

「…ラミィちゃん頑張れ〜…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふう、なんとか有り合わせの資材で取り敢えず1個…武装とかもない探索用だけど…」

 

「十分十分、流石博士!カッコイイなぁ、凄いなぁ!」

 

「もう、そんなに言われたらもっとやる気出しちゃうよ!」

 

「資材も機材ももうないでしょう?あれ集めるだけで大変なんだから」

 

 

ラプラスにおだてられ腕を振ってやる気を見せているのは、ラプラスとルイが乗り込んだ地下の巨大ラボの主、獣王国を追われ現在絶賛指名手配中の科学者、コヨーテの獣人博衣こより。

ざんばらに伸びていた髪はルイによって散髪し整えられ、ボロボロだった装いも変装して街で買ってきた旅人セット一式に着替えている。

資金に関しては置き忘れてきた荷物をあの後何とか騎士団や兵士の目を掻い潜って何とか回収に成功していたので問題なし。

思いの外直ぐにラプラスとルイと打ち解けたこよりは、僅かに持ち出せた工具や資材を使って小型のドローンを制作していた。

 

以前白銀騎士団の団長を足止めしていたドローン達と比べればサイズも小さく武装等は一切搭載されていないが、その分隠密性とリアルタイムでの閲覧こそできないが小型カメラによって撮影と記録が行える優れものとのこと。

それを手に取り無邪気にはしゃぐラプラスに、ルイは呆れた表情をしながらも暖かく見守っていた。

 

 

「…え、何?2人は親子かなんか?」

 

「勿論違うが?」

 

「やってる事はほとんど同じだけどね。最近ずっと私が料理してるし洗濯も物の整理整頓も全部やってる。働け」

 

「う〜、吾輩は常日頃から追手を警戒したり狩りの獲物を探してたりして忙しいの!」

 

「はいはい、そういう事にしてあげようかな」

 

「む〜…解せん…」

 

「は…あはは…仲良いんだね。2人はどれくらい一緒に旅してきたの?」

 

「一月くらい?」

 

「そんくらい」

 

「ひとっ…!?思ったより短かった…」

 

「出会いも突然だったしなぁ。コイツ初っ端吾輩のこと襲ってきたんだぞ?脚を鞭で絡め取られて木にバンバン叩きつけられたもんだ」

 

「ごめんって」

 

「そ、それでそんなに打ち解けてるんだったら、ボクも結構馴染めそうかな?」

 

「まあな。なんならこっちの命狙ってくるくらい気概ある奴だから誘ってるっていうのもある」

 

 

 

若干引き気味に聞くこよりにラプラスは飄々と答える。

想像以上にバイオレンスな出会いを語られ、自分のした事も案外普通なのかと変な方向で的外れな考えをしているこよりを他所に、ルイは簡易テーブルやこよりが散らかした工具などをさっさと片付け、出立の準備を整えていた。

 

今3人がいるのは工業都市より北に30〜40km程、黄金国の中の寂れた小さな廃墟街。

何十年か前にはもうここの住人は全員別の街に移り住んでいるらしく、多くの物資が既に持ち出された後ではあるが僅かに残った資源などを利用し手持ちのものと組み合わせて作ったのが先程のドローンだ。

しかし何故ここから人が去ったのか。

それはこの世界に蔓延るとある事情が影響しているからである。

 

 

「ふうむ…にしてもやっぱり街を覆うのは小さな柵だけか。それも今は壊れてるが。近くに妖はいたか?」

 

「いるいる、全然いる。こんな場所にろくな守りもない街を建てたところで数日したら食い荒らされて終わりでしょうに、無謀なことするものね」

 

 

(あやかし)”、この世界に突然的に現れる怪物。

その起源も行動原理も目的も何もかもが不明で、分かるのは他の生物…特に知性の高い生き物に対して非常に敵対的なこと、文明的な建造物に対して攻撃的な事、何らかの理由で活動を停止させられると、死体も残らず消滅すること、その肉体の内側に大きな魔力を秘めていること、くらいだろうか。

そんな妖は確認できるだけでも大陸全土で存在を確認されており、一度姿を表せば討伐されるまでの間に多くの犠牲を出し、個体によっては城塞都市ですら壊滅させることすらある危険生物。

そんな生物がこの近辺をウロウロしているとなると、この街が廃墟になった理由を想像することは容易い事だった。

 

 

「う〜ん、でも大きな防護壁を建造しようとしてた跡は見つけたよ?もしかしたら街を作った後に防護壁を建てようとして、その前に妖に攻められて街を放棄したのかもね。なんにせよ騎士団が守ってたならそうそう突破なんてされないはずだけど…黄金国は兵士の数こそ多いけど騎士団以外は素人に毛が生えた程度の練度しかないからなぁ」

 

「流石元獣王国お抱えの科学者。その辺詳しいのか?」

 

「軍部から情報は度々流れてきてはいたね。それこそ白銀騎士団は明確な脅威として何度も対抗策を練っていたけど、普通の兵士に関しては適当に銃撃ってるだけで散ってく有象無象扱いされてたよ」

 

「じゃあ黄金国は今まで実質五千人…実際に戦場に出せる人数で言えばもっと少ない数だけで獣王国の侵攻を防いでたことになるってわけか。それでよく騎士団を無下に扱えるものね」

 

「流石人間、業が深い」

 

「魔族も大概だと思うけどね。あ、悪口じゃないよ?」

 

「逆に悪口以外のなんの意味があるんだよ…別に良いけど」

 

「も〜、悪気はないってば〜」

 

 

口を栗のように尖らせて拗ねたように言うラプラスの角を掴み、抗議するようにガシガシと頭を揺らすこより。

「あうあう」と声を出しながら頭を前後にゆらされているラプラスを見かねてルイが止め、改めて皆の前に地図と新聞を広げた。

 

 

「それで、次はどうするの?確保の記事は上がってないから目標の二人はまだ捕まってはいないと思うけど…」

 

「んー…どっちかを追うなら距離的にも夜叉とやらの方だな。が、最後の目撃情報があった場所がかなり遠いから時間はかかるだろうが…吾輩達が見つけに行く前に捕まってるんだったらその時はその程度の奴だったって諦めるしかないな。方針は変わんないぞ」

 

「ボクは初めて聞いたけど…もしかしてボクが騎士団に先に捕まってたら諦められてた?」

 

「そのとーり」

 

「運が良かったね」

 

「…あっぶな〜」

 

 

自分のあったかもしれない運命に顔を少し青くさせて震えているこよりだったが、そこまで気にしている訳でもないのか「まあ今無事だからいっか」と直ぐに気を持ち直す。

そのポジティブさに感心した様子のラプラスは、機嫌良さそうにリュックからペンと幾つかの資料を取り出すと、地図に何かを書き込み始めた。

 

 

「それは?」

 

「夜叉についての新しい情報は新聞上がってないけど、この前工業都市に忍び込んだ時に拾ってきた資料に少しその後の捜索状況を記録したのがあってな。それから移動距離とか場所を割出せないかと思ったんだが…やっぱりちょっと難しいか?」

 

「なるほど、予測と計算ならボクに任せてよ!あの時持ち出せた自動追従端末型モジュールには高度な演算機能もあるんだ!」

 

 

話を聞いてこよりが嬉々として得意げに語りだす。

そして浮かべたのは、例の一件の時にも使用していたこよりを追従する空中に投影されたかのように浮遊する端末だった。

それをこよりが高速の指捌きで操作すると、端末に表示されたラプラスが使っているのと同じ地図、そこに幾つかのマークが付けられた。

 

 

「それは?」

 

「地図と資料の情報を入力して予想される夜叉の居場所を何個か割り出して貰ったんだ。合ってるとは言い切れないけど、参考にはなると思うよ!」

 

「マジか、科学の力ってすげ〜」

 

「根拠の分からない予測はあんまり好きじゃないけど…闇雲に探すよりかはマシかな。じゃあ今度はそっちに方面行ってみる?」

 

「おう、んじゃ準備終わったら出発するか」

 

「「了解!」」

 

 

元気よく返事をしたルイとこよりは直ぐに支度に取り掛かりる。

そんな二人を横目に、ラプラスは水筒から水を一口飲むと長く息を吐いて進路の予定となる方向に目をやった。

 

 

「この辺は国の手も入ってない分、妖の駆除もされてない…ここ進むと群れとぶち当たるかもしれない…ははっ、上等上等」

 

 

道の先から漂う妖しい気配に、ラプラスは悪戯っ子のような笑みを浮かべてチラリと支度を整えているルイとこよりの方に視線を向けたのだった。

 

 




設定資料:(あやかし)
世界の各地に降って湧く謎の生命体。
一定の知性を持っているが他の妖を除く知的生命体に対して非常に敵対的で、人工物に対して極めて攻撃的。
個々の力は個体差に寄るところが大きいが、一応妖の強大さによって一定の規格事に区分分けされており、主に黄金国や獣王国ではこの規格によって討伐に当たり差し向ける戦力を変えている。
規格毎の名称と脅威度は以下の通りである。
『胎位』…最も弱い個体の分類。単体なら人間の一般兵士でも複数で十分な対処が可能。
『成位』…妖の中では最も多く分類される規格。強さはそれなり。白銀騎士クラスの精鋭が対処に当たる必要がある。
『老位』…妖が長く生きた個体で、この規格から特殊な能力を持つ個体が現れることもある。ネームドキャラクラスでようやく互角以上に戦える。
『爵位』…特殊な規格。殆どが戦闘能力を持たないが、存在するだけで周囲の環境へ変化を及ぼす。また、胎位〜成位の妖の群れを率いている事が多い。
『冠位』…老位クラスの妖も率い、爵位とは違い本体も高い戦闘能力を併せ持つ妖の王のような存在。ネームドキャラクラスが複数で対処に当たりようやく打倒が可能。群れも合わせれば脅威度は更に跳ね上がる。
『界位』…群れを率いることは無いが、その戦闘能力は桁外れ。確認されている限りでは現在はこの世界に一体のみ存在し、世界そのものに匹敵する強大さを持つと言われる。天賦の子クラスが集団で挑んでも勝てるかどうかは分からない。
ちなみにこれらの規格の名称は魔族が魔界に押しやられた大戦よりも前に制定されており、故に殆どの種族が仲違いしている現在でも共通の呼び方として広まっている。


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怪物だらけのdhisutopia

 

「ラ〜プ〜!!!!」

 

「許さないよラプちゃん!絶対わざとでしょお!?」

 

「あっはっはっはっ!こそこそ通り抜けようなんか手間のかかることするよかこっちのが早いだろ」

 

「だからって態々トレインすることないじゃん!?」

 

 

黄金国の一角にある大森林。

人の手の入らないそこで大声を上げながら全力疾走、或いは飛行しながら背後から迫る無数の異形、”妖”から逃げ惑うラプラスとルイ、そしてこより。

休憩の為訪れた廃墟の周辺にいた妖の目を盗み森を抜けようとしたところ、ラプラスが適当な妖に石を投げた事で完成した現在の状況。

こよりは恨み言を吐き、ルイは飛びながら走るラプラスの頭をポカポカと叩いている。

 

 

「どうすんのよこの数!何百いると思ってんの!?」

 

「いや〜、思ったより群生してたなぁ。殆ど幼位みたいだが、成位も混じってるか?」

 

「老位がいないっぽいだけマシだけど…あんな数は流石に無理だって!」

 

「あ〜もう!ボクのguardianが全部健在ならあんなの簡単に制圧出来るのに〜!」

 

「全部ぶっ壊しちまったからな〜、ドンマイ!」

 

「ラプちゃんがやったんでしょ〜!!」

 

 

迫る妖は数の多さに応じてその造形も様々で、犬や猿、鳥や蜘蛛のような自然界の生き物に似た姿をとるものから、虫のような羽が生えた妖精のような形をしていたり、異常に長い手足で這ってくる人型等の異形と様々。

ただそのどれもに共通しているのは、見る人の不安感を煽るような不気味さを持っているということだろうか。

 

そんな中、妖の中でも特に移動速度の早い鳥型や羽持ちの飛行する複数の個体が3人に対して一気に距離を詰めてきた。

 

 

「!ルイ後ろ」

 

「分かってる、よ!」

 

 

ラプラスの指示を受けたルイは鞭を操り、付近にあった太く大きな枯れ枝を絡め取ると、それを後方に向かって放った。

後方に飛んで行った枝は複数の妖を巻き込んで転倒させ、そうして転んだ妖達は後続の妖に踏み潰されている。

集団で活動する原理こそ持ち合わせていても、同族に対して関心がある訳では無いのか妖はその辺が非常なようだ。

 

とはいえ多少の妨害を行ったところでその数は圧倒的。

真正面からぶつかっても圧殺されるのは目に見えている。

 

 

「ていうかラプ、いつもやってる魔力放出ならいっぺんに片付けられない!?」

 

「いや〜、この前のこより回収しに行ったやつで調子乗ってバンバン魔力撃ちすぎたからな〜。ちょっと厳しいかな〜」

 

「結構時間経ってるでしょう!?悪ノリも大概にしてよ〜!」

 

「る、ルイ姉!また来てるぅ!」

 

「あぁもう!」

 

 

妖達の勢いは留まることを知らず、木々を薙ぎ倒しながら迫る群れの中から再度移動速度の早い飛行型が詰めてきた。

苛立つルイはその個体を鞭で捕まえると、そのまま鞭を振るって適当な木に叩きつけ血溜まりにも似たシミに変える。

既にこの追いかけっこが始まってから10分程が経過し、ラプラスやルイはまだ余裕を持って逃げれているが、この辺りでこよりが息を乱し始めた。

 

 

「はぁ…はぁ…」

 

「お前獣人だろ。体力と身体能力はどうした」

 

「ラプちゃん達に連れてかれるまでずっと引き篭ってたんだから仕方ないじゃん!こんなに走るもの久しぶりなんだし…はぁ…はぁ…」

 

「しゃーねーな。ルイ担いでやれ」

 

「私の負担!」

 

「さっき確認した感じこの先にでかい川がある。底も深くて流れも急流。そこを飛び越えりゃ飛行型以外は追って来れないだろ。飛行型もそんなに多くないし他のを撒ければ後は片付けられる」

 

「うぅ…こより、捕まって!」

 

「う、うん…ごめん、ありがとうね。その分ボクが迎撃頑張るから!」

 

 

ラプラスからの意見に眉間に皺を寄せて考え込んだルイだったが、渋々ながらも聞き入れてこよりの腰に腕を回し、抱える形で持ち上げた。

腰から洗濯物のようにぶらり状態となったこよりも、迷惑をかけたことを挽回するために懐からハンドガンのような形状の、しかしやたらと厳つい装置を取り出してそれを後方の妖の群れに向ける。

 

 

「それは?」

 

「数少ないボクが持ち出せた武装の一つ!『こよブラスター』!」

 

「ネーミングざっつ!」

 

「良いでしょ別に!」

 

 

ラプラスからの辛辣なツッコミにもめげず装置の引き金が引かれる。

それに反応して装置の射出口のような部分が光り────妖の群れの方で爆発が置き、数十体の妖が巻き込まれて沈黙した。

 

 

「…何その威力」

 

「ラプちゃんはボクのguardianと戦った時に見てるよね」

 

「お、それあれだろ。研究所の人型ロボットに積んでたやつ。色々面白い武装があって楽しかったな」

 

「あっさり壊された時はちょっと悔しかったけど…これはあれの小型化したやつだね。太陽光で発電できるしお手軽に使えるんだ。まあその分満タンでも2発しか打てないし充電に半日かかるけど…」

 

「要改良だね〜。で、それもう1発撃てるならもうちょっと後続足止めしてくれない?」

 

「合点承知!」

 

 

緊迫感漂う追いかけっこの最中だというのに自慢げに自分の発明品の解説をするこより。

ルイは妹にでも接しているかのような微笑ましい視線を送るが、そんなことをしている暇では無いので直ぐに切り替え、迎撃の指示を飛ばす。

了承したこよりは群れの前方の方にブラスターの狙いを定め…引き金を引く。

 

群れの前方を走っていた妖は、正面で起きた爆発により勢いを弱め、後続と衝突して多くの妖が転倒したり踏み潰されたりと最初の方に比べれば勢いも数もかなり衰えてきていた。

それでもまだ百は優に超える数が追いかけてきているが…

 

 

「む、遠くから川の音。もうすぐだぞルイ」

 

「ならここで一気に引き離す…っ!?ラプラス!」

 

「お、やっと出てきたか」

 

「何あれはっや…!?」

 

 

順調に逃走を続けていた三人だが、群れの中から飛び抜けて跳躍してきた妖が一気に三人の頭上を飛び越えて真正面に立ち塞がった。

それは他の妖よりも一回りも二回りも大きな体躯を持つ6本の腕を持つ人型の妖。

それは手近な岩や木を根元から引っこ抜くと、次々と三人に向けて放り投げる。

対して、ラプラスはようやくやる気を見せて三又槍を空間から引き抜くと、一振して放たれた魔力の弾幕がそれらを撃ち落とす。

 

 

「やっと成位のお出ましか。片手間じゃ仕留められないから面倒だな」

 

「やっぱり魔力あるじゃん!?それで後ろの吹き飛ばしてよ!?」

 

「そんなつまんない事言うのは駄洒落だけにしとけって」

 

「凄い失礼!」

 

「おーしこより〜。もう何とかスプラッター撃てないんだっけ?」

 

「こよブラスターね!さっき言った通りチャージに半日かかるから…」

 

「仕方ねーなぁ。んじゃ吾輩があいつぶっ飛ばしてやるか。ルイはこより抱えてろ」

 

「う、うん…」

 

『────────!!』

 

「っと、向こうもやる気だな」

 

 

成位の異形が奇声を上げると、6本の腕で地面を這うように移動し三人に向かって突撃を行った。

それを迎え撃つべくラプラスがルイよりも速度を上げ、一気に妖の目前まで距離を詰めて槍を構える。

その急接近に一瞬戸惑った様子を見せた妖だが、直ぐに反応して腕の2本を振り上げ、残る4本を体を守るように前に突き出した。

 

 

「所詮お前らは獣にすら劣る程度の生存能力しかないんだよ!」

 

『──────!!』

 

 

振り上げられた妖の腕がラプラスを叩き潰そうと振り下ろされる直前。

 

それよりも早く、ラプラスの槍が腕の防御ごと妖の胴体を貫いて風穴を開けた。

すれ違いざまの一瞬の攻防を制したラプラスは肉体が崩壊していく妖を後方に向かって蹴り飛ばし複数の後続の妖を転倒させると、再び逃亡の為に走り出す。

 

 

「…嫌な予感がしたんだったら、回れ右して逃げ出すべきだったな。そこらの獣にすら出来ることなのに」

 

「命を顧みないからこそ厄介とも言えると思うけど…」

 

「う〜…いつか妖も捕獲して実験してみたいな〜。ラプちゃん老位くらいのやつなら捕まえられない?」

 

「倒したら消えるからなぁアイツら。そこまで行くと加減できん」

 

「って、後続まだ来てるからさっさと抜けるよ!ラプの言った通り川が見えてきた!」

 

「おっし、じゃあさっさとこの追いかけっこも終いにするぞ!飛べぇ!」

 

 

三人の進路の先に見えてきた大きな河。

流れも強く下手に侵入すればあっという間に流されてしまいそうなそれを、ルイはこよりを抱えたまま飛び越え、ラプラスは己の跳躍力のみで跳び超える。

背後から追っていた妖の群れは構わず追跡を続けようとして───

 

 

 

 

 

「はっ、ばーか」

 

 

三人の追跡だけに執着していた妖の群れ、その内飛行能力を持たない個体はまとめて次々と河に侵入し、案の定その強い流れに飲み込まれ沈み押し流されていく。

飛行型は辛うじて追跡を続けているが、それでも残りは十数程度。

 

河の向こう岸までこよりを送ったルイは反転すると、鞭を操り次々と妖を貫き、または絡めとって河に叩き付けていく。

数匹の撃ち漏らしもラプラスが始末し、長い追いかけっこの末、ようやく妖を全滅させたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ…疲れた…あの悪戯は洒落にならないからもう勘弁してね?」

 

「どうかな?まあ流石にヤバそうな群れにはやらねーよ。小規模な群れなら…」

 

「もう!ラプちゃんとルイ姉は強いから良いだろうけど、ボクは武装が無いとちょっと頑丈で力が強いだけの女の子なんだから!」

 

「私もラプ程じゃないよ…」

 

「はははっ、博士はまず資材と設備を揃えなきゃな。その内拠点でも構えるか」

 

 

あの後、追いかけっこによる疲労で気力が尽きたルイとこよりを見かねたラプラスが河で釣った魚と適当に狩った動物を使って鍋を振舞っていた。

三人で鍋をつつきながらも気安く愚痴を叩き合い、三人での行動にも慣れてきた一向。

 

そこで話題は次の仲間探しの話へと移った。

 

 

「ん〜…ラプちゃんが仲間に欲しいって言ってるのが例の指名手配犯なんだよね?」

 

「あぁ。頭脳担当は博士に任せて、ルイは器用だから計画が進んだら色々頼む予定があるとして…博士を捕まえに行く時に黄金国の基地に忍び込んだんだが、やっぱりああいうのは吾輩には合わないんだよな。だからそういうのも出来る奴がいたら良いな」

 

「最悪私がやっても良いけど…場所によってはやっぱり翼がネックになるのよね」

 

「だから人間の仲間も欲しいって訳。それで、今目標にしてる二人の指名手配犯について博士はなんか知らないか?」

 

「ボク?えっと…引きこもってる時に街の方に探査機送り込んで情報収集してる時に聞いた噂だと、”夜叉”はなんでも黄金国の兵士を狙って攻撃してるらしいね。なんでも白銀騎士団にすら犠牲者が出たそうだから相当な手練なのは間違いなさそう」

 

「ほう、騎士団を。状況にも寄るが中々強そうだな。今回の件で吾輩以外に戦闘任せられる奴も必要だと思ってたから丁度いいな」

 

「んで、”殺人鬼”の方は黄金国では有名な殺し屋だそうだよ。報酬さえ払えればどんな要人でも警護をくぐりぬけて暗殺できるんだって」

 

「ふむ、それはさっき言った潜入とか調査を任せられそうだな。えーと…最後に目撃情報があった場所と距離が近いのは夜叉とやらの方だったな」

 

「確かその場所が…」

 

 

以前仲間集めの参考となった新聞と忍び込んだ基地で手に入れた資料を取り出したラプラス。

それをこよりとルイが後ろから覗き込んで一緒に場所を確認する。

そして、全員が記載されている情報に揃って気まずそうな声を上げた。

 

 

「「「…王都?」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「出たな犯罪者め!今日こそひっ捕らえてやる!逃げても無駄だ!」

 

「…ひぃ、ふぅ、みぃ…随分連れてきたでござるなぁ」

 

 

月の照らす黄金国王都。

川のような水路が引かれ、澄んだ空気と水面の美しさから別名水の都とも呼ばれる街のその一角にある噴水のある広場。

噴水を背に、大勢の兵士に囲まれるのは、和装に刀を腰に差した月光を金髪で反射する1人の少女。

街の景観、満月から降り注ぐ月明かり、美形の少女、それらが1つの画に収まる光景はまさに絵画のような美しさだが、その場を包み込む空気はあまりにも重々しかった。

 

少女を取り囲む武装した兵士達の間には張り詰めた空気が流れ、対して少女は軽い足取りで噴水の縁にトンっと上がって片足で回転するように兵士達を見回す。

 

 

「…はぁ、騎士団の団長がまさかの不在、その上騎士団の1人もいないなんて…あの人達歯ごたえあるから修行の相手にはもってこいだったでござるのになぁ。幾ら数がいるとはいえ…これなら妖でも相手する方がマジでござる」

 

「ぐっ、舐めやがって…かかれぇ!」

 

「ふん、まあ武装した大勢相手するのもそれはそれで何かしらの修行にはなるでござるか…なら────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────不肖、風間いろは!推して参る、でござる!」

 

 

 

 

『WANTED 桜の都の夜叉(ナイトメア) 風間いろは』




設定資料:黄金国の主要都市
黄金国には多くの街や集落が存在するが、その中でも主要都市として数えられる街が4つある。
1つが言わずもがな王都であり、王族の暮らす王城や騎士団の総本部、住宅街や商店街、歓楽街などがあり、街の城壁の外では広大な田んぼや農耕地帯が広がっている。
王都から一定範囲内は騎士団や兵士が常に巡回していて、検問としては勿論王都や付近の農業帯に妖を近づけさせない防波堤としての役割も併せ持つ。
その他は金属の加工や武器の製造を行う工業都市、水産業で栄える港街、そして騎士団を育てる士官学校がある学園都市がある。
学園都市は教官としての立場を持つ白銀騎士団の団員が多く駐屯している事、その他軍事関係の建造物が多いことも主要都市たる所以である。
ちなみに騎士団育成の為の学園が王都から離れた位置に置かれているのは、騎士団を分散させ影響力を削ぐ国の政策の1つでもある。


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猛き侍のSpirit

 

魔族、ラプラス・ダークネスの世界征服をする為の仲間探しの旅。

夜襲を掛けてきた有翼の獣人、鷹嶺ルイ。

地下の巨大ラボに引きこもっていたコヨーテの獣人、博衣こより。

現状二人の仲間を集め次なる仲間探しに向けて王都を目指していた一行は、遠い道のりということもあって休息のため進路付近にあった都市に立ち寄っていた。

 

 

 

「…ラプちゃんそれ逆に目立たない?」

 

「誰も彼もしつこいぞ〜。吾輩が良いって言ってるんだから良いの!」

 

「取り外しとか出来ないわけ?」

 

「出来るかい!」

 

 

黄金国の中では比較的小さく人口も少ない都市に潜入した一行。

こよりとルイはフードやらマントやらで獣人の特徴を上手く隠しているが、ラプラスは前回同様巨大な帽子を被って立派な魔族の角を隠し、それを見たこよりが爆笑する。

相も変わらず人里に立ち入る度に問題になるラプラスの角事情をこよりが揶揄うと、ラプラスは見た目相応に子供らしく抗議した。

それを横目に見守りながら街中にあった掲示板を眺めていたルイは、目的のものを見つけて掲示板から引っぺがした。

 

 

「あったよ、直近のやつ。例の”夜叉”はまだ捕まってないみたいだね」

 

「お、そうか。大分時間経っちまったから吾輩達が行く前に捕まってないか心配だったからな」

 

「でもこの人凄いよね。王都なんて白銀騎士団が多く常駐してる筈だし、あの忌々しい騎士団長だっているのに…」

 

「お前まだ根に持ってたのか…?」

 

「そりゃそうだよ!ボクの最愛の機体と時間をかけて広げたラボをゴミみたいに消し飛ばしてくれたんだよ!次会ったら絶対痛い目見せてやるんだから!」

 

「良い気概だけど、天賦の子とまともにやり合っても瞬殺されて終わりでしょう?恨みが先走って無理に仕掛けないようにね」

 

「そういうこった。心配しなくても吾輩達が世界征服を進めようとしたらどうせいつかぶつかるんだ。鬱憤晴らすならその時にな」

 

「うぅ〜…分かってるけど…」

 

 

言葉では取り繕って居るが、やはり納得が行かなそうな態度で声のトーンを落とすこより。

見かねてラプラスも機嫌を取るために早めに設備や資材を揃えられることを努めようとは思ったが、そもそもどこに行けばそんなものを拾えるのか。

工業都市等の工場から強奪することも考えたが、有用なものは流石に白銀騎士団が警備していると思われるのでリスクも相応に高いのである。

 

 

「…そういや、工場とかの廃材とか直せないくらい壊れた機械とかってどこに処分してんだろうな?」

 

「うん?そういうのってリサイクルするのが普通じゃないの?」

 

「黄金国は鉱産資源は豊富だけど別に無駄にしたりはしてないからね。使えるものは普通に有効活用して…いや、待って。獣王国はとにかく大量に鉱産資源を必要としてるからそれが基本だけど、ボクが国にいた時に聞いた話だと黄金国は確かに剣とか鎧、あと一部の工業製品に金属を使うけど、材料によってはそれらに適さないって事で掘ったはいいものの使わずに取り敢えず溜め込んでるものもあるって聞いたことがあるよ」

 

「ふむ…?大切な資源とはいえあくまで不用品ならそこまで警備も厳重じゃないか…?」

 

「保管してる場所も主要都市から離れてる小さめの街だった筈だし、強奪行けるかも!」

 

「でもそれをこよりが上手く使えるの?」

 

「ふふふ、甘くみてもらっちゃあ困るよ!ボクの手にかかれば、ある程度資材を別の資材に置き換えて代用することだって出来るんだから!まあ最低限絶対必要な資源とか設備とかはあるけれど…」

 

「曲りなりにも鉱産資源を保管してる街だ。小さな工場くらいならあるだろうし、そこから幾つか拝借すりゃあ良いだろ」

 

「そう…じゃあ今度詳細詰めて立ち寄ってみようか」

 

「やったー!」

 

 

ルイが話をまとめ、掲示板から有用そうな情報が乗った張り紙を幾つかくすねて一行はその場を後にした。

 

その後は食料や調味料、ある程度の日用品を買い込んで特に目新しいものが無いのを確かめると、騎士団に補足される前に都市を離れた。

 

この都市から王都まではそこまで距離は離れておらず、何事も無ければ4日程で辿り着く目処を立て、ルイが先導して街路脇の生い茂った森を進む。

街路を直接通ると不意に白銀騎士団と遭遇する可能性もあるので敢えて避けていた。

 

 

「さて、今回の目標の夜叉とやら、どうやってスカウトするかな」

 

「って、何も考えてなかったの?」

 

「博士は家無くなったから着いてきた感じだったけど、元々力づくで連れてくつもりだったからな。交渉はあんまりするつもりじゃなかったんだ。ルイの時もそれで済んだしな」

 

「うっわ〜…だいぶ暴力的な出会いだってのは聞いてたけどルイ姉ラプちゃんにやられてたんだ〜…」

 

「当時は盗賊紛いの生き方してたから。狙った相手が悪かったし、返り討ちに会うのもさもありなん。まあ後悔はしてないし、今の生活もそれなりに楽しんでるけどね」

 

「でもまあ、吾輩も思いっきり背中やられたからな。骨が逝かなかったのは奇跡だぞ」

 

「あれ耐えれるの怖いわよ」

 

「そ、想像出来ないなぁ〜…ボクなんて生身だとそんなに動けないし…やっぱり二人おかしいよ!」

 

「…ルイ」

 

「ええ、分かってる」

 

「…え?何?何?」

 

「吾輩達は確かにそんじょそこらの連中からしてみればおかしいかもしれんが…」

 

「世の中には、もっとおかしい奴がいるって事だよ」

 

 

談笑の最中、急に足を止めたラプラスとルイにこよりが困惑する。

そんなこよりを尻目にラプラスは空間から槍を引き抜き、ルイは腰に差したサバイバルナイフに手をかけた。

緊迫した空気感の中、森の奥から聞こえて来る、ガサッ、パキッ、と草や枯れ枝を踏む音がそれを後押しする。

こよりも状況を飲み込んだのか、懐から『こよブラスター』を取り出し物音のする方に銃口を向けた。

 

一行が油断なく構える中、やがてその人物が姿を現した。

 

着物に袴といったこの辺りでは見かけない珍しい装いをした人物。

編笠を被り顔はよく見えないが、背丈や口元、その他人外種に見られる特徴もないことから若い人間の少女だとラプラスは結論付ける。

 

 

「…お前、噂に聞く”夜叉”か?王都にいるって聞いたが」

 

「…」

 

 

ラプラスからの質問への返答はなく、編笠に手をかける少女。

ゆっくりとそれを脱ぎ足元に置くと、端正な顔立ちが顕になる。

しかし、綺麗な目は確かに鋭くラプラス達を捉えていて、下手に踏み込んではいけないと勘が警鐘を鳴らす。

そして、品定めするようにラプラス達を見回した少女はようやくその口を開いた。

 

 

「ふっふっふっ…相手に取って不足なし!」

 

「「「…は?」」」

 

「騎士団にも見ない手練れ、それに魔族とやりあうのは初めてでござる!」

 

「おい、お前…」

 

「不肖、風間いろは!推して参る、でごさる!」

 

「いや話聞け…ってうお!?」

 

「ラプラス!?」

「ラプちゃん!?」

 

 

ラプラスの制止も無視して口上を述べたいろはと名乗る少女は、腰に差す刀───これもこの辺りでは見かけない珍しい武器───を引き抜くと、一瞬でラプラスと間合いを詰め切り上げた。

咄嗟に槍で受け流したラプラスだったが、衝撃で槍がかち上げられ、続く連撃を防げない。

ラプラスの喉元に迫る刀を───割り込んだルイがサバイバルナイフで受け止める。

 

 

「む!そちらの獣人もやるでござるなぁ!」

 

「うぐっ!?このっ…!」

 

「ルイ!退け!」

 

 

受け止められた瞬間いろはは体を捻り、翻った袴から覗く華奢な脚から放たれた回し蹴りが、ルイの胴体を打ち捉えてよろけさせる。

接近戦の不利を感じ取ったラプラスはルイの襟を引き後ろに引っ張ると、いろはへ槍を向け先端から紫色の魔力の奔流を放つ。

が───

 

 

「ふんっ!」

 

「はぁ!?なんだそれ!?」

 

「魔法ってヤツでござるか?これも初見、盛り上がってきたでござるな!」

 

「盛り上がんねぇよこっちの気持ちになってみろ!」

 

 

どういう原理か刀の一振で魔力の奔流が切り裂かれ、破壊がいろはを避けるようにその真横を抜けていった。

 

これは有り得ない事態だった。

如何に達人であろうと、物理的な手段で魔法のようなエネルギー的な力に干渉出来るはずがなく、刀も傷一つ付かず無傷でその形を保っているわけが無いのだ。

しかしラプラスが考察する暇もなくいろはは再び間合いを詰める。

ラプラスも負けじと繰り出される剣戟の数々を槍で捌くが、その速度と一撃毎の圧に押されかすり傷が増えていく。

 

 

「こっち見なさい!」

 

「うん?っとと!おっと!やるでござる、な!」

 

「ぐおっ!?」

 

 

ラプラスを攻め立てるいろはだったが、飛び上がったルイからの呼びかけにそちらに意識が向き、同時にルイが鞭で引っ張り投げつけた太い木の枝を切り飛ばし、そこを狙ったラプラスの槍も弾き、ラプラスに足をかけて転倒させる。

そこにトドメを刺そうと両手で握りこんだ刀をラプラスの顔面に突き立てようとして───虚空に刀を振る。

 

 

「嘘!?」

 

「ふむ?珍しい武器でござるな?」

 

 

直後、いろはの背後で爆発が起きる。

いろはが切り裂いた攻撃の正体はこよりが放った『こよブラスター』の不可視のエネルギー砲。

それすらも捌いて見せたいろはは今度こそ足元に転がるラプラスにトドメを刺そうとするが、その前に間に合ったルイがラプラスを回収し間合いから逃れる。

 

 

「仕留め損なったでござる…」

 

「クッソ〜…強ぇ…」

 

「大丈夫?」

 

「何とか…だがなるほど、分かってきたぞ。人間なのに微弱な魔力をそこまで緻密に操れるたぁ恐れ入った」

 

 

この僅かな交戦で、ラプラスはいろはの強さの仕組みを見抜いていた。

人間は、天賦の子のような例外を除いて魔力を殆ど持たず、故に魔族等のように魔法を扱うことが出来ない。

だが一切無い訳ではなく、微弱ながらも確かに魔力自体は保有している。

このいろはという少女は、そのほんの僅かな魔力を正確に操り、効率的に体を循環させ身体の動きを精確にし、そして刀に流すことでラプラスの魔法やこよブラスターのエネルギー砲に干渉できるようにしていたのだ。

そして、それを見抜いたからといってどうにもならないという事実にラプラスは冷や汗を流す。

 

少なくともある程度は真正面から打ち合える以上白銀騎士団の団長…天賦の子ほど圧倒的では無いと思われるが、三対一ですら手玉に取られる強さ。

そして戦いを楽しみながらも、不意打ちにも対応してくる隙の無さ。

 

 

「君達、凄く面白いでござるな!もっと色々見せて欲しいでござる!」

 

「ござるござるうるせぇぞ妖怪ござる」

 

「妖怪ござる!?花の国の侍の由緒正しき言葉遣いでごさるよ!」

 

「やっと話聞く気になったか。いきなり襲ってきてなんのつもりだお前」

 

「む、不快にさせてしまったのなら申し訳ないでござるが…拙者、武者修行中の身で、旅の最中強者を見つけるといても立っても居られなくなるでござる」

 

「自慢気に言うことじゃねーだろ!あとやってる事ただの通り魔じゃねーか!」

 

「お陰でお尋ね者になってしまったでござるが…そのぶん騎士団のような手練が日夜挑んでくるでござるからいい修行になっているでござ…っと。仕掛けてきたという事は、再開して良いということ…でござるな?」

 

「あぁん、もう!なんで分かるのさ!」

 

 

話の最中木の上に登り悟られないように位置を変えていたこよりだったが、完全に不意を突いた筈のこよブラスターによる砲撃も切り裂かれ、虚しく後方で爆発が起きるだけで終わる。

そしてこよブラスターの充電満タン時の使用可能な回数である2発を撃ち尽くしてしまったこよりに、最早攻撃手段は残っていない。

そこに無情にも一度の跳躍で木の上のこよりの位置まで飛び上がってきたいろはの刀が迫る。

 

死を悟りギュッと目を瞑るこより。

 

 

「っ…!…!?」

 

「ボサっとしてないで!弓貸してあげるからそれで適当に援護して!」

 

「おっとっと、よくそんな扱いづらそうなことこの上ないものを操れるでござるな?重畳重畳、それもまた良し、でござる!」

 

 

それをカバーするルイ。

巧みな操作で縦横無尽に空間をうねる鞭が、いろはを弾き飛ばした。

その隙にルイは担いでいた弓と矢をこよりに放るが、原始的な武器を扱ったことがないこよりは戸惑うことしか出来なかった。

 

地面に降りたいろはに鞭で追撃を仕掛けるルイだが、それらは全て刀によって弾かれ、絡め取ろうとしても身軽な動きで尽く回避されている。

さらにアウトレンジからラプラスも槍を一振りして魔力の弾幕を放つが、それらも全て弾き返された。

 

 

「矢の雨も鉄砲の雨もなんのその!侍はこのくらいじゃあやられないでござる!」

 

「おかしいだろ!ルイみたいに避けてくるならともかく…いやあれもおかしかったけど、全部叩き落とせんのはおかしい!」

 

「全部?いやいや、当たるものだけ弾いてるだけでござるよ」

 

「チッ!ダメだこいつまともにやり合ってたらキリがねぇ!ルイ!」

 

「分かってる!」

 

 

遠距離では埒が明かないと判断し、ラプラスは巧みに三叉槍を操り、ルイはヒットアンドアウェイを徹底してのサバイバルナイフによる迫撃を仕掛けた。

しかし、それでもなお崩せない。

超人的な反射で縦横無尽な高速の連撃を尽く受け切り、反撃を行う余裕すら見せている。

ここまでいろはに対してかすり傷一つ与えることは出来ておらず、逆にラプラス達は戦闘に影響するものこそ無いが、浅い切り傷が着実に積み重なり始めていた。

 

 

「…ラプ、今回は引いた方が良いんじゃない?」

 

「おっと、せっかく見つけた手練、逃がすつもりはないでござるよ?やるなら最後まで付き合って貰うでござる」

 

(…いや、逃げようと思えば流石に逃げられる。ルイの飛行能力はそう簡単に追いつかれない。ルイに抱えてもらって魔法を打ち下ろしながら博士を回収して離脱すれば良いだけだ。それに、このまま戦いを進めれば多分勝てる。このペースの消耗でこれなら、人間である以上持久戦に持ち込めば先にあっちに限界が来る。が…そんな終わりじゃ味気ない)

 

「なあ、侍!」

 

「むむ?」

 

 

激しい交戦が繰り広げられる中、ラプラスが急に動きを止め、それに合わせてルイといろはも戦闘を中断した。

木の上からでは慣れない手つきで弓を構えていたこよりも状況に戸惑い弓を下ろす。

 

 

「お前、武者修行中って言ってたよな?どんな理由があってそんな事してんだ?」

 

「ふむ…そこまで複雑な話じゃないでござるよ?単に自分磨き、立派な侍になる為に己を高めているだけでござる」

 

「ほう?じゃあ王都にいたのはもしかして白銀騎士団の団長でも狙ってたのか?」

 

「勿論!彼の団長殿は大陸でも最強と聞いたでござる!そんな猛者と手合わせできるのならば、これ以上の修行はないでござる!それに、騎士団は末端ですらそれなりに手応えがあって、複数で挑まれればかなり神経が研ぎ澄まされるでござるよ」

 

「なるほどねぇ〜…」

 

「なんでござるか?さっきから馬鹿にしてるでござるか?」

 

「いや、別に。ただお前があの団長に挑んだところで瞬殺されるだけだから修行にもならねぇって話だ」

 

「…拙者、己が未熟だとは感じてるでござるが、それでもこの剣には誇りを持っているでござる」

 

「…つまり?」

 

「赤の他人に、とやかく言われる筋合いは無い!でござる!」

 

 

ラプラスの露骨な挑発にも乗ってきたいろはは、一度刀を鞘に納め、次の瞬間圧倒的な踏み込みによる居合がラプラスの喉元へと襲い掛かる。

その神速とも思える絶技を、しかしラプラスは首に刃が触れるか触れないかのところでピタリと止めて見せた。

 

 

「む…」

 

「はっ、はは…反応できなかったら終わってたな。それよか、良いのか?吾輩の槍に触れたままで」

 

「何を───うぐぅっ!?」

 

 

ギリギリと競り合ういろはの刀とラプラスの槍だったが、ラプラスがニヤリと笑うと槍から紫色の電撃が走り、触れる刀を通じていろはへと通電する。

魔法をも切り裂くいろはの剣技でも、ゼロ距離から放たれたそれは防ぎようがない。

苦悶の声を上げたいろはだったが、痺れる体に鞭打ち後ろに飛んでラプラスから距離を取る。

 

そこに、木の上から隙を伺っていたこよりが弓矢を射掛けた。

引き絞り方かそれ以外の技量故かルイが放った時程の威力も速度も無く、当たったとして刺さるとも思えないヘロヘロとした軌道の一射だが、それでも確かにいろはへと向かって飛んだ矢は───当然のように弾かれる。

だが、そんな些細な攻撃にもつい反応して防いでしまういろはは、失敗を悟った。

 

今の痺れた体では、もう体勢を立て直せないと。

 

飛び退きながら空中で無理に矢を防いでしまったがために着地は上手くいかず、その足は大きくよろめく。

そこを狙うのは、木々の合間の死角から飛び出したルイ。

飛行能力と身軽さにものを言わせた高速の機動により繰り出されたサバイバルナイフによる一撃は、惜しくもまたもや刀によって弾かれる。

 

だが、その攻撃によって弾かれたのはいろはの刀も同じ。

衝撃により真上にかち上げられ、もはやまともに振れる体勢では無い。

 

そして、トドメを刺すのは、やはりリーダーだ。

 

 

「魔法って便利だろ?次はその幅広さを知って、知識を蓄えて───吾輩の役に立て」

 

「くっ…油断した…で、ござる…」

 

 

ラプラスが槍の振り下ろし、柄で頭頂部を叩かれようやくいろはの意識が刈り取られた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…!何奴!…うん?」

 

「お、起きたか。腹減ってるか〜?」

 

「このノリ私の時を思い出す…」

 

「ルイ姉もラプちゃんに気絶させられたんだっけ?」

 

 

目を覚ましたいろはは、直ぐに付近に留まる複数の気配に反応して意識を切り替え臨戦態勢を取ろうとするが、優れた判断力が瞬時に状況を把握、刀は取り上げられていること、相手の方は警戒こそあるが戦う意思は無いこと、それらを確かめ一旦戦意を収めた。

 

いつの間に移動したのか、見知らぬ川辺で先程いろはが襲った一行が鍋を囲んでいる。

 

 

「…どういうこと…でござるか?」

 

「お前吾輩達に負けたろ?つまり今からお前は吾輩の部下、仲間だ。よろしくな侍」

 

「…そう…いや、いやいや。えぇ?」

 

「分かる、分かるよ。私も最初そんな感じだったし」

 

「ボクの時ってまだ穏便に済んだ方だったんだね…」

 

「なんでそんな呑気なんでござるか…?拙者先程思いっ切り命を狙ったでござるよ?」

 

「死合も終わればノーサイド。互いに死者ゼロ、つまり遺恨なし。そして敗者の処遇を決めるのは勝者の特権だ。納得できないならさっきのでお前は死んで、今新しく生まれ変わったお前の命を吾輩に預けると思え。侍ってそんなんだろ」

 

「なんか凄く侮辱された気がするでござる。言わんとしている意味は分からないことはないでござるが…えぇ…拙者君達の仲間になるより競い合って己を高めたいでござる」

 

「…じゃあ何時でも勝負を申し込んで来ていいぞ。それに、吾輩達に着いてきてくれるなら天賦の子とも戦う機会があるだろうしな」

 

「…!それは…どういう…」

 

 

ここぞとばかりに切り出したラプラスの提案に、いろはは目を細めた。

それは先程までのどこか抜けた雰囲気ではなく、高い壁を見据えるような真剣な眼差しだ。

その意思を本物と確かめたラプラスは、老獪に笑うと立ち上がり、鍋を飛び越えていろはの前に立つ。

 

 

「吾輩に着いてこいよ。吾輩達…『holox』の最終目標は、世界征服!勿論、それをする過程で色んな邪魔が入る…逆に言えば、計画を進めりゃ、世界中の強者と戦えるって事だ。吾輩がお前に求めることは、『吾輩を信じて従うこと』、見返りは強者と戦える環境、そして世界!…ついでに、衣食住もだな」

 

「…妄言も甚だしいでござる」

 

 

身振り手振りで語り、手を伸ばしてきたラプラスの話に、いろはは目を閉じた。

そして一息着くと、背伸びするラプラスと目を合わせる。

 

 

「でも、それを本気で、やり遂げるつもりで言ってるのはとても面白い事だと思うでござる。拙者は『風真 いろは』、よろしくでござる」

 

 

そんなラプラスから伸ばされた手を、いろはは握り返した。

鍋を続きながら話を聞いていたこよひとルイも警戒を解き、いろはの分の椀を用意して鍋を分け始める。

 

 

「吾輩が作った鍋だ。美味いから食ってけ」

 

「ん…実の所、拙者もここ長いこと腹持ちの良いものを食べれてないでござる。だから、ここは善意に甘えさせてもらうでござるよ」

 

「…そうだ、侍。お前に最初の命令がある」

 

「…?なんでござるか?」

 

 

 

 

「…その語尾に『ござる』って付けるの、やめろとは言わんが減らせ。話しにくい」

 

「…えぇぇぇぇ!?」

 

 

仲間が増える度に一悶着起こさなければ気が済まないのか、森にはショックを受けたようないろはの叫びとそれを面白がるラプラス達の笑い声が木霊するのであった。

 




設定資料:種族特性
この世界には様々な種族がいることは以前解説したが、その種族の一部や、それらが有する色々な特性や特徴をここに語る。

人間…最も全体として個体数が多く、かつスタンダードな種族。ハッキリ言って種族としては他のあらゆる種族の中でも貧弱だが、個体数の多さ故に統計的に特異な変異をするものが現れやすく、『天賦の子』がその主な例である。魔法への適性はかなり低く、基本生まれ持つ魔力は微量。鍛錬次第でそれを活かせる者もいる。寿命は短い。

獣人…2番目に個体数の多い種族。全体的に高い肉体能力と体力が特徴的だが、獣人という括りの中でも更に細かい分類があり、飛行能力を持つ有翼、つまり鳥類の獣人。聴覚や嗅覚に優れるイヌ科の獣人、器用さとしなやかさに優れたネコ科の獣人などがいる。魔法への適性はかなり低く、基本生まれ持つ魔力は微量。寿命はそこそこ長い。

エルフ…主に森などで生活する尖った耳が特徴的な種族。魔法への適性はそこそこ高く、肉体能力もそこそこ高い。他の種族よりも器用さで優れ、使おうと思えばあらゆる武器や道具を使いこなせる。その他聴覚に優れ薬等の開発も得意とする。生まれ持つ魔力はそこそこ。個体数は多くもなく少なくもない。寿命はかなり長い。

魔法使い…基本は人間と同じだが、確かに分類上は別種として扱われ、魔法への適性という面で優れる種族。生まれ持つ魔力も多く、人間と比べて記憶領域が広かったり、人間が発音できない言語を喋ることも出来る。個体数はかなり少ない。寿命はそこそこ長い。

魔族…かつて魔界に追いやられた種族。魔法への適性が高く、また肉体能力もそこそこ高い。生まれ持つ魔力量も多め。また、魔法への耐性と生命力も高く、種族として死ににくいという特徴もある。魔界に限れば個体数は多め。たまに翼を生やし自前で飛行能力を持つ個体も生まれる。寿命はほぼ無限。

天使…天界と呼ばれる浮遊都市に暮らす有翼の種族。魔法への適性はそこそこ高く、肉体能力もそこそこ高い。生まれ持つ魔力は他の種族と比べて圧倒的に多い。また魔法への耐性が極めて高く、天使のみが持つ『加護』と呼ばれる特性により殆どのの病気や毒、環境変化による影響を無効化できる。個体数は少なめ。寿命はほぼ無限。

神族…一括りにはまとめきれないが、多種多様な分別があり、個々が唯一無二の権能を持つ無敵に近い種族。個体数は非常に少ないが、死という概念は存在せず個で太刀打ちできる者はほとんどいない。例として、死神が振るう鎌は無条件で触れた生き物の命を奪い、時の神は時間の停止も逆行も好き放題に行える。

神秘種…特異な種族。他のあらゆる種族の規格から外れた突然変異的に現れる生き物。その由来は神族に似ているが、基本的に上記のような絶対性がある訳では無いので別種とする。例として、魔力とは異なる『霊力』なるものを扱う白狐と黒狼。或いは完全な意志を持つ自動人形。また或いは再生と死を繰り返す緋翼の鳥など。個体数は極めて少ない。


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