少女と花嫁 (吉月和玖)
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第一章 出会い
01.出会い


『お兄ちゃん、教え方が上手だね!きっといい先生になれるよ!』

 

学生の頃に一度だけ京都で出会った女の子。

その女の子に自分の知っていることを教えてあげながら京都を案内した時に言われた言葉。

その時の女の子の目はキラキラとしていた。

なのに……

 

ピピピ…ピピピ…ピピ...

カチッ

 

「フワァ~…」

 

指定した時間に鳴り響く目覚ましを止め、起き上がりながら伸びをする。

久しぶりにあの頃の夢を見たな。僕が教師を本気で目指すきっかけになった頃の夢。せっかくきっかけをくれた女の子だったのに、その子の顔をほとんど思い出せない。

まあ、旅先で出会っただけの関係。写真も撮らないわな。

 

僕は吉浦和彦(よしうらかずひこ)。旭高校という高校で教鞭を執っている。

そんな僕は朝から困った状況に陥っている。それは......

 

「すぅー...すぅー...」

 

何故か僕の横で気持ちよさそうに眠っている女の子がいるからだ。まあ正体は分かっているので対処には困らないのだが。

 

「おい、起きな『ことり』」

 

『ことり』と呼んだその子を揺さぶりながら起こす。

 

「ん~~...お兄ちゃん...?」

「おはよ、ことり」

「えへへ、おはようお兄ちゃん」

 

吉浦(よしうら)ことり。彼女は僕の妹にして、僕が教鞭を執っている旭高校に通う高校二年生。

文武両道で、人当たりもよく密かにファンクラブまで出来ている程の人気の女子生徒なのだが、一つだけ欠点と呼ぶべきものがある。それは......

 

「まったく。毎日毎日、凝りもせず人の布団に潜り込んで寝るんじゃないよ」

「えー、だって少しでも一緒にいたかったんだもん」

 

ことりの用意してくれた朝食を食べながら意味のない注意をする。

そう唯一と言ってもいい汚点がこのブラコンぶりだ。

なにしろ、僕の近くに居たいからとわざわざ県外の高校を受験して僕の家に転がり込んでくるぐらいなのだ。

まったく...男子から告白も多いだろうに全部断っていると聞いた時は驚いたものだ。

告白してきた男子にはもれなく、『好きな人がいるのでお付き合いできません』、と断っている。

だからいつも校内での話題は、あの吉浦ことりの好きな人は誰なんだ、でひっきりなしだ。

まさか、その相手が兄である僕とは誰も思うまい。

呆れ気味でことりを見ると、ニッコリとした顔を返されるのだった。

 


 

「先日お話をしていた通り、本日転入生を迎え入れます。二学期が始まって間がなく中途半端な時期ではありますが、二年生の担任を持つ皆様はどうぞよろしくお願いします。転入生は五人。ですので、各クラス一名ずつの受け入れとなります。各クラスに配属される生徒は今お配りしたプリントに書かれておりますので、各自で確認を取っておいてください。なお、転入生は午前中は私で学内を案内しますので、午後から受け入れをお願いします」

 

出勤後の朝礼時に教頭先生から説明があった。

ちなみに僕は絶賛関係ある二年生の担任である。

はぁぁ...どんな子が転校してくるのやら。

朝礼が終わり朝のホームルームまで少し時間が空いたのでプリントで確認する。

 

「お互い大変ですね。初の担任クラスなのに転入生の受け入れなんて」

「ははは、まあ全クラスに転入してくるというイレギュラーなんで、こればっかりは仕方ないですね」

 

プリントを確認していると隣の席の立川芹菜(たちかわせりな)先生に声をかけられた。

彼女は僕と同じ年齢で同期。同じく二年生に担任クラスを持っている。つまり、彼女のクラスにも転入生が来るのだ。

席も近いことからこうやってよく話をすることが多い。他にもよく話をすることが多い理由があるが今はいいだろう。ちなみに、人当たりが良い事で校内では教員や生徒からも人気が高い。

 

「しかし、転入の時期も珍しいと言えば珍しいですが、こっちの方が余程珍しいですね」

「そうですね。五つ子ですか...」

「やっぱり顔とかそっくりなんですかね?僕には見分ける自身ないかもです...何か特徴があればいいんですが」

「ふふっ、吉浦先生ならきっと大丈夫ですよ」

「どこから来るんですか、その自信は...」

「あら、吉浦先生は生徒とのコミュニケーションが取れてて人気者じゃないですか」

「それ、立川先生が言います?」

 

そこでお互いにプッと笑ってしまったが予冷も鳴ったのでここまでだ。

 

「それじゃ、行きますか」

「そうですね。あ、転入生の名前は覚えました?私の所は、中野五月(なかのいつき)さんでしたよ」

 

並んでそれぞれの教室に向かいながらお互いの転入生の名前を確認する。

 

「立川先生の所は五女ですか。僕のクラスは中野三玖(なかのみく)でしたね。なので三女ですかね」

 

三玖ねぇ。玖の字は珍しいな。三本の矢で有名な毛利元就の正室『妙玖』と同じ字か。て、すぐ戦国史に頭が持っていかれるは悪い癖だ。

こんな感じに日本の戦国時代が好きなのだ。数学教師なのに。

まあ、社会全般が好きって訳じゃないからなぁ。

ちなみに今隣に並んでいる立川先生が社会担当の教師である。だから僕との話が通じ合うところがあるのだ。

 

「なるほど。名前の数字で長女、次女があるんですね」

「多分そうですね。他の姉妹にも名前に一と二と四がありましたから」

「ふふふ...」

「え、なんで笑うんですか?」

「やっぱり、ちゃんと見てらっしゃるんだなって」

 

これは一本取られたな。

頭を掻きながら自分の教室に向かうのだった。

 


 

昼休み。

この学校には数学準備室というものがある。まあ、体のいい物置のような教室ではあるのだが。

ただ、机とかもあるからこういう休憩時間とかには結構使えるのだ。整理をする条件に自由に使って良いと言われているのでこの場所は重宝している。

職員室でお昼はなんか緊張して休めないんだよねぇ。

 

コンコン

 

「はーい、どうぞ」

 

ガラッ

 

「失礼します」

「……何やってんの?」

「お昼、一緒にしようと思って」

 

ドアで自分の弁当を掲げながらそう言ってくるのは我が妹のことりである。

慣れた動作で僕の向かいに弁当を広げながら座る。

 

「まったく…ここで食べないで友達と食べなって言ってるだろ」

「だから毎日は来てないでしょ?」

 

頬を膨らませながら反論することり。

いや、そうなんだけど…

 

「週に2、3回来られたら言いたくなるよ」

「むー…これでも結構我慢してるのにぃ~」

 

自分で作った弁当のおかずを食べながら文句を言うことり。ちなみに僕の弁当もことりが作ってくれている。

こういうところがなければとても良い子なのになぁ。

いつもの恒例のやり取りをしながらも、何だかんだで話が弾む。

そんな時だ。ことりの携帯に友達から連絡がきたようだ。

 

「………ねえお兄ちゃん?転入生でも来てるの?」

「なんで?」

「いや、友達から学食に黒薔薇女子の制服着た生徒がいるって連絡きたからさ。しかも、一組の上杉君と口論してたっぽいよ」

「上杉と?それはまた珍しいな」

 

二年一組の上杉風太郎。学年一位の成績で全教科満点を取っている。とは言え、僕が出す小テストではたまにミスしいてる。まあ、本番にきちんと修正出来てるから問題ないんだけどね。

いつも一人で勉強しており、誰かと話しているところを見たことがない。

そんな彼が、しかも転入生と口論か…

ちなみに、目の前にいる我が妹も成績上位者である。特に数学は満点を逃さない。

『お兄ちゃんが教えてくれる科目だもん。他の科目より頑張るよ』、が本人談である。社会も日本史の部分は満点である。僕が好きなものは何でも好きになるそうだ。

お兄ちゃん、妹の未来が心配だよ。

 

「転入生については今日の午後から来るよ。二年生全クラスにね」

「え?全クラス?てことは、五人も来るの?転入生」

「そうだね」

「じゃあ、うちのクラスにも来るんだ」

「紹介する時にお願いするけど、仲良くしてやってくれ」

「うん!その辺は任せといて……と、そろそろ行くね」

「ああ」

 

自分の弁当を持って教室から出ていく。

さっきお願いした通り、僕の担任クラスにことりがいる。

普通、兄妹で同じクラスにしないだろ、と思うのだが…

さて、転入生の受け入れのためにも僕も早めに職員室に戻りますか。

 

職員室に戻ると、職員室前に五人の女子生徒が並んで待機していた。どうやら件の転入生らしい。

しかし、遠目から見てもそっくりだな。唯一助かるのは髪型と、それぞれが付けているアクセサリーなどが違うことか。

そんな風に考えながら五人に近づいた。

 

「こんにちは。本日転入してきた中野さん達でいいのかな?」

「そうですけど...あなたは?」

 

僕の質問に一番髪が短い子が答えてくれた。

 

「失礼。僕は二年四組の担任をしている吉浦です。よろしくね。えっと...中野、三玖さんはどなたかな?」

「はい...」

 

五人の中で真ん中に立っていた子がおそるおそる手を挙げる。

髪はセミロングで右目が隠れるほど前髪が長い。後は特徴的にヘッドホンを首に掛けている。

 

「さっきも自己紹介したけど、僕が君の担任の吉浦です。これからよろしくね」

 

三玖さんは僕の言葉にコクンと頷く。人とのコミュニケーションが苦手なのかな。

 

「へぇ~。三玖よかったじゃん。若い先生で話しやすそう。私もこの先生が担任ならよかったのにぃ」

「担任なんてどれも一緒でしょ」

「二乃は相変わらず辛辣だなぁ...」

「......」

 

残りの姉妹が盛り上がって話をしている。どうやら姉妹間の仲は良いようだ。

しかし、先程から気になっているというか、じっと見られているように感じるんだが。

 

「えっと...僕に何か質問かな」

 

視線の先の子に確認する。

その子は、ウェーブのかかった長い髪で前髪の一部が長く後ろに伸びている。後は、星形の髪飾りを前髪に着けており、アホ毛?が生えている。

 

「す、すみません!」

「おやおやぁ...五月ちゃんってば、もしかして先生みたいなのが好みだったりするのかなぁ?」

「そ、そういうのではありません!ただ、ちょっと昔会った人に似ていたので...あの、先生の担当科目は社会でしょうか?」

「ん?いや、数学だけど」

「え!?そうですか...やはり勘違いだったのでしょうか

 

五月と呼ばれたその子は、僕の回答に驚き何やらブツブツと言っている。

 

「んー...社会が得意そうに見えたかな?まあ、日本の戦国史は好きだから見立ては合ってると言えば合ってるかな」

「えっ!?」

 

僕の回答に今度は三玖さんが驚きの顔を向けている。何なんだろうか。

 

「数学教師なのに戦国史が好きなの?」

「に、二乃!言葉遣いっ」

「ああ、他の先生がいないところだったらわざわざ敬語で話さなくてもいいよ。みんな割とフレンドリーに接してくるしね。後、戦国史好きは本当だよ。この分野のみだったら社会の先生にも負けないって自負してるしね」

「ふ~ん。やっぱり先生って話しやすいね」

「ははは、威厳は保てるようにしてるけどね。そうだ、せっかくだから名前聞いといていいかな?数学を教えるために結局全クラス回るわけだし」

「私が長女の一花だよ。よろしくね先生!」

 

一花と名乗った子の髪はショートヘアーで五つ子の中で最も短い。姉妹の中で一番コミュニケーションがとれるのかもしれない。

 

「......二乃よ。よろしく」

 

二乃と名乗った子はロングヘアーの髪型で、五つ子の中で一番の長髪だ。後は黒い蝶の髪飾りを左右に着けたツーサイドアップが特徴的である。反発的な態度を取っているが性格から来ているのか気になるところではある。

 

「四葉です!よろしくお願いします!」

 

四葉と名乗った子はボブカットで緑のうさ耳のようなリボンを着けている。活発的で明るい性格のように感じる。ちなみに、先程から二乃さんに注意をしているのがこの子だ。

 

「五月です。よろしくお願いします」

「うん、皆よろしくね。それじゃあ三玖さん。僕たちはそろそろ行こうか」

「はい...」

 

ある程度お互いに紹介が出来たところで三玖さんを連れて自分の教室に向かうことにした。

 

「あ、あの...さっき、日本の戦国史が好きだって...」

「んー?そうだけど...何?三玖さんも戦国史に興味あるの?」

「えっ!?す、少しだけ...」

「へぇ~、そっか。じゃあ、放課後良いもの見せてあげるよ」

「いいもの?」

「ああ。もしかしたら引かれるかもしれないけどね......さて、ここが三玖さんのクラスの二年四組だ。自己紹介をすることになるだろうけど大丈夫そう?」

「......自分の名前と挨拶だけなら」

「ふっ、十分さ。他の事については僕から紹介するから気にしなくていいよ。じゃあ行こうか」

「はい...」

 

三玖さんの返事を聞いた僕は、いざ自身のクラスの教室の扉を開けるのだった。

 

 




自分にとっては二作品目の投稿です。

『五等分の奇跡』との同時投稿になりますので、投稿がスローペースかと思いますがご了承ください。
こちらの作品も完結出来るように頑張りたいと思います。
どうぞよろしくお願いいたします。



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02.五つ子

「中野三玖です…よろしく…」

 

そんな簡潔な自己紹介をする三玖さん。本当に話すのは苦手のようだ。

 

「女子だー」

「普通に可愛い…」

「あの制服って黒薔薇女子じゃない?」

「マジかよ。超金持ちじゃん」

「おいおい何者だよ」

 

三玖さんの挨拶にクラスがざわつく。主に男子が。

まあ、五つ子は皆可愛かったからね。他のクラスも騒いでるだろう。

 

「はいはい、静かに。気付いてる人もいるけど、彼女は黒薔薇女子からの転入生だ。黒薔薇女子は中高一貫の女子校だから…特に男子。むやみやたらに質問責めしないように」

『はーーい』

「ったく返事は良いんだから…ことり、君の横の席に中野さんを座らせるから面倒見てやってくれ」

「はい!」

「中野さん。彼女は吉浦ことり、僕の妹だよ。何か分かんない事があれば彼女に聞くと良いよ」

「分かりました…」

 

三玖さんは僕に返事をすると自分の席に向かう。

 

「よし。それじゃあ授業を始めようか。あ、まだ教科書渡せてないから、ことり見せてあげて」

「はい」

「じゃあ前回の復習も兼ねて早速誰かに問題を解いてもらおうかな」

『げぇーー』

 

生徒の絶叫する言葉を背中に授業を開始するのだった。

 


 

コンコン

 

「はーい、どうぞ」

 

数学準備室で作業をしていたところにノックの音が鳴る。

 

「「失礼します」」

 

入ってきたのはことりと三玖さんである。

 

「悪いね。中野さんに渡さなきゃいけないのがあって」

「問題ないです…」

 

僕の言葉に教室内をキョロキョロしながらも三玖さんは返事をする。

 

「ことりもありがとね、ここまで案内してもらって。さすがに学内の案内ではここは案内なかったと思ってさ」

「気にしなくて良いよ『兄さん』」

 

ことりは人前では僕の事を兄さんと呼ぶ。もちろん、他の先生がいたりしたら先生と呼んだり、敬語を使ったりとしている。

お兄ちゃんと言ったり、甘えてくるのは他に誰もいない時だけである。

 

「一応忠告はしといたけど、質問責めとか大丈夫だった?」

「うーん…三玖さん可愛いから男子からの責めが凄かったね。何とか女子の皆で止めたけど」

「やっぱか…中野さんは大丈夫?」

「はい…みんなに助けてもらったから…」

「そっか……と、はい。これが渡すプリントね。ちょっと多いかもだけど家で確認しといてね」

 

年間行事や今までクラスで配ったプリント等の束を渡す。

 

「後、新しい制服や教科書は今日家に届く手配になってるらしいから帰って確かめといて」

「分かりました…」

「それじゃあ、クラスの教室に入る前に言ってたの見せてあげるよ」

「いいもの…?」

「そうそう。この辺の棚を見てみてよ」

「これって、歴史の本。でもここって数学準備室だったんじゃ…」

「兄さんは、この教室を自由に使って良いと言われたのを良いことに、自分の趣味の本を置いているんですよ」

「元々ここにあった本や図書室に入らなくなった本なんかも置いてるから良いでしょこれくらい」

 

ことりの小言に言い返していると、三玖さんは見せたことないようなキラキラした目で棚を見ていた。

 

「興味津々の目で見ちゃって…ここには僕達兄妹しかいないから自分をさらけ出して良いんだよ」

「…………だ、誰にも言わないでほしい…好き、なの。戦国武将が」

 

顔を両手で覆いながらそう伝えてくる三玖さん。

 

「へぇ~、三玖さん武将が好きなんですね?私も好きですよ戦国史」

「え?」

「私は兄さんがきっかけだったんですが、三玖さんはどうなんですか?」

「え…えっと、きっかけは四葉から借りたゲーム。野心溢れる武将たちに惹かれてたくさん本も読んだ。だけど、何か昔に他のきっかけがあったような気がする」

「四葉さん?」

「ああ、中野さんは五つ子でその姉妹のうちの一人だよ」

「え!?五つ子!?あー…だから全クラスに転入生が来てるんだ」

「そういうこと」

「て、ごめんなさい。話の腰を折っちゃって。三玖さんは周りに、歴史好きなのを知られるのが恥ずかしいってことでしょうか?」

「だってクラスのみんなが好きな人はイケメン俳優や美人なモデル。それに比べて私は髭のおじさん…変だよ」

「どうなんだろ。僕は変とは思わないけど」

 

男の僕には、しかも歴史好きをオープンにしている僕には変なのかは分からん。

 

「え?」

「まあ、兄さんならそう言うでしょうね」

「好き嫌いは人それぞれな訳だし、自分が好きになった事を信じてみるのも良いんじゃない?」

「……」

「私も歴史好きを公言はしていませんが、軽く言ってみるのも良いかもしれませんね。こうやって歴史好きの人との繋がりを持てますから」

「あ……」

「人前で話せないならここに来て話せば良い。僕だったら歓迎するよ」

「本当!?」

「朝礼がある朝や会議、職員室での作業がない時は大抵ここにいるから、好きな時に来ると良いさ」

「うん…」

 

少しは表情が和らいだように感じる。

 

「では、昼休みにここで一緒に食べましょう三玖さん」

 

あ、ここに来れる口実を作ったなことりの奴。

 

「三玖...」

「え?」

「さんはいらない。三玖でいい」

「ふふっ...じゃあ、私の事もことりで構わないよ」

「うん...先生も」

「え、僕も?」

「さん付けはいらない」

「分かったよ。じゃあ、クラスでは中野で、他の姉妹がいる時は三玖って呼ばせてもらうよ」

「うん...!」

 

始めて見せた笑顔はとても良いものであった。

 


 

~ことりside~

 

数学準備室での用事を終えたことりと三玖は途中まで一緒に帰ることになった。

そんな二人が昇降口まで行くと、三玖以外の中野姉妹が外で待っていたのだ。

 

「やっほー、三玖」

「遅いわよ」

「あれ三玖以外にもいるよ」

「三玖のクラスメイトでしょうか」

 

姉妹がそれぞれの言葉を発しているとことりは驚きの表情を見せている。

 

(お兄ちゃんに五つ子だって前もって聞いていたからこれくらいの驚きでいられるけど...似すぎだよ)

 

ことりが驚きの顔になるのも無理もない。目の前には同じ顔の女子が五人いるのだから。

 

「どうかした、ことり?」

「い、いえ...顔がそっくりだったから......兄さんに五つ子の事を聞いてなかったらもっと驚いてたよ」

「ああ...それもそっか」

 

三玖にとっては日常茶飯事の事だったので気には留めていなかったが、初めての人が五人同時に会うとことりと同じような反応が返ってくる事を忘れていた。

 

「何々?三玖、もう友達ができたの?」

 

一花が三玖に駆け寄り、三玖の肩に後ろから自身の両手を置き覗き込むようにことりを見ている。

 

「初めまして。三玖のクラスメイトで吉浦ことりです」

 

ことりは四人に向かって軽く自己紹介をする。

 

「へぇ~三玖の。私は一花だよ」

「二乃よ」

「四葉です!」

「五月といいます。しかし、吉浦というと...」

「そうだよ!三玖の担任の先生と同じ苗字だよね」

 

ことりの自己紹介で五月と四葉が、ことりの苗字と先程会った教師の苗字が同じ事に気付いた。

 

「ええ。数学の吉浦先生は私の兄なんです」

「へぇ~、あの先生の妹かぁ」

「てか、三玖と同じクラスってことは、担任が兄ってこと?」

「ええ。そうなりますね」

 

二乃の質問に対して態度を変えることなく返事をすることり。

そんなことりの態度に四葉はツッコミを入れる。

 

「クールだ」

「私も教室で聞いた時はビックリした」

「あの。失礼かもしれませんが、ご自身のご家族の方が担任というのはやりにくくないですか?」

「いいえ。むしろ授業などは、家での雰囲気をそのままですからかえってやりやすいですね。それに、遠慮する必要もないので」

「なるほどねぇ」

 

五月の質問にことりが返すと一花が納得をする。

 

「ねぇねぇ。ちなみにお兄さんには彼女いるの?」

 

何の脈略もなく一花がそう質問したので、ことりは内心焦りだしている。

 

「な、何故そんな質問を?」

「いやぁ~、さっきお兄さんと会った時に五月ちゃんが熱い視線を送ってたからさぁ。これはお姉さんとしても気になるわけなんだよ」

「だ、だからそういうのではないと言ったではないですか一花!」

「いやいや。あの五月ちゃんの目は真剣そのものだったからね。ビビッときたね」

「一花っ!」

「そ、そうなんですね...えっと、私が知る限りではいないと思いますよ」

「おー…フリーなんだぁ。だってさ五月ちゃん」

「もぉいいです」

 

一花の終わらないからかいに五月は諦めたようだ。

 

(ちょっとちょっと!お兄ちゃんどういう事っ!?)

 

ことりはことりで内心穏やかではない様子である。

 

「まあ、五月の言わんとしてることは分からないでもないわね」

「あ、二乃もなんだ。実は私も気にはなってたんだ」

「え?」

 

二乃と三玖の発言にまたことりはドキッとする。

 

(えー!?一人じゃないの!?)

 

「ん?どうかしたことり?」

「う、ううん。兄さんも人気なんだなぁって思っちゃって」

「?」

 

ことりの様子が気になった三玖であったが、そのことりから返ってきた言葉が理解出来ず首を傾げてしまった。

 

「え?」

「ちょっとぉ、勘違いしてんじゃないでしょうね。私が言ってんのは、五月が見たことあるって言う方よ」

「うん、そう。私もどっかで見たことあるなって思ってた」

「あはは、ごめんねぇ。あの時の様子は吉浦さんは知らなかったよね」

「まったく…すみません勘違いさせてしまいまして。吉浦先生が昔会った方に似ていたので見すぎていた、という話です」

「あ、そうだったんですね。それじゃあ、五月さんだけではなく他の姉妹の方も見覚えがあるということですか?」

「そうなのよねぇ…ああ、あと敬語じゃなくて私たちにも三玖と同じ話し方で問題ないわよ。さん付けも要らないわ。逆に私はことりって呼ばせてもらうわね。先生とごっちゃになりそうだし」

「うん、分かったよ」

「じゃあ私も便乗させてもらうね。う~ん、実は私もあるようなないような?」

 

二乃とことりのやり取りに一花が介入する。

 

「えー!?一花もなの?あ、私は四葉でいいですけど、ことりさんって呼ばせてもらいますね。う~ん、私には全然記憶に無いんだよねぇ」

「私も五月で構いませんが、四葉同様ことりさんと呼ばせていただきますね。しかし、五人のうち四人が見覚えありということは、やはりどこかでお会いしたのかもしれませんね」

「ま、今考えてもどうしようもないんじゃない?先生本人が覚えてなさそうだし」

「一花の言う通りね」

「と、私は家がこっちだからここで。じゃあ三玖、明日からよろしくね」

「うん…」

 

ことりが別れ際に三玖に手を上げると、三玖もそれに笑顔で手を上げて応えた。

 

((((三玖が笑って応えてる!?))))

 

そんな三玖の行動に他の姉妹は驚きを隠せなかった。

 


 

「へぇ~、ことりも五つ子全員と会えたんだ」

 

仕事が終わり、家に帰ればことりの作ってくれた夕食が待っている。

風呂に入りその夕食を食べながら今日の出来事を聞き入っていた。

ちなみに、ことりはいつも遅くなるから先に食べているように連絡をしない限り自分は食べずに待っている。

だから今も一緒に夕食を食べているのだ。

 

「もう驚いたよ。三玖と一緒に昇降口を出ると同じ顔の人が四人いるんだから。前もってお兄ちゃんから五つ子だって聞いてなかったら、もっと驚いてたかもね」

「ははは...だろうね。二年生の数学を教えている僕からすれば、全員の特徴を早く覚えなきゃなんだよねぇ。それでどう?三玖以外の姉妹とも仲良くやっていけそう?」

「そうだね。皆良い人そうだったよ」

「そっか。ま、五人とっていう事はそうそうないかもだけど、これからも仲良くやっていってもらえればって思うよ」

「分かってるよ。そうだ、お兄ちゃんはあの五つ子とは会ったことないんだよね?」

「ああ。あんな五つ子を一回でも見たら覚えてるよ」

「だよねぇ」

 

箸を咥えたまま考え込むことり。

五月さんから昔会った人に似ていると言われた訳だが、五つ子なんて会えば忘れるわけないしなぁ。

 

「一花に二乃、三玖も見たことあるかもって言ってたから、多分会ってるなら皆一緒だと思うんだよね」

「三人が言ってたの?」

「うん。五月が昔会った人に似ているって言ってた時から気にはなってたんだって」

「そうか...」

 

てことはやっぱり一緒に会ってるか。もしかして、と思ったけどあの子と会った時は一人だったし。

 

「ま、なんにせよ。お兄ちゃん、生徒との恋愛はダメだからね?」

「ことりに言われなくても分かってるよ、まったく...そう言えば、三玖の事をダシに使ったね。数学準備室への来る口実の」

「な、何の事かなぁ......?」

 

目を反らしながらことりは答えるが、どう見ても口実にしてるよね。

まあ、三玖自身が姉妹と一緒に食べるとかだったら毎日来るとかはないでしょ。

そんな考えをしながら残りの夕食を食べるのだった。

 

 




今回のお話ではことりと五つ子が出会うお話を書かせていただきました。

いやぁ、風太郎との関わりがないとほぼオリジナルになるのでやっぱり難しいですね。
五等分の花嫁の主人公であるはずの風太郎が、まだ文字しか出てきていませんからね...
めげずにちょっとずつ頑張っていこうと思います。

次回も遅い投稿になると思いますが、どうぞよろしくお願いいたします。



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03.自信

あれから二日後の放課後。

今日はことりが三玖を連れて数学準備室に来ていた。

 

「へぇ~、一組の上杉が君達姉妹の家庭教師をねぇ」

「本当に信じられない。フータローにも言ったけど、なんで同級生の彼なの?この町にはまともな家庭教師はいないの?」

「荒れてるねぇ三玖」

 

数学準備室に常備しているポットを使ってお茶を用意しながら彼女の愚痴を聞いている。

 

「あはは...昨日からなんだよねぇ。特に今日の昼休み辺りからもっと不機嫌になってるよ」

「ふーん。ほらお茶でも飲んで少しは落ち着きなって」

 

ぷくぅっと頬を膨らませながらも僕の差し出したお茶を三玖は飲んでいる。

 

「まぁまぁ、彼はああ見えて学年主席。テストも全教科満点を取る程の秀才なんだよ。きっと君達の役に立ってくれるさ」

「秀才...?」

 

僕の言葉に三玖はお茶を飲むのを止めた。

あれ?何か間違ったこと言ったっけ?

 

「えっと……何か間違ってる?学年主席でテストも毎回全教科満点。私から見てもそう思うんだけど……」

「確かにそうだし間違いじゃない。けど……それはあくまで学校のテストだけでの話。戦国武将については何も分かってない。頭良いって言ってもそんなもんだよ」

 

ことりの言葉に三玖の目付きが変わった……。

なるほど、これは相当頭にくるようなエピソードがあったんだろうね。

 

「戦国武将についての知識が上杉にないってことは何か話したんだよね。ちなみにどんな話をしたの?」

「......このお茶には鼻水は入ってないよね?」

 

僕が聞くと、そう言いながら自分の湯呑みを掲げる。なるほど。

 

「ん-ー...?ああ、あの逸話のこと言ってるの?」

 

ことりはどうやら気付いたようだ。

これに気付けと言う方が酷というものだ。上杉可哀そうに。

 

「石田三成が大谷吉継の鼻水が入ったお茶を飲んだっていう逸話だよね」

「さすが先生にことり。分かってるね」

「いや、これに気付くのは相当な歴史好きだと思うよ」

 

僕が苦笑いを浮かべるとことりも同じ表情をしている。

それにしても随分詳しいみたいだけど……戦国武将を好きとは言ってたけどここまでだったとは驚きである。

僕は彼女の顔をまじまじと見つめた。

すると視線に気付いたのか彼女は顔を上げた。

 

「なに?私の顔見てどうしたの?」

「ああいや……なんでもないよ」

 

僕は誤魔化すように笑った。

 

「とにかく私は納得できない!自分で話したい事がもっとあるって言ってたんだよ...」

 

こりゃ何言っても無駄だね。上杉自身でどうにかするしかないか。

そんな時だ。

 

コンコン

 

珍しく放課後に数学準備室がノックされたのだ。放課後に来るのはことりくらいなもんだが今目の前にいるしな。

 

「どうぞー」

「失礼します」

 

入室を促して入ってきたのは中野姉妹の五女・五月さんだった。

 

「五月!?」

「三玖!?どうしてここに?」

 

三玖と五月はお互いがお互いここに来る、もしくはいるとは思わなかったので相当驚いているようだ。

 

「こんにちは五月。三玖は私が連れてきたの。私ってたまにここで兄さんとお話ししてるから。五月は?」

「あの…私は授業で分からなかったところがあったので質問に。職員室にはいらっしゃらなかったので、担任の立川先生に聞くとここにいるだろうと」

「そっか。悪かったね。内容聞くからこっちにおいで」

 

僕はソファーから机に移動して五月さんを招いた。

 

「はい!よろしくお願いします!」

 

五月さんも素直に応じて僕の向かい側に座った。そして僕は彼女の質問を聞いた。彼女は簡単な基本問題の解説を希望しているようだ。

 

「なるほど……。これはここをこうして……」

「ああっ!そういうことだったのですねっ!ありがとうございますっ!」

「いえいえ。じゃあ次はこれ解いてみて」

「はい!」

 

うんうん。やっぱり勉強熱心な子は教える側としても気持ちいいよなぁ。

 

「兄さん?何ニヤニヤしてるの?」

「えっ?ああごめん。ちょっと嬉しくてさ」

「嬉しい?」

「だって僕に教えてほしいって直接聞きに来る生徒がいるんだよ?それこそ先生冥利につきるというか。これだから教師やってられるんだよね〜」

「ふ〜ん」

「あれ?なんか機嫌悪くなってない?」

「べっつにー…そんなことないよぉ?」

 

ことりは腕を組んでそっぽを向いてしまった。何かスイッチを押してしまったようだ。

 

「あの…」

「ああ、ごめんごめん。また分からないところでもあった?」

「いえ…その、先生の近くの棚なのですが、数学とは関係ない歴史の本が多くあるな、と思いまして」

 

五月さんは僕の後ろの棚に目をやりそう伝えてきた。

 

「お、五月さんお目が高いね。ここにあるのは僕の趣味で置いてあるのだよ。もちろん学校の許可は取ってるよ」

「そうなのですね…」

「もしかして五月さんも歴史に興味ある?」

「い、いえ。そういうわけではないのですが…あと、私のことは五月で構いません」

「そっか、残念。名前の件は了解だよ……で、早速だけど五月。今解いてる問題、計算間違えてるよ」

「え?す、すみません!」

 

僕の指摘したところを急ぎ訂正をしている。

真面目な子ではあるようだが、勉強は不得手のようだ。

 

「……ねえ五月。今度一緒にケーキ食べに行かない?」

 

突然ことりが五月に話しかけてきた。

 

「け、ケーキですか!?」

「うん。この前美味しいチーズケーキのお店を見つけたの。三玖も一緒にどうかな?」

「わ、分かりました。ぜひ行きましょう!」

「分かった」

 

いつも通りの三玖に対して、五月は食いぎみで乗っかってきたなぁ。もしかして、ケーキが好きなのかな?

 

「じゃあ決まりだね。そうだ、これを機に連絡先を交換しとこうよ」

「ええ」「うん」

 

そこで三人がそれぞれ携帯を出して連絡先の交換をしている。こういった時のことりのコミュニケーション能力は大したものである。

それから、先程五月が間違えた問題を解説してから今日は解散となった。

 


 

三人が帰った後、ちょっと読みたい歴史の本を借りるため図書室に来てみた。しかし…

 

「あれ?歴史関連の本が一冊もない?」

 

目当ての本を探すために本棚を見てみたのだが、棚の中が空っぽになっているのだ。

 

「なぜ?」

 

疑問に思い、カウンターにいる図書委員の子に確認をしてみることにした。

 

「ねえ?歴史関連の本が一冊も無いんだけど何か知らない?」

「それが…大量に借りられた方がいまして…ああ、あそこで読んでいる人がそうです」

 

図書委員の子が指差した先には、確かに大量の本を脇に積み上げて本を読んでいる生徒がいた。

 

「あの子は……」

 

そしてその生徒の側まで行き声をかけた。

 

「励んでるようだね」

「先生…」

 

声をかけた生徒。上杉風太郎は驚いた顔でこちらに振り返った。

 

「歴史の勉強?」

「ええ、まあ…」

 

振り返ったのは数秒で、上杉はまた勉強に戻ってしまった。

積み上げられた本の一番上のものが、ちょうど目当ての本だったため、それを手に取りページをめくりながらさらに話しかける。

 

「聞いたよ。転入生の中野姉妹の家庭教師をすることになったんだってね」

「な、なんで…」

「さっきまで、ことりと一緒に三玖が数学準備室に来てたからね。そこで聞いたんだよ」

「そうだったんですね」

「早速洗礼を受けたみたいだね」

「うっ…」

 

僕の言葉に上杉は手を止め顔をしかめる。

どうやら見に覚えがあるようだ。

 

「まあ、それでも諦めず取り組んでいるところは大したものだと思ってるよ」

「俺にも許せないところがありまして。意地でも俺が勉強を教えてやりますよ」

 

何かは知らないが、上杉に火をつけたらしい。本を読み進める彼の目も真剣そのものだ。

 

「よし!やる気に満ちてる君を称賛してとっておきな事を教えてあげるよ」

 

自身で読んでいた本を閉じ上杉にそう伝えた。

 

「とっておきですか?」

「ああ。これはきっと上杉にとってとても役に立つ情報だと思うよ」

 

僕の言葉に興味を持ったのか、上杉は手を止め僕の方に視線を向ける。

 

「ちなみに上杉は、今三玖に戦国武将の知識が無いことを指摘されて勉強してるんだよね?」

「そうですね。俺の知識はあくまでも教科書や参考書だけですから」

「まあ、普通はそれだけでも凄いんだけど。で、三玖に飲み物を渡されながら鼻水が入ってないから安心して、と言われたと。その逸話見つかった?」

「いえ、今のところ見つけられてないです」

「その逸話、図書室の本をいくら読み漁っても見つからないよ」

「……は?」

「あれってこういう図書室に置いてある本には載ってないんだよねぇ」

「なっ…!?」

 

僕の言葉に驚き俯いてしまった上杉。

 

「そこでとっておきの登場だよ。僕が教えてあげるよ、逸話について」

「本当ですか!?」

「ああ。とは言え、三玖と向き合うためにも歴史の勉強は続けた方が良いよ?」

「分かってます!」

「うん、良い返事だ。んー……上杉って戦国武将の人達がお茶を嗜んでいたのは知ってる?」

「ええ、茶器が高級だったとか」

「うん、よく知ってるね。で、当時の戦国武将の人達はお茶会の時に茶碗を回し飲みしてたわけだけど、ある茶会の時に大谷吉継っていう武将の鼻水がお茶に入っちゃったわけ。で、それを知った石田三成っていう武将は、飲むのを拒否するわけでもなく飲んだっていうお話」

「なるほど…それで、鼻水入ってないからと言ったのか」

 

腕を組んで納得したように頷く上杉。少しは役に立てたようだ。

そんな上杉の脇に本とは別にノートが置かれていた。

五つ子卒業計画?

 

「ねえ?このノート見ても良いかな?」

「え?ええ、構いませんよ。まだこの間のテストの結果しか書いてませんが」

 

上杉の許可を取り中を見てみる。

 

「ははは…これは凄いなぁ、バツばっかりだね」

「まったくです。どうしたらここまで馬鹿になるのか…」

 

上杉は呆れながらも答え、本の続きを読み始めた。

ふーん、誰がどの問題を解けたか分かりやすく書いてるな。ん?これは…

あることに気づいた僕は笑みが溢れてしまった。

 

「あの子達は面白い姉妹だね」

「は?」

 

上杉の反応から答案結果から面白い法則があることにまだ気づいていないようだ。

 

「いや、ありがとね。まあめげずに頑張りなよ。何かあれば相談には乗るからさ」

「はい。ありがとうございます」

「上杉はまだ残って勉強するの?」

「はい。もう少しだけやっていこうかと」

「分かった。あんまり根を詰めすぎないようにしなよ」

 

そう言葉を残してその日は図書室を後にした。

 


 

次の日の夜。お風呂から上がりリビングに向かうとぼーっとテレビを見ていることりの姿があった。

 

「どうした、ことり?ぼーっとして」

「うーん…」

「そういえば今日は三玖と五月の三人でケーキ食べに行ったんでしょ?」

「そうなんだけど……ねえ?三玖って戦国武将が好きなこと姉妹にも言ってないみたいなんだよ?」

「え、そうなの?」

「うん。ケーキ食べに行く前に五月の前では戦国武将のこと話さないでって三玖から口止めされたの」

「ふーん、友人ならいざ知らず姉妹にも言ってないのか」

「一応理由は聞いたんだけど……」

「何て?」

「五人の中で一番の落ちこぼれだからって…」

「一番の落ちこぼれ…」

 

おかしいな。この間見せてもらった上杉のノートでは一番点取れてたけど。

もしかして、自分の好きなものに自信がないじゃなくて、自分に自信ないのか?

 

「後、自分程度に出来ることは他の姉妹の四人にも出来るとも言ってたなぁ。五つ子だからって…」

「なるほどね。面白いこと言うね」

「もう!笑ってる場合じゃないよぉ。結構私悩んでるんだからぁ」

 

ぷくぅっと頬を膨らませて抗議してくることり。

 

「ごめんごめん。けど、こればっかりはすぐに解決出来るもんでもないでしょ。少しずつ話しながら解かしていけば良いさ」

「やっぱそうなるよねぇ」

 

はぁぁ、とため息をつきながらことりはまたテレビに視線を戻した。

しかし、五つ子だから三玖に出来ることは他の姉妹四人にも出来る、か。

これを聞いた時、果たして上杉はどう思うか。

そんな思いを胸に持つのだった。

 


 

~学校内のとある場所にて~

 

和彦がことりから三玖の事を聞いた翌日の放課後。学校の敷地内のとある場所で風太郎と三玖が対峙していた。

 

「三玖、お前が来るのを待ってたぞ」

「何か用?フータロー。私これから行くところがあるんだけど」

「ああ。俺と勝負だ」

 

風太郎と三玖が対峙している光景を少し離れたところで見ている者がいた。吉浦ことりである。

 

(これって、ちょっとまずい状況じゃないかなぁ。お兄ちゃんに教えてあげないと)

 

そう思ったことりは駆け足で兄の和彦がいるであろう数学準備室に向かうのだった。

 

 




原作の主人公・風太郎がいよいよ登場しました。
これからは少しずつ風太郎とも絡めたらなと思ってます。しかし、風太郎を上杉と書くのにいまいち慣れないですね...

また次回もどうぞよろしくお願いいたします。



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04.家庭教師

「え?ことりにですか?」

 

放課後、理事長室に呼ばれた僕は衝撃的なことを言われた。

 

「ああ、中野さん。中野さんたちのお父様だね。その方たってのご指名でね」

「しかし、ことりに上杉と一緒に家庭教師をだなんて」

 

そうなのだ。理事長に言われたこと、それはことりに上杉と一緒に家庭教師をしてほしいと中野姉妹の父親から言われた、ということなのだ。

 

「上杉君ほどではないが彼女も成績優秀なのだろう。それに人当たりも良いと聞く。女性同士でもあるし良い提案だと思うがね」

「とは言え、上杉とことりはほとんど面識がありません。うまくやっていけるでしょうか?」

「そこは君がフォローをすればいいだろう?」

「僕がですか!?」

「ああ。ことりさんと君は兄妹だ、フォローもしやすいだろう」

「確かにそうですが...」

「とにかく。中野さんからのお願いを私も無下にはしたくない。君から彼女に伝えといてくれ。頼んだよ?」

「……はい」

 

話はここまでといった形で理事長室を後にする。

しかしことりに家庭教師をねぇ。中野姉妹との仲は上々みたいだしいけるか?

廊下を歩きながらそんな考えをしていると、まさに今考えていたことりが前から走ってきている。

 

「兄さんこんなところにいたんですね」

「どうしたことり?」

「あ、あの!三玖と上杉君がにらみ合ってて。それで兄さんに教えようと思って」

「ん?三玖と上杉が?」

 

一昨日から必死に勉強してたから、もしかして上杉は三玖にリベンジマッチに行ったのかな?

 

「そこまで心配することはないと思うけど行ってみようか」

「案内します」

 

周りに教師や他の生徒がいるかもしれないからか、敬語で話すことり。そんなことりの案内で行こうと思ったが、ふと窓から外を見ると三玖と上杉の姿を発見した。発見したのだが…

 

「ちょい待ち!あそこ走ってるのその二人じゃない?」

「え?」

 

僕の言葉に指差す方を見ることり。

 

「ほ、本当ですね。でも、何故上杉君が三玖を追いかけているのでしょう?」

「それは二人に聞けば分かるでしょ。見た感じ二人とも足は遅いし、体力の限界っぽいからすぐ追い付けるよ。行こうか」

「はい!」

 

ことりを促して二人を追う事にした。

その後、外に出てしばらく進むと体力限界なのか地面に倒れ込んでいる三玖と上杉の二人の姿を確認できた。

しかし凄い汗だくだな。

丁度近くに自販機があったので二人のために飲み物を買ってあげることにした。

 

「「ハァ...ハァ...ハァ...ハァ...」」

「俺のスピードと張り合えるなんてやるじゃん」

「私、クラスで一番足遅かったんだけど......熱い」

 

二人分の飲み物を持って二人に近づくと三玖は自身のストッキングを脱ぎだした。

もう少し羞恥心を持った方がいいのでは。

 

「ほい、お二人さんお疲れさん」

「「先生」」

 

二人の目の前に自販機で買った飲み物を差し出した。

 

「「ありがとうございます」」

「ああ、二人とも安心して良いよ。もちろん鼻水は入ってないから」

「......先生、ここでそれ言います?」

「ふふっ、さて上杉君?これはどういった逸話かな?」

「先生、フータローに聞いても無駄だと思うよ」

「それはどうかな?」

「え?」

 

三玖の反論に対してクスッと笑いながら答える。

 

「......石田三成が大谷吉継の鼻水が入った茶を飲んだエピソードから取った、だろ?」

「なんで...」

「ったく。何冊の歴史の本を読んだと思ってんだ」

「ふーん、ちゃんと調べているみたいだね」

「まあ、結局は吉浦先生に逸話の話を聞いたんだけどな。ちゃんと本に載ってる逸話の話をしろっての」

 

近くのベンチに座りながらそんな話をする上杉と三玖。

 

「へぇ~、兄さんが教えてあげたんですね」

「まあ図書室で一生懸命勉強してたからね。そんな姿を見たら教えたくなってくるよ」

「ふーん…上杉君偉いね」

「べ、別に偉くねぇよ」

 

ことりに誉められた上杉は恥ずかしそうに目線を外した。

 

「ふふふ、照れなくてもいいのに。そういえばなんで二人は追いかけっこしてたの?」

「それは……フータローがしつこかったから…」

「お前が逃げるのが悪いんだろ!」

「むー…」

 

三玖の言葉に異を唱える形で上杉は反論するが、それに対しても頬を膨らませて反論する三玖。

 

「いやぁ~、青春してるねぇ~」

「そんなんじゃない!」「そんなんじゃないです!」

 

息があってるのかあってないのか、分かんない二人だなぁ。まあ、この二人のやり取りを見てると、微笑ましいと言えば微笑ましいが……。

 

「それで?上杉の勉強の成果は出せたの?」

「ふむ…引き分けでしたから出せたかと」

「ちょっと待って。フータローで躓いたんだから私の勝ちでしょ?」

「いやいや。お互い体力の限界だったから引き分けでいいだろ!?」

「じゃあ、今ここで『ら』がつく武将が言えたら引き分けでいいよ?」

「二人は何の勝負してたの?」

 

二人のやり取りにことりが確認をする。

 

「戦国武将しりとりだよ。フータローの番で終わったの。私が真田幸村って言ってね」

 

『ら』で始まる武将なんて楽巌寺雅方の一人しか思いつかないぞ。しかも絶対上杉は思いつかないだろう。

そんな風に思いながら三玖を見ると、ふっと微笑みを向けてきた。

確信犯だな。

 

「ほら。武将の名前が出てくれば引き分けにしてあげるんだよ?」

「くっ…」

 

上杉が悔しそうにしながらこちらを見る。

 

「悪い。僕は一人、頭の中にいる」

「いるのか………降参だ」

 

僕の言葉に上杉はガックシと頭を垂れ下げてしまった。

 

「ふふ、これで私の勝ちだね。フータローにしてはよく頑張ったと思うよ」

 

嬉しそうな声を上げる三玖だが、これは上杉が可哀想じゃないか?

 

「ちなみに誰がいるんだ?」

「あー…私も分かんないや」

 

上杉の言葉にことりも降参と両手を上げた。

そんな時に三玖と目配りをしながら答えを言う。

 

「「楽巌寺雅方」」

 

どうかなとは思っていたが三玖もやはり分かっていたようだ。

 

「誰だよ!?」

 

上杉のそんなツッコミも至極当然である。

 

「戦国時代初頭くらいの僧だったと言われてる武将かな。信濃っていうところで活躍していて。村上義清っていう武将の下で武田信玄と戦ったんだけど、後にその武田信玄に降ったんだよ。まあ、教科書や参考書には絶対に載らないね。図書室の本には……載ってないかもね」

「そんなやつ分かるかっ!」

「だよねぇ」

 

上杉の怒りにも納得である。そもそもそんなマイナーな武将が出てくるわけがないのだ。

 

「でも、上杉もよくやったと思うよ。それは三玖も認めてるでしょ?」

「それはそうだけど…」

「俺は諦めたわけじゃないからな!俺は五人の家庭教師だ。あいつらも。そして、お前も勉強させるそれが俺の仕事だ。お前たちには五人揃って笑顔で卒業してもらう」

 

上杉はベンチから立ち上がりそう高らかに宣言する。

 

「「へぇ~」」

 

そんな上杉に僕とことりは二人で感心した。

 

「ん?どうした?」

「いやぁ、上杉君カッコイイなって思ってさ」

「ああ。見直したよ」

 

僕とことりの言葉に照れているのか、顔を赤らめる上杉であった。

 

「……勝手だね」

 

それに対して三玖はくすっと笑いながらそんな言葉を口にする。

 

「ああ。そうだな。でも、それでいいと思っている。それに、俺は決めたことはやり通す男だからな」

 

自信満々に言う上杉を見て、三玖は呆れたような表情を浮かべる。

 

なんで私みたいな人間にそこまで真剣になれるんだろ…

 

隣の僕にしか聞こえないほどの声で呟く三玖。

三玖はことりが言っていたことを気にしているのか。五人の中で一番落ちこぼれ。自分に出来ることは他の姉妹にもできる、と。

 

「……ねえ上杉。この間姉妹にしてもらったテストの結果の紙って今持ってる?」

「え?一応持ってはいますが…」

 

上杉は胸ポケットから紙を取り出し、僕に差し出した。

ダメもとで聞いてみたが、聞いてみるものだ。

上杉からもらった紙を開きながら三玖に語りかける。

 

「上杉から聞いたよ。三玖達って姉妹皆成績悪いんだってね」

「うっ…」

「そして、ことりからも聞いたよ。五つ子だから三玖に出来ることは他の四人にも出来るんだってね?」

「そ…それは…」

 

三玖はバツが悪そうに顔を反らした。

 

「ねえ上杉?今の言葉を聞いてかつ、この間のテストの結果を見て何か感じない?」

「三玖にできるなら他の姉妹にもできる……五つ子だから……はっ!?」

 

上杉はどうやら気づいたようだ。

 

「三玖の考える、五つ子だから三玖に出来ることは他の四人にも出来る。これってさ、言い換えれば他の四人に出来るなら三玖にも出来る。だよね?」

「!そ、それは…そんな考え方したことなかったけど…」

「兄さんって、やっぱり面白いね」

「まあね………これを見てよ三玖。これはこの間、上杉が作成したテストの五人の結果だよ。何か気がつかない?」

「「……」」

 

僕の差し出した紙を三玖と一緒にことりも覗き込んでいる。

 

「あ!」

「正解した問題が一問も被ってない」

「そう。確かに今は五人で全問正解の平均20点で問題は山積み。だけど…」

「ああ。先生凄いぜ!可能性が見えてきた」

 

上杉の興奮は最高潮のようである。

 

「一人ができることは姉妹全員ができる」

「一花も二乃も四葉も五月も、そして三玖、君も。全員が100点の潜在能力を持っていると僕は信じている」

「出ました。兄さんの屁理屈」

「うるさいよ!」

「ふふふ。でも私はそういう考え好きですよ」

 

ことりはにっこりと答える。

 

カチャ

 

そこで三玖は自分の飲み物の缶の蓋を開けて飲んでいる。

 

「……本当に……皆、五つ子を過信しすぎ」

 

そんな三玖の言葉は冷たいように聞こえるが、口元はどこか笑ってるように見えた。

 


 

結局あの場では解散となった。

三玖にも考える時間が必要だろう。

今はことりと家で夕飯を食べている。

 

「それにしても、お兄ちゃんって私から三玖のことを聞いた時からあんな風に考えてたの?」

「うーん…前もって上杉からテストの結果を教えてもらってたからね。ことりの言葉を聞いてもしかして、と思ったんだよ。まあ、ちょっとでしゃばり過ぎたかもしんないけどさ」

「そんなことないよ。きっと三玖の心には響いたと思うよ。それに上杉君もさらにやる気に溢れてたみたいだし」

 

ニコニコとした表情でいることりを見ていると問題なかったんだなって思えてくる。

 

「そうだ。ことりに相談があったんだった」

「私に?相談なんて珍しいね」

「あー……ことり。君も上杉と一緒に家庭教師をしてみないかって話が来てるんだ」

「え!?私が三玖たちに勉強を教えるってこと?上杉君と?」

 

僕の言葉に、ことりはやはり驚きを隠せないようである。

 

「うん。今日、理事長に呼ばれてさぁ。そこで中野さん、つまり三玖達のお父さんから理事長に提案があったって聞かされたんだよ」

「ふーん…私が、か…」

 

そう呟くと少し考え込むように顎に手を当てていることり。

そして、何かを決意したような目つきになった。

 

「わかった!じゃあ、私もやる!」

「いいのか?ことりが嫌なら無理しなくてもいいんだよ?」

「大丈夫だよ!それになんだか楽しそうだし!」

「そっか。ありがとうね」

 

僕は感謝を込めてことりの頭を撫でると彼女は嬉しそうな顔を浮かべていた。

 

「えへへ~」

 

こうして、ことりも家庭教師に加わることになったのである。

 


 

「ことりも!?」「ことりさんもですか!?」

 

次の日の放課後、何故かたまり場になっている数学準備室に来ていた三玖と五月に、ことりが家庭教師をすることになったことを報告した。

まあ、三玖は本棚にある歴史本を読んで、五月は授業の分からなかったところを聞きに来ているのだが。

てか、五月は僕のところによく分からないところを聞きに来るが、僕の教え方がまずいのかと心配になってくる。

 

「そうなの。まだ上杉君とも話してないんだけどね。多分この週末にはお邪魔するんじゃないかな」

「むしろ上杉君はクビにして、ことりさん一人で家庭教師でもいいですけどね」

「おいおい」

 

五月のやつ、とんでもないこと言うな。

 

「そっか…ことりも…」

「そういえば...上杉君で思い出しましたが、今日図書室で四葉が上杉君に宿題を見てもらうって言ってましたね」

「へぇ~、面白そうだね。五月達は行かないの?」

「うっ...私は、その...」

「......私は行こうと思ってたからいいよ」

 

五月が言い淀んでいる横で三玖がそう発言して本を本棚に戻した。

 

「み、三玖!?」

「五月は行かないの?」

「......三玖とことりが行くのであれば...」

「決まりだね」

 

五月の渋々といった決断により三人で図書室に向かうことになった。

そんな三人を見送っていると、数学準備室の出口で三玖がこちらに振り返った。

 

「どうしたの三玖?」

「先生のせいで考えちゃった、ほんのちょっとだけ。私にも...できるんじゃないかって。だから...責任取ってよね」

「へ?」

 

笑顔を向けてそんな言葉を投げかけてきた。

 

「えっと...」

「三玖ぅ~~?行くよー!」

「分かった...」

 

ことりからの呼びかけに答えて、そのまま三玖も行ってしまった。

えっと...責任とはいったい...? よく分からないまま取り残された僕は、ただ呆然としていた。

 

 




申し訳ありません、久しぶりの投稿です。

今回はことりの家庭教師参加のお話を書かせていただきました。
今後の関わりをどのように書いていくか悩ましい限りです。

では、次の投稿でもよろしくお願いいたします。



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05.問題は山積み

「ふん♪ふふ、ふーん♪」

 

僕とことりは今少し遅めのランチを外でするため町中を歩いている。

そんな中、隣を歩いていることりは終始ご機嫌である。

 

「ご機嫌だね、ことり」

「えー……だってお兄ちゃんと外でランチなんて久しぶりだし。これってデートだよねぇ」

 

兄妹で外食することもことりにとってはデートなのか。

まあせっかくご機嫌なんだし、野暮なことは言わないでおこう。

そんな時だ。前方に見慣れた横顔姿を発見した。

 

「ん?あのアホ毛は……もしかして五月じゃないか?」

「あ、ホントだ。おーい五月ー!」

 

僕の言葉に同意したことりは五月に呼び掛けた。

 

「え?先生。それにことりさんまで」

 

呼ばれた五月はこちらに振り返り、こちらに近づいてきた。

よしよし。数学準備室に通ってくれてるからか見分けられるようになってきたぞ。

 

「お二人でお出かけですか?」

「ああ。ちょっと遅いけど昼飯にね」

「ふふふ。私が家庭教師として頑張るようにって兄さんが………て、あれ?」

「ん?どうかされましたか?」

「いや、なんで五月はこんなところにいるんだろうって」

「…っ!」

 

ことりの疑問の声に五月はビクッと肩を揺らす。

あれ?そういえばなんでだ?

 

「私、兄さんとお昼を食べた後に家庭教師の様子を見に行こうと思ってたんだけど…今の時間ってたしか家庭教師の時間だよね?」

「そ、それはぁー……」

 

ことりの質問に目を反らす五月。

こいつ逃げてきたな。

 

「五月ぃ~?」

「し、仕方ないんです!あんな人に教えてもらうなら自分で勉強をした方がマシです!」

 

ことりの問い詰めるような言葉に正直な言葉を口にする五月。まったく…どれだけ嫌われているんだ上杉のやつは。

 

「まあ、ここで話しててもなんだし五月もよかったら一緒に来る?ことりとだったら帰れるでしょ?」

「はい…」

「決まりだね。さすがにお腹空いてきちゃった」

 

五月の同行も決まり三人でそのまま近くのお店に入った。お昼時も過ぎた時間なので店内は割と空いておりスムーズに席に案内された。

三人それぞれの注文が終わり、一つ気になった事を五月に聞いてみた。

 

「五月のその上杉に対する反応から、もしかして転入初日に学食で上杉と口論になった黒薔薇女子の生徒って五月?」

「うっ…」

「あー…友達から連絡来てたあれかぁ…結局何が原因で口論になったの?」

「あれは上杉君が全面的に悪いんですっ」

 

そんな心の叫びがこもったように口にする五月。

そんな五月から当時の事を教えてくれた。

まず、出会いから最悪だったようだ。

ほぼ同時に同じ席のテーブルの上にお互いのお昼を置いたのだが、上杉は隣の席が空いているにも関わらず譲ることをせず先に座り自分の席だと主張したそうだ。子供か。

 

「それにしても、無理しないで五月が隣の席に行けば良かったのに…」

「まさか相席するとはね」

「し、仕方なかったんです。負けたような気がして…それに、本当に足が限界だったんです」

 

相席に関しては上杉もさすがに許したようだ。

 

「上杉君の一人で勉強しながらのご飯は割と有名だからね」

「へぇ~そうだったのか」

 

その勉強をしながらご飯を食べたいるのを五月は注意したそうだが、上杉には聞く気がなかったようだ。

 

「そこまではまあ許せます。しかし、わざと百点のテストを見せてきたんですよ!」

「あはは…」

「頭が良いことはそこで分かりましたので、私から勉強を教えてほしいと提案したんです。それなのにぃ……」

「一蹴したと」

 

僕の言葉にコクンと五月は頷いた。

まあ、一人狼気質があるからな上杉は。食堂での口論の事を聞いた時にも思ったが、上杉が誰かと一緒にいるというか話してるとこ見たことないしな。

 

「しかも極めつけは、私のお昼を見て、ふ、太るぞって言ってきたんですよっ!」

「「あはは…」」

「デリカシーが無さすぎです!」

 

五月は文句を言いながら運ばれてきた料理を、やけ食いの如く食べている。そんな姿に、僕とことりはもう笑うしかなかった。

しかし……

ふと五月の注文した料理とことりの注文した料理を見比べる。

うーん……よく食べる子なんだな。

この間はケーキが好きなのかと思ったのだが、食べること全般が好きなようだ。

とはいえ、今それを言えば火に油は目に見えている。

上杉……ある意味大物だな。まあ、たしかにデリカシーはないが。

 

「うーん…この間はカッコいいところがあるんだって思ったんだけどな、上杉君のこと」

「カッコいい?彼から一番遠い言葉ですね」

「重症だなぁ。でも、カッコいいって思ったのは本当だよ。だって三玖に向かってこう言ったんだよ?五人揃って笑顔で卒業してもらうって。こんなこと普通は言えないよ」

「五人揃って、笑顔で卒業…」

「僕も普段から思ってることだね。生徒皆が笑顔で卒業していってほしいって。でも、中々口には出せないかもね」

「そうですか……彼が…」

 

五月の食べる行動は止まらないが、少しは胸に響いてはいるようだ。

そんな五月の姿を見た僕とことりはお互いに目が合うと笑ってしまった。

 

「それで?今、上杉の下で勉強してるのは残りの四人?」

 

五月の上杉に対する思いを聞いた後、もう一つ気になったことを聞いてみた。

 

「いえ。私が家を出るときには一花と四葉は先に家を出てましたよ」

「は?」

「一花は今日はバイトがあると言って出掛けていました。最初は見ていると言っていたのですが」

 

一花さんっていうとショートヘアーの子だっけ?三玖と五月は数学準備室に通ってくれてるから覚えてきたんだけど、他の三人とは授業でそれぞれの教室に行くとはいえ、そこまで接していないからなぁ。

 

「へぇ~、一花ってバイトしてるんだ?どんなバイト?」

「すみません、そこまでは…」

 

ふむ。バイトの内容は姉妹に言ってないのかな?

 

「それで四葉なのですが。あの子は女子バスケの助っ人に行きました」

「転入して間もないのにもう助っ人行ってるんだ、凄いんだね」

 

ことりが関心するなか四葉さんの容姿を思い出す。

たしか特徴的なリボンを着けてたような。

 

「四葉は運動神経抜群ですからね。前の学校でも部活をいくつも掛け持ちしていました」

「「へぇ~」」

 

四葉は運動神経抜群っと。

 

「じゃあ、残った二乃と三玖で勉強してるんだ」

「いえ…二乃は姉妹の中でも一番家庭教師に反対していますので。四葉を女子バスケの助っ人に誘導したのも二乃ですし」

 

二乃さんはたしか一番髪が長かったっけ?話し方もきっぱり言う感じだったし上杉とは衝突しそうだな。

 

「元々四葉は家庭教師に賛成だったんですが」

「そういえば、四葉だけ上杉君に宿題見てもらってたもんね」

「はい。しかし、二乃から女子バスケの人数が足りないから試合が出来ない。助っ人に行ったらどうだ、と家庭教師が始まる直前に言われ…」

「助っ人に行ってしまった、と」

 

僕の言葉にまたコクンと五月は頷いた。

 

「てことはだ。この間の件で協力的になった三玖だけが、今日の家庭教師の勉強に参加してると」

「その三玖も果たして勉強できているかも疑問ではあります。二乃が黙っていないかと」

「シュールだなぁ」

 

僕の言葉に五月が自身の解釈を付け加えるとことりが言葉を漏らした。

うーむ、これは一朝一夕ではなんともならないかもだな。上杉にとって問題はまだまだ山積みってわけだ。ことりが参加することで果たして問題解消に繋がるのだろうか。心配ではある。

 

その後、ことりは五月と一緒に中野家のお宅に行く事になった。勉強していなくても様子だけは見ておこうという考えに至ったのだ。

 

「それじゃあ兄さん行ってきますね」

「ああ。現状をその目で見てくるといい。五月。ことりも参加するんだから少しは協力してやってくれ」

「ことりさんの下であれば教えは乞います」

「十分だよ」

 

そこで二人は行ってしまった。

さて、外に出てるしついでに夕飯の買い物でもして帰るか。今日は久しぶりに僕が作ろうかね。

そんな思いで近くのスーパーに寄ることにした。

さーて、何を作ろうかね。

 

「あら?吉浦先生」

 

食材を物色していると女性から声をかけられた。声の方に目を向けると見知った人物がいた。

 

「立川先生じゃないですか。奇遇ですね」

「本当に。吉浦先生ってお住まいはこの辺でしたっけ?」

「いえ。外食のついでに立ちよったので、ここを利用するのは初めてですよ。まあ、家はそんなに遠くないですが」

 

そういえば結構立川先生とは話してはいるがお互いの家の話はしていなかったな。それにしても、なんとも意外な場所で遭遇するものだね。

 

「もしかして、晩御飯を買いに来たんですか?」

「ええ。そういう先生こそ」

「私はちょっと小腹が減ったので買い出しに。家にあるもので済ませるつもりだったんですけど」

 

なるほど。

そんな流れで一緒に買い物をすることにした。立川先生の家も僕の家と同じ方向みたいだし帰りも途中まで一緒することにした。

 

「吉浦先生は何を作るんですか?」

 

食材を見ながら献立を考える。

そうだなぁ……

 

「焼きそばでもしようかなって考えてます」

 

材料的に手早くできるだろうし。野菜や肉もあるから問題ないだろう。

立川先生は感心しながら、

 

「やっぱりお料理出来るんですね」

「まあ、簡単なものであれば。今はことりが作ってくれてますけど、ことりが来るまでは一人暮らしでしたからね」

 

自炊はしていたしそれなりに料理が出来るほうだと思う。その他にも家事全般得意だ。実家でも手伝ってたしね。

ちなみに僕が作ったのを食べた人はことりだけ。両親や親戚にも振舞ったことがない。その事にことりは嬉しそうにしてたっけ。機会があれば両親くらいにはご馳走したいとは思っているけどなかなか実現していない。いつか食べてもらいたいものだ。

そんなことを話しつつ、買い物かごに入れていく。そしてレジに向かい精算していく。二人だったのでそこまで時間はかからなかった。会計を終えた後は袋に買ったものを入れ店を出ることにした。立川先生の荷物を持つのを手伝って帰路につくことにした。

他愛のない話をしているうちに立川先生の住むマンションに到着する。

 

「それじゃあ、ここで失礼しますね」

「はい。ここまで荷物を持っていただきありがとうございました」

「気にしないでください。男として当然のことをしたまでですよ」

 

そう言って別れようとすると何かを思い出したのか呼び止められた。

 

「どうしました?」

 

振り返ると立川先生は鞄の中を探しながら近付いてきた。少しして目的のものを見つけたのか差し出してくる。

 

「これ、前からお渡ししようと思っていまして」

 

渡されたそれは一冊の本だった。表紙にはタイトルが書かれている。

 

「これは……」

 

手に取った本を眺めていると彼女は言った。

 

「私のオススメの一冊です。良かったら読んでみてください。きっと気に入ると思いますよ?」

「……はい。帰ったら読ませて頂きますね」

 

受け取った本を手にして今度こそ立川先生と別れた。

その後家に戻った僕は早速もらった本のページを開いた。タイトルは『君の望むもの』。内容はラブストーリーらしい。ヒロインの女の子がある男の人と再会。そして結ばれるまでの物語だそうだ。

恋愛小説か。あんまり読んだことないジャンルだけど、面白かったらことりにも勧めてみようかな。そんなことを考えつつ僕は夕飯の準備を始めた。

 

ブー…ブー…

 

ん?ことりからか。

 

『お兄ちゃん、大変だよ!上杉君が中野家裁判にかけられちゃった!』

 

………どゆこと?

僕の頭ははてなマークでいっぱいであった。

そんなところに、またことりからメッセージが来る。今度は画像も添付されてるようだ。

 

『五月と家に行ったら、上杉君がお風呂上がりの二乃の上に覆い被さっているところに遭遇!』

 

画像はたしかにお風呂上がりなのか、あられもない姿をした二乃さんの上に上杉が覆い被さっているところではある。

妹よ。慌てていたかもしれないが、兄とはいえ男にこの画像を送るのはどうかと思うぞ。

それにしても、なるほどそれで裁判ね。

これは上杉の今後にもとんでもなく影響が出るのではないだろうか。

ただでさえ家庭教師を続ける上で大変な状況なのに自分から窮地に落とすようなことを上杉がするとは思えない。となると何かしらあってのこの体勢か…

二乃さんには申し訳ないが、ことりから送られてきた画像を隅々まで見てみる。

うーん…なんか周りが散らかってるような?

というか、なぜ上杉がいる状況下で二乃はお風呂に入ったんだ?上杉が帰った後に入ったのか?だったらどうやって上杉は家に入ったんだ?駄目だ、分からんことだらけだ。

そんな時だ。

 

『お兄ちゃん、今電話に出ることってできる?』

 

ことりからそんなメッセージが届いたのだった。

 

 




大変長らくお待たせしました。最新話の投稿です。

今回は、風太郎の家庭教師から逃げるため外に出ていた五月と吉浦兄妹が町で出会った話を書かせていただきました。
それにしても思いつきで書きましたが、やはり風太郎や中野姉妹との接点が少ないと書くのってこんなにも大変なんですね…

また間が空くと思いますが、次回もどうぞよろしくお願いいたします。



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06.裁判

『兄さん聞こえる?』

「ああ。ちゃんと聞こえてるよ」

 

あのメールの後ことりから連絡があり、中野家裁判に参加するよう言われた。

今はことりの携帯をスピーカーにして参加している。

 

『それでは揃ったところで裁判を始めます』

 

声だけだと誰が誰だか分からんのだが…

 

『裁判長発言の許可を』

『検察の五月ちゃん発言を』

 

今の会話の流れから今から発言するのは五月か?んで、五月をちゃん付けで呼ぶのはたしか一花さんだっけか?じゃあ、裁判長は一花さんか。まあ長女だし妥当か?

 

『裁判長、ご覧ください。被告は家庭教師という立場にありながら、ピチピチの女子高生を目の前に欲望を爆発させてしまった...この写真は上杉被告で間違いありませんね』

『え...冤罪だ...』

 

恐らく僕に送られてきた画像と同じものを上杉に差し出しているのだろう。

 

『ふむふむ。それは特別弁護の先生にも?』

『はい。兄さんにも送ってますよ』

『ちょっ、ことり!なんてものを送ってんのよ!』

『ご、ごめん。つい驚きの衝動から...』

「大丈夫だよ。送られてきた画像は削除してるから」

 

まあ、じっくりと状況の観察をした後なんだけどね。

 

『まあいいわ。裁判長』

『はい、原告の二乃くん』

『この男は一度マンションから出たと見せかけて、私のお風呂上りを待っていました。悪質極まりない犯行に我々は、こいつの今後の出入り禁止を要求します』

 

なるほど。上杉が帰ったから二乃はお風呂に入ったのか。しかし出入り禁止とはまた。

 

『お、おい。それはいくらなんでも!』

『たいへんけしからんですなぁ』

『一花!俺は財布を忘れて...』

『......』

『さ...裁判長...』

 

裁判長と言い換えたってことは無視されたのか。一花さんは徹底してるなぁ。

 

『異議あり』

 

お、上杉を助ける子がいるんだ。えっと、一花さんは裁判長で、二乃さんは原告。五月は検察で証拠の写真を掲示して、四葉さんは参加していない。それに声からことりではないから、これは三玖か。

 

『フータローは悪人顔してるけどこれは無罪』

 

悪人顔は一言余計だと思うのは僕だけだろうか。

 

『私がインターホンで通した。録音もある。これは不運な事故』

『三玖~~』

 

まさかの助けが入るとは思わなかったのか、上杉は嬉しそうな声を出している。まあそりゃそうか。

とはいえなるほど。それで二乃のお風呂上りに上杉は家の中にいたのか。これで大分一本の線になってきたな。

 

『あんた、まだそいつの味方でいる気...?こいつはハッキリ「撮りに来た」って言ったの!盗撮よ!』

『忘れ物を「取りに来た」でしょ』

 

なるほど『取る』と『撮る』ね。同じ読みでも大分違う意味になってくるな。

 

『裁判長~三玖は被告への個人的感情で庇ってま~す』

『な、何言ってんの...それは違うって言ったはず...先生も聞いてるのに...

 

なんかえらく三玖焦ってるなぁ。後半何か言ってたっぽいけど聞こえなかったな。

 

『三玖...信じてくれると信じてたぜ』

『それ以上近づかないで』

 

上杉が声をかけたみたいだが拒否している。どういう状況だ?

 

『え~~?その態度は警戒してるってことかな~~?』

『してない。二乃の気のせい』

『言っとくけど、私は裸を見られたんだから』

『見られて減るようなものじゃない』

『はー?あんたはそうでも私は違うの!』

『同じような身体でしょ』

 

なんか言い合いが始まったんだが...上杉の事で裁判をしてたんじゃないのか?

 

『い、今は私たちが争ってる場合じゃ...』

『五月は黙ってて』

『てか、あんたもその写真消しなさいよ』

『え~~......』

 

姉妹の争いを止めようと入った五月に対して二乃さんと三玖がその五月に対して威嚇しているようだ。今の僕の心境をことりが代弁してくれている。

 

『裁判長~~』

『よーしよし。頑張ったねー。うーん、三玖の言う通りだとしてもこんな体勢になるかなー?』

『一花、やっぱあんたは話がわかるわ。こいつは突然、私に覆いかぶさってきたのよ』

『上杉君...それ本当?』

『そ...そうだが、それは...』

『有罪。切腹』

『三玖さん!?』

『うーん...それは庇いきれないよ』

 

これは...あまり良くない流れだね。発言するとすれば今か?

 

「いち...裁判長。発言しても?」

『おや。特別弁護の吉浦先生。発言を許可します』

「ありがとうございます。では、裁判長。今手元には例の写真はありますか?」

『うん、あるよ。丁度五月ちゃんと見てたところ』

「では、その写真をよーく見てください。周りに物が散らかっていないでしょうか?」

『そう言われれば...二乃と上杉君の周りに本がたくさん......もしかして...』

 

五月も気づいてくれたようだね。

 

「裁判長。確かにその写真からは上杉が二乃さんを覆いかぶさっているように見受けられます。しかし、違う角度から見てみると、近くの棚から本が落ちてきたのを二乃さんから上杉が守った、とも見えるのではないでしょうか」

『そ、そうだ!先生の言う通りなんだ!』

 

僕の発言に助かったと言わんばかりの上杉の声が聞こえてきた。

 

『確かに』

『さすが兄さん。着眼点が凄いです』

『やっぱり、フータロー君にそんな度胸ないよね!』

 

ふー...何とか流れを変えられたかな。

そんな風に考えていると、二乃さんの慌てたような声が聞こえてきた。

 

『ちょ、ちょっと!何解決した感じ出してんの!?先生の当てずっぽうでしょ』

「まぁ、確かにあくまでも予想の話ではあるんだけどね...」

『二乃しつこい』

『...!!あんたねぇ...』

 

三玖の言葉にまた一触即発の雰囲気が携帯の向こうから漂ってきた。

 

『まぁ、そうカッカしないで。私たち、昔は仲良し五姉妹だったじゃない』

 

三玖と二乃さんの争いが起きそうなところを一花さんがどうやら止めたようだ。

 

『とは言え、俺の注意不足が招いた事故だ...悪かったな』

『昔はって...私は...』

 

タタタ...ガチャッ...バタン...!

 

なんだなんだ?何が起きてるんだ。

 

「おい、ことり?」

『えっと......二乃が外に出て行っちゃったの』

「は!?」

『ほっとけばいいよ...』

『先生。今日は私たちに付き合ってくれてありがとね』

『すみません。こんな事に巻き込んでしまいまして...』

「あ、ああ。それは構わないんだが...」

『兄さん、ありがとね。それじゃあ、私はこれから帰るから』

「気を付けて帰るんだよ」

『はーーい』

 

そこで携帯は切れた。とりあえず上杉の冤罪は免れたようだ。しかし......

二乃さんが出て行った直後のあの発言。

 

『昔はって...私は...』

 

どうも引っかかる。

上杉に対する拒否反応は五月以上だ。しかし、五月の場合は食堂でのやり取りが原因であのような態度になってしまったと本人も認めている。では二乃さんは?

ただ上杉の事が嫌いだけであそこまでなるのだろうか。そもそも、なぜ上杉の事を嫌っている?学校での接点はほぼないはずだ。なんせ上杉は、今まで他の生徒との接点を持とうとしなかったのだ。

では、上杉を家から遠ざけるのはなぜだ?

 

「......て。ここで考えてても埒が明かないか......夕飯でも作るかな」

 

そして、中野家裁判に巻き込まれたことで手を止めていた夕飯の支度を再開することにした。

 


 

~風太郎・ことりside~

 

中野家裁判を無事?に終えた風太郎とことりは一緒に中野家を出てエレベーターで下に降りていた。

 

「はぁ...やっと帰って自分の勉強ができるぜ」

「あはは、お疲れ様」

「吉浦もサンキューな。今回免れたのはお前のおかげでもある」

「私は兄さんに連絡しただけで、他は何もしてないよ。むしろ上杉君を疑ってもしてたんだし。ごめんね」

「あんな光景を見たんだ。仕方ないさ」

 

プルルル...

 

そんな時、風太郎の携帯に着信が入る。内容を見た風太郎は笑みを浮かべた。

 

「何々?彼女さんとか?」

「ち、ちげぇよ!妹だ、妹!」

「へぇ~、上杉君って妹さんがいたんだ。いくつ?」

「小学六年生だ。しっかりした自慢の妹だよ」

「そっか...ふふふ」

「な、何がそんなにおかしいんだ」

「だって、上杉君の今の顔......とってもいい笑顔だったから。普段からそんな風に笑えばいいのに」

「ぐっ...そんなことが出来たら苦労しねぇよ...」

 

ことりの言葉に風太郎は恥ずかしそうに前髪を弄りながら目を反らした。

 

「ふふふ、恥ずかしがってる上杉君も可愛いね」

「からかうなよ」

「ごめんごめん……でも、二乃大丈夫かな…」

「……俺たちはあくまでも家庭教師だ。人の家のことに過度な干渉もよくないだろう」

「そうなんだけどね…」

 

風太郎の言葉に、ことりはあまり納得は出来ていないようである。かくいう風太郎自身も多少なりとも気にはしているようではある。

そんな二人がマンションのオートロックの自動扉をくぐると、隅で丸くなっているジャージ姿の女の子がいた。

 

「二乃!」

「あ」

 

ことりの言葉に二人を見た二乃は一目散にオートロックの自動扉まで急いだ。しかし……無情にも二乃の目の前で扉は閉まってしまった。

中に入れなかった事でガクッと肩を落とす二乃。そのまま同じ場所に座ってしまった。

 

「に、二乃。上の誰かに連絡して開けてもらおうよ」

「やめて……その手は使いたくないの」

「でも……」

 

ことりが自分の携帯を出しながら提案するも二乃は拒否した。

 

「やめておけ。それよりも早く帰らないと先生が心配するぞ」

「そうなんだけど…」

 

風太郎の言葉にも、ほっとけない気持ちがありことりはその場から動こうとしなかった。

 

「はぁ…」

 

そんなことりを見た風太郎はため息を付き、二乃から少し離れた所に座ってしまった。

 

「!?な…何してんのよ?」

「どうしても解けない問題があってな。解いてから帰らないとスッキリしないんだ」

 

そう言いながら、風太郎はポケットから単語帳を出してめくり始めた。

 

「ふふっ、じゃあ私もーっと。て言っても勉強道具持ってないんだよね。上杉君何かない?」

「ほら」

「ありがと」

 

笑みを浮かべながら風太郎の傍にことりは座った。

 

「勉強勉強ってバカみたい」

「あはは…」

「勉強が馬鹿とは矛盾してるな。いや、馬鹿だから勉強をしているとも言えるか」

「うるさい。みんなバカばっかりで嫌いよ」

「二乃…」

「姉妹のこともか?それは嘘だろ」

「…!!嘘じゃない!あんたみたいな得体の知れない男を招き入れるなんてどうかしてるわ…私たちの」

「五人の家にあいつの入る余地なんてない」

 

二乃の言葉に被せるように代弁するように風太郎が口にする。

 

「!」

「そう、お前は言ったよな。俺が嫌いってだけじゃ説明付かないんだよ」

「もういい黙って」

「姉妹のことが嫌い?むしろ逆じゃないのか?五人の姉妹が大好きなんじゃないのか。だから異分子の俺が気に入らないんだ」

「何それ…見当違いも甚だしいわ。人のこと分かった気になっちゃって。そんなのありえないわ。キモ…………何よ、悪い?」

「いや、わかるぞその気持ち。俺にも妹がいてな…」

「そうよ!私悪くないよね」

「え?」

「バカみたい。なんで私が落ち込まなきゃいけないの?」

「……」

「やっぱ決めた」

 

意を決したようにその場に立ち上がる二乃。その口元は笑みが出ているようでもある。

 

「私はあんたを認めない。たとえそれであの子たちに嫌われようとも」

「うっ…」

「ありゃりゃ」

 

そう宣言した二乃を見上げながら、風太郎は後悔したような顔をするのだった。

そんな時、オートロックの自動扉が開かれて三玖が出てきた。

 

「二乃。いつまでそこにいるの、早くおいで」

「!」

「あ、フータローにことりもいたんだ。ちょうど良かった明日なんだけど…」

「三玖!帰るわよ」

「でもまだ話が…」

「いいから!」

 

何かを話しそうにしている三玖を無視して家に帰ろうとしている二乃。そんな彼女は自動扉をくぐった辺りで振り返り、風太郎に向けてべーと舌を出すのだった。

そこに残された風太郎とことり。

 

「はぁ…また厳しくなりそうだな…これだから過度な干渉は嫌なんだ」

「まあ、こればっかりはね…でも、二乃が元気になったのは上杉君の功績でもあるんだよ。そこは自信持って」

「はぁぁ…それで家庭教師としてやりにくくなるなら世話ないがな」

「まあそこは私も協力するから。ね?」

 

風太郎の前に出て、後ろ手に上半身を横に倒しながらも上目遣いで伝えることり。

 

「わ、分かった。これからもよろしく頼む」

 

そんなことりの行動に照れながらも答える風太郎。

さすがは校内にファンクラブを作るだけのことはあることりだ。あの風太郎ですら照れてしまうほどの破壊力を天然で出してしまっている。

当のことり本人はまったく気には止めていないのがまた別の問題ではあるのだが。

 

「ふふっ、よし!じゃあこれからは運命共同体ってことで、私のことはことりって呼んでいいよ。その代わり、君のことは風太郎君って呼ぶから」

「あ、ああ」

「じゃあ、改めてよろしくね風太郎君!」

「こっちこそよろしくな、ことり」

 

そこで風太郎とことりはお互いに手を握りあうのだった。

 

 




風太郎の裁判に吉浦兄妹が参加する形で書かせていただきました。
ここまで絡んでくる教師はいないかもしれませんが、そこはご愛嬌ということにしていただければと。
今後もちょっとずつ絡んでいくと思います。

それでは、また次回も読んでいただければと思います。
どうぞよろしくお願いいたします。



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第二章 花火大会
07.甘え


「へぇ~、あの後にそんなことが…」

 

中野家裁判に参加をしていたことりが帰ってきたので、夕飯で作っていた焼きそばを二人で食べながら今日あった出来事を話していた。

 

「しかし、二乃さんの上杉への気持ちの表れはそういった経緯があったのか」

 

姉妹への想い故の行動ってことか。

これは少しずつでも心を開いてもらうようにしていくしかないか。

 

「それにしても、上杉って面倒見良いんだね」

「うん。それは私も思ったよ。普段人と話してるところを見たことないから尚更かな」

「これを機に交流を持ってくれたらいいんだけど、まだ難しいかな…」

「うーん…そっちもまだまだ時間がかかるかな。そうだ。風太郎君といえば、妹がいるんだって。小学生だって言ってた」

「へぇ~、それで面倒見が良いのかもね」

「うん。それに風太郎君、妹の話をするときはとてもいい顔してたから溺愛してるのかもね」

「はぁ~、それは見てみたいかも」

「ふふふ、お兄ちゃんも私のこと溺愛してもいいんだよ?」

「十分愛情込めてるでしょ」

「えー、最近は冷たいじゃん。一緒に寝かせてくれないし」

 

僕の言葉に唇を尖らせて文句を言ってくる。

どこの世界に女子高生の妹と寝る大人のお兄さんがいるんだ。そんな兄妹いたらちょっと引くよ!

 

「もう高校生なんだから1人で寝なよ」

 

僕は軽くあしらうがことりは全く引き下がらない。

 

「やだー。だって寂しいんだもん。昔は一緒の布団で眠ってたし、私は全然気にならないよ!」

 

あー、そう言えばそうだったね。ことりが小学生までは一緒のベッドで眠っていたっけ。中学に上がったらさすがに一人で寝るように言ったけど、結局ちょこちょこ一緒に寝てたなぁ。

だけどさすがに高校二年生にもなった妹と一緒に眠るなんて……

 

「ねぇねぇお兄ちゃん?今日久しぶりに一緒にお風呂入らない?私お兄ちゃんとお話ししながら入りたいんだけどぉ」

 

更にとんでもない事を甘えた声で発し、僕の服を引っ張ることり。その表情はとても可愛らしく思わずドキッとしてしまうほどだった。

 

「いやいや。さすがにお風呂はまずいでしょ」

 

当然のように断りを入れる。

だってさすがにアウトだよ!倫理的にまずいって!それに妹の裸を見ることになるし……。うん、それだけはダメだよね。

 

「大丈夫だよ!だって今は私たち以外誰もいないじゃない」

「いや、それ関係ないから」

 

真顔で言う僕に彼女は「ちぇっ」っとつまらなさそうな顔をした。

諦めてくれたかなと思い安堵する僕だが......

 

「じゃあさ!せめて一緒に寝るだけでも。お願い!」

 

顔の前で手を合わせてお願いしてくることり。どうしようか迷っていると、今度は上目遣いをしながらこちらを見つめてきた。

そんな彼女を見て思わずため息が出てしまう。

まぁ仕方ないか。いつものことだし。それに断れば断ったでもっと面倒くさいことになりそうだし……

 

「はぁぁ、分かったよ」

 

結局僕は折れることにした。すると途端に彼女の顔がパァッと明るくなる。

まったく調子いいなこの子は……

でもこういうところも嫌いではない。むしろ好きである。だからこそついつい甘くなってしまう自分がいるのだ。 

 

「やったぁ~!ありがとお兄ちゃん!」

 

はしゃぐことりを尻目に再び大きなため息をつく。

しかしこれはこれで幸せな日常かもしれないなと思う自分もいた。

 


 

時刻は既に夜の11時前になっていた。そろそろ眠くなる時間である。ちなみに今僕らは何をしているかというとリビングにあるソファーに座ってゆったりとした時間を過ごしていた。

2人ともパジャマ姿である。そして隣のことりからはシャンプーの匂いなのか甘い香りも漂ってくる。とても落ち着く良い匂いだ。これがいわゆる女子特有の匂いというやつだろうか。なんとも不思議な感じがする。

そんな中、僕は横にいることりをチラッと見る。彼女はテレビに映っているドラマに夢中になっているようだ。その瞳はキラキラと輝いておりいかにもその話に集中していることが伺える。

そんな様子にクスリとする僕。

こうして見るとやっぱり普通の可愛い女の子なんだよな。家での普段の言動とか行動のせいでちょっと残念な部分もあるけど……

それでもやっぱり普通にしていれば容姿端麗・頭脳明晰な美少女なのだ。しかも料理も上手で家事も手伝ってくれるし文句のつけようがないほどの完璧ぶり。こんな子がいたら世の男子諸君は間違いなく惚れてしまうだろう。

まぁ、実際校内にファンクラブがあるわけで……そこまで行くとただの人気者というよりはアイドルのような扱いになる。それもかなりの熱狂的な人気を誇っているらしい。

まぁとにかくモテるってことだね。うん。すごいよ本当に……でもこれだけ美人なら納得かも。

などと考えていると突然彼女が話しかけてきた。

 

「ねぇねぇお兄ちゃん」

「ん?何?」

 

視線を前に向けるといつの間にか彼女は僕の方を見ていた。少し距離が近いような気がするが……気のせいだろうか? 僕の返事を聞いた彼女は満面の笑みを浮かべながら口を開いた。

 

「おやすみのちゅーして」

「……はい?」

 

一瞬耳を疑った。

いや待て。何を言っているんだ?どうしていきなりそんなことを言い出すんだ? 頭の中に疑問符しか浮かんでこない。

困惑している僕の手を握りそのまま自分の方へと引き寄せてくることり。

そして僕の耳にふぅーっと優しく息を吹きかけてきた。

 

「うひゃあっ!?」

 

思わず声を上げてしまう僕。そんな姿を見て彼女はニヤニヤしていた。完全に楽しんでるよこの子……

 

「ねぇお兄ちゃん?早くちゅーしてくれないと寝れないよぉ」

「ちょっ……」

「ねぇ、お兄ちゃん…」

 

頬を赤く染めながらキスしようと顔を近づけることり。僕はことりのおでこに手を当てる。

 

「はいストップ!」

「むぅ……じゃあ代わりに頭を撫でて!ぎゅ~としてから背中ポンポンしてくれるだけでもいいから!」

「はぁぁ…もう今日はどうしたのさ?いつも以上に甘えてくるけど」

 

さすがに我慢できなくなった僕は彼女に問い詰めることにした。

普段はここまでベタベタはしてこないし、一緒にお風呂に入ろうとか言ってきたりしない。いや、何度かあったか……

まあなんにしろ、何かあったのかと思ってしまうほど今日の彼女は積極的だ。

 

「別にぃ~、なんでもなぁい」

 

しかしそう答えるだけでことりは理由を言わなかった。それどころか僕に抱きついてくる始末。

 

「いや、だからね……」

 

呆れた口調で言う僕だが......

ギュッとことりの抱きしめる力が強まった。

 

「まったくとんだ甘えん坊なお嬢さんだよ」

 

そう言いながらことりの頭を撫で背中に手を添えてあげるのだった。

 


 

次の日。僕は立川先生に昨日もらった小説を自室で読んでいた。

 

コンコン...

 

「はーい」

 

扉のノックの返事をすると、扉からことりが顔を覗かせている。

 

「珍しいね、お兄ちゃんが小説読んでるなんて。歴史物?」

「いや。恋愛物だね」

「え!?それこそ珍しいよね。どうしたの?」

 

驚いた表情でことりが近づいてきた。

 

「確かに僕が好んで読まないジャンルだけどね。昨日立川先生に会って勧められたんだよ」

「立川先生...?」

 

立川先生の名前を聞いた途端なぜか雰囲気が変わった。

 

「いつ立川先生に会ったの?もしかして約束でもしてた?」

「どうしたことり?怖いよ」

「いいから答えて!」

 

僕の言葉に問答無用といった感じで聞いてくる。

 

「た、たまたま会ったんだよ。ことり達と別れた後にスーパーで買い物してたらね」

「ホントにぃ~~?」

「ホントだって。ここで嘘ついてどうすんのさ」

「むぅ~~...それもそうだね」

 

納得したのかしてないのか微妙な反応のことりは、とりあえず近くまで寄せていた自身の顔を離して考える仕草をしている。

 

「前から思ってたんだけど、ことりって妙に立川先生に機敏だよね。何かあった?」

「別に私と立川先生と何かがあったわけじゃないよ。ただ......」

「ただ?」

「......っ!お兄ちゃんと立川先生が妙に近いの!二人に何かあるんじゃないかって心配なの!」

「ぷっ......あははは。何?僕と立川先生が付き合ってると思ってるわけ?」

 

ことりの発言につい笑ってしまった。

 

「ちょっとぉ、笑うなんてひどくない?」

「ごめんごめん。まさかそんな風に思われてるとは思わなくて」

 

笑いながら謝ると少し拗ねる素振りを見せることり。

 

「まぁ、そう思う気持ちも分からなくもないけどね。実際あの人すごく良い人だし」

「ふーん……。じゃあお兄ちゃんは立川先生みたいな人が好みなんだ」

 

なんでそうなる。

 

「いやいや。そういう意味じゃなくて人として好感を持てるって話だよ」

「それってやっぱり好きってことだよね?」

 

この押し問答長くなりそうだなぁ。

 

「はいはい。僕の好みの話とかどうでもいいから。それより何か用事があったんじゃないの?」

「むぅ~、話を反らされた。まあいいや。私今から出掛けてくるけど、お兄ちゃん今日の夕方からは用事とかないよね?」

「今日の夕方?とくにないけど」

「良かったぁ。今日は花火があるから行こうよ」

「あぁ…そういえば今日だっけ。僕なんかじゃなくて友達と行ってくればいいのに」

「そこは大丈夫。三玖からお誘いがあったから、姉妹の皆と行くよ」

「なら、尚更僕は行かない方がいいでしょ。教師となんて行きたくないだろうし」

 

教師と花火大会。うん、僕だったらお断りだな。

 

「大丈夫だって。三玖に聞いたら気にしないって言ってたから」

「三玖が?」

「うん。ねぇ行こうよぉ~~」

 

ことりが僕の腕をとってブンブン動かしてくる。

 

「分かった分かった。行くからブンブンやめて」

「やったー!また連絡するから、絶対予定入れないでよ」

「分かったよ。あ、もう少ししたら出掛けるから現地にはそのまま行くよ」

「はぁーい」

 

そう返事をしたことりはそのまま出掛けていった。

 

 


 

外での用事も終わらせて街中を歩いているとふと大型ゲームセンターの近くで足が止まった。

学生の頃はちょこちょここういうところに来ていたが、教師になってからは全く来なくなったなぁ。

そんな風に考えて建物を眺めていると見たことがある人物が出てくるのを見かけた。

あれって...でも...

ちょっと気になったので声をかけることにした。

 

「上杉。それに五月も」

 

僕に声をかけられた二人は、見られてしまったと思っているような顔で振り返った。

 

「せ、先生。こんにちは」

「どうしてここに?」

「ん?たまたまだよ。別の用事があって、たまたまここを通りかかったんだ」

 

上杉の質問に答えてあげる。

 

「それにしても、二人でゲームセンターなんて随分仲良くなったんだね」

「「ち、違います!」」

「お、おう...」

 

僕の質問に対しては息の合った呼吸で二人に返事をされる。仲が良いの?どっち?

そんな風に考えていると、二人の間から一人の女の子が顔を出した。

 

「ん?この子は」

「ああ。俺の妹です。らいは挨拶しろ」

「うん!はじめまして、上杉らいはです」

 

この子がことりの言っていた上杉の妹か。

 

「初めましてらいはさん。僕はこの二人の通う学校の教師をしている吉浦です。よろしくね」

「はい!よろしくお願いします!」

「うん、良い返事だ」

 

そう言いながら頭を撫でてあげるとニッコリと笑ってくれた。兄妹で全然違う性格のようだ。

 

「ねえ先生!学校でのお兄ちゃんはどんな感じ?」

「ん?そうだなぁ。勉強ができて常に学年トップ、てかテストでは満点しか取ってないんだけどね」

「うーん...それは家でも聞いてるから。他にはないの?」

「他かぁ......」

「おい、らいは...」

 

どんどん質問してくるらいはさんに対して上杉が止めようとしたが、それを手で制した。

 

「他はねぇ。面倒見がいいかな。後は、与えられた仕事はきっちりとこなそうとする姿勢を感じるね」

「わぁぁ、そうなんだ!」

「先生...」

「あれ?僕の見解は間違ってたかな?」

「いえ、そうではないんですが...」

 

僕の問いかけに恥ずかしそうに前髪を弄りながら顔を反らした。

結局その後は三人と一緒に駅の方面に向かうことになった。

 

「ふ~ん、上杉の家庭教師としての給料を渡すために家に行って、その後にらいはさんの希望で三人でゲームセンターに行ったと」

「そうです。なので、上杉君とは仲良くなったわけではありません」

 

五月からの説明があっているが、僕はその話を聞きながら前を歩く上杉兄妹を見ている。ニコニコしながら歩いているらいはさんに、笑みを浮かべながら見ている上杉。

 

「理由はどうあれ、らいはさんにとっては良い時間を過ごせたみたいだからいいんじゃない?」

「そう、ですね...」

 

僕の言葉に五月も笑みを零しながららいはさんを見ていた。

 

「しかし、結局日曜日が潰れてしまった。いや、まだ夜がある...」

「ん?上杉は何か他に予定があったの?」

「いや、勉強をする時間を...」

「なるほど」

「てか、お前らも勉強しろよ」

 

上杉が五月に声をかけるも...

 

「...あ。私はここで...」

 

急に僕達から離れようとした。

 

「なんだよ怪しいな。宿題は出てるだろ?済ませたのか」

「確かに数学は出してたね」

 

上杉が逃がさないといった雰囲気で五月の後を追う。

 

「わーっ、付いて来ないでください!」

 

というかこの後五月って花火大会に姉妹で行くんじゃないのか?

そんな風に疑問に思っていると...

 

「お兄ちゃん、五月さんが四人いる」

「え?」

 

らいはさんが指差した方向には、五月と同じ顔をした女の子が四人浴衣姿で立っているのだ。

 

「あ、兄さん。連絡せずに済んでよかったぁ」

 

その四人というのは五月以外の姉妹であるのだが、その四人と一緒にことりの姿もあった。

 

「集まったし早くお祭り行こうよ」

「デート中にごめんねー。ていうか、先生も一緒だなんて思わなかったなぁ」

「五月!なんでそいつと一緒にいるのよ!」

 

三玖と一花さんに二乃さんが言葉を発するが三者三様の反応である。

 

「わー、上杉さんの妹ちゃんですか?これから一緒にお祭りに行きましょう!」

「あっ」

 

四葉さんがらいはさんに祭に誘うと、しまったといった顔を上杉はしている。

 

「でもお前ら宿題は...」

「ダメ?」

 

目をウルウルさせてらいはさんが上杉に聞く。

あー...どこの妹もこんな顔でお願いしてくるのね。こんな顔をされたら答えは一つだね。

 

「もちろん、いいさ...」

 

こうして、僕達兄妹と中野姉妹、そこに上杉兄妹が加わった花火大会が始まろうとしていた。

 

 




今回は吉浦兄妹を中心に書かせていただきました。
しかし、書いててなんですが凄い甘えようですよねぇ。風太郎のらいはに対する溺愛に感化されたのかもしれません。

さあ、次回から花火大会の開催です。
次回も読んでいただければと思います。よろしくお願いいたします。



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08.花火大会

「好きなのを頼んでいいからね」

「本当にいいですか!?」

「ああ」

 

僕は今、上杉の妹のらいはさんと一緒に駅近くのファミレスに来ている。

本来であれば、ことりや中野姉妹と合流が出来たのでそのまま花火大会の会場に行くはずではあったのだがそれが出来ないでいる。なぜかと言うと、中野姉妹の誰もが週末の宿題を終わらせていなかったからだ。

それを知った上杉は問答無用といった形で全員を連れて中野家に行ってしまった。ことりも家庭教師の立場から六人に付いて行っている。

 

「うーん、どれにしようかなぁ。迷っちゃうなぁ」

「ふふっ、この後屋台もあるしほどほどにね」

「そっか。あまり食べ過ぎても駄目だよね。気を付けないと」

 

そんな彼女が頼んだのは小さめのパフェだ。季節限定のフルーツがあしらっている。

そんなパフェを美味しそうにらいはさんは食べている。

 

「先生はそれだけでよかったの?」

 

らいはさんが僕の飲んでいる紅茶を見て聞いてきた。

 

「うん。そこまでお腹は空いてないからね。そうだ、この機会に上杉のこと聞いていいかな?」

「お兄ちゃんのこと?いいよ!」

 

その後は上杉の話をしながら六人が来るのを待つのだった。

 


 

~中野家~

 

和彦とらいはがファミレスで時間を潰している頃。中野家では、五つ子達が宿題に勤しんでいた。

 

「もう花火大会始まっちゃうわよ…なんで、私たち家で宿題してんのよ!」

「週末なのに宿題終わらせてないからだ!片付けるまで絶対祭りには行かせねー!!」

「あはは…私も手伝うからみんな頑張ろ」

 

風太郎の意気込みに乾いた笑いを出しながら、五つ子達に丁寧に教えていることり。

 

「ごめん、ことり…」

「う~~、申し訳ないです」

「いやー、さすがに先生にもやってないことばれたのはまずかったね」

「はわわわ……上杉さん、ここを教えてください!」

 

それぞれが口にしながらも自身の宿題を終わらせようとペンを走らせる。どうやら全員いつも以上にやる気に満ちているようだ。この分であれば花火大会には間に合いそうである。

花火開始まで後二時間をちょうどすぎたところである。

 


 

花火開始まで一時間ちょっと。全員の宿題を終わらせたとことりから連絡があったので、らいはさんを連れて集合場所まで行き合流することが出来た。

 

「やっと終わったー!!」

「みんなお疲れさまー」

 

四葉さんの言葉にらいはさんが宿題を終わらせてきた五つ子全員に労いの言葉をかけている。

 

「花火って何時から?」

「19時から20時」

「じゃあ、まだ一時間あるし屋台行こー!!」

 

二乃さんの疑問に三玖が答え、それを聞いた一花さんがテンション高めで三玖に寄りかかりながら屋台に行くことを提案している。

 

「ことりもお疲れ様」

「まさかこの格好で勉強を見ることになるなんて思いもしなかったよ」

 

両手を広げて自分が浴衣姿であることをアピールしながら、疲れた表情で伝えてくることり。本当にお疲れ様である。

もう一人の家庭教師である上杉の方を見るが、どこからどう見てもテンションが低いように見受けられる。

 

「上杉さん、早く早くー」

「はぁ…」

 

そんな上杉を四葉が呼んでいるが、やはりテンションが低く木の近くのフェンスによりかかり佇んでいる。

 

「なんですか、その祭りにふさわしくない顔は」

「俺はなんて回り道をしてるんだと思って…」

 

五月に声をかけられた風太郎は、その五月の言葉に返事をしながらなぜか途中で話を止めた。

なんだ?五月を見て固まってるが。見とれてるのか?

今の五月は後ろ髪を上げてまとめている。

 

「あ…あんまり見ないでください」

「誰だ?顔が同じでややこしいんだから、髪型を変えるんじゃない」

「いや、五月でしょ!」

 

上杉の言葉についツッコミをいれてしまった。

 

「あはは…さすが風太郎君…」

「それにしても、髪型がいつもと雰囲気が違って良い感じだね。今日の浴衣と合っててとても似合ってるよ」

「む…」

「あ…ありがとうございます……」

 

五月の髪型を褒めてあげると、恥ずかしかったのか下を向いて先程まで食べていたアメリカンドッグを食べ始めた。

 

「兄さん」

 

そんな五月を眺めていると横にいたことりに服の袖を引っ張られながら声をかけられた。

 

「どうしたことり?」

「私まだ褒められてません」

「え?」

「私まだ褒められてません」

 

いや二回言わなくても聞こえてるよ。

 

「………」

「こ、ことりも浴衣姿似合ってるよ。うん、髪型も五月みたいにまとめあげてて、普段見ない分新鮮だなぁ。簪も僕があげたやつだよね。つけてくれてありがとね」

「もー、そこまで褒めなくてもいいんですよぉ~」

 

無言のプレッシャーを感じつつことりを褒めてあげると、両手を自分の顔に持ってきて恥ずかしそうにそう言ってくる。どうやらこれで良かったようである。

 

「フータロー君はもっと女子に興味持ちなよ~~。女の子が髪型変えたらとりあえず褒めなきゃ、先生みたいにね」

「そう…みたいだな…」

「てわけで、ほら浴衣は本当に下着を着ないのか興味ない?」

「それは昔の話な。知ってる」

「本当にそうかな~~?」

「……」

「なーんて、冗談でーす。どう?少しはドキドキした?」

 

あっちはあっちで上杉が一花さんにからかわれていて大変そうだ。上杉、頭抱えてるし。

というか、妙にテンション高くないか?そんなに花火を見たかったのだろうか?

 

「一花、いつまでそこにいんの?はぐれちゃうわよ」

「ごめーん、ちょっと電話」

 

二乃さんが先に進もうとするも一花さんの携帯に電話がかかってきたようで、その場で電話をしている。

 

「なんだ?どこかに向かってるのか?」

 

二乃さんがどこかに向かっているように感じたのか、上杉が確認をする。

 

「別にいいでしょ。ったく...なんであんたもいるのよ」

「俺は妹と来てるだけだ」

「あはは...私たちもお邪魔だったかな?」

「そんなことはない。ことりと先生は私が誘ったんだから問題ない」

 

ことりのそんな疑問に三玖が答えてくれた。

 

「!らいはあんまり離れると迷子になるぞ。ここ掴んでろ」

「はーい。あのねお兄ちゃん見て見て、四葉さんが取ってくれたの」

 

らいはさんは上杉の服の袖を掴みながら手に持っている金魚すくいの成果を見せている。

しかしもの凄い量だな。袋が四つあるだけでも凄いが、いったい一つの袋に何匹入ってるんだ。恐るべし四葉さん。

 

「もう少し加減はできなかったのか...」

「あはは...らいはちゃんを見てると、不思議とプレゼントしたくなっちゃいます」

 

まあ四葉さんの気持ちは分からんでもないけどね。純粋で何かをしてあげたくなってくる子だよらいはさんは。

 

「これも買ってもらったんだ」

 

そう言いながららいはさんは花火セットを掲げた。

 

「それ、今日一番いらないやつ!」

「だって待ちきれなかったんだもーん」

「いつやるんだよ...四葉のお姉さんにちゃんとお礼言ったか?」

「四葉さんありがと。大好きっ」

 

上杉に聞かれたらいはさんはお礼を言いながら四葉さんに抱きついた。

 

「~~~~~~っ。あーん、らいはちゃん可愛すぎます。私の妹にしたいです」

 

そう言いながららいはさんに頬擦りをする四葉さん。愛情表現が凄いな。

 

「待ってくださいよ。私が上杉さんと結婚すれば、合法的に義妹にできるのでは…」

 

しかも考え方も突拍子がない子である。自分で何言ってるか分かっているのだろうか。

 

「自分で何言ってるかわかってる…?」

 

二乃さんも僕と同じ気持ちのようである。

 

「四葉に変な気起こさないでよ!」

「ねぇよ!」

 

二乃さんは上杉にくぎを刺すように指をさしながらそんな言葉を投げかけている。その勢いがよいせいか上杉は少しずつ後ずさっている。

やばっ、このままだと。

 

ドンッ

 

上杉の後ろには三玖がいたので、後ずさった上杉はそのままぶつかってしまった。

 

「おっと...大丈夫三玖?」

「~~~っ...あ...ありがとう先生...」

 

上杉とぶつかった三玖はバランスを崩しそうになっていたけど、あらかじめ彼女の近くに寄っていたことで受け止めることができた。

 

「す、すまん三玖」

「気をつけてね。この人の量なんだから。二乃さんも」

「ですね」

「ごめんなさい」

 

うん、二人ともちゃんと悪いと思ってるようだからこれ以上は何も言うまい。

 

「しかし、これじゃあ落ち着いて花火も見られんぞ」

「たしかにそうだね。どこか落ち着ける場所があればいいんだけど...」

 

上杉の言葉にことりが同意した。たしかに、小さならいはさんがいるしでこれじゃあ落ち着いて見れないな。

 

「二乃がお店の屋上を貸し切ってるから、付いていけば大丈夫」

「ブ...ブルジョワ...」

「ふへぇ~...」

 

三玖の発言に上杉とことりは驚きを隠せないようだ。かく言う僕も驚いている。

個人で、しかも女子高生が店の屋上を貸切るってヤバいだろ。普通は大勢の人達が集まって貸切るものじゃないのか。

 

「それならさっさとここ抜けて行こうぜ」

「待ちなさい」

 

向かう場所が決まっているのであればとこの場所から移動しようと提案する上杉だが、二乃さんに止められた。

 

「どうしたの二乃さん?」

「行く場所が決まってるなら早く行こうよ」

 

僕達兄妹も先を促す。

 

「せっかくお祭りに来たのにアレも買わずに行くわけ?」

「アレ?」

 

二乃さんの言葉に疑問に思った上杉が言葉を漏らす。

 

「そういえばアレ買ってない...」

「あ、もしかしてアレの話してる?」

「アレやってる屋台ありましたっけ...」

「早くアレ食べたいな!」

 

他の姉妹もテンション高く答えているから姉妹にとって祭りに欠かせないものなのだろう。

 

「なんだよ...」

「そのアレってのは何なの?」

「「「「「せーの」」」」」

「かき氷」「リンゴ飴」「人形焼き」「チョコバナナ」「焼きそば」

「「「......」」」

「「「「「全部買いに行こーっ!」」」」」

「お前らが本当に五つ子か疑わしくなってきたぞ」

「あはは...」

 

上杉に同意である。

そんなこんなで五つ子達は屋台に食べ物を買いに行ったのだが、なぜかご機嫌斜めで五月が戻ってきた。

 

「機嫌直しなよー」

「どうしたの?えらく五月はご機嫌斜めだけど」

「ああ、先生...」

「思い出しても納得がいきません。あの店主、一花には可愛いからオマケと言って、私には何もなしだなんて!同じ顔なのに!」

「なるほど...」

 

二人の手元には人形焼きの入った袋があるから、一花さんにはオマケで入れてもらって五月にはオマケがなかったと。食べることが好きな五月にとっては許されることではないんだろうな。まあ、その店主がショートカットの女の子が好みだったのか、一花さんのコミュニケーションの高さで話が盛り上がったからなのか理由は分からないが。

 

「複雑な五つ子心...」

 

三玖が僕の思ったことを代弁してくれた。

 

「ほら、これ食べて元気出して。そういえば、先生って三玖と五月ちゃんだけには呼び捨てだね?」

「ん?まあ、本人から許可もらったからね」

「なら私たち他の姉妹も呼び捨てでいいよ」

「そう?でも、他の二人は…」

「大丈夫だって。二人とも気にしないよ。なんだったら二人には伝えとくし」

「そこまで言うなら分かったよ一花」

「うん」

「あんたたち遅い!!」

 

あまりにゆっくり歩いていたからか前を歩いている二乃が叫んでいる。えらく張り切ってるな。

 

「二乃の奴気合入ってんな。お前らもずっとテンション高いし。花火なんて毎年やってるだろ」

「あ、私もちょっと思っちゃった。みんないつも以上にテンション高いよね」

「花火に何か思い入れでもあるのかな?」

「花火はお母さんとの思い出なんだ」

 

五つ子みんなのテンションの高さに疑問に思った僕とことりと上杉の言葉に三玖が答えてくれた。

 

「お母さんが花火好きだったから、毎年揃って見に行ってた。お母さんがいなくなってからも、毎年揃って.........私たちにとって花火ってそういうもの」

 

笑みを零しながら三玖が説明してくれる。

お母さんとの思い出の花火か...なるほど、みんなのテンションが高いのはそれでか。

そして二乃がやたら張り切ってるのは、家族を姉妹の中で一番に想っているであろう二乃だからか。

 

『二乃が風太郎君を家に入れたくないのって、姉妹のみんなが大好きだからこそみたいなんだ』

 

昨日の夕飯時にことりが教えてくれた。姉妹...家族を想えばこその家庭教師の拒否。ままならないね。

そんな考えをしてふと周りを見ると姉妹の人数が減っている?

あれ、四葉とらいはさんは?

そういえばさっきまで輪投げがどうのって言ってたな。はぐれたか。

 

『大変長らくお待たせいたしました。まもなく開始いたします』

 

近くにいないか周辺を見回しているとそんなアナウンスが流れる。それと同時に周りの人達も続々と動き出した。

 

「やばっ、ことり...ってあれ?」

 

これ以上はぐれるとまずいと思って、隣にいるであろうことりに声をかけるも姿がない。他のメンバーともはぐれたようだ。

 

「おいおい...まじかよ」

 

誰か一人でもいないか辺りを探してみる。すると、五つ子の一人を見つけることが出来た。

 

「五月っ」

「…っ、先生!」

 

不安そうな顔から一変、安心した顔になった五月。こっちも一安心だ。

 

「良かった。全員とはぐれた時はどうしようかと思ったけど、すぐに合流出来たのは幸いだよ」

「私も一人心細かったのですが、先生に見つけてもらえてほっとしました」

「このまま他の人も探したいところだけど、とりあえず元々行く予定だったお店の屋上を目指そうか。案内してくれる?」

「そのことなのですが......」

 


 

一方その頃。別の集団が目的地であるお店の屋上を目指していた。

 

「やっと抜けたわ!あんたが道を間違えるから遅くなったじゃない」

「お前が歩くの遅かったせいだ」

「まあまあ...無事に集団を抜けれたんだし、とりあえず屋上を目指そうよ」

 

二乃と風太郎、ことりの三人である。

 

「ここの屋上よ。きっともうみんな集まってるわ」

 

二乃を先頭に階段を駆け上がる三人。そして三人が屋上に着いた瞬間。

 

ヒュウウウ......ドォォン!

 

大会の最初の花火が夜空に上がった。

その花火を皮切りに次々と花火が上がるのを屋上で見上げているのは三人だけである。

 

「あっ......どうしよう...よく考えたら、今年のお店の場所私しか知らない...!」

「えぇぇ~~~!?」

「......」

 

ことりの驚きの声と一緒に花火の音が木霊した...

花火大会終了まで一時間を切ったところである。

 

 




いよいよ始まった花火大会。
はぐれるシーンですが、オリジナルキャラは一人にしないでそれぞれ二乃・風太郎組と五月に合流させてみました。
本編ほど花火大会の話は長く書けないかもしれませんが、次回以降もどうぞよろしくお願いいたします。



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09.捜索

~屋上~

 

ドォン…ドォン…ドォン…ドォン…

 

夜空に次々と花火が舞い上がるのを風太郎と二乃、ことりの三人が鑑賞している。

 

「わぁ~、きれ~い!」

「そうね…」

「日本で最初に花火を見たのは徳川家康という説があるんだ。起源は中国だがヨーロッパを経て種子島に鉄砲と共に伝わり…」

 

二乃とことりが花火を鑑賞している横では風太郎が花火のうんちくの話をしている。

 

「全然つまんない!何が悲しくてあんたのうんちくを聞かなければいけないのよ!」

「さすがに私もないかなぁ...」

 

うんちくを聞いていた二乃とことりが言葉を紡ぐ。

たしかに花火を見ながら話す内容ではない。

 

「ぐっ...」

 

さすがの風太郎も気まずくなったのか言葉に詰まってしまった。

そんな時だ、二乃の携帯に着信が入った。

 

「四葉!妹ちゃんも一緒?もう花火始まってるけどどこにいるの?え?時計台?迎えに行くからそこにいなさい!」

 

そこで電波が切れてしまった。

 

「あぁー、もう!ぼさっとしてないであんたたちも電話しなさいよ」

「仕方ねぇな」

「了解っ!」

 

二乃の言葉に風太郎とことりが自身の携帯を取り出した。ことりは自身の兄である和彦に連絡をしている。

しかし風太郎は自身の携帯を眺めているだけである。

なにせ風太郎の携帯の連絡先に登録されているのは......

『上杉らいは・親父』

以上二名だけである。

 

「だめだ、この携帯使えねぇ!!」

「使えないのはあんたよ!!」

 

風太郎の言葉に二乃がツッコミを入れる。

 

「だめっ、兄さんと三玖に掛けてるけど繋がらない。やっぱりこの人の多さが原因かな...」

「そう...ことりもだめだったのね...頑張って宿題も終わらせたのに...なんでこうなるの...」

 

ことりの結果を聞いた二乃は切なそうな声で答える。嫌いな勉強を頑張ってきたのに五人揃って花火を見れていない現実に、そんな感情が剥き出したのだろう。

そんな二乃の姿を心配そうに見ながら、ことりはフェンス際まで行き下の人混みの中を眺めた。

 

「あれ?あそこにいるの一花じゃないかな?」

「え!?あ、ほんとだ!」

 

ことりは人混みの中から一花の姿を見つけると二乃に確認する。その二乃は一花だと確認すると携帯を取り出し電話を掛ける。だが......

 

「んん~...どうして電話に出ないのよ...」

「気付いてないのか?」

 

二乃が電話を掛けながら零す言葉に、二乃に近づきながら下にいる一花を見ながら風太郎が答える。

そんな風太郎の頭に言葉がよぎる。

 

『花火はお母さんとの思い出なんだ』

 

三玖が話していた言葉である。

切なそうに電話を掛ける二乃の顔を覗いた風太郎は本当に大切な思い出であることを悟った。

 

「はぁぁ...俺が連れてくる」

「風太郎君?」

「お前らは浴衣姿で動きにくいだろ。だから俺が行く」

「!」

「そっか...」

「一花は任せたわ」

「ああ」

 

後ろ手に挙げながら風太郎は下に向かって行った。

 


 

ドォン…ドォン…ドォン…

 

「おー、ここからでも綺麗に見えるもんだね」

「ええ、凄いですね」

 

五月と合流した後、人混みから離れた場所で花火が打ち上るのを見上げていた。

それにしても、まさか五月が予約している場所を知らなかったとは。

 

『そのことなのですが......私は二乃から予約した場所を聞かされていないのです』

 

そんな言葉を聞かされたと同時に花火大会最初の花火が打ち上ったのだ。

一応五月には二乃への連絡を試してもらっているが、現在でも繋がらない。僕自身もことりに連絡をしているが繋がっていない。恐らく人が大勢集まっていることで起きている輻輳が原因だろう。

しかしことりは大丈夫だろうか。あの子も誰かと一緒にいればいいのだが。

本来であればこういう時はその場を動かない方が良いんだが。

隣で打ち上る花火を見上げている五月をチラッと見てみる。

笑顔で見てはいるが、どこか寂しさも見受けられる。

 

『毎年揃って見に行ってた。お母さんがいなくなってからも、毎年揃って......』

 

三玖が話していた花火の思い出について思い出していた。

きっと五月も他の姉妹と一緒に見たかったのだろう。

花火大会が終わるまで後50分ちょいか。

そんな風に考えながらショルダーバッグからある物を探し出していた。

 

「先生?」

 

隣でゴソゴソしていたからか、疑問に思った五月から声をかけられた。

そんな言葉を気にせず目的の物をショルダーバッグがら出すとそれを装着していった。

 

「えっと……なぜ帽子と眼鏡を?」

「今から他の姉妹やことり、上杉兄妹を探すために動こうと思って。それで必要なんだよ。いやぁー、入れてて良かったぁ」

 

かけた眼鏡をくいっと上に上げながら話す。

 

「さっきまではことりもいたから気にしないでよかったかもだけど、さすがに今から五月と一緒に行動するのにはいるかなってことでちょっとした変装だよ」

「あ…」

「一応僕と君は教師と生徒。まあ気にしすぎかもだけど、それくらいでちょうど良いんだよ」

 

帽子を整えながら伝える。

 

「じゃあ行こうか」

 

そう伝えながら手を五月に差し出す。

 

「え...?」

 

その行動に対して困ったような表情を浮かべる五月。

ことりに対しての行動を取ってしまってどうやら困らせてしまったようだ。

 

「わ、悪い。浴衣姿で動きずらいのとはぐれたらまずいのとで、ことり相手と同じ対応してしまったよ。さすがに手はまずかったよね」

 

そう言いながら手を引っ込めようとしたのだが...パシッ。

僕の手を五月が握り返してきた。

 

「は...はぐれないための処置です...よ...よろしくお願いします...」

「ああ...」

 

そんな五月の手を優しく握り返すのだった。

 

その後二人でまた人混みの中に戻り他のメンバーを探す。とりあえず二乃が向かおうとした先に進めば誰かがいるかもという思いでそちらに歩みを進めることにした。

 

「見当たりませんねぇ」

「まあ、そんなにすぐに見つかるとは思っていなかったからね。気長にいこう」

 

屋台が並んでいるなかを歩いていくので、皆と合流したい気持ちもあるが五月はどこか食べ物も気になっているようだ。

 

「五月?何か食べたいの?」

「え!?す、すみませんこのような状況で。先生といると安心してお腹が空いてきてしまって…」

「気にしなくても良いよ」

 

そう言って近くの焼き鳥の屋台に向かって歩き出す。ちょうど二人分買えるだけあったのでそれを注文する。すると店主が一本おまけしてくれた。

 

「おっ!兄ちゃん可愛い彼女連れてるじゃねえか!」

「いや……そういうわけでは……」

 

否定しようとしたが隣にいる五月を見ると顔を真っ赤にして俯いていた。その様子に店主はさらにニヤニヤした顔になりながら焼きたての焼き鳥を渡してくれた。

 

「いいってことさ!若いもんは遠慮せずに食いな!」

「は、はぁ…ありがとうございます」

 

受け取った焼き鳥を五月に渡すとまだ少し恥ずかしそうにしている。

屋台から少し離れたところで五月に声をかけられた。

 

「あの、先生……私たち付き合ってると思われているみたいですけど……」

「ん?ああ、そうだね。まあ僕もまだまだ若く見られてるって事だね」

「そんな!先生は若いじゃないですか」

 

冗談交じりに話したのだが、力強く答えられた。その言葉にはどんな意味が含まれているのかわからないがきっと褒めてくれていることだけはわかった。

 

「ありがとう。それじゃあそろそろ他のみんなを探しに行こうか」

「はい!行きましょう!」

 

元気よく返事をして再び歩き出した五月。その横に並ぶように歩くとこちらを見上げて微笑んでくれた。そのまま歩いていると何組かカップルと思われる人たちとすれ違った。男女の組み合わせということもあって自然とその人達を目で追ってしまう。

 

「どうしました?」

 

視線を感じた五月が不思議そうな表情をしている。

 

「いや、なんでもないよ」

 

そう答えると納得していないような感じだったがそれ以上聞いてくることはなかった。

その後もしばらく辺りを探し続けていると突然後ろから声をかけられた。

 

「吉浦先生?」

 

声に振り返るとそこには立川先生がいた。

 

「た、立川先生…」

「やっぱり吉浦先生だったんですね。帽子に眼鏡までかけてたんでちょっと自信がなかったのですが」

「どうしてここに?」

「いえ、私も花火大会に来てたんですよ。今日は友人と来ていたのですが、今は屋台に行っているのをここで待ってたんです」

 

なるほど。まさか同僚に会うなんて。しかもこの変装は結構自信があったんだけど、すぐにばれるとは。

 

「それでそちらの方はどなたなんでしょうか?も…もしかしてデート中…とか?」

 

僕の後ろに隠れている人物を見て、上目遣いでそんなことを言ってきた。僕は慌てて否定しようとする。

 

「い、いえ。デートという訳ではないんですが…」

「?ああ、ことりさんですか?」

 

そんな立川先生だが、僕の後ろから出てきた人物を見て驚きを見せた。

 

「え!?な、中野さん!?」

 

驚いた様子の立川先生は出てきた人物の名前を口にした。

 

「こ…こんばんは、立川先生…」

「こんなところで会うなんて偶然ですね!でもどうして一緒にいるんですか?確か二人はあまり接点はなかったはずですよね?」

「実はことりが姉妹全員と友人でして。それで僕はその姉妹とことりが花火大会に行くのに付いてきたんですよ。ただこの人の量で…」

 

そこまで言うと察してくれたようでこれ以上聞かれることはなかった。

 

「そうだったんですね。せっかくだからもう少しお話ししたいところなのですが、もうすぐ友人が来ますので」

「あ、はい。お気をつけて」

「お気遣いありがとうございます。ではまた」

 

軽く会釈をしてからその場を離れた。立川先生が見えなくなると緊張していた空気もなくなり一気に疲れが出てきた。

 

「はぁ……びっくりした。まさか立川先生がいるとは」

「すみません。私が一緒だと迷惑でしたよね」

「別に謝らなくていいよ。それにしても知り合いに会った時は焦ったよ」

「そうですねぇ……」

 

そう言いながら五月はじっとこちらを見つめてくる。

 

「な、なにかな?」

「いえ……なんでもありません」

 

首を横に振りながら答えたが明らかに何かありそうな様子だ。

 

「あの……先生と立川先生はその……」

「ん?」

「……なんでもないです」

 

途中で言葉を止めた五月はそのまま黙ってしまった。気になる言い方だが本人が話そうとしないのであれば無理には聞かない方がいいだろう。

 

「まあ、とにかく皆を探そうか」

「はい!」

 

再び歩き始めると今度は別の方向から声をかけられた。

 

「五月。先生」

 

声をかけられたことで、パァーッと明るい表情になった五月なのだが……

 

「!……なんだ、あなたですか…」

「残念さを少しは隠しなさい」

 

声をかけてきた人物が上杉であると知った途端に残念そうな顔になっていく五月。落差が物凄いな。

そんな態度の五月に対して上杉がツッコミを入れている。

 

「何はともあれ、合流出来て良かったよ。上杉はどのくらいのメンバーを把握してるの?」

「二乃とことりが予約した屋上にいます。後は、四葉とらいはが一緒に時計台のところにいるのと、脇道に三玖がいます。行方不明なのは一花だけですね」

 

良かった、ことりは無事だったか。

 

「それだけのメンバーの場所を把握してるなんてさすがだね」

「とりあえず、まずは三玖と合流しましょう」

「だね。五月もそれで良いかな?」

「わかりました」

 

返事をした五月が先頭に立ち、三玖がいるであろう場所に向かって歩きだした。

 

「……五月、一つ聞いていいか?」

 

そんな五月に一番後ろを歩いていた上杉が質問をする。

 

「なんです?」

「俺たちってどういう関係?」

「は?」

「なんですか、その気味の悪い質問...」

 

上杉の質問に訳が分からず思わず声が漏れてしまった。逆に五月は本当に気持ち悪そうに前を見て答えている。

 

「はぁ...そうですね...百歩譲って赤の他人でしょうか」

「「百歩譲っても!?」」

 

五月の言葉に思わずツッコミを入れるも、そのツッコミが上杉と被ってしまった。

いや、百歩譲っても赤の他人ってどんだけ上杉の事を嫌ってるんだか。

 

「私に聞かずとも、あなたはその答えを既に持ってるじゃないですか」

「え?なんだそれ」

「......」

「今はそれより一花です。どこにいったのでしょう」

 

答えを既に持ってるか。まったく、上杉の事を信用してるのかしてないのか分かんないなぁ。

 

「少しは優しく接してあげたら?」

「......先生の言うことでもできることとできないことがあります」

「まったく素直じゃないんだから。ねぇ上杉?」

 

後ろから付いてきているであろう上杉に言葉を投げかけるつもりで振り返るがその姿はなかった。

 

「は?」

「どうしたのですか先生?」

「いや......上杉がいなくなってて...」

「何を......え!?上杉君!?」

 

ドォン...

 

五月の言葉が花火の上がる音に虚しくかき消されるのだった。

花火大会終了まで30分を過ぎていた。

 

 




今回は、花火大会ではぐれた他のメンバーを探す回を書かせていただきました。
最後の最後でまたはぐれてしまいましたが、どのように合流していくのか、原作とはちょっと違う形で書かせていただければなと思います。

では、また次の投稿も読んでいただければ幸いです。
よろしくお願いいたします。



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10.関係

「さて、どうしたものか…」

 

ドォン…ドォン…パラパラ…

 

他のメンバーの場所を一番把握しているであろう上杉と合流出来て喜んだがつかの間。その上杉とまたはぐれてしまったのだ。

夜空では無情にも花火が舞い上がっている。

 

「まったく。あの人は、こんな非常事に何を考えてるのでしょう」

 

そして僕の横ではご機嫌斜めの五月が上杉への愚痴を並べている。

 

「まあまあ、この人だかりだからそれではぐれたかもだからね。上杉ももしかしたら混乱してるかもだよ」

「……そうですね。先生とまではぐれていたらと思うとちょっと怖いですね」

 

少しは五月も落ち着いたようだ。

さて、これからの事を考えないとだな。

まず上杉の件についてだが、五月にはああ言ったものの人混みではぐれたにしては急すぎだと思う。今の状況を考えれば大声をあげるなりするだろう。まあ花火の音で聞こえない可能性もあるわけだが…

だけどそうなってくると自ら離れた事になるが…これだと理由が思い浮かばない。

はぁぁ、上杉の件は保留だな。ここで考えていてもきりがない。となると、ここで上杉と合流するために待機するのはあまり良くないか。

次に考えるのは三玖の事だ。上杉の話だと、三玖は足に怪我をしているらしい。それで僕と五月のところには上杉一人で来たそうだ。となると、三玖は今も一人で待っていることになる。なので早く合流してあげた方が良いだろう。

だが、その三玖がいるところが分からない。闇雲に探すのは、今のこの状況ではあまり良くないだろう。

となると、残るメンバーである四葉とらいはさんか。この二人は唯一場所が分かっている。上杉の話によれば時計台にいるとの事だ。まずはこの二人と合流をするのが良いのかもしれない。

そう考えをまとめた僕は五月に声をかけた。

 

「五月。これからなんだけど時計台にいる四葉とらいはさんに合流しようと思うんだけど、どうだろう?」

「そうですね。時計台という目的地があるのはよいことだと思います。しかし三玖とは合流しなくてもよいのでしょうか…」

「それも考えたんだけど、三玖がいるのは脇道という事しか聞けなかった。そっちは場所を知っている上杉に任せよう」

「ですね。わかりました、時計台に向かいましょう」

 

どうやら五月も理解してくれたようだ。さっそく向かおうと思ったら五月から手を差し出された。

 

「五月?」

「……はぐれては、大変ですので…手を繋いでください」

 

顔を赤くしてこちらを見ないようにしている。

そんな姿を可愛く思い、クスッと笑ってその手を取った。

 

「お嬢様の仰せのままに」

 

そして手を握ったまま二人で時計台を目指すことにするのだった。

 


 

~三玖side~

 

「遅い...」

 

三玖は現在、五月と和彦を見つけた風太郎がその二人を連れてくるのを待っていた。

一緒に行ってもよかったが、先程誰かに足を踏まれて怪我をしてしまったのだ。それを鑑みて風太郎は待ってるように伝えた。

 

(先生と五月を追いかけて行ったっきり、フータローどこまで行っちゃったんだろう)

 

近くにあったお店の窓が丁度鏡のように自身の姿を映しており、それを見ながら待っている。

 

『お二人はどのようなご関係でしょう?』

『ただの知り合いですよ』

 

ふと、先程街頭アンケートを受けた時の風太郎のやり取りを思い出していた。

 

(ただの知り合い...私は友人と思ってたけどフータローにとってはそうだったんだ。ふふっ、フータローだったら仕方ないか)

 

小学生以来、友人を持ったことがない風太郎にとっては友人の定義が分からない。教師?関係者?色々と頭を過ったが、知人という言葉がしっくりきたのだ。

そんなことを知らない三玖であったが、風太郎のことを少しは分かってきたようだ。クスッと笑みが零れる。

 

(......先生は、私たちの関係についてなんて答えるかな...て、教師と生徒だよね...)

 

そんな風に心で笑いながら思い、三玖は目の前に映っている自分の姿を見ていた。

浴衣を着ていつものヘッドフォンを首に下げ、いつもの髪型にお面を頭につけている自身の姿を。

 

『それにしても、髪型がいつもと雰囲気が違って良い感じだね。今日の浴衣と合っててとても似合ってるよ』

『女の子が髪型変えたらとりあえず褒めなきゃ』

 

そんな時、五月の髪型を褒めていた和彦と風太郎にダメ出しをしていた一花の言葉を思い出していた。

 

「......」

 

そんな三玖はお面とヘッドフォンを下に置き自身の髪を結びだした。

後ろ髪を束ねお団子のようにまとめ上げた髪型。

 

「......私のことも褒めてくれるかな...?」

 

少し変わった自分自身の姿を見ながらそんな言葉が漏れるのだった。

 


 

~風太郎side~

 

和彦と五月に合流した風太郎は三人で三玖の元に向かっていた。だがそんな時にそこから連れ出されたのだ。

 

「花火見た?凄いよね」

「おい!どこ行くんだ。五人で見るんだろ!?一花!」

 

そう。風太郎を連れ出したのは一花だった。どういう意図があってこのような行動を起こしたのか分からない風太郎はただただ混乱をしていた。

 

「はは、いーからいーから」

「......」

 

そんな風太郎に気にも留めず、ずんずんと先に進む一花。そしてそんな二人は脇道に出て、ビルとビルの間の細い路地までやってきた。そこで一花も足を止める。

 

「...それでね。さっきのことは秘密にしておいて」

「さっきのとは...」

「私が男の人と会っていたってこと」

 

実は風太郎は三玖に会う前に一花に会っていたのだ。その時に一花が知らない男の人と一緒にいたところを風太郎は目撃している。その事を秘密にしてほしいようだ。

 

ダンッ

 

そして壁ドンのごとく一花は片手をビルの壁に当てて風太郎を逃がさないようにしている。

 

「私はみんなと一緒に花火を見られない」

 

一花はそんな言葉を決意じみた顔をして漏らす。

 

「急なお仕事頼まれちゃって…だから花火は見に行けない」

 

そこで先程までの決意じみた顔を崩し、笑みを浮かべながら一花は話を続ける。

 

「ほら、同じ顔だし一人くらいいなくても気づかないよ」

「それは無理があるな」

「ごめんね、人待たせてるから」

「お、おい待てって!ちゃんと説明しろよ!」

 

さすがの風太郎もこのまま行かせてはいけないと思ったのか一花を呼び止める。そんな風太郎の呼び止めに対して振り返った一花は疑問を投げかけた。

 

「なんで?」

「!」

「なんでお節介焼いてくれるの?」

「...っ」

「私たちの家庭教師だから?」

「確かに」

 

一花の追及に風太郎は言葉が詰まる。

 

「確かに...ッ。客観的に見て、なんで余計な面倒を見てんだって感じだよな」

「うん。じゃあそういうことだから...」

 

風太郎の言葉に納得と寂しさが混じったような顔をした一花はその場から離れようとしている。だが...

 

「あ、やば」

 

何かを見つけた一花はまた風太郎の方に戻ってきてビルの陰から覗きこんでいる。そんな一花の後ろから風太郎も覗きこんだ。

 

「さっきお前といたおっさんじゃねぇか」

 

一花と風太郎が覗いた先では、先程まで一花と一緒にいた男の人が焦った様子で何かを探している。

 

「あの人仕事仲間なの」

「お前を探してるんじゃないか?」

 

一花のことを探しているであろうその男の人は徐々に風太郎と一花がいる場所に近づいてきていた。

 

「大変!こっち来た!どうしよう...仕事抜け出してきたから怒られちゃう!」

「知らねぇよ。奥から逃げれば...」

「あー!間に合わないよ!」

 

男の人に見つかるかもしれない事で焦っている一花と風太郎。そんな事にお構いなしに男の人は近づいてくる。そして、二人のいる細い路地を覗き込んだのだ。

しかし、その男の人は一花を見つけることはできなかった。男の人が見つけたのは、細い路地で抱き合っているカップルのみ。暗い場所でもあったので、そのカップルの一人が一花とは思わなかったようだ。

だが、その抱き合っているカップルというか二人がまさに風太郎と一花である。機転を活かして、風太郎が一花に覆いかぶさるように二人は抱き合ったのだった。

 

「よっこいしょ」

 

細い路地を覗き込んだ男の人は近くにあった空箱に腰を下ろして携帯をいじりだした。

 

(そこに座るんかーい)

 

思わず心の中で風太郎はツッコミをいれてしまった。

 

「おい...」

「ん?」

「いつまでこうしていればいいんだ?」

「ごめん、もう少し」

 

さすがに体勢がつらくなってきたのか風太郎が一花に問いだすも、まだ近くにさっきの男の人がいることでここで止めることもできず、一花からはもう少しと返事があった。

 

「私たち傍から見たら恋人にみえるのかな?」

「ん...まぁ...欧米じゃあるまいし、この状態は恋人に限られるだろうな」

 

いたずらっぽく一花が質問を投げかけるが、さすがの風太郎もこの状態では恋人に見えると言わざるを得なかった。

 

「ふふっ、本当は友達なのに悪いことしてるみたい」

 

一花はこの状態をどうやら楽しんでいるようではあるが、そんな言葉に風太郎は抱き寄せていたのを解き一花に問いただした。

 

「俺らって友達なのか...?」

「えっ」

 

風太郎の問いに一花は驚きの表情を見せている。

 

「えーっと...ハグだけで友達超えちゃうのは流石に早いかなー」

「そ、そうじゃなくて...!俺はただの雇われ教師だ。それさえなければお前たちと接することもなかっただろう。そんな関係を友達と言うには違和感が...」

 

そんな風太郎の言葉にも一花はただただキョトンとするばかりである。

 

「なにそれ、めんどくさっ」

「えっ」

「私は友達だと思ってたのに、やっぱりフータロー君は違ったんだ、傷つくなぁ~~」

「いや...俺は...」

 

一花の反応は普通の人から見たら至極当然の反応かもしれない。だが、友達の定義を図れない風太郎にとってもまた当然の反応なのである。

 

「もしもし」

「「!!」」

 

そんな時、先程の男の人の声が聞こえてきて風太郎と一花はビクッと体を強張らせた。どうやら男の人は電話に出ているようだ。

そこで、風太郎と一花は再び抱き合う形をとる事にした。

 

「少しトラブルがあって...撮影の際は大丈夫ですので...」

「撮影?お前の仕事って...」

 

聞こえてきた男の人の言葉に風太郎は質問の投げかける。

 

「実はあの人はカメラマンなの。私はそこで働かせてもらってる」

「!カメラアシスタント...」

「...うん」

 

そこで風太郎はようやく一花が何の仕事をしているのかを理解した。

 

「良い画が撮れるように試行錯誤する。今は、それが何より楽しいんだ」

 

自身の仕事の良さを伝わるように話す一花。

 

(カメラマンねぇ...)

 

だが、当の風太郎にはあまり伝わっていないようである。

 

「学生の大切な時期にそんなことして大丈夫かよ。お前たちは勉強に集中しなきゃ進学すら怪しいんだぞ」

 

学生の本分は勉強。そんな風太郎がその言葉を投げかけるのは当たり前かもしれない。

だが、そんな考えを持つ風太郎に対して一花は疑問に思ったことを投げかけた。

 

「フータロー君はなんのために勉強してるの?」

(なんのためーーー)

 

そんな一花の言葉に風太郎はある記憶が甦った。小さな女の子が笑ってこちらを見ている、そんな記憶が。

そんな時だ。

 

「一花ちゃん見つけた!」

「「!」」

 

男の人からの声が聞こえて自分達がとうとう見つかったのだと二人は判断した。

 

「しまっ...」

 

だが、男の人はこちらとは別の方向に向かっている。

 

「こんなところで何やってんの」

「えっ」

「言い訳は後で聞く、早く走って!」

「えっと...えっ?」

 

男の人はたしかに一花を見つけたと言っていたが、一花本人はまだ風太郎の腕の中。しかし、男の人は一花に話しかけるように話している。

訳も分からず風太郎と一花が大通りの方を見ていると、男の人に引っ張られる少女の姿が現れた。

その少女はたしかに一花の顔をしている。だが一花ではない。

 

「三玖!?」

 

すぐに判別ができた一花はその少女の名前を呼ぶ。

 

「もしかして私と間違えて...」

「とにかく追うぞ!」

 

風太郎の掛け声のもと、風太郎と一花は連れされられる三玖を追いかけだした。

二人が人混みの方を見てみると、少し離れたところに三玖の姿が確認できる。

 

「今なら追いつける!」

 

その風太郎の言葉と共に風太郎と一花の二人は人混みをかき分けて進みだした。

 

「電話は…」

「かけてる!」

「お前…なんで仕事抜け出してきたんだよ」

 

追いかけながら風太郎がそんな質問をする。

 

「……言いたくない。どうやらフータロー君とは友達じゃないらしいし」

「うっ…そうは言ったが…」

 

一花は自分たちとの関係性が友達ではないという風太郎の言葉を根に持っているようで、膨れっ面で風太郎の前を行く。

そんな一花の態度に対して申し訳ないような顔でいる風太郎。

 

(なんでそんなこと聞いたんだ俺…こいつらが何をしてようが俺には関係ない。関係ないんだ!)

 

心の中でそう言い聞かせる風太郎。そんな彼の頭にいくつかの言葉が過る。

 

『一花ちゃんとどういう関係?』

『私は友達だと思ってたのに、やっぱりフータロー君は違ったんだ、傷つくなぁ~~』

『私に聞かずとも……あなたはその答えを持ってるじゃないですか』

 

「俺は…」

 

決意を込めた顔になった風太郎。そんな風太郎と三玖との間に突如と人影が現れた。

 

「すみません。どういう状況かは分かりませんが、彼女嫌がってるようなので返したいただきますね」

 

そしてその人影は三玖の腕を取り自分の方に引き寄せたのだった。

 

 




今回は趣向を変えて風太郎sideを中心に書かせていただきました。
そして最後に風太郎の目の前に現れた人影は…
もう少しだけ花火大会を書かせていただきますのでお付き合いいただければ幸いです。

では、次回投稿も読んでいただければと思います。
どうぞよろしくお願いいたします。



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11.おんぶ

時は少し遡り。

僕と五月は人混みをかき分けて、ようやく四葉とらいはさんがいるであろう時計台に到着した。

 

「見てください。あそこに二人が」

 

二人を見つけた五月は繋いでいた手を離し、二人のもとへ急いで向かった。どうやら向こうもこちらに気づいたようだ。

 

「五月っ!」

「四葉ぁ!」

 

そして二人はお互いに抱き締め合い無事を分かち合っていた。

 

「五月が無事で良かったよ。先生と一緒だったんだね。せんせーい!」

 

ちょうど帽子と眼鏡を外していると、四葉から手を振られたのでそれに手を上げて応えながら三人に近づいた。

 

「それにしても、よくここがわかったね」

「ええ。上杉君に聞いて…」

「お兄ちゃん!?お兄ちゃんもいるの?」

 

五月の言葉に辺りをキョロキョロと探すらいはさん。

だが、その姿を見つけることは出来ない。

 

「ごめんねらいはさん。彼はここにいないんだ。ここに来る途中ではぐれてしまって…」

 

らいはさんの背に合わせるようにしゃがみこみ頭を撫でながらそう伝える。

すると「そっかぁ…」と残念そうに下を向いてしまった。

そんならいはさんの頭をさらに撫でてあげると少しは笑顔が戻ってきたようだ。

 

「四葉はここにいるって事は二乃の予約した場所は知らないんだよね?」

 

らいはさんを撫でながらなので見上げるように四葉に尋ねる。

 

「ですね。なので二乃に連絡をしたのですが、場所を聞く前に電話が切れてしまって。再度掛けてはいますが掛からずで困っていた状況です。二乃からはそこにいるように言われたのでここでずっと待っていました」

 

申し訳なさそうに言う四葉だがこればっかりは仕方がない。

四葉の言葉を聞き終えると立ち上がり今後の事を考えてみる。

とはいえ、ここで上杉が来るのを信じて待つしか出来ないんだが。

 

「後は上杉が合流すれば万事解決なんだけど」

「その上杉君と連絡をとることすらできませんからね」

「困りましたぁ…」

 

うーん、と僕と五月それに四葉が腕を組んで唸ってしまう。

無情にも夜空には花火が舞い上がっている。

そんな時だ。ふと人混みの方を見ていると男の人が浴衣姿の女性の手を引いて歩いているのを目撃した。それだけであれば特にどうということではないのだが…

 

「ねえ、あれって君たちの姉妹じゃない?」

「「え?」」

 

僕の指摘した方を四葉と五月が見る。そこには、この二人と同じ顔をした女性がいるのだ。

 

「「三玖!?」」

「え、三玖なの?ヘッドフォンは?」

「わかりません。しかしあれは三玖で間違いないです!」

 

髪を後ろで団子のように結んでいる時点で二乃か三玖であるとは思ったのだが、五月がヘアピンをつけているといった特徴がなかったので判別が出来なかった。

しかし、僕の疑問に五月が自信を持って答えているので三玖で間違えないのだろう。

 

「二人とも。あの男の人に心当たりは?」

「ありません」

「私も。もしかして誘拐!?」

「え~~!?」

 

四葉が縁起でもない事を言うものだから、らいはさんが驚いてしまった。

一瞬だけ見えた三玖の顔は、どこか困惑したようだったので知り合いの線は薄いかもしれない。

 

「三玖は僕が。二人はここでらいはさんと待っててくれないかな?」

「わかりました。三玖をどうかよろしくお願いします」

 

三玖のところに向かう事を伝えると五月が答えたので、それに対してコクンと頷き三玖のもとに向かった。

追い付けるか心配ではあったが三玖が足を怪我していることが原因か、向こうはそんなに早く歩けていない。

チャンスだ。

そんな思いで人混みををかき分けながら歩みを進める。

そしてようやく追いついた!

 

「…っ!あの…私…一花じゃ…」

 

一花?

三玖まですぐのところで三玖の口からそんな言葉が聞こえた。

一花と間違われて連れていかれている?って、今はそんなことを考えてる場合じゃないか。

 

パシッ…

 

そんな思いで引かれている三玖の手を握り自分の方に引っ張った。

 

ポスッ…

 

そしてそのまま僕の胸に三玖が収まる。

 

「すみません。どういう状況かは分かりませんが、彼女嫌がってるようなので返したいただきますね」

「……っ」

 

僕の胸に収まった三玖は驚いたように僕を見上げる。

 

「なんだ君は…!?」

 

三玖を奪われた男は噛みついてきた。

うーん、教師というと話がおかしくなるのか?だったら…

 

「彼女は僕の大切な人です。そんな彼女を連れ去るのはやめていただきたいですね」

「~~っ…」

 

本当は大切な生徒だけど同じだよね。

そんな風に考えていると男はさらに食いついてきた。

 

「な、何を!?一花ちゃんそんな人がいたのかい?」

「え…えっと…」

「一花?この子は一花じゃないですが」

 

すごい興奮している男に一花ではないことを伝えるも聞く耳がないようだ。

 

「その顔は見間違いようがない!さあ早く…うちの大切な若手女優を放しなさい!」

「は?」

 

そんな男が何かとんでもない事を言ったように聞こえた。え、若手女優?一花が?

 

「わかてじょゆう…」

 

後ろから聞いたことがある声が聞こえたので振り返ると上杉と一花の姿があった。

 

「上杉!?それに一花も!?」

「え!?一花ちゃんが二人ぃー!?」

「え…カメラで撮る仕事って…そっち?」

 

一花を若手女優と話す男は一花の登場で驚きの声をあげている。

上杉も上杉で信じられないものを聞いたからか驚きの顔で一花を見ている。

当の一花は秘密がばれた事での申し訳なさか顔を下に向け髪を弄っている。

 

「先生…あの…」

 

そんな時、自分に抱き寄せていた三玖から声をかけられた。そういえば、ずっと抱き寄せたままだったな。

 

「っと、ごめんね。足の怪我は大丈夫?無理に歩かされてたから酷くなってなければ良いけど…」

「心配してくれてありがとう…でも、ゆっくり歩く分には問題ないよ」

「そっか、良かった」

 

慌てて三玖を自分から離す。

引きずられるように引っ張られてたから足の怪我の状態が心配になり確認すると、笑って答えてくれたのでとりあえず安心した。その安心もあり自然な流れで三玖の頭を撫でていた。

 

「あ…あのっ…先生…」

「あっ、悪い。いつもことりにしてる感じになっちゃってて」

「ううん…問題ない…」

 

問題ないとは言ってくれたが、三玖は下を向いたままこちらに目を向けてくれない。一瞬目が合ったかと思えばすぐに反らされる始末。

嫌なことしちゃってごめんね三玖。

 

「待てって!」

 

そんな考えをしていると上杉の一花を止める声が聞こえた。どうやら、一花を連れていこうとする男の人、社長さんらしいが、と揉めているようだ。

上杉としては五人一緒に見る花火を実現させたいようである。そして、社長からすれば今から大事なオーディションがあるので何としても連れていきたい。平行線である。

だが肝心の一花はというと。

 

「みんなによろしくね」

 

そう笑顔で言ってきたのだ。

でもあの笑顔は……

そして一花は社長に連れられて行ってしまった。

 

「あいつ…」

「フータロー。足…これ以上無理っぽい。一花をお願い」

「だが…」

「三玖には僕が付いてるから行ってきな。上杉にも何か感じるところがあるんでしょ?」

 

そう笑って伝えると、上杉は目を見開いた顔でこちらを見てきた。

 

「……ありがとうございます」

 

そして頭を下げてきた。

 

「気にしないで良いって。後、らいはさんの事も面倒見ておくから」

「助かります!」

 

そう言うや否や走って行ってしまった。

 

「いやぁー、青春だねぇ~」

「先生、おやじくさい…」

「辛辣ですね、三玖さんや」

 

両手を腰にあててそう口にすると、三玖からは冷めた目で返された。結構ヘコむなぁ…

さて!

そこで三玖の前でしゃがみこみ後ろを向く。

 

「え?何?」

「背中に乗りなよ。足にあまり負担をかけない方が良いでしょ?」

「で…でも…」

「まぁ、もちろん嫌って言うなら強制はしないけどね」

 

顔だけ少し後ろに向けながら伝える。すると、三玖はこちらに近づいてきて僕の背中に預けてきた。

 

「重いって言うの禁止…」

「はいはい、と…」

 

少し力を込めて三玖を担ぐ。

これくらいの重さなら大丈夫だね。

立ち上がった後は、三人が待つ時計台に向かって歩き出した。

 

「やっぱりフータローと違うね」

「んー?上杉もおんぶしたの?」

「うん…立ち上がっただけだけどね。重いってすぐに降ろされたよ」

 

なるほど。だからさっき重いと言うのを禁止したのか。

心の中で笑いながらどんどん進む。

三玖は安心してるのか、こちらに体を預けきっている。

 

「そういえば、三玖も髪型変えたんだね。その髪型も似合ってるよ」

「ほんと?」

「ああ」

「そっか…ありがとう…

 

そんな言葉と共に首にまかれた三玖の腕に少しだけ力が込められたように感じる。

 

「あのね…さっき言ってた大切……」

 

ブー…ブー…

 

そんな時だ。三玖が持っている巾着から携帯のバイブレーションの音が鳴った。

 

「……っ!」

「着信?」

「うん…待って……えっと…あ、ことりだ」

 

おー、なんともタイミングが良い時に掛かるものだ。

 

「僕は気にしないでそのまま出ちゃいな。またいつ掛かってくるか分かんないし」

「わかった…もしもし、ことり?」

 

これでことりと二乃のいる場所が分かるだろう。まあ、時間は残り15分あるかないかだけども。

 

「うん、今は先生といるよ……え、わかった。ねえ?ことりが代わってほしいんだって」

「んーー、なら一度降ろしても良いかな?」

「わかった…」

 

そして道の端に寄って三玖を降ろし、三玖から携帯を預かった。

 

「もしもし、ことり?何か用?」

『もぉー、何か用じゃないよ!電話も繋がんないしで心配してたんだよ?』

「それはこっちも一緒だよ。まあ、僕は上杉から二乃と一緒に予約した屋上にいるって聞かされてたから安心はしてたんだけどね」

『そっか、風太郎君に会えたんだね。なら、すぐにこっちに合流すればよかったのにっ!』

「こっちも色々あったんだよ。ちょっと待って……三玖、もう少しで時計台だけど歩ける?」

 

一旦携帯の通話口を押さえて三玖に確認する。

 

「大丈夫…」

「よし!じゃあ、はい…」

 

そこで手を差し出した。

 

「支えながら歩くから手を握って」

「う…うん…」

 

三玖が僕の手を握ったのを確認すると先導するようにゆっくり歩き出した。

 

「ごめんごめん、今四葉と五月とらいはさんが待ってる時計台に向かっててさ」

『四葉に五月、それにらいはさんの場所も分かってるなんて凄いじゃん』

「まあ、五月とは最初から一緒にいたんだけど、時計台の事は上杉に聞いて知ったんだよね」

 

そこで繋いでいた三玖の手がピクッと握られた反応があったので、三玖を見てみるも特に変わった様子はなかったのでまた前を向く。

 

『へぇ~~、ずっと五月と一緒だったんだぁ。ふーん…』

 

なぜか棘のあるような言い方になっているのが気になるのだが…

 

「何?」

『五月に何もしてないよね?』

「何を言うかと思えば…僕をなんだと思ってるの?何かあるわけないでしょ」

『うーー…でもでも、私だってお兄ちゃんと花火見たかったんだよ』

 

完全に素に戻ってるよ。近くに二乃もいるだろうに。

 

「はいはい。じゃあ数分だけでも一緒に見るために今いる場所教えてくれ」

『えっと、ここは………』

 

場所を聞けたところで電話が切れたので携帯を三玖に返す。そのタイミングで時計台に到着した。

 

「あっ!三玖ぅー!」

 

三人に近づくと四葉から声をかけられる。

 

「やっと合流出来たね。三玖?もう手を離しても大丈夫そう?」

「…うん…」

 

手を離した後は時計台の下に三玖を座らせた。

 

「それにしても、無事に戻っていただき良かったです」

「五月はずっと心配してたもんね」

「当たり前です!」

 

どうやら相当心配させてしまったようだ。申し訳なかったな。

 

「それで、これからどうします?このまま上杉さんが来るのをここで待ちますか?」

「いや。上杉は今諸事情で一花と行動してるからここには一時来ないだろう。で、さっきことりから三玖に連絡があったから、ことりと二乃に合流しようと思ってる」

「おぉー、二乃の場所わかったんですね」

「ではすぐに動いた方が良いかと。もう花火も終わりの時間ですし」

「だね。てことで、はい三玖」

 

五月の言葉に三玖の前に後ろ向きでしゃがみこみ、またおんぶの姿勢を取る。

 

「ちょっと早歩きになるかもだからね。今の三玖にはキツいでしょ?」

「……どうせ何言っても意味ないんでしょ?」

 

そう言いながら三玖は僕の背中に体を預けてきた。素直に行動してくれると助かるね。

 

「……よっと。僕の事分かってんじゃん。よし、皆もはぐれないように付いてきて」

 

その言葉に五月が僕の服の裾をくいっと引っ張った。

 

「ん?」

「はぐれないための処置です」

「ふっ…言い心がけだね」

 

どこか恥ずかしそうな顔で言ってくる五月に笑って答えてあげた。

 

「ではらいはちゃんは私の手を」

「うん!じゃあ、はい。もう片方は四葉さんだね」

「おぉ~、これならはぐれませんね」

 

そんな感じで、おんぶをした男を先頭に手で連なった奇妙な団体が人混みの中を進むのだった。

 

 




花火大会の話も佳境を迎えてきました。
前回の颯爽と三玖の手を握るのに現れた場面に繋がる話を今回は書かせていただきました。
次回あたりで花火大会が終わればなと思っています。

では、また次回も読んでいただければと思います。
どうぞよろしくお願いいたします。



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12.全員で五等分

「ふぅぅ~、ようやく着いたね。三玖、大丈夫?」

「うん…ここまで引っ張ってくれてありがとう…」

 

ことりに教えてもらった建物の下まで着いたところで三玖は自分で歩くと僕の背中から降りた。

三玖本人曰く、後は階段を登るだけだからと。

むしろ階段を登る方が足に負担がかかると思うが、三玖なりに僕へ配慮したのだろう。

まったく生徒に気を遣わせてしまうとはね。

さすがに一人で登らせるのは気が引けたので、四葉と五月とらいはさんには先に行ってもらい、僕は三玖の手を引いて登ることにしたのだ。

 

「おっ、椅子もあるじゃん。三玖も座りな」

 

屋上に設置されていたテーブルと椅子を発見した僕はその椅子に座りながら三玖にも勧める。

言葉には出していないが僕も体力が限界っぽいからな。

 

「先生早い…もしかして疲れてる?」

 

三玖も椅子に座りながらそう聞いてきた。

 

「あはは…皆みたいに若くないしね…」

「十分若いでしょ…」

「ふふふ、ありがと」

 

ドォーン…ドン…ドン…ドォーン…

 

フィナーレに向けて駆け足のように花火が夜空に舞っている。僕と三玖はそんな花火を椅子に座って見上げながら話していた。

 

「兄さん!」

 

そんな僕達二人のところに他のメンバーも駆け寄ってきた。

 

「三玖。あんた足は大丈夫なわけ?」

「問題ない。先生が過保護すぎるだけ…」

「そ。ならいいわ」

 

素っ気ない態度をとっているように見えるが、どこか優しさを言葉に感じる。

花火が終わるまで残り5分。結局、一花は間に合わなかったか…

椅子に座っている三玖を中心に中野姉妹が舞い上がっている花火を見上げている。その顔は笑顔である。贅沢を言えばここに一花を入れたかった。それに今回一番の功労者である上杉も…

 

「よいしょっ…」

 

ことりが近くの椅子を僕の横に持ってきて自らそこに座った。

 

「よかったぁ…少しだけどお兄ちゃんと花火が見れたよ」

「素に戻ってるよ?」

「いいの。どうせみんな花火に夢中だよ」

 

そう言いながら体をこちらに預けてきた。そんなことりの頭をポンポンと撫でてあげる。

 

ヒュ~~~~~…ドォーーーン…

 

そして花火大会を終える大輪が夜空に咲いたのだった。

 


 

『秋の花火大会は終了いたしました。ご来場いただき誠にありがとうございました』

 

「あ、お兄ちゃんから電話だ」

 

花火も終えたのでこれからどうしようかと話しているところに、らいはさんの携帯に着信があった。

 

「もしもし、お兄ちゃん?今どこにいるの?……うん…うん…え?四葉さん?いるけど。ちょっと待ってね……四葉さん、お兄ちゃんが代わってって」

「私ですか!?」

 

まさか自分が指名されるとは思えなかったのだろう。驚いた顔で四葉はらいはさんから携帯を受け取った。

 

「風太郎君、四葉に何の用なのかな?」

「さあ?今後の事を話すのに四葉が近くにいる可能性が高いと思ったのかもね」

「あぁ、なるほどね」

 

そんな話をことりとしていたのだが。

 

「おー!なるほど、それはいい考えですね!分かりました、みんなには説明しておきます」

 

四葉が急に大きな声をあげたかと思えば通話を終了した。

 

「あいつ何だって?」

「うん。一花は近くにいないけど、すぐに連れて戻ってくるって」

「そう」

 

上杉のというよりも一花の動向が気になったのか、二乃が真っ先に四葉に確認した。

 

「それで、いい考えと言ってましたが何を言われたのですか?」

「これだよ!」

 

五月の質問に四葉はあるものを掲げた。

 

「へぇ~、なるほどね」

「ふん!上杉にしては考えたんじゃないかしら」

「そうですね。あの人にしてみれば」

「二人は素直じゃない…」

 

関心の声をあげた僕に対して二乃と五月は素っ気ない言葉を口にする。三玖ではないが、本当に素直じゃない。

 

「……ことりも行くの?」

「うん。みんなが良ければだけど」

「問題ない…もちろん先生も…」

「僕も?」

 

まさか僕にも声をかけられるとは思わなかったので、三玖の言葉に少しビックリしてしまった。

 

「え……」

「兄さん来ないの?」

「い、いや。何も考えてなかったからちょっと驚いただけだよ」

 

三玖とことり視線に慌てて答えた。

会場を後にした僕達は近くの公園に来ていた。

 

「じゃ準備しましょうか」

 

二乃の言葉で準備を始める。それを僕は近くのベンチに座って眺めていた。とはいえ、バケツに水を入れ後はろうそくに火をつけるだけだ。火をつけるのは実際に始める時で良いだろう。

そう。僕達は今、らいはさんが四葉に買ってもらった花火をするための用意をしているのだ。上杉からの案である。

なるほど。五人揃って花火か…上杉もなかなかやるな。それにしても…

 

「なんだかいつ以来かな……」

 

僕は思わず感慨深い気持ちになってしまった。昔はよく家族みんなでこうやって花火をしたものだ。それこそことりともよくやったな……

疲れて僕の太ももを枕に寝てしまったらいはさんの頭を撫でながら昔の事を思い出していた。

 

「ねえ、もう始めとこうよ。二人はそのうち来るだろうし」

 

僕が昔のことを思い出しているうちに四葉が我慢の限界になったようだ。

 

「うーん…兄さんも追加で買って来てくれたのですぐになくなることはないと思うよ」

「仕方ないわね。あんまりやり過ぎるんじゃないわよ」

 

そう言って二乃がチャッカマンでろうそくに火をつける。それをきっかけに姉妹みんなとことりが花火に火をつける。五人それぞれの花火がパチパチと灯っていて見ていて綺麗だと思える。そこへ...

 

「あ、一花に上杉さん」

 

一花を連れた上杉が公園に現れた。上杉の後ろに控えていた一花はこちらの光景を見て驚いた顔をしている。

 

「上杉さん準備万端です。我慢できずにおっ(ぱじ)めちゃいました」

 

四葉が花火をぶんぶんと振り回しながら上杉に声をかけている。

まったく後で注意しとかないとな。

らいはさんの事が気になっていた上杉はこちらに目配せをすると頭を下げてきたので、それに手を挙げるだけで応えた。

 

「四葉。お前が花火を買ってたおかげだ。助かったよ」

「ししし」

 

上杉の感謝の言葉に四葉は嬉しそうな笑顔でいる。

 

「キミ!」

 

そんな時、二乃が上杉に詰め寄った。それに五月も続いている。

 

「五月から聞いたわよ!あんた五月と先生を置いてどっか行っちゃったらしいじゃない!」

「二乃。そのことはもう良いと。私は先生と一緒にいられたので一人になることもありませんでしたし...」

 

二乃の行動に五月は止めるように動いている。

 

「わ、悪かったな五月...」

「い、いえ」

「それでもあんたに一言言わなきゃ気が済まないわ!お!つ!か!れ!」

 

一つ一つの言葉に何か思いを込めて迫るように言う二乃。

 

「紛らわしい...」

 

全くだ。

言いたい事だけ言った二乃はすぐに上杉から離れて花火をしている子達のところに戻っていった。

まあ、他にも言いたい事があっただろうにそれを我慢した二乃の事を今は褒めるべきなのかもしれないな。

 

「五月ちゃん...」

 

何かを言いたそうに一花が話しかけるもそれを気にしないように五月は接している。

 

「ほら。一花も花火をしましょうよ」

「だね。ほらこれが一花の分だよ。で、こっちが風太郎君ね」

 

そんな風に花火を差し出しているのは我が妹のことりである。全くもって良いタイミングだ。

 

「さ、みんな集まったし本格的に始めよっか」

「わーい」

 

全員の手元に花火が行き渡ったことで二乃が花火開始の号令を出すと四葉が待ってましたと言わんばかりに声をあげた。しかし...

 

「みんな!」

 

それに待ったをかける者がいた。一花である。

その一花は全員に向けて頭を下げている。

 

「ごめん。私の勝手でこんなことになっちゃって...本当にごめんね」

「そんなに謝らなくても」

「まぁ、一花も反省してるんだし...」

 

皆への謝罪に対して五月と上杉はこれ以上の謝罪は不要といった態度を示している。だが...

 

「全くよ。なんで連絡くれなかったのよ。今回の原因の一端はあんたにあるわ」

「二乃...」

 

二乃が責めるように言うのでつい名前が口から漏れてしまった。今回の件は全て本人達で解決してほしかったので口は挟まないと最初から思っていたので、ここもやり取りを見ているつもりだ。

 

「あと、目的地を伝え忘れてた私も悪い」

 

二乃が照れた仕草でそんな事を言う。心配しただけどうやら無駄だったようだ。

 

「私は今回先生のお世話になりっぱなしで。もし一人であれば一花よりも迷惑をかけていたかもしれません」

「私も怪我したりで今回は失敗ばかり」

「よくわかりませんが、私も悪かったということで!屋台ばかり見てしまったので」

 

この子達は...

全員が自分も悪かったと。一花だけが悪いわけではないと言っている。

 

「みんな」

 

顔を上げた一花は驚きの顔をしている。

 

「ほら、みんなの手に渡ってるんだから始めるわよ」

 

二乃が促すと姉妹全員が同じ花火を持って同時にろうそくに火を灯す。

 

「お母さんがよく言ってましたね。誰かの失敗は五人で乗り越えること。誰かの幸せは五人で分かち合うこと」

「喜びも」

「悲しみも」

「怒りも」

「慈しみも」

「私たち全員で五等分ですから」

 

五人が円となり、その中心に向かってそれぞれの花火を向けている。いい場面だ。

 

「先生」

 

そんな時、上杉が僕のところまで来た。

 

「らいはのことありがとうございます。それに一花以外の姉妹のことも」

「気にすることないさ。上杉の方が頑張ってたよ」

「......変わりますよ」

 

照れたような顔で上杉がそう申し出てきたので、らいはさんを上杉に引き渡した。そこにことりもやってきた。

 

「あれ?五人と一緒に花火してたんじゃないの?」

「うん......やっぱりあの五人の中に今入るのは違うんじゃないかなって」

「まあ、そうだね」

 

ことりと上杉と三人で少し離れた場所から五人が楽しそうに花火をしているのを見守っている。

 

「すごい絆だよね」

「ああ。全員で五等分か......なんかいいね」

「そうっすね」

 

見守っている三人の口元は上がっている。

 

「ん?待てよ?」

「どうしたの風太郎君?」

 

そんな時、不意に何か気付いたことがあったのか上杉が言葉を発した。

 

「いや、あいつらは五人全員で花火をしている」

「うん。そうだね」

「らいはは満足して寝てる」

「うん。今日は疲れちゃったんだろうね」

 

ことりは風太郎の横で寝ているらいはさんの頭を撫でながら答える。

 

「俺帰ってもいいんじゃね!?」

「ぶっ......」

「風太郎君......」

 

上杉のとんでも発言で思わず吹いてしまった。全く、何を言い出すんだこの男は。

 

「こんな時間になっちまったがようやく自習再開だ。全く無駄な一日を過ごしちまったぜ」

「全く、はこっちが言いたいよ…」

「だね。とはいえ、それはそれで上杉らしいけどね」

 

上杉と代わって立っている僕は腰に手を当て空を見上げた。すると。

 

「いくよー」

 

ドッ……パパパン

 

四葉の合図で花火セットに入っていたであろう打ち上げ花火が打ち上げられた。

 

「しょぼい花火」

「こら!思っても言わないの!」

 

上杉の発言にことりは軽く上杉の頭を小突いた。小突かれた上杉は、頭を擦りながら五人で抱き合いながら笑顔で花火が打ち上げられたところを見ている五つ子達を見ている。

 

「ま、もう少しだけ見ておくか」

「はじめからそう言ってれば良かったのに。それじゃあ兄さん、私たちも花火参加しに行こう」

「あぁ。上杉は?」

「俺は少しだけでもしましたから。後はここでらいはを見てます」

 

そんな上杉を置いて五つ子達がいるところに行き花火に興じる事にした。

 

しばらく花火を楽しんでいると終わりも近づき、花火も残り僅かになっていた。残りは七本。上杉を抜けば一人一本である。しかも種類もばらばらである。あ、でも一種類だけ二本残ってるな。

 

「残り七本…」

「もうこれだけ?」

「やり足りないねー」

 

そんな花火を全員で覗いていると、二乃と三玖と四葉がそれぞれ口にした。

 

「じゃあ一人一本ずつ取っていこうか。僕とことりは後でいいから先に五人で選びな」

 

そんな風に五人に選ぶように促すとそれぞれが希望の花火を選び出した。

 

「最後はこれでしょー」

「これが一番好き」

「これが楽しかったなー」

「これに決めた!」

「私はこれがいいです」

「「「「「せーの……これ!」」」」」

 

五人は話し合いをするわけでもなく自分の希望の花火に手を伸ばす。見事にばらばらだ。

 

「すごいね。一本も被らないなんて」

「五つ子ってこんな感じなのかなぁ…」

 

ことりが疑問に思っているが同意である。

そういえば、屋台で食べたいものもばらばらだったな。

 

「さて、残り二本残ったわけだけど」

「兄さんはこっちでしょ?私はもう一つの方でいいよ」

 

さすがことりだ。僕の好みを把握している。

選んだ花火に火をつけるためにろうそくの場所に行くと、ちょうど三玖が火をつけようとしていたところだった。

 

「三玖!線香花火より派手な方がおもしろいよ!」

 

少し離れたところから四葉がブンブンと花火を回しながら叫んでいる。

 

「私はこれがいい」

「へーそんなに好きなんだ」

「うん、好き」

「こら、四葉!花火は回さない!」

「ひぇっ!ごめんなさーい!」

「まったく……」

 

線香花火をしている三玖の横にしゃがみこみ自分の花火に火をつける。

 

「先生…それにことりも…」

「やっほー。三玖も線香花火好きなんだ」

「う、うん」

「実は兄さんもなんだよ。ね?」

「まあね」

 

僕の目の前ではパチパチと線香花火が火の花を咲かせている。ことりは自分の花火に火をつけると五月達の方に向かった。

 

「先生、線香花火が好きなんだ…」

「うん。昔は毎年やってたなぁ。三玖も好きなんだね」

「…………」

 

僕の言葉に三玖は静かにコクッと頷いた。

 

「そっか……良いよねぇ、静かな中に綺麗な花を咲かせる感じがさ」

「……うん…この時間がずっと続けばいいのに…

「ん?何か言った?」

「ううん。なんでもない…」

 

色々とあった今日一日は、静かに線香花火を三玖とすることで終わりを迎えた。こういう日もたまにはあっても良いように思えてくる。そう思える日だった。

 


 

~風太郎side~

 

ベンチに座っている風太郎のもとに一花が近づいていた。

 

「まだお礼言ってなかったね。応援してもらった分、私も君に協力しなきゃ」

 

『俺とお前が協力関係にあるパートナーだからだ』

 

風太郎が一花を追いかけてきた時に言われた言葉を、一花は思い出していた。

 

『ただあいつらと違う笑顔だと思っただけだ』

 

一花の作り笑いに気づいた時に言った風太郎の言葉。

 

(ホント。見てないようでわたしたちのことを見てるよね…)

 

そこでふふっと笑みがこぼれる一花。

一方の風太郎は目を開けたまま反応がない。

 

「パートナーだもんね。私は一筋縄じゃいかないから覚悟しててよ」

 

そんな言葉を伝えながら風太郎に近づくもやはり反応がない。

 

「……すぴー」

「……」

 

風太郎は目を開けたまま寝ているので今まで反応がなかったようだ。さすがに一花も予想だにしていなかったようで言葉を失くした。

 

「もう!」

 

文句を言いながら一花は風太郎の横に座り、風太郎を自分の方に倒し膝枕の体勢に持ってきた。

 

「頑張ったね。ありがとう。今日はおやすみ」

 

その時の一花は、頬を赤くして笑顔で風太郎を覗き込んでいた。頭を撫でながら。

その光景を遠くから和彦だけが見ていた。

 

 




花火大会もいよいよクライマックスです。

花火大会後の近くの公園で行う花火。そこでの『全員で五等分』のセリフはやっぱり良いですよねぇ。
文章能力がなくてその場面をうまく書けずに申し訳ないです…

先生と教師ということもあり、関連を持てるところを長めに書かせていただきました。
この後どんな風に絡んでいくのか…難しいと思いますが頑張って書いていこうと思います。

では、また次回も読んでいただければと思います。
どうぞよろしくお願いいたします。



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第三章 中間試験
13.連絡先交換


~風太郎side~

 

「や、おっはー」

 

風太郎が朝登校していると登校途中にあるコーヒーショップの前で一花から声をかけられた。手にはコーヒーショップで買ったであろうフラペチーノがある。

 

「おっす」

 

そんな一花には気にせず、風太郎は一言声を掛けるとそのままスタスタと歩いていった。

 

「ちょっとぉ、冬服へのコメントはないのぉ?」

「朝からなんの用だよ」

 

自分の前を通りすぎた風太郎の横に並びながらぷくぅと頬を膨らませている一花。そんな一花の態度に疲れた顔をしながら風太郎は用件を確認しようとしている。

 

「学校まですぐだけど一緒に登校しようと思って」

 

風太郎からの返事に満足した一花は一緒に登校することを提案する。

 

「一花、お前は妙に目立つから嫌なんだが」

「むふふ、そう?」

 

一花の一緒に登校の提案に風太郎はげんなりした態度で答えた。それもそうだろう。先程から一花とすれ違った男達が一花を見るために振り返っているのだ。

 

「昨日、あの後みんなに私の仕事のこと打ち明けたんだ。みんなビックリしてたなー」

「だろうな」

「でもスッキリした!」

 

そう言った一花の顔はとびっきりの笑顔になっていた。それを見れた風太郎の口元も一瞬ではあったが笑みを浮かべていたように見えた。

 

「俺が反対なのは変わりないがな」

 

だが次の瞬間にはいつもの調子に戻っていた。

 

「大丈夫。留年しない程度には勉強頑張るから。勉強会してるんでしょ。放課後また連絡するね」

 

風太郎とは打って変わって明るい表情で一花は話している。

 

「はい」

 

そんな一花が風太郎に自分のスマホを差し出した。

 

「え?何?くれるの?」

「……」

 

風太郎のあまりの反応に一花は言葉を失くしてしまった。

 

「もー違うよぉ。連絡先交換しようってこと!」

 

そう言いながら一花はスマホを自身の顔の前まで持ってきた。

 

「家庭教師的にもしておいたほうがいいでしょ」

「……連絡先かぁ……」

 

目を瞑り悩ましい顔をしている風太郎。そこに…

 

「連絡先がどうかした?」

「うおっ!」

 

風太郎のすぐ横から顔をヒョコっと出しながらことりが声を掛けてきたのだ。

 

「おはよ、風太郎君。一花」

「おっはー、ことり」

「おまっ…心臓に悪いからやめろ……」

 

突然の登場で驚きの声をあげた風太郎に悪びれもせず接することり。一花は近づいてくることりに気づいていたので普通に挨拶をしている。風太郎はまだ心臓がドキドキしているからか胸を押さえてことりに対して文句を言っている。

 

「あはは、ごめんね」

「ったく…」

 

頭をかきながら答える風太郎。そんな風太郎を真ん中に一花とことりが左右に並んで登校する。

一花だけでも注目されているのに、そこに学校で人気のことりまで一緒にいるとなるととんでもない注目だ。

学校に近づくにつれて、『あの真ん中の奴誰だよ』。そう考える男子生徒が増えているのは言うまでもないだろう。

 

「それで?連絡先がどうしたの?」

「うん。フータロー君と連絡先交換しようと思ってて」

「へぇ~、いいじゃん。じゃあ私も…」

 

風太郎を間にそんな話をしている一花とことり。そこでことりも自分のスマホを取り出している。

 

「お前もかよ…」

 

両隣からスマホを差し出されれば風太郎も観念するしかなく、二人に自分の連絡先を教えるのだった。

 

「よっし。じゃあ私たちも交換しよっか」

「だね。何気に一花の連絡先知らなかったよ…………うん!これで姉妹の連絡先を知らないのは四葉だけかな」

 

ことりは昨日の花火大会の時に、二人っきりになったこともあり二乃と連絡先の交換を済ませていたのだ。

 

「おー、さすがだね。フータロー君もことりを見習ってみんなの連絡先聞かないと」

「必要ないだろ」

「ぶぅー…またそういうこと言う……そうだ。ことり、吉浦先生って放課後は数学準備室にいるって本当?三玖に聞いたんだけど」

 

風太郎の素っ気ない態度に一花は頬を膨らませて抗議するが風太郎は気にしない。そんな時、思い出したように一花は和彦の放課後の所在をことりに聞いた。

 

「うん。大抵放課後は数学準備室にいるよ。でもどうして?」

「いや、昨日のこと改めて謝っとこうかなって」

「うーん、兄さんは気にしてないと思うけど。一花がそうしたいならいいんじゃないかな。だったら、今日の勉強会は数学準備室でやるのはどうかな?」

 

一花の謝りたい気持ちを汲んでことりは一つの提案をする。

 

「そんな簡単に決めてもいいのかよ」

「大丈夫だよ。私もたまに放課後お邪魔してるし。図書室よりも多少うるさくしても兄さん怒んないしね」

「ことりって吉浦先生のことに対して結構軽いよね」

「まあ兄妹だしね。前もって連絡も入れとくから大丈夫だよ」

 

そう言いながらことりはスマホを操作する。早速連絡をしているようだ。

 

「これでよし!結果はまた連絡するね」

 

そう言いながら二人より少しだけ前を歩くことり。そんなことりはどこかご機嫌のようだ。その理由は、大好きな兄の近くに行く口実が出来たのは言うまでもなかった。

 


 

「おはようございます、吉浦先生」

 

朝、職員室で準備をしていると隣の席の立川先生が出勤してきたので声を掛けられた。

 

「おはようございます、立川先生」

「昨日はあの後皆さんと合流出来ましたか?」

 

自分の席に座り、自身の準備をしながらそんな風に聞かれた。

そういえば、五月と二人でいた時に立川先生にたまたま会ったんだっけ。

 

「いえ。結局花火大会中に全員と合流出来なかったです」

 

ははは、と顔をかきながら立川先生に答える。

 

「えっ!?で…では、あれからずっと中野さんと…二人で…?」

 

僕の言葉に驚き手を止めてこちらを見る立川先生。

 

「いえ。途中何人かとは合流出来たので。最終的に花火大会中に全員が揃わなかっただけですよ」

ほっ…そうだったんですね。全員とまではいかなくとも、多少でも合流できたのは良かったです」

「ありがとうございます」

 

ほっとしたように話してくれる立川先生。そこまで心配してくれていたなんて、やっぱり優しい人だ。

 

ブー…ブー…

 

そんな風に考えていたらスマホに着信が入った。

 

「ちょっとすみません」

 

立川先生に一言お詫びをして着信内容を確認してみる。どうやら、ことりからのメッセージのようだ。

 

『今日の放課後、中野家勉強会を数学準備室でやろうと思ってるけどいいよね?』

 

勉強会ねぇ。理事長からフォローするように言われてるから場所を貸すくらい良いか。

とはいえ、数学準備室に来る口実が出来たことをことりが喜んでいるのが想像出来るもんだ。

『問題ない』とだけ送ると返事がすぐに返ってきた。

 

『ありがと♡』

 

はぁぁ…笑顔で返事しているところが目に浮かぶ。

 

「どうかされたのですか?」

 

スマホを見ながらため息ついていたのが気になったのか立川先生が声を掛けてきた。

 

「いえ、妹から放課後に勉強会するから数学準備室の場所を貸してくれと連絡が来ただけですよ」

「勉強熱心なのですね。成績が良いのも頷けます」

 

端から見たら勉強会を開き先生の元で勉強をする。とても素晴らしいものである。

いや、実際しっかり勉強をするのだろうから問題ないのか。ことりは真面目と言えば真面目な性格だ。与えられた勉強を教えるという仕事はきちんとこなすだろう。

予鈴も近いこともあり、そんな考えをしながら最初の授業の準備に取りかかるのであった。

 


 

「昨日は申し訳ありませんでした」

 

放課後、数学準備室に今日の勉強会に参加するメンバーが揃った頃、一花から頭を下げられた。

 

「謝罪は昨日聞いたから、改まってなんて良かったのに」

「先生は寝ちゃってたらいはちゃんと離れた場所にいたから面と向かって謝れてなかったし」

「意外と律儀だねぇ」

「意外ってなにさぁー」

 

僕の言葉に先程まで真面目な顔だった一花にも笑顔が戻ってきた。

 

「ほらほら。ここには勉強をしに来たんでしょ。早く始めな」

「はぁ~い」

 

返事をしながら皆が座っているソファーに向かっていった。まあ皆と言っても姉妹が全員揃っているわけではない。ここには二乃と五月の姿がないようだ。

 

「そうだ。勉強始める前に四葉と連絡先交換しようと思ってたんだ。風太郎君も三玖と四葉二人としたらどうかな?」

「連絡先交換!大賛成です!」

 

一花がソファーに座ったのを確認したことりはそう口にした。

 

「その前にこれ終わらせちゃいますね」

「ん?」

 

そういえば四葉の前には勉強道具とは違うものが置いてあるな。

 

「……一応聞くが何やってんだ?」

 

当然のように上杉が四葉に聞く。その四葉は何かせっせとしているようだ。

 

「千羽鶴です!友達の友達が入院したらしくて!」

「勉強しろー!!」

 

はぁぁ……友達の友達って…

上杉じゃなくてもツッコミたくなるわ。

 

「半分よこせ。これ終わったら勉強するんだぞ」

「やってあげるんだ…」

 

上杉は四葉の前に積んである折り紙に手を伸ばしながら手伝うと言っている。それにことりがツッコミを入れる。

 

「連絡先交換についてだが、そもそも俺はお前たちの連絡先なんて…」

 

ブー…ブー…

 

「?」

「まあまあ、そう言わずにさ。きっと今後の家庭教師をやっていく上で役に立つ……」

「そうだな。みんなの連絡先知りたいなー」

「だろうし……って、えぇぇーー!?」

 

上杉の連絡先交換は不要の考えに対してことりがなんとか宥めようとしていたが、何があったのか急に考えを上杉は変えた。

 

「なんだことり?」

「いやいや、いきなり考えを変えるって何があったの?」

「な、何もないぞ。うん、今後の家庭教師としての活動にはきっと役に立つだろうしな」

 

うんうん、と腕を汲んで頷いている上杉。本当に何があったのだろうか。

 

「協力してあげる」

 

そんな上杉に三玖が自分のスマホを差し出した。

 

「わーい、やったぜー」

 

喜びの声を口に出しながら連絡先を登録するために携帯を操作する上杉。嬉しいのであればもう少し感情を込めて言えば良いものを。

 

「そういえば三玖。足はもう大丈夫なの?」

「も、もう痛くない」

「そう?なら良かったよ」

 

足の怪我が気になって三玖に聞いてみたんだが何故か目を逸らされた。

何かしたっけ?

 

「これでよし。二乃と五月は今度でいいだろ」

「その二人ならさっき見ましたよ。今のうちに聞きに行きましょう!」

 

そう言って四葉が席を立ち部屋から出るため入口に向かう。

 

「なんでお前も行くんだよ!ってか四葉、お前の連絡先は…」

「早くしないと帰っちゃいますよ!」

「お前勉強する気ないだろ!」

 

四葉が率先して部屋から出ていくのを上杉が追いかけていった。

 

「何だ?」

「あはは…私もまだ四葉から連絡先聞けてないや」

 

そんな二人の行動に僕とことりはポカンとなってしまった。

 

「ごめんねぇ、四葉が騒がしくって」

「ううん」

「まあ、そのうち戻ってくるでしょ」

「そうだねその時にでいいよ」

 

二人のそんな会話を聞きながら机に向き直り自身の作業に取りかかった。

 

「ねぇねぇ先生」

「うーん…?」

 

一花に声を掛けられるも作業を止めることなく耳だけ傾けている。

 

「先生って生徒との連絡先を交換するのって抵抗ある?」

「は?いきなりだね」

 

予想していなかった事を聞かれたので手を止め一花達がいる方に振り返った。

 

「ほら、この機会に先生も私たちと連絡先の交換はどうかなって」

「はぁ…」

「あれ、もしかしてダメだった?」

 

僕の反応があまり良くなかった事を気にしてか心配そうな顔で一花は聞いてきた。

 

「駄目ってことはないけど、逆に教師に連絡先教えるのに抵抗ないの?」

「うーん、先生だったらいいかなって。ほら、ことりのお兄さんだし」

「まぁそこまで言うなら…」

 

そこで自分のスマホを取り出して一花に差し出す。

 

「ありがと先生。ほら、三玖も」

「う、うん…」

 

一花との連絡先の交換を終えると三玖とも連絡先の交換をする。

まさか生徒と連絡先の交換をすることになるとは思わなかったな。

 

よかったね

うん

 

二人はソファーに戻りながら何か話してるようだがよく聞こえない。

 

「あ、先生の連絡先は他の姉妹に教えていいのかな?」

「姉妹間なら構わないよ。無理して登録しなくて良いからね」

「はぁーい」

「……」

「何?」

「べっつにぃ」

 

何か言いたそうな顔のことりだったので声を掛けるも不貞腐れたような感じで何か言われるような事はなかった。

 


 

その日の晩。家でゆっくりテレビをことりと見ていたらスマホに着信が入った。

 

『遅くに失礼します。一花に教えてもらいましたので連絡しました。私の連絡先も登録いただければと思います。   五月』

 

「こんな時間に誰から?」

「五月だよ。一花から教えてもらったから連絡したって」

「ふぅ~ん」

 

ブー…ブー…

 

その後も着信が入る。

 

『別にいらないと思ったけど、姉妹で私だけ交換してないのも嫌だったから送っとくわ。  二乃』

 

「二乃からも今連絡が来たよ。これで五人全員と交換かな」

 

四葉とは遅かったが戻ってきた時にことり共々交換をしておいたのだ。今来た二人の連絡先を登録しながらことりに話すも反応は良くないようだ。

 

「どうした?」

「べっつにぃ。良かったね、五人の可愛い女の子と連絡先交換ができて」

 

テレビの方を見ながらこちらに目線も向けずにことりは口にする。

なるほどそれを放課後から気にしてたのか。

 

「別にお互いに登録したからって連絡が来ることはほぼないでしょ。気にしすぎだよ」

 

ことりの頭をポンポンと撫でながら伝える。

 

三玖のあんな顔を見せられたら心配にもなるよ

「ん?三玖がなんだって?」

「なんでもない!」

 

ブー…ブー…

 

そんな時、今度はことりのスマホに連絡が来たようだ。

 

「あれ?風太郎君だ。なんだろう……って、うわぁぁ…」

 

上杉からの連絡の内容を見たことりは呆れたような顔をしている。

 

「何が書かれてたの?」

「それが…『五つ子にメールで宿題を出しといた。お前も見といてくれ』って」

 

そう言ってメールの内容を見せてきた。そこにはびっしりと問題が入力されていたのだ。

 

「あの子もよくやるね」

 

さすがの教師の僕も上杉のメールには引いてしまうほどだった。

 

 

 




今回のお話では風太郎と中野姉妹だけでなく、吉浦兄妹との連絡先の交換を行っています。和彦との交換は結構無理がありましたが…

それでは次回の投稿も読んでいただければと思います。
どうぞよろしくお願いいたします。




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14.補習

もうすぐ中間試験が迫っているある週末。

今日はことりが中野家に行ってきたそうで、夕飯時に今日あった出来事を興奮するように話している。

 

「本当に可愛かったんだから。お兄ちゃんも見てもらいたかったなぁ」

 

どうやら五つ子達の小さな頃の写真を見せてもらったようだ。勉強はしたんだよね?

 

「今でもそっくりなんだけど。当時のみんなは髪型も服装も一緒で全然見分けられなかったよ。みんなはそれぞれ誰かが分かってたみたいだけどね」

「確かに髪型と服装を同じにされると見分けられる自信はないかな」

「スマホで写真を撮ってくればよかったね。そういえば見せてもらった写真は小学校の修学旅行の写真だったんだけど、みんなの修学旅行は京都だったんだって」

「へぇ~、京都かぁ」

 

京都、懐かしいなぁ。そういえば京都で会ったあの子もあの頃は小学生くらいの年齢だったっけ。ことりと年齢が近そうだったから話しやすかったんだよね。

 

「京都っていえば、あれだよね。お兄ちゃんが私を置いて行ったんだよねぇ」

「はぁぁ…まだ根に持ってたの?あの時はことりは修学旅行だったでしょ」

「ぶぅー、日程を変更してくれればよかったんだよ!」

 

無茶苦茶な…

 

「そういえばお兄ちゃん、京都でナンパしたんだったよね」

「ナンパじゃない。修学旅行中に迷子になってた女の子を皆のところに戻すために京都を一緒に回ったんだよ」

「でも、かき氷を食べたりお城を一緒に回ったりしたんだよね?」

「まぁ…」

「ほらー、デートじゃん!」

 

はぁぁ…この話になるといつもこうなるんだよねぇ。今のことりには何を言っても意味がない。こういう時は話を逸らすに限る。

 

「まったく…京都の話もいいけど、もうすぐ中間試験だよ?家庭教師の方は大丈夫だったの?」

「あー…それはどうなんだろう…」

 

僕が質問しているんだが…この返答は期待薄かな。

 

「まあいいや。明日あたり数学の小テストをするからそこであの子達の実力を確かめさせてもらうよ」

「そういえばそんな時期だったっけ」

 

他の先生がどうしているかは知らないが、僕は中間や期末といった試験前にちょっとした小テストを行うのだ。その小テストの結果次第では、生徒に放課後残って試験の対策プリントをやってもらっている。

 

「結構生徒間では好評だもんね」

「それいつも言ってるけど本当かな…」

「本当だって。おかげで本番助かってる人も多いんだから」

 

まあそれでも赤点を取る生徒もいるわけなんだが。

夕飯食べたら小テスト作成の仕上げに取りかかりますか。そんな風に考えながら夕飯の残りを食べていくのだった。

 


 

「うん。ちゃんと集まってるみたいだね」

 

二日後の放課後。昨日行った小テストの居残り補習を行うため、二年四組の教室に成績が芳しくなかった生徒に集まってもらった。ちなみにこの補習には希望者も参加している。ことりや上杉がその例で、二人はトップクラスの成績なのに毎回参加しているのだ。

とは言え、席順は参加必須者を前に集めて、希望者は後ろとしている。

 

「しかし、中野達五人は仲良いねぇ。全員で補習とは」

「嫌みか」

 

僕の言葉に頬杖をついてふてくされたように二乃が返してきた。

 

「中野達は初めてだから改めて説明するけど、とくに授業を行うわけではない。僕が用意したプリントをやってもらって全問正解した人から帰っていい、ということになっている。ちなみに参加希望者には専用の別プリントも用意してる」

 

二種類のプリントを掲げながら説明を続ける。

 

「分からないところがあれば質問は受け付けるので手を挙げてくれ。じゃあ各自取りに来て」

 

その言葉を皮切りに生徒達がプリントを取りに来る。そして、席に戻った者から取りかかり始めた。

 

参加必須メンバーには基本中の基本問題を渡しているから、いつもはすぐに解散になっている。しかし……

 

開始して三十分程経った頃には参加メンバーはほとんど帰ってしまった。ちなみにことりと上杉は一枚目のプリントは早々に終わらせて、希望があったので予備のプリントに取りかかっている。この分だとそっちもすぐに終わるかな。問題は…

 

「えっとぉ…」

「もー…」

「うーん…」

「う~~…」

「たしかこの問題は…」

 

中野姉妹が誰一人と終わらないのだ。何回か質問が挙がったので説明には行っているのだが、中々正解まで辿り着かないのだ。

 

「はい、兄さん」

 

そんな中野姉妹の様子を見ていたら自分のプリントを終わらせたことりが提出に来た。残っているのが、ことりと上杉に中野姉妹だけなので『先生』呼びではなく『兄さん』呼びになっている。

 

「割りと早かったね。じゃあ採点するよ」

「はぁーい。ねえ?三玖たちヤバそう?」

「……ああ……ちょっと予想以上かな……」

 

ことりの答案に丸を付けていきながらことりに答える。

 

「そっかぁ…まあ、家庭教師や勉強会でも芳しくないからなぁ。三玖は結構頑張ってるんだけどね」

「ふぅ~ん………と、はい全問正解」

「やった…」

 

全てが丸の答案用紙をことりに返してあげると、嬉しそうな声をあげた。

 

「仕方ない。ことり、悪いけどあの子達に教えてあげてくれないかな」

「うん、いいよ」

「ありがとね。もしかしたら上杉にもお願いするかもだから二乃と五月を中心に教えてあげてくれ」

「あー…なるほどね。分かったよ」

 

僕の言葉に察してくれたことりは五人のところに行き『みんなー』と声をかけている。

 

「ことりが教えるんですか?」

 

そこに上杉も終わったようで自分のプリントを持って来た。

 

「ご苦労様……あれじゃあいつ終わるか分かんないからね……上杉にもお願いしようと思ってるけどいいかな?」

「まあ、家庭教師の延長だと思えば…」

「ありがとね……と、はい上杉も問題なく全問正解だね」

 

採点を終えたプリントを上杉に返す。

 

「ありがとうございます。ところで、ことりって頭良いんすね。俺より早く終わらせてるし」

「あいつの場合は数学に特化してるだけだよ。数学はいつも満点。それでも他の教科も九割は取れてるけどね」

「そう…だったんですね。俺は自分の成績にしか興味なかったので」

「まあ、普通は他のクラスの人の成績なんて気にしないだろうしね」

「そう…ですよね…」

 

上杉は返事をしながら五つ子が座っている場所を見ている。

何か考えることがあるのだろうか。

 

「とりあえずあの五人の事お願いしてもいいかな?」

「は、はい!」

 

返事をした上杉は五つ子のところに向かった。

二人に任せておけばすぐに終わるだろう。

残ったプリントを纏めながらそんな風に考えていると不意に声をかけられた。

 

「吉浦先生」

「ん?…ああ、立川先生じゃないですか」

 

教室の入口でこちらに声をかけてきた立川先生のもとに歩み寄った。

 

「どうされました?」

「いえ、少し気になったので様子見を。もう終わりそうですか?」

「そうですね。後は中野姉妹の五人だけですが、上杉とことりで教えてあげるようにお願いしたのでもうじき終わると思いますよ」

 

そんな感じで立川先生と雑談を交わすのだった。

 

・・・・・

 

「あれ?あれって立川先生だよね?社会の」

 

風太郎に教えてもらいながらも、あと少しでプリントの問題が終わりそうな一花が入口で話している二人に気付いた。

 

「へぇ~、あの二人なんだかいい感じじゃない」

 

一花の言葉に二人を見た二乃がそんな感想を漏らす。

 

「ほーら二乃。もうすぐ終わるんだから集中して」

「ねえねえ。実際のところあの二人って付き合ってたりしないの?」

「「……っ!」」

 

ことりが注意するも二乃は聞かず逆にことりに質問をしだした。

 

「……兄さんは今は付き合ってる人はいないって言ってたよ」

 

興味ないように努めてことりは答えた。

 

「えぇ~。絶対付き合ってるってぇ。そういえばクラスの友達もそんな話をしてたのよねぇ。たしか二人は同い年の同期でもあるのよね」

「まあまあ。二乃もその辺で」

「なによ。一花あんただって気になるでしょ?」

「そりゃあ、気にはなるけど…」

 

二乃の言及に目線だけある方向に向け一花は答えた。

 

「それにほら。そろそろ勉強に戻らないとフータロー君が黙ってないと思うよ」

 

そんなことを口にしながら風太郎の方を一花は見たのだが、案の定四葉に教えながらこちらに睨んでいた。

 

「はぁぁ…分かったわよ。ノリが悪いやつね」

 

そう言いながら二乃は自分のプリントの問題に戻った。

そこで一花とことりはほっと一安心した。そこに…

 

ガタッ…

 

「三玖?」

 

急に三玖が立ち上がったので、一花は驚きで声をかけた。

 

「終わったから。採点してもらう」

「あ、私も終わったので一緒に行きますね」

 

三玖に続いて五月も席を立ち和彦のところに向かった。

 

「えーー!?二人とも終わっちゃったの!?う、上杉さん。ここの問題が分からないです!」

「そこはさっき教えた公式を使うんだよ!ったく、もう一回教えるから覚えとけよ?」

「はい!」

 

三玖と五月が終わったのに焦りだした四葉が風太郎に教えを乞う。風太郎は呆れながらもしっかりと教えてあげた。

 

「あの二人、私の話に興味なさそうにしてたからね。その分、早く終わっちゃったか」

 

そんな独り言を溢しながら二乃は問題を終わらせるためペンを走らせる。

 

「……」

「ん?おい、一花!」

「え…なに?」

「なにじゃねぇよ。お前もまだ終わってないだろ」

「あ…あぁ。ごめんごめん。すぐにやるよ」

 

ボーッと三玖と五月の後ろ姿を眺めていた一花は、風太郎に注意をされて自身の問題に取り掛かるのだった。

 

・・・・・

 

「先生…」

 

立川先生と話していると不意に声を掛けられた。

 

「ん?ああ、三玖。どうしたの?何か質問?」

え…三玖?

「ううん…終わったから採点お願い…」

 

プリントを差し出しながら伝えてくる三玖。どうやら大分話し込んでしまっていたようだ。

 

「ん?五月も終わったのかな?」

「は、はい。私も採点をお願いします」

 

そう言って五月もプリントを差し出してきた。

 

「了解。じゃあ立川先生。すみませんがこの辺で…」

「いえ、気になさらないでください。私もお邪魔しちゃったようです………中野さんたちとは随分仲良くなっているようですね」

「え?」

「ふふ、ちゃんと見分けられてるじゃないですか。私なんてまだまだですのに。私の言った通りでしたね」

「あ、ああ……」

「では、私はこれで。失礼しますね」

 

そう言って立川先生は去っていく。

最後はなんか寂しい顔をしていたような。気のせいだろうか。

 

「先生?」

 

そんな風に思いながら立川先生の後ろ姿を見ていたら三玖に声を掛けられた。

 

「あぁ悪い。じゃあ採点しようか」

 

受け取ったプリントを持って教室の教壇に向かう。そして椅子に腰掛け二人の採点を始める。

 

「……先生って立川先生と仲が良いって本当?」

「んー?まあ他の先生と比べたらねぇ……」

 

ふんふん。前半は出来てるね。はてさて後半は…?

特に気にする内容でもなかったので、三玖の言葉も流しながら採点を進める。

 

「なんか話半分で聞かれてる気がする…」

「採点してるんだからそうなるでしょ。それにその話はよく聞かれるしねぇ……て、二人とも最後の問題適当に解いてるでしょ。解答が滅茶苦茶じゃない」

「うっ…」

「う~…」

 

この反応、本人達にも自覚があるみたいだ。

 

「何?そんなに早く帰りたかったの?」

「そ…そういうわけでは…」

「そういうわけじゃない…」

 

二人とも目線を合わせようとせず困ったように言っている。冗談で言ったつもりだが本当に早く帰りたかったのだろうか。

 

「はぁ…ほら最後以外は全部正解してたから、後一問終わらせてきな」

 

プリントをそれぞれに渡しながら伝える。

 

「なら、その問題の解説して…この席空いてるしペン持ってくる」

「へ?」

 

教壇の前の席にプリントを置いた三玖はすぐに自分のペンを取りに行った。

 

「そのまま、ことりや上杉に教えてもらえればいいのに…」

「教師という職務を全うしてください。私もペンを取ってきます」

「え~~……」

 

この補習を開いた段階で十分職務を全うしていると思うんだが。まあいいか。

結局その後は二人に問題の解説をしてあげ、すぐに答えを導きだしていた。

そしてーーー

 

「終わったぁ~」

「もう無理ぃ~」

「はぅ~~」

「お、終わったぜ…」

 

最後の四葉のプリントの採点が終わったところで解散となったのだが、一花と二乃と四葉、後なぜか上杉が机に突っ伏している。上杉にとっては重労働だったようだ。ご苦労様。

 

「じゃあお疲れさん!今日やったことをきちんと復習するように」

 

残ったプリントをトントンと教壇で纏めながら伝える。その言葉を皮切りに皆帰り支度を整えて帰路につこうとしている。

 

「兄さん、今日は遅くなりそう?」

「あー…他にやることあるし少し遅くなるかも。なんだったら先に夕飯食べてな」

「分かった」

 

ことりが一人こちらに近づいて聞いてきたので答えてあげる。もうすぐ始まる中間試験の問題作成をしなければならないのだ。

とはいえ、今日は補習したし早めに帰りたいものだ。

教室から出ていく七人を見送った後、数学準備室に向かいながらそう考えるのだった。

 

 

 




今回は中間試験前の小テスト&補習を書かせていただきました。
教師が主人公ならではの話が書けたのではないかなと思っています。

これから中間試験が始まっていきますが、おそらくオリジナルを交えながら書いていくことになると思います。

では、次回も読んでいただければ幸いです。
どうぞよろしくお願いいたします。



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15.試験対策

「この間小テストをしてプリントも配ってるから分かってると思うけど、来週から中間試験が始まるからねぇ」

 

朝のホームルームの時、連絡事項を伝える場で中間試験が始まることを伝えた。予想通りと言えば予想通りであるが、あちこちから悲鳴があがっている。

 

「はいはい静かに。念のため伝えておくと今回も各教科30点にいかなかった人は赤点だからそのつもりで。各自しっかりと勉強しておくように。特に数学は補習プリントを出してあげたんだから赤点回避をするように」

 

『はぁ~い』

 

僕の言葉にクラスからは返事が返ってきたのだが、ここまで信用が出来ない返事もないな。

 

「じゃあ他に連絡事項はないから朝のホームルームはここまで。一限目の準備をしておくように」

 

そう言って教室から出ようとするとことりから声をかけられた。

 

「先生」

「どうした?」

「放課後はやっぱり数学準備室の立ち入りは禁止なのかな?」

「あー…」

 

公にはしていないが、試験が始まる一週間前から試験が終わるまでは基本的に数学準備室の出入りを禁止している。ことりにはこの時期には来ないように言っているから聞いてきたのだろう。もちろん、分からないところの質問であれば追い返したりしない。

 

「何か用事でもあった?」

「えっと…三玖たちの勉強会に使わせてほしくて。図書室は多くなると思うし」

 

なるほど。うーん、理事長からも協力してくれと言われてるし仕方ないか。

 

「分かったよ。だけど僕も仕事があるからあまり長居出来ないよ」

「ありがとう。早速みんなに伝えるね」

 

そう言って自分の席に戻ってから隣の三玖に話しかけている。

はてさて何人集まることやら。そんな考えをしながら教室を後にした。

 

・・・・・

 

昼休み明けは二年一組での授業だったのだが早めに着いて教壇にある椅子に座ってチャイムが鳴るのを待っていた。僕はこういう事が多いので生徒達は気にせずそれぞれ思い思いに行動をしている。

そういえば、一組は上杉と五月がいたっけ。上杉はまた休み時間も勉強しているのかと思って教室全体を見回すと、上杉が五月のところで何やら話しているようだ。

少しは和解をしたのかなと思って教科書に目を向けていると……

 

「この問題教えてもらってもいいですか?」

「おー、どこだ……って五月?」

 

何故かノートを持った五月が目の前にいたのだ。

 

「あれ?上杉は……」

 

五月の後ろを確認しながら聞くも不機嫌そうな顔で返された。

 

「あんな人に教わることなんてありません!……べー!」

 

極めつけは振り返って上杉に対してあっかんべーをしている。そんな五月の態度に上杉はとても悔しそうな顔をしている。

 

「はぁ…分かったよ。授業も始まるから、放課後数学準備室に来なさい」

「ありがとうございます、先生」

 

僕の言葉に笑顔で答える五月。その笑顔をどうか上杉に見せる日が来てほしいものだ。

 


 

そして放課後。

数学準備室には、勉強会を行うために集まった一花、三玖、四葉、上杉にことり。そして、僕に勉強を教えてもらうために来た五月の姿があった。

 

「むー…」

 

まさかここで勉強会が行われるとは知らず、五月は少し不機嫌そうな顔をしている。

 

「よし、何はともあれ二乃以外は集まったな」

「言っておきますが、私はあくまでも先生に分からないところを聞くためにここに来たのです。断じて勉強会には参加しません!それでは先生この問題をお願いします」

 

強情な子である。まあ、自主的に勉強をするのであれば問題ないだろう。

 

「それじゃあ、持ってきてもらったノートの場所を教えていくね。他に聞きたいことがあったら聞いていいから」

「はい!」

 

そして五月へのマンツーマン授業を開始するのだった。

 

・・・・・

 

「ま、まぁ…想定内だ…」

 

風太郎の存在を無視するかのように勉強を始めた五月。その光景を見た風太郎は腰に手を当て、乾いた笑みを作ってそう呟いた。

 

「それよりもフータロー君。頬大丈夫?」

 

一花が指摘している通り風太郎の頬には、誰かにぶたれたのか綺麗に手の跡がついているのだ。

 

「も…問題ない…」

「それ、誰にやられたの?もしかして二乃?」

「ま、まあな」

 

ことりの質問に風太郎が目線をそらしながら答えた。

 

「どうせフータロー君が失礼なこと言ったんでしょ」

「確かに。風太郎君ならありえるかも」

 

ふふふ、と一花とことりは風太郎が悪い前提で笑いながら話し出した。

 

「俺は悪くねぇ。勉強に誘っているだけなのに二乃の奴がいきなりぶってきたんだ」

「本当かなぁ」

「じゃあ一花お姉さんにその時の通りに言ってみなよ」

 

一花は胸に手を当てウィンクする仕草で風太郎に促した。

 

「お、おう………祭りの日一度は付き合ってくれただろ!考え直してはくれないか」

「「え?」」

「なんならお前の家でもいいぞ。あと一回だけ!一回だけでいいから!」

「「ちょ、ちょっ……」」

「お前の知らないことをたくさん教えてやるよ!」

「「ストーップ!」」

 

同時に一花とことりが風太郎に向かって手のひらを向けて風太郎の言葉を止めた。

 

「なんだ?そういえば、同じところで二乃にぶたれたな」

 

一花とことりの行動に疑問を持ちながら風太郎は答えた。

 

「はぁぁ…まさかここまでだったなんて」

「風太郎君。もしかして二乃の近くに二乃の友達いなかった?」

「いたぞ。それが何か関係あるのか?」

「「はぁぁ……」」

 

一花とことりはそこで盛大にため息を溢すのだった。

 

「まあいい。そんなことよりもだ、お前たち勉強を…」

「上杉さんっ」

 

勉強を始めようと声をかけようとする風太郎に四葉が遮った。

 

「問題です。今日の私はいつもとどこが違うでしょーか?」

 

そしてその場でクルッと回る四葉。その様子を冷めた目で風太郎は見ている。

 

「お前らもうすぐ何があるのかもちろん知ってるよな?」

「無視!!」

 

四葉のツッコミの通り風太郎は四葉の問いを無視して一花と三玖に問いただしている。

 

「ヒントは首から上です」

 

そんな風太郎の態度に四葉はめげずに問題を続けている。

 

「あ、そっか林間学校だ」

「うわぁー、もうそんな時期か楽しみぃ」

「楽しみ」

 

女子三人の答えは風太郎が望んでいたものとは違っていた。

 

「ことりはともかく、試験は眼中にないってか?頼もしい限りだな」

「あはは、わかってるってー」

 

ものすごい形相で語りかけてくる風太郎に圧されて、一花は笑いながら答えた。

 

「本当かよ…」

 

そんな一花をあまり信用出来ていない風太郎は頭を抱えている。

 

「上杉さんには難しすぎたかなー」

 

誰も見ていない中一人考えるように呟く四葉。諦めていないようだ。そして、ニコッと笑って頭のリボンを両手で覆うように強調して正解を伝える。

 

「正解は『リボンの柄がいつもと違う』でした。今はチェックがトレンドだと教えてもらいました!」

 

ガシッ

 

「お前の答案用紙もチェックが流行中だ。よかったな」

「わ~~~~最先端~~~~」

 

四葉のリボンをガシッと掴み、チェックだらけの四葉の答案用紙を見せつけている風太郎。そんな四葉は乾いた笑顔で冗談を口にする。

 

「おーい、もう少し静かにね」

 

少し騒がしくし過ぎたため和彦から注意を受けてしまった。注意をする和彦の横で五月は集中して勉強をしているようだ。

 

「あはは、ごめんねぇ先生」

 

笑いながら手をあげて答える一花。そんな態度に和彦も咎めることはなかった。

 

「ったく。お前らも笑ってる場合じゃねえんだぞ。四葉はやる気があるだけましな方だ」

 

自分で崩してしまった四葉のリボンを綺麗に戻しながら意見を言う風太郎。そんな風太郎の意見に四葉は若干照れている。

 

「このままではとてもじゃないが中間試験を乗りきれない!その先の林間学校だって夢のまた夢だ!中間試験は国数英社理の五科目。これから一週間徹底的に対策していくぞ!」

「みんな頑張ろー!」

「「え~~~」」

 

風太郎の強い意気込みに対してことりが片腕をあげて応えるも、一花と四葉からはげんなりとした声が漏れている。

 

「数学はこの間小テストに補習までしてくれたからな。その内容を中心に復習していくつもりだ。だから三久も日本史以外も……っ!」

 

一人黙々と勉強をしていた三玖に風太郎は近づきながら話しかけると、三玖は日本史ではなく英語を勉強していた。

 

「三玖が自ら苦手な英語を勉強をしている…熱でもあるのか?勉強なんていいから休め?」

 

そんな三玖の行動に風太郎は驚きを隠せずにいた。

 

「平気。少し頑張ろうと思っただけ」

 

そう言ってチラッとある方向を見たかと思うと、またすぐに勉強を続けた。

そんな三玖の気持ちに胸を打たれた風太郎は満足そうな顔をしている。

 

「よーし、みんな頑張ろー!」

「おー!」

 

鼓舞するような四葉の言葉にことりが腕を挙げて応え、全員勉強モードに入るのだった。

 

・・・・・

 

ソファーとテーブルが置いてある一角で上杉とことりによる勉強会が行われたいるが、そちらに参加せず五月は僕の横で勉強をしている。たまにチラッとそちらの様子を見ながら。

 

「楽しそうだね。気になるなら五月もあっちに参加したら?」

「き…気になると言うわけでは……ちょっとうるさいと思っただけです」

 

そう言って五月は勉強の続きを始めた。本当に素直じゃないんだから。

 

「言っておくけど僕は数学しか教えられない。後は日本史の、しかも戦国時代が得意なだけ。となると、否が応でも他の誰かの助けが必要になってくると思うよ」

 

僕の言葉にピタッと五月のペンが止まった。

 

「その時は自分の力で頑張ります…後はことりさんにお願いするとか…」

「でも、ことりに聞くなら勉強会や家庭教師の時間に参加しないと」

「それは…」

 

ペンを握っている力にさらに込められている。

 

「ま、追々気にしていけばいいさ」

「はい…」

 

ポンポンと頭を撫でてあげながらそう伝えるのだった。

 

勉強会は一時間ほどで終わったので今は静かになった数学準備室で試験の作成に取り組んでいる。そんな時に備え付けの内線電話に着信が入った。

 

「はい吉浦です」

『あ、吉浦先生。立川です。先ほど理事長室に来るようにと伝言をお預かりしまして』

「分かりました。連絡ありがとうございます。すぐに向かいます」

 

そこで受話器を置く。理事長室に、と言うことは五つ子関連だろう。

 

「はぁぁ、中間試験の作成で忙しいって時に」

 

そうぼやきながら理事長室に向かうことにした。

 

コンコン

 

「吉浦です。お呼びされたとのことでお伺いいたしました」

『うむ。入りなさい』

「失礼します」

 

理事長からの許可を得たので理事長室に入室する。

 

「いやー、忙しいところすまないね。早速だが中野さんのご息女たちはどうだい?君の妹さんと上杉君の二人はうまくやれているのかね?」

「どうでしょう。一朝一夕ではいかないようではありますよ。この間の数学の小テストでも結果は芳しくなかったですし」

「そうか…」

「それでも絆を深め合っているので、いずれその成果が見れると思いますよ」

「ふむ…では、君から見て今度の中間試験はどう見る?赤点の回避は出来そうかい?」

「なぜ急にそのような質問を?」

 

理事長からしてみれば生徒の成績まで気にする必要がないはず。そこまで大事な相手なのか、あの五つ子の親は。

 

「私としても特に成績までは気にはしていなかったんだが、親御さんがね……どうしても知りたいようなんだよ」

 

やれやれと肩をすくめて話す理事長。そしておもむろに電話をかけだした。

 

「先ほどはお電話いただきありがとうございます……ええ、今しがた呼び出したところです……はいすぐに」

 

そこで保留ボタンを押し受話器をこちらに渡してきた。

 

「中野さんが君と話したいそうだ。くれぐれも失礼のないように」

 

中野さんって五つ子の親?僕なんかに何の話を。

疑問に思いながらも受話器を受け取り保留ボタンを押す。

 

「お電話変わりました。旭高校で教師を行っております、吉浦と申します」

『君が吉浦先生かい?理事長から聞いているよ。若いながら優秀な教師だと』

 

相手側は男性。どうやら父親のようだ。

 

「優秀などと。まだまだ若輩者ですよ」

『ふふっ、謙遜も出来るとは人なりは良いみたいだね』

 

笑い声は聞こえるがあまり笑ってるようには聞こえないのは僕の耳がおかしいからだろうか。

 

「それで。私にご用があるとの事ですがどういった?」

『すまないね。君の妹君にも家庭教師をお願いしている手前、先ほど上杉君に伝えた内容を共有しておこうと思ってね』

「上杉にですか?」

『ああ。来週には中間試験が始まるそうだね』

「ええ。今日もその試験対策の勉強をしていましたよ」

『それは何よりだね。僕が上杉君に伝えたことはその中間試験についてだよ』

 

なんだろう。嫌な予感がしてならないのだが。

 

『次の中間試験、五人のうち一人でも赤点を取ったら上杉君には家庭教師を辞めてもらう』

「なっ……!」

 

中野さんからの一言は衝撃的なものだった。

 

 

 

 

 




いよいよ中間試験が迫ってきました。
今回のように、数学準備室での勉強もこれからちょくちょく入れていこうと思ってます。

さて、和彦とマルオが初めての対話です。理事長も目の前にいるので怒鳴ることはないと思いますが、果たして問題なく終わるのでしょうか。

ではまた次回も読んでいただければ幸いです。
どうぞよろしくお願いいたします。




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16.訪問

「えらく思いきった決断をされましたね」

 

中野さんの『一人でも赤点なら上杉はクビ宣言』には驚かされたが、なんとか平静を保って言葉を綴る。

 

『そうかい?妥当な判断だと僕は思っているよ。この程度の条件を達成できないようであれば娘たちを安心して任せることができないからね』

「中野さんのお気持ちもお察します」

『察してくれてありがたいね』

「ありがとうございます。それで?これはうちのことりにも当てはめる、ということでいいのでしょうか?」

『そうだねぇ。君の妹君には私からお願いしたんだ。もう少しだけ様子を見させてもらうよ』

 

ん?てことは上杉は別口ってことか。

 

『まあ、その辺はまた話すとしよう。それで、君から見て今度の試験はどうなんだい?娘たちは赤点回避できそうなのかい?』

「……ハッキリ言って厳しいかと」

『ふむ…』

「とは言え後は彼女達の頑張り次第ですね。上杉とことりで上手くカバーすればあるいは…」

 

これは本当の事で今日の五月の頑張りを見たら数学に関しては赤点回避はいけるのではないかと思っている。ただ懸念事項もある。

 

『そうか。現場の声が聞けるのは良いことなのだが、僕も忙しい身でね。今日はこれで失礼させてもらうよ。君と話せて良かった』

 

そこで一方的に電話が切られた。自己中な人なのだろうか。

受話器を理事長に返しながらそう考えた。

 

「何か言われたのかい?」

「いえ。今度の試験で娘さん達が赤点回避出来そうなのかの確認でしたよ」

「なるほど。あの人は少々気難しいところはあるが頼りになるところもある。今後もこういう話をする機会もあるだろう。良い人脈を得られると思って今後も接していくといい」

 

肩をバンバンと叩かれながら言われる。

今日の印象からはあまりかかわり合いたくない相手ではあるな。

頭を下げた後理事長室を後にした。

 

しかし、五人全員の赤点回避か…

中野さん相手にああは言ったものの、この間見せてもらった上杉のテスト五人で百点を知っている身としては相当厳しいなぁ。懸念点もいくつかあるし。

一つ目は、やはり勉強会に非協力的な二乃と五月だろう。五月は数学に関しては僕のところに質問に来ているから良いのだが、他の教科は自力で勉強をしているようだ。二乃に至っては勉強をしていること自体が怪しい。

二つ目は、四葉の成績だ。彼女は一番勉強に前向きではあるのだが如何せん成績が悪すぎる。この間の数学の小テストでも一問しか正解が出来ていなかったし、居残りの補習プリントも最後まで解けなかった。

 

「来週か……」

 

沈みかけの夕日を眺めながら色々と考えを巡らせていた。

 


 

~ある少女の記憶~

 

「えー、もう行っちゃうの?」

 

少女は見上げながら悲しい声を出している。

 

「ごめんよ。でも、君は学校の友人や姉妹のみんなと楽しまなきゃ」

 

見上げられていた青年はしゃがみこみ少女の頭を撫でながら謝った。

 

「でも~~…」

「ふふっ、色んなところに二人で行けて僕は楽しかったよ。君はどうだった?」

「楽しかった!」

「そっか。楽しんでくれて良かった。そうだ、本当は妹にあげようと思ってたんだけど今日の記念に君にあげる」

 

青年は鞄の中からあるものを少女の手に大事そうに握らせる。

 

「何これ?」

「お守りだよ。これから良き(えん)がありますようにってね」

(えん)?」

「ああ。人と人との繋がり……そうだな、友達だったり君を助けてくれる人だったり。そういう人が増えますようにって願いを込めるお守りだよ」

「ふーん…」

(えん)が良ければまたきっと僕たちも会えるさ。その時にも困ってたらまた助けてあげるよ」

「本当!?約束だよ?」

「ああ。だからそのお守りを大切に持っててくれると嬉しいな」

「うん!」

 

そこで少女はとびっきりの笑顔で頷いたので、青年もとびっきりの笑顔で頭を撫でてあげるのだった。

 

・・・・・

 

~現在~

 

チリン…

 

おみくじを結んだ形をしたお守り。女性がそのお守りを手にして眺めていると、お守りに付いていた鈴の音が鳴り響いた。

 

「………」

 

お守りを手にしている者は、お守りを貰った時の出来事を思いながら空を見上げるのだった。

 


 

結局あの後は仕事をする気が起きずそのまま帰ってきてしまった。まあ、明日休日出勤して作業すれば間に合うだろう。あまりしたくないが…

自分の家のマンションに差し掛かったところで見知った人物が入り口の花壇に腰かけるように佇んでいた。

 

「あれ、五月?何してるの?」

「あ、先生……えっと……」

 

佇んでいた五月に声をかけるとこちらをパッと見たかと思うと下を向いてしまった。

ことりに用事でもあったのだろうか?なら連絡すればいいと思うが。

 

「とりあえずうちに来る?こんなところに居るよりはましでしょ」

「はい…」

 

そして五月を伴って帰宅するのだった。

 

「ただいま~」

 

玄関を開けて中に向かって声をかける。するとパタパタと足音を鳴らしてことりが奥から出迎えてくれた。

 

「おかえり~、あれ?お兄ちゃん遅くなるんじゃなかったの?……て、五月!?」

「こ、こんばんは」

「な、なんで?えっ?おにい…じゃなかった、兄さん?」

 

今更な気もするが兄さん呼びに正していることり。この反応からするとことりと約束をしていた訳ではないのか。

 

「下で会ったんだよ。うちに用事がありそうだったからことりと約束でもしてたのかと思ったけど、その反応は違ったか」

「うん。約束はしてない…よね?」

 

自分の記憶が心配になったのか念のため確認をことりは取っている。

 

「は、はい。約束はしていませんでした」

「そう。じゃあ何かあったのかな?」

「えっと……勉強……そう、勉強を教えてもらおうと思いまして」

「え?それでわざわざ?連絡してくれれば良かったのに。とりあえず上がんなよ」

 

ことりが上がるように促すと五月は『お邪魔します』と靴を脱ぎ、そのままことりに付いていきリビングに向かっていった。

リビングからは『先にお風呂いいよー』とことりの声が聞こえたので、甘えさせて先にお風呂に入ることにした。

お風呂から上がった僕がリビングに向かうとすでに夕飯の準備が整っていた。今日の夕飯はカレーのようだ。それぞれの席につき夕飯を食べ始める。五月もまだだったようで一緒に食べることになった。

 

「あ、兄さん。さっき五月と話したんだけど明日は休みだし泊まってもらうことにしたよ。いいよね?」

「んー?別に構わないけど、ちゃんと家の人には連絡しときなよ」

「そこは、先ほど姉妹に連絡したので大丈夫です」

「そう?なら僕からは特に反対することはないよ」

「ありがとうございます。あ、ことりさんおかわりいいですか?」

 

もう食べ終わったのか。相変わらずの食べっぷりである。結局、その後五月は三杯のカレーを食べてしまった。

 

「あ、そうだ。明日は学校で残ってる仕事こなしてくるから昼過ぎくらいには出掛けるよ」

「またぁー?」

 

ことりに明日の予定を伝えると苦言を返された。

 

「そうならないように、今日は残業してくるんじゃなかったの?」

「いや、そのつもりだったんだけどね。大人には色々とあるんだよ」

 

苦言を言いながらもついでもらったお茶を飲みながら言葉を返す。

 

「またそうやって誤魔化そうとして~……て、五月ごめんね。いつもの調子で話しちゃってたよ」

「い、いえ。学校では見れない一面が見れてとても楽しいですよ」

「あはは…あまり見られたくなかったかなぁ。そうだ、五月が先にお風呂入りなよ。着替え用意しとくね」

 

そう言いながらことりは五月を立たせてお風呂場に案内していった。僕は食後の片付けをするためにキッチンに向かう。後は皿洗いだけというところへスマホに着信が入った。

 

「はい。どうしたの?一花」

『こんばんは先生。いやー、急に五月ちゃんが押し掛けちゃって。一応挨拶しとこうかなって』

「へぇ~、しっかりお姉ちゃんしてるじゃない」

『もうからかわないでよ……それで?五月ちゃんは?』

 

そこに案内が終わったのかことりがキッチンに入ってきて、僕の代わりに皿洗いを始めたので場所を譲った。

 

「今はお風呂に行ってるよ。って、そういうことを聞きたいんじゃないか」

『あはは、先生はやっぱり察しがいいね。うん、どんな感じなのかなって。急に外泊するなんて今までなかったから少し心配してたの』

 

一花からはいつものお茶目な感じはせず心配そうに話している。やはり彼女は長女なのだろう。

 

「夕飯時は普通だったよ。まあ、何か隠してるところはあるようだけどね。それでも、言いたくないのであれば無理に聞き出したりはしないよ」

『そっか…じゃあ、五月ちゃんのことよろしくね』

「はいはい。てか、ことりに頼めば良かったんじゃないの?同じ年の女の子なんだし」

 

隣で皿洗いをしていることりに目を向けながら伝える。ことりは急に自分の名前が出たので少し驚いている。

 

『まあそこは大人として期待してるってことで。じゃあおやすみ。あ、五月ちゃんの入浴を覗いちゃダメだぞ?』

 

そこで通話が切れてしまった。余計な一言を残して。

まったく冗談を織りなして、こういうコミュニケーション能力には長けているようだ。

 

「なんだったの?私の名前まで出てきてたけど」

 

ちょうど皿洗いが終わったのか、濡れた手をタオルで拭きながらことりが聞いてきた。

 

「一花だよ。五月をよろしくって」

 

話しながらリビングのソファーに向かう。『ふーん』と相槌を打ちながらことりも僕に続く。

 

「そうだ。五月がいない内にことりに話しておこうと思ってたことがあったんだけど」

「何?」

 

グッといつもの如く至近距離までことりは近づいてきた。もう言っても無駄だね。

 

「実はことり達が帰った後に中野さん、つまり五月達のお父さんから連絡があってね。上杉に五つ子の誰かが赤点であれば家庭教師はクビだって言ったんだって」

えーーー!?

「しーー!」

「んー…んー…」

 

あまりに大きな声をあげたのでことりの口を手で押さえて、お風呂場の方に目を向けた。とりあえず五月はまだのようだ。確認を終えて手を口から離してあげた。

 

「ぷはっ…ちょっとちょっと。なんでそんなことになってるの?」

「いや、僕に聞かれても困るわけで…成績にうるさい……わけないか」

「成績にうるさい親だったら今の成績になるまで放置しないよぉ」

「だよねぇ~。まあ今になって気にしだしたとか?とにかく!この事は五つ子には内緒で。協力的な子にはプレッシャーになるだろうし、非協力的な子はこのまま勉強をしない可能性があるからね。特に二乃」

「だねぇ~」

 

うんうん、と腕を組みながらことりは頷いている。

 

「それで?実際のとこどうなの?赤点回避出来そう?」

「お兄ちゃんはどう思ってるの?」

「……まあ厳しいかなって…」

「はぁ……その認識で合ってるよ。一番可能性がありそうな三玖でもちょっと社会以外は厳しいかな。特に英語。ああ、でも数学は少し頑張ってるかな」

 

ジーッとそこで僕を見てくる。何?

 

「何より二乃と五月に至ってはどんな状況かが数学しか分かんないし」

 

頭を抱えながら言うことり。本当に苦労してるんだな。

 

「今日の五月との勉強会で五月の状態を確認することができるのは大きいかな…」

 

顎に手を持ってきて考える素振りを見せることり。今、頭のなかで色々と計算をしているのだろう。

そんな時ガチャッとリビングの扉が開けられ、その扉から五月が顔を出してきた。

 

「あ…あの…お風呂いただきました……」

 

五月は何故か顔を出した状態から動かずじっとこちらを見ている。

 

「どうしたのさ。こっち来なよ」

 

そんな五月の態度に疑問を持ちながらもことりは五月に近づいていった。

 

「い、いえ。やはり先生にパジャマ姿を見られるのが恥ずかしく…」

「えー、せっかく似合ってるんだし…そういえば、サイズ大丈夫だった?」

「はい。助かりました」

「てことで、はいお披露目でーす」

「きゃっ…」

 

ことりが五月をドアから押し出した。

五月が着ているパジャマは前をボタンで閉めるシンプルなタイプでピンクを基調としたものである。ことりが普段着ているのだが、それを五月が着ていると新鮮味を感じてしまう。

 

「どう兄さん?似合ってるよね?」

「ああ。可愛いよ」

「かわっ…あ…ありがとうございます…」

 

僕の言葉に心なしか五月は縮こまってしまっている。こういうのを言われなれていないのかもしれない。まあ僕はことりの影響で言うようになったのだが。そういえば、花火大会の時に髪型を褒めた時も恥ずかしがってたなぁ。

 

「それじゃ、五月も上がったことだし私もお風呂行ってこようかな。あ、五月はお客様なんだから一人寂しくさせちゃ駄目なんだからね?」

 

僕に指をさしながらそう言ったことりは、僕の返事も聞かずにお風呂に向かってしまった。

ことりに言われるまでもなく五月を一人にはしないのだが、如何せん勉強を教える場以外で二人っきりになったことがないからな。何を話せばいいのだろうか。はぁぁ、ことりってお風呂長いんだよねぇ。

 

「ほら、そんなところに立ってないでこっちに来て座りな。麦茶でも用意するよ」

「は、はい」

 

心の中でため息をつきながらも五月をソファーに座るように促す。

はてさてどんな風に場を持たせるかな。そんな考えを持ちながら、キッチンで二人分の麦茶を用意するのだった。

 

 




五月の吉浦家訪問です。

ちなみに、今更ですが吉浦家はマンションで2LDKです。
元々は1DKに住んでいた和彦ですが、ことりが押し掛けてきた事で引っ越しをしています。

ではでは、次回は五月との語らいから始まります。
次回投稿も読んでいただければ幸いです。
どうぞよろしくお願いいたします。




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17.がんばり屋

「はいお茶だよ」

「ありがとうございます」

 

五月の前に麦茶の入ったグラスを置いて、僕は五月から少し離れてソファーに座った。

五月は目の前に置かれた麦茶を飲み干すのではないかという勢いで一気に飲みだした。お風呂上がりだからか喉が渇いていたのだろうか。

 

「五月は教師のいる部屋に泊まることに抵抗とかなかったの?」

「えっと…先生はことりさんのお兄さんって感じで、そこまで気にならないと言いますか…」

「それって、僕の先生としての威厳を感じられないってこと?」

「そ、そんなんじゃないですよ!」

 

僕の軽い冗談に対して、五月は両手を前に出してぶんぶんと振りながら必死に否定している。少しは緊張も解れてきただろうか。

僕は怒っていないことを笑って返すことで応えた。

 

「それにしても、ことりさんと先生は仲がいいですよね。先ほどの夕飯での会話からもそう感じられました」

「うーん、普通だと思うけど…」

「でも、ことりさんから聞きましたよ。なんでも県外の実家から先生のいらっしゃるこちらの学校に来られたとか。仲がいいからできることですよね」

 

にっこりと笑顔で五月は語るがそんなに良い話でもない。なにせ、僕の近くにいるためにあらゆる手段を使って僕の居場所を突き止め。更には、僕の反対を鑑みて親の協力のもと結果の通知が来るまで僕には入学試験を受けたのを隠していたのだ。徹底的すぎる…

 

「まあ、普通はありえない話ではあるかもだね。お陰でこの部屋に引っ越すことになったわけだし。ちなみに、当時の入学の首席はことりじゃなかったけど、挨拶はことりがしたんだよ」

「え、そうなのですか!?」

「本当はね、その年の入学試験で一番の成績。首席の人に挨拶をお願いするんだけど…主席である上杉が断っちゃってさぁ。で、次席のことりに話がいったって訳」

 

あの時の壇上での挨拶の凛々しさに男子生徒は殆ど心を奪われたみたいだけどね。

 

『お兄ちゃん見ててね。私の凛々しい挨拶でお兄ちゃんを惚れさせちゃうんだから』

 

入学式前にそう意気込んでいたし、更には壇上から僕に対してニッコリ微笑んでいたのがダメ出しだったんだろうな。

 

「まったく…入学の挨拶を断るだなんて、相変わらずなのですねあの人は」

 

呆れ顔で言葉を漏らす五月。だがすぐに真面目な顔でこちらを見て話し出した。

 

「………私がここに来た理由、聞かれないんですね?」

「…勉強を教えてもらいに来たんでしょ」

 

麦茶を飲みながらそう伝える。

 

「分かってるんですよね。それが理由じゃないって…」

「……別に話したくないのであれば話さなくてもいいよ。僕とことりは五月が来たことで困ってるわけじゃないしね。まあ、気にはなってるけど…」

「そうですか…」

 

五月は下を向きパジャマのズボンを両手できゅっと握りしめている。話すか話さないかで葛藤をしているかもしれない。僕は何も話しかけることもせず暫く待っていた。すると、ポツリと五月は話を始めた。

 

「………ケンカしちゃったんです、上杉君と…」

「ケンカ?」

 

僕の言葉に五月はコクンと静かに頷いた。

 

「父からの電話を上杉君に取り次いだのですが、電話が終わってから上杉君の様子がおかしく。それで上杉君に確認はしたのですが何も教えてくれなかったんです」

 

恐らく五つ子が赤点を回避できなかった時は家庭教師をクビにするという話をされたのだろう。

 

「それでその後、勉強の話になったのですがそこで口論になってしまって…お互いにヒートアップしてしまい。最終的には、お互いに『上杉君からは教わらない』、『お前には教えない』、と言って別れてしまいました」

「おー……」

 

何やってんだよ上杉。家庭教師のクビがかかってるんだよ。分かってるんだよね。はぁぁ…

五月には感付かれないように心の中でため息をつく。

 

「その後は色々と頭の中がぐるぐるして。街中を歩いていて気付いたらこのマンションに…」

「そっか…」

「もしかしたら誰かに助けてほしかったのかもしれませんね。こんなダメな私を…」

 

ふふっと笑いながら、五月は顔を上げず自嘲気味にそんなことを口にする。

 

「駄目じゃないさ」

「え…」

 

僕の言葉に五月は顔を上げこちらを見た。今にも泣き出しそうな顔だ。

 

「五月は駄目な子なんかじゃない。とてもがんばり屋で良い子だよ。ちょっと要領が悪いけどね」

 

五月と目を合わせまっすぐと思っていることを伝える。

 

「五月はきちんと上杉との関係性を考えてる。考えていない子がこんなに迷ったりしない。考えているからこそ今ここにいるんだと思う。だって何も考えてなければ今頃家に帰ってご飯食べて自分の時間を過ごしてるよ」

「先生……」

「いいじゃないか誰かに頼るのなんて。ことりなんか多分頼られると喜ぶんじゃないかな。もちろん僕だって嬉しいさ」

 

そこで五月の頭を撫でる。五月は僕にされるがままだ。

 

「ただまあ、今回の事は五月自身で何とかしなきゃかな。僕とことりが間に入ってもいいけど多分それでは解決しない。それは分かってくれるかな?」

 

僕の質問にコクンと五月は頷いてくれた。

 

「必ずしも助けてあげることは出来ないかもしれない。けど、話を聞いて助言をしたり背中を押してあげたりは出来る。だから、次も何かあったらここに来な。しっかり話は聞いてあげるから」

「うっ……うっ……うわぁぁーーーん!」

 

そして泣き出した五月が僕に抱きついてきた。どうやら限界だったようだ。そんな五月の頭を撫でながらあやしていく。よくことりにしてあげたように。

 

「よしよし。よく頑張ったね。偉い偉い」

「うん……うん……」

 

五月は僕の胸に顔を押しつけたまま答える。

 

「もしかして五月って実は甘えん坊だったりする?」

「そんなことないもん…」

 

そう言いつつまだ離してくれない。てか敬語も抜けてるし。まあいいけどさ。

 

「上杉との件頑張んな。すぐには無理かもだけど、大丈夫。五月はやれる子だから」

「うん………ねえ?もう少しだけこのままでもいいかな?」

「お嬢様の思うままに」

「うん…!」

 

ここに来た理由の解決までは出来なかったが、五月の肩の荷は少しは軽くなったようだ。というか、なんか小さな子に戻ったような。らいはさんくらい。

そんな時、ガチャという音共にことりがお風呂から上がったのだろう、リビングに入ってきた。

やべ、忘れてた……

 

「はぁ~いいお湯だったぁ。ごめんねぇ、五月。また…せ…ちゃっ……えっと、どういう状況かな?」

「あー……」

 

ニッコリと微笑んでこちらを見ることり。

この後誤解を解くのに苦労したのは言うまでもない。

 


 

「おはよ~ございます~」

 

次の日の朝。テーブルの席でスマホを弄っていると、ようやく起床した五月が眠たそうに目をこすりながらことりの部屋からリビングに移動してきた。

 

「おはよう五月。すごい眠そう。昨日は結構遅くまで頑張ってたみたいだね」

「はい……ことりさんには感謝しかありません。あれ、そのことりさんは?」

「ことりは今朝食の用意をしてるよ」

 

そう言ったそばからことりが朝食の配膳のためキッチンからリビングに移動してきた。

 

「おはよう五月。よく眠れた?」

「は、はい。あの、手伝います」

「いいよいいよ。それより顔を洗ってきなよ。髪も寝癖ついてるよ」

「ふえ!?し、失礼しまーす」

 

五月はバタバタと洗面台に向かっていった。その光景をことりと二人で笑いながら見るのだった。

 

「そこはね、教科書のこの部分を見て」

「なるほど…」

 

朝食の後。ことりと五月は昨日の続きで勉強をダイニングでしている。僕はリビングのソファーでペンを走らせる音とことりの説明する声を聴きながら立川先生に借りている小説を読んでいる。ふと時計を見ると12時を過ぎそうな時間になっていた。そこで栞を挟んだ小説を閉じて立ち上がる。

 

「さてと……じゃあ、昨日も言ってたけどそろそろ仕事に行ってくるよ」

 

勉強している二人にそう話しかけた。

 

「はーい。私たちはもう少しだけここで勉強して、夕方くらいに中野家に行こうと思ってる。風太郎君にはこっちで五月の勉強を見てるって伝えてるけど、向こうを任せっきりにしてるのも気が引けるしさ」

「そっか……五月」

「は、はい!」

「頑張んなよ。応援してるから」

 

勉強だけでなく上杉との関係性も含めてと伝えたつもりだが、どうやら五月には伝わったようだ。

 

「はい!」

 

五月はまっすぐとこちらを見てしっかりと頷き返してきた。それに満足した僕は五月の頭を撫でる。

 

「わ、わっ…!」

「じゃあ、ことりも皆の事任せたからね」

「うん!任せといて」

 

最後にことりの頭も撫でてあげて家を出るのだった。

 


 

外でお昼を済ませてから学校に向かった。

休日の学校は部活動生が声を出していたりで頑張っている。うちの学校は勉強にそこまで重くを置いていないので、試験前であっても部活を行うことを止めたりはしない。ただしあまりにも成績が悪ければ留年だってありえるので、その辺りは自己責任となっている。

吹奏楽の練習の音楽を聴きながら職員室に向かい扉を開いた。部活動の顧問の先生などが普段はいるのだが、今は皆出払っているようだ。ただ、意外な人物はいた。

 

「おはようございます、立川先生」

「あ、吉浦先生。おはようございます。先生も休日出勤ですか?」

「ええ。今度の中間試験の問題を。本当は昨日終わらせる予定だったんでしたけどね」

 

自分の席に座り作業の準備をしながら話しかけた。

 

「ふふふ。私も同じようなものです。他にもいらっしゃってたんですが、午前中に来て終わらせたみたいですね。私もついさっき来たので入れ違いでした」

「なるほど。じゃあ我々も頑張りますか」

「ええ」

 

軽く話した後はお互いに作業に没頭した。

とりあえず、この前の補習でやったプリントからいくつか抜粋してっと…

ある程度は方針を決めていたので後はその通りに作っていくだけだ。

職員室には他に誰もいないのでお互いのキーボードを打ち込む音が響き渡っている。外からは部活動の掛け声が聞こえてきて良い感じの効果音だ。

そして、それからいくつかの休憩を挟みながら夕方前にようやく試験問題が完成した。

 

「うーーーん……」

 

さすがに疲れたので腕を上に伸ばしながら体をほぐしていく。

 

「はい、どうぞ」

 

そこへ横から飲み物が差し出された。

 

「コーヒーよりお茶でしたよね」

「ありがとうございます立川先生」

 

貰ったお茶をさっそく飲むことにした。

 

「ようやく終わりましたねぇ」

「まったくです。本当にこの時期はやること多くて帰ったら何もやる気が出てこないんですよね」

「分かります。私の場合は夕飯を作るのが面倒になって、ついできあいのお惣菜を買っちゃうんですよねぇ」

「へぇ~、立川先生でもそんなことあるんですね」

 

なんでもそつなくこなしているイメージしかないので本当に意外である。

 

「そういえば、先日お借りした本楽しく読ませていただいてますよ。本当に読む時間がないので全然進まないんですけどね」

「良かったぁ。気に入っていただけて何よりです。全然吉浦先生のペースで読んでいただいて大丈夫ですよ…………先生はあの小説のような昔会った人との再会とかどう思いますか?」

「そうですね……」

 

そこである記憶が頭を過った。

それは、ある少女の頭を撫でてあげると屈託のない笑顔でこちらを見上げている光景だ。

 

『約束だよ?』

 

「良いと思いますよ。お互いに約束してからの再会。とても素敵なことだと思います」

「へぇ~、吉浦先生ってロマンチストでもあるんですね。その……もしかして、そういう約束があって今でも恋人を作られないとか?」

「え?あはは、全然違いますよぉ。ただ仕事が忙しすぎてそういう縁がないだけですって」

 

突然の事でビックリはしたが笑って返した。

 

縁がないって…私って眼中にないのかなぁ

「ん?どうかしました?」

「いえいえ。ほら、吉浦先生だと生徒に人気があるので、生徒から告白とかないのかなぁって」

「あるにはありますが、やはり生徒なのでそういった気持ちにはならなかったですね」

「で、ですよねぇ…ほっ…

 

なんだろう。さっきから立川先生の様子がおかしいが。やはり疲れているのだろうか。

そんな風に考えているとスマホに着信が入った。どうやらことりからのメッセージのようだ。

 

『急遽中野家でのお泊まり勉強会になったから、今日の夕飯はお兄ちゃん自分で用意してね』

 

お泊まりで勉強会って、えらくやる気だなぁ。誰の案なんだろう。とりあえず『了解』と返事を出しておいた。

でもそっか、今日の夕飯自分で作るのか。なんだったら外で食べるのも良いかもな。

そこで立川先生と目が合った。

 

「どうかされました?」

「えっと……今日、ことりが友達の家に泊まることになって。それで、夕飯は外で食べようかと思ったんですけど、この後用事あったりします?」

「……」

 

あれ返事がない。急に誘いすぎたかなぁ。

 

「あー…すみません、急すぎましたよね。気にしないでください。全然ひと…」

「行きます!」

「っ…!そ、そうですか。良かったです。それじゃあ、少し早いですが帰り支度が出来たら行きましょうか」

「はい!」

 

急に前のめりになってきた立川先生。ちょっと驚いてしまった。何はともあれ断れなくて良かった。

ということで、急遽立川先生との夕飯が決まったのだった。

 

 




ちょっと早いかもですが五月が和彦への甘えモードが発動しました。ただ、これから常にというわけではないのでこれからも見守っていただければと思います。
原作で言うとお泊まり勉強会の始まりですが、さすがに教師である和彦はお泊まりまではまだできませんので、別視点で書いたりなど交えていければなと思っております。

本日はいよいよごとかの発売日ですね!今この瞬間もワクワクしています。
ゲームに集中して投稿に影響が出たらすみませんm(_ _)m

では、次回の投稿も読んでいただければ幸いです。
どうぞよろしくお願いいたします。



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18.好きなタイプ

~中野家・五月の部屋~

 

「これでよしっと……て、もう返事が返ってきた」

「先生はなんと?」

「うん…了解だってさ。まあ、兄さんは外泊とかそんなに厳しくないし何も言ってこないとは思ってたけどね」

 

五月の部屋では、先ほど急遽決まった中野家お泊まり勉強会のことをことりが和彦に連絡していたところである。

 

「すみません。一花の急な提案で…」

「いいよ。どうせ明日も特に予定とかも無かったし。むしろみんなの勉強を延長して見れるんだから。ポジティブにいこう!」

 

笑いながら答えることり。それでも五月は申し訳なさが残っているようだ。

 

「それより着替え貸してくれるんでしょ?」

「はい。昨日は私が借りましたから。今日は任せてください」

 

そう言って五月は、クローゼットからことりのためのパジャマを出そうとしている。

 

「私はこの後風太郎君の後にお風呂に入って、そのまま下でみんなに勉強教えるけど、五月は来ないんだよね?」

「申し訳ありません。私にはまだちょっと…」

「ううん。いいんだよ。経緯は昨日兄さんから聞いてるからね。徐々に頑張っていこ」

 

コクンと頷きながらことりの着替えを用意する五月。

 

「それではこちらを…」

「ありがとう。じゃあ行くね。抜けれそうだったら五月の勉強も見に来るから」

「ありがとうございます」

 

そしてことりはお風呂のため部屋から出ていった。五月は、ことりが出ていった後もドアをじっと見ていた。

 

(駄目ですね。頑張ろうとは思っているのですが、いざ本人の前に行くとまた余計なことを言いそうで話すこともできません…)

 

そこでぶんぶんと頭を振る五月。そして、昼間に和彦に撫でられた事を思い出した。

 

「よしっ…!」

 

気合いを入れた五月は勉強のため机に向かうのだった。

 

・・・・・

 

場所は変わりリビング。ことりは五月から受け取ったパジャマを手に階段を降りていた。

ダイニングテーブルでは二乃が勉強をせずスマホをいじっており、リビングデーブルでは一花と三玖と四葉がノートを広げて勉強する体勢を取っている。風太郎がそれを立って見ているのでお風呂はもう上がったようだ。

 

「風太郎君。お風呂はもう終わった?」

「おう。次いいぞ」

「はーい。二乃は勉強しないの?」

「上杉にも言ったけど私には必要ないから」

「必要ないことはないと思うけどなぁもう…それで今は何してるの?」

「ん?色々と聞きたいことを聞いてやっている」

「へぇ~……そうだ!」

 

そこでことりが一つ案が浮かんだ。

 

「ただノートを埋めていくっていうのも面白くないし。ここは一つゲームをしない?そうだなぁ、ノートを二ページ埋めていく毎に風太郎君の好きな女子のタイプを発表してもらうとか」

「なっ……!?」

「いいねぇ~。ことりナイス!」

「私も俄然興味あります!」

「ちょっと興味あるかも…」

 

当人の風太郎をよそに話が進んでいる。

 

「ふふふ、じゃあ三人だからベスト3を用意お願いね」

「くっ……用意はするがちゃんとノートを埋めろよ!」

 

そう言った風太郎はどこからともなくフリップボードを取り出しベスト3を書いていく。それを見た三人はノートを埋めるためにペンを走らせた。

 

「じゃ、私はお風呂に行ってくるね。結果は後で教えてね」

 

ことりはそんな言葉を残してお風呂に行ってしまった。

 

「あの子もなかなかやり手ね」

「ああ。たまに掴み所が無いところがあるぜ」

 

二乃はスマホを手にしたままお風呂に向かったことりに対して言葉を漏らすが、自然にそれに風太郎が答えるのだった。

そして時間は流れ。三人はそれぞれで徐々にノートを埋めてきた。そこで…

 

「はい、終わった…!」

 

最初に終わらせた三玖が手を挙げる。風太郎がノートを確認するとしっかりと埋まっていた。

 

「よし。じゃあ三位は『いつも元気』」

 

風太郎がフリップのめくりを一つめくると、風太郎の好きな女子のタイプが書かれていた。

 

「はい!できました!」

 

次に手を挙げたのは四葉である。風太郎はまたノートが埋められているのを確認したうえでめくりをめくった。

 

「続きまして第二位は『料理上手』」

「終わったよ」

 

そして最後の一花が手を挙げたのでノートを確認後、風太郎は最後のめくりに手をかけた。

 

「よーし、第一位は……『お兄ちゃん想い』だ」

「それあんたの妹ちゃん!!」

 

風太郎の第一位の発表にすかさず二乃がツッコミを入れた。どうやら気になっていたようでチラ見をしていたようだ。

 

「な、なんだよ二乃。盗み聞きして…どうせならお前も勉強するか…?」

「聞きたくなくてもここにいれば耳に入るわよ」

「あれ?風太郎君の好きな女子のタイプの発表は終わったの?」

 

風太郎と二乃が話しているところに、お風呂上がりのことりがリビングに入ってきた。

 

「聞いてくださいことりさん!上杉さんってばずるいんですよ。私たち頑張ったのにらいはちゃんの発表だったんですよ!」

 

四葉がフリップボードをことりに見せながら風太郎への苦言を吐いてきた。

 

「えー…どれどれ…?いつも元気。料理上手。お兄ちゃん想い……っ!」

「?」

 

四葉にフリップボードを見せられたことりは三項目のタイプを読んだ後、驚き目が見開いてしまった。それを唯一見える場所にいた一花がその表情に疑問を抱いた。

 

(一瞬だったけどことりが驚いてたような…気のせい?)

 

「も、もう…風太郎君。さすがに妹さんは無いんじゃないかなぁ」

「ことりは知らんかもしれんが、俺にとって恋愛は学業から最もかけ離れた愚かな行為だと思っている。だから好きなタイプなど無いんだよ」

「重症だぁ…」

 

風太郎の恋愛に対する拗らせ方に、ことりは呆れながら言葉を漏らした。しかし、そんなことりはおもむろに風太郎に近づくと風太郎の頭を撫でだした。

 

「まあ、それでもちゃんと私の要望に答えてくれたのはありがとね。偉い偉い」

「「「「!」」」」

 

そんなことりの行動にその場にいた風太郎以外の者が驚きの表情になった。

 

「………なんだこれは?」

「え?頑張った人には誉めてあげないと。ね、一花?」

「そ、そうだね。あれぇ~?もしかしてフータロー君てばドキドキしてるのかな?」

 

急に話しかけられた事に驚きつつも一花はニンマリと笑いながら風太郎に近づいた。

 

「別に」

 

しかし風太郎は至って冷静に答えるだけだった。それを面白くないと感じた一花は四葉をけしかけたのだ。

 

「四葉チェック」

「わーーっ」

 

近づいてくる四葉から逃げるため風太郎はリビング内をドタバタと逃げ回った。

 

「なんだ!やめろ!」

「まあまあ、逃げないでください」

「来るな!近づくな!」

「いいじゃないですか!」

 

逃げる風太郎を追いかける四葉。そんな光景を一花とことりは笑顔で見ていた。

 

「……ねえ、ことり。いきなりだけど料理したりする?」

「ホントにいきなりだね。うーん…一応うちの料理担当だしね。たまに兄さんも作ってはくれるけどね」

「そっか…」

「?」

「捕まえましたー!」

「くっ…」

 

突然の質問に意味が分からなかったことりではあったが、四葉の声で二人の方に顔を向けた。四葉はドキドキしているのか確認のため風太郎の胸に耳を当てている。

 

「上杉さんドキドキしてます!」

「あれだけ走ればな!」

「あはは、四葉は面白いね」

「何やってんだか…」

 

ガチャ

 

「騒がしいですよ」

 

そんな時、二階の部屋から五月が出てきた。

 

「勉強会とはもう少し静かなものだと思っていましたが」

「ごめんねー」

 

階段を降りながら指摘してくる五月に対して一花は申し訳なさそうに謝っている。

 

「さてと、私は部屋に戻らせてもらうわね」

「えー、二乃も勉強しようよ」

「あんたの頼みでも断らせてもらうわ」

 

ことりの制止を聞かず五月と入れ違うように二乃は階段を上っていった。

 

「えっと…」

 

リビングまで来た五月に何か声をかけようとしている風太郎であるが言葉が出てこない。

 

(直接顔を合わすと言いづらい…)

 

そんな風太郎の姿にため息をつきながらことりは五月に声をかけた。

 

「はぁ…どう五月?順調に進んでる?」

「順調…とまではいかないかもしれませんが、以前先生に教えていただいた箇所を復習しています」

「そっか…こっちが一段落したら向かうから、分からなかったところをまとめておいてね」

「分かりました。三玖、ヘッドホンを貸してもらっていいですか?」

「?いいけどなんで?」

 

疑問に思いながらも自身の首にかけているヘッドホンを外し五月に渡す三玖。

 

「一人で集中したいので」

 

そう言い残すとまた階段を上っていこうとする五月。その五月の背中に風太郎はまっすぐと言葉をぶつけた。

 

「お前のこと信頼していいんだな?」

「足手纏いにはなりたくありません」

「五月…」

 

風太郎の言葉に振り返ることもなく下を向き答える五月。そんな五月を心配そうにことりは見ることしか出来なかった。

 

「五月!待てよ!じゃあなんで…!」

 

五月は最後まで振り返ることなく階段を上っていく。そんな背中に風太郎は必死に言葉をかけるも意味はなかった。そんな風太郎に一花が声をかけた。

 

「フータロー君。見て、夜空が綺麗に見えるよ。ちょっと休憩しようよ」

 

風太郎に声をかけた一花はそのままベランダへの扉を開けた。

 

「一花。また突飛なことを」

「いいんじゃないかな。こっちは私が見てるから、風太郎君も少し休みなよ」

「そうか。じゃあこっちは任せたぞ」

「はーい」

 

手をヒラヒラと振って風太郎をことりは送り出した。

 

「じゃあここからは私が教えるね。何しよっか?」

「はい!では社会をお願いします!」

「OK!じゃあ徳川家の将軍の名前を覚えていこうか」

「それなら私は覚えてる」

「なら、三玖が教えるのも良いかもね。人に教えることで復習にもなるし」

「……分かった。じゃあ四葉教えるね」

「お願い三玖」

 

自分なりに四葉へ教えていく三玖。そんな風景を笑みを浮かべながらことりは眺めていた。

 

・・・・・

 

ところ変わってベランダでは一花がフェンスに寄りかかり夜空を見上げていた。

 

「へぇ、確かに空が広く感じるな」

「最上階も捨てたもんじゃないでしょ」

 

ベランダに出てきた風太郎は夜空を見上げながら一花に声をかけ近づいた。

 

「そういえばこの間のオーディション受かったよ」

「そ、そうか…」

「撮影は試験後だから安心して」

「それならいいか」

 

一瞬ヒヤリとした風太郎ではあったが、女優業の仕事が試験に影響ないことを知って安心した。

 

「……五月ちゃんと喧嘩でもしちゃった?」

「!…いつものことだ」

 

急に核心をついたように一花が質問をしたので、風太郎は一花とは逆の方に向きながら答えた。

 

「だね。フータロー君と五月ちゃんは顔を合わせる度に喧嘩してる。二人は似た者同士だから」

 

その言葉に反応するかのように一花の方を向く風太郎。

 

「似た者同士ってお前が言うか…」

「ふふふ…」

 

風太郎の反応に笑いながらまた夜空を見上げた一花。

 

「でもさ今回はいつもと違う気がしたんだ。二人には仲良く喧嘩をしてほしいんだよ」

「矛盾してるだろそれ…」

「そう?あの子も意地になってるんだと思うんだ。フータロー君は違う?」

「ぐっ…」

 

図星をつかれた風太郎は渋い顔をする。

 

「昔から不器用な子だったから、素直になれないだけじゃないかな。きっと今も一人で苦しんでる」

 

(まあ、先生に少し頼んでたから多少は立ち直ってるとは思うんだけどね。ことりもいるし)

 

「私にやれることはやってみるけど、フータロー君にしかできないことがあるからお願いね」

 

優しい表情で一花は風太郎にお願いした。

 

「なんだ。ほぼ同時に生まれた五つ子には関係ないと思ってたんだが……ちゃんと長女してんな」

 

そう言いながら風太郎は一花の頭を撫で始めた。それに対して一花は驚きの顔になるもすぐにジト目になってしまう。

 

「……何、この手」

「い、いや。ことりが頑張ってる子は誉めてやれって…」

「あはは…そういえばそんなこと言ってたね。それにしても、もう秋なのに暑いねぇ」

「はぁ?もう寒いだろ。中に入ろうぜ」

 

風太郎はそう言うとベランダから中に入るためにドアに向かう。そんな風太郎を一花は顔を真っ赤にして見送っていた。

 

「寒い……かなぁ…?」

 

と、そこで一花は思い出したことがあったので風太郎を追いかけた。

 

「ねえねえフータロー君」

「なんだよ」

「君ってことりのことどう思ってる?」

「は?急にどうした?」

 

一花の急な質問に(いぶか)しげな顔をしている風太郎。

 

「ほ、ほら!同じ家庭教師として仲良くできてるのかなって」

「ああ…まあ、たまに突拍子もないことを言ってくる奴ではあるが頼りにはしている」

 

そう言いながら、笑みを浮かべて勉強をしている三人に風太郎は目を向けた。

 

「おー、正解だよ四葉。良くできました~、偉い偉い」

「えへへ…」

 

ちょうど四葉が問題を解けたところだったようで、ことりがそれを誉めていたところだ。

 

「あいつは俺に無いものを持っている。俺にできないところをしっかりカバーしてくれてるからな。五月のことだってそうだ」

「そっか…」

「……こんなのでいいのか?」

「うん!家庭教師同士、仲良くやれてるようでお姉さんは安心だ」

「なんだそれ……おい四葉!どのくらいできるようになったのか俺が見てやろう」

 

一花の言葉に呆れ気味に答えると、風太郎は三人のところに向かってしまった。

 

「……」

 

一花はそんな四人の光景を眺めていた。

 

「て、そこはさっき教えただろ!」

「わぁー!すみませ~ん」

「あははは…四葉、しっかりしなよぉ」

 

(いつも元気…)

 

『一応うちの料理担当だしね』

 

(料理上手…それに多分…お兄さん想い………あーもう、なんだか心がむずむずするぅ~)

 

そんな心が落ち着かない状態で一花は四人と合流するのだった。

 

 




今回は和彦の登場が一切ありませんでした。まあこういうこともたまにはあっていいのかなっと思ってます。中野家でのお話ですのでそもそも登場は難しいんですけどね。

さて、中間試験編も佳境に迫ってきました。
次回の投稿も読んでいただければ幸いです。
どうぞよろしくお願いいたします。



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19.差し入れ

「ふぅ~…パスタ美味しかったですね」

「ええ。すみません、私の分まで奢っていただいて」

「良いんですよ。誘ったのは僕なんですから」

 

中間試験の問題作成が終えた後。ことりが中野家で泊まりの勉強会を行うと聞き、夕飯は外食にしようと考えたのだが、一人よりもと思って立川先生を誘ってみたのだ。

行き先は立川先生お勧めのパスタ屋さん。隠れた名店といった感じでお客さんも少なく静かでゆったりと時間を過ごせたと思う。もちろん味も最高だった。

今はその店から出て、近くのケーキ専門の喫茶店に来ている。

 

「しかし先程のお店と言い、このお店と言い、立川先生は詳しいんですね」

「地元というほどではないですが、友達とよく行っていたので。お口にあったようで良かったです」

 

僕の言葉が嬉しかったのか、笑みを溢しながらコーヒーを飲んでいる。ちなみに僕はミルクティー。コーヒーは昔からどうも飲めないんだよねぇ。

 

「ここはケーキの味も良いのですが、店長さんも人当たりが良くって。結構な頻度で来てるんです」

「へぇ~」

 

先程から客席で立ち話をしているあの人が店長さんだろうか。確かに人が良さそうだ。

それにしても美味しいケーキだ。ことりにも教えてあげようかな。

 

「……あのっ。一つお聞きしてもいいですか?」

「?どうぞ。僕で答えられるのであれば」

 

何か意気込むような気さえする勢いで立川先生が質問してきた。

 

「中野さんたちと仲が良いように見えるのですが、何かコツとかあるのかなと思いまして…」

「え?中野姉妹ですか?何でまた?」

 

以外な人物の名前が出たので驚きながらも聞き返した。

 

「ほ、ほら。中間試験が終われば林間学校が控えているじゃないですか。それまでに少しでも仲良くなっておきたいな、と思いまして…」

 

そういえばもうすぐ林間学校があるんだったな。僕と立川先生はお互いに初参加でもある。

色々と交流する場でもあるからか。立川先生は真面目だなぁ。

そう納得した僕は仲良くなった経緯を話すことにした。

 

「と言いましても、僕の場合はことりのおかげというのもありますしね」

「ことりさんですか…」

「ええ。実はことりと上杉の二人で今中野姉妹の家庭教師をしてるんです」

「え?家庭教師ですか?しかも上杉君も」

 

家庭教師という単語に驚きの表情になる立川先生。まあ普通はそうだよね。

 

「ははは…普通は驚きますよね。同じ年の人間が家庭教師をするのですから」

「そうですね。しかし、お二人であれば納得です。上杉君は五科目で満点以外取っていませんし、ことりさんは数学で満点しか取らないとか」

「ですね。そんな訳であの五人とはよく話すようになったんですよ。上杉ともこれを機に話すようになりましたね」

「なるほど。そんな経緯が…」

 

三玖に関しては自分のクラスの生徒という事以外に、お互いに歴史好きという理由で仲良くなったのだが、まあ本人の許可なく他人には言えないな。

 

「なのであまりお役に立てないかと。まあ皆良い子ですので、立川先生でしたら普通に話しかければ仲良くできると思いますよ。特に立川先生のクラスの五月は姉妹で一番真面目な子ですから」

「そうなんですね。じゃあ、ちょっと頑張ってみます。でも、そうですか。家庭教師を……少し安心したかも

「ん?何かおっしゃっいました?」

「い、いえ!じゃあ、中野さんの事で困ったことがあれば吉浦先生に聞けば安心ですね」

「いやー、どうですかね。僕もそこまで仲が良くないので…さて、そろそろお暇しましょうか」

 

そう言ってテーブルの上に置かれた伝票を持って席を立った。

 

「あ、ここは私が…!」

「いえいえ。僕が持ちますよ。男として見栄をはらせてください」

 

立川先生からの制止を聞かずレジに向かった。

レジ横にはショーケースの中でケーキが並べてある。それを見てふとあることを思いついた。

 

「すみません。会計と一緒にこのショーケースの…」

「君は彼女の何なんだい?」

 

レジで伝票を渡すと何故かずいっと男の人がこちらに近づいてきた。

この人ってたしか店長さんだっけ。何事?

 

「えっと…彼女と言いますと僕が一緒にいた女性ですよね。同僚ですけど…」

「同僚?彼女が男を連れて来たことは一度もない。それが同僚、と?」

「え、ええ」

 

立川先生が立っている方に目を向けながらそう伝えた。店長さんと二人で見たからか彼女はこちらに笑顔で頭を下げてきた。それを見た店長さんはニッコリとした笑顔で手を振っている。

 

「彼女はこんな僕にでも優しく声をかけてきてくれるんだよ。いつも美味しいケーキをありがとうございます、とね」

「は、はぁ…」

「あの笑顔はどんなに苦しいことがあっても吹き飛ばしてくれる……それなのに、そんな彼女が男を連れてきてそれが同僚と言われ信じろと?」

「そう言われましても、信じろとしか言えませんよ」

「…………」

 

じーっと店長さんに見られる。これは立川先生に気があるのだろうか。それで立川先生には人当たりが良い人で通ってるのか。

 

「まあ今回はそう言うことにしといておこう」

 

そう言いながら店長さんはレジを打ち出した。

 

「あーっと、すみません。ショーケースのケーキも一緒に会計いいですか?」

「ん?構わないが、どれにするかい?」

「えっと、そうですねぇ……一つはこれで。後もう一つはこれを。後は店長さんのお勧めで六種類お願いできますか?」

「そんなに買うのかい?」

「ええ。とても美味しかったので知り合いに差し入れしようかと」

「ふむ…君は実は良い男なのかもしれないね」

「ありがとうございます」

 

店長さんは先程とは打って変わって上機嫌にケーキを選び出した。本当に面白い人だ。

そして会計を済ませた僕は立川先生と合流した。

 

「お待たせしました」

「いえ、ご馳走さまでした。そちらは?」

 

立川先生は僕が持っている箱を見ながら聞いてきた。

 

「ああ。さっき話した家庭教師を実は今日泊まり込みでやってるそうでして。その差し入れですよ」

「そんなことまで…」

「まあ、飴と鞭の飴ですよ。じゃあ帰りましょうか。マンションまで送ります」

「ありがとうございます」

 

そして僕と立川先生は二人並んで立川先生のマンションに向かうのだった。

 

立川先生を送った後、僕は中野家があるマンション前まで来ていた。

 

「しかし高いマンションだなぁ。中野家はここの最上階なんだっけ。中野さんの職業は聞けてないけど、政治家とか大企業の社長とかだろうか…」

 

そんな考えを口にしながらマンションを見上げていた。

さて、オートロックだから部屋番号を押してと…

 

『…はい?』

「夜分遅くにすみません。(わたくし)旭高校で教員を勤めております、吉浦和彦と申します」

『ふぇっ…!せ、先生!?』

 

ん?先生って言ってるってことは五つ子の誰かか。しかし、まだ声だけじゃ判断できないからなぁ。

 

「夜分にごめん。差し入れを持ってきたんだけど開けてくれるかな?」

『わ、分かった…』

 

そこでオートロックの扉が開かれた。

オートロックをくぐった僕はそのままエレベーターに乗り30階のボタンを押す。

しかし30階となると結構時間かかるなぁ。

そんな考えがちらつく中、しばらくすると目的のフロアに到着した。そこから部屋に向かいインターホンを押した。

 

『はーい…』

 

ガチャ

 

「やっほー先生。差し入れ持ってきてくれたんだって?」

 

玄関で出迎えてくれたのは一花だった。

 

「ああ、これね。ここで渡して良いかな?」

「えー、上がっていきなよ。せっかくなんだしさ。ほらほら」

 

一花に背中を押されながら部屋の中を進む。するとリビングには四人の姿があった。

 

「こんばんはー!先生!」

「こんばんは…」

「どもっす」

「兄さん差し入れ持ってきてくれたんだって?」

 

四葉と三玖、上杉が挨拶をしてくるなかことりは僕に近づいてきた。

 

「ああ。ケーキを買ってきた。皆で食べてもらおうと思ってね」

「わー!ケーキですか!ありがとうございます!」

 

ことりにケーキの入った箱を渡しながら伝えると四葉がテンションを上げてこちらに近づいてきた。ケーキの入った箱を受け取ったことりと四葉はそのままテーブルに持っていく。

 

「しかし、勉強してるのは三人だけか。中間試験が楽しみだね上杉」

「ぐっ…」

「冗談だよ。上杉はしっかり頑張ってるってことりから聞いてるから。これからも頑張りな」

「はい!」

「あれ?先生、ケーキ八個あるけど。先生の分?」

 

上杉と話していたら箱の中身を確認していた一花が疑問の声をあげた。

 

「いや、中野さん…つまり一花達のお父さんがいらっしゃると思ってね。その分だよ」

「そっか…それは気を遣わせちゃったね…」

 

この話題はあまり立ち入らない方がいいのかもしれないな。

 

「いらっしゃらないのであれば、一人だけになるけど誰かが二個食べると良いさ」

「あれ、兄さんは食べないの?」

「僕はさっき食べたからね。それにあまり長居はしないつもりだよ」

「え、もう帰っちゃうの…?」

 

驚いた顔で僕を見てくる三玖。そこまで驚くことだろうか。

 

「まあ、元々部屋に上がるつもりはなかったからね」

「それはいいんだけど、兄さんは一人でこのケーキ買いに行ったの?」

「いや。立川先生と夕飯に行って、その帰りに寄ったケーキ専門の喫茶店で買ったんだよ」

「…っ!」

「いやー、立川先生って色々なお店に詳しくてビックリした…よっ!?」

 

目の前にはニッコリしたことりがいるのだが、これは怒っている時の顔だな。あー…何だろう。余計な事言ってしまったようだ。

 

「んーー?どうしたのかな兄さん?」

「ほらっ。本当に美味しかったんだから皆も食べて食べて。四葉、お皿とかどこかな?」

「それくらいでしたら私が出しますよ」

 

そう言って四葉がキッチンにお皿を取りに行ってくれた。

 

「ふふん。話をそらしたね、先生?」

「何の事かなぁ…」

 

ニヤッと笑いながら一花が言ってきたがとぼけることにした。後ろめたい事は何もしてないのだが、何故かこの話はここまでにしておいた方が良いと感じたのだ。

 

「ほらほら、ことりの好きなロールケーキも買ってきたからさ。食べてみてよ」

「知ってるよ。さっき箱の中身見たんだから…まあいいや。三玖はこの抹茶のケーキなんて良いんじゃない?」

「うん…先生ありがとう…」

「いやー、二人の好みは知ってたんだけど他がねぇ。三人は残りの中から選んでよ。上杉も遠慮しないでね」

「ええ。まあ、俺は何でもいいんですけどね」

 

女子達がキャッキャと選んでいるところに上杉も勉強の手を止めて向かっていった。

 

「じゃあ、これで失礼するよ。上杉とことりの言うことをしっかり聞いて勉強するんだよ?」

「は~い」

「任せてください!」

「玄関まで送る…」

 

三玖がそう言いながらこちらに来た。

 

「そう?上杉とことりも無理しない程度によろしくね」

「うん!気をつけて帰ってね」

「分かりました。差し入れありがとうございます」

 

そして三玖を連れて玄関まで来た。

 

「見送りありがとね」

「ううん。先生こそ差し入れありがとう…その…抹茶が好きなこと覚えててくれて嬉しかった…」

「どういたしまして。じゃ勉強頑張って」

「うん……お…おやすみなさい…」

「ああ…おやすみ」

 

僕が返事をするとニコッと微笑んできた。そんな三玖に見送られながら中野家を後にした。

あれ、そういえば女子六人に男一人ってまずかったのでは?まあ上杉だったら大丈夫か。

 


 

~五月の部屋~

 

コンコン…

 

「はい」

『私。ことりだけど入っていいかな?』

「どうぞ」

 

ガチャ…

 

「失礼しまーす」

 

五月からの許可をもらったことりは手にお盆を持って部屋に入った。

 

「ことりさん、それは?」

「さっき兄さんが差し入れで持ってきてくれたケーキだよ。私はこっちで五月と食べようと思ってさ」

「え?先生が来られてたんですか?」

「うん。ケーキだけ置いてさっさと帰っちゃった。机の上に置くから少しだけ休憩しよっか」

 

持っていたお盆を机に置こうとすることりの姿を見て、五月は広げていた教科書やノートをしまいだした。

 

「五月はショートケーキで良かったかな?」

「はい。ありがとうございます」

 

五月の前にケーキを置きながらことりは確認するも、五月からは問題ないと返事が返ってきた。

 

「後もう一つあるけどそれも五月が食べてね。一つ余っちゃったんだけど、それを一花が五月にって」

「そうですか。あ、ありがたくいただきます」

「うん、じゃあ食べよっか」

「はい!いただきます……う~ん、美味しいですぅ~」

「五月は本当に美味しそうに食べるよね。うん、美味しい」

 

幸せそうな顔で食べる五月にそう伝えながら自らもケーキを口にすることり。そんなことりも美味しそうに食べている。

 

「本当に美味しいのですから仕方がありません。それに勉強で頭を使った後の甘いものは良いものです」

「まあ、兄さんもそれを見越して差し入れしたかもしれないけどね」

「………先生は何か言ってましたか?」

 

フォークでケーキを一口大に切り分けたところで手を止めて五月が質問した。

 

「何かって?」

「その…全員が揃って下にいなかったことについてです…」

「特に何も言ってないよ。風太郎君には、今度の中間期待してる、とは言ってたかな」

 

ことりは笑いながら五月の質問に答えた。そんなことりの態度に五月は少しだけホッとした。

 

「今回の事は五月だけが頑張ればいい訳じゃないと思うの。風太郎君にもある程度は歩み寄ってもらわないと。だけど今の風太郎君を見るとまだ難しいかなって…」

「ことりさん…」

「だから今は自分のできることに集中しよ。分かんないところ教えていくね」

「はい…」

 

二人はケーキを食べ終えた後、勉強に勤しむのだった。

 


 

ケーキを食べ終わった後もリビングでは勉強が続けられたが、集中力もなくなったことからこの日はここまでということになった。

 

『お客様をソファーで寝させられません!』

『私のベッド使っていいよ』

 

三玖の案内もあり風太郎は今三玖の部屋に来ている。

さすがに疲れが溜まっていたのか風太郎はそのままベッドにダイブしてしまった。

 

「これがベッドってやつか…やるな…」

 

(二乃、五月、中野父と不安要素は残ったままだが…明日は好転するといいな…)

 

そんな淡い期待を持ったまま風太郎は眠りにつくのだった。

 

・・・・・

 

それから深夜になって…

 

「どしたー?」

「トイレ」

 

風太郎にベッドを貸した三玖は一花のところで一緒に寝ていたが、トイレのため目が覚めた。

その足取りはうつろうつろで頭も冴えていないようだ。

そんな三玖はトイレから戻るとそのまま一花の部屋に戻るわけでもなく、自分の部屋に戻ってしまった。

そこには風太郎が寝ていることを、その時の三玖は忘れていたようだ。

 

 




前々回であった和彦と立川先生のお食事会を少しだけですが今回書かせていただきました。
そして、ここで早くもREVIVALの店長さん登場です。
本当に好きなキャラなのでもっと出演数を増やせればとは思っております。なので、和彦のお気に入りのお店に登録決定です!

では次回投稿も読んでいただければ幸いです。
どうぞよろしくお願いいたします。



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20.素直

~中野家~

 

「う~ん、美味しい。朝からこんな凝った料理を作れるなんて、二乃ってば料理上手なんだね」

「まあね。あんたも手伝ってくれてありがと」

「ふふふ、私も家では料理担当だしね。このくらいどうってことないよ」

 

急遽泊まり込みでの勉強会となった次の日の朝。ダイニングテーブルでは、一花・二乃・五月・ことりの四人が朝食を食べていた。テーブルには二乃とことりで作ったエッグベネディクトが並んでおり、それぞれが美味しそうに食べている。

 

「一花が休日のこんな時間に起きているなんて珍しいですね」

「まあ姉妹の中じゃドベだけどね。三玖もいつの間にか私のベッドからいなくなってたし」

「その三玖を捜しに行ったきり四葉も帰ってこないわね」

 

一花が朝起きると、隣で寝ていた筈の三玖の姿がなかったのだ。それを聞いた四葉は家の中にいないと分かるや否や外に捜しに行ってしまったのだ。何処にいるかも当てがないまま。

 

「彼は?」

「さぁ、まだ寝てるんじゃない?」

「きっと疲れが溜まってたんだよ」

「あんたはともかく、まさかあいつまで本当に泊まるとはね。ま、それも後少しの辛抱だわ」

「後少し?」

「何でもないわよ」

 

二乃の言葉が気になったことりだったが、二乃はことりの疑問に答えなかった。

 

「二人も勉強会に参加すればいいのに。案外楽しいよ」

「お断り」

「あー…でも五月ちゃんはことりとマンツーマンで見てもらってるんだっけ?」

「え、ええ…」

「昨日も遅くまで頑張ったもんね」

「お付き合いいただきありがとうございました」

 

笑顔で語ることりに微笑みながらお礼を伝える五月。この二人の関係性も着実に良くなっているようだ。後は…

 

「その勢いでこっちにも参加すればいいのに」

「……」

「素直になんなよ」

「どうも彼とは馬が合いません。この前も(いさか)いを起こしてしまいました。些細なことでムキになってしまう自分がいます。私は一花や三玖のようにはなれません」

「なれるよ」

「えっ」

 

五月の言葉に返事をした一花は席を立ち五月の後ろに来て、おもむろに五月の髪をいじりだした。

 

「ほらここの髪を持ってきて……三玖のできあがり!」

「!」

 

前髪で片目を隠すヘアスタイルである。

 

「私は真剣に言っているのですが」

「ごめんごめん、五つ子ジョークだよ」

「それでも髪型変えるとやっぱ見分けつかないね。私から見たら三玖だよ」

「ことりさんまで…」

「一花!」

 

そこでおもむろに立ち上がった二乃も五月の髪いじりに参加した。

 

「髪の分け目が逆よ。後五月、もう少し寝ぼけた目にして」

「この毛邪魔だなー」

「私で遊ばないでください」

 

五月は五月でされるがままである。

 

「ちょうど三玖もいないしこれで騙せるか試してみようよ」

「え…マジ…?」

「それ、私も興味あるなぁ」

「ことりあんたまで…あいつに私たちの区別なんてできるわけないでしょ」

 

そして本人のいないところで姉妹の見分けが出来るのか試されることになった風太郎であった。

 

・・・・・

 

ところ変わって三玖の部屋では風太郎が気持ち良さそうに眠っていた。

 

ガバッ…

 

「やべぇ寝すぎた!!いつもより40分オーバー…せっかく泊まり込みしたのにもったいない」

 

突如と起き上がった風太郎は壁に掛けてある時計を見ながら自分の寝坊を嘆いていた。普段はらいはに起こしてもらっている風太郎としては仕方のないことかもしれない。それに加えていつもよりふかふかなベッドに寝たのも原因の一つかもしれない。

 

「恐ろしきベッドの魔力…」

 

風太郎ベッドに手を添えながらその手を動かしていく。すると、その先に本来無いものがあった。女性の寝ている姿である。

 

「えっ」

 

(隣で寝てる…誰だ!?そうだ、この服を着てたのは…三玖なのか!?)

 

隣に寝ている人がいることに驚き一気に頭が覚醒した風太郎は、昨日着ていた服の種類でそこで寝ている人物が三玖であると確信した。

 

(やばいすぐさま逃げなければ)

 

風太郎はそう判断するや否やベッドから離れて部屋を出ようとした。

 

(ここで三玖が起きたら面倒だ。ましてや他の誰かに見られたりしたら)

 

ガチャ…

 

風太郎が部屋を出るためにドアを開けるとそこには前髪で片目が隠れた女の子が立っていた。

 

(三玖!?いや、三玖は今ベッドで寝ている。だったらこいつは…!この服を昨日着ていたのは…)

 

「ど…どうした五月」

「!」

 

いつもの髪型でもなく星形の髪飾りも外していたにも関わらず、自分の事を言い当てた風太郎に五月は驚きと少しだけ関心の心が芽生えた。

 

「……わかるんですね…」

「「……」」

 

そこでお互いが何を言えば良いか分からず黙り込んでしまった。

 

んー…

 

ゴソ…

 

「!!」

 

そこで三玖が寝返りを打ったのか布団のめくれる音が風太郎の後ろから聞こえてきた。

それにビクッと風太郎は反応した。

 

「?」

 

五月も何事かと風太郎の後ろを覗き込むが…

 

「用が無いならもういいかな。着替えるから」

「ええっ!?」

 

部屋の中を見せまいと風太郎は五月の背中を押してドアから遠ざける。そして…

 

バタン…

 

部屋のドアを閉めてしまった。

五月からしてみれば問答無用で部屋から追い出された形となった。そうなっては五月が怒るのも無理はない。

 

「もう結構です!」

 

バタンッ…

 

膨れっ面になった五月はそのまま自分の部屋に入ってしまうのだった。

 

(しまった…外で話を聞くだけでよかったか)

 

部屋から出てきた風太郎は五月の部屋の方を見ながら自分のミスを嘆くも後の祭りである。

 

「何やってるの風太郎君」

「あーあ。やっぱり怒らせちゃった」

「フータロー君大丈夫?」

「ああ…」

 

下からことりと二乃、一花が声をかけてきたが風太郎は返事をするしかできなかった。

 

「風太郎君は今起きたばっかりだから分からないかもだけど、三玖知らない?」

「えーっと…図書館…かな」

「じゃあ私たちも気分変えて図書館で勉強しよっか」

「そうだね」

「そ、そうするか」

 

一花の提案で今日の勉強会が図書館で決まろうとしている時、五月は自分の部屋のドアに寄りかかりながら髪を元に戻していた。そしてはぁー、とため息をつきながら机の上のスマホに目がいく。

 

「すみません先生。またやってしまいました…」

 

和彦に聞こえるわけではないが、そう反省するのだった。

 


 

一人の朝は何気に久しぶりかもしれないな。

ことりが中野家に泊まっていないので一人分の朝食を作りながらふとそんな事を考えていた。ことりが押しかけてきてからはずっと朝食はことりが作っていたので朝食の準備をするのは久しぶりである。こっちに来てからはことりが友人の家に泊まるのは初めてでもあるからだ。

簡単に朝食を作った僕はトーストをかじりながらテレビを見ていた。

今日は何するかな…試験問題も昨日出来たし久しぶりにどっかに出掛けるかな。

そんな風に今日の事を考えてるとスマホに着信が入った。どうやらメッセージのようだ。

 

「ふわぁー……んー、ことりからか…」

『おはようお兄ちゃん。いきなりだけど朝から三玖がいないの。ないとは思うけど三玖からお兄ちゃんに連絡があったら教えて』

 

ふーん、三玖がねぇ。

とりあえず『了解』とだけ返事をしておいた。

まあ、ちょうど暇してたし、散歩がてら捜してみますか。

残っていたトーストを食べきり牛乳で流し込んだ。そして、食器類を洗い終わったら外出用の服に着替えて外に出掛けた。

今日は天気も良く正にお出掛け日和である。そんな中を当てもなく街中をブラブラと歩き回る。歩道沿いに並ぶお店を一軒一軒ウィンドウショッピングよろしく覗き込みながら歩いた。

ま、そう簡単に見つかるわけないか。てか、三玖って普段どういうところに出掛けてるのかも分かんないしなぁ。そう考えると、まだまだ五つ子の事で知らない事も多いな。昨日のケーキの好み然り。とは言え、まだ出会って一ヶ月経つくらいだしな。それに教師と生徒。そんな関係性で言えば分からない事が多くて当たり前か。

そんな風に考えながら中野家のマンションに向かって歩を進めた。どこかですれ違えればと思ったが中々上手くいかないものだ。

 

「まあ、元々見つけられるとは思ってなかったわけだし、ここまで来たからちょっと図書館に行ってみようかな…」

 

そこで進行方向を変えて進もうかと思っていたところに前から三玖が走ってくるのが見えた。

 

「あれ。三玖、どうしたのそんなに急いで?」

「せ、先生…えっと、みんな図書館で勉強始めてるみたいだから合流しようと思って」

 

家の方角から来ていたから、結局三玖は家にいたのだろうか。そして、今は皆図書館にいると。

 

「先生は?どこかにお出掛け?」

「んー…僕も今ちょうど図書館に行こうと思ってたところだよ」

「本当?なら一緒に行こうよ」

 

そう言って三玖は僕の横に並んできた。

 

「急いでたんじゃないの?」

「少しくらいゆっくりしててもいいよ」

「そんなんで中間大丈夫な訳?」

「も、問題ない…」

「ま、本人が大丈夫って言うならこれ以上何も言わないけどね」

 

そんなこんなで三玖と二人並んで図書館を目指した。

 

「それで?図書館には全員いるの?」

「ううん。二乃と五月は相変わらず参加しないみたい」

「そっか…」

 

二乃については半ば諦めてるけど、五月もまだ無理か。仕方ないか。本人のペースがあるだろうし、僕からはこれ以上何も言うまい。

 

「あ、でもフータローは忘れ物したみたいでうちに戻ってるよ」

「忘れ物?」

「うん。さっきマンションのエントランスですれ違ったから」

 

てことは、今はことりが一花と四葉に教えてるのか。まあ忘れ物だけならすぐに帰ってくるだろう。

その後も戦国武将の話をしながら図書館に向かった。

 

「あれ?兄さん。それに三玖も」

 

図書館の中を探していたら自習スペースの一角で勉強している三人を見つけたのだが、そこに近づく僕達にことりがすぐに気付いた。

 

「や。頑張ってるみたいだね」

「先生。こんにちは!」

「おやおや~?三玖ってば、まさか朝から先生とデートでもしてたのかな~?」

「ち…ちがっ…」

「なわけないでしょ。外でたまたま会ったんだよ」

 

からかうような一花の申し出に対して説明をした。

 

「それにしても、兄さんが図書館に来るなんて珍しいね」

「まあ散歩のついでにね…」

「散歩……もしかして兄さん、三玖を捜しに出てきてくれたの?」

「え…」

 

さすがことり。鋭い指摘をしてくるね。

三玖は驚いた顔をしている。

 

「たまたまだよ。たまたま。散歩は本当にしてたし、図書館もその散歩の時に思い付いたの」

「ふ~ん…じゃあ、そういうことにしといてあげる」

 

ことりの横に座ろうとしている三玖を流し見ながら、あまり納得していない言いようでことりは口にした。

 

「それじゃ、僕は目当ての本を探してから帰るから、勉強頑張んなよ」

 

ここには用事はもうないと思ってその場を立ち去ろうとしたのだが一花に呼び止められた。

 

「え~、せっかく会えたんだし勉強教えてよぉ」

「は?この後戻ってくる上杉がいれば問題ないでしょ」

「じゃあさ、そのフータロー君が戻ってくるまでの間まで。いいでしょ?」

 

何を考えているのか分からないが一花は僕にここにいてほしいようだ。

 

「ほらほら私と四葉はことりに教えてもらってるから、今来た三玖に教えてあげて」

「まあ、三玖がそれでいいなら…」

「う…うん…私は別に…」

 

三玖に確認するも下を向いたままこちらを見ずに答えた。

 

「仕方ない。隣に座って本でも読んでるから、質問があったら聞いてね。てなわけで、本を取ってくるよ」

 

そこで一旦離れて適当な小説を取ってきた。そして三玖の横に座り読み始めたのだった。

 


 

~中野家・リビング~

 

時は少し遡り。中野家のリビングでは勉強で疲れたのか、首に三玖のヘッドフォンを付けた五月がテーブルに覆い被さるように居眠りをしていた。

そこに一人の来訪者が現れた。

 

「おい起きろ」

「!ああ…すみま………せん」

 

肩を揺さぶられて起きた五月が起きて目を開けるとそこには風太郎の姿があった。

 

「……っ」

「やっと見つけたぞ()()

「えっ…」

 

そこで五月は自身の首にあるヘッドフォンを触った。

 

(あ…)

 

「勉強サボって俺から逃げてただろ。許さねぇぞ!」

「…っ。あの…」

「ほらペン持て」

「私は…」

「教科書広げろ。罰としてスパルタ授業だ。お前には絶対赤点回避してもらうぞ」

 

自分が五月だと五月は言いたいが捲し立てるように風太郎が話すので中々言えずにいた。

 

「だから三玖じゃ…」

「そういえば五月の姿が見えねぇな。今も部屋で勉強頑張ってるんだろうな。間違ってもうたた寝してるなんてことはないだろう」

 

なおも自身の事を話そうとする五月であるが風太郎が部屋の方に目を向けながらそんな言葉を口にしたので、言葉にする事が出来なかった。

 

「……ッ」

「どうした三玖?」

 

五月はその時ある言葉が頭を過った。

 

『風太郎君にもある程度は歩み寄ってもらわないと』

『素直になんなよ』

 

ことりと一花の言葉である。

 

(きっと私のことを五月だと上杉君は分かっている。ならば、正に今ことりさんが言っていた通り上杉君から歩み寄ってくれている。後は私が素直になれば…)

 

『大丈夫。五月はやれる子だから』

 

そして和彦の言葉が頭を過った時なんとか振り絞って言葉を続けた。

 

「なんでもありま……なんでもないよ」

 

そんな言葉を発した五月は顔を赤くして俯いたまま顔をあげられなかった。

 

「じゃあ始めよう」

 

そんな五月を気に留めながら風太郎は勉強を始めるよう促した。

 

「今はどこやってたんだ?」

「せ、生物」

「そのまま続けるか。分からなかったところはあるか?」

「えっと…」

 

いつもの強気な態度ではなく優しく確認をとる風太郎。

 

「あ、そうだ。一昨日は悪かった」

 

そんな時に不意に風太郎は謝罪の言葉を口にした。それには五月も驚きの顔となった。

 

「な…なんのこと?」

「あっそうだな。ははは、三玖に何言ってんだか」

「…………私こそごめんね」

 

そして五月の口からも謝罪の言葉が出た。

 

「三玖こそ何言ってるんだ?」

「そ、そうだね」

 

お互いが三玖と風太郎が話しているという状況だからこそ出来た謝罪。そんなやり取りにお互い恥ずかしくなってきたようだ。

 

「……ここが分からないんだけど」

「なんだもうそこまで進んでたのか。それはな……」

 

五月に指摘された場所を教えていく風太郎。

 

「よく頑張ったな」

 

そんな中で出た風太郎の言葉は今の五月を笑顔にするのに十分であった。

そんな二人のやり取りを上からただじっと二乃が見ているのだった。

 

 




お泊まり勉強会はこれにて終了です。
和彦の差し入れや図書館での合流など所々でオリジナルを書かせていただきました。
次回からはいよいよ中間試験の開始です。

次回の投稿も読んでいただければ幸いです。
どうぞよろしくお願いいたします。



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21.中間試験

図書館での勉強会はお昼過ぎには解散することになったのだが、結局上杉は帰ってこなかった。四葉が心配していたのだが、一花が『大丈夫だよ』と落ち着かせていた。ことりも落ち着いた様子だったので、何かしらの理由があって帰ってこなかったのだろう。

僕とことりは図書館で一花・三玖・四葉と別れて昼食は外で食べることにした。その後はまっすぐ家に帰ったのだが、さすがのことりも連日の勉強会に疲れが溜まっていたのか、自分の部屋で寝てしまった。

お兄ちゃんが添い寝してくれたらすぐに元気になるよ、などと冗談を言っていたので心配するほどではないだろう。部屋に戻る時のことりは、『冗談じゃないのに』と頬を膨らませていたが、まあ気にしないでおこう。

その後、僕はリビングで借りていた小説の続きを読みながらゆっくりしていた。

 

「うーーん、よく寝たぁ」

「おはよう」

 

そうしてリビングでゆっくりていたらことりが起きてきた。大体一時間半くらいは寝ていたようだ。

 

「じゃあ夕飯の買い物にでも行ってこようかな」

「二日間頑張ってたんだし労いを込めて、今日は僕が夕飯の買い物から料理までするから、ことりはゆっくり休んでな」

「ホント!?えへへ、ありがと。あ、でも買い物は一緒に行くから。デートだよ、デート」

 

そう言いながら僕が座っているソファーの後ろから僕の首に腕を回すように抱きついてきた。

兄妹で買い物に行くだけで、デートではないんだがぁ。ご機嫌なところに余計な言葉をかけるのは野暮というものだな。

 

「はいはい。まったく、いちいち抱きついてこないの。それでどうなの皆の調子は?」

「んーー…まあ…やるだけのことはやったかな。五月も夜遅くまで頑張ってたし。二乃は……一切教えてないから自分で勉強してることを願うばかりだね………それでも、全員が全教科赤点回避は現実的じゃないと思う」

「そうか…上杉の命運もここまでか…」

「お兄ちゃん言い方」

 

冗談交じりに言うとことりに頬をつままれてしまった。

次々と協力的な子が増えてきていたところだから残念ではある。交渉をするにしろ、後は上杉次第だろう。

その後は、ことりと買い物に行き僕の手作りの夕飯を二人で食べた。お風呂から上がった後は、ことりも部屋で自身の勉強に励んでいる。

僕はスマホを片手にリビングでテレビを観ていた。するとそこにメッセージが届いた。五月からである。

 

『こんばんは。夜分に申し訳ありません。ご迷惑でなければ今からお電話してもいいでしょうか?』

 

問題ない旨を返信した後にテレビを消して部屋に向かった。ちょうどそこで着信が入る。

 

「こんばんは。どうしたの?電話なんて珍しいね」

『こんばんは先生。あの……勉強で分からないところを教えてもらいたくて…』

「ん?それならことりにでも連絡すれば良かったのに」

『……実は、勉強のこと以外にもお話ししたいことがありまして…』

「ふ~ん。それで?」

『……一昨日の上杉君とのケンカについてです。今日、お互いに謝罪することができ、その…上杉君から勉強も教えてもらいました。ちょっと特殊な状況ではあったのですが』

「特殊?」

『実は……』

 

そこで二人が謝った経緯を聞かされた。

五月が、前の晩から三玖から借りていたベッドフォンをつけたままリビングでうたた寝をしていたところに上杉が戻ってきた。そこで、自分から逃げていたということで三玖だと思っている五月に対してスパルタ授業を行うと言ったのだ。

しかし、上杉は五月であることを見抜いていた。勉強中に上杉の方から謝ってきたのだ。

それに対して五月も素直に謝ることが出来たのだが、結局そのまま三玖として勉強を見てもらった、という訳らしい。

その話をベッドに座って聞いていた。

 

「しっかし、素直になったのかそうでないのか…」

『う~…あれが限界だったんですぅ』

 

僕の冗談に困ったように声をあげる五月。

それにしても『忘れ物』か…なるほどね。一花とことりはこれを見込んでたのか。

 

「まあ何にせよ、よく頑張ったね。偉かったよ五月」

『…っ!はい……後もう一つ。これはお聞きしたかったことなのですが』

 

どこか真剣な雰囲気になったのでしっかり聞くことにした。

 

「何?」

『父に聞きました。今回の中間試験で私たちの誰かが赤点だった場合、上杉君は家庭教師を辞めてしまう、と。これは先生も知ってらしたんですよね?』

「それもお父さんから?」

『はい。改めて、上杉君の様子がおかしくなったのは父との電話でしたので。確認をしておこうと思い、父に直接聞いたら先生にも伝えていると』

 

なるほど。まあ隠すようなことでもないか。

 

「ああ。知ってたよ。後はことりも知ってる。皆にはプレッシャーにならなければと思って伝えてなかったんだよ」

『そうだったのですね…』

「気にするな、とは難しいかもだけど、まずは自身の成績の事だけを考えるようにしな。気負っても良いことないよ」

『分かっています。それでも彼を辞めさせるわけにはいきません』

「へぇ~」

『あ…あくまで、らいはちゃんのためですから!』

 

凄い勢いで言葉を継ぎ足す五月。そこまで必死にならなくても、と思ってしまう。

 

「まあいっか。じゃあ、勉強って言葉は今までの事を電話する口実ってことだったのかな?」

『いえ、本当に分からないところがありまして。その……教えていただけますか?』

「ふっ…良いよ。僕も教科書開くからちょっと待ってな」

 

そう言って机に立て掛けてある教科書を取りながら机の前の椅子に座る。

 

「それで?何ページが分からないの?」

『えっとですね……』

 

その後は五月に電話越しで勉強を教えてあげるのだった。

五月よく頑張ったね。お疲れさん。

 


 

「た~だいま~」

 

中間試験を明日に控えた日の夜。夕飯の準備をしていたらことりが疲れはてた姿で帰ってきた。

 

「おかえり。最後の追い込みをしてきたんだって?」

「まあね。最後のあがきってやつだよ」

 

制服のままのことりがソファーに座って答えてきた。

 

「自分の試験の事もあるのにお疲れさん。ご飯はもうすぐ出来るから着替えてきな」

「はぁーい」

 

そして着替え終わったことりと夕飯を食べる。

 

「いよいよ明日だね。ここまで来たら後はあの子達を信じるだけか」

「だねえ~。まあ、風太郎君は最後の追い込みってことで今日も泊まってるんだけどね」

「え?上杉今日も泊まり込んでるの?」

「うん。明日が試験だからって、効率度外視の一夜漬けだって張り切ってたよ」

 

まじかー。上杉やるなぁ。

 

「あれ。でも二乃とか反対したんじゃない?」

「そりゃしたよ。まあでも、五月の『今日くらいいいんじゃないですか』って言葉で決まったようなもんかな」

「そっか。五月が…」

 

ことりの言葉で自然と笑みがこぼれてしまった。

 

「ふーん…」

「ん?何?」

「べっつにー。ただ、五月のことを聞いたお兄ちゃん優しい顔をしてるなぁ、て思っただけ」

「別に他意はないよ。五月の心情も変わって良かったって思っただけ」

「それは分かるんだけどさ…」

 

何か納得がいかないといった様子のことりではあったが、これ以上追及してくることなくその後は話題を変えて夕飯の時間を過ごすのだった。

 


 

中間試験当日。最初の試験監督の教室である二年一組に問題用紙を持って向かっていた。

朝のホームルームには三玖の姿がなかった。何かあったのだろうか。

そんな風に考えていると前から五つ子が走ってくる姿が見えた。

 

「なんだ。五人仲良く遅刻かい?試験当日に余裕だなぁ」

「うっさいわね。試験自体には間に合ったんだから問題ないでしょ!」

「ごめん先生…」

「すみませーん、急いで準備しますので!」

「じゃあね五月ちゃん。先生もまた」

 

ここが一組の前だからか、五月以外の子がすれ違い様に一言ずつ声をかけてきてそれぞれの教室に向かった。

 

「すみません先生。みんなで寝坊をしてしまいまして…」

「いや。二乃が言った通り試験には間に合ってるんだ、問題ないさ。あれ、上杉は?上杉は泊まって勉強したって聞いてたけど」

「……上杉君は生徒指導の先生に捕まってしまいまして。多分遅れて来ると思われます」

「何やってんだか…まあ、上杉だったら問題ないでしょ。さあ、そろそろ始めるから席ついて準備しな」

「はい!」

 

先に五月が教室に入るように促して僕も教室に入る。そして…

 

「よし!時間だ。筆箱以外は机中に入れて。問題用紙を配るよ………………では、始めてください」

 

中間試験がスタートした。

 


 

「あー…試験が終わるとこれがあるからしんどいんですよねぇ」

「ですね」

 

中間試験が終わったその日の放課後。僕は職員室でいくつもの答案用紙とにらめっこしていた。いわゆる採点というやつだ。

 

「私は他の社会の担当の方と手分けできるのですが、吉浦先生はそうもいかないですもんね」

「不平等ですよぉ…」

 

嘆きながらも採点を始める。五クラス分もあるのださっさと始めないと時間が勿体ない。かといって、ことりが家にいる手前持って帰るわけにもいかないのだ。

さてさて一組からと…………上杉か。相変わらず有難い答案用紙だね、丸しかないよ。はい満点と。

テンポ良く採点をしていく。すると…

お、五月の答案か。意外に解けてるなぁ。て、後半ほぼ空欄じゃん。あの子は解けないと次の問題に進めないタイプか?勿体ない。

採点をしながら中野姉妹の点数を確認していく。とりあえず数学で赤点回避できてれば、他の教科次第でもあるので期待が残るというものである。

 

「………はぁぁ、まあこんなもんだよな…」

 

五人の点数は別にメモを取っていたのでそれを見ながら言葉をこぼす。

 

「?どうかされたのですか?」

 

自分の採点が終わっているにもかかわらず、『他にも仕事がありますので』と隣で残ってくれていた立川先生が僕のこぼした言葉に反応した。

 

「いえ、せっかく補習までしてるのに赤点取る人がいるとは、と思っただけです」

「それは…仕方のないことかと」

「ですね。まあ、逆に満点を取る生徒もいるわけですし、よく出来ていますね」

 

ちなみに満点は上杉とことりである。武田という生徒は惜しかったかな。

さてさて、これからの家庭教師はどうなることやら。

 


 

そして答案用紙が返却された日。なぜか数学準備室に五つ子と上杉、ことりが集まっていた。

 

「よお。集まってもらって悪いな」

「それはいいんだけど、なんでここな訳?」

「いいじゃん先生。ここだったら、多少うるさくても問題ないし」

「あのね一花君?僕も仕事してるんだよ」

「はいはい。それで?どうしたの改まっちゃって」

 

僕の言葉はどうやらスルーのようだ。まったく…教師に対する態度じゃないよね。

 

「そうだ。先生、数学の間違ってたところ教えてほしいな」

「えー、三玖ってば私や風太郎君じゃなくて兄さんに聞くなんて、そんなに私たち信用ないの?」

「そんなんじゃないけど…問題作った本人に聞いた方がいいかなって」

「それくらいなら放課後に来てもらえれば全然いいけど…」

 

三玖をからかうことりを横目に上杉を見ていると、どうやら今から点数の確認をするようで緊張した面持ちでいるようだ。

 

「ふぅー…よし!お前らまずは答案用紙を見せてくれ」

「はーい、私は…」

「見せたくありません」

 

上杉の言葉に一花が手をあげ答案用紙を見せようかというまさにその時、五月が見せるのを拒否した。

その態度で分かってしまう。駄目だったのだと。

ことりの方に目を向けると、こちらに気づいたのか首を軽く振っていた。

そうか、三玖も駄目だったか。

 

「テストの点数なんて他人に教えるものではありません。個人情報です。断固拒否します」

「ありがとな五月。だが、俺も覚悟はしている。教えてくれ」

 

五月の言葉で上杉もあらかた理解したらしく覚悟を決めたように五月に伝えた。

そして、その上杉の一言で各々の点数が発表された。

 

「じゃーん。他の四科目はダメでしたが、国語は山勘が当たって赤点回避です。こんな点数初めてですよ!」

四葉:国語 30点、数学 19点、社会 22点、理科 18点、英語 16点

   合計 105点

 

「社会は68点と数学が39点。でも他の教科がギリギリ赤点だった。悔しい」

三玖:国語 25点、数学 39点、社会 68点、理科 27点、英語 13点

   合計 172点

 

「私は数学だけが赤点回避。今の私だったらこんなもんかな」

一花:国語 19点、数学 49点、社会 15点、理科 26点、英語 28点

   合計 137点

 

「...国数社理が赤点よ。言っとくけど手は抜いてないからね」

二乃:国語 15点、数学 29点、社会 14点、理科 28点、英語 43点

   合計 129点

 

「赤点回避ができたのは2科目…数学と理科です…」

五月:国語 27点、数学 42点、社会 20点、理科 56点、英語 23点

   合計 168点

 

これはこれは…数学の結果は知ってたけど、とんでもない結果だこと。

 

「...そうか。短期間とはいえあれだけ勉強したのにほとんど30点を超えてくれないとは。本当にお前らの馬鹿さ加減に落ち込むぞ...」

「本当だよ。補習したのに数学で赤点回避できてない子がいるなんてさ…」

「あはは…」

 

僕もそうだが、上杉も結果を聞いてがっくりとうなだれている。ことりも乾いた笑いしか出ないようだ。

 

「うるさいわね」

「でも、5人で100点の時に比べたら全然成長してる」

「そうだな。お前らは確実に成長している」

 

そう言った上杉は全員に正面から向かい合った。

 

「...三玖。今回の社会の難易度は高かった。それで68点は大したもんだ。偏りはあるけど、今後姉妹に教えれるところは自信を持って教えてやってくれ」

「え?」

「一花。お前は一つの問題に拘らなすぎだ。最後まで諦めんなよ」

「は~い」

「四葉。ケアレスミスが多いぞ、もったいない。焦らず慎重にな」

「了解です!」

「二乃。結局最後まで俺の言うことは聞かなかったな。きっと俺は他のバイトで来れなくなるだろう。だからといって油断はするなよ」

「ふん!」

「フータロー?他のバイトってどういうこと?来られないって、何でそういうこと言うの?」

「そ、そうだよ。これが最後みたいな。ねぇことり?」

「……」

「ことり?」

 

ことりに同意を求める一花であったが、そのことりは下を向いたまま何も喋らなかった。

 

「一花、三玖。今は聞きましょう」

 

五月が冷静な声で上杉の続きを促した。

 

「五月。お前は本当に馬鹿不器用だな!」

「なぁ!?」

「一問解くのにどんだけ時間を使ってるんだよ。最後まで解けてないじゃないか!」

「反省点ではあります」

「自分で気づいてるならいい、次からは気をつけるんだぞ」

 

そんな風太郎の言葉を待っていたのか、五月のスマホに着信が入った。

 

「父からです」

 

五月はそう言ってスマホを上杉に差し出した。

仕事が早いことで…

 

「上杉です…………嘘はつきませんよ。ただ、次からこいつらにはもっと良い家庭教師をつけてやってください…………試験の結果は...」

 

パシッ…

 

「え?」

 

まさに上杉が試験の結果を伝えようとしたその時だ。二乃が風太郎からスマホを奪いそのまま話し始めてしまった。

 

「パパ?二乃だけど、一つ聞いてもいいかな。何でこんな条件を出したの?…………私達のためってことね。ありがとねパパ...でも私達に相応しいかなんて数字だけじゃ分からないわ…………あっそ、じゃあ教えてあげる。私達5人で5科目全ての赤点を回避したわ」

「「「!?」」」

 

二乃の発言に僕と上杉、ことりの三人が驚きの顔で二乃に注目した。

 

「嘘じゃないわ」

 

そして話が終わったのか、二乃はスマホを切ってしまった。

 

「お、おい二乃。今のはいったい...」

「私が英語。一花が数学。三玖が社会。四葉が国語。五月が理科。ほら5人で5科目クリアしてるじゃない。まぁ、三玖と五月はそれぞれ2科目クリアしてるけどね」

「あはは、そんなのありなんだぁ」

 

二乃の言葉にことりは笑ってしまった。

 

「パパには嘘をついたことになるし。多分もう二度と通用しない。次は実現させることね」

「...あぁやってやるさ!」

「うん!次こそはだね!」

 

二乃の挑発するような言葉に上杉は意気込んだ。ことりもやる気満々のようだ。

 

「ちょっとー、今のなんの話~~?」

「私いつの間にか五科目合格してたんですか!?」

 

一花と四葉が上杉に事の顛末を確認しようとしているなか、ことりが僕に近づいてきた。

 

「とりあえず一安心かな?兄さん」

「そうだね。この関係性もしばらく続きそうだ」

 

五つ子と上杉が話している光景を眺めながらそんな話をしていた。

 

「それじゃあこのまま試験の復習をしましょう!」

 

そこに四葉が元気よくそんな提案をする。

 

「え?普通に嫌なんだけど」

「ほら逃げないの」

 

もちろん二乃は否定的であるが、そんな二乃を一花は捕まえた。

 

「そうだな、本来であれば返却された直後の方が復習としては効率がいい。だが、今回はいいだろう。たしかご褒美がどうのって言っていたな、パフェとか...」

「「「「「「ぷっ……あははは」」」」」」

 

上杉のパフェ宣言で五つ子とことりが笑っている。

確かに上杉の口から出るとは思えない言葉ではある。

 

「なぜ笑う…!!」

「フータロー君がパフェって」

「超絶似合わないわ」

「では、私は特盛で」

「え、そんなのもあるのか?」

 

五月の言葉に上杉は驚きの顔でいる。

 

「ふぅー…仕事もキリが良いし、今日は僕が奢ってあげるよ」

「うわー!先生さっすがー!」

 

僕の言葉に一花が真っ先に反応する。

 

「こういうのはほとんどしないんだから他の生徒には秘密だよ?」

「はーい。ねえ、駅前でいいよね?」

 

返事をした二乃はさっそくどこの店が良いか皆に聞いているようだ。

そんな光景を見ながら僕も帰る準備を進める。

 

「そういえば、上杉さんとことりさんはどうだったんですか?」

「あ、馬鹿!見るな!」

「全部100点」

「あぁ、めっちゃ恥ずかしい!」

「その流れ気に入っているのですか?」

「ちなみにことりは?」

「ん?数学は満点だったよ。他の四教科は90点台だったかな」

 

三玖の質問にことりが答えた。

 

「うっわぁ。上杉も大概だけど、ことりも無茶苦茶ね」

「そんなことないよ。風太郎君を含めて学年順位では上には上がいるんだから」

 

そんな事言っているが、実際には学年順位三位だから上杉以外には一人しかいないでしょ。しかも僅差。

発表された学年順位をそこで思い出していた。

今回の五つ子の成績はさんざんではあったが、いつかきっと花開く時が来るだろう。前を歩く七人を見ながらそう思うのだった。

 

 




中間試験終了です!
今回はキリが良いとこまで書いたので、いつもより少しだけ長めになってます。
中間試験の点数ですが、数学は補習があったので全員原作より10点高くしてます。五月は皆よりも多く和彦に質問してたので、他の姉妹よりはプラスにしてます。それでも、一花が数学で一位だったり、合計点は三玖が一位だったりとちょうど良かったのではないかと思っております。

では次回の投稿も読んでいただければ幸いです。
どうぞよろしくお願いいたします。



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第四章 林間学校
22.コロッケ


~中野家~

 

「こんにちはー。ごめんね~遅くなって…て、風太郎君はそんなところで寝ころんでどうしたの?」

 

ことりが家庭教師のために中野家に来たのだが、リビングでは風太郎が寝込んでおり、その傍らに四葉が座り込んでいる状況が広がっていた。

 

「あ…ことり、いらっしゃい」

「いらっしゃいませ、ことりさん」

「くっ…せっかくの家庭教師の日だってのに…」

 

笑顔で四葉が出迎えているところに鞄を持った三玖が階段を下りてきた。

 

「実は三玖が作ったコロッケを食べ過ぎたみたいでして…」

 

四葉はそう言いながらテーブルに視線を向けた。

 

「コロッケ?」

 

四葉の向けた視線を追ってテーブルを確認したことりではあるが、そこには黒い物体があった。

 

「えっと…コロッ…ケ…?」

「そうコロッケ。ことりも食べる?」

 

テーブルの上の物体がことりにはコロッケに見えなかった。しかし三玖は自信満々である。

 

「いやー…私はいいかな。というか、風太郎君の体調の悪さって食べ過ぎ以外にもあるような気がする…」

「?」

 

ことりの言葉に三玖は首を傾げている。

 

「まあいっか。鞄を持ってるってことは三玖が風太郎君の薬を買いに行くんだよね?私も付き合うよ」

「わかった。四葉、フータローのことよろしくね…」

「りょーかーい!いってらっしゃい二人とも」

 

元気よく返事をする四葉に見送られながら三玖とことりは出掛けるのだった。

 

・・・・・

 

「それにしても、なんで風太郎君が倒れるまでコロッケを作り続けたの?」

 

薬を買いに行く道すがら、ことりは疑問に思っていたことを三玖に聞いていた。

 

「フータローと四葉に試食してもらったんだけど、二人の意見が違ってて。それで、二人が美味しいって言ってもらえるまで作ってたの」

「えっと…それってどっちかは美味しいって言ったんだよね…?」

「うん。フータローはずっと美味しいって言ってたよ。だけど四葉が中々美味しいって言ってくれなくて…」

 

(うーん…風太郎君って味音痴だったのかなぁ…)

 

四葉が美味しいと言ってくれなかったことに悔しかったのか俯いてしまった三玖。そんな三玖を見ながら風太郎が味音痴だったのかと、ことりは空を見上げながら思っていた。

 

「三玖ってもしかして普段料理してないでしょ?」

「そうだけど…なんでわかったの?」

「まあね…」

 

(あの黒いコロッケを見せられたらなぁ…)

 

「それがなんで急に料理をしようと思ったの?」

「それは……」

 

そこで三玖は中間試験の結果が返却された日のことを思い出していた。

 


 

中間試験の結果が返却され、二乃の機転で無事に上杉の家庭教師の続行が決まった放課後。僕は、五つ子とことり、上杉と一緒に駅前の喫茶店にパフェを食べに来ていた。

僕の奢りということもあり、皆思い思いのパフェを頼んでいた。というか、本当に五月は特盛頼んでるよ。

最初は上杉は遠慮していたが、小さいのでもいいからと伝えると最後は折れて頼んでいた。

 

「う~ん、美味しいぃ。先生ありがとう」

「こういうご褒美があるなら次は少しだけ頑張ろうかしら」

「二乃。今回は特別なんだからね。次があるとしたら全教科赤点回避した時だよ」

「ちぇ~…」

 

一花のお礼の言葉に便乗して何やら言っている二乃に注意をしておいた。

 

「先生は食べないの?」

 

三玖が僕の前にはミルクティーしかないことに疑問をぶつけてきた。

 

「ああ。そこまでパフェは好きじゃないからね」

「甘いものが苦手なんですか?」

「うーん…そうでもないよ。ほらこの間ケーキの差し入れしたじゃない?あの時は店で食べて来てたし。まあでも、和菓子系の方が割りと好きかな。どら焼とかみたらし団子とか」

「そうなのですね」

 

四葉の疑問に答えてあげると、ずっと食べ続けていた五月がスプーンを止めて相槌を打った。

 

「兄さんはコーヒーや紅茶よりも緑茶やほうじ茶などを好むほどの和風ですからね」

「へぇ~、どこか三玖と似てるね。ね?」

「う…うん…」

 

一花が三玖に話を振るが、興味なさそうに三玖は抹茶パフェを食べながら頷いている。

 

「そうだ。好みと言えば、先生って女性のタイプとかあるの?」

「は?いきなりだね」

「そんなことないよ。前から気にはなってたし。それに、ちょっと前にフータロー君とことりがうちに泊まってやった勉強会の時に、フータロー君の好きなタイプは聞けたしね。だから次は先生ってことで」

 

何が『ってことで』なのかは分からないが、一花を始め他の姉妹は興味を持っているようだ。

 

「たしかに!先生の好きなタイプには興味あります」

「四葉まで…」

「女の子なんだもの。恋ばなには興味出てくるわ。私としては、先生の好きなタイプもなんだけど、先生と立川先生の関係に俄然興味湧くわね」

 

またそれですか。この間三玖と五月に軽くだけど説明したばかりなんだけどなぁ。

 

「はぁぁ…立川先生とは同僚であってそれ以上のことはないよ。そもそもお互いの連絡先だって知らないのに」

「え!?連絡先知らないの!?」

 

二乃が驚いた顔で聞いてきた。

 

「そこまで驚くこと?特に交換する理由もなかったからね」

「なぁーんだ、面白くない」

 

興味が失せたのか、二乃は自分のパフェの続きを食べ始めた。本当にハッキリしている子である。

 

「ま、立川先生との仲はそのくらいで。で?先生の好きなタイプはどうなの?」

 

こっちのお嬢さんはまだ諦めていないようだ。一花が同じ質問をしてきた。

 

「はぁぁ…僕なんかの好きなタイプ聞いても何も利が無いでしょうに…」

「気になるものは気になるんだから仕方ないよ」

「まあまあ。好きなタイプくらい話してもいいんじゃない兄さん?」

 

諦めて、と顔に書いてあることりからそう言われたので考えてみることにした。

うーん、好きなタイプねぇ~…

 

「そういえば、上杉はなんて答えたの?」

「俺ですか?俺は…」

「ダメダメ。フータロー君のは回答として参考にならないから」

 

上杉が話そうとしたのを被せるように一花が話した。

 

「本当ですよ。あの時は私たち一生懸命頑張ったのに!」

「なあことり?上杉はいったいなんて答えたんだ?」

「えっと……いつも元気で料理上手でお兄ちゃん想いの子なんだって」

「え、それって…」

 

ことりの言葉を聞いてある人物が頭を過ったが、ことりを見るとブンブンと首を振られた。

 

「そう…らいはちゃん。つまりフータローは最初から言う気がなかった…」

「あ、ああ…らいはさんね。なるほど…」

「?先生は違う人と思ったの?」

「い、いや。お兄ちゃん想いだと妹じゃないと駄目なのかぁって思っただけだよ」

 

三玖の疑問にとぼけたように答えた。

らいはさん以外にも心当たりがあるんだよなぁ。てか、むしろそっちしか頭を過んなかったわ。

 

「それで?先生はどうなの?」

「本当に聞きたいんだね一花は。う~ん、まあありきたりだけど優しい人かな…」

「へぇ~、いいんじゃないかな」

優しい…

 

一花の言葉に被って三玖が何か言ったような気がしたがよく聞き取れなかった。

 

「他にはありますか?」

「他!?そうだなぁ…」

 

今まで黙っていた五月が急に静かに手を挙げて聞いてきた。興味ないと思ってたのに。てか、パフェ食べ終わってるし。

 

「上杉と被るけど、やっぱり料理が出来る人かな」

「料理かぁ…」

「ん?どうかした?」

「ううん。そっかぁ…先生も料理できる人がいいんだね」

「まあ、好きな人の料理を食べてみたいっていうのもあるし、僕も料理するから一緒に料理したいっていうのもあるかな」

「ふむ。ちなみにもう一つありますか?上杉さんも三つ言ってくれましたので」

 

まさか四葉まで聞いてくるとはなぁ。

 

「うーん…これはタイプとかじゃないんだけど、やっぱり一緒にいて楽しい人、かな」

「ふふっ、面白いこと言うね」

「一緒にいて楽しい人、ですか…」

 

笑みを浮かべている一花とは対照的に、五月は何やら考え込んでいる。

 

「まあ僕の好きなタイプなんて聞いて楽しめたならなによりだよ」

「そうねぇ~…立川先生と本当は付き合ってたとかだったらもっと面白かったわ」

「まだ言うかい」

 

そんな感じで喫茶店で過ごしたのだった。

 


 

「ちょっと挑戦してみようと思っただけ」

 

喫茶店での出来事を思い出した三玖は口角を上げながら答えた。

そんな三玖を見てことりは一つの結論を導きだした。

 

(やっぱり三玖はお兄ちゃんのことを……本人がどこまで自覚してるかは分からないけどきっとそう…)

 

今までの三玖の態度を見てきたことりがこの結論を出したのは仕方のないことかもしれない。

 

「……何か手伝えることがあったら言ってね。私も料理はある程度はできるから」

「ありがとう、ことり…」

 

三玖の微笑みを見るだけでことりの心はぐるぐると渦巻いていた。

 

「そ、そうだ。さっきのコロッケなんだけど兄さんに見てもらおうよ。兄さんも料理するし何かアドバイスとかくれるかも。実は写真撮ってたんだ」

「え…?」

「じゃあ、私と三玖と兄さんでグループにして、と。お、割りとすぐに承認が来たね。じゃあ送ってみるね」

 

『三玖が料理に挑戦したんだって。さて、これは何でしょう』

 

メッセージと一緒に三玖特製のコロッケの写真をことりは送った。

その後、無事に薬を買えたので中野家に急いで向かった二人。そんな二人に和彦からのメッセージが届いていたのだが、気付いたのは風太郎に薬を届けた後であった。

和彦からは、『おはぎ?』と一言メッセージが送られていたのだ。

 

「むー…フータローと一緒のこと言ってる」

「まあ、あの見た目だったらねぇ。実際に作ってるところを見てみないと何とも言えないけど、油が少なかったり、適切な温度で揚げてなかったり色々理由があるかな…」

 

三玖に説明をしながらことりは和彦に『コロッケだよ』とメッセージを送る。すると…

 

「あ、メッセージ返ってきた。『ごめん』だってさ。後は、さっき私が言ったアドバイスが書いてるね」

「うん…」

「よし!じゃあ、私が作り方教えるから兄さんを驚かそう!ね?」

「いいの?」

「もちろんだよ」

 

そしてことりに教えてもらいながら作った三玖のコロッケは綺麗に揚げられ、四葉からも美味しいと評価されたのだ。

 

「お、兄さんから返事が来たね」

「……っ!『美味しそうだ。よく頑張りました』だって…!ことりありがとう」

「うん。よかったね」

 

無邪気にはしゃぐ三玖。そんな三玖を複雑な心境でことりは見ているのだった。

 


 

時は少し遡り…

 

「ん?メッセージ?」

 

街中を歩いているとスマホに着信が入った。

なぜことりからグループ招待が来るんだ?まあいいけど。

いささか疑問があったがすぐに承認をした。

グループ名は……二年四組って。てことは…やっぱり三玖もいるのか。何がしたいんだ?

そんな風に思っているとメッセージと写真が送られてきた。

 

『三玖が料理に挑戦したんだって。さて、これは何でしょう』

 

へぇ~三玖が料理を。この書き方だと今まで料理はやってこなかったってことだよな。それで、この写真が三玖の作った料理ってことね…………なんだこの黒い物体は。

送られてきた写真には黒い何かが皿の上に置かれているところが写っていた。

う…う~ん?なんだろう…三玖は抹茶好きから和菓子のイメージがあるからおはぎだろうか。しかし、いきなりおはぎを作るだろうか。まあいいか。どちらにしろ分かんないから思った通りの意見を伝えよう。

そして僕は『おはぎ?』とメッセージを送った。その後はまた街中の散策に興じた。特にあてがある訳ではない。そんな風に歩いていると見知った二人組を見つけた。

 

「二乃に五月じゃないか」

「げ!?」

「せ、先生…」

「げ!?とは挨拶だなぁ。何かしたの?」

 

二乃の態度もそうなのだが、五月もどこか申し訳なさそうな雰囲気である。

 

「べ、別に何もしちゃいないわよ」

「ならそこまで嫌がることないだろ。結構傷つくよ……て、あれ?そういえばなんでここに二人がいるんだろ?たしか今日って家庭教師の日だよね?ことりもそれで出掛けた訳だし」

「あーー…」

「うーー…」

「はぁぁ…サボりか」

 

僕の言葉に二人がコクンと頷いた。

どんだけ勉強したくないんだよ。

 

「きょ…今日は仕方がないのです。限定のランチが今日まででしたので」

「ランチねぇ…」

「そうだ!よかったら先生も一緒にどうですか?」

「ちょっと五月!?」

 

突然の五月の申し出に二乃も驚いている。かくいう僕も驚いているのだが。

 

「せっかくのお誘いだけど僕はもうお昼食べたしね」

「そ、そうですよね…」

 

どこからどう見てもショボンとしている五月。どうしたもんかと二乃を見ると仕方ないといった感じで切り出してきた。

 

「今から行くお店はデザートも美味しいのよ。五月がここまで言ってるんだからどう?」

「……分かったよ。そのデザートとお茶だけね」

「~~っ!はい!」

 

その後、三人で二乃と五月が向かう予定だったお店に向かった。そこは普通のレストランより格式が高いようなお店であった。

 

「しかし高級な店だなぁ。いつもこんな店に来てるの?」

「いつもって訳じゃないわ。今回はたまたまここの期間限定のランチを食べてみたかったのよ。ほら、ランチだから他より安いでしょ?」

「おー、本当だ。リーズナブルだね」

「お値段は安くしているのですが、使う食材などはしっかりとしていて味も美味しいと話題に上がっていたんです」

「へぇ~。デザートも豊富だなぁ…じゃあ僕はイチゴのレアチーズに紅茶にするか」

 

三人それぞれ注文したところにスマホに着信が入った。どうやら例のグループメッセージのようだ。中身には一言『コロッケだよ』と書かれていた。

あれコロッケだったんだ。とりあえず謝って、作り方の問題点の例をいくつか書いとくか。

 

「やけに念入りに文字を打ち込んでるわね」

「うん。ことりからなんだけど、三玖が料理したらしくてね。その写真を送ってくれたんだよ」

「料理って…まさかあの黒い物体じゃないでしょうね?」

「そう。まさかコロッケだとは思わなかったなぁ…」

 

そこでメッセージを送り終わったのでスマホをしまった。

 

「それにしても三玖が料理だなんて珍しいですね」

「あー…やっぱり普段はしないんだ」

「まったく。ただでさえ不器用なんだから」

 

そんな話をしていたらどうやら料理が出来たようでテーブルに運ばれてきた。

 

「う~ん、美味しいです~」

「ホントね。話題に上がるだけはあるわ」

 

二人とも美味しそうに食べているが、きちんと味を吟味しているようである。

 

「そういえば普段三玖が料理してないなら、中野家の料理は誰が作ってるの?」

「うちでは二乃が作ってくれています。他の姉妹はからっきしですので」

「へぇ~」

「一花は時間にルーズだし、三玖は不器用。四葉は感覚で作っちゃうし、五月は作る量を自分ベースで作っちゃうしで私が自然と料理担当になったわけ」

「先生の家ではことりさんが作ってますよね」

「まあ基本はね。前に話したけど僕も料理するし、休みの日とか試験期間中でことりが勉強に集中したい時とかは僕が作ってるよ」

 

紅茶を飲みながら吉浦家の料理事情を伝えた。

そんな感じで話をしながら、二人の料理も食べ終わろうとした時またメッセージが来た。

どうやらことりの指導のもと三玖がまたコロッケを作ったようだ。

『どうかな?』というメッセージと共に写真が送られてきた。その写真には黄金色に揚げられたコロッケが写し出されていた。若干焦げてはいるが気にならない程度である。

うん、ことりが付いてるとはいえ良くできたんじゃないかな。

 

『美味しそうだ。よく頑張りました』

 

そんなメッセージを送ると『ありがとう』と返事がすぐに返ってきた。

 

「何よ。スマホ見ながらニヤニヤしちゃって」

「そんな顔してた?いや、三玖がことりの指導のもとまたコロッケ作ったらしいんだけど出来が良かったからさ……ほら」

 

そこで二乃と五月にスマホの画面を見せてあげた。

 

「美味しそうです」

「ふーん…まあ、あの子にしては頑張ったんじゃない」

 

どうやら二人も今回のコロッケの出来は認めているようだ。

その後も、食後のお茶を飲みながら休日の午後を三人で過ごすのだった。

 

 

 




今回は色々な時間軸で書かせていただいたので少し読みにくかったかもしれません。すみません。
三玖が料理を作るようになったきっかけとして、風太郎だけでなく和彦の好きなタイプも書きましたが、料理以外がちょっとだったかもしれません。

さあ、いよいよ次回からは林間学校に向けてのお話になる予定です。また読んでいただければ幸いです。
どうぞよろしくお願いいたします。



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23.キャンプファイヤーの伝説

三玖のコロッケ事件(?)の夜。今日は僕が作った夕飯をことりと二人で食べているのだが、どうもことりの様子がおかしく思える。

どこが、と言われると答えずらいのだが、まあ長年一緒にいるうえでの感覚から来るものである。

 

「……ことり。今日何かあった?」

「え?どうしたの急に」

「いや、なんとなく何かあったんじゃないかなって感じたから」

「ふーん…そっか…えへへ、大丈夫だよ。(なん)にもない。心配してくれてありがとう」

 

心配して声をかけたのだが、なぜかご機嫌になったことり。不思議である。

 

「あー、でも今日の家庭教師は三玖と四葉の二人だけだったのは残念だったなぁ」

「それはそれは…一花は仕事?」

「そうみたい。朝から出掛けたんだって。二乃と五月もいつの間にかいなくなってたし」

「あはは…まあ二乃と五月の勉強会参加はまだまだかな」

 

それにしても一花の仕事が増えてきている事を喜ぶべきか、それによって勉強会に参加できる数が減るのを悲しむべきか悩みどころである。

 

「そういえば、もうすぐだよね林間学校」

「ああ。こっちはようやく中間試験が終わったと思ったら今度は林間学校。会議やらで大変だよ。ことりも準備は早めにするんだよ」

「分かってるよぉ。そうだ!お兄ちゃんは知ってる?キャンプファイヤーの伝説」

「キャンプファイヤーの伝説?」

 

はて?そんな話聞いたことないが。

 

「あれ、知らないんだ。生徒たちの間では結構有名な話なんだよ。林間学校の三日目の夜に行われるキャンプファイヤーでのダンスの話なんだけど、フィナーレの瞬間に踊っていた二人は生涯を添い遂げる縁で結ばれるんだって。ロマンチックだよねぇ~」

「生涯を添い遂げる縁ねぇ…」

 

どこにでもありそうな話だなぁ。

 

「あー、お兄ちゃん信じてないでしょっ」

「まあこの年にもなってくるとねぇ。ただ、そういった話だったら教師の方に回ってこないのかもね。回ってきたとしても共有することでもないし」

「ふーん…じゃあさ、まだお兄ちゃんは誰とも踊る約束してないんだよね?」

「まあそうだけど。むしろ教師が踊ることあるのかって話だよね」

「えー、きっと先生だって踊っていいよ。てことで、私と踊ろ」

「何が、てことでだよ。踊りません」

 

僕の答えにことりは不満そうに頬を膨らませている。

 

「まったく…そういえば、その伝説に関係して告白が増えてたりしてる?」

「あー…まあね…」

 

僕の言葉にことりはげんなりとした顔をしている。

こういったイベントがあると、普段でも告白されることりは、更に告白される機会が増えるのだ。

ことりにどんな考えがあるのかはとりあえず置いておいて、ダンスのお誘いを無くすために僕をカモフラージュに使いたいってことだろう。うん、きっとそうだ。

 

「とは言え、さすがに兄妹でダンスはないでしょ」

「そうかなぁ…学校行事ってことでノリでいけると思うんだけどなぁ」

 

ノリかよ。

 

「だったら上杉と踊るとかは?友達だって言えばそんなに大きな話にならないでしょ」

「風太郎君かぁ…」

 

何か思うところがあるのか、ことりは夕飯のミートソースのスパゲッティ麺をフォークでくるくる巻いている。

 

「上杉じゃ不満?」

「そんなことないよ。風太郎君はいい友達だよ……でもなぁ……うーん…まあいざって時は風太郎君にお願いしてみるよ。て言うか、お兄ちゃんがうんって頷いてくれるだけで解決してるのにぃ」

 

先ほどまでの考える素振りは何処かへいったようで、ことりは不貞腐れたようにミートソースを食べている。

それにしてもキャンプファイヤーの伝説ねぇ。自分には関係ないことだろうけど、頭の片隅にでも入れておこう。

そんな風に考えながら、僕も残りのミートソースを食べるのだった。

 


 

「はぁぁ……」

 

明日を林間学校に控えた今日。最後の林間学校についての職員会議が終わって、職員室の自分の席に戻ると隣の立川先生が大きなため息をついていた。

 

「どうしたんですか?珍しいですね、そんな大きなため息をつくなんて」

「す、すみません」

「全然構いませんよ。気になっただけですので。何かありました?」

「……実は林間学校でのキャンプファイヤーのダンスを何人かの生徒から誘われてまして…」

 

相談相手が欲しかったのか、意外にもすぐに話し出してくれた。

 

「林間学校の?」

「はい…」

「立川先生は人気がありますからね。踊りたいって思う男子生徒も出てきますよ」

「そんなものなんですかね…」

「そりゃあ、先生は美人ですからね。それに人当たりも良くて人気が出るのも頷けますよ」

「そ…そんな!からかわないでくださいよ……というか美人と思ってくれてるなら、もう少しアプローチしてきてもいいんじゃない…?

 

僕の言葉に立川先生は慌て出した。何やら言葉を口にしているようだが聞こえない。怒らせてしまっただろうか。本心なのだが、あまり伝わりにくいものだな。

 

「しかしキャンプファイヤーですか…そういえばことりから生徒間で回ってる伝説があるって聞きましたね」

「伝説ですか?」

 

お互いにプリントの整理などをするために手を動かしながら話を続けた。

 

「ええ。なんでも、ダンスのフィナーレの瞬間に踊っていた二人は生涯を添い遂げる縁で結ばれるとのことです」

「生涯を…」

「凄いですよね。最初に作った人はロマンチストだったんでしょうね。一生に一度のイベントだからこそ出来たのかもしれません」

「……」

 

ことりから聞いていたキャンプファイヤーの伝説の話をしたのだが、なぜか立川先生は手を止め何やら考え込んでいる。

 

「立川先生?」

「あ…ああ。すみません。そんな話があるならなおさら断っていかないとと思いまして」

「ですよねぇ。まあ、最後の瞬間に踊っていなければ意味はないっていう風にも聞こえますけどね」

「また夢のないことを……ち、ちなみに先生は誰かに誘われましたか?」

「僕ですか?僕は妹のことりから。なんでも、告白の頻度が多すぎるからカモフラージュになって欲しいみたいでして。ただ、さすがに兄妹で踊るのは気が引けてしまって断りましたけどね」

「そ…そうですか…他はないんですか?た、例えば中野さんとか…」

「中野姉妹ですか?ないですよ。むしろキャンプファイヤーの事も知らないんじゃないですか」

「そうですか……ほっ

 

まあ二乃辺りは友人が多そうだし知ってそうだけど。だとしても二乃から誘われることは無いだろう。

その後は林間学校の事務的な話をするのだった。

 


 

~二年四組教室~

 

時は少し遡り。帰りのホームルームが終わり(みな)がそれぞれ放課後どうするか話していた。

 

「あ、ことり。それに中野も。ちょっと」

 

そこで和彦はことりと三玖を教壇まで呼び出した。

 

「どうしたんですか、先生?」

 

生徒がまだ何人かいるので畏まった態度でことりは応じた。

 

「今日は職員会議があって数学準備室にはいないから。それを伝えとこうと思ってね」

「分かった…」

「今日は元々図書室での勉強会のつもりだったからちょうど良かったかも」

「そっか。まあ入れ違いにならなければと思っての伝言だから。じゃあ二人とも勉強頑張って。明日は少し早いし、早めに切り上げるように上杉にも伝えといてくれ」

「「はい」」

 

そこまで伝えた和彦はそのまま教室を出ていった。

 

「職員会議か…」

「まあ、林間学校も明日に控えてる訳だし。最後の調整とかあるんだろうね。帰りが遅くなるみたいなことは言ってなかったし、夕飯は普通に作るか。じゃあ図書室行こっか」

「うん…」

 

ことりと三玖の二人も席で自分の荷物を持つと教室を後にした。

 

「今日の夕飯は何作るの?」

「え?あー、どうしよっかなぁ…オムライスとかいいかも」

「オムライス…今度作り方教えてほしい…」

「ふふっ…いいよ。また三玖の家で教える?うちでもいいけど」

「え、でもことりの家だと…」

「ああ、兄さん?なんだったら味見役になってもらうのもいいかもだね」

「か…考えとく…」

 

そんな風に話しながら二人が歩いていると、見知らぬ男子生徒が声をかけてきた。

 

「あの、吉浦さん。少し時間いいかな?」

 

(またか…)

 

「ここで話せないこと?」

「ここではちょっと…」

「はぁ…三玖。悪いんだけど先に行っててくれないかな。風太郎君には遅れるって伝えといて」

「うん…」

 

少しだけ不機嫌そうに三玖に伝えたことりは男子生徒と行ってしまった。

 

(今のなんだったんだろう…クラスメイトじゃなかったよね……ことり、少し機嫌悪かったなぁ。その前まではあんなに楽しそうに話してたのに…)

 

状況がよく分かっていない三玖は色々な考えをしながら図書室に向かった。そしていつもの席に向かったのだが…

 

「よう、三玖」

「……」

 

なぜか金髪のカツラにピエロの仮面をした風太郎が待っていたのだ。

しかし三玖はどう反応をすれば良いのか分からず無反応のまま立っていた。

 

「俺が悪かった。だが、反応もないのも傷つくぞ」

「ごめん…」

 

仮面を外しながら風太郎は恥ずかしそうにしていると三玖が謝ってきた。

 

「でも、なんでそんな格好してるの?脇にある箱は?」

「ああ。クラスで林間学校の肝試しの実行委員になってな。この箱の中身は仮装道具だ」

「ふーん…あ、そうだ。ことりは誰か知らないけど男子生徒に呼び出されて少し遅れるってさ」

 

箱の中身の仮装道具を見ながら風太郎の話を聞いた三玖はことりが遅れて来ること伝えた。

 

「教師じゃなく生徒に呼び出されたのか?」

「うん。私は知らない人だったけど、もしかしたらことりの知り合いかも」

 

そんな話をしているところに、元気がありそうな足音が聞こえてきた。

 

(四葉かな…)

 

すると風太郎はまたピエロの仮面を付けだした。どうやら四葉にも三玖と同様の挨拶をするようだ。

そんな風太郎の行動を、ため息混じりに勉強の用意をしながら三玖は見ていた。

 

「上杉さん、明日から林間学校ですよ」

 

そこに元気よく四葉がやってきたので、風太郎は仮装状態でそちらを向いた。

 

「四葉」

うわああああああああああ

 

今度は三玖とは違い良い反応が返ってきたのに満足したのか、カツラと仮面を付けたり外したりして風太郎は四葉の反応を楽しんでいた。

 

パッ…

 

「俺だ」

「上杉さん!」

 

カポ

 

「誰ーッ!?」

 

パッ…

 

「俺だ」

「よかった~~」

 

カポ

 

「助けて!!」

 

(フータロー。楽しむのはいいけど、ここが図書室ってこと忘れてるよね。あ……)

 

「図書室ではお静かに!」

「「すみません」」

 

三玖の心配していた通り、図書室に駐在していた教師に風太郎と四葉は怒られるのだった。

 

「それにしてもその金髪のカツラ微妙に似合ってますね。どうしたんですか?仮装道具もこんなに揃えて」

 

先生に怒られた後、先ほど三玖が聞いたことを四葉はそのまま聞いた。

 

「肝試しの実行委員になったんだって」

「へぇ~、肝試しって林間学校のですよね?上杉さんにしては珍しく社交的ですね」

「ふん。やりたくてやっている訳じゃない。うちのクラスは肝試しの担当らしいんだが、あいつら俺が自習をしている間に面倒な役を俺に押し付けてやがった」

「お気の毒に...」

「自業自得」

 

哀れんでいる四葉に対して三玖はストレートに伝えた。

 

「とびっきり怖がらせてこの恨み晴らしてやる。忘れられない夜にしてやるぜ」

 

風太郎は風太郎で金髪のカツラとピエロの仮面を付けた状態でクククと笑いながら楽しんでいるように見える。

 

「ノリノリだね。同じクラスなのに五月は手伝ってくれなかったんだ」

「そうです!一人にやらせるなんてあんまりです。ちょっと一組に抗議してきます!」

「やめておけ。三玖の言う通り自業自得だ。それに林間学校自体がどうでもいいしな」

「むぅ...」

 

林間学校がどうでもいい。風太郎のそんな言葉に四葉は面白くないといった顔をした。

 

「では!林間学校が楽しみになるお話をしましょう!クラスの友達に聞いたのですが、この学校の林間学校にはとある伝説があるそうなんです。その伝説というのは、林間学校の最終日に行われるキャンプファイヤーでのダンス。そのフィナーレの瞬間に踊っていたペアは生涯を添い遂げる縁で結ばれるというのです。どうです?ロマンチックですよね!」

「非現実的だ。くだらないな」

「うん」

 

四葉の伝説の話に冷めたような反応をする風太郎と三玖。この二人だったらこの反応も仕方ないのかもしれない。だが、そんな反応も面白くないと四葉も思ってしまうのもまた仕方がない。

 

「冷めてる!現代っ子!」

「学生カップルなんてほとんどが別れるんだ。時間の無駄遣いだな」

「それでも好きな人とはお付き合いしたいじゃないですか」

 

いつもの風太郎の理論を伝えるも四葉は諦めることなく風太郎に詰めよっている。

 

「とにかく今日は教科書よりしおりをしっかり読んで気分を高めておくこと!」

「えー…」

「……」

 

そんな二人のやり取りを見ながら三玖はあることを考えていた。

 

「なんで好きな人と付き合うんだろ」

「「え」」

 

三玖のこんな質問に対して四葉はもちろん、風太郎も驚きの声をあげた。

 

「うーん…なんでだろう…」

 

今まで考えたことも無かったのだろう。四葉は困りながら考えている。そこに新たな来訪者が現れ三玖の疑問に答えた。

 

「その人のことが好きで好きで堪らないからだよ」

 

三玖の疑問に答えたのは一花である。一花は自身の手を胸に持ってきて芝居がかって話している。

 

「三玖にも心当たりあるんじゃない?」

「ないよ」

 

一花の言葉に三玖は少し照れながらも否定をした。

 

「一花遅い!もう始めるぞ!」

「えーっと、何が始まるのかなー?」

 

風太郎は普通に勉強を始めると言っているのだが、風太郎は金髪のカツラにピエロの仮面を付けたままなのだ。一花の言葉も無理はない。

 

「でも今日も撮影が入ってるんだ、もう行かなきゃ。今は何よりお仕事優先!ごめんね寂しい思いをさせて」

「寂しくなんかねーよ」

「頑張って」

「一花ファイト!」

 

三玖と四葉の応援の見送りを受けて図書室から出ようとした一花であったが、その一花のスマホに着信が入った。 

 

「……あーやば...」

 

着信があったメッセージを見た一花は一言そう口にすると、三玖に向かって手を合わせながらお願いをしてきた。

 

「クラスの子たちに呼び出されちゃったんだけど、もう仕事に行かないと。林間学校についてまだ決めてなかったことがあったみたい。てことで、三玖いつものお願い」

「分かった。四葉、フータロー先に始めてて。多分、ことりもそろそろ来ると思うから」

 

三玖はそう言いながら自身の鞄の中からあるものを出して一花とそのまま図書室を出ていった。

 

「何なんだ?」

「あはは…まあ五つ子あるあるです。すみません、私もちょっとお手洗いに行ってきますね」

 

そう言った四葉は図書室から出ていった。そして風太郎が一人残された。

 

「まったく。あいつらには自分の成績に対する危機意識的というのはないのか」

 

そんな文句を口にしながら自分の勉強に取りかかるのだった。そこにことりがやってきた。

 

「おまたせー、ってあれ?風太郎君だけ?」

「ああ。一花は仕事だとよ。三玖はその一花に何か頼まれて出ていった。四葉はトイレで、二乃と五月は知らん」

「あはは…みんな自由だねぇ」

 

乾いた笑いを出しながらことりも勉強の用意を始めた。

 

「お前の用事は済んだのか?」

「え?あー…うん。まあ、とりあえずはね…」

「ならいいが。お前のことは頼りにしている。四葉が戻ってきたら頼むぞ」

 

風太郎は自身の勉強の手を止めることなく、ことりに顔も向けないままそう伝えた。

 

「うん……ねえ?風太郎君ってもう誰かとキャンプファイヤーで踊る約束ってした?」

 

ことりの突然の質問に風太郎は勉強の手を止めてことりを見るために顔を上げた。そこには真剣な顔で質問をすることりの顔があった。

 

「俺がそんなものに興味を持ってるように見えるか?」

「あははは、見えないかな」

「ならそう言うことだ」

「…………じゃあさ。私と踊ってくれないかな?」

「は?」

 

ことりの更なるとんでもない言葉に風太郎の頭は停止してしまった。

 

「戻りました!……って、あれ?どうかしましたか?お二人とも何やら雰囲気が…」

 

そこにトイレで席を立っていた四葉が戻ってきた。

 

「ううん、なんでもないよ。風太郎君、今伝えたこと考えといてね」

「あ…ああ」

「よし!じゃあ四葉も戻ってきたことだし、ビシバシいくよ!」

「ほ、ほどほどにお願いします…」

 

先ほどまでの真剣な表情はどこへやら。ことりはいつもの笑顔で四葉の勉強を見ている。一方の風太郎はというと、まだ頭が追いついていなかった。

 

 




話的には中途半端なところかと思いますが、今回はここまでとさせていただきました。
林間学校のキャンプファイヤーの伝説をどうやって和彦に知ってもらうかを悩みましたが、ことりから団欒時に伝える形を取らせていただきました。

いよいよ始まる林間学校。教師目線と生徒目線でかなり違うので書いていくのは難しいですが頑張ります。教師サイドの展開は原作にほぼほぼ無いので、今更ですがオリジナル部分を交えながら書かせていただきます。

では、また次回投稿も読んでいただければ幸いです。
どうぞよろしくお願いいたします。



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24.ダンスのお相手

~三玖side~

 

一花に図書室でいつものをお願いされた三玖はあるものを手にトイレに来ていた。

 

「はぁぁ…一花の変装って人前だとテンション上げなきゃだから疲れるんだよね」

 

そんな文句を言いながらも用意していたウィッグを被り、服装を一花と同じにしていく三玖。そう、三玖が鞄から取り出したのは変装用のウィッグで、たまにこうやって姉妹の変装をお互いにしているのだ。所謂(いわゆる)入れ替わりというやつである。

準備が出来た三玖は一路二年二組の教室に足を進めた。しかしその二組のクラスからは人の気配がほとんどないと三玖は思った。

 

(あれ?林間学校での決めごとがあるって一花は言ってたのに。終わったのかな)

 

疑問に思いながらも三玖は二組の教室の扉を開いた。

しかしそこには男子生徒が一人立っているだけだった。

 

「な、中野さん...来てくれてありがとう」

「あれ?えーっと、前田君だっけ...クラスのみんなは?」

「悪い、君に来てもらうために、林間学校のことについてって嘘をついた」

「えっと、一...私に何か用事かな?」

「俺とキャンプファイヤーでのダンスを踊ってください!」

 

状況が読み込めない三玖は危うく一花と言いそうになりなんとか堪えた。その事には前田は気づいていないようで、頭を下げて一緒にダンスを踊ってほしいと申し込んだ。

 

「え?私と?なんで?」

「それは...中野さんのことが好き…だからです...」

 

(そうなんだ。一花可愛いからよくあるのかな。でも今はまずいよ。私こういう経験ないから何言えばいいかわかんないよ)

 

もうパニックしかない三玖は、これ以上ここに居ればバレてしまうと考え、この場を去ろうと決めた。

 

「ありがとう...返事はまた今度でいいかな...」

「今聞きたい!」

「えっ...えっと、まだ悩んでて...」

「じゃあ可能性はあるんですか!」

「いやぁー」

 

捲し立てるように来る前田に対して三玖はただただ困る一方である。三玖はどうすることも出来ず、前田はそのままどんどん近づいてきた。そんな時だ。

 

「あれ?何かいつもの中野さんと少し違うような...雰囲気変わりました?」

「!」

 

(まずい!)

 

「髪...ん?なんだろう...そういえば中野さんって五つ子でしたよね。もしかして...」

 

なおも三玖に近づこうとしている前田。三玖は怖くなり目を瞑って固まってしまった。

 

(どうしよう…怖い…助けて…!………()()()()()!)

 


 

時は少し戻り。

立川先生と話した後、トイレに行くついでに二年生の教室を見て回った。明日は林間学校なのだから、誰かいれば帰るように促すつもりでいる。だが、どうやら皆残らず帰っているようだ。

 

「しかし、立川先生にダンスのお誘いが来てるとはね。あの話し方だと一人や二人じゃないでしょ。やっぱ人気なんだなぁ」

 

ホント自分への誘いがなくて良かったぁ。誘われると断るのがまた面倒くさいんだよねぇ。キャンプファイヤーの伝説を知ってる生徒からの誘いとなると告白されてるようなもんだしね。

 

「……ことりのやつ大丈夫だろうか」

 

あいつ告白されるとやたら不機嫌になるからなぁ。勉強会に差し支えなければいいけど。本当はあいつの手助けになってやりたいんだが、さすがに生徒達の前でのダンスはなぁ……まだ困ってるようなら少しは考えてやるか。

そんな考えをしながら二組の教室に差し掛かったのところで人の気配を感じたので中を覗き込んだ。すると男子生徒が女子生徒に何やら迫っているようだ。

てか、あの女子生徒って一花じゃないか。何やってんだか。生徒間の問題にはあまり介入しないほうがいいが、こればっかりは仕方がない。えっと、男子生徒は前田か。ただでさえ目つきが悪いのに、そこまで迫ったら相手も怖がるでしょうに。

 

「どうした?あんまり良くない雰囲気に見えるけど?」

「げ!?せ、先生!」

「…っ!」

 

僕の登場に前田は後ずさったが、一花は逆に僕の腕に自分の腕を絡ませてきた。

 

「中野?」

「……」

 

腕を絡ませている一花に声をかけるも震えているだけで返事がない。

 

「前田。何したの?」

「な、何もしてないっすよ。た、ただ…その…中野さんをキャンプファイヤーのダンスに誘ってただけっす」

 

本当かよ。めっちゃ怖がってんじゃん。一花がここまで怖がるのなんて相当だよ。

 

「ごめん!私、先生と踊ることになってるから!」

「は?」

「な、なにーーー!?」

 

先ほどまでの震えは多少減ったようだが、力強く一花はそう宣言した。

その前に僕には何のことかサッパリなのだけれども。

 

「じょ、冗談はよしてくださいよ。さすがに先生とはありえないですって」

 

前田もさすがに教師とダンスは無いと思ったようで、一花に冗談ですよねと聞いてきている。

 

「う、嘘じゃないよ。本当に先生と約束したんだから。ね、先生?」

 

こちらに顔を向けている一花ではあるが、どこか懇願しているように感じられる。

これは仕方ないか。考えてる時間もない。

 

「……本当だよ。確かに一花からお願いされててそれを承諾した」

「先生…」

「ま、マジかよ。てか、先生名前呼びに…」

「ああ、これ?中野姉妹達に承諾もらっててね、人前では中野呼びだけど区別するための時は名前で呼んでるんだよ」

「そうだったんですか…」

「ちなみに一花とは今前田が考えてるような関係性じゃないからね」

「え?」

 

下を向いてしまった前田に話しかけると顔を上げた。

 

「一花は他にもダンスの誘いがあってたみたいでね。でも今はそういうのに興味持てないみたいでさ。それで教師である僕と踊ることで断る口実を作ろうとしたんだよ。ことりを通じてある程度は仲良くさせてもらってるからね」

「なるほどっすね」

 

だいぶ落ち着いてきたようで前田も顎に手を当てて考えている。しかし、一花はなかなか腕を離してくれず未だにくっついたままである。

そんなに怖い子じゃないんだけどね前田は。

 

「あの...こんなことを聞くのは変だって分かってるんだけど、何で好きな人に告白しようと思ったの?」

 

そんな一花が少しだけ体を離して前田に質問をした。

 

「マジか。中野さんってそうな風に思ってたのか...そーだな、とどのつまり、相手を独り占めしたい!これに尽きる」

「!」

「はぁーあ。林間学校までに彼女作りたかったってのに、結局このまま独り身かーっ!」

「前田ならすぐにいい人ができるよ」

「先生に言われてもなぁ…じゃ、俺はこれで」

 

そこで前田は手を振りながら帰っていった。なので今は僕と一花しか教室にはいない。

 

「ふぅ~…とりあえずもう大丈夫かな。一花、そろそろ離れてくれない?」

「あ、ごめん…」

 

一花はぱっと絡めていた腕を解き、僕からも離れてくれた。

それにしても前田がいなくなり冷静に一花を見ていると先ほどから違和感を多く感じている。一花であれば、あの程度自分でなんとかするのではないだろうか。

うーん…一花かどうか見分けるポイントとかあったかなぁ。あ、そうだ。

 

「一花、ちょっとごめん」

「え…」

 

僕はそこで一つだけ思い出した事があり、おもむろに一花の右側の髪をかきあげた。するとそこには耳が出てくる。しかし、この一花にはその耳にあるべきものがない。

 

「やっぱり。君、一花じゃないね」

「…っ!」

 

僕の言葉に驚いた表情をこちらに向けられた。

 

「な…なんで…」

「最初から若干の違和感があったんだよ。で、一花と言えば姉妹で唯一ピアスしてるでしょ。それでだよ」

 

かきあげていた手を離しながら一花に変装をしている誰かに説明をしてあげた。さすがにこの時点で変装してるのが誰かまでは分からんが。

 

「で?君は誰なんだい?さすがにそこまでは僕も分からないからさ」

 

誰なのかを確認するように伝えると被ったいたショートカットのウィッグを外してこちらを申し訳なさそうに見た。セミロングで前髪が目を隠すほど長い髪型をした子が。

 

「なんだ、三玖だったのか」

「!わ、わかるの!?」

「いや、ここまでされたらさすがに分かるよ。三玖の前髪は特徴的だからね。しかし変装巧すぎでしょ」

「でも先生には見破られた」

 

笑いながら変装の巧さを伝えるも悔しそうに見破られた事を残念がっている。

いつまでも教室にいることもないだろうってことで、三玖を図書室に送りながら他の教室を見て回ることにした。

 

「まあ、今回見破れたのはあまりにも怖がってたからね。一花だったら自分でなんとかしてそうだったし」

「そっか…」

「それにしても何でまた入れ替わりなんてしてたの?」

「一花、お仕事があるからって。けど、クラスの人から林間学校のことでまだ決めてないことがあるって呼び出されたの。それで昔からやってたように入れ替わったんだ。まさか告白の場なんて思わなかった…」

 

疲れた表情でそう話す三玖。恋愛関係については慣れていないようだ。

 

「ま、これに懲りて入れ替わりなんて()めるんだね。ところで、勢いとはいえあんな約束して良かったの?」

「あんなって?」

「キャンプファイヤーのダンスだよ。そもそも断って良かったのかって話」

「大丈夫だよ。先生も言ってたみたいに今の一花は何よりもお仕事優先って言ってたし」

「はぁ…とは言え、一花とのダンスどうするかなぁ」

「……」

 

図書室に着いた僕は三玖と別れ職員室に戻るのだった。

 


 

~ショッピングモール~

 

三玖が図書室に戻った後、風太郎の林間学校での洋服選びのため一花以外の姉妹とことり、風太郎の六人でショッピングモールに来ていた。そこでは姉妹達による風太郎のファッションショーが行われた。

 

「では、まずは私からですね!普段から地味目な服装なので、派手な服を選んでみました!」

「多分だけどお前ふざけてるな?」

 

四葉の選んだ服は派手なのだが、服にはこれでもかって程動物の絵柄が載っていた。しかもやたらとカラフルなデザインなのである。

 

「フータローには和装が似合うと思ったから、和のテイストを」

「和そのものですけど!」

 

次の三玖が選んだのは、華道などの家元が着ていそうな服装である。林間学校に着ていく服装であるかというと違うと誰もが思うであろう。

 

「私は男の子の服がよく分からなかったので、男らしい服装を選ばせていただきました」

「お前の男らしい像はどんなだよ!」

 

次の五月が選んだのは、所謂(いわゆる)ヘビーメタル系の服であった。上着も肩まで破けており、ジーパンもあちこち破けている。

 

「......」

「二乃本気で選んでる」

「ガチだね」

「あんたたち真面目に選びなさいよ!」

「さっすが二乃。センスあるよ」

「当たり前でしょ!」

 

最後の二乃が選んだ服はカジュアル系で無難な服装ではあるが風太郎によく似合っておりことりも誉めている。

結局はこの二乃の服に決まったのでそれを姉妹達が買うためにレジに並んでいた。どうやら自分たちの物も買っているようだ。

 

「ったく俺で遊びやがって」

「ふふふ…みんなだって風太郎君に似合う服を本気で選んでたと思うよ」

「だといいんだが…」

 

そんな姉妹達をレジから離れたところでことりと風太郎が待っていた。

 

「……お前は選ばなかったんだな」

「おやおやぁ~、私の選んだ服を着てみたかったのかなぁ~?」

「ち、(ちげ)ぇよ!」

「ふふっ、まあ私の選んだのは二乃と似たような感じだった、ていうのもあったんだけどね。せっかく二乃が風太郎君に似合うものって選んでくれたんだもん。そっちを優先したいじゃない?」

 

ニッコリと笑顔で答えることり。そんなことりの態度に風太郎は頬を掻いている。

 

「まあ、お前がそれでいいんなら……それで、さっき言ってたキャンプファイヤーのダンスのことなんだが…」

「うん」

 

お互いに顔を見ずに話が続く。

 

「なんで俺なんだ?」

 

風太郎はもっともな質問をことりに投げかけた。二人の見ている方向では四人の姉妹にちょうどレジの順番が回ってきたところである。

 

「……嫌な意味で取ってほしくないんだけど、私って男子からの告白が多いんだ」

「らしいな」

「それもあって、今度の林間学校でのキャンプファイヤーのダンスに誘ってくる男子が後を絶えないんだよね」

 

いつもの明るい雰囲気とはどこか遠いことりの態度に風太郎も感じ取っていた。

 

「それで誰か相手でもいればみんな諦めてくれるかなって。それで風太郎君にお願いしたの。風太郎君は私にとって友達でもあるし、風太郎君とだったら踊ることに抵抗はないしさ」

「なるほど。俺を矢面に立たせる訳か」

「まあ、悪く言えばね…ごめんね。私の問題に巻き込もうとして。いいんだよ無理に付き合ってくれなくても」

 

そこでことりは風太郎の方を自傷気味に笑いながら見て答えた。

 

「はぁ…わかった。俺なんかで良かったらダンスに付き合ってやる。下手くそでも文句言うなよ」

「いいの…?」

「お前には同じ家庭教師として助けられてるところもあるからな」

「風太郎君……ホントそういう優しいところ二乃や五月にも伝わればいいのにね」

「ふんっ」

 

笑顔で風太郎を見ることり。そんな視線から逃れるように風太郎がそっぽを向いてしまったところに四人が二人のところに戻ってきた。そして買った服が入っている袋を風太郎に渡した。

 

「本当にいいのか?買ってもらうことになって」

「いいんですよ!気にしないでください!」

「うん」

「そうよ!だっさい服装で私達の近くにいられても迷惑だしね」

 

風太郎の申し訳なさそうな言葉に四葉と三玖と二乃がそれぞれ返事をした。

 

「それにしても…男の人と一緒に服を選んだり買い物をしたりして、これってまるでデートって感じですね!」

「こ、これはただの買い物です。学生の間に交際だなんて不純です」

「あー、五月ってば上杉さんみたいなこと言ってる」

「一緒にしないでください!私達はあくまでも教師と生徒、一線を引いてしかるべきです!」

 

四葉の言葉に五月は瞬時に反応して風太郎に詰め寄るようにしている。

 

「言われなくても引いてるわ!」

 

そんな五月の言葉に風太郎も即座に答えた。

 

「ほら、そんなやつほっといて残りの買い物済ませるわよ」

「そうですね。あなたはここで待っていてください」

「は?なんでだよ」

「いいからそこで待ってなさい!」

「そうだよ。私たちと一緒に待ってよ」

 

二乃と五月が待っているように言うもなおも食い下がる風太郎にことりも待つように伝えた。

 

「そうはいくか!さっきは俺の服を勝手に選んでいたんだ。今度は俺がお前らの服を選んで...」

「下着!」

「買うんです!」

「待ってまーす」

「デリカシーの無い男ってほんとサイテー!」

 

二人が下着を買うことを分かった風太郎はようやく引き下がった。

 

「そういうことなら俺は帰るわ」

「そう?」

「上杉さん!」

 

帰ろうとしている風太郎を四葉が呼び止めた。

 

「明日が楽しみでもしっかり寝るんですよ」

「言われなくても寝るよ」

「しおりは一通り読みましたか?」

「読んでねーよ」

「サボらず来てくださいね」

「あー、わかったわかった」

 

怒涛の如く詰め寄ってくる四葉に諦めのように返事をする風太郎。

 

「うん偉い!最高の思い出を作りましょうね」

 

そんな風太郎の答えに満足したのかニッコリと笑顔で四葉は答えた。

 

「そうだね。じゃあね、風太郎君。また明日」

 

風太郎が帰るということなので、三玖と四葉とことりの三人も二乃と五月の買い物の方に行くことにした。

そして、帰ろうとする風太郎の携帯に着信が入った。

 

親父(おやじ)か。どうしたんだ?…………え?」

 

風太郎の父、勇也(いさなり)からの電話の内容を聞いた風太郎は家に向かって全力疾走で行ってしまうのだった。

 

 




風太郎はことりからのダンスのお誘いがありましたので、一花のダンス相手は和彦にしてみました。
教師と生徒のダンスはどうかと考えましたが、まあ和彦も若い先生だしいいかという結論に至りました。

さあ、風太郎の服の買い物も終わりましたのでいよいよ林間学校が始まります。

では、次回の投稿も読んでいただければ幸いです。
どうぞよろしくお願いいたします。




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25.出発

迎えた林間学校当日。空は晴れ渡っており良い天気だ。良い天気ではあるのだが…

 

「いやー、天気に恵まれて良かったじゃないか」

「そうですね」

 

なぜか僕は理事長室に呼ばれて理事長と話をしている。

 

「あ…あの、理事長。それでご用件とは?」

「ふむ。そんなに緊張しなくても構わないよ。中野さんから娘たちの事を頼むように言われていてね。それを君にも伝えておこうと思っていたんだよ」

 

僕はいつから中野姉妹担当になったのだろうか。

 

「中野姉妹に限らず生徒全員の安全はしっかりと守らせていただきます。もちろん、理事長のご子息祐輔君も」

「そうか。まあ、息子についてはそこまで心配はしていないが君がそう言うのであれば大丈夫だろう」

 

窓から外を見ながら理事長は話しているので表情は見えないが声色から安心していることが伺える。

 

トゥルルル…

 

そこに理事長室の電話がなった。

 

「はい…主任かね。どうしたのかね?……何?……ふん……ふん。分かった。折り返すから暫く待ってなさい」

 

電話の相手はどうやら学年主任のようで、神妙な顔つきで理事長は受けていた。何かトラブルだろうか。

 

「君?中野さんの娘さんの誰かと電話は出来るかね?」

 

受話器を置いた理事長から急に聞かれた。

 

「え?一応五人とも連絡先を知ってますが、何かありましたか?」

「……中野さんの娘さん五人がいなくなったそうだ」

「は!?五人全員ですか?」

「とにかく状況を確認したい。すぐに連絡をしてくれたまえ」

「わ、分かりました!」

 

何やってんだあいつらは…とにかく誰かに連絡だよな。

そこで僕は五月の連絡先をタップして電話をした。

 

『はい』

「五月か!?今どこにいる?」

『……今は姉妹と一緒にマンションに向かってるところです』

「は!?マンションって家に帰ってるのか?」

『帰っていると言えば帰っているのですが、別の目的があります』

「何?忘れ物?」

『違います。その…上杉君が林間学校に来られなくなったとのことで、私たちで迎えに行こうと思っておりまして。それで父の送迎担当の方にお願いをするためにマンションに向かっています』

 

ツッコミどころが満載ではあるがとりあえず理事長と共有しよう。

 

「ちょっと待ってて……理事長、彼女達と連絡が取れまして、どうやら林間学校に来られなくなった上杉を迎えに行くために自身の家の車で迎えに行くと考えてるみたいです」

「まったく、大それた事をしでかす子たちだね。とは言え、このままではあの人に迷惑をかけてしまう。それに連れ戻すにしてもバスはもう出る時間だし。何かないか…」

 

対応策に思案をしている理事長。あの人っていうのは多分中野さんの事だろうけど、だいぶ気にしてるなぁ。スポンサーにでもなってもらってるのだろうか。

そんな考えをしていると、こちらをじっと見ている理事長と目が合った。何か嫌な予感がする。

 

「君、車の免許は持っているかね?」

「持ってますが…」

「車は?」

「ありますね……八人乗りのが…あの、まさかとは思いますが…」

「うん。君は察しが良くて助かるよ」

 

ニッコリと笑いながら理事長がぼくの肩に手を置きうんうんと頷いている。

 

「君のクラスは副担任の先生にお任せしよう。それはこちらで対応しておく。だから彼女達のこと頼んだよ」

 

笑顔でそう言われたら何も言い返せない。悲しき大人の社会である。

 

「あー、主任かね?先程の件なのだが……」

 

僕の返答も聞かずに電話で学年主任に連絡している。トントン拍子で話が進んでしまっているようだ。

 

「はぁぁ…ごめん、待たせた」

『それはいいのですが、ずいぶんお疲れのようなお声ですね』

「ははは…色々あってね…車の手配はもう済んだ?」

『ちょうど今からしようとしたところでしたが、先生に待つよう言われてましたのでまだしてません』

「そいつは良かった。手配はいらないから」

『…っ!それは戻ってこいと?』

「あー…そう言えたら良かったんだけどね。今からじゃバスの出発が遅れちゃうでしょ?だから僕が車を出すことになったから」

『え!?先生が?』

「ああ。だから悪いんだけど、今度はうちのマンションに向かってくれないかな。僕もすぐに向かうから」

『わ、わかりました!』

 

そこで電話が終わったのでスマホをしまう。すると、理事長も電話が終わったようである。

 

「待たせたね。向こうには君が六人を連れてくるということで話している。後、立川先生も連れていきなさい」

「え?立川先生ですか?」

「ああ。現地まではかなりの距離があるからね。運転の交代要員だよ。幸いにして今日一日は移動のみであるから副担任の先生だけで現場は問題ないだろう」

「分かりました。では立川先生と合流後車のあるうちのマンションに戻り、そこで中野姉妹と合流。そして、上杉も来れるようでしたら連れて現地に向かいます」

「うむ。長旅で大変かもしれんがよろしく頼む。そうだ、何かあればいけないし連絡先の交換をしておこう」

 

すると理事長は自分のスマホを取り出した。そこで連絡先の交換をしたところで理事長室を後にした。

職員用玄関から外に出ると立川先生が待っていた。

 

「立川先生、お待たせしました。すぐに向かいましょう」

「はい!しかし、林間学校初日から大変なことになりましたね」

「まったくですよ」

 

その後マンションに着くとすでに五人の姿があった。

 

「ったく。なんで無断で抜け出したんだ」

「ご…ごめん…」

「悪いとは思ったわよ」

「けど、理由が理由だからね。絶対止められると思ったんだ」

「でもでも、上杉さんはなんとしても連れていきたかったんです!」

「わ…私はあくまでも肝試しの実行委員になりたくなくて」

 

五人が五人それぞれ口にしたが反省の色は見える。

 

「この件でどれだけの人に迷惑がかかったか分かってるね。次からは勝手な行動をとらないように」

「「「「「はい…」」」」」

 

僕の言葉に全員が返事をしたのでとりあえずこの件は良しとしとこう。そこで車の停めてある場所まで案内した。

 

「それにしても先生はお二人で来られたんですね」

「ええ。私は吉浦先生の補助として来たの。林間学校の現地までに距離があるから運転を交代で行う予定よ」

「ほえー…なるほどです。よろしくお願いしますね立川先生!」

 

車を停めてある場所まで行く間に中野姉妹と立川先生で軽く挨拶をしている。

 

「じゃあ上杉の家に向かおうか。場所を知ってるのは?」

「私です。前に行ったことがありますので」

「じゃあ五月が助手席に乗ってくれ。後は適当に。八人乗りとは言え狭いけど文句言わないでよ」

「いやー、さすがに乗せてくれるのに文句まで言わないよ」

 

一花の言葉を皮切りに続々と皆が乗っていく。

 

「あの、近くまで着いたらそこで待っててくれますか?私が彼を連れてきますので」

「え?それは問題ないけど、いいの?家の前まで行けるなら行くよ?」

「いえ。大丈夫です」

 

まあ何か考えがあっての事なんだろうけど、とりあえず出発させた。うちからも割りと近かったのですぐに車を停める。

 

「では、行ってきますね」

 

そう言った五月は車から降りて行ってしまった。

 

「じゃあ私たちも外で待ってようか」

「面倒ねぇ」

 

一花の言葉に面倒そうに答えながらも二乃も車を降りている。三玖と四葉もそれに続く。

 

「皆さんやはり仲良しですね」

「本当ですね。何をするにも一緒って感じです」

「これを機に私も中野さんたちと仲良くなれればと思います」

「立川先生ならきっと大丈夫ですよ」

 

そんな話をしながら僕と立川先生も車から降りて上杉を待つことにした。そして、しばらくすると風太郎を連れた五月が戻ってきた。

 

「お、来たようだね」

「フータロー」

「おそよー」

「こっちこっち」

「ったく何してんのよ」

「おはよう、上杉君」

「……」

 

五月に連れられた上杉は、僕達が揃って待っている光景に驚いているようだ。

 

「肝試しの実行委員ですが、暗い場所に一人で待機するなんてこと私にはできません。オバケ怖いですから。あなたがやってください」

「……仕方ない行くとするか」

 

五月の後押しもあり頭をかきながらも上杉は承諾した。その顔はどこか嬉しさも伺える。

 

「よし!じゃあ、上杉も揃ったし行くとしますか。席はどうする?」

「…助手席がいい」

 

僕が席について聞くと手を挙げながら三玖が希望を言ってきた。

 

「何?酔いやすいとか?」

「そんなとこ」

「分かった。三玖が助手席で、後は立川先生には真ん中に座ってもらおうかな。それ以外は自分達で決めてくれ」

 

ということで、真ん中には立川先生と一花と二乃。一番後ろには上杉と四葉と五月が座ることになった。全員が乗車したことを確認したところで出発する。

 

「それじゃあ行きますかっ」

「しゅっぱーつ」

 

四葉の合図を聞き車を発車させるのだった。

 


 

車を発車させてしばらく。渋滞もなく順調に走らせている。

 

「そういえば、立川先生と授業以外で話したことないですよね」

「そうね。吉浦先生はちょっと特殊だから感じないかもだけど、普通は教師と話すこともないでしょう」

「たしかに。好き好んで話すことはないわね」

「私はよくお手伝いすることがあるから話したりしますよ。まあ、吉浦先生ほどではありませんが」

「そうですね。やはりことりさんがいるからこそですね。三玖以外は担任ではありませんから」

 

後ろでは立川先生を中心に話が盛り上がっているようだ。一花がいるしきっと気にしてくれたんだろう。

 

「ん…」

 

そんな考えをしていると隣からポッキーの入った袋を差し出された。ちょうど赤で停まっていたのでご相伴に預かる。

 

「ありがとね。三玖は後ろに参加しなくていいの?」

「参加する時はする。でも今は先生の相手をしてあげる」

「そっか。ありがとね」

「うん…」

 

三玖と会話をしているとドリンクホルダーに立て掛けてたスマホに着信が入った。ことりのようだ。

やべ。そういやぁ、ことりに何も言わずに来てたんだっけ。仕方ない。

 

「三玖。ちょっと僕の電話出てくれない?」

「ええっ!?で…でも…」

「大丈夫だよ。相手はことりだから普通に話して用件を聞いてくれればいいから」

「うーん…わかった」

 

僕の言葉に渋々といった形で三玖が僕のスマホを手にとって話し出した。

 

「も…もしもし三玖だけど……えっと…先生は私の横で車の運転してる……えっと…フータローが林間学校に参加しないって連絡があったの……うん…それで姉妹みんなでフータローを迎えに行くことになって……うん、だけどそこに先生が運転する車で行くことになって今にいたってる」

 

三玖がこっちをチラチラ見ながらことりに状況の説明をしてくれている。

 

「あんた、生徒に自分の電話取らせるなんていい度胸してるわね」

「まあまあことりだったんだから」

「それでもだよ。やっぱり兄妹だよねぇ。ことりとそういうとこ似てるよ」

 

三玖に電話を取ってもらったことに二乃と一花のツッコミが入った。

 

「先生をあんた呼び。いいんですか、吉浦先生?」

「ん?ああ、堅苦しい雰囲気じゃなければ僕は構いませんよ。改めて言うけど、教師に向かってその喋り方して良いのは僕だけなんだからね」

「わかってるわよ」

「吉浦先生がいいと言うのであればいいのですが…」

 

二乃に一応釘をさしておいた。立川先生に対しても同じ接し方をいきなりされたらビックリするだろうからね。しかし、立川先生もやっぱりその辺りは気にするタイプなのだろうか。そうこうしている内に三玖の電話も終わったようだ。

 

「……わかった。先生に伝えとく……うん、じゃあ……ふぅ…」

「ありがとね。助かったよ」

「別にいいけど、私に事の顛末の説明をさせたでしょ?」

「あー…やっぱ分かった?」

「むー…色々聞かれて大変だった」

「悪かったって」

 

運転中だからよく見えないが、チラッと見たら三玖は頬を膨らませてこちらを見ていた。そして僕のスマホは元の場所に戻してくれた。

 

「…抹茶ソーダ一本」

「教師に物を要求しますか」

「生徒に自分の電話を取らせた先生に言われたくない」

「はぁ…分かったよ。奢らせていただきます」

「うん…!あ、ことりが先生から連絡してほしいんだって」

「やっぱか。了解」

 

さてそろそろ高速に入る頃合い。どこかのサービスエリアで休憩がてらことりに連絡すればいいか。そんな考えのもと運転に集中することにした。

 

・・・・・

 

~後部座席~

 

「……」

 

和彦と中野姉妹達のやり取りを見て芹菜は驚きを隠せなかった。和彦と中野姉妹が他の教師に比べ親密な関係であるのは前から理解はしていた。しかし今のやり取りは芹菜の想像を越えていたのだ。下手をすれば自分よりも仲が良いのではと思うくらいに。

 

「?どうしたんですか、立川先生」

「あ、うん。みんな吉浦先生と本当に仲良いんだなって」

 

様子がおかしい芹菜に一花が声をかけたので、それに芹菜が答えた。

 

「そうですね。よくしていただいております」

「ま、他の先生よりかは接しやすいのは確かよね」

「そうですね。私も先生とは話しやすいです!」

「ありがとね」

 

五月の言葉に二乃が答えると、さらに後ろの席に座っていた四葉からも和彦は話しやすいと称賛の声をあげた。それに前を向きながら和彦が礼を述べた。

それらの言葉にお世辞などはなく本心だと彼女達の顔を見れば分かると芹菜は思った。

 

(でも……)

 

そこで芹菜はある方向を見た。その方向にいる人物は和彦と話す時もいつもの調子で話している。

 

(それでもあの顔は……)

 

その人物が時折見せる顔。それは自分が和彦と話す時にする顔と同じてあると芹菜はすぐに感じた。今も表情に変化が無い中でも口角が上がりとても楽しそうにしている笑顔を垣間見ることができる。

 

(あの子も恋、しちゃったんだ。吉浦先生は生徒から告白されたことがあるって仰ってた。けど、今度は今までとは違うように思える。私もうかうかしてられない!)

 

芹菜は心の中でそう意気込むのだった。

そんな芹菜の横で一人勘が良い物が一人いた。一花である。

 

(これは……先生は立川先生と何もないって言ってたけど、立川先生って絶対先生に対して脈ありじゃん。立川先生のことはほとんど話したことないからどんな人なのかはわかんないけど、三玖にとってライバルになるんだろうなぁ…て、自分の気持ちにもハッキリしてない私が何言ってんだって訳なんだけどね)

 

こうして色々な想いを乗せた車は林間学校の宿泊所に向かうのだった。

 

 




今回は和彦を中野姉妹と風太郎に同行させるため、結構無理やりな展開で持っていきました。教師が遅れてくる生徒のために車を出すってすごい話ですよね…
そして、現在の和彦と中野姉妹との親密感を肌で感じた芹菜(立川先生)もどんな行動に出てくるのか…

では、次回投稿も読んでいただければ幸いです。
どうぞよろしくお願いいたします。



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26.吹雪

『もうー、本当に心配したんだからね!』

「悪かったって。本当にバタバタしてたから、それで連絡を忘れてたんだよ」

 

最初のサービスエリアでの休憩ではことりの方がバスの中では素で話せないという理由で電話が出来ず、偶然にもお互いにサービスエリアでの休憩になった時にようやくお互いに電話で話せるようになったのだ。

 

『それより三玖に事の顛末を話させようとしたでしょ?』

「ま…まあね…」

『はぁぁ…あの時も驚いたんだから。お兄ちゃんのスマホにかけたつもりがなぜか女の人の声で出るんだもん。すぐに三玖だってわかったからすぐに思考は復活したんだけどさ』

「あははは…そこは三玖にも怒られたよ…」

『だろうね。三玖もよく電話を取ってくれたよ』

 

終始呆れられた声でことりは話している。

 

「そっちは順調に進んでる?」

『うん。予定通りに向かってるよ。そっちは?』

「こっちは予定というのが無いからね。今日中には現地に着ければ良いかなって考えてるよ。だから、そういう意味では順調かな。運転も立川先生と交代でしてるから疲れないしね」

『立川先生……三玖たちや風太郎君もいるし大丈夫だよね…うん

「立川先生がどうかした?」

『ううん。なんでもないよ』

 

後半の声が聞こえなかったので確認してみたが問題無いようだ。

 

『じゃあ、そろそろ出発だから切るね。道中運転気をつけてね』

 

そこで電話が切れたのでスマホをしまう。そしてフェンスに寄りかかりながら風景を眺めていた。

 

「お電話終わりましたか?」

 

そんなところに立川先生が声をかけてきた。

 

「はいミルクティーです。だいぶ寒くなってきたので温まりますよ」

 

手には二つの飲み物を持っており、その一つを差し出された。

 

「ありがとうございます。ふぅー、温まりますねぇ」

「ふふっ…ですね。だいぶ現地に近づいてきたということでしょうか」

「まあそれでも、まだ半分くらいですけどね。あの子達は?」

「お土産コーナーで時間を潰すそうですよ。五月さんは軽く食べ物も食べてましたけど」

「さっきお昼食べたんですけどね。さて、そろそろ出発することを連絡しますか」

 

そこでスマホを取り出して全員に出発するから車に集合するようにメッセージを送った。上杉にはメールを送っている。

 

「あ、あの!」

「?どうされました?」

「わ…私たちも連絡先の交換をしておきませんか?その…これから何かあった時のためにも…」

「そうですね。立川先生が良ければ交換しましょう」

 

立川先生からの何気ない提案に特に反対する理由もなかったので承諾して自分のスマホを差し出した。

 

「あ、ありがとうございます!では、えーっと…」

 

立川先生が自身のスマホをいじりながら登録をしていく。完了した後にお互いにメッセージを送ったが問題無いようだ。立川先生はスマホを口元まで持っていきどこか嬉しそうである。

 

「あの!たまにプライベートで連絡とかもしていいですか?」

「ええ。別に構いませんよ。では、僕達も行きましょうか。遅れると二乃あたりが文句言いそうなので」

「はい!」

 

そこで終始機嫌がいい立川先生と二人、車が停めてある場所に向かうのだった。

 


 

今現在は立川先生が車の運転をしている。なので僕は真ん中の席に座っている。他のメンバーは助手席の三玖を除いて休憩に入るごとに席を変えていた。今は僕の横に五月と四葉が並んで座っており、後ろに上杉と一花と二乃が座っている状況だ。

通りすぎていく景色を窓から眺めているとスマホに着信が入った。

理事長先生?

 

「はい、吉浦です」

『おお、吉浦先生。今は電話に出て大丈夫なのかね?』

「ええ。今は立川先生が運転中ですので。何かありました?」

『うむ。実は先ほど学年主任の先生から連絡があってだね。あちらでは猛吹雪でバスが立ち往生している状況なのだそうだ』

「猛吹雪ですか…」

 

チラッと窓の外を見るが雲っているがこちらは雪すら降っていない。

 

「こちらはそんな事ないですね」

『そうか。とりあえずそこは一安心だね』

 

そんな話をしていたら…

 

「あ、雪が降ってきたよ」

「本当ですか?」

 

隣の席からそんな会話が聞こえてきたので僕も改めて窓の外を見てみた。

 

「すみません。今しがた雪が降りだしました」

『そうか…学年主任の先生にはそのまま進むのは危険だと判断して今日は現地に向かわず近くの宿泊施設に泊まるように指示をしている』

「なるほど。妥当かもしれませんね。ということは僕達もそこに?」

『いや、その場所は猛吹雪が発生している場所だからね。そこに自ら行くというのは危険だろう。そこで、君たちは別に宿泊施設を探してもらい、今日はそこに泊まるといい。領収書を提出してもらえば経費として出すとしよう』

「分かりました。そのあたりは立川先生と話し合って進めてみます。連絡ありがとうございました」

 

そこで電話が切れたので耳からスマホを離した。しかし、困ったことになったものだ。

 

「立川先生。次のサービスエリアで停めてもらえますか?」

「わ、わかりました」

 

運転している立川先生に後ろから声をかけると返事が返ってきた。

 

「何かあったのですか?」

 

立川先生以外が心配そうにこちらを見ており、代表して五月が聞いてきた。多分立川先生も運転しながらも聞き耳を立てているだろ。

 

「あー…大したことないこともないんだが…」

「ハッキリしないわね」

「……先行しているバス組なんだけど、今猛吹雪に見舞われて立ち往生している状況らしいんだよ」

「マジっすか。てことは…」

「ああ。上杉の予想通り、このまま進むと今度は僕達もその猛吹雪にかち合うことになる。その証拠に雪が降ってきたからね」

 

僕の言葉に皆が窓の外を見た。

 

「ど、どど、どうするんですか!?このままだったら吹雪の中を走るんですよね?」

「まあ落ち着きなよ四葉。その辺りの話は多分さっきの電話でしてるだろうしさ」

 

さすが一花。鋭いところがある。

 

「先行しているバス組は、結局今日は本来の目的地に向かわず近くの宿泊施設に泊まることになったらしい。多分そろそろことりから誰かに連絡が来ると思うよ」

 

すると三玖が自分のスマホをこちらに見せてきた。

 

「まさに今かかってきた。ちょっと待って。もしもしことり?……うん、今私たちもその話をしてたところ。先生も話してるからスピーカーにするね」

 

そう言うと三玖がスマホを操作してこちらに向けてきた。

 

『兄さん、聞こえる?』

「ああ。大変みたいだね」

『うん。もう窓の外は雪一色だよ。さっき副担任の先生が今日は別のところに泊まることになったって皆に話したとこだよ』

「そこも僕は理事長から聞いてて、こっちも今皆に話したとこだよ」

「では、私たちもその宿泊施設に向かうのでしょうか?」

「そんな訳にはいかないでしょ。ことりたちが向かってる宿泊施設ってまさに吹雪いてるところにあるんでしょ?私だったらそこに行くなんてごめんだわ」

「確かに二乃の言う通りだな」

 

五月の考えに二乃と上杉が反対をしている。意外にもこの二人は意見が合うのではないだろうか。

 

「うん、二乃の言う通りで僕達はその宿泊施設には向かわない。その替わりとして別の宿泊施設を探すことにする」

「なるほど。それだったら吹雪の中を進む必要が低くなるね」

 

僕の言葉に一花が納得したように話した。

 

「てことで、この後にあるサービスエリアで車を停めて、立川先生とどこに泊まるかを話し合いたいと思ってます」

「そういうことであれば、わかりました」

『じゃあ、みんなと会えるのは明日ってことかぁ』

「そうなりますね。他のみなさんにも私たちは明日にでも合流することをお伝えいただければ助かります」

『うん。とは言え五クラス分かぁ。ま、大丈夫でしょ。じゃ、私はここで切るね』

 

そこでことりからの通話が切れた。そしてそれと同時にサービスエリアに到着するのだった。

 

・・・・・

 

「見つかりませんねぇ」

「ええ…」

 

サービスエリアに着いてからは立川先生と一緒に今晩の宿を探していた。探していたのだがそれが中々見つからないでいた。

ちなみに五つ子と上杉には自由行動を許可してるので各々自由にしている。

 

「まさかここまでないとは思いませんでしたね」

「ある程度は予想してたんですがここまでとは驚きでした」

「え?部屋がないことを予想してたんですか?」

「ええ。まず第一にここが観光地だということですね。そんなところの宿泊施設はすでに予約でいっぱいでしょう。バス組が泊まるところが見つかったのは、吹雪のせいでしょうね。吹雪のせいでキャンセルが出てそれで空いていたのかもしれません。運が良いとしか言い様がありません」

「な、なるほど」

 

スマホで宿の情報を次々に確認しながら僕の見解を伝えていく。

 

「そして第二にこの中途半端な人数です」

「え?」

「男二人に女性が六人。こうなってくると少なくても四人部屋か三人部屋が二つと二人部屋が一つないといけない。それを泊まる当日に同じ宿で探すとなるとまた難しいですね。条件とか無ければ空いてるかもですが」

「そこまで考えてたんですね」

 

感心したような声で話す立川先生。

一人より二人で探した方が見つかると思ったけどこうも見つからないとは。そんな考えの中一つの宿に目が止まった。

その宿は料理も美味しそうだし温泉もありでかなり良いところだ。そして部屋もあるにはある。だが……

 

「ん?何か見つけられたんですか?」

「いえ、ここはちょっとないかなって思ってます」

「どれです?」

 

そう言って立川先生が僕のスマホを覗き込んできた。

 

「ふむふむ…いいんじゃないですか。ここにしましょうよ」

「いえしかし…」

「まあまあ。私が電話しますね………あ、すみません今からなんですけど予約できますか?えっと大人が八人なんですけど、ネットで掲載されてた部屋をお願いしたく…」

 

僕の静止を待たずに宿に電話をかける立川先生。女性の立川先生が良いと言うのであれば僕に反対する余地は無いが。絶対あの子は過剰反応するだろうな…

その後、宿の予約が出来たので出発した。そして予約した部屋に案内された直後にそれは起きた。

 

「なんで男二人と同じ部屋に泊まらなくちゃいけないのよ!」

 

ほらね。

部屋の中で二乃が叫んでいる。二乃が叫んでいるように今回部屋は一つしか予約できなかった。この部屋以外は満室だったからだ。

そしてその予約した部屋というのは七人部屋であるが、ベッドルームと和室とで分かれているので、寝る時に分かれれば問題ないと言えばないのだ。

 

「ごめんなさい。もうここしか空いてる部屋がなくって。ほら寝る時はベッドと和室で分かれればいいんだし」

「むーー…」

 

立川先生が必死に宥めようとしているおかげで、二乃はそれ以上叫ぶことはなかった。

 

「二乃、諦めなよ。それより楽しまないともったいないよ」

「一花、あんたまで……そうよ、男は車で寝泊まりすればいいじゃない」

「この雪降るなか車はさすがに寒くて休めないよ。暖房つけても雪が積もって一酸化中毒になりかねないし」

「んー…だったら、たしか入り口にもう一つ部屋があったからそこを借りれば」

「二乃、もしかして犬小屋のこと言ってる?」

「凍死しちゃうよ!」

 

唯一諦めが悪い二乃があれこれ提案するがどれも僕が却下していった。てか、犬小屋はないだろ。四葉ではないが本当に凍死してしまう。

 

「それにしてもこちらは吹雪かなくてよかったですね。雪は降っていますが」

「うん。このくらいなら幻想的でいい感じ」

 

一方窓際では五月と三玖が外を見ながらそんな感想を述べていた。

 

「めっちゃ良い旅館で部屋じゃねえか。文句言ってないで一花の言った通り楽しもうぜ!」

 

上杉は自身の鞄の中を確認した後急に立ち上がりテンション上げてそんな事を言っている。

 

「上杉、車の中からずっとテンション高いね」

「考えてみれば、こいつらの家以外でのお泊まりなんて小学生以来ですからね。四葉、旅館の中を探検に行かないか?」

「おー、いいですね!ぜひ行きましょー!」

「二人だけだと何か起きそうだから私も付いていくね」

 

そこで上杉と一花と四葉が部屋から出ていった。

 

「はぁぁ、立川先生もいることだし何もないことを祈りましょ。お土産コーナーに行こうと思ってるけど誰か行く?」

「だったら私が」

 

二乃の提案に五月が手を挙げ、二人が部屋から出ていった。

今部屋に残っているのは僕と立川先生、それに三玖である。

 

「三玖はどっちかに行かなくて良かったの?」

「うん。私はここでゆっくりする」

「では、お二人のお茶の用意をしますね」

 

そして、立川先生の用意してもらったお茶を飲み、窓から雪が降る景色を眺めながら三人でゆっくりと過ごすのだった。

 

 




今回の投稿も読んでいただきありがとうございます。

今回のお話では原作同様バス組は吹雪によって別の宿泊施設に泊まることになりました。
そして、和彦組については事前連絡があったことで吹雪に巻き込まれずに済む形を取らせていただきました。

ちなみに、この林間学校の場所がネットで調べても分からなかったので、僕の解釈で長野県にしてます。
林間学校が行われたのは11月初旬~中旬にかけてなので、その時期にスキーが出来るのは長野くらいしか思いつかず。他にあったらすみません。

では、次回の投稿も読んでいただければ幸いです。
どうぞよろしくお願いいたします。



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27.想い人

「ふぅ~、いいお湯だねぇ。景色も良いし最高だね」

「ですね。明日からの林間学校に合流したくないくらいです」

「あー…確かに」

 

自由行動の後、夕飯までまだ時間があることからお風呂に先に入ることにした。そして、僕と上杉は今二人並んで露天風呂に入っている。

 

「ことり達も老舗の旅館的なところに泊まったらしいから向こうも温泉とかあったかもね」

「へぇ~。まあでも人が多いしでここまでゆっくり出来ないでしょうね」

「あー…時間とか区切るだろうね。人の量が量だし」

 

今頃他の先生達は大変なんだろうなぁ。こっちは運転とか大変だけど気兼ねないメンバーだからか楽に過ごせてるかな。

 

「ところで旅館を探検して何か見つけた?」

「えっと…小さなゲームセンターがありました。後、卓球台も」

「旅館ならではだねぇ」

「ええ。それもあって卓球はしてきましたよ。四葉が相手してくれましたが、だいぶ手加減をしてくれましたね」

「へぇ~、上杉が進んで運動を。本当にテンション高くなってるね」

「まあ、楽しまなきゃ損かなって」

 

バシャッと顔にお湯をかけながら上杉は答えた。

 

「良いことなんじゃないかな。人生で一度きりの林間学校。楽しんでなんぼだよ」

「ですよね」

「あ、そういえば上杉が林間学校を休むことになるきっかけだったらいはさん。体調大丈夫なの?」

「ええ。今朝になって急に起き上がれるほどに回復して。それに親父(おやじ)も帰ってきたので問題ないかと」

「そっかぁ…少しは安心したかな」

「気にかけていただきありがとうございます」

 

そこで上杉はこちらに向き頭を下げた。

 

「別にそこまで畏まらなくても良いよ。花火大会を一緒に過ごした仲なんだしさ」

「そうですか。そうだ、らいはと言えばあいつお守りってことでミサンガをいつの間にか作ってて、しかもいつの間にか鞄に入れてたんです」

「へぇ~、手作りのミサンガなんて凄いじゃん」

「ですよね!しかも、お土産を期待してるっていうメモまで残してたんですよ。だから、この旅館での出来事やここまで来る道中での事とかを土産話として持って帰ろうって思ってます」

 

まっすぐ外の景色を見ながらそんな言葉を口にする上杉。今の上杉はとても良い顔をしている。本当にらいはさんの事になると雰囲気も変わるんだな。らいはさんもたしか上杉の話をする時はいきいきとしていたし、兄妹仲良く出来てるようだ。

 

「土産話をもっと増やすためにも、林間学校楽しまないとね」

「はい」

 

その後もしばらく温泉に浸かりながら景色を見て、上杉と二人のんびり過ごすのだった。

 

・・・・・

 

~女湯~

 

ところ変わってこちらは女湯。女湯でも、中野姉妹と芹菜が露天風呂に入っていた。

 

「ふぃ~…」

「あー、気持ちぃー」

「みんなで一緒にお風呂に入るなんて何年ぶりでしょうか」

「三玖のおっぱい大きくなったんじゃない?」

「みんな同じだから」

「ふふっ、みんなアクセサリーとかを取ってるからこうやって見るとますます見分けがつかないわね」

 

お風呂に入ることもあり、二乃と四葉のリボン、三玖のヘッドフォン、五月の髪飾りなどが取れている状態なのだ。唯一、一花だけがピアスをそのままつけているが、それでも家族以外は見分けがつかないかもしれない。まあ、髪の長さなど判断材料は様々とあるのだが。

 

「それを言ったら先生だって驚きでしたよ。服を脱いだら胸がそんなに大きいなんて」

「え!?」

 

二乃の指摘に芹菜は自身の胸を隠すような仕草を取った。

 

「ホントビックリ。先生って相当着痩せするタイプなんですね。胸の大きさは私たちと変わらないかも」

「う~~…たしかに友達にも良く言われますが…」

 

一花の質問にどこか遠いところを見ながら答える芹菜。

中野姉妹は五人全員が大きな胸を持っている。それは制服を着ている段階でも分かるほどだ。

一方の芹菜は普段からスラッとした体型に皆から見えているが、いざ服を脱ぐと中野姉妹とほとんど変わらないほどの大きさの胸の持ち主だったのだ。

 

「このこと吉浦先生は知ってるんですか?」

「し、知ってるはずないじゃない!私着痩せするタイプなんです、なんて同僚に言うはずないでしょ!」

「え~、勿体ないなぁ…」

 

一花の質問に吃りながらも答える芹菜に両手を頭に持っていきながら二乃は答えた。

 

「先生って吉浦先生とは付き合ってないんですよね?」

「つっ…つき…」

 

二乃の何気ない質問に芹菜は顔を赤くして言葉を詰まらせてしまったが、それを二乃は見逃さなかった。

 

「へぇ~、先生って吉浦先生に気があるんですねぇ」

「~~っ……!」

「ちょっと二乃」

「いいじゃない一花。こうやって旅行先で恋ばなするなんて普通だと思うわ。でも、あんた達とじゃそんなことできないでしょ?」

「それは二乃も一緒」

「あはは…」

「う~…が、学生の間に交際だなんて不純です!」

「ほらね?」

 

三玖と四葉と五月の反応に二乃はどうだ、といった感じで一花を見た。

かく言う一花も別に恋ばなが嫌いという訳ではない。しかも若い先生の恋ばななどそうそう聞くことはないだろう。しかし相手、もしくは場所が悪い。

 

(まだあの子もそこまで自覚がある訳じゃないけど…)

 

「それでそれで、どうなんです?」

 

一花の心配をよそに二乃はぐいぐいと芹菜に迫っている。

 

「うー……私ってそんなに分かりやすいかな?」

「うーん、普段の学校生活からはわかんなかったかな。仲は良さそうに見えたからもしかして付き合ってんの、て感じ。そこは吉浦先生に否定されちゃったけど。でも、ここに来るまでの先生を見てたのと今の反応でなんとなく感じました」

「そっかぁ……お願い!吉浦先生には絶対に言わないでほしいの」

 

二乃の説明に観念した芹菜は五つ子達に自分の気持ちを内緒にしてほしいと頼んだ。

 

「そこはまあ、勝手に言ったりはしませんよ。それで、どんなところを好きになったんですか?」

「うーん…まずは頼りになるとこかな。一緒に仕事をしていて、困っている時とかいつも助けてくれて。そういう気配りとか優しさもあって。後はやっぱり一緒にいて安心と言うか、そんな感じがするからかな」

 

芹菜は両手を頬に持ってきながら恥ずかしそうに話した。自分の気持ちを知られれば止まることもないようである。

 

「立川先生のおっしゃっていることはわかるように思います」

 

芹菜の言葉に同調したのは五月であった。五月も中間試験の時に色々とお世話になったからかもしれない。

 

「じゃあ、この林間学校は少しでも距離を縮める絶好の行事よね!」

「おー、二乃が自分のことのようにやる気になってる」

 

四葉の言う通り、自分の恋のように二乃はやる気に満ちていた。

 

「あはは…そういう二乃さんはどうなの?まだ転校してきてあまり時間は経ってないけど、気になる子とかいないの?」

「私はいませんよ」

 

(上杉の学生証に入ってた写真。あんな男の子に出会えたらなぁ)

 

二乃が思っている人物とは、以前ことりが五つ子の子どもの頃の写真を見た日に遡る。

その日はある事件が勃発していたのだ。その事件というのは、風太郎が連絡先交換を行うために二乃に預けていた学生証を取り返すために、あろうことか寝ている二乃の部屋に忍び込んだのだ。

もちろんこれには二乃は大激怒。風太郎はリビングで正座をさせられたのだった。ことりはこの時にはまだ来ていなかったのでこの事件の事を知らないでいる。

そんなところにピアスをあける道具を持った一花が現れたことで、学生証を返す条件としてピアスをあける手伝いをするように二乃は風太郎に提案をした。渋々その提案に乗った風太郎であったが、ピアスをあける作業をしている最中(さいちゅう)に学生証に入っていた写真が二乃に見られてしまったのだ。

その写真には金髪でピアスをつけている小学生の男の子が写っていたのだが、その男の子が二乃にとってタイプの男の子だったのだ。それが風太郎の小学校時代の写真と露知らず。

 

そして二乃は今、その男の子が自分の前に現れないかと考えていたのだ。

 

「私だけじゃありません。ここにいる五人にいないんじゃないですかね。いたら、そっちで盛り上がってますよ」

「え…でも…

 

二乃の言葉に芹菜はある子を見た。

 

「……」

 

その子はただぼーっと肩まで湯に浸かり二乃が話しているのを聞いていた。

 

(確信があるわけじゃないし、他人(ひと)の好きな人の事を言うのは駄目よね)

 

「そっか。じゃあ仕方ないわね。でも、誰か好きな人ができたら教えてね。私だけ教えたのってなんかフェアじゃないから」

「「えーーー!?」」

 

芹菜の言葉に四葉と五月が驚きの声をあげた。その反応に芹菜は笑顔をこぼしていた。

 


 

入浴後、部屋に夕飯の用意がされた。中々豪勢でどれも美味しそうである。

ちなみに席順としては、僕の左に立川先生と二乃が並んでおり、僕の向かいには三玖と一花と上杉が並んでいる。四葉と五月はそれぞれテーブルの側面に座っており、僕と三玖の斜め前に五月が。二乃と上杉の斜め前に四葉が座っている。

 

「それにしても凄い料理だな!タッパーに入れて持ち帰りたいぜ!」

「やめてください...」

「でも、こんな豪華な料理を食べてたら、明日のカレーが見劣りしそうだよ」

「まあ、四葉の言いたいことは分からんでもないが、学校からの配慮だから気にせず食べな」

「三玖、あんたの班のカレー楽しみにしてるわ?」

「うるさい。この前練習したし、ことりも同じ班だから問題ない」

 

四葉や二乃、三玖が言っているように明日は飯盒炊飯によるカレー作りがあるのだ。班毎に作っていくが、ことりと三玖は同じ班である。

それにしても…

 

「ビールがありますが、立川先生が頼まれたんですか?」

「は、はい。やっぱりまずかったですかね」

「生徒の手前あまりよろしくなかったかもですが、まあこのメンバーですし良いかもしれませんね。では、どうぞ…」

 

そう言って立川先生のコップにビールを注いだ。

 

「ありがとうございます。では、吉浦先生も…」

 

自分のが注ぎ終わったの待った立川先生が今度は僕のコップに注いでくれた。

 

「ありがとうございます。では、今日は運転お疲れ様でした、乾杯」

「か…乾杯」

 

チンッと小さな音を鳴らしてお互いのコップを当てた。

 

「んっ…んっ…はぁぁ…美味しいです…」

 

なんだろう。お風呂上がりでもあるからか、ビールを飲んでいるだけで妙に色っぽく見えてしまう。てか、いつもより胸が大きく見えるのだが気のせいだろうか。

 

「む…先生、立川先生見すぎ」

「は?そ、そんなに見てないでしょ」

「……っ」

「むー…」

 

少しだけ見ていただけなのだが向かいの三玖に指摘をされた。自分で思ってたよりも見ていたのだろうか。

立川先生は少し恥ずかしそうにビールを飲んでいる。

僕も気分を紛らわすようにぐいっとビールを飲んだ。

 

「へぇ~、吉浦先生ってばお酒飲めるんだ。立川先生も」

 

そんな僕の飲みっぷりを見ていた一花からそんな風に声をかけられた。

 

「まあ付き合い程度にはね。普段家ではあんま飲んでないかな。立川先生は結構好きだったりするんですか?」

「え…ええ…普段家でも晩酌を…」

「へぇ~、意外です。立川先生はそんなにお飲みにならないと思ってました」

「だね。なら地酒とかお好きなんじゃないです?良かったら頼みます?」

「い、いいんですか!?」

 

僕の質問に目をキラキラさせている立川先生。そんなにお酒が好きだったとは。

 

「構いませんよ。みんなはジュースとか飲む?」

「いいの?じゃあコーラで」

「私はジンジャーエールがいいわ」

「ウーロン茶」

「オレンジジュースがいいです!」

「カルピスをお願いします」

「ホントにバラバラだね。上杉は?」

「俺は水でいいですよ」

「遠慮しない。じゃあウーロン茶を頼んどくね」

「ありがとうございます」

 

全員の希望を聞いた僕は電話で注文をとった。そして自分の席に戻ると向かいの三玖がビール瓶を持って注ぐ体勢をとった。

 

「こういうのちょっと興味があったんだ。いいかな?」

「ああ。じゃあ、お願いしようかな」

 

そして三玖に向かってコップを差し出した。

 

「むー…あまり上手く注げない。泡がない」

「ははは、何気にビールを注ぐのって難しいからね。僕はその辺気にしないから大丈夫だよ。ありがとね」

「…うん」

 

自分が注いだビールにほぼ泡がないことに残念な顔をしていた三玖だが、僕の言葉に少しは安心したようだ。

 

「それにしても、こうやってると本当に旅行に来ただけだって感じちゃうよねぇ。実際は林間学校なのにさ。そういえば林間学校のスケジュールよく読んでなかったかも」

「2日目の主なイベントは、オリエンテーリング、飯盒炊飯に肝試しだ。3日目は自由参加の登山にスキー、川釣りが開催される。そして夜はキャンプファイヤーだ」

「何でフータロー君暗記してるの…?」

 

上杉がスラスラとスケジュールを伝えた事に一花は驚きの声をあげた。かくいう僕も驚いている。

 

「凄い。もしかしてしおりをしっかりと読んできたの?」

「ま…まあ…」

 

立川先生の問いに恥ずかしそうに上杉は答えた。

 

「上杉さん流石です!あと、キャンプファイヤーの伝説の詳細が分かったんだけど…」

「伝説?」

 

一花は伝説について知らないようで、四葉に聞き返した。

 

「関係ないわよ。そんな話したってしょうがないでしょ。どうせこの子達に相手なんていないでしょ」

「あはは...」

「……」

 

そういえば、一花と踊ることになってたけど当の一花とは何も話せてなかったなぁ。一花は僕と踊ることを知ってるみたいだから乾いた笑いが出ている。

なぜかその横の上杉も神妙な顔つきになっているようだが。

 

「ま、伝説なんてくだらないことどうでもいいけど」

 

二乃は四葉と違って伝説には興味がないようだ。ま、こちらからは何も言わない方が良いだろう。

その後も美味しい料理を食べながら色々な話で盛り上がるのだった。

 

 




今回の投稿も読んでいただきありがとうございます。

今回はお風呂での語らいと夕飯の風景を書かせていただきました。
原作と違ってお風呂と夕飯を逆で今回は書いてみました。理由としては、和彦と芹菜がお酒を飲むのと芹菜のお風呂上がりの雰囲気に和彦が少しでもたじろぐ姿を書きたかったというのもあります。
この旅館でのお話は次回でも書かせていただきますのでよろしくお願いいたします。

では、次回の投稿も読んでいただければ幸いです。
どうぞよろしくお願いいたします。



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28.夜の語らい

皆が寝静まった夜。僕は一人窓際の椅子に座って先ほどの夕飯時に飲んだ地酒の余りを飲んでいた。徳利にはあと少しだけ残っていて、一人でちびちび飲むにはちょうど良かった。

外は雪も止み晴れたお陰で月が綺麗に見えていた。いわゆる月見酒というものだ。部屋の電気を消し、月の明かりだけで飲むのも一興である。

お酒好きの立川先生が同席していないのは、今日一日の疲れが溜まっていたからか、夕飯が終わってしばらくすると眠ってしまったからである。

お猪口をくいっと傾けたところに一人の人物がこちらに近づいてきた。電気をつけていないから近くまで来ないと誰かは分からない。

 

「先生…?一人で何してるの?」

「……ああ、三玖か。いや、勿体ないし残ってたお酒を飲んでしまおうと思ってね」

 

最初は姉妹の誰かが分からなかった。とりあえず髪の長さと前髪で判別したがあっていたようだ。徳利を持ってお酒を飲んでいることをアピールすると僕の向かいに三玖は座った。

 

「三玖も疲れてるだろ。無理に付き合わなくて良いよ」

「別に無理してない。はい、注いであげる」

 

そう言った三玖は徳利を手に取ると、こちらに差し出してきた。なので、お猪口に残っていたお酒を飲み干しそのままお猪口を差し出した。

 

「これだったらただ注ぐだけでいいし簡単」

「ははは、そうだね。ありがとね」

 

注いでもらったお酒を少しだけ口に含んだ僕は夜空に輝く月を見た。三玖もそれに続いた。席を立たないということは本当にしばらく僕に付き合ってくれるのだろう。

 

「そうだ。私もお茶注いできていいかな?」

「ああ。構わないよ」

 

三玖の申し出に了承すると三玖はお茶を淹れるために少しの間離れた。戻ってきた三玖はそのままお茶を飲んだ。

 

「はぁぁ…美味しい」

「ふふっ、片やお酒を飲んで。片やお茶を飲むって面白い構図だね」

「たしかに…先生って普段飲まないって言ってたけどお酒強いんだね。結構な量飲んでたと思うけど」

「まあ、ゆっくりなペースで飲んでたからかな。それに飲まないって言ってもたまには飲んでたしね。後は立川先生の方が僕より飲んでたし」

「そんなもんなんだ」

「将来……てか三年後か。お酒を飲めるようになったら分かるよ。でも、五人で飲んだら楽しそうだね。一番お酒を飲むのは誰になるんだろう」

 

そう口にしながら徳利に手を伸ばすと三玖に先に取られてまた注いでもらった。

 

「それは分かんないけど、でもたしかに姉妹五人で飲むのは楽しそうかな」

「そこに上杉やことりもいたらもっと楽しいだろうね。そんな関係が君達だったら続いてるように思えるよ」

「先生は?」

「え?」

「そこに先生はいないの?」

 

あまりに予想していなかった言葉だったので驚いてしまった。

 

「あー…考えてなかったかも。もちろん呼んでくれたら、その飲み会に参加するよ」

「うん。先生ともお酒を飲みたいって思ってるよ」

 

三玖には珍しくにっこりと笑って言葉を返された。

教え子とお酒を酌み交わすか。うん、とても良いことなのかもしれないな。

そんな風に考えながら、お猪口を傾けてまたお酒を口に含んだ。

 

「そうだ。お酒と言えば呑み取りの槍って知ってる?」

「もちろん知ってる。母里友信(もりとものぶ)福島正則(ふくしままさのり)から大杯に入ったお酒を飲むように煽られて、それで呑み干した事で譲り受けた槍。たしか槍の名前は日本号(にほんごう)で、天下三名槍と呼ばれてる」

「さっすが、よく知ってるね……酒は呑め呑め、呑むならば、日本一(ひのもといち)のこの槍を、呑み取るほどに呑むならば、これぞ真の黒田武士」

「凄い。それって黒田節ってやつだよね。さすがに私でも文は覚えてなかった」

 

黒田節を口にした僕に驚きと感動の混ざったような顔で三玖はこちらを見た。

 

「黒田節だって分かっただけでも大したもんさ。まあ、僕が知ってたのは歴史好きと地元だからっていうのもあるんだけどね」

「え…てことは、先生の地元って福岡?」

「おー、本当に歴史に関しては凄いね三玖は。そ、僕とことりの地元は黒田藩である福岡だよ」

「そんなに遠くだったんだ」

「そうだねぇ。本当に遠くまで来たもんだ」

 

そこでお猪口の残りのお酒を飲んだ。徳利にはもう入っていないからこれで全部である。

 

「……ねえ、先生のこともっと教えてほしい」

「僕のこと?」

「うん。なんでもいいの。好きな食べ物とかでも」

 

うーん。なぜそんなにも知りたいのか分からないが…

 

「教えてもいいけど今日はここまで。また後日ね」

「むー…」

「そんな顔しても駄目だよ。ほら、お酒は飲み終わったし、二人での夜更かしはここまで」

「……わかった。今度絶対に教えてね」

「分かった分かった。ほらもう寝な。おやすみ」

「うん…おやすみなさい」

 

そこで引き下がった三玖が和室に向かって行った。

三玖が和室に入ったのを確認したところで僕はもう一度月を見上げた。

さっきの三玖の顔。僕の事を教えてほしいと懇願していた時、顔を赤くして上目遣いに必死になっていた。まるで……なんてね。ちょっと飲みすぎたのかもしれない。僕もそろそろ休もう。

そう思った時だ。スマホに着信が入った。

 

「どうした、ことり。もう消灯の時間だろ?」

『うん…ちょっとお兄ちゃんの声を聞いた後に寝よっかなって』

「ふ~ん、といっても僕ももう寝ようとしてたんだけどね」

『大丈夫だよ。本当に声を聞きたかっただけだから。お兄ちゃんがもう寝るってことは他のみんなも寝ちゃってるんだ』

「そうだね。何だかんだで疲れが溜まってたんだろうね。夕飯食べた後暫くしたら寝ちゃったよ」

『ふ~ん。お兄ちゃんは今まで何してたの?』

「ん?お酒飲んでたよ」

『へぇ~、珍しいね。あ、もしかして立川先生と?』

「違うよ。立川先生は上杉に次いで二番目に寝たんだから。最初は一人で飲んでたんだけど、途中から三玖がお茶飲みながら付き合ってくれたよ」

『え、三玖が…?』

「ああ。それでも本当に少しの間だけどね」

『そっか…三玖が…もしかして動き出したとか…?

「?ほら、ことりも明日早いんだろうしもう寝な。おやすみ」

『分かったよぉ。じゃあおやすみ、チュッ』

 

そこで電話が切れた。はぁ…まったくあの子ときたら。

そして、ため息混じりにしっかりとした足取りでベッドルームに向かうのだった。

 


 

翌朝。目が覚めたのだが隣の上杉はまだ寝ていた。

まあ、まだ起こす時間でもないし静かに移動しよう。

ベッドから起き上がった僕は、寝ている上杉を起こさないようにベッドルームを後にした。

ベッドルームから出るとすでに先客がおり、テーブルの傍に座りお茶を飲んでいた。

 

「あ、先生。おはようございます」

「おはよう五月。早いね。まだ寝ててもいい時間なのに」

「目が覚めてしまって。今お茶を淹れますね」

 

そう言うと、ポットからお湯を急須に入れてそのまま湯のみにお茶を注ぎだした。自分用に注いだ後だから茶葉がまだ残ってたのだろう。

 

「どうぞ」

「ありがとね……ふぅ、美味しい」

「二日酔いとかは大丈夫ですか?」

「ああ、大丈夫だよ。さすがに今日も運転するんだからその辺はちゃんと考えてるって」

「で、ですよね。すみません、周りにお酒を飲む人がいなくって…」

「あれ、中野さんは飲まないんだ?」

「そうですね。飲んでいるところを見たことがありません」

 

へぇ~。僕もそこまで飲む方ではないけど、家族の前で飲んだことがないのは相当だな。本当に飲まない人なのかも。まあ珍しくはないか。

 

「いよいよ今日から林間学校開始ですね」

「ああ。まあ、バス組と合流できるのはお昼くらいだろうけどね」

「早めに出発はしないのですか?」

「ああ。向こうの先生とも話が進んでてね。本来今日の午前中から行う予定だったオリエンテーリングを縮小して、これが午後だけになったらしい。だから、お昼ご飯の時間までに合流してもらえればいいってさ」

「いつの間に…」

「昨日の夕飯の後辺りかな。皆で楽しくトランプしてたでしょ。あの時だよ」

 

そこで一息入れるためにお茶を飲んだ。そういえば、トランプも二回くらいで上杉と立川先生が寝ることになったからお開きになったんだっけ。

 

「……あの…先生は上杉君のことをどのような人物だと思っていますか?」

「また急だねぇ。うーん…素直になれないけど根は優しい男の子、かな」

「そう…ですか…」

「上杉がどうかした?」

「いえ、この林間学校を通して彼という人物を確かめようかと思っています」

 

決意に満ちたような顔でそう話す五月。肩肘張りすぎてるように思えてくる。

 

「そんなんじゃ五月自身が林間学校学校楽しめないじゃん。もう少し力抜いていこ」

「そ…それはそうなのですが…」

 

どこか納得が出来ないような顔で五月は答えた。彼女にも彼女なりに考えての事なのだろう。

 

「ふふっ、ちなみに五月は三日目の自由参加は登山にスキーに川釣りと、何にするかもう決めてるの?」

「え、三日目ですか?そうですね、スキーに参加する予定です」

「へぇ~、五月ってスキー滑れるんだ」

「人並みではありますが…」

 

少し意地悪だったかもしれないが、無理やり話を別の方向に持っていくことにした。少しでも五月自身が林間学校を楽しめてくれるようにと。

その後もなるべく楽しい話を中心に会話を弾ませた。その間は五月も笑顔で話していたから良かった。

そうしている間に次々と皆が起きてきた。

 

「ふわぁ~、おはよう五月ちゃん。それに先生も」

「う~ん…あんま寝たりないわねぇ」

「……」

「三玖。寝ながら歩くと危ないよ」

「おはよう…ございますぅ…」

「!?」

 

やはり五つ子は五人揃うだけで賑やかになるな。それが良いところでもあるけれども、ちょっと問題があった。立川先生も含めて起きたばかりだからなのか、寝間着に着ていた浴衣が乱れていて胸などがもう見えそうなのである。

 

「…っ!み、みんな!きちんと着こなしてから出てきてください!立川先生もです!」

 

僕はすぐに目を反らしたのだが、五月が五人を連れて和室の方に連れていったようである。

さて、上杉を起こしてから着替えようかな。

六人が和室に入っていったのを確認してからベッドルームに移動するのだった。

 

・・・・・

 

「先ほどはお見苦しいものを見せてしまい申し訳ありませんでした」

 

全員が起きて身支度も整った後、朝食を食べるために全員で食堂に来ていた。ここの朝食はビュッフェ形式なのでそれぞれが好きな物をお盆の上に乗せている。

そしていざ朝食を食べ始めたところで僕の向かいに座っている立川先生から謝罪があった。

 

「いえいえ。僕の方こそすみません、配慮がなかったかもしれません。それにしても立川先生は朝が弱いのですか?」

 

僕はこの日の朝食を和食中心で選んでいたので味噌汁を飲みながら聞いてみた。

ちなみに、隣に座っている三玖と五月、後は上杉が和食中心の朝食で、それ以外が洋食、つまりパンを選んでいる。僕の向かいの立川先生もバターロールを一口サイズにちぎりながら食べている。

……五月のお盆の上の料理の量はあえて突っ込まないでおいた。

 

「はい……お恥ずかしい話なのですが、朝起きることはできるのですがボーッとすることが多く、いつも家でも朝の身支度に時間がかかるんです」

「意外ですね。立川先生は朝からビシッとしているイメージでした」

「あはは…イメージ壊してごめんね」

 

僕も立川先生は朝は強いイメージを持っていたのだが、変わりに五月が気持ちを伝えてくれた。

まあ、人間何かしら弱い事だってあるだろう。

 

「それじゃあ今日のこれからの予定だけど、朝食が終わったらひと息入れて出発するからそのつもりで。バス組にはお昼前に合流する予定だからね。それで合流後は一時したらお昼ごはんになって、午前に予定していたオリエンテーリングを縮小して行い、飯盒炊飯は予定通りに行われるから。その後の肝試しもね」

 

今日の予定をまとめて話すと全員から返事があった。

さあ、後少しの運転も安全運転でいこう。

 


 

~一花・三玖side~

 

朝食が終わった後、各自で出発の準備が整うと全員で一階のエントランスに来ていた。

フロントでは現在、和彦と芹菜が対応をしている。

それ以外のメンバーはお土産が並んでいるお店で色々と見ていた。

そんな中、一花と三玖は少し離れたところでソファーに座っていた。

 

「うーん、林間学校も楽しみだけどこの旅行も楽しかったから名残惜しいなぁ」

「そうだね」

 

一花が片腕をストレッチの要領で上に伸ばしながら話すと三玖はそれに同調した。

二人の隣のソファーにはそれぞれ皆の荷物も置いてあるので荷物番も意味しているのかもしれない。

 

「……ねえ三玖?本当に明日のキャンプファイヤーで先生の相手を私がやってもいいの?」

「え?」

「本当は三玖が先生と踊りたいんじゃない?」

「…っ!」

 

林間学校三日目の夜に行われるキャンプファイヤー。そこでダンスを踊るのだが、一花は三玖の咄嗟の判断で和彦と踊ることになっているのだ。

しかし一花は、三玖の和彦に対する想いを知っているからこそ、和彦の相手は三玖がした方が良いのではないかと思っているのだ。

 

「……そんなことない。その場しのぎで私が決めちゃったことだから…一花が問題ないなら先生とは一花が踊って」

 

一瞬の間があったものの、三玖は自分ではなく和彦とは一花が踊るように勧めた。しかしその三玖は一花と目を合わせず、ずっと下を向いている。

 

「後悔しないようにしなよ。先生を好きな人は他にもいるんだから。立川先生みたいにさ」

 

三玖のそんな態度に一花はとりあえず和彦と踊るように勧めるのを止めるも、三玖に忠告を入れながらフロントにいる和彦と芹菜を見た。それに三玖も続く。

 

「今がいつまでも続くとは限らないんだから」

 

一花と三玖の二人が見ている方向では芹菜がニコニコと笑いながら和彦と話している姿があった。

 

『相手を独り占めしたい』

 

そんな芹菜の姿を見ていた三玖は、以前前田が口にした言葉を思い出しながら胸辺りの服をぎゅっと握った。

 

(あんな風に先生の隣にいれたら…でも……やっぱり(はた)から見たら良くて兄妹にしか見えないんだろうな。私には立川先生みたいな大人な雰囲気ないし…)

 

「ねえ一花?」

「んー?」

「私、早く大人になりたいな…」

「三玖…」

 

三玖の気持ちに応える言葉が一花にはすぐに出てこなかった。

 

「よーし、じゃあ出発しようか」

 

和彦のそんな号令もあり八人は車で本来の宿泊施設に向かうのだった。

 

 




今回の投稿も読んでいただきありがとうございます。

今回のお話では、サブタイトルにもなっている三玖との夜の語らい、ことりとの電話、五月と朝のお話など、和彦が色んな人物と二人で話すお話を書かせていただきました。
三玖の気持ちに和彦が気づいたかというところをお酒の酔いで誤魔化してみました。ちょっと無理があったかもしれませんが…
そして三玖は、車の運転にお酒と和彦が自分とは違い大人であると痛感することで、『早く大人になりたい』という気持ちになったのかもしれません。

では、次回の投稿も読んでいただければ幸いです。
どうぞよろしくお願いいたします。



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29.林間学校二日目

トントン…トントン…

 

林間学校二日目の夕方。予定通りに飯盒炊飯が行われている。

昨日から泊まっていた旅館を出発した僕達は、予定通りに宿泊施設にお昼前に到着してバス組と合流することができた。副担任の先生に色々と引き継ぎを受けた頃に昼食の時間となり、本来は外で食べるはずだったお弁当を食堂で全クラス集合して食べた。

オリエンテーリングでは、短いルートを利用した内容ではあったが中々盛り上がっていたように思われる。

僕達教師は参加はせず、スタートとゴール地点で生徒達が戻って来るのを待っていたのでまあ暇ではあったな。

そのオリエンテーリングの熱も収まらないうちにこの飯盒炊飯が始まったので、皆楽しそうに話ながら調理をしている。

この飯盒炊飯で作ったカレーが夕飯でもあるので、僕達教師も自分達のカレーを作っている。

 

「事前に聞いていたとはいえ、こうやって生徒達と交ざって料理をすると何か変な感じがしますね」

「たしかに。ふふっ、私たちも学生の気分になりますね」

「先生達の中でも若手であれば尚更ですね」

 

普段から料理をすると言うことで、僕と立川先生が二人でカレー作りの担当になった。今は具材の野菜をそれぞれ切っているところである。

じゃがいもに人参、玉ねぎを切ってボールに入れていっている。

 

「それにしても手際がいいですね。吉浦先生は妹のことりさんに食事を作ってもらっているのかと思ってました」

「まあ、たしかにことりがほとんど作ってますけどね。だけどたまに僕が作ってたりしてるんですよ。特に試験前とかは勉強に集中してもらいたいってことで料理してますよ」

 

自分の分を切り終わったのでかまどの火を起こした。すでに薪は組んでいたので後は火種を入れるだけである。火が大きくなったところで鍋を置き油を引いて鍋が温まるのを待った。鍋が温まったところでまずは肉から炒めていく。火の調整が出来ないので手を止めるとすぐに焦がしてしまいそうだ。

肉をある程度炒め終わったところで、立川先生から切った野菜の入ったボールを受け取り鍋の中に投入してまた炒めていった。炒める時は菜箸ではなくへらを使っている。

 

「やっぱり手際いいですね。野外での料理も慣れていらっしゃるんですか?」

「まさか。勢いでやってるだけですよ。うん、だいぶ炒めたのでそろそろ水を入れましょうか」

「はい、水です」

 

僕の言葉に水の入ったボールを差し出してきた立川先生から受け取り、野菜が浸かる程度に鍋に水を入れ蓋をした。

 

「後は、あくを取りながら煮込んでいって、最後にルーを投入ですね」

「では、ここからは変わりますよ」

 

お玉を持った立川先生が僕と入れ替わるように鍋の前に立ち、蓋を取ってあくを取り始めた。僕は立川先生が取ったあくを捨てるためのボールを持って隣に立っていた。

 

「♪~~♪~」

 

立川先生は鼻歌交じりにあくを取っている。それだけでこの空間が二人だけの世界にでもなったかのようである。

 

「立川先生ご機嫌ですね」

「え…す、すみません。つい出てしまって…」

「いえ、全然気にならないですよ。むしろこちらまで楽しくなってくると言いますか。立川先生と料理してたら毎日楽しそうですね」

 

立川先生って今はお付き合いしている人はいないんだっけ?彼女くらいになれば引く手あまただろうけど。それとも今は僕と同じで仕事が忙しくて考える余裕がないとかだろうか。

そんな考えをしていると立川先生はさらに上機嫌な顔であく取りをしていた。

 

「えへへへ…毎日かぁ…一緒に台所に並んで料理したりとか?きゃーー!

 

たまに恥ずかしそうな顔をしたりして、立川先生は何かあったのだろうが嬉しいことがあったのだろう。そっとしておこう。

そんなこんなで、その後ルーを入れ火も弱くしたので後は焦げないようにまぜながら煮込んでいくだけだ。

 

「立川先生。ちょっとクラスの様子見てくるので、しばらくお任せして良いですか?」

「ええ、構いませんよ」

「ありがとうございます。後で変わりますね」

 

立川先生の許可も得たので自分のクラスの様子を見に行くことにした。

僕達教師陣のカレーも後は煮込むだけなので、どの班も同じくらいの工程まで進んでいた。

 

「ちょっ…!三玖、何を入れようとしてるの?」

「お味噌。隠し味」

「いや、カレーに味噌はないでしょ」

 

見回っているとちょうどことりと三玖が鍋の前にいたので、三玖がカレーに味噌を入れようとしていたのにツッコミを入れてしまった。

 

「「先生」」

「よっ!やっと手が空いたから様子を見に来たよ。しかし、カレーに味噌なんて個性的にもほどがあるでしょ」

「むー…美味しくなるかもしれない」

 

そういうのはまずは自分だけで試してからにしようね。

そういえば三玖は、以前真っ黒なコロッケを作ったという料理下手なのではないかと思わせるエピソードがあった。このカレーに味噌はその延長線ではないだろうか。

 

「先生はこちらに来て大丈夫なんですか?奥さんが待ってるんじゃないですか?」

「はぁ!?誰が奥さんだよ。てか立川先生のこと言ってる?」

 

よそよそしい態度ではあるものの、言葉からは怒りが含まれていることりの言葉。周りに他にも生徒がいるから抑えているのだろう。

 

「ええ。みんな言ってますよ。『あの二人の雰囲気、もう夫婦だよね』とか、『まるで新婚生活を絵に描いたみたい』とか」

「……」

 

生徒達が作っている場所からそんなに離れていない場所で料理をしていたから、そう思われるかもしれないとは予想はしていた。まさかその予想が当たるとは。

目の前のことりは笑顔で話しているが内心では笑っていないのだろう。口元とこめかみがピクピクと動いている。後、三玖もなぜか心配そうな顔でこちらを見ていた。

 

「そういう関係でもないんだから、そういうのは本人のいないところで話すんだね。僕もそうだけど、立川先生にも失礼でしょ」

「……失礼しました。気をつけます」

 

僕の言葉にことりは素直に頭を下げて謝った。

まあ、ことりとしては嫌みを言いたい気持ちだったのだろう。分からんでもない。いや、分かっちゃいけないんだけどね…

ことりはしゅんとなっていたので、頭をポンポンと撫でてあげた。

 

「せ、先生は…結婚したら、やっぱりあんな感じで一緒に料理したいの?好きなタイプの話をした時にも言ってたし」

 

そこへ鍋の中のカレーをまぜていた三玖から質問をしてきた。

そういえば、昨日の夜にも好きなものを聞いてきたっけ。

 

「ふむ……まあ実際立川先生と料理してて楽しいなって思ったから、結婚したらこんな風に過ごすのもいいなとも思ったよ」

「そ…そっか…」

 

僕の言葉に三玖はどこか考える表情をしているように見えた。

 

「まあ、でも別に一緒に料理しなくても、こうやって料理してる横で話してるのも楽しいよ。普段から家でもことりとしてるしね。結局、好きな人とだったら何してても楽しいんだろうね。曖昧な回答だけど参考になった?」

「うん…!参考になった」

 

カレーをずっとまぜていた三玖であったが少しは笑顔が戻ってきたようだ。

 

「なら良かった。じゃあ、そろそろ戻るね」

 

そしてその場を後にした。

さて、最後に飯盒でご飯を炊いている方を見てから戻りますか。

今回の飯盒炊飯では、カレーを作る場所と飯盒でご飯を炊く場所とで分かれている。今向かっている場所が飯盒でご飯を炊く場所である。

そこには上杉と前田が並んで座っていた。二人は面識が無いのだろう。お互いに何も喋ることなく座っている。

 

「よ、お二人さん。二人は飯盒の係?」

「「先生」」

 

僕は前田側に座りながら声をかけた。

 

「そういえば、前田はキャンプファイヤーの相手は見つかった?」

「それがまだ決まってないんすよ…」

「そ、そっかぁ…」

 

前田はまだキャンプファイヤーの相手が決まっていないようで、どんよりとした空気を醸し出している。

しかし、こればっかりは僕にはどうしようもないからなぁ。前田自身で頑張ってもらうしかないか。

 

「上杉は相手いるの?」

「いやいや先生。こんな奴にいる訳ないじゃないっすか……」

「一応います」

「なにーーー!?」

 

上杉にキャンプファイヤーの相手がいるとは思わなかったのか前田が驚きの声をあげた。

そうか。だから、昨日の夕飯の時に四葉がキャンプファイヤーの話を持ち出したら複雑な顔をしていたのか。

 

「お、お前!相手は誰だ!」

「……ことりだよ」

「へぇ~」

「こ、ことりって…お前、あれか?ここいる吉浦先生の妹さんで、密かにファンクラブまであると言われてる、あの吉浦ことりさんか!?」

「よく分からんが、吉浦ことりで間違いないな」

 

驚きのあまり立ち上がってしまった前田に対して、上杉は至って冷静に火にかけている飯盒をじっと見ていた。

多分、前田ではなくとも全員が同じような驚きをするだろう。なにせ…

 

「いやいや、なんでお前はそんなに冷静なんだ!吉浦さんと言えば、男子からのお誘いをことごとく断っていることで有名なんだぞ!」

「そういやぁ、ことりもそんなこと言ってたな」

 

そう。前田が説明した通り、男子からのどんな誘いであっても全て断っているのだ。そんなことりがキャンプファイヤーで男子と踊ると聞けば誰だって驚くだろう。

 

「さっきから気になってたんだが、お前吉浦さんのこと名前で呼んでるよな。いいのかよ」

「いいも何もあいつから名前で呼べと言ってきたんだ。構わんだろ」

「どうなってんだよー」

 

頭を抱えて上を見上げながら叫ぶ前田。

そういえば、ことりが名前呼びを許した男子ってそんなにいないような。この学校では多分上杉だけだろう。それを考えたら、上杉は確かにイレギュラーな存在かもしれない。

 

「上杉さん。肝試しの道具運んじゃいますね」

 

三人でキャンプファイヤーの話をしていたところに、荷物をたくさん持った四葉が通りかかった。四葉が持っている荷物には肝試しの肝という文字が書かれているので、どれも肝試し用の道具なのだろう。

しかし、肝試しの担当は一組だったような。四葉のクラスの三組は担当じゃなかったはずだ。

 

「四葉…お前確かキャンプファイヤーの係だったろ」

「はい!でも、上杉さん一人じゃ無理だと思って、クラスの友達にも声かけました。勉強星人の上杉さんがせっかく林間学校に来てくれたんです。私も全力投球でサポートします!」

 

上杉も僕と同じ疑問を持ったようで四葉に確認した。すると、どうやら肝試しの担当が上杉一人のために四葉が助っ人に買って出たそうだ。しかし、さすがに肝試しの担当を一人にするとは酷である。大方、立川先生は上杉の手伝いをするように声かけたが誰も手伝いに来なかった、ということだろう。上杉は教室でもずっと勉強しているそうだし、担当決めの時も話そっちのけで勉強してたってとこか。

 

「よし。前田っていったな。俺の班の飯の世話もしててくれ」

「あ?命令してんじゃねーよ!」

 

上杉は前田に飯盒の見張りを依頼すると、四葉から荷物を預かっている。今から準備に取りかかるのだろう。

 

「肝試しは自由参加だ。クラスの女子でも誘ってきてみろ」

「ああ、吊り橋効果ってやつだね」

「なるほど…」

「ただしこっちも本気でいくからビビんじゃねーぞ」

 

そう言って上杉は四葉を連れて準備に行ってしまった。

僕も立川先生を待たせる訳にもいかないためその場を後にするのだった。

 


 

そして夜。肝試しが開催される運びとなった。

遠くからは結構悲鳴が聞こえているから、催し的には順調のようである。

また、この悲鳴が出発を待っている人達に恐怖心を植えつけているから演出としても文句無しだ。

 

「け…結構悲鳴が聞こえますね…」

「そうですね。上杉達が頑張ってるのかもしれませんね」

 

隣の立川先生が少し声を震えながら話しかけてきた。こういったのは苦手なのだろうか。心なしかいつもより近いような…

 

「立川先生はこういった肝試しとかは苦手なんですか?声が少し震えてますが」

「えっ…!ま…まあ、得意ではないですね。街灯がある中での夜の出歩きとかなら大丈夫なんですが、オバケとかホラー系はどうも苦手でして…吉浦先生は平気なんですか?」

「ええ。妹のことりがホラー系の映画とかよく観るんですけど、それに付き合わされていたからか大分耐性が付きましたね」

 

ことりとはよくホラー系の映画を観に行ったりしていた。かといって別にことりがホラー系を好きかと言えばそうでもない。話題に上がったものしか観に行かないし、いつも観に行く度に手を握られるから得意ってことでもないのだろうと思っている。

そんなことりもこの肝試しには参加するようで、クラスメイトと待機している。ペアの子と一緒に少しだけ怖がっているようだ。だが、どこか楽しそうであるから問題ないだろう。

この肝試しは誰とでも参加が出来るので、クラスメイトじゃなくてもペアが作れる。なので、中野姉妹は一花と三玖、二乃と五月といった形でペアを組み肝試しに参加するようだ。

そろそろ終盤に差し掛かった頃、近くにいた生徒に声をかけられた。

 

「先生達は参加しないんですか?」

「いや、生徒達で楽しみなよ」

「えー、そんなこと言わずに先生も楽しみましょうよ。ほら、吉浦先生と立川先生で行ってきたらいいじゃないですか」

「えー!?」

 

突然自分の名前が出たからか、立川先生は驚きの声をあげた。

 

「そうだね。お二人で行ってくるといい」

「主任…」

 

どちらかと言えば止めてほしかったのだが…

近くにいた学年主任の先生まで肝試し参加を勧めてきた。

 

「い…い…行きましょう!」

「ちょっ、大丈夫ですか?無理なさらなくてもいいんですよ?」

「だ…大丈夫です。吉浦先生が傍にいてくれるなら…」

 

そんなこんなで急遽肝試しへの参加が決まってしまった。道中はスマホのライトのみが頼みであるのでかなり暗そうである。どちらかと言えば、足元に注意をした方がいいかもしれない。

僕達教師二人の参加で周りはかなり盛り上がっている。その反面、立川先生はかなりビビってるようである。

そんな中順番が回ってきたのでスタートするのだった。

 

 




今回の投稿も読んでいただきありがとうございます。

今回は飯盒炊飯を中心に書かせていただきました。
こういった高校イベントである林間学校での飯盒炊飯で、先生って実際作ってるのか分からなかったですが、このお話では教師も自分達の分を作るということにしてみました。ちなみに、和彦と芹菜以外の先生で飯盒を使ってご飯を炊いてます。
さて、次回は後半に少しだけ触れました肝試しのお話です。和彦の出番は少なめで、二乃と風太郎が中心になると思われます。

では、次回の投稿も読んでいただければ幸いです。
どうぞよろしくお願いいたします。



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30.肝試し

~風太郎・四葉side~

 

「「ひぃっ……うわあああ!!」」

 

時は少し遡り。肝試しの会場でもある森の中では風太郎と四葉が脅かし役に勤しんでいた。今も前田と前田が声をかけたであろう女子の二人を脅かしたところである。

 

「くくく…」

「絶好調ですね、ジャケットどうぞ!」

 

脅かしたことで怖がっていく様を見て大変ご満悦な風太郎であり、そんな楽しそうにしている風太郎を見て四葉も嬉しく思っていた。

もう11月も中旬を過ぎた頃。さすがに夜は冷えることもあり、待機している時はお互いにジャケットを着ていた。

 

「私嬉しいです。いつも死んだ眼をした上杉さんの眼に生気を感じます」

「そうか蘇れて何よりだよ」

 

例え方が独特ではあるが、風太郎が楽しそうにしていると言いたいのであろう。四葉の目はキラキラしていた。

 

「もしかしたら来てくれないと思っちゃったから」

 

少し悲しい表情で土に螺旋を書いていく四葉。実際にらいはの体調不良もあり一時期来ないかもしれなかった風太郎。しかし、今こうして自分の横にいて林間学校を楽しんでいることが何よりも四葉は嬉しかった。

 

「後悔のない林間学校にしましょうね……ししし」

「……」

 

とびっきりの笑顔を風太郎に向ける四葉。そして風太郎はその笑顔から何か考えさせられるものができた。

 

「あ、次の人来ましたよ!」

 

そうこうしているうちに次のペアが来たようで、灯りが二人に近づいてきた。そして二人はタイミングよく脅かしのために飛び出した。

 

「や、やってやらぁ!」

「食べちゃうぞー!!」

 

そんな二人の脅かしに対して今回のペアは反応がいまいちだった。それは…

 

「フータロー」

「四葉もいるじゃん」

 

一花と三玖。今回の肝試しで風太郎の扮装を知っている二人だったからかもしれない。

 

「一花に三玖!」

「なんだネタがばれてる二人か。脅かして損したぜ」

 

二人の前だからか風太郎はピエロの仮面を取り二人に話しかけた。金髪のカツラはそのままなので今の風太郎は端から見たら金髪の男の状態である。

 

「あ、ごめん…」

「わぁ、びっくり。予想外だー」

「お気遣いどうも」

 

すぐに謝る三玖と棒読みではあるが驚きを表現している一花。風太郎は一花の棒読みには気づいているようだ。

 

「本当だよー……っ!」

「嘘つけ……て、どうした?」

 

驚いたことが本当だと言いながら一花は風太郎に近づいていった。そこで一瞬驚きの表情を醸し出した。

普段は鈍いところが多々ある風太郎ではあるが、そんな一花の変化には気づくのだった。

 

「ううん…その金髪染めたのかなって。中々似合ってるじゃん」

「カツラだ。そんなことより、看板が出てるから分かると思うが、この先は崖で危ない。ルート通り進めよ」

「わかった。ほら行くよ一花。次の人が来ちゃう」

「は~い。じゃあね。四葉もフータロー君も頑張って」

 

この先の道は二手に分かれている。風太郎が話した通り看板が出ているので見れば分かるのだが、矢印と逆に行ってしまうと崖があって危ない場所になっている。

そんな風太郎の説明を受けた一花と三玖は先に進んでいった。

それを風太郎と四葉が見送っていると、四葉の方から風太郎に脅かし方のダメ出しが入った。

 

「上杉さん。脅かし方にまだ迷いがあります。もっと凝った登場しないと!」

「は?凝ったって言ってもなぁ…」

 

今は草むらから急に飛び出す登場を行っているがそれ以外となると後ろから登場するくらいだろうか。しかし、四葉の考えは突飛していた。

 

「上杉さん。ここにロープがあります」

「なんであるかはひとまずツッコまないでおこう。それで?それをどうするんだ?」

 

ロープを持った四葉はニコニコしながら上を向いた。それに風太郎も続く。その先には太い一本の木の枝があった。

 

「お前…まさかと思うが…」

「お手伝いします」

 

ピンっとロープを張りながら話す四葉に反論をする気も失せ、風太郎は四葉にされるがままに木の枝に登って準備を始めるのだった。

 

そしてしばらくすると次のペアが来たようで灯りが近づいてきている。

 

(あれは…二乃に五月か。ふっ、日頃の鬱憤(うっぷん)をここで晴らさせてもらおう)

 

枝の上に上がったからか下にいた時より近づいてくる人物が分かるようで、風太郎には二乃と五月が近づいてくるのが見えたのだ。何だかんだで、風太郎も脅かし役をやる気は満々のようである。

そして二人が近づいたまさにその時。

 

「勉強しろ~~~っ!」

 

そんな台詞とともに二人の目の前に丁度現れるように風太郎は逆さまになってぶら下がったのだ。

 

わああああ、もう嫌ですぅぅぅぅ

「五月待ちなさい!」

 

仮装した風太郎が目の前に現れた瞬間悲鳴をあげた五月が周りを気にせず走り去ってしまった。どうやらホラー系が苦手のようで、ここまでギリギリのところに今の風太郎の脅かしで限界が来てしまったようだ。

そんな五月を二乃が一生懸命追いかけた。こちらも周りを見ることなく…

 

ブラン…ブラン…

 

一方の風太郎は呆然とした状態で二人が去った方向を見ていた。

 

「本当に苦手だったのか…」

「あちゃー…やりすぎちゃいましたね…」

 

今回は脅かしに出なかった四葉も木の陰から走り去ってしまった二人の方向を呆然と見ていた。

そこで風太郎は走り去った方向を見てあることに気がついた。

 

「あれ…?あいつら…どっちに行った?」

 

風太郎が見ている方向には、崖の方向に進まないように立ててあった順路を示す矢印の看板が立っていた。

 


 

~二乃side~

 

「五月ー、どこ行ったのよー」

 

一目散に逃げてしまった五月を追いかけていた二乃であったが、途中見失ってしまいスマホのライトを頼りに辺りを探しながら進んでいた。

 

「こっちで合ってんのかしら。一旦戻ろうかな…」

 

結構な距離を歩いているのにも(かか)わらず、一向に森を抜けないどころか更に覆い茂っているように二乃は感じていた。そんな時だ…

 

フッ…

 

「えっ」

 

二乃が持っていたスマホの電池が切れたのかライトが突然消えてしまったのだ。

 

「嘘っ、もう!?昨日充電するの忘れてたかも」

 

電源ボタンを長押ししても反応がないスマホに二乃は焦ってしまった。

 

「なんなのよ!せっかくの林間学校なのに、こんな所で一人に…」

 

ザアアアア…

 

そこに風が吹き周りの木々が葉っぱを擦れ合い音を立てた。普段であれば気にはならないが、この暗い森の中でのこの音は恐怖心を煽るのに効果抜群であった。

そんな二乃の後ろで小動物か虫かが動いたからか、ガサッという草の音が鳴った。

 

いやっ

 

その音で驚いた二乃は膝をついて倒れてしまった。

 

「……最悪…」

 

地面に手をつきどうしようもない気持ちになっていた二乃に声をかけてきた人物がいた。

 

「大丈夫か?」

 

声の方に二乃が視線を向けると、そこには金髪の青年が心配そうに息を切らせながらこちらを見ていた。

その青年の姿に二乃はどこかで見た覚えがあった。

 

「見つけたぞ二…」

「嘘…キミ…写真の…」

「…え?」

 

二乃が見た覚えがあったのは、以前風太郎の学生証に挟んであった写真に写っていた少年の顔である。

目の前にいるのはまさにその少年が成長した姿なので、二乃が驚くのも無理はなかった。

つまりは、今二乃の目の前にいる金髪の青年は風太郎である。その事に二乃は気づいていない。

 

「やっぱり…あの写真の顔だ」

「なんのことだ?とにかくこっちに来るんだ」

「え?そんな強引な…」

 

風太郎は二乃の言っている事が分からず、移動のために二乃の腕を掴み強引に立たせようたした。

 

ビッ……ビリィ

 

「!」

 

だが不幸にも二乃のスカートが近くの枝に引っ掛かってしまい、そのまま破いてしまった。

 

「あっ、悪い…」

 

(やべ…怒られ…?)

 

スカートが破けた事にとんでもないことをしてしまったと思った風太郎は顔を真っ青にして謝った。普通に考えれば怒られると思ったのだが、二乃は怒るよりも破けた場所から見える素肌に恥ずかしそうにしていた。

 

「本当にすまない…」

 

(なんだ?今日はしおらしいな)

 

いつもであれば有無を言わさず風太郎の事を怒る二乃がしおらしい姿を見せている事に、逆に恐怖を風太郎は感じていた。

 

「ねぇ、キミの名前教えて!」

「え?」

 

予想だにしていなかった二乃からの質問に風太郎は訳が分からなかった。

しかし無理もない。あの写真の少年の正体を風太郎は親戚の人物だと二乃に教えていたのだから、二乃は名前を知らないのだ。

 

「あ、ごめんね。前にキミの写真を見たことがあって、かっこいいなーと思ってたんだ」

「写真…」

「ここの施設、他の学校の生徒も林間学校に来てるのは知ってたけど、まさかあいつの親戚に会うなんて思わなかったわ」

「あっ」

 

二乃の、写真と親戚のキーワードで自分が金髪のカツラを被ったままであったことを風太郎は今ようやく気づいた。

 

「なんとなく、雰囲気はあいつに似てるわね」

 

(つまり…整理すると…「あの頃の俺」を俺と思ってない二乃が、今の俺を「あの頃の俺」だと思ってる…!!う~~ん、分かりづらい!)

 

ようやく状況の把握ができた風太郎ではあるが、まだ軽く混乱中である。

つまり、学生証に挟まっていた写真に写っていた金髪の少年は風太郎であるが、二乃は気づかず別の人物だと思い込んでいた。実際に風太郎は親戚だと言っているのだから。その写真に写っていた少年に似た人物が目の前に現れたのだが、二乃は風太郎に言われた通りに親戚の人だと思い込んでいるのだ。実際は風太郎なのだが。

確かにややこしい状況ではある。

 

(正体を明かすべきか…しかし、弱みを握られそうで、できれば避けたいところ…よしっ、ボロが出る前に戻ろう)

 

ここにこのままいるのは得策ではないと判断した風太郎は、脅かし役をやっていた場所まで戻ることにした。

しかし、その場を移動しようとする風太郎に二乃は待ったをかけた。

 

「待って。妹とはぐれちゃったの。一緒に捜してくれないかな…」

 

(くっ……)

 

結局風太郎は二乃と行動を取ることになったのだった。

 


 

所変わって…

林間学校二日目の肝試し。周りからの後押しもあり、僕は今、立川先生と二人で森の道を歩いていた。灯りはスマホのライトのみなのでかなり暗く感じる。

隣を歩いている立川先生は先に進むにつれて徐々に僕の方に近づいてきて、今では僕の服を掴み僕に寄り添うように歩いている状態だ。多分無意識の状態からの行動であろう。先ほどから辺りをキョロキョロと見ている。

 

「大丈夫ですか?」

「ふぇっ!?だ…だいじょう…ぶではないですね…」

 

素直である。その間にも風で揺れる草木の音にも過剰に反応している。

 

「う~~…クラスの生徒達が教えてくれたのですが…この森は出るそうでして…こんなことであれば聞かなければよかったですぅ…」

「キャンプファイヤーの伝説といい、よくもまあ色々とありますね」

 

おそらく、この林間学校を少しでも楽しませようと歴代の生徒達が遺してきた物なのだろう。肝試しをする森には出る、というのを最初に聞いていれば中々の演出を作ることが出来るだろう。まさに今の立川先生のようにだ。

 

「吉浦先生はやはり平気なのですね」

「まあ、違う意味でドキドキはしてますが…」

「え?」

「……先ほどから、立川先生が怖がる度に僕に寄り添って来られるので、その…胸が当たってる時がありまして…」

「っ~~~!」

 

そうなのだ。先ほどから寄り添われる度に、旅館の浴衣姿で見たあの豊満な胸がこちらに押し付けられているのだ。こんな状況男としてドキドキしない訳がない。

 

「本当はすぐにでも言えば良かったのですが、あまりに怖がっていたので安易に離れてくれとは言えず…すみません」

「い、いえ!むしろ私の方から近づいていた訳ですし、吉浦先生はちゃんと教えてくださいました……あの…私は気にしませんので、もし吉浦先生さえ良ければこのままの状態で進んでもいいでしょうか?」

「え?それはまあ…立川先生が気になさらないのであれば」

「はいっ」

 

胸の事を指摘すれば多少は意識して離れてくれると思っていたが、むしろ先ほどより心なしか距離が縮まっているような…

 

二乃さんも言ってたじゃない。こういう時こそ距離を縮めるチャンスよ!

 

それに何やら息巻いてるような。まあ、ここから進むのに気合いを入れているのかもしれないな。

結局、ほぼ腕組みと言ってもいいほど寄り添われながら進んでいると…

 

「食べちゃうぞー!」

「お…」

きゃああああ!!

 

仮装した生徒がセリフと共に飛び出してきた。僕は微動だにしなかったのだが、立川先生はもう寄り添うレベルを飛び越えて抱きついてきていた。男にとっては役得なのかもしれない。

 

「あれ?先生たちじゃないですか」

「ん?四葉か?」

「はい!お疲れ様です!」

 

ミイラ男よろしくミイラ女の仮装なのか、顔にまで包帯を巻いた四葉が敬礼ポーズで正体を明かした。なるほど上杉のお手伝いという訳か。

 

「どうでしたか、私の脅かしは?」

「見ての通りだよ。大変良くできました」

 

震えて抱きついたままの立川先生を安心させるために、彼女の肩をトントンと優しく叩きながら四葉の質問に答えた。

 

「うーん、でも先生は怖がってないですよねぇ」

 

四葉は僕の反応にはどこか悔しいところがあるようではある。

 

「ほら、立川先生。四葉ですから安心してください」

「ふぇ…?」

 

まだ震えている立川先生に優しく声をかけて四葉の方に視線を向けるように促してみた。すると、四葉というより生徒であることが分かったのか落ち着きを取り戻してきた。

 

「よ…四葉さん?」

「はい!ししし、そこまで怖がってくれたのなら脅かし役としては嬉しいかぎりです」

「はうー…」

「おとと…」

 

落ち着いたの良いのだが、体から力が抜けたように僕に抱きついたまま崩れ落ちそうになった立川先生をなんとか支えた。

 

「す、すみません。なんか安心したら急に力が抜けちゃって」

「大丈夫ですよ。なんだったら、しばらく僕にしがみついてていいですから」

「はい…」

 

僕の言葉に立川先生はキュッと僕の服を握りながら寄りかかってきた。

 

「お二人もやりますね。とても仲良しさんです」

「はいはい。そういえば上杉は一緒じゃないの?」

 

四葉のからかいを無視して上杉の存在を確認した。さすがにこんな暗いところで一人で脅かし役をやるとは思わなかったからだ。

 

「それが…少し前になるんですけど、二乃と五月を脅かした時にやりすぎたのか、五月が物凄い勢いで逃げてしまって…で、それを二乃も追いかけて行ったんです。ただ、二人が走って行った方向が崖の方だったかもしれないんです」

「崖?」

「はい。この先には崖がありまして、そちらに行かないようにあんな感じで看板を立ててたんですが、五月は周りを見ずに走って行ってしまったので…」

 

少し先に立っている看板を指さしながら四葉は説明してくれた。ここに来る時にも途中で同じような看板が確かにあった。普通に歩いていれば見逃すこともないだろう。

 

「それで、心配になった上杉さんが二人を追いかけて行ったんです」

「なるほどね」

 

四葉の説明である程度の状況は理解できた。

 

「ただ、その上杉さんも中々帰ってこなくて…」

 

心配そうに四葉が話を締めた。どうやら追いかけていった上杉も帰ってこないから何かあったのではないかと思っているのだろう。

 

「よし。じゃあ僕も様子を見てくるよ。悪いんだけど、立川先生とここにいてくれないかな?」

「え?」

「いいんですか?」

「ああ。立川先生、すみませんがここで四葉と待っててください。ちょっと急ぎで行ってきますから」

 

立川先生の肩を掴んで僕から離してそう伝えた。

 

「分かりました。私も一緒にとも思いましたが足手まといになりそうですからね。四葉さんとここで待ってます」

 

僕の言葉に力強く頷いた立川先生に頷き返した僕は、三人の捜索のために矢印の看板とは逆の方向に向かうのだった。

 

 




今回の投稿も読んでいただきありがとうございます。

今回のお話はだいぶ原作に沿って書かせていただきました。最後にはオリジナルで和彦を登場させましたが。

肝試しの脅かし役は一度だけやったことがありますが、かなり難しかったのでちゃんと脅かせている風太郎達は凄いなと思います。

次回も肝試しのお話を書かせていただきます。次回の投稿も読んでいただければ幸いです。
どうぞよろしくお願いいたします。



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31.ダンスのお誘い

~二乃・風太郎side~

 

「そっか、金太郎君っていうんだ」

 

(安直すぎたかな…)

 

あの後、二乃からの懇願もあり風太郎は自分の正体を明かさず二乃と一緒に五月を捜していた。

金髪の風太郎から金太郎は確かに安直だったかもしれないが、二乃からしてみれば特に気にしてはいないようで、いつも風太郎と一緒にいる時とは打って変わって上機嫌でいる。

 

(早く出てきてくれ五月…でないと…)

 

早く五月が出てきてほしいと思う風太郎。その思いには、自分が実は風太郎であるとバレてしまうことへの心配と。もう一つが…

チラッと風太郎は二乃に目線を向けると、目が合っただけで恥ずかしそうに二乃は目線を反らした。そして、普段の風太郎の前では絶対に見せることのない乙女の顔をしているのだ。

 

『めっちゃタイプかも!』

 

以前、風太郎の学生証に挟んであった少年の写真を見た時に二乃が口にした言葉。その言葉の通り、二乃は自分のタイプの青年が目の前に現れたことでしおらしくなったのかもしれない。

そんな二乃の態度は至極当然であるので特に問題があるという訳ではない。しかし、風太郎にとっては非常にまずい状況でもあるのだ。何せ二乃が恋してる金太郎という人物は存在しないのだから…

これではさらに自分の正体がバレたらまずい状況がプラスされてしまうのだ。

 

「あー…タバコ吸いてぇ」

「え?」

 

そんな時、何を思ったのか急に風太郎がタバコを吸いたいと言い始めた。

 

「未成年だけどタバコ吸いて~~法律犯して~~」

 

(どうだ幻滅しただろう。変に好かれるのも困るからな)

 

どうやら風太郎としては、未成年のうちにタバコを吸っている事で自分の品性が欠けているという事をアピールして二乃に好かれないようにしているようだ。

その発想は良いのかもしれないが、ほとんど棒読みで喋っているので自然に聞こえてこないのが気になるところではある。

果たして二乃の反応はというと……

 

「ワイルドで素敵」

 

(えーっ、逆効果!)

 

風太郎の思っていた反応とは全く反対で、二乃は両手を顔に持ってきてうっとりとした顔をしている。

 

(もうだめだ…早く見つけて帰ろう…)

 

二乃の好感度を下げる作戦を諦めた風太郎は、両手の人差し指と親指を使って四角形を作り空を見上げた。どうやら星の位置を見ているようだ。

 

「何してるの?」

「星から方角を割り出してる。北斗七星のあの星間を五倍にした先が北極星、つまり北だ」

 

風太郎は勉強で得た知識をこのように日常でも使える。そこもまた凄いところかもしれない。

 

「へー、意外と物知りなんだね。頭いい人って憧れちゃうなー」

 

(嘘つけ!!)

 

自分に対しての扱いに憧れが微塵もないので、風太郎は心の中で大きくツッコミを入れた。

 

「それも自分の成績をこれ見よがしにひけらかす奴とは違うわー」

「そ…そんな酷い野郎がいるのか…」

 

二乃の言葉に思い当たる事が多々ある風太郎は顔がひきつってしまった。

 

「知ってるでしょ?キミの親戚……あれ?」

 

風太郎の話となると嫌そうな顔になる二乃。そんな二乃は話しながら風太郎の顔を見て何かに気づいた。

 

「キミ…顔見せて」

「えっ、なっ…まさか…」

 

さすがに気づかれたかと思った風太郎は少しだけ後ずさってしまった。

 

「ほら!おでこ、傷ついてる!」

「な、なんだ…こんなかすり傷ほっとけば治る」

 

二乃が気づいたのはどうやら風太郎のおでこにできていた小さな傷のようだった。

それに風太郎はほっとして大したことはないとアピールをした。

 

「そんなわけにはいかないわ。うちにもすぐ怪我して帰ってくる子がいてさ」

 

そう話しながら、常備しているのかカラフルな絆創膏を取り出した二乃は風太郎のおでこにできている傷にその絆創膏を貼った。

 

「うん、これでよしっ」

 

風太郎のおでこに絆創膏を貼った二乃は満足したのか、ニッコリと笑顔を風太郎に向けた。おそらく、風太郎が今までに見たことのないような笑顔である。

 

(調子狂うな…)

 

そんな二乃の態度に風太郎はどう接すればいいのか軽く混乱もしてきていた。

 

「!ねぇ、何か声みたいなの聞こえない?」

 

そんな時だ。二乃が辺りから妙な声が聞こえてくると言い始めた。草木の揺れる音や虫とかではなく、二乃には声が聞こえてきたようである。

 

「え…そういうのやめろよ…」

 

そんな二乃言葉にまだ聞こえていない風太郎は冗談やめろと言わんばかりである。どうやら風太郎もそういう関連が得意という訳ではないようである。

 

「そ、そうだ!俺にはこのお守りがある!どんな魔もはねのけるお守りだ!」

 

風太郎が言うお守りというのはらいはの手作りのミサンガの事である。温泉で和彦にも話していたが、風太郎のためにらいはが自分で作った物で、こっそりと林間学校に持ってきた鞄に入っていたのだ。それを見つけた風太郎は肌身離さず今も手首に着けている。

そのミサンガを徳のあるお守りだと腕を上げて宣言したのだ。

その時だ。

 

「あああ…」

 

唸り声のように聞こえるが少し高い、女の人のような声が聞こえてきて二人は固まってしまった。

しかし次の瞬間には風太郎が一足先にダッシュで逃げてしまったのだ。その行動には二乃も驚きしか出てこなかった。

 

「ちょっ、ちょっと置いてかないでよ。一人は怖いわ!」

「は?俺は怖がってないけど?」

 

怖がっていない事をアピールする風太郎ではあるが、明らかに怖がっており声も所々震えていた。それに怖がっていないのであれば、さっさと自分だけが先に進むはずもない。風太郎は木々をかき分けてどんどんと進んでいく。

 

(なーんだ…男らしくないなぁ…ちょっと幻滅)

 

そんな風太郎の態度に風太郎の知らずうちに、二乃の金太郎(風太郎)の評価は少しだけ下がっていた。

どんどん先に進む風太郎の後を付いていく二乃はふと脇道を発見した。

 

「この道の方が楽そうだわ。こっちから行こうよ」

「!」

 

二乃の言葉に風太郎は振り向き、二乃の示す方向に目をやる。

 

「……向こうは確か…」

「ほら、森もすぐ抜ける!」

 

二乃は気にせず開けた道に向けて走って行ってしまった。だが、そちらにあるのは……

 

おいバカ、そっちは…!!

 

二乃が向かった先にあるのは崖。風太郎としては遭遇しないためにここまで来たのだ。

風太郎の必死の大声も虚しく、二乃の片足は崖の先に出てしまった。

 

「あ」

 

二乃は落ちると思った次の瞬間。

 

グイッ

 

腕を引っ張られて、崖とは反対側に体が持ってこられてなんとか落ちずに済んだ。

だが、目の前ではその二乃の腕を引っ張った風太郎が逆に崖の方に落ちようとしていた。

 

「やべ…」

手っ

 

落ちていきそうな風太郎に向かって二乃は手を差し出した。風太郎も必死に二乃の手に向かって手を伸ばすも後少しのところで届かない。

それでもお互いに握ることが出来たものがあった。らいは特製のミサンガである。

 

ビン

 

お互いに握ったミサンガを使って二乃は風太郎を自分の方に引っ張った。

 

「んっ」

 

もちろん自分が巻き込まれないように手近な木を逆の手で掴んでいる。それでも勢いがあったのか二人は崖から落ちることはなく、崖とは反対側に倒れこんでしまった。

二乃が仰向けでそれに覆い被さるように風太郎がいる状況である。

 

「ハァ…ハァ…ハァ…助かった」

 

二乃からしてみれば異性として気になっている男の子が急接近しているので、恥ずかしさで顔を赤くするのも無理はない。

 

「こちらこそ…ありがと…」

 

そんな状態の二乃なのでまっすぐに風太郎を見ることが出来なかった。

トクン…二乃の心臓はその瞬間高鳴ったのだった。

 

「しかし見つからないな。もう帰ったんじゃないか?」

「……」

「?」

 

風太郎は立ち上がって二乃に問いかけるもその二乃からの反応がない。不思議に思った風太郎は二乃を見るが、二乃は立ち上がらず、下を向いたまま微動だにしなかった。

 

「どうし…」

「…ごめん、ちょっと動けないかも……怖いから…手、握って…」

 

声をかけてきた風太郎に対して、頬を赤く染め目を合わさずに二乃を自分の手を差し出した。

 

「は?」

「ほ、ほら。こんな所じゃまた怖い目に遭うかも!」

「…はぁ」

 

恋愛について全く興味を持っていない風太郎にとっては今の二乃の心境を読み取ることが出来ない。なので、手を握ってほしいと言っている二乃が何をしたいのかも風太郎にはさっぱり分かっていなかった。

 

「って、初対面の男の子に何言ってんだろ!今のなし!」

 

そんな反応があまりよくない風太郎に、二乃はすぐに自分の言ったことに訂正を入れた。

 

「わかった」

 

それでも、差し出された二乃の手が震えているのに気づいた風太郎は、自分の手を二乃の手まで持っていき……握らずらいは特製のミサンガを二乃の手に乗せた。

 

「え?」

「それは徳の高ーいお守りだ。持ってるだけで旅行安全、身体健康、厄除開運安産間違いなし!願いだって叶うともっぱらの噂だ。特別だぞ!」

 

風太郎にしてみればよく出来た方かもしれない。なんと言っても、らいはの作ってくれたミサンガを他人に渡しているのだから。

二乃からしてみれば本当は手を握ってほしかったのだが、ずっと大事そうにしていた物をくれたのだから、それだけでも嬉しい気持ちが込み上げてきて、大切に握りしめた。

 

「キンタロー君。キミは明日もここにいるのかな?」

「え?ああ…」

「私たちの学校、明日キャンプファイヤーがあるんだ。その時やるフォークダンスに伝説があって、フィナーレの瞬間に手をつないでいたペアは結ばれるらしいの」

「へ、へー。初めて知った」

「結構大雑把な伝説だから手をつないでるだけで叶うって話もあったりで、人目を気にする生徒たちは脇でこっそりやってるみたい」

「それでいいのか…」

「ほんと大げさで…子どもじみてるわ」

 

そこで二乃は立ち上がって風太郎に向き合う。そして両手でスカートの裾をつまみ、少し持ち上げて頭を下げながら気持ちを伝えた。

 

「キンタロー君、私と踊ってくれませんか?」

 

それはダンスパーティなどで女性からダンスに誘うシーンさながらである。

 

「待ってるから」

「……っ、えっと…」

 

そんな二乃の行動にしどろもどろとなってしまう風太郎。それには突然の申し出であったことともう一つ、風太郎にはすでにことりと約束をしているという事実があったからだ。

風太郎が答えに迷っていると…

 

「おーい!」

「二乃~!」

「っ!五月だわ!」

 

草木の向こうからライトの光と五月の声が聞こえてきて、二乃が光の方に向かおうとした。

 

「じゃ、じゃあ姉妹も見つかったようだし俺はこれで」

 

ここで五月まで来るとまずいと思った風太郎はさっさと離れて行ってしまった。

その風太郎の背中を見ながら二乃は呟いた。

 

「待ってるから…」

 


 

時は少し遡る。

四葉と立川先生と別れた僕は二乃と五月の捜索のため、矢印の看板の逆の林道を進んでいった。四葉の話では結構時間が経っているとのことなので少しの早足である。あまり早く進むと見逃す可能性もあるからだ。

 

「さすがにこの暗さでスマホのライトだけだと探すのにも一苦労だな…」

 

ライトを左右にかざしながら歩を進めていく。

もしかしたらすでに上杉が見つけて戻っている可能性もあるし、崖まで進んで手がかりがなかったら引き返すか。

しかし奥まで来ているからかどんどん暗くなっている。立川先生は来なくて良かったかもしれないな。

そんな考えをしながらしばらく進んでいるとガサガサという草木の揺れる音が少し遠くから聞こえた。

とにかく手がかりもない状態である。音がした方向に向かうことにした。

 

「あああ…」

 

すると女性の声のようなものが聞こえてきた。ホラー映画でいえば幽霊の声かもしれない。本当に一人で来てよかったと改めて思った。

 

「二乃?五月?」

 

確認するように名前を呼びながら声がした方向に進む。するとガサガサと草木を揺らす音がどんどんと近づいてきた。そして次の瞬間…

 

「わあぁああぁ~~ん」

 

草むらの向こうから五月が大べそをかいた状態で飛び出してきた。

 

「五月!?」

「うわぁああぁーーん。先生!!怖かった!怖かったよぉー」

 

そして飛び出してきた勢いそのまま僕に抱きついてきたのだ。

五月は一人のようで辺りには二乃の姿はなかった。

 

「おー、よしよし。怖かったねぇ。もう大丈夫だからねぇ」

「うん…うん…」

 

五月を落ち着かせるために、胸に飛び込んできている五月の頭を撫でながら優しい言葉を投げ掛けてあげた。すると、落ち着いてきたのか泣き声もなくなり、鼻をすする音だけが聞こえてきた。いまだに顔は僕の胸に押しつけてるままではあるが…

 

「五月?二乃は一緒じゃないの?」

「ぐすっ…いつの間にか…周りにいなくて…どこではぐれたのかも…わかんない…」

「そっか。それは怖かったねぇ。よく頑張った」

「……うん」

 

二乃の事を聞いたがいつはぐれたかも分からないときたもんだ。さて、どうしたものか。

多分、上杉の脅かしに怖がった五月が一目散に逃げて行ったと四葉が言っていたから、二乃が追いかけたとはいえそのままはぐれたんだろう。

うーん、と空を見上げながら考えていたら、五月がようやく顔を離して申し訳なさそうに見上げてきた。

 

「ごめんね。迷惑かけて…」

「いいさ。これも教師として、何より妹の友人のためだからね。全然苦じゃないよ」

 

頭を撫でてあげながらそんな言葉を返した。

 

「えへへ…」

 

だいぶ落ち着いてきたようだ。

しかし、以前もそうだったが甘えモードになると敬語が抜けるのだろうか。まあ、本人が気にしてないようだし、あえて言わないでおいておこう。

 

「さて、そろそろ二乃を探しに行こうか。五月は歩けるかい?」

「はい…!その…あまり離れないでいただけると助かります」

「分かったよ。五月の好きなようにしな」

「では失礼して…」

 

すると五月は僕の腕を両手で持つようにして近くに寄ってきた。まあこのくらいの距離間なら問題ないだろう。

そして五月と伴って二乃と上杉の捜索に取りかかった。

五月がこの辺りにいたということは二乃も近くにいるのかもしれない。ということで辺りにライトを当てながら周囲を探索した。

 

「おーい!」

「二乃~!」

 

声を出して自分達がここにいることをアピールしながらしばらく探していると…

 

「五月ぃー!」

 

草むらの向こうから五月を呼ぶ声が聞こえてきた。おそらく二乃だろう。

すると案の定二乃が姿を見せた。

 

「二乃ー!」

 

姿を見せた二乃に五月は抱きついて無事を喜んだ。

 

「って、先生まで来てたんだ」

「四葉から二人が崖の方に行ったって聞いてね。一応、上杉も探しに来てたみたいだけど二人は遭わなかったんだね」

「姿も見ていませんね。そういえば二乃はよく一人で平気でしたね」

 

確かに夜の森の中を女の子一人で歩いていた割には平気そうな顔である。

 

「私は上杉には遭ってないけど、他校の男の子に助けてもらったから平気だったわ」

「他校の?」

「そちらの学校でも同じように肝試しをしていたのかもしれませんね」

 

確かに他校も近くの宿泊施設を利用している訳だから、あり得ると言えばあり得るか。

二乃の後ろの崖に向かってライトを当てる。

なんにせよ、二乃が無事で何よりである。

上杉に関しては崖の存在を知っているから危険はないだろうから一旦引き返すか。途中で遭うか、もう戻ってたりするかもだしな。

 

「それじゃあ帰ろうか」

「ええ」「はい」

 

二人に声をかけ四葉と立川先生が待つ場所まで戻るのだった。

 

 




今回の投稿も読んでいただきありがとうございます。

今回は二乃の金太郎へのダンスの申し込みと和彦が二人と合流するお話を書かせていただきました。
和彦がいることで後半は原作と少し変えています。
ちょっと五月の変貌が大きいですが、そこは大目に見ていただければと思います。

次回もまだ林間学校の二日目を書かせていただきます。次回投稿も読んでいただければ幸いです。
どうぞよろしくお願いいたします。



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32.行方不明

この度お気に入り件数が100件突破いたしました!
この場をお借りして、御礼申し上げます。ありがとうございます。




「先生お願いします!」

「はいよ!」

 

林間学校二日目の夜。肝試しも終わりほとんどの生徒は、消灯時間まで宿舎内でそれぞれが思い思いの行動を取っている。所謂(いわゆる)自由時間というやつだ。

そんな中僕は何をしているかというと、昨日の雪から倉庫に避難させていたキャンプファイヤー用の丸太を生徒達が持ってきているので、それを預かり組んでいっているところである。丸太を持ってきているのはキャンプファイヤーの係の人で総出で頑張っている。

ちなみに僕はキャンプファイヤーの係というわけではないのだが……若い!男!というだけで手伝いを言い渡されたのだ。理不尽過ぎる…

僕はどちらかと言えばインドア派なので、あまり体力には自信がない。まあ、丸太を一人で持ち上げるのはなんとか出来てはいるんだが。もう一人生活指導を行っている柴田先生がいらっしゃるので何とかなっている。仮に一人でと言われたらと思うとゾッとしてしまう。

そう考えていると、見知った二人が一緒に丸太を持ってこちらに向かってきた。

 

「やあ、四葉もお疲れさん。上杉は手伝ってくれてるのかな?」

「お疲れ様です先生!」

「ハァ…ハァ…お疲れ…様です…」

 

まだ一回しか運んでないだろうけど、上杉は大丈夫なのだろうか。僕も体力には自信がないがここまでではないだろう。

 

「まあ無理しない程度によろしくな上杉」

「はい…」

 

そんな疲れ果てている上杉を連れた四葉の二人は、また次の丸太を取りに行くために倉庫の方に行ってしまった。四葉の方はまだまだ体力に余裕があるように感じられる。

そんな感じで続々と丸太が運ばれている最中(さなか)、上杉は今度は一花と丸太を運んできてた。それに一花は何やら楽しそうに話しているように見える。

 

「あれ?今度は一花と持ってきたんだ。四葉は?」

「四葉はいつの間にかいなくなっていて、気づいたら一花がいました」

「今、フータロー君に私たち姉妹とのコミュニケーションの取り方のレクチャーをしてたんだぁ。二乃には負けないくらい強く。逆に五月ちゃんには優しさを。自分の言葉でね」

 

なるほど。二乃には強く、五月には優しくか…

確かに五月には甘えん坊な気質があるようだし、優しくするのが良いのかもしれないな。

 

「あ、私にも優しくしてくれてオッケーだよ。じゃあ、次行こっかフータロー君」

「や…優しく…ね。覚えてはおく」

 

僕に丸太を預けた一花と上杉は次の丸太を取りに倉庫に向かって行ってしまった。

しばらく作業をしていると丸太はなくなったのか、追加で持ってくる生徒がいなくなった。

すると、倉庫がある方向から四葉が走ってきた。手には何もないので倉庫にはもう丸太がないのだろう。

 

「お疲れ様です先生!」

「お疲れさん。丸太はもう終わり?」

「はい!倉庫にはもうなかったので鍵も閉めてきました」

 

そう言って持っていた鍵を渡された。

大丈夫だと思うが後で戸締まりの確認だけしとくか。

 

「あのー、上杉さん知りませんか?」

「上杉?上杉なら一花と丸太運んでたけど。丸太がないのを確認したから宿舎に戻ってるんじゃない」

 

四葉と並んで宿舎に戻っていると上杉の存在を聞かれた。

さすがに先ほどの肝試しと違って森の中を歩く訳ではないので迷うこともないだろう。

 

「あ、一花と運んでたんですね。さっきの肝試しも結局最後まで戻ってこなかったので、またどっかに行ってるのかと思ってました」

 

僕の言葉に四葉は笑いながら答えた。少し心配もしていたようだ。

宿舎に入ってしばらく歩いていると前から二乃と三玖、五月の三人が小走りに近づいてきた。

 

「キャンプファイヤーの準備はもう終わられたのでしょうか?」

「ん?ああ、さっきね。それがどうかした?」

「一花の姿が見当たらないのよ」

「一花が?」

 

ふむ。一花は上杉と丸太を運んでいたから上杉と二人でどこかにいるとか?でも、上杉の性格から抜け出したりしないように思うしなぁ。じゃあ、一花は一人でどっかに行った。いや、この宿舎の中にいる可能性だってあるし。

 

「とりあえずもう少しだけ宿舎内を探してみな。僕は戸締まりの確認で倉庫に行くところだったから、その道すがら探してみるよ」

「だったら私も付いていってもいいでしょうか?外であれば一人より二人で見て回った方がいいと思います」

「それは構わないが…灯りがあるとはいえ暗いけど大丈夫?」

「問題ありません」

 

特に震えてる訳でもないし、本当に大丈夫なんだろう。

仕方がない。あまり遅くなると消灯時間になってしまう。

 

「よし!じゃあ外は僕と五月で。残りが宿舎内ということで。行こうか五月」

「はい!」

 

僕の言葉にしっかりと返事をする五月。そして、五月を連れ倉庫にまず向かうのだった。

 


 

~風太郎・一花side~

 

時は少し遡り。

風太郎と一花は和彦に運んだ丸太を預けた後、再び丸太が保管してある倉庫に戻ってきていた。そこには一本の丸太が置いてあるだけだったので、これが最後の丸太なのであろう。

 

「最後の一本だな」

「これで明日キャンプファイヤーできるね」

「…明日か…」

 

そこで風太郎は現在困っている状況があることを思い出していた。キャンプファイヤーで行われるダンスの相手である。

ややこしい状況ではあるが、風太郎として誘われたことりと金太郎として誘われた二乃のどちらかを断らなければまずい状況なのである。

 

(変装した俺が二乃と踊ることになったまではいいが、既にことりとの約束もある。両方は無理だ)

 

一度は二乃に自分の正体を明かそうとも思い二乃に話しかけた風太郎であったが、途中で姿を見失ってしまったのだ。もう一人のことりについては会うことすらできていない。さすがに相談なしでいきなりダンスを断ることを、風太郎は駄目だと思っていた。

 

「まあフータロー君は参加しないんだし関係ないよね」

「それが関係大ありなんだよ。当日踊ることになったからな」

「え……?」

 

やれやれと面倒くさそうに既に一花が持ち上げている丸太の反対側を持ちながら、風太郎は自分がキャンプファイヤーに参加することを伝えた。

 

「ま…待って…!フータロー君誰かと踊るの?」

「ん?まあな。ことりに頼まれたからあいつと踊ることになってるよ」

「こと…り…」

 

(まあ本当は二乃にも頼まれているが、この話をするとややこしくなりそうだから言わないでおくか)

 

「ことりも困ってたみたいだったし、あいつには色々と世話にもなってるしな……っ!」

 

ことりと踊ることを説明しながら一花の方を見た風太郎は驚きの顔になった。一花の瞼から筋を引いて涙がこぼれたのだ。

 

「え…一花?」

「あれ…なんでだろ…違うの。ごめん…一旦置いていいかな」

 

そう伝えている間にもどんどんと涙がこぼれる一花。そんな一花の様子に風太郎は何がなんだか分からず、ガタガタと体を揺らすしかなかった。

 

「どどどど、どうした急に」

 

そんな二人がいる倉庫に別の生徒が近づいてくる気配がしたので、風太郎は慌てて行動を起こした。

 

「よーし全部運んだわね」

「意外と早かったねー」

「疲れたよー」

 

女子生徒だろうか。倉庫の外から中に丸太がもうない事を確認して、作業が終わったと解放感に満ちていた。

その頃風太郎と一花はというと、入口のすぐ横に丸太を立てて、その陰に隠れるように立っていた。

 

「……」

「はは…前にもこんなことあったね」

 

目にはまだ涙が溜まっている一花が笑いながらそんな話をする。

前にもあったというのは、花火大会の時に社長から身を隠すために路地で抱き合って身を隠した事である。あの時も二人で今のように隠れていたのだ。まあ今は抱き合ってはいないのだが。

 

「っていうか隠れる必要ある?」

 

(よくわからんが…優しく…優しく…)

 

一花の質問に対して風太郎は黙って自分の上着を一花の頭から被せた。

 

「!」

「誰も見てないから」

 

風太郎のこの行動は、一花が泣いているところを誰にも見せてはいけないと思ったからこその行動だったのだ。それを知った一花は上着の中ではっとした顔になった。

 

ギィィィ…ガシャン…ガチャ…

 

それも束の間。二人には思いもよらない音が聞こえてきたのだ。

 

「「!?」」

「ガシャン…」

「ガチャ…」

「ま、待て…まさか…え?」

 

音の正体を確認するために二人は入口に向かうも、そこはしっかりと閉ざされていた。

 

ガチャガチャ…ドンドン

 

押したり叩いたりしても反応がない扉。

 

「「あはははは」」

「一本取られたね…」

 

そんな扉を前に二人はもう笑うしかなかった。

 


 

五月と二人外に出て丸太が保管されている倉庫に向かう。念のため途中の道では茂みなどに持ってきた懐中電灯で灯りを当てながら進む。まあこんなところにはいないと思うが。逆にいたら驚きである。

宿舎から倉庫まではほぼ一本道。外にいればどこかで鉢会うだろうと思っていたが今のところ会うことはない。やはり宿舎の中のどこかにいるのではないだろうか。

 

「そうだ」

 

あることを思いついた僕はスマホを取り出し電話をした。

 

『もしもし、兄さん?どうしたの?』

「悪いことり。ちょっと頼みたい事があるんだけど」

『それはいいんだけど。なに?兄さん今どこにいるの?』

 

ことりにあることをお願いするために電話をしたのだが、お願いする前に自分が宿舎にいない事を悟られてしまった。まあ宿舎にいれば直接頼みに行くから感づいたのかもしれない。

 

「キャンプファイヤーの準備があってたのは知ってるでしょ。その準備で使った倉庫の戸締まりの確認をしに行ってるんだよ」

『兄さんも大変だね。それで?頼みごとって何?』

「上杉が部屋にいるか確認してほしくてね。頼めるかな?」

『それくらいなら全然いいけど。風太郎君に何か用事?』

「ま、そんなとこ。じゃあよろしく」

『はーーい』

 

そこでことりとの通話を切った。

ちなみに一花はスマホを部屋に置いたままだったらしく、電話をしても出なかったからしい。

 

「今のはことりさんですよね?なぜここで上杉君の居場所を?」

 

隣で電話をしていたのを聞いていた五月が当然のように問いかけてきた。

 

「一花は上杉と丸太運びをしてたからね。だから彼なら一花の居場所を知ってるのかなと思ったわけ」

「なるほど。であれば、彼が捕まれば一気に解決かもしれませんね」

 

一花と上杉が一緒に行動をしていたことは、同じくキャンプファイヤーの準備をしていた四葉も知らなかった。であれば、準備をしていなかった五月が知ることは叶わないだろう。それに、彼女の性格からして上杉に聞きに行くという選択肢はなかっただろう。五月的には今は上杉の事を見定めているところらしいし。

そして、しばらくするとことりからの折り返しの連絡があった。

 

「どう?上杉いた?」

『それが部屋に戻ってきてないみたいなの。誰に聞いても見てないって。そもそもどこに行ったかも知らないみたい』

「そっか…」

 

まさかとは思ったが上杉も行方不明とはな。困ったなぁ。

 

『あーあ。私も明日のことで話とかしたかったんだけどなぁ。どこ行っちゃったんだろ』

「明日ってキャンプファイヤーの事?」

『そ。なんだ兄さん知ってたんだ。どう?ヤキモチ妬いた?』

「妬かないよ。上杉本人から聞いてね。良かったじゃん承諾してくれてさ」

『まぁね。お陰で断りやすくなったよ。まあ、私と風太郎君が踊ることをあんまり信用してくれなかったんだけどね。私が風太郎君呼びだったのが功を成したみたいかな。こうやって部屋にいるか確認したのもまた大きなことだと思うよ』

「そっか。ことりが楽になったのなら何よりだよ。じゃあそろそろ切るね。ありがとね、助かったよ。多分、このまま消灯になると思うから、おやすみ」

『これくらい問題ないよ。さっきも言ったけど私も風太郎君に用事あったし。じゃあね、おやすみ』

 

そこで電話が切れた。収穫があったと言えばあった。上杉も一花同様に行方不明だということが…

 

「上杉君いなかったのですか?」

 

僕の会話から上杉がいなかったことを察した五月が、いなかったことを確認してきた。

 

「ああ。部屋にはいないって。行方も誰も知らないそうだよ」

「まあ、彼の場合は他人との関わりがほとんどないですからね。誰も行き先を知らないのも無理はないかと」

 

そうなってくると二人は一緒にいるのか?でもどこに?

先ほども考えたが、上杉が抜け出してどこかに行くというのは考えられない。

そんな風に考えていたら倉庫が見えてきた。遠目から見ても扉はしっかりと閉じられているようだ。後は近くまで行って戸締まりの確認をするだけだ。その後はどうしたものか。

 

ガランッ…!

 

考えごとをしながら扉に近づくと何かが倒れた大きな音と共に扉に穴が空いたのだ。

 

「え?何事!?」

「わ、分かりません。中の物が何か倒れたのでしょうか」

 

それにしても何故扉が壊れるのだという話ではあるんだが。

そうこうしていると、今度はビービーとけたたましくサイレンが鳴りだした。

 

『衝撃を感知しました。30秒以内にアンロックしてください。解除されない場合直ちに警備員が駆けつけます』

「「!!」」

 

この倉庫にはどうやら防犯対策がされているようで、先ほど扉を破壊された事でシステムが作動してしまったようだ。とにかく鍵を使って扉を開ければ良いようなので扉に鍵を差し込む。

すると、中から聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 

「うわっ、なんだこれ!」

「スプリンクラー...火を消さなきゃ」

「ひとまずセンサーをなんとかしよう!」

「なんとかって...だから鍵がないと...」

 

ガチャ

 

「はぁぁ…何やってんのお二人さん?」

「一花。二人してこんな所で何してたんですか?」

 

扉を開けると、先ほどまで鳴っていたセンサーが止んだのだが、そこにはびしょ濡れになっている上杉と一花の2人が居た。

 

「とりあえず二人は一旦宿舎に戻ってタオルで拭いたり着替えたりしたら先生の部屋に集合ね」

「「はい…」」

 

こんだけの騒動を起こしたんだ。生徒指導の柴田先生は相当お怒りになるだろうね。今夜は長くなりそうだ。

立たせた二人を五月に任せて僕は現場に残って立川先生に連絡をした。

 

『どうされたのですか?』

「あー…ちょっと生徒がやらかしちゃいまして。倉庫の扉を壊しちゃったんです」

『えー!?』

「とりあえず僕は現場にいますので施設の方に連絡をお願いします。該当の生徒は今五月が連れて宿舎に戻ってるので、そちらは柴田先生に任せます。ただ、その生徒はびしょ濡れですのでまずは着替えをさせるようにお願いします」

『わ、分かりました。施設の方に連絡ができ次第またご連絡しますね』

 

電話を切った僕は倉庫の中に進む。閉じ込められたのは本人達から聞かないと経緯は分からんが、何故スプリンクラーが?

二人がいた辺りを見てみると小さな焚き火の跡があった。これで暖を取っていたのだろう。それで警報と共にスプリンクラーが作動したのか。しかし、どうやって火を起こしたんだ?まさか自力で?

これは聞き取ることが色々ありそうだ。

かくして、施設の人が来た後は分かる範囲の状況を説明して宿舎に戻るのだった。

 

 




今回の投稿も読んでいただきありがとうございます。

今回は、キャンプファイヤーの準備を中心に書かせていただきました。
少し中途半端ではありますが、原作の一花と風太郎のやり取りも書かせていただいております。
戸締まりの確認に行くのに女子生徒と二人でというのもないかな、とは思いましたがそこはご愛嬌ということで読んでいただければと思います。
後、生徒指導の先生の名前が分からなかったので、失礼ながら勝手に柴田と付けさせていいただきました。戦国武将の柴田勝家から取っています。

次回はいよいよ林間学校三日目を迎える訳ですが、ほぼオリジナルでの内容となる予定です。

では、次回の投稿も読んでいただければ幸いです。
どうぞよろしくお願いいたします。



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33.高熱

林間学校三日目。

今日はスキーに登山、川釣りと三つのコースを選んぶといった自由参加形式である。教師陣も三つのコースにそれぞれ分かれて、何かあった時のために待機をすることになっていた。

スキーや川釣りは生徒が楽しんでいるのを見ているだけで良いのだが、登山だけは違う。山頂や山道でも何かあるかもしれないので、一緒に山を登らなければいけないのだ。なので、教師陣営からもあまり人気とは言えないのである。まあ、実際スキーを選ぶ生徒が例年多いことから、登山を選ぶ生徒は一クラス分の人数がいるかいないかなので付き添いの教師も一人で事足りているそうだ。

そんな貧乏くじを引いた僕は今、引率のために登山に参加して今は山頂まで来ていた。初心者コースとはいえ普段運動をしない僕からすれば、中々体力を使うものだった。だが山頂からの景色も良いものである。

ここの山頂は広いスペースがあり、お店も並んでいる。山を登るまでは団体行動てはあったが、山頂に着いた今は下山するまで自由行動としている。

展望台からの景色やその景色をバックに写真を撮ったり、お店の中を覗いたりと(みな)様々である。

かく言う僕は、疲れてベンチに座り生徒達を見守りながらも景色を見るのに楽しんでいた。

 

「隣いい?」

 

景色を楽しんでいた僕にこの登山に参加していたことりが声をかけてきた。先ほどまで友達二人と話していたがいつの間に。

 

「構わないよ」

「ありがと」

 

僕から許可をもらったことりは僕の横に並んで座った。

 

「友達と話してたんじゃなかったの?」

「うん。写真もある程度撮ったよ。兄さんと話してくるって行ったらお店の方に行っちゃった」

 

僕の質問にお店が並ぶ方を見ながら答えることり。僕もそちらを見ると確かに並んでいる商品を見ている二人の姿があった。

 

「しかし何でまた登山なんて選んだのさ」

「私は…ほら、スキー滑ったことないし。川釣りって気分でもなかったから…」

 

チラチラと僕を見ながらことりは登山を選んだ理由を話している。表向きはそうなのだろうが、多分登山を選んだ本当の理由は僕がいたからだろうな。

 

「それで?本当の理由は?」

「……もちろん、兄さんがいるからだよ!」

 

屈託のない清々しいまでの笑顔で答えることり。そこまで言われると僕も何も言えないな。

 

「そう言う兄さんだって、なんで登山の引率なの?スキーは私と一緒で滑ったことないから分かるけど、川釣りとか選んでそうだよ」

「僕の場合は選んだんじゃなくて選ばれたって感じだから。若くて体力ありそうだからって…」

 

実際には体力ないんだけどね。まあ、普段の運動不足解消と思っておこう。

 

「本当は立川先生の案もあったんだけど、立川先生スキーの経験者らしくてね。それで、スキー未経験者の僕の方が選ばれたって訳」

「それはそれは、ドンマイ!」

 

そこでサムズアップされてもなぁ。ことりは僕と違って体力あるから今回の登山も平気にこなしている。むしろ、未経験でも滑り始めたらスキーもすぐに滑れるようになったのではないだろうか。結構勿体ない事をしたと思うが。

 

「友達はよく登山に付いてきてくれたね」

「うん。二人は元々どれでもよかったみたいでね。ことりが登山に行くなら私も、みたいなノリで付いてきてくれたよ」

 

なんて友達思いの子達なんだ。

しかし、二人を見ると平気そうな顔でお店の商品を見ているから、体力はある方なのだろう。

 

「そういえば、結局風太郎君は昨日見つかったの?私は今日も会わず仕舞いだから、この林間学校では昨日の肝試しの脅かし役の時にしか見てないや」

 

初日は僕と五つ子に立川先生と一緒に別行動。二日目は主にクラスごとでの参加だったから会えるはずもないか。唯一の昨日の夜は一花と二人倉庫に閉じ込められてた訳だしね。

 

「僕も昨日は夜バタバタしてたから伝えるの忘れてたけど、上杉は一花と一緒にキャンプファイヤーの丸太を保管していた倉庫に閉じ込められてたよ」

「えー!?嘘でしょっ!?」

 

ことりは信じられないといった顔で驚いている。まあ当然の反応だろう。

 

「本当だよ。昨日の夜はその事でバタバタしてたんだよ」

 

僕は壊れた倉庫の扉の件でずっと外にいたのだが、まあそこは言わなくても良いだろう。

 

「でもなんで倉庫に閉じ込められたの?」

「なんでも、二人で話していたら気づかれないうちに外から閉められたんだって。あそこ外鍵だから中からは鍵を開けられないんだよ」

「そんなことがあるんだねぇ」

 

本当にそう思うよ。いくつもの偶然が重ならないと起き得なかったことである。

 

「しかも、閉じ込められた後に上杉は木の棒とロープを使って火起こし機を自分で作って、火を起こしたんだから。そこも驚きだよ」

「それで暖を取ってたんだね。凄いな風太郎君は」

 

兄妹二人で上杉の行動に感心しているとスマホにメッセージが届いた。どうやら五月のようだ。

 

『一花から聞きました。今日のキャンプファイヤーでのダンスを先生が一花と踊ると。ただ、昨日の事で一花が寝込んでしまいまして。ただの風邪と思いますが、大事を取って今日のダンスには参加させないようにしようかと思います』

『了解。一花にはしっかり休むように伝えといて』

 

『わかりました』と返事が返ってきたのでそこでスマホをしまった。一花が風邪引いたなら上杉は大丈夫なのだろうか。

 

「先生~」

 

そんなことを考えているとことりの友達である、森下さんと佐伯さんが近づいてきた。

 

「よかったら兄妹でのツーショット撮ってあげましょうか?」

「え、いや…」

「いいのっ?ありがとう!ほら兄さん立って立って」

 

僕は良かったのだがことりはノリノリで、僕の腕を取って立たせようとした。そしてそのまま展望台の手すりの方まで引っ張られて山々の景色をバックに写真を撮ってもらうのだった。ご丁寧に腕を組んだ状態で。

ことりは五つ子の他にも、この森下さんと佐伯さんの二人には兄妹仲良しなのをさらけ出している。

何はともあれ、登山も後は下って山の麓にあるレストランで遅めの昼食を食べるだけだ。

 

「よし!じゃあそろそろ出発するよー」

『はーい!』

 

そして、生徒を集めて下山をするのだった。

 

・・・・・

 

山の麓での遅めの昼食も終わり、資料館での展示物などを見終わった僕ら登山コースのメンバーは、今はバスに乗って宿舎を目指していた。

生徒達は最初こそはしゃいでいたものの、疲れがきたのか殆どが寝てしまっていた。

僕も疲れから眠気があり、何度も欠伸をしていた。

そんな時、スマホに着信が入った。メッセージではなく電話のようだ。

五月?

 

「はい、どうした?」

『先生!上杉君が!上杉君が!』

 

相当慌てているようでどうも要領を得ない。

 

「落ち着いて。ゆっくり話そう。上杉がどうしたんだって?」

『…っ、今上杉君とスキーのリフトに乗っているのですが、上杉君が倒れてしまって。しかもすごい熱もあるみたいで!』

「っ!分かった。僕は向かえないけど、待機してる先生をリフト乗り場まで向かわせるから、そのまま下までリフトに乗って下りてくれ。上杉の事、頼んだよ」

『はい!』

 

少しは落ち着きを取り戻した五月の返事に満足した僕は、電話をそのまま切りすぐに別の人物にかけ直した。

 

『はい?どうかされましたか?』

「立川先生。先ほど五月から連絡がありまして、現在リフトに乗っている上杉が高熱で倒れたそうです」

『えーー!?』

「隣にいる五月が支えているそうです。そのままリフトで下まで下りるように伝えているので、男性の先生をリフト乗り場に向かわせてください」

『わ、分かりました!すぐに向かいます』

 

そこで立川先生との電話も切れた。しかし、この林間学校では立川先生の連絡先を聞いといて良かったと何度も思ったものだ。

 

「どうかしたの兄さん?」

 

後ろの席に座っていたことりが電話をしていた声に気づいて声をかけてきた。

 

「風太郎君の名前や高熱で倒れたって言葉が聞こえたけど…」

「さっき五月から連絡先があって、上杉が高熱で倒れたって」

「え!?だ、大丈夫なの?」

「現地の先生を向かわせたから大丈夫だと思うけど。僕が出来るのはここまで。後は宿舎に戻ってだね」

「そ、そうだよね」

 

心配そうな声のことり。とはいえ、ことりに伝えた通り今僕が出来ることは何もない。無事に先生達が対応してくれるのを祈るばかりだ。

そんな思いの僕を乗せたバスは宿舎に向かって進むのだった。

 

宿舎に着いた僕とことりは急いで上杉がいるであろう場所に向かった。立川先生から高熱のために別室で安静にさせると聞いたので、その部屋に向かう。

すると向かいから五つ子が肩を落としながら歩いてきた。

 

「みんな!風太郎君は?」

「今は先生が付いて部屋で寝ているかと。その部屋は立ち入り禁止と言われました」

 

なるほど。正しい判断だ。

 

「フータロー…せっかく林間学校に前向きになってくれたのに…一人で…こんな寂しい終わり方でいいのかな…」

 

三玖の言葉で五つ子達はさらに悲しい表情になっている。

 

「とにかく、君たちはもうすぐ始まるキャンプファイヤーの準備に入るように。僕は上杉の様子を見てくるから」

 

六人にそう伝えた僕は一人、上杉が寝ている部屋に向かった。

 

コンコン……ガチャ…

 

「おー、吉浦先生かね。どうされました?」

 

扉をノックすると扉が開かれ、中から学年主任の木下先生が顔を覗かせた。

 

「上杉が倒れたと連絡を受けたのは僕でしたので、気になりまして」

「そういえばそうでしたな。いや、助かりましたよ。吉浦先生からの連絡がなければ生徒だけでここまで連れてくることになっていたでしょうからな」

 

木下先生は部屋から出てきて扉を閉めて僕と向き合った。

 

「結構悪いですか?」

「うーむ、知識がないのでなんとも言えんが、あまりよくないでしょうな。これ以上悪くなるようでしたら病院へ、とも考えていたところです」

「そうですか……あ、上杉の看病変わりますよ。主任はどうかキャンプファイヤーに行ってください」

「いいのですか?吉浦先生も登山で疲れているでしょうに」

 

僕が看病を代わると申し出ると驚かれてしまった。

 

「ええ。疲れはありますが、キャンプファイヤーには木下先生がいた方が良いでしょうし。座って看るだけなら苦でもありませんしね」

「分かりました。では、ここは任せます。何かあればすぐにでも教えてください」

 

そう言うと木下先生はキャンプファイヤーの準備が行われている広場へと向かっていった。

入れ代わりに、僕が上杉の寝ている部屋に入った。

外も暗くなってきていたので上杉には悪いが電気をつけさせてもらう。

上杉が寝ているベッドの横には先ほどまで木下先生が使っていたであろう椅子があったのでそこに座った。

 

「ハァ…ハァ…せ…先生……?」

 

座ったことで気配を感じたのか、寝ていた上杉が目を開けて話しかけてきた。汗をたくさんかいているようなので拭いてあげたほうが良いかもしれないな。

 

「悪い。起こしちゃったかな。起きたついでに汗を拭いてあげるから、ちょっと待ってな」

「す…すみません……ハァ…ハァ…」

 

そこで目を閉じた上杉を確認した後、タオルなどを用意するために一度部屋を出た。他にも冷えピタなんかもあればいいんだが。施設の人に聞いてみるか。

 

結局、冷えピタなどはなくタオルと水を用意した。

用意した物を部屋に持ってくると、上杉はまだ起きていたようで、椅子に腰かけると寝たままの状態で声をかけてきた。

 

「ハァ…そこまでしてもらわなくてもいいんすよ…」

「言葉と態度が一致してないよ。まったく…そんな風にやせ我慢しててこんなに酷くなったんじゃないの。一旦汗だけでも拭くから一度起き上がって」

 

僕の言葉に素直に起き上がった上杉には僕に背中を向いてもらうように座ってもらった。

 

「もしかして、らいはさんから貰ってきたとか?」

 

服をたくしあげ、上杉の背中の汗を拭きながら今回の熱の原因について聞いてみた。

 

「かも…しれないですね…とはいえ、あいつにはそんなこと言えないっすけどね…」

「まあ、そうだよな……よし、簡単にしか出来なかったけどやらないよりかはマシでしょ。布団入って寝ていいよ」

 

ゆっくりではあるが、上杉は布団に入り仰向けに寝転んだ。その上杉の顔の汗もタオルで拭ってやった。

 

「慣れてるんすね…」

「うちは両親共働きだったからね。ことりが風邪引いた時とかはよく世話してやったもんだよ。上杉もそうだろ?」

「ええ…ゲホッ…ゴホッ…まあ、らいははまだ小さいですからね。そこまで大変じゃないっすよ」

「成長してもそんなもんだよ。ほら、お喋りはもういいから少しでも寝ときな」

 

水で濡らしたタオルを上杉のおでこに乗せながら寝るように促した。

 

「冷たっ……うっす…」

 

そこで上杉は目を閉じると息は荒いものの眠りについたようだ。

後はタオルを時間をおいて変えればいいか。

少ししか時間は経っていないが十分に暗くなった外からは、キャンプファイヤーで灯している焚き火の明るさが見えていた。

 

 




今回の投稿も読んでいただきありがとうございます。

今回は、スキーに参加しなかった和彦とことりの語らいから上杉が倒れたと連絡を受け、寝ている上杉のもとに駆けつけるところまでを書かせていただきました。
当初は、和彦とことりもスキーに参加で書こうかと思っていたのですが、兄妹水入らずの時間をと思い、二人は登山にしてみました。
なので、五つ子の出番は今回少なめというかほとんどないことになっています。すみません。
ちなみに、今回も先生のお名前も勝手に付けさせていただきました。学年主任の先生はハゲネズミこと秀吉の昔の名前木下藤吉郎から取らせていただきました。

さて、次回で林間学校も終える予定となっております。次回の投稿も読んでいただければ幸いです。
どうぞよろしくお願いいたします。



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34.結びの伝説

~二乃side~

 

ゴォォォォォ…

 

林間学校三日目の夜。広場ではキャンプファイヤーが行われている。キャンプファイヤーでは最後のダンス以外にも催し物があり、今では色々な生徒がそれぞれ出し物を行っていた。

しかし、生徒の心は最後のダンスのことに向かっていた。

 

「最後のダンスどうする~~?」

「俺、今から誘っちゃおっかな!」

 

(みな)がダンスの話で盛り上がっているところに冷めた目で見ている者がいた。二乃である。

 

「くだらないわ」

 

冷めた目でダンスに向けて楽しそうに話している生徒達を見ながらそんな言葉が漏れた。

 

「あれ、二乃どうしたの?」

「男の子と踊るってテンション上がってたじゃん」

 

そんな態度の二乃に疑問に思った友達の二人が二乃に声をかけてきた。友達が言っている男の子というのはもちろん風太郎がカツラを被った姿の金太郎のことである。

彼をダンスに誘ってからは二乃はご機嫌で、男の子をダンスに誘ったと友達にも言っていたのだ。

 

「…フられちゃったわ」

 

・・・・・

 

風太郎が倒れて部屋に隔離されることになった時、風太郎は二乃に声をかけた。

 

「金太郎の奴な…その…外せない用事ができたらしい。スキー場でたまたま会って頼まれたんだ」

「やっぱり…彼だったんだ…」

 

実は二乃はスキー場で金太郎を見かけたのだ。

金太郎と会うことが出来た林間学校二日目の肝試しでのこと。金太郎に会った二乃は、金太郎のおでこに小さな傷があるのに気付き、いつも持ち歩いていた絆創膏を貼ってあげたのだが、その絆創膏をスキー場で落とした男の子を発見した。

後ろ姿でしか見ていないが、金太郎に貼ってあげた絆創膏は特徴的な柄があり、その絆創膏は自分が貼ってあげたものだと二乃はすぐに気づいたのだ。

そこを追及された金太郎こと風太郎は焦ってその場から逃げ出し、三玖が隠れていたかまくらに匿ってもらうことで金太郎が風太郎であるということがバレずに済んだのだ。

 

「ってことは嫌われちゃったかな…少し重たかったかしら」

「ん…いや…」

 

自分の誘いに来てくれないことに、二乃は自分が嫌われたから来ないのだと思って落ち込んでしまった。

実際は、金太郎である風太郎が高熱のためにキャンプファイヤーそのものに参加できなくなったのだから、風太郎としては何とも言えない状況となってしまった。

 

「まぁ待つだけ待ってみるわ」

「あれは…」

「上杉、何をしてるんだ!早く休みなさい!」

 

風太郎の目からも落ち込んでいる事が分かっていたので、やはり金太郎の正体が自分であると明かそうと思った矢先、学年主任の木下先生に声をかけられ、それも出来なくなった。

自分の限界も来ていることから部屋に向かうなか、風太郎は二乃に言葉をかけた。

 

「悪い。元気出せよ」

 

・・・・・

 

(一番元気のないあんたが言うなっての。恩着せがましく心配なんかして…少しは自分の心配しなさいよ)

 

先ほどの風太郎とのやり取りを思い出しながら、大きく燃え上がっている焚き火を眺めそんな言葉が心の中に出る二乃。

 

『信じていいのよね?』

『ああ』

 

風太郎が隔離された部屋に向かう背中に二乃が問いかけたら、風太郎からそう返事があった。

 

「…ムカつく」

 

そう呟いた二乃の元にメッセージが届いた。それを見た二乃はキャンプファイヤーの会場から離れるように歩みを進めた。

 

「ちょっ、二乃どこ行くの?」

「ちょっとトイレ」

「早くしないとダンス始まっちゃうよー」

 

友達の言葉を背に、二乃はトイレではなくある場所に向かうのだった。

 


 

~ことりside~

 

二乃がいた場所とは違う所で、ことりは友達の森下智子(もりしたともこ)佐伯加奈(さえきかな)の三人でキャンプファイヤーの催し物を楽しんでいた。

 

「そういえばことりって上杉君とダンス踊る予定だったよね?」

 

そこに智子が確認するようにことりに聞いてきた。

 

「うんそうだよ。ただ、風太郎君熱で倒れちゃったから踊ることはできなくなっちゃったんだけどね」

「え?そうなの?」

 

風太郎が熱で倒れたことはほんの一部しか知らないことなので、ことりの言葉に加奈は驚いた。

 

「それじゃあどうするのダンス?相手がいないと見るや誘いに来る人いるかもよ」

「うーん…」

 

智子の言葉にどうするか考えているところに、スマホにメッセージが届いた。これは二乃に届いたメッセージと同じものである。

 

『上杉の看病、今は僕が診てるから何かあればまた連絡する』

 

和彦からのメッセージではあるのだが、そのメッセージを見た瞬間ニコッとことりは笑顔になった。その笑顔はどちらかと言えば何かを閃いたといった顔である。

 

「ごめん、私風太郎君のところにお見舞い行ってくるよ」

「え?上杉君のところ?」

「でも、先生がいるんじゃない?」

 

ことりの発言に智子と加奈は心配そうに答えた。

 

「大丈夫。今は兄さんが付いてるみたいだから多少融通利かせてくれるよ。それに、風太郎君が熱で寝込んでる時にキャンプファイヤーなんて楽しめないしね」

 

そう言うや否や、ことりはキャンプファイヤーの会場から離れて行ってしまった。

それをただ眺めることしかできなかった二人はある事が頭を過った。

 

「ねえ智子。ことりって上杉君のこと、どう想ってると思う?」

「うーん…ことりは前に上杉君は友達だって言ってたから、加奈が思ってるようなことはないと思うけど…」

「でも、友達とは言えさぁ、わざわざ看病に行ったりする?同性の友達なら分かるけど、異性だよ?」

「そうなんだよねぇ…」

 

智子と加奈では思うところに若干の違いはあれど、ことりの風太郎に対する想いに考えさせるところがあった。とはいえ、大事な友達のことだ。勝手に自分達で感じたことを他の人に言い触らすということは二人とも考えてはいなかった。

 


 

~一花・三玖side~

 

広場から少し離れた場所。階段があるのだが、その階段に一花は誰よりも暖かい格好をして座り、皆が楽しんでいるところを見ていた。

一花が暖かい格好で階段に座り休んでいるのには訳があった。それは一花も風太郎と同様に風邪を引いて、林間学校三日目はずっと寝込んでいたからである。風太郎と違い、一花はスキーには参加せず一日寝ていたこともあり歩き回れる程度には回復していた。

 

ぴたっ

 

「わ」

 

そんな一花の頬に温かい何かが当てられたので、一花はビックリして声が出てしまった。

 

「あげる。風邪は水分補給が大事」

「へー…ホットもあるんだ…」

 

一花の頬に温かいものを当てていたのは三玖で、その温かいものというのは抹茶ソーダの缶であったのだ。

抹茶ソーダのホット…一花が言うようにホットまであるのには驚きである。

 

ぴと

 

「!」

 

そんな驚きの表情をしていた一花のおでこに三玖は自らのおでこを当てた。どうやら熱を測っているようである。

 

「治ってる」

「やっぱり…私がフータロー君にうつしちゃったかなぁ」

 

風太郎が高熱で倒れてしまったのは、自分の風邪がうつってしまったからと一花は考えており自らを責めていたのだ。

 

「フータローは最初からおかしかった」

「えっ」

「今にして思えばずっと具合が悪かったんだと思う。もっとよく見てあげてたら…私も自分のことで必死だったから」

 

一花のおでこから自身のおでこを離しながら、三玖は自分が気づいた風太郎の変化を伝えた。

 

「……ねぇ一花これ見て」

 

そこで三玖はスマホに写し出された画像を一花に見せた。

 

「これは?」

「うん。さっきことりから送ってもらったの。先生とことりは今日の自由参加は登山だったから。その時に撮ったんだって」

 

三玖のスマホに送られた画像は色々とあり、登山中に発見した植物だったり山々の景色だったり様々であった。

そして一つの画像のところで三玖は切り替えるのを止めた。

 

「これって、ことりと先生のツーショット写真だね」

「うん……」

 

三玖が止めた画像には一花が言った通り和彦とことりが仲良く写っていた。

 

「私ね、この写真を見たときことりを羨ましいって思ったの」

「羨ましい?」

「うん。私もこうやって先生とツーショットで写真撮りたいなって…ことりは妹なんだから当たり前なのにね」

 

そこで三玖はふふっと自笑気味に笑った。

 

(独り占めはしたい。この感情にもう嘘はつけない)

 

「私は先生が……和彦先生が好き。この気持ちはもう止められない。相手が立川先生だって負けたくない…!」

「三玖…」

 

まっすぐに見つめながら伝えてきた三玖に一花は圧倒されてしまった。今まで、ここまでに自分の気持ちを伝えてきたことは三玖にはなかったからである。

三玖は自分の気持ちを伝えた後に一花の両手を包み込むように握った。

 

「私は自分の気持ちをしっかり持てたよ。だから一花も自分の気持ちに正直になって」

「え…?」

 

三玖のそんな言葉に一花はドキッとしてしまった。

 

「一花が言ったんだよ。この関係がずっと続くとは限らないんだって」

「あ…」

 

三玖は一花の両手を握る力を強めながら、林間学校二日目の朝に旅館のエントランスで一花に言われた言葉を言い返した。

 

「私は私の恋に一生懸命になる。だから一花も…」

 

そこで一花は自然に笑みが出てきた。

すると、三玖が持ってきてくれた抹茶ソーダの缶を開けゴクゴクと飲みだした。

 

「うーん…絶妙にまずい…」

「そ、そうかな?」

「でも効力バツグンだよ。ありがとね」

 

抹茶ソーダのホットは確かに不味いのかもしれない。だが、三玖の気持ちが入っているのか一花の心を突き動かす効力はたくさん入っていたようだ。

そこに二人のスマホに着信が入った。内容は二乃とことりに来たメッセージと同様だ。

 

「ふふっ、じゃあ行こうかな。三玖も来るよね?」

「うん」

 

二人は立ち上がると、キャンプファイヤーの会場とは別の方向に歩みを進めるのだった。

 


 

~四葉・五月side~

 

(私が余計なことを考えて一花のふりをしなければ…)

 

五月は宿舎の中を歩きながら風太郎の倒れた原因について考えていた。

五月は風太郎に自分達姉妹のことをちゃんと見てくれているのか確認するため、風邪で寝込んでいる一花の協力のもと一花に変装をしてスキーをしている風太郎に近づいた。

変装といってもフードを深く被り、ゴーグルにマスクをするといったものである。これは効果抜群で他の姉妹にも五月であることがバレなかった。

そんな中、五月が咄嗟に風太郎のことを『上杉君』と呼んだことで風太郎に正体を見破られたのだ。

それも、姉妹皆の前で正体を明かすということを選ばず、リフトに二人で乗って正体を当てるという方法を風太郎は選んだのだ。おそらく、どういう理由かは分からないが姉妹に内緒にするぐらいの事なので、皆の前では言わないといった風太郎の優しさから来た行動なのかもしれない。その行動に五月は、自分のことを見てくれているという真相と同時に嬉しくなっていた。

だが、正体を見破る前から体調を悪くしていた風太郎が無理をしてでも二人きりになったことで風邪が悪化してしまったのだ。そこに五月は自責の念を抱いていた。

 

風太郎の荷物を隔離している部屋に持って来るように頼まれ、それを買って出た四葉の手伝いのために、今風太郎の部屋に着いた五月は部屋の中を覗き込んだ。

 

「四葉、荷物はまだ…」

 

するとそこには何かをじっと見つめたまま立ち尽くしている四葉の姿があった。

 

「四葉…?」

 

五月が声をかけると四葉は持っていた栞を五月に差し出してきた。

 

「これ…上杉さんのしおり…付箋やメモがたくさん。こんなに楽しみにしてたのに…具合の悪い上杉さんを無理に連れまわして、台無しにしちゃった」

 

下を向いたままの四葉は五月に顔を向けることもなく、淡々と言葉を口にした。

実際に林間学校三日目が始まった朝。風太郎は体調があまりよろしくなかったので寝ようとしたところに、四葉が部屋まで押し掛けてきて風太郎をスキーに連れ出したのだ。

四葉はその事を後悔しているのかもしれない。

そんな四葉の言葉を聞きながら五月は風太郎の栞を開いて読み進んでいった。

 

「……」

「私が余計なことしたから」

 

その間も四葉の後悔の念は収まることはなかった。

 

「!」

 

そんな時、五月は一つのメモを栞の中で見つけた。

 

「結局のところ、上杉君がどう感じたのか何を考えているのか、本人に聞かないとわかりません。ただ…無駄ではなかったはずですよ」

 

そのメモを四葉に見せるように五月は言葉を紡ぐ。

そのメモには……

 

『らいはへの土産話

 ・楽しかったこと

  車内でのゲームなど

  旅館の探検をしたこと

  四葉に手伝ってもらった肝試し

  【候補】三日目のスキー

      (四葉が教えてくれるらしい)

  ・

  ・

  ・

  ・

  ・

                    』

 

「!」

 

そのメモを見た四葉の目に少しずつ力が戻ってきた。

 

「これ…本当かな…三玖は寂しい終わり方って言ってたけど、楽しかったのかな…」

「さあ」

 

四葉の質問にどうでしょうといった答えを五月はするも、その顔はどこか笑っているようだった。

そこで四葉はある決心をする。

 

「上杉さんに聞いてみる!」

「え、今からですか!?」

「こっそり行けば大丈夫だって」

 

そう四葉が言ったところで二人のスマホに着信が入った。

 

「!吉浦先生が上杉さんの看病変わったって!」

「おそらく私たちが後でこっそり来ることも織り込み済みなのでしょうね。あの方はどこかそういった先読みが鋭いところもありますし」

「なら問題ないね!行こっ、五月!」

 

こうなった四葉の行動力は凄く、さっさと行ってしまった。そんな四葉の背中を見つめながら呟いた。

 

「私も四葉みたいにまっすぐ聞くことができるのでしょうか…」

 


 

上杉の額の上に置いているタオルを水に浸し、それを絞ってからまた元の位置に戻した。これくらいしかやれることはないが、何もやらないよりはましだろう。

窓の外からは賑やかな声も聞こえてくるのでキャンプファイヤーも始まったのかもしれない。ここの部屋の窓からは広場の様子を確認することができないので細かな情報は分からないが。

ずっと座っているのもキツいので立ち上がり窓から外を見てみる。キャンプファイヤーの焚き火の灯りは見えるがそれだけだ。音楽が少し聞こえてくるのでダンスが始まったのかもしれない。

 

コンコン

 

窓の外を見ていたら部屋のドアがノックされた。

 

「ん?誰だろう...」

 

他の先生方が様子を見に来てくれたのかもしれない。そんな思いでドアを開けるとそこにはことりと中野姉妹五人の姿があった。

 

「来ちゃった、兄さん」

「はぁぁ…本当に来るとはね」

 

看病に付いた事を六人に連絡した時からそうじゃないかなっとは思ってたけど、まさか六人とも来るとはね。

 

「いや-、まさか同じ時間に皆揃うなんて驚きだよ」

「本当よ」

「私は二乃が来ているのにビックリした」

「わ、私はよく効くお守りを貸そうと思っただけ!」

 

三玖の疑問に二乃がミサンガを掲げながら恥ずかしそうに答えた。

あれ?たしかミサンガと言えば、温泉で上杉がらいはさんの手作りがあるって教えてくれたっけ。良く良く縁があるんだな。

 

「私たちもフータロー君が心配で来たんだよね三玖」

「うん…」

「私もなんだ。風太郎君が寝込んでるのにキャンプファイヤーを楽しめないよ」

「えへへ、なんか嬉しいな。全員で同じこと考えてたんだね」

「私は違うって言ってるでしょ!」

 

(みな)(みな)上杉のことを心配してここに来たってことか。あの二乃や五月まで。

そんな中五月が風太郎の寝ているベッドの脇まで進んで話しかけた。

 

「上杉君。みんなあなたに元気になってもらいたいと思ってます。まだ私には、あなたがどんな人なのか分かりませんが...目が覚めたら...教えてください。あなたのことを」

 

その言葉に五月以外の女子が(みな)笑顔で風太郎の事を見ている。そして誰かが合図をする訳でもなく、姉妹全員が同時に五月の傍に集まってきた。それに続いてことりはベッドを挟んで五つ子の反対側にしゃがみこむ。僕はそんな様子を窓際で見ていた。

外のキャンプファイヤーは佳境を迎えているのか、より一層盛り上がっている声が聞こえてきている。

そして、

 

『3、2、1...』

 

カウントダウンが始まったようで、この部屋まで聞こえてきた。

そう言えばことりが言っていたな。キャンプファイヤーの伝説。改めて聞いた時はちょっと変わってたけど。

 

『結びの伝説。キャンプファイヤーの結びの瞬間、手を結んでいた二人は、生涯を添い遂げる縁で結ばれるという』

 

『0!』

 

その瞬間、外からは歓声が上がっていた。

そして、上杉の左手にはそれぞれの指を中野姉妹五人の手で結ばれている。親指を一花。人差し指を二乃。中指を三玖。薬指を四葉。小指を五月、といった具合である。そして、右手はことりがそっと手を添えている。

 

「あの時もずっと耐えていたんだね。私も周りが見えてなかったよ」

「らしくないこと言ってないで、早くいつもの調子に戻りなさい」

「私たち六人がついてるよ」

「私のパワーで元気になってください!」

「私も。風太郎君の元気な姿を早く見たいよ」

「この三日間の林間学校、あなたは何を感じましたか?」

 

六人それぞれが声をかけると上杉がムクッと起きあがった。

 

「風太郎君!」

 

起きあがった上杉に対して、ことりが真っ先に声をかけた。

 

「わっ」

「起きた…」

 

ことりに次いで三玖と一花が声を漏らした。

 

「元気になったんですね」

「おまじないすごーい!」

 

さらに五月と四葉も続き、上杉が起きあがったことで次々と声をかけている。とはいえ、さすがに病人の前ではうるさいかもしれない。

 

「…るせぇ…」

「「「「「「え?」」」」」」

「うるせぇ!寝られないだろ!」

 

やはりと言うべきか。上杉は大声をあげて寝られないことを主張した。

その声を機にドタバタと六人は部屋から出ていった。叫ぶだけの元気が戻ったと安心したのかもしれない。

 

「ハァ…ハァ…」

「悪いね。皆上杉を心配してたから通したけど止めておくべきだったかもね」

「いえ…これだけの姿を見せればあいつらも少しは安心するでしょうし」

 

そう言いながらふぅーと上杉は息を吐いた。

 

「ほら、ここからはもう誰も来ないからゆっくり眠りな」

「はい…」

 

上杉は再び布団に入るとそのまま目を瞑りすぐさま眠りについてしまった。

僕は、先ほど起きあがったことで落ちたタオルをまた水で冷やして上杉の額に乗せてあげた。そして、交代の先生が来るまでしばらく診ていた。

キャンプファイヤーの伝説…もし本当だったら上杉は誰と結ばれるんだろうね。

心の中でそう問いかけるのだった。

 

 




今回の投稿も読んでいただきありがとうございます。

今回は五つ子とことり六人のそれぞれの事を書いた後に、風太郎のところにお見舞いに来たお話を書かせていただきました。
今回はいつものお話より若干長めに書かせていただいております。
六人それぞれの思いがある中、林間学校はこれにて閉幕とさせていただきます。

それでは次回の投稿も読んでいただければ幸いです。
どうぞよろしくお願いいたします。



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35.お見舞い

色々なことがあった林間学校も終わり、いつもの日常が戻ってきたある日。今日は学校が午前授業だったこともあり、僕はことりと二人で総合病院に来ていた。

僕もことりも至って健康そのものであるので、今日はある人物のお見舞いに来ているのだ。その人物というのが上杉である。

 

・・・・・

 

林間学校三日目のスキーの最中に上杉は高熱で倒れた。その後、次の日の出発時間まで寝かせていたのだが熱は下がることがなかった。なので、病院に連れていくために上杉には僕の車で一緒に帰ってもらうことになったのだ。付き添いとして、同じクラスで知った仲ということで五月が立候補した。他の姉妹やことりも手を挙げたが、学年主任の木下先生が五月を指名したのだ。

 

「では吉浦先生。任せてばかりで申し訳ないが、上杉のことよろしくお願いします」

「ええ。こちらこそ、クラスの事を任せっきりになってしまい申し訳ないです」

「なーに、こちらのことは気にせず運転と上杉のことに集中してください。中野。吉浦先生の邪魔にならないようにな」

「はい!」

 

助手席に座っている五月が木下先生の言葉に答えたところで車を発進させた。上杉は後ろの席におり、シートベルトをした状態で背もたれを倒し、少しでも寝やすい状態を作っている。

さて、まずは近くの病院からだろう。非常時用の風邪薬は飲ませているが、ちゃんと処方された薬の方がいいだろうしな。

という訳で、大きめな病院を探してそこに向かい上杉の診察をしてもらった。

診察結果としては、簡単に言えば肺炎まではいかないものの風邪による発熱が酷くなっているとのことだ。地元に戻ったら、必ず地元の病院にもう一度行くように注意もされた。

しばらく点滴をすることになったので、五月と二人でちょっと早めのお昼ご飯を食べることにした。

 

「しかし、まさか五月が付き添いに立候補するなんて思いもしなかったよ。心境の変化でもあった?」

 

お昼の蕎麦を食べている時、少し疑問に思っていたことを五月に聞いてみた。

 

「そう…ですね。今回の林間学校を通して上杉君の人となりを確認することができました。先生やことりさんが言っていた通りの人間だと思ったんです」

「へぇ~、それは良かった。二日目の朝に上杉の事を確かめるんだって息巻いていた時は、少し心配はしてたんだけどね。あ、僕のいなり食べたかったらどうぞ」

「いいのですか!?いただきます!」

 

一皿に三個乗っていたいなりを僕は二個食べたので残りの一個を五月に譲った。五月は目をキラキラして喜んでいるのであげた甲斐があったというものだ。

 

「………後は、今回の上杉君の体調不良の一因は私にあると思ったのもあります」

 

僕のあげたいなりを美味しそうに食べた五月は、今回付き添いに立候補した理由を語った。

 

「上杉君が私たちのことをきちんと見てくれているのか確認をするために、私はスキーの時、寝ている一花になりきって上杉君の前に行きました。それであちこち連れ回してしまって…」

「風邪を引いたのではないか、と」

 

僕の言葉にコクンと五月は頷いた。

まあ、上杉の風邪はらいはさんから貰ってきたか、倉庫でスプリンクラーの水を浴びたことが原因だろうけどね。スキーで連れ回したのも容態を悪くさせた原因の一つと言えば一つかもしれないが。

 

「ま、なんにせよ。上杉は五月を見つけてくれたんでしょ」

「よく分かりましたね。ええ、彼はきちんと私たちのことを見てくれていました」

 

見つけてくれた時の事が嬉しかったのか、五月はニッコリと微笑んでいる。

上杉とは喧嘩までしていたのに、こういう顔ができるようになったことを嬉しく思う。

お昼ご飯が終わった後も上杉の点滴が終わるまでまだ時間もあったので、周辺を五月と軽く観光とまではいかないが見て回って時間を潰した。

その後は点滴を終えた上杉を車に乗せ地元に向かって走らせた。

そして地元にそろそろ着くだろう時に五月がある提案を出した。

 

「上杉君の病院なのですが、私たちの父が院長を勤めている病院に行きましょう。私から父にお願いしてみます」

「え!?五月達の父親って院長先生なの?」

「ええ。知らなかったのですか?」

 

まじかぁー…まあ、あのマンションに五人の娘と住んでるならそれくらいの職には付いてるか。

驚きはあったものの、納得感も感じることもできた。

そして、五月の案内のもと病院へと車を走らせた。

病院に着くと五月がすでに話を通していたのか、診察が始まった。まだ熱も高いことから検査入院をすることになった。諸々の手続きも院長先生こと中野姉妹の父親が色々としてくれたようだ。

その間に理事長に報告のため連絡をした。

 

『おー、吉浦先生。無事に着いたかね?』

「ええ。つい先ほど地元の病院に。中野さんが院長を勤めていらっしゃる病院です。中野五月さんに付き添いに来てもらって助かりました」

『そうか。何はともあれ(みな)が無事で良かった。バス組も帰りは問題なかったようで、先ほど帰ってきて解散したところだよ。君たちもそこからは直帰したまえ。お疲れ様』

「ありがとうございます。では、中野五月さんを送ってからそのまま帰宅します。失礼します」

 

理事長との電話はそこで終えた。

さて、次は上杉の自宅か。やれやれ忙しいものだ。

あらかじめ、上杉に聞いていた自宅の電話番号に電話する。

 

『はい。上杉ですが』

(わたくし)旭高校で教師をしております、吉浦と申します」

『吉浦先生。ご無沙汰してます。らいはです』

 

自分の自己紹介をすると明るい声で返事が返ってきた。

 

「らいはさんか。花火大会以来だね。風邪を引いたって聞いてたけどもう大丈夫なのかい?」

『はい!ご心配していただきありがとうございます。もうすっかり元気です!』

 

元気よく返事が返ってくるが、言葉遣いといい本当にしったかりした子だ。

 

『それで、今日は?』

「ああ。親御さんは誰かいるかな?」

『お父さんがいますよ。ちょっと待ってください』

 

そこで父親と代わるためらいはさんの声が途絶えた。

 

『はい。風太郎の父ですが』

「突然のお電話申し訳ありません。(わたくし)旭高校で教師をしております、吉浦と申します。風太郎君の事でお伝えしたいことがあり、お電話しました」

『お、あいつ何かやらかしましたか?』

 

なぜか嬉しそうな声で返ってきた。

 

「いえ。風太郎君は林間学校三日目に熱で倒れてしまいまして、今はこの町の病院に連れてきたところです」

『そうか…らいはから貰ってたかもしれねぇな。病院って言うと総合病院っすか?』

「ええ。ご認識されてるところと。後、熱が下がらないことで入院をすることになりましたので、それも併せてご報告いたします。手続きなどは院長先生のご厚意で問題なく進めております」

へぇ~、あいつにしては殊勝なこった

「?どうかされましたか?」

『いや。あそこには知人がいるんでね、詳しいことはそいつに聞いてみることにしますわ。先生。連絡ありがとうございます』

 

そこで上杉家との連絡も終わった。とりあえず今やるべきことはこんなものだろうか。後はことりに無事に着いたことをメッセージしといて、と。

 

「先生!」

 

丁度そこに五月が声をかけながら近づいてきた。父親との話が終わったようだ。

 

「お待たせしました」

「いや。僕も色々と電話してたからそんなに待ってないよ。それよりありがとね。上杉の手続きとか色々してもらって」

「いえ。すべて父がしたことですので…」

「失礼」

 

そんな五月と話していると男の人に声をかけられた。

その人物は若く見えるがどこか威厳というかオーラを感じる。

 

「お父さん!?」

 

え、お父さん!?てことは、この人が五つ子の父親でこの病院の院長先生か。

 

「お会いするのは初めてですね。中野三玖さんの担任をしております吉浦です」

 

五月の言葉で相手を知った僕は頭を下げて挨拶をした。

 

「やあ。娘達が何かと世話になっているようだったから挨拶をと思ってね。礼儀正しい先生のようで何よりだよ」

 

なんだろう…底知れないプレッシャーを感じてるのは気のせいだろうか。

 

「五月君。さっきは伝え忘れていたが、江端に車を出させよう。それに乗って帰るといい」

「え、しかし…」

 

そこで五月はチラッとこちらを見た。僕に送ってもらうつもりだったのだろう。

 

「車を出してもらえるならそうするといいよ。せっかくのお父さんの申し出なんだし」

「は…はい…」

「では僕はここで失礼させてもらうよ。今後も()()として娘達をよろしく頼むね。では五月君。車まで送ろう」

「は、はい!では先生、また学校で」

 

そんな言葉を残して中野さんは行ってしまった。五月はペコリと頭を下げて中野さんに付いていった。

なんか最後の最後にどっと疲れがきたような気がする。

そんな思いの中家に帰るのだった。

 

・・・・・

 

そんなこともあって、まだ入院している上杉のところにお見舞いに来たのだ。

 

「ことりは五つ子と来れば良かったのに」

「それが、みんなで用事があるみたいで一緒に来れなかったの。一人で来てもよかったんだけど、お兄ちゃんが行くなら一緒にって思って」

 

受付で上杉の病室を聞いて院内をことりと二人で歩いた。聞いたところによると、どうやら上杉は個室のようである。五月がもしかしたら気を効かせてくれたのかもしれない。

 

「しかし意外に上杉の入院は伸びたね」

「ホントにね。まあ大きな病気じゃないみたいだし、そこは安心かな」

 

そんな風にことりと話しながら上杉が入院している病室に向かっていると、その病室の前で背中を壁に預けて立っている女の子がいた。

 

「あれ?あれって四葉じゃない?」

「本当だね。あんなところで何してるんだろ」

 

ことりが壁に寄りかかっているのが四葉だと気づいたのだが、確かにあのリボンは四葉である。

 

「何してんの四葉?」

 

近づきながらことりが四葉に声をかけた。

 

「ふぇ!?ことりさん?それに先生も!な、なんでここに…」

「なんでって、上杉のお見舞いだけど」

 

色々な種類のゼリーを入れた袋を掲げてお見舞いに来たことをアピールした。

 

「で…ですよねぇ…」

「何?風太郎君って、今診察中か何か?」

「い、いえ。そういう訳ではないです…」

 

よく分からんが病室も合っているようだし中に入らせてもらおうか。

ドアが開けられた病室の中を見ると、どうやら上杉は誰かと話をしているようだった。なので、開いているドアを軽くノックして入ることにした。

 

コンコン…

 

「こんにちは風太郎君」

「なんだ、ことりも来たのか。先生まで、ありがとうございます」

 

ノックでこちらに気づいた上杉が挨拶をしてきた。先ほどから上杉と話していた人物もノックの音で振り返っている。

 

「見た感じは問題ないようだね。これ、差し入れ。上杉と話していたのは五月だったんだね」

「こ…こんにちは先生。ことりさんも」

 

差し入れのゼリーの入った袋を掲げながら五月の横まで来た。ふと五月の手元を見てみると何かを握っている。筒状の何かみたいだがよく見えなかった。

まあ、まじまじと見る訳にもいかないか。

一方のことりは五月の向かい側の椅子に座ったようだ。

 

「意外に元気そうで良かったよ。結構心配したんだから」

「悪いな。俺はこの通り元気だ」

 

心配そうに声をかけることりに対して、上杉は自分は元気であるとアピールをした。

 

「それにしても、五月ってばいつの間にか風太郎君と仲良くなってたの?林間学校の帰りの付き添いにも立候補してたよね?」

 

ニヤリと笑みを浮かべながら五月にからかうようにことりが話しかけた。

 

「そ、そういうのではないですぅ!林間学校の帰りも訳があったんです!」

 

そんなことりのからいに本気で困っている五月。両手を前に出してぶんぶんと振りながら否定をしている。真面目な五月ならではの反応なのかもしれない。

 

「ふふっ、冗談だって。私は五月と風太郎君が仲良くなってくれたことを嬉しく思ってるよ」

「仲良くはなってないんだが…」

「まあまあ。それより五月。他のみんなは?今日は五人で用事があるってことりから聞いてたけど」

「え…えーっと…ど…どこに行ったんでしょうね。あははは…」

「「?」」

 

五人での用事があるからことりは僕と来ていることになっているのだが、五月は今一人だ。用事は終わったのだろうか。いや、さっき入口に四葉がいたよな。

そんな風に考えていると、病室の入口辺りが騒がしくなってきた。

 

「やっと見つけたよぉ、五月ちゃ~ん…」

「探した」

 

一花と三玖の言葉と共に五月以外の四人の姉妹が病室に入ってきた。

 

「せ…先生も来てたんだね」

 

僕の存在に気づいた三玖は微笑みながら近づいてきた。

 

「まあね。結構な付き合いにもなるし、まあ教師代表かな。本当は立川先生と来る予定だったんだけど、別の用事が出来たみたいで来れなくなったんだよ」

ことりもいるけど、ここで立川先生と一緒じゃなくてよかった

 

僕の言葉に三玖はどこかほっとしているように見えた。

 

「先生とことりがいるんだったらもう少しゆっくりしたかったけど、私たちも別の用事があるから。ほら五月ちゃん行くよ」

「うぅ~~…」

 

一花が五月に声をかけるも動こうとしない五月。何があったんだ?

 

「五月!私は覚悟決めたわ!あんたも道連れよ!」

「ま、待ってくださいぃ~!」

 

二乃は五月の腕を掴むとそのままズルズルと連れていってしまった。

 

「お騒がせしてごめんね」

「では上杉さん、しっかり休んでくださいね」

「先生とことりもまたね」

 

一花と三玖と四葉も二乃と五月に続いて病室を出ていった。

何と言うか、嵐のような出来事だったなぁ。

 

「なんだったの?」

「ああ。あいつらは今日予防接種に来てたんだと。それで、二乃と五月が怖がって逃げ出したのを他の三人で探してたんだよ」

「なるほど。注射を怖がってた訳か」

まあ、五月の場合はそれだけじゃないだろうが…

 

小さな声で上杉がボソッと声に出したが他にここを離れたくない理由があったのだろうか。

 

「何か他にあったの?」

「いや。二人が来る前に話してた内容が中途半端なところで終わったから、最後まで聞きたかったんだろうよ。ま、俺は話さなくて済んだから助かったがな。とはいえ。五年前…京都…偶然だよな…

 

上杉は最後の方になると少し真剣な顔になっているが、本当に五月が行ってしまって良かったのだろうか。

 

「ふ~ん…それで?風太郎君はまだ退院できそうにないの?」

「いや。さっきの診察で明日にも退院できるだろうと言われた。さっそく家庭教師を始めるぞ、ことり」

「え~!?退院できることは嬉しいけど、退院早々に家庭教師始めるの?少しは休んだら?」

「そうもいくか!あいつらの成績のこと考えたらこれ以上休む訳にはいかん」

 

ことりがまだ休むように促すもやる気満々の上杉である。

 

「まあ、ほどほどにね」

 

その後もしばらく上杉とことり、三人で語り合うのだった。

 

 




今回の投稿も読んでいただきありがとうございます。

今回は、風太郎のお見舞いと回想として林間学校から帰ってくる話を軽く書かせていただきました。
ここで風太郎より大分早いですが、和彦がマルオと対面です。五月の雰囲気が柔らかく感じたのか、マルオの警戒心は高くなっていましたね。

では、次回の投稿も読んでいただければ幸いです。
どうぞよろしくお願いいたします。


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第五章 期末試験
36.見分け方


上杉のお見舞いをした次の日。

以前立川先生と訪れたケーキ専門の喫茶店に来ていた。家でゆっくりするのも良いが、こういった喫茶店でのんびりするのもたまには良いだろう。

ちなみにことりは、上杉が退院早々に家庭教師を行うとのことでそちらに行っている。上杉は無理をしていなければ良いのだが。

 

「おや。あなたはこの間、たくさんのケーキを買っていかれた」

 

ミルクティーを飲みながらのんびりスマホを操作していたところに、この店の店長さんが声をかけてきた。

 

「よく覚えていらっしゃいましたね。結構前の事なのに」

「ふふふ…お得意様になり得そうだったからね。こういうのは得意なんだよ」

 

とはいえ、かれこれ一ヶ月は経とうとしているのだから大した記憶力だと思う。

 

「今日は一人で?」

「ええ。たまにはのんびりするのも良いかと思いまして」

「おや、この間と一緒で彼女が来ているかと思ったが残念だ」

「あはは…そこまで親交がある訳ではないですからね」

 

おそらく立川先生の事を言っているのだろう。今日会えないことに本当にがっかりしている。

 

「また彼女に会えることを願っているよ。では、僕はここで。また来てくれると嬉しいよ」

 

そんな言葉を残して店長さんは行ってしまった。

するとそこに、ことりからメッセージが届いた。

 

『今って電話に出れたりする?』

 

何の用だろうと思ったが、とりあえず問題ないと返事をした。するとすぐに電話がかかってきた。

 

「どうした?今日は家庭教師だったよね」

『うん。実は兄さんにお願いがあって』

「お願い?」

 

上杉やことりでも分からないところが出たのだろうか。

 

『今画像を送ったから見てくれない?』

 

そう言われたので、スマホを耳から離し画面を見てみる。確かにことりからメッセージが届いていたので、そこから添付画像を見てみると、五人の女の子が並んでいる写真が写っていた。これは…

 

「見たよ。それで?この写真を見てどうしろと?」

『ふふっ、じゃあどれが誰だかわかるかなぁ?』

 

そう来たか。

先ほど見た写真には五人の女の子が並んでいた。しかし、普通に並んだ女の子なら知っている人物であればすぐに分かるだろう。だが、この写真には五つ子達が髪を後ろに結んで並んで立っていたのだ。改めて五つ子なのだと実感してしまう。

 

「なんでこんなことになったの」

『あー…これにはちょっとした理由があってね……』

 

そこでことりが、この写真を撮ることになった経緯を説明してくれた。

 

・・・・・

 

~中野家マンション~

 

無事に退院できた風太郎は、さっそく退院したその日から家庭教師のために中野家に向かっていた。

 

「本当に退院したその日から家庭教師するとはねぇ」

「あらかじめ言っていただろ。はりきっていくぞ!」

 

エレベーターが三十階に着き開いたドアから勇ましく歩いていく風太郎。玄関まで着くと、チャイムを鳴らしドアを開けて中に入る。それにことりも続いた。

 

 

「ふふふ、オートロックも使いこなしてきたぜ」

「そういえば、今日はスムーズにいけたね」

 

オートロックを使いこなせた事で上機嫌になっている風太郎。靴を脱ぎ、そのままリビングまで向かった。

だが、そこで事件が起きた。

 

「お邪魔しま...またかよ...」

「ん?」

 

風太郎がリビングに着くとバスタオル姿の五つ子の誰かがいたのだ。それに焦った風太郎の後ろからことりも状況を確認する。そこに、

 

変態!

「ピンポン押しただろ!」

 

バスタオル姿の誰かは何かを風太郎に向かって投げ、そのまま上の部屋に駆けて行ってしまった。

どうやら投げてきたのは紙袋のようで、中からあるものが出てきた。

 

「何々?なんだったの?」

「知るかよ…て、これは...」

 

紙袋から出てきた物ものとは、全教科0点の回答用紙であったのだ。

 

「さっきのバスタオル姿のやつは誰だ?」

「えー……一瞬の事だったし、頭をタオルで巻いてたから、本当に顔だけで判断することになるしで、私には判別できなかったよ。それにしてもこの点数はひどいね」

 

風太郎の疑問にことりも答えることが出来なかった。しゃがんでいる風太郎の横にことりもしゃがみこみ、一緒に散らばったテスト用紙を覗き込んだ。

 

「!」

 

その行動に風太郎は咄嗟に別の方向を見てしまった。

 

「?どうしたの?」

「い…いや…か…顔が近かったからな。ビックリしただけだ」

「?そんなに近かったかな?」

 

ことりはあまり気にせず五枚のテスト用紙を拾って中身を確認をしている。

 

(こいつは前からこんな感じだったか?距離感が妙に近いような……て、今はそんなことを考えてる場合じゃない。さっきの奴の正体を考えなければ。とはいえ、俺には顔だけでの判別はできないぞ)

 

テスト用紙の中身を確認していることりの横で、風太郎は先ほどのバスタオル姿の人物の正体を考えていた。

 

「仕方がない。ことり。あいつらが揃ったらやってほしいことがある。それをあいつらに頼んでくれ」

「…別にいいけど、何するの?」

「それはだな……」

 

そしてしばらくした後、五つ子がベランダの窓際に並んで立たされた。

 

「急にどうしたのですか?」

「同じ髪型にしろって、今日は家庭教師の日じゃなかったの?」

「なんだ二乃らしくもなく随分前のめりじゃないか」

「それは三玖。二乃は私よ」

 

風太郎がことりにお願いしたのは、全員同じ髪型にして並ばせることだった。見事に同じ顔が並んでいるので、早速風太郎は三玖を二乃と勘違いした。

 

「本当に凄いね!写真撮って後で兄さんに見せてあげよ」

 

風太郎の横にいることりは興奮して、五人並んでいるところを写真に撮っていた。

 

(くそっ、全然わからん。見れば少しはわかると思ったんだが…ええい、こうなったらイチかバチかだ)

 

「一花!二乃!四葉!三玖!五月!」

 

風太郎は左から順番にそう呼んだのだが。

 

「二乃!三玖!五月!四葉!一花よ!髪を見れば分かるでしょ!」

 

二乃に即座に訂正をされるのだった。

 

「まあ間違えるのはわかるけど、まさかの全問不正解とはね。ある意味風太郎君は凄いよ」

 

そんな全問不正解の風太郎にことりはある意味感心をした。

 

「......と、このようになんのヒントもなければ誰が誰かも分からない。最近のアイドルのようにな!」

「それはフータロー君が無関心なだけでしょ」

 

最近のアイドルは分かりづらいのと五つ子を見分けることが出来ないことを同じことのように風太郎は話すも、一花に一蹴された。

 

「そうだね。さすがに今のだったら私でも分かったよ。髪の長さが違ってたんだし」

「ぐっ…!」

 

ことりのツッコミに風太郎はぐうの音も出なかった。

 

「ところで、上杉さんはどうして今回のような事をしたんですか?」

「そうだった。事の発端はこれだ!」

 

風太郎は勢いよく先ほどのテスト用紙五枚をテーブルの上に叩きつけた。

 

「全教科0点...」

 

叩きつけられたテスト用紙を見て四葉が言葉を漏らした。

 

「奇跡だ。ご丁寧に名前は破られている。これを投げつけた奴はバスタオル姿でわからなかったが、犯人はこの中にいる!私が犯人だよって人ー?」

「「「「「……」」」」」

 

風太郎がダメ元で犯人が誰か聞くも無言の回答が返ってきた。

 

「ま、当然だよね」

 

その結果にことりは当然だと思い、五つ子達の反応に感想を述べた。

 

「四葉白状しろ!」

「当然のように疑われている!?」

「何気に風太郎君ひどいね」

 

中々名乗り出ないことにやきもきした風太郎は、四葉の肩に手を置いて白状するよう促した。まぁ一番成績が悪いのは四葉なので、風太郎もそう思うのも無理はないが、ことりの言う通りひどい扱いでもある。

 

「それでこの髪だったんだ」

 

犯人探しのためにこの髪型にしたのかと納得したように三玖が言葉にした。

 

「顔さえ見分けられるようになれば、今回のこともスキーの時みたいな一件もおきないだろうからな」

「反省してます……」

「あの五月はマスクさえなければ私たちもわかったんだけど」

「!」

 

反省の五月の言葉に二乃は、マスクがなければ一花の格好をした五月だと分かったと言葉にした。その言葉に風太郎は驚きの表情になった。

 

「さっすが五つ子だね。顔だけで判別できるなんて」

「いや、なんでお前らは顔だけで判別つくんだ?」

 

ことりの感心する言葉と裏腹に、風太郎は五つ子達が顔だけで何故判別出来るのか分からず、思わず聞いた。

 

「は?」

「何でって...」

 

そんな風太郎の言葉に、二乃と三玖がお互いの顔を見てから判別できる理由を説明した。

 

「こんな薄い顔、三玖しかいないわ」

「こんなうるさい顔、二乃しかいない……薄いって何?」

「うるさいこそ何よ!」

 

薄い顔にうるさい顔。やはり五つ子だけに分かる判断基準なのかもしれない。この答えに風太郎はますます混乱してしまった。

 

「良い事を教えてあげます。私達の見分け方は昔お母さんが言ってました。愛さえあれば自然と分かるって」

「愛かぁ…」

「......道理で分からない訳だ」

 

四葉の見分けるコツとして愛があればの言葉にことりは多少納得するも風太郎はもう諦めモードである。

 

「もう戻してもいいかな?何で今日はそんなに真剣になってるんだろ」

 

一花の一言で全員が髪を元の状態に戻そうとしている。そんな時だ。

 

「ん?この匂いは...シャンプーの匂いか...」

 

クンクンと二乃と三玖の匂いを嗅いでいる風太郎。

 

「ちょっ…ちょっと風太郎君?」

「えっえっ」

「なんかキモ...」

 

風太郎の行動に困惑している三玖と違い、二乃はハッキリと言葉にした。

 

「これだ!お前たちに頼みがある!俺を変態と罵ってくれ!」

「「「「「「……」」」」」」

 

風太郎の発言に五つ子全員とことりが引いてしまった。

 

「あんた...手の施しようのない変態だわ」

「違う。そういう心にくるような言い方ではなくて」

 

二乃の言葉にたじろいでいる風太郎。恐らく本当に思っていることだからこそ気持ちが伝わっているのかもしれない。

 

「ほくろで見分けることもできるけど...」

 

そんな困り果てていた風太郎に三玖が一つの見分けポイントを伝えた。

 

「お手軽!どこにあるんだ?見せてくれ!」

 

三玖の発言に風太郎は三玖に迫った。

 

「はいはい。そんな訳にはいかないでしょ。風太郎君、落ち着いて」

 

ほくろの場所を見るために迫る風太郎と三玖の間にことりが入って抑えた。

 

「そもそも犯人のほくろを見てないと意味がないでしょう」

「それもそうか…」

 

ことりによって抑えられた風太郎に五月がごもっともな事を伝えた。

 

「フータロー君。もしかしたら、犯人はこの中にいないのかもしれないよ」

「どういう事だ?」

「落ち着いて聞いてね。私達には隠された六人目の姉妹、六海がいるんだよ!」

「なんだって-!?む…六海は今どこに...」

「ふふふ、あの子がいるのはこの家の誰も知らない部屋...」

「勝手にやってろ」

 

一花と四葉の馴れ合いを無視しながら、風太郎は先ほどの0点のテスト用紙を確認していた。

 

「ややこしい顔しやがって!もうわからん!」

 

バンッ

 

その発言と同時に風太郎はまた別の紙束をテーブルに叩きつけた。

 

「最終手段だ。これはそのテストの問題を集めた問題集。これが解けないやつが犯人だ」

 

そして、風太郎の発言のもと急遽テストが開始されるのだった。

 

「なんでこんなことになるのよ...」

「う~ん...」

「納得いきません!」

「今日のフータロー、ちょっと強引...」

 

全員納得はいかないまでもしっかりテストを受けていた。

そうしてしばらくすると、最初にテストが終わった者が名乗り出た。

 

「は-い、一番乗り」

 

一花である。

 

「ふむ...」

 

一花の答案用紙を風太郎が確認すると、不意にその用紙を一花の頭に乗せた。

 

「お前が犯人か」

「あれっ。なんで、筆跡だって変えたのに...」

「ここ。bが筆記体になっている。筆記体で書くやつが一人だけいたのは覚えていた。俺はお前たちの顔を見分けられるほど知らないが、お前たちの文字は嫌というほど見てきたからな」

「や...やられた-」

 

風太郎の言葉にショックだったのか、一花は膝をついて悔しがった。

 

「フハハハハハ!」

 

逆に風太郎はしてやったりといった態度である。

 

「へぇー…やっぱりちゃんと見てるんだ」

 

そんな風太郎の態度にニッコリとことりは笑った。

 

「あの-、一応私たちも終わりましたが...」

「ご苦労。とりあえず採点を...」

 

残りの四人から答案用紙を預かった風太郎であるが、その答案用紙を見て固まってしまった。

 

「どしたの風太郎君?」

 

固まってしまった風太郎が気になり、風太郎の手元にある答案用紙をことりも覗き込んだ。

 

「五月の『そ』、犯人と同じ書き方だ」

「あ、本当だ」

「良く見たら、二乃の門構え...」

「おぉ、これも一緒だね」

「三玖の4」

「これもこっちにあるのと筆跡が同じだね」

「四葉の送り仮名...」

「こっちの0点のテストと同じ間違えしてるぅ」

「みんな犯人と同じ...お前ら~、一人ずつ0点の犯人じゃねぇか!

「あー…」

 

真実にたどり着いた風太郎の怒りに全員申し訳なさそうな顔をしている。ことりもこれには助け船を出せなかった。

 

「何してんのよ一花!こいつらが来る前に隠す段取りだったでしょ」

「ごめ-ん」

「俺が入院した途端これか...やっぱりお前ら...」

 

気を落としている風太郎に五月が話しかけてきた。

 

「上杉君。今日あなたが顔の判別にこだわったのは、昨日話してくれた五年前の女の子と関係があるでしょう?私たちの誰かだったと思ってるんですね」

「……そうだ…」

 

風太郎と五月が話しているのは昨日の風太郎の病室での話のことである。

五月は風太郎の勉強をする理由を聞いていた。そこで、五年前の京都での修学旅行で出会った女の子が勉強を始めたきっかけであったことを風太郎は五月に説明をした。その後、五月はポケットから昔持っていたお守りを出したのだ。そのお守りというのが、風太郎が五年前に会った女の子が五個買っていたお守りと同じものだったのだ。

その事もあり、風太郎はこの五人の中にあの女の子がいるのではないかと考えていた。

 

「この中で昔俺に会ったことがあるよって人-?」

「「「「!」」」」

「え?」

「何よ急に」

「どうしたの?」

 

風太郎のいきなりの発言にことりは驚き、二乃と三玖は戸惑った声が出た。もちろん誰も名乗り出ていない。

 

「ま、そりゃそうだわ。お前らみたいな馬鹿があの子のはずね-わ」

「馬鹿とは何ですか!」

「間違ってねえだろ。まったく、よくもまぁ0点なんて取ってくれたな。今日はみっちり復習だ、五月」

「あ、風太郎君」

「?」

 

風太郎が肩に手を置いたのだが、それは五月ではない。三玖だった。

 

「もしかしてわざと間違えてる?」

 

当の三玖はご立腹のようで、顔を膨らませて風太郎を睨んでいる。

 

「もうフータローのことなんて知らない」

「す、すまん!」

「あははは、まずは上杉さんが私達のことを勉強しないといけませんね」

 

皆呆れた様に風太郎を見ていた。

 

・・・・・

 

『てなことがあってね。で、その後兄さんは見分けられるかなって話になったの』

 

話が壮大過ぎてツッコミどころ満載である。

まあ、今は写真に集中するとしよう。

 

「とりあえず分かったよ。じゃあ今からよく見てみるからちょっと待ってて」

 

そこで一旦電話を切った。そして送られてきた五つ子五人が写っている写真を改めて見てみる。僕には顔だけで判断することはやはり出来ない。見るポイントとすれば、やはり髪の長さだろう。

しかし、この写真からだと後ろ髪の長さがよく分からないんだよなぁ。並びのおかげで両端の子の後ろ髪が見えるので助かった。一番右はほとんど後ろ髪がないから一番ショートカットの一花だろう。それで、逆の一番左は後ろ髪が長いのと前髪からして二乃ってとこか。後は、右から二番目は四葉かな。服に「428」って書いてるし。こんな服をよく見つけてきたものだ。

後は三玖と五月かぁ。二人の違いとして見るとすればやっぱり前髪だろうか。となると左から二番目が三玖で真ん中が五月かな。

三玖は右目が隠れるくらいに長いのでそこで見分けられる。林間学校の初日の夜もそれで見分けた訳だし。五月は両端の前髪が後ろにいくほど長いのも特徴的である。

答えを伝えるためにことりに電話をした。

 

『もしもし。意外に早かったね』

「まあね。早速伝えても良いかな?」

『待って。スピーカーにして写真を画面に出すから……いいよ』

『先生がちゃんと見分けられたか楽しみですなぁ』

『ま、見分けられて当然よね』

『信じてる』

『先生ファイトです!』

『ふふっ、ではどうぞ』

 

ことりがスピーカーに変えると、五つ子達がそれぞれ声をかけてきた。何気にプレッシャーかけてくるのは止めてほしい。

 

「じゃあ…その写真の左から、二乃、三玖、五月、四葉、一花。どう?」

『さすがですね。正解です』

 

おそらく五月が答えてくれたのだろう。なんとか正解できたか。結構緊張してしまった。

 

「ふぅー…とりあえず合格かな?」

『うん。文句なし』

 

嬉しそうな声で合格をくれた。

うーん…まだ声だけでは判断するのは難しいんだよな。話し方からして三玖かな?

 

「なら良かったよ。じゃあそろそろ勉強に戻んないとだろうし切るね。頑張って」

『うん。兄さん、時間ありがとね』

 

そこで電話は切れた。一息入れるために少し冷めたミルクティーを飲んだ。そして、改めて先ほどことりに送ってもらった五つ子が写っている写真を見てみる。

本当にそっくりだ。今回は後ろに髪を結んだだけだから分かったけど、前に三玖が一花に変装したみたいにされたら、すぐに誰かはまだ分かんないだろうなぁ。

 

『愛さえあれば見分けられる』

 

ことりの話だと四葉が見分けるコツとしてそう話したそうだ。

 

「愛さえあれば、その人のちょっとした素振りや癖。それに声なんかで見分けられるようになるんだろうな」

 

写真をよく見れば立つ姿勢だって五人ともばらばらだ。

けど……

 

「それを一目見ただけで見分けられるようになるなんて大変そうだ。それこそ愛の為せる業ってことか…」

 

その後、ミルクティーをお代わりして残ったケーキを食べ、暫くのんびりした後に喫茶店を後にした。

 

 




今回の投稿も読んでいただきありがとうございます。

今回は、風太郎が退院後に行った0点騒ぎを書かせていただきました。和彦は家庭教師ではないので、あの五つ子ゲームは、遠隔での参加となりました。
REVIVALの店長さんの話し方を敬語にするか、普通の話し方にするかを迷いましたが、普通の話し方で書くことにしました。個人的に好きなキャラなのでもっと出番を増やせたらな、とは思っています。

では、また次回の投稿も読んでいただければ幸いです。
どうぞよろしくお願いいたします。



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37.勤労感謝の日

明日を祝日に控えたある日の放課後。今日も何事もなく授業を終えることができた。

今日は会議もないし、後は数学準備室で作業をするか。そろそろ期末試験に向けて準備に入らないといけないしな。

そんな考えをしながら机の上の整理をしていると、隣の立川先生が声をかけてきた。

 

「今日もこれから数学準備室ですか?」

「ええ。そろそろ期末試験の作成に取り掛からなければいけませんしね」

「あー…もう期末試験試験ですからねぇ…この間中間試験をしたように感じます」

 

少しげんなりとしている立川先生。生徒も試験を受けるのが辛いと感じるかもしれないが、教師側も作成から採点まで行わなければいけないので大変なのだ。

この二学期に関しては、中間試験と期末試験の間に林間学校があったので、いつもより早く感じるのかもしれない。

 

「吉浦先生は明日も家で試験の作成をされるんですか?」

「そうですねぇ…午前中は部屋に籠って作業してるかと」

「午後は何か他のことをされてるのですか?」

「ええ。午後にはことりと三玖がご飯とお菓子で労ってくれるとかで。勤労感謝の日だからと」

 

少し前の事。ことりからこの日は予定を空けておくように言われた。

 

『勤労感謝の日ってことでお兄ちゃんを労ってあげる。三玖とご飯とお菓子を作ってあげるから、その日は予定入れちゃ駄目だからね!』

 

かなり念を押されたので、前々から計画をしていたのかもしれない。

労うというのは建前で、三玖の料理の練習をするのが目的のようではあるが…ことりが付いてるから大丈夫だと思うけど、どうかこの間の真っ黒コロッケみたいなものは出てこないでほしいものだ。

 

「そ…そうですか…三玖さんが…」

「ええ。前からことりと料理の練習する約束をしていたみたいで。まあ、労いと言いつつ僕はただの試食係なんでしょうけどね」

 

笑いながら伝えたのだが、立川先生はどこか真剣な顔で考えている。今の話で真剣に考える場所があっただろうか。三玖の料理下手を知っているとか?

 

「あ、そうだ。借りたままだった小説返そうと思って持ってきてたんでした」

 

そう伝えて鞄の中を確認して小説を取り出し、それをそのまま立川先生に差し出した。

 

「とても面白かったです。紹介していただいてありがとうございました」

「いえ。楽しんでいただけたのなら何よりです」

「また面白いのがあれば教えてください。こういう恋愛物って、自分から手に取ることもないので」

「もちろんです。その…良かったら、ご飯を食べながら感想を話せればなって思います」

「へぇ~、良いですね。今は忙しいので、また来月辺りに行きましょう」

「本当ですか!?約束ですよ♪」

 

そこまで話したところでご機嫌になった立川先生は、ノートなどの整理をしながら仕事に戻った。

そんな立川先生に微笑ましく思い、僕は数学準備室に向かった。

 


 

~中野家~

 

勤労感謝の日当日。

三玖はいつも以上に服装などに気合いを入れていた。

 

(少しは大人っぽく見えるかな…)

 

部屋の姿見で自身の姿を見ながら三玖は考えていた。

一花にお願いして普段は気にしない服を買いに行ったりしたのだ。今着ている服は一花がコーディネートしたものである。カラーブロックオフショルダードレスの服で、上はグレーにスカート部分は黒と少し大人っぽい服装である。

 

「…と、そろそろ行かないと」

 

時計を見ると出なければいけない時間になっていたので、エプロンの入った鞄を手に三玖は部屋から出た。そこで、今起きてきたと言わざるを得ない格好の一花が部屋から出てきた。

 

「ふわぁ~……三玖お出かけ?」

「一花、もうお昼だよ」

「あはは…予定がないもので…て、あれその服ってこの間のやつだよね?」

 

三玖のツッコミに頭をかいている一花は、三玖の今の服装に気づいた。

 

「う…うん…」

「へぇー……これからデート?」

 

ニヤリと笑いながらからかうように一花は三玖に質問をした。

 

「ちっ…違っ…!」

「おやおや、慌てちゃってぇ」

 

一花は三玖の赤くなる反応を楽しんでいた。

 

「もう……ただ、ことりと約束してて。今からことりの家で料理を教えてもらうの」

「へぇ~、お宅訪問だ。もちろん先生もいるんでしょ?」

「うん…勤労感謝の日ってことで、先生を労うのが目的でもあるから」

「そっか。じゃあ美味しいご飯、食べてもらわないとね」

「うん…」

 

一花の言葉にどこか嬉しそうな顔で三玖は答えた。

そしてそのまま一花は玄関まで見送りに来ていた。

 

「一花は誘わなかったの?デート」

「あー……一応それとなく誘ってみたんだけどね…勉強するから断るってさ」

 

ブーツを履きながら三玖は、一花に自分は風太郎を誘わなかったのか確認したが、一花は聞かれたことに驚きながらも少し寂しそうに答えた。

 

「フータローらしいね。お互い頑張ろ」

「っ!うん。楽しんできてね三玖」

「うん…!いってきます」

 

一花に見送られながら三玖は笑顔で玄関から出ていった。それを手をヒラヒラさせながら一花は見送った。

 

「さてと…」

 

う~~ん、と腕を上に伸ばしながら一花はリビングに戻る。

 

(誰かと買い物でも行こっかな)

 

そんな風に一花は今日の予定を考えるのだった。

 


 

『さあ、上がって上がって』

『お…おじゃまします…』

 

自分の部屋で期末試験の問題作成の準備をしていたら、ドアの向こうからことりと三玖の声が聞こえてきた。どうやら買い物から帰ってきたようだ。

今日は前から話していた三玖の料理練習のためにうちでことりが教えるそうだ。そこで、一度外で待ち合わせをして材料を買って来ることになっていた。

とりあえず仕事はここまでかな。

机の上の整理をした僕は部屋から出てリビングに向かった。するとそこにはソファーに座る三玖の姿があった。ことりがお茶の準備をしていてそれを待っているのだろう。

 

「やあ三玖。いらっしゃい」

「こ…こんにちは」

 

初めて来た場所だからか、三玖は緊張した面持ちでいる。

 

「そんなに緊張しなくて大丈夫だよ。ここには知ってる人しかいないんだし。それにしても今日の三玖は綺麗だね。そんな服も着るんだ。似合ってるよ」

「ほ、本当!?」

 

僕の言葉に三玖は立ち上がるとズイッと顔を近づけてきた。すごく息巻いているように見える。

 

「ほ…本当だって。こんなことで嘘言わないよ。林間学校での私服とは雰囲気が違ってて、少し大人っぽいんじゃない?」

「そ…そっか…えへへへ…」

 

僕の言葉に満足したのか、近づけていた顔は離し、嬉しそうな笑みを浮かべて、両手の人差し指でつつきあいながら下を向いている。

な、なんだこの空気は。どうしたら良いんだろう。

 

「あ、兄さん来てたんだ。良かった、部屋に呼びに行く手間が省けたよ」

 

ちょうどそこにトレイにお茶を乗せたことりが来てくれたので、空気が霧散したように感じた。

 

「て、三玖はなんで立ってんの?座っててって言ったのに」

「えっと…せ、先生が来たから挨拶するために立ってたんだ」

 

そんなことを言いつつ、三玖は再びソファーに座った。

ことりは淹れてきたお茶をテーブルの上に置いて、自らもソファーの上に座った。

僕はお茶を手にダイニングのテーブルの方に座った。

 

「兄さんはダイニングテーブルでいいの?」

「ああ。さすがにスカート履いた子の前の床に座る訳にはいかないからね」

「ふふっ、私たちの間に座ってもいいんだよ?」

「さすがに狭いでしょ」

 

うちのソファーは二人用のため、詰めれば三人が座れないこともない。だが、そんなことをする道理もないだろう。

 

「私たちは全然構わないのに。ね、三玖?」

「えぇ!?こ…心の準備が…」

「こーら、ことり。からかうのは止めてあげな。それで?お昼は何を作ってくれるの?」

 

ことりの三玖へのからかいを止めつつ、お昼の献立を聞いてみた。

 

「今日は兄さんの労いも込めてるからね。兄さんの好きなオムライスだよ」

「へぇ~、そこはちゃんと考えてるんだ」

「あったり前でしょ………じゃあ三玖、さっそく始めようか」

「うん…!」

 

お茶を飲み終わったことりは料理を始めるために三玖に声をかけた。それに答えた三玖は立ち上がり、鞄からエプロンを取り出してことりに続いてキッチンに向かった。

さて、後は出来るのを待つだけか。

二人がいなくなったソファーに座りテレビを観ながら二人の料理が出来るのを待つことにした。

 


 

~三玖・ことりside~

 

キッチンではことりの教えのもと三玖がオムライス作りに奮闘していた。

 

「そうそう。ゆっくりでいいから細かく切っていってね」

「う…うん…でも、先生待たせてるし…」

「いいから。待たせても兄さんは文句言わないよ。それより指切らないでね。そっちの方が兄さん気にするから」

「分かった」

 

和彦を待たせてはいけないと焦りそうな三玖をことりは巧くコントロールしていた。

今はチキンライスを作るために玉ねぎをみじん切りにしているところだ。

 

「そういえば、三玖ってオムライス作ったことあるの?」

「少し前にフータローに作ってあげた」

「え……風太郎君に?」

 

玉ねぎを切りながら淡々と説明をしている三玖に対して、ことりは驚きの声を漏らした。

 

「うん。まだことりが家庭教師をする少し前。二乃とどっちが家庭的なのか料理対決したんだけど、その時にオムライスをフータローに作ってあげたの」

 

(そもそも、なんで家庭教師の時間にどちらが家庭的なのか勝負を始めたのかが分かんないんだけど。風太郎君もあいかわらず大変だったんだなぁ)

 

「切り終わったよ」

「うん。ちょっと大きさがばらばらだけど問題ないよ。じゃあ、切った具材を炒めていこうか」

「わかった」

 

フライパンにオリーブオイルを入れ、フライパンが熱されたところで鶏肉、人参、玉ねぎを加えて三玖はそれらを炒めていく。

 

「うん。玉ねぎ全体が透明になったら下味として塩ひとつまみとこしょうを少々入れていこうか」

 

ことりの指示があったので、三玖は塩をひとつまみフライパンに加え、そこに更にこしょうも加えていった。

 

「全体を軽く炒めたら火を弱めて、ケチャップ大さじ3にトマトピューレー大さじ1。後は、用意しておいたバターを加えてまた炒めていこうか」

「う、うん」

 

次々にくることりの指示に慌てそうになる三玖であったが、『慌てないでいいよ』ということりの言葉で調味料を加えた後も全体に混ざるように溢さず炒めることが出来た。

ある程度炒めたところでご飯を加え、ご飯全体がケチャップでいきわたるまで混ぜていく。

 

「それで?この間作ったオムライスは風太郎君感想言ってたの?」

 

今は混ぜるだけなので、さっきの続きをことりは三玖に聞いてみた。

 

「うん、私と二乃の料理はどっちも普通にうまいって言ってた。無理してる様子もなかったよ。完食してたし」

「そっか…」

 

(うーん…風太郎君ってば貧乏舌なのかも?あの黒いコロッケもうまいって言って食べてたみたいだし…)

 

ケチャップがご飯全体にいきわたったところで、塩とこしょうを全体にふりかけることで味を整えながら更に炒めていき、三玖の手でチキンライスが完成した。

後はチキンライスに乗せる卵を焼いていくだけである。

 

「よし!じゃあ卵を焼いていこうか」

「うん…!」

 


 

「できたよー」

 

暫くテレビを観ていたら、料理が出来たようでことりから声をかけられた。テレビを消してダイニングテーブルに向かうとオムライスにコーンスープとサラダが並べられていた。

 

「あ、コーンスープはできあいだから」

「はいはい」

 

席につくと向かいにはいつも以上に緊張している様子の三玖が座っていた。

見た感じでは、確かにチキンライスの上に乗っている卵が多少ボロボロではあるが、この間のコロッケに比べたら問題ないように見える。

飲み物の用意などを終えたことりが僕の横に座るとさっそく実食である。

 

「それじゃ食べよっか。いただきます」

「いただきますっ」

「い…いただきます…」

 

さてさて、ではお味はっと……

 

「……」

 

じーっと僕に注目する三玖。そこまで見られると味も分かんなくなるな。

 

「…………うん、美味しいよ」

「ほ、本当?」

「ああ。まあ、所々ケチャップがからめてないご飯もあるけど、そこは今後の練習次第かな」

「が…頑張る」

 

そう言った三玖は自身もオムライスを食べ始めた。

それにしてもこのオムライスを食べてると懐かしく感じるな。

あまりの懐かしさにふふっと笑ってしまったので、ことりが訝しげに聞いてきた。

 

「なに、どうしたの?」

「いや、このオムライスを食べてると昔作ってくれたことりのオムライスを思い出してね」

「ことりの?」

「ああ。初めてことりが作ったオムライスはこれより見た目が酷くてね。でも、美味しかったなって思ってさ」

「もぉー、それ小学生の時の話でしょ!何年前のことよ!」

 

ことりは恥ずかしさを隠すようにオムライスを食べ続けた。

 

「ふーん。やっぱりことりにもそんな時代があったんだ」

「当たり前だよ。なんでもすぐにできるもんじゃないって」

「そっか」

 

ことりの言葉に三玖はどこか嬉しそうな顔をしていた。

その後も最近あった出来事を話しながらも楽しい昼食の時間を過ごした。

そしてことりと三玖が洗い物をしている間にソファーに座っていたら、洗い物を終わったことりが一つ提案をしてきた。

 

「そうだ。兄さんの肩揉んであげるよ」

「は?べつに凝ってないしいいよ」

「いいからいいから。今日は勤労感謝の日で労ってあげるって言ったでしょ。ほら、三玖もおいで」

「う…うん」

 

断りを入れたのだが、気にしないといった感じでことりが僕の後ろに回り込んで僕の肩に手を置いた。そこに三玖も呼んだので、三玖も僕の後ろにいる状況だ。

 

「よいしょっと……どう?兄さん」

「ああ…いつも通り気持ちいいよ」

 

肩を揉みながら力加減を聞いてくることり。ことりには結構な頻度で肩を揉んでもらってるので慣れたものである。ことりとしてはスキンシップの一貫なので苦ではなく、むしろ毎日でもやりたいと言っているくらいなのだ。さすがに毎日は僕の方から断っている。

 

「ふふっ…いつもご苦労様です」

「ああ…ありがとう」

 

ただまあ、こんな雰囲気も悪くないと思っている僕もいる訳だが。

 

「じゃあ次は三玖ね。どうぞ」

「わ…わかった…」

 

そう言ってことりは僕の肩から手を離した。そして代わりに三玖が僕の肩に手を添えた。

 

「わっ…!」

「どうした?」

「ううん。その…やっぱり男の人だなって。肩幅も大きくて背中も広い…」

 

そんな感想を言いながらそっと触れるように背中にも手を添えている。

 

「まあ、女子だけの姉妹ならそうそうこんな経験無いだろうしね」

「風太郎君もなんだかんだで男の子だよね。結構背中を広く感じるよ」

「そうなんだ…よしっ…じゃ…じゃあ肩揉むよ?」

「ああ」

 

恐る恐るといった感じで三玖は肩を揉みだした。とはいえ、初めてなのだろう。力加減はかなり弱い。

 

「ど…どうかな?」

「んー…まだまだ強くしていいよ」

「そんなに?う~~……」

 

三玖的には力を精一杯入れてるつもりなのだろうが、元々力が無いからか最初とほとんど変わらなかった。

 

「別に肩は凝ってないから。三玖の思うように揉んでもらえればいいよ」

「うん…わかった」

 

すると本当に触っているだけかのような強さで三玖は手を動かした。

 

「なんかいいなこういうの」

「んー?」

「ううん。なんでもない」

 

暫く二人に肩を揉まれた後は、クッキーを焼いてくれたのでそれを食べたりと、のんびりした一日を過ごすのだった。

 

 




今回の投稿も読んでいただきありがとうございます。

今回は勤労感謝の日ということで、和彦の労いのお話を書かせていただきました。
和彦の好きなタイプにある料理上手のために、今回のお話では三玖が料理に奮闘していました。こういう健気な行動も良いですよねぇ。

さて、今年はこの投稿で最後とさせていただきます。
本年も拙い作品を読んでいただき誠にありがとうございました。
来年も続けて投稿が出来るように誠意頑張って参ります。
どうぞよろしくお願いいたします。

では、次回の投稿も読んでいただければ幸いです。



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38.自習

~中野家・リビング~

 

「ただいま」

 

吉浦家でのひとときを終えた三玖が、家に帰りリビングに入ると他の姉妹が揃っていた。

 

「三玖、おかえりー!」

「おかえりぃ~」

「おかえりなさい三玖」

「おかえり。遅かったわね」

 

二乃はキッチンで夕飯の準備をしているが、他の姉妹はソファーに座ったり、ダイニングテーブルの椅子に座ったりとさまざまであった。

 

「みんなはもう帰ってたんだ」

「あははは…私と五月はさっき帰ったんだけどね」

「なので、三玖が特別に遅いというわけではないですよ」

「そっか」

 

四葉と五月の言葉を聞きながら、三玖は鞄に入れていたエプロンを取り出し、それを着ながらキッチンに向かった。

 

「手伝う」

「あら。いい心がけね。と言っても、もうほとんど終わってるから後は温めるだけよ。配膳だけ手伝いなさい」

「わかった」

 

二乃の指示に従いながら、三玖は夕飯の料理をテーブルに並べていった。そして、全ての配膳が終わったところで、五人がテーブルを囲んだ。

 

「それじゃあいただきましょうか」

「「「「「いただきます」」」」」

 

この日も五人揃っての夕飯となった。夕飯を食べ始めた時、二乃が今日の話題として切り出した。

 

「今日、私は一花と買い物行ってたけど、あんたたち三人はどこ行ってたのよ。いつの間にかいなくなってたし」

「私はらいはちゃんとの約束があったので、二人で買い物してましたよ」

「わ、私も街を散策してたんだぁ。まあ一人だったけど…」

 

二乃の質問に五月と四葉が答えた。皆が皆どこかに出掛けていたようである。

 

「私は…ことりと約束してたから、ことりの家で料理の練習してた」

「ふ~ん。ま、ことりなら大丈夫だと思うけど、せいぜい頑張りなさい」

「うん…!」

 

二乃の言葉にニッコリと笑みを作って三玖は答えた。

 

「ことりさんの家ということは先生もいらっしゃったんですか?」

「うん。今日はことりと先生と三人で過ごしたよ」

「そ…そうですか」

「途中でクッキーも焼いたしね。少しだけ持って帰ってきたから食後に食べて」

「へぇー、三玖とことりさんの手作りかぁ。ちょっと楽しみかも」

 

三玖のお土産に四葉は嬉しそうに話した。

いつも以上に楽しそうに話す三玖。その顔を見て一花は満足そうな顔をしていた。そんな時何か考え事をしているような素振りを見せる五月に気がついた。

 

「?五月ちゃん、どうかした?」

「い、いえ!せ、先生も私たちによく付き合ってくれるなと思いまして」

「それもそうね。たまに教師であること忘れるときもあるわ」

 

五月の言葉に二乃が同意した。

 

「わかるかも!先生って呼んでるんだけど、なんか先生って感じしないんだよね。もちろん授業中とかは先生なんだけどね」

「まあ、それもことりの存在が大きいだろうね」

 

四葉の言葉に一花がしみじみと答えた。

 

「ま、あまりに仲良くしているからか、授業中にあてられる頻度が増えているのがたまに傷だけどね」

「あー!やっぱり一花もなのね。もうホント最悪よぉ」

「実は私もだったりして…」

「私も…」

「実は私もです…」

 

どうやら授業中にあてられることに不満が溜まっているのは五人全員共通認識のようだった。

 

「いい先生ではあるんだろうけどね。そういえば三玖、服のこと先生は誉めてくれた?

う…うん…綺麗で大人っぽいって…

「へぇ~、そっか…」

 

今日はちょうど隣に座っていた三玖に一花が質問をすると、恥ずかしさも見られるがとても嬉しそうに三玖は答えた。そんな三玖の様子に一花も嬉しくなった反面、どこか寂しそうではあった。

 

(私もフータロー君に誉められたいな…)

 

その後もしばらくその日にあった出来事などを中心に、五人で話しながら夕飯の時間にを過ごすのだった。

 


 

~風太郎side~

 

期末試験前の一週間を明日に控えたある放課後。

風太郎は意気込みながら廊下を歩いていた。

 

(明日から期末試験のテスト週間に突入する!初めてのテストは平均20点。そして中間テストで平均28点。この伸び率を考えると…何事もなければギリいける!そう!何事もなければ!)

 

そう。初めて会った日に実施したテストから中間試験まで、確実に成長が出来ているのだ。風太郎の思っている通り、何事もなければ赤点回避も現実味を帯びてきている。

そんな風太郎はさっそく姉妹達に勉強会への参加をするように呼びにいった。だが……

 

「すみません!今日は陸上部の皆さんのお手伝いがあるんです!」

 

四葉は手を合わせながら頭を下げ、今日の勉強会の断りを入れてきた。

 

「テスト週間に入れば部活もお休みになると思いますので!」

 

そんな言葉を残して、四葉は風太郎の前から去っていった。

 

「試験勉強は明日からでしょ?今日くらい映画観に行ってもいいでしょ」

 

勉強会に誘いに来た風太郎に対して、二乃は今日くらい休ませろと言ってきた。二乃の後ろでは、映画に付いて行くであろう五月が申し訳なさそうにしていた。

 

「二乃、考え直しましょう。怖い映画らしいですし」

「尚更一人は嫌よ!」

 

そして、二乃と五月の二人もまた風太郎の前から去っていった。

結局、図書室に五つ子で集合したのは一花と三玖だけである。その現実に風太郎は打ちのめされていた。

 

「ま、まぁ明日からが本番だからさ。まだノーカン。まだ何事もないって」

「元気出しなよ風太郎君。きっと明日は大丈夫だって」

 

下を向いている風太郎に一花とことりは慰めの言葉をかけた。

 

「だといいが…仕方ない…今日は各自自習で…」

「ま、そうだよねぇ」

 

家庭教師である二人が自習モードになっていた。

 

「じゃあ私はこれで…」

 

そこで一花は席を立って帰る準備をして帰ろうとした。そんな一花の肩に手を置き風太郎は呼び止めた。

 

「待て」

「え?」

「本当に自習するのか怪しいな。やっぱり俺が教える!」

「あ、ありがたいけどごめんね。今日は用事があって…」

「嘘をつくんじゃない」

 

用事があるという一花の物言いに聞く耳を持たない風太郎。そんな風太郎に一花は用事の内容を伝えた。

 

「ホントだよ。事務所の社長の娘さんを面倒見る約束なんだ」

「あの髭のおっさんの娘だと?適当なこと言って勉強から逃げようたって、そうはいかねーぞ。そんな娘が本当にいるなら、俺の前に連れてきてみやがれ」

 

なおも一花の言葉を信用できない風太郎は、ビシッと一花に指を指しながらそう宣言した。

 

「もぉー、わかったよ。じゃあうちに来ればいいよ。証明してあげるから」

「ふーん…面白そうだし私も付いて行ってみようかな」

 

いつまでも信用してくれない風太郎に一花は、自分の言っていることが正しいことを証明するために中野家に来るように提案した。そんな一花の提案にことりも面白そうということで付いていくことにした。

 

「三玖はこの後どうする?」

 

さっそく図書室から出る準備に取り掛かっていることりから三玖はどうするのか質問をした。

 

「私は……」

 


 

コンコン…

 

数学準備室で作業をしているところに控えめなノックが聞こえてきた。

 

「どうぞ~」

 

僕は作業の手を止めることなくドアに向かって声をかけた。そしてドアが開かれ入ってきたのは…

 

「あれ、三玖じゃないか。どうした?」

「う…うん…ここで勉強しようと思って…」

 

入ってきた三玖は恐る恐るそう伝えてきた。

 

「ダメだったかな…」

「いや、まあ駄目ってことはないけど。今日は一人?」

「うん。みんなそれぞれ用事があるみたい」

 

僕の許可を得られた三玖はソファーに鞄を置きながら、他の皆のことを話してくれた。

 

「四葉は陸上部の助っ人。二乃と五月は映画に行ったよ」

「試験まで約一週間だってのに映画って…」

「後、一花のお仕事の社長さんの娘さんを一花が面倒見ることになったみたいで、ことりとフータローは一花に付いて行った」

「なるほどね。三玖もそっちに行けば良かったのに」

 

作業を止めた僕は、椅子を回転させて三玖の方に向きながらそう伝えた。

 

「いいの。先生と歴史の話もしたかったし」

「ふ~ん…まあ三玖がそれでいいならいいけど」

「そ、それにちゃんと数学の質問もある」

「はいはい。じゃあこっちに座りな」

 

勉強を教えるのに近くにいた方が良いと思った僕は、隣にある椅子をポンポンと叩いてこっちに来るように促した。

 

「うん…!あ、でもその前に…」

 

三玖はこっちに来る前に棚にある本を厳選しだした。三玖はたまに来てはここの本を借りていったりしているのだ。

 

「もうこの間の本読み終わったの?」

「うん、つい熱中しちゃって」

 

この間借りていた本を棚に戻しながら、次に借りていく本を探しているようだ。

 

「どれももう読んだことあるやつでしょ」

「それでも、また読みたいって思えてくるから仕方がない……あれ、これ前になかった」

 

そこで三玖は一つの本を手に取り中身をパラパラと読みだした。

 

「ああ。それは僕の私物だよ。たまに時間が空いた時に読む用にね。ま、ほとんど時間ないんだけどね」

「ふーん…これ借りてもいい?」

「ん?構わないよ」

 

僕の許可を得た三玖は、その本を鞄にしまい勉強道具を持って隣の席に座った。

 

「なんだったら、数学の参考書貸してあげようか?」

「それは勘弁…」

 

ノートを広げている三玖に冗談を伝えると、結構本気で拒否されてしまった。

 

「それにしてもこの間の小テスト、姉妹全員がまた散々だったね。三玖だったら補習免れると思ってたのに」

「うっ…それは…林間学校もあったし…」

 

中間試験同様、今回の期末試験前にも小テストを行ったのだが、五つ子は全員見事に補習となったのだ。補習常連にはあまりなってもらいたくないものだ。

その時もまた、ことりと上杉に五人の面倒見を見てもらったっけ。

 

「じゃあ、ちゃんとこの間の小テストの内容覚えてるか確認しようか」

「わ…わかった…」

 

僕の指示のもと、とりあえず教科書に載っている問題を解いてもらった。

真剣に問題に取り組んでいる三玖を見ていると、中間試験の時に五月がここで勉強をしていた時のことを思い出していた。

あの時の五月もこんな風に真剣に勉強してたっけ。問題に行き詰まった時の顔がそっくりだ。

 

「……じっと見られると…少し困る…」

 

垂れた髪を耳にかけながら三玖が照れくさそうに言ってきた。

 

「…と、ごめんごめん。真剣に取り組んでくれて嬉しくなっちゃってさ。僕も自分の作業してるから、分かんないところがあったら言いな」

「うん」

 

その後は、質問がある度に説明してあげてを繰り返してと、二人だけの時間を過ごすのだった。

 


 

~ことりside~

 

「へぇ~、結局三人で社長の娘さんの面倒見たんだ」

 

吉浦家の夕飯時。ことりから和彦に、一花が面倒を見ることになったという社長の娘さんのことの話をしていた。

 

「うん!おままごとだったんだけどね。なんだかんだで風太郎君ってば面倒見がいいんだから」

「まあ、五つ子の家庭教師を続けているだけはあるよね。それにらいはさんがいるから自然に身に付いたのかもね」

「そっか。それもあるよね」

 

ご飯を食べながら話すことりに、和彦はご機嫌のように感じて、何かあったのだろうかとも思った。

 

「やけに機嫌が良いけど、何かあった?」

「え?そんなに機嫌いいように見えてたかな。自分では全然気づかなかったかも」

「てことは、無意識だったのか。それだけ良いことがあったってことでしょ」

 

ご飯を口に運びながら和彦はことりに伝える。すると、手を止めたことりは、うーんと考えた。

 

「特にこれってことはなかったんだけど、なんて言うのかな、風太郎君と一緒にいるとお兄ちゃんが近くにいるように感じるんだ」

「僕?」

 

微笑みながらそんなことをことりが言うものなので、和彦は若干驚いてしまった。

 

「うん……全部が全部おんなじって訳じゃないんだけど、ふとした瞬間にお兄ちゃんとおんなじ雰囲気を醸し出してるんだよ。今日だってそう…」

 

そこでことりは、風太郎が社長の娘さんの菊に話しかけた言葉を思い出していた。

 

『無理すんな。お前みたいな年の女の子が母親がいなくなって寂しくないわけがない。可愛げもなく大人ぶってないで、ガキらしくわがまま言ってりゃいいんだよ』

 

母親がいなくても父親さえいれば寂しくないと言う菊に対して風太郎が伝えた言葉だ。

 

(ふふっ、自分ではわかってないだろうけど、人の気持ちに寄り添える温かさ、それを風太郎君は持ってる。まるでお兄ちゃんのように…)

 

トクン…

 

(あれ…?)

 

今日の風太郎の出来事を思い出した時、ことりは一瞬心臓の高鳴りを感じた。それもあって、ことりは自分の胸に手を当てた。

 

「ん?どうかした?」

 

ほんの少しの違和感を感じた和彦はことりに尋ねた。

 

「う、ううん。なんでもないよ。そうだ!今日は一緒に寝ようよ」

「なんでだよ!」

「え~、いいじゃんたまにはぁ~」

 

こうなると何を言っても無駄だと判断した和彦は、結局粘り負けて承諾することになるのだった。

 

 




新年明けましておめでとうございます。
今年もどうぞよろしくお願いいたします。

新年最初の投稿を読んでいただきありがとうございます。
今回は、勤労感謝の日の中野家の夕飯時と風太郎が期末試験に向けて勉強会を行おうとするも断られ続けて各自自習となったお話を書かせていただきました。
改めて思ったのですが、夕飯時を書く確率が高いですね。今回の話だけでも二回登場してますよ。
今後も夕飯時の話を書くかもしれませんがご容赦いただければと思います。

では、また次回の投稿も読んでいただければ幸いです。
どうぞよろしくお願いいたします。



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39.家出

「え?二乃と五月が喧嘩?」

 

家庭教師があった日の夜。夕飯も食べ終わりお風呂から上がって麦茶をコップについでいると、今日の家庭教師の時間で二乃と五月が喧嘩をしたことを聞いた。

 

「そうなの。もう二人ともお互いの頬を叩いていたんだから。もうビックリだよ」

 

確か三玖の話では、昨日は二人で映画に行ってたはずだよね。それが一日でお互いを叩くまでの喧嘩に発展するなんて驚きだ。

 

「原因は?」

「それが今日の家庭教師でのことなんだけど……」

 

その後、ソファーに座っていることりの横に座って、今日あった出来事を聞いた。

ことりが言うには、今日の家庭教師には五人揃っての授業を行うことが出来たそうだ。二乃は初めから逃げようとしていたが、それは五月がなんとか抑えたそうだ。

五月グッジョブ!

そしていざ家庭教師の授業を始めたのだが、二乃と三玖が初めから難癖を付けあっていて、中々思い通りに授業を進めることが出来なかったそうだ。

そこで上杉は他の姉妹に、二人が仲良くなる方法がないか意見を募集して色々と試してみるもことごとく失敗。挙げ句の果てには二乃が自分の部屋に向かってしまったのだ。

なんとかそれを抑えようと上杉も声をかけるも聞く耳を持たない二乃。三玖が上杉が作った問題集を受け取るように差し出すも、それも受け取らずばらまいてしまった。そしてそれだけでは収まらず……

 

「最後は二乃が問題集を破ってしまった、と」

「さすがにやり過ぎたね。三玖がそのまま怒るのかと思ったら、そこで五月がパチンって」

 

ことりがそこでビンタをする素振りを見せた。

 

「ようやく五月が上杉のことを認めてくれたと思ったらこれか…」

「うん…五月に叩かれたことで、今度は二乃が五月を叩いて…二乃も多分わかってるんだと思う。自分がやり過ぎてるんだって。けど、頭に血が昇って意固地になって。他の姉妹がみんな、風太郎君を認めてしまっている事実を受け止められなかったんだね、きっと」

 

そこまで言ったことりは少し哀しそうな顔でうつむいてしまった。

 

「とりあえず明日にでも好転してれば良いんだけどね」

「うん…」

 

僕の言葉を聞いた後、ことりは僕の肩に自身の頭を乗せてきた。僕はそれをどかすこともなく頭を撫でてあげた。

 

「最近調子良かったから、今回の期末試験は何事もなくいけると思ってたんだけどなぁ」

「それは、僕も上杉も思ってたさ」

「うん……実は二乃と五月、お互いが家を出ていくって言い出してて…私と風太郎君がマンション出る頃はまだ大丈夫だったけど」

「そうか…」

 

姉妹喧嘩で家出かぁ。スケールがでかくなってるな。お互いが冷静になって話し合ってくれてることを祈るしかないか。

二人の仲が元の状態に戻っていることを切に願うのだった。

 


 

次の日。

 

『どうしよう。二乃と五月が出ていっちゃった』

 

前日の思いが届くこともなく、三玖からこんなメッセージが朝食後に届いた。

ことりは状況把握のために、すぐに出かける準備をして中野家のマンションに向かった。

僕も僕で動きたいのだが、こういう時にあの二人がどこに向かうかまでは思いつかなかった。友人の家とかあり得そうだが、そもそも二人の交友関係も分からないし、分かったところでその友人の連絡先が分からないのだ。

とにかく、道端でばったり出会えたら御の字という思いで街中をウロウロとしている訳だが、そうそううまくいかないものである。

全く手がかりも見つからない状態が続いているところに、ことりから一つの目撃情報が出たのでその場所に向かうと連絡が入った。どうやらホテルに泊まっているようだ。

高校生の家出先がホテルとは、なんというセレブ。思いもよらなかった。

ちなみに、ことりは今三玖と上杉の三人で行動をしているようで、一花と四葉は朝から用事があると出掛けてしまったようだ。

一花は仕事だと思うが四葉の用事ってなんだ?

ともかく、やはり姉妹の誰かがいた方が僕一人よりも情報を見つけやすそうではある。

そんな訳で、僕は一旦家に帰ることにしたのだが、うちのマンションの前で佇む見知った少女の姿を見つけた。

 

「五月…」

 

僕の言葉が聞こえたのか、五月は下に向けていた顔を上げこちらに向けてきた。

 

「せ…先生…あの…その…」

 

怒られるのかと思っているのか、五月は申し訳なさそうにしている。そんな五月の姿を見た僕は、ふぅとため息をつきながら五月に近づいた。

 

「どうした五月?うちに用事?」

「それは……」

 

ことりを通して昨日のことを知られていると思ったのか、五月は言葉が続くことがなく言い淀んでいる。

仕方ない。

 

「あー、そういえば忘れてたけど、ことりから五月が勉強合宿でうちに泊まるって言ってたなぁ」

「え…?」

「ごめんね、待たせちゃって」

「えっと…」

「待たせついでで悪いんだけど、夕飯の買い物まだなんだよね。ここで待たせるのもなんだし、付き合ってくれない?」

 

あくまでも自然体でいるように心掛けて五月に伝えた。

すると、五月はきょとんとした顔でこちらを見ていたが、僕の言葉の意図が通じたのか少しだけ笑みをこぼして返事をしてくれた。

 

「はい…!」

 

五月を連れた僕はいつものスーパーに夕飯の買い物に来ていた。

さて、今日は何にするかな。五月もいるしカレーにするか。

献立も決まったので野菜コーナーから見ていく。

 

「そういえば、五月は夕飯の買い物とかするの?」

「いえ。こういったことはいつも二乃が…」

「ん?」

「いえ。私はしていないですね」

 

意識をしていた訳ではないんだが、僕の質問には二乃が絡んでいるようで、今の五月には二乃のことを話すのもあまり良くないようだ。

とはいえ、こっちは喧嘩を知らないってことになっているからなぁ。どうしたものか。

人参を手に持ちながら話の振り方について色々と考えてしまった。

 

「色々見ながら手に取っているように見えますが、目利きなどされているのですか?」

「ん?あー…結構適当だよ。ただ、こっちの方がいいかなって。テレビやネットにあるような簡単な知識はあるけどね。こういうのはことりの方が詳しいかな」

 

説明をしながらじゃがいもを手に取ってかごの中に入れた。そして横の玉ねぎに目を向ける。

 

「後は量や値段も見てるかなぁ。うちって二人だし、普段はそんなに買わなくて良いからね。今日はお客さんがいるからちょっと多めで買っていくかな」

 

玉ねぎも適当に手に取るとかごの中に入れていく。

 

「そういえば、五月って食べれないのとかあるの?」

 

スーパーの中を回りながらそんな話を振ってみた。

 

「えっと…梅干しが駄目です…」

「え?梅干し?」

「はい~…想像するだけで酸っぱくなってきますぅ~」

「あははは、そんなに駄目なんだ」

 

結構意外なものが出てきたな。五月がうちでご飯を食べる時は梅干し禁止だね。

 

「そう言う先生はどうなのですか?」

「僕は…割となんでも食べるかな。強いて言えば苦いものが苦手だね。コーヒーとか飲めないし」

「そうなのですね。そういえば、中間試験の後に行った喫茶店や一緒にお昼を食べた時も紅茶でしたね」

「あはは…何度か挑戦はしてるんだけどね。ここだけの話、ビールも実は苦手なんだよね」

 

笑って伝えると五月には驚かれてしまった。

 

「えー!?しかし、林間学校の初日は立川先生と飲まれてましたよね?」

「最初と三玖に注がれた分だけね。あの時あった瓶の中身はほとんど立川先生が飲んでたし」

「全然気づきませんでした。もしかしてあの時立川先生に他のお酒を勧めていたのは…」

「よく覚えてたね。そうだよ。ビールのお代わりをされないためでもあったね。まあ、立川先生が本当にお酒好きだっていうのも、もちろん理由ではあるけどね」

 

林間学校の初日の旅館に泊まった時に、立川先生がビールを頼んでた時はちょっと焦ったかな。後、三玖がなぜか注いできた時も。まあ、それも今では懐かしい思い出だ。

そんな風に思い出に浸っているとお肉コーナーに着いた。

 

「さてと…」

 

一つのパックを手に取ると五月が横から声をかけてきた。

 

「そちらよりも……こっちのお肉の方が美味しいと思いますよ」

 

ニッコリと話しかけてきているので相当な自信があるのだろう。

 

「へぇ~、五月には分かるの?」

「えっと…なんとなくわかると言いますか」

「ふーん…じゃあ、もう(ひと)パックも選んでくれないかな」

「は、はい。そうですねぇ…こちらなんかが()いと思いますよ」

「そっか、じゃあそれにしよっか」

 

五月が選んでくれた二つのお肉のパックをかごの中に入れた。

 

「そんなに簡単に決めて良かったのですか?」

「五月が自信を持って言ってるんだ。きっと大丈夫だよ。後は、ルーとお茶のパックも買っとかないとだっけかな。五月にはまだまだ付き合ってもらうよ」

「はい!」

 

その後も五月を連れてスーパー内を回りながら買い物を進めていった。

 


 

~五月side~

 

スーパーでの買い物が終わった和彦と五月は、それぞれが手に買い物袋を持って吉浦家のマンションに向かって歩いていた。

 

「悪いね。買い物に付き合ってもらっただけじゃなく、荷物まで持ってもらって」

「いえ。むしろもう少し持っても良かったのですが」

「そこは気にしなさんな」

 

和彦が二つと五月が一つの買い物袋を持っている。それも、五月の方には比較的に軽いものが入っているのだ。もちろん、和彦が意図的にそうしていることを五月は気づいていた。

 

(男の人とこんな風に買い物をしたことはありませんが。みなさん、こうやって気配りをするものなのでしょうか。それとも先生だから?)

 

和彦の横を歩きながら、五月はふとそんな考えが頭を過った。

 

(ことりさんはいつもこうやって先生と買い物とか行かれてるんですよね。兄妹なのですから当たり前ですが……)

 

羨ましいな。…っ!」

 

羨ましいという言葉が自然に自分の口から出たことに、五月は驚きながら空いている手で自分の口を押さえた。どうやら隣の和彦には聞こえていないようだ。

 

(な、何を考えているのですか五月!そんな不埒なことを考えるだなんて!)

 

ぶんぶんと頭を振りながら、羨ましい発言を取り消そうとする五月だが、そこで頭にある言葉が甦った。

 

『それにしても…男の人と一緒に服を選んだり買い物をしたりして、これってまるでデートって感じですね!』

 

林間学校の前日。風太郎の服選びのためにショッピングモールに行った時に、不意に四葉が語った言葉である。

 

(こ…こここ…この状況はいわゆる、でで…デートとして見られてもおかしくないのでは!)

 

確かに買い物袋を手に持って二人並んで歩いていれば、周りからはデートをしているように見えないこともないだろう。むしろ、見る人によっては夫婦に見られてもおかしくない状況である。

そんな事を頭に過らせてしまったからか、五月の頭はショート寸前であった。

 

「どうした五月?さっきから様子が変に見えるけど」

「だ、大丈夫です!」

 

(しっかりするのですよ五月。私と先生はあくまでも教師と生徒。そのような考え不純です!)

 

またそこで頭をぶんぶんと振りだした五月に和彦は心配になってしまうのだった。

 


 

「はいお茶。ことりは出掛けてるからテレビでも観ながらゆっくりしてるといいよ」

 

五月をリビングのソファーに座らせてお茶を出した。

ここに帰ってくるまでどこか様子がおかしかったが、今は大丈夫のようだ。

 

「先生は何をされるのですか?」

「僕は今から夕飯の準備に取りかかるよ」

「でしたら、私もお手伝いします」

「いいの?」

「はい。泊まらせていただくのです。これくらいさせてください」

「分かったよ」

 

五月の申し出もあり、夕飯の準備には五月と一緒にすることになった。

 

「へぇ~、普通に包丁は扱えるんだね」

「ええ。これくらいでしたら」

「まあ、それはいいんだけど……細かすぎない?」

「え?」

 

人参を切ることを五月にお願いしたのだが、3cmくらいに切ってくれと伝えたところ、『3cm…3cm…』とゆっくり均等に切り分けようとしているのだ。

まあ、指を切らないようにしてもらえれば大丈夫だろう。とはいえ、他の具材は僕で切ってしまった方が良いのかもしれない。

五月の横に並ぶように立ってまずは玉ねぎから手に取った。

 

「あ…あのっ…ち…ちち…近くないですか…?」

「あー、ごめんねぇ。少しの間だけまな板の端っこ借りるよ」

 

僕が横に来たことで緊張した赴きになった五月であったので、なるべく早めに終わらせるようにした。

 

「はー…やはり手つきが慣れていらっしゃいますね」

「まぁ、こればっかりは慣れていくしかないね。むしろ、早く切ろうとして指を切る方が大変だよ。五月はゆっくりでいいからね」

「はい」

 

玉ねぎの後にじゃがいもを切り分けようとしたところで五月の作業が終わったようだ。全ての具材が切り分けれたので、後は炒めて煮込むだけ。なので、ここからは僕で進めていくことにした。

ルーも入れて弱火で煮込んでいくだけになったところでスマホに着信があった。

 

「五月。悪いんだけど焦げないようにカレーかき混ぜててくれない?」

「それくらいでしたら構いませんよ」

 

お玉を五月に渡した僕はスマホの着信に出た。

 

「どうした?ことり」

『あ、兄さん。それが二乃はホテルで見つかったんだけど、五月が見つからなくって』

 

ん?あれ、そういえば僕って五月のこと報告してなかったけ…

 

『兄さんの方でもしかしたら連絡なりなかったかなって。何かなかった?』

「………今、僕の横でカレーをかき混ぜてる…」

『え?』

「だから…うちに来て、一緒に夕飯作ってる…」

 

そこでことりも無言になった。

 

『…………いつから?というか、いつ五月と会ったの?』

「えーっと……五月に会ったのは三時間くらい前かな…それからずっと一緒にいたね」

『ねえ?兄さんは報告って言葉知ってるよね?』

「はい…」

 

五月の名前が出た後に元気のない返事をしているからか、五月は不思議そうに僕を見ながらお玉を動かしている。

 

『まあいいや。五月の居場所が知れただけでも良しとしよう。三玖と風太郎君にも共有して帰るから、詳しくは帰ってから聞くよ』

「分かった。二人にも悪かったって伝えといて」

『了解』

 

そこで通話が切れた。

 

「どうかされたのですか?」

「あー…ここに五月がいるのをことりに共有してなかったのを、ことりに怒られただけだよ」

「うっ…すみません」

 

自分も共有出来ていなかった事に罪悪感を覚えたのか、五月は僕に向かって頭を下げてくるのだった。

 

 




今回の投稿も読んでいただきありがとうございます。

今回は、家出騒動を中心に書かせていただきました。
予想していたかもしれませんが、五月は和彦のところに頼って来ましたね。二乃については原作同様にホテルに行っております。
ここからは、風太郎が色々と奮闘するところではありますが、どのように書いていこうか今でも迷っています。

では、次回の投稿も読んでいただければ幸いです。
どうぞよろしくお願いいたします。



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40.面影

「それで?五月は帰るつもりないんだね」

 

ことりが帰ってきたので夕飯の用意をして、今は三人でカレーを食べている。落ち着いたこともあり、ことりが五月に帰る意志がないのか確認を取っているところだ。

 

「ご迷惑をお掛けしていることは重々承知はしていますが、これだけは聞けません」

「もぉー。兄さんからも何か言ってよぉ」

 

先ほどから何も喋らず、二人の会話を聞きながらカレーを食べていた僕に、ことりから助け船を求められた。

 

「とは言ってもね。今の五月に何を言っても無駄だよ。後は時間が解決してくれるさ」

「そうかもしれないけど」

 

僕の言葉にことりは納得したようなしていないような雰囲気である。

 

「五月の前で話すことじゃないかもしれないけど、もう一人の家出娘はどんな感じなの?彼女の反省があれば五月も家に帰るんでしょ」

「取りつく島もないよ。結構風太郎君も粘ってたんだけど、『あんたなんて来なければよかったのに』って風太郎君に向かって言う始末だしさ。そういえばキンタロー君がどうのって言ってたなぁ」

「キンタロー君?」

 

誰のことだろう。まさか、童話に出てくる金太郎という訳ではないだろうし。

 

「五月は知ってる?」

「いえ。聞いたことがないですね」

 

五月に聞いてみるも知らないようだ。まあ今回の家出騒動には関係ないかもしれないな。

 

「まったく。二人とも頑固なんだから」

 

ことりが文句を言いながらカレーを食べている。

 

「まあ泊まる分には構わないんだが、明日からの学校はどうするの?鞄一つで来て、しかも中身は勉強道具だけ。そこはまあ評価するけど、制服とかないよね」

「そ…それは…」

「しかも財布もないときたもんだ。ビックリだよ」

 

僕の言葉に五月は言い淀む。そこにことりの言葉までのし掛かるので、五月はぐうの音も出ない。

 

「ちなみに欠席は教師として認めないから」

「わかっています。なんとかしてみせます」

 

なんとかって…他の姉妹に持ってきてもらうか帰るしかないでしょうに。

そんな風に考えているとインターホンが鳴った。

 

ピンポーン…

 

「誰だろう?宅配便かな?」

 

疑問に思いながらことりは席を立った。

うちのマンションも中野家同様オートロックのためエントランスにいる人物と対話をすることになる。

対話を終えたことりは信じられないといった顔でこちらに戻ってきた。

 

「どうした?」

「うん。予想もしない人が来ちゃった」

 

そんなことりの言葉に疑問に思ったが、その人物が玄関に来たことで僕と五月も驚きの顔となった。

 

「こんばんは」

「三玖!?」

 

五月は驚きの声をあげるが、その横で僕は頭を抱えてしまった。

とりあえず玄関に立たせておく訳にもいかないのでリビングまで三玖を通した。

三玖にはソファーに座ってもらいお茶を用意した。僕達はまだ夕飯の途中だったので、まずはそちらを終わらせることにした。

そして夕飯が終わったので、状況確認のため三玖にもダイニングテーブルの椅子に座ってもらった。僕とことりが横に並び、僕の向かいに三玖が。そして三玖の隣に五月が座っている状況だ。

 

「それで?こんな時間に何しに来たの?」

「私も家出」

「えーっ!?」

 

三玖の発言に隣の五月は驚きの声をあげた。

僕はもう頭が痛いんだが…

 

「えーっと…三玖?冗談は今はいらないよ?」

「冗談じゃない。ちゃんと荷物も持ってきた。五月の分の制服や鞄、あと財布も持ってきたよ」

「あ…ありがとうございます」

 

確かに三玖の荷物であろうものがリビングに置いてある。本当に最低限のものだけを用意したようである。

 

「この事は一花と四葉には?」

「言ってる。四葉からは五月のところに行くならって、別の荷物も預かったし。五月。後で四葉に連絡して。何か伝えたいんだって」

「わかりました」

 

一花と四葉もよくもまあ承諾したもんだ。て言うか、それじゃあ家出ではないのではないだろうか。まあ、後で一花に連絡してみるか。

 

「来ちゃったもんはしょうがないけど、寝る場所がなぁ。うちは二人の家みたいに広くないし」

「うーん…やっぱりわたしと兄さんの部屋にそれぞれ布団を敷いて。で、私が兄さんの部屋で寝るしかないよ」

「やっぱ、そうなるか」

 

リビングにとも考えたが、テーブルなどを動かすのに手間がかかるしな。それが最善策だろう。

という訳でだいたいの方針が決まったので、それぞれがお風呂に入ったり、布団の準備に取りかかるのだった。

 

・・・・・

 

『お騒がせしちゃってごめんねぇ』

 

お風呂を上がった後、一花に電話をするためにベランダに出た。お互いに状況の整理をしておいた方が良いと思ったからである。まあ、他の三人に聞かれたらまずいことはないとは思うが、念のためでもある。

 

「そっちは大丈夫なの?普段は五人でいるところ二人になっちゃった訳だけど」

『んー…まあ、少し寂しいけど、きっとすぐに元の生活に戻るよ』

「そうか。とはいえ、あまり長くなるのはまずいのは変わらないからね。期末試験だってあるんだ」

『わかってるよ。三玖も二人の説得をするために先生のところに行ったようなもんだし。二人の所在がわかってるだけでも御の字でしょ?』

「まあ、それならいいんだが…」

『とにかく!三玖と五月ちゃんのことよろしくね』

「分かってるよ。一花も、仕事無理しないようにね」

『ふふっ、ありがと。じゃあ、おやすみ』

「ああ。おやすみ」

 

そこで一花との電話が切れた。窓際の壁に寄りかかりながら上を見上げてふぅと一息入れた。

これからどうしたものか。

 

ガラッ

 

そこでベランダの扉が開いたので、ことりかなと見たら五月がこちらに顔を覗かせていた。

 

「先生、こちらにいらっしゃったんですね」

 

僕の姿を確認した五月はベランダに出てきて隣まで来た。

 

「寒いでしょ。中にいればいいのに」

「いえ。月も綺麗に見えるので風情があっていいじゃないですか」

 

僕の隣に来た五月は空を見上げながら伝えてきた。確かに夜空には綺麗な満月が出ている。

 

「しかしジャージ姿なんて。パジャマ借りればよかったのに」

「これもことりさんのなんですけどね。別に着るものにこだわりはありませんので、全然構いませんよ」

 

今の五月の姿は学校指定のジャージを着た姿なのだ。

 

「どれくらいお世話になるかもわかりませんし…それに、案外ジャージも過ごしやすいんですよ」

 

そんなことを言いながら両腕を伸ばして五月はジャージ姿をアピールしてきた。本人が問題ないと言えばとやかく言うまい。

 

「他の二人は?」

「それぞれの部屋で寝ているみたいです。今日はあちこち歩き回ったみたいですから、疲れていたのかもしれませんね。ちょっと反省です」

 

自分のことを探してくれたために二人が疲れていると思ったのだろう。クスッと笑いながらも反省はしているようだ。

 

「それで?わざわざベランダまで来たんだ。何か用事でもあるんじゃないの?」

「ふふっ、察しがいいですね……少し先生とお話がしたいと思いまして」

 

そこで五月はまた夜空を見上げて月を眺めた。

 

「少し昔話をしてもいいでしょうか?」

「ああ...」

「...母が今の父と再婚するまで、つまり数年前までは私達姉妹は極貧生活でした。当然です。女手一つで五人の子供を育てなければいけなかったのですから。その頃の私達は正に五つ子、見た目も性格もほとんど同じだったんですよ」

「そういえば、ことりが五つ子の昔のアルバムを見たって言ってたっけ。皆同じ髪型で同じ服装だから見分けがつかなかったって」

「ふふっ、あの頃の私達を見分けられたのは、母と祖父くらいだったでしょうか。ですが、私達を育ててくれた母も無理が祟ったのでしょう。体調を崩してしまい入院。そして...」

 

亡くなってしまったか。

以前花火大会に行った時に、三玖が母親が好きだったから毎年姉妹一緒に花火を見ていると言っていた。そして、『いなくなってからも』と。その時は追及しなかったが、そうか、亡くしていたのか。

 

「だから私は母の代わりとなり、みんなを導くと決めたのです。決めたはずなのですが、うまくいかない現状です...」

 

なるほど、二乃の頬を叩いた行為は母親としての行動だったという訳か。

 

「もしかしてその話し方も...」

「そうです。母はいつもこういった話し方でしたので」

「なるほど...」

 

大した徹底振りだ。ということは、今までたまに垣間見えていた五月の甘えてくる行動。あれが本当の五月ということかもしれない。

 

「みんなを導く母親の代わりになる、か…だったら僕が兄として五月の甘えられる場所を作ってあげるよ」

「え...?」

 

ベランダのフェンスに寄りかかりながら僕の考えを五月に伝えた。

 

「ことりって実は甘えん坊なんだよ、ああ見えて。だから分かるんだ。五月が実はさみしがり屋で甘えん坊なんだって」

「……っ」

「だから、気を緩める場所を……つまり甘えられる場所を僕が作ってあげるよ」

「先生…」

「何か挫けそうな事だったり、嫌な事があれば僕を頼ればいい。まあ何かができるという訳じゃないけど、話くらいは聞いてあげるよ」

 

笑みを浮かべながら五月を見ると、五月はじっと僕を見ていた。

 

「本当にいいのでしょうか。私は先生に何もしてあげれてません。そんな私が甘えてしまって…」

「ああ。本当は父親である中野さんの出番なんだろうけど、何か込み入った話があるんでしょ?なら代わりを務めるのも悪くないさ」

「……」

 

安心させるように笑顔を崩さずに伝えた。すると、五月が下を向いたまま僕の服をきゅっと掴んで引っ張ってきた。

 

「じゃあ、二人の時は甘えさせてもらうね。やっぱなしは嫌だからね?」

 

上目遣いにそんな風に五月は伝えてきた。

 

「ああ。存分に甘えてくればいいさ」

「じゃあ遠慮なくっ!」

 

笑顔でそう言うと、五月は僕の腕に自分の腕を絡ませてくっついてきた。

 

「覚悟しててよね。今まで溜まってた分、じゃんじゃん甘えちゃうんだから」

「はいはい」

 

僕の腕に顔を押しつけてくる五月の頭を、空いた方の手で撫でてあげた。

 

「ついでにって訳じゃないんだけど、一つだけお願いしてもいいかな?」

「なに?」

「その…二人っきりの時だけでもいいから、お兄ちゃんって呼んでもいいかな?」

「…っ!」

 

上目遣いにそんな懇願をしてくる五月。その時不意に昔の事を思い出した。

 

『ねえ。一緒にいる時だけでもお兄ちゃんって呼んでもいいかな?』

 

五年前の京都で会った女の子が聞いてきた言葉。

あの時も確かこんな顔で…なんとなく似てるような…

今の五月には幼さが垣間見えている。その幼さがあの女の子と被って見えたのだ。

ことりが言っていた。五つ子の修学旅行は京都だったと。じゃあ、あの女の子は……

 

「五月、君は…」

「やっぱりダメだったかな」

 

僕が呆けていると、五月が申し訳なさそうな顔になっていた。今は昔の事を考えるのはやめておこう。

 

「いや。本当に二人っきりの時であれば好きに呼ぶといいさ」

「本当!?えへへ、お兄ちゃ~ん」

 

僕の答えに満足した五月は、上機嫌に腕を絡ませたまままた夜空を見上げていた。

なんか本当にことりがもう一人増えたみたいだ。

 

「本当に、今日は綺麗な満月だね」

「......」

 

多分、分かって言っていないとは思うんだけど、その言葉の意味が分かる人間としては答えに困るものだ。

 

「ねえ?五月って夏目漱石って知ってる?」

「え、いきなりだね。聞いたことはあるような…」

「だよね……五月、やっぱりもう少し勉強頑張ろうか...」

「え!?いきなり何!?」

 

冷えてきたこともあり、その後はすぐに部屋の中に戻ることにした。

部屋の中に戻った僕達はお互いに寝ることになったので、それぞれの部屋に向かった。僕の部屋に入ると、確かにことりが床に敷いた布団の中で眠っていた。

僕は起こさないようにベッドに向かい布団に入った。

 

「五月と何話してたの?」

 

布団に入った瞬間、眠っていたはずのことりから声をかけられた。

 

「なんだ、寝てなかったのか。五月とは、そうだなぁ…お悩み相談的な話をしたかな」

「そっか。てっきり逢い引きかと思ってた」

「なんだそれ。そっちこそ、てっきりこっちの布団に入ってたかと思ってたよ」

「え、そっちに行っていいの?」

「思ってただけで許可はしてないよ」

「ちぇっ…」

 

ことりは本当に悔しそうにしている。明日からも警戒しないといけないかもな。

 

「本当はお兄ちゃんと寝たかったんだけどね。一応、三玖と五月もいるし、そこは自重したよ」

「成長したようでなによりだよ」

「……五月といい、三玖といい、今回お兄ちゃんって結構すんなり泊まることを受け入れたね」

「んー…まあ、知った仲でもあったしね。さすがに長期間は認めないよ。期末試験が始まる前には帰ってもらうさ」

「…期末試験。どうなっちゃうんだろ」

 

ことりの声のトーンが少し下がったのを感じた。無理もない。例え所在が分かっていたとしても、こんなばらばらな状態では試験を乗り切ることも出来ないだろう。

 

「この先の事は僕も分からない。ただ、三玖や上杉が二乃の説得に動くだろう。もしかしたら一花と四葉だって動くかもしれない。だから、ことりはことりで自分のやれることをやるといいさ」

「うん」

「さ、もう寝よう。おやすみ」

「おやすみなさい、お兄ちゃん」

 

明日からまた学校が始まる。二乃もさすがに家出中は休むこともないだろうし、上杉が接触を試みるだろう。もしかしたら他の姉妹も。

これ以上何かが起きれば本当にまずい状況になるだろう。

明日から状況が好転することを祈りながら眠りにつくのだった。

 

 




今回の投稿も読んでいただきありがとうございます。

今回は五月を中心としたお話を書かせていただきました。
少しやりすぎたかもしれませんが、甘えモード全開の五月登場です。和彦の言ってた通り、ことりがもう一人増えた感じではありますね。

では、次回の投稿も読んでいただければ幸いです。
どうぞよろしくお願いいたします。



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41.次なる問題

週の始めの放課後。前回の中間試験と同様に、数学準備室を中野姉妹勉強会のために場所を貸している。まあ、実際は姉妹全員が揃っていない訳なのだが。

というよりも、勉強会にはいつもいた四葉と上杉の姿が今回はなかった。

 

「は?四葉、陸上部の練習に参加してるの?」

「そうなの。それで今は風太郎君が四葉のところにいってるよ」

 

現在この場所にいるのは、一花と三玖と五月、それからことりである。そして、ことりから四葉が助っ人として行っていた陸上部の練習にまだ参加していることを聞いたところである。

はぁぁ…まじでこの姉妹は何かと問題を起こすなぁ。五月がこの場所に来ているだけでもまだましか。

 

「それで風太郎君から残りの姉妹に勉強を教えてやってくれって言われてこうやって集まってるんだけど」

「いやー、二乃もここに呼ぼうと思ったんだけどねぇ。捕まんなかったんだよね」

 

お手上げといった形で一花が二乃のことを話した。

そういえば、三玖が言うには二乃は姉妹からの連絡も拒否してるそうだ。

そう考えると、家には帰らないが姉妹との連絡は取っている五月はましな方か。二乃は本当の意味で家出をしていることになるな。

 

「ほら。とりあえず四葉のことは上杉に任せて、今は目の前の勉強に集中しな」

「そうだね。じゃあみんな始めようか」

 

僕とことりの言葉をきっかけに三人それぞれ勉強を始めた。ことりもことりで自分の勉強を始めている。

二乃と四葉の件、僕でも何かしら動いた方がいいのだろうか…

 

「ことり、ここの和訳教えて」

「えっとね、ここは……」

 

それぞれが集中して勉強をしているところを眺めながらふと考えていた。

 

「先生?」

「ん?ああ…五月か。どうした?」

「いえ、ことりさんは三玖に教えてるので、数学のわからないたころを教えていただこうかと」

「いいよ。どこ?」

「こちらです」

 

五月が僕の横の椅子に座りながらノートを開いて分からないところを聞いてきた。

 

「あの…もしかして二人のことを考えてましたか?」

 

ノートにかかれていた数式を見ていたら、そんな質問を五月から投げかけられた。

 

「どうして?」

「先生は優しいですから。きっと今でも私たちのことを考えてくれてると思ったんです」

「僕は優しくなんかないよ。ただ気になってるだけ」

「ふふっ、じゃあそういうことにしてあげます。では、解説をお願いします」

 

ニッコリと笑顔で返されてしまった。なんというか、昨日の一件から垢が抜けたように感じる。その調子で二乃とも仲直りしてほしいものだ。

その後も、数学は僕が教えて、それ以外の科目はことりが教えるようなスタンスで勉強会は進んでいった。

 

・・・・・

 

次の日の夜。

あれから特に進展もなく、三玖と五月はうちにおり、二乃はホテルでの生活を続け、四葉は陸上部の練習に励んでいた。

今は五月がお風呂に入っているため、ことりと三玖の三人でリビングのテーブルを囲んでいた。

 

「実際どうなの?二乃にしろ四葉にしろ、姉妹の誰かが説得に行った方がいいんじゃない?」

「うーん…風太郎君はこっちは任せとけって言ってるしなぁ」

「私たちが言ったところで変わらない。五月は心の変化は感じるけど、まだ踏ん切りがつかないんだと思う」

 

どうしたもんか。

 

「兄さんから言ってみたらどうかな。教師なんだし」

「言ってもいいけど、二乃と四葉はそこまで仲が良いって訳じゃないからなぁ。どこまで心に届くか。まあ、言うだけ言ってはみるか」

「よろしくね、兄さん」

「期待しないでよ。ところで、二乃と四葉以外の勉強は順調かい?」

 

そろそろ五月がお風呂から上がってきそうだったので話題を変えてみた。

 

「順調…とまではいかないけど…兄さんだって数学は見てくれてるじゃない」

「まあ、そうなんだけど。他の教科はどうなのかなって思ってさ」

 

数学に関しては基礎の基礎を固めているといった感じではある。しかも、今教えている三人については前回の中間試験で数学の赤点は回避できていたメンバーではあるので、今回も数学だけで言えば赤点回避が出来るのではないか、とは思っている。

 

「うーん…三玖は結構いい感じだと思うよ。ただ、英語がなぁ」

「うっ…」

 

ことりが話しながら三玖に目線を向けると、三玖はいたたまれないといった反応を示している。

 

「仕方がない。だって私は日本人だもん」

「英語が嫌いな人の誰もが言う言葉だね。まあ、三玖の気持ちも分からないでもないかな。僕も英語苦手だったし」

「先生も!?」

「ああ」

 

英語が苦手な同士が増えたことに喜んでいるのか、三玖の顔はどこか嬉しそうである。

 

「ちなみに、先生はどのくらいの成績だったの?フータローやことりみたいな感じ?」

「まさか!その二人は別格だよ。僕は至って普通だったよ。悪い時は60点とか取ってたし」

「悪い時の点数が私の一番いい点数と変わらない…」

 

僕の成績を聞いてどこか遠い目をしている三玖。そこはどうしようもないんだが。これからの三玖に期待しておこう。

 

「英語はどんな進路を選んでも必ず履修しなきゃならないからね。僕としては大変だったよ。おかげで日常会話くらいには喋れるようになったかな」

「へぇ~…なにか喋ってみて」

 

僕の話に興味を持ったのか、興味津々といった感じで聞いてきた。

 

「んー…そうだなぁ…Miku's cooking skills have definitely improved. Do your best」

「むー…私のことを言ってるってことはわかるけど、なんだろ。クッキング?って言ってたから料理のことかな…もしかして、私の料理は美味しくないとか…」

「あははは、違うって。三玖の料理の腕は確実に上がってるから頑張って、て兄さんは言ってるんだよ」

 

ネガティブな考えをしている三玖に対し、ことりは笑いながら正しい訳を伝えた。そんなことりの言葉で、一度は沈んでいた三玖もぱーっと笑顔に戻った。

 

「そ…そっか。うん、頑張る」

「まあ、それよりもまずは目の前の期末試験だけどね」

 

意気込んでいる三玖にそう伝えると、お風呂から上がってきた五月が頭を拭きながらリビングに入ってきた。

 

「あがりました。みなさん集まって何話してたんですか?」

「目の前の期末試験を頑張ろうって話してたんだよ」

「そうだったのですね」

 

五月は僕に返事をしながら僕の横に座った。お風呂上がりだからかシャンプーの匂いが漂ってくる。

というか、近いんだけど。

五月は僕のすぐ横に座っているのだ。今までなかった距離感である。

 

「……五月」

「なんです、三玖?」

「なんか変わった?」

「え?」

「今までそんな風に先生の近くに座ることなかったよね?」

「あっ…」

 

三玖も良く見ていることで、五月のちょっとした行動にツッコミを入れてきた。

 

「今回はたまたま近くに座っただけであって、特に何かあった訳ではありませんよ」

「ふーん…」

 

弁明を入れる五月ではあるが、どこか納得をしていないような三玖である。

 

「それより、次の人はお風呂に入ってきな」

「じゃあ入ってくる」

 

僕の言葉に三玖は立ち上がって部屋に着替えを取りに行き、そのままお風呂場まで向かって行った。

 

「そうだ。ことりさん、勉強で放課後に聞けなかったところがあるので今聞いてもいいですか?」

「別にいいけど。じゃあ、私の部屋の机で聞こうか」

「お願いします」

 

五月が勉強の質問をしたために、五月とことりは立ち上がりことりの部屋に向かった。

残った僕は特に何かするということもなかったので、そのままテレビを観るのだった。

 


 

「何よ。こんなところに呼び出したりして」

 

次の日の放課後、僕は二乃を数学準備室に呼び出していた。昨日ことりに言われたように、少しでも話が聞ければなと思ったからだ。

意外にも二乃はすんなりと呼び出しに応じてくれた。

 

「ちょっとした雑談だよ。少し冷めたけど紅茶で良かったよね」

「いただくわ……誰もいないのね」

 

僕の差し出した紅茶の缶を受け取った二乃は、ソファーに腰掛けながらそんなことを口にした。

 

「今日は二乃とのお喋りに時間を使いたかったからね。何人か質問に来たけど後日ってことで今日は帰ってもらったよ」

 

二乃の向かいのソファーに座り、もう一本買っていた紅茶の缶を開けて飲みながら答えた。

うーん…やっぱりミルクティーか緑茶にしとけば良かったかも。

 

「それとも一花達がいると思って期待した?」

「そ、そんな訳ないでしょ!いなくて清々したわ」

 

そこで二乃も僕の渡した缶を開け、中身を飲みだした。

 

「素直じゃないんだから。まあ、四人は今図書室で勉強してるから大丈夫だよ。ここにも来ないように伝えてるしね」

「四人?少なくない?」

 

僕の言葉に二乃は疑問を投げかけてきた。

 

「そうか。姉妹との連絡を断ってるから知らないのか。今、四葉は陸上部の助っ人として練習にも参加している。多分今も走ってるんじゃないかな」

「あの子は何やってんのよ…」

「それで、上杉は四葉を止めるために奮闘してるから勉強会には参加していない。もちろん、君の説得にも奮闘してるって聞いてるよ」

 

僕がじっと見つめると、二乃はプイッと顔ごと目線を反らした。

 

「そういえば来てたわね。何度も何度も…ホントにしつこいんだから…」

 

文句を言っている二乃ではあるが、僕から見ると若干口角が上がってるように見える。上杉の行動も少しずつ二乃の心を動かしてるようだ。

 

「今までは無視してきたけど、今度来たら文句言ってやるんだから……て、なんで笑ってんのよ」

「いや、元気そうで良かったって思っただけだよ」

 

どうやら上杉の行動が開花してきていることが嬉しく、表情に出ていたようだ。

 

「まったく……で?結局用事ってなによ」

「さっきも言ったけど、本当に雑談だよ。ま、成績不振者の面談も兼ねてるけどね」

「うっ…そこはまあ、申し訳ないとは思ってるわよ」

 

成績不振という言葉が出たからか、目をそらしながら二乃は話している。多少なりとも反省はしているようだ。

 

「ことりから聞いてるよ。今はホテル暮らしなんだって?まったく…高校生の家出先がホテルなんて聞いたことないよ。それで?何か不便な事とかない?」

「そんなのないわよ。家にいる時より快適に過ごせてるわ」

 

ドヤ顔で話す二乃。そりゃあホテル暮らしなんて快適以外ないだろうな。

 

「チャンネル争いもないし、空調だって思いのまま。一人って最高ね」

「そりゃなによりだよ。だけど、そろそろ来る頃合いかなって思ってるんだよね」

「何がよ」

「寂しさだよ」

「…っ!」

 

僕の言葉に二乃は一瞬だけ目を見開いていた。隠そうとしても隠しきれないものである。

 

「あればっかりは一人暮らしを経験した人間にしか分からないものだよね」

「何言ってんのよ。別に寂しくなんか…」

 

必死に否定しようとしている二乃の言葉を気にせず、僕は言葉を続けた。

 

「僕も実家からこっちに来たときは寂しさを感じたもんさ。仕事から帰っても誰もいない暗い部屋。朝起きても一人の朝食。テレビで静けさを紛らわしたりするけど、やっぱり静けさを感じずにはいられなかった」

「……」

 

思い当たる節があるのか、二乃はスカートをぎゅっと握りながら黙って聞いていた。

 

「ま、そんな僕にはことりが毎日のように電話してきたからね。多少は寂しさは和らいだかな」

「毎日って…」

「そんな訳で、まあ帰れとは安易に言わないけど、僕にとってのことりの存在に僕がなれたらなって思ってるよ。今みたいに話するくらいできるしね」

「ふん…!」

 

口に手を当てた状態でこっちを見ることはないが、多少なりとも二乃には届いたにではないかと思ってしまった。

 

「……前から思ったんだけど、あんたってやたら気にかけてくるじゃない?お節介が過ぎるくらいに。そういう性格なの?」

「うーん…今までは、ここまでお節介かけた生徒はいないかな。ただ……二乃を見ているとなんとなくほっとけないって感じるんだよね」

「何よ。私に惚れちゃった?」

「そんなんじゃないよ……唐突なんだけど、一つお願いしてもいいかな?」

 

二乃のからかいを軽くスルーして、二乃に一つのお願いをした。

 

「何よ」

「少しの間だけリボンを外してくれない?」

「は!?」

 

僕の突然の申し出に驚きの表情で二乃はこちらを見てきた。当然のことだろう。いきなりリボンを外してほしいなどおかしなお願いだと自分でも思ってしまう。

けど、これには僕にとって大きな理由があるのだ。

 

「よくわかんないけど、それだけなら構わないわよ」

 

僕の真剣な表情を見てか、二乃は頭の両側に付けているリボンを外しだした。そして、両方のリボンが外れることで、目の前にはストレートのロングヘアーの女の子が現れたのだ。

 

「何がしたいかわかんないけど、これでいいの?」

 

少しだけ困った表情で二乃はこちらを見ている。その顔がより一層あの頃を思い出してしまう。

 

「ねぇ二乃。僕と前に会ったことないかな?」

「…っ!」

 

突然の質問だからか驚きのために二乃は目を見開いた。

 

「……あんたと()()()()()()()()、この学校に転校してきた日の職員室の前でよ。リボンもう元に戻していいわよね」

 

二乃は目をそらしながらリボンを元の位置に戻し始めた。

何か隠してる?

そこでことりの言葉が頭を過った。

 

『今でもそっくりなんだけど。当時のみんなは髪型も服装も一緒で全然見分けられなかったよ』

 

五つ子の昔の写真を見た感想を興奮気味に話していたことりの言葉だ。

 

「ねぇ二乃。もう一つ聞きたいんだけどいいかな?」

「はぁぁ…何?」

「五年前って、他の姉妹も二乃くらいに髪が長かったりする?」

「!そうねぇ。あの頃はみんな同じ髪型だったわね。髪型だけじゃない。服装だって性格だって同じだったわ…」

 

懐かしむように話す二乃。しかし、その顔にはどこか寂しさも含まれているように感じた。

 

「で?結局何がしたかったのかしら?」

「いや。昔会った女の子に二乃が似てたからもしかしてって思っただけ」

「ふーん。ちなみに、その子に会ったらどうすんの?」

 

缶に残っていた紅茶を飲みながら、昔を懐かしむように二乃に伝えた。すると、二乃から興味あり気に質問をされた。

会えたらか……

今まで会えるとは思っていなかったから考えてもいなかったけど。そうだな…

 

「今の僕があるのはその子のおかげだからね。そのお礼をまずは言いたいかな。まあ、向こうは忘れてるかもしれないんだけどね。けど……もし覚えてくれてたなら、何かの縁だ。これからも仲良くやっていけたらなって思ってるよ」

ふーん

 

僕の答えに満足したのか、二乃は笑顔でいた。

 

「さてと。先生の昔話も聞けたしそろそろ帰るわね」

 

そして二乃はそのまま立ち上がり鞄も持ち上げて帰る体勢に入った。

 

「悪かったね。最後は変な話になって」

「別に構わないわ。暇潰しにはなったし。そうね……また暇になったら電話くらいしてあげるわ。あんたの妹のことりみたいにね」

 

二乃はそう言いながら扉へと向かう。

 

何よ。ちゃんと覚えてくれてたんじゃない。じゃあね先生。勉強も少しはしてあげる」

 

扉の取手に手をかけた二乃は振り返りながらそう伝えた後、扉を開いて帰っていった。

 

 




今回の投稿も読んでいただきありがとうございます。

今回は、全てオリジナルで書かせていただきました。
二乃と和彦の雑談は、本来であれば帰るように和彦が説得する方がいいのでしょうが、やはりその説得は五つ子や風太郎が良いと思い、そこまで突っ込んだ話をしないことにしています。
ちなみに、和彦の学生の頃の成績は中の上から上の下あたり。風太郎やことりほどの秀才という訳ではありませんでした。三玖と同様日本の戦国時代についての知識は豊富で、後は数学を得意としていました。運動も得意という訳ではないので、戦国時代の知識がある以外は突出した能力があるということもない一般人です。

では、次回の投稿も読んでいただければ幸いです。
どうぞよろしくお願いいたします。



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42.問題集

二乃との雑談があったその日の夜。

今日はあの後少し残業をしたので帰りが遅くなっていた。なので今は一人で夕飯を食べている。

他の三人はお風呂も夕飯も終えているので、リビングでテレビを観ながらゆっくりしているようだ。

 

「ごちそうさま」

 

夕飯も食べ終わったので食器などを片付けるために席を立った。

 

「あ、食器は私が洗っとくから水に浸けといて」

「分かったよ」

 

ことりから食器は自分が洗うと言われたので、食べ終わった食器を水に浸けていると、ポケットに入れていたスマホに着信が入ったようでブーブーとバイブしている。

両手が空いたので画面を見ると意外な人物からの電話であった。

 

「悪い。片付けしてたからすぐ出られなかったよ。どうした?」

『べっつにー、あんたが私と話したそうにしてたから電話してあげただけよ』

「ははっ、ありがとね。ちょい待って、場所移すから」

 

二乃からの電話で、スマホを耳に当てながらリビングを素通りしベランダに向かった。一応五月がいるところで話さないようにしようと配慮したのだ。

 

『別に場所移動しなくてもいいんじゃない?あんたの家にはことりしかいないでしょ』

「あー…実は今三玖と五月がうちにいるんだよ」

『はぁー!?』

 

ちょうどベランダに出たところで三玖と五月がうちにいることを二乃に伝えた。それを聞いた二乃は心底驚いた声をあげている。

 

『なんでそうなってんのよ!いや、三玖もいんの!?』

「ああ。もう君の家族はやりたい放題だよ」

 

疲れた声を出しながら窓際の壁に寄りかかり夜空を見上げた。今夜も満月とまではいかないが月が輝いている。

 

『そこを言われたら何も言えないわね』

 

自覚があるようで二乃の声には申し訳なさが滲み出ていた。

 

「それで?本当に何かあった?」

『ま、大したことはないんだけど、また上杉がホテルに来てたわね。しかもずぶ濡れで』

「は?ずぶ濡れ?」

 

今日は確か雨は降ってなかったと思うんだが。

 

『諸々あって池に落ちたそうよ』

「どんなことがあれば池に落ちるんだよ」

『本当よね』

 

僕のツッコミにクスクスと笑いながら二乃は同意してきた。どうやら上杉に会ったことで機嫌が悪くなったことはなさそうだ。

 

『どこか様子もおかしかったから、仕方なく部屋に入れてやったわ。匂いも酷かったからシャワーもね』

「へぇ~。優しいとこもあんじゃん」

『その言い方気になるわね』

「あははは、冗談だって。二乃が優しい女の子だって、少しの間だけど見てれば分かるよ」

『ふ…ふん…』

 

照れているのか、二乃の声は語尾が少し小さくなっていた。

 

「上杉とは何か話せたの?」

『……あんたと同じで、あいつにも五年前に一人の女の子に会った経験があったみたいよ』

「へぇ~」

『あんたと違うところは、上杉はその女の子のことを好きだったってことかしらね』

「それはそれは。なかなか興味がある話だね」

『でしょうー?本人は否定してたけど、あの話し方は絶対好きだったわね』

 

上杉の昔出会った女の子の話になると少しテンションが上がったように思える。恋愛話に興味があるのだろう。二乃は乙女チックなのかもしれないな。

 

「しかし、なんでそんな話が?」

『あまりにも上杉の奴が落ち込んでたから話の提供代わりに教えてもらったのよ。なんでそんなに落ち込んでるのかって。そしたら、その女の子に今日会うことができたけど、一方的にさよなら言われたんだって』

 

少し哀しみが混じったように二乃は上杉の話をした。

 

「何か理由があるのかなぁ」

『さあ?そこで上杉に言ってやったわ。あんたみたいなノーデリカシー男でも、好きになってくれる人が、地球上に一人くらいいるはずだからって』

 

それは励ましになっているのだろうか。まあ、二乃的には最大の励ましなのだろう。

 

「そうか……あ、そういえばことり経由で聞いたんだけど。二乃、上杉に問題集破ったこと謝ったんだって?」

『ホント、情報は筒抜けね』

「まあ、うちには五月がいるからね。二乃みたいに素直になりなって説得したけど無理だったよ。そもそも、二乃が上杉に謝ったことも信じてなかったしね」

『まあ、そうでしょうね』

「………五月には謝らないんだね?」

『……ごめん。それだけは無理…』

 

五月への謝罪の話をしたが、それは出来ないと沈んだ声で二乃から返された。

今日はこれくらいかな。

 

「悪いね、暗い話になって。そういやー、ご飯はどうしてんの?まさか、ホテル提供とか?」

『まっさかー。部屋にキッチンが付いてるところに泊まってるから自炊してるわよ』

 

むしろキッチン付きの部屋に泊まっているのかという驚きの方が強いのだが…

そんな感じで、その後は割と楽しく二乃と話すことができた。

 


 

~三玖・五月・ことりside~

 

和彦が二乃と電話で話している頃、三玖とことりはベランダの扉に耳を当てていた。

 

「むー…あまり聞こえない」

「ここ、防音しっかりしてるからなぁ…」

 

どうやら二人は和彦の電話の声を拾おうとしているようである。

 

「あ、あの…こういうのはやめませんか?もしかしたらお仕事の電話かもしれませんし」

 

そんな二人を止めようと五月は声をかけている。

 

「えー、仕事の電話だったら部屋で話すよ。ベランダで話さないって」

「ことりの言うことが正しければ今の電話は私用」

 

五月の止める言葉も気にせず三玖とことりは耳を扉に当てたまま動かないでいた。

 

「しかし……」

「それに、私の勘が言ってるんだよ。兄さんの話し相手は女だって」

「えーっ!?」

「やっぱり…」

 

ことりの言葉に五月は驚きの声をあげた。逆に三玖は、予想していたのかそれほど驚きの表情ではない。

 

「しし、しかし、先生にはお付き合いされてる方はいらっしゃらないと…」

「ま、彼女って訳じゃないかもね。彼女ができたような素振りは見せてないし」

 

扉越しに盗み聞くことを諦めたことりは顎に手を当てるように考える素振りを見せて話した。

 

「な、なら、一花ではないでしょうか。私や三玖の様子をやり取りしていて、それを私たちに聞かれたくないとか」

「五月の考えには一理あるね」

 

人差し指を立てて自分の考えを伝えた五月ではあったが、それにはことりも納得した。可能性としては一番あり得るものでもある。

 

「じゃあ…立川先生の可能性は?」

「「……」」

 

三玖の言葉に五月とことりは言葉が出なかった。

確かに、林間学校を機に和彦と芹菜は連絡先の交換をしている。ちなみに、メッセージではあるがプライベートでも多少なりとも二人はやり取りをしていたりもする。その事は、この三人も知らない事実ではあるのだが…

 

「まあ、その可能性もなきにしろあらずかなぁ」

「やっぱり…」

 

自ら一つの可能性を提示したものの、もしその可能性であったらと思ったらと考える三玖はしゅんとなってしまった。

和彦が電話をしている頃、三玖と五月とことりは心にもやもやしたものを残すのだった。

 


 

二乃との電話が終わったのでベランダから部屋の中に戻った。するとリビングではなぜかどんよりした三人の姿があったのだ。

 

「どうした?三人とも」

「兄さんの電話って相手誰だったの?」

 

僕の声かけに一番に頭をあげたことりからそんな質問が投げかけられた。

ことりや三玖だったら言ってもいいんだが、五月のいる手前なぁ。

そんな考えをしていると、三人からじーっと見られていた。

そこまで気になるものなのだろうか。仕方ない。

 

「…二乃だよ。家に帰る説得って訳じゃないけど、少しでも話しとこうと思ってね」

 

僕の言葉に三人がほっとした顔をしたような気がした。

 

「なんだ二乃かぁ。だったら、普通に部屋の中で話せばいいのにぃー」

「五月がいる手前気が引けたんだよ」

「気を遣っていただいて…すみません…」

 

ことりからの質問に答えたら五月から謝罪があった。

そこまでするほどでもないんだが。

 

「それにしても、兄さんいつの間に二乃と電話するほど仲良くなったの?そんなこと今までなかったよね?」

「まあそうだね。今日の放課後に面談という名の雑談をしたんだけど、そこで僕だったら話し相手としていいだろって話したんだよ。二乃って今姉妹の誰とも連絡してないんでしょ?」

「あはは…私とも連絡してくれないもんなぁ」

 

僕の言葉にことりは頬をかきながら答えた。

そうか。やっぱりことりとも連絡を断っていたのか。

 

「ま、無事かどうかの確認の意味もあるけどね」

「それで、二乃とは何話したの?」

 

そこで三玖から質問が上がった。

まあ、気にはなるよね。

 

「大したことないよ。ことりがさっき話してた通り、上杉がホテルに来たとか、ホテルでの生活はどうかとかね」

 

五月への謝罪の意思がないことは伏せておこう。

 

「いつも誰かと一緒にいたところをいきなり一人になると、やっぱり寂しく感じるからね。その寂しさを少しでも和らげればって思ったんだよ」

「まったく…兄さんは甘いんだから」

「まあ、二乃が素直に話を聞いてくれるのも、きっと上杉が毎日のように声をかけてきたからだと思うよ。本当によくやるよ」

「そっか…風太郎君の…」

 

僕の言葉にどこか嬉しそうな顔をことりはしている。

 

「それで?五月はまだ帰らないの?」

「そこは譲れません。まだ二乃からの謝罪もありませんので」

「ホント頑固…」

 

五月にまだ帰らないの一応確認をするも、頬を膨らませて否定の言葉が返ってきた。しかし、最初に来たときよりは多少心が揺れ動いているように感じられる。

後少しかもしれない。

そんな思いが過ていった。

 


 

~図書室~

 

「だーっ!もうー疲れたよぉ~」

「一花、机に倒れ込まないでください」

 

放課後の勉強会の一時。勉強に疲れはてた一花が机に突っ伏したところに五月が注意をした。

今この場所には一花と三玖、五月の三人しかいない。ことりは別の友人との勉強会が入ったため、今日は不参加である。二乃はもちろん参加をせずホテルに直帰し、その二乃の説得のため風太郎は二乃のホテルに向かっている。四葉は四葉で陸上部の練習に参加しているためこの場所にはいない。

ちなみに、和彦は会議に他の生徒からの質問もありで、数学準備室は使えない状況である。

 

「ねぇ~、私たちしかいないんだから、ここで勉強しないで家に帰って勉強しようよぉ~」

 

突っ伏したままの一花が当然の提案を持ちかけてきた。

 

「家出中だから」「家出中ですので」

 

そんな一花の提案に、三玖と五月は勉強の手を止めることなく一蹴した。

 

「もう!二人とも頑固なんだからぁ」

 

そんな二人の態度に、起きあがった一花は頬をぷくっと膨らませた。

 

「それに、家よりもこちらの方が集中できるではないですか。家には色々と誘惑もありますし…」

 

左手でお腹をさすりながら五月が図書室で勉強する意義を伝えた。

 

「まあ、そうなんだけどねぇ……そういえば二人とも数学してるんだ。いつもみたいに得意科目してると思ったよ」

 

家庭教師である風太郎とことりの二人がいない時はほとんど勉強をしない五つ子である訳なのだが、たまに自習を促された時は大抵それぞれの得意科目の勉強をしているのだ。この三人で言えば、一花は数学。三玖は社会。五月は理科。といった具合である。

しかし、一花の指摘した通り、一花はともかく三玖と五月の目の前には数学のノートが広げられていた。

 

「先ほど先生から上杉君の問題集の回答をいただきましたので、先に復習をと思いまして」

「フータローの問題は個人個人に作ってくれてありがたいんだけど、答えがないのが不便」

「ま、本来は解説しながら解いていくものだったんだろうし、しょうがないよ」

 

三玖の話している通り、風太郎が用意した問題集は一人一人にあった問題が用意されていた。現在の五つ子はその問題集で期末試験の対策をしているのだ。もちろん、ここにいない二乃と四葉も実際に問題を解いている。

二人との違いと言えば、一花と三玖と五月はことりから解説をされているところかもしれない。それと、先ほど和彦からもらった、数学の解説があることも大きいかもしれない。

 

「それを考えるとこの先生が作成した数学の回答と解説はさすがだね。ちゃんと私たちでもわかるように解説されてるんだもん」

「本当に。試験前でお忙しいのに…」

「ことりが言うにはいい気分転換になってるんだって」

 

和彦の作成された解説付きの回答を一花が絶賛すると、申し訳ない気持ちで五月が答えた。しかし、実際には三玖が言っているように良い気分転換になったようである。

そんな時、三玖と五月はあるページを見てにっこりと笑みを作った。

そこには、筆記体で『Fight!』と手書きで書かれているのだ。

無論、そんな二人の様子に一花が気づかない訳もなく。

 

(まったく…二人ともいい笑顔作っちゃって…)

 

そんな風に、三人の勉強会は途中話を挟みながらも数学を中心に進んでくのだった。

 


 

今日も今日とて、三玖と五月はうちに泊まっており、今もリビングでことりの指導のもと勉強をしている。一応、泊まる条件として毎日勉強するように伝えているので、勉強をしない日はないようだ。

僕はまた残業をしてきたために、先ほど少し遅めの夕飯を食べ、お風呂から上がり、自分の部屋で自分の勉強をしていた。

教師になったからといって勉強をしなくてもいい訳ではなく、むしろ学生時代よりも勉強をしているように感じる。まあ、人に教える立場としては当然と言っても過言ではない。なので、上杉の用意した問題集の数学の解説付き回答を用意するのも自分の実力をつけるのに持ってこいのものだった。

 

「さて、一花から預かった四葉の回答用紙の回答と解説もそろそろ終わらせないとな」

 

陸上部の練習の合間に一応上杉の用意した問題集を四葉はやっているようではある。四葉の今の実力を確認したかったので、一花に頼み昨日で終わらせたという数学の回答用紙をコピーしてもらっていた。他の教科は今日にでも終わるようである。しかし……

 

「やっぱり全然解けてないな。これだとまた赤点だぞ」

 

四葉の答案を採点しつつ解説と答えも記入していく。

 

「本当は、こんな書いてある解説じゃなくて、しっかりと横に付いて人による解説があった方がいいんだが…それに……」

 

今は四葉の問題集だけを心配している訳にもいかない。後一人の問題用紙を見ていないのだ。

そこで、チラッとスマホを見た。

今ならまだ起きているか…

そんな風に考えていると、スマホに着信が入った。今まさに話をしたかった相手である。

 

「もしもし。ちょうど話したいと思ってたんだよ」

『…………』

「二乃?」

 

昨日と同じような感じで話が始まるかと思ったのだが、電話をかけてきた二乃本人からの反応がなかった。

 

「何かあったのか?」

『………ごめん先生。私…明日は学校休むね…』

 

僕の呼びかけに、沈んだ声でそう返事が返ってきた。

 

 




今回の投稿も読んでいただきありがとうございます。

今回は、二乃からの電話と和彦の作った解説を使って勉強する一花と三玖と五月のお話を中心に書かせていただきました。
二乃から電話なんてあり得ないかもしれませんが、まあそうする二乃も面白いかなっと思いまして、後は二乃と風太郎のやり取りを和彦に知らせるのにいいかなと思いましてこのようにしました。

では、次回の投稿も読んでいただければ幸いです。
どうぞよろしくお願いいたします。



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43.頼る事

自室での作業をしていたところに、二乃からの明日は学校を休む宣言が来たわけだが…声からして何やら深刻そうではあるな。

 

「どうした?体調でも崩したのか?」

『そういう訳じゃないけど…』

 

そうか。とりあえず、寝込んでて動けないとかじゃないならひと安心ではあるかな。

 

「なら良かった。まったく…深刻そうな声で電話してくるから、体調崩して助けを求めてきたのかと思ったよ。ちょっと焦って、上着取りに行こうかと思った」

『ふ~ん…そこまで心配してくれるんだ』

 

いつもの調子で話す僕に安心したのか、二乃の調子も少しずつ良くなってきているように感じた。

 

「当たり前だろ。ったく…五月から話を聞いたときも思ったけど、君達は大人に頼るのが下手過ぎなんだよ。まあ、まだまだ信用できるほど同じ時間を過ごした訳じゃないから、安易に頼れとは言えないけどね」

『仕方ないじゃない!今までも私たち五人でやってきたんだから』

「五人でって…中野さんがいるでしょ」

『パパはいつも仕事で帰ってこないわ。私たちに部屋だけ与えてほったらかしよ』

 

これはこれは…とんでもない家庭環境だな。五月から聞いた話だと、母親が亡くなるまでは母子家庭で、母一人で五人を育てていたんだっけ。それで、再婚相手の父親は子育てには無関心か…

しかし、無関心であればあんな顔出来ないと思うんだが…

林間学校後に上杉を病院まで届けた時に中野さんと初対面したが、あれは娘に近づく男を見る目だったと思う。娘のことを大切に思っていないと出来ない目だ。

昔、父さんがことりに近づく男を見ていた顔と同じように感じる。まあ、うちの父さんの場合は過剰にことりのことを可愛がってるからなぁ。

 

『いいな?ことりに近づく男がいれば、教師の力を使ってでも阻止しろよ』

 

ことりがこっちに来ることになった時にそんな事を言われたっけ。そもそも、そんなに心配ならこっちに来させなければいいのにな。はぁ…ことりの事となると本当に甘いんだよなぁ…

あれ?そう考えると上杉の存在ってどうなのだろうか。ま、いいか。

そんな訳で、あの父さんと同じような顔をしてるんだ。きっと中野さんも娘を大事に想う気持ちはあるのだろう。しかし、その辺りはさすがに入れない領域だろう。

 

「なら、何かあれば僕を頼んなよ」

『え…?』

「頼る大人がいないんだろ?だったら僕を頼ればいい」

『……なんでそこまで言えるのよ。そんなことしても、あんたには何も得がないじゃない』

 

ごもっともな事を二乃から返された。

なんで、か……

 

「別に損得で動いてないよ。ただの自己満足だから。それに前にも言っただろ。君たち五つ子のことほっとけないんだよ」

 

もしかしたら彼女達五人の中にあの女の子がいるかもしれない。そんな予想が出来てからというもの、前よりも気にするようになってしまったのかもしれない。

それを関係なくとも、ここまで関わってきたんだ、教師という枠を越えてもいいと思えてくる。

父さんに甘いって思ってたけど、僕も大概だな。そこは親子なのかもしれない。

 

『あんたがそこまで言うなら…』

「よし!なら早速上杉の問題集の写真送ってくれ」

『は?』

「ああ、数学だけでいいから」

『ちょっ、ちょっと待って!なんでそうなるのよ』

「え?だって答え合わせ出来てないだろ?だから僕がやってあげるよ。上杉って五人全員別々に作ってるから、それぞれの問題用紙を見ないと解説も出来ないんだよ」

『あんた、まさか五人の問題の回答を作る気なの?』

 

そこで二乃から驚きの声があがった。

 

「ああ。昨日で三人分終わって、今ちょうど四葉の分の解説付きの回答が出来上がったところだよ。後は二乃だけでどうしようか考えてたところにちょうど電話がかかってきたってとこ」

『はぁ…あんたのお人好しは筋金入りね。わかったわよ。後で写真にして送っとく』

「サンキュー」

 

呆れたような声で返事をされるも写真は送ってくれるそうだ。

すぐにくれれば、このまま少し徹夜してやってしまうか。後は、明日の空いた時間だな。

 

『ねえ』

 

二乃の回答作成の計画を考えてたら声をかけられた。

 

「どうした?」

『まだ時間ってある?少しだけ話に付き合ってほしいんだけど』

「構わないよ」

 

もしかして明日の欠席の原因を話す気になったのだろうか。

 

『……私ね、この間の林間学校で超タイプの男の子に出会ったの』

「ん?うん…」

『その男の子と出会ったのは林間学校二日目の肝試しがあった夜。ちょうど五月を捜してる時だった。あの時は運命だって思ったわ』

 

そういえば、五月と一緒に二乃と合流した時に他校の男の子と一緒だったって言ってたな。その男の子が今二乃が言っている子か。

 

『その時にキャンプファイヤーのダンスに誘ったんだけど、結局来てくれなかった…用事ができたんだって。でもね、そんな彼に会う機会が巡ってきたの。彼はキンタロー君って言うんだけど、上杉の親戚ってことであいつが私のところに呼んでくれたのよ』

 

なるほど。ことりが話していたキンタロー君とは、この二乃のタイプの男の子の事だったのか。

 

『それで、今日そのキンタロー君と会って話して、シュークリームを一緒に作って、楽しい時間を過ごしたわ』

「へぇ~、いい感じだったんだ」

 

あれ?今のところ学校を休む理由が見えてこないんだが。むしろいい気分になるんじゃないか?

 

『でもね、その一時は所詮幻想だったのよ…』

「は?」

『キンタロー君はこの世に存在しない人間。彼は上杉が金髪のかつらを被って変装した姿だったのよ』

「!?」

 

どういう事だ?えっと、つまり林間学校で会ったキンタローも今日会ったキンタローも、全部上杉が演じた人物だったということか。

 

『ホント最悪!私のことを騙してたなんて、許せないわ!』

「それで学校を休むと。上杉に会わないために」

『…そうよ』

 

まったく…教師目線で言えば、そんなことで学校を休むなんてと言うところではあるが、もし二乃が家族に相談をしていれば……

 

「分かったよ。明日、二乃の担任には体調不良だって伝えとくよ」

『い…いいの?自分で言っといてなんだけど、あまり許されることじゃないって思ってるわよ』

「それだけ本気だったってことだろ。心のケアをする事も、頼られる大人としては必要なことさ。明日休んで、期末試験本番に万全の状態で(のぞ)むんだね」

『うん…』

「よし!じゃあそろそろ切ろうか。二乃も早めに休むといい」

『わかったわ……その…明日も電話していいかしら?』

「構わないよ。その代わり、ちゃんと勉強しとくんだよ?」

『はーい。おやすみ、先生』

「ああ。おやすみ、二乃」

 

そこで二乃との電話が切れた。最初の沈んでた声を出していた時よりかは大分回復はしていたように思える。後は、姉妹の誰かの後押しがあれば、二乃も家に帰るのではないだろうか。

 

コン…コン…

 

「はい」

 

二乃の今後について考えを巡らせているとノックをされた。

 

ガチャ…

 

「やっぱりまだ起きてた」

 

部屋の扉を開けてことりが入ってきた。どうやら三人の勉強会も終わったようだ。

 

「おつかれさん。今日は終わりかな?」

「うん。さすがに集中力がなくなってきたからね。効率を考えたらここまでかなって」

 

ことりも疲れが溜まっているようで、欠伸をしながら布団に入っていく。

 

「お兄ちゃんはまだ寝ないの?」

「うーん…キリはいいんだけど…」

 

ヴー…ヴー…

 

そこに着信が入ったのでスマホを確認する。そこには、問題集の写真がいくつも添付されていた。最後には、『よろしく』とメッセージ付きである。

二乃、あの後すぐに写真撮ってくれたんだ。

なら、僕も期待に応えないとね。

 

「やることできたから、もう少し起きてるよ。リビングで作業してるから、ことりは気にせず寝ときな」

「ふーん。ちなみに今のメッセージ誰から?」

「二乃だよ。上杉の問題集の写真お願いしてたんだけど、すぐに送ってくれたみたいでさ。少しだけでも回答作っとこうと思ってね」

「あんまり無理しないでね?」

「分かってるよ」

 

ことりの言葉に軽く返事をした僕は、リビングテーブルにノートや参考書を広げて、スマホの画像を見ながら作成に取りかかった。

さすが二乃。写真の撮り方うまいな。おかげで問題が見えやすくて助かる。

そんな感じで作業を進めていると、一人リビングに入ってきた。

 

「あれ?先生も起きてたんだ」

「三玖こそ、どうしたんだい?」

「私はまだ眠れそうになかったから、先生に借りてた本を読もうかなって。部屋だと五月が寝てるから明かり付けられないし」

 

そう言った三玖の手には一冊の本があった。

 

「隣、いいかな?」

「ああ。と言っても、僕も集中してるだろうし、あまり話せないかもだよ?」

「大丈夫。私も本に集中してるだろうし」

 

三玖は僕と同じように、ソファーには座らずに床の上に座って本を読みだした。

 

「それって、姉妹の誰かの回答?」

「ああ。二乃だよ」

「そっか、二乃が……今日ね、二乃がいるホテルに行ってきたの」

 

目線は本に落としたまま、三玖が語り始めた。

 

「そしたらね。なんか慌てて荷物を手にホテルを出るとこだった。付いていったら、別のホテルにチェックインしてた」

「そうか…」

 

きっと上杉が来ないように別のホテルに移動したのだろう。行動力だけはハンパないな。

 

「今日もきっとフータローが二乃の説得に行ってくれてるはずだったんだけど何かあったのかなぁ。先生は何か聞いてる?」

「いや。問題集の写真を送るようにお願いしたら文句言われたくらいかな」

「そ…」

 

この事は二乃本人が話す方がいいだろう。二乃もきっと僕には勇気を振り絞って話したんだろうし、それを簡単に他の人に話せないな。

その後は、お互いに喋らず自身の事に集中した。

僕の参考書と三玖の本の捲れる音と時計の秒針の音が部屋に響いていた。

しばらくすると、左肩に三玖が寄りかかるように倒れてきた。すぅーすぅー、と寝息を立てて眠っている。ここまで無防備な姿を見せてくるってことはそれだけ信頼をしてくれてるってことかもしれない。時間も日付を跨いでいることだし僕もこれくらいにしておこう。

 

「三玖?三玖?」

「んー…?」

 

なるべく優しい声で三玖を起こす。担いで行くのもいいが、勝手に触るのも気が引けたからである。

 

「そろそろ僕も寝ようと思うから部屋に行こうか」

「んー……っ!ご、ごめん!寄りかかってた?」

「ほんの少しね。可愛い寝顔を見させていただきました」

「か…かわいい…」

 

テーブルの上を片付けていると、なぜか三玖は固まってしまったようだ。

 

「じゃあ部屋に戻ろうか」

「……うん…」

 

お互いの部屋に行ったところで『おやすみ』と挨拶してお互いの部屋に入った。部屋に戻った僕は、なんだかんだで疲れていたのだろう、布団に入るとすぐに眠ってしまった。

 


 

次の日の朝。

早朝練習を陸上部がしていると聞いていたので覗いてみた。するとそこには、なぜか上杉も一緒に走っている姿があったのだ。

あいつは朝から何してるんだ?途中でバテてるし。

自販機で水を買ってから休んでる上杉のところに向かった。

 

「おつかれ!隣いい?」

「せ……せんせ…い…はぁ……はぁ……」

 

返事も出来なさそうな上杉の横に座りながら水を上杉に渡した。上杉は受け取った水をぐいっと飲んでいる。

 

「ふぅ…助かりました。お金は…」

「いいよ。このくらい素直に受け取んな」

「はい…」

 

そこで二人で陸上部が走っているグラウンドを眺めていた。

 

「どう?四葉の方は」

「駄目ですね。あいつは本気で勉強と部活の両立をしようとしています。予想以上に覚えてはいますが、このままいくと…」

「そうか。ちなみに数学は現時点の実力だと赤点間違いなしだね。一花に頼んで、上杉が用意してくれた問題集で四葉がやったものを採点したけどからっきしだったよ」

「そこまでしてもらって、申し訳ないです」

 

僕の言葉に上杉は頭を下げてきた。

 

「どうってことないさ。教師だって勉強が必要なんだ。今回のことはいい勉強になったよ」

 

とは言ったものの。ここまで上杉が説得しているにも関わらず四葉は練習への参加を辞めようとはしない。さて、どうしたものか…

実は二乃同様に四葉にも面談よろしく話をしようと考えていた。しかし、部活の練習に参加するのはあくまでも個人の判断。四葉自身と陸上部側との当事者同士で解決出来ればと思っていた。

ただ、現状の成績と目の前の上杉の様子を見ていると、そうも言ってられないようである。

 

「上杉。今日の放課後は久しぶりに勉強会に顔を出してあげるといいよ。この調子だと四葉の参加は見込めないだろうし。今日は二乃休みだしね」

「!二乃が休みなの知ってたんですか?」

「ああ。連絡があったよ。昨日の件と一緒にね」

「…っ!そ…そうですか…」

 

昨日の件という言葉に、上杉は頭を下げてしまった。

 

「別に昨日の事は僕から責めることはないよ。上杉だって何か理由があってそうしたんだろ?」

「え…ええ。まあ…」

「まあ、何にせよ。今日はこれ以上進展することはないだろうから。明日に期待して、今いるメンバーにだけでも勉強を教えてやるといいよ」

「わかりました」

「うん」

 

上杉の返事も聞けたので、その場から立ち上がり職員室に向かう。その道すがら振り返り、グラウンドを走っている四葉に目をむけるのだった。

 

 




今回の投稿も読んでいただきありがとうございます。

今回のお話でも、二乃からの電話を中心に書かせていただきました。ちょっと原作よりも二乃が素直になっているところもあったかもしれませんが、そこは大目に見ていただければと思います。

では、次回の投稿も読んでいただければ幸いです。
どうぞよろしくお願いいたします。





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44.行動開始

四葉の早朝練習を見た放課後。

僕は四葉を数学準備室に招いていた。

 

「忙しいところ悪いね」

「いえ!それでお呼びだしした内容というのは…」

 

僕と四葉はテーブルを跨いでお互いにソファーに座って向き合っているのだが、四葉はどこか緊張した趣でいる。まあ、急に呼び出されたのだから仕方ないだろう。

 

「まあまあ、そんなに緊張しないで。面談と言う名の軽い雑談だから。もちろん、成績不振者としての話もあるんだけどね」

「うっ…」

 

成績不振者という言葉に申し訳なさそうな顔を四葉はした。

この間の二乃と同じような顔をしちゃって。

 

「こ、今回は大丈夫です!上杉さんに問題集を作ってもらいましたので!その問題集も昨日の夜に全て終わらせましたし!」

「ああ。例の全員が違う問題で出来た問題集でしょ?ことりや他の姉妹から聞いてるよ。まったく、上杉は大した男だね。あ、これ一花から預かってた四葉の数学の問題集のコピーね。採点と回答、後解説も付けてるから」

 

上杉の問題集作りに称賛しつつ、テーブルの端に置いておいた紙の束を四葉に差し出した。

それを受け取った四葉は中身を確認しながら驚きの表情に変わった。

 

「相変わらず、四葉の回答用紙はチェックが流行してるねぇ」

「そ…そんなぁ…」

 

そして、しゅんと項垂れてしまった。

 

「一花からは家ではしっかり勉強してるって聞いてたから何も言わなかったけど、この結果を見たら声をかけずにはいられなかったよ。四葉。陸上部の練習もいいけど、勉強追いつけてないんじゃないの?」

「そ…それは…」

「スポーツでも言えることだけど、きちんとした指導者がいないと実力も伸びるものも伸びないよ?」

「はい……」

 

僕の言葉に、目の前の四葉はスカートをぎゅっと握って縮こまってしまった。

 

「はぁ……さすがに土日は休みだと思うから、その二日間で上杉にビシバシと教えてもらうんだね」

「はい!」

 

明日からの土日でしっかりと上杉に教えてもらうように伝えると、敬礼ポーズで四葉はしっかりと返事をした。

 

「うん。じゃあ、僕からはこんなもんかな。四葉はこれからも練習?」

「はい。みなさんには先生に呼ばれたと伝えてます………あの、三玖と五月はそろそろうちに帰りそうですか?」

 

家出騒動からもうすぐ一週間が経とうとしている。心配するのも無理はないだろう。それに、四葉は陸上部の練習のために勉強会に参加出来ておらず、二人とも会話が出来ていないのだろう。

 

「んー…まだ五月が二乃の謝罪がないとって言ってるからなぁ…」

「そうですか…」

 

今の五月の様子を伝えると、四葉は悲しそうな顔でしゅんとなってしまった。

 

「まあでも、多分だけど五月の気持ちは二乃と仲直りしたいっていう方向にいってるんだと思うよ。後は何かきっかけがあればすぐにでも傾くんじゃないかな。五月さえ帰る気になれば、三玖もうちにいる理由なくなるし」

「本当ですか!?じゃあ、後は二乃ですね。うーん…二乃は連絡すらしてくれないしなぁ」

「二乃だったら、連絡取り合ってるよ。毎晩のように電話してきてるし」

「えーーー!?」

 

僕が二乃と連絡を取り合っている事に驚きの表情となる四葉。

 

「そんなに驚くこと?」

「だ、だって。私たちからの連絡は一切無視してるんですよ。それが…」

「まあ、そこは二乃も意固地になってたんだろうね。僕は第三者と言えばそうだから、話しやすかったのかもしれないよ」

「うーん…先生っていったい…」

 

そこで腕を組んで考え込んでしまった四葉。

そこまで考え込まなくてもいいと思うのだが。

 

「ま、そんな訳で。二乃も心の中では、姉妹の皆に会いたがってると思うんだよね。ここまでいつも一緒にいたんだ。きっとこのままの状態では良くないって考えてるさ。だから大丈夫だよ」

 

安心させる意味を込めて四葉の頭をポンポンと撫でてあげた。

 

「ししし。やっぱり先生は先生って思えない時があります!なんだろう…お兄ちゃんって感じです!」

「うーん…教師としての威厳がないのが気になるが…まぁ、実際にことりの兄なんだけどね」

 

ちょっと複雑な気持ちではあるが、四葉の笑顔に合わせて僕も笑ってみせた。

 

「うん。じゃあ、そんな先生が言うんですからきっと大丈夫ですね!よーし!私も頑張るぞー!」

 

すくっと立ち上がった四葉は気合いを込めて腕を高らかに掲げて気合いを入れた。

 

「気合い入れるのはいいけど、上杉の事も気にしてやんなよ。かなり参ってるみたいだからさ」

「はい!今度の土日で今までの分を含めて頼っちゃいます!ししし」

 

姉妹が揃うのが近いことが分かったからか、いつもの四葉の元気が戻ってきたように思う。後は、何事も起きなければ明日にでも好転するだろう。何事も起きなければ…

 


 

「えー!?明日からの土日に陸上部の合宿!?」

『うん…』

 

夕飯を終えて暫くすると、三玖のスマホに一花から連絡があった。三玖が聞いた話によれば皆で聞いた方がいいとの事で、今テーブルの上にスマホを置きスピーカーにしているところだ。

そして、電話の内容を聞いた五月が驚きの声をあげている。

 

「ちょっとちょっと、さすがにどうなの兄さん?」

「うーん…部活に関しては詳しくないから何とも言えないけど、顧問の先生が承諾すれば可能なんだと思うよ。うちの学校って結構生徒の自主性を重んじてるし」

「それはそうかもしれませんが…」

 

僕の言葉にどこか納得がいかない五月の声が漏れた。

とは言え、まさか試験前に合宿をするとは。ちょっと陸上部のことを甘く見てたかもなぁ。

 

「何にせよ、四葉はあくまでも助っ人なんだ。合宿にだって参加をする必要もないだろ」

『うん。私も先生と同意見かな。後は四葉の気持ち次第だよ。そこで、今から四葉の本心を探ろうと思うの。このまま電話を繋げておいてもらえるかな?』

「そういうことなら。わかった…」

「あ、待って。風太郎君にも聞いててもらいたいから、私のスマホから電話するね」

 

そう言ったことりはすぐに上杉に電話をかけた。そして、三玖同様にスピーカーに設定して、三玖のスマホの横に並べた。

 

『どう?フータロー君、聞こえる?』

『おう、聞こえるぞ』

「よし、じゃあ三玖のスマホをミュートにして、と」

 

こちらからの声が向こうに漏れないようにことりが三玖のスマホを設定した。

 

『しかし、あの馬鹿が。ここに来て合宿に参加するとはな。合宿などこっちがしたいぞ』

「はははは、確かに…」

 

上杉の苦言に乾いた笑い声をあげて反応することり。確かに、今の五人の実力であれば勉強合宿をするくらいの意気込みでいないと赤点回避など無理だろう。まあ、三玖と五月はここでことりに見てもらったから、それなりの成績を残せそうではあるが。

 

「しっ…始まる」

 

三玖の言葉で一同は三玖のスマホから聞こえてくる声に集中した。

 

『送らないの?』

『うわぁっ!!一花~心臓に悪いよ~』

『私も歯磨き~』

『じゃあ、うがいしようっと』

『待って。もう!また歯ブラシ咥えているだけで全然磨けてないじゃん。ほら貸してやってあげるから』

『うっ...』

『前はよくしてあげたじゃん』

『で、でも~。もう子どもじゃもごご...』

『はい、あ~んして...』

『に...苦~~』

『私の歯磨き粉。これが大人の味なのだ。四葉には早かったかな?』

『よ、余裕のよっちゃんだよ!』

『ふふ、体だけ大きくなっても変わらないんだから。ほら無理しているから口内炎出来てるよ』

『私無理なんて...』

『こら!喋らないの......どれだけ大きくなっても四葉は私の大切な妹なんだから。お姉ちゃんを頼ってくれないかな』

『私......部活辞めちゃダメかな...』

『…辞めてもいいんだよ』

『や、やっぱ駄目だよ!みんなに迷惑かけちゃうし。勉強とも両立出来てるんだし。一花がお姉さんぶるから変な事言っちゃった。同い年なのに。ガラガラ...ペッ』

『あはは、こんなパンツ穿いているうちはまだまだお子様だよ』

『わ--っ!しまっといて!上杉さんやことりさんが来たときには見せないでね!』

『は-い.....…….ちゃんと聞こえてた?』

『お子様パンツ』

 

そこかよ!

 

「もう!風太郎君のエッチ」

「えっち」

『うぐっ…』

 

ことりと三玖のツッコミに上杉は言葉を詰まらせた。

 

『あははは、よかった......明日陸上部のところに行こうと思うんだ。みんなはどうする?』

『行くに決まっている!四葉を開放してやるぞ!』

「ええ」

「だね!」

 

一花が陸上部のところに行く事を伝えると、上杉がいの一番に行くことを宣言した。それに、五月とことりも続いた。

 

「……私は行かない」

「え!?な、なぜです三玖!?」

 

そんなところに三玖が、自分は四葉のところに行かないことを口にしたことで五月が驚きの声をあげた。

 

「私はもう一人の家出娘のところに行く」

「それって…」

 

ことりの漏れた言葉に対して三玖はコクンと頷いた。

 

「そろそろあっちもほとぼりが冷めてる頃だろうし、私で話してくるよ」

『うん。お願いね三玖』

 

そうして明日の朝から行動を開始することになった。

さて、今回は傍観者として皆の事を見守らせていただきますか。

 


 

明日の朝は早いとの事で三人は寝てしまった。

僕はちょっとした事務作業が残っていたので、ノートパソコンをリビングに持ってきて作業をしている。すると、スマホに着信が入った。

着信相手を確認した僕は、作業をしながら話すためにイヤホンをつけて電話に出た。

 

「本当に律儀だね。今日も電話してくるなんて」

『べっつに。暇だったし、話し相手としてちょうどいいと思っただけよ』

 

今日も今日とて二乃からの電話だった。しかし、これは相当寂しい思いをしているのではないだろうか。

 

『?カタカタ聞こえるけど、何かしてるの?』

「ああ。ちょっとしておかないといけない作業があってね。教師も忙しいんだよ」

『ふーん…普段のあんたからはそうは見えないんだけどね』

「何気に酷いね。これでもきっちりと仕事はこなしている人間で通ってるんだから。という訳で、話は作業をしながらでいいかな?」

『別に構わないわよ。てか、むしろ忙しいんだったら電話切ろうか?』

 

申し訳なさそうに今日の電話は止めておこうかと二乃から提案があった。

 

「別に構わないよ。普段もことりと接する時もこんなだし、慣れたもんだよ」

『あんたらってホント仲いいわよね』

「君たち五つ子ほどじゃないさ」

『…っ!』

 

二乃の言葉が詰まるような息遣いが聞こえてきた。嬉しいが、素直に喜べないといったところだろう。

 

「ふっ……それで?今日は一日何してたのさ?」

『そうね。美容に関することをしてたわ。パックだったり爪のお手入れだったり。あとはヨガなんかもしてたわね』

「充実した日を過ごせたようで何よりだよ」

『ふふん。まあね♪』

 

嫌みで言ったんだが、分かっててかドヤ顔が見えるような声で返ってきた。

 

「そこで、勉強の言葉が出てきてたら見直してたのに」

『私の口から出ると思ってんの?まあ、多少はしたけどね。せっかく回答と解説作ってくれたんだし…』

 

徐々に声が小さくなっていたが、多少でも勉強をしていたという言葉が聞けただけでも良しとしますか。

 

「解説見て分かんないところがあれば今聞くけど?」

『いいわよ。こんな時まで勉強の話なんてこりごりだわ…そうだ!今日テレビで観たんだけどね……』

 

それからも二乃の話を聞きながら作業を進めていった。話を聞く限りでは昨日よりも大分明るくなったように感じた。明日の三玖の訪問の事は言っていないが、うまくいくと良いなと思うのだった。

 

二乃との電話も終わり、その後も暫く作業をしていたのだが、キリも良いところで作業を止めた。

 

「うーん…久しぶりに飲むか」

 

キッチンで晩酌の準備をしてまたリビングに戻った。適当なテレビのチャンネルにして、お酒を飲み始める。

うちには父親から贈られた徳利があるので、それから注ぎながら飲んでいる。僕は一気に飲むよりもこうやって少しずつ飲んでいく方が性に合っているようだ。

 

「あれ、珍しく飲んでるんだ」

 

お酒を飲んでるところでそんな風に声をかけられたので、ことりかなと思って声の方を見てみると五月が立っていた。

そういえば、二人の時は敬語なくすって言ってたな。

そんな考えをしていると、五月は僕のそばまで来て座った。やはり近い。

 

「隣に座るのはいいけど、近くない?」

「いいでしょ。甘えていいって言ったのはお兄ちゃんなんだから。ふふっ」

 

このお兄ちゃん呼びもまだ慣れないなぁ。

 

「それで?もう寝たのかと思ってたよ」

「うん。なかなか寝つけなくて…お手洗いで部屋を出たら明かりが見えたから、誰かいるのかなって。あ、お酒注いであげる」

 

そう言うや否や五月は徳利に手を伸ばして、僕が持っているお猪口にお酒を注いできた。

三玖といいお酒を注ぐことに憧れでもあったのだろうか。

注いでもらったお酒をくいっと飲みながらそんなことを考えていた。

 

「お酒って美味しいの?」

「ん?そうだな…美味しいのもあればそうでないのもあるよ。僕がビールを苦手みたいにね。ジュースにも色んな種類があるでしょ?あんな感じだよ」

「ふーん…」

 

僕の言葉を聞いた後、五月はじっと徳利の中を見ていた。

 

「一応言っておくけど。お酒は二十歳(はたち)になってからだからね」

「わ、わかってるよ。高校生でお酒なんて不良だよ!」

「分かってるならいいんだ」

 

良くできましたと言わんばかりに五月の頭を撫でてあげた。すると、えへへと笑いながらそれを受け入れている。

 

「いよいよ明日だね。四葉の件だけじゃない。君と二乃の件も、明日動きがあるだろう。もう二乃と向き合うことは大丈夫なんだろ?」

「うん…」

 

僕の質問に自身なさげではあるがコクンと五月は頷いた。

 

「大丈夫だよ。きっと二乃も向き合っていかなければいけないって思ってる。ただ、踏ん切りがつかないだけ。そこを君から手を差し伸べてあげればいい」

「うん」

 

返事をした五月は、急に僕の胸に顔を埋めるように抱きついてきた。そうするとある部分が強調されて大変困るのだが…

まったく、体と行動が合致してないんだから。

 

「しばらくこのままでいさせて。勇気がほしいから…」

「……お気に召すままに」

 

下に顔を向けると目の前に五月の頭があるので、それを撫でながら答えた。そして、どちらから喋る訳もなく暫くそのままの状態が続くのだった。

 

 




今回の投稿も読んでいただきありがとうございます。

すみません、日常が忙しく投稿のスパンが一日遅くなってしまいました。
今回は、四葉との面談に四葉の気持ち、二乃との電話と五月との語らいを書かせていただきました。
和彦が四葉と面談をしたのですが、それも空しく陸上部の合宿が土日で始まることになりました。
後は、姉妹達と風太郎、ことりに任せて和彦は見守ることに決めたようです。

では、次回の投稿も読んでいただければ幸いです。
どうぞよろしくお願いいたします。



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45.一緒にいる理由

次の日の朝。

今日は朝から各々で行動するために朝早くから皆準備に勤しんでいた。

 

「兄さんは本当にこっちに来ないの?」

「ああ。昨日も言ったけど、四葉のことはやっぱり教師が出ていくとおかしくなるだろうから、そっちは上杉達に任せるよ」

 

昨日の一花の電話の後に話したのだが、四葉の説得には僕は行かないことにしたのだ。

 

「むー…そこまで言うなら…」

「ことりさん、そろそろ上杉君との合流時間です」

「わかった。じゃあ、こっちは任せて。三玖も二乃の方よろしくね」

「わかった」

 

上杉との集合時間が近づいたためにことりと五月は出発した。

 

「じゃあ先生、私たちも行こうか」

「そうだね」

 

そして、僕と三玖は一路二乃が泊まっているホテルに向かうことにした。

本来僕は家で留守番して皆の報告を待っていようと思った。しかし、朝になって三玖から自分に付いてきてほしいと提案があったのだ。説得は一人で行うが、万が一のために近くで待機していてほしいとのことだ。

まあ、今の二乃なら大丈夫だと思うけど、そろそろ二乃と五月の姉妹喧嘩にも終止符を打ってもらいたいので、保険として付いて行く分には問題ないんだけどね。だけど、三玖で説得出来なかった時に果たして僕で何かが出来るのかが疑問ではあるのだが。

そんな考えがある中、二乃が泊まっているホテルまで三玖に案内された。

また高そうなホテルに泊まっちゃってまあ…

ホテルを見上げながらそんな感想が心の中で出てしまった。大人の僕でもまず泊まらないような高級ホテルである。

本当に、中野さんは娘達にカードでも持たせてるのだろうか。

 

「じゃあ、行ってくるね」

 

頭に二乃のリボンを着けながら僕に振り返った三玖。どうやら、部屋の鍵を失くしたと言って部屋に案内してもらうようである。

 

「ああ。僕はその辺でお茶でも飲んでるよ」

 

僕の言葉にコクンと頷いた三玖は受付の方に行ってしまった。

さて、暫くの間はホテルの雰囲気を感じながら朝の一時を過ごしますかね。

ホテルの一階に備えられていたラウンジに向かい、近くのスタッフにミルクティーを頼んで、ゆったりとした時を暫く過ごすのだった。

 


 

~二乃の泊まっているホテルの一室~

 

ガチャ…

 

休日の朝。二乃はリファカラットを使ってフェイスラインケアをしながらリラックスしていたのだが、急に部屋のドアが開けられ、そこから見知った人物が入ってきたので驚いてしまった。

 

「お邪魔します」

 

入ってきたのは三玖。頭に二乃が使っている二つのリボンをつけている。どうやら、二乃に変装して部屋のドアを開けてもらう作戦は成功したようだ。

 

「私にプライバシーは無いのかしら」

 

急な訪問者に呆れながら二乃は言葉を発した。

 

「まったく、ここまで押しかけてきて…何言われようとも帰らないから!」

 

突然の訪問で驚きはしたものの、どうせ帰ってくるように説得しに来たのだと悟った二乃は頬を膨らませながら、自分は帰らないと三玖に伝えた。

しかし三玖は、そんな言葉を気にせず部屋にセットしてあったポットのところに向かった。

 

「お茶淹れるけど飲む?」

「私の部屋なんだけど!」

 

自由に行動をする三玖に二乃はツッコミを入れざるを得なかった。

 

「一昨日は上杉、今日は三玖。少しは一人にさせなさいよ」

「フータロー来てたんだ。二人で何してたの?」

「べっつにー。大した話してないわ」

 

そっぽを向きながら三玖の質問に二乃は答えた。

 

「そう…ちなみに先生と電話してたのは本当?」

「えー、何ー?気になっちゃう?どうしよっかなー。教えよっかなー」

「内容はどうでもいい。電話したかしてないかを聞きたいだけ」

「……っ」

 

振り返った三玖の真剣な顔に二乃は言葉を詰まらせた。

 

「したわね。あいつが私と話したそうだったから、仕方なくね」

「そっか…」

 

二乃の言葉に三玖は少し安心した顔でポットを使ってお茶の準備を再開した。

和彦の言葉を疑う訳ではないが、以前ベランダで電話をしていたのが二乃だったのか確認したかったようである。

 

ガチャガチャ

 

「?」

 

ガチャガチャ

 

「あっ」

 

ガチャガチャ

 

「熱っ」

 

そんな三玖はポットを使いこなすことが出来ず、ガチャガチャといじるものの、お湯をうまく注ぐことが出来ずにいた。

 

「あーもう、鬱陶しい。私がやるわ。紅茶でいいわね」

 

三玖が中々お茶の準備が出来ないことにやきもきした二乃は、三玖に代わってお茶の準備に取りかかった。

 

「緑茶がいい」

「図々しいわ!」

 

図々しいとツッコミを入れる二乃ではあるが、きちんと二人分の紅茶と緑茶を用意した。

 

「まったく…」

 

用意したお茶をテーブルに並べた二乃は、自分の紅茶に砂糖を入れるために、スティックシュガーの袋を破った。

 

「そんなに入れると病気になる」

「私の勝手でしょ」

 

三玖の言葉を無視するように、二乃は袋の中身を全部紅茶に入れていく。

 

「その日の気分によってカスタマイズできるのが紅茶の強みよ」

「よくわかんない。甘そうだし」

「そんなおばあちゃんみたいなお茶飲んでるあんたにはわからないわよ」

「この渋みがわからないなんてお子様」

 

両手で添えるように緑茶の入った湯飲みを持ち、ゆっくり飲みながら三玖は二乃の言葉に反論した。

 

「誰がお子様よ…って、馬鹿らし…こんな時にあんたとまで喧嘩してらんないわ」

 

三玖のお子様発言に一瞬反応した二乃であったが、すぐに冷静になり自分の紅茶を飲みだした。

 

(大人の対応)

 

そんな二乃の反応に三玖は少し見直していた。

 

「これ飲んだら帰ってよね。そもそも、なんで新しいホテルがバレたのかしら…」

 

(先生にだって言ってないから、そっち方面で漏れることはないだろうし…)

 

「前のホテルに一昨日行ったんだ」

「!」

「でも、そこでホテルから飛び出す二乃を見た」

 

以前、和彦に説明した内容を二乃にも三玖は説明した。

 

()けてきたのね…ガチのストーカーじゃない…」

「……」

 

二乃の追及に反論する訳でもなく、三玖はじっと二乃を見つめたまま言葉を続けた。

 

「そう。だからもう一度聞きたいんだけど、フータローと何してたの?」

 

三玖にとってはフータローと二乃の間に何かあったことは明白なので、何かあったのかを聞くのではなく、何をしていたのかを聞いたのだ。

そんな三玖の意図を悟ったのだろう。二乃は真剣な顔で語りだした。

 

「一昨日を一言で表すのなら最悪。あいつ…絶対に許さないわ…」

「ど…どんな酷いことを…」

 

怒り心頭な二乃の態度に、どんな酷いことをされたのだと三玖は緊張の赴きで話を聞いていた。

 

「聞いて驚きなさい!あいつ、変装して騙してたのよ!」

 

どうだ、と言わんばかりに二乃が風太郎にされたことを三玖に伝えた。だが……

 

「なんだ」

 

当の三玖の反応は薄く、落ち着いた様子でお茶を飲んでいた。

 

「薄ーっ!!」

 

三玖のあまりの反応の薄さに、二乃は驚きの声をあげた。

 

「酷いんだから!もっと反応しなさいよ!」

「だって、私たちがいつもしてることだし」

 

三玖に対してもっと反応しろと抗議する二乃であったが、三玖は冷静にいつも自分達がしていることだと返した。確かに、風太郎に対してだけでも変装して欺いた事も多々あっただろう。

 

「そう…だけど…」

 

二乃にも覚えがあるようで、三玖に同意する他なかった。

 

「あの時も…あの時も…あいつだったなんて。許さない…許さないわ…」

 

それでもキンタローの正体を風太郎と知らずに接していたこと。それが何よりも二乃にとっては許せなかったのだろう。下を向き、顔を赤くしながらも許せないと呟いていた。

 

「……他に何もなかったの?」

「それだけよ!」

 

三玖の言葉に二乃は目線を反らしながらそれだけだと答えた。

 

「!」

 

だが、一つだけ印象的な言葉が二乃の頭を過った。

 

『試験なんてどうでもいい。五人で一緒にいてほしいんだ』

 

「それだけだわ…」

「ほんとに?」

「……」

 

その言葉を口にしない二乃は三玖に背を向けながらもう一度それだけだと答えた。

そんな二乃の行動に疑問を持った三玖が、さらに追及したことで、二乃は少し間を取って答えた。

 

「五人でいてほしいって言われた。試験とか関係なしに」

「フータローがそんなことを…」

 

いつも勉強の事しか話さない風太郎が、試験に関係なく五人でいてほしいと言った事実が、三玖には驚きの反面嬉しい気持ちが表情に出てきた。

 

「私の都合を聞いた上で自分勝手よ」

 

自分勝手だと語る二乃であったが、その言葉には怒りが含まれていなかった。

 

「二乃はうちに戻りたくないの?」

「なんで戻んなきゃいけないの?いるだけでストレスが溜まるわ。昔と違って好き嫌いも変わっていって、すれ違いも増えたわ。バラバラの私たちがそこまでして一緒にいなきゃいけない?一緒にいる意味って何よ」

 

戻る理由がないと語る二乃に、三玖は正面から目を反らさずじっと聞いていた。そして答えた。

 

()()()()()、だけじゃ変?」

「……っ」

 

意表を突かれたような三玖の答えに二乃は言葉を詰まらせた。

 

「二乃は私たちが変わったと思ってるんだろうけど、私から見たら二乃も十分変わってる」

「変わったって…何がよ…」

「昔は紅茶飲まなかった」

「それだけ!?」

 

斜め上に向かった三玖の答えに二乃はツッコミを入れずにはいられなかった。

 

「私たちは一人20点の五分の一人前だから」

「?」

「その問題」

 

ある場所を指差しながら話す三玖に、疑問に思いながら二乃は指差している場所を確認した。それは、風太郎が五人全員のために作った問題集が入っている袋だった。

そして、三玖はその袋の中をガサガサと漁りだした。

 

「あ!勝手に見ないでよ」

 

漁った中から一枚の問題を出した三玖は、一つの問題を指摘した。

 

「問三が違う。正解は長篠の戦い」

「!何?自分は勉強しましたって言いたいの?」

 

間違いを指摘されたことに、二乃は嫌みを言われたのかと思い冷ややかな言葉を返した。

そんな二乃に、三玖は恥ずかしそうに答えた。

 

「元々好きだから、戦国武将」

「戦国武将って…あんなおじさんが?」

「うん」

 

まさかのカミングアウトに二乃もどう返せばいいのか迷ってしまった。

 

「これが私の20点…そして…」

 

三玖が次に行動を取ったのは、二乃が飲んでいた紅茶を自ら飲みだしたことだった。

 

「!」

 

その行動の意味が分からず、二乃は驚きの顔で見ていた。

 

「やっぱ甘すぎる…」

「何やってんのよ…」

 

三玖にとっては甘すぎる紅茶に、げんなりとした顔をしていたので、二乃は何やってんだとツッコミを入れざるを得なかった。

 

「でもこの味。二乃がいなければ知らなかった」

 

そこで三玖は二乃に正面から向き合って自分の気持ちを伝えた。

 

「確かに昔は五人そっくりで(いさか)いもなく平穏だった。でも、それじゃあ20点のままだよ。笑ったり、怒ったり、悲しんだり。一人一人違う経験をして、足りないところを補い合い、私たちは一人前になろう。だから違ってていいんだよ」

 

そんな三玖の言葉は確かに二乃の心に届いていて、二乃は顔を赤くしながらもまっすくに三玖の言葉を受け止めていた。

 

「因みに、二乃がいないからうちの食事はめちゃくちゃで、栄養バランスもボロボロだって一花が言ってた」

「そこは自分たちでなんとかしなさいよ!」

 

中野家の食事事情の話が出た時は、二乃もさすがにツッコミを入れずにはいられなかった。

 

「ふん……そのお茶よこしなさい」

 

先ほど三玖が二乃の紅茶を飲んだように、今度は二乃が三玖の緑茶を飲んだ。

 

「苦っ。こんなの飲もうとは思わなかったわ。でもこれでハッキリしたわ。やっぱり紅茶の方が勝ってるって」

「紅茶だって元は苦い」

 

二乃の言葉にジト目で三玖は反論した。どうやら緑茶より紅茶が勝っている宣言に対抗意識が芽生えたようだ。

 

「こっちは気品のある苦味なのよ。きっと高級な葉から抽出されてるに違いないわ」

「緑茶は深みのある苦味。こっちの方が良い葉を使ってる」

 

いつものいがみ合いが始まってしまい、お互いに譲れないといった態度である。しかし、二乃にとってはいつもの日常が戻ってきたのを感じたのか、どこか嬉しそうな笑みを浮かべている。

 

「じゃあ調べるわ。そこら辺の雑草を使ってても泣くんじゃないわよ」

「二乃こそ」

 

そこで二乃は、自身のスマホで『紅茶 緑茶 葉っぱ』と検索を始めた。そして、その検索結果に二乃と三玖は固まることとなる。

 

「紅茶も緑茶も同じ葉」

「発酵度合いの違い」

「「……」」

 

紅茶も緑茶も同じ葉を使っている。この事実に気づいた二人はお互いに目を合わせて一瞬戸惑いの表情になった。

 

「ふふっ」

「ハハハハ、何それ!面白いわ。今度みんなに教えてあげ…」

 

先ほどまでは一緒にいることも嫌だと言っていた二乃であったが。

 

「……」

 

やはり今まで培ってきた姉妹の絆には勝てなかったのだろう。今知った事を姉妹みんなに共有してあげようと、自然と声に出てしまったのだ。

 

「過去を忘れて今を受け入れるべき。いい加減覚悟を決めるべきなのかもね」

 

そんな言葉を口にしながら、二乃は部屋に備え付けてある棚に行き、引き出しの中からあるものを探しだした。

 

「?」

 

そんな二乃の様子を三玖は不思議に思いながら見ていた。

そして、二乃が引き出しから出した物ははさみ。そのはさみはギラッと禍々しい煌めきを放っており、三玖はそれを見た瞬間恐怖心が芽生えてしまった。

 

「三玖」

 

ビクッ

 

なので、はさみを持ったまま自分の名前を呼ばれた時には、三玖の肩が震えてしまった。

 

「あんたも…覚悟しなさい」

 

はさみの刃の部分を見せながら二乃が近づいてくるものだから、三玖はソファーから立ち上がることも出来ず、ただただ後ずさる事しか出来ず、ある人物の元に電話をするのだった。

 

 




今回の投稿も読んでいただきありがとうございます。

今回は、ほとんど原作の二乃と三玖のやり取りとなりました。原作と違うと言えば和彦がホテルの下まで付いてきたということでしょうか。

次回からまたオリジナルストーリーで書かせていただきますので、読んでいただければ幸いです。
どうぞよろしくお願いいたします。



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46.新たな一歩

二乃が泊まっているというホテルのラウンジで、暫くの間お茶を飲みながらスマホをいじっていた。ここまで三玖からの連絡もないので、うまくいっていると考えて良いのかもしれない。

出番がなくて良かった。

そんな風に思っていたら、スマホの画面が着信の入った画面に切り替わった。三玖からである。

説得が終わったから、て感じの連絡かな。

そんな軽い気持ちで電話に出た。

 

「どうした?もう僕も用済みなら今から帰るけど──」

『先生!お願い、今からここに来て!助けてほしいの』

 

うーん、予想は見事に外れてしまったようである。

カップに入っていた残りのミルクティーを飲み干してから三玖の待つ部屋に向かった。

 

コンコン…

 

指定された部屋でノックをすると、なぜかはさみを持った三玖が出迎えてくれた。

何故はさみ?

 

「来てくれてありがとう。とりあえず入って」

 

三玖に促されるままに部屋の奥に向かう。すると、椅子に座ってこちらを見ている二乃が出迎えてくれた。

 

「何よ。あんたも来てたのね」

「まあ、下のラウンジでお茶してただけなんだけどね」

 

僕が二乃と話していると三玖が二乃の後ろに回り込んでいた。

 

「三玖からの助けてほしいって連絡があったから来てみたんだけど、助けいる?」

「ほら見なさい。あんたの勘違いで一人の犠牲者が出たわ」

「む…あんな鬼気迫るような表情の上、はさみを握って迫られたら誰だって怖がる」

 

二乃の言葉に文句を言いつつ、三玖は二乃の髪に櫛を通していた。

 

「で?結局何してるの?」

「ま、決別の意味を込めてね…三玖お願い」

「本当にいいの?」

「ええ」

 

心配そうな三玖に対して、決意は変わらないと言わんとしている表情で二乃が答えた。

決別……二乃の座っている後ろに三玖がいて、その三玖の手にははさみ……てことは、今からすることは──

そんな風に考えていると、三玖が行動に移した。

 

ジャキ…ジャキ…

 

あの長かった二乃の髪を三玖が一気に切りだしたのだ。

しかし、えらく大胆にいったなぁー。肩あたりから切っちゃってるから、四葉くらいのショートボブになりそうだ。

 

「ちょっと待って!これ切りすぎじゃない!?」

「切れって言ったの二乃じゃん」

「そうだけど…こんなの初めてだし…」

「大丈夫。可愛いって」

「ほ、本当でしょうね!」

「うん。可愛い。ね?先生」

 

切りすぎじゃないか心配になった二乃が三玖に大丈夫なのか確認すると、三玖は可愛いと返事をした。それでも心配そうな顔をする二乃であるが、三玖はは動じず、僕に同意を求めてきた。

 

「ああ。とても似合ってて可愛いよ」

「ほ、本当でしょうね!」

 

僕の言葉も信じられなかったのか、三玖に言った言葉をそのまま僕に向かって言ってきた。

 

「本当だって。キュートな感じで可愛いよ」

「そ…そう…」

 

僕の言葉にようやく納得したのか、二乃は右サイドの髪を弄りながら顔を赤らめた。

 

「それにしても、恥ずかしい言葉を平気な顔でよく言えるわね」

「うーん…僕の場合はことりで慣れてるからね。ことりって髪切る度に感想聞いてくるから」

 

おまけにほんの少し切ったのも気づかないと怒るときたもんだ。ま、気づいてあげた時の満面の笑顔は見ててこっちまで嬉しくなるんだけどね。

 

「へぇ~。ちなみに、あんたは髪型で言えばショートの方が好みだったりするの?」

「え…?」

 

ニヤリと笑いながら二乃がそんな質問をしてきた。そんな質問に三玖は驚きつつも興味あり気にこちらを見ている。

うーん、髪型の好みねぇ…

 

「あんまり考えたことないかなぁ。きっとその人にあった髪型っていうのがあるんだろうし。そうなると、君たち五つ子はどんな髪型でも可愛いって凄いよねぇ。皆髪型違うけど、顔は一緒な訳だし。それぞれがそれぞれの良さを十分に出してて僕は好きだけどね」

「「……っ!」」

 

僕が自分の考えを伝えると、二乃と三玖は顔を赤くして目を見開いてこちらを見ていた。

 

「?どうかした?」

「う…ううん…」

「話振っといてなんだけど、あんたと話してるとこっちが恥ずかしくなってくるわ」

「?」

 

はて?思ったことをそのまま伝えただけなのだが。

そんな風に話をしていたら、僕のスマホに着信が入った。どうやらことりからのようである。

 

「どうした?」

『あ、兄さん今どこにいるの?』

「今は、二乃が泊まってるホテルの部屋にいるよ。二乃と三玖もいるよ」

『本当に!?じゃあさ、二乃と三玖のどっちかで四葉に変装するためのウィッグを持ってないか聞いてくれない?』

「ウィッグ?」

 

確かことり達は四葉の説得に行っているはず。それなのになぜ四葉の変装を?

 

「何に使うのさ」

『風太郎君の提案なんだけど。四葉自身で合宿を断れないなら、姉妹の誰かが変装して断ればいいんじゃないかって。一応ここには一花と五月がいるけど、二人とも髪型が全然違うから…』

 

だから変装のしようがないと。しかし思い切ったことを思いつくな上杉のやつは。

 

「ちょい待って……二人って四葉の変装道具とか持ってる?ウィッグとか」

「私は先生の家から直接来たから何も持ってないよ」

「てか、そんなの何に使うのよ」

 

そういえば、そもそも今どういった状況なのかが二乃には分かってないよね。

 

「悪いことり、二乃への状況説明もいるからかけ直すわ。とりあえず駅とかに向かえばいい感じ?」

『そだね。そうしてもらえると助かるかも』

「分かった」

 

そこで電話を切った。

 

「二乃に説明してなかったから改めて向こうの状況を説明するよ。まず一つとして、この土日を使って四葉は陸上部の合宿に参加することになった」

「はぁーーー!?」

 

僕の言葉に二乃は驚きの表明で声をあげた。

 

「何やってんのよあの子は…」

 

そして頭を抱えるように二乃は言葉を漏らす。

 

「それで、一花が本当は陸上部の助っ人を辞めたいって気持ちを四葉から聞き出すことが出来たから、今ここにいないメンバーで四葉のところに向かってるんだよ」

「なるほどね」

「で、今ことりから連絡があって、姉妹の誰かが四葉に変装して、四葉の代わりに合宿に参加しませんって陸上部に伝えるのを上杉が提案したんだって」

「うん。フータローらしいね」

「それでウィッグって訳ね」

 

僕の説明に二乃と三玖は納得したような顔で頷いている。

 

「なら、ウィッグはいらないわね」

 

二乃が髪をかき上げながら伝えてきた。

 

「そっか。今の二乃の髪型だったらウィッグいらないか」

「ふふっ、そういうこと。リボンくらいだったら持ってるし、ジャージもあるから今から着替えてくるわ。ちょっと待ってなさい」

 

そう言うや否や着替えのために洗面台の方に二乃は行ってしまった。

暫く三玖と待っていると、ショートボブの頭にうさみみリボンを付け、ジャージ姿の女の子が出てきた。

 

「どうです?」

「すご…どこからどう見ても四葉じゃん」

「ま、このくらいどうってことないわね。それじゃ四葉のところに向かいましょ」

 

二乃の準備も終わったので、ことりに言われた通りに三人で駅に向かった。

ホテルから駅も近いのですぐに着きそうなこともあり、向かう道中でことりに連絡した。

 

「こっちは準備できて、もう駅に着こうとしてるけど一度合流する?」

『変装道具あったんだ!ちょっと待ってね……風太郎君、三玖たちの準備ができてそこまで来てるみたいだけど──

 

ことりが上杉に確認のため声が聞こえなくなったところで、僕たちも駅が見えてきた。広場のようなところには陸上部のメンバーに四葉の姿も確認できる。

 

「どうするの?私があそこに行こうにも、まずは四葉をどうにかしないとじゃない?」

「そうだね。フータローのことだから、多分考えてるんだと思うけど…」

 

陸上部が集まっている場所から少し離れたところから、隠れながら僕達三人は様子を伺っていた。

 

『もしもし兄さん?風太郎君に確認したら、今から四葉を陸上部から引き離すから、変装した三玖を向かわせてほしいって』

「引き離す?それはいいけど、変装したのは三玖じゃなくて──」

痴漢だー、痴漢が出たぞー!!

「「「!?」」」

 

変装したのは三玖じゃなくて二乃であることを伝えようとした時、辺り一帯に男の人の声が響いた。

 

「何!?何!?」

「痴漢って……あれ、フータローだ」

 

二乃と三玖も現状に混乱したいるようである。そんなところに、三玖が上杉の姿を見つけたのか指を差している。

あの後ろ姿は確かに上杉であり、階段を走って登っている。しかし、この後さらに思いもよらない事が起きたのだ。

 

「そこの人止まりなさーい」

 

四葉が先ほどの声に反応して上杉の後を追っているのだ。

 

「……ことり。まさか引き離すってこういうこと?」

『みたい。私も驚いてるところだよ。ともかく、引き離しには成功したから、後はお願いね』

「はいはい」

 

そこで電話を切り、二乃と三玖に向き合った。

 

「今のは上杉が四葉を陸上部メンバーから引き離す作戦みたい。それにまんまと四葉も引っかかったから、今がチャンスだね。二乃」

「まったく…あいつはとんでもないことしでかすわね…まあいいわ、行ってくる」

「頑張って、二乃」

 

三玖の言葉に後ろ手に手を振りながら二乃は行ってしまった。

 

「さて。僕達もここにいてもどうしようもないし、ことり達と合流しようか」

「うん」

 

二乃を見送った後、僕と三玖は上杉が逃げて行った階段を上り、ことり達がいるであろう場所に向かう。

途中、二乃の方に目を向けると、二乃の目の前で腰を落として恐怖で見上げる部員の姿があった。

二乃のやつ何言ったんだ?

あの部員には申し訳ないが、ここは四葉の意思を尊重しよう。本当は四葉自身で伝えるのがベストなんだが…

階段を上りきるとそこには全員がおり、陸上部の様子を見ていた。

 

「おーい、ことり」

「兄さん!」

 

僕の声にことりがこちらを向き、他のメンバーもこちらに目を向けた。

 

「三玖は間に合ったのですね」

「助かりました先生。先生が三玖を連れてきてくれたおかげで…」

「私は何もしていない」

 

五月と上杉は、四葉に変装をしたのは三玖と思っているのか。三玖が来てくれて助かったと呟いた。

どうやら僕の陰に隠れて見えなかったようである。そんな三玖が僕の後ろからひょこっと顔を出しながら、自分は何もしていないと答えた。

 

「「「三玖!?」」」

「??」

 

なんの変装もしていない三玖の登場に、一花と四葉と五月は驚きの声をあげ、上杉は状況に理解が出来ないといった顔をしている。

 

「いやー、実はこっちにもウィッグがなくてさぁ。ヤバかったよ」

「え?え?じゃ、じゃあ、あれは誰だったの?」

 

今はいない陸上部のところに行っていた四葉は誰だったのかとことりが聞いてきた。

そんな時、後ろからコツコツと階段を登ってくる足音が聞こえてきた。

 

「誰かって。そりゃあ、あんな芸当が出来るのは五つ子の誰かなんだから、ここにいない姉妹でしょ」

「じ、じゃあ……」

「一…五…四…三…」

 

僕が四葉への変装は五つ子の誰かしか出来ないと伝えると、ことりは確信をして上杉は数を数えだした。

 

「いやー、二乃が泊まってる部屋に行ったらいきなり切りだすんだもん。焦っちゃったよ」

 

説明を始めた僕の横を、先ほどまで陸上部のところに行っていた二乃がうさみみリボンを外しながら僕の横を通り過ぎていく。

現れた二乃の姿に僕と三玖以外のメンバーが驚きの表情で見ている。

 

「まあ、詳しくは知らないけど。きっと何か気持ちの変化があったんだよ」

 

皆に注目されるなか、二乃はいつものリボンを頭の両脇に付けている。

 

「ね、二乃」

 

僕の言葉に答えるかのように髪をなびかせながら堂々と立っている。

 

「ちょっとぉ。そんなにサッパリいくなんてどうしたのさ~。もしかして失恋ですかー?」

「……ま、そんなとこ」

「キャー、誰と~~?三玖知ってる~~?」

「知らない」

「内緒よ」

 

あれだけ長かった髪を四葉と同じくらいバッサリいったのだ。何かがあったのでは、と一花がはしゃいでいるが、切った本人である三玖は平常心である。

そこで二乃は上杉と目が合ったようで、上杉はというと何か言いたげな様子である。

 

「何?」

「いや……」

 

二乃の声かけにも、何と答えたらいいのか分からないといった上杉の態度に二乃はビシッと人差し指で上杉を指差した。

 

「言っとくけどあんたじゃないから!」

「お、おう」

「わかったわね」

 

そう言うと、二乃は上杉に背を向けた。

 

『女の子が髪を切るなんてよっぽどのことなんだよお兄ちゃん。まあ、中には運動するために切る人もいるけど、やっぱり女の子にとって髪は大切なものだから…そうだなぁ…例えば、よく言われてるのが失恋だね。それから、思い出との決別みたいなのもあるかな。心機一転みたいな』

 

以前、ことりに何となく女の人が髪切ることについて聞いてみたことがあった。

今回の二乃の行動は、上杉が扮したキンタローへの想いを絶つこと。それと、これはあくまでも予想ではあるのだが、変わってしまった姉妹達と同じく、自分も変わっていこうという心機一転なのではないだろうか。

二乃の長髪は、昔は姉妹全員同じだったという。そんな中、二乃以外の姉妹達はそれぞれが髪型を変えていった。自分だけを残して。今回の家出騒動もその辺りが絡んでいるのではないだろうか。

まあ、あくまでも予想の範囲を越えることがないものなので、本人に聞いてみないと分からないが。

とにかく、今の二乃は晴れ晴れとした顔をしてるんだ。それでいいじゃないか。

そんな二乃が、上杉に背を向けた後は四葉に向かい合った。

 

「四葉。私は言われた通りやったけどこれでいいの?こんな手段取らなくても本音で話し合えば彼女たちもわかってくれるわ。あんたも変わりなさい。辛いけど、いいこともきっとあるわ」

 

優しい笑みを浮かべて、諭すように二乃は四葉に伝えた。そんな二乃の言葉を、四葉は真剣な顔で受けとめている。

 

「…うん。行ってくる」

 

そして、意を決した顔で四葉は答えた。良い顔だ。

 

「付いてこうか?」

「ありがとう…でも……一人で大丈夫だよ」

 

一花の一緒に行った方がいいかの言葉に、大丈夫と笑顔で答え、四葉は陸上部のメンバーがいるところに向かった。

恐らく四葉の件はこれで大丈夫だろう。後は──

 

「「……」」

 

お互いに近づいたものの、中々話さないでいる二乃と五月。お互いにお互いを許しているが、どう話を切り出そうか迷っているようだ。

そんな時、チラッと二人がこちらを見たので笑って応えた。

 

「二乃…先日は…」

「待って。謝らないで。あんたは間違ってない。悪いのは私、ごめん」

 

五月が先に口を開いたが、二乃はその言葉を途中で遮り自ら謝罪をした。

 

「あんたが間違ってるとすれば…力加減だけだわ。凄く痛かった」

「二乃ぉ」

 

もう五月は目に涙が溜まっていて崩壊寸前である。今まで溜まっていた気持ちが爆発したのだろう。

 

「そ、そうです。お詫びを兼ねてこれを渡そうと思ってたんです」

 

そこで思い出したように五月はポケットからある物を取り出した。

 

「この前二乃が見たがってた映画の前売り券です。今度一緒に行きましょう」

 

五月のそんな行動に二乃は驚き、そして笑顔を見せた。

 

「全く…なんなのよ。思い通りにいかないんだから」

 

そんな二乃は後ろ手に何か隠しているようである。もしかしたら、五月と同じように何かを用意していたのかもしれない。

やはり五つ子達の絆はどんなことがあっても強く結びついている。二人の光景を見ているとそう思うのだった。

 

 




今回の投稿も読んでいただきありがとうございます。

今回は、二乃の髪を切るシーンと騒動終結までを書かせていただきました。
オリジナルとして和彦が二乃の髪を切るところに立ち会わせてみました。四葉がいる方に焦点を集めていた原作と違い、二乃側を中心として書いております。
これでいよいよ家出と四葉の部活騒動も終わりを迎えることができました。

では、次回の投稿も読んでいただければ幸いです。
どうぞよろしくお願いいたします。



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47.兄

二乃と五月の喧嘩。そして、四葉の陸上部問題と、二つの事件が無事に終わった。

あの後、五つ子とことりと上杉は今後の話をするために中野家に向かっていった。僕も呼ばれたのだが、ここからは家庭教師と生徒の時間だろうと思い、誘いには丁重に断りを入れた。なので今は一人で家にいるところである。

 

「はぁーー……怒涛のような一週間だったなぁ…」

 

ソファーに身を預けながら天井を見上げているとそんな言葉が口から出てしまった。とは言え仕方のない事だろう。

五月の家出の先としてこの家に来たことから始まった。すると、その日のうちに三玖までもうちに来たのだ。それから、五月の甘える場所を作ってあげて、二乃の話し相手も引き受けて毎晩電話で話もした。そして今日、二乃の断髪からの四葉の陸上部問題解決と…

端から見たら中々の濃い日常だったのではないだろうか。

普段は平気な顔で過ごしてたけど、やはり心のどこかで疲れが溜まっていたのかもしれない。あんな言葉が出てくるのもおかしくないだろう。

 

「そういえば、こうやって一人でうちにいるのも久しぶりだなぁ」

 

この一週間は、誰かしらがいたから一人でという時間を作れていないように感じる。

まあ、別に一人の時間が好きだという訳ではないんだが…

そんな風に浸っているとことりから連絡があった。

 

『無事に五人揃って勉強始めることが出来たよ。みんないい顔で勉強に取り組んでて、そんな光景を見て風太郎君も感無量って感じだったよ。もちろん私もね』

 

メッセージの文章からはことりの嬉しさが垣間見えてくる。

上杉とことりにとってはようやくって感じだからな。

──初めは四葉だけの勉強会だったらしい。そこに少しだけ自分に自身を持てるようになった三玖が参加するようになり、そして花火大会の後あたりから一花が参加するようになった。林間学校で上杉のことを認めた五月がその後参加するようになって、今回の件で二乃が参加ということになったのだ。

僕は見ることが出来ていないが、途中から参加したことりよりも上杉にとっては、その五人が嫌な顔をせず揃って勉強をしている姿は格別なものだろう。

 

「ま、今回の期末試験では五人揃っての赤点回避は難しいだろうけど、きっと次に繋がることが出来るでしょ」

 

スマホをポケットに仕舞い、うーんっと伸びをしながらソファーから立ち上がった。

 

「さてと…まだ昼過ぎだけど夕飯の買い物にでも行きますか」

 

部屋で上着を着て、そのまま買い物に向かうのだった。

 


 

「「お世話になりました」」

 

夕飯の買い物から帰ると、ことりと三玖と五月が荷物を取りに戻ってきた。

三玖と五月は自身の荷物を持って帰るのだが、ことりについては今日から中野家で行われる勉強合宿のために荷物を取りに帰ってきたそうだ。

そんな三人を送るため、僕は車を出し、中野家のマンションの前まで来たところである。

三玖と五月は、車から降りると僕に向かって挨拶をしてきた。

 

「あの、これ…この一週間お世話になりましたので。三玖と二人で出し合いました。受け取ってください」

 

僕も車から降りたとこりで、五月から封筒を渡された。恐らく食費などが入ってるのだろう。

 

「そんなのいいよ。気持ちだけ受け取っておくから」

「しかし…」

「受け取って。これはけじめでもあるから」

 

受け取りを拒否したところ、三玖と五月からじっと目で受け取るように訴えかけてきた。

これは二人が折れそうにないか…

 

「はぁぁ…分かったよ。じゃあ、受け取っておくよ」

 

結局、僕が根負けすることになり封筒を受け取った。

 

「まぁ、今回みたいな長期のお泊まりって訳にはいかないけど、また泊まりにきな。ことりと二人、いつでも歓迎するからさ」

「うん…!」「はい!」

 

僕の言葉に笑みを溢しながら三玖と五月は答えた。

 

「それじゃあ兄さん、行ってくるね」

「ああ。しっかり勉強するんだよ」

 

ことりに答えた僕は、三人がエントランスに入っていくのを見守った後、帰路に着いた。

 

・・・・・

 

ことりもいないので久しぶりの一人での夕飯である。中野姉妹が転校してきてから結構増えたように感じる。

 

「うーん…本当は鍋にしようと思ったんだけど…ま、いいか。一人暮らしの時に使ってた一人用の鍋が確かここに……」

 

キッチンの棚の中を漁っていると小さな鍋を見つけたので、それをコンロの上に置く。

具材とかは食べる分だけ切って残りは明日以降に使えばいいだろ。

 

「そうだ。折角一人なんだから久しぶりにキムチ鍋ってのもいいかもな」

 

嫌いという訳ではないが、ことりはキムチ鍋を好んで食べないので、食卓にはあまり並ばない食事でもある。

一人暮らしの時は結構お世話になっていた食事でもあるので懐かしさも感じる。

 

「確か、手軽に作れる鍋の素もあったような…」

 

その場の勢いで買っていた一人前ごとに小分けされた鍋の素を見つけたので後は食材を切り分けるだけだ。

食材を切り分けたところで、鍋の素と水を鍋に入れ火に入れる。後は切った食材達を鍋に入れて煮込み、火が通ったら出来上がりだ。

うん。これぞ一人暮らしって感じの料理だ。さてと…今日は夕飯時から飲みますか。

テーブルに鍋を置いた僕は、小さな瓶に入ったお酒とお猪口を用意して席に着いた。

 

「ではでは、いただきます」

 

白菜や長ネギといった野菜と豚肉を取り皿に取り、野菜から口にする。

 

「はふ…はふ…うーーん、久しぶりに食べると旨いなぁ」

 

鍋を食べているところに、お猪口のお酒をくいっと飲んだ。

 

「くぅ~~、たまにはやっぱりこういうのもいいねぇ!」

 

そんな感じで一人鍋を楽しんでいるとスマホに着信が入った。

気さくな相手だったので、スピーカーにして電話に出ることにした。

 

「どうした?もう家出も終わって家に帰ったんだろ?」

『あんたが独り寂しくしてるんじゃないかと思って連絡してあげたのよ』

「それはそれは、心優しいですなぁ」

『全然心込もってないわよ』

 

そこで僕と二乃はお互いクスクスと笑ってしまった。

 

『で?何してたのよ』

「ああ。夕飯食べてたところだよ。だからスピーカーにしてるけど勘弁してね」

『ふ~ん。そういえば、あんた料理作れるんだったわね』

「まあね。実家でも両親が共働きだったし、一人暮らしもしてたしで、それなりには作れるかな。ま、一人暮らしが長かったから簡単なもので済まそうってたまに思うけどね。今日も一人だから簡単に済ませてるし」

 

次の食材を鍋から取り皿に移しながら話す。

今度は豆腐にいってみよう。

 

『ちなみに今日は何食べてんの?』

「んー?鍋だけど。キムチ鍋」

『え!?一人で鍋食べてんの?』

 

まあ鍋と言えば、普通複数人で囲んで食べるようなものだからな。二乃が驚くのも無理ないか。

 

「別に驚くこともないだろ。一人鍋用のお店だって今じゃあるんだし。一人焼き肉出来るお店もあったねそういえば」

『そりゃあ、そうかもだけど……虚しくならない?』

「大丈夫だよ。一人鍋も中々乙だよ。今度試してみたら?……て、そもそも二乃場合、一人でご飯を食べることがないか」

『ふふっ、そうね。あの子たちがいれば一人はありえないわね』

 

姉妹と一緒にいることを嬉しそうに話す二乃。本当に良かった、また仲良く出来ているようで。

 

『そこまで言うならどこか連れていきなさいよ。鍋専門店に』

「は?二乃を?」

『他に誰がいるのよ。一人じゃ私もまだ勇気ないけど、二人だったら行けそうだし』

「はぁ、まあいいけど…」

『ふふん、言質取ったんだから覚悟しときなさい。もちろん先生の奢りなんだからね』

 

楽しそうに話す二乃の声を聞いていると、それくらい良いかと思えてきてしまう。

そこでお猪口のお酒をくいっと飲みながら感慨に浸ってしまった。

 

『………ありがとね』

 

すると急に二乃から感謝の言葉が伝えられた。

 

「どした?急に」

『ほ、ほら!一応家出中、私のこと気にかけてくれてた訳だし。そのお礼よ』

「へぇーー」

『な、何よ!』

「いや。ちゃんとお礼が言えるって、出来そうで出来ないものだからね。うん。二乃はいい女性にきっと成長するね」

『恥ずかしいこと言ってんじゃないわよ、まったく……それより、あの言葉はまだ有効よね?』

「あの言葉?」

 

はて?何か言ったっけ?

 

『言ったじゃない!頼る大人がいなければ頼ればいいって』

「あー、その事ね。僕の中では当たり前になってたから、すっかり忘れてたよ。もちろんまだまだ先まで有効だよ」

『そ。ならこれからも頼りにさせてもらうわね、()()()

「ああ。期待に応えられるように頑張るよ………ん?」

 

今、二乃は僕をなんて呼んだ?和にぃって聞こえたような気がしたが空耳か?

 

「ねえ、二乃?今、和にぃって……」

『ええ、呼んだわね。何て言うか、頼る人って親しみを込めてね。大丈夫よ、人前では今まで通り先生って呼ぶから……と、そろそろお風呂の順番ね。じゃあね、おやすみ和にぃ』

 

そこで一方的に切られてしまった。

 

「……また一人妹が増えてしまった…」

 

まあ、頼りになる意味を込めてであれば喜ぶべきことなのだろうか。気にしないようにしておこう。

残りの鍋の中の具材を取り皿に取り、また食事を再開した。すると、また着信が入る。そこで、またスピーカーで電話に出ることにした。

 

「はいはい、どうしたの?」

『こんばんはお兄ちゃん。やっと繋がったけど、誰かと電話してたの?』

「あーー…まあ、ちょっとね。五月は今勉強中じゃないんだね」

『うん。さっきまで勉強して夕飯食べてで、今は順番にお風呂に入ってるよ。だから自由時間。まあ、上杉君はリビングで一人勉強してるんだけどね』

 

なるほど。それで二乃はさっき電話してきたのか。最後にお風呂の順番だとか言ってたな。

 

「それで?どうしたの、わざわざ電話なんかしてきて」

『えー、いいじゃない。声が聞きたかったの』

 

ことりとおんなじ事言ってるな。本当にことりが二人になった気分だ。

 

「さっき、そっちのマンションの前で話したでしょ」

『…迷惑だった…?』

 

五月の声は、ちょっと涙声ように聞こえてきた。

 

「別に迷惑って訳じゃないよ。折角久しぶりに五人揃ったんだから、姉妹で話すこともあるでしょ」

『そこは大丈夫だよ。夕飯の時にたくさん話したから。だから、お礼も兼ねてのお話なの。こうやって、またみんなでいられるのもお兄ちゃんのおかげ。ありがとう』

「何言ってんの。僕は何もしてないよ。家出の場所を提供して、姉妹の話を聞いただけ」

 

最後の具材を食べなから答えた。

言った通りで、今回僕は何もしていない。頑張ったのは、毎日のように二乃や四葉に声をかけに行っていた上杉だったり、説得をした姉妹の皆だ。僕は話を聞いてあげただけ。

 

『それでもだよ。それでもお兄ちゃんは私たちを突き放したりしなかった。一緒にいて話を聞いてくれた。それだけで私はとても心が安らかになったんだから。だから、ありがとう』

「そうか…」

 

そこで、コンコンとノックの音が聞こえた。どうやら五月の部屋に来客が来たようである。

 

『………はーい、すぐ行きまーす!ごめんね、本当はもう少し話したかったけど、そろそろお風呂の順番みたいだから…』

「また別の日に話せばいいさ。ゆっくり入っておいで」

『うん。じゃあ、おやすみお兄ちゃん』

「ああ。おやすみ」

 

五月からの電話も終えたところで、夕飯の後片付けを始めた。

そっか、僕のしたことは多少なりとも彼女達の心に響いていたのか。

その事が分かっただけでも、年甲斐もなく嬉しくなってしまった。

鍋や食器を洗い終わり、少しゆっくりするためにソファーに座りテレビをつけた。観たい番組があるわけでもないので流し観ている状況である。

 

ヴー…ヴー…

 

今日は電話がよく鳴ることで。

 

「はい」

『こんばんは…』

「こんばんは三玖。珍しいね、三玖から電話なんて」

 

今度の電話の相手は三玖とであった。今度は、スピーカーにせず耳に当てて電話に応対している。

 

『そういえば、そうかも…』

「それで?何かあった?」

『ううん。一週間先生がいる生活が続いたから、なんとなく話したいなって思っただけだよ』

「そっか…どう?一週間ぶりの我が家は。落ち着くんじゃない?」

『そうだね。落ち着くっていうのもあるけど、やっぱり五人揃ってるのが嬉しかったかな』

 

よほど嬉しいのだろう。三玖の声から嬉しさが滲み出ていた。

 

「そいつは良かった。君達はやっぱり五人揃ってないと、なんとなく活気がないって言うか、落ち着かないって言うか。うまく言えないけど、五人揃ってる方が生き生きとしてるよ」

『うん。先生の言いたいこと、なんとなく分かるよ。今回の件で改めて実感できた』

「なら、今回のことは起きて良かったのかもしれないな。ま、また起きて巻き込まれるのは勘弁だけど」

『ふふっ…そう言って、また何かあったら助けてくれるんでしょ。あの時みたいに

「最後の方はよく聞こえなかったけど、そんな事が起きたらその時の僕がまた考えるさ。ほら、そろそろ勉強に戻んな」

『はーい。先生…おやすみ…』

「ああ。おやすみ」

 

やれやれ。次から次によくもまあ電話をしてくることで。さて、風呂にでも入りますか。

お風呂に入りしばらくゆっくりしていると、またスマホに着信が入った。

 

「はい」

『こんばんはー、先生!』

「こんばんは。四葉は夜でも元気だねぇ」

 

夜とは思えないテンションで四葉が挨拶をしてきたので、あきれ気味に答えた。

 

『あははは…これが取り柄みたいなものなので…』

「もしかして、まだ勉強会中?」

『はい!今は休憩に入ったのですがみんな頑張ってますよ』

「そっか。それで?どうしたのさ、こんな時間に」

『いえ。今回の件では先生にも多大なご迷惑をおかけしたのでお詫びをと』

「なんだ、そんなこと。別に気にしなくてもいいのに。てか、僕に何かあったっけ?」

 

特に四葉から迷惑をかけられた事は思いつかないのだが。

 

『それは…上杉さんの問題集の採点や解説を作ってくれたり。後、今日も私と陸上部の件で駅まで来ていただいたりしましたので』

「うーん…上杉の問題の件は僕の勉強になったし、今日は成り行きで現場に行くことになったで、別に迷惑とは思ってないよ」

『先生…』

「ま、これからは一人で抱え込まないで、何かあれば相談するんだね。四葉の近くには相談相手として最適な四人がいるんだから」

『はい!……あの…先生にも…』

「ん?」

『何かあったら、先生にも相談していいですか?』

 

まさか僕の選択肢が出てくるとはね。まあ、答えは決まってるんだけど。

 

「ああ。姉妹に相談しにくいことがあればいつでも来るといい」

『…っ!はい!ししし、さすが私たちのお兄ちゃんですね!』

「いつお兄ちゃんになったんだ」

『あははは、それだけ頼りにしてるってことですよ!では、おやすみなさい』

「ああ。おやすみ」

 

終始元気な四葉であった。やはり四葉はこれくらい元気がないとだね。

うーーん、さてそろそろ寝ますか。

 

ヴー…ヴー…

 

「………」

 

二乃、五月、三玖、四葉と来たからもしかしてとは思ってたけど。

スマホのディスプレイを確認すると予想していた人物の名前が表記されていた。

 

『ヤッホー、先生』

「こんばんは一花。もしかしたらと思ってたけど本当に電話してくるなんてね」

『あれ?電話するなんて言ってたっけ?もしかして、私の電話を待ち望んでいたのかなぁ?』

 

こちらも四葉に負けず劣らずテンションが高い。

 

「何でだよ。一花の電話の前に他の姉妹四人から電話があったんだよ」

『ありゃりゃ。みんな考えることは同じってことか』

「そうみたいだね……今回の件は一花にとっても応えたんじゃない?」

『まぁねぇ。ここまでの事に発展することは今までになかったからね。そう考えると先生が三玖と五月ちゃんを預かってくれたのは助かったかなぁ』

「ま、それくらいはね」

『ふふっ、それに聞いたよ。二乃のことも気にかけてくれてたんだよね?』

「よくご存知で。まあ、気にかけるっていうか、ただ話し相手になってあげただけなんだけどね」

 

電話をしながら戸締まりなどの確認をして部屋に移動をした。そして、部屋のベッドに腰掛け上半身だけベッドに寝転んだ。

 

『ううん。それだけでも助かってるよ。本来であれば、姉である私がしなきゃいけないことだったんだから。でも、私も仕事とかで忙しかったし…』

「ま、適材適所ってことだね。二乃が僕と話したのは、姉妹ではない第三者だったからで、後はことりの兄だったことも大きかったかな」

『そっかそっか。はぁー、これで試験さえなければ万々歳なんだけどなぁ~』

「こらこら。教師に向かって言う言葉じゃないでしょ」

『ふふっ、そうだった。先生は先生でした』

「言葉がおかしくなってるよ」

『だって、こんだけ色々と接してるんだもん。先生って感じしないよぉ。私たちにとって頼れるお兄さんだね』

 

一花、君もですか…

 

「はぁぁ…」

『どしたの?』

「いや。気にしないでくれ。それよりも、そろそろ上杉が勉強始めるって言ってるんじゃないの?」

『あははは…実はさっきからフータロー君の声が聞こえてたりして…じゃあ、勉強に戻るよ。これからも私たち姉妹のことよろしくね。おやすみ』

「おやすみ」

 

そこで電話が切れたのでスマホを持っていた腕を下ろした。

 

「これからも姉妹のことをよろしく、か…」

 

本来であればここまで介入するべきではなかった。けど──

不意に、まだ髪が長かった頃の二乃に頼んでリボンをほどいてもらった時の事を思い出していた。

あれで、あの時の女の子が五つ子の誰かだって感づいたけど、もしかしたら会った瞬間に心のどこかで思ったのかもしれない。また会えたって。

 

ヴー…ヴー…

 

そんな時、本日の夕飯から六度目の着信が入った。

 

「はいよ」

『あ、お兄ちゃんもしかして寝てた?』

「いや、ベッドに寝転がってたけどボーッとしてただけだよ」

『ふーん』

「そっちこそ勉強会中だろ。いいの?電話なんかしてて」

『うん。風太郎君にも許可もらったしね。やっぱり一日の最後にはお兄ちゃんの声聞いとかないと。て言うか、ずっと電話が繋がらなかったんだけど、そんなに長電話してたの?』

「あーー…五つ子から順番に電話が鳴ってたんだよ。それで、ずっと相手してた」

『え!?五人とってこと?』

「そういうことになるね」

 

僕の言葉にことりもさすがに驚きを隠せなかったようだ。

 

「皆、今回の家出騒動と四葉の部活問題の件で助けてくれてありがとうだってさ。何もしてないんだけどね」

『きっと話を聞いてくれただけでも嬉しかったんだよ。ずっと五人で頑張ってきて、愚痴とかそういうことを聞いてくれる大人がいなかったんじゃないかな。私、今日もみんなの親御さんに会えてないし』

「そうかもな」

『うん…だから、みんなが求める限りは色々と聞いてあげて。きっと、私や風太郎君では出来ないこともあると思うから』

「分かってるよ」

『うん。お兄ちゃんならそう言ってくれると思ってた。じゃあ、そろそろ戻るね』

「ああ。あんまり無理しないようにね」

『はーい。おやすみお兄ちゃん!』

「おやすみ」

 

ことりにあそこまで言われるとはな。

何度も家庭教師として中野家に行ってるからか、中野家の複雑な家庭環境に察してきてるのかもしれない。

ま、僕も詳しくを知っている訳ではないんだけどね。さて、そろそろ寝ますか。

心の中で皆の勉強している姿を思い浮かべて応援しながら眠りに就くのだった。

 

 




今回も読んでいただきありがとうございます。

今回は、五つ子全員から和彦への電話によるお話を書かせていただきました。なので、いつもより少し多めで書かせていただいております。
そしてなんと言っても二乃の和彦に対する呼び方ですね。自分で書いてて違和感バリバリだったのですが、他の『兄さん』や『お兄ちゃん』などよりもちょっと特別感を出したかったので、『和にぃ』とさせていただきました。

では、また次回の投稿も読んでいただければ幸いです。
どうぞよろしくお願いいたします。



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48.退任

次の日。

ゆっくりめの朝食を食べ終わった僕はある場所に向かっていた。

 

「さすがに日曜日なだけはあって混んでるなぁ」

 

向かった先というのは映画館。一花から自分が出ている映画があるからと勧められていたんだが、今日まで試験作成やらで忙しかったので、結局今日まで来れず仕舞いだったのだ。

 

「本当はことりと来ても良かったんだが、あっちはあっちで絶賛試験勉強中だからな」

 

という訳で今日は一人で映画鑑賞だ。

チケット購買機で一番後ろに並ぼうとしたころ、意外な人物に声をかけられた。

 

「あら?吉浦先生じゃないですか?」

 

声に振り返ると、そこには立川先生が立っており手を振りながら近づいてきた。

 

「やっぱり。奇遇ですね、こんなところでお会いするなんて」

「ですね。立川先生も映画に?」

「ええ。本当は友人と来てたんですが、急用が出来ちゃったみたいで。折角ここまで来たので一人で観ようかと思ってたんです」

 

立川先生の服装はベージュ色のケーブルニットセーターに黒のパンツといったカジュアル系の服装なので、友人と来たというのも頷ける。

 

「それは災難でしたね。そうだ、良かったら一緒に観ます?僕もちょうど一人でしたので」

「いいんですか!?あれ、でもことりさんと一緒かと…」

「ことりは試験勉強中です。さすがの僕も明日を試験に控えてる妹を誘ったりしませんよ」

「で、ですよね。ではお言葉に甘えてご一緒させていただきますね」

 

急遽立川先生と観ることになったので二人で購買機に並んだ。

 

「あ、でも僕が観ようと思ってた映画ですけど、立川先生には厳しいかもですね」

「え、どんな映画なんですか?」

「"しこく"って映画で、なんでもゾンビが出てくるとか。止めます?」

「い、いえ!大丈夫です。吉浦先生が観たがってる映画には興味ありますし」

「まあ、作品自体には興味ないんですけど、一花が出演してるそうなので観ておこうかと思ってたんですよ」

 

自分達の順番になったので購買機を操作しながら立川先生に答えた。

 

「え、一花さんが出演してるんですか?なら、尚更興味持てますね」

「立川先生が大丈夫ならこれでいきますね。ちょうどすぐ始まるようなので良かったです」

 

学校には一花が女優業をしていることを一部の者にしか話していないそうだ。立川先生は、先日の林間学校で仲を深めたこともあり、女優業のことを教えてもらったそうである。

座席が隣同士になるように二枚の券を発行し、そして一枚を立川先生に渡した。

お互いに飲み物を買って、入場時間になったので劇場に向かった。

公開が始まって結構日にちが経っているからか、日曜日の割には結構疎らに席が埋まっていた。そんな中、真ん中よりの席を確保できたのは運が良かったのかもしれない。

 

「本当にヤバそうだったら言ってくださいね。途中で出てもいいですので」

「だ、大丈夫ですよ。よく友人ともこういうのを観に行ったりしますので………そ…その…もし良かったら、て…手を…握っててもいいですか?……な、なーんて…」

 

あはは、と笑いながら言っているが震えているように見える。なので、手を差し出しながら答えた。

 

「僕なんかで良ければどうぞ」

「…っ!あ…ありがとう…ございます…」

 

お互いに手を握った状態で肘掛けにその手を置き映画を観ることになった。

 

・・・・・

 

「しかし、一花はすぐ死んじゃいましたね。それでも台詞もまあまあありましたし、やっぱり女優なんだなって実感しました」

 

映画を観終わった僕達は、以前もお邪魔したケーキ専門店のREVIVALに来ていた。

 

「そうですね。まあ、私は目を瞑ってしまってほとんど観れてないんですけどね…」

 

今回観た作品はところ狭しにゾンビが出てきたので、立川先生がまともに観れたのは最初と最後だけかもしれない。握られた手が何度もギュッと力が込められていたので恐怖心が分かるというものだ。

 

「すみませんでした。何度も強く手を握ってしまって…」

「ふふふ、全然大丈夫ですよ。それで恐怖心が少しでも和らげたのなら何よりです」

「は、はい!それはもう。途中でキュッと軽く握り返してくれたのがなんとも言えなかったなぁ

 

うっとりとした顔でいる立川先生。ラストのシーンを思い出して浸っているのだろうか。まあ、多少なりとも楽しんでくれたのなら何よりである。

 

「それに、ことりと行った時もあんな感じで手を握ってきますので慣れたものですよ。たまに腕にしがみついてくる時もありますからね」

「へぇ~、可愛いところもありますね」

 

まあ、実際に怖がってくっついてきてるのか、怖がってるフリでくっついてきてるのか分かんないんだけどね。

 

「お待たせしました。ケーキセットのケーキです」

 

ちょうどそこへ店長さんがケーキを運んできた。

 

「今日は二人でお出掛けかな?」

「たまたま外で会いまして。教え子の出演している映画を観てきたんですよ」

「なんと!そういえば二人は先生だったね。どうだい?自分の生徒が映画に出演しているというのは」

「そうですね。自分が教えている生徒があの大画面の中にいるというのは凄いと感じました。画面に映っている彼女は、学校で見ている時と雰囲気が全然違いましたし」

 

立川先生は店長さんの質問に対して関心の言葉を返した。かくいう僕も同じような感想を抱いている。今後、どのように成長していくのか楽しみでもある。ただ──

 

「ただ、教師としてはもう少し勉強を頑張ってほしいと思ってしまいますけどね」

「あははは…」

 

僕の言葉に同意しているのか、立川先生は乾いた笑いしか出てこなかった。

 

「しかし、女優業をこなしながらであれば多少目を瞑ってやってもいいんじゃないかい?」

「ええ、多少は。なので、赤点だけは回避してもらえれば何も言いませんよ」

 

とは言え、彼女は数学で言えば赤点回避しているから僕からは何も言えないんだよな。

 

「まあ、今も必死に勉強しているでしょうから、次の…明日の試験に期待しましょう」

「そうですね」

 

期待しようという僕の言葉に、立川先生はニッコリと笑みを浮かべながら同意した。

 

「そうだ。今日もいくつかケーキを持ち帰ろうと思ってるので、ここで注文してもいいですか?」

「構わないよ。どれくらいだね?」

「全部で七個なんですけど、イチゴのロールケーキと抹茶ロール、後イチゴショートを。それ以外はまた店長さんのお薦めで四種類お願いしていいですか?」

「毎度あり。準備しておこう。会計の時に声をかけてくれ」

 

注文のメモを取った店長さんは席から離れていった。

 

「もしかして、今日も中野さんのお宅に?」

「ええ。まあ、勉強頑張ってる妹とその友人に差し入れと思えば、このくらいどうってことないですよ」

「そうなのですね……あの!一つお願いと言いますか…提案なのですが…」

 

ケーキを一口大に切り分けて口に含んだところで、勢いよく立川先生から声をかけられた。

 

「なんでしょう?」

「えっと…以前、夕飯をご一緒しようと話したじゃないですか。それで、今月の25日はどうかと思いまして」

「25日ですか…」

 

スマホでカレンダーを見てみたがクリスマスか。まあ、特にこれといった予定もないしいいだろう。確か、ことりが予定を空けとくように言ってたのは前日の24日だったし。

 

「仕事の後であれば問題ないですよ。むしろいいんですか?立川先生にはご予定とかあったりするんじゃないんですか?」

「いえ!前の日は友人と過ごしますが、25日は仕事もありますし、特に予定は入れてなかったんです。年末になるとまた忙しくなりますし、この日がちょうどいいかなと思いまして」

 

確かに年末は実家に帰るからバタバタしそうではあるな。

 

「分かりました。では、その日に夕飯に行きましょう」

「…~~っ!ありがとうございます!」

 

その後も今日の映画の事や最近の学校での話などをして立川先生とお茶を飲みながら過ごした。

 


 

~五つ子side~

 

とうとう迎えた期末試験当日。今回は中間試験の時に失敗したような遅刻もせずに五人揃って登校していた。

 

「ついに当日だね」

「大丈夫かなー」

「やれることはやったよ」

 

それぞれが緊張した面持ちで昇降口を通りすぎていく。

 

キーンコーンカーンコーン…

 

「10分前だ」

「じゃあみんな、健闘を祈るわ」

「あれ?また上杉さんがいないよ?」

 

昨日まで勉強合宿のため中野家に泊まっていた風太郎は、途中まで一緒に来ていたのだが、その姿が見当たらないことに四葉が気付いた。

ちなみにであるが、ことりは昨日は泊まらず家に帰ったためにこの場所には姿がない。

 

「らいはちゃんに電話ですって」

「こんな時に?」

「きっと今じゃないといけないのでしょう。自身の携帯は充電切れなのに…借りていったほどですから」

 

どうやら、らいはへの電話のために風太郎は五月からスマホを借りていったようである。

 

・・・・・

 

~風太郎side~

 

その頃風太郎は、五月から借りたスマホを使って屋上で電話をしていた。だが、五月にはらいはに電話をすると言っていたが、どうやら電話の相手は違うようである。

 

『そうかい。報告ありがとう』

「ええ、五人とも頑張ってますよ。これは本当です」

『では、期末試験頑張ってくれたまえ』

 

風太郎の電話の相手は中野マルオ。五つ子達の父親である。風太郎は現状の報告をしていたようである。

 

「そこで、勝手ですがお願いがありまして…」

『なんだい?』

 

しかし、風太郎の雰囲気からただの報告ではないようである。お願いがあると言った風太郎は、一つ深呼吸をするとある言葉を伝えた。

 

「今日をもって家庭教師を退任します」

『……』

「あいつらは頑張りました。この土日なんてほとんど机の前にいたと思います。しかし、まだ赤点は避けられないでしょう」

 

家庭教師を退任すると伝えた風太郎は、さらに五つ子達の学力の状態を続けて報告した。

 

「苦し紛れの策を案じましたが、あんな物に頼らない奴らだってことはよく知ってます」

『今回はノルマを設けてなかったと記憶してるが』

 

そう。前回の中間試験とは違い、今回は全員が赤点回避しなければ家庭教師をクビにする、といった約束はなかった。それでも風太郎は自ら家庭教師を辞めると言っているのだ。

 

「本来は回避できるペースだったんです。それをこんな結果にしてしまったのは自分の力不足に他なりません。ただ勉強を教えるだけじゃだめだったんだ。あいつらの気持ちも考えてやれる家庭教師の方がいい。そうですね。ことりなんてまさに理想的です。俺にはそれができませんでした」

『そうかい。引き留める理由がこちらにはない。君には苦労をかけたね。今月の給料は後ほど渡そう。ことり君には引き続き家庭教師として頑張ってもらうとするよ』

「ええ、助かります」

『では失礼するよ』

「あの─」

 

引き留める理由がないと淡々と話し電話を切ろうとするマルオであったが、それを風太郎は引き留めた。

 

「一度ご自身で教えてみてはどうでしょう?」

『!』

「家庭教師では限界がある。父親にしかできないこともあるはずです」

『いや、私も忙しい身でね。それに他人に家庭のことをどうこう言われたくはないな』

 

風太郎の父親から教えることもあるではないかという案も、マルオは丁重に断った。

 

「最近家に帰ったりとかは…」

『……』

「知ってますか?二乃と五月が喧嘩して家を出ていったことを」

『初耳だね。もう解決したのかい?』

「はいー」

 

いくら忙しいからといっても一週間家出をしていたことを知らなかったというマルオの言葉に、若干飽きれ気味に風太郎は答えた。

 

『それならいい。教えてくれてありがとう。では─』

「それだけですか?」

 

喧嘩での家出が解決されているからか特に興味を示さないマルオに風太郎は待ったをかけた。

 

「なぜ喧嘩したのか気になりませんか?あいつらが何を考え、何に悩んでいるのか知ろうとしないんですか?」

『……』

 

風太郎が捲し立てるように聞くがマルオからの返答はない。

 

「って、すみません、雇い主に向かって生意気言って…あ、もう辞めるんだった。少しは父親らしいことしろよ、馬鹿野郎が

 

今まで溜まっていたマルオに対する気持ちを叩きつけるように風太郎は叫び、電話を切った。

 

「……やべ、今月の給料ちゃんと貰えるかな…」

 

そんな言葉が漏れているが風太郎の顔はどこか晴れ晴れとしていた。そして空を見上げる。

 

「一花、二乃、三玖、四葉、五月。お前らが五人揃えば無敵だ。頑張れ………ことり。悪いな、後を頼む」

 

そんな風太郎の言葉を五つ子の五人とことりに届けるかのように一陣の風が風太郎の背中を流れていった。

期末試験はすぐそこまで迫っていた。

 

 




今回の投稿も読んでいただきありがとうございます。

今回は、和彦と芹菜の軽いデートと風太郎の家庭教師退任の電話を書かせていただきました。
原作では、四葉と風太郎。二乃と五月が観ていた映画を、今回は和彦と芹菜が観に行ったことになります。五月が怖がってましたので、芹菜も終始怖がっていたことにしてます。
そして、和彦と芹菜のクリスマスディナーが約束されました。和彦は特に気にしていないようですが、当日はまた色々と荒れそうです。

では、次回の投稿も読んでいただければ幸いです。
どうぞよろしくお願いいたします。



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49.試験結果、そして─

~中野家・リビング~

 

期末試験も終わったその週の土曜日。ことりを招いた五つ子達は、自分達の成績が書かれた紙をテーブルの上に広げてそれを囲んでいた。

 

 

-試験結果-

 

・一花

国語 26点、数学 57点、社会 30点、理科 43点、英語 38点、合計 194点

 

・二乃

国語 19点、数学 32点、社会 27点、理科 38点、英語 45点、合計 161点

 

・三玖

国語 40点、数学 54点、社会 75点、理科 45点、英語 25点、合計 239点

 

・四葉

国語 35点、数学 25点、社会 30点、理科 22点、英語 26点、合計 138点

 

・五月

国語 46点、数学 55点、社会 29点、理科 71点、英語 37点、合計 238点

 

 

「こ、これは酷い...」

「あんなに勉強したのにこの結果か-」

「改めて私達って馬鹿なんだね」

「二乃、元気出して」

「あんたは自分の心配しなさいよ」

「ま、まあまあ。みんな前回よりも格段にレベルアップしてるんだし、次の試験に期待だよ」

 

五つ子は自分たちの試験結果を見て、落胆していた。

そんな五つ子をことりは一生懸命励ましている。

 

「それにしても、やっぱり明るみに結果に出たわね。ことりに勉強を付きっきりで見てもらってた三人は後一教科だけが赤点だなんて」

「あははは…まあ、三玖と五月ちゃんには全然敵わないけどね。二人はことりの家でも勉強見てもらってたみたいだしね」

 

確かに、今回の結果はそれぞれの行動に紐付いているように見られる。

ことりの家に泊まっていた三玖と五月は群を抜いて成績が良く、ホテルに泊まっていた二乃や部活で勉強会に参加していなかった四葉の成績は芳しくなかった。

 

「丁度家庭教師の日だし、今日は期末試験の反省がメインだろうね」

「うん、その予定だよ。それにしても風太郎君遅いなぁ」

 

ピンポ-ン

 

一花の言葉にことりが答えたところに、来客の知らせであるチャイムが鳴り響いた。

 

「お、噂をすればだね...」

「フータローにしこたま怒られそう...」

「だね-」

「なんで嬉しそうなのよ」

「あはは。結果は残念だったけど、またみんなと一緒に頑張れるのが楽しみなんだ」

 

今回の試験結果で風太郎に怒られるであろうと呟く三玖に、笑って四葉が答えたので二乃が笑うところではないだろうとツッコミを入れた。

しかし、こうやってまた皆と集まって勉強が出来ることに四葉は嬉しさを感じていたのだ。

 

「あれっ...上杉君じゃありませんでした」

 

インターホンのモニターを見に行っていた五月が確認した時、そこには風太郎の姿はなかった。

 

「失礼いたします」

「なんだ江端さんか-」

「今日はお父さんの運転手はお休み?」

 

先ほどインターホンを鳴らした男の人が入ってきた。この者は一花から呼ばれた通り江端といい、三玖が質問をした通り五つ子の父親でもあるマルオの運転手を勤めているのだ。

 

「ええ。本日は臨時家庭教師として参りました」

 

そんな江端は臨時家庭教師として来たと答えた。

 

「そ、そうなんだ」

「江端さんは昔教師をやってたもんね」

「あいつサボりか」

「体調でも崩したのかな...」

「うーん…だったら私に連絡が来てもいいだろうしなぁ…あの。はじめまして。私、上杉風太郎君と一緒に家庭教師を勤めております、吉浦ことりと申します」

 

江端の言葉に四葉、一花、二乃がそれぞれ口にする。そんな中、三玖が体調を崩したのではないのかと心配の言葉が出たが、そうであれば同じ家庭教師である自分に連絡がくるはずだとことりは答えた。そんなことりは、江端とは初対面だったため、両手を前で添えて頭を下げながら挨拶をした。

 

「旦那様より聞き及んでおります。礼儀正しい方ですね。私は、ここにいるお嬢様方のお父様の運転手を務めております、江端と申します。本日()()どうぞよろしくお願いいたします」

 

(え?本日よりって…)

 

江端の挨拶に一瞬疑問に思ったことりであったが、それも次の江端の言葉で理解することとなる。

 

「お嬢様方にお伝えせねばなりません。上杉風太郎様は家庭教師をお辞めになりました」

「え...」

 

五つ子とことりがその言葉に驚き、五月が唯一声を漏らした。

 

「旦那様から連絡がありまして、上杉様は先日の期末試験を最後に契約を解除されたとのこと。私は次の家庭教師が決まるまでの臨時家庭教師をすることになりました」

 

全員が固まり、江端の言葉を信じることが出来ずにいた。

 

「え...つまり...フータロー君、もう来ないの...?」

 

全員が現実を受けきれずにいる中、一花が言葉を発することができた。五つ子とことりがの誰もが思いたくない言葉を。

 

「嘘......」

 

一花の言葉に信じられないもいった気持ちで、ことりは言葉を漏らした。

 

「やっぱり...赤点の条件は生きていたんだわ。試験の結果を知られてパパに辞めるよう言われたのよ」

「で、でも…今回はそんなこと聞いてないって兄さんも言ってたし、私も聞いてないよ」

「ことり様の仰る通りかと思われます」

 

二乃は、赤点回避出来なかったら家庭教師を辞めなければいけないという、前回の中間試験同様の条件がまだ生きていたと思ったようだ。しかし、今回の試験ではそんな条件は出ていないとことりが反論する。ことりは和彦からそのようなことを聞いていないからだ。

実際に条件が出ていれば、きっと和彦は教えてくれるとことりは思っていた。

 

「上杉様はご自分からお辞めになられたと伺っております」

「自分からって...」

「風太郎君...なんで...」

 

四葉とことりは信じられないといった気持ちで言葉が漏れた。

 

「そんなの納得いきません。彼を呼んで、直接話を聞きます」

 

納得のいっていない五月が自分のスマホを出して風太郎を呼ぼうとした。だが──

 

「申し訳ありませんが、それは叶いません。上杉様のこの家への侵入を一切禁ずる。旦那様よりそう承っております」

「なぜそこまで...」

「嘘でしょ…」

 

江端のマルオから預かった言葉に信じられないといった顔を五月とことりがした。

 

「分かった。私が行く」

 

三玖がそう決心をして玄関に向かおうとしたが、それを江端は許さなかった。

 

「江端さん通して」

「なりません。臨時とはいえ、家庭教師の任を受けております。最低限の教育を受けていただかなければここを通すわけには参りません」

 

そして、江端の用意した問題用紙に五つ子が取り掛かることとになった。ことりはそんな五つ子の勉強をソファーに座って見ていた。

 

「これが終われば行ってもいいのよね」

「ホホホ、ご自由になさってください」

 

二乃の言葉に笑いながら江端は答えた。それをきっかけに五人がそれぞれの問題にとりかかった。

 

「全く、あいつどういうつもりよ」

「私はまだ信じられないよ」

「本人の口からちゃんと聞かないとね。誰か終わった?」

「私はもうすぐです」

「私も...」

 

風太郎が自分から家庭教師を辞めたことに信じられないといった五つ子達であったが、直接本人から聞き出すためにまずはこの問題を終わらせようという一花の問いに、五月と三玖がもうすぐ終わると答えた。

 

「この問題比較的簡単だよ。きっと江端さん手心を加えてくれてるんだよ」

「そうね。けど、少し前の私達であれば危うかったわ。自分でも不思議なほど問題が解ける。悔しいけど全部あいつのおかげだわ」

 

一花の問題に対する気持ちを話すと二乃がそれに応える。五つ子たちは順調に問題を解いていった。しかし──

 

「あと一問...あと一問なのに...」

「私もあとは最後だけです」

 

順調に進めていた三玖と五月であったが、二人は後一問というところでペンが止まってしまった。

 

(確かにこの問題、風太郎君の作る問題よりも比較的簡単に作られてる。だけど、ちゃんとそれぞれの苦手分野もしっかり入れてて、簡単に終わらせないようにしてる。さすが元教師だけあって、問題作るの上手いなぁ)

 

五つ子達がやっている問題と同じものがことりの手元にあり、それを見たことりはそんな感想を抱いた。そして、チラッと江端の方に視線を向けるとニコニコと問題に苦戦している五つ子達を見ていた。

 

「ホホホ、その程度も解けないようであれば特別授業を行うしかありませんな。ですね、吉浦様?」

「え、ええ…」

「「「「「~~~っ!」」」」」

 

江端の特別授業の言葉に五つ子達は焦って問題に向き合った。

特別授業をちらつかせた江端はというと、五つ子とことりのお茶の準備をするためにキッチンに向かっていった。

それを見た五月が全員に対してある提案をする。

 

「あの...カンニングペーパー見ませんか?」

「それって期末の?」

「い、いいのかな...」

 

二乃が言うように、実は期末試験用にカンニングペーパーを用意していたのだ。

家出騒動や部活騒動に終止符を打った先週の土曜日。この日に、風太郎はカンニングペーパーの準備をしていた。もちろん本当に使うわけでもなく、全員への鼓舞のためでもあったのだが、念のためといった名目で全員の筆入れに入れていたのだ。

しかし、ここで使って良いのかという四葉の心配なセリフに対して五月は──

 

「有事です。なりふり構ってられません」

「五月が上杉さんみたい」

「あんた変わったわね...」

「だけど…」

 

三玖の心配そうな声で五つ子がことりの方を見た。

ことりは、今の立ち位置としては問題を解く五つ子達の監視役なのだ。そんなことりの前でカンニングペーパーを見ることはよろしくないだろう。

 

「五月も言ってたじゃない。有事だから、私も見て見ぬフリをしてるよ」

「ありがとうございます。では……」

 

ことりから許可を得た五月が、筆入れからカンニングペーパーを取り出して中身を見たのだが固まってしまった。

 

「どうしたの?」

 

そんな五月に疑問に思った三玖は声をかけた。

 

「?これ…どういうことでしょう…?なんというか…私のはミスがあったみたいです」

「じゃあ私の使お」

 

五月のカンニングペーパーが使えないらしいので、次に一花が筆入れからカンニングペーパーを出して広げてみた。そこには──

 

「えーっと…」

 

『安易に答えを得ようとは愚か者め』

 

「「「「「「……」」」」」」

 

一花のカンニングペーパーを覗き込んだ他の姉妹やことりも無言になってしまった。

 

「な~んだ。初めからカンニングさせるつもりなかったんじゃない」

「フータローらしいよ...」

 

一花のカンニングペーパーに書かれた文字を見て、一花と三玖は微笑みながら話した。

 

「ですが、どうしましょう....」

「待って、続きがあるみたい...②って…」

「私かしら」

 

この五つ子で②と言えば二乃が連想されるので、次に二乃のカンニングペーパーを広げた。

 

『カンニングする生徒になんて教えてられるか→③』

 

「自分で言ったんじゃない」

 

カンニングペーパーを作って提案をしたのは風太郎。なので、こんな言葉を残されてもとツッコミを入れざるを得なかった。

 

「繋がってる...これ上杉さんの最後の手紙だよ」

 

二乃のカンニングペーパーには③の文字があることから、このカンニングペーパーは一花から順番に読むことで繋がっているのではないかと四葉は口にした。

そして、三玖のカンニングペーパーには──

 

『これからは自分の手で掴み取れ→④』

 

四葉のカンニングペーパーには──

 

『やっと地獄の激務から開放されてせいせいするぜ→⑤』

 

「あはは、やっぱり辞めたかったんだ。私たちが相手だもん。当然と言えば当然だよね」

 

四葉のカンニングペーパーに残された言葉を見て四葉は項垂れてしまった。

 

「最後は五月だけど……五月?」

 

二乃が五月に声をかけるも、五月は自分のカンニングペーパーを見ながら固まっていた。そして──

 

「………だが、そこそこ楽しい地獄だった、じゃあな」

 

自分のカンニングペーパーに書かれていた言葉を五月は声に出してみんなに聞かせた。

その言葉に思うことがあるのだろ、五つ子とことりは固まってしまった。

 

「私......まだ、上杉さんに教えてもらいたいよ」

「私だって...風太郎君がいないと...」

「そうは言ってもあいつはここに来られないの。どうしようもないわ」

 

ここにいる全員がこれからも風太郎と勉強を頑張っていきたい気持ちとどうしようもない現実とで板挟みになっていた。

そんな時一花からある提案を妹たちに出された。

 

「みんなに...私から提案があるんだけど」

 

その言葉に他の姉妹やことりは一花の言葉に耳を傾けた。

 

「あんたそれ本気?」

「うん。ずっと考えてたんだ」

「でも、いいの?多分これから、みんなが思っているよりも大変なことが続くよ?」

 

一花の提案に二乃が本気かと聞くと、一花は前々から考えていたようであった。

しかし、ことりは本当にいいのかと改めて五つ子に確認した。一花の提案していることをこの中で大変であることを一番理解している人物でもあるからだ。

 

「問題ない」

「だね!みんなが一緒なら」

「ええ。きっと乗り越えられるでしょう」

 

ことりの呼びかけに対して三玖と四葉と五月が答えた。一花と二乃も同じ気持ちのようで、五人がニッコリとことりを見ている。

 

「はぁぁ…本気なんだね。なら、私はサポートさせてもらうよ」

「ありがとね、ことり」

 

五つ子全員の本気を感じたことりは、諦めてもらうことを諦めサポートすることを伝えた。それに一花がお礼を伝えた。

そして、五つ子達は一斉に立ち上がり、お茶を用意した江端を迎えた。

 

「おや、どうされましたか?」

「江端さんもお願い。協力して」

 

一花のセリフに対して、姉妹全員が真剣な顔をしているのを見て、口角を上げて江端は漏らした。

 

(小さな頃より見てきましたが、まだまだ小さな子どもだと思っていました。それが、どうです。このような顔ができるようになるなんて…)

 

「大きくなられましたな」

 

 




今回の投稿も読んでいただきありがとうございます。

今回は、五つ子の期末試験の結果と風太郎が家庭教師を辞めた事を知った五つ子とことりの話を書かせていただきました。
五つ子の試験結果ですが、三玖と五月をかなり高く書かせていただきました。この二人はことりに毎晩勉強を見てもらったことと、和彦から数学を教えてもらっていたこととでこの点数にさせていただきました。
勉強会に参加していた一花は原作より少しだけ高く。二乃と四葉は、和彦の解説があったことで数学だけ原作より高くしております。

さて、この話で期末試験編は終わりとなりますが、最初の予定より長くなってしまいました。原作で言う『七つのさよなら』の部分も含まれてますので、長くなるのは当然だったのかもしれませんね。

では、また次回の投稿も読んでいただければ幸いです。
どうぞよろしくお願いいたします。



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第六章 新しき生活
50.欠けたもの


今日は家庭教師があるから、ことりは遅くなると思いスーパーまで夕飯の買い物に行っていた。

 

「そういえば、明日は例の陸上部の大会だったな。じゃあ、明日は家庭教師も休みか…」

 

期末試験の一週間くらい前から、四葉が助っ人として参加していた陸上部の練習。試験前にも関わらず合宿を行うと言い出したことから、四葉を救いだそうと色々模索した結果、四葉は合宿には参加しないが大会には参加する、ということに収まったようだ。

そこで、きちんと大会に参加する辺りが四葉らしいと言えばらしいか。

買い物袋を手に、そろそろ自分の家のマンションに着くだろうとした時、マンションの前に黒の高級車が停まった。

凄い高級車だな。こんな車の持ち主がこのマンションに何の用だ?

そんな風に考えていると、知った人物達が車から降りてきた。

 

「いやー、乗り心地最高だね」

「お気に召したようでなによりだよ」

「ことり。それに一花も」

 

そう。車から降りてきたのは五つ子とことりであった。

 

「おー、先生!奇遇ですねー!」

「奇遇も何も、ここはうちなんだから会うでしょ。何?皆で遊びにでも来たの?」

「まあ、そんなとこ」

「少しお邪魔しますね」

 

遊びに来たのか確認したら三玖と五月が答えて、ことりの先導のもとエントランスに入っていった。

 

「なんだ?」

「吉浦様」

 

何が何やら分からず六人の後に付いていこうとしたら声をかけられた。どうやら車の運転手のようだ。

そういえば、以前中野さんが『江端に車を出させよう』って言っていたな。てことは、この人がその江端さんか。

 

「お嬢様方のこと、どうかよろしくお願いいたします」

 

そんな言葉とともに頭を下げてきた。何か重要なことでも起きているのだろうか。

やっと騒動も収まったというのに、彼女達はもう…

 

「ええ。どこまで出来るかは分かりませんが、僕は彼女達の味方ですから」

 

僕の言葉に満足したのか、頭を上げた江端さんはニッコリと笑みを浮かべていた。

 

・・・・・

 

「で?結局何しに来たのさ」

 

買ってきた夕飯の材料をキッチンで片付けながらリビングに座っている彼女達に聞いてみた。

 

「ごめんねぇ、突然押しかけるみたいになっちゃって」

「ちょっとあんたに相談したいことがあるのよ」

「相談ねぇ……あ、麦茶でいいよね」

 

コップを七つ出してから冷蔵庫より麦茶の入った容器を取り出した。

 

「手伝います」

「私も」

 

僕の行動を見て五月と三玖が立ち上がりこちらに来た。

 

「ありがとね。コップに注いでいくから運んじゃって」

 

さすがに七つのコップに注ぐと容器の中は空になるので、そのままやかんでお湯を沸かす。そうこうしている間に五月と三玖の手でコップは運び終わったようである。お湯が沸くのにはまだ時間がかかるのでダイニングテーブルの椅子に座った。目の前にはことりが座っており、五つ子達はリビングテーブルを囲むように座っている。

 

「で?相談内容は?」

 

麦茶を口に含みながら聞くと、五つ子達はお互いに目を合わせてコクンと頷き、一花が話を進めた。

 

「実は私たち家出することにしたの」

「ぶふっ…!ゲホッ…ゲホッ………は!?」

 

唐突な言葉に危うく麦茶をぶちまけるところであった。と言うか、家出!?

 

「だから、私たちで家出するんだって」

「いやいやいや…なんで!?てか、私達って五人全員!?」

 

二乃が言い直したが、やはり変わらない。

僕の質問に五つ子はコクンと頷く。え?と思ってことりを見るが、ことりもコクンと頷いた。

僕はもう頭を抱えてしまった。

 

「はぁぁ…で?理由は?」

「実は──」

 

そこで五月から事の経緯を話された。

上杉が家庭教師を自ら辞めたこと。上杉の中野家マンションへの立ち入りを禁ずると中野さんが言ったこと。そして、上杉が五つ子達に残した手紙のこと。

 

「上杉が家庭教師を退任ねぇ…」

「そうなの。私にくらい相談してくれたらよかったのに…」

 

ことりは下を向きスカートをギュッと握っているようだ。

 

「しかし、それにも驚きだが、まさか家への立ち入りまで禁止するなんてね」

「まったく。パパってば何考えてるのかしら!」

「いくらなんでもやり過ぎ」

 

上杉の家への立ち入り禁止について、反発の意志があるのか二乃と三玖がご立腹のようだ。

しかし、二乃にしては以前立ち入りの禁止を提案した本人だろうに。成長したものだ。

 

「それで家出ね」

「はい。やはり私たちはこれからも上杉さんと一緒に勉強をしていきたいんです!」

 

僕の言葉に決意のこもった目で四葉が答えた。

とはいえなぁ…

 

「家出するのは分かったけど、どこ行くの?またホテル?」

「それだと結局お父さんの力を借りることになっちゃうから避けたいんだ」

「て言っても、さすがにここは五人も預かれないよ?」

「それはわかってるわよ」

 

一花と二乃の言葉からはホテルとこの家という選択肢はないようだ。じゃあどこに?

 

「私にはある程度の収入と貯金があるからどこか部屋を借りようって思ってるんだ」

「部屋を借りる?」

 

なるほど。一花は女優業を勤しみながら学校に通っている。というか、つい先日一花の出演している映画を観に行った訳だし。その収入源でどこかの部屋を借りるってことか…けど──

 

「高校生五人が一緒に住むとなると、広さも必要だし、光熱費や食費もかさむと思うよ。大丈夫なの?」

「うー…なんとか…」

「それで、兄さんならどこかいい物件知らないかなってことでここに集まったの」

「物件?」

 

いやー、僕も不動産の人じゃないからなぁ。自分の部屋だってネットとかで調べた訳だし。うーーん…

 

「何かあったら頼れって言ったのあんたじゃない。なんとかならない?」

「いや、なんとかしてあげたい気持ちはあるけど、さすがに物件ともなるとなぁ……あ!」

「何か思いついたの?」

 

僕の声にいち早く三玖が反応した。

 

「まあ……ちょい待ってね」

 

そこで僕は席を外してスマホである人物に電話をした。

 

「……あ、今大丈夫?実はさあ、ちょっと相談があって──」

 

電話が終わって、またリビングに戻ると六人から注目されてしまった。

 

「とりあえずOKもらえたから今から内覧する?」

「今からですか!?」

 

僕の今から内覧するかという言葉に珍しく四葉が驚きの声をあげた。

 

「ああ。もう、すぐ近くだから。実は持ち主から定期的な掃除を頼まれててね」

 

そう言いながら鍵も見せてあげた。

五つ子達はお互いに顔を見せ合ってコクンと頷いた。

 

・・・・・

 

「て、あんたの家の隣じゃないの!」

 

紹介する部屋に案内したところ、二乃のツッコミが入った。二乃のツッコミの通り、僕の紹介した部屋はうちの隣にある部屋である。

ちなみにことりは家に残ってもらってお茶作りをお願いしている。

 

「うわー、カーテンにテレビ、テーブルもあるよー」

「それにエアコンも付いてる」

「キッチンには冷蔵庫もありますね」

 

二乃のツッコミと打って変わって、四葉と三玖と五月は室内を観察してそれぞれが感想を述べている。

ツッコミを入れた後は二乃も三人と部屋の中を見始めた。

そんな中、一花は僕の隣で部屋を見渡している。

 

「一応、布団は二組揃ってるけど、残りは自分達で用意してね」

「凄いね。こんな部屋借りてもいいの?」

「さっき持ち主からOKもらったって言ったでしょ」

「そうだけど…家賃高いんでしょ?」

 

これから色々とお金を出す一花からしてみれば、当然気になるところでもあるだろう。そんな一花に耳打ちで家賃の値段を伝えた。

 

「……え!?そんなに安くていいの?」

「ああ。ちなみに持ち主は遠方に住んでる人だから、僕に手渡しで渡してもらえればいいから」

「……」

 

僕から家賃の値段を聞いた一花は、また視線を部屋を見て回っている姉妹達に移した。

 

「部屋が二つもあるね!どっちも何もないから自由に使えるよ」

「そうですね。一つの部屋で五人一緒に寝て、もう一つの部屋を洋服などを置くようにするのもいいかもしれません」

「もしくは、二手に分かれて使うかだね」

「ま、その辺は改めて決めればいいんじょない?」

 

どうやら四人には気に入ってもらえたようである。

 

「別にここ以外が良いのであれば探すのを手伝うよ。後は長女でお金を払う君が決めるんだね」

 

僕の声が聞こえたのか、一花以外の四人の視線がこちらに向けられた。皆笑顔でいるようだ。

 

「うん!決めた!ここにするよ」

「……勧めといてなんだけど、教師が隣にいるのって抵抗ない?」

「えーー。何言ってんの。先生ってば自分で思ってるよりも私たちからの信頼あるんだよ。引っ越し後はお隣さんとしてよろしくね」

 

一花の言葉に五つ子全員がニッコリした顔を向けてきた。

 

「はぁぁ…分かったよ。じゃあ部屋の持ち主とは僕が連携しておくから引っ越しの日程が決まったら教えてね」

「はーい」

「と言っても、来週の土曜日くらいじゃない?空いてるの」

「うん。それまでは学校があるし」

「少しずつ準備進めておかないとね」

「一週間、忙しくなりそうです」

 

引っ越し先も決まったことで五人全員で今後の予定について話し合っている。

本当に五人揃えば何でも出来そうだな。

五人の姿を見ていたら、そう思わざるを得なかった。

 


 

次の日。

五つ子達と一緒にことりと僕は四葉の駅伝の大会を見に来ていた。四葉から聞いた区間の沿道で四葉が走ってくるのを今か今かと全員で待っていた。

 

「歓声が聞こえるからもうすぐじゃない?」

「今何着くらいなんだろ?」

 

遠くから歓声が聞こえてきたのでもうすぐではないかと一花が話すとことりが何番目で来るのか疑問を口にした。

 

「そっか、応援するにもどこにいるか分かんないんだ」

「中継とかやってくれればいいのにー」

「まあここなら直進だし見えるんじゃない?」

 

三玖と二乃の言葉に僕が答えると、皆が走ってくるであろう道の方を上半身を道路の方に出しながら確認を始めた。

 

「んーー……あ!あれ、四葉だ!」

「マジ!?」

「先頭に追いつきそう」

「うーー…何だか私までドキドキしてきました」

「凄い凄い!これ抜けるんじゃない?」

 

皆が見つけた通り、四葉は先頭に迫る勢いで走っている。そろそろ僕達の前を通り過ぎる頃だ。

 

「いけーー、四葉ぁー!」

「いけるわよ!抜きなさい!」

「頑張って…!」

「あと少しです!」

「四葉ぁー!ファイトー!」

 

それぞれが四葉にエールを飛ばす。すると、僕達の前を通り過ぎる寸前で四葉がスパートをかけたのか一気に先頭を追い抜き前に出た。その表情は笑っているように感じた。

出来事は一瞬で、あっという間に僕達の前を通過して行った。

 

「「「「「いけーーー!」」」」」

 

通り過ぎた四葉の背中に向かって五人が掛け声を上げる。その声は四葉に届いたのだろう、どんどんと追い抜いた選手を離していった。

 

「行っちゃったね」

「追い抜く瞬間を見れて満足だわ」

「うん」

「はぁ~、久しぶりに大きな声を出しました」

「それにしても四葉早いね。あれで、どの部活にも所属してないなんてビックリだよ」

「確かにね。毎日練習を頑張ってる選手を追い抜くんだもん。天性のものか、それとも積み重ねてきたものがあるのか」

 

ことりの驚きに同意しながらふと考えてしまう。あれだけの実力を持ってるならスポーツ推薦という進路も考えられるのではないだろうかと。

そういえば、二年生も二学期が終わろうとしているが、ことりの進路については何も聞いてないなぁ。進学するとは聞いているが、この先のことまでは聞いていない。まあ、ことりのことだから考えてはいるだろう。

走り去っていく四葉の背中を見ながらそう考えるのだった。

 

結局、四葉達は大会二連覇を達成することができたそうだ。陸上部全員で大いに喜んだと聞いている。

 

「それじゃ、四葉の大活躍を祝してカンパーイ!」

「「「「「「カンパーイ!!」」」」」」

 

カチンッ

 

その日の晩。祝賀会ということでうちに五つ子が集まった。

まったく自分達の家でやれば良いものを。

一花の音頭のもと今乾杯が行われたところである。

 

「わー、私の好きなのばっかり!」

「ま、今日は四葉が主役なんだしこれくらいはね」

 

好きな料理が並んでいることに喜びを表している四葉に、料理の数々を作った二乃が当然でしょといった感じで答えた。

 

「それにしても、どれも美味しいなぁ。さすがだね二乃」

「まあね。ことりも手伝ってくれたのよ。ありがとね」

「ううん。私って大人数の料理を作るのはまだ慣れてなかったから、いい勉強になったよ」

 

今日は五つ子と一緒にリビングテーブルでことりは美味しそうに料理を食べている。

 

「いやー、私たちの目の前でビューンって抜いていく四葉を見て興奮したね」

「たしかに。あれは凄かったわね」

「ねー!相手選手だって速かったのにそれを追い抜いちゃうんだもん」

 

一花と二乃、それにことりが四葉の走りを絶賛していると四葉は照れくさそうに頭をかいている。

 

「えへへ…みんなの声が聞こえたら何かいけるって思ったんだよね」

「やはり声って聞こえるものなのですか?」

「うん!しっかりとね」

「そうなんだ」

 

和気あいあいと五つ子とことりが話している。それを僕は離れたダイニングテーブルから見ていた。

ここに上杉もいれば。

その光景を見ていたら、そんなことを思わざるを得なかった。

 

 

 




今回の投稿も読んでいただきありがとうございます。

今回の投稿では、五つ子の家出騒動から四葉の陸上の大会までを書かせていただきました。
四葉の陸上の大会って原作でも二コマしかなかったので、ほとんどオリジナルです。
そして、五つ子メンバーが和彦宅隣にやってきます。そのことで、今後どのような展開になるのかは絶賛考え中です。温かく見守って頂ければと思います。

では、次回の投稿も読んでいただければ幸いです。
どうぞよろしくお願いいたします。



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51.噂

四葉の祝賀会が終わった後、五つ子を車で送っていた。

タクシーで帰ると言われたが、まあ二台も呼ぶこともないだろうってことで車を出したのだ。

 

「ありがとう、先生」

「どうした急に?」

 

中野家のマンションに向かって運転をしていると助手席に座っている三玖から急にお礼を言われた。

他の姉妹はどうやら疲れて寝てしまったようだ。

 

「うん…期末試験はやっぱりまだ赤点はあったけど、こうやってみんなで笑っていられるのも先生のおかげだから」

「そうか」

「うん」

 

静かな時間が流れていく。三玖はどちらかと言えば、あまり喋る人間ではない。三玖と二人の時は大抵こんな時間が流れているのだ。だけど、そんな時間も悪くないと思ってしまう。もしかしたら、三玖からそんな雰囲気を醸し出しているのかもしれない。

 

「後、私たちの家出のこと。反対されるんじゃないかって実は思ってた」

「まあ、普通だったら大人として家出なんて許されるものじゃないからね。だけどまあ……君たちの本気の目を見たら肩入れしたくなったんだよ。後、江端さんにも頼まれたしね」

「江端さんに!?」

「ああ。何とは言わなかったけど、お嬢様方のことよろしくお願いいたします、てね」

「そっか…」

 

チラッと三玖を見るが、味方がいてくれたことが嬉しかったのか笑みを浮かべている。

 

「まあ、僕の近くにいれば何かあっても対処出来るかなってのもあったかな。許可を取った以上は責任も取るさ」

「先生…」

 

そこでまた沈黙が続いた。もうすぐマンションに着くだろう。後ろの姉妹達もそろそろ起こさないといけないかもしれない。

 

「先生は…」

「ん?」

「先生は、いつもそうやって私たちに寄り添って親身に接してくれる。けど、私たちにはお返しすることが何もない」

「別に見返りを求めてやってる訳じゃないから気にしなくていいよ」

「それでも…何かしないとって思ってる。わ…私に…できることだったら何でも言ってほしい」

 

ちょうど赤信号で停まったため、三玖の方に向くと決心染みた顔でこちらを見ていた。

 

「ふぅ…なら、まずは姉妹全員で赤点回避するんだね。それが教師として一番の願いだから」

「うっ…それは…頑張る…」

「なら良いんだ」

「他には?」

「他!?」

 

それで納得したのかと思ったが、意外にも三玖から他にないかと要求してきた。

 

「うん。教師としてじゃなくて、先生個人として何かない?」

「うーん…」

 

とは言ってもなぁ…

実際に何かを求めている訳じゃないから、特に何かやってほしいというものはない。かと言っても、そう伝えても多分引き下がらないだろう。

 

「じゃあ、今後も僕の歴史の話し相手を続けてくれ」

「え…?」

「三玖は身近にいる貴重な歴史好きだからね。これからも仲良くしたいって思ってるよ」

「そんなのでいいの?」

「ああ。重要なことだよ。よろしくね三玖」

「うん…」

 

少しは納得してくれただろうか。

 

「じゃあ、これまで以上に数学準備室に行くね」

「は?これまで以上?」

「うん…先生と話したいこといっぱいあるし」

「まあ、三玖が何もないならいいけど…てか、勉強もしなよ」

「わかってる。ちゃんと赤点回避できるように勉強も頑張るよ。そのために家出するんだし」

「そりゃそうだ」

 

家出の一因である上杉の家庭教師存続。言うなればそれが赤点回避にも繋がってくるだろう。

 

「さ、そろそろ着くから皆を起こそうか」

「うん。みんな起きて…!」

 

三玖が後ろを見ながら他の姉妹を起こしている。三玖の声に続々と起きているようだ。

ちょうどそこでマンションに着いたので皆を車から降ろした。

 

「じゃあね先生。送ってくれてありがと。また引っ越しの時はよろしくね」

「ああ。おやすみ」

 

姉妹を代表して助手席の窓から覗き込むように一花が挨拶をしてきた。そんな一花に挨拶を返した僕は、そのまま帰路に着くのだった。

 


 

~二年一組~

 

週も明けた日の昼休み。この日も風太郎は、学食から戻るなり自分の席で自習をしていた。

ちなみに同じクラスである五月もお昼ご飯を終えて教室に戻っていたのだが、今まで風太郎に話しかけたこともなく、見守ることしか出来ずにいた。

そんな二年一組の教室なのだが、ふとしたきっかけで男子を中心にざわつき始めたのだ。

 

(なんだ?急に周りが騒がしくなってきたな。まあ、俺には関係ないことか。気にせず続きを解いていこう)

 

教室がざわつき始めたことに気づく風太郎であったが、そんなことを気にすることもなく自分の勉強に集中することにした。

 

「ねえ、ちょっといいかな?」

 

(誰か知らんが俺の近く奴が呼ばれてるな。はぁ…やはりこうもうるさいと昼休みの教室は効率が悪いか…)

 

「もうー、無視しないでよ風太郎君!」

「え?」

 

まさか自分が呼ばれているとは思っていなかった風太郎だが、さすがに名前を呼ばれたので声の方に視線を向けた。

 

「やっとこっちを見たね」

「おわっ…!!」

 

風太郎が視線を向けた先には、しゃがみこみ顔を机に乗せてこちらを見ていたことりの姿があったのだ。視線を向けた瞬間、至近距離にことりの顔があったので風太郎は驚き、後ろに倒れそうになった。

 

「あははは、何してんの風太郎君」

「…っ!め、目の前にいきなり顔があれば誰だって驚くわ!」

 

笑いながら立ち上がることりに対して風太郎は反論をした。

 

「そっかそっか。じゃ、驚いてるとこ申し訳ないけど、話があるからちょっと来て」

「へ?」

 

ことりは風太郎の腕を掴むと有無を言わさず風太郎を教室から連れ出してしまった。

 

『えーーーーー!?』

 

そんな二人が教室から出ていったのを見届けた教室にいる他の生徒達は一斉に声をあげた。

 

「え…え…どうなってんだよ!」

「吉浦さんがあんなに親密に話してる男子見たことないぞ!」

「そういえば、林間学校のキャンプファイヤーもたしか上杉と踊るって噂になってたよな」

「うっそ!もしかしてあの二人デキてたりするの!?」

「「「嘘だーー!俺たちのことりさんがーー!」」」

 

教室ではあちこちから憶測が飛び交っていた。

中にはことりのファンクラブであろう生徒達がこの世の終わりでもあるかのように叫んでいる。

 

「ことりさん…」

 

そんな教室の中で一人五月だけが落ち着いた様子で二人が出ていった方向を見ていた。

 

・・・・・

 

風太郎を引っ張って教室を出たことりは屋上まで来ていた。ことりは屋上の扉を開けると、ようやく風太郎の腕を離し両手を上に上げ伸びをした。

 

「うーん…やっぱり寒いけど天気がいいから気持ちいいねぇ~」

「ったく…教室を出た時に凄い声が後ろから聞こえてきてたぞ」

「あー…気にしなくていいよ。いつもの事だしさ」

 

どこか諦めモードの顔をしたことりは屋上の柵に寄りかかりながら遠くを見ていた。

 

「ふふっ、教室に戻ったら噂になってるかもね」

「勘弁してくれ…」

 

後ろ首あたりをポリポリとかきながらことりに近づき風太郎は答えた。

 

「私と噂になるのは嫌?」

「嫌って言うか……お前だって困るだろ。俺と噂になるのなんて」

 

ことりの隣に立った風太郎は、ことりと同じように遠くの景色を眺めながら答えた。

 

「まあ、噂になるのは大変だけどねぇ……」

 

そこで、フッとどこかどうでもいいと言いたげな笑みをことりが見せた。

 

「……お前のその顔…」

「え?」

「前にも見たな。たしか林間学校前日にキャンプファイヤーのダンスの話をしてた時も同じ顔をしていた」

 

それは林間学校前日。風太郎の服のコーディネートの為にショッピングモールに行き、服の精算で風太郎とことりが二人で待っていた時に、キャンプファイヤーのダンスの話をしていたことを言っているのだろう。

ことり自身、あまり周りに見せないようにしていたのだが、その時は自然に出してしまっていたのだ。とは言っても、気付かない人にとっては気付きにくいものであった。それを風太郎は容易く感じ取っていたようである。

 

「はぁぁ…風太郎君には敵わないなぁ。本当によく見てる。そんな指摘されたの男の人では兄さん以外に初めてだよ」

「そうか?お前は普段からニコニコし過ぎだからな。わかりやすかったぞ」

 

誰にも指摘されたことがないと言うことりに対して、風太郎は分かりやすいとけろっとしていた。

 

「それはちゃんと相手のことを見ている風太郎君だから言えることなんだよ…ふぅ………本当の私を見てくれてる男の人はこの世界で一人だけなんだ」

「……」

 

笑いながら風太郎の凄さを話したことりはふと自分のことを話し始めた。それを黙って風太郎は聞いていた。

 

「今、みんなが見てる私は、私の好きな人に振り向いてもらうために演じている人物でしかないんだよね。社交性で、勉強もできて、家事もこなして。どこに行っても恥じることのない私の理想像…誰も本当の私を見ていない。みんなが好きになった吉浦ことりは、私が作ったまやかしなんだよ。まあ結局、そんな理想像を作っても、私の好きな人は振り向いてくれないんだけどね」

 

(恋愛についてはよく分からんが、こいつの成績からすれば相当な努力をしていることくらいは俺にだってわかるつもりだ。それほどまでの想いを寄せている人物……!)

 

そこで風太郎はあることに気付いた。

 

「お前ってたしか県外からこっちに来たんだったよな?先生が地元からこっちに来たって前に言ってたぞ」

「うん、そうだよ。私は高校から地元を離れてここに通ってる。それがどうかした?」

「いや。今のお前の話を聞くと、お前の好きな奴は今も近くにいるように聞こえたからな。それで不思議に思ったんだ。地元を離れても昔から近くにいる人物は一人しかいない」

 

確信染みた顔でことりの顔を見て話す風太郎に、ことりはニンマリと笑顔になった。

 

「本当に、風太郎君って察しがいいのか悪いのかわからなくなる時があるよねぇ……そうだよ。私は兄さんが…ううん。お兄ちゃんが好き。もちろん、一人の女性として」

 

こちらに来て自身の想い人を伝えたのは初めてのことりであったが堂々としていた。

 

「そうか」

「驚かないんだね」

「まあ内心は驚いているが、人を好きになるのなんて理屈じゃないだろ」

 

ことりと真正面から対峙していた風太郎は、そんな言葉を口にしながらまた景色の方に目線を向けた。

 

「ふーん…風太郎君にしてはわかってるじゃん。このこの」

 

そんな風太郎に、ことりは肘で小突きながら嬉しそうに答えた。

 

「うぜぇー…」

「またそう言う……ちなみに、この話を知ってるのはお兄ちゃんだけだから」

「え!?先生ってお前の気持ち知ってるのかよ!?」

「うん、知ってるよ。毎日アプローチしてるし。それも中々実を結ばないんだよねぇ。だから困ってんじゃん」

「いや、それは妹だからじゃないのかよ」

「そんなの愛さえあれば乗り越えられるよ!」

「どっかで聞いたような話だな……あっ!」

 

『良い事を教えてあげます。私達の見分け方は昔お母さんが言ってました。愛さえあれば自然と分かるって』

 

風太郎が思い出したのは、五つ子を見分けるためにどうしたらいいかと悩んでいた時に、四葉が言っていた言葉である。

 

(例のトンデモ理論じゃねえかよ…)

 

それが分かった風太郎は頭を抱えてしまった。

 

「どうしたの?」

「いや。まあ、頑張ってくれ…」

 

(なんだろう。妹にここまで好かれていることが羨ましい気持ちと先生の大変さを感じてしまった…)

 

「もちろん!そろそろ別の角度で攻めてみようかなぁ」

 

ことりはうーん、と考える仕草をしながら思考していると、ふと風太郎と目が合いニヤリと笑みを作った。

 

「ねえ風太郎君。一つ協力してほしいんだけど」

「あ?」

 

ふふふ、と笑いながらいることりに嫌な予感しかしない風太郎であった。

 


 

~一花side~

 

(ようやく授業も終わりだよぉ。はぁ…早く冬休みにならないかなぁ)

 

この日の最後の授業も終わり、一花はうーんと腕を伸ばしながら近くに迫っている冬休みに思いを寄せていた。

 

(と言っても、その前に引っ越しの準備とか色々とやることあるから早く帰んないとね)

 

帰る準備をしながら鞄のショルダーストラップを肩にかけた一花は、そのまま教室から出ようとした。しかし、何やら教室がざわついていることに気付いた。

 

(なんだろ?)

 

疑問に思った一花は近くの女子生徒に声をかけた。

 

「どうしたの?なんかみんなざわついてるみたいだけど」

「あ、中野さん。それがね、今日の昼休みに吉浦さんが男子を教室から連れ出したって噂があって…」

「でね。その男の子に吉浦さんが告白したんじゃないかって」

「え、ことりが?」

 

そんな素振りをまったく見せていなかったので、そんな言葉に一花は驚いてしまった。そんな時一人の男子生徒が教室に入ってきて、興奮した様子で話を始めた。

 

「やべぇー!ことりさんが告白したのマジっぽいぞ!」

「マジかよぉー!」

 

男子生徒の報告に集まっていた男子達が嘆いていた。どうやらことりのファンクラブの皆さんのようだ。

 

「で?相手って誰だよ!」

「そ、それが…一組の上杉らしい」

「え…」

 

盗み聞きをした訳ではなかったのだが、男子達の声があまりりも大きく、一花の耳にまで届いていた。なので、風太郎の名前が出た瞬間声が漏れてしまった。

 

「はぁーー!?上杉って、あのいっつも一人で勉強してる奴だよな?」

「ああ。俺も信じられなくって。けど、昼休みにことりさんが連れ出したのは間違いなく上杉だったんだよ。俺目の前で見てたし」

「てことはガチかぁーー…」

 

集まっている男子生徒達が騒いでいるのに伝染して、教室中がその話題で盛り上がっていた。

そんな中、一花はショルダーストラップをぎゅっと握って腕を震わせていた。

 

(え……待って…ことりがフータロー君に告白?)

 

状況が分からず、一花の頭はぐるぐると回っていた。

 

「どうなんだろうねぇ。吉浦さんの告白に上杉君はOKしたのかなぁ」

「えー、それはするでしょう。上杉君だって男の子だもん。きっと吉浦さんだったら二つ返事でOKだよ」

 

混乱中の一花の近くでは女子生徒が盛り上がっていた。

 

(そっか。ことりが告白してもあの恋愛に興味なしのフータロー君だもん。きっと断ってるよね)

 

そう自分に言い聞かせる一花であったがある言葉を思い出していた。

 

『いつも元気。料理上手。お兄ちゃん想い』

 

「!」

 

その言葉を思い出した一花は、ショルダーストラップを握っている手をもう片方の手で握った。

 

(どちらにしろ本人に聞いてみないと。たしかことりは三玖と同じ四組だったよね)

 

「ごめん、先帰るね」

「うん。また明日ね、中野さん」

 

そんな考えに至った一花は、先ほどの女子生徒に声をかけると急いで教室を後にした。

 

 




今回の投稿も読んでいただきありがとうございます。

今回はことりと風太郎が話しているところを中心に書かせていただきました。
風太郎に対して気を許し始めていることりが自分の気持ちを打ち明けました。
この事で今後の二人の距離は縮まっていくのか。風太郎を意識している五つ子がどう動いていくのか。試行錯誤しながら今後も書いていければと思います。

では、次回の投稿も読んでいただければ幸いです。
どうぞよろしくお願いいたします。



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52.噂の真相

~五つ子side~

 

一花が教室を出たところで四葉と五月の二人と合流した。

 

「一花!噂のこと聞いた?」

「うん、さっき。だから本人に聞いてみようと思って。五月ちゃんはフータロー君と同じクラスだよね?フータロー君は?」

「それが、ホームルームが終わるなり一目散に帰ってしまって…」

 

噂の当事者である風太郎と同じクラスである五月に、一花は確認するも帰ってしまったと言われた。

 

「まあ、そりゃそうだよねぇ」

「しかし、あの噂はにわかには信じられません」

「だ、だよね。上杉さんとことりさんがだなんて…」

 

普段の二人のことを知っている三人としては根も葉もない噂であろうと思っていた。

 

「あんたたち集まってたのね」

 

そこに二乃と三玖も合流した。

 

「てか、どうなってんのよ。ことり本人に聞こうと思ってたら帰ってるし」

「そうなの?」

「うん。ホームルームが終わったらすぐ帰っちゃった」

 

二乃のことりはすでに帰ってしまったという言葉に、一花は三玖に確認するも肯定された。

 

「で?ここで集まって話してるってことは上杉もいないのね?」

「はい。ことりさん同様すぐに帰ってしまいました」

「はぁぁ…これって噂が本当ってことあり得るんじゃない?」

「「「「──っ!」」」」

 

二乃の言葉に他の四人は衝撃が走り、全員目を見開いて二乃に注目した。

 

「いやいや。フータロー君とことりだよ?ないでしょ」

「たしかに、ことりにそんな素振りなかった」

 

二乃の発言に真っ先に一花が否定し、それに三玖も続いた。

 

「だって、ことりなら今まで通り噂をすぐに否定するでしょ。上杉は友達だ、とか言って。それが今回ないのよ?」

「しかし、上杉君とその…お付き合いをすることになったのであれば、ことりさんであれば私たちには報告していただけるのではないでしょうか」

「だ…だよね!」

 

二乃の発言に五月がまた別の角度の意見を言った。その五月の意見に四葉が乗っかった。

そこに男子生徒が二人、五つ子の傍を通りかかった。

 

「おい、あの噂聞いたかよ?」

「聞いた聞いた。吉浦さんのことだろ?」

「ああ。最初は嘘だろって思ったけど、さっき二人が仲良さそうに一緒に帰ってるの見てさぁ。うわぁー、本当なんだって現実を突きつけられたよ」

「マジで!?」

「「「「「……」」」」」

 

通りかかった男子生徒の話が聞こえた五人は言葉が出ず、アイコンタクトのようにお互いを目配せした。

 

「……ここで話してても埒が明かないわね」

「そ、そだね。やっぱり本人に聞かないと」

 

ずっとここで話していても解決されないという二乃の言葉に一花は同意した。

 

「どうする?一応もう一人関係者がまだ学校にいるけど」

「「「「あ…!」」」」

 

そんな時、三玖の発した言葉で他の四人はある人物の顔を想い描いていた。

 


 

「それでわざわざここに来たの?」

 

机の上のノートパソコンの電源を入れながら五つ子の五人を数学準備室に迎え入れた。

 

「いやー、先生なら何か知ってるかなぁーって」

 

迎え入れた五つ子にはソファーに座ってもらっており、一花が頭をかきながら答えた。

 

「しかし、ことりと上杉がねぇ…と言っても、そもそもその噂だって今初めて聞いたからね。お役に立てそうにないよ」

 

机の上に置いていたペットボトルの蓋を開けながら答えて、お茶を飲んだ。

 

「そっかぁー、やっぱり先生でもわからないですよねぇ~」

「悪いね。まあ、普通は自分の兄に今度告白するとか報告しないでしょ。皆もその時が来たら他の姉妹に報告しないでしょ?」

「それもそうね」

 

四葉の言葉に申し訳ないと謝ったが、そもそも兄妹に誰かに告白をすることを報告しないだろと伝えると二乃が同意してくれた。

しかし、そうか…全然そんな素振りなかったけど、いつの間に上杉のこと好きになってたんだ。へぇ~…

ことりの事はよく見てたつもりだけど、僕もまだまだのようだ。

 

「結局ふりだしに戻りましたね」

「うん…」

「帰ったらことりに聞いとくよ。しかし、どちらにしてもそれとなく君たちには共有すると思うんだけどね、ことりだったら」

 

僕へはともかく二人の共通する友人でもあるんだし、ことりの性格から言えば共有すると思うんだが。

 

「ま、恋は盲目ってよく言うじゃない。あのことりも上杉に夢中で忘れてたんでしょ」

「「──っ!」」

「?」

 

今一瞬、二乃の言葉に誰かの反応があったような……気のせいか。

 

「それより五月は何も感じなかった訳?ことりが上杉連れていくとこ見たんでしょ?」

「私は……例の家庭教師を辞めたことについて追及のために連れていったのだと思っていましたので。ことりさんも結構気にしてましたから」

「なるほどー」

 

二乃の追及に五月は、家庭教師の件で話をするのだと思っていたと答えた。その答えに四葉も頷いているし、他の姉妹がその場所に居合わせたとしても同じことを思っただろう。

ことりは結構上杉のことを認めてたからな。何も相談せずに勝手に家庭教師を辞めたことに思うところがあるのだろう。あ、そういう意味では告白したっていうのもあり得るのか。

 

「まあ、なんにせよ。ここでは何も得られないんだし、そろそろ帰ったら?皆は引っ越しの準備とかあるでしょ?」

「そうだった。じゃあ、みんな帰ろっか」

「うーん…夕飯の準備もしないとねぇ~」

「それ手伝う」

「あら、本当に最近はよく手伝うようになったじゃない。殊勝なことだわ」

 

ソファーから立ち上がった五つ子は、それぞれが鞄を持ち部屋の扉に向かった。

 

「それでは。突然の訪問すみませんでした」

「お邪魔しましたー!」

「何かわかったら連絡しなさいよ」

 

五月と四葉の挨拶に二乃が連絡するよう被せるように言ってきたところで五人は数学準備室から出ていった。

 

「さて。まだまだ終わらせないといけない仕事もあるし、頑張りますか」

 

そして僕は、一つ伸びをしてから立ち上がっているノートパソコンを使って残りの仕事に取りかかった。

 


 

そしてその日の夕飯時。ことりの準備してくれたご飯を二人でいつも通り食べていた。

そんな中、僕はご飯を食べていることりを向かいから見ていた。

 

「?どうしたのじっと見つめちゃって。あ!あーんしてほしかった?」

「なんでだよ」

 

帰ってきてからことりを見ていたが、ここまではいつもと変わらないように見える。

 

「じゃあ……とうとう私に惚れちゃった?」

「はぁぁ…」

「ちょっとぉ!そこでため息つかれると、私だって傷つくんだからね!」

 

文句を言いながら、ことりは箸で持っていたおかずを口に持っていった。

 

「いや、いつもと変わらないなと思ってね」

「ん?何かあったの?」

「五つ子から聞いたんだよ。今、校内ではことりと上杉が付き合ってるんじゃないかって持ちきりみたいじゃないか」

「ふーん…そうなんだ。私は今日すぐに帰ったからよくわからないや」

 

至って冷静にといった感じでことりはご飯を食べるのを続けている。

 

「で?実際のとこどうなの?上杉と付き合ってるの?」

「……付き合ってるって言ったらお兄ちゃんはどう思う?」

 

質問に質問で返されてしまった。だが、ことりはじっとこちらを見ているから真面目に聞いているのだろう。

 

「いいんじゃないかな。上杉ならきっとことりと仲良くしていけるよ」

 

率直な意見を伝えたのだが、ことりは僕の答えを聞くとぷくっと頬を膨らませて不満そうな顔を向けている。

 

「…想像してたのと違う」

「は?」

「私が誰かと付き合うんだよ!何も感じないの?」

 

こちらに迫る勢いでことりはそんなことを言ってきた。

 

「いや…まあ…どこの誰かも分かんない奴だったら色々と思うところはあるけど。上杉だろ?いい奴じゃないか」

「…駄目だぁ…作戦失敗だよぉ」

 

上杉はいい奴だと伝えると何故かことりは項垂れてしまった。

なんだ作戦って?もしかして、やっぱり付き合っていないとか?

項垂れていたことりは元の状態で座ると、またご飯を食べ始めた。

 

「付き合ってないよ」

「え?」

「だから風太郎君と。噂は真っ赤な嘘。まあ利用させてもらってるけどね」

 

・・・・・

 

~屋上~

 

「ねえ風太郎君。一つ協力してほしいんだけど」

「あ?」

 

訝しげな風太郎に対して、ふふふと笑みを浮かべながらことりは提案内容を伝えた。

 

「多分今、私たちの事が噂されてると思うんだ。吉浦さんが上杉に!?的な」

「まあ、そうかもな」

「だから、その噂を本当にしようよ」

「…………は?」

 

ことりの提案に風太郎は一時的に思考が停止してしまった。

 

「だから、私たち付き合ってることにしようよ」

「待て待て!そうもいかんだろ!」

 

ことりが自分達が付き合っていることにしようと言うと、風太郎は全力で否定した。

 

「なんで?別に本当に付き合う訳じゃないよ。本当のことを知ってるのは私と風太郎君だけ。付き合ってることを演じればいいんだよ」

「いや…そうかもしれんが…」

「そうだなぁ…昼休みとか休み時間は別にお互いに会わなくてもいいと思う。お互いの時間を尊重してる関係だって言えば納得されるし。まあ、帰りくらいは一緒に帰った方がいいかもね」

 

顎に人差し指を当てながらこれからの計画をつらつらと話すことり。もうことりはやる気満々である。

 

「いや!そもそも、なんでそんなことをしなければいけないのかって話だ」

 

そんなことりに待ったをかけるように、風太郎は付き合う振りをする理由をことりに確認した。

 

「理由は二つ。一つは、いい加減告白されるのに嫌気がしてきてるんだよねぇ。で、その抑止力のために私は上杉風太郎君とお付き合いしてるんです、てことにすればいいかなって」

「なるほど。この間のキャンプファイヤーのダンスみたいなもんか」

「そういうこと」

 

腕を組んで風太郎が理解を示してくれたことに、ことりはうんうんと笑顔で頷いた。

 

「で?二つ目は?」

「ふふふ、私が誰かと付き合うことでお兄ちゃんがショックを受けるかもしれないでしょ?そこで、本当は付き合ってるのは嘘で今でもお兄ちゃんのことを好きだよって伝えるの。そうすれば、僕も今回のことで気づかされたよ。やっぱりことりのことが好きだ。て言われるんだよぉ~」

「……」

「そしてそこから始まる私とお兄ちゃんの恋の物語……はぁ~ん、どうしよう。そのままキスなんかしちゃったりしてぇ。やぁーん、もう」

 

そこでことりは風太郎のことをバシバシと肩あたりを叩いた。

 

(いてぇーし、うぜぇー…)

 

「でも男の人ってキスじゃ終わらないかもって聞いたことあるし…どうしようその先まで進んじゃったりしたら…でも、お兄ちゃんになら……ねえ?風太郎君はどう思う?」

「知らねぇよ!!」

 

ようやく妄想の世界から戻ってきたことりは、そのまま風太郎に意見を求めたが、案の定意見は返ってこなかった。

 

「えー、もう男の人としての大事な意見なのにぃー」

 

そんな風太郎の態度に納得いかないといった形で、ことりは頬を膨らませて抗議するように風太郎を見ている。

 

「はぁぁ…ようは、先生の気を引くためにやるってことだな」

「違うよぉ。お兄ちゃんの真なる心を呼び起こすためにやるんだよ」

 

(それは違うだろ)

 

ことりの言葉に風太郎は心の中でツッコミを入れた。

 

「まあいいや。どちらにせよ、俺はやらんぞ。そんな面倒事ごめんだ」

「えー!頼りになるの風太郎君しかいないんだよぉ。ね!おねがい!」

 

恋人関係を演じることに風太郎は断るが、ことりも風太郎以外に頼れる男子生徒がいないのだ。懇願するように両手を合わせて頭を下げている。

 

「引き受けてくれたら、風太郎君が勝手に家庭教師を辞めたの何も言わないから」

「ぐっ……ここでそれ出すのズルくないか?」

「そんなことないよ。私、内心では凄く怒ってるんだから。本当はそのことを文句言うためにここに呼んだんだよ」

 

合わせている手をずらして、ジト目でことりは風太郎を見た。そんなことりの顔に風太郎は居たたまれない気持ちとなってしまった。

 

「だぁー!もう、わかった。引き受けてやる」

「さっすが風太郎君♪」

 

根負けした風太郎の言葉にパァーッと笑顔になったことりは、風太郎の腕に自分の腕を絡ませながら喜んだ。

 

「くっつき過ぎだろ」

「これから恋人を演じていくんだもん。これくらい慣れないと。そだ。引き受けてくれたからお礼に何かしてあげるよ。何かない?」

 

やたらスキンシップが強いことりの行動に恥ずかしく、風太郎はことりの方を見れず前髪を弄っていた。

 

「て言われてもなぁ…」

「うーん……そういえば、風太郎君って毎日焼肉定食焼肉抜きを食べてるんだっけ?」

「よく知ってるな。まあ、金がねえからな」

「有名だからね。じゃあ、明日からお弁当作ってあげるよ」

 

一つの提案をしながらことりは風太郎から離れた。そのことで、風太郎も少し落ち着いてきたようだ。

 

「いいのかよ?」

「うん。どうせお兄ちゃんと自分用に毎日作ってるし。そこに一人分増えても手間じゃないよ」

 

申し訳なさそうに確認する風太郎であるが、ことりは手間ではないと笑顔で答えた。

 

「正直助かる」

「じゃあ決まりだね。折角だから今日一緒に帰りにお弁当見に行こうよ。お互いの教室に行くのは囲まれそうだから、昇降口で待ち合わせしよう」

「わかった」

 

そこで予鈴が鳴ったので二人は急いでお互いの教室に戻っていった。

 

・・・・・

 

「上杉も本当にいい奴だね。ことりの悪ふざけに付き合ってくれて」

「悪ふざけって…ホントに悩んでるんだよ?告白されることにはさぁ。特に先輩とか後輩なんて、誰あなたって感じなんだから」

「確かに」

 

ちょうどご飯も終わったので、ことりはお茶を飲みながら告白が多く一々断るのは大変だと言ってきた。まあ、確かに毎回知らない人から告白されるのも辛いだろう。

 

「それより、五つ子達には話しておかないの?今日の放課後、僕のところに聞きに来るくらい気にしてたよ」

「んー…やっぱり言っておいた方がいいよねぇ。その方が今後演じていきやすそうだし。後は、智子と可奈にも伝えとこ」

 

そう言うや否や、スマホを使い始めた。どうやらメッセージで伝えるようである。

そんなことりを横目に夕飯の後片づけを始めるのだった。

 

 




今回の投稿も読んでいただきありがとうございます。

今回は、ことりと風太郎の噂を探る五つ子とことり本人から噂の真相を聞く和彦の話を書かせていただきました。
皆さんの想像通りだったかもしれませんが、噂は真っ赤な嘘。ことりの企みによる演技でした。しかし、そんな演技に付き合う風太郎もいい奴ですね。
とは言え、これからの話次第では、この嘘の関係が本当になるかもしれないという事もなきにしもあらずなので、二人の心境もじっくりと考えていこうと思います。
ちなみに、ことりと風太郎のやり取りを書かせていただきましたが、この内容を和彦は知りません。なので、ことりが和彦をお兄ちゃん呼びしていることや一人の男性として好きであることを風太郎が知っているのを和彦は知らないことになります。

では、次回の投稿も読んでいただければ幸いです。
どうぞよろしくお願いいたします。



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53.聞き分け

ことりの噂の真相を聞いた後。僕は自分の部屋に戻り、ベッドの上で壁に寄りかかりながら座り、歴史の雑誌を読んでいた。最近ではこういうのを読む時間もなかったから結構貴重な時間でもある。

ご飯の後、もう少し一緒にいようよ、ということりの誘いもあったが、やんわりと断った。

また、変な要求されそうだったしなぁ…

しばらくそんな時間を過ごしていると、傍に置いていたスマホにメッセージが入った。

 

「グループ通話?」

 

いわゆる何人とも話が出来る機能なのだが、届いたグループがまた珍しいものであった。

以前その場のノリで作った『先生と五つ子』というグループ。つまり、ことりは入っていない僕と五つ子だけのグループである。今まで使われたことがなかったが、そのグループに今メッセージが入ったのだ。

まさかこのグループが使われるとは…本当に僕のことを教師だと思っていないな。

そんな思いのもと『参加』のボタンを押した。

 

「どうした?」

『あー、やっときたぁー』

『あんたが来ないとただの五つ子グループ通話じゃない』

『もしかして忙しかった?』

『こんばんはー!先生!』

『すみません、夜分遅く』

 

一気に喋られるとマジで誰が誰だか分からんな…これを機にしゃべり方にも特徴があるか聞いてみるか。

 

「いや、部屋でゆっくりしてただけだよ。まさかこのグループが使われることがあるとは思わなかったから、ちょっと焦ってた」

『えー、せっかく作ったんだし、それは使うでしょ』

『でも、本当に使う機会は少ないと思うなぁ』

『ことりさんとのグループでのメッセージのやり取りはよく使いますけどね。先ほども連絡がありましたし』

 

どうやらことりと五つ子のグループも作っているようだ。まあ、それは普通だろう。こっちのグループがイレギュラーなのだ。

 

『それより聞いたわよことりのこと。あんたの妹も中々思いきったことするわね』

『けど、本当に付き合ってるって言われるよりも納得した』

「ははは…僕もまさか考えても行動に移すとは思ってもみなかったよ」

 

確かに今回の付き合う演技をすることには効果が期待できる。とは言え、その相手役にもかなりの条件があるから行動に移すことはそうそう出来ないのだ。相手役の条件には、ことりのことを恋愛対象として見ておらず、なおかつことりの信頼を得られていることがないといけない。こんな条件を得ているのは、あの学校では上杉くらいだろう。

 

『しかし、上杉君もよく引き受けましたね。彼なら間違いなく断るでしょう』

『だよねぇ。フータロー君だったら、断る、の一言で終わってるよ』

『たしかにぃ。上杉さんならあり得るよ』

 

まあ、ことりの恋人役なんて、色々と注目を集めるだけだろうしね。いつも一人で勉強をしている上杉にとっては迷惑な話だろう。

 

「今回は、上杉が君たちの家庭教師を勝手に辞めたことを盾にしたみたいだよ。後は、ことりの頼み方が切羽詰まってたとか?告白されることには、ことり自身嫌気が差してたみたいだからね」

『ファンクラブまであるんでしょ?しかも本人から許可も取ってないって。まったく、よくやるわよ』

『二乃、羨ましいの?』

『羨ましくないわよ!私だってそんなのごめんだわ』

「でも、ファンクラブとまではいかなくとも、五人も大変なんじゃない?告白とか多そうで」

『『『『『……』』』』』

 

僕の言葉に誰からも返事が返ってこなかった。

 

「あれ?そうでもなかった?この間一花が告白されてたから、他の皆もそうなのかなぁ、と思ったけど」

 

まあ、実際は一花に変装した三玖だったけど。

 

『はぁー!?一花!あんたいつの間に!?』

『いやぁー、たまたまだよ、たまたま。それ以来ないから』

『でも、一花ならされてそうだよね』

『そうですね。姉妹で一番コミュニケーションを取れてますし』

『私たちは男子と話すことがほとんどないから…私が男子で話したのはフータローくらい…?』

 

なるほど。まあ、五人がうちの学校に来てまだ三ヶ月くらいだしね。まだまだってところか。

それでも時間の問題だろうけどね。現に一花はキャンプファイヤーのダンスに誘われてるんだし。

 

「まあ、五人もそのうちことりみたいに困る日が来るさ。なんたって、五人とも可愛いんだし男子が黙ってないよ」

『『『『『──っ!』』』』』

 

あれ?また反応がない。何か間違っただろうか。

 

『ふ…ふーん…あんたってば、前から思ってたけど恥ずかしいこと平気で言うわよね』

「え?」

『あはは…しかも自覚ないときたもんだ』

『先生。可愛いって、私もなのかな?』

 

私が誰かは分からんが──

 

「まあ、五人がって言ったしね。むしろ五人とも同じ顔なんだし、髪型は違えどみんなそれぞれが可愛いと思うよ」

『…~~~っ!』

 

なんか声にならないようなものが聞こえてきたな。

 

『三玖!ドタバタうるさいわよ!』

 

ああ。今の三玖だったんだ。

 

『えっと…他のみんなはわかんないけど、私ってその…か…かわいいなんて言われなれてないもので…』

『私たちは中学から女子高でしたからね。ほとんど男子とも交流がありませんでしたから仕方ないかと』

「なるほどね。それは悪かったよ」

『別に謝ることはないよ。恥ずかしいだけであって、みんな嬉しく思ってるしね。現に三玖なんか、ドタバタさせるほど嬉しがってたんだし』

『一花…!』

 

あははは…やっぱり電話だと意志疎通に限界があるな。

 

「ま、なんにせよ、ことりのフォローはしてやってくれると助かるよ」

『ん…任せて』

『と言っても、何かするって訳でもないわよねぇ』

『だね。多分ことりのことだから、へたにフータロー君と接触もしないだろうし』

『なるほど。私たちはあくまでも噂を否定しなければいいと言うことですね』

『よかったぁ~。何かするんだったら、私だとすぐにバレそうだったよぉ』

「フォローをお願いしたけど、まあ今まで通り接してもらえればいいと思うよ。上杉に関しては……ま、きっとまた前みたいな関係に戻るさ」

『うん』『ええ』『うん…』『はい!』『はい』

 

今の上杉は家庭教師の任を解いた状態だ。あいつにとって、家庭教師と生徒の関係が無ければ五つ子と学校で話そうともしないだろう。ことりはちょっと強引なやり方だったけどね。

 

「さて、明日も学校だしそろそろ休もうか」

『そだね。うーん…』

 

そこで終わるのかと思ったのだが、何故か考え込むような声が聞こえてきた。

 

「ん?どうした?」

『いや、少し気になったんだけど。ちなみに先生って、今普通に会話してるけど、誰が誰かはわかってる?』

「ぐっ…」

『わかってないようね』

 

多少なりとも話し方に癖とかないか聞き分けようとはしているんだが、そもそも誰がどんな喋り方をしているかを知らないと分かりようがない。

癖とは言わないが、四葉と五月が僕に対して敬語を使ってるくらいは分かっている。でも、それだけだとどっちがどっちかは判断が出来ない。

 

「やっと見た目で判断できるようになってきたのに、さすがに声だけだったら分かんないって。だから五人全員に話しかけるように話してたんだよ」

『で、ですよねぇ。ほら一花ぁ、さすがに声だけだったら無理だよぉ』

『そうですよ。もう少し段階を踏んでからでないと』

『だよね。ごめんね先生』

 

今の会話の流れから一花が僕に聞き分けられているか確認したことになる。何か特徴があれば…

 

『それでも、ちゃんとわかってほしいって思ってしまう…』

『そうよねぇ。少しくらいわかんないの?』

 

無茶苦茶な。

 

『まあ、今後の先生への課題ってことで。よろしくね先生』

「はいはい。頑張りますよ」

 

そこで電話が終わったのでベッドに寝転んだ。

頑張るとは言ったものの、最後のも誰が言ったかは分からんし。敬語じゃなかったから四葉と五月以外ってことは分かるのだが……待てよ。最後、よろしくねって言ったか?しかもテンション高めに。てことは、最後のは一花だったのかも。二乃と三玖はあんな風に言わないだろうし……

 

「だぁー!分からん。とにかく今後彼女達と接していく時に気をつけていけばいいだろ」

 

勢いよく起き上がった僕は飲み物を取りにキッチンに向かった。

 


 

~二年一組~

 

次の日の朝。予想通りと言えばそうなのだが、クラスの生徒達は直接的に聞かないものの、遠巻きに風太郎を見ながらヒソヒソと話していた。

 

(くっ……ある程度は予想していたがここまでとは…これでは自習にも身が入らんぞ。しかし、ことりはいつもとは言わんが、こんな状態で過ごしているのか…)

 

クラスメイトのみならず廊下には他のクラスの生徒も集まってきているようで、風太郎は針のむしろ状態でいた。そんな状態の中、風太郎はことりも同じような経験を常にしているのだと思い、尊敬と同時に同情の念も生まれた。

そんな一組の教室にどよめきが広がったのだが、風太郎はとりあえず無視を貫くことにした。だが──

 

「おはよう風太郎君」

 

風太郎に声をかける人物によってどよめきの原因を風太郎は知ることになった。

 

「こ、ことりか。おはよう…」

「ふふっ、何どもってるの?」

「ど、どもってなんかねえよ。それよりどうした?今お前が来ると注目受けるだろ」

 

風太郎の言っている通り、教室や廊下にいる生徒は全員が風太郎とことりに注目していた。

 

「いや、本当は朝の登校の時に渡そうと思ってたんだけど、風太郎君ってばメールの返事くれないんだもん」

「メール…?」

 

ことりに指摘を受けたので自身の携帯を見てみた。そこには確かにことりからのメールがきていたのだ。

 

「す、すまん。気づかなかった」

「そんなことだろうと思った。はいこれ。昨日約束してたのだよ」

 

そこでことりはランチバッグを風太郎の机の上に置いた。

 

「!悪いな。助かる」

「いいって。昨日も言ったけど、全然苦でもないし。そだっ」

 

そこでことりが片手で口元を隠しながら顔を風太郎に近づけた。

 

もし昼休みに食べる場所がなかったら、数学準備室に行くといいよ。兄さんなら受け入れてくれると思うから

 

それだけを伝えると、ことりはニコッと笑みを浮かべながら風太郎から離れた。

 

「!」

 

そんな笑みを浮かべることりの顔に、風太郎はドキッとさせられて前髪を弄りながら目線をそらしてしまった。

 

「わかった。その時は行ってみる」

「ふふっ…じゃあ戻るね。お弁当感想また聞かせてね」

 

ことりはそれだけを言い残すと一組の教室から出ていった。その瞬間──

 

『うぉぉぉーーーーー!!』

『きゃぁぁぁーーーーー!!』

 

教室や廊下などのあちこちから様々な叫び声が響いた。

男子達からはショックを受けたような声が。女子達からは恥ずかしさにも似た歓声が、それぞれ上がっている。

ことりのファンクラブの者達は、膝から崩れ落ち床に手をつき泣いている者もいるくらいだ。

 

(そこまでかよ…)

 

そんな様子を見た風太郎は心の中でそうツッコミを入れた。

そんな光景が繰り広げている中、五月は自分の席に冷静に座っていた。

 

(私たち何もしなくていいんじゃないかな、お兄ちゃん)

 

和彦からことりのフォローを頼まれていたので、どんな風にしていこうかと考えていた五月であったが、先程のことりの行動を見て自分には何もする必要性がないと感じるのだった。

 


 

コンコン…

 

「はーい」

 

午前中の授業も終わり、数学準備室に戻ってきた僕はお昼ご飯の用意をしていた。まあ、弁当を出すだけなのだが。

そんなところに訪問者が来た。

またことりだろうか。

そんな思いでノックに答えたら意外な人物が入ってきた。

 

「失礼します」

「おー、なんだ上杉じゃないか。どうした?」

「いえ。ことりから食べる場所に困ったらここに行けと言われまして」

 

どこか居心地悪そうな雰囲気の上杉がそう答えた。

 

「食べる場所?食堂とか……て、なるほどね」

 

上杉の手元にはランチバッグがあり、それで大体の事を理解した。

 

「いいよ。そこのソファーとテーブル使いな。お茶も出すよ」

「そこまでしてもらわなくても…!」

「いいから、いいから」

 

遠慮する上杉を制してポットでお茶の準備をする。

 

「どこも興味津々な視線で居たたまれなかったか」

「え…ええ。ある程度は予想してたんですが、ここまでとはって感じです」

 

急須から湯呑みにお茶を注ぎながら、すでに疲れきっている上杉の態度にクスッと笑ってしまった。

 

「はい、お茶。じゃあ、食べようか」

「ありがとうございます」

 

僕が上杉の向かいに座ったところで、お互いに弁当を開く。しかし、そこに広がったのは──

 

「予想はしていたが、同じ中身の弁当を広げるとなんか異様な光景に見えてくるな」

「ははは…ですね。まあ、同じ人物が作ったのであればしょうがないかと。あの、勉強しながら食べててもいいですか?」

「ん?構わないよ」

 

一つのおかずを口に入れながら、上杉の確認に許可を出した。

すると、上杉はポケットから単語帳を取り出して、それを見ながら弁当を食べ始めた。

 

「いつもそんな感じで勉強しながら食べてるの?」

「え、ええ。俺にはこれしかありませんから」

 

器用に片手で単語帳を捲りながら箸を進めていく上杉。

本人的には自分には勉強しかないみたいに言っているがそんなことないと思う。

 

「上杉は自分が勉強するしか取り柄がないみたいに言ってるけど、そんなことないんじゃない?少なくとも、僕が知る限りだと六人の子がそう思ってるよ」

「それって…」

 

コンコン…

 

上杉が何か言おうとした矢先、扉がノックされた。

 

「はい、どうぞ」

「「「失礼します」」」

 

入室を促すと三人の女子が入ってきた。

 

「あ、風太郎君やっぱりここにいた」

「「こんにちは、先生」」

 

入ってきたことりは上杉の姿を見つけるや否や、ふふふと笑いながらこちら来た。他の二人、森下と佐伯もことりに続いてソファーまで歩いてきた。

 

「ごめん兄さん。私たちもここで食べていいかな?」

「構わないよ。悪い上杉、少し端に移動してもらってもいいかな」

「は、はい」

 

僕の言葉に戸惑いながらも弁当を持って、上杉はソファーのスペースを空けるために移動した。僕も上杉の向かいに座るように移動する。それを見たことりは早速僕の横に座って自分の弁当を広げ始めた。

森下と佐伯は上杉の横に座っている。

 

「ことりぃ…あんた一応上杉君とは付き合ってることになってるんだし、上杉君の隣に座りなよぉ」

「えー、ここにいるメンバーだったら問題ないよ」

 

佐伯のツッコミにことりはさらりと答えた。

 

「もしかしたら上杉は初めてかもしれないね。二人はことりが一年の頃からの友達で、今上杉の横に座ってるのが佐伯で、その奥が森下だよ。この三人でたまに昼休みに来ることもあるんだ」

「よろしくね、上杉君」

「よろしくぅ」

「あ、ああ…て、俺のことは知ってるんだな」

「上杉君って結構有名人だもんね」

「そうそう。今じゃことりの恋人ってことで話題になってるけど、その前からは毎回テストで満点を取ってるって有名だし」

「そ、そうだったのか」

 

佐伯のテストで満点を取っている事で有名だという言葉に、上杉は多少照れたように頬を掻いていた。 

 

「それにしても上杉君って優しいね。普通だったらこんなこと引き受けないよ」

「だねぇ。さらに、そのことを周りに自慢しないところもポイント高いよ」

 

佐伯がサムズアップをしながら上杉に伝えた。

こんな感じで、三人の中では一番ノリが良いのがこの佐伯である。普段は大人しそうにしているが、五つ子で言えば一花に近いのかもしれない。髪は肩まであり、後ろを少し結んでいるのも特徴的だ。

ちなみに森下は、三人の中では一番おとなしい。いつも、ことりと佐伯にツッコミを入れていることがしばしばである。髪はショートカットでボーイッシュなところがあるが、ことり曰く三人の中で一番乙女チックなのだそうだ。

 

「でしょう!風太郎君は優しくて頼りになる男の子なんだから」

 

森下と佐伯の二人の言葉が嬉しかったのか、ニッコリと笑いながらことりが答えた。そんなことりを恥ずかしくて見れないのか、上杉は弁当を食べるのに集中していた。

 

ねえ加奈。やっぱりことりってば本気で上杉くんのこと…

そうね。けど、多分本人自覚してないわね

「ちょっとぉ。二人でコソコソ何話してるのよぉ」

 

森下と佐伯が二人で小さな声で話しているので、ことりがそれに対して文句を言った。

 

「大丈夫!私たちはことりの味方たがら」

「?」

 

佐伯の言葉にことりは首を傾げた。

そんな感じで今日の昼休みは賑やかに過ごすのだった。

 

 




今回の投稿も読んでいただきありがとうございます。

今回は、五つ子と和彦のグループ通話と噂が広まった次の日の学校の様子を書かせていただきました。
サブタイトルにもなっている通り、和彦はなんとか電話で五つ子の声を聞き分けようと頑張っていたようですが、結局最後まで分からずでした。今後に期待かもしれません。
学校では、ことりの恋人(演技)として風太郎が周りから色々な眼差しで見られていましたね。そして、ことりの友人二人とも接点を得ることになりました。大変にはなりますが、この二人も出していければなと思っています。

では、次回の投稿も読んでいただければ幸いです。
どうぞよろしくお願いいたします。



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54.引っ越し

ことりの恋人騒動で賑わっている学校では、二学期の終業式も終わりを迎えた。そんな冬休みの初日には五つ子の引っ越しが行われていた。

 

「布団は一つの部屋に纏めるんだっけ?」

「はい!広い部屋の方にお願いします!衣類のダンボールは私で運んじゃいますね」

 

引っ越しと言ってもダンボールに詰めている荷物などを業者さんに運んでもらい、部屋の中では各々が荷物整理をしている、といった感じだ。僕とことりも手伝いのために来ているのだ。

ま、お隣さんのよしみってところだ。

そして荷物運びは僕と四葉が中心となって行っていて、僕は今布団を運んでいるのだ。

 

「よっと……ふぅ…」

「ありがとね、先生」

「ははは…さすがに布団五組運ぶのには堪えたかな」

 

布団を運んだ先で荷物の整理をしていた一花に感謝された。その一花はどうやら制服をクローゼットにしまっているところのようである。

 

「結局五人一緒に寝ることにしたんだ」

「うん。最初は二手に分かれようかって意見もあったんだけど、ここまで来たら一緒がいいかなって」

「そうか。いいんじゃないかな。仲良きことは美しきかなってね」

「何それっ」

 

ふふふ、と笑いながら自分の作業を続けている。

 

「制服はこっちにしまうんだ」

「うん。もう一つの部屋のクローゼットも普段着とかでいっぱいになるだろうしね。こっちにはよく使うのを持ってくる予定だよ。部屋着とかかな。今、三玖と五月ちゃんで仕分けしてくれてるから後で持ってくる予定だよ」

「ふーん…そんじゃ、他のところに行ってるよ。服関係は僕の出番はないだろうし」

「うん。よろしくね」

 

一花のいた寝室?を出て他の場所に向かうことにした。とは言え、先ほどの布団であらかた運び終わったので僕の出番は終わりかもしれない。

そんな風に考えながら歩いていると二乃とことりがキッチンで整理しているのを見かけた。

 

「ここは二人でやってたんだ」

「あら。荷物は運び終わったの?」

「まあね。だから、何かやることないか探し中ってとこ」

「そうなんだ。でも、こっちは二人で大丈夫だよ。むしろ兄さんが来たら狭くなっちゃうし」

「だよね。ん?こっちに置いてる炊飯器やオーブンレンジとかはどうするの?」

 

二人と話していると、キッチンではなくダイニングの方に置かれていた炊飯器とオーブンレンジに目がいった。

 

「ああ…それねぇ…まさにことりとどうしようか考えてたとこなのよ。やっぱ棚がないと不便よねぇ」

「ふーん。買いに行くなら車出すけど?」

「本当!?じゃあ、お願いしようかしら。他に日用雑貨で必要なものがないかみんなに聞いてくるわね」

 

置場所に困っていた二乃は、僕の車を出すという言葉にぱぁーっと明るい顔をして、他の姉妹のところに行ってしまった。そして、姉妹達から聞き終わった二乃がコートを羽織ながら玄関まで来た。後ろからは一花も来ている。

 

「来るのは二人でいいのかな?」

「ええ。全員で行ってもしょうがないし、お金を管理してる一花と、実際の物を見たい私ってわけ」

「なるほど。それじゃあ行こうか」

 

一花にと二乃を乗せて、少しだけ遠くにある家具雑貨店に向かった。ここだったら、種類も豊富でリーズナブルな物もあるだろう。

二人は早速色々と見ているようで、僕はそんな二人の後をカートを押しながら付いていった。

 

「これなんかいいんじゃない?」

「そうねぇ…使いやすさを考えるとこっちがいいかもしれないわ」

 

なんだ、思ったよりしっかりしてるじゃないか。

真剣に吟味をしている二乃の姿に、自分の意見はいらないなと思ってしまった。適当に選んでしまうのではないかと思ったので、その時は止めようと思ったが、そんな考えは無駄だったようだ。

 

「ねえ、あんたはどれがいいと思う?」

「へ?」

「へ?じゃないわよ。あんたの意見も聞いてんの」

「もう、先生ぼーっとしてたでしょ」

 

どうやら考えごとをしていたら僕に意見を求めていたようだ。

 

「悪い悪い。そうだなぁ…じゃあ──」

 

その後は三人で意見交換をしながら店内を回ることにした。

 

・・・・・

 

「うーーん…結構歩き回ったねぇ」

「そうね。もうクタクタよ」

 

あの後も色々と見て回り、今はベンチに座りながら僕の奢りのソフトクリームを舐めながら休憩をしている。

 

「まあ、でもいいのが見つかって良かったじゃん」

「それもそうね」

 

僕の脇には今回購入された品々がカートに乗せられている。これでも多少押さえたようだ。

車には乗るが上に運ぶのが大変だな。四葉あたりを助っ人として下に来てもらうか。

 

「はぁぁ~…この後帰ったらご飯作らないとなのよねぇ。結構ダルいわぁ~…」

「ああ、そのことなんだけど。今日は僕がお寿司頼んどいたから、夕飯の準備はしなくていいよ」

「「お寿司!?」」

 

僕の言葉に二人がズイッと近づいてきた。

 

「さっすが先生っ、気が利くねぇ」

「と言っても、並だからね」

「もう、そこは特上にしてくれてもいいじゃない」

「無茶言わないの」

「ま、頼んでくれただけでも助かるわ。ありがと」

 

特上じゃないのかと文句を言ってきた二乃であったが、次の瞬間にはニコッと笑顔になっていた。

なんだか雰囲気変わった?

 

「お寿司が来るんだったら、そろそろ帰りましょうか」

「そだね。あらかた買ったし、足りないものあったらまた買いに来ればいいしね。その時はよろしくね、先生」

「はいはい」

 

車に向かって歩き始めた二人を追うように、荷物の乗ったカートを押しながら僕も歩き始めた。

 

・・・・・

 

「う~~ん、美味しいですぅ」

「ははは…お口に合ったようで何よりだよ」

 

一花と二乃と一緒に帰ったら、すでにお寿司は届いていたようでお金を預けていたことりが対応してくれたようだ。

こっちの荷物も四葉に手伝ってもらったおかげで、なんとか部屋まで運ぶことも出来た。すぐにご飯でも良かったのだが、棚はさっさと設置した方が良いだろうとのことで僕がすぐに組み立ててキッチンに設置した。炊飯器とオーブンレンジ両方をその棚に設置するとピッタリと収まった。さすが二乃である。

その後はリビングテーブルに二つの寿司桶を並べて皆で食べることになったのだ。リビングテーブルが大きめで助かった。とは言え──

 

「やっぱり七人だとちょっと狭いね」

「まあ、食べれないこともないしいいでしょ」

 

ことりの言うように寿司桶も大きいので、テーブルの上はかなりぎゅうぎゅうの状態で置かれている。二乃の言う通り食べれないこともない状態でもあるのだ。

 

「それにしてもお寿司の出前が来たときはビックリした」

「だねぇ~。私ってば、出前の人が部屋を間違えたのかと思っちゃったよ」

「いやー、このお寿司と言い、二人の手伝いと言い。先生の家の隣に引っ越して良かったかなぁ」

 

一花が嬉しそうに話した。

まったく調子がいいのだから。

 

「今日は後は休むだけだから問題ないかもだけど、明日からの生活ちゃんとしないとだからね?」

「わかってるって。そこはちゃんとしていくよ」

 

僕の言葉に一花が答えるが本当にやっていけるのか不安は尽きない。

 

「そうだ。明日はクリスマスイブなんだし、うちで夕飯食べようよ。ケーキも兄さんが買ってきてくれるし」

「へぇ~、いいわね。料理なら任せなさい」

「私も手伝う」

「あんたは今回なしよ。料理は私とことりでやるから」

「む~…」

「あはは…三玖の申し出は嬉しいけど、キッチンも狭いしね。今回は二人でやるよ」

 

賑やかに明日の予定を皆が話している。

 

「……上杉さんも参加してもらえればいいんですけどね」

「「「「「……」」」」」

 

そんな時に四葉がポロッとこぼした言葉に、他の五人は沈んだ顔をしている。

 

「ちなみに上杉は今、どこでバイトしてるんだ?」

「うーん…確かどこかの喫茶店でバイト始めたんだって。年末までたくさんシフト入れてるって言ってたよ」

 

さすがのことりである。下校時にでも聞けたのだろう。

 

「一応メールで誘ってはみるけど、多分バイトだって断ってくるんじゃないかな」

「彼ならあり得そうですね」

 

とは言えダメ元ってこともあるだろうということで、ことりから上杉にメールが送られた。

 

「それより先生は明日いるんでしょうね?」

「ん?ああ、残念ながら予定がないからね。一日うちにいるよ。ケーキも僕が取りに行くしね」

 

二乃の問いに僕は両手を挙げながら残念そうに伝えた。

 

「じゃ…じゃあ、それ私も行く」

「へ?ただケーキ取りに行くだけだけど」

「いいの…!駄目?」

「駄目ってことはないよ。じゃあ行こうか」

「うん…!」

 

ケーキを取りに行くのに了承すると、三玖は笑顔で応えた。

 

「はい!私も一緒に行きたいです」

「え?五月も?ま、まあ全然構わないけど」

「ありがとうございます」

 

別にケーキを食べに行くのではなく取りに行くのだが、何がそこまで彼女を突き動かしているのだろうか。

 

「あ。明日一日暇してるなら午前中車出してくれない?」

「ん?どこかに行くの?」

「明日の夕飯の買い物よ。ことりも行くでしょ?」

「そうだね。誘っといてなんだけど、さすがに大人数の料理を作る想定はしてなかったから」

「なら決まりね。四葉も来てくれると助かるわ」

「荷物持ちだよね。任せて!」

「勝手に話が進んじゃってるけど了解だよ。じゃあ午前中は二乃達の買い物に車出して。夕方以降にケーキを取りにいくか」

 

明日の予定も決まり、その後は残りのお寿司を食べながら談笑するのだった。

そして夕飯も終わり、寿司桶や食器なども洗い終わった頃、僕とことりはそろそろお暇することにした。

 

「…と、そうだった」

 

そこであることを思い出して、ショルダーバッグの中からあるものを取り出した。

 

「君たち五人に渡しておくものがあったんだった。はい」

 

五人に手を出してもらい、それぞれの手に乗せていく。

 

「これって…鍵?」

「ああ。この部屋の鍵だよ。五人分必要でしょ?」

 

一花の言う通り、五人に渡したのはこの部屋の鍵である。

 

「そういえば、まだ貰ってなかったわね」

「ん?鍵にキーホルダーが付いてる」

「本当だ。みんな違うのかな」

「色は違うようですが」

 

三玖がキーホルダーの事を話したら、五人がそれぞれの物を見せ合った。

 

「一応、同じ花があしらってるデザインの色違いを用意しておいた。特に意味はないんだけど、ちょうどそれが五色あったからいいかなって。ま、早めのクリスマスプレゼントってことで」

「へぇ~、この花って薔薇だよね。私は黄色だ」

「私は紫ね」

「私は青…」

「私は緑だよ」

「私は赤ですね。どれも綺麗ですね」

 

どうやら気に入ってもらえたようだ。

 

「ねえ?どうして別々の色にしたの?」

 

五人が見せ合いをしている中、ことりが僕に近づいてきて質問をしてきた。

 

「うーん…まあ、同じものを五個用意しても良かったんだけど、あの子達って一人一人違うところが多くあるでしょ?だから、花は同じでも違う色にすることで個性があるんだって伝えたかったのかもしれないな」

「ふーん…なーんか最近やたらと仲いいよね、みんなと」

「そう?まあ、これまでの出来事を考えれば、このくらいの仲になるのは当然なんじゃない?」

「そうなんだけど……私から離れていっちゃうんじゃないかって思っちゃうの」

 

僕の服の腕あたりを引っ張りながら、ことりは顔を下に向けている。そんなことりの頭を撫でてあげるのだった。

 


 

「さーて、何作ろうかしらねぇ」

「そうだね。人も多いし大皿に盛りつけられるものがいいかもね」

 

次の日の午前中。二乃とことり、それに四葉を連れて大きめなスーパーに来ていた。

二乃とことりが献立を考えながら先導していて、その後ろからカートを押しながら僕と四葉が続いている。

まあ、僕が財布で四葉が荷物持ちと思えば適した配置である。

 

「四葉達は去年までクリスマスってどう過ごしてたの?」

「そうですねぇ。去年は南の国に弾丸冬忘れツアーに行ってました」

「さすがだな。芸能人みたいじゃん」

「あはは…ちなみに、一昨年は北の国に行って超ホワイトクリスマスなんかもしましたね」

「南に北にと、良くもまあ行ってるもんだ」

 

それじゃあ、何事もなければ今年もどこかの国に行っていたってことか。いや、上杉がもしいたら勉強漬けか。

 

「でも、過ごす場所なんてどこでもいいんです」

「え?」

 

まっすぐと前を向きながら四葉が答えた。

 

「姉妹みんなと過ごせればどこでもいいんですよ。大切なのは五人でいることなんですから。ししし」

「そうか」

 

ニカッと笑いながらこちらを見る四葉に釣られてこちらも笑みを浮かべてしまった。

 

「こーら、カートが一緒に来てくれないと乗せられないでしょ」

「悪い」

 

四葉と話していたら、どうやら立ち止まっていたようで急いで前の二人に追いついた。

 

「何二人で話してたのよ」

「ただの世間話だよ。それより献立は決まった?」

 

ちょっと不機嫌そうに二乃から問われたが、流しておいた。

 

「うーん…ポテトサラダにビーフシチュー、後はパンを並べようかなって思ってるんだけど…」

「これでも結構な量になるでしょ?そこにケーキもあるわけだし…だから、もう一つの定番のローストチキンをどうしようかって話してたとこなの」

「なるほど」

 

確かに二乃が言ったメニューだけでもお腹いっぱいになりそうだ。

 

「ローストチキン。やっぱり定番だよね」

「四葉の言う通り定番の品でもあるんだから、付け合わせ程度で作ればいいんじゃない?それでも雰囲気味わえるだろうしさ」

「それもそうね。あんたが言うならそうしましょうか」

 

僕が意見を言うと案外すんなりと通った。

その後二乃は、ことりと二人で食材を見ながら、どう作っていくかを話しているようだ。

 

「なあ四葉」

「はい?どうかしました?」

 

二人に遅れないように、今度は歩きながら四葉に声をかけた。

 

「最近の二乃って、なんか素直じゃない?」

「え?そうですか?いつもと変わらないと思いますけど」

「そう?」

 

うーーん。僕の気のせいだろうか。まあ、べつに悪いことではないから気にしないでおくか。

結局、骨付き鶏もも肉を四つ買うことで収まったようだ。

四つは多いんじゃないか確認すると、『一人大食いがいるから問題ないわ』と返ってきた。

その時、ある人物が脳裏に過ったのは許してほしい。

 

 




今回の投稿も呼んでいただきありがとうございます。

今回は、五つ子のお引っ越しを書かせていただきました。部屋は寝室と衣服などを置いている衣装部屋とで分けてみました。
今回、買い物のために和彦が車を出していますが、せっかく運転が出来る主人公ですので、これからも運転シーンなんかも出していければなと思っております。

では、次回の投稿も読んでいただければ幸いです。
どうぞよろしくお願いいたします。



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55.クリスマス・イブ

食材の買い出しが終えた後、昼食も終えるや否やことりと二乃はうちのキッチンで夕飯の準備に早くも取りかかっていた。時間をかけて作るものもあるそうだ。

そして、日も沈んだ時間帯になり、三玖と五月を連れていつものケーキの喫茶店のREVIVALに向かっていた。

いつの間にか雪がしんしんと降っており、少し積もっているところもある。

 

「うわぁ、すっかりクリスマス一色ですね。どこも装飾でキラキラしてます」

「だねぇ。どこかの店が流してるクリスマスソングもたまに聞こえてくるよ」

 

日が沈んで夜になっていることでイルミネーションも映えている。隣の五月もいつもと違いテンションが上がっているようだ。

 

「……腕を組んでる人たちや手を繋いでる人たちが多い」

「まあ、今日はクリスマスイブだしね。恋人達にとっては特別な日なんでしょ」

「そういうものなんだ」「そういうものなのですね」

 

うーん、女子高生とは思えない答えがしかも二人から返ってくるとは。二人には、まだ好きな人とかはいないのだろうか。

 

「ま、まあ二人にもその内分かるようになるさ」

「先生は…」

「ん?」

「先生にはそういう人いたの?」

「え…」

「三玖!?」

 

まさか三玖からそういった質問が来るとは思わなかったので驚いてしまった。五月も驚いたのだろう、声をあげて三玖の名前を呼んでいた。

 

「ま…まあ、彼女がいたかって話だったら、何人か付き合った子はいたよ。どの子も長続きしなかったけどね」

「え!?そうなのですか?先生でしたら、お相手の方と円満に過ごしていそうです」

「ははは…まあ色々あったんだよ」

 

あまり面白い話でもないのでその場では濁しておいた。

僕が長続きしない理由としてはことりの存在が大きかった。両親共に働きに出ていたので、ことりの世話は僕がしていた。僕が高校の頃なんて、ことりはまだ十歳にもなっていなかったから、一人にするのも気が引けていた。それに加えて、あの性格が小さくなったものなので、どこかに行こうとすると付いていくと聞かなかったのだ。そうなってくると、彼女の事を蔑ろにしてしまうのだ。

高校生にそういった事情を分かってほしいと言うのもまた難しいものであった。なので、向こうから離れていってしまうのだ。

そういった事もあって、付き合っては別れてを繰り返していると、付き合うという行為そのものが煩わしくなってきたのだ。

僕が話したくない雰囲気を出していたからか、二人がそれ以上追及してくることはなかった。

とは言え、あまり良い雰囲気とは言えないな。何か話題でも出さないと。

 

「私は…」

「ん?」

 

楽しい話題を考えていると、三玖が何か言葉にした。

 

「前にも言ったけど、私は先生のこともっと知りたい。好きなこと、嫌いなこと。私の知らないこと、何でもいい」

 

そして、両手で僕の右手を包み込んだ。

 

「でも、今じゃなくてもいい。話したくなったら教えてほしい」

「三玖…」

「……ふっ。分かったよ。また機会があれば教えるよ」

 

ポンポンと頭を撫でてあげると、納得したのかニッコリと笑顔でコクンと三玖は頷いた。

その後しばらく歩いてREVIVALに近づくと見知った人物が客引きをしていた。

 

「メリークリスマス。ケーキはいかがですかー」

「あ、フータローだ」

「ですね」

「僕達客なんだし、偶然会ったってことで話しかけていいんじゃない?」

 

客引きをしていたのは上杉でクリスマスらしくサンタのコスチュームをしている。もちろん営業スマイルも忘れていない。

 

「すみません」

「はい!………て、先生じゃないっすか!?え、それに三玖に五月も!」

「精が出るね」

「お疲れ、フータロー…」

「しっかりと仕事をしているようですね」

 

僕が声をかけると、最高の営業スマイルで振り返った上杉だったが、相手が僕と三玖と五月に驚いたようだった。特に、三玖と五月がいることには驚いているようである。

 

「なんで三人がここに!?」

「今日はことりが五つ子をうちに招待しててね。で、僕達はケーキを買いに来たって訳。一ホールいいかな」

 

状況の説明をしつつ、人差し指を一本立ててケーキの注文をした。それを聞いた上杉は僕達三人を店の中に案内した。

ケーキが出来るまでしばらくかかるとのことなので、客席で待たせてもらうことになった。ただ待つのもなんなので、それぞれ飲み物を注文した。

 

「それにしても、まさかここで上杉君に会うとは思いもしませんでした」

「たしか、ことりが喫茶店でバイトしてるって言ってたけどここだったんだ」

「まあ、そういう巡り合わせもあるもんだよ」

 

五月と三玖の言葉に紅茶を飲みながら答えると、店長さんが近づいてきた。

 

「やあ、今日は来てくれると思っていたよ」

「こんばんは店長さん。今日はクリスマスだけあって繁盛してるみたいですね」

「おかげさまでね。いやー、君も後少し遅かったらケーキが売り切れてたところだったよ」

「それは良かったです」

 

いつにも増して店長さんの機嫌が良いようなので本当に繁盛しているのだろう。

 

「そういえば、今日は彼女も来ていたよ。少し前だったか…友人二人とね」

 

彼女?もしかして立川先生の事だろうか。

 

「もしかしたら、君たちは今日一緒に過ごすのだとばかり思っていたよ」

「あはは…だから前から言っているじゃないですか。彼女とはそういう仲じゃないって」

 

気のせいだろうか、向かいに座っている二人から冷たい視線を感じるような気がする…

 

「そうは言うが、最近では二人で来店することも増えてきたではないか。一度否定した日から仲が進展したのではないかと考えてしまうものだよ」

 

一人納得したように、店長さんはうんうんと頷いている。そう言われても進展が無いのだからどうしようもない。

 

「店長。ちょっと見ていただきたいものがありまして」

 

ちょうどそこに、お店の人だろう、店長さんを呼びに来た。

 

「わかった、すぐ行こう。では、またのご来店お待ちしております」

 

一礼した店長さんは呼びに来た人に付いて行ってしまった。

しかしそうか。立川先生もやっぱりここでケーキを買ってたんだな。

そんな考えをしながら紅茶を飲もうとカップを手に取ろうとすると、物凄い視線を感じた。

 

「──っ!」

 

その視線はもちろん三玖と五月で、むすっとした顔でこちらを見ている。

 

「えっと…どうしたのかな?」

「誰?」

「は?」

「最近よくこのお店に一緒に来られる女性のことです」

「あ…ああ、その事。立川先生だよ。このお店を紹介してくれたのも立川先生だしね」

「ふーん…」「へー…」

 

あれ~?二人とも不機嫌なままなんだが…何故?

 

「お待たせしました」

 

二人の相手をどうしようか悩んでいるところに上杉がケーキの入った箱を持って席まで来た。

 

「?どうかしたんですか?なんか二人の様子が変な気が…」

「ありがとね。いやー、僕にもさっぱりで…そういえば、上杉のバイトは何時まで?」

 

三玖と五月には触れないように話題を変えてみた。

 

「え?後少しであがりますけど」

「なら、この後うちに来るといいよ」

「「「え…!」」」

 

突拍子もない僕の提案に、上杉だけではなく先程まで不機嫌そうにしていた三玖と五月も驚いている。

 

「しかし……」

「別にうちに来ているメンバーは上杉の知らない仲じゃないだろ?」

「ですが、俺はもう……」

「家庭教師として来るんじゃない。ことりの友人として来るでいいじゃないか。ことりからもお誘いのメールが来てただろ?」

「………わかりました。夕飯ご馳走になります」

「うん。じゃあ、しばらく待ってるから、バイト終わったら声をかけてくれ」

「はい!」

 

根負けした上杉がようやく首を縦に振ったところでバイトに戻っていった。

僕はそれに満足したように紅茶を飲み始めた。

 

「先生…ありがとうございます」

「まあ、乗りかかった船だ。進路は導いてあげたから、後は君たち五人で説得するんだね」

「わかった」

 

僕の言葉に三玖が答えると、二人同時に頷いた。

上杉を誘ったことで遅くなる事をことりに連絡してからしばらくすると、バイトあがりの上杉が声をかけてきたので、四人で我が家に向かうことにした。

 

「しかし、クリスマスパーティーするならお前らの家の方が広くないか?まあ、先生の家の広さは知らんが、あそこまでの広さはそうそうないだろ」

「そこは追々わかると思います」

「?」

 

パーティー会場が我が家であることに疑問を投げかけるが五月は深くは説明をしなかった。現状の説明をするにはやはり五人が揃っていた方が良いだろう。

 

「フータローは、ことりの恋人うまくやれてる?」

「まあ、俺がやることと言えば、噂を否定しないことと帰りにことりと一緒に帰る事ぐらいだからな。後は今までと変わらん。あ、昼休みは先生のとこで飯を食うようにはなったな」

「?なぜ、先生のところで?」

「周りがうるさくて食うとこがないんだよ」

「「なるほど」」

 

そんな風に話しているとうちに到着した。玄関を開けると美味しそうな匂いが出迎えてくれた。

 

「この匂い…たまりません!」

 

その匂いにいち早く五月が反応を示した。

 

「ただいまぁ」

「おかえり兄さん、それに二人も。あと、風太郎君いらっしゃい!」

「お…おう」

 

ただいまと挨拶しながらリビングの方に向かうと、キッチンからことりが顔を出して出迎えてくれた。

 

「もう配膳まで終わってるから席に着いてて」

「分かった」

 

うちのリビングテーブルはそこまで広くないので、リビングとダイニング二つに分ける必要があった。

ダイニングテーブルには、僕とことり、三玖と五月が座り、リビングテーブルに、一花と二乃と四葉、それに上杉が座った。

 

「ではでは、皆さまグラスをお持ちして──」

 

それぞれが席に着いたことを確認したところで、一花が立ち上がり音頭を取り始めた。

 

「私の合図でお願いします。せーの──」

「「「「「「「「メリークリスマス!」」」」」」」」

 

チンッ…チンッ…

 

乾杯するグラスの音があちこちから響き渡っていた。乾杯した後は、各自でグラスの中を飲んでいる

全員に配られているのはノンアルコールのシャンパン。僕だけはアルコール入りなので間違えて他の子に飲ませないようにしないといけない。

 

「それじゃあ料理も頂こうか」

「はい!……うーん、このビーフシチュー美味しいですぅ~」

「ふふっ、ありがと。それは二乃と一緒に作った自信作だからね。おかわりもあるからどんどん食べてね五月」

「はい!」

 

隣の五月のビーフシチューのお皿の中身は既に半分はなくなっているようである。

 

「お。このポテトサラダはことりが作ったやつ?」

「さすが兄さん。いつも作ってるからわかってくれると思ってたよ」

 

大皿にあるポテトサラダを小皿に取り分けて食べてみたところ、いつもと変わらない味があったのでどこかホッとした。

 

「相変わらず美味しいよ」

「ありがと」

「……ことり。今度ポテトサラダの作り方教えて」

「うん、いいよ」

 

三玖はポテトサラダの味が気に入ったのかことりに作り方を聞いているようだ。向上心があって良いことだ。

後は、ローストチキンなのだが、各テーブルに二つずつ大皿に載せている。こちらのテーブルでは、一つは切り分けて、もう一つは五月が一人で完食してしまった。

本当にどこにその食べたものは入っているのか不思議である。

ローストチキンもこんがり焼かれていて、中はジューシーでとても美味しかった。ビーフシチューやパンにポテトサラダがあったので、付け合わせ程度で本当に良かったのかもしれない。そんな中、五月と上杉はビーフシチューをおかわりしていたのが凄かった。

 

「そうだ。風太郎君、余った料理タッパーに入れようか?らいはちゃんにも食べてもらいたいし」

「本当か!?それは助かる」

「うー…らいはちゃんのためなら仕方ないですね…」

 

五月は持って帰ろうと思っていたのか、少し残念そうな顔をしていた。

タッパーへ入れる作業をことりがしている中、それぞれが空いた食器を片付けている。

 

「それじゃあ、ケーキを切り分けましょうか」

 

そんな二乃の言葉に歓声が上がり、リビングテーブルに持ってきたケーキの周りに姉妹達が集まっている。

 

「テーブルの上も片づけたし、七人でリビングテーブルを使うといい。僕はダイニングテーブルで食べてるから」

「いいの?」

「ああ。それに皆で話すことがあるだろ?」

 

僕が一人で食べることに心配になったのだろう。二乃がそれでいいのかと聞いてきたので問題ないと答えた。そして、これからのことを話す絶好の機会でもあるので、その事を伝えると五つ子はコクンと頷いてきた。

二乃によって切り分けられた一つのケーキを持ってリビングテーブルの席に座る。

さて、後は静かに見守りますか。

そんな風に考えながらケーキを一口食べた。

 

 




今回の投稿も読んでいただきありがとうございます。

今回のお話は、前回の続きとなるクリスマスイブのお話です。ケーキを買いに行った先での風太郎との合流を書かせていただきました。
和彦がいたので、強引に夕飯に誘う形を取らせていただいております。

次回の投稿は4月2日を予定しております。
次回の投稿も読んでいただければ幸いです。
どうぞよろしくお願いいたします。



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56.これから

~吉浦家・リビング~

 

和彦が自分のケーキを持ってダイニングに向かった後、リビングでもそれぞれの前にケーキの載せられたお皿が置かれた。

席順としては、風太郎を軸に左から一花、三玖、ことり、二乃、五月、四葉といった感じだ。

 

「それじゃ、私たちも食べよっか」

 

一花の合図とともに七人はケーキを食べ始めた。

 

「うーん、美味しい!」

「ここのケーキって、いつも先生が差し入れしてくれてるお店よね」

「そうだと思う。店長さんと先生は仲良く話してたから」

「差し入れのケーキ、どれも美味しかったもんね」

「今度は注文するために行きたいですね」

「実際、私もまだ行ったことないし、今度行ってみようかな」

 

女性陣が楽しそうに話しながら食べている中、風太郎は一人黙々と食べていた。

 

「ほらほら、フータロー君もお話に参加しようよ」

「い…いや、俺は…」

「別に楽しんでいいんだよ。風太郎君は私たちの友達でもあるんだから。あ、私の恋人役でもあったね」

 

ふふふ、と笑いながらことりが話すと周りも笑い始めた。

 

「ホント、最初聞いたときは驚きしかなかったわ」

「たしかに…」

「私は、実際にことりさんが上杉君を連れて出ていったところを見ていたので、噂の方を少し信じてしまいました」

「私だって噂を信じちゃったわよ。あの上杉に彼女ができたんだって。軽くショックもあったわね。私には恋人いないのに上杉にってね」

「あはは…う、上杉さんはちゃんと恋人役できてるんですか?」

 

また別の話題で盛り上がっている女性陣に対して、風太郎も話の参加をさせようと四葉が風太郎に話を振った。

 

「ん?さっきここに来る途中でも三玖と五月に話したが、別に何かをしている訳でもないしな。校内でことりと話す訳でもないし、一緒にいるのは帰りくらいだ」

「あー、それは知ってる。クラスの男の子達もフータロー君とことりが一緒に帰ってるのを見るたびに嘆いてるもん」

 

(そんなにか!?)

(さすがことりファンクラブ)

 

一花の言葉に風太郎は驚き、和彦はファンクラブのメンバーに関心した。

 

「それにしても、よくそれだけであんたたちの噂は途切れないわよね。多少は疑念を持つものじゃないの?」

「うん。それはまあ毎日聞かれたかな」

「連日、ことりの周りは人でいっぱい」

「あはは…三玖には迷惑かけてるね。風太郎君とは校内で一緒にいると周りが騒いで迷惑になるし、勉強の邪魔をしたくないって言えば納得してくれるよ」

「マジで付き合ってるみたいよね。真相を知ってるけど、どっちが本当かわかんなくなってくるわ」

 

風太郎とことりが校内で一緒にいるところが少ないことから、周りに噂の疑念を持たれるのではないかという二乃の考えに、ことりがしっかりとフォローをしていることを伝えた。その言葉に二乃は、結局付き合ってるのかそうでないのかが分からなくなってきたようだ。

 

「そういえば、上杉さんはお昼どうしてるんですか?それだけ騒いでると学食でも大変なんじゃ…」

「ああ。マジで視線が凄いからな。先生に頼んで数学準備室で食べさせてもらってたよ」

「へ~、それじゃあ売店で買って?でもそうなってくると、フータロー君のお財布的に厳しいんじゃない?」

 

学食で買った定食などの料理は学食内で食べなければいけないので、一花は売店でお昼を買って数学準備室に向かっていると思ったようだ。

 

「いや、ことりから弁当を作ってもらってるからな。そこは大変助かっている」

 

風太郎の答えに、五月以外がことりに注目した。五月は、すでに教室でことりが渡しているところを見ていたので知っていたのだ。

 

「あんた、そんなことまでしてたわけ?」

「まあ、兄さんと自分の分を元々作ってたし、迷惑をかけてるし、でね」

「もう付き合っていると言っても過言じゃない」

「そうかなぁ?」

 

三玖の言葉にことりは疑問の声をあげた。

 

「三玖の言う通りです。私は、教室でお弁当を渡す光景を見ていましたが、端から見たらお付き合いしているとしか見えませんでした」

「まあ、結果オーライだね」

「相変わらずお前は軽いな…」

 

周りの人達に自分達が付き合っていると意識出来たことには結果オーライと語るこてりに、風太郎は頭を抱えた。

 

「それで?幸せ絶頂の上杉は私たちのことは見捨てるのね」

「ぐっ…べ、別に幸せ絶頂って訳じゃねぇよ」

「そこじゃないでしょ?」

「……」

 

二乃の二度の追及に風太郎は言葉が出なかった。他の姉妹も風太郎の言葉に注目をしているようだ。

 

「お…俺は…二度のチャンスで結果を残せなかったんだ」

 

下を向くことなく、前を向き風太郎は語り始めた。

 

「次の試験だってうまくいくとは限らない。だったら、こんな経験不足の俺なんかよりも、もっと経験豊富なプロにことりが補佐する形が最善だ。これ以上、俺の身勝手に巻き込めない」

「そうね…あんたはずっと身勝手だったわ。そのせいで、したくもない勉強させられて、必死に暗記して公式覚えて、でも問題解けたら嬉しくなっちゃって。ここまでこれたのは全部あんたのせい」

 

そこで二乃は膝立ちとなり、テーブルに右手を置いて前のめりとなり左手人差し指で風太郎を指差した。

 

「最後まで身勝手でいなさいよ!謙虚なあんたなんて気持ち悪いわ!」

「……」

 

二乃の言葉をまっすぐに受け止めた後、風太郎は下を向いてしまった。

 

「悪い、でももう戻れないんだ。俺は辞めた。こうしてお前らと話せているのは、先生の家だからだ。だが、お前らの家に入るのは禁止されてる」

「それが理由?」

「ああ…だからもういいだろ…」

 

家庭教師を続けない理由は五つ子の家へ入ることが禁止されているからなのか一花が確認すると、風太郎は力なく答えた。

それを聞いた五つ子はお互いを見合って笑っている。

そんな五つ子に風太郎は疑問を持ってしまった。

 

「?どうかしたのか?」

「なら、問題ないね」

 

一花の言葉にあわせて五つ子はそれぞれが鍵を手に持った。和彦からプレゼントされたキーホルダーを着けた鍵を。

 

「それは?」

「借りたの。この部屋の隣の部屋を」

「え?どういう意味だ?」

「私だってそれなりに稼いでるんだから。と言っても、先生の知り合いの人のおかげで格安で借りれてるんだけどね。あぁ、事後報告だけどお父さんにももう言ったから。私たちはこれからここで暮らす。これで障害は無くなったね」

 

ニッコリに一花が伝えると、他の姉妹達も笑顔で風太郎を見ている。そんな一花の発言に風太郎はただ驚くしかなかった。

 

「嘘だろ…たったそれだけのために…あの家を手放したのか…?」

 

そこでばっと風太郎は立ち上がった。

 

「馬鹿か!今すぐ前の家に戻れ。こんなの間違ってる。と言うか、ことり!お前がいながら何してるんだ」

「言ったでしょ。私だって風太郎君が辞めたことはショックだったって。だからみんなの気持ちを汲んだの」

 

真剣な顔でことりは風太郎の言葉に答えた。

 

「だからって……!先生はこのこと了承したんですか!?」

「あーー…まあ、隣の部屋を紹介したの僕だしね。うちまで来て相談に来た時の五人の真剣な顔を見れば反対出来なかったよ」

 

和彦は申し訳なさそうに顔をかきながら答えた。

 

「言いましたよね。大切なのはどこにいるかではなく、五人でいることなんです」

 

右手を胸に誇らしげに四葉は語った。

 

(こいつら、ここまでの覚悟で俺を…それに比べて俺は…)

 

立ったまま下を向いてしまった風太郎は、五つ子の覚悟の想いに手に力がこもり、いつの間にかギュッと両手を握っていた。

 

「たった二回で諦めないで。今度こそ私たちはできる。フータローとならできるよ。成功は失敗の先にある、でしょ?」

 

ニッコリと三玖は風太郎に伝えた。その言葉を聞いて、風太郎は顔を上げ五つ子達を見た。その顔はどれも不安そうな気配がなかった。

 

「……たく。なんだか…お前らに配慮するのも馬鹿らしくなってきた。俺もやりたいようにやらせてもらう。俺の身勝手に付き合えよ、最後までな」

 

いつもの調子で笑みを浮かべながら風太郎は答えると、五つ子とことりの六人はお互いに見合って笑うのだった。

 


 

上杉の家庭教師復活宣言の後は、もう遅い事もあり今日は解散となった。

 

「え?本当ですか?」

「ああ、上杉は今日うちに泊まっていくといい。親御さんには僕から伝えるから。どうせ冬休み中なんだし、明日の準備とか無いだろ?」

「ま、まあ。泊めていただくのは助かりますが」

 

五つ子と上杉が帰る準備をしているところに、僕から上杉にうちに泊まっていくように提案した。五つ子達は隣なので問題ないが、上杉は夜道を帰らなければならない。それに雪もまだ降っているようだし、暗い雪道を歩くのも危険だろう。

 

「うん。兄さんの提案通りにしなよ。タッパーに入れた料理は冷蔵庫で冷ましとくから、全然明日でも食べれるよ」

「じゃあ、お言葉に甘えて」

 

ことりの誘いもあり、上杉はうちに泊まることを了承した。そんな僕達のやり取りをじっと見ていた人物がいた。

 

「どうした、一花?」

「え…?う…ううん、なんでもないよ。先生、フータロー君のことよろしくね」

 

そんな言葉を残して玄関で待つ他の姉妹と合流した後、隣の家に帰っていった。

 

「さて、洗い物しちゃいますか」

「俺も手伝おう」

 

両手を腰に当てて、頑張りますか、と意気込んでいることりに上杉が手伝いを申し出た。

 

「本当に!?ありがと。兄さんは明日もあるんだから、先にお風呂入っちゃいなよ」

「そう?じゃあ、お言葉に甘えて先に入らせてもらうよ」

 

ことり達と違い明日から仕事で学校に行かなければいけない僕は、ことりの勧めもあり先にお風呂に入らせてもらうことにした。

 


 

~風太郎・ことりside~

 

カチャカチャ…

 

和彦がお風呂に入っている頃、風太郎とことりは二人で洗い物をしていた。ことりが食器を洗い、それを風太郎が拭いていく、といった形だ。

 

「本当にありがとね。助かっちゃった」

「別にこれくらいどうってことねぇよ。今日泊めてくれるお礼みたいなもんだ」

 

ぶっきらぼうに話す風太郎に対して、ふふふとことりは笑っている。

 

「何笑ってんだよ」

「ううん。なんでもないよ」

 

そんな答えを返すも、ことりは機嫌が良さそうに洗い物を続けた。

 

「何がそんなに楽しいんだよ」

「えー、ただ何となくこの時間がいいなって思っただけだよ」

「はぁ?」

 

風太郎の質問にことりが答えるも、そのことりの答えに風太郎はますます分からなくなった。

 

「それより風太郎君。家庭教師続けてくれてありがとね。改めて、私からもお礼を伝えるよ」

「……ここまでされたんだ。これからもあいつらと付き合っていくさ」

「ふふっ、愛されてますなぁ風太郎君は」

「そういうんじゃないだろ」

「でも、これで次回の試験にも集中できるね。きっと五人揃えばどんな困難も乗り越えていけるよ。そこに風太郎君が手を貸してくれる。なら、越えられない壁はないね」

 

洗い物の手を止めて興奮するように話すことりだが、そんなことりに冷静に風太郎が返した。

 

「お前もいるだろ」

「え?」

「お前は俺の相棒だからな。頼りにしている」

 

そう伝えた風太郎はタオルを持っていない手をことりの方に伸ばした。

 

「ほら、次の皿」

「あ、ああ。うん」

 

自分の事を話されるとは思わなかったので、驚いたことりは少しの間思考が停止したが、風太郎の次の皿を促す言葉に思考が戻り洗い物を再開した。

そんなことりの心には嬉しさと、本人には分からない何かが渦巻いていた。

 

「私だって君のこと必要だって思ってる。頼りにしてるよ」

 

そして、とびっきりの笑顔でことりはそう返すのだった。

 

・・・・・

 

~風太郎side~

 

お風呂に入り、和彦から借りた服を着た風太郎は、リビングに用意された布団の中に入り、電気の消えた天井をじっと眺めていた。

 

「今日は色々ありすぎてどっと疲れたぜ」

 

バイト先で和彦と三玖と五月に出会い、その後は和彦に家への招待。そして、五つ子の決意の表れを示す言葉。確かに、風太郎にとっては色々とありすぎて疲れるのも無理はないのかもしれない。

そんな風太郎は、ふとあることに気づき枕元に畳んでおいたズボンのポケットに手を突っ込みあるものを取り出した。そして仰向けになって、腕を伸ばしてそれを眺めていた。

それは筒上のもので『京都 清水寺』と書かれているお守りである。

これは、期末試験前に風太郎が一人、二乃や四葉の事で奮闘していた時に出会った人物から渡されたものである。

 

「……」

 

渡された人物というのが、五年前に風太郎が京都で出会った女の子だと思われ、その子は『零奈(れな)』と名乗っていた。その女の子との京都での出会いがあったからこそ、今の風太郎がいてもおかしくなく、風太郎はそんな彼女に淡い恋心を抱いていたのかもしれない。

しかし、急に目の前に現れたその子は暫く風太郎と話すともう会えないと言って、このお守りを託し去っていったのだ。

 

『自分を認められるようになったらそれを開けて』

 

「ったく…言いたいことだけ言っていきやがって……」

 

(確かに、あの子がいたからこそ必要ない人間だと思っていた俺に、他の人から必要とされる人間になれるのではないかと思えてきた。だからこそ、この思い出を大切にしてきた。だが……)

 

そこで風太郎の脳裏に六人の顔が過った。

 

『フータロー君』

『上杉』

『フータロー』

『上杉さん』

『上杉君』

『風太郎君』

 

そこでお守りを持っていた腕を下に降ろした。

 

(俺にはもうあいつらがいる。だから……)

 

「さよならだ、零奈」

 

風太郎はどこか吹っ切れたように笑顔で、天井に向かって口にするのだった。

 

 




今回の投稿も読んでいただきありがとうございます。

今回のお話で風太郎が家庭教師復活です!
原作では、五つ子と風太郎が川に飛び込んだりとありましたが、今回はケーキを食べながら雑談からの運びとさせていただきました。
ちなみに、原作通り風太郎に零奈が託したお守りは、まだ風太郎が持っていることになっています。
しかし、自分には必要としてくれる人達が出来たことで、過去の思い出に囚われない決心をしたのかもしれません。

では、次回の投稿は4月7日を予定日しております。
次回投稿も読んでいただければ幸いです。
どうぞよろしくお願いいたします。



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57.動向

次の日の朝。今日は上杉を含めた三人で朝食を食べている。と言っても、僕はすでに食べ終えてるので、お茶を飲んでゆっくりしているだけなのだが。

 

「さてと。じゃあ、いってきますか」

「俺たちと違って、教師は冬休みじゃないから学校に行かなければならないのすっかり忘れてましたよ」

「だろうね。はぁー…学生に戻りたい…」

 

上杉の発言に愚痴をぼやいてしまった。ことりが長期休暇に入る度にこんな風にぼやいてしまうのだ。

 

「ほらほら、ぼやいてないで行かないと。遅刻しちゃうよ」

 

そう言いながらことりに背中を押されてしまった。

 

「はいはい。あ、今日の夕飯は外で食べてくるから、ことりも五つ子達と食べるといいよ」

「え…そうなんだ」

「ああ。じゃあ、上杉もゆっくりしていっていいから。いってきます」

「「いってらっしゃい」」

 

二人の声を背に玄関を出て学校に向かった。

 


 

~風太郎・ことりside~

 

「むーーー…」

 

和彦が学校に向かった後、上杉は途中だった朝食を食べ始めたのだが、向かいに座っていることりが両肘をテーブルにつき、両手に顔を乗せてずっと唸っていた。

 

(触らぬ神に祟りなしだな)

 

「ずずっ…」

 

こういう時のことりに話しかけるとろくなことがないと悟った風太郎は、味噌汁を飲みながら今のことりには関わらないと決意した。が──

 

「お兄ちゃん、今日の夕飯外で食べてくるって」

「……み、みたいだな」

 

無視することもまた面倒になるので、風太郎はことりの言葉に答えるしかなかった。

 

「ま、まあ。先生にも付き合いってものがあるんだろ」

「風太郎君は今日が何日か知ってるの?」

「は?25日だろ。それくらいわかるわ」

 

おかずの玉子焼きを口に運びながら、風太郎は阿保かと言わんばかりに答えた。

 

「じゃあ、今日は何の日の?」

「は?そりゃあ……クリスマスだな」

 

先ほどの玉子焼きを口に運んでいたので、箸を口に咥えたまま風太郎は今日がクリスマスであると伝えた。

 

「そう!クリスマスなんだよ!」

 

すると、ことりが風太郎に向かって勢いよく顔を持っていったため、風太郎は少し引いてしまった。

 

「わかったから少し引いてくれ。いちいち顔が近いんだよ」

「もう。これくらいで恥ずかしがってちゃ、もしもの時大変だよ」

 

(勘弁してくれ)

 

文句を言いつつことりが離れてくれたので、風太郎はほっと一息を入れた。そして、朝食を再開した。

 

「で?今日がクリスマスだからなんだってんだよ」

「クリスマスだよ!?メインは確かに昨日の夜かもしれないけど、クリスマスの夕飯を外で食べてくるって、絶対何かあるでしょ!」

 

信じられない、と言わんばかりにことりは風太郎に訴えかけた。当の風太郎にはあまり響いていないようで、心の中では『そうか?』と思っているほどである。

そんな風太郎を見たことりは、反応がいまいちなのを察した。

 

「はぁーー…もうちょっとこっち方面の勉強もしようね風太郎君」

「ぐっ…」

 

的を得ていることりの言葉に風太郎は何も言い返せなかった。

 

「なら尚更俺に話してもどうにもならないだろ。他に相談相手になりそうな奴だっているだろ。五つ子だったり、数学準備室で一緒になった二人だったり」

 

ふてくされたように朝食を食べ続けながら、風太郎は提案した。確かにもっともな話である。

 

「だってぇ…素の私を見せれるのって、今のところお兄ちゃんと風太郎君だけなんだもん。話くらい聞いてくれたっていいじゃん」

 

今も頬杖をついていることりはぶーぶーと風太郎に文句を言っている。それを気にせず風太郎は朝食を食べ続けた。

そんな風太郎の姿を見ていたことりはふふっと笑ってしまった。

 

「?どうした?」

「ううん。いつもお兄ちゃんと食べてるけど、風太郎君と二人でってなんか新鮮で。なんかこうしてると、夫婦ってこんな感じなのかなって思っちゃった」

「ゲホッ…ゲホッ…」

 

ことりの急な風物詩発言に風太郎はむせてしまった。

そんな風太郎の姿をなおもことりは微笑みながら見ていた。

 

「……んんっ…おかわりくれ」

「はーい!」

 

咳払いをした風太郎は恥ずかしそうにご飯茶碗をことりの方に差し出しておかわりを要求した。そんな風太郎の申し出に、ことりは笑顔でお茶碗を受け取りおかわりに向かうのだった。

 

・・・・・

 

~五つ子・ことりside~

 

結局、あの後は和彦の話をすることはなく、普通に雑談をしながら、風太郎とことりは朝食を食べた。

朝食を食べ終わった風太郎は、今日も昼過ぎからバイトだと言うことで、昨日の夕飯をタッパーに詰めたものを手に帰っていった。

その後、ことりはお皿の洗い物や洗濯を終わらせると、五つ子と昼食を食べるために隣の部屋に来ていた。

 

「ごめんね二乃。一人分増えることになって」

「別に気にしないわよ。五人が六人になったところでたいして変わらないわ。三玖、お皿出してちょうだい」

「わかった」

 

現在、キッチンでは二乃が中心となって昼食を作っている。三玖はそのサポートをしているようだ。

一言声をキッチンに声をかけたことりは他の姉妹が座っているリビングに向かって座った。

 

「それにしても、先生はまだ学校があるのですよね。なんだか違和感があります」

「だよね!私たちはお休みしてるのになんだか不思議な感じだよ」

「あはは…今朝風太郎君も同じこと言ってたよ。この時期になると、兄さんってば毎回学生に戻りたいって言いだすんだよ。困った兄さん」

「ふふふ。先生でもそのように言われることもあるんですね。そんな先生の姿も見てみたいです」

 

自分達が冬休みに入っているので学校に行かなくていいところを、和彦は教師のために冬休みになっていないので出勤したことに四葉と五月は違和感を感じたり、不思議に思っていた。

 

「そういえば一花は?仕事?」

「ああ、一花でしたら…」

「おふぁよ~……」

 

リビングに一花の姿が見えなかったのでことりが尋ね、それに五月が答えようとしたところに、眠そうに目をこすりながら一花が寝室から出てきた。

 

「おはよ。ったくもう昼よ。どんだけ寝ればいいのよ」

 

昼食を作り終わった二乃がお皿を持ってテーブルに並べながら一花に答えた。

 

「いやぁ~…あれ?ことり来てたんだ」

「うん。おはよう一花。家だと一人だし一緒にお昼食べようかなって」

「あれ?先生いないの?」

「先生は仕事です。私たちと違い冬休みではありませんから」

「あー……そういえばそうだっけ」

 

ようやく頭が冴えてきたところでテーブル傍に一花は座った。そこに二乃と三玖によって持ってきた料理のお皿が全て揃ったので昼食を食べ始めた。

 

「フータロー君はもう帰っちゃったの?」

「うん。今日もお昼過ぎからバイトだって言ってたよ」

「上杉さんそんなにバイト入れてるんだね」

「元々がそうだったんじゃない?私たちの家庭教師の給料相当いいみたいだから、家庭教師やってた時はこっちに集中してたんでしょ」

 

昨日は吉浦家に風太郎が泊まっていたのでどうしたのか気になった一花は、ことりに風太郎の所在を確認した。

するとことりが、バイトがあるから帰ったと答えたので、四葉はそんなにバイトを入れているのかと驚いた。

そんな四葉の反応に二乃が今までだってそうだったのだろう、と冷静に答えた。

 

「年内は店が開いてる限りは極力シフトに入れてるんだってさ」

「私たちの家庭教師を続けるといっても、今まで通り給料が出る訳でもありませんからね」

「じゃあ、フータローの家庭教師は年明けから?」

 

バイトをそんなに入れているのであれば自分達の家庭教師も出来ないのではないかと思った三玖はそんな疑問を口にした。

 

「みたいだね。私の場合は今日からでも全然いいんだけどね。そうだ!冬休みの課題終わらせて風太郎君をビックリさせようか」

「おお!いい考えですね!きっと上杉さんは驚くと思いますよ」

 

ことりの冬休みの課題を早めに終わらせるという提案には、五つ子全員が賛成のようである。そんな訳で、昼食が終わったら早速課題に取りかかることになった。

 

「あ、そうだ。今日は夕飯もこっちで食べていいかな?」

「別に構わないけど…何?先生は残業かなにかで遅くなるわけ?」

 

昼食も食べ終わり、後片付けを行っている時に、ことりから夕飯も一緒にしていいか提案があった。それについては問題ないと二乃が答えたが、和彦は帰りが遅いのかも確認した。

 

「うん。なんか夕飯を外で食べてくるからって、朝出掛ける前に言われたんだよねぇ」

「外で……ということは、どなたかとご一緒ということでしょうか」

「多分ね。私が家にいる時に一人で外で食べるってこと今までになかったしね」

 

風太郎の前とは違い、ことりは気にしていない風を装って話している。内心では、先程風太郎と話していたように誰と夕飯を食べるのかめちゃくちゃ気にしているので、よく我慢をしている方である。

 

「ほほぉ~。それはそれは。誰とご一緒なのか気になりますなぁ~」

「え?お友達とか同僚の先生とかじゃないの?」

 

一花が、和彦の夕飯の相手が気になると言うと、四葉が疑問を口にした。

 

「そりゃあ、そうかもしれないけどさぁ。今日ってクリスマスだよ。さすがにその線はないんじゃない。て言うか、先生ってここ地元じゃない訳だけど、友達っているの?」

「ううん。兄さんの友達は地元だったりだから。同僚の先生はみんな年が離れてるから、この辺の友達っていう人はいないんじゃないかな。飲みに誘われたらよく付き合ってはいるけどね」

 

ことりと住むようになっても、和彦は同僚の先生達と飲みに行ったりはしている。最近は試験や林間学校が立て続けにあったので飲みに行ってはいないが、恐らく忘年会がそろそろあるだろうし、それに参加するだろう。去年もそうだったからな、とことりは考えていた。

 

「てことは──」

「……立川先生…」

 

一花が考える素振りを見せていると、三玖がポツリとある人物の名前をこぼした。

 

「やっぱそうなるよね」

 

ことりもある程度は予想していたが、改めて言われるとそうだろうと納得を得なかった。

 

「ふーん…あの女もなかなかやるじゃない」

「ちょっ…ちょっと待ってください。あたかも先生が立川先生と一緒に夕飯に行くようにお話しされてますが、つまり…その…お二人はそういう……」

「ううん。五月が思ってるような関係じゃないと思うよ」

 

恐る恐るといった形で五月が確認に入るが、それをことりがすぐに否定した。

 

「もし二人が付き合ってるなら、それこそ今日じゃなくて昨日の夜に一緒にいるよ。それがないってことは、今回の夕飯は同僚として行くって気持ちなんだと思う。兄さんはね」

 

ことりの確信じみた言葉に三玖はほっと胸を撫で下ろしていた。

 

「とは言え、立川先生の方は──」

「狙ってこの日を選んだんでしょうね。もしかしたら告白まで持っていくかもしれないわね」

「「「──っ!」」」

 

一花が話そうと間をおいたのだが、二乃が芹菜が告白までするかもしれないと話した瞬間、三人がビクッと体を反応させた。

 

「私が焚き付けたこともあるけど、ここまで行動に出るとはねぇ」

「え?二乃、立川先生を焚き付けたの?」

「そういえば、あの時ことりはいなかったね」

 

二乃の言葉に疑問に思ったことりであったが、そんなことりに対して一花が思い出したように口にした。

 

「あれってたしか林間学校の一日目だったよね。旅館の温泉にみんなで入って」

「ですね。あの時はテンション高く、二乃が恋ばなと言って立川先生に迫っていましたね」

 

顎に人差し指を付けて思い出すように話す四葉に五月が同意した。

 

「あ、あれは…やっぱり旅館での温泉だったし、テンションも上がるもんでしょ。てか、止めに入らなかったあんたたちも同罪なんだからね!」

「私は一応止めには入ったんだけどねぇ」

「うぐっ…」

 

止めに入らなかった他の皆も悪いと二乃が言うが、一花が止めに入ったと主張すると、二乃はぐうの音も出なかった。

 

「でも、焚き付けたってことは、やっぱり立川先生って兄さんのことを……」

「そうだね。ごめんことり、私たちから聞いたって言わないで」

 

芹菜が和彦を好きだというのは、ことりも薄々気づいていた。何しろ和彦に想いを寄せているであろう人物はすぐにチェックをしているからだ。それもあって、数学準備室には足繁く通っていたのだ。

ただ、当の芹菜はというとほぼ数学準備室には来ていない。まあ、職員室では隣同士でもあるから話す機会は少なくないのと、ただ単に仕事で忙しいのもあったのだろう。和彦と芹菜は去年に初めてクラスを持ったので、それどころではなかったのだ。

とは言え、和彦のことを長年見てきたことりにかかれば、芹菜が和彦に想いを寄せていることに気づくのに大して難しくなかったのだ。

もちろん三玖の気持ちにだって気づいている。

 

「あはは、大丈夫だよ。私は薄々気づいてたし」

 

一花が顔の前で手を合わせるようにお願いしてきたが、ことりは笑って言わないと答えた。

 

「ま、なんにせよ。結局のところ先生が誰といるかなんてわかんないでしょ。それこそ、四葉が言ってたように他の先生との食事なのかもだしね」

 

二乃の言葉に四葉はうんうんと自信満々に頷いた。

 

「……そうですね…私たちは今すべきことをしましょう」

 

和彦の話はここまでということで、冬休みの課題に取り組むために全員が教科書とノートの準備を始めたのだった。ただ、何人かの心の中にはモヤモヤしたものが残っていたままだった。

 

 




今回の投稿も読んでいただきありがとうございます。

今回は、クリスマスの夜にご飯を食べてくるという和彦の発言から、五つ子とことりの和彦の動向を話すお話を書かせていただきました。
一応、風太郎にもことりから話を振ったのですが、まだまだ風太郎には早かった模様です。

次回の投稿は4月12日を予定しております。
次回の投稿も読んでいただければ幸いです。
どうぞよろしくお願いいたします。



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58.お誘い

コンコン…

 

「はい」

 

数学準備室でいつものように仕事をしていると来客があった。今は冬休みなので生徒ではなく教師の誰かだろう。そんな思いで出迎えるとやはり教師で、立川先生が顔を覗かせた。

 

「失礼します。先生、まだお仕事中でしたか?」

「いえ、もうそろそろ終わろうかと思ってました。良かったらソファーで座っててください」

「では失礼して」

 

今日は、先日約束をしていた夕飯を立川先生とご一緒するために一緒に帰ることになっていたのだが、立川先生の方が先に仕事が終わったのでここまで迎えに来てくれたようだ。

僕がソファーで座って待ってるように伝えると、立川先生はソファーに座った。その立川先生の手元には鞄もあるのでもう帰る支度も出来ているのだろう。

 

「すみません、お待たせすることになってしまって」

「いえ、お気になさらず。今回は私の方が早かったということですから」

 

そんな風に答えてくれた立川先生は、ソファーから席を立つと本棚を物色し始めた。

 

「これだけ数学の本が並べられると圧巻ですね。ふふふ、私って数学苦手だったので、ちょっとクラクラしちゃいそうです」

「立川先生は文系の先生ですからね、仕方ないですよ」

「そう言っていただけると助かります。あ、でもこの辺りは私の得意分野ですね」

 

本棚に沿って僕の座っている辺りまで来ると声を弾ませて話した。

立川先生が言っているのは僕の趣味スペースで、言わずもがな戦国史関連の書物が置かれている。

 

「凄いですね。結構マニアックなものまで…」

「図書室に置かなくなったものが殆どですからね。後は、私物も置かせてもらってます」

「へぇ~……あら、この辺り抜かれてますね。今後何か入れるんですか?」

 

数学関連の書物がとは違って興味津々といった形で棚を物色していた立川先生であったが、抜けている部分に気づき質問をしてきた。なので、作業を止めて振り返り、立川先生の指摘した場所を確認した。

 

「ああ。そこは生徒に貸した本が置かれてた場所ですね。戦国史好きの生徒がいるので、たまに借りていくんですよ」

「へぇ~、そんな生徒がいるんですね。社会担当の私でも知らなかったです」

「ま、まあ…たまたまお互いが戦国史好きだったのを知って、たまにここに来て本を借りていったり、話したりしてるんですよ」

 

その相手が三玖であることは今は伏せておこう。本人の了承がないまま第三者に話す訳にもいかないからね。

まあ、立川先生だったら別に誰かに言いふらすこともないだろうし、良い話し相手になるだろうから三玖に勧めてみるのもありかもしれないな。

そんな考えをしながらまた机に向かう。仕事も後少しで終わりそうだ。

 

「その生徒も羨ましいですね。私も吉浦先生とはもう少しお話ししたいですけど、先生ったら職員室に殆どいらっしゃらないし」

「あはは…面目ない」

 

今日も朝の朝礼後はこの部屋に籠りっきりだったしな。少しは職員室での仕事も考えよう。

 

「よしっと…お待たせしました立川先生。では、夕飯はどこ行きます?」

「あの、その事なのですが…もし吉浦先生が良ければ私の家で食べませか?」

「え!?」

 

立川先生の申し出に僕は驚き、帰り支度をしていた手を止めてしまった。

 

「立川先生って確か一人暮らしですよね?」

「はい」

「いや、いくらなんでも女性の一人暮らしの家に僕のような男が行くのもどうかと思いますが」

「大丈夫ですよ、別に何されるとか思っていませんし。先生のこと信頼してますから」

「そういう問題でもないんですけどね……うーん……まあ、家主さんが良いなら良しとしますか……」

「それは良かったです。前々から先生には私の手料理食べてもらいたかったんです」

 

僕の言葉に手を合わせて笑顔になる立川先生。そんな顔を見せられたら断らなくて良かったと思えてしまう。

 

「では、帰り支度が終わりましたし行きますか。買い物とかしていきます?」

「そうですね。途中でスーパーに寄って行きましょう」

 

僕は鞄と鍵を持ち、立川先生と共に数学準備室を出て鍵を閉める。

職員用玄関に向かう道で僕から少し離れながら立川先生はぽつりと呟いた。

 

やっぱり優しい人なんですね……吉浦先生って……

「……何か言いましたか?」

「いえ……何も」

 

何か言った気がしたけど、気のせいだったかな?

二人で職員用玄関を抜けて、一路立川先生のお宅の近くのスーパーに向かう。以前、偶然出会ったあのスーパーだ。

 

「そういえば、私は数学が苦手でしたけど、吉浦先生って苦手な教科とかありました?」

「うーん、強いて言うなら英語ですかね……」

 

学校からの帰り道。スーパーに寄る道すがら、僕は隣を歩く立川先生に訊かれる。

 

「そうなんですか?意外ですね。吉浦先生って英語得意そうですけど……」

「いや、僕なんか全然ですよ。特にリスニングが苦手でして……何言ってるか全然分からないんですよね……」

「あ、それ分かる気がします」

 

僕の話に立川先生は共感するように頷く。

 

「私もリスニングが苦手でして…単語や文法を覚えるのはまだ何とかなっていたんですけどね」

「あー……僕はその単語や文法も得意ではなかったので、大学とかでも苦労しましたね。英語って理系、文系関係なくあるじゃないですか」

「ふふふ、確かに」

 

そんな感じでなんてこともない話をしながらスーパーに向かった。それでも立川先生は笑顔を絶やすことなく話していたので、こちらまで楽しいと思えていた。

そしてスーパーに着き野菜コーナーから回ることになった。

 

「うーん…吉浦先生って、洋食と和食どちらが好きとかあります?」

 

買い物かごを持って立川先生の後ろを付いていたらそんな質問を投げかけられた。

 

「そうですね……強いて言えば和食でしょうか。でも良いんですよ。今日はクリスマスですし、洋食を作っていただいても」

「良いじゃないですか。クリスマスに和食を食べるのも。じゃあ…あれと、これをと……」

 

僕の言葉に笑顔で答えた立川先生は、すでに頭の中でレシピが決まったのか次々と食材を選びかごの中に入れていった。そんな彼女を僕は微笑みながら見ていた。

 


 

~二乃・四葉side~

 

「結構買ったわねぇ」

「家の冷蔵庫空っぽも同然だもんね。これくらいなら持てるから大丈夫だよ」

「ありがとね。ホント助かるわ」

 

買い出し担当の二乃と四葉は、今住んでいるマンションの周辺の情報を得るために、今日は少し遠いスーパーに来ていた。これからは一花の収入だけで食費をやりくりしなくてはいけないので、食事関連を任されている二乃としても色々なスーパーやお店を見ておきたかったのだ。

 

「それじゃ帰りましょうか」

「うん!……あれ?先生がいるよ」

「え?」

 

買った食材を買い物袋に入れてそれぞれが袋を持ちいざスーパーを出ようとしたところで、四葉が和彦を発見した。

 

「本当ね。買い物袋なんか持って何してるのかしら。てか、今日は夕飯を外で食べてくるんじゃなかったの?」

「だよね。それに、あれって誰かを待ってる感じがするね……あ」

 

二乃と四葉が見ている方向では、和彦が買い物袋を持って佇んでいたのだ。そんな和彦にある女性が近づいていった。

 

「あれって……」

「そうね。立川先生だわ」

 

和彦と芹菜は合流すると何やら話した後、そのままスーパーを出ていった。

 

「…………追うわよ」

「えー!?」

 

出ていった二人を見た二乃は少し考えた後、四葉に二人を追うと言った。それには四葉も驚いてしまった。

 

「追うって、尾行するってこと?」

「それ以外ないでしょ。ほら、見失っちゃうじゃない」

 

四葉の抗議するような声を無視するかのように、二乃はさっさと二人の後を追っていった。

 

「う~~…どうなっても知らないんだからね」

 

そんな二乃を四葉も追っていった。

 

「それにしても、こういう状況になるとは思いもしなかったわ」

「本当だよ…まさか先生のことを尾行することになるなんて…」

「そっちじゃないわよ」

 

弱々しく話す四葉に二乃がツッコミを入れた。

 

「え?」

「先生は今日夕飯を外で食べるって言ってたらしいじゃない。だから私たちはどっかのお店で食べると思ってたわ。でも、実際にはああやって買い物袋を持って二人で歩いてる」

「そっか。お店で食べるなら買い物する必要ないもんね……?じゃあどこで食べるの?」

「買い物袋を持って二人で歩いてるなら決まってるでしょ」

 

そう言いつつ二乃はスマホを取り出し電話をかけた。

 

『二乃?どうしたのさ。しかもグループ通話なんて』

『何かあったのでしょうか?』

 

二乃が電話したのは、五つ子とことりでグループを作っているところのグループ通話だ。現状を全員に共有しようとしたようである。

早速、一花と五月が電話に出た。

 

「今買い物から帰ろうとしてたんだけど、吉浦先生を見たわ」

『え?兄さんがいたの?』

『誰かといた?』

「案の定、立川先生といたわ。今、その二人の後を四葉と追ってるところよ」

 

和彦の存在を聞くや否や三玖が誰かといるのか聞いてきたので、二乃は和彦を追っていることを伝えた。

 

『え?二人で尾行してるの!?なんでまた…』

 

尾行していることに一花が驚きの声をあげたが、他のメンバーも驚いているようである。

 

「状況が状況だったからね。気になったから追ってるのよ。先生たちを見かけたのって実はスーパーの中だったの。そして、二人も買い物してた。で、その買い物袋を持って今二人は歩いてるって訳」

『──っ!?それって…』

 

二乃の説明にことりがすぐに状況を理解した。

 

『?どういうこと、ことり』

 

まだ状況が理解出来ていない三玖はことりに聞き返した。

 

『兄さんは夕飯を外で食べてくるって言ってた。けど、今は立川先生と買い物袋を持ってどこかに向かってる。つまり、立川先生の家でご飯を食べるってこと』

『え……』

「そういうこと。だから本当にそんなことになってるか確認してるって訳よ」

「あ!二乃、先生たちがマンションに入っていくよ」

「当たりね」

 

ことりの説明を受けた三玖は電話の前で固まってしまった。そんな三玖に追い打ちをかけるように、四葉がマンションに入っていく二人の姿を確認した。

 

「ふ~ん、ここが立川先生のマンションか…」

『二乃!?それで、二人はどうなったのですか!?』

『五月ちゃん落ち着いて。どうどう…』

 

和彦と芹菜の二人が入っていったマンションを見上げながら二乃が言葉を漏らすと、五月が興奮したように二乃に追求した。それを一花が落ち着かせている。

 

「さすがに中に入られたら私たちじゃどうすることもできないわね。目的も果たしたしそろそろ帰るわ」

『う、うん。二人とも気をつけて帰ってきてね』

 

ことりの言葉を受け、二乃は電話を切った。その後また二乃はマンションを見上げた。

 

「二乃?」

 

うちに向かって歩き始めた四葉であったが、一人だけ歩いていることに気づき、振り返るとマンションを見つめたまま動かない二乃に声をかけた。

 

「ええ、ごめんなさい。行きましょうか」

 

そこで二乃は歩みを進め、二人は皆が待つマンションに向かって歩き始めた。

 


 

スーパーでの買い物も終わり、立川先生の住むマンションまで来た。エレベーターに乗り込み目的の階が近づくにつれ緊張してきてしまった。

今まで確かに何回か女性と付き合ったことはあるが、女性の一人暮らしの部屋にお邪魔する経験がなかったからだ。

はぁぁ…ここまで来て情けない話だよ。

目的の階に到着し、エレベーターから出た僕は立川先生に付いていく形で部屋まで移動した。

もう心臓がばくばくである。

 

「どうぞ。片付けてはいますが…」

 

トアを開けた立川先生に促されるまま部屋の中に入った。

 

「お…お邪魔します…」

 

緊張した声で中に入り、玄関で靴を脱いだ。

 

「ふふふ、緊張なさらなくてもいいですよ。奥がダイニングですのでそちらに案内しますね」

 

ドアの鍵を閉めた立川先生が靴を脱ぎ、どうすればいいか分からず固まっていた僕の横を通りすぎてから僕を先導した。

 

「うちって1DKなのでダイニングにこたつ出してるんです。今スイッチ入れるので入ってください」

 

立川先生に言われるがまま荷物を置きこたつに入った。その後周りをキョロキョロと見てしまった。

こういう初めてのところに来ると何故かキョロキョロしてしまうものだ。

室内は綺麗に片付けており、清潔感が漂う部屋だった。

 

「すみません、ちょっと着替えてくるのでくつろいでてください」

 

そういって立川先生は寝室に行ってしまった。

確かに少し緊張しすぎていたかもしれない。まずは落ち着こう。

こたつに入りながら、いつの間にか完全に安心しきった僕は周囲を観察した。テレビ周りや本棚など綺麗に整理整頓されている。

女性の部屋だけあって可愛い小物などが置かれていた。立川先生らしい部屋だ。

そういえば、ことりがこっちに来て一緒に暮らすようになってから小物を飾るようになったように思える。やはり女性ならではなのかもしれない。

そんなことを考えていると立川先生が戻ってきた。

 

「すみませんお待たせしました。お茶も淹れてきましたのでどうぞ」

「あ……ありがとうございます」

 

マグカップに注がれたお茶を一口飲み、少し落ち着いた僕は改めて立川先生を見た。

着替え終わった後の立川先生の服装は白のトップスと黒のスカートというシンプルな格好だった。それに、彼女の長い髪はシュシュで結ばれていた。しかしそれが逆に彼女の綺麗さを際立たせていた。

 

「ふふ、どうしたんですか?」

 

僕の視線に気づいたのか立川先生が微笑みながら聞いてきた。

 

「あ……いや、その……その服装はシンプルで素敵だなと……」

「ありがとうございます」

 

立川先生は嬉しそうに微笑んだ。

 

「それで……よろしかったらもう少し待ってもらってもいいですか?すぐに準備しますので」

「何か僕に手伝えることはありますか?」

「申し出はありがたいのですが、今回は一人で作りたいので…吉浦先生はこたつでゆっくりしててください。あ、テレビもつけていいので」

「分かりました。ではお言葉に甘えて待たせてもらいますね」

 

立川先生の厚意に甘え、こたつでくつろがせてもらうことにした。テレビをつけ適当にチャンネルを回す。ニュース番組を見ながら時間が経つのを待った。

料理が完成したようでキッチンからいい香りが漂ってきた。僕はこたつから出てキッチンに移動し、手伝いを申し出た。

 

「運ぶの手伝いましょうか」

「ありがとうございます。ではお皿をお願いできますか?」

「分かりました」

 

二人で協力して料理を運ぶと、こたつに並べていった。

今日のメニューは肉じゃがとほうれん草のおひたし、豚汁にご飯だった。

 

「美味しそうですね!」

 

僕は素直に感想を述べた。

 

「ふふ、ありがとうございます。冷めないうちに食べましょう」

「そうですね」

 

二人で手を合わせていただきますをしてから食事を始めた。肉じゃがは味がしっかりと染みておりとても美味しかった。

 

「とても美味しいです」

「それはよかったです。どんどん食べてくださいね」

 

立川先生の言葉に甘えて、僕は箸を進めた。

食事中は立川先生オススメの小説の話などで盛り上がった。

 

「へぇ~、あの作者って色々と書かれてたんですね」

「そうなんです。私、どの作品も好きで。良かったら、別の作品も読んでみてください。またお貸ししますので」

「ありがとうございます」

 

そんな感じで食事の時間は和やかな雰囲気のまま過ぎていった。

 

 




今回の投稿も読んでいただきありがとうございます。

今回では、和彦と芹菜のお食事の前半を書かせていただきました。
最初は、どこかのビルの上階にあるレストランも考えたのですが、手料理を振る舞うのも中々良いのではと思いまして、芹菜の家での食事会とさせていただきました。
この食事会の場面は次回に続きます。

次回の投稿は、4月17日を予定しております。
次回の投稿も読んでいただければ幸いです。
どうぞよろしくお願いいたします。



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59.ファーストキス

「ごちそうさまでした」

「はい、お粗末様でした」

 

立川先生は、食器をキッチンに運び洗い物を始めたのでそれを手伝うことにした。

 

「すみません、ありがとうございます」

「いえいえ、こちらこそ美味しい食事をありがとうございます」

 

二人で協力しながら片付けを終え、こたつでゆっくりしていると立川先生が話しかけてきた。

 

「あの…シャンパン用意してますので、食後にどうです?」

「へぇ~、いいですね。クリスマスらしさが出てきます」

「良かったぁ。チーズやスナックといった軽めのおつまみも出しますね」

 

そう言うや否や準備に取り掛かり始めた立川先生。

こたつの上には、チーズやピーナッツといった少ないおつまみとグラスが二つ用意された。ご飯を食べたばかりなので、このおつまみの量はちょうど良いかもしれない。そこにシャンパンを手に立川先生が戻ってきた。

シュポンッと開けられたシャンパンのボトルからトクトクとグラスに注がれた。

 

「じゃあ、もうクリスマスの夜ではありますが……メリークリスマス」

「メリークリスマス」

 

チンッ…

 

僕の乾杯の挨拶に続いて立川先生も合わせてくれた。

 

「………へぇ~、飲みやすくて美味しいシャンパンですね」

「本当ですね。今回のは当たりだったのかもしれません。お酒屋さんで見つけたものなんですけどね」

 

お互いが話すように、今飲んでいるシャンパンはとても飲みやすく美味しかった。

これならまだまだ飲めそうではあるが飲みすぎに注意しないといけないな。飲みすぎて帰れなくなるというのが最悪のパターンだし。

チーズを食べながらシャンパンを飲んでいると立川先生から話しかけられた。

 

「あの……一つお願いがあるんですけど…」

「お願いですか?」

「はい。その…二人っきりだったりプライベートの時には、お互いに名前で呼びませんか?その…外でも先生と呼び合うのもなんなので」

「名前ですか。いいですよ」

 

特に難しいことでもなかったし、名前で呼ばれることに抵抗がなかったので二つ返事で了承した。それを立川先生はとても喜んでくれた。

 

「えーと…立川先生の下の名前は確か……芹菜さんでしたっけ?」

「はい!えっと……じゃ…じゃあ…その…か、和彦さん

 

小さな声ではあったがしっかりと僕の名前を呼んでくれた芹菜さん。名前で呼ばれることは大したことではないと思っていたけど、妙にこそばゆくなってきた。

 

「あはは…自分でお願いしておいてなんですが。私って男性の方とここまで仲良くなったことなくって…だから、か、和彦さんが男性でお名前呼びするのは初めてなんです」

「え?そうなんですか?」

 

意外だなぁ。芹菜さんなら引く手数多だろうに。その証拠に、生徒からだってキャンプファイヤーのダンスなど色々と声をかけられてるはずだ。

 

「その…男性の方と話すとどうも緊張してしまって…だから、あまり男性の方と話すのは得意ではないと言いますか…」

 

そういえば、最近は普通に話しているが、最初に会った頃はそこまで話していなかったように感じる。教員一年目として緊張していたのかと思っていたが、隣の僕に緊張していたのか。

 

「なんか、すみませんでした」

「え?何がですか?」

「いえ、まだ一年目の頃。あの頃って、芹菜さんってずっと緊張していたので、緊張を解すために色々と話しかけてしまったなと」

「ふふふ、そんなこともありましたね。でも、あれがあったからこそ、私は今のように教員を続けられてるって思うんです。和彦さんだって一年目で緊張しているはずなのに、私に気を使ってくれていた。その優しさが私の励みになっていました。ありがとうございます」

 

ニッコリと笑顔で返された。ずるい人だ。そんな顔をされれば気にするだけ無駄だと思えてしまう。

シャンパンのグラスをくいっと傾けて、中身を飲み干した。そこに『どうぞ』と芹菜さんが追加のシャンパンを注いでくれた。

 

「まあ、今でも男性が苦手であるのには変わらないんですけどね。男子生徒と話すのも毎回ドキドキで……ふふふ」

「そうだったんですね」

 

そこで芹菜さんは自分のグラスにシャンパンを注いだ。かなりペースが早く僕より二杯は多く飲んでいる。

しかし、それで林間学校の前の日に疲れていたのか。苦手である男子生徒からのダンスの誘いが立て続けにあって。

ただ、そうなってくると疑問点が出てくる。

 

「僕は大丈夫なんですか?その…苦手な男性でもある訳ですし、ここにいるのもまずいのでは」

「ふふふ…」

 

僕の疑問に何故か芹菜さんは笑ってしまった。どこか可笑しかっただろうか。

 

「……本当に、普段は敏感なくらい私のことを気遣っていただけるのに。こうやって鈍感なところもありますよね、和彦さんって」

 

そこで芹菜さんは立ち上がり、僕のすぐ横に座り込んだ。そして、くいっとグラスに残っていたシャンパンを飲み干してしまい、僕の肩に自分の顔を預けてきた。

 

「ちょっ…」

「ごめんなさい。少しだけこのままでいさせてください」

 

芹菜さんはそれだけではなく、僕の左手に自身の右手を重ねてきたのだ。

 

「芹菜さん…」

「これだけすれば、いくら鈍感な和彦さんでも気づきますよね…………私は、和彦さんのことが好きです」

「──!」

 

彼女の口から出た言葉は、僕への好意を示す告白だった。

 

「私は、ずっと前から和彦さんのことが好きです。でも、このことを告げるのは……まだ早いかなって思ってました」

「え……?」

 

芹菜さんは僕の肩に顔を乗せたまま、そう話を続けた。僕は告白をされたというこの状況に頭が追いつかない。ただ、彼女の言葉を聞くことしかできなかったのだ。

 

「だって……もし私が告白したとしても、きっと和彦さんは私の気持ちに応えてくれないだろうから…」

「……!」

 

その言葉に、僕は驚いた。芹菜さんに対してそんな素振りを見せたことは……いや、表に出ていないと思っていた僕の気持ちは、彼女には筒抜けだったのだ。

 

「知ってましたよ? だって……ずっと和彦さんの傍にいたんですから」

「……」

 

彼女のその言葉で、僕は何も言えなくなった。今僕が何を言ったところで、それは芹菜さんを肯定してしまうことになるから。彼女がどれだけ僕のことを見ていてくれていたのかが分かってしまったから。

 

「だから、私はこの気持ちを伝えるのをずっと我慢してきました。きっと、私が告白をしても和彦さんは私の気持ちに応えてくれないから」

「……すみません」

 

僕は芹菜さんにそう謝った。彼女の気持ちに応えられないのに、彼女にこんな気持ちを抱かせてしまったことを……僕は謝らずにはいられなかった。

 

「でも、私はもう我慢できません。だって……こんなにも好きなんですから」

「芹菜さ──」

 

僕が何かを言おうとした瞬間、彼女は僕にキスをした。それは一瞬の出来事で、すぐに彼女は顔を離したので、僕らの唇が触れていたのはほんの数秒のことだった。

 

「私は、和彦さんのことが異性として好きです。今のは私のファーストキスですが、これからは、こういうこともしたいと思っています」

「……」

 

彼女の僕に対する気持ちの宣言に、僕は何も言えなくなった。そして彼女は再びシャンパンのボトルを手にする。

 

「これを飲んだらお開きにしましょう。これ以上一緒にいたら……私、自分の気持ちを抑えられなくなりますから」

 

そう言った芹菜さんの顔は赤くなっていて、目はどこかとろんとしていた。それに加え、先程のキスで僕らの間にあった雰囲気はより濃厚なものとなっていた。

 

「私は、もう自分の気持ちに嘘をつきません。ですから、和彦さんも真剣に考えてください。私のことと……自分の気持ちについてを」

 

芹菜さんはそれだけ言って、手てしたシャンパンのボトルからグラスに注いだ。

その後、しばらくしたらボトルが空となったのでお開きにして僕は家路についた。

 

「ただいま」

「あ、おかえり~」

 

家に帰ると、既にパジャマに着替えたことりがリビングのソファーに座っていた。どうやらまだ起きていたようだ。

 

「まだ起きてたんだ。冬休みとはいえ早く休みなよ」

「わかってるぅ」

 

ことりはソファーに座ったままスマホの操作に夢中のようだ。メッセージのやり取りでもしているのだろうか。

後はお風呂に入って寝るだけだし、とりあえず部屋に荷物やコートなんかを置きに行くか。

そんな考えをしながら自分の部屋に向かおうとした。すると後ろからことりに声をかけられた。

 

「お兄ちゃん、今日は立川先生の家でご飯食べてきたんだよね?」

 

思いもしない言葉で驚き振り返った。

ことりはスマホの操作が終わったのか、スマホをテーブルの上に置きこちらをじっと見ていた。

 

「あ、否定しても無駄だから。こっちは、二人が買い物袋を手にマンションに入っていく姿を見たって証言があるから」

 

どんな情報ネットワークだよ。

僕は言い訳とかを諦めて、ことりの傍まで行って床に座った。

 

「ったく…誰から聞いたんだか…そうだよ。今日は立川先生のお誘いがあったから、立川先生の家に行ってきたよ」

「ふーん、あっさり認めるんだ」

「目撃者がどうのって言われたら何も言えないでしょ。それに、ご飯食べてお喋りして、そこにお酒を飲んでだから言い逃れとかないんだよ」

 

まあ、実際は芹菜さんに告白されて、それにキスも……

この辺りは言えないな。

 

「ふーん…」

 

ことりはあまり納得が出来ていないようで、ソファーから立ち上がり、僕の目の前に座ってじっとこちらを見ている。

 

「立川先生と付き合うの?」

「──っ!」

 

その言葉に、芹菜さんから告白された記憶が蘇り、体がビクッとなってしまった。

 

「そうなの?」

「………付き合っていないよ。ことりには正直に話すけど、確かに立川先生から告白はされた」

「!」

 

告白はされたことを伝えるとことりは目を見開いて驚いていた。先程の付き合っているのかっていう質問も、心の中では何もなかったという思いから出た言葉だったんだろう。

 

「え、じゃあ断ったの?」

「断ったと言えば断ったんだけど、そうとも言えないな」

「もう!煮え切らないなぁ!付き合ってないなら断ったんでしょ?」

 

僕の謎かけのような発言に頬をぷくっと膨らませて抗議してきた。

 

「いや、僕の口からは返事をしてないんだよ」

「え?」

「僕から返事をする前に、『今のあなたに告白してもそれに応えてくれないだろう』、て言われたから。それ言われてもう何も言えなかったよ」

「………!もしかして、まだ昔のこと引きずってるの?私がいるせいで、お兄ちゃんが中々長く付き合えないこと」

「別にことりのせいじゃないだろ」

 

ことりの頭を撫でながら、僕の女性との付き合いが短いことがことりのせいではないと伝えた。

今までの女性との付き合いがどれも短かったこともあり、女性と付き合っていくことが煩わしと思っているのは本当だ。その事で距離も置いていた時期も確かにあった。

だけど、そうなってしまったのは自分のせいであって、ことりのせいだと思ったことは今までに一度もない。

 

「学生に告白されるよりも、立川先生はもっと身近な人だったから少し迷ったんだよね。だけど、もし付き合うなら、そんな迷いもなく付き合っていきたいんだ。だから、僕に彼女ができるのはもう少し先かな」

「そっか……私はいつでもウェルカムだからね」

「はいはい…」

 

あきれ気味に答えながらことりの頭を撫でていると、ことりはまたぷくっと頬を膨らませながら抗議の目を向けてきた。

 

「むーー…いつまでも私を子供扱いしてぇー!あ、そうだ」

 

そんなことりはあることを思いついたのかニヤリと笑みを浮かべた次の瞬間──

 

「──!」

「ん……」

 

ことりが僕にキスをしてきたのだ。それは本当に触れる程度のものだった。だが、確実にキスをしたのだ。

 

「おまっ……!」

 

僕は驚き、慌てて後ずさった。そんな僕を満足そうにことりは見ている。

 

「ふふっ…私のファーストキスどうだった?これからは隙あらばしちゃうんだから」

 

ペロッと唇を舌で舐めながら妖艶な笑みを浮かべていることり。だが、次の瞬間には真面目な顔に変わっていた。

 

「お兄ちゃん。私のこの想いはずっと変わらないよ。たとえ、私に他に好きな人ができたとしても、この想いだけは変わらない。忘れないで」

 

真面目な顔で言っているので、茶化すようなことは言わず、その言葉を胸に留めておいた。

 


 

~???~

 

チリン…

 

部屋の住民は皆寝静まった暗いリビングで、一人の人物がおみくじの形をしたお守りを持った手を窓に向かって持っていくようにしてそれを眺めていた。

 

「お兄ちゃん…」

 

チリン…

 

まるで言葉に反応するようにお守りの鈴が鳴った。

そのお守りを大事そうに両手で持ち、そのままその手を自身のおでこまで持っていった。

 

「お兄ちゃん、立川先生と付き合っちゃうのかな…………ヤダな……」

 

そして、その状態のまましゃがみこむと、顔を上げて、カーテンの隙間から覗いている月を見上げるのだった。

 

 




今回の投稿も読んでいただきありがとうございます。

今回は、前回の続きとして芹菜のお宅での食事会を書かせていただきました。
今回の目玉としては、芹菜の告白とサブタイトルにもある二つのファーストキスでしょうか。
ヒロインである五つ子達よりもオリジナルキャラ達が先に動き始めました。これが、果たして五つ子達にどのような影響を与えるのか。これからしっかりと書いていければと思います。

次回投稿は4月22日を予定しております。
次回投稿も読んでいただければ幸いです。
どうぞよろしくお願いいたします。



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