燕の後の祭り (顎髭)
しおりを挟む

時は既に遅し

ゴリッゴリの鬱展開かつバッドエンドのため、「大友がこんな目に遭うとかあまりに惨過ぎる」とか「誰も報われてない」と思いたくない方は、Uターンをお薦めします。
つばめ先輩の作戦が完全に悪い方向に進んでしまい、大友が壊れてしまいますので……。

そして言い訳にはなりますが、僕はつばめ先輩と大友のことが嫌いではありません。


何でだ。おかしいじゃんか。

私は涙を拭いながら家に帰り、「ただいま」も言わずに部屋に籠った。

 

「何で……!!」

 

数十分前にあった出来事が、嫌でも思い返される。

かつて仲良くしていたかつ尊敬していた2個上の先輩から、あんな事を言われるなんて……。本当に理解が出来ない。

今でも、彼女に叩かれた左頬がピリピリと痛む。電源の付いていないスマホの暗い画面からでも分かるくらい、左頬は赤くなっていた。

あんなに力強く人に叩かれたのは初めてだった。お父さんやお母さんにもそんなことされなかったのに。

 

「京子ー!?どうしたの!?」

 

下からお母さんの声が聞こえた。

悪いが、今はとても話す気にはなれなかった。どうしても彼女への失望やイライラが募ってしまって、いざ口を開いたとなれば、関係の無い人にまで当たり散らかしてしまいそうだったから。

だが、それ以上にだ。 "アイツ" への…… "アイツ" への恨みが余計にぶり返してきてしまいそうで、気が気でなかった。

 

「ああっ!!!」

 

良くないことだと承知はしているが、乱雑にバッグを壁に投げ付ける。中身が散らばったが、そんなのはどうでもいい。だが、こうでもしないと怒りが全く収まらない。

何が「石上は私を助けた」よ。何が「荻野くんは浮気してた」よ……!!

結局、その日はただイライラしかなく、夕飯も風呂もそっちのけにただ物に当たり散らかしてしまった。お父さんも心配して尋ねてきたが、「入ってくんな」と汚い言葉遣いで突っぱねてしまった。

 

「はぁ……はぁ……!!」

 

もう自分の部屋は滅茶苦茶だった。

イライラと疲れでもう立つのも面倒になってしまい、私はその場に座り込んだ。

 

「……意味が分かんない。」

 

どうしてあんなことを言ったのか。彼女も、きっと理解してくれてる方だと思ってたのに。

久々に会ったかと思えば、確認したいことがあると言われ聞いてみたら……それは寝言と言ってもいいくらい信憑性に欠けた噂だった。

 

 

 

『荻野コウは複数の女と浮気していた』

『石上優はそれを止めるために荻野を殴った』

『だが、それに逆ギレした荻野が石上をストーカーだと嘘をついた』  

 

 

 

こんなこと、何で今になって信じろっていうんだ。

てか、それ以前の問題だ。荻野くんはそんなこと絶対にしない。私のことを心から想ってくれていた。

1年半前くらいになるが、荻野くんと付き合えたことは心から嬉しかった。度々私に向けられる笑顔は、間違いなく……本物だった。

相思相愛とはこのことだと、私は染み染みと感じた……んだが。

それはたった1人のクズのせいで打ち砕かれた。ちょっと優しくしてあげたからって、勝手に勘違いして、挙げ句の果てには……。

今でも絶対に許さない。なのに、何で……それを否定するようなこと……!!

 

「……あ。」

 

先ほど投げ付けたバックの中から、1枚の写真が出ていることに気付いた。

こんなのいつ入れたっけと思い、見てみると……それは、昼時大喧嘩をした彼女とのプリクラだった。

中等部の時は、こんなことするくらい仲良かったのにな……。何であんな風に。

あんな風になった以上、もうこの時には戻れない。ていうか……もうこの女も許さない。理解出来ない。

歯を食いしばりながら、私はそのプリクラを破り捨てて、彼女との連絡先も全て消した。

もう分かり合えない。この女も……私の敵だ。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

それから半年以上が経ち、私は今年も秀知院の体育祭へと足を運んだ。

 

「京子ー!おひさー!」

「おひさ〜!」

 

半年以上も経っていたから、あんなふざけた噂のことはほとんど気に留めていなかった。

石上のことも、子安つばめのことも……。まぁ完全に根に持たなくなったとは言えないが。

時間の経過というものの効果は絶大だ。あの時は抉られる程に痛かった傷が、今となっては軽傷程度に済んでいる。その内は完治となる……と、この時までは思っていた。

 

「そういやそんなことあったよね!」

「ホント、あん時の京子はさぁー。」

「ごめんってホント……。」

 

楽しい。こうして傷が癒えていく気がした。

 

「てか、まだ男出来ない訳?あんだけ張り切ってたのにさぁ。」

「だってぇ〜。いくら男と出会ったって、荻野くんより素敵な人なんていないんだよねぇ〜。」

 

昔を懐かしみ、かつての友達と思い出を巡るのは非常に楽しく心が踊るものだった。

だが……そんな楽しい時間はこれまでだった。

 

「……そ、そう…だね。」

「あー……うん。」

 

……ん?何だ?この空気……?私、何かマズいこと言った……?

どういう訳か、さっきまでの懐かしみ溢れた空気が微妙な空気に変わったことを私は感じ取った。

 

「そのことなんだけどさ、京子……。」

「荻野くんと付き合っててさ、何か違和感感じなかった?」

「えっ?い、違和感?」

 

恐る恐る友達は私にそう尋ねた。

 

「そう。何て言うか、こう……京子が喋ってる最中にスマホいじってたりとか、挙動不審な感じとか……。」

「そ、そんなの……なかったけど……。えっ?どうしたの突然?何でそんなこと聞いてくるの?」

 

訳が分からなかった。何で今になってそんなことを聞いてくるんだ?何でそんな……よそよそしい感じなんだ?

 

「このことさ、京子にずっと言おうかどうか迷ってたんだけど……。ねぇ?」

「うん……。ちょっと、あまりに触れづらくて。」

 

そして、恐る恐る友達は……ありえないことを口にし始めた。

そしてそれは、どういう訳か初めて聞くことではなかった。半年前くらいの、あの最低最悪なデジャヴが……。

 

「えっ……な、何で……。」

「卒業式……ら辺だったかな。突然先輩達からそんなこと聞いてさ。その、荻野くんが……結構女の子と遊んでたって。」

「もしかしたら、京子と付き合ってる間も……他の女の子と遊んでたんじゃって、凄い不安になってさ。」

 

これ以上聞きたくない。嫌だよ……。

 

「……そ、そんな訳ないじゃん!だって考えてみてよ?あの荻野くんだよ?いつも皆の中心にいて、いつも明るく気さくな荻野コウ君!!

 そんな優しい人が、浮気なんて……!」

「……そう、なんだけどさ。」

「あまりに広まり過ぎてて、簡単に一蹴出来なくて……。」

 

末尾の声量が弱々しくなっていて、聞き取れるか聞き取れないかの瀬戸際だった。

えっ……?何その微妙な雰囲気。何でそんな、曖昧な感じなの……?ねぇ、まさかだけどさ……。

 

「えっ……?じゃあ何?皆……その噂信じてるっていうの?」

「………………。」

 

気不味そうに2人は視線を逸らす。

イエスもノーも言っていなかったが、もう答えは明白であった。

そして、それを感じ取った私は……またあの昂りが湧き出てしまった。

 

「いやいや……。おかしいじゃんか……。」

「!」

「おかしいじゃんか!!!」

 

裏切られた感じがして、私は必死に抗議した。

あの時私のために本気で怒ってくれたのは、何だったの?皆そうだったじゃん。なのに、何で……!

 

「皆あの時私と荻野くん信じてくれてたのに、何でそんな掌返すようなこと言うの!?こんなのあんまりだよ!!裏切らないでよ!!」

「そういうことじゃないよ京子!!私達は荻野くんの味方ではないし石上の味方でもないよ!ただ京子の味方であって」

「じゃあ何で信じないのよ!!味方なら信じてよ!!こんなの……こんなのおかしいじゃんか!!」

 

段々と皆との溝が出来ている気がした。

徐々に「何だ何だ」と他の人達集まってきて、そのふざけた噂を聞くと……皆同調し始めた。

 

「荻野って、あの荻野だろ?ほら、あの女誑しな……。」

「あーそれお姉ちゃんから聞いた!」

「そういうクズいるんだねー、とは思ったけど……それがどうかしたの?」

「確か、その荻野を副会長が止めたんだって。」

「そうそう!本当、石上副会長かっこいいよねぇ〜!」

 

やめてよ……やめてよ!!何でそんな、私を攻撃するの……!?何で皆石上の味方するの!?

呼吸を荒くして、大友は吐き気を何とか抑え込んでいた。それでも必死に、主張をぶつけることはやめずに、ただひたすらに……。なんだが……。

 

「ねぇ信じてよ!!何で皆まで……!!」

「けど、先輩達や後輩まで同じ事言うから、あまりにも……!!」

「私よりもそっちを信じるの!?ふざけないでよ!!アンタ達は今まで、何を見てきたっていうの!!」

「そういうんじゃないんだって!!ただ確認の意味でそう言っただけであって!!信じてよ!!」

「信じてはこっちの台詞よ!!!」

 

嫌だよ……!!何でよ……!!何で皆……!!

 

「「京子!!!」」

 

私のことを傷付けるの……?

 

「え、何?この人荻野の何なの…?」

「元カレ、とか?」

「あんな浮気男のこと、本気で信じてるんだ。」

「男の趣味悪っ。」

「てか、今も復縁狙ってるとか……未練タラタラ過ぎん?」

「もう諦めなよ。」

 

集まってきた外野の声が聞こえてくる。

何で傍観してんの……?私のこと助けてよ!!友達でしょ!?

段々と、私の中にあったものが壊れてきた。今まで築いてきた思い出が……ボロボロと粉々に崩れてきて……。

 

「京子、あんな奴らの言うことなんか放っとい」

 

友達が手を差し伸べてきたが、もう遅かった。

私はその手を勢いよく払いのけた。

 

「!!?」

「……もういい。アンタらにはがっかりした。」

 

大粒の涙を流して、私は秀知院から出て行った。

後ろから友達が私を引き止めるようなことを言っていたが、聞き取れなかったし、聞き取りたくもなかった。もう彼らの声も、ただの耳障りなノイズと化していた。

何でなの……。何で皆まで、 "アイツ" の味方すんのよ。結局皆、上辺しか見てないんだ。今の今まで、一体何を見てきたんだ。

かつて空気を共にしていた同級生が、何でこんなにまで変わったのか。全くもって理解出来なかった。

もう彼らにも、つばめ先輩と同様に失望しか残らなかった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「京子!!お前いい加減にしろよ!!」

 

その日、初めてお父さんに怒鳴られた。

 

「どういう状況か分かってるのか?お前このままだと留年だぞ!!なのにお前は、夜遅くまで……!!一体どういうつもりだ!!」

「……め…なさ……。」

 

普段怒られ慣れてないから、私は声にもならない謝罪を口にしていた。

 

「最近変よ京子?ねぇ、一体どうしちゃったのよ……?お父さんも心配してるのよ?」

 

恐る恐るお母さんもそう言ってはくれてるが、何故か心に響かない。

 

「なぁ京子……!!何があったんだ?事情を説明しなさい!お父さん聞いてやるから!!」

 

両肩を掴み、お父さんが必死に私にそう問い掛けている。

ありがとうねお父さん……。ありがとうねお母さん……。2人だけが、私のことを信じてくれる人達だってのに……。なのに……なのに……!!

 

「………………。」

 

何で……話すことを躊躇ってしまうんだろう。

お父さんの手を力強く振り解き、私は一目散に部屋に籠った。

すぐに開けるようお父さんがドアを叩いているが、もううるさくてうるさくて仕方なかった。

お父さんは別に私を攻撃してる訳じゃない。ただ心配しているだけ。

そんなの重々理解しているのに、何で……受け入れられないんだ。

 

「ごめんなさい……ごめんなさい……。」

 

あの体育祭から数ヶ月が経ち、私は……その不満や怒りを他のところにぶつけるようになった。友達が紹介してくれたクラブみたいなところで、その鬱憤を晴らすようになり、それが唯一のストレス解消へとなっていた。

あのことがずっと気掛かりで、勉強にも全く集中出来ない。女学校の友達にこのことを話しても、「そこまで広がってるなら、信憑性はかなり高い」と相手にしてくれない。

誰も共感してくれる人がいなくて、心が縛り付けられるような感覚だった。そして、それが災いして親にまで不信感を抱くようになってしまった。

どうせ言ったところで信じてなんかくれない。

そんな憶測が頭をよぎってしまい、私は……どんどん塞ぎ込んでいった。

 

「なんで…こんなことに……。」

 

こんなのおかしい。何で突然あんな噂が広まったんだ。

全てはあの噂が原因だ。あれがいつの間にか広がっていて、そのせいで皆は……。発信源は何だ?どういう経緯であんな噂広まったんだ?

いくら考えても、答えには辿りつかなかった。寧ろ考えれば考える程……私の心はギリギリときつく縛り付けられていった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

そして、その答えが分からないまま1年が経とうとしていた。

何とか留年は免れたものの、今はもう大事な受験期。なのに私は……何をやっているんだろう。

クラブ遊びにハマってしまい、もう親からも友達からも見放されてしまって、誰一人として味方がいない状況下。当然大学なんか一個も受かっておらず、このままでは……。

 

「……何でこうなっちゃったんだろ。」

 

虚ろな目で私は天井を見上げた。

もうこのまま何もせずに灰になってしまいたい。誰でもいいから、私を殺してくれ。

あの噂についてまだ考え込んでしまい、エネルギーは無駄に消費されてしまう。クラブで遊んでいるから、寝不足でもある。

何でこんなにまでダメな人生歩んじゃったんだろう。何が原因で……原い………あれ?

その瞬間、私はハッとした。

いや、むしろ何で今の今まで気付かなかったんだ。

 

「……そうじゃん。」

 

今思えば、おかしい点はいくらでもある。

どうしてあんな噂が突然広まったんだ。まるで、「嘘ついてまで石上のことを美化してあげよう」といった感じが凄くする。

まさかだとは思うが、あの噂は誰かが広めた嘘?だが、一体何のために?何でそうまでして石上のことを持ち上げようと?

つばめ先輩が自発的にそうしようと?いやいや、あの人がアイツのことを良く思うわけがない。

ならば、生徒会が?当時の会長副会長がそうなるよう根回ししたのか?けど何のために?

誰が何でそんなことしたのかは今の段階では分からない。だが、一つだけ言えるのは……。

 

「…………石上……!!!」

 

何もかもはすべて、あの男のせいだということだ。

アイツがあんなことしなければ、あんな変な噂も流れなかった。それならばつばめ先輩も友達も、あの噂を信じ込まずに済んだんだ。アイツさえいなければ、荻野くんともずっと繋がっていたんだ。

そうだ。全ての元凶は石上だ。ならば、その元凶さえ断ち切ってしまえば……!!

 

「……あははっ。ははは。」

 

なーんだ。簡単なことだったんだ。単純明快じゃないか。

フツフツと何かが湧き上がってきたのと同時に、心がスッキリしたようだった。初めて抱く感情だった。

私は一目散に台所へ行き、そこから何かを手に取ったと思うと猛スピードで家から飛び出した。

周りのことは良く見えていなかった。ただひたすらに夜道を走り回っていた。

どこだ。どこにいるんだ。あの "悪魔" はどこにいるんだ……!!

 

「はぁ……はぁ……!!」

 

待っててねつばめ先輩、皆。私が今から救ってあげるから。偽りの石上の皮を剥がしてあげるから……!だから待っててね!!絶対に石上を信じちゃダメだからね!!

皆もそうだよ!!みーんな石上に騙されてるんだよ!!生徒会の皆さんも下級生も皆そう!!いい加減目を覚まさないと!!

悪魔は退治しないとダメなんだよ!!

 

「あはっ……あはははっ!」

 

嬉しいからかな?笑いが止まらないや。

ようやくこのモヤモヤを取り払うことが出来る。ようやく救われるんだ。

解決法が見つかり、私は気分が良かった。後は……悪魔を追い払うだけだ。

 

「……はは。」

 

やっと見つけた。当てもなくひたすら走り回っていたが、やはり神様は私のことを見捨ててなんかいなかったんだ。

どういう訳か、かつての先輩も一緒にいた訳だが、丁度いいや。あの時のこと、謝らなきゃ。

つばめ先輩。あの時は叩いてしまってごめんなさい。

けどもう大丈夫。悪魔を成敗して、つばめ先輩の目を覚まさせてあげますから!

 

「卒業おめでと、優くん。」

「ありがとうございます。」

 

アンタが隣にいていい人じゃないのよ……!アンタなんかに相応しい訳ないじゃない!!

嘘ついてまで人様のことを騙しやがって!よくも皆のことをずっと!!

許さない……!!絶対に殺す!!

殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺スこロスコロすコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロス

 

「あああああああああああ!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アンタダケハゼッタイニユルサナイ

 

後ろから私は2人に向かって走っていった。

右手にしっかりと退治するための物を握り、石上に目掛けて一直線に。

そして、何かがめり込んだ感覚を右手に感じ取れたのを最後に、そこで私の記憶はプッツリと切れた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

そして、子安つばめは後悔した

さっきまで、目の前は真っ暗闇だった。

微かに入り込む光によってようやく目を開くことが出来たが、そこは見慣れない所だった。

ここは、どこだ……?

 

「……め?つばめ……!?」

 

あれ?誰か呼んでる……?

ほんの微かだったが、横から誰か自分の名前を口にしている様だった。その方向に首だけ向けると、そこにいたのは母だった。

 

「……ママ…?」

「つばめ!!つばめ……!!」

 

泣きながら私の左手を優しく掴むと、今度は何人かの人が部屋に入ってくるのが目に見えた。

そこで私は、ここが病院だということに初めて気が付いた。

 

「意識を取り戻しましたか……!」

 

だがここで、私はどうも違和感を覚えた。

白衣の人が来るのは分かるが、スーツ姿の人も何人かいたことだった。深刻そうな顔をして、一体どうしたというんだ……?

 

「子安つばめさん、ですね?」

「……はい……。」

 

何故か思うように声が出なかった。まるで、長い間声を出していないようだった。

 

「落ち着いて聞いて下さい。あなたは今まで、2ヶ月ほど意識を失っていました。」

「!?」

 

えっ?に、2ヶ月って……えっ?私、その間ずっと寝たきりだったのか?

 

「出血多量による重体で運ばれて、何とか一命は取り留めたものの……少し遅れてたら間違いなく死亡していました。」

 

そこで私の脳内は鮮明になった。

咄嗟に前に出て "彼" のことを守った感覚。悶えるなんて可愛いレベルの問題じゃない痛み。そして……もはや原型を留めていなかった、"彼女" の顔。

その彼女の悍ましい表情を見たのを最後に、そこでプッツリと記憶は途切れた。そして目が覚めれば、病院に……。

そして思い出したのと同時に、私は反射的に体を動かしていた。

 

「優くん!!優くんは!?」ガタンッ

「ちょっ、落ち着いて!」

 

そうだ。あれから優くんはどうなったんだ?無事なのか!?

自分の安否より彼の安否を心配したが、2ヶ月寝込んでいたから体が思うように動かない。すぐにベッドから落ちてしまい、医者や親に止められたのがオチだった。

 

「まだ起きたばっかりなんだから……!」

「けど、優くんは……!?」

「そのことで、我々からお話ししたいことがあります。」

 

医者と共に入ってきたスーツ姿の人達が口を開いた。恐らく警察だ。

 

「何個かお聞きしたいことがありますが、まず、あなたが一番気になっている石上優くんの件についてです。

 結論から言うと、彼は……無事です。」

「!!」

「あなたが身を挺して守ってくれたお陰で、彼はほぼ無傷の状態で済むことになりました。今は普通に生活を送れています。」

「あぁ……。良かった……。」

 

安堵のため息と涙が出てきた。

 

「そして、事件の詳細についてですが……。」

 

けど、その安堵はすぐに打ち消された。

2ヶ月前、大友ちゃんは殺人未遂で逮捕。優くんを庇った私にナイフが刺さり、そのまま私は意識を失った。すぐに近隣の住人が警察と救急車を呼んで、何とか私は一命を取り留めた。

警察と救急車が来るまで、大友ちゃんは……優くんに止められていたらしい。そして、その時の優くんは……泣きながら「止まってくれ」と大友ちゃんを殴っていた。恐らく、正当防衛……だろう。

不幸中の幸いか、優くんはほぼ無傷。しかし、身体的な傷よりも深刻な心の傷を作ってしまった。いや、それ以上に心の傷を作ってしまったのは……大友ちゃんの方だね。

彼女……完全に精神がおかしくなって、今も精神病院に隔離されているらしい。当初ほど荒れてはいないが、今は完全に上の空状態。まともに会話することなんて……これから来るのだろうか。

これが、事情聴取を受けながら知った事件の一通りの流れだ。はっきり言って……地獄のような事件だった。

警察が帰った後、私は母にすがって泣き続けた。幼稚園児みたいに、みっともなくただワーワーと……。

 

「大丈夫よつばめ……。大丈夫だから……。」

 

そうは言ってくれるものの、心には響かなかった。大友ちゃんへの罪悪感が勝ってしまい……当初は立ち直れない自信しかなかった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「えっ?結局振ったの?」

「そう。なのに『友達でいて欲しい』とか、自分勝手過ぎでしょ。」

「え〜考えられない……。」

「振られた側がどんだけ辛いか何にも分かってないじゃん。」

「余計石上くんに惨めな思いさせてるの、マジで分かってないの?」

「自己中過ぎ……。信じられない。」

 

今思えば、あの作戦は私にとっては何も良い結果を生まなかった。

 

「自分が傷付きたくないからってあんな事……。つばめちゃん、あんな勝手な人だったっけ?」

「偽善もいいとこだよ。ホント失望した。」

「石上くんあんなに良い子なのにね……。その矜持を台無しにしただけじゃん。」

「てか、何でそうまでして付き合いたくなかった訳?そこまで大事に思ってるなら、側にいて守ってあげれば良かったのに。」

「ねぇー。」

「どんだけタイプじゃなかったんだって話じゃん。つばめって男の趣味マジで悪いもん。」

「石上くんかわいそ……。」

 

卒業式後の打ち上げを思い出す。

秀知院での思い出や今後の大学生活でワイワイ盛り上がっているのとは裏腹に、私への中傷が飛び交っていた。

あの作戦を実行したことで、何十人からは幻滅されてしまい、私から離れていった。しかも、瞬く間に私が優くんを振ったことが広まって、それが更に拍車をかけてしまった。

 

 

 

『相手のことを考えない我儘女』

『自己中で私欲でしか動かないエゴイスト』

『めんどくさい偽善者』

 

 

 

酷い言われ用になってしまったが、それが秀知院学園内での「子安つばめ」という女になってしまった。不名誉この上ない。

最後の最後で私は、今まで築いてきたものを台無しにしてしまった様な気がして、正直打ち上げは来なきゃ良かったと思っていた。

 

「はぁ……。」

 

けど、この時の自分はこう信じていた。

そうまでしてでも、私は優くんのことを大事に思っている。それで私の全てが無くなろうとも。

なんだけれど……。

 

「………………。」

 

暗くなった室内で、私はそんなことを思いながら天井を見上げていた。

本当に……その考えは正しかったのか。

いや、間違っていた。完全に間違っていたんだ。

結局あの作戦をやったのも、優くんのことが嫌いだから振るんじゃないことを理解してもらうためにやったこと。振った罪悪感を紛らわせるだけの、ただの自分勝手な魂胆。

僅かながら優くんへの優しさはあったが、根本は何にも変わってない。挙げ句の果てには、一番誤解を解きたかった本人には全く信じてもらえなかった。

これのどこが成功したというんだ。これのどこが正しかったと言えるんだ。結果的に、誰にとっても良い結果を生まなかったじゃないか。

 

「……ううっ……。」ギュッ

 

シーツを力強く掴み、私は後悔した。

あの時私がやったことは、完全に間違っていた。最初から真実を伝えておけば良かった。

 

「ごめんね……大友ちゃん……!」

 

私が余計に話を拗らせてしまったせいで、優くんへの恨みを余計に増幅させてしまった。それが爆発して、あんな事件を起こしてしまったんだ。

原因は全て……私だ。

看護師が様子を見に来たことなど分からなかったくらい、その夜はただただ泣き叫んだ。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

軽いリハビリも終えて、退院の日が近づいてきた。

あれから何人かお見舞いに来てくれて、事件のことを励ましてくれる。

久しぶりに会ったゆめちゃんと雫ちゃん、風野はかつての同級生の様に私に悪意をぶつけなかった。

 

 

 

『過去はどうにもならないから、前を向け』

 

 

 

3人共このようなことを言ってくれた。

だが……。

 

「………………。」

 

やはり私の心には響かなかった。大友ちゃんへの罪悪感が勝ってしまい、立ち直るような気力が湧いてこない。

そして、ずっと気掛かりで仕方ないことがある。それは……意識が戻ってから、優くんと全く連絡がつかない。

LINEも既読が付くだけで、そこから返信が全く来ない。優くんの安否が全く分からずなのである。

人間不安になると、良くない方向へと思考が回ってしまう。私も例外じゃない。だから、優くんが全く返信してくれない事態に対して、私は……。

 

「……私のせいだ。」

 

私は頭を抱えた。

あの作戦のツケのせいであんな事件が起きてしまったんだ。一番守りたかった大友ちゃんの笑顔を、人生を台無しにしたのは紛れもない自分。

やっぱ、私が余計なことしなければ良かったんだ。幻滅される理由なんて十分にある。

 

「はぁ……はぁ……!!」

 

心拍数と同時に呼吸も荒くなる。

どんどんと私の手から、大事なものが零れていくような感覚だ。大友ちゃんと築いた思い出も、同級生と築いた思い出も。優くんとの……たった数ヶ月ながらにも、固くて沢山な思い出も。そして、これからの新しい関係も全部。

嫌だ嫌だ……!!そんなの嫌だ!!嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ……!!ねぇ優くん!!何でもいいから返事して欲し

 

「息、荒いですよ?看護師呼びましょうか?」

 

突然左側から声が聞こえた。

いつからいたのか、椅子に1人の男が座っていた。ドアの開閉音が全く聞こえなかったが、それが遮断されるレベルにまで私は混乱していた。

目が隠れるか隠れないかの短い前髪の男は、再び口を開いた。だが、その男の正体はすぐに分かった。

 

「……お久しぶりです。」

「……優…くん?」

 

そこには優くんがいた。

だが、何故かずっと俯いたままで、顔を全く上げない。

 

「優くん……今まで何してたの?ずっと連絡しても反応ないから、心配したんだよ……!?」

「……すみません。ずっと会おうか会わないか迷ってて。」

 

数ヶ月振りに会った優くんは、どこか雰囲気が違っていた。

 

「……本当なら、あなたとは色々お話したいんですが……。すみません。どうも、今はそんな気持ちにはなれない。

 だって……。」

 

優くんは、ゆっくりと顔を上げて……。

 

「あなたといると、罪悪感がぶり返しそうだから。」

 

優くんの顔には、薄いクマがあった。目のハイライトも無いように見えて、とても私の知ってる優くんとは思えなかった。

そして、さっき言った一言も……とても重みのあるものであった。

 

「罪悪感って……優くん、どういうこと?」

「どういうことって……そんなのあなたが一番知ってるでしょ?

 『自分のせいでこんな事態になった』って罪悪感。」

「!!!」

 

重みのある言葉と声だった。

 

「先輩。あれからマジで大変でした。僕は先輩のお陰でほぼ無傷で助かったものの、警察に何度も事情聴取受けさせられて、大学でももう良い意味では無い方で有名人。

 けどまぁ、生きてるだけいいのかなとは思ってますよ……。死んで償える程簡単なものじゃないんで。」

「償うって、まさか……。」

「これだけは言わせて欲しい。あなたは何も悪くない。悪いのは……全部僕です。」

 

つばめは身を乗り出して石上の手を握った。

 

「そんなことない!優くんは何にも悪くないよ……!あの努力を全部否定する様なことだけは言っちゃダメ!悪いのは……それを私欲のために台無しにした私だよ。」

「………………。」

 

薄暗いため、石上の表情はよく見えなかった。だが、握った手が小刻みに震えていたことから、これがプラスの感情ではないことはすぐに分かった。

 

「優くんの許可も得ないで中途半端な嘘を広めた。そんな勝手なことしなければ良かったんだよ。」

「……なら、どうすれば良かったんですか?」

「ど、どうすれば……って……。」

 

石上は顔を上げた。

 

「僕達は、本当に大友のためになるようなことを考えられなかったんです。大友のためになるようなことをすれば、こんな結末にはならなかった。」

「ためになること……?」

「しかもそれは、すっごく単純で……最初の段階からしておくべきだったことです。何だか分かりますか?」

 

待って……まさか……。

石上は口角だけを上げて、こう言った。

 

「真実を言う。これが一番最適な答えです。

 僕のやったことも、あなたのやったことも……何にも意味なんてなかった。しかも、最初の段階から本当のこと言っていれば、僕もあんな胸糞悪い思いしなくて済んだ。あなたの手を煩わせるなんてこともなかった。

 結局のところ……事の発端は全部僕なんですよ。僕のアホみたいな正義感が招いた愚行が、全ての原因で」

「そんなこと言っちゃダメ。」

 

抑揚の無い石上の発言をつばめは遮断した。

 

「優くん……。自分の努力を否定することだけはダメだよ。優くんの頑張りがあったからこそ、大友ちゃんは荻野の魔の手から救われたんだよ。それを全部否定するようなこと……そんなのダメだよ。」

「何でですか?結局こんな結末じゃないですか。」

「大事なのは結果じゃないよ!その過程だよ!」

「過程すらダメだったじゃないですか……。」

「そんなことない!」

「結局僕のやったことは無駄だったんですよ。」

「無駄なんかじゃない!!」

「ならその無駄じゃない根拠は何なんだよ!!!」

 

初めてだった。彼女の前でこんな大声を出したのは。

先輩も、初めて僕を怖がるような表情をしていて、空気はどんどんと重苦しくなっていった。

 

「そこまで言うんなら教えてくださいよ。誰も不快な思いせずに解決する方法って何なんですか?

 荻野を人知れず殺す?荻野と付き合うことを説得する?何か思いつくからそんなこと言えるんですよね?過程が無駄にならないような方法って何なんですか?教えて下さいよ……。」

 

大声で怒鳴られたのもそうだが、何より彼の気持ちも考えずに下手なことばかり口にしてしまった自分に、自信が持てなくなっていた。

ただつばめは、苦悩の表情を浮かべている石上を傍観していることしか出来なかった。

 

「だから嫌だったんだ……。本当に来なければ良かった。」

 

消え入りそうな声で石上はそう呟いた。

想像以上に思い詰めている彼を見て、もうつばめは見ていることすら切なかった。今の彼にかけてあげるべき言葉が……見つからない。

 

「結局僕は、肝心なところで判断を間違える。あの時だって、今日だって……。

 もう僕は……あなたといることが苦痛で仕方がない。」

 

髪を強く握り締めて、石上はそう言った。

 

「だから先輩……。僕から一つお願いがあります。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「僕と……決別して下さい。」 

 

心臓を内から刺された気分だった。

そして……今までの人生の中で、最も傷付いた言葉だった。

 

「……優くん……。嫌だよそんなの……。」

 

震えた声でつばめは石上の手を強く握り直した。

が、石上はその手を払い除けた。

 

「嫌だって、逆にあなたは辛くないのか?あんなことあったっていうのに、これからも友達でいましょう?正直やってけないですよ。」

「!!」

「友達関係も恋愛と同じです。どっちかの感情が変われば、その関係は上手くいかない。一緒にいたところで、良い関係は構築されない。

 あなたが僕に恋愛感情を抱かなかったように、もう僕もあなたに対して友情やらが何も芽生えなくなってしまった。どうしても、罪悪感がぶり返してしまって……一緒にいることが辛く感じてしまう……。

 もう嫌なんです。これ以上罪悪感に苦しめられるのは……。どうしても……あなたへの申し訳なさも出てきてしまう……。」

 

僕が最初から本当のことを言っていれば、つばめ先輩もあんなことしなくて済んだんだ。

僕の自己満足が……全てを巻き込んだ。彼女の努力までも台無しにしてしまった罪悪感まで出てきてしまって、もう彼女の顔を見たくない。僕を救ってくれたってのに……なのに僕は……。

 

「だから、もう会いたくない。

 卒業式の時、あなたが友達のままでいて欲しいってお願いしてきたように、今度は僕がお願いします。

 今日を最後に……僕と決別して欲しい。」

「……ああっ……ああ……。」

 

嫌だ……と反射的に言いたかった。

今日を境に、もう優くんのことを見ることが出来なくなる。連絡も取れなくなる。二度と喋ることも出来なくなる。これまでの思い出も……全部消え去ってしまう。

そんなの絶対に嫌だ。初めて心の底から「失いたくない」と思った人は彼が初めてだった。なのに……なのにこんな……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……いや、よそう。これもただの私の我儘なのかもしれない。相手のことを考えずに、ただ自分が傷付きたくないからといって、相手を振り回したツケなんだと思う。

もうこれ以上、罪悪感に苛まれる彼を見たくない。あの時までは大友ちゃんがその象徴だったが、今は私がそうなんだ。

優くんにとって私は、もう友達でもなければ憧れでもない。ただの……失敗の象徴だった。

何でそんなこと断言出来るかって?そんなの自明だ。だって……病室に入ってから優くんはずっと、私の顔を一度たりとも見ようとしないのだから。

なのに「これからも友達でいて」なんて、とてもと言って良いほど言えない。それが本当に友達のすることか?違うだろ。本当に友達だと思ってるならば、その人にとって為になるようなことをしてあげるのが、友達というものだろう。

きっと、優くんにとっては今のこの時間さえも苦痛に決まってる。ならば、もう答えは決まってる筈だ。すぐに口にしなければならない。ただ優くんを辛くさせるだけだから……。

 

「……そうだね。」

 

重い口を開き、私は受け入れることにした。

 

「あの時私の我儘を聞いてくれたお返し……にはならないね、こんなの。でも、それがお互いのためになるんだと思う。

 正直嫌だけど……もう、優くんの苦しむ顔を見たくない。それで優くんの罪悪感が少しでも緩和されるなら……そうだね。」

 

いいんだこれで。彼もこれを望んでいるんだ。

 

「結局、私は優くんのこと傷付けてばっかりだね……。ごめんね……!こんな、こんな勝手な女で……!!」

 

いつまでも申し訳なさに入り浸っているわけにはいかない。今のこの状況だって、彼にとっては苦痛なのかもしれないのだから。

優くん。ごめんね最後まで。優くんの最初で最後の我儘も……受け止めるから……!!

 

「私達……決別しよ。」

 

歯を食いしばって、私は大粒の涙を流した。

その時の優くんは……何も表情を見せずに首だけを縦に振った。そして何も言わずに立ち上がり、病室から出て行った。私に「さよなら」とも言わず、だからと言って私の顔すらも見ず、まるで心から私のことを拒絶するように……優くんは私の前から姿を消した。

その悲壮感と後悔で溢れた優くんの背中を見たのを最後に……私はもう二度と優くんとは会わなくなった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

石上優は受け入れられない

一瞬、何が起きたか全く分からなかった。

後ろから奇声が上げられて振り返ると、つばめ先輩が後ろにいて、先輩の腹に包丁が刺さっていた。そして、その包丁を持っていたのは大友だった。

数秒思考が停止していたが、すぐに僕はハッとして大友を退けさせた。だが、つばめ先輩は腹から血を流してその場に倒れた。

 

「先輩!!!」

 

呼んでも全く反応しない。脈はまだあるが、このままじゃ……!!

 

「誰か!!誰か救急車と警察を!!!」

 

近隣の住人もすぐに事態に気付き、各々が警察と救急車を呼んでいる。

だが……。

 

「ははっ……。あはははっ!!」

 

大友がむくりと立ち上がり、僕に向かってきた。その形相は、もはやあの時の大友とは思えなかった。

壊れている。イカれている。

退けた時に落とした包丁を再び手に取ろうとしたが、すかさず僕は大友のことを抑え込む。

ヤバい。このままだと他の人まで殺しかねない。

咄嗟にそう感じ取り、腹を殴って大友を怯ませる。

 

「あがっ……!!」

 

大友は苦しみながらその場に膝から崩れ落ちた。と思ったが、それでも大友はすぐに立ち上がり包丁の方へと向かおうとする。

悍ましい笑い声をあげながら、一目散に包丁を手に取ろうとする大友の姿は……もはや人とは言い難かった。

何とかして止めないと。それで意識がなくなろうとも。

僕は大友を地面に抑え込み、馬乗りになった。そして……大友の顔に拳を振り下ろした。

これで意識をなくそう。そうでもしなけりゃ大友は止まらない。

この時の僕は、ただ大友を止めることに必死だったが……今思えば、中々イカれたことをしたと思う。でも、こうするしかなかったんだ。

しかもその上、その時の僕は……。

 

「止まってくれ……止まってくれ……。」

 

泣きながらブツブツとそう言い、大友を殴っていた。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「これ、今日もお願いします。」

 

ここは大友が入院している精神病院。

僕は事件が起きてからずっと、ここに足を運んでいる。微量の果物や花を添えて。

 

「いつも通り、匿名で。」

「はい。」

 

大友はあれから、虚ろな感じで空を見上げるばかりらしい。入院当初は荒れるに荒れてたが、今はだいぶ落ち着いている。だが、まだ精神的には全く回復していない。ていうか、回復なんてするのだろうか。

親でさえも対面でのお見舞いが憚られるものだから、きっと僕なんかが行ったらそれこそ悪化してしまう。だから匿名なんだ。ひっそりと彼女のことを思い続けることしか、僕には償いのしようがない。

こんな事態を引き起こしてしまった発端として、せめてもの償いはしなければならない……と言い切りたいが。

 

「……バカみてぇ。」ボソッ

 

多分それもきっと、ただの自己満足なのかもしれない。それが大友のためになってるのかも分からずに、勝手な事ばかり。だからこんな結末になったというのに、僕は一体何をしているんだが。

それで非難されようがぐうの音も出ない。けど、これだけは言わせて欲しい。

……それ以外の償い方があるのなら、教えて欲しい。

 

「一つ聞きたいことがあります。」

「はい?」

「……あなたは一体、彼女の何なんですか?」

 

立ち去ろうとした時、看護師が僕にそう尋ねて来た。

まぁ、そりゃそう思うよな……。わざわざ匿名でこんなことするなんて、普通面倒だしな。

 

「………………。」

 

大友にとって僕は……そんなの自明なことだ。

 

「 "元凶" です。」

 

看護師は何を言ってるんだといった顔をしていた。だが、これ以外何と言えばいいんだ?

そう吐き捨てて、僕はその場を去って行った。

 

「……石上?」

 

窓口から立ち去り病院から出ようとする寸前、すれ違った人に僕は声をかけられた。

パッと見ると、それはかつて秀知院時代大友と仲良くしていた友人達であった。

 

「……ひ、久しぶり……。」

「………………。」

 

一目見たが、僕はすぐに帰ろうとした。

 

「ま、待って!!」

 

正直話すことなんて無いし、話したくもない。

すぐに無視しようとしたものの、どうしても何か言いたげな感じが凄かったため、仕方なく僕は立ち止まった。

 

「何だよ?」

「……その、一体何してたの?」

「何で、京子のいる病院に……。」

「何でって……知ってどうする?」

「えっ?」

「んなこと知ってどうするつもりなんだって言ってんだよ。」

 

2人の顔を見ずに僕はそう吐き捨てる。

 

「……いや…その……。」

「アンタが……何で京子のお見舞いに毎回来てるんだって、凄い気になるから……。」

「質問の答えになってねぇだろ。それを知ってどうすんだっつってんのに。」

 

イラついた口調で言われたから、2人は少し萎縮した。

 

「だって、アンタにとって京子って……その……。」

 

まぁ、言いたいことは分かるけど……。確かコイツらも、あの嘘の噂若干信じてた部分あったからな。

あんだけ勘違いしてヘイトをぶつけた奴のことを、何でお見舞いしてんだと思ってもおかしくはないか。

 

「別に。ただ、アイツをああさせた原因でもあるから、その罪滅ぼし……って感じ。そんな大それたモンじゃねぇよ。」

「罪滅ぼしって……どういうこと?」

「……それも知ってどうすんだ?お前らにとっても、いや誰にとっても良い内容じゃない。知らなくていいんだよ。」

 

今度こそ帰ろうとしたが、まだしつこく2人は食いついてくる。

 

「知らなくていいって何がよ!?アンタ、やっぱりあのこと何か隠してるんだよね!?あの荻野くんの浮気の噂についても何か!!」

「もうこの際黙ってないで教えてよ!!何でそうまでして隠したがるの!?」

「だから、知っても不快になるだけだっつってんだろ。」

「決め付けないでよ!!」

 

その時、僕の何かがブチッと切れた気がした。

……決め付けないでよ、だと?お前らは散々決め付けてきただろうが。

もういい。隠す意味も誤魔化す必要性も、もはや無い。それで後悔しようがお前らの責任だからな。

 

「………チッ。うぜぇ。」ボソッ

「えっ?」

「そこまで知りたいなら教えてやるよ。その代わり、絶対に誰にも言うなよな?誰にも聞かれるようなこともすんなよな?

 やったら……ぶち殺す。」ギロッ

「「!!!」」ゾクッ

 

僕は場所を変え、病院の外の広場へと2人を連れた。

そこで、僕は……初めて自分の口から他人に中等部の事件の真相を話した。それだけじゃない。その真相を知ったつばめ先輩がやったことも。大友がああなった経緯も全て。

一通り聞いた2人の表情は……まぁ予想通りだ。

 

「嘘でしょ……?」

「そんな……!!」ガタガダ…

 

ほれ見たことか。何が決め付けないでよだよ。予想通りじゃねぇか。

 

「全部事実だ。何か他にも聞きたいことは?」

「………………。」

 

絶句状態か。そりゃそうだろうな。

 

「これがお前らが聞きたかったことだ。どうだ?不快だろ?だから言ったってのに……。誰も得しないから話したくなかったんだよ。

 なのにお前らはしつこく……。マジでだる。」

 

頭をかきながら石上はため息をついた。

 

「最初っから本当のこと言ってれば、大友もこんな目には遭わなかった。だから罪滅ぼしなんだよ。事の発端は全部……俺なんだから。」

「………………。」

「……ねぇ石上。」

「ん?」

「……それ、京子には……。」

「話せるわけねぇだろ。知って更に事態悪化したらどうすんだよ?えぇ?お前らが責任取ってくれんのか?」

「そ、そうだよね……。」

 

いっそ本当のことを言ってしまおうかとは思った。黙ったままなのがダメなことだって気付いたから、今からでも……。

だが、あまりに事態が深刻過ぎて、もう言おうにも言えない。完全に言うタイミングを逃してしまった。

このことは絶対、大友の耳には入ってはならない。絶対にあってはならない。そう、絶対に……。

 

「……話は以上だ。じゃあな。」スッ

「あ、待って!!」

「何だよ……。まだ何かあんのかよ?」

「……その…石上……。」

 

2人の表情は罪悪感で満ちていた。

そりゃそうだろうな。今までずっと悪人だと思ってた奴を見下しては貶し続けてきたんだ。ましてやこの2人は大友とかなり仲が良かった。ほぼいじめみたいな行為もやってたことも知っている。

でも……もうどうでもいい。コイツらには元々何の期待も無い。

 

「謝罪ならいらないぞ?むしろ謝るなら大友に謝れよ。」

「えっ……。」

「えっ、って……。マジで分からないのか?」

 

コイツら……まだ勘違いしてやがるのか。やっぱり思ってる通りの奴らだ。

振り返り石上は少し声を荒げた。

 

「お前らも大友をああさせた原因の一端だって、まだ気付かないのかよ……!!」

「!!!」ビクッ

「大友のことを信じなかったからこんなんなったんだろ?2年の時の体育祭にあんなやり取りあったことも全部知ってる!友達なら……噂とか信じないで根気よく否定してあげろよ。

 何が大友の味方だよ?だったら何で信じ抜かなかったんだよ?結局上っ面だけの友情だったんだろ?だからこんな事態になった。だから大友は余計に塞ぎ込んだ!

 お前ら良い加減気付けよ……。いつまで経っても自分にも原因があることに目を背けてきたから、伊井野や僕みたいな奴を生んできたんだろ?そして挙げ句の果てには、かつての友達までもこうして傷付けた!その自覚も何もねぇ奴が、何ノコノコと普通に見舞いなんか来てんだよ?お前らにそんな資格あると思ってんのか?えぇ!?」

 

息を荒くしている石上を見て、2人は小刻みに震えていた。とても今の石上を直視出来なかった。

 

「……まぁ、事の発端の僕が言えたことじゃないけれど、お前らマジでもう一回考え直した方がいいよ。

 お前らが今日行おうとした行動が、本当に大友のためになるのかどうか。そしてその行動が、本当に大友のためにやってることなのか。

 少なくとも……それをやったとしても、もう今の大友には響かねぇよ。てかそれ以前に、お前らみたいな上っ面しか見ない無能に何が出来んだって話だけどよ。結局、お前らも罪悪感紛らわせるためなんだろ?

 ……とんだクズ共の集まりで何よりだわ。だから3年前から何の期待も出来ねぇんだよ。」

 

そう吐き捨てて、石上は去って行った。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

つばめ先輩と絶縁する数日前、僕はビデオ通話で会長達とそのことについて話した。

 

『そんな……何もそこまでしなくたって!』

「……いいんです。多分、それがお互いにとってタメになることだと思うんで。」

『……それで、本当にいいんですね?』

「はい。後悔するつもりはありません。」

 

何でわざわざこのことを元生徒会メンツに話したのか。まぁ、決意表明ってやつなのかな。

 

「もう辛いんです、あの人の優しさを目で見ることが。もう一生見たくない……。」

『石上くん……。』

 

勿論彼女が悪いわけではない。全ては僕のせい。最初から真実を言っていれば、こんな結果にならなかったんだ。なのに、僕のバカみたいな正義感が災いして、余計に話を拗らせてしまい……。

挙げ句の果てには、僕のために動いてくれた先輩の努力までも台無しにしてしまった。申し訳なさが尋常じゃなくて、もう彼女の優しさに近づくことが出来ない。

彼女の笑顔を見るたびに、「あぁ……気持ちが安らぐ」と思ってしまっていた自分を殺したい。いつまでもそれに甘えてるような気がして、もう顔も見たくない。そんな自分が、許せなくて仕方がない。

 

『アンタそれ、つばめ先輩はどう思ってるのよ!?つばめ先輩はアンタと離れたくないんでしょ!?』

「………………。」

 

ああそうだろうな。

あの時確かに先輩は、「友達でいて。一生離れないで。」と言ったが……もう無理だ。

いや違う。一緒にいていい資格が無いんだ。もう僕は、これから先彼女の側にいていい様な人間とは思えない。

 

「……もう決めたことだ。あの人がどんなに言ってこようが、自分の意志は絶対に曲げない。

 僕は……子安つばめと決別する。」

 

それから、会長達はそのことについて何も言わなかった。

きっと僕の意志を尊重してくれたんだろうが、心の底では「本当にそれでいいのか」と思ってるに違いない。今でもそう思ってるに違いない。

あの宣言通り、僕はその後つばめ先輩と決別したが、そこに意外と後悔は無かった。どちらかと言うと、心の安らぎの方が強く気が軽くなった気分だ。

そしてこの気分から、僕は一気に自分のことが嫌いになった。

ああ……結局まだ辛いことから逃げてるんだ。

決別したかったのも、ぶり返してしまう罪悪感を少しでも緩和させるためのもの。なのに先輩の気持ちも考えずに、こんなこと……。

 

「……チッ。」

 

自分にイラついてしまう。こんな情けなくて、人の努力やら優しさを全部台無しにしてしまう、そんなゴミみたいな自分が……。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

先輩と決別してからすぐに、僕はとある所に向かった。

どういう神経して来たんだと思うが、一度でもせめて誠意を示さなければ……。

 

「あなたは……?」

「かつて、大友京子さんとクラスメイトであった者です。」

「!!」

「……京子さんの事件について、僕からお話ししたいことがあります。よろしいでしょうか?」

 

数十秒の間沈黙が僕の心を不安にさせたが、大友の両親は僕を家の中に入れた。

嫌な顔こそはしていなかったが、娘のことを思い出すのを嫌そうな感じではあった。

そりゃ辛いだろうな。娘はあんな感じになってしまい、見舞いにすら行けないなんて。

でも……その発端は全て僕だ。殺される覚悟で、今日ここに来た。

 

「………………。」

「以上が、僕が京子さんに中等部時代にしたこと。そして、それが原因で起きてしまったことの数々。そして……娘さんが何故あのような事件を起こしてしまったかについてです。」

 

久々の重苦しい空気だった。

ご両親は今、どんな心境なんだろう。どんな表情浮かべてるんだろう。

 

「そうでしたか……。」

 

全てを言い終えた後、僕は椅子から立ち上がり、その場で地面に頭を下げた。

 

「本当に申し訳ありませんでした。

 こうなったのは全て僕のせいです。最初から本当のことを言っていれば、娘さんもこんなことにはならなかった。僕が変に黙り込んでいたせいで、結局誰にとっても良い結果を生まなかったんです。

 申し訳ありませんでしたで済む話じゃないのは承知の上です。ですが、せめて誠意だけは……。」

 

みっともない。本当にみっともない。

自分がもしこの姿を見る立場だったら、間違いなく唾を吐いているに違いない。

許される訳でもないのにこんな所業、本当に滑稽だ。 

どうだ大友?惨めだろ?ざまぁみろと思ってるだろ?それでいい。死ぬまで僕を恨み続けろ。

これくらいしか、僕に出来ることなんて無いんだから……。

 

「……石上さん。」

 

大友のお父さんが僕を呼んだ。

ぶん殴られるなこりゃ……。

そう悟り、僕は歯を食いしばった。しかし、彼から返ってきたのは……怒りでも悲しみでも無かった。

 

「……今の気持ちを率直に言うよ。」

「はい……。」

「……こんなに複雑な感情は初めてだよ。」

 

顔を見上げると、悲しみにしてはあまりに目が怒りに満ちているし、怒りにしてはどうも声色が良い。

2つの感情が入り混じっているように見えた。

 

「確かに君の言う通り、本当のことを言っていれば何かしら未来は良い方向に進んでたかもしれない。

 けどね……私達はどうも君のことを恨めない。」

 

すると、大友のお母さんが立ち上がり……僕の手を優しく握った。

 

「だって、あなたはずっと京子のことを守り続けて来たんでしょ?あんなに辛い思いをしたというのに……。凄いことよ。

 あなたがずっと守ってくれたから、その荻野の魔の手から京子は……。」

 

何でなんですか……。何でそんな目で僕を見れるんですか。

 

「それにね、君にだけ責任がある訳じゃない。京子のことを最後まで見てこなかった私達にも責任はある。

 自分1人だけが悪いなんて考えるのはよしなさい。京子をこんな目に遭わせたのは……私 "達" なんだから。」

 

それから2人は、僕にあの事件前大友に何もしてあげられなかったことを語った。

どんどん塞ぎ込んでいく娘の姿を見て、次第にもう諦めすら出てしまったことを恥ずかしいと吐露する姿は……。

まぁ、それもこれも全部……自分のせいだ。

 

「今日はありがとうございました。」

「いえ……。こちらこそ、お見苦しい姿を見せてしまって。」

 

僕は一礼して大友家から去った。

これで少しは気が楽になった、と言いたいが生憎全然そんなことは無かった。ただ自責の念が余計に積み重なっただけな気がして、正直余計に曇ってしまった。

 

『君にだけ責任がある訳じゃない』

 

ご両親はああ言ってはくれたが、もう僕の心には一切響かなかった。

その理由は分かる。僕はもう、努力を快く受け入れられなくなってしまったんだ。

実らなければ全て無駄。結果こそが全て。

あの事件のせいで、結果がダメならばこれまで築いた努力は全部無駄だということを悟ってしまったんだ。

 

『あなたのお陰で、その荻野からの魔の手は伸びなかったんです。』

 

違います。そのせいで大友はずっと根に持ち続けて、結果壊れてしまったんです。

全部本当のことを最初から言わなかったから。それで傷付こうが、それよりも大事なことがあったというのに。

僕は本当に取り返しのつかないことをしてしまった。死んで詫びるなんて、そんな楽なことはしない。

これから一生、僕はこの罪を抱えて生きていかなきゃいけないんだ。誰かから励まされても、絶対にその優しさに甘えるような真似だけはしてはならない。

これは……3年前から僕に課された、罪なのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その日から僕は、努力というものを完全否定した。

あの日引き籠った時間も、彼女の隣に立てるために費やした時間も。

そう……これまで築いてきたもの全てを、否定した。




以上で終わりとなります。

気が向いたらで構わないので、コメント欄で「大友に真実をしっかり伝えるべきだったか」を書いていただけたらと思っています。皆さんの意見や考えが知りたいです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。