薩摩の子 (キチガイの人)
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序章 自覚編
001.電車に揺られながら


 アニメ1話で情緒不安定になったので供養。
 2話以降は見れねぇわ。


 この作品には以下の要素が含まれます。
・ラブコメとシリアスの寒暖差
・チェスト成分少なめ
・場合によっては胸糞要素あり
 以上が苦手な方はブラウザバック推奨です。 

 それでも良か(いい)!と言う方はそのままお進みください。


 ガタンゴトンと電車は揺れる。

 動く街並みの間から差す夕焼色の光はまぶしく、窓を見ていた俺は思わず目を細めた。日中の太陽を見たほどではないにせよ、この光を直視し続けるのは厳しい。

 つり革を再度強く握りしめ、車内を見渡す。

 

 人は数えるほどしかいない。

 そりゃそうだ、ド田舎の電車だぞ? ましてや時間が時間だ。

 

 

「──……オーカ? もう着いた?」

 

「いいや、まだ寝てていいぞ。着いたら起こすわ」

 

「そっかぁ」

 

 

 俺の前に座る少女からの問いに答える。

 鮮やかな長い黒髪を揺らし、少女は微笑む。

 

 寝てていいとは言ったが、それ以降少女は寝ることはなく、俺の予備バッグを抱きかかえ顔を埋めた。なぜそのようなことをしているのか、俺は知るつもりはないが苦言を呈す。

 

 

「アイ、あんまり顔を埋めんじゃねーぞ。体育で使ったジャージとか入ってんだよ。臭いからやめとけ」

 

「いい匂いだからやめなーい」

 

「ったく……」

 

 

 少女──星野アイは朗らかに笑う。

 ため息をついていると、星野の隣に座り足を組みながら本を読んでいた男も笑う。ただ「笑う」の種類は違ったが。

 

 アイは癒しを補充しているように。

 男は小バカにするように。

 

 

「いいじゃないですか、別に減りもしないんですから」

 

「確かに減りはしないだろうが、減らないからって何してもいいわけじゃねーだろうが」

 

「とか言いながら、桜華(おうか)は取り上げたりはしないんですね」

 

 

 予備のバッグには今日の授業で使ったジャージをはじめとして、本やら辞書などが乱雑に入れてある。立ちっぱなしな上に、つり革で片手がふさがっている俺には、わざわざアイの持っている鞄を奪い取る必要性がなかった。

 目的の駅に着いたら返してもらえばいい。その程度にしか思ってなかった。

 

 だがこの男──税所咸(さいしょみな)は違うとらえ方をしているらしい。

 邪推するのはやめてほしいんだが。

 

 そして馬鹿は便乗するのが好きらしい。

 俺の両隣も咸と同じように笑うのだった。

 

 

「本心では満更でもなさそうだけどなぁ?」

 

「上に同じ。つか爆ぜろ」

 

 

 右隣の男──種子島未来(たねがしまみらい)はウッキウキでニッコニコであり、左隣の男──伊集院兼定(いじゅういんかねさだ)は煽るように笑う。

 

 ちなみに前者の発言は未来で、後者の発言は兼定が行ったものだ。

 俺と同じようにつり革をつかんでいる仲だが、認識には大きな溝があるらしい。マリアナ海溝よりも深そうだぜ。

 

 

「つか『爆ぜろ』って何だよ」

 

「リア充爆発しろ的な意味だが? テメェには理解できなかったようだがなァ」

 

「……コイツ一回、脳髄ぶちまけて死んでくれねぇかなぁ」

 

 

 そもそもリア充は死語だろうが。

 ……あれ? じゃあ今はなんていうんだっけ? まあいいや。

 

 

「オイ、星野。テメェの旦那の口が悪ィぞ。どういう教育してンだ?」

 

「こーら、オーカ。種定君が可哀そうでしょ? 謝りなさい」

 

「兼定つってンだろ」

 

 

 自分の名前をいまだに間違えるアイに、兼定はそれ以上ツッコむことはなかった。

 彼女は基本的に名前を覚えるのが苦手らしい。俺の名前を呼ぶときも『桜華』じゃなくて『オーカ』だしな。

 ちなみに未来と咸は早い段階で矯正を諦めてる。

 

 ……それはそれとして、兼定の『旦那』発言に妙に嬉しそうなアイに、おれはツッコんだほうがいいのだろうか? あまり気にしすぎると墓穴を掘りかねないと思った。

 よし、スルーしよう。それが賢明だ。

 

 ガタンゴトンと揺れる音が止まった。

 どこかの駅に着いたようだ。

 

 

「あ、着いた?」

 

 

 アイは後ろを振り向き、また正面を向いた。

 そしてバッグへのヘドバンを再開する。

 

 

「まだ広木だね。次が中央だよ」

 

「うん、今見た」

 

「どう考えても中央駅と比較したら煩くないから分かるだろうに……」

 

 

 未来の言葉にアイは簡素に返す。

 広木駅は遠くに集合住宅地がある駅なので、喧騒入り混じる中央駅と間違えることは基本的にないはずなんだがなぁ。

 

 

「だって早く帰りたいんだもん。体育で汗かいちゃったし」

 

「気持ちはわかるけどさぁ。あ、それなら俺とお前、風呂はどっちから入る?」

 

「私先入らせてー」

 

「りょ」

 

 

 なるほど、先にアイが風呂入るのか。

 それなら先に飯の用意をしたほうがいいな。中央駅のアミュ地下(駅内商店街)で総菜買う予定だし、米の残量は……まだ大丈夫なはず。

 俺が風呂入ったら洗濯機も回すか。近所に迷惑かかるから早めに回しとかねぇと。

 

 

「……え、これでまだ付き合ってないの? え?」

 

「……付き合うって工程を無視しているだけでは?」

 

「……コイツ等見てると頭バグって来るンだよなァ」

 

 

 のほほんとしているアイ、頭の中で今日のスケジュールを組み立てる俺。

 それを他所に男三人はヒソヒソと、車両の端まで移動して話をしている。咸なんかわざわざ席立ってるし、何がしたいんだろうか。つか何の話をしているのか。

 

 そんな何気ない日常。

 飾り気も何もない日常。

 特筆する点もない日常。

 一生懸命生きようと、惰性に生きようと、それでも日常過ぎれば明日は来るのだ。

 

 そして日常と言うのだから、なんの問題も起こらず中央駅に着く。

 馬鹿共3人と別れ、俺とアイは中央駅東口の広場へと出る。出て総菜忘れに気づいた俺は、アミュプラザの別ルートへと足を運ぼうとする。田舎では一番大きい駅のため、目的の地下に行くルートは他にもあるのだ。

 

 アミュプラザへ入る自動ドアの前で、俺しかいないことに気づく。

 振り返ると東口広場の液晶パネルを眺める黒髪の少女がいた。俺は相方の少女の元へと戻る。

 

 

「おい、アイ。どうした?」

 

「──……っ。あ、ごめん。行こっか」

 

 

 東口広場のパネルは大きく高所にあり、俺も自然と見上げる。

 

 

 

 

 

 そこには最新曲を歌う──新人アイドルのPVが映し出されていた。

 

 

 

 

 

 俺はもう一度彼女へと視線を移す。

 

 彼女はいったいどんな顔をしていたんだろうか。

 今は普通なのだ。()()。ただ普通に、いつも通りのアイなのだ。

 

 ただ俺は()()()()()()()()()()()()

 俺は目を細めて、嘆息し、彼女に小さく問う。

 

 

「……大丈夫か?」

 

「……ううん、全然大丈夫だよ」

 

 

 大丈夫じゃない人間の吐く台詞をよそに、少女の目はそれでもディスプレイから離れることはなかった。それはPVが終わるまで続くのだった。

 

 アイの大丈夫という言葉を俺は小さく復唱する。

 この言葉の真意は何だろうか。何に対して発した言葉なんだろう。

 

 ()()()()()()()()()

 ()()()()()()()()()()

 

 どちらが正しいのだろうか。それとも双方正しくないのだろうか。

 無い知恵と推論を絞り出した俺は、とりあえず後者でアタックしてみた。

 

 

「お前なら、またできると思うけどなぁ。少なくとも俺は応援するぜ」

 

 

 これは嘘偽りのない本心だ。

 

 さて、この推論。

 どうやら双方が正解らしい。

 

 アイは俺に笑顔を向ける。

 そこに辛そうな表情は一切なく、満開の桜でさえ背景の一つに過ぎなくなるだろう。

 

 

「大丈夫だよ、オーカ。私はもうアイドルはやらないって決めたからさ」

 

「……そりゃ残念だ。一番星が拝めると思ったんだけど」

 

「嘘から始まっても本当の愛になるって気づいた。家族への愛も知ることができた」

 

 

 だから──と、彼女は言葉を紡ぐ。

 

 

 

 

 

「だからさ、だから──今度は、恋心を知りたいなって」

 

 

 

 

 本当の愛し愛される関係が欲しい。

 そう彼女は締めくくった。俺に向けて。

 

 年齢=恋人いない歴の俺に向かって。

 喧嘩売ってるのだろうか。

 

 

「あー、うん。頑張れよ」

 

「え、ちょっと待って。私の話聞いてた? 愛し愛されるって一人じゃ成立しないんだよ!? 私だけ頑張っても意味ないんだけど!?」

 

「そりゃそうだろ」

 

「他人事!?」

 

 

 酷く衝撃を受けているアイに背を向け、俺はアミュプラザへ足を運ぶ。

 

 愛し愛される関係、それを高校生のガキに問うのかよ。

 ハードル高すぎやしませんかね?

 

 そんな考えで彼女との会話を終え、総菜購入へと思考をシフトチェンジする。

 背中に物理的衝撃を受けながら、俺は日常に戻っていくのだった。柔らかい匂いが鼻孔をくすぐるのだ。アイがタックルして抱き着いてきているに決まっている。

 

 

「……やっぱり難しいなぁ」

 

「でも」

 

「私は」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「君に愛してほしいな」

 

 

 

 




自分の気持ちを落ち着かせるために書いたので、続くかわからないです。
なので軽い自己紹介。

【島津 桜華】
 今作の主人公。高校生。星野アイと2人で同棲していやがる。

【星野 アイ】
 作者を苦しめた元凶。もう情緒ぐっちゃぐちゃだよ。ぶっちゃけると本編死亡後の転生者。2度目の人生は恋をしたいそうです。

【税所 咸】
 主人公の幼馴染。ロリコン。

【伊集院 兼定】
 主人公の幼馴染。熟女好き。

【種子島 未来】
 主人公の幼馴染。ふた〇り好き。特殊性癖多すぎんだろ。


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002.錯乱する少女

OP聞いて胸が痛くなるなんざ初めてだぞ。
ところで今回「薩摩の子」ですが、執筆案が2つありました。
1つはこれと、もう一つが「星野アイのストーカー殺人事件発生前に涼介、伊藤誠、安室透、金〇恩に憑依した薩摩人が、知略・謀略・権力・核を用いて事件を阻止するために奮闘する短編」で迷って前者にしました。何かあると涼介は切腹しようとします。読み終わるころには本編見るたびに「コンギョ」が脳内再生されます。

あ、感想の返信は行っておりませんが、五体投地で全部目を通してます。
気軽に感想や自分の思いとか書いちゃってくださいませ。


 彼女に初めて出会ったのは2年前。

 どういう経緯で?と聞かれれば、『家の都合』と答えるだろう。

 

 俺──島津桜華(しまづおうか)の苗字からわかる通り、俺自身はそこそこ名の知れた一族の末裔でもある。それを言ったら他の馬鹿3人もそうなのだが。

 そして遠い分家筋にして俺の母の友達としての付き合いもあった星野家とは交友があったのだ。じゃあ2年よりも前には会ったことがなかったのか?と、疑問に思う者もいるだろう。母と星野家の奥さんとは中学からの付き合いなのだから。

 

 理由は簡単だ。

 彼女は養子だったのだ。

 

 その養子になった経緯も、そりゃまぁ酷いもので。

 児童虐待と言えば誰だって察するだろう。父親母親からの暴行は日常茶飯事、ご丁寧に顔だけは傷つけなかった配慮付きだ。俺もアイ自身が多くを語らないし、んなこと思い出したくもないだろうし、俺だって彼女の辛い記憶を根掘り葉掘り聞く必要もなかったので詳細まではわからない。

 

 それを行動力の塊みたいな星野母の活躍により、親権まで奪取して今に至るのだから、それだけが彼女にとっての幸運だったのだろう。アイの元の父母が彼女にさして興味がなかったのも理由の一つかもな。

 これでアイに手を出そうと考えようものなら、権力と腕力の全てをもってして叩き潰す所存だ。薩摩に足を踏み入れて帰れると思うなよ。

 

 身も蓋もないが、アイは『親ガチャ』に失敗してしまったのだ。

 親が子を選べないように、子だって親を選べない。人間の永遠の問題テーマだな。

 

 

 

 そんな彼女に会った時のことは今でも覚えている。

 何というか、当時の俺が戸惑ったのは今でも覚えている。

 

 

「──星野アイです。よろしくね」

 

 

 彼女は笑いながら、そう自己紹介した。

 ただ……そう、何というか、目に光がないのだ。薄暗く淀んだ、酷く何かに絶望した、そんな悲痛な表情に笑顔を無理矢理コーティングしたかのような『笑い』なのだ。

 人というものは、ここまで悲痛に笑うことができるのか。島津少年にとって初めて会うタイプの人種であり、正直当時の自分は彼女のことは苦手だった。

 

 それ以降も月ペースで会うこともあり、その笑みが痛々しい以外に彼女を苦手視する理由もなかったので、そこそこ顔見知りにはなった。

 ただ如何せん、彼女は名前を覚えない。何回言っても俺のことを「米津君」と呼ぶのだ。Loser踊るぞ。

 

 

「──はぁ? 知らんがな」

 

『あ゛? 拒否権があると思ってんの?』

 

 

 そんな彼女との腫物を扱うような関係に転機が訪れたのは、島津母と星野母が食事会をすることになり、俺とアイが中央駅を散策するハメになった時である。

 暇になったアイをエスコートして来いという母の命に苦言を呈してはみたが、中坊の俺には事実上選択肢はなかったのだ。俺に諭吉まで握らせて黙らせる始末である。酷い脅迫と賄賂を見たものだ。

 

 そして当日。

 俺とアイは『若き薩摩の群像』の前で待ち合わせた。

 

 

「すまんな、こんな()が一緒でさ」

 

「全然、大丈夫だよ。一人でいるほうが暇だし」

 

「なんか食べたいものとかあるか? 軍資金はあるから、馬鹿高いところ以外は行けるぜ?」

 

「うーん……私は中央駅は詳しくないからなぁ。米津君にお任せしてもいいかな」

 

「………」

 

 

 レモンを歌ったほうがいいのだろうか?

 そんな歌は得意じゃないんだよなぁ。

 

 なんて話をしながら俺たちが東口広場へ向かう。

 その道の途中、広場の群衆に違和感を覚えた。そもそも東口の広場はイベント等が土日に開催されるのだから、人が集まるのは自然なのだ。ただ、喧騒の種類からして日常的な雰囲気じゃないのは未成年の俺でも理解できた。

 警察やら救急隊員が目につき、パトカーのサイレンも鳴れば一目瞭然だろう。

 

 当時の東口では選挙演説があった。

 市議会議員選挙が近かったしね。

 

 俺はTwitterを開いて「鹿児島中央駅 東口」で検索する。

 そして──その理由を口にした。

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「──あぁ、テロか。候補者が腹刺されたらしいぜ」

 

 

 

 

 

 世も末だなーと、当時の俺は何の感情もなく呟いた。

 刺された当人は救急車に運ばれている途中であり、幸いほかのけが人はいないようだ。主犯も取り押さえたから、これ以上の被害は出ないはずだ。ド田舎でテロなんざ、俺の人生初めてだぞ。今日は本当に運がない。

 

 俺はスマホを閉じてポケットにねじ込み、彼女に声をかける。

 

 

「おーし、んじゃ行くか」

 

 

 歩き出して数歩で気づく。

 彼女からの反応がない。

 後ろを振り向いたが、俯く彼女はさっきから一歩も動いてないし、言葉すら発してない。

 

 

「どうした? 東口のテロ(あれ)なら実行犯取り押さえているらしいから心配ないぞ。さすがに警察も逃げられるヘマなんざしないだろうしさ──っ!?」

 

 

 落ち着かせるように彼女に近づき、俺はアイの顔を見て──目を見開く。

 

 

 彼女は

 腹を抑えながら

 定まらない視点で

 

 

 

 

「……ひっ……かはっ……うぇっ……っ! はぁ、はぁ、はぁ……ひぐっ……あ゛っ……」

 

 

 

 

 溺死する寸前の人ですら、ここまで苦しまないだろうと言わんばかりに、顔を真っ青にしながら酷く喘いでいたのだ。

 唇は震え、肩を震わせ、何かに耐えるように、でも耐えられなくて、逃げ出したくて、でも足は動かなくて。初めて会った時以上に濁り切った瞳をせわしなく動かしながら、右手で腹を、左手で心臓の位置を強く握りしめていた。

 

 異性と肩がぶつかっただけでも赤面してしまう童貞気質な島津少年だが、この時ばかりは彼女の肩を抱き寄せて必死に呼びかける。

 少なくとも星野母からは彼女が持病持ちなんて聞いたことがないのだ。焦るなというほうが無理だろう。

 

 

「お、おい。具合悪いのか? 救急車呼んだほうがいいのか?」

 

「……ひゅっ、い、嫌っ……嫌っ……痛い……ひぐっ……怖いよぉ……」

 

 

 心臓の位置の服を強く握りしめていたアイの手は、近づいてきた俺の腰へ手をまわして抱擁する。体制的には左腕を俺の腰に回し、右手を腹に回したようだ。

 ただ当時の俺は非常に混乱していた。

 それでも安心させるように肩をたたき続けたのは英断だろう。

 

 俺は彼女の言葉を頭の中で復唱する。

 痛い?これだけなら腹痛を訴えているようにも見えているので、この流れで救急車を呼ぶのが得策だと思うだろう。ただ続けて発せられた「怖い」……これが意味が分からない。

 自分の状況が把握できてないのか? それに対する恐怖? やっぱり救急車?

 

 

「痛い痛い痛いぃっ……嫌っ……はぁ、はぁ、怖い、暗いの怖いよぉ……ひっ……助けて……よぉ……っ!」

 

 

 ……もしかして、これメンタル的なやつか?

 俺は短い思考で答えを導き出す。その時は児童虐待のトラウマだと思い込み、それは当たらずも遠からずだった。

 つまり俺が今なすべきことは──彼女を静かで安全な場所へと移動させることではないだろうか。

 

 俺は彼女を抱き寄せながら、速やかにカラオケ屋へと移動した。人通りの多い中央駅において、他に静かになれる場所がここしか思い浮かばなかったのだ。

 店員の訝しげな接客対応を後目に、個室に入った俺は彼女と一緒に座り、アイの肩を叩いて声をかけ続ける。その間、彼女の手の位置が変わることはなかった。

 できることは、それだけだった。

 

 

「い゛だい゛よ……ううぅっ……」

 

「大丈夫。大丈夫だから。大丈夫」

 

「ごめん……本当にごめんね……あぁっ……うぅ……」

 

「大丈夫、俺はここにいるから。謝らなくていいから」

 

「……アクアぁ、ルビーっ、ごめんね……本当にごめんなさいっ……!」

 

「……大丈夫、大丈夫。大丈夫だよ」

 

「暗いよぉ……怖いよぉ……うぇっ……、死にたく、ないよ……」

 

「大丈夫、大丈夫だから。俺が一緒にいるから。大丈夫だから」

 

 

 言っていることは分からない。

 それでも、そうだとしても。

 彼女の独白に、ただただ「大丈夫」と無責任な言葉を吐き続ける俺。

 

 1時間ほど経っただろうか。

 彼女の発作とも言える現象は、徐々に鎮火していった。

 最後のあたりはただひたすらに肩を優しく叩き続けてただけなのだが。それで彼女の発作が収まるのであれば良しとしよう。

 

 

「……米津君、ごめんね。迷惑かけちゃった」

 

「いや、いいよ。こればっかりは、しゃーない」

 

 

 彼女は自分がもう大丈夫であると、心配いらないと微笑む。

 目元も赤く腫れて、いまだに手を震わせて、深く暗い濁った目で、笑顔の仮面を張り付けて、そんな表情をするのだ。俺の胸がキュッと痛む。

 抱きしめる体勢ではなくなったものの、俺の右隣に腰を下ろすアイの左手は、俺の服の裾を握って離さなかった。俺はそれを指摘することはなかったが。

 カラオケボックスで歌うことなく、さらに30分ほど一組の男女は言葉を発することはなかった。あったとすれば延長を依頼したとこだろうか。その間席を立った時、彼女も俺の服の裾から手を放したが、再度座りなおした時にまた掴むのだった。

 

 無音の部屋で、スマホをただ弄っていた俺。

 その時、彼女はポツリと言葉を発した。

 

 

「──ねぇ、米津君」

 

「ん?」

 

 

 

 

 

 

「──前世の記憶があるって言ったら……君は信じる?」

 

 

 ここから、俺と星野アイとの関係が始まったのだ。

 

 

 




時期的には中3です。
続き気になると思うので5/14中には投稿します。


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003.とある少女の追憶

思いの他高評価で驚いております。
正直、アニメ1話で撃沈したから本編ほとんど見てないんだよなぁ。


 

 

「──前世の記憶があるって言ったら……君は信じる?」

 

 

 何と答えるのがベスト何だろうか。

 正直に言おう。

 全然信じてない。

 

 引きつった顔をしているのは、俺自身がよく分かってる。仕方ないだろう、いきなりオカルトチックなことを言われて、それ以上の何を言えばいいんだ。

 

 ただ──先ほどの光景を見て、それを頭ごなしに否定するのはどうかと思った。

 このタイミングで暴露するのだ。先ほどの発作も、その『前世の記憶』とやらが関係があるのだろう。ないとか言われたら泣く。

 俺はゆっくり吟味しながら言葉を紡ぐ。

 

 

「一般常識で語るなら『信じない』だろうな。でも、信じる信じない以前に、実際にはそうなんだろ?」

 

「……てっきり信じないと思ったよ」

 

「あんなん見せられたらなぁ」

 

 

 弄っていたスマホを机の上に放り出し、彼女に向き合う。

 どんな前世の記憶が出てくるのやら。

 

 結論から言おう。

 俺は完全に舐めていた。

 

 

 

 

 

 彼女には母親が居た。

 

 彼女の母親は逮捕され、彼女は施設に入った。

 

 母親は出所したが彼女を迎えに来ることはなかった。

 

 彼女は『愛』を理解できなかった。

 

 彼女は『嘘でも愛してると言えば、そのうち本当になるかもしれない』の言葉とともに、アイドルにスカウトされた。

 

 彼女は『B小町』というアイドルグループのセンターとし大ブレイク。

 

 彼女はアイドル活動中に双子を産む。

 

 彼女は20歳の時、転居間もなくストーカーに刺殺され死亡。

 

 

 

 

 

「──それで、気が付いたら生まれ変わってた。そのあとは、米津君も知ってるんじゃないかな? 前世と同じ名前になるとは思わなかったけどね」

 

「………」

 

 

 彼女は乾いたように笑う。

 その笑みを見て、理解した。

 理解して──頭の何かがプチっと音がした。

 視界の景色がぐにゃりと歪み、頭が熱いと警報を鳴らす。歯を尋常じゃないレベルで嚙みしめた関係でガリッと音が鳴り、両手の握り拳が爪が食い込んで悲鳴を上げるのを無視する。

 

 あぁ、俺は怒っているのだろう。

 それも尋常じゃないくらいには。

 

 俺の心の中の島津義弘公が叫ぶのだ。

 前世の彼女の母を殺せと、ストーカー男の首をねじ切れと。いや──死してもなお転生させた挙句、児童虐待上等の腐れ家庭に放り投げた、このクソッタレな傍観者(かみさま)の首を獲れと。この報われない少女に、さらに試練を強いる馬鹿をブッ殺せと。

 そりゃ彼女も気分悪くなるわなぁ!? 自分の死因が目の前に転がってりゃ、フラッシュバックするのも無理ないわなぁ!? そりゃ怖いわなぁ!? そりゃ助けてほしいわなぁ!? あぁ!?

 

 ふざけるな、彼女が何をしたってんだ。

 いい加減にしろよ、傍観者(かみさま)

 

 

「米津君? どうしたの?」

 

「……いや、その、何だ。うん」

 

「え、なんで泣いて──」

 

 

 そして、なんか泣けてきた。

 やるせなさとか、自分の無力さとか。

 この感情がエゴでしかないのは分かってる。彼女より辛い目にあってる人間なんざ、全世界に何万もいるんだろう。ただ彼女だけが不幸じゃないのは、分かってはいるんだ。

 

 でも、それでも。

 それでも、だ。

 このボロボロ零れる涙が止まらないのだ。

 

 それは、何て──

 

 

「──報われねぇなぁ」

 

 

 思わず口に出た言葉がそれだった。

 彼女からしてみれば、余計なお世話だったのかもしれないけどさ。

 

 すっかり大丈夫?と言われる立場が逆転してしまった俺たちだが、とりあえず理性で取り繕えるレベルにまで回復した俺とアイは、前世の記憶を含めた世間話をすることにした。

 カラオケ屋に居るということもあり、途中で彼女の歌も聞いた。

 うん、歌がすごいというより、その仕草や立ち回りが凄かった。中学3年生がやるパフォーマンスを遥かに超えていたのだ。ここまで来れば、彼女の語る生前アイドルだった話も信憑性が増すものだ。

 

 

「ところで一つ質問なんだが、アクアとルビーってのは子供の名前か?」

 

「そうだよ。あれれ、もしかして口にしちゃってた?」

 

 

 さすがは双子の母親と言うべきか。

 この会話を持ち出した瞬間、彼女の目に光が戻ったのを俺は感じた。いや、正しくは『ここまで自然な笑みを浮かべているのを初めて見た』と言うべきか。俺と会話するときの仮面を取っ払い、目を輝かせて彼女は言葉を紡ぐのだ。

 

 

「──それでそれで! もう本当に可愛いの! いやー、やっぱり私の子だし? 当たり前なんだけど? 私のライブを前列で見てた時なんて、もう本当っっっっっっっっっに、最っっっっっっ高っっっっっっだったわ! しかもしかも! ものすごく頭までいいのっ! 例えばね──」

 

「………」

 

 

 ごめん、押しちゃいけないスイッチを押したかもしんない。彼女は映画一本でも作れるんじゃないかってレベルで双子のキャワエピソードを延々と語り始めた。俺は彼女の同意に相槌を打ちながら、それでも彼女の話を根気よく聞いた。

 この子煩悩アイドルを誰か止めてくれ。

 会話中にソフトドリンクを頼んだが、来店時訝しげな顔してた店員さんが微笑ましいものを見る目で持ってきたんだぞ。もうココ来れないじゃん。

 

 

「星野さんがアクア君とルビーちゃんが大好きだってのはよーく伝わった」

 

「え? まだ十分の一も語ってないけど……」

 

「だから伝わってんだよ」

 

 

 語り足りてはいないだろうが、それでも彼女は満足したようにジュースで喉を潤す。ノンストップで喋って、よくもまあ今まで飲まずに来れたものだ。これもアイドル経験の賜物なんだろうか。バラエティー番組とか出てたとか言ってた気がするし。

 

 一息ついたとき、アイはポツリと零す。

 

 

「……でも、あの子たちは、怒ってるのかもね」

 

「そのココロは?」

 

「お母さんが居なくなって、私も悲しかったから。それに、ほら、両親が居ないってイジメの原因とかになることもあるじゃん? そうなってなきゃいいんだけどね……」

 

 

 カランと彼女の飲むドリンクの氷が音を鳴らす。

 

 

「恨んで、ないかな? どうして私たちのお母さんは居ないんだって。どうして死んじゃったんだって」

 

「星野さん……」

 

「酷いお母さんだよね、私」

 

 

 殺されたから仕方ないけどさ、といつものように笑う彼女。

 だから俺は即答した。彼女に感傷的な時間を与えてはいけないと、本能で察してしまったからだ。

 

 

「それは絶対ない。断じてありえない。星野さんの子供たちが、星野さんを恨むなんざ死んでも有り得ない。あぁ、命だってかけてもいいぜ? 間違ってたら錦江湾の海水飲み干してやる」

 

「それは言い過ぎじゃない?」

 

「言い過ぎ? チップとしては足りないくらいさ」

 

 

 彼女の心配は杞憂である。

 俺はそう断言した。

 

 彼女の子らは頭がいいといった。

 それならば理解しているだろう。

 死してもなお、子らの安否に胸を痛ませる彼女の愛というものを。十分に理解しているはずなのだ。

 

 俺はそう力説した。

 それに、だ。

 

 

「そうじゃないと、悲しいだろ」

 

 

 俺の『彼女の子らは、彼女を恨んでいない』論の最たるものがその言葉である。

 死後の心配など彼女がする必要はない。希望的観測に縋るのは俺の信条にはそぐわないが、こればっかりはその信条を投げ捨てるのだった。

 

 

 

「それなら、安心だね」

 

「なんせ俺の命まで賭けちゃったんだ。そうじゃないと困る」

 

「確かにね」

 

 

 アハハっ、と彼女は笑う。

 いつものではなく、子を自慢するときのように。

 

 笑って、笑って、泣いて、笑った。

 笑いながらぼろぼろと涙を流す彼女の肩を抱き寄せ、彼女が満足するまで傍に寄り添うのだった。

 

 

 

   ♦♦♦

 

 

 

 カラオケ屋を出て、俺たちは横に並んで歩く。

 俺の右腕に、彼女が左腕を絡めるようにして。

 

 

「──あ、そうだ。言い忘れてた」

 

「ん?」

 

「さすがに刺殺テロが今後起こることは低いだろうけど、その度に錯乱されても困るからな。これだけは言っておかなきゃならん」

 

 

 俺は自分より背の低い彼女を見下ろし、その目を見た。昨日まで苦手であったが、今はそれほどでもない、その暗い瞳を。

 

 

 

 

 

「俺は島津で、君は俺の分家筋の人間だ。たとえ養子だろうが、んなこと関係ない。遠い親戚であろうが、血が繋がっていなかろうが、君がその姓を名乗る限り、君は島津の庇護下にある」

 

「つまり、だ。君が他殺を恐れる必要はない。君には幸せになる資格がある。権利がある」

 

「島津が──いや、俺がこの世に存在する限り、君の安全を保障しよう」

 

「君は自分を愛してほしかった、と言ったな? 嘘でも愛してると言えば、そのうち本当になるかもしれない、と言ったな?」

 

「嘘偽り大いに結構。だが、これだけは覚えておけ。君がどう思おうが、どう嘘つこうが、俺は君を守り(愛し)続けるからな。これが俺が星野さんに送れる愛情のカタチだ」

 

「悩んでいるんだったらいつでも言ってくれ。可能な限り助力する。助けてほしいときは俺を呼べ。離島に居ても駆けつけてやる。あぁ、余計なお世話だったいつでも言ってくれ。いつでもクーリングオフを受け付ける」

 

 

 

 

 

 俺は宗家として、『庇護の愛』を伝えた。

 それに彼女は「ありがとう」と頷くのだった。

 

 

 

 

 

 その頬を朱に染めて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『アンタ、アイちゃん口説き落としたそうだね。責任取って結婚しなさい。本人の了承済だから拒否権はないよ』

 

「母上、んな話聞いてないんですが」

 

『あと中学卒業したら、アイちゃんと同棲しなさい。星野夫婦には話は通しているし家も借りたからね。人生の墓場に行って来い。さっさと孫の顔見せろ。アイちゃん泣かしたら殺す』

 

「ドウシテ……ドウシテ……」

 

 

 

 




ちなみに彼女の外見はアニメそのままです。

【島津桜華】
 親族の庇護の責務としての愛をアイに持つ。ただ責務別として、この危なっかしいアイを本心で守りたいと思っている。

【星野アイ】
 自分に寄り添ってくれる。自分の話を信じてくれる。自分の子供への愛を肯定してくれる。自分を愛していると宣言する。役満じゃないですか。

次回、彼女視点です。


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004.そして彼女は恋に落ちる

星野アイ視点の出会いの物語です。
あと平日の更新速度は落ちます。しゃーない、仕事や。


 私は生まれ変わった。

 同時に、嘘をつき過ぎた私への罰なんだと思った。

 

 

『この馬鹿は金の無駄だ』

 

『こんなの産まなきゃよかった』

 

『邪魔なんだよ』

 

 

 生前よりも酷い環境で生まれた私は、やっぱり両親からも愛されることはなかった。もし生まれ変わったら、賑やかで楽しい家族の一員になれるんじゃないか?という、生前の私の心の奥底に眠っていた密かな願望は、あっけなく崩れ去ってしまった。

 近所の人も、学校の人も、両親の素行により私に近づくことすらしなかった。

 誰も──私を助けてはくれなかった。

 

 愛する方法がわからない私でも。

 そんな私でも、少しは──少しは、愛してほしかっただけなのに。こちらも愛する努力はするはずなのに、その機会すら与えてもらえなかった。

 

 愛を求めることはそんなにいけないことなの?

 私は死んでも誰にも愛されないの?

 

 だから、私は。

 

 

「これからは私のことを『お母さん』って呼んでいいからね? 何かあったら私や夫に言ってちょうだい」

 

「はい──お母さん」

 

 

 だから、私は。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

   ♦♦♦

 

 

 

 そんなときに、私は彼に会った。

 

 

「──っ。あー、うん。自己紹介からだよなぁ。俺は島津桜華だ。上でも下でも好きな名前で呼んでくれ」

 

「──星野アイです。よろしくね」

 

 

 不思議なものを見る目、それが彼の第一印象だった。

 黒目黒髪、日本人ではごく普通の容姿であり、それでも整った顔立ちをしていた。身長も同学年の男子の平均値と呼べるような高さであり、特筆するべき点は何もない。

 

 ごく普通の少年。

 それなのに。

 

 私は彼のことが苦手だった。

 

 

「……なんか、俺は君に悪いことでもしたか?」

 

「全然そんなことないよー。急にどうしたの?」

 

「いや、なんか、こう……本当に主観的で悪いんだけどさ。俺の知人に似てるんだわ。()()()()()()()()()()()?」

 

「……っ!?」

 

 

 これだ、この彼の目だ。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。私が癖で無意識に吐いた嘘すらも、その嘘を口にするたびに目を細めるのだ。

 分かってるんだぞ。そう言いたげに。

 

 ただ、彼の指摘はその時だけだった。

 確かに嘘を吐くたびに目を細めるが、それ以上のことは何も言わなかった。咎めることもなかった。

 

 

「どうして米津君には分かっちゃうのかなぁ」

 

「島津な。うーん、こればっかりはもう体質のようなもんだから仕方ないやろ」

 

「ん?」

 

「知人の言葉を借りるなら、『人の言動にはそれ相応の理由がある』だ。たぶんだけど、星野さんって他者との適切な距離感を置くために、無意識に嘘をついてない? 自分がこれ以上傷つかないように……いや、違うな。()()()()()()()()()()()()()()()()()かな?」

 

 

 まぁ、一族柄そういうのには敏感なんだよ。人や状況見定める目がなきゃ、今の(島津)はここにいないしね。

 彼はそう語った。

 生前の芸能界でもそんなことを指摘する人は稀だったから、それを中学生の少年に指摘されるなんて思わなかった。私の心がその時酷く動揺したのを今でも覚えている。

 

 そして彼は私に優しく笑いかけた。

 「まぁ、悪意や自分への被害がなければ、正直嘘なんざどうでもいいんだけど」と。

 

 それ以降も彼とは度々会うことになる。

 私は嘘を重ね、彼はそれを許容する関係に。

 

 

 

   ♦♦♦

 

 

 

 そんな彼との関係に転機が訪れたのは、中学卒業を意識し始める時期だった。もちろん空っぽな私に進学希望先はなかった。とりあえず今の両親に負担をかけない高校に行くつもりだった。

 最初は中学卒業からの就職も考えていたが、高校進学は両親の意向によりかなり勧められた。頭のいい学校を出てほしい……という感じではなかった。詳しく聞くと、鹿児島県という土地柄上、高校卒業はかなり重要な指標らしい。普通だったら『どこ大学出身?』と聞かれるが、鹿児島では『どこ高校出身』かを聞いてくる企業が多いらしい。

 少なくとも、それが答えられないと就活は絶望的なのだとか。

 

 彼はどこの高校に行くんだろうか。

 今度聞いてみよう。

 

 そんな気持ちで彼と中央駅で散策する機会があった。

 

 

 

 

 

「──あぁ、テロか。候補者が腹刺されたらしいぜ」

 

 

 

 

 

 殺人未遂の事件が起こったのだ。後で調べてみたが、幸いにも死者は居なかったらしいけど。

 それでも、腹部の刺殺という言葉に、私は生前の記憶が溢れて止まることはなかった。

 

 フード姿の青年からのナイフ。

 溢れ出る血。

 鈍くなる思考。

 駆け寄ってくる子供たち。

 流れ出る血。

 腹部を抑えた手は真っ赤。

 暗くなる視界。

 怖い。

 救急車を呼ぶ声。

 助けて。

 痛い。

 伝えたい言葉。

 まだまだやりたいことが。

 流れる涙。

 子供たちを残していく後悔。

 痛い。

 痛い。

 怖い。

 嫌だ。

 助けて。

 

「おい、おい! しっかりしろ。大丈夫か」

 

 誰か。

 助けて。

 お願い。

 お願いします。

 

「大丈夫。大丈夫だから。大丈夫」

 

 ごめんなさい。

 ごめんなさい。

 ごめんなさい。

 ごめんなさい。

 

「大丈夫、俺はここにいるから。謝らなくていいから」

 

 暗い。

 怖い。

 何も見えない。

 嫌だ。

 

「大丈夫、大丈夫だから。俺が一緒にいるから。大丈夫だから」

 

 

 彼はそんな私に寄り添ってくれた。

 抱きしめてくれた。

 人々の目も顧みず、彼は私を静かな場所に移動してくれた。 

 

 暗くて、怖くて、寂しくて。それでも彼の胸の中にいると、少しは安心できて。それでもお腹がズキズキ痛くて。彼は私を強く抱きしめて、肩を叩いたり、頭をなでたりしてくれた。

 死にそうだった。彼が守ってくれなかったら、もしかしたら、本当に死んじゃうんじゃないかって思った。

 

 そこから幾分か落ち着いた私は、彼に話をした。

 もう私の心はぐちゃぐちゃだったのだ。何が良いのか、何て誤魔化せばいいのか、普段ついている嘘が全然言葉に出てこないので、私は思わず話をしてしまったのだ。

 前の両親にも、そして今の両親にも、誰にも言ったことがない、私の最大の秘密。

 

 自分が生まれ変わったことを。

 生まれる前の、『星野アイ』の記憶を。

 

 

 

「………」

 

 

 

 それを静かに聞いていた少年は。

 語り終わった私が声をかけることを躊躇するくらいには、怒っていた。

 

 彼の目は黒く深く、濁っていた。私が何か間違ったことを言ってしまったと思ったが、そうじゃなかった。そんな生易しい怒りではなかったと思う。

 瞳孔が開き、口からギリっと音がして、貧乏揺すりをする彼に、私は声をかけることができなかった。

 

 そして、急にボロボロと泣き始めたのだ。

 その瞳を黒く光らせながら、涙を拭おうとはせず、ただひたすらに涙を流す。

 

 なぜ泣いているのか。

 私は彼に聞いた。

 

 

「──報われねぇなぁ」

 

 

 彼はそうとだけ口にした。

 彼は私のために涙を流した。

 

 あれ?

 私のために

 誰かが泣いてくれたことなんて

 あった

 かな?

 

 それからも、私は彼と話をした。

 たくさん、たっくさん、話をした。

 

 

『星野さんがアクア君とルビーちゃんが大好きだってのはよーく伝わった』

 

『それは絶対ない。断じてありえない。星野さんの子供たちが、星野さんを恨むなんざ死んでも有り得ない。あぁ、命だってかけてもいいぜ? 間違ってたら錦江湾の海水飲み干してやる』

 

 

 彼は私の、子供たちへの愛を、本物であると言ってくれた。

 

 

『島津が──いや、俺がこの世に存在する限り、君の安全を保障しよう』

 

『嘘偽り大いに結構。だが、これだけは覚えておけ。君がどう思おうが、どう嘘つこうが、俺は君を守り(愛し)続けるからな。これが俺が星野さんに送れる愛情のカタチだ』

 

 

 彼は私を守ってくれると、言ってくれた。

 

 

 

 

 

『え? 分かりにくい? はっきり言ってくれ? えー……』

 

『……あぁ、もう、分かった。分かったから。言うよ。言えばいいんだろ!?』

 

『えーと、あー、うん、そのー、ね? うん。俺個人としては、だ。星野さんのことを好ましく思ってます。はい──あ゛あ゛あ゛あ゛っ、分かった! 好きです。はい、好きですよ! これでいいだろう!?』

 

『あ、もちろんlikeの方だからな? 友達としてだからな!? そこ勘違いすんなよ!?』

 

 

 

 

 

 彼は私を、こんな私を好きと言ってくれた。

 

 あぁ、愛されるって、こんなにも嬉しいんだ。

 こんなにも──満たされるんだ。

 

 それと同時に、私は一つの欲を持ってしまった。愛し、愛されることを諦めてしまった転生者の少女は、一つの小さくて、とても大きな欲望を抱いてしまったのだ。

 

 彼の愛。それは少年の家柄としての情だ。

 自分の親族は何があろうと守る。自分の親戚は守り通す。だから、彼の愛は、それこそアイドル時代の私と同じように同胞(ファン)に平等に与えられるのだろう。

 

 でも、私は──星野アイは、その愛を独り占めしたくなった。独占じゃなくてもいい、私をもっと、もっと愛してほしいと願ってしまったのだ。その瞳を、温もりを、彼の全てを、私に向けてほしいと願ってしまったのだ。

 今なら私にナイフを刺した彼──リョースケ君の気持ちが分かった。

 あぁ、そうだよね。自分だけを見てほしいよね。もちろん愛しい彼を刺殺なんてしないけど。

 

 

 

 さて、私は何から始めるべきかな。

 彼を振り向かせるには、何をするべきかな。

 

 

「お母さん、私ね、お願いがあるの」

 

「どうしたの? 珍しいわね、何でも言ってちょうだい」

 

「私さ──」

 

 

 ──()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 始めよう。私の初恋を。

 私の全てを、アイドル時代で培った全てを、この時のために出し切ろう。何もかもが嘘つきで、他人を本気で好きになったことがない私だけど、嘘でも愛してると言えば、そのうち本当になるかもしれない──違うかな? ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。私は彼に愛をぶつけよう。

 

 ごめんね、オーカ。

 でも君が本気にさせちゃったんだから。

 

 だって私は。

 欲張りな星野アイなんだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──よし、桜華君のお母さんには話付けたよ。それと高校入学時には一緒に住めるよう家も借りなきゃね。あ、彼の進学先は──だから。今の学力だとマズいんじゃない? 本気で彼の心を狩るのなら、今からでも遅くないから勉強しなさい」

 

「はーい」

 

 

 これは、私が本気で恋をする物語。

 

 

 

 




次回、そろそろ世界線の話をします。

【島津桜華】
 恋愛感情が分からない少年。本気で誰かを愛おしいとは思ったことはないし、何なら恋するより友人と遊んでたほうが楽しいと思う時期だから仕方ない。過保護気質なのでアイのことは全力で守るけどね。

【星野アイ】
 ここから鈍感少年の攻略が始まる。恋愛初心者には難易度ハードだが、欲張りなので頑張ります。


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005.暗躍する者たち

 日刊ランキングに載りました。
 星野アイのファンの皆様、本当にありがとうございます。
 以降も彼女の幸せを目標に精進してまいりますので、応援・感想をよろしくお願いします。



 2023/5/27追記です。世界観の設定です。

 世界観は現代日本。名家の大名家らしきものが自分の勢力圏を主張はしているが、あくまでもヤクザのシマ的な話なので、ちゃんと廃藩置県は達成している。自分たちの活動圏内を主張するための目安。なので名家の当主といっても、絶対的な権力を持っているわけではなく、あくまでも勢力圏のリーダー的立位置。忠誠心は各勢力によって異なる。
 ただ地方それぞれで影響力というものは持っており、殺人を揉み消す(または隠蔽)のようなことを行っている。しかし、そう簡単にはできないので、そうホイホイ人は殺せない。殺人は基本犯罪です。この世界の警察無能なので、自警団的なこともやってる。もちろん非合法である。


 さて、俺とアイの同棲生活が半強制的に始まって数ヶ月が経過した。初めは恋人の居ない俺に対するタチの悪い冗談かと思ったが、エスカレーター式に決まっていく物事を見て、そして率先的に動くアイを見て、これが現実なのだと痛感させられた。

 俺もアイも持ち物は少ないが、1LDKに押し込まれた男女1組である。

 壮絶な話し合いの末、彼女に一部屋を押し付け、俺はキッチンを目の前にした空間での生活をすることになった。ちなみに話し合いの内容は『女の子なんだから一部屋使いなよVSもう一緒の部屋でいいじゃん』である。いいわけあるか。

 

 一見すれば全紳士諸君の憧れである美少女との同棲生活である。俺だってラノベぐらいでしか聞いたことがない。

 だが実際のところは、未婚の未成年女性(生前はカウントしないものとする)との同棲だ。世間体やら彼女の今後の風評も考えると、今の男女の同棲ですら何言われるかわかったものではないのに、これ以上後ろ指差されるような真似はしたくない。彼女の未来の旦那さんにも悪いだろうしな。

 

 そのような事情もあり、俺とアイとの生活は、俺のできる限りの配慮を心がけているのだ。

 心がけているのだ……いるのだが。

 

 

 

『オーカ、次入っていいよー』

 

『おう、ありがとさん。──ちょっと待った』

 

『んー?』

 

『文明的な服の着用方法をご存知でない?』

 

『パンツもブラもシャツも着てるじゃん。あ、もしかして中身が見たいとか? しょうがないなぁ』

 

『誰もんなこと言っとらんわ。つかそのシャツ俺のじゃんかよ!? 明日俺が着るものなんだから勝手に着られると困るんだよ!』

 

 

 

 あっちが配慮してくれなきゃ意味ないんだよなぁ。

 彼シャツだぁ、おっきくてぶかぶかだぁ、とあられもない姿で闊歩する元アイドルの少女を横目に、俺は両手で顔を覆って嘆いた。

 素材が超一級品なだけに、似合っているのが余計にタチが悪いと思う。

 

 それだけならまだいい。

 いや、全然よくないけど。

 

 

 

『ここ、俺のベッド、分かった?』

 

『分かった』

 

『全然わかってねぇじゃねぇか。俺の寝るところなんだよ、枕取るんじゃねぇよ、掛け布団も引っ張るんじゃねぇよ、そして抱き着いてくるんじゃない!』

 

『オーカの胸ってマタタビかな? ものすごく落ち着くぅ。んにゅ~』

 

『こんのっ、クソ猫がっ……!』

 

 

 

 そして、なし崩し一緒に寝ることなんて日常茶飯事だ。淑女として一ミクロも正しくない行いなのは誰から見ても明らかだし、マジで本当に止めないと取り返しがつかなくなるのは想像に難くない。

 ……でも強く出れないんだよ、ホント。

 生前の彼女を知っているだけに、そして今の幸せそうな表情を見ていると、それは俺の感情云々で邪魔していいのか躊躇してしまうのだ。だから決まってベッド攻防戦では決まって俺はため息をつき、彼女と朝を迎えるのだった。もちろん俺は童貞のままである。

 

 彼女との同棲生活は問題が山積みだ。

 解決方法も容易ではない。

 そもそもの話だが、

 

 

 

 アイが解決する気がないのは気のせいか?

 

 

 

   ♦♦♦

 

 

 

「──こんな感じで困ってんだよ。どうすりゃいいと思う」

 

『とりあえず死ねばいいと思う(直球)』

 

 

 家のリビングでパソコンや周辺機器を広げ、オンライン会議をする中、目下の悩みを相談したところ、会議参加者の未来に一蹴された。それぞれ顔が見えるようにしているが、3馬鹿全員がチベットスナギツネみたいな顔をしているのは解せない。

 咸や兼定も声は出さないが、前者はグッドサインを逆さに見せ、後者は両手で中指を立てている。

 俺へのヘイトが強くないか?

 

 

『惚気か? 惚気だよなァ? 惚気に決まってるよなァ? オレはハチミツシュガー入り砂糖を頼ンだ覚えはねェンだけどなァ?』

 

『私は今コーヒーがぶ飲みしてます。なんで甘いんですかね?』

 

 

 そんなことを言われましても。

 俺はパソコンの前で頬杖をつく。

 

 

「まぁいいや。アイの奇行はこの際置いておこう。今は重要じゃない」

 

『そりゃそうだろうね。結末が分かり切っている物事なんて重要じゃないよね』

 

 

 含みがある言い方だな未来の野郎。

 

 

「んで、咸。調べた結果どうだった?」

 

『えぇ、調べましたよ。調べましたとも。正直、これを頼まれたときは桜華の正気を疑いましたが、ちゃんと調べましたよ。それを報告するのは結構ですが、その前に一つ答えて下さい』

 

 

 今までの和気あいあいとした空気は消え、咸は眼鏡の位置を右手中指で調整し、俺に鋭いまなざしを向ける。それは殺気にも近い鋭さであり、小心者であれば失神するレベルのものだった。

 ただ俺を含めた3人は特別な訓練を受けた小心者なので、適当に流す。

 

 

 

 

『【星野アイ、ストーカー殺人事件】【苺プロダクション】【星野アイの隠し子】──()()()()()()()()()()()()()()()?』

 

「……何だ、ようやく見つかったのか」

 

『前2つは前々から、それこそネットの海に潜れば浅瀬でも見つかるようなものです。それにしても、()()()()()()()()()()()()()()()。彼女のほうが隠し子と言われても納得いきますよ』

 

 

 

 俺は手元のスマホに表示される『元人気アイドル、星野アイ』の顔写真を見る。

 あぁ、本当にそっくりだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()星野アイ(元人気アイドル)星野アイ(薩摩の民)は同一人物であり、外見も一緒のはずなのに、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 これも転生故の弊害なのだろうか。この感覚が、非常に気持ち悪い。

 

 そして以前から彼女の口にする『苺プロダクション』という事務所が存在していたのは知っていた。アイの記憶通りの人物が在籍していることも確認済だ。……なんか事前に聞いてた名前と違ったけど。

 コイツ社長の名前すら覚えられないのかよ。

 

 

『そして最近やっと調べがつきました。彼女の遺児と呼べるような2名の人物を。陽東高校一般科在籍の星野 愛久愛海(ほしの あくあまりん)氏と、陽東高校芸能科在籍の星野 瑠美衣(ほしの るびい)氏です』

 

『『「………」』』

 

 

 ごめん、アイ。擁護しきれねぇわ。

 双子の名前ヤバ過ぎるだろう。

 

 

「分かった、とりあえず居ると分かっただけでいいや。サンキューな」

 

『私の質問に答えて下さい。貴方は何を知っているんですか?』

 

「別に俺が知りたいって理由じゃダメか? 事前に報酬も支払っているだろう? お前がそんな食いついてくるなんて珍しいじゃん」

 

 

 咸の今までの言動からわかる通り、コイツの情報収集能力は凄まじいの一言に尽きる。正直どんな独自のネットワークを手で転がしているのか、俺でも予想がつかないくらいだ。コイツは調べることはしても、そこまで深く聞いてくることはしないのだ。それがコイツの信条というものなのだろう。

 この税所家の麒麟児が割り込んでくるのだ。あぁ、嫌な予感しかしない。

 

 

『貴方だって、馬鹿じゃない。ストーカー殺人を調べたのなら、この不可解さに気づいているはずでしょう? 星野アイ氏はストーカー殺人が起こる前に、新居に引っ越していたんですよ』

 

「……殺人犯たる大学生程度が、どうやって新居を突き止めた、って話か?」

 

『えぇ、花丸回答です。そして私も星野アイ氏を詳しく調べてみたんですが、彼女の交友関係って想像以上に狭いんですよ。つまり、殺人犯は──新居を探し出す方法がないに等しいんです。()()()()()。』

 

 

 そこまで言われて。

 その言葉を聞いて。

 

 俺はスマホを落としてしまった。

 

 は?

 ふざけんなよ?

 咸、お前何言ってんのかわかってんのか?

 

 

 

 

 

『彼女の新居を調べられる人間』

 

『双子の父親なら』

 

『調べられるでしょうねぇ』

 

『あぁ、ご心配なく。それらしき人物は既に調べがついています故』

 

『さて、桜華、もう一度問います』

 

『数年前に非業の死を遂げた元人気アイドル──星野アイ。我々の友人にして薩摩の子である××高校普通科在籍の少女──星野アイは、同一人物ですね?』

 

 

 

 

 

 税所家の麒麟児は、答えを求めていなかった。

 ただ自分の正答を確認するかのように聞いてきた。

 

 そこでガタンと大きく音が響く。

 音の主は兼定だった。

 

 

 

『オイ、クソ咸。オマエ、自分が何言ってンのかわかってンのか? 冗談でも笑えねェぞ』

 

『冗談にしては不愉快極まりないですね。落第点以下のゴミです』

 

『じゃあ何か? あァ? この際転生でも生まれ変わりでも関係ねェ。星野の奴を間接的にブッ殺したのが、星野の子供の父親だって言いてェのか? ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!? あ゛ァ!? オイ、答えろォッ!?』

 

 

 

 俺は別に彼女が転生者であるとは言ってない。

 普通に考えて誰も信じないからだ。

 

 だが、そんなことは関係なかった。紳士的な振る舞いを心掛ける咸が眉間に皺を寄せ、我らが同胞を殺した人間がのうのうと人生を貪っていることを許せない兼定が怒り狂い、いつもヘラヘラ笑っている傾奇者たる未来が破片の感情も見せず思案するのだ。

 彼女に危害を加える者は、何人たりとも許しはしない、と。

 

 

 

「兼定、そんぐらいにしとけ」

 

『オマエも何か』

 

「アイの元旦那が元凶だろうが、今の俺らには関係ないだろ? 元人気アイドルは死んだ。それは薩摩にとっては関係ないことだ」

 

『テメッ──』

 

「だが」

 

 

 

 俺は笑う。

 俺は、嗤う。

 

 

 

 

 

 

「島津の者、薩摩の子である星野アイに手ぇ出そうもんなら、そん時は分かってんだろうな? あぁ、最初に言っておくぞ。奴は腹を召す器に非ず。首はいらねぇぞ」

 

『アイちゃんの元旦那さんだからね、盛大に歓迎しようよ』

 

 

 

 

 

 アイの元旦那に俺たちから何もしないだろう。

 そもそも奴が彼女を認識できるのか?

 

 まぁ、いい。

 もしまた手を出すのなら、もしアイを泣かせるつもりなら、薩摩の地に足をつけたのなら。

 その時は

 

 

 

 




原作キャラは今のところ一番星のみです。
黒幕もなぜか鹿児島出禁になってますしね。

アイちゃんのセコムの話は終わったので、次回以降からは、ほのぼのストーリー予定です。


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006.プライベート用

 ほのぼの回スタートです。
 苗字のルビが欲しいと指摘頂きました。自分的にはなじみがありますが、鹿児島県外の方々から見れば珍しい苗字だよなぁと思ったので、以後ルビを極力振ります。
 あと誤字指摘ありがとうございます。読み返しているんですが、それでも見逃してしまうので非常に助かります。


「母上、今回の仕送りが些か多いように感じられるんですが、明日俺は死ぬんでしょうか?」

 

『アンタ私を何だと思ってんのよ』

 

 

 クソババァだが?

 通帳片手に親に連絡を入れる俺の内心は即答だった。口に出したら命はないだろうが。

 

 

『それでアイちゃんの新しい携帯を契約してきなさい。ほら、あの子古いやつしか持ってなかったでしょ? アンタのもそろそろ機種変時期だし、ついでに見て来れば?』

 

「古いって言っても2.3世代前の型落ちってだけだろ? 俺のもまだ使えなくはないし、別に良くないか?」

 

『アンタねぇ……』

 

 

 電話の奥から大きなため息が聞こえた。

 

 

『あのね、女の子ってのは大変なの。せめて携帯2台ぐらいは持っておきたいものなの。アンタだって2台待ちでしょ』

 

「そうだけれども」

 

 

 確かにプライベート用と裏でコソコソする用の2台持ちではある。オカンの言っている俺の機種変時期のそれも、プライベート用だしね。

 もう一つの仕送りであるダンボール箱の中には、食料品の他にも、星野家の両親の書類等も同封されていた。なるほど、俺とアイだけで契約できるように手配済みなのか。

 そうなると先方の意向を無下にはできないな。

 

 そんなこんなで俺とアイは各々の目的のために、比較的品ぞろえの良い場所に赴くことになった。俺は機種変、アイは新規契約として。

 

 

「私も生前()はプライベート用と仕事用で使い分けてたなぁ。私としては嬉しいけど、お義母さんのお金でしょ? 本当にいいのかな?」

 

「遠慮すんな。こっちから頼んだわけじゃないし、貰えるもんは貰っとかないと損だぞ? そもそもの話、俺は()からの方針に逆らえん」

 

 

 うちのオカンはアイにベタ甘だからなぁ。彼女の為に何かと仕送りと称して日用品から嗜好品の数々を送ってくるし。気持ちは分かるんだ、俺に兄弟姉妹がいないので、娘に餓えたオカンがアイを溺愛するのは同然の結果だろう。

 じゃあ俺の父親──親父殿はどう思ってるのか。

 外見が薩摩版キング・ブラッドレイみたいで、実際に戦闘力も本家とさして変わらず、泣く子も黙る『現代の鬼島津』と呼ばれた男は、星野アイをどう思っているのか。

 

 

 

『………』

 

『星野アイ、です。よろしく、お願いします……』

 

 

 

 初めて対面したとき、あまりにもの迫力に、隣にいた俺の手を握って離さなかったぐらいである。親父殿は俺とアイを交互に見て、手を握っている位置を見て──アイの頭をゆっくり優しく撫でた。

 

 

 

『……っ!?』

 

良い(よか)、それで良い(よか)

 

 

 

 ……転生云々の話は別として、この男の観察眼は俺を遥かに超える。彼女を──自身が『愛』というものを理解することが難しく、同時に愛に恐ろしく飢えており、時には嘘の仮面を被っては人を欺く、その歪な在り方を見抜いたのだろう。

 それを知ってなお──親父殿は肯定した。

 不出来ながらも、それでも()()()()()()()()()()()()()()()と教えるように、ゆっくり優しく頭を撫でた。

 

 緊張しながらも、涙をボロボロ流す彼女を見て思う。

 くっそカッコ悪く彼女を励ました俺とは大違いだ。

 

 同時に、非常に惜しく思う。

 ──親父殿みたいな人間が生前の彼女の傍に居れば、彼女は死ぬことはなかったんじゃないかと。今でも子供たちに囲まれながら楽しく暮らしてたんじゃないかと。

 そのような余計なことを考えていると、親父殿は俺を横目で見る。

 

 

 

『桜華、支えてやれ。傍にいてやれ。寄り添ってやれ。その手、離すなよ。()()()()()()()()

 

『親父殿……』

 

『……それと、18まで避妊は忘れるなよ』

 

『親父殿……?』

 

 

 

 そのやり取りから分かる通り、アイのことを親父殿も気に入っているようだ。……どうしても俺の頭から『双方の両親公認』という恐ろしい単語が頭から離れない。大坂夏の陣を迎えた豊臣秀頼の気分なんだが。真田さん助けて。

 

 

「……オーカ? 早く携帯見ようよ」

 

「──あぁ、悪い」

 

 

 意識を現実に戻した俺は、店舗に展示されているスマートフォンを眺める。場所は中央駅西口方面、ビッグカメラの2階だ。え、お前ら中央駅しか行ってないなって? 鹿児島は中央駅と天文館行けば何でも揃うんだよ。

 俺はとある一角まで歩き、アイを手招きして呼ぶ。

 

 

「ほら、ここら辺なんかいいんじゃないか? 俺はあっち方面の見てくるから、選び終わったら教えてくれ」

 

「私の見間違いじゃなきゃ、ここ高齢者や子供向けのエリアだよね? だよね?」

 

 

 俺の頬が自由自在に伸ばされるアクシデントもあったが、時間をかけて選んだ結果、俺は全体的に黒いスマホに機種を変更し、アイは深い紫色の携帯電話を新規契約したようだ。ちなみに色よりも機能性を重視した結果である。

 どうせスマホカバー被せれば一緒や。

 

 そんな事情から、俺の選ぶものがアクセサリーエリアへと移動する。豊富な種類があるのは確かだが、俺自身があまりこだわりとかない派の人間だから、どれがいいのか皆目見当もつかない。

 とりあえずスマホと同じ審査基準の無難かつ機能性を目的として探しているところ、肩をポンポンと叩かれて振り向く。

 視線の先にはニコニコのアイが立っていた。

 

 

「お揃いにしよ?」

 

「………」

 

 

 いや、まぁ、いいんだけどさ。

 これもう言い訳できなくない?(手遅れ)

 

 幸い俺とアイの選んだスマホは型が近かったため、俺とアイの要望は概ね叶えられることになった。会計時の店員さんの微笑ましい視線に俺は耐えることができなかったが。

 

 

 

 

   ♦♦♦

 

 

 

「……ふぅ、やっと使いやすい状態に戻せた」

 

 

 リビングで機種変更あるあるの『自分設定に戻す』を終えた俺は、新しいスマホを服のポケットにねじ込んだ。ホーム画面やロック画面設定、Webのパスワード設定から、アプリケーションの再ダウンロード、余計なアプリケーションの削除など、新しいスマホを自分通りにカスタマイズし直すのは骨が折れた。

 せっかく中央駅に行ったのだからと、アミュプラザ地下で購入したイチゴの乗ったスイーツを食していると、新しいスマホを片手に四苦八苦していたはずのアイが寄ってきた。

 期待半分、不安半分と言った風に。

 

 

「お願いがあるんだけど、ダメ、かな?」

 

「内容による。なんか分らんことでもあったか?」

 

「そういうわけじゃないんだけど……ちょっとここのソファーに座って欲しいな」

 

 

 リビングのソファーを指すアイ。

 俺は言われた通り腰を下ろした。

 

 

「もうちょっと足を開いて、もっと奥に腰かけて……そうそう、そんな感じ。それじゃあ、お邪魔しまーす」

 

「ちょ、おまっ」

 

 

 股を開いたスペースを作るよう指示した彼女は、そのまま自分の身体をねじ込むように座る。傍から見れば俺が彼女を抱きしめて座っているようにも見えなくはない。

 

 

「私の腰を抱きしめてよ」

 

「……(最後の抵抗)」

 

「胸とどっちがいい?」

 

 

 傍から見なくとも俺が彼女を抱きしめて座っているようにしか見えない。

 繊細なガラス製品を触る時以上に、細心の注意を払って彼女の腰に手を回すが、アイが「もっと強く抱きしめて」と無茶な注文をしてきて、無視し続けたら俺の両手をガシッと掴んで、上部に移動させ始めたので、観念した俺は彼女の細い身体を壊れないように、ただ力強く抱きしめた。

 

 うわっ、女の子の身体って、こんな細くて柔らかいんだ……と童貞100%の感想を心の中で述べ、彼女の紫がかった黒髪から、ふんわりと甘い香りが鼻孔をくすぐる。俺とアイの身長差って15センチ以上離れているから、すっぽりとアイの上半身が懐に入る。

 確かにほぼ毎日添い寝しているけどさぁ! こんなん何回やっても慣れねぇんだよ……!

 

 

「上向いて、笑顔で……はいチーズっ!」

 

 

 自撮りの要領で俺とアイのツーショット写真がいとも容易く撮られる。ただ構図がお気に召さなかったらしく、何回か撮り直したのち、彼女が満足するものが撮れたようだ。

 無邪気に俺との写真を見せつける。

 

 

「私の最初のスマホの写真はさ、オーカとのツーショットって決めてたんだ。ありがとね」

 

「……そいつは光栄なこった」

 

 

 俺は彼女を抱きかかえ隣に下ろし、先ほどいた場所に戻って、若干クリームの溶けたケーキを食べ始めた。アイはバタバタと足を振りながら、スマホをいそいそと操作する。

 ふと、俺のスマホがポケットで震える。

 見てみると、LINEの通知だった。開くと先ほどの写真がアイから添付されてきた。

 

 

「………」

 

 

 俺は大きく深くため息をつき、その写真を保存するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ロック画面に写真設定できた!」

 

「それプライベート用のスマホにするんだよな?」

 

「そーだよー」

 

「……学校に持っていくん?」

 

「当たり前じゃん!」

 

 

 俺は天を仰いだ。

 ……ここから入れる保険ってありませんか?(震え声)

 

 

 

 




裏設定登場人物紹介

島津(しまづ) 桜華(おうか)
 今作の主人公。薩摩藩一門が一つ、今和泉島津家の流れを持つ島津家の一人息子。もちろん血筋的に時期当主の資格はあるが放棄させられているため継承権はない。ただ一族でも発言力は強いため、簡単に説明すると『ボンボンの坊ちゃん』。島津家の人間としての最低限の武術の心得はあるが、元の性格が『薩摩兵マジ蛮族』と言い放った島津斉彬(しまづなりあきら)に近いため、そこまで戦闘狂というわけではない(当社比)。なくてアレである。ちなみに継承権を放棄されたのは、アイドル時代の星野アイの熱狂的ファンだった当代の島津家当主(親父殿の兄にあたる)が、彼女に似ている転生後の星野アイが血筋やら何やらの面倒な理由で主人公とのラブストーリーを邪魔させないようにという思惑がある。当主なりの星野アイへの恩返しである。つまり現当主公認の仲なので、最初から主人公に逃げ場は一切存在しない。


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007.学校でも自重はしない

 OPのフルPVでアイが兎の着ぐるみ着てるじゃないですか。
 あれ今作だとグリブー(鹿児島のマスコット。緑の豚)になるんですかね?

 そんな感情で書いた回です。


 俺たちの通う××高等学校は、かつて地方の進学校とまで呼ばれ、数々の有名大学への合格者を輩出した、地元では名の知れた名門校である。

 しかし、それも昔の話。数年前の鹿児島学区への併合の関係により、地方の天才秀才が鹿児島市内の有力な学校を選択し、そこそこの学力を有する者が××高等学校へと進学する現象が発生する。ざっくり言うと、頭いい奴が市内の進学校へ行き、あぶれた半端者が××高校に集まったのだ。

 それでも『近いから』という理由だけで、一握りの天才秀才もここに進学するので、××高校に通う生徒からは『自称進学校』とまで呼ばれる始末だ。

 

 ではなぜ俺と3馬鹿が地方の自称進学校を受験したのか。

 校風が気に入ったからである(大嘘)。

 本当のところは、そんな複雑な事情がある訳ではなく、鹿児島市内在住の俺たちにとって、我らがエデンの中央駅を経由しないと学校に行けない関係で、帰りに中央駅への寄り道ができるからである。本当にしょうもねぇな。

 

 これがバレたときはババァからの拷問フルコースにご招待されたが、途中「帰りに中央駅でデート……アリね」と執行猶予付きで釈放されたのだった。

 許された気がしないのは気のせいだろうか?

 

 

 そんなピッカピカの高校一年生な俺たちなのだが、気になるのは配属クラスだろう。

 全員クラスがバラバラである。ものの見事にバラバラである。誰一人被ることなく別れることになった。一組から順番に兼定、俺、アイ、未来、咸でクラスが分けられたのだった。

 

 万が一教材忘れても、借りに行けるから便利だなと俺は笑った。アイはそうだねと笑った。俺は目を細めた。

 

 そんな一年二組な俺だが、島津の人間として交友関係を広げるのは重要なことと心得ている。

 特に初動は大事だ。俺の拙いコミュニケーションを十全に生かし、高校生活──いや、もしかしたら竹馬の友となるべき者との出会いを果たすのだ──

 

 

「オーカ! 一緒にご飯食べよー!」

 

「………」

 

 

 ザワザワッ。

 

 

『うっわ、誰あの美人!』

 

『知らねぇの? あの『32人斬りの星野アイ』さんだよ。入学当時話題になった子』

 

『ほらほら、星野様のお通りだ! 島津ん所に椅子渡せ!』

 

『……俺、告白してみようかな』

 

『応援してるぜ、33人目』

 

「………」

 

 

 俺は窓の外に視線を移した。

 本日も晴天なり。俺の心は曇天なり。

 

 星野アイ──××高校普通科一年三組に在籍し、入学初日から新入生並びに在学生の注目を浴びた、現代に舞い降りた天使と揶揄される美少女である。

 彼女の人となりを知らないながらも、その美貌に心奪われた生徒は数多く、野球部のエースやバスケ部のキャプテン、三年学年主席から某企業の御曹司と、多岐にわたる男子から、愛の言葉と共に告白を受けたのは、過去現在でも彼女だけのはずだ。愛に餓えた少女には最高の環境だろう。

 

 その数32名。少女漫画でもなかなか見られない展開ながら、××高校のカースト上位からの告白を一身に受け、

 

 

 

『──ごめんね、私、好きな人がいるから』

 

 

 

 その数32名を廃人にした魔性の女である。

 誰一人として彼女のお眼鏡に叶わなかったらしい。

 

 俺はアイのことが心配になった。芸能界を渡り歩いて来た彼女だからこそ、その目が肥えてしまったんじゃなかろうかと。

 これ以上の上玉って鹿児島県内でも探すのは難しいと思うんだけどなぁ。

 

 俺の机の前に椅子を持ってきて、向かい合うように座る彼女を見て、ホントこの娘どうしようかと密かにため息をついた。彼女は幸せになるべき人間だからな。その幸せを願うのは島津として当然のことだろう。

 ……そういえば彼女には好きな人がいるらしい。その人に頑張ってもらおうか。

 

 

「つかアイの好きな人って誰なんだ……?」

 

「んー? んー?」

 

 

 彼女は俺の顔を覗き込むように笑う。

 いたずらに、愛おしそうに、俺の顔を見て笑う。

 

 ……いやホントマジで現実から目を逸らすのが厳しくなってきたな。鈍感系やら馬鹿にされてきた俺だって、流石にその対象が誰に向いているのかは理解できる。

 ただ、結果が理解できても過程が理解できん。何がトリガーになった? 彼女の好意が見え隠れするようになった時期から推測すると……アレか? いやいや、それはないだろう。俺の彼女へ与えられる愛なんぞ、言っちゃ悪いが彼女の望むものとしては微々たるもんだぞ? それこそ玉砕していった武士共(32名)の愛の方が遥かに大きいはずだ。

 

 彼女は言ってたではないか。愛し愛される関係が欲しいと。

 俺自身が恋心系統の愛情というものが理解できないのだ。

 彼女の望むものを十全には与えられない。

 加えて、俺自身の価値は俺が一番よく分かっている。寝ても覚めても同族で殺しあうことしかしてこなかった蛮族の末裔であり、ド田舎でしかイキれない一族の一部品に過ぎない。能力もルックスも平凡であり、とてもじゃないが彼女に釣り合うとは思えないぞ。

 

 理解できない。

 分からない。

 

 だから聞いてみよう。

 アイ、何で俺なんだ?

 

 

「……私がさ、生前()にお母さんから愛してほしかったって話をしたのは覚えてる?」

 

「なんとなく」

 

「そのあとアイドルになって、嘘でも愛してるって言い続けて、それが本物になったのかはわからないけど。あ、少なくともアクアとルビーのことは本当に愛してるよ。本当に」

 

「そうやろな」

 

「でもね、本当は私を愛してほしいって気持ちもあって、でも生まれ変わっても誰も愛してくれなくて、愛することもできなくて、『愛』が分からなくなって、頭の中がぐちゃぐちゃになって、心もぐちゃぐちゃで、何もわからなくなって」

 

「………」

 

 

 周囲の声が騒がしいが、俺には彼女の独白がしっかりと耳に入る。

 彼女も周囲に聞かせたくないのか、最低限俺に聞こえる声で話をする。

 

 

「──あの時、死にそうになって、苦しくて、悲しくて、怖くて、寂しくて」

 

「………」

 

「オーカがね、生まれて初めて(生前から今までで)ね、私自身を愛し続けるって言ってくれたんだよ?」

 

「……それは」

 

「うん、分かってる。オーカにとっては、島津として当たり前のことなんだよね?」

 

 

 でもね、と彼女は微笑む。

 

 

 

 

 

「私、愛が分からない欠陥品なんだ。愛されたことのない欠陥品なんだ。そんなポンコツにね、オーカの愛は──眩しかったんだよ。刺激が強すぎたの。オーカの当たり前(親愛)は、大きすぎるんだよ」

 

「──もう、オーカの愛じゃないと、満たされない身体になっちゃったんだ」

 

「星野アイは欲張りなんだ。確かに学校の男子の告白は嬉しかったよ? 嬉しかったんだけどね、ただそれだけなんだ。どれだけ愛しているって言われても、『愛』が分からない私の心には、オーカぐらいの愛じゃないと響かないんだよ」

 

 

 

 

 机の上に投げ出していた俺の右手を、向き合う彼女は左手で指を絡めるように握る。

 

 

「おかしいよね、あれだけ欲しかった言葉を聞いても満足できないんだ。君の声じゃないと、君の耳じゃないと、君じゃないと、全然満たされないんだ。どうしてだろ? どうしてだろ?」

 

「さぁ? 俺には分かんねーよ」

 

「あははっ、私にもわからなーい。でもね、ミク君が言ってくれた言葉がね、今のところしっくり来てるんだ。それで一応納得してる」

 

 

 未来のことである。

 

 

「あのバカはなんて言ってた?」

 

「『愛はね、理屈じゃないんだよ』って」

 

「……なんだそりゃ?」

 

 

 もしやアイツも分かってないのでは?

 島津は訝しんだ。

 

 

「私にも詳しくは分からないよ。だからさ──」

 

 

 ──探そう? 私と一緒に。

 分からない者同士で、愛を見つけようよ。

 

 そう締めくくった。

 晴天の青空すら霞む、その満面の笑みで。

 

 

「……見つかるもんかねぇ」

 

「手始めにマウストゥーマウスでキスしてみたら分かるんじゃないかって愚考します!」

 

「ホントに愚考なんだよっ!」

 

 

 俺のツッコミがクラス内に響き渡る。

 ここで俺は、この恥ずかしい議論が教室で行われていることに気づく。

 

 

『うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっっっっっ……』

 

『ようこそ、33人目』

 

『ダメだ、勝てねぇ。お前がナンバーワンだ』

 

『聞いた? ──探そう? 私と一緒に。分からない者同士で、愛を見つけようよ。──って!』

 

『私、こんなロマンティックな告白初めて聞いたわ……』

 

 

 阿鼻叫喚の一年二組。

 俺は半眼になってアイを睨む。

 

 

「どーすんだ、これ」

 

「笑えばいいと思うよ?」

 

「笑えないんだよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 星野アイの異名に『33人斬りの星野アイ』『島津アイ』が追加され、俺は『アイの旦那さん』と囁かれるようになった。

 もう駄目だよ、コレ。

 

 

 

 




裏設定登場人物紹介

星野(ほしの) アイ】
 今作のメインヒロインにして、原作で非業の死を遂げた元人気アイドル。転生時間軸にズレがあるが、そもそも転生そのもののシステムがファンタジーで不可解なので、皆が深く考えないようにしている。主人公の親愛が『命を賭して守り通す』の域なので、生半可な愛では満足できなくなってしまった。かなり主人公に依存しており、主人公が近くにいないと情緒不安定になることがある。くっそどうでもいい話であるが、生前のストーカー殺人事件で死亡した際に、島津家当主や重鎮複数が鬱で一月程寝込んだことがあり、そのせいで島津家存続の危機に瀕したことがある。島津家の資料には『西南戦争以降、最も島津家にダメージを与えた人物』として彼女の名前が記されている。


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008.年貢の納め時

 別のハーメルン作者さんの作品見て凄いと思う今日この頃、いかがお過ごしでしょうか?
 アイを生前で救おうとすると、黒幕からの再刺客を処理するのは大変ですし、いざ恋愛しようとするとアイドルという立場から複雑化しますし。それのバランスを考えるのが大変だと思いました。
 いっそのこと転生させて薩摩で防衛戦(釣り野伏)して、自由恋愛した方が幸せだと個人的には思うんですよね。しかも楽でいい。双子に会わせてやれないのが心残りですが。


 俺はリビングのソファーの上で正座していた。

 気持ちはギロチン台で死刑執行を待つ死刑囚の心境だ。俺は項垂れた頭を若干上げ、死刑執行人の様子を伺う。

 

 死刑執行人──星野アイは微笑んでいた。

 対岸のソファーに優雅に腰をかけ、足を組みながら死刑囚を見下ろすのだ。いや、身長的に俺の方が上なのだが、なぜか俺は見下ろされている気分だった。

 

 彼女は確かに微笑んでいた。

 一見そうにしか見えないだろう。

 内心めっちゃ怒っているようだけど。

 

 

「オーカの気持ちは分かるよ。オーカも男の子だもんね。仕方ないと言えば仕方ないよね」

 

「……そう仰って頂けると幸いです」

 

「まだ健全だって、頭の中では理解してるんだ。私もほら、生まれ変わる前の今の歳ではヤッてたし。だから子供産んだわけだし」

 

 

 俺とアイの間には机一つ。

 その机の上には5冊の本が並べられていた。

 聖典(エロ漫画)である。

 

 

「でもさ。でもさぁ──これはあんまりじゃないかなって、私は思うわけですよ。こんな可愛い女の子を放置してさ、無駄打ちするのって良くないんじゃないかなぁ」

 

「本番の方が良くないと思うのですが……」

 

「『制服美●女』に『ミルク●ーレム』ねぇ。あとこれは『少女●春』と。……『カノジョとの●ミツ』かぁ。へーほーふーん? 『おさななじみ●っち』ってのもあるんだねぇ」

 

「いやホントすみません名前挙げるのは勘弁してください」

 

 

 しかも中身まで確認してるし。

 何が悲しくて女の子にエロ本読まれるんだよ。あれか、俺実は前世の業でも背負って転生したクチか? 

 俺だって彼女に不快なものは見せたくない。その一心で、兼定のアドバイスからベッド下のダイヤル式金庫の中にある、南京錠の鍵のかかった箱の中にある、カードキーで開く箱の中に厳重に隠していたはずなのに。どうしてバレてしまったのだろうか?

 無音の中、ペラペラと紙をめくる音が聞こえる。この地獄の光景が何分続いたのだろうか。パンっと本が閉じた音が響き、アイは嘘の笑顔で俺を見据えた。

 

 

 

 

 

「──おっぱい、しかも大きいのが好きなんだ」

 

 

 

 

 

 腹切って詫びていいですか?(震え)

 口にするとアイがマジで辛そうな顔をするから、切腹を口外することは無くなったが、それでも今は介錯を頼みたいレベルだ。そうじゃないと俺の人格が崩壊する。

 後ろでLINEで馬鹿に助けを求めているが、いまだに未来の『草』の返答しか来ない。

 

 さて、彼女への質問の答えか。

 俺はヤケクソで暴露した。性癖には素直になれって当主も言ってた。

 

 

「──大好きです」

 

「ふーん……揉みたいんだ」

 

「男の憧れです」

 

「ほーん……吸いたいんだ」

 

「素晴らしい文化だと思います」

 

「そっか……ところで私にも、この漫画程じゃないけど、美乳があります」

 

「堪忍してつかぁさい……っ!」

 

 

 アカン、長男でも耐えられねぇ。

 俺はソファーの上で器用に土下座した。

 ただ彼女も最初言ってた通り、男としてエロ本規制だけは何としても回避しないといけない。俺の理性が続く限り彼女の貞操だけは死んでも守るが、それでも何があるのかわからないのが人生だ。

 男とは色々溜まるものである。アイに手ぇ出してみろ。親父殿と当主に顔向けできねぇ。

 

 自分の安寧のため、彼女の安全のため、この暴走しやすい同棲生活の環境、不穏要素を極力排除するために、知識を総動員させて、エロ本の重要性を説いた。

 俺は何やってんだ。

 

 

「……私のため、か。そうだよね、お義母さんも、男は適度に発散しないとダメな生き物だって言ってたし。オーカに無理させちゃうのも、私が嫌だし。溜め込まないのが一番だよね」

 

「分かって頂けたようで何よりです」

 

 

 アイは俺の聖典を全部束ねて机の上に置く。

 そして、その山の横にトランプサイズの箱を置いた。

 

 

 

 

 

「……アイさん、そのコンドームの箱は?(震え)」

 

「私とオーカが一緒に発散できる素敵なアイテム」

 

「………(過呼吸)」

 

 

 

 

 

 俺の童貞、もうダメかもしんない。

 しかもサイズまで把握されてるし。外堀内堀、城まで埋められ、大坂夏の陣を迎えた豊臣秀頼の気分なんだが。真田さん徳川側に見えるんだけど。

 

 トランプサイズの箱を次々と山積みに置いていく元人気アイドルを横目に、俺は酸素のあまり回ってない脳ミソを酷使して打開策を図る。

 勘違いしないでほしいが、エロ漫画から分かる通り俺も()()()()()()には人並みに興味あるし、島津家の血筋としての務めというものを果たす日が来るだろう。だからと言って──このままなし崩しに行うのは、違うだろう?

 

 俺は覚悟を決めた。

 今もなおジェンガ並みに箱を積んでいる彼女を呼び止める。

 

 

「アイ」

 

「今日何箱使う?」

 

「すまないが、今俺はそれを君とするつもりはない」

 

 

 彼女はピタッと動きを止めた。

 心なしか肩も震えている。

 

 

「……あははっ、やっぱり私じゃダメだよね。ほら、オーカっておっぱい大きな子が好きだし、私ってそんな大きくないし。あ、確かオーカと同じクラスに巨乳の子が居たよね? あれは同じ女の子でも嫉妬しちゃうくらい大きいよね、びっくりしちゃった。オーカのこと気になるって言ってたし、せっかくの初めてなら……あんな……子……が、良い……と……」

 

「何の話をしているのかさっぱりだが、壮絶な誤解をしていそうだから訂正させてほしい」

 

 

 嘘の仮面で笑うアイの目を見据えて、俺は言葉を選びながら話をする。

 元々俺の管理不足で始まった騒動だ。彼女のためにも、俺は腹をくくるしかないんだろう。武士共よ、死するは今ぞ。

 

 

「今は、と言ったはずだ。……本当にごめん、俺の心の準備がまだできてないんだ。アイには辛い思いをさせるけど、俺が覚悟決めるまで、もう少し待ってくれないか?」

 

「……私で、いいの?」

 

「俺の台詞だよ。待ってる間に愛想尽かされなきゃいいけどな」

 

 

 不安そうに怯える彼女に俺は笑いかけた。

 内心、恋人同士になる前にヤって倫理観的に問題ないのかとか、そもそも俺自身が彼女を心の底から愛しているのかとか、星野家両親にどう詫びようかとか、親父殿と当主にどう申し開きしようか、様々な感情が渦巻いている。

 だが所詮は俺の問題だ。彼女を不安にさせてまで優先させるべきことではない。

 

 俺は正座しながら頭を下げる。

 

 

「──その時は、俺からお願いすると約束する。もちろんその時に断ってくれても全然かまわない」

 

「……その言い方はズルいよ。期待して待つしかないじゃん」

 

「………」

 

「条件、つけていい?」

 

「何なりと」

 

 

 彼女からの提案は可能な限り受け入れるつもりだ。

 ……こんな男を好きになってしまったアイには、本当に申し訳ないが。

 

 

「じゃあ、じゃあっ! その時は、私と付き合ってほしいな。もちろん、男女の関係で」

 

「あぁ、分かった」

 

 

 不安そうな笑みから一転して、いつもの魅力的な笑顔の彼女に変わり、俺はほっと胸をなでおろす。彼女ほどの素晴らしい女性に我慢を強いる俺自身に嫌悪感を抱くが、俺自身の気持ちがハッキリしないまま関係を持つ方が双方によくないと思う。

 

 さて、待ってくれとは言ったが時間は有限である。

 タイムリミット的には高校卒業後が無難か? いや、今後の人生設計の見通しがある程度立つ大学卒業が安定か。もちろん彼女に合わせるべきだろうから、そこらへん話

 

 

 

 

 

「次の私の誕生日、楽しみにしてるね」

 

 

 

 

 

 俺はスマホで時間を確認した。

 半年もないんだが。

 もう一度言う。半 年 も な い ん だ が。

 

 

「この漫画借りていい? いろいろと参考にしたいから」

 

「………」

 

「次の誕生日、楽しみだなぁ。えへへっ、オーカと恋人、かぁ……えへへっ」

 

 

 彼女は俺の聖典(エロ漫画)を抱えて、スキップしながら自分の部屋に消えて行った。

 残ったのはソファーで正座した俺と、4.5ダースのコンドームの箱のみ。

 

 

「………」

 

 

 俺は両手で顔を覆いながら、ソファーに寝転がるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あと半年でオーカと恋人になれるんだぁ。協力してくれてありがとね、タネサダ君」

 

『兼定な』

 

 

 

 




裏設定登場人物紹介

税所(さいしょ) (みな)
 島津の家臣団が一つ、税所家の現当主。今作では主に諜報活動に秀でた一族であり、主に島津家の命で他家の情報収集を行うことを主に行っている。現当主たる咸の情報収集能力は薩摩一と揶揄され、『税所家の麒麟児』の異名を持つ。本来なら精巧に隠蔽されている生前の星野アイの情報の入手に成功し、双子の情報から、アイの旦那の素性まで暴く始末である。かなり胡散臭い見た目・雰囲気をしており、主人公の言っていた噓つきの知人はコイツである。しかし、身内への情は強い。余談だが、原作黒幕の情報を入手したとき、浮浪者に金を握らせて間接的に始末しようと考えたくらい、彼女の殺害に関しては非常に遺憾の意を持っている。


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009.島津の限界

 明日は投稿できるかわかりません。
 祖母の49日です。
 余談ですが祖母の亡くなった数日後に、推しの子アニメ1話が放送されたんですよね。葬儀や火葬のシーンが脳裏に鮮明に浮かぶのもあって、彼女の死というものがリアルに想像できたのも、作者が心乱れる理由の一つだったのかもしれません。

 でも皆さんは心配しないでください。
 星野アイは薩摩でうまくやってます。


『一つだけ言わせてもらってもいい?』

 

「言うだけならな」

 

『自己都合で女の子の告白を、半年先延ばしにするのは女々(めめ)?』

 

「………」

 

 

 夜の自宅マンションのベランダで、俺は未来の電話を受けていた。そして言われた内容がコレである。

 俺は不愉快さを隠さず眉をひそめた。

 

 この手の苦言は腐るほど聞いた。

 咸からはヘタレ桜華と馬鹿にされ、兼定からはチキン野郎と罵られた。星野の御両親からは「決断が遅い」と初手注意され、アイがこの状況を受け入れているのならと許されはした。

 実家からは俺のみ出禁をくらった。母上曰く「俺とアイが一発ヤるまで、俺だけ敷居は跨がせない」とお達しが来た。彼女の心変わりの可能性を訴えたが、「地表で手にしたリンゴを離したら、上に落ちるのか?」と言われた。母親は微塵も疑ってないらしい。

 親父殿は渋々ながらに頷き、当主様から「あんまり女の子を待たせちゃ駄目だよ?」とお言葉を頂いた。

 

 

『……アイちゃんが納得してるなら、これ以上僕から言うのもアレだね。馬に蹴られて死にたくはないし』

 

「そうしてくれると助かる。つーか、よくよく考えてみれば、恋愛感情とか全然関係なく、俺もうアイと添い遂げる将来しかないんだけど。そう言う線路しか整備されてないんだけど。外堀埋められて山になってるんだけど。どうしてこうなったんだ……?」

 

『………』

 

「何か言えや。無言が一番怖いんじゃ」

 

 

 もしかして、この状況になった要因の一つかコイツ。

 その後も無駄な話やら、重要な共有情報の話を行い、再度話の内容が彼女のことになる。

 

 

『そー言えばアイちゃんって子供居たよね』

 

「………(過呼吸)」

 

『今じゃなくて、前の話だよ』

 

 

 やっべ。身に覚えがなかったから、もしかして俺寝ている間にヤられたのかと思った。彼女はそんなことはしないと全面的な信頼があるけど、心臓に悪いの何の。

 ただ俺は彼女が転生者と明言しておらず、彼等も気づいてないのを装っているだけで、実際そうなんじゃないかと確信を得ているようである。加えて、俺が話せないのを分かった上で、わざわざそれ以上は聞いてこない。

 

 

「俺からはノーコメントで」

 

『あーはいはい。それでいいよ。そんでさ、アクアマリン君とルビーちゃんだっけ? アイちゃんはその二人に会いたいとか話してないの? まぁ、桜華のことだから、その話をしていないってことはないだろうけど』

 

「………」

 

 

 俺は未来の言葉に、思わず顔を歪める。

 その話はアイとの間、それどころか咸と兼定とも話をしたほどだ。それを踏まえての現状から、自ずと答えは見えてくるだろう。

 

 

「結論から言うと、正直難しい。まずは私的な理由から言うぞ?」

 

『ほいほい』

 

「まず根本的な話だが、アイがまだ心の準備ができていない」

 

 

 死の間際に愛することを伝えたとはいえ、肝心の『愛されること』を知らないまま転生後幼少期にメンタルを一度ボロボロに崩された少女である。そんな彼女には、子からの愛を受け入れる用意がまだ全然できていないのだ。

 そんな状態で会って本当にいいのか。俺は絶対ないとは思うが、もし双子に拒絶でもされたら……。そんな葛藤が、まだ心の底にあるのだろう。

 やはりアイには時間が必要だ。

 

 

「そんで俺の心の準備もできていない」

 

『桜華の準備いる?』

 

「まだ可能性の段階だから断定はできないが、万が一、何らかの奇跡によって俺とアイが付き合い始めたとしよう」

 

『確定事項じゃん』

 

「俺はその瞬間から同年代の2児の父親になる。こんな馬鹿げた話があるか? 俺じゃなくても気が狂いそうだわ」

 

 

 小説やドラマでも再婚相手の〜みたいな展開は聞いたことあるが、流石に自分と同じ年齢の娘息子ができるなんぞ、世界広しと言えども俺だけになるぞ? しかも過程がアレなだけに、俺よりも双子が可哀想になるわ。

 転生した母親の想い人が薩摩藩の島津家の人間。しかも自分と同じ年齢──字面的にヤバいだろう。

 

 

「ったく、自分の将来のことでも精一杯なのに、何で追加で二人の進路先も考えにゃならん。アイも含めたら三人やぞ? 俺の貯金なんて、親父殿を手伝った時の端金しかないからな。アイの方は星野家の両親に土下座して進学費用を出してもらうとしても、二人の高校費用、しかも大学出すんなら、俺だけじゃどーにもならん。親父殿に土下座して立替えて貰うしかないだろう? 二人とも頭良いとかアイが言ってたけど、今もそうなんかなぁ? 塾とか通わせなくても大丈夫かなぁ? 部活とか入ってるなら、その維持費も捻出しなきゃ。あー、コレもうダメだわ。今のうちに母上に二人のことゲロって相談すっかなぁ……」

 

『もう桜華、アイちゃんと結婚しなさい。正直言って、桜華以上の適任が居ないよ』

 

 

 いやいや、俺以上の適任なら腐るほど居るだろ。

 ……なんか知らんけど、急にアイの元旦那に対して腹立ってきた。これ絶対双子の養育費とか払ってないよな。こっちは金で四苦八苦する将来が見えてるってのに。

 ちゃんと孕ませた責任取れや。

 これだからアイが苦労すんだよ。

 

 

「話が逸れたな。今のが私的な理由だ」

 

『将来設計は大事だもんね』

 

「そんで島津的な理由なんだが……双子って今、東京在住らしいんよ」

 

『……あー』

 

 

 俺の言葉に未来は納得する。

 そして全てを理解したようだ。

 

 なぜ俺が双子の様子を見に行かないのか。

 なぜ咸がアイの元旦那を調べた時点で始末しなかったのか。

 なぜ東京在住に問題があるのか。

 

 答えは簡単だ。

 島津家の限界でもある。

 

 

 

 

『東京って……徳川家の管轄だよね?』

 

「東京だけだと思うな。関東一帯が徳川のシマだぞ。手ぇ出せるわけねーだろ」

 

 

 

 

 薩摩に島津が居るように。

 東京──江戸にも徳川が居るのだ。

 

 もしアイが徳川の血縁に転生したのならば、双子と感動の再会を容易に果たし、クソみたいな元旦那を秘密裏に処理することも叶ったのだろう。

 教科書でも語られる、あの有名な戊辰戦争で江戸時代程の影響力を失ったとはいえ、親藩・譜代集合体でもある現徳川家は関東一帯に影響力を持つ一族だ。島津と違い、芸能界にも幅広く手を伸ばしているだろう。もしかしたら彼女がアイドルに返り咲くことさえ可能だったのかもしれない。

 

 俺が傍観者(かみさま)を毛嫌いする理由の一つでもある。

 何が悲しくて、こんなド田舎に転生させやがったんだ。2度目くらいイージーモードだって罰は当たらんだろうが。

 

 そして、これが一番の理由であるが、

 

 

「……チッ、やっぱ邪魔だな。戊辰戦争のとき根絶やしにしとけばよかった」

 

『今からでも処しちゃおうよ』

 

 

 島津と徳川はめっちゃ仲が悪い。

 咸が『島津側の人間が東京という徳川側のテリトリーで人を殺す』ことを止めた理由でもある。これが発覚した日には島津VS徳川の第二次関ヶ原の戦いが始まるのだ。今度は戦力揃えて包囲殲滅でブっ殺してやる。

 彼女の子供たちを何とかしたい気持ちはある。だが、それと同時に俺は島津の人間だ。彼女一人のために日本の内乱を起こすつもりは毛頭ない。それも彼女は望まないだろう。

 

 だから俺のできることは、この薩摩の地で彼女の安全を保障することだ。いくら徳川だろうが、この薩摩の地で好き勝手できることは絶対にない。まぁ、物理的に距離あるし、征夷大将軍の一族の末裔がわざわざ来ることはないだろうけど。

 

 俺は大きくため息をついて夜空を見上げた。

 アイの望むことすら叶えられない人間が、果たして彼女の傍に立つことが許されるのだろうか? 星野アイは元人気アイドルだ。そして転生後()でも魅力的な女の子でもある。どれだけ綺麗な種だろうが、荒廃した水気のない土地では育たないのだ。

 俺以上の適任は腐るほど居る──俺の本心でもある。皆が俺とアイとの仲を推すが、俺自身はいまだに納得していない。どいつもこいつも見る目がまるでない。腐ってんのか。彼女には──もっと相応しい男が居るはずなのに。

 

 適当に未来との話を切り上げて部屋内に戻る。

 部屋内はカレー臭が満ちていた。

 

 

「ちょうど晩御飯出来たから食べよ? カレーのルーを使ったやつだけど……」

 

「手作り飯あざーっす」

 

 

 すでに飯を食う用意をしていたらしい。

 向かい合うように座り、手を合わせていただきます。俺はカレーライスを一口。ピリッとした辛さが心地よく、思わず頬が緩んだ。

 そして、その俺の様子をニコニコ観察するアイ。

 

 

「随分と上機嫌だな」

 

「私の手料理って初めてでしょ? いつもオーカが作ってくれてるし」

 

「……そういや、そうだな」

 

 

 彼女は目を細めて笑う。

 心底嬉しそうに。心底楽しそうに。

 

 

 

 

 

「好きな人に食べてもらうって、すっごく嬉しいなーって。今度から料理、私も時々作っていい?」

 

「………」

 

 

 

 

 

 一瞬呆けてしまったが、徐々に笑いがこみ上げてくる。

 そして大きな声で笑った。驚く様子のアイを気にせず、思いっきり大きな声で。

 

 彼女に相応しい男はきっと居るはず。

 この気持ちは今でも変わらない。

 ただ──

 

 

「何なら毎日作っても食うぞ」

 

「それは嫌だ。オーカの方がおいしいもん」

 

「俺よりおいしいの作ってくれよ」

 

 

 ──彼女の選択も信じてみたい。

 そう思った。

 

 

 

 




裏設定登場人物紹介

伊集院(いじゅういん) 兼定(かねさだ)
 島津の家臣団が一つ、伊集院家の次期当主。今作において伊集院家は島津勢力の武を司り、示現流から薬師示現流、タイ捨から組手甲冑術など、多岐にわたり家中の者が修めている。桜華曰く『伊集院家の人間は、基本的に全員が鎌倉武士してる』と称する程である。当の本人は口は悪いが面倒見がよく、実はアイの相談先として選ばれることが多い。熟女・人妻好きの特殊性癖だが、異性として星野アイは興味なし。友達の人妻は奪わない、そうだろランスロット? 余談だが、のちに伊集院家当主(兼定の父親)が星野ルビーの熱狂的ファンになる悲しき(?)業を背負っている。


※徳川家から見た島津家
「なんだよもおおおおっっ!! またかよおおおおっっ!! 双子に会いたい? 勝手に会えよ邪魔しないからさぁっっ! クソ男を殺したい? こっちでやるから大人しくしてくれよおおおおおっっ!!??」


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010.本日は台風なり

 何とか頑張って投稿しました。

 補足ですが、タイトルの『薩摩の子』はアイのことを差します。『推しの子』が「推してたアイドルの子供に転生した話」であるように、『薩摩の子』は「薩摩出身の子供に転生した元アイドルの話」になります。
 ん? 薩摩の子の子は庇護対象では?
 そ、そうなりますね(ボーナスを原作購入に消えるかもしれない貧者の目)。


 中央駅を走る電車において、もっとも貧弱なのは何線なのか。

 地元民なら口をそろえて『指宿(いぶすき)枕崎(まくらざき)線』と答えるだろう。ちょっとした大雨で、この路線の電車はすぐ止まる。もちろん貧弱なのには理由があり、指宿・枕崎線は崖側に線路があるため、崖崩れ等の事故の可能性も考慮しているためである。

 逆に、俺たちの乗る『鹿児島本線』はなかなか止まらない。

 そりゃ内陸部を走っているから、崖側を爆走するクソザコ路線とは安全性が段違──

 

 

 

 

『──せします。現在、台風7号の影響により運転を見合わせております。繰り返します。指宿・枕崎線、鹿児島本線──』

 

 

 

 

 まぁ、台風は別だわな。

 

 

「学校行けなくなっちゃったね」

 

「まだ休校の知らせは来てないんだよなぁ」

 

 

 中央駅改札口前には、通学予定の学生が大多数を占め、通勤できず絶望するワーカホリックも数名見受けられる。人という人の山であり、中央駅で足止めを食らっている俺とアイは何とか壁側のスペースを確保し、並んで寄りかかりながら事の顛末を見守る。

 本当は彼女だけでも椅子に座らせてやりたかったが、待合室や柱の座椅子はジジババが占拠しているので、大変申し訳なかったが座るのを諦めてもらった。全然気にしてないよーと笑っていたが、これがあと何時間続くかわからないからせめて楽な姿勢をさせてあげたかったなぁ。

 

 

「ほら、風邪ひく前に拭け」

 

「ありがとー」

 

 

 中央駅に来るまでの間に横殴りの大雨によって、俺とアイは制服がぐちゃぐちゃに濡れていた。俺の学ランも重みが増し、彼女もセーラー服が肌に張り付いて気分的によくないだろう。

 こうなるだろうなとは予測してたので、予備カバンにタオルを何セットか用意していたのが功を奏した。まだ乾いているタオルを一枚渡す。彼女は「オーカの匂いだぁ、えへへ」と幸せそうに笑う。柔軟剤の香りしかしないはずなんだが。

 

 俺は髪を拭く彼女をよそに、地元のニュースを確認する。そして大雨と嵐吹き荒れる現状だが、まだ強風域でしかないことに驚きを隠せなかった。

 基本的な台風は沖縄を入り口として、九州を舐め回して四国本州へと進出する。そのため九州と沖縄は台風が勢力を保った状態で直撃することが多い。それがこのザマである。ここまで強い台風ってのは珍しいが。

 

 さっさと休校にしてほしい。

 だから自称進学校って呼ばれるんだよ。

 

 

「うー……オーカ、ちょっとこれは寒いかも? このままだと風邪ひいちゃうかなぁ。どうしよっか?」

 

「……あー、どうすっかなぁ」

 

 

 彼女の言葉に目を細め、アイの言葉も一理あるので打開策を模索する。

 すると、彼女はおもむろに俺の学ランのボタンを外し始める。なるほど、学ランを欲しているのか。確かに保温効果はあるから、彼女に渡すのもやぶさかではない。

 

 

「ぎゅーっ」

 

「……アイさん? ここ公共の空間なんですが。自宅ではないのですが」

 

 

 そして真正面から抱きつかれた。

 学ラン越しなら耐えられるかもしれないが、俺とアイを隔てるのは俺のカッターシャツと彼女のセーラー服のみである。肌着をカウントしないなら、かなり距離が物理的に近い。

 心臓の鼓動が感じられるくらい、強く抱きしめてくるのだ。温かいけど、周囲の目が冷たいんです。

 

 

「これでオーカも温かいでしょ。しかも美少女の肌の温もり付き。どう? 嬉しい?」

 

「俺はそれより人の目が気になるんだが」

 

「ここはあなた方の自宅でも、学校でもないんですよ。せめて自重くらいはしてくれないですかねぇ? と言っても意味はないと思うのですが」

 

 

 側から見ると馬鹿ップルですよ。

 そんな失礼な言葉と共に現れたのは、俺と同じ制服姿の咸だった。この天気なのに、なぜか雨に打たれた形跡がないのが気になる。親父殿が雨粒よけながら移動できるタイプの人なので、絶対にないとは言いきれないが。

 

 

「あ、みっちゃん、おはよー」

 

「おはようございます、星野さん。今日も彼氏さんとイチャコラしてて楽しそうですなぁ」

 

「凄く楽しい!」

 

 

 中々名前が覚えられないアイは、咸のことを『み……何とか君』と呼んでた。なので矯正を諦めた彼は『じゃあ、みっちゃんでいいですよ』と妥協案を出した。

 それ以降、彼女は渾名で彼を呼ぶことになる。

 

 咸は先ほどまでアイが寄りかかっていた場所に陣取り始めた。つまり彼女が俺の懐で暖をとる理由ができてしまったのだ。この胡散臭い男はなんてことをしてくれたんだ。

 そうなると、いつものパターン。

 俺はアイの抱き枕に甘んじることになる。

 

 

「不満そうな顔をしながらも、星野さんの肩を自然に抱き寄せてるのが桜華の良いところですよね」

 

「? そりゃ人が多いからな。寒い上に変な奴に絡まれても困るしさ。彼女を守るのは当然のことだろう? ……あ、すまん。もしかしてアイ、嫌だったか?」

 

「頭も撫でてくれると私は喜びますっ!」

 

「それは関係なくないか?」

 

 

 既に毒を食らわば皿まで。

 地に落ちている俺の名声がさらに落ちること以外に断る理由がなかったので、俺はポンポンと軽く頭をたたく。

 目を細めて喜ぶ姿は猫のよう。

 

 

「………」

 

「咸、それってブラックコーヒーだよな? ラッパ飲みしてるが苦いんじゃねーのか?」

 

「砂糖水のようなものですよ」

 

 

 それは味覚が壊れているのでは?

 病院行くべきだと思う。

 

 なんて馬鹿みたいな話をしていると、片手に握ってたスマホにメールが入った。アイや咸にも同じタイミングで来たことから、なんの通知なのか察することはできた。

 代表として咸が確認する。

 案の定自称進学校からの一斉メールだった。

 

 

「要約すると『気合いで来い』だそうです」

 

「「………」」

 

「……冗談ですよ? 本日は休校になりました。明日は朝から自宅待機だそうです。ここに居ても仕方ないですし、さっさと帰りましょう」

 

 

 自称進学校特有の無茶振りと、この胡散臭い男の嘘か真か分からない言いように、思わず表情が固まる俺とアイ。冗談という言葉に、二人はホッと胸を撫で下ろすのだった。コイツの嘘だけはマジで本当に判断つかない時があるんだよなぁ。

 そうなると帰宅の準備だ。

 俺は学ラン脱いでアイの肩にかけ、自分の荷物と彼女の荷物を持ってその場を離れようとする。

 

 それを止めたのが咸だった。

 東口のバス停に向かおうとしたが、彼は西口を簡単に指差して微笑みを見せる。

 

 

「ウチの者を待機させてます。お送りしましょうか? 桜華は別にいいとしても、島津に連なる分家の女性を大雨の日に傘も渡さず帰すのは、我が家の沽券に関わります。傘はないですが車を出させましょう」

 

「俺の扱い」

 

「送ってくれるのは嬉しいけど、オーカと一緒に帰れないのは嫌だなぁ。せっかくのお誘いだけど、ごめんね?」

 

「桜華単体なら、の話です。もちろん貴女と桜華を送り届けますよ。安心して乗車して頂ければ」

 

「それならお願いします」

 

 

 素早く手のひらを返したアイは、彼の申し出を快く引き受けた。そして俺もオマケ扱いではあるが、東口で大雨に打たれながらバスを待つのもアレなので了承した。

 送迎とかアイドル時代には日常茶飯事だったんだろうなぁ。島津本家も同じような感じだが、ウチは『自分のやれることは自分でやれ』をモットーに生きているので、送迎できる環境下にないことを余計に申し訳なく思ってしまう。

 

 しかも、だ。

 外に停めてあった車を見て、アイは唇を震わせながら指差す。

 

 

「私は車について詳しくないんだけどさ……これ外国の有名な車だよね? 云千万するって聞いたことがあるんだけど……」

 

「よくご存知ですね。あ、別に緊張することはありませんよ。これ私の金で買いましたし、免許取れば私が乗り回しますし」

 

 

 アイはウチの車は母上の軽自動車のみって言ったら……落胆するかな? 別に金を持ってないわけではなく、使いやすいもの重視で買うからね。海外の車は維持が面倒だと咸も言ってたしなぁ。

 そもそも俺も車は詳しくない。

 母上と同じ「人と荷物が入って、ガソリンで動けばなんでも良くない?」派の人間なんだけど。

 

 三人を乗せた外車は、運転手の女性の徐行運転で発進する。外車は暴風雨に揺られ道を行く。

 俺は内装に感心していると、アイが俺の服の裾を引っ張る。用があるらしい。

 

 

「オーカも免許取るの?」

 

「取る予定だけど……別に軽乗り回すために取るわけであって、俺に咸程の高級車は求めないでほしいんだけど」

 

 

 情けない俺の告白に、彼女はブンブン顔を横に振った。

 

 

「そんなの関係ないよ! わ、私は、オーカの運転する車に、乗ってみたいなーって……一緒にドライブしたいなって」

 

「そ、そうか。覚えとく」

 

 

 ……運転免許早めに取らんとなぁ。

 18歳になった瞬間に、教習所に行くことも検討しないとな。……バイトして金貯めないとなぁ。どれだけ頑張っても将来金欠予定ってのは悲しいも

 

 

 

 

「──あ、あと! オーカと車の中で……その、えと……え、エッチな、こと……して、みたい、なぁ……?」

 

「………」

 

 

 

 

 え、待って。

 車って運転するもんだよな?

 え、ヤるの? ヤっていい場所なの? 俺全然知らんのだけど。そういうプレーが存在するのか? もしかして元旦那とヤったことあるのだろうか? マジか。マジなのか。

 

 世の中には俺の知らない世界がある。

 俺は宇宙猫になり、アイは頰を真っ赤に染め、運転手の女性は苦笑いを浮かべ、咸は1リットルサイズのペットボトルのブラックコーヒーをゴクゴク飲み干すのだった。

 

 

 

 




裏設定登場人物紹介

種子島(たねがしま) 未来(みらい)
 島津の家臣団が一つ、種子島家の長男。今作において種子島家は島津勢力内の内務を担当しており、島津家当主から『この家がいないと政が回らない』と言われている。星野アイのことを当初は「主人公の傍に置いとくのはマズいのでは?」と危惧していたが、彼女の人となり、主人公への献身を直にみて、応援することにシフトチェンジする。星野アイは主人公に相応しくないと言った薩摩藩内の全反対派を説得&懐柔した陰の功労者。余談だが、一つ上の爆乳美少女の姉が居る。彼女の評価は『蜀の諸葛亮以上の軍才を持つ法正レベルの智者』にして『どうしようもない人格破綻者』である。


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011.信仰者の懺悔

 今回シリアス回です。
 時系列的には『008.年貢の納め時』より少し前です。

 というか台風回投稿した瞬間に台風発生したんだが?



 2023/7/1 薩摩守(さつまのもり)薩摩守(さつまのかみ)に修正しました。指摘感謝です。


 オーカとの同棲生活を始めて1ヶ月が経過した時。

 私は島津家の本家に顔を出すことになった。オーカは別件で同行できないと謝っていたが、私は全然気にしてないと口にした。オーカは目を細めて溜息をついてた。

 

 島津家の偉い人と顔を合わせないといけないと、お母さんはそう言っていた。

 古いけれど歴史はありそうな屋敷に一人で行くのは心細かったし、オーカが一緒に来てくれないことに内心泣きたくなった。どうしてもと言っていたので、私だってオーカを困らせたくなかったけど、それでも本心は──一緒に居て欲しかった。

 

 奇妙なものを見る目で私を観察する本家の人々から逃げるように、案内された個室に足を運んで、応接室のソファーに腰をかけるよう言われたので、座りながら私を呼んだ人を待つ。

 そして私を呼んだ人がまもなく現れた。

 30歳くらいの青年だった。優しそうな目をした人で、それはどこか……そう、オーカに似た人だった。彼は目を大きく見開き、そして微笑みを浮かべた。

 

 

「──遅れてすまなかったね」

 

「私も今来たところです。星野アイと言います。よろしくお願いします」

 

 

 手が震えてたのがバレたかな?

 何とか必死に嘘の仮面で誤魔化し、平然を装う。彼は特に気付いた様子はなく、「自己紹介ありがとう」と口にした。

 

 

「私も自己紹介しなくては。姓は島津、官職は薩摩守(さつまのかみ)、名を家正(いえまさ)。島津の現当主……と言っても分かりにくいか。桜華君のお父さんの兄貴……と言えば、想像しやすいかな?」

 

「………っ!?」

 

 

 私を呼んだ偉い人。

 それはオーカのお義父さんのお兄さん──島津で一番偉い人だった。

 

 

「桜華君に今回の同行しないよう伝えたのは私だ。これは私の我儘でもある。どうか桜華君を怒らないでほしい。責は私にあるよ。どうしても君と一対一で話がしたくてね」

 

「……はい」

 

 

 彼はそう言って──頭を下げた。

 そして「本当は気軽に頭は下げられないけど、これはプライベートだからね」と頭を上げた。

 彼は自分で待ってきた麦茶のボトルからコップに注ぎ、分家の養子である私の前に置く。いくらプライベートとは言え、島津家の現当主に色々させるのは気が気でなかった。でも横槍を入れるのも失礼なのかもしれないと動くことはできなかったのだ。

 

 

「さて、君を呼んだのは他でもない。君の姿を見た時、私はどうしても聞きたいことがあった。それだけを聞くために桜華君から君を離してしまったのは本当に申し訳ない」

 

「いえ……大丈夫です」

 

「その前に一つ身の上話をしよう」

 

 

 当主様は暗く笑う。

 

 

「私は昔、一人のアイドルを推していた」

 

「………っ!?」

 

「そのアイドルは十数年前だったかな、彼女のファンであるストーカーの青年に殺害されてしまった。()()()()()()()()()()()。……あぁ、あの時は酷く落ち込んだよ。少々、仕事に手がつかなかったくらいだ」

 

 

 彼の目を直視できなかった。

 当主様は──気付いている。

 

 

「彼女──名前は『アイ』と言うんだけどね、アイちゃんは魅力的な女の子だった。素晴らしかった。最高だった。私も思わず熱狂してしまったよ。家臣を巻き込んでライブに足を運んだものだ。本当に楽しかった。今の私があるのも、アイちゃんのおかげと言っても過言ではないだろう」

 

「そう、なんですね」

 

「君は彼女にそっくりだ。けど、私が君に聞きたいことは荒唐無稽の御伽話の類いだ。彼女が亡くなった時期と、君の生まれた時期に相違もある。そもそもが()()()()()()なんだ。ただ、それでも──私はどうしても聞きたい。間違っているのなら笑い飛ばして構わない。どうか、聞かせてほしい」

 

「………」

 

「単刀直入に言おう。()()()()()()()()()()。──星野アイ君、君は『アイちゃん』の生まれ変わりかい?」

 

 

 私の喉はカラカラに渇いていた。

 彼の瞳は、まっすぐ私を見据える。

 

 否定するのは簡単だ。けれど、果たして私は彼に嘘をつき通すことができるのだろうか?

 先ほど彼を欺けたと思ったが、彼はオーカの伯父さんでもある。その彼が、オーカと同じ『嘘を見抜く力』がないと言い切れない。もし嘘だとバレてしまったら──どうなる?

 

 もしオーカと一緒にいれなくなったら?

 

 嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ。

 絶対に嫌だ。私は、オーカと離れたくない。

 

 でも、もし本当のことを言ったら?

 分からない。

 

 たすけて。

 たすけて。

 

 

「……そう、です」

 

「そうか」

 

 

 私はどうなるの。

 オーカ、たすけてよ。

 君と、離れたくないよ。

 

 

「……ははっ」

 

「………」

 

「ははははっ、あはははははっっっ」

 

 

 当主様は、笑っていた。

 自分の目元を右手で覆い、ただひたすらに笑っていた。笑って──泣いていた。

 

 

「……生まれ変わりの話を彼は一切しなかったが、桜華君から君が『愛』を理解できない人であり、『愛』を理解することのできない境遇であったと聞いたよ。彼女は己を愛してくれる者を求めている、そう彼から聞いた。それは恐らく──生前からの渇望だったのだろう」

 

 

 そして彼は、力いっぱい右手で机を叩いた。

 私はびくりと体を震わせる。

 

 

「ふざけるなっ! 私は彼女のファンを名乗っておきながら! 彼女から『愛』を受け取っておきながら! 彼女の真に欲するものを渡すことすらできなかった! それどころか、彼女がファンから刺された!? いい加減にしろ! 彼女が刺される理由などなかったはずだ!」

 

「当主、様……」

 

「彼女は幸せになるべき人間だった! 彼女は愛されるべき人間だったはずだ! それが何だ! 彼女の気持ちすら理解できない愚者が、彼女のファンを名乗る者が、そして私自身が! 何一つ理解してやれなかった! 彼女を『愛』することができなかった! 齢20のアイドルすら守れず、何がファンだっ!」

 

 

 そして彼は項垂れた。

 

 

「彼女に……愛を、知ってほしかった。愛される喜びを、知ってほしかった。それを教えるのが私じゃなくてもいい。幸せなら、彼女が幸せなら、私は、それでよかったんだ……。死んでしまったら、それすら叶わないじゃないか……」

 

「………」

 

「………」

 

 

 流れる静寂。

 それを先に破ったのは島津家当主だった。

 

 

「……すまない、取り乱してしまった。ところでアイ君、君は桜華君のことが好きなんだね」

 

 

 彼の問いに私は答えた。

 私の答えは──あの頃から変わらない。

 

 

「はい、大好きです。私なんかが、オーカに甘えてばかりの私が、彼の傍にいる資格があるのかわからないけど。私は──島津桜華が大好きです。私は彼に、愛してほしいんです」

 

「……あぁ、桜華君が羨ましい。でも、彼は私の無念を晴らしてくれた。──わかったよ、アイ君。何か困ったことがあったら私に言いなさい。島津家当主としての協力は難しいが、私個人でできることは尽力しよう」

 

 

 だから──と『アイ』のファンは微笑んだ。

 

 

 

「どうか幸せになって欲しい。私がアイ君に望むことは、ただそれだけだよ」

 

 

 

 彼は島津家当主としてではなく、『アイ』のファンとしての望みを口にし、私に頭を下げた。

 私は「ありがとうございます」と感謝の言葉を伝える。

 

 

「それと、君は桜華君の傍に居る資格があるのか──という話だね。桜華君のパートナーになるべき人物は彼自身が決めることだ。だが、私としてはむしろお似合いだと思うけど?」

 

「け、けど、私はオーカが居ないと何もできないですし、タネサダ君にも依存しすぎと言われましたし」

 

「……兼定君かな? 桜華君って、親愛の情が深いところがあるからね。だからなのか分からないが、自己に無頓着なところがあるんだよ。彼は身内を守るためならば、殉ずることすら厭わないだろう。死は常に念頭にあり、島津らしさであり、島津の弱点でもある」

 

 

 けれども、と当主様は私に微笑んだ。

 

 

「アイ君が桜華君の()になってくれることを願おう。彼の()へのブレーキを、君が担ってほしい。君という存在が彼に依存する限り、無茶をすることはないだろう」

 

 

 だから存分に甘えるといい。

 というかイチャラブしてくれ。

 推しの幸せで飯が美味い。

 

 彼はそう言葉を残し、私に再度頭を下げた。

 

 

「桜華君のことを、よろしく頼むよ」

 

「……はいっ!」

 

 

 私の返事に、島津家当主は満足そうに頷いた。

 

 

 

 

 




【島津 桜華】
 今回出番なし。本話後、当主から焼肉屋の優待券を2枚貰う。代わりに、人生の墓場コースが確定する。

【星野 アイ】
 本作のヒロイン。転生者。当主の後ろ盾を得る。

【島津 家正】
 現島津家当主。生前のアイのファン。長年の後悔から解放される。


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012.歪な恋愛感情

 ほのぼの兼シリアス回です。
 寒暖差にはご注意を。

 あと報告を一つ。
 今作発表前は星野アイだけを出す予定でした。彼女の情報が1話で把握できること、2話以降や原作がメンタル的に耐えられない等の理由から、適当に20話まで書いて見切りつけてハッピーエンドで終わる予定でした。
 ですが、想像以上に双子を出してほしいという声が多く、とりあえず双子を出すことが決まりました。かなり先になりますが。嘘じゃないです。手始めに買った手元にある原作①~③巻がその証拠です。二次創作執筆のために新品購入したのは初めてです。
 というわけで今作は今後も続く予定です。多分100話は軽く超えるんじゃないでしょうか?

 そんなわけで原作1巻読み切って再度廃人と化した作者です。今後とも応援・感想等頂けると幸いです。


「最近菓子折り多くなってないか? 母上どんだけ送ってくるねん」

 

 

 リビングの机に置かれているお菓子の箱を見て、俺はオカンの溺愛ぶりに溜息をついた。もちろん実の息子である俺宛では決してなく、娘のように可愛がっているアイの為である。

 ただ、今回の箱は少しおかしい。

 いつも母上が送ってくるような、数千円の菓子折りセットの箱ではなく、明らかに数万は軽く超えるでしょ?と断言できる箱なのだ。少なくとも高校生男女2人組が同棲している家に似つかわしくない代物だろう。これ木箱だよね?

 

 不可解な箱の正体。

 それを知っていたのはアイだった。

 

 

「それ家ちゃんが送ってきたやつだよ」

 

「誰だそれ」

 

「当主様」

 

「不敬ぞ?」

 

 

 おまっ、島津家当主を、んな友達感覚のあだ名で呼んでるのかよ。あまりにもの不敬ぶりに、一瞬アイが誰のことを言ってるのか、全く予想がつかなかった。

 つか『家ちゃん』って……相手は島津家当主だぞ? 島津の自宅警備員(専守防衛のプロフェッショナル)だぞ? 島津の双璧の一翼はこの人やぞ? 妻帯者で3人の子持ちやぞ?

 

 同居人の無礼を軽く咎めたが、衝撃的な事実がバンバン出てくるの何なの。

 その『家ちゃん』呼びを認めたのは当主本人であり、むしろお願いしますありがとうございます……的な様子だったようだ。どうやら俺には島津家当主の崇高なる考えは理解できなかったようだ。

 ……あ、こっちの高そうな箱には名前書いてる。現薩摩藩の家老に似たような名前があった気がするが別人だろう。気のせいだ。そうだと言って。お願い。

 

 

「オーカも食べていいって言ってたからね。また来週辺りに別のもの送るってLINEで言ってたし」

 

「俺もう薩摩藩が分かんねーよ……」

 

 

 俺のベッドで寝転がるアイの言葉に、俺は自分の所属する団体の将来を危惧する。あの人たちのことだから、大事にはならないと思うけどさぁ。

 

 ……ところで、サラッと流してたが、何当たり前のように俺のベッドで寛いでるんだ、この娘は。

 同棲当初は衣服含め私物の少なさから、俺のシャツを羽織って生活する痴女スタイルが見受けられたが、最近は衣服等も増えてきて、俺の学校指定のシャツが犠牲になることが少なくなった。

 部屋着だからなのか、今彼女の着ている服は黒の無地のTシャツに、藍色のジャージ素材のハーフパンツだ。ただサイズが合ってないのか、黒のシャツの首元から、彼女の艶めかしい鎖骨が見え隠れし、何ならブラの色すら確認できるくらいにぶかぶかだ。そういう服なのだろうか?と思ったが、なぜかその服に見覚えがあるんだよなぁ。

 

 

「アイ、それ着てるの俺のだよね?」

 

「うん」

 

「うん、じゃねーよ。自分の着ろや」

 

 

 何勝手に俺のタンスから衣服拝借してるんだよ。

 しかも、ハーフパンツに至っては、サイズが合わないと腰紐で調節している始末。

 もちろん彼女の服がないわけではない……と思いたい。学校用のシャツを頻繁に奪われるもんだから、部屋着を買うよう俺の数少ない貯金を崩して渡したはずなのだ。

 

 それを問い詰めたところ、あっさり言われた。

 

 

「お金はオーカのエロ漫画ボックスに返したよ」

 

「わざわざ分かりにくいところに返すな。つか、いい加減自分の服買えよなぁ。んな男物の華やかさの欠片もない、男臭い中古品なんて着なくても……」

 

「そんなことないよっ」

 

 

 寝ながらスマホを弄っていたアイは飛び起きる。

 恥ずかしそうに頬を朱に彩りながら。

 

 

「オーカの匂いが安心するんだもん……全然臭くないよ」

 

「……しかしだな、流石にそれは──」

 

「……そう、だよね。私はオーカの匂いが好きだし、これを着てると心が暖かくなるんだけど……オーカは迷惑だよね。私もオーカが嫌がることはしたくないから、分かった」

 

 

 少々傷ついた表情で辛そうに微笑む彼女は、おもむろに両腕をクロスさせるように服の裾をつかんで脱

 

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ!? 分かった! 分かったから!」

 

 

 未婚の女性が考えなしに肌晒し過ぎじゃないですかね!? もっと自分を大切にすることを学んだほうがいいと思うのは俺だけか? いや、俺も最近の女性というものは語られるほど詳しくはないけどさぁ。

 

 その後、何とか知恵を振り絞った俺は「女の子モノの普段着姿のアイも見てみたい」という起死回生の一言で、何とか俺との普段着共有化を避けることができたのだ。言っても、2日に1回は俺の服を着てるんだけどさ。

 自分の服のはずなのに、徐々にアイの香りが混ざってくの怖いんだが。

 

 

 

    ♦♦♦

 

 

 

「──でさ、どうすればいいと思う?」

 

『静かにしろ。オレは天井のシミ数えるのに忙しいンだよ』

 

「俺の悩み事を後回しにするほどのことか?」

 

 

 彼女の恋愛行動バグってるんだけど。

 いつもの夜の外のベランダで、俺の悩みを兼定君に相談したが、どうやら相談する人選を大いに間違えてしまったようだ。

 

 

『ンで? 何の話だったか? 西洋式か和式、どっちで挙げるかの話だったか? アイツならドレスでも白無垢でも、どっちでも着こなすンじゃねーの?』

 

「まだ付き合ってすらいねぇのに、結婚式の形態を誰が相談するんだよ」

 

『……改めて思うが、ホント、マジで付き合ってないの何なンだろうなァ? さっさと覚悟決めて(諦めて)ほしいンだが?』

 

 

 可能性はゼロじゃない以上足搔くぞ俺は。

 たとえ状況が『信長の野望』シナリオをプレイし始めた瞬間に、全大名から無期限の包囲網を形成されている状況であろうとも、だ。武将俺一人だけど。

 

 

「……俺の思い違いかもしれないんだけどさ、冗談抜きにしてアイの恋愛観バグってないか? 頭の中で念仏唱えるのも厳しくなってきたんだけど。兼えもん、何か案だして」

 

『………』

 

「何か言って。シンプルに怖い」

 

『……いや、真面目な話なンだが』

 

 

 コイツの声色を聞いて俺も思考を切り替える。

 これは本当に真剣な話をするときの口調だ。

 

 

『……アイツの生前の過去、恋愛体験、アイツの渇望、この馬鹿の無能っぷり……うっわ、そうか。そういうことか。最悪じゃねェか。環境も条件も何もかも』

 

「何に気づいた?」

 

『前々からオレから見ても星野は異常だった。オレん所にも『どうやったら桜華とヤれるか?』って質問が来るくらいだ』

 

「お前んところにそんな相談来てたの!? ……俺その話聞いてなんだけど? ど?」

 

『うるせェ。後にしろ』

 

 

 電話の先から舌打ちが聞こえる。

 

 

『最初は元人気アイドルと言ってもビッチなンだな程度に思ってたが……これが成功体験による行動だったとしたら?』

 

「成功体験? 何のだよ」

 

『咸の野郎から聞いた話だが、星野は15歳……だったかァ? ンぐらいで元旦那と肉体関係を持って子を成した。15から20まで、その関係が『戸籍上記載はないが夫婦』だったのかまでは不明だが、結局アイツの旦那はアイツのことを愛してはなかった』

 

 

 愛の形は千差万別だが、少なくともアイの欲した『愛』ではなかっただろう。そう兼定は吐き捨てた。

 

 

『そんな人間が、転生して一人の男を好きになった。どうしても『愛』してほしい。ンで──その男は恋愛感情が分からないときた。加えて、星野の精神状況は男に依存気味。この条件下で、星野はどういう結論に至ると思う?』

 

「………」

 

『アイツは仮初とはいえ一度男女関係を手に入れた。もしアイツが──星野アイが『肉体関係を持つことが、恋愛における最低条件』だと思っていたら?』

 

 

 俺は彼女のことを想う。

 楽しそうな表情、自信満々な表情、悪戯っ子のような表情──その魅力的な彼女の心を、一度は手にし、そして塵のように捨てた男が存在する。

 ……吐きそうなくらいにイライラするなぁ。

 

 

『依存症で情緒不安定。生前と同じ年齢に差し掛かったのに進展のない状況、とどめに相手は難攻不落の名家の跡継ぎ。ビジュアルは置いといて、地位名誉が欲しい女どもからは、良さそうな優良物件ときたもンだ。そりゃ焦るのも無理ないわなァ?』

 

「つまり、だ。彼女から俺の貞操が頻繫に狙われる理由は、彼女の生前の体験に基づく歪な恋愛観と、恋愛感情がイマイチ分からん俺のせい……と言いたいわけか?」

 

『次の星野の誕生日まで数か月。予約済な状況だが、以前の旦那は星野を捨てた。アイツの過剰超えて異常なスキンシップは、テメェを取られないようにするための、一種の防衛機能なンじゃねェの?』

 

 

 それでも守れるかわからないときた。

 不安で不安で、仕方ないわなぁ。伊集院(いじゅういん)家の御曹司はそう嗤った。

 

 

「……どうすればいい?」

 

『さァ? 知らねェよんなもン。原因見つかったからって解決策が同時に出ると思ってンのか?』

 

 

 兼定は興味なさそうに突き放す。

 

 

『あとは早々にテメェが自覚するしかないんじゃねェの? 星野のメンタルケアも手段の一つだが……事情が事情なだけに、治る見込みなんかねェだろ』

 

 

 だが、と言葉を切って、兼定は口にする。

 

 

 

 

 

 

 

『──もしテメェが星野を拒絶する、または別の女を愛する……そんなことになれば、今度こそ星野の心は壊れるぞ。修復不可能なレベルになァ』

 

 

 

 

 

 

 

 テメェの性格からして、ありえないとは思うがなと兼定は吐き捨てる。

 思わずベランダの壁に寄りかかって、尻餅をつく。

 俺は状況が──想像の数千倍深刻であることに、今さらながらに気づいてしまったのだ。そして、彼女の運命は文字通り俺次第であることに、俺の無責任さが引き起こした結果に、天を仰いで苦悩するのだった。

 

 

『今の星野を見る限りだと、テメェの心が星野から離れれば、死ぬわな。言葉通り、自決すンじゃねェの?』

 

「……俺は所詮15歳のガキだぞ? 背負うにはちと重すぎないか?」

 

『諦めろ。テメェの信条に従った結果だ』

 

 

 その後、数度の言葉を交わし電話を切る。

 最後の言葉は、兼定の捨て台詞だった。

 

 

 

 

 

『何が『愛』が分からねェだ。じゃあ何か? オレ等が十全に愛を理解しているとでも? 分からねェのが当たり前だっての』

 

 

 

 




【島津 桜華】
 今作の主人公。普段着を自分→アイのローテーションで着回す。外堀を自分で埋めないとアイが大変なことになってしまう可能性があると気づく。自分の城の外堀を自分で埋めるとは何ぞ?

【星野 アイ】
 今作のヒロイン。転生者。普段着を買ってはみたが、それはそれとして主人公の私服を着続ける。許可は多方面から得ている。

【伊集院 兼定】
 口は悪いが、二人の恋愛成就を心から願っている。今回のアイの異常さに気づく。


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013.将来への布石

 良き評価や面白い感想をいただけると、嬉しい気持ちになって執筆も捗るものです。読者の皆様方、本当にありがとうございます。
 さて、次の回執筆も頑張──


『決 戦 ! 星 の 古 戦 場 !』


 ──頑張ります(目を背けながら)。


 学校生活において部活動の選択は、今後の3年間を大きく左右すると言っても過言ではないだろう。友人関係然り、評定然り、そして今後の人生設計然り、だ。

 ××高校においても、部活動の加入は積極的に行うよう教師陣からの通達があり、強制ではないが、わざわざ彼らの心象を悪くする必要もないだろう。実際のところ、俺もどの部活動に参加するか、事前に配られた冊子を現在進行形で眺めている。

 

 別に実家からも何か指示が来ているわけでもない。なので、この選択は俺の自由にさせてもらおう。

 しかし、自由とは責任が伴う。

 

 

「──そんで? アイはどこの部活動入るんだ? あ、金銭面的には気にしなくていいって、星野の母さんは言ってたぞ」

 

「オーカが入るところであれば、どこでもいいかな」

 

 

 昼休み休憩。

 俺の所属する教室で、俺とアイはいつものように食事を摂っていた。若干離れたところには、俺らが部活動の話をしていると聞いては否や、密かに聞き耳を立てる者達が数名。

 そして、彼女の答えは8割方予測通りのものであった。

 

 

「お前んところに部活動の勧誘来てなかったか? 主に男子スポーツのマネージャーのお誘いだけど。そこら辺は考慮しなくて大丈夫なん?」

 

「君の入る部活ならマネージャーするよ。もちろん、オーカのことしか世話しないけど」

 

「初手専属つけられましても……」

 

 

 実質、誘いを蹴っていた。

 あれなんだよなぁ、そうなると男子勢の俺へのヘイトがとんでもないことになるんだよなぁ。ただでさえ、彼女ではなく俺に、彼女が男子スポーツのマネージャーになるよう説得依頼が来ている。んなの俺の一存で決められるかよ。

 加えて、だ。この前発覚した問題への解決も並行して行わないといけない。

 

 それは言わずもがな。

 俺の童貞消失までのカウントダウンだ。

 

 悲しいことに俺は生粋の魔法使いになる道は閉ざされた。いや、まぁ、率先してなるものではないが、俺の意思の有無関係なく、あと数ヶ月で消える運命が待っている。気分的には、夏休みの終わるロクサスみたいな心情だ。俺の童貞とロクサスの存在を比較対象にするのも烏滸がましいが。

 少し前まではアイのことを恋愛面で任せられる益荒男を必死になって探していたが、兼定の推測により、俺は中央駅での事件から既に詰んでいたことが発覚した。俺はもう彼女とのゴールインを決定づけられていたのだ。

 

 別に彼女に不満があるわけではない。

 むしろ内外ともに非の打ちどころのない可憐な少女である。俺が釣り合ってないのでは?って週に7回ぐらいは本気で考える。

 巨乳好きという性癖から見れば若干外れるが、実際のところ俺にだって現実と空想の区別ぐらいはつく。というか性癖に従おうものなら、咸と兼定は捕まるし、未来は人体改造が前提の話になる。

 

 じゃあ、何が問題なのか。

 純粋に俺の心情の話だ。

 

 俺には恋愛感情というものが分からない。親愛の情というものは、家系柄上遺伝子に叩き込まれているが、どうも恋愛感情というものは、家族愛・身内愛とは異なるものらしい。多方面の情報から推測するに『特定の異性を心の底から求める』というものだとか。

 ……どういうことなんだ、それは。別に親愛で良くないかソレ。アイは俺にとって身内だ。何があろうと俺が守る覚悟はある。だが、聞く話によると、それは恋愛感情とは似て非なるものらしいな。

 

 そもそもの話、俺にとってアイは妹分のような感覚がある。

 精神年齢的には彼女が一回り上だが、桜華は彼女を妹のように接してない?と未来の阿呆に指摘されたことがある。それって身内愛だよね?って話だ。

 ……妹分とセッ〇スする約束しているってどうなの?ってツッコミは一切受け付けない。

 

 つまり今後の課題は、彼女を『手のかかる妹分』から『世界で一番愛してる女性』へと、認識を変更することにある。

 ……もう徳川家諸共クソ旦那ブッ殺して、双子の元に彼女を送り届ける方が楽な気がするんだが。いいじゃん、徳川と元旦那は死ねてハッピーだし、双子は母親と再会できてハッピーだし、アイも最愛の子と暮らせてハッピーだし、誰も不幸にならないじゃん。ダメですか? そうですか……。

 

 

「……ホント、愛って何だろうなぁ」

 

「元大人気美女アイドル兼将来のオーカのお嫁さん」

 

「お前じゃねぇ座ってろ」

 

 

 ドヤ顔でピースするアイに、俺は天を仰ぎ見る。教室の天井しか見えないが、俺には暗雲が立ち込めているようにも見えた。

 

 さて、話を戻すか。

 

 

「スポーツ系は……別にいっかなぁ。ただでさえ身内の上下関係に四苦八苦してんのに、部活でも好き好んで上からこき使われる献身さは微塵も持ち合わせておらん」

 

「体育のときのオーカはカッコいいけどね」

 

 

 ……今ちょっと心にグッと来たじゃん。やらないからね。

 実家の示現流講習に比べたら、学校の体育なんぞ子供騙しに過ぎん。運動センスあるじゃんとか俺に言う奴は、とりあえず親父殿に脳天ぶち抜かれてから出直してきてほしい。

 

 

「そうなると、文化系の部活を選ぶことになるんだが、吹奏楽部は文化部の皮をかぶった運動部だし、楽器ってカスタネットとトライアングルしか出来ん」

 

「逆にそれができない人を見たことないなぁ」

 

 

 放送部も書道部も……なんかピンと来ないんだよなぁ。

 紹介冊子をペラペラ捲っていると、とあるページが目に入る。それは部活と呼べるものではなく、活動時期は昼休みと放課後のみ。少々の雑用で放課後駆り出されることもあるが、束縛時間は部活よりも少ない。何といっても、これも一応『部活』として教師陣が認識するので、悪くはない。

 

 俺はアイだけに見えるように指さす。

 彼女は俺の意図を理解して……ニコっと頷くのだった。

 

 

 

   ♦♦♦

 

 

 

堀之北(ほりのきた)先生、メンバー少ないんですね」

 

「そうねぇ。みんな正式な部活動の方に行っちゃったからねぇ」

 

 

 場は図書室。

 人のほとんどいない本の宝物庫には、司書の先生である堀之北先生の他に、俺とアイ、他数名のみが物静かに時を過ごしていた。

 俺の指摘に彼女は困ったように笑った。

 

 図書委員。それが二人の選択した()()だ。

 活動内容はカウンターで書籍の貸し出しの手続きを行うことであり、新刊の防水加工や展示棚の装飾等も仕事である。ゆったりとした時間を過ごしたい人、黙々と雑用をこなしたい人には、ぴったりな選択だと思われる。

 おばちゃん先生曰く、今期の図書委員希望者は少なく、同学年でも数名の女子生徒しか加入しなかったらしい。どうも、どっかの誰かさんの影響で、『部活動でバリバリ自分の良いところを見せつけたろ』や『あわよくば例の誰かさんとお近づきに』という男子生徒が大量に居たのだとか。ちなみに部活動の変更は基本認められず、辞めると帰宅部(在野)になる。

 

 アイさん(その元凶)は、今年60を超える堀之北先生に、部活動のことであれこれ質問をしていた。生前はドラマなどで生徒役などをこなしたことはあれど、本格的に部活動というものをしたことがないと言っていた。

 これを機に、彼女には学校生活を楽しんでほしいものだ。部活動のチョイスは俺に付き合わせて申し訳ないが。

 

 

「カウンター当番って2人1組で行うんですよね?」

 

「仕事の内容的には、1人でできるんだけど、基本的には2人1組で行うわよ。組み分けに関しては……仲のいい人と固定で組むことが多いわ。私もいちいち当番を考えるのが面倒だからねぇ」

 

「……その、当番を私とオーカ──島津君と一緒にって、できますか?」

 

 

 堀之北先生は顔を赤らめるアイと、全然話を聞いてなかった俺を交互に見て、何かを察したのか意味深な笑みを浮かべるのだった。

 あらあら、とわざとらしく口元を隠しながら。

 

 

「えぇ、いいわよ。島津君も星野さんと当番固定でいいかしら?」

 

「……え? あ、はい。大丈夫です」

 

 

 それじゃあ決定ね、と当番表を埋めていく堀之北先生。毎週金曜日が俺とアイの当番となった。もちろん当番以外にも図書室でやる仕事など数多くある上に、今期は男手が圧倒的に少ないので、書籍の移動のために図書室に顔を出してね?と言われた。

 去り際に、アイに向かって「頑張るんだよ?」とウインクしながら檄を飛ばしていた。

 

 今日の仕事はなかったが、俺は図書室を十数分歩き回り、カウンターに居る先輩のところに赴くのだった。メガネをかけた女子生徒は、俺の差し出した数冊の本と、俺の顔を交互に見て、意外と言いたげに貸し出し手続きを行うのだった。

 

 

「返却期限は2週間後ね」

 

「ありがとうございます」

 

「……そういう本、好きなの?」

 

「──そういうわけじゃないんですけど」

 

 

 俺は貸出が終わるのを椅子に座って待つアイを尻目に、苦笑いを浮かべながら答えるのだった。

 

 

 

 

 

「──少し、勉強を」

 

 

 

 

 

 俺は『風立ちぬ』『ロミオとジュリエット』『舞姫』を手に、彼女の元に戻るのだった。

 

 

 

 




【島津 桜華】
 今作の主人公。図書委員になるついでに、恋愛関連の純文学を読み漁る試みをみせる。果たして役に立つのだろうか?

【星野 アイ】
 今作のヒロイン。転生者。初めての部活動に興味津々。部活動と呼べないのでは?という質問は受け付けない。クラスが違うんだから、主人公のいる課外活動だったら何でもいいんだよ。


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014.島津のお仕事

 仕事の休憩中にこんにちは。
 感想で島津成分が足りないとのご指摘をいただきましたので、20話頃に投稿予定だったものを前倒ししてお送りいたします。親父殿の手伝いの貯金の正体です。このように薩摩平和は保たれております。
 それでも豊久成分は期待しないでいただけると幸いです。


「はぁ、全然足りないよなぁ。双子もいるってのに、アイも養わないといけないんだぜ?」

 

 

 俺は通帳を片手に大きくため息をつく。

 愛を自覚する必要もあるが、それ以外にも入用は山ほどある。

 

 

「だから誕生日までってのは早すぎるって話なんだよ。覚悟もそうなんだけどさぁ、金も全然足りないんよ。確か子供一人育て上げるのに3,000万かかるって話だろ? 単純計算で2人で6,000万だ」

 

「……がっ……かはっ……」

 

「……やっぱ期限延長できないかね? でも、そんな話するとアイが悲しむよなぁ。あの娘のあんな顔見たくないんよ。どっかに5,000兆円落ちてないかなぁ?」

 

「──しいいいいいいまああああああああづうううううぅぅぅうぅぅうっっっっ!」

 

 

 突如、俺の足場が大きく動き、俺は転がるように距離をとる。

 素早く体勢を立て直し、ため息をつきながら懐に通帳を戻す。

 

 

「っと。主要関節はずしたはずなんだけどなぁ。おっさん、いきなり立ち上がったら、上にいる俺が危ないだろうが。怪我したらアイがめっちゃ心配するんだよ」

 

「島津の(せがれ)……風情……がぁっ……調子に、乗りおってぇ……」

 

「調子に乗るも何も……」

 

 

 俺は周囲を見渡し、首を傾げた。

 今この場所にいるのは俺と、目の前にいるおっさんだけなのだ。()()()()()()()

 

 

「お仲間さん……だいたい7人くらいか? みんな死んじゃってるじゃん。調子に乗ってるのはどっちよ?」

 

「それは貴様が──」

 

「──薩摩の地に土足で入る。薩摩の地でハッピーホワイトパウダーの密売。薩摩の地で裏取引。挙げ句の果てに臓器売買ときたもんだ。島津に対する明らかな敵対行為。……まぁ、いいや。おっさん、とりあえず」

 

 

 俺は首をかしげ笑う。

 薩摩の安寧を脅かすゴミに向けて。

 

 

 

 

 

「──諸事情により首は要らず。命のみ置いていけ」

 

 

 

 

 

 おっさんは狂ったように刃物を片手に俺へ襲い掛かる。

 そうなるわなぁと溜息をつき、地面をけり上げておっさんの首を膝蹴りし、そのまま首を抱きかかえて地面に叩きつけ、周りのお仲間さんと同じように首をへし折る。いわゆる組手甲冑術と呼ばれるものだ。本家のものと比べたらあまりにも拙いが、人を殺るには十分だ。

 字面にすれば一文。時間にすれば1分もかからず、おっさんは物言わぬ屍になり果てる。

 

 特別な描写など存在しない。

 敵にそこまでしてやる義理もない。

 

 

「……このおっさんも成人するのに3,000万かかったのかな? あーあ、もったいねー」

 

 

 礼儀として形だけは手を合わせて供養する。

 俺はポケットのスマホ──裏でいろいろする用を起動し、連絡帳から目当ての連絡先を選んで、素早く電話をかける。

 待つこと7コール、目当ての人物の声が鼓膜を震わせる。

 

 

『──終わったか』

 

「親父殿、さすがに俺だけを8人相手の場所に捨てるのはどうかと思います。鬼畜の所業です。死ぬかと思いました。死んだらどうすんですか?」

 

『なんだ、死ぬのか』

 

「言葉の綾です。雑兵でも数多けりゃ大変なんすけど」

 

 

 電話の先では怒号と悲鳴と猿叫が飛び交っている。

 ただ声色の比率的には終盤に差し掛かっていると言っていいだろう。どうやら今回の防衛戦も無事に終わりそうだ。

 負ける要素が皆無だったが。

 

 

「そんなわけで、県境の夜の廃材置き場に置き去りにされた息子を迎えに来てください。あ、1人は生け捕りにする予定でしたが、やむを得ず全員殺りました。血は一滴も流れてないので、処理はすぐに済むかと」

 

『首は獲らなかったのか。臆したか?』

 

「雑兵の首要ります? それに血って洗い流すの大変なんです。アイが抱き着いて寝てるのに、変な匂い混じっちゃ可哀そうでしょう。あんまり彼女に心配をかけたくないんですよ」

 

 

 使えるものは何でも使うの(ステルスキル)大変だったんですよ。という俺の言葉に、呻くような笑い声が聞こえた。

 親父殿が笑うなど珍しい。

 

 

『随分と(ほだ)されたな』

 

「そう仕向けたのは親父殿でしょう。親父殿の言いつけ通り、傍にいて寄り添う必要があるので、さっきも言った通り迎えの車を寄越して頂ければと。さっきからLINEの通知が100超えてるんですが」

 

『既に向かわせている。──ご苦労だった。今回のは色を付けておく。……彼女に、良いものを食わせてやれ』

 

「言われずとも。ありがとうございます」

 

 

 電話を切って迎えを待つ。

 待つこと十数分、見覚えのある外車が、鹿児島と熊本の県境に到着した。助手席に座る胡散臭い男は、後部座席に乗るよう指示する。特に拒む理由がないので、早々と乗り込んだ。

 

 

「──お疲れ様です、桜華様。処理班は既に向かわせております」

 

「家の仕事ですからね。仕方ないです」

 

 

 運転席に座る初老の男性の言葉に、俺は肩をすくめてスマホに視点を戻す。

 そして100の通知を辿るうちに、俺の表情に険しさが追加された。

 

 

「アイの奴、まーた俺の普段着を寝巻にして寝るつもりだな? この前、母上と普段着買いに行ってたじゃん。タンスに鍵かけないとダメな時代かコレ」

 

「別にいいじゃないですか、減るものじゃないですし」

 

「話聞いてた? 俺の着るもん減るんよ」

 

 

 助手席の咸の言葉を一蹴する。

 とりあえずLINEで「今から帰る」と短く返信し、スマホをポケットにねじ込む。

 

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛……疲れたぁ。つかアイツ等誰だよ。龍造寺(りゅうぞうじ)? 大友(おおとも)?」

 

「聞いた話によると龍造寺かと」

 

「こちとら忙しい時にちょこまかと……つか本当に龍造寺? もちっと強い印象あったんだけど、あそこ。いつの間に弱体化しちゃったん?」

 

 

 九州における勢力圏は島津・龍造寺・大友の3つに分かれる。俗に言う『九州3国』と呼ばれる所以だ。龍造寺も大友も、一度は事実上断絶した家柄だったけれども、近代になって徐々に勢力を伸ばしつつある連中だ。

 とは言っても力差は三国志で例えるなら島津()龍造寺()大友()である。難しいことが分からないなら、島津には近くに2家の敵が居ると思ってくれればいい。

 やってることはヤクザの抗争とさして変わらんが。

 

 

「今回の連中は一部の暴走のようです。質が低いのは寄せ集めだったからでしょう。龍造寺の本家からも始末しといてくれと依頼がありましたし。ほら、あそこは後継問題が安定しませんから……」

 

「その雑魚にこんな時間がかかるなんてなぁ。昔は首刈ればすぐ終わる簡単なお仕事だったのに」

 

 

 前までは首を獲れば終了だった。

 何が悲しくて近接格闘のみで殺らねばならなかったのか。

 

 ……前に、盛大に首斬り祭りして、血塗れで帰ったことがあったが、その時のアイの顔が忘れられない。辛そうな表情を押し殺すような笑みを浮かべ、怪我はなかった?と聞いてくるのだ。

 もちろん相手次第だ。敵将なれば手加減する余裕はないし、近代兵器向けられれば、トリガーに指かける前に首を切り落とすのは当たり前だろう。ただ──今回のように素人の集まりであれば極力血は流さない方向で済ましている。

 ちなみに人を殺めることに対してアイは知っている。知っていて、それでもなお俺に好意を寄せてくるのだ。薩摩に毒されている気がしなくもない。狂ってるよな、アイも、俺も、薩摩も。

 

 

「昔は何も考えずに首獲ることだけ考えてれば良かったのに、随分と俺も弱くなったもんだ。義弘公に顔向けできねぇよ」

 

「別にいいんじゃないんですか? 義弘公も愛妻家でしたし。将来の妻を慮って──なんて考えれば、かの鬼島津もニッコリするでしょうよ」

 

「誰が将来の妻だ。あ、それで思い出した。お前マジでふざけんなよ。『舞姫』クソシナリオだったじゃねーか。俺より先にアイが読んで大変だったんだからな」

 

「……あー、おすすめの恋愛小説調べたんですが、中身までは把握してませんでした。後で個別に謝っておきます」

 

 

 そんな雑談を交えつつ、長い道のりを走行した外車は俺の自宅前に止まった。運転手のお爺さんに感謝の意を示し、2人と別れる。

 時間はもうすぐ日付が変わる。

 俺は自宅のインターホンを鳴らした。

 

 

『はーい』

 

「帰ったぞ」

 

 

 返事は聞こえず、バタバタと扉の奥が騒々しくなり、ガチャンとドアロックの外れる音と共に、紫がかった黒髪の美少女が胸に飛び込んでくる。

 

 

「怪我はない?」

 

「ないから早めに帰れたんだよ」

 

「良かったぁ……おかえり」

 

 

 巨星の笑顔に、俺は微笑むのだった。

 クソみたいなアルバイトだが、彼女を守るためと考えるのなら、あまり悪くないのだろうと。

 

 

「あぁ、ただいま」

 

 

 

 




【島津 桜華】
 今作の主人公。悩み多き現代高校生のため女々成分が抜けない。愛を知ればマシになるか? ただ死生観は島津らしくバグっているので、敵を殺めることに抵抗なし。そもそも内政官向けなので戦闘は苦手だと思っている(比較対象は父親)。組手甲冑術のシーンは、ドリフターズの豊久イメージ。

【星野 アイ】
 今作のヒロイン。転生者。島津汚染と転生により死生観が若干バグっている。刺殺のトラウマは主人公が守ってくれるので幾分かマシになったが、それはそれとして危険なアルバイトをしている主人公のことが心配。


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015.美食は人を幸せにする

 ほのぼの回です。
 飯前に読むことだけはオススメしません。

 ところで双子の件でネタバレ覚悟で少々調べました。
 ……あれ黒幕チェストするだけで丸く収まる気がしないんですが(震え)。


 俺とアイはバス停で降りる。

 双方とも地味な格好であり、俺は素材も地味なので全くもって問題ないのだが、一方の巨星は素材が超一級品なので、目立たない暗めの配色の私服は、逆に彼女の美を目立たせる。

 俺が先導してスマホ片手に道を歩き、アイは小鴨のように俺の後をついて来る。

 

 

「地図的には、ここら辺……なんだと思うんだけど」

 

「殺風景なところだね。本当にここなの?」

 

「間違いないはず──あったあった、あそこや」

 

 

 俺は周囲を必死な見渡し、ようやく目当てのものを見つける。

 一見すると、こじんまりとした精肉店。様々な牛豚の部位が売られており、少なくとも高校生の男女の目的地としては不相応だろう。

 ただこの精肉店、そこそこ値の張る焼肉屋でもある。

 その証拠に、店舗に近づくと肉の焼ける良き匂いが鼻腔を刺激するのだ。この匂いだけで白飯が食える。

 

 

「ほ、本当に無料なんだよね!? 無料かつ食べ放題なんだよね!?」

 

「優待券だから食い放題ってワケには行かないだろうけど、好きなもんを食えばいいよ。最悪有料だったとしても、臨時収入あったから、金の心配はしなくて良し」

 

「オーカありがとう! 愛してる!」

 

 

 ……なんだろう、嘘のかけらもない愛の告白なのに、こうも微妙な心境になるのは不思議だ。目をキラキラさせながら俺の後をついてくる彼女に、そのような心境を口にするのは野暮だから内に留めておくが。

 店内に入ると、その食欲は頂点に達する。

 もちろん今日の晩飯のために、俺とアイは昼飯を食してない。完全合意の元である。

 

 店員に導かれ、個室のようなエリアに通される。

 焼肉屋特有の銀の網が中央に設置されたテーブルをはさむように、俺と彼女は向かい合うように座る。メニューは端においてあるが、来店時に優待券を渡したところ、店員は目を見開いて、注文は別にしなくていいと言われた。

 アイ、多分君の想像以上のものが出てくるかもしれない。

 

 

「焼肉屋なんざ何年振りだろ? そもそも外食あんま行かないからなぁ」

 

「………」

 

「……アイ、どした?」

 

「──うぇっ!? な、何でもないよ!?」

 

 

 前回食ったのが数千円の食べ放題コースの記憶であり、その記憶がいつ頃だったのかを模索していると、妙に落ち着きのないアイに思わず声をかけてしまった。

 個室の飾りつけを眺めたり、中央の円形の銀網を物珍し気に眺めたり、焼肉のたれを薬品のように手で仰いで嗅ぎ始めたり、ソワソワウキウキしたり。確かに焼肉屋で肉を待つこの瞬間は至高と認めざるを得ないが、それにしたって落ち着きがない。

 

 その彼女の様子を最初は微笑ましく見ていた俺。

 しかし、徐々に嫌な推測に至り、確認するように彼女へ問う。

 

 

「なぁ、アイ。一つだけ聞きたいんだが……もしかして、焼肉屋って今まで来たことない?」

 

「……うん」

 

「生前も?」

 

 

 俺の質問に、気恥ずかしそうに頷く。

 精神年齢■■(閲覧制限)歳の彼女は、今まで一度も焼肉屋に足を運んだことがないことが判明した。詳しく聞くと、網で肉を焼く行為そのものも初めて体験するのだと口にした。

 焼肉屋行ったことのない人類が存在することに驚きを隠せなかった。

 

 

生前()は家庭環境的にもアレだったし、途中から施設育ちだったし、転生後も焼肉屋連れて行ってくれるような環境じゃなかったし」

 

「アイドル時代は? 結構稼いでたんだろ?」

 

「そんなにー? オーカが思ってる以上に、アイドルって稼ぎそんなにないんだよ。何なら、この前のオーカのアルバイトの方が稼ぎいいかもしれないかも」

 

 

 確かに数時間でうまい棒5万本分は稼いだが。命懸けているのは別にして、それより稼げないアイドル業って闇深そうだな。怖いわぁ。

 芸能界の闇というものを垣間見て、とりあえず俺は彼女に良い肉を優先的に回す覚悟を決めた。マジでアイの知識は焼肉屋という業種が存在する──くらいの知識しか持ってなかった。

 

 

「えへへ、初めての相手がオーカかぁ……」

 

「色々と誤解を招く言い方は慎んでほしい」

 

「楽しみだなぁ……」

 

 

 ……はしゃいでいるアイを、スマホの写真機能で撮影する。優待券を贈ってくれた当主殿に、どういう使われ方をしたのか報告しよう。彼も大喜びするはずだ。

 

 そんなこんなで時間が経過し、肉が運ばれてきた。

 2度の人生で焼肉屋という場所に来たことのない少女と、千円の定食か数千円の食べ放題しか体験したことのない少年の前に、精肉店印の焼肉屋は、現実を突きつけるのだった。簡単に言うと、俺たちは焼肉屋というものを過小評価していたのだ。

 

 2人分にしては少々多い量の肉。

 白米に、味噌汁が目の前に置かれた。

 

 

「──それでは、ごゆっくりどうぞ」

 

「「………」」

 

 

 俺たちは一瞬動くことができなかった。

 

 

「……オーカ、焼肉屋さんのお肉って、光るんだね」

 

「照明が反射してるだけだから安心しろ。……いや、でも、こりゃすげぇな。ここまで均等にカットされた綺麗な赤みの肉なんざ初めて見たぞ」

 

 

 その場で店員さんは肉の種類等の説明はしてくれなかった。なので、俺とアイは場の雰囲気とノリで肉を焼いて召しあがるしかなかった。多分、この肉盛り合わせの中には上ロースとか上カルビとか入ってるんだろうな程度の知識である。さすがにホルモンはこの白いのなんだろうなとは思うが。

 トング片手に、距離的に近かった肉を持ち上げ、そして網に乗せていく。

 肉は静かな音を立てて焼かれ始めるのだった。

 

 それを静かに眺める元人気アイドル。

 俺の動きそのものを注意深く観察する。

 

 

「ほれ、焼けたぞ」

 

「おぉ……っ!」

 

 

 焼肉屋初心者は焼肉ダレに落とされた肉をゆっくりと持ち上げ、その口に運んで味わうように咀嚼する。

 さて、人生初の焼肉の感想は如何に。

 

 

「……おいしい」

 

「おー。そりゃよかった。ほら、もっと食」

 

「おいしい……おいしいっ……おいしいよぉ……っ!」

 

 

 人間というものは、あまりにも感動すると泣くものである。

 その実例を目の当たりにして、俺は無言で彼女の焼肉ダレに肉を逐次投入していく。彼女は玉のような涙をボロボロ流しながら、白米を織り交ぜて至福の時を過ごす。

 

 

「アクアぁ……ルビぃ……っ、焼肉おいひいよぉ……っ」

 

 

 まさか双子も、遠い薩摩の地で母親が焼肉に感動しながら名前を呼んでいるとは思うまい。俺だったら絶対困惑する自信がある。

 何とか彼女の感動も安定させ、時折俺も口にしながらも、肉の大部分は彼女に渡す。

 

 

「お肉って口の中で溶けるんだね……」

 

「はははっ、こりゃ美味い。やっぱ普段食ってる肉と全然違うわ」

 

「この白いのって何だろう? 食感が面白いなー」

 

「ホルモンな? これ出すところによって味や食感も全然変わるんだけど、溶けてなくなるのは初めてだな。ホルモンって溶けるんだ……」

 

「牛の……舌? そんなのも食べられるんだね。あむっ……普通の肉とは違うけど、これはこれでおいしい」

 

 

 2人前より多いと言ったが、俺と彼女は難なく全てを平らげることができた。サイドメニューも店には存在するが、これ以上は野暮というものだろう。この幸せが勿体ない。

 会計は見事に0円。

 当主殿には感謝しなくては。

 

 アイもこのように上機嫌である。

 いつもの登校時のように、俺の左腕に右腕を絡めてホクホク顔で帰路についている。

 

 

「後で家ちゃんにお礼を言わないと」

 

「そうだな。飯食ってる画像送って以降反応ないけど、忙しいのかねぇ。既読はついたから見ているのは確かだけど」

 

「今度はみんなで、行きたいなぁ」

 

 

 3馬鹿には勿体無いだろう。

 そう口を開けかけたが、アイの言葉は続くのだった。

 

 

 

 

「私と、オーカと、アクアと、ルビーと、4人で行けたらいいね」

 

「……叶うといいな、その願い」

 

 

 

 

 

 母親として、自分の幸せを子供たちと共有したい。俺は彼女の願いを聞きながら、内心は真逆のことを思っていた。

 ……俺、その中だと絶対気まずいんだろうなぁ、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 某日、島津家当主の遺体が発見された。

 鼻血の海に沈みながら、幸せそうに笑っていたそうな。

 

 

 

 




【島津 桜華】
 今作の主人公。焼肉は久しぶり。今回を機に、彼女の食べたことのない美食を食べに連れて行こうと画策する。

【星野 アイ】
 今作のヒロイン。転生者。焼肉の悦びを知る。生前は収入関連と隠し子関連で、あまり外食に行けなかった独自設定。好きな人との飯は美味しい(確信)。

【島津 家正】
 島津家当主。今回逝去したが次の日には復活する。これ転生者では? 同日に家臣団数名も逝去している。


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016.恋愛初心者のデート

 別の作者さんと同じデート先になりましたが、鹿児島の立地状況的にココがよかったので許してください。



Q.『推しの子』最新話でアイ転生説が完全否定されましたが、どうして今作では転生できたんですか?
A.薩摩ジック。


「私とオーカって、もうすぐ恋人になるじゃん?」

 

「あと数ヶ月の命を『もうすぐ』って言葉で表現しないで欲しいんだが? それ俺にとっては余命宣告に近いんよ」

 

「でもあと100日もないよ」

 

 

 数ヶ月とぼかして来たが、確かに俺の貞操は60日ちょっとしかないのが現実である。生前は知らんが、今世のアイの誕生日って7月中旬だ。俺は非常に焦っている。

 まだ恋愛感情の『れ』の字も自覚してないのだ。気分的には『月曜日締め切りの仕事を金曜夜に渡される』ようなものである。できるなら苦労しねぇんだよ。

 

 現状、書籍やネットなどで先人の知恵を借りるしか手がない状況である。それらも信用に値するのか定かではないのが心許ない。

 3馬鹿は『自覚しろ』としか言わないし、じゃあ同年代の女性に聞いてみよう!っとなったが、クラスで女子に声をかけようとすると、なぜか逃げられる。曰く「星野さんに悪いから……」との事。四面楚歌である。親に尋ねるのもアレだしなぁ。

 

 そんなこんなで状況がそこまで動いてないが、タイムリミットは刻々と減少していく日々。

 いかがお過ごしでしょうか?(白目)

 俺は毎日欠かさず捲るアイの日めくりカレンダーが恐ろしくて仕方ありません。

 

 

「そろそろ()()をするべきだと思うのです」

 

「詳しく」

 

「だからっ! ……その、ね?」

 

 

 俺のベッドの上に座るアイは気恥ずかしげに、口籠りながらも要求を口にした。

 指をもじもじさせながら、決心するかのように言う。激しく動いた関係で、俺の普段着を着たアイは──ちょっと待て、最近外以外で自分の服着てるところ見た事ないぞ。なんやねんホントマジで。

 

 

「デートっ! をっ! するべきだと思いますっ!」

 

「逢引か」

 

「古風に言えば、そう!」

 

 

 俺は思案するように、顎に手を当てる。

 確かにアイとはデートらしいデートをした事ないな。中央駅では晩飯の買い出しぐらいしか行かなかったので、俺個人としてはデート感覚ではあったが、彼女はもっとちゃんとした逢引をしたいらしい。

 彼女の案を断る理由はない。俺もデートというものを体験してみれば、恋愛感情というものを把握できる可能性があるからな。

 

 そう、それはいいのだ。

 とある問題に目を瞑れば。

 

 

「いいよ、行こうか」

 

「やったぁっ!」

 

「で、どこ行くん?」

 

「……へ?」

 

 

 重要な問題だ。

 解決が非常に困難かも知れない。

 

 

「どこへ行く? 何をする? ルートは? プランは? ……そもそもの話、デートって何すればデートになるんだ?」

 

「………」

 

「アイはデートしたことないのか? 俺はないが(アルハイゼン構文)」

 

 

 問題は──俺たち二人が恋愛クソ雑魚ナメクジなせいで、ロクな『デート』なるものを体験したことがない点だ。

 行こうと言ってもプランが頭にない。

 何にも、ないのだ。

 

 

「「………」」

 

 

 

    ♦♦♦

 

 

 

「──ってなわけで、デートプランの教授お願いします」

 

「お、お願いしますっ」

 

『『『………』』』

 

 

 困った時のオンライン会議。

 3人のチベットスナギツネを前に、俺とアイは並んで頭を下げた。こいつらに頭を下げるのは屈辱の極みだが、彼女がやりたいと言っている以上、多少は耐え忍ぶことを選ぼう。

 ネットで調べてはみたが、恋愛初心者には何がなんやらさっぱり分からんかった。

 

 

『自分たちで調べて作ってみましたか?』

 

「俺が彼女の要望のみで考えて作ってはみたが、最終的には何故か『食い倒れツアー→ラブホ直行』の謎ルートが出来上がるんよ」

 

『それでいいンじゃねェの?(解散)』

 

「待って、いやホント待って」

 

 

 この彼女の要望通りに行くと、文字通り食って終わるしか道がないんですよ。デザートが島津少年になっちまうんすよ。さすがに人生初デートがそれってのは、俺のメンツ的に許すことはできなかった。

 せっかくの初デートだからアイの思い通りにしてみたいが、流石にそれにも限度はある。

 

 

『うーん、一般論から言えば、平川動物公園とか、ドルフィンポート辺りが有力候補じゃない? マニアックな所なら鹿児島市立美術館とかメルヘン館、歴史関連なら黎明館(れいめいかん)とか?』

 

「何の為にあるのか分からん施設群だったが、デートする為に存在する所だったのか」

 

『ははーん? さては島津桜華って、根本的にデートというものに向いてないねー?』

 

 

 向いていると少しでも思ったのか?

 自慢じゃないが、その方面に関して俺は雑魚以下だぞ?

 

 

『さて、冗談はそのくらいにして、星野さんには毎回面白いもの(桜華の痴態)を見せてもらってますからね。助力するのもやぶさかではありません』

 

「みっちゃん、ありがとう」

 

『水族館からの天文館(てんもんかん)コースでいいんじゃないですか?』

 

 

 水族館……あれか?

 鹿児島市の港、それこそ鹿児島市と桜島や大隅半島の垂水市を繋ぐ港の近くに、『いおワールドかごしま水族館』という施設があったはず。

 中に入ったことがないので、正直どんな場所か知らんが。

 

 しかし、他3人には好評だった。

 立地的によかったらしい。

 

 

『確かに他の場所だと商業施設が少ないもんね』

 

『映画も考えたが、そうなると市内だと中央駅か与次郎しかねェもンな。高校生のデート先では無難なんじゃねェの?』

 

「買物デートもできるのは嬉しいなぁ」

 

 

 どうやら水族館と天文館(商業エリア)コースで決まりそうだ。双方の距離もそこまで気にするほどでもないし、確かに1日で回ることを考えると、そこまで苦じゃないだろう。

 彼らの見えないところでスマホを起動し、さっと水族館のスケジュールや料金等も確認する。……うん、金銭的にもそこまで高いわけじゃないし、決行日もちゃんと営業している。天文館の良さそうな商業施設等もチェックしておく。

 

 

『天文館エリアでオススメのところってどこだろ? 無難に山形屋(やまかたや)?』

 

『あそこは高校生の行く場所じゃねェだろうが。……センテラス(最新複合施設)の方が、若い男女で買いに行くのに無難だろ』

 

「センテラスって最近できた場所だっけ?」

 

『そうですね、鹿児島国体に合わせて作られた商業施設です』

 

 

 センテラス、か。これも調べておかなきゃ。

 デートプラン製作には役立たなかったネットだが、下調べは大事と記載はあった。そうだよな、戦場を知ることは勝利に不可欠だ。

 

 3人寄れば文殊の知恵。

 その言葉にふさわしく、アイのおぼろげながらに夢見たデートプランは、実体を持った確固たるものに生まれ変わり、今度の休日に行くことになった。ここまで手伝ってくれたのだ。俺とアイは感謝の意を伝え、彼らもそれに答えた。

 

 

 

 

   ♦♦♦

 

 

 

 デート当日。

 本来ならば待ち合わせ場所の指定もあるのだが、出発地点が一緒のため、目的地には公共交通機関を用いて赴くことになった。

 早々に着替えて俺達は家を出る。

 

 

「んじゃ行こうか」

 

「エスコートよろしくね?」

 

 

 いつもより気合の入った私服に身を包む元アイドルの超絶美少女。普段のセーラー服も完璧に着こなす少女だが、星野母やうちの母親の監修の下、涼しげで透明感のある衣装の彼女は、まさに深窓の令嬢を彷彿とさせる出で立ちだった。流れるような紫がかった長い黒髪をなびかせる姿は、万人を自然と魅了してしまうだろう。

 俺も彼女の隣に立てるよう、母親のアドバイス通りに服を着てみたが、こんなん彼女を目立たせるだけの置物に過ぎない。彼女のインパクトが強すぎて、並べる気がしない。

 正直、俺は2.3歩後ろを歩きたいレベルである。

 

 

「……どないした?」

 

「へっ!? いや、えーと……今日のオーカは一段とカッコよく見えるなーって」

 

「それは良かった」

 

 

 俺の外行きの服を見た彼女の感想である。

 心なしか頬も赤い。

 ……まぁ、お世辞として受け取っておこう。服がよくてもルックスがイマイチだろうしな。言ってて悲しくなってきたわ。

 

 俺の2.3歩後ろの位置希望は見事に却下され、俺はこの一番星の隣に立つことを許された。腕を組み、手を握って、何なら指を絡めて、傍から見れば美女と蛮族の高校生デート組の完成である。

 もう彼女の隣に何立たせてもモブにしか見えないので、この際そこらへんは吹っ切ることにした。

 せめて彼女を楽しませる合いの手役に徹することにしよう。

 

 

「座席座るときも腕組むとか大変じゃない?」

 

「全然そんなことないよ?」

 

 

 バス内の客の視線を集めながら、俺達の初めてのデートが開始されるのだった。

 

 

 

 




【島津 桜華】
 今作の主人公。恋愛クソ雑魚ナメクジその1。自分の行きたいところとかが特にないので、彼女の要望を完全にかなえようとした結果、結局は馬鹿共に助けを求めるのだった。コイツはエスコートできるのか?

【星野 アイ】
 今作のヒロイン。転生者。恋愛クソ雑魚ナメクジその2。デートとは言ってみたものの、正直主人公と一緒ならどこでも楽しめるタイプ。今回の服も気合入れて選んだ。


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017.続・恋愛初心者のデート

──この芸能界(せかい)において嘘は武器だ──
『推しの子』より抜粋


──この薩摩藩(せかい)において暴力は武器だ──
『薩摩の子』より捏造


 いおワールドかごしま水族館。

 桜島フェリーターミナルの横にある、鹿児島最大とも呼べる水族館だ。

 今回は時間帯的に見ることが叶わなかったが、この水族館には外に『イルカ水路』という、水族館の外でイルカと触れ合える場所もあるのだ。

 そして何と言っても、この水族館は世界最大の魚と言われるジンベエザメが拝める、数少ない水族館の一つとして知られる。

 

 

「すっごいねぇ……」

 

「俺も初めて来たが、迫力あるなコレ」

 

 

 まずエントランスから凄かった。案内通りに進むのだが、階を上がるエレベーターが、それこそ水槽くり抜いて中に作りましたと言っても過言ではない作りになっていた。

 水槽中をエレベーターで進む。

 そして階を上がると前に見えるのは巨大水槽。

 

 

「うわぁ……」

 

「っと、俺引きずりながら走らんでくれ……」

 

 

 その世界最大の魚がお出迎えだ。

 周囲にはマグロやカツオなども遊泳している。

 

 その自由かつ雄大に水槽の中を遊泳する魚を前に、アイは目を輝かせて魚の姿を追う。彼女の目には、この魚群にどのような思いを馳せたのだろう。

 俺も加工された食用の魚は見ることが多いけれども、広範囲を泳ぐ魚を見るのはこれが初めてである。水槽という限られた空間を泳ぎ回るその姿に、人というものは魅了されるのだろうか? 近くにいる子供も、アイも、同じように釘付けなのだ。

 

 

「こんな大きい魚がいるんだぁ」

 

「成長して20メートルくらいになるらしいで。これ以上大きくなる余地があるのかよ」

 

「オーカ何人分かな?」

 

「俺で体積計算するのはNGで」

 

 

 鹿児島最大とは言っても、一地方の水族館なので、巨大な水槽バーン!みたいなのは最初だけである。展示されている魚も鹿児島由来のものがほとんどだしな。

 ただ、鹿児島県は島々合わせると南北600キロあるので、魚の種類は実に豊富である。

 

 

「こんな形の魚……魚?」

 

「海で生活してりゃ魚のくくりなんだろうけど……珍妙な形してるなぁ」

 

 

 南西諸島、錦江湾、そして鹿児島の深海の魚を見学し、先程の感動はなかったにせよ、自分が見たこともない魚は知識として蓄積されていく。使いどころが非常に限られる知識ではあるが、知っているのと知らないとでは大きな差があるものだ。

 

 そして大量のクラゲコーナー。

 わざわざクラゲだけ孤立した展示品として用意されている。

 

 

「……なんか自分が知ってるクラゲと違うものまであったね」

 

「『鹿児島はクラゲ類の宝庫』か……。鹿児島の気候と位置の関係で、様々なクラゲが生息してるんだとよ。このちっさいのもクラゲなんかね?」

 

 

 この見聞きした知識が以降役に立つのか分らんが、彼女の将来の糧になることを祈ろう。

 最初は水族館であまり時間は使わないだろうと思っていたが、実際のところアイにホールドされたまま連れ回されていた結果、なんと3時間も滞在していたらしい。

 イベントに参加せずにそれなんだから、もっと楽しむことも可能だったということだろう。水族館……中々に侮れん施設やな。

 

 アミューズメントショップで細々としたキーホルダーを何点か購入し、水族館を出る頃には昼食するには少々遅い時間になっていた。

 

 

「お昼ご飯どうしようか?」

 

「アイに任せる」

 

「その解答が一番困るんだよー」

 

「じゃあマック。今視界に入った」

 

 

 遅めなので軽く昼食を取る。

 体に悪いのは自覚しているが、それでも時折どうしても食いたくなるジャンクフード……らしい。俺はあんまり来たことないから分からんけど。

 この手の食事は俺よりもアイの方が馴染み深いらしく、生前だとこういう場所での食事はそこそこ行っていたのだとか。まぁ、焼肉よりは圧倒的に気軽に入れるので、俺としてもイメージしやすい。

 

 

「十数年ぶりに食べたけど、味もそこまで変わってないね。あはは、やっぱりおいしー」

 

「………」

 

 

 想像を絶するブランクがあったらしいが。

 ……そうだよな。彼女のマシな生活はアイドルスカウトされた時期から没年までであり、それ以外の話を彼女はしない。1度目の人生の最初期は俺も知らないが、2度目の星野家の養子になる前は一応聞いている。

 家庭内暴力の毎日、行動が縛られた生活のため、家と学校だけが彼女の世界の全てだったのだ。それ以外を知る機会がなく、そこが鹿児島のここら辺かな?ぐらいの知識しかなく、どういう土地柄なのかすら正確に把握してなかったと、彼女は以前影を見せながら語った。生前の顔馴染みが今どうなっているのかも分からず、その道半ばで調べる気力すら失ってしまったと。

 

 ……今は考えるのは止そう。

 この時間に似つかわしくない愚考だ。

 

 腹を満たした高校生一行は、次はセンテラスへと移動した。商業施設、図書館、そしてホテルまで併設された、ここ近年で建設された鹿児島の建物の中では、一番大きいのではなかろうか?

 あ、ホテルは行きませんからね(牽制)。

 

 

「オーカ、これとこれ、どっちがいいと思う?」

 

 

 もちろん国体に合わせて集客を目的とした施設なので、若い子たち向けの衣服を売るテナントも入っている。

 その一つに顔を覗かせ、適当に店内を眺めていると、2種類の衣服を持ってきたアイが、俺に選択肢を提示してくる。俺は彼女の言葉を聞いた瞬間、身体が強張るのを感じた。

 

 出た……コレ進研ゼミで見たわ……っ!

 アレだろ? 女性という生き物は既に己の内に決まっている選択肢を、男性にあえて聞いてくる習性があると耳にしたことがある。これ間違えると切腹モノだと近所のババァが言ってた。

 マジか。今ここで来るか。

 衣服の買い物の時点でおおよそ察するべきだったが、経験の少なさから考察の範疇になかった。

 

 俺は二つの選択肢を注意深く観察する。

 片方は清楚系統、もう片方は活発系統。本音を言えば、どちらも彼女に似合うのは間違いないのだが、双方を選択するのは誤りであると聞いたことがある。

 どっちだ。どっちが彼女の望む選択肢だ?

 服を観察しながらも、相手の挙動も見逃さず様子見するが、全くもって分からん。

 

 

「……オーカ?」

 

「………」

 

 

 アカン、時間制限付きかよ。

 俺は検討に検討を重ね検討して検討し。

 

 

「……こっちが、いいと、思います。はい」

 

 

 そもそもの話、俺如きが考えた程度で分かるはずもないので、もう心のままに、彼女が似合ってそうな服を選択した。あと俺の主観も含まれる。今彼女の着てる服がめっちゃ似合っているので、清楚な方が美を引き立たせると思います。はい。

 あとは運を天に任せるのみ。

 

 

「ふむふむ、オーカはこういうタイプが好みなのね。わかった、ありがとう!」

 

「資金はこちらで出させていただきます」

 

「えっ? でも私の服だし……」

 

「俺に任せてくださいませ」

 

 

 とりあえず危機は脱したようだ。

 今日一番体力を何故か使ったわ。

 

 そして、その後も何度か選択を強いられ、彼女の反応からして全て正解を引いたようだ。単純に運が良かったのかも知れん。

 俺も彼女が服を選んでいる間に自分の買い物も済ませ、何事もなく帰宅することに成功した。彼女との買い物は初めてではないのに、コレが初デートと意識するだけで疲労が半端なかった。

 

 

「今日はとっても楽しかったぁ……。オーカはどうだった? 私とのデート、楽しかった?」

 

 

 今回はデート時の服装で俺のベッドに座る彼女。

 彼女の問いに、俺は短く考える。

 

 正直疲れた。

 それ以上の感想が出てこない。これが楽しいかと言われたら──

 

 

「──うん、楽しかったよ」

 

 

 その疲れも、悪くはなかった。

 むしろ心地いいとさえ思った。

 

 そして俺が買ったものの袋から、目当てのものを取り出して、ベッドに座る彼女に渡す。長方形の銀色の細長い箱であり、よく言えば高級感あり、悪く言えば質素な箱である。

 良さそうなものがあったので買ったのだ。

 

 

「中開けてもいい?」

 

「どーぞ」

 

「何かなぁ……──」

 

 

 パカっと横から開くタイプの箱であり、中には一つのネックレスが鎮座していた。

 装飾として煌びやかではないが、細いチェーンで構成され、十字と精巧な鶴のアクセサリーがついている。そして十字の中央と、鶴の目の部分に紫色の宝石が小さく輝く。

 

 島津の家紋をご存知だろうか?

 十文字に丸の紋が非常に有名ではあるが、それより前の島津の家紋は『十文字』が使われていた。鎌倉時代だと鶴紋も十文字と一緒に描かれていたらしい。

 たぶん、それをコンセプトに作られたネックレスなのだろう。アイに良く似合う紫の宝石──アメジストも評価点が高い。

 

 アイはそれを見た瞬間固まり、耳まで赤くなり、そしてネックレスを箱ごと大事そうに胸に抱き締めた。

 ぎゅっと、離さないように。

 

 

「ありがとう、一生大事にするね」

 

「……そりゃ良かった」

 

 

 一生、大事にする、か。

 その言葉に、何か心が揺さぶられた気がした。

 

 

 

 




【島津 桜華】
 今作の主人公。恋愛クソ雑魚ナメクジその1。今回のデートで何かをつかんだらしいが、このペースでいくと成人過ぎても『恋愛』を自覚できなさそう。もう病気の域。荒療治が必要かも(フラグ)。

【星野 アイ】
 今作のヒロイン。転生者。主人公に服を選んでもらえて大満足。正直主人公が選んだのならアロハも着る。今回のネックレスは学校生活以外では頻繁に着用するようになる。


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018.その象徴は牙を向く

 ほのぼの回です。
 次回と次々回が大変なことになるんで。


 夕暮れ時、俺とアイは校舎の屋上で黄昏る。

 茜色の空には黒い影が彩られ、あと数刻もすれば夜空に星が輝くだろう。

 いつか訪れる星の輝きとは反比例して、俺と彼女の顔は暗かった。目を伏せながら、アイは無機質で生気のない言葉でつぶやく。

 

 

「私って、本当に馬鹿だよね」

 

「……んなことねーよ」

 

「昔からそうだった。……いや、(生前)から、かな」

 

 

 空は不思議な色だ。

 赤と紫と黒が入り混じったような世界。それは彼女の心境も映しているのかもしれない。

 

 

「……オーカ、ごめんね」

 

「……もう謝んなくていいよ」

 

「私、オーカの負担を減らそうと思ったんだ。だから、喜ぶだろうなって、本気で思って。まさか、こんなことになるなんて、全然思わなくて……」

 

「………」

 

 

 彼女の懺悔は続く。

 空に浮かぶ黒の帳は徐々に近づく。

 

 

「本当に、ごめんなさいっ! 私のせいで台無しにしちゃった……」

 

「………」

 

「私知らなかったの!」

 

「………」

 

「見てなかったの! そんなのがあるって、そんなことがあるって、私今まで知らなかった! だって、だって──」

 

 

 黒い影は鹿児島市を覆う。

 それをただ、俺は校舎で眺めるしかなかったのだ。

 

 

 

「──桜島上空の風向き、見てなかった……っ!」

 

「いや、もう手遅れだから謝んなくていいよ」

 

 

 

 

 黒い影──桜島噴火の灰が、鹿児島市内を襲う。鹿児島県民に、重大な被害を与えていくのだろう。主に風向きを見てなかった主婦たちに。

 

 

「だから部屋干ししてたのになぁ……」

 

 

 アイがわざわざ気を利かせて外に干した洗濯物は、火山灰でザラっザラになるんだろうなぁ。

 そんな遠い目をしながら、俺と彼女は家のベランダに想いを馳せるのだった。

 

 

 

   ♦♦♦

 

 

 

 鹿児島本土の中央に位置する桜島は活火山である。

 そもそも桜島自体は島だった。しかし、1914年の大正の大噴火によって、大隅半島と桜島は地続きになる。島が地続きになるほどの溶岩流出が近年起こるレベルに活発な火山が目と鼻の先にあるのだ。これだけでも鹿児島の土地の異常さが理解できるだろう。

 最近はアホみたいに噴火して、県民の皆様の車を灰色に染め上げているんですけどね。外車乗り回そうとする咸の覚悟もうかがえるだろう。

 

 洗面台で灰を洗い流す作業をして十数分が経過した。

 ものの見事に我が家の今日の洗濯物が甚大な被害を受け、洗濯物を水を含ませて絞るたびに、おびただしい黒い液体が洗面台の排水口へ消えて行く。

 火山灰である。

 なんかもう泣けてきたわ。

 

 俺が洗面台で作業している間、アイは俺の近くで正座して自己反省をしていた。とりあえず手は作業で動かしながら、アイには桜島上空の風向きの分かるアプリケーションをスマホにインストールさせ、ついでにSNSでMBC(地元放送局)をフォローさせる。

 この二つの情報源があれば次の事故は防げるだろう。

 

 

「オーカ、本当にごめんね……」

 

「全くだよ。何が問題かって、アイが俺の服を普段着にしてるせいで、幸いなことにアイの服に被害がほとんど出てないってコトなんだけど。喜んでいいのか怒っていいのかわからねーよ」

 

「うぅ……」

 

「これを機に自分の寝巻を着てくれ。俺の洗濯物が俺の知らんうちに増えてる」

 

「……オーカの服は、着たいです」

 

「そこ強情になる要素ある?」

 

 

 同棲前より部屋着の数を増やしても、なぜか足りなくなる不安に駆られるって、どういうことですか? 自分の服って自分で着るために買うよな? 最近なんか知らんけど自分の部屋着買うときに、アイも着ても問題ないかとか考えるあたり、俺の脳みそは終わっている可能性が浮上してきた。

 まぁ、欲張りな彼女には言っても意味ないんやろうなぁ。

 口にはしてみたものの諦観気味なのは否めない。反省している今も着てるしな、俺の服。

 

 その後、全ての洗濯物を軽く洗った俺は、全てを綺麗な45リットルのゴミ袋に入れ、さらに大きなカバンの中に入れる。

 着る物に困っているわけではないが、この洗濯物を放置するわけにはいかない。

 

 

「ちょっくらコインランドリー行ってくるわ。留守番よろしくなー」

 

「私も一緒に行っていい?」

 

「ついてきても面白くも何もないぞ?」

 

 

 ラフな格好の二人組は、夜のコインランドリーへ向かう。

 住宅街に佇むコインランドリーだが、この時間帯に人は居なかった。住宅街とは言ってもド田舎に変わりはないし、むしろ好都合と言ってもいいだろう。

 

 壁に設置されたドラム式洗濯機の一つに洗濯物を全てブチ込み、お金を入れてボタンを押せば、洗濯開始である。楽だね。

 

 あとは待つだけである。

 このコインランドリーの内装は簡素な机と椅子のある小休憩スペースがあり、そこの一つをアイは陣取っていた。わざわざペットボトルの茶まで2人分用意している。

 

 俺はスマホを弄りながら、アイとの雑談に花を咲かせるのだった。花と表現したが、しょーもない話もよくやるけど。

 

 

「──次のドラマの○○役って、あの『片寄 ゆら』なんかぁ」

 

「綺麗な人だね。○○役にはピッタリじゃないかなぁ。……オーカって、こういう人が好みなの?」

 

「んなわけ。というか彼女があまり好きじゃない。いや、彼女は全然悪くないけど。あの人クソ徳川の現当主の最推しなんだよなぁ。このドラマも見るつもりないし」

 

 

 そんなこんなで洗濯自体は完了したが、次は乾燥機にブチ込んでスイッチオン。やっぱりコインランドリーの乾燥機は素晴らしい。短時間で乾くから、ホント楽でいいわ。

 

 

「そういや述べ100人斬り達成おめでとう」

 

「なんでそーゆーこと言うかなぁ? 私的には不本意なんだからね。私が一部の男の子から『真の三國無双』って呼ばれてるの知ってるでしょ?」

 

「卒業する頃にはマジで達成しかねんから言われてるんだろ。俺は人生でモテたことねーから、その感覚だけは分からんわ」

 

「……自覚ないんだ」

 

「ん? なんか言ったか?」

 

「なんでもないっ」

 

 

 洗濯物が乾燥すると、それを取り出し、二人で畳んではバッグの中に収納していく。

 そこまで量はないから、すぐに終わるだろう。

 

 

「……っ!?」

 

「どーしたの?」

 

 

 洗濯していたときは気づかなかったが、乾燥したものを畳んでいるうちに、俺はどえらい物を見つけて、思わず小さく反応してしまった。あろうことかアイにもバレてしまった。

 

 それはアイの黒い下着だった。

 別に彼女の下着に関しては、普段そこまで反応することじゃない。そもそも洗濯しているのは俺だし、普通の彼女のパンツやブラを干しているのだ。今更過剰に反応することもないだろう。

 ただ、これは普段のとは違った。

 下着上下がスケスケなのである。いや、もう、布面積が小さいとかいう次元の話ではなく、薄くて奥が見えるのだ。ヤベェだろコレ。未婚の女性が同棲中に着ていいモノじゃないぞ。

 

 

「これね、この前買ったやつ。可愛いでしょ?」

 

 

 卑猥だとは思う。

 知ってか知らずかニヤニヤ笑いながら問いかけてくる彼女に、心の中では即答した。とてもエッチです。

 

 

「オーカの持ってた聖典にも、こんな下着着た女の子が描かれてたよね。どう、実際目の当たりにして」

 

「もっと慎みを持たれた方がよろしいかと具申します」

 

「興味ないの? せっかくコレ着た上に、オーカの服着て過ごしてたんだけどなぁ」

 

 

 コレ絶対確信犯だろ……!

 イタズラっぽく俺の顔を覗き込みながら笑う少女に、俺は赤面を抑えることができなかった。せめてどの俺の服を着たのか把握しないと、モヤモヤで夜も眠れないんだが!?

 童貞殺しにも程がある。

 

 その後自供を迫ったが、彼女は最後まで口を割ることはなかった。それどころか、以降例のアレのような下着の種類が着々と増えていくのを、俺は彼女の服を洗濯をしながら眺めることしかできなかった。

 俺の童貞の終焉は近い。

 こんなしょーもないところで、俺は運命を悟るのだった。

 

 

 

 




【島津 桜華】
 今作の主人公。普段着が人の何倍もある。中には自作Tシャツもあり、無地の服に『島津の子』や『大将首×3』とか『おやっとさぁ』などプリントしている。

【星野 アイ】
 今作のヒロイン。転生者。部屋で着る普段着が数着しかない。本当に女の子か? 主人公の自作Tシャツを気に入っており、オススメは『偶像崇拝』と『おごじょ』のプリントされたTシャツ。


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019.心壊

 シリアス回です。
 書いてて私も心が壊れそうです。続きは早急に書きます。



『──もしテメェが星野を拒絶する、または別の女を愛する……そんなことになれば、今度こそ星野の心は壊れるぞ。修復不可能なレベルになァ』


 学校生活は新鮮なことばかりだ。

 ドラマなどで高校生役を演じたことはあれど、このように高校生活をするとは、生前の私には想像もつかないと思う。

 ただ、決められた台詞で演じるドラマとは違い、実際の高校生活はアドリブの毎日だ。テストとは違い、何が正解で、何が誤りなのか、誰も彼もが知らないのだ。

 

 

「──そうなんだ。それは知らなかったなぁ」

 

 

 それでも今日も私は嘘で人と接する。

 相手が望む回答を導き出し、かつ自分のキャラが崩れないように、相手にとって都合の良い人を演じる。そうすれば、私も相手も傷つくことはない。

 私はそれを日常的に、呼吸するように行う。生前何度もやった手法だ。年季が違う。

 

 私は嘘でしか人と接することができない。

 そんな生き方しか知らない。

 自分の子供にすら、最後の最後でしか本当のことを言えなかった女だ。

 

 それでも

 

 

『あなたは優しい人ですね。自分が傷つかないように嘘をつく方は多いですが、他人が傷つかないように噓をつく人間は少ないものです。苦労が多い人生(生前)だったでしょう。本当に、お疲れ様です』

 

 

 胡散臭い少年は労い、

 

 

『オレは噓ってのが大っ嫌いだ。単純に利己的に嘘つく奴も嫌いだが、本当に辛い時も嘘つく奴が居るのも事実だァ。……どうしようもねェとき、嘘つくンじゃねェぞ。テメェの言葉程度でオレは傷つかねェ』

 

 

 乱暴な少年は吐き捨て、

 

 

『嘘をつき続けるのって大変じゃない? 人生長いんだから、虚飾で舗装してもガタが来ちゃうんじゃない? 僕らの前では仮面を取りなよ。大丈夫、君が思っているほど、素顔を見せるのはそう怖いものじゃないのさ』

 

 

 のほほんとした少年は道を示した。

 

 オーカも言葉には出さないが、困ったように目を細めて笑うのだった。そして嘘を指摘することはない。嘘をつく私も『星野アイ』であり、そのすべてを許容するといった最愛の人だ。

 私の嘘なんかじゃ、彼という柱は揺るがない。

 

 そんな私も、最近は嘘の方向性が変わった。

 生前は全てひっくるめて『()』を皆に伝えたが、これを今すると本当に大変なことになる。どう大変なことになるかというと、『○○斬り』のカウントが嘘のように増えていくのだ。

 アイドル時代はファンレターで綴られた内容を、今世では面と向かって言われる。気持ちは嬉しいのだが、これをされると非常に困る。

 

 

『──隣のクラスの島津君って良くない?』

 

『今度ご飯誘ってみる?』

 

『彼女居るんだっけ? 今度聞いてみようかなー』

 

 

 これだ。()()()()()()()()()()()()()()

 本人は全くと言っていいほど気づいていないけど、私も高校生になって初めて、自分の最愛の人が想像以上に高嶺の花なのかに気づかされた。

 名家の島津家の有力者であり、綺麗で整った顔立ちに、細身ながらも筋肉質な肉体(確認済)、気だるげながらも鋭い眼光という、刺さる人には刺さる外見。成績も上の下と比較的高水準で、運動神経は学年でもトップクラスに位置する。社交的とは言わずとも、友好関係のある人にはとても優しく、とっても頼りになる高校生1年生。

 

 もう他人の告白を聞いている暇はないのだ。

 うかうかしていると誰かに取られちゃう。

 

 何とか最近は私とオーカで一緒に居る時間を無理やり作ってはみたが、それでも私と彼は恋人関係ではない。その予定ではあるけれども、確定事項だと安心できない。

 だから今日も今日とて、昼休み時間の短い時間でも、隣のクラスに突撃していく。

 

 

「……あれ? オー……島津君は?」

 

「彼なら先輩に呼ばれて旧校舎の方に行ったよ」

 

「先輩?」

 

「うん。物凄い美人さんだった」

 

 

 近くの女子生徒からの情報提供で彼の居場所は推測できたが、同時に不穏なワードが生まれた。美人さんということは……女の子なのかな?

 私はオーカと別の異性が話をしているところをあまり見たことがないので、誰のことなのか予想がつかない。それも先輩というのだから高学年の人なのだろう。ますます知らない。

 

 私は教室前の廊下を歩き、近くの旧校舎への渡り廊下へと入ろうとする。

 そこで、私はオーカと誰かが会話しているのが聞こえた。

 ……もしかして、私は詳しくないけどアルバイト関連なのかな。それだと邪魔しちゃ悪

 

 

 

 

 

『──いいじゃない。()()でしょ、私』

 

 

 

 

 

 いいな……ず……け……?

 その言葉を聞いた瞬間、私が認識する音が急に遠くなった。

 

 その言葉を一瞬脳が理解することを拒み、それでも脳は勝手に言葉を理解してしまい。視界が急にぼやけ始め、肺が酸素を取り入れる方法を忘れてしまう。先ほどから、手の震えが止まらず、もう片方の手で包み込んでも、その手すら震えているのだから止まることはない。

 今私が立っているのは、最後の砦でもある。自分の聞いた言葉が間違いであった可能性、私の誤認であった可能性に縋って、必死に足の筋肉で踏ん張っている状況だ。

 

 オーカから許嫁がいるって聞いたことがない。

 だから、いない。()()()()()()()

 

 そうだ、どうせ近くにオーカが近くに居るのだから、き、聞いてみよう。あの私の大好きな笑顔で「んなのが居るなら苦労しないわ」と、私をたしなめてくれるはずなのだ。

 私のいる場所は死角であり、話している二人の姿は見えない。

 

 そう、ここから渡り廊下に出て行けば。

 きっと私の聞き間違いが

 

 

 

 

 

 

 

 証明

 

 

 

 

 

 さ

 

 れ

 

 

 

 

 る。

 

 

 

 

 そこには、オーカを愛おしそうに抱きしめる女の子が居た。

 

 

 

 あ

 

 

 

 ああああ

 

 

 

 

 ああああああ  ああ

 

 

 あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛

 

 

「──は? あ、アイ!? てめ、知ってて」

 

「あら? 今逢瀬の最中なの。邪魔しないでくれるかしら?」

 

 

 いや……いや、だ。

 

 

「──あははっ、ごめんね、オーカ。許嫁さんとのラブラブタイムを邪魔しちゃって」

 

「い、許嫁? お前何を言って──」

 

 

 あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛

 

 

「……あー、そろそろ次の授業が始まっちゃうなぁ。オーカと許嫁さんは、まだまだお楽しみを続ける感じかな?」

 

「えぇ、そうよ。先生には、彼が授業に遅れると伝えてくれないかしら?」

 

「分かりました、先輩」

 

 

 どうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうして

 

 

「じゃあね、オーカ。また……後……」

 

「お、おい! 待て、誤解だって──クソっ、離せっ」

 

 

 私は走る。

 走って。

 走って。

 走って。

 走って。

 

 屋上の、

 

 フェンスに

 

 背を預けて

 

 

「い゛や゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!」

 

 

「お゛ぉがぁっ、お゛ぉがぁっ……なんでっ!? どうじでぇっ!?」

 

「いやだよぉ……わだじ……お゛ぉがぁ、じゃないと……いやだよぉ……!」

 

「どらない゛でぇ……わだじ、がらぁ! お゛ぉがぁ、を、どらない゛でぇ、よおおおお……」

 

「うぞづがないがらぁっ、もう、うぞづがないがらぁっ! お゛ぉがぁのいうごど、な゛んでも、ぎぐがらぁ! ぞばに、ずっど、ぞばに、いでよぉ!」

 

「ずでない゛でぇっ! ずでない゛でぇ……!」

 

「ずでない゛でぇっ! ずでない゛でぇ!」

 

「ずで……な……い゛で……」

 

 

 私の中で

 

 

 何かが

 

 

 

 壊れ

 

 

 

 

 た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ふふっ、追いかけなくてもいいの?』

 

『……クソがぁっ! 言われなくてもなぁ!』

 

 

 

 




【島津 桜華】
 今作の主人公。とりあえず誤解を解くことを最優先で後を追う。あとクソアマは絶対ぶっ殺す。


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020.大嫌い

 シリアス回です。
 以降ほのぼの書きたいです。
 ちなみに今は序章の折り返しです。


 

 

「あんのクソアマがぁ……! 全部分かっててやってやがったなぁ……!」

 

 

 久方ぶりの自身に渦巻く憎悪のままに動きたかったが、最優先事項を違えるような真似はしない。

 渡り廊下から校舎内に入った俺は、最後にアイを視認できた方向へと走る。しかし、俺もすべてを見ていたわけではないので、途中で捜索の糸口が途切れてしまう。

 少なくとも彼女は正常な判断ができるような状況ではなかったはずだ。それどころか、かつて中央駅のトラウマを遥かに超える取り乱し方だった。今の彼女は本当に何をするのか分からない。早々に見つけ出さなくては。

 

 俺は短く思考する。

 彼女の行く場所と言えば。精神状況、普段の行動ルート、消去法、それらを脳内に想定しながら、いくつか候補を絞ることができた。

 その候補の中で、彼女が行きそうな場所は──

 

 

「……屋上か?」

 

 

 考えるなら先に動け。

 間違っているなら別の場所を当たれ。

 

 俺は推測で一番可能性が高い場所に足早に向かう。

 人生で培ってきた全ての筋力を使い、地面をけり階段を上り

 

 

「アイぃっ!」

 

 

 屋上の扉を蹴破って侵入する。

 扉が壊れることはなかったが、俺は扉の生存など気にする間もなく、周囲を見渡した。すると、近くのフェンスに体育座りをする女子生徒が一人。長い黒髪に、紫色が混じっているので確定だろう。

 素早く近寄って肩を叩く。

 

 

「おい、おい! 聞こえてるか!?」

 

「……お……かぁ?」

 

 

 彼女の目を見て──俺は言葉を失った。

 アイ、お前……、

 

 

「……あははっ、あはっ。ダメだよ、オーカ。ちゃんと許嫁さんのところに行かなきゃ。女の子を待たせちゃいけないんだよ?」

 

「………」

 

「私も知らなかったなぁ。オーカに許嫁が居るなんて。すっごい美人さんだったね。おっぱいも大きかったし。あれ? もしかして超タイプな娘だったりする? あの人も満更じゃない様子だったし……もしかして相思相愛的な?」

 

 

 ……人間って、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 クレヨンの黒色で塗りつぶした瞳で、視線も合わさずに、それでも演技を続けようとする。既に限界なのは火を見るより明らかなのに、それでも無理矢理演じているのだ。

 彼女の心は──既に、壊れていた。

 

 俺は大きくため息をついて、彼女の真正面にしゃがみ、彼女の両肩を掴む。

 そして──彼女の瞳をまっすぐ見つめた。

 

 

「どーしたの? オーカ?」

 

「………」

 

「ん? 何か私についてる?」

 

「………」

 

「もー、言ってくれないと分からないよ?」

 

「………」

 

「………」

 

「………」

 

「………」

 

 

 徐々に言葉はなくなる。

 代わりに、彼女の瞳から、ぼたぼたと大きな雨粒が流れ始めた。

 

 

「……ゃだ」

 

「………」

 

 

 そして体育座りの姿勢を崩し、前のめりになりながら、俺の胸に飛び込んできた。俺の胸の位置にある服を、震えた手で必死につかみ、彼女は俺に訴える。

 か細い声で。

 今にも消えそうに。

 

 

「……やだ……やだよ」

 

「………」

 

「……いいこに、するから……うそつかないから……おーか、すてないで……」

 

「………」

 

「ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……」

 

 

 最悪の気分だ。

 幼い少女のように、犯していない罪の懺悔を行う彼女を見て、俺は崩れ落ちそうになる衝動を必死に堪えていた。

 

 そうすればいい?

 どうすれば彼女を救える?

 

 考えても答えが出ない。

 この少女をどうすれば元に戻せる?

 

 

「──あら? まだやってたの?」

 

「……撫子(なでしこ)、てめぇ」

 

 

 無い知恵振り絞って脳みそを回転させていると、今日一番の不愉快な音が鼓膜を震わせ、思わず近寄ってきた女を睨みつける。

 彼女は「怖いわ」とクスクス嗤う。

 

 

「ねぇ、助けてほしい? 助けてほしいわよね? 助けてほしいに決まってるわよね?」

 

「相変わらず人をキレされるのが得意なようだなぁ? あぁ?」

 

 

 挑発だと分かっていても、俺は彼女の言葉に刃物(ことば)で対応するのだった。そのまま首を飛ばせればどれほど幸せだったか。

 すると、返って来たのは正面からだった。

 

 

「──っ、だめっ、わたしの、おーかを、とらないでっ」

 

 

 アイは怯えた表情で彼女を──撫子をけん制する。

 その弱弱しい姿を興味深そうに見つめた彼女は、ニヤリと不愉快に嗤う。

 

 

 

 

 

「桜華、星野アイさんとディープキスしなさい」

 

 

 

 

 

 何言ってんだこのアマは。

 

 

「不服そうね」

 

「目の前にぶちまけた生ゴミが散乱してたら不服だろ」

 

「ところで、ここに傍から見れば『星野アイを泣かせた島津桜華』の写真があるわ。貴方のお母様、彼女を泣かしたらひどくお怒りになるでしょうね?」

 

 

 いつの間にかスマホで取られた写真をちらつかせながら、この女は彼女へのディープキスを強要してくる。女の首は恥だが、女じゃなければ問題ないか?

 

 頭に上りかけていた血を、俺は理性で抑える。

 彼女は確かに生ゴミに失礼な存在ではあるが、撫子は意味のないことは言わない。撫子がそうしろと言っているのだから、そこには何か解決の糸口があるのだろう。

 そうじゃなかったら殺す。

 

 

「………」

 

「……おーか?」

 

 

 俺は壊れた少女を見下ろす。

 正直、いまここでのディープキスなんぞ、最悪に等しいシチュエーションだ。もっと……こう、俺もアイも今世では初キスなのだから、それ相応にふさわしいタイミングってのがあってだな。

 しかし、悩んでいる暇はないのだろう。

 

 俺は大きく、大きくため息をつく。

 そして大きく息を吸い込む。

 

 

 

 アイ。本当にごめん。

 

 

 

 俺は彼女の頭へと手をやり、軽く撫でる。

 状況があまり分かってないアイは目を細めて嬉しそうに微笑み、俺も笑い返して──人生初のキスを行う。マウストゥーマウスと言ったか? 彼女も前にキスをねだって来たことはあったが、まさかこんなタイミングで行うとは夢にも思わなかった。

 正直、夢であってほしいが。

 

 最初は唇を合わせるだけのキス。

 彼女の化粧をしていないけれど、それでも綺麗な薄いピンクの唇に、自分の唇を人生15年にして初めて重ねるのだった。

 

 

「……んっ……」

 

 

 彼女の吐息を聞きながら、次は軽く口を開けて舌を相手の唇に触れさせる。まさか司書の堀之北先生から渡された『キス100箇条』というアホみたいな本が役に立つ日が来るとは。人生は何があるかわからないものだ。

 すると、早い段階で彼女も同じように舌を絡めてきた。

 え、ちょっと待って。もう最終段階まで行く感じ?

 

 内心戸惑いながらも、俺は彼女の舌に自分の舌をゆっくり丁寧に絡める。確か息を合わせるのがコツって言ってたな。とりあえず彼女の舌の動きに合わせるとしよう。正直、俺もキス初心者なので、お気持ちだけの配慮になるが。

 

 

「……んんっ……んちゅ……れろ……はぁ、はぁ、んっ……れろ、はぁ、んちゅ……」

 

 

 彼女の吐息を漏らす音と、互いの呼吸音のみが聞こえる。

 彼女も求めるのに必死であり、俺もそれに応えるのに必死だった。それこそ、撫子がいつの間にか消えていることすら気づかなかったレベルに。

 

 そして、俺とアイは、人生初のディープキスを楽しむのだった。

 30分程。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「迷惑かけてごめんね」

 

「……いや、俺の方こそ悪かった」

 

 

 最後はアイの名残惜しそうな表情と共に、人生初キスが終わった。

 彼女の精神状況も普段より不安定ではあるが、先ほどよりはずっとマシになったと言えるだろう。授業を1つ完全ブッチした形にはなったが。

 

 俺は屋上のフェンスに寄りかかって腰かけて胡坐をかき、その俺の股座にアイが腰を掛けている状況だ。俺がアイを後方から抱きしめている状況と言えばわかりやすいだろうか?

 詫びのつもりで、幾分か力加減増量中だ。

 

 

「一つだけ、聞いてもいい?」

 

「どした?」

 

「あの人、オーカの許嫁?」

 

「あぁ、そうだ」

 

「……そう……なん「元、な?」──え?」

 

 

 アイと同棲する前の話だ。

 俺が島津家次期当主としての継承権があったころの話であり、破棄された瞬間に解消された関係でもある。なので正確には『元・許嫁』であり、今の俺と彼女との間には何の関係もない。

 そう説明すると、「そっかぁ……」とアイは嬉しそうに笑った。

 

 

「撫子、先輩だったかな?」

 

「あんなんクソ女で十分だよ。で、可哀そうなことに──未来の姉貴でもある」

 

 

 種子島(たねがしま)撫子(なでしこ)。種子島家の長女にして、未来の姉。

 内政面に特化した一族に生まれた、軍略の天才と称される女性だ。『蜀の法正(ほうせい)、島津の撫子』とまで揶揄されており、これには『軍事・奇略の天才』という意味の他に、『洒落にならないレベルの人格破綻者』という意味も含まれている。蜀の軍事の天才なら龐統(ほうとう)が挙げられるだろうが、法正は史実で『睨まれた』という理由だけで人殺してるくらいダメな奴だからな。

 ただなぁ。そういう人格破綻者が軍才に向いてるんだよな。結局、常人にはない思考回路の方が軍事に向いているのだから。

 

 

「オーカはその人、好きじゃなかったの?」

 

「種子島家の現当主に土下座されてた許嫁関係だったし、破棄時も当主から『ですよねー』で納得されたから、好き嫌い以前の問題だったなぁ」

 

 

 今回の件も種子島家の当主自らが土下座しに来るんだろうなぁ。あの人には昔から世話になってるから、結局は怒りを抑えるしかないのだろう。行き場のない振り上げた拳のみが残る。

 まぁ、と俺は彼女を強く抱きしめながら彼女の問いに答えるのだった。

 

 

 

 

「──俺は死ぬほど大っ嫌いだよ」

 

 

 

 

   ♦♦♦

 

 

 

 

「──あら、未来。そんな怖い顔をしてどうしたの?」

 

(さえず)るな、ゴミが」

 

「……ノータイムで女の子()の顔を助走つけてぶん殴るなんて、どういう教育を受けたの?」

 

「整形手術だよ。少しはマシになったんじゃない? ……何してくれちゃってんの? もしアイちゃんが壊れてたらどうするつもりだったの?」

 

「その程度で壊れるのなら、その程度の駒よ。……鳩尾を蹴るのはやめて頂戴」

 

「良かったじゃん。桜華なら首へし折ってたよ」

 

「えぇ、桜華よ。その桜華を動かす駒。何とか使い物になってくれて嬉しいわ。結果論で考えなさい。雨降って地固まる、コレで良かったじゃない」

 

「……なんでコレが姉なのかな? もうアイちゃんにも当主引き連れて土下座しに行かないといけないじゃん」

 

「謝るのはよろしくね。私は次の仕事で忙しいから」

 

「……もう桜華とアイちゃんだけは巻き込まないでよね」

 

「前向きに検討してあげるわ。そう、全ては──

 

 

 

 

 

 ──薩摩の為に」

 

 

 

 




【島津 桜華】
 今作の主人公。彼女の依存度が上がったことに頭を抱える。以降、異性と言葉を交わす度に、キスをねだられる様になる。図書委員の時は死ぬ。これで付き合ってないんですってよ奥さん。

【星野 アイ】
 今作のヒロイン。転生者。主人公への依存度が上がる。キス解禁されました。主人公が寝ている間にキスしていることがある。

種子島(たねがしま) 撫子(なでしこ)
 種子島家の長女。薩摩一の傾国の美女と言われるくらいの美貌を兼ね備えた、軍略の天才で人格破綻者。おっぱいも大きい(F)。今回の件を島津家当主は知らず、主人公とヒロインも性格的に告げ口しないだろうという計算も込めて動いているのでタチが悪い。しかし、そんな彼女の行動理念は『薩摩の為』に集約しており、他勢力が島津勢力圏に大々的に介入してこないのは、コイツの報復を恐れてとの噂もあるくらいである。正直、カミキよりタチが悪いのでは?

【種子島家当主】
 まだ名前が決まってない。長女の独断でお腹が痛い。でもコイツが薩摩を支えているのも事実。内外からのヘイトに、今日も彼は胃痛薬片手に頭を下げる。余談だが、アイの星野家への養子入りにも深く関わっており、彼女の境遇を憐れんで薩摩の他家への根回し等も率先して行った人格者。だから彼が土下座すると主人公は強く出られない。


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021.一番星を舐めるな

 後日談回です。
 前話は感想荒れましたね。全部正論でしたが。
 ここまでが考えていた範囲です。次回からほのぼのしますかね。


 あと世界観の設定をば。早めに紹介しとけばよかったんですが、とりあえず5話前書きにも同じ文面を追加しておきます。

 世界観は現代日本。名家の大名家らしきものが自分の勢力圏を主張はしているが、あくまでもヤクザのシマ的な話なので、ちゃんと廃藩置県は達成している。自分たちの活動圏内を主張するための目安。なので名家の当主といっても、絶対的な権力を持っているわけではなく、あくまでも勢力圏のリーダー的立位置。忠誠心は各勢力によって異なる。
 ただ地方それぞれで影響力というものは持っており、殺人を揉み消す(または隠蔽)のようなことを行っている。しかし、そう簡単にはできないので、そうホイホイ人は殺せない。殺人は基本犯罪です。この世界の警察無能なので、自警団的なこともやってる。もちろん非合法である。


「……最近、起きたら口元デロッデロになってることが多々あるんだけど」

 

『『『………』』』

 

「多分、俺の唇をDNA鑑定したら別人のも出てくると思うんだけど」

 

『『『………』』』

 

「……アイが、内外問わず、俺から離れないんだけど。授業以外」

 

『『『………』』』

 

「どうすればいいですか……?」

 

『……指輪のサイズはちゃンと測ったかァ?』

 

「……そうですか(諦観)」

 

 

 いつものオンライン会議だが、今回に関しては空気が尋常じゃないくらいに重かった。咸は眉間に皺を寄せて沈黙し、兼定はため息をつきながら諦め、未来は何とも言い難い表情で遠くを眺める。

 

 アイとのキスの件から数日が経過したが、劇的に何かが変わったわけではなかった。俺と彼女の関係もいつも通りであり、あとは彼女の誕生日に俺が召し上がられる(意味深)だけである。

 しかし、何も変わらなかったか?と言えば、全然そうじゃない。

 

 まず、寝ている間に俺の唇が奪われるようになった。一度寝たふりをしてみたが、アイが寝静まっている間に貪っていることが発覚した。しかも、ほぼ毎日。

 次に、アイの依存度が上がった。学校では授業間の小休憩ですら教室に来てはベッタリであり、通学中も自宅でも俺の手を可能な限り握り続ける始末。俺との接触がない時はどうなるのか? 今の俺のLINEのように通知が止まらなくなるのだ。時報かな?

 最後に、俺の異性との接触が限りなく減った。前回のアレを見れば、もはや俺の方から自重するしかないだろう。

 

 

『……どう思いますか? 元凶の家族の未来君?』

 

『………………僕から謝罪以外の言葉が聞きたいと?』

 

 

 そうなるよなぁ。

 そんな感想しか出ないわなぁ。

 

 

『今回の件も、家正様もかなりお怒りでしたからね』

 

「は? 俺は当主殿に言ってないぞ」

 

『僕が報告した。身内の恥だけど、さすがにアレは度が過ぎている』

 

 

 ただ未来の表情は暗い。

 当主殿に報告はしたが、彼の満足いく結果は得られなかったようだ。

 

 

『まぁ、本来は当主殿に言うことでもないもンなァ。元許嫁が相手に抱き着いた。分家の養子がそれに錯乱した。結果、治まった。……傍から見ると痴話喧嘩のそれってだけで、当事者間で片付ける問題だろうってハナシだ』

 

「そこなんだよなぁ。マジでアイツ、『俺に抱き着いた』以外のことをやってねぇんだよ」

 

 

 当主が気にかけている、彼女が転生者である、過去のトラウマがある。以上のことは、島津勢力内でも、そんなに知れ渡っていることではない。むしろ気軽に公言していいものでもない。

 そうなると、今回の件は客観視すれば『男女間のトラブル』であり、そんなプライベートなことまで罰則を適用する程、宗家に権限などない。これが他勢力圏とのトラブルであれば違ってくるが、今回は完全に個人間の話だもんなぁ。

 何度も言っているが、島津はそこまで万能じゃない。

 

 

『えぇ、なので当主殿からは厳重注意をした、とだけ』

 

「うっわ、めっちゃ怒ってるやん」

 

 

 当主殿も個人的に協力するとアイに言ってたらしいが、処罰云々は島津の話になってくるので、それ以上何も手出しができなかったのだろう。個人の好き嫌いで勢力運営などできるはずもないからな。

 そんな彼が、あの温厚な彼が、厳重注意と言っているのだから、内心とても業腹なのだろうが。

 

 

『完全に島津舐められてるじゃねェか』

 

「何を今さら。あの女は『薩摩の地』の為に行動は起こすが、『島津』の為に動くような奴じゃない。忠誠心なんざハナから求めてないわ」

 

『僕らも一枚岩じゃないからねぇ。大隅……はまだ安定しているとしても、日向あたりはサイレントマジョリティーの代表格だもんね』

 

 

 サイレントマジョリティーとは物言わぬ群衆という意味である。

 積極的な発言はせず、多数に味方をする。ようするに、ぶりぶりざえもんだな。島津の勢力圏での防衛には参加するが、それ以外のことには非常に消極的なのである。

 

 

『……まァ、いい。あの女はいつか殺す。それでいいじゃねェか』

 

「………」

 

『おい、桜華。テメェまさか日和ってンじゃねェだろうなァ?』

 

『そういえば星野さんの姿が見当たりませんが、今日はどうされたんですか?』

 

 

 兼定の宣言に俺は同調することができなかった。

 確かに今回の件は許すことはできない。個人的にはめっちゃ殺したい。いやホントマジで、ここで泣き寝入りってのは島津として沽券に関わる。

 

 しかし、俺にはそれが容易に決行できない理由がある。

 それが咸の質問につながるのだ。

 

 

「……アイツは()()と買い物だ」

 

『アイちゃんに友達いたんだ。前まで仲のいい友達は居ないって話じゃなかった? 同じクラスの子と仲良くやれててよかったよ』

 

 

 

 

 

「……その、友達がっ! てめぇん姉貴なんだよぉ!」

 

『『『……はぁっっっ!?』』』

 

 

 

 

 

 俺の知らないところでアイと撫子が友達になってた。

 最初聞いたときは俺も何言ってんのか、まったくもって理解ができなかった。日ノ本の言葉をしゃべってほしいと思った。

 

 

『僕が言うのもアレだけど、あれ一番友達にしちゃいけないタイプの人間だよ!? 人間失格の代表格だけど!? え、ちょっと待って、混乱してきた。え? へぇっ!? じゃあ、あの人格破綻者は珍しく暗そうな顔で外出て行ったのってソレ!?』

 

『オマエちゃんと今回の元凶があの女って説明したンだろうなァ!?』

 

「したよ! めっちゃしたよ! でもアイん中じゃ『俺と絶対恋仲にならない、俺の幼少期を知っている、貴重な同世代の女の子』って認識なんだよ。俺も今この言葉口にして訳が分からないんだよ!?」

 

 

 今回の件。最大の被害者である彼女の視点から言うと、勝手に勘違いして暴走しちゃって俺に迷惑をかけたという認識らしい。いやいや、全部あの女が悪いんだよと再三口にはしたが、あのくらいの悪意ぐらいなら生前でもあったし……と言われた。芸能界どんだけ闇深いんだよ。

 

 そして俺の言った『幼少期を知る人物』。

 同世代の視点から聞きたかったとのことで、あろうことかアイの方から撫子に接近したそうだ。血繋がってないのに星野母並みの行動力である。

 今回入手した駒がわざわざ手元に来たのだ。最初は撫子もどう利用してやろうかと、策をめぐらせていたらしい。本当は。

 

 

 

 

『──桜華、助けなさい』

 

「いきなり電話してくんな殺すぞ」

 

『……助けて下さい』

 

「……敬語使うなよ気持ち悪いな」

 

『今、星野アイさんとお話してるのよ』

 

「はぁっ!? てめぇ、アイに手出したら承知しな──」

 

『しないわよ! 手出さないわよ! だから! 早く彼女を迎えに来なさい! もう貴方との惚気話で糖尿病になりそうなの! そろそろ口から砂糖が出るわ! うっ、気持ち悪くなってきた……』

 

「……は? え? 今どういう状況なの?」

 

『えぇ、今回の件は私が全面的に悪かったわ。認めるわ。馬鹿ップルに安易に手を出した私が悪かったわ……!』

 

 

 

 

 あの子絶対おかしいわよ!?と、今度は撫子が錯乱していた。

 個人的には自業自得だろと吐き捨てたくなったが、俺は薩摩の人格破綻者に精神攻撃を敢行している元人気アイドルという状況に、電話切った後も宇宙猫になってた。

 ……そうだよな、生前の殺人犯すらファンとして接した女だもんな。撫子は島津と星野アイを舐めていたが、俺たちは星野アイというメンタルお化けを舐めていたらしい。でも何度考えても、どうしてこうなったのか分からないんよ。

 

 じゃあ撫子がアイを拒めばいいと思うじゃん?

 俺も初めて知ったんだが、アイツ悪意に完全耐性はあるが、善意に対しては紙装甲ということが発覚した。しかも同世代の女の子から、なぜか無条件で慕ってくるのだ。どう接すれば良いのか分からず、渋々友達関係を続けているらしい。

 悪意への対処方法って、悪意を返す以外の方法もあるんだなと学んだ。

 

 

『……桜華、さっきからLINE通知が私のところにも聞こえてくるんですが、星野さんは無事なんですか?』

 

「あぁ、これ? アイの『今何してるの?』の時報通知と、撫子の惚気話SOS通知」

 

『オレ等の怒りはどこにぶつければいいンだよ』

 

『あの人格破綻者も血の通った人間だったんだね……えぇ……』

 

 

 だからアイの件しかココで相談してないじゃん。本当に始末するつもりなら、最初から話題に出してるんだよ。友達と○○したんだーって、アイに元気が戻りつつあるんだぞ。いくら元凶だろうが、こうなると私怨で殺れるか。

 ちゃんと裏で護衛(当主から派遣)もついているから、撫子も闇討ちはしないだろうけど。

 

 そこで、咸は気づいた。

 気づいてしまった。

 

 

『……ん? 今回の件はアイさんが危機的状況になりましたが』

 

「うん」

 

『最終的にマイナスを受けたのは桜華だけでは?』

 

「お気づきになりましたか」

 

 

 咸は額に手を当てて首を振り、兼定は突っ伏し、未来は頭を抱え。

 俺と──遠くにいる撫子は大きくため息をつくのだった。

 

 

 

 




【島津 桜華】
 今作の主人公。前回の件からヒロインからの束縛が激しくなった。

【星野 アイ】
 今作のヒロイン。転生者。主人公関連以外のメンタルが鬼並。無自覚に相手を魅了し、悪意を持つ者でも例外ではない。無自覚にアイドルやってる。今回の件で友達兼軍師を得る。

【種子島 撫子】
 種子島家の長女。人格破綻者。自身の策に溺れパンドラボックスを開く。とりあえず主人公のことが嫌いだが、惚気話を聞くたびにSOSを送る。でも無視される。逆恨みとしてアイの誕生日より前に主人公とアイをくっつけようと画策する。それすると惚気話が増えることに気づいていない。


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022.ルール制定

 ほのぼの回です。
 感想いただけると幸いです。


「はーい……返却期限は〇/〇となってます。どぞ」

 

「ありがとう」

 

 

 俺はスキャンした貸出カードと本数冊を、カウンターに訪れていた女子生徒に渡す。受け取った彼女は図書室を出ていき、俺は姿が消えるまで視線で追う。

 そして、未来にオススメされた『今日は甘口で』の2巻、栞を挟んでいた部分を開いて読書を再開する。

 

 

「──カウント7、ね?」

 

「……はいはい」

 

 

 カウンターの内側に座っている俺に、それこそ隣で別の本を読んでいた少女──アイが、悪戯っぽく笑いかける。可愛らしいスケジュール帳を開き、今日の日付のところに正の字を書き足していくのだ。

 その光景を俺はジト目で眺めながら、現実逃避するように漫画へと視線を戻す。

 

 カップラーメンが出来るくらいの時間が経った時、今度は男子生徒が本を持ってくる。

 俺ではなく彼女にカードを渡すあたり、まぁ、そうなのだろう。

 

 初期はスキャンの方法やパソコンの使い方に四苦八苦していた彼女だが、今では貸出カードと本を受け取り、流れるような所作で手続きを済ましていく。

 男子生徒は意を決したようにアイに話しかける。

 図書委員になってから、この光景は幾度となく目にしているので、俺にとっては恒例行事になっている。

 

 

「あ、あの、星野さん」

 

「どうしたの?」

 

「彼氏とか、いますか!?」

 

「いないよ?」

 

「じゃ、じゃあ」

 

「大好きな男の子と同棲はしてるけどね。毎日一緒に寝てるし、何なら毎日キスして舌入れてる」

 

「」

 

「返却期限は〇/〇です。忘れないでね」

 

「」

 

 

 脳みそをぐちゃぐちゃに破壊された男子生徒は、壊れる5秒前のロボットのような動作で図書室を離れて行った。撫子のアレも大概だったが、アイのコレも憲法違反の領域なのではないか?と思うのは俺だけだろうか。

 さっきのカミングアウトいる?

 俺は漫画から視線を離さず、心の中で男子生徒の冥福を祈った。返却期限までに立ち直ることを祈ろう。

 

「……カウント8」

 

「お前のはカウントしないって話だろ。レギュレーション違反すんな」

 

「あ、バレちゃった?」

 

 

 悪戯っ子のように舌を出すアイに、俺は目を細めながら削除を要請する。

 既にカウント7までいっているのだ。これ以上増やされると困るぞ。

 

 消えるボールペンでの記載のため、正の字を正しく戻していくアイを横目に、俺は1週間前の彼女との会話を思い出すのだった。

 

 

 

   ♦♦♦

 

 

 

「……その、オーカ。我がままを、一つ言ってもいい?」

 

「んぁ? あぁ、Tシャツね。そこに『巨星堕つ』のTシャツなら置いてあるぜ」

 

「そっちじゃなくて! それも貰うけど!」

 

 

 リビングのソファーに、俺とアイは向き合うように座る。

 今日も今日とて俺のTシャツを着ている彼女に違和感を一切覚えなくなったので、もう俺はダメなのかもしれません。その『江戸城有血開城』のTシャツは俺のお気に入りなのになぁ。

 

 何かを言いだそうとするアイは少し顔が赤い。

 熱でも出てるのだろうか?(現実逃避)

 

 

「あのね、その……オーカがね、他の女の子と話をしているとね、胸がキュッとなって……その、本当に自分勝手なんだけど、嫌、なんだ」

 

「………」

 

 

 あのクソ女の傷跡は想像以上に深いらしい。

 俺は短く「そうか」と答えた。元々が依存気味で、どう克服しようか試行錯誤してきたところに、劇薬をブチ込んで悪化させたのが、あの撫子とかいう女なのだ。やっぱり許せんわ。

 

 

「でもこのままじゃダメだと思って」

 

「……あまり急ぎ過ぎるのは良くないぞ。ゆっくりで、ゆっくりでいいんだから」

 

「だからナデコちゃんに相談したんだ。どうすればいいかって」

 

「あれ? 俺壮絶なマッチポンプ見せられてる?」

 

 

 よりにもよって、あの人格破綻者に相談するのはなぜなんだろう。

 そもそも恋愛方面でアドバイスできることあんの? 性格のせいで縁談すら一つも来ないことで有名であり、現島津当主から睨まれている女だぞ? ある意味、おれよりも恋愛向いてなさそうな奴なのに。

 

 

「それで一緒に考えたの」

 

「答えじゃなくて一緒に考えるあたり、アイツの恋愛偏差値の底が知れたな」

 

 

 自分のことは完全に棚に上げて勝ち誇る俺。

 50歩100歩と脳裏に浮かんだが、気にしないことにした。

 

 

「『なら桜華が他の女と話す度に10分間キスすればいいんじゃない?』って話になったんだ。はい、これ企画書」

 

「ホントマジで余計なことしかしないなクソ女」

 

 

 彼女から渡されたのは数ページの企画書だ。アイツの仕事柄、報告書を製作することが多いせいか、この企画書も無駄に綺麗に纏められていた。ペラペラと捲っただけで話の概要は理解することが可能であり、よく読むと企画の詳細を馬鹿でも理解できる徹底ぶり。

 とてもじゃないが現在進行形で大友と諜報戦している人間の作った資料とは思えない。

 単純に暇だったのか、それとも手を抜きたくなかったのか、他にも理由があるのか。

 

 しかし、この企画書には大きな穴がある。

 俺はそれを指摘した。

 

 

「この企画書通りに行くとさ」

 

「うん」

 

「最低でも1日3時間半はアイとキスする計算なんだけど」

 

「ディープキスだね」

 

「唇擦り切れるわ」

 

 

 企画の責任者出てこい。

 時間設定おかしいんだよ。

 

 

「せめてこの『互いが異性と話をするごとに10分』のレギュレーションを変えていただけると嬉しいです。つか述べ120人斬りは異性と話す機会多いだろ。水増しすんな」

 

「じゃあ『オーカが異性と話をするごとに10分』ってこと?」

 

「時間も変更希望。10分は長すぎるし、仕方なく異性と話すこともあるだろう?……『桜華が異性と話をするごとに1分』なら受け入れてやる」

 

「うぅ……どんどん減ってくよぉ」

 

 

 毎日適応されるんだぞ。

 

 

「それと『桜華が寝てるときはフリータイム』って何?」

 

「あ、それは私が勝手にやるから大丈夫」

 

「その言葉のどこに大丈夫要素が?」

 

 

 この文言が何を指すのか、おおよそ察することができるのが悲しい。

 今までは寝ている俺の布団に勝手に入り、一緒に寝ていたアイだったが、最近は勝手に俺の唇を舐めているのだ。あのキス以降、アイの中から自重という二文字が消えている。

 あの大戦犯のせいですね。アタイ許せへん。

 

 

「大丈夫、少しオーカを寝てる間に借りるだけだから」

 

「今のままで満足してほしいんですが。あれだろ、寝てる間にエッチなことするんでしょ?」

 

 

 

 

 

「──え? ヤっていいの?」

 

 

 

 

 

「嘘です。俺の寝てるときはキスくらいならお好きに」

 

 

 俺は久しぶりに『死』の恐怖を全身に感じた。

 ヤっていいの発言の時、アイの表情が完全に消えていたからだ。餓えたライオンの前に極上肉を出したとしても、あそこまでの威圧感はないだろう。完全に俺の童貞を貰い受ける顔をしていた。

 無表情で、首をかしげて、彼女は最終確認をしたのだ。

 俺が即座に否定しなかったら、次の日には童貞少年は跡形もなく消えていただろう。

 

 同時に戦慄した。

 唇ペロペロでも、彼女的には自重しているのかと。

 

 

「分かった。じゃあ今日から、オーカが他の女の子と話をするたびに1分キスをするってことね。……だからって、1回で長い時間、他の女の子と話はしてほしくないな?」

 

「善処する」

 

「じゃあ、今日は何人と話をしたの?」

 

「ゼロですね」

 

 

 再度、彼女は無表情で俺を見つめる。

 無言でスッとポケットから例のアレ(コンドームの箱)を取り出す。

 

 

「……7人ですね」

 

 

 5箱追加される。

 

 

「……すみません、12人です」

 

 

 ようやく彼女は微笑んだ。

 俺はアイほど嘘が上手じゃないらしい。

 

 

「オーカがリードしてくれると嬉しいな」

 

「はいはい、分かりましたよ」

 

 

 俺と彼女の顔は互いに至近距離となり、再度覚悟を決めて、彼女の要望に従うのだった。

 

 

 

 




【島津 桜華】
 今作の主人公。今回のルール制定は恋人になるまで有効。ちなみに恋人関係になると大幅な内容変更が発生する。

【星野 アイ】
 今作のヒロイン。転生者。軍師の助言を得て、合法的に主人公からキスする方向に仕向ける。ちなみに時間削減されて受け入れられるまでが某軍師の読み。


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023.偶像の願い/破綻者の野望

 シリアス回です。
 やっと、やっとこの話が出せました。
 必要なピースを揃えることができました。

 次回から元人気アイドルの挑戦が始まります。


「──えへへ、ナデコちゃんありがとう」

 

『撫子よ。まったく……』

 

 

 オーカが友達と電話をするとき、今私が居るベランダで話をする。

 それを真似て、夜も更けた時間帯に、私は友達のナデコちゃんと話をしていた。こうやって2度目の人生で友達と夜遅い時間に電話をするのは初めてだ。

 内心ワクワクしていた。

 

 

「それに、あと少しで私とオーカは恋人になるんだぁ。楽しみだなぁ。恋人になったら、もっと私を愛してくれるのかなぁ?」

 

『今のままじゃ無理じゃないかしら』

 

「……やっぱりそうかな? オーカも恋愛が分からないって言ってたし、私もオーカより分かっているとは言えないけど、やっぱり難しいよね」

 

 

 私の言葉に、すぐに返答は返ってこなかった。

 何かを考えている様子で、少し時間が経ってから、ナデコちゃんの言葉が返される。

 

 

『……まぁ、貴女なら別にいっか。アイさん、どうしたら桜華が恋愛を知ることができるか、アドバイスをしてあげる。その代わり、私の()()を教えてあげるわ。私の望みと、貴女の望みは、利害が一致しているのよ。もちろん、他の人には他言無用ね』

 

「あ、女同士の秘密ってやつだね。いいよ!」

 

 

 少し待って頂戴、と電話の奥からガサゴソ音がする。

 そして電子音が数回鳴って、ナデコちゃんは戻ってきた。

 

 

『気にしないで、ただの防諜対策よ』

 

「おぉ、本格的」

 

『アドバイスを一つあげる前に2つ質問するわ』

 

「どーんと来いっ」

 

 

 彼女は上品に笑いながら、私に問いかける。

 

 

『生前、アイドルだった貴女への質問よ。アイドルとアイドルの間に生まれた子は、アイドルじゃないといけないと思う?』

 

「……難しい質問だね。どーだろ? 素質とか、あと本人の希望とかもあるだろうし、結局は本人次第じゃないかなぁ」

 

 

 無理矢理アイドルにしてもね、と私は答えた。

 そう、と彼女は頷いた。

 

 

『2つ目は、それと似たような質問よ』

 

「1つ目から難しい質問だったけど……」

 

 

 ナデコちゃんは質問を口にした。

 これが本命と言わんばかりに。

 

 

 

 

 

『島津と島津の間に生まれた子が──必ずしも島津たり得ると思う?』

 

 

 

 

 

 彼女が誰のことを差して言っているのか、どうして私が答えやすい1つ目の質問をしたのか、流石の私でも理解することができた。

 そうやって彼女が答えやすく質問してくれたのに、私は思わず心の内とは違う回答を述べた。

 

 

「……わ、分からないよ」

 

『その答えは悪くないわ。明言したくないわよね』

 

 

 ナデコちゃんは私の答えを肯定してくれた。

 

 

『さて、アドバイスの話だったわね。今の桜華が『恋愛』を理解できない理由、よね? そんなの簡単よ。あの天性の嘘吐きが、自分の本質も理解できないのに、他人への恋愛感情なんて自覚できるはずがないわ』

 

「天性の噓吐き……って、どういうこと?」

 

『彼は貴女と同じ、噓つきってコト。そして、彼の方が(たち)が悪いわ。貴女は自分が嘘でしか人を愛せず、噓をつかないと人と接することができないと理解している。理解してやっている。でも島津桜華という男は──自分に嘘をつき続けている。それも無自覚に』

 

 

 オーカが嘘つき。

 その言葉に、私は自分自身の身体が震えるのを感じた。

 思わずその場に蹲ってしまう。

 

 

「で、でも。オーカは、わ、私を守るって。愛してくれるって。そ、それが、噓……?」

 

『……あー、心配しないで。それはおそらく本心よ。彼の親愛の情は本物。裏を返せば、それしか本物がないくらいに。だから余計にややこしいのよ』

 

 

 彼女の言葉に、私は落ち着きを取り戻した。

 それを電話の奥でも理解したのか、彼女は話を再開する。

 

 

『単刀直入に言うわ。()()()()()()()()()()()()()。そして最悪なことに、島津たる素質がないのに、周囲の希望に応えるだけのスペックだけは持ち合わせているの。今までは、それでやってこれたの。島津としての在り方、考え自体が本質にそぐわないのに、自身すら騙す才と、それに応えるだけのセンスを持ち合わせた結果──島津桜華という完璧な島津モドキが完成してしまったのよ』

 

 

 島津に求められる武力と知識はセンスがカバーし、死生観や在り方を嘘で誤魔化す。

 本来ならば肌に合わないはずの在り方を押し付けられ、自身もそうであれという洗脳に近い強迫観念によって、周囲の期待に応えられる島津家の人間という少年が誕生してしまったのだと、ナデコちゃんは吐き捨てるように語った。

 不愉快だというように。

 

 

『貴女が前に言ってたでしょ? 嘘でも愛してると言えば、そのうち本当になるかもしれないって』

 

「……あ」

 

『それと同じよ。この狂った薩摩の地で、15年間自分を島津であれと騙し続け、本当の自分を殺して島津として在り続けた。嘘を本物にした稀有な存在。彼は私のことを人格破綻者と呼ぶけれど、彼も十分化け物よね』

 

 

 私も、貴女も、そして桜華も。みんな狂ってるわ。

 ナデコちゃんはそう嗤った。

 

 

『そして本当なら、これからも島津で在り続けられた。──貴女が現れたせいで、本来彼に必要のない『恋愛』というものを自覚する必要があったから』

 

「わ、私のせいで、オーカが……?」

 

『私としてはそっちの方がいいと思うけれど。私が許嫁だったころは、別に愛を自覚しなくてもよかった。私もそれはそれでよかったし。けれども、星野アイという少女を本気で愛するのであれば、島津という仮面を外す必要がある』

 

 

 最近、薩摩の者が彼を女々しい、島津に相応しくないと言う。当り前よ、そもそもが彼は島津の素質がないのだから。彼女はそうため息をついた。

 まぁ、私も最近知ったのだけれどね、と付け加えて。

 

 

『私も貴女と出会う前──嗤いながら敵の首を無慈悲に切り落とす、ザ・島津な彼しか知らなかったからだけど。本来の彼は今のように、とても不器用で優しい性格なのでしょう。無意識に、本気で貴女を愛するのであれば、自身でも理解ができていない矛盾()をどうにかしないと、と考えるくらいには』

 

「オーカ……」

 

 

 私は今までずっとオーカに依存してきた。

 オーカもそれに応えてくれていた。

 ……恋愛を自覚できない彼の裏を一切理解せずに。

 

 

『このままじゃ彼は恋愛を自覚できない。……貴女はどうしたい? このまま一緒に嘘をつき続ける? それとも──本当の愛を一緒に探したい?』

 

「……探したい」

 

『それじゃあ頑張りなさい。応援はしてあげる』

 

「ありがとう。……ところで、ナデコちゃんの望みって何なの?」

 

 

 私はオーカと一緒に恋愛がしたい。

 それと、彼女の望みと何が関係あるのだろう。

 

 

『私の望み? 私はね、今の薩摩を変えたいの』

 

「それと私とオーカの恋愛に、なんの関係があるの?」

 

『正確には、貴女が桜華の仮面を取り払って、本来の彼に戻してほしいってことね。私はそれに期待しているし、本来の彼という『駒』が欲しいの』

 

 

 ナデコちゃんは上品に、残酷に嗤った。

 

 

『どれだけ強力なシステムであろうと、アップデートしなければ時代の流れに取り残されてしまう。今の蛮族が蛮族している薩摩は、既に時代の変化によって、その在り方を維持できないまでに歪んでいる。首級って何よ。時代錯誤も甚だしいわ』

 

 

 それでも九州の一勢力として存続できる程の力だけはある。だから今まで変わらずとも良かった。島津ってのは本当に厄介な存在よね、と彼女は鼻を鳴らした。

 

 

『それは島津の上層部でも重々理解しているはずよ。だから先代島津家当主が隠居され、今の家正様が内部改革を進めている。それでも彼の当主としての在り方に『島津らしくない』と反発する者は少なからず居るのだけれど』

 

「家ちゃん、そんなに大変なんだ……」

 

『い、家ちゃん? ……とりあえず、私としてはその『島津らしくない桜華』が欲しいのよ。家正様だけじゃ足りない、かの斉彬(なりあきら)公のような、先を見据えた人物が、薩摩()には必要なの』

 

 

 まぁ、そんな難しいことを考えるのは私だけで充分よ。

 貴女は貴女の望みをかなえなさい、とナデコちゃんは激励する。

 

 

「ありがとう、私も頑張ってみるよ。オーカのことは、私に任せて」

 

『その意気よ』

 

「うん! ……ところで、ナデコちゃん」

 

『どうしたの?』

 

 

 

 

 

 

「オーカを本来の彼に戻すって……どうすればいいの?」

 

『……さ、さぁ?』

 

 

 私とナデコちゃんの作戦会議は続く。

 

 

 

 




【島津 桜華】
 今作の主人公。原作アクアのように『○○はこうあるべき』を無意識に行っていたことが発覚。本来島津に必要のないと思っていた『恋愛感情』を知るためにメッキが剝がれている。ちなみに親父殿は彼の異常性を知っていたが、島津の為に指摘はしない。ただ本来の彼に戻ることも、それはそれでいいと思っている。

【星野 アイ】
 今作のヒロイン。転生者。主人公の異常性を指摘される。イチャイチャラブラブ生活の為に、彼のメッキを剥がすために尽力する。

【種子島 撫子】
 種子島家の長女。人格破綻者。蛮族思考が横行する今の薩摩では、そのうち内部から崩壊するだろうと見越して、内部改革のために策を巡らす。しかし、その蛮族思考が他への抑止力にもなっているのは事実なので、そこをどう解決するか苦悩中。


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024.逃げ道なく

 イチャイチャ回です。

 本作もかなり複雑化してきましたので、ここで一応状況の整理をします。とは言っても情勢などの難しいことなど、この二人のイチャイチャにはあまり関係ないので、主要人物の行動方針を今回のあとがきでザックリ解説を行います。


「やばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばい」

 

「これはさすがに……誤魔化せませんよねぇ」

 

 

 例のアルバイト帰り。

 俺は咸所有の外車で自宅を目指していた。

 

 しかし、心の中は『今日だけはめっちゃ家に帰りたくない』と『今回の件をどう同居人に誤魔化すか』を必死になって考えていた。しかし、どうあがいても解決策が見いだせず、刻一刻と自宅への距離が狭まるのみ。

 最後には上二つの他に『どう弁明するか』を追加されている。

 

 俺に心の余裕はなかった。

 なので思わず後悔のみが口から念仏のように吐き出される。

 

 

「どないしよどないしよどないしよどないしよどないしよどないしよどないしよ」

 

「どうすることもできないかと」

 

 

 助手席ではなく、珍しく俺の隣──後部座席に座る咸の視線は、俺の腹部に注がれていた。

 どす黒い黒で染められた部分だ。服の色が明るめの色だったため、その黒いシミは余計に目立ってしまうだろう。もはや言い訳の余地はないと言わんばかりに。

 

 今回は相手が一枚上手だったと言っておこう。

 応急処置は既に終わり、あとは安静にするように言われている。

 

 

『あの、すみません』

 

『桜華様、どうされましたか?』

 

『この傷の部分、この際痛みとかどうでもいいので、瞬時にふさがりませんかね?』

 

『それは無理があろうかと思われます』

 

 

 しかし、我が家には腹部への刃物の刺殺が死因の元人気アイドルの少女が同棲しているのである。

 そして、俺の今の腹部はどうあがいても刺された跡がある。

 

 詰んだわコレ。

 なんてことだ、もう助からないゾ。

 

 

「……この時間、しまむらとかユニクロとか閉まってるよな? 咸、もうこの際お前の服でいいから貸してくれない?」

 

「別に貸すのは構いませんが、あなたへの治療の関係で今日は遅い時間です。彼女も察しがよい方です。既にあなたに何かあったのは確信していると思いますし、むしろ隠していたことがバレるほうが、後が大変になるかと」

 

「そう、だよなぁ……」

 

 

 大人しくお叱りを受けるしかないか。

 怒られるならまだマシだ。泣かれるのが一番マズい。

 

 

「土下座、するしかないか」

 

「それで済めばいいですけどね……」

 

 

 項垂れる俺は、留置所に向かう護送車に乗っている気分だった。

 咸がスマホを弄っていることに気づかず、俺は脳内で土下座のシュミレーションを行うのだった。

 

 

 

   ♦♦♦

 

 

 

「………」

 

「………」

 

 

 家に戻るなり、俺はソファーに座らされていた。

 対面には腕を組み、足を組む同棲相手が、目を細めて俺を見つめる。

 

 

「………」

 

 

 泣かれるのが一番マズいと口にはした。

 しかし、今の彼女は完全に怒っていた。無言の威圧で俺の言い訳する時間すら貰えず、ただひたすら言葉を発することなく俺を見据えているのだ。

 ソファーに座らせたのは、一応俺を慮ってのことだろう。この怒り具合は、本当なら地べたに正座させられても不思議じゃないくらいには、この少女は怒っていたのだった。

 

 こんな彼女は初めて見た。

 だからこそ、この後どうなるのか皆目見当もつかない。

 

 

「オーカ」

 

「はい」

 

「みっちゃんから聞いたよ。LINEで。オーカが仕事で腹部を刺されたって。血がたくさん出たって。手当して命には問題はないけど、それをどう私に誤魔化すのか考えてたって」

 

 

 全部どころか裏側の話もバレてるじゃん。

 密告者も身近に居たんだが。

 

 

「何か反論はある?」

 

「ありません」

 

「そう……ところで、お腹は痛い?」

 

「全然全く大丈夫です」

 

「………」

 

「動くと痛いですが安静にしている場合は支障はほとんどありません。動作に関しても、歩くだけなら若干痛いな程度で済むと思います。治療した者曰く、数週間程度で完治するとのことでした。膿む可能性もあるので消毒は忘れずに、とのことで。はい」

 

 

 俺とアイの間にある机に婚姻届が置かれたので、俺は早口で自身の症状を事細かに報告した。これ彼女の名前がすでに記載済なんですけど。

 アイは顎に手を当てて思案する。腕を動かしたとき、ネックレスがしゃらりと綺麗な音を立てる。

 

 

「……通学の時は私が支えれば大丈夫かな? 寝てるときも私が抱きしめれば、傷の部分が擦れて痛いってことにはならないだろうし、消毒の方法とかもナデコちゃんに後で聞こう。私が全力でサポートするから心配しないでね。異論は?」

 

「そ、そこまでしなくても大丈夫だぞ? 腹刺されたことなんて一度や二度の話じゃないし」

 

「生で犯すよ」

 

「異論はありません」

 

 

 これ口にしてないだけで、学校内でも離れないつもりだな?(名推理)

 とうとう学校の教師陣から、俺とアイをまとめて『島津夫妻』と自然に言われたの忘れてないからな。しかも一教師が、じゃないぞ。学年主任からだ。

 補足だが、ここまで噂されてもアイへの告白は止むことはなく、最近述べ150人斬りを達成したとのこと。告白した男子曰く、『NTRを目指したが、断られるのもこれはこれで良い』との事。業が深すぎないか?

 

 

「あとは……オーカ、汗かいてない?」

 

「え? まぁ、そりゃ仕事終わりだし、この怪我で風呂は入ってないが」

 

 

 俺は口にしながら、終盤言葉が震えた。

 彼女が何を言わんとするのか、自然と理解してしまったからだ。

 

 

「それじゃあ私がオーカの身体、洗ってあげるね。あ、私は服着たままだから安心して」

 

「安心できる要素がないんですが!? いや、いやいやいや。さすがに風呂くらいは自分で入るから! そこまでアイに迷惑かけら」

 

「今日、危険日なんだ」

 

「よろしくお願いいたします」

 

 

 俺は即座に風呂へ入る準備を始めた。

 

 

 

   ♦♦♦

 

 

 

 我が家の風呂はなぜか広い。

 小温泉並……とまではいかないが、二人で暮らすには若干広めという意味だ。手すり等のバリアフリー完備なので、そういった入居者のターゲットもあったのかもしれない。

 

 そして今回、それが生かされる場面となる。

 今までは一人で入っていたので、広さを持て余していたのだ。

 

 

「オーカ、痒いところとかない?」

 

「………」

 

 

 俺は返事をしない代わりに、右手でグッドサインを見せる。

 良かったー、とアイは泡立った手で俺の髪を再度洗い始める。彼女の細い指が俺を頭皮を刺激し、妙に心地よい。加えて、物凄く恥ずかしい。

 もちろん、負傷部位に当たらないように対策はしてある。

 

 水流すよ、という言葉と共に、頭部の泡が洗い流される。

 

 

「次は身体だね……っ!?」

 

「……ん? どないした──」

 

 

 顔の水滴を手で拭い、状況を確認すると、

 

 

 

 

 

 いつも間にか正面に回り込んだアイが、俺の股間部位を凝視していた。

 

 

 

 

 

「「………」」

 

 

 俺を刺した人間は、どうしてそのまま腹を掻っ捌かなかったのだろうか。

 俺に苦しみを与えたいという意味なら、これ以上の精神攻撃は存在しないだろうな。俺は今、付き合ってもいない女性にタオル越しとはいえ股間をガン見されている。

 

 

「……えぇ、これ、へ? フルサイズじゃないの? ……うっわぁ、私、入るかなぁ……?」

 

 

 殺してくれ。

 俺、を、殺して、くれぇ……!

 

 

「……あの、アイさん」

 

「──ふぇっ!? あ、そ、そうだねっ!」

 

 

 とりあえず居たたまれなくなったので、彼女身体の洗浄を促す。

 我に返った少女は、無言で俺の体を洗う。心なしか視線はそのまま固定しているが。

 

 この状況を説明したら、誰が信じてくれようか。

 少なくとも、アイ本人が口にすれば、男子生徒の半数が廃人と化すだろう。既にディープキスの話をして十数名がいまだに再起不能になっているのに。

 

 

「……オーカ」

 

「何か問題でもあったか?」

 

「私、オーカが傷ついてほしくないよ。もう、危ないこと、してほしくないよ……」

 

 

 彼女の悲痛な声に、俺はため息をつきながら答えるのだった。

 

 

「こればっかりはもう仕方ないわ。島津として、前線に出ないわけには」

 

「それは島津として、だよね? オーカ自身としてはどうなの? オーカは辛くないの?」

 

「……おれ、自身?」

 

「うん。オーカは、どうしたいの?」

 

「……俺……俺は……」

 

 

 それ以降、彼女は無言で俺の身体を洗う。

 彼女は背中側に回り、一生懸命洗っている状況。しかし、俺は先ほどの彼女の言葉が、なぜか脳裏から離れなかった。

 

 

 

 




現在の状況、行動方針の解説

【島津 桜華】
 主人公。島津の生き方が性に合わないのに、島津を無意識に演じる異常者。情緒不安定なアイを考慮して、自身が恋愛を理解しないといけないと焦る。恋愛を自覚するには、自身の異常性を自覚しないといけない。「一個人として彼女を愛しているのか?」を理解する必要がある。

【星野 アイ】
 ヒロイン。主人公に依存している少女。常時一緒にいないと不安になる。主人公と恋仲になることが最大の目標だが、主人公の異常性を自覚させないと、主人公が恋愛を自覚できないと知り、「島津としてではなく、個人としてどう思っているの?」を問う必要がある。

【3馬鹿、自称天才軍師】
 上2人のサポートを惚気で糖尿病になる覚悟で行わないといけない。




【結論】
 難しいことは考えずに、二人は既に相思相愛なので、さっさと「難しいことは考えず、一個人として相手を愛している」ことを自覚させないといけない。のに難しく考えている。


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025.それはいつかの話

 ほぼイチャイチャ回です。

 頑張って書いた話で低評価の嵐だったこともありますが、引き続き砂糖をバラ撒いて頑張ろうと思います。
 失踪しようと思うより、とにかく6月灯回書きたいですし、プール開き回書きたいですし、サマーナイト花火大会回書きたいですし、紅葉回書きたいですし、体育大会回書きたいですし、文化祭回書きたいですし、定期考査回書きたいですし、クリスマス回書きたいですし、元旦回書きたいですし、バレンタインとホワイトデー回書きたいですし、以上の回を双子含めてもう一周書きたいですし。
 ……時間がもっと欲しいですね。


「えーと……ここだったかなぁ……あー、あったあった。おーい、こっちだぞー」

 

「オーカこの辺りって言ってたじゃん」

 

「悪い悪い。俺の記憶違いだったわ」

 

 

 俺は〇〇家という墓の前に立ち、彼女が来るのを待った。元アイドルの美少女は、事前に買っていた花の束を抱えながら走ってくる。

 その様子を横目に、俺は周囲を見渡して、近くの水場を確認する。思ったより近くにあったので、俺は癒えない腹部を摩りながら、内心ガッツポーズをした。

 

 今俺たちがいるのは、県内の別の市にある墓地だ。ここには俺の母親の祖母の墓がある。俺も小さい頃に来たくらいで、墓石の場所すら覚えてなかったくらいだ。

 彼女が到着したのを確認して、俺は墓石の状況を説明する。

 

 

「〇〇家の人間って、ウチの母親のばーちゃん……俺のひいばーちゃんだな、その人が最後だったから、血縁者もそんなに多くはないんよ。そのせいか、墓参りする人間も年々少なくなってな。ご覧のザマだ」

 

「確かに汚れているけど、花はちゃんと供えられてるんだね」

 

「そりゃ墓来るたびに花供えるのは当たり前だろ?」

 

「初めて知った……」

 

 

 俺は彼女が驚く様子に、常識だろう?とため息をついた。

 ……後から調べてみたが、鹿児島は切花の消費量が日本一だった。どうやら他県は墓参りを頻繁にしないらしい。

 花がない墓場など、あまりにも殺風景過ぎないだろうか? 大丈夫? 他の県の方々、ちゃんと供養できてる?

 

 

「というわけで墓石を掃除せにゃアカン」

 

「あそこの水場から掃除道具を持って来ればいいんだね?」

 

「ご名答。そんじゃ──」

 

 

 俺は水場に向かおうとしたところ、ガシッと腕を掴まれた。そのままアイに連れられ、墓場の前にあるベンチに強制的に座らされた。

 彼女は威圧的な微笑みを俺に見せる。

 

 

「お義母さんは、私に、掃除よろしくねって言ったんだよ? まだお腹痛いんだから、オーカはそこで指示お願いね?」

 

「そもそも俺の血族の墓なんだか──」

 

 

 座っている以上、頭の位置がアイの方が高い。

 俺の顔をガシッと掴んで、ノータイムで俺の唇にキスをした。瞬時に舌まで入れてくる職人技。

 

 墓場という場所でキスをする男女。

 しかも理由が理由だ。怒られないコレ?

 

 

「──ぷはっ。……そこで大人しくしててね?」

 

「……はい」

 

 

 え?待って待って。

 俺今女の子に「うるせー口だな」ってキスされた?

 

 最近この娘強いんだけど。

 キスのルール制定以降、やけに押しが強くなったんだけど。しかも、強い自分というものを演じているように見受けられるが、その演技が様になっているから、相対する俺が気圧される。

 ドラマとかでも主演喰うレベルだったと、調べてた咸が言ってたな。そりゃ強いわ。

 

 キスで黙らされた俺は、彼女の様子を眺める。

 側から見ると掃除サボって、彼女に押し付けるクソ男にも見えなくもない。

 

 

「持って、来た、よ……っ!」

 

「無理すんなよ? そんぐらいなら待つから」

 

「大丈夫!」

 

 

 水入りバケツと掃除用具を抱え、おぼつかない足取りで墓前へと到達する。昔は腹刺された程度唾つけときゃ治るの精神だったが、ここまで不便なことになるとは思いもしなかった。

 今度からは腹だけは死守しよう。そこまで考えて、多分他の部位でも同じようなことになりそうなので、安全第一を目標に仕事に励もう。

 安全どころか命も保証できないアットホームな職場だけど。

 

 彼女はバケツの水を含ませたタワシで墓石をゴシゴシ磨いていく。このために私服は動きやすい長袖ジャージと、ハーフパンツの装備である。そう、言わずもがな俺の私服である。

 ちなみにジャージの中は『天上天下唯我独尊』のTシャツだ。

 俺の服だろうが、その外見の美しさだけは損なわれることはない。ホント美人って羨ましいよな。美人は美人なりの苦労があるんだろうけど。

 

 

「〜〜♩」

 

 

 墓掃除しながら鼻歌をする人初めてみた。

 それも俺が聞いたことのない曲だ。生前の持ち歌だろうか? そういやアイのアイドル時代って見たことないな。

 今度見てみよう。

 

 

「……あっ」

 

「どっこいせっと」

 

 

 掃除をすると意気込んだはいいが、さすがの低身長なアイは、墓石の上の部分までは届かない。

 俺はベンチから腰を上げて、墓石に近づく。

 

 彼女からタワシをひったくり、そのまま上部の部分のみを掃除する。もちろんアイの届かないところだけだ。それ以外を掃除しようものなら、また少女漫画のヒロインさせられる。

 俺はアイへ、使ったタワシを返す。

 

 

「これぐらいは許してくれ」

 

「……ごめんね」

 

「いいってことよ」

 

 

 俺は墓の近くに置いてあった例の花束を掴み、水場へ向かい鋏を使って、花のサイズを調整していく。本当はベンチに座って作業をしたかったが、鋏が防犯対策のためか水場に鎖を繋いで固定されている。

 少々明るめで、墓に供えるのにベターな花を見繕ってもらったのだ。それを墓に備え付けの花瓶に入るサイズにカットし、ついでに余計な葉を間引いていく。

 

 この方法は母親から教えてもらったものだ。

 一般常識として覚えておけと。

 

 揃えられた花々をまとめ、ゴミは近くのゴミの山があるので、そこに捨てる。俺と同じように裁断した破片や包む際の新聞紙が小さい山になっていた。後日、近くの寺の住職がまとめて燃やす。

 無論、ビニールなどの燃えないゴミは持ち帰る。

 

 墓前に戻ると、あの汚かった墓石は、以前の輝きを取り戻していた。きっと亡きひいばーちゃんも喜ぶことだろう。

 顔知らんけど。

 

 

「おぉ、めっちゃ綺麗やん。ありがとな」

 

「オーカも花ありがとうね。……無理してない?」

 

「誰が毎日飯作ってると思うんだ。それに比べりゃ楽な仕事よ」

 

「うぅ……料理のレパートリー増やすよ」

 

 

 カレーしか作れんもんな、この娘。

 いや、彼女は器用なので、作ろうと思えばなんでも作れるとは思う。ただ二言目には「オーカの料理の方が美味しい」と口にするのだ。

 頑張ってよ元シングルマザー。

 

 新しい花を飾る。

 流石に飾り方は我流だ。専門的なものは求めないでほしい。

 

 

「おっし、あとは線香供えてっと。ほら、火」

 

「……っと。供えるのここ?」

 

「そそ」

 

 

 線香を供えて、合掌する。

 これにて墓参りは終わりだ。

 

 

「──ふぅ、アイもお疲れ様。色々大変だったろ?」

 

「………」

 

「アイ?」

 

 

 隣に立つ彼女からの反応はない。

 ただひたすらに、○○家と刻まれた墓石を眺めていた。

 

 

「……生まれ変わる前の私のお墓も、こんな感じなのかな?」

 

「……まぁ、あるんじゃないか? さすがに無縁仏って扱いはしないだろうし。噂に聞く社長さんとかが色々手配してくれたんじゃないんかね」

 

「星野家ってお墓があって、私の遺骨が入ってて……一人ぼっちで」

 

「………」

 

 

 俺は隣に居るアイを胸に抱き寄せる。

 ダメだな、転生者に墓地は大変よろしくない。

 

 

「あれ? もしかしてお墓じゃなくて、銅像とか建ってたりしないかな?」

 

「それ逆に嫌じゃない?」

 

 

 さてはこの娘、そんなに落ち込んでないな?

 俺の心配を返してほしい。

 抱き寄せたアイを離そうとしたが、既に彼女の手によってホールドされていた。彼女の方が一枚上手だったらしい。さすが精神年齢■■(閲覧制限)歳。

 

 

「別にいっか。今の私が入るお墓は──1人じゃないもんね?」

 

「生まれ変わっても星野家の墓とか、どんだけ『星野』好きなんだよ」

 

「もうっ。私はオーカと同じお墓に入りたいのっ」

 

「……あー、そういう?」

 

 

 あなたと一緒の墓に入りたい。

 ……いやこれ世間一般ではプロポーズだろ。やばい、顔の温度が下がらねぇ。

 

 

「……考えとくわ」

 

「ゆっくりでいいからね? まだまだ時間はあるから」

 

 

 その時は、俺が先に死ぬのか、アイが先に死ぬのか。

 遠い未来のことなど分からない。

 

 ただ。

 願わくば。

 

 

「さてと! 帰りますかぁ!?」

 

「あー、無理矢理話題変えた」

 

「せっかくだし外で飯食おうぜ。近くに美味しいラーメン屋があるらしい」

 

「炒飯つけてもいい?」

 

「餃子もあるぞ」

 

「おぉ! 早く行こう!」

 

 

 俺たちは手をつなぎながら墓地を離れる。

 

 

 

 

 

 ──願わくば、遥か(みらい)の話になりますように、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──ってな感じの墓参りだった」

 

『墓の前でもイチャつけるのマジ何なンだよ。ひいばーちゃんに謝れ』

 

 

 

 




【島津 桜華】
 今作の主人公。墓石タイプがいいか納骨堂タイプがいいか3馬鹿に相談したところ、主人公のみ鳥葬をオススメされた。

【星野 アイ】
 今作のヒロイン。島津家当主に相談したら主人公と同じ墓に確定で入れるとは思うが、国葬並みに大袈裟にされそうなので、流石に相談するのは止めている。


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026.問題児な一番星

 真面目な回です。
 何と言おうと真面目です。

 こんな人が身近に居れば、彼女の運命も少しは変わるんでしょうか?


 自称進学校の進路希望調査は早い。

 1年の最初期から行われるのだ。これは2年時のクラス配属にも影響しており、当学校は2年時に文理に分かれるのだ。それらの指標の第一段階が進路希望調査である。

 

 

「島津、今から旧校舎2階の空き教室に行け」

 

「どうしてですか?」

 

「そこで3組の進路希望の面談があるから」

 

「いやホントどうしてですか?」

 

 

 俺1年2組ですよね?

 3時限目の授業の最中、俺は国語担当教諭から、なぜか3組の面談先に行くように指示を受けた。何をどうしたら俺は別のクラスの面談に赴かなければならないのか。

 そもそも俺の進路希望は既に終わっている。

 

 しかし、国語の担当は多くを語らず。

 情報として手に入れたのは『3組担任と学年主任からの要請』ということだけだ。益々意味が分からん。

 

 持っていくものは特にないので早く行けと三度目の指示を受け、俺は皆の注目を集めながら、渋々目標地点へと赴いた。

 旧校舎2階の空教室の前に立つと、何やら話し声は聞こえる。

 

 

「失礼しま──失礼しました」

 

「早い早い」

 

 

 スライド式の扉を開いて、3組担当教諭(54歳男性既婚者)と学年1の美少女の姿を見て、俺は即座に扉を閉めた。もう嫌な予感しかしない。

 しかし、3組担当教諭──山田先生が、それを見越していたのか、即座に扉を開き返して俺を招き入れる。3組の女子生徒の進路希望面談に、2組の男子生徒を呼ぶのだ。さすが自称進学校。何がしたいのかさっぱりだぜ。

 

 俺はアイの隣に座り、二人で山田教諭と相対するように座る。

 おそらく今回の元凶であろう一番星は、くっそニッコニコで楽しそうではあった。俺とは反応が真逆である。

 

 

「それでは面談を始める」

 

「山田先生、一つ質問いいですか?」

 

「何かね?」

 

「今回の面談って先生と、生徒と、生徒の親での3者面談ですよね? どうして彼女の両親を呼ばなかったんですか?」

 

 

 俺の時だって母親が来たのだ。

 星野母も、彼女への溺愛ぶりを考えると、最優先で来るとは思うんだけどな。

 

 

「一度来てはもらって、実際に面談はした。……しかし、壮絶に何も始まらなかったので、とりあえず君に来てもらうことにした」

 

「何をどうすれば他クラスの生徒を呼ぶ事態になるんですか? 俺絶対に関係ありませんよね?」

 

「ひとまずこれを見てほしい」

 

 

 先生は一枚の紙を取り出して、俺はそれを右手で持ち上げる。

 ちなみに、左手どころか左腕は既にアイによってホールドされている。自宅の時のように、上機嫌で俺の腕を抱きしめているのだ。

 その様子を見て、先生は頭を抱えている。

 

 紙には、俺も以前記入した『進路希望調査』が記載されていた。彼が俺に見せているのはアイが書いたものだろう。

 俺の場合は適当に地元の大学を第一志望として記載した。他県の大学に行く選択肢もあったが、場所によっては別の問題が発生しかねないので、無難な回答ではあっただろう。俺の担任にも特に何も言われなかった。

 彼女の志望大学ってどこだろう。一緒に住んでいるが、そんな話聞いたことがないしなぁ。

 

 

 

 

 

 第三志望:1年2組出席番号⚪︎番の奥さん

 第二志望:島津桜華の妻

 第一志望:桜華のお嫁さん

 

 

 

 

 

「先生、腹痛の用事があるので失礼します」

 

「頼む、先生を見捨てないでくれ」

 

 

 もはや懇願の領域だった。

 教師側からしてみれば、このアホみたいな進路希望を正式な書類として保管しないといけないのだ。そりゃ必死にもなる。

 

 俺としても一瞬意識が無くなりかけた。

 これを出そうと思ったアイが物凄く心配になった。

 

 

「……彼女の母親は、何と?」

 

「『この希望に嘘偽りはなく、基本的に彼女の将来は島津君に一任して、本人もそれを了承しているので、彼に相談されてみては?』と言われた。……島津、彼女の両親って、もしかして、その、あれなのか?」

 

「それはないので安心してください」

 

 山田教諭のニュアンスから、育児放棄の類を疑われていることは把握できた。そりゃ俺とアイを同じ家にブチ込んで、進路面は同棲相手に丸投げだもんな。客観的に見てヤバい家庭だ。

 蓋開けてみれば、彼女の願いを応援するための行動だし、今回の件も建前上修正が必要なら彼と同じ進路先でいいのでは?と考えているのだろう。そして、当の本人が喜んで賛成しているのだ。

 放任主義? いや、違うか? 家庭のカタチって難しいね。

 

 先生は2枚の紙を取り出し、片方は伏せたまま、俺に対して話をする。アイは抱きつきながら俺の方に頭を預けている。

 ……これ今後もアイの進路の話のたびに呼ばれるんかな? 俺はアクア君とルビーさんの進路の他に、自分の恋人予定のアイの進路まで考えないといけないのか? 俺15歳のガキぞ?

 

 

「えーと、これが東雲先生からお借りした君の進路希望だ。……彼女に見せても?」

 

「えぇ、大丈夫です」

 

「もう、この際嘘だろうと、建前だろうと、何だっていい。この進路希望は来年の文理選択の指針も兼ねている。そうなると、だ。コレは非常に困る。物凄く困る」

 

「心中お察しします」

 

 

 山田先生も最初は彼女なりの冗談かと、3者面談前に彼女の個別面談をしたらしい。いつもは授業も真面目に聞く生徒で、社交性もそこまで悪くない彼女だ。男と同棲している点を除けば、特に問題がある生徒ではないのだ。

 

 

『星野、この進路についてだが……』

 

『何か問題でも?』

 

『い、いや、進路希望調査は大学進学の……』

 

『でも、私18歳になった瞬間に、オー……島津君と結婚して、子供孕みますよ? 大学進学とか全然考えてないです』

 

 

 じゃあ何で自称進学校の普通科来たんですか?と、質問を返さなかった山田教諭の自制心を褒め称えたい。

 彼女の志望動機は『俺がいたから』である。これが俺の自意識過剰とかではなく、ありのままの事実であり、その事実が山田教諭を苦しめているのだ。こんな生徒は彼の教員人生上、金輪際現れないだろう。現れないで。

 小学生の将来の夢ですら、もちっと現実的なこと書くぞ。彼女からすれば至極真っ当であり、不変の真理なんだろうけど。

 

 

「というわけで、本当に申し訳ないが、島津の進路希望を参考にさせてもらう。星野もそれでいいな?」

 

「はーい」

 

「となると第一が鹿児島大学(鹿大)の人文学部で、第二が……志学館の法学部なのか。第三志望が鹿児島国際大学(国際大)の経済……と。事前に第二第三を滑り止めで考えているわけだ」

 

「まぁ、一応。その方針を掲げてはいます」

 

 

 教員側も俺の情報と、この方向性の定まっていない進路希望で、『家業継ぐので、適当な大学に行きます。あ、文系希望です』というのは察しているはず。なので担任の東雲教諭も何も口も挟まず、日々の勉学を怠らぬようにと定型文を述べるだけに終わったのだ。

 島津の進路希望見てると癒される……と思わず口にしている辺り、彼女の件は相当胃に来たんだろう。個別、三者で改善の見込みがなかったのだ。これで俺もアホみたいなこと言おうものなら、先生明日から学校来なかっただろう。

 

 

「これを星野の進路にも当てはめたい……が、島津、これにも一応目を通してくれ。星野の入学時の試験結果だ」

 

「……あー、鹿大には足りないと」

 

「星野も悪くはないんだが、仮に、建前上、嘘だとしても、鹿大を受けると口にするのなら、学力面で頑張ってもらわないといけない」

 

 

 鹿児島の大学ってそんな偏差値高くないんだけどな。

 と、そこまで考えて、生前施設暮らしで、今世は中学生時代まで家庭内暴力の環境下を過ごしてきた、とんでもねぇ経歴の持ち主であることを思い出す。勉学よりも明日を生き抜くことを考える人生だったのだ。むしろ自称進学校でも合格できたことを褒めるべきなのだろうか。

 この学校定員割れしてたけど。

 

 それにしても……そうか。勉強か。

 彼女が家で勉強してるところ見たことないな(震え)。

 

 

「……分かりました。自分も勉学に関しては得意ではないですが、彼女の学力向上には努めたいと思います。先生の方も、彼女のご指導よろしくお願いします」

 

「本当にすまないな。私も、担当科目であれば尽力しよう。最後にだが、星野、何か質問はあるか?」

 

「質問?」

 

 

 彼女は俺の腕に抱き着いたまま首をかしげる。

 そして言い放つ。

 

 

 

 

 

「先生、私が次産む子供の名前を笑芽羅瑠努(エメラルド)にしようと思ってるんですけど、どう思いますか?」

 

「「………」」

 

 

 

 

 

 先生は無言で胃の部分を手で押さえる。

 俺は腹部の傷跡を手で押さえる。

 

 

「……それなら、まだ翠玉(すいぎょく)の方が、それっぽいと思うぞ」

 

 

 山田教諭。後の、星野アイの恩師である。

 

 

 

 




【島津 桜華】
 主人公。学力はそこまで誇れるほどではないが、地元の国立大には難なく入れる学力は持っている。鹿児島の国立大学は偏差値低いけど。とりあえず3年時に相応の地元の大学には行く予定。

【星野 アイ】
 ヒロイン。転生者。大学進学など露ほど考えてない。18歳になれば子供を産む予定であり、妊娠中は大学も休学しないといけないし、もし留年したら主人公と同じ学年じゃなくなるので、それなら最初から専業主婦すればいいやの精神。

【山田先生】
 アイの担任。日本史担当。可哀そうなことに後の3年間アイの担任になる定め。授業はかなり面白く分かりやすい為、OBから『この人の授業聞いてれば、模試の7割以上は余裕』と言われている。生徒一人一人を全力で面倒を見ているので、かなり苦労しがち。妻帯者で、子供もいる。


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027.熟練の夫婦(恋仲に非ず)

 ほのぼの回です。
 初手に次章の伏線を残していくスタイル。

 ところで感想で「笑芽羅瑠努(エメラルド)に山田先生が転生するんですよね?」ってのがあった気がします。何を食べたら、そんな恐ろしい考えが浮かぶんでしょうか。主人公と先生が泣きますよ。
 あと鹿児島大学の人文学部って5~6年前に併合されて跡形もないそうです。この世界線では奇跡的にあることにしてください。


「──でさ、みっちゃんが女の子とLINEしてるんだってさ」

 

「マジで? お相手は誰なんよ?」

 

「1つ年上の役者さんだって。なんだっけ? 何とかライ?ってところで、結構有名な女優さんって聞いた」

 

「特定材料がおぼろげ過ぎるなぁ」

 

 

 いくら俺が名家のボンボンであろうと、同棲生活を送っている以上、世間一般と同じ生活をしているわけである。通帳と睨めっこしながら、栄養も考慮しての食事のバランスも考え、必要な生活品の補充も忘れない。

 確かに仕送りは貰っている。双方の家からなので、かなり多い。

 だからこそ月々の支出は抑える必要がある。なぜか俺は15歳のガキの時点から、貯蓄をしないと乗り越えられないイベントが待っているからだ。

 

 そう、俺とアイが付き合う(=墓場直行)と、なんと不思議なことに二児の高校生の義理の父親になってしまうのだ。

 どういうことだってばよ。

 

 そんな事情もあり、俺とアイは近くのスーパーへと入店する。

 冷蔵庫の中身が心許ないので、食材の買い出しに来たのだ。いつもは一人で来ているが、俺はまだ重い荷物を持つことを許されてない。

 持った瞬間に、強制的に口が封じられる。

 

 

「後で咸を尋問してみるか」

 

「カゴ持ってきたよ」

 

「あざーす。カートに乗せといてくれ」

 

 

 俺はスマホのメモ帳を見ながら礼を述べる。

 そもそも今日の晩飯はどうしようか。

 

 

「今日の晩飯何食いたいよ?」

 

「オーカの作るものなら何でも!」

 

「食パンにジャム塗って出していい?」

 

「……考えまーす」

 

 

 アイが店内を散策し始めたのを確認して、俺は自分の目当てのものを探しに行く。

 今の彼女の服装は、おとなしめのコーデ。とりあえず伊達メガネに帽子被っているが、そんなんで彼女の存在感隠せたら苦労しないわな。やっぱり歩いていると二度見はされる。

 中には『アイって昔いたアイドルに似てる』と何回か言われたことがあるらしい。本人なんすよ、ソレ。

 

 必需品と値段を照らし合わせながら、時には取捨選択しカゴを埋めていると、元人気アイドルの美少女がニラと卵とニラ玉の素が入った商品を持ってきた。

 字面すげぇな。アイがニラ抱えてるよ。

 

 

「ほー、面白そうなの持ってんじゃん」

 

「作ってくれる?」

 

「よしきた。盛り付けるの面倒だからニラ玉丼にしようか」

 

 

 ハイテンションな彼女がカゴに物を良い感じに詰めているのを横目に、俺は近く商品棚の一つに目が止まる。

 普段より安い値段で置かれており、ご丁寧に普段の値段との対比まで記載されている。俺はそのうちの一つを手に取り、裏の作り方を注意深く観察する。

 

 そしてアイも気付いたらしい。

 てくてくと近寄って来る。

 

 

「あー、それ懐かしいなぁ。B小町のメンバーとも食べたことあるよ」

 

「……あぁ、アイドルグループのメンバーか。そんな大昔からあるのかコレ」

 

「大昔は言い過ぎだよ?」

 

 

 アイに頰を軽く抓られながらも、商品を手放すことはない。

 

 

「久しぶりに食べる? 牛乳あれば出来るよね?」

 

「そーだなー」

 

 

 二人だと少し多いか?

 まぁ、このタイプのデザートなら食えるか。

 

 そこまで考えて──俺は悪魔的な閃きが脳を駆け巡る。

 まさに邪道。しかしながら、それを止める者はアイしか居らず、そして止めることはないだろう。ヤバい、やってみたい。絶対コレ幸せになれるやつだ。

 俺の心の中の島津義弘公も頷く。

 

 

 

 

『フルーチェ分けるは女々ぞ』

 

 

 

 

 

 俺は即座に行動した。

 アイへ挑戦的な笑みを見せる。

 

 

「──アイ、これ一人一箱食ってみたくない?」

 

「………? ──っっっっ!!!??」

 

 

 何言ってんだコイツみたいな怪訝な顔をしたアイだが、どうやら俺の言っていることが脳に到達したらしい。雷に打たれたように目を見開いて固まった。

 そうだよな、そうなるよな。

 一人暮らしでやってみようと前々から思ってたけど、甘い物の丸々独占ってやってみたいよな。ケーキホール食いとか。

 

 

「い、いの? 一人で食べて、いいの?」

 

「誰が妨げるんだ?」

 

「……おかあさん?」

 

「残念だったなぁ、星野のかーさん。ここにいるのは俺とアイだけだ」

 

 

 つまり、決行しない手はない。

 目を輝かせたアイは、桃味のフルーチェの箱をカゴに入れ、「牛乳取ってくる!」と脱兎の如く駆け出した。途中、今にも召されそうなババアに当たりそうになったが、持ち前のバランス能力で、華麗に回避する。

 俺が冷凍食品コーナーで物色しているころには、ホクホク顔で牛乳2本を抱える元人気アイドルの少女が舞い戻る。二本いるか? まぁ、余れば飲めばいいか。

 

 

「……これだけあれば十分か。米は5キロ、冷凍食品もOK。肉に野菜も、問題なしと。よし、会計行きましょか」

 

「はーい」

 

 

 カートを押してレジの列に並ぶ。

 アイと軽く雑談している間に、俺たちの番になる。

 

 俺は商品がパンパンに積まれたカゴを持ち上げようとして、すかさずアイがカゴをかっさらう。しかし、そこまで力仕事に向いているわけではない彼女には重く、ぐぬぬと悪戦苦闘しながらレジにカゴを置くのだった。それは5キロ米でも同じこと。

 店員から「お前持てよ……」と絶対零度の視線を受け、何なら列に並ぶ人間からの冷めた視線も、俺にとっては苦痛でしかなかった。

 いや、ちゃうんすよ。俺持つと怒るんですよ、この娘。

 

 

「──オーカは重いもの持っちゃダメ、だからね? 無理しちゃったら、この前みたいに手術で縫ったばかりの傷口が開いちゃうんだから。重いものは私に任せて」

 

「お、おう……」

 

 

 その視線を彼女も理解していたのだろう。

 わざわざ後方のお客様にも聞こえるように、自然と嘘八百で視線を緩和させる。俺の負傷した腹部をさする演技付きだ。

 俺は目を細めながらも礼を言う。

 

 幾分か対応が柔らかくなった店員との会計も済ませ、カゴの中身をレジ袋に入れる作業を始める。本当ならエコバッグとか持ってく方がいいんだろうけど、レジ袋がゴミ袋に丁度いいので、たとえ有料であろうと買ってしまうのだ。

 いや、ね? 普通に袋買った方が安いのは分かってるんだけど、どうも買ってしまうのはなんでだろう? 人間が値段より利便を優先させた結果である。

 

 

「ほれ、それ寄越せ。こっちに入れる」

 

「オーカは持っちゃダメって言ってるじゃん」

 

「軽いものしか詰めないから安心しろ。そもそもの話、これ全部持つのは辛いだろ」

 

「うぅ……じゃあ、そのくらいなら……」

 

 

 俺は冷凍食品や肉類を詰め込んだレジ袋を片手に、アイは牛乳や野菜の入ったレジ袋と、米袋を抱えて外に出る。この光景を『アイ』のファンが知れば失神するんじゃなかろうか? それか俺の傷口に再度ナイフがブッ刺さることだろう。俺らの天使に何させとるんじゃいっ!的な。

 しかし、当の本人は嬉しそうである。どうも俺の手伝いをすることに関しては、かなり負担のかかることでも上機嫌でこなそうとする。

 

 前ほど情緒不安定さも無くなったしな。

 俺が女子生徒や若い女性と会話すると、俺の腕や手に接触して牽制し始めるし、内外共にベッタベタにくっ付いてくるし。依存度は増している気がしなくもない。

 彼女が俺と話をしてもいいと認める同世代の女性は撫子だけである。アレとしか話しちゃいけないんですか?って話だが。俺はどうやら理性と常識を兼ね備えた女性と縁がないらしい。

 

 

「……大丈夫か?」

 

「………………平気だよ」

 

 

 目を細めてため息をつき、俺は重いものをパンパンに詰め込んだ方のレジ袋の手持ち部分をアイと共有する。1つのレジ袋をそれぞれ片手で持っている格好だな。もう片方の腕は米袋を抱えているのだから、本当は相当無理をしているはず。

 これで幾分か緩和されるだろう。

 

 

「……嫌か?」

 

「……ううん、全然、嫌じゃないよ」

 

 

 耳を真っ赤に染めたアイと共に、遠くない自宅を目指して歩く。

 彼女に負担をかけたくないので、バレない程度に重い方のレジ袋を持ち上げていると、アイは独り言のように呟いた。

 

 

「オーカは、優しいね」

 

「そうか?」

 

「優しいよ。すっごく、優しい。私のオーカは、私の大好きなオーカは、優しいんだよ」

 

 

 優しい、か。

 そんなの──彼女と会うまでは言われたことなかったな。

 

 どうも最近の彼女の言葉は心に残る。

 その理由を探りながらも、俺は帰路を少女と共に歩く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「フルーチェ美味しい! こんなに食べちゃったら太るかな……?」

 

「太らないだろ? というかデザート食って太るものなのか?」

 

「オーカ、それ以上は戦争だよ」

 

 

 

 




【島津 桜華】
 主人公。今回の序盤伏線で、『彼の義理の双子(同い年)は転生者であり、息子は娘の想い人で、近親婚が発生する可能性がある』というフラグが立ってしまう。つまりアクルビする。その情報で主人公は爆発四散する。

【星野 アイ】
 ヒロイン。転生者。今回の序盤伏線で原作の劇団のエースとアイが同じ高校に通うという、不思議な展開が発生する可能性が浮上してきた。そして山田先生が担任する。どういうことだってばよ。

税所(さいしょ) 咸】
 主人公の幼馴染。なんの因果か、劇団のエースとLINE友達になる。ちなみにこの世界線、コイツの復讐劇の妨害工作で双子の復讐計画がだいぶ遅れており、その関係で黒川さん家の生存フラグがコイツに一任されることになる。原作崩壊? 原作に島津も徳川も鹿児島大学人文学科もいないので今更。


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028.鏨の一撃

 ほのぼのシリアス回です。
 寒暖差にご注意を。
 引導を渡しましょう。


「やっと傷塞がったわ。地獄だった」

 

『聞いてるこっちもね』

 

 

 腹を刺されてから数週間経過して、ようやく自由に動くことが可能となった。若干跡が残ってしまったが、傷さえ治ればこっちのもの。ようやく気恥ずかしく気まずい拘束生活からオサラバできるのだ。

 アイからもOKは貰った。

 少々残念そうな顔をしていたのは気のせいだろう。そうに違いない。

 

 

「しっかし、本当に治療期間中の彼女の我は強かったなぁ。あれかな、アイもアイなりに成長してるってことかね」

 

『誕生日前に仕留めるつもりでは?(名推理)』

 

「そっち?(戦慄)」

 

 

 咸の指摘に、俺は恐れ慄く。しかし、そちらの方が説得力があるので、俺はもしかしたら残り30日の期間すらないのかもしれないと震える。

 これも全部撫子のせいだな。そう思っておこう。

 いや、やっぱり徳川のせいにしておこう。アイツら絶対に許さねぇ。

 

 

「って、俺の話はどうでもいいのよ。おい、咸。なんかアイから面白い噂を耳にしたんだが? 女の子とLINEで大変盛り上がっているとか何とか」

 

『なにそれ僕知らない。詳しく』

 

『吐けや麒麟児』

 

『あなた方が思うようなことは何もないですよ。そもそもの話、星野さんの双子の件で知り合った方……と言えばいいでしょうか?』

 

 

 咸曰く、アクア君とルビーさんの件を調べている最中、偶然にも知り合って何故か仲良くなったと。

 どうやらあの双子、実の父親への復讐計画を企てていることが発覚したらしい。そこに思いつく彼らも凄いが、この胡散臭い麒麟児は、彼らの復讐を止めるために動いていると言う。俺らが雑兵切り捨てるのと、一般人が実の父親殺すのとじゃ訳が違うもんな。

 

 

『彼らの復讐も正当な感情です。本来なら我々に止める権利などない。……ですが、星野さんがそれを望むでしょうか? 桜華だって静観の予定ですからね』

 

「そうだな。正直、アレに俺から直々に動く価値はないと思ってる。そもそも俺と元旦那は赤の他人だ。わざわざ東京行って殺すくらいなら、まだアイに楽しい思いをさせた方が数千倍価値があると思うぜ。無論、この薩摩の地を踏むのであれば相応の対価は支払ってもらう。……アイ個人も恨んでりゃ、また徳川諸共滅ぼしたんだが」

 

 

 ──生前のアイを間接的に殺したのは元旦那である。

 その事実を彼女に伝える。

 最初、俺はその決定に猛反発した。元旦那が彼女を愛していなかったという点は100歩譲って、これ以上彼女に現実という名の刃でめった刺しにすることに何の意味がある? 知らないなら知らないで、それでいいじゃないかと。

 しかし、他の馬鹿3人と人格破綻者は反論した。いくら可能性が低かろうと、元旦那がまた生まれ変わった彼女を手にかけることもあり得る。何も知らないアイを、何らかの手段で元旦那がかどわかす可能性もあるのだ。常に最悪は想定するべきであると。

 

 それは俺の口から彼女に伝えた。

 彼女は──そっか、と目を伏せた。

 

 

『……オーカ。強く抱きしめて。……もっと、もっと強く、壊れるくらいに、強く。……あーあ、私ってやっぱり愛されてなかったんだなぁ』

 

 

 彼女は泣くことはなかったが、静観と言った俺も、この時ばかりは元旦那のクソ野郎を殺して(バラ)して並べて揃えて晒してやろうかと思ったぐらいだ。

 愛を渇望した少女には、さぞかし辛いだろう。

 彼女が何したってんだよ。

 

 最終的に彼女は恨むのではなく、ただただ悲しんだ。

 なので、俺は彼女と楽しい思い出をたくさん作ろうと心に決めた。人生は長いようで短い。やりたくないことをやるほど暇じゃねぇんだ。

 

 

「……それはそれとして『星野アイ名義で元旦那宅に暑中見舞い発送(表示住所は島津家所有の廃村)』だけはやってみたい」

 

『怖い怖い怖い怖い。殺した元妻名義で暑中見舞い来るの怖いって』

 

『オイ、悪意に善意で返して発狂させる星野理論やめろ』

 

 

 俺だったらその暑中見舞いに手を付けないわ。

 補足だが、この案にアイは思いのほかノリノリだった。

 

 

「話がそれたな。で、咸のお相手さんは? 何をどう双子の件で彼女とお知り合いに?」

 

『……はぁ。彼女の名前は『黒川 あかね』さんです。役者の最高峰の集まる『劇団ララライ』に所属する天才ですよ』

 

『今ネットで調べた。ガワがコチラ』

 

『爆ぜろ税所(さいしょ)のゴミムシ』

 

 

 未来が爆速で調べて画像を共有する。

 めっちゃ美人さんだった。

 

 

『僕も調べてびっくりした。役者としての評価も高いじゃん』

 

「この儚げな感じのおしとやかな女性感いいわなぁ。めっちゃ羨ましいです。とりあえず咸は紐無しバンジージャンプやってくんね?」

 

『ハハハッ、ところで彼女の名前と外見画像、そして今録音した桜華の感想を星野さんにお送りしたわけですが』

 

「ハハハッ、LINEの通知が鳴り止まん」

 

 

 とりあえずLINEの通知を切る。

 これで一時期は安心だ。ほんの一時期だが。

 

 

『……あァ、そうか。クソ旦那って、この劇団のOBか』

 

『そこに繋がるのね。どう? なんかアイちゃんの元旦那さんの面白い情報とか手に入った?』

 

「そもそも、劇団のOBのこと教えてもらえるくらいの関係なのか?」

 

『あー、そっかー』

 

 

 俺の指摘に、未来が盲点だったと笑う。

 仲が良くなったとしても、所詮は有名な劇団のエースと逸汎人(一般人)のLINE友達の関係だ。そんなことも分からない諜報部門筆頭の咸なわけがないから、手に入れたらラッキー程度の関係であるのは容易に想像できる。

 他のルートも開拓しながらの交友なんだろう。

 

 

『顔も知らない友達にそんな秘密を暴露するわけじゃないですよ。これを見て下さい。プライバシーなことはモザイクかけてますが、彼女とのLINE履歴です』

 

 

 彼が自分でソートしていくLINE履歴を眺める。

 ふむふむ、いやー、何というか……ね?

 

 

 

 

 

『咸に聞きたいんだけどさ。これ付き合ってないってマジ?』

 

『ごく普通の友達とのLINEでしょう?』

 

『テメェも砂糖量産所の人間かよォ……』

 

 

 

 

 

 俺とアイのLINE履歴みたいだった。

 未来と兼定の脱力した様子を、意味が分からないと肩をすくめる咸。自覚がないって怖いな(他人事)。

 

 

『私の話はここまでです。まずは先の問題──島津夫妻の案件から解決するのが先でしょう?』

 

「俺にパスしてくんな」

 

『それもそうだね。咸の件も逃がすつもりないけど』

 

『二人纏めて地獄に落としてやるから覚悟しろよォ?』

 

 

 彼のとは違い、俺は既に逃げられる状況じゃないから仕方ないんだろうけどさ。

 まぁ、俺の『恋愛』への理解がない以上、コイツ等のアドバイスを参考に、何とか彼女の誕生日までにカタをつけなきゃいけない。

 

 しかし、だ。

 

 

「いやもうホントマジで全然わからねぇよ。親愛の情と何が違うんだよ、恋愛ってのはよぉ。島津だから彼女を守るのは当たり前じゃん。いいじゃんそれで。何が悪いん?」

 

『悪いと申しますか、何と言いますか。……説明が難しいですね。親愛の情の上位互換と言いますか』

 

『分け隔てなく与えられる愛って、星野がアイドル時代にバラ撒いてたやつと何が違うってハナシ。ファンに贈るのと、特定個人に与えるものはちげェだろうが』

 

「一緒だと思うんだけどなぁ」

 

 

 島津として彼女を愛す()る。

 そのためなら命だって惜しくはない。

 この感情の上位互換とは何だろうか?

 

 

『……ねぇ、桜華。一つ聞きたいんだけどさ』

 

「何だ? 何かわかったんか?」

 

 

 未来は俺に世間話をするように語る。

 ごく普通に。当り前に。俺の思考に、仮面に──(たがね)を打つ。

 

 

『島津として、彼女を守るのは当たり前なんだよね。彼女の幸せのため、新たな生を謳歌させるため、文字通り命を賭して守る覚悟があると』

 

「あぁ、もちろんだ」

 

 

 

 

 

『じゃあさ、桜華は自分が島津じゃなかったらアイちゃん守らないの?』

 

「──は?」

 

 

 

 

 

『島津として、何て建前は正直どうでもいいよ』

 

『桜華はなんで彼女を守るの?』

 

『桜華にとって彼女は何なの?』

 

『一個人として守りたいというのなら──それは『親愛』を超えた何かじゃないの?』

 

『桜華はさ、星野アイという少女を、個人的な感情で守りたいんじゃないの?』

 

『その感情は──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──恋愛って呼ぶんじゃないの?』

 

 

 

 




【島津 桜華】
 主人公。ほら、はよ気づけ。

【星野 アイ】
 ヒロイン。転生者。暑中見舞いは相手の好きなものを送ろう。そうしよう。

【税所 咸】
 主人公の幼馴染。次章の贄。

【伊集院 兼定】
 主人公の幼馴染。今作独自設定の『鹿児島はブラックコーヒー消費量日本一』の一翼を担う。

【種子島 未来】
 主人公の幼馴染。最後の発言は姉の指示。


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029.少年の目覚め

 はい、どぞ。
 言葉は不要、ただこの時を嚙み締めましょう。


 恋愛とは何なのか。

 人を『愛する』とは何なのか。

 

 俺はここ数ヶ月、同じような事をずっと考えてきた。

 書物で読み、映画で学び、人に聞き、恋愛とはどのような感情であるかを学び続けた。

 正直、何言ってるのか分かんなかったが。

 

 

『じゃあさ、桜華は自分が島津じゃなかったらアイちゃん守らないの?』

 

 

 しかし、あの種子島の傾奇者はそう言った。島津の為と常々口にするのなら、お前が島津でなくなったとき、その思いを抱き続けることはできるのか?と。

 

 最初、コイツは何を言っているんだと思った。

 前提条件が、前提条件として成立していない。

 島津でなくなったとしたら? 俺が島津以外の何になるって話なんだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

『桜華はなんで彼女を守るの?』

 

『桜華にとって彼女は何なの?』

 

 

 だから、俺は島津として──

 ……あぁ? 俺個人? 俺個人ってなんだ?

 やばい、頭こんがらがってきた。

 

 

「───」

 

 

 俺は……しま──違う。俺?

 

 

「──カ」

 

 

 個人として……自己なんて必要な──違う。俺は……

 

 

「──オーカ! オーカ!」

 

「──んぁっ!?」

 

 

 思考の海に溺れていた俺は、急に現実に戻される。

 夜のゆったりとした時間に、ソファーで言葉を反芻させていたとき、俺の頭を柔らかい感触が包み込む。ふわりと柔らかい匂いも刺激となり、急に引き戻された脳が感覚神経を仕事させる。

 俺は後ろから同居人に頭を抱きしめられて、上から覗きこまれているらしい。

 珍しく自分の私服を着た少女は、俺をずっと呼んでいた、と。

 

 

「オーカ、大丈夫?」

 

「……ちょっと考え事してた。すまん」

 

「それならよかった。オーカに聞きたいことがあったから、邪魔しちゃ悪いかなって思っちゃったんだ。忙しいなら後で聞くけど……」

 

「今でいいよ。何?」

 

 

 俺の言葉に、アイは抱きしめる力を強くする。

 俺の形に、彼女の双丘は形を変えていることが容易に想像できるくらいには、強く抱いて来た。この幸せな気持ちを享受したい気持ちと、彼女のためにも一刻も離れなければという気持ちがせめぎあい──

 

 

 

 

 

「『黒川 あかね』って女の子が、いいんだ?」

 

 

 

 

 

 俺のためにも一刻も離れなければという気持ちがターボを振り切る。

 彼女の抱きしめる行為は、拘束だったのだ。

 

 

「……ちゃうんすよ、アイさん。あれは言葉の綾と申しますか、世間一般論を述べただけと申しますか。少なくともやましい気持ちは微塵もありません。はい」

 

「そーなんだー。でも羨ましいって言ってたよね?」

 

「あれは煽り文句です。咸を貶めるために言っただけであり、決して黒川さんという女性に対しての感情なんて……。そもそも会ったことのない他人ですし。彼女も俺のこと知らないですし」

 

「オーカ」

 

 

 彼女はニコッと笑う。

 内心本当に笑顔かは知らんが。

 

 

「私の方が、かわいいよ?」

 

「……あの、張り合う必要性は」

 

「私の方が、オーカのこと知ってるよ?」

 

「……それは確かにそうだけど」

 

「オーカのしたいこと、何でもしてあげるよ?」

 

「……話を聞いていただけると」

 

「私の方が都合がいいよ?」

 

「……えっとですね」

 

「私の方が、オーカのこと好きだよ?」

 

「………」

 

 

 彼女のゴリ押しによって、俺は両手を挙げた。

 別に勝ち負けの話ではないが、俺は白旗を自ら掲げる。

 

 

「悪かったって。信じてくれるか分からんが、その黒川さん?って人とは何もない」

 

「………」

 

 

 アイは知らんだろうが、むしろ彼女と何かあった方が問題なんだけど。LINE見てたけど、経緯はまったく以て予想がつかないが、咸は何をどうしたら顔を合わせたことのない相手にあそこまで懐かれるのだろうかと思ったくらいだ。

 それで素人目からしても、()()()()()()()()

 彼女の今のメンタル状況が、撫子がやらかした時のアイの状況に酷似してるんよ。どうした、劇団のエース。

 

 俺の言葉が届いたかどうかは分からない。

 彼女は俯いたまま、しかし俺の頭は離さない。そして、俺の頭上に彼女の顔があるものだから、俯きながら目尻を下げた少女の顔が見える。

 

 

「……分からないよ、分からないんだよ」

 

「アイ?」

 

「私の方が、オーカのことが大好きなんだよ。でもね、この言葉が本当なのか、嘘なのか分からないんだよ。嘘じゃないって心が言ってるのに、私の口から出る言葉が、本当に君のことを愛しているのか分からないんだよ……」

 

「………」

 

「私は嘘つきだから。噓が愛だったから。……ダメだね、心の底から愛してるって思っているのに、その言葉が嘘じゃないかって自分が信じれなくて、嘘じゃないかって相手に思われるのが怖くて、そして──オーカに嫌われるんじゃないかって。それが一番、怖いなぁ」

 

「……そんなことは──」

 

 

 俺は否定の言葉を出しかけて、言葉に詰まる。

 彼女の言葉を信じられるほど、俺は今の自分を信じられるのだろうか。自分の言葉が信用できなければ、それは薄っぺらい同情になってしまう。

 

 

『──これでも答えが出ないのか。この鈍感は』

 

『あー、じゃあ、これならどう?』

 

『桜華は島津の為なら』

 

 

 

 

 

 

 

 

()()()()()()()()()()?』

 

 

 

 

 

 

 

 何を言ってるんだ、この馬鹿は。

 そんなん決まってるだろうが……あ?

 

 

「──あぁ、そういうことか」

 

 

 これか。

 これなのか。

 

 

『私、オーカが傷ついてほしくないよ』

 

 

 こんなにも悩んで悩んで悩んで悩んで。

 その結果が、これなのか。

 

 

『私はオーカと同じお墓に入りたいのっ』

 

 

 こんなにも、簡単なことだったのか。

 こんな簡単なことに悩まされていたのか。

 島津と彼女を天秤にかければ、分かることだったのか。

 

 

『優しいよ。すっごく、優しい。私のオーカは、私の大好きなオーカは、優しいんだよ』

 

 

 俺は、あぁ、そうなのか。

 俺は、あの時から、

 

 

 

 

 

『えーと、あー、うん、そのー、ね? うん。俺個人としては、だ。星野さんのことを好ましく思ってます。はい──あ゛あ゛あ゛あ゛っ、分かった! 好きです。はい、好きですよ! これでいいだろう!?』

 

 

 

 

 

 俺はあの時から既に。

 

 

「──ハハッ、ハハハハハッ」

 

「っ!? お、オーカ?」

 

「いやー、そっかそっか。あーあ、なんだよ。壮絶な時間の無駄だったじゃねぇか」

 

 

 こんな簡単なことも分からないとは、ここまで来るのに、どれだけ彼女を不安にさせてしまったのか。まったくもって理解しがたい。島津桜華とかいう頭薩摩は天性の大馬鹿だったんじゃねぇのか?

 俺の唐突な笑い声に、自虐よりも不安を表に出すアイ。

 

 

「いやー、マジか。マジなのか。これに気づかないなんざ──俺は相当ヤバかったんだなぁ。本当に面目ない。あの未来(馬鹿)にも感謝しねぇとな」

 

「ご、ごめん。怒ってる?」

 

「ん? 全然、アイは悪くないよ。むしろ、俺の方が謝りたいぐらいだ。こんなん算数の方が難しいわな。どんだけ時間かけてんだよって、どつかれても文句言えないぜ」

 

 

 傑作にも程がある。

 いや、戯言か?

 

 まぁ、それはいい。

 それよりもはるかに、何よりも大事なことがある。

 

 

「ありがとう、アイ。目ぇ覚めたわ」

 

 

 俺は彼女の拘束から逃れ、ソファーから立ち上がり、彼女の前に立つ。

 島津の馬鹿と嘘つきの少女の身長差はそこそこある。自分に呆れている俺が、不安そうに見つめる彼女を見下ろしているのだ。

 

 

「アイ、時間がかかって本当に申し訳ない。だから単刀直入に言わせてもらう」

 

「え? 唐突にどうし

 

 

 

 

 

「俺、アイのことが好きだ」

 

 

 

 

 

 俺は自分の仮面を握り潰した。

 

 

 

 




【島津桜華】
 主人公。理解じゃなくて、自覚をしないといけない。既に答えはあの日にあった模様。ちなみに彼は『嘘を見破る目』とかいうアイ特攻持ってる化物。でもアイに堕ちちゃってるので、それ以前の問題。

【星野アイ】
 ヒロイン。転生者。自分の言葉が嘘か分からない悩みを抱える。彼女は気づいてないが、主人公と接するときは目の星が消えてるんですよね。つまり?


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030.厄災の目覚め

 前回の続きです。
 序章はまだ終わりません。まだ色々やらないといけないことが多いですし。

 『推しの子』のテーマが『復讐』だとしたら、『薩摩の子』のテーマは『喜劇』だと思われます。それこそ星野源さんの『喜劇』(SPY×FAMILYのED)とか聞いていただけると、この作品の雰囲気がより伝わると思います。良き曲ですよ。


 

 

「俺、アイのことが好きだ」

 

 

 俺の突然の告白に、アイは固まる。

 どうやら俺の言葉の処理に時間を要しているようで、困惑した表情が数分続いた。ちょっと返答に時間がかかり過ぎなので、これ失敗したか?と不安になり始めたとき、

 

 

「──……えぇっ!?」

 

 

 ようやく彼女の脳に情報が到達したようだ。

 到達したからと言って、それを正常に処理できるかまでは分からんが。

 

 

「………」

 

「………」

 

「………」

 

「……えっと、返答欲しいんだけど」

 

「ひゃいっ!? え、えー……あぅあ……」

 

 

 受け入れてもらえるのであればそれで良し、断られるのであれば自分磨いて再度チャレンジするも良し。どちらにせよ、あとはアイの返答次第なので、俺としては答えをもらいたいんだが、肝心の少女が右往左往しているので困っている。

 頬どころか首筋、耳まで真っ赤にして喘いでいる様子。

 

 何か問題でもあったのだろうか?

 俺は短く熟考し、理解した。

 

 心の赴くままに言葉にしただけじゃん。

 ちゃんと言わんとダメだろう。

 

 

「悪い。気持ちが先走り過ぎた。──俺は、星野アイが大好きです。愛してます。結婚を前提に、付き合って下さい。お願いします」

 

「………」

 

 

 俺は頭を下げて、告白する。

 しかし、やはり返答は返ってこない。やっぱり急すぎたか?

 回答保留でもいいよと口に出そうとした瞬間、絞り出すように少女は疑問を口にする。

 

 

「……本当に、私()いいの?」

 

「俺はアイ()いいんだけど」

 

 

 とりあえず即答しておいた。

 そう迷うことでもないし。

 

 

「だ、だって。私転生者だし。なのに世間知らずだし。実年齢■■(閲覧制限)歳だし。お金も持ってないし。勉強もできないし。運動も得意ってわけじゃないし。いつもオーカに迷惑かけてばっかりだし。これからも迷惑かけるだろうし。そもそも子持ちだし」

 

「それがどうした?」

 

「私って『アイドルができる超絶美少女』なだけの女の子だよ?」

 

「それ自分で言えるのは本当に称賛に値するよ。事実だから否定はしないけどさ」

 

 

 ここまで外見に自信ある人間って本当に珍しいよなぁ。伊達に学校の男子生徒を無自覚に魅了しては切り捨ててはいないらしい。最近の話だと、彼女の異名に『傾校の美女』が追加されたとか。倒れてるのは学校じゃなくて野郎どもなんだけどね。

 俺も全然笑える状況ではないが。

 その高嶺の花に現在進行形で告白しているし。

 

 

「オーカの前では完璧で強い自分を魅せたいのに、なんか全然できなくて、さっきみたいに些細なことで嫉妬する、本当の私は醜くて弱い女なんだよ? それでも──君は、私を愛してくれるの?」

 

「人間なんざ100じゃないから。完璧じゃない? 人間性があっていいじゃん」

 

「本当に──本当に、私がオーカのお嫁さんになっていいの?」

 

「こっちがお願いしている側なんだけどなぁ」

 

 

 それとも暗に「分かり切ったことをいちいち聞くな」って言われているのだろうか。

 付き合ってくださいの告白に、嫁になれるかの有無を聞いてくるし、俺の告白の部分だけ切り取ると、彼女から告白されてるんじゃ?と錯覚できる内容だしな。

 

 俺の言葉に、彼女はぺたんと地面に尻餅をつく。

 目に大粒の涙を浮かべて。彼女は必死に拭っているが、次々と溢れている。

 

 

「……怖かったんだからね? オーカって凄くモテるから、誰かに取られるんじゃないかって、不安で、怖くて、寂しくて。ずっと一緒にいられるか、分からなくって。でも、でも……!」

 

「……え? 俺モテてたの初耳なんだけど」

 

「これで、オーカと一緒にいられるんだよね? ずっと、ずーっと、一緒にいてもいいんだよね?」

 

 

 彼女の吐き出した本心に、俺は笑いかける。

 

 

「あぁ。君が望んでくれるのなら」

 

 

 地べたに座る彼女を、俺も腰を下ろして優しく抱きしめる。

 自分が愛されることを()よりも夢見た少女に、俺がどれほど彼女を想っているかを伝えるために。俺の愛情が彼女の求めに応えられるか分からないけど、それでも、俺は自分が差し出せるすべての愛情を君に注ぐと。

 そういった思いも含めて、強く、確かに、そして優しく、愛する彼女を抱きしめるのだった。

 

 アイも俺の背中を抱きしめ返す。

 これが、彼女の答えなのだろう。

 

 

「アイ、大好きだよ。愛してる」

 

「……うん。うんっ! 不束者だけど、よろしくお願いします……!」

 

 

 

   ♦♦♦

 

 

 

 あの馬鹿共が言ってることが分かった。

 同棲相手が恋仲になったわけだが、俺がそれを自覚した以外はさして変わらなかった。アイツらが「これで付き合ってないってマジ?」という言葉を、真の意味で理解したわけである。そりゃそうだわ。今思い返してみると、恋人のそれだわ。

 それに気づかない俺も俺だが。島津フィルター怖っ。

 

 俺とアイは同じソファーで並んで座り、寝る前のゆったりした時間を過ごしながら、俺は今までを振り返りながら気づく。

 グループLINEで3馬鹿に報告し、末永く爆発しろとメッセージを頂く。

 

 馬鹿共の祝福(呪い)を受けながら微笑む俺。

 その幸せに浸っていると、大事なことをふと思い出す。

 

 俺は今週の土日に双方の両親に挨拶に行くだろう。

 それには俺の両親も含まれる。──アイが転生者であり、双子の母親であり、俺が高校卒業した瞬間に双子の義理の父親になるという、報告も含めて。

 

 

「………」

 

 

 信じてもらえるんかコレ。

 逆の立場なら信じるの厳しいぞ。

 

 

「オーカ、私たちって恋人同士、なんだよね?」

 

「ん? あぁ、そうだな」

 

 

 どう説得しようか悩んでいると、彼女の言葉を聞いて、思考を彼方に吹っ飛ばす。難しいことは後で考えよう。どうせ考えても、シュミレーション通りには絶対行かないだろうから。

 それよりもアイの言葉に耳を傾けた方が有意義だ。

 

 

「……じゃあさ、シよ?」

 

「……あー」

 

 

 そっかぁ。そうなるかぁ。

 そうだよなぁ。そうなっちまうよなぁ。

 考えてなかったなぁ。完全に思考から抜け落ちてたなぁ。

 

 

「その……ね? オーカの愛は嬉しいんだけど、ちょっぴり不安な気持ちになっちゃうんだ。君との確かなつながりが欲しいんだ。完全に私のワガママだけど、君ともっと深く愛し合いたいんだ。ごめんね?」

 

「……別に謝る必要はないよ」

 

「オーカも初めてだよね? 私も、この身体では初めてなんだ。……オーカの参考書(エロ漫画)も参考にして勉強したし、私も頑張るから。オーカの愛、私に刻んで?」

 

 

 ここで断る選択肢を選べる人間を見てみたい。

 外堀内堀、城どころか豊臣秀頼も埋まってるんだけど。つか参考文献がそれ(エロ漫画)はアカンと思うのは俺だけだろうか?

 

 まぁ、あってないような選択肢ですよね。

 『はい』か『yes』だけですよね、はい。

 

 

「……りょーかい。わかったわかった。()()()()()()()()()()()()()。ところで、この流れ全く考えてなかったから、ゴム持ってなかったんだけど。コンドーム持ってたよな? くれない?」

 

 

 俺はソファーから立ち上がって目当てのものを探す。

 確か数ダースどころか、(おろし)か転売疑うレベルの在庫を抱えているのは知ってる。使いきれるのかって考えるくらいの量を、使う側の俺ではなく、使われる側の彼女が管理しているのがマジで意味が分かんないんだけど。

 とりあえず1箱あれば十分だろう。あれー、どこだっけ

 

 

 

 

 

「……ゴム使うの?」

 

「ゑ?」

 

 

 

 

 

 ソファーに座ったままの彼女は、俺の質問に、心底不思議そうに尋ね返す。

 え、待って。

 待って待って待って。

 待って待って待って待って待って。

 

 

「私たち、初めてするんだよ?」

 

「そ、そうだよな! だから避妊するためにもゴ」

 

「私、オーカとの初めてでゴムさせる気()()()()()? 私はオーカとエッチするんであって、ゴムに処女捧げるつもりないし」

 

「………」

 

 

 パワーワードで俺の脳をぐちゃぐちゃにするのやめてもらえませんか?

 

 

「もちろん今日は大丈夫な日だし、私が薬飲むから心配しないでね」

 

「………」

 

 

 彼女は華のように微笑む。

 俺は引きつったように笑う。

 

 

「たくさん、愛し合おうね?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺はベッドの上で目を覚ます。

 近くのスマホで、確認すると午前10時。もちろん平日。学校もある。

 

 

「………」

 

 

 隣を見る。

 そこには生まれたままの姿の、愛しい少女が横たわって幸せそうに寝ている。

 

 

「………」

 

 

 俺は近くの机を見る。

 そこには空になった精力剤のドリンク瓶が5本置かれている。

 飲む人間は限られるが、俺は飲んだ記憶はない。

 

 

「………」

 

 

 俺は天を仰いだ。

 

 

 

 

 拝啓、母上。

 俺はとんでもねぇ性欲モンスターを解き放ったかもしれません。

 

 

 

 




【島津桜華】
 主人公。他者が彼女に完璧で究極を求めるのなら、主人公は彼女の不完全さや脆さを愛します。元旦那が彼女の性欲に耐えられず、逆恨みで殺した説を若干疑っている。

【星野アイ】
 ヒロイン。転生者。以降、彼への自重が一切なくなる。やったね。


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031.最初に報告するのは

 ほのぼの?回です。
 次話はシリアスになるのかなぁ?


『──で? 何か申し開きは?』

 

「「すみませんでした」」

 

 

 俺とアイが愛し合った日の夜。

 いつものオンライン会議で、絶対零度の言葉と共に微笑む未来に対し、俺とアイはソファーに並んで頭を下げていた。もちろん未来の目は全然笑っていないが。

 しかし、コイツの怒りはもっともだろう。

 

 

『いや、ね? 僕もアイちゃんにはウチの馬鹿が多大なるご迷惑をおかけしたのは重々承知してるんだよ? 僕としても君たちの恋には可能な限り協力する心づもりではいたのよ』

 

『ウチの馬鹿とは失礼ね、愚弟』

 

「「………」」

 

『でもさ、流石に『ヤってたら寝坊した。担任に上手く誤魔化しといて』ってLINEが来たらさ、流石の僕もキレる権利はあるんじゃないかな?って思う訳ですよ。既読もつかないし』

 

 

 なんでこの会議に撫子居るんすか?という疑問は置いておこう。

 確かに10時に起きて寝坊はしたが、なぜか死ぬほど身体が疲れていたので、未来に必要最低限のLINEをして、そのまま二度寝をしてしまったので、既読がつかなかったのだろう。俺が二度寝している後に起きたアイの説明で事情を把握したらしい。ちなみに太陽が頂点まで登る時間帯だったとか。

 ここまで身体が疲労したのは初陣以降記憶にない。

 ……初陣よりハードって何なんですか?

 

 

『盛った猿じゃねェンだぞ。セックスして疲れたから学校休むとか馬鹿かよ。星野にどンだけ負担かけたんだァ? あァ?』

 

「……いや、俺も正直驚いてる。とりあえず5回までは覚えてるんだけど、こんだけ疲れるもんなんだなぁって。次からはセーブしないとやべぇなコレ」

 

「え、私とのエッチ5回までしか覚えてないの!? 十数回は愛し合ったのに、酷いなぁ。確かに最後らへんはオーカ意識なかったのは知ってたけど。気持ちよかったから継続したけどね」

 

『テメェの方が元凶かよ』

 

 

 極度の疲労の理由は理解できた。

 俺はどうやらベッドヤクザに搾られていたらしい。極限まで。

 

 

「え、ちょっと待った。もしかして机に置いていた精力剤、俺が飲んだやつなん?」

 

「私が口移しで飲ませたよ?」

 

『……えっ、怖っ』

 

 

 さすがの犯行に未来もガチトーンで慄く。

 俺も気絶するなんて情けないなと思っていた時期もあったが、この話を聞くとアイがやべぇなって感想しか生まれてこない。()に餓えていた女の子の満足度合を過小評価していたのだろう。

 童貞にそこを推し量れと言う方が無理があると思うけど。

 

 それにしてもアイに薬盛られていたとは。

 ……まぁ、いっか(諦観)。

 

 

「……あー、うん。まぁ、次から気を付けるわ」

 

『そうしてくれないと困るよ』

 

「そうだね、一方的な愛の押し付けじゃオーカに悪いもんね。今日の夜は気を付けるよ!」

 

「『『……ヒエッ』』」

 

 

 え、今日もヤルんすか?という意味での悲鳴だった。俺や未来、兼定の声からも、喉の奥から思わず出てしまった。

 今回のは初めてでテンション上がってヤっちゃったけど、私も疲れちゃうから次回以降はそんなに搾らないよー、とアイは口にする。が、男共の悲鳴の原因はそこではないんだ。俺の精力はマイクラの無限水源じゃねぇんだぞ。

 

 

『……そこら辺は、もう夫婦同士の話し合いだから、そっちの方で思う存分やって頂戴』

 

「了解だよナデコちゃん。思う存分愛し(話し)合うね!」

 

『とりあえずアイちゃんの担任には、熱が出て休んでますって言っておいたから。明日学校に行ったときは話合わせておいてね。桜華も休んでたから、あの先生のことだし薄々何か感づくとは思うけど』

 

「ミク君もありがとー」

 

 

 山田先生ならそうだろうな。

 ……あの先生のことだから、察して何も言わなんだろうけど。

 

 

『桜華も話合わせといてよ』

 

「りょーかい。俺も熱?」

 

『適当に自己免疫性後天性凝固因子欠乏症と脳クレアチン欠乏症候群の合併症って今日は休むそうですって言っておいた』

 

 

 素早く検索する。

 

 

「両方とも厚生労働省の指定難病なんだけど」

 

『厚生労働省ホームページから適当に引用したからね』

 

「お前ふざけんなよ」

 

 

 後日生徒指導室にて怒られた。

 未来の怒りから生まれた惨劇である。

 

 閑話休題。

 俺たちは姿勢を正す。

 

 

『ンで? まぁ、さっきの話から大方予想はつくが、テメェらからの報告ってのは? ブラックコーヒーはボトルで用意してるから、はよ言え』

 

『今回はなんとタバスコ用意しといたよ。もうこれないと惚気聞けなくて……』

 

『……私が言うのもなんだけど、もう愚弟の味覚が崩壊してるから、お手柔らかに頼むわ』

 

「私たち、付き合うことになりました!」

 

 

 元気なアイの申告により、ゴキュゴキュと聞こえてはならない音が聞こえる。兼定はまだいいとしても、未来のボイス音からこれ聞こえちゃまずいだろ。

 

 

『……あれだなァ。付き合ってない発言に違和感ありまくりだったが、いざ付き合ってる発言されてると、それでも違和感しかないのはなンでだ?』

 

『最初から夫婦感出てたからでしょ。見なさい。桜華は何のためらいもなくアイさんの肩に手を回して、これ見よがしに彼女の髪とか弄ってるわよ。アイさんもスキンシップに慣れてる感が凄いわ』

 

『今までのイチャイチャラブラブも自重してそれだったってこと? クソ姉貴、だから言ったじゃん。もうすこし段階踏んでからくっつけようって。最近夢の中で糖尿病診断されて『これ本格的にまずいなぁ』とか思ってた矢先だよ?』

 

 

 そこまで言われなきゃいけない理由がわからん。

 付き合う前と大して変わらんだろうに。

 

 俺はいつものように彼女の長い髪を優しく撫で、彼女はいつものように俺の腕へしなだれかかる。髪の毛は女の子として必要最低限のケアしてないとアイは口にするが、俺としては最低限でここまで美しい髪の質を維持できることに驚きを隠せない。

 余談だが、黒川さんの件で疑われた際に、バッサリ肩の短さまで切ろうかと考えていたらしい。でも参考書(エロ漫画)では髪の長い女の子が多いよねって話で、断髪は保留にしていたとかなんとか。

 断髪した彼女も可愛いとは思うが、この天の川を彷彿とさせる綺麗な髪を切っちゃうのは非常に勿体ない。エロ漫画が役立った瞬間である。

 

 

「つか咸が異様に静かなんだけど、どした?」

 

『惚気で死んだンじゃねェの?』

 

 

 俺の指摘から数十秒後、ガタゴトした音の後、咸が今日初めての発言をする。

 どうやら聞き専に徹していたらしい。

 

 

『……聞こえてはいますよ。桜華、そして星野さん。おめでとうございます』

 

「あ、あぁ。センキューな。なんか声に生気がないけど」

 

『少々仕事外でトラブルが発生しまして。いや、私個人のトラブルというわけではありませんが、ちょっと手が離せない状況でして……』

 

「何か手伝えることは?」

 

『……もしかしたら近いうちにお願いすることになるかと』

 

 

 その言葉と共に聞き専に戻る。

 相当忙しいらしい。

 

 

「……みっちゃん大丈夫かなぁ?」

 

『気にすンな。アレの事情はオレが知ってる。何かあればカバーはしてる』

 

「詳細聞いてもいいか?」

 

『そのうち分かる。今はあんま触れねェ方がいい』

 

 

 二人がそこまで言うのであれば、これ以上何も詮索しない。

 俺も心当たりがないわけではないからな。

 

 

「で、だ。報告がてら一つ皆に相談したいことがある」

 

『ここにいるメンバーなら、薩摩での大抵のことは解決するものね。恋人関係成就祝いよ、何でも言ってみなさい』

 

 

 俺は今一番の相談事を吐く。

 

 

 

 

 

「今度の日曜の話でさ。アイが転生者であり、高校生になる双子がおり、結婚と同時に俺が双子の義理の父親になる。それを母親と親父殿(鬼島津)に説明するんだけど、どう信じさせればいい?」

 

『『『土下座』』』

 

「最初から切り札使うのやめよ?」

 

 

 

 




【島津桜華】
 主人公。スキンシップに遠慮があまりなくなる。さすがに胸とかは触らないが、自分で触らずとも相手から押し付けてくるので意味がない。毎日搾り取られる運命にあるが、何とか避妊としてゴムはさせてもらえることに。

【星野アイ】
 ヒロイン。転生者。初回の避妊は大丈夫だった様子。でも愛し合ってるしゴム必要なくない?の思考だったが、最近女性の婚姻開始年齢が18歳に引き上げられたことを知り、じゃあ赤ちゃんはマズいよねって話に落ち着く。


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032.お前が信じるのなら

 両親とご対面です。
 双子の知らぬ間に超強力なセコムが。


 実家に顔を、出すのは何ヶ月ぶりか。

 2ヶ月か。そんな時間たってないな。

 

 同棲開始から、あまりにも様々なことが起こったので、俺としては体感数年経過しても納得するくらいには、実家というものが懐かしい。数年経過してれば、エスカレーター式に俺の人生の墓場行きが確定するんですけどね。

 そのお膳立てに俺の意思は関与しないだろう。今では、それでもいっかという心の余裕があるが。

 

 到底信じられない御伽話をあの両親に語らなければならず、宿題が全然終わっていないガキのような心境の俺。俺のテンションに反比例するように、今から義理の両親に挨拶に行くことにウッキウキしているアイ。

 温度差のあるカップルは、何の障害もなく実家に上がり、茶の間にいる俺の両親と対峙する。机を挟んで双方が対峙する形だ。俺と親父殿は胡坐、母親とアイは正座である。

 

 

「──只今戻りました」

 

「うむ」

 

 

 俺の挨拶に頷く親父殿。

 屋久杉の如き堅牢さを見せる父親に、アイは未だに慣れないようだ。あれを前にして構えない人間も少ないけど。

 

 一般家庭では中々見られない親子のやり取り。

 本当ならそこで終わるはずだったが、今回ばかりは父親から意外な声をかけられる。

 

 

「……やっと仮面を捨てたか」

 

「申し訳ございません」

 

「良い」

 

 

 我が家特有の超圧縮言語で意思疎通する俺と親父殿に、アイはかわいらしく首を傾げた。その様子を微笑ましそうに見つめる母親。

 親子だからこその芸当だ。

 

 ちなみに訳すると、

 

 

『やっと島津を捨て、彼女への愛を理解できたか』

 

『島津としての責務を全う出来ず申し訳ございません。しかし、後悔はありません』

 

『お前がその生き方を選ぶなら、それでいい』

 

 

 こうである。

 

 しかし……あれか。

 親父殿には見破られていたか。

 謀ったつもりは微塵もないが、俺の生き方が島津として性に合わんことは気づいてたということか。

 

 だからと言って戻ることはできない。

 俺はアイの為に命は使えるが、島津の為に死ぬことはできない。親父殿としては、とんでもないボンクラ息子に育ったと思われても仕方ないな。薩摩の地は死兵を教育(量産)することに長けた地でもある。つまり俺は島津の欠陥品と言っても過言ではないだろう。

 

 とんだ親不孝者だ。

 親父殿は心なしか嬉しそうだが。

 

 

「──アンタとアイちゃんが我が家の門をくぐったってことは、そういうことね?」

 

 

 ここからは基本無口な父に代わり、事実上の我が家の最高権力者である母親に進行役が移る。物理的強者たる親父殿だが、この母親には余程のことがない限り頭が上がらない。そして母親も父親を第一に弁えている。

 ……こういうのが夫婦仲を持続するコツなのかな。

 良いところは参考にしていこう。

 

 聞かれていることは俺への公開処刑だが。

 なので言い淀む俺を慮ってか、アイが答えた。

 

 

「はい、18歳で結婚をすることを前提に、オー……桜華君とお付き合いすることになりました。よろしくお願いいたします」

 

 

 彼女はそう言って正座したままお辞儀をする。

 その仕草は流れるように優雅であり、さすが元女優経験者だと痛感する。姿勢もさっきから非の打ち所が全然ない。

 

 

「こちらこそ。というか、本当にこんな息子でいいの? 聞いたわよ? アイちゃん学校で男の子にモテモテだって。それでもウチの息子を選んでくれるの?」

 

「母上、俺の扱い酷くない?」

 

「そんなことないですっ」

 

 

 ガバッと顔を上げたアイは勇ましく反論する。

 

 

「私はオーカじゃないとダメなんです。オーカの愛じゃないと、オーカの『愛してる』って言葉じゃないと、心に響かないんです。むしろ、私がオーカにしてあげられることが少ないと思います。それでも──私は、オーカと共に生きて、共に死にたいんです」

 

「「「………」」」

 

「お願いします。──私を、星野アイを、島津桜華のお嫁さんとして、認めてください」

 

 

 彼女は真摯に頭を下げた。

 横から見ると、その手が若干震えている。

 

 アイの心境は理解できる。そもそも分家の養子だ。排他主義の薩摩の地でも『よそ者』として扱われる可能性だって十分にある。俺と相思相愛だとしても、親がそれを認めてくれない可能性だってあるはず。本来は客観的に見れば血筋的に釣り合わないのだ。これも名家の面倒なところの一つである。

 

 

「……え、待って、無理、100点満点。最高。ヤバい、孫楽しみ。──アンタ、死んでもアイちゃんを離すんじゃないよ。これ以上の娘は銀河系探しても見当たらないわ」

 

「言われなくとも」

 

 

 ただ事実だけ見れば母親の好みにクリティカルヒットしている、俺の愛しの彼女だ。ほら見ろ、正論過ぎて親父殿も何度も深く頷いているじゃないか。

 彼女の釣り合い云々は杞憂である。そもそもなぜか島津ん当主&重鎮複数から盛大に崇拝されている少女である。同族も釣り合う以前に、彼女何者?って感情の方が強い。余談だが、当主は俺に「桜華君がアイ君と結婚したら、私はアイ君の義理の伯父さんになるのか。……推しの伯父さんかぁ」と恍惚な笑みを浮かべていたのを思い出す。

 

 

「私からもお願いするわ。ウチの馬鹿息子がアイちゃんのお婿さんなら安心よ。桜華をよろしくね?」

 

「はいっ」

 

 

 彼女は母親の言葉に、満面の笑みで頷いた。

 こうして、俺とアイの交際報告は終

 

 

「──親父殿、母上。いや、父さん、母さん」

 

「「……っ!?」」

 

「俺とアイが付き合うことになったわけだけど、それと同時に報告したいこと……アイの件で言わなきゃいけないことがある」

 

 

 さて、ここからが本命だ。

 俺は()()()()()として、島津としてではなく、一つの家族として重要な話であることを強調するように、半成人してから一度も口にしたことのない「父さん、母さん」という言葉を口にする。

 これだけでも両親は理解するだろう。

 今から話をすることは、家族として重要であることを。

 

 俺は父親と母親に話をする。

 彼女が──星野アイ(元人気アイドル)の転生者であること。

 生前の記憶があること。

 双子の兄妹がおり、現在高校生であること。

 

 俺は自分が知る限りの彼女の生前を伝え、アイも俺の至らない説明を補足するように語る。

 俄かには信じがたく、突拍子もなく、現実離れした御伽噺を、さも当然のように語る俺は、二人からしたら狂っているようにしか見えないだろう。

 それでも俺は語る。彼女の真実の軌跡を。

 

 最初に口を開いたのは親父殿だった。

 親父殿も彼女の話が嘘だとは思っていないのだろう。しかし、嘘じゃないからと言ってそれを信じられるとは限らない。そういった複雑な気持ちであることは、想像に難くない。

 

 

「信じるのか?」

 

「でなければ父さんに言わないよ」

 

「……正気か?」

 

 

 ……まぁ、そういわれることは想定していた。

 そして返す言葉も。

 

 

 

 

 

「逆に聞くけど──あなたの育てた息子は、惚れた女の過去(軌跡)すら信じられない男か?」

 

 

 

 

 

「……そうか、お前は信じるのか」

 

「言葉が足りないというのなら、納得するまで俺は言葉を重ねるよ」

 

「いらん。お前が信じるのなら、(オレ)も信じよう」

 

「ありがとうございます」

 

 

 俺は深く深く、頭を下げた。

 正直、そこまで簡単に信じてくれるとは思ってなかった。

 

 

「桜華、アンタは信じるのね。なら、私も信じる」

 

 

 母親は立ち上がり、アイの傍に屈んで──力いっぱい抱きしめる。

 そして、血のつながった親子のように、アイの頭を優しく撫でた。撫で方が俺にそっくりで、やっぱり遺伝かとバカみたいなことを考える。

 

 

「今まで、ほんっっっとうに、頑張ったわね。偉いわ」

 

「お義母さん……」

 

「覚えておきなさい。アイちゃんは今から私の可愛い可愛い義娘で、旦那の義娘よ。たっくさん甘えていいんだからね?」

 

「うんっ……!」

 

 

 こんなにあっさりと信じられるのか。

 後で聞いたところ、母上曰く「普通なら信じないわよ。アイちゃんの言うことであり、アンタが全面的に信じてるから、私と旦那も信じるのよ」とのこと。

 アンタら最高の親だよ。

 

 アイと母親がイチャイチャしている様子を眺めていると、親父殿がふと独り言のように口にした。

 

 

「……そうか、孫がもういるのか」

 

「そこのあたりは信じたくなかったですけどね」

 

「……孫か、そうか、孫か」

 

 

 鬼島津と畏れられた男は、孫という単語を噛み締めるように呟く。少し頬が緩んでいるように見えるのは、気のせいだろうか?

 いやいや、猿叫だけで窓ガラスを粉砕し、薙げば地面を抉り、マジで戦車数台を中の人ほど木端微塵にする、あの鬼神が、まさかまさか

 

 

 

 

 

「孫への小遣いは、いくらが妥当か……?」

 

 

 

 

 

 マジですか。

 

 

 

 




【島津 桜華】
 主人公。双子の養育費のことを両親に相談したところ「孫の養育費など、いくらでも出してやる」と言われた模様。

【星野 アイ】
 ヒロイン。転生者。今作の彼女は義理だけれど親というものに恵まれているのだろうか。幼少期の家庭内暴力に加え、生前の惨状も知られたせいで、主人公の両親からめっちゃ甘やかされる。

【島津 隆正(たかまさ)
 親父殿。かわいい息子の嫁さんと孫な双子の為なら財布が緩む男。黒幕さん、彼女らに危害を加える場合、まずこのセコムを相手にするんですが、それでも手出します?


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033.心壊2

 サブタイトルは『薩摩式送別会』です。
 ヤンデレって難しいなぁ。


 俺のアルバイトが最前線から内政補助に部署変更があった。

 これはウチの恋人がウチの上司に「オーカが傷つくところが見たくないよー」と相談したところ、二つ返事で島津家の財政担当の下につくことになった。あんまり各所に迷惑をかけないでほしいのだが、あろうことか財政担当の家老(アイの大ファン)も即OKを出したとのこと。

 彼女の義理の伯父は薩摩一アイに甘いのだ。

 

 そんなわけで最後の最前線アルバイトも無事終

 

 

「「「………」」」

 

 

 

 俺は心身ともに死んでいた。

 軽自動車には運転手の他に、助手席に兼定、後部座席には俺と未来が、死んだ魚の方がまだ生気がありそうな目で、愛しの彼女が待つ家へと向かっていた。

 正直に言おう。めっっっちゃ帰りたくない。

 

 

「……ねぇ、兼定」

 

「……なンだ、クソ未来」

 

「……アイちゃん、仕事前に言ってた台詞覚えてる?」

 

 

 

 

 

『最後だからってオーカが無茶しないように見ててね。怪我しないように守ってくれないかな?』

 

 

 

 

 

 確かこんなことを言ってた気がする。

 俺たちは「過保護じゃねーんだからよー」と笑ってた。

 あの時はまだ。

 

 

「……とりあえず呼吸してたら怪我してない判定にならないかな?」

 

「星野にブッ殺されるぞ」

 

 

 今回のアルバイトで俺が内地に引っ込むと知ったことで、今まで共に肩を並べていた薩摩人(戦友)は、盛大な送別会をしようという話になった。

 今まで欠陥品なりに、首狩りを行っていた俺だが、意外にも俺の離脱を心の底から寂しく思う人が多くいたのだ。それは老若男女問わず、本心としては性に合わない付き合いではあったが、それでも俺の存在をそれなりに認めてくれていたのだと思うと、少し嬉しく思う。

 しかし、薩摩人は狂人の集まりであった。

 

 

『桜華殿の最後の舞台、派手に飾りましょうぞ!』(善意)

 

『こりゃあ嫁さんの為に、ドでかい手柄を持ち帰らなきゃなぁ!』(薩摩的善意)

 

『というわけで、桜華様の武、九州に轟かせましょう!』(圧倒的善意)

 

 

 そして俺は『立花の猛者たち(大友の最高戦力)VS俺』とかいう、アホが考えたような最終決戦の後、仕事を終えるのだった。

 立花さん強かった。さすが親父殿の好敵手だ。

 

 

「あの歴戦の化け物集団相手に、ネームドの首級3つで、立花のクソ野郎を引かせたンだ。普通に考えりゃ大戦果以外の何物でもねェわな。戦果だけ見れば」

 

「そうだね。……腹部に3つ、胸に1つの刺し傷、左腕骨折兼神経ズタズタって点を見ても、よくもまあその軽症で済んだって喜ぶべきなんだろうね。本当ならば」

 

 

 むしろ2日間の集中治療で外に出られることを喜ぶべきだろう。薩摩人の身体の神秘である。

 この大手柄は身内の間では噂になっており、俺の名声は九州()に知れ渡るだろう。島津の人間としては、最高に華々しい引退試合だと誰もが認めるだろうね。

 

 

『最後だからって無茶しちゃダメだよ?』

 

『怪我せずに帰ってきてね』

 

『オーカが怪我するの、嫌だよ……』

 

 

 俺は車の窓ガラスに反射する自分の姿を見る。

 無事とは程遠く、頭からの出血もあり頭部に包帯を巻いている姿を、俺は光のない目で見つめる。

 

 そしてスマホを開く。

 LINEの通知がカンストしており、着信履歴が78回。

 

 

「──なぁ、兼定」

 

「なンだ、瀕死の怪我人」

 

 

 俺は一抹の希望を以て口にする。

 

 

 

 

 

「この怪我、アロンアルファでくっつかねぇかな?」

 

「馬鹿言ってねェで初手で謝れ」

 

 

 

    ♦♦♦

 

 

 

「………」

 

「………」

 

 

 家に戻るなり、有無を言わさず、そして謝罪すらさせてもらえず、俺はソファーに座らされていた。俺は頭を下げて彼女と視線が合わないように堪える。

 対面に座る彼女は、腕と足を組み、俺を見据える。とんだ既視感だが、以前の比ではない威圧に、今回のアルバイトの功労者は行儀よく嵐が収まるのを待つしかなかった。もう怒ってるとかの次元の話じゃないだろうってレベルだ。

 

 

「………」

 

 

 彼女は無言で立ち上がり、スタスタ歩いて俺の横に座る。

 

 

「オーカ」

 

「はい」

 

「傷は大丈夫?」

 

「大丈夫です」

 

 

 俺の嘘に彼女はニコッと笑った。

 華のような笑顔であり、俺はそれが不気味に映る。

 

 

「そっか。それは良かった」

 

「はい」

 

「それじゃ──作ろっか、赤ちゃん」

 

 

 アイは流れるような動作で俺のベルトをガチャガチャ外そうとする。もう外そうとかではなく、壊そうって考えているんじゃと思うくらい、音を鳴らす。

 俺は無意識に距離をとって逃げようとする。

 

 彼女は可愛らしく首をかしげる。

 そこで俺は初めて彼女の目を見た。どす黒く鈍く光る、星の瞳を。

 

 

「どうして逃げるの?」

 

「逆に何で逃げないと思ったんですか……?」

 

 

 話の流れと、彼女の思考回路が理解できない。

 しかし、俺の疑問に彼女はケラケラ嗤う。

 

 

「私も迂闊だなーって思ったよ。どれだけオーカが私を愛してくれるとしても、島津であることに変わりはないんだなって気づくべきだったんだよ。いつ死ぬか分からないんだから、もう結婚できる年齢とか考えてちゃ手遅れになる可能性もあるよね? それなら早めに赤ちゃん作らないと、オーカとの子供を愛せなくなっちゃうじゃん。私も馬鹿だよねー。だってそうでしょ? 私とオーカは実質夫婦なんだよ。なら子供作っても問題ないじゃん。私何か間違ってる? 間違ってるなら何か言って。言って」

 

「アイ、いったん落ち着こう」

 

「あはは! 私は落ち着いてるよ? だってオーカの帰りを、ずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっと待ってたんだから! ねぇ、どうしてLINE見てくれなかったの? どうして電話に出てくれなかったの? 私寂しかったよ? でもオーカの帰りを待つのがお嫁さんの仕事だから、ちゃんと家事もしてたんだよ? 元々子持ちだったからね。それぐらいならできるよ? どうして褒めてくれないの? ねぇ、どうして? ねぇ、ねぇ、ねぇ、どうしてどうしてどうして?」

 

「いや、アイはよく頑張ったと思うよ」

 

「ありがとう! だったら、もちろんご褒美もくれるよね? 本当ならオーカが2日前に無事に帰ってきてくれるのがご褒美だったんだけどね。でもオーカは約束を破る人だから。前よりもボロボロで帰ってくる酷い人だから。きっと次は、もっと、もーっと傷ついて帰ってくるから。あはは、オーカはどうして逃げるのかなぁ? 私、オーカともっと愛し合いたいだけだよ? もう学校も辞めようかな。オーカの赤ちゃん産んで、正式に結婚して、私とオーカとアクアとルビーと、新しい赤ちゃんの5人で、楽しく楽しく、暮らすんだぁ。あはは、楽しみだね! そうでしょ? ねぇ?」

 

 

 黒い感情を垂れ流すアイに、俺は目を細めて大きくため息をついた。

 この2日間、俺は意識がなかったので彼女の呼びかけに応えることができなかった。それも相まって、今のアイは精神的にいっぱいいっぱいなんだろう。とにかく自分の嘘を言葉として口に出さなければ、自分というものを保てないくらいには。

 俺に言いたい言葉はそれじゃないはずなのだ。

 

 俺は虚ろな瞳で言葉を重ねるアイの肩を掴む。

 そして、いつものように彼女の目を見て話をする。視線を決して外したりはしない。

 

 

「アイ、今回の件は全面的に俺が悪い。言いたいことがあるなら言ってくれ。君がどんな罵倒をぶつけようが、俺自身は君を嫌いになどならない」

 

「………」

 

 

 彼女はようやく俺を()()

 俺の知る、その綺麗な瞳で。

 

 

「……オーカの左手、全然握力ないね。いつもは優しく、力いっぱい触れてくれるのに」

 

「そうだな。ぶっちゃけ左腕そのものが使い物にならん」

 

「そうなんだ」

 

 

 彼女は大きく息を吸い込む。

 そして、

 

 

 

 

 

「お゛ぉがぁのばがあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!」

 

 

 

 

 

 アイの渾身の絶叫と共に、彼女は俺の胸に飛び込んできた。多分反動で身体の傷4箇所の傷口が開いたが、もう仕方がないとしか言いようがない。

 胸に顔を埋め、ポカポカ俺を叩く。

 

 

「死んだら嫌だって言ったもん! 私ちゃんと言ったもん! 約束守ってよ! 私を置いていかないでよ! 私を一人にしないでよ!」

 

「これで最後だから、どうか安心して欲しい」

 

「私決めたから! オーカが危ないところに行くときは、私もいっしょに行くから! オーカが死んだら、私も死ぬから! だから! 自分を大切にして! お願いだからぁ!」

 

 

 俺は彼女の叫びを甘んじて受ける。

 この叫びに、嘘は一片も混じっていなかったのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『出席をとるぞー。──ん? 星野は?』

 

『山田センセー。星野さんは2組に駐屯してまーす』

 

『……星野は出席っと』

 

 

 

 




【島津 桜華】
 主人公。最後のバイトでやらかす。ちなみに「アイツん所に帰るんだから死ねるかよぉっ!」とか言って、左手犠牲にしても命だけは守った模様。

【星野 アイ】
 ヒロイン。転生者。若干ヤンデレ化する。ゆりかごから墓場まで、内外問わず主人公の世話をし始める。学校から『実質1年2組』と言われており、それ以外は特に問題なく、2組の授業も聞いているので、山田先生は胃を押さえてスルーしてる。

【島津 家正】
 島津家当主。今回の事の顛末を聞いて泡を吹いて倒れた。


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034.散り逝く武士達

 ほのぼのシリアス回です。
 次回の内容は仕事しながら考えてます。

 あと原作と違う点が複数あります。あ、薩摩とか島津の話じゃない方です。


 この自称進学校の体育はクラス合同である。

 とは言っても、前半クラスと後半クラスに分かれるので、前半クラスの俺の体育ん時のパートナーは兼定、時々アイである。

 

 そして、今日の体育は自習。

 ちらほらと男子生徒がボールで遊んだり、日陰で時間をつぶすなど、各々が思いのままに行動している。俺と兼定は後者であり、日陰で腰を掛けられるところを確保し、青空に流れる雲をボーっと眺めているのである。

 俺から見て右に座る体育服姿の兼定と、負傷して見学オンリーの夏の学生服を着た俺は、なんの意味もない会話と共に、校庭で元気いっぱいに遊ぶ男共を眺めるのだった。

 

 

「あーあ、野郎は校庭に放置で、女共はプールかよ。汗流してェ」

 

「俺は問答無用で見学だから、別にどっちでもいいわ」

 

「サッカーとかは出来んじゃねェの?」

 

「ダメだな。アイがめっちゃ怒る」

 

 

 アイが居ないのは、純粋に男女分かれているためである。

 今頃はスク水姿のアイが、他の同性を魅了しながら、このクソ暑い授業を受けているのだろう。今はプールの中の水の冷たさが羨ましい。

 

 

「つか男子少なくね?」

 

「大半の男子はプールに特攻しに行ったからな。あの学年一の美女の水着姿だぜ? 教師が見てない今、思春期の男子が指くわえて素直にボール遊びすると思うかァ?」

 

「あーね、生徒指導行きでも目に焼き付けたいって算段か」

 

 

 確かに気持ちは十分理解できる。

 いくら学校指定の地味な水着だろうと、あの同性異性問わず息を吞むプロポーションが浮き彫りになる姿だ。いくら異性からの評価が下がろうが、推薦の道が閉ざされようが、星野アイという少女の水着姿を目に焼き付ける行為の前では、全てが霞んでしまうだろう。

 武士共は、その覚悟でプールへ覗きに行っているのだ。

 アホかな?

 

 俺はアホ共の行動に納得の意を示す。

 しかし、兼定は腑に落ちないようだ。

 

 

「……テメェは自分の恋人が見世物になってンだぞ? 反応はそれだけか?」

 

「俺の恋人の生前の職業はご存じ?」

 

「あァ……テメェん中では、そォいう感覚かァ」

 

 

 彼女のあられもない姿を誰にも見せたくないと思わないと言えば嘘になる。けれども、それを表に出してしまうのは、彼女の生前の行いを否定することと同義となる。

 今はアイドルじゃないんだから別にいいんじゃね?とか、言い訳はいくらでも出てくるだろう。でも、当の本人があまり気にしてないのだ。俺がそれに口をはさむのはお門違いだろう。

 だから開き直ってやるのだ。俺の恋人は、こんなに凄いんだぞ、と。

 

 

「あと、アイの水着姿は前にも見たからな」

 

「家ン中でか? わざわざ見せつけてくるのかよ。お熱いこった」

 

「……あの格好で何度搾られたか」

 

「あのドスケベ性欲モンスター、とうとうコスプレプレイにまで手を出したのかよ。キスNGだった元アイドル様のやることじゃねェだろうが」

 

 

 俺は思い出して身震いする。

 その姿を見た兼定は、呆れてものも言えないようだ。

 

 夜にスク水姿の彼女を見ると、思わず身構えてしまうようになった俺。最近のアイは俺に夏物のスーツを着せて『水着姿の女子生徒が先生を犯す』プレイにハマっているらしい。負傷している身なので、夜の主導権はアイにあるのだ。

 いや、まぁ、彼女の『オーカ先生』って言葉は心にグッとくるものはあるけれども。

 このままズルズルと堕ちていく感が凄くある。

 

 

「話を戻そうか。でもプールに特攻した男子生徒は可哀そうだなぁ」

 

「そン心は?」

 

「目当ての女の子がココに居るんだぜ?」

 

「だぜー?」

 

 

 いつの間にか俺の左方に座っているアイが、兼定に顔を見せながら、俺の口調を真似る。

 もちろん水着姿ではなく、体育服を着用していた。

 

 

「女子がココにいていいのか? 水泳の時間なんじゃねェのか」

 

「こっちも自習だよ? それに男の子たちが来るのは分かってたからね。それならオーカのところに来た方が、数千倍楽しいじゃん?」

 

「本当にくだらないこと喋っているだけだぞ?」

 

「オーカの傍に居たいの。ダメ?」

 

 

 ダメじゃないよ、と口にする。アイはその回答に満足したのか、力の籠められない左腕を彼女の上半身で包み込む。胸で抱きしめ、指を絡めて、腕でホールドする。立花のオッサンからめった刺しにされ、神経ズタズタにされた腕だ。しかも折れてたし。刺し傷よりも回復に長い時間が必要となるだろう。

 その様子を見た兼定は、どこからともなくコーヒー2Lのペットボトルを取り出し、ラッパ飲みをする。

 

 

「ってか今気づいた。それ俺の体操服じゃん」

 

「そうだよ?」

 

 

 思いっきり『島津』の文字が書かれてるじゃん。

 アイ曰く、間違えて持ってきたらしい。俺は目を細めた。

 

 

「ねえねえ、二人はなんの話をしてたの?」

 

「本当にしょうもねェ話だよ。現在ネタ切れだ。テメェも来たンだから何か話せ。なければ授業終了まで青空観察だ」

 

「今日の夜に着てもらう服の話なんだけどさぁ──」

 

「それはテメェの旦那と夜に話せ」

 

「みっちゃん最近休んでるけど、どうしたの?」

 

 

 アイの問題提起に、兼定はつまらなさそうに話し始める。

 俺も大まかに聞いただけで、咸が今何をしているのかまでは把握してない。

 

 

「少し前の桜華と同じだよ。持ってるだけのコネ使って、一人の女を助けるために奔走してるってハナシ。ご苦労なこった」

 

「それってSNSで一時期トレンド入りしてた『自殺未遂』と何か関係があるのか? あんまり興味ねぇから、全容までは把握しとらんけど」

 

 

 そういう芸能人のゴシップネタは好きじゃない。

 隣にいる恋人の影響だろう。

 

 兼定も当事者ではないので詳しくは知らないと語る。そのSNSが情報源だが、とある番組で不慮の事故が発生し、とある加害者側の女優が大炎上したようだ。加害者側は正式に謝罪し、被害者側もそれを許した。それで終わる──はずだったのだ。

 しかし、なぜか関係のない第三者たる外野が燃料を投下し続け炎上は留まることを知らず。

 ついに精神的に病んだ加害者側の女優が自殺未遂をやらかす事態にまで発展したのだ。

 

 

「──首吊り自殺だってなァ。紐の結びが甘くなきゃ、未遂の単語はなかっただろうがなァ。胸糞悪ィ」

 

「あー、耐えられなかったパターンだね。私もネットで悪口書かれてたなぁ」

 

「加害者だからって精神病むまで叩くとか人の心ないんか?」

 

「人の心があるから、徹底的に叩くんだよ? オーカは優しいから、そーゆー人たちの気持ちは分からないと思うけど」

 

 

 アイの微笑みに、俺は反比例して表情を曇らせる。

 俺はスマホを起動させ、いまだに居座っている『自殺未遂』を開いてみる。人一人が精神的に追い込まれ、自殺未遂まで至ったのにもかかわらず、それでも徹底的に彼女を貶める不愉快なツイートに、舌打ちをしてスマホを閉じる。

 顔が見えないからって言いたい放題だな。

 正義の剣を死体に振り下ろし続けるのは、さぞかし気持ちがいいのだろう。

 

 あー、くそっ。

 気分悪くなってきたわ。

 

 

「……兼定、もしかして例の彼女か?」

 

「ご明察だ。ガキ相手にやべェよな。芸能人に人権って言葉は存在しないらしいぜ」

 

 

 黒川さん……だったか? 画像でしか見たことのない人物ではあるが、俺から見ても、自殺未遂まで追い込んでいい人物ではなかったと記憶する。

 俺は気持ち左手を強く握りしめる。手は全然動いてないけど。

 動いていないのに、アイは何かを察したように俺の左手に力を入れているけど。

 

 

「今日の咸のクソ野郎は弁護士との打ち合わせだとよ」

 

「法の力で誹謗中傷する馬鹿をチェストする感じ?」

 

「ンなわけ。裁判費用準備するのも面倒だろうが」

 

 

 俺もアイが叩かれて今のように炎上していたら、法と権力と腕力の全てを以て、SNSに蔓延る馬鹿をエレクトリカルパレードするんだけどなぁ。法と権力だけで解決したいね。できない相手には薩摩人を1ダース送り込むしな。

 金を億とられるのと、首をとられるの。好きな方を選ぶといい。

 

 

「まァ、あと少しで落ち着きはするだろうがな。そンときは、桜華──そして、星野にも動いてもらうからなァ。何、危ねェことはさせねェよ」

 

「事前に連絡はよろしくな。助けられるんなら助けよう」

 

「私も? できることは頑張るけど……何させられるんだろ?」

 

 

 こうして授業は終わりを告げる。

 遠くに聞こえる男子生徒共の叫び声と共に。

 

 

 

 




【島津 桜華】
 主人公。立花のオッサンに腕をめった刺しにされた関係で、腕の感覚が全然ない様子。ちなみに立花のオッサンは分かりやすく言うと、親父殿と互角の戦闘力を持つ、性格グラハム・エーカー。おとめ座の男。

【星野 アイ】
 ヒロイン。転生者。コスプレしながら主人公を夜に襲うのが日課。普段着、外出用の服、コスプレ衣装の比率が1:2:8。


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035.釣り人は天使に会う

 めっちゃシリアス回です。
 けど、この話だけは何としても入れたかった部分でした。いやー、満足。血反吐吐きながら1巻を見返した甲斐がありました。
 補足ですが、この話は後の布石でもあります。


 鹿児島県は変な形をしている。いや、じゃあマトモな形をしている県って何って話なんだが、どう見てもバッグ・クロージャー(パンとめるアレ)なんだから、十分変な形の地形だろう。あぁ、青森もそうやな。

 んな変な形をしているもんだから、鹿児島県とは他の県に比べ、海岸線が長いと思われる。個人の主観である。

 

 なので釣りスポットというのは探せばあるのだ。

 俺は港に足を運んでいた。

 

 コンクリートで固められた足場を散策し、灯台付近で釣りが出来そうな場所を探していると、一人の男性が釣りをしているのが見えた。

 親父殿くらいの年齢だろうか?

 茶髪とちょび髭、黒いサングラスをかけた怪しそうな人物である。それでも俺は彼に近づく。

 

 

「──隣、お邪魔してもいいですか?」

 

「勝手にしろ」

 

 

 ぶっきらぼうに言い放つ男性と少し距離を開けて、俺は腰を下ろす。

 そして、素人釣り師は人生初の釣りにチャレンジするのだった。一応、ネットとかで調べてはみたが、果たしてうまくいくのだろうか?

 

 

 

   ──1時間後──

 

 

 

「ぜ、全然釣れねぇ……」

 

 

 俺は海に釣り糸を垂らすオブジェと化していた。

 馬鹿な、ここはそこそこ穴場な釣りスポットって聞いてたはずだぞ。なぜ釣れないんだ。心当たりが多すぎて、何を改善すればいいのか想像がつかん。

 

 あまりにもの悲惨な姿に、隣りの男性も口をはさむ。

 

 

「お前、釣りは初めてか?」

 

「えぇ、そうですね。釣りを楽しむというより、療養で来たようなものですから」

 

 

 俺は負傷した左腕をプラプラさせる。

 腹部の傷は比較的目立たない場所ではあるからいいとして、俺の左腕は肩から下が刺し傷、縫い目のオンパレードだった。ところどころに包帯すら巻かれている。

 島津の息のかかった病院での集中治療だったが、それでもめった刺しにされた腕というのは、そう簡単に外観が治るわけでもないのだろう。ある程度回復する見込みがあるのが奇跡とすら言われた程だ。

 

 

「……その傷、転んだ程度じゃそうはならねぇだろ。何やった?」

 

「えぇ、少々事件に巻き込まれまして。危うく()()()()()所でした」

 

 

 刺殺される。

 その単語を口にしたとき、男性は露骨に眉をひそめた。まるで、その単語がタブーだと言いたげな表情だった。俺はそれをスルーするが。

 

 

「おい、坊主。年齢は?」

 

「まだ15です」

 

「そうか。……あんまり、あぶねぇことに首突っ込むんじゃねぇぞ。心配する親の身にもなれ」

 

「ご忠告痛み入ります。俺だって好き好んで刺される趣味はありません。そのせいで、彼女に泣きながら怒られたぐらいですから」

 

 

 男性は鼻を鳴らした。

 

 

「当たり前だ。怒られただけありがたいと思え」

 

「仰る通りですね。……そのあと暴走して、いつ死ぬか分からないじゃんとか言いながら犯されそうになりましたが。もう少しで、この年で父親になるところでしたよ」

 

「……はぁ。若い奴は揃いも揃って……」

 

 

 まるで身に覚えがあると言いたげな口調だった。

 俺はその話題を少し掘り下げる。

 

 

「……もしかして、前例が?」

 

「いや、そのだな……」

 

 

 男性は頭をかきながら、ちらりと俺を見る。

 そして、まぁいいか、と語り始めた。

 

 

「俺は昔、事務所の社長をやっていた」

 

「年寄りの思い出補正ですか?」

 

「嘘じゃねぇ。本当の話だ。そこで、まぁ、アイドルを育てていた」

 

 

 ……育てるのはちょっと違うか?と、男性は懐かしそうに語り始める。

 そこにはもうない面影を、まるで昨日の話のように語りながら。サングラスのせいで目までは見えないが、そこには懐古と後悔が映っているような口ぶりではあった。

 

 

「そのアイドルの一人がな、15の時に妊娠しやがったんだ」

 

「え、それ普通に荒れません?」

 

「もちろん表に出れば全てが終わる。文字通りな。それでも──あろうことか、アイツは産むって聞かなくてな。まぁ、俺も最後には折れたが。子供を出産したんだ」

 

「……いやぁ、何ともまぁ」

 

 

 俺はそれ以上の言葉が口から出なかった。

 だろ?と男性は共感を求めるように、話の続きを語る。

 

 

「あの時は本当に肝が冷えた。子供の存在を隠しながら、アイドル活動を続けるって言って、本当にそれを両立させていたんだ。……少し抜けてるとこもあったから、番組とかで口滑らしてたが」

 

「失礼なことを言いますが、控えめに言ってアホなのでは?」

 

「俺もそう思ったよ、コイツ隠す気あんのかって。それでバレなかったのが奇跡だった」

 

 

 そこまで話を聞いて、俺は首を傾げた。

 

 

「……うん? でも16歳で子供産んで、一時期アイドル活動を続けていたってことですよね? でもそんな話聞いたことないですよ。もしかして、まだバレてないとかですか? そのアイドルさんってまだ活動続けてますか?」

 

「死んだよ」

 

「……えっ」

 

 

 彼は突き放すように吐き捨てた。

 その嫌悪感は誰に向いているのだろうか。アイドルだろうか。それとも──自分自身か?

 

 

「そいつはドーム公演が決定してたんだが、その直前に殺された。ファンに腹刺されて、な」

 

「………」

 

「あの時ほど後悔したことはねぇ。今でもアイツの葬式が脳裏に浮かぶんだ。俺が、あの時、俺が……」

 

 

 どれほどの後悔を抱え込んだ「俺が」なのか。男性はいつの間にかこぶしを震わせていた。

 言葉は後悔が滲み出ていたが、次に出た言葉には憎悪が含まれていた。

 

 

「実行犯は自殺した。だが、あの事件には共犯者がいたはずなんだ。俺はアイツを殺した奴を絶対に許さねぇ。何年かかるか分からんが、必ず、この手で……」

 

「復讐、ですか」

 

 

 俺は無感情に言葉を紡ぐ。

 彼の見えない位置でスマホを取り出し、LINEに文字を打ち込みながら。

 

 

「月並みな言葉ですが、そのアイドルさんは今のあなたを見て何を思うでしょうか? 死んだ彼女は、復讐を望んでいるのでしょうか? 俺はそうは思いません」

 

「ガキに何が分かる。確かにアイツはもうどこにもいない。復讐したところで、死んだ人間が生き返るわけじゃない? はっ、そんなの分かってる。でもな、俺自身が許せねぇんだ。アイツを殺した奴が、まだ生きてるって事実にな」

 

「……まぁ、そうなりますよね。すみません、今の俺の発言は想像以上に薄っぺらでした。言ってる自分が一番ビックリしたぐらいですよ」

 

 

 俺の言葉に彼を止める力は皆無だった。いや、そもそも止める行為自体が無粋と言わざるを得ないだろう。彼の行動理念はただ2つ、彼女を殺した犯人への憎悪と、彼女を守ることのできなかった自分の無力さへの罰だ。

 彼の気持ちは十分理解できる。

 だが──俺は知っているのだ。

 

 

「復讐自体はご自由に、としか言えません。でも、自分を必要以上に責めるのは、彼女も望んでいないはずです」

 

「確かにそういう性格じゃねぇだろうな。だが、恨んではいるだろ。俺がアイツをスカウトしなきゃ、そもそも殺されることはなかったんだからな」

 

「……俺にはこれが限界ですね。俺の言葉じゃ響かない、そうでしょう? ──()()()()

 

 

 俺は無意味な釣りをしながら、彼の名前を口にする。

 男性──苺プロダクションの斎藤社長は立ち上がり、俺を睨みつけた。

 

 

「お前、最初から──」

 

「俺にはあなたを説得する力はない。あなたを赦す言葉を吐くことはできない。それなら──本人に任せるのが一番だと思いませんか?」

 

「は?」

 

 

 俺は「何言ってんだコイツ」と言いたげな社長に、スマホを振りながら微笑む。

 ちなみにスマホの画面にはLINEの履歴が映っており、最後は相手側からの『今着いたよー』の返信で終わっている。

 

 

 

 

 

「そうだろ? アイ」

 

「──久しぶりだね、()()()()

 

 

 

 

 

 彼はその声に反射的に振り返った。

 後ろには、俺の最愛の人がいた。……いや、待って。何で普段着なの? その『アイドルセカンドシーズン』のTシャツは今の場面に似合わんだろ。

 

 格好はしまりがないのは認めよう。

 しかし、今の彼には彼女がどう映っているだろうか?

 

 彼が知る姿よりも若干幼いか。それでも、彼がかつて十数年前に失い、もう二度と出会うことがないと思われていた一番星が、穏やかな笑みを浮かべながら立っているのだ。アメジストのネックレスが、沈みかかった夕日で紫に輝く。

 斎藤社長は唖然としながら、一歩一歩前に進む。彼女に向かって。

 

 

「……あ……い……なの……か……?」

 

「ごめんね、大事なライブの前に死んじゃって。たっくさん、迷惑かけちゃったよね」

 

 

 私、生まれ変わったんだ、と少女は笑う。

 斎藤社長は会話中も前に進み、その手は彼女の肩に触れた。それが生きている証だと、彼女が幻影でも自分の想像でもなく、ましてや後悔からの幻でもないと語りかけるように。

 いまだにサングラスで彼の目は見えない。けれども、頬には涙の軌跡が道を作っていた。

 

 

「私も後悔してたんだ。何も言えずに死んじゃったからさ」

 

「アイ……俺は、俺がっ……」

 

「だから今なら言えるよ。──佐藤社長、私、アイドルやれて幸せだった。社長の事、これっぽっちも恨んでないからね? 私をスカウトしてくれて、見守ってくれて、ありがとう」

 

 

 嘘じゃないからね?と、少女は目に涙を浮かべながら、彼を赦す。

 かつてすべてを失った男は、その言葉に耐えることができなかったんだろう。非業の死を遂げたアイドルの生まれ変わりを、力いっぱい抱きしめた。

 

 

「俺、はっ、斎藤だって、何度も言っただろ……! こんのっ、クソアイドルがぁっ……!」

 

「あはは、そうだったね!」

 

 

 男は恥も外聞も捨てて、喉の奥から吠えるように泣いた。その復讐心が消えることはないのかもしれないが、自分を責め続ける日々が終わりを告げたのは、俺から見ても明らかだった。

 少女も笑いながら泣く。生前の自分を拾い上げ、文字通り一蓮托生でアイドル人生を共に駆け抜けた恩人に、生前に伝えることのできなかった感謝の言葉を、十数年の時を超えて、ようやく伝えることができたのだから。

 

 俺は少し離れて、二人の姿を眺める。

 最愛の少女の、生前の心残りが一つ消えたのだ。今この時ばかりは、彼女を転生させた傍観者(かみさま)に感謝するのだった。

 

 

 

 




【島津 桜華】
 主人公。斎藤社長が鹿児島に来るよう仕向け、彼が居ることも知ったうえで接触する。ちなみに裏では、一人で釣りに行くシナリオで、恋人と壮絶な喧嘩をしていた。「演出上必要だから社長さんと二人きりになるだけだって! 危ないことはないって!」「オーカは怪我人だから最初から私も付き添う!」「お前、計画ちゃんと聞いてた!?」

【星野 アイ】
 ヒロイン。転生者。生前の無念を一つ晴らす。本話後、主人公を彼氏として紹介し、社長を呆れさせる。

斎藤(さいとう) 壱護(いちご)
 生前のヒロインが所属していた苺プロダクションの元社長。ヒロインの死後に疾走していたが、見事薩摩のキチガイ共に釣られる。今回の件で、重荷を少しは下ろせた様子。島津が紡ぐ『双子釣り野伏計画』のキーパーソン。


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036.この奇跡のような日常で

 シリアスほのぼの回です。
 次回が序章最終回です。


 余談ですが、この作品は『バッドエンド』です。
 今のところ主要キャラはアイだけですが、他の面々も薩摩に逃げ込みます。正直に言って、それらの面々の消失は原作の芸能界にとって損失以外の何物でもありません。原作通りであれば、輝かしい舞台での栄誉もあったはずです。今作ではそれらが一切ないです。本作では『狂った地での安寧(日常)』が繰り広げられます。
 ……まぁ、バッドエンドだからって、彼ら彼女ら自身が不幸とは限りませんが。


 私の最愛の人と同棲して数ヶ月が経過した。

 彼と幾度の夜を迎えたことだろうか。

 それでも──寝起きの、この瞬間はいつも嫌いだ。

 

 

「………」

 

 

 目をこすり、意識が覚醒した私の朝一番にすることは、彼の姿を探すこと。

 周囲を見渡し、彼が隣に寝ていることを確認して、今日も代り映えのない幸せな一日が始まるのだと安堵する。

 

 私は転生者だ。

 一度目の人生を終え、なぜか二度目の人生を、何の理由もなく与えられた存在。

 この幸せな日常が、いつまでも続く保証がない。それこそ──この最愛の彼が隣にいる日常が、生前の私が死ぬまでの夢である可能性もある。ふとした拍子で、この自分の意識のみが消える可能性も否定できない。

 死んだことがあるこそ、私はそのすべてを幻として失うかもしれない瞬間が、恐ろしい。

 

 

「zzz……」

 

「……オーカ、おはよ」

 

 

 いまだに寝ていて意識のない彼の唇に、自分の唇を重ねる。

 今日は休日だ。昼からオーカ、みっちゃん、ミク君、タネサダ君とカラオケに行く約束をしているが、それまでは彼をいっぱい愛することができる。

 

 彼は私と恋人関係になったとき、今までと変わらないじゃんと口にした。

 けど、私は違った。オーカが告白してくれたあの日、私は感情を抑えることができなかった。

 

 どれだけ彼の気を引く行動をとっても、どれだけ唇を重ねようと、どれだけ彼を愛したいと願っても。そこには私自らが線引きをしてしまうのだ。私が彼を愛していても、彼が私を愛し続ける必要はないのだと、もう一人の自分が囁く。

 本当の私は、嫉妬深く、少しのことで激しく動揺し、そんな醜い自分を愛してほしいと願う図々しい女で、でも自分の本当の姿を見せたくないから嘘で誤魔化す、かなり面倒な女。

 そんな女が、この太陽のように心優しき少年の隣に立つ資格はあるのか。

 この疑念でさえも嘘で隠し、今まで彼と歩んできた。

 

 拒絶されるのが怖かった。

 嫌われるのが怖かった。

 生前の母親(お母さん)と同じように、捨てられるのが、怖かった。

 

 生前は完璧を演じた。嘘で嘘を重ね、強い自分を魅せた。魅せることができた。

 しかし、今世の彼は嘘を許さなかった。彼のその黒い『目』の前では、私を偽ることすら許さなかった。この醜い自分を曝け出し、嘘か本当かもわからない言葉で、彼に愛を囁き続けるしかなかった。

 

 

「……んっ、オーカ……オーカぁ……」

 

 

 ぺちゃぺちゃ音を立てながら、唇を舐め、(ついば)み、舌を絡め、唾液で濡らす。彼という存在を味わうために、彼に自分をマーキングするために、彼を愛するために。私を選んでくれた彼を、誰にも取られないように。彼は私ので、私は彼のモノだから。

 マーキングという意味でなら、彼に私の痕跡を刻みたい。歯形とかも考えたが、彼はそんなことをしなくても傷だらけ。これ以上彼に痛い思いをしてほしくない。

 

 

『──は? なんでアイを選んだのかって?』

 

『こんな外見がいいだけの、嘘だらけの女って、普通に考えて面倒だと思うんだよね』

 

『確かに』

 

『……そこは否定してほしかったなー』

 

 

 告白から数日後。

 私を選んでくれた理由を彼に聞いたことがある。

 

 

『……何でアイを選んだのか、かぁ。確かになぁ。何でアイを選んだんだろ? 俺も分からん』

 

『………』

 

『多分、未来の言った通りなんだろうな。この感情、理屈じゃねぇんだよ。言葉にしづらいな。魂が、アイじゃなきゃダメだって叫ぶんよ。きっと、俺の隣にいてほしいのは、お前なんだ』

 

 

 そして彼は微笑む。

 私の大好きな、あの優しい笑顔で。

 

 

『これからきっと、アイの美しいところ、醜いところ、様々なお前を知るんだろうな。時には笑って、時には泣いて、時には喧嘩をして、そして仲直りして、アイという不完全な女の子を、もっと好きになるんだろうなってのは思う』

 

『……失望されたりしちゃわないかな?』

 

『失望ってのは、過度な期待しているから起こるもんだ。価値観の押し付けは、俺の趣味じゃないぜ』

 

 

 同時に私は理解した。

 私が彼を好きな理由は、ただ彼の愛が私を満たしてくれるだけじゃない。彼は、私の本当の在り方を、愛してくれるからなんだって。

 

 

「……ちょっといいか?」

 

 

 ふと我に返ると、私をジト目で見る彼がいた。

 

 

「オーカ、おはよう」

 

「……おう、おはよう」

 

 

 彼が完全に起きてしまった。

 意識のある状態だと、彼の許可がないとキス(愛すること)ができない。

 

 

「もっとキスしよ?」

 

「まだやるんすか?」

 

 

 それでも渋々了承する彼が大好きだ。

 

 

 

   ♦♦♦

 

 

 

 あの頃は満員の観客の前で歌っていた。

 そして──今の観客は4名。

 

 どうすれば相手を魅了できるのか。何をすれば彼ら(ファン)が喜ぶのか。いくら一度死のうとも、身体が、声が、呼吸が、息が、1ミリ単位のズレすら許すことなく、完璧なアイドルを演じることができる。

 加えて、今の自分には愛する彼がいる。今私の歌う『恋愛』をテーマにした歌に、自分の感情を重ねることで、私のステージはより完成度が増す。

 

 4分ちょっとの歌が終わり、私は癖で頭を下げた。

 今までで一番緊張したかもしれない。

 

 

「「「「………」」」」

 

 

 だからさ、感想が欲しいな?

 唖然としてたら、ちゃんとできてたのか心配になる。遅れて拍手の音が響くので、とりあえず満足はしてもらえたみたい。

 

 

「さすが……としか感想が出ないですね。自分の語彙力の消失に驚いてますよ」

 

「オヤジの演武見てた気分だぜ。つかそれ以上だわ。最適化された踊りってのは、ここまで人を魅了すンだな。正直、舐めてた」

 

「これ当主殿が知ったら卒倒するソレだよね。そりゃファンにもなるよ、これは」

 

 

 肝心の愛しい彼は無言だった。

 彼の感想が一番大事なのに。

 

 

「どうだった? 君のためのライブだったんだけどなぁ」

 

「……いや、あぁ、凄かった。ごめん、これ以上相応しい言葉が見つからない」

 

 

 もっと褒めてくれると思ったんだけどね。

 感動してくれているから良しとしよう。

 

 彼の感想が聞けたタイミングで、採点システムが作動していたことを思い出す。

 一切の接待が存在しない、プロ御用達の辛口採点。

 

 

 

 

 

『82.4点』

 

 

 

 

 

 ……まぁ、そうなるよね。

 自分の歌唱力というものを過信してない。

 妥当な点数と言ったところかな。

 

 お疲れ様という言葉を浴びながら、自分の定位置(オーカの隣)に座る。喉にキンキンに冷えた麦茶を流し込む。

 

 

「次は……桜華行ってみます?」

 

「いっつも俺だよな。下手な順とかじゃない?」

 

 

 オーカはため息をつきながらマイクを手に取る。

 他の面々はヤジを飛ばしているが、私としては内心すごくワクワクしている。最愛の彼の歌声を聞くのは、これが初めてだったから。

 彼は事あるごとに、自分は歌が上手ではないと口にしていた。それでも──彼の歌というものを聞いてみたい。彼の歌声を、五感で楽しみたい。しかも、彼の選曲したのは最近の恋愛ソングだ。彼の口から愛しているという言葉が聞けるのは最高だと思う。

 

 たとえ、下手だったとしても気にしない。

 大事なのは彼が歌うことそのものに──

 

 

 

 

 

「~♪ ~♪♪」

 

「──えっ?」

 

 

 

 

 

 思わず声が出てしまった。

 彼の歌声が響き渡る。男性の声帯を最高の状態で酷使し、音程は決して乱れることはなく、多少のアレンジを加えながらも崩れず、感情を最大限込めて美声を奏でる。

 私がパフォーマンスで魅せるのに対し、彼は声色で魅せている。これで下手などと評価したら、芸能界を歌で売って食っている面々が発狂してしまう。そのくらい、プロ顔負けの歌唱力を披露していることに、オーカ自身は気づいているのかな?

 多分気づいていないと思う。

 

 やがて歌が終わり、私の拍手だけがボックスに響く。

 他3人は苦い顔をしていた。

 

 

「最後、ツメ甘かったなァ?」

 

「そうだな、最後やらかしたわ」

 

 

 

 

 

『96.8点』

 

 

 

 

 

「そして点数に現れるわけだねー」

 

「はぁ、やっぱり歌は苦手だわ」

 

 

 

 

 

 

『97.7点』(みっちゃん)

 

『98.9点』(タネサダ君)

 

『98.6点』(ミク君)

 

 

 

 

 

「はい、オレの勝ち。何で負けたのか明日までに考えときな」

 

「はー、クソ。絶対次は超えてやるからな覚悟しとけよ?」

 

「最下位は免れましたが、下から数えた方が早いのは屈辱的ですね。精進せねば」

 

「0.3詰めるとしたらどこかなぁ? サビ甘かったかもしれない。アイちゃん、そこのマイク貸して。もう一回やってみる」

 

 

 拝啓、アクア、ルビー。

 お母さん、心が折れそうです。

 

 

 

 




【島津 桜華】
 主人公。歌は下手と口にするが、そこに『4人の中では』という枕詞がつく。基本的に薩摩のキチガイ4人組は何かと全力で競い合うので、ジャンルによっては玄人顔負けの(わざ)を見せる。歌に関しても仲間内でしか披露しないので、標準の歌唱力を知らない。

【星野 アイ】
 ヒロイン。転生者。歌はやや平凡。しかし生前の努力とカリスマ性で他者を魅了する。他4人からして『歌一本の自分たちと、歌以外の土俵で無双する彼女とは、競う方向性が違う』という認識なので、4人組の間で起こるような煽り合いの対象にならない。が、その関係が彼女にとっては羨ましく思うことも……?


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037.またしても何も知らない島津

 これにて序章は終了です。
 感想、評価頂けると幸いです。

 あとがきの1日限りのアンケートもどうぞ。
 追記・アンケートありがとうございました。


 

 

「トラック来たね」

 

「この時期に引っ越したぁ珍しいな」

 

 

 ベランダから外の様子を眺めているアイに、室内でアルバイトに勤しむ俺は適当に返す。財務からの仕事がそこそこ回ってくるもんだから、ぶっちゃけ学校の宿題よりも大変である。やってることは算数の連続ではあるが、金を扱う仕事である以上ミスはしたくない。

 この仕事の斡旋の多さには、例の重鎮(アイのファン)が関与している。バイトなので出来高制だし、アイちゃんの生活を豊かにするためにも、仕事たくさん割り振った方がいいよね?の理論である。アイには優しいが、俺には優しくない財務である。

 アイドルの活躍が多くて喜ぶファンはいるが、裏方の仕事が多くなることを心配する人間がいないのと一緒だ。

 

 安定して安全な収入にはなった。

 しかし、前よりは時給は格段に減った。

 

 前までは首ポンポン獲るだけで稼げたもんなぁ。でも、アイのヤンデレ化事件から、宗家から「お願いだからお前は大人しくしとけ」と釘を刺されているくらいである。宗家と言っても当主殿とその他数名だが。

 いや、あれ本当は俺悪くないんよ。善意の押し付けと、防刃防弾服貫通してくるバーサーカー(立花の狂人たち)が悪いんだよ。しかも立花のオッサンから「貴殿の勇戦に敬意を表す。再戦の日まで壮健なれ」と書状と見舞金が来たくらいである。

 とりあえず「うっせぇバーカ」と返しといた。

 

 

「引っ越してくる住人も、怪しいのじゃないだろうから大丈夫だと思うぜ」

 

「誰が引っ越してくるのか、オーカは聞いてるの?」

 

「いや、知らん」

 

 

 隣に引っ越してくることしか知らんと返しといた。

 アイはその言葉に首をかしげる。

 

 

「ほら、ベランダから見えるだろ。駐車場近くのベンチで、いつも日向ぼっこしてるじーさん」

 

「雨の日以外は座ってるよねー。あのおじいちゃん、私にいつも声かけてくれるし、お菓子とかもくれたりするんだ。確か下の階に住んでるんだっけ。あのおじいちゃんがどうしたの?」

 

「あれご隠居。先代島津の当主」

 

「そうだったの!?」

 

 

 誰か知らない人からお菓子貰ってるのか、ウチの恋人は。前世の死因を顧みて、命を大切にしてほしいと切に願う。(特大ブーメラン)

 実際怪しいオッサンじゃないから別にいいけどね。アイの将来の義理の祖父にあたる人間だし。

 

 

「あの人がトラックをスルーしてるんなら大丈夫だ。不審者であれば、駐車場を大人しく通らせないからな。そういう意味では、ここのセキュリティーって万全だよなぁ」

 

「杖ついてるけど、おじいちゃんは強いの?」

 

「現役引退してっけど、めっちゃ強いよ」

 

 

 島津の双翼の生みの親だぜ?

 確かに年齢的に全盛期よりは衰えてはいる。今のご隠居なら親父殿10人くらいいれば、かすり傷ぐらいは負わせられるんじゃないだろうか?

 リョースケ君何人いれば、この階までたどり着けられるんかね。

 

 世間的には『掃除業者』と名乗ってるとか。

 何を掃除するのか言ってないので大丈夫。

 

 

「でも、お隣さんが来るんだね。ここって防音とか大丈夫かな?」

 

「多少騒いだくらいで隣に漏れることはないと思うけど、何か聞かれたらマズいことってあったっけ?」

 

 

 稀に馬鹿共と物騒な話をするくらいか?

 

 

「だってマニアックなプレイができなくなるじゃん」

 

「純粋な疑問なんだけど、あの服どっから調達してくるん? 鹿児島に暮らして長いけどさ、そんな服売ってる店見たことないんだよ」

 

 

 彼女の衣装棚に洗濯物を持っていくときに見たことあるが、マジでやばいからな。普段生活してたら必要のない衣装が山のように出てくる。メイド服やチャイナ服、競泳水着から軍服、何の作品のキャラか分からんエッチな衣装まで取り揃えていた。

 プレイに関しては……うん、はい。さすがは女優もやってただけのことはあるのか、素人目からして()()()()()()()を演じるのが上手い。芸能界で培ってきた技術を夜の営みにフル活用してんのよ、ウチの彼女。技術の無駄遣いとも言う。

 

 

「ナデコちゃんに頼んでるよ」

 

「だからアイツ最近死んだ目してるんだぁ……」

 

 

 島津関係者から『正義の味方目指してないタイプの壮年の衛宮切嗣』って言われてんの知ってるかな。アイに衣装託して死にそう。

 あの女、今までは大っ嫌いだったが、最近なんか不憫に思えてきた。現在龍造寺と諜報戦してて、双子釣り野伏計画も並行して進めて、しかもコレだろ? 過労死するんじゃないかなアイツ。

 

 

「今まではウチの左右が空き部屋だったけど、今回からご近所さんが来るんだ。エンカウントしたときは、最低限の挨拶くらいはしろよ」

 

「私の事コミュ障かなにかと勘違いしてない? これでも二児の母兼元アイドルなんだけど」

 

「その片鱗が感じられない言動が増えてるの自覚してね?」

 

 

 彼女って自分に有益な人間関係しか築かないイメージだし。生前からそうだったのだろうか? アイから同世代の友人の話を一切聞かないんよ。

 そりゃ隣のクラスに問答無用で駐屯している人物だからなぁ。しかも、成績も僅かながら徐々に伸びているから先生も胃を痛めながら諦めているし、ウチのクラスの人間からは評判がいいから何も言われない。男女問わずアイドル時代の圧倒的カリスマ性で虜にしとるんよ。分かっててやってるからマジ狡猾過ぎる。

 

 急接近したアイに頬をぷにぷに引っ張られながら、俺は仕事に戻るのだった。

 ……あれ? なんか重要なことを忘れてる気がする。まぁ、いっか。

 

 

 

   ♦♦♦

 

 

 

 次の日。

 いつものように学校に行って、いつものように何故か1-2でアイ(1-3)と授業を受けて、いつものように電車とバスで家に帰ってくる俺。

 今回は道中アイと別行動をとる。近所のスーパーで買いたいものがあるとかなんとか。先に家帰って飯の準備するわって分かれて、今に至る。駐車場のベンチで微笑む先代に一礼し、俺はマンションの2階に上がる。

 

 

「……ん?」

 

 

 なんか家の前に人がいる。

 同世代くらいの女性だ。大人びた雰囲気があるが、どこか表情に影が見える、とても整った顔立ちの少女。手に菓子屋の袋を下げている。俺に気づいている様子はなく、意を決したように俺ん家のインターホンを鳴らそうとする。

 これ声かけないといけない展開じゃん。まーたカウント増えるんだけど。

 

 彼女はインターホンを鳴らす。

 もちろん不在なので誰も反応しない。

 

 

「……いないのかな?」

 

「ウチに何か用ですか?」

 

「──っ!?」

 

 

 俺の声に過剰に反応して距離をとる少女。

 普通に傷つくくらい引かれたんだが。

 

 

「どうも、202号室の島津です。……もしかして、203号室に引っ越してきた方ですか?」

 

「え……あ……はい。203号室の者です。挨拶回りで来ました」

 

 

 俺が隣人と知るや否や、少女は姿勢を正常に戻し頭を下げる。体の軸が全然ブレてないし、ウチの恋人みたいに何か演劇経験者だろうか。

 これ菓子折りですと渡される。俺はそれを受け取──ちょっと待って。

 俺は彼女に問う。

 

 

「一つお伺いしたいことがあるんですが」

 

「どうしましたか?」

 

 

 

 

 

「──黒川あかねさん、ですか?」

 

 

 

 

 

「──っ!?」

 

 

 見てわかるくらいに彼女の表情が変わった。これビンゴだな。

 当の本人としては心境は穏やかじゃないはず。今では沈静化したとはいえ、一時期大炎上の当事者だったのだから、身バレは最も避けたいことだろうし。その証拠に、この短時間で顔色が物凄く悪くなっている。

 彼女は恐れている。この隣人に、どのような言葉を吐きかけられるのかを。

 

 だから俺はスマホを取り出す。

 SNSで拡散されるのかと勘違いしたのか、泣きそうな顔をして、自分の身体を抱きしめる少女。

 

 

「会話中すみません、ちょっと電話しますね」

 

 

 俺はクソ馬鹿に電話する。

 

 

「──咸、なんか劇団のエースが隣ん引っ越してきたんやけど」

 

『あ、言ってませんでしたか? 彼女をよろしくお願いしますね』

 

「お前を殺す」

 

 

 俺は即座に電話を切った。

 そして彼女ににこやかに笑いかけた。内心は全く笑ってなかったが。

 

 俺聞いてねぇんだけど!?

 え、ちょ、マジで言ってるんすか!?

 ウチのマンションは芸能界の避難所じゃねぇんだぞ!?

 いや、まぁ、首狩りセコムいるから一番安全だけど!?

 

 

「咸君を、知っているんですか? もしかして……彼の言っていた、桜華君?」

 

「……アイツが言ってたのなら、その桜華は俺ですよ」

 

 

 彼女には説明するのに、俺に説明しないの何なの?と、社交的な笑みを浮かべながら内心舌打ちする。たぶんアイも知らないんだろう。

 なんて考えていると、先ほどのよそよそしい態度が一変して、何の警戒もなく彼女は近づく。そして俺の両手を握りしめてきた。あまりにもの急展開に、俺は身構える時間すら与えられなかった。

 

 

「あ、あの! 桜華君にぜひ聞きたいことがあるんです! あ、玄関前じゃ話がしづらいですよね? 私の部屋、まだ片付いてませんが上がっていきませんか!?」

 

「いや、落ち着

 

 

 

 

 

「──オー、カ?」

 

 

 

 

 

 メメント・モリ(死を想え)

 何とも死ぬほどのバッドタイミングで現れる、俺の最愛の少女。

 そりゃ、そうだろう。自分の彼氏が、前に話題に上がっていた有名人に言い寄られているのだから、彼女の心境は如何ほどか。俺の名前を呼ぶ声は、首に刀を振り下ろす音に聞こえたくらいだ。

 

 

「あの、アイさん。あのですね、これには深いワケが」

 

「……あはは、オーカ。私はちゃぁんと、分かってるよ」

 

 

 瞳孔開いて嗤う彼女が十全に理解しているとは思えないが。

 

 

 

 

 

今日はいっぱい愛し合おうね(オーカは絶っ対に渡さない)

 

 

 

 

 

「せめて、せめて弁明をっ……!」

 

 

 足早に俺に近づいてくるアイ。

 状況が呑み込めないあかねさん。

 

 俺は言葉では止められないと悟り、その場でノータイムで土下座を行うのだった。

 

 

 

 

 

 ここは薩摩。安寧(狂乱)の場所。

 愛を渇望する転生者を優しく包む地は、新たな来訪者を迎え入れるのだった。

 

 

 

 




【次章予告】
 無事恋人関係になった桜華とアイ。これで円満かと思いきや、どうやらアイの子供たちは復讐計画を企てている様子。東京圏には諸事情で足を運べない薩摩のキチガイ共は、双子を薩摩へ足を運ばせるために暗躍する。その一方で、桜華は隣人の黒川あかねに頭を悩ませることとになるのだった。


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038.序章終了時の人物紹介

 タイトル通りです。
 見なくても大丈夫です。

 アンケートありがとうございました。


≪主人公・ヒロイン≫

 

島津(しまづ) 桜華(おうか)

 本作の主人公。高校1年生。薩摩藩一門が一つ、今和泉島津家の流れを持つ島津家の一人息子。血筋的に次期当主の候補者だったが、現島津家の当主がアイと主人公のパーフェクト恋仲生活への障害になると危惧し、継承権を剥奪されている。本人もそれを認めている。

 親父殿曰く、島津の人間としての必要最低限の武術の心得はあるとのこと。しかし、そもそもが蛮族が蛮族している島津家の気性に合わない性格で、思考的には幕末の島津家当主の島津斉彬(しまづなりあきら)に近い。しかし、島津家の人間としての責務の為、本当の自分というものを隠して、持ち前のスペックのみで島津してた人格破綻者。アイと出会い交流するうちに、心優しい人間としての本質を取り戻す……というよりはアイの為に生きる蛮族が爆誕する。

 身内への愛情が命を賭してレベルに重く、実際に命を懸けるとアイが泣くが、最終的には物理的にボロボロになるので泣かれて怒られて搾られる。最近は内政官にシフトチェンジしたので、アイが泣くようなことはないと思いたい。立花さんに目つけられているので無理なんやろな。

 学校での成績は上の下。感覚的に噓を見抜く才がある。割と多芸多才で歌唱力や身体能力が高い。半面、画力が壊滅的。アイとのイチャラブ生活で、無自覚に周囲をイマジナリー糖尿病にしていくはた迷惑な存在。

 

星野(ほしの) アイ】

 本作のヒロイン。高校1年生。原作で非業の死を遂げた元人気アイドルで、今作ではなぜか鹿児島に転生する。生前の家庭環境の影響で若干の発達障害があることから、愛情と言うものが理解できず、他者に自然と嘘を吐く。『嘘でも愛してると言えば、そのうち本当になるかもしれない』ということでアイドルとなり、生前の死に間際で双子に「愛してる」を伝え死去する。しかし、愛することはできても愛されることを理解ができなかったので、第二の人生では『愛されたい』という願いを持つ。転生後は家庭環境で愛し愛されることを諦めたが、星野家に養子となり、主人公と交流し愛されることで、主人公を好きになる。主人公のことを『オーカ』と呼ぶ。

 性格はポジティブで活発的。他人の名前を覚えることが苦手。歌唱力や演技力は本職と比べると平凡だが、アイドル時代の自分の魅せ方の徹底研究と、圧倒的カリスマ性で他者を無意識に魅了する。

 主人公にかなり依存しており、以前ほどではないにせよ感情が情緒不安定。内外問わず主人公にべったりくっつき、校内でも自他ともに認める馬鹿ップルの代名詞として知られている。それでも一部の男子生徒から告白され、それを言葉で切り捨てる。

 生前の歪な恋愛観から、肉体関係を持つことが、恋愛における最低条件と考えており、恋人関係になった後でも夜の営みを継続して行う。本人は不服だが避妊はしている。

 

 

≪3馬鹿&軍師(笑)≫

 

税所(さいしょ) (みな)

 主人公の幼馴染で、高校1年生。島津の家臣団が一つ、税所家の現当主。今作では主に諜報活動に秀でた一族であり、主に島津家の命で他家の情報収集を行うことを主に行っている。現当主たる咸の情報収集能力は薩摩一と揶揄され、『税所家の麒麟児』の異名を持つ。

 物腰は丁寧だが胡散臭く、アイ以上の嘘つきとして知られる。しかし、身内からの信頼は厚い不思議な存在。そんでロリコン。アイのことも『嘘つきな女の子で、私の友人』と認識している。他人の名前を覚えることが苦手なアイからは『みっちゃん』と呼ばれている。

 隠されていたアイの本名、双子の情報、彼女の死に加担していた元旦那の素性すらも暴き、それを主人公に提供する。アイが望んでいないとのことで、双子の復讐計画を妨害することも行っており、コイツのせいでルビーはアイドル仲間を集められてないし、アクアはアイが妊娠以前に使っていた携帯のパスワードすら開けていない。遅延行為辞めてもらっていいですか?

 序章終盤で、黒川あかねを助けるが、次章ではそれが話のサブテーマとして進行していく。

 

伊集院(いじゅういん) 兼定(かねさだ)

 主人公の幼馴染で、高校1年生。島津の家臣団が一つ、伊集院家の次期当主。今作において伊集院家は島津勢力の武を司り、示現流から薬師示現流、タイ捨から組手甲冑術など、多岐にわたり家中の者が修めている。主人公曰く『伊集院家の人間は、基本的に全員が鎌倉武士してる』と称する程である。

 物言いはかなり荒いが、身内への面倒見がよい。熟女好きの特殊性癖を持ち、50超えないと範囲に入らない。アイからの相談される回数がかなり多く、その大半は惚気話なので砂糖吐きながら相談に乗っている苦労人。アイを『くっそ不器用な友人』と見ている。他人の名前を覚えることが苦手なアイからは『タネサダ君』と呼ばれているが、本人はかなり不服。

 

種子島(たねがしま) 未来(みらい)

 主人公の幼馴染で、高校1年生。島津家の家臣団が一つ、種子島家の長男。今作において種子島家は島津勢力の内務を担当しており、島津家当主から『この家がいないと政が回らない』と言われている。本人にもある程度重要な仕事が回ってくるが、内政新人の主人公に割り振られる仕事量を見て笑えなくなってきてる。

 マイペースな傾奇者であり、少し前からVTuberとかやってる。ライブ配信は少なめ。ふた〇り好きという特殊性癖持ちなので、女性をあまり恋愛対象に見ない。物事の核心をズバっと指摘するタイプの人間なので、好かれる人には好かれるし、苦手な人からは嫌われる。全員そうか。アイのことを最初は警戒していたが、その人となりと在り方の歪さから、彼らの恋仲を応援して味覚が崩壊する。アイのことを『手のかかる頑張り屋な友人』と思っており、他人の名前を覚えることが苦手なアイからは『ミク君』と呼ばれている。

 ↓の奴が余計なことをやらかしたので、その罪滅ぼし含めアイの要望に可能な限り応えている。

 

種子島(たねがしま) 撫子(なでしこ)

 主人公の元許嫁で、高校2年生。種子島家の長女。薩摩一の傾国の美女と言われるくらいの美貌を兼ね備えた、軍略の天才で人格破綻者。『蜀の法正、島津の撫子』とまで揶揄されており、これには『軍事・奇略の天才』という意味の他に、『洒落にならないレベルの人格破綻者』という意味も含まれている。おっぱいも大きい(F)。

 彼女の行動理念は『薩摩の為』に集約しており、最初は主人公という駒を手に入れるためにアイを罠にかけるが、彼女のメンタルを侮り、馬鹿ップルに手を出した報いとして、アイの友達兼軍師に就任する。善意に耐性がないので、なぜか懐いてくるアイの頼みを断れず、惚気で砂糖を吐きだすし、過労で倒れそうなレベルで忙しい。元許嫁だが主人公に恋愛感情は一切なく、事件後アイの恋路を応援する側になる。友達にはなったが『我儘で困った可愛い妹』感覚で接しており、他人の名前を覚えることが苦手なアイからは『ナデコちゃん』と呼ばれている。

 

 

≪島津の人々≫

 

島津(しまづ) 家正(いえまさ)

 現島津家当主。主人公の父親の兄。伯父。かつて人気アイドル『アイちゃん』の熱狂的ファンであり、彼女が死去した際に島津勢力の存続が危ぶまれるレベルでショックを受けた生粋な狂信者。アイの転生を知る人物であり、主人公とアイの恋仲を応援するだけでなく、彼女の健やかな生活の為に、裏で色々と便宜をはかる。本心としては主人公とアイにさっさと結婚してもらって、推しの義理の伯父になりたい。

 ちなみに生前のアイに子供がいることは知らないので、次章で第二次島津ショックが予想される。

 

島津(しまづ) 隆正(かたまさ)

 主人公の父親。通称『親父殿』。外見が薩摩版キング・ブラッドレイみたいで、実際に戦闘力もそんな感じな人外。現代の鬼島津と揶揄される。嘘を見抜く観察眼は主人公以上であり、口数は少なく、存在そのものが威圧感の塊である。一方で、アイと恋人関係となった主人公の島津らしからぬ在り方も認めるほどには、自分の息子を愛しており、それは将来の息子の嫁であるアイにも向けられる。アイの転生も隠し子の存在も知る人物であり、既に将来の孫がいる状況に驚きを隠せなかったが、それはそれとして顔を見るのが楽しみで仕方がない様子。

 双子に会った時には主人公の顎の関節が外れるくらいには、洒落にならない溺愛っぷりを見せることが予想される。

 

 

≪学校の先生≫

 

山田(やまだ)先生】

 主人公の通う高校の1年3組の先生で、アイの担任。日本史担当。授業はかなり面白く分かりやすい為、OBから『この人の授業聞いてれば、模試の7割以上は余裕』と言われている。生徒一人一人を全力で面倒を見ているので、かなり苦労しがち。妻帯者で、子供もいる。

 今作最大の苦労人設定であり、後に編入する黒川あかねの担任であり、薩摩に移住した際の双子の担任にもなる予定。多分過労死するんじゃないかな。先生が何をしたっていうんだ。

 

 

東雲(しののめ)先生】

 主人公の通う高校の1年2組の先生で、主人公の担任。数学担当。最近何故か某1年3組の生徒を受け持っているような気がするが、隣のクラスの担任の疲労度合いを見て、彼女のことはスルーしている。この前『星野アイ』という生徒を島津……とまで言いかけて、別に間違ってないからいっかと『嫁の方の島津』と呼んでおり、アイもそれを受け入れている。

 

 

≪原作キャラ≫

 

星野(ほしの ) 愛久愛海(あくあまりん)

 原作の主人公。アイの息子でルビーの双子の兄。通称『アクア』。転生者で生前の名前は雨宮(あまみや) 吾郎(ごろう)で、宮崎の産婦人科医だった。詳しいことは原作読んでね。それかアニメ見てね。

 今作でもアイの仇をとるために復讐計画を企てるが、アイの交友関係を調べるために必要な携帯のロックが解除できていないので、アイの元旦那探しがかなり難航している。彼が無能と言うわけではなく、携帯会社経由でパスワードランダム兼間違えると2時間操作できなくなるように設定した咸のせいである。

 

星野(ほしの) 瑠美衣(るびい)

 アイの娘でアクアの双子の妹。通称『ルビー』。転生者で生前の名前は天童寺(てんどうじ) さりな。吾郎の勤務する病院の患者だった。詳しいことは原作読んでね。それかアニメ見てね。

 今作でもアイドルを目指してはいるが、アイドルのオーディションに尽く落ちており、高校入学後もそれが続いているので内心めっちゃ焦っている。その実態はアクアが裏で断っていたり、咸がスカウトさせないよう裏で手を回しているせいである。おのれ税所家め。

 

黒川(くろかわ) あかね】

 女優の高校2年生。劇団『ララライ』の若きエースであり、与えられた役に対してプロファイリングを参考にした徹底的な洞察と考察を行い、それらを完璧に演じる天性のセンスを持つ原作屈指のチートキャラ。詳しいことは原作読んでね。それか以下略。

 今作だとアクアが『恋愛リアリティショー』に出演しないので、ネットでの炎上後に首つり自殺を行い、失敗する。その後なんやかんやあって薩摩に来る。詳しいことは次章で描写すると思います。たぶん。

 

有馬 (ありま) かな】

 陽東高校の2年生。幼少期は『10秒で泣ける天才子役』として活躍していたが、現在は仕事もあまりない様子。詳しいことは原作読ん以下略。

 本作は……どうすっかなぁ。出したいけれど、案が全然浮かんでいないキャラその1である。

 

MEMちょ(めむちょ)

 ユーチューバーの高校3年生。原作ではルビーとかなとアイドルをする。詳しいことは以下略。

 本作は……どぉしよっかなぁ。出したいけれど、案が全然浮かんでいないキャラその2である。

 

斎藤(さいとう) 壱護(いちご)

 アイが所属していた苺プロダクションの社長。アイの死去後に失踪し、本作では島津に釣られてアイと再会する。原作キャラで唯一アイの転生を知る人物。

 余談だが、ルビーが鹿児島でアイドルするときには彼を社長に据えてプロダクションの鹿児島支部を作る予定。

 

【ぴえヨン】

 ひよこの覆面を被った覆面筋トレ系YouTuber。小中学生に大人気の苺プロダクションの稼ぎ頭で、年収はなんと1億円。薩摩と何の関係もないじゃんと思うが、親父殿が毎配信見ている。アイのアイドル時代の活躍を動画サイトで漁る際に偶然出会い、それ以降ファンになったとかなんとか。

 

 

≪その他≫

 

【徳川家】

 敵。




 今話執筆するの辛かったです。
 あれですね。アンケートで『いらない』に投票した先見の明がある方は、この作業がクソ面倒だと知ってたんですね。本当にクソ面倒でした。自分が言い出したので完成させましたが、二度とやるかと思いました。


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1章 釣り野伏編
039.有用性と無自覚


 前々回の続きです。
 感想、評価頂けると幸いです。

 ところで感想やら評価でアイ転生モノが珍しいとか言われるんですけど本当ですか? 皆さんも書きましょう。何なら土佐の子でも会津の子でも長州の子でも、ご当地に転生させて、徳川包囲網作りましょう。




Q.アイとルビーの二人組で鹿児島でご当地アイドルさせたらいいのでは?

A.チャンバラごっこに鎌倉武士を乱入させないでください。


 我が家は不穏な空気に包まれていた。

 リビングには星野アイ(元人気アイドル)黒川あかね(劇団のホープ)が対峙しているのだ。お互いが机を挟み、ソファーに座っている。

 アイは警戒心むき出しで対応しており、黒川さんも状況が呑み込めず困惑している。

 

 俺は何とかキッチンに避難している状況だ。

 どうしてこうなった?(純粋な疑問)

 

 

「──という状況です。どうしてくれるん?」

 

『逆に何をどうトチ狂ったら、そんな展開になるんですか? 確かに、事前に言ってなかった私も悪いですが、普通そうはならないでしょう?』

 

「なっとるやろがい」

 

 

 俺は小声で元凶の馬鹿に文句を言っていた。

 言いたくもなるだろう。明日学校休む可能性も出てきたぞ。

 

 

『彼女を薩摩に呼んだのは私です。本来ならば、責任を持って私の方で保護したかったのですが……桜華もご存じでしょう?』

 

税所(さいしょ)はアレだもんなぁ。逆に危ねぇわ」

 

 

 薩摩の諜報活動、情報統制を司る税所家の現当主がこの男である。

 黒川さん一人を保護するのなら、他家なら何の問題もないはずだった。しかし、税所家は特殊過ぎるのだ。裏での暗躍はお手の物、下手すると秘密裏に消されかねないのが、税所という一族だ。俺自身も咸との交流はあるが、税所家そのものには極力関わり合いたくはない。

 あの集団、咸と島津への狂信が過ぎる連中の集まりだもんな。

 誰か一人でも『彼女は税所家当主に相応しくない』と考えれば、翌日には消えている可能性もある。そして、それに罰を下そうものなら『ありがとうございます!』とか言ってくる始末。嫌だよ、あのドM集団。

 

 その点、このマンションは最高の環境だろう。

 先代が彼女の存在を認めている時点で、税所家の人間は彼女に手を出すことはできない。

 

 

『あかねさんは今、非常に情緒不安定なんです。一度は自殺を試みるくらいには病んでいますからね。彼女には何か困ったことがあれば、203号室在住の島津桜華という少年に頼ってほしいと伝えてますから』

 

「俺は精神科医じゃねぇんよ。しかも、既に情緒不安定な恋人も抱えてるんよ」

 

 

 そして情緒不安定(星野アイ)情緒不安定(黒川あかね)が衝突して、俺が消滅しそうなんよ。どっかの誰かが『神様は乗り越えられない試練は与えない』と言ってた気がするが、これを乗り越えられると思ってる神様は頭がおかしいと思う。

 俺はキッチンでしゃがみながら項垂れる。

 その姿は見えないはずなのに、咸はそのタイミングで「すみませんね」と労ってくるのであった。

 

 

『後で埋め合わせはします。……それに、彼女の交流は桜華にとっても悪い話じゃないでしょう?』

 

「そのせいでウチの恋人が不機嫌なんやけど」

 

『彼女──黒川あかねさんは、例の計画で必要となる()ですから』

 

 

 俺はその言葉に眉をひそめた。

 恐らく立案者は種子島家の人格破綻者なんだろう。斎藤社長といい、アイツは何をするつもりだ。

 

 

『我々は星野さんの子供さんに直接会いに行くことは難しいです。それならば、あちらから鹿児島に来ていただく他ありません。それは前にも説明しましたよね?』

 

「やっぱり徳川は邪魔だよね」

 

『それはいったん置いておきましょう。前回、斎藤社長と星野さんを会わせることで、彼経由で双子に話が行く流れは作りました』

 

 

 斎藤社長にも俺とアイから伝えている。

 双子と接触することがあれば、本人たちの信じる信じないにかかわらず、元人気アイドルの生まれ変わりが薩摩にいることを伝えても構わないと。

 

 

『しかし、成功率を上げるには複数の策を講じるものです。できれば彼女と星野さんにはぜひとも仲良くなっていただきたい』

 

「……あー、そういうことか。よくもまあこんなクソみたいなこと思いつくな」

 

『えぇ、()()()()()()()()()()()()使()()()()

 

 

 彼女が仕事の際に使用していたSNSのアカウントは一切更新させてないという。というか新しいアカウント作ってしまえば?と咸から彼女に持ち掛けていると。

 しかし、ファンやアンチの執念とは凄まじいものだ。

 例え新しいアカウントを作ろうが、人権無視の蛮族共は特定をしてしまうだろう。

 

 咸が言いたいのはこうである。

 その新しいアカウントで、黒川さんと、その友人となったアイのツイート(又は写真)を載せることで、双子に彼女の存在を匂わせることが目的であると。

 咸の妨害で未だに復讐相手の手がかりすら掴めていないアクア君のことだ。このツイートを見つける可能性は、そう低くはないだろう。

 

 

『彼女を助けたのも、彼女の知名度が欲しかったからですよ。まぁ、星野さんの魅力であれば、SNSの鍵を外せば双子に届きそうではありますけどね。こっちのほうが楽でしょう?』

 

「……そう、だな」

 

『いやはや、最初は星野さんの元旦那さんの特定の為に交流してましたが、ここまで使える存在だったとは。元女優という点も、今後使い道がありそうですね。こちらで確保できたことは僥倖とも言えるでしょう』

 

「……ところで一つ聞きたいんだけどさ」

 

 

 この発言だけ聞けば、咸は黒川さんを計画の()としか見てないクソ男にしか聞こえないだろう。彼女の好意が自分に向いていると知っており、それすらも有用性を見出して手を差し伸べる。今回の計画だけではない、彼女の知名度と演技力を、今後の活動でも使()()()と言うあたり、咸は彼女を人間として見てないのだ。

 さすが税所家の麒麟児。

 どこまでも情報というものに残酷な一族である。

 

 でもさ、

 

 

 

 

 

「黒川さん助けるために外車売ったって聞いたけど、本当?」

 

『えぇ、資金が不足してたので。税所家の資産から出すわけにもいかなかったですし、結構高値で売れたので、私の懐は潤ってますよ』

 

 

 

 

 

 コイツ、小さい頃から夢見てた、○○社の超高級車を自分の貯金が貯まったからと即購入したんだよな。早く18歳になって乗り回したいと、購入時に耳に胼胝(タコ)ができるくらい聞かされたものだ。税所家の人からも、その車を買って以降、自分で運転できない外車の洗車は自分で率先して行っていたと聞いた。あの車は、それくらい想い入れがあるはずなのだ。

 咸はそれを駒を入手するために、何の迷いもなく売り払った。

 ……あれかな。自覚ないんかな。

 

 今もなお、彼女を『使える駒』であると力説する彼に、少し前の俺もこんな感じだったのかなぁと白目をむきながら聞き流す。

 ごめんな、未来。あの時の俺、頭島津だったわ。

 

 その後「彼女はお金がないので食事の提供お願いします。桜華の口座に振り込んどきますね」と、駒の食生活を心配する咸から多額の資金を頂き話が終わる。

 提供する食事の栄養バランス考えろってことですね。

 

 

「ほーい、飯やぞー」

 

「「………」」

 

 

 そんで我が家の最悪な空気をどうしてくれようか。

 それぞれの前に配膳し、俺はアイの隣に座る。

 

 彼女らをどう仲良くさせればいいのか。

 実は答えは簡単なんだけど、男女間の問題も発生してくるので、電話をする前は躊躇していたことは認めよう。しかし、咸に丸投げされた以上、俺は遠慮するつもりは一切ない。

 

 

「ところで、黒川さん。さっきの相談したいことって、もしかして咸のことに関係ある?」

 

「……はい」

 

 

 ここでアイは『咸と仲の良い女の子』と『咸が黒川さん関係で奔走している』という情報を思い出したのだろう。加えて、彼女が税所家の麒麟児の名前を出した瞬間、分かりやすく赤面していることから、彼女が自分の敵ではないと理解したはず。

 露骨に雰囲気が軟化するアイに、もっと早く気付いてほしかったなぁと内心思う俺。

 

 でもとりあえずヨシっ!と自分を納得させ、黒川さんを見据える。

 あぁ、黒川さんとアイを友達にしようじゃないか。

 

 

「俺が分かることであれば協力しよう。咸のこと好きなんだろ?」

 

「……へぇっ!? わ、私は、そのっ……!?」

 

「隠さなくてもいいから大丈夫だよ。アイツの昔からの友達だからこそ、黒川さんみたいな女の子なら安心できるからさ。アイも応援してくれるだろ?」

 

「もちろん、応援するよ。みっちゃんと、貴女との恋を、ね?」

 

 

 ひとまず咸を贄にして、な。

 

 

 

 




【島津 桜華】
 主人公。今回の件で咸とあかねをくっつけたろ!と画策するが、自分も恋愛初心者なので何すればいいのか分からない様子。とりあえず経験則から咸にゴムは渡しておこうと思う。

【星野 アイ】
 ヒロイン。転生者。自分の安寧の為にもみっちゃんと彼女をくっつけようと思うが、自分も恋愛初心者なので何すればいいのか分からない様子。とりあえず経験則から外堀内堀を埋めることの大切さを説く。

【黒川 あかね】
 劇団『ララライ』の元エース。なんか知らんけど薩摩に移住している。詳細は次話で明かされるかも。


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040.絶望の中で

 前回の続きです。
 もちっと続きます。
 感想、評価頂けると幸いです。


 

 

「とは言ったものの、まずは自己紹介からしましょうか」

 

「あの、改まった口調に戻さなくていいよ?」

 

 

 よくよく考えてみたら、俺とアイは彼女のことを知ってはいるが、彼女は俺たちのことを知らないだろう。いや、アイのことはもしかしたら知ってるのかもしれないけど、とりあえず別人設定で世間にはゴリ押しているので。

 加えて、黒川さんが高校2年生で俺の人生の先輩だと思い出したので、早急に態度を改める。え、撫子もだろって? いや、人格破綻者が人生の先輩面しないでもらえますか?

 

 けれども、その態度急変に待ったをかけたのが黒川パイセン。曰く、咸の友達とは距離感なく仲良くしたいとの事。めっちゃ健気な人じゃないですか。

 なんで炎上したんですか?

 

 

「それに、私も桜華君とアイさんと同じ学年になるし」

 

「え? 黒川さんが通ってた学校って、そこそこの進学校じゃなかったけ? こんな自称(爆笑)進学校に1年からリスタートする必要なくない?」

 

 

 スマホで彼女のwiki見ながら質問する俺。

 すると、目に見えて赤面する元女優の女の子は、か細い声で胸の内を語るのだった。

 

 

「……だって、咸君と同じ学年になりたかったから」

 

「分かる」(即答)

 

 

 黒川さんの乙女心に、力こそパワーと言わんばかりに、ゴリ押しで1年2組に駐在する少女は深く何度も頷く。この少女のせいで山田教諭は胃薬片手に授業を行っていることを知っているのだろうか。知ってても改めなさそうだけど。

 それにしても……そうか。同じ学年になるのか。何組だろう。

 

 

「話を戻そう。咸がどんな紹介したか知らねぇけど、念のためな? ──俺の名前は姓が島津、名を桜華。咸の腐れ縁で、××高校1年生だ。ちょっと家柄が古いだけの、普通の15歳のガキだよ」

 

「普通……?」

 

 

 ウチの恋人が物凄い怪訝な目で見てくるの何なの。

 親父殿やご隠居に比べればカタギと変わらねぇよ。

 すると、彼女は微笑みながら、俺の自己紹介に補足を加える。

 

 

「うん。咸君から聞いてるよ。今和泉(いまいずみ)島津家の流れを持つ、島津(しまづ) 隆正(かたまさ)さんの一人息子だよね。龍造寺や大友から『首狩り桜華』『島津の火縄銃』の異名で知られる、現代の首狩り武者。星野アイさんの恋人で、性格は温厚で素直。でも戦場に立つと勇猛果敢なのに冷静沈着と、戦闘スタイルを場面場面で使い分けるオールラウンダー。咸君から一番信頼されている少年」

 

「俺の裏の個人情報が丸裸にされてるんだけど」

 

「オーカを丸裸にしていいのは私だけだよ?」

 

「そういう意味じゃねぇ」

 

 

 そんなディープな話を初対面の人間にするんじゃありません。

 ってか、一般人に話していいことじゃねぇだろ。裏でドンパチやってることも知ってるし、駒にしては情報提供し過ぎじゃないですか咸さん? これ、駒ってクイーンのこと言ってる?

 その後アイも自己紹介するが、案の定と言うべきか、咸から必要以上の情報が彼女に渡っていた。さすがに転生者のことは話してないが、島津家当主の後ろ盾がある等、割と中枢に近い事情すら彼女にインプットされているようだ。

 

 なぜ彼女が深いことまで知っているのか。

 大体の予想はつくが、まぁ、後で咸と答え合わせと行こうか。

 

 一通りの自己紹介が終わり、次の話題に移る。

 というよりも、俺とアイが今一番知りたいことを彼女から聞くのだった。本心ではあまり聞きたくはないが、知らなきゃいけないことなので仕方ない。

 

 

「どういう経緯で薩摩へ?」

 

「………」

 

 

 俺やアイの個人情報を喋るような饒舌さは消え去り、代わりに若干青ざめたか弱い女の子が、そこにはいた。自分の身体を抱きしめながら、それでも俺たちに説明しないといけないと、無理やり口を動かしているようにも見える。

 俺だって傷口に塩を塗り込むような真似はしたくない。

 しかし、咸から任されている以上、俺は彼女を保護する責任がある。彼女が島津()の庇護下にある以上、俺は彼女を守る責務が発生する。もちろんアイが最優先事項ではあるが、それは咸も知ってて任せてはいるだろう。手を差し伸べるには、まずは知らなくてはならない。

 

 たどたどしく、それでも時間をかけて、彼女は薩摩に移住するきっかけを語る。

 恋愛リアリティショーとして知られる、『今からガチ恋始めます』という番組に出演するところから全てが始まる。まぁ、聞く限りでは若者の台本のない恋愛ドラマ的なアレなんだろう。俺は知らん。アイも知らん。そんな番組に造詣が深ければ、俺は今頃アイに食われてない。

 そこで番組での出演時間に伸び悩んだ黒川さんは、番組スタッフのアドバイスで悪女ムーヴをやらかし、共演者の女の子を物理的に傷つけてしまい、結果ネットが大炎上。問題は当事者間で解決したものの、それでも炎上は収まらず。俺も少しは覗いたことがあるが、そりゃもう罵詈雑言の嵐で、未成年のガキ一人に対して関係ない第三者の悪意が容赦なく襲いかかっていたのを思い出す。

 そして──黒川さんは自殺を図った。

 

 

『疲れた』

 

『もういいや』

 

『考えたくもない』

 

 

 自室で首を吊り、結局は失敗した。

 もう一度自殺を図ろうとするも──死の間際に感じた、潜在的な恐怖が歯止めとなり、二回目の首吊りが行われることはなかったと語る。

 世間からは後ろ指をさされ、自死すらもできない。

 自室で嗚咽を漏らしながら泣く彼女に、一つのLINEの通知が入った。あの税所家の麒麟児からで、最近、演劇等でのアドバイスやプライベートでの悩み相談で親しくなった、顔の見えない少年からの励ましの言葉がそこにあった。

 

 しかし、彼女は疲れていた。

 既に心は、壊れていたのだった。

 彼女はあろうことか、咸にLINE電話を行う。

 

 

『───』

 

『………』

 

『──っと、すみません。黒川さん、でしたか? こうやって声を交わすのは初めてでしょうか。何か相談事……と言っても、例のアレですよね。黒川さん、あまり外野の声は気になさらず』

 

『私、死にたい』

 

 

 彼女は自分の心の内を吐き出した。

 心の黒い液体を、顔も見たことのない相手にぶちまけるのだった。

 

 

『もう゛、しにだい。でも、こわくで、しね゛ないよ』

 

『黒川さん……』

 

『わだじ、もう、もう゛、やだよ。ごわいよ。いやだよ』

 

『………』

 

『……だずけで。み゛なぐん、だずげでよぉ、わだし、もう──づかれだよ』

 

 

 彼女の心からのSOS。心を折られ、再起不能になった少女は、顔も知らぬ少年に助けを求めるくらいには、心身ともに限界まで疲労していたのだった。

 

 

『黒川あかねさん、貴女には天性の才能があります。この荒波を超えることができれば、より一層成長することが可能です。そう、貴女は演劇をやりたくて、芸能界(その世界)に入ったのでしょう。一度の失敗が何ですか。貴方には、輝かしい将来がある』

 

『……っ』

 

『……ですが、それでも、それでも無理だと。もうダメだと。その世界では生きていけないと。そう、思うのであれば──』

 

 

 前者の回答は彼女の望んだものではなかったのだろう。

 咸はそれを悟って、第二の選択肢を提示する。

 

 

『──私にもう一度、助けを求めてください。逃げましょう。逃走とは動物の生存本能です。そもそもが動物な人間が、その選択をしてはいけない道理などないでしょう。逃げてしまいましょう。生きてさえいれば、再起はある』

 

『……あ、あ』

 

『黒川あかねさん、どうされますか? 踏みとどまって女優への栄光を掴みますか? それとも、そのしがらみから解放されたいですか?』

 

 

 彼の残酷な問い。

 しかし答えはすんなり出る。彼女は、もう全てに疲れていたのだった。

 

 

 

 

 

『──み゛なぐん、だずげで、み゛なぐん……!』

 

 

 

 

 

 分かりました、任せてください。

 彼はそう言って、行動に移した。彼が持ちうる全ての資産、コネを十全に発揮し、短時間で彼女の薩摩で暮らす基盤を作り上げたのだった。弁護士を雇ったのは、様々な法的手続きをスムーズに行うため。貯蓄を使い、足りなければ私財を売り、金銭ガン無視で時間重視で炎上騒動以外の全てを穏便に解決するのだった。

 それだけの行動力があるのなら、引っ越しのことぐらい隣人に先に言えよと思わなくもない。

 

 

「咸君は、私の元女優としての『黒川あかね』に有用性を見出して手を差し伸べた。それは分かってるの。私には、それしかできないから……」

 

「………」

 

 

 彼女は本当に考察とか得意なんかな?と島津少年は訝しんだ。

 それだけで夢投げ捨てるような奴かよ。

 

 

「私、咸君の役に立ちたい。咸君の『駒』になりたいの」

 

「………」(え、そういう愛の形もあるの?、というアイの視線)

 

「………」(まぁ、愛って理屈じゃねぇから、という俺の返し)

 

 

 要約すると、彼女は咸にとって『都合のいい女』になりたいそうだ。それが助けてくれたことへの恩返しなのか、多額の資金を出させてしまったことへの贖罪なのか、はたまた別の感情で動いているのか。

 なので、彼好みの女を演じるための情報が欲しいと、元女優の少女は頭を下げてくるのだった。

 

 その願いに答えたい気持ちはある。

 あるにはあるんだが……そこで一つ重要な問題が発生する。

 

 

「アイツの、ことかぁ。よりにもよって、アイツの情報かぁ」

 

 

 あの秘密主義の税所家の現当主だ。

 ぶっちゃけ言って腐れ縁ではあるけれど、俺は兼定や未来の情報と比較すると、俺は咸という男を知っているわけではない。確かに薩摩の中で彼をよく知る人物と言えば、真っ先に俺の名が挙がるだろう。

 知ってることはそこまで多くはないけれど。

 

 

「うーん、何て言えばいいのかなぁ」

 

「どんな些細なことでもいいから、教えてくれないかな」

 

「いや、別に渋ってるわけじゃないんよ。アイツのことを根掘り葉掘り聞かれたことないからさ」

 

 

 だから、だろうか。

 あの秘密主義の最大の秘密を知っている俺だからこそ。

 咸について聞かれたこと自体なかったものだから、俺は思わず口を滑らしてしまったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そもそも、アイツって戸籍上死んでるからなぁ」

 

 

 

 




【島津 桜華】
 あ、やべっ。

【星野 アイ】
 え?

【黒川 あかね】
 え?


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041.嘘つきばかり

 次回はほのぼのさせたいです。
 何気に星野アイ(高1)と黒川あかね(高2)が対話する作品ってコレだけなのでは?
 感想、評価頂けると幸いです。


 しかし、どうシュミレートしても、主人公とルビーが衝突する先しか見えないんですよね。これは困った。
 あと頭から『スーパー薩摩隼人カミキ君』って単語が頭から離れません。どっから出てきたこの単語。命に重みを感じる(物理)になるやんけ。


 俺としては心の内でつぶやいた言葉だった。

 うん、心の中でね?

 

 

「「………」」

 

 

 たぶん口に出ちまったな。

 彼女らの時が止まったように表情をこわばらせる有様を見れば、咸の秘密をゲロったのは一目瞭然だ。アイツから口止めされてないからセーフに近くないアウトだけれども。

 

 俺は一つ咳払いをする。

 そして営業スマイルを浮かべるのだった。

 

 

「ここオフレコでね?」

 

「オーカ、ばっちりオンエアしてるよ」

 

 

 オメー逃がさねぇからな?と言いたげに、愛しの彼女は俺の左腕に絡みついて甘えてくる。前進逃亡が十八番の島津武者ではあるが、これには鬼島津(義弘公)も逃げられないだろう。

 対面の黒川さんもメモ帳をばっちり構えている。

 

 これは咸のアレコレを吐くまで満足しないようだ。

 念のためにキャリーケースまで持ってきてるの用意周到過ぎるでしょ。

 

 

「お願いしますっ」

 

「……あぁ、もう、分かった。分かったから。話すよ、話せばいいんだろ」

 

 

 黒川さんの熱心な拝み倒しに陥落する俺。

 口を滑らせた俺が10割悪いけれども、この時ばかりは丸投げした咸にも責任があると思いました。完全に責任転嫁である。

 

 

「じゃあ、さっきの発言について詳しく。みっちゃんが戸籍上死んでるってどういうこと?」

 

「あー……その前に違う話していいか?」

 

「それ今の質問にも関わってくる?」

 

「じゃなければ話さんわ」

 

 

 アイは黒川さんに視線を向け、黒川さんはそれに頷く。

 了承も得たところで、俺は彼女の望むであろう、俺の知るアイツの情報を提供した。

 

 

「さて、まずはアイに質問だ。咸とアイが会ったのって中坊時代の最後辺りだよな。それまで一切交流がなかったと思うけど、お前に対してなんか優しくなかったか?」

 

「んー、そうかな? みっちゃん元々優しいよ?」

 

「………」

 

 

 咸が特定の女性に優しい。その情報を聞いて、若干不満げにペンを走らせる元女優の少女。一方のアイは、完全に友達感覚なんだけどね。

 別に彼女を嫉妬させるために吐き出した情報ではないが。

 

 

「こういうのは、なんつーったけな? 類似性バイアスってやつ?」

 

「自分との共通点に対して好感を持って、その点を高く評価してしまう……っていう意味だよね?」

 

「黒川さん、物知り過ぎない? ……そそ。アイに前にも言ったけど、星野アイと税所咸って、本質がかなり似た者同士なんだよ」

 

「私とみっちゃんが? どこが似てるの?」

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。俺がアイと会った時、似た奴がどうのこうのって言ったじゃん」

 

 

 嘘つきの友人。俺はアイという少女と出会う前から、呼吸するように嘘を吐く人間との交流があったのだ。島津桜華という男が、嘘ばっかつく少女に嫌悪感を抱かなかった理由に、彼女のような存在と幼少期から交流があったという点もあるんじゃないかな。

 咸がいなければ、もしかしたらアイとの交流も、もう少しギクシャクしたものになっていた可能性もある。

 

 

「そんで話を戻す。アイも外では呼吸するように嘘バラ撒くが、咸のそれはアイのように生易しいもんじゃない。もう嘘。ぜーんぶ、嘘。嘘で嘘を塗り固めて、嘘で構成された、薩摩随一の嘘吐き野郎。それがアイツなんだよ」

 

「彼が、嘘吐き……」

 

「そんなショック受けなくてもいいよ、黒川さん。アイツの質が悪いのは、嘘で構成されたそれで、本当を囁くから見抜きにくいんよ。君を助けると言った言葉も、その献身も、十中八九本物だろうから安心して」

 

 

 彼女のメンタルもカバーしつつ、俺は再度爆弾を投じる。別にリスキルしたくてフォローしたわけではないことは明言しておこう。

 

 

 

 

 

「アイが噓をつくことを極めまくったらアイツみたいになるんじゃないかな? いや、無理か。だって『()()()()()()()()()()()()

 

「「……!?」」

 

 

 

 

 

 目を丸くして驚く女性陣。そら驚くよなぁ。名前が覚えにくいと愛称をつけたり、必死になって助けを求めたその名前が、そもそもが嘘であったというのだから。

 しかし、俺は他者につく嘘は苦手。

 悲しいことに現実だ。

 

 

「ここで俺がうっかり吐いた例の言葉を思い出してほしい」

 

「……っ、もしかして、咸君が戸籍上死んでるって、その戸籍に載っている名前が本物?」

 

「当たらずとも遠からず。あいつは既に公的には3()()()()()()()、その倍以上の身分があり、さらにその倍以上名前が存在する。『税所咸』って名前は、その数多く存在する偽造戸籍の一つに過ぎないのさ」

 

 

 『咸』という言葉には『あまねく』つまり広い範囲を指す言葉であり、元々が個人を差すような言葉ではない。その時点で、アイツが名前というものに、それほど執着していないということが伺える。

 仕事上必要だと思っての行動に見えるが、アイツのそれは妄執の領域にまで来ている。余程自分の本当の姿を晒したくはないんだろう。

 ここでアイとの類似点である2番、3番が生きてくる。

 

 

「かつて税所家の名無しが言った。『名前というものは人を区別するための指標でしかない』と。アイツさ、父親が早死にしたし、母親に殺されかけて、逆に殺してんの」

 

「みっちゃんの、お母さん、が……?」

 

「何でなんて聞くなよ。俺もそこまで深くは聞かんかった。確かそこで自分の本当の名前を戸籍と共に葬ったんじゃなかったかな? だから本当のアイツは母親と無理心中してるって筋書きだな」

 

 

 俺はそこで一呼吸おいて、配膳の際に用意した麦茶のボトルからコップに注ぎ、その麦茶で渇いたのどを潤す。ついでに彼女らのコップにも注いではみたが、アイはぎゅっと左腕を強く握って、黒川さんはペンとメモ帳を再度構え、続きを促す。

 

 島津少年はため息をついた。

 他人の鬱暴露話は……あまり好きじゃない。

 

 

「そんな人間が、愛情を一身に受けて育ったと思うか? そりゃ『愛』なんざ知らんわな。肉親が死んで半自動的にアイツが税所家のトップ。俺もアイツが親愛の対象かと言えば、どっちかっつーと肩並べる戦友だし。アイツ自身も『愛』なんてものを必要としなかった」

 

 

 愛を渇望したのがアイであり。

 愛を知ろうともしなかったのが咸である。

 

 環境も境遇も似ているにも関わらず、その進む方向性は交わることはなかった二人。

 しかし、アイツを知ろうとするのなら、恐らく薩摩の中ではアイが適任じゃないかと思われると伝えた。そう、()()()()()()()()()()()()()

 

 

「つまり星野さんを参考にすれば」

 

「オススメしないけどね。黒川さん、君が彼を知りたいってのならそうすればいい。でも、もしそれ以外の目的があるのなら。咸を支えたいって言うのであれば、アイを参考にするのだけは止めた方がいい」

 

 

 噓吐きと噓吐きが交わったところで、傷の舐めあいにしか発展しない。

 彼の隣に立ちたいというのなら──

 

 

「んー、要するに? 目黒ちゃんがみっちゃんとラブラブするのなら、私じゃなくてオーカを参考にすればいいってこと? 私にはオーカが必須だし、みっちゃんが私と同じなら、目指すならオーカなんじゃないかなぁ」

 

「……桜華君を、参考に、と」

 

「待って、俺が言いたいことはそうじゃない」

 

 

 黒川さんに薩摩兵を憑依させるのだけはアカンやろ。

 誰が『黒川あかね(さつまのすがた)』を望むんや。

 

 

「ここまで語れば、いかに咸が徹底した秘密主義の塊だってことが伝わったと思う。もう本人に聞くぐらいしないと、これ以上の重要情報って手に入りづらいんじゃないか? 教えてくれる保証はないけど」

 

「ううん、ありがとう、桜華君。ものすごく参考になった。私も頑張ってみるよ……少しでも咸君の、役に立ちたいから」

 

 

 情報分析が彼女の長所であるのに、その情報そのものが非常に入手困難。そんな状況下であろうと、彼女の目に諦めの文字は微塵もなかった。

 これだけ見ると献身的な女性に映るだろう。……しかし、俺は彼女の目に一種の『狂気』を感じた。普通に接しているようにも見えるが、女優という目標を失った彼女は、今は何を拠り所として生きているのだろうか。

 これはちと危うい。俺の手に余るかもしれん。今度馬鹿共に相談してみるか。

 

 後はまぁ、普通に暮らしてれば気づくこともあるんじゃないかな。

 今アドバイスできるとすればそのくらいだろう。

 

 

「……オーカ、聞いてもいいかな?」

 

「なんじゃらほい」

 

「オーカはみっちゃんの本当の名前って知ってるの?」

 

 

 その質問は予想できたことだ。

 俺はそれに是と答え、加えて言葉を重ねた。

 

 

「でも教えることはできない。これは咸自身から口止めされてるからな。今まで暴露した分は特に何も言われてないけど、これだけは再三言われたから、さすがのアイにも教えてやれん」

 

 

 だから、と俺は黒川さんに挑戦的な笑みを浮かべる。

 

 

「それは自分で聞くことだ。何、親密になれば聞けるだろうさ」

 

 

 俺は君と彼がそのような関係になることを願う。

 その意味を込めて発破をかけてみるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……何回搾れば教えてくれるかな」

 

「それ卑怯だと思うんすよ、アイさん」

 

 

 

 




【島津 桜華】
 主人公。薩摩で唯一、咸の本名を知る人物。税所家の人間どころか、島津家当主すらも知らない。これ咸の本名が『排泄物 吾郎三郎』とか言ってもバレないのではと思ったことはあるが、実行には移してない。

【星野 アイ】
 ヒロイン。転生者。咸の本名を知りたい。とりあえず後日、極限まで愛し合ってみたが、吐いてはくれなかった。不満に思いながらも、そういう約束は守る彼も好き。

【黒川 あかね】
 劇団『ララライ』の元女優。咸への献身が恋なのか否か分かってない様子。このカップルは手ごわいぜ、島津夫妻。


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042.毒される進学校

 ほのぼの回です。
 感想、評価頂けると幸いです。


 ちなみになんですが、咸の本名は既に決めてあります。ルビーの『親からの無償の愛』論を一発でぶっ壊すレベルの胸糞ネームです。考えた作者自身がドン引きしました。いつか出します。


 黒川あかねさんが××高校に編入した。

 一時期時の人となった元女優の少女であり、例の炎上事件もあった関係か、校内でも賛否両論の嵐が巻き起こった。カレーが嫌いな人間だっているのだから、あの真面目で健気な少女を嫌う人だって存在はするのだ。こればっかりはもう仕方ないと割り切るしかないのだろう。

 もちろん教師陣も一丸となって彼女を外敵から守るのだった。下手に騒がれるのも自称進学校へのイメージダウンに繋がるしな……という理由もあるが、なんか知らんけどウチの学校の教師陣は人格者が多すぎる。率先して彼女を守る動きを示した。

 

 自分の立ち位置を俺たちも公言する。

 俺はともかく、他の3馬鹿とかは、クラス内でもそれなりのカーストを維持しているからな。

 

 

『……黒川さん? あぁ、ウチのご近所さん。めっちゃ良い子だよ。あ、1年5組の税所となんかいい感じらしいよ?(ここ強調)』

 

『あかっちは私の友達だよ! 最近はウチに泊まりに来ることもあるんだー。あ、1年5組のみっちゃんと仲がいいんだって!(ここ強調)』

 

『えぇ、私も家ぐるみでお世話になっております。礼儀正しく、真面目で、とても素晴らしい女性です。ネットでの評価など、実際に交流しないことには分からないものです』

 

『あァ!? 炎上がどうしたァ!? テメェ実際に会って話したのかァ!? 目に見えねぇモン信じて、実際に見えるモノ信じねェでどうすんだよクソが。あ、1年5組のクソ咸が気にかけてたらしいぜ?(ここ強調)』

 

『こらこら、女の子の悪口は感心しないなぁ、ウチのクソ姉貴は例外だけど。あの事件だって当事者間で解決してるんだから、今更蒸し返すのもあれじゃない? あ、1年5組の税所が懇意にしてるとか(ここ強調)』

 

 

 ところでアイのせいで俺も泊りに参加した噂が流れたんですが、これはどこに相談すればいいんかな。いや、確かに咸の要望でウチに泊めてるよ? でも俺一緒に寝てないからね? アイん部屋に女の子同士で寝てるからね? 俺は久方ぶりに一人で悠々と寝てるよ?

 最近はアイを疑似抱き枕にして寝てると、抱き枕から聞いた。一人でいるとまた自殺しかねないと心配しての配慮だった。環境が変わったからと言って、メンタルもリセットされるわけでもないし。

 

 そんなこんなで高校での噂や、心にもない流言飛語は鳴りを潜めていったのだった。

 何なら××高校1年二大美女に名を連ねてしまったぐらいだ。だってあの黒川さんだぜ? そりゃ人気も出るわな。

 

 そして黒川さんは1年3組に在籍している。

 クラスに仲のいい女の子がいるだけでも安心度が段違いなので、アイは彼女のメンタルを慮って、1年3組に戻っている。

 そもそも俺のクラス(1-2)にいること自体がおかしかったのだが。

 俺の左腕はいまだに稼働する見込みはないが、それでも要介護というわけでもない。クラスの皆は何か物足りなさを感じながらも、担任が欠席者を確──

 

 ──バタンッ。

 

 

「──東先生! 遅れてごめんなさいっ!」

 

「東雲な。おー、嫁島津、戻ってきたのか」

 

「うんっ。あ、あとあかっちも連れてきましたっ」

 

「そうかそうか。山田先生にはちゃんと事前申告しているか?」

 

「山本先生は今日も休みです!」

 

「なら俺から学年主任に伝えとくわ。……おーい、そこん男子、机をさっさと移動させてやれー」

 

 

 クラスの男子によって、最後尾に座っていた俺の横に机が二つくっつけられる。随分と慣れた移動であり、周囲の人間も最適化された動きを見せた。

 アイは黒川さんの手を引いて、さも当然のようにクラスメイトの間をすり抜けるように歩み、さも当然のように俺の横に座る。そしてアイの横に黒川さんも座る。

 

 ……あれか、俺がおかしいんか。

 なんで1-3の女子生徒二人が、1-2の俺の横で授業受ける気満々なの?

 

 

「今までオーカをほったらかしてごめんね? 今日からはずっと一緒だよ」

 

「……黒川さんは咸のいる1年5組に行った方がよくなかった?」

 

「あはは! オーカは面白いこと言うね。あかっちとみっちゃんはクラスが違うよ?」

 

 

 手元に鏡がないのが非常に惜しい。

 俺は動く右手で顔を覆って天を仰いでいる間に、ホームルームはいつものように終了し、国語担当教諭が入れ違いで1-2に入室する。先生は俺たちの場所を一見し、小さく嘆息して、授業に使うプリントを前列に渡して後ろに回すように指示する。もちろん乱入者分もしっかり回ってくる始末だ。

 

 アイは少しでも成績を上げようと授業中は真面目に受け、他クラスにお邪魔して授業を受けることに慣れてない黒川さんは緊張したようにノートにメモを取る。

 こうして俺の日常がなぜか戻ってきたのだった。

 やっぱりおかしいよ。

 

 

 

    ♦♦♦

 

 

 

「き、緊張したぁ。物凄く緊張したぁ! 地方の進学校って、けっこう自由なんだね……」

 

「そこの問題児が自由過ぎるだけだよ」

 

 

 時間は進んで昼休憩。

 それぞれ昼食を用意し、俺たちは1-2で食事をとるのだった。この時ばかりは他クラスも入出可能な時間なので、3馬鹿も1-2にお邪魔している。これだよ、これが普通なんよ。

 一番星の生まれ変わりの生まれ変わりがおかしいんよ。

 

 

「えー、でもでも、私は先生から怒られたことないよ」

 

「どうやらコイツには諦観って概念が存在しねェらしい」

 

「私は欲張りだからね!」

 

「こういうのが人生を楽しく生きる秘訣なのかもしれないなぁ」

 

 

 俺の心労を度外視した会話に、引きつった笑みすらできなくなってきている島津少年。

 アホ2人と非常識少女が楽しく笑っている横で、初々しいカップルみたいな会話をする2人の男女の方に耳を傾けよう。

 

 

「……申し訳ございません、今回の件が中々片付かず、黒川さんにお会いする時間がありませんでした。そうですね、今度の土曜日であればご自宅に伺えるかもしれません」

 

「ほ、ほんと? やった……あっ、まだ部屋全然片付いてない……!」

 

「荷解きがまだでしょう? 私も手伝いますよ」

 

「う、うん。ありがとう、咸君」

 

 

 こういう初々しさMAXのカップルの姿を眺めるのも悪くないな。

 俺は二人の会話を聞きながら、朝から作った弁当のおかずを口に運ぶ。アイは同じメニューにしたが、黒川さんは別のおかずを使っているので、あたかも半同棲してませんよアピールをしている。

 世間体には気を遣うんですよ。

 

 それともこれが普通の恋人の距離感だろうか。

 ウチは付き合う前から強制的に同棲して、外堀内堀をガンガン埋められていたから、正直何が恋人同士の絡みなのか、未だによく分かってない。

 アイに流されてヤることヤってんしなぁ。

 

 なんて物思いにふけていると、左腕をぐいっと引っ張られる。

 

 

「あかっちばっかり見てたらダメだよ。私を見て、ね?」

 

「なんだ、寂しいのか?」

 

「うん」

 

 

 頬を膨らませて抗議するアイに、俺はため息をつきながら自分の弁当箱に残っていた玉子焼きを摘まみ、彼女の口の中にねじ込む。

 いわゆる乱雑な『あーん』である。正式なものは前に腐るほどやった。

 

 

「ほれ、これで満足だろ……って、箸が口から離れねぇんだけど……おい、ちょ、俺の箸を味わうんじゃねぇって、え、これ全然取れねぇんだが……!?」

 

 

 玉子焼きどころか俺の箸すらも堪能する元アイドル。

 一定時間経過し、堪能した彼女はやっと口を離す。

 

 

「えへへ、オーカとの間接キスだぁ。まだオーカのごはんって残ってるよね?」

 

「そうだな」

 

「ちゃんと箸を使って味わって食べるんだよ?」

 

 

 小悪魔のように、可愛らしい笑顔を浮かべる彼女。

 その姿を見て、俺は一生この少女には敵わないんだなと痛感するのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「兼定、見てよ。この前、Amazonで注文したんだ」

 

「1ガロンのタバスコなんざ、使い切るのに何年かかンだ?」

 

「え、今から一気飲みするけど」

 

「テメェはとりあえず病院行け」

 

 

 

 




【島津 桜華】
 主人公。あかねが家に泊まっている間は、搾られることがないので、ある意味安全な生活を満喫している。が、適度に発散させないと外で搾られるのでは?と震えながら毎日を迎えてる。

【星野 アイ】
 ヒロイン。転生者。最近あかねのことを『あかっち』と愛称で呼ぶ。欲求不満気味だが、友達のあかっちを放っておけないので我慢する。ところで旧校舎の空き部屋って人があまり通らないよね? せや。


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043.言語の壁

 ほのぼの回です。
 感想、評価頂けると幸いです。

 次回投稿遅れるかもしれません。なんか会社の歓迎会あるらしいっす。行きたくないけど行きます。


 あと『推しの子』の全11巻を入手しました。新品高かったですけど、日ごろお世話になってるので還元しなきゃね。というか本作、4巻までしか読んでない作者が書いてるんすよ。ネタバレ気にしない派なので反応集とか見てますけど。


 転生したときに、生前の身体と何か違いはあるのか。

 私の場合だと、目に見えるような違いはなかった。前世と同じような速度で成長するし、身長体重もそこまで差はなかった。……おっぱいくらいは、前世より成長しても良かったんじゃない?と思わなくもなかったけど。ナデコちゃんぐらいは欲しかった。

 あと処女復活した。もうオーカにあげちゃったけど。

 

 それでも、生前と違うところもある。

 いくら同じ身体だとしても、やっぱり違うんだなと時々思うことがある。

 

 

「あ、暑い……」

 

「そうか?」

 

「分かんない」

 

 

 休日に家でダラダラしていると、あかっちが家に転がり込んできた。時間的にもうちょっと後になると聞いてたけど、涼しい恰好をしているのに、肌に汗が浮かんでいる。

 オーカはいつもの自作Tシャツ(『沖田畷(おきたなわて)の戦い』って書いてある)に、グレーのハーフパンツ姿で、リビングのソファーに座りながらパソコンをカタカタしていた。アルバイトをしているらしい。安全な仕事だから私も安心できる。

 もし今度瀕死になったら、当日にたっぷり愛し合う(妊娠ルーレットする)って約束だもんね。

 

 そんな私もオーカのベッドでゴロゴロ転がりながら、オーカのタブレットで漫画を読んでいる。前に彼が読んでいた『今日は甘口で』というタイトルだ。

 私はオーカが一番気に入っている自作Tシャツ(『鬼石曼子(グイシーマンズ)』)に、オーカのジーパンを勝手に着ている。彼の方が足長いから、裾の方は動きやすいように折り曲げて、ベルトでずり下がらないようにしている。

 基本的に自分の私物は少ないし、今身につけているので自分のものと言えば、下着とネックレスぐらい。

 

 

「耐えられないくらい?」

 

「むしろ涼しい顔してる桜華君とアイちゃんが信じられないくらい、物凄く暑いんだけど。南の方って、もうこの時期で暑いんだね……」

 

「……あー、こりゃ、しゃーないかぁ」

 

 

 アイ、エアコンつけといてくれ。

 そう彼は言い残して、キッチンへと消えて行く。

 

 私はエアコンのリモコンを見つけ出し、東京にいたころを思い出し適温に弄る。今の身体だとそこまで暑くはないけど、よくよく考えてみたら都心より気温高いもんね。あかっちには辛いのかもしれない。

 ついでに小型の充電式扇風機も渡しておく。

 あかっちは小さくお礼を言って、首元を冷やし始めた。

 

 そのタイミングで、キンキンに冷えた麦茶ボトルと人数分のコップを持ってきた私の彼氏。

 保冷剤も持ってきているあたり、とても準備がいい。

 

 

「アイ、何度にした?」

 

「今の東京だと、このくらいだと思うけど、これでいい?」

 

「……まぁ、いっか」

 

 

 俺が厚着すりゃいいしと、愛しの彼は自分のタンスからジャージを取り出して羽織る。運動部系の人みたいで凄くカッコいい。

 いっつもオーカはカッコいいけどね!

 

 

「あ、ありがとう。私の部屋、まだエアコンとか取り付けてないし、扇風機とかも買ってなかったから。こんなに暑いと思わなくて」

 

「部屋が冷たくなるまで時間かかるから、とりあえず寛いどいてよ」

 

 

 オーカはそう言い残してアルバイトに戻る。

 時間が経って復活したあかっちも、自分のパソコンを開いて何か作業するくらいには回復した。

 

 でも対面のオーカのことをチラチラ見ながらパソコンを弄ってるのは何でかな? 愛しの私の彼のことを意識しないといけないコトって何だろうなー。ものすごく気になるなー。あかっちは私の友達だから信じてるよ? だってみっちゃんがいるもんね。けど、オーカの顔をしきりに伺ってるのは気になるなー。なー。なー? あ、今じっと見てた。時間長かった。

 

 

「……あかっちはパソコンで何してるの?」

 

「桜華君の事をまとめてるよ」

 

「ファッ!?」

 

 

 どおおおしてオーカのことをまとめてるのかなぁ? いくら友達だって、オーカは絶っ対に渡さないよ? 彼の髪の毛の先から、つま先まで、私のもの、なんだからね? やっぱり何か彼に私の痕跡を残すべきなのかな? 歯形? キスマーク? でも痛いのは嫌だよね。私もオーカのこと傷つけたくないし。あ、そうだ! 指輪するってのはどうだろう? 婚約指輪とかいいよね。だってオーカとは実質夫婦だし、18歳になったら夫婦になるし。今度、お義母さんに相談してみよっかなぁ。

 

 

「……どうして、オーカの事、まとめて、るの?」

 

「私が知る中で、桜華君の愛情が一番重そうだから」

 

「なんだろう、全然褒められてる気がしないんだけど」

 

 

 オーカは愛たっぷりだもんね。

 私の彼氏だもんね!(大声)

 

 

「アイちゃんも言ってたでしょ? 咸君に愛情を教えるのなら、桜華君ぐらいの愛情をぶつけないと、咸君は気付いてくれないだろうから、全力で調べてるの。咸君が桜華君を一番信頼してるのって、そういうのも関係してるのかなって思う」

 

「俺に恋愛小説として『舞姫』薦めるアホだもんな。俺の愛情を激重と評している点に関しては物申したい気持ちだが」

 

 

 確かにオーカの愛は心に響くからね。でも、みっちゃんって『愛情』を求めてるのかな? 求めてないと、そもそも響かないような。

 愛情への関心度が■■■君に似てる気がする。

 

 そんな思い出したくもない過去をふと考えてしまった時、あかっちの携帯の着信音が部屋に響き渡る。

 彼女は小さく謝りながら、部屋の隅で電話に対応する。

 

 

「……はい、黒川です。──へっ? ……え、あぅ……あー……そ、そのぉ……」

 

 

 次第に涙目になって、私とオーカを交互に見ている。

 気になった私は、あかっちと電話相手の声が分かるくらい近づいてみる。もしも私の友達を困らせるような電話だったら、相手にガツンと言わなきゃ。

 

 

 

 

 

『○▼※△☆▲※◎★●○▼。○▼※△☆▲※◎★●○▼※△☆▲。○▼※△☆▲※◎★●!?』

 

「ごめん、オーカ。何言ってるのか全然分かんない」

 

 

 

 

 

 さすがの私も言語の壁は超えられない。

 その間もあかっちはオロオロしていたので、オーカはため息をつきながら、私たちに近づいてくる。

 彼は少しだけ彼女と電話越しの相手の会話を聞き、あー……と何かを察したような顔をして、あかっちに電話を替わるようジェスチャーをした。

 

 

「はーい、電話代わりました。……あぁ、おっちゃん? うん、島津ん倅よ。……あーね、遅れるん? ……そっかそっか、そりゃしゃーないわ。……うん、伝えとく。はい、おっちゃんも気をつけてな。……はーい」

 

 電話を切った彼は、あかっちにスマホを返す。

 

 

「エアコン取付作業、先方の都合で1週間ぐらい遅れるってさ。その代わり超格安で済ませてくれるって。それを伝えといてねーって」

 

 

 オーカ曰く、かなり鹿児島訛りにクセのある業者さんからの電話だったらしい。

 私には何言ってるのかさっぱりわからなかったけど。

 

 

「桜華君、さっきの全部分かったの?」

 

「いや、5.6割しか分からん」

 

「「え?」」

 

「あのなぁ、ド田舎のジジババの言ってることなんざ、若者からしてみれば全然分からんからな? 他の県がどうか知らんが、ああいう年配の人との会話ってのは、少ない方言知識とその場の雰囲気とノリだけで会話して、会話の重要な部分だけ分かりゃいいの」

 

 

 薩摩弁って古語訛りが多いし、他の九州の県とも発音やアクセントが全然違うから、分からない人にはマジで未知の言語なんだよねと笑った。

 古典の点数が赤点ギリギリの私には分からない話だった。

 

 

「……そっか、そうだよね。方言も、勉強しなきゃだよね」

 

「いざという時は咸に会話してもらうのが早いと思うぞ。アイツは俺より喋れる方だから」

 

「うん、頑張るっ」

 

 

 そんな昼近くの何気もない話。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「親戚同士の集まりもあるから、アイも少しは覚えないとな」

 

「私英語も苦手なのに……」

 

頴娃(えい)語よりはマシだって」

 

 

 

 




【島津 桜華】
 主人公。とりあえずアルティメット鹿児島弁アニキの『わっぜか音がしっせえよ、あたいは今朝ん台風か思っせえよ。あん外に出てみっせえそこら辺見たぎいな、道路の向かいあるいてったら警察がとまっちょら、ないごてけ思って見てみっせな、あいがと左角(ひだいかど)ぶつけっせえよ。警察どんが自分で事故さあよかなかど』の意味をほぼ理解できる程度の薩摩力。

【星野 アイ】
 ヒロイン。転生者。↑で何言ってるのかさっぱり理解できない。『推しの子』の最新話で悲鳴を上げている皆さん、安心して下さい。アイは今日も薩摩で楽しく暮らしてるので、ルビーが悲観することは何もないです。

【黒川 あかね】
 劇団『ララライ』の元女優。今回の電話、最初は怒られてるのだと思って、めっちゃ怖かった様子。薩摩弁は威圧感あるからね。仕方ないね。


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044.島津と医者はズッ友

 ほのぼの?回です。
 すみません、歓迎会からの帰宅後に爆睡しました。酒飲んでないのにね。今日中にもう一話書かなきゃ……。
 感想、評価頂けると幸いです。





 そのうち

桜華「当主、生前のアイに隠し子の双子がいて、そんで二人とも転生者で、二人の生前は医者と患者の関係で、死に間際に妹の方が兄の方と結婚の約束をした仲で、今もそれを望んでいるっぽいですが、どうすればいいですか?」

当主「【ME DIED】」

 みたいになるんすかね。


 俺は定期的に整形外科に受診している。

 言わずもがな、神経ぐちゃぐちゃ骨ボキボキだった腕を、一定間隔で診察してもらうためである。これが治る見込みがないのであれば切り捨てられたんだが、医者曰くこの腕は時間はかかるけれども治るものらしい。

 

 治るのであれば治したい。

 なので希望に縋りながらも病院へは欠かさず行くのだ。

 

 

「ねぇ、オーカ。ここにいる私たちの子供の名前、山本先生の言ってた翠玉(エメラルド)にしようと思うんだ。どう思う?」

 

「俺の受診に勝手についてきたことは100歩譲るとして」

 

「うん」

 

「今から行くの、産婦人科じゃなくて整形外科なんだけど? それとも目的地違うから分かれて後で合流する?」

 

 

 自分の腹部をさすりながら、慈愛に満ちた笑みを浮かべていたアイは、冗談だってーと笑いながら、怪我をしてない方の腕に絡む。

 無駄に演技が堂に入っているのは何でだろう。まさか生前同じことをやりやがったとか言わないよな?

 斎藤社長の苦労が伺える。

 

 

「私のお腹、妊婦みたいになってないでしょ? オーカに報告するとしても、絶対に堕ろせないタイミングで言うから心配しないでね」

 

「その時は絶対に責任は持つから、あらかじめデキた段階で言ってくれ。俺の心臓の為にも、いきなりのカミングアウトじゃ俺(とその他複数)が物理的に死にかねんから、報連相は大切にな?」

 

 

 未成年でのデキちゃった発言は、各所に多大なるご迷惑をおかけすることが確定しているから、生前のようなゴリ押しを超えた出産ルートだけは、本当にマジで勘弁してほしい。

 仮にも当たった日には、即結婚は法的に無理だとしても、腹を括って一緒に支えるからね?と宣言しておく。

 この回答に満足したのか、うにゅーっと俺の右腕を抱きしめる。虎視眈々と既成事実を狙っていることを除けば、何とも可愛らしい彼女じゃないか。ハハッ。

 

 受付で保険証等の必要なものを提示し、待合室で自分が呼ばれるのをアイと待っていると、ふと大画面のテレビから刺殺事件のニュースが流れる。

 反射的に彼女の肩を抱き寄せて添うが、ニュースを見ていたはずの彼女は、平然とそのテレビを鑑賞していた。何なら俺の行動の意味が分からず、「ん?」と俺の顔を見た後に、身体を俺に預けてくる始末だ。

 大丈夫なの?と聞いてみると、

 

 

「前は怖かったけど、今は何ともないかな。だってオーカがいるから、今は怖くないよ」

 

「そういうもんなんかねぇ」

 

「……というより、あんなにズバズバ刺されているオーカ見てると、何で私って死んじゃったのかなって思うことがあるよね」

 

「いやホントすみません……」

 

 

 それはアイが致命傷かつ救急車が遅れたことと、俺は基本刺されるときは致命的な部分を避けているからだと思う。刺されるにはコツがあるんすよ。

 

 そんなたわいない会話でお茶を濁していると、俺の名前が呼ばれる。

 先生のいる部屋に2人して入ると、50前後の銀髪のダンディーな白衣のオッサンが待ち構えていた。言わずもがな、俺の担当医の先生である。

 

 

「おう、来たか。島津のボウズ」

 

「ご無沙汰してます」

 

「んで、そっちが噂の……」

 

「妻です」

 

 

 呼吸するように嘘をつく少女。

 オッサンはまじまじと上から下までアイの姿を眺める。傍から見るとポリスメン案件に見えなくもないが、その目は信じられないものを見るような、そして好奇心に満ちた目であった。

 

 

「……ほー、確かにそっくりと言うか、瓜二つっていうか、(おい)もあの事件はリアタイで見てたから覚えてるが、生まれ変わりって本当にあるんだなぁ」

 

「別に信じなくてもいいですよ」

 

「そういうわけじゃねぇさ。ってか、戦闘狂いのボウズが元大人気美人アイドルと交際している事実の方が信じられねぇよ。人間って変わるもんなんだなぁ、あぁ?」

 

 

 茶化さないで下さいと俺は苦情を入れる。

 この先生は一応はアイの担当医もしてもらっている。なので信じられないことではあるが、事情自体は一応説明はしていたのだ。島津関係者ではあるし。

 現段階ではアイが整形外科にお世話になることはないけど。

 

 無精髭を撫でるこの男、がさつではあるが、腕は確かなんですよ。

 その証拠に、俺の腹部や胸部の刺傷、腕の様子を眺めているときは、戦時の薩摩人並みの集中力で丁寧に診察をしている。

 

 

「……先生、オーカは大丈夫なんですか?」

 

「コイツは頑丈だから、命そのものの心配はいらねぇぜ、嬢ちゃん。胴体の傷は、もう少ししたら消毒の必要がなくなるんじゃねぇか? つか消毒も完璧だな。嬢ちゃんか?」

 

「ナデコちゃんに教わってしましたっ」

 

「……ナデコちゃん?」

 

「ア法正です」

 

 

 俺の言葉に「あの人でなしに友達出来たって本当だったのか!?」と目を丸くする先生。

 撫子とアイが友達になった件は島津界隈どころか九州圏内でも話題になったもんな。他勢力から『あの人格破綻者の友達と言うことは、その友達も相当ヤバい奴なのでは?』と、噂が独り歩きしている。

 違う意味でヤバい娘なのは間違いないんだが。

 

 

「問題は腕の方だな。まぁ、経過的に見て悪くはないが、動かせねぇのは本人がよく知ってるだろ。今はもう首狩りしてねぇって聞いてるが、左腕は絶対安静だ。動かせるようになっても、アホみたいに振り回すんじゃねぇぞ」

 

「もちろんそんなことはしませんよ。俺を何だと思ってるんですか?」

 

「嬢ちゃんに会う前のことを思い出してから言うんだな。心臓横をギリギリ刺されて重傷だってのに、次の日普通に別の仕事場所行って暴れた奴は誰だ?」

 

「記憶にございません」

 

 

 そんなこともあったな、懐かしいわ。

 アイが超ジト目で見てくるがスルーする。

 

 

「嬢ちゃんもコイツが無茶しないように見張っといてくれ。あたかも常識人を振舞ってるように見えるけど、言ってることとやってることの矛盾が多い奴だ。担当医としてのお願いだ」

 

「オーカのことは任せてくださいっ!」

 

 

 元気よく了承するアイに、オッサンは何とも言えない表情を浮かべる。

 この破天荒娘が心配……というよりは、彼女の発言に対して心配しているわけではないが、彼女を通して誰かを幻視しているような気がする。

 こんな顔をしているオッサンは初めて見たので、何事かと聞いてみる。

 

 

「いや……ちと昔のことを思い出した。アイドルの『アイ』を推している、友人の医者がいてな」

 

「先生、に、友人……?」

 

「あの人格破綻者に友人居るんだから、(おい)に友人居ても何の問題もないだろうが。……まぁ、ここ十数年連絡が取れないんだけど。女関係でやらかして雲隠れしたのかもしれんが、アイツ何やってんだろうなぁ」

 

「……ふーん、誰なんですか、その医者ってのは」

 

雨宮(あまみや) 吾郎(ごろう)っつう先生なんだけどな。確か……宮崎のどっかの産婦人科医してたってのが最後だな」

 

 

 ドルオタの産婦人科医の先生か。

 まぁ、一世を風靡したアイドルだって話だしな。島津家当主が推してたのだから、医者の先生が推してても不思議じゃない。

 

 

「……センセ?」

 

「ん? アイは知ってんの?」

 

「うん。宮崎でお世話になったセンセだよ。そっか。どっかに行っちゃったんだ……」

 

 

 宮崎で、という辺りから、彼女が双子を産んだ際にお世話になった産婦人科医であることは確かだろう。まさかオッサンとつながりがあるとは思わなかったけど。

 ……でもなぁ、なんか引っかかるんだよなぁ。

 この話を聞いて、小骨が刺さったような違和感が、拭いきれない。こういう時の勘は、大抵碌なことにはならないんだよね。残念ながら。

 

 今は咸も動けないことだし、フリーになったら探ってみるか。

 懐かしい思い出と言いたげな表情を浮かべる彼女を見ながら、そう俺は心にメモを残すのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん? 産婦人科の先生に、お世話に……? ……はぁっ!?」

 

「オッサン、今日はありがとうございましたー」

 

「ましたー」

 

「おい、ちょ、それ生まれ変わる前の話だよな!? え!? (おい)、今とんでもないことを聞いた気がするんだけど!? おい、島津夫妻!?」

 

 

 

 




【島津 桜華】
 主人公。怪我に関しては主治医や担当医どころか島津医療関係者からの信用は一切ない。絶対怪我しても何事もなく暴れると思われている。むしろなんで生きているのか疑問に思われることもある。

【星野 アイ】
 ヒロイン。転生者。早く彼の子を産みたいらしい。何なら元旦那よりも婚姻年齢を民法改正した奴の方が許せない様子。ところで今世の誕生日が近いですね。せや。


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045.健康は大切

 ほのぼのシリアス回です。
 感想、評価頂けると幸いです。


 アイが高熱を出した。

 いつものように俺は起床したんだが、隣で寝ていた彼女は異様に顔が真っ赤だったので、彼女の熱を測ったところ、38度後半だったことが発覚した。とりあえず、俺の布団に寝かしている。

 何が原因だったのだろうか。

 

 

『オーカって濡れ透け大好き派?』

 

『馬鹿なこと言ってないで早く風呂入れ。ただでさえ雨に濡れたんだから、このままじゃ風邪ひくぞ』

 

 

 何が原因だったのだろうか。

 

 

『アイスおいしー』

 

『おま、まだ風呂入ってなかったのかよ。さっさと入れって。何時だと思ってんだ』

 

 

 何が原因だったのだろうか。

 

 

『このままシよ?』

 

『だから風呂入れって……!』

 

 

 何が原因だったのだろうか。(すっとぼけ)

 

 そんなわけで学校に行くまでの間、俺は彼女の看病を行う。本当は休んで看病してあげたいが、前回の俺が救急搬送時の件で延期になってしまった用事があるのだ。学年主任と関わっているので、流石にこれ以上延ばすのは先方に迷惑がかかる。

 星野母は大隅半島に家があり物理的に遠いので、俺の母親を呼んでいる。二つ返事で来てくれるとの事だった。

 俺自身が熱で寝込んだことが少ない為、発熱時の対処法が分からない。なので、スマホで検索しながら今の時間できることを探すのだった。

 

 

「ほれ、飲めるか?」

 

「ん……」

 

 

 まずは解熱剤を飲ませる。いつものような元気さや活発さは鳴りを潜め、とても衰弱していることは明白だろう。錠剤タイプと水の入ったコップを渡し、飲んでいる間に冷凍庫から保冷剤、棚から冷却ジェルシートを持ってくる。

 おでこに冷却ジェルシートを張り、枕の上に保冷剤を並べてタオルをかけて、彼女の横に寝かせる。羽毛布団を引っ張り出し、首から下を温めるようにかける。準備はある程度完了した。

 

 俺は意識がもうろうとしているであろう彼女に呼びかけた。

 彼女は辛そうになりながらも、俺の方を見る。

 

 

「俺は今から学校に行くから、安静にしとけよ? あと……あー……1時間ぐらいしたら、俺の母親が来るから、心配しないでくれ。んじゃ、行ってくる」

 

 

 屈んで彼女に語り掛けていた俺は立ち上がって家を出

 

 

「……あの、アイさん。手を放して頂けると」

 

 

 俺のカッターシャツをつかんで離さない彼女にお願いする。

 しかし、布団の上で寝ているアイは、ボロボロと泣きながら首を小さく横に振る。

 

 

「おぉか……行っちゃ、やだ……」

 

「……いや、今日ばっかりは休めなくてだな」

 

「やだぁっ……行かないで……一緒に、いて……」

 

「とは言ってもなぁ……」

 

 

 その掴む手は弱く、振りほどこうと思えば簡単に話すことが可能だろう。しかし、俺には盤石な岩よりも重く、無理矢理振りほどくことができなかった。

 悩んでいる間も彼女は懇願する。

 それは、そう、生前の──

 

 

 

 

 

「……おいて……いかないで……いい子に、するから……捨てないで……」

 

 

 

 

 

 前世の母親と、俺の背を重ねてしまったのだろうか。

 

 

「……はぁ、ったく」

 

 

 俺は彼女の手を振りほどいた。

 そしてスマホを操作する。

 

 

「やだ……やだぁ……おぉか……やだよぉ……」

 

「分かった分かった、今から行かないように色んなところに電話するから、少し待ってくれ。また学年主任から小言を食らうのか……面倒くさいなぁ……」

 

 

 俺は自分の担任と、最近復活したアイの担任に電話で休む旨を伝え、馬鹿共の全体LINEに休む経緯を入れ、最後に母親に買ってきて欲しいものの要望を伝える。

 ちなみに担任には学年主任に謝っといてくださいと嫌な役を押し付ける。後日、双方の担任の壮絶なフォローにより俺が怒られることはなかった。頭が上がらんわ。

 

 

「母上の看病の必要なくなったので、ゼリーかヨーグルト買って来て」

 

『はぁ? 急に言うな殺すぞ』

 

「……いや、アイが泣きながらどうしても学校行かないでって聞かなくて。正直、外出たら泣かれそうだし、買い出しにも行けなさそうだから、代わりに買ってきて欲しいなぁと」

 

『なら仕方ないわね』

 

 

 ウチの母上理不尽過ぎんか?

 俺は普段着に着替えて、スマホやタブレット、それらの充電器を持って、ベッド近くに腰を下ろす。予想していた通り、アイが自分の右手を伸ばしてきたので、俺は左手を贄に差し出す。

 これで俺は本格的に動けなくなった。

 

 スマホをポチポチしながら時間をつぶしていると、家の扉が勝手に開く。現れたのは家のスペアキーを持つ俺のオカンだった。

 両手にスーパーの袋を携えて推参したようだ。

 

 

「ホントすまん。こんな状況だからさ……」

 

「言い訳はいいから、アンタはそこを動かずアイちゃんの手を離さないこと。アンタの昼飯と晩飯はここに置いておくから。アンタの分の水分はコレ。洗濯はした?」

 

「あー……やってないわ」

 

「部屋干しだけど私がやっておくわ」

 

 

 その声はアイにも聞こえたらしく、弱弱しく彼女は謝罪の言葉を口にする。

 

 

「おかぁ、さん……ごめん……なさい……」

 

「アイちゃん、そういう時は『ありがとう』って言うものよ。そっちの方が、看病してる側は喜ぶんだから。ね?」

 

「ありが、とう……」

 

「フフッ、どういたしまして」

 

 

 母上はアイにウインクしながら浴室に入っていく。そこに洗濯機があるので、洗濯物を処理するために向かうのだろう。こういう時、信頼できる人間が近くにいることのありがたみと言うものを、ひしひしと感じることができる。

 ……前世の彼女には、果たしてそのような人物がいたのだろうか。

 

 アイが安静にし、母親が洗濯物を干した後に、キッチンで何やら作業をする。

 その間、バイトの休み願いを財務に申告する。

 というか財務に『アイが熱出したので、看病の為に今日は休みます』と伝えたところ、『じゃあ特別有給で処理しとくね』と返答が来ただけである。出来高制のバイトに特別有給とは何なのか。後で聞いたところ、俺の有給日数にはカウントされない、財務が勝手に決めた制度だとか。アイが絡むと以下略。

 

 

「これがポカリと水を混ぜたやつね」

 

「わざわざ赤子が使うタイプのストロー付きのコップを買って来たんか」

 

「だからこそ、よ。倒れても零れない作りなんだから、病人が水分補給するときに便利なの。アンタも将来父親になるんだったら覚えておきなさい」

 

 

 はえー、と感心しながら、受け取る。これ補充用ねと水筒も渡される。

 忙しい中来てくれた母親は、俺が家に残ることを確認してから、仕事に戻ると帰ろうとする。

 

 

「ゼリーとヨーグルトは冷蔵庫ん中。ある程度回復したらお粥でも作ってあげなさい。アンタ作れるわよね? もちろん美味しいやつ」

 

「簡単なものなら作れるよ」

 

「アンタの馬鹿みたいに頑丈な身体じゃないことは念頭に入れておきなさいよ。アイちゃんはか弱い女の子なんだから。たとえ治ったとしても、次の日も休ませなさいよ。アンタも」

 

「出席日数ってご存じ?」

 

「アイちゃんと一緒に補習受けなさい。以上」

 

 

 そうなるだろうなぁと思いながら、俺は母親の帰宅を見送った。

 その場にとどまりながら、だが。

 

 俺はやることもないのでスマホをポチるか、タブレットで漫画を読む。

 すると、アイが左手をぎゅっと握ってくる。

 

 

「おぉか、ごめんね? それと、ありがとう」

 

「濡れたら風呂にさっさと入ること。記憶したか?」

 

「次からは気を付けるね……」

 

 

 彼女は微笑み、そして寝息のみが聞こえるようになる。

 俺は終始、可能な限り寄り添うのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『──彼女の容体は?』

 

「寝てるよ。微熱程度に回復したし、それ以外の症状は出てない」

 

『それは良かったです。あかねさんも心配されていたので』

 

「後で謝らんとなぁ」

 

『……それで、今回の要件は?』

 

「アイの元旦那の件だ。ちょっと聞きたいことがある」

 

『何か気になる点が?』

 

「別に疑っているわけではないが、アイの元旦那が彼女を間接的に殺したのは確定事項なのか? そもそもの話、奴は本当に双子の父親か? 物的証拠、またはそういうデータは?」

 

『犯行がかなり前ですからね、物的証拠と言えるものはありません。が、調べた限りですと、彼以外にアイさんを殺せる人間がいないんですよ。なので通話履歴や当時の行動情報から、状況証拠で彼と判断しています。無論、他の可能性も考えて動いてはいますが』

 

「誤チェストなんて話にならないからな。ところで、一人調べてほしい奴がいる」

 

『どなたでしょう?』

 

雨宮(あまみや) 吾郎(ごろう)って男だ。宮崎の産婦人科医で、現在失踪中。アイの双子を産む際に彼女と実際に会ってる」

 

『……なるほど、その名前は聞いたことがあります。あまり気にしませんでした』

 

「嫌な予感がする。失踪中ってのも気にかかる」

 

『その心は?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「消えた時期に違和感がある。失踪中と言う()()()()()()()とあれば猶更だ。あくまでも想像の範疇だが──アイの殺害に関与しているかもしれん」

 

 

 

 




【島津 桜華】
 主人公。薩摩的に嫌な予感は基本的に他人の死が関わるので、今回の予感を悪い方向に考えている。何ならセンセがアイの殺害に関わっているのでは?と疑っている。実際は被害者である。

【星野 アイ】
 ヒロイン。転生者。桜華の食べさせてくれるゼリーは非常においしかった。


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046.進む計画/狂う情勢

 ほのぼのシリアス回です。
 感想、評価頂けると幸いです。
 あと今回のハンドルネーム等は別に覚えなくてもいいです。




 最近『アイドル』を聞いてると、

アイ『歌い踊り舞う私は薩摩♪』

 の幻聴が聞こえますし、曲流れる時の奥の男性の合の手が当主様がサイリウム振ってるようにしか聞こえなくなりました。耳鼻科行ってきます。


 その相談が持ち掛けられたのは夜の事だった。

 

 

「──そのゲーム実況配信に、俺とアイを?」

 

『クソ姉貴曰く、出させろとさ。この底辺実況者に何やらせるんだが……』

 

 

 最初は未来からの電話にベランダへ出て対応したが、そう物騒な話ではなかったので室内に戻る。仕事用の携帯から電話来たからビックリしたわ。

 そしてこの会話に至る。

 

 種子島未来という男はVTuber(2Dもしくは3Dのキャラクターの姿を使った動画実況者)で、主にゲーム実況を細々と行っている。ライブ配信はあまりせず、時折ゲーム実況しては編集し、YouTubeなどに投稿しては適当に楽しんでいる。もちろん何かしらに所属しているわけではない。

 そんな趣味で動画配信している男に企業案件(姉からの指示)が来たらしい。

 俺だけでなくアイも指名している時点で、何がしたいのかの想像はつく。

 

 

「でも俺もそうだが、アイもVTuberじゃねぇぞ。コラボとか難しくないか?」

 

『底辺実況者がコラボとかにクオリティーを求めてるわけないでしょ。どうせ僕のアカウントから投稿するから、ガワは僕だけで、桜華とアイちゃんは肉声のみだよ。ちなみにあかねちゃんも出せって言われて、なんか知らないけど咸からOK貰ってる』

 

「アイツは黒川さんの事務所か何かか?」

 

『まぁ、あかねちゃん本人に案件持ってくより、咸に話し通した方が確実と言えばそうなんじゃない?』

 

 

 咸の言うことなら二つ返事で了承しそうだもんな。

 しっかし、動画実況ねぇ。アイが果たして何て言うかね。アイドルやらないと言ってた少女が、声だけとはいえネットの波に再度潜ることを良しとするのだろうか?

 

 俺は通話状態のまま、珍しく宿題を処理しているアイに声をかける。

 

 

「アイー、未来が顔出しなしの肉声ゲーム実況動画出ないかってさー」

 

「うーん……ミク君には悪いけど、あんまり私は興味ないかなぁ」

 

「俺は出るよ」(切札投入)

 

「出る」(即答)

 

 

 俺は再度電話に戻る。

 

 

「OK出たで」

 

『知ってる』

 

 

 その後、予定などを色々と調整し、今度の休日に撮影をすることが決まった。

 動画撮影の機材などは未来が全部用意しているので、あとは俺たちが参加するだけである。

 

 

「つっても、動画配信とか久しぶりだなー」

 

『だねー』

 

 

 

 

 

「前やったのって、『馬鹿4人でマリオカート暴言生配信』以来じゃないっけ? あの時のハンドルネーム使っても大丈夫?」

 

『いいよー。あの配信、何か知らないけど100万再生いったんだよね』

 

「マジかよ」

 

 

 

    ♦♦♦

 

 

 

 配信当日。

 俺はリビングでパソコンと睨めっこしていた。アイは自室で俺と同じようなことをしているだろう。肉声が互いに入らないように配慮しているのだ。

 

 

「どうだ? テスト実況は大丈夫か?」

 

『オッケー。全然大丈夫だよー』

 

 

 未来からの言葉に、マイクから一息つくような音声が聞こえる。

 今回行うゲームは『マインクラフト』という、ブロックで構成されたオープンワールドでブロックを壊したり組み合わせたりしながら建物を建築したり、モンスターを倒して冒険を楽しむゲームだ。オンラインでも可能であり、ゲーム実況界でもポピュラーなゲームなので選ばれることになった。

 俺は馬鹿4人と一緒にしたことあるが、芸能界で生きてきた他2人には初めてのゲームだと聞いた。そもそもゲームをしたことがないと聞いた時には、俺も未来もめっちゃ驚いたのは記憶に新しい。

 

 ちなみにハンドルネームは以下の通りだ。

 

 

 

 

 

ニート侍(未来) 配信主

 

ハムタロサァン() マリカーで馬鹿3人を煽り散らしたクソ

 

AI(アイ) リアルでハムタロサァンの嫁。

 

あかっち(黒川さん) リアルでマッドハッター(咸のハンドルネーム)の嫁。

 

 

 

 

 

 色々突っ込みたいことはあるが、今回の実況の人妻参加率高いなぁと思われないだろうか。

 ハンドルネームに関しては俺と未来は既存のものを使用し、人妻組に関してはアイが人の名前を覚えない関係上、上記の名前に落ち着く形となった。

 

 

「ところでアイ」

 

『んー?』

 

「テスト配信でもナチュラルに俺の本名言うのやめような?」

 

『えー、覚えられないー』

 

 

 真面目な黒川さんは慣れないゲームをしながら一生懸命ハンドルネームで呼び合っているのに、この元アイドルは俺と未来の名前を普段通りに呼ぶのだ。未来はいいとしても、俺はバリバリ下の名前で呼んでくるんだが。

 何なら実況時は完璧で究極なアイを演じている始末。そこで嘘ついて、俺の本名は公開するのは分かっててやってんのだろうか?

 

 

『……あー、うん。アイちゃんはそれでいいよ。僕が編集するときは字幕入れるし、名前のところはピー音入れるから、もう普通にやっちゃって』

 

「ミク君ありがとう!」

 

 

 マイクの奥から乾いた笑い声が聞こえる。

 仕事を増やされた俺と同じ笑い声だった。

 

 そして軽い打ち合わせの後、実況の撮影が始まる。未来は配信者とは言っても普段と変わらないスタイルだし、俺も嘘で身を守るほどのメンタルじゃないし、アイはアイドル感覚だし、黒川さんは逆に演じるとバレる可能性があるから普段通りでいいよーって話だし。

 そもそもが再生数など求めてないし、初心者が2人いる関係で今回の目標も簡単なものに設定したので、俺も未来も面白い動画になるとは正直思ってない。これをネットの海に流すこと、そして2人がこれを機にゲームを好きになってくれればいいと思

 

 

 

 

 

 

『オーカっ! 何でか分からないけどマグマに溺れたぁ!』

 

「お前に鉱石預けてたよな!? え、まさか全部ロストしたんか!?」

 

 

 

『弓で攻撃されてるんだけど……これ大丈夫?』

 

『あかっち今どこにいるの!? え、防具つけてないよね!?』

 

「おい助けに行くぞ! 一回でも死んだらマッドハッター(咸のハンドルネーム)から首チェストされるっていう謎縛り与えられてんだからな俺ら! このままじゃマジでリアルで殺されかね

 

『……あ、死んじゃった』

 

「『死んだああああああああ!?』」

 

『あかっち、ここ初めの場所だよね。オーカたち、どこに行ったか覚えてる?』

 

「あああああああ! これ生配信じゃねぇよなぁ!? なんか知らんけどアイツからのLINE通知が止まらねぇんだけど!?」

 

 

「こ、こいつ本当に初心者か? さっそく村を強奪するための資源としか見てない動きのソレだぞ?」

 

『え、違うの?』

 

『AIちゃんの声色からして、自分の行動を全く疑ってないよね……?』

 

『あかっち、ここの家も解体しよう』

 

『え……でも村人さんの家だよね?』

 

『大丈夫、そこの住人はもういないから』

 

「始末済かよ……」

 

 

 

 

 

 こうしてヤラセかと思われても不思議じゃないゲーム実況の撮影が終了し、編集量の多さに未来が姉と同じようにエナジードリンクを大量摂取しながら作った動画は、予想をはるかに超えてバズってしまった。俺は頭を抱えた。 

 特に、サイコパス気味で何から何まで良い反応を示すアイと、真面目で堅実であり実況唯一の癒し枠な黒川さんの人気は高く、次の参戦も待ってますと多くのコメントがついていたぐらいだ。

 俺? 多くの『今日は暴言吐かないんですね』のコメントが多かった。罵詈雑言をぶつけるのはマリオカートで馬鹿共に対してのみである。

 

 俺はベッドに寝転がりながら動画のコメント欄を見ていると、ふと一つのコメントが目に留まる。

 特に他人からのコメントがついているわけでもなく、高評価すらもついていない、いたって平凡なコメントだった。

 

 

『AIさんの声、アイドルの『アイ』に似てますね』

 

 

 俺はそのコメントに拍手を送りたくなった。

 そうだ、それでいい。

 この一つずつの積み重ねが、いつか双子に届くことを夢見ながら、俺は彼女と双子の再会を果たすべく、思考を巡らせるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺の仕事の用のスマホが鳴る。

 電話は親父殿からだった。非常に珍しい。

 

 

「はい、桜華です。はい……はい……は、え? はぁ!?」

 

 

 

 

 

「立花のオッサンが死んだぁ!?」

 

 

 

 




【島津 桜華】
 主人公。マリオカートで身内に暴言吐きながら実況する回しか出てないにもかかわらず、ネットでは『マリカー暴言の人』と呼ばれるようになる。空中移動中を的確に狙って赤甲羅ぶつけるクソ。クソオブクソ。

【星野 アイ】
 ヒロイン。転生者。今回のゲーム実況を機に、ゲームというものに興味を持ち始める。パズルや謎解き系以外の、主人公が持ってたゲームで最近は勝手に遊んでいる様子。




謎の少女「これで立花(たちばな) 導春(どうしゅん)の物語は、あの時、あの場所で、完全に確実に終わってしまったの」

謎の少女「……え、ちょっと?」

謎の少女「『そんな道理……私の無理でこじ開ける!』って……待って待って待って」

謎の少女「あなた死んでるのよ!? 嫌っ、おとめ座関係ないからっ!」

謎の少女「待って! 本当に待って! 話だけでも聞いて! 話通じない……」

謎の少女「………」

謎の少女「………」

謎の少女「……もうなんなの? 星野アイの時の島津といい、今回といい」

謎の少女「もうヤダ、九州とかいう修羅の国」




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047.大英雄の死

 シリアス回です。
 ……チッ、想像以上に俺の黒歴史を読んでいる人が多(ゲフンゲフン
 感想、評価頂けると幸いです。




 復讐劇は終わりを告げる。

 あっけなく。

 感慨もなく。

 理不尽に。

 不条理に。

 目を逸らすな。それが──現実だ。


 立花(たちばな) 導春(どうしゅん)と言う男は、どういう人物だったのか。

 一言で表すならば『気持ち悪い』に尽きるだろう。

 

 とにかく我慢弱く、人の話は聞かない、おとめ座の男。そしてアホみたいに強いのだから、周辺勢力から『(色んな意味で)手に負えない』と畏怖されてた。

 一方で人材育成に尽力した方で、部下が弱いのは上司の責任と自負し、自分の元に来れば武士共に育てて見せようと豪語し、それを実現した有言実行の男。なので部下から多大なる人気があった。立花家の連中が猛者と称される理由である。

 俺が知っているのはそれくらいだろうか。あのアイがヤンデレ化した事件まで接点がほとんどなかった人物だからなぁ。

 

 そんな人物が死去した。

 俺は彼の通夜に足を運んでいた。

 

 

「まさか生きて大友ん土地に来るとは思わなかったなぁ」

 

「お土産とか買っとく?」

 

「この時間じゃ店なんて開いてないだろうし、日帰りなんだから寄り道せずに行くぞ。明日学校が普通にあるってこと忘れるなよ?」

 

 

 学生という身分から制服とかでも良かったのだが、今回は俺とアイは喪服に身を包んでいた。俺は家柄上すぐに用意できるが、アイのを用意するのが大変になるはずだった。そもそも、本当ならアイを連れて行く予定がなかったのだ。

 一応は敵地であり、呼ばれたのは俺だけであり、本当はさっさと御焼香あげて帰るつもりだったのだ。

 俺が呼ばれた理由も、自分が死んだときは島津桜華を通夜に呼んでほしいとの遺言があったためだ。さすがに無視するわけにもいかない。

 

 

『ちょっくら行ってくるわ。日付変わるころに帰る』

 

『私も行く』

 

『……たかだか通夜に行くだけだぞ』

 

『でもオーカは敵地で危ないって言ってたよね?』

 

『だから──』

 

『私、言ったよね? 危ないところには私もついていくって』

 

『………』

 

『一緒に生きて、一緒に死ぬって、言ったよね?』

 

『………』

 

 

 俺はアイに根負けした。

 あの立花のオッサンの葬式なのだから、闇討ちをする可能性は限りなく低いが、それでも最悪は想定するべきである。何なら黙って行こうなと考えてみたが、今日使う予定だったゴム全てに無言で針で穴をあけ始めた時点で、俺は白旗を上げた。

 最悪大友に囲まれても逃げられる自信はあるが、アイに勝てる自信はない。そういうことである。

 

 足早に実家に帰り、そこで俺はスーツに着替えた。なんか知らないけど、アイの喪服も事前に用意されていた。ウチのオカンは愛娘に必要な冠婚葬祭の服をちゃんと用意しているようだ。

 そしてタクシーで予定地まで向かおうとしたが、その足に名乗りを上げたのは親父殿だった。通夜とはいえ大友の地に踏み入れるならと、送迎まで行ってくれるとのこと。とりあえず安全面の確保は確実なものになった。

 

 

「親父殿、すみません。帰りもよろしくお願い致します」

 

「うむ」

 

「えっと、お、お義父さん、ありがとうございます」

 

「……うむ」

 

 

 俺はアイから父親の話を聞いたことがない。

 つまりは、まぁ、そういうことなのだろう。彼女は父親という存在と、まともに接したことがないのだ。星野家でもあんまり接することが少なかったと、星野父から相談されたことがある。

 彼女は父親との接し方が分からないんじゃないだろうか。ただでさえ不器用ながらも少しずつ母上に甘えているのだから、親父殿ならなおさらだろう。

 

 それでも彼女なりに、しどろもどろになりながらも親父殿に礼を言うのだった。

 親父殿もそれに満足そうに頷く。めっちゃニッコニコだった。アクア君とルビーさんの為に毎日500円玉貯金やってるとき並みには嬉しそうだった。

 

 親父殿は駐車場で待機し、俺とアイは通夜が行われている会場に足を運ぶ。

 さすが天下の立花家の葬式だ。ホールの外にも人があふれている。俺はアイの手を引きながら、受付へと向かうのだった。

 

 受付の女性にお悔やみの言葉を述べ一礼し、香典袋を相手方に渡す。俺は芳名帳に俺とアイの名前、とりあえず実家の住所を記入する。

 その途中、受付の女性が気づいたのだろう。

 

 

「し、島津っ……!?」

 

 

 ざわりと周囲の雰囲気が一変した。

 ガラの悪いニーチャンも、明らかにカタギじゃない人間であろうおっさんも、一斉して俺の方を向くのだ。そりゃそうだ、立花家の通夜に参列している人間が、島津の名を知らないはずはないのだから。

 それでも俺は気にせず、芳名帳を書き終える。最後に一礼して、会場に足を運ぶ。

 

 アイも一切気圧される様子はない。

 こうなることは想定済みだったし、こういうとき嘘の仮面を被った彼女を頼もしく思う。俺が関わらない方面でのメンタル強度は馬鹿共お墨付きである。

 

 

「ほう、よく来てくれた、島津の(せがれ)

 

 

 僧侶のお経がすでに始まっているが、俺以外にもまばらに焼香をあげる人間が会場にいる。あまりにも参列者が多い関係か、焼香フリータイムみたいな時間が設けられているのだろう。

 遺影のある場所まで向かう途中、俺を呼び止めたのは大友家当主だった。顔だけは見たことがあり、前に写真で見た時より若干やせ細っていた。

 

 とりあえずお悔やみの言葉を述べておく。

 彼はそれに一言返し、隣のアイを視界に入れる。

 

 

「……そちらのお嬢さんは?」

 

「妻です」

 

「恋人です」

 

「二人の発言に相違があるが?」

 

 

 くっそ。何をどう頑張っても、アイの自己紹介のスピードに勝てない。多分、脊髄反射で『妻です』と返しているに違いない。脳みそ経由してほしい。

 大友家当主は「許嫁みたいなものか」と納得し、話を続ける。いくつかの会話を交わした後、場所が場所なので不適切だと思うが、それでも聞きたいことを尋ねてみる。

 

 

「今回、立花のオッサン(導春殿)がご逝去された理由、というのは?」

 

「お主との戦での古傷がたたったのだろう。それが全てよ」

 

「……すみませんが、自分は導春殿に傷一つつけてません。それどころか、自分が負傷したぐらいです。他にも原因があるのでは?」

 

 

 身に覚えのない死因の元凶にされてもなぁ。

 俺は自分の無罪を掲げ、それ以外にも理由があったのでは?と当主に問う。大友の英雄を俺が原因で……なんて逆恨みされても困

 

 

 

 

 

「「「「「………」」」」」

 

 

 

 

 

 え、なんか周囲にいる全員から目を逸らされたんだけど。

 すっごい嫌な予感がする。

 

 

「お主との戦が原因である。……そういうことに、してくれないか?」

 

「……本当のところは?」

 

「……牡蠣(かき)にあたった」

 

 

 そりゃ定期的に30個食ってりゃそうなると、目を遠くしながら語る。立花の英雄の死因が『めっちゃ好きな牡蠣(かき)にあたって死亡』では格好がつかない。なので島津の首狩りの傷で死んだことにしてくれないか? 大友家当主はそう俺に懇願した。

 大友勢力では、馬鹿みたいに牡蠣を食うおっさんを見て、彼が戦で死ぬか牡蠣に殺されるか……なんて話もあったらしい。

 アホかな?

 

 

「だれも止めなかったんですか?」

 

「……あれが言葉で止まるなら苦労せん」

 

 

 人の話聞かないもんなぁ。

 毒殺の線も疑ったが、自ら取ってきた牡蠣だと論破された。

 

 立花(たちばな) 導春(どうしゅん)。享年34歳。

 公的には、古傷による病死と記されている。

 

 

 

   ♦♦♦

 

 

 

 俺とアイは通夜を早々に切り上げて外に出る。

 既に日は完全に落ち、あまり光のないところなので満点の星空が見える。

 

 

「………」

 

 

 俺は星空を見上げた。

 巨星はまた一つ、堕ちてしまったが。

 

 

「……オーカ、大丈夫?」

 

「あぁ、大丈夫だよ。別に悲しんではいないさ。そもそも立花のオッサンは敵だったからな」

 

「やっぱりオーカは嘘つくのが下手だね」

 

 

 彼女は俺の胴をギューッと抱きしめた。

 小さい身体に、それでも確かに心臓の鼓動が聞こえるくらい接近している状況であり、ふと先ほど見たオッサンの遺体が脳裏をよぎる。

 彼女は生きていて、オッサンはもう死んでいる。

 

 多くの人間の死を見てきた。

 いや、多くの人の死因が俺だった。

 

 それでも、それでもだ。

 

 

「悲しくはない。それは本当だよ。ただ──少し寂しくはあるかな」

 

 

 

 あの傍迷惑なオッサンがこの世にいないのを、寂しくは思う。

 

 俺は彼女を抱きしめ返す。

 せめて彼女の為にも、天寿は全うしようと。そう彼女に無言で伝えるために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 立花(たちばな) 導春(どうしゅん)、我が敵よ。

 死因がアレであるが──せめて、安らかに眠れ。

 俺はそれを悼もう。

 

 

 

 




【片寄 ゆらのインタビューより抜粋】

「──私にとって、カミキヒカルさんが、どういう存在か、ですか?」

「一言で言うのであれば、『命の恩人』です」

「あの転落事故はご存じですか?」

「私、山登りの時に足を踏み外しちゃって、()()()()()()()()()()()()()()()()()()、一緒に落ちちゃって」

「あの時は死ぬのかなって思ったんですけど、私と同じように頭から血を流しているのに、カミキさんが助けてくれて……あれがなければ私はここにいなかったでしょう」

「……そういえば、あの事件からカミキさんも変わった気がします」

「前まではミステリアスだけど優しい男性だったんですが、最近は冗談とか言って場を和ませたりしてくれるんです。やっぱり、一流の役者さんだった方は違うなって思いました」

「……ま、まぁ? 私は今の話しやすいカミキさんの方が、す、好きですが?」

「えぇ、今後とも公私ともにお付き合いしていきたいです」

「……あ、そういえば。一つ気になることがあって」

「カミキさんの誕生日って××月○○日ですよね? ○○座ですよね?」




















「あの事件からでしょうか。自分のことを『おとめ座の男』って仰るんですよ。何かの役作りでしょうか?」


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048.始まりは地獄

 ほのぼの回です。
 前話投稿して即低評価つけられたので「やっぱり気持ち悪かったか……」とコメント見たら、普通に低評価でした。良くなかったけど良かったです。
 感想、評価頂けると幸いです。





 あれですね、関東から薩摩に『星野アイ』という一番星が生まれ変わって頂いたので、こちらも『おとめ座の男』が関東に生まれ変わって頂いた感じですね。等価交換です。
 とりあえずアクア君は泣いていいですよ。
 あと今回以降からあとがきがうるさくなります。仕方ないね。


 7月に入った。

 クソ暑い鹿児島がさらに暑くなり、黒川さんが毎日我が家の扇風機の前から動かなくなる今日この頃、皆さんはいかがお過ごしだろうか。

 もはや俺の家に入り浸る時間が増えたことで、黒川さんの家が『第一倉庫』とアイから呼ばれ始めている。何とか咸を拉致して監禁すれば、二人の愛の巣になるんだが、まだまだ外堀の埋め立て工事が難航しているとの事。

 アイの「ヤっちゃえばいいと思う」というアドバイスとも呼べないような助言に、最近割とガチで考え始めた黒川さんを横目に、咸がさっさと観念して同棲することを願っている。

 

 7月と言えばイベントが目白押しだ。

 俺としても鹿児島で行われるイベントをアイと楽しみたい。自称進学校特有の夏期講習とかいうクソは除くとして、六月灯をはじめとした夏祭りに参加したいし、前とは違うデートスポットを回ってみたい気持ちもある。

 それにアイの誕生日もうっわやっべプレゼント何も考えてないアイの欲しいものなんだろう予想はつくけど完全にアウトだよね何か別のもの考えなくちゃどないしよ。

 

 そんな人生初の高校生としての夏。

 まぁ、まず最初のイベントとして。

 

 

 

 

 

「おぉかぁ……たすけて……、てすとはんい……ひろい……」

 

 

 

 

 

 学期末考査というものを乗り越えないといけない。

 いくら自称進学校(笑)だからと言って、学区併合される前はれっきとした地方の進学校だった。つまり生徒の質が下がろうとも、生徒を指導するためのノウハウだけは万全に備わっているともいえる。

 

 こんな矛盾を抱えた学校に定員割れで合格した一番星。

 学期の締めくくりとして立ちふさがるテストの範囲を見て、俺に抱き着いて泣いているというわけだ。泣いたところでテスト範囲が狭まるわけではないので、俺と黒川さんのように諦めて勉強するべきだと思う。

 泣いてないでペンを動かすんだよ。

 

 元劇団のエースも、演劇という一番時間を割いていた部分がフリーとなった今、せめて咸に恥じないような結果を出そうと努力している。扇風機を自分側に寄せ、気が付けば教科書や資料集を片手に勉学に勤しんでいるのだ。

 ウチの学年のトップは、近いだけで高校を選んだ地方の秀才天才VS咸の為に生きる秀才との激戦区となるだろう。

 

 

「……(カリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリ」

 

 

 まぁ、彼女の勉強への執念はそれどころではないが。

 俺が彼女に気を使って、勉強しながら食えるものを飯として提供するくらいである。そこそこの国立大学へ行く受験前の高校3年生だって、ここまで勉強していないわ。

 

 ちなみに元凶は俺である。

 この前、咸と電話をしたときに、

 

 

『なんか黒川さんテスト頑張るらしいよ。()()()()()

 

『……そうですね』

 

『健気だよなぁ。()()()()()

 

『……何か言いたいことでも?』

 

『こんだけ頑張るんだから、相応の成果には相応の褒美が必要だよな? ()()()()()()()()()()()()()()

 

『……分かりました。では具体的には──』

 

 

 せっかくだし彼女の為に頑張れる褒美を約束させようと、ゴネにゴネて交渉を重ねた結果、俺は咸から『もし学年1位達成したら、今度の六月灯で浴衣デート』の言質を取ることに成功した。ボイスレコーダーにも録音済である。

 これを彼女に聞かせたところ、

 

 

「……(カリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリ」

 

 

 勉学の鬼が生まれた。

 定期考査でここまで必死になる人間を初めてみた。もしかしたら学年上位勢にはこれが普通なのかもしれない。俺にはマネできない芸当だ。

 この勉強の様子を密かに撮影して咸に送ったところ、「……次の六月灯は、学年順位に関わらずあかねさんの元へ馳せ参じますよ」と言ってた。良かったね。彼女の為にも咸の発言は秘密にしてるけど。

 

 一方の俺はアイの勉強を眺めている。

 よほど赤点をとらない限り親から何か言われることはないし、定期考査なんざ授業を真面目に聞いてれば、ある程度点数は獲れる。ましてや今回は上位が超絶激戦区なので、その中に首を突っ込むようなマネができるはずがない。

 なので自分のテスト結果よりも、赤点が発生し夏期講習に加えて補習も発生しそうなアイの援護に回ることになった。

 

 彼女も徐々に成績は上がってるんよ。

 ただ成績が上がるにつれて苦手な教科が目立つようになり、そこを重点的に潰しているような状況だ。本当は劇団のエースにも手伝って貰いたかったが、それができないのは明白だ。今回は諦めるしかない。

 

 

「ここは、これで……そうそう」

 

「ど、どうしてこうなるのかなぁ? 全然分かんないよぉ」

 

「あー、これね。コレにはちょいと応用が必要でな……」

 

「そうすればよかったんだ! うん? つまりこれは……こうして……こうなる感じ?」

 

「お、それは正解じゃない? ──正解だわ。なんだ、やるじゃん」

 

「えへへっ、オーカのお陰だよ!」

 

 

 方や鬼気と、片や和気藹々と、勉強は進むのであった。

 

 

 

   ♦♦♦

 

 

 

 良くも悪くもテストは終わり、先生方が採点で地獄を味わい、今度は俺たちがテスト返却の地獄を迎えるわけだ。誰も幸せにならないのは気のせいだろうか。

 自称進学校らしくテストの間違った部分を問題文含め再度解き直す『訂正ノート』なるものが存在し、悲惨な点数を取るとテスト完全模写ノートと化すのだ。馬鹿みたいな点数獲ったアホは反省しろと、先生方の遠回しなメッセージである。

 

 そして今回もテストが返ってくる時間だ。

 1-2に入ってきた山田先生が、一瞬だけ俺たちの方を見てお腹を押さえ、壇上へと向かう。

 

 

「日本史のテスト返却するぞー」

 

 

 次々に名前が呼ばれ、テストを返却しては悲鳴を産んでいく。

 

 

「オーカっ、やったっ、やったよ!」

 

「何点だった?」

 

「66点! 最高得点っ!」

 

 

 自分の点数を他のクラスメイトにも聞こえるくらいバラし、他生徒から拍手を受けながら席に戻る1-3在籍の一番星。1-2のテスト返却の時間なんだよなぁ。

 それは置いといて、確かに点数腹滑りなアイにしては高得点である。

 さすが山田先生の授業と言っておこう。もちろんアイも頑張ったけどね。

 

 

「黒川、惜しかったな」

 

「……はい、ありがとうございます」

 

 

 対照的に、どんよりとした表情で受け取る黒川さん。

 テストの解答用紙を両手で形が崩れないように握りしめ、トボトボとアイの横に戻ってくる。ちらりと解答用紙が見えたが、98点と記載されていた。多分、1問どこか間違ったのだろう。

 

 

「……まだ、まだ大丈夫。大丈夫。大丈夫。大丈夫。大丈夫。どこが間違ったんだろう。あとで復習しなくちゃ。今で5教科。合計点数は■■■点。まだ、まだ1位は狙えるはず。他の教科もチェックして、間違いはほとんどなかったはず。満点どこかで取らなきゃ。取らなきゃ。取らなきゃ。取らなきゃ。取らなきゃ」

 

「66点ではしゃいでゴメン」

 

「……いや、これはアイは悪くないよ。うん」

 

 

 確かに1問間違いは悔しいと思うけれど、ここまで絶望的な表情をしていると、さすがに自己ベスト更新したアイも大人しくなる。

 上位勢は2点が命取りになるらしい。

 俺には分からない世界だ。

 

 俺の可もなく不可もない点数のテストも帰ってきて、訂正ノート提出期限が発表され、この授業も終わる。このままアホみたいな間違えさせなければ、とりあえず学年の上の下ぐらいは維持することが可能だろう。

 あの馬鹿共に煽られるのは勘弁願いたいので、そこそこの勉強を裏側で行った成果も点数に出ている。

 

 

「アイさんや、残りの教科の自信は如何ほど?」

 

「……オーカも補習、一緒に出てくれる?」

 

「先生が許可してくれたらな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結果として、アイは無事赤点を回避した。

 

 黒川さんは総合成績表を片手に、アイを抱きしめ泣き笑いながらクルクル回ってたとだけ記しておこう。

 

 

 

 




【島津 桜華】
 主人公。成績は上の下。六月灯(次の祭り)にはアイと行くことがほぼ確定している。それはそれとしてアイの誕生日に何あげるか決まってない。早く決めないとエメラルドしちゃう。

【星野 アイ】
 ヒロイン。転生者。あかっちの浴衣どうしよっかと島津家当主に相談したところ、主人公母が手配してくれることになった。お義母さんは真面目で健気で頑張る女の子の味方。






「……記憶はある。知識も流れてくる。これは……彼の願いか?」

「……ふむ、私の記憶も彼に流れ込んだか。薩摩にいる星野アイ君を殺害し、価値ある命の滅びを愉しみたいと?」

「………」

「ナンセンスだな!」(ガン無視)



【カミキヒカル】
 神木プロダクションの代表取締役にして、原作ではアクアが星野兄妹の父親にして生前のアイの殺害を教唆した黒幕と目している人物。価値を認めたものが滅びる様に愉悦を覚える人格破綻者。
 今作ではおとめ座の男に身体と意識を乗っ取られる。まだかろうじで生きてはいるが、主導権はなぜかあっちが握っている。死ねないから転生の可能性もないし、彼から主導権を奪うには自身が瀕死にならないと難しい。つまり詰んでる。
 彼の記憶から『星野アイ』が生まれ変わっていることを知り、再度殺害を目論むが、本当に目論むだけで終わる。だって彼が「女子供の命を奪うなど性に合わん!」って言ってるし。身体動かねぇし。


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049.怒りの矛先は

 シリアス回です。
 独自解釈結構入ってます。
 感想、評価頂けると幸いです。




 アカン。考えてる通り話進めると再会前に1回ルビーが闇落ちするわ。


 私の恋人は優しい人だ。

 昔からの幼馴染たちにはフランクになるし、他人への嘘が苦手だから顔にも出ちゃうし、嫌なことは嫌とはっきり言えるタイプの少年だ。それでも、何だかんだ他人を助けちゃうし、私のお願いも聞いてくれる、自慢の彼氏。

 実は彼が本当に怒っているところを見たことがない。前世の記憶を彼に教えた時ぐらいかな? それぐらいには、私の前で怒りと言うものを見せないのが島津桜華という少年。

 

 それを、私は彼の美点だと思ってる。

 そう──思ってた。

 

 

「………」

 

「………」

 

 

 リビングのソファーで、私と彼は並んで、DVDを鑑賞していた。

 パソコンで動画を鑑賞している。

 

 何を見ているのか。

 生前の私のライブ動画だ。

 

 始まりは彼がふと「そういや、お前のアイドル時代のライブ見たことないなぁ。動画サイト漁れば出てくる?」と口にした言葉。私という存在を彼にもっと知ってほしいと思ったし、少し恥ずかしい気持ちはあるけれど、いつだって誰に見られても恥じない活動はしてきた。それを彼がどう評価してくれるのは気になった。

 でも生前ならまだしも、今の私にアイドル時代のものは何一つ残っていない。

 

 私のライブを彼に見せたい。

 そう家ちゃん(当主様)に相談してみた。

 

 

『──持ってきたよ』

 

 

 アタッシュケース4つ抱えて本人が来た。

 ドラマで見たような現金の取引現場のように、ケース全てを並べて開きながら解説してくれた。

 

 

『これが最初期の地下ライブのDVDだね。あ、これは布教用だけどプレミアムついてるから、できるだけ丁重に扱ってね。──で、これが活動休止前のツアーライブで──復帰初めのはこっちかな。アイちゃん初心者な桜華君ならこれがオススメかも。それと19歳の──で、最後のがこれで──』

 

 

 来週取りに来るね、という言葉と共に当主様は帰っていった。

 本当にDVD持ってきて解説するためだけに、公務放置して駆けつけてくれたって、後で愛しの彼から聞いた。とてもフットワークが軽い。

 私の彼氏は唖然としていた。

 

 そして二人でライブ鑑賞を行う。

 もちろん初めのころから順番に、だ。

 

 

『あー、これ懐かしいなー』

 

『初々しいって言葉が似合うわ』

 

 

 ノートパソコンで流しているから、私たちは肩を寄せながら、生前の私を観る。

 今の自分より幼い自分が、今世でやっていないことを、動画の奥で披露している。とても不思議な感覚だった。

 

 最初の頃のライブ動画を見るときは、彼も笑っていた。

 最初は笑って見てくれていた。

 

 

 

 

 

『事務所もアイドル部門始めて間もなかったから、このころは本当に苦労したなぁ』

 

『ははっ、そういう裏事情もあるんか。でも、アイ本当に目立ってるな』

 

 

 

『──ここからね、色々と立ち位置とか考えながらアイドルやってた』

 

『確かに洗練された動きではある。ほー、やっぱりファンとか増えた感じ?』

 

『最初はあんまりって感じ。知名度なかったからね』

 

 

 

『ちょっと色気づいた感じあるね。元旦那と会った後?』

 

『……まぁ、そう、かな? あ、今は何もないよ。ないからね?』

 

『何で焦ってんの? 俺は気にしないぞ』

 

『嫉妬ぐらいしてほしいなー。なー?』

 

 

 

『復活ライブ懐かしいなぁ。ブランク結構あったんだよ?』

 

『……そう、だな』

 

 

 

『ここでアクアとルビーがね! 超絶オタ芸してくれたんだー! あー! ちゃんと映ってる!』

 

『……だな』

 

 

 

『子供たちが2歳の時かな? さすがに今の私でも、これは再現できないかも』

 

『………』

 

『……オーカ?』

 

 

 

『オーカ、何かしゃべってよ。……オーカ?』

 

『………』

 

『………』

 

 

 

『………』

 

『………』

 

 

 

 

 

 彼の目は常に動画へと向いていた。

 時折早送りを使いながらも、無言で目を通す。

 

 そして時間が経つにつれて──彼が目に見えて怒りを押し殺しているのが、私でも理解できてしまった。口元を手で隠してはいるが、歯からガリッて音が時々するし、眉をひそめて不快さを隠そうとしない。

 一つのライブを見終わるたびに、大きくため息をつきながら次を再生する。

 

 終わりに近づくにつれて、最後のライブになるにつれて。

 私と言う存在は徐々に完璧に近づくにつれて、彼の憤りと失望の混じった、私の心臓をキュッと締め付けるような表情を見せる。

 

 何が悪いのか分からない。

 何が彼を不快にしたのかが分からない。

 

 彼は何も言わない、

 彼はただ動画を見続けるのみ。

 

 

「………」

 

「………」

 

 

 そして最後のライブが終わる。

 次が東京ドームでのライブだったし、その前に私は死んじゃったから。

 

 動画が終わったのを確認した彼は、同じように大きくため息をついて、ソファーに背もたれる。どこからどう見ても「良かった」なんて感想が出てくるような雰囲気じゃなかった。

 私のアイドルとしての姿は、彼をここまで失望させてしまうものだったのか。

 何か言ってほしい。ダメなところは言ってほしい。

 

 私はそう彼に懇願した。

 

 

「ごめんなさい。何が悪いのか分からないけど、その、オーカが怒ってるのは分かるから。謝ることしかできないけど、ちゃんと悪いところ治すから、何でもするから、嫌いに、ならないで……」

 

「……それなら、こっち来て」

 

 

 私は立ってオーカの前まで移動すると、彼は力いっぱい手を引いて、私を真正面から抱きしめる。私が正面からしなだれかかるように倒れ、彼に包まれる。私から彼の顔が見えない。

 私は混乱した。

 怒ってないの?

 

 

「お、オーカ?」

 

「──ほんっとに、最悪の気分だ。見るんじゃなかった」

 

 

 いつもより声のトーンが下がった彼の心からの感想に、わたしはちょっと泣きそうになった。

 彼を、不愉快にさせてしまった。

 

 

「ご、ごめ──」

 

「んだよ、何なんだよ。クソが。あんだけ人がいて、あんだけのファンがいて、アイドル仲間がいて、仕事する仲間がいて。何で──誰も気づかないんだよ」

 

 

 彼の抱きしめる力が強くなる。

 

 

「見りゃ分かるだろ。一目瞭然だろうが。何が完璧だ。何が無敵だ。アイがこんなにも、こんなにも限界振り絞って、すり減らしながら頑張ってるのに。誰一人として、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 彼の心臓の音が聞こえる。

 そのくらい、彼は私を強く、強く、優しく抱きしめる。

 

 

「何で──どうして気づかねぇんだよ! どんだけ取り繕っても、どんだけ完璧演じても、彼女が愛してほしいのは()()()()()()()()()! 一人くらい気づいてやれよ! あぁ、くそっ! 何で不完全で脆い女の子に、全部押し付けてんだよ!?」

 

 

 あぁ、彼は。

 彼は怒っているのだ。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「今の俺って子供の癇癪みてぇだな、おい! でもな、でもなぁ……! たいして人生経験のないクソガキすら見てわかるのにさぁ! 全部を! 全部をさぁ! アイ一人に背負わせてさぁ! 何なんだよ! ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!」

 

 

 私の初心──『愛し、愛されたい』。

 彼はそのことを言っているのかな。愛したかった。愛してほしかった。それを本物にするためにアイドルになったのに、アイドルを維持するのに『本当の自分が愛されること』を放棄するのはおかしいだろう。彼はそう叫んだ。

 

 彼は私の肩を掴んで、若干遠ざける。

 私の目が見えるように。彼の黒くて美しくて、真実のみを映すその目で。

 

 

「アイ、これだけははっきりと言うぞ。弱いことがダメだと思うな。唯一無二じゃなくていい。取り繕うのはお前の自由だが、俺は見てるからな? 不完全でもいい。誰よりも強くなくていい。俺は星野アイの全てを愛している。これだけは忘れるな」

 

 

 彼はそう言って、笑った。

 

 

「あと、ライブはすっげぇ良かった。最高だった。よく、頑張ったなぁ……!」

 

 

 彼は再度私を抱きしめた。頭を撫でてくれた。

 私は──彼の胸の中で、声を出しながら泣いた。

 

 

 

 




【島津 桜華】
 主人公。『嘘を見破る目』のせいで、ライブ中のアイが完璧を演じなければならないというプレッシャーで神経すり減らしているように見え、回数を重ねるごとに酷くなっているようにしか見えなかった様子。『アイドル』のPVで後半ハートが修繕だらけになっているイメージ参照。無理してたんだなって。

【星野 アイ】
 ヒロイン。転生者。生前で『本当の自分を愛してくれる』存在がいなかったように見える。元旦那ぐらいじゃない? 本当の彼女を見てたのって。愛はなかったけど。んで今の元旦那がアレなんだけど。




「くっ、今すぐにでもお館様(大友)の元に戻りたい……! しかし、今の神木プロダクションを捨ておくことはできない……!」

「価値ある命に重点を置き過ぎて、それ以外の人材育成がおざなりではないか!」

「お館様……申し訳ありませぬ!」

「この私、カミキヒカルが、部下(役者)を一人前に育て上げ、胸を張って大友に帰還しましょうぞ!」




立花(たちばな) 導春(どうしゅん)
 大友勢力の要、立花家元当主。享年34歳。とにかく我慢弱く、人の話は聞かない、おとめ座の男。武力は親父殿と互角ぐらいであり、人材育成というものに一生を捧げた、大友の忠義の将。
 死後、虫の息だったカミキヒカルに無理矢理転生し、なんか知らないけど身体の主導権を奪取し好き勝手やる。本心としては今すぐ大友に帰還したいが、価値ある命厨のカミキの、自身の事務所所属の役者や従業員への待遇がおざなりになっていることに憤りを感じ、せめて彼ら彼女らが一人前として芸能界に羽ばたけるよう体制改革を行う。
 転生後は武力はかなり落ちたが主人公程度なら相手にできるし、星の目を宿す最悪キメラが爆誕する。そして代表取締役としてのコネも得る。
 アイのことは正直どうでもいいが、ホモな導春の好みドストライクな島津少年の恋人という立場に嫉妬している。後のアイのライバルである。アイとカミキが主人公取り合うとか、どういうことだってばよ。そして片寄 ゆらは新カミキを狙ってる。どういうことだってばよ。
 双子に対しては『とりあえず血のつながった子供』という感覚であり、二人の復讐も納得はしているので、殺しに来るのならご自由にというスタンス。カタギなので殺しはしないが、抵抗はするから頑張ってね程度。


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050.過ぎ去りし思い出

 シリアス回です。
 コイツら無意識にルビー闇落ちさせることしかしてませんな。
 感想、評価頂けると幸いです。


 この時間帯のリビングでは各々が好きなことをする。

 

 俺は学校で未来から受け取った資料を読む。

 黒川さんはパソコンとスマホを交互に眺める。

 アイはソファーに座っている俺の後ろからチョークスリーパーをキメようとする。

 

 どうして?(素朴な疑問)

 

 

「……アイさん、俺は何か悪いことした?」

 

「その資料に載ってる可愛い女の子は誰?」

 

 

 アイはニコっと笑った。

 彼女の視線は俺の手元にある資料に目を向けられていたが。そして目が全然笑ってなかったが。

 

 それを知ったうえで俺はいつも通り彼女に説明する。

 別にやましいことなんて一切してないからな。これを入手したルートに関しては、正規の手段じゃないのでノーコメントだけどね。

 

 

「あぁ、彼女ね。本当に可愛いよね。……今も生きてたら、相当な美人さんだったんじゃないかな」

 

「それって……」

 

「退形成性星細胞腫だってさ。俺もよく分からないけど、軽く調べた感じ生存率が低い病気だと」

 

 

 この資料を手に入れられた経緯は、立花のオッサンの通夜にまで遡る。

 大友家当主と話をした際に、彼は俺に対して重要な情報を提示してきたのだ。後に正式な書面は送ると言葉を付け加えたので、根回し的な意味も含めて俺に教えたのだろう。

 

 

『導春の死は大友の損失だ。……我々は、宮崎北部から手を引く』

 

『……そこまで、ですか』

 

『大友は敵が多い。南に島津、西に龍造寺、北に毛利、東に長宗我部。導春亡き今、大友にそれらすべてと睨み合う余裕はないのだ』

 

 

 他にも九州三国の停戦協定だったり重要な話も出てきたが、俺が一番気にするのはそこではなかった。

 彼らは宮崎から撤退する。その後、その宮崎圏内で島津がどう動こうとも、大友はそれに関与はしないとの事だった。

 俺にとっては立花のオッサンが残した最後の置き土産の気分だった。

 

 そりゃそうだ。俺たちが調べている雨宮(あまみや) 吾郎(ごろう)という医者が最後に勤めていた病院が、宮崎の北部にあったのだから。

 バリバリ大友圏内だったので、どう調べようか馬鹿共と議論していたところでの朗報。俺らは後顧の憂いなく、大手を振って調べることが可能となったのだ。今ちょうどフットワークの軽い兼定は観光がてら宮崎の病院に足を運んでおり、先に資料等は未来と咸が調べ上げてくれたのだ。俺が手にしているのはその一つである。

 

 

天童寺(てんどうじ) さりなちゃん、ねぇ。雨宮先生が担当と言うわけではなかったらしいけど、かなり交友のあった人物だってのは間違いないな。これ見りゃわかる」

 

「そうなんだ……ん? んー……」

 

 

 彼女は一瞬納得しかけ、急に首を傾げた。俺が「どうした?」と聞いては見たが、最終的には「何でもないよ」と返された。

 今までの経験から察するに、雨宮先生と彼女に関して何か聞いたような気がするが、今世含め十数年前の記憶なので、何を話したかのさえも覚えてない──と言ったところか。彼女は失踪前の雨宮先生と会話した数少ない人物の一人なので、できれば思い出してほしいところではあるが。

 まぁ、あれから彼女も色々あり過ぎた。忘れるのも無理ないだろう。

 

 俺は資料をペラペラ捲る。

 書いてある内容は、あまり気分のいいものではないが。

 

 

「これ本当に担当医じゃない先生の経過報告書かよ」

 

 

 担当医の簡素な報告書と比較するのが烏滸がましいほど、天童寺さんの軌跡を少しでも残そうと、死の間際まで必死に足搔いた記録が記されていた。ここまで入れ込むとなると、その喪失感は如何ほどだったのだろうか。想像に難くない。

 どうやら先生が『アイ』を推し始めた理由も、この今は亡き少女が要因であったらしいな。

 中には「おいおい、マジかよ」と言いたくなるような、彼と彼女の型破りなエピソードも含まれていた。アイのライブに連れ出したのかよ。羨ましいなオイ。

 

 そして、流し読みをしていた俺は最後のページを開く。

 開いて──嘆息した。

 

 

「……これは、()()()()()()()()()()

 

「ん? オーカ何か言った?」

 

「独り言だよ」

 

 

 最後の報告書は、正直何書いてあるのか分からなかった。

 彼女が死亡したことは分かる。そこしか分からんのだ。涙で滲んだ字が、長い年月で風化したことにより、これを解読するのは至難の業だろう。

 ここまで私情まみれの報告書は基本病院側も残さない。それでも──十数年の時を経て、今は俺の手の内にある。

 

 ここから彼が星野アイを殺害する動機をこじつけることは可能だ。イカレた人間なら、アイを天童寺さんが死んだ原因として狙う可能性もある。逆恨みなんてのはどこでも起こるし、生前のアイの死因も元をたどればファンの逆恨みとも言えなくもない。

 しかし、可能性として除外はせずとも、俺の中で『雨宮(あまみや) 吾郎(ごろう)がアイ殺害の共犯説』は限りなくゼロに近くなったのは認めよう。

 

 果たして、天童寺さりなちゃんは、雨宮先生と会えて幸せだったのだろうか? ここまで患者と向き合ってくれる先生なんざ、全国探しても中々いないぞ。

 せめて──彼女の魂が、安らかに眠っていることを願おう。

 

 

「となると、だ。ホントにマジで雨宮先生どこ行ったんだろうな」

 

「センセどこ行っちゃったんだろ。元気だといいね」

 

「元気なら何らかの痕跡が残っててもおかしくはないんだが」

 

 

 チョークスリーパーを諦め、いつの間にか横に座っていたアイと楽しく話していると、対面でネットの海に潜っていた黒川さんが浮上する。

 

 

「前々から疑問に思ってたんだけど、アイちゃんって、もしかして『アイ』なのかな?」

 

「「うん」」

 

「……あっさりバラすんだね」

 

「3馬鹿や撫子、島津家当主と複数重鎮、俺の両親、アイの両親も知ってることだからな。敏い黒川さんなら、俺が言わなくても勘付くかなーってのは思ってた」

 

「それだけの人間が、生まれ変わりを信じてるんだ……」

 

 

 そうそう起こるはずのない奇跡みたいなもんだろうと俺は笑い、薩摩だし何が起こっても不思議じゃないよねと黒川さんは苦笑いをした。彼女は薩摩を何だと思ってるんだろうか。

 俺だって非科学的なことをそうホイホイと信じるわけじゃない。

 アイが言ってたから信じてるだけだし。

 

 

「あ、それとアイちゃんとのツーショット写真をSNSの私のアカウントであげたけど、これで良かったのかな? 確認して」

 

「ほいほい。……アイ的にはどうよ」

 

「私とあかっちが最高の角度で映ってる。100点満点」

 

 

 だってさ、とスマホを返しながら評価をつける。

 咸のアドバイス通りの予約投稿、未来のアドバイス通りの撮影場所の記録が残らない写真、兼定のアドバイス通りの周辺の人間の顔が見えないようなモザイク加工。

 とは言っても、撮影場所自体はネットで調べりゃ出てくる鹿児島の名所だから、未来のは念の為の助言だろう。写真の内部記録を勝手に漁って特定する税所とかいう家の当主様もいることだしな。

 

 

「──ってな感じで、双子ホイホイ目的で黒川さんには協力してもらってるわけ」

 

「……え……えーと、生まれ変わる前のアイちゃんには子供さんが、いたってこと?」

 

「そそ」

 

「……それって、桜華君って既に双子のお父さん?」

 

「……そそ」

 

 

 アイの為に動いているわけだが、同時に俺が別の覚悟を決める必要性にも迫られているというワケだ。こんな未成年のガキが父親だって言って、それを受け入れられる子供が世界にどれだけいることやら。俺には誇れる何かと言うものが存在しないので、こんな父親を持ってしまう双子には同情する。

 せめて親父殿みたいな屋久杉並みの絶対的な安心感とかありゃ話は別なんだろうけど。

 

 まだ会ったことのない双子に思いを馳せていると、俺の仕事用のスマホが鳴る。

 相手は絶賛観光中の兼定からだった。

 

 

「もしもし、どした?」

 

『オイ、例の産婦人科医、見つかったわ』

 

「おー、マジか。そりゃよかった」

 

 

 雨宮先生が見つかったらしい。

 やっぱり資料眺めてるより、現地に行く方がいいね。百聞は一見に如か

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『白骨化死体だけどなァ』

 

「……は?」

 

 

 

 




【島津 桜華】
 主人公。ゴローセンセが犯人じゃないと信じたいけど、アイを守るためにも可能性としては留めている。まぁ、ないだろうけどね的なノリ。

【星野 アイ】
 ヒロイン。転生者。十数年前の話なので、センセから語られたさりなちゃんの話を覚えていない。その後色々あったし。主人公ベタ褒めなのでさりなちゃんに若干嫉妬する。なお娘である。


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051.少女は泣き叫ぶ

 ガチガチのシリアス回です。
 感想、評価頂けると幸いです。





 原作でアイを早々に退場させた理由が、「アイのキャラが強すぎる」との事でしたが、最初はそんなのどうでもいいからアイ生存で書いてほしいと思ってました。しかし、当事者になるとその気持ちが十分わかります。
 安易におとめ座の男入れるんじゃなか


カミキ「くっ、この程度のK(牡蠣)に身体が耐えられんとは……!」


 コイツが脳内のプロット邪魔してくるんです。
 数話に一回放出しないと侵食してくるんです。
 これをお読みの『推しの子』二次作者の皆さん、私からの忠告です。グラハムは入れるな。


 兼定は雨宮先生が白骨化死体で見つかった経緯を語る。

 島津の懐刀は、茜色の空を背に、カラスを追いかけていた。

 

 

「遊ぶな」

 

『ンなわけねェだろ殺すぞ』

 

「雨宮先生死んどるやんけ」

 

『センセじゃねェよ、テメェだよ』

 

 

 なぜコイツは遊んでいたのか。

 次の日病院を散策しようと近くの宮崎のホテルを予約したはいいが、そのホテルの鍵を害獣に盗まれたと語る。薩摩の武者がカラス一匹に翻弄されている滑稽な姿を見てみたかったが、既に終わったことなのでそこら辺は心の内に秘めておく。

 

 カラスは的確に兼定の鍵だけを盗み、山道の上を飛ぶ。

 兼定はそれを的確に追う。

 

 途中、カラスは山道外れて森の中に逃げるが、逆にそれがカラスにとって仇となった。

 薩摩兵特有の化け物じみた身体能力を使い、森の木々を器用に蹴り上げて、カラスと同じ高度へと舞い、兼定はカラスの咥えた鍵を奪取するのだった。

 カラスは化け物から逃げるように茜空へと消えて行ったとか。

 

 

『……今思うと、あの時カラスをシバけばスピネル逃さなかったンかねェ』

 

「バイオじゃねぇぞ」

 

 

 ここで常人なら山道へと戻るだろう。

 しかし、伊集院の殺戮兵器は、その森で血の匂いを感じたらしい。生々しい類のものではなく、既に風化した痕跡を感じたと口にする。

 荒事関係だと本当に化け物じみた勘を発揮するな、伊集院家の人間ってのは。

 

 兼定は森の奥を野生の勘のみで進もうとする。

 その時、()()()()()()

 

 

 

 

 

〈──おにーさん、そっちに行っちゃダメだよ〉

 

 

 

 

 

 そこにいたのは、黒い服装に身を包んだ少女だった。

 

 

「お前、咸に感化された?」

 

『あのクソロリコンと一緒にすンじゃねェよ。はっ、あと半世紀年重ねて出直せってハナシ』

 

「ババアじゃん」

 

『それがいいンだよ。わっかんねェかなァ』

 

 

 その時間帯に、森の中で、幼い少女が忽然と現れたと。

 普通のスーパー薩摩人であれば、その距離に人がいれば気配で察知する。しかし、その少女は、そこに居るはずなのに気配が認識できないと語った。

 少女は兼定に微笑んだ。絶対的上位種が、下等生物を見下すような感覚だったと。

 

 

〈それはおにーさんの役割じゃない。あなたが見つけていいものでもない。ただでさえイレギュラーでぐちゃぐちゃになっているの。これ以上は──看過できないよ〉

 

〈あァ? テメェ何言ってんだァ?〉

 

〈これは、あの()が見つけなきゃいけないものなの〉

 

 

 少女は兼定に近づき、覗き込むように嗤った。

 

 

〈ただでさえ星と海になって崩れたはずの星野アイの魂は、あの■■によって再構成されてしまった。あの日、あの時、あの場所で、星野アイは永遠に消えるはずだった〉

 

〈──ンだと?〉

 

〈ただ■■に再構成された魂であっても、軌道修正されて、自死によって星野アイは完全に消えるはずだった。……■■に救われなければ、あのまま終わるはずだったの〉

 

 

 少女の顔は歪む。

 

 

〈本当に、あの忌々しい■■。そして、最後の望みだった──も、▼▼によって潰えてしまった。もう、この歪みを正すことは、事実上不可能になってしまった〉

 

〈何訳の分かんねェこと言ってんだ? 寝言なら、さっさと帰ってベッドで眠りな〉

 

〈だから、帰ってくれないかな?〉

 

 

 兼定はその言葉に応じなかった。

 確かに不気味な存在ではあるが──彼は()()に脅威を感じなかった。

 

 少女はため息をつく。

 

 

〈彼を見つけるのは彼女の役目。星野アイの担当医が死んでいること、当時、病院の傍に不審な人物──学生位の男と中学生位の男の子がいたこと。それを、彼女は知らなくちゃいけない〉

 

〈………〉

 

〈彼を殺したのが──であることを、彼女自身が、知らなくちゃいけない〉

 

 

 だから、あなたはこれ以上行かないでね。

 あなたにとって、それは関係のないことだから。

 

 

 

 

 

〈そうでしょう? ──大友の若武者さん?〉

 

〈大友?ンなわけねェだろ〉

 

 

 

 

 

 兼定の否定に、少女はさもおかしそうに笑う。

 

 

〈私には分かるわ。その夥しい血の匂い、普通の人間が纏うそれじゃないわ。この地でそんな血を浴びるのは──大友に連なる者しか、いないでしょう?〉

 

〈オレは島津のモンだ。大友の連中と一緒にすンな泣かすぞゴラァ〉

 

 

 兼定はそう吐き捨てた。

 そして──少女は、

 

 

〈………………は?〉

 

〈さて、ンじゃ聞かせてもらおうかね。星野が、どうしたって?〉

 

〈え、でも、ここは大友の勢力圏で……あ、あなたは……?〉

 

〈オレん名前は伊集院兼定。島津家臣団、伊集院家のモンだ〉

 

 

 彼女はその言葉に目に見えて青ざめ──消えた。

 ふっと、何もなかったかのように、存在そのものが消えてしまったと兼定は語った。

 

 

「……ファンタジーワールドから帰ってこい」

 

『それ言ったら星野ん存在そのものがファンタジーだろうが』

 

「一理ある」

 

 

 よくわからん不思議な存在に会った不思議の夢の国の兼定だったが、彼女の言葉に引っ掛かりを感じ、行くなと言われたのにガンガン先へ進んだという。

 草木生い茂る森の中。

 そろそろ日が暮れてしまうと思ったその時、彼は小さな洞窟を見つけた。

 

 そして中にあったのは──

 

 

『ボロボロの白衣を着た眼鏡かけた男の白骨化死体だった、ってワケ』

 

「その女の子の言ってることが本当かどうかわからんが、アイの担当医ってことであれば、まぁ、状況証拠的には雨宮先生なんだろうなぁ」

 

『首にかけられてた名札のストラップから、身分証明的なのは抜き取られてた。ただ、ストラップん中に、アイドル時代の星野のキーホルダー的なのが入ってたぜ。ンで、洞窟近くを合流した薩摩の他メンバーと漁ってたら、ボロボロのサイフを見つけたってハナシ』

 

 

 その中に雨宮先生の身分証明が入ってたってことね?と俺は確認すると、殺人犯も遺体移動時に落とすなんざツメが甘いと兼定は嗤った。

 これで女の子の証言が正しいのであれば、雨宮先生はシロと断定できるであろう。問題があるとすれば、彼女が本当のことを言っているのか分からない点、それ以前に彼女が誰なのかと言う点、そして、さらなる疑問が生まれた点だ。

 

 

「ちゃんと女の子との会話は録音したんだよな?」

 

『スマホで動画起動してた──が、再生したがオレの声しか聞こえねェ。つまりはそういうこったろ』

 

「……俺の方から当主には報告しとくわ。マジか。ここにきて超常現象が出張ってくんのかよ」

 

 

 少女が敵であるか、それとも味方なのか定かではない。

 兼定を攻撃することを選ばず消えたということであれば、彼女に直接的な攻撃手段がない可能性も浮上してきた。何にせよ、こんな信じられないことは俺から上に言った方がいいだろう。

 雨宮先生の行方を捜すはずが、まさかこんなことになるとはなぁ。

 

 

『クソ桜華、テメェは当分、星野から極力離れんじゃねぇぞ』

 

「言われずとも。……ところで、白骨化死体ってその後どうした?」

 

『ンあ? 必要な情報は得たしな』

 

 

 兼定はさも当然のように言い放つ。

 たとえ──その行動が、遥か彼方の少女を壊す行いだとしても。

 

 

『とりあえずポリ公には通報しといた。あとは無能共が供養してくれンじゃねェの?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〔──昨日未明、宮崎県××の山道近くの森林地帯で、男性の白骨化死体が発見されたとの事でした。警察によりますと、遺体は行方不明だった──の産婦人科医、雨宮(あまみや) 吾郎(ごろう)さんの遺体であることが確認されました。警察は事件や事故などを含め捜査を進めています。次のニュースです。先日オープンしたカミキ豚骨ラーメン本店の──〕

 

『………………せん、せ?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〈ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバい〉

 

〈なんでっ、どうしてっ、あそこに■■(島津)がっ……!〉

 

〈いや、それよりも……〉

 

()()()()()()()()()()()()()()……! ど、どうしよう……?〉

 

〈なんなのもおおおおっっ! また島津なのおおおおっっ!?〉

 

 

 

 




【伊集院 兼定】
 主人公の幼馴染。熟女好き。ちゃっかりセンセのストラップ&キーホルダーは回収している。それ以外の足の着く真似はしてない。

【少女】
 イカレ島津の被害者。神様? 主人公が心配するほどの影響力は持ってないが、本筋に修正しようとしている。が、九州の化け物共に阻害される。もうぶっちゃけ本筋に戻るとか無理なので九州から出たい。


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052.どこにも地雷は潜んでいる

 シリアス回です。
 感想、評価頂けると幸いです。





カミキ「島津少年! このままだとルビー君が闇堕ちしてしまうぞ!」(元凶)

カミキ「私が手を差し伸べるべきなのか……? いや、しかし……」(元凶)


 カミキさん帰ってもろて。


「──おー、ついに九州三勢力同盟爆誕したん?」

 

『情勢的に仕方なくない? 停戦とかいう名目上の大友と島津の同盟だよ? 長崎・佐賀が活動圏内の龍造寺的には、この二つ組まれると生き残ることすら難しいし』

 

「でも龍造寺って信じられんのか? あの当主CV石〇彰だろ?」

 

『とても誠実な当主さんじゃん。CV〇田彰ってだけで』

 

 

 リビングで未来と軽い情報交換をしていると、対面のアイと黒川さんが、ちょいちょいと手招きをしているのが目に映った。「通話後に話がある」の意である。

 特に駄弁っていただけなので、俺は早々に話を切り上げることにした。

 

 

「すまん、姫2人からのお呼び出しだ」

 

『てらー。夜は程々にねー』

 

「今日はしねぇよ。俺は」

 

『ハハハッ。キスNGの元アイドルが昏睡レイプ上等ってどうな──』

 

 

 俺は電話を切る。未来の後半部分の呟きは聞こえなかったが、どうせロクでもないことを言っているのは目に見えている。

 

 

「んで、どないしたん?」

 

「オーカのスマホ貸して」

 

 

 アイは笑顔で手を出してくる。

 なぜ黒川さんが付き添いながら、そのようなことを言うのか意図が読めんが、俺は指紋認証でロックを解除したプライベート用のスマホを机に置く。

 恋人はそれを手に取りながら、

 

 

「仕事用も出しといてね?」

 

「……俺のスマホなんか見て何するんだ?」

 

「浮気調査」

 

 

 不名誉な嫌疑をかけられていることが発覚した。

 俺は不愉快さを隠そうともせず、吐き捨てるように反論した。

 

 

「俺が他の女に現を抜かしてるって?」

 

「んー? それは絶対ないよ。私が言いたいのは、オーカが私に隠れてエッチな漫画やゲーム、画像とかを隠し持ってないかなぁって思ってるだけ」

 

「………」

 

「どうして反論しないのかな?」

 

 

 持ってるからだよ。なんて言えるわけがない。

 どうやら彼女にとってはエロい何かを持つこと自体が浮気判定らしい。そこらへん男女で考え方が違うのだから、俺的にはセーフでもアイ的にはアウトなのかもしれないなぁ。

 ……いや、待てこれ違う。

 

 

「……万が一仮にも俺のスマホから何の因果か見つかったとして、アイはそれをどうするつもりなの?」

 

「中身確認する。そして参考にする。オーカに無駄撃ちさせるわけないじゃん。私が居るんだから、漫画通りに私と愛し合えばいいでしょ?」

 

 

 やはりかと俺は天を仰いだ。参考文献代わりにする気だ。

 紙媒体だと次の日にはなぜかバレることを学んだ俺は、その保管場所を電子世界に移した。

 それをアイは察したのだろう。

 

 しかし、プライベート用にアイが求めているものはないだろう。それどころか俺のプライベートは誰かさんのせいで、撫子と黒川さんぐらいしか交友がないのだ。

 問題は仕事用のスマホだ。これをアイに見られるのはちと厄介だが、それを言い出せるような状況ではないのは火を見るよりも明らか。俺は大人しくロック画面を外して差し出すのだった。

 

 

「………」

 

「………」

 

 

 ところで黒川さんも見てるのはなぜなのだろう。

 何も面白くないよ?

 

 

「……ねぇ、オーカ」

 

「はい」

 

「この『智子さん』『葵様』『綾波さん』『蛍様』って女、誰?」

 

「……あ゛っ」

 

 

 俺の彼女は電話帳を開きながら、俺に微笑む。黒い星を輝かせながら。

 声色としては『信じてるけど、それはそれとして彼女らの名前を聞いたことはないよ?』と言われている気がする。

 説明しなかった場合、俺は数か月後に父親になる可能性がある。義理でもなんでもなく。

 

 加えて俺は自身が盛大な過ち──二人に仕事用のスマホを見せたことを後悔するのだった。仕事用と言うことで、アイも黒川さんも、メールやLINEの会話履歴までは見ないと明言していた。そこら辺はちゃんと弁えている女の子たちである。

 しかし電話帳までは考慮してなかった。冷や汗をかきながら説明する。

 とりあえず正座もしておく。

 

 

「まず『智子さん』は兼定のオカンです」

 

「……あー、タネサダ君のお母さんかぁ」

 

「ラピュタのドーラおばさん的な人だったよね?」

 

 

 黒川さんの例えが的を射すぎて貫通しそうなくらい的確であった。下手に言葉を連ねるより、彼女のような説明をした方が人には伝わるだろう。

 アイも顔合わせをしたことがあるのは知ってるが、まさか黒川さんも知ってるとは思わなかった。後から聞いた話によると、彼女を参考にすれば頼れるお母さん像を再現できるかなと思ったらしい。

 黒川あかね(ドーラのすがた)は、彼女のファンに殺されそうだから止めてほしいけど。

 

 

「そんで『葵様』は当主様の奥方です」

 

「あのすっごい美人の人だっけ?」

 

「モデルの人って言われても信じちゃいそうな美人さんだよね。実際にそうだったの?」

 

「いや、芸能人だった経歴はないはず」

 

 

 夫のドルオタに理解のある美人な奥方。

 というか俺のオカンよりちょっと上の年齢なのに、20代後半と言っても違和感がないぐらいに若く見える。それで当主様が何度か通報されたことがあるというのは秘密だ。

 

 

「それで、『綾波さん』は元仕事仲間っす」

 

「ふーん……可愛い? カッコいい? 美人?」

 

「普通。でも正直そんなのどうでもいい。この人がいなかったら俺は三回ぐらい死んでる」

 

 

 俺が前線で島津やってた時代にお世話になった、医療班の女性である。彼女の存在は非常に大きく、本当にこの人がいなかったらアイとは会えてなかったと断言できるくらい、俺はこの人にお世話になりまくった記憶がある。

 流れ的には綾波さんから応急処置→整形外科のオッサンの集中治療が定型化していたぐらいだ。『島津のナイチンゲール』『治療じゃなく蘇生』『薩摩兵ゾンビアタック作戦の要』と、様々な異名を持つ女性。

 

 さて、これで説明は終了したな。

 うん。もういいでしょ?(涙目)

 

 

「……最後の『蛍様』って誰?」

 

「……えっと、後で言ってもいい? ちょっと今は勘弁してほしいかなって」

 

 

 俺はチラリと黒川さんを見ながら、アイにも分かるように思念を送る。届かないけど。それでも『察して』感を出していくのだ。

 けれども恋人には案の定届かず。今回の調査の件は黒川さんも手伝ってくれた恩があるのか、ここで言ってほしいとアイは口にした。

 

 彼女たちは知りたいと口にした。

 これが地雷だと知らずに。

 

 

「……ま、マジで言わないといけないですか?」

 

「私はオーカを信じてるからね?」

 

「……はぁ、やっぱり残しとくんじゃなかったのかもしれねぇなぁ。それね、咸の許嫁の名前」

 

「「!?」」

 

 

 名家のお嬢さんであり、馬鹿共や俺もお世話になった女の子の名前だ。

 俺の言葉に黒川さんのメモする動きが止まり、ギュッとペンを握った。彼女にとっては想定内であってもショックはあっただろう。彼の都合のいい女になりたいという願いこそあれど、それでも彼に女の影がちらつくのは苦しいはずだ。

 そして俺も現在進行形で心苦しい。

 

 

「アイ、その名前に電話かけてくれ」

 

「え、でも……」

 

「いいから」

 

 

 彼女は電話帳から電話番号を選択し、耳に当てる。

 おそらく、彼女の耳にはこう聞こえたはずだ。

 

 

『おかけになった電話番号は、現在使われておりません。番号をお確かめの上、おかけ直し下さい』

 

 

 アイは電話を切って、困惑した表情で俺の名前を口にした。

 けれども、俺は多くを語らなかった。

 

 

「……察して。俺からはこれ以上は言えない」

 

 

 それ以降、彼女が咸に何か聞けたのかまでは俺も把握していない。俺が知る必要もないし、それは咸と黒川さんだけで話をするべきだと思ったからだ。

 ただ──黒川あかねという少女は、髪を切らずに伸ばすようになったことは記しておこう。

 誰を意識しているのかは……俺には分からない。

 

 

 

 




【島津 桜華】
 主人公。エロ系なコンテンツを隠し持ってる『秘密の携帯3台目』も無事バレてしまう。ちなみに故人の電話帳は残しておく派。

【星野 アイ】
 ヒロイン。転生者。主人公が浮気するなんて全然思ってないけど、それはそれとして無駄打ち要因は排除する構え。ちなみに3台目の情報は咸から聞いた。それが仇となり、自分の隠してない裏話を知られるきっかけにもなった。


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053.体育大会の暇人たち

 ほのぼの回です。
 が、原作キャラの絡みがほどんどないです。
 感想、評価頂けると幸いです。






カミキ「今日の私は、阿修羅をも凌駕する存在だ!」(ラーメン作りながら)



 カミキさん、帰ってもろて。お願い。


 体育大会とは自称進学校である××高校で開催される、身体を動かす数少ない行事の一つである。運動神経に極振りした人間が活躍できる数少ない場所だ。そんな運動馬鹿が、なんで普通科の自称進学校に来たのかって? あんまり人をイジメるもんじゃないよ。

 体育大会はクラスの代表者のみが参加するので、運動苦手だと3年間ずっと一日休憩時間と化す。参加できるとしても玉入れか、3年生のみ参加のフォークダンスくらいじゃないだろうか。

 蛮族な薩摩兵組も無双乱舞するのでは?と思われるかもしれないが、俺たちは上記の後者──つまり運動できない組に分類される。理由は説明しなくてもいいだろう。我、島津ぞ?

 

 

「おー、おー、速い速い。予想以上に速い」

 

「ああ見えて運動神経は女の子の中じゃ良い方だよねー」

 

 

 わが校は紅組が1.2組、白組が3.4組、青組が5.6組に分かれて覇を競うのだが、組対抗リレーで紅組の選抜メンバーに選ばれたアイが、その役割を全うせんと駆ける。

 運動は得意じゃないと口にはしたが、ぶっちゃけ同年代の女子と比較すると普通に良い方だ。外面はかなり明るくポジティブではあるが、内面の彼女は自己評価がそこまで高くはない。完璧主義者と言うのも理由の一つだろう。

 存在自体が矛盾の塊な俺の彼女。そこも好き。

 

 彼女の走るフォームも美しく、あくまでも組対抗のレースであるにも関わらず、応援する人々全ての視線をかっさらっていった。

 他の選抜の女子生徒が可哀そうである。

 

 

「カメラ激写している人発見」

 

「実際幾らぐらいで取引されるん?」

 

「モノによっては万とか」

 

「学生の裏取引でしていい金額じゃねぇだろ」

 

 

 運動部系や応援団所属の生徒は勝敗に拘るのだろうが、それ以外の人間にとってはそれほど重要ではない。なので今のように、未来が俺たち紅組のテントにお邪魔するような状況が当たり前であり、紅組も他組にお邪魔している面々が見受けられる。

 つか皆が一番問題視しないといけないのは、1-3(白組)のアイと黒川さんが紅組のハチマキ締めて選抜リレーに参加している点だろう。

 先生も生徒も誰一人として疑問に思わないのおかしいよ。

 

 

「じゃあアレか。アイのメイドコス(コレ)とかはいくらの値段になるのかねぇ」

 

「どれどれ……アイちゃんのミニスカメイドコスにガーターベルトとか、ご神体になるんじゃない?」

 

「語源の意味でのアイドル(偶像)になるのか」

 

 

 スマホの画像を未来に見せながらも、俺の視線はアイの勇姿を追う。余談ではあるが、たまたま俺と未来の後ろを通りかかった男子生徒が、いきなり鼻血を噴き出して倒れたらしい。くっそ幸せそうだったと噂で聞いた。

 俺はスマホをしまった。これは公共の場で容易に出していい芸術品ではなかったらしい。

 ちなみにアイのスマホには、この服装で捕食している動画と画像が保存されているので、公になると××高校の男子生徒の大半が死滅する。

 

 アイは無事2位で次の生徒にバトンを託す。

 託された男子生徒は幸せそうに実力の120%で全力疾走する。

 

 走り終わった元人気アイドルの少女は、俺の姿を探し見つけると、俺に向けて笑いながら両手でハートマークを作った。生前のライブ動画で見たことのあるパフォーマンスだ。慣れてるね。

 俺は『見てるよ』の意味を込めて手を振る。

 近くのシャッター音がマシンガンのように鳴り響く。

 

 

「あの中で2位は凄いじゃん」

 

「だな。帰りにハーゲンダッツ買ってやろ」

 

 

 なんて言ってると、LINEの通知が入る。アイからだ。

 

 

『2位だったよ!』

 

『頑張ったな。ハーゲンダッツ何がいい?』

 

『バニラ。あと帰ったら、頭撫でて抱きしめて頭撫でてキスして頭撫でて』

 

『お姫様のお望みのままに』

 

 

 本当に欲張りな彼女だ。

 俺は彼女の要求全てに応えるしか選択肢がないけど。

 

 

「お、次はあかねちゃんだ。……おっ? 素晴らしい走り」

 

「演劇の練習ってかなりハードって聞いたからなぁ。それに今は体力もあるしね。っても、体力あるからって速いとは限らんか」

 

「これにはロリコンもニッコリ」

 

「ロリコン関係ないやろ」

 

 

 綺麗なフォームを崩すことなく、1位との差を縮めていく劇団の元エース。なんか陸上選手のフォームに似ている気がする。演劇の時の応用で、(選手)にのめり込んでいるな。

 演劇の練習に人生費やしていた少女は、今は完全フリーになってしまった。その時間を埋めるわけではないが、朝の俺の有酸素運動についてくることが多々ある。アイも参加している。

 

 俺は彼女の活躍を動画として記録する。

 応援団所属の咸に頼まれた仕事を果たすとしよう。余談だが、兼定は救護委員に駆り出されている。

 

 

「彼女も何だかんだ、最近は笑うようになったね。アイちゃん以外の友達もできるといいね」

 

「……そーだなー。っても、当分は無理だろう。ガワは取り繕ってるが、実際に接してみると分かる。ありゃ咸に依存しまくってるわ」

 

「アイちゃんと桜華ほどの絡みが多いようには見えないけど?」

 

「だからヤバいんだって。黒川さんは咸と交流できるその数少ない時間に、命かけてる感あるんだよ」

 

 

 これで双方とも『これって恋愛感情なのかな?』と自覚が全くないのだから、非常に手に負えない。俺とアイの件は俺が頭島津だったからであり、今回の咸と黒川さんは双方とも頭島津のような状況なのだ。こいつぁヘビーだぜ。

 

 なんて言ってる間に僅差まで縮めた黒川さんは次の生徒にバトンを預ける。

 次は……あー。

 

 

「あの人格破綻者も選抜か」

 

薩摩兵子(さつまへご)じゃないのでセーフ」

 

「姉貴の応援しないのか、弟君は」

 

「草」

 

 

 しかし、薩摩兵子じゃなくとも、種子島家の人格破綻者は島津に仕える者らしく、脱兎の如き走りを全生徒に見せつけていく。

 そう、見せつけていく。

 たわわに実った双丘をたゆんたゆん揺らしながら。

 

 

「急に男子生徒がへっぴり腰になったな。何でだろうか」

 

「近くのシャッター音止まらないんだけど。草超えて森」

 

 

 ……うん、気持ちは分からなくもない。

 黙ってりゃ美人、皮を被っているので喋っても美人、そしてグラマラスなボディー。2学年の女王こと種子島撫子の走る姿は、男子生徒をある意味魅了していく。

 歯も着せぬ言い方すると、とてもエッチです。

 

 他人事のように1位に躍り出た撫子を眺めていると、再度俺のスマホにLINEの通知が入る。

 走り終わって校庭中央で応援側に回ってるアイさんからですね。

 

 

『ナデコちゃんのおっぱい見てない?』

 

『非常に眼福やな』

 

『明日は振替休日だね』

 

 

 ダメ押しとばかりに、カミーユ・ビダンの『セックス!』のLINEスタンプが張られる。俺は明日は朝までフルコースにされるかもしれないと覚悟を決めた。

 あの人格破綻者が選抜になった時点で予想はついていたが。

 

 

「これはアレだわ。夜に強制失神コースかなぁ」

 

「アイちゃん他にも種目出るんでしょ? それで夜の体育大会もフル出場って? 森超えてジャングル」

 

 

 しかも体育服姿だと思うぜ、今日の服装は。

 晩飯は精のつく食事を作りますかな。

 

 

「話変わるけどさ。アイちゃんとあかねちゃんに(ほたちん)の存在バレたって本当?」

 

「仕事用のスマホに電話帳残してたの見つかった。咸に報告済」

 

「ほたちん懐かしいなぁ。お世話になったけど、そこまで頻繁に会ったことなかったから、あんまり記憶にないなぁ」

 

「どちらかっつーと、咸と兼定ん方が交友あったしな」

 

「桜華は彼女の写真とか持ってる?」

 

「あいよ」

 

 

 持ってるとしても、かなり前に撮った写真が一枚残ってるだけだ。彼女と半成人式を迎えられなかったし、俺と未来はそこまで会った記憶はない。

 未来は俺の仕事用の方のスマホに残ってた写真を眺める。

 

 

「あー、あー! 思い出した。こんな()だったねぇ」

 

「忘れてたとか言ったら兼定に殺されるぞ」

 

「血のつながってない兼定の妹的存在だったもんね。うんうん、こんな感じの外見の──え?」

 

 

 ちょうど、紅組の1位がゴールしたようだ。

 競技用のピストル音が何発か校庭に響き渡る。紅組の勝利は揺るがないだろう。

 

 そのピストル音で、未来の呟きはかき消されるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……この()()()、というか外見もそうだけど、どことなく()()()()()()()()()()?」




【島津 桜華】
 主人公。咸の元許嫁である蛍がアイと似ていると気づいてない。もちろん理由はある。というか、咸って両親、許嫁失ってるんすよ。業が深くないか?

【星野 アイ】
 ヒロイン。転生者。振替休日は最高だった。夜の運動会は昼まで続いたとか。


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054.食えや踊れや今宵は宴ぞ

 飯テロ回です。
 一瞬だけ赤評価になりましたが、すぐに橙に戻りました。須臾の夢でした。とりあえず低評価を入れていただいた皆様に抽選で全員に薩摩兵を1ダース派遣します。半分冗談です。
 そんなわけで感想、評価頂けると幸いです。





カミキ「やはり人材登用しなければ人手が足りないな」

カミキ「内なるカミキヒカルよ、なんか命の価値的に重みを感じそうな人材はいないか?」

カミキ「……ふむ?」






カミキ「失礼する!」

有馬 かな「ちょ、いきなり!?」

カミキ「『失礼する』と言ったはずだ!」(スカウト)


 内なるカミキ君をスカウター代わりにしないでもろて。



 大きな学校行事が終わった後にするべきことは何か。

 中学から高校に移ろうが、変わりはない。

 

 

「──ってなわけで、かんぱーい」

 

「「「かんぱーいっ!」」」

 

「「「うぇーいっ!」」」

 

 

 打ち上げである。

 ファミリーなレストランの焼肉食べ放題コースを前にして、馬鹿共や軍師(笑)、そして新メンバーな元人気アイドルと劇団の元エースも加わり、中個室を貸し切りにして祝杯をあげる。

 もちろん酒は飲んでない。飲んでも言い訳できそうなのはアイだけじゃないかな。通じるかは別として。

 

 それぞれのグラスを鳴らし、喉を潤す。

 え、保護者同伴? ここの店長は咸の直属の部下だから大丈夫。実質保護者である。

 

 

「時間制限ありの食べ放題だから、とりあえず食って食って食って食いまくってくれ」

 

「「「「「はーい」」」」」

 

「ちなみに高校2年生の奢りな」

 

「「「「「はーい」」」」」

 

「……ん?」

 

 

 2学年の女王が可愛らしく首をかしげるが、俺はガン無視して皆と同じように注文票に群がる。企画立案者としてメニュー表の頼んだら自腹エリアを説明し、残したら親父殿と1on1な?と注意喚起し、一回目の注文を始める。

 とりあえず焼肉メインだから肉いっぱい食いたいよな。

 ……アイス頼むか。

 

 

「とりまカルビ7人前いっとく?」

 

「クソゴミカス未来は俺の説明聞いてた?」

 

「でも7人前なら普通に食えるでしょ?」

 

「……それもそうだな」

 

 

 馬鹿共と食べ放題行くときも同じような量頼むので、未来の注文に納得してしまう。

 

 

「それプラスして豚ロース2人前、牛ホルモン2人前でいきましょう」

 

「ネギ塩ホルモンあるじゃねェか。これ2人前」

 

 

 注文を必死に脳内でメモしていると、トング片手に全員の注文票をメモする黒川さん(救世主)の姿を視認する。あぁ、めっちゃ気の利く子や。あとトング死守するの早すぎないか?

 そう思いながらも女性陣に話を振る。

 

 

「そっちは注文いい?」

 

「既に結構な量でしょ? まだまだ時間はあるのだから、アナタたちの好きなようにしなさい」

 

「ゴチになりまーす」

 

「……え、これ本当に私が払う流れなの?」

 

 

 注文が凄いことになっている、という部分に黒川さんは頷き、アイは「あ、それとポテトフライ欲しい」と手を挙げる。これも食べ放題の範囲内だ。

 店員さんを呼んで、馬鹿みたいな注文をし、あとはブツが来るのを待つだけである。

 

 

「あ、サラダバー取ってくるよ。あと1.2名はついてきて欲しいかなぁ」

 

「オレ取ってくるわ。自分で食うモンは自分で選ぶ」

 

「注文の受け取りは頼んだわよ」

 

 

 全員が群がるのは他の客に迷惑だろうと、未来と兼定、そして女性陣の取り皿を回収した撫子が席を立つ。本当は人格破綻者の代わりに俺が行こうとしたのだが、撫子の「アイさんの面倒を見ておきなさい」という言葉と、アイの腕ホールドに阻まれる。

 ……彼女の厚意に甘えておこう。

 

 つまり待機組はカップルと準カップル組である。

 準カップル組を観察してみましょう。

 

 

「………」

 

「………」

 

「あの、フィボナッチ数列って、綺麗だよね!」

 

「えぇ、私もあかねさんと同意見です」

 

 

 話題の選び方ド下手クソかな?

 緊張しすぎて目をグルグル回しながらフィボナッチ数列を語る彼女に、その必死そうに会話をつなげる彼女に微笑む咸。フォローしてやりたいのは山々だが、その話題に割り込める数学的知識を持ち合わせていないので、彼らの行く末を案じるのみ。

 ちなみにアイは俺と同じ行動をとろうとしたが、数字が出てきた瞬間に思考を放棄している。

 

 しかも、そこそこ盛り上がってる。

 黒川さん的には、貴重な咸との会話がそれでいいのだろうか?

 

 

「最初に言っておくが、アイは前に2人で行った焼肉屋の質をココに求めるなよ?」

 

「そのくらい私も分かってるよ。肉の味を楽しむんじゃなくて、みんなとワイワイ食べながら楽しむ場所でしょ?」

 

 

 言い得て妙である。

 後から聞いたら撫子からの受け売りだった。

 

 

「でも沢山食べ過ぎないように注意しなくちゃ」

 

「食べ放題なんだから遠慮すんなって」

 

「……食べると太っちゃうもん」

 

 

 アイは恥ずかしそうに呟き、数列の話題を終えた黒川さんも目を逸らす。

 女性にとってはデリケートな問題なんだろう。

 

 

「……そうは言っても、食ったところで筋肉になるから、贅肉になる余地ってないのでは?」

 

「「………」」

 

 

 俺は多分言葉の選択肢を間違えたのだろう。独り言で言ったつもりだったが、周囲に聞こえてしまったようだ。嘘がド下手な俺に挽回の余地はない。

 共感できるであろう咸に助けを求めるが、税所の諜報員は微笑みを絶やさず在るのみ。沈黙が正解であることを理解している様子。

 女子二人の威圧を受けて、俺は遅れながらも沈黙を貫くのだった。

 

 

「そうだよね。食べたら運動しなきゃね」

 

「……そうっすね」

 

「たくさん愛し合おうね。限界まで」

 

「タスケテ……タスケテ……」

 

 

 俺は死なないように食べ放題でエネルギーを最大値まで確保すると誓った。でもアイもエネルギー摂取するんだよなぁ。労うために食べ放題コース選んだのに、どうして最後の晩餐になろうとしているのだろうか。

 誰かのせいにしたいが自分の顔しか思い浮かばない。

 

 

「……咸君、運動になるんだって」

 

「あれはドスケベ性欲モンスター限定です。あかねさん、早まらないでください」

 

「私とするのは嫌かな?」

 

「決してそういう意味ではなくてですね。その場のノリと勢いで行うこと自体が──」

 

 

 俺はもう慣れているので諦めの境地に至っているが、まだまだキスすらしたことのない恋人未満の関係に甘んじる咸も、とうとう年貢の納め時感出てきたな。

 いや、アイに毒されたわけじゃないけど、もうやっちゃえばいいと思う。

 自分の感情が恋愛感情なのかイマイチよく分かっていない黒川さんと、根本的に愛情というものを必要としない咸じゃ、自覚するのに俺の数十倍の年月が必要だろうか? 黒川さんはまだいいとして、咸が致命的なのだ。

 たぶん自分が持つ黒川さんへの好意を「これは何だろう?」程度にしか思ってない気がする。嘘をついているわけではなく、そもそも分かってない。これがアイとの違いだ。親からの愛情をもらったことがないから、愛情と言うものが理解できないし、()()()でそれが決定的なものになってる。

 

 となるとね。もう既成事実作って、そっから愛情を理解した方がいいんじゃないかって桜華は思うワケ。悲しいことに他馬鹿と軍師の考えも概ね同じだ。

 そういう愛の形もあるって聞いたことがある。

 

 前にアイが、愛情への関心度が元旦那と同じで、もしかして彼と同じになってしまうのではと危惧したことがある。

 んなわけねぇだろ。もしそうなったら、その前に俺が咸を殺してる。殺してでも止めてやる。

 

 そんなわけで咸にはさっさと食われてしまってもらおう。

 大丈夫、ゴムの貯蔵は十分だ。

 

 

「ご注文の品でーす」

 

 

 なんて場に合わないことを考えてたら、馬鹿みたいに注文していたもの全部が届いた。

 カルビなんて大皿2つにまとめられてるし、俺はトング係が取りやすい位置に並べる。アイは一足先にポテトをポリポリ食している。

 

 配膳完了した時点でサラダバー遠征組も戻ってくる。

 兼定は爆笑しながら俺の取り皿を渡してくるのだった。

 

 

「兼定、俺の取り皿がコーンまみれなんだが?」

 

「テメェこれが好きだろ」

 

「好きだけど中にスイートコーンしか入ってないんだが?」

 

「嫁島津、テメェのはこれだ」

 

「おー、ありがとう!」

 

「サラダにデザートとバランスの良い取り方やな。ところで俺の取り皿にコーンの缶詰5個分のコーンしか入ってないんだけど?」

 

 

 俺の訴えもむなしく、こうして体育大会打ち上げが始まるのだった。

 

 

 

 




次回に続きます。


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055.続・食えや踊れや今宵は宴ぞ

 ほのぼの回です。
 アクルビ関連を進めたいけれど、原作を合間に少しずつ読み進めているので、まだ双子のプロファイリングが終わってないんですよね。早く最新刊まで読みます。同じ理由であかね視点書けないんですよねぇ。
 感想、評価頂けると幸いです。




 ここで原作主要キャラの本作での進行状況を軽く説明。

【星野 愛久愛海】
 アイの元旦那探しが難航中であり、子供部屋おじさんと映画製作(イチャイチャ)してる。なんか最近アイ似の少女をSNSで見た気がするが、おそらく気のせい。何なら『今日あま』にすら出てないので、かなとも接点が薄い。あかねに関しては会ってすらいない。

【星野 瑠美衣】
 メンタルが現在進行形でヤバい。アイドルになれる兆しすらないし、センセ死んどるし、何ならこの後生前の母親の姿を見に行ってメンタルブレイクする。後に薩摩でエンジョイする過程で後顧の憂いをなくすためである。最新話とは違いアクアと仲悪くなってないし、アイもいるから引き上げるのは何とかなると思いたい。

【有馬 かな】
 仕事がどんどん減っていくフリーの役者。可哀そうなことにカミキに拾われる。とりあえず後に薩摩行くで。カミキもそうだけど当分は前後がきでしか登場しない。仕方ない、作者が鹿児島舞台にしか話書けんのや。

【黒川 あかね】
 既に薩摩にいる。

【MEMちょ】
 カミキ君。ここにアイドルになりたい少女が。


 どうしてこうも焼肉の匂いは人の腹を刺激するのだろう。このカルビを見てほしい。既に白飯を片手に待機したくなるような面をしている。

 俺は焼けた肉の加減を観察し、アイの皿に乗っけていく。黒川さんは咸の介護を任せているし、兼定と未来と撫子は各々がトングで焼いては食ってる。特に武闘派の兼定は尋常じゃないくらい食べるし、種子島姉弟もガツガツと食す。

 

 アイの分も焼きながら、俺は焼肉にたれをつけて、白米と一緒に食した。

 うん、美味い。

 そして俺の一口だけ手を付けた白米をアイに渡す。そして、アイも俺と同じ感じで焼肉を堪能する。アイの前に置いてあった白米を、俺は手元に寄せた。

 

 初めて見た人は驚く光景だろう。俺の残飯食ってるように見えるし。

 実は星野アイという少女は白米が少し苦手なのである。俺もそれを知ったのが同棲してから数日の事であり、白米信者で同棲初日からバリバリご飯ものを出してたもんだから、発覚したときにはアイに土下座したのは覚えている。

 どうやら生前の軽いトラウマが要因らしい。聞いた時は驚いた。まさか白米にガラス片や砂が入っていることを想定して食するとは。

 それ以降ご飯ものは出してない──と言いたいが、実は普通に出している。

 

 

『──だって、オーカの出したものなら安心して食べられるんだもん』

 

 

 それ聞いたときちょっと泣きそうになった。

 なのでアイは『俺が作って出したもの』か『俺が先に手を出したもの』なら、白米をおいしく食べられることを知った。前の焼肉屋でもそうしてたからなぁ。

 

 

「おいひい」

 

「そりゃ良かった」

 

 

 俺にとって焼肉+白米は至高だと思ってる。

 アイにもそれを堪能してほしかったし、条件付きでも白米を食えるというのは、俺にとっても嬉しい限りだ。

 

 

「カルビおいしー。やっぱコレだよねー」

 

「生きてるって実感するわァ」

 

「そこそこの値段だけど、中々イケるわね」

 

 

 世の中にはそこの馬鹿三人みたいに白米食わずに肉だけで堪能できる非国民も存在するが。(過激発言)

 食べ放題だから肉食って元を取ろうな!って考えは理解できるが、理解できたとしても実行できるかは別問題だ。どうしても白米が欲しくなる。撫子は性格的に元を取ろうとする側だが、兼定と未来は、食べ放題云々に関わらず、焼肉のみで満足できるタイプの人間なのだ。

 ちなみに咸は白米勢だ。俺たち4人は一緒につるんではいるが、根本的に様々な分野において相容れない存在なのである。

 

 俺とアイはスローペース(当社比)で楽しく食べていると、NO白米勢が周囲の肉を全て食べつくしたようだ。まだ食べ放題終了まで時間あるのに。

 とか思ってた矢先に、未来が脊髄反射で店員を呼び出すボタンを押す。

 

 

「注文どうぞー」

 

「カルビ7人前追加で」

 

「ネギ塩厚切り豚ロースとネギ塩牛ホルモンを3人前ずつ」

 

「そうね……味噌牛ホルモンを2人前」

 

 

 あの3人が食う量である。

 もう一度記す。()()3()()()()()()()()()

 奴らの胃袋は底なしか?

 

 

「……あかねさん、あまり食が進んでないように見受けられますが?」

 

「私のことは気にしなくていいよ。咸君も遠慮しなくていいからね? たくさん食べてほしいし」

 

「私個人としては、あかねさんにも楽しんでほしいんですよ。私はたくさん食べる女性は……好きですよ?」

 

「……ふぇ?」

 

 

 元演劇少女の肉を焼いていたトングが止まり、みるみるうちに顔が赤くなり、それは耳まで到達する。旧タイプの体温計でももうちょっとゆっくり温度が上がるだろうが、黒川さんは早かった。

 その固まっている隙を狙って、咸は黒川さんからトングを奪取する。

 

 

「今度は私が焼く番です。楽しみましょう」

 

「……はい」

 

 

 店員が俺の元にアイスコーヒーを持ってくる。

 礼を言い、俺は一気飲みした。苦い。甘い。

 

 

「どうしたの、オーカ?」

 

「いや、初々しいなと思って」

 

「そうだね。早くヤっちゃえばいいのにね」

 

「何てことを」

 

 

 俺も口に出さなかったのに。

 この完全で無敵だった元アイドルは、俺たちが面として言えないことを、さも当然のように口にする。頼もしいのか、頭ピンクなのか、未だによく分からない。

 

 逆に俺の反応がアイには理解できないようだ。

 可愛らしく首をかしげる。かわいい。

 

 

「でもみっちゃんってモテるよね。このままだと誰かに取られちゃうし、それなら先に繋がりを持った方がいいと思うけどなぁ」

 

「つながり(物理)っすか。慎みを持って」

 

「でもあかっちの精神衛生上、一発ヤれば安心すると思うけどな。他の女を牽制できる材料の有無って、全然違うよ?」

 

 

 その牽制しまくった結果、俺の脱童貞は校長にまで広まってんだぞ。どうしてくれる。

 校長から「……まぁ、避妊は確実にするように」と目を逸らされながら言われて、隣にいたアイが「約束できないけど頑張ります!」と言ったのは記憶に新しい。

 おい、嘘つき少女。こういう時に嘘つかんでどうする。

 

 それを今度は咸と黒川さんに強いるらしい。

 さすがに黒川さんは、アイみたいに視界に映る女子生徒全員に牽制するようなことはしな──しないよね? 大丈夫だよね? 黒川さんは薩摩の常識枠だよね?

 撫子と初めて会って、人格破綻者が黒川さんを利用した云々の胸糞話したときに、彼女が笑顔で「つまり種子島さんが私と咸を引き合わせてくれたんだね!」と言われて過呼吸状態になった話を聞いたもんだからなぁ。アイツ本当に善意耐性ないな。なし崩しに友達になってるし。

 

 

「……またオーカがあかっち見てる。長時間」

 

「正確には初々しいカップル未満の存在だな。咸を省くな」

 

「私もカップルなんだけど!」

 

 

 当事者と第三者視点だと、また違った趣があるんよ。

 なんて言い訳をしようとした瞬間、俺の口にたれ付き肉がねじ込まれる。美味い。

 咀嚼し終えたのち、俺は犯人をジト目で見る。

 

 

「……自分のはちゃんと自分で食え」

 

「私のモノはオーカのモノ、オーカのモノは私のモノ。別にいいでしょ?」

 

「なら俺のモノをどーぞ」

 

 

 お返しと言わんばかりに、俺の皿に積み重なっていた肉の一つにたれをつけて、零れないようにアイの口に運ぶ。ひな鳥のように待つアイは、素直に焼肉を頬張る。

 

 

「美味しいか?」

 

「うん。オーカが食べさせてくれたから、数倍美味しい」

 

「……そっか。そいつは良かった」

 

 

 こういう時に笑顔になるのは卑怯だろう。

 やっぱり俺はアイには勝てない。

 

 

 

 

 

「「「………」」」

 

「注文どうぞー」

 

「……僕は唐辛子マシマシ激辛カルビ7皿追加」

 

「……オレは悶絶激辛ホルモン3皿追加。あと水をボトルで」

 

「……激辛極級厚切りロースを4皿お願いするわ」

 

 

 ちなみに支払いは体育大会に全然参加してない俺と未来が半々で出すのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『──星野さん、少々よろしいでしょうか?』

 

『ん? オーカならミク君と会計で端数の1円をどっちが出すかで揉めてるよ』

 

『私は貴女に用件があるのですが……あの二人はなんて女々しい真似を』

 

『私に用事? あかっちがいい顔しないと思うけど』

 

『あかねさんには話は通してあります。……彼女に話を通さないといけない前提なのは疑問に思いますが、まぁ、それは置いておきましょう。私は貴女に聞きたいことがあります』

 

『私に答えられる?』

 

『むしろ貴女にしか答えられないでしょう。無理に、とは言いません。桜華も詳しく知らないのだから、つまりはそういうことなんでしょう』

 

『………?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『──貴女の生前の母親について、少しお伺いしたいことが』

 

 

 

 




カミキ「……カミキラーメン体操、か」

かな「ヒエッ……」


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056.例のアレ

 ほのぼの回です。
 『推しの子』の漫画を少しずつ読んでます。クッソ面白いです。
 ところで『15年の嘘(仮)』って映画するんですね。……本作でめっちゃやりたい。カミキ主導でやらせるか? 何なら鹿児島出身のアイ激似の女の子いるからリアリティがかなり増すよ? やる意味全然ないけど。
 感想、評価頂けると幸いです。


 学生の身分であるが、曲がりなりにも俺は島津の人間だ。

 暑中見舞いを各所に送らないといけない。

 

 自腹で。

 自腹で。

 自腹、で。(ここ強調)

 

 

「つっても、俺はめっちゃお世話になってる家臣勢や身内にしか送らんけどな。ほとんどは親父殿が全部送っちゃうし。今の俺は薄給だし」

 

「……ソウダネ」

 

「おいシングルマザー。もしかして暑中見舞い送ったことないのか」

 

「だ、だってぇ。住所バレするのはマズいし」

 

「事務所ん住所から送っとけよ……」

 

 

 そんなわけで、俺とアイは山形屋(やまかたや)に来た。

 山形屋とは鹿児島を代表とする百貨店である。鹿児島や宮崎に生息し、かつてはウチが大名やってた時の勢力図そのままに点在していたほどであり、薩摩で皆に知られているデパートだ。

 なんで薩摩なのに山形なんだって? 創業者が現在の山形出身の商人がやってた呉服屋が前身だからである。

 

 二人が赴くのは天文館にある山形屋本店。

 目指すは1号館6階の大催場。この季節になると暑中見舞い用の品物がずらりと並ぶのだ。

 余談ではあるが鹿児島でも有数の百貨店なので広い。俺は地元民なのに、山形屋だと普通に迷う。ここまで来るのに少々時間を要したほどである。俺は多分都心で生きていけない人間だと思った。

 

 

「うわぁ、こんな風に見本がずらって並ぶんだね」

 

「他がどういうシステムなのか知らんが、山形屋はそうだな」

 

 

 クソ広い会場の手前に見本が並び、その見本の前には注文票が置かれ、これで送りたい品を選んでいく。そして会場奥が会計&受付となっており、お金払って送り相手の名前や住所を記入することによって、あとは山形屋さん側が全部やってくれるのだ。

 なんと素晴らしいシステム。

 ……探せばもっといいシステムがあると思うが、実は山形屋経由で暑中見舞いだったりお歳暮を贈るのは、島津勢力内の暗黙の了解なんだよね。

 

 だって島津(ウチ)と山形屋さんは前身の呉服屋からの付き合いだし。

 昔からお世話になってるし。

 仕方ないよね?

 

 

「さてさて、送り相手は当主殿とバイトの上司だな。大隅のアイの父母にも送らんと。あとは親父殿に任せる。あと3馬鹿も送ってくるから送り返さないとね。あぁ、今年からは黒川さんにも送ろう。あ、と、は……っと。軍師(笑)にも送っとくか」

 

「結構なお値段にならないかな? 私、そこまでお金持ってないんだけど……」

 

「俺のバイト代から出すに決まってるだろ。あ、でもアイ名義で何人か送ってくれ」

 

 

 当主殿とバイトの上司(アイの大ファン)は確定として、人格破綻者にもアイの名前で送るか。

 

 

「最初に上のブツから選ぶか。酒が安定やな。アイ選んで」

 

「……えーとね、私20歳で死んでるから、お酒の事って全然詳しくないよ? 特に焼酎?っての全然飲んだこともないんだけど。本当に私なんかが選んじゃっていいの?」

 

「LINEで『アイが選びました』って言っとくから。お二方も、アイが選んだものなら喜ぶぜ」

 

 

 それなら……これとこれっ。と酒エリアで十数分考えたのち、そこそこのお値段のする焼酎の詰め合わせセットを選んでくる俺の恋人。

 銘柄も悪くないし、これならお二方もニッコリだな。

 

 ……後日、家宝として奉られると知ってれば、もうちょい高めの酒を選んだけどなぁ。

 当時の俺とアイはそんなこと知らないので、彼女の選んだもので確定してしまう。

 

 

「んで星野父母には和菓子の詰め合わせを送ろう。黒川さんもコレでいいかな? 明石屋(鹿児島の老舗)の和菓子って美味しいんよ。黒川さん和菓子はイケるって咸も言ってたし」

 

 

 深く考えず、鹿児島を代表とする和菓子屋の詰め合わせセットを選ぶと、いつものように左腕に抱き着いているアイが己の方に引っ張ってくる。

 どうしたんだろうか?

 

 

「……ねぇ、オーカのお義母さんとお義父さんにも送らない?」

 

「え? 確認したけど、必要ないって断られたぞ」

 

「お金は私が出すから、ダメかな?」

 

 

 そんなことを言われて、断れる人類がどれほど存在するのだろうか。

 断る理由もないのだから、彼女の考えを受け入れる。アイは自分で注文票を選び、アイ名義で送ることを決める。

 喜んでくれるだろうか? まぁ、考えるだけ杞憂か。

 

 ……後日、家宝として奉られると知ってれば、止めたんだけどなぁ。

 さすがに腐るので、母上が無理矢理に親父殿へ食わせたと聞いた。親父殿がめっちゃ幸せそうだったと聞いた。

 

 

「そんで馬鹿共と軍師(笑)にはコレだな」

 

 

 これまでの暑中見舞いの中元はそれなりの時間をかけて選んでいたが、俺はアイを引き連れて精肉加工コーナーへと足早に向かい、周囲を見渡して数秒もかからないうちに決め、何も考えずに注文票を引き抜く。

 本当に何の説明文も見てない。

 見ているのは、そう──

 

 

「お、オーカ!? それ〇万する肉だよね!?」

 

「そうだな。量少なっ。さすが地元産の最高級黒毛和牛のステーキだ」

 

 

 値段しか見てなかった。

 これは数年前からの俺たちだけの暗黙の了解なのだが、なんか知らないけど互いにバカ高いモノを選んで送るのが恒例となっている。

 なので後日、我が家にはアホみたいに高い暑中見舞いが送られてくる。

 

 いやー、これ軍師殿は初めてだから死ぬほど驚くのではなかろうか。兼定と咸にも事前に言ってるので、撫子の反応が楽しみ──

 

 

 

 

 

「……これ、黒川さんにも同じ事したら面白そうだな」

 

「あかっち泣いちゃうよ。色んな意味で」

 

 

 

 

 

 俺はさっそくグループLINEで呼びかけると、3馬鹿から即座に既読がついて、了承を得る。値段しか見てないけど、黒毛和牛だから不味いことはないだろうし、黒川さんもきっと喜んでくれるに違いないと確信する。

 他3人は何を選ぶんだろうか? 楽しみだ。

 

 後日、黒川さん宅に『鹿児島県産黒毛和牛ステーキ詰め合わせ』『高級海苔の詰め合わせ』『最高級カステラ4本入り』『知覧の銘茶』が送られてきたそうな。それぞれ数万超えることを調べた彼女は、俺ん家に真っ青になりながら土下座しに来たので全力で止めた。

 星野アイ理論(善意の暴力)は使いどころが難しい。

 

 これで全部選び終わった。

 あとは──

 

 

「さぁて、アイの元旦那には何を送ろうかなぁ!」

 

「さつま揚げとか良いんじゃない?」

 

「鹿児島の名産で殴っていくスタイル。俺は嫌いじゃない」

 

 

 今回のメインディッシュ、例の『星野アイ名義で元旦那宅に暑中見舞い発送(表示住所は島津家所有の廃村)』作戦が決行される日が来たのだ。もちろん当主殿から住所を借りる許可は得ている。

 さっそく鹿児島の特産品エリアまで赴き、俺もアイもノリノリで選ぶ。

 嫌がらせじゃないので、ちゃんとしたものを選ぶ。

 悪意はないのだから。(言い訳)

 

 

「ここは和菓子ルートで攻めるか? 『かるかん』なんてどーよ?」

 

「黒豚のしゃぶしゃぶセットとか。あ、でも高いかな?」

 

「この際値段なんざ知らん。知覧茶は……茶飲むのか元旦那」

 

「芋焼酎! ……彼、飲むのかな?」

 

 

 アレじゃないコレじゃないと議論を重ねた結果、黒豚加工肉詰合せを送ることが決定した。元旦那のプロダクションの住所は公表されているので、そこに『星野アイ』名義で送る。

 受付の人に関しても、俺の家名を出すと妙齢の女性が担当してくれる。もちろん()()()()()側の人間だ。

 

 

「えっと、黒豚セットを送るやつに、この封筒を付属して送ることって……」

 

 

 受付と会計時、元旦那への商品を送る話になったとき、アイが控えめに手提げカバンから表面に何も記入していない白い封筒を取り出して、受付の女性に渡す。

 女性はチラリと俺を見て、俺は小さく頷くと、アイに笑いかけながら「可能ですよ」と受けてくれた。島津故の特別対応である。

 

 女性が奥に引っ込んでいるときにアイに聞く。

 

 

「あれ、何入ってんの?」

 

「んー? あれはね──」

 

 

 アイはいたずらっぽく笑うのだった。

 

 

「──私とオーカのツーショット写真。あ、ちゃんとオーカの顔はモザイク加工してもらったよ。『私たち結婚しました』ってメッセージもナデコちゃんにつけてもらったよ!」

 

 

 肉の善意に、NTR写真の悪意。

 アイの元旦那への恨みは何気に深いんだなぁと思った。

 

 

 

 




カミキ「おぉ! 元妻から暑中見舞いが送られてきたぞ!」

カミキ「しかも写真付──あああああ、アイ君!? そんな島津少年とイチャコラして羨ましいぞ! しかも暴露対策に天〇門加工まで施されてるとはっ!」

カミキ「……でも黒豚は普通に美味だな」

カミキ「………」

カミキ「これは暑中見舞いのお返しをせねば」(善意返し)


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057.コント「暑中見舞い」

 シリアス回です。
 想いのすれ違いも『推しの子』の特徴の一つですよね。
 感想、評価頂けると幸いです。





桜華「読者の方から『カミキって元旦那じゃないのでは?』とご指摘を頂いた」

アイ「籍入れてないからね。つまり初めてはオーカってこと」

桜華「でも……元旦那って言っても通じるんだよなぁ」

アイ「旦那さんはオーカだけだよ。カミキ君は全然違うから」

桜華「そもそもさぁ」

アイ「うん」

桜華「お前んところの家庭事情複雑すぎるんよ」

アイ「事実陳列罪は良くないと思う」






「何があったんやろうなぁ」

 

「お義父さんが私も呼んだってことは……何か関係があるのかな? ちょっと緊張しちゃう」

 

「おそらく関係あるとは思うよ。最近の親父殿なら関係なくても呼びそうだけど」

 

 

 俺とアイは俺ん実家に足を踏み入れる。

 理由は言わずもがな、双方揃って親父殿から招集がかかったからだ。

 

 そもそもの話だが、親父殿からの呼び出し自体が珍しい。俺単体ならチェスト案件が大半を占めるが、これにアイが追加されるのであれば、マジで何の呼び出しなのか想像もつかない。荒事関係ではないのは確定だが……。

 母上にもそれとなく聞いては見たが、なんかはぐらかされてる気がするんだよな。

 来たら教えるとしか言われんし。

 

 

「……もしかして、アイ、やっちまったか?」

 

「残念ながら。君ってアレ関連は隙がないんだよね。……さすがに寝てるときにコッソリはお互いによくはないだろうし」

 

「お前の理性に感謝しかないよ」

 

 

 あっぶねぇ。

 翠玉くんちゃん爆誕が原因じゃなさそうだ。

 

 俺もアイの誘惑を何度も退けてはいるが、別に彼女との子を儲けるのが嫌だってわけじゃない。欲しいか欲しくないかって話なら、まぁ、そりゃ欲しいに決まってる。

 しかし。しかし、だ。彼女はまだ15歳、もう少しで16歳になるが、どっちにしても若い。若すぎる。若年での出産の危険性というものは理解しているつもりだ。母体が死亡するリスクもあると聞いたことがある。

 そんな危険を冒してまで欲しいとは思ってないのだ。正直言って18歳でも大丈夫なのか?という不安もあるくらいなのだから。

 

 死に急いだってなにもいいことはない。(ブーメラン)

 もっと命を大切にしてほしい。(特大ブーメラン)

 

 

「まぁ、行ってみりゃ分かるか」

 

「お義母さんが青椒肉絲(チンジャオロース)作ってくれるって」

 

「晩飯ごちそうになる流れだなコレ」

 

 

 俺はいつものように、アイは慣れてないのか若干緊張した面持ちで、武家屋敷の中を進んでいく。最近知ったのだが、俺的には普通の家なんだが、一般家庭だと武家屋敷には住まないらしい。

 アイからガチトーンで「オーカは普通にボンボンだよ?」と言われて、若干ショックを受けたのは覚えてる。自分から言うにはあれだけど、他人に言われると辛いアレである。

 

 いつもの茶の間に行くと、親父殿が待機していた。

 机の上に3つの箱と1つの封筒が置かれている。俺は見覚えはない。

 

 親父殿の瞳を見て──見てしまって、俺は心の中で天を仰いだ。

 あぁ、絶対に良くないことなんだろうなと。

 

 

「遅くなり申し訳ございません。只今戻りました」

 

「うむ」

 

「え、お、遅れちゃってた!? ご、ごめんなさい、お義父さん」

 

「全然遅くはない」(即答)

 

 

 社交辞令を真に受けて謝ったアイに対し、鬼島津は電光石火の如き勢いで社交辞令を切り捨てる。

 あー、うん。そうだよね。親父殿の表情筋あんまり動かないから、ガチで言ってるのか社交辞令なのか分からないよね。仕方ないよね。

 

 空気が少し和らいだところで、親父殿が話を切り出す。

 どんな爆弾が飛び出てくるのやら。

 

 

「暑中見舞いがここに届いた。お前とアイ宛にだ」

 

「……俺とアイ宛なら、直接俺ん家に発送しますよね? 俺単体ならともかく、アイ含めるとなると、俺ん家の住所を知っている人物しか送ってこないですし。誰からです?」

 

「見ろ。3つとも送り主は同じだ」

 

 

 俺は腰を浮かして、箱に記載されている名前を見る。

 

 

 

 

 

『島津桜華様、星野アイ様。

 暑中お見舞い申し上げます。暑い日が続いておりますが お変わりなくお過ごしでしょうか。

 このたびは お心のこもったお言葉に添えて 結構なお中元の品を頂戴しまして 誠にありがとうございます。ご過分なお心づかいをいただき 恐縮に存じます。酷暑の折から くれぐれもご自愛のほどお祈り申し上げます。

 神木プロダクション代表取締役 カミキヒカル』

 

 

 

 

 

「──なぁっ!?」

 

 

 俺は思わず立ち上がった。

 アイも驚きのあまり、口に手を当てて言葉が出ないくらいだ。

 

 俺の頭の中は大混乱の嵐だった。

 確かに暑中見舞いを仕掛けたのは俺たちからだが、アレにはアイの名前しか記載してないし、写真にも俺の名前を書いてなかったはず。つまりアイの元旦那は、俺の存在を知っていることになる。

 それだけじゃない。なぜ親父殿の名前どころか住所を知っている? 宛先にも『島津隆正様宅』と書いてある。これが当主殿宛なら住所が公表されているから、100歩譲って届くのも不思議じゃない。でも俺の実家は個人宅だ。そう簡単に調べられるものではない。

 

 

「親父殿、ウチの(密偵)は何と?」

 

 

 親父殿は黙って首を振る。つまり、俺たち周辺を探る人間は確認されていないことになる。いくら巧妙な手口を利用する犯罪者であろうと、彼の手の者がこの薩摩の地に足を踏み入れたのなら、島津の情報網から逃れられるとは思わない。

 別のルートから情報を仕入れたのか、アイの元旦那の(密偵)が同業者なのか。

 ……徳川? 徳川絡んでる? やっぱ滅ぼす?

 

 どのように俺たちの情報を掴んだのかも分からないが、俺は暑中見舞いで送られて来た箱全てを開ける。躊躇なく開いたが、アイが存在する部屋で、彼女に害をなすものを親父殿が置いておくはずがない。つまりトラップの心配はないわけだ。

 逆に不気味ではあるのだが。

 

 

 

 

 

『東京バナナ』

 

『とらやのどら焼き』

 

『カミキ豚骨ラーメン(持ち帰り用)』

 

 

 

 

 

 そしてラインナップも意味が分からない。

 東京バナナはマジで意味が分からないが一番マシだと思えるのがおかしい。だってどら焼きは俺の好物の一つだし、自社のラーメンを送ってくる根性が本当に謎でしかない。

 これマジで俺の顔割れてんじゃん。

 

 俺はアイの元旦那を過小評価してたのかもしれない。

 この化物から──俺はアイを守り切れるのだろうか。

 

 

「狼狽えるな」

 

「親父殿……」

 

 

 静かに一喝した親父殿は、視線をアイに向ける。

 正座しながら拳を握りしめ、そして微かに震えている彼女を見て、ハッとした俺は彼女を抱き寄せる。そうだ、一番不安なのは、この一番星のはずだ。

 安心させるように頭を撫でていると、いつもより声色が低くなった親父殿が言葉を紡ぐ。

 

 

「──孫のことは続けるがいい」

 

 

 おそらく双子釣り野伏計画の事だろう。

 というか、あれも原因の一つじゃないかと思うんだが。

 

 

「しかし、このまま続ければ……」

 

「案ずるな。(オレ)が動く」

 

 

 そして親父殿は笑った。

 嗤った。

 

 

 

 

 

「それでも(オレ)の娘に手を出すなら──殺す(獲る)

 

 

 

 

 

 だから安心して双子を迎え入れるといい。

 お前たちは安心して、いつものように暮らすといい。

 すべて、この鬼島津が引き受けよう。

 

 そう、彼は静かに呟いた。

 慶長(けいちょう)の役、かの明・朝鮮軍の10万の敵兵に対し、わずか7千で打ち破ったときの義弘公ですら、ここまで獰猛に嗤いはしないだろうと思うくらいには、親父殿は本気だった。

 自分の愛娘の為、ここに鬼島津が静かに立ち上がったのだ。

 もし勢力のしがらみがなければ、すぐさま関東に赴くだろうことが彷彿とされるくらい本気だった。それができないので、親父殿は守りを固めるつもりなんだろう。守りに入るのは女々(めめ)かって? 手ぇ出してみろ。泗川(しせん)の戦いの二の舞になるわ。

 

 しかし、それでも俺には不安が残る。

 俺は彼女を安心させながら、最後の封筒を手に取った。

 

 

 

 

 

『養育費』

 

 

 

 

 

 彼は何を考えているのだろう。

 得体の知れなさで言えば、兼定が会った少女以上に不気味であると、俺は封筒を睨みつけるのだった。

 

 

 

 




カミキ「東京と言えば『東京バナナ』、島津少年好物の『どら焼き』、そして最近作った『ラーメン』」

カミキ「見事な造形だ。これには少年もアイ君も喜ぶだろう」

カミキ「……そういえば、カミキ青年は養育費を入れてなかったな。仕方ない、私が代わりに送っておくか」

カミキ「彼らの喜ぶ顔が目に浮かぶようだ!」(善意)









大友&龍造寺「島津が臨戦態勢なんだが、どうした?」




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058.届かない願い

 胸糞回です。
 初の黒川さん視点です。初なのにコレかよ。
 感想、評価頂けると幸いです。

 次回、宝石妹が動く予定です。








『……■■■君』

『おかあさんは』

『私のこと』

『大好きだったかな?』




 


 この感情が彼への『愛』なのか分からない。

 それでも──私を救ってくれた彼を、今度は私が支えたいと思った。

 

 例え、それが私以外の女の為だとしても。

 

 

『──彼女の名前は鍋島(なべしま)蛍……まぁ、龍造寺重臣のご令嬢ですね』

 

『咸君の、許嫁だよね?』

 

『9歳で死去してます。病だとは聞いてますが、詳しいことは私も知りません』

 

 

 本当は桜華君の電話帳から、咸君のスマホの保有台数を調べようと思ってたけど、そこで咸君の秘密とも言えるような情報をもらった。

 彼の許嫁。

 この心のモヤモヤが何なのか分からないけど、次に会った時に彼に聞いてみた。

 

 彼は困ったように笑いながら、自身の持つスマホの画像を私に見せた。

 栗色の髪を長く伸ばした、キラキラ光る笑顔の、可愛らしい女の子。とても魅力的であり、誰もを魅了するような瞳で──

 

 

『アイちゃんに似てる……?』

 

『髪の色は違えど、雰囲気はそっくりですよね。私も星野さんに初めて会った時は、とても驚きましたよ』

 

 

 親戚だと言われても違和感がなかった。

 瞳に映る星の輝きが特徴的であり、スマホの画像に映る彼女にもそれがあった。

 

 

『あれ? でもアイちゃんは蛍ちゃんのことを何も言ってなかったよ? このくらいそっくりなら、桜華君がアイちゃんに何か話してもおかしくないのに』

 

『星野さんは私たちと話す時と、桜華のみと話す時では、雰囲気がまるで違います。蛍はどちらかというと桜華以外の人間と話をするときの彼女に似てますからね』

 

 

 彼女も太陽のような子でしたよ。

 咸君はそう懐かしそうに語った。

 

 

『でも、病気で亡くなったって、本当に咸君は知らないの?』

 

『私のせいですよ』

 

『えっ』

 

『私のせいです』

 

『………』

 

『そういうことにしてください』

 

 

 彼はそう口にしたが、私はその答えに納得してなかった。

 画面の中の少女を見ていた()()彼が、何も調べていないはずがないと思った。

 

 だから、私は調べた。

 ネットで調べ、税所家でも比較的交友のあった人間にも協力を仰ぎ、彼女のことを知る兼定君にも聞いて、演劇をしていた時の癖なのか、プロファイリングを用いた考察を考察で重ね、徹底的に調べられる限りのことを調べた。

 調べて。

 調べて。

 調べて。

 

 ──私は、絶望した。

 

 

『……なん、で』

 

 

 鍋島蛍は税所家の謀略で殺害された。

 ()()()()()()()()()()()()

 

 鍋島蛍は8歳で心臓の病気で入院し、1年間の闘病の末死去した。彼女の母親は既に行方不明であり、彼女の父親は彼女の死から数か月後に自殺。身内の不祥事を隠すための口実だったように見える。

 どこにも咸君の介在する理由も余地もなかったが、鍋島家の人間は全ての罪を税所家──許嫁であった咸君に被せたのだった。それができるだけの諜報活動ができる家ではあったけれど、彼がそんなことをする意味がない。

 

 それでも鍋島家は主張を変えず、税所家と鍋島家は今も険悪な関係が続いている。

 彼は「まぁ、そう思われるようなことを散々してきましたし。因果応報、というものでしょうか?」と受け入れていた。

 

 違う。咸君のせいじゃない。

 彼は悪くない。

 私はそう叫びたかったが、そう叫んでも彼は困ったように笑うだけだった。

 

 

『……蛍ちゃんは、咸君のことが好きだったの?』

 

『どうでしょう? その感情が恋愛感情か分からない年齢だったと思いますし、それを知る前に彼女は解放されましたからね』

 

 

 でも、と彼は言葉をつづけた。

 

 

『しかし、私は彼女から『あるお願い』を依頼されている』

 

『それって……』

 

『それを知るためにも、星野さんの子供さんの父親──カミキヒカル氏を知る必要があります』

 

 

 そう語る彼の瞳は鈍色に輝いていた。

 星野さんを疑いもしましたが、あれはシロでしょう。それなら、カミキヒカル氏が有力候補かと。彼は暗いトーンの声で呟いているのが印象的だった。

 

 友達にも内緒にしながら、彼は私と同じように調べた。

 関東地方にいる彼を調べるのは、相当大変であったのに、星野さんをダシに島津家から資金援助を貰いながら、生前の星野さんを間接的に殺害したと思われる男を徹底的に調べ上げた。

 

 調べ、調べ、観察し、考察し。

 そして一つの結論を得た。

 

 

 

 

 

『……彼ではない?』

 

 

 

 

 

 鍋島蛍とカミキヒカルには、何の関係もなかった。

 確かに最近の彼はおかしな行動が目立つようにはなったが、それを抜きにしても、彼と彼女の間には何の接点もなかったと、咸君は私に教えてくれた。

 これを知っているのは、私と彼だけ。

 以降、カミキヒカルへの監視は最低限のものになった。

 

 彼と蛍ちゃんの間にあった『お願い』が何なのか分からないけど、彼は次にアイちゃんのお母さんに狙いを定めた。その追い求める姿はどこか必死さも感じられ、この機会を逃さないと背中が語っていた。

 そこまで想われる蛍ちゃんに、少しのモヤを覚えながらも、私は彼の活動に全面的に協力する。

 彼と一緒にいられる時間が増えるのは嬉しかったし、彼は口にしないが、闘病生活の末に永い眠りについた少女の最後の『お願い』をかなえたい気持ちもあったから。

 

 

『……まぁ、分かりきってたことでもありますがね。星野さんとて、あまり思い出したくない記憶でもありましょう。桜華に叱られましたよ』

 

『それじゃあ、アイちゃんの前のお母さんを調べるのは無理?』

 

『無理ではありませんよ。前情報が欲しかった程度にしか思ってませんでしたし、既に場所の特定は済ませてあります。……はぁ、当たっては欲しくありませんが』

 

 

 アイちゃんの周辺を調べるたびに顔を曇らせていく彼。

 まるで彼にとっては好ましくない答えを分かっていて、それでも真実に向けて邁進していくような、そのような印象を覚えた。

 本音としては彼の悲しい姿を見たくない。

 しかし、目的を彼が明かしてくれない以上、私は彼の望むままに協力するしかない。

 

 

 

 少し行ってきます、と彼は数日薩摩を離れた。

 そして何事もなく戻ってきた。

 

 

 

 時間は夜。

 私の家のインターホンが鳴り、家の前に立っていたのは咸君だった。今日は桜華君とアイちゃんは実家に戻っていたので、たまたま家に戻っていた。

 チェーンロックを外し、彼を迎え入れるが、彼はいつもより表情が暗かった。

 

 リビングに通し、椅子に座った彼の前にコーヒーを淹れて出す。

 彼は短くお礼を言うと、味わうように口をつける。いつもの彼なら誰が出したものであろうと一瞬だけ警戒する素振りを見せるけど、今回は何の躊躇いもなく飲んでいた。

 それだけでも今の彼が様子がおかしいことを察した。

 

 会話はそれだけで止まり、彼は長い間口を開くことをしなかった。

 ……私も、彼から根掘り葉掘り聞きたい気持ちを堪え、テーブルを挟んで彼と対面するだけだった。

 

 どれだけの時間が経過したのか。

 彼はポツリと、口にした。

 

 

「……残念ながら、間違っていませんでした」

 

「それはアイちゃんのお母さんが、蛍ちゃんのお母さんだった、ってこと?」

 

 

 彼は私の言葉に寂しげに笑った。

 ぎゅっと、私の胸が締め付けられる。

 

 

「なぜ、なんでしょうかね。それを求めることは、そんなにも悪いことなんでしょうか。……ダメですね、期待しても無駄だと自覚しても、それに縋ってしまう」

 

「咸君?」

 

「あかねさん、ご両親は大切にしてくださいね」

 

 

 彼は顔を手で覆いながら嘆く。

 涙も流していないのに──私にはそれが、泣いているようにも見えた。

 

 

 

 

 

「蛍。星野さん。私たちは『愛』されていなかったようです」

 

 

 

 

 

 両親から『愛情』と言うものを得られず、許嫁を小さい頃に病気で亡くし、その責任を一身に背負わされ、残酷な結果しか見えない『お願い』を聞き届けた少年。

 私はいつの間にか、彼の後ろに回り、その大きくて小さな背中を抱きしめた。

 

 私は──彼を救いたいと願った。

 

 

 

 




カミキ「『家族との絆』」

カミキ「この世で一番強固な絆であり、この世で一番脆い絆でもある。人によってこうも強度の変わる言葉もないだろう」

カミキ「まぁ、私とて親に愛されぬ身ではあったが」

カミキ「……せめて、自身の子らに強いたくはないものだ」(原作の元凶)


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059.序章の悲劇

 シリアス回です。元社長視点です。
 当分はシリアス回続きます。
 ほのぼの回入れたいけど、たぶん駆け抜けることを皆が望んでいると思うので。さっさとオギャバブランド復刻しろって宝石妹が言ってる。
 感想、評価頂けると幸いです。

 次回は宝石兄視点かな。原作主人公存在してるのに、未だに総文字数20万超えて出てないの、この作品だけでは?



 感想で「愛さないのに子供産む理由が分からない」と感想頂きました。作者が浄化されそうになりました。
 まぁ、世の中には、いるんですよ。儒教的な感じで、子を使い潰すために産む輩が一定数ね? 何なら言うこと聞かないって意味合いで、捨てる親もいますよ。
 ……私の仕事の客、こういう思考の親がいるんすよ。それなりに。残念ながら。
 




 原作11巻まで読みました。
 いやー、はい。癒し求めてココ来る理由が分かりました。
 で。導春いつ出んの?(錯乱)


 

 

「──釣れてますか、壱護さん」

 

 

 とうとう来たか。

 釣り堀で釣りをしていた俺に、背後から若い女の声がかかる。こうなることは例の奴らから聞いてはいたが、実際にこの瞬間を迎えると、胸の内に複雑な感情が浮かぶ。

 ……釣りをしていると、厄介なことに巻き込まれることが多すぎる。少し釣りが嫌いになりそうだ。

 

 俺は振り向きもせず答えた。

 誰が来たかなど、見なくても分かる。

 

 

「……ここに来ても何もいいことはねぇぞ。さっさと自分の家に帰れ」

 

「あるから来てるんだよ? 分かんないかなぁ」

 

 

 若い女──星野ルビーは隣に座る。

 その間、俺はチラリと横目で彼女を見た。

 

 見ないうちに随分と大きく育ったものだが、それ以上にルビーの()に惹き付けられる。あのアイと同じようで、そしてドス黒い感情を内に秘めたような、黒い星を彷彿とされる瞳。あの天真爛漫さを鳴りを潜め、俺の顔を見ていた。

 

 その様に、俺はふと鹿児島で会った小僧を思い出した。

 状況はあの時と若干似ているが、今のアイの彼氏は上手に第三者を演じていたものだ。完全に騙された。対して、今のルビーには隠す様子は一切ない。

 これが切羽詰まった少女と、余裕のあった少年の違いか。

 

 

「それに、こうして娘のように思ってたアイの娘が、こうして会いに来てくれて、本当は嬉しいでしょ?」

 

 

 これすらも仕組まれたものだと知ったとき、ルビーはどんな反応をするのか。

 彼女は「やっと場所を突き止めた」と思っているのかもしれないが、小僧の友人から「そろそろ元社長の場所が割られそうなので、準備しといてくださいね」と()()()()に言われたのを思い出す。

 彼らがどういう存在なのか、一応はアイから聞いてはいるが、それでも連中の筋書き通りの状況に、薄ら寒い気持ちを抱いたのも否定できない。生前も生前で苦労したアイだが、今は今で別の苦労をしていそうだ。

 

 

「……俺に関わるなって言ってんだ」

 

「逃がしませんよ。だって──」

 

 

 俺はあえて突き放す。

 それで引っ込むような、引っ込めるような心境ではないことを、事前に知っているから。

 

 

 

 

 

「──ママの近くにいた貴方が、一番真相に近いんだから。ママとせんせを殺した男を見つけ出すまで、絶対に逃がしたりしないから」

 

 

 

 

 

 もっと真相に近い人間(本人)が鹿児島に居るんだが。

 喉元まで出かかった言葉を、俺は無理矢理飲み込んだ。

 ……ところで『せんせ』とは誰だろう。

 

 

「私の父親が誰なのか、教えて」

 

「……俺()知らねぇよ」

 

 

 俺()知らない。

 アイ本人は知っているし、島津の小僧共も知っているらしいが、俺には終始教えてはくれなかった。

 

 

『──アイツの元旦那の名前ですか? 何度も言ってますが教えるつもりはないですよ。これはアイからの要望でもあります。諦めてください』

 

『曲がりなりにもアイツの彼氏だろうが。生前のアイを殺した男が、のうのうと生きていることを許せるのか!? あぁ!?』

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 電話で何度も聞いたが、小僧は頑なだった。

 俺の煽りにも、興味なさそうに吐き捨てる。

 

 

『っ! だったら俺が──』

 

()()()()()?』

 

『……は?』

 

『まさかナイフ一本片手に特攻するわけじゃないだろう? 俺たちはポン刀あれば首獲れる英才教育を受けているが、カタギがそれで確実に殺れる保証もないからな。もちろん銃火器は必須だよなぁ。素人が相手を確殺できる手段と言えば、銃が一番効率がいいもん。で、斉藤さんはそれ持ってる? あぁ、島津は貸すつもりはないぜ? そもそも論で言えば、銃火器で殺せる相手だという保証もねぇし』

 

 

 俺の復讐心を小僧は嘲笑った。

 前のように感情論で諭すのではなく、現実的な話を以て。

 

 

『復讐自体を否定するつもりはないが、分をわきまえろよオッサン。島津にとっての復讐ってのは、何百年何千年かかろうが、確実に相手(徳川)の末代まで息の根を止めることにある。道半ばで諦めるなんざ冗談じゃない。盤面ひっくり返して必ず殺す──それが島津の戦だ。そのひっくり返す力量もないのに安易に死にに行くなよ』

 

『………』

 

『ってのは島津理論だけど、本音は別のところにある。……アイにさ、これ以上悲しい思いはしてほしくない。相手刺殺すのならまだしも、斉藤さんが死のうものなら彼女が悲しむ。……死んだら悲しいのは斉藤さんが一番よく知ってるだろ?』

 

 

 それなら今を大切にするのが建設的だ。島津桜華という男は、ため息をつきながら笑った。

 アイが死んだときのことは今でも忘れられない。それを何の奇跡か生まれ変わった彼女に強いるのかと。過去じゃなく今を見ろと言われ、俺は復讐を諦めざるを得なかった。

 

 だから今回の計画に乗った。

 ルビーとアクアを解放するために。

 

 

「じゃあ、ママと関わりのあった人の連絡先教えて! 全部! あと手っ取り早くアイドルになる方法教えて! 全部!」

 

「やなこった! そんなの教えたら鉄砲玉みたいに凸するだろうが。アイドルだってなぁ! そう簡単になれるもんじゃ──」

 

「それじゃあ遅いの!」

 

 

 悲痛な叫び声に俺の言葉は止まった。

 ルビーは俯き顔が見えないが、その声からして焦燥が感じ取れる。

 

 

「たっくさんオーディションにも参加して! スカウトも最初の頃はあったけど、最終的には断られて! いっぱい、いっぱい努力して、それでもアイドルになれてない! 芸能科でも私だけが何も残せてない!」

 

「………」

 

「私はアイドルになってママの夢を叶えて、そして……ママと──を殺した男を見つけ出して、同じ目にあわさなきゃいけないの! だから、だから! 私には時間がない!」

 

 

 島津の小僧には、俺がこう見えていたのか。

 憎くて憎くて憎くて、どうしてもアイを殺した男をぶっ殺したくて、目を閉じれば棺桶に眠るアイツが浮かんで、夢の中でも自分が自分を責めて。そんな日々を十数年続けていたが、今のルビーはそういう状況なのかもしれない。

 俺はもう悪夢を見ることはなくなったが、ルビーと、そしてアクアは、まだ覚めることのない悪夢を見続けているのだろうか。

 

 ……そうだな、小僧。

 こんなこと、もう終わらせねぇとな。

 

 

「だから……だから、教えてよ……。ママを……ママを……」

 

「……お前の親父を確実に知っている人間に心当たりがある」

 

「──誰っ!?」

 

 

 バッとルビーは顔を上げた。

 目元を赤く腫らし、黒く光る星を輝かせながら。

 

 

「──星野アイ。お前の母親だ。アイツなら確実に知ってるだろうからな。知りたいなら、直接本人に聞け」

 

「……何言ってるの。ママは──」

 

「少し前、俺は鹿児島でアイの生まれ変わりに会った。信じるか信じないかお前の自由だが」

 

「えっ」

 

 

 だからアイツ等に任せようと思う。

 アクアとルビーの母親と、新しい父親に。

 

 十数年苦しみ続けた最悪に、終止符を打つために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──小僧の指示通り、双子の妹の方にアイのことを伝えたぞ」

 

『ありがとうございます。双子兄の方も……うし、咸がやってくれたことだし、あとは盛大に歓迎する準備をしねぇとなぁ』

 

「……お前らが思っている以上に今のルビーは荒れている。アイにも伝えてくれ」

 

『了承しました。……んー、咸からは妹の方はメンタル面は大丈夫だって聞いたんだが。何か問題でも発生したか? 会ってみないと分らんなこりゃ』

 

「俺の役目は終わった。切るぞ」

 

『あ、そういえば斉藤さんに聞きたいことがあるんですが』

 

「……なんだ?」

 

『今の斉藤さんって無職のプー太郎ですよね? クッソ暇ですよね? 何なら人生の夏休み満喫してますよね? 釣り堀警備員してますよね?』

 

「煽ってんのかガキ」

 

『俺はアイの彼氏です。()()欲張りな女の子の、彼氏なんですよ。せっかくなら、彼女の望むものすべてを叶えてやりたいんですよ。なので』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『斉藤さん、ウチで働いてみませんか?』

 

 

 

 




カミキ「──ふっ、はっ。──君たちの視線を、釘付けにする!」(白星開眼)

かな「アンタがラーメン体操踊るのかよ」

カミキ「かな君も私と一緒に踊るが?」

かな「(´;ω;`)」


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060.次章の悲劇

 言わずもがなシリアス回です。
 ようやくアクア視点ですって奥さん。
 感想、評価頂けると幸いです。



 つか明日から仕事が月初めの繁忙期に入るのに、なんでこうも重要な話と時期を俺は被せたんだろう……?


 俺こと『星野愛久愛海』……星野アクアは転生者であり、生前は雨宮吾郎として生きてきた。爆発的な人気を誇るアイドルの『アイ』のストーカーに殺され、俺はアイの産んだ双子の兄として転生する。

 ……そして、俺を殺したそのストーカーにアイは殺される。俺の、目の前で。

 ストーカーの大学生は死んだが、その殺人犯に共犯者が存在する。アイの交友関係の少なさと殺人事件時の状況から、俺はその男は俺と妹の父親ではないかと考察し、芸能界に足を踏み入れ──ようとした。

 

 しかし、あの事件から十数年経過した今。

 俺は生前のアイが残した携帯のロックを解除できていない。無駄にセキュリティが高すぎる。

 

 加えて──最近、双子の妹であるルビーの様子がおかしい。

 アイドル目指してがむしゃらにオーディションを受けていた妹だったが、最近はその焦燥感が浮き彫りになりつつあった。

 この前もふらっとどこかに出かけては、ボロボロ涙を流しながら家に帰ってきて「私、やっぱり……愛されて……なかったんだ……」と、すぐに部屋に引きこもっていた。

 ……確かに俺が手を回してアイドルにならないよう動いていたが、最近はそんなことをせずとも落選通知が来ることが多くなり、それがルビーの焦りに拍車をかけているのかもしれない。アイの二の舞にならないように動いたつもりだったが、間違いだったのかもしれないと思いつつある。

 

 

『お兄ちゃん、また、落ちちゃったよ……』

 

『………』

 

『私、アイドル向いてないのかな……?』

 

 

 自虐的に笑いながら泣く妹を見て、どうにかフォローしないといけないという気持ちと、芸能界という危険な場所に足を踏み入れてほしくないという気持ちがせめぎ合う。

 何があろうとルビーだけは守らないといけない。

 しかし、今の俺は本当に妹を守れているのだろうか?

 

 そして今日もアイのスマホのロック解除に勤しむ。

 やっていることがやっていることなだけに、周囲に相談もできるはずがない。これさえ解除できれば──俺の復讐がスタートラインに立てるはず。

 

 

「──あっ」

 

 

 そして、ついに、その時が来た。

 パスワード『45510』で、アイのスマホロックが解除されたのだ。……この数字、何回か入力したことがあるんだが。途中でランダムパスワードになるのが面倒過ぎた。

 抜けているようで、アイは非常に用心深かったようだ。これだけでも、アイが俺たちの存在を隠そうと必死になっていたことが分かる。

 

 俺はすぐさま電話帳を開く。

 アイが妊娠前に使っていた携帯であり、芸能関係者の連絡先が載っているはず。そのどれかが自分の父親……とまでは思ってないが、少なくとも今の状況よりも選択肢は大きく広がるはずだ。

 ……アイを殺した男に復讐する。この始まりを、どれほど待ちわびたことか。奴だけは殺す。どれだけ時間がかかろうとも、最悪の苦痛を与えて殺

 

 

「……は?」

 

 

 電話帳に登録されていた名前は1件のみ。

 さすがに仕事で使っていた携帯だ。1件だけしか登録されてないのはおかしい。そして、その唯一登録されている名前を睨む。

 

 

 

 

 

五代(ごだい) 友厚(ともあつ)

 

 

 

 

 

 聞いたことのない名前だった。

 すぐに自分のスマホで調べてはみたが、芸能界にそのような人物がいる様子がない。どれだけ調べても幕末の偉人の情報しか出てこない。

 

 この男が──俺たちの父親なのか?

 電話帳に刻まれた男の名前を脳裏に刻んだ。

 

 その時

 

 

『~♪』

 

「っ!?」

 

 

 アイのスマホから着信音が鳴る。

 電話してきた相手は、五代友厚その人だった。

 

 なぜ? このタイミングで? 今?

 俺は震える手で、緑の応答ボタンを押した。

 

 

「……もしもし」

 

『初めまして、と挨拶をしましょう。星野アクアマリンさん、星野アイさんのスマホロックの件、本当におめでとうございます』

 

「………」

 

 

 俺は周囲を見渡したが、すぐに通話している場所を洗面台に移す。もしかしたら先ほど通話していた自室にカメラ等がしかけられていることを考慮したからだ。

 電話先の男は──俺が想像していた以上に厄介な存在の可能性が高い。

 ロックを解除したこのタイミングで電話なんて普通出来ない。それだけでも、相手が一般人ではないことが伺える。

 

 

「……アンタ、何者だ」

 

『星野アイさんのことを知る者……とでも答えておきましょうか』

 

 

 自然と俺は警戒心を数段階上げた。

 どうも食えない相手と会話している気分だ。

 

 

『貴方が今お使いのスマホを解除したのだって、彼女の情報を得るために行ったことでしょう? その携帯には私の連絡先が一つ。さて、貴方は何を聞きたいですか?』

 

「……アイのことを知りたい」

 

『……母親、ではなく『アイ』ですか。えぇ、いいでしょう』

 

 

 その言葉と共に、自分が所有しているスマホに通知が入る。そこにはネットで予約された新幹線のチケットが数枚表示されていた。乗り換え込みのチケットであり、それは2人分用意されていた。わざわざグリーン車を今度の土曜日に予約しており、料金も支払い済み。

 そのチケットの行先は──鹿児島。

 

 

「鹿児島?」

 

『えぇ、それで鹿児島中央駅までお越しください。そこまで来ていただければ、()()()()()()()()()()、貴方が知りたいことに可能な限りお答えしましょう』

 

「五代、アンタは本当に何者だ? 鹿児島の人間が、なぜアイについて知っている」

 

『アクアさんはSNSをご利用されてますか?』

 

「それが?」

 

『それであれば──なぜ鹿児島なのか。もしかしたら分かるかもしれませんねぇ。鹿児島と星野アイという女性の関係性、新幹線の予約日までに調べてみるといいかもしれませんよ?』

 

 

 あくまでも五代は余裕な態度を崩さずに、そして胡散臭そうに喋るだけだった。どちらにせよ、俺が鹿児島に来ることを既に確信している様子であり、手のひらで踊らされているように覚える。

 最後に俺の口から出てきた言葉も、苦し紛れの足搔きなのかもしれない。

 

 

「もし俺が鹿児島に行かない……と言ったら?」

 

『それも貴方の自由でしょう。別にかまいませんよ。……ですが、本当にその選択を貴方は取れますでしょうか? 貴方はいいでしょう。しかし──もう片方は、そうでしょうか?』

 

「……片方」

 

『貴方と会える日を楽しみにしております。それでは、今度の土曜日に』

 

 

 そうして通話が終わった。

 チケットが届いたアドレス経由で相手を調べようとしたが、どうも海外のサーバーを経由していたため特定ができなかった。用意周到なうえに、得体の知れない相手。しかし、現段階で五代友厚がアイの手掛かりに最も近い人物であることは否定できない。

 

 癪ではあるが五代の言うようにSNSを調べ──彼の言いたいことを理解した。前にも一度見てスルーしたことだが、SNSに()()()()()()()()()()の画像が出回っていた。本当に瓜二つであり、俺の心が無意識にざわつくのを感じる。

 だが、画像にもおかしい点がある。確かにアイに似た女の子ではあるが、同じ写真でもアイに雰囲気が似ているものもあれば、アイのように他者を惹きつけるオーラみたいなものが感じられない写真もあるのだ。あの見る者を魅了するような瞳があったりなかったり、少なくとも『アイ』はオンオフ問わず、そのオーラがあったのに、だ。

 それで、鹿児島にいる彼女は彼氏持ちらしい。本人がそう言ってる。なんかイラッときた。

 

 どちらにせよ五代の言う通り動くしかないだろう。

 俺は今度の土曜日、一人で鹿児島に向かう決意をした。

 ──今日のルビーを見るまでは。

 

 

「……おに……ぃちゃん」

 

「る、ルビー、どうした?」

 

 

 どこからか帰ってきた妹は、頬を伝い地面に落ちる涙を一切拭おうともせず、いつからか塗りつぶされた黒く鈍く輝く瞳を濡らし、悲痛な笑みを浮かべていた。

 ここまで胸を抉るような彼女の笑顔を見るのは初めてだった。

 

 

「私、頑張ったけど……たっくさん、頑張ったけど……ママみたいに、なれなかったよ……」

 

「………」

 

「……私、やっぱりダメな子、だったのかな?」

 

「違う。それは絶対に違う」

 

「……今日、壱護さんに、会ったんだ」

 

「……それは」

 

「壱護さん、がね、鹿児島で……ママの、生まれ変わりと、会ったって……」

 

「──は?」

 

「お、にぃ、ちゃん……会いたい、よ」

 

「……ルビー」

 

「ママに……会いたい……よぉ。もう一度、もう一度だけ、で……いいから、ママ……に会いたい……会いたいよぉ……!」

 

 

 妹はペタンと地面に尻餅をついて、子供のように声を出しながら泣き始めた。死んだ母親に会いたいと、一度だけでもいいから、会いたいと。叶うことのない残酷な願いを、崩壊したダムのように感情を垂れ流した。

 

 俺だって……何度夢見たことか。

 だからこそ、俺は座る妹を正面から抱きしめ、先ほど考えていたことを撤回した。

 

 

「ルビー、行くぞ」

 

「……ぇ」

 

 

 

 

 

「行くぞ、鹿児島に」

 

 

 そこに何かあると希望に縋りながら。

 

 

 

 

 




【星野 愛久愛海】
 原作主人公。転生者。双子の兄。ようやくロックを解除したと思ったら、ようわからん胡散臭い男の連絡先しかなかった。転生後のアイに違和感を覚えたのが、単に桜華が写真撮ってるか否かの違いである。今作主人公いると噓つけねぇし。

【星野 瑠美衣】
 ↑の双子の妹。転生者。アイドルになれない。センセの死亡。そしてサラッと流したが生前の母親の様子を見に行ってメンタルブレイク状態。もう真犯人ぶっ殺すしかねぇ!って段階で、アイの生まれ変わり情報を知って、感情が決壊する。もうどん底。つまり、あとは引き上げるのみ。











???「来たか!」

???「おせえんだよ!」

カミキ「待ちかねたぞ! この展開をおおおおお!」

次回、『祝え! いや、もはや言葉は不要。ただこの瞬間を味わうがいいッ!』


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061.終章の喜劇

 シリアス回です。アクア視点です。
 次回も、まぁ、シリアスなんじゃないかと。
 何なら明日の夜中に投稿しようと思ったんですが、復讐を煽るアクアの内なる吾郎的な感じで『月曜とかいう一番辛い日が始まるのに、この絶望的な状況下で待たせるつもりか?』とか、内なる俺が言ってきたので投稿します。明日めっちゃ仕事忙しいから書き溜めにしたかったよ。
 感想、評価頂けると幸いです。



 12話書いてた俺自身に言いたい。
 これが見たかったんだろう?



 俺とルビーは予約されていたチケットを使って、新幹線で福岡に向かう。鹿児島への直通はないので、博多駅で乗り継がないといけない。

 まさか、生前の故郷(宮崎)より先に、そのさらに南である鹿児島に向かうことになるとは思わなかった。そもそも何でアイが鹿児島に生まれ変わったのか、ルビーも元社長から詳細を聞かなかったらしい。聞ける心境ではなかった、と言った方が正しいか。

 そもそも俺たちも転生した身なので、このシステムそのものを考察しようにも無理があると言えるだろう。深くは考えないことにした。

 

 それよりも、だ。

 東京から鹿児島まで、結構な距離がある。

 

 

「……乗ってるだけでも6時間、か」

 

「………」

 

 

 飛行機の方が早く着くのでは?と思わなくもなかったが、そのためのグリーン車だったのだろう。安くはないだろうに、来るかもわからない子供2人のために出資するとは、五代友厚という男の財力が窺える。それか、背後に強力な何かがついているのだろう。そのなにかも、五代友厚という男の情報が全くでないことから、推測のしようがないんだが。

 俺は乗車時間に目を細め、ルビーは喋ることなく俺の腕に抱き着く。

 

 そして新幹線に乗り込み、博多経由で鹿児島へと向かう。

 俺はふと、気づく。そういえば、転生してこんな風に長距離の旅行紛いの移動をしたのは初めてかもしれない。アイが生きているときは環境がそれを許さなかったし、アイの死後は俺もルビーも、そんな余裕すらなかった。

 

 座り心地の良い座席に座ったとしても、ルビーが俺の手を離すことはない。

 

 

「……ママ、鹿児島にいるかな?」

 

「……そのために行くんだろ」

 

 

 そして定期的にこの話をする。

 俺が頭を抱える原因の一つだ。

 

 普通に考えれば()()()()()()()()()()()()()()

 人間は死ねば終わりだ。それが常識であり、壱護さんの話は一考にも値しない願望に過ぎない。

 

 しかし──俺とルビーは実際に転生者である。

 いくら現実的ではない話であろうと、その例が他でもない自分なのだから、アイが転生して鹿児島にいる可能性が否定できなかった。

 そして、鹿児島在住の人間……主に、彼女と同じ学校に在籍する生徒のものであろうツイートを筆頭に、彼女と親しい関係にある『あかっち』というアカウント名のツイートが、アイが生まれ変わっている説を後押しする。

 

 可能性は、ある。

 だが、もしアイの転生が誤りであったら?

 もしそうなら、今のルビーに耐えられるのだろうか?

 ……壱護さんは本当に厄介な話をしたものだ。これが本当ならまだいいとしても、違った場合のルビーの心が壊れかねないことに少しは考慮してほしかった。それだけ彼がアイの転生を信じていることの証拠かもしれないが。

 

 

「………」

 

「………」

 

 

 横目で俺はルビーを見る。

 あの日帰って来たときのような最悪だけは治まったが、黒い瞳の輝きには、焦燥や不安、絶望や後悔が渦巻いているようにも見える。

 少なくともアイドルになれない焦燥感だけで、こうはならないはず。それ以外の、自身の心を壊しかねない何かがあったはずだが、それも検討がつかない。

 彼女がこうなる原因……特にあの頃のニュースで目ぼしいものはなかったはず。俺の生前の遺体が発見されたのを聞いた気がするが、それが要因になるとも思えないし。

 他にあるとすれば……その時期だと『カミキ豚骨ラーメン』ぐらいだろうか? 実際に食いに行ってはみたが、豚骨ラーメンにしては比較的あっさりとしており、あの豚特有の脂に苦手意識を持つ人間にも受け入れられそうな、程よい感じの美味しさだった。ルビーには一切関係ないと思うが。

 

 その後、俺とルビーは弁当を買うときぐらいの会話しかせず、旅行にしてはあまりにも暗い長距離移動を余儀なくされるのだった。

 これが希望に変わるのか、絶望で終わるのか。

 その答えは九州最南端にある。

 

 

 

   ♦♦♦

 

 

 

「「あっつ……」」

 

 

 鹿児島中央駅に降り立った、俺とルビーの第一声がそれだった。宮崎もそれなりに暑かったが、鹿児島の場合は『暑いのが当たり前』感が前面に出ている暑さともいえよう。俺も妹も上は涼しい恰好をしたつもりだったが、それでも手のひらで自分の顔を扇ぐ。

 さすがに駅内は涼しいはずと、俺は大きめのバッグを、ルビーはキャリーケースを引きながら、足早に改札へと向かう。

 

 改札を抜けて、東京よりは人の少ない改札前の空間に降り立つ。

 さて、ここからどうするか。

 

 

「お兄ちゃん、ここからどうするの?」

 

「いや、俺も鹿児島中央駅に来たら迎えが来るとしか」

 

 

 途方に暮れていた時、俺のスマホが振動する。

 例の五代友厚からの着信であり、いつもタイミングが良すぎると疑いながら、俺は対応した。

 

 

『星野アクアさん、そして星野ルビーさん。九州最南端、活火山有する薩摩の地へ、ようこそおいで下さいました。新幹線内で何か不便なことなどはございましたでしょうか?』

 

「いや、とくには。飛行機の方が早いんじゃないかとは思ったけど」

 

『ふむ、次回からは検討しましょう』

 

 

 まるで俺たちが何回も鹿児島に足を運ぶ前提で話をしている気がするが、俺は無視して次の指示を仰ぐ。星野アイの情報を持っていると言ったのは、この男なのだから。壱護さんの言っていたアイの転生に関しても聞けるかもしれない。

 その俺の問いに、五代友厚は答えた。

 

 

『でしたらアミュ方面』

 

「アミュ?」

 

『……失礼しました。貴方たちは新幹線の改札口を背にしているとは思いますが、そのまま右方向──東口の階段を下りてきてください。下るエスカレーターが遠い方、とでも思ってください』

 

「その後はどうすればいい」

 

『降りてくだされば、迎えの者が立っていますので。その方と話をしていただければ』

 

「そいつの特徴は?」

 

()()()()()()()()

 

 

 それだけ言って電話が切れる。

 本当に勝手な奴だと思った。

 

 俺はルビーを引き連れて東口と呼ばれるエリアに通ずる階段を下りていく。エスカレーターは故障している様子だったので階段を使うしかなく、ルビーのキャリーケースは重いので俺が代わりに持って降りる。

 一歩一歩、急ぐことなく確実に。

 

 ルビーも俺の様子を見ながら、同じ速度で階段を下りる。

 屋根のある階段であり、外の様子は下段まで行かないと見えないだろう。

 

 

「その五代って人は、どんな人なの?」

 

「俺も会ったことはないが、少なくともアイに関して……」

 

 

 俺は下段まで下りて、ようやく東口の外を見た。

 前にはタクシー乗り場が構えており、遠くにはバスの乗り場が点在してる。東京駅に比べると圧倒的に規模は小さいが、地方にしては大きなバス乗り場であることは想像に難くない。

 その東口の階段前とタクシー乗り場前の中間地点ぐらいに、一人の少女が立っていた。

 

 

「何らかの……」

 

 

 その少女は落ち着きがなく、その小さい空間で踊るように俺たちを待っていた。五代の言っていた『迎え』というのが、この少女であることは明白だろう。

 

 

「情報……」

 

 

 その少女は紫がかった長い黒髪を揺らし、目を閉じて何かしらの鼻歌をしながら、俺たちに気づかず、手を後ろで組んでステップを踏んでいる。

 夏なのに長袖の服を着ているが、その服装には見覚えがあった。()()()()()()()()()姿()よりも若干幼い──それこそ、生前の雨宮吾郎が彼女と初めて会った時のような年齢だと思われるが、着ている服は最後に見た服装に酷似している。

 

 

「が……」

 

 

 少女は目を開けた。

 そして、俺とルビーを捉える。

 ──その、()()()()()()()()()()()()()()()()()()宿()()()()()()

 

 

「───」

 

「───」

 

 

 支えのなくなったカバンとキャリーケースが、アンバランスに放置されたためか、音を盛大にならして倒れる。

 しかし、俺とルビーにはそんな些細なことを気にする様子など、一切なかった。

 果たして思考も正常に働いていたのか、俺には分からなかったし、分かる余裕もなかった。

 

 目前の少女は嬉しそうに笑みを浮かべて、腕を後ろで組みながら、身体を横に傾ける。

 

 

「──アクア、ルビー、薩摩へようこそ。二人とも、おっきくなったね」

 

「──ま、ま……?」

 

 

 ……その声で、生前と同じ声色で、俺たちに呼びかけた。ルビーはゆっくりと、一歩を踏みしめながら、ゆらゆらと彼女に近づく。

 彼女──アイは、組んでた腕を広げて、俺たちを迎え入れる準備をする。

 

 

「ルビーも本当に綺麗になったね。やっぱりママに似て美人さんになったよ。私の予測通りだねっ」

 

「……マ、マ」

 

「私ね、生まれ変わったんだよ。ほら、おいで? 私、もう一回、二人をだきじめられるよ? また、『愛してる』っで、い゛えるよ゛?」

 

 

 途中から涙声で腕を広げるアイ。

 それに、最初に耐えられなかったのはルビーだった。

 

 

 

 

 

「──マ゛マ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ああああああ!」

 

 

 

 

 

 ルビーは全力で飛び込んだ。

 アイはそれを真正面から受け止め、泣きじゃくるルビーの背中を片手で叩きながら、その視線を俺に向ける。そして、もう片方の手を俺に差し伸べる。

 

 

「あははっ、アクアもカッコよくなったね! ほら、甘えていいんだよ?」

 

「あ、い……?」

 

「私は──ここにいるよ?」

 

 

 ……何度だって、都合の良い夢を見たよな。

 なんかの物語みたいに、ご都合主義の奇跡でも起きたらって。

 

 

 

 ──あのとき、アイを救えていたら。

 

 

 

 そんな叶うはずのない夢を、何度願っただろう。

 

 

 

 

 

「──あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」

 

「うわっ──」

 

「アイ! アイぃ!」

 

 

 

 

 

 俺は2人と共に後ろに倒れ、ルビーと一緒に恥も外聞も捨てて、12年前に失ったはずの母親の胸で、大声で泣き叫ぶのだった。

 

 確かに、俺の願いは叶うことはなかった。

 それでも──アイはここにいた。

 その救えなかった一番星は、確かにここにいたのだ。

 

 

 

 




【裏話】

桜華「生前死亡時の服装は……これか?」

アイ「今7月なんだけど。長袖って、すごく暑いと思うけど」

未来「でも視覚的に『死んだアイちゃんが蘇った』感出した方が、双子にも印象付けられるんじゃないかな? 妹ちゃんの方が情緒不安定とか聞いたし」

桜華「あー、ガワで現実を突きつけるのね」

アイ「うーん……まぁ、我慢するよ」



桜華「中央駅の在来線の別出口ルートはできた?」

兼定「問題ねェよ。これで当日は改札前とかがガラ空きになるんじゃねェか?」

桜華「人多いと感動の再会演出が締まらねぇもんなぁ」

兼定「……死人との再会、かァ。羨ましいなオイ」



咸 「星野さんの立ち位置は……そこです。そこが絶妙に階段上部から見えないです。ベストポジションですよ」

アイ「ここら辺? あー、確かに咸君が絶妙に見えないねー」

撫子「……これ、エスカレーターとかで降りられたら意味ないんじゃない?」

咸 「当日は工事中の看板を立てときましょう」

アイ「ナデコちゃん、ナイス!」



桜華「双子が飛び込んでくる可能性」

未来「アイちゃんの後方にマットレス推奨?」

兼定「地面と同じ色の低反発マットレスでも用意しとけ」

桜華「……おぉ、衝撃ほとんど来ない」

未来「やっほーい」

兼定「遊ぶなクソが」



桜華「ところで親父殿が感動の再会を見たいと要望が来てるんだが……どないする?」

撫子「今回のパトロンからの要望でしょ。ここの死角にカメラでもつけておけば? あっちからは見えないでしょ?」

咸 「グリーン車のチケット代まで出してくれた鬼島津殿の願いを無視できません。それでいきましょう」



咸 「双子来ましたねぇ」

桜華「じゃあ手筈通りに」



桜華「(無言のガッツポーズ)」

未来「(無言のガッツポーズ)」

兼定「(無言のガッツポーズ)」

咸 「(無言のガッツポーズ)」

撫子「(無言のガッツポーズ)」




次回、『それはそれとして、お前を親父とは認めない』


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062.落としどころ

 シリアス回です。
 次回は……うん、はい。
 感想、評価頂けると幸いです。


 さて、島津プレゼンツの感動の再会を果たした星野一家。

 マジもんの奇跡によって、再び巡り合えた3人の親子。声にならない歓喜でガッツポーズ決める俺たち。感動的に涙を流す周囲の薩摩のエキストラの皆様(含・黒川さん)。カメラの向こうで満足そうに頷いてたらしい親父殿。

 これはもうハッピーエンドと言っても過言ではないだろう。というか、これ以上のハッピーエンドみたことある? もういいじゃん、これ大団円だと思う。これに何か足そうとすること自体が『蛇足』の語源になりそうなレベルでいらないじゃん。

 

 アイは立派に成長した双子と再会し。

 ルビーさんは会いたかったママと再会し。

 アクア君はアイに抱き着きながら号泣してたし。

 

 ……そうだね、そろそろ現実見なきゃね。

 そう、ここからが──

 

 

 

 

 

「「「「………」」」」

 

 

 

 

 

 ──本当の修羅場の始まりだ。

 

 今回の『星野家+α緊急家族会議』の参加者は計4名。

 まずソファーに座る、マジで星野家と関係がなさそうな俺こと島津桜華。俺の左隣に座るのは会議の根幹というか元凶というか、双子のお母さんである星野アイ。机挟んで俺の真正面に座るのは、クール系イケメンな星野家の長男である星野アクア。んで、兄貴の左に座るのは、さっきから俺を睨んでいるアイ似の超絶美少女の星野ルビー。

 錚々たる顔ぶれですね。ここ俺ん家だけど、俺帰っていいっすか。この空間の顔面偏差値下げたくないんですよ。

 

 ちなみに、この通夜よりも重々しい空気の家族会議はビデオで撮影中であり、隣りの黒川さん家でピザパーティーしている薩摩組にバッチリ見られている。

 ぶっちゃけ俺もそっちに行きたかったが、ルビーさんとアクア君のオカンがそれを許さなかった。いや、まぁ、双子釣り野伏計画でこうなることは薄々覚悟してたけどさ、一般薩摩兵子には辛い環境なんですが。が?

 

 ……これでもだいぶ落ち着いた方なんだけどね。

 最初の頃は『生まれ変わった母親に恋人がいる』と知ったとき、俺はルビーさんに胸倉掴まれて頭シェイクされたし、アクア君にクッソ睨まれて大変だった。

 なんとか不器用ながらもアイが説得して今に至るのだ。

 

 

 

 

 

「何でママは私たちに会いに来てくれなかったの!?」

 

「転生後の家庭環境が最悪かつ、メンタルが情緒不安定で、君たちに会える状況じゃなかったんだよ。んで、今は彼女の立場的に君たちに会いに行くことができなかった。だから今回のように誘導させてもらった」

 

 

 

「……転生後の環境は理解した。アイの実の両親はどうした?」

 

「今は楽しく暮らしてんじゃねぇの? そう、()()()()

 

 

 

「ママの立場って、何?」

 

「島津の分家の養子であり、今は俺の恋人という立場。詳しくは──」

 

 

 

「……それ、島津って普通に反社会的勢力なのでは?」

 

「大丈夫。世間的には合法。合法にしてるから」

 

 

 

「アンタって人殺しじゃん!」

 

「……君たち、実の父親に何しようとしてるのか分かってて言ってる? 何ならアクア君の幼少期にノートに書き殴った復讐計画のコピーあるけど見る?」

 

 

 

「まだ未遂だ。実行してない」

 

「良かったじゃん。道踏み外す前にアイに止めてもらって」

 

 

 

「ママはこんなのでいいの!?」

 

「えへへ、頼りになるでしょ?」

 

「「………」」

 

 

 

「アイ、俺たちの実の父親は誰?」

 

「うーん、まだアクアには教えられないかなぁ」

 

 

 

 

 

 ……気持ち的には理解できるのだ。彼らにとって俺という存在は本当に邪魔でしかない。ぶっちゃけアイを誑かしているようにも見えなくもないし、今まで親からの愛情に餓えてきた双子の前で、母親がようわからん人殺しの蛮族とイチャラブしてて、面白いはずがないのだから。

 加えて、彼らにとって『父親』というものはタブー以外の何物でもない。実の父親によって、最愛の母親が殺されたのだ。生まれ変わったから良かったも──いや、全然良くないけど、それでも忌避感を持ってしまうのは、当然ともいえるだろう。

 

 俺もずっと悩んできた。

 そして──今回ので考えが吹っ切れた。父親として認めてもらうことを諦めようと。

 

 よくよく考えたら、双子が俺を父親として認める必要性はない。戸籍上はアイと双子って無関係だし、双子がアイを母親として慕うのは自由だし、裏を返せば俺を父親として接する必要もない。

 だから割り切ることにした。俺も親父面しないといけないと思うと気が重くなるし。

 贅沢言えば俺の両親を、おじいちゃんとおばあちゃんとして認めてほしい気持ちはあるが。彼らの成長に対して資金援助すると明言してたし。

 

 俺の考えを伝えたことにより、ここまで来て、初めてアクア君の俺を警戒する表情が緩和された気がする。対して、ルビーさんからの好感度はマイナス突き抜けていることに変わりないが。

 

 

「……分かった。俺からはもう何も言わない」

 

「……お兄ちゃんはコレを父親って認めるの!?」

 

()()()()()()()()()()。でも、アイが好きな人だって言うんだから、俺たちがこれ以上何かを言うのは野暮だろ? 本音で言えば、全然納得いってないけど。全然釣り合ってると思わないけど。……だけど、生まれ変わったアイが、俺たちの好き嫌いで相手を決める必要もないと思う。俺は、アイの選択を信じる」

 

 

 だから失望させてくれるなよ?とアクア君は俺を見据え、善処はすると俺は肩をすくめる。アクア君の着地点としては、『親父とは認めるつもりはないが、アイが選んだ相手だから、恋人としては認める』と言ったところか。かなり妥協したと思われる結論だが、悪くはない。

 追々と信頼を得ることにしよう。すぐに信頼関係が築けるとは最初から思っていない。

 

 

「でも私は、認めてないから」

 

「それでいいと思うよ。感情的に納得できてないのは十分理解できるから」

 

 

 ルビーさんの回答に俺も頷く。

 それでいい。無理に自分を納得させたところで、それでメンタル崩すのが一番良くない。本音言って貰えるだけでも御の字だろう。

 

 一方の頬を膨らませるアイ。

 お母さん的には、新しいお父さんを認めてほしかったようだ。

 

 

「えー、アクアとルビーにはオーカを父親として認めて欲しいんだけど」

 

「無理強いはダメだからな?」

 

「そうじゃないと家族4人で仲良くお風呂に入れないじゃん」

 

「「「待って」」」

 

 

 何て恐ろしいことを考えてるんだ、俺の彼女は。

 奇しくも双子と俺の気持ちは一つになった。双子に対して、おっきくなったねって言ってたじゃん。つまり一緒に風呂入るような年齢じゃねぇんだよ。何を想像したのか、双子の顔真っ赤じゃん。

 

 

「それで、お二方は他に質問ある?」

 

「ママはいつ東京に戻ってくるの?」

 

「私は戻らないよ? というか戻れないよ? ここでオーカと暮らすって決めてるし」

 

「……っ!? どうして!? やっと会えたのに、どうして戻ってきてくれないの!? やだ! 戻ってきて! また3人で一緒に暮らそうよ!」

 

「え? アクアとルビーが鹿児島に移住すれば良くない?」

 

 

 そして始まる論争。

 なんせ欲張りな女の子(アイ)欲張りな女の子の娘(ルビーさん)のドリームマッチだ。お互いが主張を譲らず、母と娘の壮絶な言い争いが生まれるのだった。

 アクア君が視線で『どうにかしろ』と言ってくるので、とりあえず『無理でしょ』と返して、同時にため息をつく。この奇跡のような意見のぶつかり合いを喜ばしいと現実逃避するのか、埒があかないと止めるべきなのか非常に悩む。

 

 アクア君が項垂れているのをよそに、俺のスマホに通知が入る。この惨状を別の部屋で見ている兼定からのLINEだった。

 俺は彼らに見えないようにLINEを開き──絶句した。

 ……マジで言ってるのだろうか。神様は俺のことが嫌いなんじゃなかろうか。え、待って。本当にお願いだから冗談であってほしいんだけど。

 

 

「……ねぇ、アクア君、ルビーさん。一つ聞きたいことがあるんだけどさ」

 

「何!? 邪魔しな──」

 

「二人って、()()()()()()()()?」

 

「「──っ!?」」

 

 

 俺、胃が死にそうなんだけど。

 

 

 

 




【星野 愛久愛海】
 原作主人公。転生者。双子の兄。今作主人公とは親子関係というよりも『悪友』っぽいポジションに落ち着くとは思う。次回で桜華と同じように墓場へ行く。なんの墓場かは察して。

【星野 瑠美衣】
 ↑の双子の妹。転生者。首狩り島津小僧を父親としては見れんわな。次回で手のひら返すけど。



次回、『島津死す』デュエルスタンバイ!


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063.これ以上は

 いやー、そもそも主人公が父親ムーヴをする必要ないじゃん。アイを母親と慕って、主人公は友人関係的なのもええやん。主人公は友人兼父親として、双子を愛するのもエモくない? いやー感想楽しみうあああああああああああああああああああルビーちゃんプチ炎上してるううううううううううううう!? あああああああああ! そういや宝石妹の心情描写入れてねぇじゃんかよおおおおおお! このままじゃワガママなだけの無礼者扱いされちゃうじゃんか俺の馬鹿がああああああああああああ! チャンルビにはチャンルビなりの事情がああああああカミキ謝れええええええええええええ!


カミキ「まそっぷ」


 うあああああああああああああああああああ!
 的な心境で、急遽ルビー視点を書きました。
 感想、評価とか今回正直どうでもいいので、とりあえず彼女がワガママプーなわけではなく、彼女なりの心境で主人公に冷たいとご理解していただければ幸いです。
 次回こそ島津を仕留めます。


 私こと『星野 瑠美衣』……星野ルビーは転生者で、生前は『天童寺さりな』として、狭い病室で一生を終えた。そして私は、生前の推しだったアイドル──星野アイの産んだ双子の妹として転生する。

 そして……私の推し(ママ)は、ストーカーに殺された。

 ママの最後の夢であり、生前の私の夢であったアイドルになるため、私は必死に努力した。ママが果たせなかった東京ドームでのライブを行うために。

 

 でも、現実は非情だった。

 オーディションを何回やっても落選するし、街頭でスカウトされたプロダクションは急な不祥事やスキャンダルで潰れる。それでも頑張って、頑張って、頑張って、陽東高校の芸能科で私だけが何も残せてなくて。

 私は、アイドルになれなかった。

 

 そんなときに、私が生前に大好きだったセンセ──雨宮 吾郎先生が、白骨化した遺体で発見された。他殺かもしれないって言ってた。センセは私がアイドルになったら推しになってくれるって言った。転生後にセンセが勤めてた病院に連絡して、行方不明と聞いたときは、いつか私がアイドルとして活躍すれば会えると思ってたのに。

 センセは、もう、どこにもいなかった。

 

 そのニュースを見た時、私は何を思って足を動かしたのか分からない。気づけば、転生後に何度か足を運んだ『天童寺家』の門前に立っていた。ママもいない、センセもいない、そんな私を愛してくれるのは──もう、生前の母親(お母さん)しかいないから。

 そして、今まで怖くて押せなかったインターホンを鳴らすより先に、それは開かれた。

 私の前では見せなかった笑顔で、娘息子と思わしき人物と談笑しながら家から出る、天童寺さりなの母親が。私は──そこで理解した。理解してしまった。

 生前の私は、愛されてなかった。

 

 私の心はぐちゃぐちゃだった。

 もう、死んだ方が楽なんじゃないかって思った。

 

 ──あの、黒い服の少女が現れるまでは。

 

 

 

 

 

〔手短に説明するね。お姉ちゃんの大好きだったお医者さんを殺した犯人と、お姉ちゃんのお母さんを殺した人は同じで、それを指示した人がいる。お姉ちゃんのお兄ちゃんが追っかけてる人だね。あと島津とかいう蛮族に気をつけ──ひぃっ、変態なおとめ座の気配っ〕

 

 

 

 

 

 遠くから「私を生まれ変わらせてくれた恩人(少女)の気配がする!」って、四足歩行で走り抜けるお兄ちゃん似の男がいた気がするが、私はそんなことを気にしていられなかった。

 

 私の大好きなママと、大好きなセンセを殺した男が、まだ生きていると。

 それが本当か分からないけど──それが本当なら、私がそれが絶対に許せない。

 殺してやる。絶対に、ぜったいに、見つけ出して、この手で、殺してやる。

 

 そう、思ってた。

 

 

 

   ♦♦♦

 

 

 

「お兄ちゃん、あんなのがママの恋人って、本気で認めるの!?」

 

 

 ベランダに出てスライド式の扉を閉めた私は、兄であるアクアに詰め寄った。お兄ちゃんはいつものように無表情ながらも、どこか諦観と後悔、困惑しているようにも見えた。

 

 私は生まれ変わったママと再会した。

 それは本当に嬉しいし、それを陰で支えてくれたママの友達には感謝している。

 

 でも、その後に紹介された『今のママの恋人』……それが、島津桜華とかいう男だった。学校で会うような超カッコイイ男ってわけでもなく、聞いたところ学力もお兄ちゃんより下だし、ちょっとお金は持ってそうな人だってのは分かったけど、あまりにもママに釣り合うとは思えない男だった。

 恋人関係になった経緯を聞いたら「俺が最初に中央駅でデートしたとき一目惚れした」だし、ママの好きなところは?って聞けば「……全部?」とか曖昧だし、まさかエッチなことしたんじゃないの?って問い詰めると「………」って目を逸らすし。

 

 ママにふさわしいとは全然思えなかった。

 何なら『島津』ってだけでも危険なのに。あの女の子も危ないって言ってたし。

 

 

「認めてもないし、納得もしてない。でも、アイが好きって言ってるんだから、それを応援するのが『ファン』だろう?」

 

「で、でも!」

 

「……もちろん、俺はアイの判断を盲目的に信じているわけじゃない」

 

 

 お兄ちゃんはベランダの手すり側に体重を預ける。

 コンクリート製なので危なくはないはず。

 

 

「初めて見た。あんな、アイの笑顔」

 

「ママはいつも笑顔じゃん」

 

「そうじゃない。アイが、アイツに向ける笑顔。年相応の女の子っていうか、アイドルだったときも、それこそ俺たちにも見せたことのないような、心の底から愛おしいと思ってそうな笑顔」

 

 

 私は思い出してみる。

 短時間ではあったけど、ママがあの男に見せた表情。

 ……そうだ、あんなママの顔。私は知らない。

 

 

「それを見て思った。俺は、俺たちは──アイの本当の顔を、知らなかったんじゃないかって。どうしても、アイドルだった『アイ』に引っ張られて、本当の彼女を俺たちは見てなかったのかもしれないって思った」

 

「だから、仕方ないって?」

 

「妥協点みたいなもんだ。確かに釣り合いはしないかもしれないけど……じゃあ許せるとしたら?って言われたとき、俺が今まで会ってきた人間の中だったとしたら。アイの素の表情を引き出せる、アイツが妥当じゃないかって」

 

 

 最終的な判断はアイがするはずだ、とお兄ちゃんは私から視線を逸らして夜空を見る。住宅街だけど光は少ない関係で、それなりに星空が見える。

 

 

「……じゃあ、ママの言う通り、お兄ちゃんもここに引っ越すの?」

 

「あぁ、それもいいかもなって思えてきた」

 

 

 お兄ちゃんは語る。

 ママが死んでから、ずっと復讐することだけを考えて生きてきた。けど、その復讐の根本的な理由も失い、被害者が加害者の名前を明かさないことから、ママが復讐を望んでいないことは分かったと。それなら、自分は復讐を行う理由がないと呟いた。

 その表情はどこか、ママが死ぬ前のお兄ちゃんの雰囲気に似ていた。

 

 でも、それでも。

 私は納得できない。

 

 

「……いやだ」

 

「ルビー?」

 

「私は、認めたくないっ」

 

 

 ママは私とアクアのママだから。

 他の人には絶対に渡したくない。

 

 だって、だって。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 それに、あの男が私を邪魔だと思ったら、ママは私とあの男のどちらを選ぶのか。

 

 そんなことはないって、ママはそんなひどいことをする人じゃないって、頭の中では分ってる。でも、実際に病気になったとき、お母さんは私を愛してくれなくなった。私はいらない子になった。

 

 それが──私は怖いよ。嫌だよ。

 いい子にするから、みんなに好かれるような『星野ルビー』を演じるから。

 私から、ママをとらないでよ。

 

 

「──アクアー? ルビー? オーカが胃痛から若干復帰したから、そろそろ家族会議再開するから戻ってきてー」

 

「……ママ」

 

「ん? ルビー泣いてるの?」

 

 

 ベランダの窓を開けたママは、私の様子を見て真正面から抱きしめてくれた。……生まれ変わっているはずなのに、小さい時に私を抱きしめてくれたあの時と変わらず、思わず私も抱きしめ返す。

 アクアはその隙に室内に戻ってた。

 

 

「ルビーは甘えんぼさんだね。ほら、オーカも心配してたから、早く中に戻ろ?」

 

「……私、酷いこと言った」

 

「全然気にしてないと思うけどなぁ。彼って、身内にはすっごく優しいからさ。でも、酷いこと言ったって思うのなら、ちゃんと謝ろうね? 大丈夫、私もいっしょに謝るから」

 

「身内って……」

 

「オーカにとって、私の子供は身内同然だよ。たとえ、今は血が繋がってなくても」

 

 

 それに、と私の耳元でママは囁く。

 今の私の悩みを、理解しているように。

 

 

 

 

 

「──オーカの愛情は裏切らないから。アクアもルビーも、オーカはちゃんと、たっくさん、愛してくれるから、ね?」

 

 

 

 

 

 あ、でも私が一番だよ!と、ママは笑った。

 それは私が見たことなかった、他人を魅せるような笑顔ではなく、()()()()()だった。

 

 

 

 




【裏話】

桜華「そもそもルビーさんのアイドル活動妨害はしなくても良かったのでは?」

咸 「スカウトを妨害しただけです。これを見ても同じことが?」(紙ペラッ)

桜華「……芸能界って怖いなぁ」

咸 「星野さんの娘さんを馬鹿の食い物にするわけがないでしょう?」

桜華「んで、アクア君への妨害は?」

咸 「何のことでしょう? 私にはさっぱり」


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064.……ヌッ(絶命)

 サブタイトルは『さらば星野 愛久愛海 ファイナル・カウントダウン』です。
 俺のPCの検索履歴が大変なことになりました。
 感想、評価頂けると幸いです。


 星野家全員が転生者という事実に、胃を痛めた15歳の一般人の少年は、未だにズキズキ痛む胃をさすりながらも復帰する。最初は「……とりあえず、こっからの話は転生者同士でお楽しみください」と隣に逃げ込もうとしたのだが、アクルビのオカンが「逃がさないよ?」と腰をホールドしてきた。

 精神年齢加算すると俺が最年少なのに、どうしてこんな苦労しなきゃいけないの?

 これでアイの元旦那も転生者とかだったら死ぬ。死んでまう。

 

 前半の会議と同じ位置に座った4人。

 ちなみに後半会議開始前に、なぜか知らんがルビーさんが俺に謝ってきた。酷いことを言ってしまったからと、頭を下げてきたのだ。あれが酷いことなら、さっききた未来からの『釣り合わないwwww月とスッポンwwwwトイレの方のスッポンwwww』のLINEとか土下座して欲しいレベルなんだが。

 俺のことをラバーカップ言った無礼者は後で誅殺すると心に決めた。

 

 

「んじゃ、改めて自己紹介を前世の名前含めて言ってもらいましょか」

 

「……言う必要あるか?」

 

「前世に犯罪歴あるパターンなら黙秘権認めるけど?」

 

「勝手に犯罪者にするな。別にそんなやましい過去はない」

 

 

 自分と同じ前世持ちとのことで、俺の横でさっきからワクワクワクワクワクワクワクワクワクワクしているアイに根負けしたアクア君は、頭を抱えながら「名前だけな?」と釘をさしてくる。

 できれば、どんな過去があるのか気にはなるが、強制ではないので俺は頷く。

 

 ……それにしても、黒川さんマジでやべぇな。

 双子が転生者であることを最初に指摘したのは彼女である。彼女曰く『咸君から二人の情報を聞いたけど、整合性のとれない言動がある』と言う切り口から、双子転生疑惑が浮上したのだ。

 最近思うんだけどさ、あれ演劇の天才ってより、天才が演劇してただけ感あるよなぁ。あ、でもプロファイリングからの没入演技には『演じる』力も必要だし、やっぱり演劇の天才なのかもしれない。

 

 

「じゃあ、最初は──」

 

「星野アイでーす! 転生前は星野アイでーすっ! アイドル活動やってました! 今一番やりたいことは、家ちゃんにアクアとルビーを、私の子供って紹介することです!」

 

「文字通り『島津が終わる』からやめてね?」

 

 

 マジで元熱狂的なファンに隠し子宣言は洒落にならないから、本人の口からだけは勘弁してほしい。とりあえず親父殿経由で島津運営に支障が出ないように、細心の注意を払って根回しする予定なんだからさぁ。

 アイが当主殿に凸って暴露して、当主殿が失神する姿が目に浮かんだ。

 

 そして現世の年長者順との事で、アクア君の出番が来る。アイは白い星を輝かせ、ルビーさんは若干黒い星を輝かせて。

 

 ──後に、星野 愛久愛海氏はこう語る。

 『……復讐終わったら皆の前から消える予定だったし、人生の目標失って、なんか色々とどうでもよくなってた。周囲のノリもあって、口が軽くなってたんだと思う。今思うと軽率な行動だった』と。

 

 

 

 

 

「……星野愛久愛海。生前の名前は──()()()()。宮崎総合病院で産婦人科医をしてた」

 

「──えっ」

 

 

 

 

 

 俺はアクア君の暴露に目を見開き、アイは手で口を押さえながら絶句し、ルビーさんはなぜか勢いよく立ち上がって兄を凝視する。

 あまりにも島津内でタイムリーな話題だったから、俺も心構えができてなかった。俺のスマホのグループLINE通知が大変なことになってる。振動が止まらん。

 

 

「えぇっ!? アクアってセンセだったんだぁ! どーりで一緒にお風呂入ったときも目を閉じてたし、おっぱい飲まなかったんだねー」

 

「……その話はやめてくれ。黒歴史レベルなんだ」

 

「っつーことは、アイの出産前辺りに死んだ感じか。あ、最初に謝っとくけどゴメン。先生の遺体勝手に発見したのウチの身内や」

 

「むしろ感謝しかないよ。あれをどう処理しようかって思ってたし、見つからないと思ってた」

 

 

 実はアイ殺害事件の容疑者として疑ってた話は胸の内にしまっておく。都合の悪いことを相手に言う人間の方が珍しいんですよ。な、咸。

 

 俺とアイがアハハと笑い、アクア君はため息をつく。

 あ、ルビーさんを置いてけぼりにしてしまった。身内ノリについていけない第三者ほど悲しいものはないから、ここで話を切

 

 

 

 

 

「せ、せんせ、なの?」

 

 

 

 

 

 ……なんか、急に胃が痛くなってきたな。(フラグ)

 お腹を超高速でさすっている間に、ルビーさんはゆっくりとアクア君に近づく。そして兄貴の肩をガシッと掴んだ妹は、そのままソファーに押し倒す。

 こっから何が起きるんかな?(現実逃避)

 

 

「ゴロー、せんせ。私だよ……さりな、だよ……?」

 

「……さり、な、ちゃん?」

 

 

 さりなちゃん……さりなちゃん? なんかどっかで聞いたことあるような名前だったような気がする。先生と同じ時期に見たような気『天童寺さりな』あ、思い出したわ。あの患者さんじゃん。

 アイなんか状況が処理できずにNow Loadingしてるんだけど。

 

 感情が決壊したルビーさんが泣きながらアクア君に抱き着き、アクア君は器用に彼女を受け止めていた。今度は終末治療の元患者と、死に際まで一緒にいてくれた先生の感動の再会が目の前で展開される。今回に関しては島津はノータッチなので、天文学的レベルの奇跡が起こっているのは確かだ。

 ……あー、だからルビーさん荒れてたのか。完全に先生の墓暴いた俺らの責任じゃん。

 そりゃ大好きだった先生が死んでいることが発覚したのだ。そりゃメンタルボロボロになるのも無理はない。良かれと思って通報した俺たちだが、本当に悪いことをしたな。

 

 閑話休題。

 こうして互いの秘密を一部暴露した星野家の皆様。これからどうするのか、どのように生きていくのか、まだ決まってないことも多い。俺としてはアイの望む通りにしたいが、双子の言い分も聞きながら良き方向へ進めばいいと思う。

 少しずつ決めていけばいい。時間はある。時間はあるのだ。

 何、この家族の絆は、島津が守護するのだから。

 

 

「──せんせ、私、16歳になったよ?」

 

「待てさりなちゃ、ルビー。待ってくれ」

 

「私、もう結婚できる年になったんだよ?」

 

「最近、日本の法律は男女18歳で統一されてるんだが?」

 

 

 島津も守護できる限界があると明記しておこう。

 さりなちゃんからルビーさんへと転生した少女は、このように語る。せんせとは16歳になったら結婚してくれるという約束をしたと。そして当のルビーさんは転生後も先生を探してたという。

 目的? そりゃ捕まえてエメラルドするためよ。

 

 傍から見れば生前に結婚の約束をしたまま果たせず、転生して再び巡り合えた恋人同士に見えなくもない。しかし、不幸なことにアクア君とルビーさんは双子、つまり血のつながった家族なのである。

 ご存じの通り近親婚は法で禁じられている。残念ながら彼女の夢は叶わない。

 ……だからさ、アイが俺に縋るような視線を投げかけてくるのは本当にやめてほしい。島津的にもできないことはあるし、そもそも世間が許してくれるとは思えない。

 

 そんな感情で攻めるルビーさんと、倫理的観点で押しとどめようとするアクア君の間で、激しい攻防戦をしていると、俺のスマホに通知が鳴る。

 どうやら隣の部屋でも近親婚の話題で論争があったようだ。

 ルビーさんには悪いが、俺は仲間の言葉を借りて説得

 

 

 

 

 

『兄妹で愛し合うこと自体は法的には禁止されてなくない? 何なら事実婚で内縁の妻扱いなら、ルビーちゃんが望む現状での最高の形かもね。世間体に目をつむれば』(未来)

 

『兄妹の結婚が法的に出来ねェだけで、同棲も事実婚もヤるのも問題ねェぞ。世間体無視すりゃなァ』(兼定)

 

『アイさんの娘さんはアイドル目指してるんでしょ? 彼氏と会うのはスキャンダルに繋がるけど、兄妹なら会うのも自然ね。子供バレたらアウトだけど』(撫子)

 

『子作りも一世代だけならダウン症リスクは少ないらしいよ? 世間の目は厳しいと思うけど』(黒川さん)

 

『何なら壱護社長の子供として押し通せばいいのでは?』(咸)

 

 

 

 

 

 何でそんなに近親婚に詳しいんすか?

 コイツらアクア君と壱護さんを社会的に殺すために一致団結してるんだが?

 

 同じLINEグループに入っているアイが、ルビーさんに余計なことを吹き込むのを眺めながら、俺は心の中でアクア君に合掌するのだった。

 

 

 

 




【裏話】

アイ「島津パワーで戸籍偽装すればワンチャン?」

ルビー「……パパ?」

桜華「嘘だろオイ」

アクア「酷い手のひら返しを見た」


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065.夜の攻防戦

 シリアス回でーす。
 感想、評価頂けると幸いです。





 最新話のラスボスは法律ですね。
 なお本作。


 時間が経てば人は眠くなる。

 家族会議をしている間に深夜に突入した星野家と異物混入は、とりあえず寝ましょうかと言うことでお開きになった。

 案の定、平和的に睡眠時間を確保できるはずもなく、特に母娘がギリギリまでゴネにゴネてゴネまくったのは言うまでもない。アクア君……君付けは鬱陶しいと言われたので、以降はアクアと呼び捨てにするが、餓えた猛獣を相手にするのは初めてだったらしく、そりゃもう大変だった。

 どんなに大変かと言うと、

 

 

『家族4人で寝るべきだと思います!』

 

『パス。まずは久しぶりで積もる話も多いだろう星野家の皆様方で寝るべきでは。俺はクールに一人で寝るぜ。じゃあ、おやすみなさい』

 

『お兄ちゃん先生(せんせ)は、もちろん私の隣ね!』

 

『さすがにこの歳で一緒に寝るのはどうかと力が強い……! ルビー! ま、待て、待ってくれ! あ、アイ!』

 

『どーしたの? アクア』

 

『……そろそろ、弟が欲しい』(原子力爆弾投下)

 

『そうそうそうそう! いやー、やっぱりアクアは冴えてるね! やっぱり? やっぱりほしいよね!?  オーカ、今夜は本気で愛し合うよ!』

 

『おいゴラ゛アクアてめぇえええええええええええええ!』

 

 

 いやもう本当に大変だった。

 検討に検討を検討して検討した結果、俺はリビングの自分のベッド、アクアはリビングのソファーに寝そべり、アイとルビー(敬称略)は、普段どころか物置と化したアイの自室で寝ることになった。女の子同士で楽しく過ごしてほしいと切に願う。

 ほら、アイの部屋はスライド式の扉なので、こんな風につっかえ棒をすれば、あら不思議。俺たちの平穏は保たれるのだ。

 

 

「……桜華、つっかえ棒は度が過ぎるんじゃないか?」

 

「外してくればいいじゃん。先に子供の名前考えとけよ」

 

「……もう2.3本追加しとくか」

 

 

 さらなる平穏は保たれる。

 あっちはどんな話をしてるんだろうな。絶対にロクでもない話をしてるんだろうなぁ。

 

 俺は久方ぶりに1人でベッドを占領することになる。いつもアイが隣に寝てることが多いので、少々の寂しさと、約束された明日の元気な起床に思いを馳せる。十数連勤した時のサラリーマンの朝みたいな、疲労度MAXの起床が多かったからね。

 反比例してアイはツヤツヤだったが。

 

 なんて下世話な話を寝転がりながらアクアと語る。

 彼の返答はいたって冷静だった。

 

 

「よくもまぁ、今日までアイに子供ができなかったな。もしデキてたらルビーが更に荒れてたかもしれない。……今はどうか知らんが」

 

「細心の注意は払ってたしなぁ。デキたら育児費用3000万って思いながら頑張った」

 

「金額が生々しい……」

 

 

 母上辺りは逆に狂喜乱舞しそうだが、それと同時に未成年の妊娠リスクも心配していた。それに対し、『前も大丈夫だったから、今度も大丈夫!』ってグッドサインをする元人気アイドル。だから危険だって言ってるだろうが。

 余談ではあるが、俺とアイの間で使われる生活費の管理はアイが行っている。彼女、こんな破天荒な性格をしているが、節制を心がけるのが何気に得意なのだ。生前の低月収時代の賜物だと、元人気アイドルは笑っていた。世知辛い。

 逆に俺は普段馬鹿みたいな金額を動かしている関係なのか、若干の浪費癖があるらしい。

 アイに窘められたときは本気でへこんだし、その俺の様子を見てアイは拗ねた。

 

 お金って大切。

 前に『お金があって幸福になるかは分からないけど、お金がないと確実に不幸になる』と聞いたことがある。至言だなぁ。

 

 

「あ、そうだ。アクアってさ、()()()()()()()()?」

 

「……将来、か。考えたこともなかったな」

 

「………………………………」

 

 

 いや、ね? 分かってたよ?

 アクアは知らんのが当たり前だから、分かってはいたよ?

 ……こ~むい↑~ん、って聞きたかった。

 

 

「雨宮吾郎の時は、本当は外科医になりたかった」

 

「俺も散々お世話になったなぁ」

 

「外科医だぞ?」

 

 

 少し前は生傷どころか生死さまよう職場だったので、と言葉をかなり濁しながら伝えると、何となく察したのかそれ以上は聞いてこなかった。

 オペしてくれるお医者さん、島津だーい好き。

 この夢を親父殿に伝えようものなら、全力で背中を押してくれるだろう。

 

 

「でも、アイは俺が役者になることを願ってた」

 

「アクア的には役者はどうなんよ?」

 

「……俺に、アイのような才能はない。それに、俺にとって演じることは復讐だったから」

 

「ふーん」

 

 

 アイのような才能、ねぇ。比較対象が大きすぎて、自分を正常な物差しで測れてない気がするな。いつどこに行っても『島津』としての先入観でしか見てもらえなかった俺と同じように。

 親が偉大だと、子が苦労する。世の常ってやつだ。

 

 それと復讐、か。

 俺は前に咸がアクアに対して下した評価を思い出す。

 

 

「でもアクアって()()()()()()()()()()()()()()って聞いたぞ。そうなると、復讐に意識が直結しちゃう役者は、お前には向いてないのかもしれんなぁ」

 

「向いてなかった、のか?」

 

「元が優しい人間に、復讐ってメンタル的にはきついだろ。俺みたいに性格が捻くれた人格破綻者ぐらいじゃねぇと、ただただ辛いだけだぞ」

 

 

 もちろん復讐対象は徳川である。

 アイツらマジで絶対に許さんからな。クソみたいに何も育たない土地に、馬鹿みたいな石高設定して重税課したの、今でも忘れねぇよ? あと参勤交代とかいうクソオブクソ制度は害悪。鹿児島から東京までどんだけ離れてるって思ってんだぶっ殺すぞぶっ殺すわ。

 戊辰戦争で終わったと思うなよ。

 

 徳川への片思いを熱弁すると、アクアはポツリと口にした。

 

 

「……普通に考えて、島津って頭おかしいな」

 

「そう、それ」

 

「………」

 

「復讐なんざ頭のおかしい馬鹿の考えることであり、それが()()()()って思えない奴には向いてないんよ。これが短期的なものなら別に構わんが、アクアみたいに十数年長期となると顕著になる」

 

 

 俺の主観ではあるが、アクアは復讐というものを、何らかの理由をつけてやめたかった……アイと再会して以降、やめる理由を探しているように見えた。

 前にも言ったが、人生ってのはやりたくないことやるだけの余裕はないのだ。そのやりたくないことを人生の目標として掲げ、ただひたすらに復讐計画を胸の内に秘めていたのだ。その苦痛は、俺なんぞに想像できるレベルじゃないだろう。

 

 その様子はアイも気づいていた。

 だからこそ、アイは彼に父親の名前を伏せたのだ。

 

 

「復讐って難しいよなぁ。やればスカっとするけど、持ち続けてると重荷になる」

 

「そう……だな……」

 

「……ん? でもアクアって生前のアイがいた時から子役やってたって聞いたぞ。あの時は楽しくなかったのか? アイ的には、あの時の印象が残ってるから、役者志望って思い込んでるんだと──アクア?」

 

 

 呼びかけても、帰って来たのは寝息だった。

 規則的に呼吸音が聞こえるから、すぐに深い眠りについたのではないかと想像する。

 

 俺も彼の安眠を妨げてまで聞くことでもないし、自分も早々に眠りの世界へと旅立とうと思う。

 自責の念で悪夢を見続けた転生者は、その重荷を下ろした時、どんな夢を見るのだろうか。せめて、彼女の死がフラッシュバックすることがない夢を楽しんでほしいものだ。

 

 俺も瞼が閉じきる前に、最後にLINEの通知を確認する。

 咸から個人LINEが届いていた。

 

 

『たすてけ』

 

『くわれる』

 

 

 1時間前の通知であり、それ以降の生存が確認されなかった。誤字してるから、相当切羽詰まってったのだろう。

 俺は少し考えて、返信してスマホを閉じて眠りにつくのだった。

 

 

『お幸せに』

 

 

 

 




【就寝前会話】

アイ「ルビー、覚えておいてね? ──泣こかい 跳ぼかい 泣こよっか ひっ跳べ!」

ルビー「……ママ、それ日本語?」

アイ「困難に出会った時は、あれこれ考えないで、とにかく行動って意味だね。恋は戦なんだよ! 使える手は何でも使わないと、相手に失礼なんだから! ってお義母さんが言ってた」

ルビー「とりあえずパパが仕留められた理由は分かった」


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066.スーパー薩摩人あかね

 タイトルの通りです。
 原作チートがチートしてました回です。
 感想、評価頂けると幸いです。






Q.こんなのカミキヒカルじゃない!

A.原作カミキがコレだったら泣くわ。


 

 

『何とか首の皮一枚繋がりました』

 

「……チッ。良かったな」

 

『舌打ち聞こえてますからね?』

 

 

 グッドモーニング。小鳥が囀り飛び立つさまをベランダから眺めながら、俺は友人の生還を心より祝福していた。アクアも起床しており、室内でボーっとテレビを見ながら朝食をとっている。母娘の部屋のつっかえ棒と言う名の封印は解いているが、夜遅くまで話をしていたのか未だに起きてこない。

 今日やることは全然決まってないが、とりあえず俺の実家に足を運ぼうとは思う。彼女らの今後のことを考えると、どう頑張っても俺とアイだけじゃ解決できない問題が多すぎる。

 あんまり頼りすぎるのもどうかと思うが、アイ関連は逆に頼らないと怒られるからな。俺が。どうして。

 

 母娘が起きるまで暇なので、隣の部屋にいる咸と電話しているわけだ。

 ゆうべはお楽しみでしたね……と言いたいところだが、まだ魔法使いへの切符は手元に残っているようだ。黒川さん仕留めそこなったか?

 

 

『若輩の身ではありますが、私はこれでも税所家の現当主ですよ。あかねとの講和会議にて、私の巧みなる話術で自由を勝ち取ったわけです』

 

「条約の内容は?」

 

『私とあかねは()()()()男女の付き合いを始めました。あとココに同棲することにもなりました。私の所有する全ての携帯端末が彼女に公開されました。私の魔法使いとしての道は、あと3か月で終わります。彼女を呼び捨てが義務付けられました。以上です』

 

「無条件降伏って知ってるか?」

 

 

 彼の巧みな話術とは白旗を掲げることらしい。

 なんか数か月前の自分を見ているようだ。

 

 

『これでも頑張った方ですよ? 昨日のあかねは本当に凄かったんですからね。彼女が元々薩摩出身って言ったら、私は信じる自信があります』

 

「アイが色々と吹き込んでるのもあるからなぁ。今度は娘に何か入れ知恵しそうだけど」

 

『……アイさんから取り入れたものが、本当にそれだけだと思いで?』

 

 

 俺の言葉に、咸が不穏な言葉を発する。

 

 

『彼女のプロファイリングから成り立つ洞察力と考察、それを演技に組み込む『憑依型』の演劇の才覚。正直、私は彼女の才というものを過小評価していました』

 

「確かに彼女は凄いとは思うが、お前の評価が過少に見えたことはないぞ。つか自慢しまくってたじゃねぇか」

 

()()()()()()()()()()()()()()()()。彼女はかつて炎上騒動で死を体験し、他者からの悪意を一身に背負いました。一度は折れてしまいましたが、それでも彼女は再び立ち上がろうと考えます』

 

「……ホント、芸能界はとんでもねぇ逸材を手放したもんだ」

 

 

 せめて周囲が彼女を守るだけの力があれば、また違う結末を迎えたのかもしれない。こんな才能の塊、そう出会えるもんじゃないのになぁ。

 島津的には蜀から趙雲引き抜いたレベルである。

 

 

『そんな彼女は『演じる』ことで身を守ることを学びました。では誰を参考にするか。あかねはアイドル活動をしていた時の星野さんを参考とします』

 

「完璧で無敵を演じていた時代のアイね。……え、あれ演じられるの? 俺にはよく分かんねぇけど、アイの『周囲を魅せる瞳』って、そう簡単に真似できるものなのか?」

 

『それを可能にするのが黒川あかねという少女ですよ』

 

 

 太陽みたいな笑顔、完璧なパフォーマンス、まるで無敵に思える言動、吸い寄せられる天性の瞳、それを黒川さんは完全再現してしまったらしい。俺が知っているのは今のアイだから、正直ピンと来ないだろうけど、他の馬鹿共は彼女の演技を見た時は絶句したとか。

 アイ本人が「ヤバい。完コピじゃん」と認めたらしい。本人お墨付きとは恐れ入った。

 やっぱり、こんなド辺境にいていい人物じゃないよ、黒川さんは。

 

 

「……演じることは、自分の()を守る手段でもあるからな。俺も島津やってたから身に覚えがある。黒川さんはアイドル時代のアイという演技()を手に入れたわけだ」

 

『それだけなら、良かったんですけどねぇ』

 

「まだ何かあるの?」

 

 

 彼女は考えた。咸の隣に立つ駒になるには、アイを再現しただけでは足りないのではないかと。俺としては十分どころか、おつりがくるレベルでの偉業を成し遂げてる気がしなくもないが、幸か不幸か、彼女は真面目で頑張り屋で、気になる彼の為に手を抜くような女の子じゃなかった。

 彼女は自分の鎧を強化しようと考えた。

 

 

「なるほど、憑依型の演技、ねぇ。黒川さんは『アイドル時代のアイ+α』のキャラを自分で想像し、それを演じようと考えたってわけか」

 

『そうです。過小評価と言ったのも頷けるでしょう?』

 

「確かに」

 

 

 与えられた役を異常なまでの考察によって、本人かのように演じる天才。それが、自分で自分に役を与えて演じるという芸当に手を伸ばしてしまったようだ。

 自分のメンタルを守るために、さらなる強い自分を演じる。なるほど、確かに可能であるのなら合理的だ。

 

 

 

 

 

『なので、あかねは次に鬼島津(桜華の父親)を参考にしました』

 

「待って。え、待って?」

 

 

 

 

 

 聞き間違いじゃなければ、黒川さんが自身を守るために核武装を始めたと仰ったような気がするんだが。確かに、攻撃は最大の防御と言うけれども。

 彼女は次に親父殿をプロファイリングし、徹底的に洞察と考察を行い、島津家のリーサルウェポンを自分の役に組み込んだと語る。好戦的な笑顔、鉄壁な佇まい、もはや無敵に思える存在感、周囲を畏怖させる天性の瞳……それを再現してしまわれたようだ。

 

 

『ついでに、理想のお母さん像として、桜華の母君も参考にしたようです』

 

「なぜ──あぁ、そっか。周囲に参考にできる親が少ないのか。いやいや、自分の両親参考にしろよ、何でピンポイントに俺の身内狙うのかな?」

 

『その結果、元人気アイドルのアイのような周囲を魅了する瞳と、まるで鬼島津を彷彿とさせるような圧倒的存在感を兼ね備えた、母性溢れる女性を演じるあかねが誕生しました』

 

「とんでもねぇハイブリッドキメラが爆誕したんだけど」

 

 

 その三人混ぜると俺特攻の凶悪兵器になるんだが。

 何気に俺の(タマ)獲りに来てない? 俺ってなんか黒川さんに嫌われるようなことした?

 

 

「けど島津狂信者の多いお前の部下は認めるのか? 逆に凶行に走りそうな人間がいそうなんだけど」

 

()()彼女を見た瞬間、税所家の者が皆、無意識に跪いたので大丈夫かと。ご隠居でさえ『とんでもねぇ嬢ちゃんだなぁ』と冷や汗かいてましたし』

 

「俺は見なくても分かる。絶対それヤバいやつだ」

 

 

 俺の前では()()を極力演じない決まりを作ったらしいけど、裏を返せば俺に考慮しないとアカンレベルの完成度だということだろう。

 ……本当に自分の身を守るためだよね?

 炎上させた連中に己の手でチェストするためじゃないよね?

 

 

『話を戻します。そんな薩摩アイちゃんをインストールした彼女が、外堀ガンガン削りながら全力で私の童貞狙ってくるんです。桜華は守れます?』

 

「即座に自害する」

 

『諦めが早すぎます。そんな彼女との交渉結果、私としては頑張ったと思いますけどね』

 

 

 俺は既に食されたからいいとして。

 アイと親父殿をインストールした黒川さん、世間体ガン無視で既成事実を作ろうとするルビー。そんなバーサーカーに迫られる二人には、もうご冥福をお祈り申し上げるしかないのでは?と思う今日この頃。

 

 とりあえず強く生きて、あ、それとゴムは常備するように。としかアドバイスできない島津少年だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……なんかさ、こうなってくると安全圏から愉悦してる馬鹿(未来)阿保(兼定)、気に入らねぇよなぁ?」

 

『……大丈夫です。既に手は打ってありますから』

 

「ほーう?」

 

『みんなで一緒に──地獄(墓場)に堕ちましょう』

 

 

 

 




【税所 咸】
 主人公の幼馴染。ロリコン。3ヶ月も童貞でいられたらいいね。余談だが、あかねにロリコン癖を知られた際、幼稚園時代の服を取り出そうとした劇団の元エースを必死に止めた過去を持っている。

【黒川 あかね】
 劇団『ララライ』の元エース。薩摩らしい強い女性を演じようとした結果、とんでもないモンスターを生み出してしまった。さすがに主人公の父親の武力までは完コピできない模様。
 


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067.悪あがき

 シリアス回です。
 少女出すために神話のお勉強とか何なの。
 感想、評価頂けると幸いです。





かな「アクアが妹と鹿児島に行ってるらしい。……いつ帰ってくるのかな?」

カミキ「……私の息子も向かったか」

かな「今さらっととんでもないこと言わなかった!?」

カミキ「失礼、私の下半身の話をしていた」

かな「このタイミングで!?」


 俺は実家近くの公園で、一人でブランコを漕いでいた。

 なんか人生に疲れたサラリーマンみたいなことやってるな。特に人生に疲れてるわけではな──いや、考えることが多くて頭と胃が痛いけど。

 

 星野家は親父殿と母上と話をしているだろう。

 俺も話し合いに参加するべきじゃないかと思うが、それを止めたのが何を隠そうアイだった。

 

 

『説明とかは私がしておくから、オーカはゆっくり休んでいいよ。散歩でもして来たら?』

 

『……あー、いない方がいい感じ?』

 

『そんなことないよ!? でも……』

 

『でも?』

 

『お義父さんとお義母さんに、ちゃんと説明できる? 途中で気絶したりしない? 今回の事はあんまり君に負担かけたくないから、大切なところは私が代わりに言うけど』

 

『……んじゃ、お任せしようかな』

 

 

 俺が聞いたらまずいことでも話しするのかな?と思ったが、単純に俺のメンタルを考慮しての案だった。世の中にはナイフで刺す以外にも、臓器に穴をあけることが可能であることを知ったアイの配慮。できれば別方面(夜のアレコレ)にも発揮してほしいと思った。

 あと双子と会った時の親父殿の顔を見たときに、俺が白目をむいたのも理由だろう。

 俺あんな鬼島津知らない。完全に孫を可愛がるおじいちゃんだったわ。

 

 俺は実の親と軽く言葉を交わして家を出たが、その短期間だけでも、俺の両親が二人を歓迎していたことは火を見るより明らかだった。

 普段名前で呼ぶが、俺の両親の前ではアイのことを『母さん』呼びするアクアに、まるで自分の子のように接する母上。複雑そうな顔をしていたことから察するに、アクアって基本的に親族に対して一歩引いたような振る舞いをしている気がする。前世で何かあったか?

 そして親父殿はルビーをめっちゃ可愛がってた。溺愛してた。前にどっかでか聞いた噂で『鬼島津は娘が欲しかったらしい』なんてのがあったが、多分あれ本当かもしれない。

 

 そんな二人も今頃は腰を抜かしているだろう。

 双子も転生者で、何なら先生と患者の関係で、妹の方が近親婚希望とか。ちゃんと脳の情報処理に成功してればいいけど。

 

 俺が滞在している公園は広くない。

 というか狭い。遊具も前後左右に乗れるアレや、小さな滑り台とブランコのみ。軽いキャッチボールはできそうだが、大勢での球技に向いているわけではないし、ジジババのゲートボールにも適さない。

 なので人もいない。ある意味貸し切り状態だ。

 

 普段と違う所と言えば……そうだな。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「──お兄さん」

 

 

 そんなときに、()()は現れた。

 

 顔立ちは幼く、黒を基調とした服を着た、いかにも浮世離れした少女。ブランコで黄昏ながら、カラスに目を向けていた瞬間に、ふと前を見ればそこに忽然と存在するのだから、浮世離れしてると思っても仕方ないだろう。

 傍から見ると可愛らしいお嬢さんだな。

 少し前の咸のストライクゾーンの範囲内だ。今は理性と現実を以て自重しまくってるけど。

 

 

「どうした、お嬢さん。迷子か」

 

「あの2人、お母さんに会えてよかったね」

 

 

 笑いかけながら対応する俺に、クスクスと少女は笑う。

 ……まぁ、彼女がそうなんだろうなぁ。

 

 

「本来なら交わることのなかった再会。優しい神様の気まぐれ。海は復讐の呪縛から解放されて、星は母と共に過ごす道を選ぶんだろうね」

 

「どの道を選ぶのかは個人の自由だ。俺が、ましてや君が、その道に指図する権利はないだろう。これから忙しくなるのは確かだが、最終的に幸せになればそれでいいんだよ」

 

「──でも、それが本当に2人の幸せなのかな?」

 

 

 そのとき兼定の言葉の意味を理解した。

 あの薩摩の暴力装置は、かつて宮崎で会った少女のことを、『上位者気取りのいけ好かないガキ』と称したが、まさに傲慢ともいえる口調ではあった。

 

 

「あのお姉ちゃんの夢はアイドルになることだよね? でも、今の彼女はチャンスから遠ざかろうとしている。こんな辺境の地で、お姉ちゃんの夢は叶うのかな?」

 

「できないことは、ないんじゃないかな? 彼女の夢と望みが両立できるよう、俺たちも動いているわけだし。時間はかかるだろうが、それが彼女の選択だ。あれは欲張りな女の子の娘だぜ? 目標達成への創意工夫は日本人の十八番だろ」

 

 

 俺の返しに、少女は笑顔を崩すことはなかった。

 しかし、その変化は見逃さない。彼女が若干イラついていることを。

 

 だからこそ、次の言葉が出たんだろう。

 

 

「……星野アイは、本来生まれ変わることはないはずだった」

 

「らしいな」

 

「それを無理やりに捻じ曲げ、この薩摩の地に産み落とされた。……ねぇ、分かってる? 捻じ曲げた反動がどうなるのか、あなたは理解してる?」

 

 

 本来起こるはずのない事象による、その反動。事象の収束だったか? どのように歴史を辿ろうとも、最後に行きつく場所は一緒、みたいな?

 話があまりにも高次元すぎて、俺もうまくは説明できない。

 要するに、本来彼女が生まれ変わることは、この少女には想定外の事態であり、そのしわ寄せが来ることを知ってる?と聞きたいのだろう。

 

 俺は首を横に振った。

 その回答に満足したのか、少女の笑みは深くなる。

 

 

「あーあ、今の2人は星野アイに依存している。彼女の転生した事実が、今の心の支えになってる。……その支えを失ったら、大切なものを再び失ったら、どうなっちゃうのかな?」

 

「まるでアイが近いうちに死ぬような言い方じゃないか」

 

 

 

 

 

「だって──星野アイは長く生きられないから」

 

 

 

 

 

 俺はスッと目を細める。

 彼女は笑う。

 

 

「あと10年かな? それとも5年? もしかしたら──明日かも」

 

「………」

 

「星野アイの寿命は、あとどれだけ残ってるのかな? ねぇねぇ、島津のお兄さん。あなたは星野アイが死ぬことに耐えられる?」

 

 

 彼女は、嗤う。

 アイが死ぬ、か。そりゃ生きてたら死ぬわな。本来転生自体が稀有な現象であることには同意するし、その反動もあると言われたらあるのかもしれない。

 

 俺はブランコから立ち上がり、彼女の前に立って、彼女と同じ視線になるまで腰をかがめる。

 目を細めながら、少女に問う。

 

 

「それは、神様の描いた筋道から外れたことへの罰なのかな? 彼女の寿命が残りわずかであることは、その神が定めた運命なのかな?」

 

「さぁ? どうなんだろうね」

 

「──君は知ってるのか。その神様気取りの首級の居場所を」

 

「え?」

 

 

 急に俺の声色が変わったことに少女は驚いたのだろう。

 それに気づかないフリをしつつ、俺は言葉をつづけた。

 

 

「教えてほしい。アイを再び奪おうと画策するクソ野郎の場所を。あぁ、大丈夫。殺すから。絶対に。彼女の笑顔を、彼女の願いを、彼女の安寧を。それを悪戯に奪おうとする奴を、まさかまさか、この俺が放っておく理由はないだろう? さぁ、教えてくれ。──首は、どこだ?」

 

「あの」

 

()()()()()()は、まだ今のアイに手を出してない。なら捨ておこう。でも、その神様はアイが死ぬことを望んでいるんだろう? それなら俺の敵だ。島津なんて言葉は使わん。俺が、この島津桜華が、奴の首を獲って来よう。絶対に、()()()()。できるか、できないかじゃない、絶対に殺す。刃物で、手で、歯で、使える俺の全てを用いて、奴の喉笛を嚙み千切ってでも、徹底的に殺してやる。奴の首と胴体が離れるまで、俺は死なんぞ? 教えてくれ──俺が、殺すべき、敵は、どこにいる?」

 

 

 瞳孔を開きながら、いつの間にか彼女の肩を掴んで、屠るべき敵を問い詰める島津桜華。少女に詰め寄る姿は、傍から見ると完全に犯罪者である。

 少女もこの展開は想定してなかったんだろう。顔が真っ青であり、俺が瞬きをしたその瞬間に、現れた時と同じように、忽然と姿を消した。同時に、公園にいたカラスが鳴き声を上げながら、空に消えて行く。

 

 カラスが青い空に消えて行く様を見て、俺はようやくため息をつきながら立ち上がる。

 そろそろ帰ろう、アイの事情説明も終わっていることだろう。

 

 

「それにしても……」

 

 

 俺は少女を思い浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──全部、嘘だったな。何しに来たんだアイツ」

 

 

 

 




【島津 桜華】
 主人公。うっすらと彼女が神様に関係のある人物なのでは?と疑っている。ので、隙間時間で神話等の勉強中。兼定の前に現れた経緯や話の内容から、某芸能神だと仮定している。でも、本当にアイツ何なんだろうな?とも思ってる。

【星野 アイ】
 ヒロイン。転生者。今作では米寿くらいまでは生きる予定。

【少女】
 双子が鹿児島に行かれると困るので、主人公の前に現れる。もうやだ帰る。


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068.それぞれの場所に

 1億年と2千年ぶりのほのぼの回です。
 双子帰ります。
 感想、評価頂けると幸いです。






ルビー「ま゛ま゛も゛がえ゛る゛のおおお゛お゛お゛!」

アイ「ああああああぁぁぁぁぁぁ……」

アクア「こら、アイのチケットはないから乗れねぇって、クソっ。全然剥がせねぇ……! 搭乗口まで引きずるな……!」

親父殿「………」(困った顔)




 

 

「──本当に良かったね。うまくいって」

 

「途中どうなることかとは思いましたが、和解ができたようで何よりです」

 

 

 晩飯後にキッチンで皿洗いをしている俺に、リビングで食事を召しあがった黒川さんが咸と談笑する。

 今日が日曜であり、明日は平日の月曜日だ。まだ時期的に夏休み期間に突入してないので、普通に学校もある。なので双子は飛行機で東京に帰らなければならない。

 なので軽自動車を出した親父殿と星野一家は鹿児島空港(溝辺空港とか言ったりもする)に向かった。最初は俺も軽自動車に押し込まれそうになったが、双子の荷物もあるとの事で、アイは泣く泣く断念。悪いな、のび太。親父殿の軽は4人乗りだ。

 まぁ、見送りは双子の母親だけでもいいんじゃないかと俺は判断した。

 ルビーは最後まで「もう学校とかどうでもいいからママと一緒にいる!」とゴネて、「引っ越しの準備をしないといけないだろ」とアクアに引きずられていた。

 

 

「アクア君もルビーちゃんも、鹿児島に来るんだね」

 

「次の夏休みを利用して引っ越してくるらしいな。予定としては8月初旬には引っ越し完了、ウチの高校の編入試験受けて、9月から××高校に通う……みたいな? そんなプラン」

 

「なんか既視感ある……」

 

 

 あまりにも突貫工事感あるけど、既視感を感じる彼女がその鹿児島移住RTAを行った人間なので、難しいのでは?という話は出なかった。何なら事務所や劇団、炎上騒動の真っ只中というしがらみがない分、双子の移住の方が楽な可能性がある。黒川さん(本人)の前では言わないけど。

 そこらへんの小難しい手続きは両親と咸に任せるとする。途中からは島津宗家も手を貸してくれるだろうから、手続きそのものは滞りなく進むだろう。

 双子転生と近親婚希望の話を聞いて、宗家がまともに稼働していればの話だが。

 

 当主殿と重鎮複数が撃沈しそうなんだよなぁ。

 アイもアイで爆弾を色々と抱え過ぎなんだよ。

 

 でも……と黒川さんは言葉をつづけた。

 

 

「アイちゃんの双子も、色々と複雑かもね。里親とかアイドルのこととか」

 

「そこはもう仕方ないって諦めるしかないんだけどな。アイが鹿児島から離れられない以上、傍に暮らすってことを考えると、このクソミドリ溢れるド田舎に引っ越すしかないんだよ」

 

「自分の生まれ故郷に対して辛辣。でも田んぼとかあまり見たことないよ?」

 

「そりゃ鹿児島市内でも中心地だからなぁ、ココ。市外行けば田舎特有の景色が見られるはずだぜ」

 

 

 特に鹿児島の端っことかに行けば、それはもう皆の思い描く田舎が広がっているはずだ。一面クソミドリというか干草色の田んぼが広がり、バスの本数も絶望的で、娯楽がパチンコしかなく、夜に山鳩の『ホーホーホッホー』って鳴き声が聞こえるはず。

 ルビーちゃんが3日後に干物になるくらい何もない。

 

 

「アイドル活動に関しては、確かに東京の方が圧倒的にアドバンテージが高いが、鹿児島でだって何もできないわけじゃない。むしろ鹿児島だからこその利点ってのもある」

 

 

 その言葉にあかねは首を傾げる。

 ……そうだよね。東京に勝る点って、重箱の隅を楊枝でほじくるぐらいしないと見当たらないよね。

 

 

「あかね、ここは鹿児島なんですよ」

 

「ん? そうだけど……」

 

「この地に1,000年間居座り続ける名家があるんですよ」

 

「あー……」

 

 

 咸の言葉に、黒川さんはジト目で俺を見る。

 鎌倉時代から存在する俺ん家が、地元の放送局と何も接点がないはずもなく、そりゃもうズブズブの関係であるのは、黒川さん程の頭脳の持ち主なら、少し考えれば理解してもらえるだろう。下手すると鹿児島限定なら芸能界の大御所よりもつながりが深いかもしれん。地元の大御所と島津はズッ友だけどね。

 

 というか島津もプロダクション的なものを運営してるし。

 アイドル活動ってのに手を伸ばしたことがないだけで、それ以外の部門はいくつか立ち上げてはいる。何ならネット活動は未来が頭として一部担っている。

 ただ、先ほど言った通りアイドル活動に関してのノウハウというものが、島津には存在しない。ファンとしてなら上層部が知ってるぐらいの知識しかない。

 現状で言えばルビーの願いが叶わないわけだ。

 

 

「ここ最近に在野武将として登用した斉藤壱護さんがキーパーソンになります。弱小事務所から東京ドームでライブできるアイドルを輩出する手腕、これを捨ておく理由はありませんからね」

 

「それに、元人気アイドルのアイちゃんもいるからね。……あれ、環境的には恵まれてる?」

 

「ウチの傘下の事務所で壱護さんには頑張ってもらおうと思う。ぶっちゃけて言えば、ルビーがアイドルになれれば何でもいいし、苺プロダクション鹿児島支部としてスタートするって言っても、俺は反対しないぞ」

 

 

 そこら辺は彼らに任せるとしよう。

 俺たちは環境とコネと資金を援助するだけの存在だし。実質株主。

 

 

「んで、里親に関してだが……」

 

「えーっと……確か、斉藤ミヤコさんだっけ? アイちゃんが死んだあと、双子の面倒をずっと見てきた人だよね? いきなり十数年一緒にいた家族同然の存在が、遠くに引っ越すって考えると……悲しいよね」

 

「悲しむ暇がありゃいいんだけど」

 

「何その不穏な言葉」

 

 

 黒川さんが慄くが、それに言葉を返したのが彼女の彼氏だった。

 

 

「島津で雇用した斉藤元社長の最初のお仕事は、東京の苺プロダクションに戻って、業務提携の諸々を()()()()()()行っていただくことです。だいたい3か月ぐらい期間を与えました」

 

「それって」

 

「星野さんの仇討の為に奥さんに何も言わず失踪した男が、ド辺境でアイドル育てるから!と、恥ずかしながら戻るってことですね。奥さんの元に。そちらの問題も()()()()解決していただきましょう」

 

「………」

 

「最初は嫌がったんで、大金持たせて簀巻きにして輸送してます。現在進行形で」

 

 

 復讐で周囲に迷惑かけないよう失踪したとはいえ、奥さんに何も言わず行方をくらまし、プロダクション運営を丸投げした男である。なんか聞いた話によると、奥さんに会ってもないし連絡もとってないって言ってたので、それはアカンと着払いで東京に発送したのだ。

 双子の移住も衝撃的だろうけど、それに構っている余裕が社長夫人にあるのだろうか。壱護さんには軍資金も持たせたことだし、ルビーがアイドルするためにも頑張って頂こう。

 ……3か月で、奥さんの怒りが収まればいいな。

 

 とりあえずプロダクション内の実況を、東京に滞在している間はアクア経由で俺たちは聞けるので、吉報を待つことにしよう。

 いやー、良いことするって清々しいな!

 

 

「……アイも東京行ければよかったんだけどねぇ」

 

「立場的に難しいって聞いたけど」

 

「ちなみに、鹿児島から容易に出られなくなった理由の7割はアイ本人のせいだからな?」

 

「えっ」

 

 

 彼女的には予想外だったのか、俺と咸は揃って目を逸らした。

 いや、島津に関係あるからって、たかだか分家の養子程度は、徳川のクソ(あちら側)も要観察程度に留めるはずなんだよ。恋人同士って言っても、まだ籍入れたわけじゃないからな。本当なら、まだアイ単体なら東京に行けるのだ。

 

 

「……あの……その……ね? アイさ、事あるごとに自己紹介で『妻』って言うんよ」

 

「それがどうし──あ」

 

「……うん、大友にも、龍造寺にもね。あんだけ対外的に嫁発言してたらさ、もう『島津家の人間』としか見られないんですよ。分家の養子って言い訳を、アイツ自身が潰して回ったんすよ」

 

 

 だから恋人って訂正してたんだけどなぁ。

 遠い目をする俺に、黒川さんはかける言葉が見当たらなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「質問なんですが、遠くに引っ越す際に、友達には引っ越しをする場所()くらいは伝えますよね?」

 

「んぁ? まぁ、そうかもしれんな」

 

「……フフッ」

 

「気持ち悪い笑いすんなし」

 

「いえいえ、ただ楽しみなだけですよ。色々と」

 

 

 

 




カミキ「かな君、声優の仕事をとって来たぞ!」

かな「私役者なんだけど。で、何?」

カミキ「私との共演だな!」


『ポプテピピック season4 7話 Bパート』


かな「………」

かな「……私の代表作、『ピーマン体操』と『ラーメン体操』に加えて、コレになるの……?」




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069.静かな誕生日会

 ほのぼの回です。
 考えとしては第1章が夏休み入るまでなので、そろそろ終わりそうかなぁとは思います。次の章で他二人を墓場送りにしたいんですが、兼定は決まってんだけど、未来の相手候補が思い浮かばないんだよなぁ。候補がもう五反田さんかぴえヨンしか思い浮かばないんだけど。
 感想、評価頂けると幸いです。


 今日はアイの誕生日である。

 もちろん今世の誕生日であり、日付が変わった瞬間に多方面から祝福のメールやLINEの通知が、アイが所有する携帯を震わせる。さながら生誕を祝福する歌のようだった。

 その内容を見てアイが嬉しそうに微笑む姿は、現世の年相応の少女の様だった。

 俺も日付変わるタイミングで搾り取られてなきゃ、素直に祝福の言葉を送れたんだがな。アイの各方面への返信が遅れた理由の一つである。

 

 アイが元気にツヤツヤで。

 俺は連勤のサラリーマンのように。

 平日の真っ只中なので学校へ向かった。

 

 

『──で、今日のクラス会なんだけどさ!』

 

『18時に○○で食事会でしょ? 行く行く!』

 

『参加費って何円だっけ?』

 

 

 本来ならば一生徒の誕生日であるはずだが、その生徒が学年でも有名な美少女の誕生日なので、クラスで祝おうという話が画策された。既に店も予約済であり、クラスメイトの話題もそれで持ちきりだった。

 ちなみに2.3組合同でのクラス会である。

 おかしい、アイは3組のはずなのに。

 

 2組で準備企画等の話題で盛り上がっている光景をよそに、昼飯を食い終えた俺は、クラスメイトに囲まれるアイを遠めに見ていた。

 昼休みなので2組にお邪魔してきた兼定は、その様子を鼻で笑う。

 

 

「星野の旦那はクラス会参加すンの?」

 

「うんにゃ。俺は行かない」

 

「そン心は?」

 

「色々あんだよ、こっちも」

 

 

 ほぉ、とニヤニヤ笑いながら俺を見る伊集院家の暴力装置。何を想像したのかは知らんが、とりあえず一発殴らせてほしいと思った。

 

 

「まず仕事が忙しい」

 

「こんな時ぐらい恋人優先してやれよ」

 

「今日は出来ないからって、明日にやる当主殿主催のパーティー。それのセッティングの打ち合わせだよ。これ全部当主殿のポケットマネーでやるんだぜ? できれば相方としての意見を聞きたいって言われてるから、出ないわけにはいかん」

 

「もうちょい早めにやって、当日祝えるよう調整しなかったのかよ。あァ?」

 

「双子釣り野伏計画をやってなきゃ、もうちょい余裕をもってスケジュール組めたんだがな」

 

 

 双方納得のいくよう計画組んでいたが、ルビーのメンタル悪化で、急遽前倒しになったものが多く、それの関係でアイの誕生日パーティーの計画がギリギリどころか若干遅れた節がある。

 計画は余裕をもって遂行しようね。

 

 

「あとクラス会で他生徒がアイと絡めない」

 

「星野はテメェと一緒に居たいンじゃねェのか。傍に居てやれよ、旦那ァ」

 

「お前それで体育大会のクラス打ち上げで、他連中がアイが俺にべったりで話しかける余地すらなかったんだからな。男冥利に尽きるが、それだと友達ができないだろ」

 

「100人の友達より1人の親友だぜ?」

 

「クラス会の意味を考えろ」

 

 

 というか誕生日のクラス会に、俺抜きでアイを参加させるの、めっっっっっちゃ苦労したんだからな。第一声が「オーカが参加しないなら私も行かない」だ。お前の誕生日会だって言ってんだろうが。

 切り札の「行って来たら俺からのプレゼント渡すから!」で何とか渋々了承を貰った。本人曰く、二次会行かず速攻で帰るって言ってたけど。クラスのみんなは俺を崇め奉ってほしい。

 

 山田先生も参加するし黒川さんが一緒にいるから、よほどのことでもない限りは変なことは起きないだろう。変なことを起こそうものなら、黒川さんが鬼島津インストールするって言ってた。前にストーカーに遭ったときにそれやって、威圧でストーカーが泡吹いて失神した、黒川あかね(鬼島津のすがた)だ。

 ご隠居が思わず身構えるんだから、そりゃもう立派な武器よ。銃刀法違反にならなきゃいいけど。

 

 

「……まァ、クラス会から帰って来た星野を労わってやれよ」

 

「そりゃ無論。つか今週ってアイがパーティー三昧なんじゃ?」

 

「明日が当主主催で、明後日がテメェと星野両親の家族パーティー、明々後日がオレ達の食事会。で、土日にまた帰ってくる双子との誕生日会。うっわ」

 

 

 思わず兼定が唸るくらいのハードスケジュール。

 アイドル時代の誕生日がどのように祝われたのか知らんが、今世の誕生日もそれなりに忙しいんじゃなかろうか。いろんな人にお世話になると、その分しがらみも増える。それがいいことなのか、それとも面倒と思うのか。

 それは本人次第だろう。

 

 

 

   ♦♦♦

 

 

 

「づがれ゛だ……」

 

「お疲れさん」

 

「全然、料理食べられなかったよぉ。お腹すいたよぉ。おーか、何か作ってー」

 

「今の時間はガッツリ食べるのはダメだって、前に自分が言っただろうが。ったく、インスタントのスープパスタでいいか?」

 

「はーい」

 

 

 プラスチック容器を二人分取り出し、スーパーで特売だったスープパスタをブチ込み、お湯を入れてハイ完成。リビングでソファーに寝そべるアイの前に出す。詳しく聞いたところ、休む暇もなく会話を続けた結果、アイの胃袋が満たされなかったとか。

 彼女が軽い夜食を口にしている間に、俺は冷蔵庫から事前に作ってあった例のブツを取り出した。

 

 

「ほれ、これ食うか?」

 

「おぉ! シフォンケーキ! オーカの手作り!?」

 

「前の誕生日にも作ったっけ? そそ」

 

 

 ふわっふわのケーキに、生クリームとブルーベリージャムを少量乗せただけの簡素なケーキ。前の誕生日にも贈ったことはあるが、そのころはまだアイとの関係が良好ではなく、噓の仮面でありがとうと笑いながら食べてたような気がする。

 今のように、モグモグ心底嬉しそうに食べてはなかったはずだ。あれから、よくもまぁ恋人同士になったもんだ。人生は何があるのか分からないぜ。

 

 なんなら俺の席に置いてあったケーキすらも食した欲張りな女の子をジト目で見ながら、彼女との約束通り、俺は彼女の対面の席に座りながら、紙製の箱を彼女に差し出す。縦横がタブレットサイズの箱であり、奥行きはそこまでない。

 

 

「これってもしかして……」

 

「約束してた誕生日プレゼントだ。そういうのには疎くてな、撫子にも協力してもらって、作ってもらった。気に入るかどうかわからんが、まぁ、俺からの気持ちってことで」

 

「作る?」

 

 

 買ったわけではなく、作ってもらった。

 彼女は首を傾げながら、箱を丁寧に開いた。

 

 宝箱のようにパカッと開くタイプの箱で、中には髪留めが4つ同じものが入っていた。彼女はその一つを手に取って、ぼそりと呟いた。

 

 

「……綺麗」

 

「手先が器用なのは知ってたが、ここまでの完成度は凄まじいよなぁ。アイってアイドル時代に兎の髪留めをつけてたじゃん? 今はそういうの持ってなさそうだったから、今回用意させてもらった」

 

 

 本当は生前と同じ兎の髪飾りを探し、なかったんで撫子に発注したのだが、製作者から首を横に振られたのだ。恋人関係になって初めての誕生日なのだから、あなたらしいモノを渡しなさい、と。

 

 

『……小刀とか?』

 

『首切り落とされたいの? はぁ、この頭島津が。……ほら、さっさとあなたの好きな色を言いなさい。早く。今すぐ』

 

『黒と赤』

 

『赤ってどんな感じ。こんな明るめ? それとも暗め? 今LINEに送ったから、そこから選びなさい』

 

『あー……このワインレッドってやつ』

 

『そう。あ、あとあなたの家の家紋使うわよ』

 

『ネックレスも同じようなデザイン送ったんだけど、被るのっていいのか?』

 

『うっさいわね。あなた色に染め上げるの。分かった?』

 

 

 以上のようなやり取りの末、アイの手元にあるものが誕生したのだ。ブラックとワインレッドを基調としたシュシュみたいなデザインに、黒いリボンが結ばれている髪留め。そしてリボンには銀色の丸に十字のアクセサリー。

 アイドル時代につけてた髪留めの薩摩バージョンとも言うべきか。本当に手作りか?と疑いたくなるような、細部のバランスまで考慮され作られた作品だった。

 

 予備も含めて作ってくれたのは、本当に感謝しかない。

 アイは早速髪留めをつける。サイドテールって髪型だろうか。

 

 

「どう? 似合う?」

 

「最高。パーフェクト。俺好みの色しか考えてなかったから、正直、アイに合うのか分からんかった」

 

「……へぇ、オーカの色なんだぁ」

 

 

 彼女は狭い空間でくるっと回り、俺に見せつける。

 先ほどの疲れた表情とは一変して、送られたプレゼントを喜ぶ一人の女の子が、俺の瞳には写っていた。

 

 

 

 




【島津 桜華】
 主人公。誕生日は秋。事実上アイが年上になるが、家庭のアレコレは基本的にこいつが行っている。本作裏設定に『母親に恵まれなかった人間(先立たれた人間)は、家事ができないタイプになりやすい』があるので、アイもルビーも咸も未来も撫子も新カミキも家事は下手設定。アイは他と比べるとマシ。


【星野 アイ】
 ヒロイン。転生者。髪留めをめっちゃ気に入って、以降これを髪に結んで過ごすことが多くなる。






かな「……で、今度はバラエティーね。というか、このハッピって何?」

カミキ「かな君! メルト君! あれを見てみろ!」

かな・メルト「「ええええええええ!?」」


 そこで有馬と鳴嶋が目にしたものとは!?


カミキ「そうさ二人とも! 世界で一番盛り上がる祭りはスペイン・トマト祭だ!」


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070.告白の正しい断り方

 シリアス回です。
 今回あとがきのせいで投稿遅れました。めんご。
 あと『ドリフターズ』の7巻が2023/8/10に発売だそうです。『推しの子』二次で何を宣伝してるんでしょうか。
 感想、評価頂けると幸いです。


 俺の名前は島津桜華。

 ××高校普通科に通う、普通の1年生だ。

 

 そして──

 

 

 

 

 

「~♪」

 

 

 

 

 

 ──帰宅した瞬間に俺を速攻で押し倒し、両腕を後ろに回して手錠をはめ、俺をベッドに座らせて、歌いながら机の上にスッポンドリンクを十数本と避妊薬を用意しているのが、俺の最愛の彼女である星野アイ。進学意欲ZEROなのに、なぜか××高校普通科に通う1年生だ。

 瞳が黒く輝いていることから、怒りマックスなのが理解できるが、そうなった原因は不明だぜ。

 意味わかんないぜ。

 

 え? 薩摩兵子なら手錠なんて自力でなんとかできるだろうって?

 確かに俺の手首を拘束するコレは、無理やり引きちぎることも可能だし、何なら関節外せば簡単に自由を得られるだろう。

 ただ俺を拘束した理由が分からない以上、これを容易に外すとアイの行動パターンがランダムになるから、うかつに解くことができないんだぜ?

 

 俺は彼女が自室に引きこもった隙を見計らい、器用に拘束されながら携帯で助けを呼ぶ。

 とりあえず咸だな。隣の号室に半強制的に住んでるから、助けを求めやすい。何なら、黒川さんを調停者として、アイの暴走を止められるかもしれない。

 

 

『──もしもし』

 

「咸か? アイが現在進行形で暴走している。助けてくれ」

 

 

 怒りの原因が分からない以上、そうとしか説明できないのが歯痒い。

 俺の端的かつ情報不足なヘルプに対し、税所家の現当主はクククっと不気味に笑った。

 

 

『奇遇ですね』

 

「アイが怒ってる理由を知ってるのか? 正直、何で怒ってるのか全然分かんねぇんだよ。ちょっとした情報でもいいから教えてく」

 

 

 

 

 

『──私も助けてくださ『あ、桜華君。今代わったよ。ちょっとオイタしちゃった咸君にオシオキをしてるところだからさ。もしかして急用?』

 

「あ、大丈夫っす」

 

 

 

 

 

 てめぇもかよ。

 電話越しに伝わる黒川さんの口調と底知れぬ威圧感に気圧された俺は、即座に会話を切り上げて電話を切る。援軍のない籠城戦を行っているのは俺だけじゃないという仲間意識と、コイツ肝心な時に使えねぇなと盛大なブーメランを思い浮かべる。

 仮に俺が万全の状態だったとしても、今の黒川さん相手じゃ完全に分が悪いが。

 

 となると、あとは遺児である星野兄妹ぐらいか? 兼定のクソ野郎と未来のゴミムシは、この状況を知ろうものなら笑い転げて碌なアドバイスを寄越さないからな。他親族は論外。相談しようものなら『アイを怒らせた桜華が悪い』の満場一致になる。

 今までの経験上、アイと比較した際の俺の人権は存在しない。

 

 まだアイが自室に引きこもっているのを確認して、とりあえず一番話が通じそうなアクアに電話をかけてみる。ルビーの場合だと、状況によってはあちら側につきかねん。

 

 

『──桜華』

 

「すまん、アクア。アイが暴走し」

 

 

 

 

 

『助けてく『あ、パパ。私ルビーだよ。ごめん、今お兄ちゃん先生のスケコマシが、転校するからって他の女がお兄ちゃん先生に告白してさ、ちょっと浮かれ気味なんだぁ。再教育してるから取り込み中。あ、もしかしてママ関連で何かあった?』

 

「あ、大丈夫っす。あんまり騒ぎ過ぎるとアイが心配するから程々になー」

 

『はーい』

 

 

 

 

 

 てめぇもかよ。

 遠い東京の地で同じようなことになってることが判明して、遠い地でも俺は陰から応援してるからな!と謎のエールを送りつつ、やってること母娘で変わんねぇなと遺伝の強力さを学ぶ。

 孤軍奮闘するしかないことが確定した瞬間である。

 

 というかアクアは告白されたんか。そりゃあ、あのビジュアルでモテない方がおかしいわな。告白した側の女の子も、遠距離恋愛になること覚悟の上で、勇気振り絞って告白したはずだ。その点に関しては称賛に値する。

 妹に童貞をガチで狙われている点と、そのための外堀を母娘で埋め立て工事中であることを除けばの話だが。業が深すぎる。まともなのは俺だけか。

 

 ……ん? 告白?

 もしかしてアイが怒ってるのは、()()が原因か?

 

 アイが暴走状態である理由に思い当たった瞬間、アイの部屋の扉が開かれる。

 彼女が身にまとっていたのは、以前にアクアとルビーを中央駅で迎えた時に着ていた服だった。お気に入りの服だと言ってたことを思い出し、同時に未来から『死に装束』とクッソ不謹慎なことを言われてたのも思い出す。そういうとこやぞ、未来。んで、アイがそれ聞いて爆笑してた。

 

 

「どう? これお気に入りなんだぁ」

 

「めっちゃ似合う。最高。よっ、薩摩美人(おごじょ)

 

「ありがとう! じゃあ、始めようね」

 

「待て待て待て待て待て待て待て。とりあえず経緯を説明してくれ」

 

 

 流れるようにアイからベッドに押し倒されたので、手錠をガチャガチャ鳴らしながら、必死の交渉を試みる。この交渉に失敗すると、数か月後に××高校1学年から休学者を1人出すことになる。

 それだけは絶対に阻止しなきゃならん。俺は黒く染まった星を真正面から受け止める。

 

 

「……オーカ、今日告白されたよね?」

 

「──あぁ? ……あー、確かにされたわなぁ」

 

 

 アイがいない時を見計らって手紙を渡してきた女子生徒を思い出し、学校の屋上に呼び出されて告白されたことを思い出す。夏休みが始まるまであと少しなので、それを見計らって一世一代のプロポーズをしてきたのだろう。

 もちろん断った。

 むしろ女子生徒は何でイケると思ったのかが理解できなかった。

 

 アイはスマホの動画を再生する。

 

 

『──きです! 付き合って下さい!』

 

『……あー、えーと……うん、すまない。俺、もう恋人がいるからさ』

 

「……何で断るのに時間がかかったのかなぁ?」

 

 

 どうやら告白を一刀両断しなかったのが気に入らなかったらしい。アイが告白されるのを毎日見かけるが、脊髄反射で袈裟切りしているのは××高校の名物でもある。

 俺に同じような対応を期待していたらしい。

 

 

「どおして時間かかったのかな? もしかして『この娘の方がいいかも』とか一瞬でも思っちゃった? えー、でも私の方が絶対に可愛いよ? うーん、やっぱり胸? そこそこ大きいもんね。ナデコちゃん程じゃないけど。けどさぁ、大きければいいってもんじゃないと、私は思うんだけどなぁ。そこのところ、オーカはどう思う?」

 

「え? あ、いや──」

 

「私もそこそこはあると思うんだけど。あ、確か誰かが『好きな人におっぱいを揉んで貰うと大きくなる』って言ってたじゃん。それやろうよ! どう? 名案でしょ? オーカは大好きな彼女のおっぱい揉めるし、私はオーカにいっぱい触ってもらえる。しかも大きくなる可能性もある! いいことづくめだと思うんだけど!」

 

「アイ、ちょっと話を聞いて」

 

「──それとも、あの女の方がいいの?」

 

 

 ドロドロとした黒い星を輝かせて、俺を押し倒す力を強める彼女。恋人関係になったことで情緒不安定度合いが改善されたかと思っていたが、今回の告白の件で再発させてしまったようだ。

 

 俺は右手首関節を外しながら解こうとする。

 そして、告白してくれた女の子にはマジで失礼だと思われる最悪の言葉を口にする。

 

 

「あのとき言葉に詰まったのは、あの女の子を傷つけないように断る言葉を選んでただけなんだ。告白を受け入れるなんて考えちゃいない」

 

「で、でも!」

 

「俺はあの女の子の名前を知らない。名乗ってた気がするけど覚えてない。つか、胸大きかったん? 正直そこまで見てなかったから分からんかった」

 

「……嘘」

 

「俺は策は得意だが、嘘は苦手だ。それはアイが一番よく知ってるだろう?」

 

 

 一呼吸置き、俺は彼女に言い放つ。

 

 

「俺の恋人は星野アイだ。それは揺るがねぇぞ」

 

「………」

 

 

 少しの時間が過ぎ、ようやく瞳に通常の光を取り戻したアイは、俺の胸に顔を埋めた。ベストタイミングで手錠の拘束から解放された俺は、右の手首関節を戻して彼女を抱きしめた。

 

 

「あーあ、本当にごめんね? オーカがそんなことする人じゃないのは、私が一番よく知ってるはずなのにさ。なんか女の子に告白されてる姿見て、君の気を引かなきゃって焦ってさ」

 

「そっかそっか」

 

「嘘つきで馬鹿で嫉妬深いってさ、ホントに最悪な女だよね、私。こんな面倒な女でごめん。本当に、ごめんなさい。……嫌いにならないで、欲しいなぁ」

 

「そんなところが可愛いぜ」

 

 

 次回から告白されたら速攻で土下座して即断ろう。

 彼女を力いっぱい抱きしめながら、俺はそう心に刻むのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お詫びってわけじゃないけど、今日はオーカは動かなくていいよ。私が、君を気持ちよくさせるから」

 

「ヒエッ……」

 

 

 

 




かな「……あ、ウチの事務所所属の娘が炎上した」

メルト「でもウチの事務所の代表がさらに炎上した」

かな「存在そのものがバーターって何なの……?」



【神木プロダクション】
 杏子の葉みたいなロゴを掲げる芸能事務所。元々は一流の俳優・女優を抱える事務所だったが、最近は多種多様の分野に手を出しては、なぜか知らんけど大きく成果を上げている芸能界有数の事務所となった。役者部門のみだったが、最近は声優部門、タレント部門、モデル部門、ラーメン・スープ部門、ラーメン・麺部門、ラーメン・経営部門、ラーメン・宣伝部門など多種多様かつ、各部門の垣根は薄い(例・有馬かな)。
 恋愛OK。もし炎上しても、代表取締役のカミキがさらに炎上するし、何なら何もしなくても勝手に炎上するので、所属の人間から絶対的な信頼を得ている。
 なんか知らんけど各方面でプロダクションが不祥事で消えまくったことで、ここに転属する人が増えたとかなんとか。有名どころだと『鷲見 ゆき』や『寿 みなみ』『不知火 フリル』なんかも転属してる。さらに増える予定。魔境か?
 余談だが、ネット活動関連は、苺プロダクション所属が安定。他がバッタバッタ倒れてるのに、ここは不祥事が出てこないからね。やましいことなんてないんや。


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071.楽しいひと時の前準備

 ほのぼの回です。
 次で1章最終回です。
 あと今回から非ログインユーザーも感想OKになりました。なぜ今頃になって? 設定し忘れてました。今71話やぞ。評価は文字設定ありのままですが。
 感想、評価頂けると幸いです。


「──は? 大友ん連中が? 俺たちを?」

 

 

 照国町にある鹿児島中央公園の広場に(たむろ)する老若男女を、公園に設置されている長椅子に座って眺める俺と咸。今日は六月灯の初日であり、近くの道路が交通規制の対象になるくらいには、人がごった返している。まるで人がゴミのようだ。

 

 俺たちの目的は、相方の到着を待つことである。

 この日の為に普段のクソダサファッションではなく外出する時用の服を着た俺と、普段からキッチリ流行りでキメてきている咸。服に対するスタンスが対比として表れている。

 本当はクソ暑いので半袖半ズボンのラフな格好で推参しようとしたが、待ち人の浴衣の着付けをしている母親から『まともな服着てこい馬鹿息子』と、有難いお言葉を頂いたので、こうやって前にデートで着た服を引っ張り出したのだ。

 

 女性の準備にはかなり時間がかかるとの事で、こうやって男二人で雑談をしながら待っているのだが、その雑談の内容は無視できないものだった。

 ──曰く、大友家が俺とアイを嗅ぎまわっていると。

 

 

「正確には『大友』ではなく『立花』が、ですが」

 

「同じ意味やろがい。ってか何で今さら? 主導は誰?」

 

「今さらってほどでもないでしょう。例の三家同盟で表向きは協力体制を築いているのですから、調べるのが非常に楽ですよ。私にとってはボーナスタイムみたいなものですので。……まぁ、あちらも同じことを考えているとは思いますが。あ、主導は宗虎(むねとら)だそうで」

 

「……はぁ!? え、マジで何で!?」

 

 

 立花宗虎と言えば、あの牡蠣に殺されたことで有名な立花導春の従弟であり、俺は名前だけ聞いたことがあるだけで、実際に会ったことがない。だってオッサンいたし。

 導春が大友勢力圏の南側を守護する存在なのに対し、主に北側──毛利や龍造寺を抑える人間が、その宗虎さんなのだ。なので島津な俺は、直接的なかかわりが一切ない。なんなら導春の通夜葬儀にも参列しなかった人だった記憶があるので、本当に知らない。

 

 俺の所有する宗虎の情報は百聞のみ。普段はとても礼儀正しく社交的な御仁だが、彼の異名は『戦争屋』であり、その名に恥じない超絶好戦的なバーサーカーである。武人としても超一流で、しかも頭が非常に回るので、毛利が九州の地を踏んだことは一度もないと聞いたことがある。あの謀略の神と呼ばれた一族が、だ。

 適当に説明するなら、戦争大好きなぎっちょんである。

 

 そのぎっちょんが俺とアイを探っているとの事。

 なして?

 

 

「え、えぇ……そもそもの話、あの人は北九州が生息地だろ? 何で南下してるわけ?」

 

「私に聞かないでください。しかも、時折鹿児島に来てるそうですよ」

 

「出てくる話全て親父殿並みの超危険人物じゃん……アイが狙われるような理由ないじゃん……俺も何も悪いことしてないじゃん……宗虎さんの弟子殺ったけど」

 

「仇討ちなんて考える御仁ではないですもんね……」

 

 

 俺の貧相な脳みそでは、わざわざ九州の反対側まで来て俺とアイを調べる理由がわからん。嫌がらせか? まさか俺を襲撃からの、瀕死の重傷からの、アイ発狂からの、エメラルド爆☆誕の、考える限り最悪の嫌がらせをする気か?

 頭いい人だからそれくらいしそうと勝手に決めつける俺。

 あぁ、最近やっと収まりつつある胃痛が。

 

 

「ちなみに大友さん家の当主さんが『知らん何それ……怖』と言ってたので、すぐに山口まで戻るでしょう。隣接勢力が停戦状態の平和ボケした島津よりも、自身の欲を満たせる戦地を優先する方ですから」

 

「何が平和ボケだよ。戦求めて海超えて長宗我部(四国)にちょっかい出してるの知ってるからな?」

 

 

 今の長宗我部さん家は悲惨だ。

 頭バーサーカーな島津と、香川県の『香川県ネット・ゲーム依存症対策条例』と戦っているのだから。つまり四国の勢力図は島津VS長宗我部VS香川の三つ巴である。

 余談だが、長宗我部当主がオンラインゲームのボス戦で、戦闘時間が1時間超えて強制終了されたことに発狂し、開戦を決意したとかなんとか。1時間粘ってのソロ討伐強制失敗は辛いもんね。

 

 

「考えることが多すぎるわ。あ、話の腰を折るけど、食われたん?」

 

「唇だけで勘弁してくれました」

 

「覚えとけよ包囲網初心者。そうやって少しずつ侵食していって、気が付いた時には朝チュンが連中の十八番だ。唇だけってのは、破滅の序曲と心得よ」

 

 

 軽いキスだけで済んだってアクアも言ってたし、俺は父親として再三注意した。ルビー曰く「挨拶だから! 外国では家族のスキンシップだから!」って言われたとのことで、アクアが「じゃあ桜華にもするのか?」と言って黙らせたと。アクア強い。でも、後で実力行使でキスされたので意味はない。

 え、俺がルビーとキス? んなことした日には、アイからディープキスの上書き保存されて、ついでに新規でエメラルドフォルダが作成されるわ。

 

 

「──おっまたせー」

 

 

 そんな馬鹿話で盛り上がっていると、ようやく今回の待ち人が来たらしい。

 よっこいせとジジ臭い台詞を吐きながら立ち上がり、俺は彼女の方を見  

 

 

「「───」」

 

 

 そこには二柱の女神が居た。

 あと後方腕組み親父殿。

 

 

「ど、どう? 似合うかな?」

 

「こ、こんな綺麗な着付けまでしてもらって……ほ、本当にいいのかな……?」

 

 

 淡いピンク色の浴衣を俺に見せつけるアイと、自身の着る藍色の浴衣を確認しながらも咸の方をチラチラ見る黒川さん。たしか昔にばあちゃんが仕立てたやつだった気がする。相当前のものだが、古臭さは全然なく、着用している人物も一流なので、何もしなくても周囲の目を惹き付けてしまう美しさだった。

 言葉が出ない美しさ、と言うべきか。

 

 

「……オーカ?」

 

「古池や 俺が飛び込む 水の音 松尾芭蕉」

 

「ねぇ、感想は!? 黙って噴水に飛び込もうとしないで!?」

 

 

 とりあえず頭を冷やそうと中央公園の噴水に向かおうとする俺と、服の裾を掴んで止めようとする一番星の女神。長い髪をポニテにしており、チラッと見えるうなじがグッド。最高。オカン万歳。

 

 

「……すみません、見惚れておりました」

 

「桜華君のお母さんが、これが絶対似合うって貰っちゃったんだけど。えっと、本当にいいのかな? これお高いやつとかじゃないよね?」

 

「構わん」

 

 

 咸が素直に称賛し、黒川さんの戸惑いの声に、後方でナンパ目当ての有象無象を視線で黙らせていた親父殿が、短く答えた。母親が譲渡するって言ってんだし、親父殿からもOK言ってんだから大丈夫だろう。鬼島津に何度も頭を下げる黒川さんを眺めながら俺は思う。

 

 その間、咸がスッと耳打ちしてくる。

 

 

「……本当によろしいので?」

 

「あと何十着あるから大丈夫やろ。美人に着てもらった方が、浴衣も本望だろう?」

 

「ありがとうございます。……え、でも、あれ奄美(本場)の方の大島(つむぎ)ですよね?」

 

 

 普通に買えば軽く六桁するんじゃないんかね。

 浴衣とか詳しくないから知らんけど。

 

 

「ねーねー、私の浴衣の感想は? 彼氏君の言葉が聞こえないよ?」

 

「……あー、っと、凄い似合ってる。綺麗だ」

 

 

 どうあがいても陳腐な言葉しか出て来ず、自分の語彙の少なさを恨めしく思うが、俺の感想に満足したのか、綺麗に着飾った最愛の人は満面の笑みで俺の腕に抱き着く。

 初々しい方のカップルは手を握るのみ──と見せかけて、黒川さんが大胆にもアイと同じように咸の腕を抱きしめる。双方とも赤くなり、それでも嫌がる様子は一切なく、そのまま祭を楽しむために歩き始めた。

 

 俺も可能な限り恋人をエスコートしながら、屋台立ち並ぶ祭り会場へと向かうのだった。

 後方腕組み鬼島津も、セコムとして同伴するのだった。

 

 

 

 




かな「アクア、鹿児島に行っちゃうんだ……」

かな「………」

かな「簡単に、会えなくなるじゃん」

かな「……グスン」

カミキ「|д゚)チラッ」





カミキ「かな君と息子を気軽に合わせてやりたいが、鹿児島とは難儀な」

カミキ「さて、私はどう動くべきか……」





カミキ「──というわけで、島津少年とアイ君の動向を監視してほしい」

カミキ「もちろん手は絶対に出すな。これは厳命だ」

カミキ「頼んだぞ、宗虎」


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072.来年も君と一緒に

 これだけは言います。寒暖差にだけはお気を付けください。
 これにて1章終幕です。次回から男共を墓場に送り込む夏休みが始まります。
 感想、評価頂けると幸いです。


 六月灯とは、鹿児島県の祭りである。

 正確には旧薩摩藩領で旧暦の6月(現在の7月)に行われ、和紙に絵や文字の書いた灯篭を飾り、歌や踊りが奉納される祭りだ。この祭りは鹿児島県の神社や寺で行われるが、今の天文館にある照国神社では、学校や企業などの各団体から寄せられた灯篭を飾り、それを見るのがメインになっている。

 え、由来? 江戸時代に島津19代当主が寺再建した時に沿道に灯篭をつけさせ、それ以降檀家が真似して灯篭を寄付したのが始まりだとか。

 

 ぶっちゃけると神社近辺や天文館通りに設置された、小中高生や企業の灯篭を眺めながら、縁日を楽しむ祭りなのだ。何なら、各校の美術部だったり、県内唯一の美術科を有する高校からの作品もあり、完成度はそれなりに高い。

 俺は絵はクッソ苦手なので、総じて上手く見える。

 

 

「今年も豊作だなぁ」

 

「なんかアニメ作品多いね」

 

「そりゃ美術部なんて蓋開けりゃオタクの巣窟よ」

 

 

 灯篭にはそこまでテーマなどはないので、芸術作品からアニメ画の模写、ゲルニカのオマージュが淡く輝く。あ、ポプテピピック(クソアニメ)の灯篭もある。season4の7話のBパートのピピ美が印象的だった。その声優さんは元々役者さんだったらしい。

 近くの屋台でカキ氷を購入した俺とアイは、歩きながら灯篭の感想を語りあったり、他愛もない会話で花を咲かせる。

 

 

「つかカキ氷だけで良かったのか? 欲しいもんあれば買うぞ」

 

「……その、ね?」

 

「どうした?」

 

「なんか、どうしてもお値段見て躊躇しちゃうよ」

 

 

 なんか母親の部分のアイが出てきてしまったらしい。

 双子に会うことを意識し出したときから、時々だが二児の母親の顔を見せるようになった元アイドルの彼女。俺とアイの同棲生活において、財布を握っているのはアイであり、俺の稼ぎは大半をアイに渡している。そう考えると、経理担当(アイ)的には財布の中身を意識してしまうのだろう。

 確かに縁日の屋台は高いよな。慈善事業じゃないんだから仕方ないけどさ。

 

 でも、こういうときってパーッと楽しむもんじゃないだろうか?

 節制するのは大切だとは思うが、俺の稼ぎと仕送りの金額、日々の出費を比較すると、そこそこ貯金はあるはずだ。彼女は何を想定しているんだろう。

 

 

「貯金があれば安心できるでしょ? ほら、アクアとルビーが小さい頃は、貯金があればーって、毎日思ってたからね。ここまで余裕のある生活って、前世込みで初めてだから、この余裕を崩したくないんだ。それに……」

 

「それに?」

 

「目指せ、3000万、でしょ?」

 

 

 ……彼女は何を想定しているんだろう。(半泣き)

 貯金するのが怖くなってきたんだが。

 

 

「来年はアクアとルビーも連れて……あ、それなら全員浴衣着て、お祭りに行くってのはどう? ん? 来年じゃなくても、8月後半のお祭りなら、家族4人で参加できるんじゃない!? 楽しみだね!」

 

「……来年、か」

 

「どうしたの?」

 

 

 来年、という言葉を小さく反芻させたところ、アイが不思議そうに首を傾げた。

 聞かれてしまったかと項垂れつつ、彼女への嘘は苦手なので、心の中で思ったことを正直に述べてみた。

 

 

「アイと会うまではさ、馬鹿共と色んな祭りに参加してたんよ」

 

「小さい頃のオーカと一緒とか羨ましいなぁ」

 

「やっぱりガキにとって、祭りの感動が眩しくてさ、毎回思うわけよ。──俺は、この光景をあと何回見れるんかなって。これが最後の祭りなのかなって」

 

「………」

 

 

 生と死が同居した価値観で生まれたせいか、半成人を超えたあたりから、自分の最期というものを想定して生きてきた。よく言えば毎日毎日を大切に生き、悪く言えば戦国時代から何も変わっていない死生観。なにをどうしても、常に死神の鎌を意識してしまうのだ。

 特に、最近は毎日が物凄く楽しく、満ち足りている。

 だからこそ、常に一歩引いた自分が、後いつまで続くのか?と卑屈に笑うのだ。

 

 来年なんて来るとは限らない。

 小さい頃からの癖で、そう思ってしまうのだ。

 楽しい時間にそのようなことを考えるなんざ、俺は本当に空気が読めないなと馬鹿にしたくなる。着飾った彼女の前で言うことじゃねぇぞ頭島津か、と。

 

 

「……オーカ、こっち見て」

 

「え? あ、あぁ……」

 

 

 ビンタの一つくらい飛んでくるのかな?と身構えた俺だったが、抱き着いていた腕を離して俺を真正面から見つめる愛しの彼女は、流れるようにスッと距離を詰めて──

 

 

「──んっ……」

 

 

 彼女の柔らかい唇を、俺の唇に当てたのだった。

 キス前に自分の唇を舐めたのだろう。俺の唇が若干湿る。

 

 彼女の行動の意図が分からず目を白黒させていると、彼女は俺を魅了する笑みを浮かべて、ピースサインをする。しゃらりと、赤黒の髪飾りが揺れる。

 

 

「──これで君がこれから暗いことを考えても、次からは超絶美少女の私のキスを一緒に思い浮かべるんだからね? はい、つまりは私のこと考えるってわけ」

 

「そう、だな……」

 

「何かの本で言ってたよ。確か……『綺麗なあの娘のことだけを考えろ。生きてあの娘の笑顔を見たいと願え。そうすりゃ嫉み深い神さまには嫌われても、気のいい悪魔が守ってくれる』って。これでオーカは超絶美少女の元アイドルの加護と、悪魔の守りをゲットだね!」

 

「………」

 

「……来年も、みんなで見れるよ。来年だけじゃない、十年後も二十年後も、ずっと、ずーっと、一緒だから。しわくちゃのおじいちゃんおばあちゃんになっても、一緒に見れるから」

 

「………」

 

 

 ははっ、やっぱり、やっぱりだ。俺は彼女には勝てない。

 そりゃそうだわな。相手は一番星の生まれ変わりの、生まれ変わりだぞ? 彼女が言っているのだから、俺は来年も再来年も、床に臥すまで、俺は笑いながら彼女に振り回されるのだろう。

 

 彼女は俺に手を差し伸べる。

 まだまだ、祭りは終わってないよ?と。

 

 

「……だな。んじゃ、行こっか」

 

 

 俺は彼女の手を取った。

 来年はここにアクアとルビーが加わるのか。俺とアイの子供は、何回目の六月灯で一緒に参加できるのだろうか。大所帯で参加するのもありだな、何回目で計画しようか。

 本当に、楽しいなぁ。先のことを考えるってのは。

 

 

 

 

 

 

 

 

「──アイちゃーん、4人で写真撮ろう?」

 

「いいね! えっと、自撮り機能は……っと。みっちゃん、合図よろしく!」

 

「いいですよ。──はい、チーズ」

 

 

 ピピッ、カシャッ。

 

 

「はいチーズって、咸君はおじさんみたいだね」

 

「「「………」」」

 

(あ、アイさん。今どきの若者は『はい、チーズ』って言わないんですか!?)

 

(わかんないよぉ! 私も撮るとき言うもん!)

 

(逆にシャッター切るとき何言えばいいんだよ!? 種類か? 種類の問題なのか!? 『はい、モッツアレラ』とか言えばいいんか!?)

 

 

 都会の若者の何気ない一言に、大混乱する薩摩の民だった。

 

 

 

   ♦♦♦

 

 

 

 

『──えぇ、宗虎さんから事情は伺いました』

 

『……確かに、私とあなたの利害は一致している』

 

『私も同感ですわ。悠長なことを言っていられないのはお互い様でしょう? このまま時間が解決してくれるものではないでしょうし』

 

『これでもアイさんとは、そこそこの付き合いですからね』

 

『……はい、分かりましたわ』

 

『それは承知しています、が。もしアイさんに危害を加えようものなら、理解してまして? ……それは安心しましたわ』

 

『はい、それではまた』

 

『夜道にはお気を付けて下さいね』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

()()()()()()さん?』

 

 

 

 




カミキ「かな君、ドラマの仕事を持ってきたぞ!」

かな「……そうね、いつまでも落ち込んでちゃいけないわね」

かな「アクアに思い知らせてやらなくちゃ。共演した子役が、どれほど偉大な役者だったかを! 大成して、アイツの前で自慢してやるんだから!」

カミキ「その意気だ、かな君!」

かな「で、何のドラマなの?」

カミキ「漫画が原作のドラマだ!」


   『銀 魂』



かな「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」

メルト「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」

大輝「………(白目)」

朔夜「嘘だろオイ……」

フリル「あら、面白そうな作品ね」(台本ペラペラ)

みなみ(良かった……その時期に牡蠣養殖部門の仕事あって、本当に良かったわぁ……!)

ゆき(……あかねが居たら、これに出てたのかなぁ)


謎の少女「だずげで……だずげで……」(子役強制参加確定)

カラス「カァ」




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2章 夏の陣編
073.五者面談とは何ぞや


 夏休み入る前の話。
 ××高校のモデルとなった高校の行事予定表見ましたが、なんか露骨に夏休みの日数が少なくなっているような。気のせいか?
 感想、評価頂けると幸いです。





 前々回の話を読み返したんですが。
 これ一歩間違えたら、カミキにINするのが導春じゃなくて宗虎の可能性もあったんですよね。アリー・アル・サーシェスみたいなカミキが生まれる可能性もあったんですね。クレイジーサイコパスに、戦いを生み出す権化とか怖っ。


 自称進学校な××高校に終業式など存在しない。

 終業式など面倒なことをするくらいなら、ギリギリまで授業をするのが真の自称進学校の在り方だと、俺は7月の行事予定表を見て思った。

 

 夏休みだとアイは満面の笑みを浮かべた。

 毎日夏季講習あるねと言うと、星の瞳を黒く濁らせた。

 

 

「おっかしいなぁ。これ8月の行事予定表も出てるんだが……何度見ても、夏休みが7月中旬から8月中旬までしかないんだが」

 

「え!? 夏休みって8月末まであるのが普通じゃないの!?」

 

「義務教育と一緒にすんなってことだろ。それか自称進学校故のクソ仕様の可能性もある」

 

「休み1ヶ月しかなくて、夏季講習もあるのに、あの量の夏課題なの……?」

 

 

 高校1年の時点でそこそこの夏課題をPONと渡された俺たち。いつもの馬鹿連中+女性陣で臨時の夏課題協力体制を築くくらいには、洒落にならない量を出された。さすがに夏課題を放置するのは名家の沽券にもかかわるし、内申にも響くので、出されたものは一緒に頑張ろうという話になった。

 内申を気にしなくていいのはアイと黒川さんぐらいだからな。……え、黒川さん? 何で気にしないんですか?(震え)

 

 余談だが、2学年の撫子には夏季講習にプラスして、特別ゼミという2学年限定の講習会がある。つまり夏休みの日数が更に減る。

 3学年になると夏季講習期間が増え、夏休みの日数が5日間のみになる。

 

 その話を聞いたアイは「……3年生になったら赤ちゃん産む。絶対に、産む」と意気込んでいらっしゃった。休学で夏季講習回避しようとすんなや。

 将来の子供に『どうして学生なのにお母さんは私を産んだの?』って聞かれたときに、『お母さんが夏季講習に行くのを嫌がったからだよ?』とか絶対言いたくないからな。

 

 閑話休題。

 さて、そんな授業最終日だが、もう一つのイベントも並行して進む。

 

 

「──で、母上が来たと」

 

「嫌そうな顔するな殺すぞ」

 

 

 三者面談である。

 自称進学校は三者面談が大好き。

 

 ウチの家ではオカンが推参することになった。まぁ、親父殿が来たら討ち入りと勘違いされる可能性があるので、妥当な人選だと言えよう。

 とは言っても学校に親が来て喜ぶ高校生なんぞ希少種だぞ。苦虫を嚙み潰したような表情をした俺に、母親のストレートな罵倒が俺に突き刺さる。このような返しは日常茶飯事なので、何とも思わないが。

 

 

「えっと、来てくれてありがとう。お義母さん」

 

「ほおおおらああああ、見てみなさい馬鹿息子。あー、もう最高。アイちゃんの為にクソ長い道を運転して学校来た甲斐があったわぁ」

 

 

 俺の彼女は希少種に分類される。

 ちなみにアイの母親代わりとしても参加する予定。抜けてるとこさえ彼女のエリアだが、三者面談の案内を親に渡すことが抜けていた場合、大隅半島在住の親御さんは来れないことを理解してほしい。アイが熱出した時と同じ理由で、代打を母親に選んだのだ。

 俺たち3人は旧校舎の空き教室に向かう。

 

 校舎内を一通り見渡した母親はアイに問う。

 

 

「……アイちゃん」

 

「ん?」

 

「学校でヤったの?」

 

「神聖な学び舎ん中で何てこと聞いてんだよ」

 

 

 普通は止める側だろうが。

 しかし、学生時代にしかできないことだからと、俺とアイの性活に興味津々なドスケベババァ。まだ学校ではやってないからね? 何度か誘われたことあるけど、見られたらマジで洒落にならないからね?

 

 アイの告げ口に「お前ちゃんとついてんのかオラ」と理不尽な説教を受けながら、1()()3()()の三者面談の行われる空き教室にたどり着いた。

 3組のアイの授業は2組で行われるし、2組の俺の三者面談は3組の先生が行うし、自称進学校は矛盾の塊である。俺の彼女より矛盾してるよ。

 

 空き教室の前には黒川さんが立っていた。

 彼女が俺たちを視認すると、母上に向けて頭を下げる。

 

 

「あ、馬鹿息子に言ってなかったけど、あかねちゃんの三者面談の親代理も私よ」

 

「アンタは3回も三者面談するのか……?」

 

「面倒だから1回で終わらせてもらうことにしたわ。五者面談ってことね」

 

 

 まぁ、理由は彼女の両親が東京にいるのが原因なんだけどね。アイの報告忘れよりは、真っ当な理由だと思われる。

 教室に入ると、胃薬をラッパ飲みしていた山田先生が、俺たちの様子に気づいて水を一気飲みし、何食わぬ顔で俺たちを迎え入れた。俺は人生初の五者面談であり、恐らく山田先生もそうであろう。母親シェアなど聞いたことがないぞ。

 

 アイ、俺、母親、黒川さんの順に座り、対面に山田先生が座る。

 こうして三者面談×3が開催されるのだった。

 

 

「最初に島津君の1学期の成績がこちらであり、進路希望がコチラになってます。このまま順当に進めば、よほどのイレギュラーがない限りは志望校合格も圏内です」

 

「そうですね。コレはこのままで。後は適当にバーッと。先生、次をお願いします」

 

 

 俺の面談は双方の会話込みで1分で終わった。

 母上の顔に、馬鹿息子はどうでもいいから他二人の進路について話し合おうぜ!と書いていたのか、山田教諭もアイの話題に変える。

 

 

「星野さんの成績表と、進路希望……は島津君と一緒ですね。前より学力は上がっているように見えますが、それでも鹿児島大学狙いだとするのなら、厳しめに申し上げて、足りないと言わざるを得ません」

 

「そう、ですねぇ。鹿大が目標って考えると五教科の低さが目立ちますね。……アイちゃん、ここから頑張れそう?」

 

「でも、進学とかは全然……」

 

「それでも、よ。学力なんてお金と同じ。あって困ることはないけど、なくて困ることは多いのよ。ウチに嫁入りするのなら、せめて……ここぐらいは上げてほしいなぁって、お義母さん思うなぁ」

 

「うぅ……頑張り、ます」

 

「いざとなったら馬鹿息子を頼りなさい。そこそこの学力はあるはずだから──ないと殺すけど、付きっ切りでべっとりぬっちょり見てもらうといいわ」

 

「うんっ」

 

 

 他にも各教科の評価基準に関する質問だったり、山田先生の担当科目視点での改善案を求めたり、学校での様子など、大いに盛り上がった。俺の三者面談の十数倍は時間を費やしたのだった。

 実の息子の扱いがぞんざい過ぎる。気持ちは分からなくもないけど。

 

 

「それで、黒川さんの成績表と進路希望……は白紙ですね。……黒川は、今のところ決まっている志望大学はあるのか?」

 

「……えーっと、5組の税所君と、同じ志望校です」

 

 

 県内進学組、か。と山田先生は嘆息した。

 自称進学校としてはレベルの高い大学への進学率を上げたい気持ちが強く、特に黒川さんのように優秀な生徒には、学校側は県外等も推している。鹿児島の学校って偏差値低し。低いし。

 そして咸の進学先は、県内でも『Fラン大学(低レベルな大学)』と呼ばれる私立大学一択のみであり、そこそこ頭はいいのに、学校の進学実績作りに全然協力しないスタンスだ。それを山田先生は憂いているのだろう。

 

 

「……偏差値78で、惜しいな」

 

「「「な、78!?」」」

 

 

 黒川さん、そんなに頭いいの!?

 というか78とか何? バグ!? アイとか怯えるような瞳で彼女を見てるんだが。そりゃ、成績が雲泥の差なんだから、慄きたくもなる。俺なんか在学可能ぎりぎりの年数でも、78とか取れる気がしない。

 これには母親も絶句。

 

 

「……それなら、黒川さんよりも税所君の進学先を変更した方が早いかもしれません」

 

「5組担任と協議してみます」

 

 

 下手するとアイが初期に出した進路希望の二の舞になるかも……と、母親がそれとなく山田先生に伝えたところ、腹部を抑えながら攻略視点を変えることを決意された様子。

 成績に関しても母親から言うことはなく、俺とは別の理由で三者面談は幕を早々に閉じるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「島津、それはそれとして聞きたいことがあるんだが?」

 

「何でしょうか、先生」

 

「新学期から3組に星野の親戚が編入するらしいが、どういう生徒なのか知っているか?」

 

「えーっと、双子でして。兄の方は黒川さん並みの学力は持ってる秀才でして」

 

「それは楽しみだな」

 

「妹の方は、思考回路の方向性がアイ並みかそれ以上です」

 

 

 夏季講習の間、山田先生は顔を見せなかった。

 

 

 

 




大輝「普段は我慢弱くて気持ち悪い、はた迷惑な中年だけど……」

カミキ「………」(白星開眼、武人役演技中)

大輝「(これだ、この引き寄せられるような目。いや、目も凄いが、刃物持たせた役の演技は、圧巻過ぎるだろ……? まるで、本物の武者と相対してるような威圧感、殺気、再現力だ)」

カミキ「……ふむ、メルト君、ここはもっと……こうして……こう! やってみるといい。……そうだ、さすが私が見込んだ男だ」

メルト「あ、ありがとうございます!」

大輝「(有馬かなの言ってた通りだ。強制的に他役者の完成度も上がっていく感覚、これ以上の教材は存在しない、か。黙ってれば、一流。なるほど、人がついてくるのも分かる)」


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074.秘密主義と暴露欲求

 ちょっと真面目な回です。
 アクアの愛人である五反田サァンの視点です。
 脳を破壊します。
 感想、評価頂けると幸いです。




『俺にとって演じる事は復讐だ』
(『推しの子』アクアより抜粋)

『私にとって演じる事で復讐だ』
(『薩摩の子』謎の少女より捏造)


 俺はアクアから渡されたDVDを眺める。

 飾り気のない白色のディスクに、黒いペンで『五反田カントクへ!』と書かれた、どんなものが記録されたのか不明なDVDだ。

 

 これをアクアが俺に渡してきたのが昨日の事。

 衝撃的な言葉と共に、この質素な外見のDVDを俺に手渡したのだ。

 

 

『──はぁ!? 引っ越す!?』

 

『あぁ、ルビーと鹿児島に引っ越すことになった』

 

『か、鹿児島って相当南の方だろ? なんつー辺境に』

 

 

 確かにな、と早熟は小さく笑った。

 コイツの母親であるアイが死んでから、約12年。それまで人前で笑うことがなく、いつも無表情ながらもどこか苦痛に満ちた雰囲気を醸し出していたが、今のコイツは憑き物が剥がれ落ちたような穏やかな笑みを浮かべていた。

 それこそ、アイが生きていたころのような、小さいながらも自然と出た笑みを。

 

 

『……なんかあったのか? 前は、こう、何と言うか、いっつも余裕がなさそうな感じだったが』

 

『……全部は終わってないが、長年の悩みから幾分か解放されたから、かもしれない』

 

『そうか』

 

 

 どこか言いにくそうな表情をしているが、どう説明すればいいのか分からないと言いたげな様子だった。それでも、長年の付き合いがあった身としては、自分を追い込むかのような自虐的な面に、毎度心配ではあったから、これは喜ばしいことなのだろうと納得させる。

 ……母親のことで何かあったのか? 例の渡したDVDで思う所があったのだろうか?

 

 しかし、どうして鹿児島なのか。

 聞いてみたところ、言葉を探すために視線をさ迷わせる早熟。

 

 

『あー……ルビーがちょっと、な』

 

『なんか妹の様子がおかしいとか言ってたもんな、お前。アイドル目指すとか言ってたが、まぁ、最近は有名どころの事務所が相次いで倒れてるもんな。その影響か?』

 

『かなり無理して、精神的に限界だったらしい。だから仕切り直しも含めて、東京(芸能界の中心地)から離れようと思う』

 

 

 芸能界に入ろうとして、その夢と現実の差に打ちのめされる連中はそこそこいる。コイツの妹も、その一人だったということだろう。

 加えて、自分の出生地は宮崎だと口にした。

 コイツが九州生まれとは初めて知った。

 

 

『……じゃあ、普通は宮崎に戻るもんじゃねーの?』

 

『……宮崎に九州新幹線は通ってない』

 

『マジかよ』

 

 

 調べてみたら本当にそうだった。

 それなら新幹線で福岡から乗り継ぎなく辺境まで行ける鹿児島でいいや……という話になったらしい。どうも他の理由もありそうだが、この早熟はそれ以上のことは語らなかった。

 

 引っ越しをする時期も急だった。

 あと2週間そこらで九州に行くらしい。

 

 

『となると、ここに来るのは最後になるのか』

 

『だな』

 

『お前に頼みたい仕事がいくつかあったが、まぁ、あっちでも頑張れや』

 

 

 冗談交じりに言ってみたところ、アクアは少し考えるそぶりを見せ、仕事の部分に関して言及する。仕事に関しては真面目な奴ではあったから、スマホを弄りながら俺の言葉を一部訂正した。

 

 

『……いや、機材さえあればデータの加工や受け渡しは可能だし、仕事自体は鹿児島に行ったとしてもできるぞ。今度行く高校、バイト禁止だから、むしろ小遣い稼ぎのためにも仕事を振ってくれるのは助かる』

 

『その機材はどう用意する』

 

『それを確認中……っと、大丈夫そうだ。またあっち行ってから話す』

 

 

 そして帰り際に、アクアは冒頭のDVDを取り出して俺に渡してきた。話を聞くと、アイが俺宛にアクアへ渡していたDVDだと語る。それを聞いたとき、俺は内心物凄く驚いた。

 双子だけではなく、俺にも用意していたのか。

 なぜ今になって?とアクアに聞いてみたが、露骨に目を逸らされた。……せっかく早熟が前向きになったのだから、おそらくトラウマを抱えているのであろう母親の話題に関しては、俺は以降触れることはなかった。

 

 そして今に至る。

 俺はDVDを再生した。

 

 どこかの部屋だろうか。生活感溢れる部屋に、周囲の家具を隅に移動させて、中央のソファーに座るアイが写っていた。真正面を向いていることから、彼女の向かいにカメラが設置されていることは容易に理解できた。

 ……しかし、どうにも違和感がある。アイってこんな幼かったか? どうも学生のような年齢に見えるが、俺の記憶も十年以上前なので、こんなもんかと納得させる。

 

 

『──みっちゃん、これちゃんと撮れてる?』

 

 

 みっちゃんって誰だ?

 

 

『じゃあ、タネサダ君、ミュージックスタート!』

 

 

 タネサダ君って誰だ?

 そして唐突に流れる『フリージア』。選曲がおかしい。

 

 

『カントク、久しぶりー。アイでーす』

 

『いつもアクアがお世話になってまーす。あれ、もしかしてルビーもかな? でも小さい時のアクアってカントクに懐いてたし、やっぱりアクアが一番お世話になってるのかなぁ?』

 

『このDVDがカントクに届くころには、もう私は死んでるかもしれないね。ごめんね、唐突に居なくなっちゃって』

 

 

 その言葉に俺は何度目かの驚きを覚える。

 アイは……自分が死ぬことを知っていたのか?

 

 

『私はカントクに頭が上がらないかな。私の息子を、私が死んだ後も面倒見てくれてさ。本当にありがとうございましたっ』

 

『アクアは突然引っ越すって言ったんじゃないかな? まぁ、私のせいでもあるんだろうけどね』

 

『でも──アクアはもう大丈夫だよ』

 

『ものすごく、辛い思いをさせちゃったかもしれないけど、アクアはもう、大丈夫だから。私の息子は、前を向いて歩くことができるはずだから』

 

 

 画面のアイは優しく微笑む。

 それはアイドルとしての魅了する笑みではなく、役者としての輝かしい笑みでもなく、あくまでも母親としての微笑みを湛えながら。

 やっぱり双子の母親だったか、と思うのと同時に、なぜか涙腺が酷く刺激された。

 

 

『カントク、本当にありがとう』

 

『二人は遠くに行っちゃうかもしれないけど』

 

『私はもう会うことも難しくなっちゃったかもしれないけど』

 

『それでも──アクアのこと、ルビーのこと、これからも支えてくれると嬉しいな』

 

『というわけで、アイでしたー。またねー』

 

 

 そこまで長くない時間のDVDではあったが、そこで彼女が遺した最期の俺宛のメッセージは終わった。……ここに母親が乱入してこなくてよかった。

 いい年した中年の涙なんざ、実の母親には見せられないからな。

 

 気持ちを落ち着かせて、俺は仕事に戻る。

 これからもアイとの約束を果たし続けよう。アイツも少なからず稼ぎは欲しいだろうから、今のうちに引っ越し後の環境でも手軽にできそうな仕事を確保しておく。

 たとえ遠い地に移住したとしても、アクアが俺の()()であることに代わりはな

 

 

 

 

 

「──ん?」

 

 

 

 

 

 俺はアイのDVD中に流れていた曲を検索する。

 今まで映画製作に携わっていた身だ。あの素人同然の最低限の加工しかできていないDVDは、曲も撮影中に流したものであり、後から加えたものではないことは明らかだった。

 そして、曲の詳細情報を知った。

 あれは──6()()()()()()()

 

 アイが死んだのは10年以上も前だ。

 つじつまが合わない。

 

 どうなっていやがる……?

 それから仕事も手につかないレベルでモヤモヤが頭の中を支配したので、耐えきれずにアクアに電話をする始末。

 

 

「早熟、例のDVDについて聞きたい」

 

『何かあったのか?』

 

「あれを撮ったのはいつだ?」

 

 

 ちょっと待てと言葉を残し、十数秒無言になってから回答が返ってくる。

 

 

 

 

 

『──2週間前らしいぞ』

 

 

 

 

 

 コイツは自分がどんな馬鹿なことを言ってるのか理解しているだろうか。

 それに、口調的にあたかも()()()()()()()()()()()()()言い回しだ。

 

 

「2週間前って、お前なぁ。じゃあ何だ? アイが生きているとでも?」

 

『あぁ、鹿児島にいるぞ。だから引っ越すんだし』

 

「……は?」

 

『他に何か用はないか? すまん、ちょっと忙しくて──あ、ルビー。離れ』

 

 

 そこで電話が切れた。

 

 

 

 

 

「……え?」

 

 

 

 

 

 俺は最後まで状況が理解できなかった。

 

 

 

 




五反田(ごたんだ) 泰志(たいし)
 映画監督。子供部屋おじさん。アクアの幼少期からの知り合いであり、裏方作業の師匠。今作ではアイのDVDで脳が破壊された、暴露欲求の被害者。数週間後にアクアへ電話したときに「もしもーし。あ、カントクだぁ。ひっさしぶり! アイだよ!」と聞こえてきて、宇宙猫になる。


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075.阿鼻叫喚の作戦会議

 ほのぼの回です。
 アイ視点です。
 最初に言っておきます。何がとは言いませんが、よいこの学生諸君は真似しないようにお願いします。どこかは、見ればわかります。
 感想、評価頂けると幸いです。高評価、本当にありがとうございます。

 あと後書きホント難しい。
 関西弁って何ですか。


 勉強はそこまで好きじゃない。

 好きじゃないというよりは、内容によっては全く理解できないものもある。どうしてそうなるのか、なんでそうなるのか、馬鹿な私じゃ分からないことがある。

 そして、学校の勉強は私が理解してくれるのを待ってくれない。私の大好きな彼氏が手伝ってくれたとしても、どうしても他の人との明確な差ができてしまう。

 

 

「根本的にアイって興味がないことには徹底的に無関心じゃん。いや、興味がないから無関心なのは当たり前なんだろうけど、自分に必要だと思わないものって、全然さっぱり記憶に残らないタイプだろう?」

 

「それが普通なんじゃないの……?」

 

「アイは特に顕著って言いたいんだ。……有史以来、『天才』というのは何らかの分野に特化している一方、何らかの欠陥を抱えていることが多い。天才的なアイドル様だったアイも、その例に漏れなかったってことだな」

 

 

 最愛の彼のために、それなりの学力を身につけないと、迷惑をかけてしまうと頭では理解している。でも、勉強をしても『それが何の役に立つのか』が分からないし、どう役立てればいいのか分からないから、記憶に全然残らない。

 結果を出さないといけないという焦りはあるけど、やっても分からないという諦観がせめぎ合う。もしかしたら、生前の『B小町』のメンバーも、同じような気持ちを心の底で抱いていたのかもしれない。あの頃の私は、自分のことで精一杯だったから、他人を気にする余裕がなかった。

 

 どうして勉強のできない私は、勉強をすることが当たり前の普通科に来たのかな。彼がいたからという理由しかないので、何かきっかけがあれば辞めるかもしれないと、最初は思っていた。

 最近は違うけどね。

 今の私は、一人じゃないから。あの頃と同じように、私を支えてくれる人がいるから。

 そして──今の学校生活を、それなりに楽しんでいる自分がいるから。

 

 

 

 

 

「──はい、夜分遅く集まって頂き感謝します。それじゃあ、『第一回 夏課題対策会議』を始めたいと思いまーす。皆の衆、よろしいか?」

 

「「「「「はーい」」」」」

 

 

 

 

 

 そんな私の学校生活を支えてくれる仲間すら手こずってしまう夏休みの宿題を何とかするために、19時を目途に私とオーカの家に集まった。

 ナデコちゃんは用事があって来なかったけど、いつものメンバーは欠けることなく揃った。

 

 ソファーを端に移動させて、高さの低い机(ローテーブル)をもう一つ引っ張ってくる。床がフローリングなので、座布団も用意してある。あかっちの前には卓上扇風機も用意してある。

 進行役は私のオーカ。

 

 

「とある(エロ)い人は言いました。『敵を知り己を知れば百戦危うからず』『戦争というのは準備段階で9割決まる』『感想文はクソ』と。お集まり頂いたメンバーの中には、コレに参加せずとも処理できる力をお持ちの方がいらっしゃるかとは思われますが、卑しい我々に可能な限り助力してもらえれば幸いです」

 

 

 オーカはあかっちとみっちゃんの方を見る。

 頭いいもんね、二人は。私の彼氏も良い方だとは思うけど、流石に二人には敵わないと言ってた。

 

 

「まずは敵戦力(課題の量)の把握から、お手元の資料をご覧ください。素晴らしいですね、学区併合で学校の平均学力が落ちているってのにもかかわらず、馬鹿みたいな量を出してくる教員がいますね。なんで僻地の学校に、鹿児島市内の生徒が行ってるのか理解できなかったのかな?と言いたくなります」

 

 

 ……彼の機嫌が悪い。

 吐き捨てるように、宿題の数がまとめられたプリントを叩く。

 

 

「って言ってもさ。日本史と世界史、地理とかの社会科目は、現実的な量に留めているよね」

 

「十中八九、山田教諭の影響だろうなぁって思う。それでも多いが、夏季講習中の日本史は、自習と言う名の課題処理時間になってる。学区併合で課題提出率がどうなるのか、探りながら減らした感はある」

 

「姉貴も言ってたもん。1年の社会科目の課題は前年より少ないって」

 

 

 ミク君は何を言ってるのかな?

 私にとってはこれでも多いんだけど。

 

 

 

「……問題があるとすりゃあ、この英語科目と数学科目だな。ンだよ、この分厚い問題集は。オレらを殺す気かよ」

 

「確かに頭おかしいよな、この分厚さ。コレを腹部に紐で巻いておけば、俺は立花のオッサンに腹刺されなかったんじゃね?って思うくらいには、量あるよなぁ」

 

 

 ちょっとした資料集より重いもん。

 渡されたとき、思わず対外用の嘘が剥がれるところだったもん。

 

 

「え、でも、私の行ってた中学校も、これぐらいの宿題出てたよ?」

 

「「「「………」」」」

 

 

 勉強してると週に七回思うけど、あかっちって私と同じ人間なのかな。

 中学校時代は思い出したくない記憶はあるけど、それでも、これだけの宿題を出された記憶はない……はず。宿題あんまりやってなかったから、単に知らないだけかもしれないけど。

 

 絶句する私やオーカ、タネサダ君とミク君。

 空気を換えるように、オーカは咳をした。

 

 

「……自称進学校(失笑)から出された課題は、何としてもやり遂げないといけません。提出しないなどもっての外。けれども、馬鹿正直にやるとなるとウチの彼女が潰れかねん。あまり使いたくはなかったが、禁断の宿題写しも考慮します」

 

「……ねぇ、パパ。私のママのこと馬鹿にしてる? ねぇ?」

 

「星野アイの娘さんは品行方正で、非常に優秀なお嬢さんなようだ。……編入試験後、たぶん同じ量の課題出されると思うけど、ルビーは同じこと言える?」

 

「ママぁ……パパがいぢめるぅ……」

 

「ごめんね、ルビー。私も反論できないよ」

 

 

 引越しの下見の名目で鹿児島に来ているルビーは、座る私を背中から抱きしめながら、今の会議を聞いていた。ルビーとしてはあまり不正()をつきたくはないらしいけど、ダメなお母さんは既にオーカからの宿題写しを前提に考えている。

 本当にごめんね? でも、この量は無理。

 

 

「まァ、写すのもそんな楽じゃねェけどなァ」

 

「模写するだけじゃないの?」

 

「よく考えな、星野妹。丸写ししてる星野母だけじゃねェ、そこの写させた桜華も叱られンだぞ。分からない風を装って穴埋めを空白にする、計算式を途中までしか写さない、小論はそれっぽく自己流アレンジに改編する、選択問題は所々間違える……、自力でやるほどじゃねェが、考えることは多いンだぜ?」

 

 

 タネサダ君はルビーに先生にバレないような模写の工夫を教える。私の学力は学校に伝わっているから、逆に正答が多いと怪しまれる可能性が高いと。

 その工夫も、ミク君の「それでも薄々、写してるんだろうなって先生方にバレてはいるけどね。指摘しないだけだよ?」と付け足す。

 

 

「っても、俺も正直コレはきつい。実家の仕事もあるしな。仕方ねぇ、社会科目、理系科目は担当決めて模写し合うか。世界史、地理は俺がやる。理系科目は苦手だから頼んだ」

 

「じゃあ、僕が生物と地学かな? ……いや、僕もそんな理系科目が得意ってわけじゃないけど」

 

「オレが物理化学か。計算式丸パクリすンじゃねェぞ?」

 

「残ったのは、日本史? 比較的得意だからいいけど」

 

 

 当分は日本史の教科書と睨めっこかな?

 他の人も模写するのなら、あんまり間違えないようにしないと。

 

 4人で不正計画を立てていると、蚊帳の外気味のあかっちが、恐る恐る聞いて来た。

 

 

「私も手伝おうか? 他科目はやるけど……」

 

「いやいや、黒川さんに不正疑惑を匂わせるようなことはさせないよ。ってか、できない。やったら、そこの彼氏君に消される。英国数は自力でやるが……あー……アイのサポートだけは頼む」

 

「よくご存じで」

 

 

 あかっちの彼氏のみっちゃんが微笑む。

 全然目が笑ってないけど。

 

 

「さて、序盤の作戦は決まったところで、行動に移りましょうか。えっと、何時までやる?」

 

「23時までじゃないの?」

 

「おっけ、おっけ。あ、夜飯は21時な。提供者は星野アクアマリン君だ。みんな、食事を用意してくれた彼を崇め奉りながら食べるように」

 

「「「「「はーい」」」」」

 

「……あんまり過度な期待はしないでくれ」

 

 

 キッチンから困ったように声が聞こえる。

 アクアの手料理かぁ。息子の料理、楽しみだなぁ。

 

 私はルビーを背中に、教科書と日本史のプリントを机に広げるのだった。

 

 

 

 




【双子、陽東高校最終登校日の会話】

みなみ「──ルビーは鹿児島に引っ越すの? 寂しゅうなるなぁ」

ルビー「私も、みなみと別れるのは寂しいけど、それでも──決めたことだから」

みなみ「あっちでもアイドルになるために頑張るんやろ? 応援してるで?」

ルビー「定期的にLINEとか送るから、芸能界の愚痴とかあれば聞くからね?」

みなみ「うん、ありがとぉ。ルビーも頑張ってな?」

ルビー「みなみもね!」















みなみ「鹿児島、かぁ」

みなみ「………」

みなみ「……兼ちゃん、元気にしとるかなぁ」

みなみ「会いたい、なぁ……」


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076.第二次アイちゃんショック

 シリアス回です。彼らにとっては。
 ハーメルン知識で『推しの子』の二次書いてるって人がいて、背筋が凍りました。別に悪いって話ではなく、これだけは言っておかなければと焦りました。原作のカミキヒカルはおとめ座でも我慢弱いわけでもなく、何なら四足歩行で幼女を追いかける変態ではありません。ご注意ください。これでいいか。
 話は変わりますが、グラハム・エーカーって孤児だったんですね。知らなかったです。
 感想、評価頂けると幸いです。高評価、本当にありがとうございます。





 あと、(´。✪ω✪。`)←これ可愛いなって思いました。



アイ「(´。✪ω✪。`)」

ルビー「(´。●ω✪。`)」

アクア「(´。✪ω●。`)」

カミキ「(✪Д✪)」


追記・次回更新は7/20の0時です。ワイに休みを。


 午前中は夏季講習、午後は夏課題の処理。アホみたいな課題が出ている我が校だが、それでも勉強ばかりでは、高校生活を満喫しているとは言い難い。運動部系はコレに加えて部活動もあるのだから、多いと悲鳴は上げているが、できない量じゃない。

 俺の目の前で突っ伏しているアイは除くが。

 ついでに母親の横で突っ伏しているルビーも除こう。母親からの勉強ヘルプに参加して、問題を見た瞬間に脳みそがショートしてしまったようだ。

 

 大丈夫か、この母娘。

 えっと、陽東高校の芸能科だっけか? 学力を放棄して別方面で頑張った結果受かったと聞いたような気がする。あれだな、母親と同様、どうして普通科受けるんですか?その2だわ。

 

 

「日本史の穴埋めで倒れるとか、今後が心配過ぎるわ」

 

「今のお前が言っても、説得力ないぞ」

 

 

 俺の隣でコーヒー飲みながら漫画を読んでいたアクアが、ジト目で俺の方を睨んでくる。

 夏課題程度で倒れたりしないぞと反論すると、宝石兄は大きくため息をつきながら、ノートPCを2台同時に起動してカタカタしている俺を指す。

 

 

「せめて目の隈と、エナジードリンクの空き缶を隠してから言え。アイはいつものようにルビーと戯れてはいたけど、お前のいないところで心配していたぞ。あんまり彼女を不安にさせないでくれ」

 

「そうしたいのは山々なんだけどね……」

 

 

 なんて母親想いの子なんだろう。

 前世の推しで、今世の母親という立場は、相当気まずいとは思うけど。

 未だにアクアはアイのことを『母親』じゃなくて、『アイ』呼びだしな。やっぱりルビーと違って、成熟した年齢で死んだから、抵抗とかがあるのだろうか?

 

 アイに心配をかけることは俺の本意ではない。

 しかし、もうこればっかりは仕方ないのだ。

 

 

「悪いが、あと5日間はこんな感じだ。後で10分仮眠取るかなぁ」

 

少し前(復讐時代)の俺の生活より酷いぞ。何がどうしてそうなった?」

 

「……4割くらいは星野家のせいなんだけどね」

 

 

 今の俺の状況付近の生活って何なんだ。

 アクアは映画監督の下で弟子入りして仕事してたって聞いたけど、もしかして相当ブラックな職場なんだろうか。芸能界の闇深すぎだろ。

 

 

「俺の父親の兄貴──今のアイの伯父さんになるんかな? その人ってさ、アイドル時代のアイの大ファンだったわけよ。ちなみにアイの転生云々の事情を知っている人でもある」

 

「こんなところにも、アイのファンがいてくれたんだな」

 

「アイが死んだとき一ヶ月くらい寝込んで、島津が文字通り終わるところだったんだけど」

 

「その人本当に大丈夫か?」

 

 

 当然の疑問である。

 アイさえ関わらなければ、真面目で清廉な人ではあるんだけどね。

 

 

「で、だ。今回の二人の鹿児島移住に合わせて、色々と親父殿経由で報告したわけよ。アイに隠し子がいたってこと、双子が転生者であること、ルビーがアクアの嫁になること」

 

「最後を確定事項にするのは止めてくれるか?」

 

「それを伝えたわけよ。……()()()()()()()()

 

 

 いやー、本当に地獄としか表現せざるを得ないと、現場に居合わせた親父殿が語っていた。ちょうど、他の重鎮たち(元アイの大ファン)も同席したタイミングで、生前隠し通したアイの最大級の秘密と、墓場まで持っていくはずだった双子の秘密。双方を暴露したのだ。

 終わりの始まりである。

 

 

「とりあえず当主殿……アイの伯父さんが心肺停止になったよね。比喩表現無しで」

 

「とりあえずで済ましていい話じゃないんだが」

 

「そして島津グループの重鎮たちが病院送りになったよね。精神の方。もう今の島津勢力は上から下まで、しっちゃかめっちゃかよ。その中に俺のバイトの上司もいたもんだから、こうやって仕事が馬鹿みたいに流れ込んできてるわけ」

 

 

 口で説明しながらも、俺は無心で手を動かす。手元の電卓もカタカタ動かして、バイトの領域を大幅に超えているラインの仕事を、心で泣きながら行っているのだ。

 今頃は他の馬鹿共、そして軍師(笑)も駆り出されているところだろう。

 未来が「なんで鬼島津さんは、当主だけじゃなく元ファンの前で暴露しちゃったかなぁ!?」とキレ散らかしていた。アイドルに子供がいた事実の、親父殿と当主殿の価値観の差だろう。「へぇ、いたんだ」と「ヌッ(絶命)」の差とも言うべきか。

 

 

「重鎮は復帰時期不明。おそらく死亡したときよりはだいぶマシだから、2週間そこらで完全復活するとは思うから、それまでの辛抱かな。当主殿も意識は朦朧としているけど、無事だとは聞いたから」

 

「心肺停止って聞いたが」

 

「倒れてる当主殿の死体に、スマホ越しで『アイが人工呼吸と心臓マッサージをしに行かせますね』って聞かせた」

 

「は?」

 

 

 怖い怖い怖い怖い、アクアの目が黒く輝いてんだけど。

 彼としては、推しの唇を他の男に許すクソ野郎に見えたのだろう。もちろん本当にさせるつもりはないというか、この言葉自体が、以前の当主殿からの依頼でもあった。

 

 

「冗談、冗談だから! 当主殿も『彼氏持ちの推しの唇を、(他の男)の唇に触れさせはしない!』って、自力で心臓マッサージして蘇ったから!」

 

「前々から思ってたけど、島津って人外ばかりか?」

 

 

 嘘でもいいので、私がもし心肺停止になったら、例の言葉を私に言ってほしい。胸筋動かして自力で心臓マッサージして、無理にでも蘇生するからと。当主殿はそう仰っていた。言っていることは分からんかったが、こうして生き返ったのだから良しとしよう。

 お前ら人間じゃねぇって? そんな荒業できるのは当主殿ぐらいだよ。文字通り、かつての推しに命かけてんだよ。

 

 かつての第一アイちゃんショックよりはマシだが、俺は5日間を不眠不休でお仕事しなきゃいけない。四国に遊びに行っているバーサーカー共も自域に呼び戻しており、それが戻ってくるのが5日後なのだ。それまでは、人員が不足した島津で頑張ろうって話である。

 午前中は夏季講習に行き、帰ってからは翌日の夏期講習まで延々と仕事の日々。

 高校生が言うことではないが、今どきのエナジードリンクは素晴らしいな。気力がモリモリ湧いてくる。後々の疲労感も半端ないが。

 

 

「そんなわけだから、アイにめっちゃ心配かけると思う。双子で支えてくれ。頼む」

 

「言われなくても。……今回の件は俺たちのせいでもある、課題を貸せ。できる範囲は俺がしておく」

 

「黒川さんだけに負担かけるのは心苦しかったから、マジで助かる。そこに放り出しているカバンの中に入っているんでヨロシク」

 

 

 大惨事な島津と、連日寝てない咸の姿に、黒川さんもヤバいと思ったのだろう。咸の宿題を代理で行い、不正させたくない咸も折れて頼んでいた。

 しかも、である。あろうことか、黒川さんは俺たちが模写する用の、所々間違えた回答を散見させた分も人数分用意してくれたのだ。俺たちは黒川さんに足を向けて寝られなくなった。礼として、俺も咸の外堀内堀埋めるの手伝うからな。

 

 アイも宿題以外でも俺たちを支えてくれるとの事で、病院でダウンしている重鎮の見舞いに、ルビーを連れて一緒に行くとか言ってた。それはそれで別の問題も発生しそうだが、母上もサポートしてくれると言ってるので大丈夫と信じたい。信じさせて。

 

 俺は大きなあくびをしながら仕事に戻る。

 超過労働分のバイト代を請求してやると、心に誓いながら。

 

 

 

 

 

 

 見舞いの件だが、後日聞いたところによると、ルビーは重鎮たち(元アイのファン)の『推し』に追加されたらしい。まだアイドルを始めていないのに、既にファンがいるのは凄いなぁって思った。

 

 

 

 




かな「そこそこ仕事あるのに」

かな「収入もけっこう安定しているはずなのに」

かな「なんなら福利厚生もしっかりしてるのに」

かな「この環境に、なんか全然納得できないんだけど……!」(ラーメン食いながら)

謎の少女「わかる」(ラーメン食いながら)

カラス「カァ」















カミキ「ふむ、これは……撫子嬢に転生がバレている、と考えた方が良さそうだ」

カミキ「………」

カミキ「()()()?」

カミキ「()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

カミキ「整理してみよう」

カミキ「アイ君が転生者であることは間違いない。だが、それだけでは私の転生を信じる理由にはならないはず。他にも例がなければ『転生者が複数いるはず』という結論にはならない。他にも転生者がいるのか? だとしたら候補は? 私とアイ君の共通点──そうなると、身近な人物を候補にあげよう。アイ君の交友関係はそんなに多くはない? だとすれば……」

カミキ「幼少期からの整合性の取れない言動。成長が早く賢い……という生前のアイ君の証言。アイ君と出会った後の、息子と娘の鹿児島移住。二人の距離感の変化。宗虎から聞いた、兄弟とは思えないスキンシップ。隠し子問題暴露だけじゃ考えにくい、アイ君のファンだった島津当主の危篤。そこから察するに」

カミキ「………」

カミキ「もしや、()()()()()()()?」


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077.君の名は

 ほのぼの?回です。
 俺は何で供養小説を毎日投稿してたのだろう……?
 なんか無理やり恋愛要素入れてるとか言われたんですが、それって馬鹿共の多種多様な恋愛を楽しみたいってことですよね? 確かに全員食われるのも単調か。せっかく4人の贄がいるんだから、別ベクトルのイチャイチャ見たいよね。頑張るか。
 感想ドシドシどうぞ。



 人の記憶って何年覚えていられるのだろう。

 一説によると、人間の記憶容量は17.5TBという。しかし、人間が外部から受け取る情報が膨大なため、見たものを全て記憶するのは難しい。

 ……いやいや、絶対に17.5TBもないだろ。

 そんなに容量あるのなら、もうちょっと覚えてても良くないか? あれか? ハードウェアが良くとも、使う人間の問題ってか?

 

 なぜ記憶領域の話をしたって?

 その日、()()が起こってしまったからだ。

 

 

「──アイ、俺とルビーの本当の父親を教えてくれ」

 

 

 アクアは母親に問いかける。

 その彼の瞳は、黒く輝いていた。

 

 いつもなら俺がサポートしつつ回答を濁すのだが、今の俺は3徹目で他者のことを気にかけている余裕はなかった。現在進行形で俺の最大の味方はアイとエナジードリンクであり、これなしじゃ生きられない体に変化しつつある。

 いくら若者の身体だからって、延々と休みなく仕事すると疲れるんだね。

 そろそろエナジードリンクも飽きてきた。別の味のやつを買ってきてもらおう。

 

 そんな俺が瀕死状態での、アクアの奇襲。どう見ても確信犯であり、心のどこかで復讐を諦めきれていないのだろう。違うか。表情から察するに、復讐から解放されたいという気持ちと、しなければならないという強迫観念が入り混じっているようにも見られる。

 これメンタルケアした方が良くないか?

 病気じゃん。

 

 対するは嘘つきな元人気アイドル。

 ソファーに座るルビーの髪を、後ろから()きながら応対する。

 

 

「んー? お父さんはオーカでしょ? ねー、ルビー」

 

「……そーだね」

 

 

 目を逸らしながら宝石妹はアイの言葉に、渋々肯定する。自分から『パパ』呼びをするのはいいけど、面と向かって『父親』なのか聞かれると、完全に肯定するのは気持ち的にちょっと……と言いたげな雰囲気だった。

 別にいいんだけどね、俺を父親と認めなくても。諦めてるし。

 

 ……というか、逆に最近『パパ』とか言われて困惑している自分がいる。アイ似の美少女からのパパ呼びは、新たな性癖の扉を開きかねない。そのぐらい、星野ルビーという女の子は魅力的なのだ。

 が、俺はそれ以上に危機感を覚える。

 俺には彼女が学校で呼び名を使い分けるヴィジョンが浮かばない。何なら、彼女が俺をパパ呼びして、××高校が上から下まで大混乱になる将来しか見えない。俺、(社会的に)消えっから。

 

 話を戻そう。

 

 

「……違う。生みの親のことだ」

 

「………」

 

 

 これにはルビーも気になったのか、静かにしてアイの発言を待つ。

 自分の生みの親──血のつながった方の父親のことを知りたいのは、当然のことだろう。俺だって逆の立場なら知りたいし、知った瞬間に(びんた)カチ割りに向かうわ。

 

 だからこそ、俺の回答は『アイが言いたくない』で押し通す。

 そりゃ思い出したくもないだろう。

 

 と言いたいところだが、俺は新たに追加されたタスクをこなすだけの機械と化している。アイドル狂いのオッサンと思っていた上司だったが、こんだけの量の仕事をあの人はこなしていたのかと思うと、少しばかり畏怖と畏敬を覚える。

 つまり彼女は自分の言葉で双子を説得しなくちゃいけない。

 さて、どう出るか──

 

 

 

 

 

「……?」

 

 

 

 

 

 アイ?

 

 

「生みの……親……? アクアとルビーのパパは、オーカだけだよ?」

 

「い、いや、生前に関係を持った男って意味合いで……」

 

 

 さも当然のように首を傾げるアイに、アクアの方が慌てだす。

 アクアの言葉に、噓が得意だった女の子は、髪を梳く手を止めて視線をさ迷わせ、眉間を指で揉みながら何かを思案し、腕を組んで周囲を回りながら顔を上げて瞳を閉じ、顎に手を当てて「うーん」と可愛く唸りながら考え込み──誤魔化すようにポンと手で叩いた。

 

 

「……あー、そっちね。うんうん、あれだよねっ。ねっ」

 

 

 俺は目を細めてアイを見る。

 双子に噓をつきたくないとか、そういうレベルの話ではなかった。星の目を輝かせ、アクアの視線を回避し、冷や汗をかきながら……ちょっと待て。

 

 脳裏に嫌な予測が生まれた。

 普通に考えればあり得ないが、彼女はあり得ないを平気で起こす女の子である。

 

 

「……アイ」

 

「あ、オーカ! 待って! これ浮気じゃないからっ! 私はオーカ一筋だから!」

 

「いや、そうじゃなくてさ」

 

 

 俺は恐る恐る双子の母親に問う。

 

 

 

 

 

「──お前、元旦那の名前忘れた?」

 

「………」

 

 

 

 

 

 双子はギョッとして母親を注視した。

 彼女から肯定の言葉も、否定の言葉も出て来ない。こうなったときの(俺に噓がつけない)アイは、基本的には図星なのだ。マジか、一度は肉体関係まで持った男の名前を、きれいさっぱり忘れちまったのか。

 彼女の元旦那……カミキヒカルへの愛着がなくなったのは、日々の彼女を見れば一目瞭然だったが、まさか彼女の記憶から名前まで抹消されているとは思わなかった。カミキ君、木陰で泣いてっぞ。

 

 

「アクア、私って馬鹿だし、人の名前って覚えるの苦手なんだ」

 

「え、そ、それは知ってるけど……」

 

「それでね、彼と会話したのって十年以上も前なんだ。うん。話した内容も全然覚えてないけど」

 

「えぇ……」

 

 

 もうアクアにとっては復讐どころじゃないだろう。

 見てみろよ、コレ。

 

 

 

 

 

「──私の記憶はね、余計なことを覚えてられるほど、余裕がないのっ」

 

 

 

 

 

 復讐対象への関心ゼロだぞ。

 知ってるか? 人が死ぬときって、ナイフで刺されて死んだときじゃない。人から忘れられた時なんだぜ? なんかアイなりの復讐に思えてきたわ。

 

 じゃあ、彼との思い出は?とか、俺は仕事しながら聞いてみたところ、一緒に飲んだ『トールキャラメルスチーマーウィズホワイトモカシロップウィズエクストラホイップクリーム』が美味しかったと語る。それスタバの記憶じゃん。そのクソ長い商品名覚えてて、どうして旦那の名前忘れる?

 アクアが頭抱えて、ルビーがチベットスナギツネしてっぞ。この惨状で復讐継続は無理だって。諦めて外科医目指そうぜ。(熱い勧誘)

 

 彼女の彼に関しての記憶は「無駄に顔が良かった気がする」である。イケメン美女蔓延る芸能界を渡り歩いた彼女が言うのだから、相応の美男子だったのだろう。スタバの商品以上に記憶に残らない存在なので、本当に美男子だったか怪しいが。

 

 母親がアハハと笑い、息子が両手で顔を覆う惨状にて。

 ルビーはふと思い出したように、そう言えば……と疑問を口にした。

 

 

「ママを殺した私たちの本当の父親(クソ)は、ビジュアル的にはお兄ちゃんに似てる?」

 

「そーかも……しれない?」

 

「ちょっと前にね、お兄ちゃんに似た人を見た気がする」

 

 

 おっと、これは予想外。

 あー、でもプロダクションの代表取締役だし、もしかしたらアイドルデビュー目指して頑張っている過程で、会ったのかもしれない。

 アクアは黒い瞳を輝かせ、ルビーの言葉を聞き逃さな

 

 

 

 

 

 

「四足歩行で爆走しながら、幼女を追いかけてたけど」

 

「それアクア本人じゃね?」

 

「どうしてそうなる!?」

 

 

 

 

 

 カミキ君マジでどうしたの?

 アイの恋愛対象基準が分からなくなった。……もしかして、俺もカミキと同族で見られてるの? おいは恥ずかしか! 生きておられんごっ!

 

 無関心だったアイもさすがに口を開く。

 

 

「い、いや……彼はそういうことをする人じゃないと思うよ。たぶん。壊れてなければ。あ、でも……」

 

「でも?」

 

「ゴローセンセってロリコンだったよね?」

 

「やっぱりアクア本人じゃね?」

 

「違うって言ってるだろ!?」

 

 

 その後、ルビーが「もう16歳(対象外)になっちゃったよぉ!」と泣き始め、アクアが必死に宥め、アイが遠い目をしながら「彼、壊れちゃったんだね……」と呟く、阿鼻叫喚の地獄絵図が生まれた。

 

 星野家は今日も元気です。

 

 

 

 




【島津 桜華】
 今作の主人公。睡眠時間が欲しい。

【星野 アイ】
 今作のヒロイン。転生者。十年以上の歳月の結果、カミキヒカルの名前を忘れる。主人公が名前出す度に「あ、そんな名前だったね」と思い出し、3秒で忘れる。43話で彼の名をぼかしていたのは、単純に覚えてなかっただけ。2章終了時には忘れられない名前に返り咲く。

【星野 愛久愛海】
 原作主人公。転生者。双子の兄。ロリコン疑惑を持たれ、それを聞いた咸に仲間意識を持たれる。

【星野 瑠美衣】
 ↑の双子の妹。転生者。毎日が楽しい。今回の件で、あの四足歩行の変態が父親かもしれないという疑問を持ち、あれが生みの親なら今のパパの方が数千倍マシとのことで、主人公に懐く。






カミキ「すまない、かな君。このような仕事しか取れ──」

かな「これっ! これよっ! あんなイロモノじゃなくて! こういう役が良かったのっ! こんな仕事とか言うなぁ!」

カミキ「喜んでくれて何よりだ」

カミキ「あ、それと来週の無人島開拓に関してだが……」

かな「(´;ω;`)ウッ…」




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078.立場の確立

 ほのぼの?回です。
 途中で寝落ちながら執筆しました。おかしい、『おとわっか』聴きながらカタカタしてたのに。
 感想ドシドシお待ちしてます。


 黒川あかね。

 劇団『ララライ』に所属していた元若きエースで、プロファイリングを参考とした徹底的な考察と洞察にて、完璧に演じ切る没入型の役者。その才は天性と称され、そのまま芸能界に残れば数々の功績を遺したであろう女性だ。

 何度でも言おう。実に惜しい。それこそ、アイが死去したレベルの損失ではなかろうかと、個人的には思うくらい、事務所の采配ミスだと指摘せざるを得ない。

 

 そんな彼女が、島津でどのように思われているのか。

 良く言えば身内での繋がりが強く、悪く言えば排他的な完全ド田舎思考の島津。現代になるにつれて意識の変化はあれど、根本的な部分においては古臭い考えが根付くのが俺たちだ。

 もちろん、最初は賛否両論はあった。大いにあった。何なら否の割合が強かったぐらいだ。排斥を考える馬鹿もいたと聞いた。後でスタッフ(ご隠居)美味しく頂きま(チェスト)した。

 

 じゃあ、今はどうなのか。

 明確に彼女の評価が変わったのは、例の親父殿をインストールしてしまった時だろうか。税所家のドM集団が『余所者』呼びから『姉御』呼びに変わった瞬間である。咸の目下の悩みは『部下が私の命より、あかねの指示を優先するんですが』である。

 

 

島津(宗家)が何も言わないのだから、彼女の是非に関して自分たちが事を起こすのは野暮では?』

 

『天性の才、こちら側なのであれば、腐らせるのは実に惜しい』

 

『可愛い』

 

『鬼島津の武勇がなくとも、それを演じられるのは神業に等しい。つか、可愛いから、実質的に鬼島津よりもアド』

 

 

 と、島津の釣り野伏ばりに評価という盤面をひっくり返してしまった。

 最後の評価がおかしいって? 正論だろうが。ほら、親父殿も「確かに」と頷いていたんだぞ。当代の鬼島津は健気に頑張る女の子の味方なんだぞ。アイ然り、ルビー然り、そして黒川さん然り。

 

 決定打は先代島津のご隠居の『あかね嬢ちゃん』呼びである。これを初見で聞いたとき、俺の顎関節が外れるくらい驚いたし、親父殿が目を丸くして絶句したのは記憶に新しい。

 ご隠居は基本的に人を名前で呼ばない。アイのように覚えられないのではなく、覚える必要がないというのが正しい。親父殿と当主殿を『ハナタレ小僧』と口にし、俺のことを『島津モドキ』と、他人を小馬鹿にしたような言い方をする。こんなん言えるのは、この人ぐらいだ。そういえば、アイのことも『アイの嬢ちゃん』って呼んでるなぁ。

 

 

『彼女のことを名前で呼ばれるんですね』

 

『あぁ? ったりめぇよ。おれ以上の才覚を持つ人間に、敬意を払うのは当たり前だろうが』

 

『……そこまで?』

 

『だからテメェはモドキなんだよ。ちったぁ考えろ。あんな完成形に近い憑依型の演技なんざ、おれは見たことねぇぞ。文字通り神業だ。ハナタレ小僧を育てたのはおれだぞ? それを、たかだか数日の考察で丸裸にされるなんざ、末恐ろしい限りだぜ』

 

 

 ……もしかして、俺たちが知らないだけで、芸能界って黒川さんレベルの役者が普通なのだろうか。そうだとしたら、薩摩より人外魔境過ぎじゃないか?

 怖っ。近寄らんとこ。

 

 そんな島津に一目置かれる黒川さんだが、またもや功績を残してしまった。

 結果、俺は隣の彼女宅まで足を運び、こうして土下座を行っているのだ。

 

 

「──この度は、星野家(身内)のやらかしで、多大なご迷惑をおかけし、誠に申し訳ございませんでした。後処理のご協力、誠にありがとうございます」

 

「桜華君、そんなにかしこまらなくていいよ?」

 

 

 黒川さんは非常に困惑しているが、それだけの手助けをしたのが、目の前の彼女である。課題の手伝いだけじゃない。時には仕事に圧殺されそうな咸の代わりに、税所家配下の陣頭に立って的確に人員再配置を行ったと聞いた。

 少ない情報を分析して、咸の仕事ぶりを間近で見聞きしてきた彼女。麒麟児に勝るとも劣らない神采配と、後に島津家当主は語った。

 

 

『──と、──を呼び戻して。……ここで咸君なら、えっと……、あ。──も幾人か引き抜いて、ここのサポートに回して。あとは……うん、ここが少ないかな? ──と──を、こっちに送って』

 

『黒川の姉御、しかし──を引き抜けば……』

 

『今は非常事態だから、立て直すのが最優先だよ? ここはまだ数日引き抜いても、後から挽回はできると思う。咸君なら、そう判断すると思う』

 

『……姉御がそう仰るのなら』

 

 

 これ以上、咸に負担はかけられないと、最後まで島津の防衛機能として不動を貫いたご隠居にも、アドバイスを求めたとか。行動力の化身か?

 少なくとも、島津は彼女に借りができたと言っても過言じゃない。

 

 なので俺が頭を下げるのだ。

 いやホントマジで助かった。

 

 

「後日、正式に謝状が来ると思う。俺が責任を持って、上から謝礼金も引き出してくるわ。うん、そんくらい助かった。ありがとう」

 

「私はできることをしただけ。そんなことより、桜華君は早くアイちゃんのところに帰った方がいいよ。ほら、もうフラフラだよ?」

 

 

 フラフラというか、仕事から解放された瞬間に家を出て向かったため、今の俺はエナジードリンクと根性だけで動いてる状況だ。脳も正常に働いているのか分からない。

 同じ状況であったであろう咸も、今は黒川さん家のベッドで熟睡しているらしい。

 

 

「……分かった、帰るわ。あ、あと今のコイツは無防備だから、一緒に添い寝しちゃっても全然OK。俺が許す。何か言われたら俺のせいにして」

 

「え!? で、でも……咸君、嫌じゃないかなぁ……?」

 

「んなわけ。嫌と言われたら止めりゃいいし。俺は大丈夫な方に、花京院の魂と伊集院の魂も賭ける」

 

「自分のは賭けないんだ……」

 

 

 オッズ低いし、俺に被害がないから大丈夫。

 

 俺は黒川さんの邪魔をしてはいけないと、簡単に挨拶をして自宅に戻る。途中、立ち眩みで倒れそうになったが、体内のエナジードリンクを振り絞って、何とか戻ることができた。

 時間は深夜。

 

 アクアとルビーは東京に戻ったので、自宅に居るのはアイだけだ。どうせ双子は3.4日後には鹿児島に戻ってくるけどね。こんなド辺境を往復するのは大変だろうに、宝石兄妹は苦言を呈することなく、ちょくちょく足を運んできてくれる。

 余談だが、アクアに壱護社長の安否確認も依頼している。なんか知らんけど、数日前からLINEの既読がつかないのだ。

 なんでだろうね。

 

 

「おかえりなさーい。そして、おやすみなさーい」

 

「ちょ、アイ、待っ」

 

 

 戻るなり玄関で待機していたアイに手を引かれ、そのまま俺のベッドに誘われる。ていっ、と可愛らしい掛け声とともに、俺は押し倒された。

 抵抗する気力はなく、アイは俺の頭を胸に抱き寄せた。

 甘くも爽やかな香りが鼻孔をくすぐり、両目の瞼が限界だと言いたげに閉じようとする。やり残したことが少々あったので、それを片付けようと思っていたが、こうなると俺の身体は言うことを聞かなかった。何日ぶりのちゃんとした睡眠になるのだろうか?

 

 

「……まず……寝……」

 

「迷惑かけちゃって、ごめんね? もう休んでいいって聞いたよ。ちゃーんと、このアイちゃんの胸の中で、疲れをとってね」

 

「あ、い……ありが……と……」

 

 

 もう限界だ。

 ゆったりとした響きの、何の歌か分からない子守唄を聴きながら、俺の意識は静かに沈んでいった。

 

 

 

 




カミキ「………」

カミキ「お館様から着拒、LINEブロックされた、だと……」

カミキ「(´・ω・`)」

カミキ「(´;ω;`)」










島津「カミキヒカルってやべぇ奴いるんよ」

大友「マジか」

大友「なんか連絡来たわ」

大友「怖いから着拒&ブロックしとこ」


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079.謝礼金(結納金)

 ほのぼの回です。
 100話超えまで、あと少しですね。終わりが見えないわコレ。
 感想ドシドシお待ちしてます。


 夏期講習と言う名の午前授業。そのためだけに片道1時間弱の往復をしないといけないことを考えると、どうしてこの学校に進学したのか分からなくなる。そして、中央駅を適当に散策している間に、何を悩んでいたのか忘れるわけだ。

 頭の悪い永久機関の完成である。

 

 そんな俺たちは、夏休み期間かつ昼頃なので学生しか乗っていない電車の中で、周囲の邪魔にならないような小声で談笑をするのだった。

 いつもの1年生メンバーである。座席に座るのは女子面子と咸(位置固定)で、俺と他二人は吊革と戯れている。ここに双子が追加されると考えると、結構な大所帯になるなぁ。

 

 

「例の件であかねちゃんは、いくら稼げた? 懐がホクホクなんじゃないの?」

 

「……通帳見るのが怖い」

 

「そ、そんなに?」

 

 

 瞳のハイライトを消しながら鞄を胸に抱き寄せる黒川さんに、未来は引きつった笑いで返すしかなかった。今回の件で俺たち4人は労働に見合った……とは言い難いが、そこそこの臨時収入を得ている。むしろもらえなかった場合は内乱である。

 まぁ、所属勢力の身内のやらかしによる後処理なので、仕方ないとは割り切っている。

 しかし、黒川さんは血族外の部外者だ。島津的には『余所者』であり、今回はその『余所者』に助けられたという点が、大きな波紋を呼んでいる。いい意味で。

 

 地獄の5日間を経験した島津関係者からの、黒川あかねの株上昇はとどまることを知らないレベル。加えて、最近の彼女はウチのオカンを参考にしたのか、咸の2.3歩後ろを歩き、事あるごとに()を立てる言動を演じる。

 そのため、良くも悪くも古い夫婦像を持つ島津関係者からの評価も高い。

 これも咸含め二人で計算してやってるのが怖いよね。まぁ、俺たちに悪影響はないんだから、別にいいんだけど。

 

 そんな今回の『第二次アイちゃんショック』の功労者。

 別に謝礼金渡したからと言って、俺たちが彼女に対する恩を忘れることなんざしないが、それでも額が少なければ島津のプライドが許さない。

 

 

「今回の件で逝った重鎮は当主含め16名」

 

「多いな、オイ」

 

「働かざるもの食うべからず、原因が前世のアイのやらかしとはいえ、普通に考えて悪いのは気絶したオタ共なのは間違いない。本人たちもそれが分かってるから、月収を返還してきたんよ」

 

 

 こんだけ迷惑かけちゃあ、ねぇ?

 

 

「当主殿も自主的に返還して、当主殿の月収分の金が分配されて俺たちの臨時収入になってるわけ」

 

「それって結構大きな額なんじゃないの?」

 

「そりゃ大企業の倍以上の年収だしなぁ」

 

「わーお……」

 

 

 目を丸くするアイだが、話はそこで終わらない。

 終わらなかったから、別の意味で情緒不安定な黒川さんがいらっしゃるわけだ。

 

 

「で、他15名の月収分が浮いたわけだが、最初は貯蓄に当てようとしたんだけど、黒川さんに対するお礼の件を俺が持ち出したんよ。ほら、アルバイトでも財政担当やし」

 

「桜華が財布握ってるの地味に怖いけどね」

 

「種子島家への予算減らす。決めた。んで、彼女にいくら贈与するかって話になって……アイちゃんショックの疲れも取れてなくて、なんか計算するのが面倒になって」

 

「おや、雲行きの様子が」

 

「最終的に『礼金で金銭配分考えるのは女々しか。もう全部あげちゃいましょう』って話になって、当主も『迷惑かけちゃったし、全部渡しちゃおうか』ってことで、重鎮15人分の月収が黒川さんの手に渡ったのでした、と」

 

「「………」」

 

 

 彼女の活躍を聞いた重鎮勢も満場一致で可決。

 多いような気がしなくもないけど、文字通り『存続の危機』だったウチに多大な貢献をしてくれたのだ。文句言う奴は物理で黙らせた。

 その言葉に沈黙する兼定と未来。咸は知っているけど、それでも苦笑が止まらない。

 

 

「……ねぇ、桜華。上の面々の月収15人分だよね?」

 

「そそ」

 

「……全員、中小企業の社長以上には貰ってるよなァ」

 

「だね」

 

「実際のところいくらなの?」

 

「俺も詳細を見たわけじゃないけど、そもそも黒川さんの前で金額言うのもアレなので……2翠玉ぐらい?」

 

「「「ヒエッ……」」」

 

 

 税所家ではこれを『結納金』と呼んでいるとかなんとか。

 一般的な結納金は新郎側が、新婦側の親に渡すものなので、税所家の親みたいな島津家が、2エメラルドちゃん君分の額を新婦側に渡したわけである。黒川さんの両親が聞いたら卒倒しそうである。主に、半返し的な意味で。

 あ、お返しはいりませんからね。一般家庭でエメラルドちゃん君分のお返しは求めてない。用意するのも大変だろうし。

 

 この言葉に2人に加えて、アイの小さな悲鳴が上がる。

 後から冷静になって考えてみたが、渡し過ぎである。課税対象である。あ、黒川さんの税金分はウチで負担しときますね。ちょうど種子島家の予算が浮くので。

 

 

「やっぱり金だよね、一番ネックになってくるのは。それさえクリアしちまえば、あとは個人間の感情での判断にできるじゃん? いやー、彼女の将来も安泰って考えれば、俺の思考放棄も良かったんじゃないかって思う」

 

「何の話をしているんですか、桜華」

 

「あとは感情的外堀埋めるだけじゃん。難しいとは思うけど、頑張ってね」

 

「なぜ、あかねの方を見て、次に私の顔を見たんですか。他のメンバーもグッじゃないですよ。あのですね、あくまでも仕事上の恋愛関係であって、もちろん終了する可能性も──」

 

 

 往生際の悪い税所家の麒麟児の言い訳が続くが、俺より先に金銭面での障害を取り除かれたのだ。待っているのは人生の墓場であるということを、いい加減認めろ。

 ほら、見てみろよ。

 黒川さんも「……仕事上、だよね。うん。でも──本気にさせても、いいよね?」とか言ってんじゃん。俺知ってる。体験した。こうやって外堀内堀は工事されるんだって。

 

 

「話は変わるけど、この時間は腹が減るなぁ」

 

「あ、それなら中央駅地下のマック行く?」

 

「アイの案採用。他について来る面々おる?」

 

 

 最近改装工事でオシャレな客席に進化した、中央駅アミュプラザ地下のマクドナルドへ向かうことに、全員が賛成する。

 中央駅で停車した電車から降り、いつものように改札口を通過し、安心と信頼の中央駅へと足を運ぶ。最初は黒川さんが皆に還元したいと支払いを申し出たが、それは将来の生活設計に必要なお金だと俺たち(除:咸)は思っているので、結局はそれぞれで支払いを終わらせる。

 

 6人の大所帯ではあるが、それ以上にだだっ広い空間なので、隣の机を動かしたりなどして6人席を作る。各々が買った商品を持ち寄って、何の役にも立たない雑談を始めるのだった。

 そんな、俺たちの日常。

 

 

 

 

 

「おぉ、火山噴火したらしいぞ。そこそこの大きさ」

 

「Twitterも阿鼻叫喚だね。他の県の面々が」

 

「なァにが『この世の終わり』だ。これだから降灰2センチで慌てふためく下等民族がよォ」

 

「でも、我々は積雪3センチで都市機能がマヒする下等民族ですよ?」

 

「生まれ変わってから、雪ってあんまり見たことないなぁ。小さい時は、代わりに灰が降るって聞いて絶望したけど。……あ、風向きこっちだ」

 

「………」

 

「どうしたの、あかっち」

 

「洗濯物……干して、きちゃった……」

 

「あ、あかね……?」

 

「「「「あー……」」」」

 

 

 

 




カミキ「……ふむ、その『兼ちゃん』君が鹿児島に」

みなみ「それしか覚えとらんけどね」

カミキ「記憶にあるのは、そのあだ名と幼少期の容姿のみ。それだけの情報で探すとなると、些か難しい気がするな」

みなみ「しゃーなしってことや。あっちも覚えとらんと思うし、ウチも諦め──」

カミキ「探せばいいじゃないか」

みなみ「……え?」

カミキ「探せばいい。夏休みだろう?」

みなみ「で、でも、仕事が……」

カミキ「私に任せたまえ。君は、その少年を探してくるといい」

みなみ「………」

カミキ「諦めるのは、探してからでも遅くないだろう?」













謎の少女「私が代わりにグラビア撮影とか頭おかしいでしょ」

カラス「カァ」




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080.鹿児島へようこそ

 ほのぼの回です。
 感想お待ちしてます。
 明日は投稿できるか分かりません。頑張りはします。



 皆様のおかげで80話を迎え、お気に入りもいつの間にか3,000超えておりました。感謝です。以降も頑張ります。
 で、80話なのに今まで主人公以外のオリキャラ勢の視点回がないわけですが、80話を見ていただければ理由は分かります。推しの子二次だからって、オリキャラ勢も抱えているものが重すぎるんよ。誰だよこんな設定にしたのは。俺か。


「まだかな、まだかなぁ」

 

「あと2時間後だな。飯食いに行かない?」

 

「えー、でも食べてる間に二人が来たらどうするの? 困っちゃわない?」

 

「時刻表を信じろ」

 

 

 アイの頭をポンポンしながら宥める俺。

 待ちに待った双子の引越し当日なのは分かるけど、この二児の母親は外見相応に落ち着きがなく、新幹線の改札口で待機しているが、ちょくちょく奥を覗き込んでいる。

 というか、2時間前なのに待機しているのもおかしな話ではあるが。

 

 日本の時刻表は優秀なので、脱線事故が起きない限りは、時間通りに来るはず。

 それでも、二人の到着を待ちたいと思うのは、親としての純粋な愛なのだろう。

 

 最初は飛行機で帰ってくる予定ではあったんだけど、この日の便は埋まっていたらしく、急遽陸路で帰ってくることになった。明日なら飛行機の席に空きがあったので、荷物搬入はこっちでやっておくので明日来たら?と提案したが、

 

 

『ママのところに帰るのっ! お兄ちゃん先生もそうだよね!』

 

『え、いや、多少時期がずれても──』

 

『ね!?』(威圧)

 

『……すまん、頼んだ』

 

 

 星野家のお姫様が盛大に駄々こねて、それに双子のオカンも追随したことで、最終的に親父殿がグリーン車をポチッた。この双子の引越しだけで、俺の両親にかなり負担がかかっているので、これくらいは臨時収入使って俺が予約するつもりだったが、鹿児島に来る手段が変わると言った瞬間には、親父殿の予約は終わっていた。

 この人、孫に対して甘すぎじゃね? アイの時も思ったけど、俺のときと態度違くね?

 って話を母親に愚痴ってしまったところ、予想外の答えが返って来た。

 

 

『え、だってアンタ、私たちに何か甘えてきたことないじゃん』

 

『だっけ?』

 

『手のかからない子だとは思ったけど、かからなさ過ぎ。アイちゃんのことを聞いたとき、アンタも生まれ変わりなんじゃないかって疑ったくらいよ』

 

『俺も転生者だったら、この転生者まみれの星野家に胃を痛めることはなかったんだがな』

 

『アイちゃんの周囲って、何かしらそういう力が働いてるのかしら? まぁ、そんなのはどうでもいいわよ。そんなわけで、あの人は双子ちゃんには甘々なわけ。あの二人……いや、アイちゃんもね。身内からの愛情を満足に貰えなかったのよ』

 

 

 だから、多少の我儘くらいは、ね?と俺の母親は笑ってた。親父殿も言ってたらしい。既に彼女らは島津家の者であり、曲がりなりにも島津の者が、親族の愛情を貰えなかったなど()()()()()()()()と。

 俺の両親は3馬鹿の環境にも眉をひそめていたからなぁ。他家の話だからそこまで首を突っ込まなかったが、今の星野家は実質的に島津家の人間だ。だからこその言動なんだろう。

 

 それにしても……甘えてきたことがない、か。

 よくよく考えてみれば、幼少期に島津たれと言われて以降、誰かに甘えたことなんて一度もなかったと思う。それこそ、先日アイの胸の中で眠ったことが、俺が人生で初めて自主的に甘えた……ことになるかもしれない。

 アイと会う前の俺ってドライだったって聞くしなぁ。そして親父殿を見てみろよ。彼に甘えるって発想自体が思い浮かばんわ。

 

 そして、愛情に関して、他の馬鹿共の顔が浮かんだ。

 人間ってのは自分に余裕がなければ、他者のことを思う余裕すらなくなる。今の俺は愛情の方向性が定まっているため、故に俺たちの()()ってのが浮き彫りになってきている。

 

 

 俺は()()()()()()()()()()()

 

 咸は()()()()()()()()()()()()()

 

 兼定は()()()()()()()()()()()()()()

 

 未来は()()()()()()()()()()()()

 

 

 俺は思わず乾いた笑いが出た。

 なんだ、星野一家のことが笑えないじゃん。俺たちだって、()()()()()()()()()。俺は気づけたからよかったものの、他3人は救いようがないじゃないか。黒川さん大丈夫かな?

 そういや立花のオッサンも言ってたわ。『愛を超越すれば、激しい憎しみとなる』と。もしかしたら、カミキヒカルも、そのような気持ちでアイを間接的に殺害したのかもしれない。

 愛情というものは、人を良くも悪くも狂わせる。恐ろしいものだ。

 

 そういや、咸が腹いせに他二人の人生の墓場計画を進めていると聞いたが、今はどういう状況なんだろう。あの二人って同年代の女子との噂すら耳にしないんだが。

 癖が癖だからなぁ。

 

 

「……オーカ、どーしたの?」

 

「──んぁ、あぁ、別のこと考えてた」

 

「……こーんなに可愛い彼女が目の前にいるのに、私とのお話の途中で、別のこと考えちゃうんだぁ。どんなことを考えてたのかな? んー?」

 

 

 少々不機嫌そうに頬を膨らませる二児の母。可愛い。

 俺はため息をつきながら、その膨らんだ頬をぷにぷに伸ばすのだった。柔らかい、モチモチしてる。

 

 

「愛情について考えてた」

 

「イッツ・ア・ラアアアブ、だね!」

 

「どこでそんな言葉を覚えた?」

 

 

 英語の成績が低すぎて、生前に海外ロケNGだった少女の発言に俺は首を傾げた。

 しかも発音が和製だったので、多分本人も正しいのか間違っているのか分かってない様子。

 

 そんな感じで、わざわざ改札口前でイチャイチャしながら、新幹線で鹿児島に帰省してきた人々に砂糖を振りまく。傍から見ればただの嫌がらせである。

 アイと話をしていると時間が経つのは早く、2時間経過し博多からの新幹線が到着した。

 

 改札口から出てくる人の中に、ラフな格好をしながら手をつないで出てくる、似たような顔面形成の男女がこちらに向かってくる。言わずもがな、星野兄妹だ。

 

 

「──ママあああああああ!」

 

「二人とも、おかえ──ふがっ」

 

 

 人間魚雷のように母親の姿を見た瞬間突撃してきたルビーに、両手を広げて迎える準備をしていたアイは、娘の衝撃を完全に殺すことができず、二人は倒れ込んだ。元人気アイドルらしからぬ声も出たしな。

 余談だが、近くを通った人々は、ルビーのママ発言に3度見してた。気持ちは分かる。が、見せもんじゃねぇぞ、散れ散れ。

 

 

「壱護さん元気にしとった?」

 

「生きてはいた。生きては」

 

「そりゃ上々。あ、前にアクアが言ってた機材も自宅に置いてるから。細かい部分は分からんから、後は自分で何とかするなり、調べるか聞くかしてくれ」

 

「分かってる。仕事できる環境をさっさと作らないとな……」

 

 

 安否不明だった壱護さんも生存していて何より。どうやら大変な様子だったらしいけど、『呼吸していれば生きてるのでヨシッ!』の島津理論的には、五体満足なので無事である。

 なお、精神面は考慮しないものとする。

 

 アクアもアイから頼まれたものを渡してくれたようだ。

 数名を宇宙猫にしたようだが、前世の(アイドルという身分)が外れてしまった、秘密主義と暴露欲求のモンスターは、東京在住の何名かに爆弾を投下したらしい。

 無論、双子の迷惑にならない程度に、だ。何も知らない人間に送ったところで、生まれ変わりなんざ普通は信じないからな。信じている俺たちが頭おかしいのだ。頭おかしかったわ。

 

 

「というか昼飯の時間だな。どっかでか食って帰ろうか」

 

「荷物の運び出しがまだだろ? できれば今日中に終わらせたいんだが」

 

「あ、大丈夫。俺とご隠居が30分で全部運んどいたから」

 

「俺はともかく、家具家電とルビーの荷物は多かったよな……?」

 

 

 引越し準備の段階で、カテゴリーごとに段ボールに色付けといて……と言ってって正解だった。それをもとに、最速でトラックに積んでいた荷物を全て運び出したからな。ご隠居が「階段上るのめんどくせぇ」って、1階から2階のベランダにジャンプして運び始めた時は、荷物の方の心配をしたけどね。おそらく無傷のはず。

 ちなみに、双子は俺ん家の横──201号室に引っ越してきた。合鍵は渡してあるので、我が家は2階の住民のたまり場となった。フリースペースって言うなよ。

 

 

「ほら、二人も飯の案出して」

 

「サイゼリヤとかで良くない?」

 

「……ルビー、えっと、残念だけど、鹿児島にサイゼリヤはないんだよ?」

 

「「……えっ?」」

 

 

 母親の無慈悲な言葉に、双子は目を丸くするのだった。

 サイゼリヤ、お待ちしております。

 

 

 

 




癖の理由

【島津 桜華】
 巨乳好き。無意識の『他者に甘えたい』の意。

【税所 咸】
 ロリコン。元許嫁の面影を追って。

【伊集院 兼定】
 熟女好き。それぐらい年を重ねると、外傷で死ぬことはないという安心感。

【種子島 未来】
 ふた〇り好き。これを言っとけば、リアルで異性は自分を愛さないだろう。











カミキ「株式会社TOKI〇との業務協定が決まったぞ!」

かな「あれ、姫川さんは?」

メルト「大特(大型特殊免許)を取りに行ってるって」

かな「あぁ、なんかウキウキしながら出て行ったわね。出る気満々じゃない」


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081.汚ねぇ花火ですわっ!

 ギャグ回です。
 本当は馬鹿共視点のガチシリアス回を投稿予定で、仕事も疲れたし昨日少し書いた分あるから今回の投稿は楽だなー、あー、最近読んでる『推しの子』二次の最新話来てるわ展開気になってたんだよね。楽しみだなあああああああああああああああ……と鬱展開で情緒不安定になってました。
 んで、この鬱展開に、俺も鬱展開出すの辛くない?ってことで、急遽、前々から考えてたネタ回を爆速で執筆しました。
 次回どうしよ。明日仕事しながら考えます。


「ルビー、とりあえず2.3時間は静かにしといて」

 

「どうして?」

 

「今からゲーム実況生配信やるから」

 

 

 リビングで実況環境を整えながら、対面のソファーでだらーっと寛いでいるルビーに釘を刺す。アイは息子とお買物デートしてる。なかなか素直になれないアクアを、無理矢理ルビーと力を合わせて送り出した。ゲーム機をテレビにつなぎ、通話機能の確認をしていると、娘(義理)が興味深そうに覗き込んでくる。

 物珍しいのかな?と一瞬思ったが、宝石妹曰く『苺プロってネット系の配信者が多く在籍してるんだ』と、自分の事のように得意げに語る。中には年収1億のYouTuberとかも抱え込んでいるのだとか。上位の人間だと、そこまで稼げるんか。さすが子供がなりたい職業ナンバー1なだけのことはある。

 

 でもウチには日給約1千万(合計6千万弱)の元女優がいるからな。

 張り合う点が違うだろうけど。

 

 

「ゲーム実況ねぇ……何やるの?」

 

「マリオカート」

 

「レースゲームだっけ? あんまりゲームとかやったことなかったから、全然詳しくないんだよね」

 

 

 マインクラフトやる前のアイも同じことを言ってたと思いながら、内心で『親子だなぁ』と思う。前世の記憶があるはずなのに、親子で似るものなのだろうか? それとも身体に引っ張られているのか。最近、知恵捨て(チェスト)思考が目立つアイを思うと、この考えもあながち的外れではないのかもしれない。

 そして、俺たちは『ゲームやったことないんだよねー』とか言う奴を、沼らせるのが大好き。元人気アイドルはRPGのシナリオに没頭し、元女優は某家畜共の森で毎日株価チェックを欠かさない。

 

 世界中の親御さん、よぉく聞いとけよ。

 娯楽抑圧したときの反動ってのは大きいんだからな。適度にやらせるのがベストだ。

 

 

「超絶かなりうるさくする所存だから、どうしてもってなら自室(201号室)に戻った方がいいぞ。今日の俺、全然自重しねぇから」

 

「……興味あるから、ここで見ていい?」

 

「あぁ、別にいいけど」

 

 

 ルビーはとてとて歩いて、俺の隣のソファーに座る。

 そして、首を若干傾けて、スマホをいじりながらテレビ画面を見るのだった。

 

 

 

   ♦♦♦

 

 

 

『はーい、みなさん、おはこんばんにちは~。マリオカート実況生、始めたいと思いまーす。視点主は、僕ことニート侍(未来)でーす』

 

「おはこんばんにちは。ハムタロサァン()でーす」

 

『ちわ。ケムッソ(兼定)だ』

 

『配信ご視聴中の皆様、おはよう、こんにちは、そしてこんばんは。マッドハッター()です。はじめましての方は、以後お見知りおきを』

 

 

 いつものように、配信を開始する俺たち。基本的に配信画面は未来の視点で進めるので、他メンバーがやることと言えば、マイクの音量調整くらいだろうか。

 流れるコメント欄から『暴言配信やったぜ』『第二回スラムカート』『ハム公の鬼畜紅甲羅スナイプ見に来ました』等、平日のこの時間なのに、そこそこの視聴者が集まっているらしい。

 忙殺されそうになった仕事のストレス発散が、今回の配信の目的なので、俺的には視聴者の数は注視していない。地獄の清算書やら計算書が未だに夢に出てくるので、腹いせに馬鹿共を俺のクッパで嬲り殺しにするだけである。

 

 

『そして、今回のゲストは、こちらっ』

 

『──えっと、み、みなさん。お久しぶりです。あかっち、です』

 

 

 コメント欄が爆速で流れる。

 荒んだ現代日本に舞い降りた天使こと、黒川さんの登場である。今回は観客枠で参加と言っているのに、コメント欄は『癒しキタ』『勝ち申した』『あかっち様の声を聴くために生きてる』『姉御、待ってましたぜ!』と、歓喜の声は加速する。

 いやはや、すっごい人気だなぁ。

 

 

「……なんか想像してたより多いね、パパの実況」

 

 

 ルビーがスマホで同時に流していた、音を消している配信画面を見ながら呟く。

 そう、呟いてしまう。

 

 

 

 俺の高性能なマイクの近くで。

 

 

 

 コメント欄が『パパ!?』『ハムタロサァンのマイクから聞こえてたぞ!?』『え、子持ち!?』『声の質から、十代の美少女と見た』『ハムタロサァンとリボンちゃんの子供!?』『【悲報】AIさん子持ちの母親』と、阿鼻叫喚の地獄絵図と化す。目で追えないくらいには流れては消えて行くコメントを眺めていると、兼定の露骨なため息が聞こえた。すまんて。

 んで、ルビーはアイの娘である。このチャンスを逃がさずモノにする。

 

 

「どうもー、いつもパパとママがお世話になってまーす。娘のルビーです♪」

 

 

 アイドルより先に動画配信デビューを果たしたのだった。

 名を売るには、有名配信者とのコラボが有効であると、どっかでか聞いたことがある。ネットに強いと言われているプロダクションの環境下で過ごしてきたルビーも、記憶の奥底でその情報を知っていたのかもしれない。

 誤爆のピンチを、売名のチャンスに変える。その土壇場の頭の回転の速さには、さしもの兼定も感嘆の声色を出す。土壇場の起死回生の一手は、島津的にはポイント高いよ?

 

 同時に、俺はルビーの行動を心配する。

 別に売名行為を咎めているわけではないと明言しておく。それ自体は、配信主の未来もLINEで了承を貰った。

 

 

『はーい、では今回のルール説明。暴言禁止。以上』

 

『そうですね。あかっちさんも見てますし、何よりハムタロサァン(桜華)の娘さんもいらっしゃいますからね。暴言は教育に良くない』

 

『だなァ。というか、オレたちは模範的で誠実な実況者だぜ? 暴言なんざ吐くかよ』

 

「キャラ選択が終わったなぁ。コースはランダムだっけ?」

 

 

 だって、今回の配信。

 

 

『最初のレースが始まるよー』

 

『おいゴラァ。何が『暴言ないなら見る価値ないわ』だ』

 

「久しぶり過ぎて操作忘れてるわ」

 

『あかっちさんも見ていますので──本気で参ります』

 

 

 ルビーがペットボトルのキャップを外して、水をゴクゴク飲む。

 

 

 プープープー、プー(スタート)

 

 

 

 

 

『『『「お控えなすってえええええええ!」』』』

 

「ブハッ」

 

 

 

 

 

 エセお嬢様言葉縛りだぞ? 開始から全然違うけど。

 口に含んでいた水を俺に噴き出す宝石妹。俺がびしょびしょになってしまったが、既にレースは始まっているので、口から紡がれる暴言の嵐を、己の信ずるお嬢様言葉へと変換させる。

 

 

 

『道をさっさと開けるのですわ愚民共!』

 

『まぁ! はてなボックスを取りやがったウジ虫はどこのどいつですのっ!』

 

「バナナを制する者がマリオカートを制するのですわ!」

 

『紅甲羅の餌食になる豚はどいつかしら!』

 

 

 

「げ、ゲホッ……き、きかん、ゲホッ……気管支……ゲホッ……」

 

『ルビーちゃん大丈夫!?』

 

 

 

『あら、先頭を馬鹿みたいに走る非国民を消すトゲ甲羅(テポドン)を手に入れましたわ』

 

『ゴラああああああ! それ絶対今撃つんじゃねぇですわよっ!』

 

「2位は高見のお見物ですわああああ!」

 

『下等生物の金切り声でお飯が食えますわ!』

 

『オッホホッホ~』(投下)

 

「いやてめぇホントマジで急にバックしてくんなですわあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」

 

『無様に空中で回転する様は大変お似合いでしてよっ!』

 

『ざまぁねぇですわあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!?』

 

「緑甲羅すら回避できねぇ三下はクソして寝ろですわ!」

 

『はぁ!? こんなところにバナナとかしゃらくせぇですわ!』

 

『サンダー撃ちやがった頭鉄火団は誰ですの!?』

 

『あー、マジ4位とか、やってらんねぇですわー』

 

 

 

 1レースが終わると、

 

 

『『『「おつかれっしたー」』』』

 

 

 素に戻るのである。

 しっかし、他の面々もエセお嬢様言葉が板についているな。俺もアイから白い目で見られながら、頑張って習得し、何とか心の内にお嬢様を飼うことに成功したのに。

 今の俺の心には鬼島津(義弘公)とエセお嬢様が同居している。

 

 さすがに配信中ずっとエセお嬢様するのは辛いけど。

 なのでレースのみ憑依させるのだ。

 

 

 

 

 

『『『「お控えなすってえええええええ!」』』』

 

 

 

 

 

 こんな風に。

 

 

『……お嬢様って、そんな言葉遣いしないよ?』

 

 

 黒川さんの言葉は、俺たちの完璧で汚いお嬢様言葉にかき消されるのだった。

 

 

 

 




【星野 瑠美衣】
 双子の妹。転生者。ゲーム実況界隈で、自分の母親が『マイクラのレジライ』『村人キラー』『全ロスの貴婦人』と呼ばれていることに驚く。

【黒川 あかね】
 劇団『ララライ』の元エース。ゲーム内の株価の変動を毎日ノートに書き記すのが日課。咸に「株に興味おありですか?」と勘違いされて、リアルで試しに株売買を咸の資金でやらされて、本当に倍にしてしまったのは良い思い出。





かな「『マリオカートお嬢様おクソ生配信』って、何これ」

かな「……トレンド上位に入ってるんだけど」

かな「今暇だし、見てみるか」


 ──視聴後──


かな「………」

かな「あの妹、何やってんですの……?」


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082.種子島から見た君

 ガチシリアス回です。
 初の未来視点の話となります。
 コイツん家の異常さが垣間見えますね。
 感想お待ちしております。


『星野アイです。よろしくねっ』

 

『お、自己紹介? 初めまして。僕は種子島未来って言うんだ。よろー』

 

『よろー』

 

 

 星野アイという少女に初めて会った時、僕が最初に抱いた感情は憎悪だった。

 あぁ、お前がクソ姉貴の婚約者を奪ったのかと。お前のせいで、一縷(いちる)の望みだった、姉貴の婚約は破棄され、その重圧を僕がすべて背負うことになったのかと。そのような暗い感情を表に出さず、僕は笑顔で彼女に接するのだった。

 彼女さえ出しゃばってこなければ、姉貴は桜華とくっつくことになり、島津家と種子島家の関係は強固なものになる。加えて、姉貴が子供さえ生んでくれれば、長男である僕がつくであろう種子島家の次期当主の座なんて、喜んで譲ろうと思っていた。

 

 僕に次期当主の器はない。

 そんなこと、僕が一番よく理解しているのだ。

 

 しかし、島津側から婚約は破棄された。

 所詮、名家の婚約関係なんて、『とりあえずツバつけとけ』程度の効力しかないのは分かっていたし、宗家からの通達であれば、種子島家としては従う他なかった。……正直、クソ姉貴(アレ)が今まで婚約破棄されてなかったことが奇跡だったけど。

 

 

『もしかして、アイちゃんって、桜華の()()?』

 

『ん~、内緒っ』

 

『内緒かぁ、それは仕方ないねぇ』

 

 

 聞くところによると、あんまり聞いたことのない分家の養子が、桜華の許嫁になるんだとか。それが、目の前にいる少女──星野アイという女だとか。

 なるほどね。お前のせいか。僕は内心穏やかではなかった。

 

 姉貴の婚約者探しは絶望的であり、当の本人も相手を探す気配は全くなし。姉貴の婚姻関係を諦めた父親は、僕に狙いを定めてきたのだ。

 種子島家当主はとても優秀であった男ではあったが、優秀な父親ではなかった。それはそうだ、世論に評価される人間というものは、何かしらを犠牲にして成り立っている。僕たちの父親にとって、僕は()()()()()()()()()()()でしかなかったのだ。

 僕だって父親にまともな感性は期待してない。……いや、種子島家にとって、それが当たり前なのだ。だからこそ、家族との縁を捨ててまでも血筋の存続、優秀な人材の育成を最優先としてきたからこそ、島津家の右腕を名乗れる立場を維持している。

 

 

『ねぇねぇ、ミク君。聞きたいことがあるんだけどね?』

 

『未来だよ。なになに?』

 

『私ね、人を愛したいって思ったの初めてなんだ。でも、どうやって愛せばわからなくて。あと、私自身が嘘つきだからさ──』

 

 

 ほら、アクア君とルビーちゃんの近親婚の話、やけに詳しかったじゃん? あれね、知識の出所が僕なんだよね。みんなからドン引きされたけど。

 そりゃそうだ。──僕に浮いた話がなかったと知った父親が、姉貴と子を成すよう画策したのだから。あのときは流石にブチ切れて物理的に黙らせた。いくら異母姉弟だからって、ジョークとしても笑えなかった。

 確かに公にされてないとはいえ、一昔前のド田舎だと近親相姦とか普通にあったらしい。探せば、もしかしたら現代にも残っているかもしれない。

 だからと言って、姉貴が相手とか死んでもごめんだが。

 

 星野アイ、本当に余計なことをしてくれたものだ。

 お前さえいなければ、お前が現れなければ、種子島家の将来は安泰だったものを。

 

 だからこそ、僕は島津桜華と星野アイの関係を、

 

 

 

 

 

『──そんな、私の()。オーカに、届くかな?』

 

 

 

 

 

 この邪魔者を。この女を。この──星野アイという少女を。

 

 

 

 

 

『──届くかな?じゃなくてさ、届かせてみなよ、君の想いを』

 

 

 

 

 

 彼女の恋を、僕は心の底から()()()()()()()()()

 できるかなぁ、と頬を赤らめながら呟く少女は、桜華から事前に聞いていた『前世が元人気アイドルの転生者』という情報が、頭からすっぽ抜けるくらい、僕の目の前にいたのは完全に恋する女の子だった。

 

 え、矛盾してないかって?

 ()()()

 

 僕が彼女に対する憎悪の感情は、完全に僕のエゴでしかない。自己中心的な怒りでしかない。醜い八つ当たりでしかない。

 僕が真にマイナス感情を向けるべきは、同族である種子島家当主とクソ姉貴だけである。彼女はただ、ただただ純粋に桜華に恋しており、どう愛を囁くべきかを四苦八苦する、僕の個人的感情とは無縁の女の子なのだ。

 そんな彼女に憎悪を向ける? 憎悪(これ)は自己完結で終わらせる感情であり、決して目の前の彼女にぶつけるべきじゃない。

 

 怒りの矛先を、己の都合で女子に向けるほど、僕は人の心を失っちゃいない。前世の生い立ちを小耳にはさんだ僕からしてみれば、彼女は今度こそ幸せになるべき人だ。

 僕の心の奥底に沈む憎悪も、彼女の恋への応援も、双方が自分の本当の感情である。ただ向けるべき方向を心得ているだけ。

 

 それに──

 

 

『そっかぁ。オーカ、喜んでくれるといいなぁ』

 

 

 彼女はとても美しかった。

 

 外見は言わずもがな、人を惹きつける瞳も然り。

 しかし、僕が美しいと思ったのは、彼女が桜華を想うときの表情──僕や他多数に向けての作られた仮面ではなく、自身の弱点を露出させ、ひたすらに一人の男の為を想う表情が。

 僕には眩しかった。

 

 人と言うものは、ここまで他者の為に想うことができるのか。

 打算や理屈じゃなく、心の底から、人を愛そうと頑張ることができるのか。

 

 種子島家の人間上、ひたすらに冷徹で残酷であり、味方のことを『人的資源』としか見れず、将来のお嫁さんを『子孫を残すための道具』としか認識できない僕にとって、それは衝撃以上の何物でもなかった。

 どこまでも書面上の数字に忠実で無関心な僕には、彼女の桜華に対する想いが輝いて見えた。

 

 同時に気づいてしまう。

 理解してしまう。

 

 僕は──圧倒的に、恋愛には向いていないのだと。

 異性を愛してはいけない人種なのだと。

 

 少なくとも打算的で利己的な関係じゃないと、相手を不幸にしてしまうのだと分かってしまったのだ。愛し愛される関係を望んじゃいけないのだと、彼女を見て思ってしまう。

 

 

『……為せば成る、為さねば成らぬ何事も、成らぬは人の為さぬなりけり』

 

『何語?』

 

『日本語だよ? 米沢藩の上杉鷹山の言葉ね。どんな物事でも、やろうと思って努力すれば、必ず実現できる。逆に無理だと諦めて努力しなければ、実現は絶対にできない……って意味』

 

『薩摩じゃないんだね……』

 

『名言に国境はないのさ』

 

 

 努力すれば必ず実現できる云々はちょっと怪しいけど、僕がアイちゃんに伝えたい言葉は後半の部分だ。頑張って実現できるとは限らないけど、頑張らなければ絶対に実現できない。

 僕としては、これからも桜華の為に頑張ってほしいなと発破をかけた。

 

 ()()桜華をあれだけ変えた女の子なのだ。

 やればできるはずだ。

 

 僕はもう誰かを愛することも、誰かに愛される資格すらないけれど。

 それでも、僕の友を照らし続ける一番星になってほしいと、切に願うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 砂糖をバラ撒けとは言ってないけどね。

 

 

 

 




ゆき「あかね……元気にしてるかな」

カミキ「呼ばれた気がした」

ゆき「呼んでないよ?」

カミキ「何やらお困りの様子。吐き出してみたまえ、楽になるかもしれないぞ?」




カミキ「宗虎。私の(部下)の送迎を頼まれてはくれないか? あぁ、例の件もついでに頼む」

カミキ「………」

カミキ「さて──再会の時は近い、か」



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083.レンジと卵

 ほのぼの回です。
 前の話との温度差よ。前回の話で独白がクソ重い等の感想をいただきましたが、たぶん彼がオリキャラ勢で一番マシな部類です。一番ヤバいのが咸と兼定ですし。
 感想お待ちしております。


「夏休みだあああああああああああ!!」

 

「上機嫌だな、アイ」

 

「最っ高に楽しいよおおおおおおおお!!」

 

 

 俺が自称進学校に進学したのが悪いんかなぁと思いながら、完璧で究極なステップを踏みながら、楽しそうに踊る黒髪の少女。とてもじゃないが中央駅の改札口前で舞うようなレベルではなく、通る人々の視線を惹きつけるものがあった。

 まさか通行人も『夏季講習最終日のためハイテンションになってるだけ』だとは思うまい。

 既に授業も終わったので、後は楽しい楽しい高校生活初の夏休みが始まるのだ。

 

 既に馬鹿共+αとは別れている。

 兼定は中央駅地下のユニクロへと服を買いに行った。あの高偏差値カップル(咸と黒川さん)以外の薩摩メンバーは、服は着れればそれでいい派の人間なので、俺もアイも基本的にはユニクロで済ます。いや、ユニクロ便利じゃん。安いし。

 未来は中古ゲーム屋巡りに行っている。なんでも幻の友情破壊ゲームである『カービィのエアライド』のソフトを入手したらしい。なので肝心のゲームキューブを探しに行っているのだとか。もし見つからなかったら、当主殿(アイの伯父さん)から借りる予定。明日は俺の家でエアライドパーティーである。何気にアクアが参加に意欲的だったのを思い出す。前世的にはエアライド世代だもんね。

 

 そんで高偏差値カップルはというと……

 

 

『映画見に行ってくるね! 予約は既にしてあるよ!』

 

『え、私はちょっと用事があるんですが、あかね聞いてま──

 

 

 黒川さんが税所家の鈍感男を引きずって、中央駅隣接のアミュプラザ最上階の映画館へと向かった。十数分後に、税所家で咸以外で唯一交流のあるおじさんから『当主の居所知りません? 連絡がつかないんですが……』とLINEが来た。

 ひとまず『お姫様とランデブー』と伝えておいた。

 『ならば良し!』のスタンプが返って来た。

 

 

「今日は何の服を着ようかな? 競泳水着かな? バニーで攻めてみよっかな? 今時のアイドル衣装で愛し合おっか?」

 

「待ちたまえドスケベ性欲モンスター。まずは西口のビックカメラ行くぞ」

 

「何か買うものあったけ?」

 

 

 ダンスを止めて俺の元に戻ってくる。

 終わった瞬間に立ち止まって見ていた観客がまばらに拍手し、アイはそれに手を振って応える。東口広場近くで路上ライブしている人を見るが、それより観客が多かったのは皮肉な話だ。

 

 俺の言葉に元人気アイドルの少女は首を傾げる。可愛い。

 その様子に、忘れたのかと俺はため息をついた。

 

 

「お前の娘さんが我が家のレンジを昇天させただろうが」

 

「……あー」

 

 

 ジト目の俺の視線から逃れるように、明後日の方向を見ながら冷や汗をかく少女。

 

 昨晩の事だが、いつものようにソファーなりベッドなりで寛いでいた俺たちの耳に、4発の爆発音が部屋内に鳴り響いたのだ。キッチンからであり、俺はベッドから転げ落ちながら瞬時に体制を整え、ダッシュで音源へと向かう。

 

 

『ルビー!?』

 

 

 が、ロリコンでシスコンな先生には敵わなかった。ソファーで足を組みながらスマホを弄っていたアクアは、パパパパンと鳴った瞬間には、妹の名前を叫びながら厨房へと向かった。

 順番的にはアクア、俺、アイの順で着いただろうか。

 たどり着いたときには、冷蔵庫の上に置いてあったレンジが煙を上げ、床は卵の黄身と白身だらけであり、アクアが白と黄色の破片を付着させて涙目になった妹を抱きしめていた。

 

 後にルビーは供述する。『みんなの為にゆで卵を作りたかった』と。その心遣いは大変うれしかったが、今までの彼女の周りには『レンジに卵ぶち込んでチンすると爆発する』ということを教えてくれる人はいなかったらしい。

 本来なら親が教えるような知識なのだろう。と俺は思ったが、口には絶対に出さない。星野一家に『親』という単語は、地雷以外の何物でもないのだ。そこら辺の知識の伝授は母上に任せるとしよう。

 

 

『ルビー! 大丈夫!? 怪我はない!?』

 

 

 幸いにも怪我の類はなかったらしい。アイがルビーを抱きしめている間に、俺はレンジのコンセントを抜いて状況を確認する。

 黄色と白色で彩られたレンジの中だが、残念ながら再起不能だと俺は判断した。使えないわけではないだろうけど、かなりダメージが大きいようなので、使い続けることによる二次災害を危険視して、同棲時に購入したレンジを破棄することを決めた。

 

 

『……やっぱりダメか? 購入費用は俺が出す』

 

『え、えと……そ……その、パパ……ご、ごめん、な、さい……』

 

『……うん、ルビーちゃんに怪我がなくて良かったわ。これも古かったから、それも原因かもしれない。買い替え時だったから、アクアが気にすることはねぇぞ』

 

『『………』』

 

 

 享年3ヶ月だが、これはもう仕方ない。

 二人は俺のド下手な噓を疑っている様子だったが、それ以上のことは言わなかった。追及したところで、傷つくのが誰になるのかを理解していたからだろう。

 

 なので現在の我が家にレンジがない。

 死活問題である。

 

 

「レンジ、レンジ……っと、どれがいいんだろ」

 

「できれば安いのがってのは、流石にダメだよね。長く使いたいし」

 

 

 家電製品は俺たちにとって大きな買い物の部類であり、アイのように可能であれば安いのがいいと思うのは当然だ。けれども、安物買ったところで、銭を失っては意味がない。

 俺は全体的な値段を見て、中間あたりの値段かつ良さそうなものを選ぶことが多い。こういうの、結構性格が出る。咸は平均使用年数のサイクルで最高品質の家電を買うし、未来が同じようなサイクルで型落ちの安い商品を買う。兼定は一番高いのを買ってギリギリまで使い潰す。

 

 

「あと掃除がしやすいやつ」

 

「それなぁ」

 

 

 アイのボソッと呟いた一言に、俺は激しく頷く。

 手入れのしやすさって、もしかしたら一番大事かもしれない。

 

 そんな感じで彼女とワイワイ相談しながら、手ごろな価格かつシンプルなデザインのオーブンレンジを購入することになった。前のが普通のレンジだったのに対し、これはオーブンやグリルが使えるので、料理の幅がかなり広がる。

 これには凝った料理をする俺はにっこり。

 冷凍ピザを調理したかったアイもにっこり。

 

 大荷物を現金払いで購入した俺は、ブツを抱えながら改札口前経由で東口に行く。

 後方をついて来る一番星。

 

 途中、普段見かけないような光景を改札前の広場で目にした。

 視界に映るのは3名の男女。比率は2:1だ。

 男共は地元民であり、明らかにチャラい外見のにーちゃんたちだった。年齢は10代後半かな? もうちょっといくか? どちらにせよ、あまり関わりたくないタイプの人種ではあった。

 そして彼らに絡まれる少女。俺たちと同じ年齢だろうか? 深くキャップを被り、黒いサングラスで隠してはいるが、その骨格からしてかなりの美少女であることは明白であった。そしてスタイルが良い。おっぱいがめっっっっっっちゃデカい。レンジ持ってなければ拝んでたかもしれない。

 

 男共は馴れ馴れしく少女の肩を組んだり、桃色の髪を遠慮なく触っている。

 少女はしどろもどろになりながら、服の裾を強く握りしめ、よく見たら若干震えているのが見える。どこをどう見ても、嫌がっているのは明白だ。

 

 

「……行くぞ、アイ」

 

「……うん」

 

 

 こういうのは関わらないに限る。

 大荷物持ってるので早く帰りたいし、どう考えても厄介ごと案件だ。一般人な俺とアイが介入しても良いことなど何一つない。

 というか、赤の他人だし。別に助ける義理もなければ、俺が守護するべき身内でもない。わざわざチャラいにーちゃんの邪魔をする必要もないだろう。いざとなったら、彼女も助けを呼ぶだろうし、駅員さんも近くにいるから、何の問題もない。

 

 俺は歩みを進め──

 

 

 

 

 

「──待たせてすまん。目的のレンジ買ってきたわ。じゃあ、行こうぜ」

 

「……えっ」

 

「「は?」」

 

 

 

 

 

 レンジ片手に少女に声をかけた。桃髪の少女は困惑し、男共は顔を歪めて俺を睨む。

 ヘイトがこちらに向いたことを確認した俺は、レンジの入った段ボールを下ろしながら笑顔でお兄さんたちに声をかける。

 

 

「すみません、俺の友達なんです。怖がってるので──その手、放していただけませんか?」

 

「はぁ? 出しゃばってくんなガキ」

 

「うぜぇんだよ、どっか行けクソが」

 

 

 肩を組んでいた男は嫌がる少女を抱き寄せて、もう一方は後方で様子をうかがっていたアイを視界に収めたらしく、俺の彼女を舐め回すように見

 

 

「──あ゛?」

 

 

 俺は殺気混じりの声色と共に、双方を穴が開くくらい見つめる。

 いくらお兄さんたちに身長的優位があるとはいえ、最凶最悪の戦闘殺戮集団たる島津家の、欠陥品ながらも末席を汚す(殺人鬼)の殺意に屈したのだろう。男たちは表情を引きつらせながら尻尾を巻いて逃げ出すのだった。もちろん、周囲の人間に漏れるような睨み方はしない。

 ……親父殿やご隠居なら、最低でも失神させるくらいは殺意を込められただろうに。やっぱり俺もまだまだだな。精進しよう。

 

 俺は静かにため息をついて、少女に向き直る。

 少女は何度も頭を下げて感謝の意を示した。胸部装甲が激しく揺れてる。あと脇腹が痛いっす、アイさん。

 

 

「大丈夫なら良かった。次からは早めに大人の人呼んだほうがいいぜ。んじゃ」

 

「──あ、あのっ」

 

「……まだ何か?」

 

 

 彼女はサングラスを外し、髪と同じの鮮やかな桃色の瞳を、俺に向けた。

 

 

「──人を、探してるんよ」

 

 

 ──これが、伊集院兼定の終わりの始まりである。

 

 

 

 




カミキ「カラス君たち、ご飯だぞ」

カラスs「「「「「カァ」」」」」

カミキ「……よしよし、良い子たちだ。では任務、頼んだぞ」

カラスs「「「「「カァ(`・ω・´)ゞ」」」」」




謎の少女「………」

謎の少女「あの、私の鴉なんだけど」


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084.幸運の女神様

 ほのぼの回です。
 穏やかな時間ですね。次回の為に、今のうちにほのぼのしてください。
 感想お待ちしております。


 鹿児島中央駅の東口階段の真下にはスタバがある。

 そう、アイがカミキヒカルよりも大好きな『スターバックスコーヒー』である。ちなみにスタバへの来店頻度を確認したところ、半年に一回程度と解答された。そういうことである。

 

 桃髪の少女を伴って来店した俺は、ひとまず壁際の人目があまりつかないところへと避難する。俺の彼女から事前に『あの顔の隠し方は、たぶん芸能人じゃないかな?』と聞いていたからだ。

 鹿児島は皆様方がご存知の通り、ぺんぺん草しか生えてないレベルのド田舎だ。テレビで見るような有名人も目的を持たなきゃ来ることはほとんどないと断言できる。つまり、スタバの壁際にいとけば、有名人であろうが「でも鹿児島にいるわけないよなぁ」と、誤魔化せる……はず。

 

 鹿児島に芸能人はほとんど来ないのだ。

 な、黒川さん。

 な、アイ。

 

 注文されたものを待ちながら、俺たちは互いに自己紹介を行った。

 俺が注文したのは抹茶ラテ何とかである。俺、抹茶、大好き。

 

 

「──へぇ、寿(ことぶき)みなみさん、かぁ。グラビアアイドルやっとるん? すっげぇ」

 

「目の前でググるのは非人道的やない?」

 

「み、見て見てっ。『ミドジャン』の表紙に出てる!」

 

「うわぁ、物凄くえっちだぁ」

 

「目の前で雑誌の表紙を出すの非人道的やない?」

 

 

 アイがご本人の目の前で、即席でウェブで買った雑誌の表紙を俺の前に出す。スマホに映っていた彼女のグラビア写真は、全国の健全な青少年の熱いハートを元気づける何かがあった。

 俺も人生15年は生きてきたが、ここまでスタイルの良い女性には初めて会った気がする。撫子がスタイルの良い美少女に分類されるかもしれないが、俺の図鑑には『人格破綻者』に分類されている。良かったな、立花兄弟と一緒やぞ。

 

 そして目立つのは、その胸。

 もうね、俺が最低最悪なことを言ってるのは自覚してる。でもね、目の前にいると迫力が違うんよ。

 

 

「……じ、Gカップだと?」

 

「………」

 

「は、恥ずかしいから、あまり言わんといて……」

 

 

 こんなん違法建築だろ。建築基準法98条1項1号が適用されない?

 俺の最愛の彼女なんか、サイズ聞いた瞬間に『FXで有り金全部溶かす人の顔』になったぞ。元人気アイドルの面影は一切ない。

 恥ずかしそうに猫背でもじもじしているから、余計に胸部装甲が強調される。

 良かもん見せて頂きました。

 

 

「閑話休題。俺の名前は島津。下の名前は……別にいいだろ」

 

「星野アイでーす。一般人です」

 

「ほし、の……? もしかして、ルビーの家族なん?」

 

 

 おや、ルビーのこと知ってるのか。

 詳細を聞いてみたところ、ルビーが東京で通っていた高校の同級生だったのが、この寿さんらしい。世間は広いようで狭いものである。

 アイはルビーの家族だ。本当の関係を口にすると、寿さんもFXで金をジャブジャブしそうである。

 

 

「ルビーのことを知ってるんだ? アイはルビーとアクアの親族でさ。あまりにも仲がいい上に、小さい頃はアイが双子の世話とかもしてたもんだから、ルビーはアイのことを『ママ』って呼ぶくらい懐いてるんだぜ?」

 

「そうなんや、ルビーは甘えんぼさんやもんな。アイちゃん、これからもよろしゅーしてくれる?」

 

「ルビーの友達なら、ことほぎちゃんも友達だよ! よろしくねっ」

 

 

 嘘はついてない。俺は噓が苦手なので、要点をぼかしながらそれっぽく改変する。この前だってアクアが大変お世話になった五反田監督を宇宙猫にしてしまったのだ。アイの即友達になったとはいえ、あんまり星野一家の超絶複雑な相関図を公開する必要はない。

 この暴露欲求の権化がどこまで耐えられるのかは知らんが。

 

 さて、本題に入ろう。

 俺は咳払いをして空気を整える。

 

 

「そんで、寿さんは人を探してるって言ってたよね? こんな火山灰降り積もる自然災害の地に来るってことは、のっぴきならない理由があると見た」

 

「……そう、やね。うん。うちが探してるのは──初恋の人なんよ」

 

 

 ……ほぉ。頬どころか耳まで赤くし、両手で顔を隠す桃髪の少女の初心なことよ。その人は彼女にとってとても大切な人であり、彼女の初恋はまだ終わってないことの証明でもあった。

 相手さんが羨ましすぎる。俺、恋人ができるまでの過程で、こんな状況にはならなかったぞ。いや、もしかしたら探せばあるのかもしれないが、どちらかと言うとエロ漫画してエメラルドしてカミーユした記憶が強すぎる。

 

 

「それを地元民である俺たちに聞きたいってことだね。俺に聞いて来たってことは、もしかして市内(鹿児島市内)の人間だったりする? さすがに離島や大隅の端辺りは、俺自身把握してないから勘弁してほしい」

 

「ううん、分らんのよ」

 

「……何が?」

 

「うちが小さい時の記憶やから、その、名前が『かねちゃん』ってところと、とってもかっこよくて優しい男の子ってことしか、覚えとらんの」

 

 

 噓だろおい。そんなの情報だけで特定できるか。

 砂丘からコンタクトレンズ探すくらい難しいんだが?

 

 それは寿さんも理解していたのだろう。苦笑いしながら、そして寂しそうに、やっぱそうやねと弱弱しい声色で俺の発言に同調した。

 探してやりたい気持ちは山々だが、こんなことで島津家としての権限を使うわけにはいかないし、俺たちだけだと圧倒的に情報量が少なく探しようがない。考えられる手段としては、咸に聞くのも一つだったが、あいつは今は元女優の美少女と映画館デートを満喫しているのだろう。邪魔したら『島津あかね』にエアチェストされる。

 つまり俺が死ぬ。

 

 

「なんかこう、もうちょっと情報ない? えっと、ほら! どこであったとか」

 

「……えと、神社かお寺?だった気がする。うちが迷子になって寂しくて泣いてたのをね、かねちゃんが探してくれてな、うちを負ぶって連れ戻してくれたんよ」

 

 

 ただの惚気である。この抹茶ラテがクソ甘い。

 しかし、何も収穫がなかったか?と聞かれれば、それは否である。

 

 

「迷子になるレベルの神社仏閣だとすりゃ、少しは限られてくるか。その場所ってさ、自然豊かだったりする? それとも近代的建築物多め?」

 

「自然が多かった気ぃするなぁ」

 

「となると……これ? それともここ? この神社とか見覚えある?」

 

 

 俺が知る限りの鹿児島県内にある比較的大きめの神社仏閣をグーグルビューや神社の公式サイトの写真を使って、彼女の記憶を呼び起こさせる。

 あれでもないこれでもないと何回か撃沈し、そろそろ俺の知る迷子になるくらいの規模の神社仏閣が少なくなってきたなぁと不安になっていると、ふと彼女の顔色が変わったのを見逃さなかった。

 

 その神社の名前は──霧島神宮。

 鹿児島と宮崎の県境に位置する、地元でも有名な神社である。島津家的にも重要な文化財であり、両手で数えられるくらいには足を運んだことがある。

 

 

「ねぇねぇ、ことほぎちゃん。その人と会ったのって何歳の時? 何月ごろ?」

 

「寿やで。えっとね、9歳ごろやと思う。12月の寒い日やったなぁ」

 

 

 マジかぁ。季節が12月になると正月の確率が高い。これがそれ以外の季節なら、霧島方面在住の『かね』がつく人間を探せばいいのだが、正月だと県内外から人が多く集まる。それだと特定が物凄く難しい。これ以降は咸と黒川さんの管轄になってしまう。

 

 正月なら俺も赴いた可能性があるけどさぁ。

 これは探すのは保留に──

 

 

『──ちゃん。──ちゃん!』

 

『──せェな──だろうが──』

 

『あり──また、か──大好──』

 

『もう──ない。じゃ──よ』

 

 

 ふと脳裏に浮かんだ光景。

 確か、どっかの伊集院家の暴力装置が、霧島神宮の下の鳥居前で……え、もしかして。もしかするのか。というか、もしかしたら大変なことになるんじゃなかろうか。

 

 俺はスマホの写真を開き、目当てのものを彼女に差し出す。

 グラビアアイドルの少女はそれを覗き込んだ。

 

 

「ぶっちゃけ信じたくはないけどさ。うん、はい。この写真の人物って、なんか既視感ある?」

 

「……かね、ちゃん? かねちゃん? かねちゃんっ」

 

 

 その写真を涙目で愛おしそうに見つめた少女は、俺のスマホであるにもかかわらず、その豊満な胸元に寄せて、包み込むように抱きしめた。

 俺はスマホになりたい。

 

 

「し、島津君。この人の名前、知ってたら教えて欲しいんやけど……」

 

「あぁ、コイツの名前はね──」

 

 

 俺は彼女に名前を告げた。

 

 

「──伊集院、兼定。俺の友達だよ」

 

「──兼定くん。兼定くん、かぁ」

 

 

 ウェーブがかった髪を揺らしながら、その想い人の名前を噛み締めるように微笑む。

 兼定の終焉は近いなって思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──でさ、9歳ん時に霧島神宮いた女の子覚えてる? 神宮前の鳥居下で、お前が背負って歩いた子。名前が寿みなみさんって言うんだけど」

 

『──はァ? 誰だ、それ』

 

 

 

 




謎の少女「返してっ、私の鴉たちを返してっ」

カミキ「……だ、そうだ。どうする、カタギリ?」

カタギリ「カァ」

謎の少女「勝手に名前つけられてるんだけど!?」

カタギリ「カァ」

カミキ「見事な手際だ。立花隊(カラスs)に作戦をB-2に移行するよう指示してくれ」

カタギリ「カァ」

謎の少女「なんか編隊組まれてるんだけど!?」


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085.伊集院から見た君

 ガチシリアス回です。兼定視点です。
 頑張って執筆しました。こいつも大概壊れてます。吐きそう。
 感想よろしくお願いします。



 ちなみに前話最後のセリフですが、兼定は完全に忘れてます。
 彼も当時9歳です。9歳の12月です。
 それを念頭に入れて、どうぞっ。


 星野アイという女を初めて目にしたとき。

 オレはいったい、どんな顔をしていたのか。

 

 

『──へぇ、タネサダ君って言うんだ。よろしくねっ』

 

 

 やめろ。

 

 

『タネサダ君に聞きたいことがあるんだけどさー』

 

 

 その顔で。その瞳で。

 

 

『私、すっごく楽しいよっ』

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()!!

 

 イライラする。星野の嬉しそうな顔を見ていると、楽しそうな顔を見ていると、桜華のことを愛おしそうに想う顔を見ていると。

 (はらわた)が煮えくり返って、怒りで自分を見失いそうになり、とにかく最悪の形で──()()()()()()()()()()()()()()。生やさしい殺り方じゃねぇ。もっとも残酷で、最も最悪な形で、自分という生命の形を終わらせたくなる。

 

 伊集院家は島津随一の武闘派集団だ。

 故に、オレの兄弟姉妹は8人いた。……今はもう5人だが。

 

 人の死は日常茶飯事、兄弟の葬式も見慣れてきた。

 それがオレたちの普通であり、死を悼み、生を堪能し、笑いながら敵を殺す。オレは畳の上で死ねるほど善行は積んでないし、地獄に落ちるその時まで現世を謳歌する。いつかは兄弟姉妹と笑いながら酒を飲みかわし、オレらを置いていった兄弟の悪口を言い合うのだろう。

 

 それはオレたちが社会不適合者(死んでもいい奴)だからだ。

 だが──

 

 

『タネサダ君、聞いてる?』『かねちゃん、聞いてる?』

 

 

 鍋島蛍は、咸の許嫁であり、オレの友人だった。

 兄弟姉妹が多い伊集院家によく遊びに来ては、なぜか知らんが姦しい姉妹を差し置いて、オレの後をついてくるような女だった。その輝く一番星のような瞳を、オレに向けていた。

 

 

『オーカがねっ、私の作ったカレー食べてくれたんだ!』『咸君がプリン買ってきてくれたんだ!』

 

 

 所詮は家同士の婚姻関係。

 それでも、蛍は咸に懐いていたし、他家の令嬢なのでオレも必要最低限の付き合いをしていた。

 

 

『タネサダ君はいつも不機嫌だねー』『もっとかねちゃんは笑った方がいいよ』

 

 

 ……そうだ、オレは蛍のことを妹のように思ってた。

 無駄に明るくて、所々おっちょこちょいで、自分の病弱さを嘘で隠す奴だった。オレも咸も、そのことを知ってたが、深く追求することはなかった。

 当時のオレはガキだったし、深く考える脳がなかったんだろう。

 

 

『──ねぇ、タネサダ君』『──ねぇ、かねちゃん』

 

 

 今でも夢に見る。

 蛍が生きていたのなら──今の星野と、同じ歳だったんだろうと。

 

 

『『──私の()、彼に届くかな?』』

 

 

 あぁ、オレは嘘が嫌いだ。

 死ぬほど嫌いだ。

 

 嘘をつかれた側の気持ちを考えたことはあるか?

 どれだけ良い嘘だろうと、どれだけ悪い嘘だろうと、それが大切な人間からつかれた嘘なら、心のどこかで後ろめたさが残る。

 本当のこと言ってくれたら、どれだけ楽だったか。

 

 

『かね……ちゃん。私ね、咸君とけ……っこんして、ずっと、いっしょに……遊ぶんだぁ。み、な君はさ、好きって気持ち、が。分からないから……私が、たっく……さん、教えてあげる、の。早く元気になって、ぎゅーって……して』

 

『……あははっ、私、お……とおさんを……泣かせちゃったみたい。なんか……もう、治らない……ん……だってね。困っちゃうな……? これじゃあ……けっこんするとき……の……白い、ドレスが、着れないや……』

 

『……さいきん、ね……腕がね……あんまり、動かない、の。もう、私、ダメなのか……なぁ……? みらいくん、と、おぉかくん……とね、かねちゃんと……みなくん。みんな、で……もっと、もっと……遊びたかった……よ……?』

 

 

 嘘が嫌いだ。

 大嫌いだ。

 

 

『馬鹿言うんじゃねェ。お前が頑張ってンだから、治らないわけがねェだろうが。さっさと体治さねェと、来月の遠足に間に合わねぇ。咸だって待ってンだぞ』

 

『そ、っかぁ……じゃあ、がん……ばらないと……ね……』

 

 

 

 

 

 ──20××年12月18日 午後3時26分46秒──

 ──鍋島 蛍 逝去 享年9歳──

 

 

 

 

 

 蛍が死んで数か月、オレはどこか現実味のない日常を送っていた。

 いつものように人が死んで、いつものように人を悼んで。そう、蛍の時も、それは同じだったはずなのに。どうしてか、なんでか、何をしても満たされなかった。

 

 

『兼定、忘れるなっていうわけじゃねぇけど、そろそろ気持ちを切り替えろ。そんなんじゃ、蛍の後を追うだけだぞ』

 

『……分かってらァ。まさか島津の欠陥品から、ンなこと言われるなンてな。そういうお前は大丈夫なのかよ』

 

『大丈夫じゃない。せっかくの鍋島家の婚姻関係、あそこまで険悪になると、今後の外交に支障が出るかもしれねぇぞ。当主殿が上手くやってくれるといいが……』

 

 

 そういや、この頃の桜華も十分狂っていたな。

 いや、島津的には正常だったのか。あくまでも蛍に対して『名家の令嬢』としての対応であり、死んだときも顔色一つ変えなかった。

 

 だがオレは違った。

 当時の桜華のように、そう簡単に割り切れるもんじゃなかった。

 

 オレはあの時確かに、自分のために嘘をついてしまった。

 あの時どうして、本当のことを(寿命が近いと)言ってやれなかったのか。どうして、ありもしない希望を嘯いてしまったのか。どうして──苦痛に耐えていたあいつに、『もう頑張らなくていい』と言えなかったのか。

 生きてほしいと願ったばかりに、蛍の苦痛を長引かせてしまったんだ。最期は見れなかったが、あいつに笑顔を強要してしまった。1年の闘病生活、辛くて苦しくて寂しかったはずなのに、オレの根も葉もない希望で、あいつを頑張らせてしまった。

 

 

『やったっ、やったっ、オーカと同じ高校に受かったよ!』

 

 

 だからオレは星野が嫌いだ。

 あの時、蛍が死んでなかったら──と、ありもしない『もしも』を連想させてしまうから。

 オレが望んで望んで止まなかった『蛍がもし生きていて、オレたちと同じように生活できていたら』を、突きつけられているように覚えるから。オレの噓が、彼女に生きる希望を与えていたと錯覚してしまいかねないから。

 

 

『私たち、付き合うことになりましたっ』

 

 

 同時に、オレは星野を支え続ける。

 今度こそ星の輝きを持つ少女を、不幸にさせないために。

 蛍と同等かそれ以上に傷ついていたかもしれない星野()が、これ以上傷つかないように。

 

 これはオレの自己満足である。

 これはオレの贖罪である。

 

 許してくれなんて言うつもりはない。これで蛍が笑ってくれるわけじゃないのは分かってる。

 それでも──オレは大嫌いな(守りたい)星野を友人として接する。星の輝きを持つ少女が傷つき泣く姿を、オレが耐えられない。許せない。

 

 星野と、ついでに桜華が幸福であればいい。

 それ以外の感情なんざ必要ない。本当は今すぐにでも死にたいが、このまま自殺するには勿体ない。この人生、他人の幸せの為に使い潰せる上に、あっちで蛍に会える可能性だってあるのだ。これ以上ない上がりってやつじゃねぇか?

 

 

 

 

 

 もう、オレは、自分が幸せになろうなんざ思わない。

 

 

 




かな「あの気持ち悪い男の肩に居座っている鴉は何?」

大輝「知らないのか? 技術顧問兼秘書兼アイドル部門担当のカタギリさんだぞ」

かな「さん付け? 鴉相手に?」

大輝「役者と事務所の取り分、7:3にしたのはカタギリさんだぞ」

かな「舐めた口きいてすみませんでした」


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086.薩摩武士とグラビアアイドル

 シリアス回……かなぁ?
 この馬鹿共は普通に攻略しても逃げられるので、外堀内堀を埋めて、逃げられないように詰めて、堕とすのが正攻法です。
 それは歴史が証明しています。島津は城攻めが苦手だし。何なら薩摩に城らしい城ってほとんどないし。
 感想よろしくです。


 伊集院兼定という男は、良くも悪くも薩摩武士らしい人物である。

 この『薩摩武士らしい』という単語の意味は、何でもかんでもチェストで解決する頭イカレポンチじゃない。なんか県外の人間に勘違いされることが稀にある。鎌倉武士のイメージと混同しているのかもしれない。……鎌倉武士もこんなイカレてないと思うが。

 

 確かに伊集院家は武闘派集団だ。

 一方で、文武両道を掲げる一族であり、かつての薩摩藩の基礎を築いたとされる『日新公(薩摩)いろは歌』を一部忠実に守っている家系でもある。

 無論、この郷中教育の基礎である『いろは歌』は作った人間が人間なだけに、俺も脳みそに叩きこまれた句ではあるが、兼定もそれを学び、表向きは可能な限り忠実に守ってはいると聞いた。完全に守っていると口にできたら素晴らしいが、まぁ、俺たちも心ある人間なので。うん。

 

 

『──つまり? あいつまだ蛍のこと引きずってるのか? 何年前の話だよ』

 

『それだけ可愛い妹分の死が衝撃的だったってことでしょ』

 

『身内の死なんざ別に珍しくもないだろうに。数年も引きずってたら、俺なんか今頃自宅警備員だぞ』

 

 

 そんな薩摩武士が、未だに死者に囚われていると知ったのは、体育大会時の未来の発言だった。咸の許嫁であった聡明な令嬢の死は、表向きは普通である兼定に暗い影を落とし続けているのだとか。

 ……あー、そういや蛍が死んだ後だったな。あいつが北斗の拳のサウザーみたく「愛などいらぬ」的な発言したの。ただ単純に色恋沙汰に興味がないのだと思っていたが、鍋島家の令嬢が原因だったと思えば納得はいく。妹分として可愛がってたのは聞いてたが、あいつの人生観まで変えてしまうとは。

 

 

『それに、なんかアイちゃんに似てるもんね、ほたちん。最近聞いた話だと、兼定ってまた縁談断ったらしいよ。兼定のおやっさんから『もう余所者でも何でもいいから兼定に相手を……!』って相談があった。僕に。あれ高度な煽りかな?』

 

『アイに似てる、かぁ。俺はそうは思わなかったけど……うーん、咸も言ってたし、そうなんだろうねぇ。咸といい兼定といい、そんでお前といい。ほんっと、難儀なもんだわ』

 

『……なんのことかな?』

 

『ダウト。……んで、その中心はアイ、か。輝きの強さも考えもんだな』

 

 

 一番星の輝きは、同時に影を濃くするものだ。そのマイナス面が浮き彫りになってきたのだろう。未来もアイに会った時は少々おかしかったし、兼定や咸も想像以上の反応を示していた。

 あれだな。この馬鹿共はアイが震源地であろうと、彼女のせいだと当たらないのは素晴らしいと思う。彼女は全然悪くないし、それで八つ当たりをするような連中じゃないのは俺が知ってるし。まぁ、手ぇ出したら正気に戻すだけだけど。手がかからないのはいい。

 

 未来との会話を思い出したのは、兼定が寿さんのことを「知らない」と断言したときだった。俺でも記憶の片隅から思い出せたんだぞ……と口にしようとしたが、彼女と会った時は蛍の死去から数日レベルの話だ。49日すら経ってない。

 その時の兼定は虚無虚無プリンだったはず。

 覚えてないのも無理はないわな。

 

 しかし、それで終わるのは少々惜しい。

 惜しいっつうか、あまりにも寿さんが可哀想だ。せっかくの初恋を『相手側が全く覚えてなかった』だけで、失恋に変わるのは宗家の関係者として忍びない。

 

 心のどこかで、兼定(これ)が初恋相手って事実に、いっそ失恋した方が幸せなんじゃないかと思わなくもなかったが。だって、寿さんって一般人だぞ。感性も一般人仕様のはずだぞ。

 対する兼定は、一般的に見れば俺以上の連続殺人の常習犯である。アイはなんか知らんけど普通に受け入れているし、黒川さんは……咸が自分から引き離すために薩摩のお仕事を暴露して「それは私が咸君を忌避する理由になる?」って返しで撃沈してた。当初のルビーの反応が普通なんだよ。アイと黒川さん(この天才たち)は、やっぱどこか感性がおかしい。

 

 話を戻そう。

 まぁ、殺人鬼云々は別として。このままハイ終わり、東京にお帰りください……では納得いかないだろう。

 

 

「──ってなわけで、無理矢理連れてきました」

 

「「………」」

 

 

 来いって言っても聞かねぇもんだから、最終手段の『アイのお願い♪』を使わせていただいた。

 

 

『中央駅下のスタバにいるから来てね?』

 

『だから知らねェって言』

 

『でもことほぎちゃん可愛いよ? タネサダ君も来てよ』

 

『興味ねェって、何度も言わせ』

 

『……だめ?』

 

『………』

 

『………』

 

『……クソッ』

 

 

 我ながら外道な作戦だなぁと。

 まぁ、兼定を人生の墓場に送るためなので致し方なし。兼定のおやっさんも望んでいることだし、何なら生前の蛍も「かねちゃんのお嫁さんって誰になるのかなぁ? 私みたいに優しくて可愛くて……元気な人だったらいいなぁ」って言ってたのでヨシッ。

 蛍、見とけよ。お前の兄貴分、墓場に沈めっから。

 

 

「「………」」

 

 

 でも、この空気は重いなぁ。

 スタバで4人用の席に座っていて、とりあえず後から来た兼定を寿さんの横に座らせてみたのだが、悲しいことに会話が一切発生しない。

 兼定は頬杖をつきながら不機嫌そう。当り前か。

 寿さんは緊張して喋る気配がない。もじもじしながら、チラチラと横目では見ているので、きっかけがあれば話ができるかもしれないが。

 

 

「最終確認なんだけど、寿さんが探してた初恋の相手はコレで間違いない?」

 

「オレはこの女を知らねェンだが?」

 

「……うちが知ってる兼ちゃんは、前会った時もこんな感じやったよ」

 

「……オレのことを、その名前で呼ぶンじゃねェ」

 

 

 ぎろりと擬音が聞こえるくらいには、興味なさそうにしていた兼定は、今日初めて寿さんの方を見る。良い感情を抱いている様子ではなかったが。

 本当に何も覚えてないのが彼女にも伝わったのだろう。やや悲し気に微笑む彼女だったが、それで諦めた雰囲気ではない。出会いがあれだったので、流されやすそうな子だなと思ったが、存外意志の強い子じゃないか。

 我が強いのはいいことだと思うよ。

 

 

「………」

 

 

 強すぎるのはどうかと思うけどね。

 俺は薩摩出身の元人気アイドルの少女と、最近鹿児島に移住してきた元劇団のエースと、数日前に鹿児島に移住してきたアイドル志望の双子の妹を思い出した。

 

 

「でも、そう呼んでいいって、兼ちゃんが()うてたよ?」

 

「オレが?」

 

「俺も聞いた。言ってた気がする」(大嘘)

 

 

 そうかと、渋々と納得する兼定。

 俺の嘘は見抜かれているとは思うが、彼も当時の記憶はマジで曖昧だと思われるので、もしかしたら言ったかもしれないと、心のどこかで思ったので言及しなかったと思われる。

 こいつとしては、蛍と同じ呼び方は、気分的にもよろしくないのだろう。

 

 兼定は突然席を立ち、寿さんに顔を近づける。

 あまりにもの至近距離に、乙女なグラビアアイドルは顔を真っ赤にした。

 

 

「──この際だから言っておく。オレはカタギの人間じゃねェ。テメェら芸能人が繋がっていると知られると外野がうるせェ、いわゆる『反社会的勢力』側の人間だ。人を殺ったこともある。初恋だか何だか知らねェが、関わる人間くらい選べよ馬鹿が。さっさと東京に帰れ」

 

 

 それだけ言うと、兼定はスタバを立ち去った。

 要約すると『芸能活動をしている寿さんと、薩摩武士している自分じゃ住む世界が違う。それは彼女にとって大きなデメリットになるだろうし、初恋は諦めろ』と言いたいんじゃないかと。

 兼定の言ってることは確かに正しい。

 やってることは反社のそれだし、ましてや兼定はキルレートが高い。心情的な意味でも、そして社会的立場な意味でも、普通に考えれば関わること自体止めた方がいいだろう。それが互いにとっての最良じゃないかと俺でも思う。

 

 心配そうにしているアイに、俺は肩をすくめて笑う。

 土台無理な話だったのだ。普通の女の子(グラビアアイドル)普通じゃない男の子(リアル薩摩武士)が付き合うなんて話は。

 

 こうして、寿さんの初恋は、ほろ苦く終わってしまうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うち、知ってるもん。会ったときに、兼ちゃんが言ってたもん。──それでも、うちは兼ちゃんのことが、好きやねん」

 

 

 彼女の感性がまともであればの話だが。

 

 

 

 




カミキ「ま、待ちたまえ。ゆら殿にも立場と言うものが……」

カミキ「し、しかし君のファンが黙って……」

カミキ「いや、デートというのは流石に……」




かな「あいつ珍しく狼狽えてるわね」

謎の少女「あいつの不幸で焼き鳥丼が美味い」

カタギリ「カァ」

かな「日本語でOK?」

カタギリ「──そっちの方がいいかい?」

かな・謎の少女「「!!!!!!???????」」





【カタギリ】
 カラス科カラス属の鳥類。元謎の少女の眷属。現在では技術顧問兼秘書兼アイドル部門担当をしている。
 いつもはカラスなので「カァ」としか話をしないが、必要であれば人語で話をする。非現実的かと思うが、カミキの存在の方が非現実的なので、プロダクション所属の人間からは頼りにされている。何ならカラスである点以外は鳥格者なので、他者からの鳥望も厚い。
 ちなみに転生者。者? 前世は主人公に切り殺された宗虎の弟子。カラス内に主人公に殺られた他二人の転生者がおり、それぞれ「ハワード」と「ダリル」と呼ばれている。


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087.今度は俺が埋める側

 ほのぼの回です。
 明日は投稿できるか分からないです。仕事中が忙しいかもです。
 感想お待ちしております。


 俺個人の感想から言えば、寿みなみさんという娘を気に入っている。

 ……いや、別に胸部装甲の話は一切関係ない。本当。島津、嘘ツカナイ。

 

 スタイルもいいし美人さんであることは否定しようがない事実ではあるが、それよりも彼女の人となりを好ましいと俺は思う。彼女の言葉から逆算するに、約6年と言ったところか。その間、彼女はずっと兼定とかいう一度会っただけの男のことを想い続け、僅かな記憶を頼りにこの辺境の地まで足を運んだのだ。

 計画性のない……とかいう感想は捨てておく。そこまでして、彼女は伊集院家の暴力装置との再会を望んだのだから。普通に考えて、そこまでモチベーションを保つこと自体が異常である。

 これが恋する乙女の行動力だとでも言うのか。

 

 そして、少し話をして彼女の性格も把握した。

 結論としては悪くないと思うし、ルビーの友達だし、俺は彼女の恋を応援することには賛成したいとは思っていた。

 

 ある点を除けば。

 

 

「──所属事務所が、よりにもよって『神木プロダクション』かよ」

 

 

 双子の父親が代表取締役やってる事務所に所属している。これだけがどうしても気がかりでならない。寿さんそのものに不満は一切ないが、双子の父親の息のかかった人物を置いておくのは、アイを守る者として許容できないのだ。

 その事実に頭を抱えていると、タイミングを計ったように俺のスマホにLINEが入った。アイと寿さんに断りを入れて店外に出た俺は、LINEを入れてきた人物に着信を入れる。

 

 

「おい、あれはどういう意味だ」

 

『文章通りの意味よ。寿みなみ、という少女はシロよ。さっさと外堀を埋めなさい』

 

「何でお前がそのことを知っているのかって話だ。……お前まさか、彼女がこっちに来ることを知ってたのか? 俺はそんなこと聞いてないぞ」

 

 

 電話相手は撫子。

 LINEの内容は、彼女の行動に双子の父親の意志は関与していないとの事。俺の心配事は杞憂であり、さっさと兼定を引きずりおろせと言ってきたのだ。

 撫子の言いたいことは理解できたが、なぜそれを彼女が知ってるのか疑問が残る。

 

 

『個人的なツテで調べただけよ。何か問題でも?』

 

「些かタイミングが良すぎはしないか?」

 

『友達に危険が及ばないように動いただけで、たまたま調べた時期が良かっただけの話。それに、私が隠れてコソコソするのは、いつものことでしょう』

 

 

 そこまで言われると反論ができない。この人格破綻者はやることなすこと全てが怪しいのは周知の事実だが、今回の件は怪しいだけで証拠の類が一切ない。何か隠していることは、長年の付き合いである程度わかるが、何を隠しているかまでは全然分からない。

 別の方向から考察してみよう。彼女に兼定を沼に落とすメリットは何だろうか。寿さんを引き込むことが、薩摩にとってのメリットにつながるのか?

 

 ……くそっ、分からん。

 情報が圧倒的に少なすぎる。

 

 

『もういいかしら? こっちもこっちで、やることがあるのよ』

 

「……彼女を鹿児島に留めておくことによるアイの危険性は、皆無なんだな? 双子にも危険な目に遭うこともないんだな?」

 

『えぇ、断言するわ。彼女は自分の意志で鹿児島に来た。彼女が鹿児島に滞在することで()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 その言葉を最後に電話を切られた。最後の言葉に違和感を覚えるが、彼女曰く星野一家に被害は出ないらしい。まぁ、嘘は言ってないだろう。

 

 心の中にモヤモヤを抱えながら、俺は多方面に連絡を入れる。税所家の麒麟児から教わった『効率的に外堀と内堀を埋める方法』である。

 この話を聞いた後、俺はこうやってアイと付き合うことになったんだなぁと逆に感動したものだ。元人気アイドルの少女が頑張っただけでなく、詰将棋方式で緻密に練られた包囲網であったことが分かった。体験してみればわかる。あれ本当に逃げ場がないから。

 

 

「伊集院のおやっさん、お久しぶりです。桜華です」

 

『おぉ、桜華か! いつもウチのガキが世話になってるなぁ! 今日はどうした!?』

 

「兼定のお嫁さん候補が、わざわざ東京から来てまして……」

 

『っ!? それは本当か!?』

 

「えぇ、現役グラビアアイドルの女の子なんですけど」

 

『どうしてそうなった!?』

 

 

 とりあえず兼定の親父さんに報告し、

 

 

「いつもお世話になっております、智子さん。島津桜華です」

 

『どうしたんだい、急に』

 

「兼定目当てで東京から現役グラビアアイドルの女の子が押しかけて来た……って言ったら信じます?」

 

『寝言は寝て言いな』

 

「………」

 

『……マジかい?』

 

 

 兼定のオカンにも伝えておく。

 

 

「当主殿、お伝えさせて頂きたいことが」

 

『……アイ君関連で何かあったのかい?』

 

「今回に関してはアイは関係は……あー……娘さんのルビーが若干関係あるのかなぁ、って感じです。彼女関連の地雷はもうない……と信じたいです」

 

『心の底からそう思うよ。私に伝えたいこと、というのは?』

 

「兼定の嫁さん探しの件です。余所者ではありますが、候補者が現れたので、当主殿に事前に報告をと思い連絡させて頂きました」

 

『……あー、確かにそうだね。伊集院家当主からも泣きつかれた記憶はある。一般人(カタギ)の人間とは、咸君のお嫁さん候補と言い、また荒れる可能性があるなぁ。ところで名前は?』

 

「寿みなみさんって知ってます? 現役グラビアアイドルの可愛い女の子なんですけど」

 

『ちょっと待ってね……え、可愛い。というか、君たち芸能人と付き合い過ぎじゃない?』

 

「俺の彼女はただの逸般人(薩摩人)です」

 

 

 島津家当主にもお伺いを立てておく。

 結果としては3者からの同意は得られた。

 

 余談ではあるが、兼定の両親にはLINE経由で彼女の写真を送っておいた。

 父親方から「物凄い美人の写真が送られてきたが何かの間違いか?」と返され、それが東京からわざわざ兼定目当てで来た女の子ですと伝えると、「おっぱいめっちゃデカいんだけど。つか本当にウチの倅でいいの?」と困惑していた。

 兼定のかーちゃんには「結婚詐欺?」と疑われ、詐欺の対象に兼定を選ぶ価値があるのか問うたところ、「それはそうだけど、本当に兼定(アレ)でいいのか再度確認してほしい」と言われた。

 結果的には好印象だった。

 余所者に懐疑的な一族だと記憶していたが、それ以上に『自分の息子が数年も想われていた』のが、親として嬉しかったのだろう。当主殿の薩摩の意識改革の成果が徐々に表れている結果ともいえよう。

 

 そのことに俺は嬉しく思いつつ、最後にアイの娘に電話をかけた。

 

 

「うーっす、今大丈夫?」

 

『今はお兄ちゃん先生に膝枕してもらってるけど……』

 

「兄妹仲が良好で何より。寿みなみさんって知ってる?」

 

『……どうしてパパがみなみのこと知ってんの?』

 

「なんか鹿児島に来てて、今はアイと話してるんだけど、夏休み期間は鹿児島に滞在するんだってさ。泊まる場所の提供をしてくれないか?」

 

 

 交渉の末、寿さんは鹿児島に居る間は双子宅に泊まることになり、その間はアクアが俺ん家に避難する話となった。ルビーが若干不満げだったが、グラビアアイドルな友達と、愛しの兄貴が同じ家で寝ることに危機感を感じたのだろう。最後は了承してくれた。

 アクアは安心したようにため息をついていた。

 

 やることを終えた俺はスタバの店内に戻り、寿さんの荷物をまずは置きに行こうという話になり、双子宅に向かうことになった。

 本当は兼定の家近くのホテルを予約しとこうか考えたが、まだ彼女と馬鹿との関係は良好とは言えない。一方で、双子宅近くなら、彼女の恋愛相談に乗れる人材が近場に多いと言う利点がある。ウチのマンションに住む人間全員が仲間と言っても過言ではない。

 

 そう説明しながら、俺は自宅方面に向かうバスに乗るのだった。

 ……ウチのマンションが想像以上のカオスになっているとも知らずに。

 

 

 

 




カミキ「……ゆら殿のアプローチが激しい。本当にどうすればいい?」

かな「もう諦めて付き合ったら?」

カミキ「色恋沙汰を応援することは多かったが、いざ当事者となると、こうも悩ましいことなのだな……」

かな「……ん? え? アンタ、恋人とか今までいなかったの?」

カミキ「私()童貞だぞ?」


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088.県民「ドラマ撮影とかあるの?」

 ほのぼの回です。
 上司に「新人さん教育しといて」って言われて、業務終わりに新人が今日付けで退職された件について。私は悲しい。
 小説の感想お待ちしております。


 追記・ちと忙しいので8/2は休みです。


 我が家の近くのバス停に下車した3人。薩摩兵子と元人気アイドルの転生者と現役グラビアアイドルのパーティー構成だ。日本どころか世界規模で探しても、なかなかに見つからないであろう面子。

 住宅街なので緑は少なく、今日は風も吹いておらず、何なら強い日差しが俺たちの肌を刺激する。

 

 

「「「あっつぅ……」」」

 

 

 いくら鹿児島県民であろうと、体感35℃越えの猛暑はきつすぎる。俺は薩摩兵子で長男だから耐えられるかもしれないが、他二名にとっては地獄以外の何物でもないだろう。

 コンクリートで舗装された道路からもやもやとしたゆらめきが見えるので、地表は絶対に40℃は超えてるだろう。ここ最近は本当に暑くなったよなぁ。俺が小さい頃って、そこまで暑くなかった気がするんだが、今は夏の周期が異常である。

 

 汗だくで夏のセーラー服と涼し気な私服が肌に張り付いており、とても煽情的なお姿になってしまった女子組は目の保養にはいいが、なにも彼女らのライフを削ってまで見続けたいとは思わない。

 俺はすぐさま進路を決める。

 

 

「自宅に向かう途中にスーパーあるんだけど、涼むついでにアイス買いに行かね? 今死ぬほどアイスが食いたいんだが。財源は俺のポケットマネーから出す」

 

「アイス!? 行こう! 何ならアクアとルビーの分も買おう!」

 

「なんか頭がぼーっとしてきたわぁ。涼めるのならええよぉ」

 

 

 買ったまま開封してなかった麦茶のペットボトルを寿さんに押し付け、早急に水分補給をするよう指示する。そして彼女の旅行鞄を抱えながら、俺はスーパーへと向かった。後続にアイと寿さんもついてくる。

 アイは自分の勉強道具と必要最低限の細々としたものしか入ってないリュックを背負っているが、鹿児島に来た寿さんは数日分の着替えを詰め込んだ鞄を持っている。さすがに疲弊している女の子に重いものは持たせられない。

 

 地元のスーパーに入店した俺たちは、その極楽浄土に大きく深呼吸をした。少し肌寒いくらいの店内は、先ほどの猛暑が嘘のようだと錯覚するくらいだ。

 俺たちは野菜コーナーや鮮魚エリアを値段を吟味している風に回りながら時間をつぶし、ある程度涼んでからアイスコーナーへと向かう。そこそこの大きさの、俺たち御用達のスーパーなので、アイスの種類も豊富なのである。

 

 

「えっと、これと、これ……あれも補充しとこう。あ、これ美味しそう」

 

「お、桜華くん? そない買って大丈夫なん?」

 

「オーカってアイスを馬鹿みたいに買い込むからね。ことほぎちゃんも自分の選んで買った方がいいよ」

 

 

 俺の彼女に馬鹿にされた気がするが、何一つ間違ってないので甘んじて受ける。俺は買い物カゴに箱アイスを5~6個ブチ込みながら、どのアイスを買おうか迷っている2人を見て微笑む。

 そして、もうひと箱追加する。

 

 

「それ冷凍庫に入る?」

 

「双子宅と税所家愛の巣宅の冷凍庫があるじゃん?」

 

「本当に仲良しさんなんやね……」

 

 

 アクアが怒るよ?とアイが諫言してくるが、自分の家の冷凍庫をアイスで埋めても、尋常じゃない速度で減っていくんだよ。双子の妹の方が遠慮なく食っていくからさ。

 というか俺の家って2階の住民のフリースペース化してるから、いろんな人がウチに来ては、勝手にアイスを食っていくのだ。税所夫婦は金払っていくけど、双子に遠慮と言う単語はない。特にルビーが自宅に屯していると、何個か確実に消えてる。

 

 前に自分家の冷凍庫をチョコミントで埋め尽くしたら、ルビーに泣かれたことがある。アクアもめっちゃ複雑そうな顔をしていた。

 俺がチョコミント大丈夫なのかって? 食えはする。そんな好きってわけじゃないけど。ただ双子がどんな反応するかなって買っただけなので、後日チョコミン党の撫子に無償で寄贈した。

 

 

「あ、これも買っていい!?」

 

「カゴ入れて」

 

 

 溶けにくい氷を袋で買う俺の恋人。

 会計すると、その氷をアイスとは別の袋に入れて、抱きしめながらスーパーを出た。自宅までの道のりを、それで乗り切るつもりなのだろう。賢いね。

 

 クソ暑い道を数分歩いて、自宅へと到着する。

 いつものように駐車場にいるご隠居に一礼し、片手に旅行鞄、片手にアイスの袋、肩掛けの補助バッグを背負って二階へと上がる。

 こんな猛暑に駐車場のベンチでセコムしている先代島津当主だが、もちろん汗一つかかず、そこに座って俺たちの安全を確保している。どう見ても人間じゃない偉業を成しているが、俺は親父殿やご隠居を人間だとは思ったことはないので問題ない。

 

 まぁ、そのご隠居も寿さんを見て冷や汗をかいていたが。

 そして拝んでいた。そうなるよね。

 

 

「ちなみにウチの冷房はつけっぱなしだから、帰った瞬間天国が待ってるぜ」

 

「冷房って部屋の気温を下げるときに電気を大きく使うさかい、つけっぱなしの方が電気代が抑えられるんよね」

 

「そうなんだ。オーカが電気代無視し始めたのかと思ってた」

 

 

 涼しい我が家に夢を馳せて2階に到着すると、現在位置と俺たちの家の間──ちょうど、黒川さんの家の前に2人の人影があった。

 彼女から人が来ることは聞いてないし、そうだとしたら映画館デートなんて行ってないだろう。そろそろ映画も終わっただろうけど、デートだから次のプランに移行している時間じゃなかろうか。

 

 黒川さん家の前に居座っているのは、同年代くらいの女の子。2人とも俺は見たことがないし、恐らく鹿児島県民ではないと直感的に感じだ。

 その2名は、とても美人な少女だった。黒髪の少女と、金髪の少女か。

 なんか知らんけど、アイとの出会い以降、俺が会う女の子の顔面偏差値が黒川さんのリアル偏差値並みにぶっ壊れているんだが。元人気アイドル然り、劇団の元エース然り、アイドル志望の双子の妹然り、現役グラビアアイドル然り。

 

 アカン、目が肥えてしまう。

 俺は瞬時にセミの裏側みたいな馬鹿共の顔面を思い出して、平常心を保つ。

 

 

「「あっつぅ……」」

 

 

 そして女の子たちは瀕死だった。

 いくら日陰に入っているとはいえ、彼女たちはご隠居程の暑さへの耐性はないのだから、へばって当然である。このままだと危ないけれども、正直に言って、彼女たちを助ける口実が思い浮かばない。優しさ出してポリスメン案件になっても困るし。

 

 

「どぉしよ……あかねのLINEが既読つかない……」

 

「このままだと溶けちゃうよ……一旦、ホテルに戻る……?」

 

 

 これ黒川さんの友達だよね?

 やっぱり助けるべき? でも、客観的に見て、俺が彼女らを部屋に招き入れるほうがヤバいのでは?と思うんだけど、どうしようか。

 え、寿さんはどうなのかって? 俺的にはもう実質的に兼定の彼女だぞ。

 

 アイスが溶けそうなので、とりあえず家に帰ってから考えるかと、彼女たちの前を通過しようとすると、ふと寿さんが黒髪の少女に向けて声をかけた。

 

 

「……ゆきちゃん?」

 

「あ、みなみだ。こんなところで会うなんて奇遇だね」

 

 

 知り合いか聞いてみると、彼女の名前は鷲見(すみ)ゆきさん。同じ事務所に所属するファッションモデルだとか。

 俺の警戒レベルが若干上がった。

 

 少し話を聞いてみたところ、お二方は黒川さんの友人であると。何なら、黒川さんが芸能界を去るきっかけとなった、炎上騒動の関係者であると語った。関係者というか、『恋愛リアリティショー』の出演者だったらしい。俺はその番組見てないので知らん。

 炎上騒動も弱火となり、黒川さんのメンタルも安定し始めたとの事で、様子を見に遥々鹿児島まで来たんだとか。共演者の他男子2名も来る予定だったが、無人島開拓ロケで泣く泣く断念したらしい。……芸能人だよな? なぜに無人島?

 

 金髪の少女の方は、YouTuberのMEM(めむ)ちょさん。高校3年生らしい。

 俺は目を細めた。

 

 

「──で、来てみたはいいけど、黒川さんからの応答がなく、ここで待ちぼうけを食らっていたと」

 

「「………」」

 

 

 俺は天を仰いだ。

 このまま放っておく……というのはナシだろうなぁ。()()黒川さんの知人を無下にできないし。

 俺は短い葛藤の末、芸能人計3人を家に招くのであった。

 鹿児島に芸能人集まりすぎでしょ。

 

 

 

 




【ガチ恋男子組】

ノブユキ「俺も鹿児島行きたかった」

ケンゴ「黙ってないで母屋修復を手伝え」

ノブユキ「こんな重労働、よくそんなモチベーション保てるな……」

ケンゴ「確かに面倒だけど──」

ノブユキ「?」

ケンゴ「城〇さんに褒められると、すっげぇ嬉しい」

ノブユキ「わかる。〇島さん褒め上手だよなぁ」


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089.芸能人の美的価値観

 時折休みを入れないと細かいプロットが纏まらない今日この頃。
 アレとアレらの再会っていう主目的は決まってるんですけどね。アレが再会しないと、次章でアイがはっちゃけられないし、次章で当主殿と宝石兄妹がオタ芸できないし。
 感想お待ちしております。





 どっかでか『カミキヒカルの優雅な一日』とか書いてみたいなぁ。


 追記・更新遅れます。仕事が月初忙しすぎるんだよ(´;ω;`)


 女三人寄れば姦しい──なんて言葉がある。

 この『姦しい』という漢字の成り立ちから察する通り、女性という生き物はお喋りなので、三人寄ると大変騒がしいことから生まれた……とか。

 正直言って男女関係なくガキ三人集まればうるさいし、モノの例えみたいなものなんだろう。

 

 

 

「「「「あはははっ!」」」」

 

「………」

 

 

 なんて思ってた時期が俺にもありました。

 麗しい女性陣を部屋に招き入れたはいいが、何というか……その、圧倒的疎外感が半端なかった。薩摩に来たばかりの黒川さんも、最初はこんな気持ちだったのかなって思うくらいには、自分の場所が見当たらない感覚がある。

 別に彼女らが俺を排除しようとしているわけではないと明言しておく。あの芸能界で生存している生粋のサバイバーなので、喰えない性格の連中が跋扈しているのは分かる。でも、だからといって性格が悪いとは思わない。わざわざ炎上した元共演者を心配してド辺境に来るのだから、根本的には優しい性格の娘たちなのだろう。

 

 でもね、どんだけ頑張ってもメリーゴーランドと親父殿はベストマッチしないのよ。

 気分的にはそれと一緒なんよ。薩摩兵子にガールズトークは似合わないんよ。

 

 なのでリビングのソファーエリアを明け渡し、お菓子と麦茶、未開封の紙コップ群をテーブルに置き、俺は自分のベッドに寝転がって時間をつぶす。

 LINEで咸に進捗状況を確認したところ、どうやらデートエリアを天文館に移動させたらしい。帰りは夕方過ぎになるとの事で、咸にだけ黒川さんの知人を俺ん家に回収している旨を伝える。サプライズなので黒川さんには内緒にしてほしいと二人は言っていた。咸も彼女には秘密にしておくとの事。

 

 あと我が家の男女比率を上げるためにアクアに救援を求めてみたが、『仕事』の二文字で切り捨てられた。ルビーはウチのオカンと買い物行ってる。例のお師匠さんの仕事を手伝っているのだろう。アイの情報の絨毯爆撃の被害は大丈夫だったんかね?

 余談だが、彼の師──五反田監督は、そこそこ有名な映画監督であり、腕は確かであると聞いたことがある。売上よりも映画の出来を重視するため燻っているとかなんとか。それを聞いた当主殿が「彼の映画を見たが、非常に素晴らしい。予算出すから、ウチで『シマーズ・ポッターとサツマハンの重鎮』ってタイトルで映画作ってほしい」と言ってた。語呂が良い分タチが悪い。

 高予算の勇者ヨシヒコが生まれる可能性が出てきた。

 

 

『ところでアクアに聞きたいんだけどさー』

 

『何だ』

 

『黒川さん関連で、ウチにMEMちょさんが来てるんだけどさー』

 

『は?』

 

 

 LINEでアクアに聞きたいことがあったので、仕事中に申し訳ないが話題を振ってみた。なんだかんだ優しい彼は、俺のLINEに反応してくれた。

 YouTuberのMEMちょさん、現在は苺プロダクションに在籍していると聞いた。なので、その関係者であるアクアに名前を出してみたところ、どうやら知己ではあるらしい。

 

 

『自己紹介の時に、肩書と名前と高校3年生って単語を出したんよ』

 

『あぁ』

 

『その言葉さ、直感的に噓だと思ったんよ。彼女って何か隠してたりしない?』

 

 

 既読からの返信にそこそこの時間を有した。

 

 

『……それ本人に聞いたか?』

 

『いや、なんか聞いちゃいけない気がしたから、本人にはまだ』

 

『その方がいい。桜華も知る必要はないと思う。彼女に恥をかかせたくなければ』

 

 

 そういうレベルの話なん!?

 逆に物凄く気になったが、アクアの諫言を尊重することにした。

 薩摩兵子たるもの、余裕をもって紳士たれ。

 

 

「──でね、あかねの自慢の彼氏が気になってね」

 

「そうそう! 写真すら見たことないから、気になってるんだぁ」

 

 

 鷲見(すみ)さんの言葉に、MEMちょさんが追従する。

 炎上騒動後の黒川さんが心配──というのも理由の一つだが、鹿児島に来た理由の中に、『友達から惚気は聞くけれど、ビジュアルが不明の彼氏の正体の確認』も含まれているらしい。

 

 咸って写真撮られるの嫌がるからなぁ。

 先の生配信もボイチェンで声色変えてるし。まぁ、立場上、あんまり自分の姿を残したくはないのだろう。俺だって咸が写ってるのは2.3枚しか持ってないし。

 半成人式の時の集合写真、蛍の9歳の誕生日に撮った写真……そして、咸と黒川さんとのツーショットのみだ。

 黒川さんなら大量に持ってるだろうけど。

 

 

「あの演劇命って感じだったあかねに春が来たって、『これは面白くなってきたっ!』って『今ガチ』グループLINEでも大騒ぎだったの。でも、あかねが頑なに彼氏の写真送ってくれなくて……」

 

 

 なので彼女らの中で『黒川さんの彼氏』は、徐々に美化されていったらしい。

 

 

「早く見てみたいなぁ。あかねの彼氏」

 

「ねー。あかね曰く『優しくて気配りも完璧で、ちょっと料理は苦手だけど、そこが逆に可愛くて、そこらへんのモデルなんて目じゃない超絶美男子の白馬の王子様』だって聞いたし」

 

 

 おかしいな。

 MEMちょさんの言い分が正しければ──黒川さんって咸と別れて別の男と付き合ってないか?

 あの胡散臭くて、ニコニコ笑いながら『言葉の裏には針千本。千の偽り、万の嘘』とかほざきやがって、ガワもアクアの方が数千倍カッコイイと思うんだが。白馬の王子様コスとか、宝石兄の方が全然似あうと思うし。つまり咸とは別人の可能性が高い。

 それとも黒川さんフィルターではそう見えるのかな? 眼科行く?

 

 

「私もみっちゃんの写真持ってないなぁ。オーカ、持ってる?」

 

「え? あー、まぁ、あるにはあるけど」

 

 

 なんて俺とアイが会話したものだから、なし崩し的に俺の写真フォルダーがお披露目となった。もちろん今のカップルとのツーショットのみ開示し、半成人と許嫁の写真は秘匿する。悲しいかな、俺は今から彼女たちの夢を破壊することになる。

 しかし、俺のベッドにまで見に来た芸能人三名は、覗き込むように写真を見て、俺の予想とは明後日の方向の反応を示した。

 

 

「……え。普通にカッコイイんだけど。え? モデルやってる? というか、あかねの反応は何? こんなイチャイチャしてる表情のあかね、初めて見るんだけど」

 

 

 とりあえず鷲見(すみ)さんは眼科行っとく?

 

 

「うわっ、超イケメンじゃん。アクたん並みなんだけど。このミステリアス感あるイケメンがあかねの好みなのかぁ。ラブラブじゃん」

 

 

 MEMちょさんも要検査入院らしい。

 

 

「……兼ちゃんもカッコイイもん」

 

 

 寿さん、あれもセミの裏側と大差ないぞ。

 というか張り合わなくていいんだよ? あれ定員割れしてるから、競争相手ないに等しいし。大丈夫、そのうち兼定を物理的に梱包してプレゼントするからね?

 

 彼女らの反応に困惑していると、唐突に何の脈絡もなく、そして前触れすらもなく、ファッションモデルの鷲見(すみ)さんが、スマホを差し出して寝転がっていた俺に、急激に顔を近づける。

 近い近い近い近い! そして美人!

 さすが彼氏持ちのファッションモデル。自分の武器を理解していらっしゃる。

 

 

「アイちゃんの彼氏君も、よく見たらイケメンだね。……うーん、よく見なくても美男子じゃん。鹿児島の男って、もしかしてレベル高いの?」

 

「オーカは最高にカッコイイからね!」

 

 

 ウチの彼女に自慢されて悪い気はしない。

 が、ここ最近の話になるが、芸能界で活動する少女たちの美的価値観を俺は疑っている。自分はもちろんのこと、咸や兼定を『イケメン』に分類してる時点で、彼女らの評価基準が独特かつ適当であることは事実と言わざるを得ない。

 アイだって俺を顔立ちの整った美少年とか言ってくるし。アイはなぁ。褒めてくれるのは嬉しいけど、それはそれとして、心配なのである。だって四足歩行で幼女追い掛け回す変態に、特別な感情を抱いていた人間だからなぁ。

 カミキと同類だけは嫌だなぁ。

 

 ──もしかして、これがいわゆる『キモカワイイ』に近い美的価値観なのだろうか?

 姦しい四人を眺めながら、俺は漠然とそう感じるのだった。

 

 

 

 






アクア「……カミキ、ヒカル」

アクア「種子島撫子曰く、この男が俺たちの父親の可能性が高い、と」

アクア「………」

アクア「俺は、復讐を諦めない」

アクア「アイの為でもなく、自分の意志で」

アクア「これ以上──同じような外見の俺の評価を落とさないために」

アクア「なんで俺たちの親父が、ネットのおもちゃになってるんだよっ……!」(走るカミキヒカルBBを見ながら)


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090.ゆったりとした馬鹿話

 次回、カミキ視点。
 謎の少女に芸名つけなきゃ。
 感想お待ちしております。


「なぁなぁ、芸能人の価値基準だと、俺と咸と兼定はイケメンに分類されるんだとよ」

 

『黄金の山に燃えるゴミが詰まった袋があれば目につくじゃん?』

 

「目に付くって点なら同意だが、それだと俺たちに『美』を感じるのは説明がつかんぞ」

 

『あれだよ。芸能人は全員、美的価値観が言峰綺礼(逆転)してるって思えばいい』

 

「それは失礼過ぎないか?」

 

 

 夜のゆったりとした時間の中、俺は未来との通話を楽しんでいた。今日あったことを説明しては、未来の腹筋を修復不可能まで追い込むのだった。

 特に寿さんと兼定の下りなどは、電話相手が過呼吸になっていた。そりゃ、俺のも電話越しに同じことを言われたら、コイツと同じ結末を辿る自信がある。俺たちの中で一番恋愛と程遠い人物のトップを飾っていた男だからな。

 誰が伊集院家の暴力装置が現役グラドルに追いかけ回されると思う? 一日前の俺が聞いたら鼻で笑ってたわ。

 

 

『ぶつけられた感情の大きさの物珍しさってのもあるんじゃない?』

 

「分かるように説明してくれ」

 

『やっぱりね、違うと思うよ。死を念頭に置いている奴と、そうじゃない奴の言葉の重みってのは。そして、思春期の女の子にとって、その重さは致命的すぎる』

 

 

 かつて、噓つきな女の子の為に、自身の固定観念を捨てた男がいた。

 かつて、頑張り屋な女の子の為に、無自覚に自身の全てをかけて救った男がいた。

 かつて、迷子の女の子を、心に傷を抱えながら導いた男がいた。

 

 どんな良薬であろうと、過剰に摂取すれば毒にもなりうる。その時、彼女らが馬鹿共から受け取った感情は、現代社会で普通に穏やかに生きてきた思春期の少女にとって、あまりにも大きすぎたのだろう。

 それが、良くも悪くも影響を与えるとも知らずに。

 

 

『まぁ、深く考える必要はないんじゃないかな。一種のブームみたいなもんでしょ。飽きられたら、興味をなくすのは目に見えている……が』

 

「が?」

 

『……深淵を覗いているときって、深淵もまた、こっちを見てるんだよねぇ。アイちゃんや、あかねちゃんのように、沼ることもあると思うんだよ。寿ちゃんも、そうなったら笑う』

 

 

 未来曰く、アイや黒川さんの時と違い、あまりにも理由が軽いと語る。この後、兼定と言う男を知っていき、なんか思ってたのと違う……ってな感じで破局も十分あるとの事だ。

 芸能界でガッチガチの貞操観念持っている奴の方が珍しい。恋愛関係の破局なんてBGMみたいなもんだ。彼女の初恋も、そう遠くないうちに過去のものになるだろうと言うのが、未来の出した予想だった。

 

 6年間想い続けたがゆえに。

 現実の差異の失望も大きいだろうと。

 

 

『そもそもの話、性格的に兼定と寿ちゃんは絶対にあわないでしょ? 桜華と咸の嫁sが異常だったんだよ。なんか聞いた感じ普通そうだし、調べてみたけど経歴も普通じゃん。これは長続きしないと思うけどね』

 

「そうか、ねぇ……? 悪くはないと思ったけど」

 

『ところがどっこい、そう何度も奇跡は起きないと思うよ。何なら賭けてもいい。兼定のカップルは数か月で破局する。もし予想が外れたら、全員に焼肉奢るよ。桜華がアイちゃんと食いに行った、あのクソ高いやつ。全員にね』

 

 

 確かに兼定側も、そんなにって感じだったしなぁ。兼定は興味がない、寿さんも近いうちに諦める。そう考えると、未来が自信満々に言い切ったのには、それ相応の理由があるのだと思った。

 俺としては、兼定を墓場送りにしたかったんだが。

 まぁ、とりあえずは彼女を手伝って、ダメそうなら諦めると心の内で結論を出した。

 

 ──後に、未来は「だってっ! だっておかしいよ!? 何あのメンタルお化け!? ごり押しを超えた何かで、兼定を精神的に屈服させるって、彼女本当にグラドル!? これ薩摩男児攻略ゲーじゃないんだよ!?」と、涙を流しながら焼肉を奢ることになる。

 

 

 

   ♦♦♦

 

 

 

 夜になると我が家の男女比率は逆転する。

 税所家の別荘は『今ガチ』共演者のパジャマパーティー会場へと様相が変わり、双子宅は陽東高校の女子組のお泊まり会が繰り広げられる。

 そんなわけで、パーティーから抜け出した税所家の麒麟児と、シスコンロリコン先生は、フリースペースである俺ん家に転がり込んできたわけだ。それを想定して、アクアは早めに仕事を終わらせたと言っても過言ではない。

 

 安定と信頼のリビングのソファーで寛ぐ、男三人と美少女一人。

 同棲前にナフコ(家具販売業者)でアイが選んだものを購入したが、座り心地抜群で馬鹿共や双子からの評価は高い。良い買い物をしたと今でも思っている。

 

 

「アクア君、一つだけお聞きしたいことが」

 

「……なんだ、五代」

 

「税所です。あれ偽名です。聞きたいことと言うのは──前世の推しで今世の母親が、同世代の男とラブラブイチャイチャしてるって、どんな気持ちなんでしょうか?」

 

「超気まずい……以外の感想が出てくると思うか?」

 

 

 やっぱりそうなんですか、と咸は満足そうに頷く。

 胡坐をかいて、その上に座るアイを後ろから包み込むように後ろから抱きしめ、左側から彼女の肩越しに顔を出して、スマホの画面を見ていた俺は、何事かと首を傾げた。俺に抱きしめられながらも、自身の顔の側面を、俺の顔の側面にくっつけるアイも、釣られるように首を傾げていた。

 

 アクアは俺とアイを見て微妙な表情をし、ふと顔を逸らした。

 そして、彼女の息子らしく嘘で誤魔化そうとする。

 

 

「……いや、進路をどうしようかって話だ」

 

「ん? アクアは役者さん目指すんじゃないの?」

 

「俺は外科医志望って聞いたんだけど」

 

「それはおかしいですね。アクア君は私と一緒に『株式会社ロリコン』を起業して、徳川家美幼女化計画を推進するはずですが」

 

「待て待て待て待て待て、特に最後のは待て」

 

 

 役者、外科医、恥さらし。

 彼はどの道を進むのだろう。

 

 

「子役してた時のアクアは良かったと思うけどなぁ。五反田カントクも、アクアの演技を褒めてたし。そっちの道を進むって思ってたんだけど」

 

「俺にその才能はないよ。……俺は、アイのような『特別な何か』がない。不相応な夢は持つべきじゃないと思う」

 

「大丈夫、大丈夫。才能ない俺でも薩摩兵子できたんだから、アクアも役者できるっしょ。文字通り死ぬ気で頑張れば」

 

「島津と一緒にしないでくれ」

 

 

 俺もアクアの演技ってのを見たことはないが、アイ()五反田監督()が絶賛しているのであれば、彼にその才能がないってのは謙遜し過ぎだと思われる。

 アイのような『特別な何か』に関しては……まぁ、なくても良くない? どの分野でも、上を見たらキリがないぞ。甲子園出場者が全員プロの道に進むわけでも無かろうに、アクアはあまりにも『アイ』という完璧で究極な唯一無二の存在を絶対視し過ぎているきらいがある。

 

 問題はできる出来ないじゃなく、したいかしたくないかじゃね?

 ……うーん、なんか、こう。何て言えばいいんだろう? 彼にとって、演技と言うものは『楽しくてやる』ってわけでもないのだろうか。……あー、演じることは復讐とか言ってたっけコイツ。

 

 

「んじゃ外科医? 鹿児島大学の医学部?」

 

「おぉ、今のアクアもセンセになるってわけだね! 確かに、白衣姿も似合うかも」

 

「……前に伊集院から、俺の性格だと島津で外科医目指すのは止めといたほうがいいって聞いたが」

 

 

 そりゃ治した直後に負傷するし。

 何ならポンポン死ぬし。

 

 外科医として応援する所存だったが、そこは目からうろこだった。盲点だった。

 アクアの性格からして、治した次の瞬間に死体になりかねない現場は、精神的に辛いかもしれない。別に島津専属じゃなくても全然OKなんだけどね? そこまで固執しないからね?

 

 しかし、そうなると……。

 

 

「……ロリコンに就職するん?」

 

「それはルビーが泣いちゃうよ?」

 

「Welcome」

 

「それだけは絶対ない。確実にない。俺をそっちに引き込むな」

 

 

 選択肢がそれしかないんだけど。

 嫌だなぁ。履歴書にその会社に勤めた履歴残したくねぇ。徳川家を全員幼女にもしたくねぇ。

 

 学生特有の馬鹿みたいな話──株式会社ロリコンの経営理念や業務内容、アクアのポスト、就職したことによる弊害を、後付けモリモリで妄想を膨らませながら4人で盛り上がるのだった。

 咸が黒川さんみたく話の内容をメモしてたのは見なかったことにしよう。

 

 

 

 




咸「ちなみに走るカミキヒカルBB作ったのは私です」

アクア「( ゚Д゚)」


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091.カミキヒカルの優雅(笑)な一日

 カミキヒカル視点です。
 彼に関しては、『推しの子』作品で唯一、何してもいいんだろうなぁって思っている人物です。ファンの皆様、本当にごめんなさい。
 感想お待ちしております。




 なんか皆様が危惧しているんですが、基本的にオリキャラ勢が闇堕する展開ってのはありません。というか、できないんですよ。互いが互いに踏み外さないように見てるんで。
 余談ですが、これが各々一人だけの状況であれば、瞬時に闇堕します。仲間がいるって素晴らしいね。


 私は大友家家臣団が一人、立花導春。

 部下で戦友の立花精鋭の猛者たちと熊本県境で防衛戦をし、島津直系の少年の単騎特攻とかいう怪しげな奇行を目撃した。有能な部下を失いながらも島津の少年に致命傷を負わせた私は、自身に迫りくる夏場に牡蠣(死神)の刃に気づかなかった。

 私はいつものように牡蠣30個ほど食し、なぜかあたり、次に目が覚めたら──血だらけのアンニュイなイケメンに生まれ変わっていた。

 立花導春が徳川勢力のど真ん中に転生しているとバレたら、いつものように命を狙われ、主に私に危害が及ぶ。己の機転で正体を隠すことにした私は、助けに来た救急隊に名前を聞かれ、とっさに──

 

 

『カミキヒカル』

 

 

 と、保険証に載ってた名前を名乗り、大友家に戻るために、自身が代表取締役をやっている事務所に転がり込んだ。

 姿変われど志は同じ、見た目はイケメン、中身は変態、その名は──CEO(代表取締役)カミキヒカル。

 

 

 

   ♦♦♦

 

 

 

 代表取締役たる私の朝は早い。

 立花家の武人たる私は、ゆっくりと起き上がりスマホの画面を見た。

 

 

 

 10:28

 

 

 

 寝坊したようだ。

 とりあえず、なんか全てがどうでもよくなった。この後、11時から重要な会議があったような気がするが、それよりも寝過ごした事実がどうにもやる気を失わせていく。

 原因が分からないな。

 昨日の打ち上げで3次会まで行き、帰ったのが3時ぐらいだったからだろうか? その後に1時間ほど飲み直したからだろうか? アニメ鑑賞とかもしたので、就寝したのが5時過ぎだったからだろうか?

 

 全くもって分からない。

 やはり身体のスペックが私の頭脳に追い付いていないのか。もどかしいぞ、カミキヒカルよ。

 

 

「さて──二度寝をするか」

 

「アホなことを言ってないで、さっさと起きなさい変態」

 

「カァ」

 

 

 私の崇高なる眠りを妨げたのは、幼い少女であった。

 初めて出会った時は、もう少し幼かった気がするが、今の彼女は中学生程の背丈、顔立ちに成長している。どのような手品を使ったのか尋ねたところ、身体を成長させたらしい。不思議なこともあるものだ。私ほどではないにせよ、それなりに顔立ちも良いので、界隈でもそこそこ人気がある。

 その有能な少女は、黒を基調とした私服に、ピンクのエプロンを身に着け、フライパンとお玉をガンガン鳴らしながら、私の部屋に入ってくる。肩にはカタギリ技術顧問が乗っている。

 

 

「おはよう、良い朝だな。琥珀(こはく)君」

 

「はいはい、いいからご飯食べて仕事行って。11時から第4会議室でしょ?」

 

「カァ」

 

 

 この少女は私を転生させた恩人である。本人は否定しているが、私は一度会った恩人を見間違えるほど愚かではない。そして、元々は九州宮崎を中心に活動していたらしいが、どうやら島津にちょっかいを出して逃げてきたと語った。中々にチャレンジャーな少女だった。

 なので私が寝床や仕事を斡旋しているのだが、こうやって私の食事も作ってくれる女神だった。

 余談だが、彼女は頑なに名を名乗らない。ので、私は彼女に『立花 琥珀』と名をつけた。立花導春には全く関係ないが、どうやら非童貞で甲斐性なしのカミキヒカル青年には、宝石の名を冠する息子と娘がいるらしい。それを真似てみた。

 

 我ながら良いネーミングセンスだと思う。

 私は軽やかに飛び起き、一瞬で着替え、大股で社長室を出ようとする。

 

 

「朝食は何かね?」

 

「バターを塗って焼いた食パン、バターと塩コショウで炒めたスクランブルエッグ、あと焼いたウィンナー。デザートに夏の旬のカットメロン」

 

「……生牡蠣は、ないのか」

 

「あんた前世の死因から何も学ばないの?」

 

「カァ」

 

 

 学んで次に生かせるほど、私の牡蠣愛はやわではないぞ?

 感謝の意を込めて琥珀君の頭を優しく撫で、会議でどう暇をつぶすか考えながら、共同キッチンへと向かうのだった。

 

 

 

   ♦♦♦

 

 

 

「──すまない、少々遅れた。琥珀君(の作った朝食)を食べていたので」

 

 

 ネットで炎上した。

 

 

 

   ♦♦♦

 

 

 

「ねぇ、アンタ。そんな大荷物抱えてどこ行くの?」

 

「どうした、かな君。今日はドラマ撮影があると記憶していたが」

 

 

 キャリーケースを転がしながら、事務所の外に向かう道を歩んでいると、道中にマルチタレントとして活躍している有馬かな君と出会う。

 彼女はどこに向かうのかと詰問してきたが、特に隠すことでもないので素直に答える。

 

 

「野暮用で九州に向かうことになった」

 

「……ふーん。今日の撮影は延期。予定してた撮影場所が、昨日の大雨で地盤が大変なことになったって。撮影場所変更があったから、今日は暇してるの」

 

「なるほど、かな君の身に何かあっては大変だからな」

 

 

 芸能人であり女性であるのだから、身の安全を第一に考えてほしいものだ。

 しかし、私の言葉を聞いたかな君だったが、その顔色はすぐれなかった。すぐれない……というよりは、私の行先に思う所があるらしい。

 

 

「九州ってことは、鹿児島にも行く?」

 

「とりあえず最終目的地はそこだな。まずは大分市(府内館)に向かった後に、鹿児島に足を運ぶつもりだ。その間の雑務は、カタギリと琥珀君に任せている。何か分からないことがあれば、遠慮なくカタギリに任せるといい」

 

 

 てっきり、私がいない間のプロダクション運営を懸念していると思い、ちゃんと有能な者……者?に任せていると伝えたが、それでもかな君の表情は晴れなかった。

 どうしたのだろう?

 

 

「……アクア」

 

 

 ぼそりと呟かれた人名を私は聞き逃さなかった。

 

 星野アクアマリン。

 

 遺伝子上は私の息子であり、今は鹿児島に在住している少年。正直に言って、少年にそこまで興味はないが、かな君は私の息子に、並みならぬ感情を抱いているように見受けられる。

 カミキヒカルの記憶を探ってみるが、今のアクア少年に関しての情報が少なく、これと言って彼女にかける言葉が見当たらない。しかし、かな君から見て、その感情を抱くに値する人物なのだろう。

 私としては、部下である彼女の恋を応援したい。

 

 

「かな君、安心するといい」

 

「き、急にどうしたのよ」

 

「そのためにも──私は鹿児島に行くのだ。何、土産は期待しても構わないぞ?」

 

 

 私はそれだけ告げると、大股で事務所を出る。

 少々の長旅になるだろう。

 そして──久方ぶりの帰郷となる。

 

 

 

   ♦♦♦

 

 

 

 立花導春とカミキヒカル。

 その本質は、違うようで似ている。

 

 カミキヒカル青年は、言い表すなら『自らが価値を見出した存在が滅びゆく様に悦びを感じるサイコキラー』であり、故に星野兄妹の母親である星野アイ君の殺害に関与している。星野アイ君の経歴は知っているが、素晴らしい才能を持った人物であるのは明白であり、彼女の死はカミキヒカル青年の欲を大いに満たしただろう。

 

 では、立花導春は彼を非難できるような人間なのか?

 答えは否だ。私とて、彼と本質が似ている。

 その価値ある人間が『武人として』であり、滅びゆく様が『討ち果たす様』であり、直接的に討つ違いはあれども、客観的に見て、やっていることは一緒である。それを理解し、改めるつもりが一切ない辺り、やはりカミキヒカル青年への転生は、宿命であったと認めざるを得ない。

 

 

「星野アイ君、か……」

 

 

 カミキヒカル青年と一度は関係を持った少女。

 今は生まれ変わり、薩摩の地にいると。

 

 内なるカミキヒカル青年は、彼女の滅びを望んでいる。

 彼女に価値があると認めているからこそ、彼は再びアイ君の滅びを求めており、この私に殺めよと語りかけてくるのだろう。彼女だけではない──彼女と私の娘である星野ルビー君も、光るものがある。

 

 

「……ふん、興が乗らん」

 

 

 しかし、立花導春から見れば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 ただ単にカミキヒカル青年の関係者としか興味がなく、この身体の持ち主としての最低限の義理は果たすが、それ以上の感情が浮かばない。所詮は()()()()である。せいぜい、今回の件で使える……としか思わない。

 

 あえて言わせてもらう。

 殺す価値すらない。

 

 

「しかし。しかし、だ」

 

 

 そう、それだけの存在であるが。

 アイ君の想い人は、島津 桜華である。

 

 島津少年──単騎特攻という頭のおかしい奇行をし、そして生還した若き島津の武者。私が生まれ変わったとき、島津少年との再戦が叶わないことを、一番に嘆いたぐらいだ。

 あの()()()()()()()()()少年は、素晴らしい武士だった。あれほど()()()()()()()()()()()()()()も珍しい。あれは殺す価値がある。

 

 否、私が殺さねばならない。

 

 

「今回は顔合わせだが……あぁ、楽しみだ」

 

 

 宗虎が協力してくれた。

 島津の法正も、今回限りは味方である。

 

 彼との再会は近いだろう。

 そのために、星野一家を十全に利用させて頂こう。

 

 

「──さぁ、存分に殺し合い()を始めよう」

 

 

 

 




【IF】

当主殿「──的な感じで、『シマーヅ・ポッターとサツマハンの重鎮』ってタイトルで、映画作成を依頼したい」

五反田「あー、でもアイに依頼された『15年の嘘(仮)』映画が」

当主殿「あ、そっち優先で」

当主殿「いや、何なら混ぜてしまっては?」

当主殿「『15年の嘘~サツマハンの重鎮~』とか」

五反田「何だそのカオス。それアイ主役じゃなくて、ただの鹿児島在住の厄介ファンの物語じゃねーか」


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092.それはそれ、これはこれ

 ほのぼの回です。
 次回もそうなるとは思います。
 多分唐突に例のあの人の襲来イベントが来るとは思います、はい。
 感想お待ちしております。



 追記・台風近づいてます。はー、クソ。


 今日は未来が持参する友情破壊ゲームで、俺たちのカスみたいな友情を木っ端微塵に破壊する日である。俺は既に前日で動画やネットで調べ、そのゲームの特性を理解している。どうせ持ち主の未来はある程度プレイしているだろうし、咸や兼定だって調べ上げているはず。

 勝負は既に始まっているのだ。

 言っただろう? 戦争というのは準備段階で9割決まる、と。

 

 ゲーム会場は完成した。

 テレビを窓際にPONと置き、リビングの机を撤去し、テレビ近くに座布団をバラ撒き、テレビから離れたところにはソファーを並べ、画面が見やすいように動かす。

 本当は馬鹿共+双子兄の大乱闘になるはずだったが、予想以上に観戦者が多いとの事で、急遽観客席を設置した次第だ。俺だってマジで予想外なんだよ。せめてアイとルビー、黒川さんが観るんかなーって思ってたんよ。

 そっから芸能人が三人追加とか予想着くかよ。

 

 んで、会場作ったものの、開始まで時間がある。

 メンバーだって、昨日の夜の面子しか揃ってない。

 

 暇なので俺はテレビにswitch繋げて別のゲームを始め、アイは昨日と同じように座布団で胡坐かいている俺の上に座って、一緒にゲーム画面を見ている。咸は後方ソファーに足を組みながら腰かけているし、アクアはスマホで今日やるゲームのプレイ動画を見ている。

 俺が時間潰しにやっているゲームは、戦国時代の日本を舞台にした、かの有名なストラテジー(歴史シミュレーション)ゲーム『信長の野望』である。簡単に説明すると、戦国時代の大名を選択して、歴史ガン無視して日本統一を目指すゲームである。

 

 さて、どこの大名でプレイするのか。

 そんなん決まってるだろう?

 

 

 

 

 

「──やっぱ真田信繁(幸村)強ぇわ」

 

「安定して強いのは良いですね」

 

「「………」」

 

 

 

 

 

 いつものように六文銭(真田の家紋)の旗を掲げながら、近隣諸国を蹂躙する作業に勤しんでいる。咸も俺のプレイ風景を鑑賞しながら、時には「そこ内政回せばよくないですか?」とか口を挟んでくる。口は出すが俺は改めるつもりもないし、咸もそれを知って改めることを強要しない。

 それぞれプレイスタイルが違うからな。俺も咸の言葉に「お前ならそうやるん?」と返すだけ。

 

 ところで、アクアの微妙な表情は何なんだろう。

 アイは「さなだ……のぶしげ……?」と、初めて聞く名前に首を傾げている。俺の好きな武将である。カミキヒカルよりも価値がある名前だから、ぜひとも覚えてほしいものだ。

 

 

「……一つ質問いいか?」

 

「どうした、星野アクアマリン君」

 

「真田家を選んだ理由は?」

 

 

 まさかそんな質問が来るとは思わなかったので、一瞬言葉に詰まる。

 選んだ理由? まぁ、純粋にカッコイイからとしか。

 

 

「あー、俺自身が幸村が好きってのもあるけど、真田家って領地狭いけど人材だけは精鋭揃いなんよ。なんか、こう……武将の質だけ高水準の弱小勢力が、ステータスの暴力で領地拡大するって展開が好きってのもあるなぁ」

 

「プレイスタイルで一致するのがそこって話か」

 

「あと徳川の首が近い」

 

「………」

 

 

 しかしながら、本作の憎き徳川家は、天下人の名にふさわしいステータス、兵力、領地を所有している大名だ。あんちくしょうを討つには、真田プレイだとしても、それ相応の力をつけないと喰われる可能性が高い。同盟なんざ死んでもしないが。

 なので、俺がこのゲームをやると、真田家は甲信越(山梨・長野・新潟)に侵攻し、東北を平定してから、徳川家とのガチンコバトルを繰り広げる。日本史壊れる。

 

 という話をしたところで、アイが俺の胸に寄りかかってきた。甘えてる──と言うわけではなく、日本史関連の難しい単語を聞いて脳がショートしたらしい。そんな難しい話してないんだけど。

 

 

「けど、このプレイにも問題が一つあってな」

 

「問題なんてのがあるのか? そういうストラテジーゲームって、ある程度自勢力拡大すれば、あとは作業ゲーって聞いたことがあるが」

 

「俺が徳川家をブチのめしている間に、なんか西日本から島津家とかいう頭おかしい蛮族が北伐しに来るのよ」

 

「それをお前が口にしてもいいのか?」

 

 

 あの南九州の蛮族、なんか知らんけど高確率で九州平定して、放置していると西日本を手中に収めてるのだ。時折、別勢力が伸びてくるときもあるけど、高確率で島津が最後に立ちふさがることが多い。大友が島津飲み込んで西日本統一してると、「お、頑張ってんねぇ」って思いながら、大友家を殲滅してる。

 鉄砲片手に鬼島津が率いる西日本オールスターとの頂上決戦。面白いっちゃ面白いが、正直言って無駄に強いから、戦闘が泥沼化して面倒臭い。島津義弘って何なんだよ。馬鹿みたいに強いし、寿命長いから中々消えないし、頭おかしいだろうが。頭島津なんじゃないか?

 

 そこまで語ったのち、俺は話題を咸に振る。

 

 

「お前、『信長の野望(これ)』やるとき、どこ選んでるけ?」

 

常陸(ひたち)の小田家ですね」

 

「え、待て。どこだ……?」

 

 

 偏差値70のアクアも困惑する大名家。

 野望プレイヤー間ではそこそこ有名だが、日本史の授業だけ受けてたら、その名前を聞くことはないだろう。知らんのも無理はない。

 常陸の不死鳥(フェニックス)の異名を持つ、小田氏治(うじはる)ってマイナーなのかな? 気になるなら調べてみよう。色んな意味で凄い人である。

 

 余談だが、性格や方向性がマジでバラバラな馬鹿共の集まりなので、ストラテジーゲームにもそれが現れる。兼定は『圧倒的兵力ですり潰す』のが大好きなので、基本的には大大名でのプレイが多い。織田とか羽柴とか。

 一方の未来は、引きこもり大好きなので、なぜか知らんが四国の大名(主に長宗我部(ちょうそかべ)家)で、四国を難攻不落の要塞化することが多い。アイツの天敵は毛利家らしい。

 俺は弱小精鋭勢力での拡大、咸はマジな弱小勢力の成り上がり。

 

 みんな違ってみんなクソ、である。

 

 

「……てっきり島津家でやるもんだと思ってたけど」

 

「前はそれでやってた時期もあったけど、島津家ってマジでヌルゲーなんよ」

 

 

 それこそ兼定ぐらいしか島津家プレイしないからな。

 武将の質、金山保有ってのもあるが、何より立地が有利過ぎるのだ。本当にマジで、他家に侵攻することを『北伐』って言うくらいには、後方に敵がいないので前に兵力を全集中で投入できるのがデカい。

 日本最南端の大名だしな。リアルでも九州統一できそうだったのも、立地条件があったのかもしれない。日本の形状って横長だから、どうしても二方面以上の防衛が前提になるからなぁ。島津は薩摩兵子を前面に一点集中である。

 

 アイの意識が復活するまで日本史談義をしていると、企画立案者の未来、墓場秒読みの兼定が我が家に来る。徳川家を兵と真田ステータスで殴っている最中だったが、俺はここで中断することにした。

 俺がゲームをセーブしていると、「あー、野望じゃん」と、ゲームキューブをテレビ前に置きながら覗き込む種子島家の内務官。

 

 

「長曾我部生きてる?」

 

「島津が美味しくいただいてた」

 

「はー、やっぱ島津クソだね」

 

「………」

 

 

 アクアが何か言いたそうにしていたが無視する。

 

 

「大きい勢力は何が残ってンだ?」

 

「自軍の真田と徳川と、あと食われかけの豊臣と、喰ってる島津」

 

「いつもの後半戦じゃねェか。大友とか毛利頑張れよ」

 

「………」

 

 

 アクアが何か言いたそうにしていたが無視する。

 ゲーム参加メンバーは集まった。

 

 なので、いつの間にか加入させられた『鹿児島遠征芸能人グループ』のLINEに、集まったから来てもいいよと隣人宅にいる女子勢に声をかけるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アイは百歩譲ったとして、どうして俺がこのグループに入ってるんだ……?

 

 

 

 




〔『薩摩の子』裏話〕

 基本的に馬鹿共と軍師(笑)の外見設定は明記してません。とりあえず男勢は細身の筋肉質、撫子はスタイル抜群の美女……としか、書いてなかったと思います。作者的にはイメージがありますが、いまさら読者の皆様のイメージを崩すのもアレなので、今後も明記しないと思います。黒歴史を知ってる方は……はい、一応はアレイメージです。
 一方でサブキャラはがっつり○○似とか書いてます。考えるのが面倒なので。
 なので、島津以外の作品中に出てきた当主は以下のイメージです。



【大友家当主】
 ガチムチの筋肉マッチョマンな外見。誰かに似てるとは考えてないが、CVは大塚明夫さんイメージ。

【龍造寺家当主】
 細身のイケメンなメガネキャラ。データキャラ設定だけど、「フン、この程度は既に調べ上げている」→「ば、馬鹿な! そんなのデータには──うわああああ!」を毎回の如く繰り返すイメージ。CVは石田彰さん。

【長曾我部家当主】
 ゲーマー。主にゲーム条例で香川県に憎しみを持つ。桜華が徳川に抱く憎悪の数千倍くらい、ゲーム1時間条例を制定した奴が嫌い。ちなみに19歳の女性。原神の八重神子(やえみこ)似。CVはもちろん佐倉綾音さん。


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093.求める『愛』は果てしなく

 ほのぼの回です。
 感想お待ちしております。


 台風で市営バスが止まるらしいっす。
 大変ですね。明日も仕事頑張ります(´;ω;`)

 追記・咸君→みっちゃんに修正。8/9は休みです。台風強いわ。


 私はいつもの定位置(オーカの胡坐の上)に座り、ゲームを鑑賞する。

 ゲームを見ることが目的ではなく、ただ単純にオーカと密着したいだけ。この夏場は非常に暑いはずなのに、なんか分らないけど定位置にいると安心する。まるで彼に抱きしめられているような幸福感を覚え、彼の胸にもたれかかり、彼に後ろから抱きしめられるのがお気に入り。

 邪魔かな?って聞いてみたけど、私の彼氏は「お好きなように」と許可は貰った。

 

 この体勢は大好き。

 オーカの胡坐の上で寝たことがあったが、とっても幸せだった。私は愛されてるんだって、彼は何も言ってないのに実感してしまうのだ。

 

 

 

 

 

「ごおおおるああああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛テメェ俺のワープスター(乗り物)ぶっ壊しやがったなどこのシマのモンじゃ死に晒せええええええ!!」

 

「ハァアアアアアア!? 加速全然出ねェんだけど馬鹿じゃねェ──そこのキラキラネーム待ちやがれ逃げるな卑怯者オオオオオオ!!」

 

「ちょ、待──それは流石に卑怯でしょう!? 人の心ないんですか!? そんなことして恥ずかしくな……エセ島津そこを動くなあああああああ!!」

 

「ちょこまかっ、ちょこまかと……! あっ、ドラグーン(最強の乗り物)のパーツ持ってるの誰だ!? 五代それを寄越せええええええ!!」

 

 

 

 

 

 私もこの環境下じゃ全然寝れないけど。

 身内での対戦ゲームをするとき、私の彼氏を含め、島津家のみんなは口が物凄く悪くなる。悪くなるというか、暴言がデフォルトになる。マリオカートもそうだったし、前にやった大乱闘スマッシュブラザーズとかも殺伐としてた。

 

 そして、私の息子もそれに汚染されつつある。

 アクアと再会したとき、嬉しさと同時に■■■(忘れた)君の面影もあり、もしかしたら将来はあんな感じになるのかなって不安もあったけど、似ているのは外見だけになりそう。悪い方向に振り切っちゃう可能性が出てきたけど。

 ルビーも「お兄ちゃん先生ってあんなキャラだったっけ……?」と遠い目をしている。

 

 

「あー、なんかこう……新鮮だなぁ。ほら、私たちの知る男性って、ここまで素で暴言吐く人っていないし。ドラマや演劇でも」

 

「こんなのお茶の間に提供できないからねー。って、アクたんって、あんな声出すんだ……」

 

 

 ユッキー(ゆき)が珍しいものを見るように暴言組を観察し、めむっちょ(MEMちょ)もアクアの意外な一面に若干引いている。

 ルビーの次くらいにアクアと交流があるめむっちょに聞いたけど、東京にいたころのアクアはダウナー系のイケメンって認識が強く、どこか一歩引いたような立ち位置で他人と接していたらしい。自分の内を絶対に明かさないけど、それでもどこか優しくて──そう、本当に■■■(何だっけ?)君に似ている。

 それが、ちょっと怖かった。アクアを心の底から愛しているけど、()にどんどん近づいて行っちゃうんじゃないかって。

 

 

「やっと、やっと……! ドラグーンのパーツが揃った……!」

 

「ゆっくり島津です」

 

「ゆっくり伊集院だぜェ」

 

「「今日はアクアのドラグーンを集中砲火でぶっ壊していくぜ」」

 

「やめろやめろやめろやめろぉ! 俺は逃げ切るぞ!? これ集めるのにどれだけ苦労したと……あ、待っ──近づくな馬鹿共おおおおおお!」

 

 

 でも、最近はその心配がなくなった。

 良くも悪くも、島津のみんなはアクアに絡んでくれる。

 

 ルビーもオーカたちに少し感謝していた。前までは辛そうな顔とかも垣間見えて、五反田カントクからも不眠症で心身ともにボロボロだって聞いた。そのくらい、私の息子は私の為に復讐へ邁進し、自分を捨ててまで孤独を背負っていた。

 でも、今は少しずつ笑うようになり、睡眠時間も徐々に増えていると言っていた。

 あのまま復讐を継続させなくて、本当に良かったと思う。

 

 

「ここでスタジアムがエアグライダーとかアクア一強じゃん」

 

「おかげさまで耐久値ミリだよ畜生」

 

 

 同時に──少し、羨ましいかな。

 

 ルビーとアクアと再会して、子から親へ向けての愛を知ることができた。オーカと一緒に過ごすうちに、女として一人の男を愛し愛されることを知ることができた。彼の両親から、親から子に向けられる愛を知ることができた。

 私は生まれ変わって、様々な『愛される』ことを知った。

 それはとても幸せなことで──私が心の底から欲していたものだった。

 

 けど、私は欲張りな『アイ』だ。

 アクアへの羨望は、ただ待っているだけじゃ手に入らない『愛』のカタチ。私が動かなきゃ、私が変わらなきゃ、一生手に入ることのない『愛』。

 多分アクアだけじゃなく、それこそオーカが彼らを紹介してくれた時点で、私は心のどこかで羨ましいと思っていたんだろう。

 

 それは親友との絆。

 つまり──『友愛』。

 

 前世ではいなかった。誰一人としていなかった。

 親友も、友達も、対等な関係の友人は、私にはいなかった。

 私自身が諦めてたってのもある。私は嘘つきだから、心のどこかで「噓つきで、本当の自分を曝け出せないのに、友達なんて作れない」と、最初から諦めていたのだ。

 だから、生まれ変わってオーカと出会うまで、その考えは汚れのように脳裏にこびりついていた。

 

 

「クッソがアアアアアアアアア!!」

 

「火力特化にし過ぎましたね。大人しく未来と交代して墓場に行きなさい(寿さんとイチャつきなさい)

 

「……咸君」

 

「どうしましたか、あかね」

 

「桜華君とアイちゃんと同じ感じで、そこに座りたいかな? それとも邪魔?」

 

「……ゑ? で、でも暑いだけかと」

 

「……だめ?」

 

「…………………いえ、どうぞ」

 

 

 だけど、身を持てみっちゃんが教えてくれた。

 嘘つきでも、本当の自分を出さなくても、友達はできるんだって。あの四人のように、本当の自分を隠しながら、心の底から信頼できる関係は築けるって。

 それは四人が特殊なのかもしれないし、作るのは大変なのは確かだ。それでも、私も頑張って同性の『親友』を作ってみようと決めた。私を救ってくれた、あの四人のような素晴らしい関係を。

 

 ……ところで親友ってどうやって作るの?

 ナデコちゃんとあかっちはもう『友達』の範疇になるような気がするけど、『親友』ってどうすればいいの?

 

 

「兼ちゃん、お疲れ様~」

 

「ちょ、おまっ、急に抱き着くんじゃねェ! テメェには恥じらいってもンがねェのか!?」

 

「むぅ……誰にでも抱き着くって思うのは失礼とちゃう? うちは、兼ちゃんだから抱き着いてるんとよ? 兼ちゃんが心の底から嫌なら、やめるけど……」

 

「だから暑いって言ってンだろうがっ」

 

「嫌なん? 兼ちゃんに嫌われたくないから、本当に嫌ならやめるで?」

 

「………」

 

「……いや、なん?」

 

「クソクソクソクソクソクソクソ」

 

 

 発狂しながら観念するタネサダ君に、ことほぎ(みなみ)ちゃんが上機嫌で腕に抱き着いている。オーカも言ってた。タネサダ君は本当に嫌なら遠慮なく辛辣に突き放すから、本人の口から「自分が嫌だ」って言葉が出ない限りは、押しても大丈夫って。

 自分に向けられた善意に耐性がないって。

 まるでナデコちゃんみたいだねっ。

 

 

「プレイしてない間はぎゅってして」

 

「あいよ」

 

 

 他の二人に加え、ルビーもアクアの胡坐の上に乗り始め、イチャイチャしているのが羨ましくなった。ので、とりあえず私も甘えてみるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あはは、このリア充空間つら。とうとう僕だけか」

 

「き、君もイケメンだから彼女くらいできるって!」

 

「ゆきちゃん、ありがとう。でも、彼氏持ちの女の子に慰められるのも、なんかこう、心に来るものがあるなぁ」

 

「………(彼氏いないの私も同じなんだけどなぁ)」

 

「メムちゃんどしたの?」

 

「なんでもないよっ」

 

 

 

 




【IF 『推しの子』アニメ1話を見た島津組の反応】


未来「メディィィィィィイイイイイイイイイック!! メディィィィィィイイイイイイイイイック!! 早く来て! 島津家当主殿と他多数が息してないんだけどおおおおおおおおおおおお!?」

咸「ちょ、桜華!? 大丈夫で──死んでる」

兼定「……チッ」

撫子「(ヤバい……鬼島津が東京行の準備している……あれカミキヒカル殺す気だわ……! 目が座ってる……あんな怒り狂ってる鬼島津見たことないんだけど……!?)」






カミキ「なんか理不尽に殺される予感がする」

カタギリ「カァ」


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094.戦争屋の思惑

 シリアス回です。
 今回は女性陣が一切出ないです。しゃーない、起承転結の『転』だし。でも悲しい。
 感想お待ちしております。


 今日は楽しい二人でお茶会の日。

 

 

「──帰りてぇ」

 

「席座って注文した第一声がそれか、島津の小僧」

 

 

 目の前にいる人間が、粗野な風貌の髭のオッサンじゃなければの話だが。

 前に来たスターバックスコーヒーで、目前に座る男──立花宗虎を睨みながら、俺はあからさまに大きくため息をついた。前の方(アイと寿さん)が数億倍良かった。

 

 これが本州ならサイゼリヤとかで会合するんだろうなぁ。

 でも鹿児島にサイゼリヤはないんだよなぁ。

 昔は国土が貧弱で米の育たない台地で苦労し、現代ではサイゼリヤすら一店舗も存在しなくて苦労する。やっぱりド田舎ってクソだな。

 

 サイゼリヤさん、鹿児島への出店お待ちしております。

 お待ちしております。(懇願)

 

 

「そう睨みなさんな、テメェが欲しがってる情報をわざわざ手に入れてやったんだ。感謝されることはあれど、邪険にされる筋合いはねぇぜ?」

 

「……喉元に超ド級の爆弾抱えてりゃ、そりゃ警戒するのも無理はないだろう」

 

 

 これまでの経歴を聞けば、俺の警戒も無理はないと思うが。

 それほどに、この立花宗虎という男は危険なのだから。

 

 毛利家の重鎮を自爆テロ紛いの方法で殺害、龍造寺家当主の唐揚げにレモンを勝手にかける、毛利家のご令嬢の拉致、龍造寺家当主の宅配ピザにパイナップルを乗せる、毛利家と長曾我部家に二虎競食を行いその抗争に介入する、龍造寺家当主の自転車のサドルをブロッコリーに変える、毛利家の有力者を暗殺、龍造寺家当主のSNSアカウントを炎上させる──

 しかも、()()()()()()()()()()()()()()()ので、俺的にはカミキヒカルよりも警戒しないといけない人物だと思っている。

 これで武人として一流ってんだから、これを相手にしている毛利家の方々には同情を禁じ得ない。

 

 あ、龍造寺家関連は本人がやったと明言しているので、とりあえず龍造寺家の当主さんは怒っていいと思う。

 てか怒ってる。

 

 

「で? その情報ってのは?」

 

「おいおい、コミュニケーション初心者か? まずは『初めまして』な自己紹介を楽しもうぜ、小僧。まぁ、お互いに情報としては刻んでるんだろうがな」

 

「課題で忙しいからはよ」

 

「くくっ、あの首狩りが夏休みのお勉強に振り回されてるなんざ傑作だなぁ。あぁ?」

 

 

 彼の言う通り、俺と宗虎は初対面である。

 しかし、この短期間の交流で分かったことがある。俺はこの男が嫌いである。

 あちら側も俺に好かれようなんて思ってないのは百も承知だが、撫子に武力を付与したような戦争屋を相手に、俺は辟易としていた。アイに黙って彼と会うことを決めた理由の一つでもある。

 

 死なば諸共と言い放った少女なので、この『戦いを生み出す権化』と会わせるのは避けたかった。会わせただけで彼女の人生に悪影響を及ぼしかねないし、この男が物理的手段を取った場合、彼女を守りながら生還できる気がしない。

 そんなのと一対一でスタバにいる状況が、マジで嫌なんだけど。

 

 

「じゃあ、せっかちな島津の小僧の為に、本題に入ろうかねぇ」

 

「最初からそう言えよ……」

 

「『カミキヒカル』って奴の件なんだがな」

 

 

 あまりにも唐突な切り口だった。

 世間話のように切り出す口調に、一瞬のことだが反応が遅れてしまった。

 それが致命傷だったのだろう。この男は俺の反応を楽しむように、不愉快な顔面を歪めながらニヤニヤ嗤っていた。

 

 

「テメェの好きで好きでたまらねぇ恋人の、元カレの話だ」

 

「……何の話だ?」

 

「噓が下手過ぎって言われねぇか? こっちも()()()()()()()()()()()()()()。……あぁ、何て言ったか? 星野アイって女だったか?」

 

 

 彼は思い出すように口元を吊り上げる。

 瞳は爛々と怪しく輝いている。

 

 

「十何年前だったか? あの女のことは()()の方を見たことがある。ありゃ良い女だぁ。()()()()()()()()()()()()()()()()()は、そう会えるもんじゃねぇ。いいねぇ、噓で塗り固めて、中身はぐちゃぐちゃに壊れてる女ってのは」

 

 

 彼はそう言って、俺を見据えた。

 

 

「そういう女は──壊し甲斐がある」

 

「手ぇ出してみろ。殺すぞ」

 

「ははっ、そう睨みなさんな。瞳孔開いてっぞ」

 

 

 思わず立ち上がって、目の前にいる男を8割ぐらい本気で始末しようと思ったが、当の本人が飄々と受け止める。

 残りの2割は理性である。邪魔だな、これ。

 

 

「しっかし、その目。女の尻を追っかけて、腑抜けちまったとおもってたが……それが愛した女を守る男の目ってか? 鬼島津くらいしか目ぼしいモンはねぇと思ってたが、こっちも戦争のし甲斐がありそうだなオイ」

 

「………」

 

「心配なさんな。俺はテメェのモンに手を出すつもりはねぇよ。大将からも口酸っぱく言われた。命拾い、したなぁ?」

 

 

 最後は馬鹿にしたように煽ってくるが、俺は大人しく席に着く。

 戦争屋のコイツを殴って、その口実を作ろうとは思わない。本人が手を出さないだけで、間接的に手を出してくる可能性があるので、警戒は引き続き必要だろう。

 ……それにしても『大将』ってのは誰の事だろう? 大友家の当主の事かと思ったが……なんかニュアンスが違うような気がする。もっと、こう、なんか──

 

 

「そのカミキヒカルって男だが。今、鹿児島に来てるぞ」

 

「……は?」

 

 

 俺は今日、何回この男にアホ面を晒せば気が済むんだろう。

 そのくらい、彼の情報は衝撃的だった。

 

 

「大友にも注意喚起が来たらしい男、だったよなぁ。いやぁ、何しに来たんだろうな? 俺には皆目見当もつかないぜ? なぁ、島津の小僧?」

 

「テメェの差金か? 戦争屋」

 

「俺が徳川勢力圏にある芸能事務所の代表取締役と、何かしらの関係があると思うかぁ?」

 

 

 この様子から見て、何となくだがカミキヒカルと宗虎に繋がりがある気がした。気がしただけだ。のらりくらりとはぐらかし、噓をつかず曖昧に『本当のこと』しか言ってない。

 なので、この男が嘘を言っているかどうか、俺には分からない。

 俺対策なんだろうな、これは。良く調べていらっしゃるようで。

 

 何とか尻尾を掴もうと口を開いたその時、俺のスマホが振動する。

 相手に断りを入れて、俺は電話に出る。相手はアクアだった。

 

 

「──もしもし、今取り込み中」

 

『桜華っ、アイがどこに行ったか知らないか!? スマホの電源も切って、連絡もつかないんだ! さっき未来の姉から、俺たちの親父のところに向かったって……!』

 

「は?」

 

 

 あまりにもの急展開に、俺は思考が固まった。

 それは宗虎と──アクア情報を与えた撫子への不信だった。

 

 なぜ撫子がアクアに教えたんだ?

 なぜ撫子がカミキヒカルの情報を、先に俺に持ってこない?

 なぜ撫子は、そのままアイを向かわせた?

 

 何がどうなってやがる?

 この薩摩の地で、何が起きてやがる!?

 

 

「おい、島津の小僧! ○○の××に、その女とカミキヒカルは居ると思うぜ!?」

 

 

 混乱する俺をよそに、宗虎はわざとらしく周囲に聞こえない程度に大声を出した。その狙いは明らかに、俺の電話先相手に向いており、彼の言葉を聞いたアクアは、俺の静止を聞く前に電話を切った。

 どう考えても、そこに向かったとしか思えない。

 アクアの現在地は分からないが、相手が相手だから先にアクアに着かれるのは非常にまずい。

 

 俺はスマホを握りしめる力を強め、ありったけの殺気を彼に向ける。

 結果は火を見るより明らかだった。

 

 

「ほらほら、どうした? 早く助けに行けよ、白馬の王子サマよぉ」

 

「……テメェ、いつか絶対に殺す」

 

「楽しみにしてるぜ」

 

 

 俺は捨て台詞のみ吐いて、相手の答えを聞く前にスタバを後にした。

 スマホで位置を検索し、タクシーを呼びながら頼りない頭脳を必死に回し、馬鹿共を含めた多方面への応援を依頼しながら目的地に向かうのだった。

 

 

 

 




未来「……桜華に本当のこと話さなくてよかったの?」

撫子「言ったところで、私の口からの言葉を信用しないでしょ? なら見せた方が早いのよ」

未来「でもさ、()()の言うこと信じるの?」

撫子「最低限の保険はつけてるわ。アイさんを死なせるわけないでしょ」

未来「まぁ、いずれ知らないといけないことは分かるんだけど……」

撫子「愚弟は何が不満なの?」

未来「これ、事後報告で島津家当主のところに行くよね? 当主殿が真実を聞いて、また倒れたりしない?」

撫子「……………………あっ( ゚Д゚)」

未来「……また、お仕事増えるのかなぁ(´;ω;`)」


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095.因縁の再会+α

 ガチシリアス回です。
 もうちょっと鬱展開になる予定だったんですが、ウチの薩摩アイなら、こういう行動を取るんじゃないかって思います。
 感想お待ちしております。




 補足ですが、前話での撫子のやらかしは理由があります。
 詳しくは言えませんが──アイに影響を受けたのは馬鹿共だけじゃないってことです。あとタイミング。


 オーカが家を出て数時間が経過した。

 私は自宅で一人、寂しく宿題をやっている。疲れた。辞めたい。

 

 愛しの彼は、本人が言うに『楽しい楽しいお茶会』に行くと言っていた。私も行きたいと言ってみたが、物凄く嫌そうな顔をされて泣きそうになった。

 もしかして──他の女の子と?

 

 

『……女の子、女の子ねぇ』

 

『じーっ』

 

『あれが巨乳美少女だったらどんなにマシだったか──前言撤回。やっぱり巨乳美少女だったとしても、あれとの茶会とか嫌だわ。うん。めっちゃ嫌だわ』

 

 

 どうやら男の人とお茶をするらしい。

 オーカ的には会いたくない人であり、「あれと会うくらいなら、全身黄色いタイツ姿のアクアと天文館で手を繋いで散歩する方が数千倍マシ」と言ってた。

 愛しの息子だし、私もファッションには無頓着であることは自覚しているけど、流石にストレッチマンなアクアは見たくないなぁ。お兄ちゃんの痴態に、ルビーも泣いちゃうかもしれない。

 

 そんな経緯もあって、私は日本史の教科書と睨めっこしている。

 前世の私だったら、こんな昔のことを勉強して何の役に立つの?と投げてたかもしれない。今も同じ気持ちを少しは抱いているけど、最近は必要なのかもしれないと思い始めた。

 

 だって、オーカたちとの会話に混ざるとき、どうしてか分かんないけど、必要以上に知識・教養が求められる時がある。前世では友達がそもそも少なかったし、おバカキャラに近いものを演じてきたので、他人との会話は他人の反応を見ながら嘘を吐くことに専念できた。難しいことは聞き流してた。

 でも、オーカたちとの話は、今までの相手に合わせるだけでいい会話だけじゃ成り立たないし、もっともっと話をしたい。できれば会話に乗り遅れたくない。

 私から見たら、みんな頭いいもん。特にあかっち。

 

 進学を目的としない勉強をしていると、ふと私のスマホが音を鳴らす。誰かから電話が来ているみたいだけど、電話番号を確認すると見たことがない。

 誰だろう? 私は手にとって、応答のボタンを押す。

 

 

「もしもし?」

 

『──久しぶりだね、アイ』

 

 

 その声を聴いた瞬間、私は目を見開いた。

 

 呼吸が荒くなる。

 無意識に腹部を抑える。

 魂がざわめく感じがする。

 

 例え名前を忘れたとしても、会話したことを覚えてなかったとしても、私はこの電話の先の男を()()()()()()()()()()()()()()()

 手が震えて止まらない。

 吐きそうになるのを必死に堪える。

 

 

「……誰」

 

『あぁ、忘れてしまったのか。それなら──()()()()()()()()()()()()()()()()()?』

 

 

 言葉の一つ一つに底知れぬ悪意を感じる。

 

 

「なんの、用?」

 

『久しぶりなんだから、もう少し愛想よく対応してほしいね。そうだ、直接会えないかな? ()()()話をしたいところだったし』

 

「私に用なんてない。もう、私に関わらないで」

 

 

 私は彼の言葉を突き放す。

 今の自分には大切な想い人がいる、大切な息子と娘がいる、大切な友人たちがいる。

 彼に関わらせるのは危険だと、本能が私に訴えかけた。

 

 私の抵抗は意味をなさなかったらしいけど。

 

 

『……そうか、関わってほしくない、か』

 

「うん」

 

『じゃあ、もう関わらないようにしよう。この着信も、会話後に着信拒否にするといいさ』

 

「……そうさせてもら

 

『島津、桜華って名前かな?』

 

 

 彼の口から出てきた名前に、私は息をのんだ。

 声が思わず震える。

 

 

「な……にを……?」

 

『君は何か勘違いしているのかもしれないけど、いくら彼が強靭な肉体と精神を宿そうとも、ただの人間であることに変わらないんだよ? そう、人間というものは、簡単に──』

 

 

 そこまで区切って、楽しそうに呟いた。

 

 

『──殺せるものなのさ』

 

「やだ……オーカに、てを……ださないで」

 

『もう一度聞こう。直接会えないかな?』

 

「分かった。会うから……オーカを、ころさないで」

 

 

 彼は肯定も否定もせず、場所を指定して電話を切られた。

 スマホで軽く調べたけど、家からそれなりに近かった。

 

 お茶会に行ったオーカの気持ちが分かった。

 行きたくない。足早にオーカの普段使うベッドに倒れ込み、彼愛用の枕を胸に抱きしめる。この前身の震えが治まるのを願いながら、ここにいない彼の勇気を貰えるような気がして。

 あのオーカが死んじゃうなんてありえない。絶対にない。だって──私と一緒に生きてくれるって約束してくれたから。

 

 

 

 でも──本当に殺されちゃったら。

 オーカが、前世の私のように死んでしまったら。

 

 

 

 私は無意識に首元のネックレスを握りしめた。

 ……これは、私の問題だ。でも、私だけだったら、きっと殺されてしまう。

 私はまだオーカと一緒に居たい。生きていたい。

 

 なら何をすればいい?

 星野アイは、生き残るために少ない知識をフル活用するのだった。

 

 

 

   ♦♦♦

 

 

 

 私は彼が指定した待ち合わせ場所に来た。

 そこは人通りがほとんどない工事現場のような場所で、立ち入り禁止の先に足を踏み入れた。工事をしている様子はないけど、本当なら来てはいけない場所なのは私でも分かる。

 胸元のネックレスを握りしめながら、奥へと進むと、そこに()がいた。

 

 私の記憶より、大人びた印象の男。

 どことなくアクアに似た雰囲気の男。

 黒い星の輝きを宿す、私が愛そうとした男。

 

 彼は私に背を向けていたが、足を前に進めると、まるで私が来たことが分かったかのように振り向く。穏やかで優しく、しかし逆に不安をあおるような笑みを浮かべながら。

 

 

「やっと会えたね、アイ──」

 

 

 彼は私の方を視認した瞬間に、その笑みが固まった。

 そして、だらだらと汗を流す。

 

 

 

 

 

「──ほぅ、テメェさんが、おれの孫を怖がらせているガキか?」

 

 

 

 

 

 殺されるかもしれないので、とりあえず駐車場で日向ぼっこしていたご隠居さん(おじいちゃん)と一緒に来てみた。おじいちゃんは彼の姿を見ると、カカカッと面白おかしそうに笑った。

 

 前にオーカが言ってた。

 もしものときは、おじいちゃんを頼るようにって。

 

 

『おじいちゃん、ちょっとお願いがあるんだけど……』

 

『どうした、アイの嬢ちゃん』

 

『その……ね? 今から前世で私を殺すように言ったかもしれない男と会わなくちゃいけないんだ。でも、今日はオーカが傍にいなくて……その……』

 

『あんのエセ島津が。ったく、嬢ちゃんを不安にさせやがって。おれの孫をご丁寧にも殺しやがった奴の面、一度は拝んでおきたかったんだ。行こうぜ。よっこいせっと』

 

 

 杖を片手に立ち上がったおじいちゃんと一緒にここまで来たのだ。

 おじいちゃんは私の背後に立ち、彼を見据える。

 

 

「せ、先代島津? な、なぜ公がここに……?」

 

「おれのことは知ってるのか」

 

「あ、アイ君!? これは君と私との邂逅的なサムシングではないのかね!? いや、私を危険視するのは分かるけれども! 過剰防衛がひどすぎないか!?」

 

 

 彼は私に訴えかけるように前に一歩踏み出し──

 

 

 

 

 

「あぁ、アイの嬢ちゃんが怯えるじゃねぇか。──そっから動くんじゃねぇぞ?」

 

 

 

 

 

 おじいちゃんは杖を軽く振り、その瞬間、遠くに離れているはずの彼の近くに会った鉄骨の束が、かまぼこのように綺麗に切断された。

 鈍い音が鳴り響き、地面を抉りながらの荒業だった。

 

 おじいちゃん、すごいっ。

 風圧だけで鉄骨って切れるんだねっ。

 

 

「………」(過呼吸)

 

「話したいことがあるのなら、そこから喋って」

 

「私の目的が『どうやって生き延びるのか?』に変化したんだが」

 

 

 彼の発言に、おじいちゃんが「……んぁ?」と首を傾げたとき、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──ママ?」

 

「……ルビー?」

 

 

 私の娘が背後から声をかけてきたのだった。

 

 

 

 




カミキ「カミキヒカル青年の演技、なかなかだろう?」

カミキ「これでカミキヒカル青年のことを思い出すといいが……。なんか忘れていると聞いたし」

カミキ「さぁ、感動の再会といこうか──」





カミキ「神よ(ジーザス)」(先代の姿を見て)




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096.こっちも因縁の再会

 シリアス回です。
 戦闘描写欲しいって言われたので書きました。戦闘は苦手です。
 感想お待ちしております。


 俺はタクシーを降りて目的地に駆ける。

 料金は支払い済であり、ちゃんと過不足なく支払った。前に「釣りはいらねぇ!」をしたことがあるが、財務の元で仕事をしているうちに、あれをされると支出計算が狂うことを覚えた。

 お金は計算を違えると面倒なのである。

 

 閑話休題。

 俺は駆けつつ、羽織っている服の胸元の内側に隠している拳銃、ベルトに挟んである折り畳み式のハンティングナイフ、防弾チョッキの背中側に仕舞ってあるサバイバルナイフの所持を確認する。完璧に職質されたらアウトの格好であり、完全に相手方を殺すための装備であることは、言い訳のしようがなかった。

 相手が相手なので、状況次第では息の根を止めてやろうとは画策しているが。

 

 ポン刀は流石に持ってこれなかった。

 本当は持ってきたかったけど。

 

 

「アイいいいいいいいいいいぃぃぃぃぃっっ!!」

 

 

 場所は工事作業が進んでいない現場。

 立ち入り禁止をガン無視し、つんのめりながらも人の気配がする方向へ全力疾走する。

 そこには──

 

 

 

 

 

 壮年期のアクアみたいな外見の男──カミキヒカルが、にこやかに笑いながら、相手方に隠すように背後で刃渡りが長めの果物ナイフを握りしめ。

 

 今まで見たことないような、嫌悪と憎悪を込めたどす黒い星の輝きを目に宿し、カミキ相手に鋭利な包丁片手に迫ろうとするアイと。

 

 それを必死になって背後から羽交い締めしながら止めようとするアクア。

 

 汚物を眺めるような視線をカミキに向けるルビーに。

 

 ルビーの背後で瞳を鋭くさせながら待機するご隠居(先代島津)親父殿(鬼島津)

 

 

 

 

 

 ──とんでもねぇ混沌が待ち構えていた。

 足を止めることはなかったが、内心「え、これ俺いる?」と思ってしまったぐらいである。ご隠居と親父殿いるんなら、俺の存在なんて『蛇足』の語源になりそうなくらい必要ないよなコレ。

 しかし、動かないところを見るに『星野家』に危害が加えられる場合のみ動く──つもりなのだろう。彼女の攻勢に加担していれば、今頃カミキは存在ごとなくなっているはず。

 

 というか、これどういう状況?

 アイなんで殺気立ってるの?

 

 考えても状況が理解できないので、

 

 

「──死ね」

 

 

 ひとまずアイが手を下す前に、カミキをこの世からさよならバイバイすることにした。

 必要最低限の動きでカミキに急接近した俺は、背中から大きめのサバイバルナイフを抜いて、首を薙ぐようにナイフを走らせる。

 書類仕事で多少のブランクはあれど、個人的には会心の一撃とも言える100点満点の動きだった。これ以上の動きは、ちと鍛え直さんと厳しいかもしれない。

 

 

「ふっ……!」

 

「はぁっ!?」

 

 

 まさかスマートに回避された挙句、標的がいなくなりがら空きになった俺のボディーに、鋭い蹴りまで食らわされるとは思わなかったが。最悪なことに、一般人の蹴りだが効果的な場所に、ピンポイントに当たったものだから、受身で転がりながら再起を図る。

 さすがに人体の弱点を突かれたらどうしようもない。

 カタギからの反撃に驚いてしまったのも大きかっただろう。

 

 その間、音もなくアイとアクアを安全圏に引っ張るご隠居。

 親父殿もルビーの肩に手を置き、俺とカミキの攻防戦を見守る。

 

 

「ハハハハハッッ!!」

 

「くっそ、(アイツ)からんなこと聞いてねぇぞ!?」

 

 

 薙いで斬って刺す等の、相手を確実に仕留める気概を一撃ごとに込めるが、どう解釈してもカタギの人間ができるような回避の範疇を超えている。

 ましてや再度足蹴りをされ、俺もそれを避けてはみたが、狙いは俺にダメージを与えることではないと気づいたのは、その蹴りで胸元に隠し持ってた(チャカ)を明後日の方向に持ってかれた後だった。まさか現代兵器を隠し持っていることがバレているとは思わんかった。

 

 お返しにナイフを持っていない左拳で頬を遠慮なく殴り、彼の鳩尾に回し蹴りをお見舞いする。

 酸素と共に口から液体を吐き出したカミキは、それでも笑みを崩さずにその()()()()()()を俺に向ける。俺は背筋が凍るのを感じた。

 

 こんなバトルジャンキーだって聞いてないんだけど。

 

 

「フフフっ、あぁ、最高の気分だ」

 

「……ちっ、一般人(パンピー)じゃなかったのかよ」

 

「こうして再び、よもや君に会えようとは」

 

「あぁ?」

 

 

 再びどころか初対面なんだけど。

 俺は怪訝な表情をカミキに向け──

 

 

 

 

 

「『乙女座の私には、センチメンタリズムな運命を感じずにはいられない』」

 

「……は?」

 

 

 

 

 

 一瞬だけ。

 そう、一瞬だけ。

 俺はカミキヒカルの顔が、別の誰かに重なった。

 

 

「やはり、私と君は運命の赤い糸で結ばれていたようだ。君の圧倒的な戦闘センスに、私は心奪われた。この気持ち──まさしく愛だっ!」

 

「はぁ!?」

 

「は?」

 

 

 遠くから「あ、アイ! 本当に待ってくれ! って、力強っ!? 誰かヘルプを……!」と、悲痛なアクアの声が聞こえるが、俺の思考はそれどころじゃなかった。

 カミキから視線を外せなかった。

 

 俺はこの男を知っている。

 いや、知っていたとしても、ありえない。

 ()()()()()()()()()

 

 そう頭では理解することを否定するが、それと同時に『こんなクソ気持ち悪い男が、二人存在するか?』と、冷静だけど思考的に狂っている自分が問いかける。

 こんなこと言うキチガイなんざ……。

 

 

 

 

 

「会いたかった……会いたかったぞ、島津少年っ!」

 

「テメェ導春かよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!??」

 

 

 

 

 

 立花 導春(この男)以外に存在するものか。

 してたまるか。

 

 最悪の事象が目の前で起こっていた。

 カミキヒカル(サイコキラー)だと思っていた男に、なんか知らんけど立花 導春(サイコキラー)がインストールされていたのだ。転生? 憑依? おそらくアイの時と同じような境遇だと思われるが、そうだとしても転生させる相手を大きく間違っている気がしてならない。

 神様はご乱心されているようだ。

 

 それと同時に色々と腑に落ちたところもあった。

 戦闘能力とか、おかしな言動とか。

 

 

「そうだとも! そして──その愛を越え、憎しみも超越し、もはや我々の関係は宿命となった!」

 

「だからって生まれ変わってまで、俺とアイに粘着してくるんじゃねぇよ!」

 

「ぶっちゃけアイ君は正直どうでもいい。私の内なるカミキヒカル青年は違うかもしれんが、私の興味以上の対象は少年だけだ!」

 

 

 その口ぶりからして、コイツん中にはカミキヒカルがまだ眠っているのだろう。そして、本当にアイに対して何の感情も抱いていないことを感覚的に察知し、カミキヒカルもコイツの犠牲になったのか……と心の内で合掌する。

 同情はしないけど。

 

 しかし、俺の認識は変化した。

 目の前にいる敵は、『女子供を間接的に殺そうとする一般サイコキラー』ではなく、『大友家重鎮筆頭、立花家元当主の変態』なのだ。

 いくら生前の強靭な肉体を失ったとしても、武人としての立花 導春の神髄は、化け物じみた小手先の技術の集大成による、精密機械のように卓越した戦闘技能である。前世で親父殿と討ち合える存在なのだから、そりゃ内務官な俺が簡単に処理できる存在じゃない。

 

 今、俺がカミキのナイフの刃を、俺のサバイバルナイフのギザギザ部分に噛ませ、思いっきりへし折って危険物のゴミに変えたが、獲物を失って徒手空挙になろうとも、その拳だけで戦えるのが立花のオッサンである。

 マジで頭おかしい。

 もう一度死んでほしい。

 

 ナイフによる致命的な攻撃は避け、俺の拳ないし手刀は受け避けしながら、隙を見ては俺の身体にダメージを蓄積させる。

 お互いが肩で息をするくらいの攻防戦を続ける。その一般人な体力を上手にやり繰りしながら、薩摩武士と殺り合えるなんざ、本当にこの人はバケモンだな。それとも俺が弱いのだろうか。後者の説が濃厚になってきた。

 

 

「今度こそ死にやがれっ! 立花の亡霊がぁっ!」

 

「やってみるがいい、首狩り島津ぅっ!」

 

 

 俺のナイフと、カミキの拳が、それぞれの身体を──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──代表っ! ここに居たんですね! ……お邪魔でしたか?」

 

「「話の続きをどうぞ」」(瞬時に納刀)(証拠隠滅完了)(コーナーで差をつけろ)

 

 

 事務所の上司を探しに来た、鷲見(すみ)さんの登場で、俺たちの戦闘は即終了するのだった。

 

 

 

 




【カオスになった経緯】

カミキ「アイ君が先代島津連れてきたんだが!?」

ルビー「ママー」

親父殿「(アクア)経由で(ルビー)の護衛に来た」



カミキ「アイ君や双子は正直どうでもいい。島津少年と殺し合いしたい」

アイ「は?」(闇堕ち)(護身用の包丁で成敗)

遅れてきたアクア「待って待って待って!」





桜華「なんだこれ」


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097.彼の評価はマイナスよ

 シリアス回です。何と言おうとシリアス回です。
 余談ですが、今作に戦闘描写はそんな多くありませんし、今後も出てくるか分からないです。そもそも島津設定も、アイを物理的に守るための手段が始まりですし。
 タイトルからイカレポンチのチェストを期待している方もいらっしゃるかと思いますが、今作は『喜劇』をテーマにアイが学生生活を謳歌する物語です。血生臭い展開を見たい方は、とりあえず本作を閉じて『ドリフターズ』を読みましょう。面白いですよ。最近5年ぶりに新刊出たそうですよ。
 というわけで感想お待ちしております。


 追記・明日初盆なので休みますm(_ _)m



 カミキヒカルだと思ったら立花 導春だった。

 これほど意味不明かつ残酷な字面は存在しないだろう。

 

 おそらく事前に正体を知っていたのは、立花の戦争屋と、島津の人格破綻者。なぜ撫子が俺たちに隠していたのかという憤りを感じると同時に、あいつが「実際に見てみないと信じないでしょ?」と嘲笑うように言ってくるのは容易に想像できる。

 そして、それに対する反論が浮かばない。百聞は一見に如かず──ということわざがあるが、まったくもってその通りの状況になるだろう。言われただけじゃ信じられないし、信じたくない。かといって、会うと「あぁ、こんなやつは他に居ない」と納得するわけだ。

 はた迷惑にも程がある。

 

 

「代表、どうしてこんな場所に?」

 

「そ、それはだな……」

 

 

 鷲見(すみ)さんの問いかけに、しどろもどろになるカミキ。

 まさか一回り年下のガキと死闘を繰り広げていました……なんて言えず、この面子で何をしていたのか?と聞かれれば、それらしい言い訳が思い浮かばないのも事実。

 

 ちなみに、今ここに姿を見せているのは俺とカミキ、少し離れたところにアイと双子の計5名。ご隠居と親父殿は鷲見さんの気配がした段階で、早々に姿を隠していた。カミキの関係者とはいえ一般人なので、アイが持っていた包丁を所有者でさえ気づかない速度で奪い、親父殿も地面に落ちている銃器を回収して去っている。

 もちろん、俺たちの見えないところで孫sを見守っているのだろう。

 吉田沙〇里さん程ではないが、十二分に安心できるセコムである。

 

 

「……あれ? どうしたのアイちゃん? そんな怖い顔して」

 

 

 軽い現実逃避を行っていると、鷲見さんの視線がアイに移る。

 俺も見た瞬間にカミキをチェストしようとしただけで、それより前にアイとカミキの間で何かしらの問答があったことは想像できるが、その内容までは把握してない。

 しかし、アイが得物片手にカミキを斬り殺そうと憤慨する何かがあったのは確かだ。薩摩式送別会で大怪我した俺を見た時以上に荒れており、あそこまで怒っている彼女を見たことがない。

 

 アイも何も言わずカミキを睨みつけるのみ。

 どうしようかと俺が口を開こうとしたとき、先に声を発したのはアクアだった。え、これを収拾する嘘があるのか?

 

 

「あー……っと、鷲見さん。これには色々と事情があって」

 

「え、凄い気になる」

 

「俺たちと……そこのカミキは遠い親戚なんだ。だから、俺とカミキってそこそこ似てるだろ? そんな感じで昔に少し交流があったんだ」

 

「……確かに似てるかも」

 

 

 似ている──の件で、苦虫を嚙み潰したような表情をするアクア。話を合わせることに必要な文面だったけれども、本人としては心底不本意だと言わんばかりの顔をしていた。

 ルビーも同じ顔してた。

 

 

「それで、ちょっと今からの話は他言無用でお願いしたいんだが」

 

「うんうん」

 

 

 ここだけの話という言葉に弱いのだろうか。

 ウキウキしながらアクアの言葉を待つ鷲見さん。

 

 

 

 

 

「──カミキって、ホモなんだ」

 

「えっ?」

 

 

 

 

 

 アクアの暴露欲求は母親譲りなのだろうか。

 暴露も何も噓っぱちだけ──あれ? もしかしてカミキってホモなのか? え? マジ? 俺もしかして違う意味でやべぇのに目をつけられたのか?

 

 

「だ、代表ってホモなの!? 変態でロリコンでショタコンでホモなの!?」

 

「そうだ」(即答)

 

「うっわぁ……」

 

 

 仕事の上司から汚物へジョブチェンジしたカミキは、それ相応の視線を鷲見さんから向けられる。少なくとも鎮西一(立花 宗茂)の子孫に向けられる瞳ではなかったと明記しておこう。

 マイナスのデバフを盛られ過ぎだろう。

 さすが、島津の救世主たる黒川あかねから『演じられないわけじゃないけど、できれば演じたくない。私にも羞恥心がある』と言わしめた男だ。立花のオッサンの資料を分析した結果がコレである。

 

 

「ここまで言えば分かると思うけど、つまりアイと桜華とカミキは歪な三角関係なんだ。俺と……ルビーとしては、アイと桜華の仲を応援しているが、そこにカミキが割り込んできたって感じかな」

 

「ご、ごめん。ちょっと処理が追いつかない」

 

 

 初手情報の絨毯爆撃で、相手の思考能力を奪って、無理矢理意見を押し通すのは星野家の十八番なんだろうか? 「どうして工事現場にいるのか?」って疑問が、鷲見さんの脳から吹っ飛んでんじゃん。まぁ、星野家自体が相手の思考を奪えるくらいの情報を生み出せる環境下ってのも、理由の一つなんだろうなぁってのは思う。

 自分の恋人にする評価じゃないのは重々承知しているが、客観的に見て星野アイという女の子は、モラルと倫理観が島津並みに終わってるもんね。前世から。

 

 

「だからアイとカミキで意見の衝突があって」

 

「さ、三角関係だもんね。……えぇ、こんな三角関係、ドラマとかでも聞いたことないよぉ」

 

「カミキが『でもアイ君より自分の方が()っぱい大きいぞ!』って言い放って、アイがブチ切れて怒ってるって流れで、あんな感じになってる」

 

「うっわ」

 

 

 既にマントルぐらいまで落ちているカミキの評価が、貫通して南アメリカ近海まで行きそうなくらい、ダダ下がりしていた。

 現役女子高生と胸のサイズを胸板で勝負する三十路過ぎの男──人としてどうかと思う前に、存在しちゃいけないモンスターのような何かだろコレ。大友家の守護神が、大友の枷を外すと社会不適合者になっちまうのか。

 あとアイは大きいから。寿さんや撫子ほどじゃないと思うけど、大きいから。ここ重要。

 

 まぁ、どう考えてもアクアの噓八百だろう。

 それはアイもルビーも、そして当事者のカミキもよく分かっているはず。

 

 

「……本当ですか、代表」

 

「……あぁ、概ねあってるぞ。うん」

 

 

 それでもカミキはアクアの話に乗る。

 この言い訳が難しい状況下で、アクア以上の良さそうな言い訳が思い浮かばなかったのが大きいのだろう。加えて、立花 導春が忠義を捧げるのは、自身の立花家であり、宗家の大友家のみだ。アクアの案に乗ったところで、下がるのはカミキヒカルの名声だけであり、自身が最も大切にしている二家の看板に傷をつくことはない。そう考えているのかもしれん。

 他に考えられることがあれば……心のどこかで、星野家に対する負い目を無意識に感じているのかもしれない。他人からの評価を気にする人間じゃないのは確かだが、こんだけ言われれば反論の一つぐらいはあるはず。カミキヒカルの所業に、立花のオッサンも思うことがあったのだろうか?

 

 どちらにせよ、カミキは全ての悪評を被ることとなった。

 否定された際の言い訳を考えていたであろうアクアは、驚いたように実の父親を凝視する。

 

 

「まぁ、代表ですからね。あ、ご友人の方が車で迎えに来られてますよ? 重要な話があるとかないとか……」

 

「宗虎か。分かった、すぐに向かおう。アイ君、ルビー君。そしてアクア君と()()()。失礼する」

 

 

 律儀にも一礼し、俺に視線を一瞬だけ合わせ、鷲見さんを伴って工事現場を後にした。

 完全に視界から消え失せ、遠くからエンジン音と共に遠ざかっていくのを聴覚で確認し、俺はここ一番の大きな大きなため息をつくことになった。

 

 マジか。カミキは導春か。

 どうしてこうなったんだろう?

 

 なんて本日何度目かの現実逃避をしていると、行き場のなくした怒りを抱えたアイが、俺の胸に真正面から飛び込んできた。俺の腰に腕を回し、力の限り俺を抱きしめて離す様子が一切ない。

 防弾チョッキ着込んでいるので、ちょっとゴツゴツしているかもしれないが、よくわかんないけど彼女を抱きしめ返した。

 

 

「……私の方が、オーカのこと愛してるもん。嘘じゃないもん。仮に嘘だったとしても──絶対に、本当にするんだもんっ。あいつよりも、私の方がオーカのこと好きだもんっ!」

 

 

 彼女の想いは嬉しいけど、とりあえず『カミキが俺を愛してる』って認識だけは止めようか?

 

 

「ねぇ、あれ何なの? あいつ何なの!?」

 

「………」

 

 

 ………。

 

 

「……あれ、何だろうな?」

 

 

 俺にもよく分からなかったので、彼女の答えに曖昧にしか返せなかった。

 

 

 

 




【島津 桜華】
 主人公。今回の件でカミキへの警戒度を下げ、個人的な警戒度をMAXまで引き上げる。内心では「見知っている導春がカミキの手綱を握っているから、幾分かマシか……」と、アイたちへの危険度が下がったので安心している。

【星野 アイ】
 ヒロイン。転生者。主人公来るまでに「君は本当の彼を知らない」「嘘を抜いた、その薄っぺらい本心で彼に何を囁く?」「(カミキ)から離れた君が、今度は島津少年を捨てるのかね?」等の言葉を投げかけられてブチ切れる。武人として義理堅くとも、少なくとも彼にとってアイは敵である。そしてアイにとっても彼は敵である。

【星野 愛久愛海】
 原作主人公。転生者。双子の兄。今回の噓八百は個人的な復讐が含まれている。正直、彼への憎悪より、アイの怒りに意識が向いてそれどころじゃない。

【星野 瑠美衣】
 ↑の双子の妹。転生者。自身にセンセを殺した男の遺伝子が含まれていることへの絶望、最愛の母親への煽り、変態。以上の要因からカミキが嫌いになる。好きになる要素がないけど。


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098.ギスギスお食事会

 シリアス回です。
 次章で当主と星野一家がはっちゃける──みたいな話をしたような気がしますが、正確には次々章ですね。次章で元天才子役を本編に出さねば。
 感想お待ちしております。


「昨日の今日で食事に誘うとか、アンタの心臓はオリハルコン製か何かか? こちとら当主殿が瀕死だってのに」

 

「それを言うなら、あれだけ言われたアイ君が、少年と共に来るとは思わなかったが。あと、そちらは瀕死で良かったじゃないか。大友と龍造寺は、当主が泡吹いて昏睡状態だぞ。主に私のせいだが」

 

「………」

 

 

 前に食いに行った所とは別の高級焼肉屋で、個室スペースに奇妙な三人が場所をとっていた。和気藹々とはあまりにほど遠く、ギスギスとした中で肉を焼いては食していた。

 呆れたように半眼で睨む俺。俺の隣で対面の男の存在をガン無視しながら、黙々と肉を焼いては無言で食っているアイ。少年少女の対面に座り、困り果てた表情で微笑むカミキ。

 アイは肉を焼いては食い、時々俺の皿にも配膳してくるので、俺はそれを白米と共に食すのみ。無論、カミキの取皿には見向きもしない。事情を知らない者から見れば、アイがカミキに嫌がらせをしているように見える。事情を知っていれば、何でコイツらは一緒に飯食ってんの?と首を傾げるだろう。

 

 経緯としては、カミキと死闘を繰り広げた次の日に、なんか知らんけど俺宛に食事の招待が来たのだ。対象が俺だけだったので、後から家に来られても面倒だと思い、赴くことになった。

 が、それがアイにバレてしまい、涙目で行くのを止められた。無視した際のデメリットを説くと、自分も一緒に行くと言って聞かず、今に至る。

 カミキにアイ同伴だと告げると、別に構わないと回答をもらった。

 

 

「今回に関しては、本当ならば君と矛を交えるつもりはなかった。先に物理的な排除を選択したのは島津少年であり、私のは正当防衛に過ぎん。故に、今回の衝突は不可抗力だと──」

 

「すみませーん。この黒毛和牛のカルビを二人前お願いしますっ」

 

「……遠慮なく頼むね、アイ君は」

 

 

 焼くものがなくなったアイは、今回の支払い待ちの変態に断りも入れず、嘘の仮面を貼り付けて笑顔で店員に注文する。

 笑顔を向けられた男性店員の顔を赤面させながら去った後、三人だけになった瞬間に、無表情で黒い星を怨敵に向けるのだ。ちなみに、俺から見て右側にアイが座っているのだが、肉を焼くのも箸を使って食うのも右手のみで行い、左手は俺の右手を握って離さない。

 つまり俺の右手は封じられているわけだ。まぁ、俺は左手でも箸使えるから別にいいけど。

 

 

「これはあくまでも私と島津少年との会合だ。アイ君の同伴を許可したのは私だが、少しは私の財布事情にも配慮するべきでは」

 

「十数年前に刺された所が痛いなぁ」

 

「……好きなだけ頼むといい」

 

 

 凄いな、人間ってここまで無機質に言葉を返せるものなのか。

 こてんと首を傾げなら、俺の恋人は深淵よりも深い黒い星の瞳を向け、抑揚のない声色でかつての想い人へと強請る。内側は変わり果てた変態だけど。

 

 本当に今さらなんだが、どうしてアイはカミキヒカルに対して、そこまでの悪感情を抱いているのだろうか。いや、抱かない理由が見つからないのは分かるけれども、少し前まで名前すらロクに思い出せなかった相手でもある。

 やっぱり、昨日俺が来るまでに何かあったのだろう。

 俺はそのことをカミキに聞いてみた。

 

 

「アイ君がこうなっている理由? 心当たりがなくもない。しかし、その内容を島津少年に教える必要はないと思うが? これは()()()()()()()()()()()()()()()。少年はあくまでも部外者だ」

 

「んだと?」

 

「君とて、前世のアイ君のことを全て知っているわけではないだろう? アイ君が過去の君を知らないのと同じように」

 

 

 知らない……と言うよりも、彼女が口にしたくないであろう過去を掘り起こしていなかっただけでもある。しかし、今回のアイの不機嫌さは、俺の知らない話──それこそ、前世の因縁とも呼ぶべき二人の間でしか分からないことだと、カミキは冷水を飲みながら語る。

 

 

「端的に言えば、アイ君にはアイ君なりの言い分があるように、私にはカミキ青年の過去を知った上での言い分と言うものが存在する。ただ、それだけの話だ」

 

「女を自分の手を汚さずに間接的に殺すような奴の言い分、とても興味があるな。是非ともご教授願いたいもんだ」

 

「そのような大層なものでもないさ。そして話し合いの結果、私の言葉がアイ君の逆鱗に触れてしまっただけ。アイ君が私を憎む理由は分からないでもないし、許してもらおうとも思ってない。私もアイ君への投げかけが間違っているとは思ってないからな」

 

 

 前世のアイをカミキは物理的に殺し、今世のアイをカミキ(導春)は言葉の刃で刺すか。立花のオッサン、生きてれば何してもOKとか思ってないだろうな?

 言葉で人は傷つくし、場合によっては死ぬんだからな?

 

 

「私からアイ君に関わるのも今回限りだろう。アイ君はどうやら私のことが嫌いなようだし、私もアイ君に興味はないからな。私はカミキ青年とは違って、血の繋がった者を殺す真似はしない。星野一家が私を物理的に排除したいと言うのであれば、いつでも挑んでくれても構わんぞ?」

 

「だったら今すぐ死んで。あ、やっぱり今のナシ。これの会計終わってから死んで」

 

「これは手厳しい。私はいいとして、カミキ青年は仮にも肉体関係を持った仲だと言うのに」

 

「その話をオーカの前でしないで。今の私はオーカのもので、私の子供たちの父親は彼だから。──あなたには、関係ないから」

 

 

 愛情の対義語が無関心であるのは自明の理だが、これを見ていると本当にそうなのか疑わしくなる。本当は対義語は『憎悪』なんじゃないだろうか。そう思わせるくらい、元人気アイドルの少女の言葉には嫌悪感がにじみ出ていた。

 そして、彼女は俺に身体を寄せる。

 握りしめていた手を小さく震わせながら、それでも決して離さないようにと力を強めて。

 

 それ以降の会話は俺が引き継ぐことにした。

 俺の恋人は変態ともう話をしたくないようだ。

 

 

「んで、俺を呼んだ話ってのは何よ」

 

「……あぁ、忘れるところだった。もちろん仕事の件だ」

 

「俺がお前の仕事を受けるとでも?」

 

「島津少年に対してじゃない。私とて、なにもアイ君と舌戦をするためだけに鹿児島まで来たわけではない。アイ君との再会はもう少し後になると思っていたんだが、急遽、鹿児島に赴かねばならぬ仕事が舞い込んで来たのでね」

 

 

 アイ君と島津少年との件は、そのついでだと変態は肩をすくめる。

 ついでにしては、ここまで事態をかき乱す存在も珍しいだろう。

 

 

「とある漫画が原作の舞台をすることになって、その件での軽い打ち合わせで鹿児島に足を運んだのだ。その漫画の原作者が鹿児島在住かつ、どうしても鹿児島(ここ)を離れられない理由があると伺ったものでね」

 

「ふーん」

 

「そのついでに、神木プロダクションの鹿児島支部でも立ち上げようかと」

 

「勝手にテメェの拠点を作られると困るんだが?」

 

 

 ただでさえ別プロダクションの件で、某元社長がその命を文字通り燃やして話を進めているのだ。ましてや、神木プロダクションの支部とかいうゲテモノ、星野一家が安心して暮らせる環境に不要である。

 本音としては、これ以上芸能界がらみの厄介ごとを持ち込まないで欲しい。

 お願い、もう手一杯なの。

 

 

「……まさか、当主がぶっ倒れるのもテメェの計算の内か? この話を進めるために」

 

「私もそれは想定外だったんだがね」

 

 

 カミキは小さくため息をついた。

 アイは無言で焼け焦げた黒い炭(肉の成れの果て)をカミキの取皿に置いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「支部創設の件、島津の宗家には話を通していたはずだが?」

 

「は?」

 

 

 

 




【島津 桜華】
 主人公。カミキの発言が正しければ『カミキが危険人物だと分かったうえで』『神プロ鹿児島支部を作ることに賛同し』『カミキが導春だと知っている(知らないと支部設立にそもそも賛同しない)』ことを把握していた上で隠している者が、宗家にいることになる。つまり、どういうことだってばよ。

【星野 アイ】
 ヒロイン。転生者。本人的にはカミキヒカルよりも、中身の導春が嫌い。

【カミキヒカル】
 原作の黒幕(推定)。中身は導春。ちなみに彼の言い分は『カミキヒカルの記憶の星野アイ』から来るものであり、今の彼女を考慮してない。内なるカミキも、アイが鹿児島で育ってここまで変わるとは思ってなかった様子。


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099.ポンコツ軍師撫子

 今回の騒動の裏側回です。
 あとは夏を満喫して次章へGOかなぁ。
 感想お待ちしております。


 追記・盆明けの仕事テポドンで死にました。明日休みます。



 種子島 撫子は人格破綻者の戦術家である。

 島津の特徴として、『少数で多数を打ち破る』という戦略としては間違っている方法で、幾度となく多勢に無勢の危機を乗り越えてきた。よく言えば少数精鋭、悪く言えば万年人材不足。それが島津の十八番であった。

 釣り野伏的な島津的解決方法とは違えど、種子島 撫子は幾度となく非凡な頭脳を用いて、周辺勢力を陥れていた。時には人としてどうなの?と思うような手段で、時にはお前人間じゃねぇ!みたいな手段を弄して。

 

 そう、種子島 撫子は非凡な戦術家なのだ。

 その……はずなのだ。

 

 

 

 

 

「ごうなる゛はずじゃながったの゛よお゛お゛お゛お゛お゛!!」

 

「「………」」

 

「わだじだってがんばってる゛の゛よお゛お゛お゛お゛お゛!!」

 

「「………」」

 

 

 

 

 

 もしかしたら違う可能性が浮上してきたな。

 酔っぱらいの怒号が飛び交う居酒屋にて、ジョッキ片手に泣き上戸みたく、泣きながら机に顔を伏せて喚く軍師(笑)を、対面の席でその惨状を眺める俺と未来は横目で互いに見合わせる。

 この居酒屋自体が咸の友人が経営している店なので、未成年者のみの俺たちが入店しても咎められることはなく、なんなら撫子のジョッキに入ってるのは強炭酸のサイダーだ。間違っても酒ではない……はず。この様子を見ていると、本当に酒じゃないのか心配になってきた。

 

 コイツとの腐れ縁歴は長いが、まさか炭酸で酔える人間だとは思わなかった。実弟の未来はそれを知っていたからこそ、俺に「ちょっと来て。飯奢るから」って、用件の詳細を記さずLINEを送ってきたのだろう。

 まさか贄を求めてたって思わないじゃん?

 

 

「うぅ……ズズッ……」

 

「……で、俺を呼んだお前は、コレをどうしろと?」

 

「笑えばいいと思うよ」

 

 

 笑えねぇんだよ。

 そう吐き捨てた俺は、少し前に運ばれて来た唐揚げを一つ頬張る。昼にカミキの財布で疑似食べ放題してきたので、実はそんなに腹が空いてない。

 アイを連れて来なくてよかった。こんな友人の姿、アイも見たくないだろうし、撫子も見られたくないだろうから。

 

 余談だが、晩飯も食いに行くと言ったところ「また……あいつ……と?」って、凶星を輝かせたアイを説明するのが大変だった。今日に関しては門限が設定されており、今はまだ時間があるが、早めに帰らないと愛しの彼女が泣く。

 完全にアンチカミキになってしまった星野アイ。どうしたもんかと兼定に相談してみたところ、

 

 

『……アンチ徳川のテメェと何か違うかァ?』

 

 

 さほど問題じゃないことが判明した。

 家でくつろいでた時に、アイが「Wi-Fiの繋がりが悪いねっ。……あいつのせいかな?」とボソッと呟いてたのを見て、ことあるごとに脳死で徳川に押し付けていた自分を客観視している気分だった。

 

 

「……つかさ、撫子はカミキが立花のオッサンだって知ってたんだよなぁ」

 

「僕も5日前に知ってたけどね。姉貴に口止めされてたけど」

 

「関係ねぇよはよ言えやボケが。当主殿にも」

 

「……まぁ、ちょっと今回は、ねぇ。最善とは言い難いけど、姉貴なりの理由はあったんだよ」

 

 

 今回は『悪手』にも程があるけどねーっと、未来は空笑いを浮かべた。

 そして、カミキ騒動の裏側を語る。

 

 撫子が衝撃の事実を知ったのは約1ヶ月前。それこそ、咸がなぜかカミキへの監視を最低限にして、他のことに注力した時期の少し後ぐらいだろうか。友人の安寧のために独自の手段でカミキを調べていた撫子は、神プロの代表取締役の転落事故以降、言動の変化があったのを知ることになる。

 違和感を覚えた彼女は調べ、接触し、カミキが導春になってしまったことを知った。当時、撫子が生理で寝込んでいたと聞いていたが、本当はコレが原因だったらしい。

 

 死んだと思っていた難敵が、姿を変えて生きていた。しかも、友人の前世を殺めた人間への転生だ。撫子は大いに頭を悩ませたが、同時に『何をしでかすか分からないサイコキラー』から『比較的ある程度行動が予測できるサイコキラー』に変わったことで、なおかつ本人からアイ本人に興味がない発言をしていたことから、友人を安心させるために、なんとかその事実を知らせようとした。

 

 

「でも一つだけ問題があったんだよねー」

 

「そのココロは?」

 

「誰が信じるのさ。変態が変態になったって」

 

「悪魔合体して、より厄介になった感あるよなぁ」

 

 

 そうなると、本人たちにカミキ本人を見せるしかない。それ本人来るんじゃなくて動画で良くね?と思ったが、当のカミキが鹿児島に用事があるとかで、変態が襲来することになったのだ。

 本当にこちらの迷惑を考えない男である。カミキ視点では、俺たち都合で動く道理はないのだが。

 

 これを、最初は撫子も当主殿に報告しようとはしたのだ。

 前回は個人間の話だが、今回は大友家の元重鎮が関わってくる話なので、そこら辺は事前に話を通しておくべきだろうと撫子も思ったらしい。

 

 

「で、報告する前に事件が起きちゃったわけね」

 

「なんかあったっけ?」

 

「星野家転生者祭りの乱」

 

「……あぁ、その時期と重なるんか。この話」

 

 

 島津家の中枢がよく分からん理由でストップし、俺たちが地獄の5日間を体験した、あの第二次アイちゃんショックで、それどころじゃなかったらしい。

 じゃあ、沈静化した後に報告すればいい。

 

 

家正様(当主殿)、星野アイさんの件で報告させていただきたいことが──』

 

『な、何かな?』(胃薬一気飲み)(エナドリ一気飲み)(手の震え、瞼の痙攣)

 

『………』

 

 

 アイの狂信者たる当主殿に『推しに隠し子がいた』『しかも双方転生者』『しかも前世で結婚を誓い合った仲(ルビー証言)』を暴露しダウンさせた挙句、そこに『前世のアイの死亡事件に父親が関与』『その男が転落事故が原因で立花 導春が憑依転生』『つまり星野一家全員転生者』という核爆弾を投下しろと?

 撫子は差し障りのない会話で終わり、結局は告げられなかったらしい。

 少し時間をおいて報告しようと。

 

 なのでカミキには鹿児島に来るのは少し延期してもらおうと。

 

 

 

 

 

『おとめ座の私は我慢弱い』

 

 

 

 

 

 撫子も心のどこかで思ってはいたらしい。

 この男が自分の思い通りに動く奴じゃないってことに。

 

 

「そっから姉貴がおかしくなったよね」

 

「アイ関連になると急激にIQ下がるのは何なんだろうか?」

 

「個人的解釈なんだけど、うちの姉貴は脳みそを悪いことに使用するのは問題なく行えるし、異常事態が発生しても難なく対処できるんだと思う。でも、良かれと思って使用すると、いざ計画が破綻すると、どう動けば()()になるのかを考えるあまり、ポンコツ化しちゃうんじゃないかなー」

 

「難儀な脳内構造してんなコイツ」

 

 

 策を弄する際、種子島 撫子は才を発揮する。コイツ自身が臨機応変の人なので、策を複数用意することは無論の事、いざ破綻しても最善(ベスト)ではなく次善(ベター)に切り替える。変えたところで、困るのは多数の敵と少数の味方のみだからだ。結果的にプラスになるんだから良かったんじゃないと言い訳できる。

 だが、友人のための策となると、彼女の中では話が変わってくる。求めるのは常に最善。策が決定的に破綻すると、どうしても友人のためにと最善を模索するあまり、こうして今回のようにポンコツ化してしまうのだと。善意に耐性のない結果、それを大切にし過ぎてアホになる、と。

 なんだこの厄介な生物。

 

 そして目をグルグル回しながら、ありもしない最善を求め続け、それでもカミキは止まるはずもなく、当主殿に報告できぬまま例の日を迎えてしまったと。

 そんで友人含め多方面に迷惑をかけた結果、こんな痴態を俺に晒しているわけだ。

 

 

「姉貴も少しは他人を頼ることを覚えればいいのに、どうしても『敵をだますにはまず味方から』の精神が、良かれと思って策を考える際にも邪魔しちゃうんじゃないかなー」

 

「一人で何でも抱え込みすぎ、か。……あれだな、今回は撫子が悪くないとは言えないが、その撫子を個人的感情で突き放してた俺にも責任があるぞコレ。しくじったなぁ」

 

「今回の暴露で当主殿がまた召されることを想定して、今回の桜華とカミキの動画を撮影して、当日中に大友家と龍造寺家に晒して、道連れにするあたり、やっぱり姉貴の脳みそは悪知恵専用なんだって思ったよ」

 

 

 大友家当主が「アイツ生きてた上に、あの警戒対象のカミキヒカルに転生した挙句、同盟相手に断りもなく迷惑かけとるやんけ」と泡を吹き、龍造寺家当主が「コロッと死んだはずの男が、スピリチュアルな現象を経て生き返ったんだけど」と白目で倒れたと。

 転生話に耐性がない二家のトップを巻き込んで、こちら側がトップ不在の時を狙われないように手を回したのは牽制としてベターじゃないだろうか。

 

 今度から、この元許嫁に少し優しくしようと思いました。

 なんだかんだでアイの無茶ぶりで迷惑かけてるし。

 

 

「あ、そうだ。俺とカミキの動画撮ってたんだよな?」

 

「そだね。姉貴の指示でカメラ設置してたし」

 

「俺が来る前の動画って撮ってる? 残っているのであれば、アイとカミキが何を話してたのか知りたいんだけど」

 

 

 あの変態がアイに何を吹き込んだのか気になる。

 なので情報開示を求めたが、予想外の方面経由で否を突きつけられた。

 

 

「あーっとね……その部分は見ずに消しちゃった」

 

「は?」

 

「というより、消すように頼まれたから、かな?」

 

「誰からよ」

 

桜華のお父さん(鬼島津)

 

 

 一瞬だけ呼吸が止まった。

 どうしてここで親父殿が絡んでくる?

 

 

「僕も詳しいことは分からないよ。断る理由がなかったし。……でも、なんか『死んでも難儀な性格をしている。本当に不器用な奴だ』とか言ってたような気がする」

 

「どういう意味だ?」

 

「さぁ?」

 

 

 唯一の証拠も消えてしまった。

 あとは星野一家かご隠居に聞かない限り、真相は闇の中になるだろう。直感的に、誰も口を割らない気がしたので、俺は真実を知ることはないだろうとなんとなく思った。

 

 

「あ、それとカミキ情報なんだけど、上にカミキ来訪の話が通してあったって噂を聞いたんだが」

 

「それは姉貴から聞いたなぁ。でも、とりあえず自分の方からも話は通さないといけないよねって、結局叶わなかったわけだけど」

 

 

 俺はカミキと昼会った際に話した内容を未来に話すと、おもむろにスマホで何かを調べ始めた。

 

 

「漫画の舞台化でしょ。……あった、これだこれだ。タイトルは……『機械少女(デウス・エクス・マキナ)は今も笑わない』だっけ。一部で人気のあるバトル漫画だよ。作者は──あぁ、そういうことか」

 

 

 調べた未来は検索結果を俺に表示する。

 俺は作者の名前を見て──理解した。当主殿が知らない理由も。俺たちが知らない理由も。今回の騒動は起こるべくして起きてしまったことを。その隠蔽に悪意が含まれていることも。

 

 

「──これ、俺のせいになるんかなぁ?」

 

 

 俺は肩をすくめて、唐揚げを一つ頬張るのだった。

 

 

 

 




【IF 『推しの子』アニメ2話を見た島津組の反応】

咸「お気持ちは分かりますが、ルビーさんのアイドル化阻止にしては、やり方に問題あったのでは?」

未来「おまいう」

兼定「五反田カントクの母親に妙な既視感を感じるンだが?」

桜華「で、最後の子は銃創を舐める子役か……」

未来「よりにもよって銃創を……カタギじゃないよね?」

咸「ですね」






かな「理不尽な誤解が生まれた気がする」

カタギリ「カァ」


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100.星野家緊急家族会議

 温度差あるので風邪ひかないように、アクア視点です。
 仕事終わって執筆する時間帯に喘息の発作出て、更新速度が遅くなってます。咳多すぎて、脇腹が筋肉痛になって、咳すると痛くて執筆が……の繰り返しです。たすてけ。
 感想お待ちしております。


 対面のソファーに座るルビーは泣く。

 視認出来る程度の大きな粒をボロボロ流し、それは止まることを知らず。涙を拭おうとせず、ただひたすらに──カレーライスを頬張る。スプーンで掬って口に入れ、味わうように咀嚼し喉に流し込む。そして、また掬う。その繰り返し。

 

 特筆するような美味しさがあるわけでもなく、あくまでも普通の美味しさ。使っているのは市販の固形タイプのカレールー。カレーの具材の代表格であるジャガイモ・人参・玉葱も、近くのスーパーで格安で購入したものだと聞いた。豚肉も特売だったらしい。

 隠し味も一切入っておらず、カレールーの箱の裏側に記載のある通りに作った、何の変哲もない無難なカレーライス。米は鹿児島県産(身内が作った)らしいが、それがカレーを特別に格上げする要因足りえない。

 なんらかのオプションも、もちろん入ってない。

 

 普通の、ごく普通のカレーライス。

 手順通り作れば、誰でも作れるはず。

 

 

「「………」」

 

「アクアもルビーも泣くほどカレーが好きなんだねっ。知らなかったなぁ。あ、おかわりも沢山あるからねー」

 

 

 なのに──どうして涙が止まらないんだろう。

 製作者のアイに指摘されなければ、自分が泣いていることすら気づかなかった。

 

 俺も、ルビーも、ただ無言で涙を流している。

 涙という不純物が入って、カレーの味が落ちてしまうと分かっていても、その涙を拭う時間すら惜しく、ただただ手を口を動かすのみ。

 

 

「……ふぅ」

 

 

 完食して一息つき、その余韻に浸る。

 母親の作ったカレー……前世では生まれた直後に母親が亡くなり、今世ではアイ(母親)が俺が4歳のときに凶刃に倒れた。実の母親が作った料理を味わったこと自体少なく、アイの作ったカレーなんて初めて食べたかもしれない。

 一足先に完食したルビーはキッチンで2杯目を調達しに行った。

 あそこまでの量を食べようとする妹を、俺は初めて見た。

 

 ……これが、おふくろの味か。

 もう味わうことはないと思ってたし、俺には味わう資格すらないと思っていた。

 

 

「どう? 私のカレー、美味しかった?」

 

 

 覗き込むようにアイが微笑む。

 答えは自分の中で既に決まっていたので、自然と笑いながら答えた。

 

 

「あぁ、また作ってほしいくらいに」

 

 

 感謝の意を込めて、皿洗いは自分から志願した。

 

 

 

   ♦♦♦

 

 

 

「ヤバい、お兄ちゃん先生……生まれそう……うっぷ」

 

「さすがに食い過ぎだ馬鹿」

 

 

 嬉しさと感動のあまり、その後も2回お代わりした残念な妹を介抱していると、アイがスマホの画面を見ながら声をかけてきた。彼女は桜華のベッドの上に寝そべり、画面を操作しながら暗い顔を作る。

 昨日からアイが暗い輝きを見せることが多くなった。

 それこそ、アイと再会する寸前のルビーのように、今まで見たことのない推しの表情が垣間見える。

 

 原因は考えなくても分かる。

 俺とルビーの父親──父親? カミキヒカルのことだろう。

 

 

「アクアはさー、あいつに復讐するつもりだったんだよねー?」

 

「……そのつもりだったよ」

 

「それって──今でも実行可能なやつ?」

 

 

 暗く冷徹な問いに、俺は短く熟考した。

 状況によってカミキヒカルへの復讐方法は変えるつもりだったし、何よりルビーの安全のためにも最後は物理的排除も本気で考えていた。

 ……小さい頃に書きなぐった、実行できるかどうかも怪しい筋書きは流石に無理だと思うが、それでも徹底的に奴を追い詰めるつもりだった。アイを殺しやがった、俺たちの父親に、慈悲の欠片も与えるつもりはなかったのだ。

 

 あらゆる状況に対応しようと、何年もかけて準備していたはずだったのだ。

 まさか、戦闘力も言動も存在すらも変態な、洒落にならないくらい厄介な男に変貌しているなんて、想定外の中でも最悪な部類だった。

 

 

「……いや、十中八九無理だと思う」

 

「そっかぁ。残念だねっ」

 

 

 十中八九と言うか、正直、あの男には何をやろうとも暖簾に腕押し状態じゃないかと思うが。これが普通の人間であれば話は違ったかもしれないが、不運なことに桜華の親父さんすら認める、化け物級の変態が今のカミキヒカル。

 体の主の悪行に罪悪感を抱かないどころか、自分とは関係ないと切り捨て、自身の目的を最優先で動く、天才的な武人。

 桜華が元社長に「直接手を下さないように釘を刺したが、かなり言い過ぎたかなぁ」と反省していたが、逆に止めなかったら大変なことになっていたと思う。

 

 俺の答えにアイは残念そうに笑う。

 実行可能だった場合──俺の復讐劇が再開するところだったかもしれない。

 

 

 

『……ふむ。私は島津少年の武人としての才に、興味以上の感情を抱いている』

 

『オーカは危ないことはもうしないよ。だから諦めて』

 

『それは実に惜しい。君は島津少年のことを知らなさ過ぎる。親愛の情? 愛のために生きる? 宝の持ち腐れとは、今の少年のことを言うのだろう。あれの本質は首狩りだ』

 

 

 

『……なるほど? 余計なお世話かと思うが、自身の言葉の真偽すら理解せぬまま、少年に囁く愛に重みはあるのだろうか?』

 

『あなたに関係ないっ』

 

『余計なお世話だと事前に断りを入れたはずだ。……まぁ、確かに私には関係ないな』

 

 

 

『……なんともまぁ、厄介な。かつて愛そうと試みたカミキヒカル青年を捨てた君が、島津少年を愛し続ける自信はどこから来るのかね? カミキ青年の二の舞になるのではないか?』

 

『関係ないって言ってるでしょ!? 私はオーカが好きっ! ましてや彼ではないあなたに言われる筋合いはない!』

 

『確かにアイ君の言う通りだ。()()()()()()()()()()()()、ということか』

 

『──っ!』

 

 

 

 その後も『何様のつもり!?』というアイの怒りに、『ただの変態だが?』と涼しい顔で油を注ぎ、星野アイという少女に燃料を投下するような男だ。

 精神的な報復は意味を成さないと思っていいだろう。

 

 では暴力に訴えるか?

 あの素人目からしても化け物じみていた、桜華とカミキの攻防戦を間近で見た後に、それが成功するとは到底思えなかった。アイやルビーに普段見せるような年相応の心優しい少年が、それを破り捨てて、ただひたすらに『相手を殺すこと』しか考えてないような技術を用いて、的確に相手を殺めようとした姿がフラッシュバックする。

 妹が小さく「……怖い」と身を震わすくらい、あの時の桜華は狂ってた。

 

 そこまでして仕留めきれない相手。

 俺たちでは物理的排除は不可能と言っていいだろう。

 

 

「……カミキ君、どうしてあんなのに乗っ取られちゃったのかな」

 

「……アイ」

 

「……カミキ君の状態だったら仕留めやすかったのに」(ボソッ

 

「……アイ?」

 

 

 推しから聞こえちゃいけない言葉が聞こえた気がする。

 まさかカミキヒカルも「殺したかったけど死んでほしくなかった」と言われようとは思ってなかっただろう。少なくとも、今のカミキヒカルよりはナイフ一本で殺めやすい相手だったのは確かだ。

 俺だって前のカミキヒカルが良かった。あの張本人なら気兼ねなく復讐できるし、アレのようにネットの玩具になったりしなかったはずだ。『止まらないカミキヒカルBB』とか『カミキピピック』とか『異世界カミキ』とか意味わからん。俺と同じ顔で変なことをしないで欲しい。

 

 というか、俺の殺意はカミキヒカルよりも、数々のカミキ関連のBB素材を作り出し、挙句の果てに『止まらない星野アクアマリンBB』を生み出そうとしやがった、五代 友厚に向いている。

 あいつ絶対に許さない。

 カミキと俺のBBを横に並べて再生するな。

 

 だからこそ、気づかなかった。

 俺たちがいつの間にか──カミキヒカルの死を惜しんでいることに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あいつの前世の死因を聞いて、牡蠣を大量に送り付ければ?って思った。

 

 

 

 




【とある男たちの苦悩】

兼定・咸「「タスケテ……」」

未来「おハーブが生えますわ」

咸「お、おかしい。私たちって仕事上の付き合いですよね? そのうち解消される関係のはずですよね? 解消される先が見えない」

未来「じゃあ、続くんじゃない。墓場まで」

兼定「クソッ。既に外堀(伊集院家)が埋められてらァ。相手は余所者だぞ……? 男ならぶん殴れば全部終わンのによォ」

未来「あれ完全に打算なしの好意のみの感情だもんね。星野アイ理論応用編とか笑う」

咸「笑い事では……! ──と、ところで。い、今LINEしている相手は?」

未来「あー、咸には関係ないから安心して」

兼定「やけに楽しそうじゃねェか」

未来「そう?」

未来「まぁ……そこそこ、楽しいかなぁ」



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101.無意味

 茶番回です。何なら最後だけ読めば大丈夫感あります。
 感想お待ちしております。




 喘息発作辛いですが、良いことと悪いことが一つずつありました。

【朗報】脇腹が筋肉痛じゃないかもしれない【やったね】

【悲報】これ、あばら骨を骨折(殺った)かもしんない【つら】


 ガストのハンバーグって最高だよな。

 リーズナブルな価格なのに、あそこまで柔らかく美味しく提供できるのだから、流石すかいらーくグループと言うべきか。ファミレスで働く側からしてみれば、ブラックな印象が拭えないけど。食う側からは高評価だと思う。

 鹿児島のファミレスは基本的にガストかジョイフルだよな!

 サイゼリヤねぇもんな!(大声)

 

 っと、ソシャゲのガチャ引いたら、最高レア出たわ。

 とりあえずスクショしてSNSにアップしよ。

 

 

「オイ、会議中にガチャ引くんじゃねェ。死にてェのか? ……で、なンか出たか?」

 

「わりぃ、新実装の季節限定キャラが単発で出たわ」

 

「人生のピーク」

 

 

 俺の人生のピーク酷すぎちゃう?

 何気ない未来の一言が俺を傷つけた。

 

 いつもの馬鹿共(含・アクア)は、少し鹿児島市内から離れたガストで、各々好きなメニューを注文した後に、それぞれやりたいことを好きにやってた。

 なんで近所のファミレスに行かず、わざわざ別のところに来たのか。

 その理由が、特に深刻そうなツラをしている咸と兼定だった。

 俺はソシャゲの限定イベント周回をしながら話半分で聞いてるし、未来はLINEで誰かと連絡とり合ってるし、アクアは自身のswitchを持参してゲームしてる。

 

 

「あなた達は理解しているんですか? 我々の存亡の危機ですよ?」

 

「俺って他人の結婚式に出るのは初めてなんだよね。ご祝儀って、基本的に何円くらいブチ込むのが主流なんだろ? そこら辺のことアクアは知っとる?」

 

「あーっと……だいたい3~5万が主流だな。新郎新婦との関係者なら、金額は多めで考えた方がいい」

 

「だってさ」

 

「勝手に結婚式をセッティングしないで頂きたい。私はまだフリーです」

 

 

 数か月前は俺もそうだったんよ。

 まさか俺を墓場に落としやがった貴様らが、のうのうと安寧の日々を過ごせると思わないで欲しい。テメェらと新婦のツーショット写真を片手に、蛍の墓前に添えるミッションが課せられてんだよ、こっちはよぉ。

 こいつ等の幸せを願うのは不本意だが、彼らの相方が幸せになるのは全然OKです。

 

 

「んで、男だけの温泉旅行ってか? 旅行って言っても県内移動だから、ぶっちゃけ庭のようなもんだけど。場所の候補とか、どう考えてんの埋葬寸前組」

 

指宿(いぶすき)出水(いずみ)志布志(しぶし)肝付(きもつき)を、それぞれ考えております。本命は志布志、他はブラフです。既に予約済であり、他予約地には部下を手配しております」

 

 

 温泉旅行にブラフとは何ぞや。

 まるで何かから逃げているかのようだ。

 

 

「……そこまでして、女子組との水着デートから逃げたいんか?」

 

「あ、当り前だろうがっ! つか付き合ってもねェ異性に肌面積多い水着姿を見せるとか、女共の貞操観念はどうなってやがンだ!? 恥じらいってもンを少しはもちやがれェ!」

 

「それに鹿児島の夏は暑いですし、女性陣の素肌を必要以上に痛めつけるのは趣味ではありません。なれば、そもそもビーチ貸し切っての水着デートなど不要。普通に遊園地やらなにやら行けばいいではありませんか」

 

 

 女々しか悪足掻きで延命しようとする薩摩男児を、確実に息の根を止めるために画策していると気づかないのだろうか? 黒川さんは鈍感彼氏の自覚を待つのは時間がかかると実力行使を検討しているし、寿さんも学校が9月から始まるので、夏季休暇中に良い関係に持っていこうと必死なのだ。

 

 崖っぷちの二人の計画に、他三名追随するのも理由がある。

 俺の場合だと、水着デートはいいと思うのだが、第一に俺が水着を着れない。悲しいことに、俺の身体は鷲見さんやMEMちょさんに見せられるような綺麗な肌をしていない。カタギには見せられんの。

 そして、これが一番の理由だが、俺にとって水着はトラウマである。元凶はもちろん、元超人気美少女アイドルな性欲ドスケベモンスターの星野アイである。確かに可愛らしいし目の保養にもなるが、あの格好で何度搾られたか。

 そんなわけで今回はパスだ。ミイラに転職する気はない。

 

 他面子だと、未来は悪ノリ、アクアは身の安全のため。

 未来は言わずもがな、馬鹿共だけでやる祭りには参加の姿勢を示す。で、アクアの場合は逆に参加しないと、他の水着女子に混ざってのハーレムを満喫することになる。普通に考えて、超気まずい。

 

 

「俺としては二人が焦る理由がわからん。そんなに危機とした状況なんだろうなってのは、おぼろげながらに分かるんだけど」

 

「……私とあかねが仕事上の付き合いを始めて、どのくらいの時間が経過したと思いますか?」

 

「ちょっと待って……あー……1ヶ月経過したってところか?」

 

 

 その間、咸に特筆するような変化は見られなかったが、最近の黒川さんは本当に笑うようになったと思う。情緒不安定で疑似カウンセリングみたいなことをしていた昔が懐かしい。

 ネットすら怖くて見られなかった少女が、今ではPCでカタカタカタ、ッターン!的なリズミカルな動きで咸の手伝いしてるもんな。加えて、俺特攻の核武装も手に入れて、彼女の牙城を崩せる人間が減少し始めている。

 

 

「時間が経つのは早いもんだ。黒川さんのことだし、お前のことを少しは暴かれたんじゃないか? 秘密主義の咸も年貢の納め時ってところかねぇ」

 

「本名以外の偽名、全部バレました」

 

「うっそだろオイ」

 

 

 なんなら咸ですら忘れかけていたような、数回しか使ってない偽名すらも暴かれ、もはや薩摩で咸のことを一番よく知る人物の座は黒川さんに奪われた。主義嗜好は無論のこと、小さな癖や行動理念もプロファイリングされ、完全攻略も時間の問題と言ったところか。

 蛍関連やコイツの中身、深層意識の攻略難易度が高いかもしれんな。

 俺ですら予測がつかん。

 

 俺は咸の焦る理由を理解した。

 陥落寸前なら仕方ないだろう。

 

 

「そんで、兼定はどうなん? 咸からお前が寿さんセンターのミドジャンを紙媒体で購入したって話を聞いて、俺の腹筋がお亡くなりになり遊ばされたんだが」

 

「あ、それ僕も聞いた。絵面想像しただけでシュールだった」

 

 

 絶対に周囲の目を気にしながら買ったに違いない。

 伊集院家の暴力装置は逆切れするだろうと思っていたが、項垂れるように弁明するだけだった。

 

 

「……買ってねェって知られた日には、その表紙と同じ格好して見せるって脅されてンだよ」

 

「アクア、今回のミドジャンのって、そこそこエッチじゃなかったっけ?」

 

「あぁ、健全でエッチだった」

 

 

 それをリアルで見せてやると。

 本人的には脅しの気持ちは一切なく、ただ純粋に兼定の感想が聞きたいと言う行動方針なだけに、皮肉の一つすら返せなかったと語った。

 

 

「つか、寿さんを本気で諦めさせたいのなら、性癖暴露で一発だと思うんだけどなぁ」

 

 

 

 

 

『兼ちゃんの守備範囲が50歳以上……?』

 

『そうだ。だから馬鹿言ってねェで諦──』

 

『……うち、50歳までの間に、兼ちゃん好みの女になれるんかなぁ? 頑張るさかい、これからも兼ちゃんの傍にいてもええ?』

 

 

 

 

 

「前言撤回。もうダメだ、諦めろ」

 

 

 俺が兼定の立場なら、白旗上げる以外の道が思い浮かばない。

 性癖暴露してもロクなことねぇな。黒川さんは幼児コスやって咸の胃に穴開けたし、寿さんには目標設定としか認識されなかったようだ。俺の場合は、ガン無視されたけど。

 二人の終焉も近いな。限りなく。

 

 

「し、しかし! 今回は島津勢の他家の協力も得ております。それとなくブラフに行く風の履歴を、スマホにそれぞれ残してあります。現地民の助力も貰っておりますし、我々の穏やかなバカンスは約束されたも同然でしょう」

 

「旅行に行くことすら告げてねェし、場所も言ってねェ。地の利がある分、オレたちの優位は揺らがねェぞ」

 

 

 二人は勝利を確信する。

 こうして、男たちだけの自由気ままな温泉旅行が幕を開けたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 後日、旅館前にて。

 

 

「当主さんの言った通りだね。咸君、一緒にお風呂入ろ?」

 

「え!? ここ混浴あるん!? か、兼ちゃん、うちらも……その……」

 

「オーカ、アクア。逃げられると思った?」

 

「「「「「………」」」」」

 

 

 おつかれっしたー。

 

 

 

 




馬鹿共「こっちに協力する言ったじゃん」



伊集院家「馬鹿息子よりも将来の可愛い嫁さん優先だろ?」

種子島家「だって黒川様の意向には逆らえんし」

税所家「姉御の指示だし」

島津他家「可愛い女の子たちのお願いを無下にはできないし」

島津宗家「だって黒川様のお願いだし」


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102.嘘の善悪

 温度差にご注意を。
 感想お待ちしております。





 ちなみに次章では新オリキャラが出ます。
 例に漏れずヤベー奴です。

 追記・明日休みます。最近休み多いな。


 カミキに指摘されて改めて感じたこと。

 俺は星野アイという少女の過去を、想像以上に知らないということだ。

 

 それは前世も今世も含めて、だ。

 前世に関して知っていることと言えば、彼女が施設育ちであること、窃盗で捕まった母親が刑期を終えても迎えに来なかったこと、中学時代にアイドルにスカウトされたこと、16歳でアクルビを出産したこと、東京ドームでの公演前に刺殺されたこと。あ、あとアイドル時代のライブ全般(情報提供・島津家当主)。

 今世に至っては、幼少期から俺が彼女と出会った時期まで、何一つ知らないと言っても過言ではない。

 

 

「パパは気にならないの?」

 

「気にならない……と言えば、嘘になるな。知れるもんなら、知りたいわ」

 

 

 時間は午前9時ごろ。

 日差しがいつもよりちょっと強いかな?程度の時間帯に、大所帯の男女学生は砂浜で遊んでいた。貸し切りの状態なので、基本的には何をしてもバレないと思うが、できれば何も起こってほしくないなと監督者視点で、俺は海岸線より少し離れた位置のビーチパラソル下で休んでいた。

 暗めな色のサーフパンツ型の水着を履いてはいるが、俺は泳ぐ気が一切ないのでパーカー型のラッシュガードを羽織っている。

 

 お隣に座るのは双子の妹の方。

 可愛らしい水着を着ていたような気がしないでもないが、何着てたのか覚えてない。その露出は俺と同じようにパーカーで隠されている。考えなくても分かる。兄貴からの指示なんだろう。

 重度のシスコンは見知った仲の男(馬鹿共)にも素肌を晒してほしくないらしい。その兄貴はと言うと、妹の隣でへばっている。薩摩男児とビーチバレーして体力切れらしい。その薩摩男児共は今は女子勢と戯れているが(歪曲表現)。

 

 ルビーと雑談しながら、俺は撫子を振り回しているアイを眺めている。

 パレオ付きの水着に身を包み、その姿はさながら美の女神を彷彿とさせた。素晴らしいね。手の震えが何故か止まらねぇや。

 

 

「ただアイの性格上、あんまり本心を見せたくなタイプの人間だ。嘘で誤魔化すか、黙っているだろうよ。まぁ、都合の悪いことを他人に言う人間の方が珍しいんだが」

 

「私だったら……話してほしいなぁ」

 

「なら聞けばいいんじゃない? 俺は聞かんけど」

 

 

 おや、あそこで砂蒸温泉よろしく、顔以外を砂の山に埋められている人生崖っぷち組がいらっしゃいますなぁ。しかも、双方がそれぞれ絶世の美女を侍らしているときたもんだ(歪曲表現)。

 非常に羨ましい限りだ。俺は合掌しておく。

 

 

「家族なのに、どうして嘘をつかなきゃいけないの? 嘘は、嫌だよ……」

 

「そう? ルビーは家族に嘘ついたことないの? 前世今世ひっくるめて」

 

「そ、それは……」

 

 

 ……ところで、鷲見さん&MEMちょさんと、種子島家の傾奇者は仲が良さそうに見える。鷲見さんが二人を写真に収めながらニヤニヤしているのが気になる。

 あの三人、あんなに仲良かったけ?

 なにかきっかけでもあったのだろうか。

 

 

「噓が嫌いって気持ちは分からんでもない。かく言う俺も、小さい頃から直感的に『あぁ、こいつ噓ついてんなぁ』って感覚的に分かるし。今のところ的中率100%だから、何かしらの要因を無意識に見抜いているのかもしれんね」

 

「嘘が分かるんだ……私はパパが羨ましいよ」

 

「って思うじゃん? 見抜かなくてもいい噓まで知っちゃうこともあるし、良いことばかりじゃないんよ」

 

 

 MEMちょさんの実年齢詐欺疑惑とか。

 

 

「嘘をつく理由の大半は利己的なものだ。基本的に悪い意味で用いられる。自身の面目を保つため、責任から逃れるため、自身の悪行を隠蔽するため……まぁ、良い印象はないわな。だが、実際問題として噓全般が全てが悪いことなのか?と言えば、そうとは言い切れない」

 

「他人を騙すことが良いことなの?」

 

「良い悪いが簡単に割り切れるものであれば苦労しないんだけどね。嘘をつく理由は他にもある。他者を必要以上に傷付けないため、無用の衝突を防ぐため……世辞なんか、その嘘の典型的なもんじゃん。噓も立派なコミュニケーションだ」

 

 

 かつてアイは『嘘も愛』だと言った。

 人間関係ってのは『嘘を全くつかない』という制約がある場合、逆にギクシャクとしたものになりやすい。そう考えると、彼女の発言も的を射たものなのかもしれない。

 嘘吐きの彼女だって、根本的な要因は自衛のためだ。誰が彼女を責められようか。

 

 前にアイから「嘘ついたとき、あからさまに目を細める君が怖かった」と言われたとき、本当に申し訳なさでいっぱいだった。

 もうこれ癖みたいなもんなんよ。マジですまん。

 

 

「……そう考えると、俺とアイの相性って最悪やな」

 

「毎日毎日飽きもせず私たちの前でもイチャイチャイチャイチャラブラブしてる二人が相性最悪……?」

 

「それとこれとは別問題。ほら、想像してみ? アクアに後ろからギューッと抱きしめられる自分の姿を」

 

「それ以上言わないで。鼻血が止まらなくなる」

 

「ごめんて」

 

 

 このままだとルビーの周囲が共産()化してしまいそうだ。

 嘘論争に特に思い入れはないので、この話を早々に切り上げることにした。

 

 おっと、とうとう抵抗を諦めた埋葬寸前組含め、海辺で遊んでいる全員でフラッグ争奪戦をするらしい。最初は女子組からか。

 浜辺は足場が不安定だから、足腰鍛えるのに最適なんだよね。ビーチ・フラッグスは。俺としては、その環境下でよくもまあ元気に活動でき

 

 

「ルビー、そこの兄貴起こして、この双眼鏡渡して」

 

「うん? 分かった。お兄ちゃん先生、パパが呼んでるから起きてー」

 

「……すまん、もう少し寝かしてくれ。これ絶対筋肉痛に」

 

「今からビーチ・フラッグス始まるで。撫子と寿さんも参加しとる」

 

 

 筋肉痛言ってたアクアが腹筋を活用し、即座に起き上って双眼鏡を覗き込む。

 その瞬間、砂場での徒競走が始まるのだった。

 

 

 

 堅牢で雄大な桜島を彷彿とさせ。

 

 しかし剛を保ちながら柔も兼ね備え。

 

 躍動は所持者の一生懸命を表し。

 

 圧巻としか言えない感想がその在り方を示す。

 

 それはまさに──究極で、完璧だった。

 

 

 

 フラッグは薩摩美女(おごじょ)の撫子が手に入れた。

 運動神経は女子勢の中で一番高いかもしれない。無邪気にジャンプしてらぁ。

 

 

「……解説のアクアさん。どう思います?」

 

「現在進行形のジャンプ含め、素晴らしいとしか言えない」

 

「良かもん見させていただきましたわ」

 

「久しく忘れていたな……これが夏の醍醐味か」

 

 

 俺とアクアは夢と希望と他諸々を与えて下さった女神2柱を崇め奉る。そうなんよな、水着デートから逃げようとした身ではあるが、これがあるメリットも惜しいと思ってたんだよな。

 男勢で涼しい顔をしているのは、咸だけである。

 

 

「うっわ、最低……」

 

 

 妹/義娘に何を言われても気にしない。

 それが漢というものである。

 

 余韻に浸っていると、さっきとは別ベクトルに素晴らしい美少女が立っていた。元人気アイドルな俺の彼女である。笑顔ではあるが、なんか怒っているような気がしないでもない。

 どうしたんだろう。心当たりしかない。

 

 

「オーカも遊ぼうよ」

 

「すまんがパス。仮にも引率者扱いだから、ここでライフセーバー的なものに徹しておくわ」

 

「ふーん……」

 

 

 あとパーカーの内側が大変なことになってるからな。

 主に縫い後と銃創とかで。

 

 そこまで説明すると、アイの瞳が怪しく輝いた。

 オラ、手が震えてきたぞ。

 

 

「ルビー、アクアと一緒に、オーカの代わりにみんなが危なくならないよう見ててくれる?」

 

「分かったー」

 

「これで解決だねっ。じゃあ──あそこの岩場に行こっか?」

 

 

 足も震えてきたゾ。

 

 

「イヤッ、イヤ、イヤッ」

 

「もー、わがまま言わないのっ」

 

「わァ……ァ……」

 

「泣いてもダメだからね。……私ぐらいの大きさが君にとって最高ってこと、身体に教えてあげる」

 

 

 ちいかわ化して難を逃れようとしたが無駄だった。

 俺が解放されたのは日が頂点に位置した時間。島津少年はミイラと化すのだった。

 

 

 

 




【アクアの心ん中】

・原作

イマジナリー吾郎「僕は苦しむべきなんだ。アイを見殺しにした僕が、のうのうと生きてて良い筈がない」

イマジナリー幼少期アクア「良かったね、また復讐始められるよ」

アクア「違う……だって俺は……やっと普通の幸せを……!」



・こっち

イマジナリー吾郎「……え、カミキ(あれ)に関わるの? もう本体死んだようなものだし、アイ生きてるから良くないか?」

イマジナリー幼少期アクア「あれに復讐とか、手を下す僕らの品位が疑われそう……」

アクア「でもアイが望んでいるし……」

イマジナリー吾郎「えぇ……」



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103.やらせちゃいけないゲーム

 ほのぼの回です。
 あと数回で次章に入ります。
 感想お待ちしております。




 脇腹折れてなかったです。
 たぶん筋をやったのかも。鎮痛剤最高。


 このゲームを外側から見ていたルビーは、後にこう語る。「想像の十倍以上地獄だった」と。

 日中が一番暑いのを理解していた薩摩勢の提案により、午前中のみ浜辺で遊んだ俺たち。軽い昼食を取り旅館の畳な大広間に小グループを作って、各々が遊んだり雑談したりを楽しんでいたところ、そのゲームの開催を宣言したのは未来だった。

 

 

「人狼やる人いるー?」

 

 

 人狼ゲーム。

 村人陣営と人狼陣営に分かれ、それぞれの陣営勝利を目指して論争するテーブルトークロールプレイングゲーム(TRPG)ゲームである。勝利条件はそれぞれ、村人陣営は人狼陣営全員の処断、人狼陣営は村人陣営を自陣と同数まで減らすこと。

 役職もあり、一般ピーポーな『村人』、毎晩1名の人狼の有無を確認できる『占い師』、前日に処断(吊ら)された奴の人狼の有無を確認できる『霊媒師』、毎晩自身以外を人狼から守れる『狩人』、毎晩村人陣営を襲える『人狼』、人間でありながら人狼陣営に協力する『狂人』。

 特殊能力持ちや人狼が動く夜、動いた結果と論争のお時間の昼、投票で誰を処断(吊る)かを決める夕方を1サイクルとし、これを繰り返して勝敗を決める。

 

 なんつう爆弾投下してんだと正気を疑った。

 ある意味カービィのエアライド以上の友情破壊ゲームを、この温泉旅行にブッ込んで来た未来の神経も疑った。

 

 鷲見さんは何かを感じ取ったのか参加を辞退し、MEMちょさんと寿さん、ルビーの参戦は一旦俺が止めた。

 

 

「とりあえず薩摩在住組で人狼回してみるから、それで参加したいって人は2回目から参加しよ?」

 

 

 これから始まる惨状を見て、本当に参加したいと思うかは分らんが。

 未来が取り出した役職カードを奪いながら、長机を2つ持ってきて会場を作る咸と兼定を見ながらため息をつく。

 

 人狼ゲーム自体、そこそこの人数を有していないと回せないRPGのため、俺たちも経験豊富とは言い難いが、このゲームをするときには俺がゲームマスター(GM)になる。これはもう暗黙の了解になっている。

 なぜかって?

 嘘を見破るとかいう特殊役職持ちより厄介な俺は、何をどうあがいても真っ先に吊られるんだよ。俺がこのゲームを楽しいと感じたことなど、人生で一度として存在しない。まともに参加しても面白いと感じるかは不明だが。

 

 役職カードを配り、特殊役職持ちの行動を終え──地獄の宴が始まる。

 

 

「──朝を迎えました。今回の犠牲者は俺(予定調和)ってことで、夕方に処刑する人間を選ぶための討論を行ってください。時間は……5分でいっか。はい、スタート」

 

 

 俺はそれだけ告げて、参加してない芸能人組と合流する。俺があの卓にいると、嘘を言っていることがバレてしまうからだ。もう、反射的に瞼が重くなってしまうのだ。

 少し離れてこの地獄を眺めようじゃないか。

 

 

「私から発言させてもらうわ。今回の霊媒師ロールなのだけれど、桜華はもちろん人狼ではなかったわ。占い師の意見が聞きたいのだけれど、今回は誰がそうなのかしら?」(霊媒師)

 

「占っては見たけど兼定はシロだったね。というかクソ姉貴が霊媒師か。正直言って吊りたい」(占い師)

 

「アイちゃんはシロだったよ。……これ占い師二人だね。どうする?」(狂人)

 

「うっわ、マジかァ。未来と黒川、どっちかクロかよクソが」(村人)

 

 

 そして、2ターン以降から話題が加速する。

 

 

「一目で吊らなかった以上、ここで一人は殺っておきたいですな。私としては未来とアクアの動きが怪しく思えました。未来は言わずもがな、アクアのあかね怪しい発言がどうも不自然でしてね。その論を掲げるのであれば、自動的にアイさんも怪しいことになります。どうしてあかね単体を怪しいと名指ししたのでしょうか?」(人狼)

 

「テメェも疑われていることを理解しろよ? 1ターン目のムーヴで撫子のクソを吊ろうとしたの忘れてねェからな? どうして他に名乗りを上げてねェ霊媒師吊ろうとした? 霊媒師いると不都合なことでもあンのか? オレとしてはテメェを先に吊りてェんだが」(村人)

 

「先に未来と黒川をローテで吊っておかないか? 占い師を失うのは惜しいが、どちらにせよ片方が人狼か狂人なのは間違いないと思う。あと……俺も五代の1ターン目の行動が気になる。五代の性格上、情報が出揃ってない初手霊媒師吊りはやらないと思うし、人狼側ムーヴじゃないかって思うんだが」(狩人)

 

「私もアクアの意見に賛成かなっ。みっちゃんの動き、あと……タネサダ君の発言も──の部分が矛盾してないかな? あと私は村人だよ?」(村人)

 

「それを言ったら未来君の──の発言もおかしくないかな? 私は占った結果で判断しただけだし、流れ的には未来君と……咸君も怪しくなるのかなぁ? でも、撫子ちゃんの──って発言も引っかかるんだよね。占い師二人いるし、まずは私と未来君を吊って、安全確保した方が良いと思う。あ、私は未来君に投票するね」(狂人)

 

「先ほど犠牲者が出なかったことを鑑みて、狩人が誰を庇ったのか気になるわね。人狼に狙われるから、今のタイミングで名乗るとは思えないけど。私なら愚弟、あかねさん、咸の順に吊るわね」(霊媒師)

 

 

 こいつ等と人狼するとなると、必定以上に脳を使うんだよなぁ。

 わざとらしいガバムーヴで黒川さんを失望させようとする(人狼)、それを見抜いたうえで味方だと判別し全身全霊を以て自陣の勝ちを狙い脳をフル回転させる黒川さん(狂人)、理路整然と会話の内容の矛盾点を洗い出し推理するアクア。この3人だけでも頭おかしい。

 そして、今回のターンはパッとしないが、人狼(嘘をつく)側になると、アイや撫子が猛威を振るうし、未来や兼定もなかなかに隙を見せなくなる。

 

 参加してない面子にこっそり役職を明かすと、全員が苦虫を嚙み潰したような表情をする。

 

 

「ハウスルールとしてメタ推理全然OKだから、配役によっては今回以上の地獄になるぜ」

 

「……これ、あの二人が人狼側(あれ)ってだけでもヤバすぎない?」

 

「って思うじゃん? どっちかっつーと、あの二人は村人側で真価を発揮するから、今回のゲームはまだマシなんだよね。鷲見さんも参加する?」

 

「遠慮しとく」

 

 

 鷲見さんは傍観者に徹すると回答をいただいた。

 いや、冗談抜きで本当にマシな配役だぞ? 今のメンバーからアクア抜いた面子で前にやったときに、アイと撫子が人狼側で兼定と未来が頭抱えたからな。あの時は本気モードの咸と、ガチ考察勢の黒川さんが追い詰めようとして、アイの年季の入った嘘の仮面と、撫子の謀略が炸裂した戦争だった。

 

 MEMちょさんとルビーは次どうする?って聞いたところ、無言で頭をブンブンと横に振られた。常識人枠のYouTuberは胃に穴が開きそうだし、嘘嫌いのルビーは向いてないだろう。

 

 

「寿さんも不参加?」

 

「ううん、次はうちも参加したい」

 

「そっかそっか、やっぱり不参──えっ?」

 

 

 ゆるふわ系のグラドルに、この戦場は厳しいと思うんだが。

 と言う意味を込めての「え?」だったが、俺の意外そうな顔に笑顔で返す寿さん。

 

 

「あんな風に、難しくてもええよ。うちは兼ちゃんと話ができる機会があれば、それだけで楽しいんよ」

 

「……そうなんっすね」

 

 

 わずかな会話のチャンスも見逃さない姿勢に、俺は心の中でエールを送ることしかできなかった。でも、貴重な会話が人狼ゲームなのは俺も納得いかないので、とりあえず撫子と結託して兼定を罠にハメようと思いました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんで今回の試合。

 あの劣勢から人狼側勝利で終わりました。黒川さんスゲー。

 

 あと歴戦の嘘吐き共相手に寿さんは善戦してたのが印象的だった。自身のキャラを把握して、それを巧みに動くのは、やっぱり殺伐とした芸能界の人間なんだなぁって思った。

 

 

 

 




【人狼ゲーム評価】

桜華 →クソ雑魚ナメクジ。

咸 →村人・人狼関係なく、うまく立ち回る。撫子疑うムーヴでガバを見せてみたが、意味はなかった様子。撫子自身が疑われやすいからしゃーない。

兼定 →それなりに考察や嘘も吐けるが、この面子だと分が悪すぎる。

未来 →どの陣営でもキャラがブレず、直接聞かれない限りは嘘をつかないので、人狼側だと強い。

撫子 →人狼側最強筆頭。とにかく会話の中でも相手を嵌めるムーヴを取る。そのせいで村人陣営でも疑われることが多い。

アイ →人狼側最強筆頭。桜華以外、マジで判別つかない。そのせいで村人陣営でも疑われることが多い。

あかね →考察の化け物。無難で堅実な立ち回りもできるし、今回のような噓吐きムーヴも演じられる。マジで判別つかない。

アクア →根が善人なので村人陣営向き……に見せて、人狼側でもちゃんと立ち回れる。狩人ロールでは隙あらばアイを守ってた。


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104.エガちゃん

 ネタ回です。
 感想お待ちしております。




 脇腹の件ですが骨折れてなかったです。やったね。
 でもクソ痛いです。鎮痛剤がぶ飲みします。


 故事成語に『背水の陣』というものがある。

 一般的には後に引けないレベルの絶体絶命の状況下で、全力を尽くすことのたとえとして用いられる。しかし、現実の戦だと余程の理由でもなければ、背水の陣というのは『死に戦』……つまり必ず死ぬ作戦なのだ。

 逃げ場をなくすと人間って基本的に死ぬのである。

 

 島津の戦史で有名な『耳川の戦い』も、釣り野伏(親の顔より見た島津)で、半強制的に背水の陣にさせられた大友軍をシバき倒した戦いでもある。

 まず寡兵の義弘公(鬼島津)を囮にするじゃろ? 負けたと見せて川渡って撤退するじゃろ? 追いかけてきた大友軍が川を渡り切ったタイミングで、伏兵で囲んでボコるじゃろ? 前方に島津、後方に川の状況下、川に逃げようとする兵を追撃して殺すじゃろ? そして大将首をがっぽり稼ぐわけじゃ。ね? 簡単でしょ?

 ちなみに大将首をがっぽり稼がれた大友家は、以降急激に衰退していくことになる。怖いね。

 

 ん?

 なんで耳川の戦いの話を始めたかって?

 

 

 

 

 

「………」

 

「「「………」」」

 

 

 

 

 

 俺が現在進行形で耳川の戦いの大友側の気持ちを味わっているからだよ。

 背後に男湯の暖簾、前方に星野ルビー、黒川あかね、寿みなみの連合軍が布陣している。俺は兼定と咸、アクアが温泉を満喫している状況を、この女性陣から死守しなければならない。

 本音で言えば、ここをさっさと無血開城して、俺は早く部屋に帰りたいのだが、事前に報酬を提示されている身としては、ここを通すのは不義理に当たる。武力以外で彼女らに勝てる気が全くしないが、死を覚悟して戦うのが武士である。しゃーない、死するは今ぞ。

 

 悲壮感丸出しの始まりではあるが、彼女らも俺を弁舌を以て開城を迫っている。俺の勝利条件は倫理観と常識を説いて諦めさせることであり、逆に彼女ら(特に黒川さん)を論戦の舞台で打ち負かす必要があるのだ。

 勝てるかボォケが。

 劉禅じゃ諸葛亮に論戦勝てねぇんだよ。

 一条兼定じゃ黒田孝高(官兵衛)に論戦勝てねぇんだよ。

 

 

「……そもそも、ここは混浴じゃありません。どこに人の目があるのか分からないこのご時世。女の子が男湯に入るのは世間体的にも、芸能スキャンダル的な意味でも、大変よろしくないと思います。ましてや仕事上だけの関係含め、正式な男女の関係じゃない方々が混浴すること自体が問題かと思われます。あと最初に申した通り、ここ混浴じゃないので。旅館の方々に迷惑かかるので、女性陣は女湯で楽しんでいただけたら幸いです」

 

 

 何度考え直しても、これほど素晴らしい弁舌は思いつかない。

 倫理観と常識でコーティングし、女性陣の身の心配も行い、第三者への配慮も行うことで、反論の余地を可能な限り減らす作戦である。

 これで……引いてくれっ!

 

 

「私とお兄ちゃん先生は兄妹の関係だから、一緒にお風呂に入るのは普通だよ?」

 

「同じような家族構成の種子島家の姉弟は一緒にお風呂入ったことないらしいぞ。入るくらいなら自害するって未来が言ってた。それローカルルールじゃね?」

 

「でも『仲の良い兄妹は一緒にお風呂へ入るべし』って、古事記にも書いてあったよ?」

 

 

 書いてるわけねぇだろうが。

 古事記も日本書紀も万葉集も、万能の辞典じゃねぇんだぞ。

 

 アクアが死んだ魚みたいな目で「ルビーが夜勝手に俺のベッドに入ってきて、いつの間にか一緒に寝てる。色々と色々で色々が限界。もうマジ限界」と、語彙力がゲシュタルト崩壊してた。男子高校生という年齢とカミキなヒカルの遺伝子のせいで性欲強めなアクア君は、色々と持て余しているし発散も難しいのだと。

 これでルビーが温泉に突貫したら、性欲の爆発と妹を守る防衛機能で板挟みとなり、最終的に自害してしまう。島津ポイント高めで、星野アイポイントマイナスな、『切腹』という手段で。

 何としても死守しなくては。

 

 余談だが、現カミキヒカルからの雑談で、旧カミキヒカルはアイと関係を持つ前に、別の少女と齢11のときに関係を持っていたことが発覚した。とんだプレイボーイだとカミキヒカルは笑ってた。

 つまり、アクア(とルビー)は、遺伝子をばら撒きまくっていたカミキなヒカルと、性欲ドスケベモンスターたるアイの遺伝子を受け継いでいることになるわけだ。芸能界ってこんなのばっかなの? あそこだけモラルと貞操観念が戦国時代してないか?

 

 

「この旅館は貸切だから他の人に見られることはないし、男の子と一緒に入ることも旅館の人に許可貰ったから大丈夫だよ? あと、私と咸君は恋人同士だから。大丈夫、今から恋人同士にするから」

 

「島津君に迷惑かけへんさかい、そこをどいてくれへん? せっかくのチャンス、大事にせぇへんと。……お願いっ」

 

 

 黒川さんが俺の言い訳を一つ一つ潰していき、寿さんが感情に訴えてきた。なんだろう、一般的な健全で模範的な男子高校生としては正しい筈なのに、なぜか間違ったことをしている気分になる。

 いや、分かるんよ。そして理解しているんよ。

 強行突破しないだけ理性的だとは思うし、黒川さんにはジョーカー(鬼島津化)があるので、真摯な対応であることは間違いない。

 

 と、ここで。

 

 

「オーカ、ルビー! あれ? アクアはもう入ってる? 家族全員で一緒に温泉入ろ!」

 

 

 今回の旅行メンバーで最もモラルと貞操観念が欠落した少女(アイ)が現れる。着替えの浴衣とバスタオルを片手に、黄色いアヒルの玩具を器用に頭に乗せた元人気アイドル。

 アホ可愛い光景ではあるが、彼女の口から紡がれるはアクアへの死刑宣告である。兄と入る気満々だった妹は、それに義理の同世代な年齢の父親も追加されると知り、耳元まで赤くして抗議する。

 

 

「ちょ、へぇっ!? さ、流石にパっ、パパと入るのはちょっとぉ……!?」

 

「だそうですアイさん。俺もルビーの意見に賛成」

 

「えー。でも昔はアクアとルビーと一緒にお風呂入ってたよ?」

 

「何歳の時の話だよ」

 

 

 俺の恋人は転生者云々の秘匿事項に関して配慮してくれないんだけど。一応は致命的な明言は避けているようにも見えるので、これでも暴露欲求を抑え込んで話をしている可能性もある。

 寿さんは首を傾げている。

 

 

「常識はどうなってんだよ、常識はよぉ」

 

「混浴くらい、芸能人的にはまだマシだと思うけどねっ。アイドルしてた時もそうだったけど、もうドロッドロだよ、あそこ」

 

「? アイちゃんアイドルやってたん?」

 

 

 あ、バレちゃった?とアイは小さく舌を出す。

 この秘密主義の塊が、あっさりと過去(前世)でアイドルをやってたことをバラすとは、何か意図があっての発言なのだろう。黒川さんも目を見開いてんじゃん。

 すぐに思いつくのは、私の秘密を知っちゃったねぇ、もう島津の一員(兼定との墓場コース)になるしかないねぇ、の外堀埋めを行うつもりなのだろう。最大の警戒対象であるカミキヒカルが変態だったことが判明したので、実はアイが生きてました暴露はそこまで秘匿するべき事項ではなくなった。どうせ普通の人は信じないだろうし。

 

 でも、まだ兼定を堕としきれてない寿さんを巻き込むのは感心しないなぁ。

 

 

「そうそう、アイって地下発のアイドルやってたんよ。そこそこ人気だったんだぜ?」

 

「むぅ、そこそこじゃないよ? かなり人気だったんだからね!?」

 

「このビジュアルだからさ、存在感半端ないだろ? 江頭2:50(エガちゃん)を隣に立たせても、江頭2:50(エガちゃん)が霞むくらいには人気あったからなぁ」

 

「オーカ?」

 

 

 とりあえずインパクトのある言葉で、寿さんの記憶を吹っ飛ばそう。

 

 

「でも桜華君。さすがのアイちゃんでも、ステージに江頭2:50(エガちゃん)が立ってたら、そっちの方が目立たない?」

 

「あかっち?」

 

「ママの方が江頭2:50(エガちゃん)よりも歌がうまいし、踊りも完璧だし、おでこ付近の髪もフサフサだし、絶対にママの方が目立つって! ……うん、目立つよ。多分」

 

「ルビー?」

 

 

 アイと江頭2:50(エガちゃん)。どちらがステージにて存在感を放つのか。

 話題がそこに切り替わり、論争が白熱するのだった。

 

 

「良き湯でした」

 

「桜華、足止めご苦労さんってなァ」

 

「……? 何の話をしているんだ?」

 

「「「「……あ」」」」

 

 

 ついでに、俺の男湯防衛も成功するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「東京ドームのステージにアイと江頭2:50(エガちゃん)が並んで立ってた時、どっちが目立つと思う?」

 

「「「江頭2:50(エガちゃん)」」」

 

「??????」

 

 

 

 




桜華「みんな小部屋で寝るんよな?」

アクア「大広間は食事とパーティゲーム用で借りてるらしいからな」

桜華「小部屋にも小さい温泉が配置されてるらしいぜ? もちろん混浴しようが俺は全然知らないし、関与しないからな?」

女子組「「「「!?」」」」

男子組「「「?????」」」


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105.ほな、いただきます

 ネタ回です。次々回で今章は終了かなぁ。
 あと、次章が前後編になる可能性ががががが。
 感想お待ちしております。


「そろそろ寝る準──」

 

「こんなところにカラオケの機材が置いてあるぞ」

 

「いいモン見つけたな、アクア。せっかくだし何曲か歌ってみるか?」

 

「カラオケでオールも乙なものかと……おや、辛口採点システムも搭載してるんですね」

 

 

 大広間でダラダラと時間を潰していた男共。

 規則正しい生活を心掛けている薩摩の民として、オフトゥンでスヤァする時間になったので、監督係として就寝を呼びかけようとしたところ、俺の言葉は見事にガン無視されるのだった。

 私は悲しい。

 

 

「……そんなに彼女と寝るのは嫌か」

 

「オレとあの女を同じ部屋にしたのはテメェだろうがァッ! あァ!? マジであの女と一緒に居ると頭が狂いそうになるンだよクソがッ! こっちにその気はねェって何度も何度も何度も何度も何度も何度も言っても、全然聞きやしねェ!」

 

「でも一緒に風呂は入ったんだよな?」

 

「………」

 

 

 俺の質問に、兼定はサッと視線を逸らした。

 陥っている状況はマジで撫子と一緒なんだよなぁ。共通なのは、自分に向けられる悪意に対しては何も思っちゃいないが、善意に関しては耐性が紙装甲であるという点。

 

 なので寿さんは兼定に対しての行動すべてに、決まって『嫌なら嫌って言って。しないから』的な迫り方で、大胆なアプローチで気を引こうとしているのである。善意耐性ZEROな伊集院家の暴力装置には、それを断る機能は備わっていなかったのである。もしかしなくてもポンコツか?

 抜群のプロポーションを持つ現役グラドルとの混浴なんざ、とりあえず兼定は100回ぐらい死ねばいいと思うのだが、それをすると寿さんが悲しい思いをしてしまうので、複雑な心境ではあるが祝福しながら観察している。

 馬鹿どもの不幸は蜜の味。でも、寿さんの幸せの方が優先度高いわ。

 

 あのダイナマイトボディーを布一枚越しに接触された伊集院の童貞の顔、見れるもんなら見てみたいと思う。彼女の「兼ちゃんのか、身体……ようさん鍛えとるなぁ」って一幕もあったらしく、兼定が宇宙猫になってたとか。ソースは某グラドル。

 柔らかかったのかね。これ以上深くは聞かんが。

 

 

「で、そこん詐欺師もお楽しみでしたね」

 

「まだ大丈夫、まだ大丈夫の筈です。彼女の好意も恩によるものなので、いつか彼女も自身の感情の正体に気づく筈なんです。所詮は仕事上の関係、いつか別れるのが当たり前なんです。えぇ、今だけの関係です。彼女は恋に恋しているだけなので、まったくもって全然問題ない筈です。いつか彼女にふさわしい男性が──というか、その男の登場が遅すぎやしませんか?」

 

「じゃあ、その『男』ってのがお前なんじゃない?」

 

「………」

 

 

 俺の指摘に、咸はサッと視線を逸らした。

 愛を知らない男にとって、愛情を向けられて浮かぶ感情は『疑念』である。自身が愛される筈がない、自身にはその資格がない、彼女の抱く感情は間違いである──という、自身のガバ考察を盲信しているのが、今の税所家の麒麟児なのだ。

 女々しいとか関係なく、本気でそう思い込んでるから質が悪い。

 面倒だな、一発ぶん殴ったら治るか? 治るか以前に、既に壊れているから治しようがないかもしれんが。

 

 黒川さんも面倒臭い男を好きになってしまったもんだ。

 ……逆に、彼女ぐらいじゃないと、この愛を知らないモンスターを攻略することが難しいのかもな。大丈夫、島津家は黒川様の味方やで。

 

 

「インモラル兄貴も年貢の納め時じゃない?」

 

「勝手にインモラル認定するな。ルビーは妹だ。何と言われようが、俺が守るべき妹なんだ……!」

 

「お、そうだな。相手もそう思ってたらいいね」

 

「………」

 

 

 アクアも『戸籍は一緒だし、俺はもう誰とも付き合わんから勘弁してくれ』路線で妹を説得中との事。島津家的には、エメラルドされると世間体的に非常に困るので、アクアの思い描く案を支持したい。が、欲張りな元人気アイドルの娘が、それで満足するとは思えないんだよなぁ。

 興味本位で前世の話を聞いたことがあるが、天童寺さん(ルビー)吾郎先生(アクア)に抱く激重感情は、そんじょそこらの陳腐な『好き』とはわけが違う。饒舌に語るルビーを見て、思わず表情がひきつったものだ。

 

 前世の死亡時期が関係しているのだろうか?

 アクア曰く、吾郎医師が成熟した年齢での死亡からの転生のため、今世は『第二の人生』感があると言っていた。対して、齢12で世を去った天童寺さんにとって、今世のルビーは『前世の延長上の人生』と思っている節がある──と、薩摩随一の考察班たる黒川様は仰られていた。

 そりゃ兄妹なんて関係ないのスタンスになるわな。ルビーはアクアのように前世と今世を割り切れていないのだから。つまり、前世とは別と考え妹と認識するアクアと、生まれ変わった上に最愛の先生にも会えたわ運命じゃん結婚したろ精神のルビーという構図だね。地獄か?

 

 余談だが、生まれ変わったアイもルビーと同じように延長上の人生思考だと見受けられる。今世が血の繋がらない赤の他人であるにも関わらず、それでも双子は自分の最愛の子だと認識している。

 カミキも導春の延長線上の人生観だろうなぁ。旧カミキヒカル成分が行方不明になってるし。

 

 閑話休題。

 気持ちを切り替えて、俺たちはトップバッターのアクアの美声に野次を飛ばしていると、女子組も大広間に集まってきた。

 お迎えかな? 色んな意味で。

 

 

「ルビーも歌ってみるか? ほれ、マイクをどぞ」

 

 

 自信満々のルビーはマイクを握りしめて、元人気アイドルの娘の名に恥じない歌を披露しようとする。前にアイの歌を聞いたことがあるが、辛口採点で高得点をたたき出していたのだ。もしかしたら、ブランクのあったアイよりも、今もアイドル目指して努力しているであろうルビーの方が、歌唱力が上なのでは?と期待は高まる。

 歌う曲は、アイの代表曲。前にも聞いたことがあるが、あれはテンションが上がる。

 

 観客の期待も最高潮。

 ルビーは呼吸を整えて、その顔に比例した美声で歌を紡ぐ──

 

 

 

 

 

 32点

 

 

 

 

 

 顔に反比例した歌唱力だった。

 どうすんだよ、この空気。通夜でももう少し盛り上がるぞ。

 

 

「……アイドルって、顔と踊り上手けりゃ売れる商売なンだな」

 

「マ゛マ゛あああああああああっっ! そこの口悪い奴がいじめるううううううううう!」

 

 

 ジャイアン(兼定)に口撃され、のび太(ルビー)ドラえもん(アイ)に泣きつく。娘をよしよしする母親だったが、その表情には若干の焦りがあった。まさか、アイドル目指して邁進していたであろう自身の娘が、ここまでだとは思ってなかったのだろう。

 俺もびっくりだよ。

 

 続けて黒川さん、寿さん、鷲見さんも歌ってみたが、そこそこの点数は確保していた。それこそルビーの倍以上くらいは。……元女優、現役グラビアアイドル、現役ファッションモデルよりは、歌える方がいいとお義父さんは思うわけですよ。

 

 なんて天を仰いでいると、ルビーはマイクを兼定に手渡した。

 その顔に挑発的な笑みを浮かべて。

 

 

「そんなに言うのなら、もちろん上手なんだよね?」

 

 

 随分と手の込んだ自殺だなぁ。

 なんて思いながら、兼定が無言でマイクを受け取る姿を眺める。咸が嫌がらせとサプライズをかねて、最近の恋愛ソングを予約にぶち込んだ。

 

 

「──いいぜ、本気で歌ってやらァ」

 

 

 披露後、勝者は「オレの勝ち。何で負けたか、明日まで考えときな」という言葉を残し、敗者は「存在自体がいじめるううううううううう!」と母親に再度泣きつくのだった。

 

 あと、本気の恋愛ソングを聞いた寿さんが耳まで真っ赤にしてた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あれ? 未来どこいった?」

 

「個室で寝てるのでは?」

 

「MEMちょさんも?」

 

「おそらくそうかと」

 

「ふーん」

 

 

 

 




桜華「~♪」

咸「~♪」

ルビー「(´◉ᾥ◉`)」


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106.やっぱりお前が嫌い

 シリアス回です。
 オリキャラのみの登場です。次回は三人称視点の原作キャラ(?)のシリアス回で、今章は終了です。次章から──鹿児島版2.5次元舞台編です。舞台のシナリオも作るのかよ頭おかしくなるわ。
 感想お待ちしております。


 草木も眠る丑三つ時(午前2時ちょっと)

 古来、時刻を2時間で干支一つとして表し、丑三つ時はちょうど北東の『鬼門』と重なることから、幽霊が出やすい時間帯と考えられていた。

 昔に俺が遅くまで起きてたとき、母親から「早く寝ないと幽霊が出るわよ」と言われたことがあり、それに対し「幽霊に首はあるの?」と返して以降、幽霊が絶滅してしまったのを思い出す。母親から二度と幽霊関連で脅されることはなかった。

 

 しかし、成長するにつれて幽霊の存在というものは、空想の産物だと認識させられる。午前2時ちょっと過ぎた時間帯に目が覚めようと、気にせず外を徘徊するようになった。

 そんな俺は旅館の屋上に足を運んだ。

 ちょっとした憩いの場として、簡素なベンチが置いてあったので、そこに腰を掛けて夜空を見上げる。

 

 ド田舎なので人口の明かりは少ない。

 故に──天上には満点の星空が浮かぶ。

 

 

「──何恰好つけて天体観測してんのよ。似合わないわよ」

 

「うっせえわ、知っとるわんなこと」

 

 

 ノスタルジーな俺の気持ちを助走をつけてぶん殴ってきたのは、情緒の欠片も理解できない人格破綻者な撫子だった。俺と同じように旅館から支給された浴衣を着用しているが、さすがガワだけは一級品の女である。絶妙に色っぽいし、身体のラインを隠しやすい浴衣(それ)を着ても、その豊かな双丘は自己主張が強い。

 ……コイツ、俺の隣に座って、あろうことか腕組んで胸を強調し、足組んで太ももをさらけ出したぞ。俺の性別が男であることを忘れているようだ。

 正直どうでもいいけど。

 

 

「……何の感想もなし? 私たち、元許嫁だったわよね?」

 

「そんな設定もあったなぁ」

 

「設定言うな」

 

 

 親同士が決めた関係なんぞに、今さら何の感情も抱かないからな。何か言いたそうな表情をしている撫子には悪いが、俺にとって『許嫁』という立場は、その程度の認識である。

 つか、今の俺は彼女持ちだし。

 アイのメンタルブレイク未遂犯だし。

 

 

「お前だって、正直に言って俺の事何とも思ってなかっただろ」

 

「……違う、って言ったら?」

 

「笑う」

 

「ぶっ殺す」

 

 

 薩摩兵子特有の殺気で睨まれるが、肩をすくめて受け流していると、撫子は諦めたように大きくため息をついた。そんな困った子を憐れむような目で見られても、こっちが逆に困るんだが。

 

 

「つか何の用だ」

 

「単純に涼みに来た……って、そんな疑うような目で見ても何も出ないわよ。ほら、今日はなんか奇跡的に蒸し暑さがないでしょ?」

 

「確かにそうだな。ここ最近は夜でも容赦なく暑いし」

 

 

 とりあえず嘘は吐いてないので、俺は天体観測に戻った。

 涼しい風が頬を撫で、その心地よさは撫子も同じように考えているのか、結果として一緒に輝く星空を眺めることになる。

 夜空が暗いからこそ光が眩しい、無数に広がる星の数々。この光景を見て連想するのは、やはり俺の最愛の人だった。どっかでか『死者が星々となって生者を見守ってくれる』なんてフレーズを耳にしたことがあるが、彼女もあの星々のどれかになったことがあるのだろうか?

 気が付いたら生まれ変わってた──あの転生一家は口をそろえて言ってたのを思い出す。彼女らが生まれ変わった理由は分からんが、完全に死した者は、どこへ逝くのだろう。

 

 撫子の座っている領域を侵さないように、俺はベンチに寝転がりながら観察していると、ふと撫子は再度俺に声をかけてきた。

 星を見て連想した人間が共通の者だったのだろうか?

 

 

「……悪かったわね、アイさんのこと」

 

「初邂逅の時の話か。俺じゃなくてアイに直接言え」

 

 

 彼女の声色からして、アイと初めて会ったときのメンタルブレイクのことを言っているのだと察した。俺もその時のことを思い出し、若干イラッとしたのでぶっきらぼうに返す。

 

 

「アイさんには何度も謝罪したわ。今回の件も、ね。全然気にしてないって返されたけど」

 

「……まぁ、アイツならそう返すか」

 

「……そんなことより、カミキヒカルへの報復を手伝って、って」

 

 

 逆に許されなかった方が楽レベルの無理難題だな。

 俺もアイに頼まれて軽く考えてみたが、物理的にも社会的にも、あの変態に深刻なダメージを与える手段が『牡蠣を定期的に送って祈る』しか思いつかん。そして、この報復が難しい状況ですら、カミキの計算の内であろうことは想像に難くない。

 敵にするとホンッッットに厄介なんよ、アレ。

 味方でも厄介って大友家の当主さんも言ってたけど。

 

 

「今回のカミキの件は、本当にお前らしくなかったわ。最初お前のこと無関係だと思ってたもん。数年前に龍造寺と大友を割った奴の手腕とは思えねぇガバガバ計画だったし」

 

「そのことはあまり蒸し返さないで頂戴。あなたの過去レベルの黒歴史なんだから」

 

「さらっと俺の過去を黒歴史扱いするのやめてくんない?」

 

 

 アイと会う前はマジでやべぇ奴だった自覚はあるんだから。でも他人から言われるのは納得いかない。事実陳列罪は良くないと思うんよ。

 撫子は俺の嫌そうな声色で笑いやがり、「そう、よね……」と言葉をつづけた。

 

 

「自分の才を過信し過ぎたわ。それは認める。えぇ、全てにおいて焦ってた自覚はあるのよ」

 

「なぜ?」

 

「……一番は、アイさんを早く安心させたかったってところかしらね」

 

 

 俺や馬鹿共の性別は男性。

 対して撫子は生物学上は女性。

 

 俺や馬鹿共とつるんでは馬鹿みたいなことをして人生を満喫しているアイではあるが、撫子との交流も大事にしている一番星。一緒にスイーツを食いに行ったりもするし、ファッションに気を使わないアイを撫子が連れ回すこともあった。

 勉強で分からないことも懇切丁寧に教えてたこともあったし、アイのスマホに保存されている写真は、俺と同じ比率で撫子が写っているらしい。

 

 

「私も同世代の友達なんて初めてだったし、彼女も初めてだって言ってたわ。血生臭い話や、仕事の話は口外していないけれど、私の昔話はアイさんに話したこともあったわ。そして──アイさんの過去も聞いた。前世も、今世も」

 

 

 女性同士だからこそ言えることもあるのだろう。

 過去だけに注視すれば、現状では撫子がアイのことを一番よく知っているのかもしれない。次点で黒川さんかな?

 

 

「彼女と話をして分かったわ。あなたの言う通り、彼女は咸に似ている。まぁ、暴露欲求はあの男にはないけれど、徹底的な秘密主義。彼女ね、あなたからの指示以外では、ネット上で自分の存在を完全に隠しているのよ。SNSもせず、LINEも必要最低限の交流しかせず、他人の写す写真も極力入らないように立ち回ってる。アイドル時代の経験の賜物でもあるでしょうね」

 

 

 いや、多分これは。

 

 

「そこまで隠さないといけない理由も、彼女は十分理解している。自身の安全の為にあなたが動き、その周囲も同調して動いている。自分が勝手なことをすれば、それ相応の迷惑が掛かってしまうと。確かに、かなり破天荒な言動と経歴を持つ彼女だけれど、それでも島津 桜華に迷惑をかけるような行動は控えていたわ」

 

 

 そうか、なるほどなぁ。

 

 

「だからこそ──私は納得できなかった。私の友達は、どうしてこうも()()()()()()()()。一度は死んで過去も関係なく自由の身になったのに、どうしてアイさんは周囲の目を必要以上に気にしないとけないのかって。だって悪いのは()でしょう?」

 

 

 撫子、お前は。

 

 

「あなた達のように、家のしがらみが存在しているわけでもない。私のように、何か悪いことをしたわけでもない。星野アイという少女は、普通の女の子のように、もっと自由であるべきはずなのに。彼女を縛るものなんて、本当は何一つない筈なのに」

 

 

 アイの友達として。

 

 

「だから、カミキヒカルが立花 導春だって知ったとき、本当にうれしかった。あぁ、彼女を物理的に害するものはもうないんだと。一人の女の子として、双子の母親として、自重しなくてもいいんだと。だって──彼女が本当に欲しかったのは、『愛』なんだから」

 

 

 脳を焼かれてたんだ。

 当主殿のように『アイ』に脳を焼かれまくって炭にされたわけじゃないけれど。こいつは『星野 アイ』に、友達として()()()()()()()()()()のだろう。

 彼女の焦がれるように語る様子を見て、俺は漠然とそう思ってしまった。

 税所家の麒麟児も、種子島家の傾奇者も、伊集院家の暴力装置も、そして島津の法正すらも、愛を求める女の子に翻弄されているのだ。俺もその渦中の人なんだが。

 

 

「……というわけで、彼女の障害は概ね消え去ったわ。まだ立花の守護神って傍迷惑な存在が残っているけど。ちゃんと守ってやりなさい。泣かせたら承知しないんだから」

 

「はっ、初対面で泣かせた奴が言うと説得力あるわ」

 

「もしかして気づいてないの? あなた、私以上にアイさん泣かせてる自覚ある?」

 

 

 ああ言えばこう言う。

 本当に面倒な女だなコイツ。

 

 故に、俺と撫子の気持ちは一緒なのである。

 

 

「やっぱり、俺お前が嫌いだわ」

 

「奇遇ね。私も同じ気持ちよ」

 

「相互理解が深まって何よりだ」

 

 

 俺と撫子は互いに罵り合いながら、嗤って星を眺めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「カミキの戯言は聞いたか?」

 

「えぇ、当主殿(家正様)も頭を抱えていたわ。自分は聞いてないって、口喧嘩になったそうよ」

 

「あぁ、やっぱそうなる? 前々から仲悪いからなぁ。かといって俺たちが口出せる立場じゃねぇし、本当に困ったもんだよ。しかも、俺たちにとって肝心なカミキヒカル関連の秘匿と来た」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「島津家の次期当主様は、よほど俺のことが嫌いらしいな」

 

「………」

 

「なんだよ、その無言は」

 

 

 

 




カミキ「ようやく巡り合えた──私のもう一つの好物よ」

カミキ「やはり鶏刺しは美味いな!」

宗虎「………」

宗虎「(島津の小僧、大将がまた勝手にくたばるかもしんねぇぞ……)」




【鶏刺し】
 文字通り鶏の刺身。生で食う。もちろんカンピロバクターなどで食中毒の危険性もあり、最悪の場合は死ぬ。鹿児島・宮崎の鶏刺しは「たたき」のような感じで食されており、売る際は県独自の『生食用食鳥肉の衛生基準』の厳しい条件があるので、比較的安全。


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107.答え合わせ

 シリアス回です。
 今回を以て今章は終了とさせていただきます。
 次章は銃創を舐める元子役や、カミキとは違うベクトルの変態なオリキャラが登場します。タスケテ……
 感想お待ちしております。


 事務所の客室のソファーに座るは一人と一羽。

 中学生くらいの少女が不機嫌そうにスマホを操作し、赤いスカーフを巻いた一羽の鴉は、机の上で器用に作業をしていた。既に事務所内に他の人はおらず、事務所が自宅な少女と鴉のみが寛ぐ時間になっていた。夜空は見えるが、星は見えず月のみが顔を出す。

 

 少女は唐突に視線をスマホから上げ、わざとらしくため息をついた。

 カラスも思わず作業を止める。

 

 

「……はぁ、なんなのアイツ」

 

「荒れているね。急にどうしたんだい?」

 

 

 当たり前のように鴉は喋り、少女もそれを指摘する真似はしない。

 

 

「なにもっ! ただアイツがいつものように馬鹿やって、いつものように変態扱いされて、いつものように嫌われてるだけ!」

 

「なんだ、いつもの事じゃないか」

 

 

 少女は不満をぶつけるように、一連の流れを吐き捨てた。

 青年が一番星を煽り、一番星は青年を嫌い、双子も青年を嫌った。青年は少年と死闘を繰り広げ、最終的に青年は変態扱いされた。

 話していくうちに、少女の顔はさらに歪んだ。

 

 

「……どうして、あんなことしたのかな」

 

「………」

 

 

 鴉は少しだけ考えるそぶりを見せ、面白そうに笑った。

 その様子に、少女はさらに不機嫌になる。

 

 

「カタギリ、何が面白いの」

 

「いやはや、さすが鎮西一。ヘイト管理が完璧と称賛するべきなのか、相変わらず不器用だと嘆くべきなのか。どちらにせよ、あの鬼島津に貸しを作ったのは大きいね。次の舞台もあることだし、存分に胸を借りることにしよう」

 

「?」

 

 

 眉をひそめながら、可愛らしく首を傾げる少女。

 

 

「彼にとって一番大切なのは何なのか。それは大友家(宗家)立花家(自身の家)の名に傷をつけないこと。故に、彼は鷲見さんの変態疑惑を拭おうともしなかった。この件で非難されるのは『カミキヒカル』の名前だけだからね」

 

「確かにそうね」

 

「そう、二家の名さえ無事であれば構わないんだよ。それこそ──『立花 導春』という名すら、場合によっては簡単に切り捨てる。立花家に影響が出なければ、自身の名前が汚れようとも、彼は気にしないのさ」

 

 

 鴉は器用に急須(きゅうす)で茶を淹れる。

 

 

「彼は世間的には『カミキヒカル』の名を犠牲にし、同時に星野家にとって『立花 導春』を忌み名にすることに成功した。星野家がいくら嫌おうとも、立花家自体にさして被害はないからね。同業者に恨まれることが多いから、そこに星野家の面々からの憎悪が向いたところで、今さらだろう?」

 

「……どうして、そんな面倒なことを?」

 

「アイ君、並びにその遺児のためだろうね」

 

 

 コップに注いだ茶を少女の前に差し出す鴉。

 

 

「彼女からしてみれば、姿形は見知った者でも、中身は全く別人の第三者からの言葉だ。何様案件と言われても否定できないし、あんなのに言われてはアイ君も可哀そうだ。でもね、彼が彼女に発した言葉の数々は、いつかは誰かが指摘して気づかせてあげるべきことでもある……と僕は考えるよ。あの首狩り桜華と本当に幸せになるのなら、ね。彼女が彼への憎悪の感情が大きいのも、心のどこかでアイ君も考えていたんじゃないだろうか? でなければ、あそこまで怒ったりしないよ」

 

「それって本来は蛮族共がしなきゃいけないことでしょ? アイツがわざわざ煽る必要はなかったんじゃないの?」

 

「アイ君にアンチテーゼを叩きつける? そんなことを島津の連中(アイ信者達)ができるはずがないだろう。君が島津……いや、首狩りの両親に何を期待しているか知らないけれど、鬼島津は武人としては超一流だが、親としては三流以下の愚物だよ。ましてや、一般家庭に求められる両親像を、島津家に求めるのは酷ってもんさ」

 

 

 首狩り桜華を内勤にしたこと自体が異常なんだよ、と鴉は笑う。

 いくら島津の真似事をする欠陥品だろうと、彼が島津の名を背負う以上、島津の人間として生きて死ぬべきだ。だから鬼島津は今まで、息子が自身を捨ててまで島津に徹したことを咎めなかった。それが為政者(島津の者)として、当然のことである。家を背負うものとしての責務であると、茶を器用に飲みながら鴉は語る。

 首狩りに殺された身としては、アレが内に引きこもっている状況は、大友方としては大歓迎なんだけどと肩(?)をすくめた。

 

 

「鬼島津も、その奥方も、『アイ君と双子に与えるべき愛情とは何なのか』を模索している最中なんだろう。まぁ、正しい両親像が何なのか、僕は皆目見当もつかないけどね。そんな方向性が定まっておらず、とりあえず今迄の分まで甘やかしている島津連中が、アイ君に嫌われるようなことをすると思うかい? 必要であれば鬼島津も覚悟を決めるだろうけど、今すぐに突きつけるべき事実でもない。ゆっくり、時間をかけてやればいい」

 

「……じゃあ」

 

「『どうして彼が、自ら嫌われ役を演じたのか』かい? 僕の推測になるけれど、彼女の言葉を借りるなら──『憎しみは、とびっきりの愛』とでも言えばいいのかな?」

 

 

 何言ってんだコイツ、と少女は半眼で鴉を睨む。

 

 

「物心ついたときから両親はおらず、死の間際まで立花家を支え続け、加えてバキバキ童貞のまま牡蠣に討たれた彼。自身には全く関係なくとも、一度は肉体的に関係を持った女性と、幼き頃に親を失った双子が存在する。身体を借りている奪った身として、そして──次世代を立派に育てるのは当たり前という立花家の元当主としての価値観から、どうにか星野家を支えてやれないかと彼は考えたわけだ」

 

 

 その母親を間接的に殺め、双子に影を落とさせたのが、その身体の元の持ち主なんだけどね。傍から見れば完全にマッチポンプだよね、と鴉は苦笑する。

 星野家に興味がない? それは嘘ではないが、本心でもない。彼としては星野家の行く末に興味もないし、島津家自体は彼とは元々『敵』だった。しかし、今の身体の持ち主として、星野家を無視はできない、と。

 

 

「理想の父親像が分からないのは彼も一緒。そうなると、彼女のために何をするのが、一番彼女の為になるだろうか? 考えた結果が、彼女から嫌われる存在(アンチテーゼ役)になることだったんじゃないかな。首狩りや鬼島津、他の島津連中ができないことを、彼が代わりに行う。アイ君も島津連中を嫌いたくはないだろうし、あの変態であれば存分に憎悪をぶつけられる。これ以上の適任が他に居ると思うかい?」

 

「………」

 

「他にも理由がある。それは──『カミキヒカル』への救済だ」

 

 

 少女は「あれに助ける価値なくない?」と困惑し、鴉も「僕も同意見だよ」とため息をついた。

 気持ちは同じな二名だった。

 

 

「これは僕の個人的な考えで、おそらく彼も同意見だろうけど、人間の人格形成は環境によって左右されると思っている。日本人は勧善懲悪が大好きだけど、はなっから完全な『悪』なんてものは、この世には存在しないものさ。自身を『悪』であると自覚して耐えられる人間は希少だし、そもそも物事の善悪は視点で大きく変わる」

 

 

 だから人間はいつの世も、相手を攻撃する『大義名分』を求めるのさ。これは時代がいくら進もうと、変わることのない不変の理だと、鴉は茶菓子を器用に啄む。

 

 

「カミキヒカルの所業は、もちろん許されるべきことではない。しかし、だ。ほぼ死んだも同然のカミキヒカルに、いわゆる『死体蹴り』を行うのはどうなんだろう? 死骸まで辱めるのは畜生にも劣る。カミキヒカルの名で散々好き勝手している彼が言えることではないけど、少なくとも彼はカミキヒカルから身体を貰った奪った恩がある」

 

「……それが、アイツの掲げる『恩義』ってやつ?」

 

「どうだろうね? どうして彼がカミキヒカルの肩を持つのか。僕はカミキヒカルの過去までは調べてないから分からないし、記憶を共有した結果、彼が『救いたい』と思った何かがあったのかもしれない」

 

 

 カミキヒカルの過去、想いは彼にしか分からない。

 鴉は茶をすすりながら続きを口にする。

 

 

「ファーストコンタクトは今後の友好関係に大きな影響を与える。そして、アイ君や双子からの第一印象は『最悪』の一言に尽きる。ましてや首狩りへの愛の全否定──それを『立花 導春』の名で行う。それはもう、憎くて憎くて、たまらないだろう。それこそ『カミキのことは許せないけど、導春のことはもっと許せないよ!』と思わんばかりに」

 

「あー……あれは実際にそんな感じだったわね」

 

「アイ君に必要であろう嫌われ役を演じる、カミキヒカルへの憎悪を肩代わりする──これが、彼なりの、星野とカミキへの『(憎悪)』なんだろう」

 

「推測にしては、随分と自信満々ね」

 

「あくまでも前世の僕は、こういう情報整理等で飯を食ってきたからね。戦える技術はあれど、荒事よりも情報考察が僕の基本業務だったよ」

 

 

 鴉は肩(?)をすくめた。そして、彼の演技は演技じゃない。あくまでも自身の思ったことを淡々と口にしているので、あの首狩りに嘘だと指摘されることはない。

 転生してからの彼は、こういうコミュニケーション系の嘘も磨きがかかったと、鴉は語った。

 

 

「もっといい方法があっただろうに、本当に不器用な男だよ」

 

「……そっか、どれだけアイツが頑張っても、アイツが勝手にやったお節介行為に変わりはないんだ。だから誰にも感謝されないし、なんなら誰も頼んでないし、それをわかっててアイツも好き勝手やってる」

 

「長年の怨敵(ライバル)だった鬼島津は察しただろうけどね」

 

 

 だから、と鴉は言葉を紡いだ。

 

 

「琥珀君は覚えててくれると嬉しいよ。不器用で歪んでいる、彼なりの愛情を」

 

「あんな面倒臭い男の所業、忘れたくても忘れられないんだけど……」

 

「確かに!」

 

 

 少女と鴉は笑った。

 夜は次第に更けていった。

 

 

 

 




大輝「カタギリさん、この給与明細の『特別調整手当』って何ですか?」

カタギリ「カァ」

大輝「……はぁ、代表じゃないと分からない、と」

カタギリ「カァ」

大輝「別にミスではないから、貰えるものは貰っとけ、と。そこそこ額が大きかったので確認だったんですが、分かりました。時間あるときに代表に聞いてみます」




【特別調整手当】
 姫川専用の追加給与。自分が遺伝子上の父親であることを知ったら困惑するであろうことを考慮して、養育費の意味も込めて作られた手当。もちろんカミキに聞いてもはぐらかされる。


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3章 舞台編
108.夏の終わり、終わらぬ課題


 ネタ回です。
 シリアス続きでしたからね。
 感想お待ちしております。




 余談ですが、薩摩の馬鹿共は『有馬かな』を洒落にならないくらい警戒します。ヒントは苗字。


 2023/9/2 誤表記修正『夏休み始まる前に』→『夏休み終わる前に』


 夏休みは長いようで短い。

 特に自称進学校たる××高校は、明後日から通常授業が始まるとの事で、元人気アイドルの少女はカレンダーを見るたびに宇宙猫になっている。何度見たところで休みの日数が増えたりなどはしない。

 一方のルビーは毎日を楽しそうに謳歌している。そりゃ、憧れの推し(母親)との学校生活が待っているのだ。ワクワクしない要素が見当たらないと言ったところだろう。アクアも心なしかテンションが日に日に高まっているし、彼も嬉しいんだろうね。

 

 アクアはまだいいとして、ルビーは本当に分かってるのかな? ××高校はまごうことなき自称進学校なのだ。芸能科とは校風や方向性が180度違うのだ。

 しかも休み明けって実力考査なかったけ?

 実力考査を勉強しないで(本当の実力で)受けようとするな。

 

 

「「課題が終わらないよおおおおおおおおお!!」」

 

 

 まぁ、この母娘が清々しい新学期をスタートさせるには、この山になった課題の数々を終わらさないといけないんですけどね初見さん。

 楽しい楽しい夏休みが残りわずかで、尻に火のついた元人気アイドルとアイドル志望。見てみろよ、この雄大な我らが桜島を彷彿とさせるような、積みに積みあがった課題の山を。アイがこなすべき量は少なめだが(当社比)、ルビーにいたっては絶望的と表現せざるを得ない。

 大変そうだね。(他人事)

 

 こういう時に助けてくれる黒川さんは不在である。

 というか神プロ組が東京に帰るって話になり、鷲見さんやMEMちょさん、寿さんを見送りに、そしてカミキヒカルを出荷するために、鹿児島空港へと行っているはず。兼定を無理やり同伴させといた。未来もなんか知らんけどついて行ってた。

 お土産物も大量に押し付けたし、また来てくれると嬉しいなぁ。嬉しいなじゃねぇや、神木プロダクション勢が舞台しに、1ヶ月経たないうちに来るやん。来てくれるのは良いとして、東京と鹿児島を反復横跳びって辛くないんかな?

 

 ……ところで、兼定と寿さんが、手を繋ぐくらいには距離が縮まっていた気がするが、どういう心境の変化だろう? 不機嫌そうな顔はしているけど、スキンシップに何も言わなくなったんだよな、あの兼定(アホ)。彼女のおっぱいに陥落したのか、それとも別の要因があるのか。恋愛からもっとも程遠いと思ってた伊集院家の暴力装置がこのザマとは、グラドルってすげぇんだな。

 あと、未来がLINEを見ている姿をよく見かけるようになった。前まではそんなスマホを長時間見続ける奴じゃないはずだったんだが。どうしてだろうね。あと、MEMちょさんも、この鹿児島滞在時にスマホをよく見てたよなぁ。なんでだろうね。(すっとぼけ)

 

 

「……うぅ、因数分解ってなんなの……? こんなの前世でも見たことないよぉ……! アイドルに因数分解は必要なかったもん……!」

 

「点Pが勝手に動くんだけど!? どうして動くの!? というか、この範囲って芸能科でもまだのはずなんだけど!?」

 

 

 遊んだ記憶の多い夏休みだったが、双子は既に××高校で転入手続きが完了している。

 何の因果か知らんが、無事にアイと一緒の3組に編入されたのだ。代わりに山田先生は帰らぬ人となってしまった。夏休み終わる前に蘇生できればいいんだけど。

 手続き後、アクア君とルビーちゃんは、書類やら学校指定の道具衣服の数々と共に、忌々しき夏課題を渡されるのだった。学校側としても在校生と同じ量を、夏休みがわずかしかない編入生に渡したりはしない。量を少なめに調整された課題だと聞いた。

 数学担当教師は普通に同じのを出しやがったけど。覚えておけ、我が校の数学担当は基本的に人の心を捨ててきた連中だ。慈悲はない。

 

 紆余曲折あり、こうして母娘が泣きながら数学をしてるってワケ。カンニングペーパーありきで解いているけど、それでも量が馬鹿みたいに多いので、こうして四苦八苦しているのだ。

 アイなんか遠慮なく他人の答えを写しながらやってる。そしてルビーも。(不正)は嫌なんじゃないの?って聞いてみたところ、ルビーがガチ泣きしてアクアに俺が怒られた。普通に解いたら、さりなさんの人生分足しても終わりそうにない。(ブラックジョーク)

 

 

「これさえ終われば自由なのに……! どうして数学を後回しにしちゃったんだろ……? オーカ、手伝ってよぉ」

 

「こころおれそう。せんせ、たすけて」

 

 

 しまいには母娘からSOSが来る始末。

 アイは言わずもがな、ルビーは普通科で生き残れるだろうか?

 

 さて、助けを求められる俺とアクアはと言うと──

 

 

 

 

 

「なんだこのクソ梟……!? このクソ魔球考えた奴を殴り殺したい」

 

「んなオウル程度で詰まってるようじゃ、この先地獄だぜ?」

 

「言うな、悲しくなる」

 

「「………」」

 

 

 

 

 

 女子の視線をガン無視して『くまのプーさんのホームランダービー!』を嗜んでいた。アクアは100エーカーの森の愉快な畜生共と、ホームランバトルを嗜んでいた。

 俺は最後までクリアした勢なので、後方腕組島津をやってる。

 このゲームは非常にシンプルなゲームである。ディズニーでも比較的有名であるくまのプーさんを主体とし、ホームランしか得点を認めない森の害獣と野球で遊ぶゲームなのだ。もちろん野球ゲームなので、クソみたいな変化球も、アホみたいなボールの揺れ方のする玉も、なんなら消える魔球も、このブラウザゲームには存在するのである。

 控えめに言って頭おかしい。

 

 

「どうしてパパとせんせは、私たちの近くでゲームしてるのかなぁ?」

 

「そうだよ! オーカとアクアは終わったの?」

 

「既に俺は馬鹿共と一緒に終わらしてる。アクアは?」

 

「昨日全部終わった」

 

 

 終わった発言に母娘は撃沈する。

 息子は立派に育ってて良かったな、アイ。なお娘。

 

 口で何と言おうが課題が減るはずもなく、もう俺たちも散々なサポートを施し、もう課題を肩代わりするぐらいしか手伝えることがなくなってしまった。

 ここで手伝い過ぎると、学期初めのテストが凄惨なことになるんだよなぁ。学校の先生方も、このテスト勉強として課題を出しているので、テスト対策としても課題を自力でやらないと、点数がルビーの歌唱力以下になってしまう。

 

 

「なっ……! 50球中、40回ホームランだと!?」

 

「あーあ、とうとう来ちまったか。ロビカスのステージ」

 

 

 そんでアクアは習〇平じゃない方のプーさんと一緒に、ド畜生のラスボスであるロビン(ロビカス)と戦うのである。前にエアライドしたときにも薄々感じていたが、アクアは想像以上に負けず嫌いなので、たかがブラウザゲームに必死に食らいついている。

 俺はロビカス倒すのに3時間かかった。

 見せてもらおうか、星野アクアマリンの性能とやらを。

 

 ──なんて、心を鬼にして無視したが。

 時間が経つごとに、死んだ魚の方が生気のありそうな目で課題をやる母親と妹の姿が目の前にあるのだ。アクアがそっちに視線が向くようになり、なんなら俺の方にも視線を寄越してくる。

 このマザコンでシスコンの言わんとすることは分かる。

 

 

「かと言って、ルビーの法外的な課題の残量を無視は出来んか。ルビー、とりあえず頑張れ。死ぬ気でやれ。最悪の場合は、咸と黒川さんを応援に呼ぶ」

 

 

 手伝い過ぎると大変なことになるが、別の意味で大変なことになってるルビーの課題。さすがに、編入初日から課題未提出は心象を悪くする可能性があるので、本当に苦肉の策だが、高偏差値組の力を借りて残りを処理しよう。黒川さん、アクア、咸が、身内の偏差値トップ3である。ここに微力ながら俺も肩代わりするしかないだろう。本当は自力でやってほしかったけど。

 だって数学だけで泣いてるもんな、俺の義娘は。これに古文、漢文、現代文、日本史、世界史、地理、化学、物理、地学、生物、英語があるんだぜ? そりゃ桜島にもなるわな。

 

 アイの課題を手伝う?

 俺はアイを信じているので、自力で終わらせるはず。うん。多分。……はい、俺が手伝います。

 

 

「……チッ。しまった。高学歴のアホを逃したのはイタいなぁ」

 

「誰?」

 

「カミキヒカルの中身」

 

「「「は?」」」

 

 

 そんなガチトーンで声揃えて言わんくても。

 

 

「オーカの冗談は面白いねっ。あの変態よりアクアの方が絶対に頭いいよ?」

 

「冗談なもんか。あの変態、確かイギリスのどっかの大学卒だぞ」

 

「「「はぁ!?」」」

 

 

 人は見かけによらないのである。

 

 

 

 




桜華「俺たち全員、学歴カミキ以下か……」

アクア「国交断絶レベルのヘイトスピーチだろ、それ」

アイ「世の中言っていいことと悪いことがあると思うよ?」

ルビー「殺人の動機になるレベルの暴言だね」

桜華「そこまで言う?」


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109.父親失格

 ほのぼのシリアス回です。
 主人公の両親の教育方針の歪さが露呈してますが、主人公にも原因はあるんです。ってか、当時の主人公が洒落にならないくらい狂ってたってのもあります。そこらへん、今章で深掘りされる感じですね。
 感想お待ちしております。


 夏休み最終日の夕方。

 朝から昼まで税所家夫妻を巻き込んで、自身のものではない課題を処理していた記憶しかないが、なんとかギリギリで終わらせることができた。終わったときの達成感は、自分の宿題が終わった時以上にみんなで騒いでしまった。

 元凶の母娘も泣きながら喜んでおり、手伝ってくれた皆様方に礼を言っていた。良かったね。でも新学期開始数日後にはテスト期間に突入するので、彼女らの勉強地獄は終わることはないのである。

 

 テスト間近ではあるのは確かだが、昼まで勉強していたんだから、さすがにこれ以上勉強するとなると俺が辛いし、アイとルビーはもっと辛い。

 なので星野一家、税所家夫妻と公共交通機関を使用し、俺の実家に赴くことになった。

 理由はただ一つ。

 

 

 

 

 

「夏課題お疲れっしたー。んで、新学期も頑張りましょー。っつーわけで……乾杯!」

 

「「「「「乾杯!」」」」」

 

 

 

 

 

 打ち上げである。

 夏休み期間中のどこかでバーベキューしよっかって話はしていたが、なんか用意するのが面倒だなって後回しにしていた結果、今年はやらんくてもいっかって話をしていたのである。

 しかし、課題を半泣きでやっている母娘の話をしたところ、ウチのオカンがバーベキューの用意をしてくれると言ってくれたのだ。場所確保も悩みの種だったものだから、親父殿の屋外修練所のスペースを借りられたのは大きい。

 

 野菜や肉、海鮮まで俺の両親が用意してくれたのは、本当に頭が上がらない。

 そんなわけで、俺は炭火がパチパチいってる金網の上で焼けるブツを、焼いては配膳する作業に勤しんでいる。焼いてて気づいたんだが……この肉、絶対に豚とか牛の前に『黒』の漢字がついているような気がするんだが。

 少なくともバーベキューで扱っていい肉じゃないだろう。金銭換算を本能的に放棄した。

 

 決して炭に錬成しないように、細心の注意を払って焼いていると、縁側の親父殿と雑談をしていた咸が俺に近づいてきた。

 

 

「私も手伝いましょうか?」

 

「お、助かるわ。そこの薩摩黒牛のカルビ焼けよ?」

 

「……なんだか手が震えてきましたなぁ」

 

 

 これが人数分とかじゃなくて、マジで俺たちだけじゃ消費しきれない量があるのが問題なのである。まぁ、全部使えとは言われてないので、さっさと焼いて食って余ったら冷蔵庫行きなんだろうけど。アクアが「こんなに高級肉食っても胃がもたれねぇ、この身体最高」って言ってたのが印象的だった。

 ルビーは……物凄く楽しそうだね。そりゃそうか。推し兼母親との、そして前世今含め、初めてのバーベキューなのだから。そして、アイもバーベキュー人生初参加じゃなかろうか。見てみなよ、あの笑顔。この星野一家の微笑ましい光景を見ただけで、あの再会劇のセッティングの苦労が報われるのである。

 税所家の奥方は配膳に精を出している。黒川さんって率先して雑用やりたがるよなぁ。そういう性分なのだろうか? オカンからめっちゃ好評なんだよね、あの元女優。

 

 夏季休暇最終日になると、薩摩の各家はそれぞれ家族内で食事会的な催しを行う。もちろん兼定や未来は自分家のに参加しているのだろう。

 だが、税所家は違う。伊集院家や種子島家、それに新納家や川上家と違い、税所家は家族で食事会となると、咸ただ一人になってしまう。両親どころか祖父母もいねぇし。これは今に始まったことではなく、税所家って身内でのイベントが行えない家系なのだ。なんなら、コイツの誕生会すらロクにしなかった時期もある。俺、コイツの本当の誕生日知らない。

 咸は正月に島津宗家に顔出すくらいで、それ以外の季節イベントは馬鹿共が無理やり誘わない限り、参加することがないのだ。ぼっちなのである。

 

 

「──咸君、ちゃんと食べてる?」

 

「えぇ、あかねも満足しましたか? あ、これ新しい肉です」

 

「……はい、あーん」

 

「私は大丈夫なので、あなたが食べて下さい。このような良い肉、なかなか食べる機会はないかと」

 

「あーん」

 

「………」

 

「あーん」

 

「………」

 

 

 やっぱり黒川さんは最高だぜ。

 この基本受け身の胡散臭い男は、多少強引でもこちらからコミュニケーションを図るのが得策であると、この数か月の付き合いで気づいたのだろう。自分が比較的やべぇ家庭環境であるって、本気で思ってない節があるからな。

 あと、その胡散臭さに反比例して、妙に義理堅いからね、コイツ。さくっとエメラルドすると、たぶんゴールインは確定すると思われる。

 

 笑顔で食べさせる元女優と、複雑そうな表情ながらも素直に差し出されたものを食す麒麟児。

 その様子をニヤニヤ眺めていたところ、俺の肩をポンポン叩く者が現れる。

 

 

「はい、あーん」

 

「………」

 

 

 星野一家でワイワイ楽しんでいたはずの元人気アイドル兼母親の差し出す肉を、俺は咸と同じような表情で食すのだった。

 なぁ、咸。恥ずかしいねコレ。

 

 

 

   ♦♦♦

 

 

 

 男性陣がバーベキュー後のコンロ等の跡片付け、女性陣が皿洗い等を分担作業し、一息ついたところで、夏最後のイベント。風物詩である、小花火大会の開催である。

 打ち上げはしないけど、手に持つタイプの花火を買い込んだので、そのカラフルな火花を散らす様を、各々がそれぞれの感情を抱きながら眺めるのである。聞いた話によると、星野一家での花火は初めてとの事。そりゃ、双子が小さい時に花火なんて危険なことさせられねぇわな。

 つか初めての事ばかりじゃねぇか。もっと色々と家族の思い出作らせなきゃ。(使命感)

 

 俺はその様子を、縁側に座りながら、親父殿と一緒に眺める。

 後方腕組島津×2である。

 

 

「今回はありがとうございます。彼女らも喜んでいますし、家族での良い思い出になったかと」

 

「……そうか」

 

 

 ウチのオカンは子供たちの花火に火をつけて回ってる。

 あんな笑っているオカン、実はそんな見たことない。楽しそうで何より。

 

 ところで、返答した親父殿の様子が少々おかしい。なんというか……歯切れが悪いと言うか。いつもなら威圧感マシマシの、動かざること山の如くな印象があるのに。しかも、実の息子である俺に対してである。

 こんな親父殿見たことない。明日は大雨洪水波浪雷注意報でも出るんだろうか。新学期早々、悪天候とは俺も運がないぜ。

 

 

「……すまなかった」

 

「………………………………………………………………………へ?」

 

 

 急に、唐突に、前触れもなく、親父殿が俺に謝った。

 俺に、謝罪の言葉を、口にした。

 脳が処理しきれず、数分経過して出てきた単語は「へ?」である。

 

 俺的には衝撃が大きかった。立花のオッサンが気持ち悪くなくなったレベルに驚いた。とりあえず、明日耳鼻科と精神科を予約しようと思ったぐらいには、彼の言葉が予想外過ぎたのだ。

 もちろん、親父殿が俺に謝罪したことなど、人生で一度として存在しない。別に謝れないとかではなく、基本的に彼が謝るレベルの間違ったことをしないのが要因だった。社交の場では頭を下げるし、謝罪の言葉も口にする。しかし、家庭内で親父殿が俺に謝るなど、青天の霹靂だった。

 

 

「……俺、前線勤務に戻る感じですか?」

 

「そういうわけではないが……ふむ……」

 

 

 てっきり先に謝罪が必要なことをさせられると思ったのだが、どうも違うらしい。そうなると、本当に俺が謝られた理由が思いつかんので、逆に怖い。

 親父殿は顎に手を当てて考え込み、小さくため息をついた。

 

 

「人は自分の見たことしか模倣できぬ。自身の想定の範囲外のことなど、容易には出来ぬ」

 

「至言ですね」

 

(オレ)の父がそうだった。父のまた、その父もそうだった。それが正しいと思っていた。それが父親としての、あるべき姿と思っていた」

 

 

 だが……と、親父殿は徳利の酒を煽る。

 咸が今回誘ってくれた礼として持ってきた焼酎を飲んでいるようだ。え、もしかして酔ってる?

 

 

(オレ)はどうやら間違っていたらしい」

 

「為政者に個人の情など必要ないでしょう。島津として、間違っているのは俺自身かと思いますが」

 

()()()()()()、間違っているのだろう」

 

 

 ……間違っている?

 

 

「そして、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()(オレ)も、そして──アイツも、実の息子に何をしてやるのが最良なのか、分からない。本当に、愚かな親だな」

 

「それは違います。自身の丈に合わない生き方も、そして母上の気遣いを跳ね除けたのも、全ては当時の俺の不徳の致すところ。自業自得です」

 

「お前から拒んだからといって、歩み寄ることを止める理由にはならん」

 

 

 親父殿は自嘲気味に笑った。

 カミキの件で、自分にも思うことがあったのだろうか?

 

 

「……俺としては、それが正しいと思っています。それが島津としての理想的な在り方だと信仰しています。故に、親父殿が()()()()()()と仰るのであれば──せめて、義娘と孫への愛情は絶やさぬようお願い申し上げます」

 

 

 今さら態度を変えられても困るしなぁ。

 俺と両親の関係性は──これがしっくりくる。

 既に『アイと共に生きて共に死にたい』という、最大級の我儘を聞いてもらったのだ。これ以上を望むつもりはないし、俺を気にかけるくらいなら星野家に目を向けてほしい。

 俺は持っているのに放棄した人間だ。望んでも得られなかった人間に与えてほしい。

 

 

「アイも、アクアも、ルビーも、親の愛を十分に受けられなかった者たち。もう遅いのかもしれませんが、今からでも彼女らには『無償の愛』というものを享受してほしい。それが、俺の願いです」

 

 

 親父殿の言葉を借りるなら、俺も『理想の父親像』が分からない人間である。ルビーからパパ扱いされているけど、双子に父親らしいことができるとはミリも思ってない。

 それができるのは……俺が頼れるのは親父殿ぐらいだ。

 親父殿が俺への接し方を後悔しているのであれば、それを糧にアイと双子に、その愛情を注いでほしいのだ。

 

 俺の言葉に親父殿が目を見開く。

 そして……静かに笑うのだった。

 

 

「……そうか、鳶から鷹は生まれるか。桜華、お前は強いな」

 

「どう逆立ちしても、親父殿よりは脆弱だと思うんですが?」

 

「……精進せよ」

 

「微力は尽くします」

 

 

 

 




【島津 桜華】
 主人公。アイと出会う前の評価は『常識人に見える狂人』『正気と狂気が同時に内包されている』『薩摩兵子というよりも鎌倉武士』『島津を遂行する機械』『自身含め全て駒だと思ってそう』『死に急ぎ野郎』。

島津(しまづ) 隆正(かたまさ)
 主人公の父親。通称『親父殿』。島津として正しく、父親としては失格な教育を主人公にしてきた。上の評価も、彼の教育も若干影響している。しかし、今の主人公を見て、自身の教育は間違っていたのだと気づく。この人も自身の父親の背中を見て、同じような感じで教育を受けてきたのでしゃーなし。


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110.社会的死RTA

 ネタ回です。
 感想お待ちしております。






 pixivにも投稿始めました。
 とりあえずバックアップ目的なので、こっちのが最新話投稿が早いです。


 新学期。

 基本的に1〜2学年の生徒は絶望的な表情で、受験生のため休みらしい休みなど存在しなかった3学年が、何かを悟ったような表情で登校する日。

 俺も内心は「かったるいなぁ」と思いながらも校門を越えるのだが、俺が所属する1-2は前学期と違うどころがあった。いや、明らかに課題終わってないんだろうなぁってツラをしている生徒を見かけるのは確かだが。

 

 それは1-3のアイが居ないことである。

 居ないのが普通である。(悟り)

 

 それもそのはず。彼女の子供たちであるアクアとルビーが編入して来る日でもあるので、今日から自身が本来所属する1-3で彼女は授業を受けるのである。

 おかしいな。当たり前のことを言っているはずなのに、どうして今までそうじゃなかったんだろう。不思議なこともあるものだ。

 

 

『今日は星野さんが来ないなぁ』

 

『登校しているのは見かけたから、学校に居るのは確かなんだけど……』

 

『おい、島津。嫁の方はどうした?』

 

 

 なのでウチのクラスが落ち着かないのも、本来はおかしなことなのである。いや、居ねぇのが当たり前なんだって。クラス違うやろがい、脳みそ使って考えてくれ。

 そしてポンコツ担任もアイの所在を俺に聞くな。気になるのなら、まずは山田教諭に聞くべきだろうが。

 

 アイはもう来ないんだよ。

 双子と黒川様と1-3で楽しく過ごすんだよ。

 

 

『双子編入してくるってことは、もうアイは1-2(ウチのクラス)には来なくてもいいよな? だってアクルビいるんなら、もう俺んところに来る必要ないじゃん』

 

『……??』

 

 

 そして、心底不思議そうに首を傾げないでくれ。

 俺は平穏な学生生活を送りたいんだよ……!

 

 朝食のときに聞いて、こてんと可愛らしく、そして何も考えてないようなツラで首を傾げるアイを眺めながら、俺は大きくため息をついたのは覚えている。

 欲張りと身勝手は違うんだぞ。

 ルビーが変なこと覚えたらどうすんだよ。なお、アクアはそんな変なことを絶対にしないという、謎の安心感がある。このダウナー系イケメンの安定感ヤバいな。兼定から「カミキjr.」と言われてガチギレする人間味も持ち合わせているのもグッド。

 

 俺は頬杖をつきなが窓の外を眺める。

 真夏真っ只中どころか、下手すりゃ11月くらいまで夏服で生きていけるような環境の鹿児島なので、いまだに蝉が泣き散らしている。セミファイナルももう少し先になりそうだ。

 心なしか静かに思えるウチのクラスを横目に、担任が出席を取ろうとする。別に今生の別れってわけでもないだろうに、というか昼休みには飯食いに凸してくるのは明白だし、そんな寂しそうにするなと思いつつ、新学期がスタ

 

 

 ──バタンッ。

 

 

「──東先生っ! 遅れてごめんなさいっ!」

 

「東雲な。おー、嫁島津、今学期も戻ってきたのか」

 

「うんっ。あ、あとアクアとルビーとあかっちも連れてきましたっ」

 

「そうかそうか、かなり大所帯になったなぁ。山田先生にはちゃんと事前申告しているか? というか山田先生って生きてるか?」

 

「呼吸はしてました!」

 

「あー……なら俺から学年主任に伝えとくわ。──おーい、そこん男子共、机をさっさと移動させてやれー」

 

 

 クラスの男子たちによって、最後尾に座っていた俺の横に机が四つくっつけられる。随分と慣れたどころか、親の顔より見た光景レベルの鮮やかかつ迅速な移動であり、俺の周囲にいたクラスメイトはいつものようにスペースを開けて、元人気アイドルと愉快な仲間たちを温かく迎え入れるのだ。

 アイは皆の衆を引き連れて、さも当然のようにクラスメイトの間をすり抜けるように歩み、さも当然のように俺の横に座る。そして黒川様と双子も当然のように1-2へ駐屯した。

 

 圧倒的カリスマと惹き付ける眼によって全てを魅了する傾校の美女、恋によって磨きのかかった美貌を携えた我が校1学年二大美女の片翼。それに加わったのは、美しさと可愛さを兼ね備え天真爛漫で笑顔の絶えない元人気アイドルの遺児、白馬の王子様を彷彿とさせる整った顔立ちと静かな雰囲気のイケメン。

 もう1-2は大歓喜である。

 ただでさえ、誰もが目を奪われていく美少女2名に、別ベクトルの美少女と、薩摩隼人も裸足で逃げ出す美男子が追加されたのだ。もうお祭り騒ぎよ。

 

 

「……アクア、何か弁明は?」

 

「……俺にアイは止められん」

 

 

 このアイの奴隷(ファン)がよぉ。

 まぁ、アクアに拒否権がなかったんだろうなってのは、想像に難くない。

 

 

「普通科って地味なイメージだったけど、けっこうクラス間の(垣根)って薄いんだね。芸能科よりも自由じゃん」

 

「ここまで来るとクラス崩壊って言われても過言じゃねぇんだよ」

 

 

 全国の普通科に壮大な風評被害を与えてしまうと、ルビーの独り言に思わず反応してしまった。反応して──心の内で今世紀最大の反省会を行う。

 瞬間、俺の背筋がゾクッと危険信号を発する。今まで幾度となく発せられた『死への予兆』とも呼べるソレであり、今まで俺の命を救ってきた本能的な畏れである。それに相当する状況が、今まさに動こうとしているのだ。

 

 そして──俺は、それを止めることができない、。

 ルビーが口をゆっくり開き、その死神の鎌を俺に向けて振り下ろし──

 

 

 

 

 

「あ、パパ。教科書貸して」

 

 

 

 

 

 俺は社会的に死んだ。

 

 

 

    ♦♦♦

 

 

 

「ねぇねぇ、なんか校内で学年問わず『この夏休み期間中に桜華がアイちゃん妊娠させて、アイちゃんが出産して、それが双子で、桜華の謎島津パワーで高校生まで成長させて編入させた』って噂が流れてるんだけど」

 

「田舎のネットワーク怖ぇな。そして根も葉もない噂が、昼休みの間に学年超えてるとか、もはやホラーだろコレ」

 

「僕もいろんな人に聞かれてさ。とりあえず『概ねあってる』って答えといた」

 

「ナイスジョーク。気に入った、殺すのは最初にしてやる」

 

 

 桜華は激怒した。必ず、かの無知蒙昧の馬鹿を除かなければならぬと決意した。桜華には経緯がわからぬ。桜華は、島津の蛮族である。首を狩り、アイとイチャイチャして暮して来た。けれども馬鹿に対しては、人一倍にチェストであった。

 そんなわけで未来ヌンティウスの殺害を画策していると、他の馬鹿共も追随する。

 

 

「私もけっこう聞かれましたね。とりあえず『広義的にはあってる』と伝えました。我がクラスの数名が呼吸困難で救急搬送されました」

 

 

 広義的に解釈しても無理があるだろうが。

 

 

「ハッ。噂程度に踊らされるたァ、××高校の程度が知れるってもんンだぜ。オレはそんじょそこらの馬鹿とは違う。ちゃんと訂正してやったぜ?」

 

「兼定……」

 

「『妊娠したのは桜華だ。そこ間違えンな』って訂正してやったぜ」

 

「今、寿さんに『兼定のスマホのホーム画面が、自分と寿さんとのツーショット』ってゲロっといたわ」

 

 

 争いは同レベルでしか行われない。

 本来殺しに使われる高度なテクニックを、しょうもない喧嘩で浪費していく薩摩の馬鹿共。ここで長きにわたり島津を支えてきてくれた伊集院家、種子島家、そして税所家は断絶かぁ。

 悲しいぜ。

 

 というか伊集院家バイバイして黒川家を追加しようぜ。

 見た目も中身も、絶対に後者がいいって。

 

 

「その……桜華君も、あまりルビーちゃんを責めないであげてね? 軽率にアイちゃん最大の秘密に近いものを暴露しちゃったって、結構落ち込んでるから……」

 

「別に怒ってはいないよ。邪推されるのは面白くないなって思っただけで」

 

 

 アイとアクルビが親戚同士であり、幼いころから三者は交流があり、『ママ』と呼ぶくらいにはルビーはアイに懐いている。アイが『ママ』なので、その彼氏である俺を『パパ』と呼んでいるだけ。

 事実にそれっぽい話をミルフィーユして、それっぽい話を用意したが、校内では『双子がアイの子供説』が横行しているそうだ。真実であるがゆえに、嘘が大の苦手な俺が真っ向から否定できないのが、噂に拍車をかけているとのこと。

 

 こうして、波乱の新学期は俺の社会的な死と共に始まるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「僕さ、山田先生からも『ほほほほほほ、本当に星野が妊娠したのか……?』って聞かれたんだけど。腹部抑えて青い顔で」

 

「………」

 

 

 このままだと山田先生も死んでまう。

 

 

 

 




桜華「どう考えてもガワが俺に似てねぇだろうが」

アイ「もしかしたら似てるかもしれない(´-ω-`)」

桜華「髪の色がそもそも違うのにさぁ」

アイ「劣性遺伝ってやつ?」

桜華「こういうときだけ教養レベル上昇するのヤメテ。金髪はカミキ遺伝だろ」

アイ「カミ……キ……?」(目ハイライト)

桜華「おっと地雷踏んだわ」


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111.魔境

 ほのぼの回です。
 感想お待ちしております。


 夏休み明けの初日なので、授業は午前中で終了──って都合の良い話は一切なく、みっちりがっちり6時間目まで存在するのである。しかも、体育や芸術等の、いわゆる『ボーナス授業』は一切なく、代表5教科(国・数・英・理・社)が占めていたのだから、ルビーなんか机に突っ伏したまま動かなくなっている。頭から湯気出てる。

 そりゃ、芸能科から普通科への編入なんだから、こうなるのも無理はない。高校受験で地獄を見たアイと同じ状況が、今の宝石妹を襲っている。俺個人としては、かなり頑張っているとは思うけどね。

 帰る前にスーパー寄って、ハーゲンダッツ買ったろ。

 

 5時限目と6時限目の間にある休憩時間。

 ある者はクラスメイトと談笑し、ある者は夏休み延長戦として課題の処理に取り組み、ある者は別クラスから遠征して来た胡散臭い男とラブラブイチャイチャしたり。

 そして、ある者は脳がオーバーヒートした娘/妹を介抱したり。

 クラスメイトの数だけ物語が発生する。

 

 

「桜華、次の授業って何だったか?」

 

「英語だったはず」

 

「……ルビーの苦手科目か」

 

 

 むしろ得意科目ってあるのだろうか?

 アイは最近だと日本史が得意科目として口に出せるくらいには成長している。ウチに嫁いでくることがほぼ確定してしまった彼女だが、遡ること鎌倉時代……な島津の歴史を知る上でも、日本史は非常に重要になってくる。名家に嫁ぐなら、それ相応の知識はね?って話である。まぁ、アイの日本史の学力向上の大半は山田教諭のお陰でもあるんだが。

 そして、アイさんは相変わらず英語が苦手な様子。

 

 どうして人生2周目組が、一番のアドバンテージがあるであろう学問分野で白旗を掲げているのだろうか?と思わなくもない。海外NGだった元人気アイドルと、終末治療患者の生まれ変わりと考えれば、納得は出来るけど。

 俺だって英語はそんなに得意じゃねぇし。母国語だって怪しいのに、他の言語に手を出そうと思う理由が出て来ないのだよ。

 

 

「まぁ、自称進学校(笑)だが、今期の1年の学力格差が全体的に大きいのは教師陣も理解してる……と思いたい。英語に関しても、普通に授業についていけるグループと、基礎の基礎から叩き込む初心者グループに分けられてる」

 

 

 黒川さんやアクアには一生縁のない初心者グループの話だが、アイもそれに参加している以上、ルビーも参加しない手はない。

 

 

「英語の担当教諭に事前に話は通してあるから、次の次くらいからは、アイと同じ基礎を学ぶグループに配属されるとは思うぜ」

 

「あ、ありがとう……パパぁ……」

 

 

 こうやって義娘の好感度を上げながら、クラスからの好感度は下がっていくのである。普通に、常識的に考えて、同世代の美少女に『パパ』って呼ばれてるの、俺も第三者視点なら犯罪を疑う。

 学年トップクラスの美少女を彼女に持ちながら、その美貌に追随できそうなレベルの美少女も侍らせているとは何事か!って思う者も少なくないのだろう。下心を隠しながら、お近づきになりたい男子生徒もいるだろうからね。

 どうせなら、星野一家の関係性を暴露して、全校生徒の脳を一度破壊尽くすことも視野に入れている。みんな、一緒に死のうぜ!

 

 

「いや、本当にすまん。ルビーには後で言って聞かせるから……」

 

「別にもう直さんくても大丈夫じゃない?」

 

 

 嘘吐き少女の娘が、嘘が嫌という思考をしているのは、非常に興味深いともいえる。

 そんでもって生前は『アイ(嘘つき)』を推していたのだから、彼女の嘘嫌いは前世の影響だと思われる。俺やアイ、それこそアクアさえも知らない、彼女の根幹の部分が原因なのかもしれない。

 

 それでアイドル目指すの辛くない?と思わなくもないが、それは一旦おいておこう。俺が今心配して何か変わる項目じゃないのだから。

 肝心のパパ呼びの件だが、そんな嘘偽りに忌避感を持つ彼女は、俺との関係性を隠せない……いや、隠したくないのだろうと推測される。とっても生きづらそうな固定観念を持っているなぁと思いつつも、それを悪いと指摘するつもりはなかった。

 

 いずれこうなるだろうって馬鹿共も同じ見解だったし。

 むしろ、もう早めに『島津 桜華=ルビーパパ』の構図を浸透させた方が、後からグチグチ言われることが少なくなるんじゃね?って話になった。

 手始めに、俺に『お義父さん、ルビーさんをください!』って言ってきた阿呆にチェストかましといた。

 

 

「事前に起こることが分かってりゃ、対策も練りやすいだろ?」

 

「あえてルビーからの呼び方を矯正しなかったも、それが理由だったんだな」

 

「相手の思考を釣るのは、俺たちの最も得意とすることですから」

 

 

 この作戦、欠点らしい欠点と言えば、どう頑張っても俺の評価が『同世代の女の子にパパ呼びさせてるヤベェ奴』に固定される点である。

 俺の評価は地に落ちるだろうけど、もっと地に落ちてるヤツ(カミキ)を知っているので、そこまで悲観してない、下ばっか見て安心するのもどうかなと思うけどね。

 

 

 

   ♦♦♦

 

 

「そういや御三方は部活とか決まってるの?」

 

「「「演劇サークル」」」

 

 

 授業も終わり、さっさと帰ろうぜと言う話になり、帰宅準備をしている段階で、ふと俺の脳裏に疑問がわいた。そして、考えたことをそのまま口に出したところ、薩摩新参者の3名は予期せず口をそろえて回答するのだった。

 俺は思わず喉から「ヒョエ」と変な声が出た。

 

 そりゃそうだろう。

 ××高校の演劇サークルなんざ、並みの人間よりは演じられるであろう集団止まりであり、一応学校側からも活動は認められているが、『演劇部』と言える程実績がない連中の集まりである。俺も演劇サークルが何やってんのか知らん。

 そこに加入を希望しているのは、子役を経験した上で撮影側としての知見も持つアクア、アイドル志望ながらも女優としての活動も視野に入れているルビー、──そして、劇団『ララライ』の元若きエースにして舞台演劇の第一人者の黒川さん。

 

 どう頑張って好意的に解釈しようとも、演劇サークルをオーバーキルする将来しか見えないのは気のせいではないはずだ。

 絶対に違うと思うぞ。学生特有の『何となく目的もないが一応参加している』程度の役者と、それで食っていく、又は食っていこうと思っている奴の演技は。素人でも分かってしまう。

 

 

「……ちょっとリハビリしておこうと思ってな」

 

 

 宝石兄のリハビリで自信消失する者が何名か出てくると思うんですがそれは。

 

 

「私もママみたいに女優もやってみたい! でも事務所がまだできてないし、それまでは学校で練習しようかなって」

 

 

 俺知ってるからな。アクア曰く、ルビーの演技力は相当なもんだって。アイもその才能の開花を楽しみにしてたと言ってたし、少なくともサークルで終わるような演技力じゃないのは、見なくても伝わってくる。

 

 

「わ、私の場合は……演技しか得意なことはないから。というか、それしかできないし。咸君に迷惑かけたくないから、私が唯一できる部活を選んでみた」

 

 

 将来の旦那さん(確定事項)の名声を考量する妻の鏡ではあるが、その選択でサークルが崩壊する可能性は計算してなかったように思われる。

 アイも『私が本気出すと、主役を()()()()()からねっ』と言っていたのだ。本業だった黒川さんが真面目にやった日には、それこそ『あいつ独りで良いんじゃない?』って話になりかねん。逆に彼女の演技を部活動レベルにまで落としたら、黒川さんの方が耐えられなくなっちゃいそうだ。

 

 どうしたもんかと首をひねって考え。

 そう時間が経たないうちに答えが出た。なんだ、()()()が居るじゃん。

 

 

「もう申請書は出したん?」

 

「今日の昼休みには出したな」

 

「そっか。一応、島津ん者も在籍している……というか、部活動の長をやっているから、いざというときはその人に助力を貰うと言い」

 

「それは助か──」

 

「まぁ、洒落にならないくらいヤバい人だけど」

 

「………」

 

 

 まさか島津に属する者が普通のはずがないだろう?

 3年生だから、1年間だけお世話になるだろうけどね。

 

 え、その人の話を聞いたことない?

 そりゃそうよ。俺たち馬鹿共視点からしても、ぶっちゃけ関わりたくないし、アイを関わらせたくなかったからな。

 だって、その人──

 

 

 

 

 

 

「……その、どのくらいヤバいの?」

 

「3年の新納(にいのう)先輩。男性。ホモでノンケで、創作だと百合と薔薇もイケて、常識を母体に忘れてきて生まれたような化け物。羞恥心という概念が存在せず、変態仮面のコスプレで市内を練り歩いたことがある猛者」

 

「盛ったな!?」

 

「これで小盛だからな?」

 

「………」

 

 

 

 

 

 ──導春と別ベクトルの変態だからな?

 

 

 

 




桜華「頼れる兄貴分みたいな先輩だから安心して」

アクア「安心要素が見当たらないんだが?」

桜華「ケツ引き締めて行けよ」

アクア「掘られる前提の話なのか!?」


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112.島津の濃い仲間たち

 説明回です。
 新キャラ2名の情報開示です。
 感想お待ちしております。





 学校の帰り道。

 鹿児島本線、鹿児島中央駅方面行の2両編成の電車に乗り込んだ俺たちは、車両の隅に固まって雑談を楽しんでいた。電車の隅は女性陣が確保し、野郎どもがそれを囲む形だな。痴漢対策である。

 対策の理由は、女性陣の安全と痴漢する側の生命の保全にある。ほら、俺たちって優しいから。

 

 

「で、新納(にいのう)先輩ん所の演劇サークル見学したらしいけど……どうだった?」

 

「「「「………」」」」

 

 

 俺の言葉にサッと視線を逸らすアイ、黒川さん、アクア、ルビーの4名。未来は俺の言葉に「えっ!? あの人のところに行かせちゃったの!?」と目を丸くして、兼定と咸は呆れたように首を振った。

 予想の域を出ない反応だったと言っておこう。

 

 

「……いや、『ホモ』と『ノンケ』が両立する理由が分からなかったけど、確かにアレはそうだったな。しかも、本当に小盛だった。まさか筋肉質のオカマだとは思わなかった」

 

「その情報言ってなかったな。あの人、オネェ気質の人だから」

 

「遅ぇよ」

 

 

 アクアに半眼で睨まれるが、俺は軽く受け流す。

 属性の二郎()系ラーメンと呼ばれる変態なので、新納先輩のことを詳しく説明すると、時間がいくらあっても足りはしない。かいつまんで説明すると、どうしても零れ落ちてしまう重要情報が出てしまうのが、新納先輩という変態なのだ。

 

 

「オーカの説明でヤバい人なのかなぁって思ってたけど、外見は確かに凄かったけど、普通にいい人だったねっ。握手求められたのにはびっくりした……」

 

「劇団所属してた時の私を知っててくれたのには驚いたなぁ。サークル加入にも二つ返事でOKしてくれたし、あと新納先輩も演劇が凄く上手だった。他の人の舞台演劇もレベルが高かったし、桜華君が低評価するほどでもなかったよ?」

 

 

 黒川さんの発言が『元劇団所属から見て高い』なのか『学生の部活動でやる範囲でなら高い』なのかで、だいぶ意味が変わってくるんだが。恐らく後者だろう。言っちゃ悪いが、実績がなくサークル止まりの自称進学校(笑)の技量が、演劇で飯食っている本職レベルだとは思っちゃいない。

 彼女は新納先輩にも先の誉め言葉を口にしたようだが、あの人なら言葉の真意を理解しているだろう。現実が見れないタイプの人じゃないし。

 

 

「私、あの先輩好きだよ? お兄ちゃん先生との恋も応援してくれたし」

 

「………」

 

 

 ルビーのインモラル発言に、アクアは明後日の方向を見る。

 仲のいい兄妹にも見えなくはないが、俺としては未来と撫子の関係がチラつくので、アクアとルビーの関係は兄妹の域を超えているようにも見える。犬猿の仲の姉弟を見てればそうなるか。

 

 アクアに若干の脅しとも言える言葉を以て見送ってみたが、心配は杞憂になることは予想出来ていた。そりゃそうだ、かなり端折った説明をしたが、新納先輩は正確には『愛情を育む人間を見守る』のが大好きなのである。それに異性愛や同性愛、兄弟愛、家族愛関係なく、創作なら多岐の愛情表現が好物。まぁ、当の本人が両刀だから、アクアも守備範囲内なので、俺の発言は嘘じゃない。とびっきりの愛なんだよ。

 初見組を安心させるように表現するのなら、ラブラブイチャイチャを後方腕組で観察するオネェが新納先輩なのである。とにかく『愛』が大の大好きで、俺がアイに告白したときの話を聞いて絶頂(エクスタシー)したし、寿さんの兼定への淡い恋心の話をおかずに白飯を爆食し、今回のルビーの恋愛感情は彼の情緒を大いに刺激した。創作以外の兄妹愛を初めて見たらしく、成就の為に尽力すると語ってたらしい。

 

 

『……先輩は気持ち悪いって思わないの?』

 

『兄妹で愛することが? まっさかぁ! 日本の法律だって言ってるじゃない。結婚することは禁じているけど、愛し合っちゃダメなんて一言も書いてないわ。逆に聞くけれど、ルビーちゃんは私が止めたら、諦められるのかしら?』

 

『諦めないよ?』(即答)

 

『そうでしょう、そうでしょう。人はね、自身の理解できない感情を“気持ち悪い”って表現する時があるの。兄妹の恋愛感情を生理的に無理って人もいるのも事実。それは仕方ないの。私だってイナゴの佃煮は生理的に無理だから、それと同じようなものなのよ』

 

『………』

 

『でも、これだけは言える。私はイナゴの佃煮を食べる人を否定しないし、ましてや兄弟間で肉体的にイチャラブすることを否定しない。公言するのは難しいかもだけれど、その想いを否定できる人間は、誰一人としていないの。自信を持って。あなたの愛は美しいわ』

 

 

 あの先輩らしいなって思った。

 こうしてルビーはガチムチオネェの友人を得たのだった。字面がやべぇな。

 

 余談だが、アイへの握手を求めたのは「良かもんを聞かせていただきました」としての礼である。当時、恋愛感情から程遠かった俺が、まさか同世代の女の子に告白すると思わなかったらしい。

 苦言を呈したい気持ちは山々だったが、間違ってなかったので言い返せなかった。

 

 

「本当にオーカの周りってキャラの濃い人が多いよね」

 

「お前も含めてな」

 

「そーいえば……アレを呼び入れたのって当主様(家ちゃん)の息子さんって言ってたよね。どんな人なの? やっぱり濃い人なの?」

 

「「「──っ!?」」」

 

 

 アレとはカミキのことである。星野家ではエゴサ魔法使いことヴォルデモート扱いされているのが、今のカミキヒカルなのだ。

 当の本人もエゴサしてダル絡みして炎上するし、実質ヴォルデモートである。……なんかヴォルデモートが可哀そうに思えてきたな。どうしてだろう。

 

 しかし、アイの質問に過剰反応したのは他の馬鹿共。

 そこまで反応する?と思いながらも、特に隠す必要のない情報なので、彼のことを口にするのだった。

 

 

「島津宗家の3人兄妹の長男。突出した能力はないけれど……あー、何て言えばいいかなぁ? 全能力が100点中、約90点って感じの人、かなぁ。何やらせても何でもできる万能型で、次期当主候補としては堅実な御人だよ。無駄なことはしたくない効率厨な面はあるけれど、島津勢の評価としては悪くないと思う」

 

「……普通の人っぽいね」

 

「前線で脳死チェストするよりも、後方支援が得意ってタイプだし、俺個人から見れば当主候補の中で一番後を託せる人なんじゃないかって思う」

 

「ふむふむ」

 

「そんで──俺のことをめっちゃ嫌ってる」

 

 

 最後の発言に眉を顰めるアイ。

 それは双子も同様だった。

 

 

「……どうして?」

 

「本当は自分が当主になりたいって人じゃないからさ。自慢に聞こえるかもしれないから、今まで黙ってたけど、少し前の俺って次期当主最有力候補だったんよ。んで、俺が継承権放棄した関係で、あの人が半強制的に次の有力候補になっちゃったわけ」

 

「それってつまり、嫌な役割をパパから押し付けられたって思ってるの? それって逆恨みじゃん!」

 

「そゆこと。ただ……俺の記憶では、そんな安易に逆恨みするような人じゃなかったはずなんだけど。こんな嫌われている理由が、俺には分からん」

 

 

 昔はそこそこ仲が良かった記憶はあるんだが、それこそアイと関わり始めたあたりから、険悪な関係になっちまった。

 会うたびに嫌味を正論に包んでネチネチ言い始めるから、俺としてはあまり関わりたくはないんだよね。かと言って、アイに敵意を向けることは一切しなかったので、放っておいている現状である。

 

 まぁ、この前の件は苦情入れたけどね。

 正論突きつけられて返り討ちにあったけど。

 

 

「どうして、こうなったんだろうなぁ……」

 

 

 俺と次期当主候補との関係。

 改善に向けて考えてはいるが、特に案は見つからない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「………」」」

 

「咸君、そんな複雑そうな顔してどうしたの?」

 

「いや、知らないことが幸せなこともあるんだなって、再認識しただけの話です」

 

 

 

 




【島津 桜華】
 今作の主人公。次期当主候補の説明だが、()()()()()()()()()()()だけの話である。

【星野 アイ】
 今作のヒロイン。転生者。今後は演劇サークルにも顔を出すようになる、アイの演技にサークルメンバーが脳を焼かれ、アイの惚気話に新納先輩は脳を焼かれる。

【星野 愛久愛海】
 原作主人公。転生者。双子の兄。最初は新納先輩に「うほっ、イイ男」認定されるが、ルビーの話を聞いて撤回される。自身の好みより、兄妹のイチャイチャで飯を食うことが最優先と聞いて、ある意味ではルビーの恋愛感情に助けられる。

【星野 瑠美衣】
 ↑の双子の妹。転生者。オネェの友人を得る。

【黒川 あかね】
 劇団『ララライ』の元エース。実は新納先輩が一番注目している少女。あの咸とどんなイチャイチャラブラブを繰り広げられるのか楽しみらしく、陰ながら応援される。


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113.鬼の居ぬ間に馬鹿話

 ネタ回です。
 下ネタ注意……ですかね。よく分からないです。
 感想お待ちしております。





 癖は不滅です(`・ω・´)


 アイは時々だが双子宅(隣号室)に遠征することがある。

 大体の理由はルビーと一緒に寝るためである。空白の時間を埋めるように、母親は子とのスキンシップを楽しむのである。アクアは基本的に巻き込まれる前に避難するのだが、今回は逃げられなかったようで、星野家3名で川の字で寝てるのだろう。あんま連続して逃げるとアイが悲しむからな。推し(母親)には勝てねぇんだよ、アイツ。

 部外者の俺は、家で一人スヤァすることにしよう。

 いや、一度だけ巻き込まれたけど、あの場違い感は尋常じゃないからな? 川の字+αで横から順にアクア、ルビー、アイ、俺で寝てみたけど、もうホントに二度と寝たくないと思った。彼女らが嫌って話ではなく、彼女らの昔話や思い出話に相槌を打つしかない状況が、単純に針の(むしろ)なのである。

 

 俺は目が死んでたもん。

 そんでアクアも目が死んでたもん。

 母娘が嬉しそうだったので、自分の本音は表に出さなかったけどね。男共は。

 

 話を戻そう。

 深夜の自宅には俺が寂しく一人のみ。

 つまり──

 

 

「俺としては『ラストオリジン』くらいの大きさがいいと思うわけよ」

 

『あれムチムチ通り越して人体の冒涜なのでは?』

 

「はーっ、これだからツルペタボディ信者は」

 

『……ノーコメントでお願いします』

 

 

 宴の始まりである。

 通話で駄弁りながら、男子高校生らしい下世話な話で盛り上がるのだった。話をする内容もR18周辺が多く、高校生1年生的には法的にアウトだが、俺たちは法的に一番やっちゃいけないこと(殺人罪)をやっているので、全然気にしない。

 

 

「PCでR18版やってるけど、もうね、凄くエッチ。目の保養になってる。視力上がる。これ見てると明日も頑張ろうって気になってくる。欠点は、普段だと周囲の目があって絶対にできない点だけど」

 

『……なンだろなァ。非童貞なのに、言葉の節々に童貞っぽさが出てンのは何なンだ?』

 

 

 兼定の疑問に俺は苦笑する。

 それを内心『カミキ=導春現象』って呼んでる。言動が明らかに童貞臭いのに、身体は何故か肉体関係を持っていることの意である。

 ……そう考えると今のカミキって凄いよなぁ。俺が同じ立場だったら、発狂する自信があるぞ。最初はカミキに転生した立花のオッサン可哀想って思ったけど、もしかしたら想像以上に相性が良かったのかもしれん。

 カミキヒカルと相性がいい。罵倒かな?

 

 

「つか非童貞らしい発言って何だよ。どっちかって言えば、お前の方がチェリーなボーイやんけ。こちとら暇あれば被捕食者やってんねんぞ」

 

『後者は自慢げに言うことではないのでは?』

 

 

 芸能界の男女間では肉体関係すらもコミュニケーションとして扱われると、他芸能関係者から聞いて絶句したものだが、このドスケベ性欲モンスターから直に襲われていると、よくもまぁこんなん相手にできるなって、呆れを通り越してもはや感心してしまう。男共は絶倫の集まりか?

 ──と、アイの性欲モンスターっぷりを愚痴ったところ、カミキヒカルから「え、知らん……何それ……怖っ……」と返された。俺も「え、知らんの……? 何それ……怖っ……」と返しといた。

 

 というか、複数の女性と関係を持つってのが、俺の感性からピンと来ないんだよなぁ。それは俺がガキだから理解できないのかもしれない。大人になったら共感できるのだろうか? それとも単純に経験がないから?

 じゃあ経験積みに夜の街に繰り出そうものなら、いろんな要因で俺は死ぬんですけどね。

 

 

『あァ? ソッチの経験の有無でしかマウント取れねェのか? 童貞なんざ、適当に風俗行けば簡単に捨てれンじゃねェか。ハッ、だったら明日にでも捨ててやらァ』

 

 

 兼定はケラケラ嗤う。

 非魔法使いの道を歩もうとするなら、極論言えばそうなるよな。身内にもそういった店を経営している奴がいるってのは知っているから、本来なら年齢的にアウトな兼定も大人の階段を上ることが可能なのだ。

 

 

 ピピッ

 

 

『ンぁ? 何の音だ?』

 

「楽しかったぜ、お前との友情ごっこ」

 

 

 まぁ、自身の童貞が、自身の意志で捨てられると思っているのはお笑い種だが。

 

 

『あぁ、今の兼定の発言を録音しただけですよ。それで某グラビアアイドルにLINEで音声データを送って差し上げただけの話です』

 

『バッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッカじゃねェの!?』

 

「馬鹿はお前だよ。寿 兼定」

 

『勝手に婿入りさせンじゃ──あァ、クッソ! LINEの通知と着信音が止まらねェンだが!?』

 

 

 いやぁ、これほど自身が未成年であることを呪ったことはない。成人していれば、ワイングラスに赤ワイン注いで、愉悦を楽しみながら嗜んでいただろうに。

 俺、酒弱いけどね。薩摩一弱いと自負してる。

 

 律儀にも通話をミュートして着信に出ていった兼定に、俺はニヤニヤを抑えきれなかった。見知った友人の恥ずかしい方面での新しい発見は、いつ見ても笑ってしまう。

 

 

「……あんだけ悪態付きながらも、電話には出るの微笑ましいなぁって思いました。まる」

 

『彼も必死ですからね。電話出なかった場合、彼女来ますし』

 

「え、来るん?」

 

『恋する乙女の行動力が、どんな惨劇を産むのか。それは桜華が一番よく理解しているでしょう』

 

 

 確かに心当たりしかない。

 そして、寿さんからしてみれば、自身の初恋の人が、どこの馬の骨かも分からない女で初体験を雑に終わらそうとしているのだ。咸が「考える限り最速で鹿児島に到着する方法で、即座に来ますよ」と断言するのも納得がいく。

 咸の考察に舌を巻くが、経験談だと言い放った。ヤリチン野郎の噂が流れれば、失望してくれるのでは?と思ったらしい。おまっ、悪手にも程があるぞソレ。

 

 

『そういえば、ここに居ない種子島家の面汚しはどうしました?』

 

「動画配信で忙しいんだとよ。今ちょうど、MEMちょさんと雑談コラボを生配信してる」

 

『身内以外とのコラボに消極的だった彼が、ですか? え、ちょっと待ってください。え? ……え? もしかして……もしかしたりするんですか?』

 

「どうなんだろ? 生配信見ながらずっと駄弁ってたけど、感覚的には女友達と接している感は否めないんだよなぁ。でも、ここまで身内以外と距離が近い未来は初めて見た」

 

 

 アイに対しても警戒心を解くのに時間がかかったことを踏まえると、MEMちょさんとの距離の近さは異常と判断せざるを得ない。喜ばしいことであるのは確かだが、彼が彼女にどのような感情を抱いているのか、その真意を測りかねている状況である。

 何でもかんでも恋愛感情視点で見るのは良くないと思うが、これは……どうなんだろう?

 

 

「とりあえず、うちの馬鹿とコラボしてありがとうの意を込めて、赤スパ(1万円以上)をお布施として連打しておこう」

 

『さっきからコメント欄で流れてる赤スパって桜華です?』

 

「そうだぞ。財布ん中ZEROになったけど」

 

『控えめに言って馬鹿ですか』

 

「大丈夫。これ資金源は種子島家の予算だから」

 

 

 これが未来の配信枠だったら絶対にしない。これ、MEMちょさん枠での生配信なので、心置きなく種子島家の予算が溶かせるものだ。

 

 

『──クソっ、最悪だ……』

 

「おかえり。大丈夫だった?」

 

『……冬休みって何月何日からだァ?』

 

 

 そこがタイムリミットなんやなって思いました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「咸のロリコン話が、今日は少ないよな」

 

『えぇ、真後ろにあかねがいますからね』

 

「……え、いるん?」

 

『微笑んで立ってますよ。言論の自由は存在しな

 

 

 

 





みなみ「兼ちゃん。風俗にお金なんて払わんくてもええから」

兼定「ンなのオレの勝手だろうが」

みなみ「……うん、明日の昼には鹿児島に行ける」

兼定「……ちょっと待」

みなみ「……嫌やもん。兼ちゃんと最初にするのは、うちやもん」

兼定「自分が芸能人として、そこそこ名が通っていることを少しは自覚したらどうなンだ!?」

みなみ「今からLINEで写真送るさかい、好きな下着選んで」

兼定「勘弁してくれ……」



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114.有馬氏

 ネタ回です。
 ようやく原作主要キャラの最期の一人が名前だけですが出てきましたね。今何話だと思ってるんだ?
 感想お待ちしております。


 あんまり俺自身に関係ないから放置していた感は否めないが、鹿児島で漫画が原作の舞台が行われることになる。アルバイトでも金の流れを眺めるだけなので、俺個人としては関わることがないのだ。そのため、その舞台化される作品の中身も、出演者も、何なら公演日とかも含めて、俺は何一つ認知していない。

 知っているのは原作の作者の名前のみ。

 島津 忠影(ただかげ)──現当主殿の子息であり、次期当主候補である。

 

 俺がそれにあまり興味を持っていないのは、今回の舞台における資金の流れは次期当主の個人的なものであり、島津家そのものはほとんど関与していない点にある。俺も舞台化における話の流れは全く分らんが、カミキヒカルとの交渉すらも次期当主が行っていたので、島津家が気にすることは舞台化における地域活性ぐらいなものだろう。

 というか、本当に舞台化の話含め、現当主殿に話が行っていないのには驚いた。なので、現在進行形で島津宗家では親子間の大乱闘スマッシュブラザーズが行われている。

 プチお家騒動である。今日も島津は平和です。(白目)

 

 舞台関連に俺が興味を持ってないこともあり、カミキヒカルの動向を監視する以外に動こうとは思わず、このまま舞台化されるのを、内容も知らず終わるのだろう。

 このときは、そう思っていた。

 

 

「………」

 

 

 俺の仕事をアクアが覗いてくるまでは。

 俺のPCには鹿児島に滞在するであろう出演者の一覧が映し出されていた。神木プロダクション鹿児島支部とかいう特級呪物がまだ開業していないので、ホテルを手配することになったのだが、それを俺が担うだけである。

 本当はずいぶん前に別のホテルを予約してたんだが、そこが潰れた関係で急遽俺が手配する羽目に。とりあえず天文館周辺の良さそうなところに予約しておくかと、男女比率を計算していたところ、宝石兄がアイス食いながら覗いて来たのだ。

 もちろん俺が買い溜めたアイスである。

 

 

「どしたん。なんか気になる出演者おるん?」

 

「……いや、錚々たる面子だな」

 

「そうなんだ」

 

「そうなんだ、って……。さすがに不知火 フリルとかの有名どころとかは知ってるだろ?」

 

「全然。それって野口 た〇お(たくちゃん)より有名なの? 逆に聞くけど、俺がそこら辺に詳しいと本気で思ってる?」

 

「一般常識レベルの有名人なんだが」

 

 

 遠回しに俺が常識ないと貶してない?

 うーん、正解。

 

 

「テレビとか地元のニュースしか見ないからな。『てゲてゲ(ローカルバラエティ番組)』とか『どーんと鹿児島(ローカルニュース番組)』とか。もしかしたらアイなら知ってるのかもしれないけど、少なくとも俺は顔と名前が一致できるほどは知らん」

 

「そうか……?」

 

 

 芸能界に近しい人間であったアクアにとって、芸能情報を全くと言っていいほど把握していない俺は、埒外の存在なのだろう。兼定は俺と同じ知識量だと思われ、未来はネット界隈なら知っているかな程度。恐らく、アクアの話に相槌を打てるのは咸ぐらいだろう。

 一度だけ黒川さんから有名人関連の話を振られ、薩摩組が宇宙猫して以降、まったくと言っていいほど話題を振られなくなったぐらいだからな。

 

 だって知ってたって薩摩民には関係ないもん。

 どうせ鹿児島に来ねぇし。

 

 

「………」(少し前を振り返る)

 

 

 最近よく来るようになったな。

 やっぱり知っとくべきか?

 

 顔面偏差値ぶっ壊れの芸能人メンバーと夏休みを過ごしたことを回想していると、いつも澄ましたツラしているアクアの表情が動く。

 とある名前を見ての発言だった。

 

 

「有馬、かな」

 

「ん? ──この人か。知り合い?」

 

「あぁ、子役していた時に共演したことがあるし、陽東高校の芸能科に在籍してた。少し話をしたことはあるけど、それっきりだったな」

 

「ふーん」

 

 

 有馬……有馬、ねぇ。

 どっかでか聞いたことのある苗字を吟味しながらも、おそらくは無関係であろうと俺は思考を捨てた。島津よりはありふれた名前だし、まさかまさかね。

 

 なんて、名前だけで警戒しようとしている自分を嘲笑っていると、一般通過ルビーが俺のPCを覗き込み、アクアと同じように反応を示した、アクアより分かりやすく「あっ!」と声を出していたので、俺みたいな鈍感でも気づいた。

 

 

「もしかしてロリ先輩も鹿児島来るの!?」

 

「ろ、ロリ先輩?」

 

 

 なんだその咸が四足歩行で進撃しそうな名前の先輩は。

 

 

「小さい時にお兄ちゃん先生と共演したことのある先輩だよ。陽東高校で再会したんだけど、ちょくちょくお兄ちゃん先生にちょっかいかけてたなぁ。最後らへんは仕事が忙しかったらしくて、あんまり顔すらも見なかったけど」

 

「子役時代ねぇ。なんのドラマ?に出てたのか気になるなぁ」

 

「あ、それとママのことを『へったくそな演技してたんじゃないの?』とか『媚びを売るのだけは上手』って言いやがった気がする」

 

「……ほう」

 

 

 ルビーが言っているのは、前世のアイの話だと思われる。もしかして演技はそこまで得意ではなかった……とか? いや、アクアが子役時代ってことは齢16以降のはずだし、普通に考えてアイが19~20歳の話のはず。でも、マルチタレントとして活躍してたって聞くし、そんな酷評されるような演技力じゃないはずなんだよなぁ。どうなんだろう?

 え、そのロリパイセンに何か思うことはって?

 幼少期の失言をとやかく言うわけないだろ。()()()()()()()

 

 

「そこまで言うからには、さぞかし有名だったんだろうなぁ」

 

「あぁ、本人もそんなこと言ってたね。えーっと、『重曹を舐める天才子役』だっけ?」

 

「『()()を舐める天才子役』!?」

 

 

 アクアが「10秒で泣ける天才子役、な?」って言ったらしいが、俺の耳までは届かなかった。幼少期から銃創舐める戦闘狂(バトルジャンキー)な天才子役ってコト!? どう解釈しても、絶対にカタギじゃねぇだろロリパイセン。

 えぇ、そんで神木プロダクション所属なんだろ? 立花のオッサンが手元に置いているってことは……え、もしかしてマジで()()なのだろうか?

 

 

「あと! すっごく口が悪く……て……ね?」

 

「なぜに疑問形?」

 

「……いや、物凄い毒舌な先輩だったなーって思ったけど、こっちにも口悪い不良とマイペースがいたなって思うと、ロリ先輩の方がましだったって思って」

 

 

 サッと目を逸らしたルビーの発言に、俺は不良(兼定)マイペース(未来)のアホ面を連想させた。失礼無礼関係なく口にする未来は言わずもがな、ルビーと兼定って相性が悪いので、何かあると口論しているような気がする。相性が悪いんだろうね、根本的に。

 それに比べたら、ロリ先輩の毒舌は幾分かマシと彼女の中で結論に至ったのだろう。

 アクアも少し考えるそぶりを見せ、「芸能人として生きづらそうな毒舌家だが、お前らの暴言に比べたらマシ」とお墨付きをもらった。嬉しくはないが、言い返せるほどの材料はなかった。

 

 

「まぁ、鹿児島に来ることは確定してるし、どうせ知り合いなら会いに行ってみたら? 要望なら上に話付けとくが」

 

「仕事で忙しいだろうし、俺たちに構ってる余裕はないと思うぞ」

 

「そう? アクアがそう言うんなら別にいいけど……」

 

 

 まさか、そのロリパイセンから突撃してくるとは思わないアクア少年だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、この有馬 かなさんが、肥前(長崎・佐賀)の有馬家の末裔説が浮上してきたんだけど、そこんところどう思う?」

 

「確か有馬氏は転封で越前越後辺りに流されてましたよね? 銃創を舐める発言も踏まえると、可能性はゼロじゃないかと思われます。鹿児島に来るのも、何か思惑があって……?」

 

「そうなると厄介ごとだな。警戒はしとくか?」

 

「か、かなちゃんは、そういうんじゃないと思うけど……」

 

「じゃあ違うか」(手のひらドリル)

 

 

 黒川様がそう仰っているのであれば大丈夫だろう。

 

 

 

 




【肥前有馬家】
 鎌倉時代から続く名家。戦国時代では龍造寺家が南下してくる際に、島津家と共同戦線で撃退した歴史(沖田畷(おきたなわて)の戦い)がある。以降、岡本大八事件等の様々な要因で越前越後へ転封になったりしてる。島津的には肩を並べた戦友ではあるが、豊臣の九州征伐時は恭順しやがった歴史もあるので、要警戒対象である。


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115.変態からの誘い

 さぁて、こっから動きますよ回です。
 アイ視点です。対戦よろしくお願いします。
 感想お待ちしております。






 キャラを生かしきれてないとご指摘頂きました。
 いやはや、全くもって仰る通りです。どうしても『主人公とアイが主軸の物語』である点と『一人称視点の地文』の関係で、登場人物が多くなった現状を処理しきれてない感が、執筆している側の自分でも理解しております。
 原作キャラ視点を増やせばいいだけの話なんですが、そのキャラをインストールしないと書くのが難しいのがもどかしいです。やってることは原作黒川さんのそれです。なんとかキャラが埋もれないよう努力する所存です(`・ω・´)


 珍しくオーカがスマホを忘れていた。

 愛しの彼はアクアとルビーを連れて買い物に行っている。最初の頃と比べると、オーカと二人はすっかり仲良くなったので、私としてはとても嬉しい。

 私は彼のベッドの上に無造作に置かれたスマホを持ち上げ、何の通知も着ていないことを確認する。私がいつも見るスマホじゃないので、おそらく仕事用なのかな? 何かあれば私がオーカに連絡すればいいだけの話だし、問題はないと思う。

 

 

「………」

 

 

 これ、勝手に中身を見たら怒られるかな?

 誰もいないことは分かっているはずなのに、一度だけ周囲を見渡して確認し、再度オーカのスマホの画面と睨めっこを始める私。

 

 別にオーカの浮気を疑っているわけじゃない。ないったら、ない。仕事用のスマホなんだから、仕事に関係のある人の連絡先しか入ってないのは知っている。

 ……もしかしたら、逆に仕事用で連絡を取っている可能性もあるけど、一緒に過ごしてきて分かったことがある。彼は多分、二股ができるような器用な人間じゃないってこと。これにはナデコちゃんも同じことを言っていた。

 

 

『──桜華が浮気? え、やりやがったの?』

 

『ううん。でも、ナデコちゃん含めて、最近のオーカの周りって綺麗な女の子が増えてきたから、ちょっと心配になっちゃって』

 

『あぁ、そういうこと? じゃあ、()()()()。逆に本当にするのなら見てみたいレベルだわ。そもそもの話、あの嘘がド下手な男が浮気しようものなら、あなたが真っ先に気づくと思うわ。それぐらい態度に現れるわよ、アレ』

 

『そう、かな』

 

『アイさんが心配になる気持ちも分かるの。名家の御曹司だし、性格も悪くはないし。でも、これは他の馬鹿共にも言えることなんだけど、あの連中って想像以上に他の女への興味がないわよ。確かに、身内としての情はあるかもしれないけど、それ以上に発展するとは思えないわ。それに……』

 

『それに?』

 

『ここにスタイル抜群の超絶美少女がいるのに、その私に向かって暴言吐くような連中よ? 意中の相手以外に興味を示すわけがないわ』

 

『……ソウダネ』

 

『言いたいことがあるのなら、遮蔽物のない場所で両手を挙げて述べなさい』

 

 

 けど、おっぱい大きい娘のことはガン見してるよね?って思わなくもなかったけど、「(馬鹿)の性ってやつじゃない? いや、私も女だから詳しいことは分からないけど……」って、私の軍師は言ってた。それなら仕方ない……のかな?

 あんまり面白くないから、搾り取る口実にさせてもらうけど。

 

 

「………」

 

 

 でもスマホは気になるなぁ。

 パスワードはみっちゃんから聞いてるから知ってるし。

 

 スマホを持ちながらうんうん唸っていると、急にオーカの仕事用のスマホが鳴り響いた。思わず投げ出しそうになるくらい驚いたが、何とか落とさずに済んだ。ちょうど欲に負けてパスワードを解除しようとしていただけに、心臓が今でもバクバクして止まらない。

 無断で他人のスマホを見ようとした罰なのかな?って思った。

 

 気を取り直して、連絡してきた人の名前を見る。

 自分に分かる人だったらいいけど、分からなかったとしてもオーカに報告しなきゃいけないよね。仕事の話だろうし、きっと重要なことに違いない。

 私はスマホの画面を見

 

 

 

 

 

『立花/カミキ』

 

 

 

 

 

 即座に赤い拒否ボタンを押した。

 脊髄反射の行動だった。

 

 勝手にしちゃいけないことは分かっていたが、それよりも生理的嫌悪が勝っての行動だった。仕事用にアレの名前が入っていることにも驚いたけど、今度の舞台が……って話をしてた気がするし、おそらくそれの事だと思う。

 でも、オーカって舞台にあまり関わってないよね?

 どうしてアレから電話が来るの?

 

 なんて考えていると、また同じ奴から電話がかかってきた。

 とりあえず赤いボタンを押す。

 それを3.4回繰り返して、あまりにもしつこかったので、5回目くらいで渋々電話に出るのだった。この際だから、オーカにちょっかいをかけないように釘を刺しとかなきゃ。

 

 

『──おぉ、今回の着信拒否回数は少なかったではないか、島津少年。どういう風の吹き回しかな? まぁ、いい。舞台の件についてだが……』

 

「オーカは不在なので、人生を改めてから連絡してくださーい」

 

『……ん? もしかしてアイ君かね?』

 

 

 まさか即切りをオーカもやっていたことに少し驚いたけど、彼と同じことをしていたという事実に、少しうれしくなったのは内緒だ。

 顔を若干ニヤけさせつつも、通話相手に塩を撒く。

 それで退散させられるような相手じゃないのは知っているけど。

 

 

『……この際だからちょうどいい。アイ君も無関係ではないだろうから、君にも話をしておこうか。こちらから話ができないと思っていただけに、僥倖とも言えるだろう』

 

「私から用事はないんだけど」

 

『悪い話ではないから聞きたまえ』

 

 

 コレと話をすること自体が悪いことだけど、私が無関係じゃないという点が少し気になった。

 

 

『君は今回の舞台に関して、どれほど知っている?』

 

「当主様の息子さんが原作の舞台ってこと。鹿児島でやるってこと」

 

『……ふむ、ほとんど知らないのだな』

 

 

 思わずムッとしてしまったのは仕方ない。

 だって、私は関係ないし。オーカもあまり関係ないから、知らなくてもいいじゃん。

 

 

『島津少年に相談しようと思っていたのは、今回の舞台に関してのことだ。劇団『ララライ』の若きエースとまで言われた黒川君と、君の息子であるアクア少年へのオファー……と言えば理解できるかね?』

 

「は? どうしてアクアがあなたの仕事を受けさせなきゃいけないの?」

 

 

 あかっちの出演はみっちゃんと決めるだろうから、私が気にすることじゃない。でも、アクアをこの変態に預けるのだけは納得がいかない。

 そのため、後半は語気を強くしての言葉だったけど、コレには何の牽制にもならなかった。

 

 

『勘違いしないで欲しい。このオファーを受ける受けないは、アクア少年が判断するべきことだろう。私が関与する舞台故に、アイ君が面白くないのは重々承知している。しかし、あくまでも拒否権は君の息子にあるのは理解してほしい』

 

「む……」

 

『駆け出しが仕事を得ることの難しさ、よもや君が知らないとは言わせないぞ。アクア少年が将来どの道を歩むのか分かりかねるが、役者を目指すのであれば良い経験になると思うがね。それを君が潰してしまっては、元も子もないと思うが?』

 

 

 悔しいけど、コレが言うことは正論だった。

 関わらせたくない気持ちは強いけど、役者を目指すのであれば、今回の件は受けるべきなのは私でも分かる。その貴重な機会を私がふいにするのは良くない。

 

 渋々、本当に渋々ながらも、私は「……アクアに聞いてみる」としか返せなかった。変態も、それに了承するだけだった。

 

 

「で、アクアに何の役をやらせようと思ってるの?」

 

『とりあえずは……私役でもしてもらおうと思っている』

 

「は?」

 

 

 この変態は何を言っているのだろう。

 

 

『……あぁ、そうか。君は何も知らなかったのだな。……もしかしたりするのだが、今回の劇をアイ君は見に来る予定はなかったのかね?』

 

「あなたに関係する劇を見に行くつもりは全然なかったけど」

 

 

 でもアクアが出演するのなら見に行く。絶対に行く。

 そのつもりで言葉を返したが、コレは「もったいない。それは非常にもったいない」と、わざとらしく言葉を弾ませた。若干イラッときた。

 

 

『私役……と言っても、正確には『立花 導春に近いキャラの役』と表現した方が正しいのだろう』

 

「救いようのない変態役?」

 

『おとめ座の心はガラスだぞ』

 

 

 通話先の奥にいる変態は、困ったような声色で、それでも確かに言葉をつづけた。

 

 

『アイ君は一度だけでも原作に目を通しておくといい。舞台をより完全に近い完成を目指すためにも、私としてはアイ君の協力を仰ぎたいのでね』

 

「私の?」

 

 

 変態が何を言いたいのか理解できなかった。

 しかし、続けて発せられる言葉に、私の興味は完全に傾いたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『今回の舞台の主人公は──島津少年だぞ?』

 

「は?」

 

 

 

 




カミキ「かな君、そんなにカレンダーを見つめても、鹿児島に行くのは再来週だぞ?」

かな「ふぇっ!? わ、分かってるわよ!」

カミキ「……本当かね?」

かな「あ、当り前よっ!」

カミキ「(スーツケースまで用意してある状況で、その言い訳は苦しいと思うが)」

カミキ「(まぁ、面白いのでヨシッ!)」


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116.水と油

 シリアス回?です。
 ようやく登場しました。構想的には50話くらいでキャラ決まってたんですけどね。
 感想お待ちしております。


 休日を利用して、星野一家+αは島津宗家の本拠地へ足を運んだ。ここに来るのはアイは何回か、そして双子は今回が2回目ではあるが、その明治・大正時代の疑似西洋式の物件を物珍しそうに眺めていた。最初はウチの実家のような武家屋敷を想像していたらしいが、島津の名とあまりにも()()()()()建物に混乱したとかしなかったとか。

 俺としては馴染みのある家づくりなんだけどね。

 この島津宗家の自宅も西洋大好きおじさんこと島津 斉彬(島津家28代当主)の影響を受けている。

 

 自宅前で税所夫妻と合流した。

 これだけでも、今回島津宗家を訪れた理由は察せられるだろう。ちなみに当主殿は不在であることは明言しておこう。

 余談だが、今回正式に呼ばれているのはアクアと黒川さんの2名のみ。呼ばれてない俺以外は付き添いとして承諾を得ている。

 俺も行くでって言っといた。無視されたけど。

 

 いつものように客室に案内された俺たちは、呼んだ張本人を迎え撃つために事前の打ち合わせをしておく。とは言っても、呼ばれた目的は知らされてないが、アイが変態から聞いた事前情報と照らし合わせると、大方の予想はつく。

 あとは原作者を待つだけだ。

 

 客室のアンティークな椅子に座り、出された飲み物で喉を潤していると、扉が開き、役者経験を呼び寄せた人物が姿を現す。

 凛とした綺麗な顔立ち、本来なら腰まであるだろう長く美しい黒髪を雑に後方でまとめて結い、覚めた瞳を室内の全員に向けている。身長は同世代の女性平均ほど、カジュアルな服装をしているが身体は細身……というか、俺は()()()()()()()()()()の説明をしているのだが、どう頑張っても少女の外見説明っぽくなってしまうのは気のせいだろうか?

 その少女のような外見の少年は、左腕を後ろ腰に回し、右手の甲を俺たち側に向けるような形で掲げる。そして、外見相応のソプラノを響かせながら──

 

 

 

 

 

「──降臨、満を持して」

 

「「「「………」」」」

 

 

 

 

 

 初対面組の思考力を奪っていく。

 俺も説明していて性別が分からなくなってくるが、この少女のような少年は島津 忠影(ただかげ)。天上天下唯我独尊を地で行く、合理主義の権化。そして──島津家全員奇人変人の代表格とも呼べる人物である。

 そして俺のことをめっちゃ嫌っている。嫌っている。室内に入ったときに、全員を見渡していたが、俺に関しては目を合わせようともしなかった。

 

 

「……とてもユニークな御仁だな」

 

「堂々と『島津家ってこんなんばっかか?』って言ってくれてもええんやで」

 

 

 かろうじで意識を取り戻しかけたアクアは、空気を呼んで遠回しに『コイツ頭おかしいな』をオブラートに包みまくって発したが、この人が変人なのは島津家どころか九州全土でも有名な話なので、気を使う必要はないと思った。

 それでもアクアは言葉を選ぶ当たり、やっぱり生前の人生経験の差と言うものを実感する。

 他面子も遅れながらに忠影に挨拶をするが、どうしても登場時のインパクトが頭から抜けないのだろう。それはもうしゃーない。咸も苦笑いをしているし。

 

 対岸の席に着いた忠影は、持ってきた鞄から二枚の書類を取り出し、アクアと黒川さんの前に置く。持ってきた鞄を床に置いて、あのポーズと共に迷言を発したのだから、彼がいかに変人であるのかを物語っているだろう。

 アイ含め県外組に最近紹介する薩摩の民が奇人変人ばかりで、本当に申し訳ない気持ちでいっぱいだった。新納先輩と忠影が島津家変人筆頭みたいなものだから、これ以上のものは出て来ないからね? あとは細々とした奇人変人変態だけだから安心してほしい。

 

 

「………」

 

 

 本当にそうだっけ?と記憶を漁る。

 若干の現実逃避を行っていると、忠影から今日の説明を受ける。

 

 

「時間がないから手短に話させてもらう。私が原作に携わる『機械少女(デウス・エクス・マキナ)は今も笑わない』の舞台化が、ここ鹿児島の地で公演される。その劇の出演オファーの件だ」

 

 

 忠影はアクアを見据える。

 

 

「星野 愛久愛海(アクアマリン)殿、その紙に契約内容が記載されている。目を通してほしい。本来なら事務所経由で依頼するものだが、愛久愛海殿がフリーの為、このような形をとらせてもらった。細かな劇の詳細に関してはカミキヒカル氏に一任している。無論、断るのならそれでもいい」

 

 

 そして、視線を黒川さんに移した。

 

 

「──お供その7259、さっさとサインしろ。私を待たせるな」

 

 

 アクアとの扱いの差が雲泥だった。

 その様子にアイがムッと眉間に皺を寄せたが、忠影はそれに気づいてアイを横目に鼻を鳴らす。

 

 

「不服か、お供その7022」

 

「その呼び方をやめてほしいんだけど」

 

「私の臣下をどう呼ぼうと、私の勝手であろう? 愛久愛海殿……そして、妹の瑠美衣(ルビー)殿の扱いと、お供その7259(黒川 あかね)の扱いが違うのは当然だ。前者は()()であり、後者は島津の者なのだから」

 

 

 これにはアクアも目を細め、ルビーも表情に影を落とす。一見特別扱いにも見えるが、遠回しに「お前らは余所者だから」と言われているのと同義である。忠影は双子を島津の一員として認識しておらず、庇護する存在じゃないと言っているようなものだった。

 俺はようやく口を開く。

 ここまで言われちゃ看過できん。

 

 

「そこまでにしたらどうだ、忠影。そもそも臣下云々の前に、お前まだ当主じゃねぇだろうが。あと、先の発言は俺の家族に対する侮辱か?」

 

 

 忠影は今日初めて()()()()

 読み取れる感情は嫌悪感。憎悪とも呼べるソレは、遠慮なく俺を射抜いた。

 

 

「──あぁ、そうだな()()。まだ臣下じゃないな。貴様のせいで、次期当主の座は決まったものだが。それに、先の発言は取り消すつもりはない。事実しか述べていないだろう? そちらの家族ごっこに、私が付き合う必要性が感じられん」

 

「俺ん子供たちを余所者扱いたぁ、良い度胸だな?」

 

お供その7022(星野 アイ)と、そこの2名の血の繋がりを証明できるのであれば、適切な書類を私の前にもってこい。貴様らの前世の関係なんていう妄言に、私を巻き込むな。まぁ、百歩譲って貴様と鬼島津が()()()身内扱いしているとして、頭が少々よく回るだけの兄と、特筆するべき点のない妹に、有用性を私は感じられんな」

 

「家族に有用性を求めている時点でお笑い草だ。お前にとっては関係ないかもしれんが、俺にとっては家族同然だ。信じる信じないは結構だが、それを無視できるほど俺は非情じゃないんでね。そもそもの話、言葉には気をつけろと昔から何度も言っている」

 

「貴様に私の言葉遣いに関する説教される筋合いはない。迷惑だ。昔の話を持ち出すのなら、貴様とて島津としての責務すらロクに果たせぬ半端者だろう。他がどう思おうとも、私は貴様を『島津』として認めん。だいたい、女にかまけて──」

 

 

 それから数回ほど言葉の鍔迫り合い行ってみたが、両者平行線のまま時間を迎えることになった。まぁ、俺が感情論で話をする一方、忠影は自身の立場を淡々と語っているだけに過ぎないので、決着がつくとは微塵も思っていなかったが。

 客観的に見れば忠影の言っていることは正しいからな。しかし、こちらとしても譲れぬものはある。

 

 忠影は自身のスマホで時間を確認し、話を遮る。

 

 

「時間だ。……チッ、貴様のせいで無駄にした。愛久愛海殿、瑠美衣殿、大したもてなしもできなかったが、これにて失礼する。お供その7259(黒川 あかね)、それに署名捺印したのち、そこのお供その29(税所 咸)に預けておけ」

 

 

 鞄を手に退出しようとした忠影は、去り際に振り返って俺を睨んだ。

 

 

「隣の客室にお供その18……貴様の上司が居る。相手しておくように」

 

「お前それ先に言えよ」

 

 

 締まった扉を睨みながら、俺はため息をついた。

 俺からは特に用事はなかったが、確認しておきたい用事は何点かあったのだ。せっかく対面で話せるのだから、この機会に会っておこう。

 星野一家、税所夫妻に一言断りを入れて、俺は自分の居る客室を出る。

 出ながら──もう忠影との関係修復って不可能じゃね?と思わなくもなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『みっちゃん、あれ何?』

 

『アイさん落ち着いて下さい。目が全然笑ってませんよ?』

 

『もしかしてなんだけど……彼と桜華君って、相当仲悪い? 咸君はなんか知ってる?』

 

『……何と言いましょうか。話すと長くなってしまうんですが、結論から言ってしまえば──』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『──忠影殿は桜華の元ファンの反転アンチです』

 

 

 

 




【島津 忠影】
 島津家次期当主候補。変人。身内には高飛車で高圧的だが、合理主義の権化。主人公に対しては感情的になる。自身の部下を『お供その○○』と呼ぶが、全員顔が一致しているので、その数字を間違えることはない。数字は出会った順。数字が変動することはなく、もちろん番号は故人も含まれてる。


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117.島津の背中

 説明回です。あかね視点です。
 銃創を舐める元天才子役出してぇ。
 感想お待ちしております。



 

 

 ──忠影殿は桜華の元ファンの反転アンチです。

 

 

 その言葉に、私の心拍数は無条件で上がる。

 心当たりがありすぎる言葉に、私は表情を引きつらせながら、隣に座っている咸君の顔を盗み見る。私に微笑み返してくるのを確認し、彼の言葉は()()()()()()発言したものだと理解した。

 いじわるだなぁ、もう。

 

 私の心境を知ってか知らずか、彼は自身の懐から一冊の単行本を皆に見せる。それは今回の話題の中心にある舞台の原作『機械少女(デウス・エクス・マキナ)は今も笑わない』だった。巻数は第1巻。

 彼があまり漫画などを読んでいるのを見たことがなかったので、原作を所持してここに来ているとは思わなかった。

 

 

「忠影殿が著作の漫画『機械少女(デウス・エクス・マキナ)は今も笑わない』……界隈では『デウマキ』と呼ばれている作品ですが、現在第7巻まで出てます。累計400万は突破したとは聞きましたが、そこそこ人気のあるバトル漫画と言っても良いのではないでしょうか?」

 

「それは十分ベストセラーと言え……待て。島津家次期当主候補で、数百万のベストセラー抱える漫画家も兼業しているのか?」

 

「時間を効率的に使うのが上手なお方ですから」

 

 

 アクア君は絶句する。

 それは私も同じであり、到底真似できるようなことじゃないのは明らかだったから。

 

 

「話を戻しましょう。大まかなあらすじを一つ。『デウマキ』は架空の現代日本を舞台にした、王道……とは言い難いバトル漫画となっております。主人公の所属する『黒十字(くろじゅうじ)』、ライバルが盟主の『杏葉(ぎょうよう)』、ヒロイン格の一人が所属してた『日足(ひあし)』、この3勢力の抗争を中心とした物語となっています。今回舞台化されるのは、現段階で主人公最大の見せ場とも呼べる『三州統一戦線』編ですね」

 

「ゴメン、固有名詞ばっかりで覚えられない……」

 

「ルビーさん、そう難しく考えることはないですよ。だって──『デウマキ』の7割方はノンフィクションですから」

 

「えっ」

 

 

 咸君は漫画をペラペラ捲りながら語る。

 

 

「この作品は九州の島津・大友・龍造寺の勢力抗争が元ネタの作品なんです。なんかファンタジーな設定が追加されていたり、一部が性別変わってますが、話の流れは史実準拠と言っても過言ではありません。そして主人公の『ハナ』こそ、桜華がモデルとなっています」

 

「……えっと、あの人ってオーカのこと嫌ってるよね? なのに、オーカが主人公のモデルとして漫画を描いているのはおかしくないかな?」

 

「普通ならそう思いますよね、アイさん。原作の時系列で話をすると、アイさんが桜華と出会う前──桜華が『完璧で究極の島津』を演じていた時代の話なんです」

 

 

 今でこそ穏健(当社比)で温和(当社比)な桜華君だけど、当時の彼は平常時と戦闘時の温度差が激しい人間だったと咸君は語る。まさに『日常と死が同居している』を体現していた人物だった、と。

 自身はそこまで武勇に優れているわけではないと笑い、上を敬いながらも下に手を差し伸べる心優しい少年。反面、敵と定めた相手には一切の容赦はせず、使える手は何を使ってでも首級を捥ぎ取る『首狩り』を冠する少年。そこに強弱は関係なく「()を獲れるか否か」を追求し、死をも恐れぬ薩摩武士の姿だったと口にした。

 

 その語りにアイちゃんは自身の握り拳を包むように、何かに耐えるように耳を傾けていた。ルビーちゃんはそんな自身の母親の様子に戸惑いながら、桜華君の『死』の部分に怯えた表情を見せる。アクア君も顔色を変えずに聞いているけど、アイちゃんの様子を気にしている。

 私も前者(普段)の桜華君しか知らないので、後者の部分がどうしても想像ができない。

 そんな私たちの様子を見て、同情するような笑みを浮かべる。

 

 

「皆さんには中々に受け入れがたい話でしょう。ですが、当時の桜華はまさに、現役アイドル時代のアイさんに似たような存在だったんです」

 

「……どういう、こと?」

 

「彼もまた、幾多の薩摩武士の脳を焼いて来た罪深き男……ということです。私個人の見解としては、彼に『王』の器はなくとも、『将』の器はありましたからね」

 

 

 どのような劣勢であろうと──否、劣勢であるからこそ、笑いながら陣頭に立ち、下々に自身の背中を魅せ、死など気にもせず敵地に特攻し首級を挙げる。薩摩武士の在り方を行動を以て示す桜華君(アイドル)に、島津の者(ファン)は魅了されてしまったのだ、と。

 そして、忠影さんも脳を焼かれて──ファンになってしまった一人だったのだ。

 

 

 

 

 

『あー、あばら骨何本かやったなこりゃ。んで、包囲されたと。最っ悪』

 

『しっかし、奴さん正気か? 島津武者ってのは、劣勢の戦でしか勝てん生物だって小学校で習わんかったのかな? これが義務教育の敗北か』

 

『まぁ、いっか。ちょうど、龍造寺新四天王(5人)とかいう馬鹿げた存在が目障りだったんだ。四天王なのか、5人なのか、どっちだよ。仕方ない、四天王で統一させてやろうぜ』

 

『──敵は精強、龍造寺四天王が一人。相手にとって不足なし』

 

『目指すは大将首、ただ一つ』

 

『──総員、食い破れ。死するは今ぞ』

 

 

 

 

 

「桜華が戦場に大将として赴いたのは計7回。その全てにおいて、大小関わらず首級をあげているんですよねぇ。味方であれば頼もしいですが、同時代に敵として生きるには、これほど厄介な存在はいません。そして──忠影殿は、桜華の勲功の生き証人なんです」

 

 

 漫画のヒロインも主人公に従事し、主人公のサポートをしながら、彼の活躍を見守っている描写がある。

 

 

「あ、ちなみに『デウマキ』のタイトル名にもなっているメインヒロイン的キャラは、忠影殿自身がモデルです」

 

「「「「………」」」」

 

 

 なんか聞いちゃいけないことを聞いた気がする。

 

 

「忠影殿にとって桜華は『島津の体現者』であり、自身が仕えるべき(アイドル)だったんです。実際、最初はそう明言してましたからね。けれども、桜華が当主候補争いから自ら降りて……あんな感じになってしまったんですよ」

 

「……それでも、漫画を描き続けるんだね」

 

「私も最初は、当時の桜華の記録を残すための名目として書いているものだと思ってました。しかし、最新話を読んでみると、そうじゃない気がしてくるんですよねぇ」

 

「咸君、それはどういうこと?」

 

「作者自身が『主人公とメインヒロインはくっつかない』と言ってますし、主人公とイイ感じのヒロインは──どう見てもアイさんがモデルっぽいんですよね」

 

「え? 私?」

 

 

 突然出てきた自分の名前に、目を丸くするアイちゃん。

 登場時は賛否両論あったアイちゃん似のヒロインだったが、彼の描写手腕のお陰もあってか、今では人気ヒロインになっているのだとか。

 忠影さんの情報が圧倒的に少ないので断言できないけれど、今の情報量だと彼が何を考えているのか、全く分からない。過去の桜華君を崇拝しているように見えて、なのにアイちゃんを自身の作品に登場させている……咸君は過去の桜華君を遺そうと考察していたけど……途中で目的が変わった?

 もっと情報が欲しいなぁ。

 

 

「結論から言いますと、忠影殿は桜華にクソデカ感情を抱いているってことです。桜華のみ、彼は名前で呼びますし。今がどんなに憎かろうと、何かと仕事を任せたりとかしているので、心の底では信用はせずとも信頼はしているんじゃないでしょうか? 桜華も文句は言いながらも仕事はこなしますので、あの二人の喧騒は島津のBGMだと思っていただければ」

 

「BGMとして聞き流すのに苦労しそうだな」

 

 

 アクア君の一言に、私含めて全員が縦に頷くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「え、待って。自分モデルのヒロインって、もしかしてオーカ狙われてた?」

 

「あ、それはないです。本人曰く『解釈違い』だそうで」

 

 

 

 




機械少女(デウス・エクス・マキナ)は今も笑わない】
 王道(?)バトル漫画。現代風日本の三つ巴の勢力抗争を舞台とした作品。今回舞台化されるのは『三州統一戦線』編。これは本編で桜華の台詞が元ネタの『陣中突破』のシーンも含まれる。他にも『ベイクドモチョチョ内紛』編とかも人気。







ルビー「余所者、かぁ」

アクア「まぁ、相手側の言い分は正しいな。俺たちはただの一般人だ。この弱肉強食の世界じゃ、お荷物扱いされても文句は言えない」

ルビー「……そうだよね、私たち何もできないし」

ルビー「………」

ルビー「………」

ルビー「……?」

ルビー「……うーん……ん……ん?」



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118.理不尽な説教

 ネタ回です。
 次回、次期当主候補さん視点です。
 感想お待ちしております。



 2023/9/23修正 話数119→118


 アクアのオファーに関しては一旦保留になり、契約書面は自宅への持ち帰りとなった。彼も契約書の裏側まできちんと確認しながら、難しい顔をしていた。演じる力すら道具とみなしていた、復讐の鬼と化していたアクアにとって、今回の件はかなりデリケートなものなのだろう。

 千載一遇のチャンスとはいえ、決めるのはあくまでもアクアである。

 やりたいと言うのであればアクアの肩を押してやろうと思うし、やりたくないのであれば無理強いをさせるつもりはない。それが例え、島津宗家からの要請であっても、だ。

 

 忠影(アイツ)が庇護しねぇと宣うのなら、こっちにも拒否権くらいはあるだろう。

 俺に対しては当たりが強いが、アイツは愚か者ではない。いくら俺が絡んだ案件だろうと、アイツが口撃するのは俺に対してのみである。俺以外には冷静に判断が下せる奴なのは知っているし。

 

 そんな悩み多きアクアを連れて帰宅した星野一家+αだが、帰宅途中に珍しい光景を見ることになった。正確には、アイの要望により書店に立ち寄ったのだ。俺が買った電子書籍しか読まないイメージがあった一番星が、まさか自分で書物を購入する日が来ようとは。

 なんて思ってたけど、買ったのは『機械少女(デウス・エクス・マキナ)は今も笑わない』……世間では『デウマキ』なんて略称されているらしいが、それを購入していた。手持ちの現金が足りず、ルビーにカンパしてもらっていたのは微笑ましかった。電子決済、アイの苦手な言葉です。

 

 

「「………」」

 

 

 そして、単行本を1巻から真剣に読んでいらっしゃる。

 アイが先に読み、後からルビーが追い付くように読破していく構図だが、やっぱりアクアが演じる可能性のある舞台の原作は読んでおきたいのだろうか? 気持ちは分からなくもないので、購入に関して俺は口を挟まなかった。

 サブカルチャーに寛容な島津なのであった。まぁ、トップがアレなので不思議じゃないけど。

 

 ……しかし、何だろう、この嫌な予感は。

 それこそ書店を目指す話になったあたりから、俺の警戒アラームが脳内に鳴り響いているのだ。身に覚えがないので、かなり怖いんだけど、コレ。

 

 

「……アクア、なんか嫌な予感がするんだけど、なんか知らない?」

 

「……あー、知らない」

 

「お前絶対知ってるだろ」

 

「強く生きてほしい」

 

「待て、俺にいったい何が待ち受けてるんだよ!?」

 

 

 俺は起こるかもしれない惨事に怯えるのだった。

 

 

 

   ♦♦♦

 

 

 

「それではオーカへの尋問を始めたいと思いまーす」

 

 

 ほらな?

 リビングの机やソファーを端に追いやり、床に座布団2枚が敷かれ、俺とアイは共に正座しながら対面していた。元人気アイドルの黒星がピッカピカで、少なからず怒っていることは容易に想像できた。が、なぜ怒っているのか皆目見当もつかない。

 俺のベッドの端に座っているアクアは目を合わせないようにしながらマンガ読んでいるし、ルビーにいたっては寝転がりながら漫画に夢中である。年頃の女の子が、男のベッドに寝転がるのは大変よろしくないと、パパは思うのです。

 

 

「……えっと、アイさん。俺は何で尋問を受けているのでしょうか?」

 

「自分の胸に手を当ててみて」

 

 

 おめー知ってるだろ?ってことか。

 とりあえず記憶の海に潜って、彼女が怒りそうな要因を洗い出してみる。

 

 

「……アズレン(アズールレーン)で樫野のエッチなスキンを購入した……とか?」

 

「違いまーす。後、その話詳しく」

 

「……川上家の当主(島津家臣)から秘密裏に譲り受けた、巨乳盛り沢山のエロ漫画をベッド下に隠してるのがバレた……とか?」

 

「違いまーす。後、その話詳しく。アクア、ベッドの下を気にしない」

 

 

 アクアは気まずそうに読書に戻った。

 寝転がっているルビーから蹴られてた。

 

 しかし……これも違うのか。なんか知らんけど罪状が増えてしまった感があるけど、最近アイを怒らせるようなことって、これぐらいしかないんだよなぁ。

 もう少し記憶をさかのぼってみるが……これだろうか? これならアイが怒る理由にも納得できるし、わざと隠していたことなので正座させられるのも無理はない。これ、バレちまったか。ってか、これ俺が叱られるだけじゃすまされないんだが?

 

 

 

 

 

「……もしかしてなんだけど、工事現場でカミキヒカルと殺り合ったとき、実はあばら骨を何本か折ってて、密かに通院してたのがバレた……とか?」

 

「──は?」

 

 

 

 

 

 完治したけど、星野一家にバレないように日常を過ごすのは本当に大変だった。馬鹿共と軍師(笑)には看破されたから、いつ気づかれるだろうかと冷や冷やしてたもんだ。

 まさか治った後に気づかれるとは思わなかったんだが、どうやらマジでバレてなかったらしい。それどころか、これは墓穴を掘りましたな。目からハイライトが消えてしまった一番星を眺めながら、自身の過ちを悟るのだった。ルビーの「パパってもしかして馬鹿?」という言葉が俺の胸に突き刺さった。

 

 

「……まぁ、それも後で尋問するとして。これのことだよ?」

 

 

 アイが掲げるは『デウマキ』の第1巻。

 忠影が趣味で描いてる漫画で、どうして俺が責められるのか?

 

 

「この漫画ってオーカがチェストしてた時期の話らしくて」

 

「ふーん……ん? はぁっ!?」

 

 

 俺それ知らんのだけど!?

 え、アイツ、俺の黒歴史で印税得てんの!?

 

 渡された第1巻をペラペラ捲ってみると、ファンタジー要素ありのバトル漫画ではあるが、所々に既視感を感じるテイスト。この何も考えてなさそうなアホ面を晒す主人公にも覚えがあるし、今は神木プロダクションで変態やってそうな敵も存在している。

 もしかしなくても、俺が主人公ですね。

 言葉だけ切り抜けば、自尊心強めの発言に聞こえるかもしれないが、この漫画の主人公と同じことを昔やらかした記憶がある。

 

 

「問題なのが第3巻でオーカが『日足(ひあし)』と戦った時の話。劣勢だから撤退するって話なのに、なんか分からないけど敵陣に突っ走って、なんでか大将さんの首をチェストして逃げたって、なんかよく分からない展開なんだけど」

 

「『日足』ってなんだ……?」

 

「アイ、1巻パラパラ捲っただけのコイツに、作中用語で聞いても意味が分からないと思うぞ。予想だが、『日足』って龍造寺家じゃないのか?」

 

「あー……第4次長島の時の話か」

 

 

 アクアの補足で、アイが何の話をしているのか、おぼろげながらに理解する。確か龍造寺家の家紋って『十二日足』だったから、それが由来なのだろう。何年前か忘れたが、龍造寺家が長島(鹿児島の右上辺りの島)に侵攻してきたとき、諸事情で撤退が遅れて包囲されたときの話だろう。

 劣勢過ぎてハイテンションだったので、部下の方々と「関ヶ原で徳川のボケナス共相手にできなかったことをやってみようぜ!」って話になって、ヤケクソで前進撤退した記憶がある。後に『令和版島津の退き口』と言われてる。

 

 

「それで、その長島ってところでの話で──」

 

 

 そのヤケクソ退き口がどうしたのだろうか?

 

 

 

 

 

「──気絶しそうになったとき、わざと自分の腹部に短刀を1回刺して意識を保ったとかいうエメラルド案件(危ないこと)をしたって話はホント?」

 

「時効って言葉知ってるか?」

 

 

 

 

 

 そんな自分でも忘れてた過去の話をほじくり返されて、カミーユされるのは理不尽だと思うんだけど。後から聞いた話だが、この漫画の戦闘描写は非常に精巧で迫力があり、過去の話でもあるにかかわらず、アイは非常に不安になってしまったとの事。許さんぞ忠影。

 ちなみにアイの質問の答えは「だいたいは本当」である。本当は2回ほど刺した。

 

 

「この戦いで、ラッキースケベでヒロイン候補の女の子の胸を揉んだのも?」

 

「んなわけねぇだろうが」

 

 

 あの! 長島合戦に! 女性は! いない!

 俺と忠影と、明らかに素手で人を絞め殺せそうなガチムチのオッサン共しか参加しとらん。雄っぱい揉んでナニすんだよ。新納先輩以外の士気下がるわ。

 

 その後も過去の話を何個か持ち出されて、それを必死に弁明する問答が続く。昔の俺は本当に危ないことしかしていなかっただけに、これがカウントされると、ビッグダディ真っ青の大家族が出現してしまうのだ。必死にもなる。

 あとラッキースケベや、ちょっとエッチな展開はフィクションなので勘弁してほしい。

 

 あーだこうだアイと言い合っていると、寝転がっているルビーが俺に声をかけてきた。

 その内容は意味不明かつ、話の流れ的にも理解できないが、俺はとりあえず義娘の質問に自身の回答を提出する。

 

 

「この『仲間(身内)を助けるため、命懸けるのに、理由が必要か?』って漫画の台詞なんだけど、パパは実際そんなことを言ったの?」

 

「言った……気がする。実際そうだろ?」

 

「そっかぁ。あと話は変わるんだけど……パパは忠影?って人と仲直りしたいの?」

 

「マジでいきなりだな。……昔はそんなに険悪じゃなかったし、今後の島津を運営していくうえで不和は解消しておきたい。他に付け込まれるスキにもなるからな。俺からは嫌ってないし、仲良くできることに越したことはないが……」

 

「そのためなら何でもできる?」

 

「何でもって……いや、()()()()()()()()()()()、やる所存ではあるけど」

 

「ふーん。あ、ママ。話の腰を折ってごめんね。尋問の続きどうぞ」

 

 

 ルビーが気にすることじゃないよな?

 俺と忠影の不仲はもう修繕不可なので、ルビーはそんな気を遣わなくてもいいのに。そう思いながら──不思議なことに猛烈に嫌な予感がするのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『統率の取れない軍に勝機無し。まずは大将首を狙え』かぁ……」

 

「どうした、ルビー」

 

「なんでもないよ、お兄ちゃん」

 

 

 

 




カミキ「かな君、時計の針を高速回転させても時間は進まんぞ?」

かな「わ、分かってるわよ!」

カミキ「(なんだこのカワイイ生き物は)」


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119.焼かれた者

 シリアス回です。忠影君視点です。
 クソ重いです。最後以外は。
 余談ですが、忠影の外見は『サクラ大戦』の真宮寺 さくらをイメージしていただければ。キャラ検索して、これが想像に一番近いでした。でも忠影は男です。
 感想お待ちしております。







 感想以外の場で私と話をしたいと仰る方がいましたが、活動報告ってPNの『キチガイの人』で出せないんですよね。名前隠してますし。もう隠す必要ないですけど。
 どうしても私にメールを投げたい方はID:149628の薩摩人(十六夜やと)にでも投げて下さい。同一人物だと明言して来なかったですが、既に何件か来てます、はい。目を通しますが、返信は行わないのでご了承くださいませ。


 私は──ボクは、『島津』が嫌いだった。

 どれだけ歳を重ねても、身長や体格が同世代の男子の平均にも至らず、小さい頃から『女みたいな男』として馬鹿にされてきた。それは徐々に減っていったが、それが自身の家柄の兼ね合いで表沙汰になっていないだけ……というのは、さすがのボクでも理解できた。

 体格に引っ張られてのことなのか、武勇に関してもボクは苦手な方だった。そして頭脳に関しても、それほど特出しているわけでもなかった。

 

 

『女々しい男だ。宗家の嫡男がそれでいいのか?』

 

『薩摩隼人の風上にも置けん』

 

『島津の未来が心配だ』

 

 

 今まで島津に付き従ってくれた者たちにも陰口を言われる始末。その不甲斐なさを嘆くと同時に──ボクは心の底から、島津という一族が大嫌いだった。

 好きでこんな蛮族に生まれたわけじゃないのに、好きでこんな身体に生まれたわけじゃないのに、()()()()()()()()()()()()()、島津の連中を嫌悪していた。どれだけ成果を出そうとも、『できて当然』と一蹴される、この環境が嫌で仕方がなかった。

 ボクの両親も、陰では褒めてくれた時もあったけど、立場上どうしても表に出すことはできず、そして──他の連中のように、期待を押し付けてくることに変わりはなかった。

 

 長島合戦の時も、そうだった。

 あれが初陣だったし、ボクが13歳の時だっただろうか? 自身の不手際のせいで敵中に孤立無援となり、時間を稼ぐにしても戦力が足りず、どうあがいても絶望的以外の何物でもなかった。

 なけなしの反骨精神で、そこそこの武勇は供えてきたボクでも、人数差と言うものはどうしようもなかった。腹を斬ろうとする者すら出てくる始末で、血筋的に最上位のボクはこの有様。意思統一すらロクに行うことができなかった。

 

 そう、それが始まりだった。

 

 

 

 

 

『忠影、指揮権寄越せ。逃げるぞ』

 

 

 

 

 

 同じく初陣だった、もう一人の島津直系の男──桜華が言った。

 この包囲網を突破するために──敵大将に奇襲を仕掛けると。

 

 

『……とは言っても、ただ逃げるだけじゃ華がない。あそこで勝利確信してる龍造寺のアホ面、叩き潰して撤退するとしよう。先に謝っとく、全滅したらスマン』

 

『でもさ、どうせ死ぬんなら──島津らしく死んでみねぇか?』

 

 

 こうして、後世に『長島(令和版島津)の退き口』と呼ばれる、関ヶ原で同じことを行った義弘公ですら大絶賛するような、前進撤退が行われた。

 あの時のボクは、桜華の後ろでその勇姿を目に焼き付けていた。襲い来る敵を切り捨て、刺され撃たれても意に介さず、当代鬼島津の嫡男としての武功をあげるのだった。同じ歳であるにもかかわらず、その猿叫で敵を屠る武勇も、敵中突破を迷いなく選択する豪胆さも、自陣を去る際に爆発物()を仕掛ける知略も、ボクに持っていない全てを、あの男は持っていた。

 

 島津の者は、こぞって桜華の武勇を称えた。

 ボクは──何もできな

 

 

『忠影、ナイスファイト。次ん戦のときも、よろしくな』

 

『……ん? 何もできなかった? お前も何人か殺ってたじゃん。それに──真の大将たる者、生きて帰るのが仕事よ』

 

『お前は後ろでどっしり構えとけばいいんよ。前で潰すのが臣下の役目なんだからさ』

 

 

 だから泣くんじゃねぇよ、桜華はそう笑いながらボクの頭を撫でた。誰からも褒められることもなかった島津の無能者は、生まれて初めて両親以外の他人から、プラスの感情を向けられたのだ。

 次も後ろは任せた、と。

 

 その時のボクは、心臓をバクバク鳴らしながら、どのような感情を抱いていたのだろうか。

 島津の背中への憧れ?

 才多き男への嫉妬?

 それとも──本来なら抱いてはならない感情(恋心)

 

 少なくとも、あの日あの時から、ボクの目的は定まった。

 あの男を──島津 桜華を、島津家の当主にしようと。そして、ボクがあの男を支えようと。

 

 世界の景色というものは、こうも些細なきっかけで変わるものだろうか。

 自身の武勇を、自身の知略を、自身の教養を、無意味な努力だと諦めていたものを成長させていくのが、色彩を帯びていくように楽しかった。また一つ、彼の役に立てるのだと実感していくのが嬉しかった。同時期に、絵を描くことが好きだったボクは、漫画を描くことも始める。彼の軌跡を、少しでも多くの人間に知ってもらおうと思ったからだ。

 当時のボクは、これで島津は安泰であると。何なら九州征伐で失ってしまった『三州統一(鹿児島・宮崎)』を成すことも可能じゃないかと思った。

 

 そう、思っていた。

 

 

 

 

 

 ──島津 桜華の当主継承権の破棄。

 

 

 

 

 

 あの女(星野 アイ)が現れるまでは。

 その知らせを聞いたとき、目の前が真っ暗になったのを今でも思い出す。何なら、今でも夢に見る。

 

 どうして桜華が相続を放棄するのか。どうして父上がそれを認めてしまったのか。どうして鬼島津は何も言わないのか。どうして島津の者は桜華を『欠陥品』と蔑むのか。どうして例の馬鹿共も止めなかったのか。どうして桜華は──あの女を選んだのか。どうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてぇっ!?

 思考がぐちゃぐちゃになり、呼吸は思うように行えず、激しい怒りと疑念が渦巻く。やり場のない感情を、自身の趣味に向けることしかできなかった。

 

 あの漫画のヒロインを自分にしたのは、一種の願望と、あの女への意趣返しなのだろう。漫画の中でなら自身の心の奥底に眠る願望……『もし自分が女であったなら』を描くことも自由だ。それに、漫画の桜華は、ボクが理想とする『島津』のままでいられる。

 描き殴って、描き殴って、描き殴って、他より多少人気が出ても関係なく、ただただアイツの軌跡と自身の願望を描くだけだった。

 

 でも、違ったんだ。

 ボクは、最初から間違っていた。

 

 アイツと星野 アイが正式に付き合うとなったとき、ボクは気づいてしまったんだ。

 かつてボクが死ぬほど嫌悪していた『他者への過度な期待』を──ボク自身が桜華に強いていたことに。桜華もボクと同じように、島津という重圧に押しつぶされそうになりながらも、それを演じ続けていたという事実に。

 最悪だった。実際に吐いた。

 ボクは今まで桜華の傍に居ながら、アイツのことを何も分かっていなかった。

 

 そして、本当の桜華の気持ちを引き出したのは、星野 アイだった。

 編集担当の制止を振り切って、漫画の主人公を新しいヒロイン(星野 アイ)にしたのは、礼と贖罪だったのかもしれない。本心は自分でもわからない。

 分からないけど──自身のキャラを桜華の横に立たせ続ける自信も気力も、そして資格もなかった。

 

 ボクは桜華の背中を追って生きてきた。そんなボクは目標を見失い、手元に残ったのは『器用貧乏な才』と『次期当主の座』だった。

 昔ほど陰口を叩かれることはなくなり、ボクの家督相続に異議を唱える者もいない。しかし、ボクは知っている。島津の誰も彼も、本当は桜華こそ当主にふさわしいと思っていることに。そんなことはボクが一番理解している。星野 アイと出会ってから付き合うまでの女々しい態度のときの評価は、立花の精鋭共との乱戦で完全に払拭されている。

 何より、伊集院も種子島も税所も、ボクではなく桜華を見ている。ボクだって桜華が当主になるものだと思っていたから、あの馬鹿共との交流なんて最低限のものだった。ボク個人への忠義心など一ミクロンも存在しない。

 

 

「……ボクじゃ、無理なんだよぉ。桜華じゃなきゃ、ダメなんだよぉ」

 

 

 口から出てくる言葉を、他者に聞かせることはない。弱音を吐ける人間なんていない。当の本人である桜華が当主になる気がないし、父上がそれを認めている。余程のことが起こらない限り、それを覆すのは不可能だ。

 

 ……元々が島津宗家の嫡男だから、ボクが当主になるのは当然の帰結なんだろう。

 正直、やりたくない。できる気がしない。それでも、ボクがやらなきゃいけない。

 そんな気苦労も知らない桜華にも腹が立つし、勝手に期待して失望している自分にも腹が立つ。本当は、こんなことを言いたくはないのに、口から発せられるのは嫌悪感のみ。心底、嫌になる。

 何もかもが楽しくない。何もかもに期待できない。漫画を描くことも、惰性になっている。

 

 

 

 

 

 ボクは、何のために生きてるんだろう?

 

 

 

 

 

 そう思いながら、客室で星野家の客人二人と対峙する。

 ボクの漫画が舞台化されるらしい。そのオファーを星野 愛久愛海に頼み、その了承を得たところである。契約書に記された署名捺印がそれを物語っている。

 正直、舞台も適当にOKを出したもの。出来に興味もなければ、失敗したとしてもどうでもいい。それくらいの興味しかなく、オファーも舞台に携わるあちら側からの要望だった。

 

 ところで、舞台に関係のない星野 瑠美衣も来ているのはなぜだろう。

 まぁ、たいして興味はないが。

 

 

「……ふむ、確認した。以降の予定に関しては先方との話になるため、追って知らせる。ご足労、感謝する。では、次の予定があるので、私はこれで失礼する」

 

 

 あとはカミキヒカル氏に投げるとしよう。

 ボクは席を立ち──

 

 

 

 

 

「──忠影さん? 忠影君? どっちで呼べばいい?」

 

 

 

 

 

 双子の妹の方に呼び止められる。

 

 

「……同じ齢だ。島津の者でないのだから、好きに呼ぶといい」

 

「そっか。じゃあ忠影君、一つ提案なんだけど──」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──パパ……島津 桜華に、一泡吹かせたくない?」

 

「……何だと?」

 

「一泡吹かせるってのも、別に誰かが傷つくわけじゃないんだけど──そんな最高の記事(シナリオ)を書いて来たんだ」

 

 

 その少女は瞳を白く輝かせながら、語るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……はは、はは。はははははは」

 

「あははははハハははははははははははははっっ! あははははハハはははハハハハハハハハハハははははハハハハハハハハっっ──ゲホッ、きか、カヒュッ、ゲホッ、あはははは、ゲホッ、ゲホッ! 気管支に入、ゲホッ、ゲホッ、あははははハハはは……」

 

「──はははっ、腹が痛い」

 

「笑ったのは久しぶりだ。これは──悪くない」

 

「あぁ、いいだろう。乗ってやるぞ。島津の客人──いや、()()()

 

 

 

 




「落とすならADじゃなくて、直接Dを落とせば良いんだよ」
(『推しの子』星野 瑠美衣の台詞より抜粋)


「落とすなら雑兵じゃなくて、直接大将を落とせば良いんだよ」
(『薩摩の子』星野 瑠美衣の台詞より捏造)


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120.税所から見た君

 激重回です。咸視点です。
 ちょっとルビーの計画を進めるうえで、コイツの心理描写が必要なのでブチ込みました。そろそろイチャイチャ書きたいんすけど。
 感想お待ちしております。


 恥の多い生涯を送って来ました──などと豪語する程でもありませんし、生涯を語れるほど生きてきたわけでもありませんが、今まで他者に誇れる生き方をした記憶はありません。そして、今後も生き方を改めることはないでしょう。

 そんな齢15にも満たない未成年者な私ですが、こと『親』と呼ばれる存在に関して、人生の経験上から理解したものがあります。

 

 一つ、親も所詮は人であるということ。

 一つ、血が繋がっていようと、所詮は赤の他人であると言うこと。

 一つ、無償の愛なんてものは存在しないということ。

 

 以上です。

 反論は受け付けます。

 

 

「おそらく私とアイさんは同じ考えでしょう。それとなく家庭環境が似ておりますし。……まさか自分に似た存在が、一般家庭から現れるとは思いませんでしたが」

 

 

 これも時代の流れと言うものでしょうか? 仕事上、様々な人間と関わる機会があり、一層実感してしまいます。昔は『子は親が守るもの』みたいな風潮が一般的でしたが、最近は『自分の時間を自分の為に使いたい』という見解もあるようで。

 まぁ、親は子を育てる機械ではありません。ましてや子育てなるものは、特に最初の内は自身の時間の大半を犠牲にしなければ成り立ちません。じゃないと、子が比喩表現なしで死にます。子沢山の伊集院家の奥方がそのように仰っていました。

 子からしてみれば、「じゃあ、なぜ自分を産んだ?」と思わなくもないですが。

 

 そして、血の繋がりなんてものは、遺伝子情報云々くらいの有用性しか存在しないということです。勘当、離婚、縁切り……近現代において、そういった家族間の繋がりを断つ現象が見受けられるようになった気がします。

 ……私の知人には、親族であれば命を投げ捨ててでも助ける、なんて気狂いも存在しますが。島津家がおかしいのか、あの知人がおかしいのかは知りませんが、アレを見ていると血の繋がりを重視し過ぎるのもいかがなものかと思いますね。

 貴様より、あの島津の欠陥品の方が遥かにマシだろう?

 

 最後に、無償の愛というファンタジー概念。

 ルビーさん曰く、親が子を愛するのは当然だそうです。素晴らしい考えですね。別に皮肉として言っているのではなく、ルビーさんの子供は健やかに育っていくだろうと思っただけです。アイさんが実母に捨てられ、私が実母に殺害されそうになった事実さえなければ、もっと素直に称賛できたのでしょう。

 しかし、現実は非常です。家族であれば無条件で愛してもらえるなんて、私には到底信じられるものではありません。

 天童寺さりなさんは、親から愛されていたのでしょうか? それとも──愛されて欲しかったゆえの願望でしょうか?

 これ以上は深掘りしませんけどね。

 

 ……これが厨二病みたく、『親から愛されてないけど、自分そんなに気にしてませんよアピールする自分カッコイイ』な思考より生まれた妄言であれば、どんなに良かったか。

 

 

「けれども──アイさんは、それでも『愛情』を求めるんですね」

 

 

 そこが税所 ■■■と星野 アイとの違い。

 私は愛情を理解すること自体を放棄し、逆にアイさんは愛情を知るために邁進する。

 同じように親から捨てられ、同じように『噓』で自分を固めた同族であるにも関わらず、彼女は諦めることなく進み続け、道半ばで倒れても、それでも『愛情』の可能性を信じ続けた少女。最終的に彼女は自身の欲しかったものを手に入れたことを考えると、アイさんが信じたものは無駄でも無意味でもなかったことを裏付けます。

 理解に努めようとしなかった貴様とは違う。

 

 

『アイさん、あなたの欲しかった愛は手に入れましたか?』

 

『……うーん、どうなんだろ?』

 

『と、言いますと?』

 

『上手く言葉にできないんだけど、『愛』って手に入れるものじゃなくて、お互いに育んでいくものなんだと思う。私も詳しいことは分からないけど』

 

 

 噓つきな女の子は難しそうに首を傾げていました。

 ソースが自身の感性であるが故に、それが正解なのか不安そうに。

 

 

『みっちゃんは教えてくれたよね? ……私、お母さんから愛されてなかったって』

 

『言うべきかどうか迷いましたけどね。しかし、成り行きでも知ってしまった以上、当事者には伝えておくべきではと思ったまでです。……不快な思いをさせてしまい、大変申し訳ございません』

 

『大丈夫、後でオーカにいっぱい甘えたから。それに薄々は気づいてたし』

 

 

 悲しげに笑う一番星の少女。

 

 

『私がどれだけお母さんから愛してほしいと思っても、お母さんは私のことを愛してくれなかったと思うよ。だって、私の愛は一方通行でしかなかった』

 

『一方通行の愛情は、愛足りえぬと?』

 

『そうとは言えないけど……今の私が欲しいものじゃないのかもね』

 

 

 『アイ』を愛してくれる人は沢山いたけど、『星野 アイ』を──本当の自分を愛してくれた人はいなかったからねー、と。本当の自分を見せてこなかったから当然なんだけど、と噓つきな女の子は笑いました。

 本当の自分を愛してほしいけど、本当の自分を見せるのは怖い。

 想いと行動が矛盾しており、悪く言えば面倒な性格をしているとも言えます。その気持ち、非常に分かります。

 この健気な少女を見ても、それでも自身の本当の姿を晒すのが怖いとは。つくづく臆病者だな、税所家の汚点が。

 

 

『だから、オーカに会って、アクアやルビーとも再会できて、今の私って本当に幸せなんだ。幸せ過ぎて、これが夢なんじゃないかって怖くなるくらいに』

 

『それって桜華も夢見てるってことですよね? 仮に夢だったとしても、あなたを幸せにするために桜華は奔走しますよ。それこそ、夢を現実にするために、いかなる手段を用いても』

 

『あははっ、それは嬉しいなぁ』

 

 

 アイさんは笑った後、真剣な表情を見せました。

 

 

『お互いに愛し合うことが一番っ!』

 

『なるほど、素敵な考えだと思います』

 

『だから、たとえ嘘から始まったとしても、最後には相手の想いに真剣に向き合わないとね。私も──そして、みっちゃんも』

 

『………』

 

『あかっちは、ずっと待つつもりだよ?』

 

 

 私とアイさん。

 たとえ『愛情』へのスタンスが異なろうとも、結局は相手から向けられる『愛情』をどうするべきなのか。答えを出さなければいけない、ということです。

 島津の蛮族と元人気アイドルのバカップルは、もう答えが出ているようなものですが。

 

 問題は私の方でしょう。

 愛情というものへの理解が乏しく、ましてや必要だと思うこともない。これが割と本気で分からないからこそ、税所 ■■■という男は本格的に壊れていると言っても過言ではないでしょう。

 自覚している分、タチが悪いな。

 

 黒川 あかね。

 かつて劇団『ララライ』に所属し、若きエースとまで言わしめた少女。誹謗中傷により自殺未遂にまで追い込まれ、私が手を()()()()()()()()()人物。

 今でも後悔しています。もっとスマートに、もっと効率よく、彼女の役者としての生命を断つことなく、あの状況を打破できるやり方があったのではないかと。彼女に手を差し伸べたことに後悔はなくとも、ひたむきに役者の道を歩んできた彼女の夢を壊したのは、紛れもなく私の落ち度と言えるでしょう。

 

 ましてや、彼女は恩義と恋愛感情を混同しているようにも見えます。

 頑張り屋で真面目な彼女は、もっと人を見る目を養うべきだと思うのは自分だけでしょうか? 勘違いとは恐ろしいものですよ。

 同時に、私は彼女をどう思っているのでしょうか。

 最初は『使える駒』と思ったのは事実ですし、実際に彼女は私の仕事に大いに貢献しています。何なら私のお株が奪われそうになるくらいには。

 

 桜華に聞かれたことがあります。

 

 

『──駒だなんだの言う割には、その駒に対して随分と入れ込んでいるようで。お前らしくない。結局、お前は黒川さんのことが好きなのか?』

 

『そのクソ長ったらしい言い訳はどうでもいいんよ。というか、是非を問うたはずなのに、なんで長文の回答が返ってくるのか分らん。好き嫌いの単純な話ではないとお前は言ったが、コレはその単純な話の最たるものだろう?』

 

『~べきじゃない、なんて女々しか言い訳を並べてはいるが、それを決めるのは咸、お前じゃないだろう。俺でもわかる。黒川さんって純粋に咸んことが好きなんだと思うぜ。で、だ。ここまで来ると、あとはお前次第だと思うけどね』

 

 

 私があかねをどう想っているか。

 これは恋愛感情なのか、否か。

 

 親から愛されたことのない男は、他者への感情が『愛』なのか分かりません。

 知ろうともしなかった、というのが正しいでしょう。そのツケがこのような形で表れてしまうとは。

 

 これは答えを出すのに骨が折れそうですね。

 

 

 

 本当の自分すら見せないくせに、よくもまぁ『愛情』を理解しようと思ったな。

 貴様に愛を語る資格などない。

 貴様に誰かを愛する資格などない。

 母親から不良品と吐かれ始末されるような男が、人並みの幸せを求めるなど、おこがましいにも程がある。恥を知れ。

 

 勘違いするな。

 理解しろ。

 貴様に愛される価値などない。

 

 貴様に、黒川 あかねを愛する資格はない。

 それすらも理解できないのなら。

 いっそ死んでしまえ、■■■。

 

 





あかね「──って、思ってるんだろうなぁ」








※兼定ほど重くないなって? それ反転してる文字見ても同じこと言えます? ちなみに文字反転はドラッグとかで見れます。見れないときは小説情報の「ここすき」からの総数。あと読み上げ機能とかあるらしいですよ。


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121.写真部は出荷よー

 ネタ回です。
 双子との再会以降は蛇足と低評価をブチ込まれ続け早一ヶ月、それでもアイが何気もない日常をダラダラと過ごしている感じで書きたい今日この頃。
 感想ドシドシお待ちしております。





 2023/9/30追記 描写ミスにより未来の煽り度が上がりました。


 我が校には『クラスマッチ』という行事がある。

 スポーツ関連の学年ごとによる組対抗戦……と言えば伝わるだろうか? 自称進学校(笑)な××高校ではあるが、なにもスポーツ関係に力を入れていないわけではない。曲がりなりにも文武両道を掲げているので、運動部で頑張っていらっしゃる生徒も少なくない。

 野球部とか去年県大会でベスト8まで進出したからな。推薦とか取ってないのに自称進学校な公立校にしては、素晴らしい成績を残していると言っても過言ではないだろう。

 

 まぁ、神村学園(鹿児島強豪)に負けたけど。

 あそこ野球もサッカーも強すぎる。

 

 話を戻す。

 今日はその、1年に数回しか存在しないクラスマッチが開催される日なのだ。

 

 

「──アイ、そのバズーカ砲みたいな一眼レフ、どこで買ってきた?」

 

「写真部から借りてきた」

 

「よく貸し出しを許したな。写真部の連中って、今日はクラスマッチの撮影に駆り出されてるはずだろ? そんなクソ高そうなカメラ貸す余裕あんのかね」

 

「私が写真部員一人一人とツーショット写真撮るだけで快く貸してくれたよ?」

 

「あぁ、あの写真に土下座している変人集団って写真部だったのか。思わず通報しちゃったぜ」

 

 

 パトカーのサイレンを背景に、屋外で俺は学年主任から渡されたカメラを使い、自身のクラスの勇姿を収めていた。腕は完治したが、とりあえず今回までは見学兼カメラマンとして、この勉学を一切考えない時間を堪能している。

 体育大会もそうだったが、薩摩武士が一人いるだけでパワーバランス崩れるからね。

 中学時代にサッカーの時間でドライブシュート決めたら出禁になった俺が言うのだから間違いない。親父殿に片手で止められるシュートで出禁になった事実に、俺はいまだに納得してないが。

 

 ではアイもカメラマンとして参加しているのか?

 答えは否だ。

 

 よくよく考えてほしい。星野 アイという少女は、一人の元・人気アイドルの可愛い女の子であると同時に、かつて双子の母親であった女性でもある。

 一番見たかったであろう小学・中学時代を共に過ごすことができなかった一番星。残り3年間という僅かな時間だが、学ラン・セーラー服姿の双子を見て「中学時代みたいいいいいいいい!! アクアすっごいカッコイイよおおおおおお! ルビーもめっちゃカワイイよおおおおおお!」と発狂していた親バカなのだ。高校なのにブレザーではなく学ランな古臭い我が校だが、この時ばかりはその古臭い制服チョイスに感謝したものである。

 

 んな親バカが学校行事で双子の勇姿を黙って見ていられるはずもなく。

 

 

「………」(カシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャ)

 

 

 これ自動連射じゃなくて、一枚一枚シャッター押してるんすよ。

 サッカーで別クラスと戯れているアクアがボールを持った瞬間に、完璧で究極のカメラマンは数十万する借り物の一眼レフを最大限生かして、アホみたいに撮っている。

 

 3組と5組の男子サッカーが行われており、アクアはスタメンで出場している。あの外見で運動もそこそこできるとか、天がガバって2物以上を与えているようだ。

 運動による流れる汗も綺麗なアクアに、黄色い歓声が止まることを知らず。

 目を奪っていくのは母親譲りか。

 

 じゃあ、5組がお通夜状態なのか?と言えば、珍しくもそうじゃない。我らが絶対正義の2組は無残にもボッコボコにされたが、5組にはサッカー経験者が数人在籍している。

 あと咸が参戦していやがる。

 卑怯だぞ。恥を知れ。

 お、アクアと咸の1on1じゃん。あくあがんばえー。あのロリコンをシバき倒したれ。

 

 

「………」(カシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャ)

 

「………」(カシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャ)

 

「………」

 

 

 黒川さん、そのカメラ格好良いですね。

 しゃらくせぇ小技でアクアを軽々と抜き、写真写りの良いパフォーマンスと共にゴールを決める税所家の麒麟児。5組(と黒川さん)の歓声が響き渡る。そして何かと咸に対抗意識を持つアクアは、持ち前のフィジカルを用いて、クラスメイトと連携しながら、自身の活躍によって同点へと押し込む。ルビーが狂喜乱舞してる。

 ゴールキーパーが双方素人であるがゆえに、壮絶な点取り合戦が始まったのだった。

 俺から見れば(ロリコン)VSアクア(ロリコン)の頂上決戦。ロリコンが勝つだろう。

 

 パラパラ漫画で今の攻防戦を再現できるくらいに激写する美少女sをよそに、俺は自身のクラスが1組にコテンパンにブチのめされている様子を、切ない気持ちで写真に収めるのであった。もちろん偏りなく、全員が最低1枚でも写るように配慮する。

 あ、2組(ウチ)のゴールに兼定のオーバーヘッドが刺さったわ。

 だから薩摩隼人は自重しろ。

 

 

 

   ♦♦♦

 

 

 

 ところ変わって体育館。

 今回のスポーツはサッカーとバスケで、屋内競技にバスケが指定されている。

 ちなみに女子組は全員がバスケを選択していたので、ここでは麗しき美少女たちがキャッキャウフフしながらボールと戯れる光景を目に焼き付けることができるのだ。

 

 

 ダァンッッ!!

 

 

『ルビーちゃんダンクシュートできるの!?』

 

『今からでも女バス(女子バスケ部)に入らない!?』

 

 

 バスケ部員以外がダンク決めてるの初めて見たわ。

 比較的高度なテクニックで、これまた兄貴と同じように目を奪っていくルビー。天真爛漫に笑う姿は、母親とは別のベクトルで魅了するのだから、クラスメイトにニッコリしてピースサインする姿に、義父(ということになっている)な俺も自然と嬉しくなる。

 既にアイドルとしての片鱗を見せているというわけか。

 

 お、アイも運動神経は人並み以上ではあるから、ボール所有後に覚束ないドリブルで数人抜き、華麗にシュートを決めた。

 チームと得点の加増を分かち合い、わざわざ周囲を見渡して、俺の姿を捉えるとピースサインをしてきた。ので、俺もグッドサインで見てまっせアピールをしておく。

 かわええ。我ながら自慢の彼女で

 

 

「………」(カシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャ)

 

 

 母親(推し)と可愛い妹の勇姿を、この(アクア)が黙っているはずもなく。写真部からアイに貸与され、試合ということでアクアに流れた一眼レフのバズーカ。それを用いて、マザコンでシスコンな元産婦人科医の先生は、数百枚単位で写真を撮っていく。

 あの母親にして、この子供あり。

 血の繋がりには逆らえないのだろうか。

 

 スマホ持ち込み禁止は重々承知しているが、審判をしている教師陣の目を盗んで、アイとルビーの活躍を撮る。この感動を分かち合おうと、とりあえずは親父殿のLINEに送っておく。

 送って、後悔した。薩摩人は、特に男性は頑固な者が多く、それは年齢を重ねていくごとに増加する傾向にある。そして、昔は学内の携帯等の持ち込み等は禁止されており、今でも鹿児島県内の高校ではスマホを持っていけないところもあるのだとか。県外は知らん。管轄外だ。

 つまり、だ。これスマホ持ち込んで自由に写真撮ってやがりますよと自白しているようなものであり、ルール遵守の鬼たる親父殿は怒るはず。ってか、前にそれやって頭を叩かれた。記憶が数日分飛んだ。

 

 あーあ、くっそやらかしたわ。

 

 

良い(よか)

 

 

 人は変わるんだなという妙な感動と、世の不条理を思い知りました。

 お咎めがなかったのに、どうしてこうも気分が晴れないのだろう。こんなの絶対おかしいよ。

 

 なんて無意味に黄昏ていると、試合も佳境に入る。途中交代でコートに立つ、島津の大型新人たる黒川さんのシュートが放物線を描き飛んで──あぁ、リングにぶつかって入らなかったか。

 そこをルビーがカバーして得点にはなったけれど、これはちょっと悔しいかな。

 しゃーない、しゃーない。気持ち切り替えていこ。

 

 

「………」(カシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャ)

 

 

 もうお前ら似た者同士だよ。相思相愛だよ。はよ結婚しろや。

 黒川さんが出場してから現在進行形で、シャッターを化け物みたいな速度で切っていく税所家のロリコンをジト目で眺める。そして、俺は4組にフルボッコにされている2組(ウチ)の活躍(?)を、複雑な気持ちで応援するのだった。

 あ、4組の未来がアンクルブレイク(フェイント)でウチのクラスメイトを抜いて、何なら自陣にいる敵の元までわざわざ戻って抜いて、そこから3Pシュートを鮮やかに決めやがった。

 だから自重しろ言ってるやろがい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 なお、捕まった写真部員は容疑を否認している。

 

 

 

 




【写真部】
 ××高校の写真部。部員数は男子11名、女子0名。コンクールで入選実績多数。校門前で部員全員でアイの写真に五体投地しているところを通報される。





原作127話を見た琥珀「……お前もか( ゚Д゚)」


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122.掴めないキャラを掴む

 シリアス?回です。
 アクア視点です。
 感想お待ちしております。



 高評価ありがとうございます。励みになります。
 低評価ありがとうございます。四足歩行のカミキヒカルがそっちに向かっているのでお覚悟を。


 『演じる』という分野において、俺は所詮、凡人である。

 周囲の人間の演技力が高すぎる……などという嫉妬にも似た言い訳を吐くこともできるが、なぜか『諦める』という選択肢を、無意識に忌避している自分もいる。

 自身は凡人だの、演技など復讐の手段だの、あれだけ豪語してきた自分だったが。心のどこかでは──そこれそ前世のアイと一緒にいた時の、あの演ずることの楽しさというものが忘れられないらしい。確かに、あの頃は楽しかった。

 いや、あの頃()楽しい。

 

 何も楽しいだけが演じることじゃない。

 幸も不幸も、俺は舞台で演技をする機会を得ることができた。

 アイやルビーが見に来る以上、下手な演技をするつもりはなく、ましてや久しぶりの舞台は大型新人の巣窟である。凡人だのなんだの言っている場合ではない。

 天才が必死に努力をしている世界、俺も持ちうる限りの全てを出さなければ、スタートにすら立てない状況なのは、俺自身が一番よく知っている。

 

 俺が演じる役は『戸次(べっき) カンレン』という人物。どうやらカミキヒカル──立花 導春をモデルとしたキャラクターであり、今回の舞台ではそこまで出番のある登場人物ではない。けれども、人気投票で4位に食い込むほどの人気キャラであり、清廉な武人としての主観・言動が人気に拍車をかけているのだとか。

 ……本当にあの男をモデルにしたキャラなのだろうか?

 

 

「……なるほど、桜華から『難しい役押し付けられてカワイソス』と言われた理由も分かる」

 

 

 だから、だろうか。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 どのような人物か漫画を読めばある程度理解できると楽観視していたのは否めない。しかし、どうも『演じること』に視点を合わせた時、自分で納得いくような演じ方ができない。どう演じても……なんか……こう、小骨が刺さるかのような違和感を覚えるのだ。

 

 さすがにこのままではマズいと思った俺は、同じようにスカウトされた少女──黒川 あかねに協力を仰ぐことをした。

 アイと同等か、下手すればそれ以上に、演劇に造詣の深い人物だ。何かしらのアドバイスでも得られれば御の字だと思っていたが──

 

 

『えっと……私はその役(人)をプロファイリングしているだけだから』(ドサッ)

 

『………』

 

 

 天井に届くレベルの壁一面に張られたメモと写真……それどころか、キャンパス型のバインダーの山々も仰ぎ見る程積まれている。それが全てではないと、開封済みの段ボールが数箱隅に置かれている。

 新しいバインダーを机に置く少女の姿。あまりの光景に絶句した。

 

 

『……演劇をしていた時、いつもこんな感じでプロファイリングをしているのか?』

 

『さすがにそこまではしないよ! ……でも、今回の役は『御霊(みたま) リュウケイ』……咸君がモデルのキャラだから、いつもより張り切っちゃった』

 

 

 後日、男装の麗人を完璧に演じる姿に、それを見た桜華が「……まんま咸じゃん。上位互換じゃん。え、ごめん。咸あげるから黒川家を島津家臣団に追加して良き?」と、目をグルグル回しながら戯言を口にしていた。

 それほどまでに、彼女はキャラを徹底的に考察しているということだ。

 さすがに論文書けるレベルの情報収集は不可能に近いが、俺も自身の演じるキャラを深掘りするためにも、そのキャラを()()必要があるのは確かだ。台本もない状況で、今の俺にできることは、とにかくキャラを掴むこと。

 

 黒川 あかねには身近にモデルがいるのだが。

 俺の場合はそうはいかない。あの得体の知れない変態がモデルである。資料もなく、今のカミキヒカルを参考にしようとしても、キャラがかけ離れ過ぎている。

 

 どうしたものかと考えた俺は、至極当然のようにスマホを手に取った。

 

 

 

   ♦♦♦

 

 

 

「──久しぶりだな、アクア少年。舞台のオファーを受けてくれたこと、感謝する」

 

「うひょー。他人の金で食う焼肉は最高だぜ」

 

 

 学生の俺でもギリギリ手が出せる範囲の焼肉屋に呼び出された俺は、にこやかに俺を歓迎する俺似の男と、既に肉を焼いては心底美味しそうに食うアイの彼氏。

 ツッコみたい気持ちは山々だったが、この薩摩人共と変態にはツッコんでいたらキリがないことに薄々気づき始めた。それにカミキヒカルを呼び出したのは桜華経由なので、ここにコイツがいても何もおかしくはなかった。

 

 

「……島津少年、最近肉ばかり食っていると風のうわさで聞いたが。前線に出ない身で、いささかカロリーを取り過ぎではないかね?」

 

「これだから身体がひ弱な江戸っ子風情が。薩摩人は肉食って國を喰うんだぜ? 精強な薩摩兵子の秘訣は、カロリー豊富な肉食生活にあり。あと俺は食っても太らん」

 

「桜華、最後の一言は女性陣の前で言うなよ」

 

「ところがぎっちょん。既にアイの前で言ったんだなぁ、これが。『じゃあ私のダイエットに付き合ってね?』って、俺自身が干物になるところだったけど」

 

 

 前は推し(母親)と、同世代の男が、仲睦まじい姿を見せつけてくるのはメンタル的にきつい。それはルビーも同じであり、桜華に良い感情を抱いてなかったと本人が口にしていた。ましてや肉体関係を持っている事実に、俺の妹は桜華に対して猛反発した。

 蓋を開けてみれば、桜華は被捕食者だった。

 事実を知ったルビーは被害者に頭を下げたのは記憶に新しい。

 

 

「そんでアクアは導春似のキャラの演じ方が、いまいちよく分からんと。そりゃあ、今のコイツ見て漫画とのギャップで風邪ひくのは当たり前だわ」

 

「島津少年はちゃんと原作を見たのかね?」

 

「自分の黒歴史を読破するメンタルは持ち合わせてない。でも、見なくても分かるわ。だって黒歴史時代の俺が大本なら、今のように馬鹿みたいにはっちゃけてるカミキヒカルとは全くの別モンだろうが」

 

 

 自分だけ食っているように見えて、ちょくちょく俺やカミキの小皿にも肉を突っ込みながら、桜華は小さくため息をつくのだった。

 

 

「アクアも本当に難儀なキャラを押し付けられたよなぁ」

 

「それは主人公を演じる姫川少年にも同じことが言えるぞ」

 

「……これ邂逅時は土下座が安牌か?」

 

 

 割と本気で悩んでいる薩摩人に、変態は世間話のように嘯く。

 

 

「いくら端役と言えど、アクア少年には酷な役であったことは認めよう。一般人に英雄になれと唆すが如く、()()()()になれと言っているようなものだ」

 

「普通の時代劇とかだったら、ここまで深く考えることはなかったんだろうけど、下手にリアルが元ネタの漫画が原作の舞台ってのが不運だぞ。プロ意識が高い奴ほど、沼る確率が高いだろうよ。忠影も九州三国志をファンタジー要素足して描くとか、本当に何考えてやがるんだ?」

 

「どういう意味だ」

 

 

 桜華はチラッとカミキの方を見て、俺を見据えて小さく息を吐く。

 それは物分かりの悪い奴を憐れむように……という雰囲気は全くなく、ただただ同情の視線が俺に降り注ぐ。

 

 

「とりあえず原作のレビューは見た。この作品が人気である理由として、分からなくても戦闘描写や分かりやすいギャグネタが散りばめられている点と、深く考察すればするほど登場人物が近現代とは程遠い価値観の違いを持っているのが分かる点だ。分かりやすく言うなら、現代日本人が求めていた『武士とは何なのか』を絶妙に織り交ぜているってことだよ」

 

「……薩摩武士の狂気と礼節が共存した『武士』を、忠実に再現しているって言いたいのか?」

 

「そゆこと。何も考えなくても楽しいし、少し視点を変えれば日本人が大好きな日ノ本の侍の格好いい点をピックアップしているから、人気に拍車をかけてるんだろうよ。レビュー曰くね。でも、演じる側からすりゃ、たまったもんじゃない」

 

 

 その言葉を、カミキが引き継いだ。

 

 

「薩摩武士ほど蛮族が蛮族しているわけではないが、アクア少年の演じる()は、少々難しい固定観念と思考回路を持っているのだ」

 

「それを自分で言うのか」

 

「自分だからこそ言える。立花 導春という男は、それほどまでに()()()()()()()男と言える」

 

 

 少し長くなるが聞くかね?

 カミキ──導春の言葉に、俺は頷くのだった。

 

 

 

 




ルビー「──って考えてるんだけど」

馬鹿共「「「あははははハハははははははははははははっっ! あははははハハはははハハハハハハハハハハははははハハハハハハハハっっ──ゲホッ、きか、カヒュッ、ゲホッ、あはははは、ゲホッ、ゲホッ! 気管支に入、ゲホッ、ゲホッ、あははははハハはは……」」」

未来「やっばい、あ゛ー、やっばいわ。ルビーちゃんに笑い殺されるところだったわー。あ、僕もその話乗った」

兼定「クククッ、安全圏から愉悦決め込ンでる馬鹿が気に食わなかったンだ。いいぜ、協力してやらァ」

咸「確実に桜華が荒れるでしょうね。私には関係ありませんが。いいでしょう、各方面への対応はお任せください」


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123.真逆

 シリアス回です。
 アクア視点です。
 次回、銃創(^ω^)ペロペロ。乞うご期待下さい。
 感想お待ちしております。


 

 

「──というわけで、島津少年。説明頼んだ」

 

「そっちん所の宗家とか他諸々をこき下ろすけど、それでもいいんなら適当に喋るぞ?」

 

「アクア少年視点から見れば、私が直に語るよりも、島津少年の言葉の方が受け入れやすいだろう。それに、君は無意味に他家を貶す人ではない。徳川家は別として」

 

 

 しゃーねぇなー、と食った分くらいは働くと言いたげに、桜華は肉を焼きながら語り始める。口からこぼれる秘話は、九州三国志の一角を司り、かつては九州の覇者を称していた大友家と、それに臣従する立花家の物語であった。

 高等学校の日本史ですら注目されることのない、当事者により語られる裏世界の話。

 

 

「大友家の印象って、やり手の内政官みたいな部分が強くない? とにかく経済基盤を固めるのに特化してるようなイメージがあるわ。近代だと九州に大友勢力の影響ってほとんど九州に残ってなかったじゃん? それを数十年足らずで、三つ巴の拮抗状態まで広げて確立するって、並大抵の連中じゃ絶対に出来ん」

 

「お館様も言ってたな。当時は龍造寺と毛利、そして島津が衝突してなければ、割り込むことも容易ではなかっただろうと。運が良かった……と言えばいいのか。いや、運も実力のうちとコメントしておこう」

 

「衝突っつーか、島津は得意の引きこもりに専念してただけなんだけどね」

 

 

 近代の九州において家名が残っていたのは鍋島と島津のみだったと桜華は紙に地図を書きながら説明する。北九州では鍋島から龍造寺の血筋を独立させ、それを担ぎ上げて北九州に手を広げ、同じくして中国地方から雪崩れ込んできた毛利と衝突。一方、南九州で絶賛引きこもりをしていた島津とも龍造寺は睨み合いをしていた。その隙に大友と立花は大分を中心として、かつて大友に付き従ってきた末裔と決起。こうして現在の三つ巴が数百年時を経て、再び紡がれていく……と。

 戦時後から高度経済成長にかけての、九州を舞台とした裏世界での勢力圏争い。無論、そんなこと俺たちのような一般人は知る由もない。驚きを通り越して、呆れるしかなかった。

 

 

「ぶっちゃけて言えば、戦後のGHQの締め付けがモロに刺さってきてさ。何とかご隠居が立て直したものの、龍造寺と大友の台頭を許した感はある」

 

「……私が言うのもなんだが、そろそろ話を戻そうか」

 

「お前が喋れ言ったから成り立ちから話してんじゃん。まぁ、そっからだと本題入るのに日付跨ぐけど」

 

「それだけはやめてくれ。今昼だぞ」

 

 

 本題に入るのに十数時間かかると暗に告げる桜華に、流石の俺も止めた。気になる類の歴史秘話だったが、俺の目的はあくまでも変態の変態像を知ることにある。

 その入り口に時間をかけてられないし、カミキと会っていることがアイにバレたら面倒なことになる。桜華が。

 

 

「そんな現代にもなって九州で三国志している馬鹿共の一角、大友勢力の大黒柱たる立花家の長男に生まれたのがこの男、『大友と牡蠣の守護者』立花 導春さんです。これが生前のガワね」

 

「……なんかイメージと全然違うな。こっちの方が数億倍良かった」

 

「なるほどなるほどなるほど。まぁまぁまぁまぁ、確かにカミキヒカル青年も陰のあるイケメン枠だが、前世の私も中々と。ほうほうほう、アクア少年は見る目があるではないか。ジュースのおかわりは注文するかね?」

 

「カミキ、舞い上がってるところ悪いんだが、今の奇行が目立つ変態と同一視されたくないって意味だぞコレ。カミキよりイケメンは盛りすぎだろ自重しろ牡蠣イーター」

 

 

 筋骨隆々の武人を彷彿とさせる体格、鋭い眼光、桜華の親父さんとはまた違った、渋い九州男児を彷彿とさせる外見だった。芸能界ではなかなか見ないタイプであり、それこそ『カタギとは活躍する場所が違う』と風貌から訴えかけられた気分だった。

 俺は工事現場での死闘を思い出し、この図体の男がやっていると仮定すると、確かに桜華が危険視する理由も理解できる。

 ……待て、カミキとは体格差が大きすぎる。自分も転生当時は赤子の体格に四苦八苦したのは覚えてる。体格が変わるのは、それだけ繊細な動きすらも難しくなる。武人ともなれば、その差は余計に痛感しているはずだ。

 

 それで、あの動き?

 立花 導春は適応力の化け物か?

 

 

「その武勇、誉高く。アクアも見たことがあると思うけど、このオッサンは洒落にならないくらい厄介な存在だった。今は別のベクトルで厄介だけど。刃物握らせれば手柄をあげ、コイツの前に散っていった薩摩隼人の数は計り知れず。俺も知り合いを何人か失った」

 

「それはこちらも同じよ。大切な部下を薩摩武士に討たれた」

 

「だからお互いさまって言いたいんだろ。知っとるわ。だから罵詈雑言を吐いてないだろ? そんぐらいの理性は持ち合わせてる」

 

 

 何気ない会話のように二人は語る。

 その様に──俺は心の底からゾッと背筋が凍った。自分の瞳に黒い光が宿るのを、本能的に感じた。

 そう、二人は何気なく笑っているのだ。自分の仲間が、大切な部下が、目前の人の形をしたナニカに殺されたにも関わらず、この男共は過ぎたことだと言わんばかりに。

 

 どうして自身にとって大切だった人間を失って、その仇が目の前に居るのにもかかわらず、こうして許せるのか。こみ上げてきた激情とは裏腹に、星野 アクアの内なるもう一人が嘲笑う。

 生と死が同居しているとは、こういうことを言うのだと。だから『狂人』と、島津の連中も、そしてカミキヒカルすらも口にするのだ。思想が根本的に異なっているのだ。……いや、昔から何一つ変わってないのだろう。当事者のはずなのに、その死を許容し、敵味方問わず誉を褒め称える。

 桜華が、カミキが、その役をやるのは難しいと言った理由を理解した。なぜ何度も演じても、納得のいかない出来になるのかを察することが出来た。

 

 カミキは俺とは真逆の生き物なのだ。

 血の繋がった母親であるアイの為に全てを復讐に費やそうとした俺と、身内の死すらも誉と、立派だと声高々に認め、復讐を復讐とすら思っていないカミキヒカルとでは、全くと言っていいほど考え方が真逆なのだろう。

 そして、一般人の視点から見れば、俺の感性が正しく、カミキの思考回路は異常なのだ。だから、俺は狂人を演じなければならない。その矛盾を抱えたまま、俺は演じることが出来るのだろうか?

 

 

「あと、頼れる上司みたいな人間。部下の手柄は部下のモノ、部下の失態は上司の責任。だから立花の精鋭共は化け物みたいに強いし、オッサンに付き従ったんだろうなぁって。通夜の時、明らかに俺より二回りは歳いってるガチムチのおっさんが、周りの目気にせず声出して泣いてたもん」

 

「上司がなぜ偉いか知っているか、島津少年。いざというときに責任を取るためだ。……しかし、高橋め。武人の死に泣いてどうする。馬鹿者が」

 

「……牡蠣で死んだら、そりゃ泣かれるよなぁ」

 

 

 桜華とカミキの話を聞きながら、頭をフル回転させる。

 確かに難しいどころか超難関の役ではある。加えて、自分は凡人だ。自他ともに満足のいく演技をすることは不可能に近いだろう。

 それでも、せっかくのオファーだ。難しいからと言って、手を抜くような真似はしたくない。いくら相容れない存在であろうと、少しでもカミキ──立花 導春のことを理解し、役柄に昇華させるべきだろう。舞台に上がれば、天才秀才凡人に貴賤は関係ないのだから。

 

 

「『やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、ほめてやらねば、人は動かじ。話し合い、耳を傾け、承認し、任せてやらねば、人は育たず。やっている、姿を感謝で見守って、信頼せねば、人は実らず』……山本五十六大先生の言葉だ。一見誰にでも出来そうなことではあるが、立場や人間関係や利権やらで、やり遂げるのが困難になる」

 

「至言だよなぁ。……ん? これ子育てにも応用できるのか……?」

 

「ほう? 立派に父親をやっているではないか」

 

 

 ただ一つだけ思うのは。

 ……前世と今世、別人に見えるのは気のせいだろうか?

 

 

 

 




【星野 愛久愛海】
 原作主人公。転生者。双子の兄。他者の為に自信を犠牲にする等の似ている点があれども、根本的に『武士の死生観』とは異なるため、その差異が演じるうえでのネックになっている。あの『薩摩武士』を演じられる黒川 あかねは何者ですか?

【カミキヒカル】
 原作の推定黒幕。本作の変態。前世今世の差は『家名を背負っているかどうか』である。今世では自分のしたいことできるもんね。結果が炎上芸人である。これを前世で押さえ続けた大友家の凄さよ。


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124.戦争の火蓋

 なかなか仕事が忙しく、帰ったらいつの間にか気絶している今日この頃、いかがお過ごしでしょうか? もう少ししたら2日に1回のペースくらいには戻せそう。
 あと、これで主要キャラは出そろいましたね。今何話だと思ってんだ?
 感想お待ちしております。


 

 

「──えっ、あ、あっ、アイ……さん……?」

 

 

 事件が故意以外で自身の都合の良いタイミングで起こるはずもなく、出会ったがわからすりゃ、本当に理不尽で無慈悲だ。

 そんで事件は基本的に回避不能なものが多い。そりゃあ、避けられるのであれば全力で回避したいし、カミキヒカルに導春がシュゥゥゥーッ!されるのが分かっていたら、徳川の管轄などの小難しい話は全力で無視して、旧神木プロダクションに比喩表現なしで絨毯爆撃を決行するわ。こんなんが自身の勢力下のど真ん中に生えてるんだし、徳川も迎合してくれんじゃね?

 あ、今は神プロに爆撃は絶対しないよ? 兼定の奥さんの職場を壊すわけないじゃん。

 

 閑話休題。

 そして経緯説明。

 

 久しぶりにゲーセン行かね?という話になり、新生馬鹿共(アクアを含めた野郎どもの総称)と美少女sと軍師(笑)を伴い、学校帰りに安心と信頼の中央駅まで足を運んだ。

 何のバグか知らんけど、鹿児島県の高校生は校則でゲーセンで遊ぶことを禁じられている。古臭い慣習が根付き、鹿児島市内から少し離れれば田んぼと茶畑とパチンコ屋しか生えてない、ぺんぺん草すら生えない超絶クッソド田舎の鹿児島である。ゲーセンで遊ぶことを禁止した場合、鹿児島の健全な高校生は何して遊べばいいんだよ。パチンコか?

 

 しかし、ルールは破るためにある。(暴論)

 中央駅の上階にはゲーセンコーナーがあり、連日連夜で人が賑わっている。もちろん、ルールを破りゲーセンで遊ぶ同志共も集まっているのだ。

 ここには補導員の教員たちも見張っているのだが、昨今人手不足で苦しむレベルな教師陣も人間であり、全てを監視するには限界がある。こんなクソしょーもない見回りより、さっさと自分の仕事を終わらせたい……ってのが本音だろう。

 その教師陣の心理状況も踏まえたうえで、中央駅における補導員の警戒ルートや見回りの時間帯を、薩摩の考察班が念入りに調べ尽くし、安全な時間帯を見計らって俺たちは遊んでいた。黒川様の頭脳を余計なことに使うな。

 

 薩摩のチンパンジー4人でガンダム動物園(エセ格闘ゲー。治安がめちゃクソ悪い)をチンパンジーしていると、目をグルグルさせたルビーからヘルプを受ける。余程テンパっていたのか、ルビーの話を要約すると『パルスのファルシのルシがパージでコクーン』らしい。何言ってんのか分らんが、とりあえず緊急事態が発生したいので来てって言いたいのだろう。

 ちょうどゲームプレイ中だったので、近くにいた撫子に操作を半強制的に押し付け、ルビーの案内の元、発生源へと向かった。後ろから「え、ちょっ、これどう操作するっ、あっ、そこの馬鹿達は私を狙っ」と聞こえたが気にしない。

 

 事件現場に向かった第一声が、冒頭の台詞ってわけだ。

 見たまんまを描写すると、UFOキャッチャーの前にFXで有り金全部溶かす人の顔をしたアイ、超巨大グリブー(鹿児島のマスコット。緑の豚)を抱えた黒川様、珍しくしどろもどろに慌てているアクア。

 そんで、見知らぬ美少女。身長はアイと同程度、童顔タイプの可愛らしい少女で、なんか最近どっかで見たようなツラだが、よく思い出せないな。その少女はアクアに詰め寄る形で、魂が抜けているアイの姿に目を見開いている。

 ……ん? どっちかって言えばルビーの前世であるさりなさんに似──気のせいか。ちなみに冒頭の台詞は、その童顔の美少女から放たれた言葉だ。

 

 ……確かにパルスのファルシのルシがパージでコクーンだわ。

 カオスと言い換えても通じるだろう。

 帰っていいですか?

 

 

「……ルビー、あれは何?」

 

「私には救えぬものじゃ」

 

 

 ダンブルドアのモノマネで返してくる宝石妹。

 この義娘は俺であれば解決できると本当に思っているのだろうか。あの中に関係者面して割り込んでいく勇気は持ち合わせていないんだけど。

 

 俺は少し思案したのち、ルビーに笑いかける。

 

 

「今日の中央駅ゲーセンの補導員って誰だっけ?」

 

「えっと……あ、山田先生じゃん」

 

協力を仰ごうか(全部押し付けようか)

 

 

 ──俺たちが遊んでいるエリアとは別方面に居た、アイたちの担任である山田教諭。開口一番に「補導してもいいんで助けて下さい」と頭を下げに行くのだった。

 でも状況説明したら「ゲーセンの件は見逃すから、これ以上先生の胃を刺激しないで欲しい」と土下座されました。教員としてどうなのかと思ったが、日ごろウチの母娘が盛大に迷惑かけていることを考えると、これ以上の言葉は出て来なかったのである。

 

 

 

   ♦♦♦

 

 

 

「……有馬 かなです。よろしくお願いします」

 

「これはこれは、ご丁寧に。島津 桜華です。以後お見知りおきを」

 

 

 立ち話しも何なのでってことで、ゲーセン近くのレストランに移動した少女と星野家+α。少し離れた席から、薩摩在住組が密かにこちらの様子をうかがっている。俺もあっち側に行きたかったけど、アクアがどうしてもって言うからさぁ。

 アクアとルビーは元学校の先輩、アイは一度だけ会ったことあるのかな的な関係。皆が何かしらの繋がりがある中で、俺だけが完全に部外者だ──と、自己紹介をするまでは思っていたのだが、自己紹介の段階で俺は思い出した。

 

 前にアクアが言ってた子じゃん。

 肥前の有馬の人じゃん。黒川様から警戒しなくていいって言われたから、記憶から早々に削除してたわ。

 

 その肥前の有馬さんが鹿児島に侵攻してきた経緯は、長々と語られる言葉を要約すると、なんとウチのアクアが目的で来たんだとか。忠影が関与している舞台の役者に抜擢された彼女だが、一足先に鹿児島へ来たらしい。もちろん上司のカミキなヒカルにも了承は貰っているらしく、なんと自費でド辺境まで足を運んだと。

 中央駅まで来たまではいいが、肝心の主目的であるアクアはどこ居んの?って話になり、情報収集と観光がてら中央駅を散策していたところ、なんか見知った顔が複数いて近づき、今に至ると。豪運どころの話じゃねぇな。

 

 ……ところで、どうして肥前の有馬さんはアクアを睨んでいるんだろうか。

 コイツ目的で来たんじゃないの?

 

 

「──まぁ? コイツが今何してんのかなぁって。たまたま。そう、()()()()用事があったから、ついでに来てやったんだけどぉ? ……まさか、アイ似の女を侍らせてるとか思わなかったわ。はー、やっぱりそういう?女が好みですか。ツラですか。えぇ? 好みの女のケツ追っかけて鹿児島に移住したってワケですか」

 

 

 まるでゴキブリを見るような目だった、ということは明記しておこう。アクアに対する感情が刺々しくて居たたまれないんだけど。

 ルビーが前に「口が凄く悪い」と評価した点も頷ける。と同時に、アクアへの口撃が続いてはいるが、あそこでオムライスやらナポリタンやら食ってる兼定(ボケ)未来(アホ)に比べたら遥かにマシである。確かに彼女はライン超えた発言する時もあるが、ウチの未来はライン超えどころか反復横跳びするからね? 兼定はラインをラインと思ってない。

 

 それと誤解は正しておこう。

 アイはUFOキャッチャーでグリブー(緑の豚)を取れず、数千円ほど散財した現実から立ち直れてないし。後にルビーから7,000円ちょっと使ったと聞いたときは、諦めの悪さと不器用さに呆れてしまったが。どんだけグリブー(豚)を取りたかったんねん。

 

 

「あー。有馬さん。このFXで有り金全部溶かす人の顔をしてるのが、星野 アイ。アクアとルビーの親戚で、俺の恋人だ。そこんとこヨロシク」

 

「……へ?」

 

「アクアの彼女じゃないから安心してくれ」

 

「……あー、あー。そういうことね!? あは、あははっ! あー、そうよね! こんなネクラナルシストに彼女なんていないわよね!? アクア、本当にごめんね!?」

 

 

 これ翻訳すると「アクアに彼女がいなくて本当に良かった」ってコトだろうか。ウチにも意訳使わんといけないくらいひねくれた(兼定)がいるもんでな。

 けれども、ここまで分かりやすい反応している女の子は見たことないなぁと思いながらも、その発言を聞いて「言い過ぎだろ」と冷静に対応しているアクアの凄まじさよ。女の子を扱いなれているわ。まさかなんだけど、気づいてないってことは……ないよね? ねっ?

 

 と、とりあえず!

 念のためにぃ!?

 ストレートに言って反応見てみるか!

 

 

 

 

 

「有馬さんって、大好きなアクアのために鹿児島へ来たってことでファイナルアンサー?」

 

「へっ!?」

 

「は?」(威圧)

 

 

 

 

 

 あ、すまん。

 ルビーの地雷踏んだわ。(死)

 

 

 

 




【有馬 かな】
 陽東高校の2年生。アクアとは子役時代で共演。本作唯一のツッコミ枠。アクアと奇跡の再会を果たすが、現段階では妹枠が彼を狙っているとは思ってない様子。そりゃそうだ。以降、薩摩組のボケ倒しへのツッコミを一身に背負う。


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125.隔岸観火

 未来視点です。
 隔岸観火(かくがんかんか):他人の災難に対して手を貸して救おうとせず、ただ傍観していること。
 感想お待ちしております。


 修羅場を安全地帯から眺めながらのオムライスは格別である。そろそろ16歳になろうという時期に、僕はそんなアホなことを考えながら、対岸の火を眺めていた。それはこのテーブルを囲む他5人も同じ気持ちであり、それぞれが各々の思惑で惨事を見つめている。

 個人としてはアクアのことを助けてやりたい気持ちは山々だけど、流石に修羅場に火中の栗を拾う趣味はない。しかも、最近人気急上昇のマルチタレントである有馬 かなちゃんと、血の繋がった妹兼前世の終末患者のルビーちゃん間の戦争だ。どっちに転んだとしても、面倒になる先しか見えないのは、ここに居る全員が思うことだろう。

 

 

「いい感じに桜華が双方の間に座っているのが、また滑稽ですね」

 

「独ソ戦かよォ」

 

「ポーランドのことを桜華って言うのやめてあげなさい」

 

 

 ナポリタンを食す兼定の表現も言い得て妙だった。

 元天才子役と一番星の娘の間に挟まれながら、互いの口撃をなんとか諫めようと言う努力は見て取れるけど、そんなんで止まるのであれば最初から修羅場になってないよね。

 アイちゃんは魂抜けてるし、アクアは自分が口を挟めば挟撃されるのが目に見えているので無言。

 

 本当に桜華は()()()()よねコレ。

 アイちゃんと会ってから、こういう暴力ではどうにもならないような状態に巻き込まれやすくなった気がするよ。体力じゃなくて精神がゴッソリ持っていかれるタイプの。

 

 僕なら絶対巻き込まれたくないけどさ。

 巻き込まれるモノ好きなんて──

 

 

 

 

 

「……いいなぁ、かなちゃんとお話しできて。桜華君、羨ましいなぁ。代わってくれないかなぁ」

 

「「「「………」」」」

 

 

 

 

 

 あかねちゃんの呟きは聞こえなかったことにしよう。

 同時に、コレがアレかと僕は内心悟るのだった。

 

 思い出したのは、前に咸が『忠影とあかねちゃんに共通点がある』という評価。最初は、何を言っているんだコイツと思わなくもなかったけど、咸は忠影のことを『反転アンチの厄介オタク』と見ているので、その視点で考えると、確かに似てなくもないなぁって思う。

 というかあかねちゃんって、かなちゃんのファンだったんだねぇ。

 しかも、店に入るまでの短い時間だったが、双方が知っているような関係にも見えた。どういう繋がりがあるんだろ? 考えられるとすれば……子役時代?

 

 あかねちゃんに話を聞いてみたところ、やっぱり子役時代に何かあったらしい。意外だなぁ、あかねちゃんがそんな厄介なモノを内に秘めていたとは。

 僕は人間味あって好きだけど。

 いつの時代も、勝手に信じては勝手に裏切られたと思い込む馬鹿がいるからね。理想の島津像を追い、結果的に失望した忠影も。憧れとのギャップで失望してしまったあかねちゃんも。……姉貴とくっつくもんだと勝手に思って、裏切られたと思ってしまった僕も。

 

 

「それにしても、ルビーちゃんも中々だけど、対面しているかなちゃんも口撃力高いよね。痛いところを的確に狙ってくるの、僕もルビーちゃんの立場なら反論が難しいだろうなぁ」

 

「愚弟も知っているでしょう? 古今東西、一部の例外を除き、口で男が女には敵わないのよ。女が男に腕っぷしで敵わないように」

 

「知ってるよ、馬鹿姉貴」

 

 

 だから桜華も防戦一方だし、アクアは参戦すらしないんだろう。

 劣勢でこそ輝く島津節だけど、まぁ、姦しい女同士の口論じゃ分が悪いよね。

 

 

「お? 二人の標的がアクアに向いたねぇ」

 

「こいつァ、あのマザシスコンも年貢の納め時か」

 

「納め時も何も、彼が渦中の元凶でしょう? 同時に巻き込まれた側でもあるけど」

 

 

 人気女優に見つかった以外は特に悪いことをしてな……いや、見つかったこと自体もそこまで悪いことじゃないけど、そこでレモネードを優雅に飲んでいるクソ姉貴の言っていることも分らんでもない。アクア的には遺憾の意砲案件だろうけどさ。

 精神年齢的には最年長であるアクアは、この危機をどう乗り越えるのか。

 これは面白くなってきた。

 

 

「ここでアイさんが正気を取り戻しましたね。何をトチ狂ったのか知りませんが、グリブー(緑の豚)と可愛らしいウサギのぬいぐるみを集めるのがマイブームになっているそうですよ」

 

「それ聞いた。桜華がアイちゃんの部屋を『養豚場』とか言ってた気がする」

 

「……アイさんはアイツを『優しい』とか言ってるけど、桜華って普通に性格悪いし、言葉選びも下手よね?」

 

「姉貴がそれ言う?」

 

「……このグリブーぬいぐるみをあげたら、アイちゃん席代わってくれるかな?」

 

 

 バーサーカーを育成する薩摩教育において、その最たる桜華は『空気を読まない』ことがある。敵中突破なんて頭島津じゃないと考えないようなことを、平気で実行に移すような馬鹿なのだ。前までは戦時下のみで協力を発揮してきたそれだが、アイちゃんに仮面を破壊された現在では、それが日常にも垣間見るようになった。

 それは明らかに『良くないこと』ではあるが、アイちゃんによって嘘の仮面をバッキバキに壊され、本当の自分を模索している最中の桜華なので、そのうち鳴りを潜めるようにはなるだろう。

 それまでにアイちゃんからの再教育によって、2.3人くらい家族増えそうな気がするけど。

 

 

「──アハハッ、やっば、さっすがアイちゃんだよ」

 

「本当にヤベェなァ! アイツ! ここで店員呼んで注文するか普通!?」

 

「いいではありませんか。ちゃんと人数分のデザートも注文しているでしょう? 桜華と同様に空気読まないことがありますが、彼女は根が善人ですからねぇ」

 

「空気読まない同士、案外ベストカップルなのかしら?」

 

 

 一番星の予想外の行動に、思わず飲んでいた水が気管支に入るところだった。人数分のデザートをチョイスしつつ、自身はがっつりカルボナーラとかガッツリ食う気満々なのもグッド。やっぱり最高だよ、あの元人気アイドル。

 咸と姉貴は彼女の奇行を空気を読んでない判定しているが、僕は逆に空気読んでいると思うよ。エンターテイナー的な意味合いで。

 これ結局は桜華が会計持つんだと考えると、さらに面白い。

 

 

「聞こえない、聞こえないよ。え、あれ何て言ったの? 咸、聞こえた?」

 

「ここでも聞こえませんでしたが……いやはや、有馬さんとルビーさんの赤面した顔、アクアのすまし顔から察するに、殺し文句でも吐き出したのでしょう」

 

「(かなちゃんっ、かなちゃんっ)」

 

「バカップルがチベットスナギツネ顔してるわ……」

 

 

 ナポリタンを食い終えた兼定は腹を抱えて声を出さずに笑っている。必死に堪えている感が半端ない。

 天下のマルチタレントは腕を組みながらそっぽを向いているが、耳まで赤くなっているのを見逃す僕ではない。そしてアイドル志望の顔面偏差値の暴力は、口元を手で覆って明後日の方向を向く。手の内ではどのように口元がほころんでいるのやら。

 後でどんな言葉を発したのか、桜華に聞いてみようかな。

 

 

「身内であんな修羅場見ること自体初めてなのだけれど、彼的には女優の彼女と妹さん、どちらを選ぶのかしらね? 私としては……妹さんに1票ね」

 

「桜華的には銃創ペロペロ女とアクアの野郎がくっつくのが、精神安定上の最善だろうが……なァ? アイの娘ン過去を考えると、野郎以外にルビーを幸せにできる奴が地球上に存在すンのか?」

 

「私は……ルビーちゃんの気持ちも分かるけど、かなちゃんも応援したいなぁ」

 

 

 相手がいないか、相手がもう確定事項な面子の中で、アクアの『どちらを選ぶのか?』は、僕らの中でもものの見事に意見が割れるのだった。最終的には彼の意志が重要だと分かっていても、だ。

 当事者ではないからこそ笑って議論できるのだ。

 桜華は絶対に笑えない立場にあるのが、面白さに拍車をかける。

 

 

 

 

 

「……ちょっと待ってください。たとえインモラルであろうと、アイさんがルビーさん側につくのであれば、半自動的に鬼島津とご隠居は、ルビーさん側ですよね? そして、あかねが有馬さんを応援する以上、税所家と他家──それこそ過半数が有馬さんを応援する流れに追随するかと思われます。……これ、ちょっとした内乱案件では?」

 

 

 

 

 

 島津宗家と分家がルビーちゃん陣営、税所家他あかねちゃんに恩のある他家のかなちゃん陣営、島津勢力を二分する内乱を示唆する咸。考えてみるとありえなくない話に、その場にいる全員の表情が固まる。

 ただの修羅場かと思っていたけど、もしかしなくても大変なことになるのでは?

 

 

 

 



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126.壮大なる包囲網

 ルビー視点回です。
 アイが薩摩を引っ掻き回したし、じゃあアイ以上のポテンシャルを持つルビーは何をやらかすのか。
 感想お待ちしております。


 考えが甘かった。

 迂闊だった。

 私はロリ先輩の行動力を舐めていた。……そうだよね、みなみもそうだったし、恋する乙女の行動力の底知れなさは、自分がよく知っているはずなのに。

 滞在期間が長くなるロリ先輩に、お兄ちゃん先生とパパママが同行している。ロリ先輩は鹿児島へ来たのは初めてって言ってたので、ホテル周辺にある雑貨店やコンビニとかを、地元民のパパママ主導で案内するんだとか。

 その間に、みんなは税所家別荘(私たちの自宅の隣の隣)に集まって緊急作戦会議を行うことになった。ママのように時間をかけてゆっくり外堀を埋める作戦は少しずつやってたけど、ライバル登場ともなればうかうかしてられない。

 

 あかねちゃんと咸君は言わずもがな、不良とマイペース、マイペースのお姉ちゃんでもある撫子先輩も参加してくれることになった。そして──

 

 

「……どうして、コイツがここ居ンの?」

 

「『コイツ』とは随分な物言いだな、お供その30(伊集院 兼定)

 

 

 ──自宅前で合流した忠影君(同士)もいる。

 先のレストランから帰宅し、途中で現次期当主候補も合わさり、計7人の大所帯がココに集まった。私の計画に賛同してくれた人たちが。

 

 

「ここに僕たちを呼んだ理由……ってのは、正直言わなくても分かるよ? あれはダークホースだねぇ。しかも、幼少期からの知り合いときた。アクアも隅に置けないんじゃない?」

 

「常識的に考えて、どれだけ前世今世含めて付き合いの長さを提示したところで、分が悪いのはルビーさんですからね。彼もルビーさんのアタックを諦めさせるために、遠目からのやりとりで満更でもなさそうな様子を踏まえると……有馬氏を選ぶ可能性も捨てきれません」

 

 

 お兄ちゃん先生がスケコマシ三太夫なのは周知の事実だし、ロリ先輩が何となくアクアを狙ってるなぁ程度には思ってたけど、物理的に距離が遠くなったので、そこまで慌てる必要はなかった。アクアに告白するような薩摩の女共もいたが、外見は芸能科の面々で目が肥えているだろうし、性格もこんな短時間の交流で分かるはずもなく、そんじょそこらのメスに靡くようなお兄ちゃん先生じゃないのは知っている。

 せめてアクアと同じ産道通るか、アイ並みの顔面用意してから出直してほしい。

 ……なんて楽観視してたら、ママには遠く及ばないけど、別ベクトルのロリ先輩(美少女)がド辺境まで来てしまった。これは困った。

 

 

「どれだけ顔面偏差値の暴力があろうと、前世の縁があろうと、結局は妹でしかないことには変わりない。それを覆すだけのアドバンテージがあるかって言われたら……正直厳しいわね」

 

「現状、お供その7022(星野 アイ)が使った、島津総動員の藤井八冠並みの詰将棋戦法は使えん。島津にとって、今の瑠美衣にそれをするだけの価値はない」

 

 

 撫子先輩と忠影君の言葉に、想像以上劣勢な私の状況を再認識する。

 私はお兄ちゃん先生に言えることなんだけど、島津のみなさんは私たちに価値を見出していない。ママの状況が特殊だっただけであり、あくまでも『星野 アイの子供』としか見られてない。

 

 と、なると。

 私のインモラルな夢を叶えるためにも、彼らの協力が必要な私に残された道は一つ。

 

 

 

 

 

「うん。だから──パパを島津家次期当主にする(大きな恩を売る)

 

 

 

 

 

 私はあかねちゃんのように、持続的に彼らに貢献できるような能力は持ってない。そうなると、私ができる範囲で大きな恩を売り飛ばし、私の結婚に協力してもらえる環境を作るしかない。

 忠影君は自分が次期当主に相応しくないと思っているし、パパも忠影君と仲直りしたいと思っているし、島津の人たちもパパが相応しいと思っている人が多い。そんな話を忠影君とパパ、そして咸君から聞いたとき、私がこう思った。「これパパが次期当主になればすべて解決するじゃん」と。

 

 それを提案したら、賛同してくれる仲間がこんなに集まった。

 これなら割と簡単にパパが当主になれるんじゃないかって期待したけど、現実はそんなに甘くなかったけどね。

 

 

「問題点が二つ。一つは、既に桜華が候補から降りている点です。既に継承権を破棄した者が、再び名乗りを上げる前例を作れば、家督争い激化の要因になってしまいますよ。二つ目は……言わずもがな、桜華にやる気がさっぱり微塵もないってことですね」

 

「……どうして桜華君は当主になりたくないのかな? 咸君は何か知ってる?」

 

「素質があるのと、やりたいのとは別問題かと。あかねだって、もし対魔忍の素質があるからと言って、対魔忍にはなりたくないでしょう?」

 

「その二つは同列に扱っていいの?」

 

 

 たいまにん? 二人が何言ってるのか分からない。

 後でお兄ちゃん先生に意味を聞いてみたところ、普段のクールなアクアとは別人なくらいに怒りながら「ちょっと五代を殺してくる」って追いかけ回していた。

 

 

「あとは桜華を説得するか、桜華と現当主が覆せないレベルの支持を集めること。前者は簡単そうに見えて、あの洒落にならないくらいの頑固者の意見を変えるのは、アイさんくらいじゃないと厳しいでしょう。そして、彼が本気でやりたくないことを、彼女がさせるはずがありません。となると、自然と後者になりますね。税所家は懐柔済です」

 

「桜華包囲網を形成して、『はい』か『YES』しか言えないような状況を作れってことね。とりあえず種子島家は賛同したよ。させたよ。拒否権は与えなかったよ。姉貴が」

 

「こっちも渋ってたが、まァ、支持するって話だったわ。……マジで『みなみの親友からの頼み』ってダメ押しで、手のひら返すウチのババァ何なンだよ」

 

 

 他にも新納先輩の実家の人たちも応援してくれるって話だし、咸君の話だと薩摩を拠点とする人たちの懐柔は良好、大隅はぼちぼちって話だって。

 そして問題は……私が死んで、私とアクアが生まれた県。

 

 

日向(宮崎)の連中だよなあァ。アイツら何考えてンのか分かんねェ」

 

「少し前までは大友方だったもんね」

 

 

 むぅ、そんな上手くいかないっか。

 すぐに終わるとは思ってなかったし、時間をかけてやるべきことだけど、私としてはどうしても早く実績を作りたい。お兄ちゃん先生と思う存分イチャイチャしたい。

 

 

 

 

 

「──む? 何を悩んでいる、お供共。既に日向は懐柔済だぞ?」

 

 

 

 

 

 と、忠影君はつまらなそうに口にした。

 私としては「ナイス!」と手を叩いて喜ぶ心境だったけど、あかねちゃん以外の薩摩組は唖然とした表情で彼を見ていた。

 

 

「……え、マジ? 冗談でも笑えないよ?」

 

「ふん、その程度の雑務を私がこなせないとでも? 甘く見られたものだな、お供その31(種子島 未来)。日向の80%程度あれば十分だろう? こちらに引き込むなど造作もない」

 

「どうしよう、やっぱコレが次期当主やった方がいい気がしてきたんだけど」

 

 

 マイペースの発言に対し、忠影君は「私は裏方向きだと再三言っただろうが」と愚痴をこぼす。まぁ、仕事のできる忠影君が、パパを支えていくって構図はいいよね。ママと一緒に活動していた『B小町』的な。

 ……あ、ごめん。なんか『ママがセンターに立って、後ろでママと同じアイドル衣装で踊る薩摩組』を想像して吐きそうになった。ママの魅力でも相殺できなかった。地獄だった。

 特にフリッフリの衣装を着た不良はダメだった。

 

 

「こうなると……あと私たちができることって何だろう?」

 

「貴女は引き続き税所家のドM共が余計なことをしないよう見張っておくのと、支持率上げじゃないかしら? ……これ軍師の仕事じゃないわよね? やってること議員選挙と変わりないんだけど」

 

「似たようなもンじゃねェか」

 

 

 撫子先輩は「それでも桜華を押し上げられるか微妙なところだけど」と呟く。

 うーん、島津家って三州が範囲って聞いたから、そこを抑えれば何とかなると思ってたけど、それでも足りないかもしれないのかぁ。えー、他に何すればいいんだろう?

 

 私は少し悩んで、ちょびっと悩んで、すっごく悩んで。

 この時、アクアならどうするだろうって考えて、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ」

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「「「「「……は?」」」」」

 

 

 

 




ルビー「みなみって……島津の人たちからはどういう印象なの?」

未来「暴力装置の操作ボタン」

咸「難攻不落の城塞を堕とした、城攻めの名手」

撫子「聖母」

あかね「何がとは言わないけど。正直、羨ましい」

兼定「遺憾」


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127.一方そのころ

 ルビーたちの作戦会議の裏側です。
 感想お待ちしております。


 あと重要なお知らせをあとがきに記載しています。
 目を通して頂ければ幸いです。


「なんというか……鹿児島って、もうちょっと田舎だと思ってたわ」

 

「有馬先輩の感想はもっともだと思います。ここが鹿児島市内って事、九州新幹線の終点である事、そんで鹿児島国体が近いゆえに改修等が各地で行われている事。以上の理由から、数十年前と違って近代化してるんですよ」

 

 

 バスから降りた俺は、アイとアクアとロリパイセンを引率して、天文館ぶらり旅を楽しんでいた。長期間滞在することを考えると、パイセンが予約したホテル付近の地理を伝えた方がいいのでは?という話になり、白羽の矢が立ったのが俺である。

 お手元のスマートフォンをお使いいただければ、ある程度の情報が手に入るであろう昨今。それでも、穴場スポットの情報は地元民の間でしか語られないときもある。天文館周辺は鹿児島でも五本の指に入るくらい近代化されているので、そう穴場スポットがあるわけでもないが。

 

 だって、アイと会うまで天文館とか中元歳暮買う時ぐらいしか来ないし。

 俺同行する意味あったんだろうか?

 

 

「あ、そうだ。有馬先輩、LINE交換しません?」

 

「……あら、何が目的?」

 

 

 まだアクアの付属品的な認識なのか、ジト目で俺を睨むロリパイセン。

 芸能人として、そうホイホイ個人的な連絡先を渡すような馬鹿な真似はしないか。特にマルチタレントとして大活躍しているパイセンなら猶更だろう。

 

 どう説明しようか悩んでいたところ、助け舟を出したのはアクアだった。

 

 

「有馬、コイツはお前の連絡先を悪用するような人間じゃない。お前も芸能人とあまり関わらないスタンスだろ? どういう風の吹き回しだ?」

 

「この後説明するよ。先輩、自慢じゃないですが、俺地元ではそこそこ顔が利くので。俺のLINEは使えると思いますよ? 何なら鹿児島離れるときにLINEブロックしても構いません」

 

「まぁ、そういうことなら……」

 

 

 アクアの指摘する通り、あんまり個人LINEを教えない俺だが、相手は仕事相手予定の人物兼、アクアの知己でもある。ロリパイセンの連絡先を知っておくに越したことはないだろう。アクアがボソっと「顔が利くとかいうレベルじゃねぇけど」と言った気がするが気にしない。

 俺と有馬先輩間で交換し、ついでにアイもちゃっかり交換している。

 

 

「……ところで、アイ……さん。コイツ(アクア)とはどういう関係で?」

 

「親戚だよっ」

 

「アイドルの『アイ』って人に似てますよね」

 

「似すぎてビックリするよねぇ」

 

「……つまり無関係、と?」

 

「私はその『アイ』って人と会ったことないよ?」

 

「……いやぁ、え、洒落にならないくらい似てるわ。『アイ』の隠し子って言われても違和感ないわ」

 

「人類の神秘だねっ」

 

 

 アイはとりあえずロリパイセンには「全くの無関係」のスタンスを貫くようだ。有馬先輩はこちら側の人間じゃないので、そこを元人気アイドルの少女は配慮しているのだろう。どこかしこにアイの転生体を言いふらそうもんなら、それこそ大変なことになるもんな。島津でも知っているのは一握りだし、本当に必要最低限で留めている秘密だ。五反田監督は……どうして巻き込まれたんだろう?

 有馬先輩の所属が神プロだからってのも理由の一つかもしれない。

 

 

「さて、質問タイムはそれくらいにしてっと。有馬先輩、こちらのタブレット端末をご確認ください」

 

 

 軽くタブを操作して、映し出すのはホテル周辺の地図。

 これから長期間限りだが、有馬先輩が見ることになるであろうマップっすね。

 

 

「最寄りのコンビニだとセブンがココ。ローソンが一番近いココ。ファミマは……ちょっと遠くなるかな? ココにあります。好きなタイプを選んで使って下さると幸いです。百均がこの道から入って……こうして……ココ。薬局はこの通りに馬鹿みたいに点在してます。あとは……案内した方がいいところってある?」

 

「まとめて複数の買い物をしたいなら、『山形屋』か『マルヤガーデンズ』か『センテラス』がいいかも。ある程度の物は揃うんじゃないかなぁ」

 

「有馬、アイが挙げた店舗はこの3カ所だ」

 

 

 俺が提示した地図に、薩摩に住む他二人が書き込みをしていく。こうして一目で主要施設が分かる鹿児島県民によるオススメマップが完成するのだった。

 ちなみに、タブを覗き込んでいるロリパイセンに、マップに書き込みするためにアクアが顔を寄せた際、意識しているのか赤面してあたふたしている若手女優さんの構図に、何か心にグッとくるものを俺は感じた。ルビーに見せられんなコレ。

 そして、アクアがここまで気にかける人間も珍しい。

 

 しゃーない、有馬先輩の健やかなる鹿児島ライフのためにも、俺も一肌脱ぐとしよう。

 俺は一枚のカードを彼女に渡しながら、天文館周辺マップの一部を黒く塗りつぶす。

 

 

「このエリアは年齢的に近づかないで下さいね。年齢的にもアウトですし、特に夜なんかはココ一帯はマジで危ないです。先輩は特に美人ですから、この治安の悪い区画には近づかない方が賢明かと」

 

「美人って言われてここまで嬉しくないのは初めてだわ……」

 

「──で、もし変な奴らに目ぇつけられた場合、この5カ所のクラブに昼夜問わず駆け込んでください。最初は怪訝な顔されるかもしれませんが、その渡したカードを見せてくれれば、先輩を物理的に守ってくれます」

 

 

 どうしてもクラブやバー、他諸々の未成年お断りな店舗群が立ち並ぶ区画だと、半グレや暴力団員等が闊歩しているときがある。

 人が集まる場所がある以上、こういった危険区画ってのはどうしても出来てしまう。どれだけ規制しようとも、な。なので俺たちも先ほど示した場所を隠れ蓑として、抑止力として点在させているのだ。主に咸が。

 このカードも咸が俺に手渡したものである。カードにはICチップ等の色々な小細工がしてあるらしい。小難しい説明をされたのでよく覚えてないが、アイツの経営するクラブにコレ持って入ると、彼女が特別なお客さんってのがすぐ分かる仕組みらしい。凄いね。

 

 

「……アクア、コイツってもしかしてヤクザとかのヤバい人だったりする? カタギじゃない感じ? こういう情報知ってるのとか、普通にクラブ案内してるの怖いんだけど」

 

「コイツはヤクザじゃないよ」

 

 

 ヤクザよりヤバい薩摩武士ですから。

 不審人物を見るような目を向けてくる彼女に、喉まで出かかった言葉を飲み込んで微笑む。

 

 完成した地図を有馬先輩のLINEへと送る。

 これで当面の間は生活できるはず。もし分からないことがあったら俺、又はアクアに連絡するよう伝えた。雑談も交えながら案内していたせいか、いつの間にかホテルの前へとたどり着いた。

 

 

「以上で説明終了……だっけ? 他に有馬先輩に忠告した方がいいことある?」

 

「うーん……あ、一つだけ」

 

 

 アクアは思い当たらなかったらしいが、元アイドル少女は少し悩んだ仕草を見せ、思いついたように真剣な眼差しでロリパイセンへと念を押す。

 

 

 

 

 

「──桜島上空の風向きに気を付けて!」

 

「「それだっ!」」

 

「え、山の風向き?」

 

 

 

 

 

 有馬先輩は「そんなの気にするの?」みたいな顔をしたが、洗濯物を干さずとも脅威であることに変わりはない。

 

 

「有馬は知らないかもしれないが、あの活火山は頻繁に爆発する。そして灰が高頻度で降ってくる。……この前、妹がやらかして俺の服全般が大変なことになったぞ」

 

「コンタクトレンズとかつけてません? まぁ、つけてなくても降った後の火山灰は大変ですからね。目に入ろうもんなら大惨事です。風が強い日は、あまり外に出ないことをお勧めします」

 

「髪もゴワゴワするからケアが大変なんだよねぇ。ルビーも火山灰で泣いてたし」

 

「まず頻繫に爆発する事実に泣きそうなんだけど……」

 

 

 有馬先輩はボソっと「ヤバいところ来ちゃった?」と呟くのだった。

 概ね正解。

 

 

 

 




【重要なお知らせ】
 今章、次章のプロット製作で、数か月ほどエタります。まぁ、最近の進み具合を見て頂ければ一目瞭然ですが、再構成の物語な関係上、ちょっと考える時間を頂くために休載させていただきます。
 暇つぶしで読んで頂いている読者の皆様方にも、ご協力・ご理解いただけますと幸いです。



 その暇つぶしが消えるのもアレですし、生存報告の意味も込めまして、前々から考えていた「原作知識を持って転生して幼少期のアイと接触する『アイ生存ルート』の物語」を新作として不定期に投稿しますので、目を通して頂ければ幸いです。一応は原作準拠(予定)なので、お手すきの際に目を通して頂ければと思います。
 タイトルは『流星群に願いを』の予定です。
 それでは、新作か数か月後でお会いしましょう。


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