ヒッキーアーカイブ (半濁音)
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難易度☆ ミレニアムサイエンススクール


ウチのヒッキーは大学生ヒッキーになりました。


 

 

 

 

俺の名前は比企谷八幡。生粋の文系人間である。

色々とやらかした高校生活を経て、専業主夫になると言う夢を追うがてら教育学部に進学し、教師のなんたるかを学んでいた。

 

 

 

しかし。いつの間にかキヴォトスと言う可愛らしい女の子たちが白昼堂々ドンパチしているやべー学園都市に連れて来られ、挙句の果てには先生にされた。何を言ってるのかわからねーと思うが俺も(以下略

 

連邦制会長?って人が俺を指名したらしいが、俺はその人と会った事がない。つまりは知らない間に認知されて拉致られたって事になる。なにそれ怖い。戸締りしとこ…。

 

 

んで、もう一つの怖い所。それは俺が顧問を務める事になった独立連邦捜査部(シャーレ)と言う部活の権限について。

 

俺が連れて来られたキヴォトスは学園都市と言うだけあって、随所に学校が点在しており、其々の自治区が制定されてある。つまり無断でその学園に所属していない生徒は立ち入ることができないと言う事だ。

 

シャーレはそこを無視できる。無視できてしまう。

 

便宜上部活と呼称しているが、その実各学園で制約なしで戦闘行動が出来る上に、際限なく生徒たちをシャーレの部員に出来る超法規的組織と言うのが実態となる。

 

アホみたいな権限を持っている一種の超勢力。それがシャーレ。

謂わば実力行使と法的強制が許された政府。それがシャーレ。

トップが戦争や政争とは無縁の場所に居た大学生。それがシャーレ。

 

まあ、完全に厄ネタ押し付けられて放置された訳だ。解せぬ。

 

 

 

 

 

 

俺としても妹の晴れ姿を見ないままにこの場所で一生を終えるつもりは無いので、さっさと先生としての役目を終えて帰るに限る。シャーレの部室にエターナルヒッキーするより、経験だと割り切って仕事してる方がマシだ。動かなきゃ不安で死にそうなんだよ。

 

シャーレの先生として働く事に決めた俺は今、何をしているのかと言いますと…。

 

 

「ちょっと先生、聞いてますか!」

 

「聞いてる聞いてる。…好きな食べ物についてだったか?」

 

「このレシートの事についてです‼︎」

 

ダンッ、と彼女が執務机を叩けばそこに積まれた書類が跳ねる。

 

彼女の名前は早瀬ユウカ。ついこの間に行われたシャーレ奪還作戦に協力してくれた生徒の一人。ミレニアムサイエンススクールのセミナー、詰まる所生徒会の会計を務めているそうだ。

 

この紋所が目に入らぬか、と言う風に左手で突き出されたレシートは、俺が昨日シャーレの一階にある『エンジェル24』で購入した物が記載されてある。

 

「お酒はまあ、先生は大人ですから嗜む事もあるでしょう。ですが煙草は看過できません!百害あって一利なしと言われている最たる物でしょう!」

 

「一日に2本くらいしか吸わねえし大丈夫だって。飴でも舐めて落ち着け」

 

「あっ、いただきます………って違うっ!煙草については百歩譲って良いとしても、この練乳×10って!糖尿病志望でもあるんですか⁉︎」

 

俺にとって糖分は血潮でありエネルギー源ですしおすし。土下座でもすれば見逃してくれるかな。

 

明後日の方向へ視線を投げると、再度執務机を叩かれる。マグカップに入った糖分MAXコーヒーが溢れそうになり、急いで退ける。

 

「もう見てられません。家計簿出してください」

 

「はっ?いや、なんで?」

 

「問答無用です!先生のお財布も糖分も私が管理します!」

 

「俺のプライバシーはどこに行ったんだ」

 

最近の子はこんなにグイグイ来るものなのん…?俺の様な勘違いし易い男に何の配慮もなされていない。ホント世知辛くて泣いちゃいそう。

 

 

そんな感じで過去三日間の領収書を引っ張り出して整理を開始した。早瀬が。こう見てると夫を尻に敷く妻の姿なんだよな…。本人には口が裂けても言わんけど。

 

頬杖を付き、『何なんですかこの出費は』とか『お昼ご飯マトモに食べてないじゃ無いですか』とかぶつくさ文句を垂れながらカリカリとペンを走らせる早瀬を見る。こうもしっかりされると専業主夫という名のヒモを志していた俺が滑稽に思える。遠回しな精神攻撃は辞めてくれると嬉しい。

 

「…もうっ。こんなに甲斐甲斐しく先生の財布を締める役目なんて、私しかやらないんですからね?」

 

「えっ、何その言い方。お前俺の事好きなの?」

 

「好っ……⁉︎」

 

早瀬の握っていたペンが滅茶苦茶な曲線を描いた。頬に桜を散らし、言葉にならない抗議の声を上げている。

 

対する俺も正直、今の発言は流石に気持ち悪さが天元突破してんな、と思った。何でもパワハラモラハラセクハラになるこのご時世、今よりも拗らせに拗らせまくっていた頃から続くイタい発言をしてしまう癖を治さなくては。

 

「悪い、今の発言はナシで」

 

「そ、そうですか…。ま、まあ?私以外の生徒にそう言った事は口に出さない方が賢明かと」

 

「わーってるよ」

 

ペンを握っていない方の手で風を送りながら、何故か少しだけ笑みを浮かべている様に首を傾げ、まあ良いかと思考を停止してタブレットに表示された情報に目を通して行く。

 

暫しの静寂。液晶画面と指が擦れる音と、早瀬がペンを走らせる音だけが執務室に響いている。一定間隔で此方に視線を向けられるが、大した用事でも無いだろうと動かない事にした。

 

 

右往左往としていた早瀬の瞳が此方を向く。どうやら余りの静寂に痺れを切らしている様で、口が音を発さず開閉して話題を探している。

 

「先生は何をしていらっしゃるんですか?」

 

「キヴォトスで暮らす生徒、学園の座標や勢力図とか、その他諸々の情報に目を通してんだよ」

 

「そうなんですね。…その積み上げられた書類は片付けなくても良いんですか」

 

「まあな。シャーレに詰めてたから報告書つっても簡潔な報告で済むし、物を壊して無いから始末書なんかは書かなくて良いし」

 

「引き篭ってばかりは身体に悪いですよ」

 

うっせ。こっちだって引き篭もりたくて引き篭ってる訳じゃ…、無いよな?これはあくまでも自己防衛の為に籠城している訳であって、決してお外こわい…なんて思ってない。多分、きっと、メイビー。

 

 

しかしこう、『シッテムの箱』に搭載されているサポートAIのアロナが纏めてくれた情報を見ていると、この世界の救いようの無い世紀末さが窺える。

 

例えば、ブラックマーケットと呼ばれる場所には違法な銃器が流通しているらしいが、不自然と品揃えは良いらしい。様々な種類の爆弾やクスリなんかが平気で店に売っているんだと。

加えてブラックマーケットが摘発される様子も無い。そりゃあそこで売っている物で食い繋いでいる生徒も居るのだろうが、明らかに各学園の息がかかっているとしか思えない。簡潔に言えばデカい学園が政争なんかの捨て駒達に武器を与えている、という事。

 

思ったより腐り切った現状に頭が痛くなる。早くシャーレの戦力を増強しなければ俺はこの部室やシッテムの箱と共にお陀仏だ。ならば早くに、シャーレを敵視する勢力に目を付けられてしまう前に行動を開始すべきだな。幸いここにはユウカが居る。

 

 

「なあ早瀬。お前これから暇だったりするか?」

 

「まあ、特に予定は入っていませんが…」

 

「じゃあ俺をミレニアムに連れて行ってくれ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

と、言う訳でミレニアムにやって来た。早瀬から話に聞いていた通り、その道に詳しく無い俺でもわかる程に高度な科学技術がそこかしこに見られる。

 

「先生の事ですから、まさかミレニアムの見学という訳でも無いんですよね?」

 

「そのまさかだよ。電撃訪問ってヤツ」

 

嘘では無い。俺はミレニアムを見学するがてら目星を付けた生徒たちとのコネを作っておきたいだけである。

 

「…まあ良いです。何処から見て回るつもりなんですか?」

 

「そうだな…。んじゃ、最初は」

 

「あーっ!ご主人様だ!」

 

何処からともなく聞こえて来た声に顔を上げると、猛ダッシュで此方に走ってくるメイドの姿が見えた。彼女は全く止まる様子も無く俺に一直線に突っ込んだ。

 

「ぐえっ」

 

「せ、先生ーッ⁉︎」

 

「なんかご主人様が来る気がしてさ!もしかして私に会いに来てくれたの?」

 

なす術もなく撥ねられた俺と、驚愕に染まる早瀬と、猪突猛進メイドこと一ノ瀬アスナ。この前外歩いてたらご主人様認定された。どうして?(仕事猫)

 

つーかとんでもない衝撃が来たんだが…。これがいつもトラックに撥ねられる米○玄師の気持ちか。貴重な体験だとは思うが全く嬉しく無い。

と言うかたわわな、立派に育ったメロンが押し付けられてマジでデカメロン。何言ってんだ俺…?

 

覆い被さる一ノ瀬から抜け出し、シャーレの制服をパタパタと叩く。

 

「ご主人様さっきカエルみたいな声出てたねー」

 

「誰が人間にすらカウントされないヒキガエルくんだ」

 

「そこまで言ってないと思いますけど…」

 

ヒキガエル…雪ノ下の罵倒の数々…ウッアタマガ

 

唐突に飛来して来た言葉のナイフを満身創痍ながら受け止めた。俺のガラスのハートはもう粉砕寸前である。いや、致命傷で済んだと考えるべきか?

 

 

…そう言えば一ノ瀬って【Cleaning&Cleaning】って部活に入ってたよな。メイド服姿のエージェントだったか?稀に見る逸材じゃん。

 

「おい一ノ瀬。シャーレに入部する気は無いか?」

 

「シャーレって確か、ご主人様が顧問の?絶対楽しくなるじゃんっ、入る入る!」

 

案の定二つ返事で了承してくれた。

 

一ノ瀬は『それじゃあご主人様にも会えたし、任務に戻るね!』と言って、手を振りながら何処かに走って行ってしまった。任務ほっぽり出して来てたのかよ…。アイツの異常なまでの勘と言うか、何事も好転させる力は中々に恐ろしい物だ。

 

欲を言うなら他のC&Cの部員も誘いたかったが、さぞエージェントとしての仕事がきっと忙しいだろうし、またの機会って事にするか。一ノ瀬の様にすんなりと入部してくれたら良いんだが、果たして。

 

 

気を取り直してミレニアムツアーへと洒落込もう。

 

「よし、それじゃあ早瀬。エンジニア部とヴェリタス。この二つを紹介してくれるか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…大丈夫ですか、先生」

 

「ん、まあな。シャーレの制服とか髪の毛が所々焼けて、小塗のグラフィティに関する全責任を受け持つ事になっただけだから」

 

「何だかすいません、本当に」

 

特に何もしていない早瀬が何故か頭を下げてきた。…まあ、自分の在籍する学校の奴等が目上の人に色々やらかしてたら誰だって代わりに謝るか。俺だって多分その現場に居合わせたらそうするだろう。

 

特に気にして無いから謝られてもなぁ…と言うのが率直な感想ではある。例えエンジニア部の手によって最高時速300キロのスクーターに乗せられたり、巨大オーブントースターの餌食になってしまいそうになったり、爆発オチに巻き込まれたりしてもだ。

 

何と言うか、揺るぎない信念という物をアイツらから感じた。生徒の活動を行き過ぎないように見守り、人道に反していれば咎める事が先生の役目。なんやかんやシャーレに入部する事を決めてくれたし、万々歳な結果だと思っている。

 

 

 

しかし小塗マキ、テメーは駄目だ。

 

『えー⁉︎』と困惑の声が上げる姿が幻視される。幾らシャーレが治外法権的な物を行使できるったって、芸術活動と言う名の器物破損を行った事は紛れも無い事実。

罰としてシャーレ周辺にある未使用のビル群を彩る事を義務付けた。小塗を馬車馬の如く働かせて俺は俺好みに彩られた建物を高みで見物をする。これを罰と言わずして何と言うだろうか?

 

「格好良かったですね。ヴェリタスの面々を前に『全責任は俺が取る。お前のやりたいようにしろ』なんて言って」

 

「おい辞めろバカ。一生ついて回る黒歴史を掘り返すな」

 

ほら、熱くなってつい口走っちゃう事とかあるじゃん。高校生ん頃の癖が抜けてないのがこんな形で裏目に出るとは…。

その言葉のお陰でヴェリタスの奴等が気を許してくれて、シャーレに入ることも承諾してくれたのだからまた皮肉な話だ。

 

強いて言うならば明星ヒマリと話す事が出来なかったのが残念だが…。まあ各務が都合を付けてくれると言う事なので大丈夫だろう。これでミレニアム訪問は完了した訳だが…。

 

目下の課題は何故か刺々しい雰囲気を放つ隣の早瀬の機嫌取りである。

 

「…なんでそんな不機嫌なんだよ」

 

「別に何でも無いです。ええ」

 

「何でもある言い方だろそれ。ナビ代わりに扱き使ったのは謝るし、なんか奢ってやるから」

 

「そう言うんじゃ無いです」

 

不機嫌なのは認めるのか。でもタダ働きに不満が無いとなれば、何が彼女の地雷だったのか。皆目見当もつかない。

 

 

まるで分からないと言う風に首を捻っていると、早瀬は盛大に溜息を吐いて答え合わせを始めた。

 

「本当に下らない理由なんです。私の方が先生と長く居たはずなのに、いつの間にか色んな子と仲良くなって」

 

「…仲良くなったと言って良いのか?全員初対面の生徒だったし」

 

「もう沢山の子が先生の事を信頼し、尊敬しています。…だから、何と言うか。私だけが知っていた先生が『皆んなの先生』になって行くのが、ちょっとだけ寂しかったんだと思います」

 

自嘲気味に笑う姿は、今朝に見た俺の懐事情に喝を入れていた雰囲気とは打って変わって、酷く朧げに見えた。

 

これは早瀬の心情を察せてやれなかった俺の問題だ。自分の身の事しか考えずに行動してしまった代償として、早瀬を傷つけてしまっている。

 

どう償えば良いものかと後頭部を掻き、肩を竦めて言葉を紡ぎ始める。

 

「ユウカ」

 

「はい。………えっ」

 

「もうちょい然るべき時はあったと思うんだがな。…まあ、なんだ。友好の証ってのも可笑しいが、名前で呼んでる唯一の称号、的な感じで…」

 

「そ、そうですか。…そう、ですか」

 

名前呼びを解禁するとは言え、女性経験は皆無に等しい俺は、案の定吃ってしまった。交渉だと割り切って仕舞えばそこそこ流暢に喋れるんだがなぁ…。典型的な陰キャの姿になってしまっている。

 

頬に紅が差している早瀬…否、ユウカは自分のツインテールを弄っている。何か反応を返してくれないと辛いのだが。一層の事罵倒でも何でも良いからこの静寂を終わらせて欲しい。

 

「…そう言われてしまっては何も言えなくなるじゃ無いですか…。はぁ、私の負けです。罪作りな先生ですね」

 

「罪作りって部分だけは修正して欲しいもんだな」

 

「『全責任は俺が…』」

 

「分かった、分かったからリピートすんな恥ずかしい」

 

「ふふふっ。ちょっとお高いディナーに連れて行ってくれたら、考えなくも無いですよ」

 

女性は怖い。いつか親父が言っていた言葉だが、生徒からその恐怖を感じてしまうとは思いもよらなかった。

 

ホント、どっちが罪作りな人間なのかと思う程に、ユウカは綺麗な笑顔を浮かべている。

 

 





オマケ1
絆ランク15くらいのヒマリとヒッキー先生


「こんにちは、先生。貴方のその腐った目も浄化される天才清楚系病弱美少女がお手伝いに来ました」
「はいはい、美少女美少女。ってか俺の目ってやっぱ呪いかなんかなのか?」
「…私の扱いが雑ではありませんか?こうして態々何度もお手伝いに来ているのですから、もう少し持ち上げてくれませんと主にやる気に支障をきたしてしまいます」
「それはほら、俺なりの気遣いってヤツだよ。俺みたいな目が腐った奴から歯の浮く様な台詞なんざ聞きたかねえだろ」
「御託は良いですからさっさとお願いできますか?」
「…後悔すんなよなお前。
 明星。普段は口に出さないが、お前が居てくれて凄く助かってる。仕事云々もあるが、お前のその顔を見ると凄く元気が出るんだ。これからはもっと感謝を言葉にする様に頑張る」
「えあ、その、ちょっ、まっ」






はい。長い後書きを始めたいと思います。本文じゃ描写しきれなかった事や欲望を発散する形になります。


先ずはヒッキー先生の一連の行動。これはまあ、進学校で国語3位とか言う激ヤバ国語力と俺ガイル原作で見せていた異次元の疑り深さが功を奏した…いや、寧ろ気づかない方が良かったまであるシャーレの権限や現状を鑑みた結果です。

ヒッキー煙草吸ってるやん!解釈違いだ訴訟も辞さないと言う皆様方。だがちょっと待って欲しい。
煙草吸ってるヒッキー格好良いやん、ってな欲望。セナにタバコを取り上げられて怒られたい欲望。これらが混ざり合えばヒッキーが煙草を吸うこと間違いなし。皆んなも煙草ヒッキーを書こう!

ヒッキーの先生としてのスタンス。生徒の活動には特に干渉せず、目に余る行動を起こしたら注意するくらい。自分の身の安全を最優先に行動する…と見せかけて生徒が危険なら身を挺してまで守る。格好良いよヒッキー。流石は一級品の曇らせ師適性がある男よォ…。

C&Cについてはまあ…。放っておいてもエンカウントするでしょ(適当)


なんでエンジニア部とヴェリタスなの?ミレニアムの中枢を担うセミナーを掌握した方が良くない?と言う質問。単純明快、ヒッキー先生はエンジニア部とヴェリタスの技術が欲しかったからです。シャーレの情報を抜き取られない為のセキュリティ強化だとか、防犯グッズ(と言う名の兵器)とかが有ればシャーレの部室にいるうちは安全だろう、と言う考えです。セミナーを通して依頼するより個人的に依頼した方が早いですからね。それにシャーレのお金を横流しして……ってことも出来なくは無いですし。
後は一日にしてセミナーを取り込んだと言う噂が流れると、各学園から警戒の目を向けられるから、と言うのもあります。また日にちを置いてユウカ経由でノアをちゃんと勧誘しに行きます。尚そんな考えも直ぐに無に帰す模様。具体的には直ぐにノア加入からの他のセミナーの生徒も…って具合に。

ここで勘のいい先生方なら疑問に思うでしょう。『なんでそんなシャーレの情報筒抜けなん?』とか『警戒しすぎじゃね?』と思う事でしょう。
しかし警戒するに越した事はありません。具体的に言うと何処かのカヤさんが、この作品では本気でシャーレを潰す為に動いてるのです。そう言う事にしといて。





はい補完終わり。ここからは私の欲望の掃き溜めです。
本当は私が書くんじゃなくて、誰かが書くハイクオリティなヒッキー先生の青い春を見たいんです。私の小さい脳みそでは上手く話を展開する力も語彙力も無いですから。だからホントお願い誰か書いて…。

ナギサ様とミカと先生が円卓を囲んで紅茶飲んでるところが見たいの。ミカに『ヒッキー先生って呼んでくれるか』と頼むヒッキー先生を見たくない奴いる?いねぇよなぁ‼︎
えっ、セイア?ちょーっと知らない子ですねぇ…。


そしてブルアカ代名詞(?)曇らせ要素多分に含んでいる、と。
本人はきっと『俺が後悔するから勝手に身体張ってるだけで、自己犠牲とかそんな褒められたもんじゃねえよ』とか言うんですけど、生徒からしたらそんなん唯の自分を守ってくれる良い大人でしか無いんだよね。だからこそヒッキー先生を慕う子は一杯居るだろうし、四肢が曲げたら泣き叫ぶ子もきっと大漁ですわよ。異常性癖?失礼だな、純愛だよ。



まあ、そんなヒッキー先生の勇姿を見たい私です。とは言え一話だけ投稿して後は丸投げするのは流石に気が引けるのでもう一話だけ投稿致しますね。後はヒッキーマイスターの人たちが頑張ってくれるでしょう。私の座右の銘は他力本願でしてよ。



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難易度☆☆ ゲヘナ学園


ミレニアム訪問から数日後からスタートです。

その間にミレニアム生大半(とついでにワカモ)がシャーレに入部しました。


 

 

 

 

火宮からモモトークで風紀委員長がお呼びだとの連絡が来たので、当番の生徒を連れてゲヘナ学園に赴いた。

 

「ここだ!ここに温泉が眠っている筈!ブルドーザーを用意しろォッ!」

 

「兎に角掘るんだッ、温泉への道は地道な発掘作業から始まるんだァッ!」

 

辺りに響き渡る怒号と轟音。地面を掘りながらゲヘナ学園の風紀委員とやり合っている温泉開発部とか言うやべー奴等の集まりの活動現場に居合わせてしまったのである。この上なく今日は運勢が悪い。

 

頭痛や眩暈を通り越して最早感動して帰りたくなってきた。しかし風紀委員長サマからのお呼び出しに応じなかった場合、とんでもない事が起こりそうだと俺の第六感が告げている。本当に、本当に嫌だが行くしか無い。

 

「9:25、本日通算16回目の溜息。先生は過剰に精神的負荷や受け入れたく無い事実を前にすると、溜息を吐いてリラックスする模様」

 

「そんなどうでも良い情報書いたって仕方なく無いか」

 

隣で俺の様子を書き留めているコイツは、セミナーの書記を務めている生塩ノア。俺が敢えてセミナーの生徒を勧誘していないと言う事が分かっているのに無理矢理入ってきた。『ユウカちゃんが慕う先生を近くで見てみたいと思いまして』とか何とか。

 

コイツのお陰で俺の考えは無事に灰に還った訳だ。ユウカはあの場に偶然居合わせた生徒と言う事で押し切れたが、コイツに関しては自分の意思でシャーレに入部した訳で。つまりは『セミナーの会計と書記を言葉巧みに勧誘した先生』と言うのが俺の外からの評価になる。

 

能力を買われたのか、ジワジワと勢力を伸ばしつつあるシャーレを不安に思ったのかは知らないが、ゲヘナ風紀委員長に招集されてしまった訳だ。

 

「…無理してついて来なくても良かったんだぞ」

 

「いえいえ。シャーレの当番となったからには、先生の護衛も業務の一部でしょう。それに先生は7:24に『ゲヘナ学園とか言う魔境に行くの?生きて帰れるかこれ』と発言したのもあって…」

 

「あーはいはい、頼りにしてるぞ生塩」

 

一度見聞きした情報をほぼ完璧に暗記できるとか言うトンデモ記憶能力を誇る生塩。俺の基本戦術である屁理屈捏ねが殺される恐ろしい力。

加えてミレニアム製品の特許を申請・登録する弁理士業務も受け持ち、図面を軽く見ただけで機器の整合性が確認出来る程の工学の知見もあるらしい。もうコイツがラスボスだろ…。

 

 

他愛のない遣り取りをしながらゲヘナ学園の門を叩き、シャーレの先生である事を示すとデカい扉の前に通された。風紀委員であろう生徒が『暫しお待ち下さい』とだけ言って俺たちを取り残して行く。対応としては杜撰も良いところだが、次々と起こる面倒事で手一杯なのだろうと言う点を加味してお咎めは無しにしておく。

 

「……ん?」

 

「あら?」

 

「………」

 

ふと自分に突き刺さる視線を感じたので其方の方に向いてみると、凡そ客人に対して向けるべきでない感情、敵意を剥き出しにしている生徒が。

 

…何と言うか、すっごい奇抜な格好してるな。横乳がはみ出てんぞ。自意識の化け物と呼ばれた俺でなければそこに視線が吸い寄せられてしまい、彼女からの評価は最低レベルになっていただろう。

はっ、これも相手の思惑という事か?粉バナナ!(空耳)

 

「貴方がシャーレの先生ですか?」

 

「そう言うお前は確か、行政官の天雨アコで合ってるか」

 

「…噂に違わず死んだ魚の様な目をされていますね」

 

えっ、なして唐突にディスられた?俺の目ってそんなDHA豊富に見えるのかよ。そう思ったらなんか褒められてる気が……しない。する訳がない。

 

天雨の言いように生塩は不満を露わにしている。余裕を感じさせる笑顔がデフォルトなだけあって、何だか新鮮な感じがする。

 

「一応先生は目上の人ですよ?もう少し貴女のその態度を鑑みてみてはどうでしょうか」

 

「うん、一応って言葉は要らなかったよね?」

 

「貴女は確かセミナーの…。成程、ミレニアムとは随分なお人好し、それかこんなダメそうな男の人を好む酔狂な人が多いんですね」

 

「随分と忌憚ない意見だな。世間一般じゃダメ男なのは認めるが」

 

急にギスギスし出したかと思うと二人揃って俺の非難ですか。内容が内容だが、生徒同士で気が合うのは良い事だと思います。先生たる俺は甘んじて受け入れますよ、ええ。

 

「やはり受け入れられません。こんな人がヒナ委員長の目に留まるなんて」

 

ねえ俺もう帰って良い?なんで迎え入れられる側の俺がこんなボロカス言われなきゃ行けないんだ。俺が何したって言うんですか?もうヤダおうち帰る。(家なんて)無いです。戻る所職場なんだが。地獄ですかここは。

 

…ええい辞めろ生塩、菩薩の様な笑みで頭を撫でるな。俺のチャームポイントであるアホ毛が萎れちゃうだろ。

 

心の中では毒づきながらも一切の抵抗をしない俺を、心底呆れた目で見ていた天雨は嫌に確信めいた声音で呟いた。

 

「この人が先生とか世も末ですよ」

 

おう既に世紀末だぞキヴォトスは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

机の上手側に座るのは、シャーレの先生である比企谷八幡とセミナーの書記である生塩ノア。下手側に座るのはゲヘナ学園風紀委員長、空崎ヒナと行政官である天雨アコ。先生に連絡をした張本人である火宮チナツは、温泉開発部の騒ぎの平定に出張っているらしい。

 

彼とノアは行政官サマの陳言を聞き流していると入室を促され、途轍もなく広い空間に足を踏み入れる事となった。

 

八幡はしっかりと相手の目を見据えながら、脳裏に情報を流して行く。

 

目の前の生徒は、圧倒的なまでの実力を持つ風紀委員長。彼女が居れば文字通り百人力。

 

 

当初は各学園から過剰な警戒をされない様に、最低限必要だと思う生徒を入部させるようと地道に動いていた八幡だが、何故かノアも含めたミレニアムの生徒たちはシャーレへ入部する事を強く所望した。

 

よって、今ではミレニアム生の半数をシャーレ部員として統括し、中枢を成すセミナーの人間も配属させる手腕を持つ能力の優れた先生だと認識されてしまっている。

 

早々に計画が頓挫した八幡だが、ここで方針を転換し、効率的に各学園の権力者…謂わば後ろ盾を確保しようと言う結論に至った。

そうすれば捨て駒たる不良生徒、チンピラからは狙われにくくなる。詰まる所、シャーレを疎ましく思っている連中は、少しずつ尻尾を見せながら行動する他無くなる。

賢い連中ほど確実に仕留める事ができる時に現れ、一気に糾弾する。それがよく分かっているからこそ、盤石の体制を築き上げる事が最優先であった。

 

「先ずは謝罪を、先生。急にお呼び立てしてしまってごめんなさい」

 

「気にすんな。俺も丁度、お前と話したいと思っていたんだ。ゲヘナ学園風紀委員長としても、ただの空崎ヒナとしても」

 

「…えっと、もしかして口説かれてる?」

 

突拍子も無い言葉に思わずよろめく。どう解釈したら今の言葉が口説き文句になるのか、と八幡は訝しんだ。

 

「まあ風紀委員長から一般生徒へ対応を墜とそうとしてるから、口説き文句と解釈できないことも無いのか…?」

 

「そ、そんな、先生…。私たちはまだお互いをよく知らないし…」

 

「なんだこれ」

 

なんだこれ。よく分からない方向に話が折れ曲がって行く様を見て、そんな感想しか抱けなくなってしまう。比企谷八幡は今この瞬間、思考を辞めた。

 

んんっ、と言うノアの咳払いで八幡は意識を取り戻す。こんな茶番をしに来たのでは無い。ここは真面目な会議の場だ、そうである筈。

 

「それで?多忙な空崎が態々時間まで空けて何の話だ」

 

「うん。簡潔に話すと、美食研究会と温泉開発部。この二つをどうにか先生の力で鎮めて欲しくて…」

 

「帰るぞ生塩」

 

「はい」

 

二人は顔を見合わせて席を立った。ゲヘナ学園の門は叩かず、ヒナからの要請も無くチナツからの連絡も受けなかった。それだけである。

 

「ちょっ、ちょっと待って先生。せめて話だけでも…」

 

「俺にテロリスト集団と揶揄される其奴等をどうにかできると思ってんのか?」

 

「この短期間でかなりの数のミレニアム生をシャーレに入部させた先生の手腕なら、決してできない事じゃ無いと思う」

 

「できる事とやりたく無い事は別だろ。三十六計逃げるに如かずってヤツだ」

 

「…どうしてもダメ?」

 

ゔっ、と言葉を詰まらせる。泣く子も黙る風紀委員長の弱々しい姿に己の良心が叱責され、八幡の足は動かなくなってしまった。まあ、誰がこんな態度を取っても八幡先生は足を止めるんですけどね、初見さん。

 

面倒臭そうな声を上げ、後頭部を掻き、視線を迷わせた挙句、八幡は再度席に着いた。その姿にノアも満面の笑みを浮かべ、所謂後方理解者面と言うスタンスを取っている。

 

何とか交渉の余地は残っているかと安堵のため息を吐き、事の詳細を話し始めた。

 

「その反応から見て把握はしていると思うけど…。あの集団には私たちも手を焼いている。これまで起こした悪行は数が知れない。…何かに賭ける情熱は素晴らしいものだとは思うけど、それで罪が消えると言う事はない」

 

「だがゲヘナは自由と混沌を謳う学園だ…。しかも温泉開発部は学園の資金面について貢献している。処罰しようにも手詰まり。…だから超越的権限を持つシャーレで対処に当たれってか」

 

「勿論、タダでとは言わない。シャーレも慈善事業じゃない、と言うか日々命の危機に直面している事も分かってる」

 

「そこまで分かってんなら、何を差し出せるんだ?金は要らねえぞ」

 

「私がシャーレに入部する」

 

隣に座っていたアコは心底驚いた表情をし、議事録を書いていたノアもその言葉に顔を上げた。

 

風紀委員長、空崎ヒナがシャーレに入部する。つまりは八幡の軍門に降ると言う解釈でも間違い無い。シャーレの失墜を狙う相手にこの上ない威嚇をできるのだ。

 

対する八幡は眉を顰める。余りにも願ったり叶ったりの状況で、口車に乗ってしまった後の始末が難しくなるのではないか、と言う不安から素直に頷けないままでいる。

加えてその条件のハードルの高さが鬼門だ。八幡が描くビジョンには、美食研究会が相手であれば打つ手が無いわけではないが、温泉開発部とか言うクレイジー集団を従えさせられる術は思い浮かばない。

 

要は彼は頭のおかしい奴らと相対するには少々マトモ過ぎるのだ。

 

「…悪いが、温泉開発部については俺も現段階じゃ手が付けられそうにない。この言葉を聞いて、報酬はどれだけグレードダウンする?」

 

「寧ろ足りないくらい。こっちの裁量で判断する事になるけど、何でも言って」

 

「じゃあそこに座してる天雨も入部させろって言ったら、通るのか?」

 

唐突に自分に水を向けられた事により、アコは素っ頓狂な声を漏らしてしまう。

 

「…私だけじゃ足りないの?」

 

「その言い方は辞めろ。仲間外れは寂しいもんだろ」

 

これが『おまいう』である。ぼっち最強論等という物を展開していたとは思えない言葉だ。

 

つまり単純なお節介のつもりの言葉ではない、という事。シャーレの部員が増え、影響力も日に日に増して行く中、報告書や始末書を提出しろと連邦生徒会サイドが五月蝿い。事務処理能力なら行政官である彼女を受け入れると楽になるだろう。そんな魂胆だ。

 

「まあ、本人が嫌って言うんなら辞めとくが」

 

「……って言ってるけど、アコはどうする?」

 

この場面だけを切り取れば、最終決定は本人に委ねる優しい現場だ。

 

 

しかし嘘なんです!(なんとかンクス)

 

要はこれは断れない詐欺である。言外にヒナは『お前も入るよな、アァン?』と言う態度を示しており、つまり入部を断ればソレに背くことになる。空崎ヒナガチ勢のアコには到底不可能。無理矢理入部させると言うならばやりようはあったが、現在の状況を鑑みるにそれも効力を持たない。

 

八幡からすれば頷いてくれたなら儲け物程度の認識だが、幸運にも事態は好転していたのである。無意識って怖いね。

 

しかし相手は天雨アコ。タダで頷いてやるものかと表情を歪ませながら声を捻り出す。

 

「…先生、私と勝負をしませんか?」

 

「え、嫌なんだけど」

 

「言葉通りに…いえ、それでは味気ないですし、“今から1週間以内に”美食研究会を大人しくする事が出来たなら、先生の勝ち。それ以外は負け。貴方が負ければ私とヒナ委員長はシャーレへの入部を断固として拒否します」

 

「…アコ?何のつもり?」

 

「悪いが空崎、口を出すな。…お前らが長い間手こずってる奴等を1週間で鎮めるんだ。生半可な勝利報酬じゃなきゃこの話は蹴るぞ」

 

八幡は発言を黙殺された事に敢えて触れず、アコに二の句を告げる様に促す。いつもの彼ならば小難しい言葉を並べ立てて煙に巻くのだが、今の彼は三徹明けという事や娯楽に飢えているという事もあって、色々考えた結果乗っても大丈夫だと判断した。

 

「一つだけ。先生のお願い事を聞いてあげても良いですよ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうしてあそこで頷いてしまわれたんですか?」

 

「どうしてあそこで頷いたんだろうな…」

 

空崎との対談を終えた俺と生塩はシャーレへ向かいながら、俺の訳の分からない行動について振り返っていた。

 

これはそう、アレだ。アホみたいな量の仕事を送り込んできた連邦生徒会ってのが悪いんだ。どうにかしてくれ七神さん。手伝えよアロナァ!

 

俺の八つ当たりに対してシッテムの箱越しに抗議する幻聴が聞こえたが、きっと気のせいだろう。

 

『全くしょうがない人ですね、先生は』と呆れる姿は、浮かべる表情こそ違えどユウカと酷く似通っていると素直に思った。

我ながら下らない考えだとは思うが、ユウカと生塩ってニコイチでやっとしっくり来ると言うか。髪色とか役職とか服装とか、狙ってんのかってくらい対称的にしてるし。

 

「まあ先生の事ですから、幾ら深夜テンションという精神状態に陥ったとしても、勝算の少ない賭けに乗る事は無いと分かっていますが」

 

「空崎もそうだったが、何を見れば俺の評価がそんなに高くなるんだ」

 

ただの卑屈な大学生だったのが己の身の安全のために走り回って、あれよあれよという間にこれだよ。最早夢オチだって言われた方が納得できるまである。

 

上手い言い表し方が見つからないが、天雨の様な接し方が一番楽なんだよな。舐め腐っているとまでは行かないにせよ、無条件に信頼されるよりはむず痒い感じにならない。

 

 

約束してしまったものは仕方が無い。多少のガバはリカバリーできる様に動いているつもりだし。

 

ゲヘナ学園自治区を出てから、俺はモモトーク経由で通話を掛け始めた。

 

「…各務、予定が狂っちまった。早急に情報を纏めて送ってくれ」

 

『別に良いけど、先生も随分と人使いが荒いね』

 

「それに関しちゃ何も言えねえ。またなんか困ったら頼ってくれとしか」

 

『気に病む必要は無いよ。うちの子のやらかしを背負ってくれてるお礼だと考えてくれてれば』

 

やはり持つべき物は優しい生徒か…。今なら平塚先生の心情が分からないでもない。多分あの人が甲斐甲斐しく接してくれたお陰で、今の俺があると思う。ほんと早く誰か娶ってあげて…。

 

「ったく、もっと愚痴吐くなりなんなりしてくれた方がマシなんだが」

 

『先生は信頼されて当然の人間だと『先生っ、先生!またブラックマーケットにハッキングしに行こう!』ちょっ『先生、またハッカー像を履き違える人が』ごめ『先生。今朝から私の盗聴器がジャミングされているのですが』また落ち着いたら連絡する』

 

ツー、ツー、と通話が切れた音だけが反復する。元気なのは良い事だと思うが、何だか締まらない。

 

仕込みに支障はきたさないので別に良いが。寧ろあの雰囲気こそがヴェリタスの良い所だと思っている。どうにかあの明るさを絶やさないでいて欲しい物だ。

 

さて…。こっからはRTAさながら一つのガバが命取りだ。気合い入れなきゃな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

僅か三日後。ゲヘナ学園に激震走る。

 

美食研究会がシャーレへの入部と破壊活動の自重を表明した事によって。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────やり方は簡単だ。そうシャーレの先生、比企谷八幡は語る。

 

目には目を。歯には歯を。食には食を。

八幡は美食研究会をシャーレ特別ディナーに招待し、信頼関係を築いて、大人しくするように言って聞かせたのだ。

 

と言ってもそこに幾つもの簡単では無いプロセスを用意していた。

 

 

第一の仕込みとして、美食研究会がこれまでに爆破して来たお店のコック、接客の人間を調べ上げ、コンタクトを取る。

職を必死こいて探し疲労している人たちへ『貴方にピッタリの職業を用意できるかもしれないから、シャーレに来て欲しい』と告げれば、ホイホイと集まったと言う訳だ。

 

第二の仕込み。ここがかなりの難関であった。

呼び込んだ人たちが元々働いていたレストランやステーキハウスをD.U.外郭地区に再建設し、そこで働く様に指示をする。前々からこの開発が始まっていなければ、こんなにも早く美食研究会をディナーへ誘うことも叶わなかっただろう。

 

第三の仕込みが最も単純明快。徹底的に調べ上げた其々の店の情報を基に、徹底的にサービスの質を向上させる。料理の出来栄えに関しても、おもてなしの仕方に関しても、美食研究会──特に黒館ハルナ──の地雷を踏み抜かない程に完璧な物に仕上げた。

 

 

 

最高峰の料理とその他サービスを堪能して貰い、かつて美食研が爆破した店で働いていた人たちが主体的に動いてディナーを用意した事をネタバラシ。食への冒涜だとかで切って捨てた人たちも磨けば光る。それを目の当たりにした美食研究会の面々は自分たちの短慮さを認識し、シャーレの軍門に降ったのであった…。

 

 

 

 

 

「ってのが事のあらましだな。俺が以前から美食研をシャーレに入部させようと動いてたのが功を奏したから3日で何とかなったが」

 

「…簡単って言う割には、先生にしか思い付かないし、先生にしか出来ない事が沢山あるんだけど」

 

再度ゲヘナ学園に訪れて今回の事について空崎に話すと、何故か呆れられてしまった。最善と最速を尽くして頑張ったと言うのにこれはあんまりでは無いだろうか。

 

 

しかし今思い返してみても、ヴェリタスが居なきゃ詰んでたし、美食研がシャーレの入部を希望したのも訳分からん。

『先生と居るとまだまだ知らない美食への道が見えるかもしれませんわ』とか言って。俺としては美食研の名前は欲しかったし願ったり叶ったりなんだが。

 

「それはまあ良いじゃねえか。美食研が大人しくするって宣言した結果が重要だろ」

 

「うん、先生には感謝してる。私たちじゃ本当に手が負えなかったから」

 

「おうもっと褒めろ。……さて、天雨?」

 

部屋の隅で蹲っている天雨に視線を向けると大きく肩を震わせ、怯えきった目が此方を覗く。

 

生塩の書いた議事録のコピーをチラつかせ、それはもう良い笑顔を向けて言い放った。

 

「約束は約束だ。…覚悟しろよクソガキ」

 

「…ひ、ヒナ委員長」

 

「……アコ。甘んじて受け入れて」

 

世界の残酷さに打ちひしがれる天雨。残念ながら勝負の世界じゃ負けた方が悪なのよ。

 

 

 

 

その日、妙に活き活きとした行政官とゲッソリした先生が居たとか居なかったとか。

 

 

 

 

 

 

 

 





オマケ
飼い主ヒッキー


「まさかこれ程までの屈辱を味合わされるとは思いもよりませんでした」
「……おう」
「こんなにも私を辱めて、先生としての良心が痛まないんですか?やはり最低な大人なんですね」
「……俺の『願い事』の一貫で、お前が勝手に自滅しただけだろ」
「であればさっさと指示を仰いでみては如何でしょう」
「……天雨、伏せ」
「…………っ!」(屈辱的な表情を浮かべながら伏せる)
「なんだこれ」






後書きですわよ!

さて。今回は妙に評価が高いヒナとノア。美食研の取り込み。勝手に負けるアコの三本でした。
もっと改善できると思ったら誰か私の代わりに書いてください。満足してくれたのならもっと満足できる作品を求めて私の代わりに書いてね。


因みに八幡の願い事は『不満を包み隠さず言う事』です。変にストレス溜めて爆発されるのが一番困りますからね。なんて優しいヒッキー。これにはアコちゃんも自分から飼ってもらいに行くレベル(過言)

美食研究会はイチオシでしてよ。ブルアカはみんな個性があって書いててめっちゃ楽しいけど、美食研はそれが顕著。皆んなもヒッキーと美食研の絡みをもっと見たいでしょ?自分で書いて、どうぞ。お願いだから書いて!


最後に一言。やっぱ書いてる途中に一つだけネタが降りて来たからもう一話だけ書きます。許せ読者、これで最後だ。



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ボーナスステージ ブラックマーケット


Chu♡ 短くてごめん♪

私の小さい脳味噌ではこれくらいが限界なのですわ…。後は任せましたわよ…。





 

 

 

 

 

 

「…待っていたぞ、便利屋68」

 

陸八魔アルが電話口越の謎の声により、シャーレの先生が依頼をしたいと言う旨の指示を受けたのが昨日の夜。訝しみながらも社員総出で噂のシャーレの先生の元へ向かった。

 

 

執務室へと通された彼女等の視線の先には、件のシャーレの先生と思しき男性が眼鏡の奥の瞳を細めて待っていた。

 

言いようのない威圧感と強者の風格。ずっと前に観たアウトロー映画に出て来た、謎の依頼人の様だとアルは高揚していた。

 

「呼んだ理由は他でもない…。お前たちにしか出来ない依頼を熟して貰いたい。受けるか否かの判断は委ねてるが、受けるのならそれ相応の報酬は渡そう。…どうだ?」

 

冷徹ながらも何処か慈しみすら感じる鋭利な瞳に射抜かれ、アルの喉が少しだけ音を鳴らす。

 

背後に控える仲間たちへ視線を向ける。

浅黄ムツキは変わらず不適な笑みを浮かべ、鬼方カヨコは静かに頷き、伊草ハルカはオドオドしながらも決意を滲ませている。

 

フッ、と薄く微笑んだアルはミステリアスなオーラを身に纏い、決定を告げた。

 

「任せなさい。どんな困難な依頼だろうと、赤子の手を捻る様にやり遂げてみせるわ」

 

「その啖呵と結果が噛み合う様に期待しているぞ。……決行は昼からだ。ついて来い」

 

 

 

今この瞬間、陸八魔アルは喜びに打ち震えていた。

 

私たちにしか出来ない依頼とはどういう物なのかしら。想像は付かないけれど、私たちを指名する彗眼とただならない雰囲気から考えるに、途轍もなくアウトローな事に違いないわね!きっと前準備をしているオペレーター室の様な場所に私たちは向かっているのよね。

 

表情にこそ出さないが、心の中のアルは満面の笑みである。真のアウトローへのスターダムに駆け上がっている心地である。

 

 

 

鬼方カヨコはゲンナリしていた。

 

目の前で自分たちを先導する比企谷八幡先生。略してハッチー先生、ヒッキー先生などの愛称で呼ばれている彼は、先生である前に強かな大人である。風紀委員長である空崎ヒナや、美食研究会をシャーレ部員として迎え入れている彼が今更、態々便利屋へ依頼するメリットが無い事は、きっと分かっている筈だ。

 

明らかに何か面倒ごとに巻き込まれるだろう。しかしそれを指摘する者は居ない。ムツキはいつもの如く楽しそうに事の成り行きを見守り、ハルカはアルの決断を全肯定し着いて行く。

 

かく言うカヨコも、『生徒を邪険に扱うなんて情報は聞かないだろうし大丈夫だろう』と結論付けて特になにも言及する事なく最後尾を歩く。果たしてこの決断が吉と出るか凶と出るか。

 

 

何が起こるかと考えているうちに、シャーレの一室へと辿り着く。八幡はドアノブに手をかけ、扉を開いた。

 

皆が驚愕に目を開く。そこに広がる光景は──。

 

「まあ腹ごしらえでもしてけ」

 

吉でも凶でもなく、ハンバーグが出た。

 

「わぁ…!美味しそうですよアル様!」

 

「確かに食欲を唆る良い匂いが………って違うわよ⁉︎どうしてハンバーグなの⁉︎」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ブラックマーケットに情報を探りに行こうと思ったんだが、ウチに所属する生徒たちを駆り出すには少々罪悪感がな。最近よく頼み事してるし。そこで都合の良い……角が立たない……暇そうにしている便利屋に頼もうって事になった」

 

「何もフォローできてないからね、それ。……美味しい」

 

鬼方は苦言を呈しながらもハンバーグを食べ進める手を止めない。美味しかろう美味しかろう。お前らの社長が散財気味なのは知ってんだ。こんなに美味いハンバーグは食った事無いだろう。

 

「さっきまで凄いアウトローっぽかったのに…。どうして一転して温かく食卓を囲んでるのかしら」

 

「とか言いながらめっちゃ食ってんじゃん」

 

「用意された物は食べなきゃ勿体無いもの、ええ!」

 

投げやりに答える陸八魔に懐疑的な目を向ければ、顔を赤くしてそっぽを向き、付け合わせのポテトサラダも頬張る。隠し味の林檎が食感にアクセントを与えて、甘い風味もマッチしているからオススメだ。

 

 

と、視線を右往左往させて中々食べようとしない伊草が視界に入る。もしかして気に食わなかったか…?

 

「伊草?食わねえのか」

 

「あ、いえ…。こんなにも美味しそうな料理を、私なんかが食べて良いのか、分からなくて…。や、やっぱりこれを食べた後は腹切りですか?もっと盛大に爆発でもした方が良いでしょうか」

 

「バカやめろ。死亡動機が俺のハンバーグとか笑えねえ」

 

「せ、先生が作った料理なのですかっ⁉︎尚更恐れ多くて食べられません…!」

 

「出された料理食わねえ方が失礼だから食え。そして生きろ」

 

近くに置いてあった伊草の愛銃の口を自身に向けたと思えば、今度は涙を流して美味しそうにハンバーグを食べ始める。卑屈さもここまで突き抜けていたら怖いもんだな。

 

 

食べ終わった浅黄が口周りを拭きながらも、ニヨニヨとした表情で此方を見てくる。そんな顔してもおかわりはやらんぞ。

 

「こんなに美味しい料理が作れるって事は、先生ってお嫁さん目指したりとかしてたのー?」

 

「料理についてはここに来る前に友達から教えて貰ってたんだ。一人暮らししてたし、自炊できなきゃ栄養が偏るし」

 

雪ノ下が口煩く『料理くらい自分でしなさい』って頼んでもないのに教えてくれるから、いつの間にか自分でも料理が楽しくなってしまったと言うオチだ。

 

「…意外と家庭的なんだ」

 

「自慢じゃないが、俺のかつての夢は専業主夫だったんでな。疲れてヘトヘトな奥さんを温かい料理や風呂を用意して待つ。職場体験も家を希望したくらいだから、それはもう本気で目指してた」

 

「じゃあ私が先生の事貰って良い?くふふっ、悪いようにはしないからさ」

 

「流石に生徒に養って貰うのはダメだろ…」

 

そこまで落ちぶれちゃもうお終いよ。キヴォトスに永住する事になっちまっては妹に頻繁に会いに行けなくなる。…おい鬼方。心底呆れた表情をするな。俺が悪いみたいじゃねえか。

 

 

 

 

便利屋の面々が食べ終わったのを見計らって、今回のブラックマーケット訪問についての目的を話しておく。

 

「一口にブラックマーケットの調査と言っても、今回は詳しくガサを入れるって訳でも無い。どんな生徒が居て、どんな物が売っていて。まあ後は地理を把握する事が出来れば御の字だな。お前らには俺の護衛に付いてもらう事になる」

 

「別に良いけどさー、それだけで良いの?カイザーローンが根城にしてるし、違法な爆薬とか一杯売ってる訳だし。先生としてはそう言うの、許せないんじゃないの?」

 

「ブラックマーケットを潰した事で連鎖的に起こる事態を想像してみれば必然的に放置しとくしか無い。連邦生徒会もそこんとこが分かってるから黙認してんだ」

 

ブラックマーケットまで閉鎖されればキヴォトスの治安は終わる。今でも十分に最低レベルだが、その比じゃないと言うか。この世界にとって一番起きてほしくない事が各地で勃発するだろう。

 

そりゃあ生徒がそう言う後ろ暗い事してるってのは、普通の先生としての倫理観を以って考えるとアウトなんだろうが。生憎とここは普通じゃないって事は身に染みて分かっているつもりだ。

 

ただカイザーってのは滅茶苦茶きな臭い。一周回ってこれが普通かと勘違いしてしまうレベル。よく分からんな…。

 

「つ、つまり私たちは先生に仇なす人たちを片っ端から爆発させていくと言う事ですか…?」

 

「やめなさいハルカ。不必要にケンカを売るのは一流のやる事じゃないわ」

 

「その通りだ。なるべく起こる戦闘は最小限に調査をしたい。頼めるよな?」

 

「ええ、任せておきなさい。なんせ私たちは、プロフェッショナルだもの」

 

それフラグと言うヤツでは?と思ったがやる気を削ぐ訳にも行かないので黙っておく。

 

 

一抹の不安を抱きながらも、便利屋を連れたブラックマーケット訪問が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「くっ…!どうしてこんなにもピンポイントで狙われるの⁉︎」

 

「……やっぱりこうなるか」

 

「あっはは!やっぱアルちゃん持ってるね〜!」

 

見事にフラグを回収して、アホみたいに放たれる銃弾から何とか逃げ仰せる事実に8回目。平時のキヴォトスより治安が悪い場所だとは聞いていたが、それはスケバンたちが無差別に売店を襲ったり互いに喧嘩を買ったりしているからだとアロナが言っていた筈なんだが。

 

「…どう言う事だアロナ」

 

『わ、分かりません…。なんだか八幡先生を執拗に狙っている様にも思えましたけど』

 

「だよなぁ…」

 

どうにも違和感が、と言うより俺一人を狙っていると言う稀な事態が気持ち悪いと言うか。

便利屋の奴等は表情にこそ出さないが、そこそこ疲れてきている様に見えるし、これ以上の戦闘は避けたい所…。かと言って何か光明が見えてくるかと言われれば首を横に張らざるを得ない。

 

一層のこと……と伊草に目を向ける。

 

「…わ、私が居るからこんな事に…。すみませんすみませんすみません、今からでも体に爆弾を巻き付けて特攻します」

 

「直ぐネガティブになるな…。自爆特攻は論外として、もうここら一帯吹き飛ばしても良い気がしてきたのもまた事実…」

 

「言ってる事が二転三転してるけど…」

 

「これが大人の戦い方だ。浅黄、一応準備しとけ」

 

「オッケー!丁度殲滅戦にはもってこいの物持ってたんだぁ〜!」

 

凶悪な笑みを浮かべて待機している所悪いが、あくまでも一応だからな。今すぐドッカン☆しようって訳じゃないから抑えろ。

 

 

…ん?あの独特の存在感と威圧感を放つラリった表情の鳥のグッズを持った生徒は…。

 

「誰かと思えばブラックマーケットに入り浸るトリニティ生として有名な阿慈谷じゃねーか」

 

「せ、先生っ⁉︎どうしてここに…」

 

根は真面目で努力家で優しい奴だから、今日もちゃんとトリニティに登校したんだろうなと思ってたらこれだよ。本当に丁度良い所に居るなお前。

 

なんだなんだと集まってくる便利屋を他所に、阿慈谷は少し御立腹の様子で俺にしか聞こえない声量で話す。

 

「先生、知らないんですか?今ブラックマーケット中で先生が賞金首として挙げられてるんです‼︎」

 

「通りで馬鹿みたいに狙われる訳だ…。てかお前学校サボったの?また違法ルートで流れ着いたペロログッズでも追い求めてんのか?」

 

「し、仕方ないじゃないですか…。あぅ、限定グッズを買えず終いじゃファンの風上にも置けませんし…」

 

聞いての通り、ペロロ狂いの彼女はその気になれば誰よりも行動力を発揮し、大幅なパワーアップを遂げる。それで自分は人畜無害で普通の人間だと言う顔をしているのだから、最早俺の中の普通の認識がゲシュタルト崩壊を起こし始めている。

 

そういやコイツとの初対面もペロロ関連だったな。俺がうっかりくじ引きでペロログッズを当ててしまったばかりに。…まあマトモ度合いはユウカと一二を争う程だと思っているが。

 

「じゃあお前の肩を取り持ってやる代わりに、ブラックマーケットを安全に歩ける様に案内してくれよ」

 

「それって断ったらどうなります…?」

 

「さあな。運が良かったら桐藤の脳が破壊されるだけで済む」

 

「運が良くてそれなんですか…。つまり断れないって事ですよね…あうぅ…」

 

心優しい阿慈谷は引き受けてくれた。やっぱり持つべきはブラックマーケットに詳しい生徒だな。便利屋も足繁く通っていたらしいが、今回はコイツの方が適任だろう。

 

「んじゃあ気を取り直して、探索を再開するぞ」

 

「どうして私がこんな目に…」

 

 

 

 

 

 

 

結果として、比べ物にならない程に安全にブラックマーケットを回れた。回れたのだが……。

 

「………鯛焼きの匂いがする」

 

「あはは…、覆面が丁度四つしか無いなんて事もあるんですね」

 

便利屋と俺が一緒に行動していると言う情報は回っているだろうから、せめて覆面でも着けようという話になったのだが、数が足りずに俺だけ鯛焼きの袋を被る事になってしまった。浅黄がゲラゲラ笑ってやがる。

 

「なんで俺がこんな目に…」

 

「さっきのヒフミと同じ事言ってるわよ、先生」

 

「さ、差し出がましいですが、もし許可を頂けたのならスケバンたちを一掃してきますが…」

 

伊草は一回落ち着け。お前はもっと自分の利に従って行動する事を心掛けろ。

 

 

と言うかなんで鯛焼きの袋被っただけでバレなくなるんだ。明らかにキヴォトス人とは体格が違う訳だし、直ぐにバレるだろうと睨んで警戒していたのがバカらしい。なんかステルス機能でも付いてんのか、これ。

 

売っている爆薬の型番がトリニティ製だった事にショックを受けているヒフミを横目に、鬼方が静かに語り掛けてきた。

 

「噂で聞いた話なんだけど…。先生って所謂後ろ盾みたいな物を欲しがってるんだよね」

 

「そんな情報まで流れちまってんのか…。連邦生徒会の情報統制はどうなってんだよ」

 

「って事は本当なんだ。まあ、分かるよ。先生は生身一つでこっちに放り出された訳だし。幾らシャーレが強い権限を持ってたとしても、不良たちに襲われれば一溜まりも無いし、各学園に吸収されれば首をすげ替えられるし。威嚇の意味も込めてセミナーや風紀委員の奴等を入部させたかったって意図は推し量れる」

 

「…随分と頭が切れるんだな」

 

「警戒しないで。社長たちは先生と話せて楽しそうにしてるし。取って食おうって訳じゃ無いから。だから提案だよ、先生」

 

俺の思考回路を素っ裸にしといてから持ち掛ける提案って何だよ。

 

「今の先生ならできる事だと思うんだけど…。不良やスケバン、その他諸々の手足を取り込めば、他の学校や機関よりも優位に立てると思う」

 

「…オイオイ、オイオイオイオイ。その言い方だと俺が不良どもを纏め上げられる手腕があるって前提に成り立ってるじゃねえか。時間もお金も脳への負荷も多大な労力も掛かるんだ。多少の違いこそあれど不良どもってのはここに屯しているのと同系統の奴等、金もねえやる気もねえ無い無い尽くしのコイツらをどう纏め上げろってんだ?」

 

()()をする」

 

だから気に入った

 

 

 

 

 

 

後日、シャーレがブラックマーケットに屯する不良生徒を纏め上げた事が報道された。

 

 





オマケ
ヒッキーとアロナと似顔絵

「いつも頑張っている先生の為に、似顔絵を描きました!えっへん!」
「おーマジか。高性能AIアロナ画伯の似顔絵とか期待値しかねえ」
「ふっふっふっ。似すぎてドッペルゲンガーだと思い込まない様にしてくださいね?」
「……なんだろ。急に不安なんだが」
「じゃじゃーん!どうですか!我ながら上手に描けたと思います!(例の似顔絵)」
「……………」

「あら?オールバックは辞められたのですか?」
「不知火か…。いや、まあな。深い事情があって…」

「…将来の俺の毛根の為にも、なんかやっといた方が良いんだろうな…」
「クククッ、さしもの先生でも禿げるのは勘弁ですか」
「お前はどっから入ってきた」







はい、後書きです。
今回でプロットも全て使い果たしてしまいました。まだヒッキーが先生してる所見たい!という方。筆を取ってみないか?

アロナがマトモに喋ったのってこの話が初めてってマジ?ごめんねアロナ。いつもメンテナンス有難うアロナ。それはそれとして許さんぞ陸八魔アル。


今回補足する所は、キヴォトスで一番起こって欲しくない事と、ヒッキーが懸賞首になっちまったという事、それと不良生徒の掌握です。

一個目は『不満の爆発によって今の立場が逆転してしまう』事です。だから、違法だけど銃火器を流通させたりブラックマーケットを黙認する必要があったんですね。

二個目はぶっちゃけカヤさんが先生の首狩りRTAを走っているからですね。なんで原作より殺意マシマシやねん、と言う疑問にはお答えしかねます。だってもうプロットも構想もクソもないんだもん!

で、最後のやつは住食を与えて復学させる代わりに完全にシャーレの統制下に入る事を義務付けました。私の脳味噌ではこんな方法しか思い付きませんわ〜。




ようやっと書き切りましたわ。これでヒッキー先生の作品が増える……筈。お願いだから書いて…。

これでこの作品は更新が止まります。お気に入り登録や評価、感想などありがとうございました。







…評価や感想次第でモチベが上がって書き続けるかもしれませんが、もしそうなっても5月中は更新できないと思います。


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難易度☆☆☆ トリニティ総合学園


最後と言ったな…。あれは嘘だ。

と言う事で本当に最後です。時系列的には前話の数日前くらい。


 

 

 

 

 

「お待ちしていました、比企谷先生。こうしてお会いする事は初めてですが…お噂は予々。何でもあの美食研究会を手中に収めたとか」

 

「言い方に悪意があるよな、それ」

 

気が重い。明らかに此方を快く思っていないであろう、潜在的な刺々しい雰囲気が目の前の紅茶を嗜む女から発されている。

 

「でも本当の事じゃん、ヒッキー先生?お陰でゲヘナは温泉開発部への対応に全力を捧げるようになって、結果的にエデン条約の締結を推し進めてくれた訳だし」

 

「…マジで意図してねえ所で感謝されるのって怖えんだよ」

 

兎に角気が重い。笑顔を浮かべながらも探るような視線を隠せていないし。まるで殺伐とした監獄の中に放り込まれた様だ。

 

この学園に対して“監獄”と言う表現は、割と的を射ているのでは無いかと思う。ゲヘナの様に面倒と戦闘が嵐の様に襲い掛かる訳ではないが、何と言うか陰鬱としている。ミレニアムが恋しい…。

 

 

 

 

どうして俺がティーパーティーの面子、桐藤ナギサと聖園ミカと同じ空間に居るのか。

 

事の発端は桐藤から送られてきた一通の手紙だった。今の時代には珍しい手書きで、しかも綺麗な字で書かれた文面。『先生と一度顔を合わせる場を作っておきたい』とのことだ。他にも美味しい紅茶や菓子を囲んで息抜き程度に、腹を割って話し合う場も必要だろうとか、明らかに胡散臭い美辞麗句が並んでいたが、要点だけを纏めてスルーさせて貰う。

 

まあ予想してた通り、相手の方も腹を明かすつもりは無いらしい。幾らゲヘナの治安の向上に一役買ったとは言え、信用ならない大人を前に相対していると言う事実は変わらんし、仕方が無い事なんだろうがな。

 

 

一つ溜息を吐いて、渋々と出された紅茶を啜ってみる。

口の中で仄かに広がる香りと、調整された甘味。如何にも高貴なお紅茶って感じだ。俺としては今すぐに角砂糖を三つほど投入したいが、流石にそれは無礼にも程があるだろうし。

 

「トリニティ外部の方がこの場に呼ばれる事は、記憶している限りでは先生が初めてです。普段はトリニティ生も簡単には招かれない席でして」

 

「ほーん…。つまりは秘密の園って訳か。俺みたいなのが簡単に踏み入れて良かったのか?」

 

「とんでもありません。私たちとしても先生には一目置いて居ますので、寧ろ断られないかどうか不安だったんです」

 

嘘つけ。明らかに俺が召集に応じる前提で書いてただろうが、あの手紙。

 

良くも悪くも雪ノ下みたいな奴だな。聡明な雰囲気とか、でも何処か分かりやすい所とか。罵倒してこない初期雪ノ下だと思えば扱い易い。

 

 

問題は俺の背後に立ってアホ毛を弄っているコイツだ。

 

「わっ、凄いねこれ。何やっても重力に逆らってくる。これもヒッキー先生の魅力の一つなのかな?」

 

「…ミカさん?余り先生を困らせる様な行動と、敬意を欠いた呼び方は」

 

「気にすんなよ。逆に畏まられる方がやりにくい」

 

「…………そうですか」

 

この声でヒッキー呼びじゃなかったら、言いようのない違和感があるっつーか…。好きにして貰った方が余計な気を回さなくて済む。

 

聖園はなぁ…。雪ノ下(姉)と由比ヶ浜(声の出演)を足して2で割った感じだ。つまり滅茶苦茶相手しにくい。

 

やはり早急にキヴォトスとか言う魔境からは逃げなければならない。有給でもなんでも使って逃げてやる。場合によってはハイジャックでもシージャックでも辞さないからな。

 

 

…現実逃避はここまでにしておいて、さっさと本題に入って貰おう。こんなギスギスした所に居られるか。こんな会合は終わらせて羽川と伊落に挨拶して帰る。そして寝る。

 

「んで、呼び出した要件は何だ?悪いが俺はそこまで暇じゃないんだ…。幾らトリニティの中枢を成すティーパーティーからの誘いだろうと、余り贔屓はしてやれない。簡潔に済まそう」

 

「えーっ?そんなに邪険にしなくても良いじゃん。私はもっと先生とお話ししたいなー?」

 

「生憎と俺はさっさとこの場から去りたいがな」

 

「あらら…。先生にはトリニティがお気に召さなかったみたいだよ、ナギちゃん」

 

「…参考程度に、何故そう思うのかをお教え頂いても?」

 

「こんな空気がピリついてる空間に長居したい人間が何処に居るってんだよ…」

 

エデン条約締結を前に誰もが疑心暗鬼になっていると言うか、賛成派と反対派でゴタゴタしていると言うか。だからって警戒心を明らかな第三者である俺に剥き出しにしないで欲しい。……そう言えたらどれだけ楽だっただろう。

 

エデン条約とは犬猿の仲にあったゲヘナ学園とトリニティ総合学園が結ぶ、全面戦争を避ける為の恒久的な不可侵条約。昔、フランスとオーストリアとの間で交わされた、所謂外交革命と同等の意義がある。

今まで忌み嫌っていた相手とこれからは手を繋いで生きて行こうという事でもあり、新たな超巨大勢力の誕生でもある。

 

それに反発する生徒も少なくはなく、何とか条約締結を阻止しようと動く生徒も沢山いるとか。何処に計画を頓挫させる為に送り込まれた裏切り者がいるのか。分からないからこそ今、桐藤は何もかもを疑ってかかる姿勢を貫いているのだろう。

 

 

俺はその条約を結ぶにあたって問題とされている一つの、美食研究会の暴動を抑えた、ゲヘナの治安回復のフィクサーとして知らぬ存ぜぬという訳にも行かない。…だから条約反対派であろうトリニティ生から悪意のある視線を頂戴した訳だ。何を余計なことしてくれやがってんだ、的な。

 

そんな所に居たくないだろ、普通。誰だって。

 

「それは…そうですね。ティーパーティーのホストとして、トリニティを代表してこの場で謝罪を」

 

俺のそんな考えを読み取ったのか、桐藤は素直に頭を下げる。彼女も彼女なりのプライドはあるだろうし、意図も有るのだろうが、それでもしっかり頭を下げられると言うのは美徳だと称賛できる。

 

「辞めてくれ。俺は別に頭を下げて貰いたい訳じゃねえんだ…。俺はエデン条約にどういう対応をすれば良いのか、それだけを聞きたい」

 

「あれっ?私たち先生に協力して欲しいなんて言ったっけ」

 

「どっちにしろこの時期にここに来いって言ってる時点で、何かしら巻き込もうとしている事は確定だろうよ」

 

「…わーお。噂よりずっと鋭い」

 

鋭くなくても疑う外無いだろう。多少のリテラシーがあれば、生徒を盲目的に信じていなければそれぐらい考えが及ぶ。

 

「では、ご厚意に甘えて。比企谷先生にはエデン条約を安全に締結する為の『お手伝い』をして頂きます」

 

「ちょっとナギちゃん?そんな言い方じゃヒッキー先生も分かんないよ。要するに反対派の鎮圧とかゲヘナの治安維持にこれからも尽力して欲しいって事」

 

「簡潔に訳しすぎだとは思いますが…凡そはその通りです」

 

「いや、いやいやいや…。お前ら意味分かってて言ってんのか?」

 

この条約が締結に向けて進んでいる要因として、シャーレが消極的協力のスタンスを取っていると言う事が挙げられる。

 

現時点ではゲヘナトリニティ間の問題として、他の学園も口や手は出していない。できないと言った方が良いだろうか。

このゴタゴタに乗じて転覆を狙う輩が居ないとも限らない。しかし、両学園が警戒体制を敷いている中、俺の様に、渦中の人物から声を掛けられでもしなければ介入も難しい。

 

だがシャーレが積極的な協力をする姿勢を見せればどうなるか。

 

全く関わりが無いと言えば嘘にはなるが、しかし明らかな第三者による介入だと取られる事は間違い無いだろう。加えてシャーレは色々な学園の生徒が在籍しているというのもある。詰まる所、今よりもっと事態はややこしくなる。

 

これはあくまでゲヘナとトリニティが手を結ぶから成り立っているのだ。そこに他の学園も次々と参戦したとなれば、連邦生徒会も黙っていないだろう。当たりどころが悪ければ、廉価版シャーレの様な超巨大な連合が出来上がると思えば、その脅威が分かると思う。

 

「ええ、勿論表立ってという訳ではありません…。そうですね、比企谷先生は既に正義実現委員会、自警団にも親しい生徒が居るとお聞きしました。空崎ヒナ風紀委員長すらもシャーレの部員の一員であるとも。彼女等に先生から指示や激励があれば、必然的にそれはエデン条約締結に向けて一役買ってくれる事でしょう…。貴方にはどうやら、生徒を突き動かす力がある」

 

「買い被りすぎだ。俺は俺に出来ることしかしてねえよ」

 

「比企谷先生の場合、その出来ることが多かったという訳ですね」

 

だから何なんその妙に高い評価。流行ってんのか。

まあ、そんなに煽てたとしてもスタンスは変わらん。俺はあくまでも消極的な協力の意思を示させて貰う。全ては有給を取る為に。

 

「俺は俺のやり方でやらせて貰う。…口出しはすんなよ」

 

「…そうですか。楽しみにしていますね」

 

その言葉を皮切りに、フッと時限鉛のような空気感は霧散した。こんな時には煙草を吸いたいが、何処で吸おうが怒られるからな…。世知辛いもんだ。

 

 

 

 

 

 

 

「……話は変わるが、桐藤って阿慈谷と仲良いのか?」

 

「本当に唐突ですね。…良い信頼関係を築けていると自負しています」

 

「ああ言う類の友達はちゃんと信じてやれ。例え脳が破壊されても」

 

「ヒフミちゃんって凄い良い子だもんね〜」

 

「…言われなくともそのつもりです」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『先生、手紙が一通届いてますよ!』

 

「手紙?この時代にアナログの?」

 

『緊急性が高そうな内容だったので、先生にも確認して貰いたくて』

 

執務机にぽつねんと置かれている、一通の手紙。太陽のマークとそれを縁取る三角形と言うデザインの封止めが貼ってある。

 

アリスの事についても、エデン条約の事についてもクソほど忙しいこの時期に一体何の用かと八幡は封を切り、丸みを帯びた字で綴られた差出人の宛名を見た。

 

「……アビドス高等学校、奥空アヤネ」

 

 

今ここに、比企谷八幡の青色の日常(ブルーアーカイブ)が幕を開けた。

 

 

 

 

To be Continued...?

 

 

 






あの、ですね…。感想とかいっぱい来てくれたらモチベになります…。評価も高く付けてくれるほど嬉しくなります…。

本当は高クオリティのヒッキー先生作品を見たいから、ちょっと導入部分だけ…と思ってたら楽しくて書いちゃいました。書き続けてみたいと思っちゃいました。だからもう一度言います。

感想くれ……。なんか感想少ないからこんな感じで良いかどうか分からんのよ。
評価くれ……。8、9、10くれ…。くれないなら批評とか頂戴…。

ぬあーっ!私の中の承認欲求モンスターが!もっと暴れろぉぉ!

どちらにせよ5月中はプロット溜め込むことになるのでね。ばいちゃ。



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メインストーリー 第一部
Main-1 アビドス高等学校 その1



ヒッキーアーカイブ初投稿から丁度2週間が経ちました。

皆さん、大変長らくお待たせいたしました。評価も感想も沢山いただき、感無量です。

それではカイザー壊滅RTA、始まります。



 

 

 

 

──某日・シャーレ談話室

 

 

今日も今日とて始末書、報告書、決算報告書と格闘する比企谷八幡の姿がそこにはあった。

 

約十秒に一度のペースで『働きたく無い』とぼやきながらペンを走らせる姿は、何処か哀愁を感じさせる。それでも目の前の職務から目を背けようとしないのは、偏に彼の性根がお人好しだからだ。…只管に有給を取りたいから、というのもあるが。

 

 

ピロン、と唐突に八幡の端末へ差出人不明のメッセージが届く。丁寧にも足が付かないよう、使い捨てのアドレスを使って。

タチの悪い迷惑メールかと顔を顰めながらタップしてみればそこには、目を疑う様な文言が連ねられていた。

 

古代兵器やらキヴォトスの終焉やら。普段の彼ならばどっかの誰かのイタい妄想の掃き溜めかと切って捨てるが、何故だか現時点でそう断定してしまうのは悪手かも知れないと感じてしまった。

 

画面をスクロールすればする程、信じ難い情報が流れ込んで来る。あまりに突飛で、壮大で、けれども妄言だとは断じる事の出来ない内容に、八幡は頭を抱える。先生という役目を負わされているとは言え、キヴォトス人とは一線を画す脆弱さを持つ自分に何を期待しているのか。

…しかしこればかりは首を突っ込まざるを得ない。

 

 

 

 

執務室の扉がノックされる音を聞いて、八幡は思考の海から顔を出して息継ぎをする。問題は山積み、と言うよりどんどん天高く積もっていくが、未来の俺が何とかするだろうと今に目を向けた。

 

「先生、言われた通りに御二人を連れて来ました」

 

「ご苦労さん。…本当に何も見返りは要らないのか?」

 

「もう何回目っスかこの遣り取り。ウチは住まう所に食べる物、ゲヘナへの復学も無償でしてくれたハッチー先生の役に立ちたいんスから」

 

ゲヘナの制服とヘルメットを着用した生徒は、朗らかに笑ってそう告げる。屈託の無い姿に八幡は眩しそうに目を細め、恥ずかしそうに礼を言った。

 

「…さて。放っておくのもアレだし、呼んだ理由を話そうか」

 

執務室の隅で居心地が悪そうにしている生徒二人を見遣って、『秘密裏に話したい事がある為に、一人の生徒を遣わす』という内容が表示されたタブレットを鍵付きの引き出しに隠し、薄く笑む。

 

「温泉開発部の部長と現場監督。お前ら二人には今から『部活動紹介』をして貰う」

 

相対する二人の生徒の目が、ギラリと鋭く光った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時は過ぎて、比企谷八幡は砂埃舞うアビドス自治区で、法定スピードより幾分か遅く車を走らせていた。と言うのもアビドスに向かう途中で鉢合わせた、中々の速さでロードバイクを漕ぐ銀の髪を持つ少女に案内をして貰っているからである。

 

「連邦生徒会の人が何の用かと思ったけど、私たちからの救援に応えてくれた先生だったんだ」

 

「んで、砂狼はアビドスに通う生徒の一人と。…分かっては居たが、ここら一帯は随分と閑散としてるな」

 

「砂害の影響で大半が埋もれちゃって…。綺麗にしようにも追い付かないから、ここに住んでた人も何処かに行って、そのまま。使われないし砂は被るから、交通機関なんかも機能しない」

 

水色のオッドアイを伏せ、特徴的な狼耳を萎れさせる少女、名を砂狼シロコ。会話の通りにアビドス高等学校に在籍する生徒の一人である。

 

シロコはふと気に掛かった事があり、八幡の運転する車を見て、首を傾げながら尋ねた。

 

「不思議だね、先生の車。タイヤが砂で動かないなんて事は無いし、エンストも起こさない」

 

「これはミレニアムのエンジニア部っつー奴らが作った一品。本来なら一千万近くは取るそうだが、何かと世話焼いてるから安くして貰えた」

 

「へぇ…凄いんだ。その部活も、先生も」

 

戦艦に変形する機能やら車外醤油スプリンクラーやら、要らない機能を嬉々として提示して来た時は、さしもの八幡も少しキレた。無駄を削ぎ落としたフォルムと機能を兼ね備えた車が、『客のニーズにしか応えられない車』が八幡指導によって制作されたのである。

いつもより出費が嵩まなかった事により、エンジニア部員たちは落胆していたが、ユウカは上機嫌だった。会計と言うのも悩ましい立ち位置である。

 

 

 

色々と事情を聞いている間に、シロコはロードバイクのブレーキを掛けてスピードを落とす。感情の読みにくい視線の先を辿ってみると、砂埃で黄ばんでいる校舎が見えた。

 

完全に止まったバイクから降りたシロコは、改めて佇まいを整えて告げる。

 

「ようこそ、アビドス高等学校へ。砂を被っちゃって格好がつかないかもしれないけど…私の大切な学校だよ」

 

そう言って微笑むと、そそくさと駐輪場へと歩いて行く。八幡もゆっくりと車を動かして、校門を潜り降車した。

 

八幡はトランクを開いて中に乗せてあった二つの黒いバッグを取り出すと、入り口の方で待機しているシロコの方へと歩いて行き、二人で並んで歩く。

彼がキヴォトスに来てからは専ら、自分の歩くペースに合わせて貰ってばかりだ。

 

「本館を使おうと思えば使えるけど、掃除も追いつかないし砂を被ってる教室も多いから、今はこの別館で活動してる」

 

「世知辛いなんてもんじゃねえな。届いた手紙には暴力組織に襲われてるなんて文言もあったが、今は大丈夫なのか?」

 

「あー…。それに関しては後で、皆んながいる所で説明するね」

 

妙な歯切れの悪さに違和感を覚えるが、後で説明すると言われたのならそれを待つのみである。

 

八幡たちがとある教室の前に到着すると『ここで少し待っていてほしい』とシロコは告げる。確かに見知らぬ男が突如として現れるのは少し、いやかなり怖い。出会った経緯を説明してくれるのだろうと八幡は解釈し、シロコの言う通りに教室の外で待機する事にした。

 

しかし聞き耳を立てるなとは言われていない。不審者感は否めないが、これは必要経費である。

 

「おかえりシロコ先輩」

 

「ん、ただいま。突然だけど、皆んなに紹介したい人が居る」

 

「紹介したい人、ですか?」

 

「連れ去って来ちゃダメよ先輩」

 

酷い言われようだな、と半ば感心する。平然と人攫いの陳言を頂戴するとはどういう事だっピ…。八幡は訝しんだ。

 

「…分かりましたよ、シロコちゃん」

 

「ん。流石ノノミ、察しが良くてたすか…」

 

「恋人が出来たんですね‼︎」

 

「ええッ⁉︎」

 

「………うん?」

 

流れ変わったな、と。八幡は遠い目をした。

 

これは即座に否定しなければ曲解に曲解を重ね事実まで捻り上げられるのだが…。余りの突拍子の無い言葉にシロコは硬直してしまっている。

 

「こ、ここっ、恋人って…!」

 

「シロコちゃんにも春が来たんですねぇ」

 

「いや、その…。今日初めて会った人だから…」

 

「今日初めて会った人と付き合ったの⁉︎」

 

教室の外で待機する八幡は冷や汗を流す。このままでは初対面の幼気な少女を言葉巧みに誘惑して交際関係に発展した汚らしい大人になってしまう。だが、ここで介入するのも、それはそれで嫌な方向に勘違いされそうだ…。

つまりはこの場はシロコの弁明に懸かっている。生徒を信じるのも先生の役目だろうと丸投げする。

 

「うへ〜…どうしたの皆んな。敵襲?」

 

「あっ、ホシノ先輩。実はかくかくしかじかで…」

 

「────成程。敵だね」

 

「おいこら待て」

 

こうして八幡は自ら死地へと足を踏み入れたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「な、成程…。シャーレの先生でしたか」

 

何とかしてアビドス連中の誤解を解いた。人の話を聞かずして勝手に湾曲させていく奴があるかよ…と思うが、それくらいシロコを大切に想っていると解釈すれば微笑ましい物だ。

 

とは言えこのままでは格好がつかないので、一つ咳払いをした後に自己紹介をする。

 

「改めて、シャーレから救援に来た先生だ。遅ればせながら色々と物資を持って来たぞ」

 

安堵、好奇、警戒等の視線を向けられる。そんなに見つめられたら俺が直ぐにヒッキーしたくなるから辞めようね。

 

肩にかけていた黒いバッグを教室の隅に置く。これはクラフトチェンバーで作られた、見た目以上に物が入る上に重量も感じさせない優れ物である。

 

それはそれとして。砂狼の言葉通りに直近の事情を話して貰わなければ、俺はどの様な行動を取れるのかが変わってくる。

 

「手紙を書いた時点では暴力組織が執拗にここを襲って来ていましたが…。3日前くらいを境に、襲撃がピタリと止んだんです」

 

「その前にも段々と人数が減って行ってたから、何事かとは思ったけどねぇ」

 

と言う事はあの手紙は少なくとも3日前に書き、届いたのは日付が今日に変わった頃だと言う事も加味すれば、本当にアビドス自治区の機能は、郵便機能をはじめとした殆どが停止してしまっている訳だ。

 

しかし、3日前。その日以前からジワジワと、暴力集団に何かが起き始めたたと考えるのが妥当だろうが、こればかりは地道に調べるしか無いか…?

 

「その暴力組織の名前は分かるか?」

 

「はい、確かカタカタヘルメット団だったかと…」

 

「………ああ。納得」

 

「先生には何か心当たりがあるんですか?」

 

心当たりも何も、なぁ…。

五日前に完全にって事とその名前から考えるに。

 

「つい昨日、シャーレが完全に掌握した団体だ」

 

「……はい?」

 

「掌握……ですか?」

 

うん、まあそりゃそういう反応になるわな。自分で言ってて何言ってんだって思うもん。

 

…ただ、ピンク髪の奴はどうやら最大限まで警戒を引き上げ、俺がどういう人間かを値踏みしている様に見える。よく考えれば見知らぬ男に警戒をするのは当然ではあるか。

 

「落ち着けお前ら。順を追って説明するから聞いとけ…」

 

 

 

 

 

カタカタヘルメット団。キヴォトス各地を騒がせている、ヘルメット団の分派の一つである。暴力や略奪も厭わない気風ではあるが、時には傭兵のように統率力の下で動くこともある。

 

不良集団の中でもメジャーなヘルメット団だが、組織を構成する団員の数は馬鹿にならない。それがヘルメット団の強みでもあり…同時に最大の弱点でもあると俺は睨んだ。

要は体制が粗暴且つ数が多過ぎるからこその弱点を付けば楽勝じゃん、という事である。

 

そこで目を付けたのがヘルメット団の半分以上を占める、所謂下っ端達。ヘルメット団の下っ端をやるよりも良い境遇を提案したり、空崎や黒館、狐坂にC&Cにも協力して貰って武力鎮圧なんかもチラつかせて脅……じゃなくて勧誘したり。

 

闇だろうが光だろうが、社会ってのはピラミッド型に出来上がっている。下から崩していけば上も自然と崩れて行くのは容易に想像がつくだろう。先程も言及があった通りにジワジワと人が減って行き、消耗し切った所に上手くトップ層も誘惑して、カタカタヘルメット団を完全に取り込んだ。

これが事のあらましである。

 

 

…今思えば外道以外の何者でも無い策を取った気がするが、まあキヴォトスで好き勝手暴れてるクソガキたちにお灸を据えた、という事で罷り通るだろう。現に報告書にそう書いたら何もお咎めなしで終わったし。

 

「だからその引いてる顔辞めろ」

 

「いや、だって…ねえ?」

 

「流石にアッチが不憫になってきた…」

 

「ま、まあ先生に窮地を救われたのは事実ですし…」

 

小鳥遊が呆れたように同意を求め、黒見が敵へと憐れみを覚え、奥空が苦笑いでフォローを返す。

対極的に、砂狼は目を輝かせ、十六夜は喜色満面の表情を浮かべている。

 

どんな反応を返すかと言うだけでも、其々に確かな個性が備わっている事が分かる。取り敢えず興味津々と言った風に耳が動いている砂狼にはブレーキ役が必要だと確信した。

 

「ん。先生のお陰で四六時中襲撃に備える必要が無くなったのは大きい」

 

「それに物資の補給も。弾薬だけでなく、ウェーブキャットの枕や腹筋ローラーなんかまであります☆ 本当にありがとうございます、先生!」

 

一点の曇りのない感謝の言葉が俺の身体のあちこちに突き刺さる。キヴォトスに来てからは素直な賞賛や手放しの信頼を向けられる事も多くなって、そろそろ慣れて来たかと思ったのだが…。やはり恥ずかしいものは恥ずかしい。

 

赤くなっているであろう顔を見せない為に目を逸らすと、十六夜から黄色い声が漏れた。なんで?

 

「流石にこれは先生が悪いよ。ね、シロコちゃん?」

 

「あざとい。意図してないんだろうけど、あざとい」

 

「どうして2回言ったんですか…?」

 

奥空がそう疑問を呈する。大事だったんじゃね、知らんけど。

 

そこから教室がわちゃわちゃと質問が投げられる。好きな食べ物とか好きな飲み物とか好きなお菓子とか。もしかして俺餌付けされようとしてる?

 

つい最近まで苦境に立たされていたとは思えない明るさに、何だか微笑ましくなってしまった。

 

「まあでも、感謝はしてるわよ。これで漸く借金の問題に専念できる訳だし」

 

「……借金?」

 

「えっ?…あ、わわっ」

 

慌てて自分の口を塞ぐ黒見。その表情は『やってしまった』と言わんばかりに、驚愕に目を見開いている。

 

勿論アビドスが抱える借金問題については把握しているが、叶うなら彼女等の口から直接聞きたい。今回のヘルメット団については全く意図していない形ではあったが、アビドスが最も頭を悩ませている問題について踏み込むなら、やはりちゃんと『助けて欲しい』という言葉が必要だ。

 

「いや、その……そう、白金!プラチナの事よ!高く売り捌いてやろうかと思って…」

 

「借金だよ、先生。この学校、結構大きな額の借金があるんだ」

 

「ちょっ、ホシノ先輩⁉︎」

 

小鳥遊が割って入った事に驚き、黒見は非難するような視線を向けて小鳥遊の腕を掴む。借金について話してしまった事について、そして自分と同じ様に俺を懐疑的に見ていたはずだろうと、謂わば小鳥遊の『裏切り』に対しての物が混ざり合っていた。

 

かく言う俺もそこそこ驚いている。てっきり小鳥遊も俺が首を突っ込む事に否定的な立場を取るものだと思っていたのだが。利用できる大人は利用してやろうと言う腹積りなのだろうか。だとすれば随分と強かな奴だと思う。

 

「別に罪を犯したとかじゃないしさ。折角シャーレの先生が興味を持ってくれてる訳だし、協力して貰えないにせよ、何か有益なアドバイスをくれるかもよー?」

 

「……私はホシノ先輩に賛成。先生は少し鬼畜な所はあるけど、でも生徒にとって不利になる事はしないと思う」

 

鬼畜のくだりは要るのか、砂狼シロコ。そんな意図を込めて睨んでやるとヤケに誇らしそうに頷いた。

 

眠たげに、されども俺を見極める様な目を辞めないまま、小鳥遊は二の句を告げる。

 

「確かに信用ならない所は沢山あると思う。…けど、先生は少なくとも私たちよりは長く生きてるし、色んな情報や知識を持ってる。取り敢えずは先生の意見を聞いてみよう。…それとも、セリカちゃんには他に何か思い付いてるのかな?」

 

「うっ、ぐ、うぅ……」

 

悔しそうに呻く。いっそ清々しい程に、小鳥遊の言う事は正論だ。俺としても彼女の様に柔軟な考え方をして貰いたいとは思う。

 

しかし感情を押し殺して理性ばかりで考える事も、必ずしも良しとはしない。もしも感情を推し量る事を欠いてしまえば、当たり所が悪いと崩壊まで進む。

黒見のそれもきっと、側から見れば子供の癇癪、我儘、小さなプライドを守ろうと必死な、愚かな物なのだろう。

 

だが、残酷な事に、場違いな程に。自分の思いの丈を叫ぶその姿を、とても綺麗だと思った。

 

「この学校の問題は、ずっと私たちだけで何とかしてきたッ!今更大人が首を突っ込んでくるなんて事…私は絶対に認めないッ‼︎」

 

「ッ、セリカちゃん!」

 

吐き捨てた黒見は、逃げる様に教室から出て行った。その背中を追うようにして十六夜も続いて退室する。

主人を失った二つの椅子が、何だかとても物寂しく思えた。

 

 

椅子を立て直していると、居心地が悪そうに頬を掻いている小鳥遊が声を掛けてくる。

 

「ごめんね、先生。セリカちゃんもずっと気を張って来たからさ」

 

「別に良い、ああいう怒りは理解できる。…俺にもあんな時期があったしな」

 

何もかもが敵に見えて、閉じこもってしまった方が楽だと思えた、大切で間違っていた日々。思い出すだけで俺の未熟さに顔から火を吹いてしまいそうだが、良い経験をしたと胸を張って言える。

 

さて、懐古は程々にしておこう。本当なら物資の譲渡だけしてさっさとお暇したかったが、放っておくのも忍びない。

 

「…折角だし、やるなら徹底的にやるか」

 

「おっ、先生やる気?」

 

「まあな。ここまで来たら何もかも道連れにして、借金も全部カタ付けてやる」

 

そう言った時の俺はきっと、とても邪悪な笑みを浮かべていただろう。

 

 

 

 





補足
ヒッキー先生が色々動いたお陰でカタカタヘルメット団の一件はカットされました。手紙が届く日数云々に関しては、アビドスの殆どが砂を被って機能してない所を見て、まあ妥当な日数かなと。




しかしアビドスって属性多過ぎませんかね。

シロコ:銀行強盗系ヒロイン
ノノミ:耳掻き系ヒロイン
セリカ:ツンギレ猫娘系ヒロイン
アヤネ:意外と卑しい眼鏡っ娘系ヒロイン
おじさん:おじさん

なんて個性的な面子なんだ…(恍惚)


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Main-1 アビドス高等学校 その2



うーん…。曇らせ要素は入れたいけどヒッキーの腕を吹っ飛ばすのは気が引けるし…。どうすりゃ良いんだろ。


 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ……」

 

憂鬱さを隠そうともしない溜息が、黒見セリカの口から漏れる。含まれているのは、疲労と悔恨の思い。

 

さもあらん。疲労に関しては昨日にバイト先へ襲撃して来た同胞たちの相手を務め上げた事による物。そして悔恨は、一昨日に取った余りにも不敬な言動から。

 

 

救援を要請する手紙を受け取り、アビドス高等学校へと馳せ参じたシャーレの先生、比企谷八幡。

ボサついた髪と眠たげに光る濁った瞳からは小悪党の様な雰囲気を感じられるが、手を焼いていたカタカタヘルメット団を鎮圧してくれたのは紛れもない事実。加えて自分たちの最たる悩みの種である借金の問題についても、協力してくれる様な態度を見せていた。

 

そんな彼に敵対心を剥き出しにして信じられないと喚き、厚意を蹴ってしまった。人情家である彼女は人一倍その事を気に病み、鬱憤をぶつける為にバイトを打ち込んでいた矢先に、同じくアビドスに通う彼女等が現れたのだ。

 

業務の最中に尋ねてみた。先生は付いて来ていないのか、と。四人は困った様に顔を見合わせ、『やりたい事があるから行かないと言われた』と告げる。

 

それを聞いたセリカは嫌われちゃったかな、と少し悲しくなった。やはり自分が放った心無い言葉が先生の心に傷を…。そう考えると、やっと此方に笑顔を向けた幸運を自ら手放してしまい、皆に迷惑を掛けてしまったような気がして、心の底から恐怖が湧いてくる。弱々しい足取りで、照りつける日差しの中を往く。

 

 

歩く事数十分。到着したセリカは校門の前で立ち尽くす四人を見つけた。

 

「…あ、セリカちゃん。おはようございます」

 

「おはよー皆んな。何してるの?」

 

「いやぁ〜……これは見て貰った方が早いかな」

 

煮え切らない態度にセリカは疑問符を浮かべながらも、素直にその言葉に従って、大きな塀に隠れたアビドス本来の校舎の姿をその目に収めた。

 

 

 

 

「……なに、これ」

 

何と言う事だろう。

数年前に突如として砂嵐に呑まれる前の、キヴォトス最大のマンモス校だと呼ばれた、あの頃の校舎の綺麗さを上回る程に白い輝きを放っているアビドス本館が、荘厳な雰囲気を携えて立っている。

 

それだけでは無い。ヒビ割れて砂が積もったプールも、品揃えの少ない売店も嘗ての光景以上に綺麗になっていた。

 

確かに対策委員会の手によって清掃は欠かさなかったが、突然にここまで綺麗になるとは思いもよらない事態である。

 

未だ都合の良い微睡の中で幻視する夢。過去への遡行。今までアビドスの為に東奔西走して来た私たちへの奇跡。

 

否、否、否。一つずつ湧いて出た可能性を潰して行く。分からないなりに何が起こったのか考えて、何も分からない。けれどもこんな芸当を出来るのはきっと…。

 

「おー、お前ら来たか」

 

──この不思議な大人しか居ないのだろう。

 

「えっと、先生、これは一体何が…?」

 

「これか?…まあ、なんつーか。俺なりの意思表示とでも言うか…。兎に角順を追って説明する。……お前ら校門前集合。アビドスの面々が集まってんぞ」

 

トランシーバーに向けて八幡がそう告げると、本館から地鳴りの様な音が響き、大気がピリピリと揺れる様な感覚を覚える。何が起きようとしているのかと身構えていると、校舎の中から全速力で駆けてくる生徒の群れが。

 

敵襲かと愛銃のグリップに手を掛け臨戦体制に入る。

しかし、その予想は見事に裏切られ、生徒の大群はものの見事なスライディング土下座を披露した。

 

目の前で起きた事態に誰もが困惑の渦から抜け出せないでいると、八幡は最早芸術かと思わせる程に綺麗な集団土下座を指差しながら告げる。

 

「元カタカタヘルメット団の連中だ。お前らに酷い仕打ちをした罪滅ぼしをしたいらしくてな。折角だし本館の掃除をして貰って、いつでも使えるようにしといた」

 

「……うへ。良かれと思ってしてくれたんだろうけど、別館だけでも十分活動できる私たちにはちょーっと持て余しちゃうかなって」

 

「わーってるよんな事。お前らだけにこんなバカデカい校舎使わせる気は毛頭無い」

 

セリカはその言い方に思わず表情を強張らせる。ならば何故こんなにも学舎を綺麗にしたのか。先生としての力を見せ付けて信頼を得ようとしているのだろうか。そう思っているのならばお生憎、彼女はその程度で靡いてやるつもりも無い。

 

一歩踏み出して一言二言何か言ってやろうと踏み出すが、ノノミの手がそれを阻む。出鼻を挫いた事を非難するように目を向けるが、柔和な笑みを崩さないままでいる。その表情のまま、ノノミは八幡へと質問を投げ掛けた。

 

「私たちに“だけ”使わせる気は無い。そう先生は仰いましたよね」

 

「ああ」

 

「先生がこれを見せ付けるだけの為にこんな事をしたとは到底思えません…。つまり、アビドスに人が増えるような、そんな策が有ると言う事ですか?」

 

「俺は勝算の低い勝負はしない。それが答えだ。……おいお前ら、いつまでも土下座してないで掃除に戻れ」

 

「「「「「Sir, yes sir! 」」」」」

 

八幡の言葉に顔を上げ、蜘蛛の子を散らすように戻って行く元カタカタヘルメット団員たち。外観はとても綺麗に見えても、内部はまだ汚れている場所が沢山有る。

 

 

 

随分と喧しい奴等だと八幡は呆れ、佇まいを直してアビドスの面々に向き直る。

 

「…良いか?恥ずかしいから一回しか言わない。聞き逃すなよ」

 

んんっ、と態とらしく咳払いをして、八幡は言葉を紡ぎ始めた。

 

「アビドス高等学校所属、小鳥遊ホシノ、十六夜ノノミ、砂狼シロコ、奥空アヤネ、黒見セリカ。お前らが諦めずに居たから、俺は早く手を打てた。俺はここに立っていられる。……誰も助けてくれず、目もくれず、お前たちだけでこの地を守り続けた事は、筆舌に尽くし難い苦難の連続だったと思う。本当によく頑張って来てくれた、多大な感謝を俺は感じている」

 

初めて顔を合わせた頃の怠さを体現した様な目が、今は強い光を帯びている。根拠と言う根拠は無いが、今この瞬間、彼から放たれる言葉たちはきっと本当の思いなのだろうと確信できる。

 

「だからまあ、なんだ。凄えよお前ら。俺だったら速攻で諦めてる位の窮地に立たされて、それでも諦めないで戦い続けて。…本当に頭が可笑しいとしか思え無いよな、誰もお前らの事見ねえって。幾らでも支えようはあっただろうに」

 

八幡は少し淋しげに目を伏せる。子どもとは本来、守られる権利を持っている筈だ。しかしこのキヴォトスでは余りにも、苦しんでいる生徒が目に付きすぎる。

精神が未発達な少女たちにその現状を受け入れろと言うのは、余りにも酷だ。子どもたちに温かい飯や住まいを与え、本来あるべき学校生活を送って貰いたい。

 

若しかしなくとも単なる彼のエゴで、キヴォトスに生きる彼女たちは既に慣れきってしまった事なのかもしれない。それでも彼は歩みを止めない。その先に必ず、生徒たちが笑える未来があり、自分の行動は誰かを幸せにしたのだと思えるその日まで。

 

自分か、この世界か。狂っているのは一体何方なのだろう。彼は柄にも無く、そんな漠然とした物に思いを馳せてしまう。

 

「これは俺のエゴだ。お前らを助けたいとか、そんな高尚な願いなんて最初から持ち合わせて無い。苦しさに喘ぎながらも諦めずに生きて来たお前たちを見て見ぬフリをする、お前たちの頑張りに対して何も感じない。そんな人間に俺はなりたかねえんだよ」

 

側から見ればそれは、自分の外聞や矜持を傷つけられたく無い大人だと言えるだろうが、今この場に居る彼女たちにはどうにも、彼なりの歪な形に曲がり切った優しさだとしか思えなかった。

 

『困っている人は放っておけない』とお人好しな性分を宣言しているも同等だと分かる。何故か捻くれた言い方しか出来ないのは玉に瑕だが、信用に足る大人だと確信するには十分過ぎるのだ。

 

「俺をそんなダメな大人にさせないでくれ。お前らの高校生活が砂に被ってしまわない様に、俺に重荷を一緒に背負わせてくれ。…これが俺の本当の想いだ」

 

 

強い意志の籠った、八幡の心の底からの言葉を聞いて、セリカの目尻に涙が溜まる。

 

アビドスが砂に呑まれ始めた時からずっと、大人たちは早々に知らぬ存ぜぬの立場を取り、切り捨てた。今まで四方八方手を尽くして来たのは自分たち生徒だ。それを今更大人が、今更、今更…。

 

そこまで考えて、セリカは気付く。彼女はずっと誰かに認めて、手を差し伸べて貰いたかったのだ。度重なる不条理に疑心暗鬼になり、自負とプライドが積み上がって行った。

 

アビドスの救援要請に応えてくれた事。ヘルメット団を鎮圧してくれた事。自分たちの背負う問題を共に背負いたいと言ってくれた事。

堂々巡りになって複雑に絡まった思考の中でも、たった一つの感情が、セリカの中を満たす。

 

「……助けて、先生」

 

──彼女はきっと、本当に嬉しかったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

知らされた闇の深い問題の凡そを反芻しながらアビドス本館の屋上で街全体を眺めていた俺は、ふと口寂しさを覚え、ポケットの中からシガレットケースを取り出し煙草を一本咥える。金色の装飾が為されたライターで先端に火をつけると、主流煙が口の中に広がった。深く息を吐いて、口に滲む煙を出し切る。

 

この時間が好きだ。煙と一緒に些細な悩みも吐き出している様な感じがして。昔から溜息をついて冷静になろうとする癖はあったが、つい最近タバコが解禁され怖いもの見たさで吸ってみれば意外と好きになってしまった。あの人がタバコを吹かしていたせいかと思う。俺の中で憧れというものがあったのかも知れない。

 

「先生ってタバコ吸うんだ。ちょっと意外かも」

 

「…副流煙って知ってるか」

 

「知ってるよ?」

 

「………せめて10メートルくらいは離れろ」

 

いつの間にか隣に来ていた小鳥遊へ言外に離れろと告げるが、飄々とした態度で答えを返される。簡単に退く気は無いらしいので、距離を取ってもらった。

 

何が面白いのか、小鳥遊は口元に笑みを浮かべて俺の喫煙風景を見つめている。

静寂が数分続いた後、満足そうに頷いた小鳥遊が口火を切る。

 

「うんうん、如何にも大人って感じがしてカッコいいね」

 

「心にもねえ賛辞をありがとさん」

 

「やだなぁ、心からの言葉だよ」

 

どうだか。人の言葉には裏があると思って生きて来た人間にとってはそう信じられない。初対面から警戒感剥き出しの奴ならば尚更、な。

 

「俺からすればお前の方が格段に格好いいと思うがな」

 

「………急に何を言ってるのかなー?こんなおじさんが格好いいなんて世も末だと思うよ」

 

「誰の目から見ても明らかだろうが。アビドスと後輩たちを懸命に守って来た奴が格好良くねえとか、それこそ世も末だろうがよ」

 

「…そんなに綺麗なものじゃ無いよ。おじさんは一杯大切な物を失って、繰り返さない様に躍起になってるだけ。それに先生の事を疑ってかかってた訳だし?こーんな汚れちゃったおじさんに、格好良いなんて言葉似合わな過ぎるって」

 

冗談はよしておくれよ、と手をヒラヒラさせて自嘲気味に笑う小鳥遊。一体何が起きて彼女がそう卑屈になったのかは分からないが、何故かその姿が昔の俺と重なって見えた様な気がした。

 

身勝手な話だと自分でも思う。歩んできた道の険しさは比べ物にならない程だ。勝手に同情して恣意的に心情を察しようとすると痛い目に遭う。飽きるくらいに、ソレは眼前の現実として叩き付けられて来た。

 

だからせめて、相手がどう思おうが言いたい事は全て言ってしまいたい。独りよがりの連鎖で複雑化して、崩壊の一歩手前まで捩れてしまった関係を、俺は知っているから。それで俺の黒歴史になるくらいなら浅い傷だと割り切れる。

 

「アホかお前は。確かに過去の失態ってのは何処までも付いてくる物だが、今を否定する材料足り得ないんだよ。お前が今を否定するって事は、アイツらまで否定する事に等しいぞ?……それとも何だ。まだまだ褒め足りないか?なら覚悟しろよ」

 

「……ん?なんか話がおかしな方向に拗れてる気が」

 

知った事か。子どもなら大人しく褒められてろ。

 

「見知らぬ俺にちゃんと警戒して仲間を守ろうと出来て偉いぞ。率先してタンクとして動こうとしてるのも凄いし、アビドスを復興するために東奔西走する姿は最早感動すら覚える」

 

「ちょっ、ちょっと先生。あの捻くれた態度はどうしたの。キャラ崩壊が顕著過ぎて風邪ひきそうだよ」

 

「お前らの抱えてる事情を丸裸にしたんだから、俺も多少はオープンにしなきゃフェアじゃ無いからな。後は、後は……そう、目だ。そのオッドアイがカッケーよな」

 

いつも半目だったり片目を閉じていたりするから分かり辛いが、右目が黄金に輝き、左目が青く透き通っている。やはりオッドアイと言うのは厨二心を擽ると言うか。

 

対して小鳥遊は、酷く驚いた様に目を見開いている。それも一瞬のうちで瞬きの間にまた気の抜けた表情になった。しかし、何処か吹っ切れた様な面持ちに変化した、様な気がする。

 

「もう…。ドライなフリして生徒想いで熱い所もあるなんて、先生も罪な人だねぇ」

 

「何処らへんが罪かは分からんが…。兎に角自虐するのは辞めろ。自虐が持ちネタなのは俺だけで十分だ」

 

「それじゃあフェアじゃないよ先生。先生もちょっとは自虐を抑えて貰わないと。きっと先生を慕う子は多いだろうからさ」

 

昔ならば俺が慕われているなんて事は有り得ないと切って捨てただろうが…。良くも悪くもキヴォトスに居る生徒たちは素直だから、尊敬の矢印が肌を突き刺す事なんてザラにある。

 

要は『自分を嫌う貴方の事を愛する人も嫌いなのか』という事だ。捉え方一つだとは思うけど。

 

 

大きく溜息をつく様に煙を吐き出し、不燃性の素材で作られた手すりに煙草の先端を押し付け、ゴミ袋に入れる。

 

「俺は帰る。お前もさっさと帰れよ」

 

「そっか。………ねえ、先生」

 

さっさと確保しているビジネスホテルへと帰る為に体の向きを転換したと同時に、小鳥遊に呼び止められた。胡乱な目をしながら小鳥遊へ向き直ると、いつもとは違う探る様な笑顔ではなく、酷く柔和な笑みを浮かべていた。

 

 

「先生の事は信じても良い気がする。すっごく不思議だけどね」

 

「……そりゃどーも」

 

彼女にとって大人を信じるということが、どれ程ハードルの高い事なのかは分からないが…。一歩踏み出してくれその勇気に、応えたいと思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 






おじさんにはヒッキーとユメ先輩を重ねてて欲しいな。
絶対ユメ先輩っておじさんのオッドアイ褒めてると思うの。んで、ヒッキーもオッドアイを褒めるの。『凄く似てないけど、何処か似てる…』みたいな感じで一人になったら泣いてて欲しい。きっとヒッキーが『お前ら見捨てるくらいなら首吊るね』的な発言をする度に呆れながらも内心で凄く喜ぶんだ。

あぁ〜良いなぁヒッキー。そんなおじさんに看取られたいと思わないかい?私は思う。私はおじさんに介錯を頼みたい。誰かの手で殺されるくらいなら愛するおじさんに殺して貰いたい、的な?素晴らしい純愛だ…。これが透き通る様な世界観で送る学園RPGの本気…っ!




性癖展開はここまでにしておいて、アビドス編100%クリアの何処が難しいかと言う話をしましょう。

そりゃあ借金を肩代わりすれば直ぐに終わるけど、それじゃあ100%どころか30%も行きません。アビドス全土を奪還、継続的な収入源の確保、完全復興くらいしなきゃ。難しいねヒッキー。でもやるんだよ。睡眠なんて取ってる暇は無いよ。

黒服に関しては、まあ…。変な介入が入ってこない限り大丈夫っしょ(フラグ)




そう言えばヒッキーの先生としてのスタンスを説明して無かったなって思いまして、概要を纏めました。

原作先生の様に生徒一番!みたいな感じじゃなくて、時には利用したり騙したりもするけど、最終的には生徒の利となるように、自分の業務量の軽減になる様に動いています。

働きたく無いとぼやきつつも、なまじヒッキーはお人好しで真面目ですから。キヴォトスの諸問題に勘付いて見て見ぬ振りはできなくなります。生徒たちの最低限の生活は保証したい。じゃなきゃ心置きなく隠居できない。その為には大人の力を注ぎ込む事も辞しません。全ては安心してシャーレ全権を譲渡しておさらば出来るように…。
今回のお話もアビドスの抱える問題を赤裸々に語るのなら自分も本心を打ち明けなければ、と言うヒッキー独自の『フェア』を求めるスタンスの表れだと、この展開を書けた事に私は密かにガッポーズをしました。

目的こそ隠してはいるけれど、真摯に問題に向き合い生徒を次々と救っていく姿にはゲマトリアの皆んなもニッコリ。黒服は密かにヒッキーとの文通を始めたのでした。



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Main-1 アビドス高等学校 その3


ブルアカ名物、銀行強盗ノルマ達成。ヨシ!(現場猫)


感想沢山ありがとうございます。〆切やら講義やら何やらに追われながらもヒーヒー言って書いてるんで返信は出来ませんが、全て読ませて貰っています。やっぱ皆んな曇らせ好きなんやなって思いました。

実はまだアビドス編完結まで書けてないと言う事実。やべぇ間に合わねえ!次話の投稿は多分2日後くらいになりますぅぅぅわあぁあぁぁ!



 

 

 

 

 

拝啓、最愛の妹へ。

季節感とかバグってるので季節の挨拶はスキップします。是非もないよネ。

 

 

実家を離れてはや2年と少しが経ちました。一月に一度会いに来てくれていたとは言え、毎日のように見ていた小町の顔を見る頻度が少なくなったと言うのは堪えるものがあります。でもお兄ちゃんは負けない………待って。俺と言う家主を失ったあのアパートの部屋はどうなってんだ。家賃滞納扱いになって追い出されてたりしないよね?

 

まあそれはさておき…。余りさておいて置きたくはないけども。俺は今キヴォトスって所で先生と言う名の罰ゲームを課せられている。先生とは名ばかりに、授業なんかはしないし政治的問題に巻き込まれるわ命は狙われるわで、てんやわんやの日々を過ごしています。頭おかしいよここ…。

 

そんなお兄ちゃんは今とある生徒たちと、俺が計画、主導していけない事をしている最中です。どんな内容の蛮行かと言いますと…。

 

 

「怪我をしたくないなら、武器を捨てて両腕を頭の後ろで組んで」

 

「あっ、そこの人!早くその受話器を置かないと撃っちゃいますよ☆」

 

 

 

銀行を襲ってます…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時は遡って数時間前。暇そうな便利屋を呼び出して、元カタカタヘルメット団員たちとアビドス自治区の清掃に当たらせていた。

 

「───どうして私たちがこんな事をしなければ…」

 

「正式な依頼なんだから仕方ないでしょ」

 

ゴミ袋を抱えて歩きながら陸八魔は愚痴る。それに鬼方があくまでも冷静に諭す様な言葉を掛けた。

 

彼女の言う通り、俺は正式に依頼として便利屋を呼び寄せた。人手は幾らあっても損はしないからな。

 

「まあしかし、浅黄と伊草の爆弾がここで役立つとはな」

 

「砂を吹き飛ばすだけだったけどね〜」

 

人間万事塞翁が馬、備えあれば憂いなしと言うが、まさかまさかの役立ち方である。連れて来て大正解だった。

…ん、校門の前に誰か居るな。一応身を潜めて事の成り行きを見守る。ゲヘナ所属のコイツらが居ることがバレたら面倒だし。

 

スーツを着た笑顔のロボットが奥空から何かを受け取り、深々と頭を下げた後、堅牢な車に乗り込んだ。

 

「…えっと、どうしますか。爆破しますか」

 

「辞めろ。アレはカイザーローンの現金輸送車だ。下手に手を出せばこっちが詰められる」

 

今日が集金日だと言っていた事を、今更ながら思い出した。…成程、あの車にアイツらがせっせと稼いだ金やらが詰め込まれている訳か。確かカイザーローンはブラックマーケットの闇銀行との黒い噂があった筈。

 

…ふむ。動く時が来たか。

 

「…お前ら、今ブラックマーケットに居るか?…今からある車の写真を送るから、その車を手筈通りに捕まえろ。……大丈夫だ、上手くいけばお咎めなし、それどころかヒーローだぜ?」

 

通話を掛けて簡単に事情を説明する。電話口越しに意気込む声を聞いてから、通話終了の赤いボタンを押した。訝しむ便利屋の面々を差し置き、苦々しい面持ちで現金輸送車を見送っていたアビドスの面々に声を掛ける。

 

「あ、先生っ。おはようございます☆」

 

「おはよーさん。アレがお前らの話してたカイザーローンの車だな?」

 

「ん。いつも法外な利子を返すだけで手一杯」

 

もはや豆粒ほどの小ささにしか見えなくなった車を指しながら聞けば、砂狼が返す。明らかに皆んな落胆してしまっている様だ。いつも俺が姿を現せばお小言を言う筈の黒見が何も言葉を発さない辺り、大体の察しはつく。

 

お通夜状態の空気を変えようと手を叩く。今から綱渡りをするのにこんな状況じゃやってられねえ。

 

「んな陰鬱さに明け暮れてないで、さっさとブラックマーケットに行くぞ。最悪間に合わんくなる」

 

「はい?」

 

「…あー…」

 

目を丸くするアビドス組、何かを察する便利屋。皮肉な程にコントラストが効いている両者を差し置いて、とある物を取りにアビドスの中へ戻って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そしてまた場所は変わって、ブラックマーケットから少し離れた場所。アビドスへ集金に来たロボットとその車を差し押さえた不良たちが、俺たちを手厚く出迎えた。

因みに面子としては、アビドス組に便利屋、それと俺。

 

本来ならアビドス連中だけを連れてくるつもりだった。不必要に大人数で行くと却って失敗しやすいと言う考えだったのだが、作戦を話すとどうしても陸八魔が行きたいと…プロフェッショナルが居た方が良いじゃないのとか言って聞かなかった。銀行強盗のプロって何だよ、と尋ねれば曖昧な笑みしか返さなかったが。

まあスナイパー役に撹乱役、扇動役も居て損はないだろう。多分。

 

「さっさと吐いた方が身の為だぜぇ?何てったって、たったの二日でここを自分の庭にした御人を敵に回してんだ…」

 

「あの煙草を吹かしながら見下す目を見てみろよ。今直ぐにでもたった一人の闇銀行員であるアンタをどうにでも出来るって言ってんだぜ?」

 

庭にしてねえよ。言ってねえよ。有る事無い事吹聴すんな。お前らも引くな殆どがコイツらの偏見だから。

 

「うわぁ」

 

うわぁって言うな。

 

 

 

銀行員を縛り付けて恫喝する生徒たちは、ブラックマーケットを根城にしていた不良集団の一派。完全にシャーレの傘下に入ってゲヘナだったりレッドウィンターだったりに潜入してもらっているのだが、今は俺からの指示によりこうして尋問を引き受けてくれている。

頼もしい生徒たちだ……俺を過剰にヨイショする所を除けば。

 

んで、聞き出した情報によればこの車は闇銀行へと流れ着き、資金提供と言う名目で無に帰る予定だったらしい。

 

ふむ…。本来ならこれを確保できた今の時点で帰っても良いのだが…。まあ折角計画したし、材料やら証拠やらは幾らあっても良いし。

 

 

 

そんなこんなでブラックマーケット内に潜入。ペロロ様の限定グッズを買いに来た裏社会の頭領(ドン)、阿慈谷ヒフミを迎えてここに正義の銀行強盗集団『覆面水着団』が結成された。

 

「誰がドンですか、誰が‼︎」

 

「だってお前…。試験ボイコットするくらいブラックマーケットに入り浸ってるもんなぁアァン?俺なりの優しさだ甘受しやがれ」

 

「あ、あうぅ…。ぐうの音も出ないです…。それはそれとして銀行強盗に加わらなくても良かったのでは…?」

 

「いざという時のための保険だよ」

 

正直言って一々不良共の面倒を見るのも面倒臭いってのはあった。なので誰か俺の代わりに纏め上げる人材が必要だったのだが…。

そこで阿慈谷が思い浮かんだ。裏社会へ多少なりとも造詣的な物があって、尚且つ俺にそこそこ迷惑をかけてタダで頼んでも罪悪感に駆られない奴。諸々のメリットとを2割、私情を8割で考えて阿慈谷をリーダー格として据えることになった。桐藤に報告したら紅茶吹いてた。

 

この手は切らない方が良いっちゃ良いけども。『念には念を入れて』、私の好きな言葉です。(某メ○ィラス構文)

 

 

 

ギャグはこの位にしておいて、作戦の概要を説明しよう。

 

闇銀行には高位のセキュリティは勿論、マーケットガードと呼ばれるブラックマーケットの最上位治安維持機関が闇銀行を守っている。今見る限りでは外にも四名のマーケットガードが配置されており、侵入者が居よう物なら即刻排除しようとするだろう。従順な銀行の犬だ。

 

そう、銀行を守る事を最優先に動く犬であるならば、崩すのは簡単。中で何か異常を起こせば良いのさ。

 

 

 

「………外に配置されていたマーケットガードが中に入っていきます」

 

「ここまでは先生の手筈通りだね」

 

奥空が呟き、鬼方が安堵する。この前に明星から貰った一回使い切りの、原理は知らんが指定した建造物のシステムを全て落とす激ヤバアイテムを使って、銀行内部のシステムをダウンさせる。すると外で警備に当たっていたガードも内部の異常へ対応する為に外す。

 

後は奥空が出来る限りあっちの対応を遅らせて、その間に俺たちは悠々自適に強盗に専念できると言う訳だ。…強盗に悠々自適という表現は適さないか?まあ良いや。

 

「ほ、本当にやるのね?やるのよね?」

 

「あはは!アルちゃんってば怖気付いてるのー?」

 

「こっちは準備万端ですっ☆」

 

「ん。先生、指示を出して」

 

各々に渡された覆面──阿慈谷はほんのり鯛焼きの匂いのする紙袋──を被り、輝く目で此方を見つめる。

 

一応ヘマをした場合の対策も頭に浮かべながらも、微塵も恐怖を感じさせない悪辣な笑顔で言い放つ。

 

「行くぞお前ら。一泡吹かせてやろうぜ」

 

「今まで苦しめられた分、徹底的にやってやるわ!」

 

「おじさんも張り切っちゃうぞ〜」

 

「あうぅ…、もう戻れない所まで…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

で、冒頭に戻る。

 

小鳥遊、砂狼、黒見がマーケットガード達を無力化して縛り上げ、十六夜がミニガンを構えて威圧。奥空がシステムの復旧を遅らせて、便利屋達で不測の事態に備える。阿慈谷はボスの『ファウスト』として添えるだけ。ほら、ユウカ。こういう時になんて言うんだったか。

計算通り、かんぺき〜。

 

「あ、あはは…、皆さん怪我したくないし、私たちも怪我をさせたくない。…なら、どんな行動を取るべきか分かりますよね?」

 

この場において阿慈谷の笑い声が効果覿面すぎる。お前銀行強盗向いてるよ。褒めてる褒めてる。

 

と、ここで何故か同じく覆面を被っているアロナから、対角線上に居る銀行員が受話器を取っている報告が流れて来た。この距離だとミニガンでは届かないし…。

 

「ロゼ」

 

「分かってるわ」

 

薔薇色の覆面を被ったコードネーム、ロゼ。彼女の愛銃が火を吹いたかと思えば照明を見事に打ち抜き、銀行員の眼前へと光の残骸が落下する。腰が抜けてしまった銀行員は油の切れたブリキのように此方を見遣る。

 

フン、と鼻を鳴らして冷徹な眼を向ける。怯え切った銀行員から眼を離して闇銀行内に居る全ての人間に告げた。

 

「俺たちは優しいから一回くらいは許してやる。ただ、次やったら蜂の巣だからな。……ってファウストさんが言ってるぞ」

 

「うへ、ウチのファウストさんを怒らせたらタダじゃ済まされないよぉ〜」

 

阿慈谷が此方を凝視しているのを尻目に、右腕を天高くに上げた俺は親指と中指を合わせて指を鳴らした。

 

 

パチン、という音と共に伊草が外に仕掛けていた爆弾が爆発する音が辺りに響く。次元式爆弾の作動時間とタイミングを合わせ、恰も此方の裁量で幾らでも此処を爆破させる事ができると言う認識を擦り込ませる。浅黄の用意した鼠花火も発火し、更にボリュームをアップさせた。

 

「ん。私たちは正義の銀行強盗、『覆面水着団』」

 

「そして、私の名前はクリスティーナだお♧」

 

「…楽しそうね、ノノミ先輩」

 

「あ、あはは…。血が滾るというヤツでしょうか…」

 

背後でそんな呑気な会話が聞こえる。便利屋達の方が汚れ仕事は慣れている筈だが、心の平静的にはアビドスと阿慈谷の方が勝っている様だ。コイツらゲヘナ所属じゃなくて本当に良かったな。

 

「私たちが求めるのは…」

 

「わ、分かりました!差し上げます、現金でも債券でも金塊でも!幾らでも持って行ってください‼︎」

 

「……えーと」

 

困った様に此方を見つめる砂狼。鞄に現金やら金塊やらを詰め込んでいた銀行員が周りの銀行員達にも動く様に指示を出し、我先にと動き始める。

 

どう行動するのか問い掛ける様な視線を小鳥遊から向けられる。あくまでも俺たちが求めるのは過去5年間の集金記録であり、金では無い。仕方なくコードネーム『グレイ』こと鬼方へ指示を飛ばした。

 

彼女は頷くと、サイレンサーを外したデモンズロアの引き金を引き、轟音を撒き散らす。銀行内だけでなく周囲にも音が漏れ出るだろうが、不良達のドンパチだと判断は下されるだろう。そうする様に阿慈谷から指示を飛ばさせているし。

 

耳をつんざく爆音に表情が恐怖で染まり上がった銀行員達に、極めて冷ややかな声音で告げる。

 

「いつお前らに発言権を与えた?」

 

威圧の言霊を乗せると、面白い様に怯む。中々できない体験に少しだけ高揚しているのをひたすらに隠し、続け様に言葉を紡ぐ。

 

「生き残りたければ此方の提示する過去5年間の集金記録、取引明細を明け渡すと言う条件を呑むことだな…」

 

銀行員達は頻りに頷いてドタバタとカウンターの奥の方に消えて行く。数分もしない内に保存用と記載されているファイルを受け取った。発信器の類は見つからないのを確認し頷き合う。

 

 

マゼンダとバイオレット、浅黄と伊草に煙幕を展開する様に指示を飛ばし、足早に撤収する。防犯カメラ等は既に撃ち落として機能していない。強盗としては百点満点の行動だろう。全く嬉しく無いが。

 

まあ良いや。さっさと帰って交渉材料を取り揃えよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カイザーPMC本社にて。狐坂を連れて無駄に長い廊下を歩く。一応正式に話を通しては居るが、余り歓迎はされていないだろう。現にすれ違う人々には睨まれる始末だ。

 

「…巻き込んで悪いな、狐坂」

 

「あなた様が気に病む必要はありません。このワカモ、この心身ともにあなた様の為に」

 

愛が重い…。突っ込んだ方が面倒臭い事になりそうだし黙っとこ。

 

本当は俺一人でカタをつける腹積りだったのだが、何故か事のあらましを把握している狐坂が護衛に着くと言って聞かなかったので、渋々承諾。今に至る。

 

「それよりもあなた様?前々から私の事はワカモとお呼びしろと。あなた様を想い慕う気持ちは、あの算術使いとは月と鼈。雲泥の差でございます」

 

「謎に張り合ってんじゃねえよ…。まあ、気長に待っといてくれ」

 

折角ならもっとエモい時に呼びたいじゃん。だから今じゃ無いかなーって先生思うよ。べ、べべべ、別に恥ずかしがってなんか無いしぃ⁉︎

 

 

 

愉快なモノローグを能面の裏に隠しながらエレベーターから降りて歩む先には、理事室と書かれたプレートが。

 

無駄に荘厳な造りをしている扉を4回ノックしてから扉を開く。扉の先には、黒い和服の様なものを羽織ったロボットが、傲慢さを隠そうともせずにソファに腰を下ろしていた。

 

「…待っていたぞ、先生よ」

 

座して待機していたカイザーPMC理事が重々しい雰囲気で口を開く。値踏みする様な、腹を探る様な視線が俺の脳天から爪先へと降りて行った。

 

 

 

此処からが正念場。『大人の戦い』だ。

 

 





本編がちょっとボリューム少ないし…。ここでちょっと欲望を吐き出してもバレへんやろ!


皆様お察しの通り不肖私、アルちゃんすこすこ侍なんです。
ブルアカをインストールして初めて受け入れた☆3の生徒。それが陸八魔アル。私はハルカと一緒にアルちゃんを一生推すと決めたんだ。

だってさぁもうさぁ……もう全部可愛いじゃん。普段はポンコツ臭隠し切れてないのも、白目剥いちゃうのも、肝心な所しか役に立たない所も。あーもう全部好き。可愛い。許すよ陸八魔アル。娘に欲しい。

アルちゃんのメガネ時代の写真をムツキから貰って、アルちゃんに眼鏡を掛けてくれないかって頼むんだ。
両眼という映写機を頻りに働かせて、『せ、先生…?何か言ってくれないと、その…』って戸惑うアルちゃんを撫でたい。

アルちゃんの振袖姿を見て何かが足りねえな…って思ってさ。なんかワンポイントあれば絶対もっと良くなるんだよ。私とかどう?
あっ、でもそれならバニーとか水着とか覚悟とかも良いなぁ全部良い…。


そんなアルに殺されてぇ〜!もう流れ弾でも依頼でもなんでも良い、涙でぐちょぐちょに濡れたアルの顔を見て、『随分とアウトローっぽくない表情だな』なんて言ってから死にてぇ〜!

きっと嬉しいんだよ。死ぬ間際に唯の『アル』としての表情を見せてくれるのが。でも素直じゃないから隠しちゃうもんね〜一生の心の傷にしちゃうもんね〜。

そりゃあアルちゃんには『先生が自分にとって大切な人だったんだ』と言う自覚はして欲しい。その様は正に幾多の美術品も、ミロのヴィーナスさえも手が届かない美しさだろうから。
でも引き金を引いた後にやっと、ってのが私の好み。気づいた時にはもう遅過ぎて……涙を流さないまま茫然自失として欲しい。エースが死んだ時のルフィみたいに、虚空を仰ぎながら口をパクパクしてて欲しい。


一体誰がこんな悲しい結末を考えたんだ…。私か、ガハハ!


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Main-1 アビドス高等学校 その4

あと二、三話くらいでアビドス編は終わる筈…。オラの指、もってくれよ!三倍界王拳だぁ‼︎




 

 

 

 

 

 

「単刀直入に言う。アビドス全土を譲り渡せ」

 

「貴様正気か?」

 

大事な交渉の席の一言目がそれだった。

 

相手は巨大企業の理事とは言え緊張し過ぎた。息を深く吸い、脳内に酸素を循環させ、冷静さを取り戻す。

 

「失礼、気持ちが昂ってな。真面目な交渉と行こう」

 

 

とは言え俺の意思は最初の言葉通りである。その気になればお金くらいは払うが、タダでもらうに越した事はない。幾らシャーレと言えど湯水の如く金が湧いて出てくるという訳じゃ無い。現在は素寒貧とまでは行かないにせよ、シャーレの財力は少し苦しめだ。

 

しかしその条件を目の前の相手が呑むとは微塵も思わないが。良くも悪くも社会でのし上ってきた人間だ、舐めて掛かると痛い目を見る。

 

「電話口でも話した通り、此方は独立連邦捜査部【S.C.H.A.L.E】の権限を用いてカイザーローンに対し強制捜査を行った。アビドス高等学校を襲うヘルメット団に対する、法外な資金提供。そしてその背景にある違法とも取れる融資や、謎の機関に対する癒着の数々。それらの証拠を俺は握っている。問題の数々を黙っていて欲しいのなら、アビドス全土を譲渡、若しくは値引きして売り渡せ」

 

要は黙ってて欲しかったらそれなりの対価をくれよ、と言う事。さっさと潰してしまっても良いのだが、それでは旨みが少ない。搾り取らなきゃ損でしょ。

 

 

対するカイザーPMC理事は、依然として機械的な余裕の笑みを浮かべたまま動じた様子もない。徐に足を組み替えて悠然と話す。

 

「残念ながら、あの土地は正式な契約の上で成り立っている。タダで明け渡すと言う訳には行かん」

 

「詐欺紛いの事してながら良く口が回る。…まあ、タダで譲り受けた場合に割を食うのは俺か。ならばアビドスを正式な手順を踏んで買ってやる、幾らだ?」

 

「ざっと百億だな」

 

思わず煙草を投げた。

カンッ、と気味が良い音が鳴って理事の顔面に跳ね返り、カーペットに落ちる寸前で狐坂が摘み差し出してくれる。

 

距離をとってもらってからライターで先端に火を付け一度煙を口の中で転がし、電子表示の顔面に向けて吐き出す。

 

「巫山戯んのも大概にしろよ糞野郎。少しくらい自分の行動を顧みて反省でもしたらどうなんだ」

 

「何処にそんな感情を抱く余地がある?アビドスを始めとした融資については、正式な契約を結んでいるのだから問題はない筈だろう」

 

「あんま舐めんなよ。こっちにはお前らを傾かせる手があるんだ」

 

「送りつけて来た決済書、集金明細の事か?フン、自由にすれば良い」

 

機械の目に愉悦が灯る。それはどんな言葉が俺の口から出ようとも勝利は揺るがない、嫌に確信めいた瞳だった。

 

訝しげに眉を顰めると、理事はソファに深くもたれかかり悠々と言葉を紡ぐ。

 

「その証拠を連邦生徒会に提出した所で何になる?貴様がどんな手を取ろうが、今のアビドスの諸々は此方が握っている事に変わりは無い。貴様がこの話を蹴ると同時に電話を一本寄越しあの学校の信用度を下げ、利息を格段に跳ね上げ、莫大な保証金を請求する。

あくまでも生殺与奪は私の手中にある事を忘れるな。あの重い腰を上げる頃には既に借金に塗れ、アビドスは砂の底へ沈む。…ああ、確かに弱みは握られた。しかし此方の勝ちは揺るがないぞ、先生よ。あくまでもこの交渉で有利に立っているのは此方側だ…!」

 

重くのしかかるプレッシャーに思わず目を細める。確かに今、俺がどんな行動を起こそうとアビドスは不利益を被る。俺が取引に応じたとしても、アビドスの全権が渡る前に何か理由を付けて潰そうとすれば成す術なく朽ちていくだろう。

 

詰みだ。冷静にこの状況を俯瞰して見ると、万事休すと言う外無いだろう。俺だってここまで追い詰めてたら後は舐めプでも何でもする。

 

煙草の先端を灰皿に押し付けて溜息を吐く様を見て、理事は更に機械的な笑みを深める。目の上のたん瘤が追い詰められていく様子を特等席で見るのは、さぞ愉悦的な感情だろうな。

 

 

「ふむ……。其方がその気ならば仕方がない。…これを見てみな」

 

「む?」

 

映像を映し出したタブレットをテーブルに置き、カイザー理事に見せる。疑問に思うような表情をしたものの大人しく液晶画面を覗き込んだ。

 

「これは……何だ。ヘルメットを被った、ゲヘナの生徒?」

 

「温泉開発部って知ってっか?」

 

「温泉…あのテロリストと揶揄される集団か」

 

強ち間違ってないの結構面白いな。

 

何処かの建物の前に立ちはだかる温泉開発部の部員たち。因みにこれは奥空に協力して貰ってドローンで撮っている。

 

カイザー理事はと言うと懐疑の念を隠そうともしない表情で画面を睨んでいる。唐突に温泉開発部のライブ映像を流されたとして、そりゃあ何の脈絡も無いし訳が分からなくなるだろう。

 

「他にも居るぞ?美食研に、元ヘルメット団の連中に、何故か着いて来た忍術研究部…」

 

画面をスライドさせてドローンのカメラを切り替えて行く。更に疑念の表情が深まって行っている所で、先程までの理事と同じく愉悦を瞳に乗せる。

 

何処からともなく小型の無線機を取り出して連絡を取り始める。液晶画面を叩いて理事に映像を注視する様に促した。

 

「あー、あー、一番隊聞こえてるか」

 

『──聞こえているぞ、先生っ!そろそろ突入しても良いのか⁉︎』

 

「もうちょい我慢しろ…。ドローンに向かって手を振ってくれ」

 

『?意図は分からんが、了解した!』

 

好戦的な笑みで手を振る温泉開発部部長。続け様に他の持ち場についている生徒たちへと同じ要請をする。その一連の行動を眺めていた理事は痺れを切らした様に口火を切った。

 

「一体何がしたい?全くもって意図が読めん」

 

「今説明するって…。コイツら今、何処にいると思う?」

 

「何処にだと?巫山戯たクイズに答えている暇など…」

 

「正解は、このビルの四方に配置されている、でしたー」

 

少しおちゃらけて拍手をすると、後方で待機していた狐坂も拍手を返してくれる。一転して対面に座る理事は非常に面食らった表情をし…、我に帰ると理事室のガラス張りの窓からカイザーPMC本社の入口を見下ろした。

 

驚愕している雰囲気を醸し出している所を見れば、どうやら俺の言葉がブラフでも何でも無い事を確信したらしい。言葉を失っている所悪いが詰めさせてもらおう。

 

「いやぁ仕方ないなあ。値引きしてくれたら許していた所を、お前らがアビドスを買い取った凡そ20倍にも及ぶ無茶苦茶な金額を提示されちゃ。そんな法外な金を要求して来るとなると、強制捜査に踏み込まざるを得ない。最悪此処ら一帯が更地になっても仕方ないよなー?」

 

自然と声のトーンが一段上がった気がする。一方的にとは言え敵と認めた人物を嬲るのはとても気持ちが良い。

 

 

「──……らだ」

 

「あ?」

 

「幾らだ。幾らなら貴様は引く」

 

「……言葉遣いはその言葉に免じて見逃してやる。一億で売れ」

 

「…そうすれば強制捜査も、あの証拠も」

 

「強制捜査は取り止め。あの記録の山も()()()()()()()()()

 

屈辱に歪む醜い大人の姿を見て、胸の空く思いがした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アビドス全土の諸々の権利を獲得した八幡が最初に行ったのは、温泉開発部によるアビドスの土地を開拓する事だった。

 

温泉開発部は数々の温泉を経営しているとは言え、ゲヘナ学園所属の部活動の域を出なかった。しかしシャーレに協力を仰ぐ事によって、他学園の自治区で温泉を開発する事が叶ったのである。

後々に彼女等は、八幡やシャーレのNo.2と揶揄されるヒフミの協力により、活動区域を広げ結果的にゲヘナの治安回復にも一役買う事になるのだが、それはまた別の話。

 

ともあれ安全開発は成功し、温泉開発部に6割、アビドスに3割、八幡に1割と売り上げが分けられる。

 

 

 

次にシャーレが取り込んだ数々の飲食店をアビドスへ誘致。土地代と称してアビドスへ売上の一割を譲渡する様に頼んだ所、口を揃えて『先生の頼みなら3割まで大丈夫だ』と心強い言葉を頂いたが、丁重にそれをお断りした。

御意見番となった美食研の太鼓判を押された選りすぐりの店舗がアビドスにて開店するという知らせを聞き、以前と比べ物にならないほどにアビドスを訪れる人が急増。活気も徐々に取り戻して行く。

 

 

 

 

さて。八幡が裏で根回しや交渉を一手に引き受けている間、アビドス対策委員会の皆はと言うと……。

 

 

『あくまでも経済とは需要と供給のバランスによって成り立っている。温泉施設を経営するにもそれ一辺倒では飽きが来る。つまりは多岐に渡る経営戦略を練って行く必要があり……』

 

「…うがあぁぁぁぁ‼︎むっずかしいわよこんなの!」

 

八幡が用意した経営の心得のBDで知識を叩き込んでいた。

 

と言うのも、今のアビドス全土の諸々の権利はシャーレが握っており、当の八幡は無償で譲り渡すつもりだったのだがアビドス組はそれを拒否。しっかりと稼いだお金で返済すると宣言した。

 

宣言したは良いものの経営に関しては素人同然である彼女等は、シャーレが講師として選んだ人物の授業が収録されたBDでいろはを学んでいる、と言うのが事のあらましである。

 

「お、落ち着いてセリカちゃん…。啖呵を切ったのはこっちだし、これで継続的な収入が得られると考えれば…」

 

「ぐっ、うぅ……。それでもこの量のBDは流石にやり過ぎじゃ無い⁉︎やっぱり先生は近年稀に見る鬼畜よ…!」

 

「…口を動かす暇があったら手を動かす。私たちに出来るのはそれだけ」

 

「シロコ先輩に関してはストイックすぎる気もしますが…」

 

セリカが一向に赤のピンが付かない授業内容表を睨み付けながら愚痴を溢し、アヤネが宥める。幾度となく行われる一連のやり取りを、シロコは横目に見ながらもシャープペンシルを動かす。

 

「シロコ先輩はよくそんなに集中できるわよね。ちょっとは先生に不満とか出てこないの?」

 

「ん、早くノノミと合流したいから。それに、先生が鬼畜だって私は構わない」

 

何処で学んで来たのかは分からないが、ノノミは既にアビドス温泉郷の経営に当たっている。現時点ではミレニアムのセミナー幾人かに協力して貰っているが、それでも限界はあるし人員が増える事に損は無い。

真摯なシロコの姿勢に、セリカは苦い顔をして溜息を吐いた後に、渋々授業へと意識を戻す。

 

暫くの間、紙の上を黒鉛が滑る音だけが教室内を満たしていたが、1時間半程経った後、唐突に教室の扉が開く。3人が目を向けるとそこには苦笑いが良く似合う少女が立っていた。

 

「お疲れ様です、皆さん。先生からの差し入れを届けに来ました〜」

 

「ナイスタイミング!丁度集中力切れてたし、お腹空いてたのよ」

 

「有難うヒフミ」

 

ナイロン袋に入っていた弁当を余っていた机の上に置き、ヒフミは汗を拭う。短針は5と6の間を指していた。

 

椅子を出して座り一息つくヒフミを、アヤネは心配する様な視線を送り尋ねる。

 

「えっと、有難いのは有難いんですが…。大丈夫なんですか?こんな時間帯にトリニティ生であるヒフミさんが居て。不良集団による襲撃は少なくなったとは言え、まだ先生の統制下に居ない生徒も沢山…」

 

「あはは…。それについては大丈夫です。先生が過剰とも言える護衛の生徒を用意して下さったので」

 

鬼気迫る表情で護衛を回す旨を知らせた時の八幡を、ヒフミは苦笑いを滲ませながら思い出した。

 

 

実際はヒフミを邪険に扱うとナギサに烈火の如く怒られるから、何としてでも護衛を付けさせたかったと言うだけである。そんな意図を隠す為に『(俺が桐藤にどやされるから)お前に傷ついてほしく無い』との台詞を吐き、それを額面通りに受け取ったヒフミは思い出して顔を赤くした。

 

突如として百面相し出したヒフミをアヤネとセリカは不思議そうに、シロコは鋭い目で見ていた。

 

「ま、まあそんな事よりも…。アビドス入学希望者の一覧を置いておきますね」

 

「えっ、また増えたの?」

 

「…ん、アビドスがまたキヴォトス一のマンモス校に返り咲く日も、そう遠くない」

 

「それはそれで勘弁してほしいとは思いますが…」

 

ペロロバッグから吐き出された束の書類を見て、アヤネは新たに直面しそうな問題を想起して顔を顰めた。

 

 

奉仕活動による綺麗になった自治区や温泉地、シャーレお抱えのレストランの数々。シャーレによる大々的な宣伝もあって爆発的にアビドスに入学希望者は増えている。

 

「これに関しては皆んなで要相談、という事ではありますが…」

 

「ノノミ先輩は良いとして、ホシノ先輩は何処行っちゃったんだろ」

 

ここに居ないアビドス対策委員会委員長、現アビドス生徒会副会長であるホシノの姿が見当たらない。故に入学希望者に関しての決は先延ばしにしている。

 

「…ホシノ先輩、前々から一人で抱え込む事があったし…」

 

「先生も用事だとかで今日一日中働き詰めでした。…うまく言葉には言い表せませんけど、嫌な予感がします…」

 

そう言ってアビドスの教室から見上げる空は、皮肉にも星々が煌々と輝いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

場所は変わって、とある高層ビルの内部。

 

黒いスーツを着込んだ異形と、対照的に白い制服を纏った大人と、その横に座る少女。

彼等の間には一触即発とまでは行かないが、かなりピリピリとした空気が漂っている。

 

さもあらん。少女、ホシノはこの異形に怪しげな取引を持ち掛けられていた。それだけで無くカイザーコーポレーション、もっと言えば理事とも繋がりがあり、間接的にアビドスが苦しんでいたのに関わっているとして、八幡の琴線に触れたのだ。

 

「…どうかその矛をお納めいただけないでしょうか、先生。なにせ私自身には大した力も無く、ただ交渉をするだけの口しか有りませんから」

 

「馬鹿も休み休み言え。その口でどれだけアビドスの連中を苦しませて来た。オマケにクソの煮凝りみたいな契約提示して」

 

諭す様な口調と、攻撃的な口調。余裕や期待の表情と、怒りや理性の表情。両者は外見的な特徴だけで無く、この場で見せる各々の態度すらも対照的だった。

 

スーツの異形──黒服と名乗った彼は極めて冷静に諭す様な言葉を並べ立てる。僅かな期待を乗せて。

 

「私────いえ、私たちとしても先生と敵対するのは不本意。意外かも知れませんが、私たちは同胞と定義付けた存在には甘く──つまりは先生、貴方にもそれは当て嵌まる」

 

「先生がお前の言う『同胞』?巫山戯ないで」

 

「強ち間違いではありません。先生は外からやって来た異邦人であり、清濁を併せ呑み、確かな『恐怖(テラー)』を知る“崇高の器”。私たちの同胞…いえ、それ以上となる存在であるからこそ……理解が出来ない」

 

歓喜。尊敬。親愛。疑問。

仰々しい身振り手振りにはそれらの感情が含まれ、最後に薄ら笑いを消して八幡を見つめる。

 

「私が貴方の立場であれば、この世界を手中に入れ、世界の頂点に君臨する。今の先生にはそれが出来る。…何故、貴方は今を満足していらっしゃるのか。私たちは貴方を見てきた筈だが…それだけが一向に理解できない」

 

同胞足り得る存在であるからこそ、その考えを理解したいと思うのは必然。故に黒服は、目の前の大人の考えがまるで読めなかった。

理解できない物は、怖い。異形だろうとそれは人間の当たり前の感情として存在している。

 

その言葉を受けた八幡はキョトンとした表情を浮かべ、次いで呆れた様に笑った。嘲笑の類では無く、本当に無邪気な、自然な笑いだ。

 

「俺を見てきたってのに、それが分かんねえのかよ。…俺はそんなもんに興味がねえってだけだ。求める物は他にある」

 

「…して、それは一体?」

 

黒服は僅かに興味を滲ませ、身を乗り出して返答を待つ。

件の先生とこうして相見える事となったのは予想だにしていなかったが、折角ならばその目指すものを知りたい。さすれば自分たちゲマトリアと手を取り合い歩んで行けるかも知れない。その為には時間も、金も、労力も惜しくはない。

かのクライアントの見たキヴォトスでは一時協力関係にあったと、忌々しく語っていたが、果たして。

 

「俺はただ───ゆっくりと休みたいだけだ」

 

「……暇を楽しむ、と言う解釈で間違いは無いでしょうか?」

 

理解し難いと言う風に首を傾げる黒服の仕草に、八幡はまた笑った。ホシノは呆れとも喜びとも取れる表情で彼の動く唇を見守る。

 

八幡は至って真剣な瞳で丁寧に説明する為に、黒服と同じく身を乗り出す。

 

「良いか?俺は先生だなんて大それた役割は最初から放棄したくて堪らなかったんだよ。生徒を教え導く立場に居るには余りにも怠惰な性格だと自覚してるからな。別に俺には特別な力とかは無いし、代わりなんて何処にでもいるだろうさ。……とは言えキヴォトスには問題が多過ぎるし、丸投げするにも良心の呵責がどうにも。だから少しは平和に機能する様に動いてるだけなんだよ。崇高だとかテラーだとか分かんねえし、キヴォトスのトップに君臨するとか面倒臭すぎてやってらんねえ」

 

いつだって彼のスタンスは変わらない。面倒事があれば効率的に対処して惰眠を貪りたいという、愚直なまでの欲求。その効率を重視し過ぎた結果が彼の高校生の時の諸々の出来事である。今では遠回りこそすれど、変に一人で抱え込んで連鎖的に問題が生じる方が面倒臭いとの結論に達した。

ここで素直になれないのが彼の惜しいところであり魅力でもあるのだが。

 

連ねられた言葉に黒服は暫し口を噤んで考え込み、感情の読めない瞳を向けるのみである。

 

「別にお前らが何しようが関係無いがな。変に舞台裏で動いてるせいで要らん業務を増やすテメェらが大嫌いなんだよ」

 

「……成程。貴方は崇高でも無く、しかし神秘でも無い…。言うなれば『慈愛と怠惰』。一見相反しているその二つを内在する貴方は…ええ、やはり素晴らしい。ゴルコンダの言葉を借りればそれは、新たなテクスチャ。だからこそ私は、私たちゲマトリアは同胞として、貴方に関わって行きたい」

 

その言葉に八幡は眉を顰めた。中々に教職者として、その前に人間としてあるまじき発言したと思うのだが…。逆にその発言は黒服の、ひいてはゲマトリアという団体の琴線に触れた様である。

 

 

ふっ、と張り詰めていた空気が少しだけ弛緩する。黒服は胸襟を直して姿勢を正し、彼本来の不気味な感触を辺りに燻らせ始めた。

 

「私はこの一件から手を引きましょう。個人的な繋がりのあったカイザー理事…いえ、元知事は貴方の手によって大打撃を負い、責任を取る為にカイザーローン傘下のオクトパスバンクへと身を移しました。私は関係を断ち、同じくしてクライアント側も早々に手を切った様ですので」

 

「…随分と易々と引き下がるんだな」

 

「ええ、まあ。アビドス自治区が手に入らず、暁のホルス……失礼、小鳥遊ホシノすらも手放してしまうのは、費やした金と時間と労力には無礼ですが…。しかし値千金の情報は手に入りました。

 

…一つ、忠告しておきましょう。このキヴォトスに巣食う問題と言うのは貴方が思う以上に根深い物です。呉越同舟という言葉がある様に、気が向いたら私たちを頼って頂いても構いません。いつだって歓迎致しますので…」

 

言って、不気味に微笑む。面倒事の匂いしかしない言葉にウンザリとしたが、しかしこれ以上ここに長居する必要もないと考え、八幡とホシノはエレベーターへと乗り込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…盗み聞きとは感心しませんよ、ベアトリーチェ」

 

闇から出てきたのは異形の女。

赤黒い肌に集合体の瞳。床に届きそうなほど伸びた黒髪と、もはや神聖さすら感じられるドレス。

異様で禍々しい雰囲気を醸し出す、ベアトリーチェと呼ばれた異形は扇子で口元を隠しながら冷淡に声を出す。

 

「件の先生と相見える事となるとは、聞き及んでいませんでしたが?」

 

「…貴女であれば今の様に独自の情報網で辿り着くでしょうに。加えて貴女は先生に懐疑的です。接触すると知らせれば速攻排除しようと動くでしょう。…今の話を聞いていた通りに、先生は清も濁も合わせ呑む人物であり、必要によれば私たちと協力する事も辞さない様な…」

 

「ただ単に怠惰なだけであれば使い易い駒にはなり得るでしょうが、あの類の人間はソレが叶わない。清濁を併せ呑むからこそあの者は私たちを裏切る事も平然と行うでしょう」

 

互いに自身の意見を曲げる事はしない。同胞として内輪に置きたいという意見と、危険分子は即刻排除すべきだという意見。互いに反発し合うソレは寸分の違い無く、“先生”という一人の人間へ向けられた感情。

 

 

互いに溜息を吐き、冷静を保とうと瞳を鋭くする。しかしベアトリーチェは唐突に笑みを浮かべたかと思えば、勝ち誇った様な声音を上げる。

 

「どれだけあの者の利用価値を挙げ列ねようとも、ここで排除してしまうのはもう決まった事。…あの輝きに呑まれるのはもう数秒の後です」

 

そう言って彼女の目線が向けられた先にあるのは、闇夜に煌めいた一つの流星。…否、命を刈り取る為の無慈悲な滅亡光である。

 

 

 

 

 

 

 

「小鳥遊ッ、小鳥遊ッッ!しっかりしろ…!」

 

「ぅ、ぁ……ごめ、ね、せんせ……」

 

 

厄災とは決まって、人の手の下に唐突に降りかかる物だ。

 

 

 

 

 





お久し振りの補完の時間ですわよ。


シャーレのNo.2、HIHUMI AJITANI。すっごい嫌だけど頼られたら断り切れない。てかヒフミが抜けたら八幡の疲労が三倍増しくらいになる。

八幡はとうとうカイザーローンの不正の証拠を白日の下に晒しませんでした。約束は約束です。
なのでリンちゃんに秘密裏に処理して貰って、捜査して貰いました。約束は守ってますので非難される事もありませんね。最初は渋っていたリンちゃんも、『今すぐに連邦生徒会とのコネクションを切って完全独立捜査部としてシャーレを動かしても良いんだぞ』という言葉で折れました。やっぱおかしいよこの部活…。

黒服の言う“クライアント”。どうやら八幡の何かを知り、生きたまま拘束しようとしている様で…?因みに複数人居るよ。正直今後の展開次第だよ。
あ、ゲマトリアと手を取り合う未来も有り得ません。どれだけ良い方向に関係が発展しようとも、敵の敵くらいにしかなりません。

…この位かな、この位だよね。



もう少しでアビドス編は終了ですね。じゃあ次はパヴァーヌ編か…と思ったんですけど、エデン条約編を先に走った方が展開的には楽かなーって。パヴァーヌは最終章と合体させて書いた方がやり易いかと思います。

…いや、待て。なんで書く前提で話してるんだ。エデン条約編とかバカみたいに難しいしさ。誰か書いてくれよぉ〜…逐一チェックしてるけどヒッキー先生の小説全然無いじゃん…。


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Main-1 アビドス高等学校 その5


遅くなってしまい申し訳ありませんわ〜。

言い訳をしますとですね…。本当なら戦闘シーンなんて書くつもり無かったんです。そのままアビドス編は幕を閉じる予定だったんです。
でもね。銃撃戦を書かなきゃブルーアーカイブじゃ無いだろうと。透き通る様な世界観で送る学園RPGでは無いだろうと。そう思った瞬間に私の中に巣食うベアおばが暴れ出したんですの。

結果、プロットも何とかも吹き飛んで一から作り直し!んひーッ、リアルも忙しくて過労死しちまいますわよーッ⁉︎



この鬱憤は八幡にぶつけます。着地点こそ見つけてますけれども、そこに辿り着くまでどんな犠牲を払うのかは私にすら分かりませんわ。

でも皆さんは見たいんですわよね。八幡の腕が吹っ飛ぶ所や生徒の泣き崩れる姿でご飯3杯行けると仰っていましたし(存在しない記憶)
常識人の作者には無理無理。私はミノリとイチャイチャしてるからさ。精々頑張ってね、ヒッキー先生。




 

 

 

 

 

「……あっ、お帰りなさいっス、先生!」

 

「おー、お前らもご苦労さん。特に何も起きなかったわ」

 

八幡とホシノが自動ドアの先から出て来るのを見て、ビルの入り口を囲む様に立っていた元不良生徒たちは声を上げて駆け寄る。戦闘が起こった場合に備えていつでも突入できる様にして貰っていたのだが、それは杞憂に終わった。

 

次々に八幡の下へと群がり安否を確認する生徒たちから逃れ、ホシノは一歩引いた場所で眺める。彼女とて人肌に揉みくちゃにされるのは御免被りたい。

 

「お疲れ様です、姫さん」

 

「おじさんは何もしてないけどね。その言葉は先生に掛けてやんなよ」

 

拉致的な雰囲気の生徒が一人、ホシノへ労りの声を掛ける。確かこの集団のまとめ役を買って出てくれている少女だったな、とホシノは八幡から受けた説明を思い出し、相手の目を見据える。

 

少女は彼を中心に出来上がった分厚い輪を見る。満更でもなさそうな顔をして対応している彼を見て、肩を竦めて苦笑いを作った。

 

「もうアイツらの言葉で十分ですよ。…本当、皆んな先生のことが大好きで過保護になりがちなんですから」

 

「うーん…気持ちは分からないでもないけどね。貴女だってそうでしょ?」

 

「違いありません」

 

妙に頭の回転が速く大人びていたり、一転して無邪気過ぎたりしていても、ここに居るのは思春期の女の子たちだ。色々と多感な時期の中に、文句を垂れながらも尽くしてくれる大人の男性は、はっきり言って劇薬だろう。

 

罪な人だと彼に向けて言った事は記憶に新しい。あの時は食い気味に否定されたが、今はその時よりも自信を持って言える。

 

 

そんな事よりも、だ。

 

「姫さんって呼び方なんだけどさ、何とかならないかな〜。おじさんの呼称には似合わな過ぎると思うんだ」

 

ホシノに対して使われる『姫さん』と言う愛称。残念ながらプリンセスだと言われて素直に喜ぶ時代は過ぎ去っている上に、シンデレラ症候群にも罹患していない。冷静に考えて呼ばれ方としては、少々イタい。

 

「何とかならないかと言われても…。姫さんは姫さんですから」

 

「理由になってないよー?」

 

「理由なんて大抵はぼんやりとしてるもんです。……強いて言うなら、先生がヤケに気に掛けてたんで、先生のお気に入りって事で姫さん、みたいな。特に深い理由も無い、なあなあな感じですよ」

 

「……そっか」

 

微かに笑うその感情は、呆れか歓喜か。ホシノ自身にすら分からないソレはしかし、不思議と心地よい物だった。

 

絆されている自分を認めたく無くて、先生ありきなその呼び方に口を尖らせてみるも、口角が自然と緩んでしまって直ぐにふにゃりと戻ってしまう。

 

それもこれも全部、先生のせいだ。

 

「ねー、先生っ?」

 

「あ?なんか用か」

 

「呼んでみただけだよ」

 

癪だけども認めよう。彼には人を惹きつける何かがあり、誰か幸せにできる人間だ。そんな彼の隣に立って歩くことが出来るこの時間が、ホシノにとっては何よりも───。

 

 

 

 

「…何だ?あの光」

 

「流れ星か?なんか願い事でも…」

 

『先生っ、退避してください!』

 

「?どうしたアロナ、そんなに慌て…」

 

 

 

『防壁展開しますっ、爆撃がここに……間に合わないッッ⁉︎』

 

「っ、先生伏せてッ‼︎」

 

 

 

 

──心安らぐ時間だったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

爆発の余波により数十メートルほど吹き飛ばされた八幡は、熱を発する頭を押さえながらアロナに向かって叫ぶ。

 

「チッ……どうなってる⁉︎」

 

『これは……キヴォトスの生徒だけに干渉する、麻痺爆薬…?』

 

「そんなオーバースペックな物がどうして……いや、今はそれは重要じゃねえ」

 

突如として飛来してきた爆弾により巻き上げられた砂塵が、情報の整理を阻害する。視界が最悪の中で彼は何とか進もうとして腕を振り上げるが、焼け石に水だ。

 

しかし第二撃が来ないとも限らない訳で、速くここから退避しなければマズい。何かしらの流れ弾に運悪く、という線も考えられないわけでは無いが、己の勘がそれを否定している。

 

最早手探りのような状態になりながらも、倒れ伏す少女を見つける。直ぐに側へと駆け寄り意識があることを確認する為に声を掛けた。

 

「小鳥遊ッ、小鳥遊ッッ!しっかりしろ…!」

 

「ぅ、ぁ…」

 

虚な目をして言葉にならない声を発するホシノ。身体を動かそうとしているようだが、痙攣して出来ないままでいる。呂律もうまく回っていない。

 

焦燥に駆られる心を律して冷静であろうと踏ん張る中、ホシノの口が微かに動いている事に気がつき、口元に耳を近づける。

 

「ごめ、ね、せんせ……けが、させて…」

 

「……謝るんじゃねえ、お前が咄嗟に前に出て庇ってくれたから、俺はこうやって歩けてるんだ」

 

擦り傷が出来上がった頬に手を添えて謝るホシノに、八幡はただ只管己の無力さを呪った。彼女の手を優しく握ってやり、砂煙が薄くなってきた辺りを見回し、散り散りになった他の生徒の安否も確認する。ホシノとリーダーの少女以外は、アロナの防壁展開の恩恵を受けられずに気絶してしまっている様だった。

 

一人一人に声を掛けて辛うじて意識はある事を確認して行き、最後にこの集団のリーダーの少女の元へと走る。

 

「せん、せ…ぅ…」

 

「無理して喋るな…自分が助かる事だけ考えろ」

 

苦悶の表情を浮かべながら何か言葉を紡ごうとする少女にそう諭すが、鬼気迫る雰囲気で頭を横に振る。

 

 

「ぅ、しろ……!」

 

「……後ろ?」

 

そこでやっと、背後から響く圧迫的な足音に気がついた。彼が振り返り認めた光景は鮮烈に脳裏に焼き付く事となる。

 

迫る数多の、レインコートのような物を羽織り、薄汚れたガスマスクを装着した群勢。土煙を巻き上げながら確かに此方へ歩んで来るその様子は、審判を告げる死者の行列の如く思えた。

 

 

己の足を奮い立たせ、精一杯の威圧を込めて彼女等を見遣る。彼のシッテムの箱を握る手が微かに震えている。今直ぐにでも尻尾を巻いて逃げ出したい衝動を隠し切れず、唇が湿気を失っていく。

 

「──護衛、戦闘不能状態、クリア。目標の無事を確認。プラン通りに実行する」

 

機械的に告げる言葉は嫌に全身を粟立たせた。

怒り、悲しみ、憎しみ。マイナスの感情もプラスの感情も、彼女等から感じ取ることが出来ない。

例えるならば命令を淡々と実行する機械。時間が止まったかの様に虚を映すマネキン。人間が一番恐れる物はきっと、何の感情も映さない『無機物』。『それ』が単に『それ』である事に恐怖が湧くのだ。

 

諸々の感情と、いつの間にか溜まった唾を飲み込んだ。

 

「総員、戦闘用意」

 

「ッ⁉︎」

 

先頭に立っていた生徒が右腕を挙げ告げる。機械らしい駆動音が撒き散らされた衝撃に身を焦がしながらも、今彼にできる最大限を尽くす。

 

「アロナッ、展開しろ!俺は最低限で良い、皆んなを最優先で護れ!」

 

『せ、先生っ⁉︎それでは先生が…⁉︎』

 

「つべこべ言うな!俺を困らせたいかッ‼︎」

 

『ひっ…、せ、せんせっ…!』

 

 

 

「──発射」

 

 

『……防壁、展開ッ!』

 

 

 

 

ペイルブルーの防壁が展開したと同時に、厚い鉛玉や手榴弾の雨が縦横無尽に降り注ぐ。マズルフラッシュの眩さや爆発の起こす強烈な風に目を細めた。

 

しかしそんな時であるからこそ彼の思考は極限で冴え渡り、どの様な手を尽くせばこの状況を切り抜けられるのかを画策し始める。

己の身だけが助かる事はあってはならない、そう結論付けて。

 

 

 

──彼の人生は違わず後悔の連続だった。

大切な何かを求めては自らその手を離し、いざ縋った物には蹴落とされ全てが敵に思えた。

 

思い返せば顔から火を吹きそうな過去を振り返って、自分の手の届く範囲で人が不幸になるのは、こんな自分を慕ってくれる生徒たちが傷付くのは、とても怖いと素直に言える。

 

だからこそ、伸ばす事に決めた。傷つく事が怖く無いと言えば嘘になる。けれども痛みや辛苦、死に無頓着という訳でも無い。言うなれば彼は、そう。我武者羅に今を生きる光に当てられたのだ。

 

 

 

『し、シッテムの箱のバッテリー残量が10%を切りました!やはり多重展開は莫大な負荷が掛かります…!』

 

「チッ…、あとどれくらいで切れる?」

 

『持って1分かと…!』

 

「満タンにして来なかったツケが回って来たか…」

 

元より黒服と名乗った異形と話を付けるためだけに足を運んだのだ。そうで無くとも銃弾と爆薬が広範囲に殺到し、十数人の生徒をそれから守る為に分厚い防壁を展開し続けている。例え八幡の前に展開される壁が薄かろうとも、強烈な負荷が掛かるのは自明の理だ。

 

不思議な感覚が頭の中を駆け巡る。スパークがパチパチと弾け、刻一刻と死の匂いを秒針が運ぶ様に、流れる時間が遅く感じる。何かこの絶望的な状況を打開する何かが──。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「所詮は自身の領域(テリトリー)に持ち込んで初めて、異様な頭の回転の速さを見せるだけの人間…。本格的に詰みの状況を作ってしまえば成す術なく朽ちて行くのみ。其方が随分とご執心な先生も所詮はたった一人の有象無象と変わりないのです」

 

「ふむ…。ええ、確かにあの御仁はその手には弱いでしょう。あの人は安全圏で人を動かしたり、上手く民衆の纏まりを活かした扇動等が性分。戦闘、若しくはその指揮なども以ての外でしょう」

 

 

数百メートルほど離れている、肉眼では確認できない戦場を確かにその目に映しながら、異形たちの言葉は踊る。

 

「彼の数少ない欠点。頭が回る故に思考が先走ってしまう事や、一人で物事の対処に当たってしまう事…。しかし最たる物は、戦場に慣れていない事です。焦りが感情の浜辺に乗り上げてしまい、状況を俯瞰することができない。考えましたね、ベアトリーチェ。考えたからこそ、エデン条約に向けて動いている彼女等(アリウス)を動員してまで…」

 

「敵の特徴を調べ上げ策を練り最低限の手で下す。あの者を相手取るとなれば当然の事です。…ええ、先生とは私にとって最大の障壁でしょうが、まだアレを使う訳には行きません」

 

黒服は、プラズマの様なその瞳を細める。今までの彼女ならば奥の手を切ってでも彼を潰そうと動いた筈だが……しかしそうはならなかった。疑問符を浮かべて頭を捻る。

 

一つの単純明快な解が思い浮かび、成程と黒服は頷く。

彼女は無意識に恐れているのだ。彼と言う人間自体を恐れているのは勿論の事、目も向けていなかった舞台装置という歯車が狂い出す事に。

 

 

ならば今回の事に関しても、最初から彼女の負けは決まっているようなものだ。黒服は心底愉快そうに笑い声を上げる。

 

「クックックッ……。ええ、最初から貴女の負けです、ベアトリーチェ」

 

「…何をまた可笑しな事を…。どうやらこと先生に関してはどうにも頭が鈍る様で」

 

「鈍っているのは貴女の方だ…。それは何故か?単純な答えです。貴女は先生という存在の役目を見誤った。言うなれば盲目な聴衆(オーディエンス)。彼の言葉を所々引用すると……『先生』とはあくまでも演出機能であり、壇上に立つのは生徒たち…。余り一つの物事に目を向け過ぎると言うのも、些か問題にもなり得ましょう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──せんせぇっ‼︎」

 

「……はっ、えっ、何?」

 

背後に八幡が目を向ければ、土煙を上げながら突っ込んでくる一台のクルセイダーのドリフト……基いスリップの最中、必死に手を振っている阿慈谷の姿があった。その円筒から砲撃を撒き散らしながら。

 

その砲撃は相対していた大群の元へと着弾し、土煙の柱が伸びる。その様を呆れた様に見つめた八幡は再度回転して迫るクルセイダーを見、急ブレーキによる慣性によって放り出されるアビドス対策委員会の面々と、優雅に着地するワカモを確認した。

 

「遅くなりました、あなた様。お怪我はございませんか?」

 

「お、おう…。どういう経緯でお前ら同行してたんだ。初対面の筈だろ?」

 

「あなた様の元へ行くと言うのに、その様な些末な事を気にしていられませんわ。そうでなくともジャガイモとでも認識していれば…」

 

「誰が芋臭いですってぇ⁉︎」

 

砂に埋もれていた顔を勢いよく上げたセリカは、如何にも不服そうな形相でワカモを睨み付ける。その視線を受けている本人はと言うと、全く意に介した様子もなく八幡のそばに寄り添っている。対照的な温度の視線の上に立つ事のない様に、彼は転がっているクルセイダーへと足を進めた。

 

「おい阿慈谷、生きてるか」

 

「は、はいぃ…。何とか息をしてます…」

 

「ケホケホッ、す、凄まじいドライビングテクニックでした」

 

「眼鏡ズレてるぞお前…。ほら、顔出せ」

 

最早何で壊れてないんだよ、と呟きながらアヤネのズレた眼鏡を直し、ついでに髪についた土を払う八幡。倒れている生徒たちを回収する様に指示を出した後にふと、何かを思い出した様に不思議な表情をして尋ねる。

 

「砂狼と十六夜はどうした」

 

「ああ、えっと、それなら……」

 

「ここに居ますよ〜」

 

空から降りて来たシロコとノノミ。巻き上がる砂埃に咳き込みながらも空を見上げると、プロペラ音を響かせながら滞空するヘリコプターが見える。

 

 

 

 

ヒフミの嫌な予感をどうにも無視し切れなかった対策委員会は、アヤネの手により割り出された八幡とホシノの位置情報を頼りにここまで来たのである。

温泉郷や飲食店街の経営に当たっていたノノミは直接彼女の元を訪れたシロコの声を聞き、しかし漠然とした予感という事で数人がアビドス自治区に残り、その代わりにヘリを貸し出してくれた。

 

 

「増援を確認。しかし数は5。クルセイダーは横転し、ヘリは人材運搬の為の物。任務を続行して問題は無いと判断する」

 

「──いいや、まだ来るぜ?」

 

アリウス兵の足元に砂煙に紛れた円筒状の何かが転がった。咄嗟に回避行動を取ろうとしたが、しかしそれは迅速に強烈な光と音を発して平衡感覚を奪う。

 

ゴッ、ゴッ、と鈍い音が辺りに響く。アリウス兵がガスマスク越しに何発もの銃弾を受けた音と、それに伴い昏倒した音だ。何事かと次第にクリアになって行く視界を確認する。トリニティの制服を模した、しかし少しだけデザインの違う制服を纏った少女たちが、八幡を守る様に立っていた。

 

「【独立連邦警備隊】、守月スズミ。遅れてしまい申し訳ありません、先生。先程ようやっと連邦生徒会に認可されたものでして」

 

「いいや、ナイスタイミング。寧ろ駆り立てて悪いな」

 

連邦警備隊と書かれた腕章を付けた“元”トリニティ自警団所属の守月スズミが、十数人の生徒を引き連れていた。砂を踏み締める音を響かせ詰め寄ってくるその様は、底無しの恐怖を煽り立てる。

八幡はここには居ない立役者へと感謝の念を送り…。頼もしく勇み立つ生徒たちに笑みを浮かべた。

 

消え掛かっている液晶画面の電源を落とし、ワカモにホシノを見てやるように言ってから敵を見据える。何か激励の言葉でも贈ろうとした所にヒフミから声が掛かった。

 

「先生っ、これをどうぞ」

 

「これは……ポケット充電?」

 

「アビドスに置いて行かれていたので、若しかするとそのタブレットの充電が危うかったりするかなー、と…。必要無かったでしょうか?」

 

「んな訳あるかよ、愛してんぜ阿慈谷!」

 

「お役に立てて良かっ……えっ」

 

充電プラグを差した事で、緑色にランプが光る。画面に張り付いて安否を確認するアロナの姿に笑みを溢し、銃弾が擦れてボロボロになったシャーレの制服を脱ぎ捨てた。

 

「独立連邦警備隊。アビドス対策委員会。それと阿慈谷。…出撃だ」

 

 

強烈な威圧が砂漠を吹き抜ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






ちょっとした補足。
トリニティ自警団は、連邦生徒会と連邦捜査部S.C.H.A.L.Eの統治下で活動する【独立連邦警備隊】に進化しました。折角有能な生徒達が集まってるのに非公認のままって勿体無いよね、とは八幡の言葉。因みにとあるトリニティ生が一枚噛んでいたりいなかったり。



そういえば、今日はルーブルに行って来ました。スゴ味を感じさせながらも綺麗な展開に纏まっていて、心の扉が開きそうになっちまいましたわよ。


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Main-1 アビドス高等学校 その6


お待たせ致しましたわ〜。もう疲れちゃって全然動けなくてェ…という皆様のご褒美になればと思い投稿致しましてよ。
お礼は結構、誰か私の後を継いでくれる人が居てくださればッ!






 

 

 

 

 

 

開戦の合図と共にシロコは駆け出す。己を目掛けて数多飛散する銃弾。しかし砂場は彼女の領域内。砂を踏み締める独特の動きで翻弄し、縫う様にして銃弾を躱して行く。

 

しかし全てを避けられる訳ではない。熟練された回避行動も数を以てすればいつかは当たる。

シロコの眼前へと猛スピードで銃弾が迫り来る。が、シロコは足を止めない。自殺行為かと思われるその行動は偏に、背後で指示を飛ばす大人への信頼の証であった。

 

 

 

 

『相手は即効性の麻痺弾を使ってくる。一発喰らえば袋叩きにされると思って良い。…心配すんな。俺を信じて進め』

 

その銀色の髪に着弾する前に、ペイルブルーの防壁が彼女を痛みから守る。ヘイローを介して戦場を操作する八幡が、シッテムの箱の権能により防壁を展開したのだ。

 

彼は素人から毛が生えた程度の戦闘指揮能力しか持っていない。しかしシッテムの箱とそれに関連する機能は頭の隅々まで叩き込み、そして応用できる様に昇華した。

だからこそ出した戦闘指示は『各々のやりたい様に暴れろ』という単純明快な物。個々人の戦闘スタイルに合わせて最低限活き活きと動くことの出来るの舞台を整えてやる。黒服が言うように彼は登場人物では無く、際立たせる演出を整え、又はシナリオを描くのが役目。戦闘に関しての定石等とんと分からないが、それが彼にできる唯一の事であった。

 

 

体の底から湧き出る高揚感と全能感をそのままに、銀の狼は砂の戦場を駆ける。的確に額を打ち抜き、背後から迫る戦闘用ドローンの砲撃を支援として相手の体勢を崩して行く。

 

「ぐっ…、調子に乗るなッ!」

 

「ッ!」

 

手榴弾がシロコに着弾し、炎と共に輝きを放つ。防壁は展開こそすれど爆風の勢いを殺す事はできず、シロコは地面を二転三転と跳ねて行く。

そのまま倒れていた所を素手で押さえ付けられ、鈍色に光る銃口がシロコの眼を見据える。この至近距離で撃たれれば流石に防ぎ切ることは出来ないと判断し、予期される痛みを少しでも軽減する為に目を固く閉じた。

 

「これでやっと一人め──」

 

「えいっ☆」

 

アリウス兵の体が『く』の字に折れ曲がり吹き飛んで行く。シロコが顔を見上げると、得意げにミニガンをバットの様に振り切ったノノミの姿があった。

 

「立てますか?シロコちゃん」

 

「ん、ありがとうノノミ。助かった」

 

「困った時はお互い様です。っと、消毒の時間ですよ〜!」

 

笑い声を高らかに上げながらミニガンを振り回し掃討していくノノミに軽く恐怖を覚えながらも、一方で頼もしく感じる。

ふぅ、と一通り銃弾を撒き終え、一息吐いたノノミは輝かしい笑顔で一点に目を向けた。

 

「ね、セリカちゃん?」

 

「確かに助かったっちゃ助かったけど!もうちょっとで巻き込まれる所だった‼︎」

 

取っ組み合いになっていたアリウス兵を咄嗟に盾にして銃弾の雨から逃れたセリカは喚く。しかし結果良ければ全て良し。ノノミはその怒りの言葉に耳を傾ける事なく銃弾を再装填し始めた。

 

何を言っても無駄だろうと悟るセリカ。気絶してヘイローの光が消え、動かなくなったアリウス兵を適当な所に放りシロコとノノミの横に並び立つ。

 

「…一人一人の動きが洗練されていて、数も多い。中々骨が折れる相手」

 

「ですが此方には先生が付いてます。大船に乗ったつもりで行きましょう」

 

「仕方ないわね…。折角なら勉強漬けだった憂さ晴らしに付き合って貰うわよ」

 

各々に闘志を燃やし、厚い壁となって立ちはだかるアリウス兵達の元へと足を進めて行く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「奥空、タンク役に向けて補給用ドローンを発進させろ。

 

『は、はいっ!……補給品、投下します!』

 

「良くやった。んでもって阿慈谷は……阿慈谷は何してんだ?」

 

横転したクルセイダーの陰で治療とサポートを行っているアヤネに指示を出していた八幡だが、ヒフミの姿が何処にも見当たらない事に気付く。

 

『えっと……。クルセイダーの中で蹲ってます』

 

「はぁ?横転してんのに?いや、それ以前に阿慈谷にも戦って欲しいんだが」

 

『元はと言えば先生のせいですからね』

 

余りにも理不尽では無いか。そう抗議しようとしたが、すんでのところで言葉を飲み込む。生徒の行き場の無い苛立ちをぶつけられるのも先生としての仲間だろう。

しかし八幡にもその責任の一端が有るのも事実。彼は気付かないが、本当は純情を弄ぶ人間だと言われても仕方が無いのだ。

 

とはいえ少し苦言を呈そうと口を開きかけた瞬間、体に強烈なGが掛かり呼吸が困難になる。何とか乾き切った目を開けて、刹那の前に自分の立っていた場所を見ると、幾つもの銃弾が砂に潜り砂煙を跳ねさせていた。

もしも少しでも遅くあの場から逃れられないままで居たなら…。考えて、胃の中の物を吐き出しそうになる。

 

「間一髪でございました。私とした事があなた様の身を危険に晒すなんて…」

 

「いや、お陰で命拾いした。サンキュー狐坂」

 

ワカモに横抱きにされて風を切りながら感謝の意を述べる。途轍もないスピードで戦場から遠ざかって行くのを今更ながら自覚した彼は、舌を噛まない様に口を閉じた。

 

迫る銃弾を踊る様にして躱して行くワカモは銃弾の届かない場所へと飛び、そこに八幡を降ろす。

 

「私はあの雑兵共を駆逐しに行きます。…あなた様の言葉を受けてノックダウンしていた方も、漸く顔を出した様ですし」

 

「あ、あうぅ…。思い出させないで下さると嬉しいと言うか…」

 

いつの間にか、クルセイダーに引き篭もっていたヒフミが八幡の近くに寄り添って立っていた。怨敵の様に睨むワカモの視線を苦笑いで受け流しながらも、今先程掛けられた言葉を思い出して頬に朱を散らす。

 

彼は普通を自称(詐称)する彼女の豪胆さへの感心と呆れ、加えて湧き出る疑問の感情で頭痛に苛まれながらも、戦闘体制に入っているワカモのサポートができるように呼吸を整え送り出そうとする。

 

しかし、途端に自身の黒いズボンが少しだけ引っ張られた感覚を覚え、その指先を見てみるとアヤネの手によって治療が完了したホシノが強い意志を篭めた瞳で、八幡を真っ直ぐ見据えていた。

 

「私も前線に出るよ、先生」

 

「…本気かお前。治療が完了したばかりだろ、足手纏いになる」

 

「突き放してまで心配しなくたって良いよ。…きっと役に立つから、ね?」

 

小首を傾げて語り掛ける姿には愛嬌も感じられるが、一転して梃子でも動かない巌の様な雰囲気すらも醸し出していた。

何か反論の二の句を告げようとして、しかし唇は自然と閉じたまま動かなくなる。

 

気圧されている八幡の代わりに、ワカモはやれやれと呆れんばかりの溜息を吐いてホシノを見遣る。

 

「貴女のコンディション云々の事については、最早どうでも良いですが…。あなた様の采配の邪魔をされると言うのであれば直ちに引いて貰います」

 

「…ワカモって言ったっけ。私の心配してるよりもさ、先生に格好悪い姿を見せない様に自分を気に掛けといた方が良いと思うよ」

 

「よく回る口ですわね…。窮状に立たされたとて助太刀は要らないようで」

 

「そうギスギスするな。戦場じゃ互いに持ちつ持たれつなんじゃねえのか、知らんけど」

 

視線がかち合い発生する線香のような火花が、八幡の声で水面に落ちる。睨むのは仲間の立場にいる相手では無く、若干戦況を優勢に押し返してきている敵だと考えを改めたのだ。

 

何とか一触即発の流れを断ち切った事に安堵し八幡。次いでガスマスクの群兵へと視線を投げて、シッテムの箱を指先でなぞる。

 

「よし…。それじゃあワカモ、ホシノ。存分に暴れてやって来い」

 

「…!…ま、私に任せときなって〜」

 

「……うふ、うふふふふっ!あなた様の期待に必ずや応えて見せますわ!」

 

ターボを幻視してしまう程に爆発的なスピードで走り出す二人。

狐の面を被った少女は銃剣を振り回し、異なる色の瞳を持つ少女はショットガンで敵を穿つ。たった二人の分子によって均衡も何もかもが崩れ始めて行く。

 

 

 

俊敏な動きで敵を翻弄し、着実に意識を刈り取って行く。淡い光に照らされながら戦場を駆けていく姿は美しくも恐怖を煽り、それは彼女が“災厄”として名を馳せる実力を伴っている事を如実に表していた。

 

強固な雰囲気を感じさせる盾を構え道を切り拓く彼女は、かつて“暁のホルス”と呼ばれていた頃の刺々しさを携えて、数多の鉛に屈することなく突き進む。

 

 

 

しかし、戦場を支配する彼女等とて万能では無い。幾ら軽やかに跳んで銃弾の雨から逃れようとも、強大な盾で身を守ろうとも。青く光る防壁も完璧では無く、その身を緋色が射抜く。

強力な麻痺毒を仕込んだソレは若しかしなくとも身体を蝕んで行き、抵抗する間も無いままにヘイローの輝きが失われるまで痛みが襲う。

 

彼女等は被弾した箇所を押さえ、フラフラと揺れながら何とか立っている。倒れてしまわないフィジカルにアリウス兵達は驚いたが、しかしそれが精一杯なのだと察し行進する。せめて楽に殺してやろうと銃弾を装填し、煙を吹く口をこめかみに向ける。

 

「──ぃで」

 

「……ん?」

 

「舐めないで」

 

ギラリとホシノの双眸が危ない光を発したかと思えば、盾で周辺のアリウス兵を吹き飛ばす。一瞬の動揺が集団に走ったのを見逃さずに、ワカモは蹴りや投げも駆使して陣形を崩して行く。

 

気を取り直したアリウス兵はしっかりと標的を見据えて額を撃ち抜く。今度こそ全身が麻痺して動くことも出来ないだろう。誰もが常識に則ってそう考え、しかし裏切られる。

 

「ふっ、ふふっ。あの方の寵愛を受けた今の私に──」

 

「あの人を背に戦ってる私に──」

 

 

 

「「──そんな小手先だけの物が通じるかァッ!」」

 

大気を揺るがす咆哮。肌を指す様な痛みが走り根源的な恐怖が湧き上がる。

 

 

 

アレは人の形をした化け物だ──そんな戦慄がアリウス兵の頭の中を埋め尽くし行動を鈍らせる。即効性の麻痺毒が塗られた銃弾を浴びながらも容赦無く敵を振り払い突き進む姿を見せられたなら、そうなるのも頷ける。

 

人の成長曲線はいつだって不規則だ。係数の高い下に凸の放物線にもなり得るし、傾きの小さい直線にもなる。

彼女等の場合、神秘()が作用して爆発的な成長を生んだ。皮肉な事に人を腐らせるのも活かすのも、それは全て神秘()なのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──そうか。アレが例の…」

 

戦地から凡そ1km後方。目が眩むほどに輝くソレは物理的な、爆発などでは無く。誰かを信じ、誰かを愛し、誰かの為に戦う。“先生”という一つの、されども大きなファクターによって輝く青春(ブルーアーカイブ)

 

似合わない。全ては虚しい物だと繰り返し、薄暗い日々の中で陰鬱と生きてきた自分には。あの輝きに魅せられてはいけないのだ。資格も無ければそのつもりも無い。たった一つの憎しみしか目指す物を知らないから。

 

 

排除するしか道は無い。ここで命令に背けば必ず逆鱗に触れる。今まで守り抜いて来たなけなしの信念も全て灰に還る。

 

何かの大義のためには何かが犠牲になる。いつもの事だろうと言い聞かせた彼女(サオリ)は、怨念の行き着く先へと至る為の一歩を踏み出した。

 

「…やれ」

 

「は、はいっ…」

 

多くを語らず、たった一言で意思の疎通を完了させる。後を託す様に去っていく小さな背中を見守った狙撃手は特別製の13mm口径弾を装填し、スコープを覗いた。

 

不思議なタブレットを抱えて指示を飛ばす大人の男性を照準が捉える。元はと言えば対戦車用に火を吹いていたソレは、キヴォトスに住まう人間すらも一撃で意識を刈り取る。そんな物が脆弱たる彼の体にヒットしたならば…。

 

 

自然と予測される未来。彼女はソレに引き攣った笑みを浮かべる。

 

「えへ、えへへ…。その傷、痛いですよね、苦しいですよね…。人生はどうしてこう、辛い事ばかりなんでしょう…。貴方もそう思いませんか?」

 

スコープ越しに尋ねても答えは返って来ない。当然の事ではあるが、彼女にとってソレは苦痛の一端になり得た。

 

 

 

あの眼を知っている。

人生に絶望して、虚しい物だと悟って……何もかもを諦めた眼。

形容し難い感情が芽生え始め、ふと違和感に苛まれる。

 

彼女等の目と、彼の眼。同じ様で何かが違う。でも、何が違うかは全く分からない。

 

分からないならそのままで良い。考える程、苦しくて痛いだけ。

そう自嘲気味に笑って、再度引き金に震える手を掛ける。必死の形相で戦闘指示を飛ばす彼の横顔が一番に目に飛び込んで来た。

 

 

そこで彼女は気が付く。彼との間にある埋めようのない、決定的な溝を。

 

彼は現実は虚しく苦しい物だと知りながらも、それを眼前に突き付けられた上で必死に戦っているのだ。一種の達観めいたその瞳には確かに意思が宿っている。

 

きっと彼は諦めていないのだ。何もかもを。(ヒヨリ)と違って。

 

 

 

 

 

引き金に力を入れる手にはもう、震えは無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『敵勢力の半数がダウン!このまま押し切ることが出来そうです、先生!』

 

「っし……何とかなるもんだな」

 

アロナの報告に握り拳を作り応える八幡。彼一人の力では到底成し得なかった逆転劇。何とも頼れる生徒たちを抱えたものだと誇らしい気分になった。

 

とは言えここを切り抜けたとしても問題は山積みになっているのだが。陰鬱と輝く『問題』の2文字に苦情を漏らしながらも、兎に角詰みの状況から抜け出す事が出来た今を喜び、ヒフミに何か労りの言葉を掛けてやろうとして──。

 

「……いつッ」

 

首筋に不可解な痛みが走り、思わず手で抑える。周りを見渡してみるも特に違和感は湧かず、勘違いかと再度戦場に目を向けた。

 

 

 

 

 

 

瞬間。

ドパンッ‼︎ という音が響く。ヤケに近くに感じたそれに不安感を覚えた八幡は何が起こったのかアロナに尋ねようとして、己の右腕に握っていた筈のシッテムの箱が無くなっていた。

 

 

──いや、違う。視界が戦場では無く空を捉え、口の中ではしつこい感触の砂利を噛み、己の右肩から洒落にならない程の血が出ているこの状況は…。

 

 

俺は撃たれたのか。

 

 

 

 

そう自覚した途端に迸る痛み。視界は激しく点滅して声にならない咆哮を上げる。ドクドクと赤黒い血が砂に染みて行く様子を見ていると嫌に冷静になって行く。思考と共に体温まで急激に冷えて行く様だった。

 

ヒフミが涙を流しながら必死に八幡の名前を呼ぶが、彼には聞こえない。濁った瞳が空虚に光るのみで、口も開かない。肉が少し抉れてしまった左腕は急速に機能を失って行く。

 

誰もが戦闘を中止し、その背中に銃弾を浴びようとも八幡の元へ駆け寄る。先生、先生と何度も彼を呼ぶ。 

 

アビドス兵たちは阿鼻叫喚とした、されども何処か美しい戦場を後にする。怒りの乱射が肌を掠めながらも昏倒した仲間たちを引き連れて逃げ仰せて行く。ただ、ホシノとワカモはその様子を苦々しく眺め、次いで狙撃場所と思われる地点を見据え、倒れた八幡の元に急いで行った。

 

 

 

 

 

『──撤退完了。先生は致命傷とはならなかったが、あの傷では搬送が先だろう』

 

「そうか。…逸らしたのか?」

 

「い、いえ…。そんな微調整、私には到底……」

 

「…私たちも撤収するぞ」

 

興味を失くした彼女は身を翻して去って行く。引き金を引いた少女は心底不思議そうに首を傾げ愛銃を抱え直し、虚空を見つめて呟く。

 

「………狐、だったのかな」

 

 

 

 

 

そこから離れたとある地点。インカム越しに少女は非難めいた声音を滲ませながら報告する。

 

「本当に狙撃の阻止でなくて良かったのか?」

 

『ええ。彼に傷が出来てしまうのは不服ですが…少し痛い目を見てもらった方が良いでしょう。良い薬になります』

 

「そう言うなら、良い。今は貴女の声に従う駒に過ぎないからな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ホシが煌々と輝く夜空の下。アビドスで起きた銃撃戦は、比企谷八幡という尊い犠牲によって幕を閉じた──。

 

「いや生きてるからな」

 

「うわぁっ、ゾンビ⁉︎」

 

俺を殺そうとする声が聞こえて来た気がしたので起き上がると、黒見がそんな事を宣う。誰がゾンビだ、誰が…。久し振りに言われたぞ。

 

右手を支えにして、放り出したシッテムの箱を取りに行く。安静にしていろと口々に言われるが知らん。痩せ我慢は大人の特権、笑って送り出せ。

 

…まあ、ぶっちゃけ目眩や耳鳴りが酷い。さっきから左手を握ったり開いたりして確かめているのだが、どうにも左腕の感覚が無い。それがアドレナリンによるものなのか、神経まで抉られたのか。そんな事はどうでも良い。

 

「…何を辛気臭い顔してんだ。誰一人欠けることなくここに居るんだぞ?無事と勝利を喜べ」

 

「でも、先生…。腕の傷が」

 

「この程度の傷どうって事……あるけどもな、こんなん擦り傷だろ。命中してないだけマシだと思うし、俺自体ピンピンしてんだよ。これでこの話は終いだ」

 

人の痛み、苦しみ、感情を推し量ることができるというのは確かに美徳ではある。だが行き過ぎたソレは無礼だ。結局その理解した気になった感情も、推し量られる対象からすれば甚だ間違っている事なんて多々ある。

 

要は勝手に誰かの感情を決めるな、という事。結局それは推測した側の理解が及ぶ範囲でしかないものだから。人の感情はその本人だけが知っている。

 

 

それでも未だ罪悪に駆られた様な表情をする彼女等に、少しだけ苛立ちを覚える。鉄の匂いが込み上げる喉から必死に声を張り上げた。

 

「良いか?確かに逃げられたし俺は撃たれるし、色々あった訳だが。…それでも、お前たちが駆け付けてくれたから俺はここに居る。そのまま死んでもおかしくなかった所を救われたんだ。…人の命を救ったんだよ、お前らが放ってくれなきゃ俺がバカみてえじゃねえか」

 

等身大の本音だった。頑張ったのに報われないのは嫌だという、凡そ大人とは思えない癇癪の様な物。しかし今は変に取り繕うよりも、格好悪くても思いの丈を叫んだ方が良い気がした。

 

少しの沈黙の後、ホシノが静かに笑い出す。薄らと涙を携えながらも穏やかに微笑むその姿に、安堵した空気と笑顔が伝播する。

そうだ、それで良い。子供とカウントされるうちは笑っていた方が、断然。

 

 

…あれ、突然眠気が……。

 

「わりぃ、やっぱ辛えわ」

 

呟くと同時に視界が暗転した。

 

 

 








伊落マリーは悩んでいた。

それは立派なシスターになるという目標への焦りや、シスターフッド…引いてはトリニティ総合学園に内在する問題への頭痛。
ではなく。

シャーレの先生、比企谷八幡から受けた言葉に答えを出さないでいたからだ。



とある昼下がりの事。礼拝堂に足を運んだ八幡は、相も変わらず祈りを捧げるマリーを不思議そうに見つめながら佇んでいた。
その後、詳しい経緯は覚えていないが、ちょっとした二者面談をする流れとなった。

『私は…立派なシスターになりたいと日々励んでおります。ですが、それだけでは足りないのでは無いかと、無性に不安になってしまって…』

『気に病むことは無いと思うんだがな…。お前ほど“祈り、働け”って言葉に沿った性格してる奴知らねえし』

多大な信頼を置く先生からの言葉は、マリーにとっては身に余る光栄だった。頬を若干綻ばせていた彼女だが、しかし不安は強く心を叱責し、顔を暗くして俯く。

その姿に八幡は困り果ててしまった。いつもの女神の様な慈愛は鳴りを潜め、年相応に思い悩む姿を自分に見せてくれているという事は、それなりの信頼は獲得できている訳で。しかしその道に詳しく無い彼はどう励ましてやって良いのか、右も左も分からない状態に在る。

この殺伐とした世界の中で唯一の癒しである彼女に何か報いてやりたい。しかしどう言ったものだろうか…。


『…あー、俺の知ってる神様ってのは結構な娯楽好きでな』

『はい。………はい?』

勿論、彼は神とかその類の存在は全くもって信じていない訳だが。昔に読んだギリシア神話とか、旧約聖書の内容とかから具体像を組み上げても大丈夫だろうと思い、マリーに彼なりの解釈を聞かせてやることにした。


『数千、数万。下手すればそれ以上の時を生きる神様は、不変を嫌う。故に刺激や娯楽を求めて、色々と問題を起こすんだが…。天上おわせられる神々も、お前の濁りの無い祈りを受け取ってさぞ嬉しく思っているだろうし、それはそれとして変わり映えしないのも退屈かも知れない。
だからと言っては何だが、少し自分に我儘になってみたらどうだ?例えば、一日中寝て過ごしたり趣味に時間を費やしたり。お前がしてみたいと思ったことをやってみる。寛容な神々はきっと許しを賜うてくれるだろうし、お前の意外な一面が見れて喜ぶかもしれない』





そうは言われたものの、自分のしたい事として真っ先に思い付くのは、皆の安寧を願って祈る事。しかしこれでは先生からの忠言も意味を成さない…と、こんな風にマリーは悪循環に陥っていた。

ふと、自分の手が自然と携帯端末に向かい、八幡とのモモトーク画面を開いている事に気が付いた。
無意識下の自分の行動に、不可解さよりも先に疑問が現れる。どうして私は端末へと手を伸ばしていたのか、甚だ疑問に思い…。

ああ、と頷いた。
どうやら自分が思っているよりも彼を頼りにしているらしい。そう自覚した瞬間に気恥ずかしさを覚え、顔を赤くしてしまうと同時に次々としてみたい事が思い浮かぶ。

もっと彼の言葉を、最早啓示のようにも思える声を聞いてみたい。他愛のないお話をして、お茶をして…。嘘みたいな本当の、優しい日々を。


思い立ったが吉日。早速連絡しようと音のように脈打つ指を動かそうとして。

先生が救急搬送されたと言う報せを聞いて、視界が真っ暗に染まった。



















後書きのこれは一体何だって?1週間頑張った皆様へのご褒美と今後のための伏線ですわよ。
嘘ですわよ。マリー曇らせは私の性癖に合致しているからですわよ。



次回、アビドス編エピローグ。最後まで見ていってくれよな!




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Main-1 アビドス高校編 エピローグ

 

 

 

 

 

 

 

「どうですか、先生。お身体の方は」

 

修道服を着た麗女、歌住サクラコが訪れた病室は、仄かに薬品の刺激臭が香りながらも爽やかな場所だった。

 

ネームプレートには比企谷八幡という表示。アビドスでの遭遇した強襲の後、空元気でその場を凌いでいた彼は無理が祟り、貧血や疲労等で倒れ伏し病院へと運ばれたのだ。

 

「見ての通りピンピンしてるよ。寧ろこうして公的に休めて嬉しいレベル」

 

「さ、左様ですか…。他の生徒にはその旨の発言は控えて下さいね」

 

サクラコの忠言に苦い顔をし、唇を尖らせて『分かってる』と呟く。そのまま山積した書類の一枚を取った八幡の手からソレを没収し、サクラコは見舞い用の花束を置こうとして目を見開いた。

 

「思っていたよりも沢山の花束がありますね…。一体何人ほど来られたのですか?」

 

「さあな。俺が眠ってる間にも届いてたらしいし。お陰で殺風景な病室がそこだけメルヘンだ」

 

「可愛らしくて良いじゃないですか」

 

「柄じゃねえよ」

 

積み上がった花束を崩さないように病室の窓に立て掛ける。これ程の数の花束が届くというのはつまり、どれだけ彼が信頼され、必要とされるかを暗示している訳で。そんな事も揶揄した発言へ気恥ずかしそうに応じる彼に、庇護欲が唆られる気がした。

 

頭を振って気を取り直し、隅に置かれていたパイプ椅子を引っ張って腰を落ち着ける。シスターフッドの代表を背もたれも無い質素な椅子に座らせるのは気が引けた八幡だったが。

 

「聖職に就く者は元来、“服従・清貧・貞潔”を心掛けなければなりません。そのお気遣いだけ有り難く頂戴致します」

 

清らかな笑みでそう言われては引き下がる外無い。八幡は少しだけ不満そうにしながらも受け入れ、傍に置いていた眼鏡を取り、手帳にサラサラと何かを書き込んで行く。

 

 

キヴォトスに来てからブルーライトに晒されたり数多の書類に目を酷使し過ぎたりしたからか──他にも要因はあるが、この二つが主である──彼の視力は格段に落ち込んだ。故にこうして銀のフレームで縁取った眼鏡を掛ける事になった訳である。

眼鏡一つで見ていた世界がクリアになる。そう思うと人間の叡智とは素晴らしい物だと思える。

 

 

 

「しかし驚きました。まさかトリニティ自警団を【独立連邦警備隊】として、連邦生徒会とS.C.H.A.L.Eの共同統制下に置くとは」

 

「逆に非公認のまま放置していたって事実が驚きだろうが…。つーか話題の切り出し方下手かよ」

 

「うっ」

 

言葉を詰まらせるサクラコに小さな満足感を覚えながら、不干渉を貫いてきたシスターフッドにはそういう類の駆け引きは苦手だろうと勝手に納得する。

というかガッチガチの打算とか政治的思考を持ち合わせたシスターは嫌だ。変に老成しないでいって欲しいものだと、八幡は願うばかりである。

 

 

 

 

独立連邦警備隊とは、前トリニティ自警団に各学園の、シャーレの息が掛かった生徒達が加わり、連邦生徒会の認可を受けて誕生した組織である。

 

活動内容は主に、キヴォトス全土の治安維持や大きなイベントに於いて警備に当たる事。実質的にシャーレの廉価版の様な存在になる。

 

「成程…。そういった意味で【独立】という文言が組織名に?」

 

「いや、その認識は少し違う。ぶっちゃけると、実際には独立ってのは名ばかりなんだよ。明言こそしちゃいないが、アイツらは連邦生徒会とシャーレの共通傘下組織ってのが正解で、『各学園の影響を受けず独立した組織の傘下にある』から独立っつー名前が入ってるだけで。

オマケに警備隊の組織的性格から、連邦生徒会が実質的な統括を行なっている。あっちとシャーレで7:3くらいだと思ってくれ」

 

「…では、この病室の外で警護に当たっている警備隊の生徒は」

 

「俺を守ろうって自由意志が介在していないとは限らないが…。まあ、連邦生徒会がシャーレと仲良くやっているアピールとして良いように使われていると考えられるよな」

 

全てが全てそうだとは言わないが、この世界は打算に塗れている。至って普通の事ではあるが、キヴォトスではそれが顕著に過ぎる。其々に守り抜きたい自治区があったり政治的な意図があったり。嫌になる程聡く育つしかなかった子供達の、酸味の多い未熟な、されどもヘドロのように蠢く掃き溜め。それが学園都市、キヴォトスの実態だ。

 

 

遣る瀬無い顔をしたサクラコを尻目に、泣きたくなる程青く澄んだ空を見上げる。内に孕んだ内情とは対照的な空は、ここを透き通った世界観だと錯覚させる。無機物よりもソレは恐ろしい物だと、彼は虚空を睨んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「良いですか?くれぐれも抜け出すなんて事はしちゃ駄目ですからね。後、退院したら第一にマリーに会いに行ってください」

 

「お前は俺のオカンか…。言われんでもわーってるよ、そんくらい」

 

「…なら良いです。またお会いしましょう、先生」

 

言って、微笑みながら立ち去って行くサクラコの姿は少し弱々しかった。話題としてはセンセーショナルだったかと思うが、しかし言ってしまった物はもう取り返しの付かない訳で、反省こそすれど後悔はしてはならない。

…否が応でも巻き込まれる事は確かだから、今のうちに疑う事を覚えさせるのも悪くない。

 

 

端末のバイブレーション機能により病室の机が震える。真っ白な平面に置かれた端末を取り、ダミーのモモトーク画面を開いて内容を確認する。

 

ベッドの隅に端末を置いた八幡は立ち上がって、病室に備わっている入室のログを記録する機械の電源を落とす。外で待っているであろう客人に向けて入って来い、と告げた。

 

自動ドアが開いた先にはトリニティの制服を着用した、薄い桃色の長髪を携えた少女が立っていた。

 

「態々都合開けてもらって悪いな」

 

「いえいえ。私としても先生のお見舞いには必ず行きたかったですし」

 

「そう言ってもらえると助かる。…まあ座れよ、浦和」

 

「お言葉に甘えて」

 

まだ少しだけサクラコの残り香と微かな体温が感じられるパイプ椅子に、彼の秘密の協力者──浦和ハナコは流麗な所作で座る。

 

「先ずは感謝からだな。警備隊発足の為に裏で動いてくれた事、俺の無理を通してアビドスに救援を送ってくれた事。本当に助かった」

 

「頭をお上げください。対価に見合う動きをしたまでなんですから」

 

「…その行動の対価に足り得るのかが、俺にとっては一番の不安なんだがな」

 

「私にとっては大きすぎる貰い物です。先生のご厚意への、生徒からの恩返し。それで納得して頂けないでしょうか」

 

ハナコの言葉に渋々と言った風に頭を上げる八幡。感謝の気持ちはまだ伝え切れない程に残っているが、頭を下げ続けるのも失礼にあたる。それでは本末転倒だろう。

 

彼女の言う厚意とは、正義実現委員会の生徒へ、『浦和ハナコが水着で学園内を歩くことに対して便宜を図って欲しい』と頼み込んだという物。

気紛れで頼んだ物だから蹴られても仕方ないだろうと思っていたのだが、承諾され。その礼として裏で情報を送ったり、今回の様にことをスムーズに運べる様に動いたりして貰っている、という経緯がある。

秘密裏に、というのは必要以上に注目されるのを避けたい為だとか。なので八幡とハナコが裏で繋がっているというのは極一部の人間しか知らない情報なのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼と彼女の関係は、丁度初めてナギサとミカの元に訪れた頃へと遡る。

暇潰し程度に正義実現委員会へ顔を出し、発狂するツルギを大人しくさせた後、彼は礼拝堂へ向かった。

 

そして鉢合わせたのが、水着姿で堂々と立つハナコである。

 

後光が差して神聖さを増す女子高生の水着姿、そう言えば聞こえは良いが公共の場でスク水は無理がある。初めから何事も無かったように立ち去ろうとした八幡は、しかし腕を掴まれる。

 

「今、バッチリ目が合いましたよね⁉︎」

 

「HA☆NA☆SE!俺はまだ死にたくないッ、社会的に!」

 

 

八幡からすれば彼等の初対面は最悪に近かった。しかし話して行くうちに、浦和ハナコという少女は不安定な心で揺れ動く、年相応な人間だと気付かされた。

対してハナコも隣で佇む大人が人とは一線を画す価値観を持っていると自然と分かった。

 

色々な思惑が混ざり合い魔が差してしまった彼女は何故か己の趣味嗜好…露出癖のような物を語り出した。

 

最初こそは異物を見るような眼差しであったが、ソレが彼女の感じていた悩ましい窮屈さの裏返しだと感じた彼は、先を生きる者として理解しようと心を改める。

 

 

 

「……正直に言えば今更なんだよな、水着程度。お前よりもヤバい、普段から横乳出てる服装のヤツだったり、追い剥ぎに遭った様なヤツだったり、ブラオンリーで歩いてるヤツも居るし…」

 

「な……ッ!世界とは広いのですね…」

 

「感嘆したみたいに言うな…。だからまあ、ちゃんとマトモな奴が居ないキヴォトスだから、お前のその癖も……理解こそ出来ないが、納得はする。好きにやれば良いんじゃねえか?」

 

「否定、されないのですね」

 

「ガキがやりてえ事を大人が肯定してやらなくてどうする」

 

そう語る八幡の目には強い光があり、嘘や虚飾だと思う方が難しかった。

 

彼には少しだけ我儘になって良いかも知れない。それは彼女にとって重要な決断で、鳥籠の扉が開け放たれた合図であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの時の感動は忘れもしません。世界にこれ程大らかな人が居るのかと…」

 

「いや、当然のこと言ったまでだと思……オイ、なんで水着姿になってる」

 

「………⁉︎」

 

「ここ病室」

 

呆気に取られた表情をするハナコを諌める。確かに自由にやれば良いとは言ったが、彼としては真面目な話をする為にここに呼び出している訳で。それを聡明な彼女が分かっていない筈も無いだろうと半ば確信している。要はTPOを弁えろ、という事だ。

 

非常に残念そうに制服を着直すハナコに溜息を吐き、目つきを比企谷八幡としての物から“シャーレの先生”の物へと変える。

 

「今回来て貰ったのは感謝を伝える為ってのもあるが…」

 

「ええ、覚えてます。トリニティの気になるあの子を調べて来て欲しいんですよね?」

 

「そうそう……って茶化すな。エデン条約を結ぶにあたって、最も火の粉を撒き散らしそうな物についてだ」

 

「分かっています。ちょっとした戯れじゃないですか」

 

何故か呆れの視線を頂戴している現状に疑問を覚えるが、さして取り立てる事でもない為に話を催促する。

確かに戯れの時間では無かったかと、ハナコは密かに反省し……それ以外の時でちょっかいを掛けてやろうと決断した。

 

「…先生も知っての通りトリニティもゲヘナも火薬庫の様な物です。何かの拍子に引火すれば、それは小さくても瞬く間に広がって行く。──いえ、もう既に照準が定められているかも知れません。その上で大きな爆発を生む可能性が高い物をピックアップすると、やはり極度に互いを軽蔑し合う生徒が居るという事でしょうか」

 

「犬猿の仲、なんて生温い言葉じゃ言い表せそうに無いって事は部外者の俺でもわかる。…しかしそんなに嫌いか」

 

「生まれる前から憎悪を刷り込まれたという子も少なくはないでしょう…。悲しい事に両者の溝は深い物です」

 

「そりゃまた苛烈極まりねえな…。最悪革命運動なんてもんが勃発して、自治だなんだと言ってられない事態に悪化して行く可能性もある。その時はゲヘナとトリニティだけの問題じゃ無い。革命ってのは伝播して行くからな。……慰安旅行って名目で雲隠れでもしようかと思っていたが、どうにもまた体に鞭打って動かなきゃならねえみたいだ」

 

これから予期される事態に思いを馳せ、最大限に顔を歪める。働かなくても良い為に激務に身を投じるというのは本末転倒な気がしないでもないが、しかし放っておけるのかと言われれば言葉を詰まらせるだろう。

 

掘れば掘るほどに問題は出て来るばかり。どれだけ八幡が嫌がろうが巻き込まれる事は必然的と言って良い。か細い無干渉への道は現時点をもって完全に閉ざされた。後は地獄への片道切符にならない事を祈るばかりである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

秘密の会合から三日後の事。八幡はアビドス自治区に招待された。なんでもアビドスの復興に一役買ってくれた彼に何か恩を返したいらしい。

 

一日に2、3本しか走らなかったアビドス行きの列車は急速に増え、隙間風が吹き抜ける寂れていた駅のホームは綺麗に整えられていた。

D.U.外郭地区でしか営業していなかった人気のレストランの第二号店であったり、綺麗な情景に佇む美しい温泉であったり。結果としてキヴォトス屈指の観光地として勢い付き、入学希望者も続々と増え続けている様である。

 

「やっ、先生」

 

「お前が出迎えか、小鳥遊」

 

「………」

 

「……ホシノ」

 

「まあね。ジャンケンで勝ったんだ〜」

 

アビドス駅まで出迎えに来たホシノ。いつものように何処か気怠そうな雰囲気を醸す彼女に一種の安心感が生まれる。特筆して語るべき問題も起きていないのだろう、と。

 

気の抜けたまま彼女を苗字で呼ぶと冷たい反応を返され、名前で呼べば満面の笑みで話は続く。八幡に女性経験が無いかと言えば嘘になるが、今となっても気軽に名前でその人を呼ぼうとは思えないままでいる。

しかしあの極限状態で名前で呼んでしまってからは、苗字で彼女を呼ぶと反応して貰えなくなった。人付き合いとはやはり、中々難しい物だ。

 

「…しかし、見違えるほどに活気付いてんな」

 

「観光客がどんどん増えていってるからね。うへ〜、おじさんたちの懐はポカポカだよ〜」

 

「そうか。じゃあもう俺が関わる事は少なくなるかもしれないな」

 

既に一億を返され、八幡の手から離れたアビドス自治区。何かの一助となればと思い手を貸していた訳だが、こんなにも大きな事になるとは思わなかった。

 

結果よければ全てよし。もう子供の対処する範疇を超えた問題に頭を悩ませる事はなく、青春を謳歌できる。であれば積極的に関わらずに陰ながら見守るのが先生としての役目だろう。過干渉は問題を生む。

 

そう考えた上での発言を聞いたホシノは足を止める。何事かと思い顔を覗き込めばそこには、寂しそうな表情を滲ませる、ただの未熟な少女がいた。

 

「…まだ先生に貰った恩を返せてない。これは私だけじゃなくて、皆んなの意見。だからさ、そんな悲しい事言わないでよ」

 

「ホシノ……」

 

「…あ、あれ。可笑しいなぁ、すっごく胸が苦しい。私、いつの間にこんなに弱くなってたんだろ」

 

薄らと浮かんでいた雫を振り払うように顔を擦る。神経を尖らせていた要因が取り除かれた安堵感と、支えになっていた柱が抜ける事への恐怖。複雑な感情が混ざり合って、大粒の涙となった。

それでも取り繕おうと彼女は笑う。本当に可笑しそうに、不思議そうに笑うのだ。

 

なんと痛ましい物を見ているのだろう。賢くならなければ無かった、精神が未熟なままに力強く生きてきた子供たちの問題が、すぐ近くに感じられる。

押し寄せて来る数多の感情の波に呑まれ、八幡は溜息を吐いた。ホシノの肩がビクリと跳ね上がる。

 

「……なら、俺が満足するまで働いて貰うぞ。定期的に働きぶりを視察しに行くし、働き手の些細な願いも聞き入れてやる。どれだけお前らが疲れたと言っても手放さねえからな。分かったか?」

 

「あっ、えっ……うへ、うへへっ。しょーがないなぁもう」

 

「ったく…。なんでそんなに満足そうな顔してんだか」

 

顔を綻ばせて先を歩くホシノにそう呆れて……。笑顔になったのならまあ良いかと納得させた。

 

目前には白鷺の居城の様に思えるアビドス高等学校が荘厳な雰囲気に醸し出し、校門の前にはアビドス生徒会の面々が並び立っている。

 

ホシノは小走りに校門前へ駆け出し、満面の笑みで振り返って告げた。

 

 

 

「歓迎するよ、先生!ようこそアビドス高等学校へ!」

 

 

 

 

 

 〜Fin.〜

 

 

 

 

 














「ええ、ええ。貴女方の不安な言葉は尤もです。私としても、私らしくないアクティブさだとは思っていますよ?どんな私もこんなに積極的にはなり得ないでしょうし」

「……………」

「足跡は消しているので大丈夫ですよ。これでも私、現時点でも力は有るんですから」

「……………」

「其方の準備は滞り無く。時が来ればいつでも彼女を失墜させられます。…そんなに私が信用なりませんか?」

「……………」

「その事については…まあ、時が進むにつれて心変わりしたと思って頂くしか。彼には生きていて欲しいと心から願っているが故に、あの厄介な奴等と手を組んでるんです」

「……………」

「貴女方もしくじらない様に…。さあ、始めましょう。比企谷先生を救う為に。先ずは──」


To be continued......?













はい。という事でアビドス編はこれで終わりになります。お付き合い頂き有難うございました。

最後にそれっぽく続きを仄めかしちまいましたが、これは一時の気の迷いってヤツですわよ。フリじゃないですわよ。



俺ガイルという作品に出会ったのはもう10年も前になります。その時は私はまだ小学生だったかな?それで子供ながらに八幡の一言一句、一挙手一投足に感銘を覚え、同時に嫌いでもありました。
一種の同族嫌悪的な、よく有るアレですわ。どうせ世界は……なんて諦観した風に装って、結局は自分の信じたいものを押し付けて、綺麗事を吐いてるだけじゃないですの、みたいな。

でもそれで良いんです。そんな綺麗事を求めたからこそ、あの物語は美しくも儚いすれ違いを生んでいる。
結局、八幡も何処にでもいるガキンチョだったんですの。自分が率先して悪意を受け取ったのも、平気なフリをしていたのも、本当に『誰も傷付かない世界』がそこにあると、エデンはあるのだと証明したかったのだと思いますわ。
誰かの犠牲の上に成り立つ世界への反抗心。だから彼は自己犠牲って言葉が好きじゃないんです。なんとも壮大な反抗期ですわね。
…まあ、あくまでも私の主観ですから本当のところは分かりません。そう言う解釈もできるって話ですの。私の場合はそう仮定して、彼に向けて二次創作という名のファンレターを贈っている訳です。



この小説を書いてて思いました。私、本当に比企谷八幡という人間が大好きで仕方がないんですわ、と。本当の絶望を知って濁り切った瞳はさぞ美しい事でしょう。

そんな八幡が見たいからこそ透き通る様な世界観で送る学園RPGの世界に放り込んだわけですが…。何時になったら彼の腕や脚を捥げるんだろ。結局擦り傷のままアビドス編終わっちまいましたし。一生の不覚…ッ!これは私がエデン条約編を書くしかないのか…⁉︎断じて否である!

読者の皆様が八幡の四肢をモギモギフルーツ新食感してくれる筈。私の座右の銘は他力本願でしてよ。これ前にも言ったような…。


なんならバッドエンドを幾つか書いていたりしてたんですけどもね。しかしこれでは透き通る様な世界観ではありませんわ!と思って私の透明度で隠した結果、ほんへの様な形になっちゃったんですの。



まあ兎に角書き終えた物は書き終えたんですの。なのでまあ、仮にエデン条約編を書くのであれば、また当分更新無しになります。エデン条約編見直さなきゃだし、マジでリアルが忙しいしで笑えませんわ…。ハニバイベント行きたかったのにな。許してあげるよ陸八魔アル。相変わらず青封筒をぶつけて来るアロナに八つ当たりするから。

それではここらでお暇します。サラバダー!




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