災いの子 (猪のような)
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第一話 玻璃

ただの勢いで書いた駄文だが?正直続くか怪しいんだが?


 

 

───江戸時代、末期

 

突然だが、この物語はそんな昔から始まる。

 

「て、敵襲!敵襲ぅぅぅぅ!!」

 

ある真夜中、満月が美しく輝き、それに照らされた立派なある城で、そんな声が響いてきた。

 

「敵は何処だ!?」

 

「一体どこから忍び込んだっ!?」

 

「わ、分からねぇ…だ、だが…」

 

敵の存在を知らせた兵士が震えながらある方向を指差すと、そこには二人の兵士が頭に矢が突き刺さった状態で倒れていた…

 

「い、今これを見つけて…」

 

「っ…と、とにかく!敵を見つけて」ザシュ

 

指示を出そうとした兵士の首が次の瞬間飛んでいた。

 

「…は?」

 

「っ、何や」ズシャ…!

 

呆気に取られた兵士と直ぐに対応しようとした兵士。次にやられたのは後者であった。

 

「くっ…ごっはぁ…!」

 

その兵士は、心臓を十文字槍で貫かれ、そのまま空へと突き出された。兵士の吐き出した血が、槍を持つ存在に降りかかる。

 

「あ…あ…」

 

最後に残った兵士は、腰を抜かした。その存在は槍は振り、突き刺した兵士を地面に叩き付ける。月明かりに照らされたソレが、絶望する兵士の瞳に映った。

 

「ひぃ…!」

 

ソレは一見するとただの人間だった。背の高い男で、白い髪が月明かりに照らされキラキラとしていて、血まみれで右手に槍を、左手に刀を携え、弓を背負っている。

 

「や……夜叉……!」

 

「………」

 

「やめっ」ザシュ

 

夜叉、と呼ばれた男は次の瞬間には腰が抜けていた兵士の首を斬り飛ばしていた。兵士の身体が地に伏し、それを少し眺めていると、無数の足音が聞こえて来る。

 

「出会え出会え!!」

 

城を守る兵士達が夜叉に向かって来る。夜叉は向かって来る兵士達に向き合い、ただ一言。

 

「災いで、あれ」

 

そう言って兵士達に向かって行く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夜が明け、鳥の囀りが響き、太陽の光が城を照らし始めた頃。

 

「すぅ…ふぅ…」

 

夜叉は城の天守閣に居た。天守閣から外の景色を眺め、そして下の方を見ると…

 

「終わりか」

 

下には夜叉に立ち向かった兵士達の屍が積み重なっていた。そして夜叉の背後、天守閣の中には、首を飛ばされた城主の姿があった。

 

「………」

 

夜叉は真っ赤になった姿で空を見上げ、一言。

 

「災い、ここにあり」

 

「カァーッ!カァーッ!」

 

そう呟く。空には多くの死体に釣られて来たカラスが大量に飛んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

────人斬り夜叉。

現代においてそう呼ばれる存在。江戸時代末期、およそ40年に渡り日本各地で人を斬り続けた世界最恐のシリアルキラー。夜叉に関する詳しい情報は殆ど残っていないが、被害の大きさから存在した事は間違いないとされている。城を一人で落とした、夜叉の斬った人間は万にも届くと言われ、その存在は世界最大の謎の一つとして扱われており、その残虐非道な逸話から「日の本最大の災い」とまで言われている。

 

 

「人斬り夜叉。まぁ大層な名前をしてはいますが、決して名前負けするような存在ではありませんよ?簡単に言えば日本版のジャック・ザ・リッパー!しかも被害者の数はジャックより圧倒的に多く、そして無差別だった。日本だけでは無く、世界中で最も恐ろしいとされた殺人鬼です。夜叉の行動範囲は日本全土と言われ、各地で夜叉が現れた逸話が残されています。ただ…」

 

人斬り夜叉に詳しい歴史専門家は少し困った表情をして言う。

 

「私が言ってしまうのもなんですが、夜叉の正体は何も分からないのです。あらゆる武に精通しており、様々な技が使えたとされていますが、色んな武道の流派を調べても、夜叉の武芸百般の逸話に一致するような人物は見つかりませんでした…何処に住んでいたのか…性別は、年齢は、何故、無差別に人を殺めたのか…分からない事だらけで…最もあり得る話としては…夜叉は実は複数人居た、とかなんですね…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

突然だが、俺の名前は星野 愛久愛海(アクアマリン)。赤ん坊。すんごいキラキラネームだがちゃんと本名だぞ、安心してくれ(安心出来ない)。俺には他人には言えない様な事が幾つかある。それは先ず…

 

「ただいまぁー!()()()帰ったよー!」

 

家の扉を開けて我が家に帰って来た綺麗な黒髪の女性。彼女は星野 アイ。そう、苗字から分かると思うが、俺とアイは親子だ…それだけなら良かったのだが…

 

「いや〜、今日の収録、危うく皆の事言いそうになって危なかった〜」

 

「ホント勘弁してくれよ…アイドルのお前が子持ちってバレたらもう全部終わるから…」

 

「分かってるって〜、佐藤社長」

 

「だから俺は斉藤だ…!」

 

アイはバリバリの現役アイドルであり、もし世間に俺達の事がバレたらとんでもない事になってしまうという事。そしてもう一つ秘密がある、それは…俺には前世の記憶があり、前世でアイの出産を手伝っていた雨宮吾郎という医者だった。

 

(ホント、何でこうなった…)

 

アイの赤ん坊が産まれる直前にアイのストーカーに襲われてしまい、崖から落とされて死んだらアイの子供になってた。な、何を言ってるか分からねーと思うが(以下略。

 

(ま、推しの子になれたんだしいいか〜)

 

因みに、アイの子供は三つ子だった、普通に珍しい。当然、俺以外にも二人子供がいる訳で…

 

「あうあう!」

 

「おーよしよし、ルビーは甘えん坊だねー」

 

一人目が今アイに抱っこされている俺の妹の瑠美衣(ルビー)。アイツも前世の記憶持ちで俺と同じアイ推し。絶賛推しの子ライフを満喫中、正直ちょっとヤバい奴に見える。二人目は…

 

(また窓から外を見てる…)

 

一番下の弟で、どこか不思議な感じのする栗栖樽(クリスタル)アイツも前世の記憶持ち?らしい…けど、一般常識が無さすぎてちょっと俺やルビーとは違う感じがする。アイ推しでは無いし、なんならアイドルの事など何も知らなかった。

 

「ほら、クリスもアクアもおいで〜」

 

まぁ、何はともあれ、俺はアイの子供になった今の人生を満喫していた。そんなある日…

 

「アクアー、お腹減った?おっぱい飲む?」

 

「っ!?」

 

そう言われた俺は首をブンブンと横に振り、哺乳瓶を手に取り口をつける。

 

(さすがにアイドルに授乳させるのは大人としての一線を超えてしまう気がする!)

 

そう思っていると、ルビーが騒ぎ出しアイに授乳してもらう。

 

「ルビーはおっぱい好きだねー」

 

「……ふっ」ドヤッ

 

(こ、こいつ…!)

 

ルビーのドヤ顔にイラついていると、アイはルビーを俺の隣に降ろし、次にクリスの方に向かう。

 

「ほら、クリスの番だよ〜」

 

「…あう…」

 

クリスはアイに抱えられ、別に何とも無いといった様子で授乳されていた。

 

「仕事の時間だ」

 

「は〜い」

 

斉藤社長に呼ばれたアイはクリスをルビーとは反対側の俺の隣に置き、俺たちの額にキスをして仕事に向かった…

 

「お前、ちょっとは遠慮しろよ…」

 

「何で?娘の私がママのおっぱい吸うのは自然の摂理なんですけど。与えられた当然の権利なんですけど」

 

俺の言葉に対してルビーはさも自分が正しいみたいな感じでそう言ってくる。コイツ本当にヤバいな…

 

「一応聞いとくけど、お前前世も女?」

 

「うん」

 

「ならまぁ、ギリ許せるけど…」

 

「オタクの嫉妬キモーい!まぁいい年した男が授乳とか倫理的にヤバいもんね!よかった~合法的におっぱい味わえる女に生まれて!」

 

「俺の倫理感だとそれもアウトなんだけどな…」

 

「ママも可哀想…まさか自分の子供が自分のオタとかマジキモいもん…あーママ可哀想私が一生守ろぉ…」

 

「絶対お前の方がキモいよ……そういえば、クリスはどうなんだ?お前も当たり前みたいな感じで授乳してもらってるけど…」

 

「?何がです?」

 

「いや、お前前世は女だったのか?」

 

「いえ、男ですが」

 

「はぁ!?」

 

ちょっと待てルビーよりヤバい奴いたかもしれん。

 

「おま、何でそれで当たり前みたいな感じで授乳してもらってんだよ…!」

 

「そうよ!いい歳した男が授乳してもらうとかキモいのよ!哺乳瓶で我慢しなさいよ!」

 

「…?私が母上から乳を貰うことに何か問題が?」

 

「いや、倫理観的に問題が……」

 

「それは兄上と姉上にとってはの話では?母上は私に乳をあげようとした、私は腹を満たす為に有り難くソレを頂いた。双方の納得の上で行われた行為に恥じることなどあるのでしょうか?」

 

「「………」」

 

マジかコイツ…一体前世はどういう生き方してたんだよ…

 

「うぅ…オムツ交換したいから向こう行って」

 

「はいはい…ほらクリス、行くぞ」

 

俺とクリスが離れると、ルビーはおんぎゃーと声を出す。すると社長婦人であり、俺達の世話をやってくれているミヤコさんが来た。

 

「はぁ…私が何でこんな仕事…」

 

ミヤコさんは俺達の世話をする事に不満を持っているのか、愚痴を言いながらルビーのオムツを替えていた。

 

「美少年と仕事できると思ってあいつと結婚したのに!与えられた仕事は16歳アイドルの子供の世話!?そんで父親不明の片親とか闇すぎんだろー!そもそも私はベビーシッターやりに嫁に来たんじゃねぇぇぇ!」

 

今まで相当な不満を抱えていたのか、ミヤコはそう叫ぶ。確かに闇深いよな…

 

「はぁ?ママに尽くせるのは幸福以外の何物でもないでしょ。頭おかしいんじゃない?」

 

「いや意外と彼女の言ってることに正当性が見受けられる」

 

「そもそも、なぜアイドルは子をこさえてはいけないのでしょうか…」

 

「その辺はまた勉強しようなクリス」

 

俺達がそんな会話をしていると、ミヤコさんがとんでもない事を言い出す。

 

「あー…ていうかこれって不祥事の隠蔽よね」

 

「「っ!?」」

 

「?」

 

「そうだ…週刊誌とかにこのネタ売ったらお金持ちに…?もう全部どうでもいい!やったるかー!」

 

ミヤコさんはそう言って立ち上がり、アイと俺達の関係を世に知らしめる準備を始めた。

 

「どうする!?殺す!?」

 

「無理だ、体格差がありすぎる…」

 

「こっちは冗談で言ってるけどもしかしてそっちは本気?」

 

「殺すんですか?」

 

「ほっといたら危険なのは間違いない。だけど……クリス?」

 

「体格差があろうと人は殺せます。ちょっと机の上などに尖った物とかないでしょうか」

 

「クリス、ステイ!」

 

コイツ怖っ!?ミヤコさんを始末しようとする事に一切疑問を持たなかったぞ!?そんな風に恐怖していると、ミヤコさんはアイの母子手帳をスマホで撮り始めた。

 

「どうするの!?あいつ母子手帳の写真をめっちゃ撮り始めたけど!」

 

「むしろコレはチャンスだ、俺に考えがある!」

 

 

 

 

 

 

「ふふ…これを売ったお金で本担を月間1位に押し上げるのよ…」

 

ミヤコはそう呟き、母子手帳が映し出されたスマホ画面を見て歪んだ笑みを浮かべていると…

 

「哀れな娘よ。貴様の心の渇きはシャンパンでは癒えぬ」

 

「誰っ!?」

 

突如聞こえた謎の声に慌てて振り向くと、机の上に座っているアクア、ルビー、クリスタルが居た。真ん中にいるアクアが腕を組みながらミヤコに言う。

 

「わ…我は神の使いである。貴様の老籍これ以上見過ごすわけにはいかぬ…!」

 

「神の使い…?っていうか赤ちゃんが…嘘だぁ…」

 

「貴様の常識だと赤子は喋るのか?信じよ」

 

とんでもない設定、神の使いでミヤコの暴走を止めようとするアクア。ミヤコは信じられないといった様子だった。

 

「いやいやさすがに神とか言われても私そういうの信じないし…あっわかった!これドッキリでしょ!アイさんの出る番組でマネージャードッキリとか!あるある!手がかかってるなぁどこかにカメラあるんでしょ?」

 

ミヤコはそう言ってカメラを探そうと周囲を見渡す。

 

(くっ…さすがに無理があるか…)

 

「ほらほらルビーちゃんテーブルの上に乗っちゃあぶな…」パシッ

 

「慎め、我はアマテラスの化身。貴様らの言う神なるぞ」

 

ルビーに伸ばした手を弾かれ、そう言われたミヤコは唖然としてしまう。するとそこに追い打ちをかける様に…

 

「良いか、今貴様の目の前では神の使いであり神の化身…アマテラス、ツクヨミ、そして我…スサノオの三柱が童らの身体に憑依しておる」

 

クリスタルがそう言い、ミヤコも徐々に目の前の事態を受け入れ始めると、ルビーが続ける。

 

「貴様は目先の金に踊らされ天命を投げ出そうとしている」

 

「天命…?」

 

「星野アイは芸能の神に選ばれた娘… そしてその子等もまた大いなる宿命を持つ三つ子。それらを守護するのが何時汝の天命である」

 

ミヤコは(三人の背後に置かれたペンライトの)後光を浴びる三人の姿を見てその話が本当かもしれないと思い始める。

 

「その行いは神に背く行為…このままでは天罰が下るであろう…」

 

「天罰!?天罰って何ですか具体的には!?」

 

「具体的に?具体的には…」

 

「死ぬ」

 

「そう死ぬ!」

 

「いやぁ!!」

 

「ソレもただ死ぬだけでは無い」

 

「「!?」」

 

「そ、そうなんですか!?」

 

クリスタルが天罰の内容をより具体的に深掘りし始めていく。

 

「お主は金輪際、誰からも愛されなくなり、やがて都を追われ、一人寂しく彷徨い、やがては陽光も月光も届かぬ暗い…まるでこの世の底の様な場所で看取る者もいないまま息絶え、その亡骸を獣に貪られ、人としての尊厳を全て失いこの世を去るのだ」

 

((怖すぎるっ!?))

 

「いやぁぁぁぁぁぁ!?怖すぎるし、そんな惨めな死に方したくない!!私、どうすれば…!?」

 

クリスタルから聞いた天罰の内容に絶望し、机に突っ伏し泣き喚くミヤコの腕にルビーは優しく手を添える。

 

「簡単なこと…母と我々の秘密を守ることじゃ。そしてこの子らを可愛がり言うこと全部聞くのじゃ。さすればイケメン俳優との再婚も夢ではないぞよ」

 

「マジですか!やります!!何でも言うこと聞きます!靴の中敷きでも舐めます!」

 

「そこまではせんでよい」

 

こうしてミヤコは三つ子の言う事を何でも聞くようになってしまうのであった…

 

「はぁ…これで良かったのかな?」

 

「どの道、乳児の活動範囲には限界がある。これで外にも出られるな」

 

「やった!」

 

「しかし、ルビーもクリスもなかなか迫真の演技だったな。どこかで演劇でもやってたのか?」

 

演技が上手かったルビーとクリスに対してアクアがそう訊くと二人は…

 

「ううん?初めてやった」

 

「私は演技は少々…」

 

と答えた。

 

「クリスはともかく、ルビーは初めて?学校で劇とかやんなかったのか?」

 

「…私ちょっと変わったとこで育ったから」

 

「ふーん?じゃあ才能だ。将来は女優かな…あ、てかクリスは脅し過ぎ!今度からは気をつけろよ…」

 

そう言ってアクアはその場から離れていった。

 

「将来…考えた事も無かったな…」

 

ルビーがそう呟いているのを見たクリスタルはその場から部屋の隅に移動し己の右手を見やる。

 

「これは無用でしたね」

 

その右手には子供用の箸が一本握られていたのだった…

 

 

 

 

 

 

 

それから少し時が経ち…アイが子供3人を育てる上でのお金に関して色々悩んだり、笑顔に人間味が無いとSNSで呟かれていたのを気にしている時にやって来たミニライブ…

 

「ママのステージちゃんと見るの初めて!!」

 

三つ子はB小町のミニライブを見に来ていた。

 

「いいですか…どうしてもって言うから連れてきましたがこんなの社長にバレたら怒られるのは私なんですからね」

 

ミヤコが険しい顔をしながらベビーカーの中を覗いてそう言う。

 

「推さない、駆けない、喋らない!おしゃぶりつけて大人しくしててくださいね!」

 

「そうだぞルビー、目立つことだけは絶対ダメだからな。アイとの関係性を匂わせるようなことは…」

 

「言われなくたって。見たでしょママが落ち込んでるところ… これでも私はママが心配できてるの。遊びに来たわけじゃないのは分かって」

 

「本日はB小町のお三方にお越しいただきましたー!」

 

ルビーの台詞の途中で司会がそう言い、アイ達が登場してミニライブが始まる。ファン達のコールが会場内に響き熱気が高まっていく。そんな中ライブ中のアイは…

 

(人間臭さが無い……そんな事言われたってなぁ…私、プロだし)

 

ある呟きの事を考えていたのだった。

 

(それ よくわかんない。人間ぽくないのを求めてるのはそっちじゃん?鏡見て研究して。ミリ単位で調律… 目の細め方 口角 全部打算。いつも一番喜んでもらえる笑顔をやってる…私は()で出来てるし…)

 

少し暗い感情を持ちながらアイは踊っていると…

 

「!?」

 

アイの視界に驚きの光景が映り込む。

 

「「バブバブバブバブバブバブバブバブ!!」」

 

なんとそこには!ペンライトを両手にヲタ芸を披露する乳児、アクアとルビーが!そしてそよ二人の隣には、ペンライトを軽く振ってるクリスタルの姿もあった。

 

「何だあの赤ん坊ヲタ芸打ってるぞ!」

 

「乳児とは思えないキレだ!」

 

会場もヲタ芸をしている赤ん坊二人に驚きどよめいている。

 

(何が心配してきたですか!誰よりもエンジョイしてるじゃないですか〜!)

 

((つい、本能でー!!))

 

(母上〜、応援しております〜)

 

ミヤコの脳内ツッコミにアクアとルビーは同じように脳内で返している横で、クリスタルはのんびりとアイを応援していた。

 

「わっ」

 

「何あれすっごー…」

 

アイの横で踊っていたB小町のメンバーもアクアとルビーに驚いている中、アイは…

 

(うちの子きゃわ~!!!)

 

我が子の可愛さにとびきりの笑顔を見せていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「21万リツイート… 転載動画もすでに200万再生…赤ちゃんコンテンツはバズりやすいとはいえこれはさすがに…」

 

ヲタ芸を披露したアクアとルビーはそれは見事にバズった。因みにクリスタルは映っておらず、アイと同じ髪色をしている子供が映らなかったのは不幸中の幸いとも言えるかもしれない。

 

「ちょっと来い」

 

斉藤社長はミヤコに今回の件についてちょっとお話しがあるということでミヤコを引き摺っていった…アイは今回の件でファンの反応を調べていると…

 

「……!」

 

SNSにアイの笑顔には人間臭さが無いと言っていた人が「これだよコレ!!」と呟いていた。

 

「なるほど…これがイイのね…覚えちゃったぞ〜?」

 

とニコニコしながら言っていたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その日の夜。

アイはライブの疲労で、アクアとルビーはヲタ芸の疲労でぐっすりと眠っている中、クリスタルは起き上がり、誰も起こさないようにそっと寝室を出た。

 

「………」

 

リビングの窓に近づき、窓越しに空を見上げ、月をジッと見つめる。そして一言。

 

「災いで、あれ」

 

そう、呟いた。

 

 

 




何だこの主人公…我が子ながら意味が分からん…いや、私は色々知ってるけど、読者からしたら「何だコイツ?」としかならんのでは?あ、アンケート投票良ければお願いします。


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第二話 映画

続いてしまったな…よく分からん作品が…!


 

 

 

 

アクアとルビーのヲタ芸事件から一年。三つ子は立ったり喋ったりしても問題無い程度には大きくなった。

 

「ママ、ママ!よしよしして!」

 

ルビーがアイに甘えている様子を見てアクアが呆れていると…

 

「は〜極楽浄土〜」

 

「…そんな難しい言葉どこで覚えたの?もしかして…」

 

「「っ!!」」

 

アイが険しい表情をしてルビーを見つめる。二人が怪しまれたと思った瞬間…

 

「やばいくらいの天才っぽいな…」

 

それは杞憂に終わったのだった…アイはこの1年で着実に仕事を増やしており今日はその集大成とも言える仕事である、ドラマ出演の仕事が入っていた。

 

「ママの初ドラマ楽しみだね」

 

「ちょい役だけどね」

 

「いいですか3人とも。どうしてもと言うから連れていきますけど…現場でアイさんのことママなんて絶対に呼ばないでくださいよ。私の子どもという設定を忘れないでください」

 

三つ子とアイを運ぶ車を運転しているミヤコからそう釘を刺される。

 

「はいママー!なでなでしてー!」

 

「私もしてママー」

 

「ママお小遣いちょうだい」

 

上からアイ、ルビー、アクアの順でそう答え、ミヤコは本当に大丈夫か若干の不安を覚える。そしてクリスタルはその状況を余所に車窓からずっと景色を眺めていたのだった…

 

 

 

 

 

 

「苺プロのアイです。本日はよろしくお願いします」

 

現場に着き、アイが挨拶をすると監督がアイに近づき、至近距離でジッと見つめる。

 

「……」

 

「どうかしました監督?」

 

「いや別に…」

 

「…何か怖いね」

 

「顔がな」

 

監督を見てアクアとルビーが背後で喋っていると、監督が三つ子達に気付く。

 

「この子供は?」

 

「あ、私の子なんです」

 

監督の問いにミヤコが直ぐにそう答えると、監督は険しい表情を浮かべ。

 

「マネージャーが子連れで現場にねぇ?」

 

その言葉にクリスタル以外の全員が息を呑むと…

 

「…はっ、働き方改革ってやつか!?」

 

と監督はハッとした表情になって言った。

 

「時代だなぁ。まぁ現場に犬連れてくる人もいるし…」

 

監督は納得したのかそう言いながら戻っていった。

 

「「「「ほっ…」」」」

 

息を呑んだ四人がホッとする。取り敢えず現場から追い出される事態は避けられたのだった。そしてクリスタルは変わらず平然としていた。

 

 

撮影が始まるまでの間、三つ子は出演者やスタッフにちやほやされていた。

 

(おおっこの子確かグラビアの… あっちはかわいすぎる演技派とか言われてる若手女優…)

 

アクアが見覚えのある人物達を観察していると、ルビーが「ばぶぅ、ばぶぅ」と言いながら嬉しそうにしているのが目に入った。

 

(かわい子ぶってんじゃねぇよ…クリスは…あれ?いない…)

 

先ほどまで一緒に居たクリスがいない事に気付いたアクアは、チヤホヤされる今の状況からとにかく一刻も解放されたかったのでクリスを探すことを免罪符にして撮影現場である教室を出る。すると、廊下でばったり監督に鉢合わせる。

 

「あっ…」

 

「マネージャーのガキじゃねぇか。いるのは構わねえが泣きだして収録止めたら締め出すからな」

 

「あっいえ!我々赤ん坊ですがそのような粗相はしないよう努めますので!現場の進行を妨げないのは最低限のルールと認識しております。弊社のアイを今後とも何とぞご贔屓に…!」

 

「めちゃくちゃしゃべるなこの赤子!どこで覚えたそんな言葉!?」

 

赤ん坊から放たれたとは思えないまるで社会人の様な礼儀正しい丁寧な言葉遣いに監督は驚愕する。

 

「えっと… YouTubeで少々…」

 

「すげーなYouTube!?時代だなー!」

 

なんでもかんでも時代で済ませる監督はアクアを興味深そうに見ながら抱き上げ、顔を覗き込む。

 

「早熟な子役は結構見るがここまでのは初めて見た。お前も演技とかするのか?」

 

「いや……演技とかそういうのは…」

 

「画面として面白えな…なんかに使いたい。これは俺の名刺だ。どっかの事務所入ったら電話しろ」

 

監督はアクアを降ろし、屈んでそう言いながら名刺を渡す。

 

「いえ…仕事を振るなら僕じゃなくてアイのほうに…」

 

「あーあのアイドルな。顔は抜群にいい。運がよけりゃ生き残るだろ」

 

監督のその言葉にアクアは頭の上に?を浮かべる。

 

「顔が抜群に良いのに運?」

 

「いいか?役者ってのは3つある」

 

監督はそう言って現場の方に目を向けながらアクアに説明し始める。

 

「一つは『看板役者』。客を連れてくることをまず求められる。広告塔の役割もあるからギャラもいい… 次に『実力派』。作品の質を担保する役割。レーベルとしてのブランドを保つことが仕事だ… 最後に『新人役者』。ここに演技力なんて期待してない。画面に新鮮さを出してくれりゃ及第点」

 

監督は立ち上がって役者達を見つめながら続ける。

 

「次のスターに経験を積ませる目的もある。まあ業界全体での投資だな。つまりあそこにいる新人たちは全員投資を受けてる段階。客に売れるか現場に好かれるか…どっちかがなきゃ次の新人に席を奪われる… この現場にいる新人全員の中で誰か1人でも生き残りゃ大成功さ。そういう世界だ。生き残るのは何かしらの一流だけ」

 

監督からその説明を聞いたアクアは…

 

「じゃあ平気だね。アイはアイドルとして一流だから」

 

と言った。

 

「いや、アイドルとして一流でも仕方ないだろ…」

 

そして撮影が始まり、アイの演技が始まると、監督はある事に気付く。

 

「…演技は並だが…いやに目を引く」

 

「でしょ。さっき言ってたんだ」

 

アクアはアイが現場に入る前に言っていた事を監督に教える。

 

「ステージの上だとどの角度からもみんなに可愛くしなきゃいけないけど… ここではたった1人カメラに可愛く思ってもらえばいい。MVと同じ要領でいいならむしろ得意分野って」

 

アイがそう言っていたのを聞いた監督は…

 

「MV感覚かよ。時代だなぁ…」

 

と、また時代で済ませていた。そこでアクアが咄嗟に監督にアイのMVを取ることを勧めようと大声を出しそうになった瞬間…

 

「いけません、兄上」

 

声を発する前に後ろから口を塞がれた。ビックリしながらアクアが後ろを見ると、そこにはクリスが居た。

 

「っ…ぷはっ、クリス、どこ行ってたんだよ…!?」

 

「すみません、学校など初めてなもので少々散策しておりました」

 

「子供かっ…!?」

 

「子供ですが」

 

「そうだったな…!」

 

二人でコントのような事をしていると、クリスと監督が目を合わせる。

 

「兄上、この方は?」

 

「いや、監督だよ、さっき会っただろ…?」

 

「すみません、学校というものを見渡すのに夢中で人を見ておりませんでした」

 

「あ、そう…」

 

アクアとクリスの会話を聞いた監督はまた驚いた顔を見せる。

 

「おいおい、そいつもスゲー早熟か?それに滅茶苦茶落ち着いてんな?ってか、兄上って…」

 

「?」

 

「あはは…クリスは三つ子の一番下です。何時も落ち着いててマイペースですけど、凄く礼儀正しいですよ」

 

「ほう…それは良い事を聞いた…おい、お前にも名刺渡すから、事務所入ったら連絡寄越せ」

 

「はぁ…?」

 

クリスは何が何やらといった様子で監督から名刺を受け取る。アクアはそんな様子を見て苦笑いしながら、クリスについて考える。

 

(この一年、クリスと接してきてなんとなくだが、クリスの前世が分かった気がする。俺やルビーとは明らかに違う価値観、現代の事を何も知らない事…)

 

アクアは名刺をジッと見つめて不思議そうな顔をするクリスを見ながら結論を出した。

 

(クリスは昔の日本から転生した人間だ…それも恐らく…()()()()()()()()())

 

それがアクアがクリスの前世に対して出した答えだった。

 

(あくまで推測だが…ミヤコさんが暴走した時のクリスの気迫…そして殺人に対して特に抵抗が無い倫理観)

 

しかし例えクリスが前世で人を殺めていたとしても、アクアがクリスの事を嫌う事は無い。

 

(同時に分かった事だが、クリスは物凄く家族想いで、基本的には誰にでも優しい…きっと、産まれた時代が悪かっただけだったんだろう)

 

アクアがクリスの頭をよしよしと撫でるとクリスはキョトンとしながらアクアを見る。こうして、ドラマ撮影は無事に完了していくのだった……

 

 

 

 

 

 

 

そして、アイの出るドラマの放送当日。家族みんなで視聴するも撮影した量に比べアイの出場シーンがあまりにも少ない。ちょい役とはいえカットされていた事に皆がガッカリしていると、アクアがスマホを片手にどこかに行き、少しすると戻って来た。

 

「クリス、ちょっといいか?」

 

「?はい、何でしょう?」

 

「スゥー…俺と一緒に映画に出てくれ…!」

 

要約すると、監督に電話してドラマのアイの出番がカットされた事について訊いたら上の事情というものでどうしようも出来なかったらしい。それで、監督がアイに映画の仕事を振ると言ったが、その条件としてアクアとクリスにも出演する様に言ったらしい。

 

「いきなりですまん、けど…!」

 

「構いませんよ」

 

「アイの為にも…って、え?い、いいのか?」

 

「はい。母上と兄上の為です、私で良ければ」

 

「く、クリス〜…!」

 

(な、なんて良い弟なんだ…!こんな弟を人殺しにした時代を俺は恨むぞ…!)

 

こうして、アクアとクリスの二人が映画に出演する事が決まったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「いいか早熟ベイビーズ。日本の場合キャスティングってのは上のほうであらかた決まってるもんなんだよ」

 

撮影の日、現場に来たアクアとクリスは再び五反田監督から話をされていた。

 

「金がかかってる企画ほどコケるわけにはいかねえ。確実に客を呼べる役者を押さえるため上は上の戦いがある。キャスティング権のある監督は極々一部の超大物監督か超低予算でやってる小規模映画の監督くらいだ…さあ、俺はどっちに見える?」

 

「……超大物監督」

 

「はーいハズレ!ここは低予算の現場ですよっと」

 

アクアの答えに対して監督は直ぐさまそう返すと、ミヤコが寝ているルビーを抱えながら近寄ってくる。

 

「監督、本日はアクアとクリスがお世話になります」

 

「いやいや、例の件話は通ってるんだよな?」

 

「一応二人は今月から苺プロの所属になっています」

 

「事務所入ってない子役使うと怒られるからよ…」

 

「……クリスは普通に演技が上手いですけど、演技なら俺よりルビーの方が…」

 

「いや、お前たち二人だ。お前たちの出演と引き換えにアイを使う。こういうの業界じゃバーターって言うんだ、基本だから覚えとけ」

 

アクアがルビーを推そうとすると監督はそれを瞬時に拒否り、丸めた冊子でアクアの頭をポンッと叩きながらその場を離れていった。

 

「アイさんの息子がバーターって…あの怖そうな監督だいぶアクアさん気に入ってますね。一体何をしたらこういうことになるんです?」

 

「別に大したことしてないよ。ジジイは若者に砕けた態度取られるのをなぜか喜ぶ傾向にあるからあえて仰々しく接してないだけ」

 

「すげー嫌な赤ちゃん…」

 

クリスはアクアとミヤコのやり取りを見て「ふふ」っと笑うと、撮影現場である森一帯を見渡す。

 

(……森…)

 

あまり外に出る機会が無かったクリス。今世で訪れた初めての森林を見て、ある記憶が蘇る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………」

 

───赤。

 

「今日はこれで終いか」

 

赤い夜叉、赤い地面、赤い木々。その中に浮かぶ死体の数々。夜叉は自身を追ってきた幕府軍をある森の中で殺戮していた。

 

「ひ、ひぃっ!?」

 

「ひ、怯むな!まだ半分以上兵は残っている!夜叉とて人!いずれ体が動けなく―」バシュ

 

指示を出していた幕府軍の将は次の瞬間、頭に矢が突き刺さり、背中から地面に倒れた。

 

「む、無理だこんなの!」

 

「か、勝てる訳がねぇ…!」

 

幕府軍の兵達は次々と一太刀、一矢で息絶えていく味方の姿を見て腰が引き、逃げだそうとする。夜叉はその様子を見て…

 

「逃がすと思っているのか」

 

「「「「ひっ…!?」」」」

 

「災いは人を選ばない。災いと相対したのならば───なんであろうと、誰であろうと、災いは人に猛威を振るう。(災い)と出会ったのならば、必ずや、その息の根を止めてやる」

 

夜叉はそう言って、逃げ出した兵達を追い詰める。結局、その森の中から幕府軍の兵が出て来る事は無かった。

 

 

 

 

 

 

 

「ママぁママぁ!ママのどごがえりだい!なんでママいないの!」

 

前世の記憶に意識を傾けるクリスを呼び覚ましたのは、ルビーの泣き声だった。

 

「アイとは撮影日が違うんだよ」

 

「早く帰ってバブりたい!ママの胸でオギャりたいよぉー!」

 

この赤ん坊は自分がヤバい事を言っている厄介オタという自覚はないのだろうか、無いのだろうな。ルビーの発言にアクアがドン引きしていると…

 

バンッ!

 

っと机を叩く音が響き、三つ子が音のした方を向くと、そこには一人の少女が居た。

 

「ここはプロの現場なんだけど!遊びに来てるんなら帰りなさい!」

 

「えっと…」

 

「有馬かな。この映画の女優よ」

 

「あっ、この子アレじゃない?えっと、何だっけ…重曹を舐める天才子役?」

 

「兄上、重曹とはなんのことですか?」

 

「ああ、重曹って言うのは…」

 

「10秒で泣ける天才子役!!ドラマでの泣きっぷりが凄いって皆言ってるの!凄いんだから!」

 

「なるほど。で、兄上…重曹とは?」

 

「炭酸水素ナトリウムって言って…」

 

「たんさんすいそなとりうむ…?」

 

「また今度教えるから」

 

「聞いてるの!?」

 

軽くあしらわれた有馬かなが怒っていると、ルビーが冷たい目をしながら口を開く。

 

「私この子あんま好きじゃないのよねー…なんか作り物っぽくて生理的に無理」

 

「たまに子役に対して異様にキビシー奴っているよな」

 

「知ってるわよあなた達コネの子でしょ!本読みの段階じゃあなたもアイドルの子の出番もなかったのに監督のゴリ押しってママも言ってた…… そういうのいけないことなんだから!」

 

「いやそういう訳じゃ…」

 

「こないだ監督が撮ったドラマ見たけどあのアイドル全然出番なかったじゃん」

 

「「は?」」

 

「どうせカットしなきゃいけないほどヘッタクソな演技してたんでしょ。媚売るのだけは上手みたいだけど。ADさん、かばん持って!」

 

「ええっと、ちょっと待ってね…」

 

かながアイを馬鹿にしてその場を去って行った。クリスはどうでも良かったが、ふとアクアとルビーを見ると。

 

「お兄ちゃん…!」

 

「分かってる、相手はガキだ殺しはしない…!」

 

滅茶苦茶怒っていた。クリスはそんな二人を見てまたキョトンとしていた。

 

 

 

 

 

(映画のあらすじをざっくり言うと、自分の容姿にとことん自信のない女がなぜか山奥にある怪しい病院で整形を受ける…って話。僕らはその村の入り口で出会う気味の悪い子どもたち)

 

撮影が始まり、かな、アクア、クリスの三人が主役の女性を迎えるシーンが撮られる。

 

「ようこそお客さん歓迎します…どうぞゆっくりしていってください…」

 

(流石に天才子役、上手い。同じことしても実力の差で目も当てられないことになるな。ズブの素人でもそれくらい分かる…)

 

(なるほど…確かに不気味な気配を感じます…)

 

二人はかなの演技を見て実力の高さを実感する。

 

(ならどうする?普通に考えれば気味の悪い子どもの演技をすればいい… けど求められてるのそれじゃないよな。監督が欲しい画はきっと…)

 

「この村に宿は一つしかありません。一度チェックインしてから村を散策するといいでしょう」

 

アクアは演技をせずに、普段通りの様子でそう言った。

 

(このシーンは急遽追加された部分。俺のことを知ってから監督が加筆した当て書きだ。その意図を汲むならむしろ演じないでいい… 演出の意図に応えれば十分。言葉にはしなかったけど監督が言いたいのはつまり…)

 

(演じなくてもお前は十分気味が悪い)

 

「では、ご案内します」

 

(さて、ここからはクリスの番だが…)

 

「お姉さん、案内する前に一つ良いですか?」

 

「な、何?」

 

クリスも、アクアと同じように早熟を活かした演じないが気味が悪い演技をする。すると…

 

「お姉さんは…ん?」

 

クリスは自分の足元に何か居るのを察知した。そして下を見ると、そこにはニョロニョロと動き回る…蛇が居た。

 

シュバッ!!

 

「「「「─っ!?」」」

 

蛇を見つけた瞬間、クリスは即座に屈み、蛇を両手で掴んだ。

 

「ひっ…!?」

 

主役の女性が蛇を見て驚き、ビクリと震える。

 

「ああ…すみません。それで、訊きたいことなんですが―」

 

クリスは蛇を掴んだまま微笑んで台詞を喋る。

 

「お姉さんは、綺麗な赤と歪な白…どちらがお好きですか?」

 

『──────』

 

「…か、カット!!」

 

その場にいる全員が呆気に取られているなか、監督が慌てて撮影の終了を告げ、慌ててクリスの方に近寄る。

 

「お、お前大丈夫か!?」

 

「?……何がでしょう?」

 

「シュルシュル」

 

クリスは抱えた蛇を労るように優しく撫でていた。

 

「よしよし、さっきはいきなり掴んですみません。大丈夫ですか?」

 

「ええ……いや、だが…」

 

蛇と普通に接しているクリスにドン引きした監督は今撮った映像を確認して、助監督と少し話し合うと…

 

「よし、少しハプニングはあったがOKだ!」

 

どうやら蛇が出たという問題はあったが、OKになった。すると主役の女性がアクアの演技を褒める。

 

「すごいねーお姉さんゾクッてきちゃった」

 

「そうですか?良かった〜」

 

「兄上」

 

「クリス、蛇を持ったまま近付かないでくれ」

 

「お、お姉さんもちょっと蛇は苦手かな〜」

 

「?分かりました」

 

クリスはそう言って蛇を降ろすと、蛇はその場から動くこと無くジッとクリスと見つめ会う。

 

「行きなさい」

 

蛇はクリスがそう言うと、まるで聞こえているように森の奥へと消えていった…

 

「それで兄上。私…台本とは違う事をしてしまいましたが、良かったのでしょうか?」

 

「あ〜…それは…」

 

「問題大アリよ!!」

 

クリスがアクアに質問していると、大声が響き、二人はそちらを見る。すると有馬かなが監督のズボンの裾を掴んでいた。

 

「今のかな…!あの子達より全然ダメだった…!」

 

かなは泣きながらもう一回撮って欲しいと駄々を捏ねるが、勿論もう一回撮り直すという事はしなかった。

 

「早熟共。役者に一番大事な要素はなんだと思う?」

 

夕暮れ時になり、かなも少し落ち着いてきた頃、監督がアクアとクリスにそう訊く。

 

「んー…実力とかセンス?やる気と努力の量?」

 

「まぁ、それも大事だけどな…お前は?」

 

「私も兄上と同じです」

 

「そうか…けどな、結局のところコミュ力だ。他の役者やスタッフに嫌われたら仕事なんてすぐなくなる。小さいうちから天狗になって大御所気取りしてたら未来はねぇ」

 

「あの子にお灸を据えたかったの?」

 

「そんな偉そうなことは考えちゃいねえけどよ。こういうのも栄養だ。早熟一号、お前の演技、俺の想像にぴったりの演技だったぜ」

 

監督はそう言ってアクアに対して笑いかける。しかし、アクアは別に嬉しくなさそうで…

 

「あの子のほうがすごかったよ。俺はいつも通りの俺やっただけだし」

 

「でも、俺はそうしろとは言ってない。意図を読み取るのも一つのコミュ力だ… もちろん演出や意図を理解して演じるのは役者の基本だ。だけど言語化できない意図まで読み取ってくれる役者ってのは貴重。演出家の頭の中には正解の画があるんだからな」

 

監督はアクアの頭に手をポンッと乗せる。

 

「お前はすごい演技よりぴったりの演技ができる役者になれ」

 

「……いや、役者にはならないし…」

 

アクアは少し照れながらそう言うと…

 

「監督、私には何かないのでしょうか」

 

「え、あ、早熟二号…お前はな〜…」

 

監督は詰め寄って来るクリスに少々たじろぎながら言葉を出す。

 

「…蛇が出る、なんてハプニング、普通じゃ役者はビックリして演技どころじゃなくなる…だが、お前はそのハプニングすら動じず、演出の一つにしてみせた…俺の想像を超える演技だったよ。よくやった」

 

監督のその言葉を聞いたクリスは…

 

「…ありがとうございます」

 

少し微笑んで、そう言った。こうして、二人は芸能界における第一歩を踏み出したのであった…

 

 

 

 




Q.この後どうなるんですか?

A.私にも分からん。

それにしてもクリス君の心理描写を書きたくないからクリス君の描写減るし…そもそもこの子セリフ数少ない!どうしたらいいんですか先生!


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第三話 家族

推しの子7話神すぎん?あかねちゃんの瞳に星が宿るの死ぬほど興奮したんだが?つかヒロインレース白熱し過ぎぃ!


 

 

 

 

三つ子がアイの子供として転生してから、あっという間に三年の月日が流れた。前回のアクアとクリスが出演した映画はそこそこ評価された…しかし…

 

「クリスがちょっと話題になっちゃったな…」

 

「蛇を手掴みしたのがクリスのアドリブだってバレちゃったもんね〜」

 

蛇手掴み事件が話題を呼び、クリスはちょっとした有名人になっていた。

 

「蛇を掴んだくらいで大袈裟では?」

 

「現代の赤ん坊は蛇を手掴みしないんだよ、クリス」

 

「なんと…兄上、クリスはまた一つ学びを得ました」

 

「良かったな」

 

そうして三つ子がそこから世間に晒される事は無く、アイが20歳に近づいてきた頃…

 

「ん〜!可愛い、今日も可愛いよ!」

 

「まぁトータルではママの方が可愛いけどね」

 

「何の対抗意識…?」

 

「兄上、幼稚園とはどのような場所なのですか?」

 

「ただ同年代の子供達と一緒に過ごすだけだよ」

 

「なるほど」

 

三つ子は幼稚園に入った。他の園児達が遊んでいるのを眺めていてふと気になった事があったアクアはルビーに訊く。

 

「そういえばお前、生まれ変わる前は何してたんだ?ていうかホントは何歳?」

 

「えっ〜と…あっ」

 

(私が歳下だった場合…)

 

『んだよやっぱガキだったか。これからは俺の言うことちゃんと聞けよ年下』

 

「わ…私大人の女性なんだけど!?女性の年齢尋ねるとかデリカシーのないガキね!」

 

変な想像を膨らませたルビーはアクアに対してそう咄嗟に答えた。

 

「ていうか前世とかどうでもいいし!余計な詮索しないで!」

 

「…ま、それもそうか…」

 

(クリスは訊いたら答えてくれるだろうけど…やめておこう。今のアイツの為にも前世の事を掘り出すのは)

 

 アクアが視線をクリスに飛ばすと地面を進む蟻の行列を観察していた。それを見てアクアは手に持つ本に視線を戻した。

 

「え、園児が京極夏彦のサイコロ本よんでる…」

 

読んでいる本が園児が読むようなものではなく、アクアは先生達を困惑させていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「兄上、姉上の様子は?」

 

「よほどダンスをしたくないらしい。何であそこまで嫌がるのかは分からないけど…」

 

「そうですか…」

 

幼稚園で過ごすある日の事、親に披露するダンスの練習をルビーは嫌がっていた。

 

「………」

 

「…クリス、ルビーの事が心配か?」

 

「……はい…」

 

「はぁ…お前は本当に家族想いだな」

 

アクアはクリスの頭を撫でながらそう言う。

 

「…兄上は、よく私の頭を撫でますね」

 

「あ、悪いな、つい…」

 

「いえ…嬉しいですよ、私は」

 

「そうか……それにしても、綺麗な黒髪だよな。俺とルビーは金髪だけど、クリスだけはアイ譲りだな」

 

「はい、私も…この髪は気に入っています。伸ばそうかと思ってて」

 

「そうなのか?」

 

「はい…切るのが、勿体ないから…」

 

「まぁ、そうだな…」

 

クリスはアクアに撫でられるのを少し嬉しそうにしながら、アクアの瞳を見つめる。

 

「兄上、私、再び生を授かってから不思議な事ばかりで、分からない事も沢山ありますが…」

 

「うん」

 

「幸せなのです。母上がいて、兄上と姉上が居て…だから…私は怖いのです…」

 

「怖い?」

 

クリスは少し不安そうな表情をして、アクアの手から頭を離す。

 

「私は…私の前世を大切に思っています…ですが、その前世の事を思うほど…兄上達と私が、離れていくような気がして…」

 

「クリス…」

 

(そうだよな…クリスは実質、異世界転生に遭ったような状態だ。俺達より不安な部分は多いだろうな…)

 

「大丈夫だ、クリス」

 

アクアは優しく微笑むと、クリスの手をギュッと握る。

 

「クリスがどんな生き方したって、クリスは俺達の家族だ。ずっと一緒にいるよ」

 

「兄上…」

 

クリスはアクアを少し驚いた表情で見つめると、クスッと笑って。

 

「やはり、不思議です」

 

そう、呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「姉上」

 

「あ、クリス!どうしたの?」

 

「いえ、姉上が最近楽しそうに踊っているので、何かあったのかと」

 

数日後、アレほどダンスを嫌がっていたルビーは一転して楽しそうにダンスの練習をしていた。

 

「あ〜…別に特別な事は無いよ?」

 

「そうなのですか?」

 

「うん、ただママみたいになりたいって思っただけだもん」

 

「なるほど…取り敢えず、元気になったようで何よりです」

 

「うん!」

 

アイによく似た笑顔を見せるルビー。クリスはそんなルビーは見ていると胸が暖かくなるような感覚を覚えた。

 

「…それにしても、兄上もそうですが…姉上は本当に母上の事がお好きなのですね」

 

「そりゃもう!ママは私の人生の殆どを占めてるからね!」

 

「姉上も、将来は母上と同じアイドルに?」

 

「うん、私、絶対ママみたいになるんだ!」

 

「母上の、ように……ええ、きっと姉上ならなれますよ」

 

「ありがとクリス!……そういえば、クリスは前世で好きなものとかなかったの?」

 

「私?」

 

「うん。私にとってのママみたいにさ!」

 

「私の…好きな、もの…」

 

クリスは前世の記憶を思い浮かべる。

 

「私は…」

 

自身に武器を向ける無数の人間

焼き払われた村

逃げ惑う人々

真っ赤になった自分の手

死に際に自身を怨む人

様々な記憶がクリスの頭に浮かぶ。そしてその殆どは血と炎に包まれていた。

 

「……やはり、家族でしょうか」

 

「あ〜、クリスって私やお兄ちゃんの事凄く気にかけてるもんね〜…ママの事も大好きだし…」

 

「はい…私にとって…家族こそが人生でした」

 

クリスは微笑みながらそう言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれ、クリスどうしたの?」

 

「母上」

 

その日の夜。なんだか眠れなくなったクリスは窓から夜空を眺めていると、アイがやって来た。

 

「眠れないの?」

 

「はい…母上は?」

 

「私はお手洗い。もう済ませて来たよ」

 

アイはクリスの隣に立って同じように夜空を眺める。

 

「…クリスってさ、不思議な子だね」

 

「?」

 

「いつも落ち着いてて、どんな事にも動じない。凄く優しくて人の為に頑張れる。何をされても怒らないし、我が儘も言わない…まるで…()()()()()為に生きてるみたい」

 

「────」

 

クリスはアイのその言葉を聞いて思考が一瞬停止した。

 

「ねえクリス…お母さんはクリスがとっても優しい子で嬉しい……けどね?優しすぎるのはダメだよ?嫌なら嫌って、はっきり言わないと…クリスはいつか苦しくなるかもしれない」

 

「母上…」

 

「だから約束して、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。自分の人生、他の人にあげちゃダメだよ」

 

「………」

 

アイのその言葉を聞いた瞬間、クリスの脳裏にある光景とある言葉が過ぎる。

 

『災い』

 

「……分かり、ました」

 

「うん、じゃあ指切りしよ!」

 

二人は指切りをすると、アイはクリスを抱えて寝室へ入った

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

クリスにはある悩みがあった。それは自分が家族とあまり似ていない事。姿ではなく、精神の構造が今の時代の人間と、自分が生きた時代で圧倒的に違い、それゆえに自分がホントに家族になれるのか分からなかった。

 

(けれど、家族は私を愛してくれる)

 

何故だろうと思った。クリスは鏡に映る自分を見つめた。アイには吸い寄せられる、星の様な天性の瞳があった。アクアやルビーにもそれは受け継がれている。しかし自分はどうだろう?

 

(まるで…泥の様な瞳…)

 

天に輝く星の様な瞳ではなく、まるで光すらも沈めて飲み込んでしまいそうな泥の様な瞳…クリスはこの瞳を見て、自分は家族になれないと思っていた…

 

(けれど…私を家族だと言ってくれた…愛を…くれた…)

 

クリスは嬉しかった、家族になれた事が───

 

 

 

 

 

 

 

 

 

()()は怒った。間違いだったとでも言うのかと。

 

「っ!?」

 

クリスは気付けば何処かの屋敷の中に居た。辺りを見渡すと、ここは見覚えのある場所だった。自分の目の前には白い髪を靡かせる男が居た。

 

──(お前)の人生は、何も間違ってなどいない。

 

「……本当に…そうでしょうか?」

 

──疑うのか?災いであった事を。

 

「私には…自分が間違っていたのか、間違ってないのか…分かりません…」

 

──間違いなど無かった。そうでなければ…──はどうなる?

 

クリスは背後に人の気配を感じ、バッと振り返ると、そこには男が一人立っていて…

 

「──■■っ!!」

 

クリスは、咄嗟に何かを叫んだ。

 

──忘れるな、我らは、災いだ。

 

 

 

「っ!!」

 

その瞬間、クリスはベッドからバッと起き上がる。そして、先程までの全てが夢であったと気づいた。

 

「………私は…」

 

クリスは起き上がる。寝室には誰もいない。

 

ピンポーン

 

家のインターホンが鳴り響き、その音で意識が完全に覚醒し、そして思い出す。そういえば今日はアイが()()()()()()という凄い仕事をする日だと。

 

「大事な日、でしたね」

 

クリスが取り敢えずリビングに出ると、玄関に向かっているアイの後ろ姿が見えて…

 

「────」

 

「お、おはよクリスって、おい、どうした?」

 

背にかかるアクアの声も無視して咄嗟に、駆け出した。

 

 

 

 

 

「はーい」

 

アイは呼び鈴の音を聞いて少し早いが社長が迎えに来たのかと玄関を開ける。するとそこに立っていたのは社長ではなく…

 

「ドーム公演おめでとう」

 

見知らぬ、フードを被った男だった。男は花束を差し出しており、しかしその陰にキラリと銀色の光が見えて…

 

「母上っ!!」

 

クリスがアイを呼んだ瞬間、花束の陰からナイフが飛び出し…

 

 

 

 

 

グサリ

 

 

 

 

 

 

アイは腹部に痛みを感じる。ナイフが目に入ったと同時に過った走馬灯の様なものから自分を現実に連れ戻したその痛み。しかし…()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「っ……!」

 

「な、こ、このガキ…!?」

 

確かにアイは腹部を刺された。しかし、アイとナイフの間には()()()()()()があった。

 

「く、りす…?」

 

「兄上ッ!!来てください!!」

 

クリスはアクアを大声で呼ぶと同時―脚を勢いよく振り上げ―男の股間を蹴り上げた。

 

「ぐふっ!?」

 

男は予想外の反撃からの痛みで思わずナイフを手放してしまう。

 

「はぁ…!はぁ…!」

 

「どうしたクリス、って、アイ!?」

 

「兄上、母上を頼みます……ぐっ…!」

 

クリスは左手に刺さっているナイフを右手で握り、ゆっくりと引き抜く。男は痛みが引いてきたのか既に持ち直していた。

 

「このガキ、邪魔しやがって…!アイの前に先ずお前を…!」

 

ザクッ!

 

「…は?」

 

男は怒りの表情でクリスを見た、しかし次の瞬間、いつの間にかクリスは男の足元に居り男の左脚をナイフで刺していた。

 

「あ、あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛!?あ、足が、足がぁ!?」

 

男は足への激痛で腰が抜け、尻餅を着きながら慌てて後ろへ下がる。

 

(体格差で急所が狙えない、投げるにしても力が足りない…だから先ずは足を切る。地面に倒れさせて、そして殺す)

 

クリスはナイフを持ってゆっくりと男に近付く。

 

「く、来るなぁ!来るなぁ!」

 

(──許さない、生かしては、おけない)

 

クリスは―()()()()()殺意というものを覚えた。

 

──忘れるな、我らは、災いだ。

 

その言葉がクリスの頭の中で再び響き渡る。クリスは無表情のままナイフを男に向けて振り上げ…

 

「ダメっ!!」

 

その瞬間、後ろからギュッと抱きしめられた。突然の事にクリスは固まり、そして震えながら上を見ると…

 

「は、はうえ…?」

 

そこには微笑みながらクリスを見るアイが居た。

 

「ダメだよ、そんな事しちゃ…それは離して、ねっ?」

 

「………」

 

アイがそう言うと、クリスは固まったまま右手の力を抜き、ナイフを地面に落とす。

 

「うん、良い子…こふっ…」

 

「アイっ!!」

「母上っ!!」

 

アイは急に動いた影響か口から吐血し、アクアとクリスが支えて開きっぱなしな玄関のドアにアイの背を預け座らせる。

 

「はぁ…はぁ…」

 

「…は、はは…痛いかよ…」

 

アイが痛みに苦しんでいると、男が皮肉る様に言った。男は左足の痛みを耐えながら叫ぶ。

 

「俺はもっと痛かった!アイドルの癖に子供なんて作るから…!ファンを裏切りやがって…!ファンのこと蔑ろにして裏ではずっとバカにしてたんだろ!この嘘つきが、散々好き好き言って釣っておいてよ!全部嘘っぱちじゃねぇか!」

 

アイのその叫びを聞いてクリスは再びナイフに手を伸ばしそうになるが…

 

「私なんてもともと無責任で。純粋じゃないしずるくて汚いし…」

 

アイの声を聞いて、手が止まった。

 

「人を愛するってよく分からないから。私は代わりにみんなが喜んでくれるようなきれいな嘘をついてきた… いつか嘘が本当になることを願って…頑張って努力して全力で嘘をついてたよ…」

 

「────」

 

アイの言葉を聞いて男の表情が固まる。

 

「私にとって嘘は愛。私なりのやり方で愛を伝えてたつもりだよ… 君たちのことを愛せてたかは分からないけど愛したいと思いながら愛の歌を歌ってたよ… いつかそれが本当になることを願って……今だって…君がクリスと仲直りしてくれるなら… 君のこと愛したいって思ってる…」

 

「… 嘘つけッ…!…俺のことなんて覚えてもいないんだろッ!!見逃してもらおうと…」

「リョースケくんだよね。よく握手会来てくれてた」

 

アイが男の名前を言うと男は驚愕した。

 

「あれ?違った?ごめん私人の名前覚えるの苦手なんだ… お土産でくれた星の砂うれしかったな。今もリビングに飾ってあるんだよ…」

 

「──んだよ…それ…そういうんじゃ…!あぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

アイの言葉にリョースケは表情を歪ませ、顔を涙と鼻水でぐしゃぐしゃにしながら左足を引きずり逃げて行った。

 

「いいから今すぐ来てくれ!」

 

「ママっ、いや!ママっ!!」

 

アクアが救急車を呼んでいるとルビーもリビングから出て来て座っているアイに駆け寄り、必死に呼びかける。

 

「アイ!救急車呼んだから!」

 

「いやぁ油断したね。こういう時のためにドアチェーンってあるんだ…施設では教えてくれなかったな…」

 

「喋るな!!」

 

(出血が…!けど、量からして腹部大動脈は無事…!)

 

「大丈夫、大丈夫だから…」

 

するとアイは手を伸ばし、三つ子を抱きしめる。

 

「ママ…?」

「母上…?」

 

「もう、眠くなってきたから言うけど…ごめんね……クリス、左手、大丈夫…?」

 

「こんなの、傷には入りません…」

 

「そっか…クリスは強いね……ふぅ…」

 

アイは三つ子を優しく撫でる様に抱きしめながら続ける。

 

「今日のドームは中止かな…みんなに申し訳ないな。映画のスケジュールも本決まりしてたのに。監督に謝っておいて…」

 

「いや、ママ…!逝かないで、ママ…!」

 

「ルビー…ルビーのお遊戯会の踊り、良かったよー… 私さ ルビーももしかしたらこの先アイドルになるのかもって思ってて。親子共演みたいなさ…楽しそうだよね…アクアとクリスは、役者さん…?」

 

アイの言葉に三つ子はただ静かに耳を傾ける。

 

「三人はどんな大人になっていくのかな〜… あーランドセル見たいなぁ。授業参観とかさ…ルビーのママ若すぎない~とか言われたい…」

 

アイの瞳に涙が溜まり、やがて溢れてくる。

 

「三人が大人になっていくの…そばで見ていたい… あんまりいいお母さんじゃなかったけど私は産んでよかったなって思ってて…えっとあとは…あっこれは言わなきゃ…」

 

アイは三つ子を抱きしめる腕に力を込めて…

 

「ルビー…アクア…クリス…()()()()

 

そう言った…するとアイは嬉しそうな表情を浮かべ、三つ子の頭に顔を近付ける。

 

「ああ…やっと言えた…。ごめんね、こんなに言うの、遅くなって……良かったぁ…この言葉は絶対、嘘じゃない…」

 

「…アイ…?」

 

アクアがそう呟いてアイの顔を見ると、アイは既に目を閉じていた……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アイが刺された1時間後には、もうその事に関するニュースが流れ、日本中が知れ渡る事となった。

 

「……」

 

「……アイは一命は取り留めたって……マネージャーから連絡来た」

 

「…う、うぅ…!」

 

アクアのその言葉にボロボロと涙を流すルビーの頭をアクアは優しく撫でる。アイはなんとか死を免れた。

 

「クリスが間に手を挟んでなかったら…死んでたかもしれないって……ありがとう、クリス」

 

「いえ…私は…」

 

クリスは包帯が巻かれた左手をそっと撫でながら表情を苦渋に染める。 

 

「母上を…ッ守れなかった…!」

 

「…何言ってんだよ、お前が頑張ってくれたから、アイの命が守られたんだ。本当に…ありがとな…」

 

静かに泣くクリスをアクアは空いてる方の手で優しく撫でた。刺した犯人の男は自殺し、3日後にはアイのニュースは取り上げられる事は無くなっていた。そして…

 

「「「………」」」

 

三つ子は、アイが眠る病室を訪れる。アイの意識は刺された日からずっと戻らず今も眠ったままだ。

 

「母上はいつ目を覚ますのでしょうか」

 

「さぁな…もしかしたら明日かもしれないし、俺たちが大人になる頃かもしれない…」

 

「…私がアイドルになった所は見てほしいなぁ…」

 

それから、3人は暫く無気力な日々を過ごした。事情聴取を受けたり、カウンセリングを受けたりしていたある日…

 

「クリス、ちょっと良いか?」

 

「兄上…?」

 

アクアが、クリスにある話をしに来た。その瞳の星の輝きは少し仄暗い。

 

「アイを殺そうとした奴がまだいる」

 

「母上を?」

 

「ああ…引っ越したばかりの新居を特定するなんて、アイを刺した男には出来なかった…協力者が居る。それもアイにかなり近い位置に…」

 

「…母上にかなり近い人間で…母上を殺す理由がある…」

 

クリスは少し考え込むと、アクアを見つめる。

 

「父上ですか」

「父親だ」

 

アクアは頷くと続ける。

 

「俺は…アイの為にも俺たちの父親を見つけ出して、排除したいんだ…クリス、協力して欲しい」

 

「……父上、か…」

 

──忘れるな、我らは…

 

「…災い」

 

「…クリス?」

 

「兄上…協力します」

 

「!良いのか?」

 

「はい…必ず…父上を見つけ出し…必ず、罪を償わせます」

 

泥のような瞳が更に暗く澱んでいく。

 

(母上…申し訳ありません…私は…母上との約束を果たせそうにありません)

 

『人のために頑張るのは良いけど、人のために生きちゃダメだよ』

 

(私は…今世は……いえ、今世()家族の為に生きます。家族を苦しめる全てを…取り除く…夜叉となります。ええそうです…そうですよね…私は…)

 

「災いで、あれ」

 

──そうだ。(お前)は、それで良いのだ。

 

 

 

 

幼児編、完

 

 

 

 

 

 

 




という訳で…アニメ一話部分はこれにて終了!いやー疲れたー…あ、ヒロインに関してですが最終投票を行います。投票よろしく!


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第四話 受験

ヒロインレース熱いねぇ!面白くなってきたが、今回でアンケートを締め切り、ヒロインを決定致しました!不知火フリルかな、黒川あかねかな、どっちかな♪それではどうぞ!


 

 

 

 

アイが刺された事件から、長い月日が経った。苺プロはあれから色々あってB小町が解散したり、社長が壱護からミヤコに変わったりしたが、会社自体は続いていた。クリスがアクアと共に父親を見つけ出すと決意した日から数年。クリスは…

 

「兄上!ここ分かりません!」

 

「だからそこはさっき教えた公式をなぁ!!」

 

勉強を頑張っていた。

 

「この、xやらyやらはなんなのですか…?π…?ぐ、ぐらふ…?」

 

「ダメだ!壊滅的過ぎる!」

 

星野クリスタル、学力に関しては国語と英語以外が絶望的。江戸時代から来た人間に現代の勉強は難し過ぎた…因みに何故英語は出来るのかといえば「動物の言葉よりは簡単」らしい。

 

「はぁ…っていうか、お前本当に陽東高校の芸能科に入るつもりか?色んなとこから推薦来てたし、特待生としての入学も出来たんだろ?」

 

「……そうですね…中学のおよそ三年間、あらゆる武道などに手を出しましたが、よく分かりました…私があの道を進んでも、得られるものはあまりに少ない。小さい頃に私を見つけ出し、武道が盛んな学校に通わせていただいた校長には悪いですが…私は…きっともう、武道の世界に手を伸ばす事は無いでしょう」

 

クリスは中学をアクアやルビーとは違う学校で過ごしていた。理由としては簡単な話で、クリスの武道の才を見抜いたその学校の校長がクリスを武道が盛んな自分の学校に通わせたいと必死に説得し、クリスが了承したからであった。

 

「まぁ、それなりに学びはありました。西洋の剣技について知ることが出来たのは嬉しい誤算でしたね」

 

「お前は一体何を目指してるんだよ……芸能科に入るなら今後は仕事を増やすのか?」

 

「そうですね…流石に戦隊の悪役だけに専念するのはやめにしようかと思っています」

 

実はクリスは現在演技の仕事を一つだけやっており、それが日曜日の朝に放送される戦隊モノの悪役だった。中学生がやるような役だろうか?と普通は思うのだが…

 

(こいつ高身長だし、普通に大人に見えるんだよな…)

 

星野クリスタル、現在受験真っ只中の中学三年生。身長は183cm、大人びた雰囲気とスタイルで周囲からは「それで中学生は詐欺」と言われている。

 

「今までは武道に縛られて芸能界での仕事に制限をするしかありませんでしたが、高校からはもっと仕事を入れていきたいですね」

 

「そうか……そろそろ監督のとこ行かなきゃな…今日はここまで。じゃあ俺着替えて監督のとこに…」

 

「む、兄上、その前に何かすべき事があるのではないのですか?」

 

「…ああ、そうだったな」

 

アクアはクリスにそう言われると、クリスの頭に手を乗せる。

 

「今日もよく頑張ったな、クリス」

 

「ふふふ…」

 

因みに成長した今でも家族に撫でられるのが好きなクリスであった。

 

 

 

 

 

≪暗黒騎士シュラムとシュラム役のクリスタル君について語るスレ≫

 

72:名無しのクリス推し

シュラムって初登場の時から衝撃的だったよな〜

 

73:名無しのクリス推し

主人公達の必殺技でトドメを刺されそうな敵

その間に颯爽と現れるシュラム

主人公達の必殺技を真正面から居合斬りで一刀両断

 

いや、強すぎワロタ。

 

74:名無しのクリス推し

その後に敵が部下に連れられて撤退するまで5対1の殿を完璧に務める。

 

75:名無しのクリス推し

うーんこれは騎士

 

76:名無しのクリス推し

実際、蛮族ばっかな敵組織側で見事なまでの騎士道精神を体現した何で敵組織に居るのか分からないくらいには騎士してる。オフの時は人間にも普通に優しいし、紳士的

 

77:名無しのクリス推し

主人公の妹が誘拐犯に攫われた時に颯爽と現れた時の安心感…

 

78:名無しのクリス推し

変身せずに片腕で眠った少女を抱えながら戦うシーンは圧巻でしたね…

 

79:名無しのクリス推し

アクションシーンが圧倒的に良すぎる。あれ全部シュラム役のクリスタル君がやってんでしょ?

 

80:名無しのクリス推し

暗黒騎士の姿も素顔晒してるからスーツアクターも使って無いし、クリスタル君凄すぎん?

 

81:名無しのクリス推し

・美形

・高身長

・運動能力抜群

 

コイツ何者?

 

82:名無しのクリス推し

苺プロ所属の中学生です…

 

83:名無しのクリス推し

中…学生…?

 

84:名無しのクリス推し

いやいやwアレで中学生とかw

 

85:名無しのクリス推し

マジなんだよなぁ…

 

86:名無しのクリス推し

嘘だ!この前の回で仲間と一緒にバーみたいな場所でワイン飲んでた!!

 

87:名無しのクリス推し

※ただのぶどうジュースです

 

88:名無しのクリス推し

中学生があんな大人みたいな雰囲気出しながらぶどうジュース飲める訳無いだろいい加減にしろ!

 

89:名無しのクリス推し

けど、今年の中学の剣道大会で優勝してたで?

 

90:名無しのクリス推し

なんなら弓道でもしてたで

 

91:名無しのクリス推し

それは…そうなんですが…

 

92:名無しのクリス推し

しかも剣道は今年で三連覇だったんでしょ?

 

93:名無しのクリス推し

ホンマ化け物やなクリスタル君…

 

94:名無しのクリス推し

まぁ、実際クリスタル君って役者としての話より武道での話とか色々聞くし。

 

95:名無しのクリス推し

実際、役者の仕事はシュラム役しか引き受けてないっぽいしな…

 

96:名無しのクリス推し

やっぱ役者は次いでで武道の方がメインなのかな?

 

97:名無しのクリス推し

まぁ、武道で色んな人から絶賛されてるし…

 

98:名無しのクリス推し

けど役者も普通に上手いから何かやってくれへんか?

 

99:名無しのクリス推し

それはクリスタル君次第でしょ

 

100:名無しのクリス推し

それはそう

 

101:名無しのクリス推し

クリスタル君ってそういえば今受験シーズンか…

 

102:名無しのクリス推し

あー、そういえばそっかぁ…

 

103:名無しのクリス推し

やっぱ武道が盛んな高校に行くんじゃね?あんなの高校側が取りに行くでしょ

 

104:名無しのクリス推し

そうだとしたらマジで役者路線はもう諦めた方が…

 

105:名無しのクリス推し

ま、しゃーなしやな、推薦とか特待生とか…学校側の指名を蹴って良い事なんか何も無いしな

 

106:名無しのクリス推し

ま、そうだよなぁ…

 

107:名無しのクリス推し

武道の神に愛された存在だし…

 

108:名無しのクリス推し

俺たちより大人だし…

 

109:名無しのクリス推し

>>108それ関係あったか?

 

110:名無しのクリス推し

>>108やめろ!俺たちがまるで中学生より子供っぽいダメな大人みたいな!

 

111:名無しのクリス推し

いや、それはクリスタル君が異常に大人びてるだけだし

 

112:名無しのクリス推し

そ、そうだ、俺たちは何も悪くない

 

113:名無しのクリス推し

じゃあお前ら雨に濡れそうになってる女の子にあんなにカッコよく袖を通してないコートを傘代わりにして入れてあげられるんか?

 

114:名無しのクリス推し

>>113で、でき…ません…

 

115:名無しのクリス推し

>>113アレはクリスタル君だから許されるだけで俺らがやったら犯罪やから

 

116:名無しのクリス推し

そもそも俺らみたいな身長じゃ出来ませんよあんな事!

 

117:名無しのクリス推し

………

 

118:名無しのクリス推し

やめよっか、この話

 

119:名無しのクリス推し

せやな

 

120:名無しのクリス推し

じゃあお前らシュラムの好きなシーンどんどん話してけ〜

 

 

以下、シュラムとクリスタルに関する雑談が続く。

 

 

 

 

「「スカウト!?」」

 

「そ、謂わゆる地下アイドルなんだけどね!」

 

「なんと」

 

受験が近づくある日、ルビーが地下アイドルにスカウトされ、スカウトして来た事務所の名刺を持って来た。

 

「これって運命だと思うの!前々から地下アイドルのメンバー募集とか眺めてたんだけど、ママもスカウトでアイドルになったでしょ?やっぱ導かれてるって思わない!?」

 

「それホントにアイドルグループ?」

 

「何か怪しい仕事じゃなくて?」

 

「そんなんじゃないし!」

 

「どういう契約かちゃんと確認してる?」

 

「今度ライブ見させてくれるって!その後契約とかするみたい!」

 

「「ふーん……」」

 

(お二人の表情があまりにも冷たい…)

 

「楽しみだな〜…!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「全く面倒な…どうにかして辞めさせないと…」

 

「またそういう…」

 

アクアはルビーにアイドルをしてほしく無いと思っていた。ルビーがアイと同じ様な目にあって、もし死んでしまったら今も眠っているアイに顔向け出来ないと思っていたからである。

 

「兄上は心配性ですね…」

 

「全くよ…アイさんの件があって可愛い妹に同じ道を歩ませたくないって気持ちには賛同できるわ」

 

「そうですね…母上の時はなんとかなりましたが…次がそうとは限らない」

 

クリスは左手の甲にある刺し傷の痕を撫でながらそう言う。

 

「私だってあの時ああしていたら…今ならこうしていたのにって未だに考える。あんな気持ちは二度とごめん…ルビーを娘だと思って育ててきた。この子は絶対守ってみせる。でも娘だからこそルビーの気持ちは止められない… 顔立ちもどんどんアイに似てきてる。残念ながら資質がある。どの道こうなっていたのよ…」

 

「…良いとか悪いとか語る前にやる事がある…ちょっと事務所の名刺借りるよ」

 

アクアはそう言うとパソコンで作業していた男性社員の名刺を取った。

 

「何する気?」

 

「とりあえずルビーがスカウトされたグループの実情を探る。地下アイドルもピンからキリまである。ロクでもない運営だったら議論の余地もないだろ」

 

「確かに、やるとしてもちゃんとしていないと姉上の為になりませんね」

 

「ああ、取り敢えずルビーがアイドル云々の話はそこからだ」

 

「あ、兄上」

 

そう言ってアクアは部屋から出て行き、クリスもそれを追いかける。

 

「兄上、一つ訊きたい事が」

 

「何だ?」

 

「先日、姉上がアイドル事務所の採用試験に落ちて泣いておりました。単刀直入に訊きます。兄上が何かしましたね?」

 

「……どうしてそう思うんだ?」

 

「簡単な話です、()()()()()()()()()()()()()

 

「…流石だな」

 

「全く……兄上は勝手ですね…」

 

「悪い、けど俺はルビーの事を想って…」

 

「そう思うなら、なんでもかんでも一人で背負わないで、ちゃんと話し合ってください。姉上がアイドルにどれだけ本気なのか、兄上が分からない筈無いでしょう」

 

「……そうだな…じゃあ、俺は行ってくる」

 

「私も…」

 

「お前は留守番してろ」

 

クリスは渋々留守番をするのだった…

 

 

 

そして翌日、ルビーはスカウトされたアイドル事務所のライブに向かう為に気合いを入れてメイクをしていた。

 

「じゃーん!どう?」

 

「可愛いわよ」

 

「可愛いです姉上」

 

「やっぱ大事な日はお洒落しなきゃだよね!はー楽しみー」

 

「…ルビー、貴女本気なのね?」

 

ミヤコがそう言うと、ルビーは真剣な表情で「うん」と頷く。

 

「あなたがこれから入ろうとする世界は大変なところよ?売れなくて惨めな思いをするかもしれない。給料面だけじゃない、私生活でも…」

 

「分かってるよ!アクアにも言われたって…」

 

「ストーカー被害だってそこら中にありふれた話よ」

 

ストーカー、という単語にルビーはアイが刺された時の事を思い出し、ギョッとする。

 

「それでも…「当たり前だよ!」…」

 

「だってなれるんだよ!やっと私も、アイドルに… 私絶対ママみたいになるんだ!」

 

ルビーは強い意志を持って三人にそう宣言した。

 

「本気か?」

 

「本気だよ」

 

「ならそのグループに入るのはやめなさい」

 

ルビーに対してミヤコはそう言うと、ルビーが固まり、目に涙が浮かぶ。

 

「……えっ、何で…?私、本気でアイドル…」

 

「本気ならうちの事務所に入りなさい。苺プロは十数年ぶりに新規アイドルグループを立ち上げます」

 

その言葉にルビーは再び固まってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここに割り印捺して」

 

「割り印…?よく分かんないけど、ここに捺せば良いんだ!」

 

そう言ってルビーが契約書に割り印を捺す。

 

「はい、これでルビーは苺プロ所属のタレント。何かしたら訴訟するからね」

 

「めちゃこわ…」

 

「冗談じゃないからね」

 

ルビーは契約書を手に取り嬉しそうにしている。その様子をクリスは微笑み、アクアは無表情で見ていた。

 

「芸能科入る為に必要な手続きでもあるから怒らないでよアクア」

 

「…別に反対してない」

 

「兄上は素直じゃありませんね」

 

「お前は素直過ぎる」

 

その後、アクアは監督の家に行ってしまった。クリスはどうしようかと考えていると…

 

「ふんふふ〜ん♪」

 

「おや姉上、外に行かれるのですか?ライブを観に行く必要はもう…」

 

「そうだけど、折角メイクしたんだし…ママに報告したいんだ!」

 

「なるほど…私も行きます。良いですか?」

 

「うん、良いよ!」

 

こうして二人はアイが居る病院に向かう事にしたのだった…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ママ、来たよ」

 

「………」

 

ピッピッピッと機械音が鳴り続ける病室。アイはベッドの上で眠り続けていた。ルビーはベッドの横に立ち、アイの手を握る。

 

「私、アイドルになったんだ。ママと同じ、苺プロのアイドル…私絶対、ママみたいになる。頑張るから…だから…早く起きてね…じゃないと、私のライブ、見逃しちゃうよ…」

 

ルビーはアイの手をギュッと握りしめ、呟く様にそう言う。クリスもルビーの隣に立ち、アイを見つめる。

 

「……姉上のライブだけではありません。早く起きないと、兄上や私の役者としての姿も見れなくなってしまいますよ、母上…だから…早く目覚めてくださいね…」

 

その後も暫く二人は病室に居座り続けたのだった…

 

 

 

「ありがとね、クリス」

 

「?何がでしょう」

 

「いや、クリスは小さい頃から、私のアイドルの夢を応援してくれてたから…そのお陰で迷わず夢を追いかけられたのかなって…」

 

「…何をおっしゃるのですか、私がいなくても、きっと姉上は真っ直ぐにアイドルを志していたでしょう。姉上自身の力ですよ」

 

「もークリスはいつも謙虚だな〜…お兄ちゃん、私がアイドルになるの、嫌だろうな…」

 

ルビーはそう言って落ち込んでしまう。

 

「…兄上は母上の事があったから、ああしてるのです。きっと心の奥底では、姉上を応援したい気持ちで満たされていますよ。それこそ、私の様に」

 

「……本当?」

 

「はい、姉上だって分かっているのでは?」

 

「…うん、そうだね…ねぇ、クリスはママの前でああ言ってたけどさ、お兄ちゃんは…もう役者はしないのかな…」

 

「母上の言葉ですか?」

 

「うん。クリスも芸能科受けるって事は、覚えてるんでしょ、ママの言葉」

 

「それは…勿論ですが」

 

「クリスは今も役者をしてるけど、お兄ちゃんはしてないから…忘れちゃったのかなって…」

 

「…そんな事ありませんよ、きっと兄上は自分に才能が無いと思ってしまっているのです…母上と比べているのはどうかと思いますが…きっと役者もしたい筈です」

 

「そうかなぁ?」

 

「中々諦めが悪いですよ、兄上は」

 

二人はその後も雑談をしながら帰宅したのだった…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして遂に訪れる受験当日。三人が受ける陽東高校は中高一貫であり、日本でも数少ない芸能科のある学校。しかし誰でも芸能科を受けれる訳ではなく、芸能事務所に所属している証明書が必要となる。

 

 

〜芸能科面接会場〜

 

「苺プロ所属!星野ルビーです!」

 

ルビーの面接は問題無く終わり。

 

「苺プロ所属、星野クリスタルです」

 

「凄い名前」

 

「てか芸名じゃなかったんだ…」

 

「ニチアサのヒーロー番組の悪役でしょ?娘が好きなんだよね〜…」

 

クリスタルの面接も問題無く終わり…

 

〜一般科面接会場〜

 

「星野アクアマリン、です」

 

「凄い名前だね」

 

「偏差値70!?なんで偏差値40のウチを受けたの!?」

 

「校風に惹かれまして」

 

「そこまで校風に魅力を感じたの!?」

 

アクアの面接も無事に終了した。アクアとルビーは面接が終わると廊下で合流する。

 

「どうだった…ってクリスは?」

 

「お手洗いに行っちゃったよ。私とクリスは多分平気、そっちは?」

 

「問題ない。万一弾かれるとしたら名前のせいだろうな」

 

「あははっ!確かに本名アクアマリンだもんね。みんな面倒くさがってアクアって呼ぶけど」

 

二人がそんな会話をしていると、丁度そこを通りがかった女子生徒が足を止める。

 

「……アクア…?」

 

「?」

 

名前を呼ばれたのに反応してアクアが女子生徒を見ると、女子生徒も振り返ってアクアを見る。すると驚いた表情でアクアを指差し…

 

「星野アクア!?アクアアクア!あなた星野アクア!?」

 

と興奮した様子で詰め寄って来た。

 

「…誰だっけ?」

 

「あっ!アレじゃない?………重曹を舐める天才子役?」

 

「10秒で泣ける天才子役!!映画で共演した有馬かな!」

 

「…あー、久しぶり。ここの芸能科だったのか」

 

「よかった…クリスの方は見かけるけど、アンタは見なかったから、ずっとやめちゃったのかと…やっと会えた…」

 

再会した有馬かなはアクアの両肩を掴み安心した様な声と表情でそう言い、肩を離すと嬉しそうにしながら。

 

「入るの!?うちの芸能科!?入るの!?」

 

かながそう訊くと、アクアは少し気まずそうにしながら…

 

「いや、一般科受けた」

 

「何でよ!?」

 

有馬かなここ最近で一番の衝撃を受けたのだった…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、用も済ませましたし、早く兄上と姉上の元に行かなくては…」

 

クリスはお手洗いを済ませ、アクアとルビーに合流しようと歩いていると…

 

ドッ…

 

「おっと…申し訳ありません、大丈夫ですか?」

 

曲がり角で人にぶつかってしまい、クリスは咄嗟にぶつかった人を片手で抱き抱える。

 

「………」

 

「…あの、どうかされましたか?」

(というか、この人見覚えが…陽東高校の制服では無い…私と同じ受験を受けに来た人か)

 

ぶつかった人物…整った顔立ちをした女子はさっきから黙ったままクリスをジッと見つめる。すると…

 

「待って、無理、推しといきなりラブコメみたいな展開になった…」

 

「?らぶ…こめ…?」

 

「っ、ごめんなさい、こっちも不注意だった」

 

女子はクリスから離れるが、変わらずクリスを見つめる。

 

「…あの、私に何か用が?」

 

「スゥー…よし、私落ち着け、慌てないで…ただ言いたい事を簡潔に言えば良いのよ…

 

「?」

 

女子は目を閉じながら何かぶつぶつと呟くと、目をカッと開くき、クリスが困惑した瞬間、次にバッと頭を下げて手を差し出し、クリスはビクッ!とする。

 

「初めて見た時からファンでした、握手してください」

 

「………え?」

 

この顔の良い女子の名は()()()()()()。この世界線において、ドが付くほどの星野クリスタルのファンである。

 

 

 

 

 

 

 




はい、という訳でね…もう分かったでしょう…ええ、ヒロインは…不知火フリルですよ…いや、正直かなり迷いましよ?普通に黒川あかねヒロインの話も書きたかったですもん。まぁ、やはり僅差で勝っていたのと、相性も良さげなんで決定しました。という訳でヒロインレースはこれにて終了!また次回も楽しみに〜


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第五話 握手

もうさ、何も書く事なくて困っちゃうよね。


 

 

 

 

「えっと……」

 

突然不知火フリルから握手を求められたクリス。少し困惑しながらも差し出された手を握った。

 

「ありがとうございます、もうこの手は一生洗いません」

 

「いや、洗ってくださいね……それにしても、貴女、どこかで見たような、確か………そう、不知火フリルさん。確か月曜の9時からのドラマに出てらっしゃる方でしたよね?」

 

「はぁっ、推しに認知されてる…!?やばい、幸せ過ぎる」

 

(大丈夫でしょうか、この人…)

 

先ほどからクリスに真顔で限界化している不知火フリル。クリスは初めて会った自分のファンという存在にどうすれば良いのか分からないでいた。

 

「えっと…ご存知のようですが、私、苺プロ所属の星野クリスタルと申します。よろしくお願い致します、不知火フリルさん」

 

「!こちらこそ、不知火フリルです。よろしくお願いします、星野クリスタルさん」

 

「えっと、それで…何故、私の事をご存知で?」

 

「……最初はニュースで偶然、弓道をしているところを見てうわっ、顔良いな〜って思いながら見てたんですけど、そこから戦隊モノに悪役で出演してるって知って…試しに見たらどハマりしました。あ、今年の剣道の大会優勝おめでとうございます。実際に試合見ましたけどホント最高でした。ていうかもしかして高校はここの芸能科受けたんですか、だとしたらこれからは武道ではなく芸能界をメインに活動するんでしょうか。もしかして次の仕事とかもう決めたりしてますか?もし決まって無くて予定が空いてるならちょっとお話しが」

 

「あ、兄上と姉上を待たせてはいけませんね!申し訳ありませんが不知火さん、私もう行かなくては!お互い受かったら次は入学式の日に会いましょう!」

 

「あっ…」

 

このままでは不味い、そう判断したクリスは縮地を駆使してその場から瞬時に去っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

天才子役こと、有馬かなと再会したアクアとルビー。しかし、かなはアクアが芸能科では無く一般科を受けた事に驚愕していた。

 

「ウチの弟と妹が芸能科受けて…弟はともかく妹が心配だから、ここ受けただけ」

 

「はぁっ!?」

 

「ウチの兄シスコンなのー」

 

「キモっ!!」

 

アクアのシスコンぶりにかなが引いていると…

 

「兄上、姉上、お待たせしました」

 

「あ、クリス」

 

「申し訳ありません、少し油を売っていました……おや、そちらの方は…」

 

「!」

 

合流したクリスがかなを見ると、かなはクリスの見下ろす姿に少し身体を震わせる。

 

「確かそう……重曹!炭酸水素ナトリウム、ですよね!もう覚えましたよ!」

 

「そうそう、重曹は炭酸水素ナトリウムって違うわよ!!」

 

「え、間違えましたか?」

 

「いやそうだけど私は重曹じゃないわよ!10秒で泣ける天才子役よ!」

 

「…ああ、そうでしたね!すみません貴女との記憶で一番印象に残っているのが重曹という単語でして…」

 

「何でよ!?」

 

ルビーにだけでは無くクリスにまで重曹で覚えられていた事に腹を立てているかなは、怒りながらもクリスを見上げて思う。

 

(ていうか、コイツデカすぎでしょ!TVでちょくちょく見かけるから分かってたけど、実際に目の前にいると存在感がまるで違う…!)

 

かなが高身長になっていたクリスにビックリしていると、アクアとルビーが密かに話している。

 

「私この人昔から好きじゃないのよね…」

 

「でも受かったら後輩になるんだぞ」

 

「聞こえてんぞ!」

 

「はー…仕方ないなぁ仲良くしましょうロリ先輩」

 

「いびるぞマジで!!」

 

ルビーがやれやれといった様子で対応する様子に更に憤慨し、怒りの表情を露わにするかな。

 

「じゃあ、俺監督のところ寄るから」

 

「あ、うん」

 

「!ちょっと!」

 

するとアクアが監督の所に向かう為その場を離れ、ルビーとクリスが軽く手を振って見送ると、かなは慌ててアクアを追い始めた。残された二人はその様子を眺め…

 

「…帰りましょうか」

 

「そうだね」

 

帰宅する事にしたのだった…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えっ!?アクアドラマ出るの!?」

 

「おお」

 

試験から数日、なんと裏方志望であったアクアがドラマに出るという話をミヤコが言い出し、ルビーとクリスが驚いていた。

 

「何で言うんだよ」

 

「だってあなた自分からは言わないでしょ?所属タレントの広報活動は事務所の仕事よ」

 

「ママ言ってたもんね…私は将来アイドルで…アクアは将来役者さんかなって… あの言葉忘れてなかったんだね…」

 

ルビーが嬉しそうにそう言うのを見てアクアはアイの願いの為じゃないと心の中で否定していると…

 

「はい、兄上。素直じゃないのは禁止ですよ」

 

「…クリス」

 

ルビーとミヤコさんがアクアの出るドラマについて調べているのを横目にクリスはアクアに話しかける。

 

「分かっています、何か理由がある事くらいは…けれど、兄上が演技をしたいって思っている事も分かっています。何か目的があるとしても、演技の時はそれは忘れてください。良いですね?」

 

「…はぁ…分かってるよ…というかお前は忘れすぎじゃないか?」

 

「あはは、それを言われると耳が痛い限りです」

 

(母上は生きている。となれば父上はまた母上を殺しに来るかもしれない。対策はしてあると言ってもそれもいつまで続くか分からない…早急に父上を見つける必要がある)

 

「兄上、頑張ってくださいね」

 

二人がそう会話していると、アクアが出演するドラマである「今日は甘口で」に対してルビーがストレートに苦言を呈していた。どうやら役者の大根振りが酷いらしい。

 

「……色んな意味で」

 

「ああ、うん…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「カット!!クリスタルさん、OKです!」

 

そしてその数日後、クリスタルは現在の唯一の仕事である戦隊モノの仕事をやっていた。

 

「相変わらずアクションシーンキレキレだねぇ」

 

「監督、ありがとうございます…最近出番増えて来ましたね」

 

「それだけシュラムの人気が高くなってきたんだよ。グッズ化も決まったし、多少脚本の変化はあるさ。そういえば聞いたけど、芸能科の高校に行くから仕事増やそうって思ってるってホント?」

 

「はい。中学の部活とかも引退しましたし、受験も終わりましたから。これからは増やしていこうかと」

 

「そっかそっか!じゃあそんなクリス君にちょっと仕事の話をしたいんだけど…」

 

「?何でしょう」

 

「ヒーローショーに出てみない?」

 

「…ヒーロー、ショー?」

 

「そう。遊園地でヒーローショーをやるんだけどさ、シュラムを出したいんだけど…ほら、シュラムは素顔を出してるから代役が出来ないでしょ?だからクリス君に直接出て欲しいんだ」

 

「なるほど…分かりました。引き受けます」

 

「やった、ありがとー!じゃあ後でまた」

 

こうして、クリスは遊園地でのヒーローショーに出演する事になったのだった…

 

 

 

 

 

 

「兄上、ドラマ見ましたよ。最終話だけですが…良い出来でしたね」

 

「ん、まぁな」

 

今日あまの最終話が放送され、ドラマを見たクリスがアクアにそう言う。アクアは何とも無いような表情だが、クリスは分かっていた。

 

「何やら満足そうですね、そんなに演技出来たのが嬉しかったのですか?」

 

「…お前家族の事なら何でも分かるのか?ま、有馬も思いっきり演技出来たし、満足っちゃ満足だよ…そういえばお前は遊園地のヒーローショーだっけ?頑張れよ」

 

「はい……そういえば、これから打ち上げですか?」

 

「ああ、今から出るとこ」

 

「楽しんでくださいね、父上に関する事も無かったのですから」

 

「分かってるよ。今日は忘れる…じゃあ行ってくる」

 

「はい、行ってらっしゃい」

 

クリスはアクアを見送り、ヒーローショーでの動きを確認しようと部屋で流れを確認し始めた。

数時間後……

 

「恋愛リアリティショーに出る事になった」

 

「…?」

 

アクアの一言でクリスの表情が宇宙猫になってしまった…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何やかんやあったが迎えたヒーローショー当日。クリスは暗黒騎士シュラムの衣装である黒い腰布を靡かせた鎧に身を包み、禍々しい刀を腰に差していた。何時もと違う点があるとすれば、今日は口元にマイクがある程度である。

 

(兄上の色恋沙汰のアレな番組に出る事になった件については気になりますが…今は仕事に集中しなければ…私の役目は人質を取られ、ヒーロー達が苦しんでいる状況を舞台裏から現れ、人質を捕まえている雑兵共を切り裂く)

 

「ふはははは!!どうやらここまでのようだなシュヴァリエジャー!」

 

「くそ、人質とは卑怯な…!」

 

(そろそろか…)

 

「ど、どうしよう!このままじゃシュヴァリエジャーが負けちゃうよー!」

 

「シュヴァリエジャー!」

 

「頑張れー!」

 

子供達の声援が聞こえる中、クリスはゆっくりと歩き出し…

 

「よくも散々苦しめてくれたなシュヴァリエジャー、そろそろトドメを…!」

 

「おや、何やら楽しそうですね。ゼルドナ」

 

トドメを刺そうとしていた怪人にそう呼びかけながら舞台に現れる。

 

「あ、あなた様は…!幹部の一人…!」

 

「貴様は、暗黒騎士、シュラム…!?」

 

「シュラムだー!」

 

「カッコいいー!」

 

(いや、何で悪役なのに子供達は私を見て笑顔になるのでしょう)

 

「シュラム様ご覧ください!人質を取ったお陰でシュヴァリエジャーは最早虫の息ですぞ!」

 

「なるほど…」

 

クリスは舞台上の状況を確認すると腰に差した刀を握る。

 

(暗黒騎士シュラム…聖騎士戦隊シュヴァリエジャーに立ちはだかる強大な宿敵であり、ライバル…それは戦い方にも表れている。派手な動きや技が多い主人公達に対してシュラムは最小限の動きや技術で戦う…いわば動と静)

 

そしてクリスは刀を抜刀した。それは正しく神速の剣速。会場に居た全員がまるで時間をスキップしたような錯覚を覚えた。そして刀を振り抜いたクリスは、ゆっくりと、美しい動きで刀を鞘に戻す。観客も、役者もその動きから目を離せず、子供達ですら先程までの大声が嘘のように黙ってクリスを見ている。そして刀が完全に鞘に収まり、カチャリと音がした瞬間…

 

ドサドサ…

 

「なっ…!?」

 

人質を捕まえていた雑魚敵達が次々と倒れていく。当然これはただの演出。ただ刀を抜いて納めただけ……しかし、暗黒騎士シュラムが斬ったと思わせるほどの演技だった。

 

「しゅ、シュラム様、何を…!?」

 

「私は私の信念に則ったまで…何か問題が?」

 

「!皆、今のうちに子供達を!」

 

人質が解放され、主人公達が子供達を観客席に戻していく。

 

「くっ…!暗黒騎士シュラム、貴様、よくも…!」

 

「まだ気付いていないのですか?」

 

「な、何?」

 

「はぁ…私が、一番近くにいたあなたを斬らないとでも?」

 

「ま、まさ、か……」

 

ドサリ…

 

怪人の隊長格であったゼルドナもその一言を最後に倒れ伏した。クリスは刀を再び抜き、自身の前に立つ主人公達に向けて構える。

 

「シュラム、貴様、何故…」

 

「私は私の騎士道に則ったまで…あなた達との決着に人質など邪魔でしかない…では、始めましょうか」

 

そこからはシュラムと主人公達の戦いが始まる。剣と刀をぶつけ合う攻防戦。1対5にも関わらず主人公達と互角の戦いを繰り広げる。

 

「頑張れ、シュヴァリエジャー!」

 

「負けないで、シュラムー!」

 

互いの声援が観客席の方から響き、最終的に勝負は必殺技のぶつけ合いになる。しかしそれでも勝敗は決まらず…

 

「……これ以上は子供達を巻き込んでしまう。今日はここまでにいたしましょう」

 

「待て、シュラム!」

 

暗黒騎士シュラムはその場から引いていき、ヒーローショーは終わりを迎えた…

 

「クリスタル君、お疲れ様」

 

「ありがとうございます…ふぅ…さて、ここからですね」

 

クリスがそう言いながら舞台の方に目を向けると…

 

「シュラムを追う為に皆の力を貸してくれ!」

 

子供達に対してシュラムを遊園地内で見つけるように呼びかけるシュヴァリエジャーの姿があった。

 

(この後はヒーロー達と握手や一緒に写真を撮る時間…そして今回は暗黒騎士シュラムにもその仕事がある。そんなに人気なんですか、シュラムって…)

 

自分の役なんだからちょっとはエゴサしろお前は。

 

(ですが私はヒーロー達と敵対関係…同じ場にいるのは少し気まずい…ので、子供達に追跡という名目の下、遊園地で歩き回っている暗黒騎士シュラムの元に来てもらい、そこから握手や写真をこなしていく。私は背も高いから見つけやすい)

 

「では、行ってきます」

 

「行ってらっしゃい、クリスタル君!頑張ってね!」

 

こうして暗黒騎士シュラム事クリスは遊園地内を歩き回る事になったのだった…

 

 

 

 

 

 

 

 

「撮るよー!3、2、1」

 

パシャ、と音が響き。クリスは抱えていた女の子をそっと地面に下ろす。

 

「満足いただけたかな、レディ」

 

「はわ、お、お腹いっぱいでしゅ」

 

「それは良かった」

 

クリスが手の甲を取りそっと口付けすると女の子は顔を赤ながら母親の足元に戻って行き、手を振りながら別れを告げて離れていった。

 

「ふぅ…」

 

『現在、暗黒騎士シュラムは○○エリア───』

 

(幾ら私が見つけやすい容姿でも人一人を遊園地から見つけ出すのは運が悪ければかなり手間取る。だから園内アナウンスで私がいるエリアを定期的に子供達に向け発信している)

 

「お陰でかなりの頻度で見つかってますよ…!」

 

「あはは、思ったより大変だね…」

 

クリスと一緒に居るのは写真を撮る係であり現在中学生のクリスを一人にしまいと引率役でもある男性スタッフ一人だけである。

 

「そろそろ、お昼時ですね…」

 

「あ、何か買ってこようか。暗黒騎士が食べ物買いに行く図はちょっとシュールだし…」

 

「そうですね…では、お願い出来ますか?」

 

「うん、分かった。何にする?」

 

「スタッフさんと同じもので」

 

「OK、ちょっと待っててねー!」

 

男性スタッフはその場を離れ、昼食を買いに行った。クリスはその場でアトラクションの様子などを眺めていると…

 

「すみません、写真撮影良いですか?」

 

「!ああ、はい。分かりまし…た…」

 

クリスが声をかけて来た人物の方を見ると、その人物には見覚えがあった。

 

(し、不知火さん!?)

 

そう、クリスのファン事不知火フリルである。帽子を被り、伊達メガネとマスクをしているがクリスは即座に気付いた。

 

(お、落ち着きなさい私。今の私は暗黒騎士シュラム、星野クリスタルの部分を見せてはいけません…!)

 

「取り敢えず、自撮り棒があるのでツーショットを一枚」

 

「ええ、分かりました」

 

自動棒を使って写真を撮るフリルとクリスタル。

 

「じゃあ次はスタッフさんが戻って来るまでポーズを取ってもらってもいい?」

 

「え、あ、はい」

 

そこから本編でやったポーズやセリフなどを撮影され、クリスが流されるまま撮影会をしていると…

 

「お待たせーって、何か滅茶苦茶写真撮ってる…?」

 

「あ、スタッフさんすみません。写真撮ってもらえますか?」

 

「え、あ、分かりました」(あれ、ていうかこの子どこかで…)

 

「じゃあ先ずは肩に手を回してもらって一枚」

 

(し、不知火さん、とことんやるつもりでしょうか…!?)

 

「次は手の甲にキスを…」

 

「次はお姫様抱っこを…」

 

「次はハグを…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うん、満足」

 

「それは良かったです、レディ…」

 

「はぁ、私の推しカッコ良すぎ、ヒーローショー私が人質になれば良かった…」

 

「喜んで人質になるのは貴女くらいでしょうね…」

 

(凄く疲れた…20分くらい撮られ続けたでしょうか…)

 

「じゃあ、私行くね。頑張ってねシュラム」

 

「ありがとうございます…」

 

「あ、最後に握手良い?」

 

「ええ、喜んで…」

 

フリルとクリスは最初に出会った時の様に握手した。するとクリスが何かに気付く。

 

「じゃあバイバイ」

 

フリルはそう言って今度こそ去っていった…クリスはその後ろ姿を暫く見つめると、フリルと握手した手を見る。そこには紙が一枚握られていたのだった…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただいま帰りました」

 

「おかえり〜ヒーローショーどうだった〜?」

 

「何時もと大して変わりませんでしたよ、姉上。まぁ、シュラムの子供達からの人気には少し驚きましたが…」

 

「ふーん…あ、ご飯出来てるよ」

 

「分かりました。着替えてから食べますね」

 

クリスはそう言って一旦自室に入ると、スマホを取り出し、不知火フリルから握手の時に渡された紙に書いてある番号に電話を掛ける。

 

プル『もしもし、不知火です』

 

(早いですね…)「もしもし、星野ですが」

 

『はぁ、推しの声が耳元から…幸せ…』

 

「不知火さん…こういうのはあまり褒められた事ではありませんよ…」

 

予想通り、不知火フリルが電話に出てきて頭を抱えるクリス。

 

『ごめんなさい、溢れる感情からつい…反省はする』

 

「はい、是非そうしてください」

 

『けど後悔はしてない』

 

「強かな人ですね…」

 

『はうっ、推しから褒められた…』

 

(面白いですねこの人…)

 

一々限界化するフリルにクリスは苦笑しながら内心そう思う。

 

「……まぁ、取り敢えずああいうのは程々にしてくださいね。私や貴女の為にも」

 

『うん、分かった…電話は良い?』

 

「……夜なら良いですよ」

 

『やった』

 

「では私、ご飯食べますから今日はここまでです」

 

『分かった。じゃあね』

 

「はい。それではまた」

 

クリスは電話を切り、ふぅっとため息を吐くと着替え始めたのだった…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふふ…推しと写真撮って連絡先交換…最高過ぎる…」

 

そしてフリルは電話を終了すると今日撮ったクリスの写真を見返してニコニコしていた。ホーム画面も自分とクリスのツーショット写真にしている。

 

「はぁ、ホントにカッコいいな、クリスタル君…こんなの顔面国宝だよ…」

 

一通り見返し、ベッドの上で天井を見上げながらそう言う。フリルの部屋には壁一面にクリスの色んな写真があり。棚もシュラムのグッズの数々。更にはクリスタルの写真集というタイトルのファイルなどがあった。やべーなこの女。

 

「二人とも芸能科に受かっていたら、高校生活はずっと一緒…私、耐えられるかな…クリスタル君との高校生活……ッ〜〜〜!」

 

クリスとの高校生活を妄想し足をバタつかせるフリル。枕をギュッと握りしめ、妄想に浸る事数分……

 

「……クリスタル君と一緒に仕事したいなぁ…」

 

そんな事をフリルが願っていた頃…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「クリス、ちょっといいか?」

 

「ん、兄上、何でしょう?」

 

「スゥー…俺と一緒に、恋愛リアリティショーに出てくれ」

 

「……あー…何だか、このようなやり取りを過去にした事があったような…」

 

クリスは、とんでもない事に巻き込まれようとしていた…どうなるクリス!恋愛リアリティショーに出てしまったらやべーファン(不知火フリル)が何をしでかすか分からないぞクリス!

 

 

 

 




予想以上に不知火フリルがクリスタル君の厄介ファンになってて草ぁ。アンケートで決められたヒロインの姿か、これが?


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第六話 入学

祝、日間ランキング入り!いやー日間ランキングにあるの見た時はビビったー…これも何時も読んでくださる皆さんのお陰です。ありがとうございます!


 

 

 

 

 

「えっと…取り敢えず話を整理致しましょうか…」

 

「ああ」

 

前回、何故かアクアから恋愛リアリティショーに出るように頼まれたクリス。ことの経緯はこう…

 

「先ず、打ち上げで鏑木Pと話し、母上の男性関係に繋がる話が出て来た」

 

「ああ」

 

「兄上は情報を聞き出す為にその話題に踏み込み、鏑木Pから母上の男性関係について知る代わりに、恋愛リアリティショーに出るように交換条件を持ち出されたと…」

 

「そうだ。けど偶然そこで…」

 

 

 

 

 

「そういえば、君と同じ苺プロに所属している…クリスタル君。彼にも出て欲しいんだよね」

 

「…クリスにですか?」

 

「ああ。彼もまたアイ君に似て非常に美しい、特にあの長い黒髪は瓜二つだ。もし彼が出てくれるならありがたいんだけどねぇ…」

 

 

 

 

 

「で、私に出て欲しいと…いや、出る必要ありますか?」

 

「仕事増やしたいんだろ。俺も正直恋愛リアリティショーとか精神的にキツい部分あるからお前がいてくれるとありがたいんだけど…」

 

「私も色恋沙汰には大変疎いのですが…」

 

「頼む、お前が出ると鏑木Pから何か追加の情報貰えるかもしれないしさ」

 

「…分かりました、引き受けます」

 

こうして、クリスはアクア共々恋愛リアリティショーに出る事になったのだった…

 

 

 

 

 

「という訳でして…」

 

『………』

 

「私、生まれてこの方恋愛のれの字も知らずに生きていたので。正直不安な部分もあるのですが……不知火さん?」

 

クリスが電話で不知火フリルに自分が恋愛リアリティショーに出る事を伝えていると、先程からフリルは黙ってばかりで反応が無い。

 

「あの、どうかされましたか?」

 

『………出る』

 

「え?」

 

『私も出る』

 

「何を言っておられるのですか…?」

 

フリルがとんでもない事を言い出し、クリスは若干呆れながらフリルを諌める。

 

「不知火さん、恋愛リアリティショーは次世代のスターが多くの人に知ってもらう為の謂わば登竜門とお聞きしました。不知火さんは既に世間からの認知度は高いでしょう?出るのは問題があるのでは…」

 

『出る、絶対に出る。推しと合法的に触れ合える機会を逃す訳にはいかない』

 

「不知火さんって本当に強かですね…」

 

『それに普通なら確かに問題だけど…今回はクリスタル君が出るなら話は別』

 

「私が?」

 

『クリス君だって武道関連で何度もニュースで報道されたり、特集を組まれてる。暗黒騎士シュラムも人気高いし…知らない人はあまり居ない程の有名人』

 

「そうなのですか…?」

 

『…少しは自分を客観視してみるべきだと思う。それで、今の状況は男性側にだけ認知度が高い芸能人が居る状態なの。つまり、女性側にも認知度が高い芸能人が居た方がバランスを取れる』

 

「なるほど…ですが不知火さんは元々お忙しいでしょうし、そもそも事務所が許すのですか?」

 

『……………が、頑張る』

 

「そんなに出たいのですね…取り敢えずは承知しました………今日はもう遅いですし、この辺りで終わりに致しましょう」

 

『ん、分かった。じゃあ、おやすみなさい』

 

「はい、おやすみなさい」

 

『ん゛推しからのおやすみなさい最こ(ピッ)』

 

最後に何かを言いかけたフリルとの通話を切り、クリスは電気を消して自室のベッドに横になる。

 

「……私が、有名人…思えば前世もそうでしたね…」

 

クリスの前世…夜叉を知らぬ者は日本には居なかった。あの時代、人々は夜叉を常に怯え、終わらぬ恐怖で苦しんでいた。だからこそ今の今までその存在は知れ渡っている。

 

「……私は…災い…」

 

クリスはそう呟きながら目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───何故だ、夜叉よ

 

ふと、クリスの耳元に何かの囁きが聞こえ始める。

 

───分かっているのだ、お前は災い、あらゆる人間に等しく降りかかる恨みなのだと

 

クリスはその声の正体を知っている。それは誰も知らない歴史に存在する者だった。

 

───だが、恨みで人を殺しているのならば、お前はあまりにも優し過ぎる…

 

夜叉にソレを殺める理由は無く、ソレらは夜叉に対して深い尊敬の念を抱いていた。

 

───夜叉よ、教えてくれ。無くなった群れの為に生きる必要が、どこにある?

 

夜叉はその問いに対して「自分がやりたいだけだ」と言った。

 

───……ならば夜叉よ、群れを作れ。お前を率いた群れでは無く、お前が率いる群れを作るのだ。

 

夜叉はそう言われると、ただ一言「断る」と言った。

 

───何故だ…?分からない…分からないのだ、お前はそんなにも………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

人間を、愛しているのに。

 

 

 

 

 

 

「………ふぁ…」

 

ソレが最後に言った言葉を聞いた瞬間、クリスは目覚めた。カーテン越しの光から外は既に明るくなり始めているのが分かる。

 

「……確かに、私は人として生まれた…だが……人として生きた事など、一度も無い。そう答えたら、あなたは益々不思議そうな顔をしましたね」

 

昔を懐かしむように穏やかな表情で、クリスはそう言った。

 

「今は、どうなのでしょうか。災いでありながら、人として生きるなど、出来るますか?平等に愛していながら、特別な一人など、出来るのでしょうか」

 

少なくとも夜叉は不可能だと言う。そしてクリスもそう思っていた。母が刺された日から自身に変化が起きているのは分かっていた。

 

「あなたはどうなのですか?もし、私のような事になっていたら…あなたにも変化が起きるのでしょうか?」

 

 

 

 

 

 

 

陽東高校の入学に近づくにつれてクリスの身の回りで色々な事が起きた。一番大きな出来事は出演していた聖騎士戦隊シュヴァリエジャーが終了した事だろう。映画化は確定らしいが取り敢えず唯一の仕事が終了し、クリスは達成感を得た。

 

クリスが通う中学での卒業式。クリスは殆どの部活で結果を出して来た存在。もはやこの中学校での伝説となっている。卒業式が終わった後、クリスは武道のある高校に進む同じ卒業生や、後輩達から手合わせを願われた。クリスは大勢の挑戦者に嫌な顔一つせず受け入れた。最後の手合わせが終わった時には既に夕暮れ時で、夕陽に照らされた挑戦者達の顔見て、武道界に必要なのは自分では無く、この挑戦者達なのだと確信し、この道を進まない事が正しかったと確信した。ついでに告白も沢山されたが丁重にお断りした。

 

そしてある日…

 

『やったよクリスタル君。私も恋リア出る事になった』

 

「本当にやりましたよこの人…」

 

不知火フリルが恋愛リアリティショー番組…『今からガチ恋始めます』に出演する事になってしまったのだった…

 

そして迎えた入学式当日……

 

「おい、まだ掛かるのかルビー?」

 

「もぉー、ちょっと待っててばお兄ちゃん!この制服可愛いけど複雑なんだもーん…でもホント可愛い♪」

 

「初日から遅刻は勘弁してくれよ…」

 

「まぁまぁ兄上…」

 

「…っていうかスカート短過ぎないか?」

 

「お兄ちゃんって昔からおっさんくさいよね…」

 

三つ子が玄関に揃い、クリスが扉を開ける。

 

「では、行きましょうか」

 

 

 

 

「えーこれからの三年間、お互いに…」

 

入学式の途中。クリスは話を聞きながら周囲を観察するがフリルの姿が見えない。

 

(お仕事でしょうか)

 

入学式が終わり、それぞれの教室に向かう為に体育館から退場する。

 

「芸能科はF組だっけか」

 

「うん、途中まで一緒に行こ!」

 

三人で並んで歩いていると、クリスが背後に人の気配を感じ振り向く。

 

「おや、有馬さん」

 

「入学おめでとうアクア、クリス!あとルビー」

 

(姉上はおまけみたいに言いましたね…)

 

「ここ陽東高校は他の高校と比べて授業日数の融通が利くけど、普通に赤点取ったり出席日数足りなかったら留年もするしカリキュラムもそんな違いはない。でも!」

 

ルビーは振り返って歩いている他の生徒たちを指差す。

 

「あの子は俳優、あの二人は最大手アイドルグループの子、あそこの胸がでかい子はグラビアモデル。あれは声優と配信者、ファッションモデルに歌手、ベンチに座ってるのは歌舞伎役者と女優…みんな芸能人。ここは日本で一番観られる側の人間が多い高校でもあるわ 歓迎するわよ後輩……芸能界へようこそ」

 

かなにそう言われたアクアとルビーの表情は強い決意を持った人間の表情だった。そこから教室に向かう途中までかなも同行する事になる。

 

「緊張してきたー……クリスは?」

 

「私は特に…」

 

「すごー……やっぱ私より慣れてるよね、クリスは…私は緊張しっぱなしだよー…」

 

「そんな必要無いわよ。ここは養成所でも撮影所でもなくて普通の学校なんだから普通にしてればいいのよ」

 

そして四人がそれぞれの教室に向かう為に別れ、クリスとルビーは共に1ーFの教室に着き、扉の前に立つ。先ほどかなはああ言っていたが、ルビーは扉を前にして未だ緊張している。

 

「姉上、私が開けましょうか?」

 

「ううん大丈夫!よし……!」

 

ルビーは意を決して扉を開けると、そこには既に同い年の芸能人達が会話を弾ませていた。

 

(うわぁ…!右見たら美人、左見たらイケメン。地元の中学校とは、明らかに別物!)

 

「…あの、姉上?」

 

「あ、ご、ごめん!じゃあ入ろっか!」

 

ルビーが慌てて教室の中に入り、クリスもそれに続くように中に入ると、視線がクリス達の方を向き、ルビーは困惑する。

 

(え、な、何?何でこっち見てるの?)

 

「あれもしかして、星野クリスタル?」

 

「うわ、背たかっ、顔よ…」

 

「てっきり剣道が強い高校に行ったと思ってた…」

 

「一緒に入って来た子誰?どういう関係?」

 

どうやら有名なクリスが入って来たので視線が集中したらしい。

 

(ひぇ〜…まぁ、とはいえ?ママの遺伝子を受け継いでる私も顔では負けてないわけで…呑まれてなるものか!)

 

(不知火さんは……やはり来てませんね。私の席は…姉上からは少し離れていますね…)

 

二人が自分の席に座り、ふとルビーが隣の席を見ると…

 

(!凄い子おる!!)

 

そこには、制服の上からでも圧倒的な存在感を放つ胸部を持った桃色の髪の女子生徒がルビーの顔をじっーと見ていた。そしてルビーもマジマジと彼女の胸を凝視するが、視線を上げると目が合う。

 

「すんませんジロジロ見てもうて…めっちゃ美人おるやんおもて…やっぱ芸能科ってすごいわぁ」

 

「いやいやあなただって…モデルさん?」

 

「せやね一応。うち寿みなみ言います、よろしゅ〜」

 

「寿みなみ…あぁ、グラドルやってるんだ!」

 

「目の前でググるんは、非人道的やない…!?」

 

「ひぇ〜G〜?えちえちじゃ〜ん…」

 

「やめて〜!」

 

名前を聞いた瞬間にスマホでスリーサイズまで調べていくルビーをみなみが赤面しながら止める。

 

「リアル関西弁初めて聞いた!大阪の人?」

 

「いや生まれも育ちも神奈川。喋り方はなんていうか…ノリ?」

 

「エセ関西弁だった!?……あ、私星野ルビー、よろしくね!」

 

「ルビーちゃんね、覚えたで……ん、星野?もしかしてルビーちゃんって、星野クリスタルの……」

 

「ああ、クリスは私の同じ日に生まれた弟なの。後、私の上にお兄ちゃんが居て、私達は三つ子なんだ〜。あ、お兄ちゃんは一般科にいるよ!」

 

「へぇ〜三つ子って珍し〜……」

 

「姉上、もう隣の方と友達になられたのですか?」

 

クリスが仲良さげにしているルビーとみなみが気になったのか近づいて来た。

 

「あ、クリス!紹介するね、この子はグラドルの寿みなみちゃん!」

 

「初めまして、寿みなみさん。私、星野クリスタルと申します、どうぞ気軽にクリスとお呼びください。姉上共々、今後ともよろしくお願い致します」

 

「あ、うんよろしゅうな、クリス君」(うわっ目の前で見るとホント大人びててスタイルええな〜)

 

 

 

 

 

「っていう感じで友達になったみなみちゃん」

 

「どういう感じだよ……」

 

入学初日の為新入生は午前中に終わり、ルビーはみなみと共にアクアと合流していた。

 

「どうも〜」

 

「まぁ友達できたようで何よりだよ」

 

「お兄ちゃんは友達できた?」

 

「…… いや別に友達作りにこの学校入ったわけじゃないし…」

 

アクアは顔を逸らしながらそう言った。

 

「あっ…これできなかったやつだ… ごめんね辛い事聞いて…もう教室での話ししなくていいから…」

 

「話し相手くらいは出来たっつの。男子はいきなり友達認定とかしねぇから。元より一般科はそっちと違って中高一環だからそれなりに友達関係完成してて交友深めるの時間がかかるんだよ。別に入学ぼっちとかじゃねぇし。分かる?」

 

「アクアがすごく饒舌に喋ってる… みなみちゃんアクアとも友達になってあげて…」

 

「あはは、ええですよ〜」

 

「友達をお裾分けすんな…… 俺はいいから自分の心配をしろ。特殊な環境だし勝手も違うだろ」

 

「そうなんですよねぇ周りもプロだと思うと結構緊張しちゃうっていうか」

 

「そんな必要ないわよ。ここは養成所でも撮影所でもなくて普通の学校なんだから普通にしてればいいのよ」

 

「ルビーちゃん…!」

 

「どっかでまんま聞いたセリフなんだが」

 

かなのセリフをまるパクりしてあたかも自分の発言であるかのように言うルビーにアクアが呆れる。

 

「まぁ入学式見た感じ容姿の整ってるやつは多いけど媒体で見たことあるやつはほとんどいなかったから緊張する必要はないんじゃないか」

 

「…んーん、居たの凄い人……」

 

そうそれはLHR(ロングホームルーム)が終わり、物品購入に移ろうとしていた時の事……

 

「それではこの後教材などの物品購入がありますので……」

 

ガラッと扉の音が響き、教室に居た全員が不意にそちらを見ると、そこにはクリスが良く知る人物……そう、不知火フリルが居た。

 

「すみません 今日番宣で朝の生放送あって…入学式くらいは出たかったんですけど…」

 

「不知火フリル……」

 

「不知火フリルだ……」

 

クラス全体が不知火フリルという存在に目を奪われた。

 

「ああ不知火さん、良かった。取り敢えず席に着きましょうか、えっと………そこ、星野君の隣ね」

 

「えっ」

 

フリルが先生の言葉を聞いて自分の席を見ると、確かに隣にクリスが座っていた。フリルはクリスをジッと見ると、クリスはフリルに向かって微笑んだ。

 

(あ、しゅき……じゃなくて)

 

フリルは平静を保ちつつ、ゆっくりと自分の席に向かって歩く。そして自分の席の隣に立つと、再びクリスを見て固唾を飲む。

 

「失礼します」

 

「え、あ、はいどうぞ」

 

何故かクリスに礼しながらも自分の席に着いたフリル。生徒達はフリルに視線が釘付けになっているが今のフリルにはそんな事はどうでもいい。今最も重要なのは…

 

(最推しと席が隣とかホント最高過ぎる。ありがとう席を決めてくれた人、産んでくれてありがとうお母さん、そして今日も存在が眩し過ぎる若返るわこれありがとうクリス君)

 

そう、クリスと隣同士になった事であった。周りからしてみればフリルは真顔で変なところは見えないが…

 

(……不知火さん、鼓動が恐ろしいくらい早いのですが…大丈夫でしょうか)

 

クリスにはバレバレであった……

 

 

「不知火フリルが居たんだよ!」

 

「ウンウン!」

 

フリルが内心とんでもない事になっていたのも知らずに、ルビーはフリルの事を興奮しながら語る。

 

「月9のドラマで大ヒット!歌って踊れて演技もできるマルチタレント!美少女といえばほとんどの人がまず思い浮かべる不知火フリル!」

 

「いや当然知ってるけど。お前そこまでご執心だったのか」

 

「今最推しだよ!」

 

「ふーん…」

 

「ふーんて、あの不知火フリルだよ!?」

 

「いやまぁ、それはそうなんだけどな…俺の推しは今も昔もアイだけだし…」

 

「そりゃあ私もそうだけど…それはそれ これはこれ!」

 

(まぁそれに…不知火フリルも恋愛リアリティショー出るし…)

 

そう、実はアクアは恋愛リアリティショーのPV撮影で既にフリルと面識があるのだが、ルビーはまだ知らなかった。すると少し離れたところにフリルの姿が見えた。しかし…

 

「あっほらあそこに実物!はぁ~遠目でもかわい~…って、あれ?」

 

「マジでただのファンじゃん…どうした?」

 

「不知火フリルの隣にいるの、クリス?」

 

フリルは一人では無く、クリスと一緒に居た。

 

「……そういえばさっきからいねぇなと思ってたよ…」

 

「ちょっと用があるから先行っててって言われたけど…不知火フリルと話してる…!?って、お兄ちゃん?」

 

アクアは二人に近付いていくと、クリスが気付き、フリルもクリスに教えられてアクアに気付く。

 

「こんにちは、不知火さん」

 

「アクア君。この前のPV撮影以来だね」

 

「ああ。そういえばクリスもだけど、妹もクラスメイトなんだ。仲良くしてやってくれ」

 

「ちょっとお兄ちゃん!?」

 

「それは勿論将来的に家族になるんだし……さっきクリス君からも言われたから…そういえば、今日あま観たよ」

 

「ホントに見たのか…」

 

「うん、アクア君の演技、良かった」

 

「ありがとう」

 

フリルはアクアとの会話を終わらせるとみなみを見る。

 

「そちらの方はミドジャンの表紙で見たことあります。みなみさんでしたっけ」

 

「はい!」

 

アクアとみなみがフリルと会話しているのを見てルビーは固まってしまう。

 

(すご、二人とも不知火フリルから認知されてる…もしかしてクリスも?)

 

するとフリルはルビーの方に視線を向けた。

 

「あなたがルビーさん?クリス君とアクア君からお話は伺っています。えと、それで…ごめんなさい、何をしてるのか教えてもらっていい?」

 

「あ」

 

フリルがルビーにそう質問したのを聞いてクリスはしまったと思った。

 

「私はその…今のところ特に…」

 

「…そう…えっと…頑張って」

 

苦しい表情を浮かべながらそう言ったルビーに対してフリルは励ましの言葉をかけ、その様子をクリスとみなみは苦笑し、アクアはため息を吐きながら見ていた。

 

 

 

「うわぁぁぁぁぁん!!ミヤえもーん、早く私をアイドルにしてよぉぉぉ!!」

 

帰って速攻ルビーはミヤコにそう言って泣きついていた。

 

「急かさないで。アイドルグループ作りますはいオーディションってわけにもいかないの」

 

「でも、このままじゃ…」

 

ルビーの脳内に悪い予想が展開される。

 

「あの子、特に仕事無いらしいよ」

 

「えっ、一般人じゃん」

 

「何か一般人が紛れ込んでる」

 

「厄介なミーハーじゃん」

 

という他の生徒からの心なき想像の口撃がルビーの心に突き刺さる。

 

「このままじゃいじめられる!」

 

「大丈夫です、姉上は私が守りますから」

 

「あ、なら大丈夫かってならないよ!」

 

「そうですか…」

 

「はぁ…ちゃんとしたグループ作るにはちゃんとしたスカウト雇ったり手続きもいるのよ。そうそう可愛い子なんて見つからないんだから。意欲のある子は大手のオーディションに粗方持っていかれちゃうし…」

 

「芸能科に寿みなみちゃんっていう胸バカでかくて可愛い子がいるんだけど」

 

「他所の事務所の子でしょダメ!」

 

ルビーがみなみを推薦するが即却下され、項垂れる。

 

「フリーの子ならまだしも…事務所間の揉め事は御免よ」

 

その言葉を聞いてアクアの脳内にある人物が浮かび上がってくる。

 

「フリーなら、いるじゃん」

 

「「「?」」」

 

三人が一斉にアクアの方を向く。

 

「フリーランスで名前が売れてる割に仕事がなくて…顔が可愛い子…」

 

「……あ、有馬さんですか?」

 

「え、ロリ先輩!?」

 

「ああ…有馬かなならどう?」

 

「そうね…確かに彼女なら見た目も問題無いし、良いんじゃない?」

 

「ええー…いやまぁけど確かに…」

 

ルビーは暫く悩むと、突然「あっ!!」と声を出してアクアとクリスを見る。

 

「そういえば思い出したけど、二人とも何か不知火フリルと仲良さげだったよね。何で!?」

 

「二人が今度不知火フリルと一緒にある番組に出るからよ」

 

「ええっ!?」

 

ルビーの疑問にミヤコがそう答えると、タブレットを操作して画面を見せると、そこには男4人女4人の計8人の男女が映っており、その中にはアクアとクリス、そしてフリルの姿があった。それだけでも驚いたのだが、更にルビーを驚かせる事実が画面に映っていた…

 

「こ、これ、恋愛リアリティショー…!?」

 

「そうよ」

 

「ふ、二人が、恋愛ぃぃぃぃぃぃ!!?」

 

ルビーは叫びながらまるであり得ないものを見るかの様な表情になり、画面を食いつくように見ていた。

 

 

 

次回 恋愛リアリティショー編、開幕。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




圧倒的やっちまった間。かなり無理があったと思っている。けど作者はこんな展開しか思いつかなかった、許してください…よければお気に入り、高評価、感想よろしくね!作者のモチベに繋がるから!


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第七話 恋愛

クリス君の扱いがとっても難しい。こんな難儀なキャラクターだったとは。


 

 

 

 

 

 

有馬かなをアイドルに誘う話が出た翌日、ルビーは廊下でかなを観察していた。

 

「よく手入れされたツヤツヤの髪、あどけなさの抜けない童顔、天然おバカっぽいキャラクター… たしかに長年アイドルを追ってきた私の経験上ああいう子はこってりしたオタの人気をめちゃくちゃ稼ぐ!」

 

「視点も分析も何か嫌だなぁ」

 

「あはは…」

 

かながどれくらいアイドルに向いているのかを分析していたルビーを後ろからアクアとクリスが見守っていた。

 

「人気でそうならいいじゃん。誘うだけ誘ってみたら?」

 

「いやまぁ、そうなんだけど……ほら、私とロリ先輩はただならぬ因縁があるじゃない?」

 

「あったか?」

 

「だってあの人なんか私に対して感じ悪くない!?」

 

「お前が何度も重曹とか言うからじゃねーの?」

 

「それはクリスも一緒じゃん!」

 

「クリスは有馬の事別に苦手って思って無いからな… とにかく呼び出しておくから話だけでもしてみろよ。その上で仲良くできないと思うなら無しでいいし」

 

「うん…」

 

こうして放課後にかなを公園に呼び出し、アイドルに誘う事になったのだった…

 

 

 

 

 

放課後、アクアに大事な話があると呼び出され内心ドキドキしながら公園訪れたかな

 

「お待た…」

 

「待ってたわ、遅いじゃない!」

 

「は?永遠に待ってろ」

 

てっきりアクアだけかと思いきや、ルビーとクリスも居た事により胸の期待が一瞬で消え去ってしまった…

 

「何で二人もいるのよ」

 

「話があるのはルビーの方だからな」

 

「はぁ……気負って損した…」

 

かなはそう言うとベンチに座ってスマホを弄り始める。

 

「で…何?私も暇じゃないんだから20秒で済ませて」

 

「態度露骨ぅ…!お兄ちゃん!ここでアイドルやらないって誘ったら君はアイドル級に可愛いよって言うようなものじゃない!?すんごく癪なんだけど!」

 

「何のプライドなんだよ… 一刻も早く活動を始めたいんだろ?意地張ってる場合なのか?」

 

「……そうだよね、確かにそうだ…」

 

「姉上、頑張ってください」

 

アクアとクリスに促され、ルビーはかなの前に立つ。

 

「有馬かなさん、私とアイドルやりませんか?」

 

ルビーから突然真剣な顔でそう言われたかなは一瞬思考が停止してしまう。

 

「あ、アイドル?何よ、急に…」

 

「苺プロでアイドルユニット組む企画が動いてるの。そのメンバーを探してて… 有馬さんフリーって聞いたから…まぁ有り体に言うとスカウト?」

 

「……これ、マジな話?」

 

「大事でマジな話」

 

「……ちょっと考える時間頂戴」

 

かなはそう言って黙って考え始めた。

 

「兄上はいけると思いますか?」

 

「ま、普通は無理だろ。若手役者っていう安定した立場から不安定なアイドルになるっていうのは。有馬ならそこら辺もちゃんと分かってるだろうし」

 

「なら、無理だと?」

 

「いや…方法はある」

 

少し離れた場所から見守っていたアクアはかなに近付いていく。

 

「…悪いけど「頼む、有馬かな。妹とアイドルやってくれ」っ!」

 

アクアはかなの前で膝を着いてそう頼み込む。

 

「あ…でも私、そこまで可愛く「いや可愛いだろ」んぐっ!?」

 

「俺も酔狂でアイドルやってくれなんて言わない。有馬は、そこらのアイドルよりずっと可愛い。有馬になら、大事な妹を預けられると思っている」

 

「えっ、でも…」

 

「頼む、アイドルやってくれ」

 

「む、無理!」

 

「頼む」

 

「やらないって!」

 

「有馬の事、信頼して頼んでいるんだ」

 

「もう!何度も言われても無理なものは無理!絶対やらないから!!」

 

 

 

 

 

「苺プロへようこそ、歓迎します」

 

あれだけ無理と言っていた有馬かなであったが、まるで即堕ち二コマのように数時間後には壱プロの契約書に判子を捺していた…

 

「頭ではダメって分かってるのに!何で私はいつもこう…!」

 

「一緒に頑張ろね、せんぱーい」

 

「有馬さん、これからは同じ事務所の芸能人同士頑張りましょうね」

 

かなが頭を抱える中ルビーとクリスは歓迎の言葉を投げかける。

 

「まさか本当に引っ張ってくるなんて…どんな手を使ったの?」

 

「別に、ただの人読み…有馬かなは共感力が強くて押しに弱い。性格上、泣き落としやゴリ押しが有効かなと思って試したら、案の定だっただけ」

 

「アンタねぇ…そういう事ばかりしてると、その内酷い目見るわよ。夜道には気をつけなさい」

 

ミヤコが呆れながらアクアに忠告するが、アクアは悪いとは思っていないようだ。

 

「ま、元天才子役っていう今や何の意味も無い肩書きが、元天才子役のアイドルに変わっただけ…どのみち何かしらのカンフル剤は必要だったし…」

 

「自分を納得させるのに必死だねー」

 

「それに、アイツと同じ事務所になれば一緒に仕事する機会も増えるし何か盗める技術があると思うのよね…」

 

「そうなの?」

 

「む、私の技術も盗むおつもりですか?」

 

「アンタから盗める技術なんて無いわよ。アンタはそのルックスと運動神経が売りなんだから、私が真似出来る訳無いじゃない…… ねぇアクアって次の仕事とか入ってないの?」

 

アクアが部屋から退室したタイミングでルビーとクリスにそう訊いたかなに対して、ルビーは渋い表情をする。

 

「あるにはあるよ?ていうかクリスも一緒だし…」

 

「何か渋い顔ねぇ…」

 

ルビーはパソコンの画面を操作してかなにアクアとクリスの次の仕事を見せる。するとクリスも少し気まずそうな表情で退室して行った。

 

「これ…」

 

「………えっ!?アクアとクリスが恋あ…不知火フリル!?」

 

そこには、アクアにクリス、更に不知火フリルが出演する恋愛リアリティ番組が映っていた。二人はメディア用の告知動画を再生する。

 

<今回参加する8人のメンバーは……>

 

『えと、鷲見ユキです。高一です』

 

「スタイル良い〜」

 

「上から下まで整ってるわねぇ…」

 

『熊野ノブユキです。ダンスが得意です』

 

『黒川あかね。高校二年生、役者です』

 

「うわ、出た…!」

 

「え、知り合い?」

 

「まぁね…」

 

『高三のMEMちょです!YouTubeで配信やってます。よろしくね!』

 

「こういうのも出るのね…」

 

「可愛い〜!」

 

『森本ケンゴ。バンドやってます、よろしく』

 

「なるほどね、芸能活動をしている高校生達が週末色んなイベントを通じ交流を深め、最終的にくっつくとかくっつかないとかそういう番組」

 

紹介された五人の学生達が教室で話し合っているのを見てかなは番組のコンセプトを理解した。

 

「鏑木Pの番組ってだけあってみんな顔はいいわねー」

 

「あ、お兄ちゃんだ」

 

すると教室の扉が開き、アクアが入ってくる。

 

「アクアです。何かめっちゃ緊張するわ〜…皆、よろしくね!」

 

「「いや誰!?」」

 

普段見ているアクアとの変貌ぶりに驚愕する二人。

 

「お兄ちゃん陰のオーラ発してる闇系じゃない!」

 

「キャラ作りすぎ!」

 

『えぇ~かっこい~。役者さんて憧れるぅ』

 

「あーあお兄ちゃんこういうぶりっ子タイプには厳しいからなぁ…この子はないなぁ」

 

アクアに対してぶりっ子を発動したMEMちょを見てルビーは無いなと思ったが…

 

「MEMちょも可愛いね。めっちゃ照れる…」

 

「「は?死ね」」

 

「何だあいつ…私には可愛いなんて勧誘の時しか言わなかったくせに…」

 

「女に囲まれて浮かれてんな…帰ったら説教だわ……あ、クリス」

 

二人が画面越しにアクアを罵倒していると、次にクリスが入ってくる。

 

『クリスタルです。役者をやっております。気軽にクリスとお呼びください』

 

「こっちは普通ね」

 

「良かった…クリスまで変なキャラ作ってたらどうしようかと…」

 

「ま、アイツ素で変なキャラじゃない』

 

「…そうかも…」

 

『え、お二人は兄弟なんですか?』

 

『そうそう、俺が兄でクリスが弟なんだ』

 

『兄上共々、よろしくお願い致します』

 

アクアとクリスが共演者達に自分達が兄弟である事を説明していると、最後の一人が教室に現れる。

 

『不知火フリルです。高校一年、役者をやっています。皆さん、よろしくお願いします』

 

「きゃ〜!不知火フリル来た〜!」

 

「何でコイツこの番組出てんのよ……」

 

告知動画はその後少しだけ続くと終了した。

 

「はぁ…ていうか、結局お兄ちゃんもオスなんだね」

 

「チョロそうなメス見つけたらすぐこれだよ」

 

かなのブーメラン発言はともかく、二人はキャラ作って出演しているアクアに大層ご立腹の様だ。

 

「二人とも、これメディア用だから落ち着いて… そうしないと番組が成り立たないでしょ?身近な男が女にデレデレしてるところ見ると腹立つのは分かるけれどね。アクアも役者、そういう男を演じる気持ちでそこにいるんじゃないかしら?クリスは演じてないみたいだけど」

 

「演技…」

 

ミヤコがそう説明するが、かなはやはり何処か納得がいかないようで…

 

「分かってるけど…これ最後本当に告白して恋人になったりするんですよね」

 

「そうね。形式だけでもそこの筋は通すことになるでしょうね」

 

「告白成功したらキスとかするんでしょ」

 

「まぁ、定番ね」

 

「…こんな番組なんで受けたんだろ…」

 

かなは膝を抱えて落ち込みながらそう言った…

 

「あなただって女優を続けるなら、いずれキスシーンとかも求められる。ここを割り切るのも仕事のうち。この業界でガチガチの貞操観念持ったままだと後々辛いわよ」

 

「分かってるけどさ…」

 

かなはこの日から暫くモヤモヤしたものを抱えながら夜を過ごす事になったのだった…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今ガチの収録日、アクアはMEMちょと共にベンチで座りながら話し合っていた。

 

「で〜、うちの犬!」

 

「うんうん」

 

「ほら可愛くて、見て見て!」

 

「うんうん、可愛いね」

 

(だる。若者特有の共感し合うだけの会話キツぅ…なんで俺がこんな…)

 

MEMちょとの会話を適当にこなしながらアクアは内心そう思っていた。しかしこれも鏑木Pからアイの男性関係を聞き出すためと堪えていると、その様子をクリスとフリルが遠くから眺めている。

 

「正直今の兄上に慣れないのです」

 

「分かる、学校と全然違うもんね」

 

「不知火さんも何時もより落ち着いてますね」

 

「流石にカメラの前で限界化するのは不味いかなって。頑張って抑えてる」

 

(アイツら二人してこっちを真顔で見ながら何話してんだ…?取り敢えず、この番組の流れはこうだ)

 

アクアは最初に説明された番組の流れを思い出す。

 

「えー皆さんは各々の自由に会話していただいて構いません。ただ定点カメラのアングルにだけ気をつけてください。カメラマンが寄った時はできたらでいいんで、その時してたやりとりを要約した会話をしていただけると助かります」

 

(恋愛リアリティショーの歴史も20年になりある程度のノウハウが蓄積されている…番組としてのエンタメ性を担保しつつ各々の個性に任せたリアリティの演出方法)

 

アクアやクリスにとって初めての経験となる恋愛リアリティショー。アクアは普通とは違う番組の流れに少し慣れないでいた。それは他の出演者達も一緒で、黒川あかねはディレクターにアドバイスを貰いに行っていた。すると鷲見ユキがアクアの隣に来る。

 

「本当にこういう番組って台本ないんだね。どんな話していいか全然わからない」

 

「分かる〜」

 

(リアリティショーに台本は無い… だが演出はある。ディレクターの話をアドバイスと取るか指示と取るかは人それぞれ)

 

「あたし臆病でガシガシ前に行けないしあんまりトークうまくないしきっと埋もれるんだろうなぁ」

 

「何で君はこの仕事を受けたの?」

 

「うちの事務所の看板の人が仕事を断らない主義でね。事務所に来た仕事を全部持っていくから年中ヒマでさぁ…何か足掻きたくて…そしたら鏑木さんが…」

 

「あぁ…」

 

「渡りに舟っていうか。恋愛とか今までしてこなかったから」

 

「嘘だぁ」

 

「やだな嘘じゃないよ。私まだ高一だよ?タレントだからってみんながみんな恋愛してると思ったら大間違い。君は恋愛に興味無いの?」

 

「ないわけないじゃん。僕も男だし… でも僕は過去の恋愛引きずってて…」

 

そう言うアクアの脳裏に浮かんだのは今も眠っているアイの姿だった。

 

「いや…思えばあれが恋だったのかも分からない。消化しきれてないから…なんとも…」

 

「ふぅん複雑なやつだ?あ、学校の先生を好きになったとか?」

 

「割と近いかも」

 

「じゃあ乗り越えないとだね… 知ってる?前シーズンのカップル最後にキスしたんだよ」

 

「まぁ、一応予習はしたし」

 

「良い人がいるか不安だったけど…私、君にならキス出来るかも」

 

「なっ…」

 

ユキがアクアの耳元でそう囁き、アクアが驚いた顔を見せるとユキは上目遣いでアクアを見ながら言う。

 

「後ろ、カメラマンさんが撮ってるよ」

 

「!」

 

「カメラに視線を送っちゃダメ」

 

咄嗟にカメラに目を向けそうになったアクアをユキは止める。

 

「ここはきっと使われるよ。仲良くしようね♪」

 

ユキはそう言ってアクアの元から去っていった…

 

(…いい性格してるな。何が臆病だよ…なるほど、これがリアリティショー…っていうか…)

 

アクアは目線をある方向に向けた。

 

(アイツらずっと一緒にいるな…)

 

視線の先には何かを話しているクリスとフリルが居た…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

クリスとフリルは収録が始まってから殆ど離れていない。というのも、フリルが絶対に離れようとしないのが原因でクリスも別にその事に対してどうこうするつもりは無かった。カメラが向けられる中、二人は適当に近況を話し合っていると…

 

「そういえば、ずっと疑問に思っていた事があったの」

 

「何でしょう?」

 

「どうして武道に進まなかったの?」

 

フリルのその言葉にクリスは少し目を見開く。そんな話がフリルから振られるとは思っていなかったからだ。

 

「クリス君は…正直役者としてより武道家としてのキャリアがメインだと思っていた。実際、剣道、弓道、空手…クリス君は種類問わずに凄い活躍をしていた」

 

「…まぁ、そうですね」

 

「きっと、武道を志すあらゆる人達がクリス君を求めたと思う。それなのに、どうして役者の道を選んだの?」

 

「……理由は、二つあります」

 

クリスは空を見上げ、中学時代の事を思い出しながらフリルの質問に答える。

 

「要らない、と思ったからです」

 

「…要らない?」

 

「はい…確かに、武道界の様々な人達は、私を欲していました…けれど…私は、武道で得る物が無かった。中学の3年間でそれが良く分かりました」

 

クリスは申し訳なさそうな顔をして続ける。

 

「武道が私をどれだけ欲し、求めようとも、私の人生に武道は不要だったから…私は…自分の知らない道を、歩いてみたかった。それが一つ」

 

「……」

 

「もう一つは、私より武道界にいるべき人達に目を向けて欲しかったのです」

 

クリスはそう言うと微笑みながらフリルを見る。

 

「中学の三年間、中学の武道に関するニュースはどれを見ても私ばかり。まるで私が主役、他の方々が脇役…そのような状況でした…けど、彼等を三年間見てきた私だから言えます。彼らは私なんかより純粋に武道に向き合い、胸を張ってその道を歩み、人生を賭ける事が出来る。だから…」

 

「その人達の為に、身を引いた?」

 

「自分勝手で傲慢…彼らが聞いたら怒るでしょうね…けれど私は後悔していません」

 

クリスの脳内に中学の三年間、クリスに挑み続けて来た人達の顔が、眼差しが思い出される。

 

「……きっと、これで良かったのです」

 

少し寂しそうにしながら、そう言った。

 

「…そっか……じゃあ、役者になったのは何で?」

 

「おや、それも聞きますか?」

 

「うん、気になるから」

 

「不知火さんは大胆な方ですね。ですが、役者なった理由ですか……そうですね、それは…」

 

クリスは右手の人差し指だけを立てて口元に寄せる。そして妖しく微笑み…

 

「秘密、です」

 

そう言った。

 

「……クリス君」

 

「はい」

 

「そんな顔すんの、反則」

 

「不知火さん?」

 

若干キャラ崩壊しかけたフリルをクリスは慌てて元に戻そうとする。割とすぐ簡単に戻ると、フリルは次の質問をする。

 

「クリス君は今気になってる子とかいるの?」

 

「それは…異性として?」

 

「そう」

 

「でしたら簡単です。()()()()

 

「…本当に?」

 

「はい。居ませんよ?」

 

「…クリス君って、恋愛に興味無いの?」

 

「む、難しい質問ですね…」

 

クリスは少し考え、やがてある話をする。

 

「恋愛に興味を持った事はあります。何せ私、恋をした事が無いので、恋をするというのはどういった事なのか、知りたいと少なからず思っています…ですが…私、割と、なんというか…」

 

「なんというか?」

 

「恋愛に向いてない性格、らしいのです…」

 

「…そう、なの?」

 

クリスの言葉に今度はフリルが目を見開いて驚く。クリスは苦笑しながら続けた。

 

「そうですね…簡単な話ですが、私は…家族以外には、基本的に誰にでも態度が変わりません。他人に向ける感情が、全て同じになるのです」

 

「……感情が、全て同じ…」

 

「そうです。例え数年の付き合いであろうとも、数日だけの付き合いでも、どちらに向ける感情の大きさは等しいと…」

 

「………」

 

「唯一の例外は家族。家族だけは他人より特別に思える。けど家族は恋愛対象として見れない。だから…」

 

「恋が分からない」

 

「そうですね」

 

「………」

 

ふと、フリルは自分が拳を握りしめているのに気付く。しかし視線はずっとクリスの方を向いていて、クリスの穏やかな横顔を見ながら、フリル気付いた。

 

(私、今凄くイライラしてる?)

 

フリルは今まであまり感じた事が無いほどのイラつきが湧き上がってくる事に気付き、原因を考える。

 

(──ああ、そうだ、クリス君にイラついてるんだ)

 

答えは、直ぐに見つかった。

 

(私はクリス君を強く想っている。他人に向ける感情なんて比じゃないくらいの感情をクリス君に向けてる。それなのに…クリス君はそうじゃない。私と他の人に向ける感情の大きさは一緒って言った)

 

そう、答えはフリルはクリスを特別に思っているのに、クリスはフリルを特別に思っていないから。自分の気持ちが一方通行だと気付かされたからである。

 

(…ダメ、このままではダメ)

 

フリルはその事に気付いた瞬間、ある強い決意が心の中で芽生える。

 

「不知火さん?どうかされましたか?」

 

「………決めた」

 

「はい?」

 

フリルはいつも通りの表情だが、クリスはフリルが何時もより不機嫌になっている事に気付いた。

 

「星野クリスタル。特別が分からない、って言ったね」

 

「?……はい」

 

「だったら私がなってあげる」

 

「!」

 

「覚悟して。あなたの人生、家族以外で初めて特別な存在になるのはこの私、不知火フリルだから」

 

こうして、不知火フリルの星野クリスタルの特別になる大作戦が始まったのであった。不知火フリルの勝利条件はただ一つ。

 

 

──星野クリスタルに、恋をさせる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ていうか不知火フリルも出番少なすぎて書きにくいんだよね。けど好きなので問題は無い。感想、お気に入り、高評価、お願いします!


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第八話 再会

リアリティショー編も特に書く事無くね?割とダイジェストで進むぜ!


 

 

 

 

「仮にも私は妹で姉な訳で!私が嫌いなタイプと兄と弟が付き合うのは嫌な訳!」

 

アクアとクリスが今ガチの収録から帰って来ると、ルビーが不機嫌そうにしながらそう言った。

 

「なので、二人が付き合うべき女性は私が決めます」

 

「勝手にもほどがある」

 

「では、姉上はどなたとお付き合いすべきだと思いですか?」

 

「えっとね〜、私の一押しは〜…」

 

ルビーはタブレットを操作して今ガチの女性メンバーのプロフィールを見ている。

 

「先ずはユキぽん!たぶんこの子は純粋で良い子だよ!」

 

ルビーはそう言って二人に鷲見ユキの画像を見せる。二人はその画像を見て顔を見合わせると…

 

「お前は見る目がないからしばらく恋愛すんなよ」

 

「姉上は純粋ですからね…」

 

「はぁ!?……ま、まぁいいもん。もう一人は今最推しの不知火フリル!どう?」

 

「不知火さんですか…」

 

「…そういえば、お前と不知火さん、収録中ずっと一緒にいたよな」

 

「え、本当?……クリスって学校でもよく近くに不知火さんがいるし…仲良いの?」

 

「?……そうでしょうか?」

 

「いやいや、どう考えてもアレは友人の距離感だったぞ」

 

「うんうん」

 

「……」

 

二人は知らないがクリスはフリルと連絡先を交換するほどには仲が良い。しかし、クリスからしてみればそうしているのはフリルが望んだからに過ぎず、クリスのフリルに対する感情は他の人間達と何ら変わりない。

 

(特別……)

 

フリルはクリスに対して特別になると言った。クリスはその言葉を聞いて思い返す。自身の生において、何が特別だったのか。

 

(家族以外の、特別……)

 

クリスはどうしてか、忘れられなかった。自分に強い宣言をした、あの時の不知火フリルが。その姿が、誰かに重なっているようで。

 

 

 

 

 

 

 

 

今ガチの初回が放送され数日、番組はかなりの注目を浴びていた。それもその筈、今ガチはこれまでの恋愛リアリティショーには無い二つのイレギュラー…不知火フリルと星野クリスタルが出演しており、フリルのクリスの特別になる発言によって二人を中心に話題が広がっていた。

 

『初回からフリルがクリスタル狙い発言は飛ばし過ぎじゃない?』

 

『ていうか何でクリスタルはフリルからそう言われて特に何も反応無いの?』

 

『クリスタルって、何か人に興味無さそうだよね。強く反応したのって出演者の中じゃアクアだけじゃない?』

 

『ブラコンかよ…』

 

『アクアと同じ人を取り合う展開来ないかなぁ』

 

『何だその修羅場、けど面白そう。見てみたい』

 

などなど、まぁ一部のファン(ガチ恋勢)は地獄の様相だが、世間からのおおまかな評判は今まで人生の全てを武道に捧げ、恋を知らずに生きて来たクリスタルとそんな彼に恋を教えようとする不知火フリルと言った感じだった。そして…

 

「え、クリスの好み?」

 

最近アイドル活動の第一歩としてピエヨンチャンネルで一時間踊ったりした星野ルビー。昼休みに彼女を訪ねてきた人物、そう不知火フリルからクリスの好みなどについて聞かれていた。

 

「そう、何でも良いの。何か知らない?」

 

昼休み、屋上で仲良くなった寿みなみと共に三人でお弁当を食べていたところでそのような質問をされ、ルビーとみなみは固まった。

 

「えっと…因みにそれは…何で…?」

 

「?もう知ってると思ってだけど。私、今ガチでクリス君の事を本気で狙ってるの」

 

「「ええっ!?」」

 

不知火フリルからの告白にも等しいカミングアウト。二人もフリルが本気でクリスを狙っていると知り驚愕する。

 

「し、不知火フリルが、うちの弟を…!?えっと、因みにクリスのどこが好きになったの?」

 

「うちも気になる!」

 

女三人寄れば姦しいとは良く言ったもので、話題がフリルとクリスの恋バナに移っていく。

 

「……やっぱり最初は見た目かな。美形で、背が高くて、大人っぽい。あんなの同年代なら誰でも憧れるでしょ」

 

「せやねぇ…なんていうか…大人の余裕?色気?ってのを常に感じるっていうか…」

 

「そう?クリスって普通に年相応だと思うけど」

 

「やっぱり家族は特別だから違うのかな」

 

他人から見たクリスはミステリアスな大人っぽいイケメンだが、ルビーやアクアにとってクリスは家族が大好きな犬系男子である。

 

「それで、そこから気になって剣道の試合とか、暗黒騎士シュラムの演技を見たりしたんだけど…」

 

「けど?」

 

「なんていうか…うん、クリス君の動き、演技はただただ綺麗って感じた。上手い、とかじゃなくて…自然で、美しかった」

 

「確かに、クリス君って普段から動きに品があるっていうか…この前ノート見させてもろたけど、字めっちゃキレイやったし…」

 

「クリス、書道とか茶道もやってるからね」

 

「ちょっとハイスペックすぎん?」

 

「頭はそんな良くないよ。えっと、不知火さんから見てクリスは役者としても凄いの?」

 

「……どうだろ、確かに自然だったけど…それだけだったかな。アレは演じてるって感じじゃ無かった。シュラムとクリス君が結構似てたからだと思うけど…全く違う役をやらないと役者としての技量は分からないかな」

 

「そっかー…って、話逸れちゃったね。ね、他にクリスの何処が好きになったの?」

 

クリスの演技の話から再び恋バナに軌道修正すると、フリルは少し考えて…

 

「色々あるけれど…一番は、底が見えないところ」

 

「「?」」

 

「どんな事にも動じない。けどそれは自信から来るものじゃなくて、理解から来るもの。例えるなら…どれだけ進んでも、必ず一歩先に居る」

 

「えっと…どういう事?」

 

「ルビーさんは、クリス君の剣道の試合とか見た事無い?」

 

「いや、あんまり…」

 

「クリス君は、試合で勝っても喜ばない。何時も平然としているの。まるで自分が勝つって分かってるみたいに。それだけなら凄い自信家に思えるでしょ?」

 

「う、うん…」

 

「けど彼は自分へのインタビューでこう言った。『私は自分の実力は疑うが相手の実力は疑わない。相手が繰り出すであろう最高の一手を予測して対処しているだけ』って」

 

「……」

 

「クリス君は天性の運動能力にばかり目が行くけど。本当に凄いのは、どこまでもこちらを見透かしているあの目と、常に冷静でいられる精神性。クリス君と対戦した人、試合を見た人は皆こう言う『同じ人間とは、到底思えない』って」

 

ルビーは驚いていた。確かにクリスが剣道などで恐ろしいほど高い評価を受けていたのは知ってはいたが、そこまでのものとは思っていなかった。

 

「彼が持っているものは絶対的な自信じゃなくて、他者への絶対的な信頼と理解。どんな人間にも寄り添う慈愛と寛容さ。そしてこの前の収録で、私は決意した───

 

 

 

 

あの歪で真っ直ぐで、愛に満ちた平等な眼差しを、私だけの物にしたい」

 

そのフリルの言葉を聞いた二人は思った。

 

((想像以上に重い感情持ってた…))

 

「と、言う訳で。クリス君の好みとかを知りたいの」

 

「う、う〜ん……けど、クリスって好きなタイプとか…趣味趣向とか無くて…」

 

「誕生日プレゼントとかは?」

 

「あの子、どんな物かより気持ちを凄く大事にするから…うん、ごめん。クリスのそういうの、私には分からない」

 

「……そっか」

 

「が、ガッカリした?」

 

「いや、アクアさんにも聞いたけど同じ感じだったし。これは俄然攻略に燃えてきた」

 

((強いなぁ…))

 

「教えてあげる。私はあなたの理解から外れたモノだって」

 

二人はそう言ったフリルの瞳の中に、炎の揺らめきのようなものを幻視した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「クリスについて?」

 

「そう!あの不知火フリルにあんなハッキリ狙われてるなんて、彼何者なの?」

 

時は経ち、今ガチの収録も何回か行われた頃、不知火フリル、星野クリスタル以外の出演者達が集まって二人について話していた。皆の視線の先には今日もクリスを堕とそうとあれこれ試しているフリルの姿があった。

 

「そう言われてもな…俺からしてみればしっかりした良い弟だし」

 

「それは分かるよ?クリス君礼儀正しいし、凄く良い子だし」

 

「ニュースで何回か見た事あるしな」

 

収録を何回か共にして今ガチメンバーもフリルがクリスに対して異常に執着している事が分かっていた。しかし…

 

「あの不知火フリルが何しても特に反応無しって…」

 

「優しいけど、アレだけアピールしてるのに私達と対応変わらないんだよ?アクたんだけじゃん、対応が違うの」

 

「あ〜…まぁな」

 

「SNSでもプチ炎上してるよ、ほら!」

 

『クリス、フリルに対して冷たすぎ』

 

『フリルも何でまだクリスの事狙ってんの?』

 

『何でこの番組出てんだコイツ…』

 

『アクアだけじゃん、優しくしてんの。ブラコンがよ…』

 

『マジ意味分からん…』

 

『いくらなんでも人に興味無さすぎ』

 

SNSではクリスに対する非難の声が幾らか上がっている。フリルのガチ恋勢は逆に安心した様子を見せており、アクアはそれを見て苦笑する。

 

「けど、不知火さんはどうしてクリスさんをまだ諦めて無いんでしょうか…私だったら無理って思いますけど」

 

「そうだよ!何やっても振り向いてくれないんだよ、そんなの普通諦めるって!」

 

「なんていうか、アクたん以外に興味無しっていうか…」

 

上からあかね、ユキ、MEMちょの順でそう言い、ノブユキとケンゴもうんうんと頷く。するとアクアはため息を吐き、クリスとフリルを見つめる。

 

「クリスはちゃんと不知火さんの事、意識してるよ」

 

「えー嘘だー」

 

「嘘じゃない。けどそう見えないのは…クリスが皆の事を意識してるからだ」

 

「どういう事?」

 

「クリスは不知火さんの事好きだけど、それと同じくらい今ガチメンバー全員の事が好きなんだよ」

 

アクアがそう言ったのを聞いて、今ガチメンバーは驚いた顔を見せる。

 

「クリスは誰でも特別の様に扱うから、それが普通になった。だからどれだけ優しく接しても、他の人と対応が変わらないから冷たく見えるだけなんだよ」

 

「……けどさ、不知火さんに対してはもう少し違う反応見せたって…」

 

「……アイツ、中学の頃滅茶苦茶モテてたんだよ」

 

「そりゃそうだろ」

 

「あんなのモテまくりでしょ」

 

アクアはクリスの中学生だった頃に起きたある話を今ガチメンバーにした。

 

「バレンタインなんか大量のチョコ持ってきてさ。けどアイツは嫌な顔一つしてなかった。寧ろ嬉しそうだったよ…そしてアイツ、数日掛けてチョコ全部自分で処理したら、何し始めたと思う?」

 

「ホワイトデーのお返しの準備?」

 

「そんな感じ。チョコくれた人全員に手紙書き始めたんだよ」

 

「「「「「ええっ!?」」」」」

 

「チョコくれた人の名前を全員覚えてて、手紙の内容もしっかり書き分けて、一枚一枚丁寧に書いてた。んで、全員分のお返しのお菓子も手作りして、ホワイトデーに手紙と一緒に渡したんだ」

 

「凄い…」

 

「だろ?クリスは誰に対してもそんな感じで接してるんだ。不知火さんもそれが分かってるからクリスの事を諦めない。クリスは振り向かないんじゃなくて、誰に対してもちゃんと向き合う。それを付き合いが浅い内は、別の人の方を見ててこっちを見てないって感じるんだよ」

 

「……ちょっとクリス君の事誤解してたかも」

 

「仕方ないさ、そう見える生き方をしてるアイツも悪いし、実際。不知火さんの事は他の人より意識しても良いって俺も思ってるよ。けど、それはアイツが不知火さんに恋をしない限り無理だ」

 

しかしアクアも内心は無理なのではないかと思っていた。アクアにとってクリスの平等が崩れた瞬間は、あまり思い出したく無いが、アイを刺した男に対してだけだった。それ以外でクリスが他人に特別な感情を持つ事は一切無かった。

 

「本当に諦めないのか、不知火さん…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「家族を特別に思うなら結婚して家族になれば特別に思ってくれるの?」

 

「…それは違うのでは?結婚したから特別では無く、特別に思うから結婚するのでしょう?」

 

「うん、だよね。忘れて」

 

フリルは内心少し焦っていた。幾ら何でもこの男、ガードが硬すぎる。いや、ガードなどしておらず寧ろ常に両手を広げて受け止めてくれるが、どんなアタックをしてもピクリともしないと言った方が正しい。

 

「…クリス君って、好きなタイプとか無いの?」

 

フリルはもう直接クリスに好みを聞く事にした、が…

 

「いえ、ありませんね」

 

「本当に?」

 

「はい。強いて言うなら…」

 

「っ!」

 

「どんな人も好きですよ、私は」

 

「……」

 

(一瞬で上げて落とされた…)

 

クリスの攻略は未だに進まず、このままではエンディングに辿り着くどころかスチルすら見れない。イベントも無い。一体どうすればこの男を堕とせる?フリルはひたすらに考えるが、案は浮かばない、というかやれる事はやり尽くした。

 

 

「……私の相手は、もう疲れましたか?」

 

「!」

 

クリスがフリルに対して、困ったような顔をしながらそう言う。

 

「すみません、ご期待に沿えずに…不知火さんが私を特別に思っているのは承知しています。私も、不知火さんを大切にしたいと思っております」

 

「…けどそれは、私だけに対してじゃない。そうでしょ?」

 

「その通りです。私は、皆さんを全員、大切に思っています。兄上は勿論、鷲見さん、黒川さん、熊野さん、森本さん、MEMちょさん…皆さんの事が、とても大切です」

 

「……うん」

 

「不知火さん、私はやめた方がよろしいですよ。こうやって一緒に番組に出る内に理解しました…私は…恋が出来る人間では無かったのです」

 

クリスはそう言って立ち上がり、フリルに背を向ける。

 

「不知火さん、ちゃんと見つけるべきです。あなただけを大切にしてくれる、そういう人に」

 

クリスはそう言うと去っていった。フリルはその背中を黙って見つめる……

 

 

 

 

「私は諦めない」

 

「!……不知火さん」

 

事はしなかった。フリルの言葉にクリスは振り向く。その表情は…やっぱり、と言った感じだった。

 

「分かってるなら諦めて。私はあなたを諦めない、必ずあなたの中で大切を超えた特別になる」

 

「…あなたは思った通り、強い人だ。きっと何を言っても無駄なのでしょう」

 

「それはお互い様」

 

結局その日も、二人に進展は無かった。来る日も来る日も同じ事の繰り返し、やがて番組は同じ事をやり続ける二人では無く、ゆきを中心とした番組になっていった。

 

「私もう、今ガチやめたい…!」

 

「ええっ!?」

 

「こんな途中で?」

 

涙目になりながらユキが他の今ガチメンバーに対してそう言う。

 

「何でそんな事言うんだよ!」

 

「… 最近ね、学校の男子とかがからかってくるんだ。お前こういう男が好きなんだーとか…自分の好きって気持ちをみんなに見せるってこんなに怖いことないよ……始まるまで全然わかってなかった。大勢の人に注目されるっていいことばかりじゃない…」

 

「メムも自分のチャンネルでバカやってるからわかる…みんな私のことバカだと思って…まあ実際バカなんだけどぉ」

 

「私も、最近現場とかで良く言われる…クリス君はやめた方が良いって」

 

「それは私も思っております、不知火さん」

 

「本当に辞めちゃうの…?」

 

「俺がいつでも話聞くからさ!ユキがやめるなら俺もやめるからな!」

 

「ノブ君…」

 

涙を流すユキに対してノブユキがそう言って支えようとする。

 

「そんなこと言わないで続けようぜ!」

 

「鷲見さん。熊野さんだけではありません、私でも良ければお話しを聞かせていただいても」

 

「クリス君、私ちょっとクリス君に相談したい事があるな」

 

「あの、不知火さん。足、踏んでます」

 

「ふん」

 

「……私は…」

 

番組はそこで終了する。視聴者達は早速次回はどうなるのか、SNSや記事などで考察を広めていく。そして番組が終わった後、今ガチメンバーは…

 

「オラァ特上盛り合わせ追加じゃーい!思う存分食えよ餓鬼共!」

 

MEMちょの奢りで焼き肉を食いに来ていた。因みにフリルは予定があるらしく来れなかった。後、ユキの番組辞める発言については自分の気持ちを誇張して言っただけであり、本気で辞めるつもりは無いらしい。

 

「………」

 

クリスは皆が楽しそうに焼き肉を食べる中、一人だけある事を考え続けていた。

 

(一体どうすれば、不知火さんは私を諦めるだろう)

 

その問いに対してクリスは、自分が理解している不知火フリルは諦めない。という答えに辿り着く。

 

(いっそのこと付き合う…いえ、それこそありえません。他の人間と変わらぬ感情しか持たぬのに、関係を持つ事は不知火さんに対して失礼でしかない)

 

「ふむ…恋、か…」

 

それは前世でも分からなかった感情。災いは人を選ばない。誰に対しても良くも悪くも平等。故に特別はあり得ない。

 

(それとも…()()()の様になれば、恋に辿り着けるのでしょうか)

 

それは、クリス…そして夜叉が知る限り。ハッキリと特別だと思う記憶。人は知らない歴史にある記録。

 

(あれは…あの存在は、確かに特別だった。私の理解に収まらず、特別よりも特別だと思えた。恋とはアレと似ているのでしょうか?)

 

クリスは己に問い続ける。恋とはああいう出来事だったのだろうかと。

 

 

 

 

 

 

 

 

そしてまた時は経ち、暗雲立ち込めるある日の収録。クリスはある事に悩んでいた。

 

「黒川さん、最近焦っていますね」

 

「そうだね。元々リアリティショー向けの性格じゃないとは思ってだけど」

 

出演者の一人である黒川あかねが、最近目立っていない事に関して焦っているのか、無理をしているのである。

 

「あまり思い詰めないで欲しいのですが…」

 

 

クリスの悪い予感は的中した。あかねがユキの顔に勢い余って傷をつけてしまったのである。あかねとユキはその後直ぐに仲直りしたが…

 

「黒川さん、凄く燃えてるね」

 

「………」

 

ネットやSNSではあかねを集中攻撃しており、あかねさんは炎上してから番組に出演出来なくなっていた。クリスはあかねを叩くSNSの呟きをジッと見つめる。

 

「人は、人を傷つけて苦しくならないのでしょうか」

 

クリスは学校の屋上で、隣にいるフリルにそう問いかける。

 

「……それは人によるよ。けど、SNSじゃどれだけ叩いても、叩いた人間がどれだけ苦しんでいるかなんて分からない。だから皆どれだけ叩いても平気だって思ってる。ましてや、黒川さんは謝罪文も投稿しちゃったし」

 

「………黒川さん、大丈夫…では無いでしょうね」

 

「だろうね」

 

「……私は、どうすれば良いのでしょうか」

 

「………」

 

クリスは悲しい表情を浮かべ、それを見てフリルも胸が締め付けられるような感覚に陥る。

 

 

 

 

 

 

 

嵐が近付いてきていた。

 

 

 

 

ご飯

買ってくるね

 

 

 

「クリス、待てって…ああくそ…!」

 

今ガチメンバーのライングループで、あかねがそう言った瞬間、クリスは雨具も身につけずに飛び出して行った。アクアは止めようとしだが全てが遅かった。

 

「はぁっ、はぁっ、黒川さん…!」

 

クリスは激しい雨と風をもろともせずに、あかねを探し回っていた。

 

「何処に…!コンビニ…そうだ、買い物に行ったのなら、あかねさんの自宅近くのコンビニを…!」

 

クリスは走る。タクシーを使うという選択肢は財布を置いてきた時点で無い。ただ己の持つ能力全てを使ってあかねを探す。

 

「何処だ、何処に…!」

 

「───そんなに慌ててどうしたのだ、星野栗栖樽」

 

「っ!!」

 

突然クリスは呼びかけて来た声に足を止める。そして声がした方を向くと、そこには一人の男性が居た。男はクリスと同じで雨を凌ぐ物を持たず、黒いコートを身に纏っていた。

 

「それとも…こう呼んだ方が良いか。夜叉

 

「!あなた…まさか……その目…」

 

クリスは男の月のように輝く瞳をジッと見つめる。

 

「狼…!?」

 

「ふっ、流石だ。夜叉よ、随分と久しぶりだな」

 

狼、と呼ばれた人物を見てクリスは驚き、一瞬思考が停止する。しかし今はそれどころでは無い。

 

「っ、すみません。折角の再会ですが、今人探しを…」

 

「お前の探し人なら、既にお前の兄が見つけている」

 

「!」

 

「慌てすぎだ馬鹿者。夜叉ともあろう者が…さて、そろそろだな」

 

狼がそう呟くと二人の側に車がやって来る。

 

「乗れ、私が呼んだ」

 

「……ありがとうございます」

 

二人が車の後部座席に乗り込むと、車は動き始めた。

 

「………」

 

「取り敢えず頭を乾かせ、ほら、布」

 

「うわっマジで夜叉じゃん久しぶり!!」

 

「あなたは……蛙ですか」

 

「せいか〜い、お久しぶり〜」

 

蛙、と呼ばれた人物がバックミラー越しにクリスにウィンクする。

 

「……あなた達、何故人の街に?というか、まだ生きていたのですか」

 

「まぁな…お前と出会わなければ、この世に残ろうとは思わなかったのだが…我が人の街に居るのはお前に会う為だ。普段は森にいる。まぁ、人間社会に溶け込んでおる者も居るがな、蛙の様に」

 

「いや〜突然呼び出された時は何事かと思ったよ〜」

 

「……後、生きている者は?」

 

「お前の知り合いは皆生きている」

 

「………」

 

「引くな引くな。お前のせいで皆死が怖くなったのだ」

 

「私の?」

 

「ああ…本当に、とんでもない事をしてくれたな…」

 

「……」

 

「なぁ、覚えているか夜叉…群れを作れと言った事」

 

「断りましたよ、私は」

 

「……最近、不知火フリルという雌に随分と好かれたようだな」

 

「狼、何のつもりですか?」

 

「夜叉、突然なのは分かっている。しかし聞いて欲しい…もし、あの雌が、()の様にお主にとって何かを突き動かす存在になれば、お前はどうする?群れを作るか?」

 

狼からの問いかけ。蛙も運転席からクリスがどう答えるのかを非常に気にしていた。それもその筈。彼らにとってクリスとは、夜叉とは最も重要な存在。最も尊敬するただ唯一の人間なのだから。

 

「……分かりません。ですがあり得ませんよ、私が不知火さんに恋をするなど」

 

「ほう、では辰の事はどう説明する?」

 

「不知火さんと辰は違います。辰は存在そのものから理解の外にありました。不知火さんはただの人です」

 

「人だから何でも理解出来ると?それは驕りだぞ、夜叉」

 

車内に緊迫した空気が漂い、狼と夜叉が睨み合う。蛙はバックミラー越しにその様子を見て冷や汗を流していた。

 

「私もあの頃より人との関わりを多く持つようになった。だから断言出来る…人は常に変わり続ける。完全に理解する事は不可能であり、理解した事はいずれ無意味になると…夜叉、私は確信したぞ。今のお主を変えるのは、家族でも我らでも無い…不知火フリルだ」

 

嵐の夜。人は誰も知らないある車内で、クリスの恋物語がいよいよ開幕しようとしていた。

 

 

 




いや誰!?突然何か人外的な何か出て来ちゃったよ!?……けど推しの子って原作でもそんな感じの奴居るし、割と推しの子は超能力とかに寛容だから問題無いな!ヨシ!いや、良くないどうすんのこれ、やらかしたでしょもう(盛大な独り言)


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第九話 特別

どうも、もうすぐアニメ終わるから原作ちゃんと読んでアニメ終わっても続き書かなきゃなと思っている作者です。皆も東京ブレイド編読みたいよなぁ!?


 

 

 

 

 

 

「黒川あかね、バチボコに燃えてるわね〜…まああの内容なら当然なんだけど」

 

「こういうのって、って人前に出るようになったら慣れるものじゃないの?」

 

クリスが飛び出して行き、アクアも準備をしてそれを追うように出て行った後、ルビーとかなはSNSで黒川あかねを叩く投稿の列を眺めていた。

 

「多少はね。でも個人差があるから慣れない人はずっと慣れないものよ。私だってその日のメンタル次第では本当に死んでやろうかって思う日もある… 耐性のない10代の少女が初めて罵詈雑言の集中放火に晒される心境はあんたには想像もできないでしょうね。それは、()()()()()()()()()()()()ほどよ」

 

かなは冷たい表情でそう言うと、側で聞いていたミヤコがソファから立ち上がる。

 

「恋愛リアリティショー番組は世界各国で人気だけれど今まで50人近くの自殺者を出している。国によっては法律で出演者のカウンセリングを義務付けているほどよ」

 

「50人が死んでるってことはその10倍はギリギリ死ななかったけど死ぬほどの思いをした人がいるって考えた方がいいわよ。リアリティショーは自分自身を曝け出す番組…叩かれるのは作品がどうのじゃなくて自分自身。そりゃキツイわよ…」

 

そう、リアリティショーに台本は無い。自分の考えや行動を映す番組。故に見られるのは作品では無く出演者自身。やり方を間違えば石を投げられてしまう。

 

 

「お兄ちゃん言ってた。嘘は自分を守る最大の手段だって…」

 

「言い得て妙ね。ある程度キャラ作ってたらまだマシなんだけど素の自分で臨めば臨んだだけダメージは深い。SNSは有名人への悪口を可視化。表現の自由と正義の名の下毎日のように誰かが過剰なリンチに遭ってる… みんな自分だけは例外って思いながらしっかり人を追い込んでるのよ。何の気無しな独り言が人を殺すの」

 

「…お兄ちゃんとクリスは平気かな〜」

 

「気をつけても無駄よ〜…」

 

かなはそう言うが、ルビーは不安そうな表情を浮かべる。

 

「無くて七癖有って四十八癖って言うでしょ。誰だって少なからず難はある。燃える要因は必ず持ってるものなんだし……けど…」

 

「どうしたの?」

 

「クリス、アイツはちょっと異常よ」

 

「クリスが?」

 

かなは今ガチでもクリスの様子と普段のクリスの様子を脳内で比べる。

 

「アンタ、今ガチで見るクリスの事、どう見える?」

 

「どうって、普段と変わらない……あ」

 

「そう、アイツも黒川あかねと一緒で素の自分を出している人間なのよ。それにアイツ、不知火フリルへの対応がアレだったせいでちょっと炎上したでしょ。それなのに…」

 

「クリス、全然気にしてなかった…」

 

「メンタルが異常なのよ。苺プロに所属してからアイツの事も少しは分かって来た。どんな人にも誠実で純粋、馬鹿みたい真面目なのよ…けどそういう人間は基本的に人からの悪意に弱いものよ…なのに…」

 

「矛盾している。でしょう」

 

かなの疑問にミヤコが答える。

 

「まだ高校1年だけど、達観しているのよ。物の見方が普通とは違う。どんな事にも強く意識を向けているのに、あらゆる事にあっさりしているのよ。アレは例外中の例外ね」

 

「不知火フリルも言ってたよ、クリスはどんな人にも寄り添う事が出来る慈愛と寛容さがあるって」

 

「何アイツこの世に生まれた聖人?神の祝福とか貰ってるの?」

 

「……身体能力の方も見るとあながち否定出来ないわね…ん?」

 

クリスについて話しているとミヤコのスマホから着信音が鳴り、ミヤコは電話に出る。

 

「はい…そうです……え、本当ですか!?はい、直ぐに…」

 

「どうかしました、社長?」

 

「アクアが…警察のご厄介になったみたい」

 

「「ええっ!?」」

 

 

 

 

 

 

「黒川さんっ!!」

 

「来たかクリスって…めっちゃ濡れてるじゃねーか…」

 

嵐の中あかねを探し回っていたクリスは全身がびしょ濡れだった。既にクリス以外の今ガチメンバーは集まっており、

 

「良かった……くっ、己の不甲斐無さを恥じるばかりです…」

 

「お前は…はぁ、取り敢えずあかねは無事なんだから、あまり思い詰めるなよ」

 

「心配かけてごめんね、クリス君…」

 

「いえ、無事ならばそれで……それで、これからどうするのですか?」

 

「ああ、取り敢えずあかねはまだ番組に出たいってよ。俺行くとこあるから」

 

アクアはそう言ってその場を去って行った。するとクリスにフリルが寄って来る。

 

「クリス君、大丈夫?」

 

「不知火さん。私は別になんとも…ふぅ、早く着替えないとですね………」

 

クリスはそう言うとフリルをジッと見つめる。するとフリルもその視線に気付き、クリスと視線を交わす。

 

「どうかした?」

 

「あ、いえ…」

 

(狼…本当にあなたは思っているのですか?不知火さんが、私の理解を超え、初めてを与える存在だと)

 

 

 

 

 

 

「実際さ〜、狼はガチで不知火フリルが夜叉を変えると思ってるの?」

 

クリスを送り届け、二人、いや二匹だけになった車内で蛙が運転席から狼にそう問う。狼は車窓に当たる雨の模様を見ながら答える。

 

「普通ならあり得ないだろうな。夜叉も随分と今の世に馴染んでいる。理解力、適応力に関してアレを上回るのはそういない筈だ…辰の様に常識から大きく外れた存在でなければ難しいだろう」

 

「じゃあ何で?」

 

「───村を焼き、城を落とし、あらゆる強者を斬ってきた夜叉。その強さ、心のあり方は我ら自然に生きる者からすれば拍手喝采を送るほどだ」

 

「まぁ、そうだね。挙句の果てには人ならざるモノまで斬り伏せた。神々が関わってるんじゃないかって思った時もあるよ」

 

「生まれ変わった事も含め、何かあるとは私は確信しているがな……夜叉の剣技は少しも衰えていない…いや、むしろ更に高みへ至っているようにすら感じる」

 

「辰が聞いたら喜びのあまり神社ぶっ壊しそうだね…」

 

「ああ…夜叉は間違いなく人類において最も優れた強さを持つ人間だ…しかし、蛙よ、こう思った事は無いか?」

 

「何?」

 

「夜叉が斬ろうと思っても斬れない()()がいたら?」

 

「あり得ないでしょ。昔はともかく、今の人の世でアレが斬れない人間がいる筈がない」

 

「ああ、だがもしかしたら…不知火フリルこそが、その人間なのかもしれん」

 

「随分と買ってるね〜…ま、そこまで言うなら期待させてもらおうかな。不知火フリル、ね…因みに適当に走らせてるけど何処で降ろせばいい?」

 

「今日は泊めろ」

 

「何だコイツ」

 

そう言いながらも自宅に向かって運転し始めた蛙を見た狼はフッと笑い、再び車窓の雨模様に目を向ける。

 

(愛を知らぬ夜叉よ、近い内に分かるだろう。不知火フリルは…お前にとっての夜叉だ)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あかねの自殺騒動から数日。アクアによって騒動が世に知れ渡り、世間からは様々な意見が飛び交っていた。

 

「兄上、何をするつもりなのですか?」

 

「あかねが叩かれているのは番組サイドがあかねを悪役に見えるような編集、演出をしたからだ。これを覆すには()()()()()()()()をやる必要がある」

 

あかねの自殺騒動のせいでSNSは騒いでいるのはごく僅かな割合であり、大きな割合を占めているのは叩くべきか擁護すべきか悩み、答えを求めている沈黙の人々(サイレントマジョリティ)。そこに普段から仲の良い今ガチメンバーの様子を映した動画を見せれば…

 

「観衆は一斉にあかねを擁護する方に付く。良いね、面白そう」

 

「はい。あかねさんの為にも是非やりましょう!では兄上、私達に出来る事はありますか?」

 

「出来る事…?動画編集は俺とMEMちょでやるし、楽曲はケンゴが用意するし、後は俺がDに直談判して映像データを使わせてもらうだけだしな…」

 

「そうですか…」

 

動画を作る為に何かしたかったクリスだが、アクアからそう言われてしまい少し落ち込むと、フリルが隣で少し考えて言う。

 

「待って、それなら次いでにもう一つしよう」

 

「もう一つ?」

 

「クリス君も炎上してるでしょ」

 

「「……あ〜…」」

 

アクアとクリスがそう言えばそうだったなぁと言った様子で思い出す。そう、クリスもプチ炎上しているのだ。今はあかねの炎上でその話題はもう殆ど上がっていないが、依然としてクリスの視聴者からの評判は悪いままである。

 

「前々から思ってたけど、クリス君も番組サイドの編集で冷たい人間に見えるように演出されてる。このままじゃ良くない」

 

「いえ、私は別にそのままでも…」

 

「よ く な い」

 

「あ、はい」

 

フリルからの圧にこれは何を言っても無駄だと悟ったクリスとアクア。

 

「分かった…確かに弟が悪者にされてんのは気分悪いし、次いでにそれもやるか」

 

「よし、決まりだね。これ、私が撮ったクリス君のオフショット」

 

「お、サンキュ……いやめちゃくちゃあるじゃねーか!?

 

こうして、あかねとクリスの印象を良くするための本当のリアリティーショーを映した動画作りが始まったのであった。

 

「うわ、この前警察署にびしょ濡れで来た時のクリスの写真もあるぞ…」

 

「いつの間に…!?」

 

「水も滴る良い男だったから…」

 

余談だが、後にアクアが手に入れた映像データの中にあったクリスのオフショットより、フリルが撮ったオフショットの方が多かったという。

 

 

 

 

 

 

 

「あー違う違う!そこ長尺の方が素人が頑張って作った感出るって!」

 

「ここで俺の曲っしょ!」

 

「バーンって感じでいこうぜ!」

 

「うるせーな…!」

 

動画制作が始まり、あかねと多忙なフリル以外の今ガチメンバーはMEMちょの自宅で動画制作に勤しんでいた。

 

「皆様、お菓子など買ってきましたよ。はい兄上、頼まれていた飲み物です」

 

「おう、助かる…」

 

「あまり無理しないでくださいね…」

 

「わぁ〜お菓子だ〜!」

 

「お、これ貰い!」

 

「じゃあ俺これ」

 

「皆さん慌てないでくださいね、沢山買って来たので」

 

「「「「は〜い」」」」

 

「ホント仲良いなお前ら…」

 

そんなこんなで皆で(主にアクア)が頑張りながら動画を作り続け、数日後…

 

「うぅぅぅぅ…」

 

アクアは額に冷えピタを貼りながら死にかけていた。するとピンポーンという音が鳴る。

 

「お、フリルちゃん来たかな?クリス君、ごめんけどちょっと見てきて!」

 

「分かりました」

 

「ほら監督エンコード終わったよ。投稿しちゃうから」

 

「クソ…いいスペックのマシン使ってるな…もう少し寝かせろ…」

 

アクアがフラフラと立ち上がり、パソコンの前まで移動する。

 

「どんくらい伸びるかな、最低でも5000は行って欲しいよねぇ」

 

「それも普通なら結構難しいけど…フリルとクリス君がいるから行けるとは思うけどなぁ…最初の1分で100リツイートくらいいけば最終的には結構なバズになると思う」

 

「よし、100な!」

 

「まぁやるだけやったんだ!さぁショーダウンといこうぜ!」

 

「お前が一番何もやってねーだろ」

 

「リーダー面が酷いね」

 

「皆さん、不知火さんがいらっしゃいましたよ」

 

「遅くなってごめん。もう投稿した?」

 

ノブユキに突っ込んでいるとクリスがフリルを連れて戻って来た。

 

「フリル!今から投稿するとこだよ!」

 

皆でパソコンの前に集まり、そして遂にMEMちょが投稿ボタンを押す。全員が緊張した様子で画面を見つめる。そして…

 

 

 

 

「いける!これ行ける、キタァァァァァァァ!!」

 

動画は、狙い通りにバズり始めたのであった。

 

「「「「やったぁぁぁぁ!!」」」」

 

『大丈夫、焦っちゃったんだよね』

 

『ごめん、雑誌撮影もあるのに…!』

 

『大丈夫…あかねは私の事嫌い?』

 

『嫌いじゃない!強くて、優しくて、好き…』

 

『私も、努力家で一生懸命なあかねが好き。だから怒らないよ』

 

少し動画が進むと、次はあかねとクリスが映った場面になる。それはあかねが細剣を使った演技の練習にクリスが協力していた時の映像だった。

 

『どう、かな?』

 

『はい。先程よりも早くなっています最も重要な速さについてはこれで申し分ありません。しっかり呼吸とタイミング、足の動きを合わせれば問題はありません』

 

『そっか、良かった…』

 

『…しっかり積み重ねてきたのが分かります。決して付け焼き刃では無いと確信しました。ですので胸を張ってください……さて、次は実際に人に向かって振って距離感を確かめましょう」

 

『え、く、クリス君に振るの?』

 

『当然です。その為に私も竹刀を持って来たのですから。安心してください、全て防ぎますから。もし当たったとしたら逆に周りに自慢した方が良いですよ。私に一太刀入れた人は誰もいませんからね』

 

『け、けど…もう充分見てもらったし…』

 

『そのような事はお気になさらず。今日だけではありません。次もその次も、私に出来る事なら協力させてください』

 

『クリス君…分かった、じゃあ、いくね』

 

「……良いなぁ…私もこういうの使う役何か来ないかな」

 

「その時は必要であれば私はいくらでも付き合いますよ」

 

その後も動画は続き、今ガチメンバー全員が仲が良いと分かる映像が流されて行った。こうして、狙い通りにあかねとクリスの評判が良い方向に向き始めたのであった。

 

『今ガチメンバー仲良い…』

 

『多分このあかねバッシングはゆきも望んでないんだろうな』

 

『あかね応援したくなってきたわ、頑張れ!』

 

『クリスって誰にでも滅茶苦茶優しいんだな』

 

『フリルに対して他と対応が変わらないのは誰に対しても最大限の親愛を持って接してたからなんだ…』

 

『冷たい人間じゃなくて温かい人間だった…』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こうして動画が投稿されて暫く。あかねは番組に復帰を果たすのだった。そして……あかねが復帰した収録日、今ガチの流れを大きく変える事態が発生するのだった。

 

「本日よりあかねちゃん復帰になります」

 

「皆さんご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。頑張りでお返ししたいと思っています。よろしくお願いします!」

 

パチパチパチパチ…

 

「それではスタンバイお願いしまーす!」

 

女性スタッフの声で他のスタッフ達も撮影準備を始める。

 

「行くぞ」

 

「うん……」

 

あかねの前に出て教室に入るアクアの背中をあかねは少し見つめると、目を閉じて…

 

「そうだね()()()

 

「「っ!?」」

 

あかねがそうアクアに言った。ただ一言、しかしその言葉に強く反応した存在が二人いる。アクアは振り返ってあかねを見る。

 

「ふぁっ…眠いんだよね収録早すぎてさー…あ、もうカメラ回ってる?」

 

そう言ったあかねの両目は、まるでアイのような星の輝きを思わせるモノへと変貌していた。アクアはそのあかねを見て絶句し…

 

「……」

 

「……クリス君?」

 

背後からその様子を見ていたクリスも、目を見開いてあかねを見ていた。フリルはそのクリスの様子を見て…

 

(…不味い、明らかに今までと反応が違う。どうして?)

 

普段とは違うクリスの様子に戸惑いつつ、どうしたものかと悩んでいた。明らかにキャラが変わったあかねは、アクアに今日は一緒に居ようと誘い、アクアもそれを受けた。

 

「聞いたよ。あの動画何日も徹夜してアクアが作ってくれたって。嬉しかったな。ありがとアクア」

 

「うん…」

 

教室の窓側の方で話す二人。そんな二人を廊下側から観察する何人かの人物達がいた。

 

「あかねがなんか変なのはもう分かったけど、アクたんもなんか変じゃない…?」

 

「ん」

 

MEMちょがそう言うと、ユキも確かにあかねにばかり目が行っていたが、アクアも良く見るといつもと違う感じがした。

 

「それだけじゃない」

 

するとフリルが二人の側に来てそう言う。

 

「あ、フリル」

 

「それだけじゃないって?」

 

「見て」

 

フリルが視線を動かし、二人もそれを追っていくと、クリスがアクアとあかねをジッと見つめて立っている姿があった。

 

「クリス君、さっきからずっとあかねの事気にしてる」

 

「「ええっ!?」」

 

あの今まで絶対的な平等でやってきたクリスが、今あかねに何時もとは違う眼差しを向けていることにMEMちょとユキは驚く。

 

「や、やっぱり兄弟だから好みが同じとか…!?」

 

「いや、けどクリス君って好きなタイプとか無いって話だったじゃん…!」

 

「そういえばあかねのキャラが変わった理由、知ってる?」

 

「ああ、それは…」

 

あかねのキャラが変わった理由は、これから番組に出る上で何かしらキャラを作った方が良いと話し合った結果、その場にいた唯一の男性であるアクアの理想の女性象を聞き出し、それがB小町のアイに近い感じで、あかねがやってみると言ったらしい。

 

「なるほど、そういう訳でしたか」

 

「うわっ、クリス君!?」

 

二人がフリルに説明していると、いつの間にかクリスも来て説明を聞いていた。

 

「大分驚きましたが、理由さえ分かればもう大丈夫です…いえ、しかしあそこまでアイさんを真似出来るとは…」

 

「クリス君は、アイと面識があるの?」

 

「はい、私達は社長夫妻の子供で、小さい時に何度か会っています…兄上も同じですから、それは驚かれますよ…」

 

「ふーん…ちょっと確かめてみようよ……アクたん、そこのポーチ取ってー!」

 

「今考え事してる。自分で取って」

 

「それくらい良いじゃん。取ってあげなよ」

 

「…うん……はい」

 

「ほら!あかねにだけ何か素直!!」

 

MEMちょから頼まれた時は速攻で断ったが、あかねから頼まれた時は素直に聞いたアクアを見てMEMちょが指を差しながらそう言う。

 

「マジでアクたんああいう感じが好きなんだ」

 

「あかねきっちり仕上げてきたなぁ…」

 

「流石は劇団ララライの若手天才役者」

 

「ええ、流石に私も驚かされました」

 

「別にそんなんじゃねぇ」

 

四人がそれぞれの反応を見せているとアクアは今のあかねに惹かれている事を否定する。するとMEMちょとユキがあかねの背後に回り…

 

「ほらほら好きなんか〜?」

 

「こういうあかねが好きなんか〜?」

 

そう言ってあかねを押してアクアに近づける。

 

「やめろ…」

 

「「ん〜?」」

 

「だから、マジでやめろ…!」

 

アクアは顔を赤くして、手で顔を隠しながらそう言った。

 

「いや反応、ガチじゃん…」

 

「珍しい兄上が見れましたね…」

 

(写真撮っとこ)

 

アクアはその後逃げるように教室から出て行った。

 

「あかねどうする!?」

 

「これガチでガチのやつあるよ!?」

 

「「どうするどうする!?」」

 

「ど、どうしたらいいのかなぁ…」

 

「「あ、いつものあかねに戻っちゃった!」」

 

「本当に凄いですね…」

 

クリスがアクアを堕とすことに盛り上がっている三人を眺めていると、フリルはその横顔をジッと見る。

 

(…良かった、さっきみたいな目はしてない…けど、これはもう悠長にはしてられないかな…)

 

先程まであかねがクリスの特別になるかもしれないと思い内心焦っていたフリルだが、取り敢えずそれは無くなったと安堵する。しかし同時に早くしなければクリスの初めての特別が誰かに取られてしまうかもしれないと危機感を覚えた。そして…

 

「クリス君、ちょっと良い?」

 

「はい、何でしょう?」

 

「私と……少し立ち会ってほしい」

 

「!!」

 

クリスにとって、あまり想像していなかった言葉が、フリルから飛び出して来た。そしてそれが、二人の関係を大きく変える引き金となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

場所は変わって現場である学校の体育館。二人は剣道着に着替え、防具を身に付けて竹刀を手にしていた。

 

「今日は本当に意外な事が続きます。まさか、不知火さんがいつの間にか初段をお持ちになっていたとは」

 

「最近だけどね」

 

「ですが日々多忙な事を考えれば、今ガチが始まってからの短期間であろうと初段を得た事は間違いなく凄い事でしょう。因みに一つ伺いたいのですが…」

 

「何?」

 

「何故貸していただいた道着や防具が私に丁度合う大きさなのでしょう…?」

 

「……聞きたい?」

 

「いえ、やはりやめておきます…勝敗に関わりなく、一本分だけ、でしたね」

 

「うん。じゃあ、始めようか」

 

二人は少し離れた場所から向き合い、礼をすると近付きながら竹刀を互いに向け、近づいたところで止まり、腰を下ろす。

 

「えっと…これもう言っていいのか?」

 

「多分そうなんじゃね?」

 

「じゃあ、始め!」

 

試合開始の合図役で呼ばれたノブユキのその言葉と同時に二人が動き始めた。

 

「ひえ〜、すっご〜…」

 

二人が竹刀を振り、大声を上げる様子を他の今ガチメンバーが眺めていた。因みにあかねは現在素の状態なのでアクアも落ち着いている。

 

「アクたん、フリルは初段って言ってだけど、クリス君って何段なの?」

 

「クリスは二段だ」

 

「へ〜…天才って言われてるからもっと上かと思ってた」

 

「確かに、クリスはもっと上の段位でもおかしくない実力を持ってるけど…剣道は次の段を取るのに時間が必要だから、アイツは今二段に居るんだよ」

 

「へ〜…何か冒険の最初のステージに滅茶苦茶強い敵が居るみたいだな」

 

「あながち間違いじゃないだろ」

 

「けど、不知火さん結構良い試合してね?」

 

ケンゴがそう言ってメンバーが再び二人の試合に注目すると、確かにフリルが若干押されてる印象を受けるが、一本を取られてはいなかった。

 

「…いや、嘘だろ…?俺も剣道に詳しい訳じゃないからあんま分かんないけど…俺の知る限り、クリスの試合って何時も10秒も掛からないぞ?」

 

「え、けど、もう始まってから2分くらい経つよ?」

 

「何、フリルもしかしてクリス君と同じで天才説?」

 

「歌って踊れて剣道も出来る系マルチタレントなの?」

 

「だとしたらマジで化け物だろ…一体どうなってんだ…?」

 

 

 

 

(おかしい)

 

アクア達が感じていた異常は、勿論クリスも感じていた…いや、寧ろアクア達よりも鮮明に目の前の不知火フリルという少女に異常を感じていた。

 

(筋は感じられます。ですがそれまで、初段の腕前にしか感じられない…剣速、鋭さ、技術、全てにおいて私が上。不知火さんより強い者達と幾度もなく立ち合い、その全てに勝利した、だというのに…!)

 

クリスが竹刀を振るうとフリルはそれに対応して受け止める。

 

(───()()()()()()!有効打を与えられない。何故!?)

 

クリスはあらゆる攻め方を試した。しかしフリルはその全てを凌いでいる。

 

(攻めてこないのは防御に手一杯だからでしょうか、いやだとしても、おかしい。いま、不知火さんは、私の理解を超えて来ている!?)

 

試合が始まる直前までクリスはフリルとの立ち合いは10秒以内で方が付くと思っていた。しかし、フリルから一本を取ると頭の中でイメージされていた一太刀を防がれた時からクリスの中での不知火フリルという存在が理解出来なくなり始めていた。

 

(時間が経てば経つほど、不知火さんへの理解が薄れていく。あり得ない、私が、夜叉が、人を理解出来ない?)

 

初めての経験だった。クリスにとっても、夜叉にとっても、今までこうして立ち会い、竹刀を交えるほどクリスは立ち会った人間の事を理解していった。しかし今は逆、竹刀を交えれば交えるほど、不知火フリルという存在の事が分からなくなる。

 

(何故?先ほどから私の動きが全て分かっているようで…まるで、不知火さんの事を知ろうと進むほど不知火さんも先に待ち構えているようで…不知火さんが()()()()()()()()…!)

 

─── 今のお主を変えるのは、家族でも我らでも無い…不知火フリルだ。

 

ピッピッピー!!

 

クリスの中で狼に言われた言葉が響いた瞬間、ノブユキが試合開始と同時に開始していたタイマーのアラームが体育館に鳴り響く。二人は試合終了の礼をする、すると…

 

「はぁっ、はぁっ…!!」

 

フリルが兜を素早く外すと、肩で息をする声が聞こえ始める。

 

「フリル、大丈夫!?」

 

「ほら、水!」

 

「はぁっ、ありがとう……ゴクッゴクッ…ぷはっ…」

 

たった五分間、しかしまるで長距離マラソンを走りきったかのようにフリルは疲れ果てていた。対してクリスは余裕そうな様子で兜を取ると…

 

「!……ふふっ」

 

「フリルが笑った!?」

 

「キツすぎておかしくなっちゃった!?」

 

今まで一切笑ってこなかったフリルが初めて、このタイミングで笑ったのを見て今ガチメンバー達が更に心配する。

 

「いや、大丈夫……ちょっと嬉しくなっただけ…」

 

「嬉しくなった?」

 

「うん……やっと、フラグ立ったなって」

 

「!……嘘だろ…」

 

フリルのその言葉にアクアは何か勘付き、バッとフリルの視線の先…クリスの方を見てそう呟き、他の今ガチメンバーもそれを追うようにクリスを見ると、全員が驚愕した。

 

「そういう顔、ずっと見たかった」

 

フリルにそう言われたクリスの表情は今までの大人のような雰囲気ではなく、年相応の笑みを浮かべていて、目を見開いて少し興奮したようにも感じられた。そして…

 

 

 

 

 

 

 

その瞳には、不知火フリル()()映っていなかった。

 

 

 

 

 




こんな展開しか書けない作者を罵るが良いさ。けどマジでこれしか道筋無いと思ったんですごめんなさい!あ、感想と高評価お願いします。


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第十話 初恋

連日投稿しちゃうもんね。質は保障しないぞい。


 

 

 

 

まるで、新しい玩具を与えられた子供の様な顔。今まで見せて来なかったクリスの表情はその場に居た今ガチメンバーや撮影スタッフに衝撃を与えた。

 

「──不知火さん、もう一本やりましょう」

 

「「「「待て待て待て待て!」」」」

 

既に疲労困憊なフリルに対して再戦を申し込んだクリスを他の今ガチメンバーが止める。

 

「フリルもうくたくただよ、勘弁してあげてクリス君!」

 

「そうだよ今日はもうお終い!」

 

「む…すみません、つい溢れ出る気持ちが」

 

「ほ、ほらもう終わりだから着替えに行こーぜ!」

 

ノブユキとケンゴに連れられて着替えに向かったクリス。アクアはその後ろ姿を眺めた後に床に座って休んでいるフリルを見た。

 

「けど実際凄いな、クリスが一本取れない相手なんて初めて見た。そっちでもやっていけるんじゃねーの?」

 

「いや…今のはそういうのじゃ無いよ…」

 

フリルは息を整えながら説明する。

 

「私は相手がクリス君だったから5分間耐えれただけ。多分他の人が相手だったら普通に負けてもおかしく無かったよ」

 

「相手がクリスだったから?」

 

「……私、クリス君の事は本当によく知ってる。何度も試合映像とか見たし、家に資料も沢山ある。ここ数年は、ずっとクリス君を見て来た。だから分かる()()()()が」

 

「………」

 

アクアは絶句していた。そう言ったフリルの姿は、まるでクリスと重なっているようで…

 

「持つのは絶対的な自信じゃなくて、絶対的な信頼と理解……私は断言出来る。この世界で最も彼の事を理解しているのは、私」

 

「……マジかよ、愛の成せる技ってか?」

 

「ん、その通り」

 

「どっちにしろスゲーよ…あんなクリスの表情、初めて見た。アレは絶対クリスの中で何かが変わっただろうな」

 

「うん、それが果たして恋愛感情なのかはともかく…なったよ、特別に」

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ…」

 

誰もいない教室で一人着替えるクリス。その胸中は先程からずっとフリルと対峙した時の記憶で満たされている。

 

(…あんなに長く対峙したのは、本当に久しぶりです…分からない、何故斬れなかった?辰と同じ感覚ではありませんでした。アレは理解するのには時間がかかりましたが、それまでです。けど不知火さんは私の理解を無意味にしていった…)

 

「はぁ、いけません…先ほどからずっと不知火さんの事ばかり…狼、どうしましょう…あなたの言った通りになりました…」

 

クリスは何度も思い返す。いつぶりだったろうか、自身の力を思う存分振るったというのに、それを正面から受け止められたのは…

 

「不知火フリル……」

 

あの爬虫類じみた美しい瞳が、かつて自分に似たような喜びを与えた存在の瞳と重なる。

 

「なりましたね、特別に」

 

 

 

この日から、星野クリスタルは不知火フリルに強い意識を向ける様になる。アクアとあかね、クリスとフリル。二つの組み合わせが織りなす物語に視聴者は盛り上がっていた。

 

『ユキユキも良いけど、最近アクあかとクリフリ熱すぎる!』

 

『アクあかは一緒に壁を乗り越えた感じの良さがあるよね、あかねめっちゃアクアの事気にしてるし!』

 

『クリフリは今までずっとフリル→クリスだったのに最近フリル→←←←クリスみたいな感じで今までとのギャップで推せる…』

 

『なお双方のガチ恋勢は地獄の模様』

 

『それは触れるな、誰も幸せにならない』

 

「うわ〜…人気出てるな〜…つか、マジでやったよ不知火フリル。お前の言った通りだったね、狼」

 

「まぁな、とはいえ今はまだ明確な恋愛感情は持っていないだろう。辰と同じように自分が理解出来ない存在に対して強い興味を抱いているだけだ」

 

「…それじゃ結局、クリスが不知火フリルの事を理解すれば元通りになっちゃわない?」

 

「大抵の場合はそうだ。だが今回はそれに至るまでの過程で今まで夜叉が全く触れてこなかった重要な要素がある」

 

「へぇ?」

 

「理解する為にはそれについて深く知る必要がある。その為にそれを経験するというのは理解に必要不可欠な要素だ」

 

狼はスマホで今ガチを視聴しながらニヤリと笑う。

 

「不知火フリルが夜叉の特別となった最大の要因。それはたった一人の人間をどうしようもなく求め、その人間の為に狂ってしまうほどの愛情。全てを愛してきた今の夜叉では理解出来ぬだろうなぁ…しかし、それを知った時…」

 

「夜叉は初めて恋を知るって事?ひえー人間社会に強く関わるようになってから色々分かるようになったんだねぇ…」

 

「まぁ、今までは余計な知恵だと思っていたが…運命とやらは、どうやら相当夜叉を気に入っているようだ」

 

「面白くなってきたね〜……因みにお前いつまで俺の家にいるの?つかそれ俺のスマホなんだよね」

 

「今ガチが終わるまでだ」

 

「は!?ふざけんなよお前さっさと帰れって!」

 

「森にスマホがあると思うか!?夜叉の恋物語が終わるまで帰らないからな!」

 

「じゃあせめて俺以外の奴らのとこ行けって!干支組のいる神社とかさ!」

 

「あいつら絶対夜叉についてうるさいくらい聞いてくるから嫌だ。それに神社の人間にも迷惑をかけたくない」

 

「なんだよもぉぉぉぉぉぉぉ!!」

 

 

 

 

 

 

クリスとフリルの関係の変化。それは今ガチのみに限った話では無く、日常生活にも現れていた。

 

「クリス、また不知火さんが出てるドラマ見てるの?それでリピート何回目?」

 

「不知火さんの事、もっと知りたいんです。ですが、ドラマや資料だけではまだまだ足りませんね…明日は学校にいらっしゃるでしょうか」

 

クリスはフリルが出演している作品を何回も見返し、学校にフリルがいる時はずっと近くにいたり、部屋にフリルの資料が増え出したりと、今のクリスの生活の中心は不知火フリルになっていた。

 

「という訳で…マジでクリス、不知火さんの事滅茶苦茶意識しててさぁ…」

 

「うんうん、まぁそれは学校でも見るから分かるんやけど…今のクリス君って、不知火さんの事になると年相応って感じがしてギャップ萌えしてしまうなぁ…」

 

「渡さないからね?」

 

「ヒェ…」

 

「あ、不知火さん!」

 

ルビーとみなみが話していると、いつの間にか二人の背後にフリルが立っていた。

 

「えっと…クリスとは今どんな感じ…?」

 

「仲良くやってるよ、視線を独り占めにするのは取り敢えず達成かな。けど、まだ足りない」

 

「「え?」」

 

「クリス君が今私に向けてるのは恋愛感情じゃなくてただの強い興味。それを恋にどう昇華するかで私とクリス君の関係が決まる」

 

「……クリス君って最近ずっと不知火さんについて行ってるけど、よくよく考えたら不知火さんも同じ事しよったね」

 

「もしかしたらお似合いなのかも…兄の事もあるし、私はどうすれば…」

 

 

 

 

 

 

 

 

そしてある日の平日、クリスは放課後学校に居た。と言っても、今いるのは通っている陽東高校では無く…

 

「星野先輩強すぎ!何なんですかもう!!」

 

「はっはっはっはっ。これで全員斬りましたかね?」

 

「芸能界入りしたから少しは衰えたかと思ったら全然そんな事無かった!あなたの何処が二段ですか詐欺しないでください!」

 

「文句は協会に言ってください」

 

クリスが居たのは母校である中学校だった。今は剣道部のメンバー全員を圧倒したところで、主将以外のメンバーは真っ白に燃え尽きている。

 

「はぁ…で、今日は何の用ですか?」

 

「今ガチ、見てますか?」

 

「……番組には興味ないですけど、先輩が出てるんで見てますよ…その話するなら、やっぱり話題は不知火フリルに関して?」

 

「その通りです。一度あの立ち合いを客観的に見てどう思われているのか剣道の心得がある方に聞いた方がいいと思って」

 

「じゃあ本題はそっちでうちらボコったのはついでかよ…!はぁ……で、不知火フリル、でしたね……はぁ、今俺らをボコった先輩が一本取れない相手…ってだけならスゲーってだけで終わりましたけど…」

 

主将は真剣な表情で画面で見たクリスとフリルの立ち合いを思い出す。

 

「不知火フリルは初段成り立ての初心者。見た感じ、多分俺の方が普通に強いですよ。けど…」

 

「その相手から、私は一本も取れなかった。アレから時間が空いている時は何度か立ち合いましたが、まだ一本も取れないんですよ。いえ、寧ろ以前より余裕が出たような…」

 

「それで?どうして不知火フリルから一本も取れないのか分からないから私のとこに?」

 

「その通りです」

 

「つってもな〜……俺…っていうか、先輩と試合した人なら大体分かるんじゃないですかね?」

 

「なんと」

 

主将は燃え尽きてる他の部員を叩き起こすと、部員達にクリスとフリルの対決を見せる。流石は武道が売りの名門中学に通うだけあって真面目に分析すると、皆どこか納得した表情になる。

 

「先輩、皆も同じ結論だったんで言いますよ」

 

「はい」

 

「不知火フリルは、()()()()()()()()()()()()()()なんです」

 

「…私にとっての?」

 

「はい、詳しく説明すると…」

 

主将はスマホ画面の中で向き合う二人のクリスの方を指差す。

 

「先輩は俺達です」

 

次にフリルの方に指を移動する。

 

「不知火フリルは先輩です。この人は、先輩が俺たちの動きを完璧に読んでるみたいに…いや、もしかしたら先輩の読みより凄い読みを、先輩にだけ発揮しているんですよ」

 

「…私と、同じ…」

 

「そうっすねぇ…先輩が誰に対しても100%の予測が出来るとしたら、不知火フリルは先輩にだけ200%の予測が出来る。だから先輩がどれほど手札を切っても…」

 

「──不知火さんは、それを全て読み切って対処してくる。それが、私が彼女に勝てない理由」

 

「はい。恐らくですけど…先輩の事を世界で一番理解していると言っても、過言ではないですよ、不知火フリルは」

 

「…あり、えません。そのような芸当、不知火さんが…」

 

理由は分かった。しかしそのせいで新たな疑問がクリスの中で浮かび上がって来る。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「……ええ、分かりますよ先輩。俺だって同じ事しようとしたって出来ませんよ。けどね、不知火フリルがそれを可能にしたのは、彼女がそれほどまでに先輩の事を好きで、先輩に夢中なんですよ…」

 

クリスが動揺した様子を見せるのは主将にとって初めてだった。それもその筈。クリスの全てを見透かす瞳は前世で磨き上げた最大の武器そのものだ。それをフリルはクリス限定とはいえたった数年で、クリスの上を行く完成度で作り上げた。それを可能にしたのが愛の力とかクリスからしてみれば意味不明である。

 

「根本的に違うんですよ…先輩は誰にでもその目を向けてきましたけど、不知火フリルは、先輩にだけ向けてきた…一か全か、それがお二人の差なんですよ」

 

「………」

 

クリスは驚いたまま動かず、少し経つと礼を言って帰っていった。

 

「…はぁ…」

 

「主将、どうかした?」

 

クリスが帰った後、主将はあからさまに落ち込み、部員から心配される。

 

「…俺さ、星野先輩にずっと憧れてた訳…」

 

((((自分語り始まった…))))

 

「何回も挑んだけどさぁ、全然勝てなくてさぁ…先輩が受験シーズンの時も何回も頼んで試合してもらったし…先輩の相手を理解するって教えを第一で頑張ってきたんだよ…」

 

「あ、はい…」

 

「けど、俺……」

 

(しゅ、主将が泣いてる!?)

 

(マジか鬼の主将が!?)

 

泣き始めた主将に対して部員達は驚きながらも黙って聞き続ける。

 

「先輩の事、全然理解出来なかったなぁって……何を、考えていたのか、俺の事、どう思っていたのかなとか、何で、芸能界に行っちゃったんだろうって…何も、分かってやれなかった…」

 

「主将…」

 

「それなのに、狡いよなぁ、良いよなぁ、不知火フリル…きっと、先輩の事、何でも分かるんだろうなぁ……くそ、羨ましいなぁ…先輩からもう一本やろうなんて、俺言われた事ねぇよ…」

 

主将はスマホの中で向き合っている二人の画面に涙を落とす。

 

「剣道今年からのくせに、先輩から求められるなんて、羨まし過ぎるぞ、不知火フリル…」

 

「主将………

 

 

 

女々しいな…正直ちょっと引いたぞ…星野先輩の事好き過ぎだろ…」

 

((((副主将ぉぉぉぉぉ!?))))

 

何でこのタイミングでそんな事を言うんだと部員達が副主将に非難の視線を浴びせるが、気にする様子は全く見られなかった。

 

「…ふ、ふふ、よし、お前ら、並べ。今度は俺が全員叩き斬ってやる」

 

「何で俺達も!?」

 

「元はと言えば、主将が勝手に」

 

「うるせぇぇぇぇぇぇだらっしゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

「「「「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」」」」

 

「ふふ、おもろ」

 

拝啓 星野先輩へ、今日も剣道部は元気です

                    副主将より

 

「何傍観してんだてめぇぇぇぇぇぇ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

帰ってからクリスは自室である事についてずっと考えていた。それは…

 

「愛…」

 

クリスにとっては未だに分からない、たった一人に向ける強大な愛情。全てを平等に愛してきたクリスでは理解出来ないもの。フリルはそれを持ってクリスの特別となった。

 

「……母上…兄上…姉上…ミヤコさん…」

 

今呼んだ四人はクリスを愛してくれた人達だ。しかし、それはあくまで家族愛。フリルのそれは全くの別物。クリスがその正体が知りたかった、ので…

 

「もしもし、不知火さん。今、大丈夫ですか?」

 

『大丈夫だけど、どうしたの?』

 

「その、一つ参考までに、お聞きしたいのですが…」

 

『うん』

 

「えっと………不知火さんは、私の事、どう思っておりますか?」

 

遂にクリスは、直接本人に訊く事にしたのだった。

 

『……そう、だね……』

 

不知火フリルが珍しく言い淀み、二人の間に少しの沈黙が訪れる。そして不知火フリルは息を深く吸うと…

 

『好きだよ』

 

ただ一言、そう言った。クリスはその言葉を聞いて、考えるがまだ答えが出ない。ので…

 

「好きとは、具体的に…?」

 

『え』

 

「知りたいのです。たった一人を愛するとは、どういう事なのか…一と全の愛の違い…それを、知りたいんです」

 

『……どうしたの、今日』

 

「………ダメ、でしょうか」

 

『……狡いなぁ』

 

その夜で、クリスはどれほど世界を広げただろう。言葉を交わす事に想いに触れ、想いに触れる度に胸に熱が宿る。フリルが想いを伝えるほど、クリスは実感していく。

 

 

 

自分が彼女から、どれほど求められているか。そしてそれが分かるほど、クリスにある感情が芽生えてくる。

 

(────嬉しい)

 

ただ、隣にいる事を強く求められた。一緒に生きる事、誰よりも強く願ってくれた。恨みも、闘志も無い、けれどそれらの時より真っ直ぐに、大きな想いをフリルは伝えてくれた。

 

(どうしよう)

 

この日、あらゆるものを愛してきた存在は。

 

(胸が、痛い)

 

生まれて初めて、恋をした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして遂に迎えた今ガチの最終回。色々な事があった恋愛リアリティショーも、遂に終わりを迎える。

 

「いよいよ撮影も終わりだね?寂しいなぁ… アクア君の言う通りのキャラ付けしたら人気も出て…かなり助かったよ。ありがとう」

 

アクアは感情に整理がつき、あかねへの感情は恋愛感情では無くアイの幻影を抱いていただけだと気付き、あかねと付き合う考えは無くなっていた。

 

「アイの演技…いや、役作りか。まるで本物を見ているみたいだったよ、是非本人に見てほしいくらいにな」

 

「あ、アイって何処かの病院でまだ眠ってるんだっけ?公表はされてないけど…アクア君知ってるの?」

 

「知っているけど、教えないぞ…それにしても、アレってどうやってるんだ?」

 

「いや、そんな大層な事じゃ… 一応プロファイリングの本とか読んだりはしてるんだけどね。いっぱい調べて自分なりに解釈してるだけ。いろいろ勝手な設定とか出しちゃってるし」

 

「勝手な設定?」

 

「うん、例えば… ()()()()()()()()()()()()…とか」

 

「っ!?」

 

あかねの言う勝手な設定。それはアイが隠し続けた事実であり、それを誰かに気取られた事は一度も無い。しかし、あかねはその真実に自力で辿り着いた。アクアは、あかねに更に質問する。

 

「アイの思考パターンってどれくらいわかるんだ?」

 

「え?うーん… どういう生き方をしてきてどういう男が好きかまで多分大体わかると思うけど?」

 

目に星を宿しながらそう言ったあかね。アクアは少し考え込む。

 

(……使える。アイの好みまで分かるなら父親が誰なのか簡易的な識別器になる…けど、良いのか?俺の勝手な復讐にあかねを巻き込んで……いや、アイが再び狙われる可能性を考えれば、戸惑っている暇は、無い…!)

 

星の瞳を黒に染めて、アクアは自分の復讐の為にあかねを利用する事を決意した。一方その頃…

 

「………」ソワソワ

 

「……ねぇ、何か今日のクリス君、妙にソワソワしてない?」

 

「ん?…確かに、さっきからうろちょろしてるし落ち着き無いよな…」

 

「どうしたんだろ…」

 

先ほどから他のメンバーが違和感を覚えるレベルで落ち着きがないクリス。すると…

 

「クリス君、おはよう」

 

「ひゃ!……不知火さん、お、おはようございます」

 

「……どうしたの、顔赤いよ?」

 

「いえ、な、何でもありませんよ!ええ!わ、私ちょっとお手洗いに行って参ります!」

 

顔を真っ赤にしたクリスがそう言って逃げるようにその場から去っていく。

 

「クリス君、ホントどうしたんだろ」

 

「大丈夫かな〜…」

 

「………勝ったなこれ

 

「ん?フリル、何か言った?」

 

「いえ、何も」

 

そして遂に番組はクライマックス…告白シーンに差し掛かる。ノブユキがユキに、ケンゴがMEMちょに振られる中、アクアはあかねに告白し、そのままキス。一組のカップルが誕生した。そして…最後の二人組、クリスとフリルの告白シーンに突入するのだが…

 

「「………」」

 

二人はさっきからずっと向き合ったまま黙っている。

 

「ね、ねぇ!二人ともどうしちゃったの!?」

 

「分かんないわよ!」

 

「クリス、どうしたんだ…?」

 

周りの人々が心配そうに見守る中、クリスは…

 

(ま、不味いです。不知火さんの顔が見れません。顔熱いし、胸が痛い。私、どうしたんでしょう)

 

なんとこれが前世を含めて初恋の星野クリスタル。あまりにも初心で何を言うべきかも分からずにいると…

 

「ねぇ、クリス君」

 

「は、はい」

 

「緊張してる?」

 

「それは…!は、はい…緊張、してます」

 

「意外、緊張なんて知らないってくらいに何時も余裕そうなのに。何で?」

 

「……わか、りません…ただ…」

 

「ただ?」

 

クリスは顔を真っ赤にして、零すようにフリルに告げる。

 

「不知火さんの事を、考えると…胸が、痛くて、顔、熱くて…考えも、纏まりませんし…こんなの、初めてで…」

 

「……ちょっとごめん」

 

「へ、ひぁっ!?」

 

フリルは突然クリスを正面から抱きしめ、胸に耳を当てる。クリスは突然の事に頭がショートし、フリーズしていた。

 

「ホントだ、心臓の音、凄く速いし大きい……まるで初めて隣に座った時の私みたい…」

 

「あ、あの、不知火さん、そろそろ離していただけると…」

 

「…クリス君は私とこうしてるの、嫌?」

 

「嫌…では、無い…のです、が…」

 

「……ねぇ、クリス君。私、クリス君の事好きだよ」

 

「っ!!」

 

先に告白した組とは違い、まさかのフリルから告白するという展開。クリスは抱きつかれたまま上目遣いで告白してきたフリルに頭が真っ白になる。

 

「本当に好きなの。誰にも渡したくない…きっと…ううん、絶対に誰よりも君と幸せになれると思ってる。だから、私と付き合って」

 

「────えっと…私、こんなの本当に初めて、で…恋とか、全く分かりませんけど…けど…不知火さんからそう、言われて…凄く、嬉しいです」

 

それは、今までのクリスらしからぬ、つぎはぎの様に紡がれた言葉だった。

 

「私、不知火さんが求めてくれるなら…ずっと一緒に、いたいです。ですから、その…よろしく、お願いします…」

 

「───ありがとう」

 

「え、んむっ!?」

 

クリスがOKを出した瞬間、フリルはクリスの顔を両手で捕まえて近づけると唇を合わせる。

 

 

作戦終了、目標達成。

 

星野クリスタルと不知火フリルは、こうして結ばれたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今からガチ恋始めます。全収録終了です!」

 

『お疲れ様でした〜!!』

 

今ガチは終了し、関係者達は打ち上げに来ていた。出演者組が集まって番組について話す。

 

「いや、思い返すと一瞬だったわ」

 

「色々あったけど、本当に楽しかった」

 

「あかねがそう言ってくれるなら文句ねぇな!」

 

先ずは全員が番組を楽しんで終えられた事に皆喜んでいた。するとユキやMEMちょが気になっていた事を聞き出す。

 

「で…」

 

「早速聞いていいかな…?」

 

二人は先ずあかねとアクアをターゲットにする。

 

「最後のキス!本当に付き合うの!?」

 

「どうなるの!?」

 

「………分かんない… 番組の流れ的にあれは受ける流れだったけど…仕事もあるのに恋愛なんて…」

 

「いやいや芸能人とはいえ高校生にもなったら彼氏の一人や二人当然でしょ!」

 

「そうだよ、あかね」

 

「!不知火さん…」

 

「私はもうガチでいくから。ね、クリス」

 

「恥ずかしいぃ…」

 

「「きゃー!!」」

 

付き合う事に消極的なあかねに対してもう一組のカップルであるクリフリはフリルの方はガチの交際をする気満々で、クリスもそれをOKしている。

 

「ていうか、クリスはキャラ変わりすぎだろ」

 

「そんな事言いますがね兄上!私ホントに初恋なんです!恋がこんなものだったなんて知らなかったんです!というか兄上は何故そんな余裕そうなんですか!?」

 

「お前が余裕無さすぎるだけだ。ホントにコイツクリスか…?」

 

「けど、正直告白のところはクリス君の方が乙女みたいだったよね」

 

「ホントに可愛かった。あんな顔見せられたら絶対幸せにしなきゃってなるよね」

 

「逆にフリルはマジで堕としに来てたね…見てるこっちもドキドキしたよ〜…」

 

「まぁ私はドキドキしてなかったから、ドキドキしてたのクリス君だけだね」

 

「フリルさん!これ以上私を辱めないでください!」

 

その後はユキが意外と身持ちが固かったり、実は番組では振ったノブユキと付き合っていた事に驚いたり、悪い大人ことDから交際に関するアドバイスを貰ったり、その隙にアクアが鏑木Pと話したり、その後にあかねと交際について話したりと、それぞれ打ち上げを楽しんだのだった。そして打ち上げが終了し、帰ろうとすると…

 

「じゃあ帰ろっか、クリス」

 

「え、あの…私、兄上と一緒に…」

 

「店員さん、クリス一人、テイクアウトで」

 

「非売品だ馬鹿」

 

フリルがクリスをお持ち帰りしようとしたが、アクアに阻止され、アクアとクリス、MEMちょ以外のメンバーとは別れたのであった…

 

「MEMはタクシーじゃないのか?」

 

「うん、歩いて帰れる距離だから」

 

「そういや割と近所だったな」

 

「業界の人が住んでるところって大体この辺だしね」

 

MEMちょは別れたメンバーの方が歩いて行った方をジッと眺めている。

 

「MEMちょさん?」

 

「…寂しいな…私、この現場めっちゃ好きだった」

 

「…そっか」

 

「……私も、凄く実りの多い日々だったと、思っています」

 

「けど、二人はそんなに寂しく無いかな〜?あかねとフリルの彼氏だもんねぇ」

 

「やめてください恥ずかしいです」

 

「俺はあくまで仕事上の関係だ」

 

そんな会話をしながら三人も歩き始める。

 

「まぁ最初はそれでもいいんじゃない?いずれ本気になっちゃうかもしれないし」

 

「ならねーよ」

 

「とか言ってアイの演技してるあかねに赤くなってたくせに~。それに、クリス君を見て本当に無いって言えるの?」

 

「……」

 

「私ってそんなに付き合う気配無かったですか」

 

「そりゃそうでしょ!マジで一番意外だよ!」

 

「それは同意…ていうか詳しいよな。B小町は世代じゃないだろ」

 

「いやいやB小町はみんなの憧れだから!」

 

MEMちょはそう言って少し歩いたところで足を止め、月を見上げる。

 

「ここだけの話だよ?私…元々はアイドル志望だったんだぁ」

 

「なんと」

 

「でも色々あって挫折しちゃって。今は元気にユーチューバーやってますけど!」

 

「ふぅん」

 

MEMちょからのカミングアウトを受けて、アクアとクリスは顔を見合わせる。

 

「じゃあウチ来たら?」

 

「…え?」

 

「新生B小町は現在メンバー募集中ですよ、MEMちょさん」

 

「B小町に、私が?あはは、そんな冗談…」

 

MEMちょが二人の顔を見ると、二人とも真剣な表情をしていて、MEMちょは冗談で言っている訳では無い事を悟る。そして…今、眠り続けていた熱意が再び目覚めていくのを、MEMちょは感じ始めていた。

 

 

 

恋愛リアリティショー編 完

 

 

 

 

 

 




次はファーストライブ編ですか…クリス君の出番ある?


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第十一話 人間

推しの子のアニメが…次で終わり、う、嘘だぁぁぁぁぁぁぁぁ!!(ガエリオ・ボードウィン感)

そういえば祝!災いの子お気に入り数1000突破!いつも読んでくれてる皆様、ありがとうございます。これからもこの小説をどうぞよろしくお願いいたします。


 

 

 

「あなたはスカウトマンとして雇うべきだったのかもね…」

 

そう言うミヤコの前には、アクアとクリス、そして二人にアイドルとしてスカウトされて来たMEMちょが居た。

 

「人気ユーチューバーにしてインフルエンサーMEM。アイドルに興味あったのは意外だったわ。ユーチューブチャンネル登録者数37万人。TikTokフォロワー数63万8千人。ネットではだいぶ人気あるみたいね… まず聞きたいのだけれどMEMさんの事務所は?」

 

「私は一応個人事業主として配信業やってて… 今はFARMって事務所にお世話になっていますが、所属じゃなくて業務提携って形をとっています。自分で自由に仕事とってきて問題ない契約になっているので…」

 

「なるほど。その場合苺プロからあなたにアイドル業務を依頼するって形になるわね… うちはネットタレントも多いしそのあたりの契約は問題ない。渡りに船って感じだけれど…」

 

ミヤコはMEMちょの表情を見ると、なんだか気まずそうにしていた。

 

「その顔だと何か言わなければいけない事情がありそうね…まぁ察しはつくけれどね…()()サバ読んでるのでしょう?」

 

「っ!分かりますか…?」

 

「ええ、あなた骨格からしてだいぶ幼く見えるけど私の目は誤魔化せないわよ。多分クリスも気付いてたんじゃないかしら?」

 

「え゛っ!?」

 

MEMちょがそう言われてバッとクリスの方を振り向くと、クリスは微笑みながら。

 

「最初会った時から気付いておりましたよ」

 

「ええっ!?」

 

「でしょうね。私に分かるんだからクリスが分からない筈ないもの」

 

「嘘ぉ〜…ずっとバレてないって思ってたぁ…えっと…それで…」

 

「ふふっ別に怯えなくていいわ。個人でやってる子が年齢いくつか若く言うなんてよくあることよ。別に気にしないわ。クリスもそれが分かっているから連れて来たんでしょうし」

 

「本当ですか?良かったです…」

 

ミヤコの言葉にMEMちょがホッとすると、ミヤコが質問をする。

 

「で、本当はいくつなの?」

 

「あの……その……本当は…」

 

MEMちょはミヤコの耳元に口を寄せ、ゴニョゴニョとミヤコに本当の年齢を伝える。

 

「ふむふむ……ガッツリ盛ったわね!?

 

「申し訳ございません〜!!」

 

「公称18って事は…ひー、ふー、みー……中々の肝の据わり具合ね…」

 

「数えないでください!」

 

「いくつ盛ったの?3歳くらい?」

 

「………」

 

MEMちょがアクアから訊かれて顔を逸らして答えるのを戸惑っていると…

 

「その倍ですね」

 

「何で分かるのぉぉぉぉぉ!?」

 

「いや盛ったなお前!?」

 

クリスに盛った年齢を当てられMEMちょは驚き、アクアは予想以上に年齢を盛っていたMEMちょに驚いた。

 

「って事は24?」

 

「24……だったよ?春頃までは〜」

 

「つまり25じゃねえか。この期に及んで悪あがきしようとすんな……て事は25でJK名乗って番組出てたのか。メンタル化け物か?」

 

「これには事情があってぇ!」

 

そう言ってMEMちょは何故年齢詐称をしているのか、経緯を話し始める。

 

「私は…昔からアイドルになるのが夢で。でもうちは母子家庭で弟も2人いて…」

 

MEMちょは最初、アイドルの夢を諦めて家族の為に就職しようとしたが、母親がMEMちょの背中を押してアイドルを目指し始めた。しかし高三の頃に母親が過労で倒れてしまい、お金の為に学校を休学、バイトを掛け持ちして家計を支えた。当然、その時はアイドルを目指す時間も無くなってしまい…

 

「おかげで弟たちも大学行かせられて。お母さんも元気になったけど… その時私は23になってた」

 

23歳、それはアイドルとしてデビューするのは厳しいラインだった。

 

「この世界20歳でババア扱いされる世界じゃん?どこのオーディションにも応募要項には満20歳までの女子ってあってさ。夢を追える環境が整った時には夢を追える年齢じゃなくなってた…」

 

「MEMちょさん…」

 

「行き場を失った情熱で配信とか始めたんだけど、まだその頃は高校休学中の身だったもんだから、現役JK(笑)みたいな感じでやってたらなんか思いのほか受けて… 登録者数とかめちゃくちゃ増えちゃって!引っ込みつかなくなっちゃってぇ!」

 

MEMちょはそう言って三人に背を向け、床に倒れ伏す。

 

「そっから2年くらいずっと…そして今に至ります… やっぱりダメですよね…7つもサバ読んで…バレた時大変ですもんね… 25がアイドルなんて……」

 

「そんな事ないよ」

 

そう言いながらMEMちょの肩に手を置く人物が居た。MEMちょが振り向くと、そこにはいつの間にかその場に居たルビーの顔が至近距離にあった。

 

「MEMちょだ!本物!可愛い〜!」

 

「話は聞かせてもらったわ」

 

「有馬」

 

「私も年齢でうだうだいわれたがわだからぁ…ぢょっどだげぎも゛ぢわ゛がる゛ぅ…」

 

「ちょっとじゃなさそうだが…」

 

ルビーに続くように現れたかなは似たような経験を思い出しながら涙を流しながらそう言った。

 

「子役の事務所も高学年になったらお払い箱でさぁ、ほ゛ん゛どむ゛がづぐ〜!!」

 

「ええ…」

 

「ミヤコさんっ!」

 

「だから私はダメだなんて言ってないわよ。ルビーは?」

 

「勿論!アイドルをやるのに年齢なんて関係ない。だって憧れは止められない!」

 

そう言ってルビーは立ち上がり、MEMちょに手を差し伸べた。

 

「ようこそ、B小町へ!」

 

「!……うん、よろしく…!」

 

MEMちょがその手を取り、こうしてMEMちょのB小町加入が確定したのだった。

 

「またうちの妹は綺麗事を…」

 

「おや、お嫌いですか?」

 

「分かってるなら訊くな」

 

「ふふっ、失礼しました」

 

「有馬、ルビーとMEMをよろしくな」

 

「うるさい、気安く話しかけないで」

 

アクアがかなに声を掛けると、かなは物凄く不機嫌な表情でアクアをキッと睨みながらそう言った。

 

「あんたは黒川あかねとヨロシクやってなさいよ、このスケコマシ三太夫が」

 

「……有馬さん、どうかされましたか?」

 

「別に…アンタも不知火フリルと仲良くしなさいよ」

 

「あ、はい…」

 

「言われなくてもこのグループは私がなんとかする…ね、これからご飯食べに行こうよ」

 

「行こ行こ!」

 

「何だぁこの子ら…あっだけぇよぉ…」

 

いつにも増して毒舌がキツかったかなにアクアは困惑する中、クリスはある程度察していた。

 

(私には特に変わりは無かったように感じます…兄上に対して何か思う事がある…原因は恐らく…)

 

『あんたは黒川あかねとヨロシクやってなさいよ、このスケコマシ三太夫が』

 

(今ガチで兄上と黒川さんが付き合った事。それに対して態度が悪化した事を考えれば、答えは恐らく…兄上は大変ですね…)

 

察したクリスは心の中でアクアに合掌した。かくして、MEMちょがメンバーになった事により、B小町は正式に活動をスタートしたのだった……

 

 

 

 

 

 

 

 

今ガチの最終回が放送され、世間はそれはもう大騒ぎであった。なんせトップタレントである不知火フリルと天才武道少年の星野クリスタルが付き合い始めたのだ。二人がこれからどうなっていくのか考える人々が後を絶たない。また一方では、謂わゆるガチ恋勢が荒れに荒れていた。例としては…

 

「せんっ、ぱいの、メス顔っ……!?あ、あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛!?!!?!」

 

「ご乱心ご乱心!主将がご乱心!」

 

「くそっ、ダメだ手に負えねぇ!」

 

「誰か!空手部を呼んでこい!」

 

「相撲部もだ!」

 

とまぁ、主将(コレ)は厳密にはガチ恋勢では無いのだが、似たようなものである。そうしてその二人が通う学校では、その二人やアクアが大きな話題を呼んでいた。

 

「はぁ〜、今ガチ終わってもうたなぁ… なぁなぁ兄と弟が番組でキスしてたのどういう気持ちなん?」

 

「どういう気持ちって…」

 

学校で寿みなみが隣の席に座っているルビーにそう訊くと、ルビーは笑顔だがどこか暗い雰囲気を纏いながら答えた。

 

「超複雑以外の感情を想像つく?」

 

「せやろなぁ…」

 

「テレビで兄妹物のキスシーン流れた時の5倍くらい気まずかった…」

 

「ひぃあ〜…いずれルビーもあかねちゃんと会ったりするんやろうなぁ。なんせ兄の彼女やし?」

 

「彼女…」

 

(でもアクアのあかねに対する気持ちってきっと…)

 

ルビーも画面越しではあるが、あかねがアイの様に振る舞い始めた事は分かっていた。それ故に、アクアがあかねに向けている感情はどちらと言えばアイに向けていた感情だったのではないかと推測していた。すると…

 

「今ガチの話?」

 

「「っ!?」」

 

そう声を掛けられた瞬間、二人は肩を震わせ、恐る恐る後ろに振り返る。するとそこに立っていたのは今話していた今ガチの出演者であり、クリスの彼女となった人物。そう、不知火フリルである。

 

「し、不知火さん…!?」

 

「フリルで良いよ、結婚したら星野になるんだし、そうしたらルビーさんやアクアさんとごちゃ混ぜになるでしょ」

 

「「けっこ…!?」」

 

この女、いくらなんでも気が早すぎる。そう思ったルビーとみなみは何も間違っていない。すると…

 

「フリルさん、流石に今から結婚の事を考えるのは気が早すぎるのでは…」

 

そう言いながらそう言いながら現れたのはフリルの彼氏でありルビーの弟、星野クリスタルである。

 

「そうかな?」

 

「そう…だと思いますよ?」

 

「そっか……それで、今ガチの話だったよね」

 

「え、あ、うん。しら…フ、リルさんは、今ガチに出演してどうだった?」

 

「そうだね…クリスもそうだけど、ホント、イケメン、美少女だらけで目の保養だった」

 

「「目の保養!?」」

 

クリスをどう攻略するか相談してきた時もクールだったフリルからは想像も出来ない言葉が飛び出してきて二人は驚く。

 

「トップスターもそういうこと言うんやなぁ…」

 

「顔がいい人は嫌いな人なんていないでしょ。本当に目に良かった。多分視力0.5くらい良くなったと思う」

 

((言う事おもろっ!?))

 

「勿論一番はクリスの赤面顔だったけど、個人的にはMEMちょの乙女面が見たかったかな。私が男子サイドで出てたら絶対押し倒してた。もっと私みたいに気合い入れて堕とせって思ったよね」

 

二人が思っていたより面白い発言をする不知火フリルを見て小声で話す。

 

「不知火さんってテレビだとクール系なのにプライベートこんな感じなんだ…」

 

「でも、実際結構あるらしいよ?男の人って面白い女性には恋愛感情より先に対抗心が生まれちゃって人気出づらいから清楚売りしてる間はボケさせない〜みたいなの」

 

「ヤな話〜…」

 

「私は出演者側だけど、アクアさんと黒川さんの絡みとか超ドキドキしたし、多分皆もそうなんじゃないかな?」

 

「アクア兄さん普通科の方ではかなりモテてるみたいやよ」

 

「芸能科でも何人か気になってる人もいるみたい。まぁ表向きは彼女持ちだし当面はみんな静観するだろうけど」

 

「けど、クリスとフリルさんのそう言う話は聞かないよね」

 

アクアは今ガチがキッカケで学校でモテ始めていたが、クリスとフリルにはそういう事が起きていない事をルビーが疑問に思う。

 

「まぁ、アクア君と違って私達はカップルで同じ学校に居るし…私よりクリスを幸せに出来る自信が少しでもある子なんていないでしょ」

 

「うわぁ流石トップタレント。自信しかない発言」

 

「あの、フリルさん、そういう発言は恥ずかしいので控えていただけると…」

 

「ふふ、私のクリスは可愛いなぁ」

 

「やめてくださいっ!?」

 

「わぁ〜、クリス君のそういう反応やっぱ新鮮やわ〜」

 

(…ていうか二人とも呼び方変わってるし…)

 

そう、実は二人は付き合い始めてからお互いの呼び方が変わっているのである。フリルは「クリス君」から「クリス」の呼び捨てに。クリスは「不知火さん」から「フリルさん」の苗字呼びから名前呼びへと変わっており、その事がルビーに二人が付き合い始めた事を強く実感させた。

 

(そっか、うちの弟はあの不知火フリルと付き合い始めたのか〜…初恋かあ〜…)

 

フリルがクリスを揶揄い、イチャイチャしているのを他所に、ルビーは教室の窓から外を眺める。

 

(せんせ、元気かなぁ)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「───ここは…」

 

今ガチが終わり数日。クリスはいつも通り一日を終え、自室で眠りにつくと、次に気付いた時は…アイが刺された日の夢にも見た、見慣れた屋敷にいた。

 

「………何か、用ですか?夜叉()

 

クリスがそう呼びかけた視線の先には、縁側に腰を下ろし、庭をジッと眺めている前世の自分が居た。クリスはソレの隣に座り、同じように庭を見る。

 

「……何故、恋などした」

 

「…恋をしたでは、ありません。恋をさせられたのです」

 

「……そうだな…不知火フリル…あのような存在がいるとは、思わなかった」

 

「そうですね、私も驚きました」

 

「……私はお前だ、お前の感情を否定する事は出来ない」

 

「それは私も同じです…あなたが思う気持ちは私にもあります…」

 

「……私は、いまさら人として生きることなど、許されないと思っている」

 

「そうですね」

 

「だから……不知火フリルと、幸せになっていい訳が無いと…だが…」

 

夜叉は自身の胸にソッと手を添える。

 

「…あのような気持ちは、初めてで…手放したく無いと…思ってしまった」

 

「……はい」

 

「…アイツは…私達を人にしてしまった…恐ろしい災いから、人間に…私達をしてしまったのだ…」

 

夜叉()…」

 

「なぁ、クリス()…不知火フリルを知ると、分かってしまうのだ……──は、間違っていたのだと…!」

 

「…ええ…」

 

「私は…ただ…ただ…!」

 

「…分かっています……大丈夫です。ゆっくり考えましょう。フリルさんや、家族と過ごしながら…一緒に…」

 

震えながら静かに涙を流す夜叉の背中を、クリスは優しく撫で続けた。

 

 

 

 

夢を見た後、休日の朝早くに目が覚めたクリスは日課であるランニングに出かけていた。

 

「ふぅ、ふぅ…はぁ……ん?」

 

ゴール地点である公園に着くと、いつもは朝早く故に誰もいない筈の公園に、今日は人影があった。

 

「また会ったな、即堕ち二コマ夜叉よ」

 

「何ですかその呼び方」

 

その正体は狼であった。狼はクリスに何かを投げ、クリスがそれをキャッチして見ると、それは水が入ったペットボトルだった。

 

「少し話すぞ、来い」

 

「…はぁ…」

 

公園のベンチに座り、クリスが水を飲んで一息つく。

 

「それで、何ですか即堕ち二コマ夜叉って」

 

「いやお前、『あり得ませんよ、私が不知火さんに恋をするなど』とか言っていた割にはあっさり恋したな、と思ってな」

 

「う、うるさいですね…!アレはフリルさんが予想外過ぎたんです…!」

 

「ま、そうだな…あの雌はお前の知らない要素の塊と言っても過言では無いな」

 

「全く……取り敢えず即堕ち二コマ夜叉は分かりました。で、今日は何の用ですか?」

 

「ん、ああ…森に帰るから、別れの言葉を言いに来た」

 

狼がそう言うと、クリスが少し目を見開く。

 

「え、もしかしてあの日からずっと人の街に居たんですか?」

 

「ああ、今ガチが終わるまでは居てやろうと、蛙のとこに居座っていた」

 

「どうしてそんな事を…」

 

「なに、私はああ言ったが、本当に不知火フリルがお前を変えるのか気になっていたし、どうなるのか興味があった…結果は大満足だ」

 

「…そうですか」

 

「不知火フリルには感謝せねばな、お前のあんな表情、前世では見た事が無い。アレは傑作だったぞ」

 

「斬りますよあなた!?」

 

「はっはっはっ…随分と人間らしくなったな。お前…」

 

「!」

 

狼はどこか安心したように微笑みながらそう言い、クリスを見つめる。

 

「人間の事を知ると…お前が前世で本当に人としての生を投げ捨て、災いになっていたのだと理解した…人間という種族を捨てた化け物…それがお前だった…知れば知るほど…お前を哀れだと思った」

 

「狼……」

 

「なぁ夜叉…いや、()()()。お前は生まれ変わった事を後悔しているか?」

 

「……最近、よく悩みますね」

 

「そうか…けどな、クリス。私は嬉しい」

 

「!」

 

「お前が生まれ変わってくれて嬉しい。お前が、人として生きる事が出来ている。それがこの上無く嬉しいんだ。きっと私だけでは無い。蛙や狐、干支の連中、蜘蛛や鹿、鳥共に蝙蝠も、きっと今のお前を見れば喜ぶ」

 

「………そう、でしょうか…」

 

「ああ…クリス、悩んだらいつでも森に来い。どの森かは分かるだろう?前世で何回も来たんだからな。それか巳以外の干支連中や狐は神社にいるからな、そこに行け」

 

「狼…はい、是非そうします。森にいる他の皆にも、よろしく伝えてください」

 

「ああ、そうする」

 

そう言って狼はベンチから立ち上がり、その場を離れようとすると、少し歩いたところで「あ、そうだ」と言ってクリスの方に振り返る。

 

「お前、母親を殺そうとした父親を探しているのか?」

 

「何でそれを知っているのですか…そうですよ。それが?」

 

「…お前、父親を恨んでいるか?」

 

その問いにクリスは少し悲しそうに笑いながら答える。

 

「恨んではいません…ただ…悲しいとは、思っています」

 

「………そこは前世と一緒か

 

「どうかしましたか?」

 

「いや、何でもない。なあ、クリス…お前はもう、人を殺める必要は無いんだ」

 

「…はい」

 

「あまり、前世に囚われるなよ。ではな、またいつか会おう!」

 

「ええ、またいつか。あの森で」

 

クリスの返事を聞いた狼は満足そうにしながらその場を去っていった。クリスは狼が去った後、ペットボトルの水を飲み切ってゴミ箱に捨て、自宅に向かって走り始めたのだった。

 

(そういえば、姉上達の初ライブがJ…I、F?なるものに決まったらしいですが、大丈夫でしょうか…)

 

「ただいま戻りました」

 

クリスが新生B小町の初ライブがどうなるか考えながら帰宅すると…

 

「おかえり、クリス」

 

「………え?」

 

帰って来たクリスをアクアが出迎えると、クリスは一瞬固まってしまう。それもその筈…何故なら今アクアは…

 

「ぴえよんさん…?」

 

「ちょっと頼みたい事があるんだが、いいか?」

 

何故か苺プロの年収1億の稼ぎ頭のマスクを着けていたのだから。

 

 

 

ファーストライブ編 開幕

 

 

 

 

 

 

 




正直展開で悩むこと沢山あって作者は大変だよ!だからアンケートで皆の意見を、くれぇぇぇぇぇぇぇ!あ、感想、お気に入り、高評価、お願いします。


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第十二話 始動

アカン、恋リア編終わってから明確にモチベ下がってる…今更思いましたがこの小説って割とあらすじ詐欺してますよね。あ、推しの子最終話最高でしたね。個人的にはアビ子先生がめっちゃ好きだから二期で早く拝みたいですね…


 

 

 

 

「えっと…取り敢えず事情は把握致しました…」

 

何故かぴえヨンのマスクを被って現れたアクアにクリスは理由を訊くと、ルビー達の初ライブの為にサポーターの役を買って出たが、最近かなに反発されまくっているので、休暇中のぴえよんのマスクを借りてなりすましてサポートするらしい。

 

「何もそのような事をしなくても…」

 

「仕方ないだろ、有馬が全然話聞いてくれないんだし」

 

「はぁ…」

 

(兄上と有馬さんの関係って面倒ですね…)

 

「それで、私は何を?」

 

「クリスにはダンスの手本とか、そういうのやって欲しい。出来るだろ?」

 

「何故当然のように私が踊れると思っているのでしょうか…まぁ、踊れますが」

 

「よし、なら頼んだぞ」

 

こうして、新生B小町の初ライブを成功させる為にアクアとクリスがサポートする事になったのだった…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〜日本 三重県 伊勢市 伊勢神宮〜

 

 

()使()様、頼まれていた物が手に入りました」

 

「ん、ありがとう」

 

神使、と呼ばれた女性は巫女から一枚のチケットを受け取る。そのチケットはJIFのライブチケットだった。

 

「B小町の初ライブ…!見逃す訳にはいかないわ…!という訳で私はその日いないから、神社の事はよろしくね」

 

「大丈夫ですよ。そもそも神使様は一年中ここでダラダラ過ごすだけのニートですからね。いてもいなくても変わりません」

 

「ちょっと!干支の酉である私に対してその態度はなんなのよ!?」

 

「と言われましても…」

 

「むむむむ…!昔は何もしなくても皆ちやほやしてくれたのに…!」

 

「今はもう違うという事です。ちやほやされたいなら、そのJIFに出るアイドルのようになってみれば良いのでは?神使様は顔は抜群に良いのですから」

 

「?私がアイドル?無理無理、何百歳だと思っているのよ。そりゃ心はいつまでもぴちぴちの18歳JKだけど」

 

「学校通った事無いでしょうあなた」

 

「けどそうね…」

 

神使はJIFのチケットをジッと見ながら呟く。

 

「スカウトでもされたら、話は別かもね」

 

 

 

 

そしてB小町は迫る初ライブに向けてグループの顔であるセンターが有馬かなに決定していた。かなはセンターを嫌がっていたのだが、歌が音痴なルビーと下手うまなMEMちょにセンターを任せられず、結局流されてしまった。

 

「ホントあんたたちは私がいないとダメね!せいぜい私が引き立つように頑張りなさいよね!」

 

「「はーい」」

 

二人を引っ張る頼もしいセンターの様に有馬はそう言うが、内心はセンターになった事を本気で後悔していた。

 

(なんでこの口はいつも私の気持ちと逆のことを言うんだろう…)

 

有馬が気持ちを暗くしながらそんな事を思っていると、部屋の扉が開かれ、ミヤコが入ってくる。

 

「話は纏まったみたいね」

 

「社長!」

 

「ステージまでもう日数もない。そろそろ追い込みをかけないとまずいだろうし、サポートしてくれる子捕まえたからコキ使ってあげて」

 

「ん?」

 

「サポートしてくれる子?」

 

「……それってもしかして、アク」

 

「失礼しますね」

 

「いやアンタ(クリス)かいっ!?」

 

有馬がどこか期待しながら入って来た人物を見たが、入って来たのはクリスだった。

 

「あはは…ご安心を、私の他にもう一人いらっしゃいますから」

 

「!じゃあやっぱりアク」

 

「ヤァ」

 

「いやアンタ(ぴえヨン)かいっ!?」

 

入って来たぴえヨンを見て再びガッカリするかな。

 

「あ、ぴえヨンお久〜!」

 

「え、本物!?」

 

「ウチの稼ぎ頭でしょ!頼むから普通に働け!」

 

入って来たぴえヨンに三者三様の反応を見せる中、実はぴえヨンの中身がアクアだと知っているクリスは顔逸らして口元を抑えていた。

 

(あ、兄上がぴえヨンさんの声を出して喋っていると考えると、中々に面白いですね…!)

 

「ぴえヨンさんて前職プロダンサーですもんね!アイドルの振付師の仕事もしてたって動画で…」

 

「そうなんだ?」

 

「どうですかプロから見て私達は?多少形にはなってると思うんですが…」

 

MEMちょがぴえヨンにそう訊くと、ぴえヨンは淡々と答える。

 

「ンー、マァ、コノクライノ仕上ガリデ、ステージ出ル子ハ全然イルケドネェ…マジノクオリティ求メルッテ言ウナラァ…マズハ体力ダヨネッ!」

 

鶴の一声ならぬ雛に一声により、B小町の体力作りが始まった。

 

「坂道ダッシュ後10本!!」

 

「「「ひぃ〜!!」」」

 

「お三方、頑張ってください」

 

(なんでクリスはあんな余裕そうなの!?)

 

(汗一つ掻いてないじゃない!)

 

(息も全然乱れてないし…!)

 

「ソシテ疲レ切ッタ後ニセットリスト通シで三回!ヘトヘトでもパフォーマンス落トサナイ体力ガ先ズ大事!」

 

「ア、ナ、タのアイドル〜♪サインは、B〜!」

 

(いやクリスはなんで踊れるのっ!?)

 

(しかも滅茶苦茶キレ良いし!)

 

(歌も私やルビーちゃんより断然上手じゃん!)

 

ぴえヨンの指導とクリスの手本により、三人の実力はJIFに向けて確実に成長していた。

 

「2曲目のサビ前さ!上手側からぐるっと回って入れ替わったらカッコ良くない!?」

 

「あー良いかも!そしたらここのアレンジもさ…」

 

「なるほど…でしたらここは…」

 

ルビーとMEMちょ、クリスがライブでの動きについてホワイトボードに色々書きながら話し合っているのをかなはベランダから横目に見ていた。

 

「あの元気どっから出てくるのかしら…」

 

「後悔シテル?アイドルニナッタ事」

 

「!ぴえヨンさん…」

 

するとぴえヨンがかなにそう声をかけながら現れた。

 

「いえ自分で決めたことなので後悔とかは…でも向いてないとは思ってます。全然アイドルやれる気がしない。センターなんてもっての外…」

 

「歌上手イノニ、何デセンターソンナニ嫌ガルノ?」

 

「だってセンターってグループの顔なんですよね。私なんかがいるべきポジションじゃない…」

 

「私ナンカガッテ何?有馬かなハ、スゴイト思ウケド?」

 

「皆そうやって適当なことを言うじゃないですか。何も知らないくせに……私の何を知ってるんですか?」

 

かなはそう言ってぴえヨンに冷たい視線を向ける。しかしぴえヨンがその視線に動ずることは無く…

 

「ソウダナァー… 毎朝走リ込ミト発声欠カサナイ努力家。口ノ悪サガコンプレックス。自分ガ評価サレルヨリ作品全体ガ評価サレル方ガ嬉シイ。実ハピーマンガ大嫌イ」

 

「えっ、私の事滅茶苦茶見てくれてる。嬉しい…」

 

(てか深いとこついてくるなぁ…やば、ぴえヨンちょっと好きになっちゃった…)

 

冷たい表情から一転、ぴえヨンが自分の事を凄く見てくれていた事を知ったかなは表情を和らげる。

 

「もしかして私のファンなんですか?」

 

「ソウダヨ」

 

「え〜、嘘〜……居たんだ、今の私にファン…」

 

かなは世間からは終わった人扱いされており、天才子役では無くなった今の自分にファンなどいないと思っていたが、ぴえヨンが自分のファンだと知って喜ぶ。

 

「ピーマン嫌いなの絶対公言したことないのによく気付きましたね」

 

「実ハ僕モ苦手ナンダ」

 

「同志だ!」

 

「アイツ主張強スギルンダヨネ。居ルダケデ全部ガピーマン味ニナル」

 

「わかる!ピーマン体操の時もむちゃくちゃ我慢して食べてて…今や見るだけで蕁麻疹が…」

 

「可哀想ガ過ギル…春菊モ苦手デショ」

 

「あ、ダメ!ピーマンと同じくらい苦いし…」

 

(あれ?普通に話してて楽しいや。珍しいこともあるもんだ…この人本当に好きになれそうな気がする…もうアクアなんてポイしてこっち好きになろうかなー… 年収億行ってるし正直アリよねー…)

 

ぴえヨンと話している内に恋心が芽生えてきたかな。しかし残念、そいつの中身は今お前がポイしようとしたアクアである。

 

「クリスもそうだけど、ぴえヨン忙しいだろうに毎日来てくれて優しいな〜」

 

「ね!やっぱ動画で見るのとは全然違う!体型ももっとガッチリしてるイメージだったけど意外と実物はスラッとしてるっていうか…背格好もてっきりクリス君くらいはあると思ったのに、アクたんと同じじゃん!」

 

(おっと、中々鋭いですね)

 

「あはは!お兄ちゃんがあんなアヒル声出してたら一生笑う!」

 

(バレたら一生笑われるそうですよ、兄上…)

 

「さて、もう暗いですし。今日はもうこの辺りに致しませんか?」

 

「ソウダネ、続キハマタ明日ニシヨウカ」

 

そうして、その日のレッスンは終了となった。クリスは自室に戻り、今日のルビー達のダンス映像を確認する。

 

(…有馬さん、センターは嫌なんでしょうね…姉上とMEMちょさんに気を使って必死に取り繕っていますが)

 

「他人ばかり気にするところ、案外私に似てますね」

 

コンコン

 

クリスが映像を見ながらそう言っていると、ドアがノックされる。クリスが「どうぞ」と言うと、扉が開かれ、ルビーが入って来た。

 

「姉上、どうかされましたか?」

 

「あはは、ちょっと聞きたい事があって…いい?」

 

「ええ、構いませんよ。お茶、用意しましょうか?」

 

「いや大丈夫大丈夫!すぐ済むから……えっと…」

 

ルビーは何だか言いにくそうにしており、クリスが首を傾げると「あ、そうだ!」と思い出したように言う。

 

「聖騎士戦隊シュヴァリエジャーの劇場版の公開もうすぐだね!ごめんね、忙しい時にサポートしてもらって…」

 

「いえいえ、大変なところは終えてからサポートに入ったので問題ありませんよ。まぁ、大変だったとしても、姉上の為なら最大限協力いたしますが」

 

「そ、そっか、ありがとね…それで、えっと…」

 

ルビーは深呼吸して、落ち着くと決意を固めた表情でクリスを見る。

 

「クリスって、どうして私がアイドルになるのに反対しなかったの?」

 

「…いきなりですね…どうかされましたか?」

 

「い、いや!だってアクアは私がアイドルになるの反対してたし、ミヤコさんだって賛成はしてなかったじゃん?ママの事があったから二人はそうしてたと思うんだけど…けど、クリスは変わらず応援してくれたから…どうしてなのかなって…ちょっと気になって…」

 

「……そうですね…実を言えば、私は最初から…姉上がアイドルになるのは…かなり嫌でございました」

 

「えっ!?」

 

クリスのその言葉にルビーは驚愕した。小さい頃からアイドルになると言っていたルビー。それを初めて聞いた時から応援してきたクリスだが、内心はルビーにアイドルになって欲しくないと思っていた。

 

「アイドルをやっていた母上を見ると、アイドルという仕事はあまりにも不自由で、他人に自分の人生を縛られているように思えて最初は恐ろしいとさえ感じたものです。今はある程度理解はしていますが…母上に起きた事を考えれば、同じような目に姉上に遭って欲しくない…嫌でしたよ。本当に」

 

「クリス……じゃあ、何で…」

 

「けれども…私が好きな姉上は、母上に憧れてトップアイドルを目指す真っ直ぐで、眩しい姉上ですからね。好きな姉上の邪魔が出来る筈がございません」

 

「…ありがとう。私、クリスが弟で本当に良かった…」

 

「私も、姉上が姉上で良かったと…心の底から思います」

 

「…ねぇクリス、髪、触っていい?」

 

「どうぞ」

 

ルビーはクリスの黒髪を優しく持ち上げてジッと見つめる。

 

「…お母さんにそっくりな綺麗な髪だね。ちょっと羨ましい」

 

「姉上の髪も大変美しいですよ。それに、姉上が黒髪だったら母上と似てる似てると騒がれたに違いありません」

 

「ふふ、確かにそうかも…フリルさんとは最近どう?」

 

「特には…学校で一緒にいる程度ですね。フリルさんはいつもお忙しいですから」

 

「けど、良いなぁ初恋の人と結ばれるって…私も…」

 

「姉上の初恋ですか?」

 

「うん。前世の話なんだけどね…私、病気のせいでずっと病院で寝たきりで…そんな時に出会ったのがママで、病室のテレビでずっと見てたんだ…」

 

「なるほど…」

 

クリスはルビーの前世の話に静かに耳を傾ける。ルビーはクリスの髪を撫でかながら続けた。

 

「そこからアイドルになるのが夢になったの。けど結局死んじゃってさ。まぁ生まれ変わってアイドルになったから良いんだけどね…その時に初恋の人が言ってくれたんだ。私がアイドルになったら推してくれるって…」

 

「…その方には、会いに行かないのですか?」

 

「会いたいなって思ったけど、病院に電話したらなんか失踪してるって言われて…あ、病院はホラ、私達が産まれた病院だよ」

 

「ああ、宮崎の…それにしても失踪…ん…?」

 

(何か、引っ掛かる)

 

クリスはルビーから話を聞いて何か違和感を覚えたが、その違和感の正体がなんなのかは分からなかった。

 

「で、アイドルになって有名になったらさ、いつかせんせにも会えるかなって…」

 

「…なるほど…因みに、その方のお名前は?もし私が見つけた時は姉上に教えなければ…」

 

「あ、そうだね!えっとね、名前は雨宮吾郎って言うんだ!」

 

「雨宮吾郎さん、ですね。承知致しました。見た目の特徴は、どのような…?」

 

「えっと、せんせはね…」

 

二人は夜遅くまで結局お茶を用意して色々な事を話し合い、やがてルビーも眠くなってきたのか自室に戻っていった。それを見送った後、クリスも部屋の電気を消してベッドに横になる。

 

(雨宮吾郎…失踪……何故でしょうか…妙な胸騒ぎがします)

 

クリスは胸に少しのモヤモヤを抱えながらその日は眠りについたのだった…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…はぁ…どぉーすんだよこれ…」

 

「マジであったな…」

 

その頃、宮崎の高千穂で二人の男がある祠の裏にある洞窟を覗いていた。その洞窟の中には白衣を着た白骨遺体があった。

 

「で、取り敢えず狼に報告すりゃ良いのか?」

 

「だ、そうだ。それとなく夜叉に伝えておくと…」

 

「カァーッ!!カァーッ!!」

 

遺体を前にしても冷静に二人は話し合っていると、急に辺りのカラス達が大声で鳴き始め、二人は振り返ると…

 

「嘘だろ…」

 

「何故貴方様が…」

 

二人の視線の先には一人の少女が立っており、その少女は周囲にカラス達を羽ばたかせており、微笑みを浮かべていた。

 

「ダメだよ、これは人間であるあの子たちの問題。あなた達が安易に手を出しちゃダメ」

 

「いや宮崎って聞いたからもしかするとは思ったがそんな事ある?」

 

「はぁ……取り敢えず狼にはこの件からは手を引けと言っておきます。しかし…そもそもこの件は夜叉にも関わる事であるから調査したのです。そこはご理解いただきたい」

 

「分かっているよ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?けれどあまり余計な事をすると余計なものを呼んでしまうよ」

 

「……なるほど、─────神ですか」

 

「そう。分かってくれたなら帰って」

 

「承知致しました。行くぞ」

 

「はいはい、あ〜あ。結局無駄だったか〜」

 

二人の男はその場から素早く去っていき、少女はそれを静かに眺めていた。

 

「……ふぅ、で、まだ見つからないの?」

 

少女がそう言うと、周囲のカラス達が頭を下げる。

 

「申し訳ございません、日本全土を探し回りましたが…()()()()は未だに…」

 

「なんとしても見つけて。夜叉が転生した瞬間に無くなるなんてどう考えても何かある。手遅れになる前に…」

 

「でしたら、獣達や干支にも協力を仰ぐべきでは…」

 

「干支はともかく…獣達は皆素直だから、この件に関わらせると絶対夜叉にまで伝わる。この件は…あの子を無関係のままでいさせたい」

 

「しかし……いえ、承知致しました…」

 

カラス達は飛び立ち、その場を離れていった…少女は少し疲れた表情をしながら月を見上げて呟く。

 

「はぁ…あの三つ子の行く末を眺めるだけならどれだけ愉快だったかしら…ホント夜叉は…こう、厄介事しか持ち込んでこないわね…ま、それを含め好んだ私も私か」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そしてそれから数日。いよいよ明日はライブ当日というところまで迫っていた。その日のレッスンも終了し、ルビー達が二階で眠りについた頃、アクアとクリスは下の階に居た。

 

「ふぅ…やっとこのマスクを被らないで済む…」

 

「お疲れ様でした、兄上」

 

「ああ…クリスもありがとな。大変だっただろ」

 

「まさか、兄上や姉上達に比べれば私なぞ…それよりも明日が楽しみになってまいりましたね。姉上達の初ライブ…上手くいけば良いのですが…」

 

「まぁ、やれる事はやったんだ。後はアイツら次第だろ」

 

「そうですね……ん?」

 

クリスは何かに気付いたのか、ふと開けっぱなしになっていた部屋のドアの方をチラッと見る。

 

「どうかしたか?」

 

「ああいえ、なんでも…」

 

(誰かいましたね…というか…姉上とMEMちょさんはこの場合出て来るでしょうし…となれば…有馬さんでしょうね…はぁ…なんと間が悪い)

 

有馬がこの部屋を覗き見してぴえヨンの中身がアクアだと知り混乱しているだろうなとクリスは考えながら立ち上がる。

 

「取り敢えず今日は明日に備えてゆっくりしましょう。それでは先に部屋に戻りますね。兄上、おやすみなさい」

 

「ああ、おやすみ」

 

そう言ってクリスは自室に戻り、寝巻きに着替えて就寝に入った。

 

 

 

 

 

 

その日、クリスは夢を見た。夢の舞台は今までも何度か見た、あの屋敷だった。

 

「……これ、は…」

 

しかし、いつもと違う点があった。それは…

 

「燃えて、いる…」

 

そう、それは屋敷に火がそこらかしこに回っている事だった。夜叉の姿も見えず。クリスは火を気にせずに屋敷を歩き回った。そしてある部屋の襖を勢いよくバンッ!と開くと…

 

「………夜叉…」

 

そこには何時もの成人の夜叉とは違い、中学生ほどの年齢の夜叉と、その夜叉が抱えている重傷の男がいた。

 

『……───、──』

 

重傷の男が何かを言って事切れる。夜叉はそれを黙って聞いたままの状態から少し経つと立ち上がり、そして死んだ男が持っていた刀を持ち、歩き始めてクリスの横を通り過ぎていった。

 

「一体…何故この夢を……あぐっ…!?」

 

すると突然、夢の中だというのにクリスを激しい頭痛が襲う。

 

───これは契約だ、人を殺めた聖人よ。もしお前がこの国の災いであるならば……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──必ず、私はお前を手に入れる。

 

「誰…ですか…あなたは…一体…!」

 

『あ〜不味い不味い。えい』

 

クリスが謎の声に苦しんでいると、更に謎の声が聞こえた。するとクリスは夢の中だというのに意識が朦朧とする。しかし、朦朧とする中でクリスは呟いた。

 

「ひ、つじ…?」

 

 

 

 

「ん……もう朝ですか…」

 

クリスは目が覚め、起き上がって背中を伸ばす。

 

「ふぅ……しかし、何か夢を見たような…ダメですね。思い出せません…まぁ、屋敷の夢では無いでしょう。あの場所での夢を忘れた事はありませんからね…さて、今日はいよいよ初ライブ…頑張ると致しましょう」

 

クリスはそう言って着替え始めた。アクアが父親を芸能界で見つける為にのし上がっていく物語。ルビーがアイのようなアイドルを目指し、ドームライブにいつか至る物語。それら物語の裏で、まだ人は誰も知らない、クリスの物語が始まっている事を、クリスはまだ知る由も無かった…

 

 

 

 

 




何か始まったな?人外率高えし。

「あんまりオカルト路線に進むと、いけないと思うの」

けどクリス君って存在がアレだからどうしてもオカルト路線に進むの仕方なくない?そりゃ、私だってあんまりやり過ぎるともはや違う作品になるやん…とか思いましたよ…けどクリス君の為に俺は突き進む事にしたぜ。

「そう…」

あ、アンケート投票ありがとうございます。取り敢えず…不知火フリルは東京ブレイド編に出しても良いですかね…それで、新しい問題があるんだけど…

「何?」

あの二人どんな役やらせりゃ良いと思う?

「自分で考えろ駄作者」

ですよねー…あ、感想、高評価、お気に入りお待ちしております!次回もお願いしますね!


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第十三話 存在

こんな時間に投稿してごめんね!


 

 

 

 

いよいよ待ちに待った新生B小町の初ライブであるジャパンアイドルフェス。その会場となる建物にルビー達はやって来た。

 

「さてさてやって来ました!」

 

「「ジャパンアイドルフェス!」」

 

「えっと…私たちが立つのは10個あるステージのうちスターステージ」

 

「結構地下アイドルも多いステージだね」

 

「できればメインステージが良かったけど」

 

「流石に過ぎた願いだよね〜…」

 

「あー緊張してきたぁ!うまくやれるかなぁ」

 

「大丈夫!睡眠はしっかり取ったでしょ!徹夜のダメージは3日ぐらい引きずるし魅力が3割ほど落ちるってどこかの大学の研究で出てる… みたいなことDai●oが言ってた!って先輩が言ってた!」

 

「人伝ての人伝ての人伝てだねぇ」

 

ルビーとMEMちょがコントをしながら睡眠は大事だと言っていると、ルビーに睡眠の重要性を説明した有馬かなはその時…

 

(どうしよ…結局一睡もできなかった…)

 

ぴえヨンの中身アクアだった事件のせいで眠る事が出来ず、絶賛寝不足であった。

 

(ぴえヨンの中身がアクア…?でもあいつあんなにマッチョじゃないし…入れ替わり?なんで?私が真面目にレッスンするように?優しくしてくれたのも嘘?頭ごちゃごちゃ…大事な日なのに…もう…マジ最悪… とっとと楽屋行きましょ。少しだけ仮眠を…)

 

「そっちじゃないわよ」

 

「え?」

 

かなが寝不足の頭で色々考えながら楽屋に向かっていると、ミヤコが呼び止める。

 

「ステージ側の楽屋は出番直前にしか使えないの」

 

「そうなんですか?」

 

「じゃあ着替えとかは…」

 

ミヤコはニコニコしながら三人を楽屋に案内する。そして三人が案内された楽屋で目にしたのは…

 

「ちょっと、荷物そっち寄せてよ!」

 

「誰かライナー持ってない!?」

 

楽屋の扉を開くと、そこには今日ライブをする大量のグループのアイドル達と大量の荷物が詰め込まれていたとんでもないカオス空間な楽屋が三人の目に入った。

 

「何この地獄みたいな場所…」

 

「楽屋よ?」

 

「人口密度えげつないことになってますけど…」

 

「ステージの多いフェスではこんなものよ。出演者や関係者数百人が全部詰め込まれて荷物の置き場もない。着替え部屋もないから各々パーテーション裏で着替える」

 

「でも撮影用の場所だけは綺麗なんだね」

 

「カオスだねぇ」

 

「もちろんメインステージに呼ばれるくらいの有名グループは別室を用意してもらえるわ。でも地下アイドルやそこそこのアイドルの扱いはこんなもの。いい待遇受けたかったら売れないとね…… さっ出番前はバタつくからお弁当を食べたり準備するなら今のうちよ」

 

「「はーい」」

 

B小町の初ライブの時は、着々と近づいてきていた…一方その頃、クリスは…

 

「はぁっ、はぁっ…はぁっ…くっ…」

 

「まだやりますか?」

 

「はぁ、はぁ…もう、一本…お願いしますっ!!」

 

「…分かりました、しかしその前に少し休憩を挟みましょうか」

 

再び中学時代の母校に来ていた。理由は前回とは違い、クリスが自分から来たのでは無く、剣道の全国大会が近いので剣道部を扱いて欲しいと学校側から頼まれたのである。

 

「そんな、まだ…!」

 

「いえ、休みなさい。でなければ今日はここで終わりです」

 

「!……分かり、ました…」

 

「ひえ〜…星野先輩相変わらずヤッバ…アレで二段とかマジ詐欺じゃん…」

 

「コーチが自分より強いって言ってたくらいだし…」

 

「コーチって何段だっけ?」

 

「確か五段だろ?」

 

「は?やっぱ化け物だろあの先輩」

 

「けど…」

 

既にクリスと数回手合わせしてボコボコにされた部員達は、水を飲んでいる主将を見る。

 

「主将、俺たちの倍は手合わせしてんのに…まだ星野先輩に挑むつもりだぜ…」

 

「あんな根性どこから出てくんだよ…」

 

「すげーよなぁ…俺勝てる気しねぇのにあんな何回も挑まねえよ…」

 

クリスに挑む、という事は剣道部員達にとっては魔王に挑むようなもの。しかしこちらには聖剣も女神の力的な物もない。勇者ではなくただのモブ兵士。クソゲーである。そんな中魔王に挑み続ける主将に部員達は改めて尊敬の眼差しを向けた。

 

「ゴクッゴクッ…ぷはっ…先輩!やりましょう!」

 

「少し落ち着きなさい。話をしましょう」

 

「はい!話しましょう!」

 

「素直ですね…焦っているでしょう」

 

「!わ、分かりますか?」

 

クリスの言葉に主将は身体をビクッとさせ、クリスから目を逸らす。

 

「勿論、あなたの事はそれなりに分かっているつもりです。今、凄く焦っている事や…その焦りの原因が、私である事も」

 

「っ!!」

 

「あなた全国大会が控えているというのに、あなたの目にはそこで待ち受ける宿敵達ではなく私が映っている……大会で剣を交えるのは、私ではありませんよ」

 

「…分かって、います…」

 

「でしたら何故…」

 

主将は顔を伏せると、ポツポツと語り出す。

 

「私は、小さい頃から周りに剣道の天才として持ち上げられてきました……負けた事なんて無くて、上級生にも圧勝して、小6の時に中学生相手にも勝ちました。私は強い、誰にも負けない…そう思ってここに来て…」

 

 

 

 

 

 

 

────自信満々でやって来た中学の剣道部初日。彼は天才…否、天災に出会った。

 

「はぁっ…!はぁっ…!」

 

「新入部員の中では飛び抜けていますね。強くなりますよ、彼は」

 

「おぉー!ウチのエースからそこまで言われるなんて」

 

「こりゃ、未来のエース誕生かな?」

 

星野クリスタルに出会い、彼が積み上げてきた強さや自信は、一瞬でバラバラに切り裂かれた。それほどまでに、クリスは圧倒的な存在だった。

 

「嘘だ、俺が…!」

 

彼は現実を認められず、受け入れられず。クリスに何度も挑んでは敗北した。

 

「どうして、どうして勝てないっ!?どうして…」

 

「………」

 

負け続けた末に彼はそう叫んだ。クリスはそんな彼を見て…

 

「私に勝ちたいと思うなら、私を知ろうとしなさい」

 

「っ…!?」

 

「自分を磨くだけでは手を伸ばせるだけで勝利には届きません。他者の強さを認めるからこそ、勝利に手が届くのです」

 

「っ!!」

 

そこから二人は、学校ではずっと一緒に居た。彼はクリスを知ろうとして、やがて他の誰よりもクリスと長く対峙出来るようになり、やがてクリスを深く尊敬するようになった。

 

(ずっとこの人の隣で、剣道をしたい)

 

色んな部を掛け持ちしている事は大変癪ではあったが、彼の剣道の中心はクリスになっていた。高校生になっても、クリスと一緒に剣道をする。そして絶対に追いつく。そう思っていた時…

 

「どういう、事ですか…?」

 

「……私は、芸能の道に進みます。武道を志すのは、中学で終わりです」

 

「………は?」

 

受験シーズンが終わった頃、クリスは、別の道に行ってしまう事を知った。彼はそんな事を当然受け入れられなかった。クリスに詰め寄り、一方的な怒りをぶつけた。その時のクリスの顔はとても悲しそうで、申し訳なさそうで…

 

 

 

 

その日から、クリスとは一切話さず、卒業式の日が訪れた。色んな部の生徒たちがクリスに挑んでは蹴散らされているのを、ただ遠くからジッと見ていると…

 

『私に勝ちたいと思うなら、私を知ろうとしなさい』

 

不意にそんな言葉が、頭に過って…

 

(…知らなきゃ…)

 

気づけば彼は、いつの間にか着替えてクリスの元へ向かっていたら。

 

(分かってあげないと、どうして先輩が、その道を選んだのか)

 

誰もがクリスを武道の道に戻そうとした。自分だってそうだ。けど…

 

(その理由を知らないと、絶対後悔するっ!!)

 

「ふぅ…もういませんか?……でしたら、私はそろそろ…」

 

「先輩っ!!」

 

「!あなたは…」

 

「はあっ、はあっ…最後に、手合わせ、お願いします…!」

 

「───ええ、勿論。待っていましたよ」

 

それが、クリスの中学時代、最後の試合だった。そして…

 

 

 

(何も分からなかったぁぁぁぁぁぁぁ!!)

 

彼は結局、クリスを理解する事は出来なかった。その事を悔やみ、涙していると…

 

「…何か、知りたい事があるのですか?」

 

「は!?分かるんですか!?」

 

「ええ、当然です。それで、何を訊きたいのですか?」

 

「……先輩が、どうして武道を辞めるのか、教えてください」

 

クリスは、彼に理由を教えた。自分の人生に武道は必要無いと思った事、世間に自分より他の人を見て欲しかった事。それを聞いて彼は…

 

(──そっか。無理だ、この人を理解するなんて)

 

クリスが、一般的な人間とはかけ離れた存在だと気付いた。そして同時に悟った、クリスを理解する事なんて不可能だと。

 

(…けど…良かった…)

 

なのに、どうしてだろうか。

 

「…何だか、満足した様子ですね」

 

「……そうですね…」

 

きっとクリスを理解しようとした日々は無駄だった。だというのに…

 

(この人はずっと、このままでいてくれる)

 

違うを道を行っても、クリスは彼が大好きだったクリスでいてくれる。その事実が、彼を何よりも安堵させた。

 

「星野先輩、ありがとうございましたっ!!先輩との日々、絶対忘れません!これからも、応援しています!」

 

「──はい、こちらこそ、ありがとうございました。私もあなたを、応援しています」

 

道は分かれても、お互いが変わる事は無い。中学の日々の時のまま、ずっと変わらずにいられる。彼はそう思った。そう思って…

 

『そういう顔、ずっと見たかった』

 

クリスは、変わってしまった。

 

 

 

 

 

「考えてみてください。信じて送り出した先輩が、あんな高校から剣道始めたガチ初心者の爬虫類女に即堕ち二コマ決めた俺の心境を

 

「怖い怖い怖い怖い」

 

「ウチの主将マジヤバいって」

 

「おい、一応空手部また呼んどけ」

 

「いや、アイツらこの前のトラウマになってるみたいで…」

 

主将のクリスに向けたクソ重クソデカ感情にドン引きしている剣道部員達。対してクリスは、その話を真剣な表情で聞いており…

 

「これ、私が悪いのでしょうか」

 

「はい、先輩が悪いです。責任とってください」

 

「なんと…そうですね…確かに私はフリルさんに出会ってから変わりました」

 

「はぁっ…!番組じゃ苗字呼びだったのに名前呼びになってるっ…!コフッ…!」

 

「……ですが、あなたとの関係が変わったとは思っておりません」

 

「!」

 

「私にとってあなたはずっと、私を慕ってくれた大切な後輩です。勿論、他の皆も」

 

『!』

 

クリスの言葉に主将だけではなく、剣道部全員がハッとする。

 

「これからお互い、色々な事があると思います。変わってしまう事も沢山あるけれど、今ここにいる皆との繋がりは、変わらず続けていきたいと思っています。だって皆さんは、私が武道界を託すに値すると思った人達なんですから」

 

「先輩…」

 

「だから、私が誰と何をしようと、気にしないでください。私はこれまでも、これからもずっと…あなたが目指そうとした、あなたが大好きだった星野クリスタルであると、誓います」

 

「う、うぅ…ぜん゛ばい゛ぃぃぃぃぃぃ!!」

 

主将は泣き声を上げながらクリスに抱きつき、クリスは優しくそれを受け止めた。他の部員達も涙目になりながらそれを見守る。

 

「よしよし…さて、そろそろ再開しましょうか」

 

「ばい゛…」

 

「あ、あなたはまだ休んでてください」

 

「え゛…?」

 

「それでは主将以外の皆さん、もう一回私と手合わせしましょうか」

 

『…………』

 

部員達の涙は一瞬で引っ込んだ。そして同時にやはりクリスは化け物だと思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

白色のペンライトが見えない。誰も有馬かなを見ていない状況。そもそも人気があるMEMちょとアイドルとしての素質が高いルビーに比べて、子役時代が全盛期だったかなではやはり厳しいものがあった。

 

「ふぅ…なんとか間に合いましたね」

 

後輩達への稽古が終わり、B小町のライブステージにやって来たクリス。間に合うか不安だったが、出番直前でなんとか間に合った。最後列だが、クリスの身長なら問題なくライブを見られる。

 

「皆さん、頑張ってください…!」

 

そしてやがてB小町のライブが始まり、3人が踊り始めた。クリスは三人とジッと見つめる。

 

(有馬さん、意外と緊張していませんね…姉上とMEMちょさんの事を気負い過ぎないか心配でしたが、杞憂だったでしょうか…しかし…)

 

「全く笑いませんね…」

 

かなは先程から表情に笑顔が無く、それがクリスを不安にさせた、するとルビーがそれに気付いたのか、カバーに入る。

 

(姉上…やはり母上みたいですね…ですが、このままではいけません…有馬さんをどうにかしなくては…)

 

やがて2曲目であるサインはBが始まるが、クリスはかなの表情が段々と苦しそうになっているのを感じていた…

 

「有馬さん…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

白いペンライトが見えない。誰も有馬かなを見ていない状況。そもそも人気者のMEMちょとアイドルとしての素質が高いルビーに比べて、子役時代が全盛期だったかなでは厳しいものがあった。

 

元天才子役になってから、誰も今の有馬かなを見なくなった。誰も必要としなくなった。彼女はただ、自分認めてほしかったのに。

 

(誰か、誰か、私はここに居ていいって言って…!)

 

かながそう思った瞬間…白い光のペンライトと、それを掲げる見知った人物の姿が目に入った。

 

(兄上っ!!)

 

そう、星野アクアマリンである。するとアクアは真顔のまま三本のペンライトを振り、オタ芸をし始めた。それを見てルビーは呆れつつも笑い、MEMちょは驚愕し、かなは吹き出しそうになり、後ろにいたクリスは口元を抑えていた。

 

(馬鹿みたい!スました顔して何してんのあいつ!ご丁寧に3人のサイリウム振って箱押し気取りか?この浮気者め!)

 

(!有馬さんの雰囲気が変わった…!流石兄上!女タラシは伊達ではありませんね!)

 

クリスがアクアを内心で褒めて?いる内にかなの表情がどんどん明るくなっていく。

 

(決めたわ。私がアイドルやってる間にあんたのサイリウムを真っ白に染め上げてやる。私のこと大好きにさせてみせる。アンタの推しの子になってやる!)

 

「……良かった…」

 

クリスはホッとしながらそう呟いた、すると…

 

「うぉぉぉぉぉぉ!!B小町、最高ぉぉぉぉぉぉ!!」

 

隣から大声が響き、ふと横目でちらりと見ると、クリスはバッと声をした方を向いた。

 

「あ、あなた…もしかして、酉…ですか…!?」

 

「え…あ、夜叉?」

 

三色のペンライトを持ち、B小町のグッズを全身に身に纏い、タオルを頭に巻いている存在が、まさか前世からの知り合いだったなど、誰が予想しただろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………」

 

一方その頃、先にライブを終え、B小町のライブを見に来ていたアイドルが居た。彼女の名は鈴代まな。JIFは今回で四回目である。彼女はB小町の初ライブを見て…

 

「アイドル…やめるか」

 

そう呟いた。何を思っていたのかは作者が書くの面倒くさいので是非本誌をご覧ください。ここはアニメでもカットされているのでね(作者は何気にそれが悲しかった)そんな事はどうでもいいですね。

 

(どこに就職出来るかなぁ…色んな服着るのは好きだし、服飾関係とか良いなあ…)

 

鈴代まな、今年で24歳。芸能歴6年。二週間後に芸能界引退を発表……

 

 

引退後は()がトレードマークのある世界的に有名なカリスマファッションデザイナーの元に弟子入りすることになった。彼女が再び世間に知られるのは数年後の話である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

B小町の初ライブも無事終了し、皆で車に乗りながら帰宅していた途中。いつもは騒がしいルビーも初ライブで疲れたのか眠ってしまい、静かになった車内で…

 

「…どうだった私たちのステージ」

 

かなが後ろの席に座るアクアとクリスに向かってそう訊いてきた。

 

「まぁ初めてにしてはよくやったんじゃないか?」

 

「取り敢えず無事に終わって良かったです」

 

「何よそれ、もっと褒めなさいよ!」

 

「それは出来ない。有馬たちはこれからもっと凄いライブをやれるだろうし。それを考えたらここで高得点出すのはもったいない」

 

「……そうですね」

 

「…あっそ」

 

ようやく会話した二人を見てクリスは微笑む。

 

「あの2人やっと話する気になったみたいね」

 

「なんだか仲悪いですよね」

 

「アレはそういうのじゃないのよ…」

 

「?」

 

「ねぇアクア。今ガチのあかねとは上手くいってるの?」

 

「!」

 

ミヤコがアクアにあかねの事を訊くと、かなはドキりとする。

 

「なんで俺だけに訊くんだよ…」

 

「クリスは自分から色々話してくれるけど、あなたは話してくれないもの」

 

「…まだあれから会ってない」

 

「あらそうなの?」

 

「そりゃただの仕事相手だしな。インスタ用の写真を2人で撮りに行くって話はしてるけど」

 

「…仕事…」

 

黒川あかねはただの仕事相手、という事知ったかなは…

 

「ふん、そうよね!あの黒川あかねがあんたなんかに本気になるはずないもの!テレビショー上の演出ってやつね!あるある!」

 

急に元気になり、アクアに絡み始めた。

 

「あんたも哀れねー!駄目よーああいうの本気にしちゃ!」

 

「有馬ちゃん、急に元気になって…ん?」

 

するとMEMちょは今までの情報を整理し、そして結論に至った。

 

(…はっ、そういう事!?有馬ちゃん、アクたんの事が…!はっ…!)

 

そして次に思い出すのはアクアの今カノであるあかねの姿。同じグループの仲間か、一緒に番組に出た仲間か。かなが座りながら恋する乙女の表情を見せると、MEMちょは後ろにいるクリスに目を向ける。

 

(く、クリス君…!)

 

クリスはただ微笑んで温かい目でMEMちょを見つめ返し…

 

(───ようこそ、こちら側へ)

 

(あ、あかねぇぇぇぇぇ!私、どっちを応援するべきなのぉ!!)

 

クリスからの返答に絶望し、脳内で聞こえるはずもない問いをあかねに投げつけたのだった…

 

 

 

 

 

 

 

 

「あかね、次の仕事が決まったぞ」

 

B小町のライブから数日後、稽古をしていたあかねにマネージャーがそう言ってタブレットを渡してくる。

 

「えっ、コレ本当ですか!?」

 

仕事の内容を見てあかねは驚きつつも、嬉しそうな表情を浮かべた。

 

「アクア君、また一緒にお仕事出来るね…!」

 

一方その頃…

 

「フリル、仕事来たわよ」

 

「どんなのですか?」

 

不知火フリルも同じようにマネージャーからタブレットを受け取って確認する。

 

「…っ!クリスと共演…!?よしっ…!」

 

「本当に好きね、貴女…」

 

「それは勿論、最推し兼彼氏なので……ん?……ちょっと待ってください…これ…クリス君の役…」

 

「…気付いたかしら」

 

フリルはマネージャーの顔を一度見ると、再び画面に視線を向ける。

 

 

《舞台 東京ブレイド キャスティング》

 

ブレイド役 姫川大輝

 

キザミ役 鳴嶋メルト

 

つるぎ役 有馬かな

 

鞘姫役 黒川あかね

 

刀鬼役 星野アクア

 

(もんめ)役 鴨志田朔夜

 

藤春(ふじはる)役 不知火フリル

 

情撰(せいざん)役 星野クリスタル

 

 

「…情撰…これ、本当にクリス君にやらせるんですか?」

 

「…確かに貴女の懸念も分かるわ。けれど、情撰というキャラを動かす為には星野クリスタルのような元々から武芸の心得がある役者が必要なの」

 

「けれど…」

 

「ええ…情撰は、この舞台で…最も演じるのが難しい役よ」

 

一つの舞台が終わり、また新たな舞台が幕を上げようとしていた。星野クリスタルはここで問われる事となる。

 

 

───己の、役者としての技量を。

 

 

 

ファーストライブ編 閉幕。

 

 

 

東京ブレイド編 開幕。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ここで簡単なキャラ紹介!

星野クリスタル
前世やべー人斬り。何故人斬りをしていたのか…いつか明かされる。きっと。

星野アクアマリン
原作より大分精神安定してるけど、それはそれとして妹にはめちゃくちゃ過保護なシスコン。


クリスの前世からの知り合い。普段は森暮らし。何故かゴロー先生を探していた。

主将君
クリスに脳を焼かれたやべー奴。コイツ女性キャラだったらどうなってたんだろう…

疫病神
多分この小説で一番苦労してる。双子の復讐劇楽しみにしてたらそこにイレギュラーが入ってきて「またかよもぉぉぉぉぉぉぉ!!」ってなって更に夜叉の遺体が消えて「早く見つけろ!宿○みたいに受肉したらとんでもない事になるぞぉ!」と必死に探している。

その他不思議な動物の皆さん
森でひっそり暮らすか人間社会で働いたりしてる。

干支や狐の皆さん
基本神社でニートしてる。巳だけは色んな場所を歩き回ってる。


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第十四話 役者

始まったね…クリス君の能力が他の章より活かせる舞台がよ…!


 

 

劇場版 聖騎士戦隊シュヴァリエジャー 騎士王の騎士 に登場した暗黒騎士シュラムについて語るスレ※ネタバレ注意!

 

 

1:名無しのシュラム推し

という訳で、映画が公開されて数日。皆様どうでしたか

 

2:名無しのシュラム推し

泣いた

 

3:名無しのシュラム推し

感動した

 

4:名無しのシュラム推し

惚れたわあんなん

 

5:名無しのシュラム推し

実質主人公やろあんなん…

 

6:名無しのシュラム推し

マジさぁ…騎士王の騎士ってそういう事ぉ…?

 

7:名無しのシュラム推し

この映画、マジでシュラムが主役だったな…

 

8:名無しのシュラム推し

序盤の主人公が負けそうになったとこで助けに来た時マジ叫びそうになったわ

 

9:名無しのシュラム推し

そっから敵から逃げて二人旅を暫くして…

 

10:名無しのシュラム推し

マジあの二人旅最高だった…

 

11:名無しのシュラム推し

主人公が負傷してるから追っ手を全部一人で倒すシュラム君カッコよすぎんか?

 

12:名無しのシュラム推し

色々掘り下げとかあったし、シュラムの情報一杯出てそれだけで満足だったのに…

 

13:名無しのシュラム推し

最終決戦よ

 

14:名無しのシュラム推し

マジでそんなのあり?と思った。

 

15:名無しのシュラム推し

勝ち確BGMと共に必殺技を放つ戦隊と対抗して必殺技を放つ映画ボス

 

16:名無しのシュラム推し

マジ激闘だったからあそこで勝つと思ったのになぁ…

 

17:名無しのシュラム推し

まさか相殺されるとは…

 

18:名無しのシュラム推し

マジびっくりして絶望したけど、そっからよ

 

19:名無しのシュラム推し

マジ映画ボスの背後にシュラムが見えた時の興奮ヤバすぎて…

 

20:名無しのシュラム推し

シュラムのトドメの一撃が「───抜刀」なの本当にシンプルイズベストだったな

 

21:名無しのシュラム推し

本当に熱い戦いでしたね…で?

 

22:名無しのシュラム推し

更に熱い戦いがこの後あるとか思ってなかったんだが?

 

23:名無しのシュラム推し

マジ不意打ち過ぎるってあの決闘

 

24:名無しのシュラム推し

お互いボロボロになってからのタイマン…

 

25:名無しのシュラム推し

けど二人とも何も言わずに始めたのマジ以心伝心って感じだったな…

 

26:名無しのシュラム推し

しかも途中から武器交換して戦うの本当最高だった…

 

27:名無しのシュラム推し

>>26

なんなら主人公の最後の一撃がシュラムの技だったのが良かったよね

 

28:名無しのシュラム推し

でね…

 

29:名無しのシュラム推し

その後はもう、ね…

 

30:名無しのシュラム推し

シュラム「あなたこそ我が王…私がずっと探していた、本当の王だったのです」

 

31:名無しのシュラム推し

うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!

 

32:名無しのシュラム推し

本当、良かったね…

 

33:名無しのシュラム推し

まさかライバル枠であり相棒枠であり、一番の臣下だったとはな…

 

34:名無しのシュラム推し

実質ヒロインでもあるだろ

 

35:名無しのシュラム推し

それなー

 

36:名無しのシュラム推し

いやけどホンマ良かったわ〜シュラム。演じてたクリス君も含めて全てが最高だった

 

37:名無しのシュラム推し

クリス君マジ凄い。今回のアクションシーンも全部自分でやってる

 

38:名無しのシュラム推し

そういえば、芸能科がある学校に進学したんだっけ?

 

39:名無しのシュラム推し

え、マジ?

 

40:名無しのシュラム推し

あ〜今ガチでも言ってたな、武道を志すのは中学までにしたって

 

41:名無しのシュラム推し

そうなんか…じゃあこれからはもっとクリス君の演技見れる…って事!?

 

42:名無しのシュラム推し

>>41

せやで

 

43:名無しのシュラム推し

今ガチ面白かったな〜、クリス君と不知火フリルが付き合ったし

 

44:名無しのシュラム推し

あれマジびっくりしたんだが?

 

45:名無しのシュラム推し

クリス君のメス顔を見た時…ふふ、その…下品なんですが…

 

46:名無しのシュラム推し

つかアレは諦めなかった不知火フリルが凄過ぎた。マジどんだけ好きやねんって思ったもん

 

47:名無しのシュラム推し

剣道でクリス君と互角だった時も「ええ…」ってなった。なんだあのマルチタレント、マルチ過ぎるだろ

 

48:名無しのシュラム推し

ガチ恋勢は終始阿鼻叫喚でしたね

 

49:名無しのシュラム推し

仕方ない。二人とも顔良いし、人気だもん。

 

50:名無しのシュラム推し

あの二人その後どうなん?

 

51:名無しのシュラム推し

今のところ情報は無し。

 

52:名無しのシュラム推し

取り敢えず、今後クリス君がもっと色々な作品に出てくれたら嬉しいな〜

 

53:名無しのシュラム推し

不知火フリルともっと共演してくれ…

 

54:名無しのシュラム推し

>>52

それな

 

55:名無しのシュラム推し

まぁせやな…

 

56:名無しのシュラム推し

ちょっと脱線してきたな

 

57:名無しのシュラム推し

話戻すか

 

58:名無しのシュラム推し

じゃあシュラムについて色々語るか…

 

 

その後掲示板ではシュラムとクリスに関する話が続き、一方その頃そのクリスは…

 

「クリス、あーん」

 

「あーん…」

 

パシャリ

 

「よし」

 

「いや、よしではありませんが」

 

不知火フリルとデートに来ていた。今は二人で食後のデザートを食べている時である。

 

「何故写真を?インスタ用なら先程撮りましたし…」

 

「推しの写真はいくらあってもいい」

 

「左様ですか…」

 

「あ、あかねとアクアさんリアルタイム投稿してる。後で予約投稿の方が良いって教えとこう……そういえば、あの話はもうそっちに行った?」

 

「モグモグ……東京ブレイドの舞台の事でしょうか?」

 

「そうそれ。クリス君は受けるの?というか、クリス君が受けないと大分厳しい事になると思うけど…」

 

「仕事はありがたいですし、喜んでお受けするつもりです。しかし…問題は…」

 

「…クリス君のやる、情撰役だね」

 

「フリルさんは…藤春役でしたね」

 

二人は会話をしながらそれぞれが演じるキャラクターを思い返す。

 

「藤春は主人公達の仲間の一人で、二刀流を扱うキャラでしたね」

 

「うん。逆に情撰は今回の舞台で主人公達新宿クラスタに敵対する渋谷クラスタのキャラ」

 

────東京ブレイド、鮫島アビ子が手掛ける大人気漫画。既にアニメ化や映画化もされている。

物語は主人公のブレイドがある一本の刀を手にするところかは始まり、その刀は『盟刀』の一本である『風丸』という刀だった。盟刀は全部で21本存在しており、全ての盟刀を集め、最強と認めた者には国家を手にする事が出来る『國取り』の力がもたらされるという。

主人公のブレイドは王となるべく、仲間を増やしながら盟刀を集めるのが物語の基盤。そして今回の舞台である主人公達の組織である新宿クラスタと対立する渋谷クラスタの戦いは物語の第二幕であり、結構序盤の方。

 

フリルが演じる藤春はブレイドの三人目の仲間であり、食い倒れていたところを助けられてから仲間となった。新宿クラスタのメイド的立ち位置の存在であり、料理が凄く美味しい。二刀流を扱える器用さと広い視野を持った新宿クラスタの潤滑油であり、ブレイド達が動きやすいように動き回っている。

 

そしてクリスが演じる情撰は渋谷クラスタの一員であり…かなり特殊なキャラである。というのも、渋谷抗争編では最初は鞘姫や刀鬼の方に目が行くが、後々から情撰はとんでもないインパクトを読者に残すようなキャラだった。

 

『アレはもっと後に出て来るタイプのキャラ』

 

『序盤の敵にしちゃ強すぎる』

 

『渋谷クラスタはマジでコイツが厄介過ぎた』

 

などなど、漫画やアニメを見た人間は情撰がどれほど主人公達を苦しめたのかを語る。そんな情撰の特徴、それは…

 

「情撰……四種の刀剣を扱う渋谷クラスタ最強の剣士そして……

 

 

 

 

 

 

使う刀剣に応じて、人格が変わるキャラですね」

 

「そう。本当に難しい役だよね、クリス君が適任っていう理由も分かるけど」

 

そう、情撰は多重人格キャラであり、四種の武器を扱うという属性特盛キャラである。多重人格、という点のみならばクリスより適任な役者はいただろうが、四種の刀剣を扱いながら演技をする、という点でクリスが採用されたのだ。

 

「ですが、本当に私で良かったのでしょうか?情撰はかなり人気なキャラですし…」

 

「それを言ったらキザミ役の鳴嶋さんもそうでしょ?」

 

「……それは…まぁ、はい…確かに…しかし、情撰は出番の多いキャラですからね…本当に大変そうです」

 

「渋谷抗争編、これでもかって言うくらい情撰が壁になってくるからね…それで、情撰は問題無く出来そう?」

 

「……どうでしょう…このような仕事は初めてですから、順風満帆…とはいかないでしょうね」

 

東京ブレイドの舞台。クリスにとって試練となるであろう舞台が迫って来ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

B小町のファーストライブが終わり四か月。それからもMEMちょのおかげで配信業は順調で、何度か小さいライブも開き…

 

「これでこのクラスに居ても浮かない!私も一端の芸能人って言っていいよね!?」

 

ルビーは昼休みにフリルとみなみと一緒にご飯を食べながらそう言った。

 

「まだそんな事気にしとったん?」

 

「そりゃそうだよ!皆が芸能活動の話をするたび…なんか疎外感があって話に乗りづらくて!」

 

「私からすると同業者の方が気まずいまであるけどね」

 

「あー、ちょっと分かるわぁ」

 

「そうなの!?」

 

「せやかて、あの仕事したとかこの仕事がどうとか、こっちは愚痴のつもりでも同業から見たら自慢に聞こえたりするんよ〜」

 

「うんうん。昨日、俳優の堂山君からDMで食事に誘われたとか軽率に話したい」

 

「えっ」

 

「「あっ」」

 

「うん?あっ…」

 

フリルが食事に誘われたと言うと動揺した声が聞こえ、ルビーとみなみが焦りながらフリルの背後を見る。そしてフリルが振り返ると…

 

「クリス…!?」

 

「………えっと…」

 

クリスは少し悲しげに、儚そうに微笑みながらフリルから目を逸らし…

 

「楽しんで、来てください…」

 

「行かない行かない行かない私はクリス一筋だからね、だからそんな顔しないで(あ、けどこの表情良いな)もう本当可愛い、最高、愛してる、よしよしよしよし」

 

「そ、そうですか…良かった…」

 

フリルはクリスの頭を撫で、クリスはそれを安心した表情で受け入れる。この場に主将君がいたら発狂していたであろう。

 

(何を見せられているんだろう…)

 

(めっちゃ惚気るやん…)

 

 

 

「はっ…!」

 

「お、どうした元主将」

 

「星野先輩に何か起きている気がする…!」

 

「あ、うん。そう言えば星野先輩って東京ブレイドの舞台に出るんだっけ?」

 

「ああ情撰という明らかに難しい役に先輩を使うとは中々分かっているな。そもそも情撰は大きい武器を二つも持っていてそれらを難なく扱えるのは若手なら先輩以外いないと──」

 

(話題間違えた〜…)

 

 

 

 

 

 

 

 

そして迎えた東京ブレイドのスタッフ顔合わせ当日。苺プロ所属の三人、アクア、かな、クリスは一緒に集合場所のスタジオに向かっていた。

 

「『劇団ララライ』って硬派なイメージだったけれど、よくもまぁ2.5受けたわよね」

 

「と言っても半分は外部から集めたキャストだ。緊張しなくていいと思うぞ」

 

「緊張なんてしてないんだけど…あっ…」

 

すると向かっている途中でキザミ役であり、アクアとかなが『今日あま』で共演した鳴嶋メルトとばったり鉢合わせる。

 

「メルト君」

 

「……オス…」

 

場に何だか気まずい空気が流れる。するとクリスが前に出て…

 

「鳴嶋メルトさん、ですね。初めまして、私、お二人と同じ苺プロ所属の星野クリスタルと申します。よろしくお願いしますね」

 

「お、おう。ソニックステージ所属の鳴嶋メルトだ。よろしく……この公演、鏑木Pが外部のキャスティングに噛んでるんだと。つまり俺達は鏑木組って訳だ。よろしくな」

 

「はい、一緒に頑張りましょう!」

 

「…………」

 

「…………よろしくね」

 

「なんだよその間は…まぁ分かるけどな。碌に演技出来ない奴居て『今日あま』の悪夢が再び、とか思ってんだろ」

 

(バレてる……)

 

「あれが初めての演技だったんだから大目に見てくれとは言わないけどよ…『今日あま』から9ヶ月……ちょっとは勉強?してだな…前よりかはマシになってると思うから、駄目だったら遠慮なく言ってくれ」

 

メルトがそう言ってスタジオに向かう。三人もそれを追うようにスタジオに向かって歩き始めた。

 

「キザミ役を務めさせていただきます。ソニックステージの鳴嶋メルトです。よろしくお願いします」

 

スタジオに着くとメルトがそう言ってお辞儀をしているのが三人の視界に入り、かなは少し意外そうにしていた。

 

「つるぎ役を務めさせていただきます。苺プロ所属の有馬かなです」

 

「同じく苺プロ所属、星野アクア。刀鬼役を務めさせていただきます」

 

「同じく苺プロ所属の星野クリスタルです。情撰役を務めさせていただきます」

 

三人もメルトに続くように自己紹介すると…

 

「皆早いねーまだ10分前なのに」

 

そう言いながらサングラスを掛けた男性がスタジオに入って来る。

 

「揃ったみたいだから紹介始めちゃおっか。僕の名前は雷田。この公演の総合責任者」

 

イベント運営会社マジックフロー代表の雷田澄彰が自己紹介をすると次々と他の人達の紹介を始める。

 

「で、こっちが演出家の金ちゃんね」

 

「金田一敏郎だ」

 

「脚本家のGOAさん。2.5経験豊富な鴨志田朔夜君」

 

「よろしくです」

 

「マルチタレントの不知火フリルちゃん」

 

「よろしくお願いします」

 

「あの二人も鏑木組」

 

「へー…」

 

「こっからはララライの役者さんで、みたのりお。化野めい。吉富こゆき。林原キイロ。船戸竜馬。黒川あかね」

 

「よろしくお願いします」

 

「最後に主演を務める…」

 

雷田がそう言って主演の方を見ると、主演を務める男性は壁に寄りかかって寝ており、金田一が叩き起こす。

 

「起きろバカモンが!」

 

「って…あぁ、サーセン。この芝居の主演の……役名なんだっけ…まぁ良いか。姫川大輝、よろ」

 

主演であるブレイドを務めるのはララライの看板役者であり、月9ドラマの主演俳優。帝国演劇賞最優秀男優賞を受賞した姫川大輝である。

 

「このメンバーで一丸となり、舞台『東京ブレイド』を成功に導きましょう!」

 

 

 

 

 

「今日は顔合わせだが、主要メンバーは一通り揃ってるみたいだな。このまま本読みもやっちまうか。半から始める、雑談するなり準備するなりしててくれ」

 

『はい!』

 

金田一の言葉で各々が準備や雑談をし始めると、あかねはアクアに話しかけ、その様子をかながジーッと眺めている。

 

「?……あの二人付き合ってるんだっけ?リアリティショーでどうのこうのって…」

 

「ばっ、番組上そういう流れになっているみたいね?でもあくまで()()()()みたいよ?そりゃキスした相手とすぐ疎遠になったらファン受け悪いでしょうし!」

 

メルトに二人が付き合っている事に触れられ少し過剰に反応するかな。そんなかなを見てクリスは苦笑する。

 

「まぁなんだか仲は良いみたいだけど…」

 

「ふーん…まぁ向こうは役柄上でも許嫁だしな。狙ってのキャスティングなんかな?マッチしてて良いんじゃね?」

 

メルトがそう言うと、かなは役者とキャラの関係をリンクさせる事にぶつぶつと苦言を呈し始めた。

 

「……ねぇ、クリス」

 

「はい、何でしょう?」

 

「もしかして有馬さんって…」

 

「…恐らく、想像通りですよ…」

 

「何ソレ超面白いんですけど。え、もしかして『今日あま』がきっかけ?」

 

「そうでしょうね…」

 

「うわーマジか、どっち応援しよう」

 

「大人しく見守りましょうね」

 

フリルはアクア、あかね、かなの三角関係に気付き内心滅茶苦茶盛り上がっていた。そしてやがて本読みの時間になり、クリスは台本の情撰の台詞に目を通す。

 

(情撰……四種の刀剣それぞれの人格と、武器を手にしていない時の性格。合わせて五つの五重人格の持ち主……しかし武器を手にしていない時は人形と言われるほど感情を持たず、他に無関心。そして四つの人格にも分かりやすく土台となる要素がある。それは…喜怒哀楽)

 

「…それが…主人の命であるならば…」

 

「かっかっかっ!!盟刀持ちにしか興味は無かったが、存外に手ごたえがあるのぉ!喜ばしいぞ!」

 

「あ、刀鬼狡い!楽しそうな事を独り占めしないで!!」

 

「ああ、また人が傷ついていく…戦とは、哀しいですね…」

 

「ちっ、しつこいぞ、雑兵共め…邪魔をするな」

 

(いや、難しいですね。シュラムとは全然違う…ですが、演じる事は可能ですね)

 

元々クリスと性格が似たシュラムとは違い、今回クリスが演じるのは性格が全て別物の五人の人格。しかしクリスは手探りではあるがしっかりと演じていた。

 

「今回、下手な子いないねぇ。芸歴の長い有馬ちゃんや、若手のトップ層に居るフリルちゃん、ララライの面々が演技出来るのは当たり前として…メルト君も『今日あま』の演技を見た時どうなるかと思ったけど、中々仕上げてきてるし。星野兄弟も舞台は初めてって聞いたけど、アクア君は周りが見えててソツが無い。クリス君も五重人格なんて大変なキャラをしっかり演じてる」

 

雷田が金田一の横で本読みをしている役者達を見ながらそう評価する。

 

「鏑木は他所に人送る時は堅い人選するからな」

 

「有馬ちゃんとあかねちゃんの同世代新旧若き天才対決もアツいよねぇ。役にどっぷり入り込む『没入型』と周りの演技を綺麗に受ける『適応型』。演じ方も対照的。見た感じ、あかねちゃんの方が一歩先行ってる感じかな。有馬ちゃんも負けないで欲しいなぁ」

 

「分からんよ。うちには姫川が居るからな」

 

金田一がそう言った時、姫川はブレイドの情報をインプットし、どのように演じるのか脳内でイメージを固めていた。

 

「有馬…だっけ。遠慮しないでいいよ」

 

姫川がそう言うと、かなはニヤリと笑い。そこからの二人の演技は圧倒的だった。互いのキャラの感情をぶつけ合う本読みに他の役者は圧倒されていた。

 

本読みが終わり解散となると、姫川がかなに近付く。

 

「有馬かな、この後メシどう?」

 

「良いわね、私も聞きたい事が山程あるわ。メルトも来なさい!」

 

「俺も?」

 

「共演シーン多いんだから当然でしょ!不知火フリル、あんたも来るわよね!」

 

「勿論、今行く。じゃあまたね、クリス」

 

「はい、ではまた」

 

新宿クラスタ組は四人揃って食事に行ってしまい、クリスは四人の後ろ姿を見て「負けていられませんね…」と呟く。

 

「鴨志田さん、新宿クラスタ組が食事に行きましたので渋谷クラスタ組もこれから食事に行きませんか?私、経験豊富な鴨志田さんから色々お話しを伺いたいです」

 

「おっ、良いね〜。俺は全然オッケーだよ。アクア君と黒川ちゃんはどう?」

 

「行きます。あかねも行くだろ?」

 

「!うん、私も舞台演技は沢山してきたし、アドバイス出来ると思う!」

 

「よし、決まりね。じゃあ何処行こっか〜」

 

新宿クラスタ組を見習うように渋谷クラスタ組も四人で食事に行く事になった。

 

「…ララライも最近停滞気味でよ」

 

そんな主要メンバー達の様子を見た金田一は雷田に話し始める。

 

「2.5なんて受けたのも、外部からのキャストを引き受けたのも、何かしらの刺激が必要だと思ったからだ。どいつもこいつも負けず嫌いだからよ、あんなの見せられて何も思わねぇワケ無い。アレ(姫川)とどう戦うか必死になって考えちまうもんなんだよ、【役者】なら」

 

遂に、舞台『東京ブレイド』が本格的に動き始めたのであった…

 

 

 

 

 

 




今思った。これもしかして姫川大輝と不知火フリルと有馬かなに囲まれたメルト君の心労やべーな?


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第十五話 何故

始まったね、推しの子とシャニマスのコラボ…!どうしてMEMちょはプロデュース出来ないんですか!?


 

 

東京ブレイドの舞台稽古三日目。稽古場でのグループが幾つか出来てきた頃、クリスは情撰の役作りにかなり苦戦していた。

 

「フリル、あんたクリスと話さなくて良いの?」

 

「ん、話したいけど、クリス最近ずっと台本とか漫画の情撰が出て来る場面をずっと読んでるから、邪魔しない方がいいかなって」

 

「あー…まぁあいつ初の舞台演技で五重人格なんて激ムズ役やらされてるから、そりゃ余裕無いわよねぇ…」

 

「俺五重人格とか絶対無理…ごちゃごちゃになる自信しか無い…姫川さんはどっすか?」

 

「出来なくは無いがめんどくさい」

 

主演グループがそんな会話をしながら台本を読み続けているクリスを眺める。

 

クリスが情撰を演じる上で苦戦する要因は大きく分けて二つある。一つは五つの人格全てがクリスの性格とは全く違うこと、そしてもう一つが…

 

(一つ一つの人格の描写が少な過ぎる…)

 

五つに分けられたが故に圧倒的に不足している人格一つ一つの情報だった。

 

(実質今回は五人の役を演じるようなもの…しかしその五人の情報量は合わせて一人分ほどしかない。故に不足している五人の人物像を私自身が補完する必要がある…落ち着いて整理しましょう…)

 

クリスは台本の隅々まで目を通し、情撰に関する情報を整理していく。

 

(先ずは基本的な感情。武器を持たない時の情撰は…無、ですね。感情が表に出ず、ただ人形のようにしている…コレはまだ演じやすい方でしょうね…)

 

次にクリスは他の四つの人格の部分に目を向ける。

 

(喜怒哀楽の人格はそれぞれが皆、情撰であると同時に…自身が使う刀剣の名を二つ目の名としている…

 

朝日…喜の感情が強く、刀を扱う武士道精神の持ち主…強者との対決を望み、特に盟刀の持ち主には強い執着を見せる。

 

真昼…楽の感情が強く、長巻を扱う好奇心旺盛な性格。自由奔放で度々味方にも予想外な動きをして困らせる事がある。

 

夕陽…哀の感情が強く、ロングソードを扱う騎士道精神の持ち主。喜怒哀楽の中で最も忠誠心があり、戦いを好まぬ性格から鞘姫と仲が良い。

 

日没…怒の感情が強く、ツヴァイヘンダーを扱う感情的な性格で、激しい怒りと静かな怒りの二面性を持つ。

 

こんなところでしょうか…原作の情撰の完成度を十とするなら…今の私は六と言ったところ…励んでいくとしましょう)

 

 

 

 

 

 

舞台 東京ブレイドについて語るスレ

 

46:名無しの東ブレファン

え、鞘姫役と刀鬼役の二人って付き合ってるの?

 

47:名無しの東ブレファン

情撰とか絶対やるのムズイやろなぁ…

 

48:名無しの東ブレファン

>>46せやで

 

49:名無しの東ブレファン

はっ…つまり刀鞘…って事!?

 

50:名無しの東ブレファン

>>49ほう、刀鞘派か…まだ生きていたとはな…

 

51:名無しの東ブレファン

>>49刀鞘派など、所詮先の時代の、敗北者じゃけぇ…!

 

52:名無しの東ブレファン

>>51取り消せよ、今の言葉…!

 

53:名無しの東ブレファン

けど実際、漫画はもう刀つるの流れなんすよね〜

 

54:名無しの東ブレファン

ほら、鞘姫には夕陽がいるだろ

 

55:名無しの東ブレファン

確かに、あの二人相性良いからな

 

56:名無しの東ブレファン

>>54 >>55いや、夕陽と鞘姫の関係はただの滅茶苦茶信頼してる主従だから、恋愛感情とか無いから

 

57:名無しの東ブレファン

情撰だけ交友関係複雑なのどうにかならんか?

 

58:名無しの東ブレファン

>>57無理です…

 

59:名無しの東ブレファン

戦場でも忙しければ人間関係も忙しい男、情撰

 

60:名無しの東ブレファン

敵だった時は有能で味方になってから更に有能になる男、情撰

 

61:名無しの東ブレファン

皆は情撰の人格どれが好きー?

 

62:名無しの東ブレファン

>>61なんやかんや一番頼れる兄貴分の朝日さんですよねぇ!!

 

63:名無しの東ブレファン

>>61死にかけの匁を見て真顔になって敵に切り掛かる真昼君にやられた

 

64:名無しの東ブレファン

>>61毎回サポートで活躍する夕陽君が渋くて好き

 

65:名無しの東ブレファン

>>61「王になるのはお前じゃねぇ、ブレイドだ」って敵大将に言い切ったシーンが一番好きなので日没さん

 

66:名無しの東ブレファン

結論、皆違って皆良い

 

67:名無しの東ブレファン

そういえば情撰役の星野クリスタルって藤春役であるあの不知火フリルの彼氏として有名やけど、演技上手いの?

 

68:名無しの東ブレファン

>>67聖騎士戦隊見て来い、最高だから

 

69:名無しの東ブレファン

天才武道少年であり、アクションシーンすら見事にこなすクリスタル君を情撰に持ってくるのは納得の采配。それに比べてキザミ役ときたら…

 

70:名無しの東ブレファン

>>69メルト君の悪口はやめろぉ!

 

71:名無しの東ブレファン

>>70だって今日あまの演技…

 

72:名無しの東ブレファン

確かにアレは酷かった…

 

73:名無しの東ブレファン

俺も速攻でリタイアしちゃったよ…

 

74:名無しの東ブレファン

大丈夫大丈夫、最終回は覚醒してたし、なんとかなるって

 

75:名無しの東ブレファン

>>74そうなん?

 

76:名無しの東ブレファン

確かに最終回は演技良かったな。アレから結構経ったし良くなってんじゃない?

 

77:名無しの東ブレファン

まぁ、そこは公演開始までのお楽しみって事やな

 

78:名無しの東ブレファン

>>76へぇ…あとで今日あまの最終回見よ

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっほ、来ましたよっと」

 

本番まで後20日、その日の稽古場に脚本家のGOAが来ていた。

 

「おうGOA、調子はどうだ?」

 

「別件の脚本のスケジュールがガタガタでさ、朝までに修正寄越せとか言われて大変だったよ。眠い眠い」

 

「お気の毒に」

 

金田一の隣に座っていると、アクアとあかねが座って二人に近付いて何か訊いているのをクリスは目に捉えた。どうやらあかねの演じる鞘姫が原作と性格が違うことに関して質問しているようだ。

 

(……分かりやすく見せる為に、構造をシンプルにする…か…元々情撰は朝日と真昼が戦に乗り気だった為逆に今の構造はやりやすいのですが…)

 

GOAと金田一説明を受け、あかねは渋々納得した様子を見せると…

 

「はーいお疲れー!今日はスペシャルゲストがお越しでーす!」

 

そう言いながら雷田が入って来ると、その後ろから人が3人現れる。

 

「『東京ブレイド』作者のアビ子先生!……と、付き添いの吉祥寺と申します」

 

入ってきたのは東京ブレイドの原作者である鮫島アビ子と、その担当編集者。そしてアクアとかな、メルトが出演した『今日あま』の吉祥寺先生だった。

 

「吉祥寺先生、お久しぶりです!」

 

「有馬さん、『今日あま』の打ち上げ以来ですね…!アクアさんもまたお会いできて嬉しいです!」

 

「光栄です」

 

「先生、おひさっす」

 

「あ、ども…」

 

かなとアクアには明るく接していたが、メルトにだけはどこか距離を感じる対応をする吉祥寺。

 

「分かっちゃいるやや塩対応だな…」

 

「そりゃお前『今日あま』で滅茶苦茶してたしな。原作者からしてみれば親の仇だろ」

 

「………まぁな」

 

メルトが少し落ち込んでいると、あかねがアビ子に近づく。

 

「先生、初めまして」

 

「……っ!」

 

あかねが挨拶をすると、アビ子はサッと吉祥寺の後ろに隠れてしまった。

 

「ほら先生、ちゃんと挨拶して」

 

「無理……イケメンと美少女は目を合わせただけでテンパる…」

 

「まぁ、分かるけど…」

 

「…ん?」

 

クリスは隠れているアビ子を見て何かを感じ取る。

 

「クリス、どうかした?」

 

「いえ…アビ子先生…どこかで見た事があるような…」

 

しかしクリスはアビ子をどこで見たのかを思い出せず、やがて稽古が再開される。

 

「まぁ、ゆっくり見学なさってください」

 

「ありがとうございます」

 

雷田の言葉で椅子に座り、稽古を見学する二人。アビ子は稽古をしている役者達を見て目を輝かせる。

 

「どうですか、先生」

 

「………皆、演技上手…良い舞台に出来ると思う」

 

「そりゃララライは一流の役者しかいませんから!」

 

「皆きっと…沢山練習してくれてるんですよね…」

 

「先生、舞台の時は練習じゃなくて稽古って言った方がいいですよ」

 

「そうなんですか?すみません、私何も知らなくて……凄いな、私には出来ない…」

 

(…良かった、アビ子先生も気に入ってくれてるみたい…)

 

付き添いで来た吉祥寺はアビ子の様子を見てホッとする。

 

(これならきっと上手く…)

 

「だからこそ、あれですよね…私が言わなきゃですよね…」

 

隣に座るアビ子からそんな呟きが聞こえた瞬間、先ほどまで感じていた安心感が消え去り、悪寒を感じる。

 

「あの、脚本って今からでも直してもらえますか?」

 

「んんっ!?…勿論ですが、どの辺を……」

 

「どの辺って言うか、その…全部?」

 

「巫山戯るなよ、貴様…!」

 

アビ子の近くにいた全員が絶句した瞬間、クリスの放った台詞が偶然にも、アビ子の発言に対して咄嗟に出た反応の様にも思えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結局、今までやって来た脚本は白紙になり、稽古は一旦休止となった。アビ子が自分で脚本を書くと言い出し、でなければ許諾を取り下げるというとんでもない脅しを仕掛けてきたのである。

 

「GOAさんの脚本は非常に完成度は高いと思うのですが…」

 

「そうだね、私もこの脚本なら良い舞台になると思っていたけど…」

 

「まぁ、アビ子先生のこだわりも分からなくはありません。ですが、もっとやり様はあったと思います」

 

「例えば?」

 

「何時も私がやっている事です。こういう問題は結局、相互理解が解決の糸口になるのですよ」

 

クリスはそう言いながら没になった脚本を悲しそうに読み、フリルはその姿をジッと見つめる。

 

「それに…分かるのです…きっとGOAさんは、本当に東京ブレイドが好きなんだと」

 

「クリス…」

 

「私、GOAさんの為にも、きちんと情撰を演じ切りたいと思っています。ですが…未だに中途半端でして…」

 

「…確かに、まだ役に入りきれてないね…中途半端な没入型って感じ」

 

「でしょう?どれだけ演じようとしても…星野クリスタル感が残ってしまう…このままではいけません。ですが…この没になった脚本も、本誌も全て読み尽くしてしまいました。お手上げです」

 

クリスは脚本を閉じてフリルの方を見る。

 

「完成度はここまでやって七…あとは私自身が変わる必要がある。フリルさん…私には何が、足りないのでしょうか?」

 

「………そうだね…クリスに足りないのはきっと…()()()()に物事を考えることだと思う」

 

「と、言いますと?」

 

「クリスは常に誰かの為って事を考えすぎ。真昼とか思い出してよ、ずっと自分の欲求優先で行動してるでしょ?そういうのがクリスには足りないと思う」

 

「なるほど…自分の欲求を優先する…」

 

「クリスは、やりたい事ってある?」

 

「……やりたい事…私は、誰かの役に立てれば、それで…」

 

「それは無しで…誰の為にもならない、クリスの為だけにやりたい事、無いの?」

 

「………」

 

「無いよね、分かるよ。クリスはそういう人だから…けれど、きっとソレがなきゃ、クリスが納得出来る情撰は演じる事が出来ない」

 

クリスはその言葉を聞いて黙り込んでしまい、フリルがそれを見守っていると…

 

「クリス、ちょっといいか?」

 

「兄上、どうかしましたか?」

 

「あかねと舞台見に行く事になったんだけど、クリスもどうだ?お前も舞台見た事無いだろ?」

 

「…ああ…いえ、私はまた別の日に致します」

 

「そうか」

 

(黒川さんが兄上の後ろで少し不機嫌そうにしているので、ここは邪魔しないでおきましょう…あ、笑顔で親指上げてくれてます)

 

クリスが空気を読んでアクアの誘いを断ると、あかねはアクアと二人きりで出かけられる事を喜んでいた。

 

(……誰の為にもならない、自分の為だけに…あ)

 

するとクリスは何かを思い出したのか、スマホで何かを調べる。

 

「クリス?」

 

「……兄上、フリルさん、あかねさん。私はもう帰ります。準備をしなければ」

 

「準備って…?」

 

「情撰の役作りの為に、行きたい場所が出来ました。時間は出来ましたが、遠出になるので行動は早めにしないと…」

 

「遠出って…何処に行くつもりなんだ?」

 

「ええ少し……京都に参ろうかと」

 

何故役作りの為に京都に行くのか…と、その場に居た三人は同じ事を思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お邪魔しまーす!」

 

クリスが京都に行き、アクアがステージアラウンドでの演劇を見た数日後、アクア、かな、メルト、あかねの四人は吉祥寺の自宅を訪ねていた。

 

「わー!皆いらっしゃーい!」

 

理由としては、アクアが見たステアラの演劇の脚本が東ブレの脚本を降ろされそうになっているGOAの脚本だったので、感動代に助け船を出す為である。

 

「あれ?クリスさんはいないの?てっきり来るかと思ったのに…」

 

「クリスは役作りの為に京都に行きました」

 

「何で?」

 

「分かりますよ吉祥寺先生。私もアクアから話を聞いた時はぁ?って思いましたから」

 

そんな会話をしながらお菓子やジュース、吉祥寺は酒を飲みながら本題に入っていく。本題とは、アビ子の師匠である吉祥寺にアビ子の説得をしてもらう事だった。

 

「アビ子先生はやっぱり来れない感じですか?」

 

「まぁ向こうは週刊だからねー…こないだの見学も原稿の合間を縫って無理矢理来た位で…基本的に週刊連載って人間のやる仕事じゃないから!脳を週刊用にチューンナップされた兵士のやる仕事だから!」

 

「こわ…」

 

「デートしてる時でもネームの事考えちゃう人しか務まらないのよ」

 

「えー、やだー…」

 

「アビ子先生は今、特に忙しいでしょうね〜。アニメ化やらなんやらで描かなきゃいけないカラーイラストの仕事だとか監修物とかが山のようにあるでしょうし」

 

吉祥寺は今のアビ子がどれだけ忙しいかや、自分とアビ子の付き合い、彼女がどのような人間かを語った。

 

「今、脚本家の人が降ろされそうになっているんです…先生からアビ子先生を説得する事は出来ませんか?」

 

あかねからそう言われて吉祥寺は少し考えると…

 

「ごめんね」

 

優しい表情で、そう言った。

 

「原作をいじられる事に不満を持つアビ子先生の気持ち、とても良く分かるから。私は人の仕事にケチつけるの得意じゃなくて、メディアミックスは割と全部お任せしちゃう主義の人だけど…本心はアビ子先生と同じ。出来る事なら()()()()()()()()()()()()()()()。キャラは自分の子供みたいなもんだからさ……ごめんね、舞台のスケジュールとか押してるのも知ってるんだけど、この件に関して力になれないかなぁ」

 

「…分かりました、でも一つだけ」

 

アクアはそう言って懐から封筒を一つ取り出す。

 

「これをアビ子先生に渡して貰えませんか?」

 

 

 

 

 

 

「…出ない…はぁ…仕方ない、行くか」

 

 

 

 

 

 

 

「アビ子先生、お邪魔するわよ〜」

 

吉祥寺はアクアから頼まれた物をアビ子に渡す為に彼女の自宅に来ていた。アビ子は仕事中でペンを走らせている。

 

「原稿中なのでこちらからすみません」

 

「あれ?そっちの締め切りって昨日じゃなかった?………オーバーしてるの?」

 

「はい。ごめんなさい汚い部屋で…」

 

「汚いってレベルじゃないでしょ…こんなんでアシスタント呼べるの?」

 

「今アシスタントいないんで」

 

「えっ…」

 

アビ子の発言に吉祥寺は固まる。それもその筈。週刊連載している漫画家にアシスタントがいないなど普通はあり得ない。

 

「何度言っても絵柄合わせてくれないし、背景で感情表現、全然出来てないし、修正繰り返すより自分で描いた方が早いからクビにしました」

 

「…今一人で描いてるの?いつから?」

 

「先月……いや、163話の時だから2ヶ月前からですね」

 

「寝てるの?」

 

「一応毎日、二時間は寝てるので、まぁなんとか…今日はデッドなので寝てないですけど…」

 

「それ死ぬわよ、もっとリアルに言うなら鬱病リタイアコース。二度と元のペースで描けなくなるわよ?」

 

人間が、いや生物がしてはいけない様な生活をしているアビ子に対して吉祥寺がそう言う。

 

「いやもう死にたいですね〜…来週カラーもあるし、単行本作業の書き下ろしも描かなくちゃですし…」

 

「舞台の脚本は?」

 

「あーそれもありましたね。この原稿終わったらやらなきゃ…」

 

「…手伝うわ。適当に背景埋めるからね」

 

「いや良いです、座っててください」

 

「言ってる場合じゃないでしょ」

 

吉祥寺もアビ子の原稿を手伝い始めたその時…

 

ガチャリ…

 

と、扉が開く音がした。二人は身体をビクッ!とさせる。

 

「…アビ子先生、誰かが玄関の鍵開けたわよ」

 

「え、嘘嘘嘘嘘…やばっ…!?」

 

するとアビ子は明らかに動揺し始め、スマホの画面を確認すると更に焦り始める。すると…

 

「アビ子さん、入りますよ」

 

「だ、ダメっ!」

 

アビ子の制止も虚しく、仕事場のドアが開き…

 

「失礼しま…うわ汚っ…はぁ…」

 

青年が入って来て、部屋の惨状とアビ子を見てため息を吐く。そして吉祥寺の方を見る。

 

「人を呼ぶなら部屋を綺麗にしてください。私言いましたよね?家の事なら呼んでくれればやりますって」

 

「ご、ごめん…」

 

「…取り敢えず掃除しますね、まだ原稿中なんでしょう?そっちに専念してください」

 

「は、はい…」

 

青年の言葉でアビ子は再び原稿に戻り、青年は吉祥寺の方を向く。

 

「すみませんお見苦しいところを…」

 

「あ、いえ…」

 

「吉祥寺頼子先生、ですよね。アビ子さんからお話しは伺っております。今後ともアビ子さんをよろしくお願いいたします」

 

「あ、いえいえこちらこそ…えっと…あなたは…?」

 

「申し遅れました。私、陸亀(リクガメ)カナギと申します。どうぞカナギとお呼びください」

 

「あ、はい…えっと…それで…カナギさんは、アビ子先生とどの様な関係で…?」

 

「!せ、先生、カナギ君は「はい、お恐れながら私、アビ子先生とお付き合いさせて頂いております」ああっ…!」

 

「ああなるほどお付き合い…………ええっ!?あ、アビ子先生と、お付き合い…!?」

 

「はい」

 

淡々と答えるカナギと、それに頭を抱えるアビ子に唖然とする吉祥寺。すると吉祥寺はある事に気付く。

 

(いやいや、アビ子先生が週刊連載しながらお付き合いしてた事も驚きだし、なんか凄い負けた感じするけど、それより…)

 

吉祥寺はカナギの姿をじっと見る。

 

(……()()()()?)

 

「あの、どうかされましたか?」

 

「あ、ごめんなさい…えっと…カナギさんって、今幾つですか…?」

 

「?自分は今15です。次の春から高校生ですね」

 

「………は?」

 

吉祥寺はアビ子の方を見ると、アビ子は椅子の上で頭を抱えていた。鮫島アビ子、現在の年齢は22。なんとカナギとは7歳差である。

 

「アビ子先生、あなた、中学生に手を…!?」

 

「ち、違います!こ、これには訳が…!」

 

「あ、掃除始めますね」

 

「待ってカナギ君!一旦お話ししよう!このままだと先生がとんでもない勘違いをしちゃう!」

 

「知りません」

 

「何か冷たくない!?ご、ごめんライン気付かなくて!」

 

「それはいいです。しょっちゅうなので」

 

「じゃあ何で!?」

 

カナギはアビ子をジッと見ると深いため息を吐く。

 

「約4ヶ月…私が待った時間です」

 

「え?」

 

「約束、忘れたんですか?」

 

「………あ゛」

 

吉祥寺が何だ何だと二人の顔を交互に見ると、アビ子が「ちょ、ちょっと待ってて!」と言って仕事部屋を出て行き、直ぐに戻って来ると、その腕には花束が抱えられていた。

 

け、剣道の大会優勝おめでとう…!」

 

「…ありがとうございます、贈り物まであったのは予想外でした…じゃあ、大会優勝したら褒めてくれる約束を四ヶ月も遅らせたのはこの花束に免じて許します」

 

「よ、良かったぁ…」

 

ホッとするアビ子と花束を受け取って少し嬉しそうにしているカナギ。二人のやり取りを見て吉祥寺は思った。

 

(完全に蚊帳の外だわ、私)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、思い出しました。主将…ああいや、今は元主将でしたね…そう言えば彼のスマホの待ち受けにツーショットで写ってましたね、アビ子先生」

 

一方クリスは京都で思い出してそう呟いていた。

 

 

 

 

 

 

 




祝、主将君の名前が判明。もう今回は最後らへんのやり取り書ければ満足でしたわ。


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