アルガユエニ (佐川大蔵)
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プロローグ 「戦艦大和ノ最期」

宇宙戦艦ヤマト2199で、元であるはずの戦艦大和に一切触れられていない事への些かの不満から書きました。


 宇宙の片隅で太陽が青い星を照らし出す。

 

 静寂の星、緑なす星・・・・・・地球。

 

 死にゆく命、生まれ来る命。

 

 水と光で命を育み、緑に覆われた星の息吹は、幾千万の昼、幾億の夜を経て、また続く。

 

 だが、その生命の営みは時として、蒼き星を紅く染めることがある。

 

 命と命が争い、血を流し、悲しみに満ちる時代

 

 今この時、地球は「悲しみの時代」を迎えていた。

 

 

―――――

 

 

 時に西暦1945年、大日本帝国は落日の時を迎えようとしていた。

 

 四年前、日本の大陸進出と、それを弾劾するアメリカとの間に始まった太平洋戦争において、大日本帝国海軍は開戦の引き金となった真珠湾攻撃を皮切りに、西はインド洋から東は南太平洋まで縦横無尽、八面六臂の大活躍を展開し、アメリカ太平洋艦隊を翻弄し続けた。

 

 しかし、1942年のミッドウェー海戦で主力空母四隻を喪失する大敗北を期した後、戦況は悪化。

 

 圧倒的な工業力、技術力、財力、人口を誇るアメリカは年を追うごとに、質量ともに日本を圧倒し、南洋の島々を次々と攻略。1944年7月にサイパン島が占領されると、アメリカは超重爆撃機B29を大量に用いて日本本土への無差別な空襲を行うようになり、帝都東京を始め日本の各地が焦土と化した。

 

 頼みの綱である日本連合艦隊も強大となったアメリカ太平洋艦隊に、マリアナ、レイテ沖で発生した二大海戦において一方的敗北を期し、もはや壊滅しようとしていた。

 

 そして、西暦1945年4月1日、アメリカは遂に日本本土の辺境である沖縄への上陸作戦を開始。その戦力は戦艦20、空母22、巡洋艦32、駆逐艦83、輸送船他補助艦艇約1500、上陸部隊約18万、艦載機1163という最早凄まじいという言葉すら生ぬるい超大兵力であった。

 

 日本海軍は、何とか沖縄上陸を阻止し、アメリカ軍を撃破して、上陸占領を断念に追い込むべく、残存稼働戦力のすべてを持って戦いに臨もうとしていた。

 

 

―――――

 

 

 4月7日 九州南東坊ノ岬沖。

 

 台湾から数日おきに低気圧が九州へ向けて北上する影響で天候不安定なこの海域を、大日本帝国海軍第二艦隊は第三警戒航行序列、所謂輪形陣と言われる陣形を取り一路沖縄に向けて疾走していた。

 

 その陣形の中心に位置する戦艦『大和』の第一艦橋上部に位置する防空指揮所では見張員達が備えられている双眼望遠鏡を除き、目を皿のようにして空を監視している。

 

「どうやら敵は我々を捉えたようだな」

 

 その防空指揮所の中心に立つ男――戦闘服、鉄兜、防弾チョッキ姿で双眼鏡を持つ完全武装姿の『大和』艦長・有賀幸作大佐は、自身の低い背丈を伸ばすように上空を睨みつけた。

 

 上部の測的所内にある電探室から、敵編隊二群が七十キロに接近しているとの報告が入り、全艦が対空戦闘配備の状態にあってから電測士が敵大編隊の動きを逐一報告してくる。

 

「敵は何分ぐらいで来るかな」

 

 有賀は普段通りの声で尋ねる。

 

「恐らくあと一時間ほどかと」

 

 電測士からの返答に〝ふん〟と頷くと有賀は腕を組む。

 

 ――さて、どうなるかな

 

 去年まで『大和』艦長を務めていた同期の森下信衛少将から聞いた話では、『大和』の操艦は決して楽ではない。慣れるまでは白刃の下をくぐるようなものだと言っていた。

 

 ――正直まだモノにしたとは言えないが・・・・・・。

 

 彼がそんなことを思い浮かべるのは、実質『大和』を動かすのは今回が初めてだったからだ。

 

 西暦1897年8月21日生まれ、長野県出身で47歳になる有賀幸作大佐は、太平洋戦争を第四駆逐隊司令として迎え、さらに1943年からは重巡『鳥海』艦長を務め、アメリカの艦隊、航空機との激闘を何度となく潜り抜けてきた生粋の現場指揮官である。

 

 六ヶ月前、有賀は内地で水雷学校教頭をしていた所を、『大和』艦長に抜擢された。

 

 開戦以来の実績を見込まれてのものであったが、これまで駆逐艦や巡洋艦といった中小艦勤務―――水雷畑を歩み続けてきた有賀にとって、世界最大の戦艦である『大和』は勝手が違い、特に操艦は非常に難しい問題であった。

 

 無論、有賀は訓練によって自分を含めた全乗員の心技体を練磨して、『大和』の戦力を高めようとしていた。ところが補給される燃料が細々のため、航走しての訓練ばかりか、停泊中の主砲射撃訓練さえも思うように出来ない状態で、さすがに憂鬱とした気分になった。

 

 ――もっとも

 

 有賀は防空指揮所から全周を見回した。

 

 『大和』を中心とした艦隊は、軽巡『矢矧』と駆逐艦七隻(八隻いたが、少し前に『朝霜』が機関故障で離脱)が半径一.五キロの円周上に等間隔で位置する形で航行している。上空を見れば味方戦闘機の姿はない。

 

 戦艦一、軽巡洋艦一、駆逐艦七。

 

 これが開戦時、世界第三位と言われた海軍国家の最後の艦隊の陣容だった。

 

 しかし、こう言ってはなんだが小規模な艦隊の御蔭で、いざ戦闘となった際には艦隊運動をあまり気にすることなく個艦で思いっきり走らせることができる。

 

 加えて有賀は自分の水雷屋として若きころより艦長として積んだ経験から、操艦には自信があったし、動けない訓練でも有賀は手を抜くことなく、厳寒の朝だろうと深夜訓練だろうと、必ず防空指揮所にあって防寒コートも、手袋もなしに常に先頭に立っていた。

 

 その姿は乗員たちに畏敬の念を与え、現在『大和』乗員の合言葉は「艦長に続け」であるほどに信頼を得、士気は旺盛であった。

 

 ――こうなりゃ、腹括って出迎えてやろうじゃないか

 

「艦長、雲模様は我々に利がありそうですな」

 

 高射長が有賀同様空を見上げながら言う。

 

 現在の海域の厚い雲海は高度一千メートル。

 

 この高度は通常の戦闘機の空戦高度や、艦爆の攻撃開始高度より下で、その位置からは海面が目視できない。

 

 このまま雲が厚く、さらに低く垂れこめてくれれば、或いは敵は航空攻撃を危険と判断して見送るかもしれない。で、あれば沖縄に突入できる確率はグッと高まる。

 

 そんな期待がよぎったのだが、

 

「左三十度、敵機発見。距離二〇〇!!」

 

 見張員の一人が、南東から向かってくるアメリカ軍機動部隊第一次攻撃隊約一五〇機の出現を知らせた。

 

 防空指揮所が緊張に包まれる中、一人有賀は無言で懐から愛用のタバコを取り出して口に咥え、マッチを取り出す。

 

「高射長、どうやら敵さん」

 

 そこまで言って風の強い防空指揮所にあって一発でマッチを摺り、タバコに火を点け、煙を一吐したところで、

 

「見逃してはくれんようだぞ」

 

「・・・・・・ですな」

 

 相変わらずの「エントツ男」ぶりに敵襲だというのに皆苦笑い。

 

 防空指揮所中央の羅針儀を前にして、有賀は迫力ある号令をかけた。

 

「之字運動やめッ、前進速度二十四ノット、対空戦闘態勢!!」

 

「雲が低い、上空近距離に気をつけ!!」

 

 有賀の命令から十分後、アメリカ軍攻撃隊は、『大和』とその前方の『矢矧』を主目標にして、四方から攻めかかってきた。

 

「各長の命令で射撃はじめ!!」

 

 ついで右舷前方の爆撃機の編隊を注視しながら、第一艦橋に通じる伝声管に怒鳴った。

 

「面舵いっぱーい!!」

 

「面舵いっぱーい!!」

 

 間髪を入れずに復唱が帰るとともに、『大和』は急速転舵に入る。

 

 一回、二回、爆弾は左へ外れていった。

 

 機銃員たちは猛射し、右正横から急降下した敵爆撃機数機のうち一機を撃墜した。

 

 しかし、砲、銃ともに、対空射撃の環境、条件は極めて悪かった。

 

 高度一千メートルの厚い雲は先ほどの高射長の言うようにアメリカ軍機の視界を阻害していたが、それは『大和』も同じ、いやより悪かった。

 

 何しろ一千メートルより上空は覆われていて敵機が見えない上、『大和』には射撃用レーダーを装備した自動制御の射撃指揮装置がないため、雲中雲上の敵機へは射撃できない。雲から出てきたときはすでに照準する間もない。

 

 レーダーで第二艦隊を捉えながら雲上雲中に隠れて接近し、雲から降下して銃撃、爆撃、雷撃をするアメリカ軍攻撃隊は、目標を定めて照準する困難はあるが、艦隊からの有効な射撃を多く受けずに済む。

 

 艦隊は絶え間なく回避運動をするので、これも自動制御の射撃指揮装置のない対空火器は、有効な射撃が難しい。

 

 おまけにアメリカ機は防御装備(特に人体、燃料タンク)と消火装置がよくできていて、砲弾の断片や、十三ミリ、二十五ミリ機銃弾が当たっても簡単には落ちない。

 

「いい腕をしてるな」

 

 有賀は敵機の動きに思わず感心の声を漏らす。

 

 アメリカ軍攻撃隊は戦闘機、爆撃機、雷撃機が同時に攻撃を加えてくる。

 

 戦闘機が機銃掃射をし、爆撃機が突入し、その下を雷撃機が突進してくる。雷撃機は一万~二万メートルぐらいまで編隊で来て、そこから死角のないように隊列を整えて展開している。そして『大和』を中心に扇型の突撃態勢をつくり、海面すれすれを這うようにやってくる。

 

 駆逐隊司令、『鳥海』艦長時代にもアメリカ軍機と激闘を繰り広げた有賀であったが、今相手をしている敵パイロットたちは、自分の記憶と比較すると明らかに高練度だった。

 

「我に利あらず」

 

 有賀は思ったが、それでもしばらくは回避運動が合理的にできた。

 

 最初に来た雷撃機十数機は三千メートル以上も遠くから、魚雷を発射したが、難なく全魚雷を回避し、爆弾も右に左にと逸れていった。

 

「水雷屋を舐めるなよ、アメ公」

 

 しかし、戦闘開始から10分。

 

「左舷後甲板直撃弾二!!」

 

「後部副砲火薬庫付近火災!!」

 

「消火急げ!!」

 

 遂に急降下爆撃機の投下した、中型爆弾二発が命中した。

 

 いずれも後部副砲付近に命中し、後部主砲射撃指揮所、後部測的所、後部副砲射撃指揮所、二番副砲、後部電探室、機銃群を爆破し、電探室及び副砲射撃指揮所要員を全滅させ、その他も負傷者多数であった。

 

 有賀のいる防空指揮所にも、敵機の機銃掃射で見張員と伝令が一名ずつ倒れていた。

 

「左七十度、雷撃機!!」

 

「おもーかーじ!!」

 

「左九十度雷跡!!」

 

 七千メートルから向かってきた雷撃機は面舵で回避したが、すぐ左一千メートルから迫った雷撃には対処できず、一本が左舷前部に命中した。

 

「応急の状況を知らせ」

 

 伝声管で有賀は応急指揮所に質すと

 

「船艙倉庫に浸水あるも、戦闘に支障なし」

 

 と応答があった。

 ついで見張長を見やり尋ねる。

 

「令達器は大丈夫か?」

 

「生きています」

 

 返答を聞いた有賀は羅針儀を前に仁王立ちし、マイクで厳然と呼びかけた。

 

「本艦の任務は重大である。本艦に力がある限り、任務を遂行する。みな全力をあげ、最後まで頑張れ」

 

 しかし、有賀の叱咤激励も虚しく、米空母機の攻撃は徐々に正確さを増していった。

 

「右六十度雷撃機、数二十!!」

 

 『大和』の右舷四千メートル付近から雷撃機二十機が向かってきた。面舵へ回避すると、一分後に左舷五十度、二千メートルより雷跡六本が進んできた。挟み撃ちであった。交わしきれず、左舷中部に魚雷三本が命中。

 

「副舵故障!!」

 

「四番高射器使用不能!」

 

「左舷十番、十二番高角砲破壊!!」

 

「左舷機関室の状況はどうか?」

 

 有賀は機関室の安否を調べさせたが、無事であった。

 

「傾斜はどれくらいか。傾いていると撃ちにくくてしょうがない。はやく直させろ」

 

 艦は七、八度傾いていた。

 

 右舷中部下甲板の注排水指揮所ではこれを受け、右舷タンクに海水三千トンを注水しほぼ復元した。

 

「何のこれしき、『大和』は二本や三本の魚雷で沈む艦じゃない」

 

 しかし、左舷下甲板の高角砲発令所は全滅し、左舷高角砲と機銃員の約四分の一が戦死傷していた。

 

 さらに十分後、左前方から来た魚雷四本を回避したのも束の間、またしても左舷中部に魚雷二本が命中した。

 

 『大和』も負けじと右舷から入ってきた急降下爆撃機数機を回避し、左舷ではこれを二機撃墜した。

 

 しかし、これで左傾斜が十五度に増し、速力も十八ノットに低下した。

 

 『大和』は確実に追い詰められていた。

 

 14時を過ぎると『大和』は左舷中部に中型爆弾三発被弾し、左傾斜が二十度を超えた。

 

「傾斜復元急げ、復元ッ急げェ」

 

 伝声管で繰り返し怒鳴る有賀に悲痛な報告が入る。

 

「『矢矧』、沈没するッ!!」

 

 見張員の報告に有賀は思わず目を向ける。

 

 『大和』同様に米攻撃隊の主目標となっていた軽巡『矢矧』が既に波間に消えかかっていた。

 

 ――『矢矧』、古村・・・・・・!!

 

 『矢矧』には第二水雷戦隊司令官にして有賀の同期生、さらには同郷の幼馴染という間柄である古村啓蔵少将が座乗していた。しかし、この状況では安否を確認することはできなかった。

 

 既に他人ごとでは無くなりつつあったのだ。

 

 傾斜が二十度を超えれば、目標が見えても回避は思うようにできない。右舷に魚雷を発見して回避するために面舵を取った際、遠心力で左に大きく傾き転覆しそうになった。

 

 必然『大和』は左へ左へと廻るしかなく、もはや魚雷の命中を避けることはできなかった。

 

 右舷タンクは満水となり、これ以上は注水できなくなった。左傾斜は二十五度になっている。

 

 これでは、主砲、副砲はもとより、高角砲すら打てない。

 

「右舷四十度四千、雷跡二!!」

 

 見張り員の報告に有賀はとっさに叫んだ。

 

「航海、進路そのまま直進」

 

「艦長!?」

 

 何を言うのかと振り向く見張長には視線を向けず有賀は伝声管に続けて叫ぶ。

 

「傾斜復元のために、このまま右舷にぶち当てるんだ!!」

 

「よーそろー」

 

 航海長の復唱から数秒後、有賀の目論見通りに右舷に七十度の角度で魚雷一本が命中した。命中したのだが、

 

「艦長、穴どころかビクともしません」

 

 皮肉にも『大和』の厚い装甲によってこの魚雷は食い止められていた。

 

「そうか、『大和』はすごい艦だな・・・・・・」

 

 有賀は思わずニンマリと笑った。

 

 右舷に破口ができなかった以上、射撃力を回復させて戦う方法は一つだった。

 

「右舷機関室、右舷罐室注水せよ」

 

 伝声管を通じて命令を受けた能村次郎副長は、一瞬復唱に詰まった。

 

 機関室と罐室では、多数の機関科員たちが今なお懸命に働いているのだ。戦闘中で密閉されているそこに注水すれば・・・・・・。

 

「復唱はどうした、副長」

 

 これまでのように怒鳴るのではなく、静かな有賀の声が聞こえる。

 

「・・・・・・右舷機関室、右舷罐室注水」

 

 非情の決意をした有賀の命を受けた能村は復唱し、注排水指揮所に命令した。

 

 艦底から水攻めにされた両室員数百名の犠牲と引き換えに、『大和』の傾斜は六度に復元した。

 

 しかし、それを嘲笑うかのように僅か十分後には、さらに左舷中部と後部に一本ずつ被雷した。

 

「衛生兵!! こっちもみてくれ」

 

「誰かァ、手の空いてるものは運ぶのを手伝え!!」

 

「重傷者には絶対に水をやってはいかんぞォ!!」

 

 艦上、艦内は既にいたるところが破壊され、血糊と粉砕された人体で地獄絵図と化しており、尚死傷者は増え続けている。

 

 それでも有賀は対空戦闘と操艦に挺身し、頭上から雪崩込む海水にずぶ濡れになりながら伝声管に向かい「みな、がんばれ」と叱咤激励を続けていたが、そこへ防空指揮所の警鳴器のブザーが鳴る。

 

「艦長、艦内各弾庫、火薬庫の温度上昇、危険です!!」

 

 限界温度を越して爆発すれば『大和』といえども吹っ飛ぶ。

 

「弾庫、火薬庫注水!!」

 

 有賀は潰れた声を張り上げたが、注排水指揮所は魚雷で壊滅し、各弾火薬庫とも連絡が取れなかった。

 

「伝令走れ!!」

 

 有賀がそう命じた瞬間、さらに一本の魚雷が左舷中部に計十本目となる命中。左傾斜が急激に増加し、もはや転覆に近い状態となった。

 

 ――もはや、これまでか。

 

 最期を悟った有賀は、伝声管に向かう。

 

「航海、艦を北に向けろ」

 

 人間が死んだ際に「北枕」にするように、有賀は『大和』が沈む前に北に向けようとした。

 

 しかし――

 

「艦長、艦はもう動きません」

 

「そうか」

 

 航海長の返答に有賀はぽつりと呟いた。

 

 右舷注水機械、後部舵取機室は、すでに浸水で操舵不能となっていた。

 

 そこへ伝声管を通じて声が響いてきた。

 

「有賀、もういかんな」

 

 第二艦隊参謀長として、『大和』に座乗している前『大和』艦長・森下信衛少将の声だった。

 

「ダメか」

 

「少し前まで俺の艦だったんだ、分かるよ」

 

 お互い小声だが、同期らしく遠慮のない口調だ。

 

「有賀君」

 

 森下に次いで、静かで穏やかな声が聞こえてくる。

 

「残念だけど、もうこの辺でいいと思う。総員退去を下命してくれ」

 

 第二艦隊司令長官・伊藤整一中将の声だった。

 

「了解しました」

 

「皆、ご苦労だった」

 

 それを最後に伝声管からの声は途絶えた。

 

「御真影守れ、軍艦旗下ろせ、総員最上甲板!!」

 

 有賀は令達機で号令を出すと、防空指揮所に残っている者を見回した。

 

 若い艦長伝令が強ばった表情で有賀を見ている。

 

「俺は責務上艦もろともに逝く、貴様たちは速やかに艦を離れろ」

 

 多くの者が中々動けずにいる中、艦長伝令の士官が一歩前へ出て、

 

「艦長。私共は艦長とお供いたします」

 

 と申し出た。日頃剛胆で赤ら顔の有賀に心服した男だった。

 

 一人がそう言い出すと、残りの者たちも「私も、私も」と続く。

 

「何を言うか、ここは若い者の死に場所ではない。戦いは終わりだ、貴様達は生き延びて明日の戦力にならねばならん、急いで降りろ」

 

「嫌です、我々も一緒に」

 

 頑として聞こうとしない若い士官達に有賀は内心感動を禁じ得なかった。

 

 彼らの目には生死についての葛藤など見られず。ただ、重きものを重さとせぬ若さ、自身の運命に逃げずに立ち向かわんとする勇気、健気さを持ってまっすぐ進まんとする心意気。

 

 そして、日本、海軍、『大和』に対する深い愛情。

 

 この理不尽極まりない状況下で、日本人の責任感の根源、古来からの「サムライ」たちがそこにいた。

 

 だからこそ有賀は彼らの死を受けるわけには行かない。

 

「生きろと言っとるのが分からんのか貴様らッ!!」

 

 そう言うと有賀は士官達の肩を強く掴み、防空指揮所の端まで引きずっていった。

 

「有賀艦長!?」

 

「馬鹿、若い者は飛び込んで泳げ」

 

 そう言って有賀は、泣きださんばかりの形相の士官達をすぐ下まで迫っていた水面に次々と投げ飛ばした。

 

「まだ、満更でもないな」

 

 自身の体力が、まだまだ若い者に負けてないと確認した有賀は一人破顔一笑すると、タバコを取り出し口にくわえた。

 

 ――俺みたいなオヤジを力づくで引っ張れないうちに死ぬことはないさ。これからの日本を引きずり上げてからだよ、貴様らは。

 

 中央羅針儀まで戻った有賀は、指揮用の白手袋で羅針儀に掴まり、ぐっと握り締めた。

 

 ――とうとう何の役にも立てなかったか。

 

 一人になった有賀は傾斜がどんどん強くなる中で、自分ではなく『大和』の運命について思いを馳せていた。

 

 ――まったく、俺って奴は

 

 どうしようもない戦馬鹿だと思う。

 故郷には妻も子も、年老いた母もいるというのに、最期に考えるのが艦のこととは。

 

 初めて有賀が『大和』を見たのは、対米開戦の二週間前。当時、第四駆逐隊司令として、仏印南方に向かうべく、豊後水道を南下していた時である。

 

 航行中、第四駆逐隊は来るべき戦闘に備えるべく、途上に存在する漁船、島、鳥等々、目に映る全てを敵に見立てて訓練を行っていた。

 

 その最中、水道中央、遥か前方に浮かんだ島の如く巨大な黒い影。それが『大和』だった。

 

 当時の有賀にとって、『大和』は多くの海軍軍人同様、噂に聞くだけの幻の大戦艦で、いずれは、日本海軍の象徴となるであろうと言われた存在というだけであった。

 

 だが、期せずして、間近で航行する『大和』を眼にしたとき、有賀は思わず背筋がゾーッとする思いがした。

 

 流れるような美しい線で囲まれた艦体、ガッシリとした重量感ある堅牢な艦橋、太陽に眩しく輝く銀ねずみ色の巨体。

 

 巨大さ、堅固さ、そして美しさ、すべて海軍の最高技術の粋を集め、駆使して誕生した英姿。七万トンの鋼鉄の城塞と謳われながら、この美の極致とも言うべき容姿。

 

 両舷で海水を押し分け、艦尾波を台座のごとく盛り上げて、あたかも海面を一段高く持ち上げているかのような迫力。

 

 どれをとっても、その威容は素晴らしいばかりだった。

 

 ――あんな艦を自由自在に操ることができたならば、海軍軍人として、男として、感激の極みであろう。だが、自分は水雷屋。成績もあまり良くなかったし、恐らく縁のない艦だろうなぁ。

 

 試運転中の『大和』と行き交いながら、有賀はそう思っていた。

 

 それから三年余り。何の因果か自分が、その『大和』を預かる日がやってきた。

 

 その間に、戦況は圧倒的に日本不利の情勢となり、連合艦隊も各地で戦い、多くの艦艇が沈んでいた。

 

 だが、本来、対米戦で主力となり、象徴として君臨するはずだった『大和』は、就役以来、連合艦隊司令部の豪華なオフィス兼ホテルとしてしか使われず、闘いに参加するようになってからも、十分な活躍をすることはなかった。

 

 歴史の流れは、大戦艦の時代から航空機へと移ってしまっていた。

 

 開戦前、どの国においても補助部隊にすぎなかった空母機動部隊を次代の主役であるという例を作ってしまったのは、開戦時、真珠湾を攻撃した日本海軍航空隊であった。

 

 真珠湾でアメリカ戦艦八隻を撃破し、さらにマレー沖でイギリス戦艦『プリンス・オブ・ウェールズ』と『レパルス』を撃沈したことは、航空優勢の証明には十分であった。

 

 以来、主要海戦の趨勢を決めてきたのは日本、アメリカ共に航空機であり、戦艦などは無用の長物に過ぎなくなってしまった。

 

 ――貴様も悔しかったろうなァ『大和』

 

 例え、戦争という悲しい目的のために生み出されたとしても、『大和』は日本の国家国民を守護するため――戦うために生まれた希望の星だ。

 

 それを床の間にある骨董品のような飾り物にされ、満足な活躍の場も与えられない悔しさ。

 

 呉軍港で、初めて艦長として『大和』と向かい合ったとき、有賀は、『大和』がひしひしと、それを訴えているように感じたのだ。

 

 ――ならば、俺が貴様の死に水をとってやる。

 

 有賀はそう決心し、

 

 ――死に場所を得て、男子の本懐これに勝るものなし。

 

 と思い定めた。

 

 今にして思えば有賀はこの瞬間『大和』に「恋」をしていたのかもしれない。

 

 沖縄陥落を阻止し、アメリカ軍を撃破して上陸占領を阻止するなどは机上の空論、九分九厘不可能であることは分かりきっていた。

 

 だが、伊藤や森下、古村たち第二艦隊幕僚の大半がこの作戦に猛反対する中で、有賀は乗艦して間もない候補生や老年兵、傷病兵を退艦させた以外は黙して語らず、作戦準備を進めた。

 

 せめて、何としてでも『大和』を沖縄に突入させ、沿岸に乗り上げて浮き砲台となって、四六センチ主砲を撃ちまくり、獅子奮迅、阿修羅の如き様を見せつけ、沖縄県民の士気を高揚し、アメリカにひと泡もふた泡も吹かせてやりたい。

 

 そうすることで『大和』はその生まれた使命を果たし、悔いを残すことなく死んでいける。

 

 それだけを思っていた。

 

 ――結局その死に様すら俺は作ってやれなかった。

 

 なんとも皮肉なことに今、アメリカはかつて日本が『大和』から活躍の場を奪った「航空主兵」でもって、『大和』を撃破しようとしているのだ。

 

 『大和』は今、沖縄の遥か彼方にあって航空機の攻撃に会い、敵艦隊を見ることすらできずに、ただの多くの乗組員たちの棺桶と化し、沈もうとしている。

 

 ――すまなかったな、『大和』

 

 傾斜はますます悪化し、遂に九十度を超えたとき有賀は無意識のうちに、しゃがれ声で叫んだ。

 

「天皇陛下ばんざーい!!」

 

 叫び終わった時、傾いていた左舷側から波が押し寄せ、有賀に襲い掛かった。

 

 有賀は波に流されそうになる中、必死で羅針儀に、『大和』にしがみついた。

 

 ――離れん、俺は断じてこの艦を離れんぞ!!

 

 海抜0メートルを超えても有賀の体は『大和』にあった。

 

 『大和』沈下の中、息苦しくなると同時に、有賀の意識も段々ボンヤリとしてくる。そんな中、有賀の脳裏には妙な光景が浮かんできた。

 

 人間いよいよ死ぬという瞬間にはこれまでの人生が一気にフラッシュバックする、所謂走馬灯と呼ばれるものを見るという。

 

 しかし、有賀の脳裏に浮かんできたのは、自分の記憶にない光景。

 

 花咲く丘、鳥鳴く森、魚すむ水。

 

 何の変哲もない風景が続いていく。

 

 永遠に、永遠に。

 

 ――何だ、これは?

 

 こんな何の変哲も、記憶もない風景に何の意味が・・・・・・。

 

 無我の中でそう思った瞬間、凄まじいオレンジ色の光が目の前に広がり、連続する衝撃波が有賀の身体と脳裏の風景を襲い、刹那、一気に真っ暗になった。

 

 意識を完全に失う直前、有賀は妙な形をした「何か」が地上に落ちたのを見た気がした。

 

 西暦1945年 4月7日 14時23分

 戦艦『大和』 転覆後、大爆発と共に沈没。 

 位置 北緯三十度二十二分 東経百二十八度四分

 伊藤整一第二艦隊司令長官以下2700余名戦死。

 

 この日から四ヶ月あまり後の8月15日。大日本帝国はアメリカをはじめとする連合国に対し無条件降伏し、第二次世界大戦は終結する。

 

 これが『大和』と「有賀幸作」のひとつの終わり。

 

 

 だが―――

 

 

「・・・長・・・・・・艦長?」

 

「ん・・・・・・おお」

 

 コンソールから響く副長の声に、私はハッと現実に戻った。

 

 目に映るのは巡洋艦『チョウカイ』の艦橋であり、私が座っているのはその艦長席だった。

 

 どれぐらいの時間が経ったのか、知らず知らずのうちに長い回想に浸っていたようだ。

 

 いかんいかん。

 

「今どの辺だ?」

 

「冥王星空間まであと126万キロの地点です」

 

 窓の外を見れば、一面の漆黒の中に無数の星の煌きが見える。

 

 地球上から眺める夜空よりも近く、また、遠いという矛盾を私はいつも感じていた。

 

 そしてすぐ傍を見ると、戦艦『キリシマ』他、巡洋艦八、駆逐艦十二という陣容が物言わぬ様子で航行している。

 

 宇宙を航行する艦隊というものにも随分と慣れたものだ。初めのうちは前世で想像すらしたこともない出来事の連続に焦りに焦ったものだが・・・・・・。

 

「艦長、『ユキカゼ』が先行します」

 

 CICからの報告に、先程までの回想の余韻はどこへやら、血肉が沸き立ち、肌が粟立つ。

 

 我々の行手に待ち構えているのは過去8年間に渡って、地球を汚染し、罪無き人々を無差別に傷つけ、殺戮し、尚も攻撃してくる悪魔どもなのだ。

 

 かつて自分たちが鬼畜と呼んだ米国人以上、否そもそも本質的に違う連中なのだ。

 

「おい、砲雷。ここからは貴様の独壇場だ、ガミ公が現れたら即座に砲雷戦ができるよう手ぐすね引いて待っておけよ」

 

 私は演習を行うときと同じような口調で、砲雷長に声を掛ける。

 

 前途は全く楽観できない状況であるが、そういう時だからこそ大和魂を持った軍人らしく平常心で立ち向かう。

 

 それが前世から一貫した私――有賀幸作の信念である。

 

 

 ひとつの終わりは、新たなる始まり。

 

 『ヤマト』と「有賀幸作」の始まりはもう少し先のことである。

 

 




謹んで、故有賀幸作海軍中将を描きます。


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第一章「遥かなる旅立ち」篇
第一話 「メ一号作戦」


一部オリジナル解釈があります。


 無限に広がる大宇宙。

 

 静寂と光に満ちた世界。

 

 死んでゆく星もあれば、生まれてくる星もある。

 

 生命から生命へと受け継がれる大宇宙の息吹は永遠に失われることはない。

 

 そうだ、宇宙は生きているのだ。

 

 そして今――

 

 大宇宙の片隅で、終末の時を迎えようとしている惑星があった。

 

 宇宙において様々な呼び名があるが、現地に住む生命体は、その惑星を『地球』と呼んでいた。

 

 

―――――

 

 

 ―――それは突然やってきた。

 

 今から八年前、人類は永きに渡って抱き続けてきた一つの疑問に結論を得た。

 

 “地球外に知的生命体は存在しているのか”

 

 その答えが“是”とされたのである。遠き宇宙からの来訪者によって。

 

 西暦2191年4月1日。エイプリルフールの日に太陽系外縁に現れた謎の宇宙艦隊に対し、国連宇宙海軍は史上初となる太陽系外からの侵入に対する防衛行動に入った。

 

 出動した国連宇宙海軍・太陽系外周連合艦隊は、地球人類有史以来の悲願であった外宇宙知的生命体の来訪に対し、可能な限り穏便に対処するべく、交流を求めるための交信を試みた。

 

 多くの人々は不安とともに、異星人との友好関係の構築が出来ることを期待した。それは地球人類の新たなる進歩の始まりになるであろうと・・・・・・。

 

 だが、その思いは異星人と初めての接触を行なった宇宙巡洋艦『ムラサメ』の撃沈という最悪の形で裏切られた。

 

 彼らの答えは、友好の言葉ではなく、一切の情け容赦のない攻撃だったのだ。

 

 この事件を持って国際連合は、この謎の異星人――"ガミラス"を宣戦布告も降伏勧告すらなしに攻撃を掛けてきた一方的な侵略者と断定し、全面戦争にまで発展した。

 

 最初の接触時に指揮不手際の責任を問われた当時の太陽系外周艦隊司令長官・沖田十三宙将の解任と同時に、人類は太陽系内周艦隊及び、外周艦隊残存艦から成る連合艦隊の総力を挙げて火星宙域で報復戦に臨んだが、この「第一次火星沖海戦」は、地球人を遥かに凌駕する高度な科学力・軍事力を有するガミラス艦隊にまったく歯が立たず、ことごとく返り討ちにあった。

 

 それと前後するようにガミラスは地球に対して隕石型爆撃兵器――遊星爆弾と命名――によるロングレンジでの本土無差別爆撃を行い、結果世界の主要都市は破壊され、廃墟と化してしまった。

 

 二十一世紀に、とある宇宙物理学者が唱えた警鐘通り、彼等はかつてのアメリカ大陸におけるコロンブスよろしく、先住民を虐殺し始めたのだ。

 

 西暦2198年には、地球本土に直接攻撃を加えんと襲来した大艦隊及び上陸部隊に対し、火星軌道を絶対防衛線として迎え撃つ連合宇宙艦隊との間に「第二次火星沖会戦」が勃発。この戦いに於いて残存戦力を全て結集させ、沖田十三宙将を再び司令長官に迎えた連合宇宙艦隊は、奇跡的とも言える大勝利を得、以後ガミラス艦隊による本土上陸作戦は断念させることに成功した。

 

 しかし、その後彼等は攻撃法を遊星爆弾に絞って徹底的に行い、地球全土を生物の生存が不可能になるほどに破壊し尽くした。

 

 そして西暦2199年、たて続いた遊星爆弾の攻撃によって、大地は焼き尽くされ、海が干上がり、大気を汚染された地球。かつてソ連の宇宙飛行士Y・ガガーリンが語った青い地球の姿は既になかった。

 

 だが、人類はまだ屈しなかった。

 

 人類は、先の内惑星戦争時に築かれていた地下都市へと避難し、抵抗を続けていたが、もはや連合艦隊は壊滅寸前であり、民衆はエネルギー不足、飢餓、暴動により苦しみ喘いでいた。

 

 しかも、地表の汚染は着実に地下をも侵し始めており、科学者によって、およそ一年で人類の生存可能な場所は無くなってしまうという分析結果が出るなど、地球は四面楚歌の状況であり、断崖絶壁に追い込まれた完全にお先真っ暗、打開不可能な状態に置かれていた。

 

 国連宇宙海軍・極東方面空間戦闘群・連合宇宙艦隊・第一艦隊が最後の艦隊決戦を挑むべく出撃したのはこのような情勢下であった。

 

 

―――――

 

 

「レーダーに感。艦影多数、右舷四時方向、距離十万キロ、高速接近中」

 

「敵艦隊速力27Sノット」

 

 おいでなすったな、ガミ公。

 

 艦橋直下のCICからの報告に総員に緊張が走る。

 

「電波管制解除、艦種詳細知らせ」

 

 努めて冷静な声で、私は命令を下す。

 

「超弩級宇宙戦艦一、戦艦七、巡洋艦二十二、駆逐艦多数」

 

「複数の単縦陣で接近してきます」

 

 スクランブルで出てきたにしては随分と多い。待ち伏せされたか。

 

 戦力差は主力艦で8:1、中小艦で10:1、まるで話にならない。

 

 敵さんはどうやら本気で、我々を叩き潰す気で来たようだ。

 

「合戦準備!!」

 

 宇宙巡洋艦『チョウカイ』の艦内は迫り来る驚異に対抗するべく、殺気と恐怖が充満している。

 

 ――さて、俺たちはどう動くのか。

 

 CICからは絶え間なく敵艦隊の動きが報告されてくる。

 

 四時方向。即ち我が艦隊の右舷後方から接近してくる敵は、このまま進み続ければ、丁度「イ」の字を書く形になる。

 

 そうなれば我が艦隊は、文字通り尻を撃たれる格好になる。

 

 我々の立場からすれば、少なくともその陣形は、逆でなければならないが・・・・・・。

 

「CICより艦橋。旗艦より通達、艦隊進路、右三十度一斉回頭」

 

「よろしい。航海、旗艦に続け。面舵三十、第五戦速なせ」

 

「おもーかーじ」

 

「第五せんそーく」

 

 水谷寛雄航海長の間延びした復唱とともに、『チョウカイ』は右舷へと転舵を開始し、増速する。

 

 前方の『キリシマ』や後方に続く艦も、同様の航路をとっているだろう。

 

 転舵することでせめて「丁」字でありたいと思っていたが、敵もさるもので即座に右舷へと転舵を開始した。

 

 どうやら、一定の距離を置いての同航戦となりそうだ。

 

 ――それだと、ちと困るのだがな。

 

「艦長、敵艦隊旗艦より本艦隊への通信傍受」

 

 ――何だ、何だ。敵からの通信?

 

「『地球艦隊ニ告グ、直チニ降伏セヨ』以上」

 

 読み上げられた通信内容に、私は頭に血がのぼってくるのを感じた。

 

 何を言うか。黙れ黙れ、何が降伏せよだ。こちとら戦わずして頭垂れに来たんじゃないんだ!!

 一体敵将はどんな面してこんな勧告をマイクに向けて喋っているのか。今すぐマイクのスイッチから手を放しやがれっ!!

 

 そう叫んでやりたいが、敵艦隊の通信に関しては旗艦に一任されているから、我々は歯軋りしながら聞いているしかない。

 

「『キリシマ』より敵艦隊へ返信『バカメ』以上」

 

 心なしか愉快げな古川勇通信長の声に、私も全く同感だった。

 

 さすがは沖田提督。艦隊乗員全員の気持ちをそのままぶつけてくれた。

 

 ちなみに相手からの返事は“ザーザー”という雑音と、CICから砲塔の回転を伝えてきた。

 

 トサカに来たかな、こりゃ?

 

「これより戦闘――右砲雷戦!! 目標、右舷九十度、距離七五〇〇の敵巡洋艦!!」

 

「せんとーう!!」

 

 独特の抑揚が効いた復唱が艦橋に響き渡り、『チョウカイ』の砲塔が動き出す。

 

 ちなみに『キリシマ』は近年実施された改装で第二砲塔が艦橋と連結しており、砲塔と共に艦橋も回転するシステムになっているが、『チョウカイ』他の戦闘艦には備わっていないため、我々の視界はそのままである。

 

 その時、敵側から薄紅色の閃光が光り、真っ直ぐとこちらへ向かってきた。

 

「敵艦発砲!!」

 

 CICからの報告など聞くまでもなく、それはすぐ目の前まで迫る。

 

 見る人によっては、非常に美しく幻想的な光景と写ったかもしれない。

 

 だが、その光は自分たちの命を奪わんとする意志に満ちた破滅の光だった。

 

 幸いとは到底言えないことだが、この攻撃は『チョウカイ』を狙ったものではなかった。

 

「『ユウギリ』轟沈!!」

 

「『クラマ』戦列を離れる」

 

 光の直撃を受けた僚艦が、紙細工のように引き裂かれ、爆散する。

 

「艦長、まだですか!?」

 

 田中一郎砲雷長が怒鳴るように尋ねてくる。

 

「まだッ!! まだまだッ!!」

 

 砲撃は旗艦の発砲とともに開始されることになっており、私もこの時点までは自重を保っていた(沸き立つ血潮と、武人としての本能は別だ)。

 

「旗艦より通達、射撃開始です!!」

 

 やっとか。

 

 既に射撃諸元の算出は完了しており、艦橋では田中砲雷長が、最終的な射撃命令を次々と下し、各砲塔が微妙な調整のために動き・・・・・・。

 

 やがて止まる。

 

「射撃用意よし!!」

 

 田中砲雷長の言葉に、私は裂帛の声で叫ぶ。

 

「撃ち方始めぇ!!」

 

()ぇ!!」

 

 旗艦『キリシマ』の発砲とほとんど寸分違わずに『チョウカイ』も発砲。更に後続の艦艇も次々と発砲する。

 

 大小合計一七四もの黄緑の火線が、七五〇〇先の敵艦隊に向けて一直線に向かう。

 

 つい先程とは攻守逆の光景。

 

 それから数秒後。

 

 一七四発の火線はそれぞれの目標に寸分違わず命中し・・・・・・。

 

 ―――その全てがあさっての方向へと弾き飛ばされた。

 

 軽く“コン”“カン”といった具合にアッサリと、我が火線は漆黒の闇に拡散する。

 

「やっぱりか」

 

 その光景を目にした瞬間、私は思わず舌打ちをする。

 

 指揮官として相応しくない振る舞いとは分かりながらも、心中の負の疼きは抑えられなかった。

 

 周囲を見渡せば、皆似たような顔をしている。

 

 彼らの表情は当然であった。

 

 この光景は、開戦以来何度となく繰り返されてきた結果。それが再現されただけだった。

 

 理由は簡単。

 

 単純に我々の砲撃力が敵の装甲を貫ける威力がないのだ。

 

 言うまでもないが、二十二世紀末の今日の砲撃は主としてフェーザー、光線といった所謂光学兵器であり、実弾砲撃を行うことは稀である。

 

 私自身は素人なのであまり詳しい原理は分からないが、ガミラス艦の装甲は、とてつもなく強固な物質で出来ている上に、光学兵器によるダメージを反射、軽減する何らかのコーティングが施されており、この装甲を破るには、光線・実弾共に、それを上回る貫通力が必要だが、地球製の兵器では、戦艦に搭載されるものですら、ガミラス駆逐艦の防壁を貫通するには威力不足であるそうだ。

 

 恒星間を楽々移動できるほどの出力をもった機関の余波は、ある程度のシールドの役割を果たしていることが、この少し後に『ヤマト』で立証されることになる。

 

 敵艦隊は、そんな我々の貧弱さをあざ笑うかの如く、更なる射撃を浴びせてくる。

 

「『アブクマ』『シマカゼ』撃沈」

 

「『イソカゼ』被弾、戦列を離れます」

 

「『フユツキ』より通信『我、操艦不能』」

 

 新たな敵砲火は、これまたアッサリと僚艦を屠っていく。

 

 負けじとこちらも撃ち返しているが、沈むのは友軍艦ばかりで、敵艦は撃沈どころか装甲に穴を開けることすらできていない、精々かすり傷といったところか。

 

 ――くそぅ、このままじゃダメだ。

 

「副長、どうもいかんな、これは」

 

「いけませんか?」

 

 艦橋の一段下のCICに陣取る三木幹夫副長兼船務長の、少なくとも表面上は冷静な声が帰ってくる。

 

「そうそう、そういう時、タバコを吸うもんなんだよ」

 

 私はそう言ってタバコを懐から取り出し火を点ける。

 

 三木副長のため息が聞こえたが ――ちなみに『チョウカイ』の艦橋は禁煙である―― これなくして戦ができるものか。

 

 昔はみんなこんなもんだったのに・・・・・・。

 

 世の禁煙主義にやや辟易としながら、煙が体内に入ると同時に、自然と笑みが浮かんでくる。

 

 同時に心には余裕、頭は冴えてくる。

 

 ――この乱戦じゃ衝撃砲(ショックカノン)は使えないしな。

 

 衝撃砲(ショックカノン)は、正式には『陽電子衝撃砲』と呼ばれる、『キリシマ』と、『チョウカイ』等の巡洋艦に、単装固定砲として艦首に搭載されている超兵器だ。

 

 『チョウカイ』に搭載された衝撃砲(ショックカノン)は口径二十センチ。通常の光線砲と同口径だが、それに使用される出力は搭載艦の全エネルギーという膨大なもので、理論上はガミラスの戦艦級を一撃で轟沈できるという代物だ。

 

 事実、かの『第二次火星沖海戦』の折、国連宇宙海軍は、この兵器の集中運用を以てして、ガミラス艦隊に勝利を収めている。

 

 しかし弱点として、その構造上、照準を艦自体の姿勢制御にて行なうこと、さらに全エネルギーを使用することの必然として、使用前後は艦の推進をストップさせねばならない。

 

 この乱戦の中で、それをすることは自殺行為に等しく、とても無理というものだ。

 

 となれば、残る手は一つ――。

 

 1/3程吸ったタバコを“ポイッ”と放って(残りはまずいからだ)、私は立ち上がった。

 

 ――よぉし、やるか!!

 

「機関最大戦速。航海、敵中へ突っ込むぞ、面舵三十」

 

「か、艦長!?」

 

「この艦じゃ、それぐらいしないと有効打にはならん」

 

 少なくとも命令違反ではない。

 

 旗艦からは、乱戦にあって隊列を維持しろとは言ってきていない。

 

 三木副長の狼狽も解からんではないが、戦場にあっては常に臨機応変でなければならない。

 

 確かに接近すればそれだけ敵砲火の命中率、被弾の際の被害の増大。また、単独行動艦への集中砲火もあるだろう。

 

 だが、それは今このままでも同じことだ。

 

 現時点で、こちらの光学兵器が通用しないのは見ての通りだし、実弾攻撃にしたところで、まともな運用法では威力不足であることが既に過去の戦いで立証されている。ダメージを与えるには、もっと近づかなければならない。

 

 それに、この艦が集中的に狙われればその分他艦への攻撃は弱まる。本望というもの。

 

「いくぞ、当たらなければどうということはない!!」

 

「おもーかーじ!!」

 

 覚悟を決めたらしい水谷航海長の復唱と共に、『チョウカイ』は右舷へ転舵し、同時に『キリシマ』へ『我、突撃ス』という信号を発すると猛然と突撃を開始した。

 

「砲雷、距離二〇〇〇を切ったら撃ちまくれ」

 

「二〇〇〇!? いくらなんでも近すぎます!!」

 

 田中砲雷長の抗議は、ほとんど悲鳴に近かったが、私は動じない。

 

「肉薄攻撃やるんだからそれぐらいでいいんだ。なァーに、天運ってのは仕掛けた方に味方するもんだ。為せば成る!! 思いっきり逝けぇ!!」

 

「えぇい、了解ィ!!」

 

 田中砲雷長の半ばヤケクソ気味の復唱に、私はニンマリとしつつ、前方を見遣る。

 

 敵艦隊はこちらの意図に気づいたと見えて、すぐさま『チョウカイ』目掛けて射撃を開始した。

 

 光がすぐ脇をすり抜け、時折艦が振動するが、驚く程当たらない。

 

 だが私からすれば別に驚くに当たらない。

 

 敵に向かって攻撃姿勢を取る艦は正面が小さくなる。逃げようとして動くと横向きになって大きくなる。

 

 前世からの経験則で私はそれをよく理解していた。

 

 とは言え、このままではそれも時間の問題だし、今指揮しているのは小型の駆逐艦ではなく巡洋艦だ。

 

 どうしても機動性という点で劣ってしまう。

 

「前甲板VLS開放。空間照明弾、発射始めぇ!!」

 

 距離二〇〇〇まであと少しというところで、私は命令を下す。

 

 これは、攻撃ではなく敵の照準を妨害することが目的だった。

 

 空間照明弾は、文字通り空間を照らすためのもので、本来はかつての信号弾、目視での光学測定補助用のものだが、この至近距離で放てば相手の目視照準だけでなく射撃レーダーの妨害すら可能で、下手なレーダー妨害よりよほど有用だ。

 

「空間照明弾、弾着。敵艦隊の動きに乱れあり」

 

 狙いはあたり、一時的ではあるが敵は混乱している。

 

 その隙を見逃す私ではない。

 

「艦首魚雷全管、()ぇ!!」

 

 かつての駆逐艦とちがい、魚雷発射時に転舵しなくていいのは私にとって大きな強みだ。

 

 私の号令とともに放たれた魚雷は、無限の加速をつけながら敵駆逐艦後部に全弾が命中。後部エンジン部の隔壁を突き抜けて内部に浸透、誘爆を起こし、粉微塵にする。

 

「敵艦に四発命中、撃沈!!」

 

 やったぞ!! 地球製の貧弱魚雷といえども、これだけ接近すれば、如何なガミラスと言えども平気ではいられなかったようだ。

 

「十時の方向より敵艦接近、距離三七〇〇」

 

「主砲斉射、()ぇ!!」

 

 一隻撃沈に沸き立つ暇もなく、敵は文字通り上下前後左右至る方位から向かってくる。

 

 だが、数頼みの密集陣形に斬り込まれた身。到底統制のとれた動きではなく、我が『チョウカイ』は敵の真っ只中を縦横無尽に走りまくり、主砲、魚雷を撃ちまくった。

 

 至近距離での殴り込み戦法のため、魚雷は元より殆ど成果のなかった主砲も効果を上げてきている。

 

 この最中私は正直楽しんで戦っていた。

 

 撃たれっぱなしだった我々は今、ただ一艦にて敵大艦隊を翻弄しているのだ。

 

 よし、いけるぞ―――。

 

 そう思った次の瞬間、“ピカッ、ピカッ”と至近で閃光がきらめくとともに、凄まじい衝撃が走る。

 

 身体が大きく揺れ、軍帽がずれ、視界が遮られ真っ暗になる。

 

 ――あっ、畜生、やりやがったな。

 

「被害報告!!」

 

 急いで軍帽と体勢を整え、状況を確認する。

 

「右舷前部、左舷後部に二発被弾、機関出力低下」

 

「右舷スラスター損傷、使用不能!!」

 

 まずい。これじゃ左舷スラスターを使用しての面舵しか取れない。

 

 片方にしか動けないんじゃ、これまでのような機動性は期待できず、格好の的だ。

 

 いよいよまずいかなと思った時、別方向から黄緑の火線が飛んできた。

 

「艦長、味方艦一隻、敵中に突入しつつあり」

 

「どの艦だ?」

 

「駆逐艦『ユキカゼ』です」

 

 艦隊に先駆けて進撃していたはずの『ユキカゼ』が味方の劣勢を見て引き返してきたのだ。

 

 『ユキカゼ』は『チョウカイ』を甚振らんと余裕を見せ始めていた敵艦隊の隙を見事に付き、敵中に突入していく。

 

「古代の奴・・・・・・」

 

 『ユキカゼ』の艦長は、勇猛果敢で、若さ溢れる古代守三佐だ。

 

 全く味な真似をしてくれる。この俺を隠れ蓑にするとは。

 

 突撃戦法といい誰に似たのやら・・・・・・。

 

 ともあれ、『ユキカゼ』突入に伴い敵艦隊の陣形が乱れ、丁度右舷に穴ができた。

 

「仕方ない、転舵反転、一旦下がるぞ。応急班、スラスター修理を急げ!!」

 

 舵がこのままでは、不利は否めないがまだ他の戦闘システムは健在だ。舵の補修さえできればまだ戦える。

 

 だが転舵を終えた瞬間に『チョウカイ』を襲った衝撃は、『チョウカイ』と私の運命を変えた。

 

「どうした?」

 

「左舷前方に至近弾、左舷スラスター損傷!!」

 

「なにィ!?」

 

 なんと、『チョウカイ』が引き下がるのを見咎めた敵艦の放った攻撃が、こともあろうに左舷に命中。スラスターを故障させてしまったのだ。

 

 両舷スラスターをやられた『チョウカイ』は転舵が完全に不能になり、直進しかできなくなってしまった。

 

 ――冗談じゃない!!

 

「修理急げ!!」

 

 『チョウカイ』は旗艦『キリシマ』に「我、敵弾ニヨリ舵故障、一時避退ス」と信号を送ると、全力で修理作業に取り掛かった。

 

 進路は丁度進撃してきた航路と逆方向であり、このままでは意図せず戦場から遠ざかるばかりである。

 

「艦長、レーダーに感、未確認艦(Unknown)高速にて接近!!」

 

 CICからの報告に、緊張が走る。

 

 畜生め、奴ら追いかけてきやがったか。

 

「データ解析急げ」

 

 未確認艦(Unknown)とするとあるいは初陣の新型艦か、まさか地球の未登録船舶じゃあるまい。

 

未確認艦(Unknown)速力、光速のおよそ30倍超、まもなく本艦右舷を通過!!」

 

 その報告に私も含めて、全員が仰天してしまった。

 

 ――おいおい、惑星間航行速度なんか遥かに超えてるぞそれ。

 

 そう思っていると、迎撃準備もそこそこのうちに未確認艦(Unknown)は我々に見向きもせずに通過してしまった。

 

 どうやらレーダーの故障でも、船務士のミスでもなかったようだ。

 

 あれじゃ数分で内惑星まで行ってしまう。

 

「通信、至急『キリシマ』及び司令部に打診しろ。高速未確認艦(Unknown)、冥王星軌道通過。数分で内惑星軌道に到達の恐れ大――」

 

「艦長、駄目です」

 

 私の言葉を遮るように古川通信長が言葉を発する。

 

未確認艦(Unknown)があまり至近を高速で通過したため、通信用のアンテナが破壊されています」

 

「レーダーにも損傷アリ、長距離レーダーブラックアウト。近距離レーダーに切り替えます」

 

 その船が、絶望の淵にいる我々に最後の希望を届ける船であることは、神ならず、そしてこの作戦の主目標を知らされなかった身では知る由もなかった。

 

 少なくともこの時点では、『チョウカイ』に少なからずダメージを与えていった船だった。

 

「艦長、スラスターの応急修理完了、舵使えます」

 

「よし、転舵反転、戦闘宙域に戻るぞ!!」

 

 待ちに待った報告に『チョウカイ』は直ちに転舵し、戦闘宙域に艦首を向けた。

 

 通信システムが不通の為、戦況は分からないが劣勢であることは疑いないだろう。一刻も早く戻り、たとえ一艦でも戦わなければならない。

 

 戦場に戻るべく猛進する『チョウカイ』だったが、戦闘宙域よりかなり手前の地点でCICから思わぬ報告が入る。

 

「レーダーに感。右舷三〇度、距離八〇〇〇。識別信号グリーン、戦艦『キリシマ』です」

 

 何故?

 

 冥王星で艦隊指揮を採っていたはずの『キリシマ』が、何故戦場からこんなに離れた場所にいる。

 

 驚いたのはどうやら『キリシマ』も同じだったようで、お互いを確認してから信号が発せられるまで少し時間がかかった。

 

「『撤退セヨ』だと・・・・・・?」

 

 『キリシマ』からは『作戦ハ終了、コレヨリ撤退スル、我ニ続ケ』と送られてきていた。

 

 改めて見れば、『キリシマ』は大分ヤられており、さらにその周囲に護衛艦の姿は一隻もない。

 

 自分と入れ替わるように敵中に突入した『ユキカゼ』も――。

 

「ツッ!!」

 

 私は血の味がするほど唇を噛み締めた。この瞬間、全てが遅きに失したことを悟ったのだ。

 

 この時点で私は二つの選択を迫られた。

 

 進むか、退くか。

 

 数秒ほど――数分にも感じたが――視線を宇宙空間にむけて沈黙し、私は艦長として決断した。

 

「・・・・・・『キリシマ』へ返信『了解』」

 

「艦長・・・・・・」

 

「何も、言ってくれるな」

 

 何か言いかけた三木副長の言葉を断ち切り、私は瞑目した。

 

 唯一残った『キリシマ』がここにいる以上、敵艦隊もすでに撤退行動に入っているはず。

 

 今更『チョウカイ』がノコノコ出て行ったところで何にもならず、よしんば接敵しても、もはや何の意味もない戦いとなる。

 

 であれば、もはやこの戦いは「死」ではなく「生」のための戦いに変わったのだ。

 

 艦長として、私は『チョウカイ』と、その乗員を、無事に内地へ帰投させる義務がある。

 

 『チョウカイ』はゆっくりと転舵し、『キリシマ』に続いて自らの故郷の星へと進路を取る。

 

「逃げるんじゃない、俺は逃げるんじゃないぞ」

 

 このままじゃ終わらせない。

 

 ――必ず仇を討つぞっ。

 

 私は、その決意を確固として燃やした。

 

 正直この先どのような道が待っているか見当もつかない。

 

 国連宇宙海軍は事実上壊滅し、いよいよ破滅の様相は濃くなってきている。

 

 残るは本土決戦か降伏か、それとも――噂に聞くあの計画か。

 

 ――まぁ、どれでもいい。俺は例え、駆逐艦の一兵員だろうが、頬かむりして、竹槍一本の身になったとしても戦うさ。

 

 そうでなければ、私はこの世に存在する意味がないのだから・・・・・・。

 

 




『チョウカイ』乗組員の名前については二人がヤマトシリーズ(ゲーム含む)の登場人物。
二人が史実で有賀氏に関わりがあった士官の御名前を拝借しました。


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第二話 「極秘計画」

 嫌な雲が垂れこめている。

 

 漆黒の空の下にある、鉛色の海。

 

 その黒い空間に浮かぶ巨大戦艦『大和』の防空指揮所に、私は仁王立ちして空を睨んでいる。

 

 幅約二メートルの防空指揮所には、どういうわけか私一人しかおらず、さらに舳先が波を蹴る音も、航行中に必ず聞こえる機関音も全く聞こえない。真夜中の無風の墓場の如き状態なのだが、私はそれを気に止めていなかった。

 

 やがて漆黒の空に、“ポツポツ”と数え切れないほどの流星が現れたと思えば、それらの星々はどんどん大きくなり、同時に遠雷のような轟音が近くなってくる。

 

 だが、私の心に恐怖は微塵もわかない。

 

 『大和』の四六センチ主砲を始め、すべての武装はその流星群に向けられている。

何を恐ることがあろうか。

 

 唸りを上げて迫り来る紅き凶星群を前にして、私は腹に力を込め、裂帛の号令を掛けようとした瞬間――ふっと暗転した。

 

「夢、か」

 

 巡洋艦『チョウカイ』の艦長室で、私は少しボンヤリとした意識で身を起こした。

 

 時計を見ると間もなく当直に立つ時間だ。

 

 ――いつまで『大和』を引きずるのかな、俺は。

 

 私はこうして、しばしば『大和』の夢を見る。

 

 あの日、あの時から既に254年の月日が経ってしまっている。『大和』は既に大昔のものとなり、ただの伝説だ。

 

 今ここにあったとしても、宇宙からの侵略者には何の役にも立たないだろうに・・・。

 

 ――所詮俺は古い人間ということか。

 

 事実だけに笑うしかない。

 

 艦長室内の艦橋直結電話から“ピーッ、ピーッ”と呼び出し音が響いた。

 

 いかん。もう時間だ

 

 私は黒の艦長用軍装に制帽を阿彌陀被りにして、艦長室を出た。

 

 

―――――

 

 

 西暦2199年 2月7日。

 

「まもなく、地球周回軌道に入ります」

 

 冥王星での激闘からはや三週間。

 

 『チョウカイ』は戦艦『キリシマ』と共に地球周回軌道に入ろうとしていた。

 

「遊星爆弾二、型式MN3。地球衝突コース。まもなく右舷通過」

 

 ――定期便か、畜生め。

 

 苦々しい思いでいて、それでいて何も出来ない『キリシマ』、『チョウカイ』の右を、その燃え盛る凶星――私が夢に見たのと寸分違わぬ――は通過し、いずれも何の抵抗も受けることなく地球へと落下していく。

 

 否――最早あれを防ぐだけの戦力など我々にはないのだ。

 

 二年前の「第二次火星沖海戦」での本土直接攻撃に失敗して以来、ガミラスはかつてのB-29の焼夷弾よろしく(一々の威力は広島・長崎型反応弾を遥かに凌ぐ)、遊星爆弾を冥王星から雨あられと降らし続けているのだ。

 

 私が「定期便」と呼んだのもそう言う理由である。

 

 人道など知ったことかと言わんばかりの無差別爆撃を繰り返し、遂には地球を火星さながらの赤茶けた渇ききった星にしたソレに、何も感じない訳はなく、我々は見るたびに激しい戦意を燃やしていた。

 

 後に確認したところ、二つの遊星爆弾は一つはミッドウェー島近海、一つは小笠原諸島沖合に落下したとのことだった。

 

「何度見ても痛ましくてなりませんな」

 

 水谷航海長が表情をこの上ないほどに歪ませて呟いた。

 

 それは我々も、恐らく『キリシマ』でも同じだろう。

 

 眼の前に浮かぶギラギラとした赤い星。この星が嘗ては青く輝き、数多い種の生命に満ちていたなどと、我が母なる星でなければ信じられないだろう。

 

「しかし艦長、何だったのでしょうか?」

 

「何がだ?」

 

「何って、火星のことですよ。あんなところで何をしていたのでしょうか?」

 

 艦橋に上がってきていた三木副長の質問に

 

「さてな」

 

 と、私。

 

 というのは、『キリシマ』と『チョウカイ』は冥王星から真っ直ぐ地球に向かったのではなく、途中、火星に立ち寄り100式空間偵察機を一機収容していた。

 

 火星は、かつて行われたという地球からのフロンティア計画によってテラフォーミングが施され、人の住める惑星へと変わっていたが、二十年程前に勃発した地球―火星の内惑星粉争と、現在のガミラス戦役において既に壊滅し、築かれた都市も全て廃墟となり無人のはずなのだが。

 

「呼び出しの方は、何となくわかるのですが・・・・・・」

 

「・・・・・・うん」

 

 それと前後して『キリシマ』より信号にて、

 

「『チョウカイ』艦長・有賀一佐ハ地球帰還後、直チニ国連宇宙軍司令部ニ出頭セヨ」

 

 と送られてきていたのである。

 

「まァ、今回の独断についてだろうな」

 

 『メ号作戦』において旗艦に指示を仰がず、単艦突入し、その後も旗艦からの指示を意図的に無視したことについて、お偉方から叱責でもあるのだろう。

 

 指揮命令を無視して勝手に部隊を動かして、それでいて敗北とくれば、私らの時代なら間違いなく軍法会議ものだ。

 

「大隅諸島地下軍港より誘導波受信。まもなく大気圏に突入します」

 

「よし、航海もらうぞ、入港準備」

 

 私はそれがどうしたと開き直るつもりで、操艦を受け継ぎ、『チョウカイ』を地下軍港へ入港させるべく、指示を下した。

 

 

―――――

 

 

「じゃ、あとは頼むぞ」

 

 入港手続きを済ませ、諸事項を三木副長以下の面々に申し送った私は、『チョウカイ』のタラップから極東管区大隅諸島宇宙軍港に降り立ち、その足で総司令部に向かうべく、深地下に向かうリニアスロープカーに乗り込む。

 

 極東管区は、嘗ての日本を中心として形成された国連ブロックであり、その首都は旧来通り東京に置かれていたのだが、地上施設はガミラス襲来の初頭に、ニューヨーク、ロンドン、パリ、ベルリン、モスクワ、北京、リオデジャネイロ等の世界の主要都市同様、真っ先に攻撃対象とされ既に壊滅しており、現在は皇室及び、政府・軍部の中枢から民間人に至るまで、全て九州の地下都市へと移っている。

 

 この地下都市は、元々は二十一世紀の末頃に新天地として計画され、実際に第一段として九州方面で着工したが、宇宙開拓時代の幕開けとともに廃れ、やがて凍結されたのを、二十年前の内惑星紛争時、敵による焦土作戦が想定された際に、避難用都市として再開発されたものである。

 

 膨大な巨費を投じ、いざ完成したは良かったが、その時には内惑星紛争は既に終結しており、万里の長城、ピラミッド、戦艦大和と並び、“世界四大無用の長物”などと笑いものになったが、現在のガミラス戦役において、まさに人類最後の砦となっている今、そんなことを言う者はいなくなっている。

 

 スロープカー内は無人で他に乗り込む者もいそうにない。

 

 私は運転席(と便宜上呼ぶ)まで歩むと、ボタンを押し、席に着く。すると扉が閉まり、私のみを乗せたスロープカーは地下に向かって走り始めた。

 

 この時代では当たり前どころかかなり古い機能なのだが、懸垂式のモノレール、ドン亀のケーブルカーしか知らなかった私にとっては、まさに未知の機械だった。

 

 そのために、私は初めてこれに乗ったときボタン操作により自動的に作動することなど知るはずもなく、席に座って運転手を延々と待ち続け、後から来た部下に「何してんだこの人?」という目で見られ、恥をかいたことがあった。

 

「また汚染深度が深くなったか」

 

 スロープカー内の電光掲示板に「汚染区域通過中」の文字と共に記されている深度計を見て、暗澹となる。

 

 六週間前に艦隊が抜錨した時よりも、汚染が進んでいた。

 

 窓の外を見れば、廃棄されて久しい鉱山のような光景が広がっている。

 

 とても少し前まで人が生活していたとは思えない街並みだった。

 

 このまま何もしなければ、近い将来すべての都市がこうなってしまう。

 

 スロープカーがさらに進んで「汚染区域通過中」の表示が消えて、ニュースであろう文字の羅列が一つ一つ表示されていく。

 

 暴動発生区域、計画停電情報、食糧配給状況、国連軍各戦況。

 

 どれもこれもが情勢の悪化を伝えるものばかりだった。

 

 こればかりでは民衆の不安をいたずらに煽るのではと思えば驚くなかれ、これでも幾らか控えめなのだという。

 

 情報を公開するにあたって、恐怖や不安を必要以上に煽るような報道はある程度抑えなければならないということだろう。

 

 もっともそれもほとんど焼け石に水になってきているが、前世「大本営発表」よりはましである。

 

 やがてスロープカーは、トンネルを抜けて国連宇宙軍・極東管区総司令部前に到着する。

 

 「赤レンガ」と呼ばれた嘗ての海軍省と違い、ガラスを多用して僅かな光を反射している建物はさしずめ「青ガラス」と言ったところだろうか。

 

 その建物の前には四台の防弾警備車が停車しており、銃を携行した歩哨が物々しく警備をしている。

 

 ガミラス戦役における滅びの足音が日に日に近づいてくる状況下、民衆のパニックは必然であり、デモや抗議集会は日常的なものになっているし、一部では暴徒化して、政府、軍、警察などを狙ったテロ行為も頻繁に発生していた。

 

 この極東管区総司令部も当然の如くその対象で、抗議、脅迫は当たり前。長官や局長クラスに対してカミソリや銃弾が送られ、遂には火炎瓶や小包爆弾が投げ入れられる事態まで発生していた。

 

 事ここに及んでは、厳重な警備をつけるのもやむなしとなり、日々武装した兵が歩哨に立っているといった次第だ。

 

 歩哨にIDを示し、建物内に入り、受付事務に名前を告げ、用件を話す。

 

「沖田長官は現在手当のため病院です。しばらくお待ちください」

 

 と言われ、私は「長官が、俺を?」と訝しくなった。

 

 てっきり査問のための会議室か、異動のための人事部を指示されるかと思ったら、呼び出しは連合宇宙艦隊司令長官直々のものだとは。

 

 ともあれ、お呼びの長官がいないとなると仕方がない。

 

 普段なら呼び出しといていないとなれば「お呼びでない? こりゃまた失礼いたしました」といくところだが、先の負傷の治療とあれば話は別。待つとしよう。

 

 一服しようかと思うが、どうも空気が悪い。

 

 否、空気の濁りを言っているのではなく、私への視線の話だ。敵意とまではいかないが、どことなくわだかまりを感じる。

 

 理由は分かっている。

 

 実は宇宙港入港後、『キリシマ』の山南修艦長と隊内電話(TBS)で会話したのだが、そこで私はこんなことを聞いていた。

 

「内地で君のことを腰抜け呼ばわりしてるのがいるらしい。気をつけろ」

 

 聞くところでは、『キリシマ』から本土へ戦況を報告した際、『チョウカイ』の戦闘顛末を、抗命であり敵前逃亡だと言うものが司令部内にいると言う。

 

 山南修一佐は私より二つ上の48歳で、何事にも冷徹で、良くも悪くも人を特別扱いしない硬骨漢として知られているが、決して非情の人物ではなく、嫌な噂を司令部出頭前の私にわざわざ教えてくれたのだ。

 

 それにしても、何とも心中を濁らせる噂で、文字通り砲煙弾雨をくぐり抜けて帰ってきた者に対するあまりの酷評だった。

 

 気が立っている現場の人間にはこういう噂はあっという間に伝播するもの。今頃『チョウカイ』では三木副長以下激昂しているかもしれない。

 

 山南一佐は今回の私の行動について、責めも庇いもしなかったが、ここまで来るにあたって非難するような雰囲気が向けられているのを私は感じていた。

 

 こんなところじゃタバコがまずくてしょうがない、外に行こう。

 

 

―――――

 

 

 司令部施設のエレベーター横で一服することにする。

 

 物資の尽くが品薄になる昨今、タバコも例外ではなく、段々と一般市民の手には入りにくくなってきているが、最前線で戦う軍人へは、前世同様士気に関る必需品として融通が利いた。

 

 ちなみに、前世において私は自他共に認めるヘビースモーカーで、一日に六、七箱は吸って、部下から「エントツ男」と呼ばれたものである。

 

 現世においてもその習慣は変わらないが、そんな私から見て、この時代のタバコははっきり言うと味気ない。

 

 前世に私が愛飲していたタバコと今現在のタバコの大きな違いは、タバコ成分が無害物質であるということだ。

 

 元より世間の嫌煙、禁煙の風潮が強くなっていたことに加え、ガミラス戦役勃発後に生存圏が地下に移り、その環境上、以前のように有害物質入のタバコは軽々しくは吸えなくなってしまった。

 

 第一、タバコの大元たるタバコ葉がほとんど取れなくなってしまったのである。

また、前世紀初頭に出現した「電子タバコ」なるものも、地下都市の超節電下では、これまた軽々しく使用はできず、姿を消している。

 

 「では、吸わなければいいだろう」等と言う人には「それができれば苦労はない」と返答申し上げる。

 

 そんな中で登場したのが、たばこ葉やニコチンを使用せず、様々な香料物質を配合して効能を代替し、火を加えても身体影響のない食品燃焼性タールを排出する「無害タバコ」である。

 

 従来通りの吸い方で他人に迷惑をかけず、自身の健康を害することもないという「理想のタバコ」だそうだが、愛煙家にしてみれば「子供だまし」で、平時であれば全く物足りない、別物だとして敬遠されるような代物だ。

 

 しかし、けして粗悪品というわけではなく、私としては幸か不幸か、数々の極限状態の際にこれを口にすることが多かったために、今ではすっかり愛用品である。

 

 とは言っても、やはり禁煙・嫌煙の風潮の強さ故か、無害ではあってもやはり喫煙家への視線は厳しいものがある。

 

 事実、極東管区軍人でも嫌煙派は意外に多く、後の『ヤマト』でも愛煙派はかなり少数だった。

 

 もっとも嫌煙派の拒否したタバコはその分愛煙派に廻るので、私としては嬉しいことでもあるのだが。

 

「おい、今の話は本当なのか!?」

 

 私が一本目のタバコを吸い終わり(例によって1/3程度。残りはまずい。唇に火が点く寸前まで吸う森下信衛とは、そこだけ最後まで気が合わなかった)、二本目にいこうとしたところで、何やら騒がしい。

 

 見るとエレベーター前で、四人の士官が言い争っている・・・・・・というより一人の男が、何やら問い詰めている様子だった。

 

―――司令部の通路で何だ、まったく。

 

 やれやれと思いながらも、実のところ騒ぎ好きの私はタバコを仕舞い、そちらに向かう。

 

「おい、貴様ら何をしてる?」

 

 私が声をかけると、四人はこちらに視線を向け、制服(艦長用の黒服)と一佐の階級章が目に入ったのかほぼ一斉に敬礼してきた。

 

 私も軽く答礼するとすぐに下ろす。

 

 見ると四人とも若い。精々二十歳を過ぎたかどうかといったところか。

 

 四人とも三尉で、二人が司令部付、大声を出していた男を含めた二人は、航宙団士官の制服を着ている。

 

「司令部通路の真ん中で、士官同士の諍いとは一体何事か」

 

 私は別に意識しているわけではないのだが、どうも周囲の人間に言わせると私は地声が銅鑼声で、しかも声が大きいため(海兵仕込みだ)、知らず威圧してしまうらしい。

 

「諍いをしていたわけではありません。こちらの人が突然詰め寄ってきたんです」

 

 私の詰問に、「心外」とばかりに返答をしたのは、女性士官だった。

 

 話を聞くと、司令部付の二人がエレベーター前で世間話をしていたところ、エレベーターから降りてすれ違った航宙団士官が、突然血相を変えて詰め寄ってきたと言う。

 

「ふん・・・・・・本当か三尉?」

 

「・・・・・・申し訳ありません」

 

「いや、すいません。何分まずいタイミングであんな噂聞いたもんですから」

 

 唇を噛むような表情で三尉が頭を下げると、一緒にいた航宙団士官が少し軽い口調で口を挟んだ。

 

 よく見れば、航宙団士官の二人は宇宙活動服を着用している。

 

 その名の通り、地球外にて活動する際に着用する宇宙軍装で、これを着用して内地にいるということは、戦地帰りかその逆。今回の話だと前者だ。

 

「一体何の話をしていたんだ?」

 

「いえその、機密事項だと・・・・・・」

 

「噂話に機密もクソもあるか。他にも知ってる人間はいるんだろ? なら俺にも話せ」

 

 私が半ば強制的に促すと、眼鏡を掛けた司令部付士官が、恐る恐るといった具合に口を開いた。

 

 曰く「メ号作戦は艦隊決戦が目的なのではなく、実は敵を引き付けるための陽動作戦に過ぎず、真の目的は別にあった」と言う。

 

「・・・・・・なんだと?」

 

 私は一体その時どんな表情をしていただろうか。

 

 後に聞いた話では、「怒っているとは違う雰囲気だが恐ろしかった」そうだが、この時の心中は真っ白になっていた。

 

 ――陽動? 囮? バカな、そんな話は聞いていないぞ!!

 

「い、いえ。僕も噂で聞いただけで・・・・・・」

 

 私は努めて冷静さを保とうとしたが、全然できなかったようだ。

 

「あの、もうよろしいでしょうか?」

 

 女性士官が些か憮然とした様子で問いかけてきた。

 

 ちょっと注意するだけのつもりが、かなり時間を取ってしまったらしい。

 

 そもそも階級上「上官」ではあっても、「上司」でなければ憲兵でもない私には、彼らをこれ以上拘束する権利はない。

 

「ああ、話はわかった。行ってよし」

 

「――沖田提督なら手当のために病院です」

 

 最後の言葉は私ではなく、航宙団士官の方へのものだった。

 

 では、と言って二人の司令部付士官はエレベーターに乗り込んだ。

 

 その場に残されたのは、私と二人の航宙団士官のみとなった。

 

「貴様らもメ号帰りか?」

 

「そうです」

 

「正確には火星帰りですけど」

 

 火星? ああそうか。冥王星から帰還途中に収容した一〇〇式空間偵察機はこいつらか。

 だが、待てよ。そうなるとこいつら自身はあの冥王星での戦いには参加していないことになるが、あの取り乱し様は誰か親族でもいたのだろうか?

 

 私は気になって姓名を尋ねた。

 

「第七航宙団空間戦術科所属・古代進三尉です」

 

「第一〇一航宙挺団航宙運用科所属・島大介三尉です」

 

 ――古代?

 

「ひょっとして、古代三佐の身内か?」

 

「!? そうです、『ユキカゼ』艦長 古代守の弟です」

 

 何とまあ。そう言えば前に古代のやつが、「弟が士官学校に入りましてね」と私に漏らしたことがあったな。

 

 成程、言われてみれば顔立ちがよく似ている。

 

「あの、一佐はどちらの?」

 

 島大介三尉の言葉で、私は自身が名乗るのを忘れていたのに気づく。

 

「第一艦隊所属・巡洋艦『チョウカイ』艦長の有賀幸作一佐だ」

 

 そう名乗ると、二人の持つ雰囲気が変化した。

 

―――こいつらもか。

 

「・・・・・・艦長にお聞きしたいことがあります」

 

 冷えた空気の中、口を開いたのは古代三尉だった。

 

「『メ号作戦』で『チョウカイ』は途中で戦線離脱したと聞きました。本当でしょうか?」

 

「・・・・・・本当だ」

 

 事実なのだから、そうとしか言い様がなかった。

 

「何故ですか?」

 

「どう言う意味だ?」

 

「他の護衛艦が最後まで戦ったのに、何故『チョウカイ』だけ離脱したのですか?」

 

「おい、古代」

 

 古代三尉の言葉は強く私の心に突き刺さった。

 

 最後までその場で戦い続けての帰還であれば、古代三尉とて軍人だ。納得したかもしれないが、噂では我々は途中で離脱し、逃げ帰ってきたかのようにされてしまっている。

 

 兄を失った彼にしてみれば、私はとんでもない臆病者ということだろうか。

 

「俺は『チョウカイ』とともに突っ込んで死ぬべきだった。そう言いたいのか?」

 

「・・・・・・そうでは、ありませんが」

 

「俺が貴様の兄貴の立場ならそうしただろうな」

 

 私の言葉に古代三尉の表情が困惑に変わる。

 

 それは私の本心だった。もしも、あの時に『チョウカイ』に舵故障が起きなければ、最後に私は自分と『チョウカイ』が艦隊撤退の盾になることを望んだはずだ。

 

「貴様の兄貴は立派だった。あいつは乱戦の中で孤立しつつあった『チョウカイ』を単身で助けてくれたんだ」

 

 『メ号作戦』での顛末を話していく。古代三尉は唇を噛むように俯いて聞いている。

 

「俺は貴様の兄貴に命を救われながら、逆にはなれなかった。貴様に詫びることがあるとすればそれだ―――すまん」

 

 古代三尉はしばらく沈黙していた。

 

 私も、それ以上は何も言わずに、立っていた。

 

―――臆病だと言いたければ言うがいい。最もいつまでも甘んじる気はないぞ。

 

 そんな気持ちでいたが。

 

「もう一つだけよろしいでしょうか?」

 

「なんだ?」

 

「有賀艦長は今回の作戦が囮だということは知っていたのですか?」

 

「・・・・・・いや」

 

 少なくとも作戦前に行われた会議では、そんな話は出ていなかった。

 

 古代三尉は私に敬礼をすると踵を返す。

 

「どこ行くんだ古代?」

 

「病院区画」

 

「沖田提督に会う気か?」

 

「・・・・・・直に確かめたいんです」

 

 正直、それは私も同じだ。

 

 どの道、私はこの後ここで沖田提督に会うことになるが・・・・・・“ここで”待てとは言われていないな。

 

「俺は沖田提督に呼ばれていてな。これから会いにいくが、貴様らも来るか?」

 

 待つまでもない、こちらから出向くとしよう。

 

 

―――――

 

 

 若いというのはそれだけで罪、という言葉があるが、なるほどままあることのようだ。

 

 確かに病院まで沖田提督を訪ねようと言ったのは私だが、まさか治療中の診察室に飛び込んでいくとは思わなかった。治療後の沖田提督を捕まえるつもりでいたのに。

 

「有賀一佐、お前は止めるべきだろう」

 

 おかげで、古代三尉らが去ったあとで、土方提督から叱責される羽目になった。

 

「いいんだ土方。わしが呼んだのだからな」

 

 軍服を整えた沖田十三宙将は、常と変わらぬ静かで、それでいて凄みのある表情と意志の強そうな瞳で私の顔をまっすぐと見つめてくる。どことなく東郷平八郎元帥を彷彿させる人物だ。

 

 もっとも、「第二次火星沖海戦」において奇跡的勝利を収めた彼は、今や嘗ての東郷元帥以上の英雄とされているのだが。

 

「わざわざすまんな」

 

「お呼びと伺いましたので」

 

「ここではなんだ、車で話そう」

 

 そう言って私は沖田提督について、提督公用車へ乗り込む。これも運転手不要のシロモノだ。

 

「『メ号作戦』ではご苦労だった」

 

 最初に受けた言葉がこれで、てっきり先の独断専行を咎められるだろうと身構えていた私は、沖田提督の言葉に些か興ざめする思いで、月並みな台詞を吐く。

 

「傷の具合はいかがですか?」

 

「なに、大したことではない」

 

 大したことではないとはいうものの、話に聞くところでは、「あなたは不死身か?」と問われるほどの重傷であったとも聞く。

 

 それを艦内での応急処置をしただけで、三週間も宇宙で艦隊指揮を執ったというのだから、恐るべき胆力である。

 

 私はそれに感嘆を禁じえなかったが、今は聞くべきことがある。

 

「長官―――陽動とはどういうことですか?」

 

 単刀直入な私の質問に、沖田提督は“やはり聞いてきたな”という顔になる。

 

「すまない」

 

 何に対してのものか最初分からなかった。思い当たる節はあるのだが。

 

「すまないでは分かりません。冥王星を叩き、敵艦隊戦力を漸減させ、遊星爆弾発射基地を破壊する。私はそう聞いたはずです」

 

「それは嘘ではない。『メ号作戦』における目的の一つであったことに変わりはない」

 

「だが、至上目的ではなかった。と?」

 

 その答えは沈黙でもって返ってきた。

 

「何故、仰ってくれなかったんです!?」

 

 思わず私は声を荒げた。

 

 別に私は囮であったということを怒っているのではない。そもそも囮だからといって逃げ出すようなことをしようものなら、あのレイテでの小沢艦隊や西村艦隊の将兵に顔向けできない。

 

 さらに言えば、前世の私自身が、最早囮とすら言えない作戦に参加した身だ。囮ならばむしろ良しというものだ。

 

 ただ、それを隠されていたことが私は不満だったのだ。沖田提督は私――否、第一艦隊の将兵たちが、囮任務だと言えば臆して、逃げ出すような者達だと思っていたのか。

 

―――そんな思いから、私は言わずもがなの言い過ぎをしてしまった。

 

「長官は、我々を信用しておられなかったのですか!?」

 

「そうではない!! 囮であろうと何だろうと、敵を討つ、地球を守るという君たちの闘志を疑ったことなど一度もない!!」

 

 何てこと言うんだとばかりに、凄まじい怒声を挙げて睨みつける沖田提督に、思わず私も鼻白んだが、ならば何故!? という思いは未だ消えず、睨み返す。

 

 しばらくそのままだったが、だんだんと頭が冷えてくる。

 

 今、私を見据える強い瞳に責任逃れの言い訳の色は、ない。

 

 言いすぎたと思った私は、これだけはと思うことを聞く。

 

「長官、囮と仰いましたが、我々は成功したのですか?」

 

「・・・・・・うむ。多くの犠牲を払ったが、作戦は成功した」

 

 その言葉にほんの少しだけ救われた気になった。

 

 少なくともあの宙域で闘い、死んでいった者たちは無駄死にとはならなかった。

 

「一体、我々は何のために戦ったのですか?」

 

 古来、陽動というものを行うときには、本命の別働隊がいるものだ。

 

「以前、わしが君に話した計画を覚えているか?」

 

 問われて、少しばかり悩んだが、“計画”と言われて、思い当たることがあった。

 

「・・・・・・『イズモ計画』のことでしょうか?」

 

 『イズモ計画』というのは、近い将来、地球が人類生存不可能な環境になることを想定し、地球を脱出して第二の地球を探索し、移住させようという計画である。

 

 私がその計画について聞かされたのは、二年前の『カ号作戦』後のことで、当時第四駆逐隊司令だった私は、沖田提督から参加を打診されたのである。

 

 しかし――

 

「あれはあの時にお断りしたはずですが」

 

 一部の人間が種の保存のために地球を脱出するというなら、私よりももっと若い人間をひとりでも多く連れて行ってほしい。私はそう断っていたのだ。

 

 地球脱出計画といっても、地球人全員が脱出できるわけではない。

 

 沈みゆくタイタニック号と運命を共にした乗客・乗員たちのように、脱出船に乗れる人数は少ない。多くの人間が取り残されることは必定だ。

 

 彼らを尻目にして逃げるなど、有賀幸作の選択肢にあるはずもなかった。

 

 私が話しているのはそんな昔の話ではないと言いかけて、私はハタと思った。

 

―――ひょっとして、今回の陽動というのもそれ絡みなのだろうか。

 

 考えても見れば、この『イズモ計画』の実施のためには、現在太陽系内に展開しているガミラスの目をくぐり抜けることは最低条件だろう。まさか、みすみす見逃してくれるわけはない。

 

 となると、今回の陽動というのは地球脱出のための航路を切り拓くことだったのだろうか。

 だとすると、私の知らないうちに、既に地球脱出は実行されたのだろうか?

 

「実はこの件に関して、いや、現在我々が進めているプロジェクトは『イズモ計画』ではないのだ」

 

 沖田提督の言葉に、私は耳を疑った。

 

 私自身は参加する気がないとは言え、現在の状況で人類を存続させる手段は、最早宇宙移民しかないことはわかる。

 

 それを既に放棄しているとはどういうことなのか。

 

「少し長くなるが、非常に重要な話だ、聞いてくれ」

 

 説明された内容は、私をして驚愕を隠せない内容であった。

 

 話はおよそ一年前、地球はガミラスとは別の外宇宙知的生命体の接触を受けた。

 

 彼女 ――接触してきた異星人は女性であった―― は、イスカンダル星女王・スターシャと名乗る人物からの使者として、女王のメッセージをただ一人で携え、地球へとやって来たのだという。

 

 そして、驚くべきことに、この名も知らぬ見ず知らずの人物スターシャは、地球環境を正常に戻す汚染浄化システム『コスモリバースシステム』を提供する用意があり、受け渡しのためにイスカンダルへ来るようにと言ってきたのである(残念なことにその装置自体を地球へ送るのは不可能だそうだ)。

 

 地球からすれば、半信半疑どころかガミラスの諜略を疑うのが当然の、あまりに荒唐無稽に過ぎる話だった。

 

 第一、メッセージにあるイスカンダル星座標は地球から隔てること16万8千光年、大マゼラン銀河の一角を指していたのだ。

 

 そんな遠くまでたどり着ける宇宙船など、地球には後数世代は存在しないだろう。

 

 そんなに待っていられるかという話なのだが、彼女のもう一つ携えたもの――光速突破を可能とする『次元波動エンジン』の設計図を、何と無償で提供されるに及んで、にわかに現実味を帯びた。

 

 外宇宙を航行する機関などというオーバーテクノロジーを、わざわざガミラスが地球へ送りつけてまでやる諜略など、既にこの時点でありはしない(何しろ放っておいても二年余で絶滅してしまうのだから)。

 

 その間の試行錯誤は置いておくとして、国際連合はこのイスカンダルからの申し入れを受け入れ、『イズモ計画』のために密かに建造中だった『方舟』にこの次元波動エンジンを取り付けて、イスカンダルに存在するという『コスモリバースシステム』を受領するという計画を『イズモ計画』に代えて決定した―――。

 

「それが『ヤマト計画』だ」

 

 沖田提督から一通り説明されたあまりに途方もない話に、私はしばし呆然としていた。

 

―――16万8千光年の旅? イスカンダル? コスモリバースシステム? 

 

 何がなにやらさっぱりわからん。一体何だってこんな話が出てきたんだ。

 

「何故、この話を私に?」

 

 混乱の末、何とか出せた台詞がこれであった。

 

「一つは『メ号作戦』の真の目的がこれと深く関わっているからだ」

 

 イスカンダルから送られてきた次元波動エンジンの設計図は間違いなく本物であったが、これで完成ではなかった。

 

 エンジンの始動には鍵となるもう一つの部品が必要だが、これは一年前にはもたらされていなかった。

 

 イスカンダルからは一年後 ――つまり今―― もう一人の使者に、新たなメッセージと、この『鍵』を預けて派遣すると言ってきていたのだ。

 

「では、『メ号作戦』における我々が囮となったのは・・・・・・」

 

「イスカンダルからの第二の使者の太陽系侵入を補助するため。君が報告してきた未確認艦(Unknown)がそれだ」

 

 なるほど。詰まるところ我々は正に『小沢艦隊』であったということだ。

 

 前世「捷一号作戦」における小沢艦隊の囮作戦は、栗田中将の誤断によって無駄になったが、今回の我々の囮作戦では、イスカンダル第二の使者が誤断しなかったため、無駄とはならなかった。

 

 機密事項であることも頷ける。少なくとも計画発動が確定的でなければ、この情報は混乱を招く恐れが高い。そんな状態では冥王星での戦いに支障が出たかもしれない。

 

「そしてもう一つが、君にこの『ヤマト計画』に参加してもらいたいからだ有賀君」

 

「はっ?」

 

「一部の人間が脱出し、当てのない逃亡の旅に参加できないというのは分かっている。だが、地球と人類の希望のために飛び立つとなれば話は違う。是非君の力を貸して欲しい」

 

 沖田提督の“是非もらい”要請に、私はその言葉を吟味し、しばし考えを纏めようと窓の外を見て―――ようやく気づいた。

 

―――この車、どこに向かっているんだ?

 

 てっきり司令部に向かっていると思っていた車は、気づけば薄暗い全く人気も建物もないトンネルの中を静かに走っていたのである。

 

「黙って、連れ出してすまんな」

 

「長官、一体どこへ・・・・・・」

 

「九州南東、坊ノ岬沖あたりだ」

 

 何故そんなところに向かうかわからないし、些か狼狽した。

 

 “坊ノ岬沖”

 

 それは、この時代で目覚めてからは一度も訪れなかった、訪れることを恐れた――多くの英霊の魂とともに“あいつ”が眠り続ける場所の名だからだ。

 

 そんな私をよそに沖田提督は言った。

 

―――君に見てもらいたいものがあるのだ、と。

 

 




次回いよいよ『大和』(ヤマト)登場。


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第三話 「邂逅」

何だかとんでもないことしてしまった気がします。
ただ、沖田提督を排除する気はありません。念のため。


 この時代で目覚めた時から、私の心には“何故”という疑問が付き纏い続けていた。

 

 西暦1945年 4月7日 14時23分。

 

 それが、私を含めた戦艦『大和』乗組員の人生の終着のはずだった。

 

 御国の為だと、愛する者の為だと信じて闘い、死んだ者の魂は、靖国へと送られ護国の英霊となったはずだ。

 

“靖国で会おう”

 

 私も最後にそう言って『大和』で出撃したのだ。

 

 だというのに、私は今靖国でも冥府でもなく、ここにいる。

 

 なぜ私だけ250年もの時を経た世界で、生き恥を晒しているのだろうか?

 

 三千人もの部下を生還を期さない作戦に参加させ、死なせてしまった罰なのか?

 

 あるいは護国の鬼となった自分に八百万の神々が与えた使命なのか?

 

 ――それとも・・・・・・。

 

 貴様が俺を呼んだのか――

            ――『大和』。

 

―――――

 

 トンネルを抜けると、雪国だった。などということは無論なく、私と沖田提督を乗せた車が出たそこは、一面の工場地区であった。

 

 地下都市の照明は地上の昼夜に合わせて調整されていおり、この時間は夕焼けを意識した照明が点いているはずだが、この一帯はまるで深夜の如き暗闇だった。周囲に立ち並ぶビル群にも照明は最低限しか灯っていない。

 

 そんな暗闇の中で野球場のナイター照明のような明かりに照らされる場所を私は正面に認めた。車はどうやらそこへ向かっているらしい。

 

 なんだろうと、不思議がりながら凝視していると、近づくにつれて段々と形が見えてきた。何かが天井から突き出しているように見える。

 

「長官、あれは・・・・・・」

 

「『方舟』特設ドックだ」

 

 『方舟』。旧約聖書の創世記にあるノアの方舟伝説にあやかって呼ばれるそれは、『イズモ計画』における地球脱出の移民船として建造され、沖田提督曰く一年前に決定された『ヤマト計画』におけるイスカンダル派遣船となる船である。

 

 こんな所で建造されていようとは聞いたこともない。

 

 しばらくして、車は武装した歩哨が立っているゲートに到着した。

 

 付近には装甲車や大型輸送車などがギッシリ駐車していて物々しい。極東管区総司令部以上の警備体制だ。

 

 ここで我々は車を降りて、徒歩で前へと進む。

 

 緑色の戦闘服に機関銃を持った警備兵があちこち配置されているが、沖田提督を見ると皆挙手の礼を送っている。沖田提督にとっては何度も足を運ばれた場所なのだろう。

 

 それでもゲートをくぐる際には、私共々厳重なセキュリティチェックが行われた。いかにこの場所で行われていることが重要機密か分かろうというものだった。

 

「おお・・・・・・っ」

 

 特設ドック内に足を踏み入れた瞬間、私は思わず感嘆の声を漏らした。

 

 車から遠目に見えていたものが一気に視界に入った。それはなんと巨大な宇宙船の艦尾だったのである。

 

「どうだね?」

 

「でっかいですなァ」

 

 半ば呆れるような思いで私は呟いた。

 

 まったくもって大きい。エンジンノズルが三つ付いているのだが、補助用と思われるノズルでも戦艦『キリシマ』のメインノズルとほぼ同サイズである。まだ艤装段階なのかノズルにはカバーが掛けられている。

 

 しかし妙な点が二つある。

 

 一つは艦の全容が見えないということだ。

 

 大きすぎるために視界に収まらないというわけではない。

 

 車から見た時に「天井から突き出しているように見えた」と言ったが本当に艦底部より上の部分が天井に埋まっているのである。

 

 まさかこの先がまだ出来ていないなどと馬鹿な話があるわけでは無かろう。

 

 外部から見えない部分で建造が進められているのだと思われる。

 

 もう一つはこの艦、不思議なことに水平ではなくやや右側に傾いているのである。

 

 ピサの斜塔じゃあるまいし、新造の艦が傾いた状態で建造されているとはこれ如何に?

 

 そんな私の疑問を余所に沖田提督は艦底部の下を通り、正面に見える搭乗口(第三艦橋)に向かって歩を進められた。

 

 私は艦底部を見上げつつそれに続く。赤く塗装された艦底部の上には濃紺色の塗装が広がっている。何だか宇宙艦というよりは水上艦のような塗装だ。

 

 タラップを登ると、艦が右に傾いているため少し歩きづらいが、無重力状態の宇宙艦内の移動に比べれば何ということはなく、そのまま中央に設置されているエレベーターに乗り込む。

 

 エレベーターが上がって行き、付いた場所は最新機器がびっしりと並んだ宇宙艦橋であった。

 

 『キリシマ』の宇宙艦橋と比べてもかなりゆったりとしたスペースだ。何となく初めて『大和』に乗った時と似た感慨を覚える。

 

 ただ、艦橋の窓は全て赤茶色のカバーに覆われ、外が一切見えないため、どうも息苦しい。

 

「長官、この艦はもう飛びたてるのですか?」

 

「いや、さっきも言っただろう。まだエンジンの核となるコアの取り付けが終わっていない。それができなければ飛び立つことはできん」

 

 それはそうだ。

 

 沖田提督に言われて少し急いていた自分に気づく。

 

「だが、完全に動けんというわけではない。今日は主砲射撃のテストを行うのでな」

 

「射撃テスト?」

 

 はて?それはどういうことだろうか?

 

 沖田提督の言葉には些か矛盾がある。

 

 先にも述べたように、今日の宇宙艦の主砲は光学兵器。すなわちエンジンの直接出力を砲塔に伝達してそのまま発射する。当然エンジンが動いていなければフェーザー等撃てるわけがない。

 

「いや、今回行うのは次元波動エンジンを使用してのものではなく、主砲塔実弾射撃をドック内の電力を使用して行うものだ」

 

「実弾射撃ィ?」

 

 驚いた。まさか二十二世紀も末になった時代に、前世で行なっていた古典的な攻撃法を聞くことになるとは。

 

 主砲から砲弾を撃ち出す艦砲射撃など、それこそ私の“死後”50年程後までの「アイオワ級」以来ではなかろうか。

 

 だが、確かに砲撃で発射するエネルギーが必要ないのであれば、使用する出力は砲塔を回転させるだけのもので済む。それぐらいならばドックから供給される電力で賄える、ということか。

 

 ついでに言えば、先の「メ号作戦」での戦いでも分かる様に、ガミラスの艦船は光学兵器には極めて強くとも、実弾防御に関して言えば比較的弱く、場合によっては実弾砲撃も役に立つというわけだ。

 

「射撃については、テスト目標を狙うことになるが、詳細はこの後乗り組んでくる、砲雷長に説明してもらう」

 

 今回の計画で各部署の責任者となる予定の乗組員達は、この時、所定のシェルターにて待機中であったが、私は結局彼らと対面することはなかった・・・・・・。

 

「それにしてもこれだけの艦の建造をよく極秘裡に行えたものですな」

 

 かつての『大和』、『武蔵』の建造も極秘事項として徹底的な機密保持が行われていたが、それでも地元市民の間で「世界最大の巨艦を造っている」程度の噂が公然と囁かれていたものだが、『方舟』に関して言えば、そうした噂すら全く聞かれなかった。

 

 まして今はガミラスに制宙・制空権を完全に奪われている状況だ。少しでもそんな兆候があれば即攻撃、撃滅されるだろう。事実、地球にある工廠、ドックは尽く破壊されている。

 

 地下に中枢を移したとは言え、外部に飛び立っていくという性質上、宇宙工廠、ドックは、深度の浅い場所に置かれているため、攻撃の対象になりやすいのである。

 

「それについてはちょっとした工夫があってな・・・・・・」

 

 沖田提督が何か言おうとした時、突如艦橋内に警報が響き渡った。

 

「総司令部より緊急情報。敵偵察機と思われる機体、防衛ラインを突破。衛星軌道上より侵入し、本艦へ接近中!!」

 

 本部との通信要員が緊張した声で報告し、同時に艦橋上部に設置されている大パネルに映像が表示される。

 

 六発の無尾翼に、機首下面の目型の発光部。過去にも何度か見た艦上偵察機だ。

 

「司令部より入電。『防空隊、スクランブル発進。処理は任されたし』以上」

 

 ――流石に動きが早いな。

 

 地球側の航空機戦力は、八年間の戦争によって損耗し、現在では機動部隊を編成するだけの戦力がなく、本土防空が主な任務となっている。

 

 しかし、生き残っているパイロットたちは、嘗て源田実大佐が率いた『剣部隊』さながらの精鋭たちと聞く。偵察機一機程度ならば問題はないだろう。

 

 救援が来るまで息を潜めていようかと思った矢先に、早すぎる来援の報告が入った。

 

「・・・・・・単機だと?」

 

 通信員からの報告に思わず沖田提督と顔を見合わせる。

 

 防空隊出動の報告が入ってからまだ五分と経っていないのに、いくらなんでも早すぎる。しかも単機とは一体?

 

 首を捻るうちに、大パネルに来援した戦闘機の姿が映る。

 

 シルバーの胴体に、真紅の機首が鮮やかな、主翼と上下の垂直尾翼で構成される十文字翼が特徴的な機体だ。主翼に日の丸を付けてはいるが、初めて見る戦闘機である。

 

「あれは、『コスモゼロ』・・・・・・何故?」

 

「新型機でありますか?」

 

「『零式五二型空間艦上戦闘機 コスモゼロ』。極東方面宙技廠が開発した、最新鋭の『全領域制宙戦闘機』だ」

 

「『零式五二型』ですか・・・・・・」

 

 思わず、脳裏に『零戦五二型』、前世の私が最後に見た、日本海軍航空隊の姿が浮かんだ。

 

 形はまるっきり別物だが、『零戦』の名を戴く戦闘機とは何とも頼もしい響きだ。

 

 「しかし、あれは艦上戦闘機だ。防空戦闘には使用しないはずなのだが・・・・・・」

 

 無論私も、沖田提督も、まさか先ほどの古代進三尉、島大介三尉両名が、整備中の『コスモゼロ』を無断で持ち出してきたなどとは夢にも思わなかった。

 

 それはともかく、『コスモゼロ』の動きは傍から見ていても、なるほど素晴らしい。

 

 名だけでなく、運動性能も『零戦』を彷彿させる軽やかさで、あっという間に敵高速偵察機の背後を取る。

 

 ――よし、フィナーレだ。

 

 ・・・・・・と、思っていたのに、何故か『コスモゼロ』は一発も発砲しない。

 

 ――何だ、どうした?機銃の故障か?

 

 などと思っているうちに、敵偵察機は反転急上昇して離脱してしまった。

 

 その直後、『コスモゼロ』の左エンジンより火が出るのが確認できた。

 

 ――いかん、堕ちる!!

 

 そう思ったが、どうやらパイロットの腕が良いのか、うまく機体を安定させた状態で、我々の左舷前方に不時着したようだ。

 

「長官、至急救援要請を・・・・・・」

 

 私が、意見具申しようとした時、悲鳴のような報告がもたらされた。

 

「大変です!! 先ほどの偵察機の後方より敵と思われる編隊――攻撃隊が向かいつつあります!!」

 

「何っ!?」

 

 偵察機のすぐ後ろに攻撃隊など通常ではありえない。まるでこちらの正体を知られているような・・・・・・。

 

「・・・・・・気づかれたな」

 

 沖田提督の呟きが私の耳に届くのと、敵攻撃機のミサイル攻撃が始まったのはほぼ同時だった。

 

 どのようにこちらが見えているのかは分からないが、正確に狙ってきている。至近弾による衝撃が何度となく艦体を揺らしたが、こちらは反撃しない、否、できない。

 

 畜生。エンジンが動かないのでは、まるで「擬死の狸」ではないか。

 

「報告、衛星軌道上、本艦上空に敵空母発見!! 盛んに艦載機を発進させている模様!!」

 

 大混乱の中、私は歯噛みする思いでパネルを睨みつけた。敵の空母は衛星軌道上から我々を見下ろしている。まったくいけ図々しい、憎らしい野郎である。

 

 あの位置に居られたら、この後航空隊が駆けつけても、手が届かない。

 

 いよいよまずい状況で、突然提督から「有賀君、至急戦闘指揮を執れ」と下命された。

 

「はっ? 私が・・・・・・です、か?」

 

 全く予期していなかった命令に、困惑の言葉が出る。

 

「今この艦には最低限の艤装要員しか乗り組んでおらんのだ。至急戦闘指揮席へ付け」

 

 ――そんな無茶な・・・・・・。と思わず心の中で呟く。

 

 指揮を執れと言われても、私の現時点での肩書きはあくまで『チョウカイ』艦長であって、この艦では部外者に過ぎず、指揮権はない。

 

 そもそも今初めて乗り込んで、右も左もわからない状態でどうやって指揮をしろというのだ。

 

「急げ、艦橋左側が君の席だ!!」

 

 ――迷っている暇はない。座して死んでたまるか。

 

「総員砲戦用意ッ――!!」

 

 席まで駆けた私は、咄嗟に『チョウカイ』に乗っているときと同様に号令をかけた。

 

 さて、突然の号令に皆従うかな。

 

「了解。火器管制システムオンライン、戦闘態勢ニ移行シマス」

 

 思いがけない場所―私のすぐ右―から発せられた声に、私は思わず顔を向けた。

 

 何故ならば、その声は全体的に赤い色で上部を中心にメーターが多数ついている、私が何かの機器だと思っていた物から発せられたからである。

 

「何だお前は?」

 

「私ハ、「ロ-9型自律式艦載分析ユニット」、略称型番「AU09」、コノ艦ノ自立型サブコンピューターデス。「アナライザー」ト、オ呼ビクダサイ」

 

 “ピコピコ”と電子音を発しつつ、無機質な声で「アナライザー」とやらは宣う。

 

 言うまでもなく艦を動かすには、多くの人員が必要だが、先の沖田提督の言葉通り、現在この艦には艤装員のみである。

 

 昔の艦船であれば、これで詰み、万事休すであるが、この「アナライザー」とやらはサブコンピューターだと言った。

 

「おい、貴様何ができる?」

 

「現在ノ本艦ノ状況。攻撃、航行、レーダー、通信、各機能低下。二番主砲三門ニ「三式融合弾」装填済ミ。システム直結ニヨリ砲撃可能」

 

 ちなみに二番主砲に装填されているのは、本来この後、実施されるはずだった射撃テストのために準備されていたものだ。

 

「撃てるんだな?」

 

「司令部ヨリノ情報ヲ分析シ、各パートニ伝達、照準カラ射撃マデデアレバ可能デス」

 

 ――上出来だ。

 

 要するにこいつは今、本来は砲雷長他の複数の要員が行うべきことを、時間が掛かるものの単独で行えるということだ。

 

 戦闘指揮を中央でコントロールできるのであれば、私は号令を掛け、タイミングを測ればいい。

 

 ――よし!!やってやる!!

 

「右砲戦――目標、右七〇度、距離二万、高度十万の敵空母!! 全自動射撃ッ!!」

 

「上空の敵空母、更に接近!! 対地速度秒速五千キロ!!」

 

 こちらが動かないためか、敵は空爆だけでは飽き足らず、自ら直接降下してくるつもりのようだ。

 

 望むところ。何しろこちらは一斉射で撃ち止めなのだ。一撃必中のためには引き付けねばならないところに自分から来てくれるとは有難い。

 

「二番主砲、仰角九時カラ九時五分へ自動追尾。セット20・45、射撃スイッチヲ渡シマス」

 

 アナライザーの報告と同時にコンソール右側から、“カシャ”と音を立てて、昔ながらの、使い方を間違えようもない拳銃型の発射装置が出てきた。

 

「有効射程距離ニ、入リマシタ」

 

「まだだ、もっと引きつける」

 

 私はコンソールパネルに映る敵空母を睨みつける。

 

 その艦影から我々が「ヒトデ」と呼んでいる敵空母は、何の意味があってか、下から見て逆時計回りに回転しつつ、接近してくる。

 

 その時だった。

 

 ドテッ腹を晒した敵空母の艦底中央部に光が集約したのが見えたのは。

 

 “あっ”と息を呑む間もあればこそ、集約した光が光線となって襲い掛かった。

 

 光線の高エネルギーは地表を薙ぎ払い、凄まじい爆発を引き起こし、艦を大きく振動させたが被害はなかった。

 

 ――大丈夫、威嚇だ。

 

「照準修正――射撃用意完了」

 

「総員、衝撃に備えっ!!」

 

 私は射撃装置を手に取り、モニターを睨む。敵は再度主砲を撃つつもりか、ドテッ腹を晒したままだ。

 

 ――行くぞガミ公!!

 

「撃ち方始めェ!!」

 

 裂帛の気合いと共に、えらく軽い感触の引き金を引いた。

 

 その瞬間、轟音こそ聞こえないが、腹部に答えるほどの衝撃が艦全体に響いた。

 

 何処か懐かしい感覚だと思ったのも一瞬。大パネルに投影された敵空母に三発の命中を確認した直後、大爆発と共に粉微塵になり消滅するのを見た。

 

「敵空母エネルギー反応消失、撃沈ヲ確認」

 

「おい、轟沈だぞ」

 

 私は唖然とした思いで呟いた。

 

 これまでにも、実弾(ミサイル)によってガミラス艦を屠った経験があるにはあったが、それは、あくまでも駆逐艦クラスまでの話。

 

 巡洋艦以上のクラスとなると、これまでは戦果皆無であったのだ。

 

 今屠った空母は、地球側が「超弩級戦艦」と識別する敵旗艦とほぼ同サイズの大型艦であった。

 

 それを僅か一撃で轟沈できるということは、この艦はガミラスの艦と互角以上に渡り合えるということにほかならない。

 

「良くやった、有賀君」

 

 沖田提督の言葉に私はようやく我に帰った。

 

「三式融合弾。想定外の事態だったが、有効性は十分に立証することができた」

 

 三式融合弾。

 

 これは、嘗ての『大和』の『九一式徹甲弾』に似た砲弾状の弾丸の中に、陽電子衝撃砲(ショックカノン)同様のエネルギーが封入されており、燃焼薬莢方式で発射するものだ。

 

 射程は短いものの、今回のように、次元波動エンジンが停止中でエネルギー供給が出来ない場合や、重力下での曲射弾道射撃を行う際に使用される。

 

 威力は見ての通りである。

 

「凄い艦ですな、これは」

 

 「肉を斬らせて骨を断つ」戦法でなければ勝てなかったこれまでの艦とは次元が違う。

 

「これが『ヤマト』だ」

 

「『ヤマト』?」

 

「そう、宇宙戦艦『ヤマト』だ」

 

 その名を聞いたとき、この時点での私の心中は苦笑するようなものであった。

 

 ――嘗ての戦艦『大和』の墓場で『ヤマト』を建造するとは。

 

 単なる偶然。そう思っていたのである。

 

「報告、敵艦載機群、我が防空隊により全機撃墜せり!!」

 

 何と、『ヤマト』が初陣で勝利を得たのと同時に、我が防空隊も、敵攻撃隊を全機撃墜、我が方の損害ゼロという大戦果を挙げていたのである。

 

 地上軍の『99式空間戦闘攻撃機‐コスモファルコン』、別名『隼』の威力だった。

 

 ちなみに、この時迎撃に当たったのは、国連宇宙軍航空団トップエースの加藤三郎二尉率いる防空戦闘機隊であった。

 

 彼ら『加藤隼戦闘機隊』は、この後『ヤマト』に乗り組み、共に戦うことになる。

 

 ついでに述べておくと、その前に敵偵察機と戦闘を行なった『コスモゼロ』であるが、これは後に、古代三尉、島三尉両名による、独断専行の結果の大チョンボと判明した。

 

 「敵偵察機出現」の報を受けたとき、この二人は防空隊の格納庫で待機中だったのだが、若気の至りか、居ても立ってもいられず、整備中だった『コスモゼロ』を無断で持ち出して、飛んできたのである。

 

 ところが、何とこの『コスモゼロ』、整備のために武装が外されており、古代三尉がそれに気づいたのは、まさに敵機を撃ち落とそうとしてトリガーを引いた瞬間という、何ともな間抜けぶりだった。おまけに整備中に無理に動かしたことで、システムエラーが発生。オーバーヒートを起こし、不時着ということになったのだ。

 

 場所柄、事柄、笑い事ではないのだが、「悲劇の極致は喜劇」ということか。

 

 まるでコントのような真面目な話に、怒るよりも先に笑ってしまった。

 

 ――話を戻そう。

 

 完勝と言うべき戦果に艦橋は湧いたが、そこへ悲報が飛び込んできた。

 

 それは、『ヤマト計画』実施に当たって、各部署の責任者となるはずだった者たちが、全員戦死したという報告だった。

 

 どういう事かといえば、先の敵空母が威嚇のために放った一撃が、事もあろうに彼らが待機していたシェルターに直撃し、一瞬の間に蒸発してしまったというのである。

 

 私の胸にまた暗澹としたものが広がる。

 

 敵が接近するのを確認したとき、私は必中を期すため、あえて射撃を待った。

 

 その判断が、間違いであったとは思わないが、その決断のために多くの将兵達―これからいよいよ地球を救おうと立ち上がろうとした者たちが、戦わずして死んでしまったということに、責任を感じざるを得なかった。

 

「有賀君」

 

 呼ばれた声に、視線を向ければ、そこには常のごとく静かな表情の沖田提督。

 

「今聞いたように、責任者候補が戦死してしまった。だが、計画の変更は許されない。直ちにメンバーを選び直さねばならないが・・・・・・」

 

 人によっては、多くの者が死んだ状況で、すぐ次の話をされる沖田提督を、何と冷たいのかと思う人もいるだろう。

 

 だがそうではない。沖田提督は死者を気にしていないのではない。

 

 犠牲となった者たちのため、この計画は失敗が決して許されない。その思いを更に確固としたのである。

 

 沖田提督は、勇将という呼ばれるにふさわしい将器の持ち主であり、同時に本質的には人情味豊かな仁将でもある。

 

 “私”はまだ、沖田提督とは付き合いは短く、人間性を理解しきっているとは言い難いものの、犠牲になった軍人、民間人やその家族達に対する万感の思いは分かっているつもりだ。

 

 “仁”という点においては、山本五十六元帥に通ずるものが、この人物にはあると私は思っている。

 

「今一度言う。有賀君、この『ヤマト計画』に参加してほしい。これは命令ではなく、君の意志一つだ。気が進まないのであれば忘れてくれ」

 

 沖田提督も人が悪いと思った。

 

 ここまで信頼されて、戦闘指揮まで執らせておいて、忘れてくれはないだろう。

 

 「士は己を知る者のために死す」だ。こうなれば私の出す答えは一つ。

 

「是非、参加させていただきたく存じます」

 

「・・・・・・そうか」

 

 私の言葉に沖田提督は静かに頷かれた。

 

「しかし、『ヤマト』とは・・・・・・」

 

 私は偶然とは言え、嘗て自分が最後を迎えた艦と同じ名前の戦艦に乗り込むことへの複雑さからそう言った。

 

「偶然、と思うかね?」

 

 沖田提督の質問に私は怪訝となる。

 

 ここ坊ノ岬が、戦艦『大和』の墓場であることは有名だ。肖ったのだろうぐらいには思っているのだが・・・。

 

「付いてきたまえ、渡したいものがある」

 

 そう言って沖田提督は踵を返された。

 

 

―――――

 

 

 ――これは、夢か?

 

 案内されたのは、『ヤマト』の艦首上部に存在する「自動航法室」と呼ばれる場所であった。

 

 なぜこんな場所にと訝しる私は、室内に掲げられているものを見た瞬間、あまりの衝撃に茫然自失の状態に陥った。

 

 そこに掲げられていたのは、直径一.五メートル程のチーク材でできた花びら。

 

 自分の記憶では満遍なく金箔が貼られ、黄金に輝いていたもの。

 

 今はその金箔が剥がれ、青くなったが、変わらず美しく輝く菊の花。

 

 間違えるはずもない。嘗て『大和』の艦首に燦然と輝いていた、帝国海軍軍艦たる証『菊花紋章』であった。

 

「驚いたかね?」

 

 気づけば私は、菊花紋章を覆うガラスに額を押し付けながら、その輝きを見つめていた。

 

 驚いたなどというものではない。本気で己の目と正気を疑ったほどだ。

 

「何故、これが、ここに?」

 

 自分の声とは思えないほどに掠れた声だった。

 

「この坊ノ岬が、戦艦『大和』が沈んだ場所だということは知っているな?」

 

 知らないわけがない。その時、その瞬間、私は正にそこにいた。そればかりか私は『大和』責任者たる艦長だったのだから。

 

「この艦は、この沈没した『大和』の残骸に偽装することでこれまでガミラスの目をごまかしてきたのだ」

 

「そんなことが・・・・・・」

 

 果たして可能なのだろうか?

 

 私はこの時代に来てから、その後の『大和』については目を通していた。

 

 『大和』はあの日、西暦1945年4月7日に沈没した際、転覆後に大爆発を起こして艦体が二つに破断し、主砲塔は艦体から分離して失われ、艦橋付近は粉々となり、原形を留めていない状態となっていた。

 

 思わず目を背けたくなるような惨状であったが、この話には続きがあった。

 

 と言うのは、今から54年前の西暦2145年、"第二次世界大戦終結二〇〇周年式典"の一環として、沈没した戦艦『大和』の復元作業が行われたのだ。

 

 奇しくも"大和計画"と称されたこのプロジェクトは、西暦2141年に南部重工の手によって、沈没した『大和』の残骸を可能な限り回収し、呉の工廠にて破断した艦体、分離した主砲塔、粉々になった艦橋等、極力当時の技術を再現して修復が進められ、西暦2145年に完了した。

 

 夕日を浴びて、22世紀の呉港に浮かぶ『大和』を記録映像や写真で見た時には、思わず胸から熱いものがこみ上げ、涙を禁じえなかった。

 

 そして式典後、修復された『大和』は坊ノ岬沖へ曳航され、海の墓標として再び沈むことになった。

 

「正確に言えばこの艦は『大和』ではない。当然だが、『大和』はあくまで戦争遺構として修復されていて、宇宙艦となる為の技術は使われていない。この『ヤマト』は全くの新造艦だ」

 

 当たり前だ。第二次世界大戦当時の技術や材料を再現して作られた『大和』が、そのまま宇宙艦になるはずがない。

 

 しかし嘗てと異なり、ほぼ完全な姿で沈んでいる『大和』は、偽装の為に纏う外郭としては最適なものであった。

 

 ガミラスからすれば、嘗て海底であった場所から建造物が出てきても、沈没した艦の成れの果てとしか見ないからだ。

 

結果、ガミラスに悟られずここまで完璧なまでに極秘裡に建造することができたというわけである。

 

「だが、『大和』との関係はそれだけではない」

 

 八年ものガミラスとの戦争によって、前述の通り、工廠・ドックをことごとく破壊され、更に重金属が不足した地球では、一から大型艦を建造することは最早できなくなっていた。

 

 そこで世界各国が行った苦肉の策が、沈没船の残骸利用というものであった。

 

 無論、沈没船の鋼鉄をそのまま使用するわけではない。

 

 錆びた鋼鉄を一旦溶解・抽出し、コスモナイト90等の金属と混ぜ合わせることで、量を増やして再生させるという、徳川綱吉の「元禄小判」のような手法を採ったのである。

 

 純正のものには及ばないとは言え、元の金属とは比べ物にならないほどに強固なものに生まれ変わるという寸法である。

 

 ここまで言えばお分かりであろうが、『ヤマト』には紛れもなく『大和』の艦体が使われたのであり、その象徴的なものが、今目の前に御神体の如く設置されている菊花紋章だったのだ。

 

 これは、嘗ての修復の際に取り外された後、博物館にて保存されていたもので、現在唯一存在する『大和』オリジナルの遺物である。

 

「君も見た通り、『ヤマト』は強力無比な宇宙戦艦として蘇る。そして、地球を救う最後の希望として、重大な使命をこの艦は担うことになる」

 

 沖田提督は懐から封筒を取り出し、私に渡された。

 

「君への辞令だ、断るのであればこのままにしておくつもりだったが」

 

 “極秘”と記された、封筒の中身は昔ながらの紙だ。

 

 タッチパネルの時代ではあるが、重要な機密事項に関しては漏洩防止のために現在でも紙が使われているのだ。

 

 私はその場にて封筒を開け、その内容を確認した。

 

「長官・・・・・・」

 

「君ならばと思っているのだ」

 

 沖田提督は、無論私の正体が、嘗て『大和』と共に海に消えた“有賀幸作”本人であることを知っているわけではない。

 

 今目の前にいる“有賀幸作”に対して辞令を出したのである。

 

「・・・・・・謹んで拝命いたします」

 

 深々と頭を下げた後、再び菊花紋章を見つめる。

 

 ――貴様も俺も運が良いのか、悪いのか、分からんなァ『大和(ヤマト)

 

 

 二度と合間見えるはずのなかった邂逅を私は果たした。

 

 再び私は、『大和(ヤマト)』と共に、強大な敵の真っ只中に突っ込もうとしている。

 

 どうやら、私と『大和(ヤマト)』はそのような運命の下にあると相場が決まっているらしい。やれやれだ。

 

 私が受け取った辞令内容は以下の通りである。

 

 

 

 

 

 

 

 

「国連宇宙軍 一等宙佐 有賀幸作

 

 西暦2199年 2月7日付 宇宙巡洋艦『チョウカイ』艦長ヲ解任ス

 

 同日付ヲ持ッテ     宇宙戦艦『ヤマト』艦長ヲ命ズル」

 

 




菊花紋章や残骸についてはオリジナルです。『大和』と繋げたかったが故です。


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第四話 「出撃にさいし・・・」

 後の世になって、戦史評論家だの、軍事マニアだのといった人々を悩ませている問題がある。

 

「イスカンダル遠征時の、沖田長官と有賀艦長の役割は具体的にどう違ったのか?」

 

 これには、ちょっと複雑な事情があるため、少し長めの説明が必要となるが、ご容赦願いたい。

 

 そもそも、宇宙軍に置ける軍艦、艦隊の概念や指揮系統は、地球上に置ける海軍と同様のものが採用されている。

 役職についても同じで、司令官と旗艦艦長の違いは、前者が旗艦を含めた「二隻以上の艦」を統括指揮する存在であり、旗艦の艦長というものは「その一隻の艦」の全責任を負う存在である。

 

 『ヤマト計画』では前者が沖田提督であり、後者は私である。

 

 通常であれば、これだけの説明で済むのであるが、多くの人たちが混乱する原因というのが、『ヤマト計画』に参加した艦艇が『ヤマト』一隻だけであったという点である。

 

 前述の通り司令官というのは、二隻以上の艦で編成された「艦隊」を指揮する者であるから、一隻だけで作戦を行うならば、その艦の総責任者である艦長をそのまま司令官にしてしまえばよいのではないのか――と、市井の人々は考えたのである。

 

 なるほど、確かにそれならば、指揮系統が一本化していて物事がスムーズに運びそうなものであるし、事実『ヤマト計画』の立案に際して「沖田提督を『ヤマト』艦長に」という意見もあり、沖田提督自身も望まれたらしいのだが、そういうわけにいかなかった理由がいくつかある。

 

 まず一つ目だが、階級と職務の不一致である。

 

 言うまでもなく、軍隊というものは厳格な「階級社会」であり、その階級にある者の職務については細かく規定されている。

 沖田提督は連合宇宙艦隊司令長官たる宙将(大将、もしくは大将昇進が確定的な古参の中将)。

 対して戦艦艦長の階級は一佐(大佐)、高くても新参の宙将補(少将)が務めるものと規定されている。

 また、階級以外にも年功による“先任”“後任”があり、これは一般的に士官学校での年次で見られるもので、同階級であっても所謂先輩の地位の方が高いのである(猪口敏平君のような、後輩で私より階級が上の者もいるにはいたが)。

 

 これらの役職にどの程度の違いがあるか。

 

 前世の私の例で説明すると、私が大佐で戦艦『大和』艦長を拝命した時の連合艦隊司令長官は豊田副武大将で、私よりも階級は三つ上。更に豊田長官は海軍兵学校三十三期、私が四十五期で、十二期も先輩だった。

 階級にして二つ以上の開きがあり、更に年次も十期は過ぎていて、沖田提督が『ヤマト』艦長を務めるのは、ちょうど、日露戦争時の東郷平八郎連合艦隊司令長官が、日本海海戦前に『三笠』の艦長になるようなもので、大幅な逆年次の降格人事となってしまう。

 

 いかに『ヤマト計画』が歴史上最大の重要プロジェクトであり、人材も枯渇しかけていたとは言え、こと「階級」と「年功序列」に拘わる軍組織では到底不可能であった。

 

 二つ目は、反対派軍事官僚の抵抗である。

 

 これは一つ目の理由と大きく関連している。

 

 と言うのは、上述の「階級」「年功」を持ち出して沖田提督の『ヤマト』艦長就任に反対したのが、軍内部にいる「反ヤマト計画派」の軍事官僚たちだったのである。

 『ヤマト』が、元々は地球脱出を目的とした『イズモ計画』における「方舟」として建造された艦で、イスカンダルからの使者来訪によって『ヤマト計画』に変更されたことは既に述べた。

 

 だが、その過程には政府や軍上層部での激論が当然あった。

 

「人類最後の希望をこんな博打で消費するなど以ての外」

 

「16万8千光年も彼方の星までの往復航海など、滅亡までに間に合う確率が限りなく低く、無謀だ」

 

「そもそも、『コスモリバースシステム』等というものが本当に存在しているか怪しいものだ」

 

「異星人の言うことなど、どこまで信じられたものか」

 

 等々の理由をぶち上げ、『イズモ計画』を推進するものが決して少なくなかったのである。

 

 結果としては『ヤマト計画』が正式に決定し、『イズモ計画』は破棄されたのであるが、この時の軋轢は、『ヤマト』の航海中にまで尾を引き、遂には重大事件にまで発展することになるのだが、それは後の物語に廻す。

 

 三つ目は、沖田提督個人に対する反対である。

 

 これについては、実は更に二通りある。

 

 「親沖田派」と「反冲田派」である。

 

 一見、何だこりゃ? と思うだろうが、この正反対の派閥の双方が沖田提督の『ヤマト』艦長就任に反対したのである。

 

 後者については多くの説明はいらないだろう。

 

 先に述べた『ヤマト計画』反対工作の一環として、専任指揮官と見られていた沖田提督への妨害工作を行なったのである。

 これには、”イズモ計画派”の他に「第二次火星沖海戦」の大勝利の結果、嘗ての東郷元帥を凌ぐ聖将として世界的偉人となった沖田提督に、嫉妬の念を抱いていた一部の将官も加わっていた。

 腹立たしいことだが、こう言う「功績を挙げ過ぎた者」に対する陰湿な嫌がらせ同然の行為は、組織というものではよくあることなのである。

 

 そして、恐らくもっとも意外に思われるのが前者、即ち「親沖田派」と呼ばれる人たちの動きであろう。

 これに属するのは何と、藤堂平九郎極東管区行政長官や、土方竜空間防衛総隊司令長官といった、『ヤマト計画』推進派にして、沖田提督の理解者達だった。

 

 何故そんな方々まで反対していたかというと、これは沖田提督の身を案じてのことだった。

 

 私は情けないことに随分と後になって知ったことだが、この時期、既に沖田提督は体調にかなりの不安を抱えていたのである。

 “遊星爆弾症候群”と呼ばれる、遊星爆弾に含まれた種子によって地球中に芽生えた毒性植物による病であり、今日、最も死亡率の高い病気だが、沖田提督は『ヤマト計画』発動の時点で、この病気がかなり進行していたのだ。

 

 当時、これを知っていたのは、藤堂長官、土方提督、沖田提督の主治医である佐渡酒造先生の三人のみであり、三人ともこの身体で往復33万6千光年の大航海の指揮など文字通り自殺行為だと引き止めていた。

 特に土方提督は、沖田提督とは士官学校以来の「同期の桜」であり、内惑星紛争時にも肩を並べた戦友同士ということもあり、何度となく「自分に任せろ」と言って、説得をしてきたと言う。

 

 しかし沖田提督の決意は固く、命を賭してでもやり遂げる覚悟に土方提督は条件付きで折れた。

 

 それこそが“誰かに艦を預ける”。即ち現場において、“計画”を統率する司令官と、それに従って“艦”を統率する艦長という、職務分担による負担軽減だったのである。

 これにより『ヤマト計画』は、“連合宇宙艦隊司令長官陣頭指揮事項”として、反対論を押さえ込むことになった。

 そして、「誰を連れて行くか?」と聞かれた時、“ご指名”をされたのが私だったというわけだ。ちなみにこの決定は「メ号作戦」“後”のことだったらしい。

 

 私の『ヤマト』艦長就任は、このような組織的・個人的思惑の絡む中、急転直下で決まったのである。

 ・・・・・・もっとも仮に私が「メ号作戦」で戦死でもしていれば、『キリシマ』の山南艦長は土方提督たっての希望で地球残留が決まっていたことだし、あるいは“適任者不在”として、沖田提督が直接艦を統率することも有り得たかもしれない。

 

―――前置きしたとは言え、長くなった。話をいい加減戻すことにする。

 

 

―――――

 

 

 2月8日

 

 青天の霹靂であった『大和(ヤマト)』との再会と艦長へ“再任”の決定から一夜明け、私は極東管区総司令部に来ていた。

 本日ここで、『ヤマト計画』について正式な発表が計画参加予定者に為されるため、艦長の辞令を受けた私も当然召集されていた。

 私は昨日の時点で沖田提督から、計画発表については聞かれていたため、ほかの乗組員よりも早い時間に到着して、計画本部長たる藤堂平九郎行政長官他の方々へ挨拶回りを行っていた。

 

「君の艦長就任は沖田提督の強い要望によるもので期待は大きい。大変なことだと思うが、頑張ってくれ」

 

 藤堂平九郎行政長官は、寡黙であるが、果断かつ腹の据わった人物。

 ガミラス戦役当初より行政長官として長く国民を束ね、かつ『ヤマト計画』を推進し、遂に実現までこぎ着けた手腕は高く評価されていて、軍内部からの信頼も厚い文官である。

 

「『ヤマト』を無意味な、下手な使い方をすることのないように」

 

 続いて、芹沢虎鉄軍務局長からは短く、またぶっきらぼうにこのお言葉。

 芹沢局長は、『イズモ計画』推進派の急先鋒として知られた人物で、些か頑迷な、かの永野修身元帥に似ている所がある。

 

 先の『ヤマト・イズモ計画闘争』では、

 

「防衛会議で造反してでも『イズモ計画』を成立させる」

 

 と息巻いて、藤堂長官ら『ヤマト計画』派と相当に揉めたそうである。

 計画に今も渋々といったところがあるのだろうか、不機嫌そうな表情と共に出た「下手な使い方」という言葉には、いろんな意味がありそうだ。

 

 もう一人、オブザーバーとしてこの場にいたのが、空間防衛総隊司令長官の土方竜宙将だ。 

 

 精気に満ち溢れた精悍な風貌と、ギラリとした鋭い眼光が特徴。沖田提督とは同期の間柄であることはすでに述べたが、どちらかといえば「知将」タイプで自己抑制のしっかりした人物だ。

 

 戦役初頭には軌道護衛総司令長官、次いで「第二次火星沖海戦」と前後して誕生した空間防衛総隊の初代司令長官として、主に本土防衛を担い、一時は士官候補生学校長として多くの人材を育て上げることにも尽力した。

 私が知る限りでは井上成美大将に似ているが、土方提督は実戦にも強く、能力的には沖田提督以上と言う者もある。事実はどうあれ、沖田提督と双璧を為す名将であることは疑いようがない。

 

 彼からは「しっかり頼む」と一言、あの鷹のような目で見られながら言われた。

言わずもがな、である。

 

 三人の上官への挨拶はこれで終わった。

 

 それから少しして、召集時間となったことを司令部付の女性士官が伝えに来た。その顔には見覚えがあった。昨日、古代三尉達と口論になっていた女性ではないか。目があったとき向こうも一瞬“あっ”という顔になった。昨日の今日だから覚えていたようだ。

 

「昨日、会ったか?」

 

「はい、昨日は失礼しました」

 

 そう言ってから、彼女は森雪と名乗って軽く頭を下げた。

 意志的な切れ長の瞳に、暗めの栗色の長髪が特徴的な美人だ。うん結構。

 

 やがて、沖田提督も現れ、我々は総司令部前の広場へと移動した。

 

 司令部前広場には、『ヤマト計画』参加予定者998名が、軍装、略装戦闘服、司令部付軍服と、まちまちの服装で集合していた。

 

 壇上に上がった我々は、やや後方に置かれたテーブル席に、藤堂長官、芹沢局長、森一尉が座り、私はそのテーブルの左前に立った。

 

 気力に満ちた姿でマイク前に立たれた沖田提督は、全員の敬礼に答礼して、計画概要について話し始めた。

 通常、出撃前に命令を乗組員に伝達するのは艦長の役目であるが、何しろ計画の内容が内容であり、しかもほとんどのものにとっては初耳であろうから、作戦指揮官たる沖田提督から直に伝達したほうが良いだろうと、話し合って決まったのである。

 

「これは、地球脱出を目的とした『イズモ計画』ではない」

 

 案の定、沖田提督の言葉に広場からどよめきが起こる。

 部外者だった私でも驚いたのだから、『イズモ計画』の為(表向き)の特殊訓練を受けてきた者たちにはさぞ〝寝耳に水〟であっただろう。

 

「まずこれを見てもらいたい、これは先日の『メ号作戦』において回収されたメッセージ映像だ」

 

 その言葉とともに、後方の大型スクリーンに映像が投影される。私は、イスカンダルから送られてきたというメッセージの内容については、既に沖田提督から聞かされていたが、実際に見て、聞くのはこれが初めてだった。

 

「――私は、イスカンダルのスターシャ・・・・・・」

 

 オーロラを思わせる光映像とともに響く女性の声。

 実際に見たことはないが、もしこの世に“女神”というものが存在するならば、それはこの映像の人物ではなかろうか。

 そう思うほどに、映像に映るスターシャ女王の姿は美しく、その声色は慈悲に満ちていた。

 

―――果たしてこれが救世主(メシア)か、はたまた誘惑の魔女(セイレーン)か。

 

 まさに神のみぞ知る、だろう。

 

 メッセージが終わるとともに、沖田提督より『ヤマト計画』の内容、目的、そして『ヤマト』についての説明が行われた。

 

「出港は明後日、〇六〇〇。遅れたものは残留希望者と見なす。以上だ」

 

 沖田提督の発表が終了すると、集合等の詳細伝達と各部門の責任者の発表が行われた。

 

「艦長 有賀幸作」

 

 私の名が読み上げられた時、少しばかり広場がどよめいたのは、やはり先の「メ号」故かな?

 

 それより私が驚いたのは、戦術長として古代進()()。航海長として島大介()()。が呼ばれたことだ。

 先の空爆で各部科長の大半が戦死し、急遽後任を決めたとは聞いたが、あの二人か。

 

 多分本人たちの方が驚いているだろうが、随分と幹部が若返ったものだ。

 

 「では、最後に有賀幸作艦長より訓示をいただきます」

 

 促された私は、壇上中央のマイク前まで歩き、広場に集まる計画参加者998名を見廻す。

文字通りの老若男女1996の眼が自分を注視している。

 それに込められる感情はそれぞれだろうが、やはりというか不信感を宿した視線も多い。それは比較的若い者に多く見られた。

「メ号作戦」での噂が尾を引いていることは想像に難くなく、また「メ号」前までの私もそれほど目立つ戦果をあげてないことから私をよく知らないのだろう。

 

―――だが、舐めてもらっちゃ困るぞ若い衆。

 

 私は前世でも、そして今生でも伊達に今日まで激戦を戦い抜いてきたわけではない。

 けして他人には言えないが、実戦経験という点では私は沖田、土方両将より多いのだ。

 確かに大規模な戦いに参加しての大手柄を挙げたわけではないが、ちまちまとした小規模な戦を幾度となくくぐり抜けてきた、“ラバウル還り”だ。

 その挑戦受けて立とうではないか。

 

「沖田司令長官からの訓示を持って、計画について私から改めて言うことはない。

 全世界が我々の一挙一動に注目している。ただ、全力を尽くして、目的を達成する所存だ。

 諸官においても、全世界の人々の期待を背負っていることを銘記し、各人、人事を尽くして、任務を完遂して欲しいと思う。以上、終わり」

 

 私は前世の頃から長々とした訓示は好きではない。

 自身の能力に不安のある指揮官程、訓示を長々と読み上げハッタリをかますのだが、部下の目には簡単に分かるものだ。

 敬礼の対象は階級章か中身かという言葉があるが、前線で戦う士は、中身の優れたものについてくる、そうでなければ己の命が危ないのだから。

 私自身、口先ばかりの“口舌の徒”になるのが嫌で、現場にしがみ付いてきた身。ハッタリではなく実績で証明して見せよう。

 

―――貴様らも、俺に不満があるならば、態度でなく、実績で示してみろ。

 

 短いながらも、全身全霊を込めた訓示を持ってこの場は解散となった。

 

 

―――――

 

 

「君は即時着任してもらうので、今夜までに準備を済ませておいてくれ」

 

 そう言われた沖田提督とは司令部前で一旦別れ、明日深夜に沖田提督の公用車に便乗させてもらうことになった。

 反対派のテロを警戒し、場所は総司令部や軍人公舎からは離れた、道路の一角でピックアップとなった。

 

 私は引き継ぎのため『チョウカイ』へと戻った。

 

 引き継ぎの場で、私は「メ号作戦」から「ヤマト計画」の詳細について『チョウカイ』乗組員に発表した。

 

 私の『チョウカイ』艦長勤務はおよそ一年。士官というものは下士官と違い、一、二年で異動があるので、頃合といえばそうだが、いよいよ戦況が進退窮まる中、しかも後任者が指定されない異動に、三木副長以下の者たちは驚いていた。

 

 後任者がないとなると、しばらくは三木副長が艦長代理として指揮することになる。

 私は、『チョウカイ』艦長拝命以来、三木副長の有能さはよく理解していたから、特に心配はしていなかった。

 だが、この大切な時期に艦長職を離れることに後ろめたさはあった。

 そうでなくとも、「メ号作戦」で謂れのない批判を浴びて、“何クソ”の念に燃えていたところへ艦長の交代。

 しかも『ヤマト計画』という荒唐無稽な話を聞かされて、先の「メ号作戦」における自分達は囮に過ぎなかった事実。

 既に『ヤマト計画』発表に端を発した暴動も発生するなかで、その責任者の一人として私は出て行くのだ。

 

「――以上のような次第である」

 

 さて、不満たらたらだぞ・・・・・・。と覚悟していたのに、何故か士官一同は喜色満面の笑みを浮かべたのである。

 

―――俺ってそんなに嫌われてたのか・・・・・・?

 

 出て行って喜ばれるというのは、流石にショックだったのだが、士官たちから言葉を聞くと、それは全く違った。

 

 水谷寛雄航海長、

 

「『メ号作戦』から我々も憤懣やるかたない思いでいっぱいでしたが、艦長が『ヤマト』に乗っていってくれるなら、あの戦で帰ってきた甲斐がありますよ」

 

 古川勇通信長、

 

「『チョウカイ』の分までお願いしますよ、艦長」

 

 田中一郎砲雷長、

 

「皆、艦長のこと信頼しとるんですよ。艦長、この戦争が始まってから、指揮下の艦を沈めてないでしょ。おまけにどんな危ない任務に出て行ってもケロッとして帰ってくるものだから、今度も艦長が行かれるなら大丈夫だってね」

 

田中砲雷長の言葉は、合ってはいるし、また間違ってもいる。

 

 私はこのガミラス戦役は駆逐艦長として迎え、第十一護衛隊司令、第四駆逐隊司令、『チョウカイ』艦長と続いたが、確かに私は在任中、その指揮下であった艦は失わなかった。それは密かなる私の誇りであったから、合ってはいる。

 

 しかし、今現在生き残っているのはこの『チョウカイ』のみ。他の艦は私の転任後に一隻、また一隻と失われ、最後まで残っていた、この時代で一番愛着のあった駆逐艦も「メ号作戦」で沈んだ。そう言う意味では間違ってもいるのだ。

 

 今度の『ヤマト』は文字通り人類の希望を一身に背負い、絶対に失敗は許されない・・・・・・何てこった、改めて考えるとその責任の重さは前世を含めたものの比ではない。

 田中の奴、プレッシャーを掛けてくれるなよ。俺は神様じゃないんだから。

 

 やがて、三木幹夫副長がやってきて、簡単ではあるが壮行会を行いたいと言ってきた。

 

 促されるままに食堂に赴くと、主だった士官、准士官が集まっていた。

 

 三木副長が司会役として発言する。

 

「有賀艦長は、本日を持って『チョウカイ』を降りられ、『ヤマト』艦長として、遠征の旅に出られることとなった。まもなく出発される。長い間、大変にお世話になり、一同に変わって私から厚く御礼申し上げます。敬礼!!」

 

 私は士官一同の前に出ていき、しみじみと離別の挨拶を行った。

 

「諸君らとは一年来の付き合いであったが、よくぞ付いて来てくれた。この先まだまだ長い戦いとなるだろうが、三木艦長代理を助けて、しっかりやってくれ」

 

 三木副長が再び発言する。

 

「我々は、艦長の指揮の下、数々の戦いに参加し、その技量に絶対の自信を持っております。各人最善を尽くして、必ずや留守を守り通すことを、一同に成り代わりお約束いたします」

 

 やがて、全員に酒が配られ、乾杯となった。

 

「この一杯の盃を持って、艦長の武運長久をお祈りいたします」

 

「・・・・・・ありがとう」

 

 私は一人ひとりに顔を向け会釈し、一気に酒を臓腑に流し込んだ。

 

 軍隊に限らず、社会というものには、上司に向かって追従しておいて、転勤後は悪口を言う、所謂“面従腹背”の輩が少なからずいるものだが、『チョウカイ』の乗組員達は皆、正直かつ真面目でよく私を助けてくれた。

 その彼らからの惜別の辞は思わず“グッ”と込み上げるものはあるが、女学生の卒業式じゃあるまいし、涙を流すことなどみっともないから、努めて私は冷淡を装った。

 

 これから私は先の不透明な33万6千光年もの未曾有の大航海に挑むことになるが、彼等は彼らでこれから『ヤマト』帰還までの間、少ない残存戦力で地球を守っていくのだ。

 

 どちらの前途も苦しい。あるいはこれが永遠の別れかもしれない。

 

 

―――――

 

 

 短い壮行会を終えた私は、軽く手荷物をまとめて、いよいよ『ヤマト』に乗艦すべく沖田提督との合流地点に向かう。

 スロープカーはある程度のところで降りて、徒歩で地下都市部を行く。

 時刻は午前二時。照明は真っ暗で、都市は静まり返っている。

 沖田提督の車との待ち合わせは午前二時三十分であるから、少し早い。

 時間があったので、近くの公園に向かった。特に目的はなく、軽く散歩するつもりだった。

 

 公園は抗議集会や、デモ隊の出発地として使用されることが多くなっているが、この時間は流石に人気はない。

 明日になれば、恐らく『ヤマト計画』反対の市民が集まってくるだろうから、寝泊りするホームレスの姿もない。

 

 ふと、私の眼に小さな人影が映った。

 

 公園のベンチに座っているその人影は少女で、紙を広げて何かを描いているようだった。

 

 こんな時間に、小さな子供が一人で何をしているのか。気になった私は少女に近づいた。

 

「何してるんだ、こんな夜中に?」

 

「・・・・・・絵を描いてる」

 

 少女は手を止めずに、それだけ言った。

 

 私は少女の絵を覗き込んでみた。

 

 赤褌姿の二人の子供が大きな鯛を釣って、その一人が鯛を頭の上に両手で掲げ、先になって松林の砂浜を転がるように走ってくる絵だ。

 

「中々上手だな」

 

 そう言うと、少女は初めて顔を上げて私を見た。

 

「本当?」

 

「うん、それに楽しげだ」

 

 そう言うと、少女は無言で何枚かの絵を渡してきた。

 見てもいいようだ。

 見てみれば、子どもが空を飛んでいたり、走り回っていたりといった絵ばかりである。

 

「絵描きになりたいのか?」

 

 私はそう思ったのだが、少女は首を横に振った。

 では、どうして絵を描いているのか?

 

「外に行ってみたいな、と思って」

 

 少女の言葉は私の意表を付くものだった。

 

「それに、いつかは空を飛びたいなって思ってるの。夢を持って、忘れなければ叶うってお姉ちゃんが言ってたから・・・・・・」

 

 少女の言葉に、私はなんとも言えぬ気持ちになった。

 考えてもみれば、この少女は見た所まだ六歳ぐらい。つまりガミラス襲来前の地球を知らないのだ。

 

 最初の絵に目を戻す。

 赤褌姿の子供は、おとぎ話でしか地上を知らない少女の精一杯の想像だったのだろう。

 話に聞いた事があるだけの、外の世界を自由に走り回りたい、また飛び立ちたいという願い。数々の絵にはそれが具現化していた。

 

―――それにしても、この最悪とも言う時勢に子どもに対して夢を持ち続けるように言える人がまだいるとは。

 

「いいお姉ちゃんだな」

 

「うん、でも会えなくなっちゃった」

 

「会えなくなった?」

 

「どっか遠くに出かけちゃうんだって」

 

 言っているうちに少女の目に涙が浮かんでくる。別れの際のことでも思い出していたのか。

 聞く限りではその“お姉ちゃん”というのは家族の意味での姉ではなく、所謂先生のような相手であるようだ。

 寂しさのあまり外へ飛び出し、絵を描くことで紛らわせていたのだろう。

 

―――おいおい、泣く泣くな。

 

 なにか気の利いた言葉でも言ってやりたいと思うが、うまい言葉が見つからず、私は言った。

 

「それ、おじさんに一つくれないか?」

 

 私が、最初に書いていた絵を指して言うと、少女は首を傾げた。

 

「おじさんも、夢を忘れないでいたいからな」

 

「・・・・・・うん」

 

 少し考えた後、少女は絵を差し出してくれた。

 

「代わりにあげよう」

 

 私が出したのは食料の配給券だった。

 ちなみに、金は現在紙くず並みの値打ちしかない。

 

「いいの?」

 

「絵の代金だ。なァに、この通り太ってるからな。大丈夫だ」

 

 私が腹をポンポンと叩くと、少女も少しだけ笑った。

 

「そうだ。これもやろう」

 

 そう言って、私が鞄から取り出したのは、宇宙に置ける紫外線防止のためのゴーグルだった。

 後の『ヤマト』の波動砲発射時に使用するのはこの後に支給されるもので、これは『チョウカイ』で使っていたものだ。

 

「外は眩しいんだ。空を飛ぶならこれを肌身離さず持ってなさい」

 

 お守りにでもなってくれれば、この少女の夢の架け橋になってくれればいい。

 私はそう願った。こう見えてゲン担ぎのロマンチストなのだ。

 

「ありがとう」

 

 その後、私は少女が住んでいるというマンション(仮設住宅)まで送っていった。

 親が社会的に高い地位なのか、比較的大きめの家だった。

 表札には「佐々木」とある。

 

―――官僚か、軍人。或いは医者かもしれないな。

 

 去り際に私は名前を聞いて、「絵には自分の名前をキチンと書くもんだ」と言って、サインしてもらった。

 

 黒髪の少女の名は「美晴」と言った。

 

 彼女の「空を飛びたい」という夢が叶うか否かわからないが、少なくとも今回の任務が成功しなければありえない。

 頑張る理由が些細ながら増えたようだ。

 

 なお、この時買った(・・・)絵は、この航海中、ずっと『ヤマト』艦長室に掲げられていた。

 

 

―――――

 

 

 腕時計を見ると、午前二時二五分。

 程なく、昨日と同じ提督公用車が、こちらに幅寄せして止まる。後部座席に沖田提督が乗られていた。

 私をピックアップした車は、昨日同様の道筋を通って『ヤマト』へ向かう。

 

「準備は大丈夫か?」

 

「大したことはしてませんので」

 

 昨日と異なり、お互い眠いためか、前途の任務への気の重さか、車内での口数は少なく、気難しい表情だった。

 

 これから私たちは、998名の部下の命を預かる身となる。

 今、この瞬間にも参加者たちはそれぞれ998通りの物語を紡ぎながら準備を進めているだろう。

 彼らは親兄弟姉妹、夫妻子、祖父母に孫、友人、恋人もいる当たり前の人間たちである。

 その彼らの命をお預かりし、危険な任務に命令一つで向かわせ、反面無事に生還させなければならない。

 戦闘指揮官はセンチメンタルではやっていけないのだ。

 

 気づけば隣に座る沖田提督が、腕を組み眠り込んでいた。

 かすかな寝息は聞こえるが、表情は硬く引き結ばれたままだ。

 この後のことを思えば、この名将をしてもやはり気が重いのだろう。

 睡眠不足で判断を誤られる事のないように、今のうちに眠っていただこう。

 

 私も、『ヤマト』への到着までの間、少しばかり眠ることにする。

 目が覚めた時、私は冷徹な戦闘指揮官になっていなければならないのだ。

 

 もう、自分一人のことは考えまい。

 

 

 




次回は出航予定。
――真珠湾の日に間に合うだろうか?


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第五話 「艦長巡視」

不覚にも真珠湾の日には間に合わず、しかも出航まで書けませんでした。
申し訳ありません。

ちなみに今日12月10日は『マレー沖海戦』の日。
大東亜戦争における戦艦の運命が決まった日ですね・・・。


 私が『ヤマト』艦長に着任して、最初に行ったことは、これから乗り組んでくる計画参加者、即ち自分の部下になる者の顔と名前を覚えることであった。

 

 「士は己を知る者のために死す」と言うが、この「己」の第一歩は名前と顔だ。

 こと戦場という場において、己の命を預かる指揮官が自分の名前を覚えているか否かでは、与える士気は大きく違う。

 

 私は着任早々、沖田提督から『ヤマト計画』参加者名簿を受け取り、第一、第二艦橋のちょうど間―『大和』では艦長休憩室のあった場所―に位置する艦長室に閉じこもって、貼付されている顔写真と合わせて名前を覚えることに労力を費やした。

 

 とは言ったものの、これが難行だった。

 

 何しろ998名もいる上に、ほとんどが初めて組むものばかりなのである。しかも着任から出航まで僅か48時間という慌ただしさの中である。

 

 それで千人近い人数の顔と名前を覚えることは不可能なので、差し当たって、自分と必ず顔を合わせる者――即ち各部科長から覚えることにした。

 基本的に艦長が統率するのは各部科長で、その下にいる者を直接統率するのは各部科長であるから覚えなくてもいいのだが、覚えておくに越したことはない。

 

 真珠湾攻撃の時、南雲機動部隊の飛行機乗り達は操縦技能訓練と合わせて、アメリカの戦艦、空母の艦影を描いたパネルを見て、即座に艦名を言い当てる訓練をしていたというが、ちょうどその要領で丸暗記し、目を瞑って、顔が浮かべば即座に名前が一致するように努めた。

 

 其の甲斐あって、総員乗組時には艦橋要員や各部科長の名前と顔を一致させることができるようになった。

 

 それにしても疲れた・・・・・・。

 こんなに頭を集中して使ったのは、こちらに来たばかりの頃以来かもしれない。

 

 

―――――

 

 

 2月10日。

 

 いよいよ、『ヤマト』乗組員の乗艦の日がやってきた。

 

 『ヤマト計画』の政府公式発表以来、果たせるかな、各地で反対デモや暴動が発生しているというニュースがひっきり無しに流れている。

 

「政府も軍も民意を無視するなァ!!」

 

「俺たちを見捨てて逃げようってのか!?」

 

「軍部の横暴、独裁を許すなァ!!」

 

 艦長室内のテレビには、ヘルメットを被り、プラカードや横断幕を持った市民が引きつった表情で、声を荒げている様子が写っている。

 前世であったならば、“治安維持法”によって、即時憲兵がやってきて強制排除になるだろうが、この時代ではデモや抗議行動は法的に認められた権利だ。

 それを否定するつもりはないが、当の言われている方としては愉快であるはずがない。

 

――何だよ、ギャアギャア喚きやがって。

 

 と、悪態の一つも突きたくなってくるが、民衆とはいつでも感情的で無責任なものであると諦めるしかない。

 

 こんな情勢下なので、『ヤマト』乗組員は、軍用の装甲バスに分乗し、秘密通路を通ってやってくることになっている。

 

 計画発動で意気揚々のところに、デモ隊に捕まってタコ殴りのリンチに会いました。では笑い話にもならない。

 

 私はテレビを消し、軍装に着替える。

 今までの『チョウカイ』で着ていた物ではなく、『ヤマト』着任時に支給された新品で、今日初めて袖を通すのだ。

 

 『ヤマト』乗組員専用の錨マークが特徴の軍装については、もはや説明不要なほどに有名であるが、沖田提督と私にはこのタイプの軍装は支給されず、従来通り黒のロングコートタイプの士官服である。

 違いを挙げると、軍装全体の筋や錨マークが沖田提督は金筋なのに対して、私が銀筋。

 またズボンは、沖田提督はベージュ、私は黒であった。

 もっとも分かりやすいのが軍帽で、沖田提督が白の制帽型、私は黒の略帽型だった。

 この略帽は嘗ての帝国海軍第一種戦闘帽に似ていて、私はこれがすぐに気に入った。

 軍装の上腕部には所属・階級・氏名が記されていて、私は「CAPTAIN/ARUGA」、沖田提督は「ADMIRAL/OKITA」である。

 

 軍装は“ピン”とアイロンがきいていて、まっさらな代物だ。

 出撃に際し“死装束”の意を込めて、清潔な軍服を着用する伝統はこの時代にも受け継がれていた。

 

 軍服の着方に違いはないから、程なく『ヤマト』艦長の格好が出来上がった。

 

 

―――――

 

 

 軍装を整えてから程なくして、艦長室に士官が一人入ってきた。

 白地に青のラインの技術科の制服を着ていて、ピシッとした短髪と細い眉毛が特徴的で、一本線に〉の三佐の階級章を付けている。

 

「失礼します、有賀幸作艦長ですね。技術長の真田志郎です。副長を兼務します。以後よろしくお願いします」

 

 真田三佐はニコリともせずに、淡々と挨拶の言葉を述べる。もっとも、着任申告で笑う奴はいない。

 

「おお、副長か。ご苦労」

 

 人事表では、前任地は統合幕僚監部作戦九課で、『ヤマト計画』の中枢に携わったとあり、沖田提督や藤堂長官らが右腕とも、懐刀とも頼りにする男だと聞く。

 

 なるほど如何にも切れ者といった雰囲気だ。

 

「副長は長野出身らしいな」

 

「ええ」

 

「じゃあ、同郷だな。俺も長野だ」

 

「艦長とはお会いしたことはありません。それ程意義ある話ではないのでは?」

 

「・・・・・・」

 

――こりゃ、いかん。

 

 話が進まない。

 どうやら怜悧な外見通り、無愛想な性格のようだ。

 或いは、嫌われているのかもしれないが・・・・・・いやいや。

 指揮官の基礎として、第一印象でその人と成りの全てを判断するのは愚の骨頂だ。これから一年の付き合いになるわけだし、気を長くしていこう。

 

 

―――――

 

 

 真田副長の着任報告の後、私は副長と『ヤマト』艦内を歩き、艦内部署及び性能の説明を受けた。

 

 嘗ての『大和』がそうであったように、『ヤマト』もその巨大さと複雑な艦内機構のために、事前にこうして“艦内ツアー”をしておかないと、いざとなった時に迷ってしまう。

 平時なら「迷子かよ、しょうがねえなァ」で済むのだが、戦闘時の配置に付かなければならない時に迷おうものならば、大変だ。

 軍艦とは、広い宇宙にあって行動をともにする、謂わば運命共同体としての側面が強い。一人のミスが艦全体の危機にも繋がることがあり得るのだ。

 

 まず、艦長室直下にある第二艦橋に入った。

 『大和』では夜戦指揮所、及び作戦室のあった位置―訓練以外で私は入ったことがなかった―だが、『ヤマト』では戦闘指揮所(CIC)が置かれていた。

 

――まるで別物だな。

 

 一歩足を踏み入れると記憶との違いに思わず苦笑がこぼれた。

 

「真っ暗だな」

 

「電源が落ちていますので」

 

 真田副長の言うとおり、CICには照明が付いておらず、暗いが室内の幾つかの座席と、戦況表示板をはじめとする多数のモニターが確認できた。

 稼働すれば、ここには艦のあらゆる情報が集められ、戦況把握には最適の場所になるだろう。

 

――でもここは嫌だな、俺。

 

 密かに私は思った。

 この時代で宇宙艦の指揮を採るようになってからだいぶ経つが、私は窓一つない、薄暗さ、息苦しさの中、レーダー光点と映像だけを見るCICが好きになれないでいた。

 『チョウカイ』時代も私は一貫して艦橋で指揮を採り、どんなに薦められてもCICには入らなかった。

 やはり古い人間なのか、自分の眼でしっかり見ないと、今いち信用できないのだ。

 

――沖田提督に相談してみるかな。

 

 

―――――

 

 

 CICを出てから中甲板にある、中央作戦室を巡視。

 ここは、いわゆる会議室であり、作戦行動時の主要メンバー招集も基本的にはここで行われる。

 

 そこを出て、続いて案内されたのは、技術解析室だ。

 ここは、真田副長の技術長としての責任部署でもある。

 

 最低限の青白い照明に、大きなガラスケースやら、コンピューターが置かれていて、中央には分析のための電子テーブルが置かれている。

 

 その電子テーブルのコンピューターに向かっている女性士官がいるが、作業に夢中なのか、我々の入室に気づいていないようだ。

 

「新見君、艦長だ」

 

 真田副長が声をかけるとようやく顔を上げた。

 

「あっ、艦長」

 

 私を認めた、女性士官は直ぐに立ち上がって敬礼する。

 

「失礼しました。技術科情報長の新見薫一尉です」

 

 ミディアムの髪型に、下縁のメガネを掛けていて、知的なインテリといった雰囲気の女性士官。

 ――中々の美人だ。

 

「忙しいようだったが、邪魔したか?」

 

「いえ、大丈夫です」

 

 新見情報長からはその後、解析室の説明を受けた。

 

 元々この部屋は『イズモ計画』の際に、探査惑星の土壌、水質、大気等のあらゆる情報の調査、分析のために作られた部屋だそうだ。

 『イズモ計画』は破棄され、『ヤマト計画』となってからも、この部屋は残され、この後の航海でも存分に活用されることになる。

 

「新しい惑星の探査となればもっと有効に使えるかと思いますが」

 

「流石にそんな時間はないだろうな」

 

 部屋を出る際に新見情報長からそんなことを言われた。

 

 この時私は軽く笑って流したが、今思えばもう少し慎重に聞くべきであった・・・・・・。

 

 

―――――

 

 

 分析室を見終わってから乗組員居住区を見て廻る。

 

 ここは『大和』の士官室、兵員室とほぼ同じ配置である。

 

 嘗ての『大和』が、その居住性の高さから羨望と皮肉を込めて「大和ホテル」などと呼ばれていたことは有名だろうが、『ヤマト』は元々が地球脱出用の移民船として建造されていただけあって、その居住性は豪華客船の如くで、様々な設備が整えられていた。

 

 広めの図書室、大人数がゆったりと入浴できる広さの大浴場、マシーンの揃ったトレーニングルーム、研修から娯楽まで活用できる映写室―――。

 

 いずれも『大和』は無論のこと、当時、日本有数の豪華客船であった『氷川丸』すら凌ぐ贅沢な設備である。

 

 乗組員が寝起きする居室も、士官が個室であることは無論、准士官以下の者でも、共同部屋ではあるが、広めの二段ベッドが備えられ、居室面積もゆったりとしていて、シャワー室付き、当然冷暖房も完備されている。

 

 少なくとも、内地での仮設住宅よりは数段快適だろう。

 

 そこを進んでいくと、医務室に到着する。

 

「おォ、有賀君・・・・・・おっと、今は艦長とお呼びしなきゃならんか」

 

 衛生長の佐渡酒造二佐相当官が、椅子の上にあぐらをかいた状態で迎えてきた。

 小柄な身体に河童を思わせる禿頭。小さい目鼻に小さな丸メガネがちょこんと乗った、芋のような顔が愛嬌を感じさせる人物だ。

 彼は軍人ではなく、軍属の民間人で、乗艦前は中央大病院の医師である。

 居室は畳敷き和室で卓袱台までしつらえてある。

 

 この人物とは長い付き合いだ。

 何を隠そう、私がこの時代で目覚めた時、最初に関わったのがこの佐渡先生なのである。

 

「気分はどうです、先生」

 

「ミーくんがいないことを除けば悪くないのぉ」

 

 ニンマリという言葉がぴったり似合うような笑顔もこの人物の特徴だ。

 ちなみに“ミーくん”とは、佐渡先生の愛猫で、私も何度か“お会い”したことがある。

 常に佐渡先生と共に―それこそ大病院の診察室にまで―いる猫だが、流石に今回の航海に当たって乗艦は許されなかった。

 

「艦長こそどうじゃ、足の痒みは相変わらずかの?」

 

「うむ、相変わらず」

 

「水虫でもないのにどうしことかのぉ」

 

 前世において、私はひどい水虫持ちで、まともに靴を履くことができず、常に草履ばきであった。

 これは常にずぶ濡れになって働く帝国海軍の水雷屋――所謂駆逐艦乗りには当たり前で、「水虫を持っていなければ海の男じゃねぇ」とも言われた。

 しかし、今生にあって私がいる場所は言うまでもなく宇宙であり、水虫になどなるわけないのだが、何故か痒みに纏わり憑かれ続けている。

 

――俺の水虫は時代まで超えたのだろうか。

 

「しかし、珍しいですな素面とは」

 

 “酒造”という名前を裏切らず、佐渡先生はほとんど依存症とも言える超酒豪。

 診療中に「気付薬じゃ」とのたまって、酒を飲んでいたなどという噂まである。

 嘘か真かはともかく、この人物から酒気を感じないことはあまりない。

 

「気付に一杯やりたいとは思っとるんじゃが・・・・・・どうじゃ艦長、一杯やらんか?」

 

 どこから出したのか、いつの間にか『美伊』と記された酒瓶を抱えて、小声でそんなことを言う。

 

 非常に魅力的な提案だ。

 私も佐渡先生に負けず劣らずの酒豪で、彼とは酒友でもある。

 『美伊』という酒も、何度か一緒したことがあるが、支給品のカストリ酒など話にならない美酒である。

 どこで手に入れたのかと聞いたら、何と佐渡先生特製とのことで、この人物のこだわりに舌を巻いたものだ。

 

 ・・・・・・が、今は艦内巡視中だ。そんな最中に艦長が酒気を帯びているわけにも行かない。

 

 私が残念ながら断ろうとする前に、佐渡先生の手から酒瓶が消えた。

 

「ダメですよ先生、没収です!」

 

 否、奪い取られた。

 

 いつから居たのか、ベージュピンク地に黒のライン、胸にMEDICマークの入った、女性衛生士が問答無用で酒瓶を没収していた。

 

 ボブカットの髪にパッチリとした二重瞼。

 小柄でやや童顔のために美少女と行ったほうがしっくりくるが、反面十二分に成熟したとわかる双乳と、なぜかスカート型の制服から覗く太ももがなんとも眼福である。

 

「あ~、そんな殺生な~」

 

 佐渡先生が悲痛な声を上げて手を伸ばすも、哀れ、酒瓶は片付けられてしまった。

 「まったくもう・・・・・・」とため息をついた彼女が、私に顔を向けたが、

 

「えぇっと・・・・・・」

 

 ・・・・・・咄嗟には誰だか分からなかったようだ。

 

「真琴、艦長じゃよ」

 

「えっ、か、艦長ですか!?」

 

 佐渡先生がやや意地悪げな調子で指摘すると、正しく大慌てといった具合に、いかにも慣れていない、ぎこちない敬礼をしてきた。

 

「し、失礼しました。衛生科衛生士の原田真琴ですっ。よろしく、お願いします」

 

 緊張からか若干震えた声で自己紹介する原田衛生士に、思わず苦笑しながら答礼する。

 

「お前さんも軍属か?」

 

「はい」

 

「そうか、まぁ何かと苦労をかけると思うがしっかりやってくれ」

 

「はいっ、頑張ります!!」

 

 快活な笑顔で言ってのけた原田衛生士に、私は心地よい清涼感を感じた。

 どうやら、自然と人を癒すことに長けているようだ。

 

――これじゃ負傷してなくとも医務室に通う輩が大勢いるかもしれんな。

 

 艦長としての悩みが一つ増えた気がした。

 

 

―――――

 

 

 医務室を出て、さらに進むと烹炊所、というにはやはり豪華な食堂に出る。

 優に数百人は収容可能な広さに、ファーストフード店を思わせる内装が気軽な雰囲気を出している。

 

 ちなみに、食事については帝国海軍と国連宇宙海軍で大きな違いがある。

 

 帝国海軍では伝統的に士官の食事はフルコースの洋食、下士官兵は麦飯に煮魚、大根ぐらいの質素な食事だった。

 

 私は前世、重巡『鳥海』艦長だった頃、当時、航海士を務めていた若い少尉から、

 

「兵も士官も一緒に死ぬのに、なぜ別のものを食わねばならぬのですか?」

 

 という訴えを聞いたことがあった。

 ケプ・ガン(第一士官次室長)の彼はその信念から、実際に士官室のフルコースをやめてしまい、食器を全部海に投棄するという徹底ぶりを見せていた。

 

「よし、俺も今日から兵食だ」

 

 当時、私はそう言って、実際に下士官兵と一緒に同じ兵食を食べたものだったが、結局他の士官が納得せず、却って士官の士気低下を招いてしまい、ひと月程で終わってしまった。

 

 国連宇宙海軍では、士官と曹士の食事に違いはなく、しかも献立や量まで注文できるというのだから、贅沢になったものである。

 

「主計長はおるか?」

 

 私が声をかけると、オレンジ地に黒ライン制服に一尉の階級章を付けた男が寄ってきた。

 

「あっ、艦長ですか。主計長の平田一です」

 

 いかにも温厚そうな人物だが、人事記録では先の「メ号作戦」において、旗艦『キリシマ』に座乗しており、戦闘中も戦闘配食を顔色ひとつ変えずに配食していたという豪胆な一面も持っている男だ。

 

 平田主計長の案内で、『ヤマト』自慢の食料供給システム「O・M・C・S」(オムシス)の説明を受ける。

 

「食料を艦内で生産できるのか?」

 

「食料だけでなく、酒や、食品燃焼性のタバコもこちらで生産しています」

 

「それはいいな」

 

 古今東西、船乗りにとって食料の補給ほど頭を悩ませる問題はない。

 実に単純な話だが、燃料がなければ艦は動かず、人が動かねば艦は動かず、食べなければ人は動かない。

 だが、波動エンジンによって無限に等しい航続力を得たのに加え、食料も自力生産出来るとあれば、事実上無寄港で、永遠と航海ができるということだ。

――個人的にはタバコも作れるということが嬉しかったが。

 

「原料は何を使ってるんだ?」

 

「・・・・・・」

 

 何気なく聞いたのだが、何故か平田主計長は口を噤んでしまった。

 

――あれ?なんか変なこと聞いたか?

 

 不思議に思っていると、黙っていた真田副長から一言。

 

「知らないほうが幸せだと思いますよ」

 

 無表情だった真田副長から何故か苦笑交じりに言われ、私は追求をやめた。

 

――後日、答えを聞いたとき、私は「聞くんじゃなかった」と猛烈に後悔することとなる・・・・・・。

 

 

―――――

 

 

 居住区域を過ぎて、艦尾方向へ向かうと、やがて機関室及び艦載機格納庫へ到着する。

 ここは『大和』では、水上機、短艇格納庫があった場所である。

 

「これは・・・・・・」

 

 機関操縦室件応急室から次元波動エンジン―正式名称「ロ号艦本イ400式次元波動缶」―を見下ろした私は、少しばかり拍子抜けした。

 嘗ての『大和』に搭載されていた機関は、主機関たる蒸気タービン――「艦本式高低圧ギアー度タービン」――四基、ボイラー――「空気予熱機/過熱機付ロ号艦本式重油専焼缶」――十二基、出力十五万馬力という巨大なもので、ある意味では四六センチ主砲以上の威圧感を持っていた。

 

 しかし、今私の目に映る次元波動エンジンは一基のみであり、大きさも考えていたより小さい。

 

「ずいぶん小さいな、これで外宇宙に出られるのか?」

 

「理論上では可能です」

 

 真田副長によれば、真空からエネルギーを汲み上げることで莫大なエネルギーを無補給で生み出すことができるそうで、事実上そのエネルギーは宇宙が存在する限り無限に等しいとのこと。

 

「電力に換算しますと、地球全域の電力エネルギーを賄える程の出力を出すことが可能です」

 

――おいおい。

 

 基本的に軍艦の機関というものはその巨大さ故に、ともすれば地上以上に電力は豊富であることが多い。

 嘗ての『大和』であれば、エンジン発電量は四八〇〇kw。当時の一般家庭一六〇〇世帯分に相当する電気量であった。

 世が移り、原子力機関が誕生してからは、事実上無尽というべきエネルギーがあることも知っている。

 

 実際に艦内に電力を供給するのは、副機関として装備されている『キリシマ』等の従来艦に装備されていたものの改良型「艦本式コスモタービン改」であるとは言え、その気になれば眼前の一基のみのエンジンで、地球全域を優にカバーできるなどとは・・・…。

 

「・・・・・・信じがたいな」

 

「私共も同感ですよ、艦長」

 

 機関操縦室に入ってきた老年に近いと思われる男が言った。

 

「機関長か」

 

「徳川彦左衛門です。どうぞよろしく」

 

 見事な禿頭に、立派な口ひげが特徴の徳川彦左衛門三佐が朴訥とした自己紹介をする。

 髪は白く、上背があるがちと太り気味の好々爺という印象の人物だが、侮るなかれ。

 彼もまた沖田提督からの“是非もらい”によって駆けつけた、国連宇宙軍屈指の特務士官である。

 

 特務士官というのは、士官学校出身ではなく、士・曹からスタートしてこつこつ実績を積み上げて尉・佐官となった者のことだが、士官学校での士官が、万能であちこちの知識を広く浅く求められるのに対し、特務士官は機関なら機関、大砲なら大砲を深く深く一筋に続けてきた、謂わば専門職である。

 

 彼らがいなければ、知識、技量そこそこのものばかりとなり、艦の戦力は激減すると見ていい。

 何故ならば、士官の命令を実際に機械に触れて動かすのは彼らなのだから。

 

 嘗ての『大和』にも村田元輝大尉、奥田政六少佐のように、一つの道に人生をかけて、神業とも言うべき技量を持っていた特務士官がかなりいた。

 

 徳川三佐は宇宙船機関一筋何と四十年の超ベテランなのである。

 ちなみに特務士官は最高でも二佐止まりなので、徳川三佐は随分と出世した方である。

 

「ワシらも正直、ドエライモンだということぐらいしかわからんのですよ」

 

 その徳川機関長をしてこれなのだ。このご老体の場合、ある程度謙遜することはあるだろうが、基本的には正直な方なので、相当にドエライエンジンであることは間違いない。

――事実、この航海中、私はこの機関には何度も舌を巻いたのだ。

 

「まさか、この年になってマニュアルを見直すことになるとは思いませんでしたよ」

 

「大丈夫なのか?」

 

「なァに、ちょっと躾ければ、自ずとお互い分かってきますよ。任せてください」

 

――これだ、私が好きなのは。

 

 機関科士官にとって、エンジンとは単に自分が担当する機械ではなく、自身の子供のように思っていると聞く。

 機関士は常時エンジンと共にあり、故障があれば全力で作業して完全なものとする。そして、生きて帰ればエンジンに対して、生きた人間に対するように「よく頑張ってくれた、ありがとう」と語りかけるのだ。

 この徳川機関長もそうした人物なのだろう。

 

「よろしく頼む」

 

 私にとっても『ヤマト』はそうした存在なのだ。

 

――本当に頼みますぜ、機関長。

 

 

―――――

 

 

 機関室を出てから、その周囲にある格納庫――第二格納庫を巡視する。

 

 ここには、先の『ヤマト』空爆時に、敵機迎撃に参加し完全勝利を収めた『コスモファルコン』が実に三十八機収容されている。

 前世『大和』の水上機搭載量が最大で七機、小型空母である『瑞鳳』でも三十機であったことを思うと、戦闘機三十八機という航空戦力は心強い。

 嘗ての航空戦艦『伊勢』、『日向』が目指した戦艦と空母両方の能力を持った、全く新しい戦術が可能となるわけだから。

 

「『隼』(私はこう呼んでいた)は地上軍の所属じゃなかったか?」

 

「そうです。しかし宇宙軍開発の『コスモゼロ』の生産が遅れましたので、地上軍から転用となっています」

 

「扱いには注意せんとな」

 

 嘗ては陸軍戦闘機を海軍空母に乗せて運用するというだけで、大喧嘩になったのだから。

 

「しかし、どうやって発艦するんだ?」

 

 収容スペースが、機関室周囲の余剰スペースを利用したロータリー式なのは見てわかるが、どこから出るのだろうか?

 

「発艦は格納庫内を減圧し、一機ずつ発進口の位置まで移動させ、後ろ向きに艦の真後ろ斜め下方向へ射出する仕組みとなっています」

 

「それだと、ある程度高度が必要だな」

 

――着陸時は使えないということか。

 

「その際には上部格納庫の『コスモゼロ』で対処が可能です」

 

 そう言われて、上部の第一格納庫に上がる。

 ここは、先に古代、島両名が無断発進の際に使用したのと同じ『コスモゼロ』を二機を収容している格納庫で、第三主砲塔後部位置に存在している。

 

 こちらは発進の際には、両側のスライド式ハッチが開き、機体を艦外まで移動。その後リフトで上部にある二基のカタパルトまで移動させ、機体をカタパルトにセットする。その後カタパルトを回転させ射出方向を決めて射出という、嘗ての『大和』のそれに近い手順が取られる。

 

 これなら、着陸時でも発艦できるだろう。

 

 私がコスモゼロをジロジロと見ていると、

 

「おい誰だ!? 勝手に触るな!!」

 

 突然の怒声に流石に“ギョッ”としたのだが、その相手も走りよって来て、私の姿を認めると“ギョッ”とした様子で直立不動になった。

 

「失礼しました、艦長でしたか」

 

 黒地に黄色ラインの軍服に、フライトジャケットを羽織った航空士官だ。

 頭は丸刈りで、左眉上には傷痕があり、鷹のように鋭い目をした如何にも航空隊員という風貌だった。

 階級章は二尉だ。

 

「貴様が航空隊長か?」

 

「加藤三郎二尉であります」

 

「ふぅん、貴様が」

 

 加藤三郎の名は、国連宇宙軍航空団では知らぬ者がいないトップエースだ。

 二年前に初陣を迎えて以来撃墜スコアは二桁を数える。

 五機撃墜でエースと呼ばれることを思えば、その凄さは素人でもわかる。

 

「先日は見事だったな」

 

 先の空爆でのことだ。

 

「いえ、艦長こそ、空母を墜とされたと聞きます」

 

――誰が言ったんだそんな話。

 

 どうやら先の空爆の時に、私が戦闘指揮を採って、空母を撃墜したという噂が広まっているらしかった。

 「メ号」の噂の割に、ある程度の不信感を感じても、はっきり敵意を向けてくるものがいないのは、どうやらその噂のおかげのようだ。

 

「『メ号』で逃げ帰ってきたって噂は聞いたか?」

 

「はい。その時はけしからん話だと思いましたが」

 

――はっきり言う男だ。

 

 これは、先の空母撃墜の噂についても純粋に褒めているのか、あるいは皮肉か微妙なところだ。

 もっとも、噂がなければ本気でまずかったかもしれないが。

 

「加藤隊長、『ヤマト』は確かに強力な戦艦だが、傘がない戦艦の悲劇は知っての通りだと思う。航空隊には存分に働いてもらうぞ」

 

「望むところです、期待してください」

 

 凄みある表情に笑みを浮かべて、加藤隊長は言った。

 

 

―――――

 

 

 格納庫の巡視を終えると、艦中央の第三艦橋に移動する。

 艦底部から下へと突き出した箱型の艦橋、当然ながら『大和』では該当部所はない。

 

「ここでは主に重力制御を行っています」

 

「重力制御だと?」

 

 宇宙空間にあって重力を操作する技術は非常に限定的だ。

 今世紀初頭にバンバン作られたというスペースコロニーとやらには、重力があったらしいのだが、これは大型コロニーの回転を利用した擬似重力であり、宇宙艦では採用不可能であったものだ。

 しかし、今回『ヤマト』第三艦橋に装備された「重力コントロール装置」は正真正銘機械で重力を発生させる、まさに新技術である。

 詳しい原理はチンプンカンプンだが、波動エンジンの恩恵の一つだそうだ。

 

「人員が配置されないらしいな?」

 

「ええ、基本的に、この第三艦橋は重力コントロールのみを自動で担いますので、最低限の管理で済みます」

 

「ふーん」

 

 人間が直接見なくて大丈夫なのかな? と、この時は思ったのだが、後日私はここに人員を配置したときのリスクを知り、ヒヤリとする羽目になる。

 

 

―――――

 

 

 第三艦橋を出ると、搭乗口を降り、艦の外へ出る。

 

 搭乗口付近では既に必要物品の搬入作業が始まっており、濃いオレンジ地に黒のラインのツナギとベスト、キャップタイプの略帽の甲板士官たちが慌ただしく動き回っている。

 

「あとどれぐらいかかるんだ?」

 

「必要な作業は、〇三〇〇までには完了します」

 

 真田副長と話していると、甲板士官が寄ってきた。

 

「すいません副長、搬入物品の確認なんですが・・・・・・っと、これは艦長」

 

 甲板士官からの敬礼に例によって答礼する。

 ガッチリとした体格、壮年男子の精悍な顔立ちに長めのもみあげと、自然に整った顎髭が特徴だ。

 

「掌帆長の榎本勇宙曹長です。よろしく」

 

「彼は先任伍長を務めます」

 

 榎本掌帆長の自己紹介に真田副長が言葉を続けた。

 

 先任伍長というのは、曹士に共通した規律、風紀の維持に係る体制の強化、部隊等の団結の強化、上級宙曹の活動を推進、並びに、精強な部隊等の育成を任務とした者で、謂わば「下士官兵の親玉」である。

 彼には曹士を取り締まるだけではなく、私や沖田提督へ直接意見具申する権利も与えられる。

 

 成程、叩き上げのベテランらしく、自信に満ちた雰囲気だ。

 

「副長に用なら、別に構わんぞ」

 

「はっ、すいません」

 

 そう言って、榎本掌帆長と真田副長は、しばらく顔を突き合わせて話し込んでいた。

 

「それは、自動航法室だな、慎重に頼む」

 

「了解しました。――艦首方向の搬入口を確保」

 

 “自動航法室”という言葉が私の耳に入り、引っかかった。

 

「自動航法室に何か運ぶのか?」

 

 私が尋ねると、真田副長は少し考える素振りを見せ、

 

「・・・・・・艦長にはお話したほうがいいかもしれませんね」

 

 そう言って、私にある事情を話し始めた。

 

 




有賀艦長の軍装は帽子以外は『永遠に』の山南艦長の軍装のイメージ。
略帽に関しては作者の好みです。


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第六話 「発進!!神風ヤマト」

第一巻の最後です。
当初は四話予定だったのが長くなりました。
書きたいことを纏めるのは大変ですね。


「艦長、敵機群引き上げます!!」

 

「各部、被害状況を知らせ!!」

 

 戦艦『大和』防空指揮所で私は大きく息を吐いた。

 口元に咥えたタバコの紫煙が宙に浮かび、空気を汚す。

 防空指揮所から甲板を見下ろせば、多くの下士官・水兵が慌ただしく走り回っている。

 

 西暦1945年 3月19日。

 

 この日、広島県呉地方に米機動部隊から発進してきた戦爆連合約七十機が、呉海軍工廠及び広島湾停泊中の軍艦を目標に来襲し、この編隊の大半が『大和』を狙い、攻撃をかけてきたのである。

 

「艦長、各部より報告、被弾なし」

 

「そうか」

 

 幸いなことに、この空襲では戦果はほとんど挙げられなかった代わりに被害も微小であった。

 

「中々やるじゃないか」

 

 艦橋につながるラッタルの方から声が掛けられる。

 防空指揮所にいる面々は、揃って懐かしげな表情を浮かべながら声の主に敬礼を掲げたが、私は振り向かなかった。

 振り向かずとも誰だかはよく分かったからだ。

 

「どうだ、『大和』での初の対空戦闘を乗りきった気分は?」

 

 ぞんざいな口調で隣に立ったその男の口元には私と同様にタバコが咥えられている。

 

 この男の言うとおり、この日の空襲は大した規模ではなかったが、三ヶ月前に『大和』に着任した私にとっては、初めての対空戦闘だった。

 

「ほとんど戦果がなかった。これだけハリネズミになってるというのにな」

 

 私としては満足のいく成果ではなかった。

 『大和』は先の『捷号作戦』後に対空機銃の増設が行われ、対空兵装に関しては竣工時の倍以上に強化されていたのだ。

 それを持ってしても、敵機に対してほとんど打撃を与えることができなかったのだ。

 

 まだ1/3程しか吸ってないタバコを煙草盆に押し付けながら、私は飛行機に対抗できないという現実に悔しさを感じていた。

 

「相変わらず贅沢だな貴様は」

 

「みみっちい吸い方は嫌いなんだ、貴様と違ってな」

 

「それについて言いたいことはあるが、今のはそのことじゃない」

 

 そう言われて私は初めてその男に目を向ける。

 私同様に咥えタバコを揺らしているが、そいつのタバコは指を添える場所もないほどに短くなっている。

 

「初めての戦闘で損害なしだってのに不満というのは、贅沢すぎるだろ」

 

「貴様が言うと嫌味にしか聞こえんのだが」

 

 ――『捷号作戦』で伝説的な操艦を披露してくれたのは何処のどいつだ。

 

「俺は、着任してから一年間ミッチリと、広い海で訓練した上でのことだからな。貴様は『大和』に着てからまだ三ヶ月だろ?しかも録に訓練もできてなかったじゃないか。その上でこの成果なら、ハッキリ言って俺より上だよ」

 

 その言葉に、私の―人には言えないが―心中に潜んでいた目の前の男に対する気負いが薄らいでいくのを感じた。

 

「『大和』を貴様に譲ったのはある意味失敗だな。貴様相手じゃ、「『大和』艦長とは云々・・・・・・」なんて偉そうな訓示できやしない。もっとヘボなら良かったのに」

 

「ふん・・・・・・」

 

 まったく厄介な奴だ。

 こいつの、この簡単に人を垂らし込む術のために、こちとら、えらく居心地の悪い思いをしていたというのに。

 そう思いながらも私自身、『大和』名艦長と謳われたこの男に認められたと高揚しているのだから、本当に厄介である。

 

「ありがとよ」

 

「よせやい、らしくもない」

 

 前『大和』艦長 森下信衛はそう言って笑っていた。

 

 

 ―――何の因果なんだろうな、森下。

 

 『ヤマト』自動航法室。嘗ての『大和』において、ライジング・ビット(艦と桟橋を繋ぐロープをひっかける繋柱)があった場所に位置する部屋。

 その室内に掲げられた菊花紋章を見詰めながら、私はそんな過去を思い出していた。

 

 ―――本当は貴様がここに居たかっただろうにな・・・・・・。

 

 私の脳裏に浮かんでいた人物、森下信衛は、前世における私の海軍兵学校45期の“同期の桜”で、私の前『大和』艦長だった男だ。

 在任中、森下は「捷号作戦」 ――俗に言う「レイテ沖海戦」―― に於いて、神業と評すべき操艦を披露し、また歴代唯一となる敵艦撃沈を果たして、乗組員からは絶大な人気を得ていた。

 私が『大和』艦長を拝命してからも、第二艦隊参謀長として同旗艦である『大和』に在艦し、あの坊ノ岬沖での最後の戦いにも参加した戦友であった。

 そんな男だから『大和』に対する思い入れは私以上であったはずだ(私はこちらに来てから、生き残った森下が「『大和』と一緒に死にたかった」と言っていたことを知って心苦しくなったものである)。

 

 そんな森下がここにおらず、私はここにいる。

 一体何の因果がその運命を分けたのだろうか?

 

 今、考えたって分かりっこないが・・・・・・。

 

 ―――しかし恨むぜ、森下・・・・・・。

 

「失礼します。艦長、そろそろ・・・・・・」

 

「おお、分かった、出るよ」

 

 私は最後にもう一度、菊花紋章に深々と一礼する。

 

 ――貴様がここに居れば、俺はあんなやばい話を聞くことはなかったんだぜ。

 

 自動航法室に“イスカンダルへの航路情報”が運び込まれるのを確認しつつ、私は旧友に愚痴った。

 

 今日より、この自動航法室は閉鎖される。

 

―――――

 

 自動航法室への搬入作業を見届けた私は、第一艦橋へ上がった。

 

 『大和』では主要艦橋であり、『ヤマト』に置いても、航海の中心となり、先日のように戦闘指揮を採ることもある部所。

 その前面左側に置かれているのが、私の座る艦長席である。

 

 真田副長は、波動エンジン起動のための最後の作業を指揮するため機関室に降り、今この場にいるのは私だけだ。

 

 艦内巡検が終わった今、現時点での私にやることはない。

 

 電源が落ちていて薄暗い艦橋の中で、私はしばし物思いに沈んだ。

 

 ―――俺が知らないうちに随分と変わったな、『大和』。

 

 艦内を一回りして説明を受けた限りで『ヤマト』と『大和』の性能諸元を比較すると以下の通りである(()内が『大和』)

 

全長:三百三十三メートル

  (二百六十三メートル)

 

最大幅:六十一.七七メートル

   (三十八.九メートル)

 

全高:九十四.五四メートル

  (五十四メートル)

 

機関:ロ号艦本イ400式次元波動缶(次元波動エンジン)一基

   艦本式コスモタービン改八基・二軸

 

乗員:一〇〇〇名

  (三〇〇〇名)

 

兵装:

 特装砲:次元波動爆縮放射機(二〇〇センチ波動砲)一門

    (該当兵装なし)

 

 主砲:四七口径四八センチ三連装陽電子衝撃砲塔三基・九門

   (四五口径四六センチ三連装砲塔三基・九門)

 

 副砲:六〇口径二〇センチ三連装陽電子衝撃砲塔二基・六門

   (六〇口径十五.五センチ三連装砲塔二基・六門)

 

 魚雷;艦首・艦尾魚雷発射管十二門

    両舷短魚雷発射管十六門

    八連装煙突ミサイル発射塔一基

    艦底ミサイル発射管八門

    94式爆雷投射機

   (以上該当兵装なし)

 

 高角砲:十二.七センチ四連装高角速射光線砲塔八基・三十二門

     十二.七センチ三連装高角速射光線砲塔四基・十二門

     十二.七サンチ連装高角速射光線砲塔十八基・三十六門

     三連装速射光線機関砲塔四基・十二門

     司令塔近接防御火器三連装二基・六門

     総合計:九十八門

    (十二.七センチ連装高角砲十二基・二十四門)

    (二十五ミリ三連装対空機銃五十二基・百五十六丁)

    (二十五ミリ単装対空機銃六基)

    (総合計:百八十六門(丁含む))

 

 見ればわかるように、基本的な配置を除けば、全てにおいて大きく変貌している。

 艦体は、嘗ての約三割増。

 主砲は、嘗て世界最強を誇った四六センチ砲を上回る四八センチ砲。しかも撃ち出されるのはガミラス艦を一撃で屠る陽電子衝撃砲(ショックカノン)及び、百発百中にして、九一式徹甲弾よりはるかに強力な三式融合弾。

 対空防御に関しては、嘗てより砲数こそ半数近くに減ったものの、その射撃速度も命中率も比較にならぬほどに向上し、性能的には前よりも“ハリネズミ”と化している。

 特筆すべきは『キリシマ』『チョウカイ』における陽電子衝撃砲(ショックカノン)のように、艦首に搭載された二〇〇センチ波動砲であるが、これについては後々語る。

 

 まったく、運命というのは分からない。

 まさか、250年も時を経た世界で再び『大和』の艦長に返り咲くことになるとは思わなかった。

 しかも、行き着くところまで突き進んだ『ヤマト』の・・・・・・。

 

「なぁ、『大和』・・・・・・」

 

 ―――貴様、こんな姿になってまで何がしたい?

 

 物思いにふける内に私が無意識に語りかけた時、後ろのドアがスライドする音が聞こえた。

 

「失礼します、よろしいでしょうか艦長」

 

「おぅ」

 

 振り向くと、黄色地に黒ライン制服の森雪船務長だった。

 

 私は先程までの気持ちを切り替える。

 

「乗組員全員乗艦しました、欠員ありません。必要な艤装もまもなく完了します」

 

「そうか」

 

 敬礼を返す森船務長を私はしばしシゲシゲと見詰めた。

 

「あの、何か?」

 

「ああ、いや」

 

 ―――風紀が乱れないのか? とはちょっと言えない。

 

 私がこの時代において最も驚いたことの一つは、女性士官の存在であった。

 この時代では、既に男女の社会的区別は撤廃されて久しく、軍人という分野にも多くの優秀な女性たちが進出しているのは当たり前なのだが、“女子禁制”の昭和軍人であった私には、強烈なカルチャーショックであった。

 特に海軍では、海神を女神と捉え、女性が船に乗ると海に嫌われるいう古来からの伝説も相まって、禁忌とも言えた。

 

 だが、それはまあいい。

 そんな私の価値観は当の昔に改められているし、今回の『ヤマト』の航海でも、私は“今巴”達の活躍をまざまざと見せ付けられるのだから。

 

 問題なのは彼女ら、女性士官の軍装である。

 

 新見情報長や原田衛生士もそうだったが、余りにピッタリと身体に合っているため、その女性特有の身体のラインが丸分かりなのである。

 裸でない分、却って卑猥な想像力を刺激するような格好なのだ。

 私としては良い目の保養なのだが、彼女たちは気にしないのだろうか?

 

「ご苦労。提督には俺から伝えておく」

 

「はい」

 

 彼女に聞いてみようかと思ったが、やめた。

 昔であれば、ちょっとした冗談で済んだ話題も、この時代では下手するとセクハラとされてしまうことも多い。

 態々藪を突いて聞くことでもないだろう。

 出航前から“セクハラ艦長”の称号は御免被る。

 

 ――本人が気にしてないならいいか。

 

 

―――――

 

 

 第一艦橋を出た私は、すぐ上階に位置する提督室へと足を運んだ。

 ここは『大和』では防空指揮所、射撃指揮所が置かれていた――前世の私が最期を迎えた場所に位置している。

 

「誰か?」

 

「艦長・有賀幸作であります」

 

 提督室のドアを開けると、沖田提督は手を後ろに組んだ直立不動の姿勢で前を見据えておられた。

 

「提督を含め、『ヤマト』乗組員一千名。全員乗艦しました」

 

「そうか」

 

 沖田提督は振り向いた。

 

「後はエンジンだけだな」

 

「真田副長が既に作業を指揮しております」

 

「うむ・・・・・・」

 

 沖田提督の懸念は私にもわかった。

 

 次元波動エンジンを完成させるためのコアは、先にイスカンダルから送られてきたメッセージカプセルがそれであり、これをエンジンにはめ込めば、とりあえず完成となる。

 だが、その起動のためにはさらに膨大な外部電力が必要となっている。

 言うのは簡単だが、極東管区のみならず、地球全土が超節電を余儀なくされている状態で、それ程の電力をどうすれば用意できるのか・・・・・・このすぐ後にわかる。

 

 椿事が起きたのは、私が沖田提督と出航時の手順を確認している最中であった。

 古代進戦術長が提督室にやってきて、思いもよらない戦術長辞退を申し出たのである。

 

 「どういうことだ?」

 

 私は沖田提督を一瞬見やってから、問いただした。

 

 『ヤマト計画』参加者の人事については、基本的に沖田提督の判断に委ねられており、私には権限がない(斯く言う私の艦長人事も提督の決定だ)。

 しかし、私にとって直接の部下であることに変わりはなく、「俺は知らん」などと軽く言うわけにもいかない。

 

「自分には、まだお受けする資格がありません」

 

「自信がない、というのか?」

 

 経験という点で言えば、確かに古代戦術長は戦艦の幹部士官としては足りない。

 そもそも戦術長というのは基本的に佐官クラスが務めるもので、一尉―――それも戦時特進―――が本来務めるものではない。

 

 だが、これは別に古代戦術長に限った話ではない。

 先の空襲で、予定していた幹部要員が全員戦死したことを受けて、急遽計画参加メンバーから選定し直した結果、本来であれば副直クラスの予定であったメンバーがそのまま繰り上げての人事となり、必然的に若い青年士官が責任者の地位に就くことになった。

 最先任の真田志郎副長でさえ29歳の三佐(戦艦の副長は通常二佐)なのだから、他は推して測るべし。

 

 私の見るところだが、古代戦術長の目には自信の無さというよりは、自分をこの職につけた者、即ち沖田提督に対する少なからぬ不信があるように思えた。

 

「人材の多くを失ってきた結果であることは事実だ」

 

 口を開いたのは私ではなく、沖田提督だった。

 

「お前の席に座るはずだった男も、わしは死なせてしまった」

 

 ―――お前の兄、古代守だ。

 

 古代戦術長はもとより、私にとっても初耳の事実だった。

 

「お前の経歴は見させてもらった、その上で十分に責務を果たせるとわしが判断したのだ」

 

「しかし――」

 

 古代戦術長は納得できない様子で食い下がろうとする。

 

 私は少しばかり発破が必要かと思い、反感を買うことは承知の上で言った。

 

「おい戦術、貴様いやしくも一度は戦術長を拝命した身だろう。自分の進退ぐらい自分で決めろ。

 どうしても無理だと言うならば、即刻この艦を降りてもらうぞ。タダ飯食いを一人たりとも乗せる余裕はこの艦にはないからな」

 

 古代戦術長がムッとした様子で私を見やった。

 

 ――怒れ、怒れ、うんと怒れ。そして悔しければ俺を見返してみせろ。

 

 案の定、クールなように見えてその実熱血漢な古代戦術長は、まんまと私の挑発に乗り、“何クソ”の念に燃えて、やり遂げる決意をしたと、後に本人から聞いた。

 

「・・・・・・君も随分と要領が悪いな」

 

 古代戦術長が退出したあとで沖田提督からそう言われた。

 

 

―――――

 

 

 空襲警報が鳴り響いたのは、午前五時になろうかという時であった。

 

 何だろう?などと今更考えるほど我々は能天気ではない。

 

「提督、先に艦橋に降ります」

 

 言うが早いか、私は提督室を飛び出して、第一艦橋へと降りた。

 艦橋では既に幹部要員たちが各々の配置につき、緊張と興奮、それに動揺が充満していた。

 

 私が艦橋に入っていくと、一番出入り口に近い配置に付いている相原義一通信長が「あっ、艦長」と叫び、同時にその場にいる全員の目が私に向けられた。

 

「誰か、状況を報告しろ」

 

 私は全員の顔を見回してから、艦長席へと歩み寄り、努めて平静な声色で尋ねた。

 

 相原通信長から報告が入る。

 

「先程、総司令部からの情報で、超大型の惑星間弾道弾をキャッチしたとのことです」

 

「遊星爆弾か?」

 

「いえ、もっと大型で本艦を目標に接近中とのことです」

 

「ふーん」

 

 後に判明したことだが、これは先の空母撃墜のほぼ直後に、冥王星にある敵基地から直接発射されたものであった。

 空母一隻を潰されて何もしてこないわけはないと思っていたが、一気に片を付けに来たようだ。

 

 私はどっかりと艦長席に腰を下ろす。

 

「到達時刻は?」

 

「およそ〇六〇〇と思われます」

 

「そうか」

 

 私はクルリと席を回転させて、真田副長を見やる。

 

「波動エンジンの方はどうなってる?」

 

「艤装作業は完了していますが、始動のための電力の調達がまだです」

 

「波動エンジンヲ始動サセルニハ、モット大電力ガ必要デス」

 

「ふぅむ・・・・・・」

 

 真田副長に続いて、アナライザーからも報告が入る。

 

 ―――今予定の電力では、足りないのか・・・・・・。

 

「そんな・・・・・・」

 

「ちゃんと、間に合うんですか?」

 

 事態の深刻さに、南部康雄砲雷長や太田健二郎気象長から不安の声が上がる。

 こういう動揺を表に出してしまうのは、やはり若さと経験不足故だろうか。

 

 この精神状態はよくない。

 

「うろたえるなっ!!」

 

 艦橋に大音声が響いた。

 声の主は私ではない。

 振り返ると、艦橋中央最奥部――提督室と艦橋とを直結する提督席に沖田提督が降りてこられた。

 

 不思議なことにこの一声で、艦橋内に蔓延し始めていた不安が“ピタリ”と止まった。

 

 ―――やはり、この人は一廉の英傑だな。

 

 この最高指揮官の堂々たる風格と大音声は、百の美辞麗句よりも説得力があった。

 頼もしき“後輩”がいたものである。

 

 先程までの緊張と興奮が静まり返り、沖田提督は司令部の藤堂長官と通信での応酬に入った。

 

「電力供給の方はどうなっていますか?」

 

「現在『ヤマト』に極東管区の全エネルギーを回し始めたところだ」

 

 波動エンジン起動のための膨大な電力をどうするか、という疑問の答えは、何と極東管区に供給している電力を全て止め、『ヤマト』へと廻すという手法であった。

 このために、現在極東管区は全域に亘って停電となっている。

 

 ―――しかし

 

「それでも、必要な電力を供給できるかどうか――」

 

 司令部も停電となったのか、モニター通信が切れた。

 

 先にも述べた通り『ヤマト』のエンジンエネルギーは、一基で地球全土のエネルギーを賄える程の強力なものだ。

 逆に言えば、そんなものを起動させるためには、それと同等の電力が必要になるのだ。

 幾ら、他のブロックに比べて電力が豊富とは言え、極東管区のみで足りるのであろうか?

 万一、電力が足りずに起動できなかったとしたら、すべての武器は使えず、目も当てられない結果となる。

 

 見れば皆の顔色も悪い、不安は皆同じなのだ。

 

 ―――気を紛らわせなきゃいかんな。

 

 そう考えた私は、真田副長に向き直る。

 

「おい副長、総員に戦闘配食を配るよう主計長に伝えてくれ、今のうちだ」

 

「艦長!そんな場合では・・・・・・!!」

 

 “何を呑気な”とでも思ったか、艦橋中央に座る古代戦術長が堪りかねたように抗議してくる。

 

「戦術、腹が減っては戦はできんぞ。心配するな、どう転んでもあと一時間は何も起こらん」

 

 鼻で笑いながら、私がそう言うと、緊張でピリピリしていた艦橋要員の顔が困惑に変わっていく。

 

 別に私はこの事態を乗り切る妙案があるわけではないし、内心では焦ってもいた。

 

 だが、こうした人間集団が危機的状況に陥った場合、部下は必ず指揮官の顔を見る。

 その時、艦長たる私が右往左往していては、一気に士気はどん底まで落ちる。

 危機に直面したら、それを起きてしまったこととして受け止め、どうということはないと開き直り、笑い飛ばしてこそ一級の戦闘指揮官だ。

 

 チラリ、と沖田提督を見やると、軽く頷かれた。

 

 ―――今は待つしかない。

 

 騒いだところで今はどうにもならない。

 事態の進展を見ながら、状況に応じた手を打っていく他はない。

 

 “こんな時に食事なんて”という顔をしている面々に私はもうひとつ付け加えた。

 

「あと、全員今のうちに用便は済ませておけよ、これからしばらくそんな余裕なくなるからな」

 

 森船務長、悪いとは思うが顔をそらすな。

 結構大事なことだぞ。

 

―――――

 

「む?これは・・・・・・」

 

 徳川機関長が困惑した声を発したのは、ちょうど戦闘配食の握り飯を食い終え、水を流し込んだ時だった。

 

「どうした?」

 

「艦長、電力供給量が急激に上がっていきます」

 

「なに?」

 

 艦長席のモニターを確認すると、確かに波動エンジン内のエネルギー量を示すグラフが急激に上がってきている。

 

 その量は極東管区の比ではない。

 

 ―――これは一体?

 

「・・・・・・全世界が『ヤマト』に電力を廻してくれているのだ」

 

 沖田提督の言葉に、私を含めた全員がハッとなる。

 

 提督の言葉通りだった。

 この時、『ヤマト』には極東管区の他に、北米、南米、中東、欧州、アフリカ、豪州、アジア・・・・・・地球にあるすべての電力が廻されてきていたのだ。

 

 思わず目頭が熱くなる。

 

 今の地球人類にとって、残されているエネルギーは血の一滴にも等しい大事なものだ。

 そのなけなしの血を我々のために振り絞ってくれている。

 北米や東アジア(中国及び朝鮮半島)管区などは、極東提案の『ヤマト計画』に終始強硬に反対していたはずなのに・・・・・・。

 

 今この瞬間ほど、国家や民族など関係ない、地球という惑星に住み、同じ血を流す地球人同士であるということを強く感じたことは後にも先にもない。

 

「機関長、どうか?」

 

「もう少しです、あと六分あれば」

 

「うむぅ・・・・・・」

 

 波動エンジンの始動は一発で決めなければならない。その為にも電力は目いっぱい貯める必要がある。

 

「惑星間弾道弾モニターに捉えました、接触まで六分三〇秒!!」

 

 森船務長からの報告に、流石に焦りが生まれる。

 これでは始動から、出航、迎撃まで三〇秒足らずしかない。

 

 ―――間に合うのか。

 

「月軌道上に艦影確認。数二、識別信号グリーン、『キリシマ』、『チョウカイ』です」

 

「なに!?」

 

 モニターを見ると、何と、先の「メ号作戦」で損傷し、今なおドックで整備中の筈の『キリシマ』、『チョウカイ』が、敵弾道弾の進路を塞ぐ布陣で展開しているではないか。

 

 後に聞いたところでは、敵弾道弾の『ヤマト』接近を知った土方空間防衛総隊司令長官が独断で『キリシマ』『チョウカイ』に迎撃を指令、自らも『キリシマ』に乗り込んでいたそうだ。

 

 『キリシマ』と『チョウカイ』は、その持てる全ての武装を大型弾道弾にほぼ同時に叩き込んだ。

 無論、『キリシマ』『チョウカイ』の武装では、大型弾道弾を破壊することはできない。

 

 ―――しかし。

 

「弾道弾、本艦への進路変わらず。しかし着弾時間は一分五〇秒遅れました!!」

 

「弾道弾頭にエネルギーの乱れを感知、攻撃により損傷した模様!!」

 

 太田気象長と森船務長の報告が、『キリシマ』『チョウカイ』の功績を示していた。

 ほんの僅かながらも敵弾を傷つけ、弾道を逸らし、その修正までの時間を稼ぐことに成功したのである。

 

 ―――山南さん、三木・・・・・・。

 

 彼方で戦う先輩艦長、そして三木副長以下『チョウカイ』乗組員たちの顔が浮かんでくる。

 

 ―――畜生め、浪花節なんか戦場に持ち込むもんじゃないってのに。

 

「成功です。エンジンに火を入れられます!!」

 

 待ちに待った報告が、徳川機関長より齎される。

 

「艦長了解」

 

 私はそう言って、沖田提督を見やり、目で会釈した。

 沖田提督も無言で会釈を返された。

 

「出航用意!!」

 

「波動エンジン始動!!」

 

 私と沖田提督の号令で、乗組員たちは行動を開始した。

 

「機関始動・・・・・・フライホイール接続・・・・・・室圧90・・・・・・95・・・・・・100・・・・・・エネルギー充填120%!!」

 

 徳川機関長がエンジンの状態を報告する。

 エンジン出力を表すゲージが上昇し、駆動音が段々と大きくなってくる。

 それはまるで、『ヤマト』に息が吹き込まれていくかのような感覚だった。

 

「波動エンジン、回転数良好。征けます!!」

 

 島航海長から出航準備完了の報告が上がる。

 

「艦体起こせ、偽装解除!!」

 

 いよいよ『ヤマト』が動き始める。

 

 艦体が軋み、ひび割れるような音がした直後、これまでやや右側に傾いていた艦が水平となり、視界を覆っていた偽装残骸が崩れ落ち、太陽の眩い光が艦橋に差し込んできた。

 

 外から見れば、『大和』の繭を破り、『ヤマト』に生まれ変わる様がハッキリとわかっただろう。

 

 私は自ら叫びたいのを我慢していた。

 計画の発動――『ヤマト』の始まりを告げるのは私の役割ではないのだ。

 

 

「抜錨!! 『ヤマト』発進!!」

 

 

 計画総指揮官たる沖田提督の大号令一下、艦が浮き上がる浮遊感――『ヤマト』が地に縛り付けていた楔を解き放ち、立ち上がるのを感じた。

 

 ―――遠き者は音に聞け、近くば寄って目にも見よ。

 

 嘗て、日本の守護者として生まれながら、ほとんど活躍の場もないまま三千人の棺桶となって沈み、敵はおろか味方からすら「無用の長物」と蔑まれ、後世の人々からも「時代遅れの象徴」と冷笑された、昨日まで過去の戦争遺物に過ぎなかった巨大戦艦は今、地球の救世主として蘇ったのだ。

 

「艦長、後は任せるぞ!!」

 

 感傷に浸っている余裕は私には与えられなかった。

 ここからの『ヤマト』指揮権は私に移る。

 

 ―――よし、征くか!!

 

「戦術、ここで弾道弾を迎撃する。狙いはわかってるな?」

 

「はっ、砲戦準備!!」

 

「両舷前進微速、取舵十五!!」

 

「宜候」

 

 私の命令で、『ヤマト』がゆっくりと前進し、やや左舷へと転舵し、右舷上方から迫り来る敵弾道弾に横っ腹を晒す形――「丁字」を取る。

 

「これより右砲戦――目標、敵大型弾道弾。右九〇度、一斉撃ち方用意!!」

 

「目標到達まであと50秒!!」

 

 晴れ渡る空はどこまでも青く、敵弾道弾は既に双眼鏡で確認できる位置まで迫っている。

 

 ―――でかいな。

 

 てるてる坊主のような形、と言えば軽く聞こえるだろうが、全長一.五キロはあろうかという巨大弾道弾の迫力は何たるや、頭の上から覆いかぶさってくるかのようだ。

 これに比べれば、かの超空の要塞と謳われたB-29など玩具も同然だ。

 

 だが、その弾頭の一部は、成程確かに傷ついている。

 どんなに頑丈な化物でも、一度傷つけば、そこは脆い。

 

陽電子衝撃砲(ショックカノン)、エネルギー伝導終わる、測的よろし」

 

「自動追尾装置定点固定」

 

「照準誤差修正、マイナス一.三」

 

 古代戦術長と南部砲雷長がてきぱきと指示を出していく。

 さすが特殊訓練を受けただけあって、私の目から見てもよく鍛えられていた。

 

 艦橋から見える緩やかな「大和坂」ならぬ、急な「ヤマト段」となった前甲板。

 そこに搭載された第一、第二主砲及び第一副砲が右舷九〇度に旋回し、仰角を上げる。

 後部の第三主砲、第二副砲も同様の動きをしているはずだ。

 かつて水圧でゆっくりと動かしていたころとは比べ物にならない速さ、正確さで照準を調整する。

 

「照準良し!!」

 

「あと10秒!!」

 

 冷静と灼熱が入り混じったような心境で私は一瞬だけ目を閉じ、刮目、命を下した。

 

 ―――神仏照覧!!

 

「撃ち方始めぇ!!」

 

「撃ぇっ!!」

 

 私の号令から遅れること僅か一秒。

 『ヤマト』は合計十五門の砲身から、陽電子衝撃砲(ショックカノン)を放った。

 特徴的な砲声と僅かな振動が艦を揺らし、砲口からは青白い光が発せられ、『ヤマト』を照らす。

 

 弾着は直後、ほとんど手が届きそうな所まで接近していた大型弾道弾に、十五の火線が敵弾頭――『キリシマ』『チョウカイ』によって損傷していた部位に寸分違わず直撃。

 瞬間、“かあっ”と眩い閃光が膨張、轟音と共に大爆発が発生し、爆炎が『ヤマト』を包み込んだ。

 

「ぐぉぉっ!!」

 

 爆発が広がる瞬間を目の当たりにし、激しい衝撃に私は思わず呻き声を上げた。

 

 

―――――

 

 

 あの時と似た、どこか懐かしい爆煙の中で私は微かに見た。

 

 伊藤長官に森下信衛、能村副長に茂木航海長、数多くの名前が浮かばない下士官や水兵たち・・・・・・あの日『大和』で共に戦った者たち、否、古村啓蔵を始めとする第二水雷戦隊の面々まで、死んだ者、生き残った者を問わず、一様に『ヤマト』を、私を見据えているではないか。

 

 ――やはり、貴様たちだったか、俺を送り込んだのは。

 

 魂魄たちは答えない。

 だが、不思議と感じるものがある。

 

 ――待っていたのだ、今日という日を。

 

 私は嘗て『大和』艦長として、この艦を操り、そして沈めてしまった。

 もしも神が、今一度の機会を私と『ヤマト』に与えたならば、それが『大和』乗組員の魂魄たちの総意たる使命と言うならば本望だ。

 

 ふと、前世での『大和』出撃の際の能村次郎副長の言葉が思い出される。

 

「戦勢を挽回する真の神風大和になりたいと思う」

 

 嘗て鎌倉時代の元寇に際し、日本を救った真の“神風”。

 私も能村君も、あの日『大和』に乗り組んだ全員が、その“神風”となって、その時代に生を受けたものとして、“俺がやらずに誰がやる”という精神で、将来の日本のために、あの日闘ったのだ。

 

 ――そうだ、しっかりしろ有賀幸作。俺はその気持ちを、いつも誰よりも強く持とうと決めていたではないか。

 

 『大和』で成し得なかったことを、『ヤマト』でやるのだ。

 

 ――今度こそ真の“神風ヤマト”となってみせるぞ。

 

 戦友たちはただ無言で『ヤマト』を見送っていた。

 

 

―――――

 

 

 気づいたとき、『ヤマト』を覆っていた黒煙が晴れ、紺碧の空が周囲に広がっていた。

 

「・・・・・・各部、状況知らせ」

 

「各部より報告、艦体に損傷認めず。波動防壁は正常に機能しているようです」

 

 真田副長の報告に私は軽く息を吐いた。

 

 波動エンジンの膨大なエネルギーを応用して、艦体装甲を防御する「波動防壁」。

 真田副長いわく「核攻撃の直撃にも耐えられる」この防御システムは、大型弾道弾の超至近距離での爆発に見事耐え切ったのである。

 

 ふと、右隣を見ると沖田提督に労われた古代進戦術長が、棒立ちになっている。

 

 ―――素直に喜びゃいいものを。

 

「おい、戦術・・・・・・」

 

 私からも声をかけた。

 

「戦いはこれからだ、これからもしっかり頼むぞ」

 

 胸中複雑なものがあるであろう二人の上官に労われた戦術長。

 結局、島航海長に「素直に喜べよ」と言われるまでそのままだった。

 

 

 『ヤマト』は先ほどの爆煙を背に、眩しい茜色と群青色の空を衝いてひたすら登っていく。

 

 その最中、私の意識は先の爆煙と戦友達への決意の余韻からか、自然と回想の中に引き込まれていった。

 

 この時代で目覚めた日。

 今日の宿命は、あの時が始まりだったのだ。

 

 

                           第一章 

                           『遥かなる旅立ち』篇 完

                                        



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回想一 「有ルガ故ニ」

新年明けましておめでとうございます。
今年もどうぞよろしくお願いいたします。
                   佐川大蔵


 無明の闇の中に漂う私は長い夢の中に埋没していた。

 

 思い返してみれば、自分の人生というものは軍人という職業を選んで以来、常に波乱に満ちたものであったと言っても過言ではない。

 

 こと対米開戦後は宿望の駆逐隊司令として南方資源地帯への侵攻作戦、インド洋作戦、ミッドウェー作戦、ソロモンでのネズミ輸送などに参加し、数々の修羅場をくぐり抜けること数多。

 戦友次々と倒れ、祖国の命運尽きつつある中、請われての『大和』艦長就任と相成り、この艦を死に場所と定めし顛末。

 

 毀誉褒貶は置いておくとして、己の人生に悔いはない。

 

 生と死の狭間に自らを進んで得られるあの充実感は何物にも代えがたく、その上で祖国の未来の礎となれたのであれば、男子一生の本懐としてこれに勝るものはない。

 

 気がかりといえば、結局私……私たちの死後の祖国の今後であるが、これは最早死者である私にはどうすることもできない。

 せめて、我々の死がこの戦争の最後であってくれれば良いのだが・・・・・・。

 

 ――いや、本当に俺は死んだのだろうか?

 

 死を想像したことは無論あるし、本能としてそれを恐れたこともある。

 だが、少なくとも軍人となって、好んで修羅場に身を置くようになってからは一度としてその恐怖に負け、逃げたことはない。

 それが、数々の修羅場を生きて帰ってこれた要素であると私は思っている。

 

 しかし、いざこうして死んでみると実に奇妙な感覚である。

 

 私の眼前には、現世と冥府を隔てる三途の川が広がっているわけでも、死者の生前の罪を裁くという閻魔大王がいるわけでもなく、増して靖国神社の境内に咲く花になったわけでもない。

 只々底知れぬ闇が広がっているのみの、まるで目を閉じた上での無我の境地のようだ。

 

 生前に漠然と描いていた死の想像とはだいぶ異なる、これが“死”なのであろうか。

 

「・・・長、艦・・・る・・・」

 

 静かな闇の中を漂う私の耳に微かながら声が聞こえた。

 同時に私の身体が“フワリ”と浮遊していくのを感じた。

 

「――長・・・・・・艦長が生きとる!?」

 

 ――生きている?誰が、生きているだと。

 

 確実に死を意識していた中で、そんな声を聞いた私はやがて周囲が明るくなっていたのを感じ・・・

 そして、何事もなかったかのように瞼は開いた。

 

 目が覚めた時、私は真っ白いシーツの敷かれたベッド上にいた。

 ずっと暗闇にいたためか、白い照明がやけに眩しく感じる。

 

 ――ここは、どこだ?

 

 ぼんやりとした意識の中で私はゆっくりと周囲を見廻した。

 

 窓一つない真っ白な部屋の中で仰向けになった私の腕には点滴の針が刺さり、胸には何やら吸盤のようなものが幾つも貼り付けられ、枕の横ではテレビのような機器にグラフのような線が映り、その動きに合わせるような音が発せられている。

 

 ――生きているのか、俺は・・・・・・?。

 

 病室のような場所に寝かされていると理解したとき、私の脳裏には最後に見た光景が浮かんできた。

 

 轟く砲声、崩れ落ちる水柱、男たちの絶叫――左舷に横転し沈みゆく『大和』にしがみつく己、凄まじい光・・・・・・あとは記憶にない。

 

 何ということだ。おそらく自分は沈みゆく『大和』から何らかの形で放り出され、無様にも海上まで浮き上がってしまったのだろう。

 だとするとここは駆逐艦の中であろうか。それにしては随分と広く綺麗で、何よりも小型艦ゆえの揺れを感じず、駆動音も全く聞こえないのだが・・・・・・。

 

 

 突然ドアがノックもなしに放たれ、数人の男女が慌てた様子で入ってきた。

 いずれも、医師や看護婦のようで揃って白衣、或いは看護服を着用している。

 言葉遣いから日本人であることがわかり、少しばかり安心した。捕虜にされたわけではないようだ。

 

「有賀君、わしの言葉がわかるか?」

 

 そんなことを考えた私に、小柄で芋のような頭をした中年の医師が、何やら切羽詰った口調で聞いてきた。

 そんな危篤患者が突然目覚めたような反応せんでも・・・・・・。

 

「わかるが、一体・・・・・・」

 

「先生、脈拍、呼吸共に正常です。脳波にも異常はありません」

 

 医療機器を眺めていた看護婦の言葉に私の返事は遮られた。

 

「ちょいと失礼」

 

 医師がそう言って、私の顔を鷲掴みにして、目と口を広げて中を覗き込んだ。

 

「信じられん、何故生きとるんじゃ・・・・・・」

 

 医師の言葉に私自身やはり生きているのだということを感じ、それがどうしようもなく申し訳ないことに思われ、言葉を失った。

 嘗ての青木泰二郎大佐(元空母『赤城』艦長)や西田正雄大佐(元戦艦『比叡』艦長)の無念が痛いほどに分かった。

 

「全く問題は見られんのぅ、食欲はあるかの?」

 

「食欲は、ない」

 

「そうか、まぁせっかく助かったんじゃ、食って力をつけんといかんぞ」

 

 驚愕が落ち着いたのか、医師はその顔の割に大きな口をニンマリと歪めて笑った。

 

「ここは、どこだ?」

 

「ん?ここはムーンベースの中央病院じゃ、忘れたかの?」

 

 医師の答えに私はわけのわからない男だと思った。

 

 ムーンベースなどと聞いたこともないが、私が知らないどこかの島だろうか?

 いや、それよりもそれは英語名ではないか?

 

「あんたは軍医なのか?」

 

「いんや軍属じゃよ、中央病院の佐渡というもんじゃ、よろしくの」

 

 佐渡、と名乗った医師はあくまでフランクな態度だが、私の態度は段々と硬化していった。

 

「中央といったが、東京か、それとも・・・・・・」

 

 ――アメリカか?という言葉は飲み込んだ。

 

「何を言っとる、ムーンベースなんじゃから月に決まっとるじゃろう」

 

 ――月だと?

 

 私は怒るよりも先に呆れて失笑した。

 ふざけたことを言う奴だ、この俺がかぐや姫にでも見えるのか。

 

「嘘をつくならもっとマシな嘘をつけ。ここは米国の施設で、貴様は日系の尋問官か何かだろう?」

 

 アメリカ軍が捕虜にした日本軍将兵の尋問に日系人を使っているということを私は知っていた。

 大方、『大和』の沈没海域に漂流していた私を見つけて、上手いこと機密を喋らそうとでも言うのだろう。

 そうはいくものかと私はこれ以降はダンマリを決め込んだ。

 

 佐渡医師や看護婦たちはそんな私を困惑の表情で見て、何やら言ってきたが、私はもはや聞いてはいなかった。

 

「まぁ、病み上がり直後だからのぉ、少し時間を置くか」

 

 そう言って、医師たちは部屋から出て行った――後で聞くと、この時に精神異常を疑われて、精神科やら脳外科への連絡相談を行っていたそうだ。・・・・・・無理もあるまいが。

 

 誰もいなくなった病室で、私は仰向けになったままで途方に暮れていた。

 

 ――これからどうしたものだろうか。

 

 “自決”。

 真っ先に考えたことがそれであった。

 三千人もの乗組員たちを死出の旅路の道連れにした私がこうして助かっているだけでも耐え難いのに、敵の捕虜になるなど、帝国軍人として最大の恥だ。

 

 しかし、今の私はそれまで着ていた帝国海軍の第三種軍装ではなく、所謂病院服を着せられていて、拳銃も短刀も持っていなかった。

 死ぬだけであれば、病院服を使って首を吊るなりもできるのだが、そのような糞尿などの汚物まみれの無様な死に様を晒すことは、仮にも帝国海軍大佐としての私の矜持が潔しとしなかった。

 武士の死に様が切腹は名誉、斬首は恥辱であったように、帝国軍人たるもの自決するならば、意気を感じさせなくてはならない

 

 ――生存者は、他に生きている者はいないのだろうか?

 

 あの日、『大和』に乗り組んで戦った者は私を含めて三千人以上もいた。

 沈んだ『大和』から投げ出され、海に上がった者が独り私だけではないだろう。

 もしかすると、他にもこの施設に収容されているかもしれない。

 

 ――会えないだろうか?

 

 そう思うが早いか、私は腕の点滴を外してベッドから降りた。

 

 長いこと寝ていたのか身体中のあちこちから“ギシギシ”と軋むような音が鳴り、全体的に怠いが、不思議と身体は軽い。

 

 ドアの前についた私は外にいるであろう見張りに声をかけたが、一向に返事が返ってくる様子がない。

 この野郎!捕虜には礼儀も欠くのか!!と立腹した私は、扉を開けようとして・・・困惑した。

 先程医師たちが出入りした際は横に開いたのが見えたので、てっきり引き戸だと思っていたのにその扉には取手もドアノブも着いていなかったのである。

 

 そんな馬鹿な、どうやって開けるんだこれは?

 さては独房に入れられたのかと思ったが、それにしたって鍵穴ぐらいあるだろうに。

 

 少しばかり困った私は、ふと扉の左側の壁にボタンがあることに気づいた。

 もしや、と思い“ポチッ”と押すと、果たして扉はスムーズな動きで横に開いた。

 

 ――自動扉か。

 

 自動扉については、日劇前の営業所玄関を始め、一部の建物玄関にスイッチ式のものが採用されており、また海軍でも空母『赤城』『加賀』等において防火・防弾扉に使われていた。

 しかし、このような病院の一室の出入りに自動扉を使うなどというのは初めてだ。随分と洒落ている。

 

 驚いたことに病室の外には一人の見張りもおらず、人気もなかった。

 返事が返ってこないわけだ、捕虜が逃げるとは思わないのだろうか?と、その無用心さに些か呆れた。

 

 誰もいないのが悪いんだ、と私は一人呟くと、病院廊下を歩き始めた。

 無論脱走できるなどとは思っていない。

 今後どうするにせよ、まずは情報が必要だ。そのためにはまず内部を調べなければならないが、今は絶好の機会だ――後々思い返すと佐渡医師とちゃんと話していれば済んだのだが――。

 もしかすると、警備兵に見つかって問答無用で射殺されるかもしれないが、その時はそれまで、どの道死んだ命だ。

 

 そんなことを思いながら私は歩いたのだが、どうしたことか上手く歩くことができない。

 

 かなり長いこと眠っていて、身体の勘所が戻っていないということもあるのだが、それを差っ引いてもこの歩きにくさは異常だ。

 何しろ、普通に一歩踏み出そうとすると“ポーン”と軽く飛び上がってしまうのだ。

 怠い身体に反して動きが軽いのはいいのだが、いくら何でも軽すぎやしないだろうか?

 

 今であれば、月面の軽い重力下を電磁靴もなしに歩いたのだから当然だろうと思えるが、当時の私にそんなことが分かる訳もなく、ひょっとして俺は歩き方を忘れてしまったのだろうかとしばし不安になったものだ。

 

 そんな風に四苦八苦しながら進んでいくと、私は窓のある場所に出た。

 ここまで、全く外の様子がわからなかった私は、これ幸いと窓の外を見て・・・・・・愕然となった。

 

 私の眼前に広がるのは一面の夜空と、乾いた砂の大地。

 これだけであれば、アメリカか何処かの砂漠地帯にある施設の夜ということで納得できるが、残る一つの光景はどう考えても説明が着かないものだった。

 

 月が蒼い!!

 

 私の眼前に映ったものは、私が知る月よりもずっと大きい、青く輝く美しい星であった。

 

 ――どういうことだ!?月が紅く見えることがあるのは知っているが、蒼く見える月など聞いたこともないぞ!?

 

 私は本気で自分の目と正気を案じなければならなかった。

 

 驚愕とともに改めて私は周囲の風景を見回した。

 

 夜のように暗い空に反して地平線上は昼間のように明るい。

 荒涼とした白い大地が広がり、そこには樹木のようなものは一本も見当たらず、この辺一帯の建造物を別にすれば、後は大地の起伏が多少ある以外は見事に何もない。

 

 ――ここは、どこなんだ? 俺は異郷にでも迷い込んだか? それともここは既にあの世なのか。

 

 あまりの事に、さすがの私も狼狽し、混乱を隠すことができず頭を抱えた。

 

 その後、私は騒ぎを聞きつけた数名の医師や看護婦に付き添われ、病室へと戻された。

 私は驚愕のあまり――若く、見目麗しい看護婦に付き添われたということもあるが――

抵抗する気にもならず、素直に従った。

 

 時に西暦2194年6月6日のことであった。

 

 

―――――

 

 

 それから一週間ほど、私は大人しく治療に専念していた。

 私の身体は日々元気が戻り、張りも出てきていたが、一向に尋問されることはなく、逆に件の佐渡医師や看護婦達は毎日やってきて、治療と同時に色々と話をしてくれた。

 

 初めのうちは「俺は気が狂ったのか」、「夢でも見ているのか」等と思い、目を覚まそうとあれこれ足掻いたが、一向に眼前の世界が変わる様子はなく、その度に医師や看護婦たちがやってきて、時に優しく、時に厳しく抑えられるということが連続し、やがて、たとえ夢幻であったとしても自分の身体を案じてくれる人たちに対して気狂いの如き姿を見せ続けるのは、それはそれで無様であると思い、焦らずに考えることにした。

 

 佐渡医師達からすれば、精神的に不安定な状態にあった私への精神ケアの一環であったのだろうが、私にとっては現在の自分の状況を把握するための貴重な情報源だった。

 彼らは一様に親切で、私の質問には快く答えてくれたのだが、こと戦局については誰も教えてくれなかった。

 と言うよりは意味が分からなかったという方が正確なようで、特に若い人達は「日本とアメリカの戦争って何ですか?」と逆に質問をしてくる始末だ。佐渡医師でさえ「有賀君は歴史好きだったのか」などと言う。

 馬鹿を言うな、と私は文句を言ったが本当に知らない様子であり、逆に私の方は彼らが使う妙に英語っぽいカタカナ言葉や、原型がわからないような略語にしばしば困惑し、一々意味を聞かなければならなかった。

 

 ――と、そのような一幕も交えつつ、私はこれらの情報から己の身に降りかかった事態を自分なりに考察、解釈を行うことができた。

 

 まず第一に今の時代が西暦2194年であり、私のいる場所が月の大地であるということだ。

 

 最初のうちであれば「馬鹿にするな!!」と一喝するところであるが、実際に自分の置かれている現状を見る限り、少なくともここが昭和ではないことは明白であった。

 

 私の治療に使われている医療機器一つを取っても、帝国はもとより、技術の進んだアメリカや、技術大国たるドイツでもこれほどに超精密な機器は作れないだろう。

 

 何より、私がこの眼で見た、白い月の大地と未来的な建造物、そして青く輝く美しき明星――地球の存在が自分の常識の範囲を超えた事態に遭遇していることを示していた。

 

 機密を喋らせるために芝居を打つにせよ、こんな映画並みのスケールで子供騙しの馬鹿げた嘘をつく必要はない。

 

“タイムスリップ”

 

 一瞬にして時間を跳躍するという現象については、私も小説の世界でお目にかかっており、最初はこれかと思っていた。

 これでも十分に信じがたい現象なのだが、事実は更に奇なり、であった。

 

 私が“有賀幸作”という名の男であることは間違いない。実際手洗いの鏡に移るその姿――丸い赤ら顔に禿頭、身長五尺四寸(一六四センチ)、体重二〇貫(七十五キロ)の恰幅よい身体――は紛れもなく私のものである。

 

 しかし、この身体の本来の持ち主は私ではなく“有賀幸作”という名の“誰か”であった。

 ――後々調べ直したところ何と私の子孫であった――。

 

 それは、時の流れを突然跳躍してきて何一つ分からない私に対して、会う人皆が私を知っているかのように接してくることからも明らかだ。

 

 聞くところでは、この“有賀幸作”は、私同様に軍人であるそうなのだが、先の戦(第一次火星沖海戦)と前後して、火星域で流行っているという熱病に冒されここに入院し、ほぼ絶望的であったそうだ。

 それが突然何事もなかったように目を覚ましたものだから、あれほどの騒ぎになってしまったのだ。

 

 何ということはない、残念なことにその熱病で死んだ“有賀幸作”の肉体に、どういう原理かは置いておいて私の魂が憑依し、蘇生したということだ。

 ――余談だが、“有賀幸作”の命日兼目覚めの日となった西暦2194年6月6日は嘗て私がデング熱に犯され、半死半生の境を彷徨った挙句、当時艦長を勤めていた『鳥海』から降ろされた日から丁度250年後に当たる――。

 

 

 この私の状態には中々に困ったことがあった。

 

 私の記憶は前世をついこの間という感覚で覚えていたのだが、その代わり私になる前の“私”の記憶は何一つ無かったのである。

 実際、私のもとには上司や部下だという人物が何名か見舞いに来たのだが、それは一人として私が知らない人物であり、私の心に訴えかけてくるものもなかった。

 

 これについては、当然私と接触した人々も不信感を持ったのだが、佐渡先生曰く、「脳内のニューロンの限界を超えた大量の情報が一気に神経に流れたことで、神経系が極度の疲労に陥り、記憶障害が発生している可能性が高い」との診断があったことで納得していた。

 

 これは方便ではなく、紛れもない脳神経科での診断結果である。

 「ニューロンの限界を超えた大量の情報」というのが私の持つ記憶であったということは私以外の誰も知りようがない。

 

 転生というよりは肉体を“乗っ取った”と言ったほうが正確のようで、前の“私”には中々に申し訳ない思いもした。例え、死んだ者の身体であるにせよ・・・・・・。

 

 更に、この為に私はしばらくの間、先の自動扉のように日常生活においても強烈なカルチャーショックを一々味わい、時に恥をかく羽目となる。

 

 この事から、私は単なる“タイムスリップ”現象ではなく、文字通り生まれ変わったのだと解釈した。

 

 最早、小説的というより宗教的ですらあるが、実際に仏教の世界では輪廻転生という、死後の世界で新たに生まれ変わるという概念がある(人格がそのままの状態であるため、或いはキリスト教における「復活」が近いかもしれない)。

 

 

 そのような途方もないことが実際に起こり得るかどうかは、何しろ実例がないため分からないが、残念ながら否定することはできない。

 

 私の置かれている現状は如何とも抗い難かった。

 

 ――かぐや姫ではなく、浦島太郎だったか。

 

 と、このように結論を出した私であったが、正直に言ってそれでどう、ということでもない。

 

 突然訪れたこれまでと何もかも違う、知り合いすらいない世界に一人放り出されたのだということは想像以上に堪えた。

 

 私のような状態に置かれたものが他にいないとも限らないが、少なくとも今それを知る術はない。

 

 更に私を追い詰めたのは、あの日――西暦1945年4月7日以降の歴史を知ってしまったことであった。

 

 これは、事あるごとに大東亜戦争の戦局を尋ねていた私に、佐渡医師が“好意”で持ってきてくれた戦史書によるものであった。

 

 その内容を読んだ時の私の心境はとても字面で表せるものではない。

 

 沖縄陥落、空襲の拡大、広島・長崎への原爆投下、ソ連の対日参戦・・・・・・。

 ――そして無条件降伏。

「一億特攻の先駆けとなっていただきたい」

 悲痛そのものの表情で我々にそれを告げた草鹿龍之介中将の顔が浮かぶ。

 ――草鹿さん、あれが、最後ではなかったのか?一億特攻を有り得ないモノにするために、あんたは俺たちに・・・・・・『大和』に死ねと言ったのではなかったのか?

 我々が死んだあとも戦争が続いて、多くの罪のない人々が死んでいったのだとすれば、あの『大和』の出撃はなんだったのだ?

 

 気づいたときには私は意識を失っており、佐渡医師や看護婦の手を煩わせていた。

 

 ――なぜ俺はここに居るのだろうか・・・・・。

 

 考えるほどに、私の心は暗鬱となる。

 かつてこれほどまでの孤独感と虚脱感を味わったことはない。

 ベッド上で思わず身体を抱えて蹲ってしまうほどだった。

 前世の私であれば到底ありえない、情けない姿。とても家族や友人たちには見せられない。

 

 いっそ、どんなにみっともなくとも、命を絶とうかとすら思った。

 

 冥府はここよりはいいだろう。

 先に逝った戦友たちもいるし、今が未来なのであれば妻子達もいるかもしれない。

 ・・・・・・まぁ、我々と戦った米英の将兵たちもいるだろうが、誰ひとり知り合いのいない、生きがいもないこの状況よりはマシであろう。

 

 そんな私が、それを辛うじて思いとどまったのは、佐渡医師から酒に誘われたことがきっかけであった。

 私は無類の酒好きであったが、その時点ではひどく虚脱していて、そんな気にならなかったが、佐渡医師は半ば強引に私と差しで飲んだ。

 

 その最中に、私は佐渡医師からこの時代の情勢を聞くことができた――佐渡医師にとっては情勢を憂いて、愚痴っていたに過ぎないが。

 

 私はこれまで、自分の状況把握に精一杯で周囲を見ている余裕はなかったが、話しているうちにようやく周囲がピリピリしているのを感じた。

 これまでどうして不審に思わなかったのかといえば、前述通り周囲に目を遣る余裕がなかったことに加え、その雰囲気は私自身がつい先日までそれを絶えず感じ、既に慣れ親しんでいたものであったからだ。

 

 どうも、戦をしている。そんな状況なのだ。

 

「何処かで戦でも起こっているのか?」

 

 私は単刀直入に佐渡医師に聞いてみた。

 

「あぁ、それも忘れておったか・・・・・・」

 

 佐渡医師は酒を一気に“グイッ”と飲み干すと、私に今起こっている戦争――ガミラス戦役について話してくれた。

 

「異星人の、地球侵略・・・・・・」

 

 話の内容は私の想像とはスケールが桁外れであった。

 

 ますます持って、空想漫画映画のような話だが、250年を経たこの時代は、嘗ての大日本帝国以上の危機を全地球規模で迎えていたのだ

 

 詳細については既に第一章で述べた通りであるが、私が目覚めたこの時期は、既に『第一次火星沖海戦』が惨敗に終わり、遊星爆弾による本土攻撃が散発的に始められていた時期であった。

 

 “私”が倒れたのも、正にこの戦の最中で火星に寄港中のことであったらしい。

 

 私はその話を聞いていくうちに、己の中の血が滾ってくるのを感じた。

 

「どうした、有賀君」

 

 佐渡医師が私を見た。

 

「何やら居ても立ってもいられんという顔じゃぞ」

 

「わかるか」

 

 どうやら、傍から見ても私は豹変したように見えるらしい。

 我ながら何と現金な男であろうかと思うが、私はその地球の危機的状況をきくや、それまでの暗鬱とした思いすら一瞬であるが忘れてしまったのである。

 無論、吹っ切れたというわけではなかったが、私はこの遥か未来にあって、早くも敵と闘うことを考えていたのである。

 

 私はやはり根っからの武将であるということか、同じ死を選ぶのであれば戦って死にたいと思ったのである。

 

「先生、俺はいつごろ戻れるかね?」

 

「・・・・・・正直、難しいかもしれんな」

 

 勇んで尋ねた私に佐渡医師は難しい顔をした。

 

「身体の方はあと数日もすれば問題ないじゃろうが、君はどうも記憶の混乱があるようじゃし、精神的にもまだ不安定なところがある。今のままだと除隊か、良くて予備役じゃなかろうかの」

 

 言われてみればその通りだ。

 だが、それでは困るのだ。

 

「先生、何とかならんのですか!?」

 

 このままでは私は危機的状況を目の前にして、戦うこともできず、精神異常者としてただ、手をこまねいているしかできない状態になるではないか。

 

「わしはただの軍属じゃ。ワシに言われてものぉ・・・・・・」

 

 ――そりゃあないだろう。

 

 折角暗鬱とした心に、光明が指すかと思えば、自分の状況はあまりにも悪かった。

 

 私は目覚めた頃の混乱した自分を悔いた。

 あれが少なからず、軍人としての自分の素質に傷をつけてしまうものだと気づいたのだ。

 

 頼むべきは以前の“有賀幸作”に除隊を惜しまれるような要素があるかどうかである。

 

 軍隊というものは年功序列や、学校での席次、そして血縁関係やコネなどによって、地位や配属が決まってくるところだ。

 本来は、年次、席時によって完全に決まるのだが、血縁やコネによって予備役のところを閑職に留めることは往々にして行われている。

 

 ちなみに前の“私”は前世と異なり、40を過ぎてなお独身であり、また親兄弟の類は皆死亡しているようであった。

 そのおかげで、入れ替わった私を見抜く者がいないとも言えるが、同時に血縁は期待できない。

 

 ――俺は戦死できるのだろうか?

 

 “私”の入院前の職は第十一護衛隊司令であったそうだが、入院期間を持って既に解任されており、今は待命の身であった。

 

 このまま二度と拝命が下ることなければ、私は今度こそ絶望を知ることになる。

 

 

―――――

 

 

 そんなことをぼんやりと考えていたのだが、三日後に私の不安事項を吹き飛ばす、予想外の事態がやってきた。

  

 その日、私は佐渡医師から定期的な検査を受け「問題なし」と太鼓判を押してもらい、退院と相成った。

 

 同時に佐渡医師は私に思いもよらないことを告げてきた。

 

 「召集、ですと?」

 

 「うむ」

 

 佐渡医師が笑顔で私に渡したのは、この時代における“私”の所属組織『国連宇宙海軍』からの命令書であり「六月末日までに極東管区総司令部に出頭せよ」とあった。

 

 「先生、これは・・・・・・」

 

 「どうやら、お前さんは必要とされているようじゃの」

 

 よかったな。という具合に笑顔で言う佐渡医師に私はしばし呆然としていた。

 

 後々風の便りで聞いたところによれば、私の人事については先に佐渡医師に言われたように、心身薄弱の疑いありとして除隊がほぼ決まりかけていたらしいのだが、当時は軍事参議官(無任所、実質的な左遷)の職にあった沖田十三宙将が、「この時期に経験豊富な指揮官を失うことは避けたい」と言われ、一先ず待ったを掛け、人事部でも承認されたとのことだった。

 どうやら前の“有賀幸作”は沖田提督に惜しまれるほどに有能だったようで、私は密かに感謝した。 

 もっとも、今が乱世であるということも、要因の一つではあったろうが。

 

「いろいろ世話になりました、先生」

 

「なぁに、気にするこたぁない。わしも良い酒飲み仲間が増えて楽しかったよ」

 

 この佐渡医師――否、先生とはあの後も何度か酒を酌み交わして話した。

 この酒は、混乱覚めぬ私にとっては良い気付けとなり、早まることなく落ち着いて過ごすことができた。

 

 今更言うまでもないが、この佐渡先生とは五年後に『ヤマト』の艦長と衛生長としてイスカンダルへの航海を共にする運命にあるが、当時はお互いそんなことになるとは知る由もない。

 

 西暦2194年 6月28日。私は佐渡先生以下数名の見送りを受けて、地球への途についた。

 

 

―――――

 

 

 地球へ向かうシャトルの中で、私は行く末の想念に浸り始めた。

 

 これまでは月といういまいち現実感のない場所で、己の状況の把握に努めていたが、これから向かうところは地球――我が祖国である日本である。

 250年後とは言え、本来死んだはずの私が、日本の土を再び生きて踏むということは、やはり複雑な心境である。

 

 だが、私はいたずらに生き恥を晒すつもりはない。

 偶然か必然かなどということは神ならぬ身の悲しさ、知る由もない。

 しかし、はっきりしていることは私は生きてここに居るということだ。

 そして、私は軍人であり、今一度の機会を与えられようとしている。

 元より私は特攻を命じられた軍人。できなかったことをやって見せようではないか。

 「我、有ルガ故ニ此処ニアリ、是非モナシ」だ。

 

 外を見れば、既に地球は眼前に広がる程大きくみえ、既に雲の下の海や大陸の形が肉眼でもはっきり識別することができた。

 

 地球が平らで丸い惑星であることは、前世でも理論として知られていたが、実際にそれが地球人類の目に触れたのは、私の死後20年近く後のことだ。

 

 これまでも月から、この青き明星を遠く眺めていたが、こうして近づくにつれ、眼前の広がりを大きくする母なる星は、まるで私を優しき腕で抱き込んでくれるかのように思える。

 

「……地球か」

 

 ―――こんなに美しいものだとは思ってもみなかったな・・・・・・。

 

 




次回は回想の続きではなく、第二章に入ります。


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第二章「太陽圏の死闘」篇
第七話 「千里に遣して君命を辱めず」


第二章開幕です。どうぞよろしくお願いします。


「高度二千四〇〇、対地速度二万八〇〇〇」

 

「地球大気圏離脱します」

 

 艦橋に差し込みつつある光と、艦橋内の喧騒が、私をしばしの回想から呼び戻した。

 

 上空を見上げれば、つい先程まで浮かんでいた青く輝く明星ではなく、赤く焼け爛れた岩の塊となった地球の姿があった。

 初めてこの惑星に降り立つ時、私を暖かく包みこんで迎えてくれた腕は今や血まみれなのだ。

 

「よし、第二宇宙速度へ切り替えろ」

 

「宜候ー」

 

 回想の余韻を振り払うべく命令を下した。

 同時に島航海長の操作で、大気圏内航行バランス調整のための両翼が収容され、二基の補助エンジンの出力が上がる。

 

「右舷前方に艦影探知。数二、識別信号グリーン。『キリシマ』、『チョウカイ』です」

 

 レーダーを見ていた森船務長からの報告に、私は双眼鏡を構えて目を凝らした。

 

 古代戦術長達が持っているのに比べて、私の双眼鏡は一回り大きく、旧時代に使われていたものに近い形状で――無論性能は最新式――首に提げるための赤い紐が付いている上級指揮官用のものだ。

 大きさ故に持ち運びには不便なため当の上級指揮官達には敬遠されがちだが、私としてはこちらのほうが慣れ親しんでいる。

 

 『キリシマ』とそのやや右舷前方を航行する『チョウカイ』は、赤と黄色で塗装された船体を所々黒く染め、砲塔やミサイル発射口からは濛々と煙を上げていた。

 実に痛ましい姿。だが、彼らはその傷を圧して血を吐きながら戦い、我々を救った者たちであった。

 

「総員、右舷に注意、起立せよ」

 

 私は、危険のない限り、できるだけ『キリシマ』に『ヤマト』を近づけるように命じるとともに、総員に礼式準備を命じた。

 

 海上であれば登舷礼式と言って、乗員を上甲板舷側に沿って整列させるものだが、宇宙では船外作業服を着用しなければならず、そんな時間はないため、全乗員は一部の要員を除いてモニター越しに敬礼することになる。

 

「『キリシマ』より発光信号」

 

 二隻の武勲艦の左舷を通過する際、相原通信長が『キリシマ』からの信号を読み上げる。

 

「『貴艦ノ健闘ト航海ノ無事ヲ祈ル』・・・・・・以上です」

 

「返信、『有難ウ、我、必ズヤ期待ニ答エントス』」

 

「総員敬礼!!」

 

 沖田提督が返信の命令を出し、次いで私が総員敬礼を命じた。

 

 『キリシマ』の艦橋には、敬礼する土方提督や山南艦長達の姿があったが、失礼ながら私の視線はやはり『チョウカイ』に向いた。

 

 『チョウカイ』の艦橋から、三木幹夫副長、田中一郎砲雷長、水谷寛雄航海長、古川勇通信長といった、見慣れた面々が一様に『ヤマト』に向けて敬礼しているのが見えた。

 

 ――あいつらと・・・・・・

 

 共に戦ったのだということが誇らしいものとして私の心にフツフツと沸き上がってきた。

 

 ――必ず帰ってくるからな、貴様らも死ぬんじゃないぞ!!

 

 私は傷付き果てた『チョウカイ』を前にして改めて心固く誓った。

 

 嘗ての『大和』の出撃は、“一億総特攻の魁”として“死ぬ”ことを目的とした特攻であったが、今度の『ヤマト』出撃は違う。

幾億、幾十億という命と故郷を救うための出撃であることに変わりはないが、今我々に求められるものは“死”ではなく、“生”なのだ。

 無論出撃に当たって死は覚悟しなければならないが、我々はその捨て身の精神を発揮し、ひたすらイスカンダル目指して突き進むのみ。

 

「諸君、これより『ヤマト』は火星宙域に向かい、計画第一段階であるワープテスト実施に伴うブリーフィングを行う。艦長以下の主要幹部は火星到達後、中央作戦室に集合せよ。以上だ」

 

 訓示を終えた沖田提督は、私に向けて頷かれた。

 私も頷き返すと、視線を前方へと向ける。

 感傷に浸るのはここまでだ。我々にはやらなければならないことが山ほどある。

 

「本艦はこれより月軌道を抜け、火星宙域へと向かう。航海長、巡航速度で進撃せよ」

 

「了解、巡航速度で火星に向かいます」

 

 島航海長が復唱すると同時に、『ヤマト』のメインエンジンの出力が上がり、27Sノットで進撃を開始した。

 

 火星宙域までの航海は『ヤマト』巡航速度で約一日の短い道のりで、ガミラスからの襲撃もなく極めて平穏なものであったが、私はこの時間を無為に過ごすつもりはなかった。

 

 予てから決めていたことだが、私はこの僅かな時間の航海を戦闘航海そのままの訓練に徹することとし、その旨を全艦に通達、奮起を促した。

 

「総員へ艦長達す。本艦はこれより火星宙域に向けて航行を開始するが、今更言うまでもなく現在この太陽系宙域全てが既にガミラスの勢力圏である。目下のところこれを如何にして突破するかが重要な課題であるが、ただ一つ言えることは生き残り、勝利するためには何よりも強くなければならない。諸君達はこの日のための特殊訓練を受けた精鋭たちであり、先の弾道弾迎撃から出航における手並みは見事であり、まことにご苦労であった。しかし、私を含め、諸君達は数日のうちに『ヤマト』に乗り組んだばかりであり、十分な配置教育、訓練を行ってはおらず、各部署単位の戦力、ひいては艦全体としての総合戦力は未だ完璧とは言えない。

 したがって、これより火星到着までのあいだに戦闘航海訓練を実施する。一刻も早く諸君らにはこの艦に慣れてもらい、自らの配置を我が家同様に知り尽くしてもらいたい。以上」

 

 私は――と言うより帝国海軍全体がそうだったが――前世から一貫して猛訓練主義である。

 こと現世に於いては『大和』艦長時代に十分な訓練を行えないままに出撃し、結果として沈めてしまったということが一種のトラウマとなったことで、尚の事訓練を重視していた。

 

 『ヤマト』に乗り組んだ者たちは揃って優秀な粒ぞろいだが、いかんせん各自極秘裡に訓練を受けていたために摺り合わせががほとんど出来ていない状態であった。

 

 先に述べた通り、軍艦とは常に乗組員全員が生死を共にした運命共同体である。

 

 その中で生の確率を上げ、戦いに勝つためには、まず渾然一体とならなければならない。

 

 これには本来相当な月日が必要となるのだが、今はそんな悠長なことは言ってられない。

 往復33万6千光年という距離を一年という僅かな時間で成し遂げなければならない我々にとって、まさに一分一秒が命も同然に貴重なのである。

 

「総員配置につけ!!」

 

 私のこの号令から始まって、『ヤマト』艦内にそれぞれの各部署責任者の声が飛び交い、乗組員達は機敏に動き回った。

 

 出航早々――それも危機を一つ乗り越えた直後――の休む間もなく発令された訓練であったが、さすがに選ばれた精鋭達だけあって、初めての割にはもたもた、まごまご等と酷評するようなものではない。

 

「総員配置終わりました、時間九分四十五秒」

 

「遅い。あと五分短縮するまで繰り返せ」

 

 だが、嘗て鍛え上げた帝国海軍の将兵たちに比べればまだ粗いところがある。

 

「火星到着までにできなくても、できるまで繰り返す。練度が上がらなければワープテストはできないと思え」

 

 ちと厳しいとは思ったし、計画に遅れが出ることも覚悟して私は言った。

 ほんの僅かでも未熟な処があるうちは太陽系外に出すわけにはいかない。

 

 加藤寛治大将ではないが「まだ足らん」である。

 

「まったく、ウチの艦長には思いやりがないよ」

 

 乗組員の中にはそんな不満をこぼすものもいたが、これは必要なことであって私事ではない。私は一切妥協する気はなかった。

 

「自分の艦の基本も分からないのに艦と運命を共にできるか!!」

 

 そう叱咤激励しつつ、とにかくこの航海の厳しさを理解させ、渾然一体となるべく、馬車馬のごとく猪突猛進、一生懸命に努力した。

 

 そのうちに、各自の摺り合わせも次第に出来てきて、それぞれが使用している機器の持つ癖なども見えてくる。

 

 “日進月歩”ならぬ“秒進分歩”の成果はしっかりと現れた。

 

「総員配置終わりました、時間五分五十四秒」

 

「・・・・・・よし、いいだろう」

 

 火星にまもなく到着というところで、まず一通りの訓練は終了となった。

 

 気づけば実に十六時間に及んだ訓練に乗組員たちも流石にクタクタであったが、動作と目の色は変わり、各自の摺り合わせも出来ていて、十分な自信をつけていた。

 

 この猛訓練の成果は、これ以降の航海に於いて『ヤマト』乗組員達が如何なる不意、不測の事態にも素早く行動できたことが何よりの証左である。

 

 

―――――

 

 

「諸君、イスカンダルへの旅は光の速度で航行しても、往復33万6千年という時間を費やすものとなる。それを我々は一年という限られた時間の中で消化しなくてはならない。その為には光速の壁を突破する『超光速ワープ航法』が必要なのだ」

 

 訓練終了後、早速艦橋下部の中央作戦室で、沖田提督を中心に真田副長、古代戦術長、島航海長、森船務長、徳川機関長、新見情報長、南部砲雷長、加藤航空隊長、平田主計長、そして艦長の私が参加してワープテストのブリーフィングが行われた。

 

「では、ワープの概要について述べてもらう。――副長」

 

 私が促すと、技術長兼務の真田副長が床のディスプレイ映像を混じえて説明する。

 

「ワープとは、ワームホールを人為的に発生させ、実質的に光速を超える航法です」

 

「ワームホール?」

 

 真田副長がいつもと変わらぬポーカーフェイスで説明するが、正直言って門外漢の私にはこの時点で何のことやらである。

 

「時空のある一点から別の離れた一点へと直結する空間領域のことです、艦長」

 

 真田副長が補足説明をしてくれるがさっぱりわからず、私は苦笑した。

 

「おい技術屋、貴様の中では簡単に言ってるんだろうがこちとら素人なんだ、悪いがバカでもわかるように教えてくれ」

 

「そうですね・・・・・・トンネルような抜け道、と言えばお分かりでしょうか?」

 

 少し困ったように言う真田副長に、私も首を捻りながら考えた。

 

「それはつまり、本来は迂回しなきゃいけない所を強引に真っ直ぐ突っ切るということか?」

 

「大まかに言えばそうなります」

 

 なるほど、要するにショートカットするということか。空間を捻じ曲げて・・・・・・うぅむ?

 

「儂にはよくわからんが、本当にそんなことができるのかね?」

 

 徳川機関長が私同様に首を捻った。

 

「理論上は可能です。ただタイミングを間違えると時空連続体に歪みを生み、宇宙そのものを相転移させてしまうこともありえます」

 

 真田副長の言い回しは一々専門的でイマイチ分かりにくいが、要するに失敗したら『ヤマト』ばかりか、この宇宙自体が吹っ飛んでなくなるとのことだ。

 

「・・・・・・恐ろしいものだな」

 

「それだけ波動エンジンの運用には細心の注意が必要だということだ」

 

 理論理屈は私には難しすぎるものだったが、この『ヤマト』の心臓とも言うべきモノが、ちょっとしたヘマで宇宙そのものを滅ぼすという“ビッグバン”級の爆弾であることは分かった。

 

「おい航海、貴様の手に宇宙の命運がかかることになる。責任は重大だぞ」

 

「わかっています」

 

 島大介航海長は緊張からか顔が若干引きつっている、否、あれは武者震いだろうか?

 

「それともう一つ・・・・・・」

 

 真田副長の言葉のあとで新見薫情報長が引き継ぐように発言した。

 

「我々は波動エンジンの莫大なエネルギーを応用した兵器を完成させ、『ヤマト』艦首に搭載することに成功しました」

 

「兵器・・・・・・ですか?」

 

「『次元波動爆縮放射機』。便宜上私たちは『波動砲』と呼んでいます」

 

 ワープ機能と並んで、次元波動エンジンの恩恵として特筆すべきがこの波動砲である。

 

「波動砲・・・・・・どんな武器なんです?」

 

 古代進戦術長が質問した。

 

「簡単に言えば、波動エンジン内で解放された余剰次元を射線上に展開、超重力で形成されたマイクロブラックホールが、瞬時にホーキング輻射を放ち――」

 

 ・・・・・・全然簡単ではない。揃いも揃ってどうして技術屋というやつは小難しい言い方をするのだろうか。

 

 若干頭痛を感じたが、要するに波動エンジン内に溜めたエネルギーをそのまま艦首砲口から艦そのものを砲身として発射する巨大な大砲ということだ。

 

 この方式は『キリシマ』の艦首陽電子衝撃砲で既に採用されているものだし、前の乗艦であった『チョウカイ』にも小口径ながら搭載されていたから、ワープの時ほど分からないことはなかった。

 

「情報長、その波動砲とやらはどの程度の威力を見込んでいるんだ?」

 

 私の質問に新見情報長は少し困った顔になる。

 

「申し訳ありませんが、現時点では未知数としか申し上げられません」

 

「未知数か・・・・・・」

 

「はい、何しろ前例がない上に試射もまだですので」

 

 またそれか。

 どうしてこう『ヤマト』は何から何までぶっつけ本番なのか。

 

「ただ、波動エンジンのエネルギー量を考えますと、これまで人類が保有した如何なる兵器をも上回る威力であることは間違いないでしょう」

 

 真田副長が補足した。

 

 確かに、一歩間違えたら宇宙そのものを相転移させ、消滅させるような代物なのだ。

 兵器として使用した際の威力は想像に難くない。

 まさか、宇宙が吹っ飛ぶ。なんて事はないだろうが・・・。

 

 いずれにせよ、試射は行わなければならないが、今はワープである。

 

 凡そ一時間ばかりのブリーフィングの結果、

 

 ・ワープテストは火星軌道を過ぎた非重力干渉地点より天王星軌道に向けて行う。

 ・実施予定時刻は〇一三〇。

 ・不測の事態に備え全員船外服を着用すること。

 

 以上のことを決定し、解散となった。

 

 

 ―――――

 

 

 ワープテスト実施までの間、私は総員に交代での食事、休憩を命じた。

 私自身も一旦艦橋下の艦長室に降りて食事を摂る。

 基本的に私は休憩時間には真っ先に艦橋を出るようにしている。

 無論有事の場合には常時艦橋に詰めているが、平時は逆に艦長がいつまでも残っていると部下は気を遣って中々休むことができずに迷惑することになるからだ。

 その代わり休憩上がりもいの一番である。時間にシビアであることも指揮官の条件だ。

 

 食事を摂り終えた私は艦橋後方観測室に足を運んだ。

 この艦橋後方観測室は私が居住する艦長室のすぐ真向かいに位置しており、観測室とはいうものの実質的には艦の後半部を見渡すことができる展望室として利用されている。

 

 愛用のタバコを取り出して火を点ける。

 

 前世の『大和』では遠慮なくほぼ常時咥えタバコを揺らしていた私だが――下士官、兵は基本的に定時的な休憩時間における「煙草盆出せ」の時のみ――、現在では既に何度か述べたように喫煙に対しては非常に厳しく、休憩時間に所構わず皆がタバコを吸って、火事場の如く煙が充満するという光景はこの『ヤマト』にはない。

 喫煙場所も細かく定められていて、私などは艦橋で吸おうとすると、無害であるにもかかわらず全員一致で止められてしまい――タバコの煙が計器類に良くないそうだ――、火を点けてないタバコを咥え揺らすまでしかできず、ブンむくれたものである。

 

 ここ艦橋後方観測室は数少ない喫煙許可区画の一つであった。

 一応艦長室も喫煙可であるが、窓のない艦長室よりも外の景色が眺められる展望室の方が気分はいい。

 

「――あ」

 

 満ち足りた気分でいた私は背後に人の気配を感じて振り向いた。

 

「おぉ、戦術か」

 

 展望室入口には棒を飲み込んだような姿勢で敬礼を捧げる古代戦術長の姿があった。

 

「どうした?貴様もここで息抜きか?」

 

「いえ、お邪魔でしたら・・・・・・」

 

「あぁ、遠慮するな、別にここは俺専用じゃない」

 

 ――ここは見晴らしがいいからな、と目を細めて笑う。

 

「貴様もやるか?」

 

「いえ、自分は吸いません」

 

 私の隣に立った古代戦術長にタバコを勧めるも断られたので無理強いはしない。

 

 タバコの煙を吐き出しつつ、視界の先に存在する現在の地球とよく似た赤茶けた惑星――火星を見据える。

 火星は嘗て地球からのテラフォーミングによって海が生まれ、多くの人々の住む、地球にとって距離的、精神的に最も近しい惑星であったが、古来より欧米ではマルス(ギリシャ神話の軍神)、支那では熒惑と呼ばれ、近づくごとに飢饉と戦乱を呼ぶ名うての凶星でもあり、その呪いかは知らぬが、二十年前に第二次惑星間戦争が起こり、結果火星の文明は滅び、元の荒星に戻ってしまったと聞く。

 火星在住の人々も残らず地球へと移住し、今となっては文明の跡とただの水溜りとなった海が残る、多くの人々の魂が眠る場所でしかない。

 

 ・・・・・・一人の異星人の魂もそこに含まれている。

 

「そういえば戦術」

 

「はっ?」

 

「火星でサーシャ・イスカンダルの遺体を無断で埋葬したそうだな」

 

 唐突なる私の指摘に古代戦術長の目が見開かれた。

 

 

―――――

 

 

「艦長、ワープテストの前に後部甲板に出ることを許可願えないでしょうか?」

 

 森雪船務長が艦長室に入ってきてそんなことを言ったのは、私が食事を摂り終えて一息ついていた所だった。

 

 「そりゃまた、異なことを言うな。何するんだ?」

 

 目的を問うと森船務長は何故か言いづらそうに口を噤んでしまう。

 

 水上艦であれば甲板に出るのに一々艦長の許可などいらないが、宇宙艦の場合は言うまでもなく艦外は宇宙空間であり、外に出るには船外作業服を着用しなければならず、気軽には出られない。その危険度から『ヤマト』のエアロックは常時厳重に閉鎖されており、乗組員といえども勝手には開けられないようになっている。

 

 現在は船外作業の予定はなく、あったとしても船務長の管轄ではない。

 

「目的も説明されないんじゃ、許可は出せんぞ」

 

 そう促すと、森船務長は意を決した様子で口を開いた。

 

「火星で亡くなったイスカンダルの使者・・・・・・サーシャの冥福を祈りたいのです」

 

「何?」

 

 森船務長の答えは私にとって意外なものであった。

 

 実はイスカンダルからやって来た第二の使者、サーシャ・イスカンダルが火星で息を引き取ったということは政府公式発表が行われていたのだが、その遺体がどうなったかということは何故か不明となっていたのである。

 

 したがって私はこの時初めてサーシャ・イスカンダルが火星に埋葬されているということを知ったのだ。

 

 私はこの時に森船務長を問い詰め、島航海長が密かに話したという、サーシャ・イスカンダル埋葬の経緯を聞き出したのである。

 

 その真相は、サーシャと最初に接触した古代戦術長と島航海長が持っていた。

 また聞きの話しとなるが、火星でサーシャの死を確認した二人は、彼女が乗ってきた宇宙船の脱出ポットを棺桶として司令部に無断で埋葬し、事後報告もしていなかったのだ。

 そもそもの発案者は古代戦術長であった・・・・・・。

 

 

―――――

 

 

「・・・・・・はい、自分の判断で埋葬しました」

 

 驚愕に目が見開かれたのは一瞬のことで、古代戦術長は誰が言ったのか等という恨み言は一切言わず、毅然とした態度で答えた。

 

「それは何故か?」

 

「地球に彼女の遺体を持ち帰れば、何をされるかわかりません」

 

 古代戦術長の話した理由は人間味溢れるものであった。

 

 なるほど、考えたくはないが、異星人であるサーシャの肉体を実験サンプルとして、SF映画に出てくるエイリアンの如くカプセル詰めにしたり、解剖しようとしたりする不心得の大馬鹿者がいないとは言えない。

 

「サーシャは遥か16万8千光年の彼方からたった一人で地球を目指し、その気の遠くなるような長い旅路の果てに僕らに生きる希望と勇気を与えてくれた恩人です。そんな人の思いを踏みつけにすることを、自分は断じて認められません」

 

 古代戦術長は実に良い目をしていて、まっすぐと私を見据えている。

 

 ――なるほど、本当によく似ている。

 

「そうか、いいことをしたな貴様」

 

 私がそう言うと、一歩も引かずと身構えていた古代戦術長「えっ?」という困惑顔になった。

 

「何だ? 俺が貴様を叱責すると思っていたのか?」

 

 古代戦術長の行動はなるほど、独断専行であることに違いないが、そもそも彼に課せられていた任務はサーシャ・イスカンダルと接触し、携えたメッセージを受け取ることであって、サーシャ・イスカンダルの遺体を回収することではない。

 

 実際に一部の人間は魚の如き冷たい目で古代戦術長の行為を非難するだろうが、それは軍人としての命令違反とはまったく関係のない別問題である。

 

 少なくとも私は遠き星よりの使者の魂を安らかに眠らしめんとした古代戦術長を責める気にはならなかった。

 

「誰がなんと言おうと、貴様は立派なことをしたんだ」

 

「艦長・・・・・・」

 

「それだけ言いたかった」

 

 この古代戦術長の「千万人といえども我往かん」の信念は、この後の航海でも度々垣間見ることになるが、その最初がこれで、なかなか見所のある奴だと嬉しくなったものである。。

 

 ――そろそろかな?

 

 私はタバコを煙草盆に押し付けてから、展望室外の後部甲板に目を遣った。

 

「あれは、森君?」

 

 釣られるように視線を向けた古代戦術長は、船外作業服を着て後部甲板に立つ森船務長に気づいたようだ。

 

 彼女の手には自身の手製だという白百合の造花が抱えられている。

 

「サーシャ皇女に感情移入できるのは貴様だけじゃないってことだ」

 

 

―――――

 

 

 森船務長から事情を聞いた私は、この申し入れは何を置いても便宜を図ってやりたいと思ったが、困ったことに『ヤマト』は現在ワープの準備中であり、今から宇宙葬の準備をしている時間がない。

 しかも事を突き詰めていくと古代、島両氏の独断専行に行き着いてしまう。

 いかにヒューマニズムとして正しいとしても、全員が全員それを認めるわけではない。

 大々的に行おうとすれば、いらぬ物議をかもすことになるのがオチだ。

 

 ――よし、俺の一存で許可しよう。

 

「船務長、ショートノーティスだし事情も事情だ、あまり長い時間おおっぴらには出来ないが、それでもいいか?」

 

「はい、結構です」

 

「よし、右舷後部甲板エアロックの解放を許可する。十分に祈ってくれ、俺も艦橋展望室から黙祷するからな」

 

「ありがとうございます、艦長」

 

 下手をすれば咎め立てされるのではないかと心配し、いざとなれば古代・島両氏を庇おうと思っていたのだろう。森船務長はホッとした表情になった。

 

「せめて、花束でもあればよかったんだがな」

 

 私がそう言うと、森船務長は「それでしたら」と、白百合の束を取り出した。

 生花が貴重なご時世なので驚いたのだが、よく見ると造花であった。

「どうしたんだ、これ?」と聞くと、何と船務長の手作りとのこと。

 

 森船務長は『ヤマト』乗艦前、司令部付として務める傍らで、オープンスクールで多くの子どもたちに現状を教え、工作や遊びを教える先生をしていたそうだ。

 

 余談だが、この時艦長室に掲げられている絵を見た森船務長が

「お子さんの絵ですか?」と聞いてきて、苦笑しながら事のあらましを話すとひどく驚いて、

「美晴ちゃんはオープンスクールの教え子だったんです」

と言ったのだ。

 

 なんと、あの美晴という少女が別れを悲しみ泣いていた“お姉ちゃん”というのは誰あろう森船務長だったのである。

 

 私もびっくりしたのだが、同時に絶望的状況下で子どもに未来への希望を教え続けてきたという森船務長には感心した。

 

 稀に見る立派な女性であると思う。

 

 

―――――

 

 

 森船務長は手に持っていた造花の白百合を宇宙に放った。

 

 森船務長からの受け売りだが白百合というのは“純潔”を意味し、古来より聖母・聖人に捧げられる花であるそうだ。

 サーシャ皇女の魂に捧げるにはもってこいだろう。

 

 火星を背景に宇宙に浮かぶ花束を見つつ、私は脱帽し静かに黙祷する。

 

 遥か16万8千光年の彼方から、見ず知らずの我々に救いの手を差し伸べるスターシャ女王。

 その女王の託した使命をたった一人で、命を賭して果たしたサーシャ皇女。

 

 正直なところスターシャ女王の真意については多分に不明な点が多いことは否めないが、少なくともその為に命を捧げた人物へは、そうした恩讐を超えた賛辞を禁じえない。

 それは何よりも信頼の証となる。

 論語にある“千里に遣いして君命を辱めず”とはこのことであろう。

 

 そして。サーシャ皇女はたった一人小舟一艘で16万8千光年を渡ってきた。一千人ででっかい艦に乗ってる我々ができないなんてわけにはいかない。

 

――人を想い、この星で潰えたその厳かで無垢なる哀悼と感謝を込めて。

 

 祈りの言葉であろうか、なかなかに詩的な古代戦術長の独白を耳にしつつ、私も誓いの祈りを捧げる。

 

 ――どうか安らかに。

 

 貴女が命を掛けて示した道筋、決して無駄にはしない。

 

 




古代、雪に有賀艦長が見所を感じました。


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第八話 「浮遊する大陸」

ご報告とお詫び。

2月17日に投稿済みであった本話ですが、改めて読み直したところ、我ながら有賀艦長の行動があまりに能天気に過ぎると感じたため、誠に勝手ながら加筆及び一部修正を加えました。
大変申し訳ございません。

                                  2月19日 佐川大蔵


 〇一二〇。

 

「重力非干渉宙域に入る」

 

「テスト開始十分前」

 

 第一艦橋では既に沖田提督を含めた全員が船外作業服を身に付けて、それぞれがワープテスト実施の最終チェックを行っていた。

 徳川機関長の姿はない。

 彼は直接エンジンの調整を行うため、機関室に降りている。

 

 艦長席に座る私も船外作業服に気密へルメットという完全装備姿だ。 

 艦長用コートを脱いでいるとは言え、少しかさばって身体の動きが悪い。宇宙での通常活動服が身体のラインに合わせた薄いものであることの意味がわかる。

 

 ――否、この息苦しさはそのせいだけではあるまい。

 

「司令官より総員達する。これより『ヤマト』は人類初のワープテストを行う。このテストに失敗すれば我々はもちろん、地球人類の破滅に結びつく。各人気持ちを引き締めて任務を遂行せよ。以上」

 

 沖田提督より訓示が行われ、いよいよピリピリしてくる。

 

 何しろ人類史上初めてとなる超光速航行を実施するのだ。

 これまでSFの世界でしかあり得なかった未知への挑戦、しかも失敗すれば破滅というウルトラハイリスクだ。古参、若手問わず緊張しきっている。

 

「ワープテスト最終フェーズに入ります」

 

 特に舵を握る島大介航海長などは、横目に見ても身体に力が入っているのが分かる。

 

「おい航海、力が入りすぎてるぞ。もっと楽にしろ」

 

「肩の力でしょう?わかってますよ」

 

 硬めの声で返事をしてから、しきりに肩を上下させている。

 ――ダメだこりゃ。

 

「バカモン。貴様肩の力抜いてどうやって操舵する気だ。力抜くなら膝にしろ、膝」

 

 スポーツの世界などでもよく言われることだが、実際には肩の力は抜こうとすると却って力が入るものであるし、そもそも肩の力を抜いたら腕が動かない。

 身体全体の力を抜いてリラックスするときは膝が良い。

 前世でほとんど立ちっぱで操艦を行い、やたら足が疲れていた時に膝を少し曲ることで力を抜いていたことからの経験則だった。

 

「あっ、ホントだ」

 

 島航海長と一緒にワープシークエンスを確認していた太田健二郎気象長が実際にやってみたのか納得の声を挙げた。

 この艦橋内では太田気象長が一番気楽なように見える。実際には彼とて航海責任者の一人なのだから緊張もひとしおだろうが、大阪出身者特有の陽性な態度でムードメーカーの役割を果たしていた。

 

「気象長、リラックスするのはいいが、座標は大丈夫だろうな?」

 

「大丈夫です。もし何かあれば腹切る覚悟です」

 

 太田気象長の半分以上は本気の冗談に私は苦笑して応じる。

 

「貴様の腹を切ったって出てくるのは食いモノだけだろうが、せめてウィスキーが出るようになってから切れ」

 

 この太田気象長、見れば分かるのだがやや肥満体で、事実大食漢として有名だった。

 

 このブラックジョークの応酬には思わず皆が苦笑したが、これで“ピーン”と緊張していた艦橋の空気も少しはほぐれた。

 

 これでいい。後は人事を尽くして天命を待つのみだ。

 

「テスト開始二分前」

 

「ワープ明け座標軸確認」

 

「確認した。天王星軌道S8630の空間点」

 

「座標軸固定する」

 

「速度12から33Sノットに増速」

 

 島航海長と太田気象長が最終シークエンスを次々と消化していく。

 

『両舷増速、出力40から99まで上げ。波動エンジン室圧上昇中』

 

 機関室の徳川機関長からも刻々と報告が入り、同時に『ヤマト』の速力が急激に上がっていくのを感じる。

 今まで経験したことがないほどの急加速と共に『ヤマト』は乱気流に突入した航空機のように“ガタガタ”と音を立てながら不規則に揺れる。

 

 ――どうもこの感覚は苦手だな。

 

 揺れの大きさは荒天の水上駆逐艦に比べれば屁でもないが、どことなく落ちる寸前の予感を感じる不規則な揺れは、今生にあっても未だ慣れない。

 

「速度30Sノット・・・・・・33Sノット・・・・・・」

 

 そんな私を余所に『ヤマト』は加速し続け、それに伴って揺れもどんどん激しくなる。

 

 それから時を置かずして、『ヤマト』の進路上正面に空間歪曲の反応が感知された。

 

「正面にワームホールが形成されていきます」

 

 真田副長の報告を聞くまでもなく、既に私の眼は光にも闇にも見える、壁のような穴のようなモノが徐々に拡がっていくのを認めていた。

 

「速度36Sノット!!」

 

「秒読みに入ります」

 

 森船務長の秒読みがスピーカーを通して全艦に響き渡る。

 

「10・・・9・・・8・・・7・・・」

 

 ――いよいよだ。

 秒読みが進むと同時に私も自然と姿勢を正す。

 

「4・・・3・・・2・・・1・・・」

 

「ワープ!!」

 

 島航海長が操縦桿を押し込んだ瞬間、『ヤマト』艦首がワームホールに吸い込まれるように突っ込み、徐々に艦体が飲み込まれていく。

 

 そして、ソレが艦橋にまで迫り包み込んだ時、一瞬ですべての感覚が消失し、私は意識を失った。

 

 ――南無三。

 

 

―――――

 

 

 ――どれぐらいの時間が経っただろうか。

 

 一瞬のことであったような、それこそ何百年もの月日が経ったような、逆に胎児に戻ったような、身体の輪郭がぼやけたような、原形質の海に浸かっているような、新鮮なような、何処か懐かしいような。

 そんな曖昧な感覚を咀嚼していた私はぼんやりと目を覚ました。

 

 ――明けたのか?

 

 そう考えを巡らせると、まどろんでいた思考が鮮明になっていく。

 周囲を見回すと全員意識を失っている様で、皆椅子に座ったまま上半身を前方に突っ伏している。

 

 ――どうやら無事なようだな。

 

 ワープに失敗して“ボンッ”とはならなかったようで、“ホッ”と胸を撫で下ろす。

 

 だが艦橋の外の景色を見たとき、私はそれには少し早かったことを知る。

 

 予定では『ヤマト』は一気に太陽系内周を抜け、天王星圏衛星チタニアの軌道に到達することになっている。

 従って予定通りであれば我々からは青緑色の天王星と白く磨かれた衛星チタニアが見えるはずであるのだが・・・。

 

 ――はて、いつから天王星は褐色になったのだろうか?

 

「これは・・・・・・」

 

「木星!? 何で・・・・・・」

 

 意識を取り戻した他の乗組員たちが予想外の事態に困惑していた。

 

 やはり見間違いでも記憶違いでもなく、我々の目の前に存在している惑星は天王星ではなく、太陽系最大の惑星である木星であった。

 

「おい航海、航路計算に間違いはないのか?」

 

 たまりかねて私は詰問した。

 

「時空座標の設定では確かに正常でした」

 

「再チェックしましたが異常は見られません」

 

 島航海長、太田気象長共に訳がわからないといった様子だ。

 

「艦長、予定ルート上に未知の障害物を感知。回避したのかもしれません」

 

 真田副長から報告が上がったが、その時けたたましく『ヤマト』に異常を知らせる警報が鳴り響いた。

 

「『ヤマト』、木星の重力場に捕まっています!!」

 

 太田気象長の報告に一気に血が引いていくのを感じた。どうやら原因を考察している場合ではないようだ。

 

「航海、最大戦速、直進急げ!!」

 

 私の号令に島航海長がスロットルレバーを押して脱出を試みる。

 

「くそっ、舵が効かない・・・っ。どんどん引き寄せられていきます!!」

 

 島航海長が悲痛な声を上げる。

 

「うろたえるな。艦長、機関室はどうか?」

 

 沖田提督が状況を考えれば静かに過ぎる落ち着き払った声を発する。

 艦長席のコンソールを見ると最大戦速を命じたにもかかわらず、機関出力が一向に上がらず、むしろ少しずつ下がってきていることが確認できた。

 

「機関室、状況知らせ」

 

『主エンジンからエネルギーが上手く廻らんのです。補助エンジンに切り替えてやってみます!!』

 

「よしっ。航海、安定翼展開、艦の姿勢を維持しろ」

 

「了解。補助エンジンに動力伝達、安定翼展開!!」

 

 島航海長が必死で操縦桿を握り艦の安定に務める。

 

 木星重力にいいように引っ張られ、引き廻されていた艦体がなんとか一定の姿勢を保つが、脱出するにはとても出力が足りない。

 このままでは遅かれ早かれ木星のメタンの海に引きずり込まれてしまう。

 

「気象長、近くに着陸できそうな衛星はないか?」

 

 木星は太陽系惑星の中では最多の66個もの衛星を有しており、運良くどれかに乗り上げられないもんかと思い質問した。

 66個あるとは言え、広大な宇宙空間で運良く当たる確率は非常に低いが、ダメで元々である。

 

「ダメです、この付近には――」

 

「レーダーに感あり。前方六万五千キロ」

 

 宇宙図を確認した太田気象長から予想通りの返答が返ってくるかと思いきや、森船務長が予想外の報告をした。

 

「何だ、艦か?」

 

 艦だとすれば敵である。現在の情勢下、我々以外の地球艦船が航行しているはずがない。

 

「船ではありません、大きすぎます」

 

「拡大投影しろ」

 

 艦橋大パネルに前方の映像が投影されるが、木星の濃密なガスや雲に覆われていてまったく解らない。

 

「赤外線映像に切り替える」

 

 パネル映像が切り替わり、その巨大な物体の形を鮮明に映し出した。

 

「島、だと?」

 

 その映像を見た時に自分の目を疑ったのは一人私だけではあるまい。

 

 だが、今我々の視界に入っているのは船でもなければ衛星でもない、紛れもなく島・・・否、大陸であった。

 念のため言っておくが、ここは宇宙である。

 

「この浮遊物体はほぼオーストラリア大陸と同程度の面積を持っている模様です」

 

「イレギュラーの物体です。おそらくこれに反応してワープ回避したのでしょう」

 

 太田気象長がレーダーを確認し、さらに真田副長も確認の上で報告する。

 幻でも見間違いでもないということだ。

 しかしなんとも異様な光景である。サファリパークで鯨が空を飛んでいるのを目撃すればこんな違和感を覚えるだろうか?

 

「艦長、この浮遊大陸に『ヤマト』を軟着陸させよう」

 

 沖田提督の判断は早かった。

 怪しいという域を遥かに超えている大陸に近づくことは危険を孕むが、今は非常時である。

 少なくとも木星のメタン海に永遠に沈むよりはマシだ。

 

「そうですな。――航海、進路そのまま、乗り上げろ」

 

「了解っ!!」

 

 周囲には浮遊する岩塊が多数認められ、『ヤマト』の進路を妨害していたが、見よ!島大介航海長の操艦の精密さ。すべてを紙一重、最小限の転舵で躱していく。

 

 岩塊を抜けるともう目前に大陸の岸が迫ってきていた。

 大陸上部の部分が、のしかかるように近づいてくる。

 

「総員、衝撃に備え!!」

 

 そう命じて、私自身も椅子の手すりに手を据えた数秒後、“ズシーンッ”“ドスンッ”と大きな音と共に激動が襲った。

 陸地に艦体を乗り上げるという経験は初めてだが―――前世でそれをやったら査問委員会に引っ張られる―――、魚雷命中かと思わんばかりの衝撃である。

 軟着陸とは言ったものの実際には強行着陸で、『ヤマト』は胴体着陸した航空機のごとく、艦底を“ガリガリ”と音を立てて引きずりながら勢いよく直進し続けている。

 

「後進いっぱい!!」

 

号令をかけて前部ノズルから逆噴射で制動をかけるがまだ足りない。

 

「錨撃ち込めぇ!!」

 

沖田提督が大声で号令をかけた。

突然のことで皆があっけに取られるが、私は即座に叫んだ。

 

「航海左だ!!左の山に撃ち込めぇ!!」

 

()えっ!!」

 

連続しての怒声に島航海長は反射的に投錨レバーを引いた。

左舷から射出された錨は真っ直ぐに山に向かっていく。

 

「何かに掴まってろ!!」

 

 私がそう言った直後、艦全体が一気に右に振られ、急激に傾く。

 錨が山に突き刺さり、猛スピードで進んでいた艦体が強制的に引っ張られて強力なGが総員に掛かった。

 『ヤマト』は急速で振り回されながら、最後は前方に迫っていた湖に右舷から突っ込み、ようやく停止した。

 

「・・・・・・ふぅ~」

 

 思わず大きく息を吐く。

 

「航海長、よくやった。見事だぞ」

 

 無論航海長への賛辞を忘れなかったが、当の島航海長は流石に性根尽き果てたのか、小さく会釈するのが精一杯だった。 

 

 ――まさか“捨錨上手回し”とはな。

 

 “捨錨上手回し”というのは先程行った投錨しての急旋回のことで、緊急回頭のテクニックの一つだが、これは遠く帆船時代に行われたもので、鋼鉄でできた艦では艦体に亀裂が生じる可能性があり、近代では行われなくなった技法である。

 前世の私も一回もやったことがなかったが、沖田提督はとっさの機転で考えついたのである。

 

 ――1本取られたな。

 

『艦長、エンジントラブルの原因がわかりました。主エンジンの冷却装置がオーバーヒートしとります』

 

 機関室の徳川機関長から疲れを感じさせない声で報告が来る。

 

「修理できそうか?」

 

『四時間もあれば何とか』

 

「よし、急いで修理に掛かれ」

 

 時間のロスは正直痛いが、四時間ならばむしろ短い時間と言うべきだろう。

 

「しかし、何やここは?」

 

 太田気象長が素の口調で呟いた。

 

 見れば見る程、今我々の立っている下が大陸であるという認識が濃くなる。

 大陸上の山々には樹木が繁茂し、湖や河まである。

 こんなものが宇宙図に載らないはずがないのだが。

 

「実に興味深い環境だと言えるね」

 

「そない冷静に・・・・・・」

 

「いや、かなり驚いているよ」

 

 表情に微塵も驚きを感じさせない真田副長が太田気象長とそんな応酬をしている。

 

「艦長、この大陸のサンプル採取と分析を行ってはどうでしょうか?」

 

「う~む・・・・・・」

 

 真田副長からの意見具申に私は少しばかり悩んだ。

 

 無論、真田副長は単なる興味本位でこんなことを言っているわけではない。

 

 太陽系七不思議の一つとして好奇心を刺激されるだけのモノならば良いが、これがもしも人為的なモノであったとしたら、それこそドッキリでは済まないのだ。

 

 何故ならば、今この太陽系で人為というものは地球かガミラスのどちらかだけ。地球でないとするならば・・・・・・。

 

「提督、ここが何であれ、どの道四時間はここに留まらなければなりません。ならば、今自分たちのいるこの大陸がどうなっているのかを調べることは必要と思慮します」

 

 “虎穴に入らずんば虎子を得ず”。

 

 ここが何であろうと留まらなければならない以上は情報を収集する必要がある。

 

 自然発生ならばそれで何事もなし。仮にガミラスのものであるならばそれはそれで手を打たなければならない。

 

 しかし、これは艦の責任者たる私ではなく、計画責任者の沖田提督に権限があるため、その場で意見を上申した。

 

 沖田提督は「よろしい」と即座に許可を出された。

 私は素人だが、宇宙物理学の博士号を持っているという沖田提督は、真田副長と同じく、この大陸の異質さを感じているに違いなかった。

 

 調査、分析行動が決定したところで、私は真田副長に調査分析を、古代戦術長に船外作業班編成を命じた。

 船外作業班の人選は古代戦術長が直轄する戦術科及び甲板部から人員を出すため、戦術長に一任。

 万一の事態に備え、各人武装の上、集団にて行動、行動範囲を艦周囲のみとし即時に帰艦できるようにした。

 

 ――それから。

 

「AU09、出番よ」

 

「番号ナンカデ呼ブナ、私ハ自由ナゆにっとダ」

 

“ピコピコ”と特有の電子音を放ちつつ、席を離れたアナライザーに艦橋要員がびっくり仰天する。

 

「こいつ、自立型だったのか?」

 

「うん?貴様ら知らなかったのか?」

 

 見廻すと真田副長と森船務長以外は「まったく」と首を振る。

 

 改めてアナライザーが艦橋要員たちに自己紹介をする。

 アナライザーは、正式名称「ロ-9型自律式艦載分析ユニット」とある様に、分析も役目のうちであるが、早速出番が廻ってきたというわけだ。

 

「おいアナ公、下手打つとまずいからな、手早く頼むぞ」

 

「ゴ心配ナク、私ハ天才・・・・・・ッテあな公?」

 

「アナライザーだと長いだろうが」

 

 私がそう言うと、アナライザーはかな~り不満げにブツクサとしばらく文句を言っていたが、森船務長から「いいじゃない」と言われると、即座に機嫌を直していた。

 

 ――ホントにロボットか、こいつ?

 

 妙に人間臭い野郎である。

 

 

―――――

 

 

『植物採集なんて、小学生みたいなんだなぁ』

 

『ぶつくさ言うな』

 

 船外作業が開始され、後部甲板から古代戦術長陣頭指揮のもと、甲板部員がロープを使って“スルスル”と降りていく。

 

 艦内には現在第二哨戒配備が敷かれ、各員が警戒に当たっている。

 

 ちなみに哨戒配備には第一、第二、第三の三種類が有る。

 

 第一は総員が交代なしで配置についている状態。戦闘配備そのままの即応体勢。

 第二は二直交代で、乗員の半数が配置についている状態。突発の自体には応急的な攻撃が可能であり、即座に戦闘配備に移れる。

 第三は三直交代で、乗員の1/3が配置についている状態。普段の航海中の配備がこれに当たる。

 艦長としては、敵に対する警戒と乗員の休養とを上手く調整し、いざという時に万全を期して全力を発揮できるよう、最善の処置が必要となる。

 

 私は第一艦橋にあって、全体の進行の監督に当たっていた。

 

「ちぇっ、呑気なこと言っちゃって」

 

 同じく第一艦橋で配置に付いている太田気象長や相原通信長がスピーカーから聞こえる甲板部員の愚痴に軽く舌打ちしている。

 

 船乗りにとって何が一番の楽しみかといえばまず間違いなく上陸である。

 戦艦という一種の閉鎖空間はいくら快適に作られていても、長期に乗っていれば参ってくる。

 例え任務であっても外に出て地面を踏むということは船乗りにとっては最高の喜びなのだ。

 

 ・・・・・・とは言え、今回のは休暇ではなく、得体の知れない地への探査任務なのだ。

 今の甲板部員のボヤきも緊張からくるものだろう。

 榎本宙曹長が現場指揮しているので大丈夫だとは思うが。

 

『気温、大気圧トモニ木星表面トハ著シク異ナル。

 大気成分、メタン67%、窒素6%、二酸化炭素21%。

 大気中ニあせとあるでひと、及ビえたのーるヲ検出』

 

 その中で張り切っているのか、アナライザーから早速の調査報告が第一艦橋に齎されてくる。

 

 どうやらこの浮遊大陸は外見上は地球の自然環境に近いようだが、宇宙服なしで活動できる環境ではないようだ。

 

「アルコールかぁ・・・・・・」

 

「何だ通信、貴様いける口か?」

 

 相原通信長の呟きに私は意外な思いがした。

 

 相原義一通信長は、第一艦橋要員の中では最年長の22歳だが、細面かつ華奢な体つきをしているため、どちらかといえば繊細な印象があって酒飲みのイメージが今いち沸かない。

 

「えぇ、昔は故郷でよく飲まされてましたから」

 

「岩手、だったか?」

 

「はい」

 

「成程、岩手の酒は甘いからな」

 

 そんなことを笑い合ってから太田気象長にも話をふろうとしたのだが、見ると太田気象長顔色が悪い。

 

「気象、どうした?」

 

「いえ、自分は下戸で・・・・・・というか、なんだか気分が・・・・・・!」

 

 そこまで言ったところで、限界なのか口元を押さえてゲーゲー言い出した。

 近づいてみると、胃袋が暴走しそうなのかグーグーと音を立てて、今にも反吐が出そうである。

 

 待て待て、いくら何でも酒の話題だけで酔うことはないだろう。

 それにこれはどちらかといえば船酔いの症状だ。

 

「おい誰か、医務室に――」

 

『あーっ、医務室より艦橋』

 

 医務室まで連れて行くように言おうとしたら、ちょうどそのタイミングで、艦内無線から佐渡酒造衛生長の声が響く。

 

「艦長だ、どうした?」

 

『おー艦長、さっきから体調不良を訴えとるモンがひっきりなしでしてな、念の為に報告しておこうと思ってのぅ』

 

 佐渡先生からの報告に眉を顰める。

 

 本来であれば戦闘即応の第一配備としたいところをワープによる乗員の疲労を考え、少しでも休息を取らせるため、思い切って第二配備としたがこれは予想外である。

 

 単なる酔いであれば良いが、もし違った場合今後の航海に差し障ることになる。

 

 ちゃんと自分の眼で様子を見に行ったほうがいいだろう。

 

「先生、太田気象長もこちらでダウンしているんだが、今から連れて行っても良いか?」

 

『構わんよ、やれやれ忙しい』

 

 佐渡先生には苦労をかけるが一応の了承を得たので、私は自ら太田気象長を連れて医務室に降りることにする。

 

「何かあったら艦内放送で怒鳴れ」

 

 第一艦橋の留守を当直の者たちに任せて、私は急ぎ艦橋を離れた。

 

 

―――――

 

 

 医務室に到着すると、成程戦場とまではいかないが、かなりの数の乗組員たちでごった返していた。

 皆一様にゾンビの様なゲッソリとした顔をしている。

 

「ワープ酔い?」

 

 佐渡先生から話を聞くと、皆が船酔いに見られるような苦しさ、切なさを訴えているとのことで、ワープを行った際に個人差で身体に影響が出たのだろうということだった。

 

「まぁ二日酔いみたいなもんじゃな、命には別状無いじゃろう」

 

 そう言う佐渡先生は影響ないどころか変わらずに一升瓶片手である。

 哨戒配備とは言っても、衛生科は負傷者が出ない限りは暇なので別に良いといえば良いのだが、相変わらずである。

 

 後から考えてみると、このときワープ酔いになったのは人格的に繊細、デリケートな者が大半で、見方によっては性格診断が出来たとも言えて面白かった。

 

 ちなみにイの一番に医務室にやってきたのは意外や意外、加藤三郎航空隊長であった。

 一目見てもうダメ。私が声をかけてもフラフラとしていて、今にも胃の中のモノが逆流しそうな状態だが、そこは宇宙軍魂。神聖な艦内を反吐で汚してなるものかと頑張っている。

 それでも佐渡先生から「どうじゃ迎え酒」と勧められた際にはさらに顔色を悪くして断っていた。

 存外繊細な男である。

 

 逆にこの中にあって一番元気いっぱいだったのは原田真琴衛生士で、ゾンビの集団の中を精力的に走り回っていた。

 

 困ったのは単に様子を見に来ただけであった私にまで、

 

「艦長もちゃんと診てもらってくださいっ!!」

 

「いや、俺は・・・・・・」

 

「ダメですよっ、酔ったまじゃ元気にお仕事できませんよ!!」

 

 そう言って有無も言わさず、強引に腕を抱き込まれてしばらく押し問答になってしまった。

 

 衛生士としての使命感なのか、元々の性格なのか、こと医療行為を行う際の彼女はそれ以外のことが目に入らないようだった。

 

 ・・・・・・抱き込まれた私の腕がちょうど彼女の胸の谷間に挟まれ、手のひらが太腿に当たっていることに全然気づかないぐらいに。

 

 私としては非常に役得であったが、外見の割に存外図太い娘であった。

 

 緊張状態のなかでそんな一幕があったが、ノンビリしている場合ではない。

 非常事態を告げる艦内放送が鳴り響く前に私は第一艦橋に駆け戻った。

 

 

―――――

 

 

 幸いにして、調査・分析中は何事も起こらず、無事に船外作業班の収容が完了した。

 

「やはりこの環境は太陽系外から人為的に持ち込まれたものでした」

 

 第一艦橋にて沖田提督とともに真田副長から報告を聞いた私は文字通り度肝を抜かれた。

 

 まず第一に、アナライザーが計測したこの大陸の大気、土壌は木星は元より太陽系のどの惑星の環境とも全く一致しないものあった。

 

 地球人類が太陽系惑星に進出してから既に一世紀が過ぎ、ガミラス襲来以前に惑星探査はほぼ完璧とされていた。

 ものの数十年で環境が激変した、とは考えにくい。

 

 そして第二に、船外作業班が持ち帰った大陸に繁茂している植物を分析した結果、遊星爆弾に含まれ、地球の環境を激変させた未知の異星植物とほぼ同一のものであることが判明したのである。

 

「将来地球をガミラスホーミングするため、そのテストケースとしてこの大陸ごと木星に移植したと思われます」

「奴らは大陸クラスを移植できる技術があるというのか・・・・・・」

 

 地球でも過去に火星をテラフォーミングしたことはあるが、その環境を維持したまま大陸規模で星系外に移動させることなど、それこそ思いもよらないことだ。

 

 沖田提督にはその凄まじさがよく理解できるのだろう。その口調は重々しくも驚愕が含まれていた。

 

 改めて自分たちの戦っている敵の科学力には戦慄を禁じえない。

 

「となると・・・・・・」

 

 この大陸がガミラスの手によってここに運ばれたモノだということは、ここには――。

 

「レーダーに感あり、ガミラス艦です!!」

 

 森船務長からの報告に艦橋に緊張が走る。

 

 やはり、敵がいたのだ――。

 

 




次回はいよいよ()()の使用ですね・・・・・・。


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第九話 「メギドの火」

波動砲プロセスで下品な想像をした私に総統閣下はお怒りです。


「全艦戦闘体勢!!」

 

「合戦準備、対艦・対空戦闘配置に付けッ!!」

 

 戦闘配備の号令とサイレンが艦内の空気を鋭く切り裂いた。

 ワープ酔いでダウンしていた者たちもこうなればそれどころではない。

 第二哨戒配備で休息していた半数の乗組員たちがそれぞれの部署に走る。

 

「艦種詳細解るか?」

 

 艦長席で愛用のタバコを咥え揺らしながら私は尋ねた。

 火を付けていないため物足りなさを感じるが、一応香りはする。

 

「艦種出ました、戦艦一、駆逐艦三を確認」

 

「それだけか?」

 

 太田気象長からの報告は私の予想に反して小規模なものであった。

 

 これまでの経験上、ガミラスは基本的には大規模な艦隊単位で運用されていることが多く、このように少数で行動していることは殆どなかったからである。

 

「敵艦隊、左舷より駆逐艦を前衛に接近中」

 

 森船務長からの報告と共に天井大パネルに敵艦隊の姿が映し出される。

 

 なるほど、既に嫌というほどに見慣れたその艦影は「ガ軍宇宙戦艦TYPE A」及び「ガ軍宇宙駆逐艦TYPE A」であり、数はどう見ても四隻だけだ。

 

「艦長、機関の修理が終わらないと、主砲にエネルギーを伝導できません」

 

 しかし、たった四隻とは言っても、今の『ヤマト』には難敵である。

 

 古代戦術長の報告に私は艦長席の艦内電話を取り上げる。

 

「機関室、修理状況知らせ」

 

『はぁ、溶けたエネルギー伝導管の修理がまだ掛かります』

 

「・・・・・・ショックカノンは使えんか」

 

 自分を納得させるつもりで呟く。

 

 機関故障中で実質“浮き砲台”の上、主要兵装となるショックカノンが使えないのでは、ちとキツイ。

 

「三式弾なら実体弾なので射撃可能です」

 

 南部康夫砲雷長が意見を具申する。

 

 確かにメインエンジンが停止していても、電源さえ動いていれば三式弾の射撃は可能である。

 それは地球での敵空母撃沈で既に証明済みだ。

 

 ―――が、

 

「三式は射程が短い、敵に初手を与えることになる」

 

 古代戦術長の反論は事実だった。

 

 『ヤマト』の主砲である四八センチ砲は、三式弾では射程五万メートルを超える。

 嘗ての『大和』に、アウト・レインジ戦法を前提として搭載された四六センチ主砲の射程が約四万メートルであることと比較すれば驚異的な射程距離である。

 

 ――が、それは古き大艦巨砲主義時代の話である。

 

 二十二世紀の現在では、フェーザー砲、ミサイル技術の発達で射程数百~数千キロが当たり前であり、こと重力下におけるフェーザーと実弾の射程距離の差はライフルとピストル程に違う――宇宙空間ではフェーザーはエネルギーが減衰してしまうのに対し、実弾は障害物に当たらない限り進み続けるため逆となる――。

 

 唯一、フェーザー砲は真っ直ぐにしか進まないため、今回のように起伏の多い場所ではある程度接近しなければならないのが救いだが、それでも三式弾よりは手が長い。

 

「ショックカノンならロングレンジで叩けるのに・・・・・・」

 

 古代戦術長の口調には悔しさが滲んでいた。

 

 位置的には盆地の多い地上に着陸している『ヤマト』は、低空を浮遊して接近するガミラス艦に対しては有利だ。

 何故ならば『ヤマト』を下方に臨むガミラス艦は、ある程度高度を上げて斜め前につんのめる体勢にならなければならないのに対し、我が方から見るガミラス艦は水平よりやや上方という実に狙いやすい位置にあるのだ。

 

 これでショックカノンが使用出来れば、敵の射程圏外から一方的に叩くという『大和』本来の運用方が実宣できるのだが・・・・・・。

 

 と、このとき真田副長から、

 

「艦長、バイパスを通せばショックカノンも数発は撃てるはずです」

 

 との意見具申があった。

 

 元々ショックカノンは『キリシマ』にも決戦兵器として搭載されていたように、波動エンジンが動かなくとも、二基の補助エンジンが無事であればバイパスを繋ぐことで一応の使用は可能だ。

 ただし、エネルギー量が事実上無限に等しい波動エンジンと異なり、補助エンジンではショックカノンで喰われるエネルギーが膨大ですぐ空になってしまうため、通常はこのような使用法はしない。

 

 咄嗟に発想の転換をした真田副長の提言は僥倖であったが、実はこれにも頷けない理由が一つあった。

 

「既に一番、二番主砲には三式弾が装填済みです。これを除かなければ切り替えられません」

 

 この時『ヤマト』は第二哨戒配備を発令した際に主砲に三式弾が装填済みであった。

 ショックカノン使用が不可であるという前提で不意の敵襲に備えた措置だったのだが、それが裏目に出てしまったのである。

 

―――しまったなぁ・・・・・・。

 

 既に装填されている砲弾を砲鞍から抜くことは出来ない――正確には出来なくはないのだが、時間と手間が掛かりすぎる上に危険度が高い――。

 

 前世での軍艦でもそうだが、こういう場合は早く使い切るために早々と斉射を行うのがセオリーだ。

 西暦1943年11月の『第三次ソロモン海戦』では実際に戦艦『比叡』、『霧島』がそうしている。

 

 しかし、現状では、そのやり方でもちと時間が足りない。

 

 幸いと言うべきか、後部の三番主砲と二番副砲は直下に格納庫が存在するために実体弾使用が不可のため、すぐにでもショックカノンは使えるが、一番、二番は完全に遊ぶことになる・・・・・・。

 

 ――いや、待てよ。

 

『修理はあと五分ほどで終わります、それまで何とかなりませんか?』

 

 機関室では必死の修理作業が行われている。

 あまりグズグズしてはいられない。

 

 ――よし、これで勝負を掛けよう!!

 

「戦術長、後部砲塔バイパスを繋げ。前部砲塔は現状のまま戦闘」

 

「しかし艦長――」

 

「提督、()()()()()()にて迎撃します」

 

 古代戦術長の言葉を遮って私は沖田提督に具申した。

 

 その内容に一瞬艦橋に“うん?”“えっ?”といった具合の困惑した空気が漂った。

 

「よかろう」

 

 だが、沖田提督は私の言わんとしたことを察して頷かれた。

 

 それに頷き返して私は古代戦術長に顔を向ける。

 

「おい戦術、『ヤマト』の武器は大砲だけか?」

 

 そう言うと、古代戦術長は気づいたようで、即座に指示を出した。

 

「南部、後部煙突ミサイル(VLS)発射準備」

 

 そう、『ヤマト』の武装は何も大砲だけではない。

 

 八連装の煙突ミサイル、艦首、艦尾、両舷側魚雷など実に四十四門ものミサイルを搭載しているのだ。

 

 艦首、艦尾、両舷の魚雷は射程が短く、元より現在の位置からでは発射できないが、大型の煙突ミサイル(VLS)であれば、状況を加味してショックカノンとほぼ同等の射程で攻撃できる。

 

 忘れてもらっては困るが、元々私は大砲撃ちの“鉄砲屋”ではなく、車曵きの“水雷屋”である。

 強力な砲撃力を持った戦艦に乗っていようとも、雷撃という攻撃法の存在を忘れることなどない。

 

 古代戦術長、南部砲雷長の必要最低限の言葉とパネル操作の音が艦橋内に響く。

 

 沖田提督の方を見ると、身じろきもせずに前を見据えておられた。

 

 こういった時に、細々とした指示をこの人物が出すことはほとんどない。

 ここに居る全員を信頼し、自身の責任のもとですべてを委せきっている。

 そんな度量の大きさを感じさせる。

 と、なれば我々もそれを裏切るわけにはいかないと意気に燃える。

 

 細かい作業が終わるまで命令することのない私は双眼鏡を構えた。

 

 まだぼやけてはいるが敵はなお接近し、徐々にその姿を鮮明なものにする。

 

 三隻の駆逐艦がさながら獲物に向かう狼のごとく突進し、その後方を旗艦であろう戦艦が悠然とした動きで『ヤマト』の背後に回ろうとしている。

 

 ――まるでヤクザの親分気取りだな。

 

 何となく子分を最前線に殴り込ませて、遠くにふんぞりがえっている親分というのを連想させて、一人“ニヤリ”となる。

 

 我が心中は余裕であった。

 

「主砲エネルギー来ました、ショックカノン撃てます!!」

 

 既に砲塔が鎌首のように持ち上げられ、自分たちに向けられていることは見えるはずだが、敵に回避行動等の対応する様子は見られない。

 

 たかが地球の戦艦一隻と思って舐めているのか、或いは被害覚悟で必殺の肉薄攻撃を加えるつもりか。

 

 ――まぁ、どちらでもいい。

 

 やることは変わらないのだ。

 

煙突ミサイル(VLS)は先行する駆逐艦二隻にそれぞれ四発、三番主砲は後方に回りこんでくる戦艦を叩く!!」

 

「目標補足した、自動追尾よし!!」

 

 これまでの地球艦ならばいざ知らず、この『ヤマト』をあれしきで仕留められると思っているならば、その考えの甘さを教えてやるだけだ。

 

「射撃用意よし!!」

 

 ――悪いが授業料は命で払ってもらうぞ。

 

「左砲雷戦、戦術長指示の目標――撃ち方始めッ!!」

 

「後部砲戦!!主砲、撃ち方始めッ!!」

 

 戦闘開始。

 三番主砲が咆吼し、敵戦艦を目標に青白いショックカノンが吐き出される。

 

 螺旋を描くように絡み合いながら進んだ衝撃エネルギ―は敵戦艦中央部に命中し、直後あっさりと艦体を分断させ、敵戦艦は紅蓮の炎に消える。

 

煙突ミサイル(VLS)発射始めッ!!」

 

斉射ッ(サルヴォー)!!」

 

 ほとんど間髪入れない古代戦術長の命令を南部砲雷長が応じ、パネルの発射ボタンに触れる。

 『ヤマト』艦橋後部の煙突状の八連装ミサイル発射塔から、煙とともに発射された対艦ミサイル八発が一直線に上空に飛翔する。

 

 一旦上空に上がったミサイルは即座に“ククッ”と軌道を変えて敵駆逐艦に逆落としに突っ込んでいく。

 

 だが、敵も間抜けではない。

 

「敵艦、対空戦闘始めました」

 

 迫り来るミサイルに対し近接防御火器が応戦しているのが確認され、結果八発のうちの半数は迎撃された。

 それでも残る四本は寸分違わず目標に命中した。

 

 敵にとって幸か不幸か、二隻の駆逐艦の命中は片方に三発、もう片方に一発であった。

 

 運のない三発命中の一番駆逐艦はひとたまりもなく叩き折られたかのように艦体がねじ曲がり、やがて大爆発を起こして消えた。

 

 一発の被弾で済んだ二番駆逐艦は流石に誘爆を起こすほどではないが、それでも艦体からは黒煙をあげ、速力は見る間に低下していった。

 

「左舷、魚雷接近、数六!!」

 

 森船務長の落ち着いた声が告げる。

 

 初撃で旗艦を含む僚艦を一気に屠られたにも関わらず、敵三番艦は果敢に肉薄攻撃を加えてきた。

 更に損傷した敵二番艦も「ただではやられん」とばかりに生き残った発射管から二本の魚雷を発射してくる。

 

「対空防御、弾幕射撃始めッ!!」

 

 迫り来る空間魚雷に対し、左舷の高角速射砲群が一斉に猛射し、弾幕を張る。

 光線のシャワーに突っ込んだ魚雷は次々と破壊されていく。

 

 だが、六本の魚雷は、皮肉にも損傷した敵二番艦が同三番艦からやや離れた位置から発射したために攻撃範囲が広がり、『ヤマト』の弾幕を薄いものにした。

 

「一発すり抜けた、来ます!!」

 

 結果、六本中、速射砲の俯角限界を超えて破壊を免れた一発が『ヤマト』左舷後部に命中した。

 

「左舷後部甲板に被弾!!」

 

「機関室は大丈夫か?」

 

 命中箇所は機関室にほど近い場所だった。

 

『何やら銅鑼のような音がしましたが、何かありましたかな?』

 

 徳川機関長からの惚けたような返事に思わず苦笑する。豪胆な爺さんだ。

 

「甲板にレベル1の装甲剥離、戦闘、航行に支障なし」

 

 さすが『ヤマト』。魚雷の一発など、ものの数ではなかった。

 

 敵三番艦はなおも接近してくる。

 敵ながらあっぱれな闘志である。

 

「敵艦、三式弾射程に入った!!」

 

 だが、それはこちらの思う壺だ。

 

「主砲三式弾、撃ち方始めッ!!」

 

()ぇっ!!」

 

 号令一下、ショックカノンとは異なる轟音と震動が起こる。

 

 前甲板を一番、二番主砲六門から吹き出た火が赤々と照らし、艦橋視界を煙が覆う。

 そしてその砲身から放たれた六発の三式弾は、果敢なる二隻の敵駆逐艦にほぼ水平に直進し、その装甲をいとも容易くぶち抜き、突き刺さる。

 

 “ゴーン”という鐘の音でも聞こえてきそうな具合に敵艦はバランスを崩して地面に墜落。その刹那大爆発が起こり、炎があがった。

 

「敵艦隊撃破!!」

 

『こちら機関室、修理完了しました』

 

「よろしい、よくやったッ!!」

 

 古代戦術長が報告するとほぼ同時に機関室から上がってきた修理完了の報告に、私は思わず大声で賛辞を述べた。

 

「艦長、砲撃やめ。機関始動、錨上げッ!!」

 

「了解。航海長、両舷前進強速、上舵三十二度、発進」

 

宜候(よーそろー)

 

 『ヤマト』は波動エンジンを始動させる。

 大陸の楔が解き放たれ、左弦を向いていた砲塔が正面の位置に戻る。

 

 『ヤマト』が力強い勢いで前進し、艦首に掻き分けられた水が“ドドォー”っと前甲板に落ちてくる。

 

 だが、『ヤマト』が勢いそのままに空中に浮かび上がるとやがてそれも消える。

 

 『ヤマト』は“嘗て在った場所(水の上)”から、“今在るべき場所(宇宙空間)”へと飛翔したのだ。

 

「提督、このままガミラス基地を叩きますか?」

 

 大陸外縁部に達しようというところで、私はそう具申したが、

 

「いや艦長、まずは脱出が先だ、このまま直進せよ」

 

 と、言われたので『ヤマト』はそのまま直進し、浮遊大陸を離れた。

 

 

―――――

 

 

「艦長、回頭180度。艦首を浮遊大陸に向けよ」

 

 浮遊大陸との距離が二万三千キロまで離れ、或いはこのまま三十六計を決め込むのかと思った矢先に沖田提督が下令された。

 

 流石に私も沖田提督の真意を測りかねた。

 

「これよりガミラスの基地を攻撃する。但し敵の規模が分からない中であるし、時間的ロスは許されん、一気に叩く」

 

 ここまで言われて、私も沖田提督の意図を察した。

 

「波動砲、ですな?」

 

 私が確認するように言うと、沖田提督は頷かれた。

 

「うむ、波動砲の試射を兼ねて敵基地をここで討つ」

 

 『ヤマト』最強の武装である“波動砲”。

 ワープ航法と並んで、まだ未知の存在であるこの兵器の使用については通常と異なり、艦長である私ではなく、計画総指揮官たる沖田提督の決定に委ねられている。

 ちょうど、嘗て核兵器使用の権限が現場の軍人ではなく、その国の最高指導者(大統領、首相等)に委ねられていたのと同じである。

 

「波動砲の威力は未知数です。効果が不確定な状況下での使用はリスクが高すぎるのでは?」

 

「下手をすると『ヤマト』自体がダメージを受ける危険があります。ここは自重するべきです」

 

 真田副長と島航海長が反対意見を述べる。

 ワープで、予期せぬトラブルが発生したということもあって、やや慎重だ。

 

「やってみようじゃないか、ここでダメだったら先に行ってもダメなんだ」

 

 艦橋に戻って来ていた徳川機関長は賛成のようだ。

 

「敵の基地が目の前にあるんです。どんなことがあっても叩き潰すべきです」

 

 更に南部砲雷長もやや好戦的な意見を以て賛成する。

 

 どの意見も正論である。

 沖田提督は口を挟むことなく、黙って部下たちの意見に耳を傾けている。

 

「戦術長、貴様の意見は?」

 

 私は古代戦術長に意見を求めた。

 

 波動砲を発射する際、実際に引き金を引くのは彼なのだ。

 

「戦術長としましては波動砲の使用に賛成します。この先の戦いのためにも自分は『ヤマト』の力の全てを把握する必要があります」

 

 「うむ・・・・・・。」

 

 軽く頷いてから私は沖田提督の顔を見る。

 

「艦長、君はどうか?」

 

 沖田提督の問いかけを受け、私は言った。

 

「艦長としましても、『ヤマト』のあらゆるテストを今のうちに済ませておく必要があるものと思慮します」

 

 私がそう言うと意見が一通り出終わったと見て、艦橋クルーが提督の決断や如何に、と注目する。

 

 沖田提督は全員の顔を見渡してから口を開いた。

 

「総員、波動砲発射準備にかかれ!!」

 

 決定は下った。 

 

 意見具申や反対していた者も、こうなれば命令に服従し、全力を尽くして任務を達成するのみだ。

 

「航海長、取舵反転、艦首を浮遊大陸に向けろ」

 

「了解、艦首を大陸に合わせます」

 

 右舷スラスターが噴射し、『ヤマト』が左向きに回り、浮遊大陸を正面に取る。

 

「艦内の電源を再起動時に備え、非常用に切り替える」

 

 真田副長が必要措置を採り、艦内の照明が全て切られ、艦橋を含めた艦内が真っ暗になる。

 

 従来の地球艦船におけるショックカノン使用時同様、『ヤマト』の波動砲使用時は波動エンジンの全エネルギーが開放されるため、発射後は推進力が失われてしまう。

 前者の場合はエネルギーが再充填されるまでその場に留まるようになっていたが、後者では波動エンジン再起動までの間は補助エンジンで航行することになる。

 そのため、波動砲発射時はこの補助エンジンにエネルギーを蓄えておく必要があるため、補助エンジンで賄われている艦内の照明設備はこのように全て止められる。

 

 この先は私が艦長としてやることはない。

 波動砲発射プロセスは沖田提督の管理下にあるからだ。

 

「航海長、操艦を戦術長に回せ」

 

「戦術長に回します」

 

「戦術長いただきました」

 

 古代戦術長の前に、波動砲の発射トリガーがせり上がってくる。

 この発射トリガーは波動砲発射時には操縦桿にもなる。

 波動砲はそのシステム上、照準を艦事態の姿勢制御にて行うため、この瞬間は操艦も戦術長の管轄となるのだ。

 

 「森、大陸の熱源は?」

 

 「大陸中心部の盆地に集中しています」

 

 この場合、熱源というのは敵基地を指す。

 

 「座標を送れ。――古代」

 

 「了解、艦首を大陸中心に向けます」

 

 さらに森船務長が解析した情報も戦術長へと渡る。

 それを基にして、照準を合わせる。

 

 「波動砲への回路開け」

 

 「回路開きます、非常弁全閉鎖、強制注入器作動」

 

 徳川機関長が応じ、波動エンジンのエネルギーが波動砲に充填され始める。

 

 「安全装置解除」

 

 「セーフティロック解除、強制注入器作動を確認、最終セーフティ解除」

 

 波動砲にエネルギーを充填する音がゆっくりと聞こえてくる。

 

 「ターゲットスコープオープン」

 

 「薬室内タキオン粒子圧力上昇。・・・・・・86・・・・・・97・・・100・・・・・・エネルギー充填120%」

 

 だが、プロセスが進むにつれてその音は段々と早く、切羽詰ったような音に変わっていく。

 

 下品な言い方になるが、男性の性的興奮~臨界をイメージさせた。

 

 「浮遊大陸、艦首方向二万三千キロ、相対速度36」

 

 「艦首、軸線に乗った。・・・・・・照準、誤差修正プラス2度」

 

 そんなことを思っているうちも、淡々とプロセスは進む。

 艦首の波動砲口にエネルギーが充填され、細かい光の粒子が吸い込まれるように集まっていくのが僅かに見て取れた。

 

 「波動砲発射用意、対ショック、対閃光防御」

 

 艦橋の窓に減光の為のフィルターがかかり、さらに乗員は全員対閃光用のゴーグルを着用する。

 

 ただでさえ真っ暗だったのが、最早自分の眼の前に手をかざしても分からないほどになる。

 僅かに計器類の光が見えるだけだ。

 

 「電影クロスゲージ明度20、照準固定」

 

 ――いよいよ最終段階である。

 音だけでもエンジン内のエネルギーが暴発しそうなほどになっているのがわかる。

 

 「発射10秒前・・・・・・9・・・・・・8・・・・・・」

 

 秒読み開始。

 

 「7・・・・・・6・・・・・・5・・・・・・」

 

 誰もが息を飲み、ピクリとも動かない。

 

 「4・・・・・・3・・・・・・2・・・・・・1・・・・・・」

 

 「撃て」

 

 沖田提督の声を合図に、古代戦術長は無言で引き金を引いた。

 

 瞬間――二重の減光フィルター越しの視界が眩いばかりの青白い閃光に照らされた。

 

 

―――――

 

 

 ――――何が起こった?

 

 眼の前に広がる光景に、私は咥えタバコを落としたことにも気づかず呆然としていた。

 

 つい先程まで、私の目の前にはオーストラリア大陸の大きさに匹敵する巨大な浮遊大陸が存在していたはずである。

 

 だが、眩いばかりの閃光が消えた今、私の目の前にそんなものは存在しない。

 

 代わりに私の眼前に広がっているのは、大陸を遥かに上回る巨大な火球だった。

 いや、大陸が燃え上がっているのではない。言葉通り火球しか存在しないのだ。

 

「艦長!!衝撃波が来ます。到達まで五秒!!」

 

 森船務長の切羽詰った声に“ハッ”と我に返る。

 

 ――馬鹿野郎、放心してる場合じゃない!!

 

「機関始動、上舵いっぱい、全速離脱!!」

 

 命令の復唱が来る前に『ヤマト』を凄まじい衝撃波が襲った。

 まるで巨人の手で掬い上げられたかのように、『ヤマト』艦首が上を向く。

 その『ヤマト』を木星の重力が再度引きずり込まんとしている。

 

「島君、焼きついても構わん、限界まで噴かせ、早く!!」

 

 徳川機関長が矢継ぎ早にそう言いながら、機関出力を上げる。

 

 元より島航海長も全力で操艦している。

 

 この必死の頑張りが功を奏したのか、ゆっくりとした沈下が数瞬停止した後、一気に浮上した。

 『ヤマト』は何とか木星の重力圏から脱出するだけの推力を出すことができたのである。

 

「木星の重力圏を離脱しました」

 

「よし、ご苦労」

 

 どうなることかと思ったが、木星重力圏を抜けて安定航行に入ったところでようやく一息つく。

 

 ふと足元を見るとタバコが一本落ちている。

 ようやく口元から落としたことに気づいた私は、それを拾いつつ先程の光景を思い返す。

 

「・・・・・・艦長、大パネルに木星を投影せよ」

 

 沖田提督の命を受け、改めて木星の様子が大パネルに投影される。

 

「ひっ・・・!」

 

 艦橋内で誰かが悲鳴を上げたが、それを咎める者はいない。

 誰もがその光景に絶句していた。

 

 大パネルは先程まで我々がいた浮遊大陸のあった筈の場所を映している。

 

 だが、そこに浮遊大陸の姿はやはりなく、紅蓮と評すべき巨大な火球が存在していた。

 

 そればかりか、その火球の背後にある木星本星の一部がキレイに抉られてしまっているではないか。

 

 ――大陸そのものを吹っとばしただと・・・・・・?

 

 あまりの事にさすがに冷や汗が出る。

 

「これが、波動砲」

 

 古代戦術長が静かに呟いた。

 

「――すごい武器だよッ!!」

 

 興奮した様子で歓声を上げたのは南部康夫砲雷長だ。 

 

「これさえあればガミラスと対等に、いや、それ以上に戦える!!」

 

 その気持ちはわからないではないが、明らかに場違いなはしゃぎっぷりだった。

 

「いや、我々はガミラスの基地さえ潰せばそれでよかったはずだ」

 

 真田副長の発言に何人かが“ピクリ”と反応を示した。

 

「しかし波動砲は大陸そのものを破壊してしまった」

 

 ガミラスの基地だけを潰すつもりが、大陸自体を破壊してしまった。

 こちらの意図を遥かに超えた明らかなるオーバーキルであった。

 

 ――我々は許されない事をしたのかもしれない。

 

 そんな思いが真田副長の発言から読み取れた。

 

 「――我々の目的は敵を殲滅することではない。

 『ヤマト』の武器はあくまで身を守るためのものだ」

 

 沖田提督の静かながら重々しい言葉に、総員寂として声なしも無かった。

 

 

―――――

 

 

「失礼します」

 

 木星をはるか背後に望むようになった頃、私は第一艦橋直上の提督室を訪れた。

 

 本来であれば天王星に出ているところを、木星への緊急ワープアウトというアクシデントのために急遽航路の再検討を余儀なくされたため、各長に創案を命じて改めて会議を行うことになった。

 その準備が出来たことの報告であった。

 

「そうか、わかった」

 

 沖田提督は難しい顔をしていて、心ここにあらずといった様子だった。

 

「乗組員たちの様子は?」

 

 先の波動砲による士気のことである。

 

「皆、少しばかり浮ついておりますな・・・・・・」

 

 私はありのままを報告した。

 

 波動砲のその恐るべき威力に乗組員たちの反応は様々であったが、大まかに見れば二つだ。

 

 南部砲雷長のように敵の殲滅を容易とする兵器に沸き立つもの。

 森船務長のようにその常軌を逸したと言うべき力に恐怖するもの。

 

 真田副長などはもう少し広い視野で見ているようだったが。

 

「宇宙さえ滅ぼしかねない力だ、無理もあるまい」

 

 そう言われる沖田提督共々私は静かにため息をついた。

 波動砲がこれまでの常識を超える超兵器であることは既に聞いていたが、たかだか三〇〇メートル程度の戦艦の艦載砲にこれほどの威力があろうとは想像だにしていなかった。

 

「有賀君はどう思う?」

 

「正直なところを申し上げれば、我々にとってこの上ない力であるとは思います」

 

 波動砲という、それこそ核兵器すら霞むような兵器は、これまで一方的にガミラスにやられてきた我々にとって頼もしい存在だ。

 それは否定できないが―――。

 

「しかし、もしもあの兵器を撃ち合うような戦をしたら、と思うと・・・・・・」

 

 想像するに恐ろしい。

 

 ガミラスだって馬鹿ではない。『ヤマト』に波動砲という超兵器が存在するのを知れば、何らかの対抗策を講じてくるはずだ。

 

 ガミラスの科学力を考えれば、それこそ同様の兵器を持ってくるかもしれないし、あるいはもっと強力な破壊兵器を持ち出すかもしれない。

 

「・・・・・・我々は禁断のメギドの火を手にしてしまったのかもしれんな」

 

 ――メギドの火。

 旧約聖書においてソドムとゴモラを焼き払ったという滅びの力。

 

 人が弄ぶには過ぎたる力だ。

 

「いや、今は思うまい。有賀君、これが試しであるならば我々はその行動で、良き道を示してゆくだけなのだ」

 

 例え滅びの力であったとしても、我々は既にそのカードを切ってしまった。

 

 一度手にした力を手放すことは残念ながらできない。

 

 人間は本質的には臆病だ。

 敵対する相手が現れたとき、より優れた力を持とうとする。

 

 戦艦『大和』も、広島・長崎に落とされた原爆に始まる核兵器もそうした思想から生まれたのだ。

 

 人間にできることといえば、沖田提督の言われたように、手にした強大な力で自らを滅ぼさぬように賢くなっていくしかないだろう。

 

 守るも攻むるも、結局は我々自身が頼みなのだから。

 

 沖田提督の言葉に、私は黙って頷くことしかできなかった。

 

 

                            ―――人類絶滅まで、あと364日。

 

 




大ガミラスに私は不要のようです。


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第十話 「エンケラドゥスへの道」

本日は、戦艦大和68回忌。
大和乗組員の遺族でもなんでもない私ですが、一人の日本人として謹んで哀悼の意を表します。


 2月11日。

 中央作戦室で木星からの航路検討のための会議が催された。

 

 出席者は先のワープテストブリーフィングから、加藤航空隊長と徳川機関長を除いた面々である。

 

 真田副長が会議を仕切る形で発言する。

 

「国連ヤマト計画本部が立てた航海日程には、冥王星での日数のロスは含まれていません。つまり、『メ二号作戦』の発令は我々の判断に委ねられているわけです」

 

 今回の会議の大きな検討事項は、太陽系を脱出するにあたって冥王星をどうするか?ということだった。

 今更説明するまでもないが、冥王星には開戦時よりガミラスの大規模な前線基地が存在している。

 『ヤマト』の航路を決めるに当たって、謂わば関門とも言えるこの冥王星基地は避けては通れない事案であった。

 

 先のワープテストブリーフィングは“大人の会議”で極めてスムーズに進行したのだが、この会議では、取り分け古代進戦術長と島大介航海長の意見の対立が目立った。

 

「やるべきですよ!! 後顧の憂いを断つという意味でも、冥王星は叩くべきです!!」

 

 古代進戦術長は断固やるべし、と勢いこんで発言した。

 これには、南部康雄砲雷長も当然でしょうとばかりに頷いている。

 戦術科のほぼ総意と言っていい状態だ。

 

「航海長、意見は?」

 

「航海科としては、このコースで太陽系を突破するのが最短だと考えます」

 

 対して、沖田提督から下問された島大介航海長以下の航海科の意見は戦術科のそれとは異なっていた。

 

「待ってくれ、このコースだと冥王星を叩かずに行き過ぎることになるぞ」

 

 島航海長の示した案に、古代戦術長が異論を述べる。

 

 太陽系惑星の並び順というものは、子どもでも知っている常識であるが、その惑星が近いか遠いか、ということは地球上からでは実感しにくいだろう。

 

 地球の海上においては島や大陸は動かない。

 日本列島で言えば、沖縄から北上していけば最初に九州、さらに進めば四国、本州、北海道の順でたどり着くことになり、これは如何なる場合でも不動である。

 

 だが、宇宙ではこれがまったく異なる。

 

 何故ならば太陽系の惑星の並び順というのは、あくまで太陽からの距離の問題でしかなく、直列に並んで存在しているわけでないし、常に移動している。

 

 木星から出発するからといって、必ずしも土星、天王星、海王星、冥王星に到達するわけではないのである。

 

島航海長の示した航路は冥王星を大きく避けるものであった。

 

「気持ちはわかるが、現実問題として日程に余裕はないんだ」

 

 今現在の状況では、『ヤマト』が大マゼラン銀河の方向に向けて航行する場合、その進路上からは冥王星は大きく外れている。

 

 木星での日程のロスを取り戻すという観点で言えば、島航海長の意見は正論である。

 

「しかし――」

 

 古代戦術長が反論を述べようとしたとき、第一艦橋で当直に就いている相原通信長から至急報が入った。

 

『救難信号を捉えました、国連宇宙軍標準コード、出力微弱』

 

 思いもよらない報告に、沖田提督以下全員が一斉に顔を見合わせる。 

 

「艦名は?」

「特定できません。発信地点は土星の衛生“エンケラドゥス”南極付近」

 

 ―――土星だと?

 

 ガミラスとの開戦以来、太陽系宙域で散っていった国連宇宙軍艦艇は数知れないが、土星は早々とガミラスの勢力圏に落ちており、ここ数年で土星付近を航行した国連宇宙軍鑑定は皆無だ。

 三ヶ月前の『メ一号作戦』の往復時に土星軌道を通過した際も土星本星は遥か彼方だった。 

 そんな場所から救難信号とは、ハテ? と、訝しくなる。

 

「土星かぁ、冥王星とは反対方向ですね」

 

「そっちで作ったコースからもな」

 

 作戦室のディスプレイに表示された宇宙図を見て、太田気象長と古代戦術長がそんな応酬をしている。

 太田気象長はともかく、古代戦術長の言葉は明らかに皮肉だった。

 

「エンケラドゥスに上陸した場合、日程のロスは?」

 

「二日の損失です」

 

「二日、か・・・・・・」

 

 日程のロスを取り戻そうとしている矢先に、二日間のロスは正直痛い。

 

 この一件について、再度古代戦術長と島航海長の意見が対立した。

 

「戦術長、意見具申します。―――ここで貴重な日数を失うべきではないと思います」

 

「何を言うんだ古代!! 船乗りが船乗りを見捨てるって言うのか!?」

 

「居るがどうかも分からない生存者のために貴重な時間を浪費すべきじゃない!!

 それはさっきお前が言ってた事じゃないか!!」

 

 古代戦術長、島航海長はこの会議の場では互いに同列だから、双方とも頑なでやや喧嘩腰である。

 

 沖田提督は黙って二人のやり取りを見ている。

 私も、今のところは必要かつ重要な議論なので口は挟まない。

 

 周囲の他の幹部もやりとりを見ているが、特別ハラハラしている様子はない。

 森船務長などは「まったくもう・・・・・・」と言わんばかりに額に手を当てているし、新見情報長は「さっきと逆ね」と言って苦笑を浮かべている。

 女性の目には、二人のやりとりは子どもの喧嘩のように見えるのだろうか。

 

「我々が今すべきことは――」

 

「イスカンダルへ行くことだ。冥王星を叩くことじゃない!!」

 

 そこまで言ってから、島航海長は古代戦術長との議論を打ち切って、私と沖田提督に裁断を迫ってきた。

 

「例え生存者がいる確率が低くとも、救助には行くべきです!!」

 

 断固とした口調で述べた島航海長の意見に私はしばし腕を組んで考えた。

 

 正直言うと、私は“メ二号実施”、“エンケラドゥス回避”派で、古代戦術長と同様の意見だ。

 

 確かに島航海長の意見は正論である。

 

 世界中に、遭難し助けを呼ぶ声を聞いて、それを無視する船乗りはいない。

 

 古来より船乗りというものは、救難信号を受けた場合、国籍も業種も超えた船乗り仲間として、何を差し置いても救助に駆けつけることが義務であり、また美徳であった。

 

 すでに何度か述べているように、艦というものは一蓮托生、運命共同体であるが、それは一艦に限った話ではない。

 

 海というものは大陸と異なり世界共通、どこまでも果てしなく続いていて、一度船を出せばどこへでも行けるのだと、多くの人々と繋がっているのだというリベラルな心を育ててくれる。

 

 その広大な中では自分一人などというものはちっぽけな存在であり、力を合わせなければ生きていけないのだと知っている。

 

 海の上では年齢も性別も民族も関係のない、同じ船乗り仲間なのだという意識が自然と培われるのだ。

 

 故に一度救難信号受信となれば「スワッ! 仲間の一大事!!」とばかりに駆けつけるのである。

 

 それは海から宇宙へと移っても変わらない、否、むしろより広大で漆黒の闇が拡がる宇宙ではさらにその精神は増していた。

 

 ・・・・・・が、それは平時の船乗りとしての話である。

 

 今の私は船乗りであると同時に作戦行動中の軍艦の艦長である。

 

 現在の『ヤマト』は予定外の時間ロスと、冥王星という二つの問題を抱えている。

 

 私は冥王星作戦は断固としてやるべきだと考えていた。

 

 島航海長の言うように冥王星を無視して出ていくことは、なるほど確かに日程ロスを取り戻すことはできるだろう。

 だが、我々が素通りしたあと、冥王星のガミラス軍が何もしてこないことなどありえない。

 追撃の部隊を送り出してくれば、最悪行く手に待つガミラス軍と挟み撃ちにされる可能性がある。

 否、それよりも無傷で残ったガミラス基地は引き続き地球への遊星爆弾攻撃を続けるだろう。

 そうなれば、さらに多くの人々が犠牲となり、しかも一年という地球の寿命をさらに縮めてしまうことになる。

 そうなればロスを取り戻すどころか、タイムリミットを自ら短くしてしまう。

 

 故に私としては多少時間がかかることは承知の上で『メ二号作戦』は実施するべきであり、またその分エンケラドゥスでの時間消費は避けるべきとの考えに達していた。

 

 無論、私とてエンケラドゥスで助けを呼ぶ声を無視したくなどない。すぐにでもすっ飛んでいきたいのは、私のみならずここにいる全員が同じはずだ。

 

 だが、船乗り気質と軍人の使命は時として全く相反するものとなってしまう。

 

 そしてその場合優先されるのは後者であった。

 艦長として情に溺れることは許されない。

 

「航海長―――」

 

 私が断腸の思いで島航海長の意見を退けようとした、まさにその時、“ドォォォン”という音と共に激しい振動が艦を襲った。

 

「うおっ?!」

 

「きゃっ?!」

 

 予期せぬ振動に、乗組員達がバランスを崩して転倒する。

 

 なんとか踏ん張った私が「どうした!?」と尋ねるより早く、真田副長が艦内電話を手に状況を確認する。

 

「艦長、機関部から報告です」

 

 原因は程なく判明した。先の波動砲の発射の影響で、波動エンジンのコンデンサーの一部が溶けかかっていたのである。

 発射前に真田副長や島航海長の危惧していたことが起こってしまったのだ。

 

 これは放置しておくと、ワープや波動砲どころか通常航行すら危うくなるほどの重度の損傷であった。

 

「補強できそうか?」

 

「一時的な応急修理は可能ですが、完全修理にはコスモナイト90が大量に必要となります」

 

「ふぅん・・・・・・」

 

 コスモナイト90は、先の内惑星紛争終結後の太陽系開発の過程で発見された、地球には存在しない特殊な鉱物である。

 地球上のあらゆる鉱物よりも丈夫かつ軽い性質を持っており、これが発見されてたことで地球の宇宙船はエンジン強度、出力上限が飛躍的に増大し、冥王星から地球までを僅か二月足らずで往復できる、当時としては夢のような機関の完成にこぎ着けたと聞く。

 

 厄介なことになった。

 大量に必要とは言っても、あれは太陽系全域を見ても採掘量の少ない稀少鉱物だったはずだ。

 

「平田君、備蓄の方は?」

 

「装甲に使用する混合製のものならともかく、純正のものとなると、コンデンサー修理に必要な十分量にはとても・・・・・・」

 

 無理もない。

 ただでさえ稀少鉱物なのに加え、対ガ開戦早々に太陽系の制宙権を奪わてしまったために、コスモナイトの採掘はここ8年間行われていなかった。

 

 そのため、『ヤマト』建造の際には備蓄は既に“雀の涙”。残り少ない備蓄を地球中からかき集めても足りず、本来は純正であるべき機関部でさえ、一部には『大和』の残骸と組み合わせた混合製を使用している有様だった。

 

 そんな状態だから純正コスモナイト90の備蓄に余裕などあるわけがない。

 

 とは言え、常時膨大な波動エネルギーに晒される機関部に混合製では強度が足りないのは、今見ての通りだ。

 何処かで補充しなければならないが・・・・・・。

 

「新見君、太陽系内のコスモナイト採掘場を至急リストアップしてくれ」

 

 と、真田副長、行動が早い。

 

 少しして、タブレットを操作していた新見情報長が表情を明るくした。

 

「ありました!! ちょうどこのエンケラドゥスにコスモナイトの採掘所が放棄されたままになっており、補給が可能です」

 

 何というグッドタイミング!!

 今まさに見捨てざるを得ないと考えていたエンケラドゥスに向かうための、この上ない口実ができた。

 

「副長、エンケラドゥスまでの航行は可能か?」

 

 私が聞くと、真田副長が艦内電話で問い合わせる。

 

「艦長、エンケラドゥスまでであれば、現状維持で何とかなりそうです」

 

「よし、わかった」

 

 真田副長を介した機関室からの報告を受け、私は沖田提督に向き直り、

 

「提督、エンケラドゥスに向かいましょう」

 

 と、進言した。

 

 先程エンケラドゥス行きに反対していた古代戦術長を含め、反対の声を上げるものはいなかった。

 やはり皆、本音は同じなのだ。

 

 短い時間俯いて熟考していた沖田提督だが、やおら顔を上げキッパリと決断した。

 

「進路変更、これより本艦はエンケラドゥスに向かう」

 

 かくして、『ヤマト』はまたしても予定を変更し、コスモナイト確保と友軍救助のため、土星圏に向けうことと相成った。

 

 そして、その後の会議でエンケラドゥスにおける作業の検討を実施し、

 

 ・エンケラドゥスに置ける作業は、コスモナイト確保と友軍救出の二班に分けて実施する。

 ・敵による察知を防ぐため、艦はエンケラドゥス上の地割れ等、姿を隠せる場所に着陸する。

 ・作業は極秘を要するため、少数最精鋭の人員にて迅速に実施する。

 ・あくまでもコスモナイト確保を優先とし、補給終了の時点で救助作業を打ち切る。

 ・エンケラドゥス上陸に際し、航空隊による先行偵察を実施する。

 

 ――以上のことが迅速に決定され、『ヤマト』は一路、エンケラドゥスに向けて航行を開始した。

 

 

――――――

 

 

 2月12日。

  

 エンケラドゥスに到着するまでは一日半の日程であったが、その間、我々の航海は極めて平穏に続いた。

 

 現在、『ヤマト』艦内では昼食時であり、非番の士官たちが食堂に集まっているだろう。

 

 昔の海軍では食事は各々が決められた部屋(士官室、兵員室等)で摂るもので、将官、大尉までの上級士官、中・少尉の下級士官、准士官、下士官兵とが明確に分かれていたが、この『ヤマト』では先に述べた通り大食堂制で、階級に関係なく、原則全員ここで食事をする―――無論、持ち場に食事を持ち込む場合もあるが―――。

 

 『ヤマト』の食事は昼食時はバイキングで、個人で食べたいものを盛り付ける形式で、夕食は注文形式となり、飲酒も可能である。

 今頃皆それぞれ“ワイワイガヤガヤ”と騒がしく食事を楽しんでいることだろう。

 

 しかし、軍艦にはこの和やかな空気に入れないものがいる。

 

 他でもない、艦長室で今一人食事をしている私である。

 

 否、嘗ての“変人参謀”こと黒島亀人少将のように好き好んで一人篭っているわけではない。

 

 艦長とは艦におけるオールマイティであらねばならず、詰まらないことに煩わされぬように、という観点から、常に艦長室にあって一人で食事をすることになっていた。

 

 これは前世から変わらない習わしである。

 

 これは中々に辛いものがあるが、これも艦長たるものの仕事のうちというやつだ。

 駆逐艦長の時分ならいざ知らず、戦艦艦長には戦艦艦長としての威厳を保つ義務があるのだ。

 

 艦長室で食事を摂るとなると、一々食事を持ってきてもらって、自分で盛り付けるというわけには行かないから、私の食事は常に注文式である。

 

 先日のワープ前に採った食事は、魚を中心とした和食だったが、今回はガッツリとした洋食を試してみる。

 パンとコンソメスープ、ローストビーフの野菜添えにフルーツ、コーヒーという内容で中々豪華で、味も良かったが、量的にはいささか物足りない。

 

 ―――しかし、この原料が排泄物とは。

 

 本当に知らなくても良かったことだ。

 

 しかし、それを口に出したり、逆に開き直って行儀悪くがっつくわけにはいかない。

 

 食事をしているのは私一人だが、室内には私以外にもう一人いるからだ。

 

「艦長、コーヒーです」

 

「おう」

 

 食事をしている私のすぐ横に立っていた主計科の山本玲三尉が、コーヒーカップを静かにテーブルに置く。

 

 銀髪のショートヘアに褐色の肌、そして紅瞳という、凡そ日本人らしい名前にはそぐわない容姿の持ち主だが、それは彼女が火星の出身だからである。

 

 先の内惑星紛争終結後、敗北した火星の人々は地球へ強制移住させられ、移住先の国籍を新たに得て今は地球人として暮らしているのだ。

 山本三尉が地球へ移住したのはまだ彼女が物心つく前だったそうで、火星人類としての名前は本人も知らないとのことだ。

 

 ちなみに彼女の名前の『玲』は“アキラ”と読むのが正しいのだが、初対面の人は決まって“レイ”と間違えてしまうらしく―――斯く言う私もそう思っていた―――、本人も両方で通しているとのことで、私は少しばかり親近感が湧いたものだ(私の苗字の『有賀』は正しくは“アルガ”なのを、これまた初対面の人に“アリガ”と呼ばれることが大半で、私自身も開き直って“アリガ”と自称している。

 ここだけの話、沖田提督でさえ、私のことを素で「“アリガ”くん」と呼んでいる)。

 

 彼女は平田主計長からの推薦で、艦長給仕役として私の食事の際にはこうしてここに居るのである。

 

 平時において、給仕付きの食事を摂るのは、この艦では私と沖田提督の特権だ。

 

 うら若き女性と二人きりとは羨ましいと見る向きもあるかもしれないが、実際には一人だけの部屋で常に無駄口一つ言わない彼女に見張られながら、バカ話のひとつもできずに黙々と食事をしているのだから、結構辛い。

 

 この山本三尉は仕事ぶりは真面目でよく気がつき、平田主計長からも高く評価されているのだが、無口で今ひとつ愛想がないのが玉に瑕であった。

 

 私は何となくそれが、彼女なりの不満の表れのようにも思えた。

 

「主計科は不満か?」

 

 以前に私は一度山本三尉にそう聞いたことがあったが、その時の彼女は「いえ」と短く答えただけであった。まぁ当然だが。

 

 しかし、エンケラドゥスに到着直前のこの時は、少し様子が違った。

 

 私がコーヒーを飲み終わったのを見計らったのか、珍しく彼女の方から発言があった。

 

「艦長、エンケラドゥスで、航空隊の先行偵察を行うと聞きましたが」

 

「うん? ああ、そうだが?」

 

 通常、既に決定した作戦に下級士官が言及することは滅多にないが、私は山本三尉が珍しく声をかけてきたことと、別段機密でもないことからそう応じた。

 

「―――私も偵察に参加させていただけないでしょうか?」

 

「なんだと?」

 

 ただし山本三尉の答えは予想外のものであったが。

 

「ちょいと待て、貴様は主計科だろう? なんで航空偵察に主計科が参加するんだ?」

 

「私は元々は航空隊を志願しました。飛行訓練時間も満たしています」

 

「そういう問題じゃない。主計科に所属している人間を戦闘機に乗せられるわけないだろう」

 

「でしたら、航空隊に転属させてください」

 

「無茶を言うな、そんな簡単に転属許可が出せるか。第一今異動したって乗る飛行機がないだろ」

 

 『ヤマト』に搭載されている『隼』(コスモファルコン)は、航空隊員全員に割り当てがあり、余っている機体はこの時点では当然なかった―――実はこの時点で一機だけ乗り手がまだ決まっていない機体があったのだが・・・・・・。

 

 山本三尉が航空隊を志願していたということはこの時が初耳であった。

 

 こんなことを言うと主計科の面々に怒られるかもしれないが、主計科というのはやることは地味な上に種類は多く苦労する。その割に花形ではなく、昔の海軍の戯れ歌に「主計・看護が兵隊ならば、蝶々トンボも鳥のうち」というのがあったように、凡そ軍人の扱いをされない部署だ(軍艦において主計、衛生科士官は如何なる場合でも指揮権を委譲されることがない)。

 当然人気がない。この『ヤマト』の配属にあっても最初から主計科を希望したものは極少数で、他の部署を希望していた乗組員を主計科に廻したというものが多かった。

 山本三尉もその一人であったのだ。

 

 この山本三尉の陳情する気持ちは分からないでもなかったが、これは完全な我侭である。

 私は許さなかった。

 

 ただ、戦力が多いほうがいいのは事実であるし、あそこまで強硬に言い張る山本三尉の腕前が気にもなったので、私はこのエンケラドゥスの一件が終わったら、平田主計長や加藤航空隊長にも相談してみようと思っていた。

 

 もっともその前に山本三尉はとんでもない行動力を発揮して、私を唖然とさせることになるのだが・・・・・・。

 

 

――――――

 

 

 昼食を終えてしばらく後、再度中央作戦室に置いてエンケラドゥスでの活動班の編成が決められた。

 

 まず、コスモナイト90の採掘班は、真田副長指揮の元、先の浮遊大陸でも活躍した榎本勇掌帆長以下の甲板部員で編成。

 続いて、友軍救難活動班は、森雪船務長を筆頭にアナライザーと医療班を以て当たることとなり、その護衛任務には古代戦術長が当たることとなった。

 

 この時、救難活動班の編成をめぐっては、少々悶着があった。

 

 私は護衛を付けるのであれば、武装した戦術士なり保安部員なりを10名程同行させたほうが良いのではないかと具申したが、これは退けられた。

 先にも述べたように今回の行動は敵に察知されることを警戒して、密かに行われるものであり、あまり大人数なのは好ましくない。であれば非常時に冷静な判断の下せる者が一人付いたほうが良いとのことだった。

 

 沖田提督は古代戦術長をかなり高く買っているようだったが、今度は森船務長が「必要ありません」と突っぱねる。

 

 ―――そう言えばこいつら揉めてたんだったな。

 

 以前の司令部通路での諍いを思い出す。

 まさか、あの時のことを引きずっているわけではないだろうが、どうもこの二人、あまり仲が良くないようである。

 

 しかし、護衛なしで出て行くわけにもいかないし、第一森船務長はコスモシーガルの操縦ができないため、これも最終的には却下された。

 

 会議終了後、榎本勇掌帆長が寄ってきて面白げに囁いた。

 

「艦長、大丈夫ですかね、古代に騎士役(ナイト)なんかやらせちゃって?」

 

 年少とは言え、直属の上官に当たる古代戦術長のことを気安げに呼んだ榎本掌帆長を訝しんだが、

 

「いえね、昔の訓練学校時代にあいつの指導教官をやってたんですよ」

 

 と、言われて納得した。

 

 訓練学校の学生にとって教官というのは、ヒヨコ時代にはビシビシを鍛え上げる恐ろしい存在である反面、身近な生活の面倒を見てくれる父や兄的な存在である。

 

 アメリカの海軍兵学校では、士官候補生の訓練指導教官は下士官が行うシステムがあり、教官はそれこそ候補生をミソクソにシゴキまくり、それに耐えて卒業し士官になった相手に「Sir(少尉殿)!!」と最敬礼で送り出すのである。

 

 国連宇宙軍ではこのアメリカ式の教育システムが採用されていたのだ。

 

 ちなみに前世の頃の日本では、陸軍の方がこれに近い教育を行っていた―――陸軍士官候補生は俗に“三等兵”とも呼ばれ、下士官どころか、二等兵よりも下の扱い。

 海軍兵学校では建前上、生徒の時点で下士官と同等の待遇で、少尉候補生ともなると下士官よりも上になる。そのため海軍では“教官”と呼ばれるのは兵学校を卒業した先輩の尉官や佐官たちのことを指し、それを補佐する下士官のことは“教員”と呼んだ。

 ―――余談だが、私が少尉候補生だった時代に練習艦『磐手』で“指導教官”を勤めていたのが、対米開戦時の連合艦隊参謀長にして、『大和』の沖縄特攻時には第五航空艦隊司令長官として指揮下の零戦を護衛に出してくれた宇垣纏中将その人である。

 

「成績はともかく、女の扱いがなってませんでしたからね」

 

「さすがに教えなかったか?」

 

「あれは、教えるもんじゃないでしょう」

 

 ―――違いない、と互いにしばらく笑い合う。

 

 最も私の場合は若い頃に散々、先輩たちからありとあらゆる不善、居酒屋の味を覚え、銭湯に引きずり込まれと薫陶よろしく受けて、気づけば手の付けられない“水雷野郎”となっていたが、榎本掌帆長はそういうことはしなかったようだ。

 

 前世の私はともかくとして、何事も実際の経験とあとは慣れ、ということだろうか。

 もっとも、そんな余裕がなかった、ということもあるのだろうが。

 

「まぁ、そっちはそっちで大変だろうから、気をつけてな」

 

「大丈夫ですよ、やばくなったらさっさとずらかります」

 

「土産を忘れるな」

 

「勿論です」

 

 そんなことを言い合ってから、お互いの持ち場に付くために別れた。

 

 途中、視線を合わせないように互いに“ふーん”という顔をしながら、艦橋に向かう古代戦術長と森船務長の姿を見つけた。

 

 何とも子どもっぽく、また微笑ましい姿である。

 こうして見ると、お姉さんぶっている森船務長も大して変わらないように見える。

 

 ―――案外、あの二人合うかもしれないな。

 

 

 そんなことを思っている間も『ヤマト』は進む。

 

 エンケラドゥスで待っているものも知らずに・・・・・・。

 

 




宇宙戦艦ヤマト2199
本日17時よりテレビ放映開始。
皆様、お見逃しなく。


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第十一話 「氷漬く屍」

 2月12日 未明。

 

 土星軌道に到達した『ヤマト』は、予定通りにエンケラドゥスへ先行偵察のための航空隊を発進させた。

 

 今回の航空隊は偵察隊と警戒隊に分け、偵察隊はエンケラドゥス上陸前に地表の敵の有無を確認し、警戒隊はエンケラドゥス上陸後に周辺宙域の警戒に当たることになっている。

 

 航空偵察が行われているあいだも、我々は27sノットの速力でエンケラドゥスを目指す。

 

「何か、ひび割れた鏡餅みたいだなぁ」

 

 艦橋の大パネルに映し出されたエンケラドゥスを見て太田気象長がそんな感想を述べる。

 

 土星の第二衛星であるエンケラドゥスは直径約500km程の小さな星だが、太陽系の各星のなかでは活発な地質活動をしている星である。

 

 これは、土星やほかの衛星からの潮汐力と内部の放射性物質の崩壊によって起こるもので、南極付近に生じた無数の亀裂から、火山や間欠泉のように水蒸気が噴出されてそれが凍り、星の表面を覆うことで、常に新雪の如き白さを保っている。

 

 “ひび割れた鏡餅”とは中々言い得て妙である。

 

 やがて、先行偵察機より報告が入る。

 

 航空偵察の結果、ここエンケラドゥスの地表には、先の浮遊大陸のような敵基地等の施設は認められず、また、救難信号の発信地点に未確認の宇宙船らしき物体が確認された。

 

「艦長、エンケラドゥスへ上陸する、艦を降下させよ」

 

「了解。通信、偵察隊に帰還命令を出せ。

 航海、両舷前進原速、南半球、コスモナイト採掘場へ向かえ」

 

 コスモナイトに限らず宇宙に於ける採掘場は、よほど地形が悪くない限り、採掘から船までの輸送の手間暇を省くために、採掘場のすぐ傍に接岸桟橋があるのが常である。

 

 接岸してしまえば再度飛び立つまで艦底から艦載機を飛ばすことができないので、エンケラドゥスの大気圏―――と言ってもほとんどないが―――に突入する前に先行偵察隊が帰投し、入れ替わりに周辺警戒隊が発進する。

 

 エンケラドゥスに敵影無しとはいえ、油断はできない。

 

 土星は木星と並んで60を超える衛星を持つ大惑星であり、中でも第六衛星タイタンは、火星に次ぐテラフォーミングの候補地に挙がるほどに環境が整っており、敵が拠点を置くにはもってこいである。

 

 万一それらが存在した場合に早期対処するのが警戒隊の役割である。

 

 警戒隊が発進して、艦がエンケラドゥス地表に近づくと、一面氷漬いた地面から時折火山のように水蒸気が吹き出しているのが見て取れた。

 

「おい航海、接岸指揮は貴様がやれ」

 

 正面にコスモナイト採掘場のために人為的に作られた地割れを認めた際に、私は島航海長に言った。

 

 島航海長は一瞬“ギクッ”とした様子で私を見た。

 

 艦の出入港のときには、艦長が操艦するのが普通である。

 したがって、もし航海長にミスがあれば、それはそっくり艦長である私の責任となる。

 

「かまわん。なぁに、浮遊大陸の時よりは楽だよ、訓練通りにやってみろ」

 

 これは私の昔からのやり方である。

 

 “やってみせ、やらせてみて、褒めてやる”。

 

 山本五十六元帥の言葉であるが、私に限らず帝国海軍の駆逐艦長たちの多くは、こうしたやり方で若い幹部教育を実践したものだ。

 

 そこで生じる責任というリスクを嫌がって教育放棄するようでは、艦長たる資格はない。

 

「進入角よし、両舷前進微速、赤15 ――エンジンの回転数を15回転下げるという意味。上げる場合は“黒”――、下げ舵16」

 

 もっとも、この『ヤマト』に限って言えば、おしなべて皆優秀であったから、そうした心配の必要はなかった。

 

「艦首やや下げ、接岸準備」

 

「準備よし」

 

 この島航海長も“ギョッ”としたのは最初だけで、いざやってみると、私が何も言わずともスムーズに接岸作業をやり遂げた。

 

「接岸完了」

 

「よし、ご苦労」

 

 手がかからないのは良いのだが、鍛えがいのない部下たちである。

 何時かの森下ではないが「もっとヘボならよかったのに」と贅沢な心持ちになる。

 

「各人、既定の通り行動を開始、所定の作業を開始せよ」

 

「はっ!!」

 

 沖田提督の命令に、真田副長、森船務長、古代戦術長、アナライザーが復唱し席を立つ。

 

「おい三人とも、見ての通り外は極寒だ、風邪ひくなよ」

 

 と、ひと声かける。

 

 一面の新雪の如く白い世界――と言うと聞こえはいいのだが、実際に見れば、寒冷と荒涼と不毛の氷と岩で固められた星であり、とても人が住めるようなシロモノではない。

 ここに比べればアリューシャン列島の方がまだマシだろう。

 

「アノ、艦長、私ハ?」

 

「貴様は風邪ひかんだろうが」

 

 何言っとるんだと、アナライザーを軽く小突いた所で、空気の重かった艦橋内に、時ならぬ笑いがわき起こる。

 

 大いによろしい、こういうユーモアを忘れた時が一番怖いのだ。

 

 とは言え、さすがにそれだけだとアナ公が気の毒なので、

 

「まぁ、貴様は凍り漬けにならないように気を付けて行ってこい」

 

 と、フォローを入れておいた。

 

 

――――――

 

 

 作業開始。

 

 真田副長、榎本掌帆長はレーザー削岩機を使用しつつ、手際よくコスモナイトを採掘している。

 

 幸運なことに、こちらは既に採掘済みの備蓄も相当量放置されていたため、かなり順調である。

 

 ガミラスはどうしてこんな宝の山に手を付けなかったのだろうか?

 普通に考えれば、これ幸いと喜び勇んで持って行きそうなものだが。

 

 或いはガミラスにとってコスモナイトはそれ程重要な資源ではないのかもしれない。

 

 もしもガミラスの使用している宇宙機関が『ヤマト』の次元波動エンジンと全く異なる物であるのならば、それもあり得るが、この時点では推測に過ぎない。

 

 敵の事情がどうあれ、我々としてはこの手付かずの稀少金属がタダで大量に手に入るのだから、素直に喜ぶことにする。

 

 一方、コスモシーガルで救難信号発信地点に向かった森船務長、古代戦術長達メディック班からはまだ連絡がない。

 

 コスモナイト採掘場と救難信号発信点はやや離れた位置にあり、シーガルで三〇分ほどの距離である。

 

 コスモナイト採掘が優先事項であるため、残念ながら艦を遭難船寄りに着けるわけにはいかなかったのである。

 

「古代たちはそろそろか・・・・・・」

 

 操舵席に座る島航海長が少しソワソワした様子で独り言を言っている。

 

 時計を見ると、作業開始から既に一時間半が経過している。

 粗方捜索を終えている頃のはずなので、そろそろ報告が来るだろう。

 

「遭難者が気になるか?」

 

 島航海長は即答だった。

 

「勿論そうですよ。船乗りたるもの仲間を見捨てないことが誇りですからね」

 

 航路会議の際に日程を優先して、冥王星を避けるように具申していたにも関わらず、救難信号受信を知るや、日程の遅れを厭わなくなった島航海長だ。

 

 今も作業の進み具合よりも、遭難者の安否の方を気にしている。

 人命救助に対する信念がよほど強いのだろう。

 

「父の口癖みたいなものなんです」

 

 島航海長の言葉に、私は神妙な気持ちになる。

 

「・・・・・・島大吾宙将だったな、航海長の親父さんは」

 

「はい。戦死した時、父は一佐でしたが」

 

「いいんだよ宙将で。そうかぁ・・・・・・」

 

 島大介航海長の父―――島大吾宙将(戦死後、二階級特進)は、8年前に太陽系に侵入してきたガミラス艦隊と初めての接触を試み、無念にも撃沈され、ガミラス戦役における戦没第一号となった巡洋艦『ムラサメ』の艦長だった人物だ。

 

 今の私にとっては話でしか知らない人物であるが、帝国海軍で言う木村昌福中将のような人物で、指揮官として与えられた任務を全うしながら、部下を思いやり、戦争と言えども無駄な犠牲を避ける、人命と友好を第一とした温和な人格者として知られていた。

 

 そんな人物が、初めての異星人との接触を担当し、地球人類の存亡をかけた終末戦争の最初の犠牲者となってしまったとは何という皮肉であろうか。

 

「実際にこうして宇宙に出てみると、父の言っていたことがわかるような気がするんです」

 

 ――漆黒の闇が無限に広がる宇宙にあって、人を支えるものは、仲間たちの信頼と絆。

 

 その島宙将の信念は、こうして息子である島航海長に受け継がれている。

 

 それは島宙将が父として教育を間違えなかった証であるし、同年代の船乗りである私にとっても嬉しいことであった。

 

「親父さんに恥じないようにしないとな」

 

「はい」

 

 “知らぬが仏”とはよく言ったもの。

 

 この時、事の真相を知らなかった私は、後部席で静かに我々のやり取りを見ていた沖田提督の胸中を察するべくもなかった。

 

 ―――その時であった。

 

「艦長、レーダーに感。二時の方向、距離八千より複数の物体が接近してきます」

 

 救難活動のために艦を離れている森船務長に代わってレーダー席に座っていた岬百合亜准尉から報告が発せられた。

 

「物体とは何だ、至急確認しろ」

 

 岬准尉にそう命じ、私は右前方に目を凝らした。

 

 そのコンマ数秒後、私の視界に“ピカッ”と閃光が閃いたと思うと、“ドォーン”と艦の至近に着弾による爆発が起こった。

 

 ―――畜生、敵だ!!

 

「敵襲、総員戦闘配置につけッ!!」

 

 予期せぬ敵の出現に艦橋の警報器がけたたましく鳴り響く。

 

「敵の映像を捉えました、パネルに投影します」

 

 天井の大パネルに敵の姿が映し出される。

 

 二重に渡る航空隊の警戒の目にもふれずにどこに潜んでいたのか、三連装砲塔を装備した四両のガミラス軍戦車が、『ヤマト』及び作業班に向けて突撃せんとしていた。

 

「畜生、何見てたんだよ航空隊の連中は!?」

 

 南部康雄砲雷長が苛立たしげに吐き捨てている。

 

 後に、この時のガミラス機甲部隊は、土星宙域に一隻だけ配備されていた極めてステルス性の高い偵察揚陸艦から発進したものであることが判明する。

 

「これより本艦は敵機甲部隊の迎撃に当たる。

 資源採掘班は現時点を以て作業を一時中断、艦へと退避せよ」

 

 沖田提督から命令が下り、こちらが応戦体勢を整えている間も敵弾は次々と飛来する。

 

 距離が近く、こちらは図体がでかい上に動けないため、早々と右舷に何発か被弾するが、敵戦車の砲口径は99mmと駆逐艦の主砲よりも小さく、戦艦である『ヤマト』の装甲の前には豆鉄砲同然で、損害は軽微だ。

 

 敵とて、こんな貧弱な火力で『ヤマト』を攻略できるとはよもや思っていまいが、作業中のこちらの隙を見て、一矢報いんと攻めてきたのだろうか。

 

 敵からすれば、軽武装で艦外に出ている作業班の者たちは好餌であるし、こちらとしても戦車一両でも作業班の中に飛び込んで、砲弾を撃ちまくられれば、人的・物的損害は計り知れないものがある。

 

「右舷高角速射砲迎撃開始、採掘班撤退を援護せよ」

 

「航空隊はスクランブル待機。土星衛星宙域哨戒中の警戒隊を至急呼び戻し、敵地上部隊掃討に当たらせろ」

 

 ――メディックの連中は大丈夫かな?

 

 必要な命令を矢継ぎ早に下しながら、私がそう心配したとき、まるでそれを見越していたかのように相原通信長のレシーバーに緊急信が入った。

 

『こちらメディック、現在ガミラスから攻撃を受けています。至急救援願います』

 

 発信者は森船務長で、平文であることが事態の緊急を告げていた。

 

「メディック、そちらの被害状況は?」

 

『シーガルが大破しましたが全員無事です』

 

 まずいな。シーガルが大破したとなるとメディックの方は撤退する手段がないし、戦車と正面からやりあえるだけの武装も備えていない。

 

 一刻も早く救援を出さなければ、メディック四人の身が危険だ。

 

「艦長、もっと高度を取らないと、艦底から航空隊を出すことができません」

 

「機関停止中のため、主砲、副砲とも使用不能」

 

 だが、状況は最悪に近い。

 

 折り悪くも機関部がコンデンサーの修理に取り掛かってしまっていて、エンジンを始動することができず、『ヤマト』はまったく身動きが取れない状況にあった。

 

「艦長、三式弾なら使えますし、主砲ならば十分に届きます。ここから遠距離砲撃してはどうでしょう?」

 

「ダメだ、敵とメディックの距離が近すぎる。下手するとメディックの連中まで吹っ飛ばすことになるぞ」

 

 南部砲雷長からの意見具申も即座に却下した。

 

 浮遊大陸の時と異なり、今度は敵のすぐ傍に味方がいるのだ。

 

 しかも地上にあっては地形の関係で、レーダーの有効範囲が非常に狭く、メディックの位置までは及ばないため、射撃諸元の算出は昔ながらの先方からの座標指示を基にした手動射撃だ。

 

 砲雷科の腕を信用しないわけではないが、言ってみれば目隠しをした状態で周囲の声だけを頼りに輪投げ―――それも一度に三輪を投げる―――をするようなものだ。

 

 到底正確に狙えるものではないし、この『ヤマト』にも実弾射撃では嘗ての戦艦同様に散布界というものはある。

 

 ほんの少しでも逸れて、味方に被害が出ては目も当てられない。

 

 レーダー誘導ができないため、ミサイルも使用不可である。

 

「採掘班の撤退状況は?」

 

「敵に足止めされて遅れています」

 

 速射砲による撤退援護もうまくいっていない。

 

 『ヤマト』の速射砲は上方構造物の対空戦闘を想定しており、地上への機銃掃射のような使用法は前提に入っていない。

 

 まして『ヤマト』は艦底に第三艦橋がある関係で、着陸していてもやや浮いている状態で、速射砲の下仰角はさらに狭い。

 

 宇宙での戦闘であれば、艦の上下向きを回転させれば良いだけだが、重力のある地上に着陸していてはそうもいかない。

 思わぬ形で弱点が露呈した形となってしまった。

 

 こうなれば頼みは航空隊であるのだが・・・・・・。

 

「応急長、何とかケツだけでも持ち上げられんか?」

 

 メインエンジンが停止しているのならば、補助エンジンで何とかならないかと思ったが、現場で修理作業の指揮をしている徳川機関長の代わりに艦橋に上がっていた山崎奨応急長は首を振った。

 

「出力が足りません。それに今エンジン噴射すると採掘班を巻き込む恐れがあります」

 

 ダメか。

 さらに新見情報長から「今の状態で艦尾を上げても、まだ高度が足りません」とダメ押しを喰らう。

 

「警戒隊はまだか?」

 

「急行していますが到着まで最短でもあと15分」

 

 メディックや採掘班の装備を考えると、警戒隊が到着した時にはもう手遅れになっているかもしれない。

 

 だが艦底から航空隊を出せない以上、ほかに打てる手は・・・・・・。

 

 

 ―――「それだと、ある程度高度が必要だな」

 

 ―――「その際には上部格納庫の『コスモゼロ』で対処が可能です」

 

 

 ・・・・・・あった。あるじゃないか、こういう時のための航空機が。

 

「艦長、上部格納庫の『コスモゼロ』を使おう、一刻を争う」

 

 沖田提督も私同様のことに思い当たったようだ。

 

「ちょうど意見具申しようとしていたところです、早速向かわせます」

 

 そう言って私は即座に艦内電話を取り上げる。

 

「艦橋より第二格納庫」

 

 私が連絡を入れると、ほとんど私の言葉を遮る勢いで加藤隊長の声が響いた。

 

「艦長、上にある『コスモゼロ』を拝借しますよ」

 

「おう構わん、使え使え、人選はそっちで決めろ」

 

 命令伝達はものの五秒で終わった。

 

 『ヤマト』に二機搭載されている『コスモゼロ』は、本来は古代戦術長用の機体で、もう一機は予備機だが、この際そんなことは言っていられない。

 

 加藤隊長以下、航空隊の連中も先行偵察で自分たちがミスをしたと思いつめていたのだろう。

 私が連絡を入れなければそのまま無断で出ていきそうな勢いであった。

 

「おい通信、採掘班とメディックにもう少し辛抱するように伝えろ、機関部は修理作業急げ」

 

 やることはやった。

 

 事態は全く楽観できない状態が続いているが、何とか打開の目処は立った。

 

 なんとか頑張ってくれよと思った時、早くも『コスモゼロ』が一機発艦していった。

 

 加藤隊長に命令を伝えてからまだ五分と経っていない。

 

「早いな」

 

 『ヤマト』から飛び出した『コスモゼロ』は機首を急激に上げて上昇したかと思えば、逆落としに急降下しつつ機関砲で敵戦車を仕留め、さらに上昇、急降下と、ヒットアンドアウェイ戦法を繰り返す。

 

「いい腕だな、誰だあれは?」

 

 件の『コスモゼロ』は、急上昇、急降下がほとんど直角に近い。

 

 実に単純な話だが、急降下攻撃を加える際、角度が強ければ強いほどスピードはつくが、高速になりすぎて標的を狙い難く、オーバーランしてしまうことも多い。

 

 しかも標的は艦船よりもはるかに小さい戦車だ。

 にも関わらず、極めて正確に一撃必殺を繰り出している。

 

 嘗ての帝国海軍の零戦・艦爆乗り達にも引けを取らない腕前に思わず感心していると、もう一機の『コスモゼロ』が戦列に加わる。

 

 ―――結構遅かったな?

 

 一機目の発艦から二機目が追いつくまでに随分と間があったが、航空隊の連中、早い者勝ちにでもしたのだろうか?

 

 もしこの時の航空機間の通信が艦橋にも繋がっていたら、最初に飛び出した『コスモゼロ』パイロット―――山本玲三尉の運命はだいぶ違っていたかもしれない。

 幸か不幸か、私や沖田提督が事実を知るのは、もう少し後のことである。

 

「艦長、レーダーに感。敵の母艦です!!」

 

 岬准尉が敵の母艦の出現を知らせたが、二機の『コスモゼロ』はこちらが指示するまでもなく、“パッ”と二手に分かれ、一機がメディックの救援に、一機が敵母艦の対処に当たった。

 幸い、この時になってやっと警戒隊が到着し、戦列に加わった。

 

 こうなれば形勢逆転、精々一〇〇メートルそこそこの敵揚陸艦はもうどうしようもない。

 

 必死の対空砲火を“ヒラリヒラリ”と掻い潜った航空隊の集中攻撃によって、我々の見ている前で爆発・轟沈するのに、そう時間はかからなかった。

 

「やれやれ、助かった」

 

 太田気象長がそう言ったのを皮切りに、艦橋全体に安堵感が広がる。

 

「採掘班の被害状況は?」

 

「削岩機が幾つか大破しましたが、幸い死傷者は出ていないようです」

 

 よかった。真田副長や榎本掌帆長は上手く躱してくれていたようだ。

 

 となると、後はメディックチームである。

 

「メディックから連絡はないか?」

 

「先ごろより通信が途絶えています」

 

 相原通信長の報告に内心不安がよぎる。

 

 つい先程、救援が向かう旨を伝えた時には森船務長から返事があったのだが、その直後に突然途絶えてしまったのだ。

 

 何かあったのかもしれない、一刻も早く安否を確認しなければならないが。

 

「機関の方はどうか?」

 

「コンデンサーと伝道管の応急修理はまもなく終わります」

 

 確認したところ、応急修理が終わった時点で航行は可能であり、本格修理の方は航行中でも行えるようだ。

 

「採掘班収容終わりました」

 

 これでメディック以外の作業は全て終了となった。

 

「艦長、ほかの作業は終わっていますし、いっそ『ヤマト』でメディックを迎えに行ってはどうでしょう?」

 

 島大介航海長からの意見具申に、「そりゃあ、いい」と同意する。

 

 時間的にも短縮できるし、万一の事態にもそのほうが対処しやすいだろう。

 

 沖田提督からも許可を頂き、『ヤマト』は抜錨、航空隊を収容した後、救難信号発信地点に微速で向かうこととなった。

 

 不思議なことに抜錨直前からエンケラドゥスの軽い重力下では非常に珍しく、雪がちらつき始めていた。

 

 

――――――

 

 

「まもなく、救難信号発信地点上空です」

 

 発進から約三〇分後、『ヤマト』は救難信号の発信地点に到着しようとしていた。

 

「通信、メディックから応答はないか?」

 

「ありません」

 

「よし、総員目を凝らせ、近くに難破船があるはずだ」

 

 そう言って、私は双眼鏡を構える。

 

 心配されたのか、沖田提督も艦橋前部まで出てきて周囲を見回している。

 

 救援要請が発せられたのだから、地割れに堕ちているということはないはずである。

 ―――新たに発生していなければ、の話だが。

 

 双眼鏡で目を凝らしていると、艦首前方、距離にして凡そ二千メートルに、岩石、氷塊の類とは異なる、明らかな人工物と思われる物体が見えた。

 

 と同時に、正面に信号灯の花火が上がったのを私は認めた。

 

「おおっ、あいつら無事だったか」

 

 その信号灯のすぐ傍に、こちらに手を振って合図する人影を認めて“ホッ”とした。

 信号灯はアナライザーが上げたものだろう。

 

 『ヤマト』はさらに低速で進み、やがて難破船を左舷下方に臨む位置に停止する。

 

「救命艇降ろし方用意」

 

 四人を収容するよう命じてから、私は改めて難破船を見やる。

 

「『磯風型』、だな」

 

「えぇ」

 

 隣に立つ沖田提督の言葉に頷く。

 

 凍りついてしまっているが、その形状は『磯風型突撃宇宙駆逐艦』に相違なかった。

 

 だが、駆逐艦の左舷中部に記された艦名を見た瞬間、私の心もまた凍りついた。

 

「・・・・・・『ユキカゼ』」

 

 思わず言葉が漏れた。

 

 間違いない。三週間前の『メ一号作戦』において奮戦し、最後は艦隊撤退の殿となって凄惨な死闘の末撃沈された駆逐艦『ユキカゼ』であった。

 

 闘いの末に戦闘力を喪失して漂流し、土星の引力に引き込まれてエンケラドゥスに墜落したものと思われた。

 

 沖田提督の顔を見ると、眼を大きく見開いて絶句していた。

 多分、私も似たような顔をしているだろう。

 

「艦長、すまないがしばらくここを頼めるか?」

 

 視線を『ユキカゼ』から私に向けた沖田提督が言った。

 

「少し上に上がる。古代が戻ったら提督室に呼んでくれ」

 

 沖田提督の言葉に“ハッ”となった。

 

 『ユキカゼ』の艦長 古代守は、今更言うまでもなく古代進戦術長の実兄である。

 

 艦体の大小無数の損傷を見れば、本当に戦って戦って戦い抜いたのだということは疑いようがない。

 

 ・・・・・・そして、生存者を望むだけ無駄であろうことも。

 

 奇しくも、兄の墓標を見ることになってしまった戦術長が平気でいるはずがない。

 

 顔がひきつり、口が乾く。

 

「有賀君」

 

 そんな私の目の前を通り過ぎざま、沖田提督は小声で言った。

 

「君が、そんな顔をしてはいかんぞ」

 

 その言葉に私は無言で目を伏せた。

 

 古代戦術長のことだけではない。

 

 私が『ユキカゼ』という艦に、そしてその乗員に特別な思い入れがあることも、この人は知っていたのだ。

 

 短い励ましの言葉が嬉しかった。

 

 

――――――

 

 

 その後、医務室で簡易的な検査を受けて艦橋に上がってきた森雪船務長から、メディック班の活動報告を受けた。

 

「救難信号は、第一艦隊所属駆逐艦『ユキカゼ』のものと判明。同艦に生存者はありませんでした」

 

「・・・・・・そうか」

 

 森船務長の報告に、言葉にならないうめき声が上がり、艦橋内を沈黙が支配した。

 

 ――やはり、ダメだったか。

 

 古代戦術長の席に自然と目が行く。

 

 古代戦術長の姿はない。

 医務室簡易検査を先に終えて、艦橋に上がってきた古代戦術長は顔面蒼白ながら、毅然とした表情で報告をしようとしたのだが、私はそれを遮って、

 

「報告なら船務長から聞く。貴様は提督室に上がれ」

 

 と、命じた。

 

「報告をして来い、『ユキカゼ』の」

 

 怪訝そうな顔をしていた古代戦術長は、静かに俯いて上に上がっていった。

 

 戦術長の席には、ベルトの付いたホルスターに収まったコスモガンが掛かっている。

 

 提督室に上がる前に戦術長が置いていったものだ。

 

 報告によると、メディック班は二両のガミラス戦車に襲われ、さらに敵兵が乗り込んできて森船務長は危うく拉致されそうになったと言う。

 

 途中で船務長から通信が途絶えたのはこの為で、艦橋要員―――特に南部砲雷長―――は顔を引きつらせた。

 

 護衛役の古代戦術長が、『ユキカゼ』艦内で不慮の事故に見舞われた原田衛生士を救助している最中の、全くの不意打ちであった。

 

 だが、その後の古代戦術長の対処は冷静で、銃撃戦の末、敵兵の排除と森船務長の救出を見事に成し遂げた―――戦車にも襲われたが、件の『コスモゼロ』の救援が間に合い九死に一生を得たとのこと―――。

 

 その時に戦術長が使用していたのがこのコスモガンであった。

 

 恐らく、銃撃戦の際に自身の持っていた武器を失ってしまい、偶々艦内に落ちていたコスモガンで応戦したのだろう。

 

 ―――コスモガンに掘られた所有者の名前は“古代守”であった。

 

 結果として、戦術長は兄の銃に助けられるという傍から見ればドラマチックな形となった。

 

 だが、私たちの中にそんな風に思う者はいない。

 

 多くの人々にとっては『ユキカゼ』や古代守といった名前は、単純な活字の羅列にすぎないが、共に戦った者にとっては違う。

 

 こと私にとっては、この時代に降り立った当初からガミラス戦役を戦った艦であり、一緒に過ごした生身の仲間達の名前だった。

 

 コスモガンと凍りついた『ユキカゼ』を見ると、立派な戦友たちを失ってしまったのだという喪失感が胸に広がってくる。 

 

 ―――宇宙ゆかば、氷漬く屍、か。

 

 だが、『ヤマト』にはそんな感傷を持つ時間も、まして礼式を執り行う時間もない。

 

 地球の運命を背負う航海を再開しなければならない。

 

「総員配置につけ、出航用意」

 

 そう命令し、私は最後にもう一度『ユキカゼ』に向き直り、挙手の礼を捧げた。

 

 不思議と私の耳に、どこからか『銀河航路』の歌が聞こえてきた。

 

 誰が唄っているのか、どこから聞こえてくるのかはわからないが、確かに聞こえた。

 

 雄々しく、勇ましく、されど悲愴なその歌声は、あるいは『ユキカゼ』乗員の魂の歌声であったのかもしれない。

 

 彼らには『海ゆかば』よりも、この『銀河航路』こそふさわしいと感じた。

 

 その歌声を聴いているうちに、私の脳裏にありとあらゆるこの艦での思い出が次々と蘇ってくる。

 

 いきおいそのまま、私の意識は回想へと引き込まれていった。

 

 駆逐艦『ユキカゼ』、そして古代守という男と出会ったあの日に・・・・・・。

 

 

 

                         ―――人類絶滅まで、あと363日。

 

 



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回想二 「『ユキカゼ』艦長拝命ス」

 大変、まことに大変長らくお待たせいたしました。

 気づけば最後の更新から八ヶ月が経過してしまい、2199放送もとうに終了してしまいましたが、恥ずかしながら戻ってまいりました。

 今後も執筆は続けてまいりますので、どうぞよろしくお願いいたします。


 舷門前にたどり着いたとき、私はふと足を止め、眼の前の赤と黄色と灰色で塗装された艦体を見上げた。

 

 これが私の国連宇宙軍軍人として初めて乗り組む艦、駆逐艦『ユキカゼ』か。

 

 ――ちっぽけな艦だなぁ・・・・・・。

 

 まず第一印象はそんな感じである。

 

 『磯風』型突撃宇宙駆逐艦三番艦たる『ユキカゼ』は、全長80m―――生前の私が初めて艦長を務めた『若竹』型二等駆逐艦『夕顔』とほぼ同サイズ―――の艦というより大型艇と言ったほうが似合いそうな小ブネである。

 

 その小さな小ブネの小さな舷門が、私の新たなる“人生の門”だ。

 

 西暦2195年 1月7日。

 

 国連ブロック・極東管区・富士山麓宇宙軍港内の第三ドックに『ユキカゼ』は停泊していた。

 

 潜水艦を思わせる丸みを帯びた細長い艦体にほとんど一体化している小さな艦橋、その艦橋とほとんど同サイズの三連装高圧増幅光線砲、艦首に取り付けられた板状の装甲翼が特徴的な、私から見ると、珍妙な形をした艦である。

 

近づくにつれて、艦中央部と後部エンジンノズル周囲、光線砲塔前部、増槽が黄色、艦首の板状装甲翼、艦橋光線砲塔後部、艦後部のミサイル発射管と増槽の一部、水平尾翼・垂直尾翼が赤色、艦橋周りなどの艦前部が灰色というチグハグさが目立つ。

 

 艦体側面には錨の中に「UN(UNITED NATIONS COSMO NAVY)」と大書きされた、国連宇宙海軍お馴染みのシンボルマークが描かれており、その右側には左横書きで、識別番号を示す「117(DDS‐117)」の数字と、平仮名で「ゆ」「き」「か」「ぜ」と、艦名が白色で記されている。

 

 西暦2189年3月24日に進宙し、今日まで戦い、生き抜いてきた駆逐艦『ユキカゼ』。

 

 四年前の2191年に勃発したガミラス戦役の激戦を最前線で戦い抜いてきた、本物の艦隊駆逐艦である。

 

 その艦の指揮官、即ち艦長が、私に命じられた配置だった。

 

 ――果たして大丈夫だろうか?

 

 口には出さないが、内心には不安がよぎる。

 

 いや、今更艦長としての勤務に自信がないわけではない。

 

 艦長拝命は軍人として最大の栄誉であり、何回受けても喜ぶべきものである。

 

 駆逐艦の艦長という肩書きは、前世における特型駆逐艦『電』艦長(1934~35年)以来で随分と久しぶりであるが、だからと言って指揮官としての勘は鈍っていないつもりだし、たとえ小さくとも一国一城の主、これぞ男の本懐と、大いに張り切ろうというものだ。

 

 が、しかし、今回私が乗り組むのは海上に浮かぶ水上艦ではなく、宇宙を飛び回る宇宙艦だ。

 

 同じ艦と言っても、その性能も運用法もまるで異なる、と言うよりも比較対象にする方がおかしいという次元である。

 

 例えるならば、自動車の運転がベテランだからと言って、飛行機の操縦ができるか? という具合の話になる。

 

 果たして自分の前世での経験はどこまで活かせるのだろうか? 一般常識もまだ危ういのに・・・・・・。

 

“ホー、ヒー、ホー”

 

 高らかに鳴り響くサイドパイプの音色に私は気を引き締めた。

 

 『ユキカゼ』舷門から艦内には、前艦長を始めとする乗組員達が待っている。

 

 今更グダグダ考えたところでどうしようもないし、第一私らしくもない。

 

 この日のために私はこの半年間、似合わず、慣れないお勉強に精を出してきたのだ。

 

 悩んでいるより行動あるのみ。“ドーン”と飛び込んで、一直線に勝負だ。

 

 そう自分に気合を入れて、私はサイドパイプの音に導かれるように、舷梯に手をかけ、足を踏み出した。

 

 

―――――

 

 

 西暦2194年 6月29日。私はムーンベースから富士山麓宇宙軍港に降り立った。

 

 今生に於ける初めての地球であり、実に250年の時を経た祖国日本への帰国であった。

 

 すっかり変わり果てた故郷への感慨に浸る間もなく、翌30日に早速辞令交付とのことで、ロクに身辺整理も出来ないまま、“青ガラス”―――極東管区総司令部の人事課に出頭する。

 

 この日から私は早々に第一線に投入―――されなかった。

 

「航宙軍第1術科学校付ヲ命ズル」

 

 それが、私が受け取った最初の辞令であった。

 

「どういう事なんだ?」

 

 思わず私は目の前の人事課長に食って掛かった。

 

「俺に言われてもな・・・・・・」

 

 人事課長・高瀬泝一佐(“私”の同期の一人だそうだ)は困った様子で答えた。

 

 ――何を言ってるんだ、人事課長に言わずに誰に言えと言うんだ?

 

「今が非常時なのぐらい分かってるだろ、そんな時に俺に教官をやれっていうのか?」

 

「違う、教官をやれってことじゃない。ただ学校に付いていろということらしい」

 

「らしい?」

 

「実のところ、この人事は上層部のお達しで、俺たちはほとんどタッチしていなくてな、術科学校の教官名簿に貴様の名前はないし、席もないんだよ」

 

 高瀬課長の言葉にますます怒りがこみ上げてくる。

 

 元より私は机上の理論を教える教官職は大嫌いだし、そうでなくともこちらで私が教えられるものなど、少なくとも現時点では何もないが、だからと言って人を月から呼びつけといて、無任所に干すとは一体どういう了見か!?

 

「まぁそう怒るな。聞くところによると貴様、まだ死にかけからの病み上がりだし、精神にも不安があるらしいじゃないか」

 

「それがどうした?」

 

「さっきの貴様の言葉だが、この非常時に黄泉還りですぐ第一線なんてのは無茶だよ。だから術科学校で少しリハビリしてこいってことじゃないか?」

 

 高瀬課長の宥めるような言葉に私も少し頭が冷えてくる。

 

 確かにその通りなのだ。

 

 文字通り黄泉還り―――無論、高瀬課長の言ったのは言葉のあや―――を経験し、元の人格がない今の私は、宇宙軍軍人としては素人もいい所だ。

 

 第1術科学校は、機関を除いた宇宙艦艇の技術全般(砲術、宙雷、掃海、航海、通信、応急、宙泳等)の教育・訓練を行う学校であり、嘗ての海軍術科学校(衛生、軍医、工機、潜水を除く)を統合したものに相当する。

 

 そういう場で、宇宙で必要な知識・技能をみっちりと学べる機会を与えられるというのは、考えてみればラッキーかもしれない。

 

「それに何もこの人事は貴様にだけじゃない。大勢の予備役や予備員にも召集をかけて、一気に士官の人数を回復させるのが上の連中の腹らしいからな、人手不足なのは貴様も知ってるだろ?」

 

「まあ、なぁ・・・・・・」

 

 これも事実だ。

 

 この時期の国連宇宙海軍は、天王星でのガミラスとの遭遇戦で太陽系外周艦隊の八割を喪失したのに加え、先年勃発した、火星宙域での総力を挙げた大反攻作戦(後に第一次火星沖海戦と名称)において、内周艦隊も全滅に等しい損害を受けたことによって、極東管区のみならず、世界的に深刻な艦艇・人材不足に陥っていた。

 

 現在の極東管区宇宙軍軍人の採用制度は、帝国海軍とは少し違って徴兵制はなく、志願制のみであるが―――帝国海軍では両方あったが志願に重きを置いていた―――、現状では大戦中の帝国海軍同様にとても足りないのが実状で、政府内では、一定の徴兵制度の導入や士官・兵の採用年齢の低下が検討され、是非をめぐって紛糾しているというニュースもチラホラ流れていた。

 

 実際、ユーラシアやアフリカといった元々徴兵制が採用されていた管区では、既に実施されていることもあり、極東での成立も時間の問題とされていたが、この時点では、まだ予備の士官・兵の召集・再教育に留まっていた。

 

 ちなみに、予備役というのは元々軍人であったものが、何らかの理由で退職した者のこと。予備員というのは軍人の資格を持ってはいるものの、平時は民間人として働き、今回のような有事の際に召集される者のことを言う。

 この他に軍属と呼ばれる立場の者もいるが、これは軍人ではなく、軍に雇われた民間人のことであり、職務も戦場の軍人たちとは分けられていた。

 ――もっとも、戦役も後期になると軍人と軍属の分別は、事実上ほとんど無くなっていったのだが。

 

 加えてこの時期は、ガミラスも遊星爆弾による攻撃や、小規模な威力偵察は散発的に行っていたものの、大規模な艦隊による攻撃行動は一時中断していたため、戦局は束の間ではあるが小康状態となっていた。

 ―――尚、ガミラスが火星にて国連宇宙軍の思いがけない頑強な抵抗に会ったことで、地球との長期戦を想定し、冥王星を本格的な前線基地とすべく環境改造(ガミラスホーミング)に重点を置いていたこと。また来るべき侵攻作戦に備えて戦力を増強していたことが後に判明する。

 

 結果、我々としても、ある程度戦力を立て直す期間を得たのである。

 

 詰まるところ、私への人事は別に特別でも嫌がらせでもない、人材不足解消の一環に過ぎないというわけだ。

 

 そういう事情もある程度は耳に入っていたため、私もこれ以上は文句も言えず、かくして1923年の海軍水雷学校高等科以来、実時間で271年、感覚的には22年ぶりの学校通いをする身となったのである。

 

 

―――――

 

 

 7月1日。

 

 私は、九州種子島基地所在の、航宙軍第1術科学校の門をくぐった。

 

 時の校長・近藤勝宙将補に申告と挨拶をすると、

 

「俺は正直、君を学校に入れ直すという悠長な人事には反対だったのだが、まぁ今更言うまい。恐らく半年程で前線に異動になると思う、覚悟しておけ」

 

 と言われた。

 

 これは中々に厳しい人事だった。

 

 ほかの召集予備役や予備員は一年程の教育期間が設けられていると聞いたのだが。

 

 そのことを指摘すると、

 

「何を言っているんだ、君のような士官階級にある者を臨時の予備員同様の温い扱いが出来ると思っているのか? 本来ならば今すぐにでも送り込みたいぐらいなんだぞ、いま君に与えられた最も重大な任務は一刻も早く前線に出ることだ、そのつもりでやれ」

 

 とのお言葉だった。

 

 さぁ大変だ。

 

 近藤校長の言われることはごもっともで、私とてこんな状態でなければ、上記のような指摘などしないし、むしろ学校にやったことへの文句でも言うところだが、今現在の私はさっきも言ったように宇宙に関してはド素人である。

 

 だが他人から見れば、私は少しばかり長く離脱していただけの一等宙佐―――帝国海軍で言えば大佐に相当する―――で、れっきとした指揮官階級である。

 

 当然ながら前線に復帰する際には、それなりの責任ある立場になることは間違いない。

 

 通常、宇宙軍士官になるためには、士官・術科学校で約二年に渡る教育・訓練を受けなければならない。

 人類が宇宙に進出した初期の頃は、宇宙飛行士になる訓練には最低でも五年を費やしたというから、それと比べれば格段に短縮されているが、私に与えられた時間は僅かに半年。

 

 それだけの時間で、これまで何年・何十年間も、宇宙航海・戦闘を専門にやってきた者たちの中に混じり、かつ彼らに負けぬようになるには、並大抵の努力では努まらぬと悟る。

 

 ぐずぐずしてはいられない。猛特訓に徹する他はないと決めた。

 

 術科学校には、三尉や士卒等の新人を対象とした普通科と、中堅士官の一尉を対象とした高等科が存在するが、佐官を対象としたカリキュラムはない―――CS課程と呼ばれる、嘗ての海軍大学校に相当する教育があるが、“私”はこれの試験を経ていなかった為、受けられなかった―――。

 

 したがって、学校に配属されたと言っても実質的には自習するしかない。

 

 私はこれまでの生涯から、机上の成績と指揮官としての能力には、ほとんど関係がないということが分かっていたし、コセコセと点取りをする必要もないため、専ら実戦に必要な知・徳・体の修練に全力を注ぐこととした。

 

 私にとって幸いだったのは、この時代の艦艇技能訓練に使用されるバーチャル・シミュレーターと、当時、第1術科学校の教頭だった山南修一佐の存在であった。

 

 バーチャルシミュレーターというのは、実在艦艇における戦闘・航海・通信・機関等の操作系及びあらゆる状況に応じた環境をイメージ投影システムよって完全再現しているもので、使用者は本物の艦艇に乗り込んでいるのとほとんど変わらない状態で訓練が行える代物だ。

 

 私は、当然ながらテレビゲームなどという物すら知らなかったので、初めてこれを使用した際には―――まず使い方に四苦八苦してから―――年甲斐もなく興奮してはしゃいでしまったが、すぐにそんな心地ではいられなくなった。

 

 何しろ宇宙艦の操艦など、それまで想像すらしたことがなく、海上艦とは根本的に違うシステムに混乱することも多く、シミュレーションを始めたばかりの私は、成績以前にそもそもどうやって艦を動かせば良いのかということが解らず、途方に暮れた。

 

 そんな私を見かねて助言をくれたのが、山南修教頭であった。

 

 ガミラス戦役の開戦時に、太陽系外周艦隊幕僚を勤めていた山南一佐だったが、当時の沖田司令長官の更迭と共に行われた人事異動で、彼もまた術科学校の教頭に補されていた。

 

 後から思えば、これもまた左遷人事だったわけだが、実直で楽観的な性格の山南一佐は不平を漏らすことなく、近藤校長を補佐して、新しい人間教育を熱心に担っていた。

 

「本当に忘れてるんだな・・・・・・」

 

 山南一佐は、嘗て士官候補生学校一号生徒(最上級生)総代だったころ、三号生徒だった“私”の指導官を務めていたそうで、そのよしみからか、その呆れたような口ぶりとは裏腹に随分と親身になってくれた。

 

「今後は第一線での勤務が主になるだろうから、最低限これぐらいはやっておいたほうがいいぞ」

 

 そう言って、艦の最低限の動かし方を教えてくれた上、彼の経験を元にした必要技能のメニューを組んでくれた。

 

 朝は地球からの出航~航行指揮訓練、昼はアステロイドベルトやトロヤ群を仮想戦場とした戦闘指揮訓練(応急等の宙泳含む)、夕方は地球帰航・接岸訓練、夜は書庫に篭って、宇宙軍事学の勉強及び日中の訓練戦策評価を基にした反省研究で締めくくる。といった具合である。

 

 これは誠に助かったが、いざやってみるとやはり難しく、最初のうちは舵の取り方を間違えたり、機関の発停時期を失したり、隊列を組んでの航行中に僚艦と衝突したり、応急の際、機密服のノズル操作を間違えてあさっての方向にふっ飛ばされて目を回す等々、現実にやったら切腹物の散々な失敗の連続だった。

 

 泣き面に蜂というものか、シミュレーション中になんの前触れもなく突然嘔吐した上、2、3日に渡って頭痛と倦怠感に襲われるのにも参った。

 

 Space(S) Adaptation (A)Syndrome(S)と呼称される無重力が原因による宇宙酔いである。

 

 海における船酔いと似たようなものだが、気分不快が先に来る船酔いに対して、嘔吐の方が先に来るのが特徴である。

 

 月から地球に帰還する時にも、この症状に見舞われたが、中々に厄介である。

 

 私は前世の頃から山育ちということもあって、実はあまり酔いには強くない。

 

 嘗て少尉候補生として、初めて練習艦で遠洋航海に出た時も、ひどい船酔いに襲われ、「こんなに苦しいんだったら陸軍にしときゃよかった」などと洗濯桶を抱えてボヤきまくっていた思い出もある。

 ――尤も、慣れてしまうと不思議なもので、逆にあの揺れ具合が、揺り篭のように心地よく感じるようになったのだが。

 

 そんな踏んだり蹴ったりの状態だが、泣き言を言っている暇はない。

 

 私もいい大人だから、このようなことまで多忙な山南教頭の手を煩わせる訳にはいかない。

 

 私は“月月火水木金金”の精神で、毎日毎日、時に順番や時間帯を変えながら、繰り返し繰り返し訓練に励むと共に、未知数であった宇宙軍事学を学ぶために、時には私よりずっと若い者のなかに混じって講義を聞いたりしながら、寝る間も惜しんで必死で勉強した。

 

 そうして日が経つにつれて、段々と自分の身体の感覚が慣れてきて、失敗は少なくなり、自分のやっていることが心身ともに分かってくる。

 

 ひたすら修練に励んだ甲斐あって、半年が過ぎることには、これらのシミュレーションをあくびが出そうになる状態でも高評価を叩き出せるようになった。

 

 難しいことではない。“要は訓練なり”ということを、改めて実感した次第である。

 

 そうした経緯を経て、今回の「駆逐艦『ユキカゼ』艦長ヲ命ズ」という辞令を受け取ることと相成ったのである。

 

 余談だが、この機にできた山南一佐との縁は、その後四年間、『ヤマト』の出撃に至るまで長く続くことになる。

 

 

――――――

 

 

 『ユキカゼ』乗組員総員に迎えられた私は、前艦長に付いて艦長室に入り、そこで引き継ぎを受けた。

 

 前艦長は“私”より五歳年下の後輩・長田勇治二佐。彼はこの後、巡洋艦『ミョウコウ』の副長に転属することになっている。

 

「誰が後任かと思ったら、えらい先輩が来ちゃったんで驚きましたよ」

 

 と笑う。

 

 私の人事は、五年後輩の後の逆年次で、役職的にも護衛隊司令から駆逐艦長への降格人事だった。

 

 これは通常では中々ない人事だが、先に言ったように現在の軍は、艦艇も人間も数が絶対的に不足している状況であり、すぐに艦を指揮できるような余剰人材が私を含めて僅かしかいなかったのだから仕方がない。

 

 要するに体のいい穴埋め人事なわけだが、こういう戦時下で人手不足の際には士官も曹士も“ポンポン”と出世していくもの。恐らくあと数ヶ月もすれば、予備士官や若手の士官たちが上がってくるだろうから、私の人事はそれまでの繋ぎといったところだろう。

 

 長田二佐より艦の状態説明、乗組員名簿の受け取り、機密図書や金銭、及び備品の在庫等々に至るまで、細かい申し送りを受ける。

 

「有賀さん、この艦はとても運がいいんですよ」

 

 申し送りをしながら、長田二佐はこれまでの幸運の数々を話してくれた。

 

 『ユキカゼ』という艦名を聞くと、前世、幸運艦として名高かった『陽炎』型駆逐艦・八番艦・『雪風』を思い出すが、この時代の人間にとってその名はほとんど伝説と化していて、開戦以来二度に渡って国連宇宙艦隊が全滅に等しい損害を受けた中で、ほぼ無傷で生き残った『雪風』の名に恥じない幸運さに、長田二佐は得意そうだった。

 

「ほぉ、そうか」

 

 私としても、幸運艦の太鼓判を押されている艦に乗り組むのは有難い。

 

 私がゲン担ぎだという個人としての気分的なものもあるが、何よりも“この艦は沈まない”という信念が、乗組員たちの中に確固としてあれば、自然、士気は向上するからである。

 

 尤も、それだけに失敗した場合のリスクも高い。

 

 前世のとある水兵の戯れ歌に、「可愛いスーチャンとは心中もよしが、嫌なカン助(艦長)とは別れたい」というのがあったが、こと兵隊というものは上司の持つ資質というものには動物的に敏感である。

 

 艦を生かすも殺すも艦長の号令次第なのだから、自然好き嫌いも激しい。艦長が無能だとすれば、それだけで艦全体の士気は下がってしまう。

 

 まして、ベテランだと思われている艦長が新米のようなミスをしようものなら、その失望ぶりは計り知れまい。

 

 幸運艦であれば尚更だ。

 

 ―――まさか何もかもが初めてだなんて思わないだろうしなぁ。

 

 やれやれである。

 

「それでは後は願います」

 

 引継ぎが終わり、長田二佐は立ち上がった。

 

「預かる、『ミョウコウ』でも頑張れ」

 

 私も立ち上がり握手をする。これで指揮権の移譲は終わった。

 

「この艦の乗員の統率は、先任()士官()がしっかり把握していますから、彼に任せておけば大丈夫ですよ」

 

 最後にそう言って長田二佐は退艦していった。

 

 先任()士官()と言うのは、艦長に次ぐ権限を持つ謂わゆる副長のことである。

 

 その職務上、必然的に私とは最も近しくなる人物であるが、果たしてどんな奴だろうか?

 

 

―――――

 

 

 ―――こいつはモテそうだな。

 

 艦長室で対面したその男に対する第一印象はそんな感じであった。

 

「先任士官兼砲雷長、古代守一尉です。よろしくお願いします」

 

 厳格な敬礼をして挨拶をする先任士官――古代守一尉を、私は答礼しつつ、頭のてっぺんからつま先まで“ジロジロ”と観察する。

 

 長身白皙の貴公子といった容姿の美男子、年齢は24歳と若く、任官してまだ三年だが既に一尉の階級にある。

 昨今の人員不足もあるとは言え、通常の倍近いペースで昇進し続けているエリートだが、そうした人間にありがちな青臭い秀才という面構えではない。

 

「よぉ、ご苦労。艦長の有賀だ」

 

 一通り品定めを終えた私は簡単な自己紹介をする。

 

「前艦長からは先任()士官()が部下をしっかり掌握していると聞いたが、実際どうなんだ、この艦は?」

 

 そう聞くと、古代一尉は、

 

「艦の状態は万全です。ただ、艦長を始め、乗組員の半数以上が異動していますので、こちらは訓練次第と言った所です」

 

 ハッキリと即答した。

 

 私はこの態度には好感を持った。

 

 新しい上司が赴任してきた時、覚えめでたくしようと、耳当たりのいいことだけ言って悪いことを報告しない人間というのは意外と多い。

 

 古代一尉にはそうしたゴマを擦るような態度は全く見られず、ありのままの報告をした上で、その内容とは裏腹に顔つきに不安はなく自信に満ちていて、全体的に颯爽としているように見えた。

 

 無論、第一印象だけでは判断できないが、何となくうまくいきそうな感じだ。

 

「よし、じゃあビシバシやるから、部下たちの統率はよろしく頼むぞ」

 

 そう言うと、古代一尉は表情に少しばかり嬉しそうな笑みを浮かべて敬礼を返してきた。

 

 その後、古代先任に案内され、艦中央やや後部に位置する講堂に移動する。

 

 講堂とは言っても、後の『ヤマト』の展望室や大食堂のような立派なものではなくて、精々小学校の教室程度の広さで天井の低い、通常は倉庫として使用されている殺風景な部屋である。

 

 その狭い講堂で、幹部士官四名以下、総員二十五名との初顔合わせだ。

 

 私が着任した時の『ユキカゼ』の幹部は古代先任他、以下の三名。

 

 船務長・小松崎賢治一尉。古代先任に次ぐ次席士官。メガネを掛けた、ちょっとインテリ風の顔つきで、規律保持に厳格そうな人物。

 

 航海長・藤川正吉二尉。中肉中背ながらバネの利いた筋肉質の身体で、謙虚ながら、元気の良い人物。

 

 機関長・石黒圭次三尉。叩き上げの特務士官、私を別にすれば最年長。朴訥で小太り。

 

 前二名が二十半ば程、石黒機関長のみが三十半ばである。

 

 上記のうち砲雷長、船務長、航海長の『ユキカゼ』兵科幹部三名は、それぞれ第一、第二、第三班長を務め、彼等の下には班長を補佐する宙曹が一名、その下に宙士が四名ずつ配属されている。班員は、砲雷、航海、通信、レーダー等、種々雑多であり、平時の航海時はこれらが三交代で当直に就く。

 

 念のため説明しておくと、『ユキカゼ』を含む駆逐艦の艦内編成は、戦艦や巡洋艦と違い、科別編成の「分隊」ではなく、各科混成の「班」である。

 

 これは艦が小さいということと、コンピューターによる自動制御化が進んだことで、明治期の水雷艇並みの少人数で運用されており、各科の人数に相当なバラつきが出るためである。

 

 唯一、第四班のみが機関長以下、機関員のみで講成されている。これは、基本的に機関長は艦橋当直には就かないためだ。

 

 また、この兵科とは別に主計長、衛生長がいるのだが、彼らに班はない。

 

 何故かと言うと、『磯風』型駆逐艦には、主計士、衛生士はそれぞれ一人ずつしか乗り組んでいないからである。

 

「かしらー、中!!」

 

 私が壇上に上ると、先任伍長の号令が掛かり、士官は挙手の敬礼、曹・士はまっすぐ気をつけをして注目の敬礼をする。

 

 これに対して私は答礼しつつ、眼前に立つ乗組員たちを中央、右側、左側の順番にゆっくりと顔を向けて見回し、手を降ろす。

 

 ―――皆、若いな。

 

 目に映る大半が二十代半ば程度の年齢なのである。中には、まだ十代の学生の色を濃く残している者もいる。四十代の我が身がやけに老けているように思われた。

 

 なに、気力では負けるものか。と、腹に力を入れる。

 

「私が本日付で『ユキカゼ』艦長を拝命した、一等宙佐・有賀幸作である。只今を持って本艦の指揮を採る」

 

 月並みな訓示をしながら、私は目の前に立つ二十五名の部下たち一人ひとりを注意して見る。

 

 馴染みのない艦の運用システムを如何に使いこなすか、ということ以上に、まずは彼らを掌握することが重要である。

 

 当たり前だ。戦うのは機械ではなく人間なのだから。

 

 訓示を終え、全乗員の敬礼を受けながら、私は壇を降り、艦長室へと歩を進めた。

 

 いよいよ『ユキカゼ』艦長としての勤務が始まる。

 

 

―――――

 

 

 『ユキカゼ』の出撃命令は殊の外早く下った。

 

 訓示が終えた翌日、艦長就任の挨拶廻りのため、軌道護衛総司令部(軌道護衛総隊)に出向いた時である。

 

 当時『ユキカゼ』は、それまで駆逐隊を編成していた僚艦が『第一次火星沖海戦』で撃沈されていたこと、また連合艦隊そのものが再編途上であったことから、一時的に軌道護衛総隊司令長官の指揮下にあった。

 

 軌道護衛総隊は、嘗ての海上護衛総隊同様、主に地球本土から太陽系各惑星とを結ぶシーレーンの確保、及び防衛を担当する部隊である。

 

 ガミラス襲来以前は、精々内惑星紛争後に出現した宇宙海賊の警戒程度の任務であり、花形の実戦部隊たる太陽系内・外周の連合艦隊に比べて軽視されていたが、その連合艦隊が壊滅状態にある今、事実上最前線の実働部隊であり、最後の命綱として、稼働する残存戦力のほとんどはこの部隊に所属している。

 

 司令長官は内惑星紛争でその名を知られた智将・土方竜宙将。

 

 彼は、先の『第一次火星沖海戦』では、同期の沖田十三宙将の後を受けて、極東宇宙艦隊を率いて戦った人物で、友軍艦隊が一方的に殲滅され、大混乱に陥る中で、冷静に残存艦艇を纏めあげて、転進してみせた。

 

 極東宇宙艦隊が他管区の艦隊よりも、余裕ある戦力を残すことができたのは、土方提督の功績である。

 

 後に思うところあって、士官候補生学校長に転出するが、結果彼はそれによって命拾いすることになる。

 

 当時、富士山麓基地に置かれていた軌道護衛総司令部の長官室で、土方提督に挨拶すると、激励の言葉もそこそこに「艦長に話がある」と作戦室へと通され、現在の戦況についての説明の後、月面方面・極東管区第一軌道護衛艦隊へ合流するよう命じられた。

 

 この時期は『第一次火星沖海戦』の結果、太陽系外周から火星宙域、及び内惑星に至る制宙圏は、完全にガミラス側に握られている状態にあり、我々は辛うじて地球と月を確保しているに過ぎなかった。

 

 嘗ての軌道護衛総隊には、十五もの極東管区護衛隊が存在し、太陽系各惑星に配置されていたが、現在では、地球~月軌道を担当する第一軌道護衛隊に統合され、第一軌道護衛艦隊となっている。

 

 ガミラスは火星宙域制圧後、基地建設や艦隊の駐留などは行わなかったが、高速空母艦載機や駆逐艦隊等による哨戒線を敷いており、しばしば偵察のために地球圏まで近づいてくることもあった。

 

 ただ見物して帰るならばまだいいのだが、時として奴らは飢えたハイエナのごとく、月面からの資源輸送船団に襲いかかってくることも多かった。

 

 地球を別にすれば、月は現時点で太陽系で我々が唯一所有する資源産出星であり、その資源はアルミ、チタン、鉄、ヘリウム3等の鉱物・エネルギー資源はガミラスとの交戦継続には欠かせないものであり、更に酸素や水素、水といった物資は宇宙艦の運用資源であると同時に、地球の大気・土壌が遊星爆弾によって汚染が進んでいる中、人類の生存そのものにも関わる重要なものである。

 

 これを断たれてしまえば、資源は地球で産出される分のみとなり、全世界からなる国連宇宙軍の再建どころか、民間の生活維持すら困難となる。何としてでも航路を確保しなければならない。

 

 これに加え、日に日に落下頻度を増しつつある遊星爆弾への警戒・迎撃も、この頃は第一軌道護衛艦隊が担当していた。

 

 後に、この遊星爆弾の更なる飛来頻度の増加を受けて、本土防衛全般を担当する為に、地上軍と軌道護衛総隊の解散・統合発展という形で、空間防衛総隊が創設される運びとなる。

 

 着任早々の重大な任務付与であったが、私の心中は不安よりもむしろ高揚の方が強かったように思う。

 

 元より軍人として、前線勤務は花であったし、私は付与された任務が困難であればあるほど、やり甲斐を感じる性分だ。

 

 それは、前世における私を多少でも知る者であれば、揃って肯是してくれると思う。

 

「解りました、行きましょう」

 

「ご苦労だが、頼む」

 

 私の返事に、土方提督は静かに敬礼を返した。

 

 ―――よぉし、やってやろうじゃないか。

 

 




今回の回想は前・後編となります。

※尚、本作中では6・7年前における火星での反攻作戦は『第一次火星沖海戦』とし、沖田提督が活躍した『第二次火星沖海戦』は2197年に勃発したものとしています。


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回想三 「古代守」

 更新を再開したかと思えば、前よりもお待たせする始末で、誠に面目ない次第です。

 未だに読んでくださっている皆様には感謝に耐えません。

 勝手ながら、何卒今後ともよろしくお願いいたします。


 出撃を控えた『ユキカゼ』では、早速私の指揮の下で猛訓練が始まった。

 

 元々『ユキカゼは』は、先の『第一次火星沖海戦』以来、長期にわたって続いた警備、護衛任務によって、損耗箇所が多くなっており、これの修理と、一部兵装の改装の為に内地へ帰投していたものであり、これらは私の着任時点で既に完了していた。

 

 その間、戦力の立て直しの為、艤装以来のベテラン乗組員の約半数が他艦へと異動し、補充された新しい乗組員たちは、その多くが未だに戦闘航海の経験がない若者たちだった。

 

 当然ながら、技量練度の向上及び古参乗組員たちとの擦り合わせは急務である。

 

 が、これにはかなりの制約がある。

 

 地球に停泊している宇宙艦は、水上艦の出動訓練のように、「ちょいとそこまで」と気軽には宇宙に出られない為、必然的に行える訓練はドックに固定された艦上での限られた内容となる。

 

 ”陸に上がった河童”というわけである。

 

 しかも、『ユキカゼ』のランチウィンドウ―――嘗てほど厳密ではないが、安全上、効率上の観点から未だに使用されている―――までは後10日。しかも、その内物資の搭載やら、最終点検やらで2日は掛かるから、訓練は実質1週間ほどしかできない。

 

 練度が整わないうちに前線に投入された艦の運命を嫌という程に知っている身として、心もとないこと甚だしい。これはよほど褌を締めて掛からねばとんでもないことになると思った。

 

 そしてその日から、昼夜を問わない、火の吹くような猛訓練を実施した。

 

 特に応急訓練、救助訓練、戦闘訓練といった、謂わば艦の最も基本となる部署訓練は徹底的に鍛え上げるべく、乗組員たちは常に第一~第三の戦闘・哨戒配備で過ごし、更には、早いうちに宇宙に順応するために、上陸休養も返上して、その時間を地上の訓練施設を使用しての訓練に充てた。

 

 この間、私は現場の細かい訓練指導については四名の幹部に任せ、あまり口出ししなかった。

 

 これは、私の前世からのやり方であるが、とかく何かにつけて口やかましい指揮官というのは、却って兵隊には嫌われるものである。

 

 艦長職にあって、各班長の仕事に際し細かく口出しをするということは、すなわち部下に委せられない、信頼できないと言っているようなものだからだ。

 

 これでは各班長をして能力を十分に発揮させることができず、把握もできない為、艦内の専門化・分業の特徴を自ら殺してしまうことになる。

 

―――「じゃあビシバシやるから、部下たちの統率はよろしく頼むぞ」

 

 着任時に古代先任にこう言ったが、男の仕事というのは一度委せたからにはあれこれと指図してはいけない。

 

 軍人というのは命じ命ぜられて動くものだが、それだけでは戦には勝てない。

 委せろと口にしたからにはおよそ思いつく限りの最上の結果を挙げなければならないし、委せたからには何かあった場合の全責任を負う覚悟で信じなければならない。

 

 また、こうした指揮官としての心得とは別に、私自身の錬磨の為という現実的な理由もある。

 

 指揮官としては何回も死を覚悟した修羅場をくぐってきた―――実際に一度死んだが―――と自負している私だが、宇宙軍人としてはまるっきり初めてで、現時点での『ユキカゼ』に於いて知識、経験が最も不足している。

 

 確かに、半年間に渡って術科学校で講習を受けたし、シミュレーターでも好成績を叩き出せるようにはなったが、所詮は失敗したところで自分も部下も死ぬことのない、云わば”宇宙戦争ごっこ”をやっただけだ。

 

 これからは違う。実戦場を駆け回る『ユキカゼ』乗組員二十四名の命を預かる身となるのだ。

 

 いくら部下に仕事を委すべしとは言え、不勉強で、仕事内容も部下の状態も把握せず、ただ目くら印を押すだけの艦長に、いったい誰が命を預けるであろうか。

 

 私は、口をほとんど出さない代わりに、身体はどんどん酷使した。

 

 訓練中は早朝から夜間まで常に先頭に立つように心がけ、時には戦闘訓練中に応急の為と称して前触れなく電源を切ったり、防火訓練の想定にあえて仮眠中の部屋を入れて、消火剤を噴霧させたりと意地悪をすることもあった。

 

 訓練後の各班長からの報告の際には、幾つか質問するようにし(口出しに非ず)、先任士官に任せることの多い夜間巡検も自ら行うようにした。

 

 こうすることで、各班長がどの様に指導しているのか、乗組員達がどの様に作業をしているのか、どのように機械を取り扱っているのか分かる。

 

 他にも、部署表、艦橋要表、規則類の確認など、やることは山ほどあって寝る間もない。

 

 幸いなことに乗組員たちは、そんな私の姿勢を”率先垂範”と見てくれて、

 

「艦長を見ろ、何時も真っ先に先頭に立ってるんだぞ、お前たち若いんだから、艦長に負けるな」

 

 と、へばりそうになる新乗組員を叱咤激励していた。

 

 幹部士官四名もそれぞれ様相は異なるが、皆仕事熱心な良い監督者だった。

 

 小松崎船務長は、規律厳正。部下から煙たがられることも恐れずにビシビシと強く指導する「叱責型」。

 

 藤川航海長は、機敏で明朗闊達。部下の長所を褒めて、やる気を出させる「煽て型」。

 

 石黒機関長は、口下手で、切れ味もいい方ではないが、黙々コツコツと自身のやるべきことをやって部下を納得させる「行動型」だ。

 

 そして中でも、彼らの取り纏め役とも言うべき古代守先任士官の統率力は、目を見張るものがあった。

 

 何事か有った際に艦の責任を負うのは私だが、実質、艦や部下の状態を把握しているのは先任士官である彼である。

 

 長田前艦長から太鼓判を押されていただけあって、その仕事ぶりは確かであり、私が知っているようなことは何でも知っていた。

 

 私の補佐も献身的かつ公正で、例えば、日々の訓練報告でも、見たまま、聞いたままの状況を正確に報告し、自身の意見や解釈は私から質問するか、「意見具申します」と先に述べたうえで行った。おかげで私としては艦内情報を客観的なものと主観的なものを分けて、正しく把握することができた。

 

 軍人に限らず、報・連・相は社会人の常識と思われるが、実は意外とできない人間の方が多いのである。

 

 その反面、必要だということになると、私ですら驚くような行動力を発揮することがあった。

 

 実は、先に述べた地上を活用した訓練の言いだしっぺは私ではない。

 

 それは、軌道護衛総司令部から艦に戻り、幹部四名と出撃前の行動方針について協議した時である。

 

 私は、当面は技量の練度向上が我々に課せられた最も重要な任務であり、かつ過酷なものになるということを強調した上で、幹部四名の意見を求めた。

 

 最初に口火を切ったのは小松崎船務長で、彼は訓練期間中の乗組員の上陸、すなわち休日を全て返上して訓練を行う他はないと主張した。

 

「現在の艦の状態ですと、少なくとも倍は訓練を行わなければ、技量上不安と言わざるを得ません」

 

 これに最初に反論を述べたのは藤川航海長である。

 

「確かに訓練を濃くすれば技量は上がりますけど、陸上じゃできることが限られてますし、出撃前に単調にやりすぎると却って意気が上がらんように思いますけど」

 

 続いてベテランの石黒機関長もやや慎重な意見を述べる。

 

「乗組員たちの多くは夜になると上陸する習慣が付いてしまっている。陸地に繋がったままでは、訓練に身が入らん」

 

 一般市民からすれば「何を寝言言ってる!?」と思われるだろうが、私の経験上、陸地に停泊している際、夜になると上陸したくなるのは、船乗りの習性ともいうべきもので、どうしても意識は散ってしまう。

 

 反面、訓練地に行くとこれも習性で、一切の煩悩を断ち切って、充分に訓練に専念することができる。

 

 水上艦は訓練の際、ほぼ確実に海上に出て行き、停泊訓練時も沖合に錨を入れることが多いが、その理由の一つには陸地と縁を切るためというのが挙げられる。

 

 しかし、先ほども言ったように宇宙艦ではランチウィンドウまでは地上と完全に縁を切ることはできない。

 

 私が黙って考え込んでいると、古代先任が口を開いた。

 

「訓練はやってなんぼ。だったらここはやるに限る。しかし、航海長の言う通り艦上ではできる訓練に限りがあるし、缶詰めでは乗組員も気が参る。そこでだ、艦上では配置教育や防火訓練をやると同時に、地上施設でのシミュレーターを使わせてもらって艦外作業を想定した訓練を行えば、訓練の内容も増えるし、ある程度は乗組員の気晴らしにもなると思う」

 

 一同がなるほどと頷く。

 

 私も、これは考えていなかった。

 

 ついこの間までシミュレーターで訓練をしていた私だが、それは他に実技の訓練を行う術がなかったからで、元々前世ではそんな便利なシミュレーターは無かったし、「勤務、運用術、航海術ニ関スルモノヲ主トシ、海上勤務ノ基礎ヲ確立スルヲ本旨」とする帝国海軍流実務教育を受け、その後、長く海上艦隊勤務を経験した私にとって、訓練とは艦上、海上といった現場で行うのが常識であり、陸上施設で行う訓練というのは陸戦隊を別にすれば、学校までの物だという固定観念があったからだ。

 

 民間でも、自動車運転の教習を受ける際、シミュレーターを使用するのと、実際に運転するのでは感覚が全く異なり、シミュレーター使用でむしろ運転感覚が狂いそうになるということに覚えのある人は多いはずだ。

 

 実地に勝る訓練無しというのは、何時の時代でも常識であるが、実は宇宙では、これがそうでもないのである。

 

 これには、200年以上に渡る宇宙飛行の歴史が関わってくる。

 

 まだ、人類が宇宙にやっと進出し始めた頃、世界でも2桁ほどしかいなかった宇宙飛行士たちは、陸、海、空で働く人たちと異なり、簡単には自分たちの居るべき場所―――宇宙に出ることができなかった。

 

 宇宙という人類にとって最も広大で、最も未知の空間に出るには様々な制約があった為に、宇宙飛行士はまず宇宙に出るために訓練を行わなければならず、それらの訓練地は地上であった。

 

 そこで宇宙に出るための条件をクリアした後、早ければ一年、遅ければ十何年に一回の割合で、やっと宇宙船に乗り組むことができたのである。

 

 海の船乗りにとっての艦が、日頃の”食う寝るところに住むところ”であったのに対し、宇宙飛行士にとっての宇宙船は、宇宙に出るときだけの乗り物に過ぎなかったのである。

 

 そんな宇宙飛行士たちが、自分の乗る宇宙船よりもずっと長く操作する地上の訓練設備が、より現実に近い、所謂”リアリティー”のあるものに進歩していくことは至極当然のことであった。

 

 現在、宇宙船のシミュレーターは、疑似的ではあるが無重力を想定した訓練すら可能となっており、こと地上の重力下にあっては、むしろ艦上で行う訓練の方が”畳の上の水練”になってしまうほどになっている。

 

「しかし、許可が取れますか? 地上の訓練施設はどこも一杯で、そう余裕はないと思いますが……」

 

 小松崎船務長が言うと、古代先任は事も無げに、

 

「取ってみせるさ。艦長、私は早速土方長官に直談判しようと思いますが、よろしいですか」

 

 そう宣った。

 

 これには他の三人の顔が”ギョッ”としたものになった。

 

 私も正直ビックリしたのだが、同時に”そいつは面白い”と思い、

 

「よし、じゃあ俺も行くか」

 

 と同行することにした。

 

 古代先任は意表を突かれた顔をしたが、すぐに”我が意を得たり”とばかりに微笑んだ。

 

 我々は善は急げと早速に車を飛ばして、軌道護衛総司令部へ乗り込んだ。

 

 総司令部では古代先任が、基地内のシミュレーターを優先的に使用させてほしいという要望と、その必要性を強く説いたが、司令部の幕僚達はやれ割り当てがどうの、規定がどうのと言って渋い顔をしている。

 

 私は初めは黙って両者の応酬を見ていたが、段々と腹が立ってきて、つい一言。

 

「赤ん坊にいきなりエスプレー(所謂大人の遊び)させるつもりか」

 

 と、ぶちかましてしまった。

 

 この少々下世話な例えに幕僚達は元より古代先任も呆然としてしまったが、幸いなことに土方長官が、やや唇を吊り上げながら、

 

「そうだな、まずは大人にならねばな」

 

 と、乗組員の大半が新人の状態で近く出撃しなければならない我々の立場を理解してくれて、シミュレーターの優先使用を許可してくれた。

 

「あれは無いでしょう、艦長」

 

 帰り際に可笑しくなったのか、古代先任が笑いながらそう言ってきた。

 

「良いんだよ、お堅いのにはあんなもんで」

 

 私は鼻で笑って、そう返した。

 

 そもそも私からすれば、いきなり直談判をしようと言い出した古代先任にこそ驚きだ。

 

 そのことを指摘すると、

 

「必要なことですからね。一々順番に話を通していられませんよ」

 

 とのことだった。

 

 古代先任の言動は、平時であれば組織人として問題あるものだが、非常事態の現場指揮官としては正しい姿勢だ。

 

 それを迷いなく発言し、かつ実践できる人間というのは稀であると言える。

 

 私自身、前世の鎮海要港部先任参謀だった時代に歯に衣着せぬ意見具申を繰り返して、司令官や参謀長にうるさがられた経験があるから、その難しさはよく分かっているつもりだ。

 

 それだけに、古代先任のそうした姿勢は、私には好ましいものとして映った。

 

 惜しむらくは古代先任はまだ青く、真っ直ぐすぎたことだろうか。少なくともこの頃は屁理屈が少し苦手だったように思う。

 

「まっ、何かあっても今回は俺持ちだ。次からはお前もあれぐらい言ってやれ」

 

 私は、そう言ってアドバイス(?)したものだった。

 

 

 さて、実際にこれを訓練日課に取り入れたところ、乗組員たちにはとても喜ばれ、おかげで艦内の空気も良くなり、一人の違反者も表立って不平を言うものもなかった。

 

 しかも副産物として、富士山麓基地の宇宙訓練指導隊の協力を得られたことも大きかった。

 

 これは、軍艦の乗員に対する訓練の指導、並びにそれらに必要な調査・研究等を専門に行う部隊で、各術科におけるベテランの士官、宙曹が配員されている。

 

 本来は連合宇宙艦隊の所属であるが、当時は一時的に軌道護衛総隊の指揮下にあり、土方長官の配慮で『ユキカゼ』への指導に入ってくれたのである。

 

 訓練の内容及び成果が向上したことは言うまでもない。

 

 また、これ以来、私は古代先任他の部下達から多少は受け入れられたように思う。

 

 

 ともあれ、短期間ではあったが、訓練を通して、私を含めた皆がこれからの戦いの厳しさをよく自覚し、効果は目に見えて上がっていった。

 

 始めた頃は、消灯からの総員配置に一分近く掛かっていたものが、二十秒弱に短縮され、何とか及第点までいった。

 

 後は、実際に動いての襲撃訓練やら、僚艦との運動訓練などがあるが、それは月で第一軌道護衛艦隊と合流してからとなる。

 

 

 今にして思えば、少し厳しかったかなと思うし、彼らは私のやり方に驚いたであろうが、厳しい訓練は、案外彼らにとっても望む所だったのかもしれない。

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 古代守と言えば、出撃前にもう一つ心に残っていることがある。

 

 一週間の訓練終了後、『ユキカゼ』では最終的な点検と、燃料、物資の積み込み作業が行われた。

 

 昔であれば、これらの為に我々は熱病的に忙しくなるのだが、現在の宇宙艦艇では”イプシロン”と呼ばれる自動化システムがあり、発進の為に必要な点検作業はほとんどコンピューターが行うことになっている。

 

 また、物資の方も多くは軍需部の方でやってくれる為、我々はその最終チェックを行うだけでよい。

 

 つまり、我々は短い時間ではあるが、やることの無い状態となったのである。

 

「おい先任。今日から乗組員に半分ずつ臨時上陸を許してやろう」

 

 私がそう言うと、古代先任は意外そうな顔をした。残りの期間は教育や整備に充てるのだと思っていたのだろう。

 

「よろしいのですか?」

 

「ずっと缶詰めだったしな。命の洗濯をさせてやろう」

 

―――明日は無い命だものな。とは言わなかったが、古代先任は察したのかもしれない。それ以上は意見をすることもなく、乗組員に通達した。

 

 極東管区における宇宙軍人の上陸制度は、帝国海軍のそれとほぼ同じである。

 

 即ち宙曹・宙士の上陸は、平日は午後五時から明朝七時。土日祭日は午前八時三十分から明朝七時三十分の時間で行われ、前者は宙曹の1/2、宙士の1/4が上陸、後者は曹士共に半数が上陸する(昔はそれぞれ入湯上陸、半舷上陸といった)。

 

 ちなみに准尉以上の幹部に関しては、当直に就いている者を除き、基本的に自由である。

 

 規則というものは、尉官以上の幹部が作るものであるから、必然的に幹部たちに都合のよいものとなる。

 

 それはともかく、これ以外に所属長(この場合は艦長のこと)の判断で許可する臨時上陸というものがあって、これは規則で定められているものとは別に十二時間以内の上陸を許すものである。

 

 この日は平日であったので、私が許可したのはこの臨時上陸ということになる。

 

 この知らせに乗組員一同、喜ぶまいことか。

 

「ややっ! 鬼艦長、中々話が分かるじゃねぇか」

 

 などと言いながら―――やはりこの頃は多少恨まれていたのである―――喜んで上陸していった。今も昔も変わらぬ船乗りの性である。

 

 かくいう私も、初日は折り悪く当直だった古代先任を除く三幹部を引き連れて上陸し、御殿場まで繰り出した。

 

 富士山麓からほど近い位置に在る御殿場は、昔から帝国陸軍の演習場があった街で、富士山麓に宇宙軍基地が置かれてからは、帝国海軍に於ける呉や横須賀同様に宇宙軍港都市という面も加わり、地上軍を含めて市全体の1/2近くの土地が防衛関連に利用されている街である。

 

 当然、街中にはそうした軍人向けの料亭や大衆酒場も多い。

 

 極東管区への遊星爆弾の着弾が未だ無かった当時、活気に溢れていた御殿場で我々は出撃前の幹部壮行会と銘打って、大いに飲み明かした―――ちなみに私の奢りである。

 

 そして翌日は、改めて古代先任へ埋め合わせをと考えていたのだが、生憎と古代先任は私用で上陸してしまったため、私は一人横須賀まで足を延ばすことにした。

 

 極東管区・富士山麓宇宙軍基地から東京を中心とした首都圏、及び関東、東海の各要所には、地下に兵員輸送用の鉄道や直通道路が網の目のように張り巡らされており、いずれも最長でも30分と掛からず到着できるというから驚きだ。

 

 前世、私の知る限りで最も早かった鉄道―――超特急『燕』が東京~静岡間に掛かった時間が約170分だったことを思えば、隔絶の感がある。

 

―――いや、違うのはそれだけじゃないな……。

 

 今も昔も海軍の要衝である横須賀。しかしその光景は私の記憶にあるものとは大きく異なっていた。

 

 地面は完全にコンクリートで舗装されているし、立ち並ぶ建物はすべて金属やらコンクリート製のメタリックな建築物。道行く車は電子制御付きの電気自動車で、排気ガスを出すガソリン車や路面電車は見当たらない。道を歩く人たちも100%洋服姿で、着物を着ている者など男女合わせて一人もいない。

 

 思えば月面で目覚めて以来、自身の状態の把握やら、術科学校や『ユキカゼ』の訓練やらで忙しく、昔日の感傷に浸っている暇など無かったが、こうしてゆっくりと見慣れたはずの街の違いを見て回ると、否応なしに250年の時代の移り変わりを意識せざるを得なかった。

 

―――この艦と一緒。ということになるのかな?

 

 横須賀に保存されている記念艦『三笠』を見ながらそんなことを考える。

 

 私の記憶にある『三笠』はこんなに綺麗ではなかったし、東郷元帥の銅像もなかった。何よりも、『大和』の砲弾まで展示されているのには驚かされた―――実は直に見るのはこれが初めてである―――が、それでも250年という月日の中で、記憶との相違が一番少ない場所であった。

 

 二十世紀に起こった二つの戦争に於いて戦った二隻の”連合艦隊旗艦”も、今はこうして伝説となり、静かに余生を送るのみとなっている。

 

―――ならば、俺は何なのだろうか?

 

 人は元より、こうした艦や建物でさえ一部を除いて全て消え去り、過去と化している現代。そこにただ一人存在しているわが身を思い、柄にもなくおセンチな気持ちになってしまう。

 

 懐かしさに惹かれて訪れた横須賀だったが、これは失敗だったかな。

 

 そう思い、帰ろうかと思った時だった。

 

「艦長ではないですか?」

 

 不意に声を掛けられ、顔を向けると私服姿の古代守が立っていた。

 

「おぅ何だ、古代か」

 

 今はお互い軍服を脱いでいるから”先任”ではなく、”古代”と呼んだ。

 

「何してるんだ、こんな所で」

 

「実家から艦に戻る途中ですよ」

 

「あっ、そうか。三浦だったな、お前」

 

 確か人事調書の出身地にそう書かれていたな、と思い出しながら言うと、間違っていなかったようで「えぇ」と返された。

 

「艦長こそどうしたんです?」

 

 古代先任からの問いに、さっきまで感傷に浸っていたということが少し気恥ずかしくなる。

 

「あー、ちょっとこいつを見にな」

 

 歯切れ悪くそういうと、古代先任は少し意外そうな顔をする。

 

「奇遇ですね、僕もこの艦を見に来たんです」

 

「ふーん。好きなのか、こういうのが」

 

 私は別に意外とは思わなかった。

 

 舞台が違うとはいえ軍艦乗りである者は、こういった昔の軍艦が好みであるものは多いし、それが高じて軍人になるというケースも少なくない。

 

「好き、というよりは憧れとか羨ましい、という奴ですかね」

 

「うん?」

 

 しかし、この答えは予想外でちょっと難しい。

 

「いえ、艦の持つ潮気と言いますか、この艦はコンピューターなんてなしに、人の手で動かされてきた艦でしょう。僕たちは何でもコンピューターに向かってばかりで、本来船乗りの持つべきシーマンシップを忘れがちですからね、そうならないように、こうして時々見に来ているんです」

 

 私は驚いた。彼の言うことは私の抱いていた不満そのものだったからだ。

 

 前世の私の乗った軍艦と現在の軍艦に於いて、その立つ舞台を別格として違いを挙げれば、コンピューターによる制御が一番大きい。

 

 前世の艦長というものは、電探や無電、肉眼での見張りの報告が次々と注ぎ込まれる、謂わば”艦の頭脳”であり、そこから咄嗟にはじき出される判断が命令となった。

 

 それは勿論、頭の早い回転を必要とする大変なものだが、自身の手足の如く自由自在に艦を動かす爽快感と責任を強く感じることができたものだ。

 

 対して宇宙艦に於いては、これらの困難さは多くがコンピューターによって肩代わりされ、艦長任務は随分と楽になっている。

 

 無論それは悪いことではないし、必要なことでもあるのだが、私が気になるのは何でもかんでもコンピューターが優先して、人間の持つ所謂シーマンシップが軽視されつつある風潮である。

 

 簡単な例でいうと、現代の戦闘に於いては敵味方の発見、識別、目標の優先順位、攻撃武器の選定等を全てコンピューターに任せて、人間はコンソール前に座って、ゲームでもするように盤面を操作していればよいということになる。したがって、盤面のコンソール操作が上手い反面、マニュアルでの操艦や運用作業となると苦手という者が出てくるようになり、事実そうした士官は多い。

 

 私自身、術科学校でのシミュレーターと、『ユキカゼ』着任後に小松崎船務長達から実際の機器で、宇宙艦のシステムを学んできたが、便利だと思う反面、

 

「潮気が抜けちまう」

 

 という危惧を抱いた。

 

 無論、そんな昭和の海軍頭など、場違いのアナクロイズムであることは、重々、頭では分かっているのだが、それでも私は仮にも船乗りとして些かの寂しさを感じずにはいられなかった。

 

 そこへ来て、この二十二世紀の時代、しかもずっと若い者に「シーマンシップを忘れたくない」等という時代錯誤がいるのかと思うと嬉しくなった―――実はそれほど時代錯誤でもないことを、私が知るのはもう少し後になってからである―――。

 

「うん、そうだな、その通りだ。シーマンシップ、やはり忘れちゃいかんよな」

 

 時代と共に人は変わる、物も変わる。しかし反面、こうして古いモノから学ぼうとする者もいる。

 

―――そうだな、自分が何なのかなんて考えない方がいい。

 

 今この場に存在する『三笠』が消え失せた無価値な存在でないように、私にも存在する意義は必ずあるはずだ。

 

 まずは飛び込んでみることだ。

 

 そう思った時、私は先ほどまでのやや沈んだ気持ちが軽くなるのを感じた。

 

「よし古代、俺に付いてこい。今日は貴様に酒を指導してやる」

 

「えっ、しかし時間が」

 

「いいから付いてこい、俺が奢る」

 

 とりあえずは、突然機嫌を良くした私にやや呆気に取られた古代先任を、半ば強引に引き連れ、飲みに行くことにした。

 

 

 

 

 私が『三笠』を見たのはこれが最後となった。

 

 程なく遊星爆弾によって破壊される運命が待っていた。

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 明けた1月18日。いよいよ出港の日を迎えた。

 

 天候は晴れ。絶好の日和である。

 

「出港準備」

 

 航空機のコクピットのような『ユキカゼ』艦橋の中央で、私はこの時代初めてとなる出港の号令を掛けた。

 

 同時に艦内各所で出航の為の最終作業が始まり、やがて次々と「出港準備完了」の報告が上がってくる。

 

「機関室、配置につきました」

「レーダー並びに通信システム感度良好、異常なし」

「射撃管制システム、異常なし」

「航法システム、異常なし」

「艦内全機構異常なし。エネルギー正常」

 

「艦長、出港準備全てよし」

 

「艦長了解。発進ゲート開け」

 

 私が命じると、『ユキカゼ』の艦体を乗せたカタパルトが発射口に向けて動き出す。

 

 ”サードゲートオープン、サードゲートオープン”

 

 地下格納庫に管制のアナウンスが響きわたる。

 

 余談だが、極東管区宇宙軍人の間では第四ドックが圧倒的人気を誇っているのだが、その理由が発進時に”フォースゲートオープン”というアナウンスを聞きたいからだそうだ。

 

 古代先任曰く「燃える」とのことだが、私にはよくわからない。

 

「別にそんな違いは無いだろ」

 

 と言ったら、その場にいた全員から「わかっちゃいないな~」という顔をされた。何故だろう?

 

「大気圏内エンジン(ジェットエンジン)発動、20秒前」

 

 そんなことを考えている間にもプロセスは進み、機関室から報告が上がる。

 

 次元波動エンジンが登場するまでの国連宇宙海軍艦艇は、大気圏内ではジェットエンジン。宇宙空間ではイオン推進で飛行する二重構造になっていた。

 

 カタパルトが地上に向けて上昇するのと同調して、漆黒の天井部分が細く割れて、青い空が見えてくる。

 

 富士山麓の上双子山、下双子山の間に巧妙にカムフラージュされた発射口が開かれる。

 

「出航よォーい、舫い放てー」

 

 私の号令で『ユキカゼ』を固定していたロック(正式にはガントリーロックと言うのだが、海軍思想の表れとして舫いと呼ばれる)が解除される。

 

 同時に壁面の誘導ランプが青に変わり、”All Right”のアナウンスが響く。この間、一分足らずである。

 

 

「機関発動。『ユキカゼ』発進‼」

 

 

 いよいよ発進―――。

 

「って艦長、座ってください‼」

 

「え?」と聞き返す間もなく、エンジンに点火した『ユキカゼ』が、発射口から勢いよく飛び出した。

 

 それと同時に私の身体は思いっきり後ろに吹っ飛び、艦長席に腰から打ち付けられた。

 

 ―――しまった。つい立ったままで指揮していたか⁉

 

 宇宙艦艇が、緊急発進を想定して電磁カタパルトを使用しての急加速で発進するということを、興奮と昔からの立ち癖が相まってうっかり失念していたのだ。

 

 しかし、こうなっては加速が落ち着くまで今の姿勢で踏ん張るしかない。

 

 幸い、その状態は5分もしないうちに落ち着いたが、少し腰が痛い。

 

「艦長、大丈夫ですか?」

 

「あー、まあな」

 

 すぐ傍にいた古代先任の言葉に、私は死にそうに恥ずかしく思いながら答えた。

 

「艦長、地球大気圏離脱します」

 

 平静を装っているが藤川航海長、笑いを堪えているのがバレバレである。

 

「第二宇宙速度に切り替えろ」

 

 そう命じて私は艦長席に座った。

 

 大チョンボだ。間違いなく部下たちの絶好の話題になるだろう。語り継がれなければ良いが。

 

 私は、気を取り直そうと窓の外を見た。

 

 窓の外の地球は相変わらず見惚れる程に美しい。

 

 だが、よくよく見れば一部には赤い部分もある。噂の遊星爆弾の着弾後だろう。

 

 否応なしに地球が汚されているのが分かってしまう光景だ。

 

「~~~♪」

 

 そんな中で突然、私の耳に歌声が入ってきた。

 

 宇宙船乗りの歌―――『銀河航路』だ。

 

 顔を向けると、古代先任が自分の席で何処を見るともなく独唱していた。

 

 その歌は自然と他の乗組員も習って歌い始め、何時しか狭い艦橋内に合唱となって響き渡った。

 

 私にとってはこの時代に来て初めて聞く歌だったが、不思議と言い知れぬ懐かしさを覚えると同時に、身体の奥から熱いものがこみ上げてくるのを感じる。舞台が違うとはいえ、船乗りとしての血がそうさせるのだろうか。

 

 改めて艦橋を見廻す。

 

 私―――否、今この目に映る全員が故郷である地球を守るために命を張っているのだ。少しばかり抜けたスタートとなったが、その役割に徹しなければならない。

 

―――よぉし、この艦でどれだけやれるかは解らないが、俺は十分に使いこなしてみせるぞ。

 

 ふと古代先任を見れば、私に向かって意味ありげに笑っている。

 

 気を使ってもらったのだと気付いて、少し照れくさくなった私もまた、その合唱に参加した。

 

 合唱は漆黒の宇宙へと溶けていくのだった。

 

 

 

 



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第十二話 「『メ二号作戦』実施決定の頃」

 ようやく本編に戻れました。


 追想の中の『銀河航路』が遠くなるにつれて、私の意識も『ユキカゼ』から『ヤマト』へと戻る。

 

 随分と長く回想に浸っていたようで、既に艦は土星本星の全体を視界に収めることができる程の距離まで離れていた。

 

「艦長」

 

 呼ばれて振り向くと、何時の間にか古代戦術長が戻ってきていた。

 

「提督がお呼びです。至急提督室に来るようにと」

 

「そうか、分かった」

 

 応じて、立ち上がる。

 

 古代戦術長の横を通り過ぎる時、私は彼の顔を見た。

 

 毅然として、ひたむきな目は、見知ったあの男とよく似ていた。

 

「……なぁ、古代」

 

 この時、私は一体、彼に何を言おうとしたのだろうか?

 

 ほとんど無意識に、声を掛けていた。

 

「⁉ 何か?」

 

 唐突に”戦術”ではなく、”古代”と親しげに呼ばれた為か、若干驚いた様子だった。

 

 彼は、その仕草にも声音にも、哀しみを滲ませることは無かったが、その瞼は、僅かに腫れていた。

 

 そのいじらしさが、私の胸を衝き、言葉を詰まらせる。

 

「……いや、良い。しばらくここを頼む」

 

 結局、何を言うこともなく、私は提督室へと向かった。

 

 

 ―――古代、貴様、本当に死んだのか……?

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

「艦長入ります」

 

 提督室のドアを開けると、沖田提督は何時もと同じように、室内前面に後ろ手を組んで立っていた。

 

「提督、何か?」

 

 沖田提督は振り向く。

 

「艦長、今後の行動についてだが……」

 

 その顔を見た瞬間、私は内心で身構えた。

 

 沖田提督の表情には、何時にも増して強い決意が湛えられていた。

 

「冥王星にあるガミラスの前線基地を撃滅する」

 

 ある程度予想していた言葉だったが、それでも聞いた途端、それまでの感傷的な思考が吹き飛ぶほどに身体中の血が騒ぎ始める。

 

「よろしいのですか? 相当の時間をロスすることになりますし、敵の情報も未確定のものが多くありますが……」

 

 私はその騒ぐ血を抑え、敢えて反対の意見を述べる。

 

 現状の『ヤマト』は、エンケラドゥスでの作業によって既に予定よりも二日の時間をロスしている。

 

 また、現在位置から冥王星は、先の航路会議で古代戦術長、太田気象長が指摘したように最短コースからは正反対の方向であり、向かうとなれば少なくとも更に二日。冥王星での戦い次第では、もっと日数をロスすることになるだろう。

 

 血で沸騰しそうな私の頭脳であるが、一寸の冷静な部分が、それを正しく認識していた。

 

 認識している以上、それを基に反対意見なり次善の献策なりをすることは、司令官を支える幕僚としての権利であり、また義務である。

 

「分かっている。わしとて無駄な戦闘を望むものではないが、未だ地球に遊星爆弾を降らし続けている冥王星基地だけは捨て置くわけにはいかん。後顧の憂いを断つ意味でも、『メ二号作戦』は多少の時間ロスやリスクを冒してでも行うべきものであると、わしは判断する」

 

 これまた予想通り、沖田提督の決意は固く、私も本音の部分では全くの同意見であり、異論はない。

 

 提督の決定は下った。

 

 となれば、後は戦いに向けて、艦の戦闘準備を乗組員に指示し、整えるのが私の仕事だ。

 

「分かりました。では早速、戦術長に『メ二号作戦』の創案を命じ、明日には各長を交えての作戦会議としましょう」

 

「頼む」

 

 敬礼をして提督室を退室した私は、即座に艦橋に取って返す。

 

 都合の良いことに、艦橋当直の幹部要員の他に、機関部及びエンケラドゥスで受けた損傷の補修作業を指揮していた真田副長の姿もあった。

 

「おぅ副長、ちょうど良かった。艦の修理状況はどうなってる?」

 

 私が出し抜けにそう尋ねると、元々その報告の為に上がってきていたようで、すぐに回答があった。

 

「右舷の損傷については間もなく完了します。機関部の方もコスモナイト90への改装を含めて、明日には完了します」

 

「うん、それは良かった」

 

 それならば、次の作戦に支障はないだろう。

 

「……何かありましたか?」

 

 私の様子が少し違うと思ってか、古代戦術長が聞いてくる。

 

 否、恐らく私が提督に呼ばれた時点で、それが何を意味しているのか薄々分かっているのだろう。古代戦術長だけでなく、艦橋要員全員が、緊張して私の言葉を待っているのが分かった。

 

「沖田提督から『メ二号作戦』実施の命令を受領した」

 

 私の言葉はおそらく予想通りだったのだろう。全員息を飲む気配はあれど、声は無い。

 

「従って、これより本艦は作戦準備に掛かる。戦術長」

 

「はっ‼」

 

「急ぎ『メ二号作戦』の具体案を作成、24時間以内に提出せよ」

 

「分かりました」

 

「航海長、進路変更、艦を冥王星へ向けよ」

 

「はっ、冥王星へ艦を向けます。とぉーりかーじ」

 

「戦術長の作戦案が纏まり次第、中央作戦室にて作戦会議を行う。それまでに各科は準備作業を実施。以上だ」

 

 私がそう締めくくると、真田副長から細かい指示が飛び、関係各科は不用品の各科倉庫への格納、隔壁・防御被蓋の点検・閉鎖や、兵器、機関、諸装置の調整等の為に、ある者は艦内電話に向かい、ある者は直接担当部署へと走る。

 

 当の私はというと、実はこの時点でもう仕事は無い。

 

 艦長というのは、一度命令を下すと、後は部下から何かしらの報告が来るまでは暇であることが多い。

 

「艦長」

 

 準備完了まで艦長席の配置に就こうと思っていた私に、真田副長がやや神妙な面持ちで―――ほとんど変わらないのだが―――声を掛けてきた。

 

「もう一つ報告があるのですが―――」

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

「ふーん、これが貴様たちを襲ってきた敵兵か」

 

 技術解析室。

 

 初めて訪れた時と変わらず、青白い照明の室内中央に設置された解析カプセルの中を見て、私は驚きを努めて押さえた声を漏らす。

 

 真田副長から「エンケラドゥスにて敵兵を収容した」という報告を受けた私は、すぐに確認へと訪れた。

 

 何故、捕虜収容用の留置室ではなく、技術解析室なのかというと―――

 

「まさか、ロボットとはなぁ……」

 

 そう、エンケラドゥスの敵兵は人間ではなかったのである。

 

 私の眼前のカプセル内に入っているのは、体長は170㎝程で、銀色の金属外郭の下に赤い筋肉のような構造を持った、人間で言えば華奢な体型をしたロボットだった。

 

「正確に言えばアンドロイドです」

 

 ―――どう違うんだ? と喉元まで出かかったのを飲み込む。

 

 色々と定義はあるのだろうが、私のような素人からすれば、所詮、言葉の違いであり、そのうんちくを副長から聞く気は無かった。

 

 ただ、アナライザーのようないかにもなロボット然としたものでなく、全体的に人間に近い構造をした姿は、確かにアンドロイドと言った方が正確かもしれない。

 

「死んでるのか?」

 

「死んでいる。と表現すべきかどうかはともかく、現状では三体とも機能を停止しています」

 

 あくまでも機械的に淡々と答える真田副長。

 

 部屋の奥の新見情報長は、コンピューターに向かって、アンドロイドの分析に夢中になっている。

 

「ナノマシンで構成された人工オルガネラなんて、とんでもないテクノロジーね。表面構造は軟性テクタイトラバー……」

 

 等という言葉が聞こえてくるが、ハッキリ言って私には、その意味が半分もわからない。

 

 こういうことは沖田提督の方が理解が早いと思われ、私などは完全に畑違いだった。

 

「それで、何か情報は引き出せそうか?」

 

 気を取り直して、私は肝心と思われる部分を聞く。

 

 もし、このアンドロイドから、何かしらのガミラスの情報を得ることができれば、この先の航海もだいぶ楽になるのだが。

 

「目下解析を進めていますが、現状ではアンドロイドの構造のみです。内部の情報を引き出すには、まだ時間がかかります。残念ですが、『メ二号』には間に合わないかと」

 

「そうかぁ……」

 

 世の中そんなに甘くは無いようだ。

 

「まぁ、仕方ない。何かわかったらすぐに報告しろ」

 

 そう言って、後のことを真田副長に任せて、私は解析室を出た。

 

 

 

 ―――――――――

 

 

 

 日付の変わった2月13日。

 

 艦が当初の予定の二日遅れで天王星軌道を通過している頃、『ヤマト』艦長室で、私は古代戦術長を迎えた。

 

「できたか?」

 

「はい、こちらに」

 

 そう言って戦術長は、私にタブレットパソコンを手渡した。

 

 画面には”メ二号作戦案概要”とある。

 

 古代戦術長、だいぶ頑張ったと見えて、私が想定していたよりも早い作戦案の提出である。

 

 昔は、このようなタブレットパソコンの扱いには手こずったが、今は慣れたもので”チョイチョイ”と指を動かせる。

 

 冥王星基地攻略の為に主な問題となるのは、

 

 一、敵基地の位置及び攻撃法。

 

 二、基地に駐留しているであろう敵艦隊への対処。

 

 この二つである。

 

 特に前者は、開戦以来、国連宇宙軍が幾度に渡って強硬偵察を行い、幾つかの候補地を挙げたものの遂に特定には至っていない。

 

 幕僚監部及び軍務局では、何らかの遮蔽幕を展開し、基地全体を覆い隠していると推定しているが、何にしても、まずはこれを見つけなければならない。

 

 また、後者の敵艦隊については、先の『メ一号作戦』での敵戦力から推定して、百隻前後の規模と思われた。

 

 古代戦術長の”メ二号作戦案”は、まず第一の敵基地ついては、秘密裏に航空隊を発進させ、二手に分かれて敵基地の位置を探索、基地を発見次第、攻撃を開始することとし、第二の敵艦隊については、航空隊索敵の間、『ヤマト』が囮となって衛星軌道上まで引き付け、航空隊の攻撃開始と同時に敵艦隊の包囲を突破、冥王星沖合に達した後は、航空隊と連携し、艦砲射撃にて基地を攻撃、とどめを刺す。というものであった。

 

 私は作戦に際して、疑問に感じたことは次々と質問した。

 

「基地と艦隊の両方を相手取るとなると、忙しいことになるな。先に艦隊の方を全力で始末した方が良いんじゃないのか?」

 

「定石ならばそうでしょうが、今作戦の主眼は地球への遊星爆弾攻撃の阻止にあります。また、敵艦隊の撃破後に敵基地を探索するとなると時間が掛かりすぎます。今回の我々の航海の目的を考えれば、極力戦闘は早期に終わらせなければなりません」

 

「なるほど。では次に、この作戦案だと『ヤマト』のみで最大百隻近い大艦隊を相手に殴り合いをすることになるが、勝算はあるのか?」

 

「それに付きましては、冥王星外周のカイパーベルト帯に敵を引き付け、それを盾にすることを考えています。また、真田副長に確認したところ、波動防壁の展開によって敵の陽電子ビームをほぼ無力化することができるようです」

 

「あぁ、あれか。それで、時間はどれぐらい持つ?」

 

「約二十分」

 

「うむ……後は『ヤマト』の砲撃力で勝負というわけだな」

 

「はい」

 

「よろしい。では次に―――」

 

 と云った具合に、一つ一つ入念に確認していく。

 

 こうした細かい点を詰めておかないと、いざ本番となった時、予想外の事態や些細なヒューマンエラーによって、計画に破綻が生じて大混乱となるのである。

 

 大方の確認事項が済んだところで、私は最後にこう切り出した。

 

「戦術長、これで最後だが、もし万が一、これらの作戦そのものが完全に破綻した場合はどうする?」

 

 完全な破綻というのは、この場合、航空隊が敵の基地を特定することができなかった場合。または、『ヤマト』がそれ以上の作戦続行が不可能な状態になった場合を指す。

 

「その、場合は…………」

 

 古代戦術長はしばらくの間、言い辛そうに口を噛む。

 

「……波動砲、か?」

 

 私の言葉には沈黙で帰ってきたが、戦術長のその苦虫を噛み潰した顔は”是”という答えを示していた。

 

 波動砲によって敵基地を冥王星諸共に破壊する。

 

 一見、最も手っ取り早く、簡単な方法のようだが、実は大変なリスクを孕んでいる手段である。

 

 太陽系惑星というのは、太陽を始め、各惑星の重力がそれぞれ複雑に作用しあって存在しているが、冥王星を破壊するということは、その重力バランスの一部を破壊することを意味している。

 

 理論としては、仮に冥王星のような小さな星を破壊したとしても、直ちに地球そのものに影響の出る可能性は低く、あったとしても非常に微々たるものとされているが、それはあくまでも天体としての話。

 

 天体としては細かい隕石が降り注いだり、微妙に環境が変化する程度のことは、ちょっとした怪我や風邪を引いた程度のことだろうが、その一部に乗っかっているに過ぎない生命にとっては、最悪の天変地異である。

 

 冥王星を破壊した結果、遊星爆弾が降り注ぐよりもひどい結果になるという本末転倒なことになる可能性も低いとは言え、ゼロとは言い切れないのだ。

 

 また、先の浮遊大陸と異なり、冥王星は太古より存在する太陽系の共有財産であり、それを破壊することには道義的な責任も伴う。

 

 できることならば採りたくはない、正に最後の手段だった。

 

「戦術長、この話、今すぐ忘れろ」

 

「え?」

 

「俺も貴様からは聞かなかったことにする。作戦会議でも波動砲は使用しないことを前提としろ。いいな?」

 

 私は古代戦術長にこう言い含めた。

 

 真意を測りかねたのか、古代戦術長は困惑顔だったが、私はそれ以上は何も言わなかった。

 

「よし、じゃあ行くか」

 

 私は話を打ち切り、古代戦術長を伴って提督室を訪れた。

 

 報告・説明の結果、”メ二号作戦”案は沖田提督の採用するところとなり、実施が決定した。

 

 それを受けて、予ての通り、中央作戦室で各長が集合しての最後の大作戦会議が開かれた。

 

「諸君、これから本艦の向かう冥王星には、今更言うまでもなくガミラスの大規模前線基地が存在し、遊星爆弾の発射もここから行われている。我々が最優先とすべきはあくまでもイスカンダルへの到達であり、戦闘は極力避けるという方針に変わりはない。しかし、冥王星基地を放置するということは、地球に更なる遊星爆弾が降り注ぐことを許すということを意味する。断じてこれを見過ごすわけにはいかん。従って明14日を期して『メ二号作戦』を決行する。諸君の敢闘を期待する」

 

 沖田提督から以上のような訓示が行われ、その後、戦術長から先に提案した通りの具体的な作戦計画、戦術についての説明が行われた。

 

 作戦そのものや計画についてはすんなりと各科に受け入れられたのだが、戦術の説明に移行した際、南部砲雷長と加藤航空隊長の間で、激しい対立が起こり、会議の場がにわかに緊張した。

 

 戦術説明が行われた際、南部砲雷長が、

 

「波動砲によるロングレンジ攻撃で、一気に殲滅するべきです」

 

 という意見を、強硬に主張し始めたのだ。

 

 私は一瞬、戦術長の顔を見たが、彼はほとんど間髪を入れずに、

 

「波動砲は使わない」

 

 と、キッパリ宣言した。

 

 先に私に命じられたからと言うよりも、本人のできれば使用したくないという気持ちが強かったのだろう。私の顔を窺うような仕草は全く見られなかった。

 

 しかし、南部砲雷長は、波動砲による冥王星破壊の事実やリスクを説明されても、納得できない様子で、尚も強硬に波動砲使用を主張する。

 

 挙句、

 

「あんな小さな星の一つや二つ、吹っ飛ばしても問題ないでしょう‼」

 

 なんぞというとんでもない発言まで飛び出して、戦術長に一喝される一幕もあった。

 

「戦術長が使わないって言ってるんだから良いだろ」

 

 流石に見かねたのか、加藤航空隊長が口を挟む。

 

 ところが、

 

「僕は君たち航空隊の損害も防げると言ってるんだ。そもそも『ヤマト』に航空隊なんか要らないと思うけどね」

 

「何だと?」

 

「本当の事だろ。敵の基地を探索すると言っても、君たちに見つけられるのか疑問だよ」

 

 と南部砲雷長、あろうことか、航空隊を侮辱するような暴言を吐いたのである。

 

 調停を試みた加藤隊長だったが、こんなことを言われて怒らないはずがない。

 

「貴様ァ‼」

 

 元より血の気が多い男だから、拳を震わせて今にも殴りかからんばかりに激昂する。

 

 事ここに及んで、私は沈黙を破った。

 

「やめえェェェェいィッ‼」

 

 腹に力を込めて、帝国海軍仕込みの銅鑼声で怒鳴った。

 

 すると、南部砲雷長も加藤隊長も、”ピタリ”と動きを止める。

 

 他の各長達も、ビックリして私を見ている。

 

 こういう時は、変に言葉を探して説得するよりも、一言の”号令”の方が効果がある。

 

「作戦会議の場だぞ。大砲と飛行機の喧嘩なら他所でやれ」

 

 私が声を落として言うと、二人とも「は、はい……」と引き下がった。

 

「冥王星の攻略は波動砲を使わずに行う。これは決定した方針だ」

 

 と沖田提督。

 

 私のすぐ隣に立っておられたのだが、流石と言うべきか、全く動じてはいない。

 

 南部砲雷長も、もうこの沖田提督の言葉には反論しなかった。

 

 同時に緊張していた空気が元に戻る。

 

 その後、作戦会議は詰められ、航空隊発進に先んじて、一〇〇式空間偵察機での進路上の索敵を行うこと。戦闘指揮は第二艦橋の 戦闘指揮所(CIC)で行う等のことが決定され、更に沖田提督より古代戦術長は今作戦における航空隊の陣頭指揮を執るように命じられた。

 

 これに私は反対意見を述べた。

 

 本来、戦術長という役職は、肩書通り艦の戦術(砲雷・航空)を統括指揮するものであり、その配置は全体を見渡せる場所にいる必要がある。

 

『ヤマト』で言うならば、第一艦橋、もしくは第二艦橋の戦術長席にあって、砲雷・航空二つの部隊の連絡調整、情報処理、戦力の運用等を行うのが、戦術長の”陣頭指揮”である。

 

 航空隊の陣頭指揮をするということは、即ち艦を離れるということであり、艦の状態を把握しての戦闘指揮が行えないことを意味する。通常ならば”誤れる陣頭指揮”と言えた。

 

 しかし、今作戦の成否は航空隊に掛かっており、無線封止を行う中で戦術長が戦闘の統括一元指揮を正確に行う為には、前線の実情を直接把握する必要があるとのことで、私の反対意見は却下された。

 

 これにより『メ二号作戦』に於ける『ヤマト』戦闘指揮は南部砲雷長に一任される。波動砲こそ使用できないが、その他の全武装を任されて砲雷長は満更でもなさそうだった。

 

 ついでにその際、沖田提督から、

 

「艦長、わしは 戦闘指揮所(CIC)に入るが、君はどうする?」

 

 とご下問があった。

 

 私は苦笑した。

 

 まったくこの人には敵わない。私の気質などお見通しだったようだ。

 

「私は艦橋で指揮を執ろうと思いますが、どうでしょう?」

 

「うむ、良かろう」

 

 アッサリと承認した沖田提督に私は感謝した。

 

 乗組員たちは、慌てて危険であると反対したが、私は、一所に全員が集まると、万一やられた際に指揮系統が断絶すること、第一艦橋の設備でも必要な指揮は執れる等と言って、押し切った。

 

 尤も、” 戦闘指揮所(CIC)では戦争する気にならない”という非合理かつ気分的な本音が、理由の大半であったのだが。

 

 後から思えば、”誤れる陣頭指揮”などと、人のことは言えないなと自嘲する。

 

 ともあれ、作戦会議は終了。

 

「提督」

 

 各々が配置に戻ろうとする中で、私はこっそり沖田提督に声を掛けた。

 

「作戦の進行次第ですが……」

 

「艦長」

 

 沖田提督が私の言葉を遮って、静かに口を開く。

 

「波動砲が必要と判断された際には、わしの責任に於いて使用を命ずる」

 

「なっ⁉」

 

 思わず驚きの声が私の口から出た。

 

 私が正に具申しようとしたことを、沖田提督は先んじてキッパリと言い切ってしまったからだ。

 

 古代戦術長と話していたあの時、私は密かに決心をしていた。

 

 ―――もし必要と判断されたその時には、自分の責任に於いて提督に進言しよう。と。

 

 冥王星を破壊するとなれば、どのような結果になろうとも、後々重大な責任が発生することは必定だ。

 

 その時、誰がその責任を取るのかと言えば、まず波動砲の使用を決定した沖田提督となるが、同時にそれを言い出した人間もまた「唆した」と、批判にさらされるだろう。

 

 戦術長から波動砲の使用を進言すれば、当然それに伴う責任は彼の下へと行くことになる。

 

 冥王星破壊の重い十字架を、若い戦術長に押し付けるわけにはいかない。

 

 元より私は、何時でも死ねると覚悟している身。今更、責任やら何やらの一つや二つに物怖じすることはない。

 

「太陽系の共有財産である冥王星を破壊する権利は本来我々にはない。だが、地球最後の希望であるこの艦を沈めるぐらいならば……」

 

 だが、それは沖田提督も同じであったのだ。

 

 古代戦術長は今度の作戦では航空隊の陣頭指揮を執ることになったから、波動砲発射には責任が無くなり、南部砲雷長は単なる代理であるからこれまた責任は発生しない。

 

「提督……」

 

「全ての責任はわし一人で取るつもりだ。君は『ヤマト』を動かすことに集中してくれ」

 

 ―――敵わんなぁ……。

 

 この人物の不屈の信念にはほとほと感服する。

 

 挙手の礼を捧げながら私は心中でつぶやいた。

 

 ―――その時はお供しますぞ。

 

 艦橋に戻った私は、全乗員に対して作戦命令の伝達と短い訓辞を行った。

 

「冥王星基地及び遊星爆弾の消滅は、開戦以来の全地球人類の悲願である。乗員各員が捨身必殺の攻撃精神を発揮し、地球最後の希望として、全世界の輿望に応えるよう。終わり」

 

『ヤマト』は艦内第二哨戒配備とし、21Sノットに増速。

 

 翌日早朝、決戦を挑む見込みとなった。

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

『メ二号作戦』の準備が進んでいたこの時期、もう一つ思わぬ椿事が発生している。

 

 事の始まりは、作戦会議終了後。艦橋配置に就いていた私は、一旦手洗いの為、一段下の艦長室横にある洗面所に向かった。

 

『ヤマト』の第一艦橋及び 第二艦橋(CIC)は出入口=エレベーターであった為、実は便所が無い。

 

 その為、艦橋勤務の乗組員は用便を済ます際に、一々エレベーターで居住区に降りなければならないという面倒があった(艦橋に一番近い便所は提督室と艦長室であるが、そこへ飛び込んでいく猛者はいない)。

 

 洗面所を出て、艦橋へ戻ろうとしていると、ちょうどエレベーターから降りてきて歩いてくる士官があった。

 

「これは艦長、お疲れ様です」

 

「ん? 保安部長か」

 

 ライトグレー地に黒ライン軍装の保安部長・伊東真也二尉だ。

 

「どうかしたのか?」

 

「いえいえ、作戦準備とはいっても、保安部は特にやることもないので、艦内の見廻りでもと思いましてねぇ」

 

 伊東部長は、細目に笑みを浮かべた、どことなく狐を彷彿させる表情で言う。

 

 保安部というのは、『ヤマト』艦内における、警備・保安面を担当する謂わば艦内警察であるが、実は艦内組織としては『ヤマト』で初めて設置された部署である。

 

 帝国海軍では、公式には艦内警察のようなものは存在せず、艦内における風紀や規律の取り締まりは各科の古参兵、分隊士、甲板士官の役割だったが、国連宇宙海軍では、警衛士官及びそれを補佐する警衛宙曹というものがある。

 

 警衛士官は専門の役職ではなく、各長の中から選出・兼務する役割と規定されていて、『ヤマト』では古代戦術長がその任に就いており、警衛宙曹には先任伍長を務める榎本掌帆長の他、各科選出の宙曹が充てられ、これが所謂『ヤマト』の”お巡りさん”として規律保持に当たっている。

 

 しかし、既に何度か述べたように、『ヤマト』は元々『イズモ計画』に於ける地球脱出船であり、子々孫々世代を次いで当てのない旅を続ける予定であった。

 

 大昔、コロンブスがアメリカ大陸を発見するまでの旅路で、乗組員が何度も反乱を計画したという史実があるように、長期に渡る過酷な船旅というのは、人間の動物的な原子本能を強くし、理性を後退させ、時として野性的な凶暴性を発揮させる。

 

 そうなっては、とても”お巡りさん”の手には負えないから、暴徒鎮圧のための”機動隊”が必要となってくる。

 

 本来このような場合には、臨時に宇宙海兵隊隷下の空間騎兵隊が派遣されることが多いが、空間騎兵隊は各戦線での損耗が激しく、また本土防衛の戦力や火消し役として温存する必要があり、『ヤマト』へ派遣するだけの余力は無かった。

 

 そこで、代わりに登場したのが国連宇宙軍内の秩序維持に専従する警務隊である。

 

 これは、ちょうど昔の憲兵隊に相当する部隊で、通常は地球本部及び各惑星基地に設けられ、軍内の犯罪捜査や基地警備、交通統制等に当たり、個艦艇内の警備は管轄外であるのだが、その職務上、前線の空間騎兵隊と比べて損耗率が低いことと、各惑星基地からの撤収が行われたことで、必要人員を確保することが可能だった。

 

 また、『イズモ計画』及び『ヤマト計画』では、何れも白兵戦、地上戦が起こることは想定されておらず、歩兵ではなく警備の人員を必要としていたため、警務隊でも十分に任務を果たすことができると考えられた(これが後々、とんだ見当違いになるのだが)。

 

『ヤマト』保安部は、以上のような理由で警務隊からの応援派遣という形で編成され、形式上は警衛士官の協力役として乗艦していた。

 

「それにしても、艦長も大変ですなぁ。この大作戦の前に軍律違反者まで抱えられて」

 

「なに?」

 

 聞き捨てならない言葉に反応した私に、伊東部長は、さも驚いたというように、

 

「ひょっとして、艦長はご存じない?」

 

 もったいぶったように言う伊東部長に、若干の苛立ちを覚えながらも、私はどういうことなのかを聞いた。

 

 それによると、先のエンケラドゥスでの戦いにおいて、出撃させた『コスモゼロ』二機の内の一機に乗り込んでいたのが、何と航空隊員ではなく、主計科の人間だったというのである。

 

「……山本三尉か」

 

 それは、あの時、私に航空隊への移籍を強く求めてきた、山本玲主計士だった。

 

 自身の要望が容れられないと思い、遂に我を通してしまったのか……。

 

「保安部長、この一件、誰かに話したか?」

 

「いえ、私は何も。ただ、艦内ではすでに噂になり始めているようですがねぇ」

 

 まずいな。こういうのはダラダラとしていると尾を引く。

 

 早めに始末を付けなければならない。

 

「ご命令とあれば、すぐにでも拘束しますが?」

 

「いや、それには及ばん。保安部は命令あるまで待機していろ」

 

 そう言うと、伊東部長は「艦長がそう言われるなら」とあっさり引き下がった。

 

 伊東部長が去った後、私は艦長室に戻り、密かに平田主計長と加藤航空隊長を別々に呼び出して、真相を確かめた。

 

 この時の二人の反応は、似て非なるものであった。

 

 どちらも驚きの表情をしたのには違いなかったが、平田主計長が、山本三尉の独断専行そのものに驚いていたのに対し、加藤航空隊長の方は、隠し事がばれた子どものような驚き方であった。

 

 当たり前だが、やはり航空隊の方では把握していながら、報告は避けていたのだろう。

 

 私はそこまで掘り下げて咎めるつもりは無かった。

 

 ―――どうしたものかなぁ……。

 

 二人を退室させた後、私は山本三尉の処遇について考え始めた。

 

『ヤマト計画』に於ける監督責任はやや複雑なところがあり、計画統括官として全体の指揮・人事権を掌握しているのは沖田提督だが、艦や個々の乗組員の問題に責任を負っているのは艦長の私である。

 

 言うまでもないが、主計科の人間が命令もなしに勝手に戦闘機に乗り、戦闘行為を行うことは明らかな軍律違反であり、懲罰ものだ。

 

 だが一方で、彼女の行動によって、エンケラドゥスで死者が出すことなく敵を退けることができたということも事実であり、こちらは本来ならば殊勲物の働きである。

 

 つまり、功罪相半ばしているのである。

 

 処分を間違えると、本人ばかりか、周囲の者の士気にまで影響することであり、非常に難しい問題である。

 

 更に困ったのは、この後、古代戦術長が艦長室にやってきて、山本三尉を航空隊に推薦したいと許可を求めてきたことだ。

 

「それはまずいな」

 

 私は言った。

 

 違反と功績、差し引きゼロでチャラにするというならまだしも、航空隊に異動では誰がどう見ても栄転である。

 

『ヤマト』乗組員の中で希望の配置に就けなかったのは、何も山本三尉だけではない。今回のようなことを認めてしまえば「我も我も」と後に続くものが出てきかねない。

 

 私はあまり規則や形式に五月蠅い方ではないと思っているが、艦を統率する艦長としては、到底許容できないことだった。

 

 しかし、古代戦術長も引かない。

 

「確かに彼女のしたことは軍規違反です。しかし、そのおかげで自分も他の皆も全員無事に済んだではないですか。それを考えれば功の方が大きいはずです。それを処分したらそれこそ士気に関わります」

 

 と噛みついてくる。

 

 自身も”『コスモゼロ』無断出撃”の前科があるだけに、今回の山本三尉の気持ちがよく分かるのだろう。

 

 結果だけ見れば彼の言うとおりだが、それはそれ、これはこれ。

 

 ―――いや待てよ?

 

「戦術長、確かに今回の山本三尉の行動には功績もある。だが、処分は処分として行わなければ艦の規律が保てない。違うか?」

 

「……いえ。しかし⁉」

 

「ならば、話は早い―――」

 

 

 

 一時間後、私は山本三尉に艦長室への出頭を命じた。

 

 程なく出頭した山本三尉に対し、私は”航空機の無断出撃”に対する処分として、訓告と始末書の提出を命じた。

 

「今日中に提出するように」

 

「……はい」

 

 普段はクールな表情の山本三尉だが、この時は隠し切れない不満を浮かべていた。

 

 そのまま出て行こうとする山本三尉に私は声を掛けた。

 

「あゝそれから、今この部屋を出たら、もう一回入ってきてくれ」

 

「は?」

 

「いいから」

 

 怪訝そうな顔をしながら、言う通りに一度部屋を出て、入り直してきた彼女に今度は”迅速な行動による敵撃破と仲間救助”の功績として艦長賞を授与した。

 

「よくやった」

 

「は? へ??」

 

 普段はクールな表情の山本三尉、今度はドッキリに引っ掛かったように呆けている。

 

 そう。古代戦術長との話の中で思いついた山本三尉への処遇がこれ。

 

 即ちそれはそれ、これはこれ。功罪両方あるなら、表彰・処分両方やろうという逆転の発想だったのである。

 

 そして―――

 

「艦長賞となれば本来金一封出す所だが、この航海じゃ意味ないだろう。そこで代わりと言っては何だが、艦内生活について、例えば配属先なんかに何か希望があれば俺から提督に言うだけは言えるが、何かあるか?」

 

 そう言うと、やっと事態を飲み込めてきたのか、山本三尉の顔がパァッと明るくなった。

 

 その翌日、山本玲三尉は主計科から航空隊への転属を命じられ、『メ二号作戦』へ古代戦術長預かりの下、出撃することになった。

 

「艦長、ありがとうございました」

 

 作戦前、古代戦術長がやって来て言った。

 

「信賞必罰ってやつをやっただけだ。気にするな」

 

 そう返した後、私はついこんな本音を漏らした。

 

「軍隊って所は、面倒だよな」

 

 

                             ―――人類絶滅まであと362日。

 

 

 




 12月6日 新作映画「宇宙戦艦ヤマト2199 星巡る方舟」公開。

 まさかの『大和』登場のようで楽しみです。



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第十三話 「飛んで火に入る夏の虫」

最早、何も言い訳はいたしますまい。

終戦70周年に何とか間に合いました。


 『冥王星』

 

 西暦1930年に歴史上初めて海王星軌道の外側―――現在で言う太陽系外縁部―――に存在が確認された天体であり、前世に於いて二等駆逐艦『夕顔』で人生初の艦長勤務に励んでいた私も、”太陽系9番目の惑星発見”というニュースを見聞きした記憶がある。

 ―――無論、当時の私は、よもや自分がそんな所へ行くことになるなど夢想だにしていなかった。いわんや、そこで宇宙人相手に戦争をする羽目になろうとは……。

 

 それが転生してみると、何時の間にやら”準惑星”に降格されていて、この時代で初めて太陽系図を確認した際に少し困惑したものだった。

 

 直径は地球の約1/6。大気は主に窒素で構成され、厚さは地球の1/10万と非常に薄い。地表は窒素、メタン、アンモニアなどが霜のように積もっていて、内部は岩石構造の中心核の周りを厚い氷の層が覆っている。

 

 当然ながら生物の生存などとてもとても…………と言うのは過去の話で、ガミラスに占領されて久しい現在では、彼らの手によって環境が操作され、海を擁し、生物の生存も可能な星へと変貌している。

 

 その冥王星の沖合約40万キロの宙域に『ヤマト』はあった。

 

 時に2月14日 午前6時45分。

 

 艦内には既に第一戦闘配備が発令され、沖田提督以下、戦闘、技術、船務幹部は第二艦橋の 戦闘指揮所(CIC)。私以下、航海幹部は第一艦橋の所定配置に就く。

 

 艦内の空気は緊張と闘志に満ち満ちている。

 

 私自身も、昨日は作戦準備の詰めの為に夜更かしして睡眠不足気味だが、身体中にアドレナリンが沸々と湧いて気分は爽快である。

 

 まして、この場所は先の『メ一号作戦』に於いて、国連宇宙軍艦隊が全滅した場所である。

 

 思えば、彼らはこの『ヤマト』の為に囮となり死んでいったのだ。

 

 私とて本来であればその一人となるはずが、図らずも退却することとなったあの時の悔しさと「仇を討つ」と誓ったことを忘れていない。

 

 その誓いを果たす機会がこうして巡ってきたのだから、気持ちも昂ろうというものだ。

 

 少し気持ちを落ち着けようかと懐から煙草を取り出す。

 

「艦橋ハ禁煙デスヨ、艦長」

 

 火を点けようとライターを取り出すと、すぐ隣のアナライザーがすかさず諌言する。

 

「固いこと言うな。俺はこれがないと戦にならんのだ」

 

 が、今回は私も譲らない。

 

 平時ならばまだ我慢できようが、これから一大決戦を挑まんとするときに、口に煙草がないなどあり得ようか?

 

 少なくとも私にとってはあり得ないことである。

 

「シカシ計器類ニ影響ノ恐レガ……」

 

「艦内の空調システムは完璧だ。心配いらん」

 

 そう言って、私はライターのフリントを弾く。

 

 一緒にいる島航海長、太田気象長は、既にここ数日で私のへビースモーカーぶりを知ったためか、”しょうがないな~”という顔をしつつも、特に咎めるようなことはしない。

 

 茜色の灰を作り出しながら肺に吸い込んだ煙を、体内の緊張諸共に一息で吐き出す。

 

 当然紫煙が発生するが、それは空気を汚すよりも早く消えてしまう。

 

『ヤマト』艦橋内は常に微弱な空気が隈なく循環している。今私が吐き出した煙は、空気洗浄装置を通して既に清潔になっていることだろう。

 

 これでは計器に影響も何もなかろう。

 

 そもそも往復33万6千光年の旅をしようという宇宙戦艦の精密機械がタバコの煙で壊れたら、それこそ笑い話だ。

 

「艦長、本当に良ろしいんですか?」

 

「計器にも健康にも異常はない」

 

「いえ、そうじゃなくて、 戦闘指揮所(CIC)に入らなくても大丈夫なのですか?」

 

 と島航海長。

 

 心配して言ってくれているのは分かるが、何度も言うように私は 戦闘指揮所(CIC)が嫌いである。

「いいんだ、いいんだ」と手を振って断る。

 

「貴様らこそ、何も無理して俺に付き合うことは無いんだぞ」

 

 今この場にアナライザーの他に航海幹部二人がいるのは、沖田提督や私が命じたわけではない。

 

 先の会議で艦橋で指揮を執らんとする私に、島航海長達が「艦長を一人艦橋に置いてなんていけません」と、自ら付いてきてくれたのである。

 

 私として有難いと思う反面、「参ったな……」と気まずくもなった。

 

 色々と理屈はこねたものの、本音をハッキリ言ってしまえば、これは私個人の信念と言うか、心意気というか、男の美学によるものである。

 

 そんな東郷元帥気取りのカッコつけに、「一人置いてはいけない」等と大真面目に言われては困るほかは無い。

 

 故に私もそれとなく降りるように言ったのだが、「いえ、付いていきます」と力んで言うことを聞かない。

 

 彼らも彼らなりに覚悟を決めてここにいるのだろう。それ以上は言わずに任せることにする。

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 午前7時。

 

 先に発進させた一〇〇式空間偵察機より、『ヤマト』進路上に何の異常のないことを伝えられたことを受けて、 戦闘指揮所(CIC)に陣取る沖田提督は作戦開始命令を発した。

 

『現時刻を以って『メ二号作戦』を発動する。全艦所定の任務を遂行せよ』

 

 艦内無線を通して命令を受けた私は、直ちに航空管制室宛に号令を発した。

 

「艦長より管制室。航空隊、全機発艦始めぇ‼」

 

『メ二号作戦』の要として、既に未明より艦尾の第一、第二格納庫にあって整備に万全を期していた航空隊が、開け放たれた艦尾ハッチから発艦を開始した。

 

 先頭を切って飛び出したのは、言うまでもなく航空隊長の加藤三郎二尉である。

 

 カタパルトより艦尾斜め下方向に向けて後ろ向きに射出された機体は、巧みな姿勢制御の後、前方に向かって飛んでいく。

 

 土星でも思ったが、よくもまあ、あんな状態で上手く発艦できるものだと感心する。

 

 『ヤマト』からは加藤隊長に続くように次々と『コスモファルコン (ハヤブサ)』が発艦し、前方で『ヤマト』右舷の『アルファ隊』と左舷の『ブラボー隊』各十六機ずつに分かれて見事な編隊を組んだ。

 

 作戦では、『アルファ隊』は古代戦術長指揮で冥王星北半球、『ブラボー隊』は加藤航空隊長指揮で南半球の索敵攻撃を行う手筈になっている。

 

 そして最後に、艦尾上甲板の第一格納庫より上がってきた古代進戦術長、山本玲三尉の乗った『コスモゼロ』二機が発艦し、先の『アルファ隊』を追うように合流した。

 

 私はその姿を艦橋から帽子を振って見送った。

 

 私は前世を含めて空母に乗り組んだ経験は無かったが、嘗て菊池朝三君(空母『瑞鶴』、『大鳳』艦長)や渋谷清見君(空母『隼鷹』艦長)といった空母艦長の経験があるクラスメイト達から「飛行機と言うのは一度出ると必ず五割は消耗する」と言う話を聞いたことがあった。

 

 ―――彼らもまた、半数は帰ってこないのだろうか?

 

 一瞬、そんな不安がよぎる。

 

 作戦前、ブリーフィングルームを覗いた時に、明朗にジョークを交わしていた航空隊員たちの顔が浮かんでくる。

 

 ―――神様、もしこの時代に俺を送り込んだあなたがいるならば、あの若者たちをどうか守ってやってください。

 

 内心、そう祈らずにはいられなかった。

 

戦闘指揮所(CIC)より艦橋。艦長、波動防壁を展開します」

 

「よし。航海長、面舵一杯、予定通りの進路を取れ」

 

「宜候。おもーかーじ」

 

 航空隊の発艦を終えた『ヤマト』は予定通りに敵の目を我々に奪わせるべく、航空隊の進路より離れたルートへと舵を取った。

 

 かくして、この『ヤマト』によるイスカンダル遠征航海第一の関門とされる『メ二号作戦』の幕が切って落とされたのである。

 

 

 

 ――――――――――

 

 

 

「現在、ニクスの軌道を通過中。五分後にカロン軌道に入る」

 

 太田気象長の報告が艦橋と 戦闘指揮所(CIC)に響き渡る。

 

 ―――妙だな。

 

 腕時計を見ると午前7時40分。作戦開始から早や40分が経過している。

 

 その間『ヤマト』は冥王星の敵警戒宙域を遊弋しつつ、「我、此処ニ在リ」とばかりに電波を発信していたのだが、敵は迎撃に出るどころか、一機の偵察機すらよこさずに沈黙していた。

 

「静かだ、本当にここは敵地なのか?」

 

 島航海長が不気味そうに呟く。

 

 先の『メ一号作戦』の時には、冥王星の沖合38万キロという地点で百隻近い大艦隊を以って完璧な布陣で待ち構えていた奴らである。

 

 当然、今回もそのような展開になるだろうと気持ちを引き締めていたのに、実際にはここまで何ら障害なく冥王星の衛星軌道に到達し、本星に向けて進撃しつつある。

 

 狐につままれたような気分になっても無理からぬことだ。

 

「船務長、レーダーに反応はあるか?」

 

『現在の所、冥王星近海に敵影は認められません』

 

 些か堪り兼ねて 戦闘指揮所(CIC)に確認すれば、即座に森船務長の報告が帰って来る。

 

「敵さん、『ヤマト』に怖気付いたのかな?」

 

 冗談好きの太田気象長がここでも気楽な事を言う。

 

「そうであってくれれば楽なんだがな……」

 

 私はそう応じたが、内心”その方が厄介だ”と思った。

 

 怖気づくというのは、言い方を変えれば警戒しているということだ。

 

 ガミラスと言う連中は学習能力も非常に高い。

 

 戦役初期こそあまりに力の差が大きすぎたために単純な力押ししかしてこなかったが、かの『第二次火星沖海戦』で地球が大勝利に酔っている間に敵はしっかりと対策を立て、『メ一号作戦』の時には完全にこちらの戦術を封じていた。

 

 敵もいい加減、『ヤマト』がこれまでの地球艦とは次元違いの性能を持っていることは分かっているはずである。

 

 であるならば、敵はそれに応じた対策を講じるであろうことは容易に想像できた。

 

「対空・対艦警戒を厳となせっ‼」

 

 私は改めて命じた。

 

 そう、絶対に油断はできないのだ。

 

 そうこうしているうちに、『ヤマト』はカロン軌道を通過し、いよいよ冥王星本星が視界に入る。

 

 相変わらず敵影は無く、通信機にも何も入ってこない。

 

『艦長、間もなく冥王星を主砲射程に捉えますが……』

 

 暗に「撃たせてくれ」という催促が南部砲雷長から上がって来る。

 

 ここまで来てしまえばそれもまた一つの手だが、戦術の大変更となるので私には決定権がない。

 

 そこで沖田提督に意見を上申し、指示を求めた。

 

 沖田提督の判断は”航空隊の連絡を待つ”であった。

 

『敵艦隊の動向も敵基地の所在も不明の中、闇雲に地表を叩いても意味は無い。古代たちの連絡を待つ』

 

 とのことであったので、私も了承し「鉄砲、もう少し我慢しろ」と伝える。

 

 漆黒の中で青白く輝く冥王星は寂として静まり返っている。

 

 作戦が異常なく進んでいるのか、どこからも、何も言ってこない。

 

 

 "ズオァァァァァン‼"

 

 

 突然、全くの突然に凄まじい轟音と、主砲発射時を遥かに上回る衝撃が『ヤマト』を襲った。

 

「被害報告‼」

 

 不覚にも一瞬、何が起こったのか分からずに呆けたが、艦長として出すべき命令は反射的に口から出た。

 

 艦内には警報が鳴り響き、同時に身体が浮遊しそうになるほどに軽くなるのを感じる。

 

 ふと気づけば、先程まで口に咥えていた筈のタバコが目の前に浮かんでいた。

 

 ―――慣性制御がやられたのか?

 

 ”パッ”とタバコを引っ掴んで間もなく、被害状況の報告が上がってきた。

 

 突然なる敵の攻撃は、『ヤマト』左舷第三デッキに被弾。波動防壁を貫通して左舷高角速射砲群と乗組員居住区を薙ぎ払った他、機関の主推進ノズルを損傷させていた。

 

 後者の被害はかなり深刻であり、これによって波動エンジンの出力が低下した上、慣性制御システムが故障してしまった。

 

「第三デッキ隔壁閉鎖。応急班は消火作業を急げ‼」

 

 歯噛みしながらダメージコントロールを命じる。

 

『ヤマト』乗組員の着用している靴は従来通りの電磁靴であるので、艦内が無重力になっても床に足が着いてさえいれば浮遊してしまうことは無いが、艦内移動や作業には時間が掛かってしまうだろう。

 

 やられた。油断していたつもりは無かったが、まんまと”飛んで火にいる夏の虫”になってしまった。

 

戦闘指揮所(CIC)、どこからの攻撃だ!?」

 

『敵艦影確認できず。これは強力なロングレンジ攻撃と思われます』

 

 普段は冷静な森船務長の報告だが、今回は声に焦りが含まれている。

 

 波動防壁は、先の作戦計画でも述べられたようにガミラス艦の砲撃を十分防ぐことができ、理論上は『ヤマト』のショックカノンでも想定砲戦距離であれば耐えることができる。

 

 それを難なく突破する出力となれば、波動砲とまではいかずとも、それに近しい超兵器だ。

 

 危なかった。波動防壁は作戦宙域に突入した時から展開し、その後、エネルギー上の問題から折りを見て展開と解除を繰り返し、この時はほんの五分前に再展開したばかりだったのだ。

 

 もしも波動防壁の展開があと五分遅ければ、この一撃で『ヤマト』は木端微塵になっていたことだろう。

 

 しかし安堵している暇はない。

 

 こちらが無事な以上、第二撃が来るだろうし、何よりも何処から撃たれたのか分からないのである。

 

 レーダーで艦影を捕捉できないのであれば、要塞砲だと思われるのだが、

 

『艦長、この攻撃は左舷十時の空間から行われた模様です』

 

「何っ、間違いないか?」

 

 真田副長の分析報告に私は思わず問い返した。

 

 何故ならば、真田副長の報告した方向にあるのは細かいデブリばかりで、とても波動防壁を貫通するような大出力の要塞砲を据えられるとは思えなかったからだ。

 

 しかし、機械的とも言える程に正確な真田副長がいい加減な報告をするはずがないし、言われてみれば被弾直前、艦橋からほんの一瞬その方向で何かが光ったように思えた。

 

 ともかく、敵の射程外に逃れなければ撃沈される。

 

『艦長、回避行動を取れ。航空隊の敵基地発見まで敵のビーム攻撃を避けるのだ』

 

「了解。航海長、取り舵急降下、発射予想地点の裏側に向け回避しろ」

 

 沖田提督から下令され、私は島航海長に命じた。

 

 日露戦争の例を紐解くまでもなく、基本的に艦砲と大口径の要塞砲では後者の方が威力、命中精度とも圧倒的に有利だ。

 

 その代わりと言っては何だが、要塞砲は艦砲ほどの機動性は無いし、あれだけの高出力砲ならばそうそう連射はできないはずである。

 

 であれば、三十六計逃げるに如かずである。

 

 退避に要した時間はほんの数分程の時間であるが、この間、艦内はいつ第二撃がくるかと肝が冷える思いである。

 

 優勢な敵の攻撃から逃げるときに感じるこの恐怖は、どれだけ経験してもぬぐい難い。

 

 こればかりは怯懦とかそういう問題でなしに生物としての本能である。

 

 それだけに漸う死角に入った際には、艦内に”ホッ”っとした空気が流れた。

 

『艦長、ここならば敵のビーム砲からの死角になります。一旦艦を止め、修理作業に専念しましょう』

 

 と、 戦闘指揮所(CIC)の真田副長から進言があった。

 

 もっともな意見であったが、私の心中には何か胸騒ぎがあった。

 

 先ほどの発射予想地点からここが死角であるという真田副長を疑うわけではない。

 

 だが、仮に先ほどと同種の要塞砲が複数存在しているとすれば、或いは、未だ姿を現さない敵艦隊がここで攻勢に出てくれば、機関を止めた『ヤマト』は絶好の標的である。

 

 比喩なしに光速で迫るビーム砲の発射を確認してからの回避などは到底無理な話だが、『ヤマト』の速力と機動性を以ってすれば、固定された砲台の照準をある程度乱すことは可能である―――と言っても、”止まっているよりはマシ”程度の、実の所運任せなのであるが―――。

 

 以上の理由から、私はここで艦を止めるべきではないと判断した。

 

「いや、このまま速度を維持しつつ之字運動に入る。……よろしいですか、提督?」

 

『よし』

 

 沖田提督からの承諾を得て、『ヤマト』は敵ビーム砲の死角範囲を遊弋して様子を見ながら、損害箇所の修復と、冥王星のスキャンを行った。

 

「副長、どうだ?」

 

『まだ探知できません。ただ、相当数のデブリが宙域内に点在しています』

 

 人が手を入れた惑星から宇宙ゴミが大量発生することは珍しくない。

 

 その為、この情報はさして重要なものとは捉えられなかった。

 

 その時、徳川機関長から要請が入った。

 

『艦長、機関出力の低下が続いています、もう少し速度を落とせませんか?』

 

 艦長席のコンソールを確認すると、確かに出力を示すゲージが下がってきている。

 

 このまま無理をすると、敵前でエンコするかもしれなかった。

 

「……仕方がない、戦速落とせ」

 

 そう命じて間もなく、艦の速力が緩んだ時……

 

 

 ”バシュウウゥゥゥン”

 

 

 一筋の色鮮やかなピンク色の光が、『ヤマト』の頭上から降り注いだ。

 

『右舷前方に被弾‼』

 

『舷梯装置大破‼』

 

『作業用装載艇格納庫火災‼』

 

『艦長、先程と同じ攻撃です‼』

 

 各部からの被害報告と、真田副長の流石に動揺した叫びが艦橋に届く。

 

 光はこれまた波動防壁を突破し、『ヤマト』の右舷前方を 掠めて(・・・)その部分を抉り、艦を右に傾かせた。

 

「クソッ、死角だったんじゃないのか!?」

 

 島航海長が懸命に操縦桿を操作しながら、困惑の叫びをあげる。

 

「船務長、発射地点は捉えたか!?」

 

『……特定できません。先ほどとは全く別の方向から発射されています』

 

 ―――畜生ッ、やっぱり複数あったのか!?

 

 私はてっきりそのように考えていた。

 

 幸い、この一撃の被害はこれだけで済み、すぐに姿勢を立て直したが敵の狙いはきわめて正確である。

 

 今の一撃もたまたま運が良かっただけで、もし艦速を落としていなければ、中央あたりに直撃していただろう。

 

 この分では、次弾は直撃を喰らう公算が大である。

 

 悪いことに波動防壁の稼働限界が、もう間もなくに迫っている。

 

 第一撃と第二撃の間を計算すれば、精々あと一撃持つか持たないかという時間しかない。

 

 波動防壁のない状態で、あの光の直撃を受ければ、今度こそ『ヤマト』は宇宙の塵になってしまう。

 

 刻一刻と時間が過ぎる中、私はこうなれば一か八か、出せるだけの全速力を出して、戦闘宙域外への離脱を計ってみる他は無いかと、いよいよ覚悟していた時だった。

 

『……艦長、機関を停止させよ』

 

「はっ?」

 

 艦橋に響いた沖田提督の声に、私は思わず耳を疑った。

 

『降下だ。機関の故障と見せかけて、冥王星の海に着水させるのだ』

 

「しかし、提督……!?」

 

『このまま静止軌道上にいても狙い撃ちされるだけだ。ならば低い位置に逃れる他は無い』

 

 私は僅かに逡巡した。

 

 確かに敵のビーム砲の正確な射程距離が分からない以上、このまま留まろうと、離脱を図ろうと先ほど同様に撃たれるのは眼に見えている。

 

 しかし、それは冥王星に降下したところで同じこと。否、冥王星の凍結した海面に着水してしまえば、氷に囲まれて身動きの取れなくなった『ヤマト』は、それこそ据物斬りの如く容易くやられてしまうだろう。

 

 加えて言えば、エンジン内の出力が下がっている状況下で一度機関を停止させてしまえば、少なくとも降下中に再起動させることは困難である。

 

 ほとんど自殺行為に等しい命令であった。

 

『大丈夫だ、策はある。今はともかく急げ、艦長‼』

 

 決然たる沖田提督の言葉に、私も覚悟を決めた。

 

「機関圧力下げろ、噴射停止。航海長、流れに任せて下降させろ」

 

 この人物は、そんなアッサリとあきらめるような方ではない。策があるというのならばそれを信じるのみである。

 

『……エンジンシリンダー内圧力ダウン。機関、停止します』

 

 徳川機関長の報告から数秒後、艦内に常に響いていた駆動音が止み、艦が冥王星に向かって傾き始める。

 

「艦長達す。本艦はこれより冥王星の海面に向けて降下する。なお現在、本艦は慣性制御システムがダウンしており、着水の際、相当の衝撃が予想される。全乗組員は直ちに身体を固定、不時着の衝撃に備えよ」

 

 艦内にそう通達し、私自身もシートベルトを締める。

 

 重力に従ってゆっくりと落下を始めた『ヤマト』は、時間が経つにつれて艦首を下にして段々と加速し、徐々に角度が増していっている。

 

「艦長ッ、推進力を止めた状態では姿勢が安定しません。このままでは速度と角度が付きすぎて、墜落してしまいます‼」

 

 島航海長が顔面蒼白で叫ぶ。

 

 無論、姿勢制御のためのノズルを焚いているが、それだけではパワーが足りないようだ。

 

「安定翼を使ってグライドさせろ。木星の時と同じだ、慌てるな‼」

 

 と私が叱咤すると、島航海長、太田気象長の操作で、ムササビが飛膜を大きく広げるように『ヤマト』艦体中央の赤いデルタ翼が展開される。

 

 地球のよりもはるかに薄い冥王星の大気が、果たして『ヤマト』を持ち上げてくれるかどうかは分からない。ガミラスの環境改造によって、多少は厚くなっているだろうか?

 

 ―――そらっ、上がってくれよ‼

 

 私はそんな思いで、ジッと見守る。

 

 傾斜は大きく、既に垂直に感じる程である―――後で調べると50°程度であった―――。

 

 慣性制御が切れているから、今頃居住区やら倉庫では器物が冥王星重力によって崩れ落ち、大変なことになっているだろう。

 

「海面までの距離、あと一万‼」

 

 ―――上がれ、上がれ、上がれ……。

 

 声にならない呻き声が上がりそうになった時、ようやく、艦首が上がり始め、姿勢が戻っていく。

 

「艦首、上がりまぁーす‼」

 

 太田気象長のやや上擦った報告を聞いて、私はやや安堵しながら、

 

「戻ぉせー、舵中央‼」

 

 と命じた。

 

 しかしこの時、『ヤマト』は既に冥王星の大気圏を突破し、私の視界には以前に写真や映像で見た冥王星表面とは全く異なる凍り付いた大地と海が広がっていた。

 

 艦は漸く水平に近い姿勢を取り戻したことで多少は減速したものの、それでも相当の速度を維持したまま、冥王星の海に向かって突っ込んでいく。

 

「海面まであと二千‼」

 

 ここまで来て、私は意を決して叫んだ。

 

「総員、衝撃に備えろ。着水するぞ‼」

 

 島航海長は、何とか少しでも艦を減速させようとありとあらゆる努力を試みたが、残念なことにほとんど効果は無いまま、艦首をやや上に向けた『ヤマト』は艦尾から氷の海に落ちた。

 

 ”ドンッ”という底から突き上げるような凄まじい振動を感じ、次いで、前方に落下の感覚があった。

 

 氷の海に叩きつけられた『ヤマト』は、その硬い艦体で氷を砕きながら、慣性の法則そのままに海の上を進む。

 

 その衝撃たるや以前の浮遊大陸の時を遥かに上回り、二度三度と艦体が跳ね上がる度に、我々の身体もそれに伴って吹っ飛ばされそうになる。

 

 ―――くそぅ……

 

 私は心中で毒づきながら、必死で座席にしがみついていなければならなかった。

 

 砕けた氷は、大きい物は『ヤマト』両舷に”ゴツン、ゴツン”と打ち掛かり、細かい物は鋭利な刃となって”ビシッ、ビシッ”と艦橋の窓にまで飛んでくる。

 

 幸いと言うべきか、艦の動きはこの氷によって徐々に制止されていき、やがて『ヤマト』はやや前方に傾いたままに止まった。

 

「……着水、完了」

 

 島航海長が大きく息を吐いて言った。

 

 私も疲労が顔に出そうになるが、それどころではないと気持ちを引き締める。

 

「各部状況報告。総員、上方からの追撃に備えろ‼」

 

 冥王星の海への着水―――というより着氷であるが―――には成功したが、現在の危機的状況には何の変りもない。

 

「提督、一体どうなさるつもりですか?」

 

 敵の攻撃手段すらわからず、次の一撃を受けることが致命的であるこの状況で冥王星に降下する。

 

 これが何を意味するのか。沖田提督の言う策がどういうものなのか。

 

 私にはまださっぱり分からなかった。

 

「艦長」

 

 そして沖田提督の返答は、私の予想だにしないものであった。

 

「『ヤマト』を一度ここで沈める」

 

 

 

 ――――――――――

 

 

 

 午前7時53分。

 

「高エネルギー体……真上です‼」

 

 森船務長の悲鳴のような報告から数秒後、洋上にて身動きの取れない『ヤマト』に直上から例のビームが一直線に艦尾を直撃した。

 

 激しい衝撃で艦体が震えると同時に、『ヤマト』は急速にバランスを崩して、あっという間に左舷に転覆した。

 

 あゝ『ヤマト』が沈む。

 

 そんな言葉が最早疑いようのないほどの状態になっていることが、艦内にいても十分に理解できた。

 

 外から見れば、さぞ派手に『ヤマト』がひっくり返ったように見えるだろう。

 

 そんな状況下で、私は思った。

 

 ―――前にもあったな、この感覚は……。

 

 何時か(・・・)のデジャヴを感じた直後、凄まじい大爆発と、それに伴って発生した紅蓮の炎を認めた。

 

『ヤマト』は海の底へと沈んでいく。

 

 ―――畜生、やっぱり嫌な感じだ。

 

 

 



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第十四話 「海底に息を潜めて」

お久しぶりです。

活動報告にも書きましたが、小説タイトルを「アルガユエニ」で一本化しました。

改めてよろしくお願いします。


 敵の超兵器による攻撃を受けた『ヤマト』は冥王星の海に沈みつつあった。

 

 ゴゴゴッ……ドロドロ……ゴゴッ……。

 

 時ならぬ海鳴りが遠雷の様に伝わってくるのだが、内部に水が入り込んでくる音はしない。

 

 冥王星の海は水ではなく液体窒素や液体メタンなので、破孔から浸水してもすぐに気化してしまうのだ。

 

 即ち、『ヤマト』は攻撃による浸水によって沈下しているわけではない。

 

「深さ90……100……」

 

 艦橋内には10メートル置きに大田気象長が深度を報告する声が響き、私は艦長席でそれを聞いている。

 

「メインタンクちょいブロー、ネガティブ注水、釣り合い前部へ移水、姿勢を戻せ」

 

 私の命令で島航海長が微妙な調節を行い、転覆し、艦首を上にした状態で沈んでいた『ヤマト』の姿勢が徐々に戻っていく。

 

 そう―――『ヤマト』は海に沈みつつあったが、まだ死に絶えてはいなかった。

 

「深さ345、着水します」

 

「総員、衝撃に備え」

 

 間もなく艦は”ドスンッ”と鈍いショックと共に艦首から着底し、左舷に仰角二度の傾斜で停止した。

 

 それと同時に、それまで”ジッ”と息を潜めていた艦内が慌ただしくなる。

 

 応急員達は艦の被害の探求と応急修理に当たり、衛生士達は艦内各所の負傷者の応急処置に入った。

 

 これこそが「『ヤマト』を沈める」と言った沖田提督の真意、”擬死作戦”であった。

 

 その要領は、敵の高出力ビームを波動防壁の上方集中展開によって防ぎ、着弾と同時に潜航を開始し、94式爆雷・艦底ミサイルを海上・海中で時限爆破することで、あたかも爆沈したと見せかけて敵を欺こうという作戦なのである。

 

 宇宙艦でありながら潜水艦としての機能も備えている『ヤマト』だからこそ取れる手段だ。

 

 この”擬死作戦”を仕掛けて敵を油断させておいて、航空隊による敵基地発見と艦の補修の時間を稼ごうというのが狙いだった。

 

 実はこの作戦は真田副長が事前に考案し、私を飛び越して直接沖田提督に具申したものであった。

 

 これは俗に”バイパス”と言って、組織にあっては指揮系統を乱す行為として本来戒められるものだが、今回の状況は一刻一秒を争う命に関わる事態であり、私を通している時間など無かった――――そもそも 戦闘指揮所(CIC)にいなかった私も悪い―――から、当然真田副長を咎めるものは私を含めて一人もいなかった。

 

「上手く騙せたんでしょうか?」

 

 太田気象長が不安げに問いかけてくる。

 

 予期せぬ敵の戦法への動揺を引きずっているのが分かった。

 

「あれだけ派手に演出してやったんだ。大丈夫だよ」

 

 私はそう言って返したが、実際はどうだろうか?

 

 敵の目に映ったのは、『ヤマト』後甲板に降り注いだ閃光が真っ赤な爆炎となったことと、周囲の海面に水柱が上がった模様だろう。

 

 そして、炎が消えると同時に『ヤマト』は海面下へと姿を没し、直後に海中爆発まで起こったのだ。

 

  あの日(・・・)の『大和』にも劣らない、壮絶な最期を演出できたとは思う。

 

 敵将が能天気な楽観主義者であればこのまま誤魔化せるかもしれないが、念には念を入れるタイプの指揮官であれば、熱源探知なり、とどめの部隊を送るなりしてくる可能性がある。

 

 もしそうなれば、その瞬間にこの”擬死作戦”はご破算となり万事休す、『ヤマト』は袋のネズミと化す。

 

 我々に与えられた時間は限られたものであると考え、もしも不測の処置がとられるようであれば、その時点での浮上決戦も覚悟しなければならないだろう。

 

戦闘指揮所(CIC)より艦橋』

 

 戦闘指揮所(CIC)の真田副長から艦内の状況報告が入る。

 

『現在被弾箇所周辺の火災はほぼ鎮火。しかし第三デッキ、内火艇格納庫にて浸水中です』

 

「なに、浸水だと?」

 

 私は思わずどうして? と首を傾げる。

 

 先程も言ったように冥王星の海は水ではなく、常温では即座に気化してしまう液体窒素や液体メタンなので、破孔があるからと言って浸水するはずがないのに……。

 

 やがて、この浸水は艦内を循環している冷却水の配管が破損したことによるものと判明した。

 

 被弾によって破孔ができた際、その部分の配管が零下200℃以下の外気によって一瞬で凍結してしまい、そこに圧力が加わった結果、末端部やエルボ、T字管などの部分で破損し、漏水してしまったのである。

 

 結果としてこの浸水は周辺で発生していた火災に対する消火の働きをしてくれた為、被弾箇所の火災は次第に下火となったのは良かったが、水は火災を飲み込んでなお溢れ続け、格納庫ではコスモシーガルが既に水に浸かってしまうほどになっており、現場の榎本掌帆長達も手が付けられない状況だと言う。

 

「補強できそうか?」

 

『浸水の箇所が多すぎる為、応急の排水では追いつかないと思われます』

 

「駄目なら乗組員を退避させたうえで隔壁を閉じろ。無理はさせるな」

 

 宇宙艦に乗ってまで部下を溺れ死にさせるなど冗談ではない。あんなことは二度と御免だ。

 

「負傷者の方はどうだ?」

 

『多数につき、現在集計中です』

 

「よし、急げよ」

 

 ―――畜生めっ!!

 

 通信を終えた私は自分を落ち着かせるように息を吐く。

 

 敵のビーム砲による攻撃を三発も受けた『ヤマト』の被害は決して軽微とは言えない状況であった。

 

 抜錨以来、地球、木星、土星と敵襲を受けはしたものの、さしたる損傷を被ることも死傷者を出すことも無かった『ヤマト』であったが、遂に損害を受けてしまった。

 

 艦体の損傷もさることながら、人的被害を思うと気が重くなってくるが、まだ戦いはこれからである。指揮官たるもの冷徹でなければならないのだ。

 

「艦長、敵は一体どうやって攻撃してきたんでしょうか?」

 

「さて、なぁ……」

 

 島航海長の発した疑問は、この時の艦内全員の疑問だったであろう。

 

 無論、私とて例外ではなく首を捻る。

 

 先程の三度目の敵ビーム砲は、これまた先の二度の攻撃とは別方向からのものであり、更に衛星軌道上にとどまらず地表に向けても撃てるということが判明した。

 

 常識で考えれば複数の砲台が存在していると見るべきなのだろうが、三度も攻撃されながら、その発射地点が一つとして捉えられないというのは流石におかしい。

 

 あれほどの威力の超兵器ならば砲台の設置場所も限られてくるはずで、冥王星本星かカロンを初めとする衛星群ぐらいしかないが、弾道解析の結果、そのいずれとも違うことが分かっている。

 

 軌道上に衛星砲として配備されている可能性もあるが、それにしたって相当に巨大なはずであり、先行偵察機や『ヤマト』のレーダーに反応しないわけはない。

 

 考えれば考える程に奇妙である。

 

 果たして敵はどこから、どのような手段で攻撃してくるのか。これが我々が一番知りたい情報となった。それが分からない限り、次の一手を打つことはできないのだ。

 

戦闘指揮所(CIC)より艦橋。艦長、少しよろしいでしょうか?』

 

「どうした?」

 

 再び戦闘指揮所(CIC)の真田副長から通信が入った。てっきり先ほどの負傷者についての報告かと思っていたのだが……、

 

『先ほどの敵のビーム兵器の攻撃方法が判明しました』

 

「…………判明した?」

 

 不覚にも返事に少々間ができたのは、予想外の言葉であったことと、何時も通りにすぎるあまりに冷静な口調だったので、一瞬「何を言ってるんだ?」と思ってしまったからである。

 

「攻撃法が分かったんですか?」

 

 隣で聞いていた島航海長が叫び、太田気象長も身を乗り出してくる。

 

「副長、説明しろ」

 

 そんな二人を―――自身の逸る心も―――制して、私は説明を命じた。

 

 程なくして艦橋の天井パネルに冥王星上空のマップが表示される。

 

『先ほどまでの三度の攻撃の弾道を分析しますと、計算では敵のビーム砲台はそれぞれこの辺りにあるものと思われます』

 

 パネルマップ上に三ヶ所の紅点が表示される。

 

 いずれも『ヤマト』が冥王星空間に突入してから、今こうして海に沈むまでの航路を狙える位置であり、一番近いものは今現在の我々の真上にあることになっている。

 

『しかし、これらの地点を何度スキャンしても宇宙ゴミ(デブリ)ばかりで、砲台らしきエネルギー反応は確認できませんでした』

 

 それはもう分かっている。

 

 これまで真田副長が口にしたことは既に解析の上、報告されたことだ。彼のこと、重要なのはここからだろうと私は黙って説明の続きを待った。

 

『ですが、その過程で妙な発見がありました』

 

 一拍置いてパネル上の、冥王星上空を何重にも覆うように存在している宇宙ゴミ(デブリ)群の一部が続々と赤く染まり始めた。

 

「何だ、これは?」

 

宇宙ゴミ(デブリ)群のうち、特殊な熱源反応が出たものです』

 

「熱源反応?」

 

『はい。通常の宇宙ゴミ(デブリ)からは、このような熱源反応は出ません。巧妙にカムフラージュされていますが、これは恐らく敵の衛星であると思われます』

 

「何と、これが全部そうか……」

 

 様々な高度と軌道に表示される数百はある紅点に思わずそんな言葉がこぼれる。

 

「すると、奴らは衛星砲を使って攻撃しているというのか?」

 

『少し違います』

 

 声が真田副長から新見情報長に変わった。どうやらここからは彼女が説明役らしい。

 

『あれほどの高出力のビーム砲ともなれば膨大なエネルギーが必要ですが、宇宙ゴミ(デブリ)に紛れる程度の衛星単体でそれ程のエネルギーを確保することは到底不可能です。巨大なエネルギーを安定して供給するならば、やはり地上施設に存在していると見るべきでしょう』

 

 うぅん、確かにその通りだろうが、だとすれば地上から撃った攻撃をどのようにすれば死角なく当てられるのだろうか? まるで見当がつかない。

 

『艦長、SDIをご存知ですか?』

 

「SDI? あー……」

 

 どこかで聞き覚えがあるのだが、咄嗟に"パッ"と出てこない。

 

「それって、スターウォーズ計画のことですか?」

 

 そう、それだ。

 

 横で聞いていた島航海長の発言で思い出した。

 

 SDIとは20世紀の半ば、アメリカとソ連の核開発競争の全盛期にアメリカで考案された大陸間弾道ミサイル迎撃のためのStrategic Defense Initiative(戦略防衛構想)のことで、彼の言った”スターウォーズ計画”というのはその通称である。

 

『えぇ、そのSDIよ』

 

「それが何か関係あるのか?」

 

 私は少し困惑して問い返した。

 

 今なっては、宇宙軍の歴史の教科書に「予算と資源の壮大な浪費」と載っている程度のことでしかないSDIが一体何だというのだろう?

 

『その中に、我々が受けた攻撃を可能にする内容があります』

 

 その言葉と同時に天井パネルの端に、また新しい映像が表示された。

 

 かなり古いCGで、地上から直線に発射されたビームが人工衛星に取り付けられたミラーに反射して向きを変え、飛来するミサイルを破壊するというシミュレーション映像である。

 

 流石に私も、ここまで説明されて"ピン"と来た。

 

「まさか、これか?」

 

『その通りです。冥王星に展開している敵の衛星がビーム射線を誘導するための反射衛星であるならば、『ヤマト』がどの位置にいようと地上から攻撃することが可能です』

 

 なるほど、彼女の話には説得力があった。確かにこれならば敵のビーム砲の発射位置が特定できないことも、どこに回避してもまったく別方向からの正確な攻撃を受けることにも説明が付く。

 

 そしてそれは、我々が敵の"死角なき罠"に嵌っていることを改めて裏付けるものでもあった。

 

「こんなこと現実に可能なんですか?」

 

『地球で200年以上も前に実際に検討されたことだ。ガミラスの技術力ならば十分に可能だろう』

 

 私同様に映像を見ていた島航海長の質問に、真田副長が答えた。

 

「ガミラスも用意周到だなぁ」

 

 頭の後ろに手を組んだ太田気象長が呟く。

 

「何がだ?」

 

 私は天井パネルからから眼を離して尋ねた。

 

「いえ、今まであれだけ艦隊戦力で国連宇宙軍を圧倒していたのに、態々こんなものまで作って備えていただなんて、無駄になると思わなかったのかなぁと」

 

「おい、太田……」

 

 島航海長の咎める言葉に太田気象長も「あっ……」と気まずげに口を閉じる。

 

 先の太田気象長の発言は、私を含めたこれまでの国連宇宙軍への嘲笑とも取れるが、彼にそんな気持ちが微塵もないことは分かり切っていたので私もムキになることはない。

 

 それに、太田気象長の疑問も分かる。

 

 確かにこれまで国連宇宙軍はガミラス艦隊に悉く圧倒され、敵基地には指一本触れるどころか、その所在を確認することすらできない有様だったのだ。

 

 そんな状況下で態々基地防衛用の巨大砲台を作る意味があるのだろうか? まさかこの『ヤマト』の出現を予測していたわけでもあるまいに。

 

「敵の司令官がどんな奴かは知らんが、相当の浪費家なのは間違いないだろうな」

 

 そう冗談めかして言ってやると、二人とも"ホッ"と安心したような顔になった。

 

 余談ながら、後にこの反射衛星砲が、本来は遊星爆弾の加速と軌道角調整のための点火システムである大口径長射程陽電子砲であり、それをビーム兵器として転用したのは、偏にガミラス冥王星基地司令官 ヴァルケ・シュルツ中将(当時大佐)の柔軟な発想によるものであったことが判明し、私は「敵ながら天晴れ、見事なり」と脱帽することになる。

 

『艦長、衛星の制御信号を掴めば、敵の攻撃のタイミングを把握することができるかもしれません。我々は解析を継続しようと思いますが?』

 

 声が再び真田副長に戻った。

 

「よし、頼む」

 

 そう命じてから私は略帽を被り直した。

 

 敵が反射衛星を使って攻撃してくるという話が正しければ、現状、我々は反撃どころか浮上することもできないという事になる。

 

 パネルに表示された敵の衛星群を見れば、一つや二つ破壊したところで"焼け石に水"であることは容易に分かる。大元である基地砲台を潰さなければならないが、我々の"魚の目"ではそれを見つける術はない。

 

「通信長、航空隊から連絡はないか?」

 

 こうなれば頼りになるのは"鳥の目"である。

 

『ヤマト』は海に沈んだが、航空隊は冥王星の上空にあるはずだ。

 

『いえ、まだ何も』

 

 相原通信長の力ない答えが返ってくる。

 

「何だ通信、元気がないぞしっかりしろ。そんなんじゃ空の連中が連絡を入れた瞬間にやる気を無くすぞ」

 

 そう声を励まして言ったものの、元気がないのは一人相原通信長だけではないだろう。

 

『ヤマト』には優秀ではあっても、まだ若く経験の浅い乗組員が多い。敵の新兵器の登場や、敵地の海深くに沈むといった事態は、そんな彼らの神経に予想以上の負担を与えていた。

 

 こうなると、先の見通しが立っていない、未だ太陽系も出ていない、出たとしてもイスカンダルは遥か彼方……と云った具合に、何事にも悪い考えばかりが浮かび、今の苦悩が何時までも終わらずに、ずっと続いていくような錯覚に陥ってしまいがちだ。

 

『艦長』

 

 そんな極限状況にあっても崩れることなく、あくまでも冷静かつ厳正な規律を保つことができたのは、古参のベテラン達の貢献もさることながら、やはりこの人物の存在によるところ大だった。

 

「はっ、提督」

 

『通信が無いという事は、航空隊が未だ敵との戦闘を行っていないという事だ。彼らは今も敵基地を求めて飛び回っている。我々は彼らが敵基地を発見するまでに体勢を立て直し、反攻に転じる。『ヤマト』も航空隊も健在だ。まだ負けてはおらん。その旨、乗組員達に徹底させてくれ』

 

 沖田提督の優れた自己統制能力によって終始冷静さを保った言葉は、常に周囲の者たちの動揺する心を抑え、新しい勇気を沸き立たせた。

 

「了解しました」

 

 私は艦内マイクを手に取る。

 

「艦長達す。今更言うまでもないが本艦の任務は重大である。本艦に力がある限り如何なることがあろうと任務を続行する。敵基地は航空隊が必ず見つけ出してくれる。それまで各人それぞれの持ち場で全力を挙げ、最後まで頑張れ」

 

 そう通達してから、椅子に深く座り直す。

 

 隣から島航海長や太田気象長の視線を感じるが、私は何も言わずに新たな煙草を一本口に咥え、眼前に広がる冥王星の暗い海底を睨んだ。

 

 ―――頼むぞ、古代、加藤。貴様らが敵基地を見つけてくれないことには、俺たちは奴らに怒りの往復ビンタを食らわしてやる機会さえ得られないのだからな。

 

 そんなことを思いながら私は吉報を待った。

 

 

 

 ――――――――――

 

 

 

 事態が動いたのは、『ヤマト』が冥王星の海に沈んでから約2時間半が経過した午前10時30分頃だった。

 

 戦闘指揮所(CIC)の相原通信長のインカムに、

 

『こちら"ブラボー1(加藤航空隊長の呼び出し符号)"、ガミラス基地を発見。地点"オブジェクト5"。敵の迎撃を受く!!』

 

 という至急報が入ったのだ。

 

 この一報に第一艦橋及び戦闘指揮所(CIC)は総立ちとなった。

 

 "オブジェクト5"は冥王星の南半球にあり、国連宇宙軍の予てからの強硬偵察によって敵基地所在場所の候補地とされていた地点の符号である。

 

 ―――遂に探し求めていた奴らを、見つけたぞ。

 

 "オブジェクト5"で、敵基地らしきものを発見したのは、加藤航空隊長及び彼とペアを組んでいた杉山宣彦三尉の二人だった。

 

 加藤隊長、杉山三尉の操縦する二機の『コスモファルコン(ハヤブサ)』は、無線封止をしたまま予定通りの索敵コースを飛んで"オブジェクト5"に至り、その地点のクレーターに嘗てのアメリカ国防総省(ペンタゴン)にも似た多角形の建造物を発見した。

 

 そして、二機がその正体を確認するため高度を下げようとした瞬間、いきなり下方から紅いパルスレーザーの乱射を受けた。

 

 不幸なことにこの超高熱の死のシャワーは、杉山三尉の『コスモファルコン(ハヤブサ)』を完璧に捉えていた。

 

 加藤隊長が気付いた時には、既に杉山機は被弾により火を噴き、断末魔の叫びをあげる間もあらばこそ、一瞬で爆発四散してしまった。この時25歳。壮烈な戦死である。

 

 目の前で僚機を撃墜された加藤隊長は、心中に怒りと悲しみを渦巻かせながらもスロットルを押し込んで建造物へと向かった。

 

 打ち上げられる対空砲火を搔い潜り、必死の偵察を行った加藤隊長は、その防御の熾烈さから探し求めていたガミラス軍基地であると判断。無線封止を破って『ヤマト』へ至急報を送ったのである。

 

戦闘指揮所(CIC)より艦橋、交戦目標は"オブジェクト5"!!』

 

「目標ポイント、座標確認した!!」

 

 加藤隊長からの報告は直ちに相原通信長から太田気象長へと廻され、彼によって正確な座標が示される。

 

 それを確認した私は、艦内無線のマイクを取り、機関室の徳川機関長、第三艦橋の榎本掌帆長に質した。

 

「応急の状況を知らせ」

 

『こちら機関室。修理完了しています。何時でも全開で廻せます』

 

『こちら第三艦橋、波動防壁異常なし。慣性制御システムの応急修理完了。ようやく地に足付けられますよ』

 

「よぉしッ!!」

 

 頼もしきベテラン二名からの返事に私もまたぞろ血が騒ぎ始めた。

 

「副長、敵衛星の中継信号とやらの解析は終わったのか?」

 

『先ほど分析が終わりました。どうやらあの衛星は理屈はSDIと同じですが、反射板ではなくリフレクターのような反射フィールドを展開してビームを曲げているようです。したがって反射フィールド展開の瞬間のエネルギー反応を探知することで発射のタイミングを計ることは可能です』

 

「そうか」

 

 ―――それなら初手は凌げるな。

 

 改めて時計を確認する。

 

 既に『アルファ隊』『ブラボー隊』全機が、それぞれの哨戒線の先端に到達しているはずである。

 

 しかし、先の"ブラボー1"以外からは、未だ敵基地発見の報告はない。当たりか?

 

「提督、やりますか?」

 

 私の頭の中では既に発見された敵施設に対する攻撃方がシミュレートされていたが、沖田提督の前に真田副長からの待ったがかかった。

 

『お待ちください。まだ"オブジェクト5"が敵基地と断定出来たわけではありません。もし間違っていたら我々は無防備な姿を晒すことになります』

 

 確かに正論である。

 

 先に懸念されていた『ヤマト』偽装沈没後の敵による止めは、この2時間で遂に現れることはなかった。

 

 この事から楽観はできないものの、敵は未だに『ヤマト』の沈没を偽装だとは気づいてはいないと見て良いだろう。

 

 そんな敵も、流石に『ヤマト』が浮上すれば偽装沈没に気付くだろうし、その時の攻撃方はあの反射衛星砲だろう。

 

 もし真田副長の言う通り"オブジェクト5"が敵の基地でなかったとすれば破壊したところで何ら意味はなく、我々は態々撃たれる為に出て行ったような形になってしまう。

 

 であるならば、リスクを減らすため、今少し様子を見るというのも一つの手ではある。

 

 その事は承知の上で私は答えた。

 

「副長、航空隊が敵に見つかった以上、俺たちもこのまま海に座しているわけにはいかんぞ」

 

 先程の"ブラボー1"の通信にあったように、敵は既に航空隊の存在に気付き、撃ち落とさんと躍起になっている。

 

 今の『ヤマト』にとって航空隊を失うという事は、自身の"目"を潰されることと同じである。もう少し様子を見て……などという余裕はない。

 

『艦長、全艦に伝え。これより浮上決戦に転ずる』

 

 沖田提督の力強い声が艦橋に届いた。この人の頭にも消極策は無いようだ。

 

『提督……』

 

『真田君、例え不確かでも、それに掛けねば勝てぬ戦もある』

 

 そんなやり取りが聞こえてくる。

 

『……分かりました』

 

 やがて真田副長も腹を決めたようで、そのような応答が返ってきた。

 

 私は戦闘帽の顎紐を改めて締め直し、気合を入れて叫んだ。

 

「総員配置に就け!!」

 

 号令が下り、アラームがけたたましく艦内に鳴り響く。

 

「これより潜水艦行動に移行、浮上決戦に転ず!! 砲雷撃戦用意!!」

 

 3時間近く海底にとどまり、鬱々としていた空気がこの号令で晴れ、艦内は俄かに活気づいた。

 

戦闘指揮所(CIC)より艦橋、浮上後の敵基地への攻撃は艦底ミサイルにて行います!!』

 

 南部砲雷長から具申が入る。彼も気合が入っているようだ。

 

「よし、そこは任せる。しっかりやれ!!」

 

 そう言ってから、正面に向き直る。

 

「ツリム反転、浮き上がれ、右舷メインタンクブロー!!」

 

「上げ舵35℃、浮上します!!」

 

 島航海長の復唱と操作で『ヤマト』は再び動き始めた。

 

 バラスト調節によって、浮き始めは水平だった『ヤマト』は上がっていくにつれて段々と右側に傾いていき、遂には完全に上下が逆さまになってしまった。

 

 偽装沈没の時と同じような状態だが、あの時と異なり今は慣性制御が働いているため、上下がひっくり返っていても身体を固定する必要はない。

 

 そして、逆さま状態で浮上した『ヤマト』は遂に海面に達した。

 

 海面は『ヤマト』偽装沈没後、再び分厚い氷に覆われていたが、『ヤマト』の装甲の前では薄いガラスも同然で、何ら浮上の障害にはならなかった。

 

 完全に浮上した『ヤマト』は、艦底部の赤い塗装部分のみを海面に出した状態で静止した。第三艦橋があることも相まって、傍から見れば潜水艦に見えるだろう。

 

『艦底VLS開放。対地ミサイル、目標"オブジェクト5"に固定。発射準備』

 

『『ヤマト』より"ブラボー1"へ、これより攻撃を開始する。直ちに現空域より離脱せよ』

 

 攻撃準備が進む。

 

 先程までの三発の攻撃の間隔から計算すると、あのビーム砲は波動砲同様に威力が大きい代わりにエネルギーの充填にかなりの時間が掛かる。

 

 敵も既に『ヤマト』の浮上に気付いているだろうが、恐らく最初の一手はこちらから打てるはずだ。

 

 だが、その後は……。

 

 思わず苦笑する。

 

 もしも、真田副長の懸念通り"オブジェクト5"が敵基地でなければ、我々は無防備にあの反射衛星砲を食らい木っ端微塵。ガミ公共は「とんだ間抜け野郎共だ」と我々を嘲笑うだろう。

 

 ―――だが、今は千載一遇の好機だ。これを逃したら、もう機は無くなるやもしれん。

 

 確実性のある戦などそうそうあるものではない。

 

 先に沖田提督の言われたように、不確かな状態の中でも動かねならない時があるのだ。

 

 敵前に姿を晒すことを無謀と恐れるよりも、ようやく掴んだ反撃の糸口を手繰り寄せることこそ重要。それが私の結論である。

 

『発射準備よし!!』

 

 さて、準備は整った。あとは行動あるのみと自分に気合を掛けたその時だ。思いもかけない通信が飛び込んできた。

 

『こちら"アルファ1"古代。『ヤマト』へ支援要請』

 

 如何に努力しても、裏目裏目という例は世の中に多い。その反対に運が良かった、運がついていたという例もある。

 

 何が言いたいかと言えば、『ヤマト』は強運であったという事だ。

 

『"アルファ1"は偽装した敵基地を発見した。こちらの装備では殲滅は困難』

 

 

 



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第十五話 「悲願実る時」

第二章やっと終了です。

2202でも太陽系出たのに、私は何をモタモタしているのか……。


 ここで状況を整理するため、少しばかり時系列を遡り、視点を古代 進戦術長、山本 玲三尉ペアの『コスモゼロ』に移してみよう。

 

 加藤隊長達『ブラボー隊』が南半球を探索している頃、古代戦術長が率いる『アルファ隊』は北半球を飛んでいた。

 

 古代、山本両名共に正式な航空隊としては初めての任務だったが、二人とも気負うことなく―――山本三尉に至ってはむしろ鼻歌を唄うぐらいに高揚していたそうだ―――任務に当たっていた。

 

 しかし、残念なことに指定されたポイントに目的の敵基地を確認することはできず、その代わりにポイント近くの峡谷上空にオーロラを発見した。

 

 ―――綺麗……。

 

 火星出身で、地球移住後は極東管区で育った山本三尉は、直にオーロラを見たのはこれが初めてで、任務中ながら思わずそんな感想を漏らしたという。

 

 そんな時、加藤隊長からの至急電が彼らの通信インカムに入った。

 

『こちら"ブラボー1、ガミラス基地を発見。地点"オブジェクト5"。敵の迎撃を受く!!』

 

 ―――何だ、こっちは外れか。

 

 若干の落胆と共にオーロラから目を離そうとした山本三尉だったが、咄嗟に"ハッ"と気がついた。

 

 ここが地球であるならば、別に北極圏にオーロラが発生しても不思議ではないのだが、冥王星でオーロラが出るはずがない。

 

 例によって私は門外漢なので小難しい理屈はさっぱりだが、そもそもオーロラというのは、太陽から発生した電子や陽子が、惑星全体を包む磁気圏の磁力線に沿って高速で入射し、大気中の原子や分子と衝突することによって発生すると言われている。

 

 従って、一定の磁場と大気があれば地球以外の惑星でもオーロラは発生するのだが、冥王星は大気がほとんど無いに等しい上、地球のような磁気圏も持っておらず、オーロラが発生する条件を全く満たしていないのである。

 

「おかしい」と感じた山本三尉は、即座に古代戦術長に報告した。

 

 "オブジェクト5"へ向かおうとしていた古代戦術長も山本三尉の報告で、眼前のオーロラに違和感を覚えた。

 

 このとき彼は事前の作戦会議での、「敵は何らかの遮蔽幕を展開して、基地全体を覆い隠している可能性がある」という真田副長の言葉を思い出していた。

 

「もしかして」と思い、オーロラを慎重に観察していた古代戦術長は果せるかな、オーロラの中から多数のガミラス機が出現するのを確認した。

 

 ―――あの奥に、敵の基地がある‼

 

 そう確信した古代戦術長と山本三尉は迷うことなく、オーロラの方に機首を向けた。

 

 このオーロラは、基地を覆い隠すと同時に、敵の侵入を防ぐ防御シールドの役目を持っていたことが後に判明しており、ストレートに侵入しようとすれば、古代、山本両機はオーロラの壁に衝突して木端微塵になっていたところであるが、両機は驚くべきことにオーロラの下にあった小さな峡谷に飛び込み、右に左に曲折する奇岩の間―――並のパイロットであれば、直に衝突してしまいそうな狭い谷あいを、高度なテクニカル飛行によって進み、オーロラと岩壁の僅かな隙間を縫って、敵の遮蔽帯を突破することに成功したのである。

 

 そして、オーロラを突破し、開けた視界の先に古代戦術長は見た。

 

 広大なクレーターの中に点在する、キノコとアメーバを組み合わせた様な形をした多数の建造物、長大な滑走路、戦艦が余裕で入れるほどの巨大なハッチ、無数の対空火器……。

 

 間違える余地のない大規模軍事基地だった。

 

 ―――でかい……。

 

 クレーター内の数キロに及ぼうかという大きさの基地を見た古代戦術長は、即座に自分達だけでは基地の殲滅はできないと判断したが、この時点ではオーロラ―――敵の遮蔽フィールドによって外部との通信は不可能だった。

 

 ―――それなら‼

 

 古代、山本両名共、反射的に今取るべき行動を実行に移した。

 

 ―――あのオーロラが人為的な物である以上、それを発生させている装置があるはず。それさえ破壊できれば……‼

 

 そのように考え、基地上空を旋回し、敵のステルス装置の探査に入ったのである。

 

 敵は突然侵入してきた『コスモゼロ』に慌てたのか、散発的な対空砲火を打ち上げたものの、戦闘機による迎撃は無く、二人にとってほとんど妨害にならなかった。

 

 やがて、彼らの視界に数本の巨大な鉄塔が目に入った。

 

 目算300m程の高さの鉄塔は、先端にピンク色の光を放つボールのようなものが付いており、基地を取り囲むように建っている。

 

SID(シド)‼」

 

「対象尖塔、ステルス発生装置ノ確率98%デス」

 

『コスモゼロ』に搭載されているナビゲートコンピュータ『SID(シド)』の返答に、二機は一気に加速を掛け、鉄塔に狙いを定める。

 

「"アルファ1"、フォックス3‼」

 

「"アルファ2"、フォックス3‼」

 

 両機からほぼ同時にミサイルが放たれ、一旦降下した後、弾かれたように前へ進みだした。

 

 レーダーを頼りに、僅かにカーブしながら誘導されたミサイルは、寸分違わず目標に命中。僅かな間をおいて、支えを失った鉄塔は次々と倒壊し、それと同時に空を覆っていた遮蔽フィールドが闇に溶けるかのように消失した。

 

 以上の経緯を以って古代戦術長は、『ヤマト』へ例の通信を入れたのである。

 

「"アルファ1"は偽装した敵基地を発見した。こちらの装備では殲滅は困難」

 

 

 

 ――――――

 

 

 

『艦砲による支援を要請する』

 

 古代戦術長からの予想外の報告と要請を受けて、『ヤマト』では誰もが困惑の色を隠せなかったが、私はすぐに戦闘指揮所(CIC)に命じた。

 

「砲雷長、ミサイル発射中止。まだ撃つな、まだ撃つなよ‼」

 

 続けて相原通信長を介して、古代戦術長へ「座標、詳細を知らせよ」と指示した。

 

 古代戦術長はこの命令に応じて、まもなく発見した施設の座標と、詳細―――即ち発見施設の規模が大である事と、遮蔽フィールドとクレーターによって巧妙に隠されていたという事実を、簡潔に送信してきた。

 

 ―――こっち、だな。

 

 送信された情報を確認した私は、こちらの方が本命の敵基地に違いないと判断した。

 

 ―――すわ、一大事、急ぎこれを叩かなければ‼

 

 と、誰もがそう思った。

 

『艦長、ミサイル目標を変更します‼』

 

 南部砲雷長から進言が入る。

 

『ヤマト』の"オブジェクト5"に向けたミサイル発射準備は既に完了していたが、新たに発見された目標の方が本命ならば、当然、こちらへの攻撃を優先しなければならない。

 

 ―――いや、待てよ。

 

 南部砲雷長の進言に許可を与えようと口を開きかけた私だったが、ほんの一瞬浮かんだ疑念がそれを止めた。

 

 ―――この敵基地に、例のビーム砲台は含まれているのか?

 

 そう、今の我々にとっての"本命"とは、敵の基地ではなく、一撃必殺の反射衛星砲の方である。

 

 古代戦術長から送られてきた情報は、敵基地が大規模であるということは示されていたが、巨大砲台が存在するか否かということは含まれていない。

 

 そもそも彼らは、『ヤマト』が、予期せぬ超兵器の攻撃によって危機的状況にあるという事実をまだ知らずにいる。

 したがって、基地には言及しても、砲台というものの存在を意識していないのは当たり前である。

 

 もし、発見された敵基地と反射衛星砲台が別々に置かれているとすれば、敵基地を攻撃したところで現状を打破したとは言えない。

 

 ここへ来て、私はようやく自身の逸っていた心に気付いた。

 

 ―――俺としたことが……。

 

 "胆大心小"。即ち大胆にして細心というのが本来の私のモットーなのだ。ここは私の方も現状を一度整理しなくてはならないだろう。

 

「砲雷長、少し待て。通信長、戦術長に連絡……いや、俺が話す。艦橋に繋げ」

 

 私は通信マイクを手に取りながら、そう命じた。

 

 これも本当はいけないのだが、一刻を争う非常時である。"伝言ゲーム"のような形でなく、現場からの一次情報を直接聞くことが肝心だ。

 

「戦術長、有賀だ」

 

『はっ、艦長‼』

 

「発見した基地内にビーム砲台らしきものは見えるか?」

 

『砲台? いえ、それらしきものは何も』

 

 直接私が通信してきたことと、質問の意味が解らなかった為か、返答からはやや困惑している様子が感じられた。

 

 私は、古代戦術長に現状を伝える。

 

「戦術長、『ヤマト』は今、敵のビーム砲台からの攻撃により、無視できない損害を出している」

 

『何ですって⁉』

 

「残念だが、当初の作戦計画は破綻している。今は、その砲台の位置が分からんことにはどうにもならん。本当にそれらしいものは無いか?」

 

 そう聞くと、しばらくの沈黙の後、

 

『……いえ、確認できません』

 

 無念にも、先程と同じ報告。

 

「副長、どう思う?」

 

 私はマイクを切り替えて、CICの真田副長に意見を求めた。

 

『『コスモゼロ』のレーダーにも反応しないことを考えると、あの光線砲は地上には露出していないのでしょう』

 

「ふむ。となると?」

 

『おそらくは、地中か海中に存在しているものと思われます』

 

 やはり、そうなるか。

 

 ある程度予想はしていたが、これは面倒なことになった。

 

 地中と海中。そのどちらにあるにせよ、レーダーで確認できない以上、探す方法は限られている。

 

 この場合、取れる探索手段と言えば―――。

 

『艦長、すまんが、少し通信を代わってくれるか?』

 

 唐突にCICの沖田提督がそう言ってきた。

 

 私は何となく”ピン”と来るものがあって、「どうぞ」と通信を廻した。

 

『古代、沖田だ』

 

『提督⁉』

 

『今、艦長が言った通り、その砲台が現在の我々にとって最大の脅威だ。古代、山本両名は現空域に留まり、その所在位置を確認せよ』

 

『確認ですか? しかし、どうやって?』

 

『目で見るんだ』

 

『目で、ですか?』

 

『そうだ、目だ』

 

 二人のやり取りは艦橋でも聞こえていて、私は思わず”ニヤリ”と笑った。

 

「先に撃たせる気らしいな、提督は」

 

 私がそう呟くと、航海科の二人が”ギョッ”となって、私を見る。

 

「撃たせるって、あのビームをですか?」

 

「他に何がある?」

 

 敵の砲台が地下、海中に隠されている以上、まさか今時堂々と排気筒が突き出ているわけもあるまいし、攻撃の際に生じるであろう発砲炎―――発砲光を目視で追う以外、砲台を特定する方法はない。

 

 その為には、まず相手に撃たせなければならないのだ。

 

「航海長、戦術長の視力はどの程度だったかな?」

 

「……え? 古代の視力、ですか?」

 

 予想外の質問だったのか、島航海長が締まりのない返事をする。

 

「確か、3.0程だったと思いますが……」

 

「ほぉ、流石に大したものだな」

 

 嘗ての零戦乗り達と比べても遜色ない視力である。これならば見落としはあるまい。

 

「しかし艦長、もし今度こそ命中したら……」

 

「心配するな。その為に技術屋連中が頑張ったんだろうが」

 

 既に述べたように、敵の衛星の中継信号の解析はできている。少なくとも初手は何とかなる。

 

 私の心配はむしろ別の所にあった。

 

『航空隊全機に通達。航空隊は現空域のガミラス迎撃機を釘付けにせよ』

 

 沖田提督からの命令が、相原通信長を通して発せられる。

 

『クソッ、こっちはガセかよ‼』

 

 加藤隊長の口惜し気な声が通信機に入って来る。

 

 後に判明したことだが、この時に加藤隊長が発見した敵施設は、木星の浮遊大陸に見られたようなガミラスホーミングを行う為のプラントの一つであった。

 

 つまり重要施設には違いないものの、軍事的にはそれほど優先順位の高いものではなかったのである。

 

 杉山隊員を失い、自身も苛烈な空戦を繰り広げながら発見した目標が外れ籤では、加藤隊長が毒づくのも無理はない。

 

 だが、問題はそこではない。

 

 ―――やはり、航空隊を無視してはくれんか。

 

 各地の通信からは、敵が『ヤマト』の航空隊を撃墜すべく、盛んに迎撃機を飛ばしていることが判った。

 

 先の加藤隊長も孤軍奮闘しているが、幸いと言うべきか、篠原副隊長の指揮する隊がもう間もなく”オブジェクト5”に到着する見込みであり、こちらは恐らく大丈夫だろう。

 

 心配なのは、古代、山本両名の方である。

 

 何しろ二人が飛んでいるのは敵の本拠地の上空であり、当然ながら、防御火器も航空機も相当の数が配備されていると見るべきだった。

 

 もし敵の司令官が『ヤマト』の目を潰すことを優先するような慎重な人物であれば、反射衛星砲の準備と並行して、その数に物を言わせて古代、山本機に襲い掛かるだろう。

 

 無論、二人とも一流のパイロットであり、そうそう不覚を取ることは無いだろうが、大挙して押し寄せる敵を迎撃しながら砲台の探索をするとなると、流石にちとキツイ。

 

 しかも、敵基地の位置は本来の探査地点を大きく外れた場所である。ほとんどの航空機が”オブジェクト5”に集中しつつある現状では、二人の援護に向かうのは難しい。

 

 ―――なら、嫌でもこっちを向かせてやる。

 

「艦長よりCIC。砲雷長、艦底ミサイルのシークエンスはまだ生きているか?」

 

『艦長? はい、まだ……』

 

「よし、では改めて照準を敵基地周辺に合わせろ」

 

『は? しかし今攻撃したら、”アルファ隊”を巻き込むかも……』

 

「今は当てることはない。周辺に落として脅かしてやれればいい」

 

 要は、敵に『ヤマト』が自分たちの本拠地やビーム砲台を狙って攻撃を開始してきたと焦らせて、早々に『ヤマト』を潰すための攻撃をさせようという挑発行動である。

 

 私の意図を掴みかねたためか、やや逡巡している気配の南部砲雷長に私は怒鳴った。

 

「急げ、敵は待っちゃくれんぞ‼」

 

『はっ‼ 艦底対地ミサイル、目標合わせます‼』

 

 南部砲雷長の復唱と同時に、一度は動きを止めていた艦底ミサイル発射管が再び稼働する。

 

「航海長、ミサイル発射後、艦体を復元させろ。反撃に備える」

 

「了解‼」

 

 敵が反射衛星砲を放つまでの時間を考えると、挑発は最初の一斉射が限度だろう。その後は迎撃と反撃を行うことになるとすれば、手数の多い上部兵装の方が良い。

 

『CICより艦橋。艦底対地ミサイル目標ロック、発射準備よし‼』

 

「発射始めっ‼」

 

『発射初め‼ 斉射(サルヴォー)‼』

 

 号令と共に八発のミサイルが一斉に目標目掛けて飛んでいく。……と言えば威勢はいいが、最初から当てる気はない。

 

 事実、この攻撃は全て基地周辺に着弾。中々に派手な爆発を起こしたが、被害はほとんど与えなかった。

 

 それを確認するより早く、我々は次の行動を起こす。

 

「よし、航海長、艦体起こせ‼」

 

「はっ‼ 艦体起こします。フライホイール接続、空間ジャイロ反転。右舷バラスト放出、もどぉせぇー‼」

 

「全艦、艦体復元に備えっ‼」

 

「艦内慣性制御よろし。鉛直線同期よぉそろぉー‼」

 

 島航海長、太田気象長の二人がテキパキと指示を出し。水に浮かぶ艦としては異常な形で浮いていた『ヤマト』が自然な状態へと戻る。

 

 艦橋の窓から見える景色も、冥王星の海中から一面の星空へと変わり、何となく”ホッ”とした気持ちになる。

 

 ―――やはり、星が見えるのはいい。

 

『CICより艦橋。艦体復元完了。各部、水密状況異常なし。防護隔壁開放します』

 

「艦長了解。主砲、三式弾装填。煙突ミサイルは対空迎撃に備えろ‼」

 

 ―――さあて、敵さん伸るか反るか?

 

 その結果は五分もしないうちに出た。

 

『CICより艦橋。ビーム衛星中継の信号を捕捉‼ アナライザーによる解析を開始します‼』

 

 ―――伸ったな‼

 

「迎撃ミサイル発射用意‼ 衛星を特定次第発射せよ‼」

 

『了解‼ 迎撃ミサイル発射管開きます‼』

 

『CICより艦橋。波動防壁を展開します』

 

 南部砲雷長、真田副長共、流石にやや緊張した声である。

 

 これでタイミングが少しずれれば一巻の終わりなのだから無理もない。

 

 しかし、作業の手は冷静の様で着々と準備が進む。

 

「中継衛星ヲ特定シマシタ」

 

 アナ公の分析結果がそのまま艦橋にも上がって来る。

 

 一番近いのは、やはり真上だ‼

 

『迎撃ミサイル発射初め‼ 斉射(サルヴォー)‼』

 

 砲雷長の号令から一瞬の後、八連装煙突ミサイルから一斉にミサイルが発射された。

 

 発射されたミサイルは、白煙と閃光を引きながら天空を駆け上がっていく。

 

『高エネルギー体接近‼』

 

 その森船務長の報告より早かったのか遅かったのか。ともあれそのタイミングで、『ヤマト』のミサイルは全弾が目標の衛星に命中した。

 

 八発のミサイルの集中攻撃を受けた敵衛星は当然一溜まりも無く爆発し、粉々になった。

 

 直後、その爆炎を巨大なピンクの光線が通過していった。

 

 危機一髪‼

 

『命中‼ 撃墜を確認‼』

 

「よし‼」

 

 ―――だが、次は当ててくるぞ。

 

 最も近い位置の衛星でさえこのギリギリのタイミングである。更に遠くの衛星を経由されれば、もう間に合わないだろう。

 

『"アルファ2"山本より『ヤマト』へ。敵砲台の位置を特定。位置――氷結した湾内、地点”AF3-102”‼』

 

『"アルファ2"直ちにデータを送信されたし』

 

 遂に待ちに待った、この作戦何度目になるか分からない、しかし、今度こそ本物の待望の報告が『ヤマト』にもたらされた。

 

「おい鉄砲、いけるか?」

 

『いけます‼ 絶対に一発で仕留めます‼』

 

 CICに声を掛けると、南部砲雷長が興奮した声で答えた。

 

「よし、その意気だ‼ タイミングは任せたぞ‼」

 

 尤も高揚しているのは私も同じか。

 

 そんなことを思いながら、私は次の命令を下す。

 

「これより戦闘―――右砲戦‼ 目標、敵反射衛星砲砲台‼ 外すなよ‼」

 

『せんとーう‼』

 

 間延びした復唱が行われた。

 

 同時に『ヤマト』前部の一番、二番主砲塔が右舷側に旋回し、六門の、まるで男性の攻撃性の象徴のような太く長い砲身が持ち上げられる。

 

 絶対必中を期す為、交互射撃ではなく、一斉射である。

 

『側的よし‼ 方位よし‼ 主砲射撃準備よし‼』

 

 ―――よし行くぞ‼

 

「撃ち方始めぇ‼」

 

「うちぃーかたぁはじめぇー‼」

 

 独特の抑揚で砲雷長が令する。

 

 直後、砲口に閃光が煌き、火焔が迸る。

 

 重量が二t近い三式弾6発の斉射の反動で、水上に浮かぶ巨大な『ヤマト』の艦体が震え、右舷側の海面は爆風でさざ波を立てる。

 

「着弾まで10」

 

 発射後の時間を計測している砲雷長の声が、艦橋に響き、私たちは固唾をのんで着弾の時を待つ。

 

 ―――それ行け、行け、やっつけろ‼

 

 先程まで一方的に撃たれて、耐えに耐えてきた私たちの怒りが凝集された三式弾は、ひたすら目標目掛けて飛んでいく。

 

 そして、その時は来た。

 

「4、3、2、だんちゃぁく―――今‼」

 

 の、砲雷長の声と同時に、彼方の闇の中に巨大な閃光とキノコ雲が発生したのがハッキリと艦橋から視認できた。

 

 やがて、敵基地上空を飛んでいる古代戦術長から報告が入る。

 

『こちら"アルファ1"。敵ビーム砲台の爆破を確認‼』

 

『やった‼』

 

 CICから歓喜の声が響き、私も思わず拳を握り締めた。

 

 ―――ざまぁみろ‼ ぶったまげたかガミ公ども‼

 

 だが、すぐに気持ちを引き締める。

 

 まだ敵の砲台を潰したというだけで、基地も艦隊も健在なのだ。

 

「提督―――‼」

 

 私が具申するよりも早く、沖田提督の口から力強い声で命令が発せられた。

 

『これより本艦は敵基地殲滅に向かう‼ 艦長、右砲雷戦、最大戦速で敵基地に接近せよ‼』

 

「了解。航海長、このまま離水する。上げ舵二〇、前進半速‼」

 

「上げ舵二〇、前進半速、よーそろー」

 

 航海長の復唱と同時に、『ヤマト』は氷海の中を進み始め、速力が増してくるのと同時に、艦首から海を離れていく。

 

「機関室、最大戦速行けるか?」

 

『こちら機関室。最大戦速いつでもどうぞ‼』

 

『CICより艦橋。次元電波探信儀(レーダー)異常なし。現在のところ、本艦前方に脅威目標なし‼』

 

 暗い冥王星の空を進みながら、『ヤマト』は射撃へのプロセスを確実に積み上げていく。

 

 艦橋、CIC、機関室でやり取りが変わされた後、各砲塔の駆動が開始された。

 

 先程の砲撃後に正面を向いていた一番、二番主砲塔が再び右舷側に向けられ、砲身が一門ずつ仰角を掲げていく。

 

 一番副砲も三式弾を装填の上、主砲と同様に旋回。煙突ミサイルも対地ミサイルに切り替えられ、発射準備を整える。

 

『側的よし‼ 照準よし‼ 主砲、空対地ミサイル発射準備よし‼』

 

 いよいよ、作戦の総仕上げである。

 

 今こそ、この冥王星で無念の内に死んでいった、多くの戦士たちの復仇を果たす‼

 

 全ての雑念を振り払い、私は大声で命じた。

 

「一斉撃ち方、始めぇ‼」

 

 先程よりも大きな轟音と衝撃を艦全体に伝わらせながら、一番、二番主砲、一番副砲が一斉に火を噴いた。

 

 同時に煙突ミサイルからも対地ミサイル八発が発射される。

 

 弾着発生まで10秒と掛からず、敵基地周辺より炎が上がる。大規模基地だからこちらが意図しない限りそうそう外れることはない。

 

「よぉーし‼ 次弾急げ‼」

 

 私が銅鑼声で命じるまでもなく、『ヤマト』は第二射を放った。

 

 今度は九門の斉射ではなく、各砲塔の右砲のみの計三門の射撃―――その後、残りの六門が続けて射撃を放つ。

 

 所謂”交互射撃”というやつで、この方が射撃の間隔が短く、一定時間の射撃数が多くなるため、短時間で多数の砲弾を叩き込むことができる。

 

 この砲撃は図に当たり、敵基地にはほとんど間髪入れずに、『ヤマト』の砲弾やミサイルが降り注ぐことになった。

 

 そんな攻撃が、20分間程続けられた頃、突然敵基地にものすごい爆発が起こった。

 

 我が砲弾が、基地内に停泊していた敵艦艇や大型弾道ミサイルに命中し、次々と誘爆を起こしたのである。

 

 敵基地の存在したであろう場所には、ハルマゲドンさながらの大火球が天に冲するばかりに広がっていく。

 

 ―――終わったな……。

 

 不思議と冷めたような心地で、私はそれを受け止めた。

 

『CICより艦橋。右舷上方、敵艦四隻、離脱していきます』

 

 森船務長からの報告に上部パネルを見ると、確かに燃え上がる敵基地上空を、四隻のガミラス艦が撤退しようと遠ざかっているのが映し出されている。

 

 先頭を走るのは、開戦以来一隻だけ確認されていた超ド級戦艦―――『ガイデロール級航宙戦艦』―――即ち、太陽系に侵攻してきたガミラス軍の旗艦である。

 

『艦長、追撃せよ‼』

 

 不倶戴天の敵の親玉である。「逃がすものか」という気持ちは私も沖田提督も同じだ。

 

「了解‼ 主砲、ショックカノンに切り替え。最大戦速‼」

 

 敵は巡洋艦などの艦艇と合わせているためか、『ヤマト』に比べて速度が遅い。

 

 水上艦と異なり、宇宙艦では艦の大小にかかわらず、エンジンの出力が速力を決めるので、小回りはともかくとして、純粋な速度では戦艦の方が駆逐艦や巡洋艦より速い。

 

 この為、『ヤマト』は敵がワープに入る前に射程距離に捉えることに成功した。

 

「撃ち方始めぇ‼」

 

 主砲から、先程までの三式弾の火焔や煙ではなく、ショックカノンの青白いスマートな光線が放たれ、一番、二番主砲のそれぞれ三発ずつが、最後尾の敵駆逐艦二隻に命中する。

 

 戦艦級ですら一撃で轟沈できるショックカノンに駆逐艦が耐えられるわけもなく、貫かれた敵艦は被弾部からバラバラに分断され、爆発四散する。

 

 ―――よぉし、あと二隻‼

 

 しかし、ここで予想外の事態が起こった。

 

『敵艦一隻反転。突っ込んできます‼』

 

 森船務長の焦りを含んだ報告が響く。

 

 残った二隻の内、敵旗艦に随伴していた巡洋艦が、突如向きを変えて、逆落としに『ヤマト』目掛けて突っ込んできたのである。

 

 ―――こいつ、刺し違える気か⁉

 

 私自身も驚愕しながら、緊急回避と迎撃を命じる。

 

 敵は射程圏外にも関わらず、主砲、副砲を狂ったように撃ちまくりながら、速度を緩めることなく突撃してくる。

 

 何か鬼気迫るものを覚え、背筋に冷たいものが走る。

 

 しかし、そんな私たちの心境とは裏腹に『ヤマト』の射撃精度や威力は些かも衰えることは無い。

 

 直後に放たれた『ヤマト』の第三射は、この突撃してくる敵艦を正面から貫き撃沈した。

 

 しかし、その間に随伴の居なくなった敵旗艦はグングンと加速していき、『ヤマト』が体勢を立て直すころには、既に主砲射程の外に出てしまっていた。

 

『敵艦、ワープしました』

 

 やがて、敵艦はワープに入り、我々の視界から完全に消えた。

 

『艦長、追撃を中止せよ』

 

 CICの沖田提督より命令がでる。

 

「しかし提督!?」

 

『もうこれ以上追っても無駄だ。必要もない』

 

 沖田提督の判断はどこまでも冷静だった。実際、これ以上追撃をしようとすると、航空隊を置き去りにすることになるし、ワープしてまで追う時間的余裕もない。

 

『ガミラスの冥王星基地はこれで終わりだ。もう地球に遊星爆弾が落ちる事はない。長年の悲願が、今ようやく実ったのだ』

 

 それを聞いた私は、安堵の感情と共に、急に疲れが出てきたような気がして、艦長席に座り込んだ。

 

 ―――そうだ、我々は勝ったんだ。俺は、あの日の誓いを、果したんだ。

 

 実感としてまだ乏しいが、その事実だけは確かであるという事を噛みしめる。

 

『こちら古代。これより『ヤマト』へ帰投する』

 

 古代戦術長からの通信に、私は緩みかけた気持ちを再び引き締めた。

 

 ―――いかんいかん。まだ終わりじゃない。

 

「航海長、このまま高度7万まで上昇。そこで航空隊を収容する」

 

「了解。高度7万まで上昇します‼」

 

 島航海長が弾んだ声で復唱する。

 

「艦長よりCIC。誘導電波出せ。航空隊を迎えてやるぞ」

 

 私は何時の間にか遥か眼下となった冥王星を見下ろしながら、今作戦の功労者たちの帰艦を待った。

 

 

 

 ―――――――――

 

 

 

 ”メ二号作戦”は結果として大勝利に終わったが、喜んでばかりはいられなかった。

 

『ヤマト』は抜錨以来、初めての戦死者をこの戦いで出してしまったからだ。

 

 ”メ二号作戦”の後始末を終えた頃、『ヤマト』では沖田提督を喪主とした、全艦を挙げての宇宙葬が取り行われた。

 

 ”メ二号作戦”での戦死者は、”オブジェクト5”での空戦で撃墜された杉山 彦三尉の他に、反射衛星砲の被弾時に爆発に巻き込まれた甲板部の安藤 早己宙曹長と新田 仁宙士長。冥王星着水後に猛烈な水にのみ込まれてしまった機関科の奥沢 圭助宙曹長がいた。

 

 奥沢宙曹長以外は、死体のない葬儀である。

 

 冥王星基地攻略という大作戦で戦死者四名と言えば、少ないのかもしれないが、死んでしまった四名はそれが全てなのである。

 

 取り行われた宇宙葬には当直に就いている者を除いて全員が参加した。

 

 居並ぶ乗組員は、それぞれの所属科の船外服に腕に喪章を付けている。時折肩を震わせているものがチラホラいる理由は言うまでもないだろう。

 

 ふと見上げれば、無数にある星々が煌き、人間のことなど全く無関心とばかりに輝いている。

 

 ―――『ヤマト』の航海が成功しようとすまいと、どれだけの人間が生きようが死のうが、この星空は何も変わらないのだろうなぁ……。

 

 ちょっと感傷的な気持ちになってしまう。

 

 だが、いくら星々が無関心であろうとも、地球の人々はそうではない。それこそ一日千秋の思いで『ヤマト』の帰りを待っている。

 

 これ以上、この宇宙葬の子細をくどくどと書き連ねることを私は良しとしない。単なる死を必要以上に美化しかねないし、戦死者に失礼であろうと思うからだ。

 

 ただ、最後にこの時の沖田提督の言葉だけは書き記しておきたい。

 

 それは、後に”英雄の丘”にも刻まれた、『ヤマト』戦死者四名のみならず、この太陽圏で死んでいった全ての者たちに対する、沖田提督の万感の想いと決意が込められたものである。

 

 

 

「地球の為に命を懸けた全ての勇士に贈る……君たちの心は、我々の心に蘇り、明日の地球の力となろう……我々は君たちを決して忘れない」

 

 

 

                            人類絶滅まであと360日

 

 

                             第二章 

                             『太陽圏の死闘』篇 完                                            

 

 



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第三章「果てしなき航海」篇
第十六話 「太陽系赤道祭の開催」


 えぇ、そうです。その時に私から艦長に進言しました。

 確かにそのように言われましたが、私は私なりの考えで進言したつもりです。……今となっては言い訳になりますが。

 艦長ですか? その時は少し考え込んでいましたが、疑われているようには感じられませんでした。

 艦長は無口ですけど、意外と感情が雰囲気となって表れる方でしたから。

 有賀艦長と実際にご一緒したのはこの航海の時が初めてでしたが、実はその人となりは聞いていたんです。

 あの人が上官について楽しげに語るのは沖田提督と有賀艦長ぐらいでしたから、印象に残っています。

 彼の話では、ぶっきらぼうだけど嘘を付けない正直な人ということでしたが、本当にそんな感じでしたね。

 彼も、そんな所に惹かれたのかもしれません。少し複雑ですけど。

 

『辺見 洋著「女たちのヤマト」 技術科情報長 新見 薫一尉の証言より抜粋』

 

 

 

 ──────

 

 

 

 私がイスカンダルへの航海の中で印象的な出来事の一つに、太陽圏を離脱するに当たって実施された"太陽系赤道祭"が挙げられる。

 

 宇宙戦艦ヤマトと言えば、未知の外宇宙を舞台に、ガミラス艦隊を相手取った血沸き肉踊り、アドレナリンがどんどん出てくるような出来事ばかりの大冒険物語のように思われがちだが、然にあらず。

 

 確かに『ヤマト』の航海は、発進から帰還までの全てが作戦行動であったが、年がら年中戦闘に従事していたわけではない。敵の現われない時、あるいは敵が遠い時には全くの暇である。

 

 取り分け、冥王星基地を陥落させてから太陽圏の離脱までの間は、イスカンダルからの帰路の時を別にすれば、最も艦内の空気が緩んでいた時期であった。

 

 こうした中で実施された太陽系赤道祭は、私に取って、それまでは見られなかった乗組員たちの人生の一端に触れる機会でもあった。

 

 また、後々語り継がれるようになる『ヤマト』独特の文化ともいうべきものも、この頃に誕生している。

 

 今回はこれまでと少し趣を変えて、太陽系赤道祭を中心に、私と『ヤマト』乗組員達との間に起こった出来事を、幾つか書き記していきたいと思う。

 

 読者諸君には退屈かもしれないが、何卒心を大らかにお持ちいただいて読んで下されば幸いである。

 

 

 

 

 

 ────────

 

 

 

 

 

 切っ掛けとなったのは、冥王星での戦いから2日が過ぎた時の、新見情報長からの意見具申だった。

 

 この時、『ヤマト』は戦闘による損傷の修理を行いながら、当初の進路への修正を行い──―お忘れかもしれないが、冥王星の位置は大マゼラン銀河へ向かう方向から大きく外れていたのだ──―、カイパーベルトを抜けて、太陽系外縁部(ヘリオポーズ)に近づきつつあった。

 

 ここを越えれば、いよいよ外宇宙であるが、現状は宙域静穏にして平和である。

 

 冥王星基地を陥落させた今、少なくともこの太陽圏には、もう『ヤマト』の敵は存在しなかった。

 

 通常であれば、航海の間も貴重な時間は無駄にせずと訓練を行うものであるが、現在は冥王星で受けた損傷修理が優先である為、訓練もない。

 

『ヤマト』の修理については真田副長や榎本掌帆長に任せてあり、この時点で仕事がなかった私は、艦長室で煙草を吹かしていた。

 

 そこに扉をノックするものがある。

 

 返事をすると、新見情報長が入ってきた。

 

「おぅ、情報長か。どうした?」

 

「艦長、先日から行っている乗組員たちの心理カウンセリングの結果についてご報告が」

 

「あぁ、そのことか」

 

 と言うのは、冥王星基地攻略後、同じように艦長室を訪ねてきた新見情報長が、乗組員たちの精神状態の観察及びケアについて申し出てきていたのである。

 

 新見情報長は、心理学の博士号を所持している才女である。彼女の申し出に対し、私は衛生長の佐渡先生とも相談の上で許可していた。

 

「それで、どんな様子だ?」

 

「……あまり、芳しくはありません」

 

 ある程度予想はしていたが、やはり戦闘への恐怖や、先の見えない長期航海への不安からくるストレスを訴える者が、非常に多いという結果だった。

 

 何時の世も、激しい戦時勤務に従事している者たちの身体・精神のケアは大きな課題であるのだが、恥ずかしながら、この中の精神の部分に対する認識は、私は相当に薄かった。

 

 前世の帝國海軍時代にも、こうした戦時の精神疾患というものは存在していたし、そうした患者用の病院もあったが、当時は、心的外傷後ストレス障害(PTSD)やカウンセリングという言葉もなく、社会的な風潮として、そういう精神に障害を負った者たちが一家の恥とされていた時代である。

 

 軍艦にあっても、精神を病んだ者は”軟弱者”、”臆病者”だとして白眼視され、特にケアされることもなく──―それどころか鉄拳制裁の対象にされる──―、ほぼ追放同然に退艦させるという対応がほとんどだった。

 

 無論、この時代では、そうした認識は大きく改められており、むしろ上記のようなことがあれば、それこそ白眼視されるのだが、ガミラス戦役勃発以来、世界中でこうした精神疾患患者は急速に増えており、病んでいないものの方が少ないという状況である。

 

 この『ヤマト』乗組員とて例外ではない。むしろ戦闘経験がまだ浅い若者が多い『ヤマト』では、この先増えるであろうことは目に見えていた。

 

「艦長、現在の乗組員たちのストレスは戦闘によるもの以上に、地球を遠く離れたことによる寂寞、所謂ホームシックが長期航海への不安と合わさって、強く影響しているかと思われます。……そこで、意見具申してもよろしいでしょうか?」

 

「何だ?」

 

 私が促すと、新見情報長は一呼吸置いて、心なしか思いつめた目をして口を開いた。

 

「太陽圏を離れる前に、乗組員たちに地球への交信を許可していただくことはできませんでしょうか?」

 

「交信?」

 

 少々意外な意見に一瞬面食らった。

 

「はい。ご承知のように、『ヤマト』は数日後には太陽系外縁部(ヘリオポーズ)を越えます。そうなればもう地球と交信することは不可能になってしまいます」

 

 確かにそうだろう。

 

 太陽系外縁部(ヘリオポーズ)というのは、外宇宙からの強烈な放射線を、太陽から噴き出す太陽風が押し戻すことで防いでいる、謂わばシールドの役割を果たしている限界点のことである。

 

 そこを越えてしまえば、『ヤマト』からの超空間通信は、外宇宙の恒星間放射線と、太陽系内を守っている太陽風によって遮られ、地球との交信は途絶えることになるだろう。

 

 事実、既に現時点で、地球のヤマト計画本部との交信すら不安定になっているのだ。

 

「機密という面で問題があることは承知しています。ですがどうか、許可願えないでしょうか?」

 

 新見情報長の訴えに、私はしばし黙った。

 

 確かに軍艦から個人の私的通信を認めるという事は、機密保持という面でヤバいことであるし、通常であればまずありえないことである。

 

 だが私自身、前世で『大和』艦長になって死を決意した時、とある機密漏洩を家族宛にしでかしたことがある身だ。例え口にはしなくても、明日をも知れない旅立ちを前にした者たちが、父母や夫妻、子孫に寄せる哀切は解っているつもりだ。

 

「……よく、気づいてくれたな」

 

「艦長、では?」

 

「賛成する。沖田提督には俺から上申しよう」

 

 私の答えに、新見情報長は安堵したような顔になった。

 

 その表情は、真摯に乗組員のことを考えているように見えた。

 

 この時、彼女に何か企み事があるのかという疑いを、私は露ほども抱いてはいなかった。

 

 

 

 

 ────────

 

 

 

 

「艦長、極東管区司令部の藤堂本部長より通信です」

 

「提督室へ内線しろ」

 

 翌日の艦内時間午後2時30分。艦橋配置に就いている中、地球の藤堂 平九郎ヤマト計画本部長、芹沢 虎鉄軍務局長より超空間通信が入った。

 

 すぐに提督室の沖田提督へ内線で伝える。

 

『太陽系外縁部か……沖田君、随分と遠くまで行ったな』

 

「イスカンダルへの旅は遠大です。我々はその第一歩を踏み出したにすぎません」

 

 内線を受けて艦橋に降りてこられた沖田提督が、藤堂本部長らに状況説明をする。

 

『沖田君、これが最後の交信になるかもしれん。だから『ヤマト』に地球の状況を知らせておこうと思う』

 

 藤堂本部長の言葉と同時に、大パネルに地球の状況が映し出される。

 

 ──生き残るモノが無に等しい乾いた地表、徐々に根深くなるガミラス植物に侵食されていく地下都市、迫りくる最期の恐怖に慄く人々。

 

「……ひどいな」

 

「あぁ……」

 

『ヤマト』が抜錨した時と何も変わっていない。否、更に悪化しているその光景は、冥王星基地陥落によって気持ちが緩みつつあった乗組員達に現実を突きつけた。

 

『食料供給も侭ならず、暴動は頻発し、我々は人々に救いの手を差し伸べる事さえできない。そんな折だ。君たちから冥王星基地陥落の報が地球にもたらされたのは。遊星爆弾はもう降ってこない。それが人々にどれほどの安心感をもたらしたことか』

 

 藤堂本部長の一言一言が、胸中深く深く、食い込んでくる。

 

 誰もが、自分たちに託された希望と責任を再認していた。

 

『『ヤマト』がイスカンダルに向かっている。その事実だけでも我々は頑張れる。だから、沖田君。必ずコスモリバースシステムを持ち帰って来てくれ。地球は『ヤマト』の帰りを、君たちの帰りだけを待ってい──―』

 

 太陽系外縁部(ヘリオポーズ)の影響が出たのか、ここで通信が途切れた。

 

「通信、超空間通信の調整は?」

 

「5分程いただければ可能です。ただ、今後は更に厳しくなっていくと思います」

 

「……そうか」

 

 相原通信長の返事に、いよいよ時間がないなと思う。

 

「『ヤマト』は必ず帰るわ、必ず……」

 

 森船務長の呟きは、この時の我々全員の決意であったろう。

 

 

 ──そうだ。それをみんなの口から伝えるんだ。

 

 

 

 

 ────────

 

 

 

 

 艦内時間午後9時。私は提督室へ沖田提督を訪ねた。

 

「メ二号作戦で受けた損傷の修理は、明後日夜間帯には完了します。また、翌朝には太陽系外縁部(ヘリオポーズ)を通過いたします」

 

 私からの報告に、沖田提督は静かに頷かれて、口を開いた。

 

「艦長、太陽系外縁部(ヘリオポーズ)を通過したら、早速にワープを行う」

 

『ヤマト』は、太陽系を離脱した後は、本格的な光年単位のワープを繰り返しながら、シリウス恒星系を目指すことになっている。

 

 シリウスまでは1光年単位、それ以降は更に10光年単位のワープに上げていくというのが現状の予定である。

 

「いよいよ太陽系ともお別れですな」

 

 これまでは謂わば、家の庭先を移動しているようなものであったが、ここからは未知の世界である。巣立ちをするような気分で、何だかソワソワしてくる。

 

「うむ。そこでだ、有賀君」

 

「はっ?」

 

 急に呼び名が「艦長」から「有賀君」と変わって、少し戸惑う。

 

「太陽圏離脱の前に、艦内で赤道祭を取り行おうと思うのだが、どうだろうか?」

 

 しかも全く意外な提案をされて、私は間抜けな声を出してしまった。

 

「赤道祭と言いますと……」

 

「む、知らないか?」

 

「あーいえ、知ってはいますが……」

 

 赤道祭というのは、その名の通り地球の赤道を通過する際に、船乗りの間で行われる船上祭のことである。

 

 元々赤道は無風であるが故に帆船の時代には航海の難所とされており、その安全祈願及び新人船乗りの通過儀礼として行われたことが始まりであるそうだが、本格的に外洋航海へ出るようになったのが、明治以降の蒸気船時代からとなった我々日本人には、あまり馴染みのないものである。

 

 ただ、そこはお祭り行事大好きの日本人。嘗ての帝国海軍では船乗りの通過儀礼というよりは、一種の文化としてちゃっかり取り入れられており、私も海軍兵学校卒業後の練習艦隊における赤道越えの際、この赤道祭を経験している。

 

 内容としては、「赤道神に扮した水兵から艦長が鍵を受け取り、見えない祭壇の鍵を開けると赤道神が南半球に入る許可を与える」といった内容の寸劇をしたり、それに応じた仮装等の余興があったと思うが、実の処あまり印象には残っていない。

 

 余談ながら海軍兵学校では、この赤道祭とはまた別の”赤道通過”という伝統があった。

 

 江田島にあった海軍兵学校は、海軍の学校らしく南側の海岸桟橋が表門とされており、その沖合500mに兵学校の占有海面であることを示す赤いブイが、海岸線に平行して1000m間隔で二つ浮かべられ、この二つの赤いブイを結ぶ線を我々は「赤道」と呼んでいた。

 

 その線を分隊(一、二、三学年で構成)20名ほどでカッター(ボート)に帆を貼って越えていき、瀬戸内海へ漕ぎ出していくことが”赤道通過”である。

 

 これは軍人としての敢闘精神を養うと共に、船乗りとしての体験を積む為のものであったが、もう一つ特別な意味合いがあった。

 

 軍規厳正を世界に誇った帝國海軍であったが、土曜日の日課後にこの”赤道通過”を行うと、その翌日午後5時に帰校するまでの間は、例外的に上級性も下級生もない無礼講が許されたのだ。

 

 広い瀬戸内海の真ん中で教官や世間の目もなく、厳しい兵学校生徒館生活の鬱憤を散じる為、自前のすき焼きや缶詰、菓子に舌鼓を撃ちながら、自身の自慢話や教官の悪口、初恋話に身の上話、故郷の民謡に想い出の流行歌。流石に酒はだめだったが、若者だけでのワイワイガヤガヤの乱舞場。

 

 こちらの方は私にとって、若かりし兵学校生徒時代の非常に楽しい思い出として残っている──―まぁ二学年の時の”赤道通過”の時には、途中で暴風雨に見舞われて、危うく死にそうになったこともあったが。

 

 無論宇宙にはこのどちらの赤道も存在しないが、太陽圏と外宇宙の境界であるヘリオポーズは成程、”宇宙の赤道”と言ってもいいかもしれない。

 

「壮行の宴という事ですか」

 

 そのように解釈して言うと、沖田提督は頷かれた。

 

 今回沖田提督が提案された赤道祭は、どちらかといえば後者の”赤道通過”の方に近いようだ。

 

 ──これはちょうど良いか? 

 

 私は、新見情報長からの私的交信の提案について、良い機会だと思い、沖田提督へ上伸した。

 

「なるほど、良い案だ」

 

 機密等のことで少し揉めるかと思っていたが、沖田提督の反応は上々だった。

 

「有賀君、先程の地球との交信で君も見ただろう。藤堂本部長はああ言われたが、地球の人々は今も絶望の中にいる。『ヤマト』がイスカンダルへ向かっているという希望は、まだ人々にとってはあまりに小さい」

 

 ──そうだろうな。

 

 仮に私が帰りを待つ立場であれば、例えイスカンダルへ向かったのが、後年の『アンドロメダ』を初めとする波動砲艦隊であったとしても、安心することなどできないだろう。

 

「地球で待っている人々には、『ヤマト』が帰ってくるという確たる希望が必要だ。だから、皆の口から伝えるのだ。乗組員の家族へ、彼ら自身の言葉でな」

 

 私は乗組員たちが抱くであろう哀切に思いを馳せたが、沖田提督は更に残された地球の人々のことも考慮されて、この私的通信を許可してくださった。

 

 考えてもみれば当然だ。

 

 今、『ヤマト』に課せられた任務がいかに難しくて成功の確率が低いものであるか、『ヤマト』が戦っている敵がいかに恐ろしく、冷酷であるか。地球にいる人々は当事者ではない分、却って抱く不安は強い。

 

 その中には、今この瞬間もご先祖様のお位牌や仏壇にお線香を上げ、灯明を灯して、父が、母が、息子が、娘が立派に任務を果たして、無事に生きて還ってくるようにと、必死で祈っている乗組員たちの家族がいるのだ。

 

 彼らに取って、乗組員たちから直接「元気でやっている」「必ず帰る」と告げられることが、どれだけ勇気づけられることであるか。私はこの時まで思い至らなかった。

 

 ──自分には、そういう存在がないからだ。

 

 その事実は、今更ながら、”チクリ”と私の胸を刺した。

 

 

 

 

 ────────

 

 

 

 

 かくして、太陽系赤道祭を取り行うこととなったわけだが、だからと言っていきなり「酒保開け」というわけにはいかない。

 

 一般社会(シャバ)でもそうだが、宴会というものには場所・時間・経費等の準備と、それを取り仕切る幹事が必要なのだ。

 

 特に『ヤマト』のような軍艦の場合、シフトの関係上休憩、非番の時間がまちまちである為、乗組員が一堂に会した宴の機会を作ることは難しい。まして今回は地球との交信もあるため、前もって細かい調整が必要となる。

 

 赤道祭に当たって、宴の為の調理や会場設営は主計科。地球との交信に当たっては通信科。赤道祭の取り纏めや情報告知は船務科の担当である。

 

 この三科の中では、通信科は厳密には船務科の一部であり、『ヤマト』艦内組織における序列は、主計長よりも船務長の方が上である。

 

 従って、今回の赤道祭の準備・運営の総幹事は森船務長ということになるので、私は艦長室に彼女を呼んで、赤道祭の準備を命じた。

 

「では、通信科、主計科とも相談の上準備します。恐らく2日程時間を頂くと思いますが」

 

 彼女も多忙の身であっただろうが、嫌な顔一つせず、寧ろ快く応じてくれた。

 

「苦労を掛けるな」

 

「いえ、私も何らかの慰労会はするべきだと思っていましたから」

 

 彼女の人柄をそのまま表すような穏やかな笑みで、森船務長は言った。

 

 彼女が乗組員の男女問わずに人気があるのは、こういうところなんだろうなと思う。

 

「新見さんには感謝しないといけませんね。本当は私が気付くべきなのに」

 

 先の新見情報長からの提案である地球への交信については、彼女も大いに賛成の様子であった。

 

「うん。船務長も、相手を安心させてやってくれよ」

 

「はぁ……」

 

 私は何気なく言ったのだが、船務長は難しい顔をした。

 

「要らんことだったか?」

 

「あっ、いえ」

 

 彼女は再度笑みを浮かべてそう言ったが、その笑みはどこか寂し気で、私は何故かその表情に既視感を覚えた。

 

 しかし、この時の私は、それ以上彼女の素性に立ち入ることはしなかった。無遠慮に過去をさらけ出さるような仲でもない。

 

「ご苦労。よろしく頼む」

 

 森船務長の退室がけに、私はそう声を掛けて終わった。

 

 これより少し後に、私は彼女の事情を知ることになるのだが、それは後述することにする。

 

 

 

 

 ────────

 

 

 

 

 2月19日 艦内時間午前7時。

 

 赤道祭の準備が進む中で、私は状況はどうなっているかなと思い、艦内を巡回していた。

 

「俺髭剃った方がいいかな」

 

「あぁー、俺も髪切りたいな」

 

「お前そんなに変わらないだろ」

 

「ねー、何着て行ったらいいかな」

 

「え? 艦内服じゃないとやばくない?」

 

「だってさっき太田さんが──」

 

 赤道祭が近づくにつれて、乗組員達は浮き立っている。

 

 たかが艦内壮行会と言うなかれ。一般社会(シャバ)では敬遠する者も少なくないであろうこうした職場の慰労会も、日頃から緊張の連続で、娯楽の少ない艦内生活を過ごしている者に取っては、今も昔も何にも増して有難いものなのである。

 

 赤道祭の会場の一つとなる右舷展望室を覗くと、主計科の者たちが、忙しそうにパーティーの準備を進めている。

 

 普段はテーブルとソファーが、さながらホテルのロビーのように整然と並べられているのが、今日はそれらが全て片付けられ、食堂でも使われている8人用の長テーブルが持ち込まれて、白いクロスが掛けられている。如何にも立食パーティーの会場と言った雰囲気だ。

 

 ふと、私は忙しそうにしている主計科の中に、古代戦術長がいるのを認めた。

 

 見るとエプロン姿で、時々首を傾げながらテーブルクロスを広げたり、椅子を運んだりしている。

 

「おい戦術長」

 

 と声を掛けると、古代戦術長は「あっ」と少し気まずげな表情をした。

 

「手伝いか、感心だな」

 

「あぁ、いえ、その……」

 

 彼にしては珍しく歯切れが悪い返事である。そもそも何故戦術長一人で手伝っているのだろうか? 

 

「ははっ、艦長、森船務長の手腕ですよ」

 

 隣で料理を並べていた平田主計長が笑い交じりに言った。

 

 聞けば、総幹事役である森船務長にちょうど非番であるのを捕まって、「ご命令」を受けたとのことだ。

 

 森船務長は乗組員のシフトの作成・管理も行っているので、まず逃げられない。

 

「そりゃあ災難だったな」

 

「まぁ、我々としては戦術長殿の推薦で山本君を手放すことになりましたから。これぐらいはしていただかないと、ね」

 

 痛いところを突かれて、古代戦術長「そういうのって、あり?」と呟いている。

 

 思わず笑ってしまったが、よくよく考えると山本三尉の異動については、私も大いに噛んでいるのを思い出す。

 

「あー主計長、この際ケチケチしないで、皆にうんとご馳走してやれよ」

 

 私はそう言って、早々に退散した。

 

 ちなみに私が退室後、「そう言えば艦長も……」という会話が、古代戦術長と平田主計長の間で交わされたとのことだった。

 

 危うし危うしである。

 

 

 

 

 ────────

 

 

 

 

 そして艦内時間午前9時。

 

「非番総員集合。非番総員──」

 

 艦内スピーカーでアナウンスが流れ、赤道祭の会場に乗組員たちが続々と集まって来る。

 

 全乗組員のうち、約1/3は当直配置。それ以外の約670名が赤道祭の参加者である。

 

 この人数が一堂に集まることができる部屋は流石に艦内にはないので、メイン会場となる大食堂の他、艦内各所の展望室や広間などにも複数の会場が設置され、それぞれ思い思いの場所で、宴を行うことになった。

 

 尚、赤道祭は開始から24時間行われることになっており、現在当直配置に就いている者も、交代後に参加できるように配慮がなされている。

 

 大食堂に顔を出すと、整然と並べられたテーブルには見るだけで唾が溢れそうな和洋中様々な料理と、ジュースやお茶などの飲み物。通常は夜の時間帯のみ許可される酒類が並べられている。

 

 無論、普段はこんなに豪華な食事が出ることはない。平田主計長、私が思った以上に大盤振る舞いをしてくれたようだ。

 

「ええ──っ‼」

 

 賑わいつつある食堂の入り口で、何やら女性の悲鳴がする。

 

 何だ何だと見に行くと、島航海長と篠原航空副隊長の姿がある。二人とも笑顔で緊迫したような様子はない。

 

「おーい、何事だ?」

 

「あ、艦長。いやそれがマコっちゃんが……」

 

 篠原副隊長が少し身体をずらした先から、原田衛生士が姿を現した。

 

 それはいいのだが、何故か普段の衛生科の艦内服ではなく、西洋の給仕──所謂メイドの服装をしている。

 

「衛生士、何だその恰好は?」

 

「い、いえ、その……赤道祭は伝統的に仮装をするものだと、太田さんが……」

 

 原田衛生士は赤い顔でそう言う。

 

 確かに先に述べたように、赤道祭では寸劇や仮装等の余興をすることもあるのだが、今回の赤道祭では仮装や寸劇を行うとのお達しは無い。

 

 どうやら関西人特有のお調子者っぷりを発揮した太田気象長に騙されてしまったらしい。

 

「かつがれたねぇ」

 

「マコっちゃんは素直だね~」

 

「うあぁっ、もうっ‼ 太田さんっ、どこ行ったのよー‼」

 

 島航海長と篠原副隊長に囃し立てられ、更に周囲から好奇の視線に晒された原田衛生士は羞恥と怒りに身を捩りながら、益々顔が赤くなる。

 

 結構似合っているのだが、流石に一人だけこれでは少し可哀想だ。

 

 尚、元凶の太田気象長は要領よく逃げ出しており、いくら見廻してもこの場に姿はない。

 

 ”チャリーン”

 

 と、そこへ金属を軽く擦り合わせたような、独特の音が近くで響いた。

 

 振り向くとそこへ居たのは加藤航空隊長……なのだが、こちらは何故か編み笠を被り、黒い衣を纏った托鉢僧──所謂お坊さんの恰好をしている。

 

 ご丁寧に左手に鉢、右手には持鈴まで持っている。響いた音は持鈴の音だったようだ。

 

 ──加藤隊長、貴様もか。

 

 呆気に取られる我々の前を、加藤隊長は心なしか恥ずかしそうに通り過ぎて、この場で唯一の同士である原田衛生士に向かい、

 

「その……俺は似合っていると思うぞ」

 

 ボソリとそう言った。

 

「……はい」

 

 言われた原田衛生士は、先ほどとはまた違った赤い顔での返事。満更でもないという以上の感情が見え隠れしていた。

 

 ──おやおや。

 

「副隊長、あの二人……」

 

「えぇ、エンケラドゥスの一件以来、ちょっと」

 

 面白げな顔の篠原副隊長と小声で会話する。

 

 エンケラドゥスで原田衛生士達を援けたのが実際には山本三尉であったことは、まぁ別に言うことはないだろう。

 

 ちなみに私は公務に支障をきたすことが無い限りは、艦内での私情に口を挟むつもりはない。

 

 これは私の価値観と言うよりは、当時の国連宇宙軍における男女関係への寛容さによるところが大きい。

 

『ヤマト』の元々の建造目的を考えれば、その理由はご理解いただけると思う。

 

 それはさておき、私にはもう一つ疑問があった。

 

「ところであれ、どこから持ってきたんだ?」

 

「あれ」とは加藤隊長や原田衛生士の衣装のことである。

 

「あぁ、主計科の方で用意していたみたいです。何か他にもいろいろあると、女子達が話してましたが」

 

 と、島航海長。

 

 艦内の家事全般を担当する主計科では、衣服の管理もまた任務の一つであるが、『ヤマト』に於いては洗濯・補修の他に製造というのもあった。

 

 無論手編みをするわけではない。

 

 食料供給の為のO・M・C・S(オムシス)があるように、衣類についても自動で製造するオートソーイングマシーンがあり、データを打ち込むだけで、どんな衣服でも製造が可能なのだ。

 

 誠に便利なものである。

 

 ──中々面白そうだな。

 

 托鉢僧姿の加藤隊長と、メイド姿の原田衛生士を見ながら、私は「後で自分も何かもらってくるか」とそんな気になっていた。

 

 

 

 

 ────────

 

 

 

 

 やがて、全員が会場に揃い、赤道祭の準備は整った。

 

 開始前の挨拶の為、私は壇上に立った。

 

「先の”メ二号作戦”では、皆よく闘ってくれた。お前たちをおいて、あの冥王星基地を叩き潰すことはできなかった。艦長としてお前たちを心から誇らしく思う。イスカンダルへの旅路はまだ長いが、地球とは本日を以ってしばしの別れとなる。本日は無礼講である。存分に飲み、話して、それぞれ地球との別れをするように。終わり」

 

 そう言って、私はマイクを沖田提督へ譲る。

 

 何事も開始宣言は沖田提督なのである。

 

「諸君。諸君らの働きで”メ二号作戦”を成功に導くことができた。これでもう地球に遊星爆弾が堕ちる事はない。私からも礼を言う。本当にご苦労だった」

 

 尊敬する最高指揮官からの礼は、多年に渡り共に闘ってきた我々の胸にお湯のような暖かなものを沸き立たせる。

 

 沖田提督の話は続く。

 

「これより太陽系赤道祭を始める。だが、先程艦長の言った通り、航海はまだ始まったばかりだ。これが終わったら地球を振り返るな‼ 前を見ろ‼ イスカンダルへの道を見据えるのだ‼」

 

 そして最後に、沖田提督は佐渡先生自慢の銘酒「美伊」をなみなみとついだグラスを高く掲げた。

 

「赤道祭の成功を祈る。乾杯‼」

 

「かんぱーい‼」

 

 かくして、太陽系赤道祭は始まったのである。

 

 

 



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第十七話 「衛生、主計と通信と」

ハーメルンよ、私は帰って来てしまった……。


 有賀艦長と初めて会ったのは、確か「第一次火星沖会戦」からしばらく経ったころだったかのぉ。

 

 わしは当時月面にあった病院の医師で、その頃の艦長は第十一護衛隊の司令を務めておったが、とにかく熱心な男でな、ほぼ休みなく輸送護衛の任に当たっておった。

 

 その無理が祟って火星で熱病を患ってな、急ぎ入院が必要じゃったが、本人がどうにも艦を離れたがらずに籠城してしまっての。どうにか引っ張り出して病院に担ぎ込まれた時には、もうどうしようもない状態で、苦痛を和らげる為の処置ぐらいしかできなかったよ。

 

 絶望と言って差し支えない中で、突然意識が戻ったのは確か6月6日じゃったか。

 

 その直前にバイタルの激しい乱れがあっての、慌ててモニターで確認したら意識が混濁しておる中で、何やら「万歳」やら「艦を離れろ」やら、しきりに譫言を言っておったのを覚えておる。

 

 意識が戻って、そこで初めて彼と話したんじゃが、いきなり敵意を向けられたことには驚いたの。

 

 生死の境を彷徨った人間の精神錯乱や記憶の混濁は珍しくはないが、彼のは少し奇妙での、物言いや価値観に至るまでまるで別人になったようじゃと、皆が言っておった。

 

 ……ここだけの話じゃがの。

 

 後に『ヤマト』の航海中に、ある理由で乗組員の一人の脳波や神経系の精密検査をしたんじゃが、その症状がこの時の有賀君によく似ておったんじゃ。

 

 詳しくは言えんが……、実はあの時の有賀君は何者かに取り憑かれておったんじゃないかと思っとるんだが、お前さんどう思う? 

 

 これっ‼ 笑い事じゃないわい。

 

 

『原 純著 「遥かなる星イスカンダル」 衛生長 佐渡 酒造思出話より抜粋』

 

 

 

 ──────────

 

 

 

 始まった太陽系赤道祭の様子は、私から見ると随分とお上品なものであった。

 

 軍艦に於いて俗にいう男の三大道楽"飲む、打つ、買う"のうち、"打つ、買う"が禁じられているのは今も昔も、少なくとも表向きは同じである。

 

 従って唯一残った”飲む”だけが楽しみとなり、日頃の鬱憤を散じる為、顔色を真紅にし、仕事の自慢話、上司の悪口、家庭の悩みを語り、やがて歌が出て、皆が蛮声を張り上げ床を踏み鳴らし、腕を組んで回る大騒ぎ。

 

 そんな”海賊の宴”に慣れている私から見ると、『ヤマト』の宴会の印象は”立食パーティー”と言って差し支えない。『ユキカゼ』ではもう少し荒れていたものだが……。

 

 ──まぁ、無理もないか。

 

 抜錨以来、ほとんどの乗組員が初めてとなる実戦を経験し、緊張の連続であった上、『メニ号作戦』では戦死者まで出した後である。

 

 それを思えば、あまり飲んで騒いでという気持ちになりにくいのも解らないではない。

 

 ──とは言え、折角の宴がこれでは面白みもない。

 

「何だ貴様たち、もっと愉快にやらんか。よし見てろ」

 

 大声でそう言って、私は大食堂へと入る。

 

「えっ、艦長?」

 

「あの恰好……」

 

 会場内でお行儀よくしていた乗組員たちが、私を見て呆気に取られる。

 

 そりゃそうだ。この時私は普段のパリッとした艦長用軍服の上から、桃色に花模様があしらわれた女物の浴衣を羽織っていたのだから。

 

 つい先ほど主計科に行って貰ってきたものである。

 

 ざわつく会場内をツカツカと進んで壇上に立つと、皆何事かと私を見つめている。

 

 その中で私はおもむろに扇子を拡げて、踊り始めた。

 

「に~んげ~んごじゅ~ねぇ~ん‼」

 

 我ながらひどいダミ声・調子っぱずれの放歌高吟をしながら、ひたすらに踊る。

 

「げぇーてんのぉ~うちにぃ~くらぶれぇばぁ~」

 

 初めは「殿、ご乱心か?」という声が聞こえそうな顔つきの乗組員たちだったが、段々と表情に笑みが浮かび、手を叩く者も現れる。

 

「ゆ~め~ま~ぼぉ~ろしのぉ~ご~と~く~な~り~」

 

 私も調子に乗って、更に踊り続ける。

 

「ひぃと~たびぃ~しょうをぉ~うけたらば~」

 

 トコズンドコズンドコ、トコズンドコ。

 

「めぇっせ~ぬ~もぉのの~あ~る~べぇ~きぃ~やぁ~‼」

 

 そんなこんな織田 信長気取りで踊り終わった時には、「ウワァー‼」という歓声と拍手が起こった。中には「艦長、アンコール‼」なんて声もあった。

 

 中々良い気分であるが、私としてはここまででいいだろう。

 

「あとは貴様たちでやれ」

 

 そう言って私はそそくさと壇を降りた。

 

「何だ何だ~」と若干のブーイングはあったものの、中々に気分は盛り上がったようで、会場は賑やかになった。

 

「いやぁ~なかなかに粋じゃのぉ艦長」

 

 そんな中、一升瓶を片手に持った佐渡 酒造衛生長がニコニコしながら近寄ってきた。

 

「まぁ何はともあれ艦長、まずは一献」

 

 そう言って一升瓶とコップを差し出してくる。

 

 普段はともかく、今日は無礼講。待ってましたと遠慮なくいただく。

 

「っ~~~~」

 

 二級酒、カストリ焼酎の全盛時代にあって、佐渡大先生自慢の「美伊」は極上の美酒だ。五臓六腑に染み渡る。

 

「う~ん、流石いい飲みっぷりじゃ。やっぱこうでなくてはのぉ」

 

 そう言いながら、佐渡先生も手に持ったコップ酒を一気に飲み干す。

 

 既に相当呑んでいたと思われるのだが、まるでサイダーのごとくゴクゴクとのどを鳴らして上手そうに美酒を仰ぐ。

 

 これでいて仮に今この瞬間に急患が発生しても、その手元は寸分たりとも狂うことはない。

 

「浴びる程酔っていようと佐渡 酒造、目も手も狂わんわい」が口癖の真に大先生である。

 

「折角なんじゃから、アンコールに応えてもよかったんじゃないかの?」

 

 酒がひとまず落ち着くと、佐渡先生から声が掛かる。

 

「もう充分みんな盛り上がってただろう。後は若いもんで騒げば良いんだ」

 

 会場内の乗組員たちを見ながら、私はそう返す。

 

 最初こそ物珍しさから盛り上がっても、二度三度と続けてやれば白けてしまう。それでは意味がない。

 

 それに私は自分が飲んで騒いで遊ぶのも良いが、若いものたちがにぎやかにやって楽しんでいるのを見るのも好きだった。

 

 部下の前で浴衣姿で踊るのもこれが初めてではない。率先して自分が騒いで、周りを盛り上げるのも、まぁ昔からの私の楽しみ方の一つと言えるだろう。

 

「しかし艦長、最近は評判が良くなったぞ」

 

「うん?」

 

「ほれ、初めの頃は正直嫌なことを言う者も多かったじゃろう?」

 

 赤くなった顔を撫でながら佐渡先生が言う。

 

「まぁ、敗軍の将だったからな」

 

 初めての訓示を行った時の、乗組員達の疑念混じりの表情や目つきを思い出す。

 

 実際、航海が始まったばかりの頃、戦闘による負傷者はほとんど無かったものの、張り詰めた日々によるストレスから救護室を訪れるものが多かったようだ。

 

 そうした者達が鬱憤晴らしに上官の悪口雑言を並べるのは世の常であるが、主なやり玉に上げられたのは私だった。

 

「有賀艦長は冥王星から逃げ帰ってきた人だ」

 

「任務を完遂せよって言っても、あの人が一番だらしないじゃないか」

 

「訓練ばかり厳しくて思いやりがないよ」

 

「だいたい名前からして不吉だよ。確か戦艦『大和』を沈めた艦長と同じ名前だろ」

 

 等々、散々に扱き下ろされていたようだ。

 

「今じゃ冥王星を堕とした艦長じゃからな。皆、大したもんだと言っとるよ」

 

「そうかね」

 

 悪い気はしないが、『メ二号作戦』の功績は私一人ではなく、皆が命懸けで得た成果だ。

 

 それを思うと、私一人があまり胸を張るわけにもいかない。複雑な心境である。

 

「そう言えばアナ公はどうした?」

 

 いつも助手である原田衛生士共々傍にいることが多いアナライザーの姿が会場内に見えない。

 

「あいつはいかん。わしの酒が飲めんと言うて、どっかに行ってしもうたわ」

 

「あー……」

 

 思わず苦笑する。

 

『ヤマト』乗組員一千名と云えど、この佐渡先生の酒の相手が務まるものは多くない。私に寄ってきたのも良い酒の相手がいなかったということもあるだろうが、ロボットにまで酒を勧めようとするとは。

 

 ──"前"の軍医長とはだいぶ違うな。

 

 ふいに、『大和』の第二艦隊司令部附軍医長だった石塚軍医少佐(戦死後中佐)のことが頭に浮かんだ。

 佐渡先生とは対照的にあまり酒を飲まず、常に学術書を読み、物思いにふけることの多かった人物だ。

 

「先生は地球との通信はどうするんだ?」

 

「ミー君を残してきているからの。ついでに預けている大家のババアとでも話そうか」

 

「良い人か?」

 

「冗談でもやめてくれぃ‼」

 

 本気で嫌そうな顔で怒鳴られる。

 

 私も知った上でのからかいだ。

 

 ただ、いざ通信を行うとなったタイミングで急患など起きねば良いがと、"彼"を思い出し、密かに祈る。

 

 佐渡先生がかたわらのテーブルに手を伸ばし、新しい一升瓶を開ける。見ると他に一升瓶が5本ほど並んでいる。他の乗組員たちが手を付けないところを見ると、まさか全部ひとりで飲むつもりだろうか。

 

 ──さすがにそこまでは付き合えん。

 

「先生、折角だがそろそろ他所を廻って来るので、今はここまで」

 

「何じゃい、有賀君までわしの酒が飲めんのか!?」

 

 もう既に飲んでいる……等と酔っ払いに言っても仕方がない。何とか躱して私はさり気なく一升瓶を一つ頂いて食堂を出た。

 

 ──後は若い者に頑張ってもらおう。

 

 

 

 ──────────

 

 

 

 大食堂を離れて、左舷の展望室に向かう。

 

 ここでも約40人ばかりが、意気甚だ軒昂。『銀河航路』が流れる中、テーブルを囲んで楽しげに騒いでいる。

 

 女物の浴衣を羽織った私が入っていくと、皆やはり"ギョッ"とした顔をしていたが、

 

「おいおい、気にしないで楽しめ」と一升瓶を掲げて声を上げると、皆再び各々過ごし始める。

 

 私も近くのだれかれを捕まえては、酒を注いで、しばしの雑談をして廻る。

 

 その中で私は平田 一主計長と山本 玲三尉を見つけた。

 

「おぅ主計長、山本三尉」

 

 赤道祭準備の時の会話を思い出して少し気まずいが、私は二人に声を掛けた。

 

「あっ艦長」

 

 私を認めると二人とも軽く頭を下げる。

 

「どうだ山本三尉、航空隊には慣れたか?」

 

「はい。……その、艦長にはご迷惑をお掛けして」

 

 山本三尉が恐縮した様子で言う。

 

 主計科だったころには見られなかった表情だ。

 

「あぁ、もういい、気にするな。結果として『メ二号』も成功に終わったことだしな」

 

「その代わりに、ただでさえ人手不足の主計科から優秀な若手が一人減ることになりましたけど」

 

 平田主計長が「少しはこっちの苦労も気にしろ」と言わんばかりの目で言ってくる。

 

 ──やっぱり覚えていたか。

 

「こういう時の食事の支度だって、フル回転で……」

 

「わ、分かった分かった」

 

 平田主計長の恨み節に私も両手を上げる。

 

『ヤマト』の寮母たる主計科を怒らせると怖い。

 

「ひ、平田主計長」

 

 山本三尉も流石に戸惑った様子で止めに入ってくれる。

 

「ははっ、冗談ですよ。元々山本君の強い希望でしたし、無下にはできません」

 

 笑って言う平田主計長にホッと一息つく。

 

 もっとも次の私の食事がフケ飯だったら、冗談ではなく本気ということになる。要注意だ。

 

「まぁ、そっちもそっちでおいおい考えるから、まずはこれで勘弁しろ」

 

 そう言って、なみなみと注いだ酒を平田主計長に渡す。

 

「山本三尉……にはそれがあったか」

 

 彼女の手にあるティーカップを見て、私は一升瓶を引っ込める。

 

 ティーカップの中には平田主計長こだわりのレモンティーが注がれている。

 

 佐渡先生の酒へのこだわりに負けず劣らず、平田主計長のレモンティーも絶品と評判だ。

 

 ここで酒の無理強いは無粋というもの。

 

「はぁっ……」

 

 山本三尉は何やら気のない返事をして、展望室内の一点を見つめていた。

 

 その視線の先には壁に寄りかかり、所在なさげにしている古代戦術長の姿があった。

 

 ──ふふーん。

 

「山本君、古代と話したいなら、行っておいで」

 

「えっ? あぁ、いえ……」

 

 中々いいタイミングで平田主計長が提案すると、山本三尉の顔が赤くなる。

 

 本当に主計科時代とは別人のような顔だ。

 

 ふと見ると古代戦術長は壁から身を離して、展望室の外へ出て行こうとしていた。

 

 その姿はどことなく上の空で、元気が無いように見える。

 

 それと同時に山本三尉は紅茶を飲み干すと、「失礼します」と同じく外へ歩いて行った。

 

「主計長もうまいな中々」

 

「山本君の異動には古代の強い推薦もありましたからね。落ち着いて話したいなら今だろうと思いましたよ」

 

 ……なんだか少し私の思っているのとは違うような気もするのだが、まぁ良いだろう。

 

「そう言えば主計長は戦術長や航海長とは同期だったな」

 

「はい。と言っても、私は少し遅れてしまいましたが」

 

 平田主計長は今年で23歳になり、古代戦術長や島航海長よりも3歳年長である。

 

 それが何故同期生であるのかと言えば、別に成績不良ではないし、前世の我が戦友 古村 啓蔵のように病を得たわけでもない。

 

 彼は元々経理学校の出身で、課程修了後に士官学校へ転籍して宇宙海兵隊科目であるCQB(近接戦闘)や陸戦術を1から専攻したという経緯があった為である。

 

 尤もこれは平田主計長に限った話ではない。国連宇宙軍では「第二次火星沖会戦」の後、本土決戦に備えるという名目で主計科、衛生科といった本来戦闘には従事しない者にも陸戦術の訓練が義務付けられていた。

 

「現在のような重大局面に兵科も事務もない。軍人たる者皆が一丸となって決戦に備えなければならない」

 

 そう言ったのは芹沢 虎鉄軍務局長である。

 

 結果として国連宇宙軍では軍属等一部を除いた全員が、ある程度の銃器や兵器の扱いができるようになっており、この『ヤマト』でも、いざとなれば主計科でもミサイルの10発ぐらいは撃ち落とせるだろうと言われている。

 

「貴様はどうして主計科を希望したんだ?」

 

 人事表を見た時から、少しそこが気になっていた私は尋ねた。

 

 確かに主計科員としての腕は良いし、気の利く男であるが主計科は出世コースではないし、花形でもない。その気になれば、別な道を選ぶこともできたはずである。

 

「一時期は戦闘部隊を希望していたこともあったのですが……」

 

 酒が入っていた為か、平田主計長はその動機を語ってくれた。

 

 ガミラスとの戦争が激しくなる中で、自分もまた戦場で戦わなければならないと思い、戦闘訓練に励んでいた平田主計長であったが、その中で彼は補給というものが意外に厄介な問題であることに気付いた。

 

 経理学校で主計というものを学んでいたものの、いざ戦場にあって、膨大な量の物資や食料を調達し、それの配布を実践しようとすると、これが至難の業だった。

 

 情勢は常に流動変転し、必要な物資の種類や量は前触れなく変わることなどは日常茶飯事だし、運ぶ時には激しい戦火の中を駆けて行かねばならない。

 

 これを担当する主計は人気がない。多くは戦闘や航海、航空といった道へ行きたがる。

 

「私の同期には古代や島のように優秀で目立つ奴が多かったですからね。それこそ私よりもずっと」

 

 だが、腹が減っては戦はできぬ。主計は誰かがやらなければならない大事な任務だ。

 

 だから自分が志願しようと思ったのだと。

 

「古代や島はそんな私を理解してくれましてね。お互いそれぞれのプロフェッショナルになろうと誓った仲です」

 

 懐かし気な表情で彼は言った。

 

 実際に今それぞれが戦術、航海、主計の責任者として『ヤマト』に揃っている。私としても感心するしかない。

 

「ただ、それでも時々戦えない自分を負い目に感じてしまう事もあるんです。それだけに山本君の気持ちも分かりますし、どこかで羨ましいとも思いますよ」

 

「山本三尉か……」

 

 主計科から航空隊を志願し、そのまま突っ走った彼女は、ある意味"もしも"の平田主計長の姿なのかもしれない。

 

「彼女が航空を志願した理由は知ってるか?」

 

「いえ、詳しくは。加藤隊長なら知っているかもしれませんが……」

 

「加藤隊長?」

 

「えぇ、何でも山本君のお兄さんと親友だったとか……」

 

 そこまで話したところで、「主計長、ちょっと‼」と彼の部下であろう主計士の声がした。

 

「おっと艦長、失礼します」

 

「おぅ。今度俺にもレモンティーを馳走してくれ」

 

「えっ、まだ艦長には飲んでいただいていませんでしたか?」

 

「コーヒーが多かったからな。たまには貴様自慢の紅茶を飲みたい」

 

「では今度是非」

 

 そう言って笑みを浮かべた主計長は去った。

 

 ──山本三尉の兄貴か……。

 

 後でちょいと聞いてみるかと思いながら、私も左舷展望室を後にした。

 

 

 

 ──────────

 

 

 

 右舷側展望室へ向かう途中で、今回の太陽系赤道祭メインイベントともいうべき地球との交信が行われている予備通信室を見て廻る。

 

『大和』では一ヶ所の電信室で全ての通信を管理していたが、『ヤマト』に於いては第一、第二艦橋に通信設備が置かれている他、それらが戦闘等によって使用不可能になった場合に備えて、バイタル・パート内に予備通信室が幾つか設けられている。

 

 本来、非常時以外は閉鎖されていて人気の少ないこの場所には、地球との交信を控えてソワソワしている乗組員たちが列を作って、順番を待っている。

 

 聞けば順番はくじ引きで、一人3分の持ち時間だそうだ。

 

 短いのではと思われるかもしれないが、『ヤマト』には超空間通信に使用できる回線が三つしかなく、通信圏外に出てしまうまでの時間で希望者全員が交信するとなるとこれが限界であった。

 

「調子はどうだ?」

 

 タブレットを持って通信者の整理をしている森 雪船務長に声を掛ける。

 

「皆さん協力的で、とてもスムーズに進んでいます」

 

 と、穏やかな笑みでの返答。

 

 見れば列の中には徳川機関長や島航海長の姿もあるが、特に順番を争ったりするような様子はない。

 

 こういう時には士官も准士官も士卒もなく、皆平等である。

 

 そこで通信室の扉が開き、通信を終えた乗組員が出てくる。

 

「子どもが生まれたんだ。畜生っ、二人で名前を考えるだけで持ち時間が終わっちまったよ‼」

 

 泣き笑いの表情で、興奮混じりに走り去っていくその乗組員を皆が暖かな目で見送る。

 

「誰だ、あのおめでたさんは?」

 

 私が周囲にそう聞くと島航海長が、

 

「航海科の桜井 健児ってやつです」

 

 と教えてくれた。

 

 ちなみに、この時生まれたのは男の子で、「洋一」と名付けられたと後に聞いた。

 

「次は徳川機関長ですよ」

 

「おぉっ、儂か!?」

 

 森船務長に促された徳川機関長が目を輝かせる。

 

「機関長は誰と話すんだ?」

 

「息子夫婦と、それに孫がおりましてな。あぁ、失礼します」

 

 ウキウキと待ちきれない様子で、徳川機関長は通信室に入っていった。

 

 あの様子だと孫に会いたくて堪らないのだろうなと思う。

 

「公平を期す為に自動的に切れるように設定されていますので、皆さん話し残すことが無いよう、前もって考えておいてください」

 

 森船務長を補佐する船務科の岬 百合亜准尉が後を待つ乗組員たちに注意を促している。

 

「元気だな岬准尉は」

 

 岬 百合亜准尉は、若い乗組員が多い『ヤマト』でも最年少の17歳。まだ学生らしいあどけなさを残す女性士官である。

 

 ちなみに国連宇宙軍に於ける准尉とは、帝國海軍のような最上級下士官の事ではなく、三尉に任官する前の見習い士官、謂わば少尉候補生と同意である。

 

 嘗て『大和』に乗り組んだ候補生は、『大和』の沖縄出撃が決まった時点で乗艦僅か3日。配置にまだ慣れていない状況で訓練も十分ではなく、これではとても連れていけないと判断して退艦させたが、『ヤマト』乗組みの准尉達は、元々"イズモ計画"の為の特殊訓練を事前に受けていた為、艦全体のことはともかく、それぞれの配置については艦長の私よりも詳しい。

 

 見習いとは言え士官である為、一応艦長の直接指揮下であるが、本来接する機会は多くない。

 

 しかし岬准尉に関しては、森船務長の交代要員として第一艦橋のレーダー席勤務がある為、既に顔と名前は完全に覚えていた。また最近になって、ある理由から直接顔を合わせて話す機会が良くも悪くも多くなっている。

 

「そう言えば、あれは今日からだったか?」

 

「あれ、ですか?」

 

「ほれあれだ。確かYMC……」

 

「YRAですっ、艦長‼」

 

 森船務長と話す中で、岬准尉が割って入り訂正される。

 

「あっそうそう、それだ。すまんすまん」

 

 彼女の言うYRAとは、後に『ヤマト』名物の一つとなる艦内限定のラジオ放送 『YRAラジオヤマト』の事である。

 

 イスカンダルへの航海中における乗組員達の貴重な娯楽として愛されることになるこの試みは、この太陽系赤道祭において記念すべき第一回が放送される予定となっている。

 

 この『YRAラジオヤマト』の発案者で、DJを務めるのが誰あろう岬准尉である。

 

「そう言えば今日からだったわね。岬さん、そっちは大丈夫なの?」

 

「はいっ、大丈夫です。準備万端ですっ‼」

 

 森船務長の問いかけに元気よく答える岬准尉に思わず笑みがこぼれるが、このラジオを始めるまでに起こったエピソードを知っていると少し心配にもなる。

 

 例えば、岬准尉から「ラジオ放送を始めたい」という要望を最初に私が受けたのは、あろうことか彼女が准士官以下の者は立ち入り禁止の区画に無断で立ち入ったとして、保安部に引っ立てられてきた時だった。

 

 何事かと思えば艦内放送を行えるような部屋がないか探していたとのことで、事情を聴いた私は、その熱意は買うが規律はちゃんと守ること、一人だけで勝手にやるなと口頭注意をした上で、発想は面白いから艦内活動としてラジオ放送の計画書を正式に作るようにと命じたものだった。

 ──余談ながらこの時以来、彼女は私と顔を合わせる度に何処か怪訝そうな表情をするようになったのだが、何かあっただろうか? 

 

 ともあれ、このように岬准尉は思い込んだら一直線と言うべきか、若さゆえの真っ直ぐさと、それに逸って色々とすっ飛ばして行動を起こす危なっかしさがある。

 

 その後もこの『YRAラジオヤマト』を巡って、岬准尉は艦内で数々のドタバタ珍騒動を巻き起こして、私や森船務長を悩ませることになるのだが、その話だけで本ができてしまうので、ここでは割愛させていただきたい。

 

 その時、通信室から徳川機関長が出てきた。

 

 入っていくときの浮ついたような様子からは一転して、思い詰めたような表情で俯いて、しばらく立ち尽くしてしまう。

 

「機関長、大丈夫ですか?」

 

 森船務長が声を掛けると、「あぁすまん、大丈夫」と力ない笑みを浮かべ、目を拭いながらその場を後にする。

 

 いったいどんな話を家族としたのかは分からないが、普段陽気な徳川機関長なだけにその姿は痛々しかった。

 

「艦長は通信されますか?」

 

 徳川機関長に代わって島航海長が入ったところで、森船務長から聞かれる。

 

「いや俺はいい。相手がいないからな」

 

 何気なく答えてしまったのだが、それを聞いた森船務長や岬准尉達が申し訳なさそうな顔をしているのを見て、「しまった」と思う。いらん気を遣わせてしまったようだ。

 

「そろそろ行く。邪魔したな」

 

 どうもこれ以上ここにいない方が良さそうだと思った私は、少し気まずい気持ちでその場を後にした。

 

 

 

 ──────────

 

 

 

 太陽系赤道祭における地球との交信は、様々な話題を生んだ。

 

 当時の乗組員達からの証言や提出された感想文に基づき、本人から了承された範囲内でその胸の内を一部記させていただく。

 

 島 大介航海長は先述したように父親の島 大吾宙将を戦争で無くしており、地球には母親と幼い弟の次郎君を残していた。

 

 通信が繋がった時には折悪しく母親は外出しており、自宅には次郎君のみが在宅していた。若干の落胆を感じながらも、短い時間を無駄にしないよう次郎君と近況を伝え合い、話すことのできなかった母親への伝言を頼んだ。

 

 ところがタイミングが良いのか悪いのか、もう後二十秒で交信終了という所で母親が帰宅。次郎君に呼ばれて大急ぎで駆けてくる母親とせめて一言だけでもと思い、「母さん‼」と大声で叫んだ島航海長だったが、無情にも画面の端に母親の顔が映った瞬間に交信終了という、何とも心が残る形となってしまった。

 

 今回の地球との交信は時間の都合もあり、それぞれ事前に順番を決めて、地球の家族に予め伝えておいて、お互いに準備をするという事が出来なかった。

 

 その為、島航海長のように通信が繋がったは良かったが、相手が在宅していなかった為に何も話すことが出来ず、むなしく終えた者も数多い。

 

 中には在宅していたものの、相手が着信に気付かなくて、遂に話せずに終わった不運の人もあった。

 

 また、上手く交信することができた者も、決して心晴れやかなものばかりではなかった。

 

 戦術科の上条 弘一曹は、生まれて間もない長男の了君が流行り病に掛かり、三九度の高熱を出して、夫人も体調を崩してしまい、大変な状態になっていることを知った。「すぐに病院に行け。俺は大丈夫、必ず帰るから」と伝えたが、病床の妻子の安否を思う上条一曹の心は千々に乱れていた。

 

 この上条一曹のような例もまた多く、中には父親の危篤を知らされて、結局それが最後となってしまった気の毒な者もいた。

 

 地球との交信は、乗組員達の心に悲喜交々様々な想いを植え付けることとなった。

 

 結果として、この内鬱屈した想いを抱えながら外宇宙へと出た者たちの一部が、やがてそれを爆発させてしまう時が来るのである。

 

 この時の私はそのことを知る由もない。

 

 

 

 

 



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第十八話 「父のこと、兄とのこと」

※今回、一部有賀艦長のプライベートに触れています。


 そうですね。最初は艦長付の主計士という立場でした。

 

 お恥ずかしい話ですが、その頃の私は自分が主計科に配属されたという事にどうしても納得できなくて、我ながらひどく無愛想だったなと思います。

 

 ただ、当時の私から見た有賀艦長は、それ以上に愛想のない人に見えました。

 

 確か「主計科は不満か?」と聞かれて、「いえ」と答えたのが最初の会話だったと思います。それまでは給仕をしたり、声を掛けても「うん、うん」とカラ返事だけで、あまり話を聞いてくれていないように思えて、正直少し反感を持っていたのは事実です。

 

 私が航空隊異動を直訴したのはエンケラドゥスの直前で、当然ながら艦長には断られましたが、それで意地になってしまったという面もあったかもしれません。

 

 ……えぇ、今思えば本当に馬鹿だったなと思います。後悔はしていませんが。

 

 艦長室に呼び出されたときは当然処分されるものと思いましたし、実際処分がありましたが、同時に航空隊への異動を認めていただいたことには非常に驚きました。

 

 その時の艦長は今までの不愛想な感じではなく、何というか、いたずらっぽく笑っていたことを覚えています。有賀艦長の印象はそれから変わりました。

 

 そう言えば、随分後になってから聞いた話ですけど、実は艦長は私の兄と一度会ったことがあるそうです。それも古代さんのお兄さんも一緒だったとの事で。

 

 話の内容は正直ショックでした。

 

 いえ、艦長がどうという事ではなくて、兄は私の前では常に明るく振舞っていて、そういう目にあっている素振りは見せなかったので。

 

 それはそれとしても、何だか不思議なご縁があったんだなと感じましたね。

 

 

『辺見 洋著「女たちのヤマト」 『ヤマト』航空隊 山本 玲三尉(当時)の証言より抜粋』

 

 

 

 ──────────

 

 

 

 予備通信室を一通り見て廻ってから、右舷側展望室に向かう。

 皆それぞれの場所で赤道祭を楽しんでいると見えて、通路の人通りは疎らだ。

 

 そこへ私の横を急ぎ足で抜き去って、展望室に向かう者がいる。

 見ると、南部 康雄砲雷長だ。

 

「おい、砲雷長」

 

「え? あっ、艦長!?」

 

 後ろから呼び止めると、初めて私だと気付いたのか、少し慌てた様子で敬礼してきた。

 普段ならば欠礼を叱るところであるが、何しろ今は女物の浴衣を羽織っているから、分からなくても仕方ないなと考えて、不問とする。

 

「どうした、そんなに急いで」

 

「いえ、森さんを探していて」

 

「船務長に何か用事か?」

 

「えっと、その……」

 

 歯切れ悪く言いながら、南部砲雷長の頬に赤みがさした。

 

 ──―ははぁ。

 

「野暮だったようだな?」

 

「い、いえ、別に、僕は」

 

 私の顔は、多分意地の悪いものだったのだろう。南部砲雷長はありありと狼狽した。

 

 ──―成程、砲雷長は船務長に"ホ"の字か。

 

「船務長なら、あっちで通信の整理をしていたぞ」

 

「あぁ、そうですか。ありがとうございます」

 

「おう。そう言えば砲雷長はもう通信は終わったのか?」

 

 予備通信室の方から歩いてきた様だったので、そう尋ねると、一瞬、南部砲雷長の顔に暗い影が差した。

 

「親御さんとは話せなかったのか?」

 

「いえ、話しました」

 

 そう答える南部砲雷長の顔には笑みはなく、寧ろ苛立たしいといった様子だった。

 

 私には思い当たることがあった。

 

 一千名もいる『ヤマト』乗組員は、家庭の事情も様々で、中には特殊な立場にある者もいるが、南部砲雷長は、『ヤマト』の建造にも大きく関わった大手軍需企業『南部重工大公社』の一人息子、つまりは御曹司という、とりわけ特異な身の上である。

 

 そんな南部砲雷長が、宇宙軍士官の道を選び、『ヤマト』に乗ることになった経緯については、私の介入するところではない。

 

 ただ、今は"前"と異なり、性別に関わらず一人っ子という家庭が多く、精々二人で打ち止めというのが大半の時代である。

 

 そう言う状況下で、大企業の御曹司が後を継がずに、軍人になる。事業家である親がどの様な反応をするかは想像に難くない。──―後に聞いたところによると、南部砲雷長の『ヤマト』乗艦に当たっては、『南部重工』側から、取り消しの陳情が何度も寄せられていたとの事だった。

 

 少なくとも彼に取って、家庭の話題は好ましいものではないのだろう。

 

「貴様は一人息子だったろう」

 

「はい」

 

「後顧の憂いはないのか?」

 

「心配ありません」

 

「本当にないのか?」

 

 敢えて"御曹司"という言葉を使わずに聞いてみたが、南部砲雷長は私の質問の意図が分かっていたのだろう。

 

「僕は、自分の意思でこの道に入りました。『ヤマト』にも自分で志願しました。誰が何と言おうと、僕の人生は僕が決めます。後悔はしません」

 

 そう、ハッキリと言い切った。

 

 その姿に、何故か私は既視感を覚えた。

 

「何処かで聞いたな……」

 

「艦長? はっ?」

 

 つい呟いた私の言葉は、幸い南部砲雷長には聞こえなかったようだ。

 

「いや。それより船務長に用があるんじゃないのか?」

 

「あっ、はい。では失礼します」

 

 そう言って、南部砲雷長は去っていった。

 

 ──―そう言えば船務長はそろそろ交代だったか? すれ違いにならなきゃいいが……。

 

 そんなことを考えながら、右舷展望室に向かった私だが、その途中で、ふと先程の既視感の正体に気付いて、思わず苦笑した。

 

 ──―何だ、俺じゃないか。

 

 

 

 ──────────

 

 

 

羯諦羯諦 波羅羯諦 波羅僧羯諦(ぎゃーてい ぎゃーてい はらぎゃーてい)……」

 

 右舷側展望室へ入ると、いきなりそんな読経が耳に入ってきた。

 

 声のする方に目を向けると、相変わらず托鉢僧姿の加藤航空隊長が、周囲から好奇の視線を浴びながら、"無念無想‼"とばかりに『般若心経』を唱えている。

 

 隣の篠原副隊長は、「何とかしてよ、この人」とでも言いたげな顔をしている。

 

「よぉ坊さん、やっとるな」

 

 声を掛けると、加藤隊長の読経が止む。同時に篠原副隊長が「やれやれ終わった」といった体で一息吐く。

 

「流石に本職だな。中々様になっていたぞ」

 

「からかわないでください」

 

 加藤隊長は、北海道のさる寺院の生まれであり、本人は僧侶の資格こそ無いものの、軍に入る以前から坊主見習いをしていたという変わり種である。

 軍人でありながら、どこか刹那的な一面を持った性分は、そのことも無関係ではないだろう。

 

「まぁ隊長、飲め」

 

「あぁ、いえ自分は……」

 

「何だ? 遠慮するな」

 

 とりあえず一献と加藤隊長に勧めたのだが、加藤隊長は両手を上げて困惑顔になってしまう。

 

「止めた方が良いですよ艦長、隊長に飲ませると、頭を木魚にされちゃいますから」

 

「おい、シノ‼」

 

 篠原副隊長の茶々入れに、何時か(・・・)を思い出して懐かしくなる。

 

「うん? 別に構わんぞポクポク叩いても、ご利益がありそうだ」

 

 そう言って「ほれっ」と頭を傾けると、「あぁ、そう来ますかぁ……」と篠原副隊長も困り顔になる。

 

 種明かしをすると、この好漢 加藤 三郎二尉は戦闘機パイロットとしては珍しく、──私の知る限りだが── 一滴の酒も飲めない下戸であったのだ。

 

「何だ隊長は甘党か? なら饅頭でも食うか?」

 

「……後で頂きます」

 

「艦長、甘いものもいけるんですか?」

 

 少々恥ずかし気な加藤隊長の横で、篠原副隊長が少し意外そうな顔になる。

 

 酒が苦手な人間は、代わりに甘いものが好きという事が往々にしてあって、両者は両立しないものであるという俗説があった。

 

 然るに私はどうかと言えば、どちらも大好物である。

 

「酒飲みは甘いものがダメだなんてのはウソだ。両方では金が廻りかねるというだけのことよ」

 

「他人に恨まれますよ、艦長」

 

 と、篠原副隊長は呆れ顔。

 

 金銭の値打ちがほとんどないに等しいご時世であるが、それでも"貧乏少尉、やりくり中尉、やっとこ大尉"という、若手士官の俸禄の低さを表す戯言は、国連宇宙軍に於いてもそう変わりはない。

 

 ただ、嘗ての私は、実家が周囲の山林や田畑等の土地をそれなりに所有していた事、営んでいた金物商も順調であった事、父が日清・日露戦争の功績によって、金鵄勲章と年金を授けられた身であったこと等の事情があって、若いころからあまり金銭に困るということが無かった。

 

 海軍に入ってからも、金のやりくりに苦労している同期生達を尻目に、日々実家からの仕送りで飲み遊んでいたものである。

 ……我ながら、これだけだと苦労知らずのお坊ちゃんのようで、確かに顰蹙を買うかもしれない。以後気を付けようと思う。

 

「ところで、心の整理はついたか?」

 

 そう言うと、加藤隊長も篠原副隊長も沈痛な面持ちで、深く俯く。

 

「すまん、そんなすぐつくわけがないな」

 

「死ぬならばまず自分だと、あいつにもそう言っていたんですがねっ‼」

 

 "メ二号作戦"で杉山 宣彦三尉を死なせてしまった責任感と罪悪感からか、加藤隊長が呻くように悲痛な心中を吐露した。

 

 ──俺もそうだ。

 

 彼の肩を叩きながら、私もまたやりきれない気持ちになる。

 

「杉山隊員はひとり者だったか?」

 

「えぇ、ただ地球にご両親がいます」

 

「うぅん……」

 

 地球には既に"メ二号作戦"の報告と共に、戦死者四名のことも伝えていた。

 

 息子が無事に帰ることを必死で祈っていたであろうご両親は、その死を伝えられて、今どうしておられるのか。それを思うと心が重い。

 

 大事なご子息をお預かりした立場として、お悔やみを申し上げなければならないだろうが、それは3分間の私的通信によるものでは無く、直接この足で出向いて行うべきものだろう。

 

 私はそのように考えていた

 ……私が生きて帰れればの話だが。

 

「貴様達、家族は?」

 

「父は実家で住職をしています。母は……」

 

 加藤隊長が少々表情を歪めて答える。

 

「そうか、もう通信はしたのか?」

 

「いえ、自分は退路を断っていますので、問題ありません」

 

「本当か? 戦死したら、親父さんは悲しむんじゃないのか?」

 

「父は話しても「寺を継げ」としか言いません。悲しみはしません」

 

 加藤隊長はキッパリとそう言った。

 

 ──―こっちもか。

 

 南部砲雷長がそうである様に、代々続く家柄特有の家庭事情があるのだろう。それは、私にも覚えのあるものだった。

 

「副隊長、貴様は?」

 

「最初の遊星爆弾で、両方とももうあの世です」

 

「うん。良いご両親だったか?」

 

「正直母はともかく、父とは喧嘩ばかりで、あんまり上手くいかなかったですよ。怒鳴られ、殴られで。……ただ」

 

 そこで、篠原副隊長はチラッと加藤隊長に目をやって──私にはそう見えた──から、

 

「妙なもので死んじまうと、時折懐かしくなることがあって、生きてたら何時か上手くやれるようになってたかも、って考えるんですよ」

 

 そう言った。

 

 ──―父、か。

 

「着替えてきます」

 

 しばしの沈黙の後で、加藤隊長がそう言って歩き出す。

 

「加藤隊長」

 

 その背中を私は呼び止めた。

 

「余計な事かもしれんが、親父さんと話せるならば、ちゃんと話しておけ。わだかまりを残したままで、二度と話せなくなった時というのは、結構堪えるぞ」

 

 加藤隊長は軽く会釈して、展望室の外、予備通信室の方へ向けて出て行った。

 

「艦長も、何かあったんですか?」

 

 篠原副隊長がそう聞いてきたが、私は答えられなかった。

 

 私がつい口にしてしまったのは、この時代ではない、"前"の父のことだったからだ。

 

 地元の名士で、日清・日露戦争の勇士であった父は、明敏で指導力のある人として慕われていたが、私にとっては厳格で、不正を絶対に赦さず、折檻を加えることも辞さない強く、怖い存在であった。

 

 そんな父と私は、私が海軍兵学校を志望するにあたり、激しく衝突した。

 と言うのも、父は私に家業である金物店を継がせようと考えており、取り分け職業軍人になるという事には断固反対だった。

 

 今にして思えば、陸軍下士官として二百三高地攻撃を含む旅順攻防戦や、奉天会戦に参加して、戦争というものの残酷さが骨身に沁みていた父は、息子をその道にやりたくはなかったのだろう。

 

 しかし、私は父の意思に背き、無断で海軍兵学校を受験して、合格通知を受け取った。

 父は私の入学を許さず、私も海軍士官になるという意志を曲げなかったので、最終的には親族会議が開かれて、私の海兵入校は賛成多数の形で認められた。

 

 それから18年後に父は他界したが、その直前の遺言により、当時少佐で、駆逐艦『芙蓉』艦長だった私には訃報が知らされなかった。

 

 曰く「幸作はお国に捧げた子。俺が死んでも絶対に知らせるな」と。

 

 結果、私は父の臨終への立ち合いも、葬儀に出席することも出来なかったのである。

 

 父の最期の言葉に込められたその心中は、今となっては解らない。

 自分が死んでから聞くしかないかと思ったが、実際に死んでから今ここにいることを考えると、或いはもう二度と父と会うことはないのかもしれない。

 

 そんな事情があったので、加藤、篠原両君の話を聞き、先程の南部砲雷長との話の余韻も手伝って、ふと父を懐かしんでしまったというわけである。

 

「まぁ、俺のことはいいだろう」

 

 無論、それは誰にも言うことはできないが。

 

 そろそろ他所に行こうかと思いながら窓の外に目をやると、艦外で補修作業をしている乗組員の姿が映る。

 榎本掌帆長を初めとする甲板員達は、この赤道祭の間も修理作業に従事しなければならず、宴への参加はほとんど出来ないことになっていた。

 

 ──―後で労いに行かないとなぁ。

 

 そんなことを考えながら見ていると、何やら仲良さげに寄り添って作業をしている者がいる。

 目を凝らしてよく見ると、何と古代戦術長と山本三尉ではないか。

 

 ──―あいつら、何処に行ったのかと思えば。

 

 思わず口元が緩むが、ふと先程の平田主計長との会話を思い出した。

 

「そう言えば副隊長、ちょっと聞きたいんだが」

 

「何です?」

 

「うん、実は山本三尉のことで、兄貴がいたという事を聞いたんだが知ってるか?」

 

 本当は加藤隊長に聞こうと思っていたのだが、既に出て行ってしまったので、或いは知っているかもしれないと、篠原副隊長に聞いてみた。

 

「……えぇ、知ってます。第二次火星沖会戦の時、自分は同じ部隊にいましたから」

 

「そうなのか?」

 

 駄目元で聞いてみたのだが、何という偶然か。

 

「"カ二号"での貴様の所属というと……」

 

「火星方面軍の第343航宙団です」

 

 その答えに私は"ピンッ"と来るものがあった。寧ろマーズノイドでは珍しい"山本"という名字を聞いて、何故今まで思い当たらなかったのだろうか。

 

「もしかして、山本 明生、か?」

 

「えっ!? えぇ、そうです。艦長ご存じだったんですか?」

 

 今度は篠原副隊長が、驚きの声を上げる。

 

「あぁ、名前はな」

 

 西暦2198年2月20日、地球圏への直接攻撃を狙って、大挙して押し寄せるガミラス艦隊と、それを阻止するべく、全力で迎え撃つ連合宇宙艦隊が激突した第二次火星沖会戦。

 

 私自身も参加したこの戦いは、事前の偵察飛行隊が早い段階で敵艦隊を発見して、その動向を通報し続け、連合宇宙艦隊の出動の機を適切にしたことが、歴史的大勝利への大きな布石となったことが知られている。

 

 この日本海海戦における『信濃丸』にも匹敵する功績を上げたのが、空間防衛総隊・火星方面軍・第343航宙団・第4空間偵察飛行隊であり、中でも最期のギリギリまで敵艦隊への接触を続けた末に撃墜されたのが山本 明生三尉(戦死後 一尉)であった。

 

 ──―その意志を継いだ、という処か。

 

 だとすれば、あれだけ航空隊を熱望するのも解る。

 

「加藤隊長とも親友だったらしいな」

 

「えぇ」

 

 そう言って、少し間があってから、篠原副隊長が言った。

 

「ここだけの話ですけど、彼女が異動してきた時、隊長、艦長や戦術長に少し怒ってたんですよ」

 

「うん? 何故だ?」

 

「隊長、乗艦前に彼女が主計科だってことを知った時に、安心してましたからね。それが思いがけず、こっちに来ちゃったもんですから」

 

 私は少し意外な念を抱いた。

 彼女の腕前は一流と言って良いものだということは、門外漢の私でも解るほどなのだが。

 

「隊長は、彼女に不満でもあったのか?」

 

「いえ、腕は認めてますよ隊長も。ただ、明生のことがありましたからね。戦いで妹まで死なせたくないんですよ」

 

 篠原副隊長のいう事も、解る気がする。

 

 戦艦に乗っている以上、命を張っているのは皆同じであるが、特に緊張を強いられるのが航空機の搭乗員であると言って良い。

 

 航空機の搭乗員というものは、今も昔も薄い装甲とキャノピーの内側でただ一人、戦闘の際には真っ先に飛び出していく身であり、少しの間違い、或いは運の悪さによって簡単に死に至る運命が待っている。

 

 嘗ての我が帝國海軍航空隊の、"神様"と称される程の者たちでも、その例外ではなかった。

 

 彼らの持つ一種の自由奔放、天衣無縫な風習は、その裏返しと言える。

 

 少しでも危険の少ない所にいてほしいというのは、一種の親心というものであろう。

 

「副隊長はどうなんだ、その辺は?」

 

「自分としては、今こうなってよかったと思いますよ。彼女に飛ぶなって言うのは、鳥に羽ばたくなって言ってるようなものですから」

 

「だよなぁ……」

 

 主計科にいた頃の暗い表情を知っているだけに、私としては篠原副隊長に同意だった。

 

「まぁ、隊長もそれは解ってると思うんですけど、何しろ二人とも言葉が足らな過ぎて、もう少し何とかならないかなぁ、なんて」

 

「そこは、貴様のそのよく廻る口でフォローするしかないな」

 

「やれやれですね」

 

 そう言って笑い合う。

 

 南部砲雷長と云い、山本三尉と云い、様々なしがらみはあれど、何だかんだで自分の納得できる道を選択している。

 

 私が嘗て、父に背いてまで海軍士官の道を志したのも、出世コースの海軍大学校に目もくれずに、あくまでも海上武人として現場に拘ったのも、別に小難しいことはなく、それが自分の人生をもっとも豊かにするものだと信じていたからだ。

 

 結局人生と言うものは、そう言うものなのだろう。

 

 どうも、私の口出しするところではなさそうだと思い、副隊長との会話を切り上げて、また別の場所に向かう。

 その途中で再び外を見ると、古代戦術長と、山本三尉は反対側に廻ろうと、一緒に移動を始めている所だった。

 お互い、この戦争で軍人である兄を失った者同士、何処か通ずるものがあるのかもしれない。

 

 ──―それにしても。

 

「妙な縁があったもんだな、古代」

 

 篠原副隊長には言わなかったが、実は私が山本 明生という男の事を知っていたのは、第二次火星沖会戦の話ではない。

 

 ──―まぁ、"俺は"ほとんど関わらなかったけどなぁ。

 

 窓の視界から去っていく二人を見送りながら、私は想い出した。

 

 

 

 ────────―

 

 

 

 あれは、第二次火星沖会戦から遡ること更に3年前。

 私が『ユキカゼ』で初めて出撃する直前の、あの三笠公園で先任士官の古代 守と合流した後の出来事だった。

 

 あれから横須賀の街で、古代先任と飲んだ私は、富士山麓基地への帰りの為に兵員輸送用の鉄道に乗っていた。

 

 私たちは列車の中よりの車両に乗っていたが──―私は"前"の頃より、列車に乗る時は、事故に会う事を警戒して、前後二車両には乗らない習慣があった──―、比較的空いていて、少し大きな声で会話をすると周りに聞こえそうな状態だった。

 

 しばらく座っていると、何やらトラブっているような声が聞こえた。

 

「おい、見ろよこいつ火星生まれじゃねぇか?」

 

「あん、本当か? ちょっと目ぇ見せてみろよ」

 

 何事かと視線を向けると、私たちの座っている少し前の座席で、一見して酔っぱらっていると解かる二人の男が、嫌な笑みを浮かべながら、座席に座っている者に絡んでいるようだ。

 兵員輸送用列車の座席はボックスシートなので、ここからでは絡まれている者の姿は見えなかった。

 

「マーズノイド、かな?」

 

 古代先任が呟くように言った。

 

 "マーズノイド"

 

 この時代にやって来て、公式に火星人がいるという事を知った私は、初めはそれこそH・G・ウェルズの描いたタコみたいな姿を想像したのだが、実際には、今世紀初頭に地球から火星に移住した人々の末裔のことで、要するに地球系火星人とでもいった処である。

 

 この頃の私は、まだ実際にマーズノイドを見たり、会ったりしたことがなかったので、少し興味を惹かれて、そちらを注視した。

 

「おいこら、寝たふりしてんじゃないよ」

 

「澄ました顔してねぇで、眼を見せるか、さもなきゃ座ってねぇで、さっさと降りろ」

 

 だが、見ているうちに段々と好奇心よりも不愉快な気持ちが大きくなってくる。

 まるで、南アフリカで有色人種だという理由で、列車から放り出されたというガンディーの逸話を目の当たりにしている様である。

 

 地球におけるマーズノイドの立場は、難しいものがあった。

 

 西暦2180年、火星の自治権を巡って、地球と火星の間で勃発した二度にわたる内惑星戦争が終結してから、まだ20年も経っていない。

 

 戦後、火星自治政府が廃止され、地球へ強制的に移住させられたマーズノイド達であったが、戦中に、隕石落下による地球への焦土作戦まで企てていたという火星に対する地球人の怒りは激しく、"敗戦国民"となったマーズノイドは、至る所で差別や侮蔑の対象となっていた。

 

 無論、社会的にはこうした事は禁止されているのだが、人間の心というものはそう簡単には割り切れないもので、巷では子ども達の苛めの原因となっていたり、街を歩いていて罵声を浴びせられる、唾を吐きかけられる等といった話も、"チラッ"と耳にしたことがある。

 

 ガミラス戦役が始まって、マーズノイドも国連軍の一員として共に戦うようになってからは、こうしたことも減ってきてはいるものの、一部では未だにこうした小さな紛争が起きていた。

 

 "バンッ"

 

 突然大きな物音が、車内に響いた。

 

 それまで無言で耐えていた相手側が、シートを思いっきり叩いて立ち上がり、酔っ払い二人を"キッ"と、強い眼差しで睨み付けたのだ。

 

 見れば、航空士官学校訓練生の制服を着た、20歳前後の、濃い銀髪に褐色肌をした青年であった。

 

 航空学生ならば、恐らく富士五湖近くの基地に行くのだろう──―当時は富士山麓の静岡県側に艦隊基地が、山梨県側に航空基地があった──―。

 

 私たちの乗った列車は、航空基地を経由して艦隊基地に廻る路線だったので、もうすぐ到着だったのだが、我慢しきれなかった様だ。

 

 反撃してこないサンドバッグを殴っていたつもりの酔っ払い二人は一瞬たじろいだが、どうも引っ込みがつかなくなったらしく、猛然と噛みつき始める。

 

「見ろ、やっぱり忌まわしい血の紅い色をしてやがる‼」

 

「薄汚いマーズノイドが‼ おぅ、次で降りろ、売られた喧嘩だ、買ってやる‼」

 

 とうとうオッぱじまったか。

 こうなると、当事者同士では収まるまい。

 周りの乗客はそれなりにいたが、"触らぬ神に祟りなし"の諺通りに、皆知らん顔をしている。

 

「もうその辺でいいだろう。ずいぶんと言いたい放題言ったんだから、もうやめろ」

 

 ……私の隣の男以外は、だが。

 

 私が声を掛けるよりも早く、古代先任が立ち上がり、後ろから酔っ払いの一人の肩を叩いて言う。

 出遅れたが仕方がない。やり過ぎないように、しばらく様子を見ることにした。

 

「何だ、お前。俺の喧嘩、買おうってのか?」

 

「いや、喧嘩は買わない。ただやめろと言ってるんだ」

 

「なに言ってんだ、マーズノイドの肩持つつもりか?」

 

「それは関係ない。ただ、彼に対して余りの言い草だし、そんな大声を出すから、周りもみんな迷惑しているよ」

 

 顔を真っ赤にして、詰め寄る酔っ払いに対して、古代先任は冷静な態度で、淡々と語りかける。

 見たところ、二人とも古代先任よりも幾らか年かさの髭面である。

 加えて、この時の古代先任は私服姿であったから、二人は古代先任を若僧と侮ったのか、傲慢不遜な態度を改めようとはしない。

 

「お前、一体なんだ、警務かなんかか? えっ? 地球に反旗をを翻したマーズノイが一緒なんざ、ここの連中だって迷惑だろ、なっ? お前のような若僧にあれこれ指図される謂われはねぇ、余計な口出ししねぇで、とっとと失せろ‼」

 

 ──―あぁ、こいつら士官じゃないな。

 

 誤解を恐れずに言わせてもらうと、こういった、相手が何者かも知らずに、ぞんざいな言葉遣いと、横柄な態度で喧嘩を売るような奴は、大体が兵卒か、下士官上がりである。

 

 こういった手合いには、お互いの立場を解らせることが一番だが……。

 少しヒヤヒヤしながら見ていたが、古代先任は私が思っていたよりも喧嘩上手だった。

 

「お前たちの言い分は分かった。ところで、お前たちは軍服を着ているから、公務中だな?」

 

「それがどうした?」

 

「階級と氏名、所属を聞こう」

 

「お前に何の関係がある? 聞きたきゃそっちが先に言え」

 

 相手の高飛車の物言いに、古代先任はやおら上着のポケットからIDを取り出すと、彼らの前に"グイッ"と突き出した。

 その瞬間、威勢の良かった二人は、気の毒なほどにビックリして、踵を合わせて直立不動になる。

 

「これで満足か?」

 

「し、失礼しました。まさか一尉とは……」

 

「俺が一尉だから何だ? そんなことを問題にしているんじゃないぞ」

 

 酔っぱらいのうちの一人が、しどろもどろに言うのを、古代先任は一蹴する。

 

「それでお前たち、官姓名は?」

 

「い、いえ、あの、どうか穏便に……」

 

「俺に「失せろ」と言ったのはどうでも良い。だが、彼に対する暴言は無視できないぞ。部隊名を言えないなら、このまま警務に突き出すだけだ」

 

 この時代、人種差別には明確な禁止法が定められており、かなり厳しいものだと聞く。

 警務隊に知られれば、当然部隊に調査が入るだろうから、少なくとも彼らは大目玉だろう。

 それが分っているからか、二人とも益々顔色が悪くなる。

 先程まで威勢が良かっただけに、その狼狽ぶりは惨めですらあった。

 

 ──―まぁ、この辺で良いだろう。

 

 喧嘩を止めるという所期の目的は達成した。古代先任も少し熱くなっているようだし、ここらが潮時だろう。

 そう思って腰を上げたが、意外な所から止めが入った。

 

「待ってください」

 

 古代先任の腕を掴んで言ったのは、当のマーズノイドの青年だった。

 

「君……」

 

「ありがとうございます。でも、もう良いんです」

 

 懇願するように言う青年に、古代先任も困惑している。

 ちょうどそこへ、まもなく富士五湖基地に到着するというアナウンスが響いた。

 

「お、おい!?」

 

「おう‼」

 

 それを聞いた件の酔っ払いは、隙をついて、脱兎の如く、隣の車両に向けて逃げ出した。

 

「おい、待て‼」

 

「先任、追うな」

 

 私は、追いすがろうとする古代先任の腕を捕まえて制止した。

 

「しかし、艦長‼」

 

「良い。奴らにはいいクスリになっただろう」

 

 問題行動ではあったが、あの酔っ払い達も遠からずガミラスとの戦争に赴くのだろう。

 それを思えば、これ以上事を大きくする必要性を私は感じなかった。

 

 私は改めて、マーズノイドの青年を見た。

 

 ──―なるほどなぁ。

 

 先程までは遠目だったので見えなかった、鮮やかな紅い瞳が、私の目を引いた。

 聞けば、マーズノイドは皆、この様な紅い瞳をしているという。

 火星と言う、地球とは全く異なる紅い大地で生まれ育った者の、いわば環境に適応した姿であるとの事だ。

 

 私と目が合ったその青年は、すぐに私から目を逸らして俯き気味になる。

 私には、それが意識してのものではなく、反射的な行動だと感じられた。

 

 "忌まわしい血の紅い色"

 

 先の内惑星戦争の後、マーズノイドの人々は、瞳の色をその様に揶揄されることが多かった。

 

 私は内惑星戦争を知らないという事もあって、珍しいとは感じても、忌まわしいとか、醜いとは思えなかったが、先程古代先任を止めたことを含めて、彼の反応は、地球におけるマーズノイドの立場の難しさを表していた。

 

「航空学生か?」

 

「は、はい」

 

「うん、ならここで降りるんだろう。まぁ、気をつけてな」

 

 私はそれだけ言って、軽く彼の肩を叩くと、そのまま席に戻った。

 古代先任も続き、彼は荷物を纏めて降りて行った。

 

「マーズノイドと云うのは、あんな目に会うのか?」

 

「いえ、単にあいつらの八つ当たりが酷すぎるだけですよ」

 

 憤懣やるかたないといった体で、古代先任が答えた。

 

「貴様としてはどう思うんだ? マーズノイドは」

 

「別に。彼は火星の生まれ、僕は神奈川の生まれ、艦長は長野の生まれ。それだけの事ですよ」

 

「そうか」

 

 私の脳裏には、"前"の時に『大和』乗組みだった、日系二世の某士官のことが浮かんでいた。

 彼もまた、その出自故に謂れのない中傷を受けた者であったが、まぎれもない帝國海軍の軍人であり、最期まで己の責務を全うした。

 

 古代先任の言う通り、そこに出自など関係なかったのである。

 

「艦長」

 

 古代先任に促されて、窓の外を見ると、先に降りた青年がこちらに向かって、キリッと挙手の敬礼をした。

 

 その紅い瞳には、涙が浮かんでいる。

 

 ──―おいおい、泣くなよ。

 

 公衆の面前で理不尽に罵倒され、辱めを受けて、それでも時節柄、争いを避けざるを得ずに、耐えなければならない口惜しさと、そんな自分を庇ってくれた見ず知らずの士官に対する感謝の念が、その涙に込められていた。

 

 古代先任と私が答礼すると、彼、もう一度目礼して、去っていった。

 

 さっき逃げた二人はいるかな? と思ったが、その姿は見えなかった。これならば彼も大丈夫だろう。

 

「そう言えば、名前を聞きませんでしたね」

 

 古代先任に言われて、私もうっかりしていたと思う。

 

「まぁ、お互い生きていれば、その内縁もあるだろう」

 

 私はそう言ったが、残念ながらその機会はなかった。

 

 後年の第二次火星沖会戦において、彼が戦死した事を伝える宇宙軍公報で、我々は彼の山本 明生という名前を知った。

 

 

 

 

 




※山本 明生の死について、漫画版では暴徒から子どもを庇った為となっていますが、本作ではアニメ版準拠で戦死としています。


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