旅をしたいのに周りが許してくれない! (どこにでもいる名無し)
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ある程度齧ってるつもりですが、設定に間違いがあるかもしれませんのでそこはご容赦を。
彼は律者ではない。ましてや、崩壊に対する免疫力など皆無だった。思えば、彼の人生は報われない偽善で成り立っていた。
生まれ持って課せられた『役目』
何故自分なのか、どうやって誕生したのか理解していない頭の中で、強く刻まれた神聖な任務を遂行する意思は数えるのも気が遠くなる年代まで進む。
人の願い、星の願い、果ては神の願い。虚数の樹から逸脱した生命は悠久の時を役目に費やした。ボロ雑巾になろうとも、他者から利用され蹴落とされようとも、その笑顔が絶えることはなかった。
B.C2000年、その10年前、そんな彼が星々を巡るにつれ、訪れた先は地球だった。
『崩壊現象』
宇宙に課せられた災厄、地球そのものに害を与える自然災害によって衰退の一歩を辿る人類は、願いとして崩壊の消失を願った。
人は人類の存続、星は人類の文明の死滅、そんな二律背反とも言える二つの願いに彼は悩んだ。相容れない人と星はまさに水と油、その地で長い年月をかけて答えを得る選択を取る。
地球での生活は悪くなかった。
崩壊による減退を受けた人類はそれでも強く生き、皆それぞれの考えを持って人生を歩んでいる。美しい部分もあれば醜い部分もある、それは長年生きてきた彼は知っていた。
聖フレイヤ学園で過ごす彼は親友とも言える人物がいた。名は『キアナ・カスラナ』過ごす中で友達は沢山いた彼だが、問題児同士気が合うのだろう、二人が一緒にいることは珍しくなかった。
学園で過ごす日々は本当に楽しかった。役目を持つ彼は今まで利用されるだけだったために、共に笑い合える時間というのは儚く尊い時間だった。
「人は好きだ。ありとあらゆる可能性を見せてくれる」とは彼の言葉だ。どれだけ虐げられようと本気で向き合う彼はいつしかこの星の問題に答えを出した。
「崩壊という概念をこの世から消し去る」
言うは易し行うは難し、そもそも崩壊エネルギー自体有害だ。人間ではない彼でも多量に浴びてしまえばどうなるか。
だが歩みは止まらなかった。願われたなら叶える、例えその過程でこの身が滅んだとしても、役目の為に死ねるなら本望。
「俺という存在を以て、この世界は完璧となる。心臓は地球の核となり、滅びの一切合切を断絶する」
選んだ道は命を代償としての等価交換。崩壊そのものを身に宿し、この世から消え去ることだった。
完璧、例え用もなく完璧な案に彼は実行したが、そこにイレギュラーが生じた。
「最後にお前が立ちはだかるとはな…キアナぁ!!」
崩壊が抵抗するのは目に見えていた。だが崩壊では彼を止められなかった。そうして取り込むことに成功したが邪魔者が入ったのは予想していなかった。
一人の命で人類が助かる。星が助かる。俺を知ってるみんなが生きる。躊躇う理由もない彼自身を苛んだのは、他でもない親友の彼女だった。皮肉なことに、互いを思い合う心が弊害として生まれたのだ。
頑固者同士の戦い。一人の命を失いたくない彼女と自分のことなんざはなからどうでもいい彼の結末は彼自身の起点によって起こったキアナの介錯で決まった。
親友の腕に抱かれて消えゆく彼は最後まで笑いを絶やさず言葉を残していなくなる。
「お前は悪くないよ。ははっどうやら俺の勝ちみたいだな」
崩壊は消えてなくなった。終わりの見えない道に終止符を打った彼の存在に心を痛めるのは彼を知る人達だったが、それ以上に悲しんだのはキアナ・カスラナ本人だった。
地球という人類が最も栄える星は彼の心臓を永久機関の核とし、人類の進化と共に自然を育ませる。きっと人間の中から悪は生まれるだろうが大丈夫、その時は戦乙女の皆が解決してくれるだろう。
幸運を、死にゆくものより敬礼を。
…ちなみにだが、彼はまだ生きている。
生きている彼をキアナが見つけた場合。それはそれは凄い形相で、過剰とも取れる手段で拘束し、既成事実を作りにかかるので当の本人が知らないのは不幸中の幸いか、それとも知らぬが仏が正しいか。どちらにせよ彼の行く旅先に女難の相が出ているので強く生きて欲しいものだ。
時系列
彼、1990年頃に地球に降り立つ。→学園で青春を謳歌する。→キアナが薪炎の律者として目覚める頃に行方不明になる。→崩壊3rdが行き着く先、三人の律者が崩壊に立ち向かう先で彼は自らの体内に崩壊そのものを取り込んで死亡。→そして崩壊スターレイル世界へ。
キアナ
初期と今を見比べると別人かと見紛う程成長した戦乙女、学園に入学した頃から彼とは仲良くなり、一緒に悪さする悪友に。姫子とはまた違った意味で好意的な関係で続いていたが、ある時を境に彼が行方不明になりその中で崩壊と戦う。
終焉の律者として目覚めた頃、崩壊を取り込んで自死しようとする彼を見つけ必死に止めたが、最終的に自らの手で殺したせいで頭がバグる。
彼
虚数の樹、量子の海、そのどちらでもない領域から生まれた存在。
自らが持つ役目を『神聖な任務』と称しており、どんな時でも笑顔を絶やさない奇人。
キアナとは仲良し。
自分自身、崩壊3rd世界はホヨバースの中で一番の魔境だと思ってます。
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旅立ち、俺達の戦いはこれからだ!
お前(愛が)重いんだよ!
そんな奴らの話。
彼は旅人である。数多の宇宙、数多の星、数多の人と出会いと別れを繰り返している。
彼は複数の名前を有している。時代の風景、状況に応じて合う名前を駆使する。だが勘違いすることなかれ、全ては真名であり決して偽名などではない。
彼は人との出会いを何よりも尊重している。その為時折り旅ができなくなる選択肢を選んでしまう時がある。
さて、そんな彼は次の文明でどのような巡り合いをするのだろうか…。
旅をしたいのに周りが許してくれない!
…
……
………
「旅がしたい」
「旅なら今もしているだろう」
ネゲントロピーの元盟主にしてこの星穹列車の一員であるヴェルト・ヨウは彼の願いにそう返す。
「星核なんてよくわからない物を求めて各地方を巡ることを旅とは認めない」
「…また難儀なことを」
駄々をこねる子供に頭を悩ませる父親のように、ヴェルトは額に手を当ててやれやれといった様子だった。
ここは星穹列車内部、万界の癌である星核を巡り、あらゆる星を旅する人たちで固められた組織が住むアジトのような場所である。正確には列車組と呼ばれるのだが、ヴェルトはその中でも古参に近い。れっきとした大人として今を謳歌する彼は過去に何度も並行世界を救った英雄でもある。
「そろそろ一人で旅がしたいんだよ」
「…ウェクトル、君には伝えなければならない点が3つある」
ウェクトル…とは、この雑談のきっかけを作った張本人の名前である。少年に例えられてもおかしくない中性的な顔立ちに堅固な意志を宿した瞳、そんな見た目とはそぐわない壮年な雰囲気を醸し出すのが彼だ。
ヴェルトとは古い仲である。学園では色濃い思い出を作ったり、時に騒ぎを起こす厄介人でもある。地球の崩壊現象により衰退した人類が願ったことで現れた彼だが、共に戦うこともあれば敵対することもあった。
そんな腐れ縁にも近い彼らだが、今はこうして同じ場所で時を同じくしている。
「一つ、俺はこの列車の主人じゃない。だからいくらここから出たい旨を伝えたとしても叶えることは不可能だ」
「二つ、君は星核ハンターに狙われている。理由はわからないが『星核を食す』なんてめちゃくちゃなことを可能とする君だ。一度手に渡ってしまえばどんな最悪な結末が待つか…」
「そして三つ目…これが一番重要だが、君がここから出ていくことを彼女達が許すとでも?」
ウェクトルは膝から崩れ落ちるように倒れた。どうしようもない事実に茫然自失としてしまう様は可哀想を通り越して憐れだ。
だが、それでも認めたくないのかヴェルトの膝にしがみつき必死に説得を試みる。
「頼むよ!頼れるのはお前だけなんだ!姫子に頼んでも断られたし丹恒は協力的じゃないしパムはまぁ…無理として、挙げ句の果てにはベクターも三月もたまに怖い目で見てくるしこんなのもうオレ耐えられない!」
「君の気持ちがわからないわけじゃない。だがそれでも無理なものは無理だ。それに…このくだり何回する気だ?」
プライドのプの字もない有様にヴェルトは思わずため息を溢しつつ、無情にも彼を突き放す。
「くっそー、わかってるさ。でもこうでもしてないとゲシュタルト崩壊するというか…役目ができない毎日に不安を覚えるんだよな」
「……願い、か」
「ああ、人の願いを叶えるのは俺の存在意義そのものだ。だから旅をしてる訳なんだけど、お前も知ってるだろ?」
「……あぁ、よく…知っているよ」
ウェクトルは旅人であると同時に、生まれながらにして役目を持っていた。それは『願い』。彼にとっての存在証明であり、願われれば何よりも優先すべき事項として動かなければならない。それは他人にとっては酷く可哀想に思えて、ヴェルトもまた、そんなウェクトルの生き方に哀憫を覚えていた。
不便にも感じるが彼にとってはそうではないらしく、事を済ませれば自己満足の達成感と感謝がとても嬉しいらしい。
まぁ…中には願いのせいで旅が永遠にできなくなりそうなものもあるのだとか。
「さってと、満足したしパムと戯れてこようかな」
ヴェルトは何か思う所があったのか思案する様子を見せていたのを他所に、ウェクトルは車内のメンテナンスを行っていたパムの所へ向かってしまった。
気付けば一人、心寂しく感じたヴェルトは窓を覗き見る。
様々な人生を歩んだ彼にとって、こうして旅ができるのは感慨深いものだった。新たな土地、新たな知見、そして新たな発見と。まだ見ぬ冒険をこの歳になっても胸躍らせている。
「ayuy……いや、今はウェクトルだったな。同じ旅路に彼がいるのは妙な気分だ」
中でも、ウェクトルという存在は自己での行動を重視した人であるため、元いた世界でも共に行動するのは数える程しかなかった。故に、一緒に星核探しの旅ができるのに対してらしくもなく嬉しく思っている。
恩人であり恩師でもある。ヴェルトにとってウェクトルという存在は言葉では言い表せない重い感情の対象なのだ。向けられてる本人は欠片も気付いていないが。
「彼女達が手放さないのと同じで、俺もこれ以上自己犠牲で傷付くのは見てられないんだ。…約束でもあるが」
思い浮かぶは天真爛漫でわがままなおてんば娘。騒がしくも実りある一時を思い出し、自然と頬が緩む感覚を自覚する。
「願わくば、この旅に群星の導きが在らん事を…だな」
ベクターは女です。
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パムの場合
彼は旅人である。数多の宇宙、数多の星、数多の人と出会いと別れを繰り返している。
彼は複数の名前を有している。時代の風景、状況に応じて合う名前を駆使する。だが勘違いすることなかれ、全ては真名であり決して偽名などではない。
彼は人との出会いを何よりも尊重している。その為時折り旅ができなくなる選択肢を選んでしまう時がある。
さて、そんな彼は次の文明でどのような巡り合いをするのだろうか…。
旅をしたいのに周りが許してくれない!
…
……
………
「よっすパムー。遊びに来たぜー」
気さくな挨拶と共にやって来たのはウェクトル。とある理由からこの星穹列車に乗ることになった旅人である。
ここは列車のラウンジ。公な休憩場所で、次の開拓地に向けての作戦会議や寛ぐ時間は、列車の中で一番広い場所であるこのラウンジで行われる。ヴェルトはまだ自室に篭っており、姫子もまだここにはいない。今いるのはウェクトルを含めた一人と一体だけ。
「むっ、誰かと思えばお前か。どうしたのだ?まだ朝は早いだろう」
彼の目の前には一寸程の小ささで車掌のような服装を見に纏った可愛らしい生物がいた。名はパム、列車のメンテナンスを任されている存在で、ヴェルト曰く、いつからいたのか定かではないのだとか。
「今日は異様に目が冴えてな。それに、それ言ったらパムもだろ。ちゃんと睡眠時間確保してるのかー?」
パムは現在、培養植物に水やりをしており。霧吹きで植物に潤いを持たせていた。朝早くにやるのはどうなのかと彼は思ったが、おそらくそれくらいしかやる事がないのだろう。
「ふんっ!パムほどの者になると睡眠など取らなくても活動に支障はないのだ!」
「へー、そいつは便利なこって」
パムの目前まで近付けば両脇に手を割り込ませ一気に持ち上げた。
「わっ何をする!」
パタパタと可愛い抵抗をするパムを、ウェクトルは無視して近くの席に自身の膝の上にパムを乗せて座らせる。
「お前が本当にそうでも、こんな早くから働くのは嫌かな。ほら、ある星じゃ過労死なんて言うように、無理が祟ったりしたらお前だって嫌だろ?」
「むぅ…!オレは過労なんかで死んだりしないぞ」
「はいはい、わかってるよ。でも今は休め、ちょうどドーナツもあるからさ」
「ドーナツ!」
パムの大好物であるドーナツを渡せば、パムも目を輝かせてソレを受け取る。
大層喜んでる様子に彼もまた微笑みを浮かべながら長い耳を撫でてあげた。
「むぐむぐっ…やはりウェクトルは優しいのう」
「そうかぁ?お前に優しくしてくれる人が少ないだけだろ」
「…そうかのぅ」
「……」
ドーナツを一通り食べ終わればウェクトルに話しかける。彼も無難に返事をしていると、パムは曇った顔を浮かべる。パムは今まで優しくされるという行いに縁が無かった。そんな甘えベタなパムにウェクトルという甘えさせるのが上手い人が現れれば気を許すのは秒読みでわかりきっていた。そしてパムは自身に厳しい人たちで埋められた事実に内心参っていた。
彼もそれを瞬時に悟ったのか、撫でる手を止めた。
「…ウェクトル?」
「じゃあこうしようか」
パムの前に差し出されたのは小指。彼は地球に伝わる約束のおまじないを実行しようとしていた。
「お前が好きなタイミングで呼んでくれて構わないからさ、時折りこうして甘えさせて欲しいんだ。ベクターも開拓で大変だろうし、俺だったら好きな時間に会えるからさ」
パムに優しいのは何も彼だけではない。大人しい見た目とは裏腹に頻繁にやらかすことで有名な少女『ベクター』もパムに優しく接してくれる1人だ。
たまに、パムと戯れていたベクターの所にウェクトルがやって来て、夫婦のような漫才をしてイチャつくことはあるが当の本人達はそんな事は露ほども自覚はなく、その話はまた後だ。
「だからそんな悲しそうな顔するな」
「…うっうむ!お主がそう言うならたまにこうして甘えさせてやっても良いぞ」
「やったね。とても嬉しいよ」
変に強がって他人の好意を無下にしてしまうのはパムの悪い所だが、ウェクトルはその性根を理解しているため自分が甘えていると言葉を変えていた。現にパムはぐいぐい来るのにたじろいで自身の両手をもじもじさせている。
「あと、オレは悲しんでなんかいないぞ!それに車掌は忙しいんだ、お前が思うより構ってやれる時間は少ないんだからな。わかったか?」
とは言え、己が性を変えないのがパムという生物。ウェクトルがパムに構ってほしいと考えて止まないその精神性は崩れることがないだろう。
「はいはい、わかってるよ」
強がりなパムを優しく撫で、子供をあやす父のような面持ちで接するウェクトル。
「こらっ!頭を撫でるなぁ」
「おぉ?照れてるのか、可愛い奴め。もっと撫でてやるよ。ほら、うりうり〜」
「や〜め〜ろ〜!」
こうして何気ない朝の一時が終わっていく。開拓の旅、星核に苛まれた星を救う旅。そのどれもが一朝一夕で終わることはない長い冒険。
体に星核を宿す少女、記憶喪失のお気楽娘、過去から逃げるようにこの列車に乗り込んだ青年、とある一件で新たな物語が始まることになった知識人、そして…願いの申し子。
その誰もが逸物を抱えた中で、この列車は動き続ける。明日と共に迎えるのは幸か不幸か、…少なくとも死ではないことを願おう。
「…大丈夫だよ」
「むっ?何か言ったか?」
「いんやぁ?何も言ってないよ」
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ベクターの場合
彼は旅人である。数多の宇宙、数多の星、数多の人と出会いと別れを繰り返している。
彼は複数の名前を有している。時代の風景、状況に応じて合う名前を駆使する。だが勘違いすることなかれ、全ては真名であり決して偽名などではない。
彼は人との出会いを何よりも尊重している。その為時折り旅ができなくなる選択肢を選んでしまう時がある。
さて、そんな彼は次の文明でどのような巡り合いをするのだろうか…。
旅をしたいのに周りが許してくれない!
…
……
………
宇宙ステーション、その一角にて二つの影が歩いていた。
「レギオンの残党狩り、星核ハンターの件で侵入してきた件での依頼。…なぁ、これオレ必要?」
ここでは、とある理由で反物質(レギオン)が侵入し荒らされた過去がある。
宇宙ステーション所属兼所長のアスターによって幸い住民は怪我もなく避難できたが、建物の中は修理で手一杯になっている。時間も経ち、熱りが冷め始めているが反物質(レギオン)はまだ残っている。
そこで列車組。そう…星穹列車だ。
お人好しの彼らならきっと手助けしてくれるだろうと要請した結果、それは見事に的中した。
「…必要」
バットにも似た武器を持つ灰色の髪の少女ベクター[星]が先頭を歩きながらそう返す。
その後ろでがっくりと項垂れるのは旅人兼列車組のウェクトル。
二人は今、反物質(レギオン)の処理をしていた。
「数が多い方が便利なのはわかる。でもそれなら丹恒とか三月に頼めばいいんじゃない?オレも…暇じゃない訳だし?」
実の所、彼は崩壊現象当時程の力を発揮できない。故に当人としては迷惑をかける不安も少しはあるのだが、そんなの星にとってはどうでもいいことだった。
「丹恒は貯まってる本の処理、なのかは別の依頼を受けててこっちに来れない。…ウェクトルは暇でしょ?ゲームしてるの知ってるんだよ」
苦し紛れの説得も意味を成さず、またもや項垂れたウェクトル。すまない友よ、今日はできそうにない…とオンラインで知り合った顔も知らないゲーム友達に謝罪をした。
「はいはい、わかったよ。じゃあさっさと終わらせよう、速戦即決…だろ?」
気分を変え、毛伸びをしてから星の隣に並ぶ。
「うん」
その行動が彼女にとって嬉しかったのかご満悦な様子を隠しもせず頷きながら微笑んでいた。
…
……
………
彼女…星は星穹列車の中でもかなりの問題児だ。ゴミ箱は漁るわ、時たまとんでもない言動をするわで上げるべき点は枚挙にいとまが無い。
しかし、そんな彼女にも大人しくなる時はある。ゴミ箱に籠っている時、そして何よりもウェクトルが彼女に構っている時は首を掴まれた子猫のように大人しくなる。
何故か、答えは簡単で、ウェクトルは星の親代わりのような存在だからだ。人との接し方や私生活の知識まで、果てには戦闘の際にも助けの手を何度も差し伸べていた。
そのおかげか彼がいると比較的落ち着いている。ゴミ箱を漁るのは変わらないが。
「送られた目的地によると、そろそろだな」
「そうだね…」
現在、宇宙ステーション内部を歩く彼らは、星に依頼主から送られたスマホのデータを二人で共有して見ていた。共有するということは少なからず距離が近くなってしまうわけだが。
「その、ちょっと近い…」
ウェクトルが全く気にしないで顔を近づける中、星は違う場所に視線を向けて気恥ずかしさを紛らわしていた。心なしか頬も赤くなって見えるが、そんな彼女の状態も知らず彼は手に持っているスマホを凝視している。
「ん?あぁ悪い。流石に近かったな」
自覚したとしても大して焦る様子も無く離れるウェクトルに複雑な顔をする星。
二人を取り巻く環境は依然と変わらずこれといった置物もないただの道。かれこれ数分歩いているが、反物質(レギオン)はまだ先らしい。
「そう言えば、パムがお前に会いたがってたぞ」
「…?あぁ、この前パムから連絡きたよ。たまには顔見せてこいって」
「パムはお前に懐いてるからな。定期的に構ってやれよ」
「ウェクトルが一緒に来てくれるなら今日でもいいよ」
「うーん、まぁこの仕事が終わり次第だな」
そんな会話をしてる中、どうやら目的地に着いたらしい。周囲にどこからともなく現れた反物質(レギオン)に臨戦態勢をとる二人。数はそれなりに多く、十の桁はあるだろうか、四方八方から今にも襲い掛かろうとするのに二人は飄々とした様で互いに背中を預けている。
「なぁ」
「何?」
「どっちが多く倒せるか勝負しないか?負けた方はなんでも言うことを聞く」
彼は星に競争を持ちかける。
「いいねソレ。どうせ私が勝つけど」
「へっ言ったな?」
彼はニヒルに笑い、拳を強く形作る。
「それじゃあ…やるか!」
そして、二人の蹂躙劇が始まる。
一気に駆け出し反物質(レギオン)の群れへ、星は手に持っているバットで頭部を叩きつけ粉砕する。残心は忘れず、朽ちて行くのを瞬時に察すれば後ろで今にも得物を振り下ろそうとしている敵に姿勢を低くする事で避けつつ脚部を壊す。
壊されたことでバランスを崩された反物質(レギオン)は不意に顔面を掴まれる。
「ちょうど武器持ってなかったから欲しかったんだ」
ウェクトルだ。彼は乱雑に振り回して次々と倒していく。ある時はフルスイングで吹き飛ばし、ある時は盾にして扱う。そんな扱いを受けてしまい事切れたのか消滅しかけているのを確認すれば最早用済みとばかりに他の反物質(レギオン)目掛けて放り投げトドメを刺す。しかし、それだけでは終わらない。
消えかけの反物質(レギオン)の内部から突き出るようにして現れた黒色の剣が周囲の敵を襲う。
広範囲に及ぶ拘束により動きを止めた反物質(レギオン)にトドメの一撃を掛けようとする人物が上空にいた。
「槍先に火を」
先程とは違ってバットではなく炎を纏う槍を構える星は群れに目掛けて空から突進を仕掛ける。その槍は地面に突き刺さり、亀裂から吹き荒れる炎は全ての敵に纏わり付き、消滅させた。
星の一撃により依頼は達成された。
「お疲れ様」
ふぅ…と探索して気分を変える彼女にウェクトルは労いの言葉をかける。星は優しく笑い、自分の足元を指差す。
「私の勝ち」
「…あっ」
一瞬、何の事かと思考を巡らせた後にはっと気づいた彼はこれはまずいと瞬時に察した。
「いや、最後のアレは俺が足止めできたから出来たからであって別にその気になればお前よりも倒せた訳でそもそもあの時はお前をサポートした方が効率よく事を運ぶことができそうだと感じたからやったからこれは…ノーカンに…しない?」
「しない」
必死に説得を試みるも無情にも拒否される。
「…あー!もうわかったよ、オレの負けだ。何なりと申しつけくださいお嬢さま!」
半ばヤケクソ気味に口を開くウェクトルを他所に、何故か高揚してる星はどんな言うことを頼もうか考えていた。それもかなり真剣に。
せっかくなら彼の記憶に深く刻み込まれるような内容にしたい、その一心から生まれたのは一人の思春期の少女らしい頼み事だった。
「じゃあ…今日一日、私と一緒にいてほしい」
恥ずかしさから躊躇いがちに放たれたその発言はウェクトルを驚かせるには十分だったらしく、目を瞬きさせながら星をガン見していた。
恐らく彼はもっと違う大きな要望を言われると考えていたのだろう。星4素材寄越せとか星玉寄越せとか言われるだろうと身構えていたがそんなことはなく内心拍子抜けしてしまった。
「それでいいの?」
「これでいい。ただでさえウェクトルは抱え込んでるから、わがままはこれくらいで許してあげる」
それを聞いたウェクトルはふっと笑う。
「…わかった。じゃあ今日はお前と一緒に生活するか」
こうして、宇宙ステーション内で時間を潰す二人は夫婦のようなやり取りをして、周りに砂糖を吐かせまくった。本人たちは無意識だから尚のことタチが悪い。今日はコーヒーのブラックがよく売れた。
黒色の剣
ウェクトルが持つ能力。地面から生やすこともできるし空からいきなり降らせることもできる。彼の合図でいつでも出せるので本人は便利と感じている。
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○○の場合
彼は旅人である。数多の宇宙、数多の星、数多の人と出会いと別れを繰り返している。
彼は複数の名前を有している。時代の風景、状況に応じて合う名前を駆使する。だが勘違いすることなかれ、全ては真名であり決して偽名などではない。
彼は人との出会いを何よりも尊重している。その為時折り旅ができなくなる選択肢を選んでしまう時がある。
さて、そんな彼は次の文明でどのような巡り合いをするのだろうか…。
旅をしたいのに周りが許してくれない!
…
……
………
自室にてウェクトルはゲームに勤しんでいた。予定では次の星核探しがあったのだが、今回はヴェルトが赴くというのもあって今日は他の人に預けることにしたのだ。
実にどうでもいい情報だと思うが、彼の趣味は旅以外にもゲームも含まれている。なんでも「やりがいのあるゲーム程完璧に終わらせた時の達成感は半端ない」らしい。他にも「処遇クソゲーとか玄人向けのゲームもクリアした時の愉悦感は凄まじい」だそうだ。
そんな彼は現在、マルチプレイヤーハンティングRPGをしていた。
「そっちに敵が行くからよろしく」
「あいよ」
通話越しから聞こえる声に気さくな返事をして淡々と操作をこなすのはウェクトル、画面に映る彼が操作するキャラクターが迫力満点の動きを見せながら迫り来るモンスター達を順当に狩っていく。
「よし、これでクリアだな」
プレイヤーの勝利という形で無事済ませたのを見届けるとそれまでの緊張感がどっと来たのか椅子に座ったままけのびをして体をほぐす。
「お疲れ様。本当は私一人でもやれたけど、このクエストマルチ専用だったから困ってたんだ」
「お前友達いないもんな。こうして会話しながらゲームができる仲もオレくらいのもんだ」
「…何度も言ってるけど、私にはたくさんの友達がいるから。人口モジュールを搭載して様々な役職を全うするバーチャルの存在としてね。そこ間違わないで」
「要は自分で作ったAIの友達だろ?ちゃんと肉の身を持った人間と友達になってくれよ」
ウェクトルはゲームをする中で親しい関係を築いた人がいる。曰く、自分は天才ハッカーだとかで巷を騒がせている有名人らしいが、そんな事彼にとってはどうでもいいことだ。バーチャルの友達とかいう訳わからないものを作るネット越しの友達を労るのが彼にとっては楽しくて仕方がないのだ。
「まぁいいや、それよりこれ見てくれよ」
「なに?ちょっと不機嫌だから手短によろしく…えっなにそれ」
「ふっふっふ、さしものお前も運が絡むコンテンツをクリアするのは不可能だろ?そう、手に入れたのさ。色違いフク郎をな!」
彼にしてはテンションが高く、通話相手を挑発するように話している。ゲームの中で登場するフク郎、これはコラボとして期間限定イベントで初登場したキャラである。彼が見せびらかしているのは通常とは色合いが違うレアな個体で、出てくるのでさえ一の数より低い確率なのにすぐ逃げることから、手に入れるのは天文学的数値にも等しいそうだ。
「………データをハッキングしてBANしてやる…」
流石にこれにはクるものがあったのだろう、通話の相手は感情を含ませた声で恐ろしいことを呟いている。しかしウェクトルはけらけら笑うのを止めない。やがて満足したのか一呼吸置いてコントローラーを弄る。
「まぁ待て待て。ただ自慢する為に話したわけじゃないんだよ。お前が良かったら貰ってくれない?」
「それ本当に言ってる?ソレの希少性はゲーマーなら喉から手が出るほどの代物、今開催されてるイベントを逃せば更に難しくなるけど?」
「マジもマジ、大マジさ。お前にはお世話になってるからさ、これからもよろしくって意味での報酬だと思ってくれればいいよ」
「君、私が誰かわかってそんなこと言ってるの?」
「お前の素性なぞ知らん」
「…はぁー、ほんと、そういうとこ…」
何に呆れたのか深い溜息と共にガタンと音が聞こえてきた。彼はこうして一緒に遊ぶ度に何かしら与えてくるのだが、今回は貰えるものが大きいお陰か稀有な反応を見せてくれた相手にイタズラが成功した子供のような笑みを浮かべている。
「わかった、じゃあお言葉に甘えさせてもらおうかな」
「おう!これからも友達でいてくれよな!」
「…でも、覚悟して。この借りは必ず返すから」
「えぇ…気に触るようなこと言った?そんな恨み言みたいに言われても」
これまた感情のこもった声で呟く内容がおっかないのが彼を恐怖で震わせる。こういった声を含ませる彼女がやる仕返しはとんでもないのだ。格闘ゲームではハメ技で圧殺した挙句煽ってくる上、FPSといったサバイバルゲームではここぞと行った場面で手榴弾やスモークで邪魔してきたり、そんな日が五日続いた時は流石の彼も「やめて!オレのライフはもうゼロよ!」と嘆き始めたのも良い思い出。
これは覚悟しとかないとな…と内心穏やかではないのを他所にゲームを再開する。
…
……
………
彼女にとってそれは気の向かない暇つぶしでしかなかった。
滾らせる強敵でもない過去に出てきたモンスターの強化個体、何故一人でもクリアできるような内容をわざわざ共闘して倒さなければならないのか。このゲームの運営は調整が下手すぎる…と隠しもしない不機嫌を顔に出し、部屋を作って人を募集する。
どうせ一回きりの関係だ。ちゃちゃっと終わらせておさらばしよう。そう考えていた。
入ってきたのはふんどし姿の男アバターだった。
ーよろしくお願いします。
とんちきな姿から想像もつかない律儀な挨拶をされて一瞬思考を放棄していたことを自覚する。いつも通りの自分らしい返しで返事をすると何かを渡してくるではないか。
ーお近づきの印に、どうぞ。
正直ふんどしの男から渡されるアイテムなど絵面が酷くて受け取りたくないのだが、これはゲームであって現実ではない。であれば貰えるものは貰っておこうと素直に受け取る。
手に入れたのは汎用性がとても高い強化素材だった。ソレはいくら使っても足りないくらいなので少し得した気分で件のクエストをやり始める。
結果はとても面白い事態を収束させることで終わった。
ふんどしの彼と狩りをしに行ったのはいいが途中でモンスターが乱入してきたり、尻を擦りながら高速移動するバグを見つけて披露されたり、一人ではできない奇妙な体験ができた。
ー○○さん上手いですね。なにか他のゲームもやってたりするんですか?
予想より時間が遅れてしまったが腹を抱えて笑えたのでご機嫌な彼女は彼の質問に答える。あまりにも熱心に聞いてくれるものだから珍しくテンション高めだった。
そうやって話していくうちに、別れの時が来たのだが、これも彼女にしては珍しく予想より遅く別れることになっていた。
あまりにも珍しい。自覚してしまうほどの事例に、思わずその根幹となった彼が何者なのか知りたくて、持ち前のハッキング能力で調べ上げることにした。
そして、思わぬ情報が出てきた。
「…星辰の…願いの申し子…?エリオの最終案がなんで」
まさかの収穫にこれが本当なのか疑問を抱いてしまった彼女だが、自ら得た情報に偽りはないという自信がその疑問を解消させる。
「何はともあれ、彼から聞き出す必要がありそうだ」
こうして彼女『銀狼』とウェクトルのゲームから始まったネット越しの関係。他人以上友人未満、微塵も近くはなく、決して遠くはない。そんな二律背反とも言える関係。
しかし、この出会いが後に、重い感情が生まれるきっかけに変わるのをこの頃の彼女は知る由もなかった。
エリオの最終案
エリオには未来を予見できる呪いを持っている。星核ハンターは「エリオの脚本」に基づいて行動しているが、それらの段階をすっ飛ばして来たる未来に辿り着けるのがエリオの最終案であるウェクトルなのだ。
銀狼
なんだコイツ→なんだコイツ、おもしろ→腐れ縁→本音で語り合えるゲーム友達→私がこうなったのは貴方のせい。だから責任とって
ウェクトル
奉仕グセとかいう訳分からんものを抱えている。まぁどんな願いも叶えてるから多少はね?
誤字として報告されてましたが、星辰はわざとです。勘違いさせてしまい申し訳ありません。
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クラーラの場合
なんだか知らない間にお気に入りが増えててびっくりしました。差し支えなければ高評価もお願いします!
あとちょっとしたアンケートを取りたいと思います。
彼は旅人である。数多の宇宙、数多の星、数多の人と出会いと別れを繰り返している。
彼は複数の名前を有している。時代の風景、状況に応じて合う名前を駆使する。だが勘違いすることなかれ、全ては真名であり決して偽名などではない。
彼は人との出会いを何よりも尊重している。その為時折り旅ができなくなる選択肢を選んでしまう時がある。
さて、そんな彼は次の文明でどのような巡り合いをするのだろうか…。
旅をしたいのに周りが許してくれない!
…
……
………
かつて、星穹列車は星核が眠ると言われているヤリーロⅥへと足を運んだ事があった。
そこは極寒の地、人々が生活するには過酷な環境下の星で、今も尚その寒さは衰えていない。だからと言って人類がいなくなったわけではない。名をベロブルグ、人類最後の希望。
彼はその星に適応する為の名を『カイス』とした。
カン…カン…カン…と何処かで鉄が叩かれる音が聞こえる。
ここは下層部、ベロブルグの地下と呼ばれるこの場所では、貧困に追いやられた人々が隠れ潜んでいた。
昔は行き来すら隔絶された場所ではあるが、その大元の理由となった星核がなくなった今では外交の問題も解消され下層部の人間は上層部の空気を吸えるようになっている。
そんな下層部にて、一人の流浪人が動けなくなった機械に改造手術を施していた。
ある時は金槌の音、またある時はドリルの音、果てに至るまでの作業は一人の少女に感銘を与えると同時に着々と終わりつつあった。
「………ふぅ、無事完了だ」
特徴的なガスマスクから発せられる男のその言葉に白髪の少女は喜びの感情を露わにする。
彼女はクラーラ。下層部に住む子供で、ロボットと暮らしている少女である。幼いながらに独自の価値観を有し、己ができる事を探せる強い子だ。
「カイスさん、ありがとうございます。この子怪我が酷くてクラーラじゃどうにもならなかったから…」
「気にすることはないさ。君はまだ若い上に飲み込みがいい。わしの動きを真似れば一年も待たずしてできるようになるさ」
カイス、と呼ばれたその男は手拭きで拭いてからクラーラの頭を撫でる。妙に老人を想起させる落ち着きをはらった声を聞いてから見るとその光景はさながら孫と祖父を思わせる構図だ。
満更でもない顔でカイスの手を堪能する少女の横には下層部を守る旧時代のロボット『スヴァローグ』の姿があった。どうやら一部始終を眺めていたらしい。怪しく光る一つの目はカイスを捉えている。
その視線に気付いたのか、彼もスヴァローグに目を向ける。
「君も、この子ならできると思うだろう?」
「回答…クラーラは独自で機械を修理する術を持っている。貴方の技術もいずれは超える形で習得できるだろう」
「すっスヴァローグ!?」
「はっはっは!それは本当に…楽しみだ」
聞き手によっては失礼なスヴァローグの発言に、クラーラは驚き、カイスは愉快に笑う。
特に気にする様子もない彼に内心ほっとするクラーラを他所に、カイスは修理が完了したロボットを優しく撫でる。
「クラーラがそうなれば、わしの役目も終わるな」
「………っ」
本人にとってはどうでもよく、何気ない一言だったかもしれないが、クラーラにとってはそれが何処か誰も知らない遠くへ行くんじゃないかと不安を掻き立てる言動だった。
少女の胸中には逆らいがたい焦燥と哀情が渦巻いている。人間の複雑な感情はスヴァローグにはわからない、一人物憂げな表情に変わるのを気付くものは一人もいなかった。
「あの…カイスさんは、クラーラの事が好きですか…?」
「ん…?あぁ…好きだとも、君も、スヴァローグ君も」
クラーラは大胆な事に自身の評価を確かめてきた。己の感情に始末を付ける為には当の本人にどう思われているのか聞くしかない、カイスに「好き」という言葉を聞いて一喜したが、その後に付け足された言葉になんとも言えない顔をする。
「好きだから…そうだな。クラーラにはこれをあげよう」
すると彼は身に纏っていたマントを脱ぎ、クラーラに羽織らせる。身長に差があるせいかどうにも着こなせていない感が否めないが、彼女の内心は穏やかじゃなかった。
(ーー〜〜ッッッ!?かっかかカイスさん!!??)
顔が赤くなる感覚を自覚しながら密かにマントを堪能するクラーラ。
「君は裸足でいつも寒そうだったから不安だったんだ。本当は靴でもプレゼントしたい所だが、君は靴とは相性が悪いと聞く、どうかコレで許しておくれ」
耳元から聞こえる彼の声に背筋からゾクゾクと絵も言われぬ未知の感覚を感じて、ただでさえ赤い顔が更に真っ赤になる。その様はさながらリンゴ、後門にマント前門にカイスで、最早自身の心はキャパオーバーだった。
「ッーーー!」
「おや、そんないきなり走っては危ないよ」
我慢ならず走り去ってしまったクラーラに注意の言葉を送る、距離も考えて聞こえていないのはわかっているので、すかさずスヴァローグに「行ってきなさい」の意を込めたジェスチャーで指示を飛ばした。
「依頼の要請、クラーラに関する事も含め内容を受理」
あっさりと了承し、クラーラの元へ向かう後ろ姿に手を振って見送る。見えなくなる二人のベストパートナーにマスク越しから微笑むカイスは独り言を呟く。
「…六月かな。あの子ならきっと、オレの数千年を超えれるだろうな。いやぁ…楽しみだ」
カイス、星穹列車での名前をウェクトル。彼は知らない、先の少女クラーラに向けられている感情を。選択肢次第では刺されかねない彼の未来に幸あれと願わざる負えない。
カイス
賢いが由来。
技師として優秀な研究者で、下層部では一日中ロボットを直している変人として見られているし、関わると性壁を曲げられることから要注意人物にも指定されている。
クラーラ
無自覚に性癖を曲げられた可愛い女の子。渡されたマントの匂いを嗅いでは甘い痺れに体を悶えさせているとかなんとか。
スヴァローグ
保護者
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ゼーレの場合
すみません。書き直しました。
ヘラるのはまた今度、女性side編からにします。
彼は旅人である。数多の宇宙、数多の星、数多の人と出会いと別れを繰り返している。
彼は複数の名前を有している。時代の風景、状況に応じて合う名前を駆使する。だが勘違いすることなかれ、全ては真名であり決して偽名などではない。
彼は人との出会いを何よりも尊重している。その為時折り旅ができなくなる選択肢を選んでしまう時がある。
さて、そんな彼は次の文明でどのような巡り合いをするのだろうか…。
旅をしたいのに周りが許してくれない!
…
……
………
ヤリーロⅥにはベロブルグと呼ばれる都市が存在する。そこは極寒の冬地獄から人類を守る唯一の砦にして希望。聞こえはいいかもしれないが、裏を返せば人類はそこでしか暮らせない。力無き者がベロブルグの外に出ようものなら反物質(レギオン)の餌食になるか凍死するかの選択肢を選ばざるを得ないだろう。
ベロブルグは上層部と下層部に分けられている。誰もが裕福な暮らしをできるわけではなく、人は身なりにあった生活を謳歌する。上層部は日の下に晒された陽の場所であれば、下層部は日の光から閉ざされた幽々たる陰の場所であろう。
そんな場所に、一人の男はいた。
「星核がなくなったとて、ここの暗さは相変わらずか」
くぐもった声が木霊する。ガスマスクをつけたその男はガラクタの山を漁っては物を物色していた。その姿は不審者の一言に尽きるだろう。
そうして物色する中で彼はあるものを見つけた。
「ほう…こんな所にもいたか」
見つけたのは風化し朽ち果てたロボットだった。エネルギー源が途絶え、最早そこにあるだけのオブジェクトと化している。
「ふむ…少し時間がかかるが、これならいけるな」
彼はそんな機械を優しく撫でる。ざらつく表面は長年放置された結果変化してしまった故の錆か、レンズ越しから覗かせる瞳は愛しい子供を見るかのように穏やかだ。
そんな彼の元に一つの影がやってきた。
「…見つけた。こんな所にいたのね、カイス」
「おや、ゼーレじゃないか。ブローニャは一緒じゃないんだね」
「ふんっあそこはワタシには合わないから、それに…星核がなくなっても地炎は終わってないわ」
彼女はゼーレ、ベロブルグ下層部で暮らしている少女である。反抗組織『地炎』に属す中堅のメンバーで、下層部の治安を守るため今も尚その活動はやめていない。
ゼーレから呼ばれた男の名はカイス。研究者として下層部に暮らす中折れ帽子にガスマスクという奇怪な装いをした人だ。
「そういうあんたはまた機械いじり?」
「はっはっは、わしがやれるのはこれくらいだからね」
ボロボロの機械を担ぐようにして持つ。子供一人分の大きさを持つ鉄の塊だ、その重さは並の成人では持てないだろう。しかし彼の所作には一切の苦労を感じさせなかった。
「きっとこの子達も、ふさわしい主人の元に行けば自然と心が実る。その為なら、どんな助力も惜しまないよ」
微動だにしない機械に目を向けながら優しい声音で語る。
そのまま何処かへ行こうとする彼にゼーレは無言で後をつける。
「……ゼーレや?」
「何よ?」
「その…どこまで着いて行く気だい?」
地炎の活動がある彼女は決して暇ではない。カイスもそれをわかっているから疑問を口にする。
対してゼーレはやれやれと首を振る。
「あんた、自分がどういう立場にいるかわかってる?」
鋭い眼光で見据える先にいるカイスははて…?と首を傾げ理解していない様子だ。
「周りはあんたの価値を理解してる。あの『零号』とかいうのも古代遺物となんら遜色ない性能を持ってて、機械もそれらを造った張本人であるあんたもカモがネギを背負ってるみたいに見られてるの、理解した?」
「なんだそういう事か。大丈夫、零は利口だから捕まるなんてヘマはしないさ」
「あんっっったが!捕まったら意味ないでしょうが!?」
あまりにもマイペースな様子にゼーレは額に青筋をたてながら叱る。対して「はっはっは」なんて笑いながら軽くいなされるのだからこちらが疲れるだけ無駄である。
だが、ゼーレの言い分はもっともである。カイスはベロブルグ、ひいてはヤリーロⅥにおける過去の機械と遜色ない性能を発揮させる事ができる。それだけに止まらず、無から有を生み出すような超絶技巧を備えた研究者だ。周りが喉から手が出る程欲しいというのは間違えていないだろう。
「まぁまぁ、そんなに怒らないでくれ。そうだな…ゼーレがいいなら護衛を任せてもらってもいいかな?」
「ふんっ!言われなくても勝手にやってたわ」
地炎の幹部という頼もしい用心棒と共に目的地を目指すことにした。
…
……
………
「あんたとここに来るのも久しぶりね。まったく変わってないわ」
「比較的整えてるつもりなんだが、オイル臭いのはやはり応えるかな…?」
そこは沢山の機材が並んだ工房だった。広々とした空間にはそれ以上の物は無く、女という異性にとってはつまらないだろうとカイスは申し訳なさそうにする。
「あなたねぇ、ワタシがいつからここ掃除してるかわかってる?これくらいなんともないわ」
「そうか、それはよかった」
作業台に外から持ってきた機械を乗せて、準備を済ませれば手術は開始だ。
鉄を打つ音、ドリルで削られる鉄板、ロボットを修理される工程をゼーレは近くにあった椅子にもたれかかりながら静視する。
この作業が終わるのはおよそ数分、カイスの技量の高さが知れる短時間での出来事だった。
「………ふぅ、成功だ」
見れば錆と土で汚れていた機械は、新品も同然な輝きを取り戻し、そこに鎮座していた。対するカイスは作業で滲み出た首筋の汗をタオルで拭き取ってから機材を片付け始める。
ゼーレも頃合いを見計らって掃除の手伝いを始める。
「あんたの見てるとコレが普通だと思っちゃうけど、他の人じゃそうはいかないのよね」
「はて?どうだろうか?」
機械に疎いゼーレでも先程までの作業がどれだけ凄いかは理解していた。地炎で活動する前、まだナターシャに育ててもらっていた幼い頃にそばでその光景を眺めていたから他の人と彼を比べてしまう癖があった。
簡易的な処置で分もかからず、一度作り直すしかないような手術でも一時間とかからない人間ばなれした人と比べるのは酷ではないか。
「ありがとう、お礼もしたいから少しそこで待ってておくれ」
「待ちなさい」
別室に移ろうとするカイスをすかさず捕まえる。襟を掴まれた事でうめき声が漏れ出てしまったが、そんなの気にしない。
「そんなことしてもらわなくて結構よ、それよりも早くみんなに顔出してきなさい」
「…それも、そうだね」
実を言うとカイスはヤリーロⅥから一時的に離れている。裂界の裂け目に巻き込まれて星の裏側まで移動してしまったのが起因だったが、本人もどうせならこの際別の星に行ってみようかと旅人としての性に負けてヤリーロⅥから出て行ったのだが、それはもちろんベロブルグの皆が知る由もない。
故に行方不明になったと彼を知る人物は大慌て、必死に探したがベロブルグ内には見る影もない。当然だ、彼は他の星に移ったのだからいないのは当然。
因果によって再びヤリーロⅥの元へと帰ってくるがそれは別の姿『ウェクトル』であってカイスだと気付く者は少なかった。逆にすぐ気付いた者もいたが。
そして星核の問題を解決させ、時間が経ち、列車から一時休暇をいただいたカイスはこうして帰ってきた。彼と会ったのはゼーレ一人、だから彼女もお礼云々前に顔出しをしろと命令しているのだった。
「ブローニャなんてあんたが写ってる写真見てニヤニヤしてるのよ、見てて気持ち悪いったらないわ」
「うむぅ…」
「それじゃ、早速上層部に向かうわよ。丁度買いたい物もあったし」
「ちょっと待っておくれ。顔出しだけではないのかい?」
「何言ってるの?元々ワタシは列車に乗ることは反対してたんだからこれくらいしてもらうわよ」
ゼーレの目が赤い。これは何かに対して本気になる時にする現象で、これは有無を言わさないことを意味していた。
「わかった。それで君の気が済むなら受けようじゃないか」
その事を理解しているからカイスも甘んじて受け入れる。
「ふふっ!決まりね」
そうして二人は上層部に向かう。ちなみに二人は公衆の面前で口論(ゼーレが一方的に捲し立てるだけ)をしていたが、周りからは痴話喧嘩に見られていたのはまた別の話としよう。
ゼーレはカイスにだけ「あんた」と言います。これが何を意味するかは読み手次第です。
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ヴェルトの場合
今回は趣向を変えてみました。
「…王手だ」
「あっやべ」
星穹列車、そのラウンジにて二人の男が遊戯を嗜んでいた。一人はメガネをかけた壮年の雰囲気を纏う男性、彼はヴェルト、別の世界から訳あってやってきた異邦人である。そしてもう一人はウェクトル、彼らは将棋という東の国に伝わる卓の上で駒を操る遊戯をしている。ウェクトルの『暇そうだな、よかったら将棋やらないヴェルト?』の一言から始まったのだが、言い出しっぺの本人が絶賛ピンチに立たされていた。
「…うーん」
苦い表情で必死に考え込むウェクトルとは別にヴェルトはどこまでも冷静だ。現に珈琲を嗜んでは彼の顔を見て余裕の笑みを浮かべている。
「えらく悩んでいるな」
「そりゃ油断したとはいえ王手取られてんだから悩むに決まってるさ、この場面抜けるのは可能だけど、詰みの一手がありそうで怖い」
実のところ、ヴェルトに将棋を仕込んだのはウェクトルだ。それだけじゃない、幼い頃のヴェルトに様々な遊びを教えたのは彼だった。
人生の大半を戦場に注ぎ込んだ英雄に、いつしか安息の日々ができた時、過ごし方に悩まないようにと願って行った行為だが、まさか教えた張本人が負けそうになっているとは。面目が立たないとはこの事だろうか。
「長年生きてるけど、流石に遊び関連だと経験が浅くてな。教えるのはできても、それが勝ちに繋がるかはまた別の話だ」
ヴェルトとウェクトル、二人は誰よりも長く生きてるが故に様々な経験をしている。人との接し方、身なりにあった生活、他にも戦場など、挙げるべき点は枚挙にいとまがない。しかし、ウェクトルの場合は長年生きた癖に頭を働かせることは唯一苦手としてるのはどういう訳か。
「うーん、ただ勝負するだけじゃ面白味もないし、こうしないか?」
いまいち刺激が足りないと苦言を呈して、一つの提案をした。
「負けた方が姫子のコーヒーを飲む。もちろん残さずな」
「…お前、本気で言ってるのか?」
「願いの申し子に二言はない!」
知らない人に言わせてもらうと、姫子の珈琲はクソ不味い。それはもう不味い。姫子自身は気付いていないが、他の人が飲めばまず間違いなく吐き出してしまうくらいには、あと丹恒が精神の鍛錬の為に飲むくらいには味覚を狂わせる一品だ。
しかもコーヒーだけに留まらず、彼女が作る料理は全て不味くなっている。見た目こそ綺麗だが、過去のヴェルトは物理的に火を吹いた事がある。
二人の味覚は至って健全。であればそんな物を飲んでしまえばまず間違いなく良い結果にはならないだろう。
「あっこの提案飲まなかったらお前の負けだから」
逃げ場を無くされた。
流石のヴェルトも古くからの仲である彼に負けるのは思うところがあるのだろう、僅かながら苦い表情で固まっている。
「いいだろう。優勢なのはこっちだ、このまま押し切らせてもらう」
「そうこなくちゃ」
その一言を皮切りに、二人は淡々と将棋の駒を運ばせる。無言で、無音な二人の空間にはパチッ…パチッと駒を卓に押し当てる音だけが響いていた。
「…なぁ」
「なんだ」
しびれを切らしたのか、彼はヴェルトに話しかける。
「お前がこっちに来た理由って、ここの姫子助けたい為だったよな」
「そうだが、なんだ藪から棒に?」
「いやさ、嫁さんほったらかしにして大丈夫なのかなーと」
「……大丈夫、とは言い切れないだろう」
ヴェルトには嫁がいる。とある事件をきっかけに長命者となってしまった彼女は、今でもヴェルトが元いた世界で過ごしている。
正義感があるのはいい。だがそれとこれは話が別だとウェクトルは考えている。大切な人との離別は両者に良くない後味を残す。これは彼の実体験、何度も何度も気が遠くなるような歳月の中で欠けることなく残り続ける残滓だ。誰よりも長く生きる彼でもこれだけは慣れない。
「だよな、嫁さん怒ってるんじゃないか?」
「そうだな、早く元の世界に帰る手段を見つけないと」
「彼女〜とか夫婦〜とか、気難しい関係で困るのは第一律者でも同じなんだな。お疲れ様」
「好き勝手言っているが、お前もそうだろう。死んだ筈の人間、それもただの空似なんかじゃない。俺たちが知ってるウェクトルだ。生きてるなんて知ったらどうなるか」
「知ったところでどうなる事もないと思うけどな」
何気なく、駒を動かすのと同時に放った言葉にヴェルトは顔を僅かに顰める。
「お前はわかっていない。自分の存在価値を、そしてどう思われているのかを」
「えぇ?なんだよ急に」
「お前とキアナの別れは聞いている。無茶の果てに死んでは世話がないな」
キアナとは彼が学園で生活する中でできた親友である。時には共に悪事をして先生に頭にコブを作られることもあれば、励まして前に進ませる役目を担うこともあった。崩壊の消滅を願われた彼はその願いを叶えるために自らを犠牲に対消滅したが、そこにはキアナの介錯という方法も含まれている。
「うるさいよ。…まぁ、キアナには悪いことしたとは思ってるけどさ」
「キアナは怒るかもしれないな」
「その時は、堪忍だなぁ」
キアナと彼の別れは最悪と答えて間違いない。ウェクトル本人はどうとも思っていないが、一方的に別れを決められたキアナは堪らないだろう。ヴェルトはそんな二人の関係をわかっているからこれから先、彼が鉢合わせてどうなるのか不安でならなかった。
「強くなったとはいえ、一人の少女であることは変わらない。これは覚悟した方がいいだろうな。…王手だ」
「雷電とブローニャがいるからそうでもないと思うけどな。……あー、これは詰みだな」
「投了か?」
「負けたよ。約束通り姫子のコーヒー飲んでくる」
「待て」
椅子から離れ、その場から去ろうとするウェクトルにヴェルトは呼び止める。
「キアナは、お前が思う以上に執着しているだろう」
「…?よくわからないけどわかったよ」
そう言って、姫子のいる場所へと移動する。
ヴェルトから発せられた言葉、その意味をウェクトルは知らなかった。
彼は旅人だ。一個人に対して想い等抱かない。
彼は流浪の人だ。長年生き得た精神性は他人では推し量れない。
彼は怪物だ。自己犠牲でその身を削って尚笑っていられる人間が他にいるだろうか?
だからこそ波長が合ったのだろう。律者として人の領域を踏み越えた彼女と、何もかも想像の外で成り立つ彼との仲は。その事実を知らないのはウェクトル本人だけだ。
「もっとも、今のお前じゃ抵抗もできず組み伏せられるだけだろうが」
ヴェルトの独白は誰にも聞かれず、その空間で霧散する。
この列車で、ウェクトルに置かれてる危機を知っているのはヴェルトだけだろう。
「神の鍵…ねぇ?名前は尊大だけど、神ってそんなに偉いのか?」
「君は…ふふふ、これは驚いた。僕の知識を以ってしても遥か外にある存在がこんな場所にやってくるとは」
「その様子だと俺の事は知ってるみたいだな。なんでここにいるかご存知か?」
「あぁ、もちろん…と言いたいところだが、僕が用のある人間は君じゃない。第一律者…『エデンの星』の力だよ」
「こうして君が目の前に立っている事実に僕は正直、困惑している。願いの申し子…宇宙外の怪物、もしかして僕の願いに呼応してやってきたのかな?」
「お前のそれは願いじゃない。ちょっとした好奇心と、自分なら成せるという確固たる自尊心から出た計画だ。俺がこうして来たのは…そうだな。お前の悉くを否定するために来たと言うべきか」
「崩壊の破滅者…いや、虚空万象。お前の計画は都合の悪いものばかりでできている。主役が消える可能性はその人を知る人達以外に、宇宙そのものが良しとしない。はっきり言ってやる。お前の計画は粗が多すぎる」
「これは手厳しい」
「だから、俺が選ばれた」
「どういうことだい?まさか、君が『エデンの星』の代わりをしてくれると?」
「違うなぁ、全く違う。エネルギー同士の対消滅なんてナンセンスだ」
「では、どうするんだい?はっきり言って僕の知識では君の力は未知数だ。得体の知れない力に頼る程、僕は崩壊に焦りを感じていない」
「崩壊を取り込む」
「…へぇ?」
「宙喰いを使って無理矢理押し込める。もちろん膨大なエネルギー量で俺は耐えられないから、心臓を地球の核に埋め込んだ後に自爆して崩壊諸共消えることにする」
「俺という存在を以て、この世界は完璧となる。心臓は地球の核となり、滅びの一切合切を断絶する」
「それは傲慢だ。君の言葉を借りるとしたらナンセンスだ。仮に上手くいったとして、君は間違いなく死ぬ。一人の死で見れば結局僕のと変わらないじゃないか」
「ヴェルトは大切な人が多くいる。対して俺はどうだ?一人の死でも、そこに生じる悲しみは少ないんだ。なら迷う必要はない」
「名に違わない歪振りだ。端から端、その全てが曲がり切っている。いいだろう、君が事を成す姿を見届けてから僕はどうするか決めることにした。精々頑張ってくれたまえ」
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カフカの場合
「まいったなこりゃ。とうとう犯罪者に目をつけられた」
旅をするにおいて、昔から行なっている役目のせいで全宇宙で広まっている噂。曰く『流れ星を見つけて、三回願い事を言うとどこからともなく人が現れて叶えてくれる』とか『心からの祈りを捧げ、真の願いの思う時、その人が現れる』とか、ウェクトル本人にとってはとんだメルヘンチックな思考回路だなと苦笑するが、事実それに似たような行いをしているせいで噂が噂を呼ぶてんてこまい状態だった日がある。
今となっては星穹列車でのんびりと過ごしているが、そこで問題が起こった。
先の連絡、プライバシーのへったくれもない赤の他人とも言える人からの通達。
星核ハンターと呼ばれる危険人物の一人からのお誘い。要するに一緒に犯罪者になろうよー的な会話だった。
ウェクトルはそれに対してもちろんNO、本人は別になっても良かったがそんなことすれば物理、虚数、氷、炎の属性達が一斉に放たれるのは間違い無いだろう。
「刃くんは過去の羅浮での一件もあるせいか死合おうとしてくるし、何よりもカフカ本人が怖い」
怖い…というのは純粋な脅威ではない。前出会した時があるのだが、何故か異様に距離が近いこともあってトンチキな格好をしたことを覚えている。更には次会った日には耳を軽く舐められた記憶もある。
そのせいかウェクトルにとってカフカは油断できない相手であり、出来れば会いたくない人でもあるのだ。
「やっほ〜遊びに来たよ!」
「おぉ、なのかか。他の人はどうした?」
扉が強い音を立てて開くと思えば見知った顔が現れた。列車で一番のおてんば娘『なのか』である。
「そうなの聞いてよ!みんな自分のことに没頭してて誰も相手してくれないの。それに今日の分の写真撮ってないでしょ?だから二人で時間潰そ!」
「そっかそっか。となるとここは…オセロでもするか?」
「それいいかも!」
「旅の話も聞きたいしちょうど良いな。あっオレは黒でなのかは白な」
「わかった!でも…う〜ん。ただ勝負するだけじゃ味気ないし、ここは何か賭けない?」
「賭け?まぁいいけど…」
「決まり!じゃあ賭けはどうするの?」
「……ここは『何でも言うことひとつだけ聞く』でどうだ?」
あっけなく放たれた言葉。しかしそれには他人に衝撃を与えるには十分過ぎるほどの火力を有しており、現になのかは硬直し、その顔は前髪で隠されてよく見えない。
「………それ、ほんとう?」
「ん?何が」
「なんでもいうこと聞くって」
指をもじもじさせて、言いにくそうになのかは語る。心なしか頬も赤い、それに対して不思議がるウェクトルはいそいそとオセロの卓をテーブルに置き、コマを用意する。
「おう、なんでもいいぞ。なんなら高い物奢ってやる」
「言ったね?言質取ったから!」
その言葉に待ってました!と言わんばかりになのかは声を張り上げる。「元気がいいなぁ」なんて彼は笑いながらなのかの遊びに付き合うのだった。
………
「ふふふ、釣れないお人ね」
そこは誰も知らない場所。およそ認識から外れた空間で妖艶な怪しさを抱える声の持ち主は静かに語る。
「今日は随分とご機嫌だね、なんかあったの?」
「ふふっ聞いて銀狼?私フラれちゃったの」
「ふーん、そうなんだ」
「エリオの最終案。御大層な大義名分を掲げる正義の味方の癖に私たちみたいな悪人にも手を貸してくれるおかしな人。本当、揶揄い甲斐のある人だったわ」
「…はぁ?ねぇカフカ。連絡先が欲しいって言ってたのはそう言うこと?言っておくけど、あいつは私のフレンドだから。手を出すのは許さない」
「あら…銀狼もお熱なんて彼も罪な子ね」
「お熱なんかなってない。言わせてもらうけどウェクトルはちょっとやそっと関わっただけじゃ特別な関係にはなれないから。私みたいにゆっくりじっくり構築していかなきゃ」
「あらそう。それは残念ね」
「ちょっと、適当に流さないで」
星穹列車に乗る前にウェクトルは何度も星核ハンターと出会っています。その度に面倒事に巻き込まれている。特にカフカは持ち前の技術でウェクトルを拘束しては弄り、その度に逃げられている。
ウェクトルはやけに距離感が近いのとあまり女慣れしてないのもあってカフカの前では身構えてしまうようになった。
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姫子の場合
「おーい姫子〜。一緒に飲もうぜ」
個室に繋がる扉を叩く、生じたコンコンと響く音とは別にウェクトルは内心覚悟していた。
姫子とは、この星穹列車の主人とも言える人物だ。学者としての道を歩み、この列車と共に群星の旅をしている。
余談ではあるが、姫子は別の世界にも存在している。パラレルワールドというのとは少し違うが、違う宇宙の姫子は学者にはならず、父の死の真相を追う一人の戦士として人類の大敵『崩壊』と最後まで戦い続け、そして最後には大切な生徒を守るためにその命を散らした。
ウェクトルはそんな別の姫子とも面識はあったが、それも過去の話。今となってはどうしようもない話だ。
閑話休題。
以前の話でウェクトルはヴェルトとの賭けで負けた事により罰ゲームとして姫子のコーヒーを飲まなければならない。
はっきり言うと姫子のコーヒーはクソ不味い。時折り列車内の人に飲まないか誘う姿を見ることはあるが、誘われた側はその度に言い訳としか思えない断り方で去っていくまでがテンプレだ。
飲む人もいるが、それは精神修行の一環として扱われる始末。いずれにせよまともな物ではない。それを承知しているウェクトルの内心は穏やかではなかった。
少しの時間を経て、扉が開かれれば赤髪の美女が現れる。彼女こそが姫子、例の人物だ。
「あら、珍しいわね。あなたから珈琲の誘いなんて」
「いやー、ちょっとした息抜きで飲みたくなってなー?アハハ」
もちろん、嘘である。
この男、無理に己を騙そうとしている。彼女の作る物はどれも「食べられる」ではなく「口にできる」程度しかない。彼も昔、自分は例外だと言わんばかりに姫子の料理を口にしたことがあったが、口にした後の記憶がなくなったことから彼女の料理は本物だと恐怖した。姫子の飯マズ適正はそれだけのものだということだ。
故に背中は冷汗でいっぱいなのだが…それはどうでもいいことだ。
「で、どうだ?お取り込み中だったらやめるけど」
「いいえ、ちょうど暇してたの。よかったら上がってちょうだい」
内心、タイミングが悪ければそのまま無かったことに…なんて浅ましい考えを持っていたがどうやらそんなことはなく。むしろこうして誘ってくれる人がいてご満悦な様子の姫子に彼の口は引き攣りかける。
「おじゃまします…って、すごいな。書物だらけだ」
「学者の身である以上、学はいくら身につけても足りないものよ」
「へー…なんか、感慨深いな」
別の世界の姫子を知っているからこそ自然と出た言葉。目の前にいる姫子にはわからないことだろうが、戦場で命を捨てた彼女に思いを馳せる彼からはどこか哀愁を感じる。
「さてと、ちなみにコーヒーはいつできる?」
「そうね、30分もすれば出来上がるわ」
「へー…それは楽しみだ」
もちろん嘘である。この男失礼にも(オレの命もあと30分か…)なんて人のコーヒーをあたかも殺人兵器のような扱いをしている。失礼千万とは正にこの事である。
そんなことはつゆ知らず姫子は文書を読み漁っていた。そこに伴う動作は優雅で、余裕を感じさせる。他とは違う佇まいは見ていて圧巻の一言だ。
「そういえばこの前、ベクターと一緒に歴戦余韻に挑戦したよ」
「ふふ、また引き摺り回されたのかしら?」
「残念だけど…その通りだよ。あの子はオレを乱暴に扱う節がある」
「出会った時からそうだったものね。同族だと思われてるのかしら」
「同族ってそんな…まぁ、昔はスラム街でゴミ漁って生活してた時もあったからなぁ。その匂いが今でも付いてるのかもしれない」
遠い昔の話を懐かしそうに語る彼を姫子は微笑みながら聞き役に徹する。そこに流れる時間は在りし日の憧憬に近く、それがどれだけ遠い存在で、他人の空似だとしても、二人の関係は変わらないのだと示されているようだった。
そして、その時は来た。
「…あっそろそろね」
(死刑宣告かな?)
30分とは実にあっという間だ。友との会話の中であればそれも尚更。心の準備はこの部屋に入る前にしたというのに、まだ彼の中にはしこりが残っている。
過去の例では、歴戦の英雄ですら火を吹かせ、その意識を消し飛ばしたことのある人間が作る飲み物。別人だが、本質はどこまでも同一人物。何もいうまい。今のウェクトルは菩薩の如く、全てを受け入れる精神を得ようとコーヒーが出されるまでの限りある短い時間の中で己を研ぎ澄ませていた。
「待たせたわね。お待ちかねのコーヒーよ」
「…いえ。待ってなどおりませんよご婦人」
「急に変わったわね。どうしたのかしら?」
「いやちょっと、許容の精神を得ようとね…?」
「…?まぁいいわ。さっ一緒に飲みましょ」
「…うん」
提供されたコーヒーを眺める。見た目は至って普通。ぼこぼこと何故かガスを排出しているわけでもなければ、中に異物が混入されているわけでもないどこまでも普通のコーヒー。
生唾を飲み込んで、意を決したウェクトルはカップの取って部分に手をかける。
(逝くぞ)
行くぞ、ではなく、逝くぞ。覚悟の違いを見せた彼はそれを一気に呷る。コーヒーはそういう風に飲む物じゃないぞ。
全て飲み干した彼はやってやったぞと言いたげな満悦顔だった。が、異常はすぐにやってきた。
一気に体内に取り込んだ事で体のあらゆる器官が悲鳴を上げ、停止してしまったのだ。
もちろん気絶。いや、この場合はバタンQだろうか。口から湯気を上げながら気を失うのだった。
符玄来ますね。前世丹恒も魅力的ですが、私としてはあの符玄の声と体が欲しいです。
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符玄の場合
符玄は当てました。
仙舟「羅浮」様々な問題を抱えているこの星では、大卜司と呼ばれる組織が存在する。大卜司とは仙舟の情報データを推断し、解析する部門のことだが、そんな大卜司の面々の中に一人だけ風変わりな人物が存在する。
自由気まま、驚天動地、神出鬼没、まさにその三つの言葉が似合いそうな男。大卜司に属しながら、大卜司らしからぬ行動で世間を賑やかせる快男氏。
景元に匹敵する実力を持ち、あの符玄の予測を上回る存在。
人々は皆口を揃えてこう言う。
長の檀那、仙舟の漫遊者、またの名を『斉天大聖』
……………
「まったく、将軍は何を考えてるのかしら」
大卜司の長である符玄は現在進行形で不機嫌だった。幼さを含んだ整った顔立ちからは、形の良い眉を吊り上げ、ツカツカと荒々しい様子で帰路を歩いている。
先刻、符玄は仕事の処理で将軍『景元』との面会があった。景元は実力こそ将軍の名にふさわしい実力を持つが、一見して怠け者のようにしか見えない為、皆から無眼将軍と貶されている。彼女は勤勉に対して景元はどこまでもマイペースな人間、形として見ればそこに馬が合う筈もなく。実際符玄は景元のだらけ振りに頭を痛めている。
「よっ、今日も随分とお疲れのようだな」
不意に、後ろから声が聞こえた。
符玄は絶賛不機嫌中だったが、声の持ち主が持ち主だった為に怒りの矛先が向くことはなく、ただ彼女を振り向かせるだけとなった。
額に輪を付け、旅装束を見に纏う彼は大卜司に属す仙舟の変わり者『斉天大聖』である。
「おまえ、今までどこ行ってたの」
「魔陰の身に関する事件を解決…て言えばわかるか?」
ジト目で睨む彼女に彼はどこ吹く風とばかりに飄々としている。
「はぁ…通りで人身処理に関する書類が多いわけだわ」
「被害が少なく済むのは良いことだろ?」
「予言から大きく外れた動きはしないでって言ったのよ!!」
符玄は小さい形から大きな怒号を喰らわせる。しかし悲しきかな、様になっていないせいか寧ろ可愛げすらある。斉天大聖もこの通り腕を頭の後ろで組んでる始末だ。
「予言って言われてもな。それ当たらないじゃん」
第三の眼である「法眼」を額に付けている。これは所謂計算機で、符玄は予言をする際に使っている。窮観の陣も用いれば予言は未来視と称するに相応しい的中率を誇る。
そんな羅浮において変え難い人物である符玄でも、予言できない存在が斉天大聖だった。彼は民にも言われた通りの神出鬼没振りを常に発揮している。そも符玄の法眼に彼は映らない。彼自身を占おうとも先の光景にはノイズ塗れ、まるで
その事実に何も思わない符玄ではないが、そんなことは彼にとって預かり知らぬところではない。
「殴られたいのかしら?」
彼女は何処ぞのサボり娘が仕事をほったらかして牌を打っていた姿を見つけた時の顔を向ける。
「はいはい、じゃあ大人しく何処かで居眠りでもしてますよーと」
「待ちなさい。別に私から離れても良いとは一言も話してないわ」
「じゃあどうしろと」
一見仲が悪い様にも見える二人。この光景は彼等を知るものにとってはごく見慣れたものであり、もしこの場に大卜司の人間がいたならば微笑ましい目で眺めていただろう。
立場なら上司に当たるが、容姿だけを見るなら少年少女の戯れなのだから。
「てか、その様子じゃまた無茶してるな?」
「…だから何よ?」
「…お前なぁ、いくら偉い立場にいるからって無茶するのは良くないって前にも言っただろ?」
「ふんっそんなこともう忘れたわ」
「はぁ…こりゃダメだな」
彼は困ったように頭を掻く。これも幾度と繰り返された流れだ。何ら気にすることはない。
「あとどれくらい残ってるんだ?」
「皮肉な事におまえが解決した件を含めればあとは書類整理だけよ」
「皮肉は余計だけど…まぁいいや、手伝うからさっさと終わらせようぜ。そしたら一緒に飲みに行こう」
「……ふんっなら早く戻って仕事に取り掛かりましょう」
「へいへーい」
二人は作業場を目指して歩幅を合わせて並列して進む。
多くは語らない。そう存りたいと願う彼女の要望に彼は応える、その様は卜司の人間には熟年の夫婦とも例えられるくらいのものだ。故にこれで付き合っていないと言うのだから愁傷も抱いてしまうというもの。仕事に向き合い続ける彼女と自由を好む彼、そんな正反対にも思える二人は奇妙な縁があった。
見た目は年若い少年少女、共に過ごす様は人々が羨む理想系の夫婦。これからの動向に要チェックである。
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鏡流の場合
めっちゃ遅れました。
この人過去も相まって設定が難しいですね。
あと刃の昔の名前が応星だったことに今更気付きました。これは投稿者の白痴が見られてしまいましたね。お恥ずかしい限りです。
仙舟「羅浮」と呼ばれる場所は名前の通り、超弩級方舟型スペースコロニーである。舟は六つ存在し、その規模も一つの舟でヤリーロⅥと同等の大きさを持っている。
仙舟には二つの星神が派閥を広げ争っている。巡狩と豊穣、変化と停滞を齎す神々は互いに相容れない存在とし永い戦いを強いている。
そして、そんな場所でも願いはある。
誰が為の王となれ、弱き民に永遠の豊かさと平穏を。そうして願いの申し子は願いを聞き入れ、自らを王の器として変容させた。
仙舟「羅浮」そこでの名前を『
…
……
………
空気を張る音、または斬る音、二つの影が重なり合うように連続して起こる現象を幼い少年『景元』は息を呑んで見ていた。
ここは稽古場、雲気軍たる彼等が己の力に磨きをかけるための精進の場。そして見ていたのは景元だけではなかった。雲騎軍の兵、または上役、その面々が固唾を飲んで二人による決闘をその目に焼き付けていた。
水面のように滑らかで洗練された剣の一太刀が振るわれれば、樋の部位に稲妻の如き一打が払われる。一つ一つがおよそ人を殺めるには十分なモノで、それが連続して、絶え間ない様はまさに雨天の中に起こる雷の様。
「…やはり、この程度では不足か」
「二年も鍛錬を怠った罰が来たのだ。だが体が慣れてくるのも時間の問題。久方振りなのだ…我に彼の拳を見せてみよ」
「…よかろう。我が剛の拳、とくと味わうがよい…」
空気はより張り付き始め、あたりにスパークが発生し始める。その時だった。
「やめないか二人とも」
「むっ…」
「………」
緊迫した状況が一転、緩やかに変じさせたのは二人の男だった。一に刃、二に飲月、どちらも羽交締めされた二人に引けを取らない強者である。
死合いという言葉が似合うような試合は中断され、見守っていた兵士も安打のため息をついた頃、一人の女は不満げであった。
「邪魔をするな応星。今日こそ決着を付け、我と僵尸の間にある因縁に終止符を討たなければならん」
「大層な物言いだが、結局のところ僵尸を好きにしたいだけだろう?」
「放せ飲月、彼奴は兎も角我を縛る必要もあるまい」
「念の為だ。我慢してくれ」
二人は場所も含めて見物人もいた事から手加減していたつもりだったが、その度量すら兵達にとっては巻き添えで怪我を負いかねなかった。故に中断された訳だが、鏡流は不満を抑えきれないのか妖艶さを含んだ美形な顔を微かに歪ませ、せかせかと何処かへ行ってしまった。
その様子に応星と飲月はやれやれと肩を竦ませ呆れた表情をしている。
「鏡流は行ってしまったか…。…して、どうして彼奴はあそこまでご立腹なのだ?」
僵尸は首を動かして己の肉体を解しながらあっけらかんと二人に質問する。向けられた質問に対して二人は「「はぁ?」」と人に向けるべきではない表情を浮かべていた。
「……いや、僵尸のことだ。感情の機微に疎い事は前々から知っている。なんらおかしな話ではない」
「だがあの女から向けられる感情に気づかないのは些か鈍すぎる気もするぞ?」
「これで羅浮の最重要上役を担っているのだから不思議だ」
「疑問を呈するだけでこの言われよう」
表情こそ顔の前に垂らされた布によって見えないが如何にも解せない様子を見せる僵尸。彼は仙舟における重要な立ち位置に座する者なのだが、ご覧の通りどこか能天気な節がある。
「ふむ、そろそろ責務を果たすとしようか」
「そうだ、僵尸」
「どうした?」
仕事に取り掛かろうとする僵尸に応星は一言声をかけて静止させる。
「今宵、鏡流に声をかけてやれ」
「藪から棒だな。理由を聞いては駄目か?」
「私たちの言葉からは出せん。お前が気づかなければ意味がないのだ」
凍てつき刺すような感情に、いつまでも気付くことのないこの男に少しでも早く気づいてもらうよう尽力する。でないと時折見せる彼女の情の狂気に身を強張らせる毎日である。
正直な話を言うと夜の密会に対して二人は大した期待は込めていなかった。理由は当の本人が唐変木なのもあるが、今の五人で酒を酌み交わす関係も捨てきれないのが真実。もちろん二人がくっつこうともそこに亀裂が入るとは微塵も思っていないが、鏡流の執着ぶりは群を抜いている。
ともかく、今夜で何かが起これば赤飯、何も起こらなかったら不感動、これに尽きる。
三人は各々の仕事に取り掛かる事にした。
……………………………
時刻は宵が登り、空を深い雲が覆い隠した時。
僵尸は二人に言われた通り、鏡流と話をしようと、いそうな所を隈無く探し続けていた。
「ここにいたか」
月の光が美しく反照する川の端で仰いでいる姿を確認した。
「…… 僵尸か」
「少し話をと思ってな。探したぞ」
こちらの気配に気付き、顔をこちらに向けるのを確認しながら隣に並び立つ。
そこから少しの沈黙、分は一を刻まないくらいだろう。共に空を眺めていた。
「こうして月夜を眺めると、ある日の故郷を思い出す」
「故郷と言っても、星々を転々と移る中で見つけた思い出深い場所なだけだがな」
意味深く呟くその姿は何処か遠くを見据えており、己の居場所はここではないと暗に言っているようで、その様子が鏡流にとって言葉では表せそうにない感情を掻き立たせる。
「………月が、綺麗だな」
「そうだな。願わくばお前たちとの関係がこれからも続いていくことを望むのだが」
「そうか。…だが、我が聞きたいのはそれじゃない」
「ふむ?」
鏡流は夜闇にて怪しく光る真紅の瞳を僵尸の瞳と合わせる。鼻の先がぶつかりそうな程に近づいたことで僵尸は退こうとするが手摺が腰にぶつかりこれ以上の後退を許さなかった。
「お前にとって我はどう映る?」
「綺麗だが?」
「……ふむ、そうか」
瞬時に答えられた内容に鏡流は目を細める。それに一体どんな感情を抱いたかはわからないが妖しく弧を描くような笑みを浮かべた瞬間。
「……っ?」
「…………ふふ」
口と口の接触。触れるだけの簡易な接吻を交わす。不意にやられたことで多少の狼狽えを見せる僵尸に愉悦を感じた彼女は事を成したとばかりに室内から廊下へと繋がる扉に手をかける。
「今は口だけに留めよう。だがしかし、いずれはその心も…ふっ止そうか」
バタン…と戸締りのする音を呆けて眺める。やがて気を取り戻せば己の唇をそっと触れて困ったように苦笑いした。
「願いに汝の身体を御所望…か。流石に化けの皮も剥がれるというもの」
「…ははっこれは一本取られたなー」
何気ない日常、明日をどう生きるかを模索する毎日、彼等彼女等はそんな暗闇の中を二人三脚で歩み続ける。束の間の楽しみも決して離さないように。
常に輝きを見せる人々に己はどう奉仕できるだろうか、期待に応えているのだろうか、王の重責は計り知れない。
願いは人それぞれ、個々の願いを全て叶えることは不可能であり、聞き届けた願いに矛盾が生じれば叶えることはできない。
鏡流の望みを薄々理解した僵尸は苦悩する。
しかし、そんな余裕があるのも今が平和な証、彼はこの時間を尊んでいる。
ーー願わくば、こんな日常がいつまでも。
某日、景元も成長し、共に酒を飲み明かせる時間が流れた時。魔陰によって全てが狂わされた。一人また一人と輪から外れていく、そんな泡沫の泡と消える光景を、彼はどう思ったのだろうか。
時折り、斉天大聖は豹変したかのように態度が尊大になる時がある。それはかつて仙舟を総べる覇王に酷似していた。
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