俺が《六花》で二つ名で呼ばれるのは間違っている。 (萩月輝夜)
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『本編開始前』
異世界へようこそ


「なんか行き詰まってきたなぁ…どうすっかなぁこれ…。」

 

一人、商品開発室にて少年は自身が使用するCADを調整していたのだが上手く行かずに難航していた。

 

「うーん、人形に変形させるのは行けるんだがやっぱり人間の柔軟性を再現するのはキツイか…。」

 

目の前にあるバイクのような大型機械を前に苦悶していた。

 

「『タイプシフト・グレイプニル』」

 

手首に着けた機器に音声コマンドを入力すると目の前の大型機械が変形し人の形へと変形した。

 

「戦闘ステータスへ移行しろ」

 

「……。」

 

命令を下すがそれでは到底実践では使用できないぎこちない動きであった。

 

「……。」

 

その動きを見て少年はため息を溢す。

やはり某SFアニメのように機敏に動くロボットを作成するのは難易度が高いと思い知らされたのであった。

現実から目を背けたくなったが開発を諦めるわけに行かずに思考の海へ陥りそうになったが小難しいことを考えようとしたが体が糖分、即ち甘いものを求めていた。

 

「やっぱり無理かぁ…なんか甘いもの食いてぇな…しょうがねぇ、気分転換にアイス買いにいくか…。」

 

少年は制服のまま作業をしていたので上着を脱いで外へ出ようとしたが時刻は深夜と言ってもいい時間で、流石に外出するのは憚られたので八幡は《次元解放》を使用しコンビニへ向かった。

 

「よっしゃ、高いアイス買おう。ハー○ンダッツとマッ缶だな。」

 

起動式が展開し空間に裂け目が作成されてその隙間に入り込んだ少年は目的地を繋ぐ裂け目の色が普段と異なっていたことに気がつかなかった。

 

研究による脳への糖分が回っていなかったことによる意識の散漫によるものか、それとも早くコンビニに行きたいが為に注意深く見ていなかった為か。

 

今となっては後の祭りではあるが、その行動が少年が予期しない場所へと送り込んでしまったのだった。

 

◆ 

 

眠りに堕ちる度に死を向かえる。

 

私が(この子)を手にしたその日から私は死を視せられる。

 

使い手に求める代償は《自らの死を味わう》、『いつか来るはずの死の瞬間』をまるで本当に死ぬ間際の苦痛や恐怖を(この子)を手放さなければ文字通り死ぬまで味合わされるのだ。

 

だからといって(この子)を手放すつもりは毛頭無いし、叶えたい願いがあるのだからどうしても(この子)が必要なのだ。

 

ああ、今日もまた、悪夢を視る。

 

今日は見知らぬ男性に殺される夢ですか。

 

私は殺されぬように必死に抵抗するために手に持った(この子)を両手に握り襲撃者に襲いかかる。

 

だが、今日の悪夢はなにかが可笑しい。

 

私を殺しにきた男から攻撃を受けているはずなのに痛みを感じない。

むしろ心地よさ、体の倦怠感が抜けていくような感じさえするのだから。

 

攻撃の応酬によってついに私の(この子)は打ち砕かれ胸に剣のようなものが刺し貫かれる。

 

不思議と痛みはなく心地よさに夢の中から意識が覚醒していく。

 

目が覚める。

 

「え?」

 

「…。」

 

目の前…というよりも私が馬乗りになりその眼前に困惑した表情を浮かべた少年がいた。

その姿は特徴的な瞳をしており日本人の平均としては高い身長となかなかに整った顔立ちで恐らくは同い年の少年なのだろう。

それに見たこと無いスラックスとワイシャツを着用していたのだ。

 

「えーと…。」

 

「……!?」

 

男の子が事情を説明しようとしていたのだが、私はこの状況を理解し悲鳴をあげそうになったが眼前の男の子から懇願された。

 

「お願いだから悲鳴あげないでくれませんかねぇ!?事情説明するから!!」

 

これが私と異世界からきた男の子との出会いでした。

 

◆ ◆ ◆

 

光が弾ける。

 

しかしそこは大都会の煌々と照らされた文明の利器によって発達したコンビニエンスストアではなく、薄暗くどこかの高級ホテルの一室のような場所へと出たのだった。

 

 

「っと…あ?ここどこだ?行ったことのあるコンビ二付近の場所に座標開いたはずなんだけどな…。ん?」

 

明かりは空間ウィンドウが数個ついたままの状態になっておりその机には一人の女性…というよりも少女が机に突っ伏すように眠っていた。

しかしその表情は穏やか…と言うには程遠くきつく眉間にシワを寄せてその整っている表情からは苦痛しか感じ取ることが出来なかった

 

「おいおい、まさか他人の家に入り込んじまったのか…?」

 

不意に空間ウィンドウに浮かぶ文字の羅列や場所について記載されたものを確認して俺は目を疑った

 

星脈世代(ジェネステラ)煌式武装(ルークス)?…獅鷲星武祭(グリプス)?なんだこれ…」

 

聞いたことのない単語に俺は疑問を覚えた。

 

「…っ!!」

 

咄嗟に体をひねって回避した。

俺が興味本意で近づいたのが不味かったのだろう、机に突っ伏している少女が苦悶の喘ぎを漏れだしていることに気がついた。

反応が遅ければ俺の頭と胴体が泣き別れをしていただろう。

 

「っ!?」

 

二振りの双剣から繰り出される銀閃が俺を襲うが寸での所での回避が成功し距離を開けることになる。

 

「……。」

 

「こいつ…一体?」

 

ゆらりと立ち上がる少女は俺の問いには答えてくれずただだらりと両手に握った双剣を此方に構えている。

窓から差し込む月明かり…と言うよりも不気味なほどに朱い月が少女を姿を映し出し左右の瞳は生気がなく赤と緑の色に染まっていた。

 

俺は思わず後ずさるとその瞬間を待っていたかのようなタイミングで襲いかかってきた。

 

ゆっくりと歩を進めるような動きではあったが次の瞬間には俺の間合いに入ってきており、俺は咄嗟に特化型を引き抜きソードモードに切り替え《結合崩壊》を発動させて切り結ぶ。

高級ホテルの一室に似付かない剣激音と火花が飛び散る。

 

数度刃を合わせると不気味な雰囲気が俺に伝わってきた。

 

(出口は…後ろか!)

 

自己加速を併用しながら少女の持つ二振りの双剣を弾き飛ばしこの部屋からの脱出を図ろうとする。

 

するのだが、それは叶わなかった。

 

「なっ!?」

 

弾き飛ばしたはずの双剣が少女の手の中に戻ってきており脱出の進路方向に既にいるのだ。

まるで俺がこの部屋からの脱出を予期していたかのように。

少女が刺突による攻撃を仕掛けてくるが既に自己加速術式が発動してしまっているのでキャンセルは出来ず腹部に双剣が突き刺さりそうになるが障壁魔法をピンポイントで発動し弾いた。

 

「っ…!!」

 

少女の表情が俺の《瞳》に飛び込んでくるがその表情は左右が赤と緑に彩られ、所謂オッドアイとなり表情に狂喜に歪み笑みを浮かべていた。

 

「…。」

 

衝突した結果二人はバランスを崩し少女諸とも倒れ込み襲いかかってきた少女が俺の上に覆い被さるような体勢になり双剣を俺の頭蓋へ振り下ろそうとした。

 

少女の持つ双剣を《瞳》で確認すると無邪気な悪意を感じた。

 

(出会い頭にご挨拶だな!てか、俺だけじゃなくてこの女もこのままだとヤバイ気がする…!使いたくなかったが…!!)

 

頭蓋へ勢いよく刺突する少女の持つ剣の刃を掴むと同時に、手首に装着したブレスレッド型CADが起動し詠唱破棄による《虚無》を発動した。

 

掴まれた剣先に黒球が発生し《虚無》の膨大な局所的エネルギーによって消滅を引き起こし、刀身部分が消滅していく。

その勢いのまま恐らくだが刃先が生成されるコアの部分にまで到達すると柄だけを残し破壊されてしまった。

 

少女が持つ双剣が破壊されたことにより俺の上に馬乗り…というよりも端から見れば少女が情熱的に俺に迫っているような状態で非常に不味い訳で…。

 

「あの…。」

 

「ううん…。」

 

上に乗っている少女に数度声を掛けると色めかしい声をあげて少女は気がついたらしい。

 

「……!?」

 

そりゃ当然だ。目の前には見知らぬ男で自分が眼前におりなおかつ自分が情熱的な姿勢をしているのだから。

短いスカートがめくり上がり面積の少ないショーツが見えてしまっている。

 

ハッと我に返った少女が悲鳴をあげそうになった瞬間、俺は情けもなく懇願した。

 

「お願いだから悲鳴をあげないでくれませんかねぇ!事情説明するから!!」

 

 

「つまり、コンビニに向かおうとしていたらこの部屋に来たと…はぁ…つくならもう少しまともな嘘をついてくれます?警備隊に連絡しますか…。」

 

「ちょっ、まてよ…本当なんだけど!!」

 

思わず某キ○タクのような台詞が出てしまったが俺はいたって真面目だ。

ここが何処かは分からないのに捕まるわけにはいかない…と言うよりも小町達の兄として婦女暴行で前科持ちになりたくない。

 

目の前にいる金髪の美少女は手に持った端末に番号を呼び出そうとするが俺はそれを阻止した。

真実を語ったはずなのにどうやらこの目の前の少女には信じて貰えなかったようだ。

 

呆れた口調で俺に語り掛ける。

 

「それで?貴方何処の所属の学生ですの?レヴォルフ?界龍?それともアルルカント?それに名前は?」

 

「あ?レヴォルフ?ジェロン?アルル…なんて?所属、所属か…所属と言えば魔法大学付属魔法第一高校一年になるのか?あー…。」

 

俺の自己紹介に疑問符を少女は付けていた。

 

「第一高校…?それはなにかしら。貴方、六花(アスタリスク)と言う場所は知っているかしら?」

 

六花(アスタリスク)…場所?どう言うことだ?意味は知らないので素直に『知らない』と答える。

 

「知らない。初めて聞いた言葉だしどういう意味なんだ?」

 

嘘偽りなく本当の事を答えると少女は考え込む仕草を取った。

俺もこの隙に《次元解放》で逃げればいいのに律儀に付き合ってしまっている。

まぁ、ここで逃げるを選択すると後々に大変なことになると俺の直感が告げていた。

 

「…一先ず貴方が仮に別世界からきた人間だとしても、それを証明できるものが有りますか?」

 

「有るか?と言われれば有るかもしれないが…あ、君が持ってるソイツをこの場で修復出来たら信じてくれるか?」

 

「あ…」

 

少女が自分の握っている柄だけになっている双剣の惨状を見て美しい表情が曇っていった。

どうやら大事な装備だったらしいが襲われた拍子に破壊してしまったからなぁ…修復するので勘弁してほしいモノだが。

 

「無理ですわ…そもそも『ウルム=マナダイト』は砕くことすら不可能なのにここまで破壊された純星煌式武装(オーガルクス)を修復することなんて…。」

 

純星煌式武装(オーガルクス)?」

 

またしても聞きなれない単語を耳にして疑問を浮かべると目の前の少女は律儀に答えてくれた。

 

純星煌式武装(オーガルクス)は…そうね、この世界は一度壊滅に至りそうになる程の隕石郡が飛来してその隕石郡から万応素(マナ)と呼ばれる…大気中に満ちる未知の元素が検知されたの。その万応素(マナ)が結晶化したのがマナダイトでそれを使用した武装が煌式武装(ルークス)と呼ばれた武装で、周囲の万応素(マナ)を集約することによって刃や光弾を形成することができるの。煌式武装(ルークス)の核に使用されているマナダイトよりも純度の高いモノがウルム=マナダイトと呼ばれる鉱石を核に使用した武装が純星煌式武装(オーガルクス)。威力は比じゃないんです。」

 

その事を説明されて俺は脳内である程度に理解はした。

 

万応素(マナ)…つまりはサイオンみたいなもんか…それを結晶したコアを中心に万応素(マナ)を流して武装を形成する…。魔法師が武装一体型のCADにサイオンを流して硬化と切断力を引き上げる、似たようなもんか。)

 

純度の高い…未知の物質からなる鉱石ということもあり非常に高価なのだろう。

それなら目の前にいる彼女が落ち込むのも分かる気がした。

 

「これが修復出来たら信じてくれよ。」

 

「出来たらの話でしょう?」

 

俺は無理矢理に近い形で呆れた表情を浮かべる少女から奪い取り柄だけになった双剣を机の上に置いてホルスターから特化型CADを引き抜き《物質構成(マテリアライザー)》を発動させる。

 

俺の《瞳》が金色に輝き情報の本流が俺の脳内と魔法演算領域に殺到した。

 

俺が元々持つBS魔法であるが…《物質構成》の理屈と原理は俺にも分かっていない。

 

この魔法を使用することで俺の意識はこの世全ての物質、人物の情報が記された物質記憶表(マテリアル・タイムレコード)と呼ばれる?呼んだ?どっちか定かじゃないがデータベースへ転送される。

正直これが異世界で使えるかは怪しいもんだが…。

 

これを使えばあら不思議、どんな壊れたものでも一発修復。

まるで映像の巻き戻し画面を見ているような状態になる。

 

(ログイン開始…物質記憶表(マテリアル・タイムレコード)起動…平行同位物質検索…検索完了…名称検索確定、『ウルム=マナダイト』及び外装部分を平行同位体と同期開始…完了までコンマ0,1…修復開始…異常検索検知…『未来予知の代償として《夢の中で死を視せる》』能力を確認…同位体再検索…検索完了『未来予知』のみへ変更する…外装、コア部分修復終了…物質記憶表(マテリアル・タイムレコード)からのログアウトを確認。)っと…出来たぜ。」

 

そういって机の上に置かれていた柄だけになっていた双剣は元通りの姿へとなっていた。

 

その姿を確認した少女は驚いていた。

まるでタネの分からない手品を見せられている様だった。

 

「え…?嘘…!」

 

「嘘じゃねぇよ。新品同然に直してやったし、中身を視たときに異物があったから取り除いたんだけど。」

 

「異物…ですか?」

 

「ああ、ソイツの『未来予知』の代償に死の夢を見せ続ける』っていうなんとも意地らしい能力があったみたいだが直すついでに削除して『未来予知』だけが発動するようにしたから。」

 

「え?」

 

修復した武器を手にした少女は俺を見て往復している。

 

「これで信じてくれたか?」

 

俺がそういうと少女は「信じられない…」表情をしていたがしばらくすると突然涙を流し始めたので俺は困惑した。

 

「ちょっ…!な、なんで泣くんだよ。まさか、余計なことしちまったか?」

 

「……!」

 

首を振って否定する

 

涙ぐむ少女にハンカチを差し出すと少女は受けとり涙を拭っていた。

目の前に有る完璧な状態の武器を確認して目蓋を閉じて息を吐いた後に呟いた。

 

「ここまで完璧に修復されたら信じないわけには行かないじゃない…。」

 

その呟きは注意深く聞かなければ聞こえなかったがしっかりと俺の耳へ入ってきた。どうやら呆れているのだろう。失礼な…。

 

「信じてくれたか?」

 

俺が少女に話しかけると「仕方がない」と言った風だった。

 

「ええ、信じましょう…それで貴方のことは何とお呼びすれば良いのでしょうか?」

 

お嬢様的な口調が普段使いなのだろう。

猫被ってやがるなこいつ…。

まぁ、それは置いておくとしてだ。

 

「…そうだな、名護蜂也(なごはちや)とでも呼んでくれ。」

 

なぜか咄嗟に偽名を名乗ってしまって

 

「分かりました、それでは蜂也とお呼びしますね?」

 

初対面で尚且つ、部屋に侵入し大事な武器を壊した人間に対して笑みを見せた少女に対して俺は「無理してるんだな…」と言う感想を抱いた。

というかお前も初対面で名前で呼ぶのな。異世界でも流行ってるの?

 

「まぁ何でもいいけど…勝手に部屋に入っちまって悪かったな。帰るよ。」

 

「あ…。」

 

と、言うようなやり取りをしてと自宅へ帰宅しようと思いCADを起動させて《次元解放》を発動させ空間に歪みが生じ…ることは無かった。

 

おいおい…冗談だよな?

 

数度起動式を展開するが歪みは生じるがゲートが開きはしなかった。

CADは異常なく動作しているのだが起動式が反応せず《次元解放》はいくらやっても発動しなかったのだ。

 

「…マジかよ。」

 

つまりは行き着く先はここに留まらないと行けないと言うことだ。

魔法が不発した姿を見て少女が笑っている。

 

「ふふっ、まさか事故でここにたどり着いたのに戻れなくなってしまうとは…貴方ジョークのセンスがあるのでは?」

 

俺が研究室に戻れないのは大体察しがついた。

此処が俺が居た別世界だとすると戻ろうとするサイオン量が足りなく枯渇している状態なのだろう。

さっき《物質構成》も使ったしな…恐らくこの世界ではサイオンの含有量が空気中に少ないのだろう。《瞳》で視る限りサイオンに近しい別系統の魔力…つまりは万応素(マナ)が大気中に満ちているのでそれをどうにか出来れば回復するまで多少の時間が掛かるだろうが問題なく使用できるだろう。

 

しっかし、どうするかな…突然迷子になったような気分だ。

ストリートでファイトして稼ぐか?それが許される世界かどうかは知らんけど。

 

俺が思案しひとしきり上品な笑い声をあげていた少女が俺の前に立った。

 

ふと、目の前の少女へ視線を向けると暗がりで良く見えなかったが腰まで有る豊かで煌びやかな金髪と整った顔立ちに均整の取れた四肢に制服の上からでもはっきりと分かるぐらいに育った豊かな果実が実なっていた。

 

「蜂也?」

 

名前を呼ばれた音色が一瞬昔の知り合いと被って反応が遅れてしまい、微妙な対応になったが怪訝な表情はされなかった。

 

「取り合えず此処から出ていくわ。君の迷惑になりそうだし。」

 

「クローディア。」

 

「あ?」

 

「君、ではなくクローディア・エンフィールド。クローディアと呼んで戴けますか?」

 

何故唐突に自己紹介と名前呼びを強要されたのかは分からないが名字で呼ぶと恐らく蒟蒻問答的なことになることは想像に難くないので多少の抵抗感はあったが名前で呼ぶことになった。

 

「わーったよ…クローディア。」

 

俺がぶっきらぼうにそう言うと意外なコメントが帰ってきた。

 

「もし宜しければ貴方の世界について話してくださいませんか?少し興味が湧いてきましたので。貴方の使うその魔法にも。元の世界には帰れないのでしょう?何でしたら私の部屋を使っていただいてもよろしいですが…。それとも此方のお礼の方がよろしいでしょうか?」

 

そう言ってきて俺のとなりに立って腕を取って体を密着させる。

その瞬間に女子特有の甘い香りと二つの柔らかいものが腕に伝わってきた。

 

どうやらクローディアはこうやって男を弄ぶ(もてあそぶ)のが好きのようだ。

初対面の男子に対して何をぶっこんでいるのか思わず顔をみてしまったがこう言う手合いはそれに乗ると喜ぶからな、過去の体験談だが。

 

「アホか。年頃の男子生徒の性欲甘く見すぎだろ、そもそもお前みたいな美少女が一緒の空間に居たら緊張しすぎて眠れなくなるわ。それに俺は施しを受けても与えられたくないから。」

 

俺がそう言うと顔を少し紅くして美しい顔に笑みを浮かべ反応した。

 

「それ言っていることは同じなのでは…?それにこんな時間にいく宛もないでしょうし、此処は女子寮ですよ?異世界から来た男子生徒といってもこの時間に見つかったら警備隊に逮捕されちゃいますよ?」

 

後々の事を考えれば今此処で彼女の部屋から出るのは得策ではない。夜も深夜と言って良い時間帯だ。

先程の騒動も咄嗟に消音魔法を使っていなければ今ごろ騒動になっていただろうがそれがある意味怪我の巧妙と言えるだろうが…。

それに、こいつと話すことでこの世界について知ることができるだろう。

 

「俺の話を聞いても楽しくないと思うが…。」

 

目の前にいる少女

 

「決まりですね?それでは…」

 

クローディアの部屋で色々な事を聞かれた。

俺が誰なのか、何処に住んでいたのか、どういう魔法が使用できるのか、何て質問を受けたが実際に魔法を使用して見せると年相応の笑顔や喜びを見せていた。

 

「わぁ…すごい…!」

 

魔法を使用し台所にあるポットに茶葉をいれてお湯を沸かせ、ティーカップに注ぎ入れた。

しかしそこには人がいなくポットとティーカップだけが浮いている状態だ。

 

単一の系統の魔法を数種使用しているだけだが《魔法》という異能を見せるには充分だろう。

 

「お気に召してくれてよかったよ。クローディア、この世界について聞かせてくれないか?」

 

魔法を行使しながら目の前にいる先程魔法で淹れた紅茶を手渡すと答えてくれた。

 

此処は水上学園都市『六花』。

場所的には千葉の沖合いにある人工島、六角形からギガフロートからなる七つの島の見た目が氷の結晶のような見た目からそう言われているそうだ。

 

その形から通称アスタリスクと呼ばれるこの場所は旧世紀、無数の隕石が降り注ぐ未曾有の大災害「落星雨(インベルティア)」によって世界が一変し既存の国家は衰退し、一方で無数の企業が融合して形成された統合企業財体が台頭しまた落星雨は万応素(マナ)が結晶化したマナダイトという鉱石と、生まれながらに驚異的な身体能力を持つ新人類《星脈世代(ジェネステラ)》の誕生という、言うなれば特殊な能力を持つ新人類が誕生し言い方が悪いが隔離させるために創られた都市であるということ。

 

聞いた話じゃ星脈世代(ジェネステラ)は普通の人間に対して身体能力の差があるために例え正当防衛であったとしても星脈世代(ジェネステラ)が罰せられることになるらしい。

向こうの世界と同じで魔法師が力を持つために罪が重くなるのと同じか…。

 

「こっちじゃ星脈世代(ジェネステラ)は人種的な差別はされてないのか?」

 

「ある種の新人類のようなものですので…そうですね、差別的なものはあります。だから星脈世代(ジェネステラ) となった少年少女達は暴れたいという人や自分の力を示したいという人がこの《アスタリスク》へやってくるんですよ。そこで行われる《星武祭(フェスタ)》に参加するんです。」

 

星武祭(フェスタ)?」

 

クローディアに教えて貰ったがテレビ中継される力を持った生徒同士で行われる武闘大会らしい。

 

優勝者は好きな望みを叶えてもらえるというバトルエンターテインメント《星武祭(フェスタ)》、そこでの優勝を目指して《星脈世代》の少年少女たちは水上学園都市《アスタリスク》で研鑽を続けているらしい。

そして学内の序列を決める十二まである《冒頭の十二人(ページワン)》に載ると強力な《純星煌式武装(オーガルクス)》の使用権が与えられて《星武祭(フェスタ)》を勝ちやすくなる、まぁそれだけで勝ち抜ける程甘くは無いそうなので勝率が上げる為には必要なことらしい。

 

それに《在名祭祀書(ネームドカルツ)》に成れば優遇対応されるようなのでそれもあるだろう。

 

これを運営…《アスタリスク》を運営している統合企業財体は《星脈世代(ジェネステラ)》を管理し《アスタリスク》を管理し財源の一つとして学生達の決闘を見世物としてテレビ放映し莫大な興業収入を得ている。《星武祭(フェスタ)》は多数の消費者が望む方向にへ運用される。

だからこそこの《星武祭(フェスタ)》は学生だけが参加を許されており、だからこそ見映えの良い《星脈世代(ジェネステラ)》の少年少女が多く在籍しているのもそのためらしい。

 

確かに今目の前にいるクローディアも類を見ない程美少女だろう。

…姉さんと深雪達に匹敵するだろうな。此処では言わないが。

 

ジーッとクローディアの顔を見ているとこっちの視線に気がついたのか顔を紅くして恥ずかしそうにしていた。

しまった、女の子の顔をじろじろ見るもんじゃないよ?と小町に言われたのを忘れてた。

 

「…こほん。改めて蜂也、《星武祭(フェスタ)》に参加しません?」

 

「?さっきの話を聞いた限りだと《アスタリスク》の生徒じゃなきゃ参加できないんだろ?そもそも俺の実力じゃその《星武祭(フェスタ)》で勝ち抜けないぞ?」

 

「そんなこと言われてしまうと私自信を無くしてしまいそうです…。」

 

と、言って泣き真似をしようとしていたのであきれた表情をしているとその反応がつまらなかったのか普通の様子に戻りその件について説明してくれた。

 

「貴方の話を聞いた限りなのだと学内で指折りの実力者…それに《九校戦》では模擬実戦の試合は優勝をしているのでしょう?先程見せてくれた魔法は強力すぎます。」

 

「たまたまだっつーの…。」

 

「それに一応私は星導館学園の序列2位なのですよ?いくら《パン=ドラ(この子)》のせいで貴方に襲いかかったとしてもそう簡単に負けたりしないですわ。」

 

「お前序列二位だったのか…すごいな。」

 

実際本当にクローディアの戦闘技能は凄いものであった。

咄嗟に俺が《虚無》を使用しなければ危ない状況だったのもあるがそれはクローディアの手に持っている武装と本人のポテンシャルもあるだろうからな。

それは素直に関心していた。

 

「蜂也、私は叶えたい願いがある。私のお手伝いをしていただけませんか?」

 

柔らかな笑みを浮かべていたクローディアは真面目な表情になり俺に懇願してきていた。

 

「…。」

 

俺は頭を抱えた。

この異世界で俺が関わって良いものなのだろうか、と思ったが既にこの状況に巻き込まれて《次元解放》のエネルギーも充分に貯まっていない。

 

それに俺はこの世界について興味を持っていた。

 

それならば答えは一つだろう。

 

クローディアが不安そうに俺を見ているのが目に入ってしまったので思わず苦笑してしまった。

 

「クローディア、お前のパソコンを貸してくれ。」

 

「え?ええ…一体何を?」

 

「まぁ見てろって。」

 

そう言ってクローディアの部屋に備え付けられている一般的なデスクトップを借りて高速でキーボードを二枚使いネットを経由してとある情報を偽造作成しあたかもそれが本物であるかのように。

 

その姿を見ていたクローディアが頭に?を浮かべていた。何をしているのか分からないだろうが。

パチン、とキーボードのエンターを勢いよく叩くと偽造データの作成を完了させた。

 

「一応、俺はこの世界に居る 《星脈世代(ジェネステラ)》の『名護蜂也』としての偽造データをデータバンクに潜り込ませた。これで俺もこの世界に存在する人間になる。それに俺は星導館学園一年《名護蜂也》だ。」

 

その事を告げるとキョトンとした表情を浮かべていた後に突如として笑い始めた。

 

「へ…?…ぷっ、あははっ!…はぁ~、貴方本当に規格外ですわね…それも《魔法》ですか?」

 

改竄したデータの履歴が残らないようにハッキングしただけで《魔法》ではなく《技能》だけどな…。

その事を伝えるのは少々手間なので勘違いして貰うことにしよう。

 

「まぁ《魔法》みたいなもんだな。」

 

「今度その魔法も教えてくださいね?」

 

「ああ。」

 

今度はクローディアが改めて俺に向き直り告げた。

 

「改めてようこそ、星導館学園へ。名護蜂也さん。私は貴方に望むことは《勝つ》事です。」

 

「(暇潰しには最適か…それに願いが叶うってんなら開発途中の《アレ》もどうにかできそうだな。)随分と期待されてるが…まぁ失望されない程度には頑張りますか。」

 

「よろしくお願いしますね。蜂也。」

 

そう言って右手を差し出してきたクローディアに困惑した。

躊躇しているとクローディアが俺の手を握ってきた。

柔らかいおおよそ戦う者の手ではないことが俺に伝わってきた。

 

「…よろしくな、クローディア。」

 

異世界から来訪した男と、願いを叶える為に戦う少女の奇妙な物語が始まる。




連載させるかは…未定です。

当作品をご覧いただきありがとうございます。



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壊劫の魔剣(ベルヴェルク=グラム)

「う、うぅん…。」

 

「(おかしい…何故クローディアが俺の横で尚且つ俺の膝を枕にしているんだ…。)」

 

一夜明け…というよりも一晩中クローディアと話していたのでまともな睡眠をお互いに取れていないのだがそこは魔法を使用し短時間睡眠の魔法を掛けた。

 

クローディアの部屋のソファーを借りて睡眠を取っていたのだが自分のベットで睡眠を取っていたクローディアがいつの間にか俺の隣に座り俺の膝を枕にしてスヤスヤ、と眠っていた。

その寝顔は非常に健やかであり悪夢は見ないようになっていたので良かったと思い俺は無意識に膝に乗せているクローディアの頭を撫でていた。

 

「あ、やべ…。」

 

自分のした行動に後悔したが膝上の彼女は嬉しそうな笑みを浮かべ眠ったままだった。

 

 

眠気もバッチリ取れて行動を開始した。

 

少し時間が経って星導館学園高等部の生徒会室へ移動していた。

 

「それでは今日から蜂也には副会長になって貰います。」

 

「おい待て。体験入学って話じゃなかったのかよ。」

 

「そのつもりで蜂也にはいて貰うつもりだったのですが…蜂也には私の御付きの役職…副生徒会長として隣にいてくれた方がちょっかい掛けられずに済みますし。」

 

「《星武祭》に参加するんなら目立つも目立たないも無いだろ…。まぁ、変に他の生徒達に勘繰られなくて済むか…。」

 

「そう言うことになりますね…と言うわけで蜂也。これを。」

 

そう言ってクローディアは座席から立ち上がり棚の上に置かれていた丁寧に畳まれ新品の衣服を俺に手渡してきた。

 

「これは?」

 

「星導館学園の指定制服です。どうぞ。」

 

「おお、サンキュ。…あのさ。」

 

「はい?なんですか?」

 

クローディアは手に持ったビニールを持つ俺を見て首をかしげている。

 

「着替えたいんだけど…部屋から出てくれない?」

 

「私は気にしませんけど?」

 

「俺が気にするから出てくんない?」

 

「気にしませんのに…。」

 

そう言って不満げな表情でクローディアは会長室から出ていった。

一人残された俺はクローディアに対して「俺が悪いのか…」と呟いてしまった。

 

 

「…クローディア。着替え終わったからもう大丈夫だぞ。」

 

着替えが終わり部屋の外にいるクローディアを呼ぶと「はい」と返事が返ってきた次の瞬間には部屋のドアが開いており制服に着替え終わった俺の制服姿を見て言葉を掛けた。

 

「非常に良くお似合いですよ。蜂也。サイズもぴったりですね。」

 

「そうか?なんかコスプレしてるみたいでこそばゆいんだけど…。」

 

「着なれているような感じがしますが…。」

 

「そうか?偶々だろ。」

 

白を基調とした上着でデザインは普通の公立高校じゃ見かけないどっちかと言えばヒロイックな部類のいわばライトノベルの主人公陣営が着用するデザインだった。

下は普通のスラックス…ちょいとタイト目に作られているのだろうか、足に纏わりつくような感じだが不快感はない。

 

「あっ、蜂也。これを左胸に付けてください。」

 

俺の姿を見て嬉しそうな表情を浮かべていたが次の瞬間には思い出したかのように俺に近づきクローディアが着用しているブレザーのポケットから板状のナニかを取り出した。

 

「なんだこれ?」

 

「アスタリスクにいる生徒はこれを付けるんです。」

 

「ああ、決闘の受諾とかもこれで行うんだっけか…。」

 

手渡された板状の物体は星導館学園が記された六角形の校章であった。

決闘とはなんとも物騒だな、と思ったが此処では《冒頭の十二人》なるために必要ないわば儀式のようなモノらしい。

 

決闘と聞けば血で血を争う戦い…を想像するかも知れないがアスタリスクでは戦いはあくまで『エンターテイメント』であるため《星武憲章(ステラ・カルタ)》によって定められた生徒同士の厳格なルール『アスタリスクにおける全ての学生同士の闘争は、お互いの校章を破壊を目的とする場合のみこれを許可する』とあるためこのような校章の破壊で決闘の勝敗を決めるのだそうだ。

 

「付けて差し上げますね、蜂也。」

 

「いや、自分でつけるからいい。渡してくれよ。」

 

「付けて差し上げますね、蜂也。」

 

「いや、だから。俺が自分で…」

 

「付けて差し上げますね、蜂也。」

 

手に持った校章をクローディアが俺が自分で付けるというとまるで壊れたラジオのように同じことを繰り返し若干の恐怖を覚えた。

だって笑顔のまま同じことを繰り返してるんだぞ?怖いに決まってる。

一瞬の脳裏に姉さん(ヤンデレの姿)が思い浮かびブルッと震えそうになった。

 

こういう時は下手に抵抗せず受け入れる方が無駄な被害を受けずに済むもんだ。

 

「付けて差し上げ…」

 

「分かった、もう分かったから…お願いします。」

 

「失礼しますね。あ、座ってください蜂也。」

 

「ちょ!お前…何してんだよ。」

 

観念してクローディアから校章を付けてもらうことにしたのだが、その付け方に問題があった。

普通に正面に立ち、腕を伸ばして取り付ければ良いだけなのにクローディアは座っている俺の眼前に立ち膝の上に股がるようにして校章を着けてきた。

 

「うーん…着けづらいですね…。」

 

クローディアが呼吸をする度に俺の眼前に広がる二つの果実が揺れていて非常に目のやり場に困っていた。

 

「お前…わざとやってるだろ。」

 

「ふふっ…どうしました?」

 

「いいから早く着けてくれよ…。」

 

「むぅ…。」

 

俺の反応が面白くなかったのか少しむくれたが直ぐ様いつもの表情に戻り校章を取り付け終わった。

いやこんなに早くつけられるならさっきの手間取り無駄でしたよね?

 

「はい、これで大丈夫ですよ。」

 

「釈然としねぇけど…ありがとな。」

 

俺に左胸には星導館学園の校章である不撓の象徴たる赤い蓮の花「赤蓮」がそこにはあった。

 

「それでは蜂也、向かいましょうか?」

 

「向かうって何処にだ?」

 

「あなたが配属される教室にですよ。」

 

「はぁ?」

 

 

「あー、と言うわけで。突如今日からこの星導館学園に転校?してきた名護蜂也だ。お前ら適当に仲良くしろよ?」

 

なんともまぁ、教師にあるまじきなんとも雑な紹介だと思った。

しかし、突如としてPD(パーソナルデータ)がポッと現れ、この星導館学園への転入が決まったとなれば教師陣は怪しむだろうが俺が作り出したPDは疑い様の無い内容なので首を傾げただろう。

それもクローディアがあの短い時間で上手くやったのだろう。その手腕は流石と言いようがない。

 

教卓の前に立つと座席の方からヒソヒソと…特に女子生徒の声が聞こえてきた。

悪意があるのなら直ぐにでも感じ取れるのが俺の特徴なのだが、それが一切感じられない。

どちらかと言えば好奇の視線に晒されているのが俺には理解ができなかった。

 

教室を見回すとクローディアの言っていた事は確かだな、と納得した。

男女共に整った顔立ちで顔面偏差値が60は越えているだろうなと言うことは間違いなく、これは映像映えしそうだなと納得した。

特に右から二列目後ろから三席目の現実ではあり得なさそうなストロベリーブロンドと言うのだろうか?桃色が強い金髪が特徴的で周りと壁を作っていそうな美少女と眠りこけている青み掛かった黒髪セミロングの美少女が目に入ったが多分、と言うか確実に話すことはないだろうとすく様に意識を全体に向けた。

 

隣に立つ教師が持っているブツがおおよそヤンキー漫画でしか見たことがない年季の入った釘バットを一瞥して気になったが「早くしろ」と視線で促してきたので自己紹介する。

 

「名護蜂也です。よろしく?」

 

「なんで疑問系なんだよお前…。」

 

あまりにも素っ気ない自己紹介にクラスメイトが転けそうになったが、期待に答えてやる義理はないし仲良くする気もない。

そんな俺を見るクラスメイトの視線は様々だった。

興味津々なもの、無関心、探るようなもの、警戒しているもの。

悪意の視線がないだけまだましだと思うのは俺が毒されているからだろうか。

教師に言われ適当な空いている席に着席する。

 

奇しくもそこはラノベ主人公が座る窓際最後尾の席だった。

此処は「やれやれ」と言うべきなんだろうか…。

 

落星雨(インペルディア)以降の歴史については聞きたかったので一般授業の際は認識阻害の魔法を掛けてサボっていても大丈夫なようにしており俺は俺でこの《アスタリスク》について調べていた。

 

◆ ◆ ◆

 

翌日、女子寮付近の外の自販機にて販売されていたマッ缶を煽っているとクローディアから端末へ呼び出しが入った。

 

「早朝にごめんなさい、蜂也。貴方が使用する《純星煌式武装》の適合率試験を行いたいと思います。それでなんですが生徒会室に来ていただけませんか?」

 

「分かった。直ぐに行くよ。」

 

その話を聞いて俺は《純星煌式武装》の貸与は《冒頭の十二人》にならなければ無理なのでは?と思ったが此処で一人考えるだけ無駄であることを悟った俺は生徒会室へと向かった。

 

生徒会室へ到着すると笑顔でクローディアが迎え入れてくれた。

その笑顔は無理をして作っているのではなく心からの笑顔だった。

何故その表情を俺に向けているのか分からなかったが。

 

「クローディア、一つ聞きたいんだが…」

 

「はい?なんでしょうか。」

 

「なんで俺が《純星煌式武装》の適合率試験を俺が受けられるんだ?一般生徒だろ。」

 

「ああ、その事ですか…適合率試験に関しては一般の生徒でも受けることができますよ?使えるかは別問題ですけれど。」

 

どうやら俺の文章の読み取りが間違っていたようで《冒頭の十二人》や《在名祭祀書》でなければ触れることすら許されていなかったわけではないようだ。

 

「なるほどな…しかし俺に適合してくれる装備があるかね…。《純星煌式武装》ってのは意識みたいなもんがあるんだろ?」

 

無意識に卑屈になる俺を見てクローディアはきっぱりと否定した。

 

「大丈夫ですよ。蜂也に使いこなせない武装はないです。」

 

お前を信じている、と言わんばかりの期待の目が俺に向けられているのは非常に心苦しいものがあるが…まぁ、やるだけやってみるか。

 

「それでは装備局へ参りましょうか?」

 

「ああ、頼むよ。」

 

こうして俺はクローディアに連れられて装備局フロアへと進む。

近代的な内装に清掃が行き届いた清潔な通路を通りすぎるとエレベーターへ到着した。

 

クローディアに案内されてさらに地中へと潜っていくとそこは地下なのにやたらと広いトレーニングルームのような空間だった。

片方の壁には六角形があしらわれた模様がびっしりと敷き詰められており反対側はガラスになっており白衣を来た男女が世話しなく動き回っていた。

見た目から見ても学生ではないようなので装備局の人員なのだろう。

早朝から申し訳無い気分にさせられた。

 

「それで?どういう手順でこのスーパー武器は貸し出しされるんだ?」

 

スーパー武器…クローディアは《純星煌式武装》の事かと理解するまでに数秒掛かったが蜂也の疑問に答えてくれた。

 

「手順としては簡単ですよ?希望する純星煌式武装を選んでいただき適合率試験を受けて適合率八十パーセントを越えればそれが貸与されます。」

 

「越えなきゃダメな上に《冒頭の十二人》じゃなきゃ使用はできないか…。なぁ、これ俺って、」

 

「蜂也は一応二枠あるうちの特待生の一枠を使って転入してることにしてますので適合率試験に合格できれば使用できますよ?」

 

やらなくても良いんじゃ?と言うと思った瞬間にクローディアに説明されてしまっていた。

 

「…ちなみにだがその特待生の処理は?」

 

そう聞くとクローディアは俺の耳元に近づきヒソヒソと説明した。

 

「貴方がPDをでっち上げてその後に、ですよ。」

 

「そうかい…。」

 

「褒めても良いんですよ?」

 

「ありがとな…。」

 

俺は目の前にいるこの美少女の手際のよさに感服するしかなかった。

 

一連の流れを聞かされて星導館学園に現存する《純星煌式武装》のリスト一覧を見せてもらっていた。

話によると此処にある数は二十二。この数はアスタリスクの中でもトップクラスの総数らしい、が…。

 

「これだけ数が揃っているのに当校は近年のシーズンで最下位が続いているんですよね…。」

 

「こんだけあるのにか?」

 

「ええ…嘆かわしいことですが。」

 

「…。」

 

若干クローディアの黒い部分が見えた気がしたが気のせいと言うことにしておこう。

リストの一覧を見るとどうやら刀や剣と言った近接武装が多いようでその手の武装に限っては俺はずぶの素人になるので拳銃型でも使わせてもらおうかと次のカタログページへ飛ぼうとした瞬間に目についたモノがあった。

 

「ん?」

 

『両手剣型純星煌式武装(オーガルクス)壊劫の魔剣(ベルヴェルク=グラム)》』

隣にいるクローディアに聞いてみる。

 

「なぁ、クローディア。こいつって…。」

 

「はい、壊劫の魔剣(その子)ですか?…あまりおすすめしませんよ?」

 

「どうしてだ?」

 

理由を聞いたら壮絶だった。

 

「…壊劫の魔剣(その子)をまともに起動できたのは誰もいないんですよ。何故なら全員が病院送りにされてる純星煌式武装で起動させたら使用者が死亡する、とか手にした瞬間目に写るものを全てを破壊する…云わば試作品止まりの欠陥品ですね。」

 

「なにその…欠陥純星煌式武装(オーガルクス)。」

 

まるで諸刃の剣のような装備に某機動戦士のようにペーパープランだけで終わった機体のような有り様に俺は若干のロマンを感じた。試作機って響きが良いよな。

 

「こいつの適合試験をさせてくれ。」

 

「え、壊劫の魔剣(その子)の適合率試験を受けるんですか?ほかにも黒炉の魔剣(セル=ベレスタ)とかありますけど…」

 

「いや、こいつにさせてくれ。」

 

惹かれるものを感じた

 

「…分かりました。ただ本当に壊劫の魔剣(その子)は危ないので不味いと思ったら直ぐに離してくださいね。」

 

「分かった。」

 

俺が壊劫の魔剣(こいつ)を選択し一覧のウィンドウを閉じると同時に床から六角形のユニットがせり出して来た。

模様に見えた六角形の模様は武器を収容するコンテナの役割を果たしていたようだった。

見た感じは通常の煌式武装と何ら変わらないモノだが異様な威圧感をこのシンプルな見た目から感じた。

中央のコアは緑色ではなく黄色…と言うよりも金色に近い色だった。

 

俺は臆することなくその発動体を握ると柄が形成されていく。

先ほどディスプレイで見たものよりも大型になっておりサイオン…もとい万応素を込めると刀身が形成される。

しかし、その刀身はやはり画像で見たものとは違い片手剣サイズではなく大剣サイズであった。

 

『計測準備整いました。どうぞ始めてください。』

 

スピーカーから職員の声が聞こえたので柄を握り目を閉じる。

 

力を込めたその瞬間。

 

バチンッ、と全身に電気が迸るように激痛が駆け巡った。

 

「い゛っ゛た゛っ゛!!!」

 

全部に濁点がつくような悲鳴を挙げて手に持った純星煌式武装を地面に突き刺し蹲る(うずくまる)

思わず《物質構成》が発動するレベルの痛みであった。

 

「!?蜂也!?大丈夫ですか!?…っ蜂也!今すぐ手を放してください!!」

 

突如絶叫を上げて蹲る(うずくまる)俺を見て駆け寄るが左手で制する。

 

『現在適合率マイナス値です!このままでは危険です!』

 

スピーカーの声にクローディアは焦りを見せる。

 

俺は握る柄から…と言うよりも壊劫の魔剣(こいつ)自身から紫電が走り俺に襲いかかる。正直めちゃくちゃ痛い。

咄嗟に電気に対する魔法を使用しているのだが、それでも痛い。

 

「蜂也…!?私の声が聞こえていないんですか?」

 

「ちょっと待っててくれ…!!」

 

壊劫の魔剣(こいつ)からの悪意と痛みを感じ受け取っているがこの程度児戯に過ぎない。

こいつにはクローディアが教えてくれた『意思のようなものが存在する』という話しは本当だったと冷静に分析している自分自身に笑いそうになったがこのままでは拉致が空かないので壊劫の魔剣(こいつ)を『分からせる』事にした。

 

「蜂也!?一体何を…!?」

 

クローディアは驚いただろう。

何故なら壊劫の魔剣(こいつ)に対して殺気をぶつける。

 

「は、蜂也…?」

 

それこそクローディアが肩を抱いて震えている。

今まで感じたことなど無いであろう濃密な殺気が部屋全体を包み込む。

 

空気が凍った。

 

物理的な温度ではなく、背筋を凍らせる心情的なプレッシャーが襲いかかった。

 

『……!!!』

 

「言うこと聞け。」

 

メガネ越しに《瞳》を金色に輝かせながら逆らえばお前をこのまま破壊する、と言わんばかりの殺気をぶつけ壊劫の魔剣(こいつ)の柄を握りつぶさんとするとこいつには逆らってはいけないと武装ながらに察したのか紫電が収まり全身の激痛は収束した。

 

チラリと手に持った純星煌式武装を見やる。

 

そこには純星煌式武装の発生器から生成された刀身はかなり大型であり所々に刺々しい突起が規則正しく並び金色よりのまるで稲妻のような色をした美しい大剣であった。

パチリ、と紫電が迸る

 

「こいつが壊劫の魔剣(ベルヴェルク=グラム)か…。 」

 

突如のことで空間が静まり返っていたが俺が起動に成功させたことでクローディア始めとした人員達がハッとして動き始めた。

 

「大丈夫なんですか蜂也!?」

 

飛びかからんとしようとしているクローディアを空いている手で制した。

 

「おう…めっちゃ疲れたけどなんとか起動させたぜ。」

 

そういって持ち上げると鉄パイプほどの重量が片手に掛かる。

暴れる様子も見えなかった。

 

「…ふふっ、本当に貴方は規格外ですね。でも、お見事です。適合率は?」

 

こちらを見たまま装備局の人員へ問いかけていた。

恐らく自分達に問いかけられているものでないと思ったのだろう、一瞬の空白が出来た後にハッとして報告をしてくれた。

 

『ひゃ、百パーセント、完全適合です…あり得ない…。』

 

「大変結構。」

 

クローディアは満足そうに頷いた。

 

「蜂也、その武装の使用権はあなたに譲渡されました。」

 

「ああ。この跳ねっ返りをどうにか使いこなさないとな…。」

 

そう言って《壊劫の魔剣(ベルヴェルク=グラム)》を掲げると声が聞こえた気がしたが気のせいだった。

 

大丈夫だと言ったのだがクローディアが俺を心配して治療をしてくれたのだが適合係数がマイナス値に移行してからの完全適合は史上初だったとあとからクローディアから聞かされて俺は「うげぇ…」となったが何故か彼女は誇らしげだった。

あとやたらと俺に密着して治療をしていたので「それ包帯巻きにくくねぇ?」と突っ込むと不服そうにしていたのは何故だったのだ。

 

「蜂也、お話したいことがありますのでお時間よろしいですか?」

 

「別にいいけど…ここじゃダメなのか?」

 

俺がそう告げるとクローディアは瑞々しい唇に人差し指を立てて「シーっと」のポーズ取っていた。

 

「ここは《アスタリスク》ですよ?蜂也。日本のことわざで『壁に耳あり障子に目あり』です。」

 

 

《アスタリスク》にて生活する生徒は所属する学校において寮が設けられておりそこに住むのだが今のところ俺には部屋がない。

寮生活ということもあり一部屋二名で構成されるのだがその相方に追い出された、という意味ではなくそもそもにおいて部屋がないのだ。

 

じゃあ一体何処に住んでいるのか?となると…。

 

「クローディア…お前よ…。」

 

「?、どうしました蜂也。ありがとうございます。」

 

部屋は、あることにはある。しかし住んでいる場所が不味いのだ。

 

「いや、男がいるのに…その格好で寛ぐなよ。」

 

「ふふっ、自分の部屋なのですから寛ぐのは当然ですよ?」

 

会話しているクローディアは、お風呂あがりだったのだろう湯気を待とって身に付けているものといえば真っ白なバスローブだけだった。

…お前は平成初期のトレンディードラマの女優か、と突っ込みたくなったが似合いすぎていてしかも、軽く巻かれているので胸元が飛び出してしまいそうになり肌を伝う水滴が瑞々しい肌で弾いていた。

バスローブのスリットから上気した肌が彼女の色気を増していた。

 

「蜂也、こちらへ。」

 

彼女に誘導されるがままにベットに腰掛ける。

 

「ああ…ってなんで俺の横に座るんだよ。」

 

「別によいではありませんか?減るものでもありませんし。」

 

減るんだよなぁ…青少年的ななにかがな。何て事を言うとからかわれることが確定してしまうので口をつぐんだ。

 

「そうかい…それで?なんで呼び出したんだ?部屋割りがきまったとか?」

 

そう、俺は現在この学園の生徒会長であるクローディアの部屋の一室を借りている状態なのだ。

その事を告げるとクローディアは不思議そうな表情を浮かべていた。

それだとクローディアの部屋に行くときに自警団にバレるんじゃね?と思うだろうがそれは認識阻害の魔法を掛けて入退室しているので今のところは問題はないのだが…。

 

「部屋割りはないですよ?蜂也は私の部屋で一緒に過ごすのは不満ですか?」

 

「年頃の男女が一緒の部屋にいちゃいかんだろ…。」

 

「私は構いませんのに…っとそうではありませんでした。蜂也のお時間をいただいたのは近々特待生の枠を使った転入生が我が学園へ入学してくるのです。」

 

「そういう話だったのな…んで?どんな奴よ?」

 

「こちらの少年ですわ。」

 

そう言って端末に今度転入してくる少年のPDが表示されていた。

至って普通…まぁ何というか飄々としている少年、歳も俺と同じように見えた。

経歴も至って普通で何処かの武術大会で優勝した、とか飛び抜けて頭がいい。という特徴的なものは無く特筆するものとして挙げるのであれば『天霧辰明流』と呼ばれる古流剣術と膨大な星辰力が目を引くぐらいだろうか。

 

こんな一見するとただの少年を貴重な特待生枠で編入させるとは思えないのでなにか考えがあって行ったのだがよくわからなかった。

 

期待するような表情でこちらをみやるが俺にはさっぱりだったので「降参のポーズ」を取ると不満げな表情を浮かべ思い出したかのように聞いてきた。

 

「むぅ…そういえばですが蜂也には『望み』はあるのですか?私もこの学園の生徒同様に『望み』があって此処にいるのです。どうですか?」

 

「『望み』ねぇ…。」

 

俺が今一番欲しいモノ…今のところの欲しいものはないが取り合えず向こうの世界には戻りたいが向こうへ戻るサイオンが貯まっていない…というよりもこちらの《万応素》を変換しているのだが質が違うのかなかなか貯まってくれていない。

現在の魔法も《万応素》を変換して使用しているのだがそちらは問題なく使えているのだ。

これは一体どうしたことかと頭を抱えそうになったが考えていても仕方がない。

実際に貯まっているしな。

 

あ、そういや向こうの世界で開発途中の人の形…というよりも柔軟さを求めようとして絶賛挫折中の可変型CADを完成させたいとは思うが。

あと動力源な。そのくらいか?

 

 

『望み』と聞いたクローディアは蜂也が神妙な顔をしているのを興味深そうに見ていたのだがハッとした。

彼は事故があってこの世界に飛ばされたことを思い出し元の世界に帰りたいのではと感じ取ってしまいクローディアは胸が締め付けられた。

 

彼に自分の元を去って欲しくないと無意識に想ってしまったクローディアは蜂也に質問した。

 

「…蜂也は元の世界に帰りたいですか?」

 

「あ?どうした突然…まぁ、そりゃ帰りたいけど二、三日で貯まって帰れるなら苦労はしねぇよ。今んところはな」

 

蜂也がそう告げると安心したような表情を見せた。

 

「そうですか」

 

「望みと言えば『ウルム=マナダイト』が欲しいくらいか、それとアルルカントのパペットの資料ぐらいか。」

 

「何故その二つを…?」

 

向こうの世界で研究していることを伝えるとクローディアは「後者は何とかなるかもしれません」と発言した。

 

「それと蜂也には《冒頭の十二人(ページワン)》になって貰いませんと。」

 

その事をクローディアが告げると本当に嫌そうな顔をしていた。

 

「いや、序列外でも《星武祭》には出れるんだろ?変に目立つ必要はないだろ。」

 

「私のお付きということになってるんですからそんな人物が序列外というのは外聞がよろしくないですし、もし仮に無銘のまま勝ち上がっていくと逆に目立ちますよ?そうですね、序列三位ぐらいにはなってください。」

 

さらっと恐ろしいことを言っているクローディアに頭痛を覚えたが、短い期間で分かったこの少女は人に無理難題を押し付けるのが好きらしい。

流石に出来ない人間に無理難題を押し付ける趣味はないようだが。

 

ふと、制服の腰につけている煌式武装のホルスターに入っている《壊劫の魔剣(こいつ)》に目をやる。

 

「無茶いうなよ。ぶっつけ本番か…やるしかないわな。」

 

後日、天霧綾斗となる少年が入学してくるらしいので俺は副会長としてクローディアの仕事を手伝い適当な奴に勝負を吹っ掛けて《冒頭の十二人(ページ・ワン)》に名を連ねてくださいというなんというエクストリームハードなことを突っ込んでくるのだと頭を抱えたもんだがまぁ、無茶振りにはなれているしクローディアのお願いも可愛いもんだ。妹に願いされていると思えばまぁ、苦ではないか。

 

そんなことを思いつつ夜も更けてきていたので、又もクローディアの部屋のソファーをベットにして寝に入ろうとすると「私のベットで一緒に寝ますか?」と聞いてきたので「しねぇよ。」と一蹴して直ぐ様寝には入ると不満げな視線が向けられたが俺は無視することにして眠りについた。

 

 

そんな直ぐに見つかるわけないだろ…と思ったが直ぐに見つかった。

翌日、俺はクローディアの命令でたまたま見つけた病的なまでに細い男、星導館学園序列三位の《輪蛇王(クエレブレ)の二つ名を持つファードルハ・オニールとの勝負をすることになった。

どうやらこの男、クローディアが序列外の人間を自分のお付きとして置いているのが気になったらしく向こうから勝負を吹っ掛けてきたがどう見ても○物依存者のような痩せ方と瞳を輝かせ俺に勝負を仕掛けてきたのだ。

持っている純星煌式武装からは危険な雰囲気を漂わせている。

 

勝負する流れになりオニールは「彼女に相応しい舞台で勝負をしよう」と言い出し、いつのまにかクローディアが手配した毎月行われる序列戦で使用されるアリーナで勝負をすることになった。

 

どうしてこうなった…。



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戦士王

『序列三位程には上がってくださいね?』

 

昨日クローディアにいわれたことが脳内でリフレインする。

そんな直ぐに見つかるわけないだろ…と思ったが直ぐに見つかった。

翌日、俺はクローディアの命令でたまたま見つけた病的なまでに細い男、星導館学園序列三位の《輪蛇王(クエレブレ)》の二つ名を持つファードルハ・オニールとの勝負をすることになった。

どうやらこの男、クローディアが序列外の人間を自分のお付きとして置いているのが気になったらしいのと封じられていた《純星煌式武装(オーガルクス)》の《壊劫の魔剣(ベルヴェルク=グラム)》を持っていることに興味を持ったらしく向こうから勝負を吹っ掛けてきたがどう見てもヤベーやつだった。

持っている純星煌式武装からは危険な雰囲気を漂わせている。

そして所有者は明らかにヤベー奴だと断定できるだろう。(大事なことなので二回言った。)

 

勝負する流れになりオニールは「《彼女》に相応しい舞台で勝負をしよう」と言い出し、いつのまにかクローディアが手配した毎月行われる序列戦で使用されるアリーナで勝負をすることになった。

 

学園内のネットワークで広まったのかいつのまにかアリーナには大勢の星導館の生徒が詰めかけており俺はため息をついた。

 

 

《蛇剣オルルムント》、それは現在星導館学園が所有する純星煌式武装の中でも一際危険な『呪いの剣』と呼ばれているらしい。(クローディアに聞いただけだが。)

牙状の光刃が無限伸縮するその蛇腹剣はかすり傷でも負えば相手を幻惑へと誘う神経毒を持つ強力な武装だがやはりと言うべきか『代償』があるそうだ。

起動、所持することで麻薬のような中毒性の多幸感が現れてこの武装の所有者は常時起動しているようになり星辰力を吸われ続け中毒者患者のように心身を蝕まれて廃人となるのだ。

じゃ手を離せばいいんじゃね?となり手放して一定は回復はするものの再び禁断症状が現れて現所有者を殺してでも奪い取ろうとする殿下もビックリな事をし始めるのだ。

 

そんな危険な蛇腹剣を四年にも渡り所持しているのだから伊達や酔狂で危ないものを所持しているわけではなさそうなので実力者ともとれるだろう。

 

「今回の相手は生徒会長のお気に入りか…それに封じられていた魔剣を相手に出来るとは《彼女》も喜んでいるようだねぇ…。」

 

「(うわぁ…気色悪ぃ…。)」

 

今俺の目の前にいる男は病的なまでに痩せこけ目を爛々と輝かせキチキチと縛り付ける蛇腹剣に「彼女」と呼び目を細めていた。

頬擦りしそうな勢いだったが流石に自重したのだろう、理性が働いているのかどっちかにして欲しい。

 

まぁ大抵こういう奴は戦いが始まるとアッパーなテンションになり狂戦士(バーサーカー)になるのが関の山だろうが高を括るとこういうときこそ足元を掬われやすくなる。

 

「はぁ…」

 

俺は溜め息をつきながら腰にぶら下げた発動体を握り星辰力を込めると柄が展開、禍々しくも美しい金黄色の大剣《壊劫の魔剣(ベルヴェルク=グラム)》が姿を現した。

起動させた瞬間、俺の在り方が変わった気がした。

その姿に観客席がざわつく。

 

「おい、なんだあの煌式武装…」

 

「あれって純星煌式武装じゃない?」

 

「うっそ!?でも序列外なんでしょ?」

 

「何でも特待生らしいぜ…。」

 

「特待生じゃあろうとなかろうと関係ねぇ、実力を見せてもらうぜ。」

 

様々な反応が観客席から飛び出していたが俺はさっさと視線を切りたかった。

お互いの獲物を出して準備が完了したことを確認した審判は火蓋を切った。

 

『試合開始!』

 

真っ先に動いたのはファードルハだった。

腕を振るいその命令を受けた《蛇剣オルルムント》は蛇のごとくしなやかに素早く動き光刃を蜂也に突き立てようと襲いかかる。並みの相手であればこの一撃で全てが終わっていた。

そう『並みの相手であれば』だ。

 

「ん…?」

 

しかし、俺を襲うはずだった光刃は接近十センチ以上離れ空中で停滞していた。

 

「…。」

 

蜂也は黙ったまま左手を前方に掲げる。

まるで見えない壁が《蛇剣オルルムント》の進行を阻害していた。

それにファードルハが自分の相棒から悲鳴が漏れ聞こえているような錯覚を覚えた。

引こうにも見えない《魔法》のようなものに固定されてこのまま力任せに引き抜けば《蛇剣オルルムント》が折れてしまいそうな錯覚すら覚えた。

両者動かない選手の姿を見て戸惑いの声がアリーナの観客席から聞こえてくる。

 

「え?どういうこと?ファードルハの攻撃が止まったまま動かない…」

 

観客席にいた少女の独り言に意図したわけではないが特徴的な髪色をした少女が反応した。

 

「違うあれは…!」

 

ファードルハと相対している蜂也の身体から膨大な星辰力が溢れだしている。その量は一般生徒を遥かに越えている。…通常の星脈世代では出せない特別な存在と同じであった。それこそ《孤毒の魔女(エレシュキーガル)》レベルでもなければ…。

 

「まさか《魔術師(ダンテ)》…」

 

魔術師ではなく魔法師だと訂正を聞こえていたらしたかっただろうが蜂也には聞こえていない。

観客席は騒然としており相対するファードルハも同じ様子だった。

 

「な、んだそれは…?」

 

「貴殿の実力は把握した。」

 

蜂也は止めていた《蛇剣オルルムント》をあっさりと拘束を解除すると返す刃で光刃が襲いかかる。

 

「っ…!シッ!!」

 

「…」

 

しかし、その刃は蜂也には届かず『ただの回避』で全てを避けられていた。

それは数回、何十回とやってもダメージを与えられない。

ファードルハは次第に焦りと苛立ちが顔に出ていた。

 

「そろそろ『当方』から攻めよう。」

 

動きが次第に鈍くなる隙を突いて蜂也は片手を振り上げるとまるで銃弾を打ち込まれたように大きくのけぞり手に持っていた《蛇剣オルルムント》を手放して後方へ離れていってしまった。

 

「ぐおっ!?」

 

その光景をスタンドのようなところで見ていたクローディアはボソり、と疑問を呟く。

 

「あれが蜂也が言っていた《エア・ブリット》ですか…星脈世代を怯ませるほどの威力があるとは向こうの魔法は怖いですね…。まぁ蜂也が使っているからあの威力なのでしょうけど…それより蜂也、貴方は一人称が「俺」だった筈では?」

 

ファードルハは直ぐ様に後方へ《蛇剣オルルムント》の元へ駆け出そうとするが蜂也はそうはさせないと手を翳すと炎の壁が立ちはだかり遮ってしまった。

 

観客席から歓声が届く。

 

《蛇剣オルルムント》との会合を邪魔されての怒りか、序列外の生徒から良いようにされていることからのプライドが傷つけられたことへの怒りなのかは知らないが

 

「俺と《彼女》を舐めるなぁっ!!」

 

「…。」

 

「散!」

 

ファードルハがそう号令すると炎の壁の向こう側にいた筈の《蛇剣オルルムント》が空中に浮かび上がり光刃が一斉に蜂也に襲いかかる。

空中で指向性の爆弾が爆発したような行動に蜂也は驚いているのかその場から動かない。

とてもその全てを回避できるものではない。

 

観客席の悲鳴がスタンド側まで聞こえてきたがそれはクローディアにとっては杞憂でしかなかった。

 

「これで終わり…なっ!?」

 

光刃が直撃して爆発し煙が晴れるとそこには無傷で立っている蜂也の姿があったからだ。

 

「終わりか?では当方から攻めるとしよう。」

 

「…」

 

問いかけられて唖然とするファードルハを尻目に淡々と蜂也は今まで使用していなかった右手の《壊劫の魔剣(ベルヴェルク=グラム)》を無造作に片手で構える。

その感情の乗っていない台詞はまさに死刑宣告だった。

 

「そうか…。」

 

そう言葉を呟き足を踏み込んだ瞬間、一陣の風がアリーナ内を駆け抜けた。

次の瞬間にはファードルハは地に伏して胸に着けた校章と共に《蛇剣オルルムント》は粉々に砕け散ってしまっていた。

 

突然の事に反応が出来ずにいた審判と観客席は静まりかえっていた空間に「パチパチ」と蜂也を称賛する拍手が勝者側のスタンドから聞こえてきた。

 

「お見事です蜂也。」

 

クローディアが発した一言でアリーナ全員がハッとなり真っ先に審判が動きだし勝者の名前を告げる。

 

決闘決着(エンド・オブ・デュエル)!!勝者(ウィナー)名護蜂也!!』

 

その瞬間静寂がアリーナは割れんばかりの歓声が支配した。

 

◆ ◆ ◆

 

「流石です、蜂也。貴方が勝つと信じていました。」

 

アリーナの控え室で一戦が終わった後にクローディアから渡されたスポーツドリングに口をつけているとそんな言葉を掛けられた俺はこの事の発端を作った少女に視線を向ける。

感謝の視線ではなく「よくも焚き付けたなこの女…」と言った視線だったが。

 

「よく言うぜ…お前があのヒョロガリを焚き付けたんだろ?『私の選んだこの少年を倒せば貴方の《蛇剣オルルムント》は更なる価値を見出だすでしょう。それに彼は封じられていた《壊劫の魔剣(ベルヴェルク=グラム)》に選ばれたようですし』とか言ってな。」

 

俺がそういうと面食らったような表情を浮かべていた。

どうやら当たっていたらしい。

 

「どうしてそれを…。」

 

「考えれば分かる話だ。序列外の人間に序列入りしている人間が決闘をするメリットがない…そうなると自然に自分が持っている価値を上げるために別の要因で勝負を仕掛けてくる…ってな。」

 

「流石は私の蜂也ですね。」

 

「誰がお前のだ…まぁ、これで約束は果たしたしたぞ?満足か?」

 

「ええ。花丸を上げちゃいましょう蜂也。それにおめでとうございます。これにて貴方は《在名祭祀書(ネームド・カルツ)》…ひいては《冒頭の十二人(ページ・ワン)》に『二つ名』と共に名を連ねることになりましたね。」

 

『二つ名』と聞いてうげぇ…となる俺を尻目にクローディアは楽しそうだ。

俺はゲンナリしながら反応する。

 

「うげぇ…ガッツリ目立っちまったよ。二つ名いらねぇ…てかつけんな。」

 

「もう既に蜂也の『二つ名』は考えています。」

 

「クローディアが考えるのか…。」

 

そういうと「当然です!」と言わんばかりにズイっと顔を近づけてくる。

 

「私の蜂也なのですから私が決めて差し上げます。」

 

「勝手にしてくれ…あ、やたら長い横文字だけはやめてね?」

 

「貴方の『二つ名』…それは…。」

 

先程の試合で勝利したときからクローディアの中で候補が一つに絞られていた。

 

『封印されていた筈の《純星煌式武装(ベルヴェルク=グラム)》が現れ、暴れるその力を制御した』

 

『《魔法》というおとぎ話のような力を使いこなし自由自在、様々に使いこなし敵を圧倒した。』

 

『《蛇輪王(クエレベレ)》の持つ《『蛇』剣オルルムント》を破壊して勝利したこと。』

 

太古から蛇は西洋では竜にも形容されている。

その姿は神話の時代、かつてのヨーロッパと呼ばれた地域に伝わる『北欧神話』に登場する《竜退治の英雄(ドラゴンスレイヤー)》、剣士でありながら妻より授けられた魔法を巧みに使いこなす伝承の人物を想起させるに相応しい戦い方であった。

古き神々より呼ばれしその男の名はシグルド、ーまたの名をー

 

「『戦士王』」

 

クローディアが名付けた蜂也の『二つ名』は此処に決定した。



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華焔の魔女(お転婆姫)

本編更新せずにこっちを投稿している…《魔法科》が行き詰まっているので気分転換に…。
許してほちぃ…。




序列三位の《蛇輪王(クエレベレ)》を打ち倒したことによって星導館学園の新序列三位となった蜂也は忙殺されていた。

陰謀術数とは別の意味でだが。

 

場所は変わって星導館学園の生徒会室にて。

 

この時代では珍しく…というかやはり重要な書類関係はやはり紙ベースで決済や申請が行われており学校の運営に際しては生徒会が行うことになるので今までは現状クローディア一人で行っていた…のだが。

 

「終わったぞ、これに判子押してくれ。」

 

「分かりましたわ。…蜂也あの書類は?」

 

「そこにある。判子だけ押しといてくれ。」

 

「早いですわね…。」

 

「まぁな…。」

 

はぁ…と溜め息をついてどうして書類仕事をさせられているのか今すぐにでも投げ出してやりたかったがそうすると

クローディア(こいつ)は愉快犯なくせして仕事はきっちり真面目にこなすという面倒くさいやつということが数日の付き合いで分かった。

それにこの《アスタリスク》の一学校、『星導館学園』の長ということもあり通常の学校運用の仕事が比じゃないくらいの量をけろっとした表情でやってのけるがこいつのおかしいところなのだ。

 

じゃあ、任せてサボれば良いんじゃないか?と思う諸君もいるだろう。

 

それは一度やってみれば分かるがこいつに仕事を放ってサボろうとしてドアノブを掛けると手を掛けていない方にいつの間にかクローディアが手を握っておりボソリと一言「行かないで下さい…」と。

表情は見えてはいないのだが明らかな妹ムーブを見せつけられてはお兄ちゃんとしては放っておくわけには行かないのである。

実際に俺は生来持つ《瞳》の力により他人の悪意を感じとることが出来るのでクローディアの行動は悪意無く本当に寂しがっていることだけは感じてしまうのが質が悪いのだ。

出会って数日か一週間程度の人間にこんなに好意を寄せることが俺にとっては疑いの対象になるのだから困ってしまうのだ。

 

俺はクローディアを「女の子」として見るのではなく「妹として」見ることにした。

そうするとスッキリするからな。以上をもって証明終了。

 

「以前に生徒会の仕事を手伝っていた…というか手伝わされていたからな。」

 

「だからそんなに手際がよかったんですね…正直蜂也が居てくれて助かります。」

 

そういってにっこりと微笑むクローディアに俺は苦笑いするしかなかった。

 

 

「私と勝負をしろ《戦士王》」

 

「え、何だよいきなり出会い頭に決闘申し込まれたんだけど…。」

 

生徒会室での仕事を終えて自室(冒頭の十二人(ページ・ワン)になった特権で寮ではなくクローディアと同じくワンルームに住むことになった)にクローディアと共に戻ろうとした夕方前に同じクラスの…ええと名前の長い少女にいきなり決闘を申し込まれた。

彼女に聞こえないように小声でとなりに居るクローディアに話しかける。

 

「なぁ、クローディア。この決闘少女だれ?」

 

「決闘少女、ではなく彼女は当校の序列五位ユリス=アレクシア・フォン・リースフェルトですよ。またの名を『華焔の魔女(グリューエンローゼ)』です。」

 

目の前の少女に目をやると確かにその強気な表情に裏付けされた実力と彼女の星辰力から見てとれることから恐らく話に聞いていた《魔女(ストレガ)》なのだろう。

しかし、かなり無理をしているような印象を受けたのは俺の気のせいなのだろうか。

 

「良いのではないですか?蜂也、お相手をしてあげては?」

 

そんなことを考えているとクローディアがそんな提案をしてくる。

 

「簡単に言ってくれるなよ…そもそも生徒会長が簡単に決闘を許しても良いのかよ。」

 

「切磋琢磨し合うのは良いことですから。」

 

その発言に俺は諦めるしかなかった。

俺とクローディアの会話が終わるまで律儀に待ってくれていたユリスは思っているよりも高飛車なお姫様では無いようだ。

 

「話は終わったか?それでは…」

 

ユリスは制服の胸に飾られた星導館学園の校章『赤蓮』に手を翳す。

 

「不撓証したる赤蓮の名の元に、我ユリス=アレクシア・フォン・リースフェルトは汝名護蜂也への決闘を申請する!」

 

宣言と同時に俺の校章も紅く発光する。

気がつくと周囲に人が集まっているのを確認して頭痛を覚えた。

見世物にされるのは性に合わない。

 

「私が勝てば貴様の序列を貰おう。」

 

一方的な要求に思わず笑いが出そうになったが此処で笑うと変質者の烙印を捺されそうになるだろうと思い自重。

 

 

「俺が勝てば何をしてくれるんだ?まさか要求するだけじゃないよな?決闘って言うのは双方失うものを取りこぼさないようにするためのシステムだろ?お前は何を賭けるんだ?」

 

俺がそういってユリスに一瞥すると顔を紅くして体を両手で抱いていた。

 

「う、噂は本当だったのだな《戦士王》!!」

 

「は?」

 

「特待生で入学したときからクローディアと一緒に居るのはあいつの弱みを握ってぼ、暴虐の限りを尽くしているんだろう!わ、私もお前の愛奴隷にするつもりなのか!?」

 

「愛どれ…!」

 

「へっ…?」

 

困惑する俺と『愛奴隷』と聞いたクローディアは顔を真っ赤にしていた。

ユリスが言った一文が集まってきていた野次馬達をざわつかせた。

 

「愛奴隷…」

 

「そんな生徒会長が《戦士王》にそんなことをされているなんて…」

 

「鬼畜眼鏡…」

 

ざわざわ…とざわついてきた野次馬達にハッとなった俺は冷静に物事に対処するべく殺気を飛ばして黙らせる。

そして目の前に居る頭がピンク色(髪色もだが)のお姫様にたいしてクローディアの仲を訂正した。

 

「お姫様が『愛奴隷』なんて言葉をつかうんじゃねぇよ…そもそも俺がこいつと一緒に居るのは仕事を手伝っているだけだ。こいつとの関係は仕事だけでそれ以上でもそれ以下でもない…って何でお前不満そうなの?」

 

ユリスへ訂正の言葉を告げているとクローディアが不満げな表情(頬を膨らませている)しかし、その表情は一変していつもの表情に変わり俺の発言を肯定した。

 

「そうですよユリス。蜂也とは仕事の付き合いですからエリスが想像しているような関係はないですよ?そんな裏もとれていない情報を信じるとは…お子さまですね。」

 

「だ、誰がお子さまだ!き、貴様は一体私に何を望む!」

 

お子さま扱いされたリースフェルトは逆ギレして俺に指を突きつけてくる。

おい指を人に向けるなって教わらなかったのかよ。

若干の呆れを含みつつユリスに対する決闘における要求を告げる。

 

「俺が勝ったら…そうだな昼飯一回奢ってくれ。高いやつ。」

 

「ほ、本当にそれで良いのか?」

 

「それ以外に何があるんだよ…。」

 

その事をユリスに言うと顔を真っ赤にして咳払いして気を取り直した。

 

「んん!!さて、準備はいいか?」

 

「はぁ…」

 

俺は手に持った純星煌式武装(オーガルクス)の発動体を起動させると万応素が集約・固定されて刺々しい金黄色の身の丈以上の大剣が姿を現す。

 

それを見たユリスも腰につけたホルダーから発動体を取りだし起動させる。

その刀身は俺の持つ武装よりも細く光のレイピアだった。

細剣を優雅に構えながら、ユリスの瞳が俺を射貫く。

 

溜め息をつきながら無造作に大剣を構えながら宣言する。

 

「我、名護蜂也は汝ユリス=アレクシア・フォン・リースフェルトの決闘申請を受諾する。」

 

俺は受諾の証しとして胸についた校章が紅く輝いた。

 

◆ ◆ ◆

 

「咲き誇れ!《鋭槍の白炎花(ロンギフローリム)》!!」

 

ユリスが細剣をタクトのように振るうとその起動に沿って巨大な青白い炎が槍のように顕現し、さながらテッポウユリのような形状がロケットのような起動で蜂也に襲いかかる。

 

「…。」

 

「なっ!?」

 

深く腰を落とし地面を蹴りつける同時に炎を切り捨てて爆炎が広がりその炎の中を悠々と歩いてくる姿は恐怖すら覚えるだろう。

 

「うっそ…あの攻撃を受けてびくともしてないの…?」

 

「伊達に《戦士王》って言われてないな…てか雰囲気かわってねぇか」

 

「なんか、《戦士王》が手加減しているように見えるんだけど…」

 

「くっ…」

 

蜂也は手加減をしているわけではない。現在彼は相対しているユリスの実力を測るために『一定の本気』を出して戦ってはいるが野次馬達からは手を抜いているように思われているのは仕方がなかった。

 

しかし、現在優位に立っているのはユリスであり様々な攻撃を休みなく与え続けており先程からその場からか動けずに防戦一方なのだが決着がつきそうになくその事はユリスが一番感じ取っていた。

 

《戦士王》を接近させてはならない、と警鐘を鳴らしていた。

 

ユリスが手に持っている細剣はあくまで接近された際に使用する緊急用の武装だ。

自分が優勢に攻撃を与え続けているが本当に効いているのかも怪しいものだった。

こちらの攻撃を捌ききる蜂也はまるで得体の知れない者を相手取っているように感じた。

攻撃を捌ききられた一瞬の隙をついてこちらへ話しかけてくる。

 

「これが『貴女』の実力ではあるまい?」

 

その発言を受けてユリスが納得がいかないばかりか自分の矜持(プライド)が傷つけられた事と正体を確かめるべくユリスは星辰力を集中し後先を考えずに大技を繰り出した。

 

「っ…!咲き誇れ《六弁の爆焔花(アマリリス)》!!」

 

今度こそ仕留める、と決意しユリスの目の前に巨大な火球が出現するとギャラリーがざわついた。

 

「やべぇ!大技だ!」

 

「逃げろ逃げろ!!」

 

「じょ、冗談じゃない!!」

 

巻き込まれて怪我をしても自己責任である。ギャラリーが慌てて距離をとるが《戦士王》の背後…等直線上にクローディアがいるが動く気配はなくそんなものは知らぬと、瞬時に最適な起動を脳内で計算し火球を放った。

しかし、蜂也は避ける動作をとらずにただユリスを見据えて居るだけだ。

更にその行動にユリスの火種に油を注いだ。

 

エリスはグッと拳を握り命令した。

 

「爆ぜろ!!」

 

「…。」

 

蜂也の眼前で火球が爆ぜた。

完全に逃れることは不可能だ。

星脈世代と言えどもこの至近距離で攻撃を受ければ動くことは出来ないだろう。

 

「《絶対零度(アブソリュート・ゼロ)》」

 

この会場に居る誰もが聞き取れないほどの声量で左手を翳し魔法の起動式が展開する。

 

その結果、吹き荒れる筈の焔で埋め尽くされる筈だった炎燐は氷の結晶へと変化しその炎の花弁はその形のまま氷の花弁へと変化した。

 

「なっ…!?」

 

突然の雪の花弁へと変化した《六弁の爆焔花(アマリリス)》の変わりようにユリスは驚くしかなかった。

その隙を突いて蜂也は《縮地》を使用しエリスに接近する。

既に懐に入られていた。信じられない速度で星辰力の影響も感じられなかった。

 

「こ、このっ!!」

 

反射的に手に持ったレイピアで迎撃しようとするが既に遅かった。

 

「…」

 

「くっ…」

 

レイピアを持った手首を優しく掴まれて向けることはできない。

壊劫の魔剣(ベルヴェルク=グラム)》の切っ先がユリスの喉元に突き立てられていた。

ユリスを見る蜂也の表情は無機質なもので感情が乗っていなかった。

喉元に向けた切っ先を少し離して軽く振るうとユリスの校章が真っ二つに別たれた。

 

「勝者、名護蜂也!!」

 

勝者が告げられギャラリーが沸き立つがエリスは地面に膝を折って崩れ落ちるように座り込んだ。

 

「私の完敗か…。」

 

ユリスから離れて蜂也は発動体をしまうと先程の決闘で賭けていたものを再確認させるために話しかける。

 

「お前の敗けだからな…ちゃんと昼飯奢って貰うぞ。」

 

「ああ、良いだろう。」

 

勝負に負けたとは言えユリスの表情は晴れやかなものだった。

 

◆ ◆ ◆

 

後日。

 

「おい、蜂也。私はお前には奢ると言ったがなぜクローディアが一緒に居るのだ!?お前は関係ないだろう!」

 

「あら、蜂也は私の蜂也なのですから彼が勝てば私も自動的に…」

 

「そんなわけあるか!」

 

「食堂で騒ぐなよお前ら…あーリースフェルト。こいつの分は俺が出すから気にするな。」

 

「ぐっ、それはそれでお前に負けた気分になるから受け入れたくないのだが…しかし…。」

 

約束通りにリースフェルトに昼飯を奢って貰うために食堂に来ていたのだが当然と言わんばかりに俺のとなりには基本的にクローディアが居るので一緒に昼飯を食うことになり、その『昼飯を奢って貰う』と言う権利にクローディアが集ってきていたのだ。

まぁ、俺が出すから良いんだがそれだとリースフェルトが納得がいっていないらしく面倒だなと少し思ったがこいつは真面目な奴なのだ、と再認識させられた。

ふと思ったことなのだがクローディアとリースフェルトが中々に気安い関係だと思う。

その事について聞いてみた。

どうやら、というかはやはりと言うべきかリースフェルトはリーゼルタニア王国の第一王女らしく国に居た頃から企業統合財体の幹部である両親を持つクローディアとはなにやら一言では表せない関係性のようだ。

リースフェルトにとってはクローディアは敵のような存在かもしれない。

リーゼルタニアは企業統合財体から傀儡にさせられているようだしな。

 

「まぁ…腐れ縁だな。」

 

「あら、腐れ縁だなんて。」

 

「へぇ…」

 

リースフェルトの発言には含みがあるように思えたので合えての追求はしなかった。

丁度昼飯も出来上がった様だったのでその事は置いておくとして戴きながら雑談し始めた。

 

リースフェルトは甘口カレー、クローディアはジェノベーゼ、俺は奢りの幕の内御膳を戴きながらリースフェルトの質問に…と言うか俺が質問に答えていた。

 

「所で何故クローディアと一緒にいるのだ?正直この女は腹黒すぎて…弱みでも握られてるのか?」

 

「俺どんな鬼畜だと思われてんの?俺がこいつと一緒に居るのは一人にしておくとハムスターみたいに一人でずっと頭の中でぐるぐるし始めるからだよ。」

 

「どういうことだ?」

 

「こいつはなんでも出来ちまって面倒くさい仕事も知らず内にどんどん溜め込んじまうからな表情は笑顔だけど俺は他人の表情を読み取るのが得意だからな、辛そうにしてるのはすぐに分かる。こいつが辛そうにしてると俺の精神衛生上よろしくないからだな。っと顔を紅くしてどうしたリースフェルト。カレーが辛かったか?」

 

目の前のリースフェルトが顔を紅くしてクローディアを見ている。

クローディアはいつも通りの表情をしているように見える、が。

 

「…クローディア、蜂也は普段からこんな感じなのか?」

 

リースフェルトがクローディアにどういった意味で問いかけたのか分からないが問いかけられた本人は1拍置いて答えた。

 

「…ええ//」

 

「お前も大変だな…そうだ、蜂也お前に聞きたいことがあったのだ」

 

「どうした?」

 

何かを察したリースフェルトがこちらを見て溜め息をついていたのは理解が出来なかった。

そして何かを思い出したかのように真面目にこちらを見据えている。

 

「それより蜂也は《魔術師(ダンテ)》だったと…それでこの学園に特待生として入学してきたのか?」

 

「ん?ああ…。」

 

正直《魔術師(ダンテ)》ではなく魔法師だと訂正したかったがクローディア以外に知られるわけにはいかないのでリースフェルトには悪いが勘違いして貰うことにした。

その事を告げるとリースフェルトはばつが悪そうにしていた。

 

「《魔術師(ダンテ)》でありながら接近戦を得意として星辰力を攻撃に転換できるのはそれは訓練でどうにかなるものなのだろうか?蜂也はどう思う?」

 

「…そうだな。」

 

正直この質問には苦笑いを浮かべたかった。

俺が使用しているのはリースフェルト達が使用している技能とは異なる。

体に取り込む万応素を応用し変換して俺は魔法の起動式を展開させたり副次作用で身体技能をあげているだけに過ぎない。

攻撃に転用しているように見えているのは万応素を想子に変換、魔法力によって先日の戦闘で見せたリースフェルトのような攻撃をして見せただけだ。

はっきり言って俺のコメントは参考にならないのだが興味津々で、と言うよりも貪欲に勝利を目指すために俺に聞いてきているのを見て少しだけだがアドバイスをした。

 

「無意識に防御よりも攻撃の方に意識を割いているんだろ。人ってのは瞬間的にはひとつの事しか処理できないからな…だが、瞬間的に『同時に』そこを理解できれば身体強化しながら苦手な接近戦もこなせるだろ。そこまでの地力はリースフェルトにはありそうだしな。」

 

「そうか…」

 

「ああ。」

 

「は、蜂也、恥を承知で頼みたい。」

 

「なんだ改まって…。」

 

「私の《魔女(ストレガ)》の力を鍛えてくれないか?」

 

「…どうしてそうなった?」

 

「お前が言ったのではないか『同時にそこを理解できれば苦手な接近戦をこなせる』と私の戦闘スタイルでは圧倒的な火力で接近させないようにするのが主体なのだが今回のお前との決闘で接近戦も出来るように訓練せねばと分からせられてしまってな…頼む!」

 

「お、おい…なんで人がいる場所で頼み込むんだよお前は。」

 

そのやり取りを見て食堂の生徒がこちらをみてなんだ?となっていた。これは非常に不味い。

となりにいるクローディアをみると頷いた。良い笑顔で。

 

「良いのではないですか?ユリス…華焔の魔女(グリューエンローゼ)の実力が上がってくれるのは星導館学園的にはよい結果になりそうですし。蜂也が師事についてくれたら私的にも安心なのですが。」

 

「それはこのお転婆姫様の手綱を握るって意味か?」

 

「そこまでは言っていませんが…まぁ似たようなものですね。」

 

「お前な…。」

 

「だ、誰がお転婆姫だ!こほん!そ、それで受けてくれるのか?」

 

テーブルにつく二人の美少女の双貌がこちらを見ており、方や笑顔で、もう一方は「受けるよな?受けろよ?」と脅しを掛けてくる始末で一般の男ならば嬉しいのだろうが性格を知っている身からすると頭痛しかなかった。

 

 

「わーったよ…引き受けるからそんなに睨むな。」

 

「ほ、本当か?」

 

目の前にいるリースフェルトも願いがあって此処に来ているわけだからな…。

 

「ただし、練習の時間は俺が指定させて貰う。土日は論外として…」

 

「ダメなのか?」

 

「アホか、貴重な休みを訓練に使うバカがどこにいるんだよ。」

 

「普通、その貴重な休みを使って特訓するのが普通なのでは…?」

 

なんで見返りもないモノに貴重な休みを使わなきゃならんのだ。

そうすると必然的に時間が空いているときになる。

 

「授業がない金曜日にならアリーナを《冒頭の十二人》の特権を使って訓練だな。良いか?リースフェルト。」

 

「むぅ…仕方がない。分かった、よろしく頼む蜂也。」

 

「なんで不満げなんだよお前は…。」

 

頼まれているのは俺なのだが上から目線なのはご愛敬か、お姫様だしな。

 

その光景を見ていたクローディアがクスリ、と笑い見てみた。



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疾風刃雷(銀髪小動物系美少女)

「咲き誇れ!《九輪の舞焔花(プリムローズ)》!!」

 

エリスが発言すると前方に火炎球が九つ生み出されランダムに蜂也に射出された。

 

「ふっ!!」

 

踏み込むと同時に襲いかかる火球を切り裂き接近する。

距離にして50m、蜂也ならば一瞬で詰め寄れる言わばユリスにとっての最終ラインだ。

 

「これならば…!咲き誇れ《鋭槍の白炎花(ロンギフローリム)》!!」

 

炎の槍がミサイルのように突貫する。

蜂也が火球に隙をとられている間に《鋭槍の白炎花(ロンギフローリム)》を純星煌式武装で切り裂くと炎が飛び散る。

 

(先日よりも威力が大きい…特訓の効果が出てるみたいだな。)

 

しかし先日に使用していたものよりも威力があり蜂也が一歩下がった瞬間にユリスが設置していた技が煙に覆われている蜂也に炸裂する。

 

「これでっ!!」

 

地面から炎の爪が五爪飛び出し防御に回っていた蜂也が飲み込まれる。

しかし。

追撃を仕掛けようとするがそこで止まってしまったのが間違いだった。

 

「なっ…!?」

 

煙と爆炎のなかから無造作に一閃すると自然体で衣服には煤ひとつもついていない蜂也が姿を現した。

 

「いくぞ。」

 

純星煌式武装を持っていない方の片腕を掲げるとエリスの体に負荷が掛かった。

まさに立ってはいられない程の重力で片手を着いてしまう。

 

「くうっ…どうして蜂也がこの能力を……!!」

 

「無駄口を叩く暇があるなら打開策を見つけろ。さもなくば……死ぬことになるぞ。」

 

「ふん!しかし、お前いつもと口癖が違わないかっ…?どこか戦士然としていて…」

 

そういって自らの星辰力を過剰活性させて重力による移動低下を軽減し《アスペラ・スピーナ》を構えて此方に向けて来る。

 

「それだけ軽口が叩けるなら大丈夫だな。いくぞ。」

 

踏み込むとエリスの目の前に《壊劫の魔剣(ベルヴェルク=グラム)》を突きつけてくる蜂也の姿があり応戦する

が純然なパワーでは押されてしまっていた。

 

必死に接近戦をしながら防御と速度を星辰力を同時に振り分けながら抵抗するが…

 

「そこだな。」

 

「なっ!」

 

エリスは持っていた筈のレイピアが衝撃によって弾き飛ばされるのに意識が割かれているといつのまにか接近されていた蜂也の《壊劫の魔剣(ベルヴェルク=グラム)》の切っ先が喉元に突きつけられていた。

 

「くっ…」

 

「目が良すぎるのも考えものだなリースフェルト。」

 

この練習試合を見ていたクローディアが合図を出した。

 

「勝負ありですわね。蜂也の勝ちです。」

 

◆ ◆ ◆

 

「咄嗟の事に弱すぎだろリースフェルトよ。」

 

「ぐぬぬ…。」

 

「まぁ、設置型の戦法は悪くなかったがな。」

 

実際にリースフェルトの《栄裂の炎爪華(グロリオーサ)》という技はタイミングとしては悪くなかった。

俺も危うく丸焦げになりそうだったがそこは経験の差と言うことで一つ。

 

リースフェルトは不満げにしていた。

 

「それより私に接近戦を教えてくれるんじゃなかったのか?」

 

「俺が教えられるのは星辰力を防御や接近戦に同時に振り分けながら戦わせる方法だけだ。俺は剣術なんて素人だしレイピアの使い方なんて知らねぇよ。(愛梨だったら教えられたかもな…。)ほら、正座して…ってお前正座苦手だったな。そこの座席に座って手に煌式武装もって星辰力を出し入れしろ。三十分一定の間隔を空けながらな。」

 

「うぐっ…またその訓練か。」

 

「強くなりたいんだろ?やりたくねぇなら無理強いはしないが…。」

 

そう、これはおれがリースフェルト用に作成した特訓メニューの『応集方』だ。

意識と無意識の境界を訓練によって探すことで魔女としての星辰力を持つリースフェルトの攻撃と防御を分配率を変更させる訓練だ。

さっきはリースフェルトが俺との特訓で敗北こそはしたがしっかりと効果が現れていた。

刺すつもりで《壊劫の魔剣(ベルヴェルク=グラム)》を突き立てたのだが星辰力による障壁が張られていたので突き通すことが出来なかったのだ。

まぁ、まだまだ小さいものなのでもう少し力をいれれば突き破って切っ先が突き立てられていたことには違いないが。

 

それと質量差がある《壊劫の魔剣(ベルヴェルク=グラム)》と《アスペラ・スピーナ》を完全ではなかったが受け流して対応できていたのは星辰力を防御に回せていた証拠だ。

 

効果はある。

しかし、この訓練三十分やるだけでも非常に疲れるのだ。

もう汗びっしょりになる程の疲労感を覚えるドSメニューだ。

まぁ、年頃の女の子、と言うかお姫様にやらせるメニューではないと思うが強くなるためには致し方ない犠牲ということで。

 

「誰が投げ出すものか。ふーっ…。」

 

そういってリースフェルトは学園指定のトレーニングウェアを着用したまま瞑想に入った。

 

頑張る姿をみて俺とクローディアは顔を見合わせて苦笑していた。

 

◆ ◆ ◆

 

「つーか訓練してて思ったんだがいるか?リースフェルトは十分強いだろ。」

 

素朴な疑問を口にするとクローディアが苦笑していた。

 

「蜂也が当校の生徒を評価していただけるのは嬉しいのですが…それは間違いです。」

 

「どういうことよ?」

 

「正直に申しますとユリスよりも強い生徒はたくさん…というわけでは有りませんが一定の人数はいるんですよ?それこそ両方の指では数えきれないほどには。」

 

「そうなのか…」

 

俺からしてみれば此処の住人、というよりもユリスは普通に《向こうの世界(魔法科がある世界)》でも十分に通用できる魔法師…A~Bライセンス魔法師としてもやっていけそうなのだが。

まぁ、俺たちの世界は魔法が戦力として認知されているので近接も出来なければ厳しいところが有るが敵を殲滅するだけなら随一だろう。

 

「有名なところを挙げるとすれば聖ガラードワースの生徒会長や界龍の生徒会長、それにクインヴェールの生徒会長、それにレヴォルフの《孤毒の魔女(エレシュキーガル)》オーフェリア・ランドルーフェン。」

 

「『魔女』ねぇ…。他校ばっかだがウチにはいないのか?最終兵器が。」

 

魔女と聞いて俺はどこぞの《触れてはならない者達(アンタッチャブル)》を思い出し少し面倒くさくなった。

まぁ出会うことがないだろうと思うが。

話を聞いていたが他校の生徒ばかりだったので気になって聞いてみると自信満々に答えてくれた。

 

「ええ、当校にも強者は多いですよ?ユリスをはじめとして…序列一位 《疾風刃雷(しっぷうじんらい)》刀藤綺凛、彼女は最年少の序列一位ですよ。」

 

「すごいな。」

 

顔を見たことがないのでゴリマッチョな男を想像したが女の子らしい。

てか、そんな肩書き肩が疲れてしまいそうなものだが…。

 

「そして『戦士王』私の蜂也ですよ。」

 

「だからお前のじゃないんだわ…てか俺は含めなくても良いだろ…まだ公式戦にも出てないのに。お前はどうなんだよ。え?《千見の盟主(パルカ・モルタ)》さんよ。」

 

「私の事は良いんですよ?蜂也。いずれは《鳳凰星武祭(フェニクス)》で蜂也の実力がお披露目されますし。」

 

大会に出ると言うことは見世物にされるということだ。

その事を考えると非常に憂鬱になった。

 

「そもそも蜂也は《鳳凰星武祭(フェニクス)》のエントリーはどうするんです?あの大会はタッグマッチでの参加になるんですがお相手はいないのですか?」

 

「クローディア?お前俺に喧嘩売ってるの?売ってんだな?そうなんだな?てか、お前は出ないの?」

 

そうクローディアに言うと苦笑していた。

 

「私の《純星煌式武装(パン=ドラ)》の弱点は分かっているでしょう?まぁ、蜂也が《パン=ドラ(この子)》を矯正してくれたお陰で悪夢を見なくても良くなりましたけど…」

 

「能力を使うもう一つの代償を失くせなかったのは…すまんかった。」

 

「ううん。謝らないでください蜂也。私が悪夢を見なくなれたのも、私の『望み』に近づけたのも貴方のお陰なんですから。」

 

「…そうかよ。」

 

クローディアの本心からの笑顔を向けられて俺は少し恥ずかしくなった。

 

「お前達…私がいることを忘れていないか…?」

 

その様子をいつの間にか修練を終わらせていたリースフェルトにジト目で見られていたのに気がついていなかった。

 

◆ ◆ ◆

 

リースフェルトとの修練を終えてマンションへの帰路へ着いているときに独り言を呟いた。

 

「《鳳凰星武祭(フェニクス)》か…タッグで出ろ、とか人見知りには辛すぎるな。」

 

どのくらい辛いと言うと、体育の授業で先生から「ペア組め」と言われるくらい辛い。

そんなハードルが高いことをさせないでもらっても良いですかね?と言いたくなったがクローディアに『私以外と組んで優勝してくださいね?』と釘を刺されてしまった。

じゃあ無視すれば良いじゃん、と思うが何故かクローディアのお願いは無下にはしたくないのだ。何故かだが。

学園を最短で抜けるには学園の中庭を抜けた方が良いので進む。

アスタリスクは、というよりも星導館は中等部、高等部、大学部の三つが分かれており廊下の結び目を横切ろうとしたときに目の前に少女が現れた。

 

「…っ!?」

 

少女も一拍遅れて気がついたようでどうやっても今からでは正面衝突は避けられない状態になってしまっており俺のとる行動は一つしかなかった。

 

魔法を使い体を地面に平行になるように固定し無理くり進路変更をして間接から嫌な音が聞こえた。

妹の小町に言われたことが脳内で再生される。

 

『いい?お兄ちゃん。女の子とぶつかりそうになったら自分が怪我をしても衝突は回避しなきゃダメだよ?』

 

軋む間接音と激痛が俺の表情を苦悶のものにしたが女の子との衝突は回避された、かに思えたが。

何故か、少女が目の前にいたのだった。

 

「は?」

 

何故でしょうか小町ちゃん。お兄ちゃんは正しく実践した筈なのですがぶつかりそうです。てかぶつかる。

 

「きゃっ!?」

 

結果としてラブコメよろしく女の子とぶつかってしまった。

俺が動かずにいたお陰で衝撃は軽微だろうが相手は女の子だ。しかも結構小柄な女の子だったので俺は慌てて衝撃で尻餅を突いてしまった被害者に駆け寄り声を掛ける。

不審者扱いされてブザーを鳴らされないか心配だがそれどころではない。

 

「怪我はないか?す、すまん、少し考え事をしていたもんでな。」

 

「あ、はい大丈夫、です。」

 

「本当にごめんな…。」

 

片ひざを突いて少女と同じ目線になって謝罪すると同時に怪我がないか《瞳》を通して観察する。

 

怪我は外傷、及び内傷も無いようでほっと胸を撫で下ろした。

怪我があった場合は問答無用で《物質構成》を使うつもりだったが…。

 

しかし、それと同時に少女の格好が大変なことになっているのに気がついて思わず顔を反らしてしまった。

少女が立ち上がろうと片足を立てているのだが、思いきりスカートが捲れ上がってしまっていた。

可愛らしいデザインの下着がストッキング越しに目に焼き付き思わず凝視してしまう。

 

「はぅ…!」

 

俺の視線に気がついてしまったのか女の子はわたわたと焦った様子でスカートを押さえ膝を地面に着けて所謂女の子座りになって縮こまるように体を抱いてプルプルと震えていた。

涙目になって震えている姿は小動物を想起させて、今度は豊かな果実がより強調されてしまっていることに女の子は気がついていなかった。

 

目を離すべきなのだが…目を離せなかった。

ふと、気がつくが件の女の子は小等部の制服を着用しており、俺よりは年下なのだろうくりくりとした大きな瞳と、ツンとした鼻が可愛らしい。いかにもひ弱そうな雰囲気を全身から醸し出しているがかなりの、というかめちゃくちゃ美少女だ。

銀色の髪を二つで結び背中に流している。

この世界の住人は《星脈世代》の影響もあるのだろうがラノベのような不思議な髪色が多い。

服の上からでもしっかりと分かるくらいにはスタイルが良く所謂『トランジスタグラマー』といわれるやつなのだろうか?

腰には恐らく武器である鞘が差されていた。

 

…こうしてみると中条先輩とほのかの要素をいいどこ取り掛け合わせた女の子だと思ってしまった。

 

って俺はいつまでこの子を凝視しているのだと、気がつきハッとなった。

 

少女の瞳を見つめながら手を差し伸べ弁明をする。

 

「考え事をしていたとはいえ不注意だったよ。ごめんな。立てるか?」

 

女の子は最初は戸惑っていたが頬を朱くして差し伸べた俺の手を取って立ち上がった。

腕だけで立ち上がれるのはこの女の子の体幹が良く鍛えられているのだろう証拠だ。

 

立ち上がった女の子はスカートの埃をはらうと、礼儀正しくペコリとお辞儀をしていた。

 

「こ、此方の方こそごめんなさいです。音を立てずに歩く癖が抜けなくて、いつも伯父様に注意されるんですけど…。」

 

音を立てず、という発言に確かにとは思った。

いくら俺が考え事をしていたとしても曲がりなりにも拳法を嗜んでいる俺が他人の気配に気がつかなかったのは婆ちゃんと小町ぐらいのものなのだったのが目の前にいる少女がはじめてだった。

避けた筈の衝撃をあのタイミングでかち合うことになったということはこの目の前の女の子はかなりの実力者なのだろう。

 

「あのぉ…な、なにか…///」

 

彼女を金色の《瞳》でメガネ越しから注意深く射貫く…もとい目を見て観察してしまっていたので色白の頬が朱く染まってしまっていた。

突然黙って此方を目を見て来る自分よりも年上の少年から見られたら恥ずかしいだろうと後悔した。

 

「あ、ああ。ごめんな…ん、すまん、ちょーっと動かないでくれ。髪になにかついてるな。」

 

「ふぇっ?ど、どこですか?」

 

俺が指摘すると少女の綺麗な銀髪にぶつかったときに小指ほどの大きさの小枝が引っ付いていた。

慌てた様子で自分の髪に手を伸ばすが届かない場所に有るので見当違い、反対側を触ったりしておろおろしている。

 

先程の実力を見せないようにしているのがこの気弱さを敢えて出しているのだろうかと思ったがそんなことはなかった。どうやら素らしい。

 

目の前にいる女の子に対して無性に頭を撫でたくなる妹力が発揮しており思わず手を伸ばし掛けるが通報されるので流石に自重した。

しかし腕を伸ばしてしまっているので小枝を取ってやることにした。

 

「動かないでくれ。」

 

「え…」

 

思わず頭を撫でようと伸ばしていた右手は少女の銀髪を傷つけないように小枝を取り除く為に使われた。

 

「あ…ありがとうです。」

 

女の子は此方を見て瞬間顔を真っ赤にして今にも湯気が出そうなぐらいの勢いだったがお礼を言ってくれた。

いやこっちが俺を言わせて欲しいくらいだ。

何が、とは言わないけれど。

 

女の子はもじもじ、と俯いたままそれっきり黙ってしまう。

俺と視線が合うとバッとすぐに目を伏せてしまう。

 

彼女も目的があって移動していた筈なので此方に留まるのは良くないだろう。

適当に言葉を掛けてこの場から立ち去ろうとした瞬間。

 

「綺凛、そんなところで何をやっている!」

 

中等部渡り廊下から男性のやたらといい声が聞こえた。どなり声に近いが。

 

「…は、はいっ!御免なさいです!伯父様!今すぐに参ります!」

 

名前を呼ばれビクッとした少女、綺凛という名前だったのだろう慌てた様子で俺に一礼し声を掛けてきた男性の方向へ小走りに向かっていった。

 

俺はその怒鳴った様子を見て嘗ての妹が虐待を受けていた比企谷の家での出来事を思い出し思わず表情が歪みそうになった。

女の子が立ち去った後、なんともいえない気持ちになるがふと思い出した。

 

「俺、名前言ってない…まぁ会うこともないだろうし、いいか。」

 

もう出会うことがないだろうと思ったがそれは間違いだった。

 

◆ ◆ ◆

 

「…ってぶつかっちまって名前を聞きそびれたんだよなぁ…俺も名前を言ってなかったけど。誰だったんだろう。」

 

「…その娘が当校の序列一位刀藤綺凛(疾風刃雷)ですよ。お会いしてどんな印象を受けました?」

 

「そうだな…印象…。」

 

そう言われると気弱で可愛らしい小動物の印象が強い。ただ一言で言うのならば…。

 

「『妹』だな。」

 

「『妹』ですか?」

 

「ああ。」

 

「蜂也ってシスコンと呼ばれる方です?」

 

です?って…あの子の口癖みたいに言うのなクローディアよ。

 

「否定はしないな。まぁ、向こうの世界で妹が三人いたし。あとはまぁ…」

 

昔の虐待されてた妹を見ているようで辛かった、といいかけたがそんなことをクローディアに言っても空気が悪くなるだけだからな。

 

「?どうしました。」

 

途中で言葉が止まったので不審に思ったクローディアが此方を見てくるが薄く笑って誤魔化した。

 

「…いや、何でもない。飯に行くか。」

 

「そうですか?では行きましょう。時間は有限です。」

 

なんてことは無い会話をしつつ、クローディアと一緒に食堂…というよりたまにはそとで取ろうと考えていたのだがまたしても先日衝突してしまった少女を見かけた。

最悪の状況でだが。

 

パァン、という乾いた音が響き渡る。

 

「…あ?」

 

男が、その少女の頬を平手で叩いていたのだ。

 

「…それはお前が考えることではないといった筈だぞ。綺凛。」

 

「で、ですが伯父様、わたしは…。」

 

「口答えを許した覚えもないぞ!」

 

再び男の腕が振り下ろされ、女の子はビクリ、と反応する。

その反応が俺の忌々しい記憶を呼び覚ます。

元肉親の過剰なまでの妹への教育。出来るまで殴り続け血が出て泣いてもやめない、例えテストで基準の合格ラインを達成したとしても『満点でなければならぬ』と躾をしていた行動と重なった。

 

「…。」

 

「蜂也。行ってください。」

 

「クローディア?」

 

立ち止まり俺の表情を見てなにかを察したのか俺に「止めに行ってください」と促してきた。

今はそれがありがたかった。

 

「当校の生徒があのような目に合うのは生徒会長として見過ごせませんから。会長命令です、副会長。」

 

「了解…!」

 

大義名分を得た俺は駆け出した。

 

 

再び乾いた音が響く、かと思われたが。

 

「そこまでにしておけよ、おっさん。」

 

それが振り下ろされる寸前に俺は『縮地』を用いて二人の間に割って入る。

威圧感を少女に暴力を振るおうとした男性のぶつける腕を握る。

 

「え…?」

 

綺凛が驚いたように目を見開く。

 

「…なんだ貴様は。」

 

一方の男は目の前に現れた俺に対し不快感を露にしていた。

身長は俺の方がでかいので男を見下ろす形になるのだがその目には侮蔑と若干の動揺が現れていた。

さらに追い討ちを掛ける。

 

「どんな理由か知らないが大の大人が年端も行かない少女に手を挙げるのはどうかと思うが?」

 

俺の言葉に嘲笑を浮かべていた。

 

「くくっ、笑わせるな。自らの欲のために争い合っている貴様らが、どの口で綺麗事をほざく?」

 

「大人が子供を道具として扱うのも同じ穴の狢だと思うがな?おっさん。統合企業財体の人間だろ?」

 

殴られるのを阻止したときに握った拳からは星辰力を感じられず、先程の会話と襟首につけているバッチで予想していた回答だったがどうやら的を得ていた言葉だったらしく激しく反論してきた。

 

「身内の躾に部外者が、小僧ごときが分かった口をほざくな!」

 

今度は俺が握った腕を振り払い俺を殴り付けてくる。

しかし普通の人間ならば今ごろ顔面に一発貰っていただろうがそうは行かなかった。

その拳は当たらず空振りに終わったことで男は此方を睨み付けてくる。

 

後ろで綺麗が俺を殴られそうなのを見てハッとなり、声を掛けようとしていたがグッと飲み込んだ。

 

俺は無意識に能力が発動している金色の《瞳》が目の前の男をメガネ越しに射貫く。

そこには《嘲笑》と《蔑み》しかない。

 

「満足かおっさん?」

 

そう俺が告げると明らかに不機嫌そうに訂正してきた。

 

「私はおっさんではない…私は刀藤鋼一郎、綺凛の伯父だ。」

 

「なるほどな…。」

 

言われてみれば確かに、とは思ったがが血縁関係が有るとは。

 

「たかだが学生風情が一端の口を聞くものだ…小僧、名前は?」

 

「名護蜂也だ。」

 

鋼一郎は胸元から端末を取りだし、手慣れた手付きで操作して空間ウィンドウを展開させた。

 

「名護蜂也…ほう、《在名祭祀書(ネームド・カルツ)》入りしているようだな…。《冒頭の十二人(ページ・ワン)で《蛇輪王(クエレベレ)》を倒して序列三位…。」

 

初めは侮るような表情を浮かべていたが現在の序列を確認すると真面目な顔になりその後のファイルを見て表情は驚愕していた。

 

「貴様があの《壊劫の魔剣(ベルヴェルク=グラム)》所有者で完全適合者だと…!?」

 

『あの』って言われてもな…特段《壊劫の魔剣(こいつ)》がすごいとは思えない…。

てかこいつの利点って何なんだろうな?

 

その事に気がついた鋼一郎は此方に向き直り不敵な笑みを浮かべた。

 

「良いだろう小僧。貴様が私を気に食わぬというのなら、どうして欲しいのか言ってみろ。」

 

「…。」

 

「聞いてやろうと言うのだ。言ってみるがいい。」

 

尊大な態度で腕を組む鋼一郎。

俺は迷うことなく宣言した。

 

「あ?…二度とこの子に暴力を振るわないと誓え。」

 

「ああ構わん。」

 

「その子を戦わせるとか言わないよなおっさん?」

 

鋼一郎は頷こうとして固まった。え、自信満々にしてたのに他人任せかよこのおっさん。

 

「但し、貴様が決闘に勝ったらの話…な、なに?」

 

「まじかよ…ダサすぎる。」

 

「や、やかましいわ!」

 

鋼一郎との会話で察していたがまさは的中だったとは。

こいつは星脈世代ではない。必然的に結果は出ていた。

 

「伯父様!待ってください!」

 

綺凛が声をあげるが男は意も介せず話を続ける。

 

「そうだ、それこそがこの都市のルールだろう?貴様の相手は『これ』だ」

 

決闘のルールが適用されるのは『星脈世代』の学生だけだ。

 

そしてこいつは人間としてクズ野郎なのだと確定した。

子供は自分の所有物だと、道具としか見えてない嘗てのクソ親どもと同じと言うことが分かった。

今すぐにでも《崩壊》を叩き込んでやりたかったが法律で非星脈世代を星脈世代が攻撃すれば俺が捕まってしまうからな。

 

「安心しろ。貴様が負けたところで此方から要求するものはない。」

 

「伯父様!わたしは…!」

 

「黙れ、おまえは私の言う通りに動いていればいい。」

 

「で、ですけど!」

 

「綺凛、まさか私に逆らうつもりか?」

 

有無を言わせない威圧感、大人から発せられる低い声は子供の恐怖心を増幅させてしまうものだ。一目見ても綺凛の心と体が萎縮していくのが分かる。

 

「…いいえ、そんなことは…。」

 

「ならばいい。完全適合者を下したとなれば箔が着く。期待しているぞ。」

 

鋼一郎はそれだけいって綺凛から距離をとって後ろで高みの見物を決めた。

 

「…。」

 

「はぁ…。」

 

呆れたと、その言葉しか出てこない。自分は矢面に立たず子供を全線に立たせるとは…

当然、その場に残された綺凛は唇を噛んだまま俯いている。

しかし、意を決したのか俺に宣言する。

 

「名護先輩、ごめんなさいです。わたしは刀藤綺凛は名護蜂也先輩に決闘を申し込みます。」

 

綺凛が言葉を紡ぎ宣言した。

その声に答えるように両名の校章が紅く輝く。

 

「…まぁこうなるよな。」

 

綺凛は悲しそうな表情を此方に向けた。

だが俺は聞きたいことがあった。まぁ最終確認のようなものだ。

 

「なぁ、刀藤。どうしてお前は抵抗しないんだ?」

 

「へ?」

 

「あのおっさんの良いなりになってお前…この学校の序列一位なんだろ?願いがあるなら腕っぷしで星武祭を勝ち抜いて自分で勝ち取って行けば良い。」

 

「そ、それは…。」

 

動揺している綺凛を見て疑惑が確信に変わりそうだったがまだ弱い。

何故あの鋼一郎というおっさんの言いなりになっているのかをだ。

考察だけだが星武祭の望みで叶えられないものは無いと聞くが…いや何個か例外があったな。

その事を思い付き綺凛に問いかける。

 

「それとも優勝だけでは成し遂げられない他人の力を借りなければ成し遂げられない事があるとかか?例えば…」

 

綺凛は冷や水を掛けられたような錯覚を覚えた。

 

「『親族の星脈世代が自分を救うために非星脈世代の人間に危害を加えて冤罪によって重罪にされたのを助けたい』とかか?」

 

「!?」

 

分かりやすい反応をしてくれた。どうやらビンゴだったらしい。

確かにこのアスタリスクにおける星武祭の『願い』は何でも叶えてくれる。

しかし例外はあった、というよりも鋼一郎がこう唆したのだろう。

 

『お前が勝ち続ければ犯罪を犯した者への減刑、親族の解放を手伝おう』。

 

これに関しては予想でしかないがほぼ確定だろう。

鋼一郎は親族を助けたい綺凛の心に付け入り自分が得をしようと画策しているのだろうが…

となれば鋼一郎が綺凛を…言い方は悪いが『商品』として見ているのならば綺凛の『無敗』という価値を落としてしまえば計画は破綻するだろう。

 

そうなればやることは一つ、と言いたいところだがあくまでも『二度と暴力を振るわせない』ということが最大条件になるし相手は序列一位の生徒だ。

救うべき女の子を倒して救うというなんとも不本意な話だが仕方がない。

これは俺の精神衛生上を保つべき大切なことなのだから。

 

覚悟を決めて綺凛に目をやると悲しそうな表情を浮かべていた。

その表情は嘗ての幼い小町と重なって見えた。

 

 

綺凛は今までに感じたことの無い威圧感を全身で感じ取ってしまった。

先ほどまで優しげな表情を浮かべていた蜂也の表情は良く見えない。

しかし、そこに有るのは「怒り」。

だがそれは綺凛に向けられているのではなく自らに向けているようにも感じられた。

目の前の少女を理不尽から救うために妹と重ねたその少女を傷つけることが蜂也、いや八幡にとって苦痛でしかない。

そのことを感じ取った綺凛。

 

「名護先輩は…お優しいんですね。」

 

「バカなこと言っちゃ行かんよ。これは俺のための行動…そう精神衛生上の問題なんでな。」

 

「…仕方がありません。わたしも負けるわけには行かないのです。」

 

綺凛が腰に差している獲物に手を掛けた瞬間その場所は異様な威圧感で支配された。

彼女の持つ獲物は煌式武装ではなく拵こそ近代的な見た目をしているが純然たる日本刀であった。

 

「決闘、受けて立つぜ。刀藤綺凛(疾風刃雷)

 

そういって綺凛は胸の校章に触れて決闘が受諾された。

それと同時にホルダーの発動体を握り《壊劫の魔剣(ベルヴェルク=グラム)》を無造作に構える。

いつもより紫電の弾け飛び方が派手な気がした。

 

互いに獲物を準備が終わり戦いの火蓋は綺凛から切って落とされた。

 

「ー参ります。」

 

綺凛が短く呟いた瞬間には白刃が俺の喉元まで迫ってきていた。

 

「っ!」

 

反射的にバックステップを踏んで黄金色の大剣を背面に回す。

すると間髪入れずに攻撃がやってきた。

まるで切る瞬間に自己加速術式でも掛けているのかと錯覚する速度であったがまだ目で追える速度だった。

二撃目は俺の大剣を持つ利き手を切り裂こうとしているようだったが俺は少しだけ持っていた大剣を後ろに引くと剣の背に辺りに白刃がガキンッとぶつかり合うような音が聞こえその刃を質量差を使い綺凛の方へ押し込んだ。

 

その行動にビックリしているのか押し出された勢いを使って後方へジャンプした綺凛は距離を取った。

 

綺凛と刀を上段に俺は肩に背負って左手を突き出しながら構えた。

 

「お強いんですね、名護先輩。」

 

純粋に此方を評価してくれる綺凛にはありがたいのだが…。

 

「いやはや…まいったなこれはよ…。」

 

本格的に魔法を使わざる得ないと感じてしまった。

仕切り直し今度は俺から攻める番だ。

 

「行くぞ。」

 

瞬間、綺凛の目の前から蜂也が消えた。

比喩ではなく物理的に。

 

「(消えたっ!?)…っ!」

 

気配を感じ取ろうとした瞬間に殺気を綺凛が感じ取り回避する。

そこには綺凛が先ほどまでいた地面を《壊劫の魔剣(ベルヴェルク=グラム)》で粉々に砕く姿があった。

 

「(あれだけの質量を持つ純星煌式武装を片手で尚且つ棒のように軽々と扱うなんて…)」

 

剣術ではない型の決まっていない斬撃に予測が付かずに逆にやりづらさを感じていたが綺凛は楽しくなっていた。

先輩は剣術を覚えれば強くなると。

 

何十、何百という剣劇の打ち合いにギャラリーも引き込まれていた。

 

美しさで言えば《疾風刃雷》、荒々しさで言えば《戦士王》。

異なる二人の戦いかたはまさしくショーと言えた。

 

しかしそれは終わりを告げる。

 

勝負を決めに行った蜂也の縦一文字を寸での所で回避し背後に回る。

 

「(これでとどめです!!名護先輩!!)…っ!!」

 

がら空きになった背中を切り裂こうと白刃が迫るがそれは蜂也の想定通りであった。

 

「(まぁ、それが狙いなんだが。)」

 

詠唱破棄で発動された魔法が体を覆い白刃をまるで金属を切り付けたかのように弾いてしまった。

その光景に思わず綺凛は間の抜けた声が出た。

 

「えっ…?」

 

体勢が崩され戻るまでに時間がかかることを想定し蜂也は発動体を手放して振り返ると同時に魔法を『二重展開』して発動し左手に光の丸鋸が生成されて左胸に付いた校章目掛け振り抜いた。

 

しかし、日本刀を崩れた体勢から持ち手を変えて蜂也の攻撃を防ぎ逆に蜂也の校章を切り裂こうと攻撃を仕掛けるー

 

決闘決着(エンドオブデュエル)!!勝者(ウィナー) 名護蜂也(なごはちや)!!」

 

パキン、となにかが割れ落下する音が鳴り響くと同時に機械音声が綺凛の表情をキョトンとさせた。

どうやら何が起きたのか理解できていないらしい。

此方を見る綺凛の胸部分を指差してやり目を向けていた。

 

「あ…」

 

そこには真っ二つに割られ片方の校章しか残っていない。

 

「そっか…わたし負けちゃったんですね…。」

 

綺凛からは悔しいという感情は伝わってこなかった。どちらかと言えば解放されたと言った方がいいだろうか。

そんな言葉が合うような気がした。

蜂也は優しい表情で一瞥したあと此方に向かってくる人物から綺凛を守るべく立ちふさがる。

 

やはりというべきか鋼一郎は綺凛に向かって怒鳴り始めた。

 

「綺凛!おまえはなんという愚か者なのだ!序列三位程度の男に遅れを取るとは!よりにもよってあんな無様な負け方をしおって!」

 

「ひうっ!!」

 

そして短い悲鳴をあげて蜂也の背中に隠れる綺凛に対して腕を掴もうと手を伸ばすが立ち塞がった男から払い飛ばされる。

再び殴りかかろうとすると動きが止まった。いや凍りついたというべきか

鋼一郎を蜂也の視線が射貫く。

 

「大の大人がみっともねぇな…自分の企みが潰えたから八つ当たりするとはな…終わりだ。」

 

「な、なんだと…きさ…!!」

 

心臓を鷲掴みにされているような殺気が鋼一郎にのみぶつけられて発した言葉は泡のように砕け散った。

メガネ越しであるのに関わらず黒い瞳が一瞬金色に見えて本能で察したのだろう「綺凛にこれ以上手をあげれば分かっているよな?」と。

鋼一郎は後ずさった。

 

しかしそこでハッとなにかを気がつき視線を背後の綺凛に向ける。

 

「そ、そうだ!いいのか綺凛!おまえの父親の所業を隠蔽してやったのは私なのだぞ!おまえが私の元に戻らぬというのならば全てをぶちまけて台無しにしてやろう!そうなれば刀藤流もお前もどうなるか…!」

 

「ーあら、面白いことをおっしゃるのですね?」

 

鋼一郎の言葉を遮ったのは俺たちの試合を背後からギャラリーと共に見守っていたクローディアだった。

 

「なっ!おまえはエンフィールドの…!」

 

ようやくクローディアの存在に気がついたのか目を見開き驚愕している。

 

「刀藤綺凛さんとあなたとのご関係に口を挟むつもりはありませんが、あなたがお作りになったと思われている『刀藤綺凛というブランド』をあなたお一人で作り上げたものではありませんよ?」

 

クローディアは微笑むような表情を向けてはいるがその瞳は笑ってはいなかった。

 

「そう、この星導館学園の財産であり、引いては統合企業材体の財産です。それを私情で汚そうと言うのなら…私も見逃すわけにはいきませんわ」

 

鋼一郎は黙るしかない。

 

「恐らく私の母も同じ決断をなされると思いますが…どう思われますか?」

 

「そ、それは…」

 

クローディアが実母を引き合いに出すと表情は恐怖に歪んだ。

さらに俺が追撃を掛ける。

 

「元よりあんたのプランは『刀藤綺凛を無敗のまま星武祭を制する』だったはずだ。それが今俺に破れたことでその計画は破綻した。姪に構うより自分の保身を考えた方がいいんじゃないか?鋼一郎さんよ。」

 

蜂也の一言が止めとなったのか顔面は蒼白となりふらふらと力無い足取りで広場から立ち去ろうとした。

その時に蜂也の背後に隠れていた綺凛が前に出てきて虐げられていたとしても持ち前の真摯さを発揮して伯父へと別れを告げる。

『伯父様に感謝しております、今までありがとうございました』とぺこり、と頭を下げる。

 

彼女にとっては実の父親を救うために打算的に使われていたのは薄々気がついていたのだろうがそれでも彼女は伯父を非難することはしなかった。

 

それが彼女の強さなのだろうと蜂也は感じた。

 

鋼一郎はその綺凛の行動に立ち止まりはしたが振り返ること無く力無い足取りで広場を去っていった。

 

「伯父様…。」

 

悲しそうな表情を浮かべ俯く綺凛の頭を蜂也は無意識にそっと手を乗せてしまった。

 

「あ…」

 

その行動に泣き笑いの顔になった綺凛が此方を見上げてきた。

 

「頑張ったな刀藤。」

 

「はい…。」

 

朗らかな雰囲気が蜂也と綺凛の間でながれる。

綺凛の今までことを労っているとクローディアから声を掛けられた。

 

「おめでとうございます蜂也。まさか当校の序列一位に勝利してしまうとは…まぁ当然と言えば当然でしたかね?」

 

「バカ言え。『魔法』を使わなきゃ負けた。剣術じゃ俺はずぶの素人だしな。」

 

その発言を聞いた綺凛は驚いていた。

 

「名護先輩は剣を握ったことはなかったんですか?」

 

「ああ。元々接近戦を好んでやる質じゃなかったんでな。それに俺は『魔法使い』だしな。」

 

「?名護先輩は魔術師(ダンテ)なのですか?」

 

魔術師じゃなくて魔法師、と訂正したかったが意味はないだろうとそのままにしておいた。

 

「まぁ、似たようなもんだ。」

 

魔術師(ダンテ)と純星煌式武装は干渉して相性が悪いと聞いていましたが…先輩は規格外です…。」

 

「ええ。蜂也は色々な意味で規格外ですから。」

 

「…///」

 

綺凛は蜂也を見て頬を紅く染めた。

先日のぶつかり事故から今日まで会話も殆ど無かったはずなのに自分が伯父からの虐待まがいの事を受けていた場面に遭遇し他人である自分を助けてくれた上に自らの『望み』をあの会話から導き出した洞察力。

そして恐らくあの戦い方を見て蜂也はまだ本気を出していない。

全力で挑んだ綺凛はそう思った。

太刀筋は粗削りでおおよそ『剣術』とは言えないが『刀藤流』を習得したらどうなるのか綺凛は気になった。

…それに自分を見る視線が今は捕らわれている父と重なる、までとはいかないがまるで見守られているような錯覚を覚え心が暖かくなった。

頭を撫でられたときもその温もりは久しく感じていなかった他人ではあるが『愛情』を感じとる事ができたのだ。

 

私は先輩と仲良くしたい、なりたい。そう綺凛は思い意を決して声を掛ける決心をした。

 

 

何故クローディアが得意顔なのかが理解できなかったがそれはさておいておくことにして綺凛がもじもじして俺に話しかけてきた。

 

「あ、あの先輩…。」

 

「どうした?」

 

「一つ…い、いや三つほどお願いしたいことがあるのですが…というよりも提案があります…。」

 

耳の先まで紅くなりながら蜂也の耳元まで近づき小声でお願いしてきた。

 

「先輩をお、『お義兄さん』とお呼びしてもいい、ですか?」

 

その瞬間蜂也の中にあるお兄ちゃん力に対して電流が走る。

 

「!?別にいいけど…あ、俺も刀藤を名前で呼んでもいいか?『刀藤』ってカッコいいけど名前の方がほら、可愛いしさ。いいか?」

 

「は、はい…お義兄さん。えへ…。」

 

「よろしくな綺凛ちゃん。」

 

「『綺凛ちゃん』…えへへ。も、もう一つのお願いなんですけど…。」

 

まさか一気に二つのお願いが叶うとは思っておらず驚くが嬉しさが勝り上目使いでもじもじしながら意を決して最後のお願いを伝える。

 

「ん、いってごらん。」

 

優しくそのお願いを聞くのを待ってくれている蜂也に告げた。

 

「お義兄さん…剣術、『刀藤流』の門下生になりませんかっ!」

 

「え?ああ…つまり綺凛ちゃんが俺の先生になってくれて剣術を教えてくれるってこと?」

 

「は、はい!お義兄さんには剣の才で光るものが見えました!それで良ければ私と…一緒の練習相手になってくれると…嬉しい、と…。」

 

次第に尻すぼみになっていく言葉に苦笑した蜂也は再びそっと手を頭に置いて撫で始めた。

 

「綺凛ちゃんみたいな可愛い娘に教えて貰えるなら大歓迎だ。…まぁ俺も戦闘のバリエーション増やしたいと思ってたしな。」

 

「ほ、本当ですか!?か、可愛い…///」

 

喜んだと思ったら顔が真っ赤になった綺凛に不思議がっていたが蜂也は頭を撫でたままこれからの関係が始まった。

 

「ああ、これからよろしくな師匠。」

 

「は、はいよろしくです!お義兄さん!でも『師匠』じゃなくて『綺凛』と呼んでください。」

 

蜂也は微笑を浮かべて頷いた。

 

「わかった。『綺凛ちゃん』。」

 

「えへへ…お義兄さん…。」

 

その光景をみていたクローディアはボソリ、と呟いた。

 

「シスコン…。」

 

その呟きは絶賛相互甘え状態の偽兄妹達には聞こえていなかった。




小町と八幡の家族関係は『俺が七草の養子なのは間違ってる』を(ステマ)

綺凛の校章を割ったのは蜂也(八幡)が詠唱破棄によって二重展開していた手に持った『フラッシュエッジ』を遠隔操作して割っています。

本編主人公を何時出そうか…。


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師匠(銀髪美少女)会長(金髪美少女)

先の決闘から数日が経過して蜂也は星導館学園の序列一位へと変わった、がしかし蜂也は綺凛との純粋な剣術修行をしている最中に誤って決闘をすることになり結果として三日天下ではないが序列一位は綺凛へと返上されることになり蜂也は序列三位へと戻ることになった。

 

その結果に綺凛やクローディアからは総スカンを喰らって「早く序列一位になってください!」と怒られたのは蜂也的には腑に落ちなかったようだ。

 

 

「お義兄ちゃん、か…。いや悪い気はしないんだけどなんか微妙な気分になるんだよなぁ…。あ、そういやまだ《次元解放(ディメンジョン・オーバー)》の変換エネルギー貯まってないな…いや、全くというわけじゃないんだけどよ…。」

 

此方の世界に飛ばされてから数週間が経過しているのだが未だに《次元解放(ディメンジョン・オーバー)》を使用することは出来ていない。まぁ、問題は…無いのだが

 

この間、綺凛ちゃんに『お義兄ちゃん』といわれて向こうの世界にいる小町ちゃん達が恋しくなった。

まさかホームステイ?じゃなかったホームシックになるとは思わなかった。この俺が。

 

「あ…?なんでこんなに人が…。」

 

生徒会室での仕事を終えて自分の部屋へ戻るがその道すがら人だかりが出来ていた。事故でもあったのかと付近でみていると一人の男子生徒が此方に気がつき視線を向けてくる。

 

「《戦士王》だ…。」

 

「副会長…」

 

「くそう…どんだけ美少女にモテるんだよあの男…」

 

「修羅場か?修羅場なのか?」

 

それは全員に連鎖しその視線は妬みと好奇心、そして尊敬の眼差しが入り交じっていた。

 

「あ?」

 

無意識に威圧感を出して通路を塞いでいた野郎共を退かすとその学生達の間から俺とリースフェルトと綺凛ちゃんの試合を中継していやがったマスゴミのたしか、夜吹と言ったか…が此方に気がつき顔を出した。

それはもう楽しくて楽しくて仕方ないといった様子だった。

 

「よう、大将。遅かったな。お客さんが来てるぜ?」

 

「客?俺にか?」

 

「おうよ。男子寮の応接室に通してあるから行ってきな。」

 

「一体誰だ…?」

 

夜吹に急かされるがままに男子寮の共用エリアにある応接室へ向かった。

道中の視線が鬱陶しいものだったが威圧感を飛ばすとスッと視線を反らしていた。

 

てか男子寮ってこうなってたんだな…こっちの世界に来てからクローディアの部屋に住んでいたから内装は分からなかったがめちゃくちゃ綺麗だった。

金が掛かってるなという印象だ。

 

そんな感想を思いつつ通路を進み突き当たりの奥の部屋にある応接室に到着しノックする。

 

「あ…ど、どうぞ。」

 

ん!この天使のように愛らしい声は…!

俺はこの声を聞いて確信した。

 

ドアを開くとそこには応接室のソファーにやはり性格なのか端っこにちょこんと座り待っていたのは我ら星導館学園序列一位『疾風刃雷(しっぷうじんらい)』俺にとってのマイシスター、刀藤綺凛が待っていた。

 

 

「先日はごめんなさいでした!」

 

応接室に入るなり、綺凛ちゃんはあたふたとソファーから立ち上がり、ぺこりとお辞儀をした。

俺はその光景をみて何故謝られてるのかが理解出来なかった。

 

「なんで綺凛ちゃんが俺に謝罪してんの…?」

 

「いえ、それは前日の伯父様の件で…本当にごめんなさい!」

 

頭を上げたかと思えば再び綺麗にお辞儀をしてしまったので俺は慌てて上げさせた。

 

「いや綺凛ちゃんが気にする必要ないって。あれは俺のためにやったゆえの行動だし…だから綺凛ちゃんが気にする必要はないから。」

 

「ほ、本当ですか…?」

 

今にも泣き出しそうな様子で瞳を潤ませている様子をみた俺は綺凛ちゃんの頭にポンっと優しく手を乗せて撫でる。

 

「あぅ…。」

 

「大丈夫だから、な?」

 

優しく撫でると潤んでいた瞳は鳴りを潜めて気持ち良さそうに目を細めている。

正直綺凛ちゃんを撫でている間はめちゃくちゃ心が落ち着く。

どうやら綺凛ちゃんは癒し効果があるようだ。ずっと撫でていたかったが綺凛ちゃんがこの男子寮に来たのかを聞く必要があった。

 

「あっ…」

 

俺が頭から手を引くと名残惜しそうにしていたのは印象深かった。

 

「それで、なんで綺凛ちゃんはここに?」

 

「え?」

 

「わざわざ俺に謝罪をしに来た訳じゃないだろ?」

 

「いえ、そのために来たのですが?」

 

もちろんといわんばかりに答えてくれた。

どうやらこの子はかなり真面目な子らしい。その事に思わず気持ちが悪い笑みを浮かべそうになったがそこは自重して薄く笑みを浮かべる程度に抑えた。

 

「あ、でもそれだけじゃなくて、」

 

そこで言葉を切って此方に深々とお辞儀をした。

謝罪ではなく感謝のお辞儀だった。

 

「あの、ありがとうございましたっ!」

 

「え?」

 

今度は感謝と俺は見当が付かなかった。感謝される覚えもないのだが。

純粋に俺は聞き返す。

 

「なんで感謝するんだ?」

 

「お義兄さんは、私を伯父様から庇ってくれただけじゃなく『望み』の別方向からの考え方も教えてくれて…本当に嬉しかったのです!」

 

顔を真っ赤にして声を張った。

頑張っている姿をみて微笑ましいと思った。

だがそこは訂正しておく。

 

「『望み』の叶える方向を他人を頼らずに見つけ出せたのは綺凛ちゃん自身だろ?俺は…たまたまその切っ掛けになったに過ぎないし。」

 

「いえ、お義兄さんが居なかったら…。」

 

このままだと蒟蒻問答になりそうだったので再び綺凛ちゃんの頭に手を乗せると大人しくなった。

…何となくだが綺凛ちゃんの弱点が分かった気がする。

 

「あぅ…。」

 

顔を紅くした綺凛ちゃんに若干イケない気分になり掛けたが目の前にいる女の子は妹だ、と言い聞かせて雑念を振り払った。

再び頭を撫でようとする前に扉の前に野次馬がいるのを《瞳》で確認して綺凛ちゃんの頭から手を話し人差し指で「静かに」のポーズを取ると察したのか綺凛ちゃんも従ってくれた。

 

扉を勢い良く解放すると。

 

「「「うわぁ」」」!!!

 

此方の会談を盗み聞きしようとしていた連中がなだれ込んできた。

その先頭は当然というべきか夜吹が先導しており。俺は威圧感を飛ばす。

 

「取材熱心だな、夜吹…」

 

「は、ははは…まぁな。大将。」

 

「…」

 

威圧感が殺気へ変わった瞬間外にいた野次馬達は蜘蛛の子を散らすように解散していった。

 

「ったく…綺凛ちゃん。遅くなってきたから女子寮まで送るよ。話の続きは外でしよう。」

 

「は、はいっ」

 

綺凛ちゃんは素直に頷いてくれた。

 

◆ 

 

「まだ肌寒いな…霜が降りる…いやそこまでじゃないか。」

 

夕暮れ時の春の空はもう夜の帳が近づいてきていた。

点灯したばかりの街頭が二人の道筋を照らしてくれている。

俺が車道側で綺凛ちゃんが歩道側を二人並んで歩いていた。

気温が少し低いので寒いのだろうか。頬を紅く染めていた。

 

「寒くない?大丈夫?」

 

「え?あ、は、はいっ大丈夫です…へくちっ」

 

風が吹いて一瞬冷え込み可愛らしいくしゃみをした綺凛ちゃんの周囲に保温魔法を掛けてやると驚いていた。

 

「あ、あれ寒くなくなりました。」

 

突如快適な外気温になったことに驚いている。

 

「寒そうだったから綺凛ちゃんに魔法を掛けたんだよ。」

 

人差し指を突き立てタクトのように見立てわざとらしく振るうとその光景が面白かったのかクスりと笑みがこぼれていた。

 

「お義兄さんは本当に『魔法使い』みたいです。」

 

「みたいじゃなくて、魔法使いね。」

 

そう指摘した後に沈黙が続き気まずい雰囲気になるかと思いきや…というわけでは無く所所で会話が発生していた。

 

女子寮までもう少し、というところまで来たところで綺凛ちゃんから切り出された。

 

「…実は家族以外の男の人と一緒に歩くのは緊張していたんです。こういう風に歩くのは初めてで…。」

 

照れたような笑みを浮かべ恥ずかしそうにカミングアウトしてきた。

まぁ、分からなくもない。

綺凛ちゃんのような年頃の女の子が女子一貫校にいたとしても不思議ではないが。

 

「お父さんが厳しい人で…我が家は『刀藤流』の宗家でしたので。」

 

「なるほどな。」

 

と思ったが違ったようだ。まぁ彼女のように可愛い娘がいれば野郎の目に触れさせたくないのは分かるが。

武家一家は教育には厳しいようだ。

ん?ちょっと待ってほしい俺は大丈夫なのだろうか?

ああ、俺は男じゃなくて兄として見られているのかならば良し!(現場猫)

 

「お義兄さんはなにか武術を嗜まれていたのですか?」

 

唐突に俺に質問してきた。

 

「え?なんでそう思ったんだ?」

 

「先日の試合中の動きが武術者の動きだったで…。」

 

「…ああ。実は地元の道場、一応だけど継承者なんで嗜むっつーか…。」

 

一応と言うか小町も『四獣拳』を習っているが奥伝は俺しか習得していないので一応の継承者になるのか?

婆ちゃんには面と向かって言われたことはないが…。

 

「そうだったんですね!やはりそうだと思いました。あの体捌きと足の動きはみたことがない動かし方で…」

 

テンションが上がって此方に抱きつきそうになるくらい接近してきており夢中になってしゃべっていたが途中でハッとなり口をつぐんで、バッと俺から離れ顔を赤面させている。

その様子に抱き締めたくなるような衝動に駆られたが自重した。

 

「す、すみません!つ、つい…お、お義兄さんは兄妹とかはいるのです?」

 

突然の話題変更に驚いたが『俺、別世界から来た人間でもといた世界に妹がいるよ』とはいえない。

なので必然的に…。

 

「え?いるけど今は逢えないかな。」

 

「え?それはどういう…。」

 

「ここじゃない遠くの場所にいるんだ。」

 

「あ…ごめんなさい…です。」

 

表情に陰りが見える。回答を間違ったかも知れない。

ここは話題を変えなければ。

 

「ま、まぁでも今は綺凛ちゃんみたいな妹がいるから寂しくはないかな~…なんて。」

 

俺が苦し紛れに放った一言に綺凛ちゃんはなにかを勘違いし覚悟を決めて宣言した。

 

「わ、わたしお義兄さんの義妹になりますっ!だからわたしを本当の妹のように接してくださいっ!」

 

その宣言をされて蜂也は気押された。

しかし、その発言をした綺凛は『妹としてみてください』といったのは間違いだったと後日気が付くことになる。

 

 

翌日。

 

高等部校舎前で何時ものように待ち合わせ二人はランニングをしながら公園へと向かった。

蜂也と綺凛は当然のように制服ではなくトレーニングウェアを着用し俺は手足それぞれに十キロの荷重魔法を掛け腰には無造作に《壊劫の魔剣(ベルヴェルク=グラム)》の発動体を無造作にぶら下げており、綺凛は大きめのウエストポーチに重りと腰には日本刀を差している。

雑談しつつランニングを行い公園に到着し二人で柔軟体操を行った。

一人で出来ない柔軟運動を行えることが綺凛にとってはありがたかった。

 

「んしょ、んしょ…」

 

しかし、蜂也的には柔軟運動を行う綺凛が体を揺らすごとに、その胸がぽよん、と弾むのについつい目が引き寄せられそうになったがその度に荷重魔法を強め痛みによって視線を逸らすことにした。

これで十三歳というのだから末恐ろしいと思ってしまった。

うちの妹達は負けてるなぁ…としみじみ思ってしまった。

 

二人で組み合う柔軟運動では柔らかいものが当たってしまい蜂也は魔法使いではなく賢者にならざるを得なかった。

クローディアはからかいで当ててくるのでなんとも思わないが綺凛は無自覚で無邪気に当ててくるので一番叡知なのは綺凛で間違いない、と確信していた。

 

「?どうかしました。」

 

「いや、世界は広いなって」

 

「?」

 

キョトンとした顔で両足を開き前屈運動をしていた綺凛が首を傾げるがその度に「ぽよんぽよん」と揺れ動き脳内でZ○RDの『揺れる思い』が流れ始めた。

あとトレーニングウェアが体に密着するような作りなので体のラインが出てしまうというのもあるのだろうが。

これで小学生と言うのだから驚きだろ?

将来が怖いです。

 

 

場所は変わって早朝の野外。

人の影はなく春先の肌寒い空気が肌に纏わりつくが師匠と弟子には関係がなかった。

体は温め終わった二人は獲物を構え修練を始める。

 

「参ります」

 

「っ!」

 

普通は木刀などで打ち合いをするのだがそこは星脈世代(蜂也は普通の人間だが)なので星辰力を込めていない攻撃では少しの痛みしか感じないので真剣で切り合う。

 

一飛び足で蜂也の間合いに飛び込むと閃光の速度で斬りかかり袈裟懸けを斬り下ろす。

対して蜂也は《壊劫の魔剣(ベルヴェルク=グラム)》の構え方を変えて無造作持ちから両手で保持し型から切っ先を地面に向けるような構え方に変更していた。

斬り下ろされた白刃を横薙ぎで斬り払い押し退けた。

 

しかし、斬り払われた綺凛の刀は空中で弧を描いて即座に横薙ぎを繰り出してきた。

その斬り返し速度はとてつもない。

蜂也は避ける選択をせずに大剣の腹で受け止めて弾き返すが次の瞬間には切っ先が此方の太股を切り裂こうとするが拳法の応用で摺り足で回避と同時に今度は防御にしようした大剣を既に攻撃の準備は整っていたので上段から振り下ろす。

綺凛が回避をするために大剣の反対側に回避を取ろうとするが振り下ろし地面にぶつかる前に無理矢理に逆袈裟に斬る方向を切り替えると綺凛はハッとなって刀の峰部分でスライドさせるように回避し再び蜂也から攻撃を仕掛けるが先手を綺凛が取って再び攻撃を受ける。

しかし、最初期の修練では防戦一方だったが今では隙を付いて攻勢に転じられるまでに蜂也の技量が上がっており綺凛は楽しくなってきていた。

初めて出来た弟子の成長と一緒に訓練をしてくれる少年の技量が上がっていくのは嬉しかった。

 

ただ一方で修練をしている蜂也は途切れなく続く連続攻撃に《瞳》の力を使わずに捌ききるのは至難の技だった。

正直勘弁してほしいとは思ってはいるが綺凛、師匠が楽しければいいかとさえ思っていた。

 

「精度が上がっていますねお義兄さん!」

 

「当方が師匠にそういわれるとは…そろそろかもしれぬな…!!」

 

実際に軽口を叩きながら綺凛が繰り出す刀藤流、四十八の型を繋ぐ奥義『連鶴(れんづる)』を捌いている。

連鶴(れんづる)に果て無し』と言われている攻撃を数日しか師事を受けていない蜂也が被弾無く捌く才能に綺凛は恐怖すら覚えていた。

 

(たった数日で『連鶴(れんづる)』を攻略されるとは恐ろしいです…。)

 

打ち合うほどに技量が上がっていく兄弟子に綺凛の好感度が爆上がりしていた。

 

(そろそろ当方から仕掛けるか…。)

 

袈裟懸けを最小の動きで弾き返すと蜂也が動き出す。

 

隙を与えないように切り落としから袈裟懸けにスムーズに移行してさらには右薙ぎ、右切り上げそして逆風を綺凛に叩き込む。その太刀筋を確認した綺凛は驚愕していた。

 

(まさか…!もう『巣籠』、『花橘』、『比翼』、『青海波』、『風車』の形まで習得したです!?)

 

連鶴(れんづる)』と不完全な『連鶴(れんづる)』がぶつかり合った。

 

◆ ◆ ◆

 

「今日はここまでにしましょう。」

 

「綺凛ちゃん修行するのはいいんだけど本気で斬りに掛かるのやめてくれない…?こっちは死にかけなんだけど…。」

 

早朝の修行は薄暗かった公園は日が昇りきろうとするぐらい明るくなっていた。

流石に授業がありシャワーを浴びたいので切り上げることになったのだが…。

 

「お義兄さんの成長スピードが早すぎて自信無くしちゃいそうです…。」

 

「いや、全然だろ。見よう見真似だしな…。」

 

「そんなこと無いです!お義兄さんは才能の塊ですよ!」

 

「まぁ…綺凛ちゃんがそういうなら…。」

 

「それにお義兄さんがつよくなってくれればわたしも嬉しいです。」

 

「そっか…まぁ期待に答えられるように頑張るよ。」

 

「えへへ…。あ、そうです。お義兄さんはどうしてあの武器を持つと一人称が変わるんです?」

 

無意識に撫でやすい位置にあった綺凛の頭を撫でてしまっているが嫌がる素振りは見せず逆に嬉しそうにしているのでやめようとはしなかった。

そんな最中、蜂也の一人称が変わっていることに質問した。

 

「え?変わってた?」

 

「はいです。俺から当方に。」

 

「まじか…全然気が付かなかった。」

 

「そういえば純星煌式武装は副作用があるんですよね?『その子』は一体どんな副作用が…。」

 

「不明なんだよなぁ…一応は『破壊衝動と激痛に苛まれるが圧倒的な破壊力を持つ』としか…全然その影響無いし。」

 

「そうだったんですね…でも一人称が『当方』のお義兄もかっこいいです!」

 

「そっか、ありがとうな。んじゃ、帰ろうか。」

 

「はい、お義兄さん。」

 

思わず抱き締めたくなるほどの愛らしさを持つ綺凛だったがそれをやってしまうと嫌われてしまうので自重した。

ひとしきり頭を撫でて満足した二人、蜂也と綺凛は学園の《冒頭の十二人(ページ・ワン)》の特権であるマンションへ途中まで一緒に向かい分かれた。

 

 

「最近楽しそうですわね蜂也?」

 

「…藪から棒になんだよクローディア。ほい、判子押してくれ。」

 

生徒会室で仕事をしているとクローディアから不機嫌なオーラをぶつけられた。

何故不機嫌なのかは俺には全く皆目見当が付かない。

あれか?女の子が不機嫌になる日なのだろうか…何てことを言うと彼女の持つ双剣で斬り殺されそうなので言わないでおく。

書類を手渡そうとするが此方を微笑を浮かべたまま受け取らない。瞳は笑っていないので怒っているのだろう。

仕事が進まないのでやめてほしいのだが…。

 

「てか、早く受け取ってくんない…ってなんで俺の近くにいるんだお前…」

 

「…」

 

気がつくとクローディアが俺の近くに座席を持ってきて…というか隣に座って此方をジーっとみている。

 

「私は寂しいです。最近は義妹が出来てそちらの方に掛かりっきりでお昼も一緒に取る始末…私はもうお払い箱ですか?」

 

ジーっとみていた瞳は次第に潤み始め此方を見据えており俺は非常にリアクションに困った。

 

「お払い箱って…お前を無下に扱ってねーじゃねえかよ。こないだだって夕飯お前の部屋で食ったし…。」

 

「刀藤さんには隙あらば頭を撫でているのに?」

 

「お前にやったら俺が捕まるわ。綺凛ちゃんの場合はやっても嬉しそうにしてるからやってるだけだ。」

 

「蜂也にならされてもいいです。というか今すぐやってください。」

 

クローディアがそう発言した瞬間俺が座る座席に跨がってきた。

 

「ちょ!お前何してんだよ!っ…お前…疲れてるのか?」

 

端からみるとオフィスでおっ始めているカップルにしか見えないが俺はクローディアをそういう目で見たことはないしそんな趣味は無い。

 

「…これだけされて興奮されないと貴方の不能を疑うか女としての魅力がないのかと疑ってしまいますわ。」

 

「いや、十分ドキドキはしてるんだが…。ったく、ほらこれで満足か?」

 

もう何を言っても聞かないような気がしてきたので俺は仕方なく綺凛ちゃんにしているようなことをしてやった。

 

「はうっ…//////」

 

頭に手を重ね優しく撫でる。

非常に丁寧に手に伝わるクローディアの髪質は非常に滑らかで何時までも撫でていたいと思わせる感触であった。

生徒会室には時刻を示すアナログな時計の針の音だけが響く。

 

「もういいか?満足したろ?」

 

「も、もう少し…」

 

もうかれこれ10分以上はクローディアの頭を撫でていた気がするのだがまだ満足していないらしい。

困ったもんだと呆れつつ耳元で聞こえるように「もう終わりだ」と近づけて息が耳に掛かった瞬間だった。

 

「ひんっ…////」

 

ガクリ、と力が抜けたように俺に跨がっていたクローディアが俺の胸元に倒れ込む。

…俺変なところさわってないよな?

 

「…」

 

うるうると此方に訴え掛けるような表情を浮かべている。

どうやらクローディアは耳が弱かったらしい。これは新たな発見だ(白目。)

って言ってる場合じゃねぇよ!

 

「も、もういいだろ。離れろ。」

 

「え?きゃっ、は、蜂也?」

 

俺は急いで飛行魔法を使ってクローディアを宙に浮かせた後に移動と停止の単一魔法を使用し椅子に着席させた。

 

「むぅ…。」

 

どうやらまだ満足していない様子だったがどうしたらいいのか分からなかった。

 

「どうやったらお前の機嫌が収まるんだ?」

 

「今のように私が望んだタイミングで頭を撫でてくれたら許して上げます…。」

 

「なんじゃそれは…年頃の女の子が頼むお願い事じゃねぇぞ?」

 

「…。」

 

ジッと此方を見据えているクローディアの意思は固いようだ。

俺からの頭撫で撫でにどんだけ価値があるのか分からんがそれでこいつの機嫌が収まってくれるなら。

 

「わーったよ…」

 

「はい」

 

その事を認めると機嫌が良くなった。

最近の女子は…というより女子は分からない。

そんなことを考えていると声が聞こえた。

 

『我が主よ…女心を理解せぬとは…相手方も難儀であるな。』

 

唐突にやたらといい男の声は聞こえた気がした。

その声がした方向に顔を向けた先にはホルスターに入っている《壊劫の魔剣(ベルヴェルク=グラム)》の発動体があった。

 

(まさか…。)

 

気のせいだと思いたかった。



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不思議な出会い

12/3…一部文章追加と改編有です。


『女心が理解できぬとは…相手方も難儀であるな。』

 

気のせいじゃなかった。《壊劫の魔剣(こいつ)》俺の脳内に直接話しかけて来やがった…!

 

「?どうしました蜂也。」

 

俺が頭を押さえていると気になったクローディアが再び近づいて来ていた。

 

「ああ…実は。」

 

『あ、因にだが主よ。私の声は他の者には聞こえぬから主が不審な目で見られるか痛い奴扱いされるぞ。』

 

そりゃそうだよな…いきなり『《純星煌式武装(オーガルクス)》から声が聞こえてくる』何ていった日には俺は残念な奴扱いされてしまう…って俺の考えてることが分かるんだよ…。

 

『いや、予測に基づいての発言であるから主の思考を読み取っているわけでない。適当に誤魔化すのがよかろう。』

 

まさか自分の武器に諭されるとは思わなかったがその通りだったのでクローディアには誤魔化して発言した。

 

「いや、少し疲れただけだ。」

 

「そうですか、それでは私で残りの仕事を…。」

 

「いや、あと少しの量だけだろ。終わらせて帰るぞ。」

 

「はい。」

 

そういってクローディアの仕事をぶんどる…というわけでなく優しく奪い去り定位置で仕事をし始めると何故か嬉しそうに仕事を終わらせようとするクローディアがいた。

 

『なるほど…これが捻ねデレというものであったか。』

 

やかましいぞ。

 

生徒会室にはペンが紙面を走る音とキーボードを叩く音だけが響いていた。

 

 

仕事が終わり夕飯はクローディアの部屋で何故か俺がパスタを作ってご馳走するという流れになりスーパーで買い物してから待たしても女子寮の個室に忍び込む形となった。

因みに作ったのはボロネーゼで提供するとクローディアは満足していた。

…ワイングラスに赤い液体を注いで飲んでいたのはぶどうジュースだと思いたいが顔を紅くしていたので確信犯だろう。お前未成年だった筈だよな?この世界では十五歳以上で成人扱いなのだろうか?

やたらと絡んできて鬱陶しいので頭を撫でてやると気持ち良さそうにして眠ってしまった。

 

「しょうがねぇなこいつは…。」

 

俺はため息をついて食器を全部片付け終わった後にソファーに気持ち良さそうに寝ているクローディアを抱き抱え(所謂お姫様抱っこ状態)ベットまで運びシーツを掛けてやるとそのまま静かに眠りに就いていた。

 

「…おやすみ。」

 

俺は静かにクローディアの個室から認識阻害の魔法を使用し自分の個室へと戻った。

 

 

「それで?なんでお前の声が聞こえるようになったんだ?」

 

自室に戻りシャワーを浴びてラフな格好になった俺は問いかける前に部屋全体に遮音フィールドの魔法を掛けて今現在使用している純星煌式武装(オーガルクス)壊劫の魔剣(ベルヴェルク=グラム)》を台座にセットし向こうの世界から持ってきていたブレスレット型CADと特化型に新たに作成した魔法の起動式をインストールしながら質問していた。

 

なにも聞こえないのなら俺の疲労で幻聴が聞こえていた、と言うことで全てが片付くのだがそう簡単ではないようできっちりと回答が返ってきた。

 

『うむ。その件なのだが実は主が適合率試験を受けたであろう?』

 

当然室内に声が二人分ではなく俺一人だけの音声だけが室内に響く。

 

「ああ…受けてたな。」

 

『主が触れた瞬間に激痛を与えたであろう。』

 

「くっそ痛かったな。」

 

『ああ。当方のその性質で『他人の体の所有権を奪う』という行動を取るのだ。』

 

「マジかよ…。だから封印された『純星煌式武装(オーガルクス)』なのか。」

 

『主が初めてであった。当方を屈服させて使いこなすまでに至るのは。』

 

俺が電撃での体が激痛に教われて心配して此方を見ているクローディアに対して俺は『壊したい』と思ったのはこいつのせいだったらしい。

だが、こいつを殺気で黙らせたことが功を奏したようで助かった。

しかし、ふと気になることがあったのでこいつに聞いてみた。

 

「そういや、お前の武装特徴って何なの?抽象的にしか聞いてなかったんだけど。」

 

『主よ…我を手に取ったにも関わらず特徴を理解できないとは…さては残念なのか?』

 

壊劫の魔剣(こいつ)》はいちいち主人をこき下ろさないと気が済まないのだろうか。若干青筋を立てそうになるが所詮は道具に与えられた仮初めの感情だ。

気にしないことにする。

 

「…いいから教えろよ。」

 

『我の能力は『他の純星煌式武装に比類できないほどの圧倒的な破壊力とそれに付随するマナダイトの完全破壊』だ。』

 

シンプルイズベスト過ぎねぇか?

 

「え?それだけ?」

 

俺がそう告げるとまるで胸を張っているような幻視がした。

当然というように《壊劫の魔剣(こいつは)》そう言い放った。

 

『我にそんな小細工は要らぬ。あったとしても主が細工するであろう。こう、うまい具合に。』

 

「アバウトだなお前…。」

 

機械とは思えぬ反応に俺は呆れた。

「そういえば…」と言う切り口で聞き逃せないことを呟く。

 

『む、忘れておった。我を所持することで主の周りに存在するの万応素を効率的に取り込み活性化して主が使っていた技を使うための『想子』だったか?あれは《流星闘技(メテオアーツ)》の星辰力の消費の十倍近く使用しておるからな、それを効率良く取り入れる《変換器(インバーター)》の役割も果たすことが出来るぞ。』

 

「それは便利だな…ん?今お前何つった?」

 

今、聞き逃してはいけない単語が聞こえた気がして聞き返す。

 

『《変換器(インバーター)》と…。』

 

「違う。その前だ。」

 

『『想子』と言ったが…。』

 

「行きすぎだバカ。そのちょっと前だ!」

 

『む…注文が多いな。『技を使うための『想子』だったか?あれは《流星闘技(メテオアーツ)》の星辰力の消費の十倍近く使用しておるからな』と言ったのだが…どうした我が主よ膝をついて。』

 

何てこった、と俺は自らの不覚を恥じた。

普通に考えれば分かる話だった。

世界が違えば当然そこにある力の源も変わってくるわけで…。

万応素を想子に変換できているかと思っていたら俺自身の保有量を実質消費しているだけでちっともたまっていなかったと言うヲチはあまりにもお粗末だった。

 

「マジかよ…次元の壁を越えるのに一体どれだけ溜めりゃいいんだ…。」

 

椅子から思わず立ち上がり膝をついてしまう。

これではいつまで経っても溜まらないわけだ。

 

『まぁ、気を落とすな主よ。』

 

「…あ゛?」

 

『実は我にはもう一つ能力が有るのだ。それは…』

 

「勿体ぶってないで早く言え。」

 

『…それは異なる力への《変換器(インバーター)》の役割だ。』

 

「どう言うことだ?」

 

『《万応素(マナ)》は周囲の元素と反応し事象・物質へその姿を現す。それを効率良く所有者の体に取り込める様になっておるのだ。取り込んだ《万応素(マナ)》は主の体が最も馴染む形で力となるだろう。我と適合できる者がいれば持つだけでその者を強者にすることも出来よう。」

 

「お前凄いんだな…何で欠陥《純星煌式武装(オーガルクス)》なんだ?」

 

『…。』

 

「おい!」

 

咄嗟に台座においていた発動体を握り声を荒らげるがウンともスンとも言わなくなってしまった。

 

『…だって今まで我を手にしてきたものはすぐに呑まれて壊れてしまう。我に相応しい相手が主だけだった。それだけの話だ。』

 

その事だけを告げると《壊劫の魔剣(こいつ)》は拗ねて黙り込んでしまった。

もとより俺一人の独り言が響いていた室内でため息をつく。

 

「俺が元の世界に戻るためにはこいつと付き合っていかなければ行かないといけない訳か…。武器に好かれるとかどんなホラーだよ…。」

 

日常で魔法を使う分には空中に漂う万応素を使って星辰力を通してやればいいが元々ある俺自身の想子保有量を回復させる為には《壊劫の魔剣(こいつ)》を使わなければ《次元解放》を使用に必要な想子が回復しないことが判明したので俺は再びため息をついた。

 

「もう寝よう…明日は休みだしな。」

 

考えると自分の迂闊さに嫌悪感を示してしまうのでその判断に身を委ね寝る支度を整えて眠りについた。

 

 

翌日。

 

学校も生徒会の仕事も無いため《アスタリスク》の街に出てきていた。

此方に事故で流れ着き数週間は経過しているとは言え部屋や学園の生徒会室を行き来するだけと言うのは他者とあまり好んで交流を持たない俺でさえもこの近代的な町並みは『異世界』に来たと言う感じがして柄にもなく気分が上がっていた。

 

『我が主よ。よかったのか?クローディア殿達を誘わなくても?』

 

脳内に語り掛けてくる《壊劫の魔剣(こいつ)の思念を万応素を通じて会話する。

普通に話すことも出来るのだがそれだとただ発動体に語り掛けている危ない奴になるからな。

 

『たまには…と言うか俺は一人が好きなんだよ。団体行動が苦手なのさ。』

 

本来ならばクローディアや綺凛のどちらかをナビゲーターにしてこの知らない街を探索するのがセオリーなのだろうが無性に一人で探索をしたくなったのだ。

 

「まるで新宿みたいだな…。」

 

恐らく此処がアスタリスクの中心部分になるのだろうか?ビル街が立ち上ぼり交差点には雑踏がひしめき合う。

人は多いがあそこまでの込み具合ではないので歩くのには問題ない。

 

看板や映像は視たことのない俳優や商品が映っておりまさに此処は「異世界」であることを証明してくれていると同時に自分は異物なのだと思い知らされた。

そんなことで心が折れるわけではないが疎外感を感じるのは人間の性だろう。

 

『~~~~♪』

 

ふと、聞き馴染みのない音楽と歌声が街頭モニターから聞こえてくる。

その歌声に思わず俺は足を止めてしまった。

 

「良い歌だな…。」

 

思わず呟く。

足を止めて街灯モニターに目をやるとそこには紫色の髪をした美しい顔立ちをした少女が新譜のPVなのだろうかを流しており付近の量販店ではその少女のCDとデータがどうやら今日発売だったらしく人だかりが出来ていた。

俺は妙に気になって量販店の方へ足を向ける。

 

到着する頃にはほぼ完売しており最後に一つが棚に鎮座しており俺は迷うことなく店員に告げた。

 

「あ、これください。」

 

CDなんて滅多に買わないのにこのときばかりは買って良かったと思うほどの買い物だった。

 

 

「衝動買いしちまった…。まさか初回限定版の最後の1個だったとは…。うおっ!?」

 

「きゃっ!」

 

量販店の買い物袋に入ったCDを持ち街を探索していると目の前に人影が現れて危うく手に持った戦利品を落としそうになったが無事だった。

 

「ごめんなさい!…っ待ってウルスラ!」

 

ぶつかりそうになったのは少女だったらしく俺に謝罪した後に誰かを追いかけて行ってしまった。

追いかけている人物は深くフードを被っていたが不快な感覚を感じた。

 

その瞬間不意に《瞳》の力が発動する。

 

「これは…!」

 

脳内に未来視が写し出される。

 

先ほどの少女がフードを被った人物に攻撃されて意識を侵食されていく未来が映る。

明確な悪意がそこには映っていた。

 

「さっきの子か…っ!折角の休みだってのによ…!」

 

俺は悪態をつきつつ彼女たちを追うように疾走した。

 

 

「見つけた…!待ってよ!ウルスラ!!」

 

少女はフードの女性に追い付くと名前を叫んだ。

 

「…」

 

その少女の問いに答えるように疾走をやめて踵を返し此方へ向き直る。

 

「やっと会えた…!ウルス…!?」

 

その女性はフードを外す。

 

絶句した。

しかしその姿は少女が慣れ親しんだものとは掛け離れており死人のように目に光がなく感情さえも凍りつきロボットのような無機質なモノを視ているような錯覚を覚えた。

 

明らかに平常ではないと知古の知り合いに出会い高揚していた気分が動揺に変わるのに差程時間は要らなかった。

 

目の前の『知り合いの姿をした』女性が言葉を漏らす。

 

「貴様はその感じから察するにこの体の持ち主を知っているのだな?」

 

「誰なの貴女は…私の知っているウルスラじゃない…私の知っているウルスラは感情豊かな人だった。一体ウルスラに何をしたのっ!!」

 

「名乗る必要はない。」

 

少女の感情が爆発する。

それに反比例し目の前のウルスラと呼ばれた女性は冷めた感情だ。

 

「追手が奴からの指示だと思ったがどうやら何も知らぬらしい。このまま生かして返すわけには行かぬな…貴様には全て忘れて貰おう。この体の持ち主の記憶と共にな。」

 

女性がフードを脱ぐと胸元には怪しく光るネックレスがあった。

 

「な、なに…?」

 

不快な頭痛が少女を襲った。

 

「ウルスラを…返して!」

 

持っていた銃剣一体型の大型煌式武装を取り出そうとするが一瞬躊躇ってしまった。

もしその行動によって大切な人を傷付けてしまったらと少女は判断を鈍らせる。

 

「甘いな、やはり人間は。」

 

先手を取られ戦闘になりウルスラと呼ばれる女性が栗色の髪の少女を一方的に打ち負かされてしまいには裏路地の壁に叩きつけられてしまう。

 

「かはっ…!!」

 

結果は火を見るより明らかだった。

 

「所詮はこんなものか…。」

 

ウルスラが少女に近づき首を掴まれて、宙に浮かされていた。

少女の美しさは見る影もなくズタボロになり満身創痍であった。

 

「あああああああ!!」

 

「逃がさん。」

 

先程とは比べ物にならない程の激痛が脳内を駆け巡る。

大切なものが奪われる。そんな気がしていた。

 

「や、めて…ウル…スラ。」

 

少女の瞳から涙が溢れ零れ落ちそうになる。

 

「助け、て…。」

 

掴まれている手から不快な星辰力が流れ込み自分の大切な何かが上書きされそうとなったその瞬間、一陣の風が割って入った。

 

『巣籠』

 

斬線が煌めいたか思えば鮮血が吹き出す。

 

「ぐおっ!!」

 

少女の首から手が離れる。

酸素がなくなっていた少女の脳内に酸素が行き渡り先程ぶりにまともな思考をすることが出来ていた。

 

「かはっ…!い、一体何を…!?っ…ウ、ウルスラ!?」

 

少女を拘束していた手は、と言うよりも腕が間接から断ち切られ鮮血が吹き出して腕を押さえている。

 

「だ、誰だっ!!」

 

攻撃を受けた方向をウルスラは確認している。

どうやら前方、少女の目の前にいた。

 

「だ、誰なの…。」

 

少女の目の前にいるのは此方に背を向けている少年。

手に持った黄金色の大剣をウルスラに突きつける。

少年が告げる。

 

「悪党に名乗る名前など『しゃしゃり出てくんな!』『む、良いとこであったのに。』…さぁな。ただのお節介な通りすがりだ。」

 

それだけ言い放ち戦闘に突入した。

 

 

無法者達が根城にしているエリアを俺は疾走する。

途中で絡んでくる連中もいたが全て通りすがりに拳をぶち当てていく。

俺が通った後には不良生徒の悶絶した連中の山が出来ていた。

 

「さっきのフードの女は一体なんだったんだ?嫌な気配がした。」

 

その無自覚に呟いた言葉を肯定するように《壊劫の魔剣(こいつ)》が答えてくれた。

 

『先程のフードの被った人間…あれは純星煌式武装(オーガルクス)に体を乗っ取られているようだ。』

 

「お前と同じか?」

 

『あれは我より質が悪いぞ…あれは間違いなく『翡翠の黄昏』を引き起こしたヴァルダ=ヴァオス。』

 

「…マジかよ。」

 

学校で調べモノを授業中にしているときに目にした。

『翡翠の黄昏』、アスタリスクで発生した史上最悪の人質事件でその事件を引き起こしたのは一つの純星煌式武装、それがヴァルダ=ヴァオスという名前だったはずだ。

自立思考すると言う点では《壊劫の魔剣(こいつ)》と一緒…。

 

「だからお前封印処置されてたのか…。」

 

『それもあるな…がな。』

 

路地を疾走しながらそんなことを考えていると角の方から戦闘音が聞こえてくる。

ときたま女の子の苦悶の声が俺の耳に届く。

急いだ方が良さそうだ。

 

ヴァルダ=ヴァオスと宿主を分離させる方法はあるが成功できるかはまた別問題だ。

成功できるかはやってみなければ分からない。

そんなことを思いつつ口うるさい相棒の発動体を握り星辰力を込めると黄金色の大剣が現れると同時に眼前に広がるのは先程ぶつかった栗色の少女が瞳に生気が宿っていない女性に首を掴まれ不快な星辰力が流れ込んでいた。

 

認識阻害の魔法を施し自己加速術式を掛けて突撃する。

完全な不意打ち、ハイドアタックを行い首を掴んでいた腕ごと《壊劫の魔剣(ベルヴェルク=グラム)》で断ち切った。

 

完全な不意打ちに攻撃をしていた女性は距離をとり襲われていた少女は俺の背後にいる構図になる。

 

「だ、誰だっ!!」

 

出血する腕を押さえながら狼狽える女性。

 

「だ、誰なの」

 

突如として現れた少年に困惑する少女。

こう答えた。

 

「さぁな、ただのお節介な通りすがりだ。」

 

黄金色の大剣を突きつけて攻撃へ移行した。

 

 

「バカな…《壊劫の魔剣(ベルヴェルク=グラム)》だとっ…!?あれは封印されていたはずだっ…!』

 

無表情だった女性が感情さえも現していた。《壊劫の魔剣(こいつ)》は相当なヤバイ奴だったと認識されているようだ。

切り裂いた腕を拾い上げて合わせると元通りになっており人間ではないなにかに変わっていることは明白だった。

 

攻撃を仕掛けようと動き出そうとするが背後から力ない腕で引き留められ声を掛けられる。

俺は正面を見据えたままその声に耳を傾ける。

 

「なんだ?」

 

「お願い…ウルスラを…殺さないで…。」

 

目の前にいる女性はウルスラという個人名を持っているらしい。

この状況から察するとこの少女とウルスラという人物は親しい間柄のようだ。

これから行うのを見せるのは大変心苦しいので眠って貰うことにした。

 

「あの人は…大切な…すぅ…。」

 

彼女の周りの酸素濃度薄くして眠りに誘う成分を作り出し気絶するように眠って貰った。

 

「貴様、一体何者だ?」

 

「純星煌式武装に語る名前などない。ましてやヴァルダ=ヴァオスにはな。」

 

「私の存在を知っていて襲撃を仕掛けてきたか…ベネトナーシュの者か?」

 

ベネトナーシュ、といわれてもパッと来ない。どこかの諜報機関かなにかなのだろう。テロの首謀者(物)がまだ生きているとなれば探すのも当然と言ったところだろう。

 

だが先程から聞いてばかりいる他人に憑依しているヴァルダに対して俺は嘲笑した。

 

「先程から聞いているばかりだな。…所詮は他人に寄生するしか脳がない純星煌式武装か。」

 

俺がと言うよりも《壊劫の魔剣(こいつ)》が煽っているんだが効果があったようで

 

「貴様は記憶を消すのではなく殺しておいた方が良さそうだ。」

 

額に若干の青筋を立てていた。

 

徒手空拳で此方に一気に詰め寄ってきたウルスラは事務的に此方を排除するために動いていた。

拳と蹴りをいなしながら手に持った大剣でウルスラを切り裂く。

止めを刺すまでには至らない。

しかし、負傷の度合いで言えばウルスラが圧倒的であった。

 

「鬱陶しい男だ…!」

 

感情のない人形のようなヴァルダ=ヴァオスはウルスラに憑依しているからか激情を此方に向けてきているが怖いとも何とも思わない。

 

「死ねっ!!」

 

ウルスラが元々持ち合わせていた戦闘能力と憑依されブーストしているのか強化された拳が俺に迫る。

本来であれば俺の頭蓋を砕いていただろう。

 

しかし、その拳は俺には当たらない。

 

そこ攻撃が来ることが分かっていたかのように俺は大剣を眼前に突き出し迸る紫電で焼いていく。

 

「ぐぅ…!!」

 

苦悶する声が俺に届くがどうでも良い。

そろそろ仕留めようかと動き出した瞬間ウルスラに首元にある胸元のネックレスから怪しい光を放つ。

不快な苦痛が俺を襲う。

 

「ちっ…!」

 

『主!我に変われ!』

 

瞬間、《壊劫の魔剣(こいつ)》に言われるがままに意識の所有権を一部譲渡すると金色の瞳は蒼窮色へ変化しその不快感は消え去った。

 

膝をついて頭を抱える不快感を露にした姿を見せる振りをしている俺を見て無表情ながら勝ち誇ったような笑みを浮かべて此方に止めを刺すために近づいてきていたが好都合だった。

 

膝を突く振りをした俺に一撃がいれられる距離にに入ったウルスラは此方に止めを刺すために拳を振り上げる。

 

「終わりだな。死ね。」

 

「…ああ。お主がな。」

 

「なにっ…!?ぐあああああっ!!」

 

『戦いにおいて相手の息が完全に止まるまで慢心するな、確実に。』ばあちゃんの口癖が俺の脳内で再生された。

力なく垂れ下がっていたと思われた《壊劫の魔剣(こいつ)》を反重力魔法を使い振り上げる速度を知覚できない速度まで達し空いているもう片方の手で私服を改造して取り付けたホルスターから《特化型CAD(フェンリル)》をソードモードに瞬時に切り替え詠唱破棄と二重詠唱で威力を向上させた《結合崩壊(ネクサス・コラプス)》の重粒子ビームソード二刀流で四肢を切り裂いた。

 

感覚が繋がっているウルスラもといヴァルダ=ヴァオスは悲鳴をあげて地面に転がり込む。

まるで達磨の様相だったが気は抜かない。

俺は荷重魔法で押し潰す勢いで動かせないように地面に固定する。

 

「貴様っ…!!」

 

「黙っていろ。この少女の大切な人物の体を返して貰うぞ。」

 

人格の一部が《壊劫の魔剣(こいつ)》に移り変わっているので口調が変わっているが差程の問題じゃない。

 

「くうっ…不快な奴だな、貴様はっ…!」

 

地に伏せたウルスラの直ぐ近くに立ち胸元のネックレスに武器を突き立てる。

ヴァルダ・ヴォロスは明らかに動揺していた。

やはりというか、想像していなかった言葉が反ってくる。

 

「お前、私と手を組まないか?」

 

「…手がないのにか?」

 

率直な感想を述べるとヴァルダ・ヴォロスは困惑していた。

 

「…貴様のジョークは分からん。…私たちは星脈世代にありながら人間から差別されている。人類より進化した我らがだ。魔術師でありながら我が同胞を扱える稀有な存在である貴様なら分かるはずだろう。差別される世界を私と貴様ならひっくり返せる。どうだ?」

 

「唐突になにを言い出すかと思えば…下らん。」

 

「なに?」

 

こいつの言っていることは俺の世界にいる自分のエゴを正当化して魔法師を排除しようとしている反魔法団体とやっていることは同じだ。他者を迫害し関係のない人たちを巻き込む痛みを伴う革新だ。

俺は大層な教義とやらに興味はない。

目の前でうじうじしている奴がいるから助ける。

それが俺の精神衛生上の安寧を保つ上での俺の信条だ。

 

「道具風情がイキるな。お前のやってることはただのテロリズムだ。お前がどんなことをしようが知らないが俺には関係がない。だがお前がいることで俺の周りが不幸になるというのなら…壊すだけだ。」

 

「なっ…。」

 

圧倒的な殺気を放ち言葉をこれ以上紡がせないようにしてやると黙り込み焦り始めた。

 

「なにを…やめろ…やめろぉぉぉ!!」

 

勢いよく《壊劫の魔剣(ベルヴェルク=グラム)》をペンダントに突き刺すと悲鳴のようなものをあげて砕け散った。

地面に転がり砕け散った欠片を魔法でかき集め容器に詰めて《次元解放》のポータルへ収納する。

 

その光景を見ていた《壊劫の魔剣(こいつ)》が語り掛けてくる。

 

『我が主よ。未だにこのご婦人の身体の精神領域にヴァルダの思念が居座っているぞ。このままでは…』

 

復活する、と言いたかったのだろう。

心配は無用だ。

 

「跡形も残らず消し去るだけだ。」

 

特化型CAD(フェンリル)》の銃口部分に当たる場所を四肢が欠損し出血して気絶しているウルスラに向けて《物質構成(マテリアライザー)》を発動する。

 

俺の《瞳》が金色に輝き情報の本流が俺の脳内と魔法演算領域を支配した。

 

物質構成(マテリアライザー)》の効果が状態を元に戻り取り憑かれていた精神を健常な状態へと上書きしていく。

 

四肢が欠損し大量出血で明らかに死に体だったはずなのに血色は戻り平常時に戻ってきていた。

 

『主よ…一体。その力は』

 

俺が発動させた魔法に《壊劫の魔剣(こいつ)》が驚いていたが薄く笑ってごまかした。

 

「まぁな。俺由来の力だから気にするな。」

 

裏路地には背後に眠りについている少女とウルスラ、そして原型を留めていない砕かれたネックレスが横たわっていた。

 

横わたる栗色の髪色の少女の姿を見て俺は驚愕した。

 

「う、そだろ…マジモンのシルヴィア・リューネハイムじゃねぇかよ…」

 

俺は驚愕した。

変装でもしていたのだろうか?まるで《仮装行列(パレード)》でも使ったのかと思うほど巧妙な変装に俺は驚いた。栗色の髪色は既に鮮やかなな紫色の髪色に変わっており息を呑むような美しい顔立ちが姿を現していた。

そこには歌姫、シルヴィア・リューネハイムが居たのだ。見惚れそうになるが頭を振って現実に戻す。

 

「って…不味い…。」

 

彼女達を壁際にもたれかかせた後に病院へ一方的に連絡してこの場から立ち去った。

買ったときの初回限定版のCDをその場に置き去りにしたまま。

そして先程の戦闘を誰かがカメラ越しに見ていたことに気がつかなかった。

 

◆ ◆ ◆

 

「う、うぅん…此処は…はっ!う、ウルスラ!!」

 

まるで寝起きのように意識が定まらない少女は少しの時間をおいてその意識の覚醒と共に先程までウルスラから襲われていたことを思いだしハッとなる。

周囲を見渡すと隣には自分が慕う恩師の姿があった。

 

「ウルスラ!しっかりして!」

 

「う、うう…シルヴィ…か?」

 

「うん!そうだよ…!!よかった本当に…。?戻ってる…嘘、だって私が起きてたときは腕が…?」

 

少女の目の前で夥しい出血を伴いながら自分の首を掴んでいた腕ごと両断されていたはずなのにと夢をみている気がしたが実際に腕は元通りにくっついており更に恩師が今時分の目の前にいる、というのが些細な事柄だとそう処理することにした。

 

「ウルスラ…」

 

また気を失っているが命に別状は無さそうでシルヴィアと呼ばれた少女は安堵していた。

 

「さっきの私を助けてくれた男の子は一体誰だったんだろう…。」

 

危険を省みず自分とウルスラの間に割って入り争いを沈めてくれた少年にシルヴィアは興味を持った。

 

髪型は普通で黒髪、髪が少し跳ねており所謂アホ毛なのだろうか?それと私服だった。

制服を着用していないので分からなかったがその手に所持していた黄金色の大剣が目を引く。

 

名前は何だっただろうか、と思案していると会話の内容を思い出した。

 

「うーん…あ、たしかウルスラが乗っ取られていたときに男の子が持っていた武装に驚いていたっけ…たしか…《壊劫の魔剣(ベルヴェルク=グラム)》って…。」

 

一瞬だけ見えた横顔がとてもかっこよくてシルヴィアは助けてくれた少年の身姿を忘れることが出来なかった。

 

「うーん。みたこともない男の子だったから《在名祭祀書(ネームド・カルツ)》をみたら分かるかもしれないけど…ん?これは私の新譜?」

 

ふと自分の隣に大型量販店のビニール袋が目に入る。

 

そこには今日発売されていた自分の新譜CDが入っていた。

 

「これ…あの人のモノかな。私たちを助けに入った時に忘れていっちゃった?私のファンだったら嬉しいなぁ…。」

 

シルヴィアはその少年が購入したであろうCDを何故か預かることにして通りの向こうから救急車のサイレンが近づいてきていた。

 

「あの人が呼んでくれたのかな…何から何までありがとうね。絶対に、探してお礼を言いに行くからね。」

 

名前の知らない少年に感謝し恩師を病院へ運び込むために肩を貸して到着した救急車へ歩き出した。

 

 

「あ、やべ…現場に買ったCD置いてきちまったな。」

 

救急車を呼んだあと急いでその場から離れてきたのだが忘れ物をしたことに気がついた。

 

「くっそ…せっかくの初版が…。」

 

『あの場から離れようと提案したのは主であろう。』

 

あの戦闘の後にアスタリスクの病院へ連絡をしていたのだが眠らせた少女が起きそうになっていたので不味い、と思い場所と用件だけを告げて離れたのだった。

 

「今日はマジで災難だな…一回お祓い行こうかな…」

 

『主は無自覚に女性を堕とすのをどうにかした方がよいのでは?』

 

「どういう意味だ?」

 

『はぁ…。』

 

武器にため息をつかれた。解せぬ。

 

『あの少女絶対主を探すために動くだろうな…。』

 

「何か言ったか?」

 

『いや、何でもないぞ我が主。さすがにそろそろ星導館への帰路へ着いた方がよいのではないか?』

 

「まぁ、夕飯食ってからで良いか。近くにラーメン屋があったな。」

 

時刻はもう夕暮れ。健全な学生ならばもう帰宅する時間だがあいにく今日は休日なので外で夕飯を取ることにした。

 

『クローディア殿や綺凛殿から連絡が来ているのではないか?』

 

「怒られるのは少し時間が経った俺だし問題ないな。」

 

『それは問題の後回しなのでは…?』

 

壊劫の魔剣(こいつ)》の言い分を無視してラーメン屋へと向かった。

豚骨醤油が俺を待っているからな。

 

◆ ◆ ◆

 

「ーで久々に顔を合わせりゃまたトラブルの報告か?」

 

どこぞの豪華な室内に備え付けられたソファーに少し小太りぎみな青年が座り込んでいる。

吐き捨てるようにもう片方のソファーに座る優男風の男性に話しかけていた。

その男性は重い口を開いた。

 

「…ヴァルダが消滅した。」

 

「なに?」

 

聞き捨てなら無い言葉を聞いても思わず青年は立ち上がった。

男性は目配せして青年を座らせるが機嫌は最悪に悪く舌打ちをしながらソファーにドカっと、と腰を着ける。

 

「今日の事だ。ヴァルダが宿主にしていたウルスラは天涯孤独の身だったのだがね…どうやら《戦律の魔女(シグルドリーヴァ)》と知古のなかだったらしく接触して記憶が一部復活してしまったようでね。」

 

「はっ、あいつの宿主の知り合いがよりにもよって世界の歌姫とはな。それで?どうしてそんな結果になった。」

 

青年は近くにあった既に飲みきり氷だけになったグラスに入った氷を忌々しそうに噛み砕く。

 

「正体を知られてしまったと勘違いをしたヴァルダは彼女を何の抵抗をさせないまま記憶を消し去ろうとしていたのだがそこで思わぬ誤算があってね。」

 

「…。」

 

「突如現れた身の丈以上の黄金色の大剣を持った少年が現れてヴァルダの本体であるペンダントごと砕いてウルスラを無力化したのだよ。」

 

「何だと?」

 

《アスタリスク》において学生同士での決闘は認められているがそれはあくまでもエンターテイメントの延長戦であり虐殺行為や殺害は禁じられている。

 

「惨いものだったよ。四肢は切り落とされ出血多量で死ぬしかなかったヴァルダの宿主は生きていたんだ。いや死にかけ、と言った方が良かったかも知れないね。まるで映像の逆再生をみているようで切り離された四肢はくっつき出血など無かったかのようにね。」

 

「何だそいつは…そんな能力をつかうやつなんざ聞いたことがねぇ…。」

 

青年もさすがに驚いているようで言葉が見つからないようだ。

ましてや星脈世代は刀や剣で切られたところで出血はするが四肢の切断までには至らない。

それほどまでに丈夫なのだ。

 

更に優男の発言に青年は驚くことになる。

 

「ヴァルダと《戦律の魔女(シグルドリーヴァ)》の間に割って入って戦いを納めたのは少年の使用していたのは《壊劫の魔剣(ベルヴェルク=グラム)》だそうだ。」

 

ソファーに座る青年は今日一番の驚きを表しており近くにあったテーブルに手をバン!と大きな音を立てた。

 

「あのイカれ純星煌式武装を使いこなす奴がいただと…?一体どんな奴だ。」

 

優男風の男性が目を細めてタブレットを青年に手渡すそこには一人の青年が写し出されていた。

 

「その青年の名前は名護蜂也、星導館学園所属の一年生で突如特待生で転入して来た人物だよ。そして適合率試験では《壊劫の魔剣(ベルヴェルク=グラム)》の初回起動を成功させて適合率はアスタリスク史上初の純星煌式武装の完全適合者。《蛇輪王(クエレブレ)》《疾風刃雷(しっぷうじんらい)》を下したが現在は星導館序列三位《戦士王》の二つで呼ばれているね。」

 

「この死んだ魚みたいな目の奴がか?ウルスラに憑依していたヴァルダに勝利しただと…?」

 

タブレットを訝しげにみていた青年はしばらくしてからため息をついた。

 

「《壊劫の魔剣(ベルヴェルク=グラム)》とこいつは将来障害になるぞ。早めに片付けなくて良いのか?」

 

「…いやまだだ。今シーズンの《鳳凰星武祭(フェネクス)》が始まっていない。ヴァルダがやられてしまったのは手痛いが利益を出さなくてはね。」

 

「日和見しやがって…足元を掬われても知らねぇぞ。」

 

苦虫を潰したような表情を青年は表したが意に関せず男性は続けた。

 

「まぁ、いざとなれば…彼女を人質に取れば良いだけだ。」

 

男性が端末を立ち上げるとそこには星導館学園の生徒会長、笑顔のクローディア・エンフィールドと副会長である名護蜂也が微妙な表情で一緒に写っている写真が表示されているのだった。

 



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戦律の魔女(歌姫系美少女)

「はぁ…居ないなぁ。」

 

「最近、溜め息をついてばかりねシルヴィ。ウルスラさんは戻ってきたのにどうしたの。」

 

アスタリスクに存在する六つある内の一つで唯一の女子高である聖クインヴェール女学院の生徒会室にて自分の座席に座り溜め息をついている少女こそ校内序列一位《戦律の魔女(シグルドリーヴァ)》の二つ名を持ち世界を股に掛ける歌姫、シルヴィア・リューネハイムその人であった。

 

そんな様子を見かねたこの学園の理事長であるペトラが話しかけていた。

 

「ウルスラが戻ってきてくれてすごく嬉しいんだけどね。その…」

 

「助けてくれた男の子が気になる、と」

 

「うん…」

 

その整った表情を少し赤くして俯いているシルヴィアに対して少しあきれた表情を浮かべいるペトラ。

 

「はぁ…重症ね。見た目と使用している純星煌式武装は分かってるんでしょう?それなら在名祭祀書で確認すれば良いじゃない」

 

その事を提案すると地団駄を踏むように発言したシルヴィア。

 

「だって~!在名祭祀書を使ってもその純星煌式武装がヒットしないんだもん…。見た目も一瞬しかみてないから特徴しか分からないし…。」

 

普通使用する武装を登録するのが一般的なのだが件の人物はそのデータを改竄し《壊劫の魔剣(ベルヴェルク=グラム)》を敢えて別の武装に変えているのでヒットしなかった。

なおかつ《壊劫の魔剣(ベルヴェルク=グラム)》は本来封印処理が成されていた筈だったので一般の学生に知られていないので改竄(蜂也が弄った)したので問題ではなかった為だ。

 

それを知らないシルヴィアは頭を抱えていた。

 

それを見かねたペトラがアドバイスを掛ける。

 

「各校の試合状況とかは確認したの?噂だと星導館の序列一位が一度新たに取って変わった序列三位の男の子に破れたって言うのが流れてきてたわね。」

 

「試合…盲点だった…!ね、ねぇ!ペトラ。その試合の映像ってある?」

 

強い圧で聞いてくるシルヴィア。

 

「え、ええ。でも公式序列戦じゃなくて一般生徒が遠巻撮影したものをネットにアップしているものだから画質が悪かったけど…。」

 

「それでも良いから見せて。」

 

端末を操作して生徒会室にあるモニターに数週間前の映像が映し出される。

技術進歩はしてはいるがやはり映像は手ぶれが酷く映像が乱れてはいたがそこには序列一位だった《疾風迅雷》とマトモにクロスレンジで試合をしている少年が映し出されていた。

 

「今《疾風刃雷》と試合をしているのが名護蜂也という少年よ。しかしスゴいわね…あの《疾風刃雷》とマトモにクロスレンジで近接戦闘をするなんて」

 

映像に映る少年の手に握られていた武装の発動体はあの時自分を救ってくれた黄金色の大剣であった。

そして特徴的な瞳と髪が跳ねている部分をみて確信した。

思わず声が漏れ出してしまう。

 

「…けた。」

 

「シルヴィ?どうしたの。」

 

すっかり黙ってしまっていたシルヴィアに不思議に思ったペトラは声を掛ける。

次の瞬間その反応に驚いていた。

 

「…見つけたペトラ!この人だよ!私を助けてくれた男の子は!」

 

「え、まさか星導館の序列三位《戦士王》だったの?」

 

「うん、間違いないよ!…そっか《戦士王》って二つ名なんだ…ちょっぴり嬉しいかも…。」

 

シルヴィアは興奮気味に肯定した。

その勢いに少し引き気味になっていたペトラだったが次の行動に思わず真顔に戻ってしまう。

 

「私…星導館に行ってくる!」

 

「へ?ちょ、ちょっと待ちなさいシルヴィ!」

 

思い立ったが吉日、と言わんばかりに行動を始めたシルヴィア。

その制止の声も聞かずにシルヴィアは生徒会室を出ていく手には家電量販店のビニール袋を携えて。

 

「行っちゃった…。もう、今日は楽曲収録の予定があったのにしょうがない子ね…全く。」

 

一人残された生徒会室で溜め息をついた後に端末を取り出して収録会社に謝罪の一報を入れたのだった。

 

◆ ◆ ◆

 

場所は変わって星導館学園のアリーナ。

その場所では《華焔の魔女(グリューエンローゼ)》と《戦士王》が恒例となっていた訓練を行っていた。

 

ユリスは得意の膨大な星辰力を使用した威力の高い技を向かってくる蜂也にぶつけている。

発動スピードも威力も最初の頃に比べると向上していた。

 

ユリスが更なる技を繰り出す。

 

「咲き誇れ!『赤円の灼斬花(リビングストンデイジー)』!!」

 

炎のチャクラムが十個程生成されて一斉に襲いかかると同時に素早く切り替え技を発動する。

 

「終わらせる!咲き誇れ!『鋭槍の白炎花(ロンギフローリム)!!』」

 

時間差で襲いかかる攻撃に蜂也は冷静に大剣を何時ものように構え地面を蹴りあげ炎の大群へと突っ込む。

 

炎のチャクラムたちを『巣籠』『花橘』『比翼』で切り裂き続く炎のロケットを『青海波』『風車』で切り裂きその間を抜けていく。

 

前回の試合のように再び剣を突きつけられるのか…と思いきやエリスが手に持ったレイピアが炎を纏い片手剣の大きさまでに膨れ上がり蜂也の《壊劫の魔剣(ベルヴェルク=グラム)》を押され気味ながら受け流していた。

 

「くっ…まさかあの数を切り捨てて此方に向かってくるとは…更に強くなっていないか!?」

 

「気のせいだ。俺が使用した『連鶴』は不完全だしな。いくらでも隙があるぞ?」

 

「お前に剣術を教えた刀藤を恨むぞ私は…!」

 

エリスが防戦一方になっているのは明白で次第に押し込まれていく。

 

「つぅ…!」

 

「はっ!!」

 

ついに押し込まれ体勢が崩されてしまったユリスは大きく後ろに弾かれてしまい蜂也はその隙を見逃さず大剣を振り下ろす。

前回の再現か、と思われたがそこで諦めないのがエリスの信念であり素早く詠唱して対応した。

 

「っ…!咲き誇れ!『重波の焔鳳花(ラナンキュロス)』!!」

 

大剣が当たる直前に炎の波が放射されて衝撃を殺していくがその程度では《壊劫の魔剣(ベルヴェルク=グラム)》と蜂也は止まらない。

 

「良い判断だが…甘いぞ。」

 

未完成の『連鶴』を用いて炎の波を切り捨てて星辰力を極限にまで押さえた殺傷能力がゼロの刀身でユリスを切り裂いたのであった。

 

 

「多少はやるようになったが俺に膝を尽かせるのはまだまだだなリースフェルト。」

 

「くっ…更に手が付けられなくなったのではないか?」

 

膝をつき汗だくになっているリースフェルトへタオルとスポーツ飲料のボトルを手渡すと丁寧な動作で受け取り水分補給と汗を拭う。その動作は美しかった。

 

一息ついたところでその試合を観戦していた二人が近づいてくる。

 

「ずいぶんと苦手な近接戦もこなせるようになってきたのではないですかユリス?」

 

「お義兄さんの重い一撃を捌けるようになっているのはリースフェルトさんの星辰力の振り分けが上手になっている証拠ですよ。」

 

「む…しかし現に試合には負けてしまっている。この程度の進捗で喜ぶようでは《星武祭》では強者たちとは渡り合えない。」

 

先程の試合の結果を踏まえた上でクローディアと綺凛ちゃんがリースフェルトへ率直な感想を述べるがアイツは受け取ろうとはしなかった。

努力家のリースフェルトらしいと言える反応だったが自らを否定するだけでは成長はできないので補足説明をしてやった。

 

「レイピアに星辰力を回して近接防御に回せるようになったのは大きな成長だろ。それにそれを維持しつつ技を出せるようになったんだからな。」

 

俺がそう告げるとリースフェルトが虚をつかれた表情を浮かべた後に顔を赤くしていた。

その光景をみた後にいつの間にか隣に立っていたクローディアが俺の脇腹を摘まみ綺凛ちゃんは俺の制服の袖をにぎって上目使いで此方を見ていた…ってこの光景をどっかでみたことがある気がした既視感に襲われた。

流行ってるのかそれ?

 

「蜂也は節操と言う言葉を覚えた方が宜しいですよ?」

 

「お義兄さん…。」

 

「?いきなりディス受けたんだけど…まぁ良いけど。」

 

『はぁ…』

 

壊劫の魔剣(こいつ)》にも溜め息をつかれた。お前は普通にムカつくからやめろ。

 

「そう言えば…。」

 

思い出したかのように俺にクローディアは言ってきた。

 

「?どうした。」

 

「明日、転入生が来ますのでよろしくお願いしますね蜂也。」

 

「ああ、もうそんな時期か…。」

 

「ええ。あと、そろそろ《鳳凰星武祭(フェネクス)》のエントリーが近づいてきていますが蜂也はどうされるつもりですか?」

 

今シーズン最初の《星武祭(フェスタ)》である《鳳凰星武祭(フェネクス)》のエントリー締め切りが近付いてきているのを忘れていた。

 

「あ、やべ…。」

 

「もう、しっかりしてくださいね蜂也。で、どなたと?」

 

「誰と、って言われてもな一人じゃダメなのか?」

 

「それは甘く見すぎでしょうに…」

 

呆れた表情で言われてしまった。

 

「そうだな…組むなら…」

 

「あ、あの!お義兄さん…」

 

「ん?どうしたんだ?」

 

不意に隣に俺の袖を掴みながら上目使いでみている綺凛ちゃんが決心したように感じで俺に話したそうにしていたが緊張しているのかなかなか二の句が告げない、落ち着かせるために空いた片手を頭に乗せて優しく撫でると落ち着いたのか口を開いた。

 

「わたしと…《鳳凰星武祭(フェネクス)》にパートナーとして出てくれませんか?!」

 

「え?俺と?」

 

「は、はい!だ、ダメです、か?」

 

今にも断られたら泣きそうな表情を浮かべる綺凛ちゃんに苦笑を浮かべる俺は最終確認がしたかった。

 

「俺じゃなくとも綺凛ちゃんなら引く手数多でしょ?本当に俺で良いのか?」

 

「お義兄さんじゃなきゃ…嫌です。」

 

その言葉を聞いた《壊劫の魔剣(こいつ)》が語り掛けてくる。

 

『主よ。綺凛殿とペアを組んだ方が得策に見えるぞ。』

 

星辰力を通じて脳内で会話をする。

 

『いや、俺が綺凛ちゃんと組んだら足引っ張らねぇか?』

 

『主の技能でなければ綺凛殿についていけないであろう。逆も然りだがな。それに覚悟を決めて申し込んでくれた女性の覚悟を無下にするのは如何なものかと思うがな。』

 

『くっ…耳の痛いことを。…まぁ、綺凛ちゃんなら気兼ねなく話せるし、逆に俺から申し込もうとしてたところだしな。断られなくて本当に良かったよ。』

 

『(綺凛殿…の想いは本当に届くのであろうか…。我は心配になってきたぞ)』

 

脳内での会話が終了し俺は目の前にいるぷるぷると震えるかわいい妹を落ち着かせるために声を掛ける。

 

「こっちこそ宜しくな綺凛ちゃん。足を引っ張らないように気を付けるよ。『望み』叶えような。」

 

綺凛ちゃんのお願いを受諾すると嬉しそうに頭に乗せていた手を取って嬉しそうに頷いた。

 

「はいっ!よろしくです!お義兄さん。」

 

その光景をみていたクローディアは若干不満そうな表情を浮かべていたが自分で飲み込んだのかある程度踏ん切りをつけてペア結成に満足していた。

 

「当校の《疾風刃雷》と《戦士王》が組むのは順当ですしね…まぁ良いでしょう。優勝は確実でしょう。」

 

「優勝できるかは知らんけどな。」

 

「勝ちますよ。私の蜂也ですから。」

 

「だからお前のじゃないんだが…」

 

「むぅ…。」

 

「だからお前達は私がいるところでイチャイチャするな…!」

 

背後にいたリースフェルトに怒られてしまった。

別にイチャイチャしてるわけじゃないんだが…ってこれを見てそう思えるのはお前がおかしいと俺は思う。

どう見ても妹が兄に構ってほしいだけに見えるのだが。

 

『そう思っているのは主だけだぞ。』

 

うるせぇ。

 

そんなこんなで俺と綺麗ちゃんのペアで《鳳凰星武祭(フェニクス)》に挑むこととなった。

綺凛ちゃんの願いを叶えるためにも絶対に優勝をしなくてはいけない。

 

◆ ◆ ◆

 

「う~ん…他校の生徒が学校に入るのってなんか緊張するなぁ…。」

 

クインヴェールの校舎から飛び出したシルヴィアは星導館の校門まで二の足を踏んでいた。

校門付近で紫髪の美少女がましてや世界の歌姫が自分の学園の門の前にいることで視線を集めてしまっていた。

 

「お、おい彼処にいるのってシルヴィア・リューネハイムじゃないか?」

 

「マジかよ…俺、映像以外で初めて見た…。」

 

「《戦律の魔女(シグルドリーヴァ)》がどうしてうちの学園に…?」

 

「ホントにキレイ…。」

 

視線を受けていることに気がついたシルヴィアは此方を遠巻きに見ている星導館学園の生徒に控えに手を振ると歓声が上がっていた。

 

「(これだと目立っちゃって仕方がないな~…変装してくれば良かったかも…あ。)」

 

一度戻ろうかと思った矢先に目的の人物が現れた。

左右に異なる美少女と共に校門へと続く道を歩いているのを見て少しムッとしてしまった。

シルヴィア自身は良く分かっていないが。

 

その姿を見てシルヴィアは星導館の校内敷地内へ足を踏み入れたのだった。

 

そろそろ完全下校の時刻となり三人で寮への道すがら会話をしていた。

 

「ユリスは何時になったらパートナーを探すのでしょう…あまりエントリーまで日が無いのですが。」

 

「リースフェルト先輩の実力者ですから…。合わせられる人が想像がつかないです。」

 

二人はリースフェルトへの実力を高く評価…と言うよりかはクローディアがお母さんみたいなことをいっており綺凛ちゃんに至ってはこの星導館の生徒では合わせられないのでは?と感想を述べている。

 

「時間は二週間ほどあるんだろ?まだ大丈夫だ。まぁ、初めに会ったときに比べれば大分技量向上しているとはいえまだ遠距離からの火力で敵を倒すスタイルだからな…接近戦が出きる奴が好ましいが…俺と綺凛ちゃんが組んだときは悔しそうな表情をしてたな。」

 

その事を告げると隣にいる綺凛ちゃんが俺の上着の裾を掴んでくる。

 

「お、お義兄さんのペアは私ですからね!渡しません!」

 

「いや、そんなにむきにならんでも…ペア組んでるのは俺だし。」

 

「私も蜂也とペアを組みたかったですわ…。」

 

隣にいたクローディアが何かを呟いたように聞こえたのだが良く聞こえなかった。「ペア」と言う単語だけは耳に入ってきたが。

 

「なんかいった?」

 

そう聞き返すと普段通りの微笑を浮かべていたが目は笑っていなかった。

 

「なんでもありませんよ蜂也。刀藤さん、蜂也と共に《鳳凰星武祭(フェニクス)》の優勝目指して頑張ってください。」

 

「はい!会長。わたしとお義兄さんで制覇して見せます。」

 

「結構。…それと刀藤さん。私の事は『会長』では堅苦しいので名前でお呼びください。」

 

「え?で、でも…」

 

「もう知らぬなかではありませんし私も刀藤さんの事を名前でお呼びしますね。」

 

「…分かりましたクローディアさん。」

 

「結構、綺凛さん改めてよろしくお願いしますね。」

 

何だかんだで仲が良くなった二人を見て微笑ましい気分になっていたのだが遠方、つまり校門の方から声と歓声が聞こえてきた。

 

「なんだ?」

 

「いったい何があったのでしょうか?」

 

「騒ぎです?」

 

校門の方に目をやるとそこには星導館の生徒の制服ではない生徒が此方に駆け足で此方に走り寄ってきていた。

その姿を視認したクローディアが「どうして?」という表情を浮かべている。

 

「どうしてクインヴェールの生徒会長が当校へ…今日は会談の約束はなかった筈ですけど。」

 

そのコメントに俺は聞き返す。

 

「クインヴェールって…女子高じゃないかなんでここに?ん、今生徒会長って…言ったかクローディア。」

 

「ええ。」

 

「その生徒会長って誰だっけ?」

 

「クインヴェール女学園の生徒会長にして序列一位《戦律の魔女(シグルドリーヴァ)》」の二つ名を持つシルヴィア・リューネハイムですよ」

 

「は?」

 

その事を聞かされたときには件の少女は俺たちの前に既に立っていたのだ。

 

「やっと見つけた…。」

 

件の少女が俺に近付こうとしたときに隣にいたクローディアが質問する。

 

「『戦律の魔女(シグルドリーヴァ)』どうしたのですか?当校に連絡も無しに訪問するとは。礼儀に欠けると思いますが。」

 

直球でクローディアから「アポ取らずに来るのはめちゃくちゃ失礼じゃね?」と言われれば並みの生徒であればブルってしまうだろうがそこは生徒会長、臆せず回答する。

 

「ご、ごめんなさいどうしても用事があったもので。…そこの彼に。」

 

「え?」「ほぇ?」

 

「え、お、俺?」

 

リューネハイムが視線を向けると他の二名からも視線を貰う。

え、俺なんかしたっけか。

彼女に言われたことでようやく思い出した。

 

「あのときウルスラと私を助けてくれてありがとう。そのお礼を言いにここに来たの。」

 

 

「あ!」

 

「あ、思い出してくれた?」

 

「あん時の子か…悪かったな。」

 

「ううん。あのとき君が来てくれなかったらどうなっていたか…でも女の子を路地に放置するのはどうかと思うけどな?」

 

その事を指摘されて言葉に詰まってしまった。

 

「うっ…救急車と応急処置をしたからそれは…でもそれは悪かったよ。すまん。」

 

弁明をするが流石に辛かったがリューネハイムは笑って許してくれた。

 

「いいよ。…でも本当に私とウルスラを助けてくれてありがとう名護蜂也くん」

 

「どうして俺の名前を…。」

 

俺は名前を名乗っていなかった筈だ。

その疑問にも答えてくれた。

 

「君を探すのに在名祭祀書を探したけど君が持っている装備が見当たらなくて途方に暮れてたんだけど、そこにいる序列一位ちゃんとの試合を見てね…それで分かったの。」

 

「なる程な…」

 

あの時俺は顔を見せずに受け答えをしていたし制服も着用していなかった。

あの場では個人の特定はできなかった筈だがまさかの野良試合で探し出すとは…。

 

「それに君の使っている武器が検索にヒットしなかったから大変だったよ。」

 

「…すまんかった。」

 

「ふふっ。」

 

何かが可笑しいのだろうか目の前の少女は鈴の音が鳴るような透き通った笑い声を俺に向けてくる。

不快感はなくただホントに「可笑しい」と思っているだけなのだろう。

 

「君ってばさっきから謝ってばっかりだよ?それが可笑しくって…素直に感謝を受け取ってほしいな。」

 

「ご、」

 

ごめんと咄嗟に出そうになった瞬間口の前をリューネハイムの白魚の様な指が止めた。

 

「『ごめん』じゃなくて。『どういたしまして』だよ?」

 

「ど、どういたしまして…。」

 

似合いすぎる笑顔に柄にもなく思わず赤面してしまった。

その事に気がついていないであろうリューネハイムは俺に袋を差し出してきた。

 

「はい♪あ、そうだ!はいこれ。」

 

「これは…って!?」

 

差し出された袋は俺があの現場に置き忘れていた量販店で買った新譜のCD、目の前にいる少女が出しているものだった。

しかも本人の直筆サイン付きで。

 

「助けてくれたお礼…って言うわけじゃないけどサイン付きで返すね。私って今まで自分のCDにサインしたこと無いんだ。世界に一つだけだと思うから大切にしてね。それと…」

 

俺の耳元に近付いてそっと囁いた。

 

「CDのジャケットの裏に私の連絡先があるから。」

 

「は?」

 

唐突に言われ俺は困惑した。

成功、と言わんばかりそう言ってイタズラに笑うリューネハイムは顔を赤くして俺から離れて隣にいる困惑しているクローディアに話しかける。

 

「私の用事は済んだから。いきなり押し掛けてごめんなさい。エンフィールドさん。それじゃ。ばいばい蜂也くん。」

 

その名前で呼ばれて一瞬ぎょっとしたがその瞬間には既にリューネハイムは踵を返して岐路へ向かっていた。

その後ろ姿に見とれてしまっていた。

 

「…」

 

「蜂也?」

 

「お義兄さん…。」

 

「っ!?」

 

恐る恐る振り返るとそこには笑っているけれど目が笑っていないクローディアと半泣きになっている綺凛ちゃんの姿が見えて俺は弁明なんて言おうと頭を抱え苦笑するしかなかった。

 

 

「ふぅ…。」

 

恩人に会うために危うくレコーディングをすっぽかしそうになったがそこはペトラが機転を利かしてくれて事なきを得て無事終了し、自室に戻り一日の疲れを洗い流すためにシャワーを浴び、汗を流し一息ついていた。

鏡に映る自分を見て今日出会った命の恩人を思い出す。

 

「あのとき割って入ったときは冷たい抜き身の刀みたいな年上の人の雰囲気の人だったけど、星導館で会った時は年相応の男の子だったなぁ…でも。」

 

隣にいた星導館の生徒会長と序列一位がくっつくようにいたのはえも知らない気持ちを覚えてしまった。

そんなことを思い一人笑みを浮かべると不意に端末が震える。

 

「ペトラからかな…あ、違う。誰だろう。」

 

見たこともない電話番号からの着信だった。

普段ならば出ることをしないのだが何故か出なければと思い着信に応じた。

 

「はい。シルヴィアです。」

 

『うおっ!マジで出た…。あ、えーどうも?』

 

端末からはどこか聞いたことがある声が聞こえてきた。

 

「どなたですか?と言うかなぜ疑問系?」

 

『ええっと…昼間に会った名護だけど…。』

 

「え、蜂也くん?ちょっとまって。」

 

まさか今日の今日で電話が掛かってくるとは思わず一旦保留をしようと思ったのだが誤って端末のキーを操作してしまった。

 

「あっ…。」

 

『ちょ!リューネハイム!映すなよ!』

 

音声通信ではなく映像通信に切り替わってしまっていたのだ。

 

「へ?だ、大丈夫だよ。バスタオルを巻いているし。」

 

『動揺してんじゃねーか。嫁入り前の娘が同い年の男に肌をあんまり見せるなよ。』

 

その反応に思わずイタズラ心が沸いてきてしまう。

 

「あははっ!大丈夫だよ。おじさんくさいよ?」

 

『うるせぇ…そう言う問題じゃないんだよなぁ…俺から掛けたけど切って良いか?』

 

「あ、ちょ、ちょっとまって!」

 

会ったのは今日がほとんど初めてだと言うのに会話が、と言うよりも

 

「…なんだよ。」

 

顔を赤くしてそっぽを向いている蜂也の姿が可愛らしく見えてしまい思わずシルヴィアは肩でくすくすと笑って震わせていた。

その姿はあの時助けに来てくれた姿とは全く別人、まるで二つ人格があるようにさえ思えてしまった。

 

「それで?いったいどうしたの?」

 

一頻り笑ってから蜂也に問いかけると苦虫を潰した表情で何かを呟いたようだったがシルヴィアには聞こえなかったが気を取り直して理由を話す。

 

『こんなんなら明日掛けるんだった。ああ、いや、なんでもない。まぁ、連絡先を貰ったのにその日の内に連絡をしないのもその…失礼だと思ってな。(あ?『もっと気の利いたことを言え?』うるせぇ。)ああ、なんでもない。ただその理由でな。』

 

「そっか…律儀なんだね蜂也くんは。」

 

『しれっと下の名前で呼んでるし…』

 

「嫌だった?」

 

自分でもイタズラな質問だと思ったが答えてくれた。

 

『いや、そんなことは無いが。…まぁ良いか。CD聞かせて貰ったけどめちゃくちゃ良いな。既にもうヘビロテなんだが。』

 

「気に入って貰えたなら何よりだよ。ねぇ蜂也くん。」

 

『なんだ?』

 

「渾名で呼んでいいかな?」

 

『世界の歌姫様に名前で呼んで貰えるなんて光栄すぎて明日刺されそうだ…なんで皆しての名前を呼びたがるかね。』

 

「え~…それだとつまらない…『シルヴィア』って呼んで?」

 

『いや、リューネハイムでいいだろ…かっこいいし。てか、ハードル高いことさせないで貰っていいかね?』

 

露骨に嫌そうな表情を浮かべる蜂也にグイグイと進行するシルヴィア。

 

「簡単じゃない。名前を呼ぶだけだよ。じゃあ私から。蜂くん」

 

「ほら」と言わんばかりの圧に蜂也は諦めるしか無かった。

 

「し、シルヴァ。」

 

思わず噛んでしまった画面越しの少年に笑ってしまったが名前で呼んで欲しかった。

 

「もう!格好がつかないよ蜂くん。」

 

「し、シルヴィア。」

 

「はい、良くできました。」

 

画面越しにはシルヴィアの楽しそうな笑顔が蜂也の端末に映っていた。

蜂也もつられて不思議と口角が上がりそうになったが気味の悪いものをシルヴィアに見せるわけには行かないと、必死で押さえ込んでいた。

 

『っと…そろそろ切るよ。リューネハイム、じゃなかったし、シルヴィアを湯冷めさせて風邪を引かせるわけに行かないしな。じゃあ…』

 

「あっ…ちょっとまって。」

 

通話を切ろうとした蜂也をシルヴィアは引き留めた。

 

『ん?なにかあったか?』

 

「蜂くんは《鳳凰星武祭(フェネクス)》には出るの?」

 

『ああ。一応参加予定だけど…』

 

「そっか…じゃあ応援に行くから!ってああ…ツアーが有るんだった。」

 

『忙しいなら無理に来るなよ…いや、来たらシルヴィアは目立つだろ。』

 

「あ、ひっど~い。せっかく私が応援に行ってあげよう思ったのに…そっか、私が来ると迷惑かぁ…」

 

憂いを帯びた表情を浮かべるシルヴィアに蜂也は溜め息をついて反応した。

 

『来るな、とは言ってないだろうよ…はぁ、まぁ無理しない程度にな。頑張ってくれ。』

 

「ふふっ、ツアーが一段落したら会いに行くから頑張ってね!それと私から電話掛けるから必ず出てね?」

 

そう宣言し蜂也の電話を切った。

 

 

「っておい!切りやがったぞ…。」

 

言いたいことを言うだけ言って通話を切られた俺は某ゾンビゲームの主人公の口癖を呟きたくなったが自重した。

 

「しっかし…歌姫と知り合い…と言うか押し掛けられたと言うか。まぁ、これはマジで大切にしよう。」

 

机の上にはシルヴィアのサインが入った初版のCDがフィルムに包まれたままおかれていた。

 

先程の会話を聞いていた《壊劫の魔剣(ベルヴェルク=グラム)》が呟いた。蜂也には聞こえない。

 

『…主よ。今度は《戦律の魔女(シグルドリーヴァ)》殿をか…何時か刺されるぞ。』

 

声は届かず蜂也はシルヴィアの楽曲をヘッドフォンをつけて再生し作業をしていた。



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鳳凰星武祭(フェニクス)』編
特待転入生(天霧綾斗)


水上学園都市『六花』。

 

通称アスタリスクと呼ばれるこの場所は旧世紀、無数の隕石が降り注ぐ未曾有の大災害「落星雨(インベルティア)」によって世界が一変し既存の国家は衰退し、一方で無数の企業が融合して形成された統合企業財体が台頭しまた落星雨は万応素(マナ)が結晶化したマナダイトという鉱石と、生まれながらに驚異的な身体能力を持つ新人類《星脈世代(ジェネステラ)》の誕生という、言うなれば特殊な能力を持つ新人類が誕生し言い方が悪いが隔離させるために創られた都市である。

 

優勝者は好きな望みを叶えてもらえるというバトルエンターテインメント《星武祭(フェスタ)》、そこでの優勝を目指して《星脈世代》の少年少女たちは水上学園都市「六花」で切磋琢磨していた。

 

季節は大体春頃。

 

時期的に入学式、ではなく「六花」においても普通の学校のように各校は授業を行っていた。

 

そんな世界で異物が一人。

 

そんな中でアスタリスクにある6つの学園の1つ「星導館学園」の学園の中庭にて、これも当然だが一人の男が「星導館学園」の制服を着用しベンチに座り、手には黄色と黒のマーブル模様で『マック○コーヒー』と書かれたロング缶をもって一服している少年がいた。

 

少年の見た目は非常に整っており髪型は普通…と言うよりもアホ毛がピンとたっており赤縁メガネ(度は入っていない。)で特徴的な瞳を相手に気取られないようにするために掛けていたがそれも立派な彼の特徴であった。

 

「新しい生活に胸踊らせてキラキラした顔でこの学園に入ってくるとは…リア充だなぁ…《重力爆散(グラビティ・ブラスト)》でもぶちかますかな…爆ぜてしまえ。それと今日はなんかなんか面倒事が起こりそうな気がしてきた…帰ろう。」

 

聞きなれない言葉を呟く。

少年はマックスコーヒーを飲み干しスチールの空き缶を紙のように握りつぶしゴミ箱へ投げ入れる、かと思いきや手の中で『無』へと還った。

当然ではあるが少年もまた《星脈世代》…ではなく普通の人間だ。しかし少々特別な存在なのだが。

 

立ち上がり自分のマンションがある方向へ歩き出そうとすると少女二人が駆け寄って来るのが見えたのか少年は「げっ」と言う表情を浮かべる。

 

「蜂也?どちらへ行かれるのですか?」

 

「お義兄さん?今日はお仕事をサボるのは良くないと思うのです…。」

 

一人は腰ほどまである豊かな金色の長髪を蓄えた美少女。

これもまた一人はツーサイドアップの銀髪に何処か小動物を思わせ気弱そうな美少女が少年に話しかける。

 

少年はばつが悪そうに答えた。

 

「いや今日は用事があってだな…?」

 

「おかしいですわね?本日は転入してくる天霧綾斗(あまぎりあやと)君と顔合わせを行う予定でしたよ?」

 

「ほら今日は卵の特売日だから…」

 

「お義兄さん、特売の卵は既に昨日の夕方に買いに行ったじゃないですか。」

 

「…わーったよ。行けばいいんだろ行けば…。」

 

逃げ道を潰されてしまったので仕方なく立ち止まる。

 

「てかクローディアも綺凛もなんで此処が分かったんだ?」

 

「蜂也が居るところなら大体把握できますし。」

 

「わ、私はお義兄さんが此処に居たらいいなーって探しに来ました。」

 

「クローディアはともかく本当に綺凛は可愛いな…。」

 

近くに居る綺凛の撫でやすそうな頭を撫でる。

嫌がる素振りは見せずにむしろ喜び頬を少し赤らめている。

 

「えへへっ…///」

 

その光景を見たクローディアが一瞬不機嫌になるがいつもの表情になり蜂也に先ほどの言葉の真意を問いかけてきた。

 

「蜂也?どう言うことです?」

 

「あ?いつも通り綺麗って意味だが?」

 

「…///な、何て事を言うんですか。」

 

バチバチと視線をぶつけ合うクローディアと八幡だったが不意に蜂也その言葉を掛けられて顔を真っ赤にして言葉につまってしまっていた。

その光景を「むぅ…」とむくれるような視線を向ける綺凛。

 

一触即発か?と思われたがそれは生徒のある一言により中断された。

 

「おい聞いたか?お姫様が噂の転入生に決闘を申し込んだんだってよ!」

 

「マジかよ!見に行こうぜ!」

 

その会話を聞いた八幡達。

 

「おいクローディア。まさかだと思うがその転入生って…。」

 

クローディアは頭を抱え呆れているようで綺凛は慌てている。

 

「はぁ…またユリスったら。」

 

「ま、不味いですよお兄さん止めに行かないと!」

 

「…あのお転婆姫、余計な仕事を増やしやがって。」

 

三人はその渦中の二人が決闘を行う現場へと向かった。

 

 

「咲き誇れ!《六弁の爆焔花 (アマリリス)》!!」

 

綾斗は親切心で女の子へハンカチを手渡そうとしたとき、運悪く着替えを覗いてしまい痴漢扱いを受けてその冤罪を証明するために決闘を受けざるを得なくなってしまった。

野次馬が集まり決闘が開始される。

ユリスの前に巨大な火球が生成されギャラリーは慌てるが綾斗は冷静にその攻撃を切り捨てる。

 

天霧辰明流剣術初伝(あまぎりしんめいりゅうしょでん)貳蛟龍(ふたみずち)』!! 」

 

エリスが使用した技を綾斗は《流星闘技》を用いた剣術で払い飛ばしその光景にエリスが驚愕する、事はなかった。

見慣れている光景だったからだ。

 

「蜂也のような芸当を…まさか今のは《流星闘技(メテオアーツ)》?」

 

接近を許す、と感じたユリスは内心舌打ちをして手に持ったレイピアで迎撃準備を行う。手に持った獲物に炎を纏わせる。

接近した瞬間、獲物をぶつけ合おうとした瞬間に群衆に紛れ誰かが不意打ちでユリスを狙撃しようとしたのを綾斗は目撃してしまい彼女を押し倒してしまったのだ。

 

「お、お前、な、なにを…!はっ///ど、どういうつもりだっ!」

 

「それは君を射貫こうとした下手人に聞いて欲しいんだけどな」

 

「そ、そう言うわけではない!なんでわざわざわたしのー」

 

「え?」

 

その瞬間に綾斗がユリスの慎ましやかな胸を揉みしだいてしまっているのに気がついてしまう。

 

「う、うわぁ!!ご、ごめん!!」

 

「き、貴様…!」

 

慌てて飛び退いたがユリスは肩を抱いて目を潤ませ顔を真っ赤にして綾斗を睨み付けている。

 

ギャラリーが囃し立てる。

 

「おいマジかよ!あの野郎お嬢様を押し倒したぞ!」

 

「ヒュー!情熱的だな!」

 

待避していたギャラリーが戻ってきておりそれが更にユリスの感情に油、と言うか重油をぶちこんで彼女は怒り星振力が暴走してしまっていたのだった。

 

周囲の炎が吹き上がり綾斗、と言うか周囲に被害をもたらす。

が、突如として呆れるような声と共に彼女の顕現している炎を消し飛ばしてしまったのだった。

 

まるで『魔法』の様に。

 

「そこまでにしておけよ?ソイツはまだ『この学園の生徒じゃないからな』?ユリス。」

 

「副会長の言うとおりです。そこまでにしてくださいね。」

 

「リースフェルトさんが押し倒され…はわわ///」

 

押し倒されたユリスと押し倒した綾斗が声がする方向に向くとそこには銃?のようなものを片手で突きだし呆れた表情の赤縁メガネを掛けた青年と二人のタイプの違う美少女がその場に居たのだった。

 

 

「確かに春だからってよ浮かれるのは分かるがいきなり胸を揉みしだくとか転入生はあれか?頭があれなのか?」

 

「ち、違いますよ!彼女が襲撃されそうになって…!てか見てたんですか?」

 

「あーはいはい、話は生徒会室で聞かせて貰うから、ついて来なさい。」

 

「だ、だから違いますよ!」

 

面倒くさそうに青年が綾斗を連れていこうとするが隣に居た少女に待ったを掛けられた。

 

「お待ちになってください蜂也、彼が天霧綾斗《あまぎりあやと》君ですよ。」

 

「あ?こいつがか?」

 

綾斗に近づこうとした青年…八幡が動きを止めて怪訝な表情でその渦中の少年の顔を見てため息をつく。

 

「…なるほどな、でいきなりこのお転婆姫に勝負を吹っ掛けられたと。」

 

「お、お転婆とはなんだ!?私は…!」

 

「どうせこいつがラキスケした結果その無実を証明するために無理矢理決闘を申し込んだ、とかそんな感じだろ?ラノベかよ。」

 

「?!」

 

「え、どうして分かったんですか?」

 

エリスと綾斗は事の経緯を言い当てられて驚愕していると八幡も驚いていた。

 

「え…まじ?冗談で言ったんだけど本当だったのかよ…。」

 

拉致が空かないと思ったのか八幡と呼ばれた青年の隣から目の眩むような金髪を靡かせた美少女が決闘を行った双方へ説明する。

 

「んん!…確かに我が星導館学園は、その学生に自由な決闘の権利を認めていますが…残念ながら今回の決闘は無効とさせていただきます。」

 

「蜂也にクローディア…一体何の権利があって邪魔をする?」

 

「仕事だ。」

 

「それは星導館学園生徒会長としての権利、ですよユリス。…赤連の総代たる顕現をもってユリス=アレクシア・フォン・リースフェルトと天霧綾斗との決闘を破棄します。」

 

クローディアがそう告げると双方の赤く光っていた校章が輝きを失う。

 

「これでとりあえずは安心だ、天霧。良かったな。」

 

「ふふっ、これで大丈夫ですよ天霧綾斗くん。」

 

「はぁー…。」

 

綾斗が一息つくとその一方でエリスに近づく小柄な銀髪のツーサイドテイルの美少女が心配そうに声掛けする。

 

「大丈夫ですか、リースフェルトさん。」

 

「ああ、ありがとうな綺凛。…(キッ!)」

 

「ははは…」

 

手を借りて立ち上がるユリスは先程の事故と決闘を邪魔されたことで綾斗を睨み付けその視線を受けた人物は困ったような笑いを浮かべているしかなくその光景を綺凛は「はわわ…」と見ているしかなかった。

 

綾斗はこの状況を救ってくれた二名に挨拶をする。

 

「ありがとう御座いました…えーと、生徒会長さん、と蜂也さんと綺凛さん?」

 

「はい。星導館学園生徒会長クローディア・エンフィールドと申します。で、こっちが…」

 

自己紹介を振られた青年は面倒くさそうに自己紹介を始めた。

 

「え、俺もすんの?…星導館学園副生徒会長名護蜂也だ。まぁ、宜しく?。」

 

「どうして疑問系なんですか…?」

 

「綺凛」

 

綾斗に対してのぶっきらぼうな声ではなく優しい声で自己紹介を促すとエリスから離れて八幡のところに戻り自己紹介を行う。

 

「は、はい!お義兄さん、私は星導館学園中等部一年刀藤綺凛と申します。」

 

ペコリと綺麗なお辞儀をする綺凛。

 

自己紹介を終えるとエリスが先程の裁定に納得がいっていないようで、不満爆発な表情を浮かべ八幡とクローディアを睨み付けていた。

 

「いくら生徒会長といえども、正当な理由を無くしては介入は許されていないはずだったが?」

 

「理由なら在る。」

 

八幡がユリスに対して説明を行う。

 

「こいつが転入生なのは知ってるな?既にデータでの登録はすんでいるが最終の入学手続きが終了していないからな。厳密に言えばこいつは『正式な星導館学園の生徒じゃない』ってことになる。」

 

綾斗は説明を行う八幡に「意外だな…」と言うような印象を持ちつつあった。

面倒ごとには首を突っ込むのも億劫そうな印象だったがいざその当事者になれば被害者?と加害者?に対してしっかりと説明を行っているところを見たからだ。

 

まぁ、ただ本当に面倒くさそうにしているのは難点ではあるが。

 

「決闘はお互い学生同士が承認することで成立するからな、であればこの決闘は『学生』と『学生じゃないもの』が行っているからルール違反だ。分かったなユリス。」

 

「くっ…」

 

「蜂也の言うとおり、そういうわけですから皆さんもどうぞ解散してください。あまり長居されると遅刻してしまいますよ?」

 

その言葉にギャラリー達が中途半端な結末に不満げな表情を浮かべている者もいたが蜂也が睨みを聞かせると蜘蛛の巣を散らすように校舎へと入っていった。

 

一応ユリスも先程の襲撃を救ってくれたという事で綾斗と和解したようだった。教室へとその脚を向けて、綺凛も一緒に蜂也達についていきたそうだったが授業があるため中等部の校舎へと向かっていた。

 

 

生徒会室へ向かう道すがら教室を見るとホームルーム前に授業を受けているのを見てクローディアに質問すると補習中であることが分かりこれはまた辛そうだと他人事のように綾斗は思った。

 

蜂也に心を見透かされたようで。

 

「言っとくがうちは文武両道を唱ってるから赤点取ったら補習だぞ。」

 

「気を付けます…。」

 

若干の元気がなくなった綾斗であった。

 

綾斗の前と後ろを歩くクローディアと蜂也。

クローディアが振り返って笑顔で綾斗に話しかける。

 

「そうそう、蜂也と私は天霧君と同じ学年ですから、もっと砕けた喋り方で結構ですよ?」

 

「えっ、会長と副会長も一年生なんですか?」

 

二人の落ち着き具合を見た綾斗は「そんな馬鹿な…」といった感想だ。

 

「ああ、私は中等部から生徒会長を任せられておりますので今期で三期目となりますね。」

 

「なるほど…」

 

「ですので私のことはどうぞ名前でおよび下さい。」

 

「わかったよ、クローディアさん」

 

「クローディア、で結構ですよ。」

 

「いや、いきなりそれは…。」

 

しどろもどろになる綾斗を見てにこにこしているクローディアの状態を見た八幡は「悪趣味な奴…」とボソッと呟く。

 

「俺も好きな方で呼んで貰って構わない。名前でも名字でもな。」

 

「わかりました。副会長。」

 

「おお、お前は役職で呼んでくれんのか。ありがとな。」

 

「喜ぶことなのかな…。」

 

「私のことは呼び捨てで呼んでくださらないのですね?」

 

泣き真似をするクローディアにあわてふためく綾斗を見て蜂也は補足してやる。

 

「あのなクローディア、お前みたいな初対面の女子生徒で尚且つ超絶美少女にいきなり「呼び捨てで」っていうのは非常にハードルが高いからやめて差し上げろ?」

 

蜂也が美少女、と文言に入れてクローディアに発言すると先程までにこやかだったクローディアの表情は一瞬その笑みを失い顔を真っ赤にして羞恥に染まってうつ向いてしまったが綾斗がまばたきをすると先程の笑顔に戻っていた。

 

「仕方がありませんわね。では天霧君が呼びやすい呼び方で結構ですわ。」

 

「はは…それで宜しくお願いしますクローディアさん。」

 

各自の自己紹介が終わり生徒会室に到着する。

クローディアが校章を使い認証パスを解除するとそこには学校の生徒会室らしからぬ光景が広がっていた。

床にはダークブラウンの絨毯に革張りの応接セットに壁には星導館学園を遠目で見て描いたような絵画が飾られており、そしてこの室内には似つかわしい黄色と黒のカラーリングが施された小さめの自販機が置かれている。

 

慣れた様子でクローディアは執務机に着席し蜂也は自販機へ向かい二色のストライプ柄の缶コーヒー片手に蜂也は自分の席には着席しないでさも当たり前のようにクローディアの横に立っていた。

綾斗はその二人の姿にはさながら一枚の絵画のように見えた。

 

クローディアは執務机の上で指を組みゆっくり息を吐いた。

 

「では、改めまして…星導館学園へようこそ、天霧綾斗君。歓迎いたします。そしてようこそ『アスタリスク』へ。」

 

綾斗はその光景の愕然としていた。

巨大なクレーター湖に浮かぶ人工都市は正六角形の市街地エリアと其々の各から稜墓のように飛び出した六つの学園からなるまさに雪の結晶の形を見せている。

まさに「アスタリスク」と呼ぶに相応しいだろう。

 

呆けている綾斗にクローディアが話しかける。

 

「我が星導館学園は特待転入生として貴方に望むことはただ一つ。勝つことです。」

 

町並みを見下ろしたまま、クローディアが続ける。

 

「ガラードワースに打ち勝ち、アルルカントを下し、界龍を退け、レヴォルフを砕き、クインヴェールを倒すこと、即ち《星武祭》を制すること。そうすれば我が学園は貴方の望みを一つ叶えて差し上げましょう。」

 

「…んー」

 

『なんでも叶える』と言われれば飛び付くようなフレーズだがそれに微妙そうにしているのを見て八幡は意外だと思った。

 

「申し訳ないけど、そう言うのにあんまり興味はないんだ。」

 

「ええ、貴方がそう言ったことにまるで関心がないのは承知の上です。特待生の招待を一度断っていることを。」

 

クローディアはそこで言葉を区切ると綾斗に向き合う前に蜂也を一瞥し微笑みを浮かべ、椅子を戻して綾斗に向き直った。

 

何で俺を見たんだ?

 

「近年《星武祭》における我が校の成績は芳しいとは言えませんが…前シーズンは奇跡的に総合五位。クインヴェール女学園が六位これはクインヴェールで《星武祭》の結果を考慮していないので実質当校が最下位になります。我が校はこの状況を打破しなくてならず、その為には有力な学生を一人でも多く確保しなくてはなりません。幸いにも今年度の選手は粒揃いですからね…ね?副会長?」

 

クローディアにそういわれ視線を向けられると苦虫を潰したような表情をしていた。

綾斗も只者ではないとうすうす感じていたが…その面倒くさそうな表情がなければだが。

 

「俺を見るなよ…。ユリスや綺凛ちゃんも居るだろ…。」

 

蜂也の反論を無視して説明を続けるクローディア。

 

「副会長は入学して未だ数週間ですが序列入しています。私の蜂也ですからこのくらいは…。おっと、そう言えばまだ説明していませんでしたわ。名護副会長…蜂也は当校の《冒頭の十二人》…序列三位《戦士王》の二つ名を持っているんですよ。」

 

そう言われて蜂也は苦虫を潰したような表情になった。

 

「それは勝手に他の連中が言ってるだけだ。《鳳凰星武祭》すら未だ参加していないのにそれにその名前で呼ぶな。」

 

「ふふっ。既に学園内の指折りの実力者を下しているではありませんか?」

 

嫌そうな顔をしている蜂也を見てクローディアは笑みを浮かべている。

端から見れば彼氏がツンツンし彼女がベタ惚れのカップルのように仲睦まじくみえる。

そんなことを言うものならただでは済まないんだろうな、と綾斗の脳内は警鐘を鳴らしていたので口には出さなかったが。

 

「あはは…副会長ってすごい人なんですね…それは分かるんだけどさ…そもそもなんで俺を特待生に?自分でいうのもなんだけどそんな大層な扱いを受けるようなもんじゃないよ俺?」

 

そう言う綾斗を蜂也は《瞳》で視認すると何かしらの制約…鎖のような精神的な制御が掛けられているようなものが見受けられた。

 

なるほど…クローディアはそこに目をつけたのか。

こいつの封印されている状態での《星振力》…の凄まじさ…《冒頭の十二人》に並ぶ…それ以上かもしれないな。合う武装があるとしたら…《純星煌式武装》ぐらいか。

だが通常時であればスカウトされない程の気配…いったい何を持ってスカウトしやがったクローディア?

 

クローディアに視線を向けるとこちらの視線に気がついたのかクスリと微笑むだけだった。

 

「そうですね。ぶっちゃけると完全に貴方は無名でしたから、ぶっちゃけスカウト陣から猛反対を受けました。」

 

「ええ!?君が推薦したの!?」

 

「おいおい…。」

 

「ええ無理矢理押し通しましたからね。あの時ほど生徒会長をやっておいて正解だったと思いました。」

 

「きったねぇ…。」

 

「強引だな…。」

 

「これで断られたら面目丸潰れでした。心変わりしてくださってありがとうございました。」

 

「別に心変わりしたつもりは無いんだけどね?」

 

そう言って肩を竦める綾斗にクローディアと蜂也が目を細める。

 

天霧がこの《アスタリスク》に訪れた理由は実姉である《天霧遥》を探しに来たためという理由だそうだ。

クローディアは何かを知っているような素振りを見せた上でデータが所々破壊された生徒情報を天霧に与えこの学園に来た意味を与えていた様だった。

 

その後特待生の特権を説明し本日の生徒会での話は終了した。

 

 

会長室に残る二名。

 

「天霧…なかなか面白そうな潜在能力を持っていたな。あれなら先程閲覧していた《純星煌式武装》も楽に扱えるだろうな。」

 

「本当に蜂也のその瞳にはごまかせませんね。」

 

《瞳》の事は初めに出会った時にクローディアには伝えているのと此処には俺とクローディアしか居ない。

 

「まぁな。中々良いのが入ったから安泰だな。俺働かなくていいよな?」

 

マックスコーヒーを煽りながら外の景色を見ているとクローディアに話しかけられた。

そう言って俺の正面に立ち純星煌式武装を二振り起動させ掲げた。

 

「貴方がパン=ドラ(この子)を解析して内包していた性格を矯正してくれたお陰で私は『死の夢』を見ることが無くなりましたから…。」

 

微笑を浮かべながら此方を八幡がそっぽを向く。

 

「…お前が眠ってる最中に(うな)されてるのを見るのが俺の精神衛生上宜しくないだけだ。」

 

「ふふっ…本当にお優しい人…。」

 

「るせぇよ…。」

 

 

 

「あー、と言うわけで。こいつが特待転入生の天霧だ。適当に仲良くしろよ」

 

適当すぎる、と言うよりもおざなりな紹介にもっと手心をくれよ、と綾斗は思ったが訂正する気は配属されるクラスの担任はクイッと催促するだけだった。

 

自己紹介を終えると様々な視線を一身に受けていると先生が席に座れ、と催促をしてくる。

 

「席は…ちょうど火遊び相手の隣が空いているからそこにしろ。」

 

「だ、誰が火遊び相手ですか!」

 

先生の言葉に顔を真っ赤にして抗議するユリスの姿があった。

 

「お前以外に誰がいるんだよリースフェルト。朝間っから決闘吹っ掛けやがってよ。序列外ならまだしも《冒頭の十二人(ページワン)》が気軽に決闘すんじゃねーよ。レヴォルフじゃねぇんだぞ。」

 

「ぐっ…。」

 

そう指摘されると渋々席に着いた。

綾斗はユリスの隣に着席し言葉を交わすがプイッとそっぽを向いてしまい「ははは…」と笑うしかなかった。

その光景を見て背後の席に座っていた夜吹栄士郎という少年に話しかけられた。

 

「俺は夜吹栄士郎、一応お前さんのルームメイトってことになるな。」

 

綾斗的にはこのアウェーな空気を脱することが出来る知り合いが一人でも増えることに安堵感を覚えていた。

しかし、とにかく授業が終わる度に興味津々の感情を向けられたり、冷淡な感情を向けられたりすると綾斗はすっかりと疲れ果ててしまっていた。

 

「はぁ~…」

 

「お疲れさんだな。人気者は大変だ。」

 

夕日が差し込む教室でぐったりとしているところを栄士郎が肩を叩いてくる。

 

「まぁ、お陰さまで分かったことがあったけどね。」

 

「ほぉ?例えばどんな?」

 

綾斗が説明する。「人気者は俺ではなくユリスであり、ユリスと決闘した事実」だということを告げると栄士郎は口笛を吹いてパチパチと手を叩く。

 

「ユリス本人に聞けばいいんじゃないかな。」

 

「それが出来れば苦労はしないさ。何せあのお姫様が心を許しているのはウチの学園の三巨頭だけだからな。あのあのお姫様は人を寄せ付けない感じがあるだろう?」

 

「…確かに多少取っつきにくい雰囲気があるかな。…それより栄士郎『三巨頭』って?」

 

『三巨頭』という聞きなれない言葉に首をかしげる綾斗に栄士郎は説明をしてくれた。

 

「ああ、その説明をしていなかったな。『三巨頭』って言うのはウチの学園、星導館学園の序列一位から三位までの《冒頭の十二人(ページワン)》の事を指すんだよ。」

 

「そうだったんだ…。」

 

「序列一位の《疾風刃雷》刀藤綺凛、ウチの生徒会長で序列二位《千見の盟主》クローディア・エンフィールド、そして副会長にして序列三位の《戦士王》…名護蜂也だ。この人達が『三巨頭』って呼ばれてるんだよ。」

 

「会長が…副会長の事は聞いていたけど…。刀藤さんが序列一位だったのか。」

 

人は見た目によらないとは良く言ったものだったが副会長は気だるげな雰囲気のなかにただ者でない気配を内包していたと感じていた。

 

「あの人はなんというか…色々規格外でな…一番ヤバイのがアスタリスク至上唯一と言って良い《純星煌式武装(オーガルクス)の完全適合者なんだよ。それに、一度《疾風刃雷》を下して一位になったんだがな…目立ちたくねぇっていう理由で決闘を仕組んで敗北して…っていうことをする人なんだよ。」

 

「完全適合!?いや、なんというかすごいね…。というかユリスを皆『お姫様』っていうけど渾名みたいなもんなの?」

 

「んあ?いいや、渾名じゃなくて正真正銘の『お姫様』なんだよ。」

 

その後、ユリスがリーゼルタニアの第一王女であることを知った綾斗は不敬罪で殺されないかな…と不安になったが

ふと、どうして王族である彼女がこの闘争だらけの《アスタリスク》で闘っているのかが気になった。

 

「理由が分からないんだよなぁ…それが分かればウチの紙面全占領なんだけど。」

 

「あまり人のプライベートの事に突っ込むのは良くないと思うけど。」

 

思わず綾斗は苦言を呈するが流石の栄士郎もそこは分かっているようで

 

「娯楽性の無いすっぱ抜きは俺も嫌いなんでな。流石に俺も分別してるよ。」

 

真面目な顔で頷いた。

 

その後栄士郎は新聞部の部長に呼び出されたのか部室棟へ走っていってしまった。

 

「思った以上に大変そうな学園なんだなここは…。」

 

一人になった綾斗は思わず呟いてしまった。

 

◆ ◆ ◆

 

「天霧君が言っていたユリスとの決闘中に『横槍を入れられた』、と有りましたけど…」

 

隣に座るクローディアの問いに答えられるのは生徒会室にいる俺しか居ないわけで。

 

「ああ、天霧が嘘を行っている様子は無かったが流石に『誰が射った』までは分からないな。まぁ、恐らくはウチの生徒による犯行だろうが…。」

 

生徒会の仕事をやりながら会話をしていたが、ちょうどユリスが襲われた話になった。今日のところは、と行ったところで切り上げ蜂也首を小気味良い音を鳴らし大きく伸びた。

窓の外は既に茜色に染め上げられており下校時間が近づいてきている。

 

「どうしましょうか?」

 

「どうしましょうかって…それとなく見張る感じしかないだろ。俺たちが護衛に着くようなことがあればリースフェルトのプライドが許さんし。それに…」

 

「それに?」

 

クローディアは聞き返す。

 

「…《星武祭》を本気で勝ち上がろうって意気込んでいる奴の邪魔をするアホは一度俺が痛い目を合わせたいからな。…まぁ、ストレス発散ってことで。」

 

蜂也の発言はかなり自己中心的な発言に頭を抱えるだろうがクローディアは違った。

この人は『こう言った発言、表現しか出来ない』のだと。彼の性格上、一度知り合った人間を無下に扱われることが我慢が出来ないからこその発言だ。

 

クスり、と笑うと蜂也は微妙な表情を浮かべているがお構いなしに蜂也に引っ付く。

数少ないクローディアの趣味であった。

 

「お優しいですわね、蜂也は。」

 

「優しくなんて無いだろ。」

 

「まぁ、そういうことにしておきます。」

 

「変な奴だなお前…」

 

「ふふっ…」

 

蜂也も最初の頃はやたらとベタベタしてくるクローディアに難色を示していたがこの数週間で諦めてしまったのか「好きにしろ」と言わんばかりの状態にまで発展していた。

 

「この光景を綺凛さんが見たらどう思いますかね?」

 

「綺凛ちゃんの事だから少しためらった後に自分から言い出せず俺が「おいで」って言ったら混ざろうとするんじゃないか?」

 

口を押さえて驚愕の振りをするクローディア。

 

「まぁ、二人一気にだなんて…大胆。」

 

「なんで一々そのニュアンスで言うかね…ほらそろそろ帰るぞ。」

 

「あん…もう少し私を味わえば良いのに。」

 

「アホ言ってないで帰るぞ。ったく…。」

 

クローディアから離れた蜂也が少ない荷物を纏める。

離れてしまった蜂也を見て少し名残惜しそうにしていたが直ぐ様出来ると思い二人で帰り支度を終えて生徒会室から退出した。

 

 

「お義兄さん!」

 

「お、綺凛ちゃん。」

 

「…。」

 

高等部の校舎から出ると綺凛が此方を確認し駆け寄ってきた。

その姿に思わず蜂也の表情が緩むがクローディアは少し不満げな表情を浮かべている。

 

「クローディアさんもお仕事おつかれさまです。」

 

純真、というべき綺凛の生真面目さにクローディアは少しやられていたが直ぐ様挨拶を返す。

 

「綺凛さんは鍛練ですか?」

 

「は、はい。お友達と少し…。」

 

「真面目だな綺凛ちゃんは。」

 

そういって普段通りに蜂也は手を頭に乗せて綺凛の頭を撫でる。

 

「はぅ…えへへっ。」

 

何時も通りに左右にクローディアと綺凛を並べて歩く姿は星導館の学生達の間では既に見慣れた光景となってしまっているがその光景を見て当然血の涙を流し呪詛を投げ掛けて来るものもいるわけで…。

 

「くそ…どうして副会長ばかり…しかも綺麗処を…!!」

 

「《戦士王》…両手に花じゃねぇーか!!もげろ!」

 

「でもお似合いなんだよなぁ…チクショー!」

 

「これは夜のラグナロクが始まりますね…間違いない。」

 

その陰口を叩かれるが陰湿ではないで放っておくことにしたのだが如何せん居心地が悪い。

聞かない振りをしようにもそういった感情を拾ってしまうので微妙な表情を浮かべる他無かった。

てか、おい最後絶対下ネタだろ。

 

「…ふふっ。」

 

その会話を聞いて俺の右隣にいるクローディアが腕を絡めてくる。

火に油を注ぐんじゃないよお前は。

 

「っ!…えいっ!…///」

 

そして左側に立っている綺凛ちゃんは俺の手を握ってきた。

 

「俺の腕と手の自由を奪わないでくれない?」

 

「「そういうことじゃない!」です!」

 

ツッコミとギャラリーの慟哭が重なり聞こえそうになったその時。

 

「答えろ!ユリス!」

 

良い声が学園内の中庭に響いた。

聞こえてきた名前に反応し三人はその声の方向を向いた。

 

「あれは…リースフェルトか?」

 

「そしてお近くにいるのはレスター君ですね…。」

 

「ケンカ、ですかね…?」

 

リースフェルトの近くにはレスターと呼ばれた何故か上半身タンクトップの筋肉モリモリマッチョマンがおりリースフェルトと一方的な口論を繰り広げていた。(リースフェルトは相手にしていないが。)

 

二人の会話に耳を傾ける。

 

「答える義務は無いな、レスター。我々は誰もが自由に決闘する権利を持っている。」

 

「そうだ。当然、俺もな。」

 

「だからこそだ。同様に決闘を断る権利も持っている。何度お前に挑まれようともお前の決闘を断らせてもらう。」

 

「だから何故だ!」

 

「…はっきり言わなければ分からないのか?」

 

ため息をついて立ち上がり、真正面からレスターと向き合った。

 

「キリがないからだ。私は三度貴様を退けた。これ以上はいくらやっても無駄だ。」

 

「次は俺が勝つ!たまたままぐれが続いたぐらいで調子に乗るなよ!オレ様の実力はあんなもんじゃねぇ‼」

 

レスターの背後にいるやせっぽちの男と少しガタイがいい男子生徒が「そうだそうだ!」とヤジを飛ばしているがユリスは我関せずといわんばかりに

 

「ならば、それを証明することだな。私以外の相手でな。」

 

話は終わりだ、といわんばかりにその場から立ち去ろうとする。

レスターが引き留めるために言葉を掛ける。しかし、その一言は言っては知らぬとはいえ言ってはならない禁句であった。

 

「貴族のお姫様が『道楽』で勝負の世界には入ってきてふざけるんじゃねぇ!」

 

「『道楽』、だと…!?」

 

その発せられた言葉に立ち去ろうとしたリースフェルトは動きを止めて肩を震わせる。

レスターが肩をつかもうとした瞬間に星辰力が炎となって爆発…しなかった。

 

掴もうとした手をちょうどのタイミングで現れた綾斗が受け止めていた。

その光景を見て俺たちはそれぞれに反応した。

 

「あいつすげぇな…」「あらら…」「すごいです…」と。

 

「女の子に手を挙げるのはどうかと思うよ?あ、ユリス奇遇だね?どうしたのさこんなところで。」

 

めちゃくちゃ白々しい反応にリースフェルトは活性化させていた星辰力を抑えることには成功させていたので綾斗の行動は無駄ではなかったといえるだろうが。

 

「…お前、どうして此処に?」

 

綾斗がリースフェルトと戦った人物であることを取り巻きから知らされると憤怒の形相で握った拳を震わせていた。

 

「こんな小僧と戦っておいてオレとは闘えねえだと…?ふざけるな!オレはてめえを叩き潰す!どんな手を使ってもだ!」

 

既にレスターの目には綾斗は映っておらずリースフェルトに大きく腕を振って近づこうとする。

 

「なぁ、あれって止めた方が良いのか?」

 

「仕方がありません。副会長?お仕事ですよ?」

 

「このときだけ副会長呼びしやがって…いい性格してるよクローディア。はあ…。」

 

『我が変わろうか?主よ。』

 

『頼むわ…。』

 

脳内で会話し《壊劫の魔剣(ベルヴェルク=グラム)に意識の主導権を渡し《瞳》の色が金色から蒼窮色へと変化した。

 

「行くか…」

 

そういって俺は争いの渦中へと踏み出した。

 

 

「ちょ、ちょっとレスターさん、落ち着いてください…流石に此処じゃ、…っ!?」

 

まずいですよ、と痩せぎすの男子生徒が告げようとした瞬間その場が威圧感で支配された。

 

「!?」

 

「これは…いったい?」

 

「なんだ…?」

 

言い争っていた綾斗達はその方向を振り向くといつの間にかその空間一人の男子生徒が向かってきている。

 

「そこまでにしておくのだな《轟速の烈斧(コルネフォロス)》。決闘を承諾しない少女に付き纏うのは如何なものかと当方は感じるのだが?」

 

静かな声であったがその争いを鎮めるのには十分な威圧感と言霊が響き渡る。

姿を視認したレスター達は苦虫と驚愕を浮かべている。

 

「ちっ…蜂也…!」

 

「せ、《戦士王》…。」

 

「ひぃっ!?」

 

「副会長…?(雰囲気が違う…?)」

 

綾斗は早朝に出会った蜂也の印象が大きく変わっていたことに驚いてた。

 

「蜂也。」

 

ユリスは面倒ごとが終わるとホッとしている。

 

「そこまで闘争を求めるのなら当方が相手をしよう。…貴殿のガス抜きにはちょうど良かろう。」

 

星辰力を敢えて活性化させて体からパチリ、と紫電が迸る。

蜂也が胸の校章に触れようとした瞬間、レスターは踵を返しながら吐き捨てて帰っていく。

 

「オレは諦めねぇぞ…!必ずてめぇに俺の実力を認めさせてやるぞリースフェルト…!」

 

残された取り巻きは慌ててレスターの後を追いかけてその空間は平和になった。

 

「はぁ…やれやれだ。」

 

ユリスは再び長椅子に優雅に座り込んだ。

 

「あはは…余計なお世話だったかな…というよりも副会長も見ていたのなら最初から止めに入ってくださいよ。」

 

「いや、当方が止めに入らぬとも貴殿が駆けつけてリースフェルト嬢を救うのは目に見えておったのでな…勇敢な少年の行動を無下にするわけには行かなかったのだ。許せ。」

 

リースフェルトが俺に悪態をつく。

 

「全く…蜂也がもう少し早く現れればもう少し早く終わったものの…。」

 

「当方が現れなくとも天霧殿がどうにかしていただろう。そうであろう?……あ~しんどい。」

 

会話をしている俺とリースフェルトを見て困惑していた。

 

「(え、この人は二重人格なのか?)まぁ、見て見ぬふりは出来なかったというか…。」

 

「そうか…。まぁ、あまり問題を起こしてくれるなよリースフェルト。」

 

「そ、そんなことはしない!なんだと思っているのだお前は?」

 

「いきなり決闘を吹っ掛けてきて負ける奴が良く言うよ本当に。」

 

「ぐっ…!言い返せない…!」

 

綾斗はそんな光景を見て「兄妹みたいだ…」と思ったが口には出さなかったが。

 

「(それにしても星辰力が一瞬膨れ上がりそうになっていたけど…その事はまぁ後は天霧に任せるか。)んん!余り遅くならないように寮に帰れよ?じゃあな。」

 

そういって俺は待たせている二人の元に戻ることにした。

 

 

「自由な人なんだね副会長って…。」

 

「…まぁ、それがあいつなのだが。」

 

長椅子に座るユリスに対して綾斗は質問を掛けた。

 

「ユリスはどうしてこんな危険なところで闘争に身を投じているの?」

 

「なに?」

 

「聞いたよ、お姫様なんでしょ?」

 

「確かに私はリーゼルタニア第一王女だ。だがそれがなんだと言うのだ。此処にいるの者は少なからず望みがあって、何かを掴むために闘っている。肩書きも役職も関係がない。」

 

静かな言葉ではあったがそれは確かなる確固たる意思が内包されていた。

 

「それってユリスがさっきレスターに言われたことと関係がある?」

 

自分でも踏み込んだことを聞いているなと綾斗は思ったがユリスはすんなりと答えてくれた。

 

「…お金だ。」

 

「え…?」

 

「私にはお金が必要なのだ、手っ取り早く稼ぐには此処で闘うのが一番だからな。」

 

「だからレスターの言葉に怒ったのか。」

 

「ふっ…軽蔑したか?」

 

自らの望みを語るユリスは自嘲した。

しかし綾斗の反応は想像していたものとは違っていた。

そして驚くことを発言すると思わず目が点になってしまった。

 

「うーん…そうかな。人の望みは人それぞれだしね。軽蔑するほどじゃないでしょ。まぁお姫様が「自分で稼いだ自由に使えるお金」って言うのが気になるけどね…なにで使うのかが気になるけどそこはプライベートの部分だし。慈善活動?かな自国の孤児院への寄付とか?」

 

「な!?ど、どうしてその事を…?」

 

「あ、やっぱり?結構当てずっぽうだったんだけどね。」

 

「…。」

 

「お姫様であるエリスが金銭を望むのは「自分で使用できる金銭がない」ってことに繋がるからね。必然的に使用される場所はそういった場所に…って推理だったんだ。」

 

「お前の推察力が恐ろしくなってきたぞ私は。」

 

「ははっ、まぁ昔から勘はいい、って姉さんから言われていたから。」

 

此処で謎が一つ溶けたのだが謎が一つ浮上することになる。

 

「そういえばエリスって鳳凰星武祭(フェニクス)に出るためのパートナーってもう決まってるの?」

 

「うぐっ…」

 

いたいところをつかれて言葉に窮するエリスと綾斗は会話を続けていた。

 

『なんかムカついて来たわ…帰ろ。』

 

いちゃついている、といっても過言ではなくその会話を認識阻害の魔法を掛けて聞いている蜂也に気がついておらず、その光景を見て聞いた蜂也はため息をついて改めてクローディア達の元に戻っていった。

 

 

「大丈夫ですかお義兄さん?」

 

「ああ、大丈夫だよ。」

 

「それは二重の意味で、ですか?」

 

クローディアの問いかけに俺は頷く。

 

「ああ、リースフェルトと天霧とならいいタッグになれるだろ。」

 

「それならば良かったです。しかし、鳳凰星武祭(フェニクス)余り時間がありませんから早々にして欲しいですね。」

 

「アイツらならすぐくっつくだろほれ。」

 

「?なるほど…。」

 

「リースフェルトさんが笑ってますね…。」

 

視線の先には何かの言葉を交わしているのだろう。リースフェルトが笑みを浮かべたと思えば赤面し天霧に食って掛かっている。

微笑ましい光景にクローディアと綺凛は笑みを浮かべた。

 

「…その前に襲撃者を見つけねぇとな。」

 

蜂也の呟きはクローディアと綺凛には聞こえなかった。

 



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黒炉の魔剣(束縛系純星武装ちゃん)

ユリスが襲撃を受けたことに関して俺とクローディアは隠れて護衛?することになったのだが…。

 

「あ?天霧とリースフェルトが放課後学園内を案内するって?」

 

「ええ。そうらしいですわ。デートでしょうか?」

 

「恐らく違うと思うが…こっちに来て日が浅いからな。地理を知りたいんだろう…まぁ、でも初日から女の子、ましてやお姫様を墜とすとかイケメンか…滅びればいいのに。」

 

此処にはいない天霧に対して呪詛をぶつけるようにしていたのだが…

 

「蜂也がそれを言いますか?」

 

「?どういう意味だ。え、クローディアも俺には呪われて欲しいって思ってるのか?」

 

「はぁ…たまにわざと言っているのではと思うのですが本当に言ってるんですのね。まぁ蜂也ですから仕方がないですが。」

 

「別に蜂也は悪口じゃねぇからな?」

 

その事を告げるとため息をつかれた。なんでよ。

 

「まぁいいか。今日の業務はこれで終わりにして尾行でもしますか…。」

 

俺は立ち上がり今日分の仕事を終わらせて立ち上がる。

…しかし報酬がないのに何故俺は働いているのだろう。

やだ!八幡ったら社畜なのね!となりそうだが俺は不労所得で生活する準備があるのでボランティアだと思えばいいか。

まぁ赤の他人からの感謝などミリ単位で要らないが。

 

ぎゅっ。

 

「…?なにやってんだお前。」

 

そんなことを思っていたらクローディアが俺の腕に自分の腕を絡み付かせて来ていた。

 

「なにとは?見て分かりませんか?」

 

「いや、その行動について教えて欲しいんだけど。」

 

「ユリス達の尾行というのですから私たちのこれからの行動も立派なデートと言えませんか?」

 

「いや尾行だろ。」

 

「さぁ、蜂也私達も行きましょう。」

 

「聞いちゃいねぇし…はぁ…。それよか天霧に書類渡さなくていいのか?」

 

「おや、危うくわすれるところでした。」

 

天霧に渡す《純星煌式武装》の適合率試験に関する書類(凡そ十ページ)をクローディアは手にもって再び俺の腕を絡ませてきた。

俺は諦めてクローディアに左腕を巻き取られつつ生徒会室から学園内へ向かうのだったが道中で俺を嫉妬と怨恨の籠った視線が俺を射貫いた。

 

「くっそ…見せつけるように…」

 

「パルパルパルパル…」

 

「なんか別作品の奴がおるぞ。ってだれだよ。」

 

「《千見の盟主》と《戦士王》のペアかぁ…お似合いだよね~。」

 

(早く教室つかねぇかな。)

 

(ふふっ…お似合いですか…。)

 

一方で《戦士王》と《千見の盟主》は考えていることは違うようだった。

 

 

化粧室で身だしなみを整えたユリスは自分の教室へ戻ると既に放課後であったため人の数は数名しか残っておらず今日学内を案内する、という話になっていた綾斗の隣には幼馴染みといった同じクラスの沙々宮紗夜が雑談をしていたのを確認した。

 

「(むぅ…なにか落ち着かない。)…。」

 

数年振りに再開した幼馴染み、ということもあって会話に花が咲くのは当然なのだがユリスは何故だか落ち着かなかった。

 

教室の入り口で息を整えて意を決して教室に入る。

 

「あー、こほん。準備はいいか?」

 

「ああ、ユリス。よろしく頼むね。」

 

案内されることを紗夜に綾斗が告げると眉を寄せて「自分が案内をする」と言い出したのだった。

 

どちらが案内するか、で揉めているところにとある人物が教室にやってきた。

 

「お、いたいた…ってなにこれ?修羅場か?」

 

「両手に花ですわね天霧君。巻き込まれるのはいやですのでさっさと用件を済ませてしまいましょう。副会長?」

 

生徒会長のクローディアと副会長の蜂也が訪れてこの出来事に対して苦言を呈した。

しかも腕を絡ませた状態で。

 

「ええと、クローディアさんと副会長はどうしてこの教室へ?と、言うかなんで腕を絡ませて…」

 

「お、お前達は人目も憚らずに…!は、ハレンチだぞ!」

 

顔を若干赤くしているユリスにクローディアはちょっかいを掛けていた。

 

「お子さまのユリスには刺激が強かったかもしれませんね?蜂也。」

 

「あ?俺に振るなよ。それと…天霧気にするな。ああ、天霧へ手渡すものがあってな。ほれ。」

 

「これは…?」

 

手渡された書類凡そ十ページのファイルを渡されて綾斗は首を傾げた。

 

「先日クローディアが言っていたと思うが純星煌式武装の選定及び適合率試験を行うからその書類に目を通しておいてくれ。注意事項もあるから忘れずにな。問題が無ければ此処でサインをくれ。」

 

「あ、その事か。」

 

綾斗は手渡された書類に目を通すと細かい時でびっしりと記入されている。

 

「とりあえず流しでいいから適当に目を通してサインくれ。」

 

「預かっているとはいえ統合企業財体の資産ですからね。まぁ形式上の物なのでお気になさらず、蜂也の言う通りさら~っと流してしまって結構です。適合さえしてしまえば使用権はその本人となりますので。」

 

「クローディアの言う通り適合しちまえばこっちのもんだからな。」

 

おおよそその学園の長とその副長が言うのはどうなのだろうかと思ったが彼、彼女達が言うのなら問題は無いのだろうと重要なところだけを読んでサインをする。

 

「クローディアさんと副会長って仲がいいですよね?恋人同士なんですか?さっきもこの教室に入ってくるときに腕を絡ませてはいってきていたので。」

 

「おや、天霧君は面白いことを言いますね?その通りです。」

 

「え?やっぱりそう、」

 

だったんですね、と言い掛けた綾斗の言葉を遮ったのは蜂也でその表情は本当に嫌そうな表情を浮かべていた。

 

「んな訳有るか。…こいつと俺は赤の他人だぞ。そもそもにおいて俺とそんな噂になったらクローディアが可哀想だわ。」

 

「私は噂になってもいいのですが…。」

 

「いや、お前が困るだろ…。」

 

「むぅ…。」

 

「ははは…。」

 

綾斗が苦笑しているとユリスは聞こえない声でクローディアに向けてコメントした。

それに綾斗が反応する。

 

「クローディアよ…哀れだな。」

 

「副会長って以外と鈍感、なのかな。」

 

「かもしれぬ…じゃなくてほぼそうだろう。」

 

「…うん、頑張ってくださいクローディアさん。」

 

「気を落とすなよ、クローディア…。」

 

「ありがとうございます天霧君、ユリス。」

 

蜂也達が会話しているときに突然声が聞こえてきた。

どうやら隣にいた水色髪の少女が口を開いたようで表情が乏しいように感じられた。

蜂也はそれを見て久しく会っていない知り合いを思い出す。

 

少女が綾斗に話しかけている。

 

「綾斗。」

 

「どうしたの紗夜。」

 

「この人だれ?」

 

クローディアと蜂也の方向を指差している。

 

「え、紗夜はクローディアさんのこと知らないの?」

 

「クローディアの事は知っている。知らないのはそこにいる男の子。」

 

どうやら蜂也の事を指差していたようで頭を掻いていた。

 

「まぁ、数日だけ授業に出てただけだし知らないのは…というか沙々宮お前いっつも寝てただろうが。まぁ俺は生徒会役員特権と学科プログラム免除受けてるから授業に出なくても良いしな。」

 

「なにその羨ましい特権。どこで受けられるの?」

 

「全教科満点の三年分の範囲を合格できるならな。」

 

「う…だったら布団に埋まっていた方がいい。」

 

「分かるぞそれ。布団は友達だもんな。」

 

「副会長は話が分かる人。」

 

「なんならずっと寝ていたいまであるからな。」

 

「綾斗。副会長はいい人。私沙々宮紗夜。宜しく。」

 

「名護蜂也だ。宜しくな。呼び方はどっちでもいいぞ。」

 

「うん、分かった蜂也。」

 

「ははは…副会長余り紗夜に変なこと吹き込まないでくださいよ。」

 

困ったような表情を浮かべる。

蜂也は悪いとは思っておらず言葉を続ける。

 

「まぁ、俺の場合はこいつを一人にさせないようにするためなんだけどな…。」

 

蜂也の視線はクローディアに向いており当の本人は赤面している。

 

「あれ?急に惚気話を聞かされてる?」

 

「あ?どこが。惚気なわけねぇだろ。」

 

「…クローディア応援してる。」

 

「ありがとうございます沙々宮さん。」

 

唐突の応援宣言に蜂也は首を傾げるしかなかった。

 

「まぁとりあえず…うん必須場所に記入されてるな。邪魔したな。」

 

「お邪魔しました天霧君達。」

 

そういってその場から立ち去る振りをして教室の外の扉に隠れた。

 

「それじゃ尾行と行きますか…。」

 

「どうやって…あ。あれを使うんですね。」

 

「そういうことだ。」

 

蜂也が右腕につけたブレスレット型CADを起動させて光学迷彩と認識阻害の魔法を二重展開し姿が見えるのはお互いだけだ。

外からは一切見えていない。

 

直ぐ様教室から綾斗と紗夜、ユリスが出てきて学園内の案内をするようだった。

どうやら結局二人で案内するようだ。

その後を気づかれない距離から追跡し護衛が開始された。

 

 

遠目で綾斗を案内する二人の姿を見ていた。

クラブ棟、委員会センター、食堂へと案内をしていたのだが紗夜が全くといっていいほど案内に役立ってなかった。

 

「アイツもしかして方向音痴なんじゃねぇの?」

 

「まさかそんな、」

 

はずが、と言う準備をしていたのだが会話の最中に「私、方向音痴だから」と言う言葉を聞いて蜂也は

 

「なんでついて言ったんだよ沙々宮。」

 

一方ではクローディアはそのやり取りをニコニコしてみていた。

 

「あら、いいではないですか。年頃の女の子が気になる男の子を他の女の子に手柄を奪われたくないと思うのは当然ですよ?」

 

「いや、知らんし…。」

 

そんな会話をしていると休憩をするのか中庭の噴水のあるベンチへユリス達は座り天霧は自販機へと走る。

 

「そこからなら中等部が近いんだけどな…。」

 

「おや?蜂也は詳しいですね。」

 

「まぁ、綺凛ちゃんに連れられて行ったことがあるぐらいだけどな。」

 

「そうですか…ふ~ん…。」

 

「…動き出したか。」

 

「え?」

 

蜂也はクローディアがウザい絡みをしてくると思いそちらに意識を割くようしようと思ったがザバり、と噴水の方から似つかわしくない水音が響くと同時に前方にて会話をしていたであろうユリスと紗夜が左右に跳んだ。

跳んだ同時に座っていたベンチに光の矢が打ち込まれる。

いつから潜んでいたのか噴水から黒づくめのフードを被った襲撃者が上半身を水面に出していた。

手には煌式武装のクロスボウ型が握られている。

 

「名探偵コ○ンの犯人かよ…。」

 

「止めに入らなくていいのですか蜂也。」

 

動かないまま静観を決め込む蜂也に疑問を覚えたクローディアは問いかけるが視線を今起こっている争いに向けながら答えた。

 

「いや、今のユリスなら余裕だろ。本当に危なくなったら手を貸すが…今は襲撃者の正体を探りたい。」

 

「なるほど…。ですがそれだとユリスが撒き餌のようでは…?」

 

「まぁ、言い方が悪いがそんな感じだ。」

 

「まぁ、悪い人。」

 

クローディアはわざとらしく口を押さえた。

 

「これも一つの策だ。」

 

目の前ではユリスが襲撃者と応戦するために星辰力を震わせて攻撃を仕掛けるがそれは叶わなかった。

 

「あら、もう一人いらっしゃったようですね。」

 

クローディアはさして驚いてはいないようだった。

目の前の光景にはユリスの攻撃を防ぎ…きれずに吹っ飛ばされている先の襲撃者、仲間なのだろうが斧型の煌式武装を盾にしていたようだったが叶わなかったようだ。

襲撃者二人の人相を見て考察する。

 

「(一人はずんぐりしててもう一人は2M近いな…。まるでマクフェイルとその取り巻き…いや早計、か。)」

 

そんなことを一人で考えていると爆発音が鳴り響く。

その正体は紗夜が身の丈以上の擲弾銃、所謂グレネードランチャーをずんぐりとした襲撃者にぶち当てていた。

 

「すごい威力ですね。」

 

流星闘技(メテオアーツ)か…襲撃者は逃げたみたいだな。」

 

つんざくような轟音を響かせて噴水を木っ端微塵に粉砕、玉砕、大喝采していた。

わずかに残った基底部分から間欠泉のように水が吹き上がりエリスと紗夜を濡らしている。

 

「正体は分かりましたか?」

 

クローディアは蜂也を見て聞いてきた。

 

「…人間でないのは確かだな。」

 

蜂也の《瞳》が金色に輝いておりエリス達を襲った襲撃者達のステータスを確認していた。

 

「…それでその根拠は?」

 

「血が通っていないし、人間と違って動きへのラグが少なすぎる。恐らくはマクフェイル達に背格好を似せた擬形体って言われる奴だろう。それに…」

 

「それに…?」

 

「普通の人間なら気絶してるだろあれ。」

 

そういって崩れた噴水の瓦礫の中から黒ずくめの襲撃者達は立ち上がり素早く森の中へと立ち去ろうとしていた。

しかし蜂也の前でそれは悪手であった。

 

「まぁただでは逃がさんけど。」

 

そういって蜂也はブレスレット型のCADを起動させて詠唱破棄による光波振動系統《フラッシュエッジ》を発動させてずんぐりした襲撃者の腕部分を切り落とす勢いで放つがタイミングが少し遅かったのか肩部分を切り裂くだけにとどまった。

 

「…!!」

 

地面に襲撃者の着用しているマントの一部分と肩のパーツを落下させていくが森の中へと消え去ってしまった。

 

「ちっ…逃げられたか。」

 

「ただで帰すよりマシではありません?」

 

蜂也の行動をクローディアなりにフォローしていた。

 

「まぁ、とりあえず風紀委員に仕事をさせるか…ったく沙々宮め盛大に壊してくれやがって。」

 

目の前では濡れ鼠になったユリスと紗夜を見て薄い夏服を着用している二名の透けた姿を目撃して赤面する綾斗の姿がありラブコメ展開が繰り広げられていた。

 

◆ ◆ ◆

 

翌日。壊された噴水の修復依頼を業者に頼み、仕事が一段落したときに襲撃者からふんだくった証拠品を精査していた。

 

「こいつはアルルカント製、みたいだな。」

 

机の上には昨日の襲撃者の一部…擬形体のパーツがおかれていた。

アルルカントで作られた、と言うことしか分かっておらず蜂也の持つ《消失》も生きている人間にしか使えない為パーツだけではその効果は発揮出来なかった。

 

「記憶を遡れば最後に命令を下した奴を特定できるんだが…無い物ねだりは出来ないか。…ん?」

 

生徒会室の扉が開く。

 

「蜂也、首尾は?」

 

「お義兄さん、お疲れさまです。」

 

クローディアと綺凛が入室してきた。

 

「ああ、クローディア、綺凛ちゃん。…ダメだな、情報が少なすぎる。アルルカント製、ってだけだな。」

 

「他学園の名前が出るってことは内通者がいると言うことでしょうか…?」

 

綺凛が予測し蜂也に問いかける。

 

「恐らくな。金で雇われたか、自分の実力を他学園に売り込むためかどっちかだな。それも複数犯じゃなくて一人だろう。」

 

「その根拠は?」

 

クローディアは嬉しそうに蜂也に問いかけている。

 

「背格好はマクフェイル達にそっくりだったが現に襲撃者達は擬形体であることは確定してるしそれに…」

 

「「それに…?」」

 

同時に疑問を投げかけ首をかしげる。

蜂也は発動体を掲げる。

 

「《壊劫の魔剣(こいつ)》と俺の瞳は誤魔化せないからな。」

 

 

その後、適合率試験を受けに生徒会室を訪れた綾斗を三人で出迎える形となった。

 

「昨日は大変だったようですね天霧君。」

 

「災難だなお前も。」

 

「初日から大変でしたね天霧先輩。」

 

ユリスが襲われた…と言うのは知っていたがあたかも今日初めて知ったのような態度を取っている。

既にネットニュースにも挙げられており知らない方がきついのだろうがそこはうまく合わせることにした。

犯人確保のために学園内の風紀委員が活動しているがあくまでもそれは生徒間の取り締まりであり正規の捜査機関はあることにはある。

しかし余り学園内に受け入れたくないと言うのが実情だ。

星猟警備隊(ジャーナガルム)》と呼ばれる組織はあるが学園の意向は統合企業財体の意向であること、すなわちアスタリスクのルールと言うことになる。

 

学園側が許可しないかぎり入園は認められていない。

…大体こういう学園物に関しては『臭いものには蓋をしたい』と言うものがあるからだ。

そもそもクローディアが蜂也の経歴にも余り触れてほしくない為招き入れることはしないだろうが。

その事を聞いて綾斗が問いかける。

 

「痛くもない腹を探られるのは嫌だってことか。」

 

「探られると嫌だから渋っているんだろうが…そもそも招き入れる権限は俺たちにはない。まぁ幸いにリースフェルトは序列五位の人間だしな逆に襲撃者がかわいそうになるレベルだし。」

 

「お義兄さん、それは言いすぎなのでは…。」

 

「ははは…。」

 

「まぁ、それとこれとは話が別ですね。私としても今回の件は看過できません。そこで天霧君にはご相談が、」

 

クローディアが言葉を告げようとしたところ生徒会室のドアが荒々しくノックされた。

 

「そういやもう一組適合試験を受けに来る奴がいたっけ。」

 

「…と、ごめんなさい今日は天霧君以外にも来客があることを忘れていました。この続きは後程。」

 

クローディアが執務机の端末を操作すると生徒会室の扉が開く。

訪れた人物と綾斗は互いに顔を見合わせて揃って驚いていた。

 

「おや、天霧君とマクフェイル君達は既に顔見知りでしたか…では早速装備曲へと向かいましょう。時間は有限ですからね。」

 

レスターがこの場にいる綾斗に言いたそうだったがその視線を遮るように蜂也が割って入るとバツが悪そうに視線をそらした。

 

自己紹介は不要だと言うことに気がついたクローディアは早速適合率試験を受ける会場へ移動するように催促をすると全員が装備局へと向かうのだった。

 

 

壊劫の魔剣(こいつ)》を受け取った装備局へ到着したがやはりと言うべきか白衣を来ている関係者達は忙しなく動き回っている。

 

『はてさて…我はどのくらい眠りに就いていたか…分からぬな。』

 

『たかだが十年そこらだろうが…もう実家が恋しくなったか?』

 

『む…そういうわけでは無いが同胞が狭苦しい場所にいることを考えるとな。』

 

『頼むから反乱は起こさないでくれよ?俺がお前をぶっ壊さなきゃならなくなる。』

 

『安心せよ主。主のような優良物件を手放したりはせぬ。』

 

『嬉しくねぇ…』

 

女の子に言われれば動揺していただろうがやたらと厳格な声で話しかけられているのでそんな感情は起こらないが。

脳内に語りかけてきた《壊劫の魔剣(こいつ)》と星辰力を通じて会話をする。

 

「蜂也?」

 

「お義兄さん?」

 

脳内で《壊劫の魔剣(こいつ)》をしていると不思議そうに此方を覗き込む二人の姿が見えたので会話を中断し返答する。

 

「ん?ああ悪い、少し考え事をな。してどうなった?」

 

「今から先にマクフェイル君の適合率試験です。…おや《黒炉の魔剣(セル=ベレスタ)》を選ぶとは…。」

 

純星煌式武装が格納されているユニットから発動体がせりだしレスターが意気揚々と適合試験を開始しようとしていた。

 

「あれって天霧の姉が使っていたって言う武装か?」

 

「ええ、触れれば溶け、刺せば大地は坩堝と化さん。と伝えられている強力な純星煌式武装(オーガルクス)ですね。それこそ蜂也の《壊劫の魔剣(ベルヴェルク=グラム)》と負けずとも劣らないですが。」

 

「《黒炉の魔剣(セル=ベレスタ)》のマナダイトは赤色なんですね…まるで血の色みたい…。」

 

綺凛ちゃんが《黒炉の魔剣(セル=ベレスタ)》の発動体に埋め込まれているマナダイトのコアの色をみてそんな感想を述べていたが俺もその通りだと思った。

 

「あれが姉さんが使っていたかもしれない《純星煌式武装(オーガルクス)》…。」

 

隣にいる天霧はレスターの手元にある発動体を凝視していた。

 

「さぁて、いくぜぇ…。」

 

レスターが発動体を起動させると柄が再構築されていく。

かなりの大型で俺の煌式武装と良い勝負かもしれない。

しかし名前の《黒炉の魔剣(セル=ベレスタ)》の名前の割には透き通る純白の透明な片刃の巨大な刀身であった。

俺はその姿をみて眉をひそめると壊劫の魔剣(こいつ)が語り掛けてくる。

 

黒炉の魔剣(セレスタ)め…随分とやる気がない…どうやらマクフェイル殿はお気に召さないようだ。』

 

わかるのか?てかセレスタって…。

 

『セル=ベレスタだから縮めてセレスタだが…。ああ、黒炉の魔剣(セレスタ)は我らの中でももっとも幼い純星煌式武装(オーガルクス)だ。興味を失ってしまえば適合はさせてくれないだろう。』

 

幼い…とはこいつらにも人間と同じように生まれた順番があるのか…?

 

『無論だ。因にだが我が一番年上になる。』

 

そうだったのか。

 

『む…黒炉の魔剣(セレスタ)はどうやら天霧殿に興味の対象が移っているようだ。』

 

なに?

 

隣にいる天霧の表情は一瞬しか見えなかったが何かに見入られ戦慄を覚えているような表情を一瞬浮かべていたが計測準備が出来たことを放送で聞くと戻っていた。

それを受けてレスターが発動体を握り気合いの咆哮を挙げて星辰力を爆発的に発露させているが黒炉の魔剣(セル=ベレスタ)はうんともすんとも言わない。

 

スピーカーから発動率が告げられるが無情であった。

 

『適合率三十三パーセントです。』

 

スピーカーの声にレスターの顔色が変わり発動体の柄を握りつぶさんとするほどの力を全身から滾らせるが次の瞬間にはレスターは黒炉の魔剣(セル=ベレスタ)に弾き飛ばされアリーナの壁に弾き飛ばしてしまった。

まるで羽虫を無邪気に潰し殺す幼児のようであった。

 

「拒絶されてしまいましたね。」

 

『拒絶されたな。』

 

脳内の壊劫の魔剣(こいつ)とぼそりと呟くクローディアのコメントが一致して吹き掛けたがそんな表情を浮かべれば変質者扱いされてしまうので耐えた。

 

その言葉を聞いて天霧は聞き返す。

 

純星煌式武装(オーガルクス)に意思があるっているのは聞いていたけどこういうことか…」

 

「ええ、と言ってもコミュニケーションが取れる代物ではないですが。」

 

『我はコミュニケーションが取れるぞ。』

 

何でそこでお前はマウントを取ろうとするんだよ…。

済まないクローディア、今絶賛会話してるぞ純星煌式武装(オーガルクス)とな。

 

吹き飛ばされたレスターは諦めずにどんな原理で浮いているか…と思いきや万応素を見えない足場にして浮いているようで黒炉の魔剣(セル=ベレスタ)を手に取り構える。

 

「ああいうがむしゃらな姿勢は嫌いではありませんが…強引では口説き落とせない相手のようです。」

 

純星煌式武装(オーガルクス)は憑物神のようなものですから…やはり大切に扱わないとですね。」

 

『綺凛殿は良い子であるな…我は泣きそうだ。』

 

良い子であるのは同意するが、お前俺以外に使われて大丈夫なのか?

 

『綺凛殿であれば使われてもよいが…』

 

まじかよ。

まぁ、綺凛ちゃんに使われるなら良いけどよ。

 

目の前ではマクフェイルが押さえ込もうとしているが何度やっても弾き飛ばされてしまう。

 

「くそがぁ!何でだ!何で従わねぇ!」

 

適合率は下がる一方で苛立ちを隠そうともしないマクフェイルに黒炉の魔剣(セル=ベレスタ)はついに痺れを切らしたのか今度は一層大きく吹き飛ばされてマクフェイルの鍛え上げられた体の膝を折ることになった。

 

「ぐっ…!!」

 

『適正値マイナスに移行!これ以上は危険です!待避してください!』

 

「あら、本格的に機嫌を損ねてしまったようですね…どうします蜂也。」

 

「はわわ…怒っているように見えます!」

 

黒炉の魔剣(セル=ベレスタ)が発する異常な熱が数十メートル離れているのに直火で炙られている気さえしてくるが俺とクローディアと綺凛ちゃんには関係ない。

 

気流操作をして外気からの熱をシャットアウトして俺たちには快適な気温で保たれている。

 

『た、対象は完全に暴走してしまっています!至急退避願います!』

 

更にスピーカーから焦りの声が聞こえる。

 

『対象の熱量が急速に増大中!』

 

その瞬間黒炉の魔剣(セル=ベレスタ)が俺とめがけて突進してきた。

 

『やれやれ…我が儘な奴め…。主よ分からせてやってくれ。』

 

何で俺が…まぁ良いかクローディアと綺凛ちゃんに怪我されても困るしな。

ほれ起動しろや。

 

黒炉の魔剣(セル=ベレスタ)》の切っ先がこちら側に向けられている。

狙われているのは天霧だったが俺にも興味の対象が移っているのか俺も見られているような感じがして壊劫の魔剣(ベルヴェルク=グラム)を起動させる。

黄金色の刀身に紫電が迸る。

 

『…!』

 

その瞬間黒炉の魔剣(セル=ベレスタ)が怯んだような感じを覚えた。

視線が本格的にその意識が天霧へ向けられる。

その行動に壊劫の魔剣(こいつが)反応した。

 

『我がいることに気が付いて「やばい壊劫の魔剣(グラム)がいるじゃん!」となったようだな。』

 

天霧すまないが犠牲になってくれ…。

 

視線を向けると天霧は溜め息をつく。

 

「はぁ…仕方がないか」

 

天霧は切っ先を見据え星辰力を集中させている。

次の瞬間襲いかかってきていた。

猛烈な速度で迫り来る切っ先を間一髪でかわし柄を握ろうとしたが急な方向転換をして天霧の胴を薙いだ。

しかし、天霧を傷つけることは出来ずに制服を切り裂いただけに終わった。

 

「天霧先輩!」

 

「あらあら、随分とじゃじゃ馬ですね。」

 

「天霧、大丈夫か?」

 

間の抜けた問いかけをすると天霧が少し慌てたような反応をする。

 

「副会長見てないで助けてもらえます?」

 

「いや、俺その純星煌式武装(オーガルクス)に嫌われてるみたいだし…まぁ頑張れ。」

 

「ええっ!?」

 

そんなことを言いつつもしっかりと攻撃を回避してすり抜ける黒炉の魔剣の柄をすれ違い様に握る。

 

「あっつ!」

 

ジュッ、と肉が焼ける音がアリーナに響き天霧の声が響いた。

しかしそれでも天霧は手を離さずそのまま黒炉の魔剣を地面に突き刺した。

 

「しつこくされるのは嫌いなんだ。キミと同じでね。大人しくしてくれよっ…!!」

 

その途端室内の温度が嘘のように熱気が掻き消されてた。

その姿に壊劫の魔剣(こいつ)が気が付いたようだった。

 

『む…どうやら黒炉の魔剣(セレスタ)は天霧殿を認めたようであるな…「天くんは誰にも渡さない!」と息巻いているようだ。』

 

え、なにそのヤンデレこわ…。

 

黒炉の魔剣(セレスタ)は我らの中でも愛がもっとも重い奴だからな。それに前所有者の面影を重ねているのだろう。余程愛されていたと見える。同じ血縁者となれば愛が重くなるのも必須か。』

 

前所有者ってことは…天霧の姉が使っていたってことか?

 

『ああ、黒炉の魔剣(セレスタ)から通じた情報だが間違いなく天霧殿の姉が所有者だったようだ。情報は改竄されてしまっているが奴の記憶にはちゃんと残っていたらしい。余程大切に扱われていたようだ。』

 

なるほどな…しかしそれを天霧に伝えるべきなんだろうか?

 

『いや、今は伝えない方がよいだろうな。主が我と会話できることを聞かされたら頭のおかしい奴認定されてしまうぞ。』

 

お前が言うのかよ…。

 

『時期尚早ということだ。いずれ分かることだろうしな。』

 

視線を天霧に向けると黒炉の魔剣(セル=ベレスタ)は嘘のように動きを止めており俺とクローディア以外は呆然としていた。

俺とクローディアはパチパチと手を叩く。

 

「やるな天霧。」

 

「お見事です天霧君。ーそれで適合率は?」

 

装備局の職員は俺の時とは違い少しだけ反応に遅れたが答えてくれた。

 

『適合率は九十七パーセントです。』

 

「結構。」

 

クローディアは満足に頷いてから、マクフェイルに視線を向ける。

 

「残念ですが異議がありませんね?」

 

マクフェイルは信じられないと言った表情を浮かべていたが悔しそうに唇を結んで地面に拳を叩きつけた。

 

こうして黒炉の魔剣(セル=ベレスタ)の使用権は天霧綾斗へと譲渡されたのであった。

 

 

付近にあった治療室に天霧をぶちこんで治療をしていた。

俺のとなりにはクローディアと綺凛ちゃんが座り対面には天霧がいる。

治癒魔法を使い軽度の火傷を治療する。

 

「これで治療は終わりだ。」

 

「ありがとうございます副会長…すごいや、まるで魔法みたいに火傷がなくなった。」

 

「まぁ、俺は少し特殊だからな。不調があるなら言ってくれ。その程度ならすぐに治してやる。」

 

「はは…ありがとうございます。それにしても俺が本当に使っても良いんですか?」

 

その事を天霧が問いかけるとクローディアが答えてくれた。

 

「適合率が九十七パーセントを弾き出している人に文句は出ませんよ。それともその子では不服ですか?」

 

「いや、姉さんが使っていたかもしれない剣なんだから、俺も気になっているのはたしかなんだけど、ね…。」

 

「もしかしてマクフェイルの事を気にしているのか?だとしたらそれはあいつに対する冒涜だな。」

 

「え?」

 

「おや?」

 

驚く天霧に意外と思ったクローディアがこちらを見る。

視線をこっちにぶつけないでくんない?怖いんだけど。

 

「この都市では本質は『競争と闘争』だ。友情努力愛情の某少年誌の三大元素を否定する気は無いが『他者より強く、他者より先へ』を地で行くこの場所で認められたのなら素直に受け取っておくべきだぞ。」

 

「レスターもそう思ってくれていると良いんだけどね。」

 

「天霧先輩はマクフェイル先輩となにかあったのですか?」

 

困ったようにいう天霧へ綺凛ちゃんが問いかける。

 

「うーん、正確には俺じゃなくてユリスがね…。」

 

先日の一連を俺たちは見ていたのだが説明をしてくれた。

 

「まぁ、マクフェイルがリースフェルトに執着しているのは見ていて分かるな。」

 

「俺が恨まれるのは良いんですけど…ユリスがそれに巻き込まれるのは避けたいと言うか…。」

 

「天霧は先日の襲撃がマクフェイルによるものだと考えているのか?」

 

聞いてみただけだったのだが天霧は苦笑いで答えた。

 

「そうは言ってないですよ。確かにユリスを襲撃したのはレスター位の大男だったそうだけどそれだけで犯人扱いは可哀想ですよ。」

 

「それだけ証拠…犯人像に近いということだ。ユリスに敗北し穏やかじゃねぇ感情をぶつけている。そうは考えられないか?」

 

俺の意見を天霧に話すと自分の意見を話してくれた。

 

「だからこそ違うと思うんです。レスターはただユリスに勝ちたいと思っているだけで恨んでいる、というよりも自分の力を認めさせたいとそう思うんです。それこそ闇討ちなんてしたら自分のプライドが傷つく…なんて思っているんじゃないかと。」

 

「ほーん…それで天霧はどうしてリースフェルトに迷惑を掛けてしまうと思ったんだ?」

 

「襲撃者はかなり慎重にユリスを狙っているようなので…当然といえば当然ですけどユリスは強いですから、正攻法で戦えば失敗する可能性が高いですけど目の前の戦闘となれば集中せざるを得ないでしょうし。」

 

「格好の狙い目だな。」

 

「俺との決闘や紗夜との決闘の時もそうでしたけど始めようか、と言うところを襲撃をされたようなので…そうなって万が一にレスターを刺激して戦うことになったら危険だなって。」

 

その事を聞いて俺は天霧の見る目が変わった。

飄々としてはいるがその洞察力は元より持っているものらしい。

 

「へぇ…よく見ているな。クローディア。」

 

「どうしました蜂也?…ええ。彼ならば適任でしょうね。」

 

突然呼ばれたクローディアは疑問を浮かべているが俺が言いたいことが分かったのだろう頷いた。

 

「?一体何の話でしょうか?」

 

頭に疑問符を浮かべる天霧に俺は姿勢を正し向かい合う。

音が漏れ聞こえないように遮音フィールドの起動式を展開し魔法を発動させる。

 

「天霧綾斗、当方は星導館学園副生徒会長として依頼する。」

 

面倒くさがりな雰囲気から一変し高潔な戦士のような雰囲気を現した俺に天霧は当てられるようにその姿勢を正す。

突如変化したその雰囲気に二人も驚いている。

 

「蜂也?」

 

「お義兄さん?」

 

「…っ!」

 

「貴殿を当学園の生徒であるユリス=アレクシア・フォン・リースフェルトの護衛を依頼したい。」

 

「なぜ俺なのでしょうか…それこそ副会長が護衛をすれば…。」

 

「当方は手が離せぬのででな…それに犯人は当校の生徒だ。それも外部の依頼を受けているだろう。」

 

「いや、でもそんなこと…。」

 

「無論そんなことはあってはならぬ。星武憲章でも禁じられていることは言うまでもない。」

 

「ええ。ですが過去にも幾度と無く事例があり、必要ならばその程度の事はやって見せるのがこの都市の学園というものなのですよ。」

 

クローディアが説明すると天霧は眉をひそめていた。

まぁ当然だろう。

年中陰謀術数が渦巻くこの都市では金や人が動いているからな。

統合企業財体や特務機関を説明してやろうと思ったがややこしくなるので要点だけを話す。

 

「まぁ難しい政治の話しは置いておくとして…それに貴殿はリースフェルト殿が我らを除き心を許しているようだし、それに貴殿の実力ならば襲撃者も問題ではあるまい。それに貴殿の禁獄の力は一時的に封じられているようだしな。」

 

「…っ!どうして副会長がその事を知っているんですか!?」

 

知らない筈の情報を告げられて驚く天霧は思わず立ち上がりそうになるが俺の威圧感に当てられて座ったままだ。

 

「貴殿が困惑するのも無理はないがまぁ、当方の能力だということにしておいてくれ。」

 

そういって俺はメガネ越しの瞳を指差した。

瞳の色を分かりやすくするために黒から金色に変化させた。

それを見た天霧は驚愕していたがただならぬモノを感じ取ったのか苦笑していた。

 

「ははっ…副会長には敵いそうにないですね…。まさか俺の禁獄の力(これ)を見抜かれるとは…伊達に《戦士王》と言われてないですね。」

 

「我は良いのだが…んん当方はその呼び名を好まない。今まで通りで頼む。それで依頼は受けてくれるかな?」

 

そういってやると天霧は考えたあとに答えを出してくれた。

 

「…副会長。俺は…。」

 

◆ ◆ ◆

 

夜になって場所は変わり女子寮個室のクローディアの部屋に連れ込まれ?て今日の出来事を話す。

なぜか隣にいるクローディアはまたしてもバスローブ姿だ。

 

「蜂也。」

 

溢れそうな二つの果実を押し付けてくるが平常運転なので対して慌てもしなくなっている俺はおかしくなっているのだろうか?

まぁそれはおいておくとして短く告げられた俺の名前からその意味を読み取りクローディアに回答する。

 

「ああ。天霧なら大丈夫だろう。」

 

今日の適合率試験の場で俺が天霧へリースフェルトの依頼をお願いしていたのだが少し考えて回答をしてくれた。

 

『俺は…俺が出来ることをこの学園でしないと行けないと、そう思うのでユリスの護衛、やらせていただきます。』

 

『そうか、貴殿ならば下手人と遭遇することになるであろう。しかしそうであったとしても心配はしていない。頼むぞ。』

 

その言葉を交わし天霧は試験場を出ていった。

 

 

 

「彼が蜂也のお願いを聞いてくれて助かりました。これで不安要素は取り除かれたわけですが…。」

 

「まだ犯人が見つかっていないだろう。それに今回の下手人はうちのページ・ワンを負傷させて試合に出れないようにしているみたいだからな…」

 

「襲われた生徒達は捜査に非協力的ですし、それに怪我が治ったら自分の手で仕留めたい、と考える子も多いですからね。」

 

「まぁこの都市の性質を考えれば当然、か。」

 

「風紀委員には最重要容疑者としてマクフェイル君とランディ・フック君を調べるようにと依頼しています。その二名はその時間のアリバイがないようですので。」

 

「もう一人いた取り巻きのヒョロガリはどうしたんだ?」

 

「ええサイラス・ノーマン君に関してはルームメイトからの完璧なアリバイがありますね。その時間は勉強していたと証拠が出ています。」

 

火サスもビックリな完璧なアリバイに頭を悩ませる。

普通ならばな。

 

「クローディア。ノーマンは魔術師(ダンテ)なんだよな?特性は?」

 

「『物体操作』ですが特筆した力ではないです。序列入りもしていませんよ?」

 

物体操作、擬形体、襲撃者、取り巻き…。

 

「下手人が分かった気がするな。」

 

「え?もう分かったんですか?」

 

クローディアに驚かれ更に密着されている。

 

「まだ確信には至っていないな。本人から『その言葉』を聞かないといけないし。それに天霧のあの目はまだ迷っている奴の目だ。目標を与えてやったほうが強くなるだろ。」

 

犯人の目星は付いていているが確証もないほど無闇に突っ込むのは俺の主義に反する。

仕留めるときは一撃で、逃げ場を完全に断った状態でなければ。

 

「お厳しいですわね蜂也。」

 

「優しいって言ってくれない?」

 

「それより蜂也」

 

「どうした?」

 

「先程天霧君との会話中に雰囲気が変わっていましたがあれは一体…。」

 

クローディアは先程の会話で口調が変わっていたことに対して突っ込んできた。

俺は発動体を握りクローディアの目の前で持ち上げ説明した。

 

壊劫の魔剣(こいつ)の仕業だな。」

 

「それが《壊劫の魔剣(ベルヴェルク=グラム)》の本当の『代償』ですか…?」

 

不安そうな表情を浮かべるクローディアを見て俺は慌てて説明する。

 

「あ、ああそうなんだが実は代償と言う代償じゃなくてな…口調が変わるだけで実害はないんだ。『人格汚染』があったんだが俺が力でねじ伏せたろ?一応それだけで済んでるんだが…。」

 

「本当に大丈夫なんですか蜂也…?」

 

「大丈夫だって…それに口調が変わって威厳がある方が良いだろ。姫様に仕える武人みたいでな。」

 

冗談で言うと薄く笑みを浮かべて更に密着してくる心なしかクローディアの表情が紅い気がする。

 

「蜂也のその戦士善とした口調も好きですけど普段の口調の方が好きですよ?」

 

「何をバカなことをいってるんだか…。さて、そろそろ寝に帰るわ。天霧に今後の動向を報告してくれって頼んでたしな。」

 

立ち上がろうとするためにクローディアを離そうとするがそれを押し止めるように俺に向かってしなだれてきた。

 

「おい!」

 

「今日は一緒に居てくれませんか?」

 

「酔ってるのか?」

 

「…」

 

俺がベットに押し倒されてクローディアが潤んだ瞳で見つめている。

バスローブも緩く纏っているのでずり落ちている。さすがにどこがとは言わないが先端が見えそうになっており目をそらしてしまう。上を見れば先端が、下に目をやれば面積の少ないショーツが目に入ってしまうため必然的にクローディアの潤んだ瞳を見なければならない。

この場で逃げだそうものなら明日以降のクローディアの機嫌がどうなってしまうか分からないため俺は内心呆れつつはだけそうなバスローブを整えてやり隣に座らせて頭を撫でてやる。

 

「あっ…んふ…。」

 

気持ち良さそうに目を細めるクローディアに思わずイケない気持ちになり掛けたが目の前にいるのは甘えに来ている妹だと言い聞かせた。

 

「はぁ…一緒に横になるくらいなら寝るまで付き合ってやるよ。ったくしょうがねぇ妹だな。お前は。」

 

「別に求めてくれても良いですのに…。」

 

「なんかいったか?」

 

「いいえ、別に何も言っていません。」

 

甘えられるのは嫌いではないが流石に度が過ぎているとは思うのだ…。

素直にベットに横になるクローディアが眠りにつくまでその横顔を見続けるというある種のご褒美を貰うことになった。

 

「すぅ…。」

 

眠りについたクローディアの穏やかな眠り顔を確認して俺は認識阻害を使い部屋から出る。

 

「あまりうちのクローディアを困らせないでくれよ犯人さんよ。」

 

『やれやれ…我が主は女誑しであるな。』

 

不意に見上げた夜空は不気味なほど綺麗な満月であった。

 



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願う者(ユリス)/護りたい者(綾斗)

数日空いて日曜日。

俺は天霧にそれとなく聞き出すとリースフェルトと週末に市街地を案内されるということを聞いたので天霧達には悪いと思うが追跡させて貰うことにする。

 

目の前の正門前にはおしゃれをした二人の姿があった。

ちょうど天霧が先に到着する形となりリースフェルトが数分遅れて(時間内だったが)やってくる。

 

「済まない綾斗、待たせてしまったか?」

 

「ううん、俺も今さっきついたところっ…!」

 

ぽかんと口を空けて間抜け面を晒し固まっている天霧だったがそうなってしまうのも分かるような気がした。

目の前のリースフェルトの格好が新鮮、というよりもまさにお嬢様といった様相だったからだ。

 

「どうしたのだ綾斗?」

 

天霧の目の前にいるリースフェルトの格好は黒とピンクのガーリーなワンピースは少し丈が短く、そこからすらりと伸びた足の太ももまでフリルのついたオーバーニーソックスが覆う。手には短めの日傘を持っており普段の制服姿とは想像がつかない。良い意味でだが。

 

普段は姫騎士のような勇ましい言動が目立つがこういう格好が似合うのは元の素材が良いからだろう。

しかし、天霧はリースフェルトに見惚れていたからか頭に疑問符を浮かべていた。

 

そこからの会話はお前らもう付き合えよ、「くそっ、じれってぇな…ちょっと良い雰囲気にしてきます!」と言うか「抱け!抱けー!」と応援すべきなのかと謎の電波が受信したが目の前でリア充が出来上がりそうだったので《虚無》を叩き込みたかったが自重した。

 

二人が動き出したが俺のもう一人の同行者が現れない。

このままでは見失ってしまう事になるのだが流石に同行者を置いていってしまうとここにはいない小町に怒られてしまいそうなので我慢する。

 

「爆発しねぇかな…。」

 

物騒なことを呟き後ろ姿を見ているとようやく待ち人から背後から声を掛けられた。

 

「ごめんなさい蜂也。お待たせしてしまいました。」

 

「いや、今さっき来たばかり…?」

 

後ろを振り返るとそこには今日の追跡に同行するクローディアの姿に思わず注視してしまった。

淡い色のカーディガンを羽織り、その下には七分丈のブラウスを着用しプリーツスカートを履いている。

先程のリースフェルトがガーリーな美少女だとしたらクローディアはシックな大人の雰囲気を漂わせる美少女だろう。

 

「?どうしました蜂也。」

 

「わるい、なんでも…」

 

ない、といいかけたがここで女性の服装を褒めないのは小町教育的にはポイント低い!と言われてしまうこと請け負いなので褒めることにする。

 

「似合ってるな。その衣装。思わず見惚れちまったよ。」

 

「ふふっ、ありがとうございます蜂也。」

 

褒めてやるとクローディアは満面の笑みを浮かべている。

どうやら成功だったらしい。

 

「それでは蜂也。デートに参りましょうか?」

 

「いや、だから尾行な?」

 

そういって何時ものように腕を絡ませてきて空いている腕で日傘を開き尾行を開始した。

 

◆ ◆ ◆

 

「蜂也、ここは外縁居住区と中央区で分かれているんですよ?」

 

「そうなのか。てかなんで中央区に居住区があるんだ?」

 

「アスタリスクの生徒同士の試合を見たいという資産家達がこぞってそちらに住んでいるのですよ」

 

「金持ち達の道楽か…って説明しなくても良いぞ?それよりあいつらを見失ってしまう。」

 

「そうですわね、つい。…どうやら昼食を取るみたいですね。」

 

丁度視線を向けると天霧達も昼食を取ろうとリースフェルトに促しているようだった。

そろそろ良い時間だったので此方も昼食取ろうと言う流れになった。

遠目で天霧達を見ているとリースフェルトが差し出した端末を見て驚いているようで恐らくは金銭感覚が違うのだから高級料理店の検索サイトを提示したのだろう。

恐らくは桁が違う筈だ。

 

「おや。商業エリアのメインストリートに移動するようですね。」

 

「俺たちも行こう。」

 

天霧達の後を追跡すると最も賑わいを見せているメインストリートに到着した。

綺麗に整備された路面は石畳になっている。当然ではあるが皆私服となっているが学生だと分かるように校章を身に付けている。

休日であっても校章を着けるのは義務化されておりそれは俺たちも例外ではない。

露店やショップが点在しており値段もそれなりにリーズナブルでこれならここで食事をしても問題はないだろう。

 

天霧と一緒に入れる店を探して歩いてたリースフェルトがとある店の看板を見てしゃがみこんで食い入るように見ていた。

どうやらバーガーのチェーン店だったようだ。

天霧とリースフェルトはその店へと入っていく。

 

「バーガー屋か。お姫様なのに珍し…いやだからか?クローディア。俺たちもあそこで良いか?」

 

「ええ。蜂也とならいいですよ?」

 

「はいはいありがとうな…行くか。」

 

「むぅ…。」

 

むくれるクローディアを連れてバーガー屋へ入店した。

 

 

席を二つ離して天霧達を見ているとハンバーガーのセットを購入し席に着いて食事を始めた。

リースフェルトは物珍しさからここに入ったのかと思ったが注文も支払いも堂々としていたようだった。

食事をしながら行儀の悪いことはせずに上品に食べている姿は絵になっている。

所々の会話が聞こえてきて話を突っ込まれバーガーが喉を詰まらせたのかリースフェルトが顔を青くしたり天霧の言葉で顔を紅くしたりと忙しそうにしていた。

 

「何の会話してんだあいつら…良く聞こえないな。」

 

「カップルのようですね。」

 

ふと、俺は気になったことがありクローディアに質問する。

 

「そういや…ユリスと知り合いなのか?随分仲が良い、というよりも腐れ縁か。」

 

「昔にウィーンであったオペラ座舞踏会で顔を会わせて以来…というよりも両親が『銀河』と企業統合財体の上役ですからユリスの故郷、リーゼルタニアに幼い頃から関わりがあるのですよ。」

 

「なるほどな。合点が行ったわ。」

 

そう言うことならばクローディアとリースフェルトが知り合いなのには説明がつく。

もともとこいつは高貴な血筋の家系なのだろう。

リーゼルタニアは今や傀儡国家となっているのは有名な話だ。

それに関する企業統合財体が関わるのは必然というわけだ。

 

そんな話を聞いていると天霧がリースフェルトに先日俺たちから伝えられた事の一部を言わないように改変して伝えてくれているようでその話を聞いたリースフェルトはやっぱりかと言うべきか反目していた。

 

「断る。なぜ私がその様な卑怯者のために自分の行動を曲げねばならぬのだ。」

 

その言葉を聞いて天霧は肩を落としていた。

 

「私の道は私が決める。私に意思は私だけのモノだ。」

 

まぁ、当然と言うべきだろうが。

次の瞬間に天霧達のテーブルに乱入者が現れた。

 

「ほぉ、相も変わらず勇ましいじゃねえか。」

 

ユリスの背後からレスターとその取り巻きが現れるとリースフェルトは切って捨てるような言葉を投げ掛ける。

 

「…レスターか立ち聞きとは良い趣味をしている。」

 

屋外のバーガー屋で今にも一触即発な雰囲気を感じ取った客達は足早にその場から離れていってしまう。

端から見れば営業妨害で警察に突き出されてもおかしくはないのだがそこはアスタリスクと言うことで納得して貰おう。

…俺のなかで容疑者からの『ある一言』を聞いていないのでここを動くわけには行かないし天霧達から気づかれるわけにも行かないので隣にいるクローディアを抱き寄せるように植木の影に身を隠すように様子を伺う。

 

「は、蜂也!?」

 

俺の行動に驚いたのか顔を紅くして抗議をしてくるが我慢してほしい。

もう少しで確証を得られる筈だからな。

クローディアの唇の前で人差し指で「シーっ」を作る。

 

「少し静かにしててくれ。もう少しでボロを出すだろうな」

 

「ボ、ボロを?」

 

言い争っているマクフェイルからユリスを無意識に庇うように天霧が立ちはだかりわざと煽るような発言をしている。

あいつ顔に似合わず悪辣な戦法を使うのな。

次の瞬間にマクフェイルが拳を振り上げそうになった瞬間に取り巻きの生徒に止められた。

小太りな男子生徒に必死な顔で押し止めていたその瞬間に俺が聞きたい言葉を聞くことが出来た。

痩せぎすの男がその言葉を吐いた。

 

「そ、そうですよ!みんな分かっています!『決闘の隙を伺うような卑怯なマネ』を、レスターさんがする筈がありません!」

 

その言葉を聞いた瞬間俺は植木のそばで口角をつり上げた。「ビンゴ」だと。

 

「ボロを出したな。となると…。」

 

「なるほどその為にだったんですね。」

 

クローディアも俺の言いたいことが理解できたらしい。

流石の理解力だ。

 

「ああ。これで確定できたな。」

 

俺がそういいながら目の前の騒動が収束し天霧達が移動を始めた。

マクフェイル達はその場から立ち去り残りの場所を案内するのだろう。

俺たちも動き出す。

 

 

結局リースフェルト達の案内が終わったのは夕方になってからだった。

今日の案内が終了しそろそろ帰ろうかと地下鉄への道を行こうとした矢先に生徒同士の争いに巻き込まれてしまっていた。

十数人はおりその周囲を野次馬が見ているが関わりたくないのかそそくさと通りすぎていく。

 

「あれは?」

 

「レヴォルフの生徒達ですね。」

 

そんなこんなで言い争いをしていたリーダー格の人物が突き飛ばされるとそれを合図に武器を構えて戦闘に発展してしまったが近くにいた天霧達も示し会わせたかのように背後からの挟撃を受けている。

突っ込んできていた生徒は完全に通り魔のように天霧を狙っていたが乱戦の中へするりと入っていく。

 

「なるほど…当たり屋と同じだなその手口。でもまぁ、たいした実力は無いみたいだな。」

 

実際に目の前でリースフェルトが十数人もいたゴロツキ生徒達へお灸を据えていた。

一方で天霧は防戦一方…というよりも防御に意識を割いていたようでリースフェルトから叱責を受けて失望されているようだった。

まぁ、星辰力をおいそれと解放できないのだから仕方がないと言えば仕方がないのだが。

 

リースフェルトがモヒカン男の髪を鷲掴み「燃やすぞ」と脅しをかけるとどうやら金で雇われたようだった。

その事を聞いて考え込んでいるリースフェルトの背後、つまり俺の前方にマントを着用した黒づくめの襲撃者が現れる。

 

「あ、あいつ、あいつだ!あいつに頼まれたっ…!?」

 

モヒカン男が気づくより先に認識阻害を解除する。

 

「クローディア。ここで待っててくれ。」

 

「分かりました。蜂也。」

 

頷くクローディアは俺より一歩後ろに下がる。

地面を踏み切ると《瞳》の力で対象物をスキャン、同時に壊劫の魔剣(ベルヴェルク=グラム)と詠唱破棄と二重詠唱による自己加速術式を発動、襲撃者に肉薄し行動不能にさせるために攻撃をする。

 

黒づくめの大男も俺が接近しているのにようやく気がついたのか振り向き発動体を起動させようとするが遅い。

 

『連鶴』

 

軽く振った純星煌式武装の一刀五閃が襲いかかり黄金色の大剣が大男の四肢と発動体をバラバラにして行動不能にした。

即座に《次元解放》を使い別空間に擬形体を格納する。

突如として現れた俺にモヒカン男も天霧やリースフェルトは驚いているようだった。

 

「やはり擬形体か。残りは…」

 

「は、蜂也!?い、いつからそこに?」

 

「ふ、副会長!?ってクローディアさんも?」

 

「星導館の生徒会長と副会長って…《千見の盟主》と《戦士王》じゃねぇか!?ひ、ヒィい!?」

 

そんな言葉を掛けられるが俺は恐らくリースフェルトと天霧を誘い出そうとした路地の方面を見ると此方を窺うような視線を感じたので返答してやった。

 

『俺の知り合いに危害を加えるようなら覚悟しておけ。お前もこの擬形体のようになるぞ』と。

 

気配が消えたので近い内にリースフェルトと今度は天霧を狙いに来るだろうがまぁ大丈夫だろうとは践んでいる。

土壇場になれば天霧は自身の封印を解いて戦闘するだろうしな。

 

尻餅を着いて驚いているモヒカン男の場所まで行き問い詰める。

 

「おい。」

 

「は、はい!」

 

「依頼主の顔を見てはいないんだな?」

 

「み、見てないです!」

 

全力で肯定するモヒカン男。

こいつに言ったところで無駄だとは思うが一応レヴォルフの生徒に釘を指しておく。

 

「そうか…だが今度ウチの生徒に手を出そうもんなら…分かってるよな?」

 

モヒカン男の視線の先にあるのは俺でありその姿を確認して顔を真っ青にして全力で答えた。

 

「は、はい兄貴!金輪際星導館へは手出ししません!てかさせませんのお、お許しを!!」

 

「…なら良い。さっさと消えろ。」

 

「す、スミマセンでしたぁ~!!」

 

ギャク漫画のように取り巻きを引き連れて開発エリアへと消えていくレヴォルフの生徒に俺は苦笑した。

そのやり取りが終了しクローディアが近づいてくる。

 

「お疲れさまです。」

 

さらに近付き小声で聞いてくる。

 

「先程の襲撃者は…魔法で仕舞ってしまいましたか?」

 

クローディアの疑問は最もだ。

 

「ああ、仕舞っちまった。其れに、今リースフェルトに見られるわけにはいかん。」

 

「そうですね…。」

 

突如として現れモヒカン男も逃げ出してしまったのでハッとなったリースフェルトが此方に近づき問いかけてきた。

 

「…どうして私たちのすぐ近くにいたのだ?まさか尾行をしていたのではあるまいな?」

 

疑惑の表情を浮かべるがいつも通りの表情のクローディアが其れに答えてくれた。

 

「たまたまですよエリス。蜂也と私は今日デートをしていただけですよ?」

 

俺に視線を向けてくるクローディアに「え、合わせんの?」となったが仕方がない。

ここで合わせないと怪しまれるからな。

 

「ああ、今日はクローディアと買い物に付き合っていただけでお前達を尾行していた訳じゃないんだけどな。」

 

変わらない表情を見てリースフェルトは二の句を告げずに「むぅ…」となっていたのは記憶に新しい。

納得が言っていないようだったがこの場にとどまるのはよくないだろう。

星猟警備隊が来てしまうかもしれないからな。

 

「お前達もここから離れた方が良いぞ?それじゃ俺たちはもう行くからお前達もあまり遅くならないようにな。」

 

「それではユリス、天霧君、其れではまた。」

 

「あ、ああまたな。」

 

それだけを告げて俺たちは帰路に着いた。

 

 

「どう思います蜂也。」

 

「どうもなにも十中八九犯人はサイラス・ノーマンだろうな。今さっき回収した擬形体はほぼ全体が残ってたからな…調べたら最初の襲撃の際の擬形体を動かしてた万応素の流れが似てた…と言うよりも同一だったしあの言動といい今回使ってた擬形体の背格好も同じだ。…明日にもリースフェルトを襲撃を仕掛けてくるだろうな。」

 

「どうされるのです?」

 

俺のとなりにいるクローディアが問いかけて来る。

 

「まぁ、天霧がなんとかするだろうから俺達は後詰だな。『影星』に借りを作らせるのはお前にとってもいい結果では無いだろう。」

 

「そうですね…私は蜂也の作戦に従います。」

 

「…お前俺の言動に対して基本全部イエスウーマンだよな?」

 

「当然です。私の蜂也なのですから。」

 

満面の笑みで俺の問いに回答してくれるクローディアに苦笑した。

 

「だからお前の蜂也じゃないんだけど…。」

 

「ふふっ、いいじゃないですか。それより先程の魔法は?」

 

「ん?ああ、あれはこっちの世界に流れ込んできたときに使用していた魔法の応用だよ。まぁ次元の壁を越えることはまだ出来ないけどな。四次元ポケットみたいになってるから便利なんだよな。」

 

「そうだったんですね…ぷふふっ!」

 

上品に笑いだしたクローディアに怪訝な顔になるが直ぐ様理解した。

 

「?お前俺の魔法を見て猫型ロボット想像したろ。」

 

「其れなら可愛いですね。ずっとそばに居てほしいです。私がメガネの男の子になるのですかね?」

 

クローディアが某メガネの男の子なら猫型ロボットである俺は必要無いだろう。

 

「いや、其れ俺要らないよね?」

 

「…蜂也には側に居てほしいですけどね。」

 

「はいはい…。」

 

「蜂也は私の運命の人ですから…。」

 

「なんか言ったか?」

 

なにかをクローディアが呟いたようだがよく聞こえなかった。

 

「なんにも。さぁ帰りましょう。」

 

クローディアに腕を絡ませられて星導館の学生寮のエリアへと向かった。

 

◆ ◆ ◆

 

「よう天霧。どうした。」

 

「ごきげんよう天霧君。どうかされました?」

 

生徒会室で作業をしていると天霧が入室してきた。

どうやら昨日の事を説明しに来てくれたようだがまぁ、近くで一部始終を見ていたのだが天霧達は知らないことだろうし。

 

話を聞く限りではどうやらこいつもリースフェルトも犯人の目星は既に着いているらしい。

どうやら昨日のノーマンの発言が決め手になったらしいな。

 

件の話になったときにリースフェルトがどこにいるのかを俺が確認すると「用事があってどこかに行ってしまった」と言う発言に俺は頭を抱えた。

 

「其れ絶対に下手人に呼び出されたな…。」

 

「これは少々不味いかも知れませんね。」

 

「でもまさか直接問い詰めるつもりなのかな…向こうだって証拠が無ければ白を切るだろうし…。」

 

「いや、口封じをしてくるかも知れないな。もうそんな悠長なことを言っている時間はないんだろうな。」

 

「っ!じゃあ今朝の手紙はもしかして…!」

 

「「手紙?」」

 

俺とクローディアはハモって聞き返した。

 

「今朝、ユリスが見てたんだ。隠すようにしていたからおかしいとは思ったんだけど…。」

 

その事を聞かされて俺はそのまま、クローディアの顔色が変わった。

 

「なにはともあれユリスを探しましょう。」

 

「探すと言ってもどこを…。」

 

人工島といっても広大な敷地面積を有するアスタリスクを確証なしで探すのは砂漠からネジを探すのと同じくらい至難の技だ。

だが、行きそうな場所はある程度把握は出来る。

 

「恐らくは未開発エリアの廃ビル辺りだろうな。だが其れだけでは絞りきれん。なにかヒントがあればな。」

 

そんなことを呟いていると天霧の端末が震える。

その画面に写っているのは沙々宮だった。どうやら道に迷ってしまっているらしく天霧に助けを求めてきたようだった。

「ちょっと今取り込んでいるからごめん、ユリスのことで、」

 

「リースフェルト?ならさっき見た、」

 

「本当か沙々宮。」

 

「おや副会長?うん確かに見た。」

 

これは使えると思い沙々宮にお願いをする。

 

「悪いが今いる場所の景色を写してくれないか?」

 

「景色を?うん分かった。」

 

素直に景色を写してくれた。どうやら再開発エリアの外れの方にいるようだ。

 

「助かったよ沙々宮。天霧は手が離せないから俺が迎えに行く。後単位もやるからな。」

 

「まさに棚からぼた餅…。副会長はいい人。」

 

そんな会話をしながらクローディアが場所を絞り混んでくれたらしいのでその場所を天霧に伝えるともどかしそうにしていた。

余裕がない証拠だ。

 

「どうしてユリスは何も言ってくれなかったんだろう…信頼されていないのかな?」

 

「逆だろ。」

 

「逆ですよ?」

 

「へ?」

 

俺たちに小さく苦笑されて困惑の声をあげる天霧。

クローディアに言われたことでハッとなったようだ。

 

「ああ、そうか…。」

 

「出来ましたよ天霧君。」

 

「ありがとうございますクローディアさん、副会長。」

 

データのマッピングが終わり端末に地図データが転送されると同時に弾丸のごとく生徒会室を飛び出した。

 

「…さて。俺たちも行きますかね。その前に沙々宮の救出だな。」

 

「ええ、犯人の顔を拝みに行きましょうか。」

 

そういって立ち上がり再開発の外れのエリアへと天霧の後を追ってクローディアを抱き抱え重力操作を行い向かう。

 

 

 

ユリス達がいるであろう廃ビルへ天霧より先に到着してしまったが既に戦闘…と言うよりも既に犯人達と戦闘が始まっていた。

やはりというべきか、リースフェルトと会話をしているのはサイラス・ノーマンその人でありマクフェイルの取り巻きとして背後にいたときは雰囲気が違っている。これが本当の本性なのだろう。

その会話を認識阻害と光学迷彩の魔法を発動しその様子を窺う。

ノーマンを中心としてその数百二十八体の擬形体がマクフェイルとリースフェルトに襲いかかっていた。

 

マクフェイルの方は多勢無勢に成す術もなくくぐもった悲鳴が聞こえてくるがリースフェルトも耐火性能を上げている擬形体に囲まれており近付くことが出来ていない。

 

ノーマンがマクフェイルに対して何かを言い掛けようとした瞬間にユリスの星辰力が爆発する。

 

「咲き誇れっ!!ー『呑竜の狡焔華(アンテナリム・マジェス)』!!」

 

猛烈な熱波が広がったかと思えば魔方陣を破るように炎の竜が取り囲んでいた人形とその他諸々を焼き尽くす。

耐火性能を上げていた人形も消し炭になった。

その行動にさすがにノーマンも驚いたのか距離を取ってパチン、と指を鳴らす。

新たに出現させた五体の人形をリースフェルトを取り囲むように展開し遠距離攻撃を封じようとした。

接近戦を苦手とするリースフェルトにとっては接近されることは致命的であることをノーマンは知っていた。

 

だが、其れは過去の話だ。

 

《アスペラ・スピーナ》に灼熱の炎を纏わし押さえ込もうとした人形達を切り裂いていく。

 

「切り咲け!『翼刃の焔孔雀(イースターカクタス)』!!」

 

孔雀の羽のように焔の刃がレイピアを通じて解き放たれた。

 

「バカな…技を使っている最中に接近戦の別の技を…!?」

 

ノーマンが驚いた表情を浮かべるが焔の刃と炎の竜を展開しながらリースフェルトが近付く。

 

「お得意の分析とやらもアップデートはされていなかったようだな!」

 

ノーマンへあと一歩…!と確信したリースフェルトであったが慢心していた。

全てを焼き払ったわけではないと。

特攻を仕掛けてきた人形をレイピアで仕留めるが動きを止めずに一瞬身動きが封じられてしまう。

銃を構えた人形達への防御を張ろうとしたが一歩遅く光弾を太ももに受けて負傷してしまう。

 

「くぅっ!?」

 

負傷して動けないリースフェルトを痛め付けるように負傷した太もも部分をノーマンが蹴り付ける。

悲痛な悲鳴が鳴り響き止めを刺そうと背を向けて人形が持つ斧型の煌式武装で振りかざそうとしていた。

思わず目を閉じてしまうリースフェルト。

 

その光景を見てもう見ていられないと、クローディアは動き出そうとしたが俺は制した。

 

『蜂也!?なにを!?』

 

『いや、間に合ったみたいだぞ。』

 

『え?』

 

俺たちの視線の先にあった、其れはー。

 

「ごめん、遅くなった。」

 

白い刀身の黒炉の魔剣(セル=ベレスタ)を片手に持ってリースフェルトを抱き抱える天霧の姿があった。

 

「綾斗っ!?」

 

リースフェルトに近付く際に取り囲んでいた人形と戦斧を振り下ろそうとしていた人形達全てが両断されていく。

そこからは天霧の独壇場であった。

 

「ー内なる剣を以て星牢を破獄し、我が虎威を示す!」

 

禁獄の力が解放されて片手には黒く染まった黒炉の魔剣(セル=ベレスタ)に片手には抱き抱えたままのリースフェルトを持ってノーマンの操る精鋭達を切り裂いていく。

その姿は正に一騎当千、人形などでは相手にならなかった。

 

全ての駒を失ったノーマンは奥の手を使いゴリラのような人形が現れたが今の天霧の前では役不足であった。

 

「五臓を裂きて、四肢を断つ!天霧辰明流中伝『九牙太刀(くがたち)』!!」

 

一瞬で巨体を誇る人形は破壊されてノーマンは破壊された残骸にしがみつきその場から逃げ出そうとする。

 

その後を天霧は追うとするが苦悶の表情を浮かべその足を止めてしまう。

が、リースフェルトが炎の翼を展開し外へ逃げ出そうとするノーマンへ追い付き、一刀を浴びせしがみついていた人形を破壊し廃ビルの谷へ落ちていくのを見て俺とクローディアはその後を追いかけた。

 

天霧とリースフェルトがよろしくやるだろうから俺たちはケジメを取らせるべく姿を消したまま俺はクローディアを抱き抱えて廃ビルから飛び降りた。

 

(ゆっくり休んでいろ天霧。あとの処理は俺たちがやるからよ。)

 

裁きの時は近付いていた。

 

◆ ◆ ◆

 

サイラス・ノーマンは足を引きずりながら廃ビルの裏路地を疾走…いや必死に逃げていた。

 

人形達の残骸をかき集め地上数十メートルからの衝撃を殺すことには成功したが決して無事、というわけではなかった。

骨も数本折れているに違いないし、身体中を激痛が走る。

だが此処で足を止めるわけにはいかなかった。

 

統合企業財体の『影星』が動いている以上何があっても捕まるわけにはいかなかった。

捕まってしまえば最後、どんな手を使っても自分が知っている情報の全てを引き出そうとするだろう、そしてその後は…考えたくもなかったが其れ以上に星導館学園副会長《戦士王》にも見つかるわけにはいかなかった。

 

はじめてあったあの場で本能的に察してしまった。

 

『敵対すれば容赦なく殺される』と。

 

「くそっ!なぜだ…なぜでない…!」

 

一刻も早く依頼主、アルルカントヘ保護して貰わねばならぬというのに連絡用の端末は繋がらなかった。

 

「僕が捕まって困るのはあっちも同じだろうに…」

 

「其れは少々自分を買い被りではありませんか?ノーマン君。」

 

「組織ってのは末端がヘマしたら容赦なく切り捨てるからなぁ…そもそもお前は目も掛けられてなかった、ってヲチだわな?」

 

「ひっ!?」

 

闇の中から現れたのは金色の髪を持つ少女とノーマンが今一番に会いたくない人物であった。

 

「生徒会長に…副会長!」

 

少女の手には1本づつ不気味な剣が握られており、鍔飾りはまるで目玉のようであり、一対二振りの双剣はまさしく化け物の瞳のようであった。

 

少年の手に握られて肩に担がれている大剣は突起物が付き更に荒々しい印象を与え迸る紫電がその者の今の感情を表しているような錯覚すら覚える。

 

純星煌式武装(オーガルクス)《パン=ドラ》と《壊劫の魔剣(ベルヴェルク=グラム)》。

最恐最悪の武装を持った二人が立ちはだかった。

 

「副会長の言うとおりあなたは向こう側にとっても捨て駒ということだったのでしょう。可哀想に。」

 

「と、取引をしませんか生徒会長!」

 

「取引を?私と?」

 

「…」

 

「全て僕の知っていることを話します!ですから僕の身の安全を保証していただきたい!《影星》ではなく、正規の風紀委員に身柄を委ねたいのです。」

 

クローディアは首を短く傾げ問いを返す。

俺は黙って其れを聞いている。

 

「その場合私にどんなメリットが?」

 

とクローディアが聞き返す。

あ、こいつ楽しんでるな。ノーマンがかわいそうになるが自業自得だからなぁ…擁護はしてやらん。

そもそもにおいてこいつに命乞いをするのが間違っている。

ノーマンは交渉の余地があると思っているのだろうが…残念すぎる。

 

「『影星』は内々に僕を処理してしまうでしょうが風紀委員に担当させれば事件を公表せざるを得なくなる。そうなったら僕を外交カードに使えるはずだ…!」

 

「ふむ…。」

 

クローディアは考え込むような仕草をした。

あ、ダメだこいつこっち見て笑ってやがる。

しかし、ノーマンはこれを好機と考えたのか畳み掛けてきた。

 

「僕とあなたは似た者同士な筈です。他人をゲームの駒としか考えていない。馬鹿共は其れを批判するが、使えるカードを適切に運用することがゲームに勝つ鉄則です。あなたなら其れがお分かりでしょう!?」

 

「なるほど…其れは一理あります…。」

 

その言葉にノーマンが表情を明るくするがそれは一瞬であった。

次の語られる言葉には侮蔑が込められていた。

 

「ですが、私とあなたでは違うところがありますよ。」

 

「え?」

 

「あなたは自らをプレイヤーだと思っているようですが私は自分自身を駒の一つだと考えています。だって、そうでなければ面白くないでしょう?其れに…。」

 

クローディアは俺を見てこう答えた。

 

「私は副会長を駒だとは思ったことは一度もありませんよ?彼は私たちを動かす盤面を進める唯一のGM(ゲームマスター)だと思っていますから。」

 

さも楽しそうに笑みを浮かべてそう答えた。

 

「其れに、この件を公表して外交カードとして使うよりも内々に処理してアルルカントへの貸しを作っておいた方が私としてはお得なのですよ。」

 

無慈悲な否定に、サイラスの顔がひきつり足がガクガクと震える。

サイラスは絶叫と共に最後の奥の手を解放した。

服の裏側に隠していたナイフを操りクローディアへと投擲した。

この距離では回避しようがない、絶対の自信を持った最高のタイミングだった。

 

しかし、

 

「俺がいることを忘れていないか?」

 

気がつけないスピードだったのにも関わらず『クローディアが襲われることを初めから予測していた』様だった。

ナイフが軽く武装で弾かれてしまう。

まるで通じない。後ずさりするノーマンを俺が金色の《瞳》が射貫く。

 

「ひっ…。」

 

「殺しはしねぇよ。後処理が面倒くさいからな…お前にはまだ教えて貰わなきゃならないからな。」

 

そういって武装を振るうと四肢の健を断ち全身から血を吹き出し校章が真っ二つにされた。

 

「かはっ…!」

 

ドサリ、と冷たい地面に倒れ込み意識が飛んでいないことを確認して俺はノーマンへ近付く。

 

「さぁて…知ってること全部教えて貰うぜ。」

 

そういってノーマンの頭蓋を掴み精神干渉系統魔法『消失』を発動する。

記憶を遡り、こいつがどんな奴と出会いどんなことを依頼されたのかを突き止める。

 

その記憶の中にいたのは一人の少女。アルルカントの制服を着用し自由奔放な美少女の姿が写し出された。

その名前はー。

 

「エルネスタ・キューネ、か。」

 

俺は何故だか長い付き合いになりそうだと俺の直感が告げていた。

 

 

「まー潮時かしらねー。十分なデータは取れたし、おまけでやらせてた有力学生の闇討ちも思いの外頑張ってくれたみたいだし。」

 

周囲には無数の空間ウィンドウや計測値やグラフを刻々と変わるものを目で追いながら独り言を呟く。

 

「いやー、其れでもわたしちゃんの人形が優秀だったってことかなーあっはっは。」

 

蜂也に名前を知られているとは思わないエルネスタは上機嫌に笑いながらキーボードを呼び出す。

 

「謎の転入生二名…特に《戦士王》のデータは欲しいかなぁー」

 

口元に不適な笑みを浮かべたまま正面を見据える。

その視線の先には二体の人形が静かに眠っていた。

 

 



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ジーニアスガール(自堕落開発大好き美少女)

唐突に投稿するよ。


星導館学園内部で起こった序列入りしていた生徒の襲撃の犯人は一人の男子生徒であることが判明したが行方知らずとなっていた。

 

下手人の行方が知らずとなっていたがそれだけでアスタリスクに住む生徒達の話題は別の物へ変化する。

”人の噂も七十五日?”とあるようにすっかりと冷めてしまっていた。そんな事件が起こってから数ヵ月が経過したある日の事。

 

月一で行われるアスタリスクにある生徒会長がホテルの最上階に集い会議を行う『六花園会議』が行われる。

会議が終了し戻ってきたクローディアはいつものような表情ではあるが気疲れしている。

 

戻ってきたクローディアと共にティーカップとマッ缶に口を付けつつ今日あった会議の内容をほぼ俺たちの専用室になっている生徒会室で会話をしていた。

 

「…先の一件でアルルカントと我が星導館で煌式武装(ルークス)の共同開発をすることになるので出向していただく事になりました。」

 

「まぁ…そうなるわな。」

 

「それに開発費も本来であれば資金七割出資だったのですが二割だけで済みそうです。これも蜂也が裏で手を引いていた生徒の名前を明かしてくれたお陰ですね。」

 

「あれだけだったんだが…良く向こうの生徒会長と学園が認めたな。」

 

「情報を全部潰しきることは出来ませんので痛いところを突けばチョチョイですよ。」

 

クローディアは指で俺を優しくつついてくる。

やめい。

妙にこそばゆいのでやめさせるために白魚のような指を優しく握ると妙に嬉しそうだった。

 

「それと少し、今回の鳳凰星武祭(フェネクス)は少し面白いことになりそうです。」

 

「どういう事だ?」

 

「人工知能を搭載した煌式武装を参戦する生徒の装備として出場させるそうです。」

 

「っ!つまり人の形をしてるってことか?」

 

その言葉に俺は大きく反応しクローディアが頷いた。

 

「ええ、蜂也が求めていたものかもしれませんね。」

 

「んで…その作成者は分かってるのか?」

 

「”出場する”と言うことだけですので制作者は…。」

 

「そうか…まぁある種の重要機密だろうしな。んで?その出向者は誰よ?(まさか前回の事件で黒幕だったエルネスタ・キューネじゃないだろうな…?)」

 

期待はしてはいなかったがそう答えられると肩透かしを食らった気分になるがクローディアに言っても無駄なので気を取り直し聞いてみると別の意味で驚いた。

 

「件のエルネスタ・キューネですよ。」

 

「は?」

 

俺が間の抜けた声を出すと訪問者を告げる音声が門扉を警備している警備員から連絡が入る。

 

「おや、どうやら到着したようですね。迎えに行きましょう。」

 

「あ?誰をだ?」

 

「エルネスタ・キューネ、をですよ。」

 

「てか、今日かよ…。」

 

あきれた表情を浮かべる俺に付き添うように笑顔のクローディアと共に生徒会室から客人を迎えに正面へ向かった。

 

 

「ようこそ、我が星導館学園へ。」

 

笑顔でクローディアが出迎えると星導館に訪れた二人の美少女を出迎える。

 

「いやーどうもどうもー。わざわざ会長と噂になっている《戦士王》が出迎えてくれるとは~いやいや今日はいい日かも知れないよ?カミラ。」

 

一人はアルルカントの制服を着用しておりカミラ、と呼ばれた人物とは違い白衣を着用している。

ぴょんぴょんと跳び跳ねており胸の部分も奔放さを醸し出し自由さを表している

純真無垢に天真爛漫、と言う言葉がこれほど似合う人物もいないだろう。

脳裏にちらつく少女の姉の顔がちらつく。

 

「(…陽乃さんとは違うな。マジものの天然物だな。この子)」

 

先の襲撃に手を貸したのも自分の技術向上のためなのだろうか。

悪意は感じられなかった。

 

「ああ、もう、あまりはしゃぐんじゃないエルネスタ。頼むから人様の学園で迷惑を掛けないでくれ。」

 

カミラと呼ばれた人物はクローディアに負けず劣らずのプロポーションを持ち主でそれでいて良く引き締まった体躯を持ち切れ長の目と生真面目そうに結ばれた口元が冷たい印象を与える。

 

不意に彼女を観察しようと《瞳》を向けるとそこには驚愕の情報を示していた。

 

(義肢…か。確かにこの世界では擬形体が普及しているからまるで生身と同じように見えるのはすごいな…。だがじろじろと見るのは失礼だな。)

 

身体の半分が義肢…擬形体によるもので補っているのが見て取れた。

 

そう思い視線を切り上げると屈託のない笑みを浮かべたエルネスタが俺の目の前、と言うか眼前まで近づいてきていた。

 

「おやおや~?」

 

「…なんすか?」

 

「お、口調もちがうし試合の時と目の色がちがうんだぁ~。うんうん更にいわく付きの純星煌式武装(オーガルクス)の《壊劫の魔剣(ベルヴェルク・グラム)》を扱う『戦士王(きみ)』が気になっちゃって眠れなくなりそうだよ~!」

 

何故知っている…と思ったが野良試合や公式戦を見れば分かることかと。

満面な笑みで勘違いしてしまいそうなことを俺へ語り掛けてくるがその実「お前のデータをとらせろ」といっているに他ならない為俺は苦笑せざるを得なかったがそれは渡りに船だった。

が、突如として《グラム》が乗り移った。

 

俺の身体を乗っ取った《グラム》が近づいていたエルネスタの手を優しく握る。

 

「ふぇ?」

 

「当方に相対する用意ありだキューネ殿。貴女が望むのならば幾らでもお相手しよう。」

 

「あの…ええと///」

 

「貴女”達”が準備している”例の作品”…とやらに興味があるのでな。」

 

「!?」

 

「!?…へぇ何処まで知っているのかな?」

 

二人の反応が変わった。

乗り移った(グラム)がカマを掛けると反応があったが取り敢えずは様子を見ることにした。

 

「すまないが…企業秘密だ。」

 

入れ替わり蒼窮色に変わった瞳で真摯な対応でエルネスタの目を覗き込む。

すると彼女の反応は先ほどの天真爛漫さはまるで違い年頃の女の子になっており山の天気のように変わっていた。

しかし俺が”例の”というとその表情は興味を引いたようだったが…。

成程成程……っておい勝手に乗り移るんじゃないよ!その光景をグラムが乗り移った姿(八幡)を見ている俺がおり脳内で言い争う。

 

『おいバカグラム!何を勝手に乗り移ってやがんだお前は…。』

 

『主が婦人の手を取らぬからだろう?…というよりも主のためにカマを掛けようと思ったのだが…』

 

『アホか!なんでクローディアの前でやるんだよ!』

 

脳内会話を行っているとクローディアが話しかけてくる。

何時もより声色が冷たい気がしたのは気のせいではないな。

 

「蜂也?わたしがいる前で浮気ですか?」

 

ほら見ろ。案の定(グラム)の肩を優しく…ちょっと強めにがっしりと掴んでいた。

 

『ふむ…これは我には手に追えないな…頼んだぞ主。』

 

責任を有無をあっさりと俺に投げやがった。

この純星煌式武装(グラム)壊して良いか?この野郎…!!!

 

「『てめっ!この野郎っ!!』いや、今のは『壊刧の魔剣(ベルヴェルク・グラム)』が勝手に…てか浮気って…俺はお前の夫じゃないんだけど?」

 

「そうですか…女性を口説くのは《グラム》のせい、と…。」

 

事実を語っているのだが目の前のクローディアは笑顔だが俺には分かる「ちょっと怒ってって泣きそう」になっていることだ。

どうしたもんか…と思っているとエルネスタ達、もといカミラの咳払いが聞こえた。

 

「んんっ!すまないが痴話喧嘩は後で行ってくれないか?本題と契約書類の記入を行いたいのが…。」

 

「ほぉ~ん…これが『人格憑依』かぁ…。」

 

カミラは呆れながら契約の催促と面白いものを見たとエルネスタはその顔に悪い笑みを張り付けていた。

これは完璧にからかわれるな、と性悪純星煌武装(グラム)を恨みながら生徒会室へ向かおうとしたがエルネスタが引き留める。

 

「ちょ~っと待った!副会長さんや?今日は”あたしの擬形体を倒した”っていう生徒は今日出席してるのかな?」

 

聞く奴がいればぎょっとするが俺とクローディアはその事について知っているのでそうでもなかったがカミラは頭を抱えていた。

 

「天霧の事か?クローディアそういや彼奴はトレーニングルームだったな」

 

「ええ。彼らは今日もトレーニングをしている筈です。」

 

俺たちの会話を聞いたエルネスタは満面の笑みを聞いてこう言った。

 

「その少年に会いたいんだけど…良いかな?良いよね?」

 

俺とクローディアは顔を見合わせて苦笑しもう一人の同行者は頭を抱えていた。

 

◆ ◆ ◆

 

「お前らな…貸し出してるだけでお前らの持ち物じゃないの分かってる?特にそこの青、赤、黒髪の生徒。」

 

「「「うぐっ…。」」」

 

エルネスタ達を連れて星導館学園地下のトレーニングルームに足を運ぶと特殊合金製の壁がぶち破られていたことに俺とクローディアの仕事が増えることが確定したのでイヤミも含め悪態を付いた。

図星だったのかバカ三人組は言葉に詰まるようだった。

 

「こ、これは訓練中の不慮の事故だ。好き好んで壊したわけじゃない。」

 

「…まぁ分かってんなら良いが壊すのはやめろよ?」

 

「無論だ。」

 

(副会長って結構ユリスに甘いよね…。)

 

(蜂也はリースフェルトには甘い…。)

 

「なんか言ったか?」

 

「「いえ、なにも」」

 

二人から変な視線を感じたが気のせいだったらしい。

壁の穴越しにエルネスタ達が顔を見せるが当然というか天霧は「誰?」という表情を浮かべていたがそれ以外の生徒達…というかエリス達はまるで敵を見るような鋭い視線を向けているがクローディアは意にも介さず何時も通りの調子に二人の出向者の紹介を行った。

天霧は「なるほど…」と直近の事件で”アルルカントの擬形体と戦闘を行った”手前納得していたが何故その学園の生徒がここにいるのかを理解していなかったのでクローディアが説明をした。

 

「今度我が星導館学園が共同で新型の煌式武装の開発をすることになりましたので此方にいらっしゃるパレードさんはその計画の責任者なのですよ今日は正式な契約を結ぶためにいらっしゃった、ということです。」

 

「どうも。」

 

「共同開発…ふん、そういうことか。」

 

ユリスは状況を把握したのか吐き捨てるように呟くがユリス以外は理解していないらしい。

天霧が問いかけるとユリスが説明をしてくれた。

その返答に絶句する天霧達の視線が俺とクローディアに突き刺さるが俺は動かずクローディアは表情を崩さずに

 

「なんの事でしょうか?」

 

その態度にユリスは「呆れた」といった表情だったが何故その”アルルカントの生徒がこのトレーニングルームにいるのか”ということが聞きたかったらしい。

それに答えてやるか、と俺が動こうとした次の瞬間にエルネスタが動いていた。爆弾発言と共に。

 

「はいは~い!それはあたしがみたいっていったからで~す!いや~是非とも拝んでみたくってさぁ~”あたしが用意した人形ちゃん達を全部ぶったぎってくれた”剣士くんに会いたくなっちゃって。」

 

その発言に天霧達は呆然としていた”自分が黒幕です”と公表しているようなものなのでそれで良いのかと俺は思ったがエルネスタはこの状況を楽しんでいると、そう思った。

 

そんなユリス達を尻目に言うだけ言って場を乱した後に契約の締結を行うために俺たちは分かれ生徒会室へ向かい新型の煌式武装開発を結んだのだった。

 

契約の締結が終了し一応は来てもらっている二人を正門まで送り届けることにしたのだが最後の最後にエルネスタが俺の近くまで近寄り息が掛かりそうな位まで接近しこう言った。

 

「天霧くんのデータも魅力的だけど…あたしは名護くんのデータが欲しいかな~?」

 

返す言葉は一つしかない。

 

「取れるもんならな。」

 

「そっかーわたしたち鳳凰星武祭(フェネクス)に出るから当たると良いねー。」

 

そう告げるとにははっ、と笑ってカミラと共に正門からアルルカントへの道を歩き始めるのだった。

その後ろ姿を見て俺は思った。

これから鳳凰星武祭(フェネクス)開始前に絶対何か仕掛けてくんだろうなーと若干の面倒を感じつつ振り返ると腕の自由が聞かない。

おや?これは?

 

「めんどくさっ…ってクローディア?なんで腕を絡ませているんでしょうか?」

 

「……全く浮気性なんですからわたしの蜂也は…ダメですよ?わたしがいるのに。」

 

振り返るとそこには何故か少し頬を膨らませているのがちょっと似合っていないクローディアが腕を絡ませている。

取り敢えず今この腕に絡んでいる少女の機嫌を取る方法を模索した。

 

 

「いやはや…喰えない男だな星導館の副生徒会長は。噂以上の男だったようだ。」

 

契約を無事終わらせて星導館学園の正門から出てきたカミラ普段は掻かない冷や汗と動揺を浮かべて前を歩くエルネスタへ言葉を掛ける。

 

「いやはや~やっぱり面白い人だね《戦士王》って。今回の鳳凰星武祭(フェネクス)、一番の障害は《戦士王》のペアかもね~。だからこそ今回の共同開発の契約の時に無理矢理付いてきたのさー。それに人形ちゃん達をぶったぎった剣士くんに会いたかったしね。」

 

カミラは出不精なエルネスタが出てきたのはそのためだったのかとこの時理解した。

それにエルネスタが一番の障害だという人物に対しても納得ができた。

封印処理が施されその詳細が不明な純星煌式武装《オーガルクス》・『壊刧の魔剣(ベルヴェルク・グラム)』、それにこのアスタリスクで完全適合者として彗星の速さで序列一位まで上り詰めたが直ぐ様序列三位へ収まった名護蜂也(戦士王)はどれをとってもトップクラスの実力を誇っている。

それでも綾斗のステータスと黒炉の魔剣の能力は序列上位の能力を誇ってはいる。

 

「確かに万全を期すなら《戦士王》のデータは欲しいが…天霧綾斗といったか…それで人形達のデータは十分ではないのか?黒炉の魔剣と彼のステータスは十分すぎるほどだと思うが。」

 

「うーんそうなんだけど彼のデータだけじゃ簡単に負けそうな気がする…というか負ける。だからこそ《戦士王》の戦闘データが欲しいなぁ…。うん。欲しい。後なにか隠してる気がするんだよねー。」

 

一人でうんうん頷くエルネスタに声を掛けた。

 

「おいおい…また何か仕掛けるつもりか?」

 

「うーん。悩ましいところよねー。調整中の人形ちゃん達を出すわけには行かないし他学園(よそ)へ手を回している暇もない…サイラスくんが今居ないしなー………ん?そうか…そうかそうか。その手があったね。」

 

「何か思い付いたようだな。」

 

カミラが水を向けるとエルネスタは満足そうな笑みを浮かべていた。

 

「ここのところ《超人派》が失敗続きじゃん?そろそろ汚名挽回のチャンスを挙げようと思ってさ。」

 

「それをいうなら『汚名返上』か『名誉挽回』だ。」

 

「あははーそうともいうね。」

 

「つまり連中を焚き付けるわけか。」

 

「ひひひ。一石二鳥を狙ってみるのも悪くないと思わない?」

 

悪巧みをする親友にカミラは苦笑を浮かばざる得なかった。

 

◆ ◆ ◆

 

鳳凰星武祭《フェニックス》もそろそろ開催まで日時が近づいてきており俺と綺凛ちゃんは早朝の訓練を行っていた。

相も変わらず今年で本当に中一なのだろうか?と思ってしまうほどで視線が誘導されてしまう…が義妹をそんな目では見ては行けないと俺の悲しい男の性を押さえ込む。

しかし…準備運動を二人組で行うのもやっこいのが俺の背中に当たっているので意識せざる得ないのだ。

 

「あのさ…綺凛ちゃん。」

 

「はい?」

 

「二人組の柔軟体操やめない?」

 

「だ、だめです!入念な準備はどの武道でも必須です!それに二人組の方が柔軟運動をしやすいですよ?」

 

「いやそうなんだけどさ…綺凛ちゃんも年頃の女の子じゃん?俺みたいな高校生男子と一緒に柔軟運動をするのはどうかと思うのよね?…それにさ…その…」

 

「?」

 

一体なんだ?というような疑問の表情を浮かべている綺凛に思わず苦笑を浮かべてしまうがこれも可愛い義妹を思っての発言なのだと心を鬼にして告げた。

 

「柔軟運動の際に綺凛ちゃんの立派なモノが…当たってるんだよね…。」

 

「…?…?…~~~~~~~!!!はぅ………!!!」

 

綺凛ちゃんのその立派な部分を顔を覆いながら軽く指で指し示すとようやく理解したのか両腕でクロスして地べたにぺたりと座り込んでしまった。

若干の涙目になっているのは羞恥の感情か屈辱の感情か分からないが前者だと信じたい。

俺、中学生の子を辱しめたって星猟隊に捕まりたくないんだけどなぁ…。

 

「うん…ごめん。」

 

何故か謝らなければならないと思いしゃがんで頭を下げる。

ぶたれても仕方がないと思ったがいつまでたっても綺凛ちゃんからの拳は飛んでこなかった。

声を掛けられて顔を上がると恥ずかしそうな表情を浮かべながらはにかんだ笑みを含んでいた。

 

「頭を上げてくださいお義兄さん。その…恥ずかしかったけど綺凛は気にしてないです…?そのお義兄さんになら、その…。」

 

どうやら許してくれるらしい。こんなデリカシーのない発言を許してくれる綺凛ちゃんはマジ天使でしたね。

…なんか最後にボソボソ呟いてたみたいだったけどなんだったんだろうか?

 

「そういって貰えるとその…助かるよ。それじゃあ今度から二人で行う柔軟体操は…」

 

「そ、それはだめです!二人で行う柔軟体操は行います!絶対です!」

 

頑なに訓練で柔軟体操を行うと宣言した綺凛ちゃんの立派なものがぽよん、と再び弾み諦めざる得なかった。

 

柔軟運動(やっぱり二人組で行った。)を行い何時も通りの剣の修練を行い今日は綺凛ちゃんから二本先制することができた。

何時もの海浜公園のベンチで休憩を終えて学園に戻ろうと思ったが辺りが先程よりも霧が濃い…というか霧が濃すぎる。

どこぞの霧の出る静かな岡の町かよと内心で突っ込んだ。

 

「霧濃くない?」

 

「そうですね…早朝よりも濃いですね。そろそろ初夏も近いというのにこの霧の量は凄いです。」

 

「確かに異常だな…ってここは学戦都市だしな。こう言うことも有るだろうよ。そろそろ帰ろう。まだ肌寒いから風邪を引いたら大変だ。」

 

冗談で手を差し伸べると綺凛ちゃんは少し嬉しそうな表情を浮かべて俺の手を取って立ち上がる。

 

「……!、はいですお義兄さん。」

 

俺は綺凛ちゃんの手を取って歩き出した。

 

◆ 

 

アルルカント・アカデミーの研究地下棟ブロックの一角、成績上位の生徒しか立ち入りを許されていないこの区画をカミラは固い足音を響かせ急ぎ足で目的地へ向かう。

目的地に到着したカミラは校章のチェックと生体認証の二重ロックを解除して更に部屋のパスワードを解いて入室する。部屋はモニターの明かりだけが照らしており当然外の明かりを取り込む窓はない。

 

「《超人派》の連中が動き出したぞ。エルネスタ。…ん?エルネスタ?寝てるのか?」

 

声を掛けて反応がなかったので再び呼び掛けるが反応がない。

室内に入るとかなり特徴的なアイマスクを着用し毛布に包まれた少女が寝転がっていた。

その事に気がついたカミラは呆れながらため息を一つ、毛布を剥ぎ取った。

 

「んにゃっ!?」

 

「…おはようエルネスタ。」

 

「…いや寝てないから寝てない。ちょーっと目を瞑って考え事をしてただけだから。」

 

「ほほう?ではわたしがここに来た理由をいえるか?」

 

「囃し立てた《超人派》が動き出したんでしょ?」

 

その返答にカミラは思わず驚いてしまったが幸いにして部屋の明かりのせいで表情までは読み取れなかったようだ。

エルネスタは猫のように伸びていた。

 

「んんっ~!ふぅ…あたしは寝ているときでも神経が研ぎ澄まされているだー。」

 

「既に状況は開始されている。うかうかしていると見逃してしまうぞ?」

 

「ほいほい、分かってるってーあいよー。」

 

エルネスタが素早くキーボードを操作するとたくさん出ていた液晶のウィンドウが閉じて大画面に切り替わる。

そこに表示された画面にエルネスタは首を傾げた。

 

「ありゃ?《戦士王》以外にも誰かいるの?」

 

「聞いて驚け。星導館の序列一位、《疾風迅雷》だ。」

 

これには流石に驚いたようで目を丸くする。

 

「ほっほー。それはそれは。」

 

「それが分かった上で仕掛けるつもりなのかー。そりゃまた気合いが入ってるねー。」

 

「連中も本気ということだ。」

 

カミラもその状況を見るために空いている椅子を引き寄せ腰を掛けこれから起こる出来事に二人して注視することになった。

 

 

学園に戻るために俺は綺凛ちゃんの手を取って歩いていると背後から”なにかが接近してきている”のに気がついた。

木の後ろや建造物の背後に隠れている。まるで監視されているようだ。

隣にいる綺凛ちゃんはまだ気がついていない。

ふむ、そうなれば少し強引だが突っ走るか。

俺は綺凛ちゃんの手を取って抱き抱える。所謂”お姫様だっこ”の形になる。

当然反応が出るわけで…。

 

「はぅ!?お、お義兄さんっ!?一体何をするです?!」

 

です?!ってその反応本当に可愛いよな。ってそうじゃなかった。

 

「ちょっとごめんよ綺凛ちゃん…少し飛ばす!」

 

「えっ?ひゃぁあああああっ!??」

 

()(かか)え俺は自己加速術式『加速時間(クロック・アクセル)』を発動し監視網を抜け出す。

軽い普通車の最高速度に匹敵する速さで海浜公園を爆走する。

 

「「「「!!!!!」」」」

 

すると俺たちが動き出すと物陰から人間…ではなく翼のない竜…ワイバーンのでき損ないのような者達が現れ此方へ追い付こうとするが追い付けない。

てっきり俺たちの序列狙いの生徒かと思ったが違ったらしい、とその考えに至ったときに昨日有ったエルネスタ・キューネ(ジーニアスガール)のあの何も考えていないようで計算高い才女の姿を思いだし内心で舌打ちをする。

しかし、このような生体兵器を使うのだろうか?と移動中にそんなことを考えていたものだから綺凛ちゃんに声を掛けられるまで気を取られてしまった。

自動車なら携帯弄ってるぐらいヤバイ。

 

「お義兄さんっ、前、前!」

 

「…え?ってうぉぉぉぉぉっ!!?」

 

眼前には『工事中です。ご迷惑をお掛けいたします』の看板とバリケードが立て掛けられておりそれを視認した俺は加速の勢いのままその向こう側へ飛び越える。

 

大穴を越えて俺が着地をすると同時に影から飛び出てきた五匹の竜が火炎弾を放つ。それは俺たちを狙ったものではなく”地面めがけて狙った”ものだ。

着弾と同時に俺が今いる地面にぴしり、と嫌な音が耳に届く。

次の瞬間に進むべき道路が破壊されぽっかりと奈落へ続くような大穴が広がった。

俺と綺凛ちゃんは声にならない悲鳴を上げて奈落へと落ちていった。

 

綺凛ちゃんを抱き抱えたままなので必然的に落下速度は大きくなり衝撃が体を突き抜ける。

どうやらこの学戦都市を浮かせるためのバラストタンクエリアのようだ。

重力制御を行い水中から顔を出す。

 

「でっか…てか広いなここ。まるで仮○ライダー555(ファイズ)の最終話の場面みたいだな…って綺凛ちゃん!?」

 

俺の腕の中にいた筈の綺凛ちゃんが投げ出されており少し離れたところで水面がぱしゃぱしゃと水飛沫を上げている。

あの状態は…まさか泳げないのか!?

 

「綺凛ちゃん!」

 

急いで側まで向かうと俺にしがみついてきた。

 

「ご、ごめんなさい…です。わ、わたし…泳げなくて…。」

 

「ごめんな綺凛ちゃん。あの包囲網から逃げようと思ったんだけどまさか落ちるとはなぁ…。」

 

「い、いえ気にしないでくださいお義兄さん。」

 

「取り敢えず…陸に上がろうか。」

 

「え?どうやってです?」

 

ここはアスタリスクの地下であり現状ここに有るのはアスタリスクを支えるシャフトと広がる水しかない。

”ならば陸地を作ればいい”。そういうことだ。

 

「綺凛ちゃんちょっと俺に捕まっててね…よし。」

 

水中に浮力で浮いている綺凛ちゃんが俺の首に腕を回して密着する。

…その密着で柔らかいものが俺に当たっているのは気にしないことにした。

これこそ魔法師の本領発揮だろう。

防水加工され手首に装着されたブレスレット型CADを起動させ加重魔法を発動させ水中に有る人間の浮力を弄り水面へと浮き上がる。

 

「わぁ…浮いてます…!」

 

本来ならば人一人分の重さが俺に掛かる筈なのだが魔法を使用している為関係が失くなっている。

続けて光振動系統『フラッシュエッジ(光輪)』を二重詠唱で肥大化させて近くのシャフトを斜めに切り取った。

公共物を壊すのは忍びないが緊急事態なので許してほしい。

周囲に金属が切り裂かれる音が響き陸地を作ったのを確認した俺はそのまま浮遊し着陸し首にしがみついていた綺凛ちゃんを降ろそうと考えたがそうも行かないらしい。

なにかが近づいてきているのを察知した俺は水中に向かって重力爆散(グラビティ・ブラスト)を叩き込む。

突然の事に綺凛ちゃんも驚いていたが俺も驚いた。

 

巨大な首長の竜が此方に襲いかかってきたのだ。

その光景に若干の目眩を覚えつつ素早く浮遊し先程作った足場へ退避すると水から顔を出している竜は此方の様子を伺っている。

攻撃を受けて…直撃だったが即死ではないらしく再生している。破壊した断面からゼリー状のものが見えており生物じゃないことが分かる。

どうも此方が竜のテリトリーに近づかないと攻撃を仕掛けてこない性分らしい。

獣の割にはずいぶんと慎重な性格だと鼻で笑った。

そんなことよりも今のこの状態…綺凛ちゃんがしがみついているのを解除して服を乾かさなければならない。

…互いに体操着を着用し服が透けてしまっており特に夏Verの体操着なので水で濡れその下に着用している綺凛ちゃんの可愛らしい下着と立派なものの輪郭がくっきりと現れ俺の体に当たっているのだ。

再びその事を指摘するとその顔の熱さで衣服が乾いてしまうんじゃないかと錯覚を覚えるほどに湯気が出ていた(気がする)。

が、しかし俺は魔法師なので服の水分を蒸発し乾燥させる魔法も使えるので綺凛ちゃんには少し前を隠して貰い俺が魔法を使うと直ぐ様乾き風邪を引くことはなくなった。

裸で背合わせを期待した諸君残念だったな。

 

「本当にお義兄さんは凄いです…!」

 

と満面の笑みで俺を誉めてくれる綺凛ちゃんは本当に天使だと思いました。マル。

服も乾かし取り敢えずはこの場所からの脱出を行おうと思ったのだが水中には竜…というか先程の怪物たちと一緒の敵がいるので加重魔法で一気に地上まで飛び上がる策は少しリスキーだった。

 

それにこの場面を恐らくだがどっかの部署を囃し立てたエルネスタがこれを見ている可能性もあるのでどうしたもんかと思ったが正攻法で行こうと決めた。

”余計な手出しをしよう”と思わせたくなくなるような行動を決意した。

 

「さて…こっから出るために水にいる竜退治しますかね…《グラム》。」

 

『心得た。…竜退治と行こう。』

 

腰から発動体を引き抜き星辰力を流し込むと刀身が形成され派手に黄金色の紫電が迸る。

俺の行動に敵対行動と察知したのか竜が水面から首を出す。

水の下に隠れているが図体的にはもっと巨体なんだろう。

そんなことはお構いなしにと何時もの構えで壊刧の魔剣(ベルヴェルク・グラム)に星辰力を注ぎ込む。

流星闘技(メテオアーツ)ー。

…ではなく、異なる単純に”只の技”だ。

 

「…吹っ飛べ。」

 

チャージが完了し突きのの要領で前方に押し出すと刀身から音速の弾丸が飛翔する。

迸る紫電を加重系統の魔法で収束し打ち出す通称刀藤流派”我流影技”『遠雷遥』。

平たく言えば刀身に迸る紫電を溜め込んで単純に打ち出した”|超電磁砲『レールガン』”のようなものだ。

本能的な恐怖を覚えたのか竜は踵を返すがもう遅い。

その体躯に『遠雷遥』は直撃し木っ端微塵に弾け飛んだのだった。

 

「…凄い。」

 

背後から綺凛ちゃんの声が聞こえていたがそのまま上空の先程落ちてきた穴を見上げた。

この状況を見ている筈であろう人物に向けての警告だ。

 

振り向き綺凛ちゃんに手を差し伸べる。

 

「んじゃ、帰ろっか。」

 

「…はいです!お義兄さん。」

 

何事もなかったかのようにこの場をあとにすることにする。

鳳凰星武祭(フェネクス)開催まで一週間を切っていたのだった。



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鳳凰開戦

 

「しっかし…そろそろ鳳凰星武祭(フェネクス)が始まるのか…短いようで速いような。」

 

襲撃?を受けた日にその事をクローディアに報告すると心配されたが問題はない、と言うと安心はしていた。

しかし一緒に綺凛ちゃんといた事を告げると途端に機嫌が悪くなっていた。

お前はあれなのか?山の天気並みに変わっちゃうの?

こうして日常をクローディアと綺凛ちゃん達と数日を過ごしていると鳳凰星武祭(フェネクス)の開催日時が近づいてきていた。

 

今は食堂に来ており俺の両隣には何時もながらクローディアと綺凛ちゃんが陣取っておりそして何時もながら天霧達のグループが合流し食堂の一角を占領している。

数ヵ月前にこの序列と二つ名を拝命…というか付けられて以来の問題についてボソッと呟く。

 

「しっかし…なんでこう…俺にサインとかねだってくるんだろうな?価値なんかないだろうに。インクと紙の無駄やぞ。」

 

序列入りしてからというものサインをねだられたりするのだが俺は一切行わない。

「勘違いしてんじゃねーよ」や「お前の書いた字だろ?これで契約書作成するからな」と悪用されたりするに違いない。

 

実際に俺以外の序列入りしている奴らのサインはネットオークションで高値で取引されているらしい。

嫌な小遣い稼ぎだとは思う。

 

「お義兄さんはその…自分の実力と人気を把握しておいた方が良いと思います。」

 

「流石はわたしの蜂也です。」

 

「だからお前のじゃないんだわ…それに俺より天霧とかユリスの方がサインを貰った方が嬉しいだろ。」

 

英士郎や沙々宮を除く全員が序列入りしており天霧は十一位に入り込んでいた。

普通に凄いと思う。

 

しかし、俺の言葉に反論するようにこのテーブルにいる奴らが答えた。

まずは夜吹。

 

「いやいや大将…序列外、尚且純星煌式武装(オーガルクス)の完全適合を成し遂げた上に蛇輪王(クエルブレ)倒してそこにいる姫様倒して序列一位を倒したのに「目立ちたくない」でヤラセでまたしても三位に収まるあんたに興味を持たないわけないんだって。」

 

「決して傲ってる訳じゃないんですがお義兄の剣、わたし数ヵ月でもう追い抜かれちゃいそうです…。だからお義兄さんは凄いんです。」

 

綺凛ちゃんにそう煽て上げられ。

 

「確かに蜂也の戦闘スタイルはわたしが目指すものだからな。普段の言動は目に余るが戦闘力で言ったらアスタリスクの十指に入る、そう思ってる。」

 

ユリスの追撃が入り。

 

「確かに副会長は完全適合者、ってことで噂の人ですけどなにかこう…まだ実力を隠しているというか。そんな感じがするんですよね。」

 

天霧からのフィニッシュー…俺の感情がどうにかなっちまいそうだった。

 

「あのな…公式試合もしてやいないのにそれで持て囃されるのはちがくないか?」

 

コメントに俺は否定的な反応を返すと全員…というかクローディアに一番呆れられた。

何でだよ。

 

「蜂也はもう少し自己肯定感を上げていただきませんと。」

 

「自己肯定感もなにも俺じゃなくて《グラム(こいつ)》が凄いだけだろうが…。」

 

「確かに《グラム》は凄いですが一番に凄いのは蜂也なので。流石はわたしの蜂也です。」

 

「そうですよお義兄さん。もっと自信を持ってください!わたしの…お義兄さんなんですから。」

 

ちょっと、というか綺凛ちゃんから「わたしのお義兄さん」といわれるのはちょっとグッと来たがここで反応をするとクローディアが拗ねると俺の直感が告げていたので喜ぶのはやめた。

微妙な空気が流れていたのでそれを察した天霧が話題転換をしてくれた。バッチグーよ!(古い。)

 

「クローディア。星武祭のトーナメント抽選ってもう終わったの?」

 

「ええ。ここに来る前ですがつい先程鳳凰星武祭(フェネクス)のトーナメント表が発表されましたのでお持ちしましたよ?出来立てホヤホヤです。」

 

その言葉に一同が空間ウィンドウに釘付けになった。

 

ズラリと並んだ名前、名前…覚えるほど億劫な数で俺は数えるのをやめた。

細かい文字で形成された城のようなトーナメント表がそこにはあった。

実際にクローディアの星武祭(フェスタ)手伝いでチラッと見たが多すぎる、この一言に尽きる。

天霧も同じような反応をしていたが当然だろう。

 

「えーとえーと…あ、ありました!Cブロックみたいですねお義兄さん。」

 

「ああ。そうみたいだな。」

 

「ふむ…我々はBブロックか。取り敢えず本戦までお前達と当たることはないな。」

 

ユリスは綺凛ちゃんと顔を見合わせて一先ず…と言ったように安堵していた。

 

しかし俺が注目していたのは別のペアだった。

 

「クローディア。アルルカントのペア…自、じゃなかったエルネスタとカミラのペアは?」

 

「ええ。あの二人は…Hブロックですね。」

 

「絶対何か仕掛けてくんだろあの科学者達。」

 

別のブロックにいることが分かり本戦でぶつかることになるだろうと、避けて通ることは出来ずに俺自身の研究の開発のために少し力を貸して貰うことになる、その未来が見えた。予感だけど。

 

その後は全員にクローディアが選手のデータを送信し対策に当ててください、と付け足した。

 

「因みにですが蜂也と綺凛さんのペアは今大会の優勝候補筆頭ですので頑張ってくださいね?二人だけでなく天霧くんもユリスも我が学園の代表なのですから警戒されるのは当然と言えば当然ですがね。」

 

「無論だ。」

 

「あはは…頑張るよ。」

 

その一言で綺凛ちゃんがあわわ…となって俺は心底面倒くさそうな表情を浮かべざる得なかった。

正直エルネスタ達にしか興味がないのでサクッと終わらせようと思う。

そんなことを思っているとリースフェルトから声を掛けられた。

 

「蜂也。」

 

「あ?」

 

「我々は必ず決勝まで進む。だからこそお前達のペアを私たちのペアで打ち倒し鳳凰星武祭(フェネクス)を制する。必ず決勝まで上がってこい。」

 

宣戦布告をされ俺は一瞬呆けてしまったがその言葉を理解し鼻で笑った。

 

「ふっ…それはこっちの台詞だっつーの。戦い方を教えてやったんだ。無様に予選で負けんじゃねーぞ。まぁ、決勝でぶつかったとしても俺と綺凛ちゃんペアに勝てるとは思わないけどな。」

 

売り言葉に買い言葉ではないがそれにリースフェルトと天霧は笑みを浮かべながら力強く頷いた。

 

トーナメントをみていて俺たちのブロックで当たるであろう選手で面倒だなと思ったのはレヴォルフ黒学院に所属する純星煌式武装(オーガルクス)である覇潰の血鎌(グラヴィシーズ)を持つ序列三位、イレーネ・ウルサイスと呼ばれた少女だった。

 

 

『………。』

 

「そうだ。オーフェリア。星導館学園の野郎を消せ。」

 

『………。』

 

「ああ。これは命令だ。」

 

そう通信越しの主に告げて端末をポケットに突っ込む小太りの少年がいた。

隣には眼鏡を掛けた大人しそうな少女が随伴している。

 

場所は変わってレヴォルフ黒学院の懲罰教室と呼ばれる所謂”監獄”のような場所にその学院の生徒会長ディルク・エーベルヴァインと秘書のような少女樫丸ころなが一つの牢屋の前にたっていた。

牢屋のロックを解除して中に入っている人物に声を掛けた。

 

「よう、阿婆擦れ女。生きてるか?」

 

「ほう…誰かと思えばあんたか。こんな陰鬱な場所に何の用だい?」

 

その室内には手首に壁から繋がった枷を嵌められて制服姿のまま胡座を掻いている。

夏場だと言うのに長い赤いマフラーを着用し上着は着崩しており下着とその豊満なバストが顔を出す。

牢に繋がれているのは目付きが狼のように鋭い少女だった。

 

「お前に頼みたいことがある。」

 

「はっ。」

 

ディルクの言葉に女子生徒は鼻で笑った。

 

「”頼み事”だぁ?命令の間違いだろう?あんたが本気で言ってるならあたしに拒否権はない筈だ。」

 

「聞いてくれりゃぁ今すぐその牢屋から出してやる。」

 

その言葉と同時に彼女の足元になにかが投げ入れられた。

 

「頼み事があるってならその前に差し入れの一つでも…っち栄養バーかよ。」

 

投げ入れられたのは栄養バーで女子生徒は悪態を尽きながら繋がれていない空いている片手で包装を破りむしゃぶりついて食した。

まさに野獣と言えるだろう。

 

「ごちそうさま…水が欲しいな…って何をすりゃいいのさ?」

 

栄養バーの空を握りつぶし喉の乾きを訴えるがディルクは話を続ける。

 

「大したことじゃねえ。星導館の生徒を一人叩き潰してくれれば良い。再起不能になるくらいにな。決闘じゃダメだ。しかしちょうど良いところに鳳凰星武祭(フェネクス)がある。それにお前をエントリーしてるからそれに出ろ。」

 

ディルクが視線を飛ばすと持っていた端末を牢にいる女子生徒に見せる。

そこには自身の名前ともう一人のペアの名前が書かれおりその表情は少し歪んだ。

 

鳳凰星武祭(フェニクス)に出ろだぁ?」

 

「お前なら本選に楽に出場できるだろう?それに向こうも一緒だ。そこら辺の雑魚とは一戦を画す。お前のような実力者に出張って貰う必要があるんだ…潰せ。”勝つ必要はない”。」

 

無意識にその言葉に従ってしまうかのような言葉に思わずディルクの隣にいたころなは恐怖した。

 

「…ああ。勿論優勝して貰っても構わねえが。」

 

「簡単に言ってくれやがる。…そもそもそんなにつえーならうちの序列一位を使えば良いだろ。」

 

そう女子生徒が言うとディルクが面倒くさそうではあるが説明してくれた。

 

「オーフェリアは別案件で動かしてる。アイツなら闇討ちしても証拠は残らないだろうしな。」

 

「あたしは保険って訳ね。良い性格してるぜ。…それよりあたし達を使うよりだったら”猫”を使った方が良いんじゃないか?」

 

女子生徒が指摘するとディルクが説明する。

 

鳳凰星武祭(フェニクス)の舞台ならお前達が一番適任だ。それに”猫”達は手が空いてねぇ。動かすにしてもエサ代が掛かるからな。」

 

「それだけか?」

 

「…奴は星導館序列三位の男だ。」

 

「序列三位?強敵に入る部類だが何とも微妙な采配だな。」

 

この少女にしてみれば他校の序列三位など歯牙に掛けないほどの実力を持っているからこその発言だったがディルクは訂正しなかった。

 

「出来もしない仕事、仕事の割り振りを間違ったことがあるか?」

 

ディルクにそういわれ考え込んだ少女は口を開く。

 

「そもそもなんでその男を狙う?理由は?」

 

これにはディルクも面を食らったのか、舌打ちが廊下に響く。

彼がストレスが溜まったときにやる一種の防衛本能だ。

 

「教えてやる義理はねぇが…知っていた方が何かと便利かもな。…お前『壊劫の魔剣(ベルヴェルク=グラム)』は知ってるか?」

 

その武器の名前に女子生徒は頭に?を付けた。

 

「はぁ?なんじゃそりゃ。」

 

「知らねぇのも無理はないか。星導館学有の純星煌式武装(オーガルクス)だ。その男がそれの使い手…で尚且つアスタリスク至上唯一と言って良い”完全適合者”だ。」

 

「封印されていた純星煌式武装(オーガルクス)の完全適合者ねぇ…あんたはどうしてその武器が封印されていたってのをしってんだ?レヴォルフならまだしも他学園の保有装備だろ?」

 

「お前が知る必要はない。…誰だってあの事を聞かされたらそう思うだろうぜ。」

 

「???…まぁ良いか。それより最後の質問良いか?」

 

「ああ。」

 

「…手出しはさせてねぇだろうな?」

 

「当然だ。備品を完品で保管するのは俺の流儀だし。契約は絶対だ。」

 

二人は無言のまま睨みあっているとやがて少女のほうから視線を外す。

 

「ちっ…モノ扱いは気に入らねぇが…まぁカジノで暴れたぐらいでこんなところに閉じ込められるのもつまらねぇと思ってたからな。仕事なら有り難く頂戴するさ。ディルク・エーベルヴァイン。」

 

「さっさとそう言いやがれ。イレーネ・ウルサイス。」

 

ディルクと契約したイレーネは檻から解放された。

イレーネは体を鳴らしニヤリと笑い2本の鋭い牙が覗かせる。

さながら美しき肉食獣が野に放たれたのだった。

 

◆ ◆ ◆

 

「すげぇ人だな…これ。」

 

「ふふっ、お義兄さんそれは出場者達の事ですか?それとも…」

 

俺の口先から漏れた呟きを隣に立っているペアの綺凛ちゃんが聞き付けたのか少し悪戯っぽい表情を浮かべながらそう言うと視線をぐるりと巡らせた。

 

「この観客席の人達の事ですか?」

 

「両方だな。本当にうんざりするぞこの視線、視線、視線…」

 

人がまるでゴミのようだ、と言いたくなったが自重した。

ふと後ろを見ると天霧とユリスも同じ内容の会話をしているようだった。

 

六角形の壇上にそれぞれの生徒会長が立っておりその場にはクローディアや恐らくツアーが終わり戻ってきていたシルヴィもお客さんへの笑みを見せている。

流石はプロだな…ってなんで俺を見て笑顔なのかが分からないが。

 

「諸君、おはよう。こうして今年もまた君達の勇壮な姿を見ることが出来て嬉しく思う。」

 

先程まで市長が演説をしていた登壇場に壮年の男性が現れ演説を始める。

男は良く通る落ち着いた声でそう挨拶すると人懐っこい笑みを浮かべる…が俺にはどうも腹に一物抱えてるようなそんな気配を感じ取った。

 

「あれは?」

 

隣にいる綺凛ちゃんに声を掛けると少し驚いたような表情を浮かべている。

本当にころころと表情が変わる子だ。

 

「あれって…お義兄さんあの人は大会運営本部委員長のマディアス・メサさんです。星導館学園のOBですよ?」

 

「随分と若いが…四十代行ってないだろあれは。」

 

「はい。確か四十代には届いていなかった筈です。学生時代には鳳凰星武祭(フェネクス)を制したほどです。」

 

「……。」

 

なるほどな…道理で静かでどっしりとした星辰力は抑えられていてもその強大さが伝わってくる。

同時に”きな臭さ”も抑えられているみたいだがな。

壇上に上がっているマティアスを観察していると俺ときな臭い男の視線がぶつかった。

 

(どうして俺の視線を感じて”警戒”の表情を浮かべたんだ?)

 

ほんの一瞬だったがその視線に含まれた意味合いを見逃すほど俺は間抜けではなかったが本当に一瞬だったためその真意は分からない。

俺は壇上にいる人当たりの良さそうな男に警戒される覚えはなかったが現にその視線を受けているので警戒をせざるを得なかった。

退屈そうにしていたのがバレたのかと、真面目に話を聞く振りをすることに徹した。

 

◆ 

 

マディアスは視線が合った少年に無意識に心の奥底を見透かされたような感じがした。

鳳凰星武祭(フェネクス)が通年通りの開催になり式典でアスタリスク市長と入れ替わりで挨拶を行う。

これも何時も通りの事だ。

壇上の眼前にはこの祭りを盛り上げてくれる”駒達”がいる。

その中には遥の弟もいてこの祭りを盛り上げてくれるだろうと内心でほくそ笑んでいた。

その前方にいる気だるげな青年に目を向けると視線が合ってしまった。

 

(…!!?)

 

得体の知れない、いや”まるで見透かされているような視線”を受けて思わすマティアスはそれこそ表情には出すことはなかったが内心で冷や汗を掻く羽目になったのだった。

 

同盟者であったヴァルダが青年が持つ武装に完全に破壊されたときにディルクが蜂也に警戒をしていたその片鱗をこの距離から感じ取った。

しかし、マディアスは同盟者である人物が動き出すことが折り込み済みであるので対処は彼に任せ今は運営としてこの”ゲーム”を盛り上げるべきだと思考を切り変える。

 

(彼が一番少年とその武器について警戒をしていたからね…私が動かずとも既に指示を部下に出しているのだろう。何…今は動く必要はない。)

 

遥の弟ではなく、今尚不敵な笑みを浮かべている《戦士王》と呼ばれた名護蜂也の動向を静観しようと決めた。

その諸々が勘違いだったと気がつくのがいつになるのか、それは分からない。

手遅れであったことも。

 

◆ ◆ ◆

 

壇上のマディアスがレギュレーションの変更を告げた瞬間に会場は騒然となった。

”自立稼働兵器の代理出場を認める”と言うものだったからだ。

さらに続く言葉を重ねる。

 

「賢明なる諸君には、これが特定の学園を有利にさせるためのものではなく、むしろ近い将来平等性を確保するためのものであることと分かって貰えると思う。我々は常に、諸君にとって最善の道を用意するため、全力を尽くしていることを信じて貰いたい。」

 

ざわめきが収まると同時に大きく手を広げて宣言し観客は大盛り上がりを見せていた。

一方では選手達は反対の反応を見せている。

当然だろう。どう考えても面倒事が増えるのだから、と言いたいところだが俺はさっさとその自立稼働兵器の姿を見たかった。

マディアスが壇上から降壇すると別の人物と入れ替わり退屈な式典が続いていた。

…どうして偉い人ってのは長話をしたくなるんだろうなぁ。貧血が起こる原因はこれだと思うんだが。

こうして解放されたのは正午近くになっており選手達はステージから引き上げる。

俺たちの試合はまさかの初戦。試合開始まで時間はあるが食べに行くのは少し気が引けると言った時間だったし綺凛ちゃんは天霧達を呼びに奥へ行ってしまったので俺一人で待つことになった。

 

「俺たちの試合会場はここで良いんだっけか……移動をしなくても良いけど昼飯どうするかな…試合前に少し腹ごしらえしておきたいんだが…出店は人が多そうだしなぁ…出店の焼きそばがあんなに美味しそうなのは何故なのか。」

 

昼飯を食べるのには賛成だ。腹が減っているからな。

しかし買い出しに行くというのもなかなかにエネルギーを使うのだ。

あの人の波に飲まれるというのは好きじゃない。

だが時間は有限で先に昼食を買いに行こうと動くか動くまいか。

どうしたもんかと思案していると肩を叩かれた。誰じゃい。…ってそこには大スターが満面の笑みで立っていた。

 

「それは祭りの雰囲気と火力じゃないかな…。お久しぶりっ!蜂くん。」

 

紫色の長髪を靡かせる美少女、シルヴィア・リューネハイムがそこにいた。

 

「…何してるんですかシルヴィアさん?てかこんなところにいて良いのかよ…?」

 

「わたしはクインヴェール女学院の生徒会長なんだから鳳凰星武祭(フェネクス)の会場にいるのは不思議なことじゃないよ?あとさんはいらないかな~。」

 

全くもっての正論だった。

が、シルヴィアはもっと自分の存在の大きさを知っていてほしい。

通路にいる連中がこっちを凄い目で見ているのだか…特に男の視線がヤバイ。人を殺せるんじゃないかっていうレベルだ。

 

「それにね?…はいこれ。」

 

シルヴィアが後ろ手に隠し持っていた大きな木編みのバスケットが俺の目の前に出された。

 

「…これなに?」

 

「開けてみて?」

 

バスケットの中身を確認してみるとサンドイッチが入っていた。…む、トマトかあるのか。

 

「お弁当。お昼まだだと思って作ってきちゃった。」

 

「は?マジで?」

 

歌姫が手作りお弁当を持ってくるとは思わないので変な声が出た。

あ、シルヴィア笑いやがったな今。

 

「わ、笑ってないよ?…ふぷっ。」

 

全国のシルヴィアのファンがここに居たら俺は今ごろ死んでいるだろうな。

嫉妬で。

と言うか今この状況で血涙をながしているような奴もいる。

考えても見てほしいんだが世界的な歌姫が只の一ファンにお弁当を作ってくる光景を想像したらそのファンを八つ裂きにしたいだろう?俺ならそうする。

そのくらいにこのバスケットの中身は貴重なのだ。

そんなことに意も介せずに更にシルヴィは追撃を仕掛ける。

 

「…それに、ね?蜂也くんの応援に行くって約束したじゃない。」

 

少し頬を赤らめていうその姿はそれだけで一枚の絵画のようだったがこれ以上燃料を投下するのは不味いと考えた俺は素早くシルヴィアの空いている手を取って移動しようとするが遅かった。

 

「蜂也~?ここにいたんですね…ってどうしてリューネハイムさんがここにいるのかしら?」

 

星導館学園の生徒会長クローディア・エンフィールドが何時ものような笑みを浮かべているが俺には分かる。

これは”機嫌が悪くなってるヤツ”だと。

 

言い争いになる。そう確信した俺は問答無用で二人の手を取ろうとしたが向こうから聞き覚えのある声がして振り返る。

そこには綺凛ちゃん達がいた。

まさに九死に一生を得て天霧達と共に控え室へ向かった。

 

◆ ◆ ◆

 

「胃が破壊されるかと思ったわ…ストレスでな。」

 

「お義兄さん…大丈夫ですか?」

 

Cブロックの第一試合。そのステージに進むための通路で待機していた。

昼食を取った…のだが何故かにこやかな笑顔のままクローディアとシルヴィアがバチバチしておりその光景をユリスと天霧が苦笑いしてみており綺凛ちゃんはあわあわしながらその状況を見ていた。

トマト?それは残し…はできずシルヴィアが作ってくれた手前無理に口に突っ込み咀嚼したが吐きそうだった。

正直疲れたから帰りたいのだが今から試合が始まるのでそうも行かない。

さっさと終わらせることに決めた。

先ほどのバチギスしていた空間で唯一俺を心配してくれていたマイシスター綺凛ちゃんの頭を無意識に撫でていた。

 

「はぅ…お、お義兄さん?」

 

「本当に可愛いなぁ…綺凛ちゃんは癒しすぎる。」

 

「…………えへへっ。お義兄さんの撫で方気持ちいいです。」

 

恥ずかしそうではあるが嬉しそうにしているこの少女の願いのために頑張ろうとそう思えた。

 

「綺凛ちゃん。お願いがあるんだけどさ。」

 

「はい?なんでしょう。」

 

「この試合なんだけど俺に任せてくれないかな。」

 

「えっと…どうしてでしょうか?」

 

「俺が単体で二人討ち取ればこれ以降の試合で相手は下手に動けなくなるでしょ?ほら俺って戦闘データ殆ど無いくせに何か警戒されてるっぽいし。誤解して貰おうかと思ってさ。それに手札は隠せるなら隠した方がいい。連携パターンとかね。」

 

「成る程…!」

 

綺凛ちゃんが納得してくれたのを確認してチョッとした”作戦”を提案しこれからの試合に備えることにした。

打ち合わせが終わると会場からのアナウンスと実況が流れ始めた。

 

『それでは本日の第一試合、Cブロック第一回戦一組の試合を始めまーす!』

 

広大なステージに実況アナウンスが響き渡る。

…この元気っ娘の声は小町に酷似していてめっちゃ焦った。

通路にいても分かる程の大歓声が会場を揺るがして無数のライトがステージを照らし出した。

俺と綺凛ちゃんは顔を見合わせて互いに頷いて入場ゲートからステージへ足を踏み入れる。

…柄じゃないがこういうのは勢いとハッタリが大切だからな。

 

『まず姿を現したのは星導館序列一位である刀藤綺凛選手と序列三位の名護蜂也選手!!両選手は共に新旧の序列一位と三位を入れ違いで経験している星導館の猛者です!それに情報によれば刀藤選手と名護選手は同じ剣術流派の師弟という話です!名護選手は刀藤選手との試合を除いて今までに行われた公式戦が一刀一撃!殆どデータがないという異例中の異例で今回もっとも注目されている選手ではないでしょうか!あ、ちなみに名護選手の二つ名《戦士王》は同学園の生徒会長であるエンフィールド女史によって名付けられたそうです!格好いいですね!』

 

バカにされてないかこれ…?

 

『今回の鳳凰星武祭(フェニクス)出場選手では最も警戒されている選手っすねー今出回っている動画を見る限りペアの《疾風刃雷》とまともに切り合っているのを見る限りはめちゃくちゃな強さなのは間違い無いっす。《戦士王》のその二つ名の意味を我々に見せてほしいっすねー。』

 

『あ、そうそう!名護選手の持つ壊刧の魔剣(ベルヴェルク・グラム)という星導館学園所有純星煌式武装(オーガルクス)の使い手らしいですが…ご存じでしたか?』

 

やはりというか解説役が俺の持つ武装について説明を始める。

 

『いや、この武装の詳細はわたしも知らないっすねー。『四色の魔剣』の一振にも該当しないこの武装は『封印されていた魔剣』と呼ばれるに相応しく使い手はこのアスタリスクが始まって以来現れたことがないみたいっすね。噂だと『四色の魔剣』を束ねる頂点にある武器らしいっすよ?』

 

それは初めて聞いたな。そうなのか?と壊刧の魔剣(グラム)に問いかける。

 

(我はその認識は無いのだが……うむ。確かに何故かセレスタ達は我の言うことを聞いていた、様な気がするな。)

 

(マジじゃねーかよお前…。)

 

(うむ、細かいことだからな。気にするな。)

 

しかし…中々に有力な情報を聞き出せたものだと俺は思った。

頭の片隅に記憶しておこうとするぐらいにはな。

 

『なるほどなるほど~!その担い手の《戦士王》のパートナーは《疾風刃雷》こと刀藤選手ですからね優勝候補の一角…というか筆頭でしょうね~。』

 

『このペアが鳳凰星武祭(フェニクス)で一体どんな活躍を見せてくれるのか!期待が高まります!』

 

『それでは続いて対戦相手であるガラードワスのタッグですが…』

 

実況者達は先ほどの俺たち解説と同じようなテンションで解説を行っておりそのやり取りを聞いていると隣にいる綺凛ちゃんに声を掛ける。

 

「緊張してる?」

 

「はい…です。こんなにも人が一杯なのはその…。」

 

「まぁ俺もあんまり目立つのは好きじゃないからな。見世物にされてるみたいであんまりなぁ…」

 

「でもお義兄さんは普段と変わらないような顔色だと思うのですが…。」

 

「まぁ、衆目にさらされながら戦うのは…まぁ。」

 

「??」

 

俺の煮えきらない回答に綺凛ちゃんは頭に(?)を付けていたがこの間の序列戦のことを思っているのかもしれないがそれは向こうであった九校戦の事なんだが…ややこしくなるので訂正はしない。

 

「さて…そろそろ始まるか。」

 

話を切り上げ正面を見据えると対戦相手であるガーラドワースの少年達が既に煌式武装(ルークス)を構えていた。

どちらも剣型の煌式武装(ルークス)だ。

…そういえばクローディアに「聖ガラードワース学園」は所謂”騎士道精神”的な校風なのだから剣型を使う奴が多いとは聞いてたな。

一番偉い奴が「○クスカリバー!」とか言ってくれるんだろうか…?マッシュポテトしか出てこない学園とか嫌だぞ俺は。

 

俺もホルダーから『壊刧の魔剣(ベルヴェルク=グラム)』を取り出し無形の型で立つ。

星辰力は流さずに発動体だけだ。

同時に綺凛ちゃんも《千羽切》を鞘から抜き放ち正眼の構え…まぁ何時も通りの構えをする。

 

準備を終えた俺たちを確認しアナウンス席から実況解説の二人の声が会場に響く。

実況者の声に反応するように校章が自動で発光した。

 

鳳凰星武祭(フェニクス)Cブロック一回戦第一試合、試合開始」

 

機械音声が鳴り響くと同時に向こうの選手が剣を構えて突っ込んできた。

恐らく一気に接近し勝負を決める腹積もりなのだろうが”相手が悪すぎた”のだ。

 

「綺凛ちゃんは下がってて。」

 

「はい。分かりましたお義兄さん。」

 

素直に下がってくれた綺凛ちゃんに感謝しつつ発動体を握り星辰力を込める。

武器を抜いてくれたのに戦わせない、というのは中々に失礼だとは思いあとで一つ綺凛ちゃんのやりたいことを叶えてあげようと思った。

言葉には出さずに《グラム》に告げた。

 

『取り敢えずお前に所有権渡すわ。適当にやってくれ。』

 

『…いい加減だな主よ。ふむ…心得た。』

 

(自分)壊劫の魔剣(ベルヴェルク=グラム)が入れ替わる。

 

「当方に迎撃の用意有り…といいたいところではあるが…」

 

力を込めると同時に特殊な素材で作られたアリーナのステージを破片が飛び散るほどの脚力で踏み込み加速する。

 

「遅いな。」

 

「な、なに…?」「あ……!」

 

二人が俺めがけて剣を振るったり突き刺す動作をするが手応えはなく俺は既に”その選手達の後方”にいるのだから。

黄金色の大剣を無造作に払うと同時にガーラドワースの選手は二名とも自分に起きた状態に気がつきその場に崩れ落ちた。

地面には既に校章が二名分割れて転がっていたからだ。

発動体をホルダーにしまい綺凛ちゃんの元へ戻ると機械音声が静まり返った会場に響き渡る。

 

決闘終了(エンドオブデュエル)!勝者名護蜂也&刀藤綺凛!」

 

勝者を告げるアナウンスが終わると堰を切ったかのように割れんばかりの大歓声が観客席から轟いた。

笑顔で出迎えてくれた綺凛ちゃんがマジ天使だった。

 

『早い…早すぎます!まるで実況する暇もなかったまさに”神速”!これはもはや圧倒的といっても良いでしょう!』

 

『いやはや…本当にお見事でした。』

 

『名護選手が封印されていた純星煌式武装(オーガルクス)を手に出来た理由の一端が垣間見えたような気がいたしますっぅ!その速度もさることながらあの一瞬で星辰力を引き出し扱うことの出来る技巧は空前絶後、と言っても差し支えないでしょう!実況席で見ているわたしも《戦士王》のファンになってしまいそうですっ!!』

 

『まだまだ始まった予選ですが名護選手の試合の動向が気になりますねー。要注目の選手であることには変わりませんが期待が高まるばかりです。』

 

実況者席に座ってるお二人さん?少し言いたいことがある。

めちゃくちゃやりづれぇ…。

 

瞬殺してしまった二人の選手には少しの申し訳なさと実況のこの状況のいたたまれなさで胃が痛くなったが共にステージ裏に捌けてきた綺凛ちゃんの笑みに癒された。

 

「お疲れさまですお義兄さんっ!」

 

「本当に綺凛ちゃんだけが癒しかもしれないわこれ。」

 

「?…はぅ?」

 

可愛すぎる。

 

「あ、そうだ綺凛ちゃん。なにか俺にしてほしいことある?」

 

「ふぇ?突然どうしたんですかお義兄さん?」

 

「ああ、いや俺の作戦に乗って貰ったのとせっかく刀を抜いて貰ったのに振るう機会がなくなったからお詫びにと…」

 

そう俺が提案すると慌て始めた。

 

「そ、そんな!わたしの方がお義兄さんにして貰ってることが多いのに…そんな…。」

 

なんと奥ゆかしいのだろうかうちの義妹は。

向こうにいる妹達にも見習ってほしいものだが今は置いておこう。

意地悪な言い方になってしまうが奥ゆかしい義妹をその気にさせるにはこれしかない。

 

「俺になにかして貰うのはイヤ?」

 

俺がそう言うと綺凛ちゃんは俺の袖口をつかんで呟いて俺にして欲しいことを告げてくれた。

 

「お義兄さんはズルいです…でしたらその…わたしとプールに出掛けてください…。」

 

「プール?」

 

「はい…その…この間の時にも言いましたけどわたし泳げないので…お義兄さんに見てほしいです。」

 

「分かった…けど俺で良いの?他の子と…」

 

時期的には今は夏だ。

海水浴のシーズンだからちょうど良いだろう。

しかし俺と一緒で良いのだろうか?

 

「い、いえ!お義兄さんと一緒が良いんです!…あっ…はぅ…。」

 

自分が大きい声を出してしまった事に恥ずかしがって顔を赤くしていたが綺凛ちゃんがそれを望むなら成し遂げよう。実際に剣術とかで世話になっているからな。

そのくらいの手伝いはさせて欲しい。

 

「分かった。予選が終わったら行こう。…んじゃ気が進まないけどインタビューを受けに行こうか。」

 

「はいっ!」

 

俺と綺凛ちゃんは連れだって勝者インタビューが待ち構えている通路へと足を運んだのだった。



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自立稼働兵器(アルディとリムシィ)

最新話です。


「お疲れさまです蜂也、綺凛さん。」

 

「お疲れさま蜂くんに刀藤さん!まさに一刀一撃だったね!」

 

「…なんで俺たちの控え室にお前らがいるわけ?犯人は…お前かクローディアよ。」

 

「はて…?何の事でしょうか?」

 

「はぅ…。」

 

勝利者インタビューを終えた俺たちを出迎えたのは無人の控え室…ではなく金と紫の長髪の美少女が笑みを浮かべて出迎えてくれた。

…どうしてクローディアとシルヴィアは表情で笑みを浮かべているのに視線でバチバチしているのだろうか。

視線が俺の隣にいる綺凛ちゃんへ向けると怖がってしまって俺の後ろに隠れた。

やめなさい。

 

因にだが会見では当たり障りの無い回答をしていたが関係の無い事まで聞かれた。

「好きな食べ物は?」とか…学校の自己紹介じゃねーんだがな…とりあえず「マッ缶」と答えたら女子アナらしき人物が苦笑いを浮かべていたのを俺は見逃さなかった。

貴女反マッ缶者ですね。お前も糖分まみれにしてやろうか。

女性関係について聞かれたがあれは本当に何だったんだ?てか俺の女性関係を聞いてどうするつもりなのか…。

コレガワカラナイ。

詰まりは会見を無事に終えて帰ってきたというわけだ。

綺凛ちゃんはたかれるフラッシュに疲れてしまっているのでこっそりと『物質構成(マテリアライザー)』を掛けておいた。

 

「いや~しかし大将。見事な初戦勝利だったな。おめっとさん。」

 

いつのまにか来ていた夜吹に、

 

「初戦突破おめでとうございます副会長。」

 

「まぁ蜂也なら勝つのは当然だと思っていたがまさか綺凛を温存していたとは思っても見なかったぞ。」

 

天霧の隣に当然ながらユリスが居て俺と綺凛ちゃんの試合を総評していた。

 

「ん。流石の蜂也。よゆーの勝利。」

 

天霧の更に隣にいる沙々宮が間の抜けた声で評価していた。

てかよ…

 

「お前ら全員なんで俺らの控え室にいるんですかね?まぁ関係の無いクローディア達はいいとしてユリスに天霧。お前らは俺と当たるかも知れんのに馴れ馴れしくしていて良いのか?」

 

俺がそう言うと全員が愛想笑い浮かべ名指しされた二人は苦笑していた。

図星じゃねーか。

 

リースフェルトと天霧も今日の試合を瞬殺しこちらに来ていたことが判明したのでひと安心した…と言うべきなんだろうが当然の結果だろう。

初戦の序列にも入っていない生徒に破れるようではアスタリスク(ここ)では戦い抜くことなど不可能だろうしな。

今のところ天霧の《禁獄の力》はバレておらず客受けの良いパフォーマンスらしい。

確かに見た目は派手だしな。

 

その話を聞いていると壊劫の魔剣(グラム)が反応した。

 

『我もそのようなパフォーマンスを行った方が良いのだろうか?』

 

『やめろ。目立ちたくねぇんだよ。てか封印されてる的な技あるのか?』

 

『無いな。』

 

無いんかい。

 

『それは所有者が作成する区分であるからな。我はそれを発動する端末よ。それに主は”必殺技”とやらは持っているのだろう?』

 

『有ることはあるが対人戦闘で使ったら『過剰攻撃(オーバーキル)』になっちまう。』

 

…特に『空想虚無(マーブル・ボイド)』と『結合崩壊(ネクサス・コラプス)』は下手すると国が1個滅ぶかもしれんしな…おいそれと使えるわけがない。

《四獣拳》の奥伝も並の人間に使ったら血煙になるしな…星脈世代(ジェネステラ)になら使っても大丈夫か?

 

『うーむ…。残念ではあるが仕方がない。』

 

これ以上俺のキャラクター性を濃くしないでくれ。富山ブラックかよ。

…まぁでも流星闘技と呼ばれる”必殺技”はあることはあるんだがな。使う機会があるかと言われれば微妙ではある。

 

そんなこんな雑談しながらクローディアの淹れてくれた紅茶やシルヴィアが作ってくれたクッキーを戴きながら試合を見る。

やはりというかこっちに来たばかりの時にクローディアに教えて貰ったことだが画面に映る少年少女達は秀麗の差は有れど全員が整っていたり、厳つかったり渋かったり…とまぁ美男美女であることに違いはない。

 

直近でレスター達の試合をみていたがそろそろ注目しているアルルカントの試合の時間に近づいてきた。

エルネスタとカミラの代理出場ということは十中八九”人形”だろう。

 

「夜吹、スクリーン変えてくんね?」

 

「あいよ大将。」

 

夜吹がスクリーンの画面を切り替えた先に映っていたのは案の定…想定していた形俺が理想とする自立稼働する二体の機械人形がステージ上に立っていたのだった。

 

◆ ◆ ◆

 

二体…いや”一機”と”一人”と言うべきだろうか?

 

一機は従来で流通している戦闘用擬形体なのだが一回り、二回りは大きくその身長は2メートルを有に越えており顔に当たる部分はスーパーロボットのような造形をしている。

でかい、ごつごつしてる、格好いい。

そしてもう一人は人形…と言うよりも殆ど人、と言った方が良い程に精巧に作られており人間の女性…少女に近い見た目で顔貌は整いすぎており表情の起伏が薄い人、と言っても通じるだろう。

その体躯は女性の象徴を遺憾なく現しメタリックな装甲とボディースーツを組み合わせたような先述した擬形体の堅牢なイメージとは異なり柔らかな印象を付ける。

クール、メカ娘…。

 

この一機と一人がどうやらエルネスタとカミラの代理出場選手、と言うことらしいがこれを言わせてほしい。

 

ーエルネスタ…お前理解(わか)ってんな…!ー

 

思わずガッツポーズしてしまいそうになるほど俺の趣味嗜好にマッチしていた。

そうだ、俺はこういう自立稼働可変型CADが作りたいんだよ!

…おっといかんいかん。思わず興奮して立ち上がり発狂し掛けそうになったがそれは心の中に留めておいて全員で画面を食い入るように見つめると実況席で解説が始まりこの二機の名前はでかいのがAR-D(アルディ)で女性型がRM-C(リムシィ)と言うらしい。

追加の情報を解説している傍らで擬形体が注目されているのに苛立っている対戦相手の様子を抜いているカメラがチラリと映り完全にかっさらわれてるな、と少し憐れに思った。

 

それに拍車を掛けるようにアルディが対戦相手に向かって口を開く。その口調は機械とは思えないほど流暢でいて尊大な物言いだった。

それに全員が呆気に取られ特に対戦相手の方が強く感じていたかもしれない。

内容としては”自分を作成した制作者の威光を示すため貴様達には礎になって欲しい”。と言うものだった。

続く言葉は完全にケンカを売っているようにしか取られないだろう。

 

『よいか?貴様達には一分間の猶予をやろう。その間我輩は指1本とも動かさぬ。存分に攻撃を仕掛けてくるが良い。』

 

その言葉に対戦相手の額に青筋がはしり、目が据わっていた。

怒号と共に一歩を踏み出そうとするがアルディの側頭部に光弾が炸裂し装甲を叩く音がアリーナに響いて一歩遅れてアルディが撃たれた箇所を摩り自分に当ててきたその攻撃の主がいる方向に頭を回す。

 

『痛いではないかリムシィ!』

 

その言葉に返答したのは隣にいたリムシィが顔を動かさず手に持ったハンドガン型の煌式武装(ルークス)を突き付けたまま返答していたが中々にどぎつい返答だった。

 

『黙りなさい。この愚図愚鈍で低能無知な考え無し。その行動がマスターの顔に泥を塗る、と言うことが分かりませんか?分からないなら今すぐメンテナンスに戻りなさい。…いやここで自爆しなさい。』

 

『そうは言うがなリムシィ。先程の宣言が我々、ひいてはマスターの優秀さを示すのにピッタリだと我輩は思うのだが?』

 

『確かにマスターの素晴らしさを伝える、と言うのには賛成です。その点は評価いたしましょう。』

 

『おお!分かってくれたかリムシィ!そうであろうそうであろう!…ところでリムシィ。』

 

『なんでしょうアルディ。』

 

『なら何故先程我輩を撃ったのだ?我輩の考えに同意してくれたのだろう?』

 

『ムカついたから撃っただけですが?』

 

無表情のままリムシィがキッパリと言いきる。

 

『うーむ…我輩の中で腑に落ちぬのだが…気にしても仕方がないな。』

 

アルディは再びリムシィに撃たれた部分を擦りながら正面を見据える。

その様子をみて溜め息をつくポーズを取り対戦相手に向き直る。

 

『さて。人間達よ。この愚図愚鈍で欠陥駄作の戯言とは言え一度口にしたことを撤回したとなればマスターの顔に泥を塗ることになりかねません。故に不本意ではありますが私も倣い一分間あなた達に対して攻撃を行わないことを約束しましょう。』

 

その言葉に相手の選手も怒りを通り越して呆れてしまい嘲るような笑いをしてしまっていた。

 

『さぁさぁ!何やらすごいことになってしまいましたがそろそろ時間です。注目の一戦、果たして勝利の栄光を手にするのはどちらのタッグが手にするのでしょうか!』

 

実況がそう告げると同時に校章が機械音声を発した。

 

鳳凰星武祭(フェネクス)Hブロック第一回戦一組、試合開始(バトルスタート)

 

◆ ◆ ◆

 

「完全に呑まれたな。…相手の技量。いや、”性能”が上だったか。」

 

勝者が決まったスクリーンの映像を見ながら告げると天霧を初めとしてリースフェルト、綺凛ちゃん、シルヴィア、夜吹が信じられないものを見たと言う表情を浮かべていた。

 

「しっかし、あの『螺旋の魔術師(セプテントリオ)』の二つ名を持つモーリッツが手も足も出ないとはなぁ…流石にビックリしたぜ。」

 

「そ、そうですね…。でもあの対戦相手の二人も十分な強敵だったと思います。」

 

優しい綺凛ちゃんは相手選手であった人物にフォローをいれる。

 

「いや、勝つだけならば先程の対戦相手程度蜂也が瞬殺していただろう。問題は…」

 

リースフェルトが少し言葉をマイルドにして綺凛ちゃんの発言を否定していたがそこで沙々宮が補足を入れた。

 

「リースフェルトの言うとおりで問題はソコじゃなくて…あの光の壁。あれは厄介。」

 

「どんなカラクリか知らんがモーリッツの能力を防ぎきったところを見ると並大抵の攻撃では突破できまい。」

 

面倒なことになったと頬杖を付くユリス。

一方で俺は画面に映る二機を《瞳》で観察する。

一番は実際に見るのが良いのだが俺は恐らくエルネスタに警戒されているだろうから近づくことは出来ないだろう。

大体のおおよそにはなるが生配信されている映像なら多少の情報を得ることは出来る。

あくまでも”予想の範疇”というなんともふわふわした結果になるのだが多少ズレはあったとしても情報は入るのだ。

 

「…あれ?副会長どうしたんですか?急に黙って。」

 

俺が静かになったのが気になったのか話しかけてきたので情報収集を一旦中止し情報を共有した。

 

「恐らくはさっきの障壁はステージで展開されているものを限定的に展開できるように改良したものだろうな。それに限定的な範囲に展開してるからかなり固いだろう。」

 

「え?蜂くんなんで分かるの?」

 

シルヴィアが驚いた表情で此方に質問してきた。

 

「ああ。天霧達には言ってたんだが俺の《瞳》はちょっと特殊でな…映像越しでも物体解析が出来るんだ。」

 

そう告げると訳を知らないシルヴィアや夜吹達は驚いていた。

 

「そ、それは本当か蜂也。」

 

信じられない…と言ったような表情を浮かべるリースフェルトに俺は頷いた。

一例を交えて説明した。

 

「ああ。なんだったらどうやってその障壁を発動させているのかも見当がつくぞ。おそらくはマナダイトを複数並列分配して稼働させている…とかだな。沙々宮の所有している銃型煌式武装の複数のマナダイトを直列発動のアプローチが違うみたいだな。」

 

「むぅ…」

 

俺がそう言うと少し面白くない、と言った表情を浮かべていた理由に思い当たる節があった。

鳳凰星武祭《フェネクス》の開始前にエルネスタとカミラが星導館に訪れた際に沙々宮の持っていた銃にカミラが噛みつき「失敗作だ」と言い放ちその銃の機構に誇りを持っていた沙々宮はその言葉を「取り消せ」と言ったが拒否され…と言ったところだ。

聞く話によるとその銃は父親が作ったものらしい。

そのやり取りを思い出した俺は慰めでもなんでもない本心を沙々宮に告げる。

 

「あと俺はロマンが好きでな…試作品、過剰出力…そんなコンセプトの武器が好きなんだよ。安定性を求めるのは日和見を決め込んでいる奴だ。ピーキー?大いに結構。」

 

俺がそう言うと沙々宮の機嫌が良くなった。

 

「…ん。蜂也は分かってる。…貴方が壊劫の魔剣(ベルヴェルク=グラム)に選ばれた理由が分かった気がする。」

 

『我は使いにくくはないぞ?相手が我を使いこなせないだけで。』

 

うん。お前がしゃべるとややこしくなるから黙ってような?

壊劫の魔剣(グラム)』を黙らせて沙々宮の機嫌が良くなったことを確認して脱線してしまった話を戻した。

 

「話は逸れたがマナダイトを複数搭載し起動させたその方法で限定的ではあるが強固な障壁を展開しているんだろう。モーリッツの能力は確かに強力だったが打ち破るには足りなかった。…だが意外にもそれに対応できるかも知れないぞ?俺と天霧ならな。」

 

「え、僕が?」

 

名指しされて視線が天霧へ集まるがいきなり名を呼ばれたことで困惑していたがお前の武器の特性を鑑みれば分かると思うがな。

 

「ああ。俺の壊劫の魔剣(ベルヴェルク=グラム)と天霧の黒炉の魔剣(セル=ベレスタ)は其々に破壊力と防御無視という概念が付与されているからな星辰力を込めるだけでぶち抜けるだろう。…まぁ天霧の場合は条件が噛み合わないときついかも知れんがな。」

 

…それに俺の場合は壊劫の魔剣(グラム)を使わずともあの程度の防御なら通常魔法で抜けるしな。

 

「あはは…」

 

「蜂也…。」

 

一応は配慮して天霧の”あの力”についてはぼかして説明するとリースフェルト達は申し訳なさそうな表情を浮かべていたがここには部外者が数名いるのだから当然といえば当然なのだが…。

 

「それにエルネスタ達も俺たちが決勝に上がってくるのを予測していない筈は無いから俺達用の対策を講じてる筈だ。…それが何なのかは分からんけど。」

 

「なるほどねぇ…流石は大将だ。そんじゃ俺は勝利者インタビューに潜り込んでくるかね。」

 

「あれは報道機関限定…ってお前潜り込む気か。」

 

「へへっ。そこをどうにかするのが一流のジャーナリストってもんさ。」

 

「お前忍者か。」

 

「…まぁ見てなって大将。」

 

何故か一瞬だけだが動揺していたのを見たがそれを指摘する前に控え室から軽やかな足取り出ていった。

情報収集の成果を期待せずに待つことにした。

少ししてから沙々宮へ父親からの連絡が入り武器を用意した、と言われたが沙々宮は予選会に参加することが出来ていなかった。

参加を決意させたのは言うまでもなくカミラ達のせいなのだが…予備枠で登録するも敢えなく断念せざる得なかった。

 

沙々宮は自分の父親が作った武装をカミラ達に否定されたことに怒りを示していたが予備枠が使えないのでそれは叶わない。

 

俺はふと妙案を思い出した。

 

「沙々宮。少し提案があるんだが…。」

 

「?…………。うん蜂也なら使いこなせるかもしれない。お願いしても良い?」

 

「ああ。任せろ。調整はこっちでやるから。」

 

「分かった。」

 

俺の提案に驚きはしたものの”渡りに船だと”言わんばかりに納得してくれた。

そう言って沙々宮は関税に”あるもの”を取りに向かうことにした。

知り合いの気持ちを晴らしてやるのも副会長としての務めだと柄にもなくそんなことを思うのだった。

 

◆ ◆ ◆

 

「やぁやぁ二人ともごっ苦労さーん!ナイスパフォーマンスだったよ!」

 

会見場へ向かうアルディとリムシィを出迎えたのはエルネスタだった。

その表情は満面の笑みといっても差し支えがない。

 

「恐れ入りますマスター。」

 

「ふははは!このくらいは当然ですな!…ぬおっ!?」

 

恭しくエルネスタからの労いの言葉に反応しお辞儀をするリムシィと豪快に笑い飛ばすアルディ。

その行動アルゴリズムから見ても”違う機体”であると見て取れる。

それはマスターに対する姿勢もことなってくるわけであり偉そうな態度を取る相方にリムシィは鋭い足払いを掛けて転倒させ足払いを掛けた片足をアルディの背中においた。

 

「マスターに対するその態度は何ですか?恥を知りなさい。」

 

「痛いではないかリムシィ!…貴様本気であるな?」

 

「当然です。マスターに無礼を働く輩に遠慮する必要など無いので。」

 

リムシィの声は感情の薄いトーンの低い声色ではあったがそこには確かに”怒り”を感じとることが出来たのだ。

その反応を見てエルネスタは「うんうん」と頷き満足していた。

彼女が作りたかったのは機械でありながら感情を持ち表現をすることが出来る”別種の生命体”である機械を産み出したかったのだ。

この二機、二名は既に理想系に近しいモノだった。

 

「まぁまぁ~。そのくらいにしておいてあげなよリムシィ~。アルディだって別に悪気があってやった訳じゃないしさーそれより早く会場に向かわないとカミラにおこられちゃうよー?」

 

「…マスターがそう仰有るのでしたら。」

 

不承不承、と言ったような様子でリムシィがアルディから退いていた。

自立行動も完璧、順調すぎるぐらい順調だ。

けしかけた《超人派》の連中は警備隊に目をつけられており暫くは下手な動きは出来ない。

環境の方にも懸念はない。

エルネスタは内心でほくそ笑んでいると立ち上がったアルディに質問された。

 

「時にマスター質問が。」

 

「ん?どうしたの?」

 

「我輩とリムシィ…出力に差が無い筈なのに何故抗うことが出来ないのでしょうか?」

 

「あー、それはしょうがないのさ。世界の構図と同じで女ありきの世の中なのさ。んで、君たちもその宿命からは逃げられない、って訳なのさ」

 

その発言にアルディは少し考え意見を述べた。

 

「つまりは我輩が男性型である以上は女性型に逆らえない、と?」

 

「そーなるねぇー。」

 

「…些か納得に掛ける回答ですがマスターが言うのであれば仕方がありませんな。」

 

(まぁそんな訳ないんだけどね…アルディがリムシィに逆らえないのはリムシィをセーフティーに設定してるからなんだけどねー。”そうじゃないと危険”なのさ。)

 

「確かに星武祭(フェスタ)の歴代優勝者は女性が多いようですね。」

 

とリムシィがエルネスタの言葉を検索してくれたようでフォローをしてくれた。

ここは乗っかることを選択した。

 

「まぁ、史上最強と名高い孤毒の魔女(エレシュキーガル)も女の子だしねー。それにほらレヴォルフからおっかない子が出てるでしょ?」

 

そう言いながらエルネスタは表情を引き締めた。

星導館の少年もレヴォルフの少女も確かに厄介な相手で障害になるほどの実力者でありその他にもちらほらと厄介な選手が多かったが最大の障壁はやはり。

 

(…少年と同じ学園に所属している《戦士王》だろうねー。)

 

容易にアルディとリムシィが敗北するとは思えないが不安材料が多すぎた。

…彼は本当の実力を見せていないという事だ。

初戦も純星煌式武装を発動させ踏み込むと同時に振るうだけで相手選手を倒してしまっていた。しかも最小の星辰力の発動でだ。更にバラストエリアで見せたあの攻撃…《超人派》が作った最高傑作を子供のブロックの城を容易く破壊する気安さで壊していた姿は未だに脳裏に焼き付いていたほどに強烈だった。

 

「適当にかち合ってくれるのが助かるんだけどなー。…叶いそうもないけどねー。」

 

エルネスタは小さな希望を浮かべて天井を見上げたが叶わぬ願いだ。と苦笑した。




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やはり綺凛ちゃんは可愛い

若干R-17.9


第一試合から五日が経過して全ブロックで第二試合が行われる。

 

俺と綺凛ちゃんの次の試合は今日メインドームで試合が行われ天霧達はサブドームでの試合だ。

控え室から出てドームへ向かいステージへゲートを潜ると実況席からもう既に聞きなれた解説役の声が響き渡る。

 

『さぁーて!いよいよ鳳凰星武祭(フェニクス)も全ブロックの本日から第二試合が開始されます!このシリウスドームで行われる第一試合、まずはご紹介しますは初戦から圧倒的な実力で相手選手を一刀一撃でペアを温存するという余裕を見せて一回戦を突破した星導館学園の《戦士王》&《疾風刃雷》の名護蜂也選手と刀藤綺凛選手ペア!』

 

『一回戦は名護選手だけの文字通りまさに”独壇場”だったっスけど、二回戦はどうなるっスかねー。単体で勝ち抜くことが難しいのがこの鳳凰星武祭(フェニクス)っス。次は名護&刀藤ペアがどんな動きを見せるのか期待が高まります。』

 

相手を引き込ませる話し方に感心していると対戦相手が向こうから現れた瞬間に観客席からの応援が大きくなった気がする。

 

その方向を見ると少女の二人組のペアでその校章は冀望の象徴たる名もなき女神《偶像》。

このアスタリスクに存在する唯一の女子高であるクインヴェール女学院の選手のようだ。

両者ともに顔貌は整っており片方がツインテール、ポニーテールの髪型をしており愛想の良い笑顔を振り撒く。

 

(クインヴェールは戦闘よりも芸能活動に重点を置いてるみたいだが…中々に鍛えられているみたいだな。)

 

ツインテールの少女は双剣型の煌式武装でポニーテールの少女は槍型の煌式武装を手に持っている。

可憐な見た目とは裏腹に体内の星辰力の精度は安定している。

 

『アスタリスクに置ける最弱の学園はどこだ?』という質問をされたのならば全員が満場一致で答えるのが『クインヴェール女学院』と答えるだろうがそれは総合優勝を経験した数、という方が良いだろう。

しかし、それは総合優勝という結果を踏まえた”弱い”で”人気がない”ということにはならない。

それに星武祭(フェスタ)の枠が埋まることさえ珍しいという厳選主義に則ったものであり”弱い”ということではない。

 

実際に星武祭(フェスタ)でクインヴェールは”人気”では上位を取り続けているしその学園の生徒会長であるシルヴィア・リューネハイムは前回の王竜星武祭(リンドブルス)で準優勝を獲得している。

さて今回の作戦はというと…。

 

「お義兄さん。今回の試合は私が前に出ても良いですか?」

 

「んじゃ今回俺は楽させてもらうよ。こいつの調整で少し寝てないのもあったからな。」

 

「もう…ダメですよお義兄さん。ちゃんと睡眠を取らないと…。」

 

その視線には俺の手元に注がれている発動体の姿があった。

 

「悪い悪い…それに祭りにはサプライズが必要でしょ?目立ちなくなったが参加できない沙々宮のお願いでもあるしね。」

 

「くすっ…お優しいですお義兄さんは。気にしないでください。逆にお義兄さんの活躍が見たいので良いと思いますよ?」

 

小さく微笑まれなんだか恥ずかしくなってしまった。

 

「…んじゃ頼むよ。」

 

「はいっ。」

 

同時に胸の校章が光輝き試合開始の機械音声が鳴り響く。

綺凛が腰の鞘から《千羽切》の鯉口を切った。それを確認し俺は後ろに下がり発動体の手をそのまま空いている手をスラックスのポケットに突っ込んで待機する。

綺麗は一歩飛びで相手の間合いに踏み込む。

 

『おーっと!?今回は名護選手ではなく刀藤選手が動いたっ!!一回戦とは異なります!』

 

相手の選手達は蜂也が来ると予想はしていたのだろう。

不意を突かれる形となったがすぐさま動きだし迎え撃つ形で斬撃と突きを放つがあまりにも遅すぎた。

 

綺凛は難なく回避し相手の間合いに潜り込むようにしてその勢いのまま下段から胸元を切り上げる。

ツインテールの少女はその一閃に反応できずに胸に着けた《偶像》の校章が綺麗に真っ二つに断ち切られ硬質なステージの床へと転がる。

機械音声が鳴り響きツインテールの少女の敗北は確定しへたり込んだ。

間髪入れずにペアのポニーテールの少女も槍術を嗜んでいるのか鋭い突きを浴びせてくる。

流石のクインヴェールの選手も顔は狙うのはご法度らしくもっぱら胴体や手足だ。

 

「……」

 

攻撃の”隙”を冷静に探しだしそれを見つけ出す。

 

(見切りました。)

 

鋭い攻撃の連続であったがその攻撃は綺凛には当たらない。武器でいなすことはなく体の最小の動きで回避する。

ペアである蜂也の攻撃であれば一撃貰っていたかもしれないがこの速度は温すぎた。

 

校章を狙った一撃を千羽切の横薙で払い飛ばした。

 

「くっ!?」

 

弾き飛ばされるとは思っていなかった相手選手は急いで突いた槍先を戻そうと動くが遅い。

弾いた刀を素早く上段に持ってきて振り下ろす。

次の瞬間には校章が割られ地面に落下した。

 

項垂れる選手に申し訳なる気持ちになるが勝負だと割りきって千羽切を納刀し背を向けると機械音声が勝者を告げる。

 

試合終了(エンドオブバトル)!勝者名護蜂也&刀藤綺凛!」

 

初戦と同じく一撃で相手を倒してしまい実況者席と観客席は沸いた。

 

『は、はやぁい!流石は星導館学園の序列一位!一瞬の攻防を制したのは刀藤選手!あっという間の決着だぁ!!これまた一方的な試合展開です!この二人のペアの底が見えません!本来鳳凰星武祭(フェネクス)というフィールドで未だに二人揃って闘ったことがない…ってこれはどうなんでしょうか?』

 

『いや、タッグの作戦を隠す、というのは非常に有効な戦術っスよ?過去に前例が全くない、というわけではありません。このペアは情報だけを読み取ると両者共に近接型の選手です。この作戦を立案したのは名護選手でしょうか?彼は恐らく何らかの策を講じていると思われますがまだまだその手は見せないぞ、と企んでいるように思えるっス。』

 

『この二人を止められる選手はいるのでしょうか!二人の快進撃を期待したい所です!』

 

解説を聞いていると今回出番のなかった《グラム》から苦言が来た。

 

『些か不本意だが沙々宮殿の為だ。…致し方あるまい。』

 

次の試合もお留守番な。

 

『なぬっ!?』

 

こうして俺たちは無事に二回戦を突破した。

戻ってきた綺凛ちゃんと共にステージを捌けて会見会場へと向かうことになる。

報道機関の質問が面倒だったがこういうところも点数に響くらしいのでそれなりにおざなりにならないように気をつけて発言をした。

 

◆ ◆ ◆

 

試合が終わり控え室に戻ってきたのだが綺凛ちゃんがそわそわしておりしきりに自分の制服の匂いを嗅いでいたのは汗をかいていたからだろう申し訳なさそうに俺にシャワーを浴びさせてほしい、と告げてきたときには

 

「俺の事は気にしなくても良いから控え室のシャワーを使っておいでよ。俺は控え室の外で待ってるからさ。」

 

相手は中学生…年頃の女の子であり異性を気にする年頃で俺がいるとゆっくりシャワーを浴びれないだろうという配慮だったのだが…。

 

「だ、大丈夫です!お義兄さんがわざわざ外に出る必要はないので控え室のソファーで待っていてください!」

 

手を取られ引き留められてしまった。

 

「いやいや…男がいたらゆっくり出来ないでしょうが…。」

 

そう言って諦めさせようとするがふるふると首を振って否定された。

 

「学園の報道系クラブとかがまだ外にいるかもしれません。外にいるのを見られたら『あのペアは仲が悪い』なんて偏向報道されちゃうかもしれないので…だから大丈夫です。」

 

「だけどなぁ…。」

 

困ったような表情を浮かべると逆に綺凛ちゃんが悲しい表情をしていた。

…いや俺がしたい場面なんだが?

とどめの一撃を貰ってしまった。

 

「お義兄さんじゃなきゃこんなこと言わない…です。」

 

「わかった…俺は少し仮眠してるから。」

 

義妹にそんなことをお願い?されて結局シャワーを使用中に控え室のソファーで一眠りすることにした。

 

 

「お義兄さんが剣以外に武器を使えると知ったら驚くんでしょうね…やっぱり凄いです。」

 

シャワールームで生まれたままの姿になり先程の試合での汗を洗い流す綺麗。

十代の若々しいその肌は降り注ぐ水流を弾く。

汗を洗い流すその肢体は中学生とは思えない早熟した肉体であり特に胸部部分と臀部はクローディアに匹敵するほどに魅力的な色気を放っていた。

 

「この試合でお義兄さんは全力を出していない…そもそも全力を出せる相手がいないのでは?」

 

開催当日の試合でもほんの少しの星辰力の解放であれ程の迄の速度を叩きだし”校章を二枚抜き”するという離れ業をやって見せたのだ。

観客や実況者達が沸き立ち「未だ何かを隠し持っているのでは?」と疑うのも無理はないだろう。

 

「実際にペアを組むことになってお義兄さんの力を見せていただきましたが…剣技だけなら私に分がありますけどそれ以外の能力を使われちゃったら勝てるビジョンが見えないです。」

 

ペアを組む上で蜂也の力を目の当たりにした綺凛は開いた口が塞がらないとはこの事か、と身をもって知ることになったのだから。

 

それに『封印されていた純星煌式武装』と完全適合できた、というのも納得ができる。

剣から”選んだ”のではなく剣の担い手に”選ばれた”といった方が良いだろうか?

少なくとも『壊劫の魔剣(ベルヴェルク=グラム)』を手にしている間の蜂也が負ける姿が想像できなかった。

只の力が強いだけでなく百戦錬磨の戦士のように頭が回るのだから綺凛がそう思うのも無理はない。

 

「お義兄さんは色々な女性に好かれていますよね…誰にでも…って訳じゃないけどその姿を見るのは何だか…複雑です。」

 

綺凛と初めてあった時も隣にはクローディアが居たしそしてこの間の初戦突破の時にあの世界の歌姫…『戦律の魔女(シグルドリーヴァ)』シルヴィアも仲親しげに蜂也と会話していたのを見て苦笑いしてみていたが無性にその光景を見ていて胸が痛んだ。

 

「わたしはお義兄さんをどう思っているんでしょうか…?」

 

熱いシャワーを浴びながら思考に耽るがその答えは出てこず少し長いシャワー時間になっていたことにハッとなって気がつき上がることに決めた。

しかし。

 

「あ、あれ?下着がない……はっ!お、お義兄さんがいるテーブルの側に替えの下着が入ったバックを置いてきちゃった…!」

 

やはりというかそこは綺凛”お約束”をかましてしまっていた。

ここにあるのは先程シャワーを浴びる前に身に付けていた下着類で汗を含んでしまっているので身に付けたくはないしかといって素肌にストッキングは問題だった。

 

「お義兄さんお昼寝してるって言ってたし…今出ていっても問題ないですよね…。」

 

そう言って体にタオルを巻いて髪が濡れたままシャワールームを出る。

 

「…………。」

 

気密扉がプシュッ、と開きビクッとしてしまう綺凛だったが恐る恐る控え室を覗くとそこには備え付けられたソファーに仰向けで寝転び昼寝をしている蜂也の姿とテーブルの上に置かれたパッキングされた下着が入った袋が置かれていた。

 

「うう…やっぱりシャワーを浴びるのに意識が集中してて忘れてました…。」

 

綺凛は戦闘になると人が変わるのか、というくらいに物事に対する集中度が違ってくる。

そこがかわいいと蜂也なら言うだろうが今の彼女に知るよしはない。

 

「い、急いで下着を取りに行かないと…でもお義兄さんを起こさないようにしなきゃ…。」

 

剣術の足運びで足音は完全になくなり物音立てずに目標まで向かう。

 

「………。」

 

寝息を立てている蜂也の隣を通り抜けるときの綺凛の心臓は緊張で爆発しそうなほどに鼓動を速めており今すぐにでも走って取りに向かいたいところだが物音を立てれば蜂也が起きてしまう、そんな確証があった。

 

「(ゆっくりゆっくり…着いた。)……。」

 

パッキングされた袋を手にした綺凛は一安心して踵を返してシャワールームの更衣室へ再び音を消して足運びをするが現実というのはそう簡単に行かないのだ。

 

テーブルに置かれた蜂也の端末が震える。

 

「ひゃあっ!」

 

ビックリしてしまった綺凛は思わず短い悲鳴だったが挙げてしまった。

同時に固いテーブル上で振動し着信音がなっている端末の音に気がついた蜂也は目蓋を開けて目を擦った。

起き上がったことに動揺した綺凛は足がそのテーブルに引っ掛かってしまいこれまた運命の悪戯か。

長いタオルを巻いただけでほとんど裸に近い姿の綺凛が近くのソファーに倒れ込んだ。

 

「…ん?誰からだ?ってぐおおおっ!?」

 

胸の当たりに衝撃が遅い思わず悶絶をしてしまう蜂也。

 

「一体何が……って…へ?」

 

その衝撃の正体を探るべく視線を下へ向ける蜂也の視界に飛び込んできたのは…。

 

「あいたたた…え?」

 

視線に先にいたのは髪が未だに濡れたままでバスタオルが取れ掛かっている綺凛の姿がそこにあった。

構図的には蜂也を綺凛が情熱的に襲っているようにも見える。

 

「き、綺凛ちゃん?」

 

声をかけられて今自分がどんな格好をしているのかを理解してしまってシャワー上がりの顔色は更に紅くなる。

 

「お、お義兄さん!?こ、これはその…着替えをここに置いていたのに気がついてその…あっ、ごめんなさい!今すぐ退きますからっ!」

 

すぐさま蜂也から動こうとするが巻いているバスタオルが取れ掛かっていたのを見つけてしまった蜂也はゆっくり動くように指示をするのだが…。

 

「き、綺凛ちゃん急に動いたら危ないって!…あ。」

 

パサリ、と白い布が蜂也の腹の上に落ちた。

 

「すぐに退きますからっ」

 

「ちょっ!綺凛ちゃん前、前!」

 

「直ぐに……へっ?」

 

「おわっ!」

 

綺凛は胸部分で巻き付けていたタオルの締め付けが随分と軽くなったな、と他人事のように思って下を見ると白い布が蜂也の腹の上に落ちていることに気がついて恐る恐る視線を蜂也の方へ向けると顔を紅くし掌で顔を隠し片方の手で指を指す。

なぜそんなことをしているのだろうと疑問に思い自分が今どんな状態にあるのかを理解するに然程時間は要らなかった。

指を指された方向に視線を向けると生まれたままの姿で情熱的に蜂也を求めているような姿でありタオルが外れた瞬間に蜂也の脳裏に自らの豊満なモノが実り先がピンク色に色づく果実を記憶に刻んでしまったと。

 

「~~~~~~~!!!」

 

声にならない悲鳴が防音機能がある控え室に響き渡りその後半泣きになってしまった綺凛を慰めるのに時間を費やした。

それは綾斗が来るまで続いたという。

 

『これが所謂”ToLoveる”という奴かな主よ。』

 

『はっ倒すぞ手前ぇ…』

 

蜂也は《グラム》にガチギレしていたが先程の綺凛の姿は妙に艶っぽく忘れようにも忘れることはできなかった。

 

◆ ◆ ◆

 

天霧達の試合も秒で終わったらしくこちらに合流をして昼食を取っていた。

天霧はリースフェルトが作ったらしいサンドイッチをいただいており俺は”さっきの出来事”の罪滅ぼし、と言う訳ではないが控え室にあった調理台があったのでお昼ごはんを作る。

食材は冷蔵庫にぶちこんでいたのでそれを利用する。

今日の昼食は自家製のミートソースにパスタを茹でキャベツをカットし鉄板で炒めた焼きパスタを提供したところ綺凛ちゃんはにこにこと笑って完食してくれたので許されたと思いたいが若干頬を紅く染めているのを見逃さなかった。

 

食事をしている最中に控え室に備え付けられたモニターを付けてチャンネルを回すと一つ気になる試合を見つけた。

それにリースフェルトが反応していた。

 

「そうか…こいつらの試合も今日だったな。」

 

画面に映るのは巌のような男、レスター・マクフェイルだった。

 

「対戦相手は…なる程一筋縄じゃ行かなさそうな相手だ。」

 

そしてそれに対峙しているのはレヴォルフ黒学院序列三位、巨大な鎌純星煌式武装(オーガルクス)覇潰の血鎌(グラヴィシーズ)』を持つイレーネ・ウルサイスが不敵な笑みを浮かべていた。

 

◆ ◆ ◆

 

結果としてレスター達はウルサイス姉妹に敗北した。

目を見張るのはその手に持った純星煌式武装だろう。

試合が終了し控え室ではリースフェルトから始まって感想が述べられた。

 

「『覇潰の血鎌(グラヴィシーズ)』厄介な能力ですね…。」

 

「『吸血暴姫(ラミレクシア)』…やはり厄介な相手だな。それに武装もあれほどの威力を持っているとは思っても見なかったが…綾斗お前はどうだ?」

 

「うーん…純粋に接近戦ってことならまぁ…それに『黒炉の魔剣(こいつ)』がどのくらい通用するのかも分からないしね。何とも言えない。副会長はどう思います?…って副会長?」

 

映像を見て考え事をしていた。

 

「…(資料では見ていたが『覇潰の血鎌(グラヴィシーズ)』は重力を発生させる武装なのか…さっきの試合でも体格差のあるレスターを地面に縫い付けるように押し付けていたからその重力発生は大したもんだが俺の加重魔法に比べれば対したことはない…いや試合のレギュレーションだから弱いのか星脈世代が頑丈すぎるのか分からない、が相手の行動を見る限り武装に寄った闘い方ではない…《グラム》)」

 

『どうした主よ。』

 

《グラム》に話しかけ対策できるか確認をしておいた。

 

『お前ならあの武装に対抗できるか?』

 

『無論だ。言ったであろう?「我は最強の破壊力を誇る『純星煌式武装(オーガルクス)』」だとな。』

 

間髪いれずに返答をしてくれたこいつに頼もしささえ覚えたが油断はできない。

 

『お前がそう言うならそうなんだろうな…だが俺もあの加重を自在に動き回れる自信はないが…卑怯だが『重力制御』をさせて貰おう。』

 

『本当に対戦する相手が可哀想になるレベルだぞ主よ。』

 

『試合の世界に卑怯もらっきょうもないんでな。自分で言っておいて何だがこれは俺の”能力”だ。』

 

もし当たる…というか当たるのは確定だろうし対策をしておくのは遅くはない。

 

「お義兄さん?どうしました?」

 

綺凛ちゃんに声を掛けられたことでハッとして反応する。

一応天霧達の会話は聞こえていたのでそれについて回答する。

 

「……っとすまん少し考え事をしていた。…そうだな天霧の場合はこないだも言ったが”条件が整わない”ときついだろうが行けるだろう。それに補給元になっている妹を潰せば長期戦は出来ずに干からびる…があまりそれはしたくないんだろう?」

 

俺がそう告げると天霧と綺凛ちゃんが苦笑いで頷いた。リースフェルトも似たような感覚か。

 

「まぁ試合だからな”正々堂々”といえば聞こえが良いが真っ正面から倒せないならそれも立派な”作戦”だぞ。それで負けたら言い訳も立たんしな。」

 

「あ、いやそう言うのじゃ…。」

 

天霧は女性には手を出せなさそうな雰囲気あるからな…一応補足はしておく。

 

「まぁウルサイスも妹が狙われてるのも折り込み済みだろ。本戦では予戦で見せたことのない技を繰り出してくるだろうからな。」

 

俺がそう言うと全員が頷いていた。

 

(恐らく俺たちと天霧が本戦で当たるんだろうな…そう簡単にやられてくれる相手じゃなさそうだしな。)

 

画面に後ろ姿が映るウルサイス姉妹を見ながらそう思ったのだ。

 

 




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吸血暴姫(シスコン痴女系美少女)と優しき妹

祝評価バーがついに四本に…ありがとうございます!

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鳳凰星武祭(フェニクス)は七日目に突入し予選会も最終回となった。

 

同時に胸の校章が光輝き試合開始の機械音声が鳴り響く。

今回は綺凛ちゃんが一歩下がり俺は前に出て発動体に星辰力を流し込むと武装が形成されると同時に俺は相手選手を倒すために動き出す。

その手に展開された武装を見て観客と解説達がどよめいた。

俺より大きいか、それとも同じくらいの身の丈の銃身を持つ大砲のような煌式武装。

 

『おーっと!?名護選手の武装が一回戦目の時とは異なりますっ!銃型の煌式武装を持ち出したっ!代名詞である壊劫の魔剣(ベルヴェルク=グラム)は今回使用されないのでしょうかーっ!?』

 

『些か不本意だが沙々宮殿の為だ。致し方あるまい。』

 

喋るんじゃねーよ気が散る。

 

『む…最近我の扱いが雑ではないか?』

 

反論する《グラム》を無視して目の前の戦闘に集中する。

 

『これは驚いたっスねー。基本的に複数の武器の持ち込みは禁止はされいないっスけど選手各自は得意な武器が決まっているので持ち込みは同系統のモノが多いんスけど名護選手は武器の種類に関わらず満遍なく使えてしまうんスかねー?』

 

そんな解説の言う通り俺は一応全ての武器を扱うことが出来るので今回沙々宮から預かった銃型の煌式武装を使わせてもらっている。

俺もどっちかといえば本来はスタイル的には遠距離だ。

…まぁこの武装射撃する前にに少ーし時間が掛かってしまう、という難点はあるものの威力は折り紙付きであり星脈世代の星辰力が低いものが当たれば気絶判定に持っていけるほどに威力が高い。

 

対戦する相手選手も俺の武装が大剣だと聞いていたのだろう。

最初は驚いていたが二名が此方に突貫してくるが遅い。

相手の武装は剣型の煌式武装と星辰力の威力を存分に発揮できる拳…『星仙術』と呼ばれる技を使用する生徒でありその校章は『黄龍』…界龍第七学院と呼ばれるアジア系っぽい学院の選手達と闘っている。

彼らは序列外の生徒だが星辰力の制御は目を見張るものがある。

通常の銃型武装ならば切り捨てられてしまうがそこは俺の星辰力とこの銃の機構であるマナダイト直列三連結という荒業で出力を獲得しており硬度で言うならグラムにも引けを取ることはない。

 

実際に刃と拳を銃型の煌式武装で受け止めたあとにパリィし体勢を崩す。

普段と同じく刀藤流剣術を使用し対戦相手の武装を吹き飛ばすと同時に搭載されているマナダイトが青白い光を収束した。

 

無防備になった胴体に銃口を向けて発射した。

 

「吹っ飛びな。」

 

爆発と衝撃波が会場を支配し対戦相手が吹き飛びその余波でステージ端まで勢い良く悲鳴を上げて吹っ飛んで行った

 

両選手はステージの壁に叩きつけらて弾丸の威力と衝撃で校章が砕け散ると同時に意識を失った。

 

試合終了(エンドオブバトル)!勝者、名護蜂也&刀藤綺凛ペア!」

 

こうして俺と綺凛ちゃんは本戦出場が確定した。

 

◆ ◆ ◆

 

本戦抽選会はお馴染みのシリウスドームで行われた。

 

「しっかしだだっ広いなここはよ…。」

 

ステージに近い、しかし一般の観客席からは隔離された専用のブース席に俺とクローディアは座っていた。

しかしここには俺たち以外の生徒の姿はなくほぼ貸しきり状態になっていた。

 

「ふふっ。ここは星導館生徒会専用ブースですから人が来ませんよ?」

 

そう言って何時ものように俺の隣に陣取るクローディアはこれまた何時ものように腕に自分の腕を絡み付かせてくる。

クローディアの双丘が形が変わってしまうぐらいに密着していた。

 

「いや、何で俺の腕に巻き付いてくるんだよ…てか近い。」

 

俺がそう指摘するとクローディアは拗ねたような表情を浮かべて更に密着、腕ではなく身体事…殆ど抱きついているような状態だ。

 

「…こうして蜂也と二人きりになれたのは随分と久しぶりですから。寂しかったんですよ?」

 

「お前なぁ…。」

 

豊満で柔らかいものが腕ではなく身体に当たっている。

 

「ここのところわたしは働き詰めでその期間はペアである綺凛さんとイチャイチャして…何故かいつの間にかクインヴェールの生徒会長と仲良くなっていますし?…わたしは悲しくなってしまいますよ?」

 

「いやいや…別に俺と綺凛ちゃんはそんな関係じゃなくて義兄妹だしシルヴィアに至っては面白そうだから俺にちょっかい掛けてきてるだけだっつーの。そもそも悲しい…って俺とお前はそんな関係じゃないだろ。そもそもなんで俺にそんなことを言ってくるんだ?」

 

「それは…内緒です♪」

 

「おいおい…。」

 

”わたしの蜂也”だとか”浮気ですか”等完全に恋人のような発言をしてくるクローディアに突っ込んだ質問をすると何時ものような笑みを見せてはぐらかされた。

 

一度こいつの好感度を《瞳》の力を使って覗いたことがあったのだが好感度は最大で俺に対する”悪意”もなく”親密”の方がある。

俺にはそれが分からない。なぜこいつがこんなにも俺への”好意”を抱いているのか。

しかし、嫌な気はしないと言うのが実情であって…。

 

「蜂也?綺凛さんにしたようにまた撫でてくれますか?」

 

「お前な…ここ俺たちしかいないからって気を抜きすぎだろ」

 

ここには俺たちしかいないが誰が入ってくるかも分からない外の施設だし目の前はガラス張りで目の良い奴ならこっちが如何わしい事をしていればバレてしまうだろうしな。

しかしクローディアは首を縦には振らなかった。

 

「働き詰めだったのですからこのくらいの褒章があってもバチは当たらないと思いますよ?」

 

さぁ、と言わんばかりにぐいぐいと身体を近づけ頭を俺の眼前に持ってくる

 

「…はいはい。」

 

こういうところで以外にこいつは頑固である。

甘い魅惑的なクローディア本人の匂いが俺の鼻腔を突く。

仕方がないと諦め手を翳しクローディアの頭頂部に置こうとしたその瞬間に静寂を1本の着信が破った。

 

「っ…はい名護です。」

 

着信を取ると困ったような八の字眉をしているであろう綺凛ちゃんの声が聞こえた。

 

『あ、あの…お義兄さん。突然ごめんなさい…。』

 

「どうしたの?」

 

綺凛ちゃんは明らかに慌てていた。

どうも不測の事態が発生したようであった。

綺凛ちゃんはおろおろした様子で話を続ける。

 

『ええと、実は今日紗夜さんと一緒に商業エリアにお買い物に来ていたのですが…い、いつの間にか紗夜さんの姿が見えなくなっていて…』

 

「沙々宮か…天霧達には連絡がついていないのか?」

 

奴の事なら天霧に聞けばよいのだが…。

 

『それがマナーモードにしているのか繋がらなくて…そこでお義兄さんに連絡を取ったのですが…。』

 

「成る程な。」

 

『そ、それで紗夜さんの端末に連絡を取ったら『迷子になった』と自信満々に言われてしまって…ど、どうしたら良いですか…!』

 

パニックになる寸前だったので俺は綺凛ちゃんへ優しく声を掛けた。

 

「分かった。じゃあそっちに今から行くから綺凛ちゃんが今居る場所を教えてくれないか?合流して一緒に探そう。」

 

『は、はい!ありがとうございますお義兄さん!ええと今居る場所はですね…』

 

今居る現在地を聞かされその場所で合流をしようと決めて一度通話を切り端末を仕舞って動き出そうとすると別の問題が発生していた。

 

ーむすっ、つーん…ー

 

クローディアがむすっとした膨れっ面でそっぽを向いてしまっていた。

 

「お、おいクローディア?」

 

「…折角の久々で二人っきりになれたと言うのに。」

 

普段の余裕のある女性のような雰囲気から一転しいじけてしまった子供のようで非常に愛らしいと思ったが状況が状況なので弁明している暇はない。

 

「わたし…本当に蜂也と一緒に居る時間を楽しみにしていたのに…。」

 

その発言に俺も思わず罪悪感を覚えてしまった。

流石の俺もクローディアのような少女にこんなことを言われて無視できるほど男子をやめてない。

この爆弾を放置したままなのは後々に大変なことになると俺の直感が告げておりひとまず合流を後回しにした。

 

「悪かったって…でも天霧が電話に出れないなら迷子の捜索をしなきゃならんだろ。それこそ再開発エリアにでも行ったら大変だ。」

 

謝罪をするがクローディアはプイッとそっぽを向いて「わたし怒っています!」と言わんばかりの動きを見せており取り付く島がない。

どうしたものか、と頭をフル回転させているとそっぽを向いていたクローディアが此方に向き直り顔を紅くして告げた。

 

「本当に…悪い、と思っていますか?」

 

「え?ああ。思ってる。」

 

そう告げるとクローディアは許す代わりの行動を要求してきた…がかなりの難易度だった。

 

「で、でしたら私を抱き締めて頬にキスして「愛している」と言ってくれましたら許します。」

 

「は…はぁ?何を言ってるんだお前は?」

 

困惑する俺に対してクローディアは少し不機嫌なままでまたしても膨れっ面の表情に戻りそっぽを向いてしまった。

どうしたものかと頭を抱えると《グラム》からの声が聞こえてきた。

 

『主よ…ここでクローディア女史の機嫌を直しておいた方が懸命だぞ。』

 

いや…抱き締めるのは百歩譲るとしてキスは…ないだろ。

 

『早くしないとクローディア女史の機嫌が更に悪くなっていくぞ?…提案を受け入れるべきではないか?』

 

そう言われ視線をクローディアに向けるとプリプリと怒っているのは続いたままでありこのままでは不味いと思った俺は致し方ないと内心でため息をついてクローディアの提案を飲むことにせざるを得なかった。

 

「…クローディア」

 

「…へ?」

 

そっぽを向いていたクローディアの肩を掴み此方に振り向かせた。

優しく引き寄せお馴染みに抱き締める形になる。

 

「は、蜂也?」

 

「お前がこうしたい、って言ったんだから苦情は受け付けないぞ。」

 

「…はい。その…よろしくお願いします。」

 

何故か依頼をされてしまっておりお前が望んだことだろうと突っ込みたくなったが一先ず置いておく。

目蓋を閉じてこれから行う行動に構えているクローディアは非常に愛らしかったがこれは非常に精神衛生上よろしくはない。

 

「……行くぞ。」

 

「……。」

 

俺はクローディアの耳元まで顔を近づける。

更にクローディアの芳しい匂いが鼻腔をつき頭がおかしくなってしまいそうだったがこれは”妹を宥めるための行動”だと自分に言い聞かせ俺の唇がクローディアの色白…だが紅く紅潮した頬へ口づけし肌と肌が濡れた音が響き甘い雰囲気がこのブースに広がる。

 

「ん…///」

 

すべすべしたクローディアの肌の質感が俺の唇に伝わる。

くすぐったいのか身を腕のなかで捩るクローディアに逃がすまいと追撃を掛ける。

 

「……ふぅ~。」

 

「ひぅ…///」

 

クローディアの耳に息を吹き掛け真っ赤になって俺の胸の中に撃沈した。

 

『まさか本当にやるとは…刺されても知らんぞ?』

 

お前がやれって言ったんじゃねーかよ!!

 

「蜂也……。」

 

クローディアはとろんとした表情で俺の腕のなかで甘えていたが一旦離れ捜索しに行くことを告げると先程とは違って笑顔で送り出してくれた。

「愛している」とは流石に言わなかったのでそこは文句を言われたが無視した。

つーかなんつうことさせてくれたんだこいつは…。

 

◆ ◆ ◆

 

「えーと…たしかこの辺りだったか?」

 

クローディアと数分程度だが抱き合っていたのだがようやく解放され綺凛ちゃんに教えられた場所で合流し辺りを捜索するが沙々宮の姿は見当たらず…端末に連絡を取った場所から推測した場所を絞り込んでいるのだが見つからない。

 

「取り合えず手分けして探そうか。」

 

「そうですね…。」

 

沙々宮には連絡を取ってその場所から動かないように指示を出しているので事態の悪化は防がれている…と信じたい。てか迷子になる確率高くねぇ?こうなったらアイツの足首にGPSでも付けておいた方が良いのだろうか?と犯罪者を執行猶予付きで釈放するような気分になったがそれはダメだろう。

まずは地図の見せ方を覚えてもらった方が良いのだろうか?

 

「暗くなる前に探すか…そっちは頼む。」

 

「はいっ。」

 

再開発エリアが近いこともあって観光客の数は少なく柄の悪い…というかレヴォルフの生徒が多い。

因縁をつけられる…というか俺を見るたびに逃げるような生徒が居るくらいで序列入りって便利なんだなと思った。

 

取り合えず近場の裏路地を見てみても探し人は見つからず数本巡ったが出てこない。

 

「はずれか…ここにも居ないとなると別の場所か?」

 

ここも外れか…と思い踵を返し戻ろうとすると声が聞こえた。

 

「ーーーーー。」

 

言い争うようなそんな会話が路地裏の奥からだ。

 

足を止めてその声の方向へ歩き出しながら耳を澄ます。

 

「やめ……さい…!放し……!」

 

若い女性…少女のような声が聞こえるがその内容は穏やかとは言いがたく言い争いをしているようだ。

その現場を見ることが出来る場所の付近まで近づき物陰から伺う。

女の子が一人にガラの悪い男達に囲まれていた。

その囲まれている少女をどこかで見たことがあったが思い出せない。

 

『おいおいあんまりワメいてくれるなよ。めんどくせーのは嫌いなんだ。』

 

『そうそう。恨むんならお前のねーちゃんを恨むんだな。』

 

『んー!!んんんー!!』

 

少女は口を押さえられてしまっている取り囲むガラの悪い男達。人数は五名程度だろうか?

俺は溜め息をつきながら腰のホルダーに収納している発動体を握る。

…と思ったがここで問題を起こすわけには行かないので身体技能で制圧することにした。

 

(グラム…でしゃばるなよ?)

 

(女性を複数人で取り囲むとは男の風上に置けぬ奴らよ…ここは我が…って…ん?主よ…そこは我を呼ぶ場面では?)

 

《グラム》との会話を切り上げ《縮地》を用いて俺は少女の身体に触れようとしていた男子生徒の腕を捻りあげる。

 

「な、なんだてめぇ…いででででっ!!…がくっ」

 

捻りあげた腕を軽く引っ張って近くにあった壁にCQCの要領でぶつけて無力化した。

存外にも反応がよく残りの男達はナイフ型の煌式武装を取りだし構える。

…うん。まんま鉄砲玉みたいだな。

 

「…。」

 

言葉は発ずに威圧感を出して逃げるように仕向けるが…。

 

「…っ、あぁん!?」

 

「と、突然割り込んでくるたぁふざけた兄ちゃんだなぁ!?」

 

俺の視線を向けるが男達を怯ませる…ことは出来たが逃げることはせずに武器を構える。

一触即発か…と思いきやガラの悪い男達の中の一人が俺を指差して叫んだ。

 

「ああっ!こ、こいつ《戦士王》じゃねーか!」

 

「《戦士王》…ってま、まさか星導館の第三位か!?」

 

一瞬男達の間に動揺が迸るのを俺は見逃さなかった。

不意をついて男達の間を常人には関知できないほどの速度で移動する自己加速魔法(クロック・アクセル)と同時に男達に重力波動をぶち当てていく。

 

「がぁ!?」

 

「ぐぉっ」

 

「ぐあっ!」

 

「ぎゃっ」

 

「…ったく男複数に女の子一人を囲むか普通…。」

 

「…がふっ」

 

少女を放すまいと手を伸ばすチンピラの腕を蹴っ飛ばし気絶させると裏路地は静かになった。

踵を反してその場から立ち去ろうとすると後ろから引っ張られる感じがして振り向くとさっきの少女が此方の制服の袖を引っ張っていた。

ん?何をしてるんだこの女の子は…厳つい生徒は伸したからここから逃げてほしいんだけど…。

そんなことを思っていると少女が口を開く。

 

「あ、あの…っ!」

 

「……?」

 

引き留められてしまいどうしようかと思案しているとふと此方を監視するような視線を感じ取った。

 

(この子の事を見ている…?なら何故さっきのタイミングで助けに入らなかった…?)

 

此方を伺う視線に対し少し考え事をしようとしたが中断された。

 

「いたぞ!…って見知らねぇ男も一緒だ!一緒にやっちまえ!」

 

俺が頭に疑問符を浮かべていると裏路地の反対側の入り口から怒号が聞こえた。

どうやら先程の伸した生徒達の仲間らしく俺の後ろにいる少女を狙っているようで俺も仲間判定されてしまった。

…面倒くさい。

 

「あっ…!」

 

「逃げるぞ。」

 

俺は少女の手を取って走り出す。

裏路地の物陰に隠れるがここは男達のホームでここの辺り一体の路地を知り尽くしているらしく鉢合わせをしてしまいそうになる、という状態に見舞われた。

だがそこは察知して入れ替わりで動いたので接触することはないのだが如何せん数が多い。

無勢に多勢とはこれの事だが律儀に付き合ってやる義理はない。

 

「ちょいと失礼。」

 

「え…?………っ!!」

 

断りを入れて少女を抱き抱え加重魔法による重力制御でふわり、と宙に浮いて飛翔する。

悲鳴をあげそうになっていたが状況が状況なので口を手で押さえていた。

近くにあった四階建て程度の商業ビルの屋上へと避難をする。

チラリとしたの路地に視線を向けると男達が此方を探しているが当然ながら見つかるわけもなく男達は暫くすると来た道へ戻っていった。

暫くはここに身を隠していた方が良さそうだ。

頭の回るやつなら”上”に逃げたと感づく者もいるだろうが大丈夫だろう。

幸いに隠れる場所は多いビルの屋上らしいからな。

一先ずは緊急とは言え女の子を抱き抱えてしまったので謝罪から入ろうと思う。

 

「本当にすまんかった。緊急事態とはいえ知らない男子に抱えられて飛ぶのは嫌だったよな。すまん。」

 

「へ?あ、ああ、はいっ、いえそんなことないです!危ないところを助けていただきありがとうございますっ」

 

少女を下ろして頭を下げると慌てている。

逆に深々とお辞儀をされてこっちがいたたまれない気分になった。

よくよくその少女を見てみるとこの辺りを根城にしているレヴォルフ黒学院の校章…『双剣』があったのだ。

 

「あのう…わたしの顔に何かついてますか?」

 

観察していたのがばれたのか質問されてしまった。

 

「え?ああいやレヴォルフの校章を付けているのになんで追われてたんだろうなって思っただけなんだが…」

 

「ええと…それは…あのそれよりどうしてわたしを助けてくれたんですか?星導館の方ですよね…?」

 

「ん?ああ…ちょっと知り合いが迷子になっててさ。そいつ結構な方向音痴で…んで場所を知らされて再開発エリアのこの付近…って教えられてこの場所を通りがかったら君が襲われているのを見て助けに入った…って訳なんだが。」

 

「そ、そうだったんですね…重ねてありがとうございますっ!」

 

「い、いやそこまで畏まらんでも…。」

 

「そう言うわけには行きませんよ!…あ、すみません少しおね、姉に連絡しても良いですか?心配してると思うので」

 

「あー。うん心配してると思うから連絡してくれ。あ、そうだ。」

 

「はい?なんでしょう…。」

 

首を傾げる少女に俺は質問した。

それよりも気になることがあったからだ。

 

「君を一度どっかで見たことが有るんだけど…何処でだっけ…。」

 

ナンパの常套句のような台詞を思わず言ってしまうと目の前の少女に微笑されてしまった。

む、いかんな。

少女は肉親に連絡を取っているのでここから立ち去ろうかと考えていると少女に「ここにいてください!」とジェスチャーで指示されてしまい動けなくなった。

 

通話が終わって俺も一応は名前を名乗ろうとした。

その時だった。

 

「おい、そこで何をしてやがる…!!」

 

鋭い声と共に猛烈な殺気が俺の背中へ叩きつけられ少女を軽く突き飛ばしその場から離れると同時に攻撃を受けた。

遠距離ではなく武器による直接攻撃だった。

屋上のコンクリートが飛び散るほどの威力が襲う。

 

「うおっ!?いきなり…ってはぁ?」

 

回避と同時に着地を決めて攻撃を仕掛けてきた方向へ視線を向けるとそこには『覇潰の血鎌(グラヴィシーズ)』を振りかぶっていた痴女がいた。

 

「お姉ちゃん!」

 

「お姉ちゃん?……この痴女が?」

 

俺が指差してそう言うと痴女…というか少女の姉は顔を真っ赤にして激怒した。

というかこの少女とこの痴女は姉妹らしい。

 

「だ、誰が痴女だてめー!……まさかプリシラに手を出したんじゃねーだろうな?」

 

「そんな下着…って見せブラみたいなの付けてたらそう思うわ。てか、どうしてそうなるんだよ。俺はただこの子がチンピラに絡まれてた所を…」

 

「うるせぇ!なんであたし達と関係のない《戦士王》が助けてくれんだ?むしろ敵なんだから放っておくのが普通だろうが。」

 

状況を説明しようとしたがダメだ。聞く耳を持たないってのはこういうことなのか。

今こそGN粒子による対話がしたい。俺たちが…ガンダムだ!

 

なんてアホなことを思っていると痴女の瞳には明らかな敵対心が宿っている。説得するのは不可能に近い。

 

「ち、違うよお姉ちゃん!偶然通りがかった名護さんはわたしを助けてくれたんだって!」

 

ここで少女…もといプリシラの説得が入る。

 

「黙ってなプリシラ…何を企んでいやがるが知らねぇがプリシラに手を出したことを後悔させてやるぜ。」

 

そう吐き捨て手に持った『覇潰の血鎌(グラヴィシーズ)』をゆらりと振り上げた。

じりじりと肌を焦がすような凶悪な威圧感は並みの人間ならビビってしまうだろう。

 

「はぁ…」

 

しかし俺は心底あきれる他なかった。

話の通用しない奴ほど面倒くさいものはいないと。

俺だけが告げるならまだしもその妹が「関係ない」と言っているのに聞く耳を持たない、というのは突発的な難聴にでも掛かっているのだろうかと疑いたくなるレベルだ。

かといって今は鳳凰星武祭(フェネクス)の最中で騒ぎを起こすわけには行かないので軽く切られてやろう、と思って武器を構えずにオートで『物質構成(マテリアライザー)』を発動させようとしたのだが…。

 

「お姉ちゃん?本気で名護さんを傷つけようと思ってるんじゃないよね?」

 

プリシラは俺と目の前の痴女の前に割って入り静かな怒りを湛えた瞳で射貫く。

その存在感は確かに小さいが確固たる意思がそこには存在していた。

 

その瞬間に痴女は『覇潰の血鎌(グラヴィシーズ)』を待機状態に戻し慌てた様子で弁明し始めた。

どうやらここの姉妹も妹の方が強いらしい。

 

(何処も一緒…か…ふっ…。)

 

一気に緊張の波が止んだ。

まるで俺と小町のような関係だと思い少し親近感が沸いてしまった。

プリシラとその姉のやり取りが続きようやく終わりが見えたのか妹の方が姉の回答に満足して花のような笑みを見せて姉の方はというと一安心、といった表情か。

 

俺は踵を返してその場から立ち去ろうとしたが姉に引き留められた。

 

「ちょ、ちょっと待て!…あんたに聞きたいことが二つある。」

 

「お姉ちゃん?」

 

「ちょ、ちょっと質問するだけだって…。」

 

妹に不審な目で見られたじたじになる姉を尻目に俺は面倒くさそうな表情を浮かべることにした。

 

「あ?一体俺に何を聞きたいんだよ。」

 

「ちっ…って違うってプリシラ…んんっ!…ここの下で転がってた奴らはあんたがやったのかい?」

 

転がってる…ってのは俺がさっき伸した男達のことだろうか?

そこは素直に話した。

 

「ああ。ちょっとした野暮用でな…路地を通ろうとしたらちょうどプリシラさんがガラの悪い男に絡まれてたから軽く伸しておいたんだが…問題だったか?」

 

俺はメガネ越しに痴女…じゃなかった姉の紅い瞳を見つめると少し舌打ちをされて納得したようで次の質問が飛んできた。

 

「いいや…いい。それじゃあ二つ目だがあんたとプリシラの話じゃ”野暮用”といってたが何の用事があってこの再開発エリアに近い裏路地なんて通ったんだ?」

 

「あ?迷子の捜索だが…。」

 

「迷子…だぁ?」

 

「ああ。俺の同級生でドが付くほどの方向音痴が居てな…この間なんか市街地エリアに用事があっていたのに反対方向に居てな…探すのに苦労して今度からそいつが行動するときは足首にGPSでも付けておこうと思うくらいに」

 

「わ、分かった分かったから…そんな疲れた顔すんなよ。な?」

 

「これで分かってくれた?お姉ちゃん。」

 

何故かプリシラさんが得意そうに胸を張っていた。なぜにどや顔?

対する姉はバツが悪いと言わんばかりに頭を掻いていたがこればっかりは妹の言うことを信じないこいつが悪いとフォローするつもりは毛頭ないが。

大きく息を付いて肩を落としてぶっきらぼうに言い放った。

 

「ちっ…分かったよ。借りが出来ちまったな。」

 

それに対して俺はこう言い放った。

 

「こんなもん借りでもなんでもないだろ。恩着せがましい。たまたま俺が通りがかって助けただけだ。俺が助けなくともお前ならプリシラさんのピンチに駆けつけてただろ。」

 

俺は心底面倒くさそうに放った言葉にプリシラさんは笑みを浮かべ姉は苦笑していた。

 

「ディルクの野郎から聞いてた話と雰囲気全然違うなこいつ…てかそう言うわけには行かねぇんだよ。”これから戦うかも知れねぇ”奴に借りを作ったまんまはやりづらくってしょうがねぇ。」

 

「闘う?どういうこった。」

 

疑問を浮かべている俺とプリシラさんに呆れた表情の姉は端末を起動させ見えるように表示した。

映し出されたのはトーナメント表でそこには第四試合の対戦相手が表示されている。

 

「これは…。」

 

そこには俺と綺凛ちゃんの名前に対するのはプリシラさんとイレーネ・ウルサイスという女性の名前が記されていた。

俺はここでようやく思い出した。

プリシラさんを見たのは予選の映像であったこととレスターをボコり『覇潰の血鎌(グラヴィシーズ)』を使用していた序列三位の選手を。

名前と端末を掲げる姉を交互に見て繋がった。

 

「お前…痴女…じゃなかった。イレーネ・ウルサイスか?」

 

「今ごろ気がついたのかよ名護蜂也っ!?…くっ、やりづれぇ…!あと!あたしは痴女じゃねぇ!!」

 

「はぁ?」

 

「お姉ちゃんどうしたの?」

 

俺の反応にウルサイスの突っ込みが屋上に響き渡っていた。

 

 




「所でその迷子とやらは大丈夫なのか?」

「あ。」

その後連絡が来て綺凛ちゃんと沙々宮が無事に合流できて一先ず解決できた。



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食卓会議

あんまり進まないかも…次でイレーネ戦終了。


イレーネ・ウルサイスは苛立っていた。

自分の雇い主であるディルク・エーベルヴァインが契約を履行していないお陰でターゲット(名護蜂也)に貸しを作り妹が危険な目に遭ってしまったからだ。

妹を自宅のマンションに送り届けてから凄まじいスピードでレヴォルフの生徒会長室へ殴り込みを掛けていた。

事の真相を知るためである。

門番のように立っていた生徒達を一蹴しドアを蹴破り中へ侵入するイレーネを出迎えたのは不機嫌そうな表情を浮かべるディルク本人と驚いた表情を浮かべる腰巾着の女生徒一人だ。

 

会話を挟み怒りの沸点がピークに達していたイレーネは『覇潰の血鎌(グラヴィシーズ)』を振りかざそうとするが何かに気がつき後ろに下がった。

 

「ちっ…!ここにも《猫》を潜ませてやがったか!」

 

「俺はお前と違ってか弱い一般人だぞ?そのくらいの備えはしていて当然だろうが。」

 

「え?猫?ど、何処ですか?」

 

ディルクとイレーネは《猫》という意味合いを理解して会話をしているのだがころなは”猫”という意味合いで周囲をキョロキョロと見渡すが当然ながらそんなものはここにはいない。

そんな様子を見て呆れているディルクは武器を構えたイレーネに語る。

 

「んで?どうして、何を、もってそんな言いがかりをつけにわざわざここに来たんだ?聞かせてもらおうじゃねーか。」

 

「…知らねぇとは言わせねぇぞ。今日、プリシラが襲われた。」

 

「ああ。その件か。歓楽街の連中が引き起こしたようだな。」

 

指して問題じゃねーだろ、と言わんばかりの軽い口調で言い放ちさらにイレーネの怒りのボルテージが上がっていく。

 

「そもそもお前や妹が襲われたのはテメーの撒いた種だろうが。」

 

「そいつは承知してる。…だがな!あんたとの契約の内容にプリシラの保護があったはずだろうが!」

 

「無論、覚えてるさ。お前ら姉妹に手を出さねぇ様に通達はしてあるしお前の妹に護衛を付けている。先日お前を襲った連中にもお灸を据えてやったしな。ただ、レヴォルフ(うち)の中には俺に従うのを良しとしねぇ連中はまだいいやがるんだ。てめぇだって知ってるはずだぜ。それにそう言う連中は使い道があるからな。処分するには少し惜しい。」

 

「ちっ…まぁいい。だがな。ディルク。あたしがプリシラの傍に居ない時は《猫》が付いてるんじゃなかったのか?そいつは今回何をしてやがった!」

 

「《猫》は付けてやってる。少し出遅れたみたいだがな。」

 

「少し…出遅れただと?」

 

再びイレーネの瞳に剣呑な光が宿る。

 

「…どうせ再生能力者(リジェネレイティブ)だ。どうせ多少キズが付いた程度どうでも」

 

「ークタバレ。」

 

抑揚のない無機質な声と感情が映っていない表情。

しかしその様子とは裏腹に命を刈り取る死神の鎌はディルクの台詞が言い切る前に喉元を切り裂く為に振るわれた。

だが。

 

「……っ!!」

 

喉元を切り裂こうとした紫色の刃は寸前で軌道を変えられてしまったように逸れてディルクの頬を薄く切り裂くだけでとどまった。

その様子を見たイレーネは再び妹を侮辱したこの男の喉元を切り裂くために間合いを図りゆらり、と覇潰の血鎌(グラヴィシーズ)を構え直す。

ディルクは不快感を露にするように鼻で笑った。

 

「ふっ…そこまで浸食が進んでいやがるとはな…おい。イレーネ。」

 

「あ゛ぁ?」

 

「テメーを拾ってやったときから変わらねぇな。…目先のことしか考えてねぇ阿呆め。そんなんだから余計な敵を作るんだ。それにな…”俺が居なくなって困るのは一体何処のどいつだ”?」

 

「…っ!」

 

ディルクの無慈悲に放ったその一言にイレーネははっとして顔を見上げる。

 

「大体今回の出遅れた、と言っても現場には居たんだ。…星導館の男が余計なことをしなきゃ《猫》は間に合ってやがったんだ。…それにあの男《猫》の視線に気が付いて探るような仕草をしてやがってったと言うしな…ちっ。」

 

イレーネに最後のディルクが呟いた言葉は聞こえなかったがそんなことは問題ではないということだった。

 

「…だがあの野郎に救われたのも確かだ。」

 

敵である男に妹が救われた、という事実がそこにはあるのだから。

 

「わかったわかった…どうして欲しいってんだ?」

 

ディルクは不機嫌そうにそう言った。

 

「このままじゃ遣りづらくてしょうがねぇんだよ。こっちはこっちで筋を通すからあんたは茶々を入れんな。」

 

「ー好きにしろ。」

 

「ふん…邪魔したな。」

 

ディルクはまるで野良犬を追い払うように手を振った。

イレーネが居なくなった後にころなに占うように指示を出した。

当の本人は「部屋を片付けた方が良いのでは?」と意見を出すがディルクに一蹴されていそいそと占いの準備を進める。

普段はどうでも良い占いを行うがちょうど鳳凰星武祭(フェネクス)というネタに事欠かさないイベントがあったので名案と言わんばかりに占いを始めた。

ころなを中心に莫大な万応素が終結していたがころなは気が付かない。

ただ占いをしているだけなのだから。

複数のカードを選ぶ所謂”星占術”と呼ばれる方法に似ていた。

カードを五枚選び終えるところなの周りに展開していた魔方陣は消滅した。

結果としては”ウルサイス達が優勝する”という良い結果が出て顔を輝かせていた。

その結果を見たディルクは小さく手を振ってころなに指示を出して帰らせた。

 

一人半壊している生徒会長室に残ったディルクは腕を組んで考えを巡らせた。

ころなの占いの結果が”ああなるのならば”手を打たねばならないと。

 

「金目の七番へ繋げ。」

 

レヴォルフ黒学院の生徒会長が使用を許可される携帯端末を手に取りそう短く告げた。

 

◆ ◆ ◆

 

「どうしてこうなった…。」

 

午前中に沙々宮の捜索をしていたはずが対戦相手である妹がガラの悪いチンピラに絡まれているところに遭遇し助け出したのは良いものの勘違いされて危うく戦闘に突入しそうになったが事なきを得た後に探し主が無事に見つかると言う骨折り損なのか結果オーライか分からないことになってしまいその場を後にしようとしたのだが…。

 

『わたしを助けでくださったお礼とおね、姉がご迷惑をお掛けいたしましたので食事でもどうでしょうか?』

 

『お、おいプリシラ…!』

 

『お姉ちゃんは黙ってて!』

 

『…っぐ…はい…。』

 

と言うようなやり取りがあり俺は今現在プリシラさんに教えてもらった居住区に程近いマンションにやって来ていた。

高級マンション…と言うわけでないが小綺麗で洒落たマンションだ。

その一室の扉の前に俺は立っている。

 

「え?てか店じゃないのか?普通その日に会った男を家に呼び…なるほど。」

 

プリシラさんは戦闘力は皆無そうだったが策謀担当だったのかと納得した。

”お礼”はお礼でも”お礼参りの”方だったかと納得し警戒をすることにした俺は警戒しつつインターホンを鳴らすと部屋の奥から人が駆け足で近づいてきていたのが分かった。

 

…武器を突きつけるべきか迷ったが俺は今招かれている状態だ。

そんなことをしてしまえば姉のウルサイスにそれこそ日中の時のような印象を持たれてしまい戦闘に発展してしまうだろう。

それに招かれている以上は”郷に入っては郷に従え”と言う言葉があるのだから素直にご相伴に預かる他ないだろう。

 

「あ、いらっしゃいませ!お待ちしてました名護さん!」

 

扉が開かれエプロン姿のプリシラさんが出迎えてくれた。

その表情は満面の笑みでありなにかを企んでいる、と言うのも感じ取れない。

《瞳》の力を用いても邪気は感じられず只々”歓迎”だけ。

その様子に毒気抜かれて何とも言えない反応をしてしまう。

 

「あ、ああ。今日はお招きいただきありがとう?でいいのか。」

 

「?さぁ遠慮せずに上がってください。すぐにお料理をお持ちしますので。」

 

そう言われ部屋の奥へ案内をされリビングは小綺麗に片付いておりテーブルセットが用意されており一つの椅子には先程までのすごい格好をしていたウルサイスの格好はジーンズにTシャツ…いやストライプのTシャツにデニムのホットパンツというラフな格好だ。

ウルサイスはどうもパンクな格好が好みらしい。

俺がリビングに入ってきたことに気が付いたようだ。

 

「…よぉ」

 

それだけ短く告げて再びそっぽを向いてしまった。

…おかしい俺の予測だとここで

 

『よぉ、良くもまぁノコノコと家に来たもんだ…ここがてめぇの墓場だぜ!』

 

と鎌を持ったウルサイスとエンカウント…だと思ったがその素振りも見せずにどちらかというと

 

『え、マジで家に来たのかよ…お前社交辞令って知ってっか?』

 

というプリシラさんが提案した家に招く、という行為に対して否定的なスタンスを取っていた。

まぁそれも当然だろう。明日には鳳凰星武祭(フェネクス)で闘う中なのだから自宅に招いて仲良くご飯を食べようというのは心理的にきついものがある。

それを気にしないプリシラさんがすごいのかウルサイスが正しいのか分からなくなってきた。

絶対的に後者なんだろうけどここでツッコムと面倒なことになりそうなのでしない。

俺がそんなことを考えて突っ立っているとそれに気が付いたのかそっぽを向けていたウルサイス姉は促してきた。

 

「…なんで突っ立ってんだよ。そこに座ったらどうだ?」

 

指差しして座席の場所を教えてくれたウルサイスの許しも得たことだし座ることにしよう。

当然ながら嫌がらせでそいつの前に座るんだが。

 

「ちょ、てめぇ!なんであたしの真ん前に座るんだ。」

 

「お前が指差したんだろうが。それに俺がプリシラさんの前に座ったら絶対嫌な顔するだろ。」

 

「…勝手にしろよ。」

 

図星だったのかそっぽを向かれた。

俺はこの瞬間に気が付いた。

こいつを弄れば鐘を打てば響くような存在だと。

 

「随分と心配性なんだなウルサイス。お前もしかしてシスコンって言われる類いか?」

 

「だ、誰がシスコンだ!殺すぞ!」

 

図星だったのか顔を真っ赤にして反応していた。

HAHAHA!その程度の怒りは子猫がシャー!しているのと同じだぞ。

と、まぁ弄りすぎるのも良くないのでここにプリシラさんが居ないことを良いことに褒めると満更でもない表情を浮かべていた。

こいつは俺と同じくシスコンであったか。

 

「恥じることはねぇよ。俺も妹がいるからな…気持ちは分かるぞ。」

 

「お待たせしました!」

 

軽く打ち解けているとプリシラさんが両手に一品づつ料理を運んできた。

背後にあるカウンターテーブルにはまだ結構な品数の乗った皿があったので手伝おうと席から立ち上がったが

阻止された。

 

「名護さんはお客さんなんですから座っててください!お姉ちゃん、手伝って?」

 

「うぇ!?めんどくせーな。」

 

「そういうお姉ちゃんにはご飯あげないよ?」

 

「うぐっ!そりゃねーよプリシラ!」

 

プリシラさんから手伝うように指示を受けていたが明らかに面倒くさそうな態度を取ったことで必殺「ご飯あげない」がクリーンヒット。

渋々ながら料理を運ぶのを手伝っていた。

何だかんだ口では言うものの素直に従っている辺り姉妹仲はかなり良好のようだ。

手伝っている一方で俺は手持ちぶさたになりなんと言えない感じになってしまったがそんなこんなでテーブルの上にはプリシラさんの手作りの温かな料理が並ぶ。

どれもこれも美味しそうな匂いを放ち食欲が刺激される。

 

「おおーこれこれ!」

 

「ってお姉ちゃんお行儀が悪いでしょ!」

 

料理を運び終え席に着いたウルサイスは先程までの仏頂面は何処へ行ったのか満面の笑みを浮かべプリシラさんが手作りした料理に素手で手を伸ばそうとしたがパシッっと叩かれて阻止された。

 

「ええー?ちょっとくらい良いじゃねーか。」

 

「良くない!大体今日は名護さんにお礼ってことなのにお姉ちゃんが先に手を付けちゃ…ってああっ」

 

「へへっ、いっただっきまーす。」

 

「もー!お姉ちゃんってばー!…あ、ごめんなさい名護さん。先にお姉ちゃんが手を付けてしまって…名護さんもどうぞ食べてください。」

 

「…ああ。それじゃあ遠慮なく…いただきます。」

 

「おう食え食え。プリシラの料理は絶品だからな。」

 

せっかく提供された出来立てホヤホヤの料理を冷まさせるわけには行かないので小皿に料理を数点、海老のにんにく唐辛子炒めを頂いた。

 

「…これは旨いな。」

 

率直な感想を述べるとウルサイスが自慢げに反応した。

 

「ふふん、そうだろうそうだろう。」

 

自慢げに胸を張ると少し揺れていた。

 

「別にお前を褒めたわけじゃねーんだが…まぁいいか。」

 

プリシラさんが褒められたことに大層ご満悦で先ほどの仏頂面と不機嫌は何処へやら、といった感じだが機嫌がいいのは此方としても会話をしやすい。

”料理”という潤滑油で会話を成立させていくことにした。

どうやらこのマンションは冒頭の十二人(ページ・ワン)の特権らしいが無論大っぴらに言うものでもないらしい。

学院の寮もあることあるらしいがウルサイス姉は戻っていないらしい。

どうしてこんな場所にすんでいるのか?こいつの発言から推理して理由はすぐ分かった。

 

「……ここからだと歓楽街(ロートリヒト)が近い。なにかと便利なんだよ。」

 

「成る程な。だから日中にプリシラさんが再開発エリアの男達に襲われていたわけか。概ね金稼ぎか。」

 

「…!…どうしてそんなことを知ってんだ。」

 

俺の発言に驚いた、というような表情を浮かべていた。

 

「状況とお前の口ぶりから察しただけだ。…どうしてそんな危ない橋を渡ろうとした?お前の実力なら鳳凰星武祭(フェネクス)で優勝することなんて容易いだろう?」

 

「はん…流石はあの悪辣の王(タイラント)が警戒するわけだ《戦士王》。」

 

嫌みったらしく言われて俺の表情は少しだが苦虫を潰したような表情になる。

 

「その名前で呼ぶんじゃねーよ…俺には過ぎた名前だからな。」

 

「そうかい…あんたはなんで鳳凰星武祭(フェネクス)に出場したんだ?金か?名誉か?」

 

俺に出場の意味を問いかけてくるウルサイス姉の表情は真剣だった。

特段黙っていても知られても問題ないので告げた。

 

「理由ね……。強いて言うなら…いや特にない。」

 

「…はぁ?」

 

「…俺も少し事情があってな。世話してくれた知り合いの為に力を貸してる、それが鳳凰星武祭(フェネクス)に参加するってなっただけだ。まぁそれにこんな天下一武闘会みたいな機会はあんまりないからな…俺のための腕試しに参加…ってなんだ?」

 

「くふっ…ふはははっ!」

 

「?」

 

突如として笑いだしたウルサイスに怪訝な表情を向けるが笑っている。

一頻り笑って満足したのか此方を見据えた。

 

「ああ…いや、悪かったな《戦士王》。自分の為と言い張りやがるがその実”他人の為に”動いてるってその魂胆に脱帽だよ。」

 

「…言っている意味が良く分からんがとにかくバカにされてることだけは分かったわ。」

 

「あんたは他人の為に闘ってるのがあたしは自分とこいつのためにな。それにあたしが鳳凰星武祭(フェネクス)で優勝をしても望みは叶えてもらえない、そういう契約なんだよ。」

 

そういってプリシラさんの方を見るとその表情は少し先ほどの笑みが薄くなっているような感じが見て取れた。

 

「あ、わたしオーブンの方を見てきますね…」

 

そういって立ち上がりキッチンの方へ歩いて行ってしまった。

その姿を見届けてから告げた。

 

「簡単に言えばあたしはレヴォルフ黒学院の生徒会長、ディルク・エーベルヴァインの手駒…昔野郎に莫大な額の金を借りて既に望みを叶えてもらってる。そしての野郎の望みを叶えることでその借金を清算してるって訳だ。」

 

「それがどうして鳳凰星武祭(フェネクス)で優勝しても意味がないに繋がるんだ?」

 

率直な疑問をウルサイスにぶつけると答えた。

 

「言ったろ《契約》だってな。そのお陰であたしは星武祭(フェスタ)への参加は制限されてるし借りに優勝したとしてもその賞金を借金の返済へと割り当てることはできない。まぁ、できるだけあたしを長く飼っておきたいんだろうな。全く生け好かねぇ男だよ全く。」

 

ウルサイス姉はそういって肩を竦めた。心からの心外なのだろう。

 

「…とはいえいつまでもあの男の元で働くのは御免だね。だから少しでも早く金を返すために夜な夜な涙ぐましい努力を続けてるって訳だ。」

 

ギャンブルで返しているのかそれとも夜の店の”例のアレ”的な仕事で返済しているのか気になったがそこまで突っ込むレベルのことを聞くには流石に躊躇われた。

ウルサイスは言動はアレだがアスタリスクにいる女生徒の中での見た目は上澄みに位置するだろう。

日中のあの姿がちらつき男受けも良さそうだ…と一瞬頭を過ったがここでそんなことを口にしてしまえば鎌で首をハネられる、と察知し自重した。

 

「それならなんで鳳凰星武祭(フェネクス)に参加した?レヴォルフにうま味はあってもお前には無いだろ。…ディルクとかいう男の差し金で誰かを倒せ、何て言われたのか?」

 

誰かを始末する、優勝を阻止したいという理由なら天霧達を阻止する可能性が高いだろう。俺が対戦したくない相手ナンバーワンだしペアのリースフェルトも確実に実力を付けてきている。

 

俺がそういうとウルサイスは驚いた表情を浮かべ次の瞬間に不敵な笑みに切り替わっていた。

 

「御明瞭。今回あたしがディルクから依頼を受けた命令は」

 

その目的に思わず耳を疑った。

 

「ー名護蜂也、あんたを潰すことだ。」

 

率直な疑問が口から出てしまった。

 

「……なんで俺?そのディルクとやらに会ったこともなければ恨みを買った覚えもないんだけどな。てかその事を正直に俺にいうのか?」

 

「あたしにもあたしなりの仁義があるってことさ。日中はプリシラを助けてくれたしその恩がある。…このままじゃ遣りづらくてしょうがねーんだよ。」

 

見た目に反して…というか見たまんまの義理堅い性格の持ち主らしい。

理由を問いかけると俺と壊劫の魔剣(ベルヴェルク・グラム)が厄介だから、という理由らしいがそれ以上は聞かされていないようで問いかけても無意味そうだった。

 

「よし、これで義理は通したぜ。」

 

スッキリした顔で此方への用件を伝えたウルサイス姉。

会話の途切れたのを見計らってキッチンからプリシラさんが鍋つかみを装着して平たい大きな鉄鍋を持って此方に歩いてきた。

 

「お待たせしましたー。シーフードとキノコのパエリアです。」

 

じゅうじゅうと熱せられた鉄鍋から漂う芳しい匂いは空きっ腹に攻撃を仕掛けてくるほどに美味しそうだ。

料理を持ってきたプリシラさんとその料理を褒めるウルサイス姉はいい笑顔で笑っていた。

その光景を見て思わず俺も微笑を浮かべる。

 

「んだよ…急にこっち見て微笑みやがって気持ち悪い…あたし達のやり取りを見て羨ましくなったか?」

 

「あ、もうお姉ちゃんったら…ごめんなさい名護さん。」

 

プリシラさんを引き寄せるウルサイス姉を見て本当に仲が良いんだなと関心し向こう(2095年)においてきた血の繋がった妹を思いだし呟いてしまった。

 

「ああ…いや気にしないでくれ。…妹ってのはかけがえの無い存在だからな。」

 

「それってどういう…」

 

ウルサイス姉が此方へ質問をしようとしたが俺が別次元から来た人間だということはバレてはいけないので急な話題の方向転換をさせてもらった。

 

「さて…このパエリアマジで旨そうだな…取り分けてもいいかな?」

 

「え、あ、はい…わ、わたしが取り分けますので名護さんは待っててくださいね!」

 

「ありがとうプリシラさん。」

 

何とも言えない表情で此方を見るウルサイス姉の視線を受けながら食事を頂いた。

プリシラさんの作ったパエリアは確かに絶品だった。

 

◆ ◆ ◆

 

食後のコーヒーを貰い一服を終えて俺は立ち上がった。

 

「ごちそうさん…さてそろそろお暇させて貰うわ。」

 

「えっ、もうですか?もう少しゆっくりしていっても…」

 

そう俺を引き留める素振りを見せるプリシラにウルサイス姉が制した。

 

「やめとけ。プリシラ。下手に馴れ合って闘えませんーじゃ格好が付かねえし明日にはやりあうんだ。互いに用件は済んだし十分だ。」

 

「でも…。」

 

「確かにウルサイスの言う通りだ。相手を知れば闘いづらくなるしな。…現にすげー闘いづらい。」

 

妹思いの姉と優しい妹…この二人は互いで互いを守りあってこの学園で過ごしているのだ。

その一端を知れば揺らぎそうになる。現に俺もそうなっている。

しかし俺も勝ち抜かなければならない理由がある。知り合い(クローディアと綺凛ちゃん)達と…俺自身の為でもある。

だからこそ突き放さなければならない。

 

「しかし、これは闘争である。…ウルサイス姉妹。明日の試合は当方は一切の容赦なくお相手しよう。」

 

俺《グラム》を憑依させてメガネの奥に有る《瞳》を黒目から《蒼窮色》へと変化させ敢えて冷たい言葉を投げ掛ける。

 

「…それがお前の本性か?《戦士王》」

 

「名護…さん?」

 

雰囲気とその言葉に発せられるモノを感じ取ったのか表情が強張った。

ウルサイスは構えるような仕草と困惑した表情を浮かべている。

 

「ふっ…棄権をしてくれるなら当方もこのような事を告げずに済むのだがな。」

 

「そいつはできねぇ相談だ。それがあたしとディルクの《契約》だ。」

 

「そうであろうな…安心してくれ。明日の試合でプリシラ殿を狙わぬ、と約束をしておこう。旨い御膳の礼もある。」

 

(グラム)がそう告げると吐き捨てるように悪態を付いたウルサイス。

 

「ちっ…てめぇはやっぱり遣りづれぇよ…!」

 

その言葉を聞いて微笑し踵を返しマンションを後にしようとしたのだがプリシラさんが動いた。

 

「あっ…せめてお見送りを…。」

 

そう言い出したプリシラをウルサイスは止めようともせずに送り出した。

マンションのロビーまで結局見送りを受けることになってしまいロビー付近まで近づいたところで後ろにいたプリシラさんに声を掛けられた。

さて、そろそろいいか。

 

「えっとその…お姉ちゃんが色々とすいませんでしたっ」

 

「いんや、気にしないでくれ。あいつも色々と有るんだろうし…それより夕御飯御馳走様。美味しかったです。」

 

「あ、あれ?」

 

「どうかした?」

 

「あ、いや…そのさっきまでと雰囲気が違う…と思ったので。」

 

「ああ。さっきのは発動体(こいつ)の人格…《精神汚染》で喋ってただけだよ。」

 

そう言ってプリシラさんの前に壊劫の魔剣(グラム)の発動体を見せる。

その事を確認し俺に質問してきた。

 

「人格?…その…名護さんにお聞きするのは少し…違うと思うんですが…。」

 

「ん?」

 

「『覇潰の血鎌(グラヴィシーズ)』を使っているときの姉は少し怖いです。何かに乗っ取られているみたいで…初めはそうじゃなかったのに最近はそれが顕著で…」

 

とそこではっとなったプリシラさんは顔を上げた。

 

「す、すみません!わたしったら変なことを聞いてしまって…。」

 

わたわたと手を振るプリシラさんに微笑を浮かべて俺は答えた。

 

「まぁ、『壊劫の魔剣(こいつ)』が特別だからあまり参考にならないけど使用者が純星煌式武装に取り込まる、もしくは同調している。かのどっちかと思う。俺の場合は共生みたいなもんだけどな。」

 

「そうなんですね…あの名護さん…お願いがあります。」

 

俺はそのお願いとやらを黙って聞くことにしたが脳内の《グラム》が溜め息をついていたが無視をした。

 

「もし、明日の試合で姉が…お姉ちゃんが暴走した場合は止めてくれますか?」

 

その言葉に俺は少しだけ思案し答えた。

 

「俺が対戦相手のお願いを聞くと思うのか?」

 

拒絶。

その答えを聞いたプリシラさんは明らかに落ち込んでいた。

 

「そう…ですよね。明日闘うことになる名護さんにお願いする事じゃないですよね…。」

 

「ああ。そうだな。明日は敵同士だ。…なんかの間違いでウルサイスの持っている”純星煌式武装を俺が間違って壊してしまっても試合だから仕方がない”よな?試合なんだから。」

 

「……っ!そ、それって…」

 

俯き元気のなかった表情に明るさが戻って上がる。

 

「それじゃあねプリシラさん。ウルサイスによろしく。」

 

そう言って踵を返し発動体をホルダーへ戻しいつものように片手をポケットに突っ込み歩き出す。

ロックされていたロビーの自動ドアを潜ると背後から大きな声が聞こえた来た。

 

「…ありがとうございます名護さん!」

 

俺は声を発さず振り向くことはしないで空いている片手を軽く挙げて振る。

背後は見ていなかったがプリシラさんが頭を下げているような感覚に襲われた。

早く部屋に戻って欲しいが戻るのもどうかと思ったがそのままにしておくのもアレなので直ぐ様Uターンして「早く部屋に戻ってくれ」と伝えプリシラさんがマンションの中に戻っていくのを確認し帰宅した。

 

『主よ…またしてもか…本当に刺されるぞ…?』

 

急に何を言い出してんのこいつ?

 

◆ ◆ ◆

 

(名護さん…どうしてわたしたちに優しくしてくれるんだろう…すごく格好いい人だな…///お兄ちゃんみたい…もしわたしにお兄ちゃんがいれば名護さんみたいなんだろうな…えへへっ)

 

名護を見送りにいったのだが逆に部屋に帰るまで見送られるという謎現象が起こりマンションの通路を通り部屋に戻る最中に蜂也について思い出した。

姉のように少しぶっきらぼうだが思いやりの有る男子生徒であるが包容力がある。

…レヴォルフというある種の男子校の環境と比較をするのが間違っているのだが。

蜂也が兄だったらな、と妄想していたが明日はその蜂也との試合であることを思い出し少ししょんぼりしたが先程告げた心配事を彼ならば何とかしてしまう、と根拠のない自信が奮い立たせる。

 

明日の試合の前に姉の洗濯物を回そうと決意し自室のドアを開けて帰路に付いたのだった。

 

 

 

 




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壊劫の魔剣(名護蜂也)』対『覇潰の血鎌(イレーネ・ウルサイス)

懐かしい夢だ。

 

酷く生活を生まれたときから強いられていた幼い時代。

妹がビルの崩壊によって『再生能力者(リジェネレイティブ)』で有ることが分かると血の繋がりしかない毒親たちは躊躇うことなく売り飛ばした。

貧しかったから、明日生きていけるのかも分からないほどに貧窮に迫っていた姉妹は売り飛ばされる前に逃げ出した。

逃げ切れるかも分からずに何日も何日も宛もなく走り続けた。

そうしないと大切な妹を失う、そう確信したからだ。

しかし、その幼い身体は星脈世代といえども限界を迎えてしまった。

 

「………。」

 

廃屋の隅にかばうように踞る少女とその妹の前に一人の男が現れ睨み付ける。

男はポケットから取り出したものを無造作に投げ捨てるよう転がした。それは発動体だった。

 

『使ってみろ。』

 

少女はその発動体を握ると紫色の刃が形成され成功。

その光景に男は満足していた。なぜか不機嫌そうにしているが。

 

『ふん、合格だ。…いいぜお前の望みを言ってみな。』

 

目の前の男が誰で、状況も、これは夢なのか現実なのかさえ分からない状況であったが自分の命よりも大切な妹を守るために彼女は悪魔と契約をした。

 

こうしてイレーネ・ウルサイスとその妹プリシラはその身柄を保証されて今を生きている。

今思えば支配される人物がディルク・エーベルヴァインになっただけだと今日までそう思った。

そのとき奴はこう言った。

 

『これだけは覚えておけ。お前を救ったのはレヴォルフじゃねぇ。この俺だ。それを肝に銘じて働け。いいな?』

 

言い方は気にくわないし見た目も最悪の豚野郎だと判断はできる。

しかしそんな醜悪な野郎だが”約束”を破ったことはない。

妹を取り戻す”チャンス”と”時間”を与えたのは紛れもなくこの男だった。

 

 

懐かしいモノをみて微睡みから覚醒する。

控え室にいる妹が此方を心配そうな表情で見てくるが「心配すんな」と一言告げてイレーネは『覇潰の血鎌(グラヴィシーズ)』起動させた。

相手は《戦士王》と《疾風刃雷》だ。星導館の序列三位と一位の実力者だ。

だが心配は要らない、と自らを鼓舞した。

この《力》と《妹》がいれば闘っていける。

プリシラが心得たようで白い首筋を露にするとイレーネは抗えない吸血欲求によって妹の血を一分以上吸血していた。

その血に歓喜するように紫の凶刃が打ち震えている。

 

「ぁ…。」

 

プリシラのか細い悲鳴が聞こえた。

明らかに初期使用より代償の吸血時間が長くなっている気がするが文句は言っていられない。

それがこの力を使うという《代償》というのなら致し方ない犠牲だ。

妹をこの手に手繰り寄せるまではディルクから与えられた命令をこなすしかないのだから。

 

◆ ◆ ◆

 

翌日。

ウルサイス姉妹から食事に誘われた次の日で鳳凰星武祭(フェネクス)は第四回戦を迎えた当日。

プリシラさんに頼まれたことを実行するにはまずはウルサイスを伸さなければならないが初めから戦闘力皆無のプリシラさんを狙うことに忌避感を覚えていた為綺凛ちゃんに伝えた。

 

「綺凛ちゃんお願いがあるんだけどさ…。」

 

「?なんでしょうか?」

 

首を傾げる綺凛ちゃんは可愛い…じゃなくてステージへ向かう通路を歩きながらお願いをしていた。

 

「今回相手選手のプリシラさんは狙わないで貰える?恐らく姉のウルサイスを倒せば戦闘力皆無になって降参(リザイン)すると思うからさ。」

 

「分かりました。」

 

まぁそんなことを急に言い出したらそう言われるのは折り込み済みだ。

ってえ?すんなりと受け入れられてしまってビックリした。

 

「いや、綺凛ちゃんなんでとか思わないの?こんな唐突なお願いをさ。」

 

「確かにお義兄さんの人となりを知らなければ深く聞いてしまうかもしれませんけど単純な考えで作戦を立案や打ち合わせをするほどお義兄さんは短絡的じゃ有りませんから。何かわたしの思いもよらない考えがあるんでしょうから…それに信じていますので。」

 

信じている、とさも当然のようにいう綺凛ちゃんに対して少しの不安を覚えてしまったがそこは納得することにした。

 

ステージの入口付近まで到着し立ち止まる。

 

「ありがとうな綺凛ちゃん。」

 

義妹の頭を撫でてやるといつもの反応を見せてくれた。

 

「はい、頑張りましょう!」

 

俺は頷いて綺凛ちゃんも釣られて頷く。

奈落のように暗い通路から光溢れるステージへ足を踏み入れた。

 

◆ ◆ ◆

 

『さぁー各会場でも白熱の試合が繰り広げられています今日、シリウスドームでのトリを飾るのは星導館学園の名護・刀藤ペアとレヴォルフ黒学院のウルサイス姉妹ペアです!ベスト十六に進むのはどちらのペアなのか!』

 

『これまた楽しみな一戦ッスねー。どちらも予選では並み居る相手を寄せ付けずに勝利してきたペア同士です。ここが分水嶺になると思うッス。』

 

解説達が熱い言葉を交わしており観客席も盛り上がっていた。

俺は天霧のようにリミットはないが流石に相手は序列三位で純星煌式武装の使い手だ。

 

「綺凛ちゃん。少し本気出すわ。」

 

「はい。存分に。」

 

綺凛ちゃんからの許しも出たことだし少し本気でやらせて貰おう。

相手は純星煌式武装の使い手だ。今までの闘い方では此方がやられてしまう可能性がある。

それに追い込まれている手負いの獣の方が手強いとうちの婆ちゃんも言っていたしな。

それにならって俺はホルダーから発動体を取り出して星辰力を込める。

 

『グラム。』

 

『何だ主よ。』

 

発動体を握りながら脳内で語り掛ける。

 

『お前が俺に憑依して闘ってくれ。』

 

『よいのか?』

 

『よいのか?…ってどっちの意味だ』

 

『その様な目立つような事をして良いのか?という意味だが。』

 

『…仕方がないだろ。相手の武装は純星煌式武装(オーガルクス)だ。使用者よりも武器の方が厄介だからな。ハッタリを利かせることが出来れば御の字だ。』

 

『成る程。』

 

『それに昨日プリシラさんが言っていたことを覚えてるか?』

 

昨日帰りがけにプリシラさんに言われた件を告げると《グラム》が頷いた。

 

『勿論だ。』

 

『『覇潰の血鎌(グラヴィシーズ)』にお前のように感情とやらは宿ってるのか?…というよりなぜ血を代償にするんだ?』

 

問いかけると回答してくれた。

 

『ああ…奴の意識は存在する。奴が代償として求めるのは最初の所有者の血を吸う事から始まっているようだ…その味を覚えてしまった、ということだろう。』

 

『それって矯正…ってできるのか?』

 

『ふむ…普通なら無理であろう、と言いたいところだが我が破壊し主が復活させれば矯正も成功するのではないか?』

 

『……あ。』

 

《グラム》にそう提案されてハッとした。

確かに此方に転移した際にクローディアの《パン=ドラ》を破壊した際に『物質構成(マテリアライザー)』を使った際に弱点を消し去ってたことがあるのを忘れていた。

 

『…忘れていたな主。』

 

『ぶっこわすしか考えてなかったわ。』

 

『壊したら問題になるのではないのか?非常に不快ではあるが我々…統合企業財体の所有物であるゆえな。』

 

考え無しにぶっ壊したら後でお小言が飛んできそうだ。

ならばと《グラム》の提案を受け入れる。

 

『んじゃまぁ…その作戦で行くか。』

 

『では我が『覇潰の血鎌()』の相手をする。主はタイミングを見計らって使用してくれ。…プリシラ嬢との約束果たさねばな。』

 

『いくぞ。』

 

『応っ!』

 

瞳を閉じて切り替わる前に演出を入れ体内の星辰力を活性化させると呼応し万応素が光の粒子が舞い上がりステージ上は光の奔流に包まれる。さながらその姿は暴風を纏い従わせた《戦士》そのものだろう。

観客向けにはちょうど良いパフォーマンスなる。

実際に星辰力も前回までの試合に比べればかなり変化しているだろう。

 

俺とグラムが入れ替わりが終了し瞳の色が黒目から蒼窮色へ変化し星辰力が身体を巡りその瞬間光の本流が弾け飛んだ。

告げ役者のように(グラム)が見栄を切った。声も普段のものとは違う。

 

此方(こちら)の戦闘態勢は万全である…来い。」

 

壊劫の魔剣(ベルヴェルク=グラム)』の柄を両手で持ち腰を浅く落とし袈裟斬りよりも突きをしやすい構えで準備する。

 

そのパフォーマンスに実況席に居る解説役がやはりというか反応していた。

 

『おーっと!ここで名護選手の星辰力が先の試合とは比べ物にならない程に倍増したーっ!?それに先ほど名護選手の周りに先程光の奔流が吹き荒れた!ついに我々に本気を見せてくれる気になってくれたのでしょうか!?と言うよりもキャラが変わっているような気がいたしますっ!』

 

『恐らくそれは『壊劫の魔剣(ベルヴェルク=グラム)』が持つ代償…精神汚染の症状ではないかと思うッスー。ですが非常にその見た目の雰囲気に違わぬ威圧感を醸し出しています。今名護選手は人格が二つあるようなものですかね。完全に制御しきっているようです。同じ学園の天霧選手と同じ程派手ですがその星辰力の威圧感は少し劣る、いや同等かもしれないッスねー。非常に映像映えするパフォーマンスっス。』

 

ギャラリーが一斉に沸き立ち、歓声が飛び交う。

その光景を見せつけるようにしていた反対側の選手も当然反応していた。

 

「あれが名護だってのか…?」

 

肌で感じる星辰力は昨日マンションで一緒に夕食を食っていた奴とは思えないほど濃い濃度だ。

まるで抜き身の刃を肌に突きつけられているような鋭く精錬された星辰力が体に当たる。

覇潰の血鎌(グラヴィシーズ)』を肩に担ぎ薄く笑うように睨み付けるがまるで蜂也の表情は変わらずに感情の起伏がないようにすら思える。

その姿を見て恐怖すら覚えてしまいそうだったが呑まれてたまるかと、不敵な笑みを浮かべる。

 

「(…へっ!あたしがびびってるってのか?冗談じゃねー。)それじゃ、こっちも全力で行かせて貰おうかね…!」

 

武器を構えイレーネが前衛でプリシラが後衛の形だ。

 

覇潰の血鎌(グラヴィシーズ)』の紫色の刃が鈍色に不気味に輝き、対する『壊劫の魔剣(ベルヴェルク=グラム)』は黄金色の刀身を輝かせ普段よりも激し目に紫電を迸らせる。

蜂也とウルサイスの視線が交じり合う。

 

鳳凰星武祭(フェネクス)四回戦第十一試合、試合開始(バトルスタート)!!」

 

機械音声が試合開始を告げると同時に俺と綺凛ちゃんが動き出す。

ウルサイス達との試合では定石の動き方だ。

それは当然相手も織り込み済みな訳で…。

 

「ー五重壊(フィフス・ファネガ)!!」

 

数々の対戦相手を地に伏せてきた紫の重力球が俺と綺凛ちゃんに襲いかかるが対した問題ではない。

 

「ぬんっ!」

 

襲いかかる重力球を直列になるように誘導し『|壊劫の魔剣《ベルヴェルク=グラム』で横一文字で切り裂きイレーネの元へ駆け抜け一太刀を浴びせるために切りかかる。

俺に容易く突破されるとは思わなかったのか驚いているようだ。

上段へ素早く持ってきてその勢いそのままに右斜め上段から斬り下ろす。

 

「…!?おおっと!」

 

イレーネがその一撃を『覇潰の血鎌(グラヴィシーズ)』で受け止めると反発しあい火花が盛大に散った。

ぶつかり合う大鎌と大剣。

武器の特性だけでなくウルサイス本人の身体能力も合間って《壊劫の魔剣》の一撃を凌いでいる。

 

あらゆる物を破壊する、とされた『壊劫の魔剣(ベルヴェルク=グラム)』はその意味に違わずに同じ純星煌式武装(オーガルクス)の万応素で形成された刃に食い込むように押し斬っていく。

流石に不味いと思ったのかイレーネは引くような形で態勢を崩そうとするが織り込み済みだ。

態勢を崩される前に力任せに横薙ぎに奮い逆に態勢を崩されたイレーネは斬り返そうとするが此方の方が少し速く逆袈裟を見舞うが上手く体のライン取りをしていたのか体には当たらず制服の一部を切っただけに留まった。

逆に反撃と言わんばかりにイレーネの逆袈裟と横薙ぎに見舞われるが片手の逆手持ちに切り替え斬撃を大剣の腹で防御してイレーネの視界を覆った。

タイミングを確認し大剣の腹を縦にすると俺の背後から影が飛び込む。

 

「はぁっ!」

 

「なっ…!くっ…!」

 

同時に綺凛ちゃんは刀でいなすように同時に接近していた重力球にぶつけ相殺し駆けた所に飛び込み突きを放つ。

防御に回らざるを得なくなったイレーネは《覇潰の血鎌》を振るい純星煌式武装と純然たる日本刀が激突し火花が舞い散った。

綺凛ちゃんを質量差で押し込もうとした気配を察知した俺は刹那の時間であったが綺凛ちゃんとアイコンタクトをしてタイミングを見計らい直ぐ様入れ替わり今度は俺が《壊劫の魔剣》を叩きつけるとあまりの威力に回転が止まってしまう。

 

「なっ…!?」

 

当然ながらその隙を見逃すはずもなく(グラム)は振り下ろした武器を素早く逆袈裟で斬り上げる。

校章目掛けての攻撃だ。

 

「はっ!」

 

その攻撃を回避しようとしたイレーネは後方へバックステップを決めるが避けきれずにまたしても制服の一部とトレードマークのマフラーを切り裂かれ地面へ落ちた。

 

「ちっ…あたしがここまで圧されるか…!流石に星導館の上位序列二名相手に部がわる…っ!」

 

「はぁぁっ!」

 

更に回避したタイミング言葉を言い切る前に綺凛ちゃんの追撃が入り奥義《連鶴》がウルサイスを追い込んでいく。

 

「くぅ……がぁっ!!」

 

次第にステージの後方へ圧されていくイレーネだったがフィジカルでは負けていない。

しかし綺凛が《連鶴》を中断させて後ろへ一歩下がった。

 

「なん…っ!?」

 

攻撃が中断されて驚くが直ぐ様その行動の意味を理解する。

 

綺凛ちゃんが中断し一歩下がったタイミングで俺は《詠唱破棄》で『光振動系統魔法(フラッシュエッジ)』を多重展開してイレーネ目掛けて飛ばした。

 

その数は”十”

 

「いけっ。」

 

牽制用の光の輪(八つ裂き光輪)は当たればダメージはないものの校章に当たれば確実に真っ二つになる。

ここで決まらないのがイレーネ・ウルサイスだ。

 

「ちぃ!『十重壊(ディエス・ファネガ)』!!」

 

先程の重力球…此方もその数は”十”でありイレーネの体の周りに展開されて狙った光刃が相殺されていく。

 

この攻防を見た実況席に居る解説者達は興奮…というか興奮している。

 

『ーな、何と言うことでしょうか!?これはのっけからすごい攻防です!名護選手と刀藤選手のコンビネーションも見事でしたがそれを凌いでいたウルサイス選手もこれまたすごい!』

 

『それにしても名護選手が先程使用した光のチャクラムのようなあの技…あれは『魔術師(ダンテ)』…名護選手は普通の星脈世代ではなく『魔術師(ダンテ)』だったと言うことだったッスかねー』

 

その解説に観客席が動揺と歓喜が入り交じった歓声が響き渡っていた。

 

『…なんと!ここで飛び入りの情報です!名護選手はやはり『魔術師(ダンテ)』であることが確定です!これはすごいことなんですよね!』

 

『はい。通常だと『魔術師(ダンテ)』であれば今手にしてる『純星煌式武装(オーガルクス)』と星辰力と干渉して発動させることすら出来ないはずですが名護選手は特別らしいッスねー。』

 

『《剣技》と《魔法》というまさに『戦士王』という星導館生徒会長の名付けた二つ名がここまで合うとは付けた本人もビックリでしょう!まさかの事実が判明しこの試合から目を話すことが出来なくなりましたーっ!!』

 

俺は苦笑いを浮かべて綺凛ちゃんは適度な距離をアイコンタクトで相談し次の攻撃に備えて構えている。

 

「ちっ…そのコンビネーション…厄介だぜ…それにあんた『魔術師(ダンテ)』だったのか?」

 

《壊劫の魔剣》を構えながら答えた。

 

「ああ。別段隠すような事でもなかったが…聞かれなかったからな。それよりもよくぞ当方と綺凛殿の攻撃を凌いだものだ…そろそろ”一人”では限界が近いであろうっ!」

 

そう言いきってステージを駆け抜けイレーネの元へ俺と綺凛ちゃんは付いてくるように強襲する。

 

「いいや…一人じゃねぇ…こいつはあたしとプリシラ二人の力だっ!!」

 

そう言うと《覇潰の血鎌》がカタカタと奮え、紫色の光が地面を伝う。

まるで嘲笑うかのように。

恐らく範囲指定の重力制御能力だろうが動いてしまえば問題はない。

回避し突っ込むようにイレーネの元へ向かう。

 

「ちっ!だがその程度であたし達と《覇潰の血鎌》を攻略したと思うなっ!」

 

そう言って《覇潰の血鎌》を奮うと先程の重力制御の比では無いほどの範囲を指定し発動していた。

紫色の光が地面を走る。

 

「『こいつはすげぇな…』『感心してる場合か主!』……っ!」

 

「お義兄さんっ!…くぅ…!」

 

「任されたっ!」

 

その範囲内に入ってしまった俺は体に掛かる重力に備えて《魔法》を発動した。

体に掛かるのは加重ではなく浮力、浮かせられた事に気がつき直ぐ様《重力制御》を行い地面に着陸し走り出す。

一方で綺凛ちゃんには《加重》が掛けられており同時展開した《重力制御》を発動し無力化した。

その光景に流石のイレーネも度肝を抜かれたようだ。

 

「なんだとっ!?」

 

「ぬんっ!」

 

《壊劫の魔剣》の一閃がウルサイスに叩きつけられるが辛うじて《覇潰の血鎌》で防ぐが明らかに先程までの脅力は無くなっており圧されていた。

 

「やぁっ!」

 

追撃と言わんばかりに綺凛ちゃんの連撃がイレーネを襲い防御を崩した。

 

「終わりだ。」

 

「ぐがっ!!」

 

《壊劫の魔剣》で横薙で払うと耐えきれず後ろへ大きく吹き飛ばされステージの壁へと叩きつけられた。

間髪入れずに《フラッシュエッジ》を展開し投擲し直撃を狙うのだが。

 

「ー重獄葦《オレアガ・ペサード》」

 

砂煙舞うステージの一角に紫色の壁…いや牢獄といった方が正しいだろうか?強固な防壁が展開されており《フラッシュエッジ》はその牢獄を破壊できず粉々に砕け散った。

 

「ーほう。当方の攻撃を敢えて受けてプリシラ殿が居る後方へ下がり補給するつもりだったのか。」

 

牢獄…安全地帯に居るウルサイスに問いかけると薄く笑い行きも絶え絶えだった。

 

「…はんっ!バカ言ってんじゃねーよこっちは燃料切れだっつーの…動けないなら相手から運んで貰うしかない、って考えたら合理的だろ?マジで死にかけたが…」

 

そう言って見せつけるようにプリシラさんの白い首筋に騎馬を突き立て吸血している。

完全に補給完了だろうか?先程の輝きを失っていた《覇潰の血鎌》は輝きを取り戻していた。

 

「…仕切り直しか。」

 

《壊劫の魔剣》を何時ものような構えをして呟くと近くに来ていた綺凛ちゃん。

 

「お義兄さん。」

 

「ああ。”次”でそろそろ決める。」

 

「分かりました。」

 

そう短く告げると綺凛ちゃんも汲み取ったのか《千羽切》を構える。

そろそろ終わりにすることにしよう。

 

「よぉ…待たせたな。それじゃあ第二ラウンドと行こうか。」

 

口を拭い《覇王の血鎌》を構えるウルサイス。その背後には血を抜かれてぐったりと倒れているプリシラさんの姿が視界に入る。

此方に歩み出すウルサイスに手を伸ばしている。

 

「お姉…ちゃん…だめ…。」

 

いくら膨大な回復量を持つ再生能力者(リジェネレイティブ)と言えどあの疲労度は異常だ。

供給よりも消費のほうが上回っているのだろう。このままでは二人の命が危険に晒される。

《グラム》が話しかける。

 

『不味いぞ主。このままではイレーネ嬢の意識が《覇潰の血鎌》に乗っ取られるぞ。それにプリシラ嬢の体力も危険だ。…』

 

『俺たちが追い込み過ぎたか?…ならこの一撃で《覇潰の血鎌》を破壊すんぞ。』

 

『応っ!』

 

「綺凛殿…頼む。」

 

「分かりました…存分に。」

 

俺のやる気に反応したか《壊劫の魔剣》に迸る紫電の飛び散りが激しくなった。

構え《縮地》で一気に懐に飛び込む。

 

「『百葬重列(シエン・グエスティア)』!!」

 

ウルサイスが《覇潰の血鎌》を奮うと紫色の波動が走り…が此方の方が速いため意味をなさず綺凛ちゃんだけが足止めを喰らうことになる。

 

「……!」

 

ウルサイスの攻撃を回避し正確無比な質量のある突き、逆袈裟、袈裟懸け、横薙、円月を作るように上段幹竹割りの連続五連撃の未完成の『連鶴』がウルサイスを襲い掛かる。

ウルサイスは咄嗟に防御するが全てを防御し切れずに斬撃を喰らい大きく態勢を崩す。

 

「がぁっ!?…くっなめんぁ!…っ!!?がぁぁぁっぁぁぁぁ!!!?? 」

 

驚きと苦痛に見開かれるその赤く《覇潰の血鎌》に意識が飲まれた瞳。

ひどく虚ろだがその口から放たれた咆哮は抵抗の証なのか。

しかし機械判定で意識消失(コモンアンシャスネス)の判定を貰っていないと言うことはまだ意識がある、ということだ。

 

暴走した《覇潰の血鎌》がステージ全体に重力波を展開し体に尋常ならざる重さが掛かり地面が砕け散る。

 

「くっ…!」

 

「くぅっ…!!」

 

しかしこの程度の重力は何ともない。

《詠唱破棄》による《重力制御》を発動し平常時に戻し振り下ろされる大鎌の一撃を弾き飛ばす。

 

「そこだっ…!!」

 

タイミングが見えた俺は返す刃に紫電を迸らせ加重系統で収束させて狙いを定める。

ほんの一瞬の隙だが狙いは完璧だった。

利き足を踏ん張りアンカーのような働きをするとステージに描かれた《双剣》の校章が踏み砕かれる。

俺はチャージが完了した《壊劫の魔剣》に纏わせた紫電をアンダスローの要領、ゼロ距離で撃ち出した。

 

「『影技・遠雷遥』…っ!」

 

ウルサイスの持っていた《覇潰の血鎌》の本体…即ちウルム=マナダイトの部分を撃ち貫く。

 

「~~~~~~~~~!!!」

 

本体部分に激突した加速された黄金色の弾丸がその瞬間硝子が擦り合うような不快な音が響き渡った。

これが純星煌式武装(オーガルクス)の断末魔だと誰が気がつくことが出来よう?

凄まじい威力にステージ上では煙が舞い上がる。

”仕込み”をするには十分だ。

 

『主。完全に《覇潰の血鎌》は消滅した。煙が出ている今なら問題ないぞ。』

 

『ああ。』

 

そうして俺はジャケットの裏側に隠していた《CAD》を取りだし『物質構成(マテリアライザー)』を使用し”少し細工を行い”破壊前の発動体の状態に戻した。

 

悲鳴と煙が途切れると同時に万応素で形成された紫の刃は消滅し砕かれた地面には”完全に砕け散った純星煌式武装(オーガルクス)…《覇潰の血鎌》だったものが転がっていた。

 

一度は破壊されたのでそのお陰でウルサイスは意識を失い戦闘不能。

残っていたプリシラさんも緊張の糸が切れたのか意識を失った。

 

その瞬間に機械音声が決着を告げた。

 

「イレーネ・ウルサイス&プリシラ・ウルサイス、意識消失(コモンアンシャスネス)

 

「勝者!名護蜂也&刀藤綺凛ペア!!」

 

大歓声がステージを包み込みボルテージは最大に達した。

綺凛ちゃんが笑みを浮かべて此方に歩みを見せた。

何とかプリシラさんのお願いを聞き届けることが出来たと大きく息を吐いた。

…とりあえず試合が終わったしこれから医療院に担ぎ込まれるであろう姉妹に見舞いでも行くかと、そう思った。



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それぞれの視点

新作です。


イレーネが目蓋を開けるとそこには大切な妹の顔が映った。

 

「お姉ちゃん!」

 

「おうっと…なんだよプリシラ…いてぇじゃねーか。」

 

ガバリ、と抱きついてきたプリシラの抱擁を拒むこと無く受け入れたイレーネだったがその勢いに思わず体が痛み顔をしかめる。

 

「ご、ごめんなさい!」

 

イレーネが先の試合で怪我をしていたのをすっかり忘れて抱きついてしまったことに気がついたプリシラは謝罪し急ぎ離れた。

怒っているのだろうかと顔を見るがそこには前のときのような困った笑顔を浮かべていた姉の顔があった。

いつだったからか姉の笑顔を見ていなかったとそんな風に思ってしまった。

小さい頃は良く笑っていたのに。粗暴なのは昔からだったけれども。

 

「どうした?」

 

優しく語り掛けてくる姉にはっとしたプリシラは小さく首を振った。

イレーネは一言「そっか…」とだけ呟き辺りを見渡していた。

どうしてここにいるのか前後の記憶が定かではないため思い出そうとすると割りとすんなりと思い出せた。

 

(たしか名護の攻撃を受けて血が足りなくなって…プリシラから血を補給してそこから”得体の知れない何か”があたしの中に入ってきて…そこから…。)

 

そこまでは思い出せたが後の事は分からなかったのでプリシラに聞くことにした。

 

「なんであたしはここに寝てたんだ?」

 

「純星煌式武装の使いすぎによる星辰力(プラーナ)切れだよ。名護さんの純星煌式武装とぶつかってあたしからの血の供給が追い付かなかったみたいで…あたしも星辰力(プラーナ)切れしちゃった。」

 

面目ない、といって笑って言うプリシラにイレーネは申し訳ない反省と自らの不甲斐なさの気持ちにばっと頭をさげてしまった。

 

「すまん…プリシラ。無理をさせ過ぎたな…。」

 

「ううん。気にしないで。でも…。(お姉ちゃんの《純星煌式武装》壊れて良かった…あれは…。)」

 

プリシラは薄い笑みを浮かべて首を振った。

最後に何かを言い掛けていたがイレーネには良く聞こえなかったがイレーネは何故この清潔で簡素な医療院に運ばれているのか気になり問いかけた。

 

「?…まぁいいか。それよりもどうしてあたしはここにいるんだ?試合の結果は…どうなった?」

 

「負けちゃったよ。」

 

ここにいる理由はどちらかであり結果として後者だったので思わず苦笑いを浮かべた。

 

「そうか…《覇潰の血鎌》はどうなった?」

 

そう問いかけるイレーネにプリシラは頬を掻きながら困ったように答えた。

 

「そのね…あの…」

 

何やら言い淀む妹にイレーネは嫌な予感がしたが答えを聞かないわけにはいかないので催促をすると意を決したのか答えてくれた。

 

「壊れちゃった…。」

 

「なっ…!?」

 

「名護さんが完膚なきまでに壊しちゃったの。」

 

「はぁ…!?…………ぷっ」

 

「お、お姉ちゃん?」

 

「…はははははっ!………あー……あの野郎やってくれやがったな。」

 

呆れの方が強いだろうその表情で蜂也に恨み節をぶつけるが直ぐ様大笑いに変化しプリシラは慌てて訂正した。

 

「で、でも!お姉ちゃんが使っていたあの純星煌式武装を破壊してください、って頼んだのはあたしなの…お姉ちゃん。」

 

「は、はぁ?」

 

「お姉ちゃん、あの純星煌式武装を使いはじめてから笑うことが無くなっちゃったじゃない…なんだかあたしそれが怖くって…。」

 

落ち込むプリシラにイレーネは優しくそっと肩に手を置いた。

 

「まぁ、少しばかり急ぎすぎてたのかも知れねぇな…ちょうど言いタイミングだったな。…ちっ、名護に借りが出来ちまったな。」

 

気負わなくなった姉の表情を見てプリシラも自然に笑顔になり貸しを返す方法を提案した。

 

「それならまた名護さんをご招待して御馳走を振る舞うよ!今度はもっと豪華なディナーにしてね。」

 

「ああ。それが良いな…ってやべぇな《覇潰の血鎌》壊したからディルクの野郎に借金吹っ掛けられるんじゃねーだろうな…。」

 

その事を思いだし少しどころの顔色ではなく憂鬱な表情を浮かべていたがそれはプリシラの口から語られた。

 

「それがねお姉ちゃん。さっき生徒会長からの連絡でお咎めは無しでいい。って伝えてくれって。」

 

「はぁ?…ディルクの野郎がか?………今日は槍が降るんじゃないか?」

 

「もう…いくら生徒会長が悪い人だからってその言い方は無いんじゃないかな?」

 

「いや、プリシラ…お前も相当な事を言ってるからな?」

 

「え?………ふふふっ。」

 

「ふっ…ははははっ。」

 

二人の姉妹は顔を見合わせて笑い合った。

プリシラから見たイレーネの笑顔は姉らしい可愛らしい笑顔だった。

その後医療院に蜂也が見舞いの品を持って見舞いに来るのだがプリシラが蜂也に懐いているのを見て牙を向いたイレーネが少し暴れたのはまた別のお話。

 

◆ ◆ ◆

 

レヴォルフ黒学院の生徒会長室の映像スクリーンには録画された蜂也達の試合が写し出されていた。

 

「………。」

 

名護の《壊劫の魔剣》がイレーネの《覇潰の血鎌》を破壊している映像が流れ《壊劫の魔剣》から放たれた黄金色の閃光の勢いによってステージにある瓦礫が巻き上がり煙で映像が乱れそれは《覇潰の血鎌》へぶつかる。

次の場面では煙が晴れた瞬間に《覇潰の血鎌》は破壊され蜂也達の勝利が宣言されていた。

 

「………。」

 

その場面を露骨な嫌悪感を浮かべながら引っ掛かる部分があったのか映像を巻き戻す。

 

室内の気流が煙が晴れさせる、その一瞬、ほんの一瞬の一場面だったが煙が消えた場所がありその映像にはよくよく目を凝らしてみなければ分からなかったが”蜂也の《壊劫の魔剣》の閃光によって完全に破壊された《覇潰の血鎌》がウルム=マナダイトごと破壊されその瞬間に映像の逆再生のように再製された”という映像を目の当たりにしてしまった。

 

「ちっ…面倒なことになったな。」

 

目の前のいっその事嘘動画(フェイク)だと行ってくれた方がまだましでと信じられると。

しかしディルクはマディアスに告げられた出来事を事実として受け入れざるを得なくなり”奴”が破壊されたという事実を信じる他無かった。

後々の障害になることは間違いないだろうとディルクは確信した。

 

「だが…奴の言う通り…利用方法はある。だが…。」

 

しかし今回は色々と目的が破綻してしまい本戦に出場してしまうという誤算が生じたがウルサイス姉妹が名護蜂也と懇ろになったのは思わぬ収穫だ。

それに《覇潰の血鎌》を破壊してくれたお陰で大人しくしてくれるだろう。

”名護蜂也”と『壊劫の魔剣(ベルヴェルク=グラム)』という存在はリスキーではあるが利用価値はある。

…しかし、今回の出来事で策謀の中に組み込むのは総計だと、ディルクの直感が告げていた。

 

「本当ならイレーネをぶつけて退場して貰う筈だったが予定変更だ。名護の実力を図るために”魔女”をぶつけるとするか…運が良ければ再起不能(リタイア)で運が悪けりゃ…それまでだったって事だ。」

 

試合の映像を見つつ不機嫌に呟いた。

 

「…鳳凰星武祭(フェ二クス)の優勝はアルルカントの木偶でも界龍の双子でもねぇ。」

 

画面には一安心したのか一息ついて《壊劫の魔剣》をホルダーを仕舞う蜂也の姿があり歓声が轟いていた。

画面の電源を落とし室内の椅子へ腰掛け懐から取り出した携帯端末に連絡をいれる。

 

「ああ…妹の方か…姉の方はまだ医療院のベットの上か?…なら起き上がったときにでも伝えてくれ、『今回のお咎めは無し』だってな。」

 

そう告げて端末を切って懐へしまう。

しばらくして策謀を張り巡らせるためにディルクは暗躍する。

まるで蜘蛛の糸のように全てが繋がったどこかで切れても必ず中心にたどり着くことが出来るようになっている策謀の網を練り上げていく。

自分には不利益を被らず必ず利益が出るようにし相手に損害を負わせ自分が利益を掠めとる。

それが『悪辣の王(タイラント)』と呼ばれるディルク・エーベルヴァインという男なのだから。

 

「懸念材料があるとすれば界龍のクソガキが名護にちょっかいをかけて…いや掛けてくるだろう…それにアルルカントの小娘にも渡りをつけておくか。”あの件を”条件に突きつけりゃ協力する気になるかもな…。」

 

ディルクは深い深い思考の海へと潜っていく。

 

◆ ◆ ◆

 

「師父、そろそろ定例報告会の時刻です。」

 

水上学園都市・六花(アスタリスク)”に存在する六つの学園の内一つ、界龍第七学院の敷地内にある黄辰殿、と呼ばれる三層構造の楼閣に現れた少女、いや少年趙虎峰(ジャオフーフォン)は楼閣の中心にて鎮座していた少女…幼女といって差し支えない童に敬意を持って接していた。

この少年は界龍における序列五位で前年の鳳凰星武祭(フェニクス)準優勝の実力を持つ猛者だ。

そんな少年の姿と声を見てかんらかんらと童女は笑う。

 

「おや?もうそんな時間かえ?…ではここまでにするとしようかのう。皆、ご苦労じゃったな。またいつでも挑むがよいぞ?」

 

その古風な言葉使いの童女の周囲には虎峰と同じような制服を着用した界龍の生徒が行きも絶え絶えに転がっていた。

少女の正体はアスタリスク最大の規模を誇る学院の頂点に君臨する序列一位『万有天羅(ばんゆうてんら)茫星露(ファンシンルー)である。

 

「今回も合格者は出ませんでしたか。」

 

「うむ。残念ながらのう。」

 

二人は楼閣から出て会話をしながら歩き始める。

先行するのは星露で背後に一歩下がるのは虎峰だ。

 

古風な通路を進むときにそのような会話をしていれば必然的に鳳凰星武祭(フェニクス)の話題になった。

 

「ときに虎峰。今回の試合を見たかえ?」

 

「今日の試合…と申しますと鳳凰星武祭(フェネクス)ですか?」

 

虎峰は当然ながら試合を見ていた。

ベスト十六にには界龍の生徒、いずれも星露の弟子が五組も残っている。

しかし星露はその事に喜ぶ…楽しんでいたわけではなかった。

 

「愉快な男がおったじゃろう?ほれ、星導館の序列三位…たしか名護蜂也と言ったか。アルルカントの人形も中々じゃったし男の同じ学校の天霧綾斗もじゃったが…素晴らしいのはあの男じゃのう!」

 

第十一試合ではレヴォルフの序列三位と激突した蜂也達の試合を思い返した。

互いに純星煌式武装(オーガルクス)の使い手ではあったが中でも蜂也はかなりの使い手であった。

あの試合で実力を見せてくれたがまだ何かを隠している…と虎峰は思った。

 

「ええ。星導館の序列三位の彼ですね。それに彼が手にしていた純星煌式武装(オーガルクス)は『封印された魔剣』に違わぬ威力でした。斬り結んだ純星煌式武装(オーガルクス)の刃先が切り裂かれていましたから…それに武器だけでなく彼自身の星辰力は研ぎ澄まされた刃のように鋭い威圧感…それにまだ彼は本当の実力というのを隠しているような素振りがありますが…彼は強者ですね。」

 

率直な感想を虎峰が語ると星露は満足そうな笑顔を浮かべていた。

 

「うむそうじゃろうそうじゃろう…虎峰も見る目が育ってきたのう!…恐らく奴の星辰力はあれが限界ではあるまい…多すぎる星辰力を自ら制御しておるのじゃろう。それにあの男が魔術師(ダンテ)だったとは一粒で二度美味しいのう!」

 

「たしか彼らの次の相手は我らが界龍の生徒でしたね。宋達ですか…。」

 

宋然(ソン・ラン)羅坤展(ルオ・クンザン)の二人は《冒頭の十二人》には入ってはいないが星露に鍛えられた直弟子でもありその実力は確かなものである。

 

「おお!そうであったな。どのような戦い方を見せるのか…楽しみじゃのう。」

 

かんらかんらと笑う星露に少しあきれている虎峰。

 

「…黎兄妹の次の相手は《叢雲》と《焔華の魔女》のペアですね。」

 

虎峰の脳裏に自信と実力を裏付け不敵な笑みを浮かべる双子の兄妹の姿を思いだし少し眉がひそめそうになるが星露の前なので出さないようにしたが童女の前では筒抜けだろう。

 

「うむ。あやつらがどのように攻めるのか見物じゃのう…果たしてあやつらの戦い方で《叢雲》に触れることが出きるか、じゃがな。」

 

その言葉に虎峰は引っ掛かりを覚える。

その言葉はまるでー。

 

「師父…それは、」

 

そう言い掛けた虎峰の台詞を遮るように長い袖で口元を隠し笑いながら告げた。

 

「ふっふっふっ…まぁ今のただの妄言よ。わすれりゃれ?…それより儂はあの男…名護蜂也がえらく気に入った。先ず”()”が良い!それに気骨も素質も十分…と言いたいところじゃが修行とか嫌いそうなタイプと見た!そこは惜しいが儂自らが手解きをしたい!欲しいのぅ…欲しいのぅ…是非とも弟子に!…いや…あやつなら。ふむ…やめておこう…それでも儂の良い遊び相手になってくれるじゃろうに。」

 

目をキラキラと輝かせてワクワクしている星露に虎峰はちょっと、いやジェラシーを感じた。

部外者の生徒にここまで夢中にさせる名護蜂也という少年に合ったこともなければ人となりもほとんど知らない少年を嫌いになりそうになった。

 

「…我々だけでは不服ですか?」

 

虎峰が不機嫌そうな少女と見間違えてしまいそうな表情に星露はかんらかんらと笑う。

 

「食事と一緒じゃ。毎日中華料理ばかりじゃ飽きてしまうじゃろ?別の味を楽しみたい。そういうもんなのじゃ。」

 

「は、はぁ…」

 

「うーむ…やはり名護蜂也と手合わせしたい…返す返すも惜しい…なんで界龍(うち)にきてくれんかったんじゃ?のう虎峰。なんとかならんもんかのう。」

 

「無茶をおっしゃらないでください師父…原則として六花園の生徒は転校が認められていませんよ…。」

 

「儂が直接星導館に出向いて勧誘しようかの?」

 

本当にやりかねない星露に対し大慌てで阻止した。

 

「し、師父!?いくら《万有天羅》の二つ名が絶対的であろうとも戒律を曲げるのはお止めください…それに《戦士王》は星導館の生徒会長と懇意にしているという噂がありますので余りからかいすぎるのは宜しくないと思いますが…。」

 

その事を言われた星露はクローディアの表情を思い出していた。

その令嬢然とした様子からは想像できないほど策謀と腹黒さを兼ね備えた才女が《戦士王》にお熱なのは面白かった。

 

「ほう?《千見の盟主》がか?それをからかってみるのも一興…ほっほっほっ!冗談にきまっておるじゃろうて虎峰。…まぁ少しは本気じゃがな?」

 

虎峰は少しだけ星露を嗜めるような視線を向ける。しかし聞き入れて貰えないのだろうなと諦めた。

胃が痛くなりそうな虎峰を差し置き楽しそうに笑っているのがこの茫星露という童女なのだ。

 

永遠に続いているかの錯覚を覚える黄辰殿の通路を歩いていると回廊の反対側から声が聞こえてきた。

 

「こちらにおいででしたか師父。探しましたよ。」

 

「それに趙師兄も。ご無沙汰しております。」

 

男女の声がした。

反対側の窓の前で立ち止まり包拳礼の構えをとるがその声を聞いた虎峰の眉が少し寄るが星露は変わらず無邪気な笑みを浮かべたまま立ち止まり壁向こうに視線を移した。

 

「おお、ぬしらか儂に何か用かえ?」

 

星露の言葉に壁向かいの二人組は愉快そうに目を細め勝利報告を行うが少年の言葉を引き継ぐように少女がその言葉を続ける様は一人の人間が話しているようにも聞こえる。

男の名は黎沈雲(リーシェンユン)、女の名は黎沈華(リーシェンファ)双子の兄妹であり界龍の序列に名を連ねる程の実力者だ。

 

「うむ、観ておったぞ?見事な勝ちっぷりであったのう。」

 

星露にそういわれ双子の返す言葉は謙遜ではあったが言葉の端々から自負が滲み出ていた。

傲慢に似た圧倒的な自信から来ているものだ。

 

「ふん、心にもないことを。さっさと本題を申すがいい。」

 

「ははっ。師父には敵いませんね…それでは…」

 

双子の口から語られた言葉は星露の隣にいる虎峰にとっては聞き捨てならないものだったからだ。

界龍には二つの派閥が存在し体術や拳法を中心とする木派と星仙術を使用する水派があり後者の水派が前者を見下す者が多数おりお世辞にも仲が良いとは言えない。

虎峰は木派を纏めあげる存在でありこの双子が言ったことは”鳳凰星武祭(フェネクス)に託つけて私怨を晴らしますがよろしいですね?”と包み隠さずにぶっちゃけているだけなのであった。

 

流石の双子の物言いに顔色を変えて叱責しようとするが星露が片手を挙げて制止した。

 

「ほっほっほっ…実にまどろっこしい…最初からそう申せば良いものを。」

 

そうして悠然と告げた。

 

「好きにするが良いわ。儂が授けるのは力であって道を説くつもりなどに興味はないからのう。」

 

「師父…!」

 

思わず声をあげた虎峰の言葉を無視して双子は目を細め笑みを浮かべ満足そうに頷いた。

 

「流石師父は懐が深い」

 

「感服いたしました。」

 

そういって話は終わりだと星露達は動き出し同様に双子も動き出して違いにすれ違い進んでいく。

 

「…しかし、果たしてそう上手く思い通りに行くかのう?」

 

いつのまにか遥か後ろへと進む黎兄妹へ愉快そうにそう呟くのだった。

 

「…所で師父は宋達と黎兄妹はあの星導館の両ペアに負けるとお思いですか?」

 

先程はぐらかされてしまった回答を得るためにもう一度問いかける。

振り返った星露は愉快そうに答えた。

 

「ほっほっほっ…それはどうかのう?…ここで答えを言ってしまうのは面白味に欠ける。今回の試合は名護蜂也への挑戦状だと思った方が良い…とだけ言っておこうかのう?」

 

「師父…。」

 

「しかし…惜しいのう…あ、そうじゃ良いことを思い付いたぞ?」

 

虎峰は星露の思い付きにそれは諌めるべきなのかと判断に迷ったがその事を言ったところで聞き入れて貰えないと諦めた。

 

◆ ◆ ◆

 

「やはり《壊劫の魔剣》から発生しているあの技はさながら超電磁砲(レールガン)のようだな。」

 

「…なんかひっかるんだよなー。」

 

「いったい何が引っ掛かるというんだ?」

 

エルネスタとカミラが自身の研究室で蜂也とイレーネの試合を観察しておりその場面は試合終盤で蜂也が《壊劫の魔剣》から発した閃光が《覇潰の血鎌》に激突し悲鳴のようなものをあげてステージはその勢いで粉塵が巻き起こりシールドに囲まれた内部は煙っていた。

そして煙は晴れて地面には倒れ込むイレーネと《壊劫の魔剣》を手に佇む蜂也の姿がありその付近には”外装と発動体の束が砕かれた《覇潰の血鎌》だったものが転がっていた。

勝利者宣言がなされた映像を観てエルネスタは「うーん」と頭を悩ませていた。

 

「さっきの《戦士王》が使ってた攻撃ってこの間のバラストエリアで《超人派》の実験体を一撃で破壊してたじゃない?」

 

「ああ。…それがどうかしたのか?」

 

「《壊劫の魔剣》ってさー『全てを破壊する』って曰く付きの武装でしょ?先日の件を含めると”発動体自体が残って転がってる”のがおかしな状況な訳なのだよー。」

 

「別に可笑しいことではあるまいよ?試合の開始前に自らの莫大な星辰力を解放し一瞬で制御して見せたのだそのくらいの調整ならば彼はできそうなものだが…それよりも前の試合で《戦士王》があの銃型の煌式武装を使っていたことに驚いたがね…あの構造からして沙々宮教授の娘が渡したか。」

 

「カミラも中々の頑固だよねー。」

 

「ふん、当然だあのような欠陥兵器を認めるわけには行かない。《獅子派》の信念と矜持に賭けて偏った力を個人へと傾倒させるその歪さを許容させることは私が許さない。」

 

「カミラな頑固な考えを置いておくとして…中々に興味深い武装だとは思うけどね。」

 

考えを曲げないカミラにあははーとお気楽に笑うエルネスタだったが目下の問題はそれでは無いのだがいくら答えを脳内に検索を掛けても答えはでないことを悟り負けた気分になったがそれは一旦後回しにして先程名護が見せていた技に対して警戒をしなければならなかった。

 

「まぁそれよりも純星煌式武装の使用者本人に依存する星辰力の護りを突破してあの無惨な姿にしちゃうんだから下手したらアルディとリムシィの”絶対防御”が破られちゃうかもねー。」

 

破ることは出来ない、と断言することは出来ない。

破られる、と言い切ることも出来なかった。

 

「ステージにも使われている『絶対防御』を打ち破る…って想像しただけでも恐ろしいな。」

 

「それにあんな大業撃ったのに星辰力の枯渇と万応素の乱れもない…もしかしたらあの技は『流星闘技(メテオアーツ)』ですらなくて」

 

「…っ!通常技…只放っただけ、ということか?」

 

エルネスタの推理にカミラは驚きに表情を浮かべていた。

対するエルネスタはワクワクしたような少女のようなにこにこした表情を浮かべて楽しんでいた。

 

「いやぁー本当にわたしを楽しませてくれるよね《戦士王》君はっ。」

 

そういって研究室の向こう側…強化ガラスに覆われた整備室のメンテナンスベッドに繋がれ眠るように目蓋を閉じツインアイの光が灯っていない二体の擬形体達を見ながらご機嫌であった。

 




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小さな来訪者

めっちゃお気に入り登録されてる…こわ…。

調子にのって新作投下です。



鳳凰星武祭(フェニクス)は十一日目に突入しベスト16まで絞られた。

ちなみに今星導館で残っているのは俺と綺凛ちゃんペアと天霧&リースフェルトペアでありどちらも好調に勝ち進めており特に天霧は《禁獄の力》のリミットがバレていない。

そこにはリースフェルトが俺の編み出した特訓の成果で近接戦闘もある程度こなせるようになり界龍の生徒で序列入りしていない生徒であれば楽々にあしらえるくらいに強くなっていた。

 

飛ぶ鳥を落とす勢いで鳳凰星武祭(フェニクス)で『疾風刃雷』と『戦士王』のペアと『華焔の魔女』と『叢雲』の星導館学園のペアが大暴れしている。

 

場所は変わってシリウスドームにある俺たちの控え室…なのだがいつも通り敵である筈の天霧達も俺たちの控え室に集まっていた。

そのなかには沙々宮の姿もあった。

 

クローディアが賛辞を述べる。

 

「おめでとうございます蜂也に皆さん。よくぞベスト16まで勝ち残りましたね。まぁ当校指折りの実力者なのですから当然といえば当然なのでしょうね。」

 

その賛辞を受けて俺達はなんとも言えないむず痒い気持ちになっていた。

特に天霧と綺凛ちゃんは照れておりどう反応したら良いものかと考えを巡らせているようだ。

 

「まぁ、あと最低でもあと三、四回は戦わなくちゃいけないしゆっくりしている暇は無いだろうな。ここまで勝ち残ってるってことは苦戦は免れんだろ。」

 

まぁ負けるつもりは毛頭無いが。

 

俺がそういうと全員の表情が引き締まった感じだ。

当然だがこれからベスト8、ベスト4…から準決勝に決勝まで戦わなければならない。

それに今日は1日明けての試合にあるため体感的には毎日だろうな。

と思っているところに沙々宮に声を掛けられる。

 

「蜂也、わたしの武器を使ってくれてありがとう。」

 

「ん?ああ。ピーキーで威力のある武器…良い銃だ。」

 

「やはり蜂也は見る目がある。アルルカントの連中にわたし、いや…お父さんの銃で目にもの見せて。」

 

「任せろ。」

 

「うん。」

 

さて、先の試合で見せたパフォーマンスについて天霧達に質問されたが特段隠すことでもないので包み隠さずに話したら少し引かれた。

む、失敬な。

 

「いや、副会長が第四試合で使ったあの技は本当に『流星闘技』じゃないんですか?」

 

「ああ。只の星辰力の余剰エネルギーを収束して放っただけだぞ?あんなもんは《流星闘技》とは言わない。只の小手先の応用だっつーの。それ言うなら天霧の剣術だって似たようなもんだろ。普通の奴はリースフェルトの技を切れねぇんだよ。」

 

「それを言うならお義兄さんの剣も…大概です…?」

 

オーマイ、なんと綺凛ちゃんは向こう側だったとは…ショック。

それよりその事を突っ込むとリースフェルトがうんうんと頷いていたのでどうやら男性陣には味方は居ないようだ。

それよりも今日ある試合について相談をし始める。

 

「えーとそういや次の試合の相手って誰だっけ綺凛ちゃん。」

 

「次の対戦相手は界龍の序列二十二位と二十三位のペアですね。三回戦でも界龍の生徒とは当たりましたが今回のペアは別格と言っても良いでしょうね。対戦相手のお二人はあの《万有天羅》の直系のお弟子さんだそうです。」

 

「へぇ~…《万有天羅》の直弟子か。楽しみだな。たしか情報があまり出てなかったんだっけ?」

 

この手はクローディアに振ってみると頷いた。

 

「ええ。《万有天羅》については詳しい情報があまり無いのです。界龍は生徒数が多いので比較的外部に情報が漏れやすいのですが何故かその辺りの情報は固くて流れてこないのです。」

 

「なるほどな…外見は分かるのか?」

 

「はい。六花園会議で顔を合わせていますからその身体的特徴は分かりますよ。一言で言うなら」

 

「いうなら?」

 

クローディアは1拍置いて説明した。簡潔に。

 

「童女ですね。」

 

「は?……えそれだけ?」

 

「はい。」

 

「マジ?…なんかスッゴい屈強な老け面のおっさんがいるものだと…。」

 

セクシーダイナマッ!でプロテインを採掘している的なのを想像していたが違うらしい。

そんなのが界龍の序列一位なのかと驚いた反面こういう手合いは割りとちっさいのがラスボスのパターンがあるからな。まぁそんなに強いなら俺みたいな奴とは会うこともないだろうと自分で解決し一先ずは試合に向けて控え室から綺凛ちゃんを連れだってステージへ向かうことにした。

ちなみに天霧達は俺たちより先に試合があったので先に出ている。

 

◆ ◆ ◆

 

『さぁーてさてさて!本日の一番の注目カード!五回戦最終試合!昨日の四回戦ではレヴォルフ黒学院序列三位『吸血暴姫(ラミレクシア)』ことイレーネ・ウルサイスと熱い戦いを繰り広げた星導館序列三位の名護蜂也選手と、同じく序列一位刀藤綺凛選手の入場です!』

 

ステージに上がると相も変わらず熱量の高い応援と実況席に座る解説者の実況の盛り上りが半端無くつかれねぇか?と疑問に思い隣にいる綺凛ちゃんへ視線を向ける。

 

「???」

 

キョトンとして少し首を傾げ此方を見つめていた。

うん綺凛ちゃんが可愛いのは何時もの事なのでこの盛り上りが通常なのだと納得させた。

解説役が実況をしている最中で今日はどうやって戦おうかと考えを巡らせ《壊劫の魔剣》はしまって沙々宮が用意してくれた銃型の煌式武装でやろうか…と考えたがあれは《アルディ・リムシィ》ペアの戦いの際に使うことにした。

そんなことを思っていると対戦相手の選手が目にはいった。

両名共に鍛え上げられており一人は拳…星仙術の使い手だろう。もう一人は武器を使う戦い方を得意とする生徒のようだ。しかし手に持つ棍は煌式武装ではなく金属製…綺凛ちゃんと同じだ。

その手の武装を持つということは余程星辰力の扱いが上手いのか気になった。

 

隣にいるパートナーへ声を掛けた。

 

「綺凛ちゃんはどっち行く?」

 

「そうですね私は棍を持つ生徒さんをお相手します。」

 

「ん。わかったそれじゃ決まりだね。俺は素手の方を相手させて貰う。気をつけてね。」

 

「はい。お義兄さんもお気をつけて。」

 

俺が拳の生徒で綺凛ちゃんは武器を持つ生徒を相手することにした。

作戦が決まると同時に互いの校章が光輝き試合開始の機械音声が流れる。

 

鳳凰星武祭(フェニクス)五回戦第八試合、試合開始(バトルスタート)!」

 

試合開始と同時に界龍の選手は分かれて走り出した。

向こうも同じことを思っていたのか俺の方に拳の生徒が向かい綺凛ちゃんの方に武器を持った選手が走り出す。

 

俺と綺凛ちゃんは互いに獲物を抜いた。

 

「行くぞ。」

 

「刀藤綺凛、参ります!」

 

俺は軽めのジャブだと言わんばかりに軽く動きだしながら《詠唱破棄》した《フラッシュエッジ》を多数展開し宋へ投げつける。

高速で回転する光輪は極力まで威力を落としているが触れることあれば皮膚を切り裂く程度の威力がある。

しかし。

宋に接近した《フラッシュエッジ》は簡単に素早く振り抜いた拳に粉砕された。

いくら強度を弱めたと言っても簡単に砕かれるものではないんですけどねぇ…。

そんなことを思いつつ俺のクロスレンジ内に入ってきた宋を迎え撃つべく構える。

 

「参るっ!」

 

一気に間合いを詰めて右の拳を振るう。

当たる瞬間に片手で《壊劫の魔剣》を展開し俺は大剣の腹でその一撃を防ぐ。

大剣越しでも伝わる一撃は前前試合で当たった界龍の選手達とは確かに比べ物にならない。

が、それだけだ。

 

更に身体事ぶつかるように押し込もうとして踏み込み、肘鉄を俺の脇腹目掛け突っ込ませてきたが俺は空いている片手で肘鉄を防ぐ。

 

「なっ…!?」

 

まさか片手で止められるとは思っていなかったのだろう思わず驚いた声をあげたが気にせず《壊劫の魔剣》を支柱代わりにして脚部に星辰力を少し集め蹴り技を叩き込むと宋は大きく後方へ吹き飛ぶ。

 

「はっ!」

 

その隙を逃がすまいと着地と同時に地面に刺さった《壊劫の魔剣》を抜いて《縮地》で距離を詰めてその勢いのまま上段から一気に振り下ろす。

 

「……っ!」

 

防御の姿勢を取らざるを得ない宋は《壊劫の魔剣》の一撃を防ぐ。

しかし、そのあまりの威力で防御は意味を成さずステージに叩きつけられてしまった。

 

「かはっ…!」

 

ステージ上で大きな物音が響き瓦礫の粉が舞う。

粉塵が収まった瞬間に機械音声が流れた。

 

宋然(ソウ・ラン)意識消失(コモンアンシャスネス)

 

意識が落ちたことを確認し綺凛ちゃんの元へ向かおうかと思ったが必要ないようだった。

 

なぜなら(ルオ)の猛攻を綺凛は涼しい顔を浮かべながら捌いていく姿があったからだ。

 

(この実力で序列外ですか…星導館であれば序列入りは間違いないでしょうね…ですがっ!)

 

蜂也との模擬戦と比べればかなり優しい方だと綺凛は思っていた。

連続で繰り出される棍を《千羽切》で防ぎきり今度は此方が攻める番だと言わんばかりの斬撃を見舞う。

逆に今度は防戦一方に追い込まれる羅だったがそこは《万有天羅》の直弟子であるのか気合いを見せた。

長物を器用に扱い自身に有利な間合いを作り出そうとしたが既に綺凛の領域、そこには序列一位との壁が確実に存在していた。

 

流れるような棍撃を綺凛を襲うが全てが届かず叩き落とされていく。

 

「…!…ぐふあっ!!」

 

流れるような連撃が羅に叩き込まれその地に伏した。

意識が消失したことにより胸の校章の光を失う。

 

次の瞬間には機械音声が勝者を告げた。

 

「試合終了!勝者名護蜂也&刀藤綺凛!」

 

小細工など無い”力”と”技巧”が界龍の生徒を打ち破り会場は大きく沸き上がった。

観客達の歓声をバックに控え室へ続く通路を進む。

とりあえずは勝利者インタビューをどうにか切り抜けようと考えていたのだった。

 

 

「次で準々決勝か…たしか次の対戦相手って…」

 

「はい。先程の界龍の選手と同じ学院の方々ですね…先程の宋選手達と同じく《万有天羅》の直弟子らしいですね。」

 

「天霧達の相手も界龍の生徒か…というかどんだけ枠使ってんだよあいつらは…」

 

「界龍の生徒さん達は願いよりも”腕試し”の側面が強いらしいですから。」

 

「生粋な戦闘狂(バトルジャンキー)って訳ね…恐ろしいねぇ…。」

 

「そこが界龍の特色らしいのでらしいと言いますか…。」

 

「それで天霧達の相手は優勝候補の黎沈雲と黎沈華…双子の兄妹ペアか。」

 

「はい。《幻映創起》と《幻映霧散》の二つ名を持つ強敵ですね。」

 

今日の分は終わっているので次の対戦相手は黎沈雲(リーシェンユン)黎沈華(リーシェンファ)の双子の兄妹であり界龍序列九位と十位に名を連ねている《幻映想起》と《幻映霧散》の二つ名を持つ今大会の優勝候補の一角らしい。

が、俺は彼らの戦いが正直に言おう嫌いだ。

 

「あんまり連中のファイトスタイル好きじゃねーんだよな。策を練って相手の有利を打ち消す…まぁ理にはかなってるんだがなんかこう…武道を囓ってるものとしては…ねぇ?」

 

俺がそう告げると綺凛ちゃんも頷いていた。

 

「はい…確かに見ていて気持ちの良い試合…とは言いきれないです。その姿勢は恐らく自らの力に絶対的な自信を持っているからこそ相手を見下してしまう。絶対的な有利な状況を作り出していますね…そこには相手への敬意…リスペクトは存在せず…そんな戦い方だと想います。わたしも剣の道にいるのでその…。」

 

なんとも言いづらそうだったが言いたいことは分かった。

 

「まぁ”大会”っていうレギュレーションに則ってやるわけだからその反応は正しいぞ綺凛ちゃん。」

 

「えへへ…お義兄さんの手気持ちいいです。」

 

「俺も綺凛ちゃんの頭を撫でると落ち着くんだよな…なんか出てる?」

 

「で、出てないです!」

 

綺凛ちゃんの頭を撫でて控え室へ向かおうとすると気絶から復帰したばかりの宋羅ペアが此方に近づき先の試合の健闘を称えてくれた。

「敵ながら天晴れであると」まぁ、要約するとそんな感じのことを言われた。

俺と綺凛ちゃんはその世辞をむず痒くなりながら素直に受けとった。

話題は天霧達がぶつかる黎兄妹についてになりどうやら同じ学院の生徒からもそう言われるってことはよっぽどなのだろうと俺は綺凛ちゃんと顔を見合わせて苦笑をせざるを得なかった。

 

「名護くん。」

 

「はい?」

 

宋…いや宋さんが俺に話しかけてきた。

 

「先程の試合は第四試合で見せたような全力だったのか?」

 

本気ではあったが全力ではない。

そもそも俺が全力を出すと『相手の認識出来ない距離へ《次元解放》を使って移動し特化型CAD(フェンリル)の二丁持ちで認識外からの『虚空虚無(ボイドディスパーション)』乱射』とかになるのでそもそもにおいて俺の魔法は殺傷力が有りすぎるため試合にならない。

 

「いや全力じゃなかったっすよ?本気ではありましたが。」

 

そう答えると苦笑を浮かべられてしまったが次には笑みに変わっていた。

 

「…君の全力を見てみたいものだが我々ではまだそれを引き出すにはほど遠かったようだな…また手合わせをお願い出来るかな?」

 

そう言われ俺は短く「もちろん」とだけ答えると満足して帰っていった。

うん。武人然とした気持ちの良い奴らだったな。

会話が終わり俺と綺凛ちゃんは控え室に戻り一時休憩をすることにした…のだがまたしても天霧達が既に到着しており寛いでいた。

が、そこには見たこともない少女、小学高学年ぐらいの年の少女がなぜかメイド服を着用しリースフェルトと仲睦まじく交流していた。

疑問を口に天霧へぶつける。

 

「天霧…この子どっかから拾ってきたの?」

 

俺が冗談でそう言うと天霧は大慌てで反応していた。

こう打てば響く感じの弄りやすい天霧は本当に良い奴だなとは思うが止めない(鋼の意思)。

 

「ち、違いますよ!この子はユリスの関係者で…」

 

「お母さん言ったでしょ?なんでもかんでも拾ってくるなって。しかもメイド服着せてご奉仕ごっこかよ。」

 

「ち、違いますって…ああもうユリス、副会長に説明を…」

 

わたわたする天霧を尻目に俺のジョークが伝わったのかユリスは苦笑いを浮かべて割って入った。

 

「蜂也。あまりうちのパートナーを苛めないでくれ。」

 

「わーってるっつーの。冗談に決まってんだろ。まぁだいたいの察しは付くがその子はリースフェルトの関係者だろ?と、なると侍女か孤児院の子か。」

 

俺がそう告げると全員がぎょっとしていたがそこまで驚くことだろうか?状況と服装から判断をしただけなんだけどな。

 

そうするとそのメイド服を着用した少女が此方の前に一歩出て深々と挨拶をしてきた。

 

「あい!フローラと申します!名護さま、刀藤さまよろしくお願いします。」

 

「宜しくねフローラちゃん。」

 

「宜しくなフローラちゃん。」

 

若干な舌足らず感があるが元気っ子…愛らしい印象を与えている。

室内には入りちょうどリースフェルトも近くのタイミングで控え室に戻ってきたようで会話は進んでいなかったようで会話が進む。

 

その中で天霧がフローラに「王宮でのユリスの感じってどんなものなの?」と質問を投げてフローラが「今とおんなじです!」と自信満々に答えるものだからリースフェルトが赤面していたのが印象深いか。

そしてフローラはポシェットの中に入っていた携帯端末を取りだし孤児院で取った写真を見せる。

リースフェルトは乗り気では無かったが全員がその写真に興味を示したが俺はなぜか無性に嫌な予感が少し離れソファーに腰掛けジャケットの前を開けてホルスターから特化型CAD(ガルム)のトリガーガードに指を引っ掛けて回転させながら遊んでいた。

 

端末のスライドをしている最中でフローラが入った「姫様に髪を洗って貰っているところ」と言った瞬間にリースフェルトは大慌てで取り上げウィンドウを閉じ近くにいた天霧に「見たか!?」と問い詰めていたがあの様子じゃ男に見せたくないものがチラッと見たな、と確信したが俺は深く追求しないことにした。

でないと俺もとばっちりを受けるからな。

 

俺はこのゆるーい空間で英気を養って少し休憩した後に選手専用の通路を使い退出することにした。

 

◆ ◆ ◆

 

「あ、やっべ…買い出ししてなかった。」

 

時刻は夕方、暑さも大分落ち着く時間帯になったがまだ暑い。

俺は夕飯の準備をしようと冷蔵庫を開けるとそこにはなにも入っていなかった。

すっからかんのがらんどうである。

クローディアを誘って飯でも行こうかと思ったが連絡を取っても出ないようで忙しそうだし綺凛ちゃんも試合が終わったあとも一緒にいるのは可笑しいのでやめた。

天霧を食事に誘おうとしたのだが今はリースフェルトと一緒に俺に聞いてきて勧めたカフェでフローラと一緒に食事に向かったはずだからな。

…というかそもそもに置いて俺は天霧の連絡先を知らん。

自分で言ってて悲しくなってきたのでこの話は止めよう。終わり、閉廷!

 

「予備の食材も…無い…か。」

 

戸棚を見ても食料と言う食料が無い。てか海苔しかねぇ。

飯を取らないという選択肢はないだろう今日は矢鱈と腹が空いた気がする。

明日は一応試合だし何か腹には入れておきたかった。

 

「仕方ない…市街地まで行ってラーメンでも食いに行くか。」

 

私服に着替え一応ホルダーに《壊劫の魔剣》を差し俺に割り当てられた個室の男子寮から学園の外へ出掛ける。

外はすっかり茜色に染まっており刺すような暑さも今は抑えられている。

夏季休暇中のため通りすぎる生徒も疎らだ。

 

「こんな風に一人で出歩くのは久々だったな…そういや春先にシルヴィアを助けたとき以来か。」

 

まさかあの時世界の歌姫を助けてヴァルダ=ヴォロスを粉砕するとは思わなかったが…。

そういやクローディアの願いって何なんだろうな?全く聞いてなかったけど一体なんだ?

そんなことを思いつつ腹が減っているので目的地へと歩みを進めた。

 

…だが俺はこの時気がついていなかった。

背後にピンク色のチャイナドレスを着た童女がいたことに。

 

「ふぅ…やれやれ虎峰にも困ったものじゃ。只『名護蜂也』に会いに行く、それだけなのに血相変えて止めてきおって…む?……おおっ見つけたぞ!では早速ちょっかいをかけるとしようかのう♪」

 

その表情はまるでお気に入りの玩具を見つけた子供のように無垢で無邪気であった。

 

 

「この公園を横切った方が近道なんだよな…」

 

市街地にある目的のラーメン屋に向かうためにはこの公園を横切った方が早いので園内に足を踏み入れ直線距離で突っ走る。

 

「…妙に静かだな。こんなもんだったか?」

 

ここは普通の都市ではないので子供と言う子供がいないので夕焼け小焼けまで遊んでいる光景は見たことは無いがそれでも公園の周りの騒音と言うものは聞こえてくる筈なのだがそれが聞こえない。

まるで何かを遮られているようでーーー。

次の瞬間、背後で地面を踏みしめる音が俺の耳に届いた。

 

「っ!!………って子供?」

 

今まで無音だった空間に地を踏みしめる足音が聞こえ瞬間的に振り返るがさすがに《壊劫の魔剣》は抜かないが。

 

「まさか儂の気配に気がつくとはやるのう」

 

そこにはにこにこと笑みを浮かべる天女のような羽衣を身に付けピンクのチャイナ服着た小学中学年ぐらいの可愛らしい女の子が居た。

だがその見た目とは裏腹に古風な喋り方でちぐはぐだに感じた。

 

「えーっと…俺に何か用かな。」

 

にこにことしている童女に対し一応は丁寧な言葉を掛けたが次の瞬間には目の前に来ていた。

 

「っ!?」

 

手刀を此方に差し向けていた。

 

「突然ですまぬが試させてもうらうぞ!」

 

めちゃくちゃに素早い手刀…俺じゃなきゃ見逃しちゃうね。………ってそうじゃねぇ!!

咄嗟に《瞳》の力が発動しこの攻撃が回避できないことを予知し回避するために手段として《四獣拳・麒麟乃型》を発動しヒラリと回避せざる得なかった。

一つ二つ三つ…と繰り出さされる攻撃にはフェイントが混ぜられており腹部を狙った攻撃を拳で受け止めると驚いたような表情を浮かべる童女。

 

「おおっ!流石は儂の見る目に間違いはなかったようじゃのう!フェイントを避けられる者は数人おっても儂の手刀を受け止めるとは弟子の中でも二人だけじゃ!」

 

突然攻撃してきてなんで誉められているんだろうか俺は…?ってそうじゃない。

そんなことを思っていると童女は俺が受け止めていた拳をヒラリと外して再び俺へ手刀を伸ばしてくる。

ここまでしてくるってことは俺を倒しに来た刺客…そんなやつはいないと思っていたが当てが外れてしまった。

再びフェイントを混ぜ入れた拳打が俺を狙う。

 

「ちっ…!」

 

その一撃は星辰力を纏わせている為か一撃が重い。とても童女が振るっていい拳の威力では無かった。

いなして一撃を入れて中断させるために速度重視の《四獣拳・朱雀乃型》に切り替えて応戦する。

 

残像が出来る程の速度がある拳と拳のいなし合いが発生し童女は嬉しそうな表情を浮かべる。

 

「むっ?先ほどに比べると速度が上がっておるな?」

 

え…?…何この幼女怖っ…数発交えただけでこの《朱雀乃型》の特徴見抜いてるんですけど?

俺の直感が「このままだとジリ貧になる」と告げているので速度を上げて腹部を狙った童女の拳打をいなし顔面に此方が今度は人差し指を眉間へ突き立てる。

対する俺は童女の拳を片手で受け止めている状況だ。

 

 

その瞬間に空気が止まった。

 

「…」

 

空気が動き出した合図は童女の笑い声だった。

 

「……っ。……あっはっはっは!!!」

 

「…?な、なんだ?」

 

流石に幼女を殴り飛ばす趣味はないので眉間に人差し指を突き立てる(触れてはいない)ポーズを取ると「参った」と言わんばかりに笑い出した。

 

「いやはや…虎峰の目を盗んでお主に会いに来た甲斐があったというものだったのう。」

 

一人で笑って満足しているこの幼女はいったい何者なのだろうか弟子だとか俺の《四獣拳》の一端を見破り俺と拳を合わせられるこの幼女は一体何者なのだろうかとそんな疑問を持った視線を感じ取ったのか童女は此方に気がつき少し離れた。

 

「おお!すまんの!儂一人で楽しんでしまって。…さてそろそろ儂の戯れに付き合ってくれたお礼に自己紹介でもしようかのう。」

 

その名前を聞いて俺は驚いた。

 

「儂の名前は茫星露という。」

 

その名を告げる幼女に俺は一瞬だが誰だ?と思ったが記憶の片隅…というか今日聞いた名前に思わず二度見した。

 

「は…?界龍の《万有天羅》…………マジで?」

 

「大マジじゃよ《戦士王》」

 

かんらかんらと笑う目の前の童女が界龍の序列一位《万有天羅》だと先程の事とクローディアから事前情報が無ければ”偽物”だろうと判断していたが”本物”だと判断せざる得なかった。

 

「ほっほっほっ!まさか儂の攻撃を防いだだけでなく指を突きつける事が出来たのはお主が初めてでのう…儂はうれしい!それにお主、見たこともない型を使っておったのう?独学か?」

 

こいつ、俺の《四獣拳》に気がついたのか…!?

 

「…あーすまん企業秘密ってことで…それに…お眼鏡にかなって…いいのかこれ?」

 

はしゃいでいる星露に対して俺は対極なテンションになっているが構わず話を進めていた。

 

「むー…仕方がないのう…《戦士王》や、お主界龍には転校せぬか?お主ほどの実力なら儂と対等に遊べそうじゃのう!」

 

「いやいや六花の決まりで転校はダメだろ…なに言ってるんだお前は…。」

 

そう言うと年相応のふて腐れ方…というか言葉遣いと見た目が合ってない。中身に誰か入ってるんじゃないかと錯覚をしてしまう。しかしそういう表情もするのな。

…んてか今”対等”って言ったか?

 

「むー…虎峰にも同じことを《戦士王》にもいわれてしもうたのう…むむむ…やっぱりどうしても駄目か?」

 

「いやいや…俺ならまだしもうちの生徒会長が首を縦に振るとは思えないんだけどな。」

 

「《千見の盟主》か…確かにあれはお主を大層に気に入っているらしいからのう…むむむ…こうなったら…」

 

なんか大事(おおごと)になってきたので取り敢えず落ち着かせることにした。

…そうじゃないとこいつがなんかやりかねないと思ったからだ。

 

「ちょ、ちょっと落ち着け…えーと…」

 

どう呼ぼうか迷っていると《万有天羅》が察したのか。

 

「親しいものは皆”星露”と呼んでおるぞ。」

 

他校の序列一位を名前で呼び捨てにするのは気が引けるが仕方がないと受け入れる事にした。

強引に物事を進めようとしていた星露に対して嗜めると不承不承といった感じだったが一旦は落ち着いてくれたようで助かったがこのままでは引き下がってくれそうにない。

どうしたものかと思案していると

 

ぐぅ~う。

 

腹の虫が鳴った。

 

そういや俺夕飯を食いに市街地に出てきてたんだよな…まずは腹ごしらえを…って今の腹の虫の音は俺ではない。

 

それは目の前から聞こえた。

目の前を向くと頬を掻いて糸目になっている星露の姿が。

 

「取り敢えず…俺夕飯を食いに市街地のラーメン屋に向かってたんだが…行くか?」

 

俺がそう言うと照れくさそうに浅く頷いたので俺はまさかの《万有天羅》と共に行きつけのラーメン屋へと足を運ぶのだった。

結果として暴れだしそうな星露を止めることに成功したのでラーメンは偉大であると感じた。

 

◆ ◆ ◆

 

「うむ!《戦士王》行きつけのラーメン屋は大変美味であったのう…また来たいぞ。」

 

「気に入ってくれたなら何よりだ…ってお前そろそろ帰らなくていいのか?学院の連中が心配してんじゃねーの?」

 

いくら序列一位といってもこいつが夜遅くまで外にいるのはさっき言ってたお付きの虎峰…とか言う人も心配してるんじゃないかと指摘したが星露は「問題ないぞ?」と切り返してきたので俺は「そうかい…」としか返せなかったが出きればさっさと帰ってほしいのだがラーメン屋を出た後でも俺とならんで歩いている。

しばらく一緒に歩いていると星露が突然走りだし俺を追い抜き振り返った。

その表情は笑みで何かを思い付いたらしい。

 

「そうじゃ!お主を此方に転校させられないのなら界龍に遊びに来て貰えばよいのじゃよ。」

 

「はぁ?」

 

突拍子のないことをいう奴だと思わず疑問符を浮かべるが星露には関係がないらしい。

 

「端末を貸しておくれ。」

 

「ああ。…ほい。」

 

端末を手渡すと少し怪訝な表情を浮かべられた。

 

「お主…結構油断しておる、といわれんか?」

 

しまった。いつもの癖で手渡してしまったが別に中身を見られて問題があるということでもないのでそのままにしておくと慣れた手付きで端末を操作してそれが終わったようで手渡す。

渡された端末のアドレス帳には”茫星露”の名前があり登録した人物と文字を行き来して二度見してしまう。

俺の反応に星露は楽しそうに笑っている。

 

「お主はこれで儂と”友達”だからのう!…それとこれを渡しておくぞ。」

 

友達って…まだあって数時間しか経過してないんですけどね…。

そう言って渡されたのは『黄龍』の校章が書かれた六角形のブローチのようなものだった。

 

「これがあれば界龍の門の前で止められることはないぞ?すんなりと通されるまぁ通行許可書みたいなものだのう。」

 

受けとるか迷っている星露は少し悲しそうな表情を浮かべていた。

 

「受け取っては貰えぬか…?お主と喋ったり遊んだり(修練)したいのじゃよ。」

 

いや、お前その”遊び”って絶対《修練》とかだろうが…騙されんぞ。って他校の生徒が勝手に行っていいのだろうか?

 

「うむ。儂が良いといったのじゃから問題はないぞ?」

 

なんつー独裁政治…と思ったが《万有天羅》の名前は只の称号ではなく別の意味合いが強いようだしな。

それは界龍第七学院に対しても例外、というかこっちが一番影響としては強いんだろうな。

俺は観念し頷くと星露は大層嬉しそうな表情になり頷いたが何かを思い出したかのように星導館と界龍の其々に向かう分かれ道で立ち止まった。

話の内容は今日行った宋と羅の試合の内容だったが俺の総評としては「良い鍛え方をされてる。」と言うと星露は「そうかそうか」と嬉しそうだった。

そして黎兄妹の話になり。

 

「…だけど、俺はあんまり連中の戦い方は好きじゃないんだよな…。実戦ならまだしも。」

 

「ほう?実際に戦を経験したような口ぶりじゃのう?」

 

俺が口にだした言葉に星露はニヤリと口元を緩めるがその事に対して俺が特段反応をしなかったので深くは言及をしてこなかった。

 

「…まぁな。それよりもアイツ等はお前の直弟子なのか?」

 

「まぁのう。それがどうかしたのか?」

 

星露に言っても仕方がない事だとは思うがこればっかりは良い機会だからと忠告しておこうと思う。

まぁほとんど意味ないと思うんだけどな。

 

「俺の師匠…まぁ俺の婆ちゃんが言っていたことなんだが…『道無き力は獣。道あり力は人。道徳を失った力は只の暴力でありそれを疎かにするのは只の畜生の所業也』ってな。お前も人に力を授けるのが仕事なんだろうが…まぁそれだけだ。参考程度に聞いておいてくれ。明日試合で当たる双子がムカついて天霧達がボコボコにしても許してくれよ?」

 

そう俺が告げると目をぱちくりしていたが直ぐ様かんらかんらと笑いだし界龍の方面の路を歩き出す。

少し歩いて振り返った。

 

「ふふっ、では明日の試合楽しみにしておるぞ”蜂也”?ではの。」

 

そう言って星露はいつのまにか俺の視界から消え去っていた。

 

「”蜂也”ねぇ…ただラーメン食いに行って奢ってちょっと喋っただけでもう名前呼びとか…これが陽キャか。」

 

幻だったのでは?と疑いたくなるほどに煙のように消えた星露だったが手にした端末には茫星露の名前と連絡先が登録されているのを見てこれは現実なのだと教えられていたのだった。

 

◆ ◆ ◆

 

蜂也の背後を追跡するように星露が追いかけているのを《猫》から知らされたディルクは不機嫌な顔をした。

 

「ちっ…やはり界龍のチビがちょっかいを掛けてきたか…。」

 

レヴォルフ黒学院の生徒会長室で何時ものように無愛想に不機嫌そうな顔をして短い足を机に乗せていた。

 

《猫》に指示を出して蜂也を見張っていたのだが想定外、というよりも想定内で出来れば遭遇してほしくない大物が接触したことに更にその表情が不機嫌になっていく。

思考の海に沈みそうになった瞬間に生徒会長室の扉が開かれた。

 

「只今戻りましたぁ~。」

 

ころなが入ってきたことに反射的に不機嫌な反応を取った。

別段ここに来るように時間の指定があったわけではないが何気なしにだろう。

 

「…遅ぇぞ。」

 

「は、はぃすいませぇん!ちょっと会長がお疲れ気味でしたので市街のカフェに寄ってまして…あ、これです。」

 

「ちっ…寄越せ。」

 

手渡された紙袋から甘味を取りだし口をつけころながお茶の準備をしつつ思い出したかのように報告をした。

 

「あ、そう言えば今日寄ったカフェで天霧さんとリースフェルトさんが見たことのない凄い可愛い女の子がいたんですよー…誰だったんだろうなあの子。」

 

「……。」

 

ころなに淹れられたコーヒーに手をつけようとしたその瞬間に気になることを言われたディルクはその手を止めた。

 

「会長からもらった名護さんと天霧さん周りの資料にも乗ってなくて…でもまだちっちゃかったし、校章も付けてなかったからきっとアスタリスクの学生じゃないんじゃないかと思います。あ、そうそう!しかもメイド服だったんですよ!その子!メイドさんですよメイドさん!すっごく似合ってて可愛かったなあ…。」

 

締まりのないにやけた表情にディルクが睨みを効かせた。

 

「その話詳しく聞かせろ。」

 

「え、もしかして会長はメイドさんがお好き…ってああごめんなさいごめんなさい!嘘です冗談です!」

 

「ちっ…。」

 

的はずれなことをきょとんとした顔にでディルクは舌打ちしてその苛立ちを隠そうともせず睨み付けそのときの状況を簡潔に伝え少し考えたあと机上の端末を操作し暫くしてその結果を見てぼそりと呟く。

 

「ふん…連中の関係者か。なるほどな。…奴を牽制するには”使えそうか”」

 

呟くディルクを見るころなはその瞳に暗く鋭いものを見てしまい背筋に冷たいものを感じるのだった。




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悪辣の操り糸

鳳凰星武祭(フェニクス)十二日目。今日で遂に準々決勝…ベスト4が出揃う。

俺と綺凛ちゃんはその枠を勝ち残ってきた界龍の生徒と争うことになった。

相手の順位は十七位と十八位でまたしても《万有天羅》の直弟子とのこと……いやあいつの弟子多くない?

ステージに立ち準備が整うと校章からお馴染みの文言が流れ違いに衝突した。

 

 

「試合終了!勝者、名護蜂也&刀藤綺凛ペア!」

 

結果としてまぁ当然ながら俺たちが勝ちました。二人の校章を破壊しての勝利。

ステージに観客達の歓声が響き渡る中俺はスラックスのホルダーに武器をしまい綺凛ちゃんも獲物を鞘に納めた。

 

『決まったー!準々試合試合勝者は名護蜂也&刀藤綺凛選手だーっ!強い強すぎますっ!しかも名護選手が使用したのは《壊劫の魔剣》ではなく通常のハンドガン型の煌式武装二丁で相手選手を制圧してしまいましたっ!名護選手には苦手なものはないのでしょうかっ!?刀藤選手の剣技《連鶴》も相手の反撃を一切許さない連続技にお見事としか言いようがない程の素晴らしい戦いかたでした!この二人を止められるもの果たしているのでしょうかっ!』

 

『いやー名護選手の場合は器用貧乏ではなく其々にハイレベルな使い方で相手を圧倒しているのでまさに”武芸百般”と言う言葉が似合うッスねぇー。一方で刀藤選手の剣技につきましては追い付ける選手はいるんでしょうか?と逆に問い掛けてみたくなるッスねぇ。それこそ同じ学園の天霧選手が使う古流剣術である《天霧辰明流》と《刀藤流》の対戦を個人的にも叶うのなら是非見てみたいッスねぇ。』

 

「…戻るか綺凛ちゃん。」

 

「はいです、お義兄さん。」

 

実況席での解説が終わり観客席からは拍手が続いているがそろそろ捌けないと次は別の選手達の試合があるのでさっさと退場することにした。

途中で聖ガラードワースのペアとすれ違い小さい方が俺に挑発的なことを言ってきたが睨みを効かせると怯んだのでその隙に会見会場へ向かいやりたくもない勝利者インタビューを終わらせて控え室へ戻ることにした。

今日は天霧達の試合もあるからな。

俺の予想が外れてなければ勝ち残ってくるのは俺たちとアルディ達、聖ガラードワースの聖騎士コンビ、それに天霧達だ。

 

◆ ◆ ◆

 

蜂也の予想通りエルネスタとカミラの代理出場のアルディとリムシィがベスト4に入った。

未だに”一分間回避も攻撃もしない”という約束通り相手選手と対峙する2機はそれを破られずにいた。

しかしエルネスタが思うほど稼働率は芳しくない。

対戦相手の選手が序列外の選手が多いこともあるのか予想よりも数値が振るっていないようだ。

 

「んーアルディ達の稼働率があんまり芳しくないねー。相手の選手には悪いけどちょーとばかし実力が低すぎるのかなー。」

 

隣にいるカミラに話しかけると頷いた。

 

「仕方があるまい。悉く有力選手が別ブロックにいて当たることがなかったのだからな。…まぁ身も蓋もない言い方だが楽にベスト4まで勝ち残ることが出来たのだから御の字ではないのか?」

 

「まぁーそれもそうなんだけどね?」

 

「残ったのは聖ガラードワースの『輝剣(クラウ・ソラス)』と『鎧装の魔術師(ブライトウェン)』、星導館の《戦士王》と《疾風刃雷》、残る最後の人一枠は界龍の《幻映創起》、《幻映霧散》か同じ星導館の《叢雲》と《華焔の魔女》…どれも強敵だが一番の強敵は」

 

「うん。《戦士王》と《疾風迅雷》のペアだねー。しかもそれが準決勝で当たっちゃうかもねー。」

 

あちゃー、という表情を浮かべているがその表情は楽しそうであった。

 

「予選では使わなかったけど”あれ”を使わざる得ないよね?カミラ?」

 

”あれ”を使わなければならない、そう告げるとカミラ不承不承ではあるが認めていた。

 

「…仕方があるまい。《戦士王》の《壊劫の魔剣》に対するためには機体の出力を上げる必要がある。」

 

「うんうん、カミラならそういってくれると思っていたよー。目標はアルディとリムシィを生徒として認めてもらってうちの生徒にするんだー。」

 

楽しくなりくるりと回り躍りだした。

エルネスタの目標は感情を表すことが出来る自立型擬形体、人に等しい存在を作り出すことでまずその第一歩としてこの鳳凰星武祭(フェニクス)で優勝することが目的なのだ。

その為には”あれ”の機能を出し惜しみするわけには行かないのだ。

 

「全くお前は…ん?」

 

そんな友人の姿を見て若干の呆れを滲ませていたカミラだったが不意に端末が震えた。

 

「私だ…うん、なんだと?」

 

応答の途中で声色が変わりエルネスタは何事か?といった表情で見ていたがその表情で見ていたエルネスタをカミラは怪訝な表情で見た。

 

「お前に通信が入っているそうだ。………ディルク・エーベルヴァインから。」

 

「へぇ……それはそれは。うん、いいよ。回してもらって。」

 

エルネスタが承認しカミラが端末を操作し新たな空間ウィンドウが出現しそこに小太りの青年が映し出される。

 

「…よぉ、お前がエルネスタ・キューネか」

 

「あはは、初対面でおまえ呼びするとはさすがだねー。うんそうあたしが《彫刻派》代表のエルネスタ・キューネだよん。初めまして悪辣の王(タイラント)

 

『ふん、噂通りふざけた女だ。』

 

「そっちこそ噂以上に嫌な男だねー。それで?わたしに一体どんなご用なのかしら?君たちは『大博士(マグナムオーパス)』と宜しくやってたんじゃないの?」

 

『思ったより情報に詳しいみたいだな。だが訂正してやる。俺はあのイカれ女とは相互不干渉のスタンスを取ってるだけで手を打っているだけだ』

 

「ふぅん?それは知らなかったなー。…でもまぁ君がやったことを考えると当然かなー?だって君が『孤毒の魔女(エレシュキーガル)』を横から掻っ拐っていたのをあの『大博士(マグナムオーバス)』が許すわけ無いもんね?」

 

その事を言われたディルクの不機嫌さは天元突破しそうな勢いで対してエルネスタは何処吹く風で平常運転の対応だった。

 

『…んなこったぁどうでも良い。単刀直入に言う。”俺たちと手を組め”』

 

「ふんっ、何を言い出すかと思えば馬鹿馬鹿しい…。」

 

カミラが嫌悪感を丸出しにして画面を睨み付けるが画面の向こうの赤毛の青年は歯牙にも掛けていない。

 

「交際の申し出にしては些か不躾じゃないかしらー?第一あたしたちは君達の事を全く知らないんだけどこう言うのってまずお互いを知ってから始めるもんでしょ?」

 

『その必要はねぇ。手を組むと言ったが必要なときに必要な形で協力してくれさえすればそれで良い。後でそれに応じた実利で返してやる。』

 

「実利?なんじゃいそれは?」

 

『一応こっちも筋を通すために、分かりやすい手土産を用意しておいた。そいつを見てから判断してくれりゃ良い。』

 

そう言って画面の向こうの青年はアタッシュケースを手元に寄せて番号を打って解除する。

 

「!?」

 

「なんだと…!」

 

両名は驚いた。

そこにはエルネスタが願いを叶えるために必要なパーツが鎮座していた。

 

◆ ◆ ◆

 

ちなみに俺たちは既に準決勝進出が確定しており今の時間は最後の試合、天霧達と黎兄妹の準々決勝戦になる。

控え室にてその試合をみているのだが実況席に座る解説役のアナウンサーの声が聞こえると観客席は大きく盛り上がっていた。

 

『さぁさぁ皆様お待ちかね!いよいよこのシリウスドームでも準々決勝の試合が始まろうとしています!まずは東ゲートから現れましたのは星導館の天霧綾斗選手とユリス=アレクシア・フォン・リースフェルトペアそしてそして反対側!西ゲートから界龍第七学院の黎沈雲と黎沈華ペアの登場です!』

 

『奇しくも第五回戦と同じ星導館対界龍のカードと成ったッスねー。』

 

『そうなんですよ!なお他ステージでは既に全ての試合が終了しベスト4のうち3枠が確定しております!果たして果たして、その最後の一をこの試合の誰が射止めるのか!注目の一戦です!』

 

前述した通り既にベスト4の3枠が確定しておりその中には既に俺と綺凛ちゃんが入っている。

これで一安心…というわけには行かない。

今期シーズン優勝を目指すなら天霧達もその枠に入らなければならないのだから。

 

と、それよりもなんだが…。

 

「どうして君たちは俺の左右に陣取ってるんですかね…?」

 

「どうしてって…ここは私の定位置なのですから可笑しくは無いでしょう?」

 

とクローディアがそう言うと

 

「だって離れていたら映像がよく見えないじゃない。真ん中に座っているのが蜂くんなんだから仕方ないよね?」

 

シルヴィアがそういう。

 

「あう…」

 

困ったように立ち尽くしてしまう綺凛ちゃん。

 

「おい、綺凛ちゃんも困ってんじゃ…って離れやがりなさいよっ…!」

 

引き剥がそうとするがクローディアは得意気な顔をしてシルヴィアは恥ずかしそうに俺に身体を寄せてくる。

てか恥ずかしがるぐらいなら俺に寄ってくるなよ!スキャンダルとか怖くないんですかねぇ!?

それと二人の柔らかくて大きいものと金髪と紫髪の美少女の華やかな香りが俺の脳をバグらせようとしている。

そんなことを思っているとクローディアが爆弾発言をしやがった。

 

「綺凛さんもそこに立っていないで此方にいらしてください。…”そこ”が空いていますよ?」

 

「ふぇ?……っ!!!」

 

クローディアが一部を指差すと綺凛ちゃんの表情が赤く染まるのをみて俺とシルヴィアその指差した場所をみて顔を赤くしてしまった。

 

「なっ!?」

 

「ええっ!?」

 

指差した場所は俺の股の間であり赤面する三人を尻目にクローディアはちょいちょいと手招きをする。

俺の顔と地面を行ったり来たりしてついに覚悟を決めたのか俺の前に立った。

 

「お義兄さん…し、しつれいしましゅ!」

 

噛みながら背を向けてちょうど良い間合いにいた綺凛ちゃんは俺の空いている空間にすっぽりと腰を下ろすが小動物のようにプルプルと震えている。

 

「あの、お義兄さん背中を預けても…良いですか?」

 

「え、あ、う、うんいいけど」

 

「で、では失礼して…え、えいっ」

 

そういっておれの胸部分に綺凛ちゃんは背面を預けその温もりが俺に伝わり大変なことになってしまった。

その光景をみて大人な二人は赤面する綺凛ちゃんをみてそれぞれ反応していた。

 

「ふふふっ。」

 

「わぁ、綺凛ちゃんってば大胆…」

 

「はぅ……。」

 

「他人事のように言ってるがお前らもじゃい」と言っても聞き入れられないんだろうなと諦めた。

仕方がないのでこの状態で天霧達の試合を見ることにした。

因にだが今ここにはフローラは居ない。

”一緒にここで見ないか?”と提案をしたが『実際で生の試合を見たいので大丈夫です!お心遣いありがとう御座います!』と俺がこのくらいの年ならそんな言葉は出てこないだろうと思うぐらいにしっかりしていたな。

というわけなのでフローラは今一般の立ち見席にいる。

 

俺は画面を注視していると人影がステージに入場するのが見えた。

ボルテージが高まったステージに天霧達が足を踏み入れるとその歓声はさらに大きくなる。

選手を迎え入れたステージは歓声に支配されていた。

 

「観客は全員テンション最高潮、って感じだな。」

 

「はい。鳳凰星武祭(フェニクス)も戦うのは後この試合をいれても後数回、といったところでしょうから観客の皆さんも名残惜しいのかも知れませんね。」

 

少し困ったような表情を浮かべている綺凛ちゃんだったがそう思うのも無理はないだろう。

 

「叶えたい願いがあってそれも叶えるために強敵と戦う…その行程は短ければ短いほど良いのですが観客の「もっと見せてくれ」は至極全うなものでエンターテイメントとしては仕方がないですね。もっとも腕試しや会場として使っている界龍とクインヴェールの選手達は思惑が違うようですが…。」

 

それにシルヴィアが反応する。

 

「まぁ、クインヴェール女学院(うち)は《星武祭》を願いを叶える場所じゃなくて”生徒達の魅力を引き出すステージ”の意味合いがあるからね。それを言ったらクローディアさんの学園が一番中間の立場だよね。」

 

「ええ。当学園の生徒達は強いものと戦いたいよりも”願い”の方が強いですから星武祭にかける思いは他校よりも強いと思います。」

 

ベスト4に入っているのはさっきも説明したが聖ガーラドワース学園の聖騎士コンビとアルルカントのアルディ・リ

ムシィペア、そして俺たちのペアだ。

 

画面をみて歓声を浴びている天霧達には悪いがさっさと決着をつけて欲しいものだ。

 

「観客達と天霧達には悪いがさっさと終わらせて綺凛ちゃんのお願いを叶えないとな。」

 

「お義兄さん……はいっ」

 

綺凛ちゃんが嬉しそうに頷いていた。

こんな良い子のお願い事をさっさと叶えられるようにしなければ、と心に強く誓い頭を撫でると嬉しそうに微笑む。

 

「…天霧くんもユリスも当校の中でも実力は上澄みも上澄みですがまぁ蜂也の実力ならば問題ないでしょう。」

 

「まぁ、天霧が万全の状態なら分からんがな。」

 

その事は一旦置いて置くと画面の向こうでは天霧達と黎兄妹が会話をしているが余りよい雰囲気とは言えないようだ。

 

『初めまして《叢雲》に《焔華の魔女》。僕は黎沈雲。』

『私は黎沈華。以後お見知りおきを。』

 

「ああ。《幻映創起》に《幻映霧散》…しかし本当にそっくりだな。」

 

画面に映り喋る双子の姿はマ○カ○もビックリなほどににている男女の兄妹は妹の頭についたシニョンを外せば兄の方の見た目になるだろう。

しかし一体試合直前にどうして此方に声を掛けた来たのか。それは直ぐ様わかった。

音声は聞こえないが読唇術で何を言っているのかは大体理解できる。

あれは誰かをバカにしているときの表情もしているからだ。

 

『いや、一応お詫びをしておこうと思いまして。』

 

天霧が頭に?を浮かべていたが直ぐ様それが誰に告げているものかを理解していた。

 

『ええ、僕らの同輩が《戦士王》達に対し不甲斐のない試合をしてしまったようで』

『同じ師を持つものとしては恥ずかしいばかりです。』

 

兄の言葉を継ぐようにすんなりと話す双子。

確実に天霧達を挑発しに来ているのがバレバレだったがそれを今天霧達に言うのか?とその場面を見て鼻で笑った。

 

ユリスは不快だと踵を返すが天霧が何を思ったのかコメントをすると双子の表情が変わった。

意趣返しと牽制を込めた視線とコメントは案の定聞いたようで黎兄妹の表情は不機嫌と怒りに染まっていた。

 

最後の最後にそう言って踵を返すとユリスが苦笑を浮かべていた。

定位置に戻り天霧は《黒炉の魔剣》の発動体を握りお馴染みになった解放の言葉を告げる。

 

『ー内なる剣を以って星牢を破獄し、我が虎威を解放す!』

 

このパフォーマンスに観客席と実況席が大いに盛り上がる。

逆にそれは天霧のリミットを告げるものである。

それをBGMにして《黒炉の魔剣》が唸りを上げる。

 

鳳凰星武祭(フェネクス)準々決勝第四試合、試合開始(バトルスタート)!」

 

試合開始と同時に天霧が沈華へ接近し《黒炉の魔剣》を上段から振り下ろす。

予測をされてはいたのか後方へ回避されてしまう。

回避された天霧の表情に苦い顔を浮かべていた。

 

『っ!流石に疾い!でも予測してれば回避できない攻撃じゃないわねっ!』

 

流石に準々決勝まで勝ち残っているところを見るに実力は上澄みだろう。

今の一刀で切り伏せる予定だったが回避されてしまい天霧のブーストと身体能力をもっても絶対的なアドバンデージにはならないようだ。

 

とその映像をみていた隣にいるクローディアが話しかける。

 

「蜂也ならばどう対応していました?」

 

「そうだな…俺なら《自己加速術式》で一気に間合いを詰めて上段から《壊劫の魔剣》を振り下ろして一撃で伸すかな。」

 

「エンターテイメントの欠片もない…。」

 

呆れるシルヴィアに君らしいと、言わんばかりの表情を向けられたが観客を楽しませてやるほど俺は暇じゃ無いので仕方がないと言えば仕方がないのだが。

そんなことを思いつつ画面に注視するとそこではユリスが炎燐のチャクラムを展開し沈華へ目掛け攻撃するがそれよりも早く沈雲が割って入る。

 

『急急律如令、勅!』

 

複雑な印を結ぶとステージはゆらり、と揺らめき空間に煙が満ち溢れていく。

しかしこれは本物の煙ではなく”幻術”だ。

 

「まさか…これは煙幕ですか?」

 

綺凛ちゃんがステージに突如として現れた煙に疑問を浮かべている。

 

「本物じゃなくて星仙術の幻術だろうな。故意に見えなくするのは星武憲章違反だからすぐに消えるだろうな。…仕掛けの時間稼ぎだろう。」

 

「なるほど…!」

 

案の定足止めは成功し天霧は一旦下がりリースフェルトも《九輪の舞焔花》を解除せざるを得なかった。

 

俺の場合だと相手が目眩ましの戦法を取ってきた時間髪入れずに無系統魔法術式解体(グラムデモリッション)…では無理なので此方の世界に合わせた術式解体、闘技解体(アーツデモリッション)を発動して星仙術によって産み出された幻術を解体し尽くす…という方法を取るだろうが天霧達はそんな行動が取れないので一旦下がるしか無いのだが…。

 

やはり目論見は達成できていたのかステージの端まで移動していた黎兄妹は不適な笑みを浮かべている。

 

『せっかちなことだ…それならば次の手を披露しようか。』

 

沈雲が再び印を結び影がステージ上に伸びて人影を形成しそれはやがて沈雲そっくりの不敵な笑みを浮かべたモノへと変化する。

本人そっくりなその”分身”は星辰力の流れや身体の動かし方も同じで見破ることは不可能だ。

 

『それじゃ、私も…』

 

沈華の方も複雑な印を組んでその姿が消えるように溶けていく。

此方は沈華が得意とする幻影…《隠行》でただ単に姿を隠すだけでなく兄の沈雲同様に姿と星辰力を隠蔽してしまう技能だ。

どちらも姿を隠し相手の背後からサクッと一撃与えるには有効だろう。

 

「さて?此方の準備は整ったわけだけど」

「そっちの出方を待つというのは少々芸がないかな?」

「うんそれでは観客の皆様は退屈してしまうだろうしね」

「多少は盛り上げないとブーイングを貰ってしまいそうだし」

「と、言うわけで…」

 

五人の沈雲が其々に違う言葉を発することが出来るようだ。

本物含めた五人の沈雲がチャイナ服の袖裾から紙切れ…ではなく『呪符』を取りだし此方へ向かってきた。

分身に翻弄される天霧は気を取られた隙に分身体が投げつけてきた本物に混じった呪符が爆発してしまうが持ち前の星辰力を防御に回し耐えた。

 

しかし対するリースフェルトは相対している沈雲が仕掛けた”透明になる呪符”の攻撃をくらってしまい宙を舞ってダメージを負ってしまう。

反射的に天霧がリースフェルトの元へ駆け出だし受け止めるとどこからか沈雲の声が響き渡っている。

天霧とリースフェルトがなにか相談をしているようだが恐らく天霧の《リミット》について話しているのだろう。

黎兄妹と試合開始をしてそれなりの時間が経過している。

 

「少々不味いか?」

 

「ええ。不味いかも知れません。」

 

《リミット》について知っている俺たちは画面の向こうにいる天霧の心配をしていた。

 

攻撃を開始した天霧達。

リースフェルトは焔燐の戦輪を複数突っ込む天霧に随伴するように従い第一目標である沈雲に向かうが突如として武厚い壁が行く手を遮ってしまい攻撃に移れない。

それはリースフェルトの攻撃も同じであった。

 

回り込もうとする天霧の対応を予測していたのか突如としてその場が爆発しまともなダメージを受けてしまう。

”見えない呪符”はステージ全体に設置されておりまるで機雷のようだ。

リースフェルトが天霧に声を掛けて全てを焔で薙ぎ払おうとしていたが背後より現れた沈華の雷撃によって膝を着いてしまう。

既に三分が経過しており一刻の猶予もなかった。

再び沈雲へ攻撃を仕掛ける天霧だったが間合いに入ろうとした瞬間にブレーキを掛け隣へ飛ぶとその瞬間に空間が爆発した。

見えない機雷だが天霧にとっては気配を感じる取ることが出来れば回避を行うことが出来てしまうが時間の猶予はない。

爆風に曝され続けるが分身の二人、三人と着実に数を減らしているが陽炎のように本体にたどり着けない。

奥を狙うも外した、がその返す刃でもう一人を切り裂く。

 

『ー天霧辰明流剣術初伝、”貳蛟龍”!!』

 

しかし反応はなくついに膝を着いてしまう天霧に対する沈雲はほっとした表情を浮かべているのを天霧の口角が少し上向きになっているのを俺は気がついた。

 

しかし一方でリースフェルトは沈華に直接攻撃に持ち込まれ拳打を叩き込まれている。

当たり所が悪かったのか胸部分を抑えている。非常に苦しそうな顔を浮かべている反面でサディスティックな表情を浮かべる沈華は対照的だ。

 

その映像を俺の股の間に座る綺凛ちゃんは辛いものをみるような表情だった。

俺も同じような感情だったが心配はしていない。

 

天霧は間近で爆破された呪符を利用し相手の懐へ近づき校章を切り裂く。

全てが終わった。

 

筈だった。

 

しかし今天霧が切ったのは分身であり本体は沈華の『隠行』で隠され行動していた。

仕留めるために沈雲が呪符を起爆させようとするが交戦していたリースフェルトが炎の翼をはためかさせ低空飛行で突っ込み天霧を回収して距離を取る。

 

距離を取って何かを会話しているのだろうがそれはみているこっちが恥ずかしくなるような内容を喋っておりその場面を隣にいるシルヴィアが。

 

「二人はどんな会話をしてるのかな?」

 

と聞いてきたので現在進行形で伝えるとシルヴィアと綺凛ちゃんは顔を赤くして「男の子だねぇ~」と感想を告げていた。

 

画面に意識を向けるとリースフェルトに告げられた言葉にはっとした天霧の表情が変わった気がした。

しかし相手は待ってくれず攻撃を仕掛けてくる黎兄妹との打ち合いは激しさを増していく。

天霧が何かの作戦を思い付いたのか前衛はリースフェルト一人。

炎の魔法を駆使し黎兄妹へ挑む。

燃え盛る攻撃が隠れていた呪符を燃やし尽くし攻勢へ転ずる、としたが足元を水が覆う。

これも幻術なのだろうが《魔女》も魔法師と同じで”イメージを現実のものとする”ので”水は炎に掻き消される”とイメージしてしまえばその威力は落ちる。

それを狙ってのリースフェルトへのイメージの攻撃だろうが意識を集中する。

掻き乱すために沈雲がリースフェルトへ氷の弓矢を号令一陣で放つが所詮幻影と無視し瞳を閉じて意識を集中する。

 

「リースフェルト、それは悪手だぞ…!」

 

案の定リースフェルトは目を開かせ意識をぶれさせるために言葉で天霧への攻撃をそそのかすと意識は乱れしまいには沈華の攻撃を先ほど怪我した部分に直撃してしまい苦悶の絶叫が響く。

 

「そんな!今のはわざとですよ!」

 

綺凛ちゃんが抗議の声を挙げるが校章が違反行為だと判定していないのでいくら声高に叫んでも無意味だろう。

 

「ちっ、双子め。分かってて攻撃したな。」

 

「そんな…。」

 

落ち込む綺凛ちゃんをあやすに頭を撫でて落ち着かせる。

 

「大丈夫だ。…どうやら天霧はなにか策があってリースフェルトを一人で戦わせてるみたいだしな。」

 

「お義兄さん。」

 

「まぁこれでなにもないなら俺が天霧を叩っ斬るけどな。(天霧、リースフェルトの思いを無駄にすんじゃねーぞ…。)」

 

膝を着きそうになるリースフェルトだったが自爆に近い大技を使い相手を吹き飛ばすだけ無く自分に炎を重ね掛け…所謂レジストを発生させ能力の底上げをおこない攻撃を中断させた。

それにはさすがの双子も驚いていたがコンビネーションによる合わせ技でリースフェルトの攻撃を防ぎきっていた。

遊びは終わりだ、と言わんばかりに沈雲の瞳に真剣な光が宿り呪符を取り出す。

それに応じてリースフェルトも後方へ下がろうと足を下がらせるがその瞬間にどちらかが仕掛けた呪符が発動し鎖が巻き付き身動きが取れなくなってしまっていた。

当然ながら逃げることは出来ず呪符が爆発しまともに受け身も取れずに大きく吹き飛ばされる。

逃げようとするリースフェルトを逃がすまいと鎖で空中に縛り上げ気絶しない程度の呪符が襲いかかりとてつもない爆発がリースフェルトに襲いかかる。

 

『うわぁぁぁぁぁぁぁっ!!!』

 

この攻撃には実況者席も校章を狙わないことにコメントを述べるが別の実況者がその事について補足を入れるが校章が意識消失のジャッジを下していない。

観客たちも困惑の表情を浮かべているようだ。

 

攻撃は絶え間なく続いて傷つき、力無く宙に浮かぶリースフェルトの表情を見てにやついた表情と声を浮かべ呪符を展開する沈雲に対して諦めたような表情を浮かべるリースフェルト。

 

その光景に思わず顔をしかめるクローディアとシルヴィア。そして顔を背ける綺凛ちゃん。

しかし俺は違った。

 

駄目かと思われたその瞬間。

 

「ようやく来たか…。」

 

呪符が到達する直前に膨大な量の星辰力があふれでて双子とリースフェルトはそちらの方向に目を取られてしまう。

 

気がついたときには双子の前から倒れていたリースフェルトがいなくなり膨大な星辰力を吹き出す天霧の姿があるならばそういう表情なろう。

何故ならそれよりも先程まで弱まっていた天霧の星辰力が爆発的に飛躍しているのだから。

 

『あとは…任せて良いか?…少々疲れてしまった…』

 

『うん。任せて……よし…』

 

リースフェルトを後方の地面へ座らせると天霧は《黒炉の魔剣》を携え踏み出す。

 

姿容が見えない沈華に対しての天霧は臆すること無く突き進む。

それは俺が特異な《瞳》を持つのと同じように天霧もまた特異な能力を持っているのかも知れない。

 

踏み込み進んだ瞬間に《黒炉の魔剣》を横へ一閃すると隠れていた呪符がまっぷたつになる。

同様に機雷のように仕掛けられた呪符を切り裂いていく。

 

『まさか…見えているのか?』

 

沈雲が呟く。

その問いかけに答えるように空間に仕掛けられた透明化させた呪符と沈華を炙り出し破壊していく為ステージ上ではけたたましい爆発音が響き渡り煙が舞い上がる。

 

「沈華!」

「くっ…!まさか今の攻撃で仕掛けていた呪符を全部吹き飛ばしたのっ!?」

 

天霧は《黒炉の魔剣》を構え歩き出し体勢を整えるために再び双子は霧と『隠行』を発動し仕切り直すが先ほども言った通り”タネ”は割れているのだ。

だが同じ技を繰り出しても今と同じような対応を取られてしまうのでこの一撃で沈華を仕留めることにした。

 

『(右後方か…)』

 

天霧の今の状態景色は隠された《呪符》や《人の場所》をはっきりと気配が浮かび上がり隠れることなど不可能であった。

 

踏み込むと同時に地面が砕け散り煙を巻き上げるがお構いなしに突っ込んでいく。

その光景に双子は恐怖しているようだ。

 

「まさか」

「見えているっているの!?」

 

沈雲もペアを落とされるのは不味い、と思ったのか分身の数を増やし呪符を天霧目掛け放ち取り囲む。

その総数は”二十”以上を越えており設置型の機雷ではなく近接信管のような爆弾が展開された。

当然ながらそれらは一つが爆発すれば連鎖するような仕組みになっており爆発を起こす…筈だったが起爆前の状態の呪符を全て切り捨て無効にした。

 

「ばかな…!」

 

背後に迫っていたのは分かっていたかのようにその攻撃を回避して突っ込んできた沈華の型を軽く押してその軸をずらしていた。

 

『『ー天霧辰明流剣術奥伝、”逆羅刹”』』

 

次の瞬間には此方の校章を破壊するために突っ込んできた沈華の攻撃を誘導し自らが仕掛けた呪符に突っ込み自爆する。

 

「えっ……きゃああああああっ!!」

 

完全に意識外からの攻撃だっただろうが動揺するよりも先に自らが仕掛けた呪符に吹き飛ばされた。その影響で術が解除され姿を現した沈華はすれ違いざまに校章を切り落とされ地面に激突し気を失うと同時に機械音声が戦闘不能をコールする。

 

「黎沈華、校章破壊(バッチザブロークン)

 

「ぐっ…!」

 

沈華の校章が敗北を告げると流石の沈雲も焦っていた。

相手取るのは部が悪いのか綺凛ちゃんとの打ち合いの最中だったが呪符による爆雷札で体勢を崩し体術を当てて弾き飛ばし距離を取っている。

 

駆け寄ろうとするが沈雲が大量の呪符を袖から雪崩のように現し竜巻のように巻き上がり一つの大きな球体を作っていく。

それが先ほどの爆雷球と同じものならば集合している分相当な威力だろう。

 

「さて…《叢雲》僕の手持ちの呪符を全て使って作り出した爆雷球だ。存分に味わってくれ。」

 

そう言うと沈雲はその場で複雑な印を結びその球体を八つに分身させ天霧へ向けて降下させる。

本物が分かっている天霧へその攻撃は悪手であったが狙いがすぐに分かり駆け出す。

その狙いが分かったリースフェルトが「来るな!」と釘を指すが沈雲が冷たい目で印を結び雷撃を仕掛けるが天霧は素早くリースフェルトの前にたち雷撃を防ぎきる。

沈雲は天霧が負傷したリースフェルトを見放せないと踏んでの作戦だったらしくその思惑は成功していた。

 

『あなたらしいな、黎沈雲。』

 

爆雷球は既に眼前に迫っており回避は出来ない。

その様子を嘲笑う沈雲。

 

『あははは!そう、そうでなければね《叢雲》!君は《焔華の魔女》を見捨てることは出来ない!諸共に吹き飛んでしまえば良いよ!』

 

確かにこの状態では回避は出来ないしリースフェルトを抱えて逃げることも出来ないだろう。

しかし、そんなものは必要ない。

”斬り捨てて”しまえば良いだけの事だ。

今の天霧にならばそれが出来る。

こう告げた。

 

『避ける必要なんて無いさ。』

 

そういって《黒炉の魔剣》の束を握る天霧の星辰力が吹き上がる。”流星闘技”だ。

次の瞬間には《黒炉の魔剣》の刀身が一瞬にして10m近く伸び”本物”の爆雷球を切り捨てると連鎖するように爆風が発生するが一撃で”爆風を切り裂いた”。

 

「な、なんだと…!…はっ…!」

 

爆雷球を切り裂き《壊劫の魔剣》をホルダーに仕舞い《縮地》を用いて呆然と立ち尽くす沈雲の前に天霧が立っていた。

 

目の前にいるのが頭で理解できていないのか無防備なままで少し天霧は笑ってしまったが大切なパートナーが傷つけられたことに無性に腹が立っていたように見えた。

 

『ー今回ばかりは流石に腹が立ったよ。』

 

その場面をみて俺は一言。

 

「やっちまえ、天霧。」

 

『ぐほっっ!?』

 

「うわー…痛そう。」

 

「まぁ、自業自得とも言えなくもないですね。」

 

「い、痛そうです…。」

 

俺を除く三者が様々な反応を見せていた。

てか綺凛ちゃんは相手のムカつく選手の心配をしてくれるのははっきり言って天使なのでは?

 

画面の向こうには有言実行と言わんばかりに想いを込めた一撃を端正な顔立ちの沈雲へ叩き込むと身体ごと後ろのステージの壁へ叩きつけられピクリとも動かなくなったが死んではいないので問題無かろう。

気絶したことを校章が確認し音声が流れる。

 

「黎沈雲意識消失(コモンアンシャスネス)

 

「試合終了!勝者、天霧綾斗&ユリス=アレクシア・フォン・リースフェルト!」

 

嵐のような歓声と大喝采がステージを埋め尽くし吹き荒れる。

 

『決まったーっ!準々決勝を制したのは星導館の天霧&リースフェルトペアだーっ!』

 

その後に何やら解説達が言っているようだが天霧とリースフェルトは互いに疲れきった表情を浮かべていたが嬉しそうな表情を浮かべ互いに親指を立てて勝利を噛み締めているようだ。

 

◆ ◆ ◆

 

「ユリス様ーっ!天霧様ーっ!」

 

ステージに注がれる歓声にまぎれ立ち見していたフローラも一緒になって勝利した天霧達へ喜びの声を掛けていた。

純粋な熱意と憧れ、それはいつか自分もああなりたいという感情の発露が現れているように手に汗握り手を振っている。

それは客席に座っている観客席も同じ…というよりも黎兄弟の戦い方に対して心残りがあったのか全員が「スカッとした!」と言わんばかりに総立ち状態で背の低いフローラは埋もれてしまいピョンピョンと跳び跳ねている。

 

「…おい。」

 

男の声がフローラの耳に入り自分が跳び跳ねているのが邪魔になっているのだと、そう思ったので跳び跳ねるのを止めて謝罪しようと振り返ろうとした。

 

「え、あ、はい!ご、ごめんなさ、」

 

フローラが振り返ろうとしたその瞬間に首筋に鋭い痛みが走った。

 

熱狂に支配された会場で一人の少女が忽然と消えたことに気が付くものは誰一人としていなかった。

 

 



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迷子捜索網

試合が終わり控え室…(やっぱり俺たちの使用している控え室)に戻ってきた天霧たちに声を掛けた。

 

「おめっとさん天霧にリースフェルト。黎の兄貴をぶん殴った際は最高にスッとしたぜ。」

 

「あはは…ありがとうございます副会長。」

 

「おめでとうございますお二人とも!」

 

「ありがとう綺凛に蜂也。クローディアも。」

 

「ええ。無事に勝ち抜いてくれてありがとう御座いますお二人とも。」

 

クローディアは感謝の意を込めて軽くお辞儀をして見せると天霧は慌てていたがリースフェルトは「自らのためだ」と突っぱねていた…が嬉しそうだが指摘すると怒られるので自重した。

 

「にしても…いやはや凄かったな黎沈雲の爆雷球をぶったぎったあれは”流星闘技”…それと《禁獄の力》を無理矢理じゃなくて解放したのか。」

 

今の二人は流石に試合の直後に勝利者インタビューを受ける前に治療を受け学園指定の体操着に着替えている。

制服はボロボロになってしまったので特にリースフェルトの制服はアンダーが見えそうになっていたからだ。

試合についての事を指摘すると苦笑いを浮かべる。

 

「あはは…副会長はソコもお見通しなんですね…。ええ。無事に第二段階まで解放できて星辰力を内に留めておくことが出来るようになりました。前みたいに直ぐに制御が掛かる…事は無くなりました。」

 

「んで時間は?」

 

「一時間…弱ですね。」

 

「……何その”0”か”100”みたいな出鱈目な時間は」

 

「あはは…。」

 

「ユリスたちも試合の後で小腹が空いているでしょうから私と蜂也からの差し入れです。どうぞ召し上がってください。」

 

リースフェルトの視線にあるテーブルの先には布が掛けられており外すとソコには焼き菓子や具だくさんのサンドイッチが用意されていた。

焼き菓子はクローディアがサンドイッチは俺が控え室の冷蔵庫に入れておいた食材で天霧達が戻ってくる前に作っておいたのだ。

因みにシルヴィアは仕事が入ってしまったらしくここには今はおらず明日の試合の時にまた顔を出すと言っていたが世界の歌姫がそう簡単に男にあって良いものなのかと考えたが分からなかった。

 

俺たちから催促を受けて手に取る天霧達。

 

「うん、美味しい!」

 

「これは…その旨いな…というより料理が出来たんだな蜂也。」

 

「ふふっ、お口に合うようで何よりです。」

 

「まぁな。」

 

全員が席に着き軽食を取っているとクローディアが真面目な表情になり向き直る。

俺を含めて四人の視線はクローディアに注がれる。

 

「さて…改めて四人とも。副会長を含めてですが準決勝進出おめでとうございます。星導館学園生徒会長として、喜びと感謝を申し上げます。」

 

そういって深々と頭を下げるクローディアに狼狽する天霧に自分のことなのだから当然と言わんばかりのリースフェルトにあたふたする綺凛ちゃん。

 

「…。」

 

そして何も言わない俺の四人がそれぞれの反応を見せていた。

 

「個々の反応それぞれでしょうが、今シーズンの総合成績構想からするとベスト4に残っているのが我が星導館の選手ですから想定以上のポイントが得ることが出来ています。なにせベスト4に入っているのはあなた方が数年振りですからね。」

 

「お前から素直に誉められることは悪い気はせんが…。」

 

「出来ればこのまま当学園で優勝争いをして頂きたいものです。」

 

クローディアの言葉に俺含め全員が頷いた。

全員がそう願っていたからだ。

 

「ところでクローディア。フローラを見なかったか?私たちの控え室で試合を見るように言っていたんだが居なくてな。」

 

「いいえ。生憎姿は見ていませんね。ここで一緒に見ませんか?と提案したんですが実際にドームで見たいと言って観客席の方へ向かったようですが…にしては戻ってくるのが遅いですね。」

 

「そういや試合が終わって既に一時間以上経過してるが…遅いな。」

 

この控え室に合流をする筈なのだがフローラの姿は見えない。

今日は俺と天霧達の試合が終わっているのでクローディアの提案で全員で夕食にでも…ということだったのだがこうも遅いと心配になるのは彼女は星脈世代ではあるが幼いからか。

 

「端末に連絡は掛けたのか?」

 

「ああ。何度も掛けているのだが…。」

 

不安そうな表情を浮かべるリースフェルトに俺と天霧、遅れて綺凛ちゃんが立ち上がった。

 

「俺も観客席を見てくるわ。天霧達の試合を見て興奮して放心状態になってるのかもしれんし。」

 

「僕も見てきます。合流場所を間違っているのかもしれないので。」

 

「わ、わたしもさがしに行ってきます。もしかしたらロビーの方にいるのかも…。」

 

「ではわたしは迷子の届けが出ていないか確認をしてこよう。」

 

「入れ違いになると行けないので私は此処で待っていますね。」

 

「ああ。そうして…」

 

リースフェルトがそう言い掛けたとき見計らったように端末が震えた。

その主を見るとアドレス帳に登録された「フローラ」の文字が浮かびリースフェルトはホッと一息付いたがその表情は直ぐ様真剣な表情へ変わった。

 

「音声着信だと…?」

 

訝しみならが応答すると真っ暗なウィンドウが表示され低い男の声が聞こえた。

 

『…ユリス=アレクシア・フォン・リースフェルトだな?』

 

「誰だ貴様!なぜフローラの端末で通信している!」

 

リースフェルトの顔に怒りと動揺が浮かび天霧が嗜めるが当然ながら収まらず怒鳴るように問いただすが相手は意に関せず淡々と言葉を連ねる。

 

『この端末の持ち主は預かった』

 

その会話をスピーカー状態にしているので当然ならがその会話を俺も聞いているので相手の目的はフローラの関係者であるリースフェルトかペアである天霧に要求を突きつけるのか、と思っていたが予想外の変化球が投げられた。

 

『ソコに名護蜂也はいるか?』

 

二人ではなく”俺”だったのだ。突然の事に困惑したものの応答する。

 

「…名護蜂也とやらは俺だが…何処かの誰かさんかは知らないが恨みを買った覚えはないんだが…いやそれよりフローラは無事か?」

 

沈黙の後フローラの声が聞こえて来て俺と天霧、リースフェルトの呼んでいた。

…間違いない声の質からして”フローラ”本人の声だ。合成でもフェイクでもない。

正真正銘フローラは誘拐された、と言うことを示していた。

 

『貴様が此方の要求を飲むのなら、以後の安全を保証する。』

 

なぜ俺なのだ?と疑問を頭に過ったが余計なことを言って人質に危害を加えられるわけには行かなかった。

 

「…その要件は?」

 

『貴様の持つ『壊劫の魔剣(ベルヴェルク=グラム)』に対して緊急凍結処理をしろ。その受諾が確認され次第彼女は解放する。』

 

その言葉に天霧は疑問を頭に浮かべリースフェルトははっとした表情で綺凛ちゃんは呆然としクローディアは真面目な表情を浮かべていた。

 

「緊急凍結処置…か。なぁ素人で申し訳ないんだが”何故俺にそれを指示するんだ”?」

 

「「「!?ちょっ!」」」

 

要求を突きつけられてるのに対し此方から好敵に話しかけているのにクローディアを除く三名は驚いて声を上げた。

手で三人を制する。

 

「ちょ!副会長!」

 

「蜂也!」

 

「お義兄さんっ!」

 

『…貴様が知る必要はない。要求が実行されなかったと判断された場合、及び警備隊及び星導館学園の特務機関に連絡が確認された場合は人質の身の保証は出来ない。また、おまえ達が星武祭(フェスタ)を棄権することも同義だ。』

 

俺たち以外の人間に知らせたくないのは分かる。だが武器を使わせたくないのに星武祭は出ろ?その相反する指示に俺は頭に疑問を浮かべた。

 

しかし、そう問いかける前にリースフェルトの持つ端末の通話が終了し天霧と綺凛ちゃんは慌てているがリースフェルトは血の気が引いたように顔色が蒼白になり今にも倒れそうだ。

…ふむ、此処は一言言っておくことにしようか。

 

「落ち着けリースフェルト。相手の狙いはどうやら”俺らしい”。関係者である天霧やおまえには触れていない。お前が狼狽えてたら思う壷だぞ。」

 

「蜂也の言う通りです。ユリス。落ち着いてください。貴女が狼狽えては話しになりません。」

 

「お義兄さん。」

 

不安そうに俺を見つめる綺凛ちゃんの頭に手を置いて撫でて落ち着かせる。

こっちも気が気じゃないようだ。

一方でリースフェルトは俺とクローディアの言葉を聞いて何時もの調子に戻ったようだ。

全快、と言うわけではないが。

まだ瞳には怒りが宿っては居るが動転した様子は見られない。

 

「しかし、緊急凍結処理と来たか…なんで俺なんだ?俺じゃなくてフローラの関係者は天霧とリースフェルトだろ?それなら俺じゃなくて天霧の”黒炉の魔剣”の方が効果的だと思うんだが?指名する相手が間違ってるだろ。俺が拒否すると思わなかったのか?」

 

そう言って天霧達に向き直るとクローディアは苦笑を浮かべてリースフェルトは今すぐにでも俺に食って掛かりそうだがこのくらいの悪態は許して欲しいもんだが。

 

人の命が掛かっている、といっても”俺に関係のない”話だ。

素直に相手の言う事に素直に聞いてやるほど俺は人間が出来ていない。

しかし、”リースフェルトは俺の知り合い”である。

 

「クローディア。」

 

「はい。」

 

「緊急凍結処理を頼む。」

 

その事をクローディアに指示するとリースフェルトが申し訳なさそうな顔を浮かべる。

 

「蜂也!本当に良いのか?」

 

「副会長…。」

 

「だがな?例え俺の武装を緊急凍結したところでフローラは解放されないだろう。こう言うのは追加の脅迫がされるもんだ。…だが素直に聞いてやるほど俺はお人好しじゃないんだよ。」

 

ぶっちゃけると《グラム》が無ければ徒手空拳の《四獣拳》と魔法を使用する羽目になり大会のレギュレーション違反になりかねないので《壊劫の魔剣》がないのは非常に厳しい。

其に犯人はこう言っていた。”他人には知らせるな”と。

 

「ど、どう言うことです?」

 

綺凛ちゃんが俺に問いかけるのでニヤリと笑い答えた。

 

「野郎は言ってたな?”他人には知らせるな”ってよ。つまりは”脅されてる本人”は捜索に出ても良いってことだ。」

 

「「「!?!?!!?」」」

 

三人は驚いているが隣に居るクローディアは微笑んでいた。

 

「まぁ蜂也らしい対応…らしいですね。」

 

「そ、そんな屁理屈が犯人に通じるとは…。」

 

「そんなことをしてもしフローラに何かあったりでもしたら…。」

 

「違うな天霧とリースフェルト…偉い人は言っただろ?”バレなきゃ犯罪じゃないって”な?」

 

何て事を言い出すんだこの男は、という表情が浮かんでいるが一旦それは置いておくことにしよう。

一先ずは…。

 

「クローディアは此処に居なくて聞かなかった事にしてくれ。俺が申請を出すから”受けた”事にすれば問題はないだろ?」

 

その事に天霧達はハッとしていた。

そうだ。一応俺が生徒会長であるクローディアに”申請を出した”事にはなる。

認可が降りるかはその生徒会長次第になるからな。

 

「ですが…そうなりますと蜂也が持っている《壊劫の魔剣》を一旦装備局で預かることになりますがソコは誤魔化しが効くので万が一に備えて蜂也が持っていてください。」

 

クローディアの発言に《グラム》が反応する。

 

『ふむ、『緊急凍結処理』とやらは気に食わんがそう言うことならば受け入れよう。あの狭苦しい箱に押し込められたら我は暴れるぞ?』

 

『悪いが知り合いの命が掛かっている。我慢しろ。』

 

『…しかし、主にこのような事を仕掛けてくるとは…命知らずか?』

 

恐らくシルヴィアの時の事を言っているだろうが。

 

『…それを言ったらお前もだろう。』

 

『当然である。』

 

脳内で会議をしていると《グラム(こいつ)》も一応は納得を見せてくれているようだ。

さて、方針を決めるか。

 

「…その間に俺自身が犯人とフローラを探し出して見せれば良いから…時刻は明日の準決勝までざっと”半日”ってところか。試合前には戻らないと行けないし。」

 

「目星は付いているのですか?」

 

クローディアが問いかけてくるので頷いた。

 

まぁ、俺の目立てだと再開発エリアか歓楽街の辺りが一番怪しいな。あの辺りは隠れるには持ってこいだからな。…十中八九今回の事件の裏に居るのは悪辣の王(タイラント)だろう。」

 

ウルサイスの家に行ったときに”俺が狙われている”と言うことを聞かされていたので間違いない。

ディルクはかなりの狡猾な男、というのを聞いていたので俺にバレるようなことをするのか?と疑問が頭に浮かんだが直接的な証拠をその男が残すわけがないので奴が関連有る施設…となるとその二つになる。

 

「『悪辣の王(タイラント)』…!?」

 

綺凛ちゃんも知っていたようで驚いておりクローディアは少し考えた後俺に向き直る。

 

「…彼が動いているのであればレヴォルフの特務機関が動いているでしょう…『黒猫機関(グルマルキン)』が根城にしている再開発エリア…ですね。ですが何故歓楽街に?」

 

「そっちは勘だ。今は色々な人間が外から来てるからな。木の葉を隠すなら森の中って奴だ。」

 

「ふぅ…本当に貴方の洞察力には驚かされますね。私の二つ名を返上したいぐらいです。」

 

「勘は良いって昔から言われてるからな。とりあえず今から探し回る…と言いたいところだがこの状態で探し回るのはよくないから変装…となるとあいつの力を貸してもらう。」

 

「「「あいつの力?」」」

 

天霧、リースフェルト、綺凛ちゃんの声がユニゾンして思わず吹き出しそうになるが今はそれどころじゃない。

端末を取りだしこの作戦に必要なキーパーソンを呼び出そうとするが控え室の訪問を告げるウィンドウが表示

された。

 

『やっほー!蜂くん。準決勝進出のお祝いを…ってどうしたの?』

 

部屋内部の空気を感じ取ったのか怪訝な表情を浮かべるシルヴィアに苦笑を浮かべて事情を説明する前に中に入って貰いその事を告げると「許せない!」と言わんばかりの反応を見せてくれた。

 

「うん、蜂くんわたしも手伝うよ!小さな子を人質に取るなんて許せない!」

 

「その前にお前のあの術を教えてくれ。」

 

その事を告げると快く承諾してくれてた。

フローラの捜索を天霧・リースフェルト達が再開発エリアへ。俺と綺凛ちゃん、シルヴィアは歓楽街へ向かう。

そして俺が教えて貰い”とある術”を使用できるようになったので俺を含め四人は変装?し『フローラ救出作戦』が開始された。

 

「誰に喧嘩を売ったのか理解(わから)せてやるとするか。」

 

俺は少し苛立っていた。

 

◆ ◆ ◆

 

「ん…ぅ…」

 

フローラが目を覚ますとまず目に入った光景は光に照らされた自分の影だった。

辺りを見渡すと薄暗い空間を点在するランプで照らされており屋内であることは間違いなくかなり室内は広い。

床も壁も工事中なのか資材が置かれたままになっている。

 

「ー動くな。」

 

「…っ!」

 

と、地の底から聞こえるような冷たい声にびくりとするフローラ。

今まで暮らしてきて聞いたことが無いような無機質で冷淡な声に思わず身を縮こませるが自分が拘束されて居ることにこの時はじめて気が付いた。

手足は縛られ口には猿轡がされて壁に縫い付けられている。

体が動かないので顔だけをどの声の方向を動かすと柱の側にもたれ掛かるように立つ男の姿があった。

 

「そこで大人しくしていろ。」

 

視線を向けるとそこには全身が黒づくめで肌の色が見えるのは目元だけだ。

その目元も健康、とは言いづらく不気味な雰囲気を漂わせておりその佇まいは隙がない。

そう言われ黙るしかなく此処に連れてこられた経緯を脳内で再現すると直ぐ様その状況に行き着いた。

 

(確か…鳳凰星武祭(フェネクス)天霧様達の試合を見ていたときに後ろから声を掛けられて…。)

 

記憶は途切れているがそのときに声を掛けられた時の声色が今喋っていた男と同じものだったと一致した。

だとすればこの男はあの会場で幼女を連れ去ってきた、ということになるだろう。

人目の有るところで大胆不敵に拐うのは…と思うのだがあの熱狂に包まれた会場で人一人居なくなるのは案外気が付かないのかもしれない納得していた。

 

(これは…もしかしなくても”誘拐”ということですかね…。)

 

自分が連れ去られた、ということに対して本来ならば叫んだり泣き出したりするのだがフローラは育ちが育ちなのでそう言った非常事態への知識があるのでそう言った反応はないがまさか自分が巻き込まれてしまうとは思ってもいなかったので若干困惑している。しかしその態度を表面に出さないのはフローラの性格ゆえか。

 

(どうしてわたしを誘拐されたのでしょうか…。)

 

そもそもにおいて何故自分が誘拐されたのか検討も付かなかった。

孤児院出身の自分が金品の目的でというのは限りなく低いしフローラ目的であるのなら話が変わってくる。

一部の殿方が小児性愛者という嗜好を持っているのならフローラはどストライクの見た目だろうが今見張っているこの黒づくめの男からその視線は…無関心な視線を見るにその線はないだろうとフローラは行き着いた。

とはいえ偶発的に事件に巻き込まれたとも考えづらい。

 

フローラは《星脈世代》であるので並みの成人男性なら殴り殺せてしまうくらいにはリスキーでありわざわざそんなことをするのかと疑問に思った。

 

(となれば…狙いは姫様に関連することでしょうか…?)

 

自分が目的でなければその関係性…リースフェルトのとの関連を見つけ試合に負けるように脅迫を掛けているのではないかとその思いに達したフローラは今すぐにでもユリスとの連絡、もしくは此処からの脱出を目指そうと体を動かした。

 

「ふぐっ…!?」

 

「動くなといった筈だ。」

 

身をよじったその瞬間だった。

フローラの頭は男によって鷲掴みにされて床に押し付けられてしまった。

同時に喉元に冷たく鋭利なモノが押し付けられる。

声のする方に再び顔を向けるとその男は先程の柱から一歩も動いていないことが分かる。

ならばこの今押さえつけているのは誰なのか?味方がいるのかと考えを巡らせるがフローラは気が付く。

”わたしの後ろはすぐ壁だったはず”だと。

そして《星辰力》の流動が発生していることに気が付き心の中で呟いた。

 

(《魔術師》…!)

 

「次動いたらお前の命はないと思え。」

 

地面に倒れ込んだまま安堵の吐息を漏らすフローラ。

起き上がれずに動くことも許されないのならこの状態を維持するしかない。

普通の成人男性であれば自分でも伸して此処から脱出を図ろうと考えたが相手が《魔術師》ならばその選択は消滅したといっていい。

 

(申し訳ございません…姫様。)

 

今はまだ大人しくしているしかなかった。今は。

 

◆ ◆ ◆

 

場所は歓楽街(ロートリヒト)時刻は夕方…というよりもネオンが色鮮やかになっているのでもう夜と言ってもいいだろう。

隣に居るシルヴィアが声を掛けた。

 

「うんうん。これだと蜂くんだって分からないね。まさかわたしの《変化》を一発で習得出来ちゃうなんて。」

 

「シル…っ、リューネさんの言う通りこれだとお義兄さんだと分かりませんね…すごいです。」

 

「ああ。シルヴィ様々だわ…。」

 

雑踏の中を歩く三名の男女。

男の方は短髪で真ん中部分が黒髪でサイドは白髪と言う本来ならあり得ない髪色ではあるが人種は北欧系の青年で目付きは鋭くメガネを掛け格好はラフな上下黒一色のワイシャツを腕捲りしスラックスでパッと見社会人に見えなくもない。

女性は大きめな帽子をかぶり栗色の長髪を無造作に束ねて服装はブラウスにジーパンというラフな格好だが何処と無く人目を引く雰囲気を纏っている。

もう一人は身長は低いが背筋をピンと伸ばし明るい瞳に柔らかな目元、黒髪をポニーテールにしており服装は水色のワンピースを着用し随分とガーリッシュな格好をしているが肩に掛けた竹刀袋が特徴的だ。

 

…と説明したがこの三人が俺とシルヴィアと綺凛ちゃんであり絶対に分からないだろう。

綺凛ちゃんに関してはシルヴィアが持ってきてくれた道具で変装しているので知ってる人から見ても別人だろう。

俺とシルヴィアに関しては星辰力を応用した《変化》を使っている。

 

(そもそもシルヴィアが使ってるのってこれ九島閣下の『仮装行列(パレード)』だよなこれ…)

 

そうまさに偽装魔法…仮装行列(パレード)なのだ。

星辰力…想子と雰囲気も偽装できていたのが驚いた。

星辰力とサイオンの違いにはなるが九島家の秘術を俺が使っていいものなのか小一時間迷ったが背に腹は代えられないのでありがたく使わせてもらうことにした。

…さすがに仮装行列は失礼なので偽装工作(フェイントオペレーション)と名付けて使用させてもらうことにしよう。

そんなことを思いつつ端から見れば俺が歓楽街に女性二人を侍らせ歩いているように見えるだろう…というか見えてるなこれ。

 

「~~~♪」

 

「……///」

 

俺の両サイドにいる美少女が俺の腕をホールド…もとい腕に腕を絡み付かせて歩いているので通りすぎる人達の視線が俺に突き刺さるが気にしないことにした。

歩いている歓楽街は再開発エリアと比べればかなり小さいが現在開催中の《星武祭》の開催中ということも差し引いても一等地に有る市街地に有る商業施設と比べても物凄い賑わいを見せているがその雰囲気と景観は異なる。

店も酒を提供する飲食店やクラブやバーなどが有るが奥へ進むと風俗や地下カジノなど違法店舗まで様々だ。

道行くものに学生らしいものは多いが校章を一切付けていないのもいて星猟隊に見つかると軽微ではあるが完全に星武憲章違反になるがそこまで締め付けはキツくないのだろう。

 

アスタリスクの歓楽街と都市議会はズブズブだと聞くし此処はアスタリスクの暗い部分なのだろう。

幸いに今俺の両隣には女性がいるのでキャッチになど声を掛けられていない。俺の放つ…というか《グラム》の雰囲気が出ているのか声を掛けられていない。

 

「しかし天霧達と分かれた後に『場所が分からねぇ』な事を言ったらまさかシルヴィアが探し出せる『感知魔法』が使えるとは…。」

 

「まぁでもあの場では探せないからイメージ…近い場所でないとね。」

 

隣にいるシルヴィアがまさかの知覚捜査の魔法が使えると思わずその場で両手を握りクローディアからすごい目で見られたが一旦おいておこう。

そのために今俺たちは歓楽街に有る高いビルの上に向かっていたのだが…。

 

「おい、そこの兄ちゃん、姉ちゃん達。」

 

その道中でこの辺りを仕切っているマフィア?達に遭遇してしまったので二人に聞こえるように軽く耳打ちした。

 

(俺が何とかするから俺から離れるな。)

 

(うん。)

 

(はい。)

 

極力相手に気取られないように今は《グラム》が人格となっているので淡々と返答した。

 

「当方になにか用か?」

 

「てめぇだな?この辺りでこそこそ嗅ぎ回ってるってやつぁ…。」

 

「警備隊の犬…って訳でもなさそうだが…ちょいと面貸してもらおうか?聞きたい話もあるんでな。」

 

どうやら面倒なことにこの男達はこのエリア一帯を仕切っているマフィアの一味らしく警戒していたせいか俺達がこの辺りで探っているのがバレたらしい。

俺達の素性は変装しているためバレはしないだろうが事務所にでも連れていかれたら厄介だと男達の力量を《瞳》で確認すると対したことは無くそこらのチンピラと同じらしいので精神干渉系で追い払うことにした。

 

「ふむ…当方達は店を探しているだけであってな…”そこを退いてもらえるかな”?」

 

俺がそう言い放つと男達の瞳から光が失った。

 

「…ああ。引き留めちまって悪かったな。」

 

「…行ってくれ。」

 

「感謝する。」

 

そう言い残し俺達を連れていこうとした男達を無力化して歓楽街近くの廃棄ビル近くまで移動していた。

一旦腰を落ち着けて俺はシルヴィア達に振り向く。

 

「この辺りか?」

 

「うん。この付近のビルが一番高いかもね。それにしても…」

 

「さっきの男の人達をどうやってお義兄さんは退けたんですか?」

 

「うん、どうやって退けたの?」

 

「ああ。まぁ俺の眼光にビビったんだろうが…」

 

「まぁ蜂くんの今の見た目ならビックリしちゃうかもね…それを抜きにしてもかっこいいけどね。」

 

「はい、シルヴィアさんと同じとく綺凛も…そう思いますっ。」

 

シルヴィアには”魔法”ついて説明していないので適当な事を言ったら納得してくれた。

話が路線変更しそうな勢いだったので目的地であるビルの屋上へ向かおうとしたそのとき物音が聞こえ二人より先に振り向くとそこには男が此方に向かってきていた。

 

「やぁれやれ、こんなところにまで逃げてくるとはなぁ……追いかける方の身にもなれってんだよぉ…。」

 

暗闇から現れた男は月夜に照らされ気だるげそうにそう呟いた。

その見た目は明らかに堅気の人間ではなく学生ではない。

カーゴパンツにTシャツというラフな格好だが腰付近に煌式武装が大量につけられており一言で言うなら”チンピラ”だろう。

 

面をあげて此方を見やるがその瞳に覇気が感じられないがその動きは熟練者の動き特有の自然な体系だった。

 

「で、お前さんかい?こそこそここいらで探りを入れてたって野郎はぁ。なんでも人を探しているそうだがうちの連中が気にしててなぁ?ちょいと顔貸してもらうぜぇ?」

 

どうやら俺達がこの辺りで人探しをしているのを感づいたらしく追手を差し向けてきたらしい。

面倒だと思ったが此処で伸しておかないと邪魔に入られる可能性を感じた俺は徒手空拳で応戦することにした。

 

「ちょいと物入りでねぇ。少し頑張って稼がなきゃならんのよ。ま、そう言う意味じゃ仕事を作ってくれてありがとうよ。…んん?」

 

男は動きを止めて俺の背後にいる二人に視線が向けられると覇気の無かった瞳が見開かれた。

 

「なぁんだ…相手は男って話だったが、ちゃんと女もいるじゃねぇかしかも二人と来たもんだぁ!こいつは嬉しい誤算だねぇ…俄然やる気も出てくるもんだぁ。」

 

男はゲスな笑みを浮かべて腰につけたナイフ型の煌式武装の発動体を起動させ下なめずりした。

 

「さて、俺はお前さんを連れてこいって言われてるわけだが…思う存分抵抗してくれていいぜぇ。そうでないとつまらねぇからなぁ。」

 

迎え撃とうとした二人を左手で制して前にでないようにした。

《グラム》から俺に切り替わりため息をついて目の前の柄の悪い男を見据え構えた。

無型の形だ。

俺が構えたのを見て男の雰囲気が変わった。

 

狙いは、ーシルヴィアー、だった。

 

彼女を狙いナイフが迫っていたがその進路上に俺が素早く移動しその攻撃を素手でそれを握りしめた。

流石の行動に先ほどまで薄ら笑いを浮かべていた男は驚愕の表情を浮かべている。

 

「なぁーーー!?」

 

「蜂くんっ!」

 

「お義兄さんっ!」

 

それは後ろにいた二人を驚かせることに成功しておりその驚きは俺が攻撃を受けたことなのか避けきれなかったことなのかは分からないが今はそれでいい。

現に俺の手の平からは血が滴っていない。

当然だ。

握る瞬間に《虚無》を発動させ刀身自体を極小のマイクロブラックホールで消し去っているからだ。

 

「時間がないんでな…じゃあなおっさん。」

 

ガッチリと発動体を握られ動けなくなって驚いている男の額に空いている方の腕を持ってきて指を当てる。

所謂”デコピン”と呼ばれるものが額にぶつかった瞬間に背後に大きく吹き飛ばされ廃ビルの壁に激突し頭から突っ込み壁に上半身が突き刺さり壁から下半身が力無くぶら下がっている。

 

俺は後ろに向き直り歩みを進めて後ろで待機していた二人の元へ戻り目的の場所へ向かうことにした。

 

「まさか王竜星武祭の元セミファイナリストをデコピンで倒しちゃうなんて君本当に一体何者?」

 

連れだって歩き出すシルヴィアにそう言われたが適当に答えた。

 

「どこにでも居る一般的な六花の学生ですが…それよりも目的地はすぐそこだ。行くぞ。」

 

◆ ◆ ◆

 

「それじゃあ…行くよ。」

 

「ああ。頼む。」

 

目的のビルの屋上にてシルヴィアは変装を解いて何時もの鮮やかな空の夜明けのような紫髪になり”シルヴィア・リューネハイム”へと戻る。

端末のプロジェクションマッピング機能を使い屋上の地面へ投影するとシルヴィアが作り出した二対二色の羽が投影した地図の上で踊り出す。

 

「ー思考と記憶の二対の羽よ。巡れ巡れ疾く駆れ巡れ。囚われの愛し子の声を持て。」

 

凛とした力強い歌声が響き渡る。それはどこか物悲しい旋律が駆け抜ける。

 

「いい唄だな…。」

 

祈りの唄が迷い子を探し出す。

 

「暁の雲海を越え 黄昏の風に乗り 宵闇の果てより導きを開け」

 

嵐のように吹き上げる万応素をシルヴィアの歌声で巧みに操り制御し組み替える。

唄を媒体に複雑な魔法式…と言えばいいのだろうか。そう言うのは初めて目にしたが美しい、そう言った感想しか出てこない。

シルヴィアはこの世界における最も有名な歌姫であり《魔女》である。

知名度で言うのならば王竜星武祭を二度制している《孤毒の魔女》すら凌いで有名だろう。

 

その能力は ー万能ー。

 

その呼び名に俺は一瞬だが九校戦で《”万能”の黒魔法師》と二つ名を付けられ似たような所があるなとファンがアイドルに対して共通しているところを見つけて気持ちの悪い感想を述べていることを自覚して直ぐ様意識を切り替える。

 

「思考と記憶の黒き御使いよ 我が前に舞い降りて疾く示せ……。」

 

シルヴィアが歌い終えると産み出した二対の羽が写し出された地図に降下して範囲を回転しながら狭めていく。

それは緩やかだったがピタリと動きを止めていた。

 

「ふむふむ…歓楽街の外れ…北西の一角だね…ってどうしたの蜂くん?」

 

声を掛けられ術式が終わったことに気が付いてハッとなった。

 

「え、ああ。すまん見とれてて聞いてなかったわ。んでどこにフローラがいるって?…どうしたシルヴィア顔を赤くして…あ、もしかして無理させ過ぎたか…すまん。」

 

俺がそう言うとシルヴィアは俯き名にかを呟いたようだったが聞こえない。若干顔が赤いな…。

 

な、なんでそう言うことを素面で言うかなぁ…

 

俺の隣にいた綺凛ちゃんもナニかを呟いたようだったが聞こえなかった。

 

そう言うところですよお義兄さん…。

 

「シルヴィアも綺凛ちゃんもなんか言ったか?」

 

「ううん!なんでもない。それより今からフローラちゃんの救出に向かう?」

 

既に日は跨いで夜明け…朝日が登り始めていた。

今からその場所に向かった方が時間も短縮できるだろう。

 

「そうだな…もう既に日にち経過して既に準決勝当日…此処からじゃあいつらが間に合わないから俺達だけでやるとするか。」

 

天霧達は今再開発エリアか寮へ戻っているがシルヴィアが探し当ててくれた場所へ行って戻ってくるのは明らかに時間が足りないだろう。

 

「そうですね天霧先輩達には会場に…あ、でもわたしたちも…。」

 

綺凛ちゃんの言うことも最もだ。”俺達も間に合わない可能性”が有るわけだがそこは俺の魔法を使って何とかすることにする。

 

「一先ずとりあえず俺達は今から向かうことにして天霧達に連絡を入れることにしよう。」

 

俺の提案に二人は頷き端末を使い連絡をする。

案の定リースフェルトから「我々も行く!」と攻め立てられたが事情を説明すると不承不承ではあるがこっちに全部任せてくれるようになったらしい。

 

「お前達はさっさと休んで準決勝に備えとけ。フローラは此方で助け出すから。んじゃ。」

 

『お、おい!蜂な』

 

無理矢理切って目的地へ向かう。

さて…面倒事に巻き込んでくれた”お礼”をたっぷりくれてやらんとな。

寝てないんで若干”手荒いこと”になるかもしれんが…まぁいいか。



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悪辣の代償

《鳳凰星武祭》ももう数話で終わりそう…。



『ー七番、状況を報告しろ。』

 

何時もの如く苛立ちを含んだ声が、短く用件を問いかけてくる。

 

「問題ない。」

 

通信の主、黒猫機関金目の七番は答えた。

 

『ならいい。』

 

「そちらは?」

 

『表向きは従順だな。警備隊には連絡が行ってないようだし《影星》が動いている様子はねぇ。だが小僧はともかく星導館には女狐とあの男が居る。このまま大人しくしているとも思えねぇ。』

 

空間ウィンドウは開かれておらず音声のみの通話となっている。

 

『実際にその辺りで妙な三人組が辺りを嗅ぎ回っている、っていう情報が上がってきているが知っての通り歓楽街は俺の管轄じゃねぇから噂の真相は定かじゃねぇが。』

 

「もし邪魔が入った場合は?」

 

『此方には人質が居る。それを使え。もしそれでも引き下がらねぇようなら…使い捨てても構わねぇ。』

 

男は部屋の片隅に座る少女へと目を遣る。

眠っているのか、時折微かに身動ぎする程度でそれ以外の動きはない。

 

『あの男は放っておけば後々の障害になる。此方が少し本気だということをわかってもらわねぇとな。』

 

「分かった。」

 

男は淡々と答えた。

どのような冷酷な命令でも男の心が動くことはなかった。

そもそもそんなものなど存在しないからだ。

 

「…っ!」

 

『どうした?』

 

空気が変わったのを察したのか訝しげに声を問う。

 

「どうやらその邪魔が入りそうだ。」

 

男はそう言うと通信を切って天井を見上げた。

 

◆ ◆ ◆

 

「ここか…。」

 

俺達はシルヴィアが見つけ出したビルの前に立っていた。

ビルの入り口付近に近づく。

そこは建物自体は新しいが人の反応はなく入り口には『改装工事』の張り紙がありよくよく内部を見てみるとむき出しの資材がおいてある無人のビルのようだ。

 

「人が居ない…工事が止まってるのか。」

 

隣にいるシルヴィアに問いかけると頷いた。

 

「ここのビル。名の通ったカジノだったんだけどお客さんが暴れて外は無事なんだけど中がしっちゃかめっちゃかになったらしいよ?」

 

俺の脳内に粗暴だが妹思いの姉の姿が思い浮かべたが振り払う。

その回答に綺凛ちゃんが所感を述べた。

 

「へぇ…怖いですね。」

 

「ここの辺りじゃテナントの入れ替わりは激しいし、改装工事は珍しくもないみたいなんだけど…その工事が数日止まっているみたいなの。」

 

「それまでは空き巣…って事か。」

 

「そう言うこと。」

 

シルヴィアが答えてくれたお陰で確信に近づきつつあった。

 

「それじゃ…中を調べてみるとするか。時間もないしな。」

 

「で、でもどうやってですか?」

 

「この建物に入るの?空き家、と言っても元々カジノだから警備システムが働いてると思うんだけど…」

 

「ちょっと待っててくれ。」

 

そう言って俺は二人から少し離れて自動ドアの隣にある恐らく警備システムの端末であろう部分まで移動し左手を翳し《魔法》を使用する。

その瞬間に翳した方の手から電撃が放たれた。

放出系統魔法《雷電波動》は高圧電流を広範囲に流すものだが副次的に規模は小さいが電子機器を機能不全にするEMPを発生させることも出きるのでこの程度の警備システムをクラッシュさせるのには造作もなかった。

端末からパチリ、と焦げ臭い匂いがしたが発火の恐れはないのでそのままにして警報を解除し自動ドアを隙間程度だが開けさせた。

開いたを確認し力ずくで自動ドアを開けて内部へと足を踏み入れようとした。

 

「よし。行くか。」

 

「ちょ、ちょっと蜂くん待ってよ!」

 

「ま、まってくださぃ~。」

 

俺の後に続いてシルヴィアと綺凛ちゃんがついてくる。

 

「まさに廃墟…だな。」

 

足を踏み入れたビルの内部はすっからかんのがらんどう、カジノの設備は運び出された後なのかなにも残っておらず天井に大きな穴が数個開いている状態でこれは改修工事の必要があるのは見て分かった。

 

「とりあえず此処には誰もいないようですね…。」

 

辺りを見渡し警戒している綺凛ちゃんがそう告げた。

俺は『賢者の瞳(ワイズマンサイト)』を起動させこの建物内部ある生体反応を確認する。

今いる場所を除いて階層二階から五階までは誰もいない…が地下一階に生体反応が二つあった。

間違いなく一人はフローラでもう一人は男…恐らくこいつが下手人だろう。

心身の異常は見られず手荒い扱いを受けた、と言うわけでもないようだ。

男は床で寝ているフローラに視線を投げているが本当に必要最低限の見張りをしている…だけのようだ。

 

「上か下…どっちかな?」

 

「下だな。フローラと男がいる。」

 

シルヴィアにそう問いかけられ反射的に答えてしまった。

 

「え?どうして分かるの?」

 

此処で俺の技能を知られるわけには行かないので苦しいが誤魔化した。

 

「勘…だな。そもそも上層階だと外から通行人に見られる可能性がある。」

 

「なるほど…それじゃあ早速。」

 

俺とシルヴィアが動き出そうとした。

 

「待ってください…!あれは…人?」

 

綺凛ちゃんが俺達を止めて《千羽切》の鯉口を切りながら訝しげに呟く。

それに気が付き俺達もその方向へ視線を向ける。

そこには影が集まり人の形を作り出していた。

 

「万応素が集まってる…こういうのを作り出すってことはビンゴか。」

 

綺凛が行った通り人、ではあるが人ではない。ぼやけた輪郭の影が集まっているだけだ。両腕は角材のように尖っておりどういう目的を持っているのかを察することができた。

観察していると突如人影が武器を持っていた綺凛へ襲いかかる。

が、綺凛は慌てること無く一刀で切り伏せた。

胴体を真っ二つにしたが当然ながら血や臓物が出るわけでなく切った断面から集合した影が霧散していく。

動きは素早かったが綺凛ちゃんには到底及ばないスピードだった。

此処にいる俺やシルヴィアには到底及ばない。

 

「これは…っ」

 

綺凛ちゃんが《千羽切》を納刀しようとしたが室内の柱の影から先ほどの影が現れる。

それは一体、二体ではない。

 

「これ、どのくらいいるんでしょうか…。」

 

「…さぁ?…って多くない?」

 

シルヴィアが返答するがその数は増え続けざっと見る限り”100”はくだらないだろう。

人影は俺達に襲いかかってきた。

 

「おっと!」

 

襲いかかる人影にシルヴィアも銃剣型の煌式武装《フォールクファング》を取りだした。

その剣捌きは彼女が《魔女》と言う事を差し引いても近接戦闘を挑むのは相手にとっては無謀、という言葉が似合うほど襲いかかる人影を一瞬で切り裂いて行く。

 

「幾らなんでも数が多すぎますっ。一体一体の強さは弱いですがこれじゃ…」

 

《千羽切》の返す刃に連続して影が打ち倒されるが確かに綺凛ちゃんの言う通り”人海戦術”を相手は駆使しており二人が切っても切っても影が涌き出てくるのだ。

幾ら二人の実力があったとしても物量戦に持ち込まれればジリ貧になってしまう。

 

(影の能力の発生点…そこか。)

 

影達の単純な攻撃を回避しつつこの術式が発生している起点を探していると…見つけた俺はジャケットのホルスターから煌式武装…ではなく特化型CAD《ガルム》を二丁抜いて魔法を選択し影に対して発動した。

 

「消えろ。」

 

引き金を引いたその瞬間。

 

大勢の人影がまるで砂の城のように崩れ落ちていく。

先程まで戦闘をしていた二人の目の前にいた人影も崩れ落ちていく。

 

「えっ?」

 

「これって…。」

 

綺凛ちゃんとシルヴィアが呆然とするのも無理はない。

これはこの世に存在しない俺が作り出した”魔法”なのだから。

 

対抗魔法《闘技解体(アーツデモリッション)》が炸裂し会場を埋め尽くそうとしていた人影を一掃した。

 

「お二人さん、安心するにはまだ早いようだぜ。」

 

「「!?」」

 

フロアに一瞬の静寂が戻ったがそう簡単には行かないようで柱の影からまた人影が現れていた。

 

「もーっフローラちゃんを助けてさっさと準決勝に行かなきゃなんないのにっ…へ?」

 

「お義兄さん強行突破します!…ってえ?」

 

武器を構える二人より先に俺が持っている《ガルム》の引き金の方が先に押し込まれていた。

 

「時間がねぇんだ。さっさと通らせて貰う。」

 

俺は再度出現した無数の人影に対して片方の特化型で加重系統魔法《重力爆散》を連続で叩き込み蹴散らす。

もう片方は設置型の能力だろうと見抜いた俺は起点となる部分に《闘技解体》を叩き込むと人影はついぞ現れなくなった。

 

本格的にフロアに静寂が満ちる。

 

「…さて地下に向かうとするか。」

 

時間が迫っているのでさっさとフローラを助けて会場に向かわなければならないからだ。

犯人とやらに遭遇したらどうしてやろうかを考えつつ三人で地下へと降りていく。

階段を下った場所にあったのは自動ドアではなく手押しの大きな扉だ。

俺達が侵入しているのは上での騒ぎを当然聞いているはずなので今さら隠れて投入するのも無駄なので勢いよく扉をぶち破り突入する…前に一応役割分担を決める。

 

「俺が突っ込むから二人はフォロー宜しく。複数人かもしれんしな。それと…これを着けてくれ。」

 

「これは?」

 

「突入と同時に目眩ましをするから保護だよ。」

 

俺の手に二人分のサングラスがある。

そう俺が提案すると二人は頷いて手に取り装着した。

それを合図に特化型CAD(ガルム)のストレージを汎用に変更し目の前にある扉を開けると同時に起動させた。

 

目映い光が地下の空洞を埋め尽くしていく。

今俺が掛けている眼鏡は対閃光対策にもなっているので見た目はメガネだが《瞳》の力をそのまま発動できる。

範囲内に踏む込むと同時に《縮地》を用いて広い地下を駆け抜ける。

あちこちにランタンが設置されているが閃光魔法によってその明かりは意味を無くしている。

だがその一つのランタンの下柱部分に両腕を掲げるように拘束されぐったりとしているが健康には問題なさそうだが早く助け出さないと不味いだろう。

 

「……っ!んんんんー!」

 

物音に気がついたのかこちらを見て猿轡をされたままのフローラはブンブンと大きく頭を振っているが何を伝えたいのかはわからない。

恐らくは「此方にこないでください!」と伝えたいのだろうが無視する。

フローラに接近しようとすると俺の背後の影から明確な殺気が来ているのを感じて攻撃が来る場所へ《闘技解体》を乱れ撃ち影による巨大な刺を無力化していく。

この空間が敵のテリトリーだということがわかったのでこの場からさっさと撤収したいものだがそうは問屋が卸さないらしい。

 

フローラまで後数メートル、と言ったところで柱の影から一人の男が現れた。

 

「貴様は…誰だ?」

 

影より出でた男はフローラの喉元に鋭い刺が突き立てられるが表情の変化がない黒づくめの男は目の前にいる俺を誰か、ということを認識できていないらしく微かにだが動揺しているのを感じ取れた。

俺に《偽装工作》を教えてくれたシルヴィアに感謝せざるを得ないな。

見た目は変わってるから声だけは《グラム》のままで喋る。

 

「…悪党に名乗る名前は無い。それよりも貴殿が実行犯か?」

 

俺の問いには答えない、そう言わんばかりにフローラに突きつけた刺をさらに押し込み柔肌に食い込ませていく。

後数ミリ押し込めば血が吹き出すだろう。

そうなってしまえば俺が取れる方法は一つしかないわけで。

 

「貴様が武器を捨てろ。この小娘がどうなっても良いならそのままで良いが。」

 

「…。」

 

実行犯の男は本気らしい。

このまま俺が武器を持ったままであればこの男はフローラの喉元を突き刺しその命を葬るだろう。

それが分かった以上俺がはね除ける、という選択肢は無くなる。

仕方なく両手にもった特化型CAD(ガルム)を地面に置いた。

その瞬間に男が警戒を解いたのが感じられた。

しかし俺の武器は一つではない。

 

「コード…虚偽閃光(ルクスフェイク)!」

 

利き腕に付けられた音声入力式のブレスレットタイプのCADに音声コマンド入力を下その瞬間に薄暗かったフロアは一瞬にして”白”と”爆音”で埋め尽くす。

 

「っ!」

 

それは影すら飲み込んだ。

 

《瞳》で今どんな状態のなのかを知ることが出来る俺は地面に置いた二丁を素早く回収し突然の閃光だったが咄嗟に腕で顔を覆ったが聴覚をやられているらしく辺りを見渡しながらフローラに危害を加えようとしていた。

 

「二人ともフローラを頼む!あとフローラ!舌噛むなよ!」

 

CADを起動させ『重力弾(グラビティ・バレット)』と単一の移動魔法を二射する。

一発は一瞬の隙を見つけ下手人の近くにいるフローラの拘束を解く。

二発目はフローラを対象として単一の移動魔法…引き寄せつまりはフローラの前方に吹っ飛んで行く。

 

「んんんんー!!?」

 

突然なにもないところに前方に物凄い勢いで吹っ飛んで行くフローラ。

 

「おっと!こっちは大丈夫…っ!」

 

シルヴィアに無事キャッチされたフローラだったが《虚偽閃光》の効果時間が消えてフロアは元の薄暗い空間へと戻った。すなわち相手のホームに変わると言うことだ。

フローラの影から再び鋭い刺が現れ刺し貫こうとする。

 

「させません!」

 

フローラとシルヴィアに襲いかかろうとする攻撃を綺凛ちゃんの刀が切り裂いた。

ナイスアシストである。

さて、目標は達したので作戦通りに…と行きたかったがそうは行かないようで…

 

「うわっ!またでた!」

 

シルヴィアのいう通り上の階で遭遇した人影がこれまた沢山現れ退路を塞ぐ。

俺も俺で今下手人の攻撃を捌いている所だが口だけ無く中々の手練れだった。

後ろにいる二人に指示を出す。

 

「二人はフローラを守りつつ退路へ向かえ!こっちは片付ける。」

 

綺凛ちゃんは頷きながら襲いかかる人影を切り裂いてシルヴィアも手にした銃剣で弾丸を放ち近づいてくる人影をフローラを庇いつつ撃ち抜いていく。

だが俺達が入ってきた入り口は無数の人影の壁によって阻まれ強行突破しようにも簡単には行かなさそうだ。

あの二人ならばフローラを守りながらでも大丈夫だろう。

俺は死角から来た影の刺を《重力弾》のクイックショットで破壊して向き直る。

 

「さて…どうするよ。あんたが守ってたフローラは此方の手の中にある。」

 

「知れたこと…お前達を排除し、小娘を取り戻す。」

 

それは正義の味方がいう台詞なんすよねぇ…。

まぁ当然というか仕事を請け負っている以上は”退路”というものは存在しないだろう。

失敗すれば”死”かもしれんしな…それをあの《悪辣の王》が実行するとは思えないが。

と、男の腕からナニかがスライドして出てきた…短剣、煌式武装ではなく実体剣のようだ。

手に持つのではなく腕に装着している。

 

「悪いが此方も急いでるんでね…フローラを連れて帰らせて貰うぜ。」

 

手に構えた《ガルム》を無造作に突きつける。

動いたのは黒づくめの男の方からだった。

 

「……っ!」

 

男の斬撃に対し硬化魔法を瞬時に掛けて短剣を受け止めて見せた。重い一撃だ。

さらに連続して攻撃を仕掛けてくるがどれも人体の急所を狙ってきていた。

しかしその攻撃は俺にとっては”遅い”。

 

「…っ!?」

 

急所を狙った攻撃を全て捌ききり膝部分を軽く蹴って体勢を崩したところに胴体目掛け弾丸を発射するが寸でのところで回避されてしまい肩に当たった程度で倒すまでに至らない。

咄嗟に反応できるのはこの男が強いからだろう。

 

「おっと!」

 

反撃と言わんばかりに影から飛び出した刺が俺に襲いかかるが体を捻り回避する。

決して侮っていたわけでないが中々の手練れだろう。

俺を壁際に追い込もうと急所を狙ってきている。

一撃で止めを刺すつもりなのはこの男の戦闘スタイルだろう。

 

「ー終わりだ。」

 

突如として男がいうと同時に目の前から消えた。

その光景を戦いながら見ていたであろう遠くにいる綺凛ちゃんの声が俺の耳に届く。

 

「お義兄さん!」

 

俺の前方には壁があり俺の影が背後の照明に照らされて写し出されている。

俺は罠に掛けられたのだと気がつく。

綺凛ちゃんの声に反応するようにその場から弾けるように退避するが遅い。

影から伸びた刺が俺のダメージを与えようとした。

 

「《不落・玄武乃型》」

 

俺が持つ《四獣拳》の一つ、防御の型。難攻不落、要塞が如きその守りは重機関砲の一斉射を受けてもびくともしない鉄壁の守りを持つ。

 

直ぐ様独特な防御の構えとそのフレーズを呟いた瞬間に俺を貫く筈だった刺はまるで重金属を擦るような不快な音をかき鳴らしながらパキリ、と折れていた。

 

「なんだと…!?」

 

「暗殺者がその程度で驚くたぁ…失格だな。」

 

その驚く様は俺を前にするには隙だらけに等しい反応だった。

手に持った《ガルム》の延長グリップ部分に重粒子を纏わせたビームソードを振るう。

 

「俺が許せないのは年端も行かない子供を巻き込んだことだ。」

 

素早い連続攻撃、果ての無い剣撃は男の両手両足の腱を断ち切り鮮血は飛び散らず蒸発し傷口は焼かれ余りの痛みに崩れた。

 

「………っ!!!!!」

 

地に伏せた男は悲鳴は上げないが苦悶の吐息が漏れており抵抗を見せようとしたがそれよりも先に俺が発動した魔法の刀身を喉元に突き立て反抗できないように拘束魔法《キャッチリング》で身動きを取れなくさせる。

 

「素直に正面切って俺に襲いかかってくれば良いものを…そうすればあんたもこんな目に合わなくてすんだのにな?ディルクって野郎はとことん自分が有利になるように動く奴のようだ…おおっと逃げても良いぜ?…今より酷いことになっても良いのなら、な?」

 

そう問いかけるともう自分に勝ち目が無いことを悟ったのか男は動けないなりに”無抵抗のポーズ”を取って見せた。

 

「それなら後ろで二人と戦ってる影の能力を止めて貰おうか。」

 

刃を突きつけると直ぐ様解除を行ったようで後ろで行われていた剣撃と銃撃音が静まった。

それと同時にフローラをそばに置いたシルヴィアと綺凛ちゃんが近寄ってくる。

 

「お義兄さん!ご無事ですか?」

 

「ああ。こっちは問題なく…そっちもよく無事だったなフローラを守りながらなんて。」

 

そう言うとシルヴィアは得意気に胸を張った。

 

「当然だよ。この程度なら片手間で…ってね。」

 

「あのう…あなた様達は一体…。」

 

不意にフローラの声が聞こえてきた。

その声は困惑していたが当然だろう、見たことも会ったことの無い人物三人が捕らわれている自分を助け出してくれたのだから。

 

「もしかしてユリス様から聞いてここに…?」

 

そう問いかけるフローラの目の前にいる青年と女性が俺や綺凛ちゃんやシルヴィアだと気づいていない…というか当然か。

俺達は視線を合わせ頷いた後に変装と変化を解く。

俺の髪色は元の黒一色へ戻り綺凛ちゃんとシルヴィアも美しい元の色へ戻った。

その姿にフローラは開いた口が塞がらない、といった表情だったが安心したのかわんわん泣いて俺の胸に飛び込んできた。

 

「うわぁぁん!蜂也しゃまぁ~!怖かった…こわかったよぉ~!」

 

って俺に来るのかよ。ソコは普通綺凛ちゃんじゃねーの?とは思ったが流石にこの年頃の…というか女の子を突き飛ばす趣味はないのでひとまず好きにさせた。

一頻り泣かせた後に元に戻ったのかいつもの明るいフローラになったが捕まってしまったことに罪悪感を覚えているようだが結果として助かっているので問題ないだろう。

結果よければすべて良し…と言いたいところだったがそうも行かなくなってしまった。

 

「……そうか、名護蜂也か。随分と大物が現れたようだ」

 

「はぁ…って、てめっ!勝手に動くな!」

 

手足の腱を切った黒づくめの男が最後の最後で人影を動かし地上へ出る扉付近で影に仕込んだ爆弾を振り絞った星辰力で起動させ大爆発を起こし柱が倒れ瓦礫が散乱し俺達この黒づくめの男含めて五人で生き埋め状態になってしまったのだ。

 

「おいおい…。」

 

「ごめん蜂くん、警戒はしてたんだけど止められなかった…。」

 

「いや、この男がこんな攻撃を仕掛けて来るとは思わなかった俺が悪、ってかこの野郎…」

 

攻撃を仕掛けた瞬間に鳩尾に一撃を加え更に星辰力切れを起こしたようで死んだように眠っている。

下手人の男に対し俺は逃げられないように《キャッチリング》と併用した加重魔法で浮かせて立たせた。

瓦礫の前に移動しシルヴィアが瓦礫を撤去しようとする《歌》による事象の書き換え…瓦礫の撤去を行うがその重量と数に上手く行っていないようだ。

それは綺凛ちゃんも同じことが言えるのでいくら星脈世代といえどもこの瓦礫の量は数時間で撤去できる量ではなかった。

 

「お義兄さん時間が…」

 

「ん………っ!……うげぇ…マジかよ。」

 

綺凛ちゃんに声を掛けられ腕時計を見るともうすぐ時刻は正午…俺達の試合の時刻が近づいてきていた。

ここから走っても30分以上は掛かってしまうだろう。

俺達の反応を見てフローラは察したのか涙目になっている。

 

「ごめんなさい蜂也さまに刀藤さま…!フローラの…フローラのせいで…ぐすっ。」

 

「フローラちゃんのせいじゃないから大丈夫…でもこの瓦礫じゃ…。」

 

正に八方塞がりだと綺凛ちゃん達は困ったような表情を浮かべていたがその当事者である俺は案外冷静だった。

 

この状況を打破できる魔法があるからだ。

 

(サイオンは…うん大丈夫だな。これなら”次元解放”を常時使用しても問題はないが…世界の壁を越えるのはまだ無理…か。流石にここで『空想虚無(マーブルボイド)』や射撃タイプの『結合崩壊(ネクサスコラプス)』を使うには威力が有りすぎる。)

 

俺はCADのストレージを《超特化型》に変更し三人に声を掛けた。

 

「ここから出るぞ。時間もない。」

 

「で、でもどうやって…。」

 

「ここから脱出するの?」

 

怪訝な表情を浮かべるのは当然のことだろうが説明している時間はないので指示する。

 

「全員俺のところに集まってくれ…そうだ。」

 

全員疑うことなく俺の周りに集まってくれたので手早くCADを操作し俺が持つ最強の汎用性を持つ魔法『次元解放(ディメンジョンオーバー)』のポータルが地面に開かれる。

次元の裂け目が現れ通常の赤色景色が広がっている。

 

「これは…?」

 

「端的に言えば…”空間跳躍”の魔法だ。」

 

「「「空間跳躍」???」」

 

首を傾げる二人となんのことだろうと首をかしげるフローラは疑問に思った。

 

「まぁ…簡単に言うのなら…”行ったことの有る場所ならワープ出来る”…俺のまぁ《魔術師》としての能力?的な?」

 

まぁ俺の《次元解放》は加重系統魔法の延長に有る俺だけが使える移動魔法ではあるので間違いではないのかもしれない。

 

「「!?」」 「??」

 

その事を告げるとフローラを除く二人は驚いていた。

こっちの世界でも”空間跳躍”というのは珍しいのかもしれない。

まぁ極力俺もこの力を不特定多数に知られたくないのだが…状況が状況なので使わざる得ないが念のために依頼をしておく。

 

「今俺がここで使った能力を…出来れば内緒にしていてくれないか?」

 

そうお願いすると三人は快く頷いた。

 

「…うん。わかった。個々だけの秘密にしておくね。でもいつか聞かせてね。」

 

「はい。わたしもですお義兄さん。」

 

「フローラも…ないしょにします!」

 

心からの約束に俺は思わず笑みを浮かべそうになったが直ぐ様切り替える。

捕まえた下手人は別のポータルへ放り込み身軽になる。

 

「皆俺に掴まってくれ…行くぞ!」

 

俺に綺凛ちゃん達がしがみつき空間に開かれたポータルへ飛び込んだ。

 

◆ ◆ ◆

 

不安な気持ちを抱えたまま先程まで準決勝、聖ガラードワース学園の序列十一位と十二位の選手と熾烈な戦いを繰り広げ勝利した二人は準決勝が行われたメインドームの自分達の控え室に戻り着信がないか確認していたがそれはなかった。

時間が経過しそろそろ蜂也達の試合の順番が近づいてきていたのだった。

 

「くっ…蜂也達と連絡が取れない…ナニをしているんだアイツ等は…。」

 

「ユリス落ち着いて…副会長達を信じようよ。」

 

ユリスはパートナーである綾斗にたしなめられはっとして勢いで立ち上がったソファーへゆっくりと腰を下ろす。

 

「そう…だな。我々がそのような態度であれば蜂也からの呆れが飛んできそうだ…。」

 

「そうですユリス。蜂也が”任せろ”といったのですからドンと構えておけばよいのです。」

 

自笑するような笑みを浮かべたユリスに優しげな表情を浮かべるクローディアに苦笑した。

 

「お前は本当に蜂也を信頼しているな…。」

 

「もちろんです。”私の蜂也”なのですから。」

 

自信満々にそう告げるクローディアにユリスは少しの憧れを抱きつつも不安が拭えなかった。

学園内屈指の実力者ではあるが巻き込んでしまった形に良心の塊であるユリスは蜂也に対して申し訳ない気持ちで一杯だった。

もしこの件で蜂也が準決勝進出を逃してしまえば…と考えると罪悪感に潰されそうだった。

 

「そうだぞ?”俺に任せろ”って言ったんだからドンと構えておけば良いのよ。」

 

その言葉をまるで蜂也が言ってくれたようで幾分か肩の荷が軽くなった。まるで本当にそう言ってくれているようで…。

 

そう思い呟きふと、可笑しい事に気がついた。

”どうして声が聞こえる”のだろうか?と。

直ぐ様隣を振り返ると気だるげな雰囲気を漂わせスラックスのポケットに片手を突っ込んだ蜂也がいた。

 

「ああ。そうだな…………っ!?!?」

 

その事にユリスは思わず二度見していた。

 

「え、ええ?!ふ、副会長!?」

 

それに気がついた綾斗も同時に驚くがそれよりも室内いるのが蜂也以外にもいたからだ。

 

「よぉ。」

 

「ええと…ただいま…です。」

 

「あ、わたしもいるよ?」

 

「姫さま…綾斗さま…」

 

いつの間かユリス達の控え室のソファーに座っている綺凛にシルヴィア、そして救出されたフローラの姿が有った。

 

「フローラっ」

 

声を掛けられたフローラは素早く立ち上がり申し訳なさそうな表情を浮かべていたが構わず、といった感じにユリスから抱き締められていた。

 

「あ、あの!み、皆様にはこの度はフローラのせいでご迷惑を…。」

 

抱き締められていたフローラは今にも泣き出しそうだったが蜂也が補足を入れた。

 

「んなもんフローラが悪い訳じゃないだろ。悪いのは《悪辣の王》であって気負う必要はねぇよ。現に俺達は試合に間に合ってこうして休憩してるしな。」

 

蜂也はどこから取り出した黄色と黒の缶を取り出し口を付けて飲んでいた。

 

スカートを握りしめ今にも泣き出しそうなフローラにすかさずフォローする綾斗に綺凛にシルヴィアが声を掛けるがその目元には大粒の涙が溜まっている。

その感情の堤防を破壊したのは抱き締めているユリスだった。

フローラに対しあやすような優しい口調で語り掛ける。

 

「いい加減に力を抜けフローラ。お前は良くできた良い子だが、それでもまだ十歳なのだ。蜂也も言っていたがお前に責任はない。だから泣きたいときは泣いて良い。」

 

そう言って優しく頭を撫でるユリス。

撫でられたフローラは大声で泣き出した。

ユリスはフローラが落ち着くまで、その小さな背中を優しく撫で続けていた。

 

その光景をみながら蜂也の視線はクローディアへと向けられた。

 

「ただいま。」

 

「…ふふっやはり私の蜂也です。流石です。」

 

クローディアにそう声を掛けるといつものような笑みを浮かべ俺を出迎えた。

座標の指定にしていたのがいつも使っていた控え室…ソコから隣に有る天霧達の控え室に飛んできた、ということだ。

突然現れたのに動揺していないのは俺の能力を伝えているからだ。

多少時間は余っているとは言えすぐにでも準備を進めてステージへと向かわなければならなかった。

 

「蜂也これを。」

 

「…サンキュ。」

 

そう言ってクローディアに渡されたのは『緊急凍結処理:否決』の電子決済文章が俺の端末へ送られていたのを確認しホルダーにしまった《壊劫の魔剣》の発動体を握る。

脳内に《グラム》が語り掛ける。

 

『我、復活である。…さて少々我も鬱憤が溜まっておるので暴れさせて貰うぞ主よ。』

 

『…程程にな。』

 

ヤル気満々の純星煌式武装に若干引きながらクローディアの顔を見て頷き多く語ることもないがその表情を見たクローディアは短く告げる。

 

「ご存分に。」

 

「行ってくる。綺凛ちゃん。」

 

「はいです。」

 

連れだって控え室から出ようとした俺達に気がついたリースフェルトが声を掛ける。

 

「すまない蜂也達…わたしたちの問題に巻き込んでしまって…。」

 

その声色は申し訳なさそうだったが軽く頭をそっちの方へ向けて「問題ねぇよ」とだけ呟き控え室の扉を通りステージへ向かう通路を歩み始めた。

その道中で今回の試合で行う作戦を決めていたのだが俺の発言に綺凛ちゃんは驚いてはいたが何処かで納得をしていたようだ。

 

「やっぱりお義兄さんは規格外だとおもうのです…。」

 

心外な。

 

さて、ここを越えれば次は決勝戦。

 

先に決勝へ進んだ天霧とリースフェルト達との戦いとなる。

そして綺凛ちゃんの”願い”の為に負けてやる気はさらさら無い。

此方で出来た義妹の為にも頑張るとしますかね…。

 

それに準決勝が終わったら”お礼参り”にでも行こうとしようかね。




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秘策と奥義と

フローラを使い俺達の準決勝進出を阻止しようとした人物の思惑を砕いた俺達は無事に監禁場所からの脱出に成功し準決勝へ向かうステージへ向かうべく控え室から出る。

 

「んじゃまぁ…そろそろ行くとしますか…綺凛ちゃん。」

 

「…はい、お義兄さん。」

 

俺が声を掛けると綺凛ちゃんが反応し手元に置いていた《千羽切》を手に持ち立ち上がった。

 

「お二人とも…頑張ってください。」

 

クローディアに声を掛けられ見送られる。

他の三人が不安な表情を浮かべているのにこいつだけは自信満々な表情を浮かべているのが印象的だった。

まぁ、負ける気はさらさら無いが。

 

「……」

 

薄暗い通路を二人並んで進むが会話がない。…まぁ当然と言えば当然か。

ふと表情が固くなっている綺凛ちゃんへ声を掛けた。

既にクローディア達とのやり取りを終えてステージへ向かっている。

 

「緊張してる?」

 

無言からの突然の声掛けに驚いたようだ。

声が少し上ずっている。

 

「え、あ、はい…その…」

 

「?」

 

頭に疑問符を浮かべていると突然頭を下げられてしまった。

 

「わたしがここまでこれたのも自分の意思で父を…助け出せる道を探すことが出来たのはこれも全部お義兄さんのお陰です。」

 

頭を下げる綺凛ちゃんの肩に手を置いて頭を上げさせる。

 

「いいや。ここまで来たのは選び戦ってきたから歩めた順路だよ。俺はその道案内をしたに過ぎないし。」

 

「でもその道はお兄さんが選んでくれたものであって…。」

 

「あのな…その手段を取ったのは綺凛ちゃんだ。…それにまだ準決勝の前だからどっちが勝つか何てのはまだ分からない。仮に感謝の言葉をくれるってのなら勝ってからにしてくれるか?」

 

「…はいっ。お義兄さん。」

 

そう告げる綺凛ちゃんの表情は和らいでいた。

 

「緊張は解れたみたいだな…行くとしますか。」

 

「あ、ま、待ってください!」

 

そうして会話もそこそこに控え室から出てステージへ続く道を歩く。

ステージへ続く通路を綺凛ちゃんが追いかけるように俺の後に続く。

入場口が見えてきたところで二つの人影が視界に入る。

逆光になっているため顔はよく見えなかったがその輪郭から想像するに二人の女性だろう。

それは俺がよく知る人物達だったからだ。

 

「やぁやぁ《戦士王》ひっさしびり~」

 

一人は白衣にポニーテールに胸元が自由になっているエルネスタ・キューネが明るく話しかけてくる。

隣にいるカミラ・パレードが此方にチラリとエルネスタに目線を向けていた。

まるで”手短にしろ”と言わんばかりだ。

しかし、時間もないのも事実ではある。

 

「久々だな博士。調子はどうだ?」

 

「いやいやー好調ですよー?うん、随分と程度の低いリーグに入れられて腕の立つ相手がいなくて未だにアルディが決めた”一分間なにもしない”ってのを破られなくて観客達からそろそろブーイングが飛んできそうでこわいんだよねー。」

 

「自業自得だろ…そもそも擬形体にステージの防御機構を縮小化して組み込むのが無謀だろそれ。貫通できる奴いないんじゃないか?」

 

「…ほほう?やっぱり気がついていたのかい?」

 

その表情が一瞬不敵な笑みへと変わるのを見逃さなかった。

 

「まぁ俺も技術者の端くれ…アルディとリムシィはいい意味で機械っぽくないな。」

 

「へぇ…君は彼らをそう言う風に思ってるんだ。」

 

「まぁな。それに博士とは少し話してみたいことがあったからこの試合が終わったら見て欲しい開発してるものがあるんだが…。」

 

「え、なになに一体どんなものかなー?」

 

意外…というような表情を浮かべていたが特段おかしな事ではないと俺は思っている。

俺が今開発している《自立稼働兵器》、その事を告げようと思ったが長身の女性…というかカミラがこちらに近づき割って入り俺が沙々宮から預かった武装について”少し誤解していた”ということを告げられたがすぐ直後に沙々宮に告げた言葉を撤回する気はない、と好戦的なことを言われた。

流石に俺にじゃなくこの武器の持ち主に言われたことだが癪にさわるので完膚なきまでに”認めざる得ない状況”に持っていこうと今決意した。

 

「それはこの武器の本来の持ち主に言え…と言いたいが今俺が使ってるから俺が答えるわ。”そっちこそ首洗って待ってろ”ってな。」

 

踵を返すカミラが一瞬ピクリと反応を見せたが止まること無く奥の通路へと歩みを進めていた。

残ったエルネスタはいつものようにニハハ、と笑っていた。

 

「《戦士王》もいうねー!それじゃうちの子達をよろしく頼んだよー!君との戦闘データはきっと貴重なものだからわたしもたのしみなのさー!楽しんでね二人とも!あ、それと《戦士王》がいっていた”見せたいもの”って言うのも気になるから試合が終わったらおしえてねー!」

 

そう言って子供のように大きく手を振って早足で通路の奥へと消えていた。

 

「まるで嵐のような奴だったな…」

 

「はい…試合前に少し疲れちゃいました。」

 

苦笑いを浮かべる綺凛ちゃんに向き直り声を掛ける。

 

「行こう、綺凛ちゃん…絶対に勝利しようぜ。」

 

「はいっ!」

 

「あ、その前に作戦なんだけど…。」

 

「はい……え。そんなことも出来るです?」

 

俺の提案した作戦に目を丸くして驚いているがあの博士ならやりかねないので俺がウルサイス姉妹戦時に使用した”魔法”と”とある技”を作戦に組み込むことにした。

技の方は口頭で伝えただけだったが直ぐ様に使用できそうな雰囲気だったのでやはり綺凛ちゃんは出来た子だと再認した。

綺凛ちゃんが対峙する選手は獲物的にも不利になる場合があるのでそこは確実な勝利と奇襲性を持たせるために必要なことだった。

その事を踏まえ作戦内容を伝える。

 

「……なるほどです。わかりました。タイミングはお義兄さんにお任せして私は……相手します。」

 

「OK。それで行こう。」

 

「はいっ。」

 

◆ ◆ ◆

 

『はいはい皆様お待たせしましたーっ!シリウスドーム実況役の梁瀬ミーナと解説役のチャムさんです!。』

 

『どうもッス。』

 

『えーと言うわけで鳳凰星武祭(フェネクス)の準決勝もいよいよ最後の第二試合です!星導館学園の名護蜂也選手と刀藤綺凛選手ペアと対するはアルルカント・アカデミーのアルディ・リムシィペアの激突です。いやいや楽しみですねぇ!』

 

実況と解説の子達ってミーナとチャムって名前だったんだな…なんて事を思いながらステージの定位置に付くと反対方向から同じタイミングで1機と1人が定位置に付いた。

 

解説は続いていた。

 

『「一分間手を出さない」という宣言を今日まで全ての試合でやってのけた話ッスからねー。今日の見所としては名護・刀藤選手ペアがアルディ選手の絶対防御…つまりは”最硬の盾”を破れるかがまず一つ目の焦点になるッスねー。それに今回アルディ選手達が戦うのは名護選手…彼が持つ壊劫の魔剣(ベルヴェルク=グラム)は如何なる防御を貫通する”破壊の力”とも言うべき|純星煌式武装ですから正に二人は”矛盾”ッスねー。』

 

まぁ実際にアルディが使用する防御…光の壁がいつの間にかネットで”絶対防御”という呼び名が広まったらしい。

まぁその名に恥じず今のところの試合でアルディは傷一つ付けられていないのだ。

だからこその”絶対防御”…だが《壊劫の魔剣》は破壊の概念を持っているので俺が本気で星辰力を込めると打ち破れるだろうが…。

 

そんなこんなでやっぱりアルディは大声をあげた。

 

「ふはははは!ようやく相合みえることが出来たぞ名護蜂也!我輩はこの時を待ち望んでいたのである!」

 

やっぱり感情豊かだよなぁ、と感心していると話は未だ続くようだ。

 

「貴君等のことは常々マスターより聞かされていた。我輩達により良い経験を与えてくれる好敵手だと!それ故に我輩は期待している!」

 

「よく喋るな本当に…。」

 

アルディがまたしても喋り掛けようとしていたがアルディの頭部が少し揺れ金属がぶつかる音が聞こえたがそれは隣にいるリムシィがアルディに対して拳銃型の煌式武装で撃っていたからだ。

 

「…試合前だというのにお喋りが過ぎますよこの木偶の坊が。良いですか?あなたは只でさえ図体がでかく燃費の悪いのですからそのくらい自重しなさい。それが出来ないなら自爆しなさい。」

 

反論しようとするアルディを脅すように手に大きな銃型の煌式武装を展開しその口を閉じた。

リムシィが此方に向き直り口を開く。

 

「この木偶の坊の言うように私どもはマスターより貴殿方の聞かされておりましたので不本意ですがこの隣にいる木偶の坊と同じです。今までトーナメントで対戦してきた選手達のように直ぐにやられないようにお願いします。」

 

丁寧な口調だが何処か刺があるのはそれも愛嬌、ということにしておこう。

やはり当然ながらアルディのあの誓約が告げられた。

 

「聞くがよい!今回も貴君等に一分間の猶予をやろう。我輩達はその間、決して貴君等に攻撃を行うことはない。存分に仕掛けてくるがよい!」

 

その自信満々に言い放つその台詞は人間以上に慢心、いや自信があるのだろう。

とても人間のように見えた。

隣にいるリムシィは表情は薄いが若干広角が下がっているのが見てとれて内心では呆れているんだろうな、と感じてしまい余計に人間臭く感じた。

その宣言を受けとり俺は隣にいるパートナーへ視線を投げると了解した、と頷いた。

 

「了解…んじゃ手筈作戦通りに。」

 

「はいっ。」

 

俺の言葉に頷き綺凛ちゃんは《千波切》の鯉口を切り俺はホルダーから沙々宮から渡された銃型の煌式武装と《壊劫の魔剣》の発動体を取り出し起動させ星辰力に反応し万応素による刃が形成され紫電が飛び散る。

何時ものように俺が《グラム》へ憑依し入れ替わる。

そこからは何時ものような口上とパフォーマンスを行い会場を沸かす。

それから程無くして準決勝試合開始を校章が告げた。

 

「《鳳凰星武祭(フェネクス)》第二試合準決勝、試合開始!」

 

試合開始のブザーが未だ残響として残っているときにその当然対策されているであろう”絶対防御”とやらを打ち破ろうと動き出した。

その傲岸不遜な態度を崩す一撃を与える。

 

「……はっ!!」

 

構えた《壊劫の魔剣》を振り抜きステージ上で爆音と閃光が轟いた。

当然ながらAIによる自動判断による防御機能が発動するだろうがそれが仇になることを俺は知っている。

回避を選択しなければならない場面で自分で誓約を課したアルディとそれに巻き込まれたリムシィは動くことは出来ない。

腕を前で組んで微動だにしない。

 

「ふむ、やはり名護蜂也…貴殿とその攻撃が来ると思っておったぞ…だがお主のその技は我輩には通じぬ!」

 

しかし、アルディとリムシィは動かない、と宣誓していた場所から動かざるをえなかった。

何故なら直撃した場合破壊された可能性があるからだ。

俺が放った『影技・遠雷遥』を当然対策をしているだろうが前試合やバラストタンクエリアで見せた…というか後者は監視していただろうから”あえて出力を落としていた”のだから。

 

星辰力を少しばかり込め放たれる雷撃が一回り太さを増す。

その時だった。

 

「ふははは!無駄であ、」

 

ピシリ、と何かのひび割れる音が聞こえたものには聞こえただろう。

 

「っ!今すぐ避けなさいアル」

 

その音に反応できたリムシィが声を荒げ切る前に目の前に展開されていた絶対防御が砕け散る。

それ同時に《壊劫の魔剣》に二射目の速射《遠雷遥》をチャージし速射する。

それは絶対防御が砕かれたことへの反応か、それとも反応しなければやられるとの判断だったかはわからないがアルディはハンマー型の煌式武装を出現させると激突し甲高い金属音が響き渡る。

体格差は当然アルディの方が有るのだが奇襲を掛けた俺は敢えて涼しい顔で《壊劫の魔剣》でその攻撃を防ぎ弾く。

 

「むぅ…っ!」

 

その弾いた隙を見逃すことはなく校章を狙った一撃だったが寸でのところで回避されてしまい胸部部分を浅く切り裂く程度にとどまり後方へと下がる。

 

アルディが一分間の縛りを課していたがその時間は1分に満たない”三十秒”であり動いてしまったことへの唸りか俺に攻撃を防がれ一度も傷つけられなかった胴体へダメージを受けたことなのかはわからないが悔しがっているのは見てとれた。

 

『おっとー!?アルディ選手から攻撃を仕掛けたぁ!時間はアルディ選手が宣言した1分から半分の時間の三十秒です!未だ1分は経過しておりません!そして今まさに”絶対防御”が打ち破られた瞬間です!』

 

その瞬間に観客席が多いに沸き立つ。

 

「ふははははっ!流石である名護蜂也!やはりマスターが認めただけの男だけはあるな!よもや我輩の防御を貫通させて傷を付けるとは!」

 

「此方の台詞だアルディ殿…結構本気で放った筈なのだが…ふっ、次はその校章を切り裂こう。」

 

いつもの構えを取り踏み出すと同時にアルディも手にしたハンマーを構え駆け出す。

 

「来い、名護蜂也!」

 

互いの獲物がぶつかり合いそうになるがここには俺だけでなくそれぞれにもう1人づついる事をお互いに忘れてはいない。

 

「綺凛殿!」

 

「わたしも居ることを忘れては困ります。」

 

俺の背後で準備していた綺凛ちゃんは《千羽切》でアルディに切りかかるがリムシィのもつ手を変形させた大型の煌式武装の弾丸が襲いかかるが手にした武装で切り裂き俺とのすれ違いざまに空いている片手で綺凛ちゃんと《千羽切》を対象とした複数の魔法を発動し入れ替わる。

 

アルディの目の前には振り下ろしたハンマーをいなすように受け止め日本刀で弾く綺凛ちゃんと追撃を仕掛けようとした銃による射撃を連続展開した《フラッシュエッジ》で全て対消滅させ立つ俺の姿があった。

 

切っ先をアルディとリムシィに向けるように構え俺と綺凛ちゃんの声が重なる。

 

「「本気で」「来るがいい」「来なさい」」

 

◆ ◆ ◆

 

一発の当たれば一撃で相手をこれまでの試合で伸してきた銃撃を只の日本刀で切り裂いて土煙が舞い上がり互いの姿を消していた。

 

「…成る程、流石に星導館学園序列一位の事だけはありますね刀藤綺凛…ですがその地位は名護蜂也の方が相応しいのではないですか?」

 

序列一位にありながら手に持つ獲物は純星煌式武装ではなく只の日本刀…名護蜂也のように《魔術師》でもない目の前に辛辣な言葉を投げ掛ける。

煙が晴れ一定の距離を取って銃を構えているリムシィが正眼の構えを取ったままの綺凛へ話しかける。

どちらとも互いの獲物を構えたままなのは当然であった。

綺凛は苦笑いを浮かべていたが。

 

「それはわたしも常々思っていますけど、ね……参ります!」

 

リムシィからの感想にむっとすることなく逆に納得しているような素振りを見せる綺凛だったが土煙が晴れて視界が良好となり直ぐ様駆け出す。

それと同時にリムシィが手に持つ巨大な銃型の煌式武装で攻撃を仕掛けてくるが綺凛の持つ《千羽切》の流れる剣閃により全て切り落とされその距離を縮められていた。

擬形体であるため表情は人間に近いがはっきりと現れることは無いが苛立っているようにも思えた。

迫り来る弾丸を連撃で押さえていた綺凛は流れるような連続攻撃に”突き”を入れた。

 

「なに…っ!」

 

リムシィは目の前にいる綺凛の星辰力の活性化を関知し状況で危険、だと判断し手にしていた銃型煌式武装を手放しその場からの回避を選択した。

 

次の瞬間に青色の閃光がリムシィのいた場所と銃型煌式武装を飲み込み破壊した。

しかし完全には避けきれなかったのか腕部分の装甲が閃光により破損してしまっていた。

 

その光景を見て問いかける。

 

「…なんですか今の攻撃は。我々のデータにない…それは名護蜂也の。」

 

突きを放った綺凛の《千羽切》からは視覚化された星辰力の青い稲妻がパチリ、と音を立てている。

 

「ええ。此はお義兄さんに教わった技です。又の名を『影技・春雷遥』…まぁわたし版の『遠雷遥』ですかね。宗家の人間が我流技を使うのは可笑しな話ですが…ね。」

 

再び正眼の構えに戻り完全にリムシィの虚を突いた形になる。

綺凛の回答に何時も通りの無感情さを現しながら反応した。

 

「どうやら先程の問いかけは不適切でしたね。撤回させていただきます。刀藤綺凛。しかし…なぜわたしは貴女の攻撃を避けきれなかったのでしょうか。」

 

そのままの表情で謝罪の言葉を掛けているが言葉とは裏腹に高圧的である。

しかしそれは機械ゆえの感情を出力する部分が未熟なのかもしれないと綺凛は判断した。

構えを解くことなく語った。

 

「それは貴女が機械であるからです。」

 

「どう言うことでしょう?」

 

理解できない、と言わんばかりに少し首を傾げるリムシィ。

 

「まぁ…簡単に言い表すのなら…」

 

綺凛はハッキリと言いきった。

 

「リムシィさん…いやあなた達には自分達が優秀であると自負し相手を下に見る傾向と…圧倒的に戦闘経験値が足りていないからです。」

 

正眼の構えのまま綺凛は駆け出しそれに対応するようにリムシィも新たに武装を呼び出し射撃する。

 

「なるほど…よくわかりました。確かに今までわたしたちと比べ程度の低い選手達と戦ってきたことからの驕り…なのかもしれませんね刀藤綺凛。マスターより与えられた命とこの装備を破壊された屈辱を味わうことも出来るのも一重にマスターが人格と感情を与えてくださった故…成る程これが”悔しい”と言う感情ですか…その思い確かに心に刻みました。ならばその感情を教えた貴女には…」

 

射撃をしながら背面にある大型ユニットが起動し高音を響かせながら緑色の粒子が膨れ上がり勢いよく飛翔した。

 

「ならばこそ全力でお相手するまでです。刀藤綺凛。」

 

『おおっとー!?リムシィ選手が飛んだぁーっ!飛びました!』

 

『背中のあれは飛行ユニットだったんッスねー。飛行能力を使える《魔女》や《魔術師》は居ますけど試合で十全に使えるか、と言われれば難しいでしょうね?十分に訓練を積まなければ扱いも出来ないッスから…っと言いたいところですが現にリムシィ選手はまるで鳥のようにステージを縦横無尽に駆け巡っています。』

 

「……っ!」

 

空中でのリムシィの動きは正に”水を得た魚”状態であり自由自在に飛び回り綺凛は斉射される光弾を刀と身体技能を最大限に発揮し潜り抜けるが当然の事ながら攻撃は当たらない。

遠距離攻撃の『春雷遥』も足を止めなくては発動できないため宙に浮かび飛び回るリムシィを捉えることは不可能に近かった。

 

が、しかし。

 

「厄介ですね…飛び回れると言うことは。」

 

光弾の嵐を《連鶴》で切り裂き宙に浮かぶリムシィを見上げる綺凛の表情は絶望ではなく不敵な笑みを浮かべていた。

 

「諦めましたか?…では終わりです。」

 

立ち止まった所を見たリムシィは銃型煌式武装を構え大砲のような一撃を綺凛目掛け発射した。

当たれば一撃で意識消失まで持っていかれるその攻撃に対して綺凛の取った行動それはリムシィからしてみれば不可解な行動だった。

 

「…!」

 

綺凛は迫り来る光弾に突っ込むように武器を構えて突撃したからだ。

 

「はっ!」

 

当然ながら綺凛は攻撃に巻き込まれステージの地面が抉れ瓦礫が飛ぶ。

その爆心地地点に綺凛の姿は無かった。

 

「居ない…?彼女は何処へ……っ!」

 

その事を認識した瞬間に背面の大型ユニットの片側が破壊されリムシィはその姿勢制御を保つことに精一杯になる。

 

「なっ…!」

 

背後を振り向くと宙に浮かぶ綺凛が刀を振り下ろし大型ユニットの飛行モジュールの片側を切り裂いていた。

更に舞い上がる瓦礫に器用に着地し”あの突きのポーズ”を構えていたのを見逃すことは無かった。

 

「『春雷遥』」

 

その剣先より放たれた星辰力を凝集した青い閃光を万全な状態な大型ユニットであれば回避できただろうが今はそれは叶わない事を判断し咄嗟にリムシィは装備していた堅牢な銃型煌式武装を盾にする。

その瞬間に凄まじい爆発音がステージに響き渡った。

 

◆ ◆ ◆

 

「はっ!」

 

「ぬぅん!」

 

俺の《壊劫の魔剣》とアルディのハンマー型の煌式武装が激突するが此方の方の弾性が高いため砕かれることなく押し込む。

突きを起点とした連続攻撃…『連鶴』を叩き込む。

 

「ぬぉっ!?」

 

しかし、そう簡単に攻撃を通さないぞとアルディがハンマーを用いて跳ね上げ此方の攻撃を防ぐがそれだけでは終わらないと俺は巨体ゆえの死角となる脇部分へ潜り込み逆袈裟からの連続攻撃を叩き込むが障壁が発動するものの出力を割増しした《壊劫の魔剣》の黄金色の剣閃が障壁を切り裂きその巨体に確実な傷を付けていく。

だがそれで終わる筈もなく流れるように斬撃が叩き込まれ魔法による光輪が絶え間なく浴びせられアルディはその光輪を障壁で防がざるえない状態になっていた。

 

障壁の防御無視する《壊劫の魔剣》に校章を狙う正確な《光輪》の連携にアルディは翻弄されていた。

片方に気を取られれば魔剣による攻撃で機能不全に陥り光輪を疎かにすれば校章が切り裂かれてしまう。

二者択一を選ばされている状況の攻防に息を飲む観客席と実況席も大盛り上がりであった。

 

『此方では名護選手のものすごい連続攻撃が続いております!更に更にぃ!《魔術師》としての能力を解放しあのアルディ選手が反撃することが出来ないのか防戦一方、辛うじて防いでいる状況が続いています!』

 

『名護選手は刀藤選手を直系の弟子としているようで刀藤流剣術を納めているらしいッスけど…ここまで見事な”連鶴”は師匠である刀藤選手にも引けを取らないほど見事なものッスねー。』

 

『当然である。この他にも主が”とっておき”を持っていることを…』

 

試合の最中に脳内で《グラム》が解説席にいる実況を聞いて自慢げにしていた。

 

『余計なこと言ってないで試合に集中しろやこのポンコツ……来るぞ。』

 

脳内での会話を繰り広げつつ繋ぎ手の型を組み合わせ、途切れない連続攻撃をアルディの発生させる障壁を切り裂きながら叩き込みその巨体に傷跡を刻み込む。

教わった当初は連続でも五つの型を繋げるだけで精一杯であったがこの鳳凰星武祭開催前には息が続く限り連続した攻撃を叩き込むことに成功していた。

 

しかし、目の前の機械の巨体を持つ選手は豪快な笑い声を上げている。

 

「ふはははは!恐ろしい程の剣の冴えであるな!名護蜂也!我輩が機械であるゆえか一切の容赦がない…《戦士王》のその二つ名に恥じぬ業前よ!我輩が反撃の糸口を見出だすことも出来ずに追い込まれるとは!」

 

障壁を切り裂きながらも紙一重で(グラム)の猛攻を凌ぎつつ楽しそうに笑っていた。

 

「だが良いぞ!良いぞぉ!これが高揚と言うものか!堪らんな!貴公も分かるであろう?その一太刀、一太刀を凌ぐごとに我輩は成長し進化していることを!素晴らしい!貴公は最高の師である!」

 

「そうか…ならばこれは避けきれるか?」

 

袈裟懸けから逆袈裟への抉るような突きを繰り出し《遠雷遥》を繰り出し予測をしていたのだろうがその出力ゆえに突き出したハンマーがの一部が溶解しアルディの脚部部分の装甲を焼いて行く。

俺は意識消失を狙った一撃だった筈だが学習をしているのか仕留めきれなかった。

 

『主よ。アルディ殿は人間の選手よりも厄介だぞ?』

 

『ああ。流石は博士が産み出した傑作かもしれんな…そろそろ不意を突けなくなるかも知れん。』

 

『ならば…!』

 

『正面から斬るぞ。』

 

『応っ!』

 

一度見た技を学習しその場で対応出来るのは人間では出来ない機械ならばこその柔軟さは驚異だった。

そのうち俺が振るう繋ぎ手も対策されてしまうだろう。

 

「だがしかぁし!、いかに破格のデータを収集しているとは言えここうも一方的なものは少々面白くないものがあるものだっ!」

 

アルディはそういうと無理矢理にその質量差がある体をぶつけ俺を跳ね飛ばしてきた。

それには俺も咄嗟のことで対応できず少し後ろへ押し込まれる。

 

「くっ!」

 

その瞬間にハンマーを大きく振りかぶる。

が俺は既に体勢を整え《壊劫の魔剣》で”連鶴”を発動し振り下ろされるハンマーを受け流すことはせずに出力任せに弾き飛ばし横へ回り込み振り下ろした瞬間の隙は大きいものだ。

いくら精密な動きを出来る機械といえどもこの攻撃は回避出来ないだろう。

 

「はぁっ!!」

 

校章を狙える位置にいた俺はアルディの校章目掛け《壊劫の魔剣》を振り下ろす。

 

「それは不味いな!…だが良いぞ!存分に参られよ!」

 

「なっ…正気か!?」

 

その一撃を避けるのではなくアルディは自らの頭部を差し出し校章を守るために受け止めた。

手にした純星煌式武装は容易に金属を切り裂けるほどの威力があるが咄嗟にアルディは受け止めると決めた頭部に障壁を多重展開していたようでその一撃を受け止めていた。

しかし腐っても《壊劫の魔剣》は純星煌式武装、完全に受け止める、と言うことは出来ず頭部に大きな傷跡を残しダメージがあったのか少しよろけて回避するために頭を振って俺を後方へ押し飛ばした。

 

「まさか頭で受け止めるとは…人間には出来ない機械の身体だからこその防御方法であるな。」

 

距離を取って普段の構えに戻りそのような行動を取ったアルディに称賛…と言うよりも呆れた声を掛けると豪快に笑っていた。

まさかこの形で《壊劫の魔剣》の一撃を防がれるとは思っても見なかったからだ。

 

「ふははははっ!確かに人の身であれば今の一撃で勝敗は付いていたであろうな!だが我輩の身体は機械!頭部も一つのユニットに過ぎず故障すれば交換してしまえば問題はない!貴公は我輩に人間の常識を当て嵌めていたようであったな!」

 

「当方も返す言葉がないな…人間と言う生身の身体の常識を当て嵌めてしまっていたようだ。」

 

この目の前の自立稼働兵器は水を吸うスポンジのように俺との戦闘経験を吸収している。

長期戦になれば此方が不利になるかもしれないと俺の脳内の片隅で警鐘をならしていていたのを苦笑し手に持つ発動体の柄を握りしめた。

 

『主よ、次で決めねば面倒なことになりそうだ…”あれ”を出すか?』

 

『ああ。そろそろ良いかもしれん…てか厄介だなアルディ。』

 

『それには同意見であるが…ふっ。』

 

『どうした?楽しくなったか?』

 

『肯定しよう』

 

『んじゃまぁ…行くぞ。』

 

「さて、我輩もよいデータを頂戴した礼をしなければな。」

 

眼前にいる斬り付けられた部分を確かめるように撫でるアルディ。

そこは前頭部部分…眉間に近い部分に右から斜めに真っ直ぐな傷跡が走っている。

 

「礼…?『礼…?』」

 

訝しげに俺も聞き返してしまったがアルディは胸を張ってこう言い放った。

 

「ふっふっふ…さぁリムシィ、今こそ”アレ”を発揮する時である!!!」

 

そう自信満々に言い放った次の瞬間に眩い閃光が迸り思わず俺達は直前までの行動をキャンセルされ目を覆う。

閃光が収まると同時に物音が響き渡り確認するために俺と綺凛ちゃんは手を外し目を疑った。

 

「なんだと…?」「どう言うことです…!?」

 

ソコには装甲が外れ薄手になったリムシィとその外装と強化ユニットを装備したアルディが立っていたのだった。

 

「さぁ!ここからが本番である!」



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壊劫の天撃(ベルヴェルク=グラム)

お久しぶりです。
別作品とかに投稿してたりしたので遅れました。申し訳ない。

やっとこさ準決勝終了します。
次ぐらいで《鳳凰星武祭》が終わりかな…かなと。
それではどうぞー。


時間はアルディが本来の姿になる前まで遡る。

 

「仕方がありませんね…貴方の指示でこれを使うのは非常に不愉快ではありますが。」

 

綺凛ちゃんと戦闘をしていたリムシィは離脱しアルディと合流した。

俺と綺凛ちゃんも合流する。

 

「すみませんお義兄さん…いやグラムさん?」

 

「普段通りで構わぬよ綺凛殿…さて。」

 

対面には2機が揃い会話をしているが警戒を解いてはいない。

 

「むっ?随分とボロボロであるなリムシィ。」

 

アルディの隣に飛翔しホバリングしているリムシィ。

しかし綺凛ちゃんと戦っていたリムシィであったがその躯に備え付けられていた筈の背面のユニットは片方が切り落とされ腕に装着していた武装は斬り落とされ見るも無惨な姿になっており現にホバリングも少しふらついている。

正に”満身創痍”と言うのが正しいだろう。

これは綺凛ちゃんに随分とボロボロにされたのが見て取れる。

アナウンスされていたので分かってはいたが綺凛ちゃんに飛行魔法をエンチャントしておいて正解だったと俺は思った。

 

それに俺が教えた《遠雷遥》もぶっつけ本番だったがうまく使えてくれたようだ。

 

「それを言うなら此方の台詞ですアルディ。そちらも随分と《戦士王》に可愛がられたようですね。」

 

お互いの損耗具合を見てそう判断したのだろう。

アルディは楽しそうに笑い出す。

 

「ふはははっ!お互いに満身創痍と言うやつだな!…だがここで出し惜しみをすれば我輩達は負けるであろうな。そう演算結果…いや”勘”と言うやつだ。」

 

アルディの瞳が鋭く輝いた。

その問いにリムシィはため息を付いたわけではないが変わらない表情で不承不承と言った感じに了承した。

 

「…癪ではありますが貴方の意見を受け入れましょう。その前に…時間稼ぎを。」

 

そういって半壊している大型の銃型煌式武装を此方に向けて発射してきた。

恐らくはそのための準備であろうアルディの言っていた”アレ”と言うのが気になるが今は回避を選択するしかない。

綺凛ちゃんにアイコンタクトで今からすることを伝えると前衛と後衛で分かれる。

俺が後衛で綺凛ちゃんが前衛だ。

互いに走り回り弾丸を刀と複数展開した光輪が切り裂いていく。

 

『なんと名護選手と刀藤選手が光弾を切り裂いていきます!本来なら凄まじいスピードで当てることさえ不可能な筈なのに被弾せずに切り裂いていきます!もうなんなんでしょうねこのペアは!?』

 

いや、そんなこと言われても…と思ったがリムシィは無事な別の銃型煌式武装を取りだし威力の低い攻撃に取られ過ぎていたようでチャージが完了した大砲を発射していた。

 

「ルインシャレフ…最大出力(マキシマム)

 

空間が歪みそうになるほどの爆発的なエネルギーが銃口に集まる。

 

「紗夜殿借りるぞ!」

 

俺はここで綺凛ちゃんと入れ替わった祭に片手に沙々宮から借り受けた銃を取り出しておりチャージは既に完了している。

言葉を借りるならこうか。

 

「ー発射!」

 

「貫く!」

 

リムシィの片腕に臨界していた光の奔流と俺のヴァルデンボルトの圧縮された重光弾が放たれ中間地点で拮抗する…と思われた。

 

「なっ!?」

 

しかし俺が放った弾丸の方が強いのかリムシィが放った閃光は飲み込まれ迫る。

それを見たリムシィは回避を選択するが遅い。

このままでは飲み込まれる…筈だった。

 

「ーーっ!」

 

次の瞬間にステージは閃光に包まれ大爆発が起こりその衝撃に観客席から悲鳴が上がり爆炎と爆風が収まりその中心地に苦悶の表情を浮かべ片膝を付いていた。

両手に持っている装備はひしゃげて破壊され使い物にならないだろう。

 

(ちっ…借りてたこいつもお釈迦だな…すまん沙々宮。)

 

しかし、役目を終えた借りていた大砲は粉々に砕けて使い物にならない。

これではマナダイトも砕けてしまっている事だろうと貸してくれた沙々宮に謝罪する。

持っていた発動体を投げ捨て再び《壊劫の魔剣》を励起させる。

バチり、と紫電が飛び散り正面に向き直るとリムシィの半身を守るように薄い光の壁が揺らめいていた。

直撃した筈の攻撃で無事だったことに綺凛ちゃんが反応を見せる。

 

「あれは…」

 

「成る程な。アルディ殿の障壁か。」

 

「ふはははっ!間一髪である!準備は整った!いくぞっぉぉぉぉ!」

 

「…相変わらず煩いですね…行きますよ。」

 

「そらこい!」

 

「させませんっ!」

 

そう告げるとリムシィの装備が外れアルディ上空に飛び上がりビーコンによって誘導され躯に装着されていく。

不味い、と思った綺凛ちゃんが宙に浮くリムシィに攻撃を仕掛ける。

 

「カミラ・パレード、校章破壊(バッチザブロークン)

 

振り抜かれた一刀が校章を切り裂く。

リムシィの校章が破壊されたが発せられた音声はカミラの物なのは代理出場しているからである。

 

「ここまでですか…ですが…!」

 

校章は破壊されたが目的は達成できたと満足げな表情を浮かべるリムシィ。

その答えはすぐ現れた。

 

リムシィから飛翔しアルディから発せられた誘導のビーコンがパーツと合わさり上空からステージを粉砕しながら着地し煙が舞い上がる。

その隙間か躯の分割装甲部分よりマナダイトの青白い光が漏れ出す。

煙が晴れた瞬間にその隙間より眼光が俺達を射貫きその姿が露となる。

 

「が、合体した……!?」

 

「……!?これは…『博士お前…。』む、主…?」

 

唖然とする綺凛と《グラム》。そして震える俺達に対して誇らしげに言い放った。

 

「ふははははは!これぞ我輩の真の姿である!」

 

第二ラウンドを告げる威容が姿を現す。

だがその前に一言言わせてほしい。

 

『博士…あんた最高だよ!』

 

『そこなのか主よ…。』

 

◆ ◆ ◆

 

同時間、アルルカント・アカデミー生徒会専用観戦ブース。

生徒会用の観戦ブースだったがそこは今二人の少女が居るだけで寂しいものだった。

 

「あーやっぱりあの機能を使わないといけない程追い詰められちったかー。まぁそう簡単に星導館のあの二人…特に《戦士王》を押さえるのは難しいよね。」

 

「…そしてその機能も万全ではない、と来たか…。現にユニットが破損し出力は素体に比べればかなり向上しているが…本当に大丈夫なんだろうな。」

 

エルネスタは椅子に胡座を掻いて座り隣に座るカミラは苦い顔を浮かべている。

 

「シミュレーションじゃ問題はでなかったんだから大丈夫だって。それを言うならカミラのルインシャレフが力負けしちゃったからでしょー?」

 

「そ、それは…」

 

痛いところを突かれ狼狽えるカミラ。

 

「まぁまぁそれに《疾風刃雷》がまさかの飛び道具を使えるようになってるとはねー。このエルネスタの目を持ってしても見抜けなかったなかったわー。…だからこそ勝つためにはアレは仕方なし!じゃないかな?」

 

「はぁ…。」

 

この上なく嬉しそうに瞳をキラキラさせているエルネスタにカミラは大きく溜め息を吐いた。

 

「わからないな。何故この状況で笑っていられるんだお前は…状況は決して明るくはない。有利とも言いづらいのに何故お前はそんなに嬉しそうなんだ?」

 

「だってだって~あの子達ってばビックリするぐらいの凄まじいスピードで成長してるんだもん。いやーあたしの予想なんて完全に越えちゃってるわよ。凄すぎるー」

 

椅子の上でバタバタさせながら楽しそうに言う。

 

「この上でアレを制御しきったらどうなっちゃうかなー。それにここまで短期間であの子達を感情豊かにしてくれた二人…特に”蜂也君”には感謝しかないかなー?」

 

窓ガラスの向こう側に居る蜂也に対しエルネスタは嬉しそうな表情を浮かべていた。

 

◆ ◆ ◆

 

合体したせいか先程まで対峙していたときよりも重量感…厳つく堅牢な姿へと変わった。

しかし、先程までユニットの一部であったリムシィの大口径の煌式武装と背面の大型ユニットは破損し欠損しては居るが驚異には変わりない。

《瞳》越しにではあるが出力が通常時に比べれば5倍弱に増えていた。

 

「さぁ、どうであるか!威容を増し、貫禄を深めた我輩のこの姿は!」

 

アルディが自慢げに胸を張る。

 

「威容が増したのは分かるが…貫禄はないぞ。」

 

「貫禄は年を重ねて出るものなので…」

 

「む、そうだったか。また我輩は学習したぞ。」

 

その事に俺達が突っ込むと腕を組みうんうんと頷いていたアルディは物分かりが良いのかも知れない…?

 

それはさておき出力が増えたと言うことはその分障壁の強度も上がると言うわけで

綺凛ちゃんの持つ通常の武装や煌式武装では流石に歯が立たないだろうな…純星煌式武装(オーガルクス)無しでは相手をしたくないわ普通に…。

 

「ふはははは!何処からでも掛かってくるがよい!遠慮は要らぬ!」

 

アルディは手にしたハンマーを軽々と振り回し石突を地面に突き刺すとそれだけで地面がえぐれ陥没する。

その場面を見た綺凛ちゃんは刀を手に警戒を最大にする。

どうやらそれは言葉にしなくとも俺のパートナーは汲み取ってくれたらしく助かる。

その反応に俺は頷いてどう行動したものかと思案しているとふとアルディの隣にいるリムシィが視界に入った。

 

「………///」

 

俺の視界に入ったリムシィは試合開始の時のままのメタリックなボディースーツなのだがアルディに装備を譲渡したせいで特に下半身部分が寂しいことになっており表情は変わりないのだが少し頬に朱が入って手持ちぶさたそうに手を前でモジモジさせていた。

 

『む、主よ。リムシィ殿の事なのだがアレは…』

 

《壊劫の魔剣》もどうやら気がついたらしく俺に告げる。

 

『ああ。どうやら普通の女の子よろしく…やっぱり恥ずかしいんだろうな…仕方ねぇ…。』

 

『うむ。その方が良いだろう。(主の事だあの四次元ポケット的なアレから躯を覆う衣服を…)』

 

その脳内会議を終えてアルディが動き出す前にグラムから俺へ変わる。

 

「ちょっとタイムだ。アルディ。」

 

「む?どうしたと言うのだ?」

 

疑問に思うのは仕方ないがこれは俺が試合に集中できなくなってしまう。

タイム、と言ってアルディ達の場所へ近づく。もちろん装備は一旦ホルダーに仕舞う。

その行動に観客達は頭に「?」を浮かべており実況席もだった。

 

『おっとー?名護選手一体どうしたと言うのでしょうか?試合は星導館側が有利で進んでいたのですが突如としての中断です!名護選手はアルディ選手…いやリムシィ選手に近づき傍に立っていますね?』

 

「…なんでしょうか名護蜂也。今は試合中です…ってこれは…。」

 

表情の変わらない機械的な対応だったが《瞳》を持つ俺には数ミリの表情筋の変化と頬の朱が入っているのを見逃す訳がなかった。

俺は取り敢えず何も言わず着ている制服の上着を投げ渡す。

咄嗟にキャッチしたリムシィは抱き締めるように俺が投げ渡した制服の上着と俺へ視線が行ったり来たりしている。

 

「いやアルディに装備渡したから随分と薄着になってるだろお前さん…それにお前さん擬形体と言っても女性だし其処んところ…まぁあるだろうし取り敢えず着とけ。な?……ってまぁそれだけなんだが要らないなら投げ捨てとけ…って」

 

「……///あ、ありがとう御座います名護蜂也。で、ですが此れを借りだとは思いませんので。」

 

「お、おう…あと危ないから端にいてくれよな?」

 

「はい、名護蜂也…。」

 

「お、おう…(ん……?なんかよそよそしさなくなったか?)」

 

『!?……はぁ………?』

 

脳内に《壊劫の魔剣》のツッコミ…というか呆れ声が響いた。

 

『主よ…本当に刺されるぞ…?』

 

『はぁ…?なに言ってんだお前は…。』

 

『知らんぞ主…クローディア女史に《パン=ドラ》で刺されても本当に知らんぞ…?』

 

理不尽な俺の純星煌式武装に対して疑問符を浮かべるしかなかった。

 

◆ ◆ ◆

 

戻ってきた俺に綺凛ちゃんは尊敬するようなちょっと拗ねたような表情を浮かべていたがまぁ普段通りの表情で出迎えてくれた。

リムシィに制服の上着を渡したので黒のワイシャツだけになっている。

腕捲りをして準備を終えると待機しているアルディに声を掛ける。

 

「もう良いのか?名護蜂也。」

 

俺から《グラム》へと入れ替わり《壊劫の魔剣》を再び励起させる。

 

「ああ。時間を取らせたなアルディ殿。」

 

「今の我輩には全く皆目検討もつかないものだが貴殿の行動は今の装備を失ったリムシィに必要なものだったのだろう。敵であるのに相手の事を気遣うとは…敵ながら天晴れであるな。」

 

そうアルディに言われたが微妙に異なるラインの回答だったので苦笑いで返すとアルディは武器を構える。

それと同時に俺と綺凛ちゃんも武器を構える。

互いに武器を構えて動き出す様子はない。

 

「……。」「(さてどう動くか…)」

 

しかし、その均衡を破り動き出したのはアルディからだった。

 

「ぬぅん!」

 

気合いの入った一撃は地面にクレーターを作る勢いで放たれた。

その攻撃を俺達は回避した後綺凛ちゃんが一足先に飛び込みアルディへ斬りかかる。

 

「む、お主から来るか刀藤綺凛。だがそれも良し!」

 

その言葉と同時にハンマーを《千羽切》の逆袈裟で受け流しそのまま突きへ繋げ”連鶴”の流れへと至る。

アルディの反応速度は確かに上がっているようでその攻撃に対応していた。

それでも尚”連鶴”の攻撃からは逃れることは出来ない。

ハンマーと障壁を使い攻撃を捌いているアルディ。その声色は嬉しそうにも聞こえる。

 

「ううむ、やはり星導館の序列一位…素晴らしい技量だ刀藤綺凛………だがしかぁし!」

 

アルディが気合いの入った叫び声を上げると機体の各所から青白い光が噴出する。

綺凛ちゃんは構わず攻撃を続け上段からの攻撃を受け止めたハンマーをそのまま上へと弾き飛ばし綺凛ちゃん事吹き飛ばす。

 

「っ!?」

 

鍛練を積んでいる今年で十三歳になったとはいえ《星脈世代》で膂力も非常に優れたものを持っておりその斬撃の一撃は非常に重く並みの《星脈世代》であれば余程の力が有ったとしても防ぎきるのが精一杯である筈なのにそれを身体事吹き飛ばすことは尋常ではない。ましてや人間ではすることすら不可能でありそれを機械の躯を持つアルディだからこそ出来る芸当だろう。

 

「ふはははっ!まだまだぁ!!」

 

更に吹き飛ばされた綺凛ちゃんに対してアルディは追撃を仕掛ける。

《千羽切》にて受け流そうとしたもののの吹き飛ばされた直後、つまりは着地がうまく行っていない状態で体勢が悪くハンマーの質量とその速度を相殺するには時間が足りなかった。

真横より振り抜かれたハンマーが綺凛ちゃんを襲う、がそうは行かない。

俺は綺凛ちゃんとアルディの攻撃に割って入り横からのハンマーの一撃に対して《壊劫の魔剣》の腹で受け止める。

その瞬間に大気が震えるような音が響いた。

吹き飛ばされる事なくその攻撃を片手で受け止めた。

 

「グラムさんっ!」

 

そう呼び掛けられ(グラム)は軽く視線を投げて頷いて正面を見据えた。

 

「当方がいることを忘れて貰っては困るな?……行くぞっ!!」

 

受け止めたハンマーを逆袈裟で弾き返し流れるような動きで”連鶴”へ至り連続攻撃を仕掛ける。

しかし先程の合体により性能が上がっているのは間違い無いようでハンマーを傷つけるだけで切り裂くことは出来ず防御障壁も破壊することは出来るがその刃が機体に届くまでには至らなかった。

 

『固すぎるな!』

 

『出力が上がってる…お前無しでやりあうのは無理じゃないかこれ?』

 

脳内で俺と《グラム》の作戦会議が起こる。

 

『これでは通常武器しか持たない綺凛殿は辛いか?』

 

確かに俺と《壊劫の魔剣》でこの状況を作り出しているので辛いかもしれん。

 

『だが、一人で勝てる相手でもないだろ…無理はさせられん。不意をついて貰う。』

 

『仕方があるまい。』

 

『二人同時の《遠雷遥》なら流石にあの障壁もぶち破れんだろ。』

 

『む?”アレ”は使用しないのか?』

 

『アレは本当に通用しないときに使うもんだ。…”切り札”を切るにはまだ早すぎる。』

 

脳内での会議を終えて後ろにいる綺凛ちゃんへアイコンタクトを向けると分かってくれたようで《千羽切》を構え直し飛び込む。

 

「ふはははっ!やはりお主達は我輩にとって好敵手!相手にとって不足無しである!」

 

《千羽切》と《壊劫の魔剣》による”連鶴”による連続攻撃で体勢を崩し防御障壁を破壊し徐々に後ろへ押し込み突き

による攻撃で吹き飛ばす。

それを確認し互いの星辰力が剣先へと充填されていく。

距離が空いたのを確認し俺と綺凛ちゃんの同時攻撃がアルディへ向かった。

 

「遠雷遥…!」「春雷遥っ!」

 

黄金色と蒼色の閃光がアルディへ到達する。

 

「やはり来たか…!ぬぅん!!!」

 

その攻撃は着弾しステージ上では砂煙が舞い上がる。

攻撃を受けたアルディの姿は見えない。

 

「やりましたか…?」

 

「綺凛殿…それは前振りという奴だぞ…!」『綺凛ちゃんそれはフラグだから…!』

 

その時だった。

 

「ウォルニール・ハンマー発射である!」

 

「なっ…!?」「やはりか!」

 

煙を消し飛ばし巨大なハンマーの頭部分が高速射出されて俺達へ迫る。

 

「くっ………!?…きゃぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

「綺凛殿!」『ちぃ!やはりか!』

 

俺より前にいた綺凛ちゃんが回避よりも迎撃の方が早いと判断したのか《春雷遥》を発動するも溜めが不十分だったせいか青閃光はハンマーの頭部分を砕く事なく粉砕されその衝撃は綺凛ちゃんを襲った。

その衝撃は凄まじく綺凛ちゃんが防御壁へ叩きつけられる。

 

「かはっ……!?」

 

「ふむ、まさか凌がれるとは思ってもいなかったが…二度目は…ぬぉっ!?」

 

射出されたハンマーを再形成し二射目を繰り出そうとするアルディへ《フラッシュエッジ》を複数展開し牽制する。

壁へ叩きつけられた綺凛ちゃんの元へ急ぐ。

 

「綺凛殿!」

 

慌てて駆け寄り抱き起こそうとすると吐血した。

巻き上げられた破片の当たりどころが悪かったのか骨が折れて臓器を傷つけているようであった。

 

「ぐ、グラムさん…私は大丈夫です……かはっ…!」

 

「喋るな…キズに触る。」

 

今は《フラッシュエッジ》での牽制を行いアルディは攻撃に移れない。

今のうちに《瞳》で状態を確認する。

 

(肋骨を損傷…内蔵部に損傷…軽微で命に別状はなし…脚部の腫れを確認…折れてはいない…だがこの状態では戦闘は無理だな。)

 

物質構成(マテリアライザー)』で完全回復することは出来るがそれは憚れた。

これはルールに乗っ取った試合であり”殺し合い”ではない。

 

(流石にそれは卑怯だよな…)

 

正々堂々、と言うつもりはないがな。心情的にそれはしたくなかった。

 

俺は綺凛ちゃんを抱き抱えアルディからの投射射線上から離れた位置へ移動する。

壁際にもたれ掛けさせる。

 

「グラムさん…ごめんなさい。止めきれずに…。」

 

「いや、無理しないでくれ綺凛ちゃん。」

 

「お義兄さん…。」

 

「こっからは俺が何とかするからここで休んでいてくれ…気絶しないでくれってのは鬼かも知れんが…。」

 

「ふふっ…けほっ…大丈夫です。それじゃここで休ませて貰いますお義兄さん…御武運を…。」

 

「ああ。ゆっくり休んでいてくれ。」

 

綺凛ちゃんを後方に下げて歩み出す。

前方では展開していた《フラッシュエッジ》を対面できる距離にまで俺が移動すると破壊し終えて最後の一つは掴み握り潰していた。

此方の姿を視認したアルディはハンマーを構え俺も《壊劫の魔剣》を励起させ構えた。

 

「すまぬな。相方を下がらせるために少々時間を掛けさせて貰った。」

 

「構わぬ。我輩のペアであるリムシィにも気に掛けてくれたお主だからこそだ。…正直先程の光輪は厄介であったがな。」

 

「これで一対一…それでは第二幕と行こうか。」

 

《壊劫の魔剣》が唸りを上げて紫電を弾く。

 

「行くぞっ!《戦士王》!!」

 

ハンマーを装備したアルディが猛スピードで突っ込んできてその一撃を見舞う。

両手でもった《壊劫の魔剣》で防ぎそれを起点して攻防が開始された。

 

◆ ◆ ◆

 

強い。

今のアルディを言い表すならこの言葉が正しいだろう。

 

「ふははははっ!どうしたであるか名護蜂也!」

 

俺はアルディのハンマーを紙一重で回避しながら機体めがけ《ベルヴェルク=グラム》を振り抜く。

がそれは強固な防壁に阻まれ貫通はするとも機体の装甲面を浅く切り裂くのみで決定打を与えられない。

 

「ちぃっ」

 

体を守る防御壁とは別に独立した防御壁が出現して俺を吹き飛ばし宙を浮いて隙を現した所にハンマーの横薙攻撃をしてくる。

その攻撃を《グラム》の大剣の腹で受け止め上段へ吹き飛ばし胴体を無防備にする。

その隙を突いてリチャージした《遠雷遥》を胴体目掛けて放つ。

 

「(固すぎんだろっ!)ぬぅん!!」

 

「ぬぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!まだまだぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

獣のような咆哮をあげるアルディ。

装甲へ亀裂が入り青白い光を放つ。

放った《遠雷遥》の雷光がアルディへ殺到し障壁を破壊しながらその後ろにある胴体へ直撃…することなく再度展開された障壁を破壊することは出来ずに機体へ煤を着ける程度に留まってしまっている。

 

「『(合体したお陰で出力と障壁の再展開が早くなってるな。)』いくらなんでも固すぎではないか?面倒な…!」

 

《遠雷遥》を防ぎ体勢を戻したアルディのハンマーの攻撃と障壁から逃れるためにその場から移動しながら俺と《グラム》は同意見を述べていた。

どうも合体したのが本来の姿…アルディがメインユニットでリムシィがその補助ユニット…もとい暴走しないよ卯にするための制御ユニットの役割をはたしていたんだろな。

でなければ俺と《グラム》で障壁を破れない、何てことにはならないはずだからな。

こりゃ綺凛ちゃんには悪いけど”技術”はあっても”火力”がない相手には全く持って歯が立たない相手だろう。

 

「『これが本来のアルディの姿なんだろう…リミッター全開ってか?』我と撃ち合うことが出来る…と言うと」

 

ああ。アルディに使用されているコア…間違いなく《ウルム=マナダイト》だろう。

《グラム》と打ち合うことが出来るのは恐らく完全に制御をしきったか。

通常マナダイトの色は”緑”。

アルディが持つマナダイト、いやウルム=マナダイトの色が”青”色なのだろう。

それが機体の隙間…俺との打ち合いと装甲が抉られたりしたためかその部分から青白い光が漏れ出ている。

 

ハンマーヘッドを射出するアルディ。

気合いの入った一撃だったがそれを食らうほど俺も間抜けではないので回避を選択する。

回避をした部分は大きく抉られ爆発を起こす。

直撃を食らいたくない一撃だ。

 

「ふははははっ!これが我輩の力…マスターとリムシィが制御したのも頷ける…しかぁし!まだまだ行くのである!」

 

アルディは戻ってきたハンマーの頭を再び柄と連結し射出する。

連射出来んのかそれ…。

 

『どうする主?このままではジリ貧になるぞ?…』

 

射出されたハンマーの頭部が迫るなかグラムは俺へ問いかける。

…今の《壊劫の魔剣》で障壁と攻撃を捌ききれない、となれば”あれ”を切るしかないだろう。

正直あんまし使いたくなかったが…まぁ相手も”切り札”を使ってるなら此方も”秘策”を使わせて貰おう。

準備は整った。

俺たちは動き出す。

 

「『行くぞ?』応っ!!」

 

俺と《グラム》はその攻撃を対応するために”その場に立ち止まった”。

その行動に流石のアルディも驚いたようで。

 

「!?…だがこれで終わりである!ウォルニールハンマー発射ぁぁぁぁ!!!」

 

迫り来るハンマーの回転攻撃に対して切っ先を突きつけるように突き出す。

瞬間、《壊劫の魔剣》の黄金色の刀身が血の色のように紅く染まり破壊した。

 

「なっ!?…しかぁし!!」

 

驚くアルディであったが直ぐ様に攻撃体勢に移行しハンマーの頭を呼び出す。

両断されたハンマーは背面へ飛び後方で爆発を起こし俺は前方に《壊劫の魔剣》を宙に浮かせるように左手で重力制御の魔法を発動して固定し足を止めて深く腰を落とし利き腕へ引く。

そして俺はぼそり、呟く。

 

『絶技用意…。』

 

宙に固定された壊劫の魔剣(ベルヴェルク=グラム)に纏わり付く紫電バチりと音を立てて一層励起した。

 

『四色を統べる魔剣よ……!』

 

踏みしめる利き足がアルルカントの校章を踏み砕き身体から星辰力が漲り黄金色のオーラが吹き出す。

 

『その身で破壊を巻き起こせ…っ!!』

 

迫るアルディの一撃。

それに動じず破滅の一撃を発動させる為引いた利き腕を宙に浮いた『壊劫の魔剣(ベルヴェルク=グラム)』を前方にいる対象に向けて射出するようにぶち当てながら詠唱一節がステージに木霊した。

 

壊劫の天撃(ベルヴェルク=グラム)……っ!!!』

 

回転しながら凄まじい爆音を巻き上げながら射出された《壊劫の魔剣》は紫電を撒き散らしながらアルディの射出した《ウォルニール・ハンマー》のハンマーヘッドをバターのように溶かし貫通する。

 

「なんと……っ!?」

 

直ぐ様前面に複数の防御障壁を展開する、がしかし触れた瞬間に障壁がガラスを突き割るような音が響き渡り無力化された攻撃が迫る。

直ぐ様射出したハンマーヘッドを再構築し最後の障壁をぶち破った《壊劫の魔剣》を迎え撃つためにそれを下段から弾くように振りかぶる。

 

『これで決めるぞ《グラム》!』「応っ!」

 

投擲した《壊劫の魔剣》に対して俺は《自己加速術式》を発動させて到達しその柄を握りアルディに弾かれる前に上段から叩き込む。

端から見たらかなり後方にいたのに一瞬で到達して剣を振り下ろしているのだから瞬間移動しているようも見えるだろうがな。

 

「ぬぅぅぅぅぅぅぅん!そうは、させんのであるっ!!」

 

アルディの身体から放たれる青白い光がより一段と輝きを増す。

しかしその輝きを掻き消すが如く黄金色の輝きが光を放った。

 

「我流影技…『二煉神威』…っ!」

 

アルディのハンマーが《壊劫の魔剣》の刀身に触れるよりも早く俺は柄を手に取り振り抜いた。

自己加速術式を二度掛けて振られたことすら知覚できない斬って返す刃の”超神速の斬撃を二度喰らわせる”という《連鶴》の技術を応用した斬撃術。

 

一撃はアルディの《ウォルニールハンマー》のヘッドと柄を切り裂き防壁を破壊する。

二撃目は校章目掛け袈裟掛けの斬撃を見舞う。

 

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」

 

二撃目の斬撃は校章に到達し咄嗟に展開した防御障壁は飴細工のように砕かれ校章ごと上半身を斜めに切り落とされた。

 

両断された胴体とハンマーが爆発した凄まじい轟音がステージに響き渡り砂煙が舞い上がる。

勝利を確信したのは決着を告げる機械音声と綺凛ちゃんのが俺の名前を呼ぶ声だけだった。

 

「お義兄さん…っ。」

 

「エルネスタ・キューネ、校章破壊(バッチザブロークン)

「試合終了!勝者、名護蜂也&刀藤綺凛!!!!」

 

会場がしんと静まるなかで両断されたアルディの人間よりも人間らしい笑い声が響いた。

 

「ふははははははははははははははっ!!!!いや完敗だ!文句無しの完敗である!!ふはははははっ!」

 

俺は倒れているアルディに向けて歩き出し膝を着いた。

 

「お前その様子で良く笑ってられるな…いや強かったよお前さん。」

 

「うむ。よもやこの姿形になろうと思わなかったが…ふははは!」

 

満足そうな笑い声をあげるアルディに反応するようにステージの観客席から爆発的な歓声が響き渡った。

鳳凰星武祭(フェネクス)準決勝勝者は俺たちのペアだ。

 

そして決勝は星導館学園同士の戦いに決まった。




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覇凰決戦(頂を目指す者達)

鳳凰星武祭(フェネクス)決勝戦は俺と綺凛ちゃんのペアが勝ち上がった。

喝采を受けながら俺は壁際にもたれ掛かる綺凛ちゃんへ駆け寄った。

 

「綺凛ちゃん大丈夫?」

 

「お義兄さんすみません…大事なところでお役に立てず…。」

 

しょげるパートナーの頭を撫でると申し訳なさそうにしかし気持ち良さそうに目を細める。

 

「大丈夫。さぁさっさと治療して面倒くさい勝利者インタビューを終わらせようか?」

 

「はい…あぐっ…。」

 

「おっと…。」

 

「あ、お、お義兄さん…これはちょっとその…恥ずかしいです///」

 

立ち上がらせようとしたがまだ傷が痛むのか顔をしかめていたのを確認した俺は有無を言わさずに綺凛ちゃんを抱き抱える…所謂”お姫様抱っこ”の状態でステージを後にすることにした。

勿論直ぐ様《物質構成(マテリアライザー)》を使用し傷と痛みを綺麗さっぱり直した後で受けなくとも良い各報道社のインタビューを受け俺たちはクローディア待つ控え室に戻ろうとした…がその道中で三人の人影に遭遇した。

一番最初に見えた顔を見て俺は「うげっ」となったが。

 

「いやいやー。”蜂也”君決勝進出おめでとー。まさかうちの子達が敗北するとは思わなかったなー。」

 

「は、博士か…いや、アルディは大丈夫か?本気でやったせいでぶっ壊しちまったけど。」

 

「ん?君は自分の事よりもアルディの事を心配してくれるのかい?大丈夫。君がマナダイトを外して攻撃してくれたから大丈夫さ。今は私のラボで修繕中だよ。」

 

良かったわ…修復不能、とか言われたらどうしようと思ったけど。

 

「…俺が聞くのもあれだけど怒ってないのか?自分が作り出した傑作…いや子供みたいなものだろ?」

 

そう問いかけると博士は笑い出した。

 

「…??……ぷっ…あははは!君は本当に変わった人だね!」

 

「あ…?」

 

「いや、君だからアルディとリムシィの感情が豊かになったのかもとその理由が分かった気がするよ。」

 

「どういう意味だ?」

 

「なんでも。とりあえずありがとう《戦士王》。君のお陰でこの子達は学習できたから。…より人間に近い感情を獲得を…ね。」

 

どうしてお礼を言われるのかが理解できないが…まぁ怒っていないのならそれに越したことはないので…良いか。

そんなことを思っていると隣から二人分の視線があるのに気がついてそちらに顔を向けるとカミラとリムシィが居り…となんでかリムシィは俺を見てもじもじしている。なんだ?

 

「カミラにリムシィか…どうした?」

 

「君に…いや沙々宮紗夜に対する言葉を撤回したいと思ってね。」

 

「ああ。その事か…だとしたらそれは俺じゃなくてあの武装の所有者で沙々宮に直接言って」

 

「その事なら既に沙々宮紗夜に伝えたよ。私としてはかなり不本意なのだが…君が使ったあの煌式武装…あれは《獅子派》のわたしからしたら認めたくないものではあるが………現に《戦士王》君が私たちを下しているのだ百歩譲ってもその有用性を認めざるを得ないだろう。」

 

くれよ、といい掛けたところ既にその件は伝えているらしい。

だったら俺に言うなや、と思ったがまだ先があるようで要するに「悔しいけど実際に結果出てるから認めるわ!本当は嫌だけど!」という事を俺に伝えたかったらしい。

 

面倒くさいなこいつ…。

 

「あぁ…そうかい。…ってリムシィはどうした?お前はメンテナンスは良いのか?」

 

その隣にいるリムシィがこっちを見ていることに気がついた俺はカミラから視線を外しそちらに向けると露出度は相変わらず据え置きだがアルディの装備が戻ってきているのか下半身の装備は充実していた。

 

「名護蜂也…これをお返しいたします。」

 

そういってリムシィから渡されたのは綺麗に折り畳まれた俺の制服の上着だった。

 

「ん?ああ。そういえば試合中渡してたな。悪かったな男物の制服なんて渡して捨ててくれても良かったのに。」

 

申請すれば新しいのが貰えるから別に捨てても良いのに。

と、思っていたがこの自立稼働の少女は律儀なようで。

 

「あ、いえ…その…そう言うわけには行きませんので///」

 

「そっか…」

 

そう言って俺はリムシィから制服を受けとり博士に向き直る。

 

「…ああそれと博士。」

 

「なんじゃらほい?」

 

すっとんきょうな返答をするエルネスタに苦笑しながらリムシィの改善点を要求した。

 

「リムシィのパーツをアルディに合体させるときもっと装甲の面積増やしてやれ。」

 

俺は別になんとも思わないがリムシィが恥ずかしがっていたし観客席の連中が彼女を見る目が下卑な視線があったのを俺は見逃さなかった。

そう伝えるとエルネスタは頭を掻いて苦笑した。

 

「あはは…ごめんねリムシィ。今度また試合に出る時までに改善しておくよ。」

 

「はい…マスター。そうして……いただけると…ありがたいです。」

 

なぜかリムシィは頬をうっすらと紅く染めている。

後なんで俺をチラチラ見るんだろうか?

 

「お義兄さん…ううっ…またですか?」

 

「?…いてっ。な、なんで綺凛ちゃんは俺の脇腹を摘まむの?」

 

「知りませんっ…」

 

「まさか《戦士王》は自立機動のリムシィにもモテるとは…いやーすごいね。」

 

いやいや、俺の視線がイヤらしいとかという類いだろ…って俺は美少女ロボットは好きだけど性的に見てるとかそう言うのじゃないからね?

 

俺がリムシィの態度に怪訝に思っていると綺凛ちゃんが俺の脇腹を摘まんでいた。

君たち本当にその抗議活動好きだなおい。俺の脇腹は無限プチプチじゃあないんだけどね?それに最後何を言ったのかが聞き取れなかった…うーん。

と、まぁそんな会話を行いつつ俺は博士とカミラとの連絡先を交換することになった。

俺が行き詰まっている研究を博士に見せたら興味を示してくれたようで。

 

「え、なにこれ!面白そう!今度アルルカントに来て良く見せてよ!」

 

と言われたので今度アルルカントにお邪魔しようと思う。

が…勝手に他学園に向かって良いものなのか…後でクローディアに確認しておくとしよう。

 

◆ ◆ ◆

 

まぁ当然ながらユリスと天霧はいない。

控え室に戻るとクローディアに賛辞を貰い何時ものように俺が中央に座り左右にクローディアと綺凛ちゃんが座る。

 

「おめでとうございますお二人とも。勝ち抜くと信じていました。」

 

当然、と言わんばかりにクローディアが俺の腕に腕を絡ませてくる…ってやめろ暑いから…って言おうとしたら綺凛ちゃんも同じようなことをしてくる。

ほら見ろ悪いこと真似しちゃったじゃないか。

 

「ああ。」

 

「わたしは途中で戦えなくなってしまって…ごめんなさいお義兄さん。」

 

しょんぼりする綺凛ちゃんの頭を撫でながらフォローする。

 

「アルディ自体がでかい純星煌式武装みたいなもんだし…そもそもにおいて相性が悪いからさ。仕方ない。」

 

そもそもにおいて綺凛ちゃんの装備は煌式武装ではなく通常の日本刀だ。

それでも星辰力で強化されているので並みの煌式武装では太刀打ちできないだろうがアルディ本体に搭載されているマナダイト…そして合体したことで制御したウルム=マナダイト…それこそ純星煌式武装でなければ。

 

「ですけど…。」

 

「終わったことにこだわっても仕方ないでしょ。今は決勝…天霧達の対策をするのが生産的だ。」

 

此処までいくとウルム=マナダイトをどっかから仕入れて綺凛ちゃんの専用の純星煌式武装作成できないか考えておくか…。

《千羽斬》も名刀なのだが…渡り合うにはな…。

 

「はい…お義兄さん。そうですね。」

 

綺凛ちゃんにそう告げると自分でもそう思ったのか納得して頷いた。

会話を交わしてクローディアが作ったクッキーを頬張りながら紅茶を飲んでいるとふと声を掛けられた。

 

「そう言えば蜂也。先程運営委員会から先の試合で使っていた技を極力使用するのはやめて欲しい…と。」

 

「ああ。やっぱりか。」

 

勝利者インタビューで記者に『先程の技は?』という質問があった後に「企業秘密です」と答えた。

アルディを両断するという少しショッキングな光景に”それを通常の自立稼働兵器ではない星脈世代を容易に殺傷できるのでは?”という考えに至ったらしい。

まぁ、『壊劫の天撃』はあれでも出力押さえてた方なんだけどな…。

どうも俺に直接いうのではなくクローディア経由で伝えてきたらしい。

 

『ついやりすぎてしまった。反省はしていない。』

 

(黙ってろ。)

 

と《グラム》が突如としてPOPしやがったので黙って貰った。

まぁ、恐らく本気だすと後ろにいた観客席も巻き込んで融解する恐れがあったからこいつなりに手加減はしたんだろう。恐らく。

《影技・二煉神威》も上手く決まってくれてよかったが。

 

「まぁ、あれは確かに人に対して使うのは憚られるでしょうね。」

 

クローディアがティーカップに口から離しそう告げた。

 

「別に俺が《壊劫の天撃》を使わなくとも良いだろ。天霧達ががっちがちに防御が固いわけでもないしあれは完全なオーバーキルになるし。それこそ剣技と俺の魔法で事足りる。」

 

「お義兄さんは魔法と剣技、遠近兼ね備えていますからね…正直試合で当たりたくないです…。」

 

「それは同感です。」

 

「酷くないか?」

 

「本当の事なのだから仕方ないでしょう?」

「本当の事なのだから仕方ないです。」

 

「同時にいうなよ…。」

 

『それは我も思う。』

 

黙ってろお前は…。

 

っと二人から同時にそう言われてしまいそういう総評なのかと若干傷ついた。

まぁ敵対するなんて百歩譲ってもあり得ないが…。

そもそもあれを天霧が使わせてくれる隙を見せてくれれるとは思えないしユリスも同様だろうしな。

そんなところで二人をどう相手取るかを綺凛ちゃんと相談しながらクローディアが俺にくっついてくる。

暑いからやめい。

…てかあれだなフローラを誘拐を指示したのはレヴォルフ黒学園の生徒会長だっけか?

とりあえず試合が終わったら”釘を刺しておくとしよう”。

一先ず今日はもう疲れた…とりあえずクローディアにフローラ誘拐の張本人である《黒猫機関》の構成員を《次元解放》のポータルから叩き出し《拘束魔法》で身動きを取れないようにして彼女を通じて夜吹を呼び出し預けることにした。

夜吹本人は驚いていた。

俺が《黒猫機関》の諜報員を此方が無傷で生きて捕らえていることに「あり得ねぇ」という表情を浮かべていたがこの程度の実力ならどうとでもなるしな。

クローディアとも相談してこいつを使ってディルクを脅してやろうと思う。

俺がなんのリアクションを取らないのは大間違いだと。…まぁ試合が全部終わった後にだが。

ディルクの対応次第では…だな。星猟隊に突き出しても良いし金品をせしめて開発資金にでもするか。

 

◆ ◆ ◆

 

日付は変わって翌日。

ついに鳳凰星武祭(フェネクス)決勝戦が始まろうとしていた。

 

「んじゃまぁ行こっか綺凛ちゃん。」

 

「はい。お義兄さん。」

 

立ち上がり体を伸ばすと同時に綺凛ちゃんも立ち上がり立て掛けていた《千羽斬》を腰に差し俺は《壊劫の魔剣》を腰のホルダーに入れる。

 

「ではお二人とも…わたしは表立って贔屓して応援は出来ませんが…頑張ってくださいね。」

 

「ああ。」

 

「はいっ。」

 

「蜂也は少し残ってくださいますか?綺凛さんは先にステージへ。」

 

「え?あ、はい…お義兄さん。先に向かってますのでそれでは…。」

 

クローディアからの声援を受けて《鳳凰星武祭》決勝戦へ向かい控え室のドアを開いてステージへ向かうことにした。

しかし、二人でステージへ向かおうとするとクローディアに呼び止められた。

ん?なんだ?

同時に怪訝な表情を浮かべるパートナーだったが素直に頷き部屋を出て扉が閉められた。

 

「呼び止めて一体どうしたよ。」

 

俺は振り返る。

そこには近くまで来ていたクローディアの顔があった。

先程まで微笑を浮かべていた表情ではなく真剣な面持ちだ。

 

「あの…近いんですけど?」

 

「蜂也は相手が誰であろうが手加減はしませんよね?」

 

確認をするようなクローディアの問いかけに眉をひそめたが俺は数度考えた後にリースフェルトのことだろうと思いに行き当たり返答した。

 

「それこそ相手にとって失礼だろ。こっちは必死の思いで試合に臨んでるのに相手から舐めプされたら俺なら全力で相手を叩き潰す。」

 

「……。」

 

「それになクローディア。アイツはお嬢様だが戦う意味を理解してる。そんなアイツに俺が手を抜いて試合なんかしたら一発で分かるしそれこそ俺の無条件敗北だっつーの。」

 

渋い顔を浮かべているであろう俺の顔を見たクローディアは息を吐いて苦笑した。

 

「ふぅ…あなたの考察力には舌を巻かさせれますね。言いたいことを言い当てられるとは思いませんでした。ええ。」

 

どうやらリースフェルトの事で合っていたらしい。

俺の解釈違いじゃなくて助かったわ…。

普段通りの顔つきに戻ったクローディアからお馴染みのフレーズが来た。

 

「わたしの蜂也なのですから。完全勝利をお願いしますね?」

 

「知り合いに対する手加減は要らないのか?」

 

「それは今蜂也が否定したではありませんか?…ですがユリスと天霧君、彼らは当学園始まって以来強者だと思います。…気を付けてください。」

 

「ああ。…んじゃまぁ行ってくる。」

 

「ふふっ…行ってらっしゃい。あ、キスでもしましょうか?」

 

俺にさらに近づき腕を首に回してきた。

軽くいなして離れた。

 

「やめい。あと男が勘違いするようなことをすんな。アホなことしてないで…遅れるから。んじゃまぁ…行ってくるわ。」

 

「行ってらっしゃい蜂也。」

 

見送られ控え室のドアを開き外へ出る。

それじゃ知り合いが見てるし…本気でやらせて貰おうかな。

 

◆ ◆ ◆

 

「綺凛ちゃん待たせた。」

 

「いいえ大丈夫です。」

 

薄暗い通路を二人並んで進むが会話がない。…まぁ当然と言えば当然か。

ふと表情が固くなっている綺凛ちゃんへ声を掛けた。

既にクローディア達とのやり取りを終えてステージへ向かっている。

此処を通るのも今回で最後だな。

 

「……。」

 

「準決勝の時に比べて落ち着いてるね綺凛ちゃん。」

 

無言からの突然の声掛けに驚いたようだ。

声が少し上ずっている。

 

「え、あ、はい…その…」

 

「?」

 

頭に疑問符を浮かべていると少し困惑した表情で返答した。

 

「もう少しでわたしの…お父さんを助け出せるんだ…ってなりまして。その…実感が少し沸かなくてですね…。」

 

「ああ。そういうことね。」

 

大好きな父親を助け出せる…夢想だったかもしれない願い事が今その小さな手に掴むことが出来るかもしれない…ということに実感が持てていないらしい。

まぁそれもそうか。

綺凛ちゃんも実力はこの六花の中では上澄みも上澄みだが全てを圧倒するか?といわれたらNoだからな。

だからこそ綺凛ちゃんには俺が必要だったわけですね(それは言いすぎだ。)

困惑した顔を浮かべる綺凛ちゃんの頭に手を置いて撫でながら告げる。

 

「綺凛ちゃん。準決勝の時も言ったと思うけどどっちが勝つか何てのはまだ分からないぞ?決勝で当たるユリスと天霧は俺達が当たる中で誰よりも強いだろうしな。」

 

お馴染みとなった綺凛ちゃんの頭を撫でるのももう日課とかしている自分が恐ろしくなるがやられている本人が気持ち良さそうにしてるから…大丈夫か?

これで”後で訴えます”!といわれた日には俺引き込もって死ぬしかなくなる。

特に綺凛ちゃんみたいな良い子にそんなことを言われた日にはな?

 

「~~~~♪はふぅ。………はっ!…は、はいお義兄さん。」

 

気持ち良さそうに目を細めていた綺凛ちゃんだったが今は試合前ということに気がついたのかはっとして表情を整えていたがさっきまでのこわばっていた表情はなくなりいつものような柔らかな表情へと戻っていた。

だからこそ告げる。

 

「俺と綺凛ちゃんのペアは最強だからな…勝つのは俺達だ。緊張は解れたみたいだな…さぁ、お父さんを助けにいこう。」

 

「はいっ。」

 

困惑した表情から決意に満ちた表情に変わり俺と並んで歩き出しステージへ続くゲートへ向かい光の中へ進んでいく。

光を抜けた先にある光景は今か今かと興奮冷めやらぬ観客席にいる聴衆達。

視線を正面へ向けると同タイミングでユリスと天霧が現れた。

その瞬間に観客達の歓声が大きくなる。

同時に解説席から実況がコールされる。

 

『さぁ!両ゲートより西からは星導館学園の名護蜂也選手と刀藤綺凛選手、東ゲートより天霧綾斗とユリス=アレクシア・フォン・リースフェルト選手の入場です!二週間にわたった選手達の熱き熱き戦いが繰り広げられてきた鳳凰星武祭(フェニクス)もこの一戦をもって終わりとなるラストバトル!決勝戦でございます!』

 

『いやぁー両者ともに星導館学園所属の生徒選手で決勝戦を向かえることになるとは思いませんでしたが非常に楽しみッスねぇー。』

 

実況席のコメントに同意するように観客席の声が大きくなった気がした。

歓声とステージを照らす光が俺達に衝撃として叩きつけている。

俺達が歩みを始めると向こう側の天霧達も歩き始める。

 

定位置に立ち立ち止まる。

俺達の視線の先には天霧とリースフェルト。

リースフェルト(華焔の魔女)が口を開いた。

 

「やはり案の定お前達が勝ち残ってきたか蜂也。まぁお前達が負けるなどと微塵も思っていなかったが。」

 

その物言いに隣にいた天霧(叢雲)が苦笑している。

 

「『決勝戦は副会長達と闘いたい』っていってたのはユリスじゃないか。それに刀藤さんが負傷したときに一番心配してたのはユリスだっただろう?」

 

「なっ!?ば、馬鹿者…!此処で言うことではないだろうに!」

 

顔を真っ赤にして天霧に食って掛かるリースフェルト。

 

「うん。いつもと同じだわ。もっと気を張ってるかと思ってたが…杞憂だったみたいだ。」

 

「ふふっ、そうですね。」

 

その光景を見つつ俺と綺凛ちゃんは顔を見合わせて笑った。

 

向こうが俺達と闘いたいと望んでいるならば尚更リースフェルトの事情を知っているとは言え手加減はしない。

互いの望みはあれど此処に立った時点で強さを求めている一人の戦士となるのだろう。

…俺もまさか”つえーやつと闘いてぇ!”となるとは思わなかったけどな?

 

「いくか」

 

「はいっ」

 

ホルダーから壊劫の魔剣(ベルヴェルク=グラム)の発動体を取り出し握り刀身を励起させ綺凛ちゃんも《千羽斬》を抜刀し構える。

それを見たリースフェルトと天霧が頷き互いの獲物を発動させる。

天霧は黒炉の魔剣(セル=ベレスタ)を構えると実況と観客席が沸き立った。

 

『名護選手と天霧選手互いの純星煌式武装展開しました!”金”と”黒”!数多の強者を屠ってきた魔剣です!おや?前試合の時よりも輝きが増しているような感じさえ見て取れます!まるで共鳴でもしてるかのようだ!』

 

俺と天霧の互いの獲物が共鳴するかの如く紫電と低い唸りを上げている。

その最中《グラム》が語り掛けてきた。

 

(セレスタの奴…随分と気合いが入っているようだな。)

(まじか…。)

(向こうは斬る気満々のようだが…果たして我を斬ることが出来るかな?)

(お前も楽しみにしてんじゃねーかよ…。)

(当然だ。及第点だったのがアルディ殿達だけだったからな。)

 

脳内での会話を繰り広げていると解説は続く。

 

『互いに純星煌式武装としては破格の威力を持つ魔剣ですからねー黒炉の魔剣(セル=ベレスタ)は気まぐれな一振であることは知られていますし壊劫の魔剣(ベルヴェルク=グラム)に関しましても手にしたものを病院送り…または死亡させるという曰く付きの魔剣ッスから』

 

『流石は”四色の魔剣”と言われるだけの事はありますねー…っとそうこうしているうちにも開始時間が迫って参りました!さぁさぁ皆様泣いても笑ってもこれが最後鳳凰星武祭(フェネクス)最後の試合です!果たして頂点に立つべきに相応しいペアはどちらなのか!?』

 

興奮しっぱなしの解説の声を聞きながら向こうがどういう戦法で攻めてくるのかを頭で描いているとステージ上部に投影された掲示板の時計が正午を示す。

 

鳳凰星武祭(フェニクス)決勝戦、試合開始(バトルスタート)!」

 

校章が試合開始の合図を告げると共にお馴染みとなった《禁獄の力》を天霧は解放した。

《壊劫の魔剣》から声が響く。

 

(よし、主よ我が憑依して…。)

(いや。今回は俺が動く。)

(するぞ…ってなに!?)

(今日は留守番してろ。)

(な、なんだと…!?)

 

困惑する《グラム》を尻目に力を解放しトップスピードで駆け出し向かう天霧の姿があった。

そして本来ならば後方支援している筈のリースフェルトが追随している。

駆け出し目指す視線の先は ー俺だった。ー

 

『おおっと!?これは天霧・リースフェルトペア、同時に駆け出した!狙いは名護選手のようです!』

 

『どちらを一方狙うのは定石ですが後衛であるリースフェルト選手が前に出てくるのは珍しいッスねー。何かの作戦なんでしょうか?』

 

俺と綺凛ちゃん、どちらを狙うかと言えばそれはまぁ綺凛ちゃんではなく俺になるだろうな。

単純に俺の戦闘力が面倒くさいのだろう相手にとっては。

…って昨日二人から「相手にしたくない」と言われていたのを思い出しまぁそうだよなと納得した。

 

「行くよユリス!」

 

「ああ!」

 

向こうも出し惜しみはしないらしい。

 

「天霧辰明流剣術中伝ー”九牙太刀(くがたち)”!!」

 

九つの斬撃が俺を襲う。

中伝ということだが普通に奥義の部類だろと思うが…。

そんなことを思いつつ対抗するために《壊劫の魔剣》で《連鶴》で弾こうとしたそのときだった。

 

「咲き誇れ!九輪の舞焔花(プリムローズ)!!」

 

直後俺の側面で猛烈な熱が俺へ襲いかかる。

意識外からの攻撃は俺も虚を突かれた。

 

「うぉぉぉぉぉ!?」

 

正面からは斬撃、上下左右の死角外からは炎のチャクラムが飛びかかる。

攻撃が当たる………とはならずに俺はその攻撃を体に染み付いた《壊劫の魔剣》一閃振るって消し飛ばし正面から来る

《九牙太刀》を《連鶴》をもって全て弾き返した。

リースフェルトの攻撃を弾く際に技の威力が上がっているのか若干押された掛けたのは俺が訓練《応集法》をしっかりとやっているようだ。コントロールもしっかりしているのか一切の乱れがなく嫌らしい部分を突いてくる。

…教えない方がよかったかもしれん。

と後悔をしているとその隙を突いて天霧が続けて攻撃を仕掛ける。

 

「天霧辰明流剣術初段”貳蛟龍(ふたつみづち)”」

 

十字の剣閃が俺の校章を切り裂く。

二人で俺を真っ先に潰そうと言うのは理に叶っていた。

迫る斬撃と炎の戦弾が迫る。

 

ーがそれは叶わなかった。ー

 

「わたしもいることをお忘れなくっ。」

 

天霧の剣閃が俺へ到達する前に綺凛ちゃんが割って入り《千羽斬》で刃を合わせないように手首部分をピンポイントで狙って弾き飛ばし体勢を崩されたところで《連鶴》を叩き込む。

その勢いによって後方へ下がらり防御せざるを得ない天霧。

 

(綺凛ちゃんはリースフェルトを頼むわ。)

(畏まりましたっ!)

 

アイコンタクトを飛ばして攻める立ち位置を変える。

俺が天霧に、綺凛ちゃんがリースフェルトに向かう。

 

「咲き誇れ、赤円の灼斬花(リビングストンデイジー)!!」

 

「なっ…!?くぅ…!」

 

その斬撃が天霧に到達する前に地面より舞い上がった炎が吹き上がり、渦を巻くようにして炎の戦輪が出現する。

その数は”四十”。灼熱の戦輪が綺凛ちゃんを襲う。

前に見た時よりもサイズが小さいのは威力よりも優先しているからだろう。

しかし、到達する前に片手で綺凛ちゃんの腰を抱き止め《壊劫の魔剣》を地面に突き刺し《音声入力式CAD》を発動させ片手を翳すと炎の戦輪を《重力爆散》を予測到達空間へ二つ展開し全て叩き落とし砕け散る。

まる電気蚊取り器に飛び込み散る小虫のようだ。

 

「俺達を仕留めたいならその倍以上の数を持ってくるんだなリースフェルト…ふっ!!」

 

「なんだとっ…!?くっ…!」

 

狙いは俺から倒そうという魂胆だったらしいが既にそれは崩され乱戦状態になっておりリースフェルトの技を破壊し素早く綺凛ちゃんを手放して地面を踏みしめる。

俺に数十あった炎の戦輪が一瞬で破壊されたのが予想外だったのか本気で驚いた表情を浮かべている。

踏みしめた瞬間に地面に刺さっていた《壊劫の魔剣》を浮かせ手に取り自己加速術式で天霧に斬りかかる。

 

黄金色の剣閃が到達しようとしたがそれは阻止された。

 

「天霧辰明流剣術中伝、”十昆薊”(とびあざみ)

 

体ごと剣を大きく回転させて薙ぎ払い、さらに剣を逆手に持ち替え、もう一回転薙ぎ払いの二連撃を叩き込まれ斬撃の軌道が逸らされる。

 

「ちっ…!」

 

一撃目はリースフェルトを狙った斬撃は軌道を逸らされ二撃目が俺の校章を狙う。

俺は体を逸らし二撃目の斬撃を回避しその場で回転し《壊劫の魔剣》を振るい天霧の《黒炉の魔剣》と衝突する。

 

「っ!!」

「くぅっ!!」

 

《金》と《黒》の魔剣がぶつかり合った瞬間にステージ上に突風が吹き荒れる。

《連鶴》と《天霧辰明流》の斬撃がぶつかり合う。

 

「ーーーーーーっ!!」

 

「はぁああっ!!」

 

数度に渡る剣撃の応酬を目を捕らえることも出来ない。

俺は天霧の太刀筋を捉えるので精一杯だ。

 

『早い…早すぎます!名護選手と天霧選手の剣撃の応酬…早すぎて今この映像をお届けしている高性能なカメラでさえ捉えることが出来ません!…ってどうなってるんですかこれ!?』

 

『いやー、早すぎて引くッスね。』

 

実況席のあんまりの実況にえぇ…?となったが今は目の前の天霧に集中しなくてはならない。

 

(早すぎんだろ…っ!)

 

数度ガキャンッ!と音がステージ上で鳴り響き魔剣同士が鍔迫り合いをするが状況が変化した。

 

(抜ける…っ!)

 

怯んだ瞬間に体勢を整え技の準備を始める。

 

「くっ!」

 

「(押し込むっ!)悪いが此方の方が出力は上だっ!」

 

《壊劫の魔剣》をより一層励起させ出力を上げて押し込む。

鍔迫り合いの均衡が崩れ天霧が後ろへと押し込まれてついには大きく弾く。

 

(影技・二練神威…!)

 

隙だらけの胴体へ袈裟懸けから素早く切り上げの逆袈裟を見舞う神速の二連撃をぶつける。

決まったか?と思ったがそう簡単には行かない。

 

「咲き誇れ!鋭槍の白炎花(ロンギフローラム)!!」

 

槍のような火炎の花が間に割って入り校章を狙った一撃は強化されたリースフェルトの技によって文字通り横槍を入れられてしまった。

 

「綺凛ちゃんが押さえられなかったか…。」

 

「すみませんお義兄さん…。」

 

リースフェルトとやりあっていた綺凛ちゃんだったが抜かれてしまった。

こちらへ駆け寄り申し訳ない顔をしたが相手はあの華焔の魔女(グリューエンローゼ)だからな…仕方がない。

と言うよりもリースフェルトが此方の予想より強くなっているようだ。

 

「大丈夫だよ…さて…。」

 

援護により天霧に後退されてしまい結果として仕切り直しになってしまった…が。

どう対応しようかと考えていると天霧達も作戦会議をしているようだ。

やはり天霧とリースフェルトのペアは強い。

両者ともに叶えたい願い…まぁ天霧に至ってはリースフェルトの為に闘いたい、と思っているからだろうが…。

相性で言うのならば天霧に綺凛ちゃんを差し向けたいけどそれは装備の都合上不可能であることは明白で此方は通常の日本刀で《黒炉の魔剣》は純星煌式武装…《全てを切り裂く》という逸話がある上でどんなに技量があったとしても厳しいだろうしな。

 

と、なると俺が天霧とぶつかるしかないわけで…と思ったが俺は《グラム》が言っていたことを思い出しピンと来た。

 

『……………はっ…!?』

 

ある種の天恵だと思った。

直ぐ様《壊劫の魔剣》へ声を掛ける。

 

『グラム。』

 

(ん?どうした主よ。)

 

『ちょっと頼みたいことがあんだけどさ…。』

 

事情を《グラム》に説明する。脳内でだけど。事情を説明するとこの純星煌式武装はいつものような威厳のある声で二つ返事で了承を出した。

 

『俺が言うのもなんだけど本当に良いのか?』

 

(構わぬ。我が主に慕う綺凛殿が悪い子な訳がなかろう。)

 

『……意外だな。』

 

(む?)

 

『てっきり俺以外には塩対応なのかと思ったが…。』

 

(何を言っている。主が嫌いな相手なら嫌うが主が懇意の相手を嫌う理由はなかろう。)

 

俺が《グラム》に対するイメージを告げると笑われた。

 

『お前もしかして俺の事好きすぎないか?』

 

(我の力を引き出すのは主しかおらぬし使われる気もない。手放す気もないゆえ。)

 

『流石にそれはキモい。』

 

(…我は泣いても良いだろうか?泣くぞ?)

 

『…絶対に勝つぞ。』

 

(……応っ!!)

 

そんな脳内会話を切り上げ”とある秘策の為に作業して調整しながら息を整えている綺凛ちゃんに声を掛ける。

 

「綺凛ちゃん。」

 

「はい、お義兄さんどうしました?」

 

「ちょっと耳を貸して。」

 

俺がそういうと素直に綺麗ちゃんがこちらに近づいて耳を貸してくれる。

 

「は、はい…く、くすぐったいです。」

 

「………。………。というのなんだけど。」

 

「……?……ふぇええっ!?」

 

耳元でこの状況を打破するための”秘策”を告げると綺凛ちゃんは驚いた表情を浮かべていた。

まぁ当然だろうが…一番驚くのは天霧達かもしれんが…まぁ実績と心理威圧を与えられるから有益だな。

そろそろ向こうの作戦会議も終わるだろうし手早く準備を進めよう。

 

◆ ◆ ◆

 

鳳凰星武祭《フェニクス》の決勝戦はまさに頂上決戦と言われるのに相応しいものだった。

剣撃と多才な技の応酬に観客は大いに沸かせた。

しかし当の本人達は目の前の対戦相手とぶつかりどう対応しようかと策略を巡らせるのに必死であった。

特に鍛えている筈の綾斗とユリスは息が上がっており疲労度数も高い。

 

「はぁ…はぁ…流石は副会長…ユリスに援護されてなかったら危なかったよ。ありがとう。」

 

「はぁ…当初の予定では蜂也を早期撃破する予定だったのが…はぁ…わたしの見立てが甘かったか…。」

 

元々近接戦闘が得意でないユリスだったが綺凛を押さえるためになれない近接戦を行っていたのもあって息が上がっている。

序列一位の《疾風刃雷》に食らいつけている時点で可笑しいのだがそこは割愛する。

 

「あの副会長が相手なら僕たちが同時に攻めて来ることも分かっていたんだろうね…。(まさか”識”の境地を発動しているのに回避が出来ないのは正直狂ってるとしか言えないですよ副会長…。)」

 

実際に蜂也の攻撃を回避するために”識”の境地と呼ばれる天霧辰明流の技を発動させていた。

ユリスとのペアの際にこれを有効活用し決勝戦まで勝ち残ってきた節がある。

今回の作戦で二対一の状況を作り出し早々に蜂也を倒してしまおうと言う作戦だった…のだがそれは早々に頓挫することになる。

蜂也と綺凛は共に《刀藤流剣術》の”連鶴”には対処しきれていない。(蜂也のは未完成、という話だったが綾斗の反射速度に迫る、いやそれ以上の速度の剣閃がありユリスの援護がなければ校章を割られていた。)

それに先ほど『天霧辰明流剣術中伝、”十昆薊”(とびあざみ)』を弾いた”識”の境地を持っても捉えきれなかった《影技・二煉神威》はユリスの援護がなければ意識消失にまで持っていかれてたに違いない。

だからこそこの作戦はユリスとの連携が必須になるものだったが…。

 

「恐らく速攻で倒す策はもう封じられてるから各個撃破…になるのかな?」

 

バレている以上速攻撃破は意味を成さなくなった。

苦笑混じりにユリスに視線を向けると勝ち気な笑顔を浮かべるユリス。

向こうの方が有利とは言え戦意は衰えてはいないようだ。

 

「ああ。遠距離型のわたしに《戦士王》を押さえろ…とは無茶を言ってくれる。」

 

「僕が刀藤さんの相手をしないと行けないからね…刀藤さんの装備は普通の日本刀…僕の《黒炉の魔剣》と相性が悪いから必然的にそうなっちゃう…かな?」

 

只の日本刀に純星煌式武装である《黒炉の魔剣》と打ち合える筈がないのだ。

現に先ほど蜂也の援護の際に刀の柄を使って発動体本体を押さえていたから綺凛もそれを分かっていたのだろう。

 

「だが蜂也は《魔術師》でもあるからな…気がついたときには遠距離からの攻撃…何て言うのも容易く行ってくる…先程の私の『赤円の灼斬花(リビングストンデイジー)』が容易く潰されるとは思わなかったがな…あいつは空間に作用する重力制御の能力がある…厄介だな。」

 

「それって本戦で見せた《覇潰の血鎌(グラヴィシーズ)》みたいな能力ってことか…。」

 

「それにあのとき見せた”アレ”をまだ見ていない…私の炎を凍らせたあの技を。」

 

”アレ”といわれた綾斗は直ぐ様理解した。

ユリスの大技である《六弁の爆焔花(アマリリス)》を凍らせたあの技の事だ。

 

「動画で見せて貰ったけど…本当に副会長で規格外だね…。」

 

「蜂也を尊敬はしているがいかんせん言動がな…まぁ…敬意を払う相手ではあるがな。」

 

ユリスのその言動を聞いて吹き出しそうになるがそんなことをするとパートナーが不機嫌になるのは目に見えるので綾斗は自重した。

作戦の方向性…つまりは二対二で闘いつつフォローに入る、という何時もの作戦を行うことにした。

 

「さて綾斗準備は良いか?畳み掛けるぞ。」

 

「了解…!」

 

体がぶつかりそうな距離で闘いつつお互いの存在感を綾斗の”識”の境地で関知しながらユリスの援護や綾斗が援護に入ることは理に叶っていた。

《戦士王》と《疾風刃雷》は強敵であるし生半可な攻撃では全てが防がれてしまう。

全力で向かわなければ敗北は目に見えていた。

 

準備を整え正面を見据え武器を構える。

同時に蜂也達も武器を構えて再戦の準備をしていた。

綾斗達の作戦会議を待ってくれていたのか蜂也達も作戦会議をしていたのか分からなかったが不意を突く、ということはなかった。

 

「なあっ!?」

 

「ええっ…!?」

 

『おおっと!?』

 

『これは…驚きッスねぇー。』

 

…が、ある意味で目の前で攻撃以外で不意を突かれた綾斗とユリス。

その目の前に現れた光景とは。

 

ーそれは。あり得ないものだったからだ。ー

 

「……。」

 

”《壊劫の魔剣》が蜂也ではなく綺凛がそれを手に持ちその暴力的な大剣のような刀身が精練な日本刀サイズに変化している”その姿が綾斗とユリス、そして観客席に実況席は度肝を抜かれている。

 

ざわつく周りに反応するように《壊劫の魔剣》がバチり、と紫電を散らした。

 



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覇凰決戦(頂を目指す者達)

やっとこさ決勝戦終了…!
まぁあと一話でようやっと五巻までの範囲が終わるんですがね。




「綺凛ちゃん準備は良い?」

 

「はい。大丈夫です。」

 

その場で綺凛へ手渡すために《壊劫の魔剣》を調整する。

刀身は拵のサイズに刃の厚みは薄刃の如くとあり得ない速度で星辰力を通じて最適化させていく。

数度のトライ&エラーを繰り返しながら形となった大剣から太刀のサイズへ変化した《壊劫の魔剣》を握る。

 

「…やっぱり俺だと少し小さすぎるな。」

 

形の変わり心なしか重量も減ったような感じがした武装をしみじみそう思いながら綺凛へ手渡す蜂也。

その大切な武装を綺凛が受け取った。

最終的な調整は綺凛が行い最終的な大きさは”打刀”の大きさに収まった。

心身の異常がないことと武器の違和感のないことを確認した後に認数度振るって刀藤流剣術を繰り出すと《千羽斬》を使っていたときと同じ…いやそれ以上の技の洗練さが出ていた。

まるで水を得た魚のようだと。

 

「凄いです…。これが純星煌式武装…!」

 

嬉しそうな綺凛を見た蜂也。

 

「そろそろ大丈夫そう?」

 

「はい…行けます。」

 

「んじゃまぁ…驚かせるとしますかね。」

 

その言葉を貰い認識阻害の魔法を解除すると視覚に入り気がついた観客と綾斗達が驚きの表情を浮かべていた。

注目を浴びている綺凛は普段ならおどおどしてしまうかもしれないが今は試合中のためそんなことは起こっていない。

 

その光景を見て蜂也は《壊劫の魔剣》に作戦に移れることに少しだけ感謝した。

 

「綺凛ちゃんは天霧の相手を…俺はリースフェルトを相手する。」

 

「分かりました…御武運を。」

 

《壊劫の魔剣》を正眼の構えで突撃する綺凛を見送った蜂也はジャケットにサイドホルスターから拳銃…ではなく特化型CAD(ガルム)を取り出す。

 

「こっからは得意な闘いかたで行かせて貰うとするかね…。」

 

特化型CADから放たれる魔法が綾斗とユリスに牙を向いた。

 

◆ ◆ ◆

 

「参ります!」

 

《壊劫の魔剣》を手に綾斗へ向かう綺凛。

獲物が変わったことに動揺していた当の本人である綾斗は直ぐ様疑問を後回しにして《黒炉の魔剣》をもって対峙する。

 

蜂也と綺凛。

観客席と実況席の二人、そして綾斗とユリスは動揺とその意外性に度肝を抜かざるを得なかった。

《壊劫の魔剣》は本来の持ち主である蜂也が”完全適合者”であり”いわく付きの魔剣”というのが世の中の総評であるのでそれをパートナーである少女が手にしているのがあり得ない話だった。

武器の交換は禁止事項ではないが使い慣れていない武器を交換するのは自殺行為…の筈だ。

 

『おおっとー!?刀藤選手が《壊劫の魔剣》を装備しています!これはいったいどういうことなんでしょうか!?チャムさん!?』

 

『武器の交換は禁止はされていないので問題はないですが…それでも使い慣れ親しんだ武器を使うのがセオリーな筈ですが…そもそも先ほどまで名護選手が使用していた際よりもサイズが押さえ気味…大剣から日本刀サイズにまでダウンサイズしてるッス…先ほど後ろに下がった際のあの短時間に調整したと考えると名護選手の星辰力の制御能力は六花随一かもしれないッスね。』

 

蜂也の驚異的な星辰力の調整技能を聞いてミーナが「ええ…?」みたいな表情を上げていたが素早く実況に戻る。

 

『気を取り直しまして……そもそもどうして名護選手は自らの壊劫の魔剣(純星煌式武装)を刀藤選手へ渡したんでしょうか?』

 

『恐らくですけど名護選手と刀藤選手。そして天霧選手とリースフェルト選手の戦闘スタイルは似ていますからね。恐らくですけど剣の腕では名護選手は天霧選手に一歩及ばない、とそう思っていたからではないッスかね?逆に刀藤選手は『刀藤流剣術』の使い手…クロスレンジの闘いにおいては名護選手は自分よりも上だからだろうと《壊劫の魔剣》を渡す…なんて奇策を提案したのかも知れないッスね。』

 

『なるほど…!刀藤選手が今現在使用しているのは煌式武装ではなく通常の日本刀ですからね。天霧選手が用いるのは『純星煌式武装(黒炉の魔剣)』ですから理に叶っています!…がそれってかなり博打なのでは?あの《壊劫の魔剣》って手にしたものを廃人…もしは病院送りにしてきた危険な純星煌式武装なんですよね?』

 

『ええ。どんなカラクリなのかは分かりませんが…それは今回に至っては成功して現に刀藤選手と天霧選手が互いに純星煌式武装で斬り結んでいる…これは名護選手の作戦勝ちかもしれないッスねー。』

 

後ろで実況席に座り熱弁するミーナとシャム。

その解説を聞きながら目の前で繰り広げられる剣撃の応酬を観客席は立ち上がらんばかりの興奮でみていた。

 

先に仕掛けたのは綺凛。

一足飛びで間合いを詰めて閃光のような速度で袈裟懸けの斬撃を見舞う。

綾斗はそれに対応するように袈裟上げで対応しそれをはね除ける。

これが普通の日本刀や煌式武装ならば《黒炉の魔剣》で刀身を両断していただろうが今綺凛が装備しているのは同じ純星煌式武装だ。

 

(これが純星煌式武装…凄まじい威力です…!)

 

手に持ちその威力を見せつけられた綺凛は素直に感動していた。

軽さは同じだがその剛性は比べ物にならない。

千羽切(愛刀)であれば打ち合う前に両断されていたに違いないだろうが今は違う。

 

(一気に行きます!)

 

鋭い打ち込みを咄嗟に返した綾斗だったが《壊劫の魔剣》によってブーストされているのか鍔競り合いになった場合

辛うじて勝てるレベルまでに到達していた。

 

「っ!?」

 

跳ね返した刃が直ぐ様に空中で弧を描いて逆袈裟で斬り下ろして来た。

直ぐ様それを対処する綾斗は握る《黒炉の魔剣》を強く握りしめ弾き綺凛の胴体を狙うがそれよりも先に《壊劫の魔剣》の切っ先が右小手を狙っていたことに気がついて綾斗は腕を引いた。

が、その瞬間に綺凛は右足を踏み込み胴目掛け横一文字に斬りかかる。

これは回避しきれないと判断した綾斗は決意する。

 

「天霧辰明流剣術中伝、”十昆薊”(とびあざみ)

 

体ごと剣を大きく回転させて薙ぎ払い、さらに剣を逆手に持ち替え、もう一回転薙ぎ払いの二連撃を叩き込まれ斬撃の軌道が逸らされる。

 

「…!」

 

追撃を仕掛けようとする綾斗だったが綺凛は素早くその弾かれた反動を生かして今度が袈裟懸けで綾斗を狙う。

追い込まれ誘導されていると自覚した。

 

(このまま行っても防戦一方…ならばやるしかないよね…!)

 

袈裟懸けを弾き後ろに後退するのではなく踏み込む綾斗。

死地に活路を見出だすために黄金色の刃の前に身体を晒す。

 

(なっ…!?自ら隙を作るために《壊劫の魔剣》に身体を晒すのですか!?)

 

その行動に流石の綺凛も内心で驚いていた。

脇腹を見せた綾斗の行動に思考を止めそうになった綺凛だったが相手がお膳立てしているのを見逃すほど日和見主義ではなく父親の解放が掛かっているのだ。

黄金色の刀身が綾斗の脇腹を抉るが手応えが鋼を突いたような感触が武器越しに伝わってくる。

同時に綾斗は自身の脇腹に灼熱の鉄棒が押し当てられているような激痛が走るが構いもしないといった感じに綺凛の校章目掛け刃を振り下ろす。

 

(死地に活路を見出だす気ですか…!やりますね天霧先輩…!)

 

その一撃を綺凛は身体を捻る。

その際に前髪の数本が切り落とされ銀髪がパラリ、と地面に落ちるが回避されてしまった。

反応速度に綾斗は改めて驚きつつも返された刃を《黒炉の魔剣》で受け止めその反動を生かして大きく後ろへ跳躍した。

 

「くぅ…危なかった…。」

 

咄嗟に星辰力を爆発させて脇腹付近に集中させたからか痛みはあるものの後一歩間違っていたら戦闘不能になっていたかもしれなかった。

そもそも生身で純星煌式武装

一方で今回初めて剣を合わせた綺凛も心底感嘆するような表情を浮かべていた。

剣を構えながら綾斗を見る。

 

「…流石は天霧先輩。驚きました。まさか状況の打開に自ら死地に飛び込むとは思いませんでした。」

 

「星辰力の量は副会長に負けてないからね。」

 

とは言え何度も使える手ではない為今回限りの緊急回避にすぎない。

どれだけ星辰力が有ったとしても相手の太刀筋似合わせて相殺するように防御に回せば尽きてしまう。

それに攻撃に合わせるタイミングがシビアすぎるため綺凛相手では現実的ではなかった。

 

「それに…”連鶴”から逃れられたのはお義兄さんに続いて二人目です。」

 

「なるほど…これが噂に聞く”連鶴”か…。体験できて最高だよ。」

 

「お褒めにいただき光栄です天霧先輩。ですがわたしよりもお義兄さんの方が使い手としては素晴らしいとおもいますので。」

 

綾斗の天霧辰明流は綺凛の刀藤流の規模に比べると世界に広く門下生を持っている。

もっともその奥義の域まで達している刀藤流の使い手が今対峙している綺凛と蜂也だけなのだが…。

 

「刀藤流には四十九に及ぶ繋ぎの型がありますがそれらを組み合わせることで完全なる連続攻撃を成す技…それが”連鶴”です。」

 

円月を描くように切っ先を下にして腰を軽く落とし脇構えに取る。

綺凛の気迫に呼応するように刀身から紫電が迸る。

 

「”連鶴”に果てなし…それにお義兄さんから大切な武器を預けられていますので…次で仕留めます!」

 

一対一の闘いにおいては刀藤流の方が綾斗の天霧辰明流よりも優れているといえるだろう。

現にこの試合では相性でいえば不利なのは綾斗だ。

 

ーしかしー。

 

「それじゃあこっちも天霧辰明流の全力で答えさせて貰おうかな。」

 

綾斗はそう言って星辰力を高め《黒炉の魔剣》を正眼の構えで駆け出した。

 

◆ ◆ ◆

 

「咲き誇れ!『九輪の舞焔花(プリムローズ)』!!」

 

ユリスの言霊に呼応して魔方陣が展開し九つの火炎球がそれぞれバラバラの軌道を描き蜂也へ襲いかかる。

普通の選手ならば回避を選択したり武装を展開したりするのだが…。

 

「すげー速度だなこりゃ。」

 

蜂也は歩きだし片手の銃を正面に構え引き金を引く。

次の瞬間には蜂也へ到達する予定だった火炎球は描き消されてしまった。

蜂也の無系統魔法《闘技解体(アーツデモリッション)》だ。

 

「!?」

 

「呆けてんじゃねーぞ…リースフェルト!」

 

もう片手に持った銃を正面に掲げると黒い弾丸…というよりも対物ライフル弾のような大口径の弾丸がマシンガンの速度の如くがユリスへ襲いかかる。

それは蜂也が得意とする加重系統魔法『重力弾(グラビティ・バレット)』だ。

 

「咲き誇れ!『隔絶の赤傘花《レッドクラウン》』…!!くううっ!?」

 

目の前に出した赤楯に重力の塊が激突し衝撃がユリスに伝わるが破壊はされていない。

防ぎきれる、そう判断したユリスだったが相手が悪かった。

 

「その程度の防壁で俺の魔法を防げるとおもうなよ?」

 

ズガガガガッ!と抉り取るような音が響き渡る。

咄嗟に出した防御用の技で《重力弾》を防ぐに成功するが次の瞬間に《隔絶の赤傘花(レッドクラウン)》にヒビが入り突風が吹き荒れる。

引き金を引き銃口からフラッシュが数度煌めくとその衝撃は連続で楯越しにユリスに伝わり次第に赤楯にヒビが入る。

遂には砕け散ってしまう。

 

「くっ…これだけの威力のものを連続で…不味い破られる…!咲き誇れ!『赤熱の灼斬花(リビングストンデイジー)!!』

 

反射的に炎の戦輪を顕現させ蜂也へ襲いかかるように仕向けるが片手の銃口が閃光を放つと次々と掻き消されていく。

その光景を見てユリスは困惑した。

 

(バカな…!『赤熱の灼斬花(リビングストンデイジー)』が掻き消されている…っ!)

 

詠唱込みの技で数も最初に比べればその倍…”二十”。

その数を展開しているのに関わらず涼しい顔で捌ききる蜂也に戦慄さえ覚えた。

 

(そもそも…技を使うのに詠唱をしていない…!)

 

《魔術師》や《魔女》は言霊を通じたりイメージすることで自分の中にある”属性”を呼び覚まし写世に出すのであり

それを行わない場合威力は極端に低下する。

星脈世代が世に生まれてから先人の知識、前提が有るからこそユリスやシルヴィアのような《魔女》はイメージし詠唱するのだ。

だが蜂也はその前提を崩して詠唱を破棄して続けざまに攻撃を仕掛けてきているのはユリスとしては「あり得ないだろうそれは!」と叫びたかった。

 

蜂也は詠唱せずに引き金を引いて《フラッシュエッジ》の光輪を複数展開しユリスへと向かう。

凄まじいスピードで展開される魔法に対応するためには詠唱せずに展開すべきなのだろうがそれでは威力の有る蜂也の魔法には対応できないので苦肉の策であった。

まだ蜂也の技が処理しきれない数でないのが救いだった。

 

…そもそもにおいてユリスの《技》と蜂也の《技》では根本的に発生方法が違うためわざわざ口に出して行使する必要はない。

イメージし具現化するのは《魔法師》の”嘘を現実にする”というのには似通っているが…。

そんなことを知る筈もないのでユリスは今目の前にいる蜂也を相手しなくてはならないのだが。

 

炎と光の輪がぶつかり合い黒弾を回避するユリス。

 

「くぅぅぅっ…!!かはっ…!」

 

しかし全てを避けきれないため数発貰ってしまい苦悶の表情を浮かべながら動き次なる手に対する対応策を施す。

相手を出来ているのはユリスのフィジカルもあるのだが…と今は追撃と言わんばかりに詠唱した。

 

「咲き誇れ!『鋭槍の白炎花(ロンギフローラム)』!!」

 

青白い色の炎の槍が蜂也目掛け飛翔する。

しかし、その炎のテッポウユリは蜂也には届かない。

片手に翳した銃口が煌めくと炎の槍は消火されたように掻き消される。

次の瞬間には空間に現れたつららのような銃撃がユリスを襲う。

 

「これもダメかっ…!くっ…『重波の焔鳳花(ラナンキュロス)』」

 

防御用の魔法を投射し自身の周りに炎の波をいくつも現れ、身を守る。が炎の障壁にぶつかる前に氷柱が霧散した次の瞬間に身体が重く感じた。

ユリスの周りには白い霧が立ち込めており炎が終えているに関わらず寒さを覚えた。

息苦しさを覚えるユリスはその原因に行き当たり愕然とした。

 

(息がしづらい…白い湯気……これはドライアイスかっ!?まさか先ほどの氷柱は二酸化炭素…それでわたしの技を掻き消したのかっ!)

 

蜂也が放った技は放出系統魔法《ドライ・ミーティア》、それは蜂也…八幡の姉である七草真由美が得意とする二酸化炭素を転用する得意技だ。

 

放った《ドライ・ミーティア》の数は多数、炎の障壁にぶつかる前に分解しドライアイスから二酸化炭素を星脈世代と言えど覆う程の二酸化炭素を周りに展開…と言うか重力での気流操作をされているので覆われているので現に炎の燃え盛りは弱まりユリスの足はぐらついていた。

 

「まさかこんな搦め手を…」

 

「お前が準決勝で聖ガラードワースの鎧着てた選手に炎をぶつけて蒸らしてただろ?それを見て思い付いてたんだけど。」

 

蜂也はゆっくりとユリスに近づきながら思い付いた戦法を説明する。

酸欠で回らない頭を必死に回しながら蜂也を見つめるユリスはさながら近づく足音は死神が近づいて来ているようにさえ思えた。

 

(身体に力が…入らんっ…!このままでは…!)

 

しまいにはユリスを守っていた炎の障壁は消え去ってしまった。

守るものは無くなり無防備にその身体を晒すユリス。

遂に数歩踏み出せば近寄られる距離にまで蜂也の接近を許してしまった。

 

「終わりだ。俺が教えた集応法もまぁ…生かしきれていたかもな。」

 

蜂也がユリスの意識を刈り取るために単一魔法である《エアブリット》を発動としたその時だった。

 

「(い、ま、だっ…!)咲き、誇れ…っ!『栄裂の炎爪華(グロリオーサ)』!!」

 

「なっ!?」

 

設置タイプの魔法。

それは先程の魔法の打ち合いの際にユリスが保険として仕掛けていた魔法だった。

地面から巨大な炎の牙を5本、噴出し蜂也を仕留めるために起動した。

さながら反逆の牙が蜂也へ突き立てられる。

 

(今だっ!)

 

爆発しその衝撃でユリスは離れることに成功し距離を取るために後ろへ『極楽鳥の燈翼(ストレリーティア)』で

炎の翼を生み出し、空を駆けて飛翔する。

 

「…綾斗!」

 

後退するユリスの目に入ったのは《壊劫の魔剣》を巧みに操り押されている綾斗の姿が。

飛翔しながら牽制のためにかなりの速度で接近し《『九輪の舞焔花(プリムローズ)』》を発動させ割って入り綾斗を抱き抱え後退する二人。

着地を決めるがそう簡単に《疾風刃雷》の追撃を逃れられなかった。

 

「逃がしません…《影技・春雷遥》っ。」

 

腕を引くように構え星辰力を剣先に纏わせチャージが完了したところで前方に突き出し放出された青白い星辰力の奔流が二人に襲いかかる。

それに気がついたのユリスでレイピアを回すように構える。

防御よりも攻撃で相殺することを選んだユリスが放った技が綺凛の技に激突する。

 

 

「くっ…咲き…誇れ!『呑竜の咬焔花(アンテリナム・マジェス)』!!!…くぅぅぅぅ……きゃぁぁぁっ!!」

 

息も絶え絶えに詠唱し巨大な炎の竜が顕現し放たれた青い閃光へ向かって行く。

出すタイミングが遅かったのかユリス達の眼前で爆発し技を相殺することは出来たが衝撃までは相殺することは出来ずに悲鳴を上げて吹き飛ばされる。

 

「ユリスっ!!」

 

その直前に綾斗はユリスの抱き抱え背中を向けて衝撃から逃れるように行動をした。

衝撃は綾斗達の後ろに有る防御壁がその場所を除いて壊れるくらいには威力があった。

 

暴風が鳴り止み抱き抱えたユリスに声を掛ける綾斗。

 

「ユリスっ」

 

「だ、大丈夫だ…まさかあの技が止められるとはな…。」

 

その反応を見て安心する綾斗はユリスを立たせた。

 

「まだ行ける?僕一人で刀藤さんを相手取るのは結構きついからさ…。」

 

「それを言うならわたしも綺凛を相手取るのは無理だぞ?」

 

お互いがお互いを立たせ正面にいる綺凛を見据えている。

しかし。

 

「なっ…!?」

 

「…本当に規格外だね。」

 

二人は少し呆れるしか無かった。

その視線の先にいたのは。

 

「大丈夫でしたかお義兄さん?」

 

「ああ。大丈夫。少し制服が焦げちまったけど…まぁ大丈夫大丈夫。」

 

綺凛の隣に立ち制服の一部が焦げてしまってはいるがどこも負傷していない蜂也の姿があった。

仕切り直しだと言わんばかりに互いが武器を構え激突した。

 

◆ ◆ ◆

 

闘いは最終局面に向かっていた。

ほぼ乱戦であった。

 

綾斗は《黒炉の魔剣》を構え綺凛への間合いを詰める。

迎え撃つ綺凛も《壊劫の魔剣》の切っ先を煌めかせ応戦する、がそこへユリスの炎の戦輪が襲いかかる。

しかし蜂也の光輪が相殺し綾斗へ襲いかかる。

そこを潜り抜けても今度は綺凛に綾斗の刃は蜂也が発生させた重力壁が出現し切り裂くに至らず今度は綺凛の刃はユリスの炎の障壁に阻まれるという千日手になっていた。

 

たった一太刀、届けば良いのに互いの校章を切り裂けず火花を散らす。

 

「おおおおおおおおおおおおおっ!!」

 

「はああああああああああああっ!!」

 

烈迫する剣激に周囲に飛び散った破片が舞い散り砂煙を上げる。

何十という打ち合いをしているにも関わらず互いに決定打を与えられていない。

しかし、状況は変化した。

 

「ちっ…!」

 

蜂也が持っていた銃をユリスが炎の戦輪で切り裂いたのだ。

これにより魔法による援護が出来なくなり攻防の有利が出来た綾斗達は攻勢を仕掛ける。

ユリスが《アスペラ・スピーナ(レイピア型煌式武装)》で虚空に魔方陣を描き、巨大な竜が姿を現す。

不十分な詠唱ではなく全力での攻撃だ。

 

「咲き誇れ!『呑竜の咬焔花(アンテリナム・マジェス)』!!」

 

二度目の焔の竜は舞い上がり上空より綺凛を襲った。

後ろに下がろうとする綺凛。しかしそのタイミングで綾斗はギリギリまで引き付け距離を離さないようにして仕掛けた。

 

「天霧辰明流剣術中伝、”陸屠蜂(りくとばち)”」

 

霞に構えを取ってからの六連撃の突き技。

このタイミングではユリスの技か綾斗の追撃かで片方の技に対応するしかなく逃げ場はない。

 

ー筈だったー。

 

「俺をいること忘れてねぇかな?」

 

「!?」

「!?」

 

やけに通る声が綾斗達の耳に入る。

炎の竜は後方からの光の奔流に飲み込まれ六連撃は綺凛に届かず無力化されてしまった。

 

炎の竜が吹き飛ばされたその衝撃で吹き飛ばされながらも体勢を整える着地した綾斗のもとにユリスが駆け寄る。

 

「大丈夫か綾斗!」

 

「ああ。僕は大丈夫だけど…これは…ちょっと参っちゃうな。」

 

「あれで倒せてないのはちょっと異常だぞ…?」

 

綾斗はそう言って正面を見ると綺凛の後ろに立つ蜂也が何処からか取り出した銃型煌式武装がスパークしていた。

スパークした武装を放り投げて銃のような物を装備し直している。

 

「しかし…蜂也の《魔術師》としての能力は異常だ…詠唱無しであれ程の威力の技を繰り出せるとは…。一体なんなのだあれは…。」

 

そう呟くユリスに綾斗は思考を巡らせ一つの答えに至った。

 

「ユリス。副会長が持っているあの銃は煌星武装ではなくて魔法の発動を補助する道具、だったりしないかな。」

 

「なんだと?」

 

「もっと早く気づくべきだったんだ。僕はあまり《魔術師》や《魔女》についてあまり詳しくないけど”魔法”はイメージが大切だからそれを言葉にしないと十全な威力や複雑な魔法は発揮できない筈だ。それこそ副会長が使う魔法が何よりも複雑すぎる。」

 

光輪や重力制御に二酸化炭素をドライアイスへ変換し射出…。

そこでユリスも同じ思いに至ったのか愕然とした表情を浮かべている。

 

「まさか蜂也の魔法は”起動式”…科学的に起こしてあの銃で補助して発動させている…バカな!あれ程の規模の事象の変更を行っていれば脳がパンクするだろう?」

 

「それが副会長が出来てしまう…本当の実力なのかも知れないね。」

 

事象改変を起こすほどの魔法を”式”に置き換え脳内で処理しそれを銃型の道具で処理を行っている…その事を理解しユリスはつくづく蜂也が規格外であることを理解した。

 

「手に持つ道具…まるでおとぎ話の魔法使いが使う”ホウキ”のようだな。」

 

「獲物を持っていないのにあれだけの戦闘能力は本当に参っちゃうねあれは…。」

 

所持している《壊劫の魔剣》は現在綺凛が所持しており戦闘力は半減している…筈だったがそれを補ってあまりある《魔術師》としての能力を発揮し綾斗とユリスを追い詰めていることに愕然としていた。

その事に気がつき苦い顔を浮かべる二人だったが負けるわけには行かないと手に持つ獲物を握りしめる。

 

「そろそろ決着をつけようじゃねーか。」

 

そう告げる蜂也は手に持つ銃を構え引き金を引く。

銃口のマズルフラッシュが見えた瞬間に冷気を帯びた弾丸が投射された。

 

威力はそれほどでもないものの如何せん数が多いため小回りの効かない《黒炉の魔剣》では対応がしづらい。

その隙をついて綺凛が攻撃を仕掛ける。

 

「参ります!」

 

鋭く速い連撃は綾斗の精神を削るには十分すぎた。

徐々にではあるが押され始める綾斗。

 

(くっ…副会長が使っていたときの大きさならまだしも刀藤さんが使っている日本刀の大きさでは対処しづらい…!)

 

今はその速度に対応するのに手一杯だ。

 

(このままじゃ押し切られる…!)

 

「綾斗!」

 

と、鋭い声が綾斗の耳を打つ。

直ぐ様その意図を感じ取った綾斗は横薙の斬撃を《黒炉の魔剣》の腹で受け止めその勢いで後ろに飛ぶ。

 

「綻べ、『大輪の爆耀華(ラフレシア)』!!」

 

ユリスが《アスペラ・スピーナ(レイピア型煌式武装)》を振り下ろし蜂也の足元に魔法陣が浮かび上がりその瞬間に蜂也の目の前にとてつもない炎の華が顕現し、膨れ上がった。

 

ーしかしー。

 

「………。」

 

この会場に居る誰もが聞き取れないほどの声量で左手を翳し魔法の起動式が展開する。

 

その結果、吹き荒れる筈の焔で埋め尽くされる筈だった炎燐は氷の結晶へと変化しその炎の花弁はその形のまま氷の花弁へと変化し砕け散る。

 

落ちる氷の花弁へ変化したその背後から銃を構える姿が見え銃口から光が焚かれた。

驚愕するユリスを尻目に蜂也は片手の銃の引き金を引いて先程の炎の障壁を砕け散らせた攻撃を連続で発動した。

綾斗達がいる付近を中心として加重系統魔法《重力爆散(グラビティ・ブラスト)》が放たれる。

 

「ー!」

 

その衝撃は凄まじくクラスター爆弾のような攻撃範囲にユリスの悲鳴を飲み込み轟音に掻き消された。

ユリスと共に塵のように吹き飛ばされた綾斗は意識を手放しそうになったが全身を駆け巡る痛みに意識を強制覚醒させて意識消失判定になら無いように食い縛った。

 

「ぐぅ…!はぁ…っ!ユ、リス…。」

 

倒れ伏していた綾斗は立ち上がり状況を確認すると自分達がいた場所が瓦礫の山と化しておりよくこれで無事だったなと逆に感心してしまった。

制服は所々ボロボロになってしまっているが校章は無事だった。

その状況を作り出した蜂也は綺凛のもとに駆け寄り後ろへ後退している。

追撃の心配はないようで安心した。

 

「綾斗、無事か…?」

 

か細い声に反応し後ろを振り向くと今の綾斗と同じくらいに制服がボロボロになっているユリスの姿があった。

急ぎ駆け寄るが綾斗も先程のダメージが蓄積しているのか動きが鈍いが崩れ落ちそうなユリスを抱き止める。

 

「ユリス!」

 

「はぁ…はぁ…大丈夫、と言いたいところだが…流石に厳しい…な。」

 

綾斗に抱き起こされているユリスはぐったりしたまま苦笑を浮かべている。

 

「正直…どう思う?勝てると思うか?」

 

その問いかけに綾斗はすぐに回答を出せなかった。

 

「正直…かなりきつい…かな。」

 

「まだ、二人は健在…か。」

 

この状況を作り出した蜂也はほぼ損耗無しで戦闘が出来る状況に有り綺凛も殆ど損耗はない。

片方どちらかを倒せていれば可能性はあっただろうが…今はその可能性はゼロに等しい。

勝てるとしたら蜂也を戦闘不能にするしかない。

 

「あとは僕次第…かな。速度で上回れないと副会長には勝てない。」

 

「速度か…。」

 

その言葉を聞いてユリスは綾斗の持つ《黒炉の魔剣》に手を伸ばす。

ジュっ!と肉が焼ける音が響きあまりの熱さにユリスは苦悶の表情を浮かべ綾斗は慌てた。

 

「ユリス、何を!」

 

「ぐぅ……!流石に触れさせてはくれないか…綾斗。星辰力を注ぎ込めお前がイメージする使いやすい形を想像しながらな。わたしが調整する。」

 

「…わかった。」

 

蜂也に、この試合に勝つための方法を二人で編み出していた。

《黒炉の魔剣》が収斂されて洗練されていく。

 

「…出来たぞこれがお前の、天霧綾斗の《黒炉の魔剣(セル=ベレスタ)》だ。」

 

「…了解だ、ユリス。僕は最後まで諦めない。君の願いを叶えるためにね。」

 

「ふふっ…そうか…すまないが…あとは頼む。」

 

パタリと綾斗の腕のなかで気絶するユリス。当然ながら意識消失判定が下った。

 

「ユリス=アレクシア・フォン・リースフェル、意識消失(コモンアンシャスネス)

 

綾斗は意識を失ったユリスを優しく横たわらせ《黒炉の魔剣》を一振し振り向いて歩き出した。

 

◆ ◆ ◆

 

「綺凛ちゃん調子は?」

 

「大丈夫です。行けま……っ!」

 

「おっと…。」

 

グラリ、とふらつき倒れそうになる所を俺は抱き止める。

 

(予想以上に星辰力を喰われていたな…流石は純星煌式武装って言ったところか?)

 

《瞳》で綺凛ちゃんの状態を確認すると星辰力が底を突きそうになるまで消費されていた。

無意識に放出をしていたのかも知れないがこれ以上戦闘は出来ない。

ちょうど良いと言えば丁度良いのかも知れない。

 

こっちは万全な俺がいる。向こうはユリスがダメージを受けて綾斗になにかを託しているように見えたが…うん分からんが向こうは天霧も手負いだ。

しかし楽観視するならば簡単な試合かもしれないけど手負いの相手ほど危険なものは無いと俺の経験上の勘が告げていた。

 

「…綺凛ちゃんは下がっててくれるか?」

 

「わたしはまだ闘えます!…うっ。」

 

「星辰力を《壊劫の魔剣》に吸われ過ぎたんだ…ほらふらついてるし…ごめんな俺の調整が不完全で。」

 

「そんなこと…わたし…準決勝でもお義兄さんのお役に立ててないです…。」

 

しょんぼりする綺凛ちゃんの頭を撫でる。

 

「そんなこと無いよ。綺凛ちゃんが居てくれたことで今有利に進んでる。」

 

「お義兄さん…。」

 

「だからしょげる必要はないよ。ね?」

 

そう告げて手を翳し近くに刺さっていた《壊劫の魔剣》を加重系統魔法で引き寄せ発動体を握ると何時もの大剣の刀身が現れる。

脳内に《グラム》が話しかけてきた。

 

(待ちわびたぞ主。)

 

(悪かったな。)

 

(まぁ綺凛殿は我を扱うには…まぁ及第点であったな。悪くはなかったが。)

 

中々に辛辣な評価だが十分に調整していない純星煌式武装を扱っていたのは十分な成果だと思うが。

 

(そうかい…相手は手負いだが厄介だぞ?)

 

(相手にとって不足はない…行くぞ主!)

 

(…ああ。)

 

「んじゃ綺凛ちゃん。ここで休んでて?行ってくる。」

 

「はい、お義兄…さん。」

 

「刀藤綺凛、意識消失(コモンアンシャスネス)

 

壁に持たれ掛けさせると我慢していたのか意識を失ってしまった。

俺は綺凛ちゃんを優しく横たわらせた後にくるりと振り返り発動体に星辰力を注ぎ込むと励起しバチり、と紫電が飛び散る。

ステージの中央へ向かうと天霧も同じタイミングでこちらへ向かっていた。

 

「?」

 

その手に持っていた《黒炉の魔剣》はダウンサイズし大きさは綺凛ちゃんが先程使っていた《壊劫の魔剣》より少し大きいくらいの日本刀のサイズへ変化していた。

 

(調整……?ああ。リースフェルトが協力したのか。)

 

黒炉の魔剣からは赤い螺旋が巻き付いている。恐らくはリースフェルトが手伝い小型化させたのだろう。

 

(うむ。恐らくはリースフェルト嬢の力を借りて天霧殿に合わせた刀身に変化させたようだ。セレスタもやる気十分なようだ。)

 

(負けてくれるなよ?)

 

(無論である。)

 

近づいてきているのを確認し脳内での会話を中断する。

 

「お待たせしました副会長。」

 

「いや、こっちも待たせた。しっかしまぁ…お互いボロボロだな。」

 

「ええ。」

 

俺と天霧の制服は所々穴が空いたり煤けていたりしている。

満身創痍、とはまさにこの事だろうか。

互いに歩きだし間合いに入った瞬間に烈迫した気合いがステージ中央で激突する。

 

「おおおおおおおおおっ!!!」

「はあああああああっ!!!」

 

互いに純星煌式武装の刀身が触れた瞬間に火花を散らす。

 

(さっきよりも速えなおい…!)

 

先程まで俺と剣を合わせていた時よりも剣速が恐ろしく速い。

気を抜けば両断されてしまうのはこちらだと。

ならばと。

 

(卑怯とは言ってくれるなよ…天霧…!)

 

発動体を握る手を通し《壊劫の魔剣》に対して加重系統魔法を付与し速度と威力を底上げする。

その瞬間に天霧が苦悶の表情を浮かべる。

速度と威力、上回ることが出来たようだ。

 

威力と速度はこちらが勝っている状態で天霧は一発でも貰ったら終了。

剣速は速くなっているが体力は落ちており目に見えて隙があるのがわかった。

…仕掛けるタイミングはここだった。

 

案の定俺が予測したタイミングで校章を狙い鋭い突きを繰り出す。

が、その刀身を弾き飛ばすように上段へ上げ返す刃で振り下ろし天霧の校章を狙う。

 

「ーーーーーーっ!!」

 

が、その前に身体を捻り制服を切り裂くだけに留まり《壊劫の魔剣》が地面に激突しその付近に瓦礫が舞う。

その舞い上がった瓦礫が天霧の姿を隠してしまい悪手であった。

 

(何処に行った……っ!…上かっ!?)

 

天霧は遥か上空、瓦礫を使って空へと駆け巡っていた。

気がついたときには俺の背後に回っていた。

俺の背筋を焼くような威圧感が迫り今このタイミングでは迎撃が間に合わない、と俺の本能が告げていた。

 

(やられる……………?!…だが、綺凛ちゃんのため負けられねぇ…!)

 

次の瞬間に俺の意思に反応してくれたのかこのタイミングで『賢者の瞳(ワイズマン・サイト)』発動し両目が黄金色に輝く。

 

脳裏に映るは”俺が天霧に懐に潜り込まれ円を描きながら斬撃を繰り出し校章を破壊され敗北する未来”の映像が脳内に叩き込まれた。

これを回避するにはどうすれば良いのかの道筋を構築する。

 

(これしかねぇ…か!)

 

構築した必勝パターンを掴むため直ぐ様行動する。

その場から身体を捻り《壊劫の魔剣》を逆手に持ち変え切り上げる。

 

「なっ……!?くっ…!!」

 

俺の校章を切り裂こうとした斬撃を振り上げた《壊劫の魔剣》によって軌道を変えられて回避せしめた俺に天霧は驚いていたようだがその隙を逃すわけに行かないとその状態で腰を深く落とし利き手に持ち変え構える。

 

「魔剣完了…ってな。」

 

詠唱は特に必要ない。

今は《グラム》が憑依しているわけでもないので。

《壊劫の魔剣》に俺の魔法力が星辰力に変換されて注ぎ込まれた次の瞬間には大剣に纏わり付く雷が黄金色から赤色化した稲妻へと変化する。

回避され着地した天霧は利き足を踏ん張りこちらへ武器の質量を使い回転し俺の懐へ入り込もうとするが俺の方が速かった。

 

「天霧辰明流剣術奥伝、ー”修羅月(しゅらづき)”!!」

 

天霧がこちらを捉え旋回し半月を描くような剣閃を煌めかせる。

其よりも早く利き足を踏み込むと同時にステージ上に描かれた不尭の象徴たる”赤蓮”が砕け散る。

それを合図として俺は気合いの籠った一撃を放った。

叫ぶのは心の中にしておく。

まぁ…《グラム》の台詞を借りるのならば…。

 

壊劫の魔剣(ベルヴェルク=グラム)

 

万物を破壊する必殺の一撃が叩き込まれた。

 

「あああああああああっ!!…っらぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」

 

こちらへ飛び込んできた天霧が持つ《黒炉の魔剣》に描かれる紫と緋色の螺旋の斬撃を俺の《壊劫の魔剣》が確実に捉え黄金色と赤色した稲妻の斬撃は発していたであろう技を破壊しながら天霧の胸部分を目掛け横一閃で薙ぎ払う。

 

「はあああああああっ!!!!」

「はあああああああっ!!!!」

 

互いの技が交差した瞬間に凄まじい衝撃と破裂音がステージに響き天霧はその技の反動で荒れた大地へと転がっていく。

 

俺はと言うと結構辛い。どのくらい辛いかと言うと立ってるのが辛い。

しかし天霧の技の影響を受けたが少しふらつくも膝を着くことはせずに立ったままだ。

正直俺の刃が天霧に届いたのか、それとも天霧の刃が俺に届いたのかはわからない。

ここで校章を確認するのは野暮と言うものかもしれない。

しかし、確かめる術は直ぐ様俺達の耳に入ってきた。

 

「天霧綾斗、校章破損(バッチザブロークン)

「試合終了!勝者名護蜂也&刀藤綺凛!!!!」

 

パチパチ…パチパチパチパチパチパチ…!!!ワァァァァァァァァ…!!!!

 

会場は静まり返るが一人の拍手を皮切りにそれは大瀑布のような衝撃へと変わり歓声が大歓声へと変化した。

 

『つ、ついに!遂に決着!凄まじい激戦の末、この鳳凰星武祭(フェニクス)決勝戦を制したのは星導館学園の名護選手と刀藤選手です!』

 

『いやー素晴らしい試合でした。決勝にふさわしい引き込まれる試合展開でしたッス!今一度この素晴らしい試合を見せてくだった両選手へ大きな拍手を!』

 

拍手喝采雨あられとはまさにこういうことなんだろうが…なんだろうなれないなこれ…。

とりあえず倒れている天霧に近づき手を伸ばすと呆けた顔をされたが直ぐ様「参りました」というあっけからんな表情を浮かべて手を握り返された。

これで払い飛ばされたらどうしようかと思ったがそんなことをするやつじゃなくて助かった。

満身創痍の天霧を立ち上がらせて一息着いたあと慣れないファンサをして手を振ると黄色い悲鳴も聞こえて来て困惑したが…ひとまず優勝した、と言う実感だけは沸いてきたのだった。

 



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暴君の後始末

鳳凰星武祭(フェニクス)が無事終了したが俺達が闘ったステージは余波でボロボロになってしまったので会場を変更してシリウスドームからプロキオンドームになった。

なんでそんなことをするのかと言うと表彰式兼任の表彰式が行われるからだ。

 

今プロキオンステージの表彰台に立っているのは先程治療を受けて制服も新品の状態になった優勝者の俺と綺凛ちゃん、準優勝の天霧がおり逆にパートナーのリースフェルトは不在だ。

何故なら先程の試合で疲労困憊の星辰力切れで医療院に運ばれた。

だからここの表彰台には俺と綺凛ちゃん、天霧しか居ない。

まぁ綺凛ちゃんに至っては俺が《物質構成(マテリアライザー)》で星辰力を全快させた、というのがあるので。

だって優勝したんだから二人で表彰受けたいじゃん?一人なら難癖つけてフケていたかもしれない。

 

閉会式…なのだが観客席は先程の試合をみていた観客が隙間もないほどぎゅうぎゅうに詰められている。

試合をするわけでもないので見る必要が無いため観客席が埋まることは無い筈なのだがクローディアに聞いたところによると試合が盛り上がれば盛り上がるほど閉会式にやってくる観客が多くその年、どのくらい盛り上がったか、観客が満足したかの指標が分かるようになっているらしい。

 

「ーーーーーーーーーーーーー。」

 

壇上では運営委員長のマディアス・メサが今大会の総評を述べているが正直どうでも良い。

俺達じゃなくてどっちかと言うと試合を見る観客、いや顧客に向けての説明…株主総会みたいだな。

壇上には各学園の生徒会長が並び何となくそちらの方を見ているとその中の数名と目が合う。

 

「……♪」

 

一人は星導館学園…と言うかクローディアがこちらを見て本心から喜んでいるのだろう微笑みをこちらに向けている。一応これでクローディア…というか星導館の今シーズンのトップに躍り出ることは出来ただろう。

めちゃくちゃ点差数をつけたらしい。

 

(まぁ俺と天霧のワンツーフィニッシュだしな…総合点はもう負けないだろ。)

 

そんなことを思っていると知り合いその二になるクインヴェール女学園の生徒会長、シルヴィア・リューネハイムと目があった。

 

「……♪」

 

こちらも同じく目があって小さく微笑んで悪戯っぽくウインクを送ってきた。

その顔の良さと愛嬌から「俺本当にシルヴィと知り合いなの…?」と本気で疑いたくなったが彼女の視線が本当なのだと実感を沸かせた。

 

「~~~♪」

「……。」

 

知り合いその三である界龍第七学園の生徒会長、茫星露が俺と天霧をキラキラした目で見ている。

そのキラキラは非常に愛らしいと思うが…こいつの戦闘狂な部分を知っているため素直に喜べないんだが…。

対して聖ガラードワース学園の生徒会長は俺達を観察…というか直ぐ様興味深そうな視線へ変わったのでどうにもお眼鏡には叶ったらしい。

聖ガラードワースの生徒会長はあれだな。なんか隠してるな。たぶんだけど。

 

「……。」

 

視線を切って俺は別の人物へ視線を向ける。

俺の視線を受けた人物はこちらを睨むようにみていたが意図的に《瞳》と「お前のやったこと知ってるぞ?」という意味を視線をぶつけてやるとこちらには聞こえないであろう舌打ちと不満げな表情を浮かべていたが…。

今回のフローラ誘拐事件がディルクの仕業というわけ…というか絶対こいつの仕業だろおい。

こちらにはお前がやったという証拠が残ってるし何より下手人が生きたままこちらの手にあるからな…自白しないのなら《記憶読取》で片っ端から記憶吸出して出力してやる。

 

貴方を誘拐事件の犯人で訴えます!理由はもちろんお分かりですね?貴方がか弱い少女の誘拐を企て俺達の試合を邪魔して選手に悪影響を及ぼしたからです!覚悟の準備をしておいてください!近いうちにカチコミを掛けに行きます!尋問をします!俺との話し合いのテーブルに必ず着いて貰います!慰謝料の準備をしておいてください!貴方は犯罪者です!(まぁレヴォルフだし叩けば埃なんて幾らでも出てくるだろ。の意)星猟隊に捕まる覚悟をしておいてください!良いですね!

 

…っとイカンイカン。思わずワ○ップ○ョルノが出てしまったな。

と、まぁクローディアにフローラを助け出した時に警備隊に連絡しますか?と言われたがそれはしないように指示した。

どうも六花の上の連中とディルクが繋がっているように思えて証拠を出したところで「やはり見つからなかった。」としらばっくれられるのが見え透いているからな。

…まるで魔法師の師補十八家や十師族と癒着する企業、政府のようだ、と自嘲した。

 

こうなれば星猟隊の隊長は傑物らしいのでそういったものでは動かなさそうだが上の連中が私利私欲にまみれている連中なら甘い汁を吸うためにディルクを無罪放免にする可能性はあり得たので持ちうる手札は温存しておくことにしよう。

そんなことを考えていると観客へ向けた固い口調の説明は終了し表彰式が始まった。

マディアスに呼ばれ壇上へ上ると観客席から大きな拍手が巻き起こる。

準優勝から順番に表彰されその健闘と称えられた。

 

「まずは、天霧綾斗並びにここには不在だがユリス=アレクシア・フォン・リースフェルト両名の勇猛果敢な不屈の闘志とその意思、両名の健闘をここに称える。準優勝おめでとう。」

 

「ありがとうございます。委員長。」

 

マディアスの差し出した手と握手を交わす天霧。

そのつぎに大きなトロフィーを手渡される。

 

「そして、名護蜂也並びに刀藤綺凛両名の輝かしい栄光と不屈の闘志、輝かしい勝利をここに称える。優勝おめでとう。」

 

「…ありがとうございます。」

「お言葉感謝しますっ。」

 

マディアスが俺の手を握る。…結構強めに握ってきたなこのおっさん。

その後に綺凛ちゃんと握手した後にトロフィーが手渡されたが天霧よりもでかいトロフィーを渡されたが綺凛ちゃんと二人で受けとった。

トロフィーには水上学園都市・六花(アスタリスク)の象徴たる六角形の紋様が刻まれていた。

…こんなばかでかい六角形なんて見たこと無いんだが…なに?洋館の仕掛けを解くのに使うんかこれ?

 

「個人的に君…君たちの試合は実に興味深かく面白かったよ。是非とも来年度の《星武祭》で君達の活躍が見られることを楽しみにしているよ。」

 

「はい!」

「はい。」

 

マディアスが笑顔で頷いてそう告げたがなにか胡散臭いと思ってしまうのは俺の気のせいだろうか…?

がそれよりも催促されて前を向くように促され俺と綺凛ちゃんはトロフィーを持って前へ向き直る。

それに従い振り向くと六花に集まった各社取材陣がカメラを持って待機している。

隣に居る綺凛ちゃんに小声で話し掛けられた。

 

お義兄さん、トロフィーを一緒に掲げましょう…。

 

正直乗り気ではなかったが取材陣が居る手前とクローディアと運営委員長が居る前でやらない、という選択肢はとっくに潰されていた。

 

分かった…。

 

「さぁ!我々に無上の興奮と感動を与えてくれた彼らに、盛大な拍手を!」

 

マディアスの発言を合図に俺と綺凛ちゃんはトロフィーを一緒に掲げる。

次の瞬間に会場は割れんばかりの拍手と歓声に包まれ俺達はフラッシュを焚かれまくった。

 

優勝した実感よりも一先ずは”綺凛ちゃんのお願い事を叶えることが出来る”という安堵感の方が強かった。

とりあえず今はファンサでもするかと空いた片手で上にあげてぎこちなく手を振って慣れない笑顔を振り撒くことにした。

 

◆ ◆ ◆

 

「……。」

 

「…。」

 

控え室に続く通路を俺と綺凛ちゃんで歩くが会話はない。

当然だろうが表彰式の後にインタビューがあったりして精神的に困憊状態だから口を開きたくないのも分かる。

ふと隣を見るといつのまにか隣に居た綺凛ちゃんが後ろで立ち止まっているのに気がついた。

 

「綺凛ちゃん?」

 

声を掛けると気がついたのかハッとなり顔をあげる。

 

「は、はいっ。お義兄さん。」

 

「どうしたの?…ってまぁあれだけインタビューと写真撮りされたらつかれるわな…来年はぜってぇ受けねぇぞ…。」

 

そんなことを呟くと綺凛ちゃんが困ったような表情を浮かべていたが直ぐ様なんとも言えない顔色に変わる。

 

「そ、それは無理だと思うです…。あう……その…。」

 

「?」

 

「ええと…はい。やっぱり言います!」

 

意を決したのか綺凛ちゃんは俺は近づいてきた。はて?いったい何を俺に言うのだろうか?

まさか「嫌いです!」とか言われたらどうしようと思っていたが違った。

俺が眼前を見下ろす距離にまで近づいてきた綺凛ちゃんは同然ながら俺を見上げる形になる。

改めてみるとその顔立ちはやはり整っていてこちらが恥ずかしくなるくらいには近すぎる。

潤んだ紫かかった瞳から目が離せなくなっていた。

 

「ありがとうございます。お義兄さん。」

 

口から出たのは感謝の言葉で俺は呆気に取られてしまった。

 

「お義兄さんがいなければわたしはきっと…今回の《鳳凰星武祭(フェネクス)》を勝ち抜けなかったです…。」

 

「…。」

 

俺は黙って聞いて綺凛ちゃんを見つめていた。

 

「お義兄さんがいてくれたから…父を…お父さんを助け出すことが出来るようになります…だから…だから…」

 

感極まっているのか目尻から涙が溢れだしている。

そっと指を使い拭ってやると目を細めて笑顔を浮かべる。

次の瞬間。

 

「え、ちょ、綺凛ちゃん?」

 

「……ふぇっ…ぐずっ…ふぇぇぇぇっ…!!」

 

俺は綺凛ちゃんに抱きつかれてしまった。

両手は手持ちぶさたになったが両腕で綺凛ちゃんの抱き締め頭を撫でた。

 

「頑張ったね綺凛ちゃん。」

 

「…はい、お義兄さん。」

 

その声色は涙声だったが明らかな喜色が浮かんでいた。

俺は綺凛ちゃんが泣き止むまでそうしていた。

 

◆ ◆ ◆

 

時刻は変わってレヴォルフ黒学園

 

「……何のようだ《戦士王》にエンフィールド。俺は忙しいんだがな。」

 

しっかりとアポイントメントを取って俺達はレヴォルフの生徒会長室に来ていた。

隣に居るメガネを掛けた女子生徒がこの学園には似つかわしい性格であるようで俺達とディルクの雰囲気に怯えている。…がしっかりとコーヒーを出してくれるのには性格の良さが出ている。

…なんでこの子レヴォルフ(ここ)に居るんだろうか?ディルクに弱みでも握られてんの?

 

「…今失礼なことを考えてなかったか?」

 

「いや?不機嫌そうな面してんなと思っただけだが?カルシウム足りてるか?」

 

「…手前ぇ。」

 

不機嫌そうな顔をさらに不機嫌そうにしているが…元々そういう顔なんだろうが。

と、この男と話すのは雑談をしに来たわけではない。

 

「まぁ俺もお前の不機嫌な顔見ながら茶をしばきに来た訳じゃないんでな…」

 

とおもむろにメガネをはずし《瞳》を露にすると室内の空気が変化した。

肌を刺すような濃密な殺気が広がる。

 

「…っ!?」

「な、にこれ…。」

 

悪いが俺も少し”オコ”なんでな…遠慮はしない。

この室内に居るメガネを掛けた少女…えーところなさんだっけか?悪いが俺はレヴォルフという学園自体に良い印象を持っていないので。

俺は人の名前を呼んだ。

 

「夜吹」

 

そう告げると夜吹がなにかを俵持ちして何処からか現れたことに正面の二人は驚いていた。

 

「あいよ、大将。」

 

「!?…てめぇは…《影星》の忍びか。」

 

「お、《悪辣の王》に知っていただいてるたぁ光栄だね。…それよりも大将。どうぞ。」

 

「……!」

 

そういって夜吹は肩に担いでいたなにかを地面に乱暴に下ろすとディルクの表情筋がピクリと動いた。

俺達の視線の先にあるのは全身を光の輪と拘束具によって動きを封じられたフローラ誘拐の実行犯《黒猫機関》の一人”ヴェルナー”だった。

 

そいつを視線に納めながら俺はディルクを《瞳》で射貫いた

 

「実は俺達準決勝の前にうちの知り合いの女の子が拐われてさ…時を同じくしてその実行犯から”純星煌式武装の凍結”を指示されたんだわ…生徒会長はその話耳に入ってたか?」

 

そう問いかけるとディルクは先ほどの不機嫌さを露にして答えた。

 

「…知らねぇな。何処ぞの誰かから恨みでも買われたんだろ?」

 

「はっ…」

 

状況を知らないものが聞けば…リースフェルトが聞けば逆上して殴りかかっていただろうが全てを知っている俺としては失笑するしかない。

 

俺は手に持った端末を掲げる。

 

「その時の音声通信がここにあるんだが…そのときの声帯波長が…そこに転がってる《黒猫機関》金目の七番…ヴェルナーだっけか?そいつと一致するのよ。ほらよ。」

 

俺は立ち上がりディルクに近づいて端末を放った。

その光景を見てクローディアは愉快そうに笑っているのはあのディルクが表情を浮かべているからか。

相も変わらずディルクは忌々しそうに鬱陶しそうに俺と端末を見ている。

《瞳》で見る限り演技でもなさそうで実際にそう思っているのだろう。

畳み掛けるとするか…。

 

「…何が言いたい。」

 

「俺がうちの知り合いの子を誘拐するようお前さんが指示して床に転がってるこいつをけしかけた…ついでに純星煌式武装を凍結するように指示した…そうだろディルク・エーベルヴァインよ?ネタは上がってるんだ素直に認めたらどうだ?」

 

《瞳》で射貫きながらディルクに証拠を突きつける。

 

「俺がこいつを使って指示を出したっていう証拠は何処にあるんだ?俺はそもそもこいつを”知らねぇ”ぞ。」

 

ほう、そう来たか…まぁディルクがこいつを使って誘拐暴行事件を指示した、という証拠は今俺の手元にはない。それこそこいつが使っている端末を調べない限りは。

だが、”レヴォルフ黒学園が保有する諜報機関《黒猫機関(グルマルキン)》が関わっている”という証拠がここにあるのだ。

 

「だが現に”こいつが《黒猫機関》の構成員”ということがネタとして上がってるんだよ。」

 

「何が言いてえ。」

 

致命的な一言を突きつけた。

 

鳳凰星武祭(フェニクス)の最中、相手の戦力を削ぐために”人質”っていう非人道的な手段を取ってたってことよ。…そもそもお前さんがそんな指示をしてない、と声高に叫んだところでこっちは証拠が揃ってるし部下が勝手に行動したのなら責任を取るのは”上”の仕事だよな?」

 

「…。」

 

俺がそう告げると不機嫌な顔に青筋が立つ。

うんうん。十分な煽り文句らしい。

 

「そもそもこれを公の場で公表しなかったことに感謝して欲しかったもんだがな…まぁお前さんの学園は犯罪上等だから関係ないんだろうが…この情報とこの男の身柄を星猟隊に身柄引き渡ししたらどうなるだろうな?」

 

「……!なっ…!」

 

ほぼ脅しのようなものだがそう煽り立てるとディルクが青筋を立てながら怒号を叫ぼうとして生徒会長室の皮張りの椅子から立ち上がり何か指示を出そうとしていた。

恐らく部屋に備えている自分を守る配下に指示を出そうとしたのだろうがそうはさせない。

 

『動くな。』

 

部屋に居るであろう配下に対して武器を使わずに俺の持つ”威圧感”と”殺気”を解放し室内に居る人間の動きを止める。

 

「…相変わらずおっかないねぇうちの大将は…。」

 

「それは我が学園の副会長ですしね。」

 

まぁ二人には感じさせないように”殺気”は押さえ目にしていたが

 

「………っ!!」

 

「か、あ…はひゅ………!!………はぁ…はぁ…はぁ…!」

 

ころなが恐怖で踞り呼吸も出来なくなりそうなほどパニックになっていたので少し和らげる。

うん申し訳ないがもう少し付き合ってくれ。

 

「俺達が…いやうちの学園がお前の部下によって被害受けてんだよ…補填して欲しいこと分かるよな?…レヴォルフ黒学園生徒会長ディルク・エーベルヴァインさんよ?これは言ってしまえば星導館とレヴォルフの問題なわけだ。この問題を拗らせるかは…あんた次第だぜ?」

 

「…ちっ…。良い性格してるぜ名護蜂也。」

 

「どうも。…それと言っておくわ。」

 

ディルクの目を見ながら《瞳》で射貫く。

 

「これから先俺の知り合いに手を出すようなら…お前諸ともこの学園を消してやるから覚悟しておくんだな。」

 

「…。」

 

「つーわけで俺達からの話は終わりだ。邪魔したな。」

 

ソファーから立ち上がり目配せするとクローディアと夜吹と共に生徒会長室を後にする。

冗談ではなく俺にはそれが可能だ。面倒だからしないだけだが。

しかし俺の”暴”の感情を解放し有無を言わさずに俺の意見を押し通すことに成功した。

結果として俺は口止め料としてレヴォルフが保有する《覇潰の罪鎌》の一時的な借り入れとディルクから慰謝料を要求。それに反論したディルクだったが「お前反論できる立場にいると思ってるのか?」と詰めると黙ってしまった。

要求を飲んで貰い今回の事件に関してはこちらからは追求無し、これでお開きになった。

ディルクの顔色が青くなったり赤くなったりと忙しそうだったが良い気味だと思ったがまたなにかしら仕掛けてきそうなので警戒しておくことに越したことはないだろう。

 

だが…。

 

本当に俺の知り合いの命に関わるようなことがあれば……。

 

 

「お、おっかなかったですぅ…なんなんですか星導館の副会長さんは…?あ、あれさっきの人がいない…?」

 

「………(ギリッ)」

 

「ひぃぃ~!!ごめんなさい黙りますぅ~!!」

 

蜂也の威圧感から解放されてようやく呼吸が出来るようになったころねは先ほど英士郎が地面に放り投げた黒ずくめの男が居なくなっていることに気がつき慌てるがその反応にディルクが忌々しく鬱陶しそうに歯軋りして睨み付けた。

 

「てめぇはさっさと帰りやがれ…!」

 

「は、はい!お先に失礼しますぅ!」

 

ころねは大慌てで荷物を纏めて生徒会長室から出ていった。

慌ただしさを示すように生徒会長室の扉は開かれたままだ。

 

「…ちっ!」

 

バァン!、とイレーネによって破壊され修復されたばかりの扉を乱暴に閉めて皮張りの椅子にドガりと腰かけて高級そうな執務机にディルクの拳が叩きつけられて音が響き渡る。

苛立っているのは目に見えていた。

 

「…。」

 

ディルクも予想外だったのだ。

”脅しを掛けた本人がまさか自分の所に指示し実行した手下を取っ捕まえて目の前に転がし脅しを逆に掛けられる”とは予測していなかったからだ。

 

「一体どんな手品で探し当て捕まえやがった…?」

 

再開発エリアではなく歓楽街の目立たないところを選んでいたはずだ。

それを1日も掛からずに見つけ出しヴェルナーがあの状態で自分の目の前に放り投げられたことよりもディルクの脳内には忌々しさより”いつどうやって探し当て救出したのか”と。

仲間は試合中であり親しい人間はあの試合会場にいた。

動けるのは蜂也とそのパートナーしかいない。

 

「まさか…自分で探し出して”猫”を無傷で倒しやがったのか…?」

 

しかし、それよりも思うところがあった。

 

「それにあの殺気…名護蜂也…てめぇは一体何者だ…。」

 

蜂也の本当の正体を知らないディルクの呟きに返答できるものは誰一人としていない。

 

「あいつを本当に引き込もうってんだからあの男の気が知れねぇ…ちっ…」

 

ディルクは苛立ちながら蜂也に対するアクションを心底面倒そうに起こしていた。

 

◆ ◆ ◆

 

アスタリスク中央行政区エリア、その中心部に《星武祭》の運営本部がある。

一位二位を争う高さの高層ビルの最上階…その一室にマディアス・メサの執務室があった。

 

自分の執務室の椅子に腰を下ろすと着信が来ていることに気がつき空間ウィンドウを開かせる。

 

「どうしたんだいディルク。何時も増して不機嫌そうじゃないか?」

 

「ちっ…!いけしゃぁしゃぁと…俺はあんたのためを思ってやったんだがな。」

 

空間ウィンドウに映る赤毛の少年は不機嫌そうに鼻をならす。

マディアスの反応も拍車を掛けているからだろうが。

 

「ああ。報告は聞いていたよ。随分と手痛い目にあったようだね。」

 

「《黒炉の魔剣(セル=ベレスタ)》と天霧綾斗よりも《壊劫の魔剣(ベルヴェルク=グラム)》と名護蜂也…忌々しいあの男の方が一番恐ろしいのは今回の件で身を持って知った。…あれは計画の駒に組み込むのは危険だ。だからこそいずれの計画にとって障害になることは間違いねぇ。」

 

「だからといって今回の件は乱暴すぎる。君も痛い目を見ただろう?君も歓楽街の反乱分子を一掃して一挙両得を狙ったのだろうが…もう少し自重して欲しいものだ。」

 

やんわり釘を刺すが毒づいた言葉に画面越しの青年は眉をひそめた。

 

「こういう時のために放っている連中だ。役に立って貰わねぇと意味がねぇ。」

 

「そちらの諜報員が捕まり揺さぶりを掛けられるのは滑稽としか言えないのだがね…。」

 

「……。」

 

ぐうの音もでないのか黙ってしまう青年に少しあきれた表情を浮かべるマディアス。

 

「まぁ…いい。ところで彼女の方はどうなった?」

 

「話は聞くようになったが…あれを本気で引き込むつもりか?《超人派(テノーリオ)》のイカれ女よりも数段ましだが…あれはあれで頭のネジが数本ぶっ飛んでるぞ。」

 

「彼女の擬形体の性能は見ただろう…我々には戦力が足らないのだから…それに彼女には計画の事を知らさせるつもりは無い。」

 

「まぁ…それが懸命だな。」

 

「とにかく君はそれに今回の件で名護蜂也くんと天霧綾斗くんを仲間に引き入れられてくれるように頑張ってくれたまえ。私が直接動くわけにはいかないからね。それじゃ。」

 

「ちっ…!無茶いってくれるぜ。」

 

青年が通話を切りちゃんと切れたことを確認して別の携帯端末を操作しウィンドウを展開する。

 

「…。」

 

その映像は何処かの病室の監視カメラの映像だった。

それはどこかの病室の液体で満たされた治療カプセルに入った少女の姿があり死んだように横たわっているが死んでいるわけではない。

 

「さてどうしたものかな…。」

 

眠り続ける少女を見ながらマディアスは計画の進行構築を練り始めた。



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断章:『懐国凱旋』
それぞれの序章


《鳳凰星武祭》が終わり数ヵ月…季節は秋へ変わっていた。

晩秋の月明かりが照らす部屋でクローディアはソファーに身を深く静めていた。

なぜか長い金髪はしっとりと濡れてベビードールの上から陶器のような白い肌が上気し豊かな双丘が溢れていた。

音声通信のみのウインドウが浮かび困惑した声で伝えていた。

 

「申し訳ありませんが、何度も言われようともそこは譲れません。」

 

電話口の人物の声は苛立った口調で何度も同じことを繰り返す。

 

「ええ。勿論です。全ては承知の上です。ご忠告には感謝いたしますよ。」

 

クローディアは薄い笑みを浮かべて無造作に空間ウィンドウを閉じた。

そしてゆっくりと息を吐き出した。

 

「ようやくここまで辿り着けました…あとは…。」

 

クローディアはそういって立ち上がり窓際に向かった。

深夜の遅い時間帯のため窓辺に立ってもベビードール…ほとんど下着だけに近い姿になっていても分からない。

薄いレースに降り注ぐ月光を浴びながら自らの体を抱き締める。

 

「ふふっ…これでもう後戻りは出来ませんね…。」

 

自嘲気味に笑い、自分自身に言い聞かせるように呟いた。

あの日から抱いてきたクローディアの願い。

毎夜続いてきた悪夢は”一人の少年(名護蜂也)”の出会いによって打ち砕かれはした。

…がそれは未だにクローディアが見る”悪夢(パン=ドラ)”を打ち直したに過ぎない。

”悪夢”は効力を発揮している。

悪夢と言っても彼女を害する夢でなく、彼女が見る夢の狭間で”警鐘(未来予知)”として主のために伝えているのだ。

 

「……っ~~~!」

 

(未来予知)で見た悲惨な結末を思い出しクローディアは自らの抱き締め震える体を抱き締める。

言っても誰にも理解されない。

明かしたところで愚かしいと嘲笑われくだらないと切り捨てられ本気で取り合う者などいない。

なにしろ当のクローディアがそう思っているのだから。

 

「蜂也…私の運命の人…だからこそ私は…貴方を…○○○○○…。」

 

最後の言葉を呟くがそれを聞けるものは誰もいない…いや聞こえない、といった方が正しいか。

 

「……。」

 

クローディアは窓際から踵を返しベッドへ歩きだして覗き込む。

 

「………。」

 

…何故かその隣には背を向けるように寝ている蜂也の姿があった。

なぜその格好でクローディアが蜂也の隣に居るのか。

 

そう、ここはクローディアの部屋ではなく蜂也の個人部屋の男子寮だ。

何時もの如くクローディアが蜂也の部屋へ押し掛けてきていたのだ。「眠れない」という理由で。

呆れていた蜂也だったが何時もの妹ムーブを決められ陥落…承諾せざる得ない、という状況だったのだ。

 

ガチ寝している蜂也に対して少し不満そうな表情を浮かべていたが頬を愛おしそうに前髪を掻き上げて頬を撫でる。

 

「もう…私のような美少女が隣に居るのに襲わないないなんて…魅力がないのかそれとも蜂也は殿方にしか興味がないのかしら?」

 

少し自分の魅力に自信を無くしてしまいそうになったが密着されたときはしっかりと顔を赤らめていたのを思いだしホッとした。

 

「ふふっ…。」

 

クローディアは笑みを浮かべ蜂也が眠っているセミダブルベッドへ潜り込み蜂也へ抱きついて眠りに着いた。

 

「ううん…暑い…んだけど…。」

 

寝言を呟く蜂也にムスっとするクローディアだったが楽しそうに笑う。

心からの笑みだ。

 

「もう…蜂也ったら…。」

 

その名前を噛み締めるように。今日は蜂也と楽しい夢が見られるようにと願い眠りについた。

 

「お休みなさい…蜂也…。貴方は私が…………。守ります。」

 

呟いた言葉は現実になるように祈り続け行動するしかなかった。

未来を変えるためには。

 

◆ ◆ ◆

 

「…というわけで来年に行われる獅鷲星武祭(グリプス)の優勝へ向けて蜂也を主軸として私、綺凛さんにユリス、天霧くんをメンバーとしたチームを結成したいと思うのです。そのためには蜂也は来年度の学内序列戦で綺凛さんに挑んで勝利してくださいね?」

 

え、お前俺に序列一位に挑めとか死ねって言ってる?相手はあの綺凛ちゃんだぞ?死ぞ?

まぁこいつがそう言うのは「手抜きで負けないでくださいね?」という脅しだろう。

別に手を抜いて序列三位になったわけじゃない。目立ちたくないからである。

 

「星武祭を初登場で制覇してる時点で貴方の名前は学外に轟いていますので…。」

 

人の心を読むな……マジか。面倒くさい。

 

「急に言うじゃんお前。…まぁそのチームメンツで負けるのか逆に聞いてみたいんだが…」

 

それよりも昨日の事について一言物申した。

 

「ってそれよりなんで俺のベッドに入ってんの?年頃の女の子がそんなことをするんじゃありません。」

 

「あら?では蜂也はこの秋口の寒い部屋で薄着のまま寝ろと…くすん…ひどい人…。」

 

昼飯を喰うにいたって何時ものメンバー…というか俺達が先に場所取りをしており頼んだ料理が先に出ていたので先に食べながら雑談…というか他には聞かせられない内容なので《遮音魔法》を使いこの内容が外へ漏れないようにしていた。

うん。これ聞かれたらヤバイわ。

隣で泣き真似をするクローディアが若干鬱陶しく思えてきたがその仕草が似合っているのが拍車を掛けて頭を押さえたくなったがこういうことをしてくるのは”構って欲しい”の合図だとこいつの付き合いで理解した。

 

「んじゃ今度ソファー買っとくからそっちで寝ろよ…。」

 

「あら。私と同衾するのはお嫌ですか?」

 

同衾…ってお前なぁ…。

 

「いや、お前入れて寝る…ってそういう問題じゃねーだろ…年頃の青少年の性欲舐めんなよ?襲うぞマジで…。」

 

最後の「襲うぞマジで…」の部分を少し威圧感を込めて耳元で囁くと…。

 

「えっ…////」

 

あれーおかしいねぇ…さっきまでメスガキムーブしてたのに頬を朱色に染めると恥ずかしそうに生娘ムーブしてきやがったぞこいつ…本当にどうしたいんだろうな?

 

「え、…そ、その…蜂也がそうしたいのならわたしは受け入れますが…ですけど…少し心の準備が必要と言いますか…sの…///」

 

「…おーいクローディアさん?」

 

顔に手を当ててると更に頬をリンゴのように赤く染めて恥ずかしそうに妄想のなかに沈んでいくクローディア。

正気に戻すために肩を揺らそうかと思ったそのときだった。

 

「何をしているのだお前達は…頼んでいる麺類のメニューが伸びてしまうぞ?」

 

「副会長…ラーメンが…。」

 

「お、お義兄…わたしのおにぎり食べますか?」

 

「あ?……oh。」

 

寸前でリースフェルト達が現れ我に返ったクローディア。

直前で俺の頼んだラーメンは伸びてしまったがせっかく食堂のおばさま達が作ってくれたものを残すわけにはいかないので全部食べきった。

うーん。若干冷めてたので豚骨ラーメンの美味しくないこと。綺凛ちゃんがくれたおにぎりが一番美味しかったです。

 

ひとまずの食事を終えて食後のお茶を飲んでいるとリースフェルトが口を開く。

 

「ところでお前達冬季休暇の予定は決まっているか?」

 

「冬季休暇?…いや特に用事は無いな。」

 

「未だ先の話ですし、特に決まっていないですけど。」

 

正面に座る俺と綺凛ちゃんが返答する。

今は10月で冬季休暇までは2ヶ月もある。

アスタリスクの学園のカリキュラムは通常の教育機関とは違うようでセメスター制、つまりは一年を前期と後期で単位取得する…というあり後期には入学式が行われ新入生もちらほら見られた。

 

「出来れば今度こそわたしはゆっくりしたい…。」

 

同じテーブルで食事を取り昼寝をしていた紗夜がむくり、と起き上がり反応した。

 

「はは…紗夜は秋季休暇中はずっと補習だったからね…。」

 

「むぅ…。」

 

どうも言い返せないのか反論はない。

 

「ま、その点冬季休暇中には補習はねぇのは安心だな。」

 

「それは自分の事を言っているのか夜吹?」

 

「うぐっ…!」

 

リースフェルトの言葉にわざとらしく視線を逸らした夜吹。

沙々宮は得意不得意教科の落差が激しいが夜吹の場合はほとんどの教科が赤点ギリギリでありよほど勉強が嫌いらしい。

この場にいるメインメンバーの成績で言えばリースフェルトが成績上位で中等部ではあるが綺凛ちゃんもそれなりの成績を残してた。

天霧も平均より上と言ったところか。

因みに俺はクローディアと並んでワンツーでフィニッシュ…三位以下を大きく離す結果となった。

テストの内容は向こうにいたときの高校生のまぁ普通の学習内容と同じだったのが救いだったが。

ちなみにだが学業も《星武祭》の成績に関係するらしい…いやはや面倒。

 

「んで…冬季休業で何か催し物でもあんのか?」

 

「…実はだな。フローラの一件で兄上達がどうしても国に招待したいと言い出してな。」

 

「国に…ってそうかお前お姫様だったな。」

 

俺がリースフェルトにそういうとムッとされてしまった。

いや、本当に忘れてたんだよ。いい意味でお前お姫様感無いんだよな。

咳払いして気を取り直すリースフェルト

 

「んんっ!…まぁ私が帰省するに当たって、誘ってみろとのことだ。」

 

「それは…大変光栄ではありますけど…。」

 

「ユリスのお兄さん…ってことはリーゼルタニア国王からの招待って事?」

 

綺凛ちゃんが反応し天霧が問いかけるとリースフェルトが頷いた。

国王からの招待、ということで二人とも恐縮していた。

俺の気分的には「めんどくさ…」と思っていたが。

 

「蜂也…今『国王の偉い人からの招待かーめんどくさ。』とでも思ったのだろう?」

 

「ばっきゃ…んにゃわきゃあるか。」

 

「かみかみですお義兄さん…。」

 

「かみかみです蜂也…。」

 

「あはは…。」

 

全員から苦笑いを浮かべられたりしたがおかしい…顔に出ていなかったはずなのだが。

 

「んんっ!ともかく…そんなに気後れする必要はない。形式張ったものはやめてくれ、と兄上に伝えてある。あくまでも礼を伝えたい、とのことだそうだ。それに…個人的にも皆に礼をしたい、というのが本音だ。」

 

しかしそう言うリースフェルトだったが口では「来て欲しい」と言っている割には乗り気でないように見える。

それにしても「礼」か…フローラの件はリースフェルトの知り合いであるから助けただけであって言い方は悪いがリースフェルトが危害を加えられた、ということでなくその侍女が誘拐されたということであって直接的な被害はないはずだ。

”孤児院の身寄りの無い子供が出稼ぎで王宮で働いている”という関係で一人いなくなったところで関心を持たなさそうなものだが、と思ったがかなり変わり者の王さまなのだろう…それともなにかを企んでいるのかもしれない。

疑う理由としてはリーゼルタニアは模範解答的な統合企業財体の傀儡国家だからだ。

まぁ…しかしリースフェルトがこんな性格(いい意味でだぞ?)なので罠に嵌めようだなんて事はあり得ないだろう。

あったとしてもなんとかなるだろうし。

 

「ただ、フローラを助けてくれたことに関しては兄上だけでなく孤児院のシスター達も是非直接に礼が言いたい、という声が届いているのだ。」

 

リースフェルトはそう告げて肩をすくめた。

 

「まぁ、お前達にも都合があるだろうし無理に、とは言わないが…。」

 

言われて綺凛ちゃん達は考え始めた。

まぁ…俺の場合は次元跳躍が出来るならこの世界からとっとと帰りたいのだが未だ次元の壁を突破できるほどの魔力が溜まっていないのもあるし《自立稼働変形CAD》も開発が途中なので今のところは予定はない。

因みに夜吹は報道部の仕事が忙しいらしく辞退している。

考えていると一足先に天霧が返答した。

 

「それじゃ僕は招待を受けようかな。」

 

「そうか。フローラも喜ぶ。」

 

隣にいる綺凛ちゃんも手をおずおずと上げた。

 

「あのう…わたしもご迷惑でなければ…いいでしょうか?」

 

「無論だ。しかし…いいのか?父君は釈放されてご実家に戻られているのだろう?」

 

綺凛ちゃんは《鳳凰星武祭》の優勝者権限で再審を行って貰い《幼い綺凛ちゃんを守るために強盗を手に掛けてしまった罪》で逮捕されていた当時は刑務所にて服役中だったのが優勝を期に願いとして再審が行われ”過剰防衛”ではなく”正当防衛”であると再審結果が出て当然ながら前科無しでの釈放をされることになったのだ。

もう少し手続きがあるため…冬休みが始まる前には綺凛ちゃんの元へ戻れるようになるそうだ。

これは俺も頑張った…というか綺凛ちゃんが頑張ったお陰な訳なのだが…まぁそこはいいだろう。

 

しかし、これからが問題だった。

俺は綺凛ちゃんの実家…つまりは刀藤流剣術道場へ行かなくてはならなくなった。

というか今目の前にいる師匠《お義妹》から「来てください」と言われたり俺の事を綺凛ちゃんがお父さんに話した際に「鳳凰星武祭を勝ち抜けるほど研鑽された刀藤流剣術…君がどれ程の使い手になったのか見せて欲しい」と事実上の「お前私の娘に手を出したな?ギルティ!」と新手の死刑宣告を受けてしまった。

この場合父親だけじゃなく恐らく…というか確実に刀藤流のアイドルであろう綺凛ちゃん親衛隊の門弟達からフルボッコにされる未来が見えたが当の本人である綺凛ちゃんからも「是非!」と嬉しそうな表情を浮かべるものだから断れなくなってしまった。

うーん…困るなこれ。

と、まぁ秋季休暇中に色々あったんだがまた語るとしよう。

 

「未だ父は戻っていないんです。戻るのはお正月が過ぎた頃になります。この間の秋季休暇に会いに行った時に父からは…「自分の事を気にかけるのなら修行をしたり…”親しい人”…達と楽しい思い出を作ってきなさい。」と言われまして」

 

”親しい人”の部分で上目使いでこちらを見る綺凛ちゃんだったが俺と目をあわせた瞬間に瞬間湯沸し器のように真っ赤になってしまった…体調でも悪いのだろうか?

 

「ですから…わたしは大丈夫です。」

 

「そうか…なら蜂也はどうだ?」

 

と、今度は俺にその話が振られ着いていくことにしたのだが告げた言葉に全員が全員困惑したり悲しんだりしていた。

 

「…そうだな。俺には別に帰る家(別世界にある。)も待ってる家族(此方も別世界にいる。)も居ないしな。お邪魔させて貰うわ。」

 

何故そんな悲しそうだったりしているのだろうか

 

「…っ!」

 

「「「……。」」」

 

「どうしたよ?」

 

「うむ…蜂也は是非我が国に来て楽しんでくれ。必ず来てくれ。」

 

「お、おう…。(な、なんだ…?)」

 

リースフェルトに両手を握られて万感の思いで告げられた。…そんなに俺に来て欲しいのか。

妙な気迫に圧されながら俺が承諾した。

沙々宮も誘われており一度ドイツのミュンヘンへ立ち寄る事になった。

理由としては俺が借りた煌式武装が俺の星辰力に耐えきれず壊れたので修理のために実家にいる沙々宮の父親に送ったそうなのだがようやっと修理が完了したらしい。

本当にすまん。

謝罪はほどほどにしてリースフェルトの招待に夜吹を除く全員がリーゼルタニアに向かうことになった。

さて、どうなることやら。

 

◆ ◆ ◆

 

やーっぱりだが《次元解放(ディメンジョンオーバー)》で向こうの世界に帰れる程の次元を越えられるサイオン量は貯まっていなかった。

とりあえず今年中に向こうの世界へ帰ることは不可能になったわけだが…一応この世界で自由に行き来が出来るようには機能は戻っていた。

今は一応《自動二輪型自立稼働可変型CAD》の研究も今途中だからな…。

それにまだ動力部分が複数個のマナダイト

そもそも俺が向こうの世界に戻ったときにどれだけ時間が経過しているのかが分からないので次元の壁が越えられるようになるまで待つしかないか…一先ずはリースフェルトの故郷へと向かうとしよう。

 

テッテッテ-キーン…USSR…!でなくインディア…。

…じゃなく、向かうは北欧にあるリーゼルタニア王国…の前にドイツのミュンヘンへ向かう俺達。

技術進歩しているのかアスタリスクに併設されている北関東クレーター湖上のフローターエアポートから数時間程度のフライトで到着できる。

まさか国用機に乗ることになるとは。

時間がありそのなかで雑談に興じていたのだが…。

 

上空を飛行する国用機の中にて。

 

「大会が終わってすぐにツアーが始まっちゃったから蜂くん達に言えてなかったけど大会優勝おめでとう!必ず優勝できると思っていたよ!」

 

俺の正面に座り少女が満面の笑みで《鳳凰星武祭》の結果を称賛してくれている。

してくれているのだが…。

 

「………。」

 

頭を抱える俺に目の前の少女は「どうしたの?」と首を傾げる。

いや、こっちが首を傾げたいんだが…。

 

「どうしたの?」

 

「どうしたの…ってあのなぁ…。」

 

目の前の少女は俺が困惑しているのが分からないらしい。

くっそ…可愛いからあんまり強く言えないのがキツい…!

仕方がないと、俺がどうして頭を抱えているのか説明した。

 

「どうして世界の歌姫がこのリーゼルタニア王族の専用機に乗ってるんですかねぇ…。」

 

俺の目の前には”世界の歌姫”ことシルヴィア・リューネハイムがいたのだから。

 

「どうしてってせっかくのオフで…。」

 

「そう言うことじゃねーんだけど?…ええとだな。」

 

「シルヴィアがここにいるのはお前たちと同じようにフローラを救ってくれた礼を兼ねて誘ったのだ。話をしたら丁度ツアーが終わる時期だったらしいのでな。」

 

通路を挟んで反対側にいるリースフェルトが説明をしてくれた。

 

「…なるほどな。っていいのかよ世界の歌姫が忙しく世界を飛び回ってるってのに俺達と一緒で折角の休暇が勿体なくないか?というか新年とかの歌番組とかに出るんじゃねぇの?」

 

某局の白赤歌合戦的なあれだ。生放送なんだよな?

 

「あの番組は私でないことにしてるから。プロデューサーがちょっとね…マネージャーのペトラ…ああうちの理事長なんだけどそれ経由で学園の統括してる上の方…つまりW&Wが局にクレーム入れちゃってね。それ以降はその局の番組に出ないことになってるの。」

 

「マジか…。」

 

世界的な歌姫が「もうあなたの局の番組に出ません!」って言われた日にゃプロデューサーや社長は青い顔をしてたに想像に固くないな…セクハラでもしたのだろうかプロデューサーは。

シルヴィアは可愛いといってもひ弱ではない。星脈世代の女の子だからな…非星脈世代の男性なら指1本でダウンさせるだろう(世紀末覇者並感)いや、俺もされるかもしれないが…。

 

「だから今回は長いツアーも無いし丁度良いと思って長いおやすみを貰ってどうしようかな、って思っていたところにリースフェルトさんからのお誘いがあったから着いてきちゃった♪」

 

着いてきちゃった…って可愛く言われてもなぁ。

 

「……。」

 

「んんっ!…(ぷいっ)」

 

リースフェルトを見ると咳払いをしてそっぽを向かれた。

にゃろう…大会で負けたのがそんなに悔しいかお前…!

その様子を見る天霧は苦笑し沙々宮は寝てやがる。

特に天霧お前がこのお嬢様を何とかしろや…お前の嫁だろうが…!

 

◆ 

 

リースフェルトの用意した国用機は内装もさることながらサービスも凄かった。

機内食でステーキとか出るんだな。あとやたらと名前の長く横文字使ってる料理が出てきたときは「なんかスゲーの出た」と小学生並みの感想しかでなかった。

全員が豪華な内装の国用機に備え付けられているテーブルを囲んで全員が和やかに寛いでいた。

まぁ…そもそも魔法師は国外に出ることが出来ないから今回は異世界だが初の海外旅行?になるので割りと今回は楽しいかもしれん。

 

いや、正確には”数名を除いて寛いでいた”が正しい文章かもしれん。

 

「………。」

 

「………。」

 

 

何故か俺の目の前で二人の生徒会長(クローディアとシルヴィア)が両者にらみ合いのバチバチをしてなきゃな。

 

「はぅ…。」

 

そして俺のとなりに座る綺凛ちゃんは顔を青くしている。足まで震えている始末である。

俺は近くでバチバチにやりあっている二人を一旦無視して明らかに体調の悪い綺凛ちゃんへ声を掛ける。

 

「大丈夫か…って見れば明らかだな大丈夫じゃないなこれ…横になってた方がいいんじゃない?」

 

「あ、はい…ご心配ありがとうございますお義兄さん…綺凛は大丈夫…です。」

 

「無理せず座席で横になっていた方がいいのではないか?」

 

リースフェルトの発言の通り通常座席はふっかふかのリクライニングソファーになっているので横になった方がいいのだが…。

 

「い、いえ…皆さんと一緒にいた方が落ち着きますので…。だから大丈夫です。」

 

うーんなんと言う健気な義妹なのだろうかと少し涙ぐみそうになったが明らかに大丈夫じゃないのは明白だったがこの子は意外にも頑固者であるので「こうします」と言ったら曲げない子なのだ。

かといってこの状態を維持させるのは俺としても不本意なので横になって貰うと考えたのだが。

 

「きゃっ!…ご、ごめんなさいです…ってふぇ?!お、お義兄さんっ…!?」

 

「うおっ!…大丈夫…ってまぁ丁度良いか。…よっと。こうしてれば俺に寄っ掛かれるでしょ。」

 

突如として飛行機が気流にぶつかったのか揺れて綺凛ちゃんが俺にもたれ掛かった。

そう、丁度綺凛ちゃんが俺にもたれ掛かるように胸の辺りで抱き止める形になり丁度綺凛ちゃんが俺の腕のなかにすっぽり収まっている。

 

退こうとしているのだろうが体調がすぐれないのか力が入らなく直ぐ様諦め俺に体を預けた。

綺凛ちゃんは軽いので抱き抱えていると小町も昔はこんなんだったなーと懐かしんだ。

 

「凄いですね副会長は…。」

 

天霧が驚いたように告げた。

 

「あ?可愛い義妹のためにベッドになるのはやぶさかではない。」

 

「そう言うことではないと思うのだが…はぁ…クローディアもシルヴィアも大変だな。」

 

「よっ、色男…さすがは蜂也。綾斗も見習うべき。」

 

「はぁ…?」

 

天霧たちは何を言っている…ってクローディアとシルヴィアがなにか羨ましそうなそれでいて恥ずかしそうな表情を浮かべているのは何で?

 

「お義兄さん…さすがにこれは…恥ずかしい…ですぅ…!」

 

「立てないくらい体調悪いならこの状態で休んでた方がいいって。」

 

艶やかな銀髪を撫でると気持ち良さそうに目を細める。

体調が悪いのは俺の《瞳》でも見て分かるので頭を撫でて心音を聞かせるように胸元へ近づける。

 

「えへへ…お義兄さん…それじゃあ…失礼します。」

 

「リーゼルタニアに着くまで寝てていいからね。」

 

「はい、ありがとうございますお義兄さん……すぅ…すぅ…。」

 

そう言って俺に寄りかかるように全身を預ける綺凛ちゃんは次第に口数が少なくなった。

赤ん坊も親の心音を聞いて落ち着いたり眠ったりするのでその効果があったのか寝てしまった。

 

「私も妹キャラで攻めた方がよろしいのかしら?」

「綺凛ちゃん良いなぁ…わたしも…ってこれはスキャンダルになっちゃうかなぁ…羨ましい。」

 

「…。(聞かなかったことにしよう。)」

 

さらっと不吉なことが聞こえたが聞こえない振りを決めてミュウヘンに到着する数時間俺は綺凛ちゃんのベッドになり時間を潰した。

 

「えへへ…お義兄さん…。」

 

楽しい夢でも見ているのか綺凛ちゃんはニコニコとしており顔色も良くなっていた。

しばらく空の旅を楽しみ腕のなかには綺凛ちゃんの温もりを感じつつテーブルの上に何故かおかれた蜜柑を片手で揉んでいるとリースフェルトから声を掛けられた。

 

「そう言えばなのだが蜂也。」

 

「どうした?」

 

「《鳳凰星武祭》で優勝した際に金銭を要求した、という話だったが…時に蜂也、」

 

次にリースフェルトが告げた名前に俺はぎょっとした。

 

「『比企谷八幡』という名前に心当たりはないだろうか?」

 

「………さぁ?はじめて聞く名前だけど…それがどうかしたか?」

 

「どうして間が空いたのだ?」

 

「いや、聞き覚えの無い名前だったから思い返してただけだ。…『比企谷八幡』ね…。」

 

…まさかの『比企谷八幡』の名前を聞くとは思わなかったので少し間が空いてしまったが思い当たる節があった。

 

実は大会優勝の際にウルム=マナダイトか金銭かで迷ったのだが後者を取り折角だからとどっかの国の国家予算ほどの金額を吹っ掛けたのだがなんとそれが通ってしまい「やべぇ…」と思いどうしようかと思っていた所にリースフェルトが言っていた孤児院の改装的なことを思いだし偽名で送金した際に何でか「比企谷八幡」で行っていたのだ。

…なんで「比企谷八幡」の名前で送ったんだろうか俺は?

まぁ……ある意味『比企谷』への当て付けなのかもしれんが。

 

リースフェルトが俺を見て少し訝しむが直ぐ様気を取り直し説明してくれた。

 

「そうか…いやその『比企谷八幡』なる人物が想像もつかない金額が送金されてたと孤児院のシスターが腰を抜かしていてな…無事に老朽化していた孤児院と教会が新築同様になって喜んでいたんだ。」

 

「へぇ…良かったな。あ、でもお前も準優勝での賞金を送金したんだろ?」

 

準優勝ともなれば優勝には劣るもののそこいらの大会優勝の賞金よりも出ていた筈だ。

 

「ああ。私も寄付をして孤児院の運営資金にさせて貰ったが…寄付された金額では到底及ぶものでは無くてな…。しかし、本当に誰なのだろうか…。」

 

「まぁ…奇特な奴もいるもんだな。」

 

本当に気がついていないのかリースフェルトは不思議そうな顔をして「本当に誰なんだろうか…」と首を傾げている

意外にもこう言うところは素直で可愛いんだよなこいつは…。

ひとまず俺達は雑談をしながら俺は綺凛ちゃんの頭を撫でながら蜜柑を頬張っていた。

うーん今度乗るときはこの国用機にこたつが欲しいな。

 



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謀略と策略の箱庭(リーゼルタニア)

UA100000…!おめでとう…!ワァ~~~~~!パチパチ…。
有り難う御座います。
『俺が七草の養子なのは間違っている』の異世界漂流編で書いてたのがここまで行くとは思ってなかった…(そっち更新しろよというコメは無しで…。)

UA100000越えたんで小話でも書こうかな。

一先ず最新話をどうぞ。


ドイツのミュンヘンにある沙々宮の自宅で一泊をさせて貰った。

…色々と濃い沙々宮の両親達のキャラクター性の歓迎、特に俺は沙々宮の父親…事故で肉体を失って電脳体のホログラフで出てきた時は驚いたがその際に綺凛ちゃんが可愛い悲鳴を上げて俺の裾を握っていたことが印象的だったがそれよりもあの父親のテンションについていくのは大変だったな。

 

「娘用に調整したピーキーな煌式武装を使いこなす少年がいたとは…それにわしの作った煌式武装が注目を浴びるとは思わなかった…是非とも新開発した煌式武装を使ってみないか!君が使うことによって娘が使用する煌式武装が更なる進化を遂げるのだよ!」

 

と大ハシャギしていた。

 

娘から俺の事を聞いていたので興味が沸いていた親父さんは既に俺用の煌式武装を用意してくれていた。

まぁ少し興味はあったのでありがたく修復していたの沙々宮の煌式武装と同時に渡された。

…壊さないようにしないとな。

 

 

沙々宮のご両親から見送られ門から出ると目の前に黒塗りの高級車が停車しそれに乗り込み俺達はリースフェルトの故郷であるリーゼルタニア王国へと足を踏み入れた。

 

「なんか人多くね…?」

 

俺の疑問に答えるようにフローラが答えてくれた。

「折角帰ってきたんだからついでに凱旋パレードをよろしく」という国王からの伝言だったのだ。

 

当然ユリスは反論するが王宮へ向かう道路へ出た瞬間だった。

 

「「「「姫様~!!」」」」

 

「「「ユリス様~!!」」」

 

俺達を乗せた黒塗り高級車が動きそうになるほどの歓声が襲いリースフェルトは頭を抱えていた。

優勝は逃したものの《鳳凰星武祭》での準優勝を一国の王女が成し遂げた、快挙だろう。

国民にとってリースフェルトは慕われているのだろうと良く分かるが俺と変わらない年齢でその重圧を受けるのは大変だろうなと。

実際にリースフェルトは責任感が強い。その立場からすれば当然と言えなくないが必死にぎこちない笑みを浮かべながら窓の外へ手を振っていた。

 

 

王宮に着くや否やリースフェルトは先程の凱旋パレードの件に対し文句を言うためにこの国の国王…つまりはリースフェルトの兄へ食って掛かる勢いで抗議しており妹の対応になれているのか高そうなソファーにはおよそ国王とは言えない雰囲気のスウェットを来て女性に膝枕をされている男性の姿があった。

両者ともに緩い感じであり本当に国王と王妃なのだろうか…と思ったがリースフェルトが兄上、義姉上、と呼んでいる辺り本物なのだろう。

実際に名前を聞かされるまで俺も信じられなくて思わず「…マジで?」聞き返してしまったほどだ。

世が世なら今ごろ不敬罪で処刑だろうな。不敬なのはダメ!死刑!

今回の凱旋パレードも政治的なやり取りがあるんだろうな、と国王…ヨルベルトとリースフェルトの会話を聞きながら眺めていると会話の矛先が俺達に向いた。

 

「お客人を招いておいてお待たせしてしまって済まないね。ようこそ星導館学園の皆さん…とまさか世界の歌姫が我が国に来ていただけるとは光栄だね。改めて私はユリスの兄で国王をやらせて貰っているヨルベルト。そして隣にいるのが僕の妻で王妃のマリアだ。」

 

自己紹介をされてクローディアはいつものような笑みを浮かべているのはリースフェルトと知り合いだったことを思いだした。

国王からの自己紹介に他のメンバー(シルヴィアはお偉いさんで慣れているから平気そう)は目を見張っていた。

この空気を打開するために俺が先陣を切ることにした。年上のお偉いさんに対応するモードでだ。

日本式の挨拶になってしまうが礼を示すにはこちらが良いだろうとお辞儀をして顔を上げる。

 

「私は星導館学園にて生徒会副会長を拝命させていただいております。名護蜂也、と申します。本日は貴国へのご招待と両陛下にお目見え出来まして至極恭悦にございます。」

 

「副会長が敬語を…。」

 

「お義兄さんじゃないみたいです…。」

 

「本当に蜂也なのか…?」

 

「蜂くんずいぶん手慣れてるね…。」

 

俺がそう言った挨拶をすると全員が驚いていた。クローディアを除いてだが。

…お前ら失礼じゃないか?一応俺だって十師族の一家…その末端だからな。そのくらいの教養はある。

 

自己紹介がそれぞれ終わるとヨルベルトが口を開く。

 

「君たちにはうちの侍女を助けて貰ったお礼があるからね…だから君たちを我が国に招待した、というわけさ。特に蜂也君、君には感謝しきれない恩があるからね。」

 

「恩ですか?」

 

「ああ。そうとも。今夜君たちを歓迎する夜会を催すことにした。是非参加して欲しい。あ、もちろん夜会で来て貰う服を用意させて貰ったからその中から適当に選んで貰って構わないよ?まぁ男性陣の衣装の種類はあまり無いけれども…女性陣にはうちの妻が選んだドレスがあるから調整もすぐに終わらせるようにさせるよ。」

 

そう告げたヨルベルトにリースフェルトが噛みつく。

 

「なんだと!?兄上聞いていないぞ!」

 

「あははは。まぁ良いじゃないか。お呼びしたのに夜会もないだなんて一国家として世界の歌姫に《星武祭》の優勝者ペアが来て貰ってるのに格が知れてしまうじゃないか。」

 

「ぐっ…!しかしだぞ兄上…!」

 

言葉に詰まるリースフェルト。腹の探り合いではヨルベルトの方が一枚も二枚も上手だったか。

なにか含みのあるコメントに俺は考えていたとおりになったなーと思っていた。

少なくとも俺の目の前にいる青年は曲者らしい。

 

その後俺達は王宮の離れへ案内をされた。

一つ一つの部屋はさすがは王族、という感じの広さと調度品が部屋に入った瞬間視界に入る。

 

「実家の部屋より広いな…さすがは王族…。」

 

そんなことを呟いているとドアを叩かれる。ドア越しから特徴的な声が聞こえた。フローラだった。

 

「蜂也さま!夜会用の礼服をお持ちしました!」

 

「ありがとフローラ。それが国王陛下が用意してくれた礼服か。」

 

「あい!あ、一度袖を通していただけますか?サイズの調整に出しますので。」

 

手渡された衣服がかかったハンガーを手渡され上着を脱いで着用する。

サイズはぴったりだった。

 

「………////」

 

フローラがこっちを見て呆然としている。似合わなかっただろうか?

 

「あー…丁度良いな。サイズ変更しなくても大丈夫そう。フローラ?」

 

「え?ひゃ、ひゃい!す、すみません蜂也さま…スーツ姿…とってもかっこ良くてフローラ、見とれてました!」

 

その言葉に少しむず痒くなってしまう。

 

「そっか…ありがと。あ、俺は自分で着付け出来るからフローラは天霧達のお手伝いして来て貰っても良いか?」

 

「分かりました!…確かに女性陣の皆様の方が殿方よりもお時間がかかりますからね…それと天霧さまにも夜会の礼服を渡してきます!」

 

「頑張れフローラ。」

 

まるで子犬のように頑張るフローラに優しい表情を浮かべ頭を撫でると気持ち良さそうに目を細め元気一杯に返事した。

 

「あい!」

 

ぱたぱたとフローラが部屋から出た後持ってきていた装備類はおいておくことにした。

流石に国王主催の夜会に煌式武装を持ち込むわけにはいかないからな…。

装備類は《次元解放》のポータルに仕舞い込んだ。”身肌に身に付けてなきゃセーフ”理論でいこう。

まぁ、装備がなくとももし万が一仮に襲われたとしても大丈夫だ。

 

一応整髪料で髪を整える。

姿格好は九校戦の《氷柱倒し》で着用してたスーツに近いデザインだ。流石にサングラスは掛けてないが。

実際に暇になったのか俺の部屋を訪ねてきた天霧と雑談を交わしていると呼ばれたのが夕方頃だった。

女性は身支度に時間がかかるのは仕方がない。ドレスを着用するならなおさらだろうが。

 

俺達はフローラに呼ばれてクローディア達がいる部屋の前に案内をされていた。

 

「クローディア?入るぞ。」

 

そう声を掛けるとドア越しに「どうぞ」という声が返ってきたので遠慮無く部屋のドアを空けると視界に入った情報量に言葉を失った。

それは天霧も同じようで覗き込んで止まってしまった。

 

その中にいた五人の少女。特に俺に構ってくる三名のその身姿に目を奪われ見惚れてしまっていたからだ。

部屋に入りその三人の前に立って思わずその感想を言葉にしてしまった。

 

「三人とも…綺麗だな。」

 

「ふふふっ♪ありがとう御座います蜂也。貴方のスーツ姿も良くお似合いです。」

 

「えへへっ…ありがとう蜂くん♪君のスーツ姿もとっても似合ってるよ?」

 

「はぅ…///あ、ありがとう御座いますお義兄さん…スーツ姿、とってもお似合いです!」

 

ぼそり、呟いた言葉がクローディア達に届いたのか其々に反応を示していてくれた。

それぞれが夜会に出るための基本的には足元が隠れるドレスを着用しているが腕や背中は大きく露出している。

十人十色…と言うわけではないが全員が似合うドレスを着用している。

 

(目のやり場に困るなこれ…。)

 

クローディア、綺凛ちゃん、シルヴィアはベアトップで胸が強調されたドレスを着用しており目のやり場に困ってしまう所謂イブニングドレスを着用している。

クローディアはエレガントな紫色のドレスを着用し綺凛ちゃんはシックな黒のドレスでシルヴィアは深い蒼色のドレスだ。

同じく天霧も目の前にリースフェルトと沙々宮のドレス姿を見てドギマギしている。

二人もドレス姿でリースフェルトは深紅のワンショルダーで沙々宮はキャミソールタイプ…まぁ一部は他の連中に負けてるが…言葉には出さないでおこう。あ、やべにらまれた。

しかし…健全な思春期少年にこれは刺激が強すぎる。

これって見るだけでお金とられたりしない?大丈夫?そう…。

 

本来ならばエスコートをすべきなのだろうが目の前の三人が一斉に手を出して「エスコートしてください」してください!」してくれる?」

とお願いされてしまったので一瞬フリーズしてしまう。

 

『主よ…今年は女難の相かな…いや毎年か。』

 

(うるせぇ…目の前で起きてる光景に脳が追い付かないんだよ。ほっとけ!)

 

『確かに目の前にいる三名は”美少女”と言っても差し支えない…いや言葉では言い表せない者達であるからな…。』

 

《次元解放》のポータルに格納している《グラム》が声を掛けてきたので黙らせることにした。

それには同意するが。

一先ずジャンケンをして貰い勝った人をエスコートすることになったのだが…割愛。

フローラがその後にリースフェルトの部屋に入りたどたどしい口調であったが精一杯仰々しく告げて俺達は夜会へと誘われることになったのだ。

 

◆ ◆ ◆

 

「綺凛ちゃん大丈夫?」

 

「あ、はい大丈夫です…こう言う場は初めてで…その。」

 

「はは…気疲れしちゃったんだね。まぁ無理もないよ…こんなに人がいるとは思わなかったし…。」

 

「俺もそう思ったよ。」

 

椅子に座り少し着かれていた綺凛ちゃんにお冷やを渡し口を付けて一息付いていた。

俺はてっきりホームパーティー的なものを想像していたんだがまさにドラマとかで見たことあるような会場で身なりの良い紳士淑女が集まりテーブルの上には豪勢な料理にそれを整える給仕係に…と庶民には掛け離れた光景が広がっていた。

俺と綺凛ちゃんは…まぁ一般家庭の人間だからこんな光景はゲームか映像でしか見たこと無かった。

 

「シルヴィアは…慣れてるのか。いろんな所飛んでるしお偉いさんに招待されたりしてるだろうし」

 

「まぁそうだね。私も何度かこう言うパーティに呼ばれたことがあるけど…ちょっと苦手かも。」

 

国王陛下が招待した客は全員が統合企業財体の関係者かリーゼルタニアの政治家がほとんどでありその主賓であるユリス達は未だにその人物達に挨拶回りをしている。

…こういうパーティはただ飯食うだけでなく様々な思惑が飛び交っていたりするしな。

特に人の感情を見ることが出来るシルヴィアにとってみれば不快であることには違いない。

ちなみに俺も不快で今すぐにここから退出したいぐらいだ。

 

「でも…君がいてくれるからちょっかいを掛けてこようとする男の人がいないのは良いことかもね。お呼ばれした夜会は楽しめてるかも。綺凛ちゃんも蜂くんがいてくれて良かったよね?」

 

そうシルヴィアが問いかけると綺凛ちゃんは顔を赤くして頷いた。

 

「は、はい//…先程招待されていた男性にお声がけされたときはどうしようかと不安でしたけど…お義兄さんがいてくださって良かったです。」

 

 

実は夜会が始まり綺凛ちゃんは飲み物をとりにテーブルを離れた際に招待された男性客に声を掛けられ意外…口下手な綺凛ちゃんはどう対応して良いか分からず半泣きになっていたが俺が呼び掛けると半泣きになりそうだった顔を煌めかせ此方に駆け寄ってきたときは本当に可愛すぎんか…?となったが声を掛けた招待客は不満げな表情を浮かべていたが声を掛けたのが俺だったこともあって退散してしまった。

まぁ今の綺凛ちゃん…というか普段の綺凛ちゃんも魅力的なので声を掛けたくなるのは分かるがな?

しかし上手に話すことが出来なくてしょげていたが「それは仕方ないことでしょ?」と補足すると

 

『わたしは…シルヴィアさんやクローディアさんみたいに綺麗じゃないですから…わたしみたいな子供にはこんな大人のドレスは似合わないです。』

 

どうもからかわれた、と思っているらしい。

そんなことはない、と俺は綺凛ちゃんを褒め倒すことにした。

 

『そんなことはないよ?』

 

『ふぇ?』

 

俺は相も変わらず自己肯定が低い綺凛ちゃんの手を取って説明した。俺の義妹がこんなに可愛いことを力説した。

 

『さっきもリースフェルトの部屋で言ったと思うけど綺凛ちゃんにそのドレス似合ってるし綺麗だ。俺が君の義兄じゃなかった付き合ってくれ、と言って振られるまである。そのくらいに綺凛ちゃんはドレスなんて無くても普段の立ち振舞いで俺を夢中にさせるほど可愛いよ?ドレスを着てたらさらに綺麗だけど。』

 

「あ、…あう////」

 

『わーお…///蜂くんってば情熱的…でも確かに綺凛ちゃんは今着てるドレスも良く似合っててお人形さん見たいで可愛いよ?自信もって!』

 

俺が心からの本心を告げると綺凛ちゃんは顔を真っ赤にして俯いてしまった。あれ。不味かったか?

シルヴィアも援護射撃してくれたが実際に幼い顔立ちにシックなドレスが大人びて見せているので非常に良く似合っている。

クローディアやシルヴィアと違って美しさはあるが初々しさが全面に出ており俺はそのギャップが大好きだった。

 

『あ、ありがとうございますお義兄さん…。』

 

 

「…////」

 

顔から湯気が出そうなほど真っ赤になっている綺凛ちゃん。

お酒でも入ったのだろうか?と俺は心配になりとりあえず外の空気を吸わせるためにテラスへ向かう。

 

「あ、わたしもちょっと外の空気吸いたいから付いていくよ。…君と一緒にいた方がちょっかい掛けられないで済みそうだし。」

 

シルヴィアがそう告げて俺が辺りを見渡すと俺達よりも少し年上に一回り、二回りも年上のようなスーツを着た男性が二人に声を掛けたそうにしているが俺が近くにいるからか声を掛けられずにもどかしそうにしている。

 

有名人である世界の歌姫兼《戦律の魔女(シルヴィア)》や俺のパートナーで《鳳凰星武祭》で優勝した《疾風刃雷(綺凛ちゃん)》の傍にいるのが《戦士王()》なのだから仕方ないだろう。

というか近づかせないように妙な威圧感を出していたのだが。

よくよく考えると俺は今両サイドをドレスで着飾った美少女に囲まれていると言う信じられない状態だ。

これはモテ期が来たのでは…!?となったがお前の勘違いだ、と脳内で一掃する。

 

歩き出そうとしたタイミングでシルヴィアが待ったを掛けた。

 

「この会場に入るときはクローディアさんのエスコートをしてたけど今は誰をしてくれるのかな蜂くん。」

 

そう言われた後に左の裾を掴まれ思わず足を止めてしまいその反対側の人物からも俺の服の袖を掴まれてしまう。

 

「わ、わたしもお義兄さんと腕をくんで歩きたいです。その…先程クローディアさんと腕を組んでエスコートしている姿が…そのとても素敵で羨ましかったので…。」

 

「いや、両方かよ…俺か体一つしかないんだけど?」

 

「分身したら良いんじゃないかな?」

 

無茶を言うな無茶を。

 

「お、お義兄さんなら出来ます。」

 

綺凛ちゃん?俺をなんだと思ってるの?少なくとも俺は某大戦のように経験値泥棒する忍者ではない。

 

「二人エスコートするので勘弁してくれないか…?」

 

そう言うと二人は「仕方がないなぁ…」「仕方が無いですね…」という表情になり俺が腕を曲げると二人は俺に体を寄せて腕を絡めてくる。

 

「…!?」

 

その際に当たり前だが体が密着するのでその…柔い部分が当たっているのだがクローディアの時と良い発育が良すぎる女子が俺の回りに多すぎる…!

しかも今回は衣装が普段の制服とは違い露出が多いドレスだ。

豊かな膨らみが俺の両腕に押し当てられその形を崩している。

 

「ごめん、二人とも少し離れてくれる?」

 

「し、シルヴィアさん、お義兄さんが困っているので少し離れてください。」

 

「うん~?それを言うなら綺凛ちゃんが離れるべきじゃないかな~?」

 

「っておい…!」

 

両サイドで言い争いをする美少女に囲まれている俺を見て回りの招待客の視線も俺に集まるので辞めて欲しい…というかシルヴィアはそう言うことをするなよ!

 

「あら蜂也?わたしの目の前で浮気ですか?」

 

と、そこで俺の背後に柔らかいモノが当たっていた。

この大きさと柔らかさは…!って違う!しかしここで第三者のエントリーだ!って一番話がこじれそうになるのでさっさとテラスへ続く扉を空けてお邪魔する。

やっぱり冬であるので肌寒い、がテラスには数名外の空気を吸うために出ていた。

特に俺の近くにいる三名は薄着も薄着なのですぐさま外気を遮断する魔法を発動し室内に居た時と同じ温度を保つ。

 

「「「……///」」」

 

なぜか俺は三人の美少女に囲まれ…というか色々密着しすぎでは?

 

(フォーメーション的には俺の前にいつの間にか綺凛ちゃん左右にクローディアとシルヴィアというトライアングルフォーメーション…なんで?)

 

俺に密着する三人の美少女は黙ったままである。

 

(なんか喋ってくれよ…俺そんなに喋るの得意じゃないんですけど…?)

 

こちとら真性のぼっちやぞ?舐めるな。

とりあえず喋ることもなく冬空の月明かりの下で静謐な空気を吸いながら月を見上げる俺達。

…『月が綺麗ですね?』とか言えば良いのだろうか…いやはや近代の文豪はすごい名言を残したものだと今頃になって感心していた。まぁ言う機会なんて無いんですけどね?

そんなことを思っていると不意に声を掛けられた。

 

「はっはっはっ…いやはやまさに両手に花…ですかな。羨ましい。」

 

突如として声が聞こえ正面の手すり部分の場所から人の視線を感じたので正面を見るとそこには髭を生やし整えた老紳士と呼ばれる壮年の男性がこちらを微笑んでみていた…がその笑みはどうも気色が悪い。

 

「…すみません。お騒がせして。少し空気を吸ったら直ぐに戻りますので。」

 

「いやはや若者の特権ですからね。元気があって実によろしい。流石は《鳳凰星武祭》や《王竜星武祭》でご活躍されている方々だけありますな。」

 

「…。」

 

俺はただこの正面にいる老紳士…いやおっさんを無機質な瞳で見つめていた。

次の言葉を告げた瞬間にその穏やかな雰囲気は一変し剣呑な雰囲気と眼差しに変化した。

 

「ところで次の《獅鷲星武祭(グリプス)》には出場されるのですかな?だとするならば…エンフィールド嬢のチームには入るのはお辞めした方が身のためかと。」

 

「……っ!」

 

その言葉が告げられた瞬間に全員が俺の傍から離れ身構え俺はその場から《縮地》を用いて拳を振るう。

拳は男のスーツの肩口を裂く程度で直撃には至らず男の居た地面を抉り破壊するだけに留まった。

 

破られた部分を埃を払うような仕草を見せる。

 

「…っほうやりますな。流石は《戦士王》…やはり君も危険な存在な様だね。クイーンを守るナイト…いやはや厄介だよ。」

 

「おっさん。何が目的だ?」

 

目の前の男は間違いなく《星脈世代》でかなりの強者だ。

 

「なに。私はこの会場に招かれた老紳士ですよ。言葉の通りですよ。エンフィールドのお嬢さん率いるチームが優勝してしまうと困る方がいるのです。私の役目はそれを阻止すること…どうか私のお願いを聞き入れては貰えないでしょうか?」

 

おっさんは慇懃にそう言いながらニヤリと笑う。

俺は言い返した。

 

「そいつは無理な相談だ。」

 

「ほう?」

 

「俺がいる自体でそこらの有象無象に負けるわけ無いからな。そもそも俺は《こいつ(クローディア)》に『貴方の仕事は勝つことです』って言われてるからな。負けたら何されるか分からん。」

 

「蜂也…」「お義兄さん…」「蜂くん…」

 

あれ、呆れられた。なんで?

そう答えると目の前の男は笑いだした。

 

「ふっふっふっ…ふはははっ!それは至極残念ですな…可愛い後輩に手を掛けるのは心が痛みますが…」

 

「後輩だぁ?」

 

瞬間、男の周りに万応素が吹き荒れた。

 

「なので…この子に任せるといたしましょう?」

 

複雑な魔方陣が宙に描かれその中から様々な要素を合体させた”キメラ”が出現する。

目の前に現れたキメラは肉体の躍動を感じさせるものの命の鼓動を感じないただの万応素の固…なり損ないで木偶だ。

 

「お義兄さん…。」

 

「蜂くん…。」

 

二人はこちらを見ているのは俺と同じことを考えているからだろう。

しかし今はそれよりもこの場にいる人たちを逃がすことを優先させなければならない。

案の定合成獣を見た招待客が悲鳴をあげてガラスや容器を倒し砕ける音が響いている。

その背後でこの木偶を産み出した男はこちらに一礼し闇の中へ消えてしまった。

 

後を追おうとしたが呼び出した木偶に進路妨害をされてしまい俺へ襲いかかってきた。

 

「おうっと!?」

 

木偶の一撃を回避しお返しだと言わんばかりに星辰力を込めた蹴りを浴びせるとテラス付近まで吹き飛ばす。

 

「ガァァァァッ!!?」

 

獣らしい悲鳴をあげて蹴り上げられた一部分が吹き飛び血液…ではなく泥のような粘着質な液体をばら撒き吹き飛ばすと直ぐ様体勢を立て直し此方に牙を向けて威嚇してくるが怖くはない。

騒ぎを聞き付けたリースフェルトと天霧が現れたへ指示を出す。

 

「お前達は来客者の避難誘導を頼む。…此方は俺が片付ける。」

 

「でも蜂くん。いくらなんでも徒手空拳じゃ…。」

 

シルヴィアが心配してくれるがご無用だ。

 

「ん?ああ。この程度別に純星煌式武装(壊劫の魔剣)を遣うまでもないしな。」

 

というか此方のほうが本職だったりするわけで…。

 

こちらを真っ赤な瞳で睨み付け「グルル…」と喉を鳴らしている。

狙いはどうも俺と綺凛ちゃんにクローディアらしい。

 

一先ずはこいつを黙らせるために”型”を構え星辰力を変換し想子へ変換する。

じりじりと近づいてきたキメラは間合いを詰めてこちらへ攻撃を仕掛ける。

やはり只の獣以下…いや、只の木偶らしい。

 

「ガアアアアッ!!???」

 

横薙の攻撃の後に大気を震わす咆哮をが轟くがそれは自分の絶命を知らせる咆哮へと変化した。

当たる攻撃であったが俺には当たらない。

 

「……!」

 

当たる瞬間に俺のカウンター技が入ったからだ。

 

横薙ぎの攻撃が俺へ当たる直前にその豪腕を捲り取るように俺の懐に絡め取られ反対に空いた拳が万応素で構成された体に叩き込まれ揺らし上空へ投げ出される。

 

『白虎乃型・虎刈』という相手がでかければでかい程威力が増す相手の力を利用したカウンター技を決めた。吹き飛ぶ木偶を視界に納めブレスレット型CADで振動系統魔法『レーヴァテイン』が発動し空中に描かれた幾何学模様の魔方陣から射出された光線を叩き込むと獣の断末魔が空に響いた。

 

「……!?」

 

上空では膨大な熱量に晒されたキメラが爆発しきたねぇ花火を打ち上げた。

それを全員が目で追って呟いた。

 

「一体あの男…何者なんだ…?それにどうして俺達がチームを組むことを知っていた…?その話はまだ学内でクローディアとしかおこなってなかった筈だぞ…?」

 

俺の呟きは聞こえない。爆発によって掻き消されたからだ。

俺は手すり側に近寄り下を見るが当然ながら先程の男はいなく仕方なく目の前に広がる湖を見つめた。

その風景は月明かりに照らされた湖上が映るだけだった。



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孤独の魔女

タイトルで察して貰えるかもしれませんがあの娘が遂に…。


翌日。

俺達は揃ってヨルベルトに王宮に呼び出された。恐らくは昨日の襲撃の件だろう。

その名前を聞いて俺は思わず眉をひそめ天霧が繰り返す。

 

「ギュスターブ・マルロー?」

 

問い掛ける天霧に陛下は本当に何も知らないようで他人伝の情報なのだろう。

 

「うんまぁ僕たちもよく知らないんだけどね。警官達が昨日の襲撃犯の名前だとそう言っていてね。」

 

場所は昨日と同じく陛下の自室でありスウェットを着用しラフな格好をしている。

隣に王妃がいないのは昨日の騒ぎで愛人の一人が体調を崩したため見舞いに行っているらしい。

…すげぇ関係だな。もっとどろどろしてるのかと思ったがリースフェルトがいうには愛人と王妃の関係は悪くない…というか友好らしい。

 

「なんでも国際手配中の犯罪者らしいよ?昔はアスタリスクのどこかの学園に所属をしていたとか言う話らしい…えーと確かどこの学生だったかな…ええと」

 

「アルルカント・アカデミーですよ陛下。その筋では”有名人”です。」

 

興味なさそうな陛下の代わりに俺が説明すると「ああ!それだ!」と反応した。

天霧が質問してきた。

 

「有名人…というと『星武祭』とかで優勝した、とかですか?」

 

その問いに俺は首を振った。

 

「いや。序列入りはしていたが『星武祭』には一度も参加しちゃいない。…どっちかというとそう言う名誉よりも悪名の方が轟いているかもな。奴は《翡翠の黄昏》を引き起こしたメンバーの一人、《創獣の魔術師(エキド・ニクス)》って言った方が分かりやすいか?」

 

そう告げるといち早くリースフェルトが反応していた。

まぁお前なら知ってるか。

 

「っ!そうか!奴が《創獣の魔術師》か…!」

 

そこからクローディアが端末を操作し天霧達に公開されている《翡翠の黄昏》についての説明を始める。

その発端や事件内容…誰が解決し誰が捕まったのかを説明されて天霧が疑問を浮かべた。

 

「あれ?でも全員が捕まったんじゃ…」

 

疑問に思う天霧。

それに対してクローディアが説明した。

 

「残念ながら全員が捕まったわけではありませんよ?七名程逃げおおせたものがいるのです。ギュスターブ・マルローはその一人であり裏社会では”有名人”なのですよ。」

 

…まぁその《翡翠の黄昏》を引き起こした張本人である《ヴァルダ=ヴォロス》の本体を俺が砕いちまってるんだよな…。ここにいる人間で知っているのは俺しかいない…というか知ってるのは俺だけで良い。

 

『言ったら消されそうだな主よ。』

 

(ああ…。)

 

「そういやあの男が妙なことを言ってたな。」

 

「妙なこと?」

 

「ああ。『《獅鷲星武祭(グリプス)》に参加するエンフィールド嬢のチームに入られては困る…』って…クローディア。お前あの男と面識があるか?」

 

問い詰めるように隣にいるクローディアに視線を投げると淀み無く答えた。

 

「いいえ。ギュスターブ・マルローという人物とは面識がありませんね。あったのは昨日のテラスですし…まぁ他学園から恨まれる、という理由なら沢山ありそうですが…見当も付きませんね。」

 

《瞳》でクローディアを見るが…嘘を付いているわけでもなさそうなので視線を外し思案する。

ギュスターブはどうしてわざわざ『クローディアのチームに入られては困る』と言ったのか?

狙いが俺達ならばその言葉は相応しくない。

そもそもにおいて俺達が「クローディアたちとチームを組む」とは口外していないし仮にそうだったとしても噂の粋をでないものであの場面で言いきるには似つかわしくない。

だとすると…。

 

「………?」

 

視線を向けると一瞬だけだがクローディアがびくついた反応を見せていたが直ぐ様いつもの笑みを張り付けた仮面を装着していた。

 

その後少しこの後の対策を話した上で陛下からリースフェルトと天霧は呼び止められ解散した。

なんの話をしているのだろうか?と疑問に思ったがそれは後々聞こうと思う。

まぁその前に聞いておかねばならないことがあった。

 

◆ ◆ ◆

 

本当にこんな時ばかりは貴方は感が鋭い事に恨めしいと思ってしまいました。

 

「クローディア。お前俺になにか隠してるか?」

 

貴方に陛下の部屋から出る際に「話がある」と言われ宛がわれた客室に連れ込まれた私。

蜂也が使用しているベッドに腰かける。

 

「…。いいえ?私は貴方に恨めしいことなんか隠してませんよ?」

 

何時までも平常的に、日常的に蜂也に返答しました。

でもそれは貴方には通用しませんよね?

案の定次の言葉は私の心臓が鷲掴みにされたのかと錯覚を覚えるほど衝撃的な言葉でした。

 

「今回の件…お前父親か母親に殺意でも向けられて刺客でも差し向けられたのか?」

 

「?!」

 

私の驚く表情を見て苦虫を潰したような表情を浮かべる蜂也。

 

「…やっぱりか。お前の両親が統合企業財体の人間だってのはリースフェルトとかから聞いてたから何となくそう思っただけなんだがな…。」

 

その表情はどこか苦しく苛立ったような感情が見て取れた。

それは私が貴方に隠していることを伝えない事対してかそれとも家族に対してなのかは分からない。

 

「話せ、と言ってもお前は話してくれないよな…」

 

「…ごめんなさい。こればかりは貴方には伝えられないのです。」

 

頑固にはそれを教えることは出来なかった。

”未来”が変わってしまう可能性があるかもしれないから。

その事に呆れてものも言えないような表情になる蜂也。

 

「はぁ…何を一人で抱え込んでるのか知らないが少なくとも少しは確認させて貰っても良いか?」

 

「はい。」

 

「お前の家族仲が冷えきってるからこうなってるのか?」

 

「…いいえ。私と父はそれほどでも…まぁ母は統合企業財体の幹部ですので。」

 

どうしてそんなことを聞いてくるのかと私は蜂也から告げられた言葉に絶句してしまった。

 

「俺は…絶縁されたんだよ。実の両親にな。あれは一年前だったっけか…今みたいな息が白くなる時期に実家から追い出されたんだっけな。」

 

今の時代…というよりも蜂也が元いた世界は『魔法』というのが技術確立し此方と遜色無い技術進歩を遂げている日本でそのようなことがあるのかと驚いた。

”絶縁”という言葉を私は生まれて初めて聞いたかもしれない。

 

「まぁ訳あって今の養父に引き取られて今があるからそんなに実の両親に対して嫌いとかじゃなくて…”無関心”って言った方が良いのか。まぁそのくらいだし。」

 

「無関心…って血を分けた実の両親なのでしょう…?そう簡単に…。」

 

「だからこそだよ。お前にはお前を”家族”と見てる父親…少なくとも娘と見てる母親がいるんだろ?お前が『獅鷲星武祭』に出ることで被害が出る、って考えた両親がまぁ…乱暴だが”忠告”をしに来てくれてる…愛情表現としては最悪だがな。」

 

妙な説得力に思わず笑みが溢れてしまった。

 

「ふふっ…確かにそうですわね。…愛情、ですか。」

 

「だからお前が狙われる理由を教えてくれない?」

 

「それはダメです。」

 

「お前なぁ…。」

 

「ごめんなさい蜂也。でもこればかりは貴方には教えられないのです。」

 

「そう言うところが頑固だよなお前…。」

 

「私、ということで納得してください。」

 

「…わーった。でも抱え込むんじゃねーぞ?」

 

そう近づき私の頭を撫でる蜂也。

その手の温もりに思わず目を細めて頭に置かれた手を取り頬に当てた。

 

「私の秘密を当てて見せた蜂也にはご褒美をあげないと行けませんね。」

 

「俺はお前の飼い犬じゃねーんだけど?っておい。」

 

取っていた手を引いて勢いで立っていた蜂也をベッドの私の横に座らせ肩を寄せて頭を置いた。

 

「……。」

 

「はぁ…。」

 

このままで。

何時か貴方に教える日が来るまで。

貴方を騙す悪い子を許して欲しいと。

そう思いながら私は運命の人の肩に頭を置いて温もりを何時までも感じていたかった。

 

◆ ◆ ◆

 

「ここか…。」

 

俺に宛がわれた客室で寝てしまったクローディアに毛布を掛けてソファーに腰かけようかと思った矢先に陛下に呼び出され「妹と綾斗が長い時間帰ってこない。見に行ってきて欲しい」という相談を受け子供の頃からよく行っていた孤児院への地図を渡され様子を見に行く事になったのだ。

因みに綺凛ちゃんとシルヴィア達は市街地へショッピングへ向かっていた。

どうも綺凛ちゃんの服を買いに行くとのことらしい。

 

俺は一人でリーゼルタニアの郊外…所謂貧民街へと足を踏み入れていた。

建物は中心地に比べると近代的な建物は殆ど無くくたびれそこに住む住人の覇気もあまり感じられなかったが近くにある目的の場所へと到着すると新築同様の教会と大きな屋舎が繋がった建物が見えた。

そこにいる孤児達に囲まれてわいわいとまるで動物園の珍獣のような気分になったがまぁ悪い気はしなかった。

どうも俺の事をリースフェルトが伝えていたらしい。

そこの責任者であるシスター・テレーゼに話を聞くと数分前までいたようだがつい先程帰路についた、とのことだった。

 

「無駄足だったか…?」

 

教会の敷地外へ足を踏み出すと不快な重く暗い星辰力を感じとり顔をしかめる。

 

「なんだ…この不快な感覚は…?」

 

『主。』

 

(どうした?)

 

不意に《グラム》の声が脳内に響く。

 

『リースフェルト殿と天霧殿がなにか禍々しいものと戦っているようだ。』

 

「昨日のギュスターブ・マルローか?」

 

『いや。それとは比べ物にならん負の星辰力だ。急いだ方がよいだろう。』

 

「分かった…。急いだ方が良いのは俺も同感だ。」

 

加速術式を発動し主要な道路を外れた山の中に入っていく舗装されていない道路を駆け抜ける。

道を進む度に舗装されていない道路が狭まり森の中へ誘われ次第に雪が濃くなり雪景色へ変化していく。

暫くすると車道に置かれた乗用車を発見しそちらへ進むと鼻に突く匂い…そして木々が枯れていた。

点々と続く足跡を視線で追うと突然目の前が真っ白に染まる。

 

「わっぷ…!突然吹雪いてきやがったな…ん?」

 

吹雪き道行きが白で閉ざされたがよくよく視界を凝らすとその先に朽ち果てた建物…研究所のような廃墟が見える。

 

「……っ!?」

 

その前に人影が三つあり《瞳》で見通すとかなり不味い状況だったことに気がついた。人はその二人からかなり離れているがその距離は直ぐ様詰められるほどだ。

 

(なんだこの威圧感は…)

 

戦わせてはならなくこいつはヤバイと、そう俺の本能が警鐘を鳴らした。

直ぐ様行動し白き地面を踏みしめ二人の前に立ちはだかるように割って入る。

 

「蜂也!?」

「副会長!?」

 

突然現れた俺に驚く二人はそれぞれの呼び方で俺を呼ぶ。

目の前の銀…白髪の女は感情の起伏が薄いのかさして驚いていない。

しかし、俺を射貫く真っ赤な瞳が見て揺れ動いた気がした。

 

「そう…貴方が…」

 

含みを持たせたその言葉に俺は問いかけた。

 

「お前、誰だ?」

 

「私は…。」

 

女は一拍置いて告げた。

その名前を聞いて俺は眉をひそめた。

 

「オーフェリア・ランドルーフェン。」

 



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孤毒の魔女(薄幸白髪最強美少女)

そう告げられ目の前の少女に視線を向けた。この少女が孤毒の魔女(エレンシュキーガル)だと…?

 

『ああ。正真正銘の『孤毒の魔女(エレンシュキーガル)』だぞ主。強敵だ…!』

 

脳内に響く《グラム》に腰のホルダーに格納している発動体がカタカタと震えていた。

 

「ええ。…そうよ。まさか貴方に会うとは思わなかったわ…名護蜂也(戦士王)。」

 

俺を呼ぶ声は静かに冷たくどこか虚しさや諦めを含む声色だ。

しかし、その声色に喜びが含まれているように聞こえるのは俺の気のせいなのだろうか?

 

『有名どころを挙げるとすれば聖ガラードワースの生徒会長や界龍の生徒会長、それにクインヴェール女学院の生徒会長、それにレヴォルフの《孤毒の魔女(エレンシュキーガル)》オーフェリア・ランドルーフェン』

 

名前を告げられた瞬間に俺の脳内にクローディアと話していたときの会話がフラッシュバックする。

確かに目の前にいる白髪の少女はレヴォルフの制服を着用しているが肘まで覆う長袖に白タイツという冬場をバカにしてるのかと聞きたくなるほどの軽装であるが吐く息は白くなくまた今降雪しているのにも関わらず肩や頭に雪が積もっていない。

それよりも今立っている場所に雪すらない状態なのはまるでこいつが”輪”から外されているようにも感じた。

噂話程度だがこいつがこのような状態になったのはアルルカント・アカデミー…の運営母体である”フラウエンロープ”の大博士…マグナム・オーパスと呼ばれる人物が後天的にとある少女を被験者として”魔女を作り出す”という計画で産み出された…というある意味魔法師における調整体のような実験の犠牲者…としか聞いていなかったがまさかこいつがなのだろうか…?と白髪の少女を見る。

 

そして此方を見つめるは血のように真っ赤な瞳。

しかしその瞳を嵌め込んだ表情は今にも泣き出しそうな程に悲しみを湛えている。

何故だろう。こいつをみていると無性に…。

頭の中でこいつに適切な言葉を吐き出そうとするが中々出てこない。

 

喉元まででかかったこいつに対する印象を告げよう、と思案していると背後にいるリースフェルトが騒ぎだした。

 

会話する中に”一年前”、”お前がいるべき世界はここじゃない”、”貴女では運命を変えることが出来ないわ”

 

(一体こいつらに何があった?)

 

そう疑問に思う前にオーフェリアが物憂げに”双剣”の校章触れるとリースフェルトが炎の戦輪を呼び出し放つ。

『鳳凰星武祭』以降も技と戦術を磨いていたのか星辰力にキレが見え数多くの戦輪を操り視界を封じ襲いかかる。

その光景に思わず見入ってしまった。

 

しかし。

 

「…これは…。」

 

炎の戦輪がオーフェリアに届こうか、とした時に彼女の身体から凄まじい星辰力が吹き上がる。

それは目の前で戦っているリースフェルト、天霧、そして俺の量とは比べ物にならないほどの総量だ。

禍々しいほどの星辰力は一瞬にして吹雪と蒸発した煙を吹き飛ばす。

 

「…。」

 

次の瞬間にオーフェリアの足元から奈落へと引きずり込む亡者のような腕が現れ揺らめく。

毒々しい黒と紫の亡腕はリースフェルトが放った炎の戦輪を受け止められてしまう。

その光景をみて炎の戦輪の回転を早めるがその腕にとらわれたままで脱出することすら叶わない。

 

「…ああ。ユリス。ダメだわ。あなたでは私を運命から解き放つことは出来ない。」

 

オーフェリアが悲痛に満ちた声で呟いた瞬間に亡者の腕が握っていた炎の戦輪は硝子のようにくだけ散った。

 

「ユリス…ダメだっ!」

 

「…っておい落ち着けお前ら!」

 

しかし目の前にいるオーフェリアは待つ気は無いようで。

 

「ーー塵と化せ(クル・ヌ・ギア)

 

そう呟いて次の瞬間にオーフェリアの周囲に瘴気が吹き出し足元に蠢いていた亡者の腕が集まり巨腕が現れ黒褐色の腕は雪原を地を這う蛇のように素早く蛇行しながらリースフェルトを掴み掛かる。

掴まれたリースフェルトは苦悶の悲鳴を上げながら掴まれ数十メートル後方へ吹き飛ばされてしまった。

どうも俺に意識を向けてはいるようだが”この二人”はオーフェリアにとっては炉端の石ころのように向かう方向にあり偶々蹴飛ばしてしまった程度のようだ。

天霧もリースフェルトの援護に向かうために《黒炉の魔剣》で亡者の腕を切り落とすが直ぐ様膝を着いてしまう。

どうしたのだろうか、と思っていると《瞳》が天霧の状態異常を知らせる。

毒状態…これは奴の能力…なのか?

 

「あなた”達”の運命はか弱い…だから言ったのに。…大丈夫、すぐに楽になるわ。」

 

止めを刺そうと再び亡者の腕が集まり瘴気の巨腕を形成し叩きつける。

しかし、巨腕が到達する前に俺が割って入り光振動系統魔法《フラッシュエッジ》を発動し瘴気の巨腕を両断した。

亡霊の腕が断面から霧散していく。

 

「……?」

 

その行動にオーフェリアは眉を動かし此方に興味を示した。

示さなくてもいいんですけどね…。

 

「ああ。それがあなたの能力?純星煌式武装を使わないでわたしの能力を打ち破るだなんて…あなたならわたしの運命を壊すことが出来そうね。」

 

やべ…更に興味引かれたんですけど…。

 

こいつら達(天霧)から仕掛けてきたから止める義理はねぇんだけどさ…仮にも星導館の副会長な訳よ俺は。理由の無い決闘を認めるわけにはいかんのだわ。これで手打ちにはしてくれ無いか?」

 

つまりは此処でお互い手を引こうと。提案したのだが…。

 

「蜂、也…待ってくれ!私は…!」

 

「副会長…それは…!」

 

その提案に対して反対意見を述べるのが二人。

俺は呆れながら二人をジロリ!と頭だけを動かして厳しい視線を投げ掛けた。

 

「あ、がっ……ぐ…!」

 

「な、なんだ…!?」

 

後ろにいる二人に対して俺は黙らせるために”殺気”を込めた視線を投げ掛けると特にだがリースフェルトは俺からの”殺意”によって肩を震わし抱いており天霧もそこから動けずいるだけだ。

 

「……はぁ…。」

 

この程度の殺気で動けなくなるのならこいつらでは”絶対に目の前のこの少女に勝つことは出来ない”。

そう確信出来た。

 

俺は改めて正面に入るオーフェリアに対して頭を向けると亡霊の腕を展開しながら此方…俺を双貌の赤い瞳で見つめている。

 

「哀しいけど一度動き出した運命は私にも止められない…貴方が壊すが私を壊すしか止める術はないわ。」

 

「まるで倒されたい、みたいな言い方だな孤毒の魔女(エレンシュキーガル)。」

 

「貴方なら…それも可能そうね。」

 

そう言って不敵に微笑むオーフェリア。

初めてこいつが笑ったを見たが全てにおいて諦めが含まれているような感情が感じ取れる。

ゆっくりと腕を持ち上げ足元の亡者の腕が起き上がり騒ぎだす。

それに応じて俺はホルダーから《壊劫の魔剣》を取り出し励起させた。

 

「……。」

「……。」

 

互いに校章に触れて”双剣”と”赤蓮”が輝きだすとそれは同時に開戦の狼煙となった。

瘴気で形成された亡者の腕が俺へ襲いかかる。

 

「ちっ…!」

 

襲いかかる腕を《フラッシュエッジ》で切り飛ばし道を切り開き雪原を踏み抜き駆ける。

駆け抜けると同時に利き手に持った《壊劫の魔剣》を一振する。

迸る稲妻がオーフェリアを切り裂く…とまでは行かずに身体を覆う膨大な星辰力に阻まれた。

 

(固ぇ…!)

 

いつぞや綺凛ちゃんに言われた「厚い鋼を突いたような手応えでした」といわれたことを思いだし苦虫を潰したような表情になってただろう。まさか俺がそれを体験する羽目になるとはと。

 

「……だぁっ!!」

 

「…!?」

 

弾かれ返す刃で空中で身体を捻り回転させ《壊劫の魔剣》に少し星辰力を込めて振り抜き神速の二連撃《影技・二練神威》を発動させるとオーフェリアの無造作に張っていた星辰力のバリアを突き破りオーフェリアの衣服を切り裂きその病的なまでに白い肌に一筋の剣先が入りツー…と赤い筋を垂れ流す。

 

「…ふふふっ!」

 

「…!?まじかよ!」

 

その光景を見て驚愕したと同時に狂喜の笑みが溢れ出す。

 

「ああ…。それが《壊劫の魔剣(ベルヴェルク=グラム)》…やはり貴方とその武装なら私を…。」

 

「っ!?」

 

次の瞬間に切り飛ばした亡者の腕は瞬く間に別の腕が映え変わり俺へと殺到する。

迫り来る亡者の腕を《連鶴》で切り落としながら距離を取る。

が、突如として身体に力が入らなくなる。

 

(…!これは…体内に巡る星辰力を悪性にして毒にしてんのか…なんつう…ことを…!)

 

瞳が黄金色に変わる。

直ぐ様《物質構成(マテリアライザー)》を発動し”毒系統が効かない平行同位体の蜂也”をロードし無力化させ体内の毒素を無力化して蜂也は状況を打開した。

しかしそのその隙を付いた瘴気の腕が俺へと襲いかかる。

 

「…ちっ!」

 

「あら…耐えるのね…それなら、これは…どう?」

 

その数は”無尽蔵”といっても差し支えの無い。

この数は流石に《壊劫の魔剣》だけでは流石に捌ききれない。

だが…。

 

塵と化せ(クル・ヌ・ギア)

 

言霊を呟き先程リースフェルトに喰らわせていた瘴気の腕を取り込み一つの巨大な腕を形成し凄まじい速度で俺を握りつぶさんと到達する。

背後で蜂也の名前を叫ぶ二人の声がしたが蜂也は今はそんなことに気にしている余裕はない。

素早く《次元解放》のポータルから超特化型CAD(フェンリル)を一丁取り出しソードモードに切り替えると同時に《黄金色》に輝かせ”魔法”を発動する。

 

「………!」

 

近づいて俺を握りつぶさんとする巨腕を加重系統複合魔法《結合崩壊(ネクサス・コラプス)》を纏わせた赤黒い赤刃を軽く振るうと両断された。

 

「…ああ…やはり…貴方は…!」

 

いとも容易く紙屑のように切り裂いた状況に怪訝な声を上げるオーフェリアに追撃を仕掛けるために歩み出す。

近づく俺にオーフェリアが亡者の腕を俺へ差し向けるが片手に持った超特化型CAD(フェンリル)から放たれる対星脈世代無系統対抗魔法《星辰解体(プラーナ・デモリッション)》で無効化していく。

 

「……!」

 

次々と打ち落とされる触れれば一撃で仕留める攻撃を無力化し悠然と向かってくる姿は相手にとっては恐怖を与えるだろう…まぁ実際にオーフェリアはその場から此方へ一歩踏みしていた。

表情には出てないが今まで押されていたことがないのだろうとその光景を見て俺は駆け出す。

当然だ。その圧倒的な星辰力と《魔女》の力を持つ彼女を討つことは当代の星脈世代は勝つことも出来ないだろうなと考察した。

…実際にこんなのが魔法師にいたら戦略級に匹敵するかもしれない”毒”を操る能力は見たことがない。

オーフェリアは自分と渡り合える人間を見たことがないのかもしれない。

 

…だからこそ。

 

「……!!」

 

迫り来る手…いや巨大な腕が数本現出し襲いかかり周囲を腐らせていくが片手に持った《超特化型》で無力化していく。

 

「ふふふ…面白いわ…やっぱり貴方は。…でもこれは耐えきれるかしら?」

 

感情の起伏が薄い筈の少女が声を張り上げ巨腕を集約し近くにある研究所よりもでかくなった。

それには蜂也も思わず足を止めて苦笑いした。

 

「まじかよ…。」

 

俺の背後にいる二人もその光景に愕然する。

 

「なんて大きさだ…」

 

「それに…この星辰力は……副会長!」

 

目の前に現れた巨腕は天を突こうかとするほどの迫力で叩き潰そうと振り下ろす。

このままでは研究所諸とも俺達は瓦礫の一部になってしまうだろうが…。

片手に持った《壊劫の魔剣》を構える。

 

振り下ろされた巨腕が周囲の空気と雪を朽ちさせながら落下してくる様はまるで理不尽な暴力が降り注いでいた。

流石にこの大きさは《星辰解体》でも分解しきれない。

覚悟を決めて一息整えて。ぼそり呟いて一気に振り抜く。

 

「…しっ!!!」

 

『刀藤流影技・月華美刃(ゲッカビジン)

 

壊劫の魔剣(ベルヴェルク=グラム)》を下段に構え加重系統と放出系統の二種複合魔法で仮想鞘を作成、そこから抜刀し加重複合系統魔法(ネクサス・コラプス)を纏わせて固定させ威力を増させた抜剣術。

赤色と黄金色の混色の横一文字の斬撃はオーフェリアの攻撃を破壊した。

 

しかし、霧散した亡者の腕はオーフェリアへと集まっていく。

 

周囲に爆風と爆発音が響き渡りその隙に俺は《壊劫の魔剣》をポータルに放り投げ無力化するために接近する。

かなりの距離があったが自己加速術式を発動し眼前へ立った。

すると。

 

「やはり貴方は……ぐぅ!?」

 

「なんだ…!?」

 

少女の産み出している瘴気の腕が彼女を取り込もうと彼女の四肢を掴み地面へ引きずり込もうとしていたのだ。

今まで起こったことがないのか困惑した表情になるオーフェリア。

 

(能力の暴走…?)

 

このままでは不味いと思った俺は《星辰解体》で亡者の腕を破壊するが丸で蛇口を閉め忘れた水道管のようにあふれでてキリが無く黒い奈落へとじりじりと落ちていく。

 

脳内に焦る声が響く。

 

『不味いぞ主…このままではこの魔女は自分の能力に食われてしまう!』

 

(ちぃ…だったらやるしかないわな…!)

 

『どうするつもりだ?』

 

(俺がこいつの手を取って直接《物質構成(マテリアライザー)》をぶちこむ!)

 

『…成る程な。それは主でなければ出来ない手段…”無理を道理で押し通す”とはこの事か。』

 

(無茶振りは得意だろお前は?)

 

『ふっ…純星煌式武装(オーガルクス)泣かせの主よ…応っ!』

 

奈落へと引きずり込まれそうになっている目の前の少女の片手を掴む。

 

「ぐっ…がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!!!!!!???」

 

手に取った次の瞬間に全身に象牙を刺されたような激烈な痛み、味わったことの無い強烈な熱が同時に襲いかかり思わず手を離しそうになるがそうはいかない。

この目の前の少女を助けなければならない、そう思ったからだ。

あまりの激痛で片手に持った《超特化型CAD》を落としてしまったが構わずに右手でオーフェリアの伸ばした手をがっちり掴みポータルから《壊劫の魔剣》を取り出し心臓目掛け突き刺す身体に張っている星辰力を霧散させた。

 

「かはっ…!?」

 

「苦しいだろうが…我慢してくれよっ!…俺も結構苦しいからなっ!」

 

喀血するオーフェリアに構わずその隙を突いて俺は《物質構成(マテリアライザー)》を発動した。

意識がこの世全ての物質、人物の情報が記された物質記憶表(マテリアル・タイムレコード)と呼ばれる呼ばれるデータベースへ転送される。

 

元の少女の姿を確認する。

虫も殺せない優しい女の子でそのあり方を”魔女”というあり方に歪められたという少女の過去が見える。

元の髪色も栗色で目付きも穏やかなものだったが後天的な”魔女”により髪色は白に瞳の色は赤へ性格は悲観的にと変えられてしまっていた。

 

遡り彼女を元に戻そうとするが何故か”平行同位体のなかに『魔女になる前の姿』の同位体”が無い。

選択すること出来ないのだ。

 

(どう言うことだ…!?)

 

何かが干渉しているのか、世界抑止が働いているのかは分からない。

”魔女”になるのが運命(さだめ)なのか。

 

しかし今の状況を打開するには”毒を内側に留め完全制御出来る存在である先天性の魔女”の平行同位体をロードさせるしかない。

 

事象を書き換える”魔法”を発動し虚飾を現実へ置き換える。

パチリ、と脳が焼き焦げるような感じを覚えた。

八幡からしてみればこれも…そう”少女の為ではない。全て蜂也の精神衛生上を保つ”為である。

 

「貴方は…一体…誰なの…?」

 

「只の…気まぐれを起こした一般生徒だ。」

 

オーフェリアを中心に幾何学模様の黄金色の魔方陣が現れ光を。世界を変える光を放った。

その呟きに答えること無くオーフェリアに光が収束していった。

その表情は穏やかで向ける視線は愛しいものを見るようなものだった。

 

◆ ◆ ◆

 

「………。」

 

「くっそ…めちゃしんどいぞこれ…。」

 

腕のなかに抱き抱える瞳を閉じているオーフェリアを抱き抱えながら痛む頭を押さえながら雪原に膝を突いた。

腕に抱き抱えた少女を落とさないようにするのは大変だわ…というか本当にこいつちゃんと飯食ってるのか?と問い掛けたくなるくらい腕のなかにいる少女は軽かった。

オーフェリアが持つ端末が震えているが今はそれを気にしている暇はない。

 

一仕事終えてさっさと寝たいレベルだったのだが…。

 

「…っち!こっちは疲れてるって言うのによぉ!空気読めやぁ!ジジィ!!」

 

身体に鞭打ち無理繰り立ち上がらせて抱き抱えたまま立ち上がると迫る悪意を察知してその場から飛び避けると地面が砕け散る。

正面を見ると笑みを浮かべるキュスターブが立っており三頭の万応素で作られたこれは…犬か?

 

「ご紹介しましょう。我が作品のウェアウルフにオルトロスとケルベロスです。どうですかな?…~~~~~。」

 

なんかごちゃごちゃ言ってるがこっちが不利であることには違いないらしい。

 

「くっ…。」

 

「ユリス!」

 

「まじぃなぁ…。」

 

立ち上がろうとしてる後ろ二人はまだ毒からの影響を抜けきれていないのか足元がおぼついている。

こっちを狙う一匹…人形っぽい犬は武器を構えて此方を攻撃してくるが適度に避けながらいれるが天霧達はそうも行かないらしく既に囲まれていた。

そっちに意識を取られていると武器を持った人狼の武器を弾き片手に持った剣を弾き体勢を崩したところに蹴りを叩き込みギュスターブの方に飛ばして天霧達の元へ向かおうとするが…。

 

「要らんみたいね…。」

 

牙を向いた二体の魔獣…一体は三つの首を剣閃によって消し飛ばされ巨体は雪のなかに倒れ込み舞い散る中に銀髪の髪が揺らめき残るもう一体も二つの頭を綺麗に泣き別れし地面に倒れ込み同じく雪が舞い上がるその中に紫色の髪がふわりと掻き上げられていた。

 

「お義兄さんお待たせしました!」

 

「八くんお待たせ!」

 

「蜂也お待たせしました…おやそのお方は…?」

 

先程俺がギュスターブに飛ばしていた人狼は両断され降り始めた雪のなかに煌びやかな金髪が風に揺れていた。

 

「綺凛ちゃんにシルヴィア…それにクローディアか。」

 

クローディアが現れた事で先程までギュスターブが余裕そうに浮かべていた顔色は一変、ほんの少し顔色が悪くなる。

クローディアと数度言葉を交わすと苦々しい顔に変わり森の中へ姿を消した。

一先ずは天霧達を王宮へ運ぶこと。と……。

 

「お、お義兄さんこれは…。」

 

「蜂くん~これは…どう言うことかな?」

 

「ふふふ…しっかりと説明してくださいね蜂也。」

 

俺はどっちかというと此方の方がタイヘンダナー。

 



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魔竜撃滅

懐かしい夢を見ていた。

 

後天的に星脈世代…”魔女”されてからというもの昔の記憶は変色し色褪せ自分自身の過去の記憶ですら見ることすらなくなったというのにかつての友達…薔薇色の髪色の少女と共に花を育て愛でていたことを思い出した。

 

目蓋を開くと真っ暗な空間に浮いている。

 

『ここは…何処…?私は先程まで…戦士王と戦っていた筈……そう…死んだのかも知れないわね…それはそれで……?』

 

今、目の前に花畑が広がっている。

おもむろにその花に触れてから不味いと思い手を離すがいつまでたっても花が朽ちていかない。

 

『…。花が…朽ちない?』

 

手に取る花は色鮮やかなアネモネの花だ。

ふと気がついたことがある。

 

『匂いが…する。』

 

花の匂い、土の匂いがしっかり鼻を突いているのだ。

 

『生きている…。いや仮死状態なのかもしれないわね。』

 

今までは色彩を欠いた風景に匂いもしなかったのにこんなことはもう数年もなかった。

なぜこんな状態になっているのか一瞬分からなかったがハッとして花から視線を上げる。

 

『…きっと戦士王ね。』

 

胸の部分を擦るが痛みはなくそして穴もない。

先程までの戦闘を思いだし自分の心臓目掛け先程《壊劫の魔剣》を突き刺されたが不思議と痛みを感じなかった。

自らの”運命”を壊してくれた少年。

ディルクにその存在を聞かされ命令されたときは「それで?」ということだったが星武祭を優勝してから彼に興味が湧いた。

…彼ならば私の”運命”を壊してくれそうだったから。

今回は研究所を抜け出して久々に外に出掛けたらまさか《戦士王》に会うとは思ってみなかったけれど。

結果としては私は敗北して”運命”は砕かれた。

 

『…。』

 

妙な気分だ。

何故か戦士王…いや名護蜂也のことを思い出すと胸が温かくなるのは何故なのだろうか…?

 

『…これが…ユリスが以前に言っていた…”一目惚れ”と言う奴なのかしら…?』

 

いつぞやユリスが自分を迎えに来てくれる白馬の王子様とやらのお話をしていたのを思いだし自然に笑いが出た。

恋のことなどてんで分からないが今は”名護蜂也”のことを想うと鼓動が早くなる。

 

『……。』

 

『………あら?ウサギ…さん?』

 

花畑の開けた場所にペタりと座り込むと暗闇の奥から一羽の白ウサギが私の元に近づき見上げている。

こんな不思議な所にウサギがいるはずがないが…夢だからだろうと納得させた。

 

『…おいで。』

 

声を掛けて手招きをする。本来ならばそんなことをしてしまえばこの小さな命は朽ちてしまうだろう。

それよりも私の瘴気で生き物が近付いてこないはずなのでこんな手招きをしてしまうのだけれど。

 

『……』スリスリ。

 

『…ふふふ。かわいいウサギさんね。きゃっ。』

 

手招きすると白兎は近づき頬を私の手の甲へ当てている。

その感触に思わずくすぐったさを覚えて頬が緩んでしまうが仕方がないと自分に言い聞かせていると白兎がぴょん、と座っている膝の上に飛び乗ってきて「もっと撫でろ」と言わんばかりの態度を取っている。

花に触れることや動物の温もりを感じることが出来ることに喜びを感じつつ花畑に倒れ込み”匂い”を吸い込む。

 

『………。』

 

目蓋が重くなり次第にウサギを撫でる手付きも遅くなるがそれを察して白兎は移動し頬付近に近づきその小さな身体を擦り付ける。

その微睡みに身を任せ目蓋を閉じる。

 

貴方に私の全てをあげて私は貴方の所有物になりたい。

もし、目を開いて目の前に蜂也がいたのならユリスに昔見せられた小説の方法で彼に私の想いを伝える方法は…それを参考にしましょうか?

 

◆ ◆ ◆

 

「しかし…孤毒の魔女(エレンシュキーガル)に戦いを挑まれて勝利してしまうとか…本当に貴方は規格外ですね蜂也。」

 

「いやいや…そもそもこのバカ二人が勝負を仕掛けなきゃこんなことにはならんかっただろうが…」

 

「ば、バカとは何だ!蜂也!」

 

「格上の相手に挑むのがバカっていうんだよバカ……って漸く起きたな。」

 

俺は寝ている天霧とリースフェルトに視線を向けてそう言い放つ。

 

ここはリーゼルタニアの離宮。

天霧達が使用している部屋におり先程まで話していたのだが目を醒ましたらしい。

 

「あの…えーと…。」

 

「起きたか綾斗。」

 

起き上がった天霧に駆け寄るリースフェルトと沙々宮の姿があり呆然としている。

俺は事情を説明し既に天霧は襲撃されてから3日経過していることを説明すると呆然とした表情を浮かべていた。

 

「3日間も!?」

 

「ああ。お前がオーフェリアに食らったタイプの毒は星辰力に直接作用させて星辰力アウト…つまりはバッテリーを放電させられたような状態になって車が動かなくなった…みたいな状態になってたわけだ。ことさらお前禁獄の力を解放してたから最大量が多いほどそのダメージはでかいから起きるのが遅くなった、って訳だ。」

 

「そうだったんですね…。」

 

「ああ。リースフェルトに至っては泣きそうな表情でお前の看病してたからな。」

 

「は、蜂也!!」

 

顔を真っ赤にして俺に怒るリースフェルトは本当に分かりやすいと全員が笑い不利と感じ取った彼女は咳払いしておとなしく天霧のベッドにある椅子におとなしく座っていた。

…沙々宮はリースフェルトをジトーと見ていたがまぁお前らの戦争に巻き込まれたくないんでよそでやってください。

 

「……っ!…どうしてこの人がこの場所に?」

 

天霧が横を見て声を上げていた。

まぁ驚くのも無理はないだろう。何故なら。

 

「………。」

 

「オーフェリア…。」

 

ベッドに健やかな寝息を立てている白髪の美少女…オーフェリア・ランドルーフェンがそこにいたのだから。

俺は立ち上がりその健やかな寝顔を覗き込む。

本当にこいつが《孤毒の魔女》の二つ名を持っている魔女なのか疑いたくなる。

…うん、普通の女の子だな。

 

「教えてくれ蜂也。」

 

「んあ?……ってどうしたよ皆。」

 

リースフェルトの問いかけに全員の視線が俺へ突き刺さる。

 

「オーフェリアを助けてくれたのは…感謝している…でもどうやっ」

 

「悪いが答えられない。そもそもにおいてお前達が知る必要は無い。」

 

俺は食い気味に遮るように視線をオーフェリアに向けながら思わず魔法師しての対応をしてしまい不味い、と思ったが。

 

「まぁ…強いて言うなら俺固有の…固有技能…だと思ってくれれば。」

 

「そ、そうか…済まなかったな。」

 

と全員が素直…と言うか事情を知っているクローディアと綺凛ちゃんとシルヴィアぐらいなものだから…まぁいいか。

その後にさっきのおっさん…ギュスターブが現れたこと知らせると驚いていた。

それから俺達はリースフェルトの口からベッドで寝ている少女…オーフェリアについて説明を受けることになった。

 

どうも元々オーフェリアは此処にある孤児院にいた一人の少女で借金のかたにアルルカント…運営母体であるフラウエンロープに連れていかれ後天的な星脈世代…魔女にさせられたと。

そして先程の廃墟は彼女を研究するための施設だったらしく実験は成功…したのではなく暴走した結果であのような廃墟に出来上がったらしい。

だからこそ俺が彼女を抱き抱えていられたことにリースフェルト他全員が驚いていた。

まぁ…俺もあのタイプの毒素…系統が変わっていたので重ね掛けの《物質構成》しないと危なかったが。

話しはずれたが暴走した結果研究所は壊滅し一人残されたオーフェリアはフラウエンロープからソルネージュ…つまりはあいつが纏っていた制服の”双剣”の校章…レヴォルフ黒学院に引き取られ…いや火事場泥棒されたといった方が正しいのかもしれないな。

それから彼女は”研究物…つまり物扱い”され所有権利書…つまりは金でアルルカントからレヴォルフ学院…ではなく個人…まぁたあのクソデブの所有物としてアスタリスクに移り《王竜星武祭》にて《孤毒の魔女》の異名を轟かせリースフェルトはその変わった…いや変化させられた親友をその気配で感じ取り親友に挑むが敗北…その力は当代最強の”魔女”になっていた…と言うことだったらしい。

まぁ実際にオーフェリアはレヴォルフの序列一位だからな…仕方がないが。

 

《王竜星武祭》…前年の話をされて少し悔しそうな顔を浮かべているシルヴィアだったが俺と戦ったときに実力を見るに苦戦するのも無理はないなーと納得してしまった。

実際にこいつが魔法師の世界にいたら…BS魔法師で拠点攻撃の基地制圧できるのとしてめちゃくちゃ有用な人材になるだろう。

まぁ3日前の戦いで魔女としての完全体…外に出さずに制御できる形に同期させたからな。

…目が覚めて「バカめ!」といって攻撃してきてほしくはないなぁ。

ちなみにこの件について(オーフェリアが魔女にされた件)は箝口令が敷かれているらしいので黙らないといけないらしいが俺は関係ないので無視することにした。

 

「………ん。」

 

ふと後ろから声が聞こえたので振り返るとベッドから白髪が揺れておりどうやら渦中の人物が起きたらしい。

 

「お目覚めか?」

 

俺が声を掛けると他の皆が気がつき警戒をしていた。

いや、毒素は完全制御できるようにしてるから大丈夫だっつーの…あ、言っても無理か。

 

俺は天霧のベッドから離れて片方のベッドのそばに立つ。

リースフェルトが近づきたいようだがクローディアが止めていた。

顔が此方向いてオーフェリアの赤い双眸が俺を見る。

 

「…ここは?」

 

「リーゼルタニアの王宮…の離れだ。」

 

「私は…どうしてここにいるのかしら…?」

 

「雪山のなかにおいてくのは流石にな。」

 

「ベッドで寝ていただなんて…何年ぶりかしらね…ふふふ…温かい。」

 

そう言って羽毛100%の布団を手にもって温かそうにしているのはこう見ていると可愛らしく思う。

俺は突っ込んだ内容を聞いてみた。

 

「お前魔女にされてからどうやって生きてきたんだ?てかずっと立って寝てたのか…?」

 

「睡眠が必要なかったもの。私は触れるもの全てを朽ちさせてしまうから。栄養をとると身体を拒絶…と言うか味覚がないから分からなかったわ。…久々にアネモネの花の匂いとぴょん子のもふもふを楽しんだわ。」

 

楽しそうにしているのは何故なのか分からなかったが楽しそうだ。

 

「アネモネ…?ぴょん子…?」

 

それと随分と重症だったらしい。

 

「ねぇ…名護蜂也。」

 

「なんだ?」

 

「どうして…私が今…ものをさわれていたり…匂いを感じることが出来ているの?…それに、どうして私を殺さなかったの?」

 

少女のような無垢さで答えづらいことを聞いてきたので答えるのに困ったが…。

 

「お前が昔の俺に似てた…それだけだ。」

 

全部が似ている訳じゃない。

比企谷の家に生まれてお家復興のために育てられついでに生まれた小町は「何故兄のように出来ない!」「出来損ない!」と言われ教育と言う名の暴力によって支配され笑わなくなった。

俺も俺で初めて出来た妹を守らないと、と思って婆ちゃんに使用を禁じられていた精神干渉系の魔法を使って意識を書き換え妹ばかりに愛情、関心が向くようにしてそれを通う学校でも発動させ俺には無関心と悪意に晒されるように仕向けた…と言ってしまえば自業自得でオーフェリアと一緒に”自分自身の運命に悲観していた”…ああ。俺は一生他人から認められず虐げられ大事な妹を守って死んでいくんだと。ただまぁそれだけの理由だったんだがな…。

 

そんなことを思いつつ柄にもない苦い笑みを浮かべていたのかベッドの直ぐ側にいた俺の手にオーフェリアの白すぎる手が重ねられていた。

 

「そう…貴方も自分の運命に悲観していたのね。でも大丈夫。」

 

「は?…むぐっ!?」

 

俺の思考がフリーズした。

俺は重ねられた手を引っ張られオーフェリアに引き寄せられて…唇を奪われた。

 

「「「「「「!?!?!?!?!?!?」」」」」」

 

『主よ…また誑かしたのか?』

 

(知らねぇよ!)

 

『…はぁ。』

 

脳内に呆れた《グラム》の声が響くが抗議するが…いや本当にわかんねぇンだけど?

なんか後ろですごい悲鳴やら物が倒れる音が響いてるんですけど…?

てか驚くのお前たちかよ?逆に俺が何故にキスをされているのか聞きたいんだが?

 

「…んんっ…ぷはっ…私の想いが貴方を守るわ…。」

 

それは某○E世界で主人公が鬱になるような台詞を吐かないで貰える?というかなんで?

 

「ぷはっ…!?な、何してんだお前…!?」

 

「貴方に一目惚れしてしまったの。だから貴方を私の恋人にするわ。」

 

「はぁ!?ちょ、ちょっと待てってどうしたらそんな……っ!?」

 

背筋に悪寒を感じてオーフェリアを抱き抱えながらその場を飛び退くと三人の美少女がこっちをそれぞれの表情を浮かべている。

 

「お、お義兄さん…」

 

「蜂くぅ~ん?」

 

「うふふふ…蜂也…浮気ですか?本当にいい加減にしませんと…怒りますよ?」

 

「いや、ちょっと待て!なんでそうなるんだよ!?俺だって聞きたいんだが?」

 

それは俺だけでなくそんなことをするオーフェリアに戸惑いを隠せないリースフェルトが問いかけていた。

 

「オーフェリア…どうしていきなりそんなことを言い始めたんだ?」

 

「あらユリス。それは昔貴方が見せてくれたちょっと大人向けの雑誌…」

 

「ば、馬鹿者!このタイミングで何を言い出すのだ!?」

 

「貴方で言うところの白馬の王子さまが蜂也だっただけよ。」

 

「お前はお前で火種になりそうなことを言うんじゃねぇ!」

 

「お義兄さん…?」「蜂くぅ~ん?」「蜂也?」

 

「いや、俺悪くなくないか?」

 

まるで鬼の形相の三人が此方を見て必死に弁明しようと思ったがそれは部屋に入ってきたフローラによって中断された。

 

「たたたた大変です!姫様!皆様!」

 

扉を破壊しようかという勢いでフローラが慌てふためきながら声を張り上げた。

 

「どうしたんだフローラ。孤児院に戻ったのではなかったのか?」

 

乱入してきたフローラに全員が視線を向けるがただの慌てて…というのでは無いことに気がついて先程までの慌ただしい雰囲気から一変しリースフェルトは何時ものように視線を合わせて落ち着くように諭した。

 

「あ、あい!…それで街の方が凄い事になってて…。」

 

「凄いこと?」

 

「なんか、このくらいのでっかいトカゲみたいなのが飛び回って…怖くなって戻ってきたんです。」

 

フローラはピョコピョコと飛んで再現して見せたが…うん可愛いが大きさ的には人形ぐらいというSAN値減りそうだなと思いながら必死に再現してくれたフローラの頭を撫でると気持ち良さそうにしていた。

 

「街はパニック状態で、車とか全然動かない状態で…。」

 

「まさかそいつらは人々を襲っているのか?」

 

「い、いえそこまででは…。」

 

「ふむ…よしフローラはここで待っていろ。ここなら安全だ。兄上に状況を確認して来るために王宮へ向かう。お前たちもついて来てくれないか?」

 

そう言われ俺達は立ち上がって部屋を出ていこうとしようとすると俺の手を引っ張られオーフェリアに抗議の視線を向けられたが「病み上がりだからおとなしくしていろ」と視線を向けると素直に手を引っ込めて発言してきた。

 

「まぁ…愛する人を待つのも恋人の役目だものね。いいわ。」

 

楽しそうな笑顔とその発言に俺は頭を抱えクローディア含む三人は俺をバッチリ見ていたが視線を無視して陛下のいる部屋へ移動すると説明してくれた。

 

陛下より話を聞いたところ街には数十匹のトカゲが跋扈しており幸い人を襲うことはないらしい。

それに対応するために企業財体に連絡しソルネージュとフラウエンロープに呼び掛けたが反応が鈍く軍を動かしてくれるのか微妙らしい。

それに人を襲っていない、ということもあるらしいので今あるリーゼルタニアの警察隊で対応するしかないだろう。

 

「…。」

 

俺はその話を聞いてギュスターブ・マルローが仕掛けた陽動であることに気がつきまんまと動かされていることを指摘するとリースフェルトは怒りの顔を浮かべていた。

つまりは陽動に踊らされ”主要部以外には人員が無くなっている、という状況に気がついてしまったのだ。

あのおっさんは俺達をクローディアのチームに入って欲しくない…つまりは俺達のアキレス腱…貧民街…つまりは孤児院の警備を手薄にしたかったということになる。

 

陛下の言葉の意図を理解したリースフェルトは部屋から出ていく。

その光景を見た陛下は肩をすくませていたが陛下も大事な妹をもっての発言だったのだろうと俺は残っていた綺凛ちゃんと共に一礼して俺達は部屋を出る。

天霧たちの後を追った。

 

◆ ◆ ◆

 

孤児院までの最短距離…俺達は重力制御を用いて湖上を飛行して突っ切るという荒業に出たので本来とおる道の半分以下の時間で貧民街へ到着するとその付近のコンクリートの朽ちた建物の屋上に人影が見えその手前で着陸し見上げるような形で見つめる。

 

「これはこれは…思ったよりもお早い到着ですな。」

 

「こんなところで悠長に構えてていいのかおっさん?」

 

「孤児院には手を出していないだろうな?」

 

射るような鋭いリースフェルトの視線にギュスターブは平然と受け止め薄く笑う。

 

「ご安心を。正直に申し上げますとその手を考えていないわけではありませんでしたが…あちらのシスターは少々手強そうなお方が混じっておりましたのでな…片手間に片付ける、というのはいきますまい。」

 

「ふん。ならばいい。」

 

俺達は再び舞い上がりギュスターブがいるビルの屋上へ立つ。

向こうは一人でこっちは俺含めの四人、俺はホルダーから《壊劫の魔剣》の切っ先をギュスターブへ向ける。

 

「私としてはあなた方に出ていただければそれだけで十分です。中心街の方で遊ばせているドラ=キルコスたちもむやみやたらと攻撃を仕掛けなければ無害ですよ?あちらには統合企業財体の関係者もおられるでしょうし怪我をさせるのは後々面倒になりそうですからな。」

 

「…とりあえずお前に俺達を襲えと命令した雇い主の事を聞き出すとしますかね。(《グラム…俺はつかれたからお前で頼む。》)」

 

『心得た。ゆっくりと休むといい。』

 

俺は人格を《グラム》に変更させて綺凛ちゃんは刀を抜きリースフェルトは周囲に万応素が渦巻き天霧は《黒炉の魔剣》を起動させ腰をおとした。

これだけの強者に囲まれていれば動揺の一つを見せるのだろうがそれに応じずに大仰な動作で腕を広げる。

と同時に湖の中に巨大な魔方陣が浮かび上がりそれを潜り湖面から木の幹のような太さの触手…ではなく蛇のような首が全部で”九つ”。

 

「おいおい…。」

 

「どういうことです…?」

 

「これは…!」

 

「なっ…!?」

 

ゆっくりと水中から上がってきた姿にそれぞれが反応を示している。

四足歩行でありながら今は地球上に存在していない恐竜のような体躯に比喩ではなく小山のような体積はまだまだ水の中に有るが軽く二十メートルは越している全部出ればその倍…四十メートルは越えているかもしれない。

大昔に見た東宝怪獣の3本首の怪獣に見えた…いや日本的にいうならあれは…。

 

「八又大蛇ですか…!?」

 

「いや。あれはどっちかと言うと…。」

 

「こいつは…ヒュドラか!」

 

絞り出したリースフェルトの声に嬉しそうな声をあげるギュスターブ。

こいつあれか。自分の作品見て驚いて欲しい…子供おじさんじゃねーかよ。

 

「神話に書かれた通りの…いやそれ以上に雄々しい姿でしょう?三年かかって再現した私の最高傑作…究極の魔獣です!」

 

「ーーーーーーーーーーーッ!!!」

 

大気を震わせるような声が九つの頭部の口より発せられ大気を振るわせた。めっちゃうるせぇなこいつの鳴き声…!

 

「ユリス殿。早々に片付けなければ孤児院が被害を受ける。そうなれば我々の敗北だ。」

 

「だが!此程までに巨大な化け物が暴れているとなれば軍も動かすしか…!」

 

「ギュスターブが動いているにも関わらずフラウエンロープとソルネージュが動いていないのがいい証拠で連中は後ろで”ギュスターブ”が動くことに黙認しているということになる。」

 

「…っ!」

 

「流石は《戦士王》素晴らしい考察ですね!その通りです。彼らとしても貴殿方の存在は厄介なものでしょう…流石に中心街が被害を受けたとならば軍も思い腰を上げるでしょうが…被害に有るのは切り捨てられた貧民街…統合企業財体の腰は重いですよ?」

 

「……っ!」

 

俺の言葉とギュスターブの言葉に唇をきつく結び拳を握り締めるリースフェルト。

それが真実なのだと。

 

「とは言え…あまり時間を掛けるとどうか分かりません。早々終わらせることにいたしましょう。」

 

ギュスターブがそう言うとヒュドラの九つ有る内の一つの口が開き膨大な万応素が渦巻いているのが分かったため鋭い声を飛ばし指示を出す。

 

「…!?全員避けろっ!!!!」

 

「「「!?」」」

 

俺が指示を出すと全員がその場から飛び退くと光の奔流がコンクリートの護岸をえぐり吹き飛ばす。

その威力に思わず天霧が感想を溢す。

 

「まるで紗夜の煌式武装並みの威力だ…!」

 

確かにまともに食らえば戦闘不能になるほどの威力だろう。

 

「それでは私は此にて失礼いたします。存分にお楽しみください。」

 

ギュスターブはそう言って大きく跳躍し闇の中に姿を消しリースフェルトがそれを追おうとしようが天霧が引き留める。

その間にもそれぞれの口からレーザーのような光線を連発する。

到達する光線を俺と天霧は純星煌式武装を使って弾くがじりじりと追い詰められていく。

状況の打開に一つの策を提案した。

 

「皆。少しいいか?」

 

「はい?」

 

「時間稼ぎを頼んでもいいか?神話の再現通りならば奴は再生能力を持っているはずだ。」

 

「策があるんですか!?」

 

「ああ。皆で動きを止めていただきたい。少々時間が掛かる技なのでね。それにユリス殿は街の皆の避難を頼む。」

 

「しかし…!」

 

「知ってるものでなければ不信感を与えるだろうが君はこの国の女王だ。影響力はあるだろう。そう言うのはこう言った時に使うものだろう?…急げ!」

 

「…分かった!」

 

炎の翼を顕現し貧民街へ飛び去るリースフェルトにヒュドラの首を叩きつけようとした首の根本を《壊劫の魔剣》で一閃するが切り口から泡立ちすぐさま同じものが再生した。

 

「やはりか…!」

 

一撃で仕留める、という点においてはあの技は”必殺技”と相違無い威力があるのだが発動までに時間が掛かる。

今ここには実力者が多いので稼げるだろう。

 

襲いかかる攻撃を捌きつつ俺が指示した通りに他二人が散開する。

遠方からは沙々宮が煌式武装で性格な援護射撃を繰り広げ頭部と胴体を攻撃し天霧は《黒炉の魔剣》を振るって首を落とし綺凛ちゃんは”連鶴”で首を落とすがどうやっても再生を繰り返されてしまう。

端から見ても”火力が足りておらず”じり貧だというのは明白だった。

 

『《グラム》!一撃で消し飛ばすぞ。』

 

(心得た!)

 

意識が此方に割かれぬように保険として認識阻害の魔法を展開しつつ手に持った《壊劫の魔剣》に星辰力を注ぎ込むと刃が励起し更に攻撃的なフォルムへと変化した。

《壊劫の魔剣》を手に取り認識阻害を解除し魔竜へ突撃する。

 

「完了した!後は当方に任せるがよい!」

 

詠唱破棄した自己加速術式を二重詠唱し懐へ飛び込み第一の頭を切り落とし返す刃で二つ目の頭部を切り落とす。

俺は限定的な《次元解放》を発動し座標として”頭部が設置される場所”に飛ぶように跳躍をするようにして空いての反応速度よりも早く頭部を切り落としてしまおうと考えた。

その考えは正しかったようで既に五つ目の頭部を切り落とされているのにも関わらずこのヒュドラ悶えるだけで再生できていない。

まぁ例え気づいて反撃しようがこいつを構成する万応素に対して再生を阻害させる魔法を《物質構成》を発動しているので生えてくることはない。

そのうちに六つ、七つ、八つ…と最後の頭部を切り落とし正面に降り立ち”必殺技”を発動する。

こう言ったときの連鶴は本当に便利だからな…習得できてラッキーとしかいいようがない。

 

『絶技用意…。』

 

宙に固定された壊劫の魔剣(ベルヴェルク=グラム)に纏わり付く紫電バチりと音を立てて一層励起した。

 

『四色を統べる魔剣よ……!』

 

踏みしめる利き足がコンクリートを踏み砕き身体から星辰力が漲り《瞳》が黄金色に身体から黄金色のオーラが吹き出す。

 

『その身で破壊を巻き起こせ…っ!!』

 

迫る悪あがきのヒュドラ最後に残った頭部からの光の奔流が迫るが意味はない。

それに動じず破滅の一撃を発動させる為引いた利き腕を宙に浮いた『壊劫の魔剣(ベルヴェルク=グラム)』を前方にいる対象に向けて射出するようにぶち当てながら詠唱一節が小さく木霊した。

 

壊劫の天撃(ベルヴェルク=グラム)……っ!!!』

 

「ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!!!」

 

黄金色の破壊剣旋が再生を許さず竜を円環の理へと還していく。

肉体を剥がされ骨となったが直ぐ様その膨大な熱量によって火葬された。

ヒュドラだったものは塵になり風に消えた。

 

「竜退治は当方の得意分野なのでな…種族が悪かったな。」

 

《壊劫の魔剣》をホルダーにしまい身体を《俺》に戻すと天霧たちが駆け寄り避難活動していたリースフェルトも帰ってきた。

一応此にてギュスターブの目論みは潰えたことになった。

 

◆ ◆ ◆

 

「やれやれ…此は参りましたな。」

 

高台から蜂也たちの戦闘を見学していたギュスターブは大きく肩を落とした。

最高傑作であるヒュドラがあのように容易く、たった一人の少年に敗北したことだ。

こう言う稼業を続けていれば計画通りにいかないときもあることを理解はしていた。

 

「仕方がありません…又次の機会を…ど、どうして貴女方がここに…!?」

 

そう言って立ち去ろうとしたギュスターブだったが背後にたつ人影を察知し振り返るとそこには敵対するとは思っても見なかった少女たちがいたからだ。

 

「いやーやっぱり蜂くんの言う通りだったね…。ここにいる筈だ、って。」

 

「やはり蜂也の言うところだったわね…。」

 

そこにはアスタリスク最強の魔女の名を関する二人の美少女が月明かりに照らされている。

見るものは全てを魅了する美しさが有るが今のギュスターブには”死の女神”にしか見えない。

 

星辰力を使い果たそうとしているギュスターブには勝ち目など無かった。

 

銃剣煌式武装を構えるシルヴィアと片手を上げるオーフェリアに対しギュスターブはこのままでは死ぬ、と自覚した

 

「ま、待ってくださいませんかお嬢さん方!私と取引を…………かはっ…!!」

 

取引というなの命乞いをしようとしたが毒素が回り地に伏し意識がなくなるギュスターブ。

 

「…貴方の魂胆は分かっているわ?そうやって命乞いする振りをしてここから逃げ出そうとしようとする、そうするだろうから二人は問答無用で叩き潰せ、そう蜂也にお願いされているから…聞けない相談ね。」

 

「あの…オーフェリア。おじさんもう倒れちゃってるから聞こえないと思うけど…。」

 

「あら…堪え性がないのね…。」

 

シルヴィアはオーフェリアの攻撃に少し引いていたが当の本人は耐えきれない本人が悪いと言った風な感じを醸し出している。

 

地に伏せ気絶しているギュスターブを拘束したことを遠くにいる蜂也に伝えるオーフェリアの表情は大層嬉しそうでシルヴィアは少し不満げだったらしい。

 

 



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獅鷲星武祭(グリプス)』編
学園祭狂想曲①


《獅鷲星武祭》編に入る前に結構はしょってしまった…。
(蜂也の研究回りやオーフェリアとディルクのやり取りとか。)
序盤はダイジェストのような流れから二年生の最初のイベント学園祭を行って《獅鷲星武祭》に入る形になりますのでよろしくお願いします。


此方に来て一年が経過していた。

 

事故とはいえ持ち込んだ《自立稼働変形型自動二輪CAD》は博士の助けもあり可変時の強度不足を此方側(六花)の技術で解決できそうで後はそれを動かす動力源を確保すれば稼働まで持っていけそうだった。

 

…まぁ試作品で俺の星辰力を流し込んだら爆発して単体マナダイトと入れ物が砕け散ったのでどうも並列制御したマナダイトを1ダースか大きめのウルム=マナダイトでないと君の星辰力に機体が耐えきれないよ、と博士に言われてしまった。

そう簡単にウルム=マナダイトを獲得できれば俺と博士の苦労も一発で解決できるんだけどなぁ…博士も博士でアルディとリムシィに継ぐ自立稼働の擬形体を研究中のことなので俺はそっちも気になるので手伝わせてもらって星脈工学は何だかんだで興味深いからな…ついついアルルカントに出入りさせて貰っている。

 

最初こそ怪訝な表情をされたがと有るときに行き詰まっている学生…研究者でいいのだろうか?の問題点を指摘してやるとすごく感謝され《彫刻派》の生徒に受け入れられたのでまぁ結果オーライと言えなくもないが。

 

…というか何だかんだで向こうに戻れずにもう一年以上此方に居るのか俺…。

確実に想子のストックは貯まってきている…筈なのだが…。

中々に次元の壁を越えられるほどの想子が溜まっていない…いや溜まっている筈なのだが…。

俺が無意識にこの世界から還りたくないとでもおもっているんだろうか?と脳裏に過り頭を振った。

 

まぁぶっちゃけると春先になるまでにいろんなことが有りまくった。

 

まず年越し前にリーゼルタニアでクローディアの獅鷲星武祭出場を阻止したい父親が愛情?のために《創獣の魔術師》、ギュスターブ・オルローという指名手配のおっさんを派遣し俺達を仕留める為に魔獣を放ったのだ。

先ずはとリースフェルトの大切なものである貧民街に有る孤児院への被害を出すために進撃をするがそれは呆気なく俺達に討伐され逃げ出そうとしたギュスターブのおっさんは高みの見物していたがそれを予測していた俺の作戦で準備していたこの男を捕らえるようにシルヴィアにお願いをしていたのだが何故かオーフェリアまで参加しており…と可哀想なレベルで直ぐ様捕まって警察の厄介になったのだ。

 

そうそう…ちゃっかりとオーフェリアが居たのを忘れてたな。

リーゼルタニアの研究所で調整を受けていたオーフェリアとばったりあったリースフェルトが戦闘しているところに不味いと思い割って入ると此方にターゲットを定められてしまい激戦の後に《孤毒の魔女》を倒してしちまったんだよなぁ…それにこいつが”魔女”へ至った経緯を見てしまったので一度殺害した上で《物質構成》まで使って完全制御できる体に作り替えて蘇生させたのだが…何故かリーゼルタニアの離宮で目を醒ましたときに俺の唇がこいつによって奪われてしまった。その時に「一目惚れした」と言われ俺は顔を「はぁ?」という顔になっていた。

何故か俺が悪いわけでもないのにクローディアには怒られ綺凛ちゃんには悲しそうな表情をされてシルヴィアにジト目で言われてしまった。

解せぬ…。

 

まぁそれでもこいつといてもイライラはしないのでリーゼルタニアから帰国して休日に市街地エリアの一角…自然公園の花壇エリアに居座っているこいつを見るようになった。

通りすぎようとするのだがやたらと構ってきてこいつにお茶をご馳走する、というルーチンが出来上がってしまったのだった。

そのお茶をご馳走する流れでオーフェリアがソルネージュ、いやあのクソデブの所有物であることを知らされ俺は何を思ったのかクソデブに話を付けてこいつの言う所有権の利権書を買うことにしたのだった。

自分でも何でこんなことをしたのか分からなかったが…こいつには言葉の裏表がないのだ。

他人を信じるなんてのは俺の矜持が許さないのだが…なぜだかこいつは信じても良い、そう思ったのだ。

だがこいつが俺に向ける感情は未だに分からない。友情…ではないんだろうな。なんなんだ?

あれだ…お兄ちゃんに間違った愛情を向ける妹だ。そうにちがいない。いやぁ…やっと合点が行ったわ。

そうとなれば俺はオーフェリアを自由にさせるためにレヴォルフにてアポを取りこいつの利権書を莫大な金額をディルクの野郎に吹っ掛けられたが此方には星武祭で獲得した使いきれない金額があったからそれを直ぐ様用意したらディルクが忌々しそうな表情を浮かべていたのが個人的に面白かった。

 

部屋を出るときに秘書さんとディルクの怒号が響き渡っていたが無視してディルクとのサシでの話し合いの後に何時もの自然公園のベンチに呼び出し書類を手渡す。「お前の利権書俺が買い戻したから此で自由だぞ?」と告げると書類と俺の間を行ったり来たりした後に俺に飛びかかり抱きつかれた。

 

俺も引き剥がそうとするが抱きつく力が強いために引き剥がせない。

幸いにしてこの公園の花壇エリアは滅多に人が来ないのでこうしていても…ではなく問題であった。

いくら俺がオーフェリアを妹枠として扱っていたとしても流石に此は不味いと魔法を使って引き剥がす。

これを境にさらに俺への密着度合いは多くなった気がする…というか確実にだ。

この間なんか俺が寝ているときに寮の個室に勝手に入り込んで俺のベッドで寝ていたりするので本当にやめて欲しい。

因みに所有権をこいつに渡そうとしたのだが「貴方が持っていて」と頑なに

お前女の子に興味ないのか?ってバカかお前らは…俺だって健全な男子高校生ですよ?人並み以上に赤くなったり興奮したりしますよ。

シルヴィアに至っては世界の歌姫なのでそういう目で見るのは失礼だと思っているので…。

え?クローディアとオーフェリアはどうなんだと?あれはちょっと行きすぎた愛情表現をする妹みたいなものだと思っているので。

綺凛ちゃんは俺のなかでのベストオブ義妹なので全力で甘やかすことにしています。

というか俺は今誰に説明してるんだろうか、と思ったがまぁ良いか。

後綺凛ちゃんのご実家に呼ばれていたが俺の方の用事を優先させて貰ったので伺うのは…二回目の星武祭が終わった頃になるだろうか?

いや本当にごめん綺凛ちゃん…研究の欲求には勝てなかったのでお詫びにアスタリスクと約束を兼ねて温室プールと市街地でアクセサリーをプレゼントさせて貰った。

めっちゃ喜んでくれたのでよかったが。

俺は俺で綺凛ちゃんの水着姿を堪能させて貰ったので…これで泳げるようになったとは思うが。

 

…とまぁここまでダイジェストでお送りさせて貰ったが俺は何故か四体対一の状態でトレーニングルームにて《壊劫の魔剣》を振るって襲いかかる天霧達の校章を切り裂いて地面に膝を着いて肩で息をしている状態を見つめながらそんなことに想いを馳せていた、というわけだ。

 

何でこんなことをしているのかと言うとクローディアが《獅鷲星武祭》に参加するメンバー…つまりは俺とクローディア、綺凛ちゃん、リースフェルト、天霧という最強パーティで訓練ならびにアルルカントと星導館で共同製作して完成した新型純星煌式武装のテストを兼ねて訓練をしてた、ということだ。

俺はこんなことをしなくともよかったのだが全員の動きを把握するために数度に渡って訓練をしていた、ということだ。

 

「…申し訳有りませんが蜂也が皆さんに合わせるのではなく皆さんが蜂也に合わせてください。わざわざ蜂也私たちまでのレベルを下げる必要有りません。そのままで。」

 

「お、おいクローディア…。」

 

なんつー言い方…だがこの状況では俺一人で試合を勝ち抜く方が楽であるのは確かである。

みんなが弱いわけではないが…なんというかその…それは俺の性質上の問題があるのだが…。

しかし集団戦という都合上で個人戦のスタンドプレーが目立ってしまい得点を下げられかねない。

そうなるとクローディアの言い分も間違いでは…無いのか?

反発が来るか、と思ったがリースフェルトをはじめとして「上等!」と言わんばかりのやる気の有るやつしかいないようで《俺へ合わせる努力》をし始めたのだ。

そうして全員みるみると力を付けていった。

そんなこんなで俺達は《獅鷲星武祭(グリプス)が開かれる今年度…つまりは一学年無事に進級し高校二年生…綺凛ちゃんは中学二年生に進級し新学期を迎えていた。

 

◆ ◆ ◆

 

新学期は生徒会…というか俺とクローディアが死ぬほど忙しい時期だがそれ以上にアスタリスクにやって来る生徒達は《星武祭》での栄光を夢見てこの六花にやって来るのだが…当然ながら現実にぶち当たり夢破れてそれならと普通の学生生活を楽しむために毎年春に開催される学園祭はそういった生徒達にとっては《星武祭》以上に楽しみな学園行事らしい。

俺は正直学校のイベントに対してあまり良いイメージはないのだが…文化祭しかり修学旅行しかりな。

なので俺はその事をクローディアに説明されていたが俺の表情に気がついたこいつは問いかけてくる。

 

「…と、言うことなのですが…蜂也はこういった催し事はお嫌いですか?」

 

「あまり得意じゃない…。まぁ今は運営側だから準備は既に終わってるし寮で大人しくしてるわ…って言いたいところなんだが夜吹の野郎が勝手に俺を界龍の催し物に参加させられてるし。」

 

「グラン・コロッセオですね…全く夜吹くんにも困ったものですが…《鳳凰星武祭》の優勝者が名前を連ねるのは箔が付きますからね。」

 

「まぁ…夜吹には色々と世話になってるからな。仕方がないか。」

 

「蜂也には各学園の威力偵察…もとい来年へ向けての我が星導館の学園祭内容向上のための視察に向かってください。…本当ですと私と一緒に学園祭を回って欲しいのですが…流石に初日から学園の長がいないのもどうなの?という状態ですけど…まぁわたしは生徒会長ですので特権使って一日目から回りましょうか。」

 

「おまっ…ちょ近いんだけど…?」

 

そういってクローディアは俺に近づいて俺の腕を取り体を密着させてくる。

去年から密着度合いが増えている気がして俺はクローディアをジト目で見るがこいつはお構いなしにとただただ笑みを浮かべて俺の腕にその制服の上からでも分かるような柔い双丘が形を崩す。

こいつ特有の甘い匂いとシャンプーの匂いが俺の鼻腔に突く。

 

「…ん?……!」

 

不意に胸ポケットに入れていた端末が震え取りだし画面を開くとそこには”シルヴィア・リューネハイム”の名前があり俺はちょっと背筋が凍った。

耳元でクローディア囁いた。

 

「おや…?いつの間にクインヴェールの生徒会長と連絡先を交換していたのですか…?」

 

顔は笑っているが心では穏やかじゃないのが見てとれた。

 

「あ、いやこれはだな…。」

 

「応答したらよろしいので?」

 

「お前なんか冷たくない?」

 

「な・に・か?」

 

「…なんでもないです…あーもしもし?」

 

まるで浮気を弁明するクソ夫のようだ…って別に俺はクローディアと結婚をしている訳じゃないのだが…なぜか弁明しなければとなった。

音声通信で応対するとシルヴィアの声が聞こえてきた。

『あ、蜂くん久しぶり~。』

 

「お、おうシルヴィア…どうしたんだ?」

 

『いやツアーが一段落したから連絡しようと思ってね…今取り込み中だった?』

 

俺を見るクローディアの視線が少し…ではなくかなりキツい気がするが「わたしがいることは黙っていろ」と言わんばかりの形相だ。俺は諦めて会話に努めることにした。

 

「いや、大丈夫だ。」

 

そういうと安堵した声色が端末越しに聞こえた。

 

『そっか…そういえばそろそろ学園祭の時期じゃない?』

 

「ああ。そうだけど…どうした?」

 

1拍おいてシルヴィアからというか彼女のファンならば天にも登るような嬉しいお誘いがやってきた。

 

『3日ほど連休を貰ってね…学園祭を一緒に回りたいんだけど…どうかな?』

 

「……。」

 

彼女のファンとしては有無を言わさずに二つ返事で”はい!”と答えたかったが隣にいるクローディアに「蜂也?」と無言の圧を掛けられているので素直に返答できないでいたが腕に絡み付いているクローディアに腕を引っ張られ一度端末の音声を切る。

 

「…なんだ?」

 

「これはお仕事です。蜂也。」

 

「は?」

 

「シルヴィアにはフローラやリーゼルタニアでの借りがありますからそれを返す、ということでしたら私と蜂也のお出掛けの時間を分けてあげます。それに他学園の学園祭の様子を学園広報紙を作成しなければならないので必要経費の外出ですので仕方有りません。…ええ。仕方がないことです。」

 

本当に不承不承といった感じで隣にいるクローディアは頬をぷくーっと膨らませ怒ってしまったがそういった子供っぽいところもこいつの魅力で少々見とれてしまったが今はシルヴィアへ返答するのが先だ。

端末の消音を解除し返答する。

 

「…すまん待たせた。」

 

『うん。大丈夫だよ?…それで…どうかな?』

 

期待するようなシルヴィアの声色に俺は心を押し潰されそうになるが心を鬼にして返答した。

 

「…俺でもいいなら喜んで一緒に回らせて貰うよ。」

 

『…っ!そっかぁ~ふふっお休み貰ったので楽しもうね!』

 

そういって喜色に溢れた声色で通信を切る。

俺は世界の歌姫のファンとしては天にも昇るような感激…だったが俺の腕を強めの力で締め付けられ柔らかいのと痛みで現実に引き戻される。

 

「…クローディアさん?」

 

「もう本当に…浮気性なんですから蜂也は。」

 

隣に引っ付いてるクローディアに視線を向け声を掛けるとそっぽを向かれてしまった。

その際に目尻にキラキラしたものが見えて俺は頭を抱えてしまった。

 

「あの…クローディアさん?」

 

「なんですか?別にこの3日間フルに使って学園祭を楽しみたかったとかそんなんじゃないですから。」

 

「いや可愛いかよ…。いや、ただの社交辞令だろ。というか俺と出掛けて嬉しいやつなんざいないだろ。たまたま俺が手が空いてるから案内して貰いたい、とかそんなんだろ。」

 

「はぁ…本当に貴方と言う人は全く…自分の魅力に気がついていないのですね。」

 

「…こんな面倒くさい奴の何処に魅力があるというのか…というか機嫌直してくれない?」

 

「今日の仕事は終わっていますので…私をぎゅっとしてくれたら許してあげます。それに。」

 

「?」

 

こいつの発言に俺の顔は他人に見せられないほど凄い顔になっていたに違いない。

 

「私に触れていいのは貴方だけなんですから。」

 

「お前…絶対それ俺以外の男の前で言うなよ?勘違いされるぞ。」

 

「?蜂也以外に言うつもりは有りませんけど?」

 

(なんでそんな真っ直ぐな目でそういうこと言うかね…?)

 

俺は頭を抱えた。

そういうことを言うとホントに泣かれそうになることを俺の直感が告げていたので今日1日は彼女の機嫌が良くなってくれるまでこいつの面倒を見ようと決意したが案の定寝るまで一緒にいる羽目になった。

最近のクローディアの甘えが度を過ぎているような気がしないでもないが…俺は俺の膝に乗る…というか股がる少女を抱き締め頭を撫でるのを日が落ちるまでやっていた。

結局すっかり機嫌が良くなったクローディアにシルヴィアとのお出掛けを許可され数日後に行われる学園祭に向かうのだった。

因みに《獅鷲星武祭》に向けてのトレーニングは一旦お休みで天霧とリースフェルトもデートすることになったそうでその事でからかうとリースフェルトは満更ではなさそうで沙々宮は面白くなさそうにしていた。

綺凛ちゃんも俺と一緒に出歩きたいようだったが中等部の出し物が忙しいとのことでお出掛けは出来ないとのこと。

そんなこんなで詰め詰めのパンパンになった予定の学園祭を体験することになったのだ。

 

◆ ◆ ◆

 

学園祭当日。星導館学園正門から少しはなれた遊歩道近くのベンチにて。

当日は天候にも恵まれ快晴であり春の木漏れ日は街路樹の緑のカーテンを透過してしまう程に燦々と太陽の光が差し込み見上げると目が痛くなるほどで気温もちょうど良く昼寝をするにはもってこいだが今日は学園祭当日なので屋上で昼寝をするには少し騒がしすぎた。

ベンチに腰掛け人の流れを見ていても途切れることはなく盛況である。

 

「お待たせ~蜂くん。」

 

そんな状況を観察していると一人の少女が俺の前に立ちふさがった。

名前を呼ばれ顔をあげると大きめの帽子を目深にかぶり白のブラウスにジーンズという一見すれば普通の少女に見えなくないが俺にはすぐに誰かが分かる。

 

「いや。ま、…今来たところで丁度暇を持て余してたところだったから丁度良い。…つーか良く星導館のこんな場所知ってたな?他校だろ。」

 

ここでは不用意に名前を出すことはしない。

なぜなら目の前にいる少女は世界の歌姫…シルヴィア・リューネハイムが変装している姿だからだ。

そう問いかけるとシルヴィアは笑って答えた。

 

「実は学園祭の時に何度か遊びに来ているから場所は把握してたんだ。でも流石に正面入り口を待ち合わせにするのは少しリスキーかなって。」

 

確かにシルヴィアは変装して気配を殺しているが気がつく人は気がつくだろうし確かにばれる可能性は高い。

しかし、忍者のように気配を上手く消して周囲に溶け込んでいるのは流石だった。

 

「本当は君とお出掛けするからもう少しお洒落をしたかったんだけどあんまり目立ちすぎるのはちょっとね…」

 

「まぁ実際に今の格好もかなり似合ってるから俺としても文句はないけど世界の歌姫と出掛けるならクインヴェールの制服を来たシルヴィアとも歩いてみたかったな。」

 

実際にシルヴィアはステージに立つ人間なので着飾った衣装やクインヴェールの制服はまさに”ラノベのヒロインが来ている味方陣営の制服”というイメージがありこのようなラノベのような世界の雰囲気を味わってみたい、というどうしようもない考えなのだが。

実際に今のシンプルな衣装は出会いの時のものとあまりかわっていないのでそっちの方が印象深いと思うが。

 

「ふーん…そういうことをさらっと言っちゃうんだ…これはクローディアさんや綺凛ちゃんにオーフェリアが君に夢中になるわけだ…ちょっと複雑だけど…うん。嬉しいよ?かなり嬉しい。ありがと。でもね?というか君にも問題があるんだよ?君は目立っちゃうから。」

 

急に話を振られてしまった。

 

「俺が目立つ?何でだよ。」

 

そういうとシルヴィアは呆れた表情を浮かべ説明してくれた。

 

「本当に君って自分に興味がないよね…いい?君は《鳳凰星武祭》の優勝者で《戦士王》の二つ名を持つ選手なんだから。」

 

そう指摘され俺は自分の格好を確認する。

今の俺は学園の制服を着用し外使い用の《瞳》の力を気取られないように感知遮断スクリーンを埋め込んだ青縁の伊達メガネを着用…というか普段の学校生活の俺だった。

 

「そうだろうか…まぁシルヴィアが言うならそうなんだろう…分かったちょっと待ってくれ。」

 

人通りが一瞬途切れたタイミングで俺は《偽装魔法》を使用し見た目を変化させた。

黒髪は金髪に変化し少し髪が長くなる。

持ってきていた伊達メガネとヘッドフォンとヘアバンドが一体化した小道具を被ると端から見れば俺だとは分からなくなった。

これならば名護蜂也だとは分からなくなった筈だ。

 

「うんうん。まさかわたしの変装術をマスターされちゃうと思わなかったけど…君は本当に星辰力の使い方がうまいね。」

 

「こういった技術は使って楽しいからな。感謝してる。」

 

《仮装行列》に近い偽装魔法を使えるのは非常に嬉しいし何より戦闘での手数が増えるしな。

 

「それじゃ…準備を終わったことだし。デートに行きましょうか。」

 

デートと来たか…世界の歌姫の隣にいるのが俺なのは非常に申し訳ないが他の男では役不足なので全うさせて貰うと少しキザったらしい言葉を投げ掛ける。

 

「…エスコートさせていただきますよお嬢様。どちらから回りましょうか?」

 

「ふふっ…蜂くんで言葉では”いやだー”って言う割りには手慣れてるよね?」

 

からかうような笑みとその言葉に一瞬、ほんの一瞬だが中学生時代の思いだし苦虫を潰した表情をしていたが影になっていて良く分からなかっただろうと思い短く切り返しシルヴィアから差し出された手を無視して踵を返して歩き出す。

 

「…まぁ姉と妹がいるしな。それじゃない…かな。とりあえず行くとしますか。」

 

「あ、ちょちょっと!」

 

こうして俺はシルヴィアと共にジェラートを楽しんだりシルヴィアの後輩というアイドルグループのライブビューイングを通がけに見たりしていた。

その姿は何処かテレビであったり街中の大型モニターでCMしているのを思い出した。

どうも有名で世界的なガールズロックバンドであるらしいが…良く分からなかった。

屋台や催し物を巡りながら不意に言われた。

 

「そういえば…蜂くん達も今度《獅鷲星武祭》に出るんだよね?だとしたらあの子達に気をつけた方がいいよ?あの子達結構やるけど。まぁ、ちょっとだけアレなところが有るんだけど…。」

 

含みがあるような言い方で苦笑いするシルヴィア。

 

「あの子達?…ああさっきのライブしてた…《ルサールカ》ってユニットの子達かいやいや…正直言っちゃなんだが俺たちのチームに勝てる連中が思い浮かばないんだが」

 

正直…俺に合わせて訓練をしているので全員技のキレが凄まじいことになってるしリースフェルトに至っては技の発動スピードが俺に近しいレベルまで引き上げられているので《特化型》を使わないと怪しいレベルまで来ているからな…。

 

「言うねえ蜂くんは。まぁ…あの《孤毒の魔女》を倒しちゃうんだから私としても来年の《王竜星武祭》は君が一番の強敵かも。」

 

「それ言ったらシルヴィアとオーフェリアの方が驚異だと思うんですけどね…?どっちも序列一位じゃねーか。」

 

「そろそろ公式序列戦が始まるし一度は序列一位になってたこともあるんでしょ?そろそろ序列一位にならないとクローディアさんが怒るんじゃない?それにちょっと気が早いけどそういえば蜂くんは来年の《王竜星武祭》には出るの?」

 

イタズラな笑みを浮かべシルヴィアは内容を《王竜星武祭》へ変えてきた。

 

「どうだろうな。特段参加しなくてもいいようなもんだと思うが…。」

 

三冠達成(グランドスラム)には興味ないんだ?」

 

「まぁ…俺がここに来てるのは成り行きだしな。正直どうでもいい。まぁ…俺の上司が『出てください』と言えば拒否権はないんだが?」

 

「成り行き?上司?どう言うこと?」

 

「なんでもない。まぁシルヴィアやオーフェリアと戦えるのなら一度試合してみたいけどな。」

 

「うーん来年はオーフェリアと蜂くんが出てくるのか…強敵だねっ。」

 

「俺的にはお前達二人が恐ろしいよ。」

 

「あはは。」

 

来年の事など分からない…そもそも俺は向こうに帰っているかもしれないのでなんとも…。

そんなこんなで星導館の出店や催し物を見てとりあえずアルルカントアカデミーに向かって出し物を見たりして何故か博士の元へ向かうと少し際どいメイド服を来たリムシィに出会うと言う事態に遭遇したが造形がいいからめちゃくちゃ似合っていたのを褒めたら顔を赤らめ蒸気が出ていたのは…故障だったのだろうか?

そんなこんなで一日目の学園祭回りが終了した。



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学園祭狂想曲②

学園祭二日目。

俺はシルヴィアに連れられて彼女の学園であるクインヴェール女学院の敷地を回っていた。

なんと言うかその…全員がキラキラしているしなんだか凄くいい匂いがします(不審者並感)。

しかし、全体的な雰囲気は六学園のなかでは星導館学園に近い気がするが…まぁ他学園界龍は体育会系だしレヴォルフは不良男子校だし聖ガラードワースは良いところの進学校というイメージがありニュートラルなうちの学園が雰囲気的には一番しっくり来ているかもしれない。

まだ二つの学園しか巡っていないが人の多さは今のところ一番多いかもしれない…というか全体的に男も女も人が多い…というか男が多い。

雑多すぎる人の肩にぶつからぬように《瞳》の力の一端を発動し場所を把握しながら移動している。

 

「混雑具合で言えば星導館よりも多いな…危ないぞシルヴィ。」

 

シルヴィアの前に立ちすれ違う人にぶつからないように避けながら前へ進む。

 

「ありがと。そうだねそりゃあ何と言っても男人禁制の秘密のはなぞのだもの。折角の機会だし六花に有る有名な女子高を覗きたいのは殿方の常なんじゃないかな?」

 

「俺は女子が怖いから出来れば関わりたくはないな……(見られている?)」

 

「おや?蜂くんも苦手なものがあったんだ。意外。」

 

心底意外な表情を浮かべるシルヴィア。

悪いが俺は同学年の女子ほど信じられないものはないと思っている。

口には出さないが今この状況もドッキリじゃないかと疑っているしな。

そんなことを口には出さずに思いつつクインヴェールの学園内を歩いているとシルヴィアも気がついたのか此方に視線を向けずに言葉だけを発した。

 

「ねぇ、蜂くん気がついてる?」

 

「ああ。尾行られてるな。数は…5人か?」

 

《瞳》の力で正確な数は分かっており尾行しているのは少女…何処かで見たことが有る顔だったが思い出せない。

 

「うそ…数まで分かっちゃうの?」

 

「まぁな。どっちだと思う?俺は付けられる理由がない。」

 

「だとすると…私かも。」

 

完璧に近い尾行だったが俺がこちら側に居る以上は相手はほぼ無駄に近い隠蔽工作になる。

かといって無視するにはリスキーすぎた。

俺は失うものが何もないが隣にいるシルヴィアは世界の歌姫であり男と学園祭を楽しんでいた、等と○○砲の餌食…(こっちに似たようなものがあるかは知らないが。)にでもなりもすれば謝罪会見や最悪辞退なんてことになりかねない。

こちらを尾行している少女達の集団は記者やファンには見えない所謂”同業者”のように見えた。

 

(まさかシルヴィアのスキャンダルをスッパ抜いて情報を売り付けようって考えか?)

 

記者にしては気配の消し方や星辰力の使い方がうまいと思い納得がいった。

しかし俺が気配に気がついたのかは気づいていないのか此方を尾行している。

 

楽観視するにはリスキーだ、と考え事をしていると後ろにいるシルヴィアに声を掛けられた。

 

「ねぇ蜂くんどうする?」

 

と、言っても俺たちが逃げるのは違うと思うので追いかけてきている彼女達に犠牲になって貰おうと考えた。

 

「いや、シルヴィアの折角のお出掛けを邪魔されるわけには行かないからここで巻こう。」

 

「どうやって…。」

 

「こうする。」

 

俺はブレスレット型のCADを起動し単一魔法を発動し気流を操作する。

 

「きゃっ」

 

次の瞬間に突風が吹き荒れ来客達の悲鳴と此方を尾行している女子生徒の悲鳴が轟くが次第にその喧騒は彼女達を中心にして広がっていった。

 

「行こう。」

 

「わわっ!?」

 

俺はシルヴィアの手をとって群衆の中へ紛れ込んでいく。

俺たちを尾行しようとしていた少女達の目論みは潰えたのだった。

 

◆ ◆ ◆

 

「しかし、さっきの尾行してた女子グループは何だったんだ?随分な騒ぎになってたが。」

 

俺たちは一応巻く目的で学園内に有る喫茶店に入り店内奥の壁際に向かい合って座っていた。

互いにコーヒーとカフェモカを頼み口を付けながら疑問を浮かべているとシルヴィアが答えてくれた。

 

「その事なんだけどさっきマネージャー…あ、ペトラって言うんだけどさっきメールが来ててわたしの後輩の”ルサールカ”の子達がどうもお忍び、というかわたしを尾行してたらしくて…でさっき蜂くんが突風を吹き起こしたせいで変装が解けちゃって近くにいた人が気がついて…それで連鎖していってバレて大変なことになっちゃったみたいだよ。」

 

「それは…なんと言うか…すまん。」

 

人を尾行してスキャンダルをスッパ抜こうとしていたのだから叱られて当然、とは思うがあの人混みで揉みくちゃにされた、と考えると悲惨だな、と思い思わず謝罪をしてしまったがシルヴィアは彼女達の尾行のツケを払わせられた代償にたいしてツボに入ったのかクスクスと声を殺して笑っていた。

 

「くすっ…ふぅ…大丈夫。蜂くんは悪くないから気にしないで。逆に今日のデートを続けるために守ってくれたんだから逆にわたしからありがとう、だよ。」

 

「つーか…まあシルヴィアが彼処にいたら天地大瀑布、って感じで大騒動になってただろうな…。」

 

「そこは大丈夫だよ。わたしだと気がつく人なんて今目の前にいる人しか見破られないだろうし。」

 

「?まぁどんな姿でもシルヴィアを見間違える筈がないからな(《瞳》の力は勿論として1ファンとしては間違えられないだろ)。」

 

「…!…////…ねぇ蜂くん?それって狙って言ってるの?」

 

「はぁ?」

 

唐突に引かれたような言葉を言われ俺は選択肢を間違ってしまったのかとギャルゲーの主人公のように選択肢からロードしてやり直したかったが残念ここは現実、というクソゲーなのでやり直しは効く筈がなく俺はコーヒーの入ったカップを手に持ち口を付ける。

ブレンドされた苦味の方が強いコクの有るブラックは寝ぼけた意識を覚醒させるのにぴったりだった。

ふと気になることが有ったので同じくカフェモカのカップに口を付けているシルヴィアに質問した。

 

「つか、俺と一緒に学園祭を回ってていいのか?天下の世界の歌姫が男と一緒にいる、何て知れたら大変だろ。」

 

「うーん。確かに男連れ…それも『鳳凰星武祭(フェニクス)』の優勝者の《戦士王》と一緒にいる姿を見られちゃったら世間的にはかなりショッキングかもね…それこそ釈明会見しなきゃだし。」

 

あっさりと言ってるがヤバイからなそれ?

 

「…俺帰っていいか?」

 

思わず本音が出てしまうレベルだったが。

 

「あ、ダメだよ!この3日間はわたしとデートするの!」

 

「お、おう…それともうちょい声のボリューム落としてくれ。」

 

「あ、ご、ごめん。…って蜂くんのせいでしょ?」

 

結構な大声を出していたが咄嗟に遮音フィールドを展開していたので店内にシルヴィアの綺麗な反対意見は響き渡らなかった。

しかし…俺がシルヴィアとお忍びデートという名の学園祭巡りがファンにバレたら爆発物にカミソリレターに襲撃者がくるレベルだろうしな…バレたくねぇ…それにクインヴェール女学園のスポンサー…といえば良いんだろうか”W&W(ウォーレン・アンド・ウォーレン)”から俺消されないだろうか心配になってきたわ…。

 

「大丈夫だよ。わたしはあの子達とは陰業の年季が段違いだからさ。」

 

「…仮にバレたらどうするんだ?引退して芸能界の暴露本でも書いて印税で暮らすつもりか?」

 

茶化して引退話をしてみると意外な反応が返ってきた。

 

「その時はその時だよ。…そうだね~駆け落ちして引退しちゃってもいいけど。」

 

「駆け落ちね…ってその相手誰だよ?…ちょっと1ファンとして聞き捨てならない台詞が聞こえたんだが?」

 

思わず真顔になってしまう。

駆け落ちだと?それはシルヴィアのファンとしては聞き捨てならない台詞だった。

聞いているのが俺だからよかったものの…一般のファンだったら嫉妬に狂ってシルヴィアに脅迫メールとか出してるレベルだぞ?

と真剣な顔をシルヴィアに向けていると呆れたような困った笑顔を浮かべ此方を見ていた。

なんでそんな顔をしてるんだろうか皆目検討も付かなかった。

…というかそもそもにおいてシルヴィアが理想とする男性像はいったいどんなものなのだろうか?

年収が社長クラスか石油王…レベルで星脈世代でも顔のよさは上澄みじゃないと釣り合いが取れなさそうではあるから俺じゃ無理だな!(号泣)とまぁ冗談はさておいておこう。

シルヴィアの顔を見ていると不意に真剣な表情になって俺を見ていた。

 

「ねぇ蜂くん。せっかくの機会だし、わたしから質問いいかな?」

 

「?別にいいけど…面白いことは言えないぞ?」

 

「それじゃあ…許しも出たことだし質問…するね。……蜂くんっていったい何者なの?」

 

「…?なんでそんな質問をするんだ?」

 

不意の質問にコーヒーカップを持つ手が一瞬動きを止めるが直ぐ様元に戻りソーサーの上にカップが着陸する。

シルヴィアのアメジスト色の瞳を見つめている俺の表情はおふざけ無しのマジモードだ。

 

「…前にわたしを助けに割って入ってくれたことがあったでしょう?そのときに君に一目あってお礼を言いたくて…本当はこんなことしちゃ行けない、ってのは分かってたんだけど君の身元を調べるその途中で来歴を調べちゃったの」

 

「……。」

 

俺は黙ってシルヴィアの声を聞いている。

身動ぎもせず、感情の波もない状態、凪の心でシルヴィアの行った行為をただただ聞いているだけだ。

 

「この六花(アスタリスク)に来るまでの経緯が継ぎ接ぎ…というかまるで突然湧いて出たみたいで…君の実力なら幼少の頃から大会とかでも優勝しててもおかしくない筈なのに、」

 

「…人見知りで己の力を誇示するのが嫌いなガキだったんだよ俺は。それに俺は昔虐められてたからな。星脈世代の子供が非星脈世代の子供殴って怪我させたら親の監督責任になるから聞き分けの言い子供を演じてただけだ。」

 

シルヴィアが紡ごうとしていた言葉をぶったぎり其らしいことを理路整然と告げた。

まぁ本当と嘘で半々の実体験だからな。信憑性はあるだろ。

 

「だから俺は親元を離れて《六花》に来て鮮烈な高校生デビューして今に至る。今現在進行形で若気の至りしてるから追求はやめてくれ。恥ずかしくて死ぬ。」

 

実際に《壊劫の魔剣》を手にしてから黒歴史量産中だから本当に勘弁して欲しいんだが…?

本当に嫌そうな顔をしていたのだろうシルヴィアが申し訳なさそうな顔で謝罪をしてきた。

 

「いや、今のは俺の言い方が悪かったな。すまん。」

 

「ううん…それを言うならわたしの方がデリカシーなかった。ごめんなさい。」

 

そう言って俺たちはお互いの顔を見合わせて苦笑するしかなかった。

…俺が別の世界から来ていることを知られるのは少々面倒だから黙っているしかない。

秘密を知るのは最小で良いしな。

知られたことで危険に晒す可能性もあるから知っているのはただ一人で良いんだ。

 

その後店を出た後に出店を回っているときにシルヴィアがお花を摘みに行っている時(某サ○リオの先輩みたいにアレがアレで…とかは言わない。)に待っていたのだが…

 

「…めてください!」

 

「ん?」

 

建物の奥…の路地から微かに聞こえるようでそちらの方向を覗き込むと裏路地になっていた。

俺はその裏路地を進むと拓ける場所が見えた。

その場所には明らかに嫌そうで困っている声が上げている女性と明らかなチャラ男達…がその少女を取り囲んでいた。

見た目は俺より少し年上だろうその少女は胸辺りに”偶像”の校章を付けていたのでクインヴェールの生徒であるに違いない。

その見た目はウェーブの掛かった金髪で腰まである長さの煌びやかな金髪のロングヘアーでクローディアとはまた違った印象…こういうとクローディアに怒られそうだが此方の少女は”清純”といった雰囲気でその風貌も取り囲まれているチャラ男達に比べると雲泥の差で天使のように可愛い、よりかは美しい。

所作の一つ一つが上品で品が良い。明らかに”お嬢様”といった印象を受ける。

 

「…っ!な、何をするんですのっ。」

 

「落ちこぼれのお嬢様が兄貴のいる学園で役に立たないからこっちの学園に来て楽々トップ狙おうとしてんだろう?しかし、お前さんは戦えないと来た。とんだ役立たずだな?うまく活かせるのはその顔と体だけだな?ちょっと遊んでやるから一緒にこいや」

 

「…ひっ!や、やめなさいっ…!」

 

取り囲んで話しかけていたチャラ男の一人下卑な笑みを浮かべながらその女性の腕を強引に引っ張りあげる。

なにか気になることをチャラ男が呟いていたが俺はその光景を見ながらため息をついて魔法を使わずに《縮地》を使って女性とチャラ男の間に割って入る。

 

「え、あ、貴方は一体…?」

 

「ああん?なんだ手前ぇは!…いだだだっ!!」

 

突然現れた俺に女性と取り巻きのチャラ男達は困惑していた。

次第に怒りを露にして周囲の取り巻きが俺を取り囲む。

女性とチャラ男の間に割って入り女性を掴んでいた手を捻りあげ背中に回し捻りあげると苦悶の悲鳴を上げていたがどうでも良い。

 

「この人嫌がってんだろ…そもそも学園祭で問題を起こすなって通達来てただろ…ってお前達レヴォルフのバカ共か。」

 

捻り上げているチャラ男胸に”双剣”の校章を付けていたのでレヴォルフで間違いない。

あのディルクの学園は本当に面倒な連中しかいない…あ、オーフェリアやプリシラさんやイレーネは別だぞ?

そうして俺に腕を捻り上げられ身動きを取れずにただただ汚い言葉を吐くだけだ。

 

「手前っ!離しやがれ!俺はこの女に用があるんだよっ!おいお前らっ見てないでこいつを囲って痛い目見させてやれ!…うおっ!?」

 

女性を取り囲んでいたチャラ男達…その一人がはナイフ型の煌式武装を引き抜いたのを空気で感じ取った俺は真っ先に抜いたチャラ男に対して腕を捻りあげていた男をぶつける。

 

「あ、危ないですわっ…って…えっ?」

 

女性からの通知が届く前に陣形を崩しており呆気に取られていた。

 

「ぐわっ!?」

 

「ぐえっ!?」

 

体勢を崩されたことである意味取り囲んで偶然フォーメーションを保っていたものを切り崩した。

本当だと体術で十分なんだろうがこいつらがこの女性に対して二度と手を出したくないと痛め付けるのと一人のチャラ男に「手を出したらお前達もこの目に遭うぞ?」と警告のために腰のホルダーから《壊劫の魔剣》の発動体を引き抜き素早く発動させた。

動きは良いのか男達は体勢を建て直し此方にナイフとメリケンサックを向けてくる。その総数は動ける人数を含めて”二”と”一”

 

脳内に《グラム》の声が響き渡る。

 

『女性に手を上げるとは男の風上にも置けぬ…主よ叩き斬るか?』

 

殺意満々の《純星煌式武装》に苦笑せざる得ない。

 

(アホか。そんなことしたら俺が捕まる。刃先を潰して峰打ちしろ。)

 

『そういうことならば仕方がないか。…心得た。』

 

(それとお前が憑依してこのチャラ男達をビビらせろ。)

 

そういって俺と《グラム》が入れ替わると同時に発動体が刃《峰打ち》を形成し此方にナイフ型とメリケンサック型の煌式武装が襲いかかるが遅すぎて《瞳》を使わずとも俺自身の身体能力で見切る。

 

顔目掛けのナイフの突きを軽く顔を傾け回避して襲いかかってきたチャラ男に痛い目を見せるために一人に横一文字の斬撃を体に叩き込み返す刃(峰打ち)で神速の二連撃《二練神威》を叩き込み昏倒させ最後の一人はメリケンサックでおれの腹部を狙ってきたがヒラリと身を捩り回避して片手で腹部に拳底を叩き込んで未だに動けないチャラ男達の元に吹き飛ばすとボーリングのピンのように吹き飛んでいった。

 

「っ!…ごはっ!?」

 

「ぐわっ!?」

 

「ぶはっ!?」

 

「徒党を組んでもこの程度か。レヴォルフという学園の実力の底も知れるというものだな。」

 

冷めた目線をリーダー格の男に向けると怒りの形相で此方に突っ込んできた。

 

「舐め腐りやがってこのガキっ…!お前の守ってるその女は人を傷つけられないこの六花(アスタリスク)に相応しくねぇんだよ!その女は面と体だけしか取り柄の売女だ!力のねぇ女は力のある男にしたがってれば良いんだよ!」

 

「……っ!…。」

 

背後で女性が体をびくつかせているのが感じ取れた。

…もう良いよ。お前はもうこの人の前で口を開くな。

《グラム》の声でそれ以上を言わせぬよう威圧した。

 

「貴様如きがこの女性の戦う意義を決めるな。」

 

「…っ!?」

 

「当方がこの女性がなぜ満足に戦えぬのかは存ぜぬ…だがなこの六花において”願いを叶える”…ただ一心でその手に武器を取り自らの弱さを…痛みを知りながらも戦うこの女性を貶めることは当方が許さぬ。」

 

研ぎ澄ました刃のような殺気をチャラ男にぶつけると取り巻きはすくんで動けなくなっている。

 

「……っ…どうして。」

 

後ろの女性が何かを呟いた気がしたがよく聞こえなかった。

それよりもみっともない罵詈雑言を放ちあくまでも力のある自分が正しいと宣う男は所謂”鉄砲玉スタイル”でナイフを構え突進してくる。

 

「た、御大層な能書き垂れやがって…死に去らしやがれこのクソガキ!」

 

「あ、危ないですわっ!」

 

蒼窮色に染まった《瞳》が見開き此方に突進してくる男を見据えて直前で横に跳んだ。

 

「なっ…!?」

 

「えっ…?」

 

俺の姿を見失った男は狼狽の声を上げるがそれが最後の言葉となった。

 

「『連鶴』」

 

ナイフを持ったリーダー格の男に幹竹、袈裟、逆袈裟、円月してからの再び幹竹の逆袈裟、横一文字の斬撃の雨を叩き込む。

 

「っ!ゴホッ!?ぐあっ!げふっ…ぶふぁっ!!!?」

 

「「「「うわぁあぁぁぁぁ!!!!」」」」

 

刃先を潰していなければ五度程死んでいたであろう斬撃は男は大きく吹き飛び立ち上がろうとしていた男達の元に吹き飛ばされ再び転倒し砂煙を上げながら吹き飛んでいた。

 

「…????こ、これは一体…?そ、それにその武装は…!?」

 

後ろから女性の「???」を表す疑問の声が聞こえたが無視して転がっている男の元へ近づき片手で胸ぐらを掴んで立ち上がらせ宙に浮かせる。

 

「あっ…ぐっ…ああああっ…。」

 

痛みと恐怖からでまともに喋ることが出来ないのかもしれないがまぁどうでも良い。

後ろにいる女性に二度と手を出したくない、って思うようになっているかもしれないが最後のダメ押しをしておいた。

 

「二度とこの女性に手を出さぬこととクインヴェール女学園に訪れぬ、と約束しろ。」

 

「うっ…ぐっ…もう、ゆるしてくだ、さい…。」

 

(グラム)》が最強の脅し文句を告げた。

 

「もし、貴様らが再び悪辣な行為をするようならば…」

 

見せつけるように俺の胸の校章と二つ名を告げると宙に浮いたチャラ男は恐怖に震えていた。

 

「星導館、”赤蓮”の校章を視て《戦士王》の二つ名を思い出せ。」

 

メガネ越しに蒼窮の《瞳》ギラり、と煌めきをチャラ男を射貫くと恐怖で震えていた。

 

「ひ、ひぃぃぃぃ?!…う、うわぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!?」

 

「「「ま、まってくれぇぇぇぇぇぇ!!!!」」」

 

パッ、と手を離すと尻餅を着いて情けない姿で逃げ出すと取り巻きの男達も悲鳴を上げながら路地を駆け出し大通りへ逃げていった。

 

『ふん、やはり主の威圧感に耐えきれなかったか…情けのない男共よ。』

 

(いやいや…お前の口調と声のせいだと思うんだけどなぁ…。)

 

『中々に素晴らしい啖呵であった。流石は我が主。』

 

溜め息を吐きながら《壊劫の魔剣》を解除し腰のホルダーへ仕舞うと同時に憑依が解除され蒼窮の瞳は黒目へ戻る。

 

「あのう…大丈夫ですの…?それに貴方は…一体…。」

 

あ、やべっ。

後ろの金髪女性から声をかけられるがここはクインヴェール女学園であり星導館ではないのだ。

尚且俺は副生徒会長なので問題を起こしたことがばれると少々面倒くさい。

 

「あ、大丈夫です。俺は用事があるのでそれではっ!」

 

「え、あ、ちょ、ちょっと!お、お待ちになってぇ~~!!」

 

疾風の如くその場から離脱した。

後ろからその女性の声が届いたが身分を隠すことを優先した。まぁ許して欲しいもんだがな。

離脱し先に戻っていたシルヴィアからお小言を言われたが俺もお花摘みに行っていたことを告げると「しょうがないなぁ」とお許しが出た。

 

その後に聖ガラードワース学園へ訪れ出店を見て回った。

しかしこの学園の制服…というかカスタマイズされてるものを着用してる人物が中世ヨーロッパの軽装備のアーマーにブレザー?で”いかにも異世界ハイスクールの制服”といった見た目でだった。

…シルヴィアはこういう聖ガラードワースの制服も似合いそうだな。」

 

「蜂くんはわたしに着て欲しいの?……大胆。」

 

「え、俺口に出してた?」

 

「出してたよ?」

 

「すまん、忘れてくれ。」

 

失言をしてしまった俺をイタズラな表情で見ているが不快感、ではなく本当に愉快そうに笑っていた。

 

「えー?…でも確かに他学園の制服を着る、って言うのは少しロマンがあるかも。」

 

「まぁシルヴィアはなに着ても似合いそう。界龍のチャイナ服とかは?」

 

脳内でシルヴィアの各学園の制服姿を想像していた

…全部似合うな。」

 

「……///君はほんとにさぁ…刺されても知らないよ?」

 

「唐突な殺害予告はビビるからやめてくんない?」

 

その後、聖ガラードワースの催し物を見たり出店で食事を取ったりしてその日の学園祭巡りが終了した。

回ってる最中にめちゃくちゃカスタムされた制服を発見した。

しかし、女子はなんであんなにスカートを短くしてるんだろうか分からない。

腰に巻いている布一枚で下から風が吹いてすーすーしない?と思うんだが。

以前に小町に言われたことを思い出して勝手に納得していた。

 

時間は少し巻き戻る。

 

蜂也がチャラ男を撃退し金髪の女性が引き留めようとしたが疾風のごとき速度でいなくなってしまい追いかけたが見失ってしまった。

 

 

「…あの殿方は一体どなただったのでしょう…星導館の制服を着ていましたけど見たことの無い生徒さんでしたわ…それに…。」

 

女性は先ほどのチャラ男から言われた言葉、とある理由で人を攻撃できなくなりチャラ男が言っていることはある意味で正しく否定することがこの女性には出来なかった、がしかし。

 

『貴様如きがこの女性の戦う意義を決めるな。』

 

気持ちが良いほどの否定の言葉。

 

『当方がこの女性がなぜ満足に戦えぬのかは存ぜぬ…だがなこの六花において”願いを叶える”…ただ一心でその手に武器を取り自らの弱さを…痛みを知りながらも戦うこの女性を貶めることは当方が許さぬ。』

 

そして、目指す”願い”の目標を否定せずに肯定してくれたその言葉に金髪の女性は心打たれた。

まえに進める、そんな気がしたからだ。

決意する。

 

「お会いして…お礼を…お伝えしなくては…いけませんわ…。」

 

金髪の女性は決意した。

 

◆ ◆ ◆

 

聖ガラードワース学園の生徒会室。

一人の男が報告を受けていた。

 

「…以上が本日の成果になります。」

 

「うん。今年も随分と盛況のようだ。」

 

生徒会長室に置かれた机の上で指を組む聖騎士(ペンドラゴン)ことアーネスト・フェアクロフは学園の諸報告を受けて柔和な笑みを浮かべ頷いた。

 

「今のところトラブルらしいトラブルもありませんし結構なことですわね。」

 

同じく生徒会室に備え付けられているソファーに座る金髪の少女ことレティシア・ブランシャールはホッと胸を撫で下ろしていた。

常に秩序と公正を重んじる聖ガラードワース学園ではあるが学園祭の際外部の人間が訪れる為少なからずトラブルが発生するものであるが今年度の学園祭は比較的平和な時間が流れていた。

 

「しかし…毎年この時期だけはアルルカントやクインヴェールが羨ましくなりますわ。」

 

「僕らは僕らの職務を全うするだけだよ、レティシア。他は他、他所は他所で僕たちの学園とはまた違ったトラブルを抱えているはずだしね。」

 

「それはそうですけれど…。」

 

レティシアが口を溢したくなるのもアーネストは理解していた。

既に時刻は深夜、といっても良い時間帯で生徒会役員は本日中に片を付けなければならない仕事が残っていた。

仕事を片付けながらレティシアはアーネストに問いかける。

 

「ところでクインヴェールと言えばソフィアさんが『獅鷲星武祭(グリプス)』に参加されるという件はどうされたのですか?」

 

「さぁ?特に僕は何も聞いていないけれど…そもそもソフィアももう子供では無いのだから兄である僕が都度都度声を掛けるのはおかしいだろう?」

 

「それは…そうですけれど。」

 

ソフィア、というのはソフィア・フェアクロフという女性で今はクインヴェール女学園に通っているアーネストの実の妹である。

過去に辛い出来事があったがゆえに彼女がこの六花に来ることに大反対していたレティシアであったがアーネストに一言物申したいが実の兄がこう言っているのでは取りつく島がないと良い淀んだ。

 

「ああ、そういえば」

 

同じく生徒会室にて本日中の業務処理と報告を行っていた書記のパーシヴァル・ガードナーが思い出したこのように告げた。

男子学生服を着用こそしているものの歴とした女性でありその立ち振舞いから”男装の麗人”といって差し支えないだろう。

そして彼女は聖ガラードワースに所属する正騎士で序列五位の実力者である。

 

「今日そのクインヴェール生徒会長閣下をお見かけ致しました。」

 

「『戦律の魔女(シグルドリーヴァ)』がうちに?」

 

「ええ。変装をされてお忍びのようでしたので他に気がつかれた方はいらっしゃらないようでしたが…」

 

「ふーん…気楽なものですわね。」

 

その言葉には棘があったのは今目の前にある書類が原因なのは決して気のせいでは無い筈だがそれを指摘できる者は誰もいなかった。

アーネストは困ったような笑みを浮かべパーシヴァルに至っては無表情である。

セカンド・フラッシュの紅茶に口を付ける。

学園祭の時は他学園への出入りは自由であるのでそれは学園代表の生徒会長も例外ではなく「来るな!」とは言えない。

だがこれがディルク・エーベルヴァインであるならば警戒をせざる得ないのだが…。

何やら最近は大人しいと専らの噂になっているので嵐の前のなんとやら…である。

そもそも訪れたのが権謀術数とは程遠いシルヴィア・リューネハイムなら心配する必要は…ありませんわね、とレティシアは口に含んだ紅茶を香りを楽しんだ後に飲み干そうとしたそのときだった。

 

「それと、お連れの方が一人。変装をされているようで閣下と同じように見事な変装でどなたかは一瞬分かりませんでしたが星導館学園の《戦士王》…名護蜂也副会長もご一緒でした。」

 

「ぶふっ!?…ごほっ!ごほっ!ごほごほっ…!」

 

「だ、大丈夫かいレティシア…?」

 

その報告に口に含んでいた紅茶を思わず吹き出し掛けてむせてしまい心配したアーネストに背中を擦られるレティシアの姿があった。

 

「せ、《戦士王》と《戦律の魔女》が揃ってウチの学園に来ていたと…?」

 

「はい。…どうされたんですかレティシア。まるで親の敵を見つけたような感情を籠った表情を浮かべて。」

 

パーシヴァルは淡々と無表情に答えた。

 

「《戦士王》名護蜂也…!クローディアというものがありながら《戦律の魔女》とお、逢瀬をしているですって…!?」

 

「落ち着きたまえよレティシア。君がクローディア女史と昔馴染みということを知っているが早とちりはよくないと僕は思うよ?」

 

ソファーに座ってプルプルと膝においた拳が震えているがアーネストが嗜める。

 

「何故《戦士王》と《戦律の魔女》が一緒に我が学園に来ていたのかの意味は分からないが…《獅鷲星武祭》の敵情視察…だとは思わないかい?」

 

「…っ!す、少し気が急いていたようでしたわ。」

 

「いや、気にしないでくれ。二人はたまたま合流をしただけかもしれないし。」

 

レティシアは自分の気のせいだ、と言い聞かせアーネストに言われた考え得て思案する。

《戦士王》こと名護蜂也が《獅鷲星武祭》に出場するというのは確定であると見られているし何よりあの”クローディア”が気に入っている人物で癪ではあるがあの卓越した戦闘技巧と《壊劫の魔剣》の能力的に戦力として外す理由がないのとこの《獅鷲星武祭》の優勝を目指してこの六花に来ていることをレティシアも知っていた。

と、なればこそ現在二連覇している聖ガラードワースの優勝候補チームである『銀翼騎士団(ライフローデス)』を探りに来ている、考えてもおかしくはない。

それにシルヴィアの方も《王竜星武祭》が本命であることは知っているが彼女の学園に在籍している有力グループである《ルサールカ》が出てくる筈なのでそれの情報収集、と言ったところだろうか?

 

…実際にはシルヴィアからのお誘いで蜂也がデートをしているだけなのだが。

 

 

そうとは知らずにそう思案して顔を上げようとレティシアがアクションを起こそうとしたところにまたしてもパーシヴァルが口を開く。

 

「ああ。そういえば…。」

 

「ま。まだ何かあるんですの?」

 

思わず脱力しかけたがその報告にアーネストは表情を変えてレティシアは驚きを隠せなかった。

 

「当学園で起こった問題ではないのですが、クインヴェール女学園でアーネストの妹君がレヴォルフの生徒に乱暴を働かれたようです。」

 

「…なっ!?」

 

「…続けたまえ。」

 

レティシアはソフィアについてもちろん驚きその件について嫌悪感…というよりも怒りを示したがそれよりも隣にいた兄の静かなる怒りにその感情は引っ込んでしまっていた。

しかしその怒りを感じ取ってもパーシヴァルの口調は変わらない。

 

「はい。クインヴェールにて情報収集の任に着いていた諜報審問官(インジュギター)がその場…人通りと人目がない裏路地で目撃していたようです。たまたま居合わせた担当者が援護をしようとしていたそうですが乱暴されそうになったところに《戦士王》が割って入ったそうです。」

 

「名護蜂也が…?」

 

レティシアは驚きを隠せないようだがアーネストは溜飲が下がったのかいつものような柔和な態度に戻っていた。

 

「…ふむ、続けてくれ。」

 

促され言葉を続けた。

 

「《戦士王》が割って入ったことにより当然ながらレヴォルフの生徒は手も足も出ずに逃走…助けに入った当事者は妹君が引き留めようとしてお礼を言おうとしていたのでしょうがクインヴェールの園内、ということで立ち去ったようです。その後の足取りを追いましたが見失った、と報告を受けております。」

 

「そうだったんですの…よかったですわ。」

 

レティシアもソフィアの実力を疑うことは無いが過去にあったトラウマがあり実力が出せない、ということを知っており男達に取り囲まれて乱暴された、ということを聞かされて気が気でなかったが《戦士王》に助けられた、と言うことを聞いて一安心したがレティシア的には複雑であった。

一方でアーネストは普段の表情を浮かべていたが大事な妹がそんな目に遭った、と言うことを聞かされ自身の精神をコントロールしていたが中に渦巻く怒りは相当なものであった。

そのタイミングで《戦士王》が助けた、という話を聞いて彼に対する評価がさらに上がっていた。

アーネストは腕を組んでスッと薄く笑みを浮かべた。

 

「そうだったのか…であれば本日当学園にわざわざ来園してくれた、というのに挨拶を出来なかったのは残念だね。」

 

「アーネスト?」

 

「ちょうど良い。公王からのお誘いを断るのは些か忍びない、と思っていたところだ。」

 

「ちょ、ちょっとお待ちなさいな!まさか貴方、例のイベントに参加するつもりですの?」

 

「確か彼はゲスト枠で招待されていただろう?どのような人物なのかこの目で見極めるちょうど良いタイミングじゃないか。…そうだなパーシヴァル。明日の分で今日で終わらせられる仕事をピックアップしてくれないか?」

 

「畏まりました。」

 

淡々と答えるパーシヴァルを退ける勢いでアーネストに詰め寄るレティシア。

 

「アーネスト!そんな勝手をしたら《聖剣》が…!」

 

「大丈夫だよ、レティシア。これは私心からではなくこの学園を慮っての行動だからね…それに僕の大事な妹を助けてくれたんだ。お礼が遅い、だなんてのは相手方に失礼だ。”《聖剣》”もそういうことならば僕の行動を納得してくれるさ。」

 

アーネストにそう言われてしまえばレティシアも折れるしかない。

確かにアーネストの言い分も理解が出来るのが苦しいところなのだが。

 

こうして人知れずに《聖騎士》が《戦士王》へ接触する機会を伺っていた。

 



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学園祭狂想曲③

学園祭三日目。

俺たちはレヴォルフ黒学院に来ていた。

正直気が乗らなかったがシルヴィアが回りたい、ということなので渋々、と言った感じだが。

そもそもにおいてレヴォルフの催し物が”カジノ”である。

…学園祭なのに賭け事とはこれいかに、とは思うがトップがあれなので仕方がないと言えば仕方がないが強気な値段設定に配置されている人員の強面感…それに壁には卑猥な落書き…もとい装飾が施され良い子ちゃんはお断り、と言った感じなのは逆に安心した。

これで千葉にあったデスティニーランドであったとするならば俺の腹筋は耐えきれなかったに違いない。

 

某マスコットキャラが『君にお勧めのアトラクション?地下労働施設行きの片道切符かな?ハハッ!!』というブラックジョークが脳内で存在しない記憶として再生されたがイカンイカン危ない危ない…。

 

そんなレヴォルフを観察しているとディルクの秘書である樫丸ころなが頑張っているようだった。

と、某ギャンブル漫画のような黒服達にペコペコしているのを見てシルヴィアと彼女についての評価…というか総評をしていると視線を向けていた黒服達が足を止めていた俺たちを気にし始めたようで此方に向けて歩きだそうとしている。

 

「…ちょっとジロジロ見すぎたかも。今のうちに退散しましょ。」

 

「ああ。」

 

俺がちょっとした威圧感を醸し出すと黒服の男達が一瞬怯んだのを確認して足早に俺たちは退散した。

 

「うーん…レヴォルフはこう言うのがあるから嫌なんだよね。」

 

「んじゃなんでレヴォルフに来たんだよ。」

 

「だって全部回る、って言ったのにここだけ来ないのは不義理じゃない?」

 

「真面目だなオイ。つーかさっきのは大金が動く場所だから警戒が厳しいのは仕方ないんじゃないのか?」

 

「それ以外でも、レヴォルフは気が抜けないんだ。それこそ女の子一人で居たら変な連中が声を掛けてくるし。」

 

声を掛けてくる、ということで昨日の事を思い出した。

そういえば昨日もレヴォルフの連中がクインヴェールの女子生徒のちょっかいを掛けてたな…すごい美人だったけど誰だったんだろうか?まぁ会うこともないだろうし気にすることは無いだろうが。

そんな考え事をしていると隣にいるシルヴィアが俺の腕を取って絡めてきた。

 

「ふふふっ。今日は隣に蜂くんがいるから気にしなくても平気かな。」

 

「そいつは結構なことだが…。」

 

「もうこうなったら蜂くんをクインヴェールに引き抜いて私専属のボディーガードになって貰おうかな?」

 

「クインヴェールは女子高ですよね?それなんてラノベ?」

 

「大丈夫だよ。ベトナーシュとかに所属して貰えば。」

 

「…クインヴェールの諜報機関か。だけどシルヴィアの護衛なんて俺には務まらんだろ。シルヴィアの方が強いし。」

 

「あ、そういうこと言っちゃう?非公式とは言っても孤毒の魔女(エレンシュキーガル)を倒した君は六万神殿(ヘキサ・パンテオン)だと私よりも上なんだけどね?」

 

「それはそこに参加してる奴らが好き勝手にランク付けしてるだけで公的な記録じゃないだろ…。」

 

「まぁあくまでも目安、ってやつだよ。…でも本当に蜂くんを引き抜いベトナーシュに入れるのアリかなぁ…。」

 

「クローディアを説得できるならな。」

 

「むむっ、星導館の生徒会長を説得するのが一番の強敵でしたか。」

 

そんな雑談をしながら昼食をレヴォルフで取ることになったがどれもこれも足元を見た値段設定でどこもぼったくりの価格だ。

缶ジュース1本300円は流石に…と若干引いたので流石に外に出て取ろうか、と思った矢先に不意に鼻先に胃袋を掴むような良い匂いが伝わってきた。

初めて嗅ぐ匂いではなく嗅いだことのある記憶に新しい匂いだった。

 

「あ、すごくいい匂い…あそこかな。」

 

シルヴィアが指差す方向にはレヴォルフには似つかわしくない雰囲気の中庭の一角にテントが設営されており簡素な椅子とテーブルが数脚設置されて露天を作っていた。

 

「いらっしゃいませー、パエリアはいかがですかー?」

 

可愛らしい声と可愛らしい見た目の少女がエプロンを着用し呼び子兼任の調理もやっている姿を確認できたがそれは俺がよく知るレヴォルフの良心的存在がいらっしゃった。

一人ではないようでプリシラさんの友達であろうレヴォルフにしては珍しい普通の女の子達が接客を受け持っていた。

中々に盛況なようで店先に出しているテーブルは外部からの来客や厳つい男達が笑みを浮かべて食事を取っていた。

すげー光景だな。

空いている座席についてメニュー表を手渡され以前に頂いたことがあるパエリアを注文しシルヴィアは俺とは別の物を注文した。

 

「ねぇ蜂くん。分けあいっこしない。」

 

「お。それ俺も思ってたとこだ。シルヴィアのも美味しそう。」

 

「蜂くんが頼んだパエリアも美味しそう。」

 

数分待つとプリシラさん本人が頼んだ料理を持ってきてくれて俺たちの前においてくれた。

 

「はーいお待たせしましたー。パエリアとアクアパッツァでーす。」

 

いい匂いが俺たちの前に広がり腹の虫がなりそうだった。

 

「ありがとうございますプリシラさん。」

 

お礼をいつものように言ってしまい怪訝な顔を浮かべて俺の顔を見るプリシラさん。

 

「あのー……ごめんなさい…どこかでお会いしましたっけ?」

 

「あ、この顔だと分から無いよな。」

 

プリシラさんは流石の洞察力で雰囲気で察してお盆で口元を隠して驚いていた。

 

「えっ…!?蜂也さん?…あっ、ごめんなさいお忍びだったんですね。」

 

「ははは…俺とレヴォルフは少し仲が悪いので…お久しぶりです。」

 

「《鳳凰星武祭》では大変そうでしたが…遅れましたけどご優勝おめでとうございます。…それと今ご一緒にいらっしゃるこのお方は…?」

 

裏表の無い笑顔で優勝した労いの言葉を掛けられた後に俺の隣にいる人物が気になったのか一瞥して胸の部分を見ていたのは俺がつけている校章とはまた別の校章を付けていたためだろう。

流石にシルヴィアとは面識がないためか見破ることが出来ないようだ。

 

「ふふっ、こんにちは。今私たちデート中なの。」

 

「ええっ!?ご、ごめんなさいっ、わたしお邪魔しちゃって…あ、お料理冷める前に頂いてくださいね。ごゆっくりどうぞっ」

 

それを聞いたプリシラは顔を真っ赤にしてアワアワして料理場へ戻っていった。

ジト目をシルヴィアに向けるとてへっ、と言わんばかりに血色のいい舌先をちろり、と出している。

 

「あのなぁ…。」

 

「だって本当の事じゃない。嘘じゃないでしょ?」

 

「まぁ…そうだけどさ。いきなりそんなこと言われたらプリシラさんがびっくりするでしょーが。」

 

「ごめんごめん。あの子の反応がつい可愛くって…今時珍しい位に純粋でいい子だね。ちょっぴり羨ましいかも。」

 

「まぁプリシラさんが純真無垢、ってのは大いに認めるわ。…それ言ったらお前は純粋じゃない、って聞こえるんだが?」

 

小さく肩を竦めてため息を吐いて見せた。

 

「この業界に長い間身を置いているとどうしても人間の嫌な部分も見ちゃうからね。それにわたしはお飾りとはいえ生徒会長だからね…擦れてくるのは致し方ない、と言いますか。」

 

「…まぁ俺も人間の醜い部分なんて沢山見てきたからな。シルヴィアは真っ白で真っ直ぐな誠実な人間だと俺は思ってるけどな。」

 

人間の醜い部分なんてものはこの十年散々味わってきたからな…シルヴィアは言うなれば黒一色に塗りつぶされたキャンバスに描かれた光輝く”偶像(アイドル)”である。

君は最強で無敵な○ッター…じゃなくて偶像(アイドル)だ。

 

そう告げるとシルヴィアは驚いたような表情を浮かべこっちを見た後に視線を逸らしていた。

 

「蜂くん…本当に刺されちゃうよ?」

 

「唐突な死亡予告で草も生えないんだが…。」

 

「パセリならあるよ?」

 

唐突にアクアパッツァの皿に乗った飾りのパセリを指差すシルヴィア。

 

「そういう問題じゃねーんだけどなぁ…。」

 

「ふふっ…それじゃせっかく作って貰ったお料理、温かい内にいただきましょ?」

 

そうして俺たちはプリシラさん特製を手料理を楽しんでいた。

 

◆ ◆ ◆

 

「刀藤さん大丈夫?」

 

「…?、え?あ、はい大丈夫ですよ?」

 

星導館学園の中等部、その学園祭の催し物を出している綺凛が所属しているクラスでは飲食店の催し物をしており人は其なりに入っており綺凛は接客を担当していた。

…が人前に出る前に更衣室にいたクラスメイトが待ったを掛けられていた。

綺凛のクラスメイトが明らかに”元気がなく、しょげてボーッとしている”と思われているのは声を掛けたクラスメイトの他にも気がついていた。

実際にこの2日間ドジに拍車を掛けていた。

 

「いやいや…刀藤さん大丈夫じゃないって。だって…」

 

「…なんでしょうか?」

 

綺凛もそういわれて今やっと気がついていた。

 

「靴が左右別デザイン履いてるよ?」

 

「ふぇっ?」

 

「リボンがちゃんと結べてなくて無い。」

 

「えっ?」

 

「それに結び方が緩いから右の方がほどけてるよ~。」

 

「ええっ?!」

 

「メイド服のボタンが1個ずつ掛け違いになってて中の下着チラ見になってる。」

 

「はうっ…!?」

 

そう全てを指摘されて涙目になりその場でしゃがみこんでしまった綺凛になんとも言えない雰囲気になってしまったクラスメイト。

しかしそのなかで勇者が一人立ち上がりボロボロになっている綺凛に決定打をつげた。

 

「副会長…名護先輩のことどれだけ好きなのよ綺凛ちゃんは。」

 

「わぁっ…!」

 

「あ、おいバカっ」

 

「あんたさぁ…止め刺しちゃったよ。」

 

「あっ、泣いちゃった。」

 

綺凛はそう指摘されて顔を真っ赤にしてしゃがみこんで顔を両手で隠してしまった。

クラスメイト達は綺凛が高等部の副会長である名護蜂也の事を慕っているのは周知の事実で同じ学年の男子生徒が悔し涙を流していた。

今回のシルヴィアとのお出掛けについてご立腹であったのは全員の共通意見であった。

 

「綺凛っちをほっぽってクインヴェールの生徒会長とお出掛けなんてさぁ…いい神経してるじゃん?」

 

「うちらの綺凛ちゃんをほっぽいて…ゆるすまじ」

 

「これは一度かちこみに掛けるしか…。」

 

「ちょ、ちょっと待ってください…!お義兄さんは会長指示で他学園の情報収集の任務に付いてるので…」

 

「だったらそれ刀藤さんでもいいじゃない。」

 

「お、落ち着いてください…!」

 

綺凛は持ち直し暴動を起こしかねないクラスメイトを宥めるのが優先だと感じ取った綺凛は頑張っていた。

それと自分の事を気に掛けてくれているクラスメイトに少し嬉しくもあったのだが。

 

◆ ◆ ◆

 

「そういや星露から貰った許可証使ってねぇな…。」

 

俺たちはレヴォルフで食事を取った後に界龍第七学院にやってきてた。

 

「すげぇ見た目だな。」

 

「あれ?蜂くんは来たこと無い?」

 

「ああ。ぶっちゃけると今回初めて各学園に来たかもしれない。」

 

敷地内に足を踏み入れて外観を見渡すと中華風の建物が目に入り全ての建築物が繋がっていて丸で迷路のようだ、と言うのが第一印象だ。

…これ地図とか位置情報無いと絶対に迷子になるだろ。

それにしても今のところ一番盛り上がりが凄いのは界龍の学園祭かもしれない。

視線を向ければ龍の人形を複数人で操演しながら躍り片一方では大男が刃物をもって曲芸をしたり火を吹いたりしてそれを見ている観客達が拍手喝采をしている。

園内を歩いていると賑やかな子供の声が聞こえる。

界龍第七学園には唯一の初等部が楽しそうな声が響き渡っている。

そして通りかかった教室内には数十人の生徒が一子乱れぬ演舞を行っている。

この界龍に在籍している生徒は戦うためのモチベーションが明らかに他の学園に比べて高い。

 

その光景を見て回廊を曲がろうとしたその時だった。

 

「…。」

 

俺の背後から殺気…ではなく明確な…というかじゃれ付くような感情が乗った抜き手が来ているのに気がついた。

その攻撃はシルヴィア…ではなく俺目掛けて飛んできていた。

 

「…ってお前かよ。」

 

やはりというか…飛んできた攻撃に対して受け流すように拳を弾いて気配のする方向を見ると回廊の柱…その部分から特徴的な界龍の制服を着用した愛らしい童女がイタズラ成功!と言わんばかりの笑みを浮かべてこちらに顔を覗かせる。

いや、本当に危ないからやめてほしいんだけど?

 

「一応、俺たち来客の筈だよな?お忍びで来てるんですけどなんで見破れんの?」

 

呆れを含む声色を柱の影から飛び出してきた童女に向けると反省もしていないのかかんらかんら、と笑っている。

 

「ほっほっほ!すまんのうお主が来ていると知らせがあったから飛んでここまで来た訳じゃ。よく来たのう蜂也!」

 

「お前の攻撃を避けられるのなんて直属の弟子ぐらいなもんだろ…俺以外の奴なら怪我してるぞ?」

 

「お主が儂の攻撃を…ましてや殺気の籠っておらぬ攻撃などお主にとっては児戯にも等しいじゃろうて。」

 

いやいや…今の攻撃はお前の感情を読み取っただけで普通の人なら感知できずに吹っ飛ばされてるだろ。

童女に向かって喋っていると隣にいたシルヴィアもあきれた表情を浮かべていた。

 

「…まったく…驚かせないでよ星露。というかわたしも蜂くんもお客様で来てるんだけど?」

 

「おや、誰かと思えば久しいのう歌姫殿。」

 

こんなことを界龍でするのはただ一人、というか知り合いはこいつしかいない。

界龍第七学園序列一位、《万有天羅》こと范星露(ファン・シンルー)だ。

 

「いやはやようやく来てくれたのう蜂也!待っておったぞ?誘っても来てくれぬから我慢の限界だったから年末にお主に会いに行ったというのに居らぬし寂しかったぞ?それにまたあのラーメン屋に行きたいぞ?」

 

「気に入ったのね…んじゃまた今度行くか?」

 

「うむ!」

 

非常に愛らしい言動と見た目とは思うがこいつの脳内は恐らく某亀戦流の胴着を来てたどこぞのスーパーな人のように”戦い!”がほとんどを占めているからそんな甘い言葉ではない、というのが分かってしまう。

 

「あ、なんか疎外感あるなぁ。」

 

そういってシルヴィアは俺に近づいて腕を取ろうとしたが俺は察知して離れると少し不機嫌になったシルヴィアに睨まれた。解せぬ。

 

「しかし本当に惜しいのう…な、蜂也。界龍に入ってくれぬか?儂からのお願いじゃ~。」

 

反対の俺の空いている腕をに抱きつき上目使いでお願いしていた。

 

「だから無理だっつーの…。」

 

いくら界龍の生徒会長といえども生徒を引き抜いて自分の学園に引き込むことは流石に不可能だろう…不可能だよな?こいつとの付き合いは短いが強引に自分の目的を達成するためにやりかねないのが困る。

流石にそこまで強引な手段は使わない、と思いたいが。

 

「儂が勝ったらお主を星導館から引き抜くもの手じゃな…?」

 

「序列一位がそんなことすんなよ…。」

 

星露の瞳に剣呑な光が宿る。

不味いと思った俺は星露から離れてるとフラれた、と子供のようにブー垂れていていた。とその姿を見た生徒の一人だろう人物が声を掛けてきた。

 

「師父、飛行船の準備が整いました…って何をやってるんですかー!」

 

不意に驚いたような声が届く。

そちらの方に意識を向けると少女?少年?のような嘗ての親友を思いだし思わず声を出した。

 

「戸塚…?」

 

「おお虎峰。」

 

と思ったがやはり違ったらしい。

まぁ当たり前だけどな。

 

虎峰、といわれた生徒は星露にお冠のようだ。

 

「学園祭の最中に私闘は勘弁してください…!そんなことになったらいくら師父と言えどもお咎めなしとはいきませんよ。」

 

「分かっとる。単なる戯れじゃ。…ちと本気じゃったが。」

 

「おい。」

 

この童女がよぉ…!

 

「それで師父、こちらの方々は…?星導館とクインヴェールの生徒のようですが…?」

 

マジでどっちの性別なのか分からない程可愛らしい風貌の生徒が困惑した表情で俺たちを見ている。

まぁ、君のところの序列一位が他学園と会話をしていれば怪訝な顔にもなるだろう。

その補足を星露がした。雑に。

 

「うむ、星導館の《戦士王》とクインヴェールの序列一位じゃ、粗相の無いようにな。」

 

その台詞を聞かされた生徒はポカンとしていた。

 

「はい…?」

 

それもそうだろう。目の前には変装している俺たちがいて星露がそうは言うが見た目が雑誌や生徒情報と異なるため固まるのは仕方がない。

…てか俺たちお忍び、って言った筈なんだけどなこのお子様は。

俺とシルヴィアは偽装を解除して本当の姿を晒すとこちらを怪訝な表情で見ていた生徒はその顔色は驚愕に染まっていた特にシルヴィアが居たことに驚いていたようだ。まぁそうだよなぁ…世界の歌姫がこの界龍に居るなんて常人には考えも付かないわ。

 

「そうじゃ蜂也。お主もこの後の催し物に参加するのじゃろ?儂らも今から向かうところでな。どうせなら一緒に飛行船に乗っていかぬか?」

 

「っておい俺の腕を勝手に取るなよ…って力強っ!?」

 

そう言って俺の腕に抱きつき引っ張っていく。

体躯は小さいが体感と星脈世代なので力が強い。

 

「あ、ちょっと!わたしと蜂くんはデート中なんだから勝手に決めないでよ星露っ」

 

「え?は?…えっ?」

 

ほらシルヴィアお前が余計なこというから虎峰さんが状況を飲み込めなくて困惑してるじゃねーかよ。

結局俺たちは星露に連れられ準備された飛行船に乗り込む羽目になった。

どうも俺の知り合いの女子は強引なのが多いらしい。

 

 



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