WAKE UP B子ちゃん! (竹林むつき)
しおりを挟む

1/55 太陽と星が出会うとき

飽きるまで続けます。
前半はアイドル物語です。
2023/08/25 冒頭書き足し


 とある年の末。東京でドームライブが開催された。

 会場を彩るのは、『B小町』が誇る絶対的エースを象徴する赤いペンライトを筆頭に、ピンク、オレンジ、緑に青、そして黄色と紫。

 七色の星海を飛び跳ねる赤兎様は、それはもう笑顔で、笑顔で。

心の底からホンモノの笑顔をむき出しに輝いていた。

『みんなーー! ライブに来てくれてありがと~~~~~~~~!』

 

 そして、目に宿った一番星がいっとう強く輝いて。

 

 

『─────』

 

 

 大声で、ステージを揺らした五音が、嘘から出た言葉か、はたまたそれとも。

 

 これは、そんな彼女の六年を振り返る、短い旅のお話です。

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 いつの時代でもアイドルに夢を見る少女たちはごまんといる。

 

「ふぃ~。あっつ。東京暑すぎんやろまだあっちの方が涼しかったわ」

 

 親の東京出世を期にともに地元から上京した白鳥―――日向マコもまた、その一羽だ。書類審査に通って面接にまでいったはいいものの浮かれすぎて14時開始なのに一時間も前に到着してしまった。それでさてどうしたものかという状況。

 上京するまで幾多の事務所に応募してやっとのおもいで苺プロダクションという事務所から返事を貰えたというのに幸先が悪い。

 

 うだる陽光から安らぎを求めて日陰を見渡しても少女と同じ思考をしていた烏合たちが占有してしまっている。

 

 

 どこかどこかと見渡せど人人人の喧騒ガヤガヤ。

 そして耳をすましてあたりの雑音を聞けば。

 

「だ―ら、今――――ディションだっ――てんだろ」

「えーでも佐――長、私―関係な――しょ」

「―藤だ―――、大あ―――カ野郎。――も審査―――るんだよ」

 

「別――くない? 社――――に決めてよ」

「そうはいくかよ。――お――被害が―――ときゃ」

「もう、それ――しては気にしてな―――いいってば」

 

 ―――ん? なんやろ、あっちの方で言い争い? こんな真っ昼間から元気やなぁ。

 

 さすが都会は違う、だなんて見当はずれなことに頭を回す日向。だがさりとて言い争っているのは大人の男性の声。そしてもう一つは日向と同い年、中学生くらいの少女の声。

 これだけでも犯罪の香りがむんむんと。その上男性の方を見れば、第一印象でヤのつく人と関りでもあるのかという風貌。

 警察官の父親の下で育った日向として、見過ごすわけにもいかなかった。

 

 もっというなら見過ごすわけもなかった。

「ああそうかよ。まったく、クレープ食ったらさっさと」

 

「なぁ、ニイチャン」

 

 そうして、灰色のジャングルの中を一足飛びに駆ける緑色のミディアムヘア。

 アメジストのような彼女の瞳がギラリと煌めいた。

 

「ん? なん」

「未成年の女の子相手に手荒なマネすんなや!」

 

 轟音と共に、一足飛びの勢いそのまま男の股間にシュートを決めた。超エキサイティング、とでも言えば良かろうか。

 

 

 ―――……なにはともあれ決めて、しまった。

 見ていただけのおまけたちは思う。『手荒なマネはどっちだ』と

 威力はいかほどか。そんなたわいもないことは、倒れ伏してビクンビクンと気持ち悪く、みっともなく脈動してうずくまる男の姿を見れば言うまでもないだろう。

 

 男の短い金髪がアスファルトにこすられて、せっかくのスーツも小石がアクセントになれば紳士の風上にもおけない。

 

「いきなり、何、しや、が」

「何しやがって、ってこっちのセリフやわ。こんな白昼堂々女の子の手を引っ張って、どこ連れていく気やねん。警察呼んだろか」

「サツん呼ぶのはこっちの、セリ、フ、んがぁっ」

「ええから大人しくお縄に掛かりゃぁっ!」

 

「ちょっとちょっと」

 

 日向が男にサソリ固めをキメようと足を持ちあげた時に、どこか緊迫感の欠ける声。さらに肩をちょいちょいと。ただ、これだけだった。にもかかわらず、不自然なほどにその声は日向の鼓膜を震わせる。ふと日向が振り向くと、

 

「その人、私のプロデューサー兼社長さんだから、離してあげてよ」

 

 星が輝いていた。

 女性の風貌を見れば、長い黒上も相まって『夜』と形容する方が無難なはずなのに、どうしてか日向は気が付けば星と形容していた。

 

「プロ、デューサー?」

「うん、私、こう見てもアイドルやってるんだぁ」

「そう、なんや。勘違いしてスンマセン。あの、ニイチャン立てますか?」

 

 一挙手一投足に目が惹かれて仕方がない。だというのに、日向はどうしようもなく。

 

 ―――なんや、コイツ。

 恐怖、していた。それこそ、わざわざ目をそらすために自分が蹴り上げてしまった男の方に顔ごと向けてしまうほどには。

 

「ふざけっ! っておい、アイ今何時だ」

「今? 13時20分だけど」

「クソッ、こうしちゃいられねぇ。おいガキ、オレの玉蹴り上げたことは絶対許さねぇけど、こっちには大事な用があるんでな」

 

 ギッと睨む眼光はそこらの輩よりも迫力満点だった。

「警察にはひきわたさね、ぇでいてやるよ」

 

 内股に、生まれたての小鹿もかくやと震えていなければ、カタギには手を出さない極道の漢にも見えていただろうに。脂汗が輝いているのもマイナスポイントだ。

 

「佐川社長、全然かっこよくないね」

「斉藤だ、バカアイ」

 

 そうして二人でやいのやいのと、少女がガソリンを注いで、斉藤と名乗っていた男が良い反応を返す。漫才でも見せられているのだろうかと思ったら、日向は何に恐怖を抱いていたのだろうと毒気を抜かれてしまった。いつの間にか笑みまで一つ。

 

「あー、えっと、斉藤、さん?」

「んぁ? なんだ暴力少女」

「ぼうっ、いやまぁそうやけども」

 

 斉藤の言い草に少し眉間にしわが寄る。が、事実であるし、日向側が完全に悪い状況だ。何も言い返せなかった。

「……間違いとはいえ、蹴ってしまってスンマセン。お詫びと言っては何ですけど、なんかウチにできることありますか?」

 せめて何か奢らせていただきたく。と言葉を締めくくった。

 

「なんもねぇーよバーカ! 二度とオレに関わんな!」

 斉藤は、そうバッサリと切り捨てて、アイと呼んでいた少女と共に去っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 そんなこんながあって時は流れ、具体的に言うと一時間と少し流れて、今。

「えー本日は、苺プロダクション、『B小町』の加入メンバーのオーディションにお越しくださりありがとうございます」

 わなわなと怒気を隠す気もない男の声が、会議室に響き渡る。

 

「オレは、『B小町』のプロデューサー兼ここの社長」

 

 男が、受付に手渡された番号、45番のシールを胸に張り付けた日向をサングラス越しでも分かるくらい睨みつけている。

 

 

「そして、今回のオーディションの決定権を持っている斉藤だ、よろしくな」

 言葉の締めくくりに―――首を、掻っ切るジェスチャーをした。

 

 

 そんな彼を見て、日向は心の中で一言。

 

 ―――あ、終わったわ。

 




感想くださると励みになります。

2023/05/26 原作を読み返したところ、斎藤ではなく斉藤だったので編集いたしました


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

2/55 太陽と星を目指す鳥

飽きなかったので続きです。スロースターターなのでよろしくお願いいたします。


 アイドルを夢見る日向マコ14歳。けんかっ早い性格ゆえに他人とぶつかったことなぞ十や二十二とどまらない。しかし最後にはなんだかんだと和解してきた。そんな日向でも二度目にあった人物に首を切るジェスチャーをされたのは初めてだった。

 そもそも芸能事務所の社長が、そんなパワハラじみたことをする方がおかしいといわれればぐうの音も出ないのだが。

 

「え、なに」「もしかしてこれが圧迫面接っ」「なんであの人あんなに不機嫌なの」「あれ、服に汚れが」「私やっぱり今日の面接やめようかな」エトセトラエトセトラ

 

 ヤのつく風貌も相まって、一時間前の斎藤の身に何があったのかを知らない人たちに動揺が走る。脈絡もわからないのに不機嫌な人が目の前に現われれば、それも当然だろう。

 とはいえ、いちど空気がひりついてしまえば戻るのはそうたやすくない。しかも張り詰めた空気は緊張と不安を誘発し、そんな感情が身体の動きまで鈍らせる。つまるところ、こんな状況で十全なパフォーマンスなんぞできるはずもなく。

 

 誰かの、息を呑む音さえ聞こえないほどの静けさ―――

 

「社長なんで怒ってんのー? あ、私は『B小町』のセンターやってます、アイでーす。今日は審査員もするから、みんなよろしくねっ」

 

 そんな雰囲気など気にも留めぬと一番星。ウインクとともに星が飛び出そうなほど天真爛漫そうな声が静寂を叩きのめした。空気が弛緩する様は、誰かの安堵の息がよく表している。

 やはりアイドルとは一声だけでこんなにも場の空気を支配できるのもなのか。それに気が付いたものは全体の四分の一もいればよい方だろう。そのほかはきっともう星の輝きに脳を焼かれているに違いない。

 

「お前っ! いや、まぁいい。……オーディションは審査室で五人ずつ行う。とりあえず受付からもらった番号、1から5番までは付いてこい。他は呼ばれるまでここで待機していてくれ」

 

 斉藤は言葉を締めくくって会議室を後にする。星野は男の背を追うように手を振った後で退出した。私情に揺さぶられながらも、仕事の一面を決して忘れないのはさすが芸能事務所の社長と言ったところか。扉の閉まる音は『心して備えよ』と警句を飛ばしているようにも聞こえる。

 日向はあたりを見渡すと、各々がせっせと準備に、あるいは精神統一をしている者も。

 

 ―――あぁ、そうやった、ここにいる人たち全員、今日のライバル。

 

 にじり寄る熱気に思わず身震い、よりも笑みが一つ。

 

「おもろいやんけ」

「何がおもしろいの?」

「ひゃいっ⁉」

 

 意気込む日向の首筋にひんやりとしたものが。驚いて振り向くと、どうやら当てられていたのは飲料水。今日は良く驚かされるな、だなんて心に一つ。

 

「キミささっきすごい睨まれてなかった?」

「ちょっと、ここに来るまでに色々ありまして」

「なんか、わけありありな感じ?」

「そんなところです。……えーっと」

 

 飲み物片手にイタズラ大成功! と舌をぺろりと笑う女性。

 今日ここにいるということは言わずもがな彼女もライバル。だが、どこか体格に見合わない幼さを感じさせる様は、アイの天真爛漫というよりも元気溌剌といった方が適格か。

 黄色に彩られた髪がぴょんぴょんと揺れて人懐っこさを醸し出している。

 

「あぁ、ごめんね。わたし、赤星メイっていうの」

「日向マコです。関西の方から来たんで、ちょっとイントネーションとかおかしいですけと、よろしくお願いします」

「そんな硬くならなくていいよ。身長的に高校生二年生?」

「いや、中学三年です」

「えぇっ⁉ てっきり同年代かと」

 

 うわー足ほそー。背ぇ高、すごー。なんて言いながら日向の周りをまわるメイ。どうしてか、日向の頭の中には目新しいモノをくちばしで突っつくペンギンの姿を思い浮かべた。

 べたべたと身体を触られるのは日向も慣れているが、珍獣を観察する様子はどことなく気に入らない。メイの方に悪気が一切ないからこそ止めにも入り辛い。

 

 しかし待機時間は有限。準備することは山ほどあって、いくら準備していても不足はない。ここは人懐っこい笑みを一つ。

 

「多分呼ばれるの最後の方でしょうし、せっかくなんで、呼ばれるまで身体ほぐしておきませんか?」

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 身体をほぐすこと早30分そこら。念入りに、一つ一つの筋肉と筋を丹寧にほぐしていく。動悸は一定に、されど身体を温めてじんわりと内側から熱くなる感覚が心地いい。日向はいつもやっているルーティーンの一つで、特段目新しい発見はあるはずもない。

 だが、今日に限っては共におしゃべりをする人がいるからだろうか、体感時間をいつもより短く感じていた。

 

「そういえば赤星さんはどうしてこのオーディションに?」

「メイでいいよ。私音楽が好きで、高校の同級生と一緒にバンドやっていたんだけどさ、なんというか、方向性の違い? で解散しちゃってさ」

 

 やってしまった。話すべきではなかったかと日向は言葉に詰まってしまう。好きな食べ物は、休日どこ行くの? そんな話をしていた時は一度も俯くことなんてなかったのに、今、たった一つの質問でメイとの心の隙間が広くなるのを日向は感じた。

 こういう時は、いつだって人の心に埋まっていた地雷が爆発する音がするのだ。

 

「みーんな受験勉強でーとか、音楽とかはあくまで息抜きだってさ。でも、でもさ。私はっ」

「……」

 

 日向には、メイの抱いている感覚が理解できなかった。転校になる前も、後もそれほど校内での友人関係ですれ違いなんて経験してこなかった。

 一番身近な家族とも、母親には『アイドルなんて』と口酸っぱく言われているが、いかんせん日向本人が頑固なところがあるゆえに、いつもすれ違いではなく真っ向勝負のぶつかり合いになってしまう。

 まぁ、夕飯時になれば何もなかったかのように宅を囲むのだが。

 

「ごめんね、辛気臭くなっちゃって。日向ちゃんこそどうしてアイドルに?」

「ふふふーん! ウチはなぁ」

 

 よくぞ聞いてくれましたと言わんばかりに楽し気に口を開いて―――

 

 

「40番から48番の方、準備が整ったので審査室にお入りください」

 

 

 またもや遮る声。

 ムスッとはしてしまうが、呼ばれてしまったのならば仕方がない。

 

「呼ばれちゃったね」

「出鼻挫かれてもうたわ。タイミングわるぅ」

「そんなすねないの。さっ、行こっ」

 

 そうして日向とメイ、あと四人が元気よく返事を返す。最後に一杯、水分を口に含み、ゴクリとのどを潤していく。声を整え、髪をヘアゴムで縛って意識を切り替える。

 ほぐした身体には熱が滾ってたまらない。

 

 オーディションでは一人3分も時間は与えられないだろう。だからこそ、日向は胸に燃え滾る灼熱をその刹那にぶつける。

 全ては、『アイドル(幸せ)』になるために。

 

 そうして独り静かに目を閉じる日向に、メイは寄り添うように背中を叩く。会場についてたった30分の短い関係だったが、メイはどうしてか日向にこのオーディションに受かってほしいと思いようになっていた。

 

 いや、もっと正しく言うのなら、………ここではやめておこう。

 

「ねぇ、日向ちゃん」

「どないしたんです?」

「絶対受かろうね」

 

「あー、そう、ですねぇ」

 メイの心の内を日向は知らない。でもメイのきらりと光る瞳を見れば、あの社長の股間を蹴り上げたから多分無理、なんて言えるはずもなかった。

 




感想よろしくお願いします。

次話はほぼ無理ゲーと化したオーディションに太陽の子が挑みます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

3/55 太陽の子と星を渡るペンギン、そして迷子の一番星

今日は長めです


 審査室に入り、パイプ椅子に腰かける。

 たったそれだけなのに、赤星メイは身体の節々に錆が付いた感覚に襲われそうになった。メイ自身、こういう本番の場はライブの演奏で慣れていると思い込んでいた。

 

 だが実際はそんなことはなかった。むしろ相手は社長と呼ばれていた男と、『B小町』のエースである星野アイ、そしてマネージャーらしき女性の計三人だけ。だというのに大人数の観客たちに向けて演奏を披露した時とは比べる間でもなく空気が重く感じる。

 圧倒的に、『視』られている。品定めされているという感覚が、メイを襲う。

 

「えーでは、初めに40番の人から順番に軽く自己紹介と特技を教えてください」

「はいっ、40番の相沢アイコです。本日はよろしくお願いします。私は―――」

 

 誰もが普段とは違う、うわずった声で話を進める。そんな中でもせめてもの精いっぱいを振り絞って己という素材を売り込みにかかる。が、斎藤の淡々とした『ありがとうございました』の一言が、一秒ごとに興味をなくしていく冷たい審査員三人の目線が『論外』を叩きつけていた。

 40,41、42番と流れる少女たち、始めは見栄を張ってでもと意気込んでいたが最後の方は意気消沈で取り繕った張りぼての笑みを浮かべるだけだった。さっさと軽く質問して今日は終わり、斉藤はいつしか早く終われと思うほどになっていた。アイなんかは欠伸に留まらず机に突っ伏し始めてしまっている。

 

「ありがとうございました。次に43番、お願いします」

「はい、43番の赤星メイです」

 

 ついに来た。そう心の中で呟いたのは、日向か、それともメイ本人か。

 会議室で日向と戯れていた時と同じくはつらつと、だがどこか緊張から来るぎこちなさ。必死に緊張を押し殺して、『らしさ』という強みを前面に押し出していく。だが、こんなこと誰でもやっている。このままでは先の三人の同じ轍を踏んで地獄の底にまっしぐら。

 

 そんなこと、メイだってわかりきっている。

 だからこそ、彼女の本領と、真の強みはここから。

 

 

「特技は楽器全般と、歌です」

 

 

 ―――日向ちゃん、ごめんね。貴女のことは応援している。

 ―――多分、貴女のその眩しさはきっと未来で多くのファンの心を焼き尽くす。

 ―――会って数分でわかるよ。貴女は持っている側の人間だってことは。

 

 

 ―――でも、このオーディションで勝つのは………私だ。

 

 

「何でもいいので一曲、サビ部分だけ歌ってくださいますか」

「……では、せっかくですので『B小町』から一曲」

 

 

 息を、吸う。肺を、新鮮な空気で埋め尽くす。

 

 そして一音、大気を震わせ、鼓膜に津波、脳がしびれた。一言、二節、三と重ねるたびに、その一秒ごとに、なんの変哲もないただのオフィスだったはずの審査室に一瞬幻想。スポットライトも、音響設備すらなく、いわんや観客なんぞいるはずもないただの背景が彩られてゆく。

 

 そこは紛れもなくアイドルが輝くステージだった。

 

 ここは何度も斉藤の見てきた選ばれた者たちの劇場だった。

 

 メイの歌声は、一瞬にしてサイリウムの大波を幻視させたのだ。

 

 

 ―――ほう。

 

 

 記憶に残る人物といえば、と聞かれれば顔、声、そして斉藤自身がスカウトしたアイのように言い表せられぬオーラなんかが挙げられる。勿論、この記憶に残るというのはある種、芸能世界においては必須の素養と言っていい。

 オーディションという場は、素養を持つ人物を探し出すための引きずり網式の漁法なんら変わらない。しかしそんな方法で光る一品を必ずしも掘り当てられるわけもない。現に斎藤たちはこの『B小町』のオーディションは既に三回もやって、やっと二名掘り当てられたのだ。その二名も半ば妥協気味だった。

 

 しかし斉藤の目の前で歌っている少女はどうか。アイドルとしての総合力だけでいえばアイに勝ることはないだろう。だが、歌声だけでステージを創りあげたメイは紛れもなく原石。磨きようによってはだなんて、背筋が冷たくなるのを感じた。

 

「―――……ありがとうございました」

 

 一礼して椅子に腰かけるころには、ただのパイプ椅子に座る彼女は紛れもなく完璧なアイドルだった。これが本物、これこそが本物。音楽で自分を表現するという芸術家としての執着、そして日向という一目見ただけで焼き尽くされそうになった太陽に嫉妬したが故の輝き。

 審査室にいる誰もが今日の主役を今この瞬間に断定した。

 

 

 そんな中、日向マコは

 

 

 ―――うわすっごー! コレがオーディションかぁ。メイちゃんさんすっっっっごぉ~~! 歌うっっま。綺麗な上に歌エグイとかヤッバ。

 

 

 アメジストの瞳をキラキラと年相応に輝かせていた。まるで大好きな御馳走を目の前にして今か今かと我慢ならない、親をせかす子供のよう。だが、それだけではなかった。

 

 ―――負けてられへんなぁ。

 

 いっとう己の中に蠢く熱をとどろかせていた。はやく、はやく次の番に進め、私の番になれ、はやく、はやくこの炎を爆発させたい。あと一人待てばいいだけの話だというのに、それすら我慢ならないと44番の少女の声すらかき消すほど、無音で叫んでいた。

 当然その様子は斉藤たちも見ており他の志望者たちとは一線を画す、ある種の異様さに『なんだコイツ』と目を向けてしまう。

 ただいるだけで他者を塗りつぶしてしまうほどの存在感。斎藤は今まで日向に対して怒りという個人的感情を多分に含んでいたために気が付かなかったがゆえの盲点。あんなことがなければ斉藤とて日向を一目みてすぐさまスカウト、なんてこともあったかもしれない。大事なことでもう一度言うが、あんなことがなければの話だが。

 

「ありが、とうございました。次に45番」

「はいっ! 45番、日向マコです。本日はよろしくお願いします!」

 

 そうして、アイの眠気すらかき消す朝日が昇り、

 

 

「特技は、―――ダンスです」

 

 

 ファーストインプレッション(出会って五秒の記憶)すら灰と化すほどの極光、摂氏6000度にもなる焔の煌めきが審査室を焼き尽くした。

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 時間にして数十秒。『B小町』のサビメロの約30秒そこら。

 だが、彼女の陽光が網膜に焼き付いてしかたがない。刹那のようにも感じながら、逆にずっとみていたような。そう、例えるなら火傷をしたときに、一瞬の過ちが永遠にも感じられる時と同じ感覚。

 日向の強みである体感としなり、そして一足飛びからの蹴りを狙ったところに打ち込むことを可能にするほどの天性の運動センス。そこから織りなす、大胆にされどメリとハリに刻まれたステップと振り付けは日向という存在を一層大きく醸し出す。

 それほどまでに、人の形をした太陽の一挙手一投足は人の心を蝕んでいく。一見、日向の紫に輝く目と平均より高い背の容貌を見れば『月の女神』、碧がかった髪を鑑みると『森の聖女』なんて形容するほうが合っているようにも捉えられるだろう。

 しかしこれほどまでに圧倒的な熱を醸し出す人物にどうして先の形容句が当てはまろうものか。

 

 日向マコはまさに太陽の子と言い表すほかなかった。

 

 

 音が止んで、やっと灰すら焦がしかねないほどの熱さが引いていく。斎藤が唖然とした様子から席に座るよう言葉を促すまでに十と数秒かかってしまった。

 

「ねぇ、日向さん」

「ちょ、おまっ」

「別にいーでしょ、私だって審査員の一人なわけだし」

 

 一礼して席に座ろうとした瞬間に聞こえてきたのは意外や意外、今まで傍観を決め込んでいた星野アイだった。本来の進行とは違ったのだろう、斉藤が黙るように喝を飛ばしたがそんなものに左右されるアイではない。ひらりと躱して日向に言葉を投げたのだった。

 

「―――なんでしょうか」

「そんなに硬くならないでよ。書類見た感じ同い年なんだしさ」

 

 訝しむ日向。アイへの小さな不信が言葉を詰まらせる。

 反対にアイは興味津々といったようすで、星の宿る両眼で日向を捉える。絶対に逃がさないという捕食者の目にも思えた。

 

「どうして、日向さんはそんなにアイドルになろうとしているの?」

 

 アイの疑問はシンプルで、だが的確だった。

 日向の作り出した30秒の灼熱は確かに素晴らしかった。数ある原石の中でも頭一つ抜けている。だが―――いや、だからこそ不可解なのだ。踊りはいわば己の価値観や世界観を、自分の身体を使って表現する芸術家。アイドルとは一見程遠いアクロバティックな動きも可能ならばスケートや社交ダンス、ストリートダンスにあるいは劇団と、選択肢は数多知れず。

 

「どうして、アイドルにこだわっているの?」

 

 究極いえば、アイドルではない道の方にこそ芸能の世界で日向は輝くだろう。

 だからこその問いに―――

 

「やかましい、大きなお世話じゃボケぇ」

 

 隣で聞いていたメイが口を大きくあんぐりさせるほど、日向の答えはなんというか、そう、言葉を選ばずに言うと場違いはなはだしいものだった。面接という場で、メイや日向たちが選ばれる側で、斉藤やアイが選ぶ側だというのにこの言い草。今この場で落とされて帰れといわれても文句は言えない。

 

 しかしなぜだろうか。メイは唖然としつつもう一つ、どうしてか日向にこそ真意アリ、そう見えて仕方なかったのだ。

 

「どんなやつが何になろうとしても別にええやろ」

 

「なりたいもんになる。そのために歯ァ喰いしばって努力したり、色々悩んだり、傷ついたり、泣いたりしてさ」

 

「そうやってたどり着いた先に自分が思い描いていた姿があったら幸せやん?」

 

 それはあまりにも眩しすぎる言葉で、雲一つない快晴の笑顔で、穢れを知らぬ戯言だった。だが、気が付けばアイは言葉を心の中で反復していた。そして、どうしてもザワついて、初めての感情が沸き立って、アイが知っている単語では言い表せない―――不快。

 

 

「たどり着いた先がぜーんぶ嘘で、ガラクタで、真っ暗闇だったらどうするの?」

 

 

 あまりにも冷たい声音だった。会議室や他の時とは比べるまでもなく、人を殺すために作り出された言葉の刃。アイは生まれて初めて誰かを心底否定したい、そう思ったのだ。

 

「もう一回最初からチャレンジして、試行錯誤して、欲しいもんは何が何でも手に入れる」

「それでもダメだったら? 欲しかったものは空っぽで、本当のことなんて何一つなくて、全部薄っぺらい嘘だったら? やることなすこと無駄になったら? 

 

それでも日向さんは幸せだなんて口にできるの?」

 

 いつの間にかアイの声は震えていた。誰もいない冬の曇天、迎えに来る親はおらず都会の中でただ独りの迷子。吸う息が肺を抉り、お腹は絶えず鳴りやまぬ。それでも周りの大人は知らんぷり。意を決して手を伸ばそうと、誰も幼子の手を掴む者はいない。

 

 そんな、寂しがり屋で独りぼっちな女の子の悲痛な叫びだった。

 

 

「……なんのこと言うてるかわからんし、誰のことかも知らんけど、―――ウチはそれでも諦めへんよ。だって、不幸せよりかは幸せの方がええに決まっているやん」

 

 

 曇天に、光が差す。

 迷子の女の子の横に、太陽はいた。

 

 

「だから独りでダメやったら他の人にも頼る。困ったんなら『助けて』って声にする。人の心の内側なんて誰も知りようないし、だから自分の思うてることは全部口にする」

 

「何が欲しいのか、何になりたいのか、どうしたいのか。いつか言葉にした答えに自分がたどり着いたんなら―――途中で得た嘘も空っぽも無駄も笑い飛ばして愛しての超絶怒涛のハッピーエンドよ!」

 

「―――」

 アイは、言葉が出なかった。斉藤も、もちろんメイも、他のアイドル志望の子たちも。まぶしい、あまりにも眩しすぎる。己の論理を信じて疑わぬだけでなく、聴衆にすらそれこそが真理であると思わせるほどに太陽の光は辺り一面に祝福を照らす。

 確かに、幼稚だ、暴論だ、でたらめなことを言うな。そう否定するだけなら容易い。だがそうした瞬間に人として大事なモノを失くしてしまう気がしてならないのだ。

 

 それは誰しもが生まれた瞬間に持っている一番星。あらゆる可能性を内包した夢幻の宇宙。だけど気が付いた時には自らこぼれ落としてしまう儚い光。

 

 人類が、『希望』と形容した不定形の暖かさ。

 

 

「でもそうやななぁ、もしアイさんが言うような真っ暗闇で迷子になっているヤツがおるんやったら」

 

 

 日向の言葉には、そんな希望に満ち溢れていた。

 

 

 

 

「ウチが完璧で究極無敵なアイドルになってその子を幸せにしたる!」

 

 

 

 

 彼女の笑顔には、瞳には、希望を信じたいと思わせる焔が宿っているのだ。

 

 

 

 




Q 無理ゲーにどうやって挑みますか?


A レベルを上げてぶん殴りましょう。


さてさて、太陽の子はオーディションに受かったのか、それとも……


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

4/55 火の鳥と一番星、そして――――凶ツ星

百合ルートはないでぇす!


 

 オーディションがすべて終わり解散の合図を言い渡された時には、もうすでに日は西に沈みかけていた。目を焦がすほどの熱量には陰りを見せるが、夕焼け時特有の明るさはいっとう強く。そんな黄昏どき。

 

「ほな、ウチはこっから走って帰るから、メイさんまた遊びましょな~」

 

 ショートパンツから覗く日向の健康的な太ももが筋肉で持ち上がって、駆けるポーズ。ニカッと白い歯を覗かせる彼女の姿をみた赤星メイはどこかボウっとした様子だった。とはいえその様子にまさか、という疑問が一つ。

 

「え、近くに住んでいるの?」

「いんや、最低でも一時間半くらいかかりますけど?」

 

 足の長さ、そしてオーディションの時メイの網膜を焼き尽くしたあのダンス。決して緩やかではなかった。むしろ他の人が同じことをしたら息は少し上がっていただろう。それを踊り終えて息一つ上がらずにいた様子から垣間見える底なしのスタミナ。

 

 この二つを鑑みると絶対に常人では二時間以上はかかるだろう。何ともなしに狂気的なことを言って見せる日向に、メイはドン引きした。

 

「あ、連絡先交換しときましょ!」

「いいよ。じゃあケータイの画面見せて」

「はいこれ、またメイさんの歌聞きたいんで、今度カラオケに行きません?」

「じゃあバイトのない日送るから、その時にでも」

 

「はいはーい! いやぁ、いいなぁ。ウチまだ中学生ですから、バイトできないんですよねぇ」

「別に楽しいモノでもないよ?」

「自分で使えるお金がもっと欲しいの!」

「そっかそっか」

 

 来年からは! と拳を天に掲げる日向。長身とアメジストの瞳から醸し出されるお姉さんチックな風貌からは全く反対な子供らしい、年相応な日向のリアクションに思わず笑みがこぼれる。

 

 あの会議室での一幕、完全無欠な彼女の後姿を知っているメイはそのギャップにクラっときてしまうほど。きっと日向があと三年早く生きていたら、自分は日向を推しの子にしていただろう、だなんてメイは考えてしまっていた。

 

「絶対、絶対誘いますからね! 既読無視し、しないでくださいよ!」

「わかったから、前見て走らないと危ないよー」

 

 

 一度、日向の足が止まる。

 

 

「ああ、それと―――」

「んー? なにー?」

「『B小町』でのメイさんのライブ、楽しみにしてますからねー!」

 

 太陽の光にさえ負けないほどのエールが、メイの心を貫いた。

 その瞳には、言葉にはメイが落ちるなんて在りえないと訴えていた。これまでバンドでのライブでも貰ったことのないファンからの純粋な声援。頭の中で何度も響いて、そのたびに心の内が温まる感覚。メイは、そっと右手を胸に位置に押し当てる。

 

 少し、動機が早くなっていた。

 

 頬が赤く見えたのはきっとさんざめく夕焼けのせいだ。だから、両手で顔を覆ったのは日向のせいじゃない。断じて、きっと。ないったらないのだ。

 

「まったく、もう」

 

 にっこにっこのるんるんで走り去る太陽の姿に、メイの顔に笑みが浮かぶ。

 

 日向はメイのことを元気溌剌と形容していたが、もしこれを彼女が知れば『どの口が』『むしろ貴女が』と優しいお怒りが日向に淡々と下されるだろう。

 

 実際あと半年後、バレてしまって一波乱あるのだが、これはまた別の話。

 

「―――負けてられないなぁ」

 

 両手の隙間から見えた顔は満面の笑みであり、獲物を狩りとる瞬間を待ちわびる狩人の眼光だった。

 

 

 たった一人の胸の内だけで滾っていた情熱が星を目指す鳥にも伝播していく。音楽がどうしようもなく好きなだけだった少女の魂に炎が宿る。

 

 たった一日の数時間、されど確かにあった刹那の中で灯された種火が、嫉妬という燃料に引火していく。

 

「今日、ちょっとカラオケで練習して帰ろう」

 

 もう、音楽という羽をもがれた哀れな海の鳥はいなかった。会議室でうつむいていた黄色の魂は、既にどこまでも広がる銀河を捉えていた。

 

 燃え盛る魂で形作られた新たな翼でどこまでも、どこまでも。

 

 

 太陽系すら超えんと息巻く火の鳥は再び翼を大きくはためかせたのだった。

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

「で、どうするの?」

「どうすっかなぁ。……って、なんでアイも残ってるんだよ」

「私だっていつも決める時にいるじゃん」

 

 斉藤は頭を抱えて、星野アイはのんきに椅子をぶらぶらさせながら、二人以外誰もいなくなった審査室の中でたむろっていた。審査室にいたもう一人の審査員はマネージャーという名目で、ただの斉藤個人の愛人でありなんの権限もない。

 

 そして『B小町』というグループそのものがアイに一目ぼれした斉藤の独断で創りあげたグループである手前、新メンバーを決める時はこうして二人で決めるのが通例となっている。

 

「いつもはめんどくせぇ、っていってオレに全部丸投げしていただろ」

「……そうだっけ? 覚えてないや」

 

 いや、アイはそもそも他人に対して関心が薄すぎる手前、実質的には斉藤の独断で決まっていた。今日、この日までは。しかしイレギュラーの到来により、慣習は既に意味をなしていなかった。

 

 その元凶は、二人の机の上にある一枚の審査書類。

 

 日向マコ、アイと同級生で、斉藤にゴーシューティングしたチャーミングな女の子。

 

「藤岡社長さぁ、まだ根に持っているの?」

「斉藤だ、何度も言わせんな。別に、それに関してはもう何とも思っていねぇよ」

「じゃあなんで? あの子、すごいよ?」

 

 

「―――あぁ、お前が直ぐに名前を覚えるくらいにはすげぇ奴なんだろうよ」

 

 

 アイは、幼児期の育成環境の劣悪さから、顔と人の名前を覚えるのが大の苦手だ。仕事現場ではあえて名前がでないように会話をコントロールしたり、おバカなフリをして難を逃れてはいるが気付くヤツは直ぐに気付く。

 なんせ芸能界に誘って、二年は共にいる斉藤の名前でさえきちんと呼べたのは二度三度程度。少なくとも十はない。

 

 そんなアイですら彼女の一度で覚えたのが、記憶に残る人という芸能界で必須のスキルを日向マコが持ち合わせていることを証明している。なにより斉藤もあんなのを魅せられたら芸能事務所の社長としての血が騒がないはずがない。しかし、問題はそこではないのだ。

 

「コイツぁ、自制心がなさすぎる」

「? 別に良くない?」

「よくねぇよ。今日、蹴り入れたのがオレ程度のヤツならもみ消しでもなんでもするさ。でも、もし―――大手スポンサーや、それこそ財閥の人間に手を出して見ろ、この事務所の、なによりお前の首が吹っ飛ぶ」

 

 簡単な話、リスクとリターンが釣り合っていないのだ。芸能界はコネと繋がりがモノをいう世界。気に入れられるために色々、内容を聞くだけでも吐き気を催すアレやコレやがそこら中に埋まっている。

 いかにやり過ごすか、という『視ない』力も必要なのだ。その点日向はあまりにも危なっかしすぎる。相手が世界に名だたる財閥の身内が加害者だろうと、きっと日向は被害者のために一目散に駆けつける、立ち向かう。

 蹴った相手がオーディションを受ける事務所の社長でオーディションに落ちました、その超強化版で被害者を助けたら加害者が勤めている会社からの圧力で事務所がつぶれてしまいました。なんてことがあるかもしれない。

 

 なんなら事務所が潰されるだけで済むなら御の字だ。

 

「目の前の理不尽に目を瞑れないなんて、ここじゃ厄ネタ過ぎる」

 

 もちろん、斉藤の個人的な感情だけなら既に日向はもろ手を挙げて歓迎したい人材だ。アイのために作ったこのグループで、アイにどんな影響を与えるのか、どんな化学反応を見せるのか、楽しみでたまらない。

 

 だが、プロデューサーとしての思考のそばで、社長としてのブレーキがかかる。性格の危うさ、そもそもアイが潰されてしまう可能性。『B小町』の絶対的エースという肩書が、ネームバリューが脅かされることによる損失。

 

 そして最後に一つ、自分が見出した一番星を贔屓にしたい。そんな星の奴隷としての感情。

 

 コイツなら他の事務所でも、なんて言い訳がましい感情まで。

「そうだな、だからこいつはやっぱり―――」

 

 斉藤は、机の書類をゴミ箱に捨てようとして、

 

 

「ねぇ」

 

 

 星の瞬きによって止められた。

「社長」

 

 

 輝く瞳は、黒く染まって見えた。

「今さらだよ」

 

 

 それは、星の鼓動にも、脈動のようにも。

「私以上の厄ネタなんて、ある?」

 

 

 光も、時間すら押しつぶす極小の虚ろに、斉藤はゾッとした。

 

 

 しかしここで、星の進路は切り替わる。

 

 既定の路線から、未だ誰も、いわんや神さえ全貌を捉えるに至らない外宇宙の境界線を、今確かに超えたのだ。

 

「あぁ、あぁ、そうだな。そうだった」

 そして斎藤は判子を一つ手に取って朱肉を付ける。振り下ろされるは、採用の二文字。

 

「アハハッ、これからもっと楽しくなるね」

 誰も手を付けていない運命という大地、そのフロントラインに降り立った開拓者たち。これからどんな出会いと別れが、幸せと不幸が待っているかわからぬ空の下で、一番星とその奴隷は踊る。

 

「気合いれろよ、アイ。『B小町』の絶対的エースとして」

 

「誰にも負けるつもりはないよ。だって私は完ぺきな嘘つき(アイドル)なんだから」

 

 

 

 

 

 

 

 そんなこんながあった日の翌日。太陽が沈んで、闇と月が支配する二十時そこら。

 

 とある劇団のワークショップで演技指導を受けていたアイ、その横に小さな少年が一人、二人仲良く帰路についていた。

 

「どうしたんですか、アイ。何かいいことでもあったんですか?」

「うん? うーん、えへへっ。そう見える?」

 

 帽子のつばを触りながら舌をてへッと出す姿はさすがアイドル、様になっている。横にいる金髪の少年もそんなアイの姿にうすら寒い笑みを返した。劇団の出資者の財閥の御令息だか息子だかなんだかアイの知ったことじゃないが、こうして同類と話す機会があるのは彼女もうれしい。

 

 生まれて十と四そこそこ、今年で十五になる少女だ。なんだかんだ話しが通じる同類の相手が欲しくてたまらない普通の女の子なのだ。ヒトデナシだからこその孤独感、とも言い換えられるが。

 

「えぇ、とてもいい出会いがあったように」

「そんなことまでわかっちゃうなんて、―――神崎君はやっぱりすごいな」

 

「僕の名前は、

 

カミキ、神木ヒカルですよ。そろそろ覚えてください」

 

 

 アイよりも一つか年齢は低いというのに学の高さから来るものか、はたまた他人を見下しているからこそか落ち着いた様子は彼の、カミキヒカルの異様さを強調している。

 

「アイさんがそんなに惹かれる人ですから、きっと凄い人なのでしょうね」

 

 呟いている内容は年端もいかない少年の無邪気さ。

 

 だが、真っ黒に、ドス黒い凶星を両眼に宿しながら思案する金髪の容貌は、どうにも気持ちが悪い。何かろくでもないことを考えていると、百人いれば質問されなかった通行人も合わせて千人が断定するだろう。

 

 

「ダメだよ」

 

 

 そんな真っ黒よりもなおおぞましい『無』、虚ろの星がカミキに待ったをかける。

 

 

「アレは、あの太陽は私が撃ち堕とすから」

 

 だから、貴方は絶対に手を出さないでね。と、一番星が這い寄る。

 カミキの頭を撫でるように、掴みかかるように優しく撫でる。

 

 

 そんな尋常じゃないアイの様子に、神木はひるんだ様子もなく嗤った。

 

「ええ、わかりました。僕からは何もしませんよ」

 

 

 

 

 こうして、人でなしどもの秘密の約束は交わされたのだった。

 

 

 ―――……僕からは、直接、ですけどね。

 




補足

現在
日向マコ・星野アイ:14歳
赤星メイ:16歳

カミキヒカル:13歳 


二年後が楽しみですね。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

5/55 太陽の子と学び舎に潜む一匹狼、そして太陽の母

主人公陽キャすぎたか? まぁいいか。


 

 苺プロのオーディションから早三日が過ぎた。だが日向の本当の闘いはこれからだったのだ。

 というのも母親にアイドルオーディションに行ったなんて知られた日には、『あらあらまぁまぁ』と普段はやさしい日向の母親が般若になること間違いない。だから日向はあさイチや、母が仕事から帰ってくる前にこっそりマンションの郵便入れを覗いてなんて生活をせざるをえなかった。

 

 今日も朝、日が昇るとともに起床してランニングを済ました後にチラッチラッと見たが、入っていたのは近所に新しくできた弁当屋のチラシだった。……あ、この唐揚げ弁当美味しそう、といらない考えをしてしまったのは悪くない。

 

 

 さて、そんなアイドルを目指す太陽の子とて、義務教育の檻から逃げ出すことはできない。中学二年に上がると同時に都内に引っ越してきた日向も、三か月も経てば転校してきた学校に完全に馴染む。

 最初は積極的にコミュニケーションを取りに行く日向にみんなたじろいではいたし、聞きなれない関西弁という特徴もあってクラスの中で浮いていた。

 

 しかしさすがは太陽の子、ことある人たちと会話するごとにパーフェクトコミュニケーションをかまして、今では作りあがった校内の女子社会の中に溶け込んでいた。むしろ、いつもにこやかな彼女の姿に脳を焼かれてしまった日陰女子たちも少なくない。

 

「う~、う~~ん」

「えっと、あの、どうしたの日向ちゃん」

 

 お昼休憩、共に箸を食べ物に高峯クラハもその一人だ。どこにでもいるメガネっ子ショートボブの彼女だが、日向がこの学校に転校して始めてこんがり脳を焼かれた第一被害者でもある。

 

「アイドルオーディション受けたって言うたやん?」

「日向ちゃんなら絶対受かっていると思うけど」

「さすがに絶対はないって。審査自体は自信あんねんやけど、その前にちょーっとな」

 

「……今度は何やらかしたの?」

「やらかしたって、……いや、そうなんやけど」

 

 クラハはこの三か月間、それはそれはよぉ~く日向のことを見てきた。席が隣だったがゆえに、日向の非公式ファンクラブの中でいつも自慢するくらいには共にいた。

 だから彼女が何かやらかしていることはもうわかっているので、こんな聞き方をしたのだ。

 

 このアメジストの能天気は自分が思っていること以上のことをいつもやらかすから、今度は何をしたのかが気になって仕方ない。

 

「えぇーと、実はなぁ―――」

 

 いいネタだったらファンクラブの日報にでも載せようかと思案したのはクラハの胸内の話だけ。断じてこんな爆弾ネタ、爆笑ネタを欲して聞きたかったわけではないのだ。

 

「誘拐と間違えてオーディション先の社長を、蹴った?」

「はいぃぃ」

「どうしてオーディション先の事務所のホームページ見てなかったの? そこに社長とか所属タレントの顔とか載っているんじゃ?」

「あー、あー、正論やめぇ!」

 

 クラハの、悪気のないド正論が日向を襲った。本当に嫌だったのだろう、耳を手で塞いで聞こえませんのタップダンスを踊る。聞こえませんのタップダンスってなんだよ、なんて寒いツッコミはナシだ。ホント、上履きでどうやって鳴らしているのか。

 細かいことに目を瞑れば、日向のダンスはやはりすごい。クラハが箸を置いてうっとり眺めている姿からも見て取れるだろう。見れば見る程正気度が削られるというわけでもないのに。

 

「そうだ、日向ちゃん」

「ん?」

「もし、落ちちゃったら、今度私のチャンネルに出てよ」

「クラハんの頼みならなんでもやるけどチャン、ネル? 何それ」

 

 なんでも、の時点で目から怪しい光が一瞬出たこともないかもしれないが、それよりも気になる単語。はてな? と首をかしげる日向を横目に、クラハは自分の携帯を弄ってとある画面を見せた。それはとある動画配信アプリの画面だった。

 

 そこには十分程度の動画が二度三度スクロールできるほどの数が。チャンネル名を見ると『太陽の黒子さん』、そしてかわいらしいアイコンが映し出されている。ここ一カ月の投稿頻度はかなりのものだ。

 

「最近流行り始めていて、私も三月から動画配信しているんだけど、もしよければ―――」

 

「クラハん、クラハんっ!」

 

 ダンス踊ってみたとかで出てみない? と言い切る前に抱き着かれてクラハの頭はショートしてしまった。あ、お日様の匂いってこういうことなんだなと、天にも昇る気持ちになって、ほわわわと天に召されかけた。

 歯ぎしりの声がよそから聞こえた気もしないが、クラハの耳には聞こえなかった。聞こえないふりをした。

 

 抱き着きからの両手を取られてルンルンと、太陽の笑顔がクラハを見つめてくる。動悸がすごいことになっているが、このままでは話が続かないと思い、何とか言葉を振り絞って、

 

「なっ、なに?」

「クラハん、めっっっちゃすごいなぁ!」

 

 混じりッけのない純粋たる尊敬のまなざし、ノーガードに右ストレートを決められた。

 十数分の動画と言えど、人を十分も同じ場所、飽きさせないようにするにはかなりの労力を要する。1つの動画を作るために一日、一週間、あるいはもっとなんていうのはざらだ。

 

 もちろん日向は動画投稿などしたことがない。なんなら機械類を弄るのは苦手な部類。しかし、同じく表現する者として『人に魅せるために隠れた幾万の努力』を見過ごすはずもない。

 

「最近、授業中にウトウトしとるから、影でなんか頑張ってんねやろなぁとは思ってたけど想像以上やったわぁ。偉いなぁ」

「え、えへへ、えへへへへ」

「でも夜更かしはあかんで? 肌荒れてまうからな?」

「ちゃんとお手入れしてるから大丈夫」

 

 とてもご機嫌だった、有頂天だった。いうなれば推しの子から特大ファンサを名前呼びでされているようなもの。仕方あるまい。

 

 

「えー? ウチ、クラハんのムニムニ頬っぺた大好きよ?」

「ミッ」

 

 

 日向の両手がクラハの頬に。

 心底気がかりだと誰の目から見ても明らかな太陽の輝きにファンは焼き尽くされてしまった。後から聞けば、真っ白な灰になったクラハの姿はそれはそれは幸せそうだったらしい。

 

「でんも、動画出演はもうちょい待っててな」

「まだ落ちたって決まってないから?」

 

「それもあるけど、一番は『まだウチがアイドルになるんを諦めてないから』よ」

 

 ビシッと指さす日向に世界が呼応したのか、窓から流れこむ温かな風は碧の紙をたなびかせる。白い歯を見せて笑う彼女に、クラハはなにも言えなかった。これが彼女で、こんな彼女に惹かれてしまったのだ。今更何を言うことがあるだろう。

 

「そっか、頑張ってね。応援してる」

「おうさ! クラハんはこっち来てから初めてのファンやからな。ウチはファンからの期待は裏切らん」

 

 アイドルを目指す日向ではあるが、クラハからすれば彼女はもう立派なアイドルだった。年相応に子供っぽくて、でもふとした間際に頼りになる。頼りになるのに、どこか放っておけない。

 そんな日向がステージに上がるのをクラハは楽しみにしつつも、やっぱりどこか寂しくもある。ずっと私だけのアイドルであってくれたらな、なんて欲深いこともチラリと。

 

「あぁ、そうだ。アイドルと言えばなんだけど。隣のクラスの四ノ川さんも同じ苺プロオーディション受けていたみたい」

「え、ホンマ? ウチがいったやつにはおらんかったけどなぁ」

「別の日だったんじゃない? 友だちから聞いたけど、四ノ川さんはもう合格の通知をもらったとかなんとか」

「へぇ~」

 

「―――ほら丁度。廊下のライトブラウンのロングの子が四ノ川さん」

 

 と話していたら、噂をすればなんとやらとはよく言ったもので、日向たちの教室横廊下に件の四ノ川、四ノ川カナンが友人らしき人物を二・三人引き連れて歩いていた。口元を隠して笑いながら、されど気取らない。

 

『清楚系アイドル』とはどんな人かと聞かれれば、あの四ノ川だと指さしても申し分ない。実際、彼女の評判は隣のクラスであるクラハたちの耳にも届いている。

 

「あぁ、あの子がなぁ」

「うん」

 

 

「ツラの皮厚すぎやろ」

「とても似合っているよね」

 

 

「「ん?」」

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 なんてことがあった日の夜。あの後もとりとめもない話をクラハと、他の友達とも集まって気が付けば五限目のチャイムの五分前だった。その後もいつも通り学校の授業を受けて、放課後少し遊んで帰って今。

 

 日向が『ただいま』と元気よく扉を開けた向こう側には、

 

「あら、お帰りなさい? マコ、ちょっとこっちにきぃや」

「ん~? なに、おかーちゃん」

 

 鬼だ、鬼がいた。

 

「これは、なぁに?」

「ワッ」

 

 

 まず良い知らせと悪い知らせがある。

 良い知らせは、苺プロダクションからの合格通知が来ていたこと。

 

 悪い知らせは―――、その封筒を日向の母、日向ヒヨリが握っていることだ。

 

 

「ちゃんと説明するまで、夕飯ぬきやから、な?」

 




本作では、原作の描写から推定して、2014年を舞台にしております。

詳しい原作時系列予想に関しましては、別の機会に。


感想評価くださぁい!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

6/55 太陽の子と約束。そして星の子たち。―――新生『B小町』始動

続きです。さぁみんなも太陽の子に脳を焼かれるがいい!
感想評価、よろしくお願いします


ジョウズニヤケマシターー!!!


 

 読者の皆様は、親に怒られたことはあるだろうか? 『こっぴどく』とまではいかないモノの、おそらくほとんどの人は『ある』と回答するだろう。

 

 その時、父や母はどんな風に怒っていましたか?

 

 激情に? 諭すように? 寄り添うように優しく?

 

 あるいは、日向マコの母親である、日向ヒヨリのように詰める感じだっただろうか?

 

「なぁマコ。おかあさん言うたよな? マコが何しても応援するけど、アイドルだけはアカンって」

 

 机の上には合格通知と、それにともなって契約書のいくつか。

 最後に―――親の同意書が一枚。

 

「…………そうやっけ?」

「こっちに引っ越してきた三月の二十八の午後六時十六分の―――」

「なんでそんな細かく覚えてんのん⁉」

 

 びっくりして思わずテーブルを叩いて立ち上がってしまう。実は、なんて言わなくともマコだってちゃんと母との約束は覚えている。たしか日が落ちたころぐらいだったかどうか。

 しかしヒヨリは何の苦もなく分単位でスラスラと。ボイスメモなんて取っていないから、正解しているか確かめるすべはない。とはいえさすがにちょっと怖かった。

 太陽の子といえども、母であるヒヨリと距離を開けてしまうのもしかたない。

 

「愛する娘との大事な約束を忘れるわけないやろ」

「おかーちゃんっ! 大好き!」

 

 まぁ、三十秒もしないうちに飛びつき抱き着いてのゼロ距離に、というところはさすがマコではあるが。

 

「はいはい。おかあさんもよ」

「えっへへへぇ」

「んで、話戻すけど」

「戻さんくても……」

「なんか言うた?」

「イエナンデモナイデス」

 

 優しく撫でながらニコリと、良い笑顔の母にはさすがに勝てなかった。包むようにマコの身体にまわされていた腕は、既にじゃじゃ馬娘を離さないようにしっかりと腰に。

 次またはぐらかしたり、嘘をつきようもんなら愛の鉄拳が下されるだろう。

 

「どうしてそこまでアイドルになりたいの?」

「……」

「やっぱり、宮崎のおばあちゃんとの約束?」

 

 ギュッと、母に抱き着くマコの力が強くなる。

 丁度、二年と少し前に米寿も超える大往生でこの世を去った父親の方の祖母。住んでいる場所は東京とは比べるまでもなく超田舎。お盆と正月、あとはたまに長期休暇くらいにしか会えなかったが、それでも芝生のように柔らかなあの祖母が大好きで仕方なかった。

 

 今に思えば下手な似顔絵だったものでも『上手ね』と一杯褒めてくれた。

 仲のいい姉と一緒に泣いて困らせることもあった。

 夜中一人で祖母のお誕生日のためにと遠出をした日には心配したとたくさん怒られた後に『ありがとう』とめいっぱい抱きしめてくれた。

 なにより、初めてダンスを人前で披露して、『すごい』と言ってくれた。

 

 

『マコは太陽の子だから、たくさんの人を照らしてあげなさい』

 

 

 死の間際、白い病室で紡がれた遺言は今もマコを突き動かす原動力になっている。

 

「それもある、けど一番は」

「一番は?」

「ウチが『なる』って、そう決めたから」

 

 初めて見たアイドルのライブは何だったか、マコもよく覚えていない。たしか家にあった一枚のディスクを姉に頼んで見せてもらったもののはず。

 そこは小さな、ほんとうに小さな舞台で、父母、姉そしてマコの四人暮らしのこのマンションの部屋よりも狭かったはずだ。でもそこには輝きがあった。笑顔があった、ファンの笑顔を照らすアイドル()があったのだ。

 

『おねーちゃん!』

『どうしたぁ?』

『ウチ、これになる!』

 

 あんなふうになりたくて、あの人以上になりたくて、今ももがいているのだ。

 朝起きてから寝るまでの一日中、ただそれだけを目指して必死こいて、人にみっともないといわれようが前に進むためにバタ足をし続けているのだ。

 

 もちろん、親であるヒヨリがソレを知らないわけがない。擦り減って使い物にならなくなった靴と、穴ぼこになった靴下を何度買い換えたことか。

 

「アイドルは、本当に大変よ。仕事での過度なストレスやいわれもないバッシングで心を壊した子を何人も知っている」

 

 あまりにも優しい声だった。

 

「望んでもない接待、身内同士での足の引っ張り合い、他にもたくさん辛いことはある」

 カウンセラーとして働くヒヨリだからこそ。いや、それとも……。

 

「正当に評価されることなんて、万に一つでもあったらいい方」

 

 いつしかヒヨリの話し方は、感情が揺さぶられた時にしか出ない関西弁から、いつもの標準語になっていた。もちろんマコにとって母は母で、どちらも好きだが。

 

「おかあさんは、マコに不幸になってほしくないだけなの」

 怒りとは違った感情。でも震えた声は少しだけイントネーションが戻っていた。

 

「ありがとうな、おかーちゃん」

「ならッ」

「それでも」

 

 母が本気で心配しているのが分かったからこそ、目尻に涙が。こんなにも愛されていていいのだろうかと、子供ながらに思ってしまうほど。

 でも、どうか安心して欲しい。今はまだ、巣立ちの準備を始めたばかりだから。遠くに行ってしまわないから。ちゃんと帰ってくるからと、

 

 

「それでもウチにとって、アイドルであり続けることが『幸せ』やから」

 

 

 貴女が心配してくれているから、帰り道に光が灯るのです。そう、想いを込めてとびっきりの笑顔をおみまいしてやったのだ。

 

 

「何度言っても、やめるつもりはないのね?」

「うん、ごめん」

「……わかりました。そこまで本気なら、私からは何も言わない」

「ホンマっ⁉」

「その代わり! 過度な無茶をしたら首根っこ止めてでも辞めさせるからね」

 

 こんな笑顔を向けてくれる娘に、ヒヨリは何も言えない。アイドルになりたいとマコが言い始めてから七年だ。七年間何度言っても変わらないのなら、もう仕方ないだろう。

 根競べで、生まれて初めてマコは己の母から白星を奪った。

 

「あと、こういう特はごめんじゃなくてなんて言うんだっけ?」

「―――ありがとうおかーちゃん、大好きっ!」

「よくできました。あと、勉強を疎かにしたらダメよ?」

「……はぁ~い」

 

 詰めるところはきちんと詰める。でもそれ以外なら好きにしなさいと、いつものマコ大好きな母親。

 

「わかったら離れなさい」

「えー、もうちょっと、もうちょっとだけぇ」

「ダーメ。みんなが帰ってくるまでに夕飯の準備終わらせるの」

「んならウチも手伝う! なんかやることない?」

 

「そうねぇ。それなら―――」

 

 その日、家族全員四人で囲った夕食はいつもより美味しく感じたのだった。

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 そうして夜が来て、また朝が来る。

 

 オーディションの時よりもいっとう夏の日差しが降り注ぐ、七月第四週の土曜日。苺プロダクションの最寄り駅の改札にマコの姿が。

 

 ウズウズ

 ウズウズウズ

 ウズウズウウズウズ

 

 

 何も言っていないのに、四方八方鳴り響くセミよりもうるさい。

 と、遠目に見慣れた人影が一つ。日向に負けじと人懐っこい黄色のショートが手を振っている。こちらに駆けてくる女性は、ちょっと前にも日向とカラオケに行ったメイだった。

 

「メイさん、メイさんメイさんメイさぁぁーーーん!」

 

 もう辛抱溜まらんと改札出てすぐのメイに日向は抱きつきにいった。メイとは彼女から合格通知が来たというメールが送信されて、自分もと日向が返してから来る日も来る日も連絡を取り合っていた仲。

 はてには合格祝いカラオケパーティも家族ぐるみでの大騒ぎだった。

 

 すっかり日向にほだされてしまったメイもまたかといった様子でよしよしと。

 

「またせてごめんね。コンビニの中で待っていてよかったのに」

「すぐにでも会いたくて待ちきれんかった!」

「もうっ」

 

 ただでさえ暑いというのに抱き着かれてはとも感じるが、メイも顔を見るにまんざらでもない様子だった。このまま踊りだそうかといった様子の二人。

 

 の横をひょいと影。

 

「あのぅ」

 

 高身長の日向に負けず劣らずの身長。優し気なエメラルドの瞳が不安そうに二人を見つめていた。日向の記憶が正しければメイとともに電車に降りてきたはず。

 

「マコちゃん、この子も実は『B小町』に受かった人で、電車が分からなかったみたいだから一緒に来たの」

「伊熊ルミカと申します。よろしくお願いしまぁす」

 

 ペコリと一礼。それだけなのにも関わらず、整いすぎた所作。

 

「日向マコって言います。よろしゅーに!」

 

 最近、姉から勧められた漫画の中に出てきた『深窓の令嬢』という単語が日向の脳裏によぎった。実際、この年で線路に迷うとなると、元々他の所に住んでいたか、普段から電車を乗らない生活のどちらかだ。

 ともなると、もしかすればやんごとなきお方なのかもしれない。

 

 今更ながら、こんなフランクに接してよかったのか? と日向は少し不安になった。

 

「ルミカちゃん、地図読めないらしいからさ一緒にって思うんだけど、良い?」

「もっちろんよ! ほんなら三人で行きましょ!」

 

 しかしそんなことならすぐにと元気よく日向はにっこりと。なによりこののほほんとしたルミカを街の仲に独り置いてされば、どんなことに巻き込まれるのかひやひやしてたまらない。

 じゃじゃ馬娘の太陽ちゃんならば持ち前の身体能力で何とかなるだろうが、線の細いルミカでは無理そうだ。日向にはもう見捨ておく、置いていくという選択肢は消えていた。

 

「い、良いんですかぁ?」

「かまへんかまへん! それに三人での方が楽しそうやん?」

「ありがとうございまぁす。フフッ、本当にメイさんがおっしゃっていた通りのお方なんですね」

「ちょっ、ルミカちゃん⁉」

 

「え、なになに? ウチのこと、なんて言ってたんです?」

「マコちゃんも別に聞かなくていいの!」

「えぇ、電車の中ではあんなに―――」

 

 あぁ、もう。早く行くよ! と元気はつらつな火の鳥は顔から火を噴きだしそうなほど赤い顔をごまかすように二人の手を引くのだった。

 

 楽しく三人仲良しこよし。マコに振り回されるメイ、それに相槌やガソリンを放り込むルミカ。三人は駅から苺プロダクションの事務所まで一度も会話が途切れることなく姦しく。

 

 

 

「では、社長が来るまで、このレッスン室でお待ちください」

 

 受付を済まして通されたのは、一つの部屋。壁一面が大きな鏡であることから、ダンスの練習室らしい。マコたちが恐る恐る入ると、既に三人の人影が。

 

「これで全員なんやろか」

「いや、まだあの人がいない」

 

 マコの疑問にメイが素早く返す。ルミカはのほほほ~んといつの間にか練習室の床に座っていた。マイペースが過ぎる。

 二人も中に入って……沈黙。

 

 

 ―――えぇ、気まずぅ。

 

 

 オーディションの時よりもはるかに『話してはいけない』という沈黙のルールを敷かれた空間。マコは、うんと身体を伸ばす。

 

「とりあえずストレッチしとこ。メイさん、一緒にします?」

「そうだよね。マコちゃんはそういう子だよね」

 

 マイペース、方向性は違えどマコもルミカと同種の人間だった。

 

「?」

「そのままのマコちゃんが素敵だってこと」

「メイさんも素敵やで! この前歌ってた姿なんてめちゃくちゃ綺麗で」

「はいはい、わかったからやるよ」

 

 ほら、口を開けばすぐこれだ。別に篭絡させるためにとかではなく、ナチュラルで褒め殺ししてくるのだから本当にタチが悪い。心臓に悪い。心の底で思っていることをそのまま口にしてくるのだから、慣れることがないぶん余計に良くない。

 そうして五分しただろうか。

 

「おまったせ~。星野アイ、ただいま参上」

 

 またマイペースの権化が部屋の中に。ヒーローは遅れてなんとやらと言わんばかりに星はギンギラギンに煌めいている。

 

 

「?」

 一瞬、黒い星がこちらをみたような。なんて日向が首をかしげた。

 

「よーし。全員そろってるな」

 

 が真意と問う前に斉藤もアイと共に部屋に。

 ヒリつく感覚。自分は今、舞台に上がったのだと何ともなしに。

 

 ―――意識切り替えやな。こっからや。こっから、やっと始まるんやから。

 

 太陽の子はいっそう強く熱を溢れさせる。瞳から隠しきれないほどに、数千度にも及ぶ熱が漏れ出ていた。

 

 

「そんじゃ、これから第一回、新生『B小町』のミーティングを始める」

 

 

 

「「「「「「「よろしくお願いします!」」」」」」」

 




プロローグ終わるまで六話かかるとか、マ?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

7/55 Deadly sins: Ft. Wrath / 太陽の子と始まり

まだまだ続くよ~


 

 

 新生『B小町』の第一回ミーティング、記念すべき内容はそれほど劇的ではなかった。集まったメンバー七人がそれぞれ短く自己紹介をして、全体レッスンやお披露目などの今後の予定の共有、そしてレッスンを使う際に関しての連絡。あとは少しばかりの事務所内の飲食云々。

 

 話し終えたらアイと共に仕事へ出かけた斉藤。その後ろ姿を見て、え、こんなもんなん? と日向は拍子抜けしてしまった。赤星メイや伊熊ルミカ、あとは四ノ川カナンも同じ思いだったのだろう、全員かわいくポカンとしていた。

 ここで補足しておくが、日向がクラハから聞いていた通り、カナンは本当に苺プロに合格している。ビッグマウスやオオカミ少年よろしく大ウソつきではない。

 

「アンタら災難ね。こんな事務所の、それもこんなグループに合格しちゃうなんて」

 

 鼻を鳴らして四人の新人に憐れみを向けたのは、確か自己紹介の時に渡辺キタホと名乗っていた女性だ。カツンカツンとわざとらしく足音を鳴らすさまはわがままお姫様といったご様子で。

 

「ツインドリルなんて初めてみたわ。うわめっちゃ整ってる。どーやってセットするん?」

 

 臆することない日向を羨めばいいのか、恐れればいいのか。どうにもツボに入ったご様子のピンクのお姫様はつらつらと話し始める。

 どのアイロン使っているだとか、シャンプーはどうのこうの、毎日どれほどの時間を費やしてメンテナンスしているのか等々。見る目がある後輩の登場に、『B小町』の成立初期から関わっている渡辺は喜びをかみしめていた。

 

「―――じゃなくって!」

「うわ、いきなり大声出さんといてくださいよ」

「話を逸らしたのが悪いんでしょーが」

 

 ノリツッコミが冴えわたっていた。関西風にいうのならば。

 

「さっきの、『災難だ』ってどういうことなんですか?」

「そ、それはね。このグループができた由来にあるの」

 

 メイの質問に答えたのは語気の強いキタホではなく、反対におどおどとした口調の女性だった。メイと似通った髪型でありながらも、比べる間でもなく一見頼りなさそうに見えるオレンジの少女。キタホと同じく創立メンバーの一人である高峯メイカだった。

 『B小町』内でメイと同じく最年長の一人なのだがどうにも頼りなさそう。実際、二年は一緒にいるだろうに、キタホの鋭い声にビクついていた。

 

「みねちゃんの言う通り、このグループはそもそも『アイの、アイによる、アイのために』斉藤社長が無理を押し通して作ったハコなんだから」

 

 そう、『B小町』は街中でたまたま見つけたアイに斉藤壱護、苺プロの社長が一目ぼれしたことがキッカケだ。その日の帰り直ぐに新規アイドルプロジェクトなるものを立ち上げて、アイの引き立て役となる人物たちを選出。後日直ぐに偶然を装っての勧誘。

 

 この時の斉藤の爆発的な行動力は目を見張るものがあった。これで計画がコケていようものなら、社長を辞任、賠償請求なんてこともあったかもしれない。しかし実際には経歴数年の弱小事務所を、ローカルとはいえ放送局やらラジオの出演にまでこぎつけさせたのだから誰も文句は言えない。

 が、星を輝かせるための研磨剤として、それこそ渡辺キタホが毒吐いた言葉、『引き立て役』として消費された『B小町』の創立メンバーたちはたまったものではなかった。

 

 明らかアイびいきの社員たち。仕事の出演頻度、社内外の対応の差。

 

 ダンスも、衣装も、歌や演出さえ『アイをどう活かすか』に重点を置く。そのために音もなく殺され続けた彼女たちの内心はいかほどか。

そうして手に入れた茶封筒の、なんと惨めなことか。

 

「だから、このグループで夢を見るのは止めておきなさい。辛くなるだけだから」

 

 キタホはもういなくなった、かつてのメンバーを省みた。アイとキタホ、そして高峯とあともう一人の四人で始動した『B小町』、活動する中で心を壊してしまった、今はいない四人目のメンバー。無慈悲に斉藤からクビを言い渡された友達。

 

「ここで上手く生き残る方法は三つ。アイに文句を言わない。関わらない。何も期待しない。そうすれば、多少いい思いができるわ」

「社長の言うとおりにしていれば、火の粉が飛んでくることはないから、ね?」

 

 俯くキタホ、仕方ないと心を押し込める高峯。それは諦観かはたまた夢から覚めてしまった侍女のようにも。きっと、彼女たちは疲れてしまったのだろう。いてもいなくても変わらない、求められてもいない。『視点B』の話なんて誰も興味を持つわけもない。いままで何があったのか、聞けるはずもなかった。

 

 そもそも、かわいいだけなんてこの芸能世界にはありふれている。そこそこ歌が、ダンスが上手かろうと。中途半端な愛嬌があろうと、なべて使い捨ての石にすぎないのだ。

 だから、せめて『自分はあんなすごい人と一緒のグループにいたのだ』と、自分を慰める理由を付ける。あとは切り捨てられる時期が来るまでのんびりと。

 そう、言い訳して生きていく。

 

 

「なるほどな。んなら、そいつら全員黙らせてまえば、ウチがセンターや!」

 

 

 しかぁし! 日向はそんな面白くもない選択肢なんてはなからごめん。

 敵対? 上等。

 対立? やってやるよ。

 クビ? それを怖がっていたら何にもできねぇや。

 

 喧嘩上等バッチコイ。こんなことで及び腰じゃ、恥ずかしくてお天道様に顔向けできない。

 

「そうとなりゃ、三週間後のお披露目ライブまでにもっともっと仕上げたるわァ!」

 

 ライブで使うデモ曲ダウンロードさせてくださーい、と元気よくレッスン室を飛び出す日向。メイの「あ、ちょ」という静止の呼びかけなんて貸す耳もない。

 

 アイツ話聞いていたんか? とキタホと高峯の頭の中ははてなで一杯だった。

 珍妙怪々、怪物が跋扈する芸能世界にもまれて二年と少し。高峯は小学生から役者としても活動したことがあるから四年と少し。二人は色々な奇人変人を見てきたが、日向の変人度合いはずば抜けていた。

 

「あの子はぁぁぁ! ……すみません」

「メイさんったら、まるでお母さんみたいな言い方ですねぇ」

「あんな大きな子供を産んだ覚えはありません! ……もうっ」

 

 ルミカのボケ、いや半ば本気か。にすぐさま否定するメイは頭を抱えていた。キタホたちが話してからの、レッスン室に流れ込んでいた重い空気はどこへやら。太陽が吹き抜けていってからは見る影もなく融解。

 

「キタホ先輩、高峯先輩。ご忠告はありがたく思います。でも、まだ自分たちを試していないのに諦めたくはありません」

「そう、赤星さんは強いのね。―――折れた時は、コーヒーとパンケーキくらいは奢るわよ」

「そうならないように精進します」

 

「もしかしてぇ、渡辺先輩ってツンデレってやつでぇすか?」

「ハァッ⁉ 誰がツンデレですって?」

「き、キタちゃんは素直じゃないけど、ちゃんと良い人だよ」

「みねちゃんは黙ってなさい!」

 

 せっかくメイとキタホの中で会話がまとまりかけていたのに、ルミカがいらないことを言ったせいでとっちらかっててんやわんや。高峯も新加入の二人には怯え気味だったが、キタホは苦楽を共にした仲だ。苦汁をなめ続けた親友に今さら気を置く必要などない。

 

「四ノ川さんはどうするの?」

「あたしは……」

 

 メイが四ノ川に問いかける。巻き込まれないようにするためか、壁に咲く花として気配を消していたはずなのに、メイが会話の中へといざなっていく。

 

 ここまでまったく話に上がってこなかった最後の『B小町』の新メンバー。日向と同じ中学で同級生ということしかわかっていない女性。なんというか、こう、美女と言われたらパッと思いつく姿。しかしどうにも印象に残らない。

 学校にいればちやほやされるが、アイドルとしては……うん。という評価が適格だ。

 

 実際四ノ川にはメイや古参の『B小町』たちのようにわかりやすい挫折も特徴もない。しいて言うなら、普通のどこにでもいるコミュニケーションが上手な女の子。

 

「今は、まだ、なんとも」

「……そっか」

 

 まだ、己のことすらよく理解できていない、思春期真っ只中のひな鳥だ。

 主人公でも、脇役ですらない彼女にいつか芽生えの時が訪れるのか。どんな花を咲かせるのか。今は誰にもわからない。四ノ川は、まだ誰から見ても誰でもないノッペラボウなのだから。

 

「よっしゃ! 音源と振り付けの動画借りてきたで!」

 

 そうして二度足を踏んでいる瞬間も、行動力の化身はそんなこともお構いないし話を進めていく。

 

 

 チッ―――

 

 

 しかし、その超スピードの世界に誰もが付いて来れるとは限らない。というか、キタホ達四人とは知り合ってたかだか数十分。それだけで心を鷲掴みにされるほど、彼女たちの魂は軽くない。あの言葉だけで突き動かされるくらい軽い悩みならば、キタホも高峯も立ち直っている。

 つまるところ、日向は少し空回りしてしまったのだ。

 

 

「ご、ごめん。きょうはこの後予定があるか、また、今度ね?」

 

 

 高峯のことばを皮切りに、一瞬で熱が冷めていくのを肌で感じる。とっかかりを作ってみたというのに、するりと逃げられてしまった日向は不満げだった。

ルミカは『今日は楽しかったぁ。またねぇ』と。四ノ川と高峯は一礼して。

 

「ま、せいぜい足掻きなさい」

 と最後に出ていった渡辺キタホが締めくくった。

 

 そうして残ったのは日向とメイの二人だけ。アイは仕事で仕方ないが、七人中二人とは初日から前途多難。まだ一人じゃないからマシとも言い換えられる。

 

 しかし普段から一人で、誰もいない公園や空き地でダンスをしていた日向はウキウキだった。

 なんせ彼女のアイドルになってやりたいことランキング三位が『グループみんなでレッスン』だったのだ。

 

「め、メイさぁ~ん」

「私はやるよ⁉ だからそんな泣きそうな顔しないの」

「やったー! メイさん大好き!」

「ちょっ⁉ CDデッキ持って抱き着くのは危なッ!」

 

 だから、たった一人といえど、共にいてくれることが嬉しくてたまらない。感極まって抱き着いてしまった。どんがらがっしゃ~んと仲のいい騒音がレッスン室に響いたのはご愛敬。

 

 

 

 こうしてまずは二人だけの、幸せを求める旅が始まるのだった。

 




感想評価よろしくお願いします


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

8/55 Deadly sins: Ft. Wrath / 太陽の子と混沌

更新遅れて申し訳ございません。


 

 事務所の中のレッスン室で、女子二人、何も起きないはずはなく……。なんて良い子に見せられないことが起こるはずもなく、日向マコと赤星メイはきたる三週間後のお披露目ライブに向けてのレッスンを始めていた。

 

「ね、ね、ねぇ……」

「どしたんです?」

「もう、限、界 ……ばたんきゅ~」

「えっ、メイさん⁉ メイさぁぁーーーん!」

 

 完全密室のレッスン室で、真っ白な遺体が一つ。

 赤星メイはちからつきてしまったとさ。チャンチャン。

 

 事件の発端は、「まずは準備運動して身体を温めよう!」という日向の提案だった。メイもその通りだと思ったし、基礎を疎かにするつもりもなかった。だが、その二時間後に逝ってしまったら元も子もない。

 

 日向からメイに、いつものルーティンワーク、本格バージョンをメイさんもやってみましょうよという、妹チックな彼女からの気兼ねない誘いだった。

 初めの五分、音楽のリズムにノリながら簡単な体操で身体をほぐす。まぁ、大事なことだし。次の二十分、レッスン室を走って身体の体温をあげる。いきなり激しい動きをしたら怪我をするから当然だね。……ちょっと長い気もするかな。

 

 

 ここらへんでメイは嫌な予感を感じていた。

 

 

 そして十数分。ダンス中に捻挫をしないよう、ステップワークを取り入れた基礎練習。

 次の十分、身体をより柔軟にしてダンスのフリを大きくできるようにヨガスタイルを取り入れた柔軟体操。

 次の十分は先の柔軟体操をより強化したバージョン。

 さらに、追加して、もう一声。エトセトラエトセトラ。

 基礎筋トレ、体幹トレーニング、温まりにくい背筋を意識したトレーニング。

 

 やっていることはまともなのだ。まともだけど、負荷や時間がえげつない。

 

 メイは失念していた。相手はあの日向マコ。このクソ暑い季節にガチのダンスを踊った後、別に運動用でもない普通の靴で二時間フルのノンストップで走り続ける化け物なのだ。メイも遊びに行くたび、『あれ、この子いつも走ってきてるな?』『あれ、この肺活量すごくない? ロングトーンすご』と怪物の片鱗は垣間見ていた。

 

『まさかこの子……』と冷や汗かいたことも多々ある。

 

 しかし、実際はそれ以上だった。メイの予想なんて何十倍も超えていた。

 これじゃ、ダンスする云々の話ではない。

 

 

 ―――始まる前に、私殺されちゃうぅぅぅ!

 

 

 犯人は全く悪気なく、むしろこちらを本気で心配しているのだからタチが悪い。

『こんなんも付いてこれないんですかぁ~? ぷぷぷ、ざぁ~こメイせんぱぁ~い』

 とメスガキよろしく煽ってくれたらまだよかった。こんなキャラでも推せそう。

 

 ……ではなく、日向はやさしい。数分でも話したことのあるやつ全員が口をそろえて『日向マコは厳しい時もあるけど、優しい』と評価する。

 自分が本気で悲しい時は寄り添ってくれるし、楽しい時は共に楽しんでくれる。暇な時は率先して何かをしでかす。する、ではなく、しでかす、だ。重要なのでどうか覚えていて欲しい。

 

 今だって、メイに団扇を仰いで、自分の水もぬるくなってもいいと、メイの首筋に当ててくれている。ふとももが良い高さの枕になって気持ちいい。ずっとこうしていたい。

 

 ……ではなく、本気で優しいから、なぜか付いてこれられなかったこっちが悪いと、謎の罪悪感に苛まれるのだ。

 

 

 色々いったが、反復法を使ってしまうほど、日向は太陽の子、とまとめておけば大体合っている。

 

「ご、ごめんね。私も、体力はそこそこ自信ある方だったから、ついていけると思って」

 

 嘘だ。メイは学校の新体力テストでも上位五人に食い込むほど身体能力は優れている。バンド練習でむしゃくしゃした時に、ジムに行って鬱憤を晴らしていたのが理由だ。肺活量は歌にも直結するから、実際役得とは感じていた。

 

「こっちこそごめんなさい。いつも一人でしか練習できんかったから、一緒に練習できる友達ができて浮かれてもうた。初めてで、そのぉ、嬉しくてつい」

「マコちゃん……」

 

 独り誰もいない大きな公園でダンスするマコの姿を思い浮かべて、泣いた。

 

「えっ、なんで泣くんです?」

「だって、こんな良い子が今までたった独りで努力してきたっておもうと、私、わたしっ」

「泣かんといてくださいよぉ。メイさんが泣く姿、ウチ見たくないです」

 

 お膝で涙ぐむメイと、それをなだめる日向。この場面を見て、『質問:どっちが年上でしょーか?』と聞かれても正答できる人なんていないだろう。

 

 

 そうしてしばらく、メイの激情を日向があやす。こんないつもとは逆の立場に気づいてからか、なんだかおかしくってつい笑ってしまった。ひとしきり腹を抱えた後は、メイの息が整うまで、日向がダンス練習を一人ですることとなった。

 

「そういえば、いつもどうやってダンス練習しているの? レッスン教室とか?」

「いんや、さっきも言うたようにいつも公園で一人ですよ。……たまに公園で太極拳式の体操とかに混じってたりしましたけど」

「へぇぇ~。んじゃ、完全に独学であのダンスかぁ。すごいね。天才だ」

 

 

「―――天才なんかやないですよ」

 

 

「うん?」

 

 メイからすれば意外な返答だった。あのオーディションでの極光。目に焼き付いて離れないことを具現化した一幕を演じきってみせた本人がこんなことを言うのだ。空を見て、アレは空じゃないなんてトンチめいた日向の言葉に首をかしげるのも当然だった。

 

「ずっと、ずっと小さぁ~い時から、他の子が絵を描く時間、遊ぶ時間、ゲームする時間、全部、自分を動かすことにだけに費やしてきた。それだけですよ」

 

 それは、いっそ他人からすれば狂っていると、評すべき事柄。

 大人の指図もうけず、束縛があったわけでもない普通の家庭で、たった一度見たブラウン管の中の『火』に憧れたから。それだけの理由で十年以上続けてきた。

 こんな狂気を、日向は心の底から『誰でもできること』『まだ君はそんなに夢中になれる存在に出会ってなくて、いつか必ず出会える』と、そう、本気で思っている。

 

 

「あーでも、『健康な肉体をおとーちゃんとおかーちゃんからもらって、それでちゃんと生きてるやつ』っていう意味なら、ウチも天才なんかもしれんけどなっ!」

 

 

 

ゾクリ

 

 

 

 太陽の中身を垣間見た気がしたメイは、脳が凍った。そう、感じた。

 とても重要なことに、どうにもならなくなった後で気が付いてしまった。そんな寒気が、メイの身体、精神までも駆け巡っていったのだ。

 そんな様子を見て、―――今は見ないふりをして、日向は自分の話に戻る。

 

「冗談はさておき、ウチがいつもやってる練習方法は、……まぁ、はたから見たらめちゃくちゃ地味らしいんです」

 

 一度、日向は自分の姉に練習風景を見てもらったことがある。

 確か映画のとあるシーン撮影の練習か何かだった気がするが、よく覚えていない。

 

 重要なのはそこではない。話のミソはこの後だ。

 

 ひとしきり(二時間も)姉に見てもらった後の感想、それが『なんでこんな地味なことずっと続けてられんの? 頭おかしいんじゃない?』、だった。その夜、日向は本気で自分の母に泣きついた。理由を語ったら、まぁ、アレはしょうがないんじゃない? と受け流されてしまった。

 

「へぇ~。どんなことをするの?」

「まずは―――手を叩く」

「……うん?」

「一回やってみます?」

「キツくない?」

「だいじょーぶ! まずは手ぇだけやから」

 

 ホントかな? コレが嘘だったらちょっと頭ぐりぐりでもさせてもらおう。と心に決めるメイだった。なにはともあれ、やってみないことにはわからない。日向の指示通りにやってみることにするのだった。

 

「まずは、腕を伸ばして、指先をそろえて天上に向けるイメージで、そして背筋をピンッと。真っすぐに!」

「……こう?」

「うーん。惜しい!」

 

 ヨシ、かわいい笑顔。

 ……じゃなくて、メイは日向の言っている意味がまるで分からなかった。自分は言われたとおりに真っすぐ伸ばしているはず。文句を言われる筋合いはないはずだ。こんなことで関係が亀裂する仲ではもうないが、思うことがあるのは事実。

 

「何がダメなの?」

 

 日向がいつもしているように、メイも感じた疑問をそのままぶつけた。

 

「写真撮るから見てみてください」

 

 カシャッとシャッター音。魅せられた画面は、メイをよこからとった写真だった。

 

 

「―――あ」

 

 

「メイさん、ちょっと重心が後ろに寄ってますね。バンド、確かギターでしたっけ? めちゃくちゃ頑張ってたんですね。それで若干くの時の体勢になってるんで、腕が前側に倒れてます」

 

 あと弦を触るときに下を向いていた時期が長かったのだろう。若干の猫背。

 まさに一目瞭然だった。ただ腕をまっすぐに上げるという行為ですら、メイの頭のイメージと実際の動きに乖離があった。これが踊りだったら本当にひどいことになっていただろう。百点満点やったー、と思っていたら赤点ギリギリでしたといったかんじか。

 

「ウチの練習は、この自分のイメージとリアルの差をゼロにすることから始めてるんです」

 

 実際、そういうイメージとの乖離を起こさせないために、巨大な鏡やインストラクターという第三の目があるのだが、日向はこれまでそういう存在がそばになかった。だから自分で何とかする方法を見出した。それがこれなのだ。

 写真や動画にとって自分の動きを見返して、ひたすら修正。

 

 ここでいう『動き』はダンス全体のことはもちろん、その前、いや事前準備の方が本命と言っていい。腕の角度、位置、向け方。手のひらを向けるポイント、二の腕、手首、指先、肩、首の角度、腰の位置、ひねり、足、膝、足首。エトセトラエトセトラ。

 

 『挙動』に関するすべてを客観視し、修正したのだ。

 

 すべては、自分の中に思い描いた『最強』を己の身に降臨させるために。

 と、言ってみたモノの、日向がやっていることは、基礎中の基礎、『身体操作』のトレーニングにすぎない。

 

 例えば、サッカーのボールを持ってのフットワーク、野球や卓球・テニスの素振り、楽器演奏の音階チェック。これらと何ら変わりない。

 違うのはただ一つ、『濃密さ』。

 

 どこぞの会長のネタをパクるつもりではないが、今では二時間と少しで終わっているが、初め、このトレーニングをし始めたころは、全てをチェックするだけで日が暮れていた。やりすぎて、全く帰って来ないことを心配した母、ヒヨリが公園に向かいに来たほどだ。

 

 常人が聞けば気でも触れたか? やっぱ頭おかしいだろ。修行僧かよ、なんてツッコミもあっただろう。

 

「あー、でも、私の歌とか楽器の練習もそんな感じだし、案外似てるのかもね、私たち」

「メイさんとウチがッ⁉ やったーー! 嬉しい嬉しい! 大好き、あいらぶゆーや!」

 

 残念ながらメイも、ある意味ブッ壊れているのでそんなことにはならなかった。

 

 

 でなければ高校二年生で『楽器全部弾けて、歌も超絶上手いです』なんてバグキャラが生まれるはずがない。……中学二年でプロすら目を見張るダンスを独学で踊れる奴が主人公だから今更だろって? そこは日向マコがバグにバグを起こした太陽ちゃんなので仕方がないですね。

 つまるところ、このレッスン室には、常人代表のツッコミ役が不在なのだ。悲しいね。

 

「今度は、メイさんの歌の練習方法教えてくださいよ」

「良いよ。えっとまずはね……」

 

 講師と生徒の立場が逆転して、レッスン室でマンツーマン。

 

 

 さてここで話をひとつ。

 よく、芸術家は狂気の沙汰だと、芸術と狂気の狭間にあるのが傑作、と揶揄される。

 しかし、思うに、音楽や舞踏などを極めようとする芸術家そのものの存在が狂気なのだ。なんせ元々芸術なんてものが、狂気が別の形で発露したものだというのに。それを無から創り出そうと考える奴の、考え出した奴の気がしれない。

 

 

 クリエイター? アーティスト? アイドル? バケモノの間違いだろ。

 

 

「なるほどなぁ! 確かに一音ずつ確かめてから、自分の得意な音域とかを調べて歌った方が上達しやすいな」

「そうそう、モチベーションの継続にも繋がるし、歌っているうちに次の音域にいくキッカケとかにもなるから」

 

 しかし、まだこれでも狂気が生まれるだけならマシな方。

 もっと最悪なのは、気の合うバケモノ同士が出会ってしまった時だ。

 狂気と狂気が混ざり合い、更なる進化を遂げて、―――『混沌』が生まれる。

 

 そのありかたは、小惑星同士が衝突して、一つの大きな惑星になっていくという、星の形成にも似ている。が、似ているだけであって、こっちの方が、他の人が後で気づいた時に『あ、これっヤバイ、ヤッッバイ』と収集がつかなくなっていることが大体なので凶悪さは段違い。

 

 そうして彼女たちの焔はさらに、さらにさらにと燃え盛る。

 

 日向とメイはキャイキャイと楽しそうに話しているが、もしこの会話を他の『B小町』のメンバーが聞けば、

 

 

『そんな人間卒業検定最終試験なんてできるかバーーーーカ! 二人でやってろ人外ども』

 

 

 と本気で匙を投げているだろう。

 

 

「でも、これだと『歌う』と『踊る』で練習時間足りないよね?」

「そんなら『歌いながら踊る』ように改造すればいいんですよ!」

「マコちゃん、ナイスアイディア!」

「せやろ?」

 

 

 

 おい、速く誰かこの二人止めろよ。

 

 

 




まぁ、太陽の子だからね、しょうがないね。

次話では、ついに太陽の子と星の子がっ⁉


ってところまで行けたら行きます。

2023/06/07 日向のダンスを「目を引く」という描写から「目を見張る」に変えました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

9/55 Deadly sins: Ft. Wrath / 太陽ちゃんはお星さまをみるのです

更新遅れて申し訳ありません。


 

 はてさて、太陽ちゃんと火の鳥ちゃんが人外レッスンを開発して二週間。全体レッスン以外で『B小町メンバー』が揃うこともなく。なんなら練習が始まるまで仲良くみんなでおしゃべり、なんてこともあるはずもない。

 

 レッスン開始まで準備運動をする日向マコと赤星メイ。

 の二人がやっている人外運動を見てドン引きする渡辺キタホと高峯メイカ。

 そんな様子を遠目で見る伊熊ルミカと、四ノ川カナン。

 そしていつも仕事の関係でギリギリに来る星野アイ。

 

 チームで団結なんて鼻で笑うレベルの壊滅的関係だった。

 しかし、不和や不仲があるというわけでもなく、あくまでビジネス上のライクができる程度の亀裂に留まっていた。空気が悪い、とは言い難いが決して良くはない。無関心、という言葉が適切だろう。

 

 さて、そうして着々とお披露目ライブへの準備が整い、本番まであと四日。今回のお披露目ライブの目玉はもちろん新メンバー……ではなく、新メンバーが加わったことで絶対的センター様がどう輝くか、だ。

 

 もちろんひと悶着はあった。なんせ新メンバーよりもアイの方がセンターに居座る時間が長いのだ。いくら『アイのためのグループ』といはいえ、これではお披露目ライブという名の、ただのいつもの『B小町』のライブでしかない。

 

『斉藤社長、これではせっかく入ってくれた日向さんや赤星さん、伊熊さんに四ノ川さんも可哀そうです』

 

 全体レッスンが終わった後、斉藤壱護に苦言を呈したのは―――意外や意外、ツインロールが揺れる渡辺だった。人が少なくなった事務所の喫煙所で一服していた斉藤はダルそうに、噛みついてきた飼い犬を、見下して、タバコの火を消した。

 

『ファンが求めてんのはあくまでアイだ』

『知ってますよ。そんなこと』

 

 胸を抉られるほど、よく知っている。

 

『じゃあ言わなくてもわかんだろ。客が求めている商品を出す、ビジネスの基本だ』

『でもっ!』

『なぁ、そこそこの地下アイドルの新メンバー目当てに来る奴がどれくらいいると思う?』

 

『―――』

 

『ラジオや地方のキー局で宣伝した今でも、小さなファンコミュニティで話題になっている程度だ。新しい客なんて物珍しさに来た冷やかしか、新メンバーの身内のどっちかだ』

 

 地下ライブのチケットはそう安いモノでもない。数も少ない。少ない売り上げで次のライブ上、交通費、人件費、衣装代、エトセトラを捻出しなければならない。勿論そんな大金、たった一度の小さなライブでは到底足りるわけがない。

 

『それによぉ、そういうことは、稼ぐ立場になってから言えよ』

 

 なら、足りない分はどこから補填しているか? 言うまでもない。『B小町』の絶対的エース様のタレント料だ。

 渡辺は疑問に思わなかったのだろうか? アイはいつもギリギリにレッスンに顔を出している。いつもはがれかけのコスメを顔にしたまま、みんなと踊っている。終われば、すぐに次の現場。

 こんなハードスケジュールをこなしているアイにおんぶにだっこに飽き足らず、さらに文句なんてどの口が言えるだろうか。

 

 無論、アイを目当てにライブに足を運ぶ客が増え、それによる知名度の増加が新たなタレント起用を呼び、それによってアイ目当てのファンが、なんていうサイクルは悪循環でしかない。しかし斉藤はアイの光に目がくらんでいるから気付いていない。

 

 いや、気付いていないふりをしているが、負債は後回しに。いつか必ず、どこかで、思いもよらない形で返済を迫られることはわかっているが、やめられない。

 なんせ事実として知名度は跳ね上がり、金は生まれている。

 

 そしてビジネスの世界において利益は絶対の正義だ。

 おどろくほど目に見える、嘘だらけの世界で唯一の真実の勝者。

 

『話は終わりか? んならライブ当日も頑張んな』

『……はい』

 

 敗者は、ただ頭を垂れるしかないのだ。

 去り行く背中に震える声が虚しく散る。

 いつもは気高い彼女、しかしどうにもロールのツインテールが心細い。

 拳の握る力が強くなる。肉に食い込む爪の痛さは、彼女しか知らない。

 

 

 

 知ることはできないが、今までの会話を階段下から聞いていた日向は、―――どうしようもなく怒っていた。

 

 

 

「いよいよ今週末だね。日向ちゃん」

「うん」

「どうしたの? 元気ないね。何かイヤなことあったの?」

「いんや、ただ絶対負けられへんなって思ってるだけ」

「よくわからないけど、日向ちゃんがここまで真剣なのって見たことないから。相当なんだね」

「うん」

 

 放課後、同じクラスの高峯クラハとともに帰る日向に、いつものような快活さはなかった。ただ、そこには燃え滾る熱があった。燻ぶる烽火があった。

 いまにも爆発しそうな、焔の気配が濃密に。

 

 クラハが知る限り、こんな状態がもう三日は続いている。

 授業中も何かを考えているのか、先生にあてられても上の空。放課後の付き合いも格段に減り、ファンクラブでも何かあったのかと大騒ぎだった。

 

 いつも賑やかな日向様はどうされたのだ? でも、そんな寡黙な日向様も好き。

 あの方が笑顔じゃないなんて、明日世界は終わるのか? でも真剣な横顔素敵だわ。

 もしかして会員ナンバー一番の会長が言っていたアイドル加入に何かあったのでは?

 

 ちょっとまて、アイドル? 我らが日向様はアイドルになられたのか? デビューはいつだ? どこのグループだ? チケットはいつ入手できるのだ?

 と、熱狂する鎮静させるためにクラハが労した時間はすさまじかった。なんせメッセージアプリの通知が昼夜問わず鳴りやまなかったのだ。その上、加入するアイドルグループが分かった瞬間にチケットを買い占めようとするバカまで現れた。

 

 そのファンメンバーに対しては小一時間ほど説教した。自分もしたかったのに、断腸の思いでクリックする指を止めたのに。という邪念はない。ないのだ。ないと言っている。

 

「ウチ、頑張る」

「―――」

「だから、特等席で視といてな。クラハん」

 

 ―――あぁ、この人は、ホントにっ。

 

「ずるいよ」

「ん?」

「日向ちゃんはずるいよ。そんなこと言われたら、ずっと、ずっとずっと見ていたくなちゃう」

「そう? んなら、もっとウチは頑張れるわ。だって、クラハんが見てくれるって言うたからな!」

 

 よぅし! 元気めっちゃ出たーーーっ! これからもっと練習するでぇ! とどこまでも照らす声が木霊する。いきなり叫び駆けだした日向のどこの琴線に触れたのかはわからない。分からないが、クラハはいつもより、いつも以上に久々の笑顔を浮かべた日向の姿を見れば、そんなことはどうでもよくなった。

 

 それに、自分のために、なんて遠回しなプロポーズにも聞こえることを大声でのたまったのだ。なんの文句が言えようものか。

 やっぱり、日向の尽く灰燼に帰す灼熱も好きだが、皆を等しく照らしてくれる温かな光の方が、クラハは好きだった。今の方が、ずっとずっと、人らしい。振れる距離に彼女がいると感じられるから。そんな、エゴの気持ちも少しだけ。

 

「この後、またレッスン行くんだっけ?」

「せやで!」

「今はまだ言うしかできないけど。頑張って、応援してる」

「うんっ! チケット、あげるから絶対に来てな」

 

「もう買ってる」

「えぇッ⁉ ウソォッ」

 

 ほんと、いいリアクションをしてくれる。こんなににぎやかなんだから、愛くるしくてたまらないのだ。クラハも、誰もかれもを巻き込んで笑顔にしてくれる。なんでもない街道でこれだ、ステージに立ったらどうなってしまうのだろう。楽しみでならない。

 

「ほーら、練習あるんでしょ? 早く行かないとだよー」

「あー、クラハんはぐらかしたな今ァ」

「えー? どうかな?」

「ぐむむむ」

 

 休憩時間、時間を潰すためだけに読んできた本も嫌いではないが、クラハは今の方が断然好きだ。それこそ、いつか彼女の全てを動画に納めて、自分のカメラで撮って、編集してみたいと思うくらいには。

 アメジスト色の焔が、クラハを包み込んでくれる。

 

 それが、どうしようもなく心地よかった。

 

「はぁ、また明日聞くからな」

 

 むくっと頬を膨らませる日向に惹かれてしまう。

 

「また明日ね」

「うん、明日。―――クラハん!」

「なーに?」

 

 駆けだした日向、遠くに行っているのに、近くに感じられる不思議。沈む夕日にも負けないほど彼女は明るかった。

 

「行ってきます!」

 

 とても、とても明るくて、目を細めてしまう。

 顔も、赤くなってしまう。

 

「行ってらっしゃい!」

 

 隠すように大声を返すしか、クラハはできなかった。

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

「日向ちゃんって、バケモノだよね」

 

 クラハと、聞いているだけでも心が温まる『またね』をして三日。

 一日ごとに、ジリジリと『B小町』の新メンバーたちのボルテージが、マイペースオブマイペースのルミカはさておき、上がってきている。さてやっと明日だと、誰かが息飲んだ時だった。そんな大事な時に、一番星さまは太陽ちゃんに向かってそんなことをのたまいやがったのだ。見てみろ、レッスン室が『えぇ……』の困惑で一杯だ。ルミカは欠伸をしているが、まぁいい。

 

「何言うてんねどつきまわすぞ」

「えー、こわーい」

「はぁぁ?」

 

 メイも含めて全員がまた、『えぇ……』と困惑した。ルミカは(以下略)。

 レッスン前後にすぐにいなくなるとはいえ、日向もアイとは休憩時間にちょくちょく話していた。日向が話に行っていた。人を知るためにコミュニケーションは欠かせない。『おはよう』から人間関係は始まるのだ、というのは日向家の家訓。もちろん日向マコもその家訓に準じていた。なんなら家族の仲で一番実践している。

 

「だって、レッスン中に息切れしているところ、わたし見たことないし」

「仕事もあんのに、みんなについてきてるアイさんの方が十分バケモンやで」

「要領がいいって言って欲しいな」

 

 しかし、何回か会話する中で、日向はアイに対しての言葉使いは雑になっていった。敬意がなくなったからではない。いや、むしろ彼女を知るごとにそれは増していく。増していったからこそ、親近感がわいた。

 

 それに敬語で話すと一瞬悲しそうな顔をする。

 だから、日向はアイに対して敬語は止めた。

 届かぬお星さまではなく、ただ一人の先輩アイドルとして接することに決めたのだ。

 

「全員いなくなった後に隠れて練習するバイタリティーがすごい言うてるんよ」

「……見た?」

「? フローリングとか見たら分かるやろ。一か所だけやたら磨かれてるんやから」

 

 分かるかバーーーーカ。日向以外の心が一致した。

 

「よく見てるんだね。すごいなぁ」

「見るよ。だって、追い抜かしたいもん」

 

 斉藤の傍にいつもいる女性、ミヤコといただろうか。『B小町』のマネージャーとしても働いている、かどうかは微妙だがとにかく、日向は彼女に今までの『B小町』のライブ映像を貸してもらったことがある。

 

 敵を知ればなんとやらという言葉があるように、日向はまず知ることから始めた。アイも含めた渡辺キタホと高峯メイカのこれまで、あ、高峯ってクラハんと同じ苗字や、関係あるんかな? とも今さら。

 

「だってアイさんも、キタホさんも、メイカさんも、毎回毎回、新しいライブごとにめちゃくちゃすごくなってた」

「もしかして過去のライブ映像でも見た?」

 

「うん。自分のことどう見えてるかもそうやけど、基礎的なダンスの伸び方がすごかった。めちゃくちゃ練習したんやと、見ただけで分かった」

「照れるね」

「すごいんはすごいって認めないと、何も始まらん」

 

 それができないから妬み嫉みに恨みつらみが湧きあがるのだが、日向には知ったこっちゃない。ちなみに、夜〇時から始めて、気が付いたら朝陽が昇っていた、といういらない話があったりする。もちろん、ヒヨリにゲンコツを喰らった。

 

 いや、今はそんなこと舞台袖にでも置いておこう。

 

「でも、目が悪けりゃ、何がすごいんか、どれくらい時間かけたんかが分からんなる。他人の『すごい』が見えんくなるのは、損や」

 

 日向の言い分はある意味的を射ている。

証拠に、目の良い人は速く成長するという言葉を聞いたことがある。

目が良いとは、つまるところ第三者から見た評価の具体性が上がるということだ。特に創作者であれば自分は今、目標としている作品と比べてなにが劣っているか、逆にどこが優れているか。たどり着くまでに何日かかるか、どのような訓練をすればいいか。

 

 評価の具体性は、ゴールまでの道筋を明瞭にすることと大差なく。

 

 ゆえに、日向は『視る』のだ。喰らうべき獲物の全てを、燃やす対象の全てを見る。

 というかそもそも、他人のことすら正しく見れぬ輩が、自分の動きを見て修正なんてできるはずがない。

 日向にとって、『みる』ことは己の最大の武器なのである。

 

「だから、アイさんの努力も、強さも、全部見るんよ」

「わたしの、全部」

「うん。そんでいつかはセンター、奪うんで覚悟しといてや」

 

 力強くうなずく日向。反対に、アイはどこか挙動不審に、でも嬉しそうに笑った。例えるなら、親にバレて欲しいことを楽しみにするイタズラ大好きな小さな子供のよう。

 

「そっか、それは楽しみだな」

 

 笑顔は、星のまたたきなんて遠く及ばない、普通のものだった。

 だけど、そんな顔を、キタホも、高峯も見たことがない。

 それはただのおさなごみたく笑った、少女の素顔だった。

 

「でも、負けないよ」

 

 でもそれはまばたきすら許さない一瞬の出来事。

 今はまだ、今はただ、陽炎が魅せた幻想なのかもしれない。

 

「ぽっとでの太陽なんかに、わたしは負けない。―――だって、私はさいきょーのアイドルなんだから」

 

 それでもいつか、今さっき垣間見た少女とおしゃべり出来たらな。なんて、日向は願う。

 そのためにもまずは、兎のぬいぐるみを被った一番星さまを地に堕とさなければならない。だって太陽は、夜空に座する貴女の手を握りたい。

 

 それに、虚空に独りで輝くだけなんて寂しすぎるでしょう?

 

 

 

  あぁ、怒りが沸き立って仕方ない。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

10/55 Deadly sins: Ft. Wrath / 怒りの魔女・太陽が堕ちる日

ライブ編いっくぞー


 

 

 日向マコはこれまでの十四年間、一度だって舞台に立ったことはない。

 幼稚園や、祖母の目の前という意味では何回かあるものの、二十人以上の観客になんことは今日が初めでだった。ましてや、特別な衣装を着てなんてもってのほか。

 

 あぁ、手を包む紫の手袋が震えてたまらない。

 普段なら絶対着ないフリッフリでガーリーなアイドル衣装が馴染まない。

 己の目と同じ紫を主軸にしたドレス、身体の震えがスカートの端にも伝わってとまらない。

 

 歓声が、聞こえる。

 観客の姿が、見える。

 喉の奥が、知らずの内に乾く。

 舞台袖からでも、熱気が伝わる。

 

「ステージは始めて?」

「うん。思ってたより、―――怖い」

「大丈夫」

 

 赤星メイはバンドで似たような経験がそこそこあるのだろう。かつての自分を思い出すように、震える手を包むように、黄色の手袋が日向を包む。

 緊張なんて微塵もない、経験者としての威厳だった。ペンギンの髪飾りをしているから、どうにも締まらないのはご愛敬。

 

「日向ちゃんなら、大丈夫だよ」

「うん、うん。これまで一杯練習してきたんやし。いける」

 

 いける、いけると自分を言い聞かせるように呟く。

 ただの少女のように怯える日向を、メイはただ見ていた。そうだ、この子はまだ中学生なんだ。まだ遊びたがりで、世界のことなんて全く知らない青い果実なのだ。自分よりも小さな、小さな太陽ちゃんだということに、メイは今更になって気付かされる。

 

「ようし、全員そろっているな? んじゃ、最終ミーティング、っつっても、ひと言だけだけどな。えー……」

「その話長い? カットとかできない?」

「アイ、話の腰を折るんじゃねぇよ」

 

「だってひと言っていっていつも結局長くなるじゃん」

「キタホとメイカとお前以外は初めてだっての」

「あ、そうか」

 

 はて、いつから漫才でも見せられていたのだろうか。日向も、四ノ川カナンも、緊張でどうにかなりそうだというのに、これではその緊張もどこかにいってしまう。気が付けば日向の顔に笑み。ふるえは止まっていた。

 

「ともかくだ。日向マコ、赤星メイ、伊熊ルミカ、四ノ川カナン。お前たちにとっては『B小町』になって初めてのライブになるわけだが、気負いせず行ってこい」

「そーいうのって逆にプレッシャーになるんじゃ?」

「いらねぇこと言うんじゃねぇよ」

 

 あぁ、この2人は本当に仲が良いのだろう。本当に、家族みたいだ。なんて日向は思ってしまう。それほどに、アイと斉藤のやり取りは日常的だった。

 

 ほら、首をこてんとするアイに向けてデコピンをお見舞いするところなんて父親と娘そのものだ。……どうやって髪のセットを崩さずに痛いデコピンを放てるのか、後で聞きに行こうか。なんて考えるほどには、余裕ができていた。

 

「時間だ。ほら、お前ら全員行ってこい」

「はいはーい」

「はい」

「は、はい」

 

 アイはいつも通りに、渡辺と高峯はどこか力なく。

 

「それじゃーいこぉー」

「これが、私の初めてのっ」

 

 ルミカはのんびりと、カナンはまだどこか緊張の取れていない様子で。

 

「じゃ、行こう、日向ちゃん」

「―――はいっ!」

 

 メイと日向は、舞台に一歩、踏み出した。

 

 

 そして定位置に。

 音楽が止まる。

 照明が消える。

 歓声が止む。

 息さえ。

 

 

 

 誰もかれもの存在すら線引きがあいまいになる暗闇の中、不動のセンター様であるアイは思う。

 センターの自分から見てひとつ左にいるアメジストの太陽。いつかはセンターを己から奪って見せると豪語した活きの良い新人さん。

 

 オーディションや、レッスンの合間でさえ彼女の動きに魅了されたことは数知れず。本当に、すごいと思う。心の底から、ワクワクする。

 退屈がひっくり返るほどの衝撃を受けた。

 冷や汗だって何度したか。

 

 

 ―――でもね。

 ―――それでも、まだ、貴女はまだ勝てないよ。

 ―――このステージ(夜空)の一番は、……わたしだ。

 

 

 そして、帳は降ろされる。

 

 

『あ・な・たの、アイドル サインはB~~! Chu!』

 

 

 暗闇の宇宙に、一等星が輝いた。

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 ―――おかしい。

 

 日向が異変に気が付いたのは、四曲目の序盤だった。

 震えはない。舞台袖でメイが取り払ってくれたから。

 動きは悪くない。むしろ初めてのステージで、どんどん調子は良くなってきている。自信をもって、過去イチだと胸を張れる。イメージとリアルの差はほぼないと言っていい。

 

 思考は明瞭。二曲目のCメロあたりまであたふたしていたが、アイが新加入メンバーの紹介をしているあたりで立ち直った。

 目の調子も良好。わざわざ休みを取ってきてくれたのだろう、客席にいる母と姉の姿も見える。どうやらクラハも、あと何人か知った仲の学友も来てくれている。

 紫のペンライトも、数は少ないとはいえ何本あるかまでキッチリと。

 

 二たびいうが、日向マコの調子は現在進行形で絶好調だ。

 

 だからこその不自然。

 

 ―――どうして、こんなに見られてないんや!

 

 見て、見て、見ろや、見てくれ。

 そう焦るほどに、白けていく観客の目が辛かった。

 誰もが、自分ではなく、少し右の兎さんを見ていた。

 空に輝くお星さまを、崇拝していた。

 

「それじゃ、いっくよ~~~!」

 

 そして、とびっきりの大嘘つきが会場を支配している。

 なんだ、なんなんだ。

 メイや日向が『見て』と音楽に気持ちをのせるたび、逆に恥ずかしくなる。

 

 まるで、一生懸命あれやこれやを駆使して絵画を査定している横で、すらりと現れた貴婦人がさらりと値段を言い当て去っていくような虚無。

 いや、自分たちは成り金よろしく宝石や真珠に金を身に纏ってでもと必死に振り向いてくれる人を探す中、ただ花をめでている横の女性に全員が目を奪われているような、いいようもない恥ずかしさ。

 

 つまるところ、どうしようもない敗北感が日向を、メイを襲った。

 

 

 しかしこれも当たり前の話。

 アイは、今まで二年もの間、このグループを引っ張ってきた、引っ張り上げてきた人物なのだ。どうして今日ポッとでた新人に、違う畑で育った中途に負けることがあるだろうか。

 

「次の曲は~~~?」

 

 経験も、プライドも、全て、総て、すべて賭けてアイは今この場に立っている。

 愛せなくてもいい、愛を知らなくてもいい、全部嘘でもいい。

 嘘つきなお前に、アイドルは天職だと斉藤は言ってくれた。

 嘘付きのままでいいと言ってくれた。ろくでもない生まれで、ろくでもない生き方をしてきた自分を初めて肯定してくれた唯一の存在なのだ。

 

 だから、『愛してる』の嘘が本当になるいつかの日まで、自分を見出してくれた斉藤を裏切るわけにはいかない。負けるわけにはいかない。

 だから、センターなんて絶対に譲ってやんない!

 

 ―――これが、わたしにできる親孝行だから。

 

 だから……星は人のために輝いていられるのだ。

 

「そうだ、アイ。『B小町』のセンターが誰か、生意気な後輩に教えてやれ」

 

 舞台袖の奴隷は、アイの気持ちを知らないけど、アイドルとしてのアイを、彼は全幅の信頼をよせるのだった。あるいは、それこそを信仰だというのだろうか。

 ステージが、更に熱狂を苛烈にしていく。

 

 中心は、やはり天性の星を宿したアイドル様だった。

 

 

 

 

 

 ―――クソッ

 

 怒りが、湧きあがる。これまで経験したことのないほどの猛烈な熱を伴ったマグマが沸き立つ。

 

 ―――クソッッ

 

 怒り、怒り、怒り。

 何に? 見られないという虚無? どうしようもない敗北感?

 それともあんなに宣っておいて完敗という絶望?

 

 ―――クソガァッ!

 

 否、否、否だ。

 日向マコは、自分に対して憤っているのだ。

 

 

「日向ちゃん……」

 

 

 クラハの、心配そうな声。姉の不安そうな顔、母の優しそうな目。

 悔しくて、悔しくて仕方ない。ただ、自分を見に来てくれたファンを心配させたという事実が、心底不甲斐ない。

 

 断じてそんなことを言わせるためにアイドルになったわけじゃない。

 こんな顔をさせるためにステージに立ちたかったわけじゃない。

 

『マコは太陽の子だから、たくさんの人を照らしてあげなさい』

 

 ただ驚かせたかった、満足させたかった、応援させてやりたかった。

 ひとえに、笑顔にしたいだけだった。

 その一番の近道がアイよりも目立つこと、センターを奪うことだと思っていた。

 

 しかし今、もうそんなことはどうでも良い。そういう話以前の段階だ。

 『B小町』のメンバーですらなく、お星さまを引き立てるためのバックライトでしかない自分が、どうしようもなく許せない。

 

 ―――あぁ、クッソ。ホンマに、怒り狂いそうやわ。

 

 

 

「今日のライブは以上となります。それじゃ、みんな、また次のライブで!」

 

 アイが音頭を取る。

 

 

『B小町でした!』

 

 

 お辞儀をしてステージから下りる寸前まで、自分はアイドルとして体裁を整えられていただろうか。日向は自信がなかった。

 

 そしてギリッ、と日向、ではなくメイが下を向いて噛み締めている。

 彼女に至っては今日が初めての舞台というわけでもない。客へのパフォーマンスの造形はそう変わらないはずだ。なによりも、自分はアイやマコとは二年も先に生きている。社会に出ればたった二年。されど青春期の色濃い二年。

 

 それでも、アイはおろか、始まる前は震えていたマコにすら遠く及ばなかった。

 彼女は今どんな顔をしているのか、それはメイ自身しかしらない。

 

 

 ただ、今日この日二つ言えることは、日向とメイはたった一人の星に蹂躙されたこと。

 

 そして日向マコが、人生で初めて挫折を味わった忌まわしき記念日。太陽の光すら届かない、深淵のそのまた下のどん底まで突き落とされた、落陽の日だということだけだ。

 




まぁ、これで勝っちゃったらストーリー終わっちゃうからね


6月7日23時58分、使用楽曲コードを間違えていたので、修正しました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

11/55 Deadly sins: Ft. Wrath / 怒りの魔女と太陽の家族

前半シリアスです


 

 

「ねぇ、アンタ最近ちゃんと寝てないでしょ。隈隠しきれてないわよ」

「……あれ、そうですか? 毎日八時間ぐっすりですよ? 渡辺先輩の見間違いやないですか?」

 

 初めてのライブから一カ月。何度か地下のハコでライブを経験して八月下旬。あともう一週間もすれば二学期が始まる今日この頃に、今日も今日とてライブを一つやり終えたあとの今だった。

 

 ライブを終えて、事務所に帰ってからのミーティング。そして解散を言い渡されたところだ。

 もちろんライブでアイに勝てたわけもなく。一回一回、キッチリ心を折られていた。

 

 当たり前の話だが、日向マコも赤星メイも、何も手を打たなかったわけではない。

 

 あのライブが終わった後も、練習をした。

『……よぅし、まだまだ一回目や。次のライブではウチが一番になったるでぇ!』

 誰もいない、独りっきりのレッスン室で空元気。

 

 二回目のライブ、ペンライトは眩しいほどの赤ばかり。

『……ウチの練習が足りんかったやんや、やからもっと!』

 

 三回目、赤の大海原。

『……、……もっと』

 

 四回目、赤、緋、朱。

『……、……、ははっ』

 

 五回目。

 もう、言わなくても分かるやろ?

 

 

 ライブで撃沈した後もお構いなしに襲い掛かってくる定期テストを打ち倒した。その間にも練習は続けた。

 夏休みに入って、もっと練習時間を増やした。みんながプールにイベントにと脚を運ぶ中、レッスン室に籠ってイチから自分を見つめなおした。

 

 ライブを重ねるごとに、ダンスの質が上がっているのは自分でも感じていた。だけど、見てくれる人は増えなかった。いや、むしろ……。

 練習、見て、失敗、改善。積み重ね、客観、挫折、もう一度。

 

 繰り返すたびに心がすり減る。

 度重なるごとに、芯は削れていく。

 後に残ったのは、太陽に憑かれた亡霊だった。

 

 六、七と積み重ねても、出口はおろか、輝きへの道筋は曇るばかり。

 ただただ、立ちはだかる壁の厚さ、高さ、頑丈さの前に立ち尽くすだけ。

 陰り、曇り、影が差す。太陽の表面には日に日に黒点が増すばかりだ。

 

「日向って、他人のことはよく見る癖に、自分のことは全然見えてないのね」

「……あ?」

「今の顔、鏡で見てきなさいよ。そのままなら。アイどころかアタシにも負けちゃうわよ」

 

 少し肩の力でも抜いたら? と、ペットボトルを投げられた。

 スポーツ飲料水の冷たさが受け取った手に伝わる。

 

「明日休みなんだし、どっか行って来たら? じゃーね」

 

 そういって、渡辺は背を向けて帰って行った。あとに残ったのは日向独り。

 いつもなら居残りレッスン。だけどさすがにそんな気分には慣れなかった。

 

「……帰ろ」

 事務所を出て一口飲む。

 ぬるかった。

 

 陽が落ちて夜に差し掛かったころ。いつもは軽やかに駆ける歩道も、今日はさすがに歩いていた。走れないわけではない。脚を怪我したわけでもない。ただ、気乗りがしないのだ。足首に枷がつけられて、大地に縛り付けられる感覚。

 

 大空にはばたくことすら許さず、太陽のように空に鎮座することなんてもってのほか。敗者はただ星の光に砕かれていろと言わんばかり。

 

 

「今日は、電車、使おうかな」

 

 

 日向は、初めて事務所近くの駅を使った。

 

 帰宅ラッシュに夏休みも相まって、イベントが近くであったのだろう、電車の中は人だらけだった。ガタンゴトンと揺れるごとに身体が引っ張られてゆらりゆらり。電子アナウンスが流れるごとに、人の出入りにながされそう。

 

 人ひとヒト、そして日向もその一人。

 アニメにすれば、顔すら描かれることのない乗車客。

 ただの、影のヒトカケラにすぎなかった。

 

 家の最寄りに着いた時も、なかなか降りれずに乗り過ごしそうになった。

 日向は声を出したはずなのに、なんて言ったのか、よく覚えていなかった。

 漫画の吹き出しに押しつぶされたような、呻きに似ていたと思う。

 

「ただいまー」

「おかえりー、今日は遅いね」

 

 家に帰って、日向マコの声に返答したのは母であるヒヨリ、ではなく姉の日向チハルだった。どうでもよさそうな声音が特徴的で、これでも映画関連の会社で働いている。

 

 どうやら、最近上司のとある人物にお熱らしい。たしかごはん……なんとかだったはずだ。マコも母と一緒に弄ったから何となく覚えている。

 

「ライブどだった?」

「来てたくせに聞かんでよ」

 

 あとは、母親譲りの関西口調のマコとは違い、チハルは父親譲りの、あとはこっちで働いているからというのも関係しているのだろう、きっちり標準口調なことか。まだところどころのイントネーションは抜けていないが。

 

「よく見てんね」

「ちゃんと見てるよ。当たり前やろ」

 

「今の自分のこと、見えてないくせにね」

 

「―――」

「あれ、図星?」

「メンバーの人と同じこと言われた。キレていい?」

「冷蔵庫にアイスあるけど、いらないなら」

「……いる」

 

 母、ヒヨリに対するマコの態度を見れば、仲が悪いのかと邪推する人もいるだろう。

 が、特段が悪いわけではない。むしろ六歳も差があるのにもかかわらず休日に一緒に服を買いに行くくらいだ。良好だといえるだろう。

 

 ほら、汗を流すために風呂に入ってすぐアイスを手に取って、迷わず姉の横に行くくらいには、マコはチハルのことが嫌いではない。

 ただ、いまは少しだけ、ほんの少しだけ気分が落ち込んでいるから、そっけないのだ。

 

「なにしてんの?」

「残業」

「持ち帰って?」

「持ち帰って」

「見せていいん?」

「ダメだけど。でも、マコは誰かに言ったりしないでしょ?」

 

「……うん」

「元気ないね」

「元気ない」

「そっか」

 

 マコの、姉に対する気持ちはこんな感じ。シスコンではないけど、まぁ仲はいいのかな? という微妙な感じだ。ちなみに、いつもは語尾にビックリマークつけながら、チハルに引っ付いている。

 

 イメージが付かないなら、『一緒に遊んで!』と尻尾をぶんぶんさせる大型犬を思い浮かべてくれたら相違ない。今は、飼い猫がPCの横にちょこんと座ってこっちを見ている風景を思い浮かべてくれたら大体合っている。

 そんなマコの飼い主側のチハルは、のしかかるマコを横目に変わらず作業を続けていた。どうやら事務作業的なナニカらしいが、マコにはわからなかった。

 

 そうしてしばらく、母、ヒヨリが帰ってきて、父も帰ってくる。

 四人で囲んだ食事の味を、マコはよく覚えていなかった。

 いつもより、全体の口数が少なかった気がする。

 

 

 

 家族も寝静まった深夜。

 マコは自分のベッドの上で、寝れずにいた。

 目を閉じれば、ライブのことを思い出すから。

 目を開いていても、あの時、あーすれば、こーすればと意味のないイフが頭をよぎる。カーテンを開いて気分転換をしようとしたこともある。けど、街の明るさが、夜空がライブのお星さまを幻視させた。

 

 

 吐いた。

 

 

 苦しい。今までの自分を全部否定されたような絶望が。

 苦しい。自分では満足させられないという虚無感が。

 苦しい、自分を見に来てくれた人が、いつの間にかお星さまを指指している事実が。

 苦しい、苦しい、苦しい、苦しい。

 

 挫折が、こんなに辛いだなんて、マコは知らなかったのだ。

 

「―――ォエッ」

 

 

 あぁ、今日も、一睡もできなかった。

 

 

 

 

 朝が来る。だけど今日はあいにくの曇天。昼からは雨も降るらしい。

 疲れなんか取れているわけもなく、のそりのそりと自分のベッドから這い出る。頭がボウッとする。何も考えたくなかった。今日はずっと家にいようかな。

 

 ―――きょう、いつものれんしゅうやめよかな。

 

 マコの目には、燃え尽きた灰しか映し出していなかった。

 

 

「マコ、今日ひま?」

 

 

 と、顔を洗いに行った時に横から声。母のヒヨリだった。

 いきなりの声。いつもはすぐさまとびつけど、今はどうにもおよび腰。

 

「暇やけど、どしたんおかーちゃん?」

「温泉行くで。今から準備しぃや」

「へ?」

 

 有無を言わせぬ圧。

 次、マコが気付いた頃には―――、

 

 

 

 カッポーーン

 

 

 

 ししおどしが風流に鳴る温泉に入っていた。

 あったかいな。

 いやされるな。

 あー、きもちええ。

 

「じゃなくって!」

「うわいきなり立たないの。びっくりしちゃう」

 

 県またいでの秘境に来ていた。いやほんと、瞬間移動なんてちゃちなモノじゃなくて、ほんとに時間が吹っ飛ばされた感覚だった。ほんと、気が付いたら身体を洗って風呂につかっていた。マコも自分でびっくり。

 

「お行儀悪いね」

「おねーちゃんはなんでおんの⁉」

「有給、いぇい」

 

 ぶいぶいとピースするチハル。こういうお茶目なところがあるのが一部の男性にすごく刺さるのだとかなんとか。聞いた時には打算がすぎるやろっ、と口に出してマコは突っ込んだ。まぁそれも年単位で続けているのは、もう自分の一部になっているからなのだろう。

 

「チハルが言ったのよ。マコが最近思い詰めてるから、気分転換にでもって」

「そんなこと、ウチには言わんかったやん」

「言ったら、練習が~とかいって逃げるでしょう?」

 

「ウッ」

 似たような前科があるから、母の鋭い指摘にはぐぅの音もでない。

 

「なぁ、マコ? アイドルになるって許した時、なんて言ったか覚えてる?」

 

 ランプが青から黄色になった。

 マコは、そういえば行く前、おかーちゃん関西弁だったような―――、というところまでは何とか頭がまわった。なんて言ったかまでは、悲しいことに時間切れでしたとさ。

 

 残念無念また次の機会。ランプは無情にも赤を示した。

 

「過度な無茶をしたら首根っこ止めてでも辞めさせる言うたでしょーが!」

「アイタァッ!」

 残念賞は、愛しいお母さまからの愛のデコピンでした。

 

 バチンッ、といい音を鳴らしてくれる。他のお客さんの目があるからこの程度ですんでいたが、家でならこれから正座させられて、うんぬんかんぬんあっただろう。まだ、これでもマシ、と思いたいけど思えないくらいに、ヒヨリからのデコピンは痛かった。

 

「辛いこと、あったんやろ? 言うてみ。言わな、伝わらんよ」

 

 お母さんは、あんたのくちから聞きたいんよ。そう、言葉を締めくくるヒヨリ。

 

 

 そこには母の厳しさがあった。

 そこには、母の慈しみがあった。

 そこには母の憂いがあった。

 そこには、母の優しさがあった。

 

 

 ただ、愛が、あったのだ。

 

 

「……風呂出てからでええ?」

「良いよ。先に出ておくから、ゆっくり、話を纏めてきなさい」

「うんっ」

 

 ヒヨリはマコの頭を撫でて、湯船から降りていった。

 カポンと、ししおどしが鳴る。

 

 

「一緒にいようか?」

「独りにしてっ!」

「つれなーい」

「ええからおねーちゃんは先上がっといて!」

「はいはーい」

 

 マコだって思春期の女の子なのだ。

 そういう気難しい時だってある。

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 さて、読者の皆さん。

 心理カウンセラーを受けたことがあるだろうか? いや、カウンセリングでなくとも、一度くらいは誰かに相談したり、愚痴や、想いの丈をぶつけたことはあるだろう。

 

 一つ質問をしよう。

 

 そういうとき、冷静に、あたかも自分に起きた出来事をさも他人事のように話すことはあったろうか? 

 一切のパッションを捨て、ただただ事務的に。感情なんてひとかけらだって見せずに相談。

 

 もしそんなことができる人がいるのなら、拍手を送りたい。

 

 

「だって、悔しい悔しい悔しい悔しいぃ! なんでアイより練習してるメイさんの方が負けんねんおかしいやろ! レッスンの時やったらメイさんの方がずぇ~~~~ったい歌もパフォーマンスも良かったし。それにくやしいのが、ウチのこと楽しみに来てくれたファンに微妙な顔させてるウチにめちゃくちゃ腹立つ! 推して良かったって言わせたい! 言わせられんのがはちゃめちゃ悔しいぃぃぃぃ! あ~~~もう、クラハんのこと笑顔にできんかったんすっごい情けない!」

 

 なんせ、こういうめんどくさい相談、愚痴、悔しい、辛い、悲しい、醜い、挫折の話なんてものは、―――往々にして話している間にビエンビエンのグズグズのグダグダにズビズビ、グラグラ、バラバラで要領なんて砕け散った感情丸出しになってしまうものなのだから。

 

「そう、それは大変ね」

 

 あー、風呂に入る前、いや家で聞いときゃよかった。と心底ヒヨリは思う。

 べつに、鼻水やら涙やらでせっかくの温泉成分が、というわけではない。

 そんなことよりも、娘のよくわからん方向の悔しがりの大音量が大衆の目に晒されているのだ。気まずくて仕方ない。温泉上がりのロビーで『なんだなんだ』と目を向けられるのがちょっと、ほんのちょっと嫌だった。

 

 ヒヨリもカウンセラーとして働いて、めんどくさい客が来たことはそう少なくない。聞いていて『うわうぜぇぇ』って思ったことも多々ある。大体聞かされる内容が、事実は小説よりもなんちゃら、といったどろっどろの話なのだ。

 

 

「心配させたくないおかーちゃんとか、おねーちゃんに心配させてるのが不甲斐なくて不甲斐なくて! 大好きやのに、なんも言えんのが辛かった! 初めてのライブ、せっかく来てくれたとき、もっと楽しませたかった! ごめん、ごめんなさい!」

 

 

 こういう挫折の話は愚痴交じりにということなんてテッパンと言っていい。

 しかし、こうも変な方向に自責の念が言っているタイプは見たことがなかった。

 

 いや、問題を詰め込むタイプで似たようなことはある。が、中身はおおよそドブみたいな厄ネタが満載だ。決してこんな清らかな、かどうかはわからないが変な方向のモノではないことは確かだ。

 聞いていて『えぇ……そこぉ?』と何度言いかけたことか。

 

「ほら、とりあえず拭きなさい」

「うぐぅっ、ありがとおかーちゃん」

「マコは昔から責任感強いから、ため込んじゃったのよね」

 

 実はというと、ヒヨリは初ライブから一週間過ぎたあたりで異変に気付いていた。

 気付いていて、止めなかった。夫にも相談した。

 

『あの子は挫折したことがない。今の内に経験させておいても良いんじゃないか?』

 

 それもありだと、ヒヨリも思った。

 

 それに、どこか過信していたのだ。マコなら私の手を借りずとも次の日にはケロっとしているだろうと。

 

 だって、いつも勝手に立ち上がる子だったから、と。

 

 いつの間にか夢を持っていて、勝手に練習し始めて、目をやらぬ間に上達して、気付いた時にはアイドル一歩手前、いや、この家では無敵のアイドルだった。

 

「涙、止まった?」

「もうちょっと、ティッシュちょーだい」

 

 

 でも、こうして背中に手を回していると気が付くのだ。

 まだこの子は、中学二年生。義務教育すら修了していない子供なのだと。

 

 

 ヒヨリが中学の頃なんて、毎日毎日親と口喧嘩していた。ちょっと気に入らないことがあれば文句を言って、なにも気に入らないことがあってもきつく当たって。何処にでもいるクソガキだった。親に感謝を伝えたのは、成人式の前日と、結婚うんぬんと時くらい。

 

 ほんと、言わないと伝わらないなんて、どの口がとも言いたくなる。

 

 

 ヒヨリ自身はもう、伝えることすらできないというのに。

 

 

 子を持って二十年。マコは十四年。

 つくづく、親としての至らなさに気づかされる毎日だ。

 

「ありがと、おかーちゃん」

「うん、よかった」

 

 いつの間にか、親としての喜びを与えられている毎日だ。

 

「ねぇ、マコ」

 だからヒヨリは、できるだけ自分の娘に幸せでいて欲しいと願う。

 

 

 

「もう、アイドル辞めない?」

 

 たとえ、自分が恨まれることになったとしても。

 

 




感想・評価、よろしくお願いいたします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

12/55 Deadly sins: Ft. Wrath / そして太陽は二度昇る

エタってすみませんでした。


「え、やめんけど? なんでそんな話になってるん?」

「………はぁ」

 

 日向ヒヨリは心底思う。さっきのシリアス雰囲気を返して欲しい、と。アンタ家出る時まで心がぶっ壊れる二歩前くらいやったやん、と。

 ここは、もっと、こう、なんだろう。言葉を交わして、想いを吐露して、やめるとか辞めないとかで心が揺れ動いて、でもやっぱり………というのが美しい流れなはずだ。様式美だ。

 断じて、『え、何言ってんのおかーちゃん?』とケロッとした顔で首をかしげられるのは違うと思う。

 ヒヨリは、自分の娘であるはずのマコのことが全然わからなかった。

 

 いや、違うか。たとえ親子であろうとも、言葉なしに分かり合うなんて不可能なのだろう。

 

「朝は死にそうな顔してたのに、立ち直り速くない?」

「いやっ、まぁ、せやけどさぁ。でもよ───」

 

 

「───おねーちゃんにおかーちゃん、それにおとーちゃん、家族みんなが支えてくれているってわかったから。いつまでも立ち止まってなんていられん」

 

 

「そっか。偉いねぇ。よしよし」

「おねーちゃん。うん、ありがとう」

 

 姉妹仲良く睦まじく。チハルはマコの頭を撫でてコーヒー牛乳をゴクリと一口。そんな娘たちの姿を見て、ヒヨリはやさしく、尊いものを見たかのようにほほ笑んだ。

 親だからこそ踏み込める領域があるように、姉妹だからこそ通じる何かがきっとあるのだろう。それがまぶしくて、温かくて、良いものだと、心の底から思うのだ。

 とはいえ───

 

「次、またため込んで体調崩したらわかっとるな?」

「………はい、わかりました」

「母さん、怖いよ」

 

 釘を刺すに越したことはない。あくまでも、いつでも帰ってきていいよ、休んでいいよと、空に踊るお日様に向けて呼びかける程度の優しい楔だ。

 もし二度目の落陽が訪れたら、その時ヒヨリは………

 

「とはいえ、これからどうするの? いっそのことあの『アイ』って子のバックダンサーにでもなる?」

「うーんとなぁ」

 

 過去の不和は解消した。マコ本人の若干のサイコ感ゆえというのは否めないが。いや、今はそんなことは舞台袖にでも置いておこう。いずれ、また……。

 今、目を向けるべきはこれからのこと。せっかくメンタルが目に見えて復帰したのだ。だからといって無策でまたステージに上がれば、星の輝きに苛まれるのは言うまでもない。チハルも、映画にでる俳優女優が同じ理由でスランプにはまってそのまま引退、なんて話は腐るほど聞いた。

 カウンセラーのヒヨリは言うまでもない。

 

 さてと、マコからどんな言葉が放たれるか───

 

 

「……いや、それもいいかもしれんなぁ」

 

 

 一瞬、静寂が訪れた。

 漫画ならきっと白背景でマコ以外が棒人間で描かれていただろう。

 

 

「なにか企んでるの?」

 姉は聞く。ニヤリとするマコの姿にワクワクしたから。

 

「うん、企んでる。でも、今は秘密。ハロウィンの野外ライブまで楽しみにしといて」

「無茶したら首根っこ捕まえるからね」

「大丈夫よ、おかーちゃん。だって、ちゃんと見てくれてるってわかったから」

「───フフッ、当たり前でしょ。だってマコも、もちろんチハルも、私のかわいい娘たちなんだから」

 

 そして紅茶を一口流し込む。頬がほんのり赤くなったのは、きっと温泉に浸かっていたからだ。言ってて恥ずかしくなったなんて、そんなそんな。

 

「ねぇ、マコ。すごいね、きょうび映画でもあんなセリフ出てこないよ」

「そうなん?」

「あぁ、うん、マコはそうだよね。うん、いいや、今の忘れて」

「あでも、紅茶飲んで照れ隠しなんはべたやね」

「こんど演出で使えるかどうか聞いてみよかな」

 

 

「二人とも今すぐやめな帰る時、車乗せへんよ?」

 

「「ごめんなさい」」

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 はてさて、この物語の中心人物様が立ち直ったところで、ハロウィンライブまで時間を飛ばして………といきたいところだがおあいにく様。

 この物語は、彼女『たち』の物語であるがゆえに、もう少しだけどうかお付き合いを。

 あと六人も、なんてのは蛇足が過ぎるのであと一人。

 天に独り輝く一番星さまのあれやこれをどうぞご覧あれ。

 

 

 

 夏の暑さも陰りを見せ、夜になれば秋の装いを感じさせる九月ごろ。とあるラジオ局のスタジオに男女が二人。ヘッドフォンにマイクにオテガミ一つ握りしめる。芸術の秋を彩らんと聴覚に訴えかけて楽しく談義。

 お昼に見合った軽快なメロディーが、電波の海を越えてあなたの元へ。

 

「────と、いうわけで本日のスターライトラジオはここまで。今回のお相手はアノケンと」

「『B小町』のアイでお送りしました」

「「ばいばーい」」

 

『はい、OKです。ありがとうございました』

 

 準レギュラーと化したラジオ番組の収録を終えた星野アイはスタジオからお先にと頭を下げる。冷房も付いているとはいえ未だ残暑香るスタジオ内から一歩出ると、ジワリと化粧を崩す厄介者が。

 

「ふぅ~」

「お疲れアイ。水、いるかい? もちろん未開封の」

 

 一息ついていた愛の前に差し出されたのは五百ミリのペットボトルだった。掴む指先を辿れば、一人の男性。アイが普段からお世話になっているプロデューサーの一人、鏑木勝也だった。酸いも甘いも経験して、それでもとどこか希望を見出さずにはいられない、そんな若干の甘さを抱いた中堅プロデューサーだ。

 

「あれ? ここって持ち場でしたっけ?」

「いや違うよ。別の収録でたまたまだよ」

「そうですか。わざわざ見に来てくれた、とかなら嬉しかったんですけどね」

 

 斉藤を父親というならば、芸能界での様々なことを教えてくれた鏑木はアイにとっては叔父にあたるだろうか。本人に言えばきっと苦笑いしてから『そんなことより』とばっさり切り捨てるに違いない。

 

「心にもないことを。まぁいい。それよりも、最近パフォーマンスに磨きがかかっているね。何かいいことでもあったかい?」

「鋭いなぁ。……うん、あった」

「もしかして」

 

「多分思っているのとは違いますよ。最近、『B小町』に新しい子たちが入ったんですよ」

「知ってるよ。デビューライブも見に行ったからね」

「えぇっ⁉ 言ってくれたらチケット取ったのに」

「そこはほら、お忍びでね」

 

 鏑木はお茶目に片目をパチンとごまかした。

 ツラの良さを重視する彼からすれば、ビジュアルだけならそこらの有名アイドルにも負けない、いやそれ以上のアイと同じグループに選ばれた子たちだ。最低ラインはおおよそ普通ではないはず。気にならないわけがない。

 事実、わざわざ時間を作って行った甲斐はあった。ライブの盛り上がりは言うまでもなく、アイ個人の、不自然なまでのパフォーマンスの伸び。自分の武器を自覚したうえで最大限に発揮する方法を確立した、いっそ背筋の凍りそうなほどの成長を目にしたのだから。

 

 その原因は恐らく、センターのすぐ隣。紫色の衣装を着た、ヘアゴムにハムスターを携えた踊り子。アイも無意識だったのだろう、ふいに目線が向いていたのを鏑木は覚えていた。

 

「斉藤さんもいい人材を釣り上げたね。とくに君の横にいた子、マコちゃんだっけ? もしかしたらキミもセンターの座を」

 

 

 

「渡しませんよ。渡しません、絶対に。絶対にです。負ける気なんてありませんから」

 

 

 

 あの時以上の寒さが、目の前に。

 星を宿した瞳は若干の黒を携えていた。純粋な白色ではなくなったからこそ、にじんだ黒がアクセントになって、明度のコントラストが危ういほどに輝いていた。

 いつものように擦り切れるまでコピペされた嘘の感情ではない、初めて垣間見た彼女の本音。おそらくアイ自身はまだ気が付いていないのだろう。

 証拠に、今出た言葉は、とても最強無敵のアイドルとは程遠い、一個人としての魂の揺らぎに他ならなかった。

 

 そんなアイの姿を、鏑木は今、初めて知ったのだから。

 

「そうかい。それは、楽しみだね。じゃあ、ボクは次の現場があるから、これで」

「紹介しなくていいんですか?」

「それくらい自分でやるさ。あぁ、あと。ハロウィンフェス、楽しみにしてるよ」

「はい、楽しみにしててください。絶対に後悔させませんから」

 

 同年代の女の子に負けたくない。舞台の主役を譲る気はない。

 そんな、芸に能う者たちが集う世界では当たり前の、彼女に足りなかった一つの欠片が輝いていた。

 そのヒトカケラで、こうも人は変わるのかと、鏑木は武者震いした。

 

「そう言ってくれると助かる。推薦した甲斐があったというものだよ」

「アハハッ、そのせつはどうもありがとうございます」

「言っとくけど、貸しだからね?」

「え~、こんなに可愛い子とごはんに行けたんですよ? それでチャラってことには」

「ならないから」

「はぁ~い」

 

 立ち去る己の背中、降り注ぐ星の光はまばゆくて。まだ中学二年生の子供とは到底思えなくて、このままいけば全盛期にはどうなってしまうことやら。

 そんな人物をプロデュースできる立場になれたとしたら。

 

「ほんと、いい変化だ。これからが楽しみだね」

 

 カツカツと、鳴らす足音が軽快になってしまうのも無理はない。

 

 

 

 生、愛、恋、そんなリビドーと対を成す死、破壊、闘争のタナトス。

 人間の原始的欲求すなわち本能において、求めた愛の充実よりも先に得難き宿敵の出現が、星の元に生まれた彼女にどんな影響を与えるか。否、与えたか。

 

 

 

 

 そうして時はまたすぎる。

 

「いったぁ~! 一日でもサボるとやっぱキツイなぁ」

 ある人は計略を胸に。

 

「ふんふん、この顔が良いのかぁ。………やったとき自覚なかったや」

 ある人は無自覚の意志を携えて。

 

 ある人は挫折を。

 ある人は妥協を。

 ある人は諦観を。

 

 ある人は気ままに。

 ある人は迷いを。

 

 そして収穫祭は訪れる。

 時は得難く、されど平等であるがゆえに。

 




次話で一区切りです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

13/55 Deadly sins: Ft. Wrath / 憤怒の魔女は舞台に立つ

2023/088/23 第一話の冒頭を、少し変更しました。


 

 日向マコ。中学二年生。アイドルグループ『B小町』において新人ながらもセンターの直ぐ右隣のポジションを与えられた生粋の踊り子である。

 好きなものは家族、嫌いなものは中途半端。特技は踊ること、身体を動かすこと。父親そっくりのアメジストの瞳は勝ち気にぎらついて、母親譲りの碧の髪は後頭部でお団子さんに。

 

「……よし、やるで」

 

 終いに、ハムスターが添えられたヘアピンをさす。

 そしてパチンと、メイクが崩れない程度の強さで両頬に。

 喝を入れて意識を切り替える。

 ひと呼吸。先に出ていったみんなと合流する前に。

 

「うん、大丈夫や」

 

 そしてガチャリと、扉を開けた。

 あぁ、歓声が聞こえる。熱気が肌に伝わる。誰かが誰かを推してやまない、そんな感情の爆発があちらこちらで。

 

 これがアイドルフェス。今までのどのライブよりも、圧倒的な輝きが瞬いていた。

 

「あ、マコちゃん。もうそろそろで出番だってさ」

「待っててくれたんですか、メイさん。ありがとう」

「その目、……まだ、諦めてないんだね」

「当たり前です」

 

 扉の前で座り込んでいたのは、赤星メイだった。

 とはいっても、八月のころのようなはつらつは感じられない。ヘアピンのペンギンも、元気がなさそう。ひらひら舞うアイドル衣装も、どこかしおれているような。

 マコは思う。あぁ、自分も周りにはこう見えていたのだろう、と。

 

「メイさんは、その、………まだ話す気にはなれませんか?」

「うーん、うん。ごめんね。ぜんぜん言葉がまとまってないや」

 

 もちろん、立ち直ってからメイの元へ突撃、一緒に練習して、話し合って………をしなかったわけがない。

 しかしメイは、『B小町』ではマコと同期、アイは先輩と言えどやはり堪えていた。なんせ浅瀬だとしても音楽の世界では彼女たちよりも長く居座っていたというのにアイには叩き潰され、マコには追い越された。

 たった二年。だけど中学生と高校生の間には筆舌に尽くしがたい差がある。

 

 勿論芸能界では関係ない。そんなことに固執して見栄を張ったやつから潰れていく。

 メイもわかっている。分かってはいるのだ。

 そう、割り切れればどれほど楽だっただろう。

 

「そうですか───なら」

「?」

 

 言葉が不自然に止まった。

どうしたのだろうとメイがマコの方へと向きやると、

 

「ウチのこと、見といてくださいね!」

 

 目を焼くほどの熱さが、目の前に。

 両頬に手を添えられて、だから逃げられなくて。

 マコの目の奥に渦巻くナニカから、目が離せなかった。

 

「うん、わかった」

 

 その言葉は、メイ自身驚くほど口からすんなりと。

 

「さっ、行こっ」

「………道、反対だよ?」

「ウソぉっ⁉」

「ちなみに誰から聞いたの?」

「ルミカちゃん!」

「………ルミカちゃんも探しに行った方がいいのかな?」

 

 伊熊ルミカ、彼女の方向音痴はここでも効果を発揮していましたとさ。

 余談であるが、案の定ルミカは迷子になっており、本人にはその自覚はなくのほほんと会場を散策していたが、『B小町』のマネージャーも務めているミヤコが手を引いて連れて来ましたとさ。

 

『ごめんねぇ。場所わからなくなって。えへへ。………あ、トンボだぁ』

 

 ちなみに、ミヤコがぜぇぜぇになりながら連れてこられた彼女の第一声がこれなのだから救いようがない。

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 そしていつものように斉藤社長とアイの無自覚親子漫才が始まって、いつものようにアイ独りだけが浮いた円陣を組んで声と手を重ねた。

 

 

 ……──……

 

 

 いや、今日はそんなことなかったような。

 

「気のせい、かな? まっ、いっか」

 

 どうせやることは変わらない。今日も、このステージで一番に輝く。どこまでも続く赤光の星雲を創りあげる。

 そして誰よりも目立って、誰よりも輝いて、誰よりも一番に。

 なんせ、ステージの主役はアイのものだから。

 誰にも、譲る気なんてさらさらない。

 

 ───だって、私は欲張りだからねっ。

 

 

 舞台の幕が上がる。

 スピーカーから音の波。

 スポットライトの閃光。

 歓声が溢れる。

 

 そして、唯一無二の一番星が、会場を飲み込んだ。

 

 

 

 

 さて、読者の諸君。心理学分野における『馴化』という現象をご存じだろうか?

 これは、ある刺激(音や光、痛覚も)を繰り返し経験することで、その刺激に対しての反応が見られなくなることを指す。

 コンサートホールでライブを聞くと、初めはうるさいと感じるが、ライブ中盤ではもう気にならないといった経験があるだろう? アレだ。

 

 さてもう一つ。

 星野アイの特筆すべき武器は何か? 

 答えは圧倒的なツラの良さだ。

 いや、こう書いてしまうと誤解を招くだろうから、丁寧に言うと『嘘を本当だと思わせるほどの説得力、解像度。そしてそれを常に出力できる黄金比率の顔面と表情筋』だ。

 そう、アイは反応の良かった感情表現、特に笑顔や声音をいつどこであろうと再現が可能なのだ。それも、芸能界でバレないほどの完成度で。

 でなければ、片親の母にも捨てられた経験を持つ、ろくな成長環境にいなかった多感期の子供が何も問題なく芸能界のスターロードを歩み始めるなんてとてもじゃないが、無理だ。

 薄っぺらい粘土の仮面であれば、それこそ鏑木Pに底を知られて、使えるだけ使われて有象無象になるのがオチ。

 

 しかし、そうはならなかった。そうはなっていない。

 これが武器でなくて、なんだというのだろう。

 

 

 ───うんっ、今日も私が一番かわいい!

 

 

 無論、いくら武器が強大だとは言え、使い方がおざなりであればゴミ同然。

 出会って五秒において『B小町』で、芸能界で並ぶものがいなかったとしても、それは単なる強力なスタートブースターに過ぎない。

 それこそ『馴化』してファンに飽きられて終わりだ。

 ではどうするか?

 答えは単純。

 出会っての五秒、その五秒を永遠と続ければいいのだ。

 

 歌の始まりで飲み込んで

 Bメロはあえて抑えめに

 そして、サビで一段階、ギアをあげる。

 さらにサビの、一番ノる所で二段階。

 

 

 ───あははっ、慣れなんて起こさせないよっ。もっともっと、虜にしちゃうんだから。

 

 

 気付いた風を装って、目が合ったていで、パチンとウインク。

 そうすればまた一人、推しの沼に落ちていく。

 そうやってお星さまは、星の光線銃を乱れ撃つ。

 そうして、目線はぜーんぶアイのもの。アイに釘付け。

 

 紫のペンライトが、赤に変わるのだ。

 

 

 

 ───………うん、計画通り。

 

 

 会場のボルテージは、天井知らずに、お星さまめがけて昇っていく。

既に、弓は引かれているとも知らずに。

 

 三曲のセトリ、その二曲目、の前半で満足感を得る。そんな異常事態を招くほどの熱狂的な盛り上がりをみせて。

 

 

 二曲目後半。出番が遅めだったこともあったのだろう。

 空は、秋の夕暮れに染められていく。赤く、赤く、燃えるような緋。いっそ昼間のさんさんと輝くときよりも一段と太陽の煌々とした光に目を焼かれる。

 目だけではない。肌も、空も、ビルも、景色も、いわんや世界さえ。

 

 全てが太陽に支配されていくような時間の中。

 アイは、どうしようもない違和感にやっと気が付いたのだ。

 

 

 

 ───アレ? みんな、私のこと見慣れてる? ………なんで? ちゃんと抑えてたはずなのに

 

 

 

 先との矛盾。思考は一瞬。サビが終わり、Cメロへと移行した瞬間。

 

 今はラスサビに最高潮をぶつけるためにわざと出力を絞って、ぶちあがるまでの数秒をセンターバックで待ち望む。

 

 轟ッ、と。

 

 ふと、肺を焦がすほどの灰が巻き上がったような気がして。

 アイの視線がふいに動く。思考が追いつかない。

そして、目が合って。

 

 

 あぁ、と『してやられた』と舌を巻く。

 ───こんにゃろ。やったなぁ! ……日向ちゃん!

 

 

 バケモノが、してやったりと不敵に笑み。

 紫の焔が星満ちる天蓋を射抜きブチ破いたのだ。

 

 それがなんとも、快感で。バケモノの口角が知らずに上がる。

 ずっとうずうずしていた。辛抱溜まらなかった。

 

 ───あぁ、楽しいなぁ。楽しいなぁ! 踊るって、ホンッッッマに楽しいなぁ!

 

 怒れる魔女は、イカレたように、行くままに。

 自分の初期衝動のまま、舞台を破壊する。アイが創りあげた王国を完膚なきまでぶち壊す。踏み砕く。灰にする。そうして、何千という目の前にいるファンに対して『私はここにいるのだ』と声高らかに叫び散らかす。

 

 そうでなきゃ、アイのバックライトに準じた意味がないのだから。

 

 

 

 日向マコがしでかしたことは単純。初めの一曲目でひたすらに『引き立て役B』に徹していたのだ。

 

『これがウチのグループのエースです。存分に見ていってください』

『ほらほらどう? すごいでしょ? もっと見たってよ?』

『見慣れた? そんなこと言わずにもっともっと』

 

 そう、はやし立てるようにわざとアイが目立つように、アイのダンスの紙一重分下手に。アイとは真逆の解釈をして、アイに目線がいくように。

 アイへ、アイに、アイが、アイの、アイは、アイと、アイ、アイ、アイ! 自分を消して、お星さまを引き立てる。顔のない背景人物へと自分を落とし込んでいく。

 幸いなことに、どう動けばいいかは挫折を知ったあの電車で学んでいた。

 

 感情、表情の再現性が優位に立つファーストインプレッション(よーい、ドン)でアイには勝てない。少なくとも今は。

 だから戦い方を変えた。マコ自身が得意とするダンス、中盤戦から後半戦、自分の土俵に観客もろとも引きずり込む!

 

 

「……あの紫の子、ダンス上手くね? 良いな」

 

 

 そして一度掴んだのなら、あとは跡形もなく焼き尽くす。自分という存在を魂の奥底に焼き印するなんて生ぬるい。いっそ生まれ変わるくらいの熱量をあなたの元へ。

 

 興味を持ってくれてありがとう。目を向けてありがとう。ウチのことを見つけてくれてありがとう。ほな、アンタの世界観もろともぶっ壊したるからなっ☆

 

 ───ウチを、アンタの推しの子にさせたるから、一生後悔させへんで?

 

 

 

 二曲目のラスサビ、初めて『B小町』ファンは、アイ以外の人物に見惚れていたのだった。

 そしてカチリと、誰かが赤のペンライトを紫に変えた。

 

 星が瞬く夜から朝焼けに。いや、今はまだ少しでも手を緩めればもろとも持っていかれそうな夕焼けか。だとしても、だ。確実に黒曜の一石は星の海へと落とされた。

 波紋はいつか、大波に。なるのではなく、してみせる。

 

 

 

 ───こんにゃろ~~~! 『B小町』のアイをなめんなよぉ?

 ───すんません、ラスト、貰わせてもらいますよ、アイちゃん!

 

 してやられては赤うさきがこめかみにシワ一つ。悔しそうに、人間味あふれるヒクついた笑みを浮かべて。

 してやった紫のハムスターはわざとらしく人差し指をクイと曲げて煽り立てる。かかってこいと言外に、これまで見たことのないような好戦的で。

 

 ラスト、三曲目。

 

 夜と、昼が絶え間なく入れ替わり立ち替わっていく。

 お星さまは光線銃を撃ちまくり、太陽は握る熱で切り伏せる。

 

 もっと熱く。もっと鋭く、目的を鮮明に。このステージでアイに勝つ。

 そのためにすべてを凝縮し、圧縮し、鍛錬し。

 鋳造されたるは紫閃に光る妖しき刀。

 幻想の、三尺幾ばくの人斬り刀を握りしめ、放つは首狩り神速居合術。

 縁を、輪廻を切り伏せ己を刻みこむ。

 

 即ち、万象合切燼焔にてそうろう。

 これこそが、アイドルとしてのマコが手にした武器である。

 

 その様子を、ステージ上で見る五人。

 

 ───ハァッ⁉ あの子、アイに立てついたぁ⁉ ちょっとちょっと、夏ごろまで死にそうな顔してたわよね? と渡辺キタホが突っ込んだ。

 

 ───う、うわぁ。ホントのホントにアイちゃんとバチバチにやりあってるぅぅ⁉ と高峯メイカがうろたえて。

 

 ───目がちかちかしちゃうなぁ なんて伊熊ルミカがのんきに。

 

 ───ここのリズムは、こうで、あぁっ今もしかしてミスった? 四ノ川カナンには他に目を向ける余裕はなかった。

 

 

 ───アイさん、また上手くなってる。マコちゃんも、まだアイさんに押され気味だけど、それでも夏の頃とは全然違う。………みんな、みんな前に進んでるんだ。赤星メイは、それに比べて自分は、と。

 

 前回と同じ、昨日と変わらず。よく、これを停滞と呼ぶ人がいる。確かに、間違いではないのだろう。だがそれは一般社会の話。

 ココじゃ、それは衰退だ。

 だってみんな前を進んでいる。一日一歩、あるいは二歩、三歩。歩幅の大きい一歩、自転車に乗ってのひとこぎ。前じゃなくて横に一歩? ジャンプして? 踊るように?

 そうやって、我が道を進んでいくのだ。

 ならば、昨日を積み重ねたところで何者になれるというのだろう。

 

 昨日の自分を殺す勇気がないのなら、今日死んでしまえ。

 でなければ、お前は何者かになろうなんて夢を見る資格はない。

 

 

 そして、閉幕は訪れる。

 ───あぁ、悔しいな。

 

 陰陽は絶えず流転せど、ついぞ決着は付かず。

 ───ほんと、悔しいや。

 

 飛べない鳥は、夕暮れの空を見て、何を思うのだろうか。

 ───私も、………。

 

『B小町でした! ありがとうございました!』

 歓声が響いていく。太陽の赤と、一番星が輝く空の下、収穫祭はこれにて閉幕。

 

 

 さぁ───………

 

 昨日を超えられなかった愚か者どもよ。積み上げなかった星屑よ。

 

 今日だれの目にも映らなかった少女たちに告ぐ。

 

 明日、キミたちはどう生きるのだろう。

 

 

 

「B小町の皆さん、お疲れさまでした。次のグループが来るので、そのまま案内に従って移動してください」

 

 スタッフの声に促されて、はやる心臓の鼓動そのままに舞台裏へとはけていく。

 たった三曲、普段の練習なら数倍の量をフルで通しても、ちょっと休憩すれば止まるはずの汗が、今は全然止まる気配すらみせてくれない。

 

 ───なんだろう、なんだろうなんだろう! この気持ち!

 

 だけど、アイの目はらんらんと輝いていた。

 今まで立ったステージで不満を抱いたことはない。ただ、終わった後に『今日も愛してるは見つからなかった』と、寂しさを覚えることは常だった。

まっいっかと口にしつつも、隣には誰もいなくて、他の子たちはうつむいていて。

 

「よう! お疲れさん」

 

 こうやって、斉藤社長がいつものように口にする。

 どこか空虚だった、物足りなかった。

『あぁ、こんなもんか』と心が死んでいた。

 

 

「うん、きょうね。すっごくたのしかった!」

 

 

 でも、今は違うのだ!

 愛が満たされたわけではない、見つけたわけじゃない、嘘が本当になってもいない。だというのに! こんなにも、今、アイは生まれて初めて満足している!

 それに、不思議でたまらないのは、満ち足りているのに、もっともっとと腹が空く。次のライブはいつするのだろう。次のライブの時はもっとダンスも、歌も、表情も!

 

 ───早く帰って練習したいな!

 

 お腹がペコペコなのだ。

 

「───アイ。……そうか、良かったな」

 

 年相応の、初めて見たアイの顔。普段は仮面の下に隠れたシャイな少女が目の前に、アイドルとして、戦友としての義理の親子、そういう契約だったはずだ。なのに、斉藤は、自分の子供のそんな姿に嬉しくてつい。

 

「ちょっ、パパラッチがいたらどうすんのー?」

「ここは関係者以外立ち入り禁止だからな。大丈夫だ」

 

 親が子にするように、乱雑に、しかして温かみをもって髪を撫でた。

 そうして斉藤とアイの親子の絆が一段と深くなって、

 

「よし、それじゃ退さ───」

 

 ガシャン、と大きな物音が。

 

「ちょっと、マコちゃん⁉ 大丈夫⁉」

「あー、ちょっと立ち眩みしただけです。ぜんぜん、だいじょうぶですから」

 

 メイが駆け寄った先には、膝をついて肩で呼吸するマコの姿が。

 運動オバケのマコからは考えられないような疲労。

 しかし無理もない。たった二ヶ月での突貫工事。そしてそれを一度も試すことなくぶっつけ本番だ。しかも自分をたてるのではなく、他人を執拗に目立たせるなんて慣れない解釈の仕方で。

 

 それに失敗すれば二度と背景からは出てこれない。タイミングを見誤れば星の光にすぐさま喰いつぶされる。

 なにより、今回できなければ次はない。絶対にない。そんなプレッシャーの中で、太陽は一瞬の隙を狙い続けていたのだ。勿論その後も、アイに飲み込まれないように全力以上の全力を。魅せ際と引き際を考えながら。ファンのために。

 

 動き続ける七人の位置、スポットライト、カメラ、観客たちの行動を見続けて最善手をはじき出す。そこに後手の先をとってようやくそれで6対4。マコが4だ。実際は3.5といったところだろう。

 

「……すんません、ちょっと動けないんで誰か肩貸してくれませんか?」

 

 こうなるのも仕方ない。

 

「しょーがないわね。ほら」

「キタホ先輩、ちっちゃい……」

「だーれがちんちくりんですってぇ⁉」

「い、言ってないよ、キタホちゃん」

 

 あーだこーだあーだこだとキタホが突っ込んで高峯がなだめて。メイはどうしようかとオロオロと。

 そんな様子をあらあらまぁまぁとルミカが。カナンは初めて大きい舞台だったからだろう、会話に混じれず放心状態だった。

 

「なんか、いいね。こういうの」

 

 アイの呟きは嘘か、本当か。

 それを真に知るのはもう少し後のこと。

 だけど、ふと笑ったその顔は、斉藤も初めて見た顔で。

 

「あぁ、そうだな」

 

 ───いいカオするじゃねぇか。

 

 多分、いや、原因は言うまでもない。

 

 

アコ(・・)

 

 だから、アイは飛び切りのプレゼントを。一段深く、踏み込んで。

 

「……んふふふ、いや、マコやけど。 どないしたん?」

 

「次は私の完全勝利だからね!」

 星は、純粋な白ではなく、絶えず煌めく虹色に。

 

「何言うとんねん。次こそ勝つのはウチや!」

 憤怒の魔女は、己の罪を清算して声高らかに。

 恒星が、輝く橙から一切灰燼と帰す銀光へ。

 

 

「ウチは、あなたの引き立て役Bに収まる気はないからな!」

 

 眉間に銃口、切っ先は喉元に。

 

 

 人生を賭けてぶっ潰したい宿敵へ、宣戦布告(やくそく)を交わすのだった。

 

 

 




とりあえず一区切り。


ハイキュー、いいよね。

ちなみに日向マコの元キャラはブリーチの山爺です。自分の中の最強キャラって何だろうと考えた結果です。
あとはギャルみたいにしたらおもろくね? というところからあれこれこねくり回しました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。