ブラック・ブレット Monsters:Rulers of Earth (アマナットー)
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序章 『神々の復活』  少女は『神』と邂逅したようです

祝、ゴジラ復活。


 

 それは、異様な光景だった。

 

 

 これはいったい、なんなのであろうか…………?

 

 

 少女はすでに廃墟と化した建造物の上で立ち尽くしたまま、眼前に広がる光景を凝視していた。

 降り始めた雨で湿った風が埃と血、そして肉が焼けたような臭いが混じった空気を運び、少女の衣服や髪を揺らす。

 少しだけ見下ろし、目を凝らして見渡せば、憎き異形の群体がさらに異形な肉塊と成り果てている。もともとここには千を超える群れがいたのだろうが、そのすべてが「ナニモノカ」によって斃されていた。その規模は少女一人だけではとても把握できるものではない。

 時々、その赤目にわずかに光をともしたままの個体がいたが、中途半端につぶされたそれは自身の血とぐちゃぐちゃの内臓にまみれており、その光を失うのは時間の問題だろう。

 

 下手な英雄談でも出てこないような死屍累々の光景が、少女の眼前に広がっている。おそらく、いや、絶対に、「ガストレア戦争」初めての、ガストレアの圧倒的“劣勢”である。地球上においてガストレアが劣勢となったことは何度でもあっただろう。しかし、それは所詮局地的なものに過ぎず、少なくともガストレアの親玉といえるゾディアック、その中でも『無敵』と称されている金牛宮――タウルス――とその群れが劣勢になった事などなかっただろう。少なくとも、今日までは。

 

 

 

 少女の耳に、鳴き声が響く。視線を追うと、おおよそ一キロ前方。そこに少女が狩るべき目標だった金牛宮が、自身に降りかかる『暴力』を少しでも遠ざけようと、その生存本能に従い鳴くことによって、目の前に存在する巨大な黒い「影」に威嚇している。

 

 金牛宮も「影」も、両者の戦闘によって生じたものであろう砂埃と雨雲の薄暗さに隠れていた。どちらも山のように巨大だったが、金牛宮と対峙する影のほうがわずかに大きい。一方は鳴き叫び、もう一方は微動だにせず、一定の間隔で距離を取り合って、睨み合っていた。

 

 そして、影が動いた。巨大な鉄槌を下したかのような轟音を何度も響かせ、大地にヒビを入れてながら金牛宮に突進していく。信じられないことに、足音のようだ。対する金牛宮も、生理的嫌悪感を抱かせる鳴き声を発し続け、同じぐらいの速度でこれにを迎え撃ち、激突し、押し合う。

 取っ組み合いで圧倒的なパワーを見せたのは「影」だった。いくら金牛宮より少し体格が大きくても、同じぐらいの大きさの敵を圧倒するのは難しい。だが、影は平然と金牛宮を前へ前へと押し込んでいく。いくら踏ん張っても結果は同じで、最後に突き飛ばされた金牛宮は廃ビル群へと叩き付けられ、瓦礫に埋まってしまった。

 

 とどめを刺そうと近づいてくる影に、金牛宮はあわてて起き上がり、存在する体中の触手を用いてこれに応戦するが、影はそれを意に介さずその大顎で金牛宮の首に噛みついた。悲鳴を上げて金牛宮はその断頭台から振り切ろうとして頭部をめちゃくちゃに振り回すが、その顎はまるで離すそぶりすら見せず、逆に牙が食い込んで金牛宮の骨がメキメキときしむ嫌な音が響く。影があと少しで首の骨を噛み砕こうとしたそのとき、金牛宮の剛腕が、人間でいう鳩尾の部分にめり込み、そのまま影を突き飛ばした。苦悶の鳴き声を響かせ、影が金牛宮から数歩後ずさった。金牛宮は一声鳴くと、お返しとばかり鉤爪を振りかぶり影の皮膚を掻き切る。掻き切るたびに影の表面に火花らしき光が飛び散った。敵に攻撃できるのがうれしいのか、金牛宮はほこったような声を上げる。血と唾の混じった液体が口と喉の傷から飛び散った。

 

 だが影は金牛宮の攻撃に驚いてよろめきはしたが、倒れなかった。影にとって金牛宮の攻撃など、ほとんど効いていなかった。かなり強く攻撃すれば表皮を肉までえぐることは可能だったかもしれないが、金牛宮にそれほどの威力は存在していなかったようだ。

 

 影は金牛宮を睨みつけると大きく口をあけた。すると、大気中に強烈なイオン臭が漂い始める。それと同時に山の如き巨体の背中が青白く発光する。そのまま大量に空気を吸い込むと、胸から顎にかけて強大な筋肉が盛り上がっていくのが見える。人間であれば頬にあたる部分が盛大に歪んでいる。歯茎をむき出しにし視線だけで国が滅びそうな瞳を見開いている。

 

 金牛宮はその状態に危険を察知したのか、攻撃をやめて向きを変えようとしたが、時すでに遅し。

 

 影の喉の奥で火花がはじけた瞬間、二頭の間に目がくらむような真っ白な閃光が上がり、つづけて、少女がいる場所からでも余裕で確認できる巨大な火の玉が上がった。少女はその閃光に思わず目をそらし、顔に腕をかざした。

 

 舞い上げられた砂や瓦礫が音速を上回る速度で放射状に広がり、下っ端のガストレアの亡骸をさらに切り刻み、形をとどめていた廃墟をたちまち破壊していく。少女も例外ではなく、その衝撃で宙に浮き、爆風で遠くに吹き飛ばされていく。

 

 その数秒後、天候が変わりそうなほどの轟音が大気中に響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 爆風が過ぎ去ったあと、少女が意識を取り戻した時には、「無」が眼前に広がっていた。

 

 廃墟は軒並み崩壊し、どこかの建築物の土台だったのだろう鉄骨があらぬ方向を向き、被害の甚大さを無言で伝えてくる。雑魚なガストレアの亡骸はもはや液状化して混ざり合っており、元がどんなステージだったのかも見出すことができない。

 

 視線のかなたに金牛宮はいた。金牛宮は動かなかった。悲鳴すら上げなかった。それもそうだろう。影によって放たれた『暴力の嵐』は、金牛宮の弱点の胸部と頭部をまとめて粉砕したのだから。よく見れば、少女の周りにも爆散した金牛宮の肉片が焦げ臭い煙を上げてそこらじゅうに転がっている。

 数万トンはあるだろう金牛宮の亡骸が背中からゆっくりと地面に倒れこむや、激震が走り地面が大きく揺れる。わずかに残っていた廃墟も今の振動ですべて倒壊したようだ。

 

 少女は驚愕した。金牛宮は破壊された頭部や胸部以外にも大きな深手を負っていた。

 触腕はすべて根こそぎ引きちぎられ、その剛腕は片方損失しており、ほとんどの傷口から血液が今でも大量に流れ出している。その身体に多数存在するあの赤目もかなり潰れている。どうやら自慢の再生能力すら追いつかなかったらしい。

 

 

 うなり声が耳に轟く。金牛宮よりはるかに凄味のあるそれは、万人の心をひきつける何かがあった。少女は金牛宮から、その亡骸の前に存在する「それ」に意識を移した。

 

 「それ」はそれほど目立った傷はなく、むしろその傷さえも歴戦の勇士の古傷のようにさえ見える。彼が呼吸するたびに、ゴロゴロと低いうなり声が聞こえ鼻腔から蒸気のような息が吹き出す。目を凝らすと、薄暗い風景に金牛宮よりわずかに上回る巨体が見えた。少女は見詰める。その双眼に映る、ガストレアと全く違う次元にいる巨大な姿を。

 

 二本足でそびえたつその姿は一昔前の肉食恐竜の復元画に酷似しているが、少女が知っている最大の恐竜であるティラノサウルスよりも何十倍も大きいだろう。がっしりとした体躯は黒岩の如き皮膚で覆われ、太いしっぽは万里の長城のようにどこまでも続き、その巨大かつ、筋肉と脂肪で覆われた四肢は鬼を連想させ、山のような背中にはのこぎりの歯のようなギザギザした背びれが三列に並び、巨大なプレス機のような顎に連なる大人の身の丈もありそうな巨歯。そして目に写る全てを灰燼に帰さんとする凄惨で鋭き瞳。

 

 

 

 その口が大きく開き、勝利の雄たけびをあたり一帯に響かせた。

 

 怒り、憎しみ、殺気………負の感情のすべてが混ざり合い、煮詰まれ、抽出されたかのような高純度の大咆哮。全ての感情が意味を無さなくなるほどの圧倒的な轟音。

 

 それはまさに『咆哮』。先ほどの金牛宮の鳴き声など、小鳥のさえずりに過ぎなかった。

 

 

 

 

 

 少女は、力なく“笑った”。膝が震え、涙が零れ落ちても、笑うしかなかった。

 

 少女は「強かった」。実際に金牛宮を倒せるぐらい「強かった」。周囲からはそう認められており、自分もそれを自負していた。

 

 己の力を過信し、油断しないように、周囲から褒められるたびに自らを戒めながら少女は金牛宮の討伐にあたっていた。だが、やはりどこか己の力に酔いしれていたのだろう。金牛宮の討伐など、時間をかければできると思っていた。だが、先ほどの『咆哮』をうけて、そのすべてが無意味で愚かで、ちっぽけなことだったと思い知らされた。

 

 そして悟った。

 

 

 おそらく自分が、いや、たとえ「世界」が仮にガストレアを地球上から駆逐したとしても、どんなに手を尽くそうが「アレ」には絶対に勝てない。

 

 

 後退した感情の代わりに、莫大な無力感が襲ってくる。「アレ」……もはや「アレ」と呼ぶことすら不敬だろう。むしろ「神」と呼称したほうがいい。その「神」と自分を比べると、まるで自分が知らずに踏みつけているだろう、ちっぽけな虫けらになったような気分だった。

 

 少女は笑う。「強かった」自分が、絶対的な「神」の御前でそう思ったことがひどく滑稽だと。

 

 笑って笑って、笑い続け、少女は力なくその場に座りこんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 西暦二〇二〇年代後半、某月某日。人類を絶滅寸前まで追い詰めた「ガストレア」のなかで極限まで進化したステージVガストレアのうちの一体、金牛宮――タウルス――が撃破された。

 

 「撃破」を確認した序列第一位のイニシエーターは金牛宮が「死んだ」ことを伝えたのち、行方不明となったが、世界は称賛した。そのイニシエーターが、金牛宮を倒したと勘違いしたまま。







金牛宮を倒したゴジラの姿はGODZILLA2014のゴジラです。が、あらすじにやタグもあるように、設定がいろいろ変わっています。最もたる例が放射熱線で、べつに熱線吐いても疲れないうえに、威力も高めですが、平成VSシリーズのようにバカスカ撃ちません。使用頻度はミレニアムシリーズぐらいと思ってください。


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 首脳陣は、神に畏怖するようです

 ゴジラについての、海外の反応。想像以上に長くなってしまった。

 ちなみにガストレアは「奴ら」怪獣たちは「彼ら」と分けておきます。


 西暦、二〇二一年。ガストレアによって、「世界」は敗北した。

 

 十数年前のいつからだったか。世界各地で同時多発的に蔓延した生物に寄生してその遺伝子を書き換え、寄生した生物の性質を保持したまま巨大化や凶暴化するという、マンガの中でしかありえないような特性をもつ新種のウイルスが発生した。その名はガストレアウイルス。現在も人類を脅かす、いわば「世界の敵」である。世界で同時多発的に出現した「奴ら」は瞬く間にその数を増やし、多数の生命を喰らい、生態系を激変させていった。

 

 当然、人類も手をこまねいて見ていたわけではなく、もてる限りの軍事力を総動員してこれに対処。殲滅にあたったのだが、もう一つの特性「再生能力」がこれを不可能にした。考えてみてほしい。銃弾で撃たれた傷口がものの数秒でふさがり、腕や足などのちぎれた部位から数分もしないうちに新たに再生されたら誰もが目を疑うだろう。ウイルスに寄生された生物はこれを可能としていたのだ。既存の生物学を根本から否定するその再生速度は、通常兵器によるガストレアの殲滅を困難にし、また「奴ら」の等比級数的に増えるその早さに追いつけず、戦力も戦線も早々に崩壊。後は一方的ななぶり殺しであり、人類は瞬く間にその数を減らしていった。

 

 総人口率が四十パーセントを切り、もはや人類は絶滅を待つだけかと思われたが、ある時火山帯の地層で発見された鉱物がそれを押しとどめた。バラニウムと命名されたこの鉱物は、精錬するとガストレアの嫌う特殊な電磁波を発する上にその再生能力を著しく阻害し、ガストレアを大幅に弱体化させることができるのだ。それは、人類がガストレアに対抗できる唯一の手段だった。

 

 しかし発見当時の各国の生産力は大きく疲弊しており、ガストレアを殲滅する軍事力など文字通り「ないも同然」であった。そのため、人類は「壁」を作ることになる。「モノリス」という、バラニウムで作られたブロックで構成された巨大な塔だ。この巨塔により、人類の生活圏へのガストレアの進行を阻止することができた。しかし、それは国家の分断という結果となり、政治的機能も疲弊しきっていたため数年で政治制度は廃止。各エリアの統治者による「統治制」となった。

 

 

 

 

 

 東京エリアの統治者、聖天子は両開きの扉が発する金属同士がこすれる音にわずかに顔をしかめ、これまでの回想からそちらに意識を移した。ばれないようあたりを見回すと、他のエリアの統治者も入り口にあたるドアに目を向けている。

 

 聖天子をはじめとした世界各国のエリア統治者がいる場所は、アメリカのニューヨークエリア統治者の公館………少し前は国連総本部と呼ばれていた建物の会議場だった。

 

 入室してきた肥満体の男、ニューヨークエリア統治者は側近らしき長身で禿頭の男を引き連れ、用意されていた席に静かに座ると、わざわざ各国より来てもらったエリア統治者たちに感謝を申し上げると同時に、この建物の職員に各統治者へ資料を配らせた。聖天子は予想に反して丁寧な人物だと感心し、ニューヨークエリア統治者への評価を上げる。しかし、配られた資料の題名を読むと、わずかに緩んでいたその表情は困惑に変わった。

 

 資料の題名には、要約すれば「モナークによる未確認巨大生物の報告」といった題名が印刷されている。

 

 どういうことだ? と各国統治者に疑問が走る。ガストレアに滅亡寸前まで追いやられ、それに対処すると同時に統治するエリアの政策に追われている現状で、未確認の巨大生物という全く関係がなさそうなことをわざわざ議論するのか。そもそもモナークとは何かと。ガストレアに匹敵するような、新たな面倒事が迷い込んできたのだろうか。と軽い偏頭痛を覚え、聖天子は額を指で押さえた。

 

「さて、各国エリア統治者の皆様方はこちらの資料の題名にひどく困惑していることでしょう」ニューヨークエリア統治者が口火を切った。

「まずはこちらの映像をご覧ください」そう言い切ると同時に会議室がうす暗くなり、壁面の巨大モニターにとある映像が映し出された。

 

「これは先月、わがエリアのモノリス外の海上で海棲ガストレア退治に赴いた漁師が撮影した映像です」

 

 各国エリアの統治者は息をのんだ。映像は直接手で撮影されたのか揺れが激しかったが、そのレンズ視点は海上を優雅に泳ぐ得体のしれない、岩石から直接削り出したような巨大な三列のヒレをとらえていた。同僚の船なのか、映像の奥、ヒレの手前を並走する五メートル級の漁船と比べると、そのヒレがいかに巨大なのかがわかる。

 

「当初、漁船に乗船していた人々は、その巨大さからガストレアの変異種であるステージVであると断定し、もてる限りの装備でこれを攻撃しましたが、まるで歯が立たなかったそうです」

 

 当然だろう。と幾人かのエリア統治者はその無謀ともいえる顔も名も知らぬ漁師たちに無言で毒づいた。

 ガストレアウイルスに感染し、遺伝子を書き換えられた生物はそのまま「ガストレア」と呼ばれ、感染前の種にちなんだモデル名、例えば、クモの場合は「モデル・スパイダー」ウサギの場合は「モデル・ラビット」等で呼ばれ、識別される。また、感染して間もないステージIから完成形であるステージIVまで四段階に分けられる。ガストレアはステージが進行していく段階で様々な生物のDNAを取り込み、巨大化するため、ステージII以降のガストレアはそれぞれに異なる異形の姿と特徴を持ち、「オリジナル」とも呼ばれている。その中でも「例外中の例外」とされる存在がステージVであり、人類はこれを「ゾディアック」と総称している。ステージIVのガストレアが子供に見えるほど巨大な体躯、通常兵器をほぼ無力化させる硬度の皮膚、分子レベルの再生能力などを持つ。また、通常のガストレアと違ってモノリスの磁場の影響を受けない。こういった特性などによりガストレア大戦において各戦線で猛威をふるい、ある意味世界を滅ぼした存在といえる。現在確認されている数は十一体存在し、それぞれ黄道十二星座の名で呼ばれているが、巨蟹宮――キャンサー――はそれに匹敵するステージVが確認されていないため欠番扱いになっている。絶対に確認されてほしくないのが各国統治者の本音だが。

 

「この巨大なヒレの生物は特に反撃もせずにそのまま潜航し、深海へと行方をくらませました」

 

「……質問してもよろしいでしょうか」

 

 フランスの元首都パリのエリアの統治者が手を上げて発言許可を求める。ニューヨークエリア統治者が許可すると、居住まいを正し、口を開いた。

 

「なぜそちらはこの巨大生物を『生物』と断言できるのですか。これまでの説明をお聞きしていると、これは『ガストレア』ではなく『生物』であると確信しているかのように思えます」

 

「その質問はごもっとも。かくいう私も、最初はその巨大さからステージVと思っておりました。その疑問についてはこれから順を追って説明しましょう」

 

 ニューヨークエリア統治者はゆっくりと立ち上がると、手元の情報端末を操作してモニターの映像を切り替える。先ほどと同じく大海原の光景だが、映像は安定しており、画面右下の端にある日付と時刻で、つい最近の映像だと確認できる。

 

「こちらの映像はその数日後、別の海域でわがエリアの軍艦が撮影したものです。この艦は、哨戒中に発見したオリジナル・ステージIIの大型海棲ガストレアを追撃しておりました。ですがその途中、艦のソナーが追撃中のガストレアの真下に、これより巨大な影をとらえたのです」

 

 ニューヨークエリア統治者が言い終わると同時に、映されている海面が白く煮え立った。かと思うと、渦巻く泡を切り裂いて巨大な影が上がった。その影を覆う水柱は目測で百メートルをゆうに超え、海水がナイアガラの滝のように轟々と音を立てて流れ落ちていく。その水や泡の向こうから、巨人のような姿がぼんやりと浮かび上がった。

 

 水のヴェールから姿を現した巨獣の姿を見た各国統治者は皆一様に驚きを隠せなかった。あるものは目を見開き、あるものは神に祈った。聖天子は口元に両手を添えてわずかに悲鳴を上げ、一瞬だけ自分の息遣いと早鐘を打つ心臓の音しか聞こえなくなった。

 

 規則的に羅列されたワニの鱗のような表皮が、遥か太古に滅びた恐竜を思わせる巨獣の全身を覆い、背中には先ほどの映像で見たヒレと酷似しているものが見えた。海上から上半身しか姿を現していなかったが、ステージIIのガストレアをその大顎にくわえていることから大体の大きさが予想できる。おおよそ五十メートルはあるだろうか。

 

「見ての通りですが、この巨大生物は『ガストレア』に分別するには生物としてあまりにも整い過ぎています。なにより、ガストレア最大の特徴である赤目がこの身体のどこにも存在しません。以上の点から、我々はこの巨獣を『生物』としたのです。ちなみにこの映像の背びれを分析した結果、先ほどの映像の背びれと完全に一致。同一個体と推測しています」

 

「生物なんかじゃない……モンスターだ………」

 

 どこかの統治者が漏らした言葉に他の統治者は同意する。間違いなく、あの巨獣はガストレアと全く異なる次元に存在していた。

 

「皆さんが映像で確認していますこの生物ですが…………」と、ここでニューヨークエリア統治者が一息おいて額の汗をぬぐって水を口に含む。見ると、当人は非常に言いづらそうな表情をしていた。その雰囲気の異常を察したのか各国エリアの統治者はニューヨークエリア統治者を見る。当人はしばらく口ごもっていたが、意を決して説明を続けた。「……この生物が確認されたのはつい最近ですが、その存在は七十年以上も前から確認されていました」

 

 途端、会議場がザワザワと騒がしくなった。どういうことだと説明を求む者や、ガストレア以外にもこのような生物がこの地球に存在していたことに驚く者、そしてそれを疑う者。会議場は混乱の体を現していた。

 

「これ以上の説明は専門的な話になるので私にはできません。この生物がどういった存在であるかについては、日本から専門家をお呼びしております」

 

 日本、という単語に聖天子の興味がそちらへと向いた。

 

「紹介します。古生物学の世界的権威である、山根英二博士です」

 

 ニューヨークエリア統治者が入ってきた両開きの扉が開き、一人の老紳士と女性が中央へと向う。老紳士――山根英二は銀縁の丸い老眼鏡をかけており、白髪のやや額の部分が後退した頭と髪の毛と同じく真っ白な口髭が特徴的で、垂れた目とあいまって好々爺の印象を受ける風貌の持ち主だった。

 

「各国統治者の皆様方、始めまして。ご紹介に預かりました山根英二であります。こちらは助手のアニカ・エメリッヒです」

 

 紹介されてお辞儀をしたアニカ・エメリッヒはくすんだ金髪で、オールバックの前髪を一部垂らした髪型と少し吊り上った目が印象的な三十代のドイツ人女性だ。

 

「早速ですが、皆様方のお手元にあります資料の一ページ目をご覧ください」

 

 山根に促され各国統治者はページをめくる。すると、そこには何やら報告書のようなもののコピーが印刷されていた。報告書を書いたのは世界初の原子力潜水艦「ノーチラス」号の艦長らしい。だが、それには『極秘事項』という文字が捺されている。山根が説明を始めた。

 

「一九五四年、アメリカ初の原子力潜水艦がそれまでもっとも深い水深に達したとき『なにか』を目覚めさせました」

 

「当初、アメリカは『それ』を旧ソビエト軍の最新兵器であると思っていました」アニカが言い添え、山根が説明を続ける。「一方のソビエトも、全く逆の見解を示していました。当時、太平洋上で核実験が何度も繰り返されていたのはご存知ですね? しかし、それは実験ではなく……」

 

「これを殺すことが目的でした」山根がそう言い切った途端に壁面の巨大モニターにとある画像が映し出された。それは、背中から海面に浮かびあがるあの巨大生物の写真だった。古い写真のためか損傷がありぼんやりとしか見えないが、全体的な輪郭は先ほどの巨大生物と一致していた。再び会議場にざわめきが広がる。

 

「見ての通り、全体的なフォルムが先ほどの映像の巨大生物に酷似しています。この巨大生物は、一九五八年のハードタック作戦を最後に姿を消しました。続けて、資料の三ページ目を御覧ください」

 

 言われ、各国統治者はややけだるそうにページをめくっていく。衝撃的な事実が続いたせいなのか、いよいよ偏頭痛がひどくなり、聖天子は手の甲で額を抑え肘をデスクにつきながら手元の資料をめくった。ほとんどの統治者たちも付き添いでやってきた護衛たちも聖天子と同じくグロッキー状態になっている。

 モニターも切り替わり、古生物学の生物についての資料が映し出された。

 

「今皆様が御覧になっているのは、今から約二億九千万年前から約二億五千百万年前まで続いた地質時代、通称『ペルム記』に生息した生物の資料です。恐竜とはまた違う系統に分類される生物の時代であり、現在の生態系とはまったくの別物でした」

 

 そして、と山根は付け加える。

 

「そのころの地球の地表および大気中は、 『ガストレア大戦以前の地球』より十倍以上の放射性物質で満ちており、ほとんどの動物も、動物以外も、その放射性物質を根源的な食糧源としていたと推測されています。もちろん、他の動物を捕食し、栄養源としていたのも事実です。ところが、数万年と時がたつにつれ地表の放射能濃度は次第に低下。結果多くの生物が餓死しました。ペルム紀の大絶滅です。これは当時の地球の九十パーセントの生物を絶滅に追いやったとされ、現在最新の古生物学でもいまだに過去最大級の大量絶滅とされております」

 

 『ガストレア大戦以前の地球』という山根の言葉に各国統治者は眉間にしわを寄せる。

 核兵器は、ガストレア大戦において何回も使用されていた。最初こそ使用は控えられていたものの、人類がガストレアに追い詰められるとそうもいっていられなくなり、多くの核保有国は禁忌を破って使用に踏み切った。結果としてたしかに核兵器はガストレアの広域殲滅には有効に働いた。しかし、使用された土地は深刻な放射能汚染に見舞われることとなり、結果的に人類の生存区域を減らし、大気中の放射線濃度を上げただけに終わってしまった。

 モニターの映像が、再び先ほどの巨獣の静止映像にかわった。いつみてもそのとてつもない大きさに圧倒される。

 

「しかし、一部の生物たちは生き延びました」山根は続ける。

「『彼ら』は海中や地中に深くもぐり、地核から発せられる放射能を吸い上げることによって餓死を免れ、大量絶滅を乗り切ったのです。しかし、地表の放射能濃度が低下した状態では『彼ら』が生きていくのはとても無理な話。やむなくそこに定住し、仮死状態のまま現在にまで至りました。この巨大生物はそのうちの、海棲爬虫類から陸上獣類への進化過程にある生物の末裔の一体で、太平洋上の核実験やガストレア大戦での核兵器使用による、大気中の全体的な放射線濃度の上昇を受け、つい最近に活動を再開。地上への再進出を図ったものではないかと思われます」

 

 各国統治者達の反応は様々であった。あまりの内容に眼を丸くする者。バカバカしいと哂うもそれを否定できる証拠がなく、逆に肯定するには十分な物的証拠を睨む者。聖天子はどちらかというと前者に近かった。十代後半で東京エリアの統治者になったとはいえ、その経緯は世襲制のそれ。一応彼女は通っている女学校では主席をキープするほどに優秀ではあるが、あまりにも衝撃的かつ荒唐無稽な事実が重なりすぎてついていけなくなってしまったのだ。

 

「資料の題名にある『モナーク』とはこのような巨大生物の発見を機に設立された国際研究組織なのです。この生物を探索し、調査し、それに関するあらゆる情報を収集するために、世界各国の専門家が集まり、秘密裏に結成されました。私もエメリッヒも、かつてはこの組織に所属していました。しかし、先のガストレア大戦の影響で多くの研究員が亡くなってしまい、組織は自然と縮小。事実上の解散状態となっておりましたが、今回の巨大生物の出現をきっかけに、過去の記録を持ち寄り再結成されました」

 

 聖天子は画像を見つめた。ピンボケとはいえ、このとてつもない大きさと輪郭ははっきり見て取れる。一体、この巨大な生物の名はなんと呼ぶのだろうか。そんな聖天子の心中の疑問に答えるように、山根が言った。

 

「我々はこの巨大生物を『ゴジラ』と名付けています」

 

 その名前に聞き覚えがあった聖天子は思い返す。確か、日本神話に登場する破壊をつかさどる神獣の名前で、幾多の神々を殺し回った罪に問われ、複数の神獣によって冥途に封印されたのだったか。おそらく、それが由来なのだろう。

 

「先史時代最強の捕食者で、原始の生態系の頂点に君臨する生物であり」と、アニカは続ける。「『神』……そう呼んでもいい存在でしょう」

 

 各国エリアの統治者は画像を見つめ、今見たことと説明されたことを何とか理解しようとした。そしてその中で、スッと手を上げるものがいた。ロリシカのニューカークエリア統治者だった。

 

「山根博士、ゴジラと呼ばれるこの巨大生物ですが、今後ガストレアと同じく我々の脅威となる可能性はあるのでしょうか?」

 

 それは、この会議場に集まるすべての各国エリア統治者たちの疑問だった。ガストレアだけでも手一杯なのに、さらに人類史以前の太古の昔より生息せし巨大生物ときた。もしこの怪物が自分のエリアに侵入してきたらとてもではないが、対処できそうもない。

 

「いえ、今のところそれはありません。むしろ、ガストレアと敵対するでしょう。ガストレアはその性質上自然の生物を率先して襲いますから、ゴジラも例外ではないはずです。脅威度はガストレアのほうがはるかに上でしょうから、ゴジラも自衛のためにガストレアと敵対する可能性は十分にあります」

 

 山根の返答に各国エリアの統治者はひとまず安心する。つまり、こちらから手を出してゴジラの脅威度が変わらなければ、ゴジラがこちらの脅威に陥る可能性は低いだろう。

 再び質問の声が上がった。聖天子はその人物をみて、おや、と思った。それは彼女にとって見知った人物だった

 

「山根博士。日本の大阪エリア統治者の斉武宗玄です。質問の発言許可を求めます」

 

「許可します」

 

 では、と斉武は疑問を口にした。

 

「率直に申し上げます。このゴジラとやらは殺すことができるのでしょうか?」 

 

「不可能ではありませんが、各国の軍事力が疲弊している現状ではかなり厳しいでしょう。ゴジラは、気の遠くなるほどの長い年月を深海で過ごしていたと考えられます。その表皮は深海の圧力に適応するため、かなり頑丈に進化しているに違いありません」

 

「では核、核兵器ならば、昔みたいに使ってあの生物を葬り去ることも可能では?」

 

「確かに、旧アメリカ軍はゴジラを殺すために核実験と称して核攻撃を続けました」ですが、と山根はモニターの画像を一瞬見て、言った。「逆に考えてみてください。そんなに核実験を続けたということは、それだけ何度も同じゴジラに核攻撃を行ったということにもなるのです」

 

「では山根博士は、ゴジラを殺すことはできないと、そうおっしゃるのですか!?」

 

 斉武は目を見開き、机から立ち上がった。

 

「断言はしません。核攻撃が成功したあとに、ゴジラの別個体が出現しただけかもしれませんし、その後続けた実験は本当の核実験だったとも言えます。ですが、当時の記録の多くはガストレア大戦で消失しました。生き証人も同様です。情けないことですが、今はわからないとしか言えないのです」

 

「………山根博士。こちらも質問してよろしいですか?」

 

 ここでもうひとつ手を上げる人物がいた。聖天子だった。

 

「博士はペルム紀の大量絶滅を生き延びた生物たちを『彼ら』と呼称しましておりましたね。それはすなわち、今後もゴジラの同類、もしくは同じ時代を生きた『巨大』生物たちが、この地上に現れるということなのでしょうか?」

 

 その言葉に他の統治者たちは目を丸くする。考えてみれば確かにそうだ。復活している生物があのゴジラ一体だけどは絶対に限らない。

 

「……質問に質問で返すようで申し訳ありませんが、なぜ聖天子様は今後出現する生物が巨大であるとお思いなのでしょうか?」

 

「数多の生物の因子を取り込んで巨大化していくガストレアと違い、ゴジラはもとからの巨大生物です。象やクジラなど多くの巨大生物は、その巨体を維持するため多量の食物を摂取します。ペルム紀の生態系の頂点に君臨していたゴジラは、歯などの特徴から食性は肉食。つまり捕食者であることは確実です。捕食者は被食者がいないと成り立ちませんが、ゴジラがあのような巨体では被食者もそれ相応に巨体である可能性は十分にあります。もしゴジラの獲物となる生物が巨大で、同じくペルム紀の大絶滅を生き延びた生物たちの中にいるとしたら……自然の摂理に従い、必然的に被食者の割合は大きくなるはずです」

 

 聖天子は、通っている女学院で主席をキープするほどの高学歴保持者であり、わずか十七歳で東京エリアの統治者になるほど為政者としての器もある。ガストレアはもちろん、ゴジラという巨大生物も危険生物として早々に要警戒対象に入れていたのだ。

 

「なるほど……聖天子様の懸念もごもっともです。自然界は捕食者一の割合に被食者は六の割合でなりたっています。被食者が巨大生物ということも十分に考えられます。ですが………それらがもし復活したとしても、我々人類に害が及ぶことはないでしょう」

 

「………何故に?」

 

「聖天子様の仰られた『自然の摂理』です。崩れた自然界のバランスを、修正させる力。神代の時代より生息せし『彼ら』は、人類より自然界のバランスを崩しまわっている『奴ら』を、決して許しはしないでしょう」

 

「つまり、ゴジラ以外の怪獣が出現しても、そのほとんどがガストレアの駆除にあたると? 本当にそんなことがあり得るのですか?」

 

 山根は壁に映された画像を見上げた。ゴジラの姿が映し出されている。

 

「人類が傲慢と呼ばれる所以は、自然は人間の支配下にありその逆ではないと考えていることです。その疑問も、かつて地球の支配者だと思い込んでいた人類が上から目線で見た観点に過ぎないでしょう」

 

 山根は当時と最近の映像を思い浮かべた。実は少し前、彼は当時の映像と最近の映像……それぞれに映っていた背びれの部分をあわせていた。結果、背びれはピッタリと合わさっていた。これはすなわち、現在出現しているゴジラは過去の個体と同一とみても間違いないだろう。

 

「『彼ら』は『奴ら』と必ず戦います。この地球を、かつての故郷に戻すために」

 

 そうつぶやく山根の言葉には、ある確信めいたものがあった。




破壊神『呉爾羅』
 日本神話に登場する破壊をつかさどる神。龍神族の中でも最強の一角であり数多の神々の国を滅ぼし、神々を殺し回ったとされる。その後は天空の神『魏怒羅(ギドラ)』風の神『波羅蛇麒(バラダキ)』水の神『曼陀(マンダ)』火の神『螺燉(ラドン)』土の神『罵螺醍羅(バラゴラ)』識の神『晏麒羅(アンギラ)』の六聖獣によって冥界に封印された。
 現世でヒトが制御できない『チカラ』を持つと冥界から海へ出て上陸し、破壊の限りをつくしてヒトの生活を原始に戻すとされている。

(「日本神獣伝記」より引用:出版社不明)







~おまけ~


山根博士「人類が傲慢と呼ばれる所以は、自然は人間の支配下にありその逆ではないと考えていることです。その疑問も支配者から見た観点にすぎません…………Let,Them,Fight」

聖天子「人類にできることは本当にないのですか?」

山根博士「Let,Them,Fight」

聖天子「言いたくないですが、核攻撃は?」

山根博士「Let,Them,Fight」

聖天子「…………それが言いたいだけでは?」

山根博士「……早く戦ってよ…」


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第一章 「神」を目指した者たちと「神」と称された怪獣たち  とある青年の一日の始まりのようです

 新規投稿しました。内容がちょっと変わっています!


 芹沢友幸(せりざわ ともゆき)の朝は早い。朝は決まって五時三十分ぐらいに起床し、同居人を起こさぬよう静かに準備してから日課のジョギングを行う。玄関から外に出ると、体中が冷気に包まれて少しばかり身震いする。いくら季節が春に突入したとはいえ、早朝はいまだに真冬の名残を残していた。

 

 自転車も車も走っていない静かな道路で軽快な足音を響かせて走れば、すぐに体がほてって暖かくなった。いつものコースを走っていると、太った野良猫がとある家の堀を我が物顔で歩いている。だが、偉そうでも背中を触るなりして驚かせば、それこそ面白いほどに飛び上がることを彼は知っていた。今はもうほとんど見られなくなった駄菓子屋を横切る際に、道を竹箒で掃除していた顔なじみのおばあちゃんとあいさつする。途中で喉が渇いたのか、友幸は自動販売機の前で立ち止まってスポーツドリンクを買って、そばに備え付けられていた青色のベンチに座った。道端に目を落とせば、誰かが落としたのか飴玉にアリが群がっている。三百五十ミリリットルのドリンクを一気に喉の奥に流し込めば、冷たい刺激が体の熱を心地よく奪った。一息ついて遠くの景色を見る。はるか遠くにそびえたつガストレアの侵入を阻む「壁」モノリスは、早朝特有の太陽の柔らかい光を受けて影を作っていた。

 東京エリアは、今日も平和だった。

 

 

――――――

 

 

 家に帰ってから手早くシャワーを浴びて汗を流したあと、朝食を作りにかかる。昨日のチキンスープがまだ残っていたため、トーストにしようと考えた。電気コンロでスープと油をひいたフライパンを温め、トースターに食パンを放り込んだあと、冷蔵庫からレタスを取り出して手早く刻んでいく。切り終わったら用意していたベーコンをフライパンに乗せ、生卵をその上に落とす。ふたをすれば、後は焼きあがるのを待つだけだ。

 ベーコンが焦げるいい匂いが食卓に漂い始めたころ、居間のドアが開く音がした。みると、二人の少女が手をつなぎながらパジャマ姿で入ってきた。歳はどちらも十代前半で、肩まで届くセミロングに、鏡に映したかのような左右反対のサイドテールは花を模した年代物の髪留めで結ばれていた。

 

「おはよう、ヒオ、マナ」

「おはようございます、お義兄様」

 

 ヒオとマナと呼ばれた少女――友幸の義妹――は口をそろえて彼にあいさつし、膝を少し曲げる独特のお辞儀をした。彼女たちは双子なので顔も雰囲気も見分けがつかないほどよく似ていたが、目尻のほくろがあるかないかで、どっちがヒオでどっちがマナなのか見分けがついた。

 

「もうすぐメシできるけど………リンはまだ起きないのか」

「はい、何度も起こそうとしましたが、無理でした」

 

 苦笑交じりに告げるヒオとマナを友幸は「ご苦労様」とねぎらうと、焼きあがったベーコンエッグをサラダと一緒に盛り付け、素早く食卓に並べていく。

 

「俺はあいつを起こしてくるから、先に食べてていいぞ」エプロンを外して二人に言うと、友幸はやや駆け足気味に二階へと上がった。ヒオとマナの二人が共有している部屋の隣で立ち止まり、〈あたしのへや〉と汚い文字で書かれた看板がかけられた、いまだ惰眠をむさぼる相棒の部屋の扉を勢いよくあけた。

 

「こら、リン!! さっさと起きろ!!!」

 

 その一声で、ベッドの中のかたまりがイモムシのようにもぞもぞと動き、布団から見た目が十歳前後の少女、居候のリンダ・レイが顔を出した。顔にかかったぼさぼさの赤みが強い茶髪をかきあげたリンダは、いまだ眠いのか焦点の合わない瞳で友幸を見た。

 

「……あ…ゆーこぉ…おはよー……そしてオヤスミ…」

「おいこら寝るな馬鹿!! メシが冷めちまうぞ!!」

 

 再び布団にもぐりこみそうになった彼女を見て、友幸はずかずかとベッドに近寄ると、その布団を思い切り引っぺがした。

 

「やぁ~!! ゆーこーのけだものぉ~!!!」

「おいそーゆー言い方は誤解を招きそうだからやめろ!!!」

「だっておとこはみんなケダモノだって室戸せんせーが………」

「子供に一体なんつーコト教えてんだあのババア!!」

 

 友幸はため息をついた。してやったりといった顔で不気味に笑うとある女性が思い浮かんでくる。

 

「あぁもう、いいから早く起きろ、そして洗面所にいけ。顔洗えばすっきりするから」

「やだぁ~、さむい~。今日は一日中寝るのだぁ~」

 

 なおも布団にしがみついて駄々をこねるリンダを見て、友幸はガシガシと髪をかく。一応居候なのだからもっとかしこまってほしい。あれか、コイツが世話になる際に言った「自分の家だと思ってゆっくりしていってね!」が原因でこうなったのか? やっぱもうちょっときつく言えばよかったか。

 よし、と友幸は腕を組み足を肩幅程度に広げる、いわゆる仁王立ちの体制となり、わざとらしくそっぽを向き、わざとらしく独り言をつぶやいた。

 

「あれれ~、そういえばさ、今日って『劇場版天誅ガールズ からくりの国の踊り子』の公開日だったよなぁ~」

 

 ピクリッ……と、あと少しで布団にもぐりこもうとしたリンダの動きが止まる。

 

「いやぁ~この間たまたまあった知り合いから初日完売の限定前売り券をもらっちゃったんだよねぇ」

 

 ギギギギギ……と、錆びたブリキ人形のようにゆっくりと首を友幸のほうに向けた。

 

「あれ? 限定前売券所持で初日公開に入場した方の特典には『天誅カードゲーム』天誅バイオレット専用の限定カードが配布されます? こりゃ珍しい。人気最下位の天誅バイオレットの特製カードだからこれ結構レアもんだろうなぁ~?」

 

 ガシャン、ガシャン……髪を振り乱し、電池切れ寸前のロボットのように一挙一動を小刻みに震わせ四つん這いのまま這い寄ってくる。正直怖い。

 

「でも肝心の天誅バイオレットファンの一人が初日公開の今日に一日中寝るってことはつまり、これはもういらないってことだよな? じゃあこの前売り券捨てちゃおっかなぁ~~」

 

 そう言い切ると同時にリンダは蛙のように跳躍し、友幸の足もとに背中を丸めた状態で着地。いわゆる『ジャンピング土下座』の形をとり、アカベコのように何度もペコペコと謝り続けた。

 

「わかった、起きる起きるって起きるから!! もう寝坊しない!! ちゃんと顔も洗う!! もう一日中寝るなんて駄々はこねないから!! だからお願いします!! その前売り券を捨てないでくださいぃぃぃ!!」

 

「うむ。素直でよろしい!」

 

 友幸は爽やかな、非常に爽やかな、だけどどこか人に不快感を大いに与える笑顔で、ウンウンとうなずいた。

 

 

――――――

 

 

「いただきます」

「……ひひひ、うぇひひひひ…」

 

 彼らの朝食は前売り券をもらって破顔し、恍惚の表情でだらしなく涎を垂れ流しているリンダの奇妙な笑い声と、エリア直営テレビ局のニュースキャスターの声をBGMに始まった。結局、ヒオとマナは二人が下りてくるまで席に座って待ってくれていた。曰く、『みんなで食べないとおいしくないから』らしい。その健気な義理の妹たちの姿に友幸が内心涙したのは秘密だ。

 ガツガツと大口でトーストに乗せたベーコンエッグにかぶりつくリンダとは対照的に、ヒオとマナは少しずつ丁寧によくかんで食べている。リンダは居候として暮らしてからいくらかたっているが、傍から見るとその馴れ馴れしさはそれより長く住んでいる義妹たちのほうがはるかに居候っぽく見えた。

 

 

 友幸はそれをほほえましく思いながら、いれたての紅茶を口に含んでその香りを堪能する。

 そして、今までのことを思いかえした。

 

 

 

 世界的に有名なマルチ科学者であった父、芹沢 猪四郎のもとに友幸は育った。

 科学者という事情ゆえか地下室の研究室にこもったり、別の地域へ出張することがあった父だが、休暇を取ったり仕事が終わったりすると存分に自分を可愛がってくれた。

 

 たぶん、この頃の自分は純粋で無邪気だったんだろうな、と友幸は思う。その時は幸せな時間が永遠に続くものだと疑ってすらいなかっただろう。

 

 

 

 

 

 ガストレア。

 

 突然現れ、世界を崩壊へと導いた存在。

 

 思えば、ニュースでこの単語を頻繁に聞くようになってから、これまでの世界は崩壊を始めていたのかもしれない。崩れることはないと信じていたはずの、幸せな世界が。

 

 当時の彼は、ガストレアに対してそれほど興味は持っていなかった。怪物によって蹂躙されていく各国都市の惨状をテレビ越しに見ても、家族を奪われた人たちが泣き叫ぶのを見ても、かわいそうだと思いつつもどこか他人事のように感じていた。何も奪われておらず、また友幸の住む地区が戦争の影響がほとんどなかったのも理由かもしれない。

 

 ガストレアが現れ、人類が敗北してから数年、ある日、双子の少女……今のヒオとマナがうちにやってきて「今日から家族だ」と父に笑顔で言われた時には、唐突過ぎて呆然としたが、すぐに彼女たちと仲良くなり本当の家族だと思えるようになった。

 

 だがそれ以後、或る時を境に父は出張で家を留守にすることが多くなった。大黒柱が抜けた自宅は寒々しく、義妹と一緒に食べた食事はどれも砂を噛んでいるような気分だった。

 

 それでも、必ず家に帰ってきた父は、友幸たちに疲れが垣間見える笑顔で言った。近いうちに終わってまたみんなで仲良く一緒に暮らせると。まだ幼かった友幸たちは当然だと思い、それを信じてやまなかった。

 

 それからまもなくのことだった。

 

 

 今でも、『あの出来事』は忘れられない。

 

 

 

 思い出すのは、季節にしては珍しく降っていた大雨。

 友幸は、父が勤めていた研究センターに来ていた。その日も仕事に行っていた父が、今日は早く帰れそうだと電話してきたので、サプライズで迎えてあげようとしたのだ。

 

 果たして父はどんな顔をするだろうか、その顔を思い浮かべつつ廊下でその帰りを待っていたら、職場から出てきた父は案の定というべきか、驚き、そして苦笑して息子の頭をクシャクシャとなでた。

 

 

 

 そして、ヒオとマナが精いっぱいの愛情をこめた料理を作って待っている我が家に帰ろうとしたその時、センターが大きく揺れた。照明が火花を上げて一斉に消えてしまい、闇の中に取り残された。

 

 父は友幸を抱きしめ、大丈夫だと言った。だが、揺れは収まらなかった。

 経験したことのない揺れに、友幸はパニックに陥りかけた。何が起きたのだろう。地震だろうか。状況を確認しようにも、暗闇の中ではどうにもできない。廊下を照らすのは点滅する非常口の光だけだ。

 

 その時、乾いた音が廊下に響いた。

 それを発端に、何かが割れるような音が連鎖的に聞こえてくる。

 暗がりに目を凝らした。床にヒビが入っているのが見えた。それを目線でたどっていくと、その先の廊下は大きく陥没し、大穴があいていた。

 突然、穴の奥から甲高い叫び声が上がり、廊下の壁面でこだました。

 

 

 穴の奥に光るのは赤い色。

 

 

 そこには――

 

 

 

 

 

――――――

 

 

 

「―――兄様、お義兄様?」

 

 義妹に声をかけられて友幸の意識は現実へと戻った。が、その拍子に誤ってティーカップを落としてしまった。

 そのまま砕け散るかと思ったティーカップはしかし、床に落ちる寸前に“浮いて”そのまま手元に戻ってきた。見ると、ヒオが両手を握り合わせて目を閉じている。

 

「……ありがとう。ヒオ」

 

 素直にお礼を言うと、ヒオはニコリと笑った。

 

「珍しいな、ゆーこーがボーっとするなんて」

 

 リンダの言葉に友幸はうんと曖昧に返す。

 

 全く、ヒオとマナはともかくとして自分は踏ん切りをつけたつもりだったが、やはりそう簡単にはいかないか。

 

 先ほどの恥態をごまかすようにテレビのチャンネルを切り替え、なにか面白そうなものがやっていないか確認するが、朝方ということもあってかニュース以外では幼児向けのアニメしかやっていなかった。

 だが先ほどのチャンネルに戻し再びティーカップに口をつけた瞬間、緊急放送のテロップが流れ始めたので、友幸はもちろんリンダもヒオとマナも何事かとその目をテレビに向けた。

 

 フラッシュが焚かれている場所は、東京エリア第一区にある聖居の記者会見場だった。政治が統治制に移行した当初に何度も見たのですぐにそこだとわかった。そもそも緊急放送が流れている時点で聖居からの公式記者会見だと予想していたのだが。

 壇上には純白の少女――東京エリア統治者の聖天子――がキリリとした面もちで座り、傍らには複数の護衛が控えている。

 

 友幸は眉をひそめた。こうして聖居から直々に、しかも聖天子を加えた記者会見は一年に一度あるかないかの頻度だ。それ以外で聖天子が公の場に姿を現すのは、聖居のバルコニーから姿を現して民衆に手を振るだけである。なにかただならぬ予感を覚え、食事の手を止めて友幸たちは画面に注目する。

 

『――――東京エリア在住の皆様方に、重大な発表があります』

 

 時たま聞いていた、聖天子の鈴が転がるような音色が耳に響く。

 

『――――先日、私を含めた各国エリア統治者は、ガストレアとは全く異なる未知なる超巨大生物の存在を確認しました。これよりその情報を開示いたします――――』

 

 

 

 



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 青年は仕事に赴くようです

 深夜。

 数時間前まで帰宅ラッシュで忙しかった東京エリアも、行き交う車や残業を終えたサラリーマンの影はなくなり、住民はそれぞれの自宅でゆっくり眠りについていた。

 

 東京エリアのとある一角、海辺に近いこの場所も、電気が消えて水を打ったように静かだった。

 

 道の両脇に張り巡らされた立ち入り禁止のテープと、パトカーの赤い光がなければ、それは日常の光景だったに違いない。

 

 ここの担当者である伊福部 滋はダンヒル・インターナショナルの煙草をくわえて、自分の部下たちを見やった。黙々と作業を続ける彼らの幾人かの眉間にしわが寄っているのをみて、やれやれと静かにため息をつく。ガストレアがらみの事件で警察官の死亡率を下げるための措置に不満を持つ輩は多く、彼らが来た途端に嫌悪感を顔や態度に出す同僚も少なくない。自分のところはこれでも他の部署よりかは温厚だ。

 

「警部。民警が来ました」

 

 呼ばれた伊福部は、うん? と振り向いた。

 

 部下の背後に、暗闇に交じって二人の影が見える。一人は青年で、年齢は二十歳前後。深い緑色のコートを着込んでおり、背中に何かを二本ほど背負っている。対ガストレア用の武器なのだろう。線の細い中性的な顔には右目に医療用の眼帯が当てられていた。

 もう一人は少女で、年齢は十歳ほど。外国人なのか目鼻立ちは高く、整った顔立ちは幼いのもあって可愛げがある。服装はショートパンツに真っ赤なパーカー。腰にあてている手には巨大なガントレットが装着されており、バラニウムブラックの装甲が街灯に照らされ鈍く光っている。赤みが強い髪はセミロングで、末端が外側にはねていた。

 伊福部が知っている二人だった。

 

「あぁ君か、久しぶりだね。数週間ぶりかナ? お嬢ちゃんも久しぶり」

「お久しぶりです。伊福部警部」

「おう、おひさ~」

 

 伊福部に軽く肩をたたかれた青年、芹沢 友幸は微笑んでお辞儀をし、少女、リンダ・レイはそっけなく返事をした。

 

「さっそくで悪いんだけど、仕事をお願いするよ」

「はい。目標はどこに?」

 

 友幸は顔を上げてそびえたつ廃病院を見上げた。放置されて何年もたっているのか、窓ガラスはすべて割れており、壁はひび割れ黒くくすんでいる。海辺に近いことも腐食の早さに起因しているだろう。あ、いま剥落した。

 

「いんや、変な鳴き声が聞こえたところをご近所さんが聞いて通報されただけだから、どこにいるかまるで見当がつかなくてね。とりあえず全面封鎖しているよ」

「マジか? 誤報だったらどうすんの?」

 

 リンダの疑問に伊福部は煙草を外し、口と鼻から煙を吐き出しながら「確かにこれが誤報だったら冗談じゃないよね全く」と冗談交じりに笑った。

 

「わかりました。では中に入りますね」

「ん、じゃあ入り口まで送っていくよ」

 

 ついてきなされ、と伊福部は軽い調子で言うと入り口まで歩いていき、友幸とリンダもそれに続く。

 伊福部の部下なのか、途中で何人かに頑張れよと声をかけられた。

 警察と民警は職場争い等で基本的に仲が悪いが、伊福部のところはそう言ったものを表に出さず、基本的に民警への協力体制をとっている。そういった姿勢に友幸は彼らと行動を共にするたびに深く感銘を受けるのだった。

 

 廃病院の入り口に到着すると、すでに大勢の警察官がそこを固めていた。伊福部を確認すると全員が礼をする。

 

「何か異常は?」

「今のところは、なにも」

 

 それを聞いて、伊福部は二人に軽く顎をしゃくった。行ってこいと言っているらしい。

 二人は頷くと、病院の中に足をすすめた。

 

 

 

 視界を覆った暗闇に目を慣らすと、何か異常がないか確認する。

 友幸たちが入ったのは、いわゆるロビーだった。廃棄された時期が長いのか、室内には紙屑が散乱し、床には埃が薄く積もっている。どうもここは風通しが悪いらしい。

 

「どうするよ。手分けして探すか?」

「こんな暗闇じゃ得策とは言えないだろ。ここは一緒に探そう」

 

 まず友幸が先行し、それにリンダが続く。

 二人は同時に、それぞれの武器に手を添えた。

 リンダはガントレットの調子を確かめるため両手の握りこぶしを二、三度打ち付け合う。力強い印象を与える金属質な音が室内に鳴り響いた。

 友幸も背中から二本の刀剣を取り出す。前腕部と拳の外部を覆う篭手の様な形状の装甲に剣身が取り付けられており、装甲内部に握りがある。刀身とは垂直に、鍔とは平行になっており、手に持つと拳の先に刀身が来る特徴的な造りになっているそれは、ジャマダハルと呼ばれるインドの刀剣だった。

 

 あらかじめ用意していたペンライトで院内の見取り図を確認する。光でガストレアに見つかる可能性があるため脳内に叩き込むとすぐにしまった。

 

 耳が痛くなりそうなほど静寂な闇の中をしばらく移動すると、エレベーターの扉が見えてきた。倒れたまま放置された植木鉢から延びる観葉植物は、すでに水分を失って枯れ果てている。

 

 アルミ製の本棚を慎重に乗り越えたあたりで違和感を覚えた。強いアンモニア臭が部屋に充満している。見取り図によれば、ここは放射線治療を行う部署のはずだ。

 

 友幸は警戒しつつも壁に寄り掛かり、リンダもそれに倣う。すると、壁に何かを見つけた。

 目を凝らすと、白い粘着状の物体が張り付いていた。持っていた布でふいてみれば、やたらねばねばしている。

 

 よく見ると液体は床に伸びて先に続いており、まるで何かが床を這ったあとのように見えた。その先をたどってみれば、放射能を表すハザードシンボルが張り付けられたドアがある。半開きで、マークはところどころかすれて読みにくいが、おそらく放射線治療室だろう。

 

 壁に沿って扉に近づき、ゆっくり開けると、途端に隙間から悪臭が漂って友幸は思わず鼻を抑えた。リンダに至ってはあまりの激臭に目に涙を浮かべている。

 

 臭いを我慢し、二人は液体をたどってそろりそろりと室内に足を踏み入れて中をのぞいた。

 真っ白だった室内は黒ずんでおり、大きな物体は放射線を患者に照射する加速器なのだろう。経年劣化なのか表面が剥がれ落ちており、複雑な配列のコードがむき出しになっていた。そしてその下に何かが落ちている。カラカラに干からびた猫の死骸だ。

 あたりを見回すと、極端に体が細くなった犬や猫の死骸がそこら中に散らばっている。すべて眼孔がくぼんでおり、首や背中に何か鋭利な針で突き刺したような跡がある。まるで体液をすべて吸い取られたかのようだ。そのなかには、比較的新しいものもあった。

 

 

 ここだと確信すると同時に、まずい、と考えた。

 液体は複数存在するが、そのどれもが同一のものではない。

 

 もし予想が正しければ――

 

 

 その時、金属を無理やりすり合わせたかのような金切り声が響いた。

 二人は振り返ってそこを見る。もうこそこそする必要はなかった。

 ドアの上に張り付いていたそれの体長はおよそ一メートルほど。ムカデのように足が多くて、肥大化した頭部には六対の赤目が光り、タガメのような前足が生えていた。カニのような甲羅が平たいその身を覆い、尾部には二つに枝分かれした尾脚が一対ある。体色は緑色で、その姿は一昔前の映画『風の谷のナウシカ』に出てくる『王蟲』を連想させた。

 

「なんだコイツ、フナムシの化けモンか!?」

 

 その醜悪な外観にリンダが悪態をつく。なるほど、フナムシの化け物とは言いえて妙だと友幸は思った。

 

 その瞬間、フナムシが尻尾で壁を叩いて友幸たちに躍り掛かった。二人はすぐさま反応してよける。先ほどまで二人がいた場所をフナムシが擦過し、着地と同時に先ほどと同じ白い液体がぶちまかれた。どうやらあの液体はこれの分泌液だったらしい。

 通常のフナムシは海岸の岩の隙間などに生息し、藻類や漂着した生物の死骸など様々なものを食べて海岸の「掃除役」をこなし、生物を襲うことはめったにないが、このフナムシはガストレア化しているためそんな知識は通用しない。それに周囲に散らばる死骸の首や背中の傷を見れば、このフナムシは吸血性だということがわかる。この時点でフナムシなりえない。友幸はこれを、フナムシと吸血性の動物の因子を取り込んだステージIIと仮定した。

 

「っの野郎!!」

 

 壁際まで後退したリンダは壁を思い切り蹴ってフナムシとの距離をつめると、ガントレットを大きく振りかぶり、一気に叩きつけた。

 硬いものが無理やり潰れる音が響く。フナムシは何が起こったのか理解する間もなく肉片と血液らしき緑色の液体となり、四方八方に飛び散った。

 

「よし、倒した!!」

「気をつけろ、まだいる!」

 

 友幸の言うとおり、先ほどの鳴き声に呼応したのか金切り声があちこちで聞こえる。その数およそ三匹。なんてこったと舌打ちした。自分たちは、群れの中に入っていたようだ。

 

 友幸の後ろからフナムシが突進してくる。

 即座に反応し、振り返ってジャマダハルを突きつけた。ガツンと腕に衝撃が響く。その刃は見事にフナムシの脳天を貫いていた。

 腕を振ってフナムシの死骸を無理やり払うと、続けて飛びかかってきたフナムシを縦に切り裂く。一回転してあおむけに倒れたフナムシは少しジタバタ暴れるが、その腹にとどめの一撃を加えればすぐに動かなくなった。

 

 だがその時足がもつれ、誤って分泌液を踏んだ。気づいた時には後頭部を床にしたたかに打ち付けていた。

 

 そこを狙ってフナムシが腹の上に飛びかかる。吸血しようとしているのか、服の上でモゾモゾとうごめく感触が気持ち悪い。

 

 友幸は即座に右手のジャマダハルをパージし、腰からコンバットナイフを取り出して腹とフナムシの間に差し込む。

 バラニウム製のナイフがフナムシを引き剥がすのを確認すると、左手のジャマダハルを思い切りフナムシの腹に突き刺した。

 

「リン!!」

「おうよ!!」

 

 友幸は寝た状態のままリンダに向けてフナムシを振り払う。リンダもほぼ一瞬ともいえる速さでフナムシに肉薄すると、そのままアッパーカットの要領で天井に突き上げて飛ばす。大きく陥没した天井から粉塵と血液がスプリンクラーのように落ちてきた。

 

 その間に起き上がった友幸はリンダと背中合わせになって周囲を警戒する。だが、あの不快な金切り声は聞こえてこなかった。少なくとも、この部屋にいるものはすべて片付けたようだ。

 

 ひとまず安堵のため息が友幸の口から漏れ出した。分泌液で滑って転ぶというのは誤算だった。正直フナムシに飛びかかられた時は大いに焦った。万が一でもガストレアウイルスを注入されたら、友幸の人生はその場で終了することを意味するのだから。

 

「……ひとまず終わったか…」

「あぁ~気持ち悪ッ」

 

 やっぱ壁に吹き飛ばせばよかったかなぁ。

 ブツブツ文句を垂れるリンダの服はフナムシの体液で汚れていた。格闘戦が主体の彼女自身こういうことがよくおこることをわかっているのか、あまり気にしている様子はなかったが。

 友幸はハンカチを取り出し、彼女の顔についた体液をふき取っていく。黙ってそれに応じる彼女の瞳は、透き通るような青から燃え上がるような真っ赤な色に変わっていた。

 

 

――『呪われた子供たち』

 

 ガストレアが出現したのとほぼ同時期に生まれ始めた、ガストレアウイルスとその抑制因子を体内に秘めた子供たち。

 

 通常の人間がガストレアウイルスに感染すると瞬く間に浸食され、それが五十パーセントを超えると形象崩壊というプロセスを経て、感染者はガストレアに変貌する。だが、それは血液感染した場合に限られ、空気感染もしなければ性接触による感染もしない。だが、それが妊婦の口に入った場合、胎内の子供に蓄積されて生まれてくることがある。それが彼女らなのだ。しかし、なぜか女児にしかガストレアウイルスは発見されていない。

 彼女らは人間でありながら、ウイルスの恩恵で通常のガストレアと同じく彼女たちも動物の特徴を引き継いでいるため、常人より遥かに優れた身体能力を有し、その力を解放すると彼女たちの目はガストレアと同じ赤色になるのだ。

 

 リンダの場合はモデル・ゴリラ。細身の身体には似合わぬ怪力で敵を粉砕する近接格闘戦主体のイニシエーターだ。

 

 

――――

 

 

 フナムシは群れで行動していたので、二人は生き残りがいないか探したが、あの四匹がすべてだったようで、捜索後間もなく依頼主である警察に連絡をとっていた。

 

「二〇三一年、四月二〇日〇三三八、イニシエーターのモデル・ゴリラ、リンダ・レイとそのプロモーター芹沢 友幸。ガストレアを排除しました」

「伊福部 滋、了解」

 

 伊福部も礼をすると、二人の肩に手を置いて「二人ともご苦労だったネ」とねぎらった。

 

「現場の後始末とかはこちらに任せておいて。報酬はキッチリ振り込んでおくから今日はゆっくり休みなされ」

「えぇ、そうしておきます。後は頼みますね警部」

「ああ、ありがとう友幸くん。嬢ちゃんもまたね」

 

 

 

 青年と少女が現場から離れていくのを見送った伊福部は、懐からまた煙草を取り出し、火をつけた。

 遠くに広がる海を見つめる。今日は快晴なようで、澄んだ空気の向こうで太陽がおぼろげながらも顔を出し始めており、万華鏡のように海を照らしていた。

 

 

 世界には『民間警備会社』通称『民警』と呼ばれる、対ガストレア討伐専門組織が存在する。

 

 現在こそ各国エリアは、バラニウム製のブロックで形成されたモノリスの恩恵によりガストレアの侵入を防いではいるが、それとて完璧な防御壁というわけではない。侵入した一匹のガストレアがウイルスを媒介し、それによる感染爆発が起こってエリアの滅亡にも繋がりかねないことが頻繁に起こりうるのだ。当初は警察や機動隊、そして自衛隊が対処していたが、今では『民警』がそれらに取って代わっている。

 

 

 

 『民警』――それは人類の最後の希望。

 

 そう評したのは、一体誰だったのかナ?

 

 伊福部が吐き出した紫煙は、数秒もせずに海風に掻き消された。




フナムシっぽい生物の感染源ガストレア
 もともと一メートルもあった『フナムシとはちょっと違う生物』がガストレアウイルスによって一回り巨大化したもの。歩く際に粘液状の物質を出す。尾部を地面に打ち付ける反動を使って、天井の高さ程度まで跳び上がることが可能。数匹が海辺に近い廃病院の放射線治療室に住み込み、迷い込んだ野良犬や野良猫を襲って体液を吸い尽くしてミイラ化させてしまった。人的被害はなし。
身長:二メートル
体重:六十キログラム


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 青年は変態淑女と会話するようです

 空前絶後の変態淑女が登場。部屋に入るシーンはカットしています。

 ちなみに今回は不謹慎ともとれる記述がありますので、ご了承ください。



 


「どういうことですか? それ……」

 

 そう言ってから、ずず、とコーヒーを一口すすった友幸は持っていたマグカップを置いた。

 先の仕事から数日後、友幸はある場所にいた。

 今日は良く晴れた日だったが、そこはそれなりに広さもあるが薄暗く、鼻にツンと来るようなミント系の芳香剤の香りが漂っている。床は緑色のタイルで固められ、なんとも不気味だ。

 蛍光灯がバチバチと点滅して光が『二人』に降り注いでいる。何かの資料で埋まった白くて四角い机の上に、無理やり作ったスペースに置いたコーヒーカップが『二つ』ある。

 

 友幸は、向かい側に座っている人を見ながら、胡散臭そうに座っていた。

 そんな彼の気持ちを知ってか知らずか、向かい側に座っている人はやけにフランクな態度で話しかけてくる。

 

「言った通りさ。きみが倒したフナムシっぽいガストレアはステージIIじゃない」

 

 その椅子には白衣を着込んだ女性が座っていた。

 肌は病的なほど白く、伸び放題の髪の間から除く目元には濃いクマができているが、その素顔はよく見なくても美人だということがわかる。本人は不健康を通り越して今にも死にそうだが。

 室戸菫。友幸が今いる勾田病院の法医学教室の室長にしてガストレア研究者。地下に増設されたこの部屋に長年居座っている重度の引きこもり。深夜、病院の外に出たところを幽霊と勘違いされたことがあった。

 そして信じられないことに、友幸たちの後見人を務めている人物でもある。

 

「ですが、ステージIIIにしては小さすぎますよね? じゃああのガストレアは、もしかしてステージIだったってことですか?」

「もしかしなくてもそうだ。だいたい、たかが二メートル弱の大きさでステージIIという君の仮定自体がそもそも間違っているよ」

「仕方ないじゃないですか。ステージIにしても吸血するフナムシなんて聞いたことないですから、フナムシにエビかタガメの因子が混ざったステージII以降のガストレアってほうが仮定しやすかったんですよ」

 

 まぁ、そう思うのも無理ないだろうね。菫は苦笑する。

 ガストレアウイルスに感染した初期の生物、ステージIは地球上の生物を単純にスケールアップさせただけだ。だが、あのガストレアは現在確認されている生物のどれにも似ていなかったため、判断を誤ったのだろう。

 

「考えられるのは、大戦以前から未確認だった生物がガストレア化した、ですかね」

「ま、それがベターな回答だろう。まったく、地球上の生物はあらかた狩りつくされているものとばかり思い込んでいたよ」

 

 そう言って菫は傍らに置いてあるテレビに目を向け、「……ついこの間まではね」と自嘲気味に言った。そこに映っていたのは、海上を優雅に進む『アレ』の映像だった。

 

「……『ゴジラ』ですね……」

 

 友幸はぽつりとつぶやいた。

 

 聖居をはじめとした各国エリア統治者からのゴジラの公表から、はや数週間が経過した。ガストレアとは全く異なる未知なる巨大生命体の存在。その情報は、世間を震撼させるには十分なインパクトを持っていた。

 

 開示された情報を総合すると、先史時代に絶滅したはずの巨大生物がいまだにこの地球に生息しており、近年になって活動を再開した。その巨大生物の名は『ゴジラ』と呼ばれており、太平洋を中心に多くのエリアで目撃情報があるという。

 絶滅していたはずの生物が実は生きていた。

 これだけ聞けば一部を除いて大半の人間は大発見だと思いながらも、それほど気に留めることはなかっただろう。だが、ハワイ真珠湾沖で撮影された『ゴジラ』を見た多くの人は度胆を抜いた。公開された映像のゴジラは海中を泳いでいる最中で、鋭くとがった背びれが海をかき分けてすすむ様子が映し出されていた。確かにそれだけでも驚きだが、さらなる驚きは別にあった。上空で撮影されたゴジラは、追跡のためなのかある程度離れた位置を並走していた航空母艦と大きさがほとんど同じだったのだ。ジェラルド・R・フォード級航空母艦と呼ばれるその原子力空母は全長が三百三十三メートルもあるそうだ。

 映像から推測されたその数値によると、その全長は数百メートルはくだらないという、ステージVのガストレアに引けを取らないぐらいの非常識極まりない大きさだった。しかもゴジラは陸に上がって活動することもできるらしく、直立姿勢での体高は推定で百メートルをゆうに超え、その重量は少なくとも九万トンに達するらしい。

 

「このゴジラとやらを見たときは久しぶりに驚愕したよ。この世のあらゆる法則にケンカを売るような存在が、ガストレア以外にも存在したってね。思わずテレビにしがみついて、そんなもん物理的にあり得るか!! って怒鳴ってしまったよ」

 

 菫は椅子の肘掛に肘をついて顎を乗せるとくつくつと笑う。

 

 住民の反応は実に様々だった。

 当初は聖天子をはじめとした各国エリア統治者には『ガストレアだけでも戦々恐々としている市民をさらに恐怖に陥れた』といった批判が少なからず集中した。テレビをつければ、ニュースでそのわけのわからない存在に恐怖の声を上げる民間人が取材され、各分野―――おもに生物学の専門家たちがゴジラについて討論をしていたのを思い出す。しかし、それはすぐに終息した。

 なぜなら、古生物学と生物学の世界的権威である山根英二博士が聖居へ招致され、そこで堂々と『ゴジラはガストレアのように人類と敵対しない』と言い切ったからである。

 聞けば、ゴジラは地球の生態系を崩壊させているガストレアを『自分のなわばりを荒らす邪魔者』とみなしており、その防衛本能でガストレアと敵対している可能性が高いそうだ。太平洋を中心とした各地で目撃されることが多いのはガストレアを殺し回っているからで、ガストレアがほとんど接近しない各国エリアに来る可能性はまずありえないらしい。

 

 この発表は、ゴジラの存在を危惧していた人の多くの恐怖心をいくらか和らげることとなったが、その後ゴジラを『世界の救世主』と崇める非公式団体を誕生させる遠因となってしまった。

 

 ゴジラの存在によって生じたこの一連の社会的混乱は、その後『Gショック』とよばれることとなる。どこの腕時計だよ。

 

 

 

「つくづく、私たちが住むこの地球には驚かされるばかりだ。常識なんてものは、なにかあれば簡単に覆る。『七賢人の一人』なんて呼ばれている私も、ほかの人間よりちょっと頭がいいってだけだったってことを思い知らされるよ」

 

 まぁそれはおいといて、だ。菫は話題を切り替えた。

 おもむろに立ち上がると大型の冷蔵庫からトレイと、何やら金属製の大型の箱を取り出し、机の上の物を無理やり振り払って置いた。最初にトレイの水滴が付いたラップを取る。節ごとに分かれバラバラになったエビのような甲羅に、赤黒く濁った半球形状の目が照明の光を不気味に反射している。ブヨブヨとした内臓らしきものがいくつか黄緑色のドリップに浸り、わずかに腐臭が漂っている。友幸が倒したフナムシっぽい生物のガストレアの成れの果てだった。うひょ~。

 

「コイツを解剖してみたが、現在のカニやエビなどの甲殻類なのは間違ない。足の数は十四本、フナムシとかの等脚類の一種で、構造は非常に原始的だった。おそらくコイツは生きた化石だったのだろうね。だがその臓器に、既存の生物では有り得ない、驚くべき機能を持つモノが見つかったのだよ」

 

 そう言って金属製の箱を取り出し「この中に入ってる」とふたを軽くたたいた。

 

「その臓器って一体どこが驚くべき機能を持っているんですか?」

「それは消化器官にあたるものなのだがね、内部から微量ながらも放射線が検出されたのさ」

「放射線?」

 

 菫は頷き、言った。

 

「この臓器からは一〇〇〇〇マイクロシーベルト、つまり十ミリシーベルトもの放射線が含まれていたんだよ」

 

 ここで菫はホワイトボードを取り出し、ペンでなにか書きこみ始めていく。

 

「これは生物としてかなり異常だ」菫は続ける。

「自然界に存在する放射線は年間四百八十マイクロシーベルト程度と少ない。あまり知られていないことだが、人が日ごろ口にする水や食物にも極微量の放射性核種が含まれている。地球に存在する生物は常に体内被曝しているといえるが、人間でもその量は年間で年間二百九十マイクロシーベルト程度だ。ガストレア戦争で核兵器が大量に使用され、地中、海中、大気中の放射能濃度もわずかに上昇したが、それでも身体に影響を及ぼすレベルには至っていない。だからこのフナムシと同様の放射線量を体内に取り込む方法は三つ。それこそ自然放射線を含んだ生物を年中休みなしで食べ続けるか、生物濃縮で放射性物質を取り込んだ生物を食べるか、このフナムシ自らが放射性物質を取り込むか、だな」

 

 うーん?

 君はどう思う、と菫に聞かれ友幸は眉をひそめた。

 

「ですが先生。ガストレアはバラニウムだけでなく放射能にも耐えられな――」

 

 言い終わらないうちに「その通り」と菫は言った。

 

「バラニウムの磁場以外に存在する、ガストレアのもう一つの弱点。それが放射能だ。高濃度のそれを浴びるとほかの生物と同じく細胞が破壊されやがて自壊する。ウイルスも破壊され二度と再生しない。これが先の大戦で核兵器が使用された理由の一つなのは知っているだろう」

 

 友幸は頷いた。もっとも、細胞単体ならまだしもガストレア化した生物を自壊させるほどの効果を発揮させるには、ステージIでさえ致死量の何倍もの放射能が必要なのだが。

 

「私が今まで解剖してきたガストレアもここまで放射性物質を取り込んだ個体はいなかった。それもそうだ。食い続ける? いくらガストレアが暴食でもそこまで取り込むには限界がある。なら直接接種? それも違う。第一、自分から毒を喰らう生物がどこにいるというのだ。ありえない。絶対にあり得ない。だが――――このガストレアはその毒である放射性物質を取り込んでいるのに、私が確認したその細胞は特に弱った様子がなかったのだよ」

 

 これを見てくれたまえ。

 菫が封筒から数枚の写真を取り出し、蛍光板に張り付けた。

 

「この写真の細胞はフナムシのもので採取したばかりだ。見てのとおりウイルスに侵されていて再生能力も高い状態になっている。私は病院の加速器を借りてガンマ線を細胞に照射してみた。その結果が二枚目の写真だ。

 ウイルスはガンマ線の影響で完全に崩壊し、そしてなぜか寄生される前の細胞だけが残ったのだ。気になった私はさらにガンマ線を細胞に照射した。すると何が起こったと思う?」

 

 白衣の美女は怪しい笑みを浮かべていったん言葉を切った。友幸はふるふると首を振って先を促す。そんなものは彼の専門外だった。

 

「活性化だよ。細胞の活性化だ。細胞は放射線を吸収しエネルギーに変えてしまったのさ。これがあらわすのはつまり、このフナムシは寄生される前から放射線をエネルギー源にしていたのだよ。だとすると、ウイルスに寄生される前も運動能力が高く、推定一メートル弱の大きさだった可能性がある」

 

 友幸は目を見開いた。もしそれが本当なら、生物学の常識を根本からひっくり返す発見になる。

 放射線は簡単に言うと莫大な運動エネルギーを持って空間を飛び回っている素粒子である。それが高濃度で生物の身体を通り抜ければ、細胞やDNAはその勢いに耐えられずに崩壊してしまう。分厚い鉛の板で保護すれば幾分か防げるが、自然界にそんなものはないため、地球上の生物の細胞は放射線には絶対に耐えられないとされていた。

 

「等脚類の最大種はダイオウグソクムシだが、こいつはそれを遥かに上回るサイズだ。その上、フナムシやダンゴムシと違って、体節の大きさが不均一だ。君に飛び掛かってきた事を考えると、筋肉も随分と発達している」

 

 ゴム手袋をはめた菫は、フナムシの頭を持ち上げて何かを引っ張り出した。手の中に管状の構造がある。根元が口に当たるだろう場所に伸びていた。

 

「そしてこの口器、他の等脚類とは異なる吸血という生態を持っていることを意味している。感染前のコイツは寄生生物だと仮定していいだろう。寄生なら体液をするのが一番有効な栄養摂取の方法だからね。白い粘液は宿主へ付着しやくする接着剤の役目を果たしているんだろうな」

 

 それならば、移動の速度に対しての跳躍力も納得できた。生物の外皮への寄生をする際、ノミの様に飛びつくのが一番簡単だからだ。

 ふと友幸は俯かせていた顔を上げた。「寄生生物」という単語が妙に引っかかる。

 

「先生……もしこのフナムシが寄生生物だとしたら………前はどんな生物に寄生していたんです?」

「そうさねぇ」

 

 菫はペンをくるくると回し、視線を宙にさまよわせた。

 

「これはあくまでウワサだけどさ、ゴジラが生息していた何億年前という古生代の地球は、大戦以前の十倍の放射能で満たされていたらしいぞ」

 

 こともなげに言う菫に、友幸は押し黙った。

 このフナムシはほかの生物に寄生し、放射能を餌にする。だとすると、宿主も放射能を餌にして生きている可能性が高い。

 

「そういえば、数週間前に太平洋側の日本近海でクジラより巨大な生物の影を確認されたらしいな。しかもその海域から微弱な放射線が検出されたそうだ」

 

 思い出す。

 フナムシは日本の病院にいた。その病院は、海に近いところに建てられていた。

 寄生生物は、瞬発的な運動能力こそ高いが長期間行動することはできない。寄生生物は、基本的に宿主の移動能力を借りるため、自らの移動能力を使うことがほとんどないからだ。このフナムシも例外ではないだろう。だとしたら、宿主がこの日本の近く、または日本にやってきていたのだろう。

 

「放射能を餌にする寄生生物、放射能で満ちた太古の地球、そしてその時代に生きていた甦った古代怪獣………別に私が推論をわざわざ言わなくても、それがなんなのかはすでに君の中ではなんとなく答えが出ているんじゃないかい?」

 

 からかうように訊いてくる菫に、友幸は天井を見上げた。蛍光灯の光が、網膜に突き刺さる。

 

 間違いない。フナムシの宿主は――――――

 

「案外ゴジラは、この日本の近くにいるのかもしれないね」

 

 菫は目を細め、ニヤリと笑みを浮かべた。

 

 

 

 友幸はその後も菫と一言二言ぐらい言葉を交わしたあと、ふっとため息をついて彼女に告げた。

 

「それじゃ、そろそろ帰りますね」

 

 お~う、と菫は間延びした返事を返すとあくびをかみ殺した。

 

「あ、そうそう。今日私の所に来た民警がだね、モデルスパイダーの感染者ガストレアを倒したのだがその元となる感染源のガストレアの情報がまったくないと嘆いていたな。おそらく感染源もモデルスパイダーだろうね」

 

「ちょっと待て、そういうことは最初に言うもんでしょうが!?」

 




 す、進まねェ………。本当は終盤にあの狂人親子を出す予定だったのですが、切りがよかったので次回にします。本当に出せるかどうかは疑問ですが………。
















~~没ネタ~~






「コイツを解剖してみたところ、構造は現在のカニやエビなどの甲殻類に似ているが、非常に原始的だった。おそらくコイツは生きた化石だったのだろうね。だがその臓器に、既存の生物では有り得ない驚くべきモノが見つかったのだよ」

 ここで菫がロッカーから二着のレインコートのようなものと手袋を取り出し、友幸に投げ渡した。
 生地がやけにごわごわしていて重い。肩の部分をもって広げれば、でろりと垂れ下がった。
 なんか胸元に見てはいけないマークが見える。恐る恐る、顔をひくつかせて聞いた。

「………一応聞きます。これは?」
「放射線防護服だ。これから扱うのはソウイウモノだからな」
「なッ!?」

 あっけカランと告げられた言葉に、友幸は思わず防護服を取り落としそうになった。

「まぁ着たまえ。反応は非常に微弱だったから人体に影響が出るほど被曝するなんてことはまずないが、念には念を入れてだ」

 そう言いつつ白衣を脱いだ菫はその長い髪を束ね後頭部で結んで素早く防護服を身にまとう。しぶしぶと友幸もそれに続いた。保護素材が重ねられているのか動きづらい。
 パカリと菫によって箱のふたが開けられると、隙間からドライアイスの蒸気が漏れだしてきた。





『うっふん♡ スミレちゃんの楽しいショッキラスの臓器授業♪(仮)』で、本物を交えた放射線吸収機能を持った臓器の説明シーンを考えたけど難しいうえに不謹慎すぎたのでやめました。


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 青年は狂人親子と邂逅したようです

 今回は短めです。現在のところ一番少ない文字数だと思います。


 時刻は午後四時を回っていた。

 見上げれば日は少し傾いており、雲間から除くその光は赤みがかっている。

 友幸は仰々しい悪魔のバストアップが描かれた扉を背にして部屋を出ると、急な階段を上って廊下に出てから南側に続く廊下を移動し、時折通り過ぎる病院の職員に会釈して勾田病院を後にした。その後は夕食のメニューを考え、近所のスーパーマーケットに足を運び、材料を購入した後、帰り道を歩いていた。

 

「…………」

 

 疲れたのか、友幸はふっとため息をついて、材料がいっぱいに詰まった買い物袋を地面に置くと両手を組んで思い切り伸びをする。ペキポキと関節が音を鳴らした。

 

 そして、組んでいた両手をほどくとそのまま背中に手をかけてジャマダハルを抜き取り、背後から迫る殺気に対して防御姿勢を取った。

 金属同士が激しくぶつかる音があたりに響き渡る。襲撃してきた影は弾き飛ばされるも、華麗な身のこなしで道路に着地する。

 驚きの声は両者から上がった。

 

「え? 斬れなかった!?」

「な、子供ッ!?」

 

 友幸が弾き返したのは両目を真っ赤に光らせた十代前半の少女だった。

 癖が強いウェーブ状の黒髪は短くまとめられており、フリルのついたワンピースがヒラヒラ舞ってとても可愛らしい。

 だが、その両手に持つ黒光りの小太刀を満面の笑みを浮かべて取り扱う様子はそれを狂気に染め上げているような感覚を覚え、思わず身震いした。

 

「おやおや、小比奈の一撃を弾き返すとは。なかなかやるじゃないか」

 

 反射的に声が聞こえた場所に顔を上げる。

 電信柱の上で奇妙な格好をした長身の男が立っていた。

 身長は一九〇センチほどの細い体つきで、ワインレッドの燕尾服にシルクハット、顔をつけている白い仮面には三日月状の目と口が、気味の悪い笑顔を形作っている。

 

「よっと」と男は軽い調子で電柱から飛び降りると、スタスタと歩いてきて小比奈と呼ばれた少女の隣に並んだ。

 

「パパ、このひと意外とつよい。斬っていい?」

「さっきも駄目だと言っただろう。なのに急に飛び出しおって。まったく愚かな娘よ」

「むぅ~、パパぁ」

 

 不満そうな小比奈の様子を見るに、どうやら男は彼女の父親のようだ。だが、友幸を殺したいとまるで欲しいおもちゃをせがむ子供のように小比奈が指差したのを見て背筋が震える。一体どんな教育を施したらあんなふうに育つのだろうか。

 

「私の名前は蛭子影胤。娘の小比奈が飛んだ迷惑をかけたようだ。謝罪しよう。君と戦うつもりはないからその物騒なものをおろしてくれたまえ」

「遠慮します。いきなり襲撃してきた自称敵意のないお方に対して武器を向けないなんて寛大な心、自分は持ち合わせていませんからね」

 

 影胤と名乗った男はそれほど目立つ武器を持っていないため、一見すると丸腰に見えたが、全身から溢れ出る威圧感がそれを否定した。相手は強者だ、それも飛び切りの。

 友幸は腰を低くし攻撃に対応できるように構えると、二人への警戒を緩めずに聞いた。

 

「して、自分に一体何の用です? 人探しですか? なら人違いだと言っておきますよ」

「おやおや、なかなか面白い冗談を言うじゃないか。安心したまえ、私が探していたのは君だからね。マァ、探すと言ってもこんな状況に持っていかずにただ静かに見るだけのつもりだったのだが」

「…………どういうことだ?」

 

 友幸は敬語を捨て、言葉に力を込めた。

 正直に言って、自分がこの怪人の標的になる理由が思い浮かばない。何があってコイツにストーカーされなければならないのだ。

 だが、全くないというわけではなかった。あるとすれば、一つだけ、ある。

 

「芹沢猪四郎…」

 

影胤は居住まいを正すと、やや芝居がかったふざけた調子で両手を軽く広げて演説する。やっぱりそれか、と友幸は下唇を噛んだ。

 

「国連G対策センターの極秘計画、『超人兵士計画』に参加したドイツのアルブレヒト・グリューネワルト、アメリカのエイン・ランド、オーストラリアのアーザー・ザナック、日本の室戸菫、フランスのオーバン・マリク、そして中国のフー・クーリンに続く『七賢人』の一人で物理学者。それぞれのアクが強く、最後まで心を通わせなかった彼らの中で唯一の常識人であり、積極的に他の賢人とかかわった『最後の良心』。レーザー核融合の開発とその小型化に成功し、実用化。そして海水の重水素から作り出すプラズマエネルギー理論を提唱。現在は試験起動にまで持ち込んでいる。各国エリアのエネルギー問題の解決に貢献したその功績は非常に大きい」

 

 ――だが、彼は死んだ。

 影胤は仮面を抑え、押し殺すような声でつぶやいた。そのわざとらしいふるまいに、友幸は次第に苛立ちを募らせていく。

 

「七賢人の中で直接その死が確認されたのは今のところ彼のみ。そして、その血を引いた一人息子がどこの会社にも属さずフリーで民警をやっていて、その実力は序列一九五四位と、それなりに興味が湧く要素は一通りそろっている」

「そうかよ、だからなんだっていうんだ。確かに俺は父さんの息子だ、だがそれだけだ」

 

 友幸がそう言い切ると、影胤は仮面の奥でくつくつと笑い声を漏らした。

 

「結果はこうなったとはいえ、これで俺を影から見るっていうあんたらの目的は達成しただろ。これ以上俺に用がないならさっさとどこかに行ってくれ」

「フフフ、君は蓮太郎君とはまた違った面白さがあるね。私としてはまだ君と話をしてみたいのは山々だが、私にもこれから外せない用事があるからそろそろ退散するとしよう」

 

 そういうと、友幸を見た。仮面の奥にある瞳がじっと見据える。

 

「そういえば、まだ君の名前を聞いていなかったね。せっかくこちらが名乗ったんだ。君の名前を聞かせてもらおう」

「………友幸…芹沢友幸だ」

 

 影胤は「友幸くんね…覚えたよ」とつぶやきながら回れ右をした。

 

「近いうちに、このエリアに滅亡の嵐が吹き荒れる。そのとき君は私と再び会うことになるだろうね。いくよ小比奈」

「また会おうね、トモユキ! 次はそのくび絶対に斬ってアゲル!」

 

 二人は悠然と歩いていくと、闇の中へ消えた。

 友幸はその後ろ姿を見送ると、静かに力を抜き、腕をおろす。惰性で地面にぶつかったジャマダハルの切っ先がガリガリと地面を削る音が聞こえた。

 

「………二度と会いたく無ェよ」

 

 地面に下ろしたままだった買い物袋を手に取り、影胤とは逆の方向に歩いていく。緊迫した状況から解放された倦怠感が全身を包んでいたのだが、自宅で心配しているであろう義妹と相棒の姿を思い浮かぶと、自然と駆け足になる。

 どれほど対峙していたのか日はすっかり落ちてしまい、一等星がいくつか瞬いていた。

 

 




機械化兵士計画⇒超人兵士計画
 身体の一部を機械化するだけでなく、バイオテクノロジー、物理学、超能力など複数の工学、学問を用いた改造を人体に施し、超人的な攻撃力や防御力を持つ兵士を造り出す極秘計画に変更。そのため他の工学専門の学者や超能力者なども加わっている設定。ただし「人造人間」などの倫理に欠ける研究は禁止されていた。
 また、この極秘計画は度重なるガストレアの脅威から世界を解放するために発足した『国連G対策センター』が打ち出したものとなっている。

芹沢猪四郎
 七賢人の一人。友幸の父親。
 その専門は核融合エネルギーをはじめとした物理学全般。当初は機械化などの人体改造に難色を示していたが、「生命の誓い」により強制的な執刀はせず、被験者との「生きるか死ぬか」の同意を得て執刀するという方針により渋々承諾した。
 最後まで馴れ合うことのなかったほかの賢人たちとは違って「学ぶことがある」とほかの賢人と交流し、知識や技術を吸収していた。特にグリューネワルトからは多くのことを学んだらしい。同業の菫は「オッサン」呼ばわりしているが、率先してほかの賢人たちから学んでいくその姿勢には感心している。
 レーザー核融合の開発とその小型化に成功し、実用化したうえ、海水の重水素から作り出すプラズマエネルギー理論を提唱。現在は試験起動にまで持ち込んでいる。各国エリアのエネルギー事情を解決したため、『七賢人の中でもっとも世界に貢献した男』と評されている。
 某月某日、正体不明のガストレアの襲撃を受け死亡。七賢人唯一の死者になってしまった。

オーバン・マリク
 七賢人の一人。
 超人兵士計画フランス支部「ブラッドロック」の元最高責任者。
 動物の因子を用いたバイオ技術が専門。七賢人の誓いである「生命を尊重する」約束を真っ先に破棄し、複数の生物を組み合わせた生物兵器「キメラ」や、ガストレアウイルスを用いて「呪われた子供たち」と同等の能力を持った人造人間「バイオ・ソルジャー」を作りだそうとしていたため、他の賢人から危険視されていた。現在行方不明。

フー・クーリン
 七賢人の一人で、通称「ドクター・フー」。
 超人兵士計画中華人民共和国支部「ガリフレイ」の元最高責任者。
 サイボーグ技術はもとより、それを発展させたロボット工学やバイオ技術も専門としている。七賢人の誓いである「生命を尊重する」約束を当初は守っていたが、唯一の家族だった妹がガストレア化し、死亡してからは性格が一変。約束を破棄し「呪われた子供たち」を使った機械化兵士「ハイブリッド」を作り出すだけでなく、マリクと共にバイオ・ソルジャーも作りだし、さらに機械化手術を施そうと考えていたため、他人はおろか他の賢人からもマリクに続いて危険視されていた。現在は行方不明。



 本当は白神博士や岩本博士も入れる予定でしたが、日本人の比率が多くなると思ったのでボツ(本編に出さないとは言っていません)。

 本編より設定のほうが早く書けたってどういうことなの………………。


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 青年は政府から命れ…ゲフンゲフン。依頼を受けるようです。

 前回の反動で今回は長めです。今話でやっと原作主人公たちと出会います(一人除く)。


「………ヒオ姉、ここはこれであってるか?」

 

 ノートを片手に、額に汗を浮かべたリンダがヒオに聞いた。

 

「はい、正解です」

「よし!」

「でもまだ次がありますからね」

「あ~ぅ~……」

 

 難問を解いて喜んだのもつかの間、マナに言われて意気消沈する。諸事情があって学校に行っていない彼女は、ヒオとマナに見られて通信教育の宿題をしている最中だったが、終わりの道へはまだまだ遠いようだった。

 それをほほえましく思いながら、友幸は熱湯で満たされた鍋に乾いたスパゲティを入れていつもより少し早めの昼食を作っていく。今日は朝から暖かかったので、熱くなくてもおいしいタラコクリームスパゲティだ。

 

 いろいろなことがあった。

 

 麺が茹で上がるのを待つうちにふとそんなことを思う。

 先史時代に生息していた巨大生物ゴジラの出現――テレビで見ただけだが――に、弱点であるはずの放射能を吸収する謎の機能を備えた巨大フナムシが変化したガストレア。そして昨日会った狂人、蛭子影胤親子。

 少し前まで自分はまず遭遇することのなかっただろう出来事がこう短期間に連続して起きてくると、これから何かすさまじい出来事に遭遇してしまうのではないだろうかと思ってしまう。そうでなければいいのだが。

 鳴りだしたタイマーを止めて茹で上がった麺を取り出し、一本口含んで麺の硬さを確認すると、あらかじめフライパンで作っておいたソースに絡めていく。クリームの中に、タラコのほかにも細かくほぐしたタラの身を入れるのが友幸流。混ぜていくうちにタラの身が外側によらないように気をつけなければいけない。

 完成したスパゲティをトレイに乗せて食卓に持っていくと、においにつられたのかすでに三人が席についていた。

 

 

 

「―――そいでその時な、天誅バイオレットがポイズンマジックをわざわざ敵の口に直接ぶちかます瞬間、ニヒルに笑いながらこういうんだよ。『薬は注射より飲むのに限るぜ』って!」

 

 昼食を食べている最中で、昨日放送していた『天誅ガールズ』に登場した天誅バイオレットのカッコよさを身振り手振りで熱演するリンダに、ヒオとマナは微笑みながらその話を聞き、友幸は聞き流しながら適当に相槌を打つ。そもそも『天誅ガールズ』ってなんだっけと、以前にリンダから無理やり聞かされた情報を思い返した。

 確か、義父を殺された主人公、大石内蔵助良子が復讐を誓い、全国の四十六士――要は魔法少女――を集めて仇敵、吉良の屋敷へ討ち入りするという話で、ジャンル的には「赤穂浪士魔法少女萌え」という、なんだかよくわからないものに分類されている。萌え系の魔法少女がハルバードやらチェーンソーなど、やたら物騒なマジックアイテムを片手にほとんど魔法を使わない血生臭い闘いを展開するという要素が人気を集め、小さな子供から大きな子供まで幅広い範囲で人気を集めているそうな。

 以前リンダと一緒に見た放送回で、主人公が変身する天誅レッドがすさまじい形相で『死ねえぇぇぇ!!!』と雄たけびをあげて敵を文字通り『血祭り』にあげている場面を思い出す。アレどうみてもスプラッターじゃん。普通なら深夜域の番組だよね? なんでゴールデンゾーンなんだよ放送局仕事しろ。

 

「―――天誅バイオレットはこう言い切ったのさ『卑怯もラッキョウもあるか! あたしの戦は敵に勝つか負けるか、そのどっちかなんだよ!!』…っかぁ~いいねぇ!!」

 

 そこに痺れる憧れるゥ!! とリンダがなおも天誅バイオレットのカッコよさを熱弁しているその時だった。友幸のポケットに入っている携帯の着信音が鳴った。画面を確認すると『緊急通信』と表示されていて、自然と顔が真剣になる。友幸は彼を見る三人に「いいよ続けて」と言うと、そそくさとリビングを後にして電話に出た。

 

「もしもし」

『芹沢友幸さんですね? 貴方とそのイニシエーターに緊急招集が掛かりました。直ちに防衛省まで来てください。以上です』

 

 息つく間もなく一方的に告げられた無機質な言葉に、はい…、と友幸はやや拍子抜けしてうなずく。それを聞いた相手は『よろしくお願いします』と言って電話を切った。

 リビングに戻ると、リンダたちはすでに昼食を食べ終わっており、流し台に食器を入れていた。当然だが自分の分はまだ残っていたので急いで掻き込む。味なんか感じている暇はなかった。

 

「どうしたゆーこー? 仕事でも来たのか?」

「んく……ああ、そうらしい。すぐに来いってさ」

「おぅ、わかった」

 

 

 友幸は自室のクローゼットから専用のスーツを引っ張り出し、着替える。ベッドの上には仕事用のダッフルバッグが置いてあった。忘れ物がないか確認し、支度を整えて玄関に向かって外に出ると、そこには普段着姿のリンダが待っていた。友幸は空を仰ぐ。数週間前とは違い、太陽は早朝から空気を温かくしていた。

 

「おう、おそいぞ~」

「はいはい…。それじゃあ二人とも、いってくるな」

「はい、頑張ってください」

 

 二人の義妹の見送りを受けながら、友幸はヘルメットをかぶって用意していたバイクにまたがった。リンダもおなじくヘルメットをかぶって後ろに座って腰に手を回したのを確認すると、エンジンに火を入れてバイクを発進させる。サイドミラーにうつっている自宅と二人がみるみる遠さがっていくのが見えた。

 

 昼の暖かい空気をかき分けて丁字路を曲がって友幸の自宅がある住宅街を抜けると、歩行者と車がせわしなく行きかっている大通りに差し掛かる。赤信号に遭遇したので友幸はバイクを止めた。エンジンの音で掻き消えていた車の走行音と信号のベルが聞こえてきて、濃密な排気ガスの匂いがヘルメットの中に充満していく。後ろに座り込んだリンダが「相変わらずここはうるさいなぁ。それに臭い」とヘルメット越しに文句を言うのが聞こえた。

 友幸は顔を上げ、そびえたつビルの数々に目を細める。

 今でこそ、この地区は多くのサラリーマンの仕事場があるビル街として発展しているが、十年前はガストレアの進行によって破壊され、大戦終結直後はまさに不毛の地だった。長いようで短かった十年でここまで復興したこの『うるさくて排気ガス臭い』地区を見ると、なんだか感慨深いものがあった。

 

「なぁゆーこー、防衛省があたしたちみたいな民警に連絡をよこすって、ふつうないよな」

「普通はね。でもひょっとしたら普通じゃない事態が起きたのかもしれないよ」

 

 たとえば、ゴジラが現れたとか。ステージVが現れたとか。と友幸は次々と例を挙げる。本人は冗談のつもりだったが、前者はともかく後者はまったくシャレになっていないとリンダに突っ込まれた。

 そして多分……と友幸は続ける。

 

「恐らく呼び出されたのは俺たちだけじゃない。東京エリアの殆どの民警が呼び出されているんじゃないかな?」

 

 友幸とリンダは序列が千番台で業界ではそれなりに名が知られているペアだろうが、なにせ業者に属していないフリーの民警だ。ガストレアの駆除は直接依頼や知人などを経由してもらう依頼などに限られる。今回は東京エリアの防衛を担う防衛省からわざわざ招集がかかった。だとしたらその内容は当然政治的で、かつこのエリアの存亡を左右するものなのだろう。

 民間警備会社の主な仕事はガストレアの駆除だが、しばしば政府から公にしにくい依頼を受けたりもする。

 なぜ民間の会社に政府が依頼するのか。答えは簡単で『口封じがしやすい』からだ。もし政府から依頼された用件をこなす途中にその内容を知ってしまい、なおかつそれが国家機密レベルの事実だとしたら真っ先に消されることになるだろう。人一人の民警の死亡原因など国家権力にかかれば捏造も造作ない。『ガストレアにやられた』とでもすればいいのだから。それが友幸みたいなフリーならなおさらだった。

 

「ふーん、一体どういったものなんだろーな」

「さぁね、それは行ってみてからのお楽しみってやつだろうさ」

 

 

 

 その後は特に赤信号に遭遇することなく進み、長距離の移動に飽き始めたリンダが「まだか」と頻繁に呟くようになったころに防衛省に到着した。

 まだ昼下がりだというのに庁舎は閑散としており、車はおろか通行人の影すらない。一昔前ならばこの時間帯でも通行人が行きかっていただろう。戦争による人口減少のせいだろうか。

 入り口で受付けの職員に名前を告げると、名札付きの首かけを渡された後、国の施設特有の飾り気のない廊下を案内され、乗り込んだエレベーターがグッと上昇する。

 第一会議室と書かれた扉の前で止まると、職員は一礼して去って行った。

 それを見送った友幸はふっと息をついて服装をある程度整えると、扉を押しあける。

 

 入った瞬間に二人が目にしたのは、倒れこんできた少年の後ろ姿だった。

 

「…………え?」

「…………は?」

 

 なに? 何が起こってんの? と二人が混乱しているうちに少年は床に躰が叩きつけられる直前に片手を床につけ、立ち上がった。どうも誰かといがみ合っているらしい。

 

 やっぱりこうなってたか。と友幸は辟易する。

 民警ペアの片方であるプロモーターはその司令塔となり、相棒のイニシエーターの精神的支柱となるが、ほとんどの者は元囚人だったりチンピラだったりと好戦的かつ個性的な者たちが多い。そのため、こうした集まりはチーム同士の衝突が起こる可能性が高かった。眼前に広がる光景も、そういう類なのだろう。

 

「おいおいそんないきがるなよ、ただの挨拶じゃねぇか」

 

 少年と対峙しているのは身長が二メートルに届きそうな大柄な男だった。かなり鍛え上げられた肉体がタンクトップを押し上げている。炎のように逆立った頭髪と口元を覆うドクロパターンのフェイススカーフが特徴的で、吊り上った三白眼が少年を見下すように細められている。背負われた、鉄板と見まごうほどの巨大な剣が主武装らしい。

 

「…何してるんですか? 伊熊さん……」

 

 驚きとあきれが垣間見える友幸の言葉に、伊熊と呼ばれた男――伊熊将監が「あぁ?」と彼を睨みつけてくる。少年もそれにつられて振り向いた。

 

「あー、誰かと思やテメーらか、眼帯野郎にゴリラ女」

「確かにアタシのモデルはそれだけど、よりゴリラっぽい体格のあんたに言われたくないね」

 

 ひょうひょうとした態度で返されたリンダの的を射ている一言に、周囲の民警達が失笑する。将監は顔を真っ赤にして表情を歪ませたが、リンダはそんなのどこ吹く風と様子でキシシと笑う。八重歯が目立った。

 

「ウチのがすみません伊熊さん。そして自分は眼帯ではなく芹沢です。…お久しぶりと言いたいところですけど、なぜこんなことに? 新米イジメですか?」

「んあ? まぁそんなところだ。こんなケツの青いガキと同列に扱われちゃ先輩としての威厳が成り立たねェからよ」

「いやいや、ガキっていわれてもあなた十分若いじゃないですか。それに自分だってあなたと比べたらまだガキですよ」

「テメェは別だ。俺とサシでやりあえるからよ。なんでそんなヤツが俺より序列が低いんだ?」

「正規社員と非正規社員の違いでしょう。そんなことより、席につきません? ここは儲け話をするところであって新米をイジる場所ではありませんから」

「……ふん、仕方ねえな」

 

 将監は鼻息を鳴らすと、バスターソードをしまって自らのイニシエーターの居る場所へと戻っていった。去り際、いがみ合っていた青年に中指を立てて。

 少年はギリリと歯軋りしたが、もう一人の少女に隠れて抓られていた。

 

………痛みに耐えてる歯軋りじゃないよね?

 

 

 

 その後、将監の所属する会社の社長と青年と一緒にいた少女の謝罪でなんとかおさまった。

 それを横目に友幸とリンダは所定の場所についたが、しばらくして「すみません」と呼び止められた。見れば、隣にあった空白席に先ほどの少女と少年がいた。

 

 二人を改めてみれば、少女はたいそうな美人だった。濡れ色の黒髪に雪のように色白くきめ細やかな素肌とは正反対の制服に身を包んでいる。色合いとそのデザインからして、名門の美和女子学院の制服だろう。日本刀を帯刀したその姿は凛としている。

 少年は黒ずんだ紺色の髪は少しクセが強い。目つきはあまりいいとは言えず、その半眼に微妙に小さな隈ができているなど、ところどころくたびれた感じはあるが、身体や重心の動きから判断してそれなりに鍛えられているようだ。こちらも同じく制服を着込んでいるが、どこの学校の物かはわからなかった。

 

「先ほどはありがとうございました。私は『天童民間警備会社』の社長を務めています、天童木更というものです。こちらは社員でプロモーターの里見蓮太郎」

「ご丁寧にどうも。自分は芹沢友幸。フリーで民警をやっています。こちらはイニシエーターのリンダ・レイです」

「モデルはゴリラだ。よろしくな~」

 

 リンダの返事に木更はにっこりと微笑み、蓮太郎も、おう、と軽く返す。その時、蓮太郎にイニシエーターがいないのに気が付いたが、この部屋にいるプロモーターたちも幾人かイニシエーターを連れていない者がいたので、まあいいやと聞かないことにした。

 

「それにしても、あの伊熊さんに因縁つけられるなんて、里見さんも災難でしたね」

「いや、好きに呼んでいい。みたとこ同年代みたいだからな。あと敬語もいらねえよ」

「じゃあ俺のことも好きに呼んでもらって結構だよ」

「あぁ、そうする。話を戻すけど、あの筋肉ダルマはいったい何なんだ? あんたの知り合いっぽいけど……」

「筋肉ダルマって……あながち間違ってないけど……。彼は伊熊将監。三ヶ島ロイヤルガーター所属のプロモーター。俺が最後に会った時のIP序列は千五百九十位だったな」

 

 友幸の説明に「少し前、千五百八十四位に昇格したそうよ」と木更が補足した。

 

「千番台か……となるとかなりのやり手なんだな」

 

 蓮太郎は小さくうめく。IP序列――国際イニシエーター監督機構が全世界に存在する七十万以上の民警に割り当てられるランク付け。功績をあげればその数値も上がり、序列の高さは民警そのものの実力を示す数値と言っても過言ではない。

 三ヶ島ロイヤルガーターはその中でも大手の中の大手だ。東京エリアを含めた日本国内でそれに匹敵、もしくは上回る企業は『世界教育社』や『帝洋グループ』所属の民警など、数えるほどしか存在しない。

 

「芹沢はいったい何位なんだ?」

「千九百五十四位。二千番台ギリギリなのはこれまでしてきた仕事が少なかったからかな」

「でもあの伊熊と互角に渡り合えるんだろ? それだけでもすげぇと思うぜ」

「ありがとう。ところで蓮太郎くんの序列は何番なんだい?」

「俺は……。えっと、端数の方は覚えてないけど、確か十二万ちょい辺り……だな」

 

 え? 友幸は自分の耳を疑った。蓮太郎の序列が自分の予想よりはるかに低かった。もっと上だと思っていた。

 普段はガストレアを相手にしている友幸だが、人間相手の実力を見極めるのもそれなりに得意だと自負している。この部屋に入った瞬間に突き飛ばされていた時の彼の体重移動や踏み込み方を見て、この部屋にいる民警と見劣りしないぐらいの実力は持っていると思っていた。

 

 理由はいくつか考えられるが、最も有力なのは“会社の知名度”だろう。蓮太郎の所属する『天童民間警備会社』なんて聞いたことがない。会社が有名ではないから依頼が来ず、ガストレアと戦闘することがないため功績をあげられないという負のスパイラルが発生しているのだろう。もし彼がもっと功績をあげれば二千番台は堅いかもしれない。

 今度仕事を紹介してあげようかな。と思っていたその時、制服を着た禿頭の男性が入ってきた。部屋の一番奥、スクリーンの目の前まで移動した。木更を含めた社長達が立ち上がったのを見ると手を振って着席を促す。遠くてわからないが、おそらくそれなりに地位が高い人物だ。

 

「本日集まってもらったのは他でもない、諸君ら民警に依頼がある。依頼は政府からのものと思ってもらって構わない」

 

 男性が何か含ませるように一拍置いて辺りを睨めつけると「ふむ、空席一、か」と一席以外全員いることを確認した。

 

「本件の依頼内容を説明する前に、依頼を辞退する者はすみやかに席を立ち退席してもらいたい。依頼を聞いた場合、もう断ることはできないことを先に言っておく」

 

 その言葉にリンダが「それ、依頼じゃなくて命令だろ」と小声で毒づく。全くだ、と友幸も思った。

 周りを見渡せば、案の定というべきか、誰ひとり立ち上がる者はいなかった。

 

「……なるほど、辞退者はいないようだな。では依頼の説明はこの方が行うので心して聞くように」

 

 そう最後に告げると、男性はそのまま身を引いた。

 突然背後の巨大パネルの電源がつけられ、そこに一人の少女が大写しになる。

 その瞬間、部屋にいるすべての社長格の人間がぎょっとして勢いよく立ち上がった。

 友幸も目を見開き、リンダはあんぐりと口を開けてパネルを見つめていた。

 和紙のように薄くて雪をかぶったような純白の服装を幾重にも羽織った姿は、その人間離れした美貌によってウェディングドレスのようにも見える。

 その肌はおろか、頭髪まで白い。

 

『ごきげんよう、みなさん』

 

 パネルにうつった少女は間違えようもない、東京エリア統治者の、聖天子だった。





千寿夏世「…………出番なかった…………」

藍原延珠「…………妾もだ…………」

怪獣たち「存在はおろか出現の兆候のカケラすらない俺らよりマシだよ」

ゴジラ「どうでもいいけどオレ映画が終了してからヒマだからそっち遊びに行くわ。準備しとけよ?」

一同「アッハイ」



「世界教育社」
 ガストレア大戦後、わずか十年で急速に成長した新企業。その規模は戦後、世界に名だたる『司馬重工』や『帝洋グループ』と共に日本各エリアの経済を立て直したと言われている。社名の通り教育関係のほか、医療関係の産業にも手を出しており、ガンの特効薬を作り出した。
 元ネタはゴジラ映画『怪獣大戦争』の同名会社。いつ見てもこのネーミングはかなり胡散臭い。

「帝洋グループ」
 ガストレア大戦前から存在する世界に名だたる超巨大コンツェルン。東京エリア新宿に本社屋を構える。戦後、東京エリアをはじめとした日本各エリアの経済を立て直し、大きく発展させたと言われており、その規模は世界経済の十数パーセントを占めるほどで、『世界教育社』や『司馬重工』を大きく上回る。
 元ネタは『ゴジラvsキングギドラ』の同名企業。


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 依頼はとんでもないシロモノだったようです。

 ゴジラ要素皆無です。それでもよろしければどうぞ。


 東京エリア統治者、聖天子。いきなりあらわれた最高権威者の存在に、多くの民警の社長格が同時に不安を覚え始めた。自分たちは、何かとんでもないことに巻き込まれているのかもしれない、と。

 

『楽にしてくださいみなさん、私から説明します』

 

 落ち着いた声音で聖天子は着席を促すが、はいそうですかと素直に着席するものは一人もいなかった。

 

『依頼自体はとてもシンプルなものです。先日、東京エリアに侵入した感染源ガストレア・ステージIの討伐、そしてそのガストレアに取り込まれていると思われるケースを無傷で回収してほしいのです。ケースは感染源ガストレアが飲み込んだか、所持していた者が形象崩壊する際に体内に取り込まれたものと推測されます』

 

 聖天子のアイコンが小さくなり、代わりにジュラルミンシルバーのスーツケースの写真がホップアップされる。そこに表示された膨大な報酬額を見て会議室にどよめきがはしった。民警が普段受け取っているそれを大幅に上回っている。

 ステージIの討伐でこれほどの賞金がかかるとは思えない。報酬額のほとんどはあのケース、そしてその中身にかかっているのだろう。

 すっ、と木更が手を挙げた。

 

「回収するのケースの中身を、お聞きしてもよろしいでしょうか」

 

 木更の質問は図らずもその場にいる民警たちの疑問を代弁したようで、その答えを聞こうとざわめきがぴたりとやんだ。

 

『貴方は?』

「天童木更と申します」

 

 名前を聞いた聖天子は少し驚いたような表情をした。

 その様子を見た友幸は、聖天子が天童木更という個人を知っていることに、表情には出さずとも内心で驚いた。

 ふと視点を変える。聖天子の後ろには大柄な老人が控えていた。自分の記憶が正しければ、その年齢はすでに七十に達しているはずだが、背筋は真っ直ぐで衰えは全く感じさせない。

 天童家。

 従来より財政界へ数多の重鎮を輩出した名家中の名家。

 その中で、聖天子付の補佐官で実質最高権力的ポストについている天童菊之丞は、天童家の現当主だ。

 再び木更をみて何となく合点がいった。苗字からして、彼女もまた天童家に連なる人物なのだろう。

 

『……御噂はかねがね聞いております。ですが天童社長、それは依頼人のプライバシーに当たるのでお答えできません』

「納得できません。感染源ガストレアが感染者と同じ遺伝子を持っているという常識に照らすなら、恐らくそれはモデル・スパイダーのガストレアで間違いないでしょう。それぐらいであればうちの民警でも普通に対処できます。問題はこの簡単な依頼に破格の成功報酬、そしてここに集められた民警の数と、その質。ケースの中に値段に見合った危険が入っていると邪推してもおかしくはないのではないでしょうか?」

『それは知る必要のないことでは?』

 

 全身純白の聖天子と全身漆黒の木更。対照的な二人が画面越しながらもお互いをじっと見据える。

 その様子に、他の民警は何も言うことができず、ただピリピリとした空気が会議室に充満していくその時だった。

 

 不意に『警告』の二文字が友幸の脳内に映し出される。それと同時に、友幸の脳髄に眼球をえぐりだされるような痛みが走った。

 友幸はそこを抑える。動作が自然に見えるように押さえ、表情にも出していないからばれることはないだろうが、脳内が疑問と困惑で埋め尽くされていく。なぜこんな時に反応したんだ、と。

 

 ――室内空気、およびダストの対流に異常を探知。これより自動確認に入ります。

 

 ぐりんぐりん。友幸の意思とは裏腹に、視線は勝手に自分の左側に移動していく。いまだに聖天子と質疑応答を続ける木更の、さらにその先に。

 

 ――硝煙、および血液反応を探知。目標は戦闘直後の模様。敵か不明。光学迷彩の使用が確認されるため、完全な捕捉は困難。第一種警戒態勢。目標の早急なる捕縛を推奨します。

 

 視線をたどれば、空席だった『大瀬フューチャーコーポレーション』の席に、誰かの「影」が座っていた。

 空気の流れなどから自動的に割り出されたその姿は、霞がかかったようにぼやけていたが、それは長身で卓に両足を乗せた体勢だということがわかる。

 

「リン、耳ふさいどけ」

「え?」

 

 瞬間、ホルスターから抜き出されたシグSP2022が火を噴いた。目標は空席の椅子。あまりに突然なことに、その場にいた全員が友幸のことを見るが、当の本人はそれを気にせず、いましがた射撃した場所をじっと見つめる。

 青白い壁に、先ほど撃ちだした弾丸が電光をまき散らせながら停滞していた。数秒後、乾いた音を立てて銃弾が床に落ちる。その先端はハンマーで殴られたかのようにひしゃげており、その異様な様子に会議室全体が凍りつく。

 次の瞬間、会議室全体に響き渡りそうなほどのけたたましい笑い声が聞こえた。

 

『誰かいるのですか』

「ヒヒヒ、あーあ見つかっちゃった♪」

 

 妙に聞き覚えがある声だった。というか、つい昨日聞いたばかりだった。

 その場にいた全員が、壁の内側に現れたシルクハットと燕尾服の怪人を見てぎょっとする。

 中でも友幸と蓮太郎の驚きは大きかった。

 なにせ、昨日会ったばかりの人物だったのだから。それも、かなりヤバめな。

 

「あいつは……昨日の……!?」

「昨日? 蓮太郎君はあいつと会ったのか?」

「依頼の途中でな……そういうあんたもか?」

「あぁ、夕食の材料を買って帰るときにな」

「だからゆーこー、あんなに帰りが遅かったのか……」

 

 キキキキキ、と影胤はシルクハットを抑えながら気味の悪い笑い声を漏らすと、勢いよく跳ね上がり卓の上に立つ。そして、ステージに上がった喜劇役者のように深々と周囲に頭を下げた。

 

『……名乗りなさい』

「おっと、これは失礼」

 

 男は聖天子に真正面から相対すると、シルクハットを取ってこれまた深々とお辞儀をした。

 

「私の名は蛭子。蛭子影胤だ。お初にお目にかかるよ、無能な国家元首殿に民警の諸君。端的に言えば、私は君たちの『敵』だ」

 

 影胤の首が猛烈な勢いで回り、友幸と蓮太郎に向けられる。友幸はジャマダハルを抜き取り、リンダもガントレットを装着しファイティングポーズをとる。蓮太郎も、木更を護るように前に出てXD拳銃を構え、銃口を影胤に向けた。

 

「また会ったね、里見君に芹沢君。元気してたかい?」

「もともとなかったし、テメェにあった時点でさらにマイナスぶっちぎったよ」

「おおぅ、これはまた手厳しいねぇ」

 

 蓮太郎の嫌味にもまるで動じず、影胤は落ち着いていた。

 

「どこから入ってきたんだ」

「堂々と正面からだよ。もっとも、うるさいハエが何匹かいたから、ある程度叩き落としてやったがね。この際だからイニシエーターも紹介してあげようか。芹沢君は知っているだろうけど、一応ね」

 

 ――上方にバラニウム金属、血液反応を探知。目標は戦闘態勢の模様。よって敵と判断。第三種警戒態勢。目標の早急なる迎撃および撃破、または緊急回避を推奨します。

 

 タン、と壁を蹴る音がした。

 

「トモユキ、久しぶり!」

 

 天井から聞こえた声に、二人は反射的に飛び退く。先ほどまで立っていた箇所に、風切り音と共にすさまじい斬撃が繰り出され、床がザックリとえぐられた。同時に、二刀の小太刀を構えた少女がそこに着地する。

 くそったれ、と友幸は内心悪態をついた。

 

「わぁ、やっぱりトモユキってすごい! いいな、もっと斬りたいな」

 

 満面の笑みで刀を軽く一振りする小比奈。大きく開いた目には、真紅の瞳が輝いていた。

 

「そこまでだ小比奈。こっちにきなさい」

「はぁいパパ」

 

 小太刀を鞘にしまい、小比奈はトテトテと卓に向かう。そこで友幸は、彼女の鞘口から血が滴っているのを見た。自分や蓮太郎に斬られた後は存在しないので、おそらく別人のものだ。斬られた人物はもうこの世にはいないだろう。

 苦労して卓に上った小比奈は、影胤の隣に来てスカートの縁をつまんでお辞儀をした。

 

「蛭子小比奈。十歳」

「私の娘にしてイニシエーターだ」

 

 イニシエーター。やはり彼女も『呪われた子供たち』だったか。

 そんなことを考えていると、再び影胤の顔が友幸に向いた。

 

「それにしても……なあ芹沢君? 他の民警は誰一人として気づかなかったのに、どうして君だけは私を把握できたんだい? 私としては完璧な筈だったんだけどねぇ」

「さあ、なんででしょうね。しいて言うなら直感……とでも言いましょうか?」

「直感、ねぇ……」

 

 影胤は何か含むような視線で友幸を睨みつける。その間にも、体勢を立て直した民警たちがそれぞれの得物を手に取り、影胤を包囲していた。だが、当の本人はそれに全く動じない。

 

「銃弾を弾いた今の壁は斥力フィールドといってね。私は『イマジナリー・ギミック』と呼んでいる」

「バリアだと? お前は本当に人間なのか」

 

 蓮太郎が口をはさんだ。

 

「人間さ。もっとも、このフィールドを発生させるために、臓器の殆どをバラニウムの機械に詰め替えているがね」

 

 ――機械?

 

「では諸君、改めて名乗ろう。私は元陸上自衛隊東部方面隊第七八七機械化特殊部隊『新人類創造計画』に所属していた機械化兵士、蛭子影胤だ」

 

 その名を聞いた友幸と蓮太郎の眉間に、しわが寄った。

 三ヶ島が驚きに目を見開く。

 

「……対ガストレア用特殊部隊の……?! あれは単なるウワサでは……」

「信じるか信じないかは君らの勝手さ。ずいぶんと話が脱線したけど、今日は私もこのレースに参加する旨を伝えるため挨拶に来たのだよ」

『挨拶?』

「そう、『七星の遺産』は我らがいただくのさ」

 

 聞きなれぬ名前に皆が困惑で顔をしかめる中、先ほどまで無表情だった聖天子の顔が一瞬ゆがんだ。

 

「おやあ? その様子だと何も聞かされていないみたいだね、可哀想に。君らが狙うケースの中身のことさ。私もそれを狙って感染源ガストレアを探していたんだが、見失ってしまったよ」

 

 影胤は両手を広げ、卓の上でゆっくりと回転する。

 

「ルールの確認だ諸君。私と君たちのどちらかが先に感染源ガストレアを倒し、七星の遺産を手に入れるか!! 先に手にした人物がいたら、それと殺し合いして無理やり奪うのもよし。むしろ大歓迎だ!! どうだい、簡単であろう?? 賽はたった今投げられた!! 勝負は、もう始まっている!!!!」

「そうかよ、だったら――」

 

 イラついた声は、机の向こうから聞こえた。自分の体格とほぼ同じ大きさの大剣を振りかざす、伊熊将監だ。

 

「――てめえがいまここで死んでも文句言えねぇよなあ!!!!」

 

 荒々しい外観からは想像できないような緻密な動きで、瞬く間に影胤の懐へともぐりこんでいく。

 そして、大剣がギロチンのごとくふりおろされる。角度、速度ともに申し分ない。次の瞬間には影胤の首と胴体が血の涙を流して泣き別れとなるだろう。誰もがそう思ったに違いない。

 

「いい斬りこみだ、感動的だな。だが無意味だ」

 

 バチンと雷鳴のような音が鳴り響いたと思うと、大剣はまるで壁にぶち当たったかのように空中で静止した。自分の一撃が入らなかったことに将監が呻く。

 

「今度は私の番といこうか」

 

影胤がパチンと指を弾いた。突如青白いドーム上の光が現れると、それがどんどん広がって周囲の民警に殺到する。あまりに唐突なことにとっさに動けず、全身を襲う衝撃になすすべもないまま全員が壁に叩きつけられるが、圧力はなおも彼らを壁に押し付けた。

 肺から空気が強制的に押し出され、全身の骨が軋む陰惨なくぐもった音が聞こえる。まるで全身が巨大なプレス機に押しつぶされているようだ。

 呼吸困難で意識がぼんやりとし始めたとき、全身を覆う圧力が消えた。全員その場に膝をつき、大きく咳き込む。

 

「別にここで全員を殺すことは容易いけど、それじゃ面白くないからね。この辺で失礼させてもらうよ。さらばだ諸君。絶望したまえ、滅亡の日は近い」

 

 影胤はそのままごく自然な動きで窓の外へと飛び出した。小比奈もまた彼に続き室内から消える。

 全員、その場を動けなかった。

 影胤の謎の攻撃で傷ついていたのもあるが、それ以上に彼らの脳内を『恐怖』の二文字が支配していた。

 ――強い。

 それが影胤に対する評価だった。

 不意打ちとはいえ、ここにいた上位序列者のほとんどを単体で無力化したその実力は、彼らの中にたしかに刻み込まれていた。

 

『皆さん、大丈夫ですか』

 

 室内には異様な静けさが残るが、そこで聖天子の声が聞こえた。先ほどの戦闘で画面が割れていたが、スピーカーは正常に作動していたようだ。

 

『事態は尋常ならざる方向に向かっています。みなさん、私から新たにこの依頼の達成条件を付け加えさせていただきます。ケースの奪取を企むあの男より先に、ケースを回収してください。でなければ大変な事が起こります』

 

 いまだ咳き込むリンダの背中をさすりながら、友幸はその淡々とした口調に強い怒りを覚える。彼女が大丈夫なのは彼女が実際にこの場にいないからだ。殺される心配など、今の彼女にはない。だからこちらの苦悩も知らない。

 

「聖天子様、ケースの……『七星の遺産』とは……いったい何なんですか。これでも白を切るというのなら、我々はこの要件から手をひかせてもらいます」

 

 自分でも驚くぐらいの、低く押し殺された声が出てきた。

 スピーカー越しに聖居にいた聖天子は、その気迫にわずかに身震いすると、一度背後にいる菊之丞に振り返る。菊之丞が小さく頷くと、彼女は決意した表情で言った。

 

『……わかりました。ケースの中に入っているのは七星の遺産。使いようによってはモノリスの結界を破壊し東京エリアに”大絶滅”を引き起こす封印指定物です』






~~ふと浮かんだネタ~~



影胤「私の斥力フィールドは工事用の鉄球でも砕けん!!!!」

ゴジラ「おうらぁ!!!!(アンギラスボールを蹴り飛ばす)」

影胤&アンギラス「ぎゃあああ……(星になる)」


小比奈「接近戦では、私は無敵!!」

ゴジラ「えい(デコピン)」

小比奈「あれえええ……(星になる)」


ティナ「一キロ先も狙撃できます」

ゴジラ「宇宙の隕石ピンポイント射撃余裕でした」

ティナ「………………」


聖天子「敏腕とカリスマ性で東京エリアを……」

ゴジラ「お話(物理)と慕いやすさで怪獣軍団編成しましたが何か?」

聖天子「アーキコエナイキコエナイ」


木更「復讐するは我にあり」

モスラ「ゴジラさんの恨み見せましょうか?」

木更「…………自分のがどうでもよくなっちゃった(鬱になる)」


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 サブタイトルが決まらないので仕方なくこういう題名にしたそうです。

 年内最後の更新になりますが、今回もゴジラ要素皆無です。それでもよろしければ、どうぞ。


 

 

 眩しさと、全身を覆う鈍い痛みを覚えて、友幸は意識を浮上させた。

 ゆらりと丸めていた背中を起こして伸びをすると、小枝が折れたような音と共に一瞬だけ身体全体の関節に激痛が走る。そこで友幸は、自分が椅子に腰かけていたことに気が付いた。

 閉めたカーテンの隙間から太陽の光が差し込んでいて、つい先ほどまで頭を乗せていた位置に降り注いでいる。どうやら、自分はこれで目を覚ましたらしい。

 目の前には、業務以外ではめったに使わないパソコンがスリープ状態で排熱用のファンを回し続けていた。

 

 蛭子影胤の宣戦布告から数日。あれから友幸は、自分自身の力でいろいろと調べていた。

 最初に調べたのは蛭子影胤本人の情報。一見ふざけた言動や行動が垣間見られた人物だったが、その実力は機械化されているのもあってか、娘の小比奈ともども、すでに以前の会議室で証明されている。

 それに、当時は民警であったことを示唆するようなことを言っていたので、もしかしたら過去にそれなりの実績を上げていた人物だったのかもしれない。現在使用している名前が偽名である可能性も高かったため、過去の記録からそれらしい人物をいくつかピックアップした。

 もっとも、ある事実に気が付いてこれは早々に切り上げた。彼は自ら新人類創造計画の被験者と名乗っていた。都市伝説と化しているあの計画をいくら調べたって当然、見つかるはずもなく。案の定影胤に関係していそうな資料はすべて存在しない、あるいは閲覧規制がかかっていた。

 友幸は大きく息をついて椅子に背中を預けると、まぶた越しに目をもむ。夜なべして使ったそれは、まるでゴロゴロとした岩のようだった。

 パソコンを再起動させ、いつの間にか届いていたメールに目を通す。

 そして数分後、パソコンの電源を切り、疲れ切った目に目薬を差した友幸は一人うだるようにつぶやいた。

 

「……成果なし、か……」

 

 

 

 

 

 友幸が自室から出てリビングに向かうと、テーブルの上にはすでに朝食が用意され湯気を上げていて、ヒオとマナが席についている。献立はフレンチトーストを主食にした目玉焼きなどの洋食。

 

「おはようさん。いつもより遅かったな」

 

 そこに、エプロンを羽織ったリンダがコーヒーをもってちょうど台所から出てくる。壁に掛けられている当番表では彼女が担当だった。

 いつものように両手を合わせてから、四人はそれぞれ好きな献立を口に運ぶ。

 友幸が最初に食べたフレンチトーストは、濃厚なシナモンの甘い香りに、厚切りにされた食パンのしっとりとしたふわふわな食感と、かみしめるたび皮から染み出る甘い汁の旨味が口全体に広がっていく。酷使した脳の栄養補給には十分だった。

 

「やっぱりリンダさんの作るフレンチトーストは美味しいですね」

「本当ですね。まるでプロみたいです」

「まぁ、最初に自力で作ることができた洋食だからな」

 

 ヒオとマナに褒められ、リンダは得意げに胸を張る。

 芹沢家は父を喪ってから三人で暮らしていたのもあり、家事を日替わりで担当していたが、居候したばかりのリンダはそれができなかったため、友幸はヒオとマナと共に、必要最低限の家事を教え込んだ。

 当然、最初は失敗の連続だった。

 衣服の取り扱い絵表示をあまり理解せず、いっしょくたに洗濯して台無してしまうこともあったし、掃除の最中にうっかり備品を壊して掃除の量を増やしたこともある。料理の際にはうっかり力を開放して具材をまな板ごと斬ってしまう、なんてこともあった。

 とはいえ地道な努力の結果、今ではそれも改善され、作れる料理のレパートリーこそ少ないものの、朝食を作ってくれるということが多くなったのだ。

 大変だったなと過去を思い返し、もう一度フレンチトーストをかじったちょうどその時、リンダが聞いてきた。

 

「なぁゆーこー。モデルスパイダーのガストレアについて、なにか情報は入った?」

「いや、全然だな。目撃情報はまだ入っていないし、今朝届いたメールにも有力な情報はなかったよ」

「メール送ったのは?」

「波川さん」

 

 リンダはそっか、と軽く返事をして再び朝食に手を伸ばした。フリーの民警は知人となった過去の依頼主や複数の情報屋などとやり取りして情報を得ている。友幸が言った波川という人物はその中でも有名な情報通で、本名は波川玲子という妙齢の女性だ。彼女とはある依頼で親しくなり、その情報は非常に正確で外れることがなく、友幸もたびたび世話になっていた。

 その後は何もなく朝食を食べ終わり、ある程度片付けると、制服に身を包んだヒオとマナを玄関先で見送る。事前にこしらえておいた弁当を渡された二人は、行ってきますと言って膝を曲げる独特なお辞儀をし、二人仲良く並んで通っている中学がある方向へと歩いていった。

 二人が見えなくなるまで見送ると、ふっと息をつく。

 探しているガストレアの有力な情報はいまだ入ってこない限り、今日は一日中ヒマだ。このまま家でゴロゴロしているのも、なんかしまらなかった。

 

「なぁリン、どうせこのままボーっとしていてもヒマだし、買い物にでも行くか?」

「お、悪くないね。実はアタシもちょうど欲しいもんがあったんだ」

「んじゃ、行きますか」

「おいーっす」

 

 

 

 

 

 よく利用している近所の大手ショッピングモールの食品販売コーナーで、不足していた食料品をカゴに入れていく。商品を物色しているとき、リンダがこっそりと好きなお菓子を入れようとしていたのを見つけると、軽くデコピンして取り上げた商品を棚に戻した。当然彼女は怒ったが、頬をぷっくりと膨らませたその顔は全く怖くなかった。

 

「けち」

「いいだろ、それが買えたんだし」

 

 そう言ってリンダが片手に持っている少し大きめの袋を指差す。

 到着したと同時に、彼女に手をひかれるがまま最初に赴いた玩具の販売コーナーで、リンダの欲しいものを購入した。彼女が欲しがっていたのは、三頭身にデフォルメされた天誅ガールズのフィギュアセットだった。今朝の折り込みチラシで安売りされていたのをみて、欲しいと思っていたそうだ。人気商品だったらしく、休日というのもあってか、天誅ガールズのコーナーは家族連れで混み合っていたが、ほとんどが母娘だった。そのなかで、数少ない男性の上に長身で右目に眼帯をしていた友幸の存在はそれなりに目だったらしく、レジで数分間並んでいるあいだ好奇の視線にさらされてきつい思いをしたものだ。

 

「むぅ……」

 

 それでもリンダは諦めきれないらしく、棚に戻したお菓子を穴が開きそうなほど見つめている。

 試しに彼女の手を引っ張ってみたが、全く動かず。つぎに彼女を置いて歩いてみたが、数メートル離れても動かない。

 友幸はガシガシと髪をかくと、仕方なくお菓子をつかんでカゴに入れた。

 それを見てにんまりと笑うリンダを見てやれやれ、とため息をつく。お菓子程度で一喜一憂するさまを見ていると、普段は男勝りとはいえ、彼女もやはり、そこらじゅうにいる年相応の、『普通の女の子』なのだ。

 ――『普通の女の子』。

 そう思った友幸の顔にふっと影が差す。

 芹沢友幸のイニシエーターを勤めるリンダ・レイは、『呪われた子供たち』の一人である。

 『呪われた子供たち』は、ガストレアと同じく超人的な治癒力や運動能力など、さまざまな恩恵を受ける。

 だが、ウイルスの宿主となっている彼女らは、緩やかではあるものの常にそれに浸食され続けている。力の開放や治癒を行えば体内浸食率は上昇し、ガストレア化する危険性も持っているのだ。

 日常生活だけを送ってさえいれば通常の人類と変わらぬ寿命で天命を全うできると論じられているものの、十年もたっていない今ではその結果はいまだ不明瞭だ。

 今、自分の隣を上機嫌で歩いている相棒を見て、ちくりと胸が痛む。

 彼女らは常に、いつ自分がガストレアになるのかという恐怖と戦っているのだ。ガストレアウイルスを保菌していることや、人間離れしたその能力から、差別かつ迫害されている現実と共に。

 

「じゃあ、あっちのお菓子も取ってくる!」

「……あ、おい待て!」

 

 あっという間もあったが、唐突に走り出したリンダを見て考えていたことを打ち切る。彼女はすでに角を曲がってしまった。

 あわてて後を追いかけるが、同じく角を曲がったところでその足を止める。

 視線の先に、リンダともう一人、カゴに食料品をいっぱいに入れた少女がいた。服装は革ベルトのスカートに、白いチュニック。顔は端正だが、肉付きは平均と比べて少し細く、頬も微妙にこけている。服の端が微妙にほつれかけているところも見受けられた。

 その身なりからすぐに、外周区に住む、親に捨てられた『呪われた子供たち』だとわかった。

 『呪われた子供たち』を出産した親は、ほぼ百パーセントの確率で、子供を殺す。彼女らを象徴する赤い目に過剰なまでの恐怖心を抱く戦争後遺症、通称ガストレアショックを起こすからだ。

 そのせいで一時期、出産した子供たちを川に浸けてそのまま溺死させるという子殺しが流行ったこともあった。その後、衛生上の問題から全面的に禁止されるが、今度は外周区に子供を捨てる事態が増えてしまった。今、リンダと相対している少女も、外周区で育った子供たちなのだろう。

 彼女が金銭を所持しているはずがないので、盗みを働こうとしているのがわかった。

 リンダは来ていたデニムのコートを脱ぐと、少女にかぶせる。リンダのそれは腰まで覆うほど大きいコートなので、洋服の細かいほつれや汚れなどが隠れて見えなくなってしまった。

 二人とも、なにか話し込んでいる。というより、リンダが一方的に話しかけていて少女が混乱しているように見えた。

 

「おい、リン。その子は知り合いか?」

 

 早足でリンダに近寄り、声をかける。リンダは周りに聞こえるか聞こえないかぐらいの声でしゃべった。

 

「ああ兄さん! この子この前兄さんに話したアカネなんだよ! 今日姉ちゃんの誕生日だから、パーティーの材料買いに一人で来ていたんだってさ!」

 

 ホラ、この人アタシの兄さん、と紹介するリンダの言葉に、少女もぎこちない笑みを浮かべてお辞儀をする。

 一瞬何のことかわからず混乱したが、微妙にわざとらしい笑顔のリンダの、何かを訴えるような目を見てなんとなく察しがついた。

 さっとあたりを見回す。それほど人はいなかったが、別にこの『茶番』に応じてもいいだろう。

 友幸もそれなりに声を張って、かつ自然な声音で話した。

 

「そうなんだ。そりゃめでたい。アカネちゃんも一人で偉い子だね」

「そうなんだけどさ、兄さん、ちょおっと頼みがあるんだけど……」

「ん?」

「実はアカネのやつ、超が付くほど恥ずかしがり屋さんでさ、レジに行けなくて困ってたところなんだよ。だからアタシ、一緒に行ってあげようと思うんだけど、いいかな?」

「別にいいけど、なんなら俺も一緒に行こうか? 君たち二人だと、いろいろ勘違いされるだろう」

 

 わざとらしく小首を傾げるリンダに、そっと言った。

 ――盗みに入った『呪われた子供たち』に。

 かっと青ざめた表情で少女が目を見開くが、「落ち着け」とリンダがとっさに手を握って耳元で囁く。

 

「コイツはあんたの味方だ。演技だよ」

 

 戸惑いの色を浮かべた少女の瞳はうろうろと動いていたが、やがて二人をとらえると、周囲の喧騒に溶け込んでしまうほど小さな声でつぶやいた。

 

「……信じてるから」

 

 その言葉に二人は小さく頷くと、三人そろってレジへと向かった。

 

 

 

 

 

 結果として、彼らの試みは成功した。途中、多少のイレギュラーはあったが。

 

「レジに向かう途中で後ろから二人に話しかけられた時は心臓が止まりかけたよ。今度は前から歩いてきてくれないかい?」

「んなこと言われても返答に困るっての。うまくいったんだからいいじゃねえか」

「だって君、演技下手そうじゃないか。まるで嘘を隠し通せそうには見えなかったんだよ」

「このあいだ会っただけの人物にずいぶん失礼だなおい! 俺だってそれくらいできるわ!」

「なあなあリンダ! 妾の演技、どうだった? うまかったのか?」

「めっちゃすっげえよ延珠! アンタ将来女優になれるんじゃね?」

「そうかそうか、それもいいな。だが妾は蓮太郎の『ふぃあんせ』だからジョユーにはならん! ジョユー業に追われて夫婦の時間を削りたくはないからな」

「……は? フィアンセ?」

「そうだ、『ふぃあんせ』だ!」

「……蓮太郎君?」

「まて、言葉のアヤだ。勘違いすんじゃ、ってその携帯はなんだ!!」

 

 冗談のつもりで携帯を取り出したのだが、それを見てすかさず蓮太郎が友幸の腕をはたく。額に浮かんだ冷や汗とひきつった表情から見て、どうもこの手のやり取りは頻繁に行われているようだ。

 電源を切り、ポケットにしまう。それを見た蓮太郎は大きく息をつく。

 少女を連れてレジに向かう途中の彼らに話しかけたのは、数日前防衛省で会ったばかりの蓮太郎だった。

 蓮太郎は、目の前でリンダ、そして少女と遊んでいる快活なツインテールの少女、イニシエーターの藍原延珠と共にセール用品を買いに来ていたらしく、その最中に三人を見かけ、声をかけたのだ。

 いくら昨日知り合った人物だったとはいえ、周囲にボロが出てはまずいと何とかごまかしてその場を切り抜けようとした。だが、どうやら延珠は少女と顔見知りの間柄だったらしく、楽しそうに会話したのだ。それならばということで、蓮太郎たちも同行することとなったのである。

 レジに入る前から、三人はさも長年の友人であるかのように話し合い、二人はそれを見守っていたので、周りからは完全に買い物に来た親子か兄妹、そしてその友人たちに見えたらしい。

 少女が会計するときは、リンダが着せたコートのポケットから彼女の財布を取りだし、そのお金で会計を済ませた。少女は会計のやり方がよくわからなかったようだが、リンダがそれとなくフォローを入れたため、事なきを得た。

 その後はなるべく怪しまれないように店を出て、五人は現在ショッピングモールから遠く離れた場所に来ていた。

 

「あ……あの……」

 

 ふと目の前に少女が来たので、蓮太郎との会話をやめる。

 彼女はチラチラと友幸と蓮太郎を交互に見つめるだけで何も言わない。当然だ。盗もうとしていた物を、知らない人――一人除く――に買ってもらったのだ。たぶん、心の中はいろいろな感情がごちゃまぜになっているのだろう。

 

「……ありがとう、ございます」

 

 かろうじて出した声は蚊の羽音のように小さかったが、この静かな場所ではよく響く声だった。

 

「どういたしまして」

 

友幸は小さい頭にそっと手を乗せてゆっくりと撫でる。少女は一瞬身体を硬くしたが、抵抗はせずにすぐに力を抜いてそれに応じた。

 それを見て、撫でる手の動きがもっと優しくなった。

 

「……なあ芹沢。あんたはこのあと、どうするつもりなんだ?」

「うん?」

「いや、その……そいつ、たぶん外周区に住んでいる子供だろ? いま外周区へ返しに行くにも、時間が時間だし……」

 

 蓮太郎に言われて、空を見る。なるほど、彼の言うとおり空は夕焼けから夜に入ろうとしている。少女を一人このまま返すにはいささか危険な時間帯だ。かといって、バイクを使うのもためらわれる。基本的に電気の通っていない外周区で走ると事故を起こす可能性も高いからだ。

 一人考え込む友幸だったが、「じゃあさ」とリンダが提案する。

 なんだと疑問に思う視線の中、リンダは少女に歩み寄る。そして先ほど友幸がしたように、同じく少女の頭を撫でた。

 

「あんた、アタシらのウチで泊まったらどうだい?」

「ふぇ?」

「ああそれいいかもね。よしそれでいこう」

「え、ちょっ」

 

 とんとん調子で進んだ話に未だ状況が飲み込めない少女は、手を引かれるままリンダに連れて行かれ、友幸は買ったものが大量に詰まったビニール袋を片手に持つ。

 

「それじゃあ蓮太郎君に延珠ちゃん。そういうことで」

「お、おう……」

「わかったのだ! それではまたな!」

 

 颯爽と去っていく三人に、蓮太郎は呆然と、延珠は笑顔で見送った。






 ~~ふと浮かんだネタ その二~~




【舞台裏】


スコーピオン「暇だな……」

終盤に出演予定の怪獣1「そういってのんびりしているのも今のうちです。これからどんどん真綿で首を“締め付け”ていきますよ」

蛭子影胤「私のハレルゥーーヤァ!! な戦闘はまだないのかね」

蛭子小比奈「斬りたい斬りたい斬りたい斬りたい斬りたい斬りたい(ry」

終盤に出演予定の怪獣2「うるせえ“ドロップキック”かますぞ」

蛭子影胤「あぁ、早く戦いたい! この溢れ出る闘争心が! 私の心を戦場へといざなっていく!! あぁ、なんと素晴らしきことか!!!」

蛭子小比奈「斬りたい斬りたい斬りたい斬り(ry」

ゴジラ「じゃあ俺とバトりまっか? つかバトらせろこの野郎」

蛭子影胤「いや、あの、その……」

蛭子小比奈「斬りたい斬りたい斬(ry」

ゴジラ「どちらにせよ2016年までに向けて準備しとけって言われてるんだよ」

終盤に出演予定の怪獣1「あれゴジラさん。次は2018年では?」

終盤に出演予定の怪獣2「予定早まったんですか?」

ゴジラ「なんだ知らねえのか。オレ2016年に日本で暴れる予定なんだよ」

一同「……ヱ゛?」

ゴジラ「そーゆーわけだからトレーニングかねて終盤暴れまくるから。そこんとこよろしく」

一同「アッハイ」

ゴジラ「つーわけでバトらせろこの変態仮面」

蛭子影胤「いや、ちょっと用事が……」

ゴジラ「たかが人間がこの俺に拒否権など、一切ナシだ」

蛭子影胤「アイエェエェェ……」ドナドナ……

蛭子小比奈「……斬りたい斬りた(ry」

一同「うるせえええ!!!!!!」



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



東宝「ゴジラはもう作らないと言ったな?」

アマナットー「そうだ東宝、か、過去作品を見せ……」

東宝「あれは嘘だ」



 うわあああああああああああああ(歓喜)!!!!!!



 ま さ か の 国 産 ゴ ジ ラ 、 復 活 。


 数週間前、新聞を読んでいたらわかった情報でした。
 とんでもねぇ、待ってたんだ。と言いたいですが、正直意外でした。
 ピーター・ジャンクソン監督の「キングコング(2005)」、デルトロ監督の「パシフィック・リム」そして今年のギャレス・エドワーズ監督の「GODZILLA ゴジラ」、ハリウッド版怪獣映画の猛進撃はとどまることを知らないと言っていいでしょう。昭和初期は海外の怪獣映画である「ロスト・ワールド」やオリジナルのキングコングなどがヒットしていたので、原点回帰とも言えますが。

 本題に入ります。

 今回の国産ゴジラ復活は喜んでいますが、その反面この超ハイクオリティの海外映画が続いているなかで、はたして国産ゴジラはついていけるのか、といった不安があります。

 昭和のコミカルなプロレス物のゴジラも好きです。ファイナルウォーズだって何度も見返しましたし。というかゴジラ映画すべてが好きなんです(マグロザウルスは除く)。
 しかし、ゴジラが出現した最大の理由である「核兵器」、この問題は避けて通ることはできないでしょう(といっても、ぶっちゃけ核実験の被害者という立ち位置が大きく強調されたのは初代、対ヘドラ、VSキングギドラくらいで、反核主張がほぼ無い作品もあるのですが)。製作陣も「描かなきゃ意味ない」と思っているでしょうし(描かなかったらネットで叩かれますし)。

 映像はどのように表現するのかはまだ決まっていないそうですが、自分は従来の着ぐるみでもCGでも、両方を採用してもかまいません。ただ一つ言いたいのはゴジラをちゃんとした「核の申し子」とし、かつ「ド」がつくほどのシリアスな内容として撮影してほしいです。
 そして俳優も、超一級の日本人俳優にしてほしいですね。
 シリアスな映画に三流俳優なんかいりません。見かけだけで体は細いし、スタントはやらないわすぐ劣化炎上商法するわ、ロクなことは無いジャニタレやアイドル、口だけは達者な演技経験のないトーシローな芸人タレントなんかは「ただのカカシ(逃げ惑う群衆)」で十分ですな。


結局言いたいことはハリウッド版を超えるだけの大衆が見るに耐える映画を本気で作って欲しい。日本のゴジラはハリウッド版よりもやっぱり凄かった!
となる映画を頑張って作ってほしいですね。
 もしゴーリキーが主演女優にでもなったら、たとえ十万ドルPON☆っとくれたって見に行きませんよ。全くお笑いだ。本多監督や円谷監督もいたら彼らも笑うでしょうね。
 ですが、そう言いながらも結局は見に行くでしょう。だって「ゴジラ」なのですから。2016年が非常に楽しみです。


 そして同時に知った、平成VSシリーズ特技監督の川北紘一監督の訃報。十二月五日に肝不全で亡くなられていたそうです。享年七十二歳。
 ミレニアム世代の自分でも平成シリーズは幼稚園のころテープが擦り切れるほど見ていた(親談)ほど好きなシリーズでした。爆発に次ぐ爆発の中から無傷で現れるゴジラの「強さ」を印象付けられた人も多いでしょう。自分も火薬の臭いが伝わってきそうな火花とケレン味あふれるゴジラの演出に魅せられました。今年は有名な俳優や声優が次々と旅立たれてしまい、いつもより「またなにか“大事なもの”を失った」気分になりました。
 日本の映画界を支えてきた偉人たちに敬意を表し、この場を借りて心よりご冥福をお祈り申し上げます。



 そして、今まで本当にありがとうございました。


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 青年は少女を預けるようです



 新年あけましておめでとうございます!

 今年中にゴジラを、ゴジラ怪獣たちを登場させることを目標に、さっそく更新しました!

 ではどうぞ!


 

 

 

 

 

「二人とも、すっかり寝てしまいましたね」

「夜も遅いし、なにより年頃だもの。仕方ないわ」

 

 ベッドの上でがあがあと少女らしからぬいびきを上げて寝ているリンダと、それに寄り添いくうくうと可愛らしい寝息を立てている少女に、ヒオとマナが優しい手つきで毛布を掛ける。

 

「アカネちゃん、本当にうれしそうでしたね」

「リンダちゃんも、『妹ができたみたいだ』って喜んでいたよね」

 

 少女に名前はなかった。

 外周区で生活している間はもちろん、同じ境遇の『呪われた子供たち』と行動することはあったが、『君』や『あなた』というやり取りでコミュニケーションが成立していたため、生まれてこのかた、自分の名前など考えることなく育ってきたらしい。

 そのため、少女はショッピングモールでリンダがとっさに考え付いた「アカネ」という名をそのまま自分の名前としたのだ。

 友幸とヒオが共同で料理を作っている間は、リンダがアカネをお風呂に連れて薄汚れた体を洗い流し、上がったあとはマナが慣れた手つきで乱れた髪を小綺麗にして、体格がほぼ同じなリンダの服を着せていく。抵抗するかと思われたがそうでもなく、素直に応じるその姿はまるで着せ替え人形のようで、マナはそれが可愛らしくもおかしくて、思わず笑ってしまった。

 その後、いつもの食卓に一人追加した今日の夕食は、買ってきた大量の食材を盛大に使ったので、まるでパーティーのように豪華だった。連れ込まれて早々、たくさんのおもてなしを受けているアカネは最初こそ遠慮していたものの、時間がたつごとに打ち解けていき、そして最後には一緒に笑うようになった。コロコロと笑うその姿は、それこそ彼女の本来の姿だったのかもしれない。

 

「ごめんね、二人とも。帰りが遅くなったうえに見知らぬ子を連れ込んできちゃって」

 

 友幸の謝罪に気にしないでいいと二人はやんわりと返した。

 確かに突然家に上がり込んできた彼女には驚いた。だが、それにやむを得ない事情があれば迎え入れることあれど、追い出すような真似は決してしないと二人は心に誓っている。特に、それが子供たちであった場合はなおさらだった。

 

「むしろこの子が罪を重ねる前に、お義兄様が防ぐことができてよかったと思うわ」

 

 マナが言う。髪型を整える際中に聞いたことだが、アカネはこれ以前にも食料品や衣服などをくすねていたらしい。

 友幸とリンダが止めていなかったら、アカネはどうなっていたであろうか。柄にもなくふとそんなことを思う。また盗みを働いて、もし捕まったりでもしたら……。

 とっさに頭を振ってその考えを払う。マナはそこから先を想像したくなかった。

 

「確かに、生きていくためとはいえ物を盗むことは老若男女問わず許されることではありません」ヒオが続ける。

「ですが、彼女たちはそれをわかっているはずです。いえ、わかっているのです。でも、そうせざるを得ないほどの状況に追い込んでいるのは、他でもない私たちなのです」

 

 可哀想に、とヒオの言葉に悲しみがこもる。

 

「ガストレアの因子を、体内に保持しているだけで、ここまで差別されるなんて……」

 

 『呪われた子供たち』への差別はいささか常軌を逸脱している節があると、彼らは思う。ガストレア大戦を経験した者は『奪われた世代』と言われ、そのほとんどが 彼女たちに対して差別的な感情を抱いている。ウイルスを宿した彼女たちを、ガストレアと同種だと思い込んでいるのだ。ゆえに彼女たちは迫害の対象となる。再生能力があるせいで、暴行が激しくなることも少なくない。

 

「人間離れした能力なら、私たちだって持っているのに……」

 

 それと同時に、マナは片手を指揮者のように振る。すると、皿の上で余っていた食べ残しが、肉、魚、野菜とそれぞれ細かく分別され、皿に乗せられていく。ヒオも同じように手を振ると、今度は何も乗っていない食器が大きさごとに区分けされて順番に重ねられていった。

 どちらも常識では考えられない現象。それをいとも簡単に実行できる二人は、超能力者だったのだ。

 ある程度整理した後も、ヒオの独白は続いた。

 

「彼らの気持ちもわかります。私たちもガストレアのせいでお義父様を亡くしていますから、その気持ちは分かっているつもりです。ですが、だからと言って彼女たちへの暴力を正当化する理由にはなりません」

 

 彼女たちには感情がある。

 悲しいことがあれば泣き、悔しい時や、許せないときには思いっきり怒り、そしてうれしいことや面白いことがあれば思い切り笑う。ガストレアの因子を宿している以外は、人間と変わりない。彼女らのどこにガストレアと同じ要素があるのだろうか。むしろ、そうやって何でも決めつける『奪われた世代』のほうが、よほどガストレアに近いのではないか?

 確かに自分たちも先の戦争で身内を失った『奪われた世代』だ。だが、その怒りを『呪われた子供たち』にぶつけるほど短慮ではなかった。

 ふとつけっぱなしのテレビに目が行く。聖天子が掲げる『ガストレア新法』について報道していた。『呪われた子供たち』に対する基本的人権を尊重する法案だ。

 今はまだ賛同者が少ないためなかなか通らないが、いつか通過してほしいと思う。

 彼女たちは、ガストレアによって大切な人たちを奪われた自分たちと同じく、これから楽しく過ごせるはずだった『未来を奪われた被害者』なのだから。

 

「……俺たちは俺たちで、できる限りのことをしていかなきゃな」

 

 友幸の言葉に、ヒオとマナが大きく頷く。

 東京エリアのトップが彼女らに理解がある人物であることは歓迎したい。だが、聖天子だけに任せるつもりはなかった。

 ヒオとマナは外周区に赴き、子供たちのために炊き出しのボランティアに入っているほか、『呪われた子供たち』との相互理解を深めるため交流会を開こうという意見書を学校に提出している。

 友幸も、本心から彼女らに理解を示している政治家を支持したり、貯めた報酬を『呪われた子供たち』も隠れて保護している孤児院に寄付をするなど、精力的に活動していた。

 理想の未来を実現させるには、自分たちも活動し、創り、導いていかなければならないのだ。『奪われた世代』と『無垢の世代』が悔恨なく、笑顔で過ごせる理想の未来へ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日。

 リビングに一人交えて集まった芹沢一家は、朝食を食べて食後のお茶で一息つくと、みんなに話があると改めて席についた。周囲を見渡すと、ヒオとマナが並んで座り、その向かいにはリンダとアカネがちょこんと座っている。今日は平日だったが、ヒオとマナの学校は代休なので問題なかった。

 

「これからのことなんだけど」友幸が口火を切って、アカネに語りかける。

「アカネちゃんをこのままうちに置いておくのは、はっきり言って無理だ」

「え……」

 

 アカネの顔が一気に不安そうな面もちになった。

 

「残念なことだけど、戸籍のない君をこのまま一緒に住んでいくのには限界があるんだ。IISOに許可をもらってイニシエーターになれば大丈夫かもしれないけど……ガストレアと戦いたくないでしょう?」

「……はい」

 

 アカネは力なく頷く。

 友幸の言うとおり、イニシエーターになれば衣食住は保証される。自分の知り合いも、安定した生活を求めてイニシエーターになったものも少なくない。だが、それはガストレアと戦い続けることを余儀なくされる、つまり自分が常に死と隣り合わせとなるのだ。

 今の自分にそのような覚悟があるかと問われれば、答えは否。そもそも荒事が得意ではない自分には、ガストレアと戦うということ自体が想像できなかった。

 

「そこでね、アカネちゃんをあるところに預けようと思うんだ」

「あるところ?」

 

 

 

 

「……ここがそうなの?」

「そうだけど?」

「いや、だってここ……」

「まあなんていうの? 『トーダイモトクラシ』ってやつ? それだよ」

 

 隣でリンダがからからと笑っているが、あまりに見覚えのある光景をキョロキョロと見回すアカネの表情は不安と困惑で塗りつぶされている。当然だろう。友幸たちに連れられて自分がやってきたところは、東京エリア三十九区、モノリスと接している国境線区域だ。現在は別の区域に住んでいるアカネも、ここで何度か寝泊まりしたことがあったのでそれとなく覚えていた。

 廃墟と化した建物を吹き抜けた風が奏でる奇妙な音と、ギャアギャアとうるさくわめくカラスの声。その不気味さに自然と寒気を覚え二の腕をこする。今日の風はやけに湿っぽかった。そのうち雨でも降るのかもしれない。

 人の生活圏から少しでも離れれば、自分が生まれる前に起こったという戦争の傷跡が、廃墟と瓦礫の山と、大量のゴミというかたちで見せつけられる。

 そんな中でも、きれいに舗装された道路がやけにミスマッチだった。

 すっと視線を前に戻す。目の前では、友幸、ヒオ、マナ、の三人が何かを探していた。もっとも、動き回っているのは友幸だけで、ヒオとマナは不思議な力で大きめのガレキやゴミを撤去していただけなのだが。

 

「確かここらへんだったよな……」

「あ、お義兄様、ありましたよ」

「お~、ありがとうヒオ」

 

 目的のものを見つけたらしい友幸はその場でしゃがみこむ。それは一つのマンホールだった。なんの変哲もないマンホールの蓋を屈んでノックする友幸を心配そうな目で見るアカネ。普通に見ていれば変人にしか見えない。しかし、次の瞬間驚いたのはアカネだった。重い音を立ててマンホールの蓋が開いたと同時に「なんですのでー?」と間延びした声が聞こえ。少女が頭をだしたのだ。瞳は赤かったので、彼女も自分と同じ『呪われた子供たち』なのだろうとアカネは思った。

 

「マリアちゃん? 俺たちのこと覚えているかな?」

「あ、トモ兄ィ!」

「マリアちゃん、お久しぶりです」

「ヒオ姉さんにマナ姉さんも! おしさしぶりですので!」

 

 マリアと呼ばれた少女は奇妙な節回しで三人と会話している。彼女の顔はとてもうれしそうだったので、過去になにか、あの三人にお世話になったのだろうとアカネは推測した。すると、マリアが会話を止めてこちらに目を向けてくる。

 

「そこにいるのはリンちゃんと……誰ですので?」

「あぁ、実はその子のことで話があるんだ。長老さんを呼んでくれないかい?」

「ではただいま呼んできますので、少々中でお待ちくださいますので」

 

 言われ、友幸たちは順番に降りて下水道に立つ。中は意外と広くて暖かく、自分が以前寝床にしていた場所よりも遥かに清潔だった。臭いこそきつかったが、慣れれば問題ないだろう。

 マリアはその長老とやらを呼びに行ったのか、すでにその場にはいなかった。

 くい、と友幸の袖を引っ張って意識をこちらに向ける。

 

「ここは、どういうところなの?」

「ここは子供たちの面倒をみている人が自主的に住んでいる場所だよ。僕たちもたまにここへきて、絵本やご飯をあげたり、遊んであげているんだ。その人はいい人だから、君のようにいく当てのない子供たちがいれば、喜んで引き取ってくれるよ」

「お、ウワサをすれば来たみたいだぜ」

 

 リンダの言うとおり、奥からカツンカツンと硬質な音を響かせて、一人の男性がやってきた。頭は白髪だったが背筋はしゃんとしており、柔和な表情にメガネをかけていたため知的な印象を受けた。

 

「あー、眼帯のおにーちゃんだ!」

「あの長い髪の子は誰?」

「リンダちゃんの新しいお友達かな!」

「きれーな髪だね、ちょっとさわらせて!」

「わ、まっ、やや、やめてよ!」

 

 そして、同時にどこからともなくほかの『呪われた子供たち』がわらわらと集まってきて友幸たちを取り囲む。

 中でも、知らない人であったアカネは特に子供たちの興味を引いたらしく、集団に引き込まれ、はやしたてられる。アカネは彼女らの好奇心旺盛な視線に思わず圧倒されてしまった。

 

「やあ芹沢君。久しぶりだね」

「こんにちは、松崎さん」

「マリアから事情は聞いたよ。あの子がそうなのかい?」

「はい」

 

 散々もみくちゃにされ乱れてしまった髪を手櫛で整えているアカネを子供たちの集団から引っ張りだし、背中を少しだけ押して松崎に紹介する。

 助けた経由、どの様な状況だったか。大まかな事を説明すると松崎は軽く頷いた。

 

「大丈夫。そんな丁寧に頼まれなくても、預かりますよ。むしろ大歓迎です」

「助かります」

 

 ここで、ヒオがじゃれついてきた子供たちをさがらせアカネに向き直ると、しゃがんで目線を合わせる。

 

「ねえアカネちゃん。あとはアカネちゃんがどうしたいかなんだけど、君はここに住んでもいいって思っていますか?」

「うん」

 

 即答だった。ここにきてからまだ十分もたっていないが、松崎という男性も、一緒に住んでいる子供たちのことも気に入った。すぐに打ち解けることができるかもしれない。いや、できる。

 マナが言った。

 

「じゃあ約束。もう食べ物を盗むことはしないでね。私たちはたまにしかここにこれないけど、来たらその時にいっぱい食べ物やお洋服、おもちゃも絵本も、いっぱいあげるからね」

 

 アカネはうれしくて思わず浮かんだ涙をぐっとこらえて、友幸たちをじっと見つめ返して、大きく頷いた。

 これまでの生活に、いいことはなかった。食べ物と言えばそこら辺の雑草や虫が生ごみで、盗んだ食料がたまに来るごちそうだった。いつ崩れるかわからない廃屋では、風雨はしのげても寒さだけはあらがいようがなく、街を出歩けば罵倒され、蔑まれ、暴力を振るわれた。おそらく自分は、これからもそういった生活をしていくのだと思っていた。

 それがどうだろう。

 彼らはたった一日で、たくさんの仲間をひき会わせてくれた。一日だけ一緒にいただけの、赤の他人である自分に、街の人間曰く『化け物』である自分に。これまで自分のことは自分でやってきたアカネにとって、他人にここまで尽くしてもらえたのは生まれて初めてだった。この人たちには感謝してもしきれないだろう。

 アカネはもう分かっていた。この人たちは、こんな自分でも家族のように接してくれる、優しい人間たちだ。

 友幸たちが優しく笑って頭をなでると、いつの間にか涙で濡れていたアカネの顔が笑顔になった。

 その表情はとてもうれしそうで、つられてこちらも笑ってしまうくらいの、満面の笑顔だった。



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 青年は目標物を見つけ、ある二人は森にて双剣の死神と相対したようです

 今回は前後編に分けようかなと思っています。


 【追記】一月十二日

 ちょっと追加しました。





 

 

「一体どういうことなんだ……?」

 

 東京エリア内にある勾田病院にて、室戸菫は趣味であり本業である解剖を行っていた。

 彼女を知るものが見たら、その様子に驚愕することだろう。死体がたとえどんな未確認生物であっても嬉々として解剖にいそしむはずなのに、当の彼女が困惑の表情で目の前の手術台に乗せている死骸を見つめているのだ。

 菫が解剖していたそれは、博多エリアの外で阿蘇山近くで運営されているバラニウム鉱山から運び込まれたものだ。

 なんでもその鉱山は、数日前に原因不明の大規模な出水事故が発生したらしく、十数名の死傷者を出したらしい。それまでなら普通に事故として処理されるが、その後排水作業に参加した鉱山夫らが作業中に水中に引き込まれ、死体となって発見される殺人事件が相次いだのだ。

 死体は血液をはじめとした体液がすべて吸い取られており、傷口はまるで日本刀で斬られたかのようで警察も頭を悩ますばかりだったが、つい先日、突如現れた民警らしき人物の活躍で犯人を捕獲することに成功したそうだ。

 

「いくら虫みたいな水生生物でも、ウイルスなしでここまで大きくなるもんなのかねぇ」

 

 行き詰まりを覚えたのか、菫は体液まみれの執刀服のまま椅子に座ると、改めて目の前で横たわる物体を奇異の目で見る。

 堅そうな外骨格で覆われた鋭角な流線型で、その外見をたとえるならヤゴが一番わかりやすいだろう。ただし、それは数メートルはある、一対のハサミと三対の脚を備えた巨大なヤゴなのだが。

 鉱山夫を殺害した犯人は人ではなく、このヤゴのような生物だった。

 生物は直ちに博多エリアの研究所へ回され、解剖されたのだが、あまりにも理解不能な点が多すぎたため、菫のところへ送られたのだ。

 

「向こうでわからないから私に任せるったって、私はそこまで都合のいい人物じゃないっての……」

 

 しかし、博多エリアの研究者たちが頭を抱えるのも無理はないかもしれない。

 これまでの常識に当てはめると、昆虫などに代表される、外骨格を持った節足動物はここまで大きくならない。自重でつぶれ、呼吸困難となり死んでしまうからだ。

 現生節足動物で最大のタカアシガニは数メートルにもなるが、その身体は水の浮力によって支えられているため、陸上に上がると身動きが全く取れない。

 それでも、過去の地球には七十センチの巨体を誇ったトンボ、メガネウラや、二メートルを超す大ムカデ、アースロプレウラといった巨大な節足動物が生息していたが、その理由としてシダ植物群の大繁殖によって当時の大気中の酸素濃度が約三十五パーセントと高かったためとする説や、これらの節足動物を餌とする活発な捕食性脊椎動物がまだ少なかったからとする説、また現在と違って地球全体の平均気温がはるかに高かったためとする説などが唱えられている。事実、これらの巨大節足動物は酸素濃度が低下し、多くの脊椎動物が進出したペルム紀初期にはほとんど絶滅していた。

 

 閑話休題。

 

 それらの点を克服してここまで巨大化するには、ガストレアウイルスに感染していなければおかしいため、当初はモデル・ドラゴンフライ――トンボの英名――のガストレアと判断されたが、その体組織からウイルスは全く検出されなかったのだ。

 これはガストレアではない。菫はそう結論付けた。

 おそらく、鉱山で掘削された地層がペルム紀以前のもので、そこに太古から自然保存されていた卵か何かが孵化したものなのだろう。カブトエビやアルテミアなど、乾燥に耐え長期にわたって休眠することができる耐久卵を産む生物が存在するため、信憑性は高いと確信している。もっとも、別個体がいる可能性が高いそのバラニウム鉱山は、二次被害を防ぐために閉鎖されてしまい確かめることができないのだが。

 

「それにしても、推定体高が百メートルのゴジラといい、放射線を食うへんてこなフナムシといい、古代の地球はどれだけ化け物ぞろいだったんだ?」

 

 そのうち火を噴いて空を飛ぶカメや、河童みたいな怪獣が現れるんじゃねーのか? もしかしたら、泥が意識を持って活動するかもしれないな。

 いろいろテンションがおかしくなった菫は手袋を外し、ガシガシと頭を乱暴にかいたところでふと手を止める。これは自分が後見人となっている友幸が困った時に行う癖だ。

 菫は舌打ちした。嫌な癖が移った。今日は早く寝ることにしよう。

 

「ん? 天童の嬢ちゃんか……」

 

 不意に鳴った電話の着信主の木更とは、蓮太郎の関係者ということもあり自身も交流がある人物だが、一体自分に何の用だろうか。

 

怪訝に思いながらも、通話状態にして電話を耳にあてたが――

 

「はぁ!?」

 

 彼女の涙声交じりで告げられたその内容に、思わず間抜けな声を上げてしまった。

 

 

***

 

 

 

 時はさかのぼる。

 数時間前のことだった。

 

「そう、ならもう大丈夫だね。しっかり考えてやりなよ……」

 

 友幸は電話で一言二言言葉を交わした後、通話を切った。同時に、ソファに寝そべってマンガを読んでいたリンダが身を乗り出して聞いてくる。

 

「いまの電話はなんだったの?」

「蓮太郎君から。延珠ちゃんが昨日戻ってきたんだって」

「そっか。そりゃよかったな」

 

 それっきり、リンダは黙り込んだ。

 友幸も特に話すことはないため、自らの作業に没頭する。今日は雲がやけに目立っており、そのうち雨が降りそうな空模様だった。

 藍原延珠が家出したという連絡を受け取ったのは、一昨日アカネを松崎のところへ送り届け、帰宅してから数時間後のことだった。

 なんでも、延珠が通っている小学校で彼女が『呪われた子供たち』であることが露呈してしまったらしく、嫌がらせを受けた彼女はその日のうちに早退。保護者である蓮太郎も同じく早退し帰宅したが、自宅には帰っていなかったため、延珠を見なかったかと電話口で焦った様子で尋ねられた。

 当然、友幸たちは一家全員でアカネを送り届けに外周区へ行っていたため、延珠の姿を見ていない。

 友幸は彼をなるべく落ち着かせ、こちらもできる限り探しておくと彼には言って、その日は終わった。

 だが、その次の日に延珠はひょっこりと帰ってきたらしい。彼女は帰ってくるなり蓮太郎にしがみついてわんわんと泣き、理由を聞いても何も言わないため、慰めることしかできなかったという。その日、友幸に連絡できなかった理由だ。そして彼女は疲れてそのまま眠ったそうで、その日は終わった。

 そして今日。延珠はすっかり元気を取り戻したそうで、蓮太郎は彼女と今後のことについて話し合うらしい。

 

「おい、ゆーこー。また電話か?」

 

 リンダの言うとおり、通話を切った電話が再び鳴った。

 表示されている名前を見てわずかに目を見開く。画面には『波川』と表示されていた。作業を中断し、電話に出る。

 

『芹沢君かしら?』

 

 スピーカーから、透き通るような若い女性の声が聞こえてきた。

 

「はいどうも、電話をかけてきたってことは?」

『ええ、探してるやつが見つかったわ。場所は三十二区。空を飛んで移動しているらしいの』

 

 空を? 感染源はモデル・スパイダーじゃなかったのか?

 疑問がわいてくるが、それらを喉の奥へひとまず押し込む。

 

『それほど速くないからまだ三十二区上空を飛んでいるわ。既にほかの民警たちも向かっているから、早く行ったほうがいいわよ』

「わかりました。情報の提供、感謝します」

 

 次もまたご利用くださいね~。と言う波川の言葉を軽く聞き流すと電話を切る。

 友幸はリンダに振り向いた。 

 

「リン。行くぞ」

「おう!」

 

 

 

 それからの行動は早かった。

 装備を整え、二人バイクにまたがるとエンジンをかけて走り出す。すでにヒオとマナにはメッセージを残しておいたから心配されることはないだろう。今日の炊事当番は自分だったのが心残りだったのだが。

 友幸は先ほどからヘルメットのバイザーに打ち付ける雨粒にいら立ちを覚える。

 もともと朝から雲行きは怪しかったものの、確認した天気予報は見事に当たってしまい、家を出てから十分もしないうちに降り始めたと思ったら徐々に雨足を強め、すぐに豪雨となっている。

 しかも間が悪いことに、分厚い雨雲によって衛星による確認が不可能となってしまった。その間にもガストレアが移動している確率は高いので、目視で確認するしかない。友幸はバイクの運転、リンダが索敵の役割を担っていた。

 

「リン! 空に何か見えたか!?」

「ダメだ、雲の分厚さと雨の濃さで見えづらくなってる!」

 

 ヘルメットには無線機能が取り付けられているため、別に大声で話さなくてもいいのだが、自然と声が大きくなってしまう。

 

「なあゆーこー、ひょっとしたらもう逃げてどっかに降りたか、撃ち落とされてるんじゃねーの!?」

「かもな! 今のところ都市内部で落とされたって情報はないし、森の中かもしれん! 三十二区の近くに外周区に隣接する森があるからそこに行くぞ!」

「おし、一応アタシは見張りを続け――」

 

 突然、息巻いていたリンダの声が途切れた。

 どうした、と友幸がいぶかしげに聞いても、何も言わない。代わりに、荒い息遣いが聞こえる。

 

「……Oh My GOD……」

 

 母国語を使った彼女の声が、かろうじて耳に入ってきた。それは先ほどの勇ましいものではなく、何かに怯えて、焦っているような、かすれたものだった。

 心配になった友幸はやむなくバイクの速度を落とす。

 だが、速度計を見て違和感を覚えた。

 自宅からここまで猛スピードで走っていたため、エンジンが奏でる爆音はすさまじいものだったが、出力を落とせばその音も小さくなるはずだ。しかし、今はそれに反比例するように、だんだん音が大きくなっているではないか。

 どういうことだろうか、エンジンの暴走か? だがこのバイクは数日前、行きつけのオートバイ用品店で点検してもらったばかりだ。そこの店主の腕は確かなもので、友幸もそれを高く買っている。異常はないはずなのに。

 

 それが勘違いだと気が付いたのは、その音が遠くから聞こえること、リンダが急かすように背中を引っ張っていること、薄暗い場所が、さらに薄暗くなりはじめたこと。

 

 そして――低空で自分たちに接近してくる『ナニモノカ』が、不意に見たバックミラーに映っていたのを確認したときだった。

 

 気が付けば、友幸はリンダを腕に抱え、バイクから跳んでいた。

 運転主を失ったバイクは当然横転し、火花をあげて擦過痕を残しながら電柱にぶつかって止まる。

 着地した瞬間、猛烈な突風が吹き荒れ、粉塵や紙くずが大きく舞い上がった。

 友幸はそれに飛ばされそうになるが、ガードレールにつかまり何とか踏ん張る。うっすらと目を開けて確認したが、何かの『影』はそのまま飛び去っていた。どうやら自分たちを狙ったものではないようだ。

 

「なんだ、いまのは……」

 

 ヘルメットを外し、飛び去った方向を凝視する。

 信じられない飛行速度だった。乗っていたバイクも時速八十キロメートルとそれなりに高速だったが、『影』はそれをはるかに上回っていた。物体が音速に近い速度で飛行すると発生する、衝撃波に似たような圧力波を巻き起こしていたのだ。それも、降り続いている雨を一瞬だけ吹き飛ばしたほどの。

 友幸はヘルメットをかぶりなおした。

 

「……リン、アレを追うぞ」

「ケースはどうする?」

「今更もう間に合わないさ。悔しいけど他の民警に任せよう」

「……だな」

 

 リンダもそれに同意する。

 『影』の全長は目測二十メートルほど。ガストレアのステージに当てはめればIIからIII、最悪ステージIVのものとほぼ同じ大きさだった。ここまでいくと、何らかの大型兵器を使用しなければいくら高い戦闘力を持ちうるイニシエーターでも太刀打ちできない。それがこの東京エリアに侵入しているのだ。

 友幸は耐衝撃ケースに入れていた携帯を取り出し、政府に連絡すると、再び『影』が飛び去った方向を見る。

 『影』すでに遠く離れ、点のようになっていたが、着陸するためなのか上空で旋回しているのが見えた。自分たちが行こうとしていた、遥か彼方の森だ。

 倒れていたバイクを起こし、それにまたがると、エンジンをかけてアクセルを回す。

 友幸は振り払うようにかぶりを振った。

 

 『影』が発していた、暴走したエンジンのような爆音を放つ『羽音』が、耳鳴りとして頭に残っていた。

 

 

 

 

 

 

 豪雨が、雨具を着用していない自分の身に容赦なく降り注ぐ。

 お気に入りのコートはすっかりくたびれて生地の色を濃く変えてしまい、吸収された雨水と汗が、微妙なおもりとなって自分の身体に張り付いている。

 だが、そんなことはまるで気にしていないと言わんばかりに、少女――延珠は黙って眼前の存在を睨みつけた。

 目の前に『異形』なクモがいる。自分たちが追っていたモデル・スパイダーのガストレアだ。

 ガストレアは威嚇のつもりなのか、口にあたる部位は大きく開かれ、人の頭ほどありそうな太さの、大きな牙がのぞいていた。そこからシューシューと熱がこもった息が抜ける音と同時に、粘着質なよだれがどろりと糸を引いて地面に滴り落ちる。一般人が見ればさぞ恐怖と嫌悪感を覚える光景だろう。だがよく見れば、ガストレアは威嚇しながらもその巨体をじりじりと後退させている。身体を支えるには華奢に見える細い脚の一歩一歩の挙動も、赤子のようにどこか拙い。

 弱っているのが目に見えて分かった。どうやら事前に一発お見舞いしていた蹴りが効いていたようだ。

 

 ――ならばその傷が再生しないうちに倒さねば。

 

 そう決意した延珠は足を一歩下がらせ、構えた。ガストレアも、眼前の小さな脅威に対応すべく姿勢を低くし臨戦態勢を整える。

 相手の隙を狙い、決して自分の隙を見せない狩る者同士の決闘。

 数分のにらみ合いが続いた後、先に動いたのはガストレアだ。その細く長い脚を槍のように延珠へ突き出し、跳びかかってきた。

 速度、威力ともに申し分ない。切っ先は寸分の狂いもなく、延珠をとらえている。ガストレアは、己の勝利を確信した。数秒後に、この生物は自分の『ごちそう』となるだろう。

 だが、そう確信をもって突き出された脚はむなしく空をついてしまった。

 獲物を見失い困惑するのもつかの間、ガストレアは迫りくる気配を感じて反射的に飛び退く。さきほどまで自分がいた地面が轟音と共に、泥水と土塊となってはじけ飛んだ。

 割れた地面の中心に立つのは、延珠だ。

 金切り声をあげ、ガストレアは脚の刺突を繰り返す。そのどれもが素早く思い一撃なのだが、延珠はそれを余裕でかわし、時折その足でいなしていく。

 延珠のモデルはラビット、スピード特化型のイニシエーターだ。そのスピードに見合う動体視力は、一つ一つの攻撃を見切るのに十分なものだ。高速戦闘に慣れきっていた少女は、回避に苦心することもなかった。

 ガストレアは知らずに、自ら目の前の敵の得意領域に入り込んでいたのだ。

 

「――そこだ!!」

 

 やがて勝負はあっけなくついた。

 延珠は攻撃するときにできた大きな隙をついて、素早く弱点の胴部へ潜り込み、上向きに蹴り飛ばす。それだけで、ガストレアはゴムまりのように跳ね上がった。二、三度地面をバウンドし、グチャリと不快な音を立てて泥水の中へ身を沈める。腐った卵のようなにおいが湿った空気に交じって広がる。

 自分たちが狙っていたガストレアはしばし痙攣すると、やがて動かなくなった。

 

 

***

 

 

「延珠!!」

 

 遅れてやってきた蓮太郎の声に気が付いて、延珠は駆け寄る。

 元気そうな彼女の様子に、蓮太郎は安堵のため息をついた。

 無理もない。現場に向かう途中でガストレアを見つけたと思ったら突然、乗っていたドクターヘリが飛行中なのにもかかわらず、そこから飛び出してしまったのだ。

 

「この、あほ。余計な心配をさせんじゃねえよ」

 

 蓮太郎は苦笑して延珠の額に軽くデコピンすると、銃を手に持ってガストレアの死骸に注意深く歩み寄る。

 胴体上部に、銀色に光るものが埋まっている。すぐに例のジュラルミンケースだとわかった。

 よく見ると、肉の隙間から輪のようなものがはみ出ている。手錠だった。おそらく、このジュラルミンケースの保持者が手放すまいと持ち手に括り付けたのだろう。

 さっさと仕事を終わらせたい。蓮太郎は肩の力を抜き、ガストレアの体に足をかける。無理やり引き抜こうと手錠に触れた、その時だった。

 

「――蓮太郎!!」

 

 反応する間もなく、投げ出される。

 受身を取る間もなく、水たまりに落ちて泥水を頭からかぶった。

――まさか。

 嫌な予感がして、あわてて起き上がる。

 そこには、脚を広げる巨大グモがいた。あれだけの延珠の蹴りを受けていてなお、生きていたのだ。

 ただしその様子は満身創痍そのもので、脚の一部はあらぬ方向へと曲がり、口器からは血がしどとに流れ出てている。

 無機質さを覚える、深紅に光る複眼は自分をハッキリと捉えており、本来は無感情であるはずのそこが激しい怒りで満たされているように感じた。

 だがそんなことはどうでもいい。どこにそんな体力があるのか、スパイダーが蓮太郎に跳びかかってきた。

 延珠もとっさの事態に対応できず、茫然とこちらを見つめている。

 完全な不意打ちに対応できない。目の前に、人の頭など容易く噛み砕きそうな歯がずらりと並んだ大口が迫ってくる。

 

 ギュッと、目をつぶる。

 

 やられる、と蓮太郎は体をこわばらせた。

 

 

 

 

 

 

 

 その時、“それ”は起こった。

 濃い影が、森を覆った。

 ヒュオン、と空気を切り裂く音が聞こえたかと思うと、直後に響く轟音。

 その衝撃だけでぬかるんだ大地が割れ、土砂が舞い上がり、泥水と赤黒い『何かの肉片』が飛び散り、木の葉がビリビリと震えた。

 錆びた鉄と硫黄が混じったような濃密な血の臭いが、泥水が入って痛くなった鼻を突く。

 ――生きている。

 うっすらと、蓮太郎は目を開けた。

 

「――え?」

 

 目の前、それこそ手が届きそうなほどの位置に、“ナニカ”が突き刺さっていた。

 振り下ろされたのは、巨大なカマのようなもの。

 信じられないくらい大きく、ざっと見ただけでも五メートルほどはあるだろうか。片面に、のこぎりの歯のようなギザギザが走った刃は明らかに人工物ではなく、生物的かつ薄気味の悪い造形は生命力で溢れている。

 毒々しいオレンジ色のそれは、穂先が気分が悪くなりそうなほどの赤で彩られており、蓮太郎は、つい今しがた自分に跳びかかろうとしていたガストレアが、弱点である頭と胸ごと串刺しにされていたのに気が付いた。

 カマは裂けた大地から、ゆっくりと引き抜かれる。同時に、仕留められたガストレアが、力の抜けた脚の先から、血を滴らせながら上がっていった。蓮太郎はそれを目で追う。

 

 そして蓮太郎は、目の前の『それ』に戦慄した。そのあまりの大きさにめまいさえ覚えた。

 

「な、なんなのだ……こやつは……」

 

 延珠も、知らずにつぶやいていた。

 蓮太郎と共に、これまで多くのガストレアと対峙してきた。そのどれもが、常識に当てはまらない存在だ。非常識な存在のことはよくわかっているはず。

 だが、そんな彼女でも、『それ』は己の常識と、理解の範疇を超えていた。

 

 それは、一度見たら誰もが忘れられないほど、強烈な印象を持っている生物を、そのまま巨大化させたような外見だった。

 

 色鮮やかなオレンジに、ディープグリーンの大小さまざまな斑点が混じった外骨格が、全身をくまなく覆っている。さながら中世騎士の鎧のようだ。山のような巨体を支えているのは、かぎづめのついた、苗木のように細長くみえて、その実、森のどの木よりも太く、がっしりとした脚。それが一本、またもう一本。合計で四本確認できる。

 続いてそれらの根元、脚が生えている巨大なアーモンド形の腹部。それに連なるように、細長く太い体躯が天を高くついている。

 胸元からは、細長い前脚が伸びていて、獲物をとらえ、切り刻むように発達した特徴的なカマの形に変化していた。その大きさは五メートル以上はある。

 逆三角形の頭部から張り出した目が、ギラギラと妖しく黄色く光っている。

 

 二人の目の前に現れたのは、全長が二十メートルもあろうかという、巨大なカマキリだった。






 両刀怪獣 カマキラス

 全長:20.6メートル
 体重:不明

 石炭紀からペルム紀後期まで生息していた巨大生物。設定では本編開始の十数年前、ガストレア大戦時からすでに復活していた。もともとは牛ほどの大きさの生物だったが、環境が当時の地球と異なるうえに、ガストレアウイルスに感染し、制御することに成功した個体たちが交配を重ねたため、遺伝子レベルで生態構造に変化をきたし、巨大化した。本編に登場した個体はその子孫。そのため興奮すると目が赤くなる。
 ウイルスの能力を遺伝子レベルで受け継いでおり、超自然的な治癒力や運動能力を手に入れている。ただしあくまで全体の能力向上だけなので、他の生物の機能を取り込む能力はない。そして、体内浸食率の上昇によるガストレア化の心配もない。翅を広げての、猛烈な羽音を伴う高速飛行が可能で、最高速度はマッハ0.5。
 武器は両腕のカマ。関節の可動域が人間並みに広いので、敵や獲物を切り裂いたり、槍のように突き刺したりして戦闘を行うことが可能。ごくまれに、片腕が槍状になった個体が生まれるらしい。
 強化された外骨格は非常に硬く、バズーカなどの軽火器程度ではまともに傷付きさえしない。

 警戒しなければならないのは、カマキリは不完全変態のため、本編に登場した個体がまだ幼体で、今後も巨大化する可能性があるということである。







読者「ゴジラはいつ出てくるの」

――しゅ、終盤あたりに……。

読者「マジか。つまんね。お気に入り解除するわ」

 ポチッ、スタコラサッサー

――…………(泣)。


 さっき確認したらお気に入りが少し減ってたんです。
 たぶんゴジラどころかほかの怪獣も出ていないから痺れを切らしたんでしょうね。ショッキラスしか出てないし。特撮ネタは出してるんですが※、満足しなかったのか……。

※(『薬は注射より飲むのに限るぜ!!』『卑怯もラッキョウもあるか!!』『ドクター・フー』など。特にドクター・フーが誰にも突っ込まれなくてションボリ)

 えぇい!! こうなったら無理やりほかのゴジラ怪獣をねじ込んでやるゥ!!
 ってなわけで二匹登場させました。前半の一匹はフライング登場。『超翔竜』だけに。後半にはゴジラシリーズ屈指の地味キャラクター、カマキラスを採用。書いているうちに、カマキラスに関するいいアイデアが浮かんだので、今後も活躍させようと思います。

 Z(`Д´Z)カマキラス<俺は噛ませじゃねえ!!!!


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 ケースは結局奪われ、青年たちはとばっちりを受けるようです




 まぁ、ケースは展開上こうしないといけないよね……。

 でも、後半はまるで違います。


 

 

 

「降りた、あそこか!」

 

 上空を旋回していた『影』がいきなり急降下したのを確認した友幸は手持ちの電子双眼鏡を懐にしまうと、すぐにアクセルをふかして森の中を疾走する。足元は木の根や小石、おまけに雨のぬかるみで非常に不安定なので、高速走行は避けたいところだったのだが、いちいち文句を言ってはいられない。ガクガクと内臓が揺さぶられるような衝撃に視線が上下左右に揺れるなか、友幸は絶妙な動きでバイクを操作して障害物を避けていった。

 

「しっかし、むこうも無茶振るもんだな……っとと。衛星で、見れないからってッ、確認して、映像と、位置情報を、送っ、て来いなんて……よおっ!」

 

 しゃべるな、と悪路の走行中に無駄口をたたくリンダに注意する。舌を噛んだらどうするつもりだ。

 だが、リンダの言っていることも事実だった。

 政府に連絡して『影』のことを伝えたまではよかったものの、その全体像までは報告できなかった。『影』は非常に高速で飛行していたので、おおざっぱにしか確認できなかったからだ。

 それを聞いた政府は、その正体を、なるべく接近して確認するよう、友幸に命じた。曰く、衛星で確認しようにも分厚い雨雲のため姿どころか位置さえ特定できなかったらしい。具体的な対策を取りやすくするためだと向こうは言っていたが、それを一組の民警に任せるのはいささか無理があるのではないかと思う。

 

 やがて友幸は、道とは言えない道に何かが複数倒れているのを見つけた。うげ、とそれらがなんなのか理解したリンダが声を漏らす。

 倒れていたのは、人間の死体だった。おそらく、先に駆け付けたのであろうプロモーターやイニシエーター達だ。首を切られ、腕を飛ばされ、頭を吹き飛ばされ、全員が殺されていた。

 まさか、と脳裏に最悪のビジョンが浮かび上がる。こんなことをする人物は二人しかいない。

 

「ゆーこー、川辺に何かいるぞ!」

 

 リンダの言葉にはっとなってそこを見ると、確かに木々の間から山吹色の何かがぞいていた。あれが探している『影』なのかもしれない。全体像こそ見えないが、かなりの巨体だ。

 音でこちらの存在に気づかれないよう、すぐにバイクを止めて降りた。しばらく走ると、川辺が見えてくる。

 だが、木々の間を見上げると、ぎょっとして思わず立ち止まってしまった。そこには、二十メートルもありそうな巨大なカマキリが、巨大なカマでモデル・スパイダーのガストレアを串刺しにしていた。そしてその近く、それこそまさに手が届きそうな場所に、蓮太郎と延珠が腰を抜かした体勢で座っていた。

 すかさず、小石を投げる。見事、蓮太郎の頭に命中した。

 

「……芹沢!」

 

 友幸を見て驚いている蓮太郎に、口の前で人差し指を立てて、手招きする。蓮太郎と延珠もそれに頷き、そろそろと這い寄ってきた。幸い、巨大なカマキリは仕留めた獲物に気を取られていたようで、こちらの存在に気づいていなかった。

 近くの木陰と草むらに退避すると、蓮太郎が話しかけた。

 

「あんたも、感染源ガストレアを追ってやってきたのか?」

「最初はね。でも、向かう途中にぶんぶん飛び回るでっかい影を見つけたから、なんだと思って追ってみたら」

「俺たちと偶然合流したってわけか……」

「そう、それで俺たちが追ってた『影』ってのが、あれさ」

 

 友幸は巨大なカマキリに指を向けた。

 

 マジかよ。

 蓮太郎は驚愕の表情でカマキリを見上げる。カマキリはこちらに見向きもせずに、獲物をなめまわすように見つめていた。

 最初はステージⅠかと思ったが、それにしては大きすぎる。これまでの経験からすれば、最大でも三メートル強が限界だったはずだ。しかし、あのカマキリはどう見てもそれの数倍、ステージⅢほどもある。しかし、ガストレアはステージの進行段階でさまざまな生物のDNAを取り込むため、ステージⅡ以降のガストレアはそれぞれに異なる異形の姿と特徴を持つ。あれが本当にステージⅢならば、もっと醜悪に変貌した身体になるはずだ。だが、巨大と言う点を除けば、ほぼ現生のカマキリに限りなく似ている。そしてなにより、すべてのガストレアの最大の特徴である赤目がなかった。

 あれはガストレアじゃないのか? ならば、いったい何に区別すればいいのだろう。

 少しの間沈黙があたりを包む。

 そのあいだに友幸はカマキリの映像を撮ってそれを座標と共に政府へ送る。これで相手の予想できる規格にあった戦力をこちらに回してくれるはずだ。しかし友幸は、なるべく早く来てほしいと願うと同時に、疑念も渦巻き始める。果たして、あれをガストレアと同一として見てもいいのだろうか? もし相手が規格外の存在だったらどうするのだろう?

 ――あと、何か重要な事柄を忘れているような――

 

「なあ延珠」

 

 すると何かを思い出したのか、リンダが延珠に聞いた。

 

「ケースはどうしたんだ? 回収したのか?」

「えっ……」

 

 蓮太郎がかっと目を見開き、草むらから顔を出す。カマキリは今まさに、カマの先に突き刺していた獲物を、カミソリのような牙が並んだ口先でくわえている。数秒もしないうちに飲み込まれてしまいそうだ。

 

「や、やべえ!」

 

 蓮太郎は一瞬にして顔を青ざめさせると拳銃を構え、延珠もそれに続いて飛び出そうとする。すぐに友幸は二人の襟首をつかんで引き戻した。

 

「何してんだ阿呆!」

「あのカマキリが食おうとしてるガストレアがそうなのだ! ケースはまだあの中に埋まっておる!」

「だから取り返すってか? だが君たちだけであの馬鹿でかいカマキリに立ち向かうのはさすがに無謀すぎる! 政府に援軍を要請したからしばらく待て!」

「その前に逃げたらどうすんだよ! 中身は“大絶滅”を引き起こすシロモノなんだぞ!」

 

 蓮太郎が友幸の胸倉をつかむ。

 大絶滅。モノリスが崩壊し、ガストレアが街になだれ込んでくる、最悪のシナリオ。

 それを防ぐためにも、ケースの回収はなによりも優先される。あのカマキリが獲物に気を取られて油断している今こそ、絶好のチャンスではないか。

 

「わかっているさ! だが、正体のわからない相手にいきなり挑んで無駄死にするより、待ってチャンスをうかがったほうが合理的だろう!」

 

 しかし、現在それを持っているのは、自分たちが今までに見たこともない、これまでの常識に当てはめればガストレアであるかどうかも怪しい生物だ。勝手が違う。さらに手持ちの武器も少ない。これ程までに巨体な生物がモノリス内に潜入しているなど想像もしておらず、皆が持っている武器はあくまで対ステージⅠからⅡ用としての装備だ。仮に戦闘を行えば、返り討ちにあってしまう可能性も高かった。

 

「けどよ!」

「仮に食ったあと逃げて回収が難しくなったとしても、今日死ぬか、後で死ぬかの違いになるだけだ」

「……クソッ」

 

 蓮太郎は舌打ちしながら手を放す。今の自分にできるのは、目の前で大事なケースを食おうとしているカマキリを、苦々しい表情で見つめることだけだった。

 

 ――後方に空気対流の異変、バラニウム金属、血液反応を探知。目標は戦闘態勢の模様。敵と判断。第三種警戒態勢。目標の早急なる迎撃および撃破、または緊急回避を推奨します。

 

 脳髄に、眼球をえぐりだされるような痛みが走る。

 次の瞬間、轟音と共にカマキリが吹き飛ばされた。

 

 

 

 

 

 

 突如起こった異変に目を丸くする。カマキリの、象の何倍もありそうな巨体が一瞬だけ宙を舞い、鋭いとげの生えた背中から森の中に叩きつけられたのだ。

 たとえるなら、いきなり突き飛ばされたかのようだった。

 

「やれやれ、楽に奪えると思ったんだが、とんだ邪魔が入ったものだ」

 

 緊張感のない呆れ声に、背筋が際立つような殺気。

 ぞっとして振り向くと木々の間から白い仮面が指を鳴らしていた。瞬間、青白い燐光が空気の層と雨を押しのけ迫ってくる。防衛省で受けた、あれとまったく同じものだ。

 立て続けに起こる事態に四人は対処できず、暴走列車のように迫ってくる見えない壁に、先ほどまでカマキリが立っていた地点まで吹き飛ばされた。

 背中から濡れた地面へ乱暴に叩き付けられても勢いは止まらず、そのまま慣性に従って頭から一回転して着地し、うつ伏せになってようやく止まる。鼻と口の中に泥が入り、たまらず友幸は咳き込んだ。

 立ち上がってあたりを見回せば、リンダも蓮太郎も延珠もいる。三人とも泥だらけにはなっているものの、大した怪我はしていないようだった。

 

「まァ、ベリーイージーがイージーになっただけだから、楽に奪えたことには変わりはないんだけどね」

「蛭子……影胤ぇぇ!!」

 

 仮面を抑えて笑う男、蛭子影胤に、蓮太郎が立ち上がってすさまじい形相で吠える。

 友幸は歯噛みした。そうだった、カマキリの情報を送った直後の違和感はこれだった。こいつがいる可能性をすっかり失念していた。忘れていたのだ。道中、あれ程のむごい死体を見たのに。なぜ思い出さなかったのだろう。

 

「蓮太郎!! 友幸!!」

「延珠、後ろだ!!」

 

 リンダの言葉を受けて延珠は反射的に横に転がると、小さな影が風切り音と共に斬撃を繰り出す。小比奈が、バラニウム製の小太刀を構えていた。

 

「もう、あと少し――」

 

 言い終わらないうちに、彼女の後ろから凄まじい速さで拳が振り下ろされようとしていた。小比奈は腰をかがめて横に飛び退いた。殴る対象を失った拳は何もない地面に直撃し、直径三メートルのクレーターを作り上げた。

 小比奈が、金切り声で叫ぶ。

 

「そこの赤毛、邪魔しないでよ!」

「Shut up war mad !!」

「パパぁ、コイツわけわかんないこといってくる!! 斬っていい!?」

「いや、駄目だ。もう目的の物は回収したからね」

「うぅぅもうパパの意地悪ッ!! いいじゃん別にィ!!」

 

 そこで蓮太郎は影胤の手にケースが握られているのを見つけ目を見開いた。後ろには、モデル・スパイダーの腹部が転がっている。たしか、巨大カマキリが口に入れていたのは胸部までで、腹部はぶら下がっていたはずだ。おそらく吹き飛ばされた瞬間、体の節が衝撃に耐えきれず千切れて、影胤たちのところまで飛んでしまったのだろう。ハンマーで何度も叩かれたドラム缶のように変形した肉には、ひときわ大きく陥没した穴があった。

 友幸と蓮太郎はたがいに目を見やる。知り合ってからまだ日は浅かったが、この時だけは考えていることは同じだった。こいつにだけは絶対に奪わせてたまるものか。

 友幸が腰のホルスターからシグ拳銃をドロウして二、三発発砲する。影胤は呆れたように「イマジナリー・ギミック」とつぶやく。ドーム状の青白い燐光が銃弾をあさっての方向へと弾いた。

 

「無駄だよ。そんな石ころのような攻撃で斥力フィールドを突破できるものか」

「あぁ、わかっているさ!!」

 

 蓮太郎がぬかるんだ地面を蹴ると、一気に影胤へ肉薄する。その速さは友幸でも見切ることができなかった。影胤も「お?」と間の抜けた声を漏らす。蓮太郎は右手を構え、腰に力を入れた。

 

 ――天童式戦闘術一の型八番。

 

「焔火扇ッ!!」

 

 初心者が比較的早めに習う基本的な技だが、当たり所が悪ければ常人なら容易く昏倒し、達人ですらよろめかせることができる一撃。それを影胤の腹へめがけて拳を打ち込んだ。しかし、標的には当たらずバリアに弾かれてむなしく空を切る。

 体勢を立て直そうと踏ん張った瞬間、目に映ったのは細長い足。顔に強烈な一撃が入り、蓮太郎は吹き飛ばされた。

 

「蓮太郎!!」

 

 思わずそれを目で追って気をそらしてしまい、気が付けば目の前に白の仮面。直後、胸に衝撃が走って友幸は地面に叩き付けられる。意識が一瞬遠のき、身体に力が入らなくなる。肺から絞り出された空気を補充しようと無意識に喘ぎ、咳き込んだ。

 その様子を見て影胤が声を上げて笑う。

 

「残念だったね。これは全方位に対応するタイプなのさ」

「……反則もいいところだな」

「なんとでも言いたまえ。まあ別にこれがなくとも君たちには勝てるけどね」

 

 ここで影胤は娘を見る。戦うのはやめておけと言っておいたはずだが、はたしてどうだろうか……。

 

「きゃはははははは!!」

 

 馬鹿げた笑い声が響き渡る。やはり小比奈は言いつけを破って“遊び”に興じていた。

 彼女と“遊んであげている”のは、目の前で倒れている青年たちのイニシエーター。一人は蹴り技が主体の藍原延珠。小比奈が強いと認めた数少ない少女。そして、もう一人は名も知らない、おそらく拳による近接格闘が主体の少女。

 小比奈が笑顔で斬撃を繰り出すたびに、範囲内に入った雨滴が四散し、空気が悲鳴を上げ、分割された草木が乱れ飛ぶ。剣戟を繰り返す中でその重さも尋常ならざる域に達していることが窺えた。常人が入れば瞬く間にずたずたに切り裂かれ、血まみれのひき肉が出来上がることだろう。

 そんな中で、延珠はバラニウム鉄塊が仕込まれたブーツを、少女は身の丈に見合わぬ巨大なガントレットを、的確に己の得物を繰り出して凌ぎ、受け流し、打ち合っていた。

 ほう、と影胤は仮面の下の目を細める。延珠だけでなく、もう一人の少女も娘を楽しませるぐらいの実力は持っていたようだ。

 袖をまくって腕時計を確認する。そろそろひき時だ。戦闘でそれなりに時間を食ってしまったが、誤差の範囲内なので余裕で間に合うだろう。

 

「時間も時間だし、そろそろおいとまさせてもらうとしようか。小比奈、遊んでいないで早くおいで」

「いい、楽しいよ延珠ぅ!! 赤毛ぇ!! もっと、もっと遊ぼうヨォ!!」

 

 駄目だ。楽しすぎるのか完全に我を忘れている。どうやら周りのことは一切見えていないようだ。

 彼女の顔を見れば、戦いに喜んでいるのがわかった。無理もない、これまで彼女が戦ってきた相手はすべて素人に毛が生えた程度の実力しか持たない者ばかりだった。そんな弱い敵が続いてマンネリ化してきたときに現れた、同程度の実力を持つ相手が二人。いい加減強い敵に飢えていた小比奈にとっては、切りたくて仕方ないのだろう。

 影胤は愛銃『サイケデリック・ゴスペル』を取り出すと、彼女たちの足もとへ一発撃ち込む、やっと小比奈が動きを止めた。

 

「小比奈。もうお遊びの時間は終わりだ」

「パパぁ、どうしてぇ……? もっとあそびたいよぉ……」

「駄目だ。愚かな娘よ」

 

 名残惜しいのか、小比奈が悲しそうに影胤を見る。娘が楽しんでいることは父親としてうれしいことこの上ないが、影胤は心を鬼にして彼女のわがままを切り捨てた。

 

「でぇもぉ……」

「大丈夫だ。これをもっていけば、多くの人が私たちのところに来る。その時は思いきり斬っていいからね」

「……そっか! そうだよね! じゃあ我慢する!」

 

 一瞬にして笑顔になった小比奈は、くるりとまわってリンダと延珠に向き直る。二人は息を荒げながらも態勢を整え、小比奈をギッと睨みつけた。

 

「じゃあね延珠、わたし行くから。あとそこの赤毛、名前はなあに?」

 

 リンダがペッと唾を吐いた。

 

「悪ぃな、名前を聞くならまず自分からっていう常識を知らないてめぇみてぇなルナティック野郎には名乗らない性分なんだよ」

「へぇ……言うじゃない。じゃあ私はモデル・マンティス、蛭子小比奈。接近戦では無敵だよ」

「けっ……あたしはリンダ・レイ、モデルはゴリラだ。殴り合いは得意分野だから気をつけな」

「リンダ、リンダ……うん、覚えた。次に会ったら、その首頂戴ね?」

「言ってろ。逆にてめぇの首を脊髄ごとぶっこ抜いてやる」

 

 売り言葉に買い言葉。それを見た影胤はやれやれと言わんばかりにシルクハットの位置を直すと友幸たちに向き直る。ケースはすでに手の中にあった。

 

「さよならの挨拶は終わったかい? では、我々はこれで失礼しよう」

「ま、待て!!」

「待たないよ」

 

 蓮太郎が慌てて立ち上がろうとするが、影胤は懐から黒い筒状の物体を取り出し、こちらに投げてきた。それがスタングレネードだとわかった瞬間、大音響と共に強烈な光が視界一面を覆う。目つぶしを喰らった蓮太郎は目と耳を抑え、バランスを崩して膝をついてしまった。動けないのは友幸も同様だった。どうも三半規管を狂わされたらしい。耳鳴りが周囲の音を掻き消し、視界がぐらぐらと歪み、頭は壁に押し付けられたかのような痛みを訴えていた。

 

 

 

 

 やがて視界が回復し、目の前を見る。案の定、そこには影胤と小比奈の姿はなかった。リンダや蓮太郎たちも視力を回復させたのか、影胤たちを見失ったことを悔しがっている。

 だが友幸は、黙ったままだった。彼が考えていたのは、影胤を取り逃がしたことによる悔しさではない。いや、あるにはあったが、それ以上に気になることがあった。

 

 

 

 

『あぁそうそう、たとえ回復しても私たちを追うことは諦めてくれ。『アイツ』が君たちの相手になるから』

 

 視力を奪われて何も見えないなか、影胤は、確かにこう言っていた。

 眉をひそめる。『アイツ』とはいったい誰なのだろう?

 

『気をつけなよ? 『お楽しみの時間』を邪魔されて、かなりご機嫌斜めのようだからねぇ?』

 

 ますます混乱する。影胤はほかに手を組んでいた人物がいたのだろうか? そして『お楽しみの時間』とはなんだ? まるで訳が分からない。

 寒気を覚え、友幸は二の腕をさする。何か、嫌な予感がする。

 

 

 ザーザーと、壊れたビデオデッキのノイズのような雨音が耳に響いていた。

 

 

 ――ん?

 

 

 ここで違和感を覚え、友幸はもう一度耳を凝らす。耳鳴りはすでにおさまり、ザーザーと降りつける雨の音が耳に響いている。

 続いて、自分が腰を下ろしている地べたに目をやる。森の中とはいえ、ここは比較的開けた場所だったはずだ。自分たちはそこに、防雨具を着用しないまま腰を下ろしているのに、本来当たるはずのものが当たっていない。“ザーザーと音が鳴るぐらい雨が降りつけている”のに“雨粒が自分たちに全然降り注いでいない”のだ。

 そして、友幸は“それ”に気付いた。

 

「みんな、逃げろ!!!!」

 

 切羽詰まったさせた友幸の言葉に、蓮太郎たちは咄嗟に左右に飛んでいた。途端、頭上の枝が弾け飛び、風切り音から連続する轟音と共に大地が切り裂かれる。

 先ほどまで腰を下ろしていた地点が、深さ三メートル強のクレバスとなった。その場にいた全員が身を震わせる。あれと同じものを作るなら、重機一機で掘り返すだけでも何時間もかかってしまう。

 だが、巨大なカマを持つ“それ”は、たった数秒の間でいとも簡単に成し遂げてしまったのだ。細身の体格に似あわぬ、強靭な筋力とスピードで。

 

「……ウソだろおい」

 

 天をつくほどの巨容を見上げ、友幸は驚きで目を見開いた。まさか、そんな。影胤はこれを見越していたというのか。

 “それ”は地面からカマを引き抜くと、四本の脚を巧みに操ってその巨体ごと回り、地面に這いつくばっている友幸たちに向けられる。

 ガチガチと口元の部分から、顎を何度も強く打ち合う音が聞こえる。鮮やかな黄色だった双眼を炎のように真っ赤に変色させてこちらをじっとみすえていた。

 

 不意に触角をピンと立てて、小さく身を震わせる。

 次の瞬間、友幸たちは耳をふさぐ。“それ”は咆哮した。

 

 

 

 キイイイイイイイイイイイイイイ!!!!!

 

 

 

 甲高い鳴き声にビリビリと森が震える。

 まるで、世界中にあるガラスを持ち寄って同時に引っ掻いたような大音響だった。いくら強い力で耳をふさいでも鼓膜を震わす。たまらず叫び声をあげた。この音を相殺するために。

 気づいた時には咆哮はもう聞こえず、そっと耳から手を放す。叫び過ぎたせいだろうか、のどがカラカラに乾き、おさまったはずの耳鳴りが、また耳の中で反響している。

 友幸たちは、影胤に吹き飛ばされ、つい先ほどまで死んだように動かなかった巨大カマキリの眼を正面に捉えた。赤くなったこと以外は表情のない、不気味な眼だ。この巨大昆虫が何を見て、何を考えているのかなど人の身であってはまったく読めない。知る術がない。

 

 

 

 

 

 

だが、言えることはただ一つ。

 

 

 

 

 

 

 ――自分たちは、いまこの瞬間、コイツに『獲物』と認識されてしまったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 







 カマキラス、飯を邪魔され、ブチ切れる。



 友幸たちは完全なとばっちりです。ちなみにカマキラスが影胤に受けた攻撃は『エンドレス・スクリーム』です。原作では結構威力が高かったのですが、カマキラスの装甲には通用しなかったようです。





【ちょっとした特撮ネタ解説】

「Shut up war mad !!」

 リンダが小比奈についたこの悪態。元ネタは『海底軍艦』のセリフから。中盤に登場した神宮司大佐に向けて主人公が言った言葉をちょっといじって英訳したものです。
「戦争キ〇ガイとは話をしたくありません!!」


「言ってろ。逆にてめぇの首を脊髄ごとぶっこ抜いてやる」

 これもリンダのセリフ。元ネタは『真・仮面ライダー序章』のワンシーンより。仮面ライダーであそこまでエグイ技(?)を繰り出したのは後にも先にもこの人だけ。
 ハカイダーや実写版トランスフォーマーなど、関係ない他作品でも似たような技がある。案外メジャーな技なのかもしれない。


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 双剣の死神は彼らに痛手を負わせたようです


 蓮太郎、延珠、友幸、リンダ VS カマキラス

 戦闘シーンは苦手です。何度もバトル系小説を読み返して戦闘の表現に苦労したことか……肝心の出来はそうでもないけどね!!


「蓮太郎、くるぞ!!」

 

 豪雨の中から自分に迫る湾曲した影を認めると、蓮太郎は身体にムチを打ってその場を飛び退いた。その直後、死神のそれをはるかにしのぐほどの巨大なカマが自分のいた場所へ振り下ろされる。直撃こそしなかったが、カマはこの世のすべてを切り裂くような圧倒的な威力で地面に新たな亀裂を形成し、同時に竜巻のような衝撃波を発生させて周囲の空気を押しのけ、大量の土砂ごと蓮太郎を吹き飛ばした。

 背中から着地するかと思われた身体はしかし、小さな影によって直前で支えられる。見ると、自分の小さな相棒が息を切らしながらも蓮太郎を受け止めていた。

 

「大丈夫か、蓮太郎!?」

「あぁ……すまん、延珠」

 

 疲弊していた蓮太郎はできればそのままでいたかったが、自分より年下の少女にいつまでも受け止められているのはさすがに良心が許さなかったので、延珠にお礼を言って下ろしてもらう。

 蓮太郎は大きく深呼吸して、暴れる心臓を何とかなだめるが、それでも激しい立ちくらみが意識を襲った。

 体力の消耗が極端に少ない『呪われた子供たち』である延珠ならともかく、蓮太郎は影胤との戦闘の後遺症もあってか体力の消耗が早かった。すでに目はぐるぐるとまわり、足も鉛のように重く感じられ、今にも倒れそうなほどふらついている。だが、いま自分が直面している危機に対する恐怖と、体内で過剰分泌されたアドレナリンのおかげでかろうじて避けるぐらいの力が振り絞られていた。

 化け物はカマを引き抜いてこちらを一瞥すると、悔しそうな鳴き声を上げる。

 影胤が去ってから復活したカマキリは、目の前にいた自分たちを追い回し何度も攻撃してきた。食事の最中に攻撃されたのが、完全にその怒りに火をつけてしまった原因なのだろう。

 それをしたのは自分たちではないと蓮太郎は声を大にして叫びたかったが、その犯人はもう遠くへ行ってしまった。だが、仮に伝わったとしても、そんなことがこの化け物に理解されることはないだろう。怒り狂い、闘争本能に駆られた今の巨大カマキリにとっては、目の前に存在するものすべてが攻撃対象だった。

 延珠がつぶやく。

 

「どうにかして、あやつの隙をついて逃げねばな……」

 

 無理だろう。と蓮太郎は思ったが、さすがに口には出せず「あぁ」と曖昧に答えた。

 確かに、当初は全員で逃げるという選択もあった。というより、それしかなかった。実際、隙を窺っては逃げようと何度もその背をカマキリに向けていた。だが、この常識を超えたハンターもやはり、そのようなことを許すはずもなかったのだ。

 

「今度はこっちか!!」

「ああもうくそったれッ!!」

 

 カマキリは身を屈ませたと思えば、同サイズのガストレアも真っ青になるほどの勢いで跳躍し、友幸たちの前に降り立った。そして信じられないスピードで地獄のカマが友幸とリンダへ横なぎに振るわれる。間一髪飛び退いて躱せば、巻き添えをくらった木々がきれいな断面をのぞかせて一気に十メートル近く舞い上がり、同時に発生した風圧でめちゃくちゃにかき回される。カマの進路上にあった岩が粉々に砕け欠片がすさまじい勢いで飛び散り、運悪く当たってしまった木を、命中したところから吹き飛ばした。

 

「はあああああ!!!!」

 

 巨大カマキリが友幸たちに気を取られている隙をつき、死角である真後ろから延珠が蹴りを入れる。蹴り技主体の彼女が出せる渾身の一撃は、ステージⅡまでなら粉砕できるほどの威力だ。延珠は、これならいけるかもしれないという淡い思いを抱いて一気に叩き付ける。だがその思いは、幼い少女が繰り出した鉄槌のごとき蹴りと同時に、硬質な音を立てて化け物を覆う鎧に弾かれた。

 その装甲に、傷は一つもなかった。

 

「そんな、馬鹿な……」

 

――硬い。硬すぎる。まるで戦車だ。

 自慢の蹴りを弾き返された驚きと、効果が見られない化け物に対する恐怖で、地面に降り立った延珠は呆然と巨大な敵を見上げる。

 自然と身体が震えた。

 目の前の現実が信じられなかった。この化け物の前では、これまでの戦闘で培ってきた技術も経験も、なんの役にも立っていない。すべてが、全く通用しないのだ。

 もしこれが甲虫型のガストレアだったなら、延珠はここまで呆けることはなかっただろう。生まれつき強固な外骨格を有している甲虫なら仕方ないと割り切れた。対して、外骨格を有していないカマキリの防御力はそれよりもはるかに劣っている。ならばその外皮も貫けるはずだ。そう思っていたことが、裏目に出てしまったのだ。

 

 実際はどうだ? 圧倒的な強さだ。

 

 どれほど逃げようとしても常に相手の正面へ回り込み、逃げ道をふさぐほどの俊敏性。飽きずにどこまでも獲物を狩らんと追いかける貪欲さ。今にも溢れんばかりの闘争本能。こちらの攻撃を全く受け付けない、鋼鉄を思わせる強固な鎧。そして、ひとたび振るわれれば瞬く間に地形を変え、別世界の大地へと作り変えていく剛力。どれをとっても同サイズのガストレア、ましてや普通のカマキリとは比べ物にならない。ガストレアとはまた別次元に位置する生物だ。

 知っている。自分は、この化け物と似たような存在を、何年も前から知っている。

 

「……怪獣」

 

 延珠は自然と、静かににつぶやく。

 シンプルな単語だったが、それはこのガストレア以上に人知を超えた力を持つ化け物を、最も的確に表した言葉だった。

 今なら、確信を持って言える。この化け物はまさに、自分がまだ蓮太郎と民警として組み始めたころ、彼と一緒に何となく見ていた特撮映画の『怪獣』に限りなく近い存在だと。ふと延珠は、つい先日まで通っていた学校で、男子のクラスメートたちが怪獣の人形とおもちゃの兵器でごっこ遊びをしていたことを思い出した。

 その戦いに勝つのが、いつも怪獣だということも。

 

「延珠、危ねえ!!」

 

 蓮太郎の言葉にハッと我に返る。延珠は、いつの間にか自分をぎろりと見つめている赤い目と、自分の眼前に迫っているカマに気が付いた。

 

「あ」

 

 防ぐには躱す以外に方法はないが、物思いから脱却したばかりで意識がまだはっきりしていない延珠にはそれも不可能だった。

 

「どっりゃああああ!!!!」

 

 小さな命を狩ろうとしたカマは、横から跳んできた影に殴り飛ばされ、わずかにその軌道をずらされる。その間に、延珠は全身に力を入れて後方に跳躍し、蓮太郎の隣に立った。体に傷はほとんどなく、舞い上がった髪を数本持って行かれただけだった。

 そして、延珠の隣にリンダが降り立つ。蓮太郎の隣には、友幸がいた。

 リンダがすさまじい剣幕で怒鳴った。

 

「一体なにしてんだ延珠!!」

「す、すまぬ。思わず物思いにふけってしまった」

「あほんだら、戦闘中に物思いにふけることがあるか!!」

 

 何か言い返したかったが、言葉が出てこない上に正論なのでぐっと飲み込む。リンダもそれっきり何も言わなかった。

 

「さて、これからどうするか、だな……」

 

 友幸はうめくように言った。

 カマキリはすでに刺さったカマを引き抜き、ガチガチと顎を鳴らしながらじっとこちらの様子をうかがっていた。少しでもこちらが動きを見せれば、一瞬にして跳びかかってくることだろう。

 歯を強く噛みしめると、口の中に入った砂利が異音を立てて噛み砕かれる。唾液に絡ませて、ペッと雑草の群生に吐いた。

 上がった息を必死に整え、服についた泥を払いのけると、今更ながら目の前に広がる光景に息をのむ。

 小規模ながらも小ぎれいな緑を保持していた森林は完膚なきまでに破壊され、原形すらとどめていなかった。

 ぬかるんだ地面はまるで、無邪気な子供が単なる遊び心でヘラを使い、何度も切り裂いた粘土のかたまりのようにズタズタにされ、堅そうな岩だったものはただの石ころの集まりとなり、あらゆる角度で切り刻まれた多数の雑木の残骸が無造作に積み重ねられ、無理やり引き抜かれたと思われる、中央から折れかけたカシの樹がそこへ寄り掛かって根本をむなしく大空へ広げていた。

 まるで十年前のガストレア大戦に戻ったかのような印象を受けたが、この破壊を行ったのは多数のガストレアではなく、たった一匹の巨大生物によってもたらされたものなのだ。

 なし崩しに戦闘が始まってからすでに三十分は経過している。たかが三十分、されど三十分。化け物はそれだけの時間で、この悪夢のような惨状を作り上げてしまったのだ。

 連絡した援軍の到着はもうあきらめている。体力が持ちそうにない。

 

「蓮太郎、あの怪獣から逃げるための方法は? 何か手立てはないのか?」

 

 延珠がカマキリから目をそらさず、蓮太郎に聞く。だが、彼の苦々しい表情で告げられた返答はあまりよくないものだった。

 

「ハッキリ言ってかなり難しいな。無理だと言ってもいい。もうわかってると思うけど、あいつの俊敏性はこっちの予想をはるかに超えてる。そもそもカマキリは獲物を待ち伏せしてから一気に捕らえるタイプのハンターなんだ。ある特定の個体を狙って積極的に攻撃するなんてことは絶対にしない。あの化けモンはどれをとっても普通のやつとは行動パターンが全然ちげえから、俺はもう別の存在だと考えてる。それこそ延珠が今言った『怪獣』のような感じでな。だから、カマキリの習性を利用した作戦は効果ねえかもしれない」

 

 蓮太郎は続ける。

 

「あとさ、あいつが俺たちを攻撃してきたのって、影胤にぶっとばされて目を覚ました後だろ? あのブチ切れているような様子を見ると、感情もあるように思えんだ。そして俺たちが逃げようとすれば、すぐに移動して回り込んでいることを考えれば……たぶんだけど、個体を明確に認識しつつ、逃がさないように追い掛け回す程度の知能がある可能性が高い」

「つまり、逃げるための下手な小細工は通用しないってか?」

 

 リンダの言葉に、「そうだ」と蓮太郎は頷いた。

 

「あいつは、俺たちを殺すまで追い掛け回すだろうな」

 

 なんてこった。と全員が同時に思った。

 手持ちの武器はすべて使い物にならないことがわかっている。強固な外骨格は、足止めとけん制をかねて撃ち込んだバラニウム製銃弾をことごとく弾き返した。友幸の剣はまだ使っていなかったが、カマキリが素早過ぎるので斬りこむことはできない。仮にできたとしても、おそらく装甲を貫くことはできないだろう。

 その時、いつまでたっても動かない友幸たちに業を煮やしたのか、カマキリが突っ込んでくる。

 警戒していた四人はとっさに回避したが、カマキリの巨体が音速に迫る速さによって生み出された衝撃波にあてられ、全員が一気に吹き飛ばされてしまった。

 

「ぐぅ……っ!」

「と、友幸!! 大丈夫か!?」

 

 偶然一緒に飛ばされた延珠をかばい、折れた木の幹に叩きつけられた友幸が顔をしかめる。口の中に血の味が広がっていくのがわかった。

 

「……なんとか。延珠ちゃんは?」

「妾は平気だ! それよりお主、口から血が……」

 

 友幸は、なおも心配してくれる延珠をなだめると、叩き付けられた全身の激痛と胃液がせりあがってくる気持ち悪い感触に耐えながら立ち上がった。叩き付けられた勢いは予想以上だったらしく、視界が霞がかかったようにぼやけて周囲の認識を困難なものにしていた。じっと立ち止まって注視すれば、蓮太郎とリンダの姿が見える。どうやら二人とも無事なようだ。

 カマキリはまたも立ち止まって、体節をこすり合わせながらこちらの動きをなめるように観察していた。よろよろと立ちあがった友幸を見て、カマキリはキイキイと鳴き声を上げる。まだ生きているのか、とでも言いたげに。

 

「せめて、あいつの脚を砕いて行動不能に陥らせるようなことができればな……」

「何を言うのだ、あやつの鎧は妾の蹴りを弾いたのだぞ。できるわけが……」

「いや、できるといえばできるんだよ」

 

 延珠は思わず隣の青年を見た。一体、どのような考えがあるというのだろうか。

 

「昆虫やカニなどの節足動物の脚は総じて関節の装甲が薄い。そこへ集中攻撃すれば、脚を折ることだって可能かもしれない」

「しかし、どうやるのだ? あやつのスピードは相当なものだぞ? 逆に避けられてしまうのではないか?」

 

 わかっていると返事をして、さっとあたりを見回す。

 そして、見つけた。

 それは、この作戦にはなくても特に支障はないものだ。だがあの中まで誘い込めば、足止めができて関節の破壊がしやすくなるし、うまくいけばカマキリを気絶にまで追い込めるかもしれない。

 友幸は延珠に向き直った。

 

「延珠ちゃん。悪いけど、あのカマキリをあそこまで誘い込んでくれないか?」

「あそこって、あれか? ……確かに、あの中にはまれば身動きがとりにくくなるかもしれぬが……」

「そう。無理に攻撃しないで、走り回るだけでいいんだ。アイツが攻撃しそうになったら、俺も援護して気を引かせる。途中で蓮太郎とリンダにも伝えるよ」

 

 そういって友幸はジャマダハルを構えた。

 延珠はさてどうするかと考えあぐねていたが、やがてわかったとうなずく。この青年とはつい先日会っただけなので何も知らない。だが、延珠は友幸がそれなりに信用できる人物だと思っていた。彼の提案した作戦が成功する確率がどの程度なのか知らないが、今のままではどのみちカマキリの形をした怪獣からは逃げられないのだ。ならばその作戦がどれほど無謀でも、足止めできるなら実行するに越したことはない。

 

「行くぞ」

「わかったのだ!!」

 

 二人、同時に地面を蹴る。

 蓮太郎は、延珠がカマキリに向かって駆け出したことに驚いた。延珠は、基本的にプロモーターの指令を受けて戦闘を行うイニシエーターの中でも、命令を無視して比較的独断専行することが多いほうだが、それは自らが追いつめられているときと、プロモーターである自分が危険な目にあいそうになった時がほとんどだ。相手がかなり危険な存在であれば自ら突っ込んでいくことはない。彼女が、あの化け物をかなり危険な存在と認識していたと思っていた蓮太郎にとって予想外の行動だった。

 

「延珠!? 何をするんだ!!」

「蓮太郎、リンダ、この怪獣をあそこまで誘導する!! 妾と同じようにこやつの気を引いてくれ!!」

 

 延珠が示す『あそこ』を見る。指し示された先にあるものを見つけると、それだけで蓮太郎は彼女が何をしようとしているのかわかった。

 

「そういうことか……わかった、任せろ!!」

 

 即座にホルスターからXD拳銃を取り出し、死角である真後ろに回り込むと頭部へ向けて発砲する。予想外の位置から攻撃してきた相手を探してカマキリは大きく体を回し、やがて頭を蓮太郎へ向けると、耳障りな金切り声を発して右のカマを振り上げた。

 だが、それが下ろされる瞬間に小さな影が後頭部を殴り飛ばし、カマキリが大きくよろける。

 殴った張本人――リンダは口元を三日月の形にゆがめると、カマキリを挑発するようにガントレットを打ち合わせて叫んだ。

 

「オラオラどうした!? さっきまでのチャラチャラした動きはどこ行ったんだこのウスノロ!!」

 

 挑発を受けたカマキリはリンダに叫び返すと左腕の鎌を振りかぶり、凄まじい勢いで地面スレスレを横一文字に薙ぎ払う。リンダはそれを華麗な身のこなしでかわした。

 追撃を加えようとカマキリは、今度は右腕のカマを振り上げるが、その瞬間友幸が頭部と身体の節を射撃して意識を移す。拳銃の射撃など、あの化け物にとっては蚊が差したも同然の威力でしかないだろうが、気が立っている今なら気をひかせるのに十分だった。

 

 

 

 ――鬱陶しい。

 

 のちに、人類からカマキラスと名付けられることになる種族に属する巨大カマキリの思考は、非常に単純な単語で埋め尽くされていた。

 自分を苛立たせるのは、目の前を動き回るとても小さな存在。最初は、自分が仕留めた獲物のおこぼれをもらうだけの、ただのか弱き存在だと思い、それほど気にしてはいなかったが、こいつらは赤い目をした異形の存在を食おうとした自分の食事を、どこから出したのか不明だが、見えない力で押し飛ばしたのだ。不意打ちとはいえ対処できず吹き飛ばされ、情けなく気絶してしまった自分が気が付いたときには獲物はすでになく、残骸が彼らの足元に転がっていた。

 その瞬間、カマキリは目の前の小さな存在を『不愉快な存在』と認識した。生まれてこの方、自分がこの弱小な存在に攻撃され、あろうことか獲物を横取りされるというのは、生物として上位に位置していると本能で悟っていたカマキリにとって耐えがたき屈辱だったのだ。

 不愉快な存在はすべて葬り去る。これまでと同じように。だからカマキリは何度もカマを振るう。足先の鉤爪にも満たない体躯を持つ存在など、自分と同サイズの赤目の異形共や、餌や縄張りをめぐって争った同族をカマのシミにしてきた自分の敵ではない。

 相手もそれをわかっているのか、カマを振るう自分から必死で逃げ回っている。だが、様子がどこかおかしい。奴らは自分から逃げ回りつつも、色こそ違えど似たような顔をしている存在と連携して攻撃してくる。羽虫が突進してくるような衝撃はすべて、自分を打ち倒すにはあまりにも弱すぎるものだ。

 いたぶるのにも飽きた。そろそろケリをつけて空腹を満たそう。

 目の前には、頭から尻尾が二つ生えている小さいのが一匹いる。彼我の距離は自分の二倍ほどの長さだが、そんなもの一足飛びの間合いだ。奴らは小回りが利く生物だが、動こうとする気配はない。カマキリは、全員が逃げず自分の周りにいるところが手に取るように察知できた。どうやら、別の個体を逃がすためにあの一匹がおとりとなっているというわけではないようだ。

 少し警戒し、いぶかしむ。一体何のつもりで小さいのは、逃げずに自分の前にいるのだろう?

 ひょっとしたら、自分に対して何か策でも思いついたのかもしれない。まさか自分を吹き飛ばした不可視の圧力を再び自分にあてるつもりなのだろうか。

 だが、そいつは何もしなかった。じっとこちらを見つめたまま、まるで草木のように微動だにしないのだ。

 わけのわからない行動に拍子抜けする。同時に、カマキリは愚かな存在を嘲笑った。

 

 ――実に滑稽だ。

 

 おそらく、万策尽きて自暴自棄にでもなったのであろう。もしかしたら、やはり何か策でもあるのかもしれないが、たとえその方法が何であれ彼我の差は絶対的なものだ。数十倍もの体格差を覆し、圧倒的な防御力を貫く術があるのか? 否。あるはずもない。確かに、先ほどの攻撃は少し効いた、だがそれだけだ。装甲を貫くには力不足なもの。少しだけ踏ん張れば余裕で受け止めきれる自信がある。

 足に力を込める。あの二本足どもは、結局は赤目と同じく知恵回らぬ矮小な存在だったのだ。

 ならば、あえて受けて立とう。力ずくで押し切って、彼らに恐怖と絶望を与えながら八つ裂きにしてやる。

 

 ――さて、奴らはいったいどのような味がするのだろう?

 

 

 

 カマキリはいったん立ち止まり、たたらを踏むと、その身をグッと屈め始めた。立ち幅跳びの選手のように。

 延珠は大きく深呼吸し、化け物をじっと見据える。これはスピード特化型の自分でなければできない方法だ。うまくいけば奴を罠にはめることができる。そういって自分を鼓舞するが、それでも、もし失敗したらというヴィジョンが脳裏をよぎってしまう。

 延珠は首を振った。そんなもの、今は気にしていられない。

 ――来る。

 次の瞬間、カマキリは脚に込めていたチカラを開放し、バネのように跳躍した。

 一撃で人間の命など簡単に刈り取ってしまう、地獄の双鎌が次第に迫ってくる。だが、延珠は動かない。

 体を宙に浮かせながらすさまじい勢いで迫りくるカマキリ。その距離はすでにその回避不可能の域まで至っている。このままじっとしていれば、たちまち血の霧となって霧散することだろう。だが、その致命のタイミングこそ、延珠が狙っていたもの。

 次の瞬間、延珠はこれまでにないほど両目を真っ赤に光らせると、その場から消えた。正確には、目にもとまらぬ速さでカマキリの腹の下に潜り込んだのだ。

 

「――りぃああっ!!!!」

 

 急制動をかけ、反動を利用して繰り出された彼女の蹴りは、獲物を見失ってただでさえ混乱していたカマキリのバランスを完全に崩した。

 カマキリはもつれさせたまま狙っていた場所に突っ込み、大量の水しぶきを上げた。

 よし、と延珠がガッツポーズする。

 

 だが、カマキリはすぐに起き上がった。

 

 泥だらけの顔をカマの付け根で懸命に拭い取ると、上半身を大きく曲げて振り向いた。目を真っ赤に光らせた顔は完全に怒り狂っているようだ。

 

 そして、カマキリは恐ろしく甲高い鳴き声を上げると、自分を辱めに合わせた四匹に向き直ろうと、脚に力を入れる。

 

 

 

 

 

 だが、その全身が動くことはなかった。

 

 

 カマキリは、今度は驚きの声を上げて足もとを見やる。

 そこには、泥の中にすっぽり埋まった自分の足が見えた。

 自分が今まで見たこともない未知の現象に悲鳴を上げ、カマキリは必死に足を動かす。だが、力をいっぱいに込めた脚は引き抜かれることなく、逆にどんどん沈んでいくのが見えた。

 友幸が、にやりと笑う。

 

「流砂にはまった感想はいかがかな? 怪獣さん」

 

 流砂。要は“底なし沼”と言えば、よりわかりやすくなるだろう。水分を含んだもろい地盤、又はそこに重みや圧力がかかり、砂・泥・粘土などの粒子が、水分が飽和状態になることにより崩壊する現象である。

 映画などでは、そこにはまってしまったら最後二度と抜け出せず、やがて泥に埋まって窒息死するという描写が定番だが、流砂の比重はかなり高く人間が浮くことができるため、実際に呑み込まれて没してしまうことは少ない。

 しかし、疑塑性流体である特性から、振動を加えると流動性が増す。すなわち、もがけばもがく程沈み込んで行くと言う事実は符合する。それでも、浮力などある程度の上に押し上げる力があるため、通常は慎重に動けば脱出することが可能である。だが、このカマキリがその知識を持ち合わせているわけがなく、完全にパニックに陥ったカマキリは必死でもがき、その結果逆に沈んでしまっているのだ。

 日本では、以前はこのような現象はあまり見られないものだったが、大戦を過ぎてからはこのような森のあちこちで見られるようになった。地中侵攻タイプのガストレアが残した穴が、そのまま流砂となったのだ。

 カマキリがはまった流砂もその一つで、規模は小さく、カマキリがやっと一匹入るものだったが、延珠が巧みに誘導したおかげで、見事に成功した。

 

 普通に考えれば四人はここで逃げればいいのだが、相手は自分たちをここまで苦しめた、下手をすればステージⅢも凌駕するかもしれない規格外の存在。

 間髪入れず、友幸はさらなる駄目押しをカマキリに喰らわせようとした。

 

 目を閉じ、深呼吸。その瞬間、何も聞こえなくなる。

 まぶたを開けると、視界の中の事象が止まったかのように動きが遅くなる。雨粒の一つ一つが、はっきりと認識できた。足に力を込めて、地面を蹴る。

 顔にかかる風圧に目をとつぶり、しばらくして薄く目を開けると、友幸は空中に躍り出ていた。驚愕の表情で、こちらを見上げる蓮太郎と延珠の顔が見える。おおかた、人間である自分があり得ない高度を跳躍していることに対するものだろう。

 だが、今は別のことに集中する。

 眼下に見えるのは、カマキリの形をした怪獣。ぬかるみにはまった脚はすでに半分以上沈んでいる。だが、その動きはパニックに陥った生物のそれではなく、慎重なものだった。どうやら、抜け出す方法を自力で考えることができたらしい。

 だが、それは時すでに遅し。

 

 物体が空中で静止するその瞬間、友幸は両腕を振り上げた。両手に持つのは、使っていたジャマダハル。それを腕を思い切り振り下ろすと同時に、投げつける。その速度は音速に迫るほどのものだった。

 

 繰り出されたジャマダハルは、カマキリのカマの付け根へ吸い込まれるように、残像を残しながら装甲の薄い個所へそれぞれ突き刺さった。

 

「蓮太郎、延珠!!」

 

 友幸の声にはっとして、蓮太郎と延珠は我に返った。互いに顔を見合わせ、頷く。アイコンタクトして、蓮太郎は右の、延珠は左のそれぞれのカマを狙うことに決めた。

 

「天童式戦闘術二の型十六番――」

「はああああ……」

 

 二人同時に構え、跳躍。怪物の懐まで一気に跳躍する。

 そして――

 

「――『隠禅・黒天風』ッ!!」

「――せりゃあああああっ!!」

 

 バラニウム塊が詰まった靴底と、常人をはるかに超える硬さを持つ蓮太郎の右足が、関節からはみ出るジャマダハルへ、ほぼ同時に叩き込まれた。まるで釘という大剣に、金槌という蹴りが放たれるが如く。

 

 バキ、と生々しい音が響く。

 

 次の瞬間、二人は今まで自分たちを狩ろうとしていた死神のカマが、まるで木の葉のように飛んでいくのを見た。

 自然と、頬が吊り上がる。自分たちはカマキリの、最大の武器を折ることに成功したのだ。

 延珠は蓮太郎を抱えると、カマキリの背中を足場にして、岸まで跳躍する。これ以上泥だらけになるのは御免だった。

 

 

 当然ながら、カマキリは自分のカマを折られた精神的ショックと、神経が切断されてたことによる痛みのシグナルを脳髄に送られ、錯乱した。

 あり得ないという概念が、脳内を埋め尽くす。

 自分より小さく、か弱いものが、自分の最大の武器をへし折った。

 生物の連鎖を知るカマキリにとって、それは受け入れがたい事実だった。

 小さいものは、それより弱いものと腐肉をむさぼり、やがて大きいものに食われ、死骸は自然の糧となる。これが自然の摂理だ。だが現実は違う。奴らは従わなかったのだ。絶対的な大地の掟に。

 カマキリは鳴き声を上げて、目の前の小さき四つの存在に問いを投げかける。

 

 ――お前たちは、一体何者なのだ。

 

 だが、カマキリの言葉は通じない。彼が思うことを知られることは、おそらく永遠にないだろう。その問いは四人の耳を震わせ、不快感を与えるだけの雑音だった。

 

「リンダ!!」

「あいよ!!」

 

 ガシャン、と金属質な音と、プシュー、と空気が抜ける音が響き、リンダのガントレットが変形した。ダークグリーンに光る装甲の下から、なにやらコイルのような構造物が露出する。

 リンダはそれを、表面が水で覆われた流砂に突っ込んだ。

 

「全員離れろ!!」

 

 言われるがまま、後方に跳躍、岸から距離を取る。なにやらパチパチと何かがはじける音がした。

 それを確認したリンダは、ニイッと口角を上げた。

 

「――痺れな!!」

 

 次の瞬間、リンダの身体が眩しく光り輝いた。突然のことに、蓮太郎と延珠は発生した閃光から目をそらす。

 ようやく視線を戻した時には、流砂全体と、カマキリの全身に黄金の紫電が駆け巡っていた。カマをへし折られた痛みに続いて繰り出された一撃に、カマキリは悲鳴を上げてもがき苦しむ。それは電流だった。それも、あの巨体を誇る化け物が悲鳴を上げるほどの、強力な電流だ。

 

 十数秒――実際は数秒だったのかもしれない。とにかく時間がたって、リンダは放電をやめる。土壌の水分が電気分解されたのか、あたりに水素やイオンのような臭いが漂い始めた。

 カマキリは全身から湯気を上げている。その動きは、止まっていた。先程まであれだけ無茶苦茶に動いていた身体も、ピクリとも動かない。そのまま、か細い鳴き声を上げると、そのまま、ゆっくりと全身が前に倒れた。

 

「……やったのか?」

 

 延珠がつぶやいた。誰も、何も言わない。

 

 カマキリは、動かなかった。

 

 

 

 

 しばしの沈黙。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……………………はひぃいぃぃ~~~~」

 

 延珠はこれまでの人生で一番長い息を吐くと、その場に座り込んだ。身体に力が入らない。人は極限状態が解けると本当に脱力するんだなと、どうでもいいことを考えた。

 これ以上の恐怖は今後そうそう体験することはないだろう。二度と体験したくないけど。

 友幸もリンダも蓮太郎も、それぞれ思い思いに座り込み始めた。

 

「一時はどうなるかと思ったよマジで……」

 

 ぜえぜえと蓮太郎が喘ぎながら愚痴をこぼす。四人の中で一番疲労が大きかった彼は、泥汚れなど知ったことかと地面に寝そべっていたが、何かに気付いたのか、ゆっくりと身を起こした。

 

「なあ、最後にリンダが見せたあの放電現象って……いったい何なんだ?」

 

 妾も知りたいのだ。と延珠も話に食いつく。

 リンダは軽く答えた。

 

「ああそれ? 実はあたしね、複合因子(ダブルファクター)なんだ」

「だ、複合因子(ダブルファクター)だって?!」

 

 ――複合因子(ダブルファクター)

 その名を聞いた瞬間、蓮太郎が目を見開いた。まるでシャーロック・ホームズの推理小説で、意外な人物が犯人だったことに驚くワトソン医師のようだった。

 

「蓮太郎、どうしたのだ? 複合因子(ダブルファクター)とはなんなのだ?」

「い、いいか延珠。イニシエーターたちは基本、能力は保菌してあるウイルスのモデル名で識別されるだろ?」

「うむ。妾の場合は『モデル・ラビット』だな」

「そう。だけど、ごくまれにな、複数種の遺伝子を併せ持つ子供が生まれることがあるんだ。わかりやすく言うと、『ラビット』のほかに犬『ドッグ』の能力も持っていたりとか、そんな感じだ」

「ほうほう。ではリンダはその複合因子で、妾の中でもとても珍しいということなのだな」

 

 そういうことだ。と蓮太郎は頷いた。

 

「あたしの場合はモデル・ゴリラのほかに、モデル・エレクティック・エル(Electric eel)、デンキウナギの因子が入ってんのさ。だから電撃が出せたわけ。でもそのまま放電しただけじゃあ、あのカマキリの化けモンを倒すことはできない」

 

 ならばどうやるのだ、と聞く延珠に、「これさ」と両腕にはめたガントレットを掲げた。

 

「このガントレット、正式名称は『ブルガリオ』ってんだけど、これに装備された高圧電流発生装置(テスラコイル)で、電撃の威力を数百倍にまで高めているのさ」

「おお、すごい、すごいのだなリンダは!!」

 

 どうだと言わんばかりにリンダは胸を張ると、スッと髪を手櫛で払った。もともと男勝りでクールなところがあったのでかなり様になっており、そんな彼女をかっこいいと思ったのだろう。延珠が目をキラキラとさせて、リンダをヒーローのように見始めた。

 そんな女の子同士のキャッキャとした明るい会話を見ていると、友幸は頬に自然と笑みがこぼれてくるのを感じた。その様子は、つい先ほどまで化け物と死闘を繰り広げていたとは思えないほどの穏やかな雰囲気だった。

 そんな友幸に、なあと声がかかった。振り返れば、蓮太郎が微妙な面もちで友幸を見上げている。ちらりと二人を一瞥すると、小声で訊いてきた。

 

「こんなこと聞くのもあれだけどさ……あんた、複合因子の特徴って知ってるよな?」

 

 知っているよ。

 友幸も小声で答えた。

 

「知ってるのか。ならその……大丈夫なのか?」

 

 蓮太郎は不安そうにリンダを見やる。そこには、延珠と『天誅ガールズ』について熱く語り合う白人の女の子がいた。どうでもいいが、蓮太郎はこのとき「延珠と趣味が合うやつがいてよかった」と謎の安心感を覚えてしまった。

 

「『呪われた子供たち』の中でも、複合因子は普通のそれとくらべて浸食率が上がるのが早い。ウイルスを二つも保菌しているようなものだからね」

 

 能力を使い過ぎた彼女たちの行く末はあまりにも残酷なものだ。

 『呪われた子供たち』(彼女たち)は、ウイルスの恩恵で超人的な運動能力を備えている。それはバラニウムと共にガストレアに対抗できる数少ない存在であり、民警がガストレアを狩るときにも重宝されるものだ。

 ――しかし、能力の使用や傷の再生は、体内に潜むウイルスの遺伝子改変速度をわずかであるが上昇させ、浸食率を上げてしまう。

 

 そして、それらを過剰使用し、浸食率が五十パーセントを超えた瞬間――『呪われた子供たち』は形象崩壊を起こし『ガストレア』へと変貌してしまうのだ。

 

 これが彼女たちの『呪われた』要素であり、そう呼ばれることになった所以でもある。 二つの能力を併せ持つ複合因子は、その中でも浸食率が上がりやすい『子供たち』なのだ。

 

「……でも大丈夫だよ……先のことを見通せばそうじゃないかもしれないけど……今のところはね。今のリンダは完全に能力を使い分けることができる。二つの能力を同時に使わない限り、急激に上がることはないさ」

「……ならいいけどよ」

 

 そう言って蓮太郎はふっと息をついて立ち上がると、ゆっくりと岸辺まで歩み寄る。

 その後を追って隣に並んだ友幸が訊いた。

 

「蓮太郎君ってさ、こいつの対策を立てていたときはやけにカマキリの生態に詳しかったけど、君は生物学が得意なのかい?」

「あぁ、ガキの頃はファーブル昆虫記とかを読んですごしたからな。そこらの民警よりは知識があると思う」

 

 返事をしながらも、その視線は目の前で倒れている昆虫の怪物へ向けられていた。

 自分たちをさんざん追い掛け回したカマキリは、身体の半分を泥の中に沈めたまま前につんのめるような体勢で横たわっていた。強力な電流を浴びてからその眼に光はなく、いまだ微動だにしないところを見ると、死んでいるのだろう。

 蓮太郎は自然と身をこわばらせた。動いていないからこそ観察できる巨大な昆虫に、改めて自分たちがどんなに恐ろしい相手に立ち向かったのかがわかる。

 

「このカマキリの目、最初は黄色かったけど、俺たちに襲いかかってきたときは赤かったよね」

「『呪われた子供たち』と似たような特徴だったな。もともとそんな性質なのかもしんねえけど」

「でもまあ、あの常識を超えた素早さと筋力を考えれば一概に否定はできないけど。実際は調べてみないとわからないだろうね」

「コイツの死体、知り合いの先生が見たら狂喜乱舞するだろうな」

「ほお、ずいぶんと変わった趣味の持ち主だね」

「ああ、いつも地下室に引きこもって死体を愛でて、俺を変態やロリコン扱いするサイコな人なんだよ」

 

 ――うん?

 思わず蓮太郎を見た。彼の説明した特徴が、自分の知っている人物と完全に一致するのだ。

 まさかと思いつつも、友幸は尋ねた。

 

「ねえ、蓮太郎君。その人って、意外と美人なくせに髪がボーボーで目元は隈で真っ黒。解剖、映画鑑賞、十八禁ゲーム、そして人をからかうことが趣味の女性だったりしない?」

「……………………………………あたり」

 

 ――……。

 

「…………その人ってさ、ある人の後見人になってるって君に言ってたりする?」

「…………あぁ思い出した。知り合いの忘れ形見で世話している最中に中二病を発症して眼帯を着用、その後ガチムチのイニシエーターとペア組んで、フリーで民警やってるやつがいるって以前俺に言ってたな……そっちはなんか聞いてないのか?」

「…………俺もたまに聞かされていたよ。この世のものとは思えぬほどの不幸面の民警がいるって。しかも毎夜相棒のイニシエーターを抱き枕代わりにして寝ているロリコンのド変態。その度合いは海外の辞書にも載るほどって。その人に何か恨みでもあるのかと言いたくなるぐらいひっどい言いぐさだったなぁ……」

 

 しばし沈黙する。疲れた顔で互いを見やると、同時に乾いた笑いをもらし、肩を落とした。

 あのババアいつかぶちのめそう。友幸と蓮太郎は同時に心に誓った。

 

「……そうか、先生にふりまわされてたのは、俺だけじゃなかったんだな」

「……というか、今の今まで俺たちが出会わなかったのが不思議だったね」

「全くだな」

 

 驚愕の事実にお互い目を白黒させていると、自然と笑いが込み上げてくる。だが、二人は顔を真剣なものに直した。

 

「さっさと戻らねえと。影胤はケースを奪い去ったんだ」

「うん、あいつからケースを奪取する依頼は続行されるだろうね」

「ああ、早くしねえと木更さんに殺されちまう」

「そんなボロボロの状態で探すのかい?」

「うちはブラックだからな」

 

 所々破け、泥と埃にまみれた自らの制服を見下ろしてから、蓮太郎は笑った。

 まさに、その瞬間だった。

 

「延珠、早く帰――」

 

 

 

 

 

 轟音と共に、蓮太郎の姿が消えたのは。

 

 

 

 

 

 

「……蓮太郎、くん?」

 

 友幸は突然視界から姿を消した蓮太郎を探してあたりを見回す。

 

「蓮太郎ォォ!!!!」

 

 絹を引き裂くような、甲高い声が後ろから聞こえた。延珠の声だ。

 蓮太郎は自分たちから遠く離れた岩壁に全身を打ちつけられていた。岩はひび割れ放射状に広がっている。その直径は十メートルほど。彼の周りに、鉄の匂いがする赤い液体が広がっていた。

 

 人が消えたと思ったら、いつの間にか岩壁に叩きつけられていた。

 

 あり得ない現象に、全員の思考が停止する。比喩ではない。そんな現象は、戦車の砲弾のような勢いでも喰らわない限り無理だ。いったいどんな力が彼にぶつかったというのだ。

 流砂に目を戻して、友幸はあることに気付く。

 カマキリがいなかった。そこには、なにか大きな物体が引き抜かれたかのような虚ろがあるだけだ。

 翅からヘリコプターのような爆音をあたり一帯に響かせて、カマキリは空を飛んでいた。トンボのようにホバリングし、武器が千切れて使い物にならなくなった前脚から黄緑色の体液の雨と、身体に付着した泥を垂れ流しながら、今までにないほど目を真っ赤に光らせてこちらを睨んでいたのだ。

 

「……不意打ちかっ!!」

 

 誰にも聞こえないように舌打ちした。カマキリは死んだふりをして、不用意に近づいてきた蓮太郎を頭突きで思い切り突き飛ばし、自分たちが呆然としている間に流砂から脱出したのだ。

 

「おのれェェェェェ!!」

「まて延珠!!」

 

 同じく目を真っ赤に光らせ、半狂乱の体で延珠が飛び出す。すぐにリンダがそれを抑えた。

 

「離せ、よくも、よくも蓮太郎をォ!!!!」

 

 暴れる延珠をリンダに任せ、友幸はこの後の行動を瞬時に思い浮かべる。

 戦闘続行は真っ先に破棄した。現状では勝算は限りなく低いどころか、ほぼ皆無だ。この状態で戦闘を継続するのは自殺行為である。やはり逃げるという選択しかなかった。

 

 蓮太郎を抱えた状態で、素早い動きをするカマキリから逃げ切れるかどうかは怪しいが、うまいこと森を突っ切れば或いは出し抜けるかも知れない。だが、問題は延珠だ。蓮太郎を見て死んだと思ったのか、カマキリへがむしゃらに突っ込もうとしている。果たして自分たちの行動に従うのだろうか。

 だが、カマキリが自分たちに与えた時間は僅かなものだった。

 ゆっくりと降下して地面に着地すると、その身を前向きにかがめ始めた。それだけで三人は、自分たちの人生にタイムリミットが迫っているのがわかった。

 

――もう、間に合わない。

 

 友幸は全身の力を抜いた。リンダも延珠の拘束を解く。だが、延珠は一歩も動かなかった。

 カマキリは足に力を込める。獲物を横取りし、あまつさえ自分の武器をへし折った小さな存在を許すつもりはなかった。

 カマキリは一声鳴くと、邪魔者をなぶり殺しにしようと力を蓄えた脚の力を開放しようとした。

 誰もが死の一撃を覚悟したその時だった。

 

 

 

 視認できないほど高速で飛来してきた物体が、爆音とともにカマキリの身体に多数ぶち当たった。

 それらの大半はカマキリの鎧に弾き返されたが、カマキリの姿勢を崩すには問題ない量だった。

 友幸は足元に転がってきた物体を見て息をのむ。

 それは三十ミリ自動機関砲の銃弾だった。

 続いて小規模の爆発がカマキリの周囲で発生し、衝撃と爆風が熱をもって、こちらに押し寄せる。三人は飛び散る粉塵から顔を護った。

 顔を上げると、爆音を響かせてカマキリに攻撃する三台の浮遊する物体。対戦車用の戦闘ヘリコプターだった。遅れに遅れてやってきた援軍の到着に、友幸たちは心から安堵する。ヘリコプターがまるで救世主のように見えた。

 カマキリは怒りの声を上げると、翅を広げてヘリコプターに威嚇する。ヘリコプターの乗員は返事としてロケット弾を多数発射した。炎の嵐が降り注ぎ、カマキリは爆炎に包まれた。

 矢継ぎ早に繰り出される攻撃に、威勢が良かったカマキリは一転して恐怖と困惑の声を漏らす。

 よしいいぞ。このまま倒されてしまえ。

 すると、カマキリが翅を広げた。威嚇かと思ったが、カマキリはそれをはばたかせ始める。まさかと思った瞬間、台風もかくやといわんばかりの暴風が吹き荒れた。爆炎を吹き飛ばし、爆煙を広範囲へ拡散させ、ヘリコプターの姿勢をも崩す。

 気付いた時には、カマキリはすでに遠くへと飛び去っていた。

 その方向は都市部ではなく外周区の、さらにその先。モノリスの遥か彼方だった。

 追撃のためか、ヘリコプターがその後を追い始める。だが、カマキリの飛行速度は尋常ではなく、みるみるうちに遠さがっていった。

 巨大カマキリは、東京エリアから逃げ出したのだ。

 

「た、助かった……」

「あいつら……今頃助けに来やがって」

 

 おせーんだよこのバカヤロウ!!!!

 リンダは地団太ふんで、遠ざかっていくヘリコプターへ怒鳴った。それには友幸も同意見だった。

 

「蓮太郎ッ!!!!」

 

 延珠の声にハッと我に返る。

 あわてて蓮太郎のそばまで駆け寄ると、延珠が涙を流しながら彼を介抱していた。

 ひどいありさまだった。どこを怪我しているのかまるで判別がつかないほど血まみれだった。このようすだと骨も複数折れているかもしれない。

 

「蓮太郎……死ぬな、死んじゃいやだぁ……」

 

 血で自らの服が汚れるのにもかかわらず、延珠は彼を抱きしめる。血が抜けで徐々に冷たくなっていく身体に、延珠はいやいやと首を振った。端正な顔は顔は涙と鼻水でぐしゃぐしゃになっていた。

 その時、蓮太郎が大きくむせこんで血を吐いた。そして、うっすらと目を開けた。

 全員目を見開く。蓮太郎はまだ生きていた。まだ助かるかもしれない。

 

「友幸、リンダ!! はやく救急車を!!」

 

 延珠が叫ぶが、それは杞憂だった。

 どこからともなく、バラバラとローターの音が聞こえてきた。

 延珠は見上げると、空から『それ』は視界にぐんぐん大きく迫ってくるのが見えた。

 純白に輝く機体の中央には杖に巻きつく一匹の蛇。

 ドクターヘリが、彼らの近くに着陸した。






 蓮太郎は犠牲になったのだ。カマキラスのしつこさの、その犠牲にな……。


 劇中に登場した複合因子(ダブルファクター)という設定は、このハーメルンで執筆活動している緑餅さんのブラック・ブレット二次創作作品『ブラック・ブレット -弱者と強者の境界線-』から許可を得て登場させています。緑餅さん、ありがとうございます。




【ちょっとした特撮ネタ】
 リンダの名前
>実は本名の「リンダ・レイ」にはモデルがあり、1933年のオリジナル「キングコング」の絶叫ヒロインことアン・ダロウを演じたフェイ・レイと、東宝特撮映画「キングコングの逆襲」のヒロインを演じたリンダ・ミラーから。
 これに加えて、放電可能なモデル・ゴリラは「キングコング対ゴジラ」でのキングコングのオマージュだったりする(劇中で高圧電流を浴び、その後電撃が出せるようになっています)。


『ブルガリオ』
>「幻星神ジャスティライザー」や「超星艦隊セイザーX」に登場した巨獣『ブルガリオ』から。特技監督の川北紘一氏いわく、メカニコングのオマージュ。
 実はガントレットの名前、ついさっきまで『ブルガリオ』と「チェルノ・アルファ」(パシフィック・リムの人型ロボットの名称)のどっちにしようか迷っていたりする(演出や効果はチェルノ・アルファを参考にしたため)。塗装がダークグリーンなのはその設定の名残。


 初めてですよ、一万文字超えたの。カマキラスでこれなら、ゴジラとスコーピオンの戦闘はどれだけ長引くんだろう…………。


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 描写するのは空白の時間のようです


 蓮太郎が寝ていた間、他の人は何をしていたのか?

 自分なりに保管していきます。あと二~三話は続くかもしれません。


 

 

 

 

 甲高い音をたてる空気清浄器にナースコールの電子音、あらゆる薬品のにおいが充満する勾田病院に友幸はいた。時折すれ違う患者や看護師を避けてつつ、あるところに向かう。

 途中、寝たきりの患者と面会し楽しそうに話している家族や、老人が医師の診断を受けているのを見た。からからと笑っているところを見るとそれほど深刻な事態ではないようだ。だが、友幸はそんな微笑ましい光景を尻目に、早歩きで進む。

 周りの喧騒が遠くなってきたところで、友幸は目的の場所に近づいているのがわかった。

 視界に入るのはとある病室。その外に備えつけられた来客用のベンチに、誰かが座っている。頭を俯かせており、病院の光をすべて吸収するかのような濡れ色の黒髪が端正な顔を覆い隠していた。

 食い込んだビニールひもに右手の指が痛みを訴え、左手に持ち替える。見舞い品のリンゴが袋の中でゴロリと転がった。

 

「天童社長」

 

 濡れ色の髪を持つ女性がすっと顔を上げる。さっきまで泣いていたのだろうか、いまだに涙で潤んだ目の周囲と鼻の頭は、白い肌と相まって真っ赤に腫れており、そこに以前見た凛とした佇まいはなく、十代後半の年頃の少女がそこにいた。

 

「芹沢さん」

 

 すんと少し鼻をすすって、天童木更が立ち上がった。手を前に回して、友幸に深々と礼をする。友幸も答礼すると、見舞いの品を彼女へ差し出した。

 

「リンゴですか。わざわざありがとうございます」

「いえいえ……それで、蓮太郎君はどうなんですか?」

 

 病室にいったん目をやってから真剣な目で聞く。ぴっと木更が口を真一文字に結んだ。

 

「……まだ、目を覚ましませんか?」

「……はい。容体は安定していますが、昏睡状態が続いていますね」

「中に入っても?」

「ええ、大丈夫です」

 

 里見蓮太郎と書かれたプラカードが張り付けられた病室の扉を開けられ、友幸は中へ足を踏み入れる。暖房のきいた暖かい空気が廊下のひんやりとした空気を押しのけた。

 小物が一切配置されていないからだろうか、個人用のがらんとした病室がさらに広く感じられた。窓際にぽつんと、患者用のベッドが置かれている。そこで、安らかな寝息を立てている人が二人いた。一人は来客用のベンチを列車のようにつなげて簡易ベッドに改造し、そこで腕枕を敷いて寝ている延珠だった。木更か看護師がやったのだろうか、彼女に毛布が掛けられていた。

 

「延珠ちゃん、里見くんのそばを離れなくて。結局根負けして、この部屋でのお泊りを許可してしまいましたよ」

 

 延珠の顔にかかった髪の毛をそっと払い、木更が苦笑して説明する。友幸にはその時の様子が簡単に想像できた。

 

――愛されているな。

 

 もう一人、薄緑色の病衣に身を包み目の前のベットに横たわった蓮太郎に、心の中で声をかける。

 病衣に包まれたその躰には、点滴も、心電図もついていない。呼吸も規則的だ。

 しかし頭や腕など、大怪我を負った箇所にはいくつか真白い包帯がぐるぐると巻かれており、その姿は非常に痛々しかった。

 

 

 

 昨日、蓮太郎が病院に運び込まれた時のことを思い出す。

 蓮太郎がカマキリの化け物に負わされた怪我はひどいものだった。

 

“岩の破片と、巨大生物の外骨格にある突起物による腹部の刺傷”

“ありえないGによる打撲傷と、それによる内出血で青紫色に腫れ上がった身体"

“肋骨など複数個所が罅および骨折しかけている”

 

 医師から渡されたカルテを少し見ただけで軽くめまいがした。蓮太郎は本当にいつ死んでもおかしくない状態だったのだ。

 その診断結果にリンダは唖然とし、延珠はとにかく蓮太郎の容態が危険なものであると把握して医者に詰め寄って抑えられ、後から駆け付けた木更は気絶した。

 すぐさま蓮太郎は緊急病棟に移され執刀されたが、それはそれは大手術だった。担当した執刀医の、手術後の疲れ切った表情がありありと思い浮かぶ。手術はベテランの執刀医でさえもあやうく匙を投げかけてしまったほど大規模なものだったらしい。そのおかげだろうか、蓮太郎の心臓は最後の最後で動き出し、無事に手術を乗り切って事なきを得た。その時はそろって胸をなでおろしたものだ。

 今日は蓮太郎が昏睡状態に入ってから二日。聞けば、医師の判断によると、予定ではあと数日以内で意識が戻るそうだ。

 

「そうですか。それなら安心ですね」

「ええ、ですが……」

 

 ぽつりと零れた、か細い声音。

 その言葉尻に篭るのは恐怖と怯え。

 たった一言で、一瞬にして木更の雰囲気が変わったことを感じ取り、友幸は蓮太郎から視線を移した。

 

「天童社長?」

 

 恐る恐る声をかける。

 木更はまたうつむいていた。握りしめていたハンカチを顔に当てて静かに嗚咽を漏らしている。どうやら泣いているようだった。

 木更は鼻をすすると「ごめんなさい」とつぶやいた。

 

「……私、怖いんです」

「怖いって……何がですか?」

 

 友幸の問いかけに木更は少しばかり沈黙する。友幸もその間は何も言わず、じっと彼女を見る。

 

「里見くんが、死んでしまうことです」

 

 木更は喉の奥から絞り出すようにそう言うと、ベッドのそばによって布団からはみ出した蓮太郎の左手を両手でさすって、そしてぎゅっと握りしめた。とくとくと脈打つ蓮太郎の、血の通った左手から熱が伝わって、外気で冷え切っていた手がじんわりと暖かくなっていくのを感じる。木更の両目から一粒ずつ、涙が落ちた。

 

「それは、なにゆえに?」

「私と里見君は、民警では上司と部下ですが、同時に十年来の幼馴染みでもあるんです。ですので、里見くんのことはよく知っているつもりでいます」

 

 なるほど。と友幸は頷く。つまり、蓮太郎は木更にとって大切な幼馴染みだから死んでほしくないのだろうか。そう自己完結しかけたところに、驚くべきことが耳に入った。

 

「里見くんは一度死にかけたことがあるんです。これよりももっとひどい怪我で」

「なんですって?」

 

 友幸は目を剥いた。まさか、蓮太郎はこれよりもひどい、それこそいつ死んでもおかしくない重傷を負っていたというのだろうか。

 

「要点だけ話しますが、十年前、里見くんはガストレア大戦で両親を喪い、私の実家に引き取られました。私と知り合ったのもその時です」

 

 頷いて先を促し、耳を傾ける。

 

「それからしばらく経ったとき、実家に、ガストレアが侵入したんです」

 

 友幸は絶句した。そこから先の展開が、なんとなく予想できてしまった。

 

「……まさか」

「はい。ガストレアは私の両親を目の前で食い殺し、さらに私へ襲い掛かりました。その時に里見くんが……」

「身を挺して貴方をかばった……ということですね」

 

 こくり、と木更はうなずいた。

 

「その時に里見くんは致命傷を負ってしまいました。執刀医の懸命な治療により命は助かりましたが」

 

 片手をそっと蓮太郎の手から放す。木更はその手を自分の腹に当てた。

 

「両親が殺された上に、親友の大怪我。それらを直視してしまった私はストレスで持病の糖尿病が悪化し、今では腎臓の機能がほぼ停止してしまいました」

 

 友幸は黙っていたが、その表情は暗かった。持参していたペットボトルのふたを開け、中に入っているミネラルウォーターでのどを潤す。ぬるくなった水の味がひどく苦いように感じられた。

 

「芹沢さん」

 

木更が問いかけた。

 

「里見くんがなぜ民警をやっているかご存知ですか?」

 

 友幸は黙って首を振った。

 

「両親を探すためだそうです」

「御両親を?」眉をひそめて首をかしげた。「亡くなったはずでは?」

「たしかに里見くんの両親は、彼が引き取られてからしばらくしないうちに、遺骨として私の家にやってきました。ですが、彼は変わり果てた両親の姿が信じられなかったんです」

 

 友幸はなるほどという表情を浮かべた。「現実逃避ですね」

 

「そうかもしれません」木更はうなずいた。「私もその気持ちはわかります。いまだに目の前で殺された両親が現実のものとして受け入れることができませんから」

 

 腹にあてていた手を、再び蓮太郎の左手に重ねた。

 

「それに加えて、里見くんは自分の出生についてはあまり記憶にないそうです。ご両親はすでに先立たれ、親戚筋もいないため、自身のルーツも知らない。ですからIP序列向上による『機密情報へのアクセス権』を得て自身のルーツを調べるため、民警を選んだんです」

 

 なぜそこで民警なんだ? 自分も人のことを言えたものではないが、自らの出生を知りたいのなら、調べる方法はほかにいくらでもあるはずであろうに。何か理由でもあるだろうか。

 気になって聞いてみると木更は吹き出し、「里見くんは良くも悪くも直情型ですからほかに思いつかなかったんでしょう」と答えられた。そういうもんかね。

 はぐらかされたようで、友幸は妙なむずがゆさを覚えて顎をかいた。無精ひげが少しだけ生えていた。どうやら剃るのを忘れていたようだ。

 

「でも、今の里見くんを見ていると、その目的すらも曖昧なものになっているようで、それが私には不安で仕方ないんです。今はまだ大丈夫かもしれませんが、そのうち目的を見失ってしまい、民警のお仕事を惰性でやるだけになってしまったらと思うと」

「いつか、ふとしたことで死ぬかもしれない。貴女はそれが怖い」

 

 友幸の言葉に木更は何も言わなかった。

 木更は、彼の言葉を聞いて、ゆっくりと咀嚼している。まさにその通りだ。惰性で行う作業ほど恐ろしく、危険なものはない。活動が鈍り、注意力が散漫する。特に、死と隣り合わせの民警ではそれが命取りになりやすい。民警の死亡率が高いのはその危険性もあるだろうが、彼らの割合がひとえに行き場を失い、その後の人生が決まったも同然の犯罪者や元囚人が多くを占めているからだ。戦争でさらに就職困難になりつつあるこのご時世に、経歴で真っ先にはねられるような彼らの将来にどのような目的、目標があるだろうか。否、一部を除けばあるはずもないだろう。

 

――木更は、恐怖した。

 目標を何もかも見失って、自分の存在意義すら崩れてしまった――そんな蓮太郎を想像してしまって。

 

 そして昔のように、ガストレアに喰われる蓮太郎を想像して。

 

 そして、自分の目の前で『自分がやること』に加担して、抵抗なく『人を殺していく』蓮太郎を想像して。

 

 彼を信頼している自分がいると同時に、初恋であり今でも思いを寄せる彼にまともな人生を送ってほしいと願っている自分がいる矛盾に。コートを着ているはずなのに寒気を覚えて、二の腕をこする。

 確かに自分が出ていくときに手伝ってほしいとは言った。彼も『それ』を了承している。だがそれでいいのだろうか? 彼は自分のために――

 

 今自分は『何』を考えた?

 

――木更は、恐怖した。ああ、まただ。また関係ない思考が入った。『これ』は今回のことに全く関係ないのに。

 自己嫌悪した。足元がグラグラと揺れている気分になる。そのまま、ズルズルと何かを考えてしまいそうになり――

 

 と、甲高い電子音が思考の沼にはまっていた自分を引きずり出した。自分の携帯の着信音だ。見ると、友幸の携帯もなっている。二人とも病院に入る前にしっかりマナーモードにしていたはずだ。

 これが示すのは一つしかない。

 

「もしもし」

 

 通話状態にして、二人同時に出る。

 

 内容は、この間と同じように政府直々の招集だった。






 キャラの心情描写って難しいですね。脱線しやすくて。自分でも途中から何かいているかわからなくなりかけました。

 どうでもいいかもしれませんが、感想がなかなか増えなくてちょっと寂しいです。評価はもちろん、感想が多ければそれだけ創作意欲が湧いてきますから、どんな人でも感想いただけたら幸いですね。


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 描写するのは空白の時間のようです その二

 

 

 

 

 今朝の天気予報では曇りと説明されていたが、それは外れた。

 否、本当は的中している。窓から見える空模様は薄暗く、いつでも雨が降りそうな雰囲気だ。しかし、ここ防衛省の会議室はまるで竜巻のような嵐が現在進行で轟々と吹き荒れていた。

 

 呼び出された友幸はあの後木更といったん別れ、リンダを引き連れて防衛省へと赴いたのだが、この間とは別の会議室で待ちうけていたのは、まるで通夜のようなどんよりとした空気だった。会議室こそ違うが、席の位置は一緒であり、各民警会社の社長達が黙り込んでそこに座り、民警が後ろに控えている。年齢、性別、姿勢、顔だち。彼らはそれぞれすべてが異なっていたが、鬱々とした雰囲気だけが共通していた。

 だがそれも、木更と友幸が入ってきたときには一変。様々な感情が入り混じった視線が荒れ狂う無言の嵐へと変わり、そのすべてが友幸と木更に集中した。

 それに含まれているのは非難と殺気。何に対するものなのかはなんとなくわかる。どうやら友幸と蓮太郎がケースを取り逃がしたことはすでに彼らへ知れ渡っているようだった。

 やれやれと友幸は心の中で何度目かわからないため息をつく。不快感にそろそろ胃が痛みを訴え始めた。回れ右をして帰りたい。隣のリンダも、ミント風味のガムをくっちゃくっちゃと噛みながらお腹を抑え顔を青ざめさせている。この嵐に風はなく、実害は皆無だったが、どうやら精神と胃にダメージを与える新しいタイプの嵐だったようだ。

 と、ここで会議室のドアが開き、誰かが入ってきた。それにつられて全員の視線も友幸と木更から入室した人物へと移る。ひとまず敵意のこもった視線が消えたことにほっとして、友幸は指定された席へ腰を下ろし、閉じた目を軽く揉んだ。

 

「本日は、急な呼び出しに応じて集まってくれた諸君らに感謝すると同時に、悪い知らせを伝える」

 

 禿頭の男はやや疲れた表情で口火を切る。

 

「……ケースが蛭子影胤によって奪われてしまった。そのことについて聖天子様より話がある。心して聞くように」

 

 言い終わると同時に、パネルに聖天子の姿が映った。以前と違って、今度は誰も席を立たなかった。

 

『皆さん、ケースは蛭子影胤によって奪い取られ、事態は一刻を争うものとなりました。監視衛星を使った索敵により、蛭子影胤はモノリスの外『未踏査領域』に潜んでいることが判明しています。現在、彼に対するケース奪還作戦を政府主導で計画中ですが、これは皆さんにとって大きな危険をはらむものになるでしょう』

 

 ここで聖天子は間を取ったが、誰も何も言わず聖天子の言葉に耳を傾けていた。

 一息ついて、聖天子は続ける。蛭子影胤と小比奈に関する情報だった。

 影胤は元民警で、先日民警の前で名乗り上げた通り元陸上自衛隊東部方面隊第七八七機械化特殊部隊『新人類創造計画』の機械化兵士だったそうだ。彼が使う『斥力フィールド』は、ステージⅣの攻撃にも耐えうる防御を想定し、対戦車ライフルや工事用クレーンの鉄球をも弾き返すほどの堅牢なものらしい。友幸は内心舌を巻いた。それならばあの戦艦のような防御力にも納得がいく。ひょっとすると、あのカマキリの化け物の攻撃にも耐えられるかもしれない。

 イニシエーターにして娘の小比奈はモデル・マンティス。カマキリの因子を宿しているイニシエーターで、ある程度刃渡りのあるものを持たせれば、接近戦で右に出る者はいないらしい。

 

『この二人は以前民警として活躍していたとき、問題行動をとることが非常多かったためライセンス停止処分を受けました』

 

 理由は直に彼らを見た者たちなら即座に理解できることだろう。

 

『そして、その時の彼らの序列は……百三十四位でした』

 

 ざわっと会議室が一気に騒がしくなった。

 百三十四位。高位序列者もいいところだ。ここまでくるとモノリスの外に出ても数週間は無傷でいられる。場合によってはエリア移動もできるかもしれないほどの高い序列だ。

 

『そして、彼等の目的であるケース。その中身は七星の遺産と呼ばれており、東京エリアに大きな災いをもたらす封印指定物です。その効果は――』

 

 一拍おいて、聖天子は息を吸い込んでから告げる。

 

『――ステージⅤガストレア、ゾディアックを呼び出すことができると言うものです』

 

 その瞬間、会議室が文字通り凍りついた。

 

『彼らはエリアから離れて未踏査領域に潜り込み、そこでゾディアックの呼び出しを行うようです。すぐに呼び出せるものではありませんのでまだ時間はあります。ですからそれまでにこの作戦を開始します。用意が整い次第連絡しますので、それまでこのことは他言無用にし、作戦への準備を進めるようお願いします』

 

 そう言って、聖天子は通信を切った。

 

 

 

 ***

 

 

 

 会議室の様子を映していたモニターが消えたのを確認して聖天子は席を立ち、早足で次の場所へ向かう。作戦司令室だ。

 

「……なぜ、彼らに伝えなかったのですか?」

 

 その途中、一人の男性が心配そうな声で彼女に話しかけた。聖天子の護衛だろうか、眼鏡をかけた神経質そうな若い男がきっとその男性を睨みつける。

 

「聖天子様が奴らに話すまでもないと御判断されたのだよ」

「私が尋ねているのは聖天子様だ。君は黙っていてくれたまえ」

「なんだと……貴様っ!!」

 

 軽くあしらわれた若い男は男性に食って掛かろうとしたが、「保脇」という天童菊之丞の一言で止められる。若い男――保脇がすごすごと引き下がったのを見て、聖天子は質問に答えた。

 

「パニックを防ぐためです。必要以上の情報を流せばさらなる混乱を引き起こすことになります」

 

 それを聞いて男性――山根英二は難しい顔をする。

 確かに、あの仮説はあいまいで不確定なものだ。必ずしも的中するという保証はない。だが、的中しないと断言できるものでもない。しかし、科学者と言うものはどこまでも“最悪の事態”を想定してしまうものだった。

 その後は一言も発さずに、彼らは目的地へと足を速めた。

 

 

 東京エリア第一区に存在する作戦本部、日本国家安全保障会議は人でごった返し、騒然とした空気に包まれていた。スクリーンや画像を目だたせるため照明は落とされていて、青白く光る床やある程度ゆとりを持って並べられた多数のモニターやワークステーションの光が内部を照らし、その前には分析官が張り付いて入力作業やリアルタイムで送られてくる情報を整理することに追われている。自衛隊や公務員など、様々な制服を着こなす人が目まぐるしく動き回る中、自衛隊の統合幕僚長や内閣官房長官など、東京エリアを統治する政府の要人全員が作戦司令室に集合していた。

 

「静粛に!!」

 

 菊之丞が声を張り上げると、全員が自らの任務に集中することをやめて彼らに注目した。ざわめきが収まったのを確認すると、菊之丞は後ろに下がる。入れ替わるようにして国家元首が前に進み出た。

 

「皆さん」

 

 聖天子は静かに語りだした。彼らは聖天子の話に聞き入って、一言一句漏らさまいと集中している。

 

「この東京エリアに、未曽有の危機が迫っています。これに対処することが極めて危険で、どれほど困難なことであるか、私も重々承知しています。この事態は一時期マスコミにリークされそうになりましたが、それも抑えられました。住民は何も知らずに過ごしていることでしょう」

 

 聖天子の絶世の美貌が、険しいものになる。だが、それも見とれるような美しさだった。

 

「人類がガストレアに敗れてはや十年。我々はこの十年でやっと築き上げた、かりそめの平和を傍受している彼らの日常を壊すわけにはいきません。皆さんが手を取り合い、この事態を収拾することを信じています。私も全力を尽くして、目的を達成する所存です」

 

 話を終えると、あちこちで拍手が上がり、やがて司令室全体を包み込んだ。

 拍手が収まると、彼らそれぞれの持ち場へ戻って作業を再開する。聖天子も、閣僚たちが座る長机の聖天子専用席へと腰かけた。

 

「現在の状況は?」

「それについて私がご説明しましょう」

 

 聖天子の質問に、スーツを着こなした偉丈夫が前へ進み出た。百九十を超える長身で、聖天子を除き、この場にいる閣僚と比べても十歳ほど若いだろう。この豪傑は非常事態でも眉一つ動かすことはなく、日本人離れした鋭い目つきが光る顔立ちはまるでローマの彫像を思わせた。

 片桐光男。内閣官房副長官にして内閣府内閣官房安全保障室直属の組織、危機管理情報局CCIの局長。

 若くしてこの地位にまで上り詰めた、いわばエリートと言われる類の人物だ。

 

「エリア住民には避難訓練と通しています。沿岸地域はまもなく終了するかと思われますが、都市部はいまだ遅々として進んでいません」

「ホレ見ろ、だからワシは言ったんじゃ。エリア全域の住民を避難させるなんて不可能じゃて」

「磯村君!」

 

 片桐の報告に自治大臣の磯村が狸のような肥満体を揺らし、扇子で机をたたきながら愚痴をこぼす。すぐさま隣に座る財務大臣の神崎が磯村を戒めた。

 

「沿岸地域だけでも避難できたのであれば十分でしょう。自衛隊のほうは?」

 

 続いての質問に、統合幕僚長の一柳が立ち上がった。

 

「海上自衛隊は浦賀水道に各種センサーを配備したほか、機雷によってこれを封鎖。何か異常があったら潜水艦や哨戒機が報告を上げて、東京湾に配備した護衛艦『あいづ』を旗艦とした艦隊がこれに対処します。陸上自衛隊は地下通路を駆使して住民の目につかぬように配置することができました。現在戦車隊が沿岸地域にて展開しつつあり、後方にMLRSや二〇三ミリ自走榴弾砲といった長距離射撃車両を配置。そして航空自衛隊は航空機全機の整備が完了し、いつでも飛び立てるとのことです。もし万が一のことが起きた場合、陸、海、空、すべての自衛隊を総動員し、これに対処します」

 

 自衛隊の展開の手際良さに全員がうなる。だが、それに待ったをかける閣僚がいた。

「統合幕僚長」と国土庁長官の大河内がいぶかしげに尋ねる。

 

「仮にステージⅤが出現したとしても、現在の自衛隊の兵力で、あの怪物に勝てるのかね?」

 

 それはこの場の士気を低下させかねない発言だったが、彼の言うことも事実だった。

 現在の東京エリアを覆うモノリスはガストレアの嫌うバラニウムで構成され、ほとんどのガストレアの侵入を防ぐことができるが、ステージⅤにはそれが効かない。加えて分子レベルの再生能力を有しているため、少しの傷ではすぐに再生してしまうのだ。

 案の定、否定的な意見が一柳の口から出た。

 

「かなり難しいでしょうね。それこそ、核兵器でも使わない限り」

「それは駄目です」

 

 突然、山根が口走る。しまったと彼が思うのもつかの間、山根に全員の注目が集まった。

 

「山根博士、駄目とは一体どういうことでしょうか?」

 

 何を言えばいいか山根が口ごもる中、科学技術庁長官の五十嵐彬が顔の前で手を組んで尋ねた。歳はおよそ五十代後半に入ったところで、山根より十歳ほど若い。短く刈り込んだ白髪にえらの這った顔立ちと、ブルドッグのようにたるんだ皮膚の間からのぞく鋭い目つきが印象的な強面の男性だ。

 

「もちろん、我々は核兵器は断じて使いませんし、使うことも決して許しません。いまのはただの例えであることは貴方もお判りのはずでしょう。なぜ貴方は、冗談とはいえそこまで核兵器を恐れるのですか? 仮に使ったとして、一体何が起こるのです?」

 

 エラの這ったブルドッグのような強面をさらにしかめられる。五十嵐が発する、低く重圧な銅鑼声と歴戦の強者のみが持つことを許される威圧感に自然と萎縮してしまう。山根は困ったようにポケットからハンカチを取り出し、額に当てた。

 聖天子と隣にいる菊之丞を見やる。二人は数瞬目線だけで会話すると、頷き返す。

 黙考の後、山根は居住まいを正すと口を開いた。

 

「核兵器の使用後に発生した放射線が……『彼』を呼び寄せるのです」

「『彼』ですか、それは一体?」

「それは――」

 

 その時だった。バタバタと大きな足音が廊下より響いてきたと思うと、いきなりシチュエーションルームの扉が開け放たれて一人の男がなだれ込んできた。

 

「何事です!」

 

 全速力で走ってきたのか、壮年の男性は顔を真っ赤にしながら大きく息を切らしており、護衛官の手助けを借りてやっと立ち上がった。

 

「江守大臣じゃないか、遅れていると思ったらそんなに慌てて、一体何が起きた?」

 

 防衛大臣の轡田が、入ってきた外務大臣の江守に声をかけた。差し出された水を一気に飲み干して息をある程度整えると、早口で報告した。

 

「アメリカのロサンゼルスエリアとロリシカのニューカークエリアより緊急の連絡が入りました」

「……続けてください」

「ロサンゼルスエリアが所有する原子力潜水艦が、グアム島沖で突如消息を絶ちました。近くを航行していたロリシカ国の艦艇が救助に向かったところ、船体と原子炉の残骸こそあれ、現場付近に放射線の痕跡は皆無だったそうです!!」

 

 閣僚たちに疑問と動揺が広がる。原子力潜水艦の原子炉の損傷ともなれば、まき散らされる放射線量はすさまじいものになるはずだ。それが皆無とはどういうことなのだろうか?

 

「そして、海上を移動する生物のような巨大な影とその背びれを確認!!」

 

――まさか。

 聖天子をはじめとして、閣僚たちの目が徐々に見開かれる。あの菊之丞でさえ動揺を隠し切れないらしい。

 周囲の視線はごく自然に、一人の学者へ向けられる。

 

――なんということだ。

 

 偏頭痛を覚えて、山根は頭をかきむしる。出来れば外れてほしい、最悪の事態が起こりつつあったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「監視衛星でその行動を追跡予想したところ、この日本へ、まっすぐ進んでいることが判明したそうです!!」

 

 

 

 

「………………………………ゴジラだ」

 

 

 

 

 山根は小さくつぶやいた。

 不思議なことに、その言葉はこの場にいた全員の耳に入り、大きく反響した。









 五十嵐彬
 東京エリア科学技術庁長官。泣く子も(悪い意味で)黙る強面で、威圧感などは天童菊之丞とタメを張れるほどの猛人。
 イメージする役者は俳優の中尾彬さん。どんな人だっけ? と思う人は平成およびミレニアムのゴジラシリーズを見ればだいたいわかります。

 片桐光男
 東京エリア内閣官房副長官にして内閣府内閣官房安全保障室直属の組織、危機管理情報局CCIの局長。三十八歳という若さで上り詰めたエリート。甥っ子が民警にいるらしいが、本人は否定している。
 モデルは1999年の映画「ゴジラ2000 ミレニアム」に登場した同名の人物。演じる人のイメージも阿部寛。

 閣僚たち
 五十嵐と一柳、轡田など一部を除いて全員が1984年の「ゴジラ」に登場した閣僚から登場。1984年版「ゴジラ」最大の魅力はこの政治家たちだと思う。

 CCI(危機管理情報局)
 内閣府内閣官房安全保障室直属の組織。1998年に創立。
 迅速で、独自の決裁権の行使が有り、日本国の内外で発生するさまざまな危機(戦争や大規模災害、テロからエネルギー問題まで)に対応する。本部は東京都霞が関1丁目の官庁街にある。(ウィキペディアより引用)
『ゴジラ2000 ミレニアム』に登場した同名の組織がモデル。

 ロリシカ
 1961年の映画「モスラ」に登場する架空国家の名称。この国が(というかネルソンが)何もしなけりゃ劇中のような出来事は起きなかった。

 いつの間にか展開してる自衛隊
 ゴジラシリーズのお約束その一。第三次関東大戦を見て思ったのは、ブラブレの自衛隊はとにかく無能すぎる!! と言う事実。この作品では何とか活躍させたい。

 原子力潜水艦
 ゴジラシリーズのお約束その二。世界最新鋭の原子力潜水艦など、ゴジラにはカモがネギしょってやってきたのにすぎないのだ。人類にとって最大の死亡フラグであり、ゴジラにとっては脂肪フラグ。


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 描写するのは空白の時間のようです その三


 そのころの蛭子影胤。


 (たぶん)ウザいオリキャラ(……なのかなあ?)が登場。

 あと今話はルビを多様に使っていますので、携帯版の方は不便な思いをされるかもしれませんが、ご了承ください。



 

 

 

 

 

 そこは恐ろしいほど静かな場所だった。

 未踏査領域に存在する海岸に面した小さな町は戦争で放棄されてすでに電気は通っておらず、青白い光を放ちながら空から自分たちを見下ろす月光が唯一の光源だった。

 道路の脇などには錆びついた金属製の調理器具や、壊れた家電製品などが散乱しており、この小さな町にもかつては人が生活していたのだろうという事実がはっきり見て取れる。住民たちはどのような思いでこの町を去ったのだろうか。おそらく再び戻ってこれるだろうと、仄かな期待を抱いていたのかもしれない。だが、この名も知らぬ町はいまや海風にさらされ、やがて人々から忘れ去られてただ朽ち果てるのを待つだけの存在となっていた。

 その中に二人、一人は楽しそうにステップする蛭子小比奈と、ゆったりとした足取りで歩く蛭子影胤がいた。

 

「ねえパパ。本当にそれでおっきなガストレアを呼び寄せられるの?」

 

 バラニウム製の小太刀をぶんぶんと振り回し小比奈が無邪気に尋ねてきた。その視線の先には、影胤が持ち込んでいる銀色に光るジュラルミンケースがある。

 

「その通りだよ」

「だったら、私たちを止めようとして延珠やリンダたちが来るのかな」

「そうだ。わが娘よ」

「あのモノリスの向こう側から?」

 

 ちらりと影胤は、視線の遥か彼方に存在するモノリスを見やる。

 東京エリアをぐるりと覆うモノリスは全高約一.六キロメートル、横に一キロメートルもある板状の構造物。バラニウムを積み重ねてできた巨大な塔だが、人類とガストレアを十年間も住み分けてきた重要な境界線だ。

 そして、その外にはガストレアと、ガストレアにされた哀れな人間であふれかえっている。ひとたびモノリスの外へ出たら、たちまち奴らに食い殺されてしまうであろう。

 だが、ガストレアは二人を襲わなかった。それ以前に彼らを襲ったガストレアが、瞬く間に肉塊と化したのを目にしたからだ。

 ガストレアは本能的に理解した。この二人に手を出してはならない。手を出したらそれが最後なのだと。

 それもあって、序列百番台である二人にとって未踏査領域など庭も同然だった。強者である彼らだからこそ、この町を平気で出歩けるのだった。

 

「ああ、彼女たちだけでなく、いっぱいくるだろうね」

「本当に? たくさん人が来て戦いが始まるの?」

 

 影胤はこれから自分が行う“神聖なる所業”に興奮を隠せなかった。

 これを用いてステージⅤを呼び寄せれば、東京エリアは微塵に破壊され、多くの住人が死ぬ。人々は絶望し、いずれ混乱と混沌の渦へ叩き込まれ狂い始めるだろう。

 影胤はそれを望んでいる。それは非難されて然るべきものなのかもしれない。現にこうして歩いている間にも“向こう側”は自分を追って着々と準備を進めているはずだ。

 小比奈の言うとおり、そのうち戦いが始まることだろう。自分のもとへ、数えきれないほどの敵が来るに違いない。

 だが、影胤はそれに不安や恐れなど微塵もない。そんなことは些細なものだ。

 

「そうだ」

「じゃあいっぱい人が斬れるね!」

 

 自分は戦うことができる。それは自分の生きがいであり、存在意義だ。

 モノリスが崩壊し戦争が再開すれば、自分たちは必要な存在となる。つまり好きなだけ殺せる。一度死んで、機械化兵士として生まれ変わった己の存在意義を証明できる。

 蛭子影胤は殺すために作られた存在だ。殺すことを求めて何が悪いのだろう。

 

「あぁ、いっぱいだ。小比奈がもう嫌って言う位ね」

 

 影胤が欲しいのは闘争。ただそれだけが望みだった。

 影胤は余韻に浸っていた。これから始まる、戦争に期待して。

 

「ほお。ずいぶんと崇高なる、狂った思考をお持ちのようだ」

 

 反射的に拳銃をドロウし、声が聞こえたほうに向けて発砲。声が聞こえたのは自分たちがこれから進もうとしている建物の影からだった。

 空薬莢が渇いた音を立てて地面に落ちた音と同時に拳銃を下ろす。

 違和感を抱いた。

 機械化兵士である影胤はたとえ真後ろから狙撃されようとも、逆にそこを見ずに返り討ちにすることができる。蓮太郎と初めて対峙したあの日も武装した警官隊を無力化した。

 自分の勘が正しければ今ので急所にあたり、相手は致命傷を負ったはずだ。

 しかしそれにしては手ごたえがない。銃弾が人体を貫くくぐもった音も聞こえなければ、血が飛び散る音も聞こえない。まるで虚空をから射ちしたかのようだ。

 誤射したのだろうか? しかし声は確かに聞こえた。小比奈も赤く目を光らせて小太刀を構えている。

 影胤は言い知れぬ不安を抱き始めた。

 

――だからこそ、後ろから響いた同じ声には驚愕でしか反応できなかった。

 

「おいおい、ちょっと声をかけただけでいきなり発砲なんて危ないじゃないか」

 

 ゆっくりと振り向く。自分たちの歩いてきた闇の中からカツカツと靴の音が響いてきた。

 最初に現れたのは漆黒の革靴だった。斜めにさした月光が、こちらに近づいてくる人影を足元から照らし出していく。

 

「トーキョーにもこんなにアブナイ人間がいるとは。ここに来て幾分か経つけど、やはり人間と言うものは理解できないものだねえ。それが個性と言うものなのかな。ん~ッフェヒヒヒ~フ」

 

 ふざけた笑いをこぼしながら現れたのは男だった。

 身長は影胤に負けず劣らずの長身で、全身を黒づくめのスーツ、その上も真っ黒なトレンチコートで覆われており、手でさえも革製の黒い手袋が着用されたいでたち。唯一のぞいていた顔も、漆黒のソフト帽に黒いサングラスがかけられていた。

 何より目を引いたのは、暗闇の中でも怪しく光る日本人離れした、ともすればインド人に見える堀りの深い顔立ちだった。顔色はまるで絵の具で塗りつぶしたように白く、サングラスから除く目の周囲は微妙に黒ずんでおり、月光によってうっすらと見える切れ長の瞳と常にニヤけている口と相まって、影胤はまるで自分がすべてを見透かされているような気分になった。

 

「そういう君は何者なのだね、民警か? イニシエーターがいないのを見るところ、そうではないようだが」

「んぅん? なぁんのことかなぁ??」

 

 影胤の言葉に男はわざとらしく首をかしげるが、やがてああそうかと合点が言ったように、わざとらしく指を鳴らす。

 

「どうやら君たちはとんでもない勘違いをされているようだが、別に私は君たちが思っているような人間ではないから、安心したまえ」

「……フム。少なくとも民警ではないようだな」

「ムフフ~ん、民警が何のことなのか全くわからないけど、いやホントはわかるんだけど、つまりはそゆことよ。だからそんなに警戒しないでくれないかい? そんなに警戒されちゃうとおじさん泣いちゃうよ?」

 

 ほらこれみてよ、ボクチャン丸腰よ?

 そう言って男はトレンチコートを広げる。確かに銃器などの類は所持していないようだった。

 

「……パパ、あいつウザい。斬っていい?」

 

 小太刀を抜いて今にも跳びかかりそうな小比奈を駄目だの一言で押さえつける。小比奈は瞳を真っ赤に光らせ、見るからに苛立っていた。

 影胤にはその理由が手に取るようにわかった。男はコートの中身を見せつけながら腰をフリフリと躍らせている。目の前の奇人は自分たちに全く物怖じせず、それどころか余裕の表情をうかべているのだ。動作の一つ一つから発せられる軽くて安い挑発には、もともと気の長いほうでない小比奈はもちろん、めったなことでは動じることのない影胤もさすがに辟易とし始めていた。

 

「おやおや、お嬢ちゃんどうしたのその顔は、うぅん? かわいい顔が台無しじゃないか。女の子は笑顔が一番、そんな刀なんて物騒なものはしまっちゃおうねぇ」

 

 しかし、男はそんな空気などどこ吹く風、といった様子で人を小ばかにしたような態度を改めようともしない。それがますます影胤の精神を疲れさせ、小比奈の機嫌を悪いものにしていく。

 

「あっれぇどうしたんですかお二人さん、だんまりしちゃって。あ、ひょっとしてお嬢ちゃんのお寝むの時間だった? 時間はまだ夕方のはずなんだけどねえ。まさか私の時計が壊れたか? ヤだなぁこないだ買ったばかりなのに」

 

 いやぁこれは失敬失敬、今度新しいの購入しなきゃなぁ。

 影胤の耳にギリギリと歯軋りする音が聞こえた。

 小比奈が深く押し殺した声で告げる。

 

「あんた……さっきから聞いてりゃ調子乗っちゃって………」

「んんぅ?」

 

 その無造作な言葉に、男はわずかばかりの間呆けた顔を見せ、次の瞬間爆笑した。

 哄笑が響き渡る。

 男性にしては甲高い笑い声が、まるでおぞましい怪人のように夜の空気を震わせる。

 一通り笑うと男はふっとテンションを下げて「こりゃ失礼」とハンカチを取り出し、目に浮かんだ涙をピッピとふき取った。

 

「……何がおかしいのよ」

「おおこりゃ怖い怖い。でも調子? 面白いことを言うねお嬢ちゃん。私は別にそんなものに乗っかった覚えはないね。そんなことでいちいち怒ってちゃあ、ちっちゃいままでおっきくなれないよ。牛乳でも飲んでカルシウムを補給したらどうだい?」

 

 思い切り睨んでも変わらない男の態度に、ついに小比奈が切れた。

 

「――ッざけんなあ!!」

「小比奈!!」

「なんで止めるのパパ!! アイツ斬りたい!! 今すぐ斬りたいぃい!!」

 

 飛び出そうとした小比奈を無理やり押さえつけと、小太刀をぶんぶん振り回して泣き喚く。

 その様子を見て、男はケラケラ笑っていた。

 

「いやはや、癇癪持ちのお子さんを持つのはやはり苦労しますかね?」

「娘のことでこんなに苦労したのは初めてだよ。主に君のせいでね」

「あららァ~んムフフ、そりゃ悪いことしちゃったねぇ。メンゴメンゴぉ」

 

 それは死語だ。

 

「それで、君は何故こんなところにいるのかね? モノリスの外へわざわざ出歩くほど重要なことなのかい?」

「う~ん、そうだねえ。とぉくに重要というわけではないが……」

 

 男は顎をさすり始め、考えるような姿勢を取った。

 いったい何者なのだろうか?

 先ほどまで小比奈との会話に夢中になり、自らの注意が散漫になっていたのもあるが、なにせ自分に気配を何も感じさせずに、ここまで来たのだ。

 影胤は警戒を強める。自分の勘と経験が危険を告げた。

 こいつはただの人間ではない。

 

「そうさねえ」

 

 じっとなめつけるように影胤を見る。

 正確には、その手に持つものに視線を向けていた。

 

「そのジュラルミンケースだけどさ、その中身よければこっちにくれない?」

「……そうか。ならば死んでもらおう」

 

 その瞬間、影胤は男を敵と判断した。

 パチンと指を弾く。隣にいる天使の気配が消えた。

 

「小比奈、いいぞ」

「えちょい待ち、なんか会話が噛み合って――」

「やったあ!! パパ大好き!!」

 

 男の背後に小比奈が現れた。

 

 

 

***

 

 

 

 小比奈の脳内には二つの欲求があった。『ウザい』と『斬りたい』の二つ。この男は小比奈にとって最も嫌いな部類に入る人間だった。

 男もこの事態は予想外だったようで、呆けた顔を晒している。

 小比奈は、常人には視認することの難しい速度で男に接近する。幸いにして相手は丸腰だ。まずはこのふざけた人間の手足を一本か二本切り落として恐怖に陥れてから、自分の気が済むまで切り刻むことに決めた。

 小比奈は、これから行われるであろう残虐行為に大きく心を躍らせていた。

 

「死んじゃえ!!」

 

 そして次の瞬間、意識が一瞬飛んだ。

 小比奈の顔面に突如走る衝撃。刀が男の首を掻き切る前に、小比奈の頭部が轟音と共に弾き飛ばされていた。

 首から上が無くなるような衝撃に襲われ、小比奈は為す術も無く、そのまま体ごと後方へ吹き飛び、地面に叩き付けられて転がった。

 

「……ぇ?」

 

 思わず、呆けた声が出る。何が起きたのかわからなかった。

 割れるような頭の痛みが襲ってくる。

 目の前にいるムカつく男を切り殺そうとした自分が蹴り飛ばされたという事実を理解するのにしばらくの間が必要だった。

 

「な、にが……!?」

 

 両腕をついて立ち上がろうとするが、あまり力が入らない。どうやら急所の顎をやられたらしく、平衡感覚を失って再び地面へ倒れ込みそうになった。

 それでも小比奈は何とか立ち上がる。足がまるで生まれたての小鹿のようにがくがくと震えた。

 その時、背中にゾクリと悪寒が走る。気のせいだと思ったが、確かに地面が微かに揺れているのを感じた。ふらつきながらも反射的にその場から飛びのく。

 甲高い音が聞こえたかと思うと地面に亀裂が走る。次の瞬間大きく隆起してまるで爆発したかのように土砂が飛び散り、小比奈がさっきまで立っていた場所を中心に直径五メートルほどの大穴があいた。

 そして、轟音と共に下側から突き破るように何かが飛び出てくる。

 円錐状のそれは空中で一回転すると瞬く間に人型となり、着地する。

 

「すっごーい!! ボクのきしゅーこーげきをよけたー!!」

「ふむ……地球人、ひいては『呪われた子供たち』の一人にしてはそこそこやるようですね」

 

 冷静で大人びた声と、無邪気なうえに幼稚で舌足らずな声が聞こえた。

 

「おいおい、手荒な真似はよしてくれ。こちとらなるべく穏便にすませたいんだから」

「先に仕掛けてきたのは向こうです。私たちには貴方の護衛が任務であるとプログラムされていますから、対処するのは当然のことと思われます」

「そーそーっ!! とーせーかんをまもるのはぁ、ボクたちのおやくめなんだからね!!」

「やれやれ、テーダはともかくシーズは真面目だねえ。まるで計算機だ」

 

 暗がりでよく見えなかったが、男の隣にいつの間にか二人の少女が立っているのを見て、小比奈は混濁する意識の中で思わず目を見張る。いったいいつからそこにいた?

 

「検索の結果、その言葉の概要は皮肉か嫌味であると結果に出ましたが、あえて褒め言葉として記憶媒体に保存させていただきます」

「えー、シーズほめられたのー? うらやましー!!」

「やかましーぞ、テーダ」

「えへへ、とーせーかんごめんなさーい」

 

 やがて前に進み出ると男の後ろに立って背中合わせとなる。夜闇に隠れ見えづらかった姿が月明かりに照らし出された。

 どちらも歳は小比奈と同年代だ。

 一人は流れるような銀髪で頭頂部には触角のような大きなアホ毛がはねており、レザースーツを基調とした刃の如き鋭利な印象を与える戦闘服を着込んでいる。服のあちらこちらにはトゲのような装飾が飾り付けられており、特に目を引いたのが胸にある半分の丸ノコで、少女がまるでサイボーグであるようなイメージを植え付けられる服装だ。

 感情の読めない表情がのぞく顔の本来目がある場所には、中央がつながった真っ赤なサングラスが着用されていた。

 両手に握られているものは、反りの入った片刃の刀剣。ただし刃は反りのほう、つまり内側にあり、簡単に言えば鎌のような独特な形状だ。同じく刃物を扱う小比奈には、その曲刀の種類がわかった。ハルパーとよばれる、古代ギリシアで使用されていた刀剣の一種だ。持ち手の部分には何かを発射する機構が取り付けられている。おそらく特注品なのだろう。

 もう一人に目をやる。

 銀髪の少女の恰好は奇妙なものだったが、もう一人はさらに奇妙だった。

 思わずその異形の物体を凝視する。もう一人は小柄な体格ながらも、深緑色に光る鎧を身に着けていたのだ。

 外見は西洋の騎士甲冑を基調とした生物的なデザインで、まるでハンマーのような重々しく無骨な印象を与える。頭部の全体を覆う兜はまるでガスマスクのようで、カブトムシのような角があり、その下には昆虫の複眼のような二つのバイザーが黄色く発光していた。呼吸のために口元を隠しているからなのだろうか、着用されているセミのようなマスクからは時折蒸気が抜けるような不気味な呼吸音が聞こえてくる。

 何より目を引いたのが両腕で肩に担いでいる、身の丈の数倍はありそうな大きさの槍だった。槍の部分がそのまま巨大なドリルとなっていて、甲高い音を立てて回転していたのだ。先ほどの攻撃はおそらく、これで地中を掘って奇襲を仕掛けたのだろう。

 

外骨格(エクサスケルトン)……?」

 

 小比奈は瞠目し、思わずつぶやいた。

 知識の上でしか知らないが、対ガストレア用に生産されているパワードスーツの一種だ。バラニウムの合金やカーボンナノチューブなどのハイテク素材で構成されており、耐久性はもちろん、強化機構などにより使用者の身体能力も強化される代物である。

 鎧がビシッと指をさした。

 

「きみ、なにいってんの? ボクのよろいをあんなガラクタといっしょにしないでよ」

 

 舌足らずな声が聞こえる。声と会話から察するに、子供っぽい性格で鎧を着込んだ者がテーダ、冷静で落ち着いている銀髪の少女がシーズなのだろう。

 

「全く……とりあえずあの娘の足止めはお前たちに任せる。なるべく傷つけずにこっちへ近寄らせるなよ」

「りょーかいであります!!」

「はい、統制官」

 

 シーズは淡々と答え、テーダは子供のように勢いよく敬礼する。

 小比奈も刀身を交差させ構えを取った。

 

「あんたたち……一体何者なのよッ!!」

 

 ぐらぐらする意識を振り払い、痛みを我慢しながら噛みつくような勢いで吠える。

 並のプロモーターどころか、中くらいのイニシエーターでもすくみ上がるような鋭い殺気を放つ小比奈に対して、しかし相対する二人はまるで動じる様子がない。

 すっとシーズが口を開いた。

 

「私はシーズ。一度死に、そして統制官の護衛のために生まれ変わりし存在」

 

 テーダもそれに続く。

 

「んーとね、ボクはテーダ!! ボクもいちどしんでてね、とーせーかんのごえーのためにうまれかわったの!!」

「共通するのは、どちらも前世の記憶がないことですね」

「うん、ボクもまえのことなんてぜーんぜんわかんない!!」

 

 寒気を感じた。

 相手は自分の殺気にまるで動じないどころか、意気揚々と話している。

 そのうえ露骨な殺気や敵意なども感じられない。だからこそ淡々とした恐ろしさが募っていく。

 小比奈には、このような敵に出会うのは初めてだった。

 空気が徐々に張りつめていく。小太刀を持つ手に、いつの間にか汗がにじんでいた。それをごまかすように、握る手にギュッと力を込める。

 

「私はイニシエーターの蛭子小比奈、モデルはマンティス――」

 

 小比奈は足に力を込めて――

 

「――接近戦では、無敵だあッ!!!!」

 

 怒号と共に飛び出した。

 

「そこをどけえええええ!!!!」

「ボクたちを」

「馬鹿にしないでくださいね」

 

 二人の少女もそれぞれの得物を手にして、これを迎え撃った。

 

 

 

***

 

 

 

 それを見ていた男は、改めて影胤に向き直った。

 

「これでやっと一対一で話せますねえ、蛭子影胤さん」

「やはり私の名は知っていたか」

 

 短かったが、意気揚々とした雰囲気は鳴りを潜め、低い声音で影胤は返事をする。銃を向けて相手の警戒を強めていたのがわかった。

 

「そりゃあもちろん。オマケにそのジュラルミンケースの中身がどんなもので、どのような効果があるのかもすでに把握済みだ」

「聖居からの差し金か」

「いやいや、私は東京エリアどころかどの世界のエリアの差し金でもないよ。信じられないだろうけど」

「信じられんな」

「あー、やっぱそう思うよねぇー」

 

 男はあちゃーと手で顔を覆った。

 

「ま、そのうちどこかに仮住まいを作ってそこに定住はするだろうね」

 

 おちゃらけた態度で告げる男に影胤はため息をついた。普段から周りを振り回している自分が言えたことではないが、この面倒くさい人物を相手にしているとどうも調子が狂う。

 

「彼女たちは一体なんだ、君のイニシエーターかね?」

「ああ、あの二人?」

 

 影胤はふと目に入った娘と、それと戦う二人の少女が気になった。

 男が重なっていて見えづらかったが、二人は小比奈を圧倒していた。

 その様子を見て内心舌を巻く。

 単純に二対一と言う理由もあるかもしれないが、影胤は直感でわかった。

 おそらく、今の小比奈の実力ではたとえ一対一でも勝つのは難しいだろう。

 

「そうだねえ、イニシエーターといえばそうかもしれないけど、ちがうんだなこれが」

「ほう」

「彼女たちは、私が()()()にやってきて初めて出会った『呪われた子供たち』さ。あの時の彼女たちは、体は四肢欠損するほどボロボロ、浸食率も五十パー超えててさ、すでにガストレアになりかけていたんだよ」

「……なんだと?」

 

 影胤は仮面の下にある目を細める。

 

「では彼女たちはハイブリットか?」

「う~ん、ハッキングして盗んだ()()()の技術を基盤にして彼女たちに施したから一応そういうことになるかな? 一発で成功したよ。一人で()()()()()()()()()()()()()()()のはちょっと苦労したけど」

 

 今度は大きく見開いた。今、この男はなんといった?

 

「……君は自分が何を言っているのかわかっているのかね?」

「うん? ああそうか、()()()はまだその辺の技術が確立していなかったね」

 

 男はケラケラと笑った。

 影胤は自分の耳が信じられなかった。

 浸食率が限界値になり、ガストレア化寸前の子供たちを治療した上に、体内のウイルスをすべて除去。

 世界のどこでも確立していない、それどころか基礎理論すら提唱できていないであろう技術をこの男は持っており、それをたった一人でこなしたというのだ。

 もしそれを全世界へ発表されたとしたら、世界へ計り知れない衝撃と影響を与えることだろう。

 

「その技術を知っているのは、君だけかね?」

「う~ん、たぶんそうだね。世界中どこ探したっていないんじゃない?」

「……そうか」

 

 影胤は確信した。

 銃をおろし、ゆっくりと近寄っていく。

 真実などわからない。この男が言っていることは妄言の可能性もある。

 

「じゃあ、私は世界の救世主と言うことになるのかな?」

「……そうなのか」

「ん?」

 

 それでもただ、なんとなく確信した。

 この男の言うことは真実だ。

 その技術が世界に拡散すれば、真っ先に『呪われた子供たち』へ施されることだろう。

 

「……ならばッ!!」

 

 右手の掌に、込められるだけ力を込めていく。

 その次は、ガストレアに対する有効手段として兵器転用されることだろう。

 そうすれば、世界中のガストレアが駆逐されるかもしれない。

 そうなれば、自分の立場は完全になくなるだろう。

 殺すために生まれてきた自分の存在意義が、完全に崩壊してしまう。

 

 そんな技術など、認められない。

 そんな技術など、この世に必要ない。

 ならばすることは一つ。

 

「『エンドレス――」

 

 その技術の所有者を、まるごと消し去るのみ。

 

「――スクリィィィィィィム』!!!!」

 

 限界まで圧縮された斥力フィールドが青白い燐光から赤い色へと変わり、紫電をまき散らし大気を斬り裂きながら男へ迫る。もはや逃れようのない必殺の一撃。

 全力の一撃は果たして、男の腹に赤い光が直撃する。

 やったか。と影胤は確信する。

 しかし、いつまでたっても斥力フィールドの赤い光は消えない。

 

「……斥力フィールドか。なるほど、なかなか面白い武器じゃないか。でも――」

 

 影胤は驚愕を顕にする。

 斥力フィールドは貫通せず、男の腹部で止まったまま。

 正確には、先端が男の手によって受け止められていた。

 ひょいと軽く腕を振ると、真っ赤な光はあらぬ方向へ飛んでいく。

 

「こんな子供だましのオモチャ、うちにはどこにでもあるんだよね」

 

 影胤は小さく口を開けたまま凍りついた。

 遠くでなにかが直撃し、家屋が倒壊する音が聞こえてきた。

 

 

 

 






 出てきた男オリキャラのイメージ俳優

 北村一輝。

 別に転生者とかそういう類ではありません(断言)。


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 描写するのは空白の時間のようです その四




 東京エリアの秘密兵器群。

 皆さんお待ちかね、ゴジラ作品の兵器が登場します(実際はこれ以外にもあるんですけどね)。


 

 

 

 

 

 日本国家安全保障会議では先ほどよりもあわただしくなっていた。

 先ほどよりも空気がギターの弦のようにピンと張り詰めたものになり、次々と入ってくる情報の処理に追われて職員たちが早足で駆け回っていた。

 

「もはや一刻の猶予もありませんね」

 

 聖天子の言葉に全員が頷く。

 正面のテーブルモニターには監視衛星の追跡から送られてくる情報が、太平洋から迫りくる怪物の進路予想コースに変換され、リアルタイムで随時更新されていた。

 シミュレーションの点線はグアムから北上し、様々な方向へ分岐している。

 だが、情報が更新されてどれほど進路予想図が波がうねるように上下しても最終到達地点は変わらない。

 伝説の怪獣ゴジラは、間違いなくこの東京エリアを目指していた。

 山根の予想が正しければ、おそらくステージⅤを追って。

 部屋に集った者たちひとりひとりを順繰りに見渡す。

 

「わかっていると思いますが、ステージⅤとゴジラを同時に呼び寄せないためには、早めのケース回収が重要視されます」

 

 最後に、危機管理情報局の片桐へ視線が止まった。

 

「片桐局長、ケース奪還作戦の予定を速めることはできますか?」

「最善を尽くしましょう」

 

 片桐は言葉少なに応える。

 五十嵐が一柳に問いかけた。

 

「海上自衛隊からは何か?」

「いまだ報告は上がっていません。対潜哨戒機からも同様です。ゴジラ確認のためもう一機飛び立ったP-1も目標の接触、および確認はとれていないそうです」

「陸は?」

「すべて配置完了。いつでも対応できます」

「そうか」

 

 五十嵐が頷き、閣僚の何人かがそれに同調する。今のところは、まだ大丈夫のようだ。

 山根の心中は複雑だった。

 ひょっとしたらこれはゴジラが見れる最初で最後のチャンスで、その後は見ることができなくなるかもしれない。

 だが、彼はモナークで巨大生物を追う一人の学者であり、同時に人間だった。

 もしステージⅤが本当に出現したら、それはこの東京エリアの最後になるだろう。

 それを追ってゴジラも現れるかもしれないが、山根が見たいのはありのままの生態を見せるゴジラであって、そんな地獄絵図など見たくない。

 山根はこの事態の収拾を彼らに任せることにした。

 厳粛に活動する彼らを見て、何のために自分がいるのかわからず、なんだかやるせない気持ちになる。結局、自分は最初から最後までお荷物になるだけのようだ。

 

「しかし、ステージⅤは自衛隊が対処すると言っても、蛭子影胤を民警に任せていいのだろうか?」

 

 ふと山根の隣にいた環境庁長官の日高が小声でつぶやいた。

 

「どういうことです?」

「いや、民警を差し向けずに、戦闘機なりなんなり飛ばしてミサイルをヤツにドカンと当てれば、それで済むんじゃないのかと思ってね」

「しかし、そんなことすれば七星の遺産だって破壊されてしまうのでは?」

「確かにそうだが、ステージⅤを呼び寄せる触媒なんざ普通はいらんだろう? わしだったら封印せず真っ先に破壊するな」

 

 山根は返答に詰まる。確かにその通りだ。

 七星の遺産が本当にステージⅤを呼び寄せる代物ならば、危険なものであることは確実だ。彼の言うとおり、封印せずとも即刻で破壊してしまったほうが被害が出ずに済むかもしれない。

 五十嵐からなにか説明を受けている聖天子の背中を見て、考え込む。

 この東京エリアのために黙々と事態に取り組む姿は、なるほど弱冠十代後半にして傀儡とならずに国家元首を勤め、東京エリアを見事に統治しているだけのことはある。住民からの人気が高いのもうなずける話だ。

 だがひとたび矛盾を見つければ、それをきっかけに疑念がとめどなく湧いてしまう。

 聖天子は、ひいては聖居は何故そこまでケースの回収に固執するのだろう。何かを隠しているのだろうか。だとしたらいったい何を?

 

「皆さん」

 

 ふとここで五十嵐が立ち上がった。

 この場の全員の視線が自身に向けられた事を確信した後、小さく咳払いして話し始める。

 

「ゴジラ出現の報告により申しそびれましたが、先ほど大河内国土庁長官が発言した通り、ステージⅤを通常兵器どころか、バラニウムを使用しても撃破することは極めて困難ということは、十年前の戦争を経験した私たちがよく知っていることです。しかし、東京エリアの防衛を担う我々もこの十年間何もしなかったわけではありません。この間に開発し、今回運用する新兵器をここで皆さんに紹介します」

 

 再び全員の注目が集まった時、五十嵐は隣の一柳に目くばせすると、一柳は手元の端末を操作した。するとテーブルに映し出されていたゴジラの進路予想図が消え、代わりにミサイルのようなもののホログラム映像が現れる。見たところ、何の変哲も無い円錐状のミサイルだ。

 一柳が説明に入る。それと並行して、ある映像が映し出された。

 

「これはフルメタルミサイルといって、爆破で倒す従来の弾頭ではなく、貫通を目的とした運動エネルギーミサイルです。この映像にもある通り、幾重にも重ねられた厚さ十メートルの鉄筋コンクリートを貫通することができます」

 

 対艦誘導弾から発射されたフルメタルミサイルが、見るからに頑丈そうな鉄筋コンクリートをまるで豆腐のようにやすやすと貫くのを見て閣僚たちが感嘆の声を上げる。

 一柳は再び手元の端末をいじって映像を変えた。

 

「また、これでも貫通しなかった場合を想定し、さらなる特殊弾頭を用意しています」

 

 これです、と同時にフルメタルミサイルのホログラムが消える。

 次に映し出されたのもミサイルだ。だが、一柳がさらに端末を操作すると、弾頭のカバーが展開され内部が露出する。その中身は先端の形状が従来のものと決定的に違っていた。ミサイルの弾頭にドリルのような構造物が装着されているのだ。

 

「こちらは推進式搾孔型ミサイル、通称D-30ミサイルと呼ばれています。自衛隊と帝洋グループ、司馬重工が共同開発しました。利便性を重視しているので、見ての通り通常のミサイルの先端に装着することも可能です。発射され、命中前に推進起動部と装甲が分離。標的に命中した後、高速回転するドリルと推進部の噴射によって標的の内部に進行し、破壊することを目的としています」

 

 一柳はいったん言葉を切り、断言するように言った。

 

「これらを用いれば、いかに強固なステージⅤの皮膚でも射抜くことができるでしょう。このフルメタルミサイルとD-30ミサイルで遠距離から飽和攻撃し、脳や心臓にあたる重要組織を破壊します」

 

 自身のある口調に、閣僚たちは一瞬その意味が分からなかったが、次の瞬間信じられない事を聞いたように身を震わせる。大河内が身を乗り出した。その意味がわかったのだ。

 

「つまりそれは、ステージⅤを撃破することが……!?」

「おっしゃる通り、運が良ければ撃破することが可能です」

 

 その場にいた全員に声にならない衝撃が走り、更に驚愕の表情を浮かべた。このミサイルは、これまで通常兵器では戦艦並みの砲の直撃を持ってしても仕留めることができなかったステージⅤを撃破できる可能性があるのだ。

 

「それが本当なら、確かに凄い事です。しかし……気になる点がありますな」

 

 財務大臣の神崎が挙手して発言を求めた。聖天子が発言を許可すると、神崎は彼の感じた気になる点について語った。

 

「自衛隊の方々にとっては、軍事を知らぬワシの言葉は素人意見であり大変不愉快な発言かもしれませんが、防衛予算は東京エリアの復興や市民の生活、インフラ整備などに割かれて大戦以前より減少しているのが現状です。新兵器開発に割り当てられる予算も少ないでしょう」

 

 神崎の言葉に数人が頷いた。どうやら、同じ点を疑問に思っていたようだ。

 ガストレア戦争により各地に存在する大規模な生産施設が破壊された現在、エリア一つ一つの生産力は大きく低下した。戦後は各エリアで独自に復興しているが、東京エリアは市街地と市民生活の復旧へ予算を第一に優先させられている。

 自衛隊もそのあおりを受けており、兵力と戦力の回復は何とかできたものの、増強はもちろん更新も行うことはできず、以前から使用している兵器の小改良程度にとどめて、だましだましに使っているのが現状だった。

 

「まあつまり、何が言いたいかと言うと……ミサイルの弾数はどれほどあるのですかな?」

 

 にわかに重苦しくなった空気を誤魔化すように苦笑しながら言うと、一柳は答えた。

 

「数えるほどしかありません。フルメタルミサイルはどうにか八百発調達できましたが、D-30ミサイルは弾頭の構造上の複雑さが災いし、わずか二百発ほどです。ですが、これぐらいあれば十分に撃破できるでしょう」

 

 一柳はフォローするが、それでも場に沈黙が落ちる。いくら強力な兵器でも、それらを揃えるためには製造費などをはじめとして莫大な資金がかかる。それがネックとなって満足な数を用意できなかった事例は世界でも過去現在問わず多い。特に資源が薄い日本ではそれが顕著だった。自衛隊最大の敵は国家予算とはよく言ったものである。

 聖天子は俯き、唇を軽くかんだ。復興を優先させた自分の政策が裏目に出てしまった。もう少し彼らの書類へ目を通せばよかったと後悔する。自衛隊へ予算を回していれば、こうはならなかったかもしれないのに。

 

「しかし、弾数が途切れてしまえば我々の破滅ですね……」

 

 聖天子の言葉に一柳が頷く。

 

「その通りです。我々は限られた弾数でステージⅤを撃破しなければなりません。そこで我々は、全ガストレアの特徴である赤目を狙い撃ちします。そこならば、軟組織なので脳まで貫通することができるでしょう」

 

 その言葉に、山根は顔を上げた。

 

「統合幕僚長、そう簡単に言いますが、果たして脳につながる目をピンポイントで狙い撃ちできるのでしょうか? 成長するたびにでたらめな形状になっていくガストレアなら、臓器の位置が変化していることも大いにあり得ます。ステージⅤの種類や姿かたちが不明瞭である以上、内部スキャンでもしない限り、どこに脳などの重要組織があるのかわからないのでは?」

「山根博士の懸念はもっともです。ですが、方法はあります」

 

 五十嵐が代わりに答えると、菊之丞が先を促す。

 そこまで言うからには、余程の案があるのだろうと菊之丞は考えていた。

 

「……何か腹案があるようだな」

 

 開口一番遠慮なく尋ねる。

 菊之丞と五十嵐は経歴こそ違っていても、同期であり、また親友として、政治家として、余計な前置きなどを必要とする関係ではなかった。

 

「接近戦闘」

 

 五十嵐は答えた。

 

「具体的には、飽和攻撃で疲弊したステージⅤへ、重武装、重装甲の艦艇で接近。内部構造をスキャンして脳の位置を把握したのち、搭載火器と、新たに搭載したフルメタルミサイルとD-30ミサイルの総力を以てこれを殲滅します」

「そんなものがあるのか?」

 

 菊之丞の目が細められる。それだけで部屋の気温が下がったような錯覚を覚え、閣僚たちは思わず身震いした。山根も一瞬だけ迫力に圧倒され、まるでその場に縫い付けられたように動けなかった。

 しかし五十嵐はそれに物怖じせず鋭い眼光で睨み返し、はっきりと答えた。

 

「あります」

 

 その意外な発言に、会議場は困惑する。

 つまり、この東京エリアは重装甲、重火力かつ解析能力がある特殊な艦艇を実際に保有しているということになる。

 五十嵐が許可を得るように国家元首へ目くばせする。それを了承するように聖天子はこくりと小さくうなずいた。

 五十嵐は一礼すると、一柳と入れ代わる形で会議席から立ちあがる。そして受け取った端末を操作し、別の立体ホログラムを表示させた。

 

「これは……」

 

 表示されたものを一言で言い表すのならば“炊飯器”という表現が当てはまるだろう。釣鐘やカブトガニなどに似た楕円形で、曲線を多用したデザインをしていた。

 五十嵐の反応を見るに、これがその特殊艦艇らしい。

 だが、閣僚たちは五十嵐と一柳を除いて全員が困惑していた。この兵器がなんなのかまるで知らないようだった。

 

「防衛大臣、これは……?」

 

 山根は五十嵐に尋ねようとした。すると、五十嵐は山根の言葉を途中で制して話し始めた。

 

「十年前の我が国で起こった、第一次関東対ガストレア大戦では、自衛隊は辛くも勝利しましたが、彼らは圧倒的なガストレアの物量侵攻による苦戦を強いられました」

 

 突然切り出された話に、山根は戸惑いながらもうなずく。

 

「そこで、先代の聖天子様を交えた政府の最高戦略会議では、彼我の圧倒的な物量差では戦局の逆転は困難と考え、一つの計画を発動しました。敵側の物量差を、圧倒的な火力を以て制するものです。その計画に基づき、建造されていたのがこれなのです。第二次関東大戦には間に合いませんでしたが、数年前にようやく完成しました」

 

 一息ついて、五十嵐はその正体を告げた。

 

「それがこの、正式名称、陸上自衛隊幕僚監部付実験航空隊首都防衛移動要塞T-1号 MAIN SKY BATTLE TANK スーパーXです」

「スーパーX……」

 

 一同は浮かび上がったホログラムを食い入るように見つめる。この場の全員の視線がスーパーXに向けられた事を確信した後、五十嵐はスーパーXの基本説明に入った。

 

「スーパーXは、ガストレアの大群だけでなくステージⅤとの戦闘も想定しており、装甲はバラニウムやチタンなど各種金属を混ぜ込んだ超合金で構成された特殊鋼で、かなりの衝撃に耐えることができるよう、設計されています。また、スペースシャトルにも使用されているセラミック製耐熱タイルを外装として覆い、集積回路にはプラチナを多量に使用しているため、高熱にも耐えることが可能です。機体前部に備えた、開閉式の二千ミリ多機能サーチライトは光であたりを照らすだけでなく、各医療機関に存在する体内撮影技術を応用しているため、各種電磁波を対象に照射し、内部構造を把握することが可能です。スーパーXはこれで相手を常に正面に置きながら、一定の距離を保ったままステージⅤの体内を分析し、重要な臓器を判別。そこを内蔵火器で集中攻撃します」

「これはすごい。まさに、空飛ぶ要塞じゃないか……」

 

 誰もが感嘆の声をあげた。スーパーXは、まさに人類が建造した史上最強の戦闘艦艇と言うことができる。

 

 

 

「重要な事なのですが、このスーパーXは……一体誰が指揮官として搭乗するのです?」

「ご安心を、この日のために訓練された士官がおります」

「それは?」

 

 五十嵐は笑顔を浮かべてみせた。

 

「特殊戦略作戦室の、あいつしかいないでしょう」

 

 特殊戦略作戦室とは、第二次関東大戦後に設立された防衛省の特別部署の名称で、ガストレアをはじめとした対特殊生物作戦のための特別教育・訓練を受けた自衛隊員で構成されている。

 五十嵐が招集したのは、防衛大学を首席で卒業した、そこの室長であった。

 

「……噂のヤングエリートか」

 

 ひそかに漏らした菊之丞の言葉は、誰にも聞き取られることなく虚空へと消えた。

 

 

 

***

 

 

 

「最終フライトチェック、完了」

「ラジャー」

 

 スーパーXの指揮を執る黒木翔三等特佐は一通りの作業を終えて、小さく欠伸をした。

 これでスーパーXの整備がすべて完了した。いつでも飛び立てることができる。あとは出撃命令が下されるのを待つだけだ。

 

「できれば下りてほしくないですね、出撃命令」

「ああ、全くだな」

 

 同乗している火器管制官の言葉に同意する。

 自衛隊の最大の存在意義は何かと問われたら、自衛隊法第三条第一項から引用して「我が国の平和と独立を守り、国の安全を保つため、直接侵略及び間接侵略に対し我が国を防衛することを主たる任務とし、必要に応じ、公共の秩序の維持に当たる」と答えるだろう。

 だが、“自衛隊が必要だ”と言われるような事態が起きて欲しいと願う普通の人はいないはずだ。自衛官である自分もその一人だ。あくまで自衛隊は“抜かずの剣”であって欲しいと思っていた。

 しかし、十年前は非情にもその概念を叩き壊した。

 過去とはもう違う。すでに剣が抜かれたならば、それで敵を切り捨てるのみだ。

 勿論、そのような事態にならないように活躍している荒っぽい戦友がいるのもまた事実なのだが。

 黒木は誰にも聞こえないほど小さな声でつぶやいた。

 

「しっかり頼むぞ、民警」

 

 

 

 









黒木「しっかり頼むぞ、民警」

怪獣王「現実は非情である」






<スーパーX>
 東京エリアの本気。
 正式名称は「陸上自衛隊幕僚監部付実験航空隊首都防衛移動要塞T-1号 MAIN SKY BATTLE TANK スーパーX」
 有事(ガストレアの大群の襲来、ステージⅤの出現など)の際のエリア防衛を目的に極秘に開発され、「首都防衛移動要塞」とも呼ばれるリフティングボディVTOL機。敵側の物量差を、圧倒的な火力を以て制する特殊飛行艦艇。
 装甲はバラニウムやチタンなど各種金属を混ぜ込んだ超合金で構成された特殊鋼で、かなりの衝撃に耐えるうえ、スペースシャトルにも使用されているセラミック製耐熱タイルを外装として覆い、集積回路にはプラチナを多量に使用しているため、高熱にも耐えることが可能。そのほか、イージスシステムを搭載している。2030年に就役。

 全長:57.2メートル
 全幅:40メートル
 全高:31.2メートル
 総重量:15000トン
 最高速度:時速300キロメートル
 巡航速度:時速120キロメートル
 動力:レーザー核融合炉 十基


[武装]
 共通しているのは、すべての武装に高速自動装填機能を施しているため絶え間ない連射が可能。

50センチ多目的電磁投射砲
 本機体の主砲である上部隠蔽式砲台の中央部に設置されたレールガン。通常弾のほか、状況に応じてさまざまな特殊弾頭を発射できる。

277ミリ多連装ロケットシステム
 電磁投射砲の左右に各12門、計24門が装備されているロケット弾砲。広範囲の面積を一度に制圧できる長射程の火力支援兵器。MLRSのロケットランチャーを流用している。

ハイパーレーザーCO2タイプ
 2000ミリ多機能サーチライトの左右に1門、計2門装備されているレーザー砲。120万キロワットの電力を熱エネルギーのレーザーに変換して照射する。

空対地対艦誘導弾ランチャー
 機体の左右側面に2門ずつ、計4門装備された多目的誘導弾ランチャー。レーザーコントロールAGM-65改大型マーヴェリックランチャーが正式名。

短距離多目的誘導弾
 機体の左右側面、空対地対艦誘導弾ランチャーの上部に左右6門ずつ、計12門装備されている曲射弾道タイプの小型ミサイル。主に対空に使用される。

照明弾ランチャー
 照明弾を発射する、隠蔽式砲台上部にあるランチャー。

203ミリ榴弾砲
 空対地対艦誘導弾ランチャーの前部に装備されている。

30ミリ砲身バルカン砲
 近接防空および制圧射撃用のバルカン砲。機体に計6門装備されている。

127ミリ艦載砲
 機体下部の4機の砲台に計1門ずつ装備されている。


[特殊装備]

2000ミリ多機能サーチライト
 機体前部に備えられた開閉式の大型サーチライト。各医療機関に存在する体内撮影技術を応用しているため、各種電磁波を対象に照射し、内部構造を把握することが可能。



 何か(主に軍事方面で)おかしい点があったらお気軽にご報告ください(ただし、なんでこんな重武装艦が空を飛ぶんだよと言う突っ込みはナシでお願いします)。


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 描写するのは空白の時間のようです その五



 空白の三日間最終章。

 そして――――


 

 

 

 

 蓮太郎が目覚めたのは、彼が昏睡状態に入ってから三日が経ちはじめたばかりの時だった。

 

 その日木更は、学園で本日の学業を終えてから早々、延珠と一緒に蓮太郎のいる勾田病院へ見舞いに赴いていた。

 鞄をデスクに置き、ほうと息をついて木更は来客用のベンチへ座る。

 その間に延珠は、蓮太郎の眠るベッドへと駆け寄った。

 

「蓮太郎、喜べ。ふぃあんせの妾は今日も来てやったぞ」

 

 だから起きろ。今すぐに。

 そう言って延珠はペチペチと蓮太郎の頬を軽くたたく。

 その様子に目を細めると、今度はすうすうと寝息を立てている蓮太郎へ目をやる。

 医者の診断では、今日中に目覚めるらしい。

 その時、くるるぅと可愛らしい音が病室に響いた。

 

「……あら?」

 

 視線を音源に向けて、思わず木更は吹き出す。

 そこには、お腹を押さえて顔を真っ赤にした延珠がいた。

 

「延珠ちゃん、なにか食べる?」

 

 こくりと延珠がうなずいたのを確認すると、木更は冷蔵庫から友幸が見舞い品として持ってきたリンゴを取り出し、事務所から持ち出してきた果物ナイフを手に取って皮をむき始めた。

 木更はこの年代の女子と比べてかなり、いやいっそ清々しいほど料理が下手だったが、リンゴの皮をむくぐらい造作もなかった。

 

 

 

 

「木更さん……?」

 

 一個目が無事にむき終わり、二個目に入ろうとリンゴへ手を伸ばしたのとほぼ同時に、弱々しくかすれた声が耳に入った。

 たった数日ぶりの、しかし木更にとっては何か月ぶりに聞いたように錯覚したほどの、自分が一番聞きたかった声。

 それが蓮太郎のものだとわかった瞬間、胸から何かこみあげてきて思わず泣きそうになったが、腹に力を込めてかろうじて抑え込む。

 木更はあくまで平静を装って蓮太郎へ向いたが、それでも数日前よりやつれていた彼を見た途端、それがまたぶり返してきた。

 

「おかえりなさい。里見くん」

 

 淑女らしく彼の生還を祝いたかったが、結局涙腺が崩壊し、泣きだした木更は延珠と共に半身を起こした蓮太郎へ飛びついた。

 蓮太郎が病み上がりの重傷人ということを忘れて。

 

「痛っでえええええええええ!!!!」

 

 次の瞬間、空気を震わすほどの絶叫が勾田病院全体を駆け巡った。

 

 

 

「What's the fuck ?」

「……さ、さあ?」

 

 階下では、風船ガムの自己ベストを邪魔されて大層ご立腹なリンダと、手渡された氏名記入欄へ名前を書いていた友幸が悲鳴の事情を察して冷や汗を流していた。

 完全に余談だが、文字はまったくズレていなかった。

 

 

 

***

 

 

 

 背後に敵の気配を感じ取る。相手は自分の後頭部へ掌打を繰り出そうとしていた。

 蛭子影胤はそれにいち早く気付き、首を傾けて回避。その勢いを利用して一回転し、回し蹴りを放つ。

 

「おっほ~うぃ」

 

 相手はそれを楽しそうに左手でつかんで難なく受け止めると、トンと右掌で軽く一撃。すさまじい衝撃が全身を襲い、壁まで吹き飛ばされる。

 即座に影胤は壁を足場にし全力で蹴り飛ばす。一瞬で間合いを詰め、有無を言わせず左拳を振り上げた。相手に当たる寸前で腕を掴まれ阻まれたが、これはフェイク。

 右拳を掬い取るように振り上げ、鳩尾へ一気に放つ。

 しかし、これも相手の掌で阻まれた。

 その事に影胤は一瞬驚くが、直ぐに手を振り解く。同時に、打ち上げるように足を振り上げた。相手は背後に跳ぶことでそれを回避するが、その一瞬の隙に態勢を整えた影胤の鞭の様な蹴りが襲う。しかし相手はその一撃を腕で弾く。そして地面を踏みしめ、凄まじい速度で前に出た。

 

「ヌハハハハあッ!!」

 

 勢いをそのままに肘鉄を放つ。影胤はそれを両腕でガードするが、衝撃で一瞬後退する。それを追撃するように蹴りが放たれるが、影胤は上半身を逸らすようにしてそれを回避した。だが相手は動きを止めずにそのまま体を回転させ、逆の足で放たれた回し蹴りが影胤を捕らえ、蹴り飛ばした。

 

「ぐぅ!?」

 

 身体ごと吹き飛ばされたが、足を踏ん張って耐え抜くことが出来た。

 間髪入れず両腰のホルスターから愛銃のサイケデリック・ゴスペルとスパンキング・ソドミーを抜き打ち。マシンピストル化した拳銃から合計数十発もの弾丸が吐き出され、相手へ殺到した。

 音速で迫る弾幕、避けなければ間もなくハチの巣になる。

 

「ほれ」

 

 しかし相手は避けるどころか、スッと軽く手をかざす。それだけですべての弾丸がそいつの目の前で、まるで時が止まったように空中で静止した。

 驚いたのもつかの間、相手が指を一振り。次の瞬間、銃弾が百八十度回転して自分へと襲い掛かってくる。

 これには影胤も反応が僅かに遅れたが、ギリギリのところで斥力フィールドを展開し事なきを得た。

 

「……まさか、これほどとはね……」

 

 影胤はシルクハットをかぶりなおすと、仮面の奥で歯を食い縛りながら、上がりはじめた息を整える。

 この身体になってから何年振りの経験だろうか。苦戦し、その上戦闘中に息切れしたのは。

 それ以前に、この短時間の戦闘でここまで自分の技が通用しないことなど今までにあっただろうか。

 

「うぅん、地球人にしては悪くない腕だ」

 

 無意味だけどね。

 ひょうひょうとおちゃらけた声に、ぞわりと精神が逆なでされる。

 顔を上げれば、月をバックにトレンチコートを着込んだ男が薄気味悪い笑みを浮かべて立っている。

 影胤の前に突如現れ、斥力フィールドを素手で弾き返した男は、悔しいことに、傷一つないどころかまるで疲れている様子もなかった。

 

――手加減されている。

 

 男を見ていて、影胤はそう判断していた。

 自分がどれほどあがこうが、相手はそれをいとも簡単にいなし、受け流し、そして吹き飛ばす。

 男は本気の攻撃など一度もしてこなかった。まるで自らの絶対的な優位を示すように。

 どうしても認められないその事実はしかし、現実となって影胤の背中にのしかかる。

 あまりの屈辱に、どうしようもなく腹が立つ。

 と、影胤の後ろに何かが放り投げられてきた。

 

「がはっ!!」

 

 背中から地面に叩きつけられた小比奈は、肺から空気が漏れるような声を吐きつつも素早く起き上がり、影胤の後ろに立つ。フリルのついたスカートはボロボロで、裂けた箇所からところどころ肌が露出し、その間から擦り傷が見える。肩は呼吸と共に大きく上下し、膝がわずかに震えていて疲れているように見えたが、真っ赤に光った目は怒りに燃えていていまだ闘志は衰えていない。小比奈は得物の小太刀を交差させて歯をむき出しにし、投げ飛ばした相手を威嚇するように睨みつける。

 闇の中から、ザリザリと砂利を踏みしめる足音が二つ。

 ガツン、と鉄塊が地面にあたったような金属音が響いた。

 

「ねえねえちっちゃいの、それでおわりなの? もっとあそぼうよ」

 

 肩に担いでいたドリルを地面に突き刺し、寄り掛かったテーダが不満そうな声をあげる。隣に立ったシーズが呆れたようにため息をついた。

 

「テーダ、当初の目的を忘れないで。あの子とは遊ぶんじゃなくて足止めするの」

「あ、そーだったね。わすれてたあ」

 

 指摘され、テーダは誤魔化すようにでへへと笑う。まるで姉妹のようだ。

 小比奈をここまで追い詰めたシーズとテーダの二人も、主人と同様全くの無傷だった。

 まずいな、と影胤は危機感を覚える。

 彼は当初、この三人をあなどっていた。

 突然現れたこの怪人たちの実力は未知数だったので警戒こそしていたが、心の奥底では自分たちの勝利を信じていた。それがこの結果だ。

 どちらの実力もこちらを圧倒し、その上無傷。そして自分たちは挟み撃ちにされて完全に追い詰められているときた。

 内心で嘆息する。百三十四位の超高位序列者と言う自覚が、いつの間にか傲慢と慢心という枷を生み出していたらしい。

 

「さあて、抵抗しても無駄なことが分かっただろう? そのケースをこっちによこしてくれないかい?」

「……一つ、聞いてもいいかね?」

「時間稼ぎなど――」

「よせ」

 

 飛び出そうとしたシーズを制する。彼女が引き下がるのを確認すると、男は続けろと言うように顎をしゃくった。

 

「君は先ほど、どの組織の差し金でもないと言ったな」

「うん、言った」

「なら、君は個人で動いているのか?」

「いいや、私はちゃんとした“ある組織”の一員だ。この行動もそれの命令さ」

「その言葉、矛盾していないかね?」

「いや、別に矛盾していないよ。言葉は足りなかったけど、私はこの世界の、表裏含めたどこの組織にも所属していない。それ以外の組織にいるのさ」

「この世界以外の、ねえ……」

 

 影胤は仮面の奥で眉をひそめる。

 

「なら、君は何者なのかね? まさか、宇宙人だとでもいうのか?」

 

 ほぼ冗談のつもりで問い返した。

 しかし影胤が見たのは、なにか笑いをこらえている様子の男。

 

「……宇宙人、か……ムフフ、フフ――」

 

 それを皮切りに、男は大きく背をのけぞらせて爆笑した。

 月明かりのもと、細い身をよじらせて壊れたように笑い続けるさまは、怪奇映画の怪人を連想させた。

 しばらく笑うと、男はひいひい言いながら口を開いた。

 

「宇宙人! 複数の言語単語音節語彙を組み合わせるこの国の複雑な言語体系にしては何ともシンプルかつすっきりとした響き!! この国の言語を覚えたときから気に入っていたよ、そうその通り大正解だ!! 私は宇宙人何も間違っていない完璧だその認識であっているよ!!」

 

 かろうじて聞こえるぐらいの早口で言い切ると、またもや爆笑し始めた。

 

「では聞くが、宇宙人は一体何が目的でこのケースを狙うのかね。このようなものを使って何をなそうと考えている?」

「研究して解明するのさ」

「研究?」

「そう、その中身にあるガラクタがなぜステージⅤを呼び寄せることができるのか? その理由と原因、メカニズムを解明したいだけなんだよ。ガストレアウイルスは地球生物そして人間にも感染する。ステージⅤが感染した人間の成れの果てだと仮定すると、その中身が関係している可能性が高い。うまくいけばステージⅤを意のままに操り、ゆくゆくはガストレア全体を統括できるかもしれない!!」

 

 その言葉に影胤は片眉を上げた。

 ステージⅤ、果てはガストレアそのものを操る。

 それを実行することがいかに難しいだろうか。

 

「ガストレアを君たちの手駒にするのか?」

「そう。ガストレアと言わず、人間だって使えるものはすべて使っていくつもりだよ。当然、いま世界中を騒がせているゴジラと言う巨大生物も例外ではない」

「それで、なにをするのかね? 宇宙人なら宇宙人らしく地球征服して人類を奴隷にでもするのか?」

「まっさかー、別に私たちは地球の資源はともかくとして、科学力も軍事力も遥かに劣り、ガストレアに押されいまや滅亡に向かいつつある原住民の世界や文化なぞ、今のところこれっぽっちも利用価値なんて見出していない。私は人知れずこの星できたるべき戦いに備えて戦力を集め、増強し、整える。その命令を受けてこの世界を動き回っている、それだけのことさ。もっとも私はこの星に来たばかり、な~んにも知らないのが現状だがね」

 

 男はひょいと掌を突き出した。

 

「とにもかくにも、そのためにはどーしてもそれが必要なのさ、さあ、そのケースを、『七星の遺産』というガラクタをこっちによこしてくれないかい?」

「断ろう。私には私の理想があるからね」

「ほうほう、それはなんですのん?」

「簡単なことだ」

 

 影胤は仰々と手を広げる。

 

「私の目的は戦うことだ。殺すために作られた私は戦うことでしか存在意義を見出せない。これでステージⅤを呼び出し、モノリスが破壊されれば戦争は再開する。その時こそ出番だ、私は必要とされ、その存在意義を証明されるッ!! 戦争が継続している世界こそが私が求める理想郷なのだ!!」

「く、だ、ら、ない!! その理想はじつに不合理で、じつにくだらないよ!! ただ己の力で敵を無双し一掃し、周囲にそれを見せつけ支持と尊敬を得たいがために無関係かつ不特定多数の同胞を巻き込んで混乱を引き起こす。それで起こった被害にはまるで頓着しない。なんと君は無責任かつプライドと自己顕示欲の強い人間だろうかッ!! そんなもんこの国のネットワーク用語でいうところの中二病とまるで変わらないじゃないかッ! 変態にツエー能力を与えた結果がこれだよ!! ってかッ?」

「ああ、そうかもしれない。つきつめればそれは幼稚な思考といえるだろう!! 強い力を持った者がそんな思考の元動くことは許されざる行為だ。だがそれがなんだというのだ? 私にはそんなもの関係ない。戦えればそれでいい。この見解は世間から見れば間違っているかもしれないが私は答えよう、それは君が最初に言った人間の数多ある個性というものの一つなのだと!!」

「おもしろい、君は本当におもしろいよ蛭子影胤。変わっている、狂人だッ!! 人として生まれてから数十年、しかるべき教育と道徳をおそらく受けておきながらたどり着いたのは周囲に新しいおもちゃを見せつけ自慢したいという子供のような欲求!! 大の大人が子供に見せていいもんじゃない!! しかし、しかしだ。君はそれを確固たる信念として持っている。それこそダイヤモンド並み、いや君の斥力フィールド、いやそれ以上の硬さだ!! 君より多くの知恵をつけているはずのどの有識者よりも硬い!! それはある意味単純明快で簡単な欲求だからこそそこまで強く持てるのだろう!!」

「なんとでも言いたまえ。とにかく私はこの信念を捻じ曲げるつもりなど毛頭ない!! 戦争が始まって早々に殺されるような存在は私の理想郷には最初から不要な奴らだ!! 人間だろうと宇宙人であろうと私を止めることなどできない!! それでも理想の実現を邪魔するのであれば、全員殺してやるッ!!」

「いやはや、人間の個性と言うのはなんと複雑で単純なのだろうね!! まさに矛盾、ここに極めれり!!」

 

 男はダンサーのようにその場をグルリと一回転すると、ズビッと勢いよく指差した。

 

「いいぞ、蛭子影胤。その強烈な個性と信念は実に興味深い。私は君を一人の人間として非常に気に入った」

「ほう、宇宙人に気に入ってもらえるとは私も光栄の極みだ。確実に仲間へ自慢できるだろうね」

「そうか、そうだろうね。そこで君に提案だ。今回は君に免じてケースを持ち去るのは諦めよう。しかし条件がある」

「なんだそれは?」

「簡単なことだ、君は君のやりたいことをすればいい。この国では昔から努力すれば夢はかなうというだろう? 君の理想郷を作るためにそこまで強固な信念を持っているならば、ぜひ成功させて私にみせてくれたまえ。この世界で『悪』と定義される存在が、人類の数ある中でも最悪な事態を『夢』としてかなえる。成功するかしないか、その結果は、この星で繁栄し多数存在する人間ホモ・サピエンス族を分析するのに必要な、多数あるデータのなかの特別な一つとなるだろう」

「そうか私は被験体か、モルモットか。いいだろう、その程度ならたやすい御用だ。喜んでそのデータを提供しよう。もちろん、私にとって『最高な結果』をね」

「ありがとう蛭子影胤。最高のデータを、首をキングギドラのごとく長くして待っているよ」

「キングギドラ?」

「こっちの話だ、忘れてくれ」

「なら忘れよう」

 

 忘れるな。

 

「では、そろそろおいとまするとしますか。君の追手が来たようだし」

 

 そう言って男は空を見上げる。夕焼けの空の向こうから、ヘリコプターのローター音が影胤の耳に響いてきた。

 

「最後に一つ聞かせてくれ」

「なんだい?」

「もし君が宇宙人だというのなら、せめて君の星の名前を聞きたいものだね」

「いやあ無理だよ。僕たちの星の名前は地球人には発音できないからねぇ」

「そうか、それは残念だ」

「でもまあそうだね、どのみち名前は必要だろうし……」

 

 顎に手を当ててしばらく考え込む。

 やがて何か思いついたようにピンと人差し指を立てた。

 

「まあ一応僕たちのことは……“X星人”とでも呼んでおいてネ♪ シーズ、テーダ、行くぞ」

「はい、統制官」

「りょーかーい!!」

 

 男――『X星人』はそう言ってにんまりと笑うと、身体を発光させる。

 光が収まった瞬間、X星人はまるでその場にはじめからいなかったかのようにふっと消えていた。

 小比奈がハトが豆鉄砲を喰らったような顔をして、影胤に問う。

 

「パパ……消えたよ。アイツも、あのわけわかんない二人も」

「ああ、そうだね娘よ。どうやら彼らは本物の宇宙人だったようだ」

「どうしよう、わたしまだ信じられない」

「安心しろ、私もだよ」

 

 ふと影胤は、小比奈と相対していた二人の少女を思い出す。

 

「小比奈。あの二人はどうだった?」

「すごく強かった。わたしよりも、延珠やリンダよりも強かった。わたしあの二人斬れなかった。斬れない奴がこんないっぺんに現れるなんて、わたしはじめて」

「……そうか」

 

 影胤はもう一度空を見上げる。

 ヘリコプターの音が、一際大きく聞こえるように感じた。

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――見つけた。

 

 

 広大な太平洋の冷たい深海の奥深く。いまだ人類の探査が届くどころか、ガストレアの活動すら許されていない海底。海が誕生してから永劫に続く時間の中では、地上で起こっている出来事も大きな影響を与えることはできず、ただひっそりと静まり返っている。

 地球のポケットとも称されるそこは無限ともいえる闇で覆われ、星を照らす太陽の光すらその全貌を明かすことはできない。

 そんなすべての光を拒絶するほど闇の中で、『奴』は目覚めた。

 身を起こし、長い休息の倦怠感を振り払うようにかぶりを振ると、ある方角を睨みつけて小さく唸る。

 矮小な異形の存在どもが、まるで何かに歓喜するように騒いでいる。『あいつら』が近くにいる証拠だ。

 赤い目をした生物――否、生物とはかけ離れた存在。自分ですら吐き気を催す異形、世界の『理』を根本から否定するこの世の異物。

 それらの親玉たちといえる、複数いるそれらの内の一匹の存在を、奴は感じ取ったのだ。

 

 奴はそれらの正体を知らない。奴にとっても、自分の生命を脅かす可能性など欠片もない、取るに足らぬ存在だ。しかし、奴はそれらに激しい憎悪を抱いていた。

 目覚めてから、それらの存在を初めて認識した瞬間、本能で悟ったのだ。

 

 

――この異形どもは、敵だ。

 

 

 何を以てそいつらを敵としたのか、それは奴自身もわからない。だが、奴にとってそれはどうでもいいことだった。

 食う食わないを問わず、自分はこの敵をすべて葬る。

 その理由、その理屈。奴はそんなものなど持ち合わせていない。敵だから殺す。ただそれだけだ。

 敵を殺して、責められることなどなにもない。なにより、それを責める者などただの一匹も存在しない。

 自身の腹の奥底から溢れ出る衝動に従うまま行動すればいいだけだ。

 

 

 奴は海底であるにもかかわらず咆哮を上げた。海水が鳴動し、遠くまで響いたその声は、聞く者を震え上がらせるほどこの世のものとは思えない。

 遥か遠くにいるはずの矮小な存在は、その声を聞き取った瞬間ピタリと鳴き止んだ。

 天敵から避けるため奴の近くにいた深海魚たちは哀れにも、音の波に巻き込まれ腹を上に向けてそれきり動かなくなり、奴の身体に張り付いていたエビのような生物のごちそうとなった。

 

 ずるり。

 

 海底で“均衡を維持する調停者”と称された『奴』は、その巨体を動かし始める。

 

 自身の障害となる敵を排除する。

 

 ただ、それだけのために。

 

 

 

 

 

 





 ショッキラス 魚が捕れて 「メシウマやw」



 怪獣王がようやくアップを始めました。





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追うもの、追われるもの

お久しぶりです。


 

 

 

 

 

 

 

 

 暖かな水の中に漂う、ふわふわした浮遊感が、『わたし』が覚醒してから最初に覚えた感触だった。

 その暖かな水が抜かれる音が、覚醒してから『わたし』が最初に聞いた音だった。

 違和感を覚えて薄く目を開ければ。薄い緑色が視界を覆っている。ふと上を見れば、次第に下がっていく水位がぼんやりと見えた。

 いまだ夢の境を行き来していたぼんやりとした意識は、やがて水がなくなって素肌が露出した瞬間、その身を覆った初めての『寒さ』によって一気に覚醒へと押し上げられた。

 このとき、『わたし』は『わたし』自身を守ってくれている環境が急速になくなっていくことがわかった。

 逃れようと手を挙げるも、それは伸びきる前に透明な壁に阻まれる。どの方向へ進もうとも、その手は必ず硬く透明な壁に阻まれ、下へ向かおうにも、鼻と口から空気を贈るチューブが身体を拘束し、体をそらすことはできない。

 やがて『わたし』を包み込む水はなくなり、口元を覆うマスクが外れる。

 全身を大気にさらした『わたし』はその身を覆う肌寒さに思わずしゃがみこむ。

 自身を守ってくれる環境がすべてなくなったのだと理解した瞬間、得体のしれない不吉なかたまりが『わたし』を抑えつけてくるのを覚えた。

 ここはどこだ、『わたし』は誰だ、どうしてここにいる。

 疑問が『ココロ』を埋め尽くす。

『わたし』は『わたし』を知らない。どうしてこのような場所に居るのか。何故存在しているのかすら『わたし』には分かっていなかった。

 たいして寒くもないのに、体温は体の内側からまるで水が流れるように下がり、なのに血は沸騰しているかのように体中をかけめぐる。初めての感覚に、どうすればいいのか全くわからない。

 寒くて、心細くて、何より怖かった。

『わたし』は、しらずしらずのうちに手を伸ばした。

透明な壁に行く手を阻まれても、出口を探し求めてぺたぺたと這いまわる。たとえそれが無駄な行為だと頭の片隅で理解していても、『わたし』はそれをやめなかった。

 それは、『甘え』だった。

 はかなき命が親、もしくはそれに連なる保護者に己の加護を求める、精いっぱいの行為。

『わたし』は、ぬくもりを渇望していたのだ。

 

 そして、その手は唐突に握られた。

 そのとき、『わたし』は初めて自分の目の前に他人がいることを認識した。

 多少焦点が合わないおぼろげな視界でもはっきり見えていたのは、こちらを泣きながら見つめる男の顔だった。

 その男は何も言わず、ただ自分を抱きしめた。

 よく見ると男以外にも見知らぬ人達がいて、男と『わたし』を囲んでいる。

 その人たちは全員が鎧を身にまとった、変な人たちだった。『むし』のような造形のヘルメットから光る眼は赤や緑と様々で、目の前の鎧が異形な存在にしか見えなかった。何人かは部屋に置いてある大きな箱を操作していたが、『わたし』にはそれが何なのかわからなかった。

 

『わたし』は彼らを知らない。自分を護ってくれる存在であるという証拠も、保証もどこにもないのに。不思議とそれまで『わたし』を抑えつけていた得体のしれないかたまりは、あっさりと取り払われた。

 

 次の瞬間、張りつめた空気から解放された安堵からか、こらえようのない睡魔が『わたし』を襲う。身体から徐々に力が抜けていくが、『わたし』はそれに身を任せて男に身を預ける。

 

「もう、大丈夫だ」

 

 再びおぼろげとなっていく意識の中、『わたし』の耳は最後に男の声を聞き取ると、そこで『わたし』の意識は暗転した。

 

 

 

 

******

 

 

 

 

 時刻が午後七時半を回ったころ。友幸は蓮太郎と二人そろって勾田病院の廊下を歩いていた。記憶が正しければこの時間帯は入院患者のランチタイムで、院内は人の数がまばらとなる。時折忙しそうな看護婦や、掃除用具が満載されたリヤカーをのろのろと押す高齢の清掃員などが通り過ぎるだけだ。

 なんとなく床に目をやったが、友幸はそれをすぐに後悔する。蛍光灯の青白い光が磨き上げられたワックスに反射して網膜に直撃したのだ。

 目の奥の神経が押しつぶされるような鈍い痛みを感じ取って友幸は目をそらす。本当ならそれは院内を明るく照らすはずのものだが、友幸にはどうしても、ホラー映画の撮影などで病院全体の雰囲気をどことなく薄暗く演出する舞台装置のようにしか思えなかった。

 友幸はちらりと隣を歩く蓮太郎に目をむける。

 

「本当にいくのか?」

「あたりめーだろ」

 

 言い終わらないうちに予想していた答えが返ってきた。

 

「どうしても?」

「どーしても、だ」

 

 断言する蓮太郎の目は、どこか吹っ切れたように座っていた。

 彼が目覚めてしばらく会話してから、友幸は少しだけ席を外していた。天童民間警備会社の面々と一緒にいさせるためだ。彼女たちとは積もる話もあるだろうから、部外者の自分は早々に退散したのだ。

 その後は休憩所で仮眠し休んでいたため、あれ以降の動向を友幸は知らないが、戻ってきたとき、彼が開口一番に蛭子影胤追撃作戦への参加を表明した時には目を見張った。

 

「そっか」

 

 いったいどのような出来事があったのかはわからないが、なんにせよそこまで固く決意したのならば、なにも聞かないことにする。自分にそんな権利などないのだから。

 

 やがて床に大きな正方形の穴がでんと現れる。時間も時間なため、穴の闇からうっすらと除いている傾斜角度が四十五度もありそうな急な階段は、まるで死者を冥界へいざなう入り口のように見えた。これで壁に松明が掲げられ、近くにケルベロスかなにかの魔物を配置すれば完璧だっただろう。

 だが、そんな一般人なら躊躇しそうな不気味な階段も今はもう慣れたもので、二人はそこを何の苦もなく降りていく。そして、仰々しい悪魔が描かれた扉が二人を出迎えた。

 病院から見てみればかなり、というかあってはいけないレベルの、とてつもなく縁起の悪いシロモノだが、ここを根城にする人物に一般常識を説いてはいけないことは、関係者の間では暗黙の了解となっていた。

 ゲームでいえばラスボスが待ち構えていそうな扉をよっこらせと押し開けると、濃い芳香剤と防腐剤の入り混じった強烈な臭いが身体を包みこむ。

 目的の人物はすぐそこにいた。

 

「せんせー、来たぞ」

 

 蓮太郎の声に反応し、手術着を着込んだ女性がこちらへ振り向く。

 ガストレアの研究者にしてこの地下霊安室の女王、世界七賢人の一人である室戸菫だった。

 最初は興味なさげにちらりとこちらを一瞥したが、次の瞬間まるで時が止まったかのように硬直した。

 

「……まさか」

 

 菫は小さくつぶやくと手袋を外し、蓮太郎へ詰め寄る。そのまま両手で蓮太郎の頭をガシッと掴むと、鼻先にくっつきそうな勢いで顔を寄せはじめた。

 

「せ、先生!?」

 

 突然のことに蓮太郎は狼狽する。

 いくら手のかかる変人とはいえ、ちゃんと身だしなみさえ整えれば木更に勝るとも劣らない美貌を持つ女性だ。そんな美人に鼻先まで詰め寄られれば、誰だって顔を赤くすることだろう。ましてや蓮太郎の年相応な、純粋かつうぶな心ではさらに動揺せざるを得ず、彼の顔は火が出そうなほど真っ赤になった。

 

「蓮太郎君口を開けたまえ」

「は、どういうこと――」

「いいから」

「アッハイ」

 

 だがそれも一瞬のことだった。ペンライトを取り出した菫は口の中を調べたり、網膜を照らし始める。どう見ても簡単な健康チェックだ。

 

「……どったの、先生?」

 

 明らかに様子がおかしい菫に友幸が恐る恐る声をかける。むろん、彼女は元からおかしいのだが。

 

「……友幸君」

「なんでしょう」

 

 振り向いた菫は、マスク越しでもわかるほど何か信じられない物を見たような、凄まじい形相をしていた。

 蓮太郎と友幸の顔を何度も見返して確認を取ると、驚きの声を上げた。

 

「なぜ蓮太郎君は生きているのかね!?」

「……………………は?」

 

 しばらくの間、気の抜けた空気が地下霊安室を支配した。

 

 

 

 

******

 

 

 

 

「いやーすまんすまん。君がでっかいカマキリに襲われて瀕死の重傷を負っていたと聞いてね。詳細を聞いて、ああこりゃ死んだなと思っていたのさ」

「随分と物騒な早とちりだな」

「そうそうそれでそのでっかいカマキリだけどね、数時間前に切り落とされた両腕のカマが運び込まれたんだ。君たちもたまにはいい仕事をするね。つるりとした断面は牛の霜降りのようで実にきれいだったよ。肉だって機関砲をあれだけ受けておきながら、少しも痛んじゃいなかった。外骨格が衝撃の大部分を吸収する構造だったからね。いまは見ての通り傷だらけだけど、この状態でもおそらく戦車砲の一発は耐えられるんじゃないかな?」

「すげえスルーされたんだけど」

「俺に言うな」

 

 だよな、と蓮太郎は頬をひくつかせて乾いた笑いをもらす。菫とこのようなやりとりをすることは今に始まったことでもない。だが、菫がこうして普段通りの反応を彼らに見せてくれることは、裏を返せば彼女が蓮太郎の生存に安堵していることに他ならなかった。

 

「そうそう、ちょうど二人に渡すものがあるんだった」

 

 話題を切り落とされた巨大カマキリのカマから転換し、菫は机の下に忍ばせておいた袋を二つとると、彼らに軽く投げ渡した。

 友幸は『友』とマジックでそれぞれの名字がでかでかと書かれたそれを受け取って中身を見る。そこには、これから必要になる弾薬や、野戦服をはじめとした装備が一式が入っていた。

 蓮太郎のほうは、所持しているXD拳銃に取り付けるサイレンサーやウェストポーチなど非常に簡素で、友幸にはとてもこれから影胤を追撃する者の装備には見えなかった。

 それらを見る蓮太郎の目は、感謝とめんどくさい感情が入り混じった複雑なもの。おそらく、これを用意してくれた人物に心当たりがあるのだろう。

 これは私からの餞別だ、と続いて菫から投げ出されたものを受け取る。血のように赤い液体で満たされた注射器だった。

 

「AGV試験薬だ。なるべく使うんじゃないぞ」

 

 ふたりはその名を聞いて瞠目し、聞き間違いかと思わず菫と注射器に視線を行き来させる。

 しかし、二人一変に死んだらここの訪問客が減るからな、と苦笑する菫は、このような状況で偽物を渡すような人物ではない。

 

「しかしまあ、君と蓮太郎君がいつの間にか知り合っていたとは驚きだね。本来は君たちがそれぞれ来ると思っていたんだが、いっぺんに渡すことができて手間が省けたよ。同じことを二回も言うのはめんどくさいからね」

「えぇ、彼とはすぐに打ち解けることができましたよ。主に貴女関連の愚痴や悩みで」

「おやおや、こんな不幸面のロリコンヒモ野郎といい歳こいた中二病患者との三角関係とは、私もモテルようになったものだ。うれしすぎて腹を掻っ捌いてそこに反吐をまき散らしたい気分だよ」

「……なんか、ごめんなさい」

「冗談だ」

 

 そういって菫はひらひらと手を振るが、前言撤回。どこまでが冗談なのかまるで分からない。

 

「……友幸君、頼みがあるんだが」

 

 と、ここで菫は椅子に腰かけて脚を組む。おちゃらけた雰囲気が一変して真面目な顔つきとなった。

 

「すまないがすこしばかり席を外してくれないかい」

「……えぇ、いいですよ」

 

 友幸にはその理由がわからなかったが、彼女のどこか含みのある視線から意思をくみ取り、言われたとおりに退出する。友幸にもちょうど、やるべきことがあった。

 部屋を出て携帯を取り出し、ある登録ボタンをワンプッシュする。数コールぐらいなって、相手が電話に出た。

 

「もしもし、頼みたい事があるのですが………」

 

 

 

******

 

 

 

ゆったりと照らす夕日の下に輝く海原。見渡す限りに続く深い蒼と橙色の空の色は優雅に調和し、誰にも認められることのなく作られた絶景はガストレア大戦の始まりから終わりまで、変わらずそこにあった。

 

 だが、その時。その景観を乱すような巨大な気泡がいくらか浮かんできた。

 人の丈もある気泡は海水を大きく押しのけ、ゴボリゴボリと大きな音を立てて澄んだ青を白色に替えては消えていく。

 海底火山の噴火にしては小さく、海洋生物が吐き出した空気にしては大きいそれは、その下で何かが起きていることが容易に想像させる。

 そのとき、海面が一際大きくうねり、渦巻く波の間から鈍く光る長大な影が翻った。深淵の海底を思わせる青に近い群青色と、鱗がもつ特有の光沢の銀のストライプ、そして背びれを彩る黄金の輝きが、神話の生物のような神秘的な様相を醸し出す。惜しむらくは、その姿を拝める存在が近場にいないことだろう。

 影は、その身をくゆらせ再び波間へと消えていく。

 それが行く先の海底では、壮絶な死闘が繰り広げられていた。

 

 

 

 底知れぬ闇の中で舞い上がった泥が、視界を覆う。

 数百メートルはくだらない泥の嵐はすさまじい勢いで広がり、海底をのみ込んでいく。視覚を主な情報源としている生物は、閉ざされた視界は不安を掻き立てられ、冷静さを失わせていくだろう。

 だが、もしその場で己が身を振り払えば、払うほど泥は舞い上がって視野は狭まり、自身をその場に自然と拘束させるフィールドとなる。その状況から脱する方法は、人知を超えた聴覚や嗅覚で補うか、一刻も早くその場から離れることだ。

 そのとき、泥の中に不意に影が差したかと思うと、のそりのそりと百は下らない天突く巨体が這い出てくる。

 その正体、ガストレアの中でも最強格の存在であるステージVの『スコーピオン』は、前に進むと同時に体中に存在するあらゆる目を使って周囲に視線を集中させる。スコーピオンは、迫りくる脅威から必死にその身を遠ざけようと、地響きを鳴らしながら山のような巨体を前進させていた。

 ふと、背後の泥煙が不自然に歪む。

 

「ヒュオオオオオオオオン!!!!!!」

 

 スコーピオンが咆哮し、より一層足に力を込める。しかし、その動作は迫りくる影には非常に緩慢で、隙だらけでしかない。

 かくしてその脅威は泥煙から飛び出したのもつかの間、その長大な身体でスコーピオンにまとわりつくと、思い切り締め上げた。

 途端にギシリとスコーピオンの頑丈な体躯が軋み、体中にある眼のいくつかがゴムまりのように押し出され、大量の血と共に海の彼方へと消えていく。深海でも圧潰しないはずのそれは、まとわりつく影の長くしなやかな身体からは想像できない、敵対するものを絞め殺すために発達した柔軟な筋肉によって深海の水圧をはるかに上回る圧力をまんべんなく与えられていた。

 残った目をギョロギョロと動かし、正体を探る。そして、スコーピオンは何十にも重ねられた身体の向こうからそいつの姿を見た。

 水中で唸り声をあげるそいつは、ヘビのような長い身体とワニのような頭部に生やした鮮やかな赤い触角にゆったりと伸びた二つの髭のような器官、えらから生えた体毛はたてがみのごとく首元を覆って、大きく裂けた口からは棘のような乱杭歯が鋭く輝き、見るものの背筋を凍らせる。スコーピオンの知るところではなかったが、その姿は東洋の伝説の生物である『龍』に酷似していた。

 

「ギュオオオオオオ!!!!!!」

 

 地獄の万力のような圧力に耐えられず、スコーピオンは何とも名状しがたき悲鳴を上げ、体躯をくねらせ脱出を試みるが、いくら動いても締め付ける力が強くなるばかり。スコーピオンには思考する能力はなかったが、このままだといずれ絞殺されることはおのずと理解できた。

 岩礁に擦るようにして押し当て、大きく移動し、岩壁へ思い切り体当たりすると満身の力を込めて擦り付け、自身の体を叩きつけるようにして海底に押し当てる。

 一刻も早く振るい落とさんと何度も何度も同様の行動を繰り返すが、依然として状況は好転することがない。触手は同様に拘束され使い物にならず、口で攻撃しようにも、口の周辺には絶対に奴の体が姿を見せない。

 より速度を上げて海底や岩礁に押し当てるが、ギリギリと締め付けは強くなるばかりだ。

 そして、次の岸壁へ叩き付けようと大きく身をひねらせた時、突如として奴の頭部が目に飛び込み、直後に自分の視界の一つがブラックアウトする。食いちぎられた目玉を龍の顎が噛みつぶす様子が残った視界に入ってきた。遅れて更なる激痛が襲う。龍は再び顎を開くと、別の目玉へと再突入した。

 目玉をえぐられ、食いちぎられる痛みに、スコーピオンはより一層力任せに海底の隆起した部分へ、あちらこちらに体当たりを繰り返す。

 何度も体当たりされ、さすがの龍も苦しそうなうめき声をあげるが、それでも締め付けを緩めない。目玉を食いちぎることをやめると、退化したひれに備わる巨大なかぎづめを突き立て、更に力を込める。

 その時、鈍くくぐもった音が連続してスコーピオンの身体の内側から鳴り響いた。軋みを上げていた骨が砕け、内臓が潰れていった音だった。

 

「ギィィガアアアアアアア!!!!!!」

 

 耐え切れず、スコーピオンは悲鳴を上げる。大きく開けた口から血が逆流し、海中で溶けた。

 生まれて初めて味わう痛みに視界がゆがみ、気が狂いそうになる。いや、もうなっているのかもしれない。

 次第にもうろうとする意識に、スコーピオンは生まれて初めての感覚を覚える。それが何かはわからないが、とてつもなくおぞましいものであるのは確か。

 

 そして、意識が完全に落ちると思われた瞬間、突如猛烈な圧力が消えた。

 押しつぶされるような力がいつの間にか消え、スコーピオンはその状況が理解できずそのまま体が前につんのめっていくのを感じた。

 起き上がろうとして、混濁する意識がそれを阻む。

 海底を虫のように這う形になって、ようやく自分の体に負った傷の深さを思い知らされていた。

 ふと顔を上げると、真っ赤に染まってぼやける視界の中、自身を絞め殺さんと殺気だっていた龍がはるか彼方へ泳ぎ去って行くのが見える。

 

 敵が逃げた。

 危機は回避されたのだ。

 

 普通ならばその事実に安堵し、休息に務めることだろう。

 驚異的な治癒能力を持つステージVでもいまだ再生しない、身体の傷。

 その原因は、龍から発せられていた忌まわしい『チカラ』が再生能力を大きく阻害していた。

 とにかく直したい。スコーピオンは海底にその巨体を横たえる。

 休んでいる間に龍が戻ってくる可能性もあったが、スコーピオンはとにかくこの傷を癒したかった。

 しかし、しかしだ。

 身の安全が確保されたはずなのに、ぼやけた頭がさえ、動悸が早まり、緊張は増していく。この焦燥感はいったい何なのだろうか?

 漠然とした危機感を覚え、スコーピオンはゆっくりと頭を上げたそのときだった。

 

 

 

 ドーン、と雷のような地響きが響いてくるのを、その耳がとらえた。

 聞き間違いかと耳を澄ませるが、火山が噴火するような音は規則的に響き、こちらに近づいてくる。

 残った目を駆使して、自身に迫りくるものを探した。

 

 

 

 そして、見つけた。

 『それ』は青白い光を身にまとっていた。

 

 

 

 

 

******

 

 

 

 

 

 同時刻。

 ヒオとマナは、突然発せられた避難訓練に戸惑いつつも、あらかじめ用意していた避難用具を自室で整え、東京エリアの地下シェルターへと足を運ぼうとしたときだった。

 

「………………ッ!」

 

 最初に、異変に気が付いたのはヒオだった。

 不意に顔を上げるとベランダに出ると、何かに恐怖するような表情で夜空を見上げた。

 彼女の、人知を超えた超能力を有する独特の感性が、東京エリアの遥か彼方で起こった変化を感じ取ったのだ。

 

「おねえちゃん!!」

 

 同じく異変を感じ取ったマナが、珍しく取り乱して駆け寄る。力が姉よりわずかに勝る分、さらに多く感じられたのだろう。

 説明しようのない異様な感覚が、二人を襲っていた。

 寒気や怖気に近い。酷く気持ち悪い何かが、遠く離れた場所で蠢いているのを朧気に感じる。

 

「…………来る」

 

 ヒオは誰に言い聞かせることもなく呟く。胸元のペンダントを、手が白くほど強く握りしめていた。

 マナもそれが伝染ったかのように虚空を見据える。

 体の芯から冷えるような悪寒が全身を覆い、自然と息が荒くなる。祈るように虚空を見上げることしかできない。避難のことなど、もう頭に入らない。考えることすら困難になるほどに、『それ』の存在感は大きすぎた。

 あまりにも巨大で、あまりにも強大で、あまりにも絶対的。

 その存在を一言で表すならば……神。

 それも……すべてを破壊し、蹂躙し、『無』へと還元する破壊紳。

 

 ――――来る――――

 

 言葉が重なる。これまで以上に、狂いもなくきれいに重なった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ゴジラが来る」







 海龍王 マンダ

 体長:約500メートル
 体重:不明

 石炭紀からペルム紀後期まで生息していた巨大生物の末裔。完全に水中生活に適応した超巨大水棲怪獣で、最新鋭潜水艦でさえ耐えられない深海の水圧にも平気で活動する。陸上でもある程度行動が可能。
 発光器官や出し入れ可能なロレンチーニ器官など、水棲生物由来の特徴を数多く備えている。


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決意と覚悟、時々怪獣(視点)

 午後八時三十分。

 友幸は月明かりと照明によって明るく照らされた駐屯地の滑走路をリンダと歩いていた。めったなことで使用されることのないこの飛行場も月の明かりと照明によって明るく照らされ、本来の機能を発揮している。

 カツカツと硬質な音を立てる靴音が、招集された民警たちのざわざわとした喧騒と活気にもみくちゃにされ、消えていく。集合場所は見渡す限りの民警で埋まっていた。おおよそ数百人ほどだろうか。友幸はひとつの場所にここまで多くの民警が集まっているのを見るのは初めてだった。

 上を見れば、航空機を飛ばすために広めに作られた、遮る物もない飛行場を見下ろすように、透き通った光を放つ月が星を眷属のように従えた夜空が眼前に広がっていた。

 視線を前に戻しふっと息をつくと、肩をいからせて背中のものを背負いなおす。両肩にぐっとすさまじい重さがかかったが、何とか踏ん張る。その重さを感じて、友幸はまた「コレ」を使うことの重大さを改めてかみしめた。

 

 

 

 出撃前の大学病院でのことだった。

 菫と個人的な話を終えたのか、地下室から出てきた蓮太郎に先に行くように促すと、今度は入れ替わりで友幸が中に入る。

 相変わらずの薄明かりの中、少しだけ目元を赤くしていた菫の顔をよく覚えている。何かに懺悔し、救われたような顔。普段なら絶対に見せることのない表情だった。

 そんな彼女に告げるにはいささか抵抗があったが、友幸は意をけして「そのこと」を彼女に伝えた。

 

「もう、向こう側に話はつけています。もうすぐ引き渡されるでしょう」

「……そうか」

 

 長い沈黙の後で菫は一言、静かに言った。

 てっきり、もっと辛辣なことを言われると思っていた友幸は一瞬だけあっけにとられてしまった。

 

「そのことについて私は特に反対しないよ。君のことだからあれを使うのは薄々わかっていた。第一、蛭子影胤はそうでもしておかないと倒すのが厄介な相手だっていうのは言われずともわかることだ。でもね、友幸くん……」

 

 菫は足を組み替え、手櫛で髪を軽く払う。伸び放題な前髪の下にある飴色の瞳が、薄暗い室内にあっても光を失うことなく、友幸を見つめていた。

 

「それを使うことがどういう事態を引き起こすのか、ちゃんと理解しているんだろうね」

「……えぇ」

「この作戦の経過はおそらく、いや、確実に政府の小型ドローンで監視されることだろう。その中で使用すれば、君は多くの為政者たちの目にさらされる。そうなれば、彼らが黙ってみているはずがない。かなりの確率で君を監視下ないしエリアの戦力として利用するに決まっている。あれは個人が保有する戦力の上限をはるかに超えているんだ。なにより私が一番危惧しているのが……」

「自分が『人間じゃない存在』として扱われること……ですよね」

 

 そしてそれが、父への裏切りであることも。

 その言葉に、そうだと菫は頷いた。

 

「君が人間でいられること。それが君の親父さんの願いだ。そしてそれは死ぬ直前まで変わらなかった。私に君が託された時も、だ。そして、君もそれを望んでいたはずだ。それなのに、君はそれを自ら破ろうとしている。その行動はこれまでの日常を壊しかねない。その重圧に君は耐えられるのか? その責任を、君は一人で背負いきれるのか?」

 

 気が付くと、いつの間にか椅子から立ち上がっていた菫が友幸の両肩にゆっくりと手を置いていた。

 

「先生、あなたの言うことはもっともです。自分のやろうとしていることは、人間であることを望んだ父の願いを踏みにじるうえに、自分が自分であるという自己の否定にもつながるでしょう。…………それでも、自分はやります。やらなければならないと思うのです」

 

 なぜか、とは聞かれなかった。菫は何も言わなかった。

 よかった、と友幸は内心ほっとする。今の言葉に理由は含まれていなかった。だが、胸の奥で渦巻く何かが、決意を抱かせたのだ。

 

「そこまでいうのなら、私もこれ以上言うことはない。だがこれだけは言っておく。君は、自分が化け物と蔑まれる覚悟はできているのか?」

「愚問です。それは、初めて自分という『個』の存在、そしてその『本質』を認識した時からできています。第一、そんなことをいうやつがいたら、自分は鼻で笑ってやりますよ」

 

 腰に手を当て、友幸は続けた。

 

「自己観測できる限り、自分がどんな存在であるか、自分で決めることができる。自分は化け物ではありません、人間です。ひとつの体に、ひとつの人格と意思を備えた人間なんです。たとえ自分が『化け物』と呼ばれようが、確固たる意思を持つ己は『人間』として相違ないのです」

 

 クスクスと笑う声が聞こえたかと思うと、すっと肩が軽くなった。目を開けると、菫はまた椅子に腰かけていた。

 

「そこまで己という存在を認識できているなら、行っても大丈夫だな」

 

 菫はいつものようにふてぶてしい態度で言った。目元の赤みはすでになくなっていた.

 背もたれによりかかり、菫は垂れた前髪をいじった。

 

「しっかし、正直君をここまで人間らしくしたあのおっさんには敬意を覚えるよ」

「珍しいですね。先生が父のことを褒めるなんて」

「なに、私だって人を敬う気持ちぐらいあるよ」

 

 今度はポケットから写真入れを取り出し、ふたを開けては閉じるという動作を繰り返す。その中に、ガストレア大戦で亡くした恋人の写真が入っているのを友幸は知っている。会ったときからたびたび目にしていた彼女の習慣だった。

 

「あのおっさんは……芹沢博士は私なんかよりずっと高潔な人間だった。十年前、ガストレアが人類を駆逐してから、私の世界は激変した。恋人を殺された私は復讐心に駆られ、常軌を逸し、外道に堕ち、新人類創造計画に携わった。そこに『人類のため』などという崇高な目的なんて、なかった。だが、博士は違った。あの人は常に人類の幸福と戦争の早期終結を願っていた。人類が少しでも長く生存できるようにするためには、専門外であるはずの分野にも手を出し、自尊心をかなぐり捨ててでも他人に教えを乞うた。その結果、レーザー核融合の発電および構造の簡略化を実現させ実用化、エリアの乏しいエネルギー事情を改善し、マイクロオキシゲンによる驚異的な成長促進効果で、配給すら困難になるほど困窮していた食料自給率をも復旧させた。その間、私は何をしていた? ただただ、奴らを殺しつくすためだけに精神を費やしていたんだ。人類に貢献することなど、ついぞできなかった。いや、しなかったんだ……」

「先生……」

「あの日もそうだ。死の淵をさまよう中で、彼は君の命を私に託した。以前、博士から君の存在と履歴を初めて聞かされた時、私は君を人間扱いしなかった。嫌悪すら覚えた。そんな人間に託したら、さらに化け物にすることもあり得たのに、最悪見殺しにする可能性もあったのに、彼はただ一言『信じている』と言って、息を引き取った。あのまっすぐな視線は今も忘れることはできない。……完敗だとその時悟ったよ。頭脳としては優秀かもしれないが、人として、科学者としては、私は何もかも負けていたんだって」

「先生」

 

 友幸は菫の言葉をやんわりと止めた。

 

「先生、あなただって十分に人類に貢献していますよ。浸食抑制剤を作らなければ、ガストレアは今より増えていたかもしれませんし、ひょっとしたら、リンダとも会えなかったかもしれないんです。それに、バラニウムをあなたが発見し実用化しなければモノリスもなく、人類は間違いなく滅亡していました。モノリスによって時間が与えられたからこそ、初めて父の功績が光るんです。父は、そんなあなたを尊敬し、信頼していました。だからこそ、自分をあなたに託したのではないでしょうか」

 

 友幸は右手を心臓がある位置まで移動させた。トクン、と心臓が静かに脈を打っている。まぶたを閉じて、友幸は口を開いた。

 

「事実、あなたは、僕の命を救ってくれた。父の願いを、かなえてくれた。それが何よりの証拠です。感謝こそすれ、恨むことなんてことはありません」

 

 ちらりと菫を見やる。彼女は黙っていたが、その顔は晴れやかだった。

 時計を確認する。予定時刻に近かったが、急げばまだ間に合いそうだ。荷物を手に取って踵を返す。

 

「では、行ってきますね」

「あぁ、行って来い。まったく、面倒な奴の後見人になったもんだ…………親父さんとの約束、絶対に忘れるんじゃないぞ――――そして、生きて帰ってこい」

 

 

 

「芹沢、やっと来たのか」

 

 不意に声をかけられ、現実に引き戻される。振り向くと、見知った二人がそこにいた。

 

「やあ蓮太郎君、延珠ちゃん」

「おぉ、友幸とリンダもやはり参加するのだな! 知り合いがいると何とも心強いものだな」

 

 友幸たちと比べるといささか軽装だが、それなりに装備を整えた蓮太郎と延珠がいた。

 リンダも趣味が合う友達がいてうれしいのか、延珠と手を取り合ってキャッキャとはしゃぎ始めた。

 まだ時間に余裕があったため、蓮太郎も友幸に話を切り出す。

 

「ちっと時間かかってたけど、先生となに話してたんだ?」

「いや、たいしたことは話してないよ。まぁ、死ぬなよとは言われたけどね」

「そっか、それは俺も言われたな。それで芹沢、ちっと気になることがあるんだけど……それ、なんだ?」

 

 蓮太郎は友幸が背負っているものを指差す。彼が見ているものは、巨大な金属製の箱だった。

 丸みを帯びた直方体で子供一人が余裕で入りそうなほど大きく、側面にジャマダハルが設置されていた。月光を反射する表面のぬめりを帯びた金属特有の光沢が独特の重厚感を醸し出す。本人が何の気もなしに背負っているところを見るとそれほど重くないのだろうが、正直、見ているこちらが疲れそうだ。

 

「なっ、にって……んまぁガンケースみたいなもんだよ。詰め込むだけ詰め込んでいるから、けっこう肥大化しちゃったけど」

「どれぐらい?」

 

 こういう時は確か――――

 友幸は少しばかり視線を泳がせると、暗記したことを言い始める。

 

「アサルトライフル、ショットガン、グレネードランチャーをそれぞれ一丁。対人手榴弾八つに閃光弾二つ、弾丸その他が合計数百発……」

 

 あっけらかんと告げられていく内容に、蓮太郎の背筋にすっと隙間風が入った。

――――それ多分、いや確実に、すごく重いのではないだろうか?

 民警の研修時代に一通り銃器の扱いを学んでいた蓮太郎はその異常性に困惑する。単純に計算すれば、どんなに低く見積もっても百キロは優に超えてしまう。

 蓮太郎は、背中にアイロンのような漬物石のような、前方が左右に開いて鏡が露出する飛行物体がのしかかったようなわけのわからない感触を覚え、思わず肩をもんだ。自分には想像できない重さに理解が追い付かない。仮に事実だとしたら、それを軽々と扱う彼の細い体はいったいどんな仕組みになっているのだろう?

 まさか、と蓮太郎は一つの仮説に行き当たる。今の自分の知識の中ではこれしか導き出せない。

 

「なぁ、あんたって――――」

「ゆーこー! 蓮太郎! 出発の時間だぞ!」

 

 さらに聞き出そうと口を開きかけたが、リンダの快活な声にさえぎられ、同時にフライトジャケットが投げ渡された。

 確かに、ヘリコプターの数が心なしか増えている気がする。ほかの民警たちもぞろぞろと移動し始めていた。

 

「いよいよか」

「……だな」

 

 あまり意味はないが、出撃前に最後のチェックを行う。確認したところ、自分たちは同じヘリコプターに乗るようだ。

 

「蓮太郎君」

 

 友幸はおもむろにこぶしを突き出した。

 

「頑張ろう。そして、生きて帰るんだ」

「……あぁ、もとより、そのつもりだ」

 

 蓮太郎はクスリと笑い、無言でこぶしを突き出す。

とん、とこぶしをかわし、互いの健闘を祈りあった。

 

 

 

 

 

 

 

 “彼”には、怒りがあった。

 ボキリ、と枝とは違うかたいものが折れる生々しい音が響く。

 グチュグチュとべたつく水気を多く含んだ何かがまさぐられ、ブキ、ブチュリと引きちぎられる。口に含み舌の上で転がすが、次の瞬間“彼”は忌々しげな唸り声をあげてそれを吐き出した。足元に落ちたそれはベチャリと赤黒い液体をまき散らしながら地面のシミとなる

――――嗚呼、不味い、不味い。

 雨上がりの陰鬱とした森の中、月の光がまともに届かない密林の中を“彼”は落ち着きなく鼻を鳴らした。

 原因は自分の目の前に鎮座する物言わぬ屍。つい先ほど仕留めた獲物だ。

 大きく裂けた腹から飛び散った、むせ返るような血と臓物の不快な臭いは、森の奥から時折吹き抜ける生ぬるい風ではぬぐいきれず、むしろ周囲へまき散らされる。

さらに、経験したことのない湿り気のじっとりとした空気が不愉快な臭いを倍増させ、鼻孔の奥へ嫌がおうにも染み込んでいく。段々と苛立ちが募り、その都度、周囲を破壊したい衝動にさいなまれるのだ。

 目覚めてから“彼”は満足な食事を得ることができないでいた。

食欲は満たされる。食べ物を手に入れること自体はそれほど苦労しない。だが、満足はしない。できない。

 少し足を動かしただけで容易に遭遇する、赤い目をしたこいつら。こいつらを食べたって意味がない。食えないわけではないが、ほとんどが不味いのだ。

 だが、満足のいく食べ物に出会うことなど、目覚めてからこれまでいっさいなかった。だから、“彼”は我慢してこいつらを食ってきた。だが、今回仕留めた獲物はそれまでをはるかに上回る不味さだった。生き物はここまで不味くなれるのかと感心さえした。

 それでも、食わなければならない。食わなければ生きていけないのだから。

 “彼”の機嫌はすこぶる悪かった。

 苛立ちを振り払うようにかぶりを振り、再び獲物に牙の並んだ大あごをつけようとしたその時だった。

 空から、パラパラと聞いたことのない音が鼓膜を小さく震わせた。なんだ、と“彼”はそちらを見た。

 月明かりの下を、どこか見覚えのある飛行物体がたくさん飛んでいる。

あぁ、と“彼”は納得したように喉を震わせた。

 いつの間にかできていた大きな黒い板。赤い目の奴らが唯一近寄らない場所。そこから時折湧き出る小さな虫だった。

 普段は一匹、多くて数匹行動するのが常だった虫たちが、大急ぎで飛び去っていく。

 彼は興味を持った。あいつらは、いったいどこへ行くのだろう?

 



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ある日、森の中

 シン・ゴジラ公開までゴジラ登場が間に合うか心配になってきた。てか間に合わんよねこれ。


 離陸を意味するサインを行う友幸を確認し、降下用のロープを巻き取ってローターの回転速度を一層強めた自衛隊の輸送ヘリがゆっくりとした動作で森から離れていく。途中、幾度か姿勢を維持するように小刻みに揺れながら安全高度まで達すると、自分の任務は済んだといわんばかりに全速力で帰投の途についた。

 夜空に溶け込んでいくヘリを見送り、ふっと息をつく。これで東京エリアに戻る手段はなくなった。だが、もう後戻りはできない。

 さっと周囲を見渡すが、特にこれといった反応はない。仰げば、異常なほど成長した木々の間から月明かりが申し訳程度に差し込んでいる。息を吸うたび、腐葉土の生臭さと雑草の妙に甘ったるい青臭さが、先日の豪雨で湿った空気と溶け込みながら肺を満たした。

 ガストレアと、ガストレアに成り果てたもので埋め尽くされている人類にとっての危険地帯、未踏査領域。半端な装備で挑めばたちまち命を落とす文字通りの死の森に来たのだ。ここに来たら、常に気を張り詰めて警戒しなければならない。

 口の中にジワリと広がる森の空気をかみしめながら、改めて友幸はそのことを実感する。そしてこのどこかに潜んでいるであろう、元序列百三十位の民警ペア。こんなところでも平気で活動できる彼らの実力を垣間見たような気がして、知らず身震いした。

 少しばかりの恐怖、それをごまかすようにもう一度息をつく。いい加減ここから移動しなければ。

 ちらりと横目で見る。友幸たちより先行して降りていた蓮太郎も目線で頷き返す。それを受けて、友幸たちは歩き始める。

 蓮太郎が先行、延珠とリンダがそれに続き、友幸はしんがりを務めることになったが、ここで予定外の事態が発生した。参加した民警には道に迷わないために地図が支給されていたが、その地図がまるで役に立たないのだ。

 仕方なくライトを取り出そうとした蓮太郎を友幸は制止する。なんでだ、と蓮太郎は困惑した。

 

「なんで、って、ライトの光で見つかっちゃうでしょ」

「そうは言うけどよ、じゃあ他にどうしろっての?」

 

 半ば呆れ顔の蓮太郎の眼前に、ずいっと何かが差し出された。

 

「最新の暗視ゴーグル。使いなよ」

「え、でもあんたの分は……」

「大丈夫。暗闇には慣れているから」

「お、おぅ……」

 

 手渡されたそれを恐る恐る手に取り、しげしげと眺める。

 月光を反射する双眼の丸いゴーグル状のレンズに、それが埋め込まれた金属製の仮面のようなもの。蓮太郎が知る暗視ゴーグルとまったく異なる造形だった。

見ると、延珠もリンダから暗視ゴーグルを手渡されていた。そちらは従来の暗視ゴーグル。リンダも同型のものを手にしているところ、どうやらあらかじめ二つ持ってきていたらしい。

 ためしにつけてみると、たちまち視界がクリアになった。ちゃんと暗視機能がついている。近頃の暗視ゴーグルは顔面を覆うタイプが流行っているのだろうか。

 移動を再開するが、暗視ゴーグルによって暗闇が取り払われた視界に森の姿が目に入ってくる。その光景を見てあっけにとられてしまった。

ここは本当に日本なのか?

 

「最近のヘリはすげぇなあ。たった十数分で日本からアマゾンへ連れて行けるんだぜ?」

 

 地面から突き出た木の根を乗り越えて、リンダが皮肉を多分に含めたジョークを口にする。

 言いえて妙だった。見たことのないシダ植物や、ねじくれた根が露出したマングローブのような木々がそこらに自生している。無造作に伸びる、青々と茂った木の枝や雑草が道をふさぎ、足元には極彩色に輝く見たこともない花が咲き乱れている。蔓延する濃密な湿気の効果も相まって、まるで南方の熱帯雨林に迷い込んだような錯覚を覚えた。もし過去の日本人にこの光景を見せて未来の日本だと言ったとしても絶対に信じないだろう。

 おまけに、森全体を包む異様な静けさが不気味さに拍車をかけた。ここまで自然が豊富なら、小動物の一匹や二匹ぐらい騒いでいてもおかしくないのだが、この一帯の動物が一斉に姿を消してしまったかのように静まり返っていた。

 ナイフで道をかき分けていた蓮太郎が言った。

 

「みんな、ここを抜けて近場の町まで行くぞ」

「この周囲を探せと言われておるのではないのか?」

 

 延珠が疑問の声を上げた。

 彼女の言うとおり、聞かされていた作戦の内容は人海戦術によるあぶり出しだ。影胤がいると思われる場所を捜索し、じわじわと追いつめていくのだ。

 

「いや、まともな神経の持ち主なら、こんなところに長居したいって思わないだろう」

 

 友幸は腕を組む。蛭子影胤の性格について少し考えた。

 

「……蛭子影胤の神経って、まともなのかな。むしろ眼だけを光らせてプラズマを撃ってくるんじゃない?」

「で、日焼けした民警がいたぞーって叫んで機関銃乱射か。笑えねーな」

「ぷ、ぷらずま? 目が光る? それはどういうことなのだ?」

「あー……映画のネタだ。気にしなくていいぞ、延珠」

「そうなのか」

 

 とはいえ、特に反対意見も上がらなかったので道なき道を進む。少し進んだところで開けた林道に出た。とはいえ、植物の浸食がひどいことは変わらず、ぼろぼろにひび割れたアスファルトから雑草や木の根が少なからず伸びていた。

 

「これはひどいな。まともに整備されていない。手抜き工事ではないか」

 

 そういって延珠がひび割れたアスファルトをぴょんぴょんとジャンプする。踏み固めるつもりなのだろうか。

 蓮太郎がそんな延珠に行政の仕事が手抜きでないことを説明しながら道路を歩く。途中からイチョウやクヌギなど、なじみのある植物がちらほらとみられるようになった。だが、春先だというのにイチョウは銀杏の身が付き、地面に落ちた身が腐って悪臭を漂わせていた。

 

「未踏査領域は生態系や季節感が滅茶苦茶だって聞いたけど、まさかここまでとはね……」

 

 これほどひどいと、大戦以前に問題視されていたという外来種による生態系のバランス破壊といった事柄がかわいく見えてくる。

 そう思いながらもう一歩足を踏み出したとき、視界の端で何かがひらひらと舞っているのに気が付いた。

 見たことのないチョウだった。

 色数こそ少なかったが、黒い筋が入った翅は銀色に光り、後翅に赤い斑点が左右対称に配置されている。その配色とバランスの素晴らしさに友幸は、ほっとため息をついた。

 すると、蓮太郎も小走りで友幸の隣に駆け寄ってくる。彼の目は大きく見開かれていた。

 

「すげぇ……アカボシウスバシロチョウじゃないか」

「アカ……なに?」

「アカボシウスバシロチョウだよ。シベリア地方から沿海州、朝鮮半島、華南にわたって生息しているチョウの一種だ。日本には生息していない種だけど、東北地方の北上川上流の秘境にある岩尾村で亜種が数匹ほど発見されているんだ。でも、模様から判断したらこれは間違いなくシベリアの固有種だ」

「へぇ、そうなのか」

 

 蓮太郎の知識を聞きながらも、友幸は気圧された。

 生物好きだとは本人から聞いていたがこれほどとは思わなかった。

 なにせいつもは半目の仏頂面で、無愛想で近寄りがたい雰囲気を醸し出していた彼が、まるで子供のように目を輝かせて無邪気に知識を語っているのだ。昆虫の種類に関しては素人同然だった友幸は彼に対するイメージギャップも相まって少しだけ戸惑ってしまう。

 話についていけないのか、リンダは枯れ木に生えていたキノコを枝で突っつき、延珠は苦笑しながらもこちらを見ていた。

 

「前に、同業の人間で、未踏査領域でケツァールを見たっていうやつがいたんだ」

「アステカ神話に出てくる怪獣のことかい? それとも翼竜の?」

「うんにゃ、手塚治虫の『火の鳥』のモデルにもなった鳥だよ。その雄は世界一綺麗な幻の鳥と言われてるんだ。勿論日本にはいねえからずっと嘘だと思ってきたが、このチョウを見た後だと、もしかしたらって思っちまうな」

「本当に蓮太郎は動物が好きだな。見てみたいのか?」

 

 延珠の質問に、蓮太郎はむっと口をとがらせた。

 

「なんだよ、わりーかよ」

「いや、蓮太郎が見たいなら妾も見てみたいな。そんなに綺麗ならさぞかし美味だろうな」

「食う気なのかっ! 幻の鳥をっ!」

 

 冗談だ、とケラケラ笑う延珠に蓮太郎が大げさに肩を落とす。

 そういえば、と何かを思い出したのか、蓮太郎は言った。

 

「友幸の言った翼竜で思い出したけど、さっきのアカボシウスバシロチョウの亜種が発見された岩尾村には、大昔に生息していた巨大な肉食恐竜の化石が発掘されていたんだとよ」

「恐竜?」

「あぁ、どうやら骨格がかなり特殊で、四足歩行のうえ背中からコウモリのような翼が生えていたんだとか。さながら、ドラゴンのように。既存の進化論に新たな修正が加わるとして当時の学会は大騒ぎだったらしいぜ」

「名前は?」

「そこの住民があがめていた独自の神様の、確か……そう、バラダギなんとかって変な名前からとってヴァラノポーダって名づけられる予定だったらしいけど、学者たちの間では、愛称としてバラ――――」

「んにゃああああああ!!?」

 

 蓮太郎の言葉は最後まで続かなかった。

 突然、背後から声にならない悲鳴が聞こえ、ぎょっとして二人の視線が声の出所へ振り返る。リンダと延珠の胴体に何かが巻き付き、地面から一メートルほど宙づりにされているのが見えた。リンダは巻き付きから逃れようともがき、逆さまになった延珠はスカートの中身を見られまいと必死に裾を抑えている。

 

「蓮太郎ぉ、助けてくれえぇ!」

「延珠! 大丈夫か!?」

「リンダ、何があった?」

「このファッキンプラント、垂れてるところつっついたら急に絡み付いてきやがったんだ!」

 

 じたばたと暴れる二人に絡みついていたのは、植物だった。昆布のように平べったく、まるで意志を持っているかのように巻きついている。

 

「じっとしてろ!! 今切ってやるから!」

 

 とっさに蓮太郎は引き抜いたXD拳銃に消音機を取りつけると、少し上の葉に照準を定めて発砲した。

 言われた通り二人が静止したのもあって狙い通りに着弾し、葉がちぎれた植物は大きくうねりながら木々の間へと素早く消えていく。

 同時に、支えを失った二人も落下するが、上手く受け身をとって着地した。幸い、地面に生い茂っていた雑草がクッション代わりとなったようだ。今度は友幸がすぐに駆け寄り、ジャックナイフで二人の体に巻き付いていた葉を取り除いた。どうやら大した怪我はしていないらしい。

 

「……芹沢、さっさとこっからずらかるぞ」

「いわれなくともスタコラサッサだね、こりゃ」

 

 蓮太郎の鋭い視線を追い、頷く。

 話に意識を向けていたので気がつかなかったが、彼らの目の前にはいくつもの昆布のような葉っぱが数メートルの間隔で木々からぶら下がっているのが見えた。

 刺激しないようにゆっくりと立ち上がり、反応が特にないことを確認すると早足でその場から立ち去った。当然、垂れさがった葉に当たらないようにして。

 見えなくなるところまで移動して早々、大きくため息をついた延珠がそばにあった木の根に腰を下ろす。

 他も同じく精神的な疲れを覚え、彼らはいったん休憩することにした。

 敵の接近を警戒して友幸が進んで歩哨に立つと、各自が持参したゼリー状のドリンクが入ったチューブを取り出した。

 

「それにしても、びっくりしたなぁ。なんだったのだ、あの変なコンブは」

「ありゃスフランだな。まさかこんなところにも自生していやがったのかよ……」

「スフラン? なんだそりゃ?」

 

 リンダの質問に、蓮太郎は延珠の泥汚れを払いつつ、険しい顔で答えた。

 

「南太平洋にある島の一つ、インファント島で発見された新種の吸血植物だ。獲物が近づいたらあの葉で巻き付いて、表面にある細かい針でじわじわと血を吸っていく。餌は生かさず殺さず、死ぬまで長期にわたって吸血するうえに、死骸は肥料に再利用するという特異な習性を持っているんだ。南太平洋のかなり広範囲に分布していて、モンド島、ファロ島、ゾルゲル島、レッチ島、セルジオ島、ミクロネシアのコンパス島、北太平洋のジョンスン島、キャサリン諸島のオベリスク島でも生息が確認されている。日本でも多々良島ってところで発見されているし、オイリス島には亜種のグリーンモンスがいるそうだ」

「むしろよくいままで発見されなかったな」

「生息数が少ないうえに、前述した島々は、発見されたインファント島を除けば地元でも容易に人が立ち入れない厳しい環境で有名で、よしんば上陸したとしても死傷者が多く出たこともあって研究があまり進んでいなかったんだ。……死者の五分の一はあれの巻き付きによる失血や窒息が原因らしい」

 

 それを聞いた二人の顔からさっと血の気が引いていった。もし巻き付かれたところがもっと別の、たとえば首といった動脈や静脈のある場所だとしたら……。その先を思わず想像し、ぶんぶんと首を振った。

 それを聞いていた友幸も自分自身に叱咤する。危なかった。もしあのまま前進していたら、全員がスフランの餌食になっていたことだろう。

 

「全く、さっきのチョウといい、スフランといい、ここは希少生物の宝庫だな。もうマンモスが現れたって驚かねえよ」

 

 そのうちティラノサウルスのような恐竜といった類も出てくるのではないだろうか。それこそ、ついこの間話題になったゴジラのように。

 

「……いるのかな、あいつも」

「え?」

 

 ゼリーをもう一口のどに流し込んだところで、リンダはあることに気付いた。

 蓮太郎の目が、どこか遠くを見るように細められている。

何となく、過去の思い出に浸っていると見てとれた。

 

「あいつってだれ?」

「……あ、いや、こっちの話だ」

「ん、そっか」

 

 それだけでリンダは蓮太郎への立ち入りを、それ以上行うことはしなかった。

 彼女も彼と知り合ってからの付き合いはそれほど長くないし、そういう相手に対して過度な深入りと馴れ合いはトラブルの火種になる。

 だが、延珠は違った。

 

「……ま、まさかお主、他にだれか想い人がいるというのか!? 浮気か蓮太郎!?」

「それは絶対にねぇ」

「妾というものがいながら木更と乳繰り合っておいて!? 二股ならぬ三股なのか!? お主はそいつを加えた四人同時プレイをご所望なのか!?」

「おぉい!? いま聞こえちゃいけない言葉が聞こえてきたぞ!? どこのどいつが教えやがったそんなもん!?」

「ヤフーさんだ。グーグルさんではないから大丈夫であろう?」

「そうきやがったかちくしょう! だがダメだ、もうそいつとは関わるなっ!」

「……ごちそうさん」

 

 軽い漫才を始める二人を尻目にさっさとゼリーを飲み干すと、リンダは外していたガントレットを装着して立ち上がる。

 そして、自分の相棒の隣に立った。

 

「いいのかい、そのまま休まなくて」

「いーんだよ、あーゆーのは二人だけにしておいたほうがいい」

 

 あんなの犬も食わねえだろうし。

 声を低くして呆れた声を出すリンダの意見に、もっともだと軽く笑う。

 

「……なぁ、ゆーこー」

「うん?」

「前々から思ってたけど……あいつらってさ、退屈がなさそうだよな……楽しそうだ」

「だな」

 

 二人に対する率直な意見を口にする。

 

「……あたしだけじゃなかったんだな。フツーに暮らしているイニシエーターって」

 

 その声に、少しばかりの安堵が含まれていた。

 イニシエーターを虐待するプロモーターは、そう珍しくない。

 なまじ再生力が高い分、そういう輩にとって格好のサンドバッグになるのだ。

 以前、自分たちは別の民警とともに行動したことがあった。

 そのプロモーターはイニシエーターを人として見ていなかった。体のいい駒、ガストレアへ突撃させるためだけの消耗品。荒っぽい言動からそんな意思が感じ取れた。

 イニシエーターは何も言わず、そんな境遇に慣れていたのか、はたまた絶望していたのかわからないが、光のない目でじっとこちらを見ていたのを覚えている。

 そしてそのプロモーターは、ガストレアに捕食されて死んだ。

 なんのことはない、単なる不注意によって引き起こされた、不幸な事故。

 目の前で絶叫を上げ、血しぶきをまき散らしながら食われていく中、今まで無表情だった彼女は、薄く笑っていた。

 彼女はすぐIISOへ引き取られていったが、その時に見た、開き切った瞳孔からどろりと蠢く、どす黒い何か、背筋を撫で上げたあの感触を忘れることはできない。

 それは、あの二人がどのような毎日を過ごしているのかが容易に考えられた。

 

「おい、なに勝手に撫でてんだよ」

 

 気づけば、彼女の頭に手を置いていた。

 友幸は彼女の思っていることがなんとなくわかった。

 彼女はうれしいのだ。自分と同じ、イニシエーターとして生きる『呪われた子供たち』が、何の差別も受けず、理不尽な暴力にさらされず、普通の生活を過ごしているという目の前の事実が。そして、それが自分だけでないという安心感に。

 ちらり、と流し目で後ろを見やる。リンダが離れたことに気付いていないのか、まだワイワイと静かに騒いでいた。

 

「じゃあ、リンダは? 俺とは居て楽しいかい?」

「……ばーか」

 

――楽しいに決まってんだろ。

 それ以上何も言わなかったが、友幸はそれだけで十分だった。

 






>アカボシウスバシロチョウ
 実在の蝶々。「大怪獣バラン」で登場している。

>バラダギなんとか
 神主がお祓いで振るものと「HOT LIMIT」か「バラン・ドバンのテーマ」を用意しましょう。リズムに合わせて分身できるようになったらなおよし。

>スフラン
 まさかのウルトラさんである。予定になかったけど「モスラ」と「怪獣無法地帯」を見たせいなんだ……。
 触手延珠で欲情した奴、怒らないから前に出なさい。

>ティラノサウルスのような恐竜といった類。
 フーラーグ。フーラーグ。


 以上、深夜テンションでお送りいたしました~(ぐるぐる目)。


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逃走と発見、また逃走。

gdgdやでぇ……。


 あれから十分ほどしたところで、捜索を再開した。

 今度は慎重に、目を凝らしながら歩いていく。ガストレアは当然として、もう一度スフランのような危険な植物に遭遇する可能性がないわけではないからだ。

 周囲を警戒する中、先行する蓮太郎は足元にも目を配っていた。そこらで拾い上げた長い木の枝で地面を払い、時折つつくようなしぐさをしていた。

 

「なんで、足元にまで気を配っているの?」

「この辺りまで来ると、大戦の残りカスが埋まっていたりするのさ」

 

 友幸と、並行して歩いていたリンダと延珠が互いに目を見やった。残りカスとはなんだろう?

 そんな友幸の疑問を察したのか、説明する。

 

「不発弾だよ。第一次、第二次関東大戦で自衛隊が撤退時にばらまいたものだ。習わなかったか?」

 

 なるほどとうなずいた。たしかに、民警の訓練時代にそういうことを習ったのを思い出した。そのようなことをせずとも自然とわかってしまうので、友幸はうっかり忘れていたのだ。

 忘れていることを蓮太郎に告げると、ジトリとした目でにらまれる。その反応も当然だった。苦笑し、ごまかすように頭をかく。さらにジトリと陰湿な目で睨まれた。

 その後も危険物のサンプル画像を端末に転送してもらい、歩きながら簡単なレクチャーを受けながら進んでいく。もちろん、周囲への警戒は怠らない。

 すると、突如茂みが途切れて、切り立った崖が彼らの前で口を開けていた。眼下では、微風にあおられた森の木々がざわざわと波のように揺れているのがはっきりと確認できる。月光に照らされる地面との距離感からしておよそ二十メートル。降りられない高さではなさそうだが、ほぼ垂直に切り立った粘土層の岸壁は足をかけられそうな岩場が見受けられなかった。不用意に足を滑らせたら滑落は免れないだろう。

 

「迂回できそうな場所は……だめだな、遠すぎる」

 

 友幸の言うとおり、迂回できそうなルートは視線の彼方にあった。時間配分を考えれば、ここを降りたほうがずっと時間を短縮できる。ここで周囲の景色と見比べて、自分たちが降り立った所が房総半島でも比較的標高が高い場所にあることに気が付いた。

 

「時間も押しているし、ここを降りたほうがいいんじゃない?」

「そうしてえのはやまやまだけど、序盤で滑ったらおしまいだぜ」

「大丈夫だ。こんなこともあろうかと……」

 

 そういって腰に下げたバッグのふたを開けると、そこから降下用のハーネスと筒状の道具にきれいにまかれた細いロープの束、そしてそれが取り付けられた、先端にダーツが付いた銃のようなものが出てきた。

 手近なところにあった木の幹へ狙いを定め、ダーツを撃ち込む。ダーツは深々とめり込み、ぎっちりと固定された。

 

「なあ、それなんだ?」

「帝洋グループ開発の新型ワイヤーガンだよ。ひもはパシフィック製薬会社が開発した新世代ワイヤーロープ。“鋼よりも強く、絹糸よりしなやか”が売り文句」

 

 聞き覚えがあった。

 帝洋グループにその傘下であるパシフィック製薬会社。日本どころか世界に巨大なシェアを誇り、大戦後の東京エリアをはじめとした日本各エリアの経済を立て直し、大きく発展させた超巨大コンツェルンだ。

その財力は凄まじく、私設の軍隊を持ち、海外の支社に原子力潜水艦と核融合駆動の原子力空母を極秘所有しているという噂が都市伝説レベルで信じられているほどだ。そこと比べたら、自分のパトロンなど下町の町工場にすぎないだろう。いや、さすがに言い過ぎかもしれないが、それほど大規模な企業であることは事実だ。

極めて高い品質と性能を持つグッズも販売しているが、値段も相応に高く、もし自分がそこから装備を買ったら借金を負うことは確実だろう。

 ハーネスにワイヤーガンのグリップの底についたフックを取り付け、延珠とリンダに使い方を教えている彼を見やる。

 フリーの民警で、大企業から装備を買えるぐらいの財力はある。

……何者なのだろうか、この人は。蓮太郎は割と本気でそう思った。

 いや、やっぱり考えるのはよそう。

 でかいガンケースを背負い込んだ友幸が、降りた先の警戒もかねて降下していく。説明によると、ピストン輸送をするそうだ。

 その後、特に問題はおこらず、全員が崖下に降りることができた。

 

「これでよし」

「……にしてもお前、用意がいいよな」

 

 ワイヤーガンのボタンを操作し、高周波振動によって木から外れたダーツ部分が回収されたところで、声をかける。

 蓮太郎としては、彼の手際の良さを褒めたつもりだったのだが、それを口にした瞬間、友幸の動きがぴたりと止まった。

 あれ、何か悪いことでも言ってしまったか?

 

「失礼を承知で言うけどさ、蓮太郎君ってサバイバルなめてない?」

「へ?」

 

 一瞬、蓮太郎は眼前の相手が何を言っているのか理解できなかった。

 友幸はさらに語る。

 

「正直さ、飛行場で君の姿を見たときはびっくりしたよ。野戦服、ないしなにかサバイバル用の服を着込んでいるわけでもなく、学生服のままで、こういった事態を想定した道具類をほとんど持ってきていないし……」

 

 言われ、自分の格好を見下ろした。

 自宅から持ってきた替えの制服。スーツそっくりの色合いで、胸元に縫い付けられた勾田高校の徽章。さすがに靴はスポーツシューズに変えている。

 サバイバル装備らしいものといえば、ウエストポーチに入った救急セットや携帯食料などを含めた各種道具に小型ライト、それとブッシュナイフ。連絡用の無線機と、役に立たなかった地図は政府からの支給品なので除外だ。

 

「いや、俺はそういった装備品はあんまつけたがらないからな……」

「そうかなぁ? 自分としてはこういう時だからこそ、それを想定して開発された専用装備のほうが動きやすいような気がするけど……」

 

 対して友幸の装備は、暗めのグレーと黒色で配色された革製のパイロットスーツにも似た細身のボディアーマーを着込み、その上に超強化性のプラスチックでできたプロテクターを、胸や背中、手足などに装着している。そして、背中の超巨大ガンケース。

 

「そ、それはほら、かさばると機動性が低くなるし……」

「そうは言うけど、最近の野戦服だって従来の防御性に機動性を確保したものが出回っていたりするよ? 大戦で技術がいくらか衰退したとはいえ、十年前からそのまんまってわけじゃないんだし……」

「こ、こういう機会事態、そもそもそんなないし……」

「君、自分たちが現在どういう事態にいるかわかってて言ってるの?」

 

 底冷えした一言に言葉が詰まる。何か言おうと口を上下させるが、舌がのどの奥をふさいでうまく反論ができない。

 見かねたのか、延珠が前に出てきた。

 

「友幸、別に良いではないか。現に妾たちは五体満足であろう?」

「今は、ね。でもそのあとは? いくら君だって怪我をしていられない保証なんてないんだよ?」

「そんなのは簡単だ、怪我をしないように気を付ければよいのだ!」

「いやー、そりゃそーなんだけどさぁ……」

 

 胸を張って得意げに言う延珠に、友幸は額を抑え、蓮太郎はため息をついた。まったく、普段は同年代より冷静で聡い部分があるのに、時折こういう年相応なところを見せる。

 実際、本心なのだろう。『呪われた子供たち』である彼女自身、幼少から何かしらの暴行を受けていたことは確実であり、それを避けるためのスキルや退きどころも磨いている。しかし、それはあくまでエリア内での話。ガストレアがはびこる場所での行動と装備という前提状況からしてそもそも違うのだ。

 友幸もそこはわかっているらしく、どう言えばいいか考えあぐねていた。

 

「なあ、延珠、ちょっといいか」

 

 すると、リンダが延珠の肩に手を置いた。

 リンダは目線で二人にその場にとどまるようメッセージを送ると、延珠を連れて数メートル離れ、後ろを向いて何かを小声で話し始めた。

 時折「なぬ!?」とか「そ、それは……」とか「あうあう」と延珠がうろたえる声が聞こえてくるが、内容はさっぱり聞き取れない。

 

「……何話してんだ? あいつ」

「さあ、なんだろう?」

 

 蓮太郎が見てくるが、こればかりは友幸にもどうすればいいかわからない。

 やがて、話を終えたのかこちらに戻ってくる。

 

「れ、蓮太郎。妾も、その、ヤセンフクというもの、着たほうがいいと思うぞ? 妾も着るから」

 

 リンゴのように顔を真っ赤にさせ、もじもじしながら言う延珠。

 二人の目が剥き、ざっと視線を隣に集中させる。

 お前一体なにを吹き込んだ?

 そんな疑問を多分に含めた目線を軽く受け流し、リンダは無言でサムズアップするだけだった。

 

「……まあ、別にさ。責めているわけじゃないんだ。ただね、こういう仕事についている以上、自分のライフサポートは大事にしてほしいんだよ。自分たちは政府の依頼でここにいるけど、自分の生殺与奪の権利は、あくまで自分にあるんだから」

 

 声の雰囲気を柔らかくしていう友幸に、蓮太郎は答えられなかった。

 自然と、自分の右手に視線を落とす。

 死にたくなければ、生きろ。

 そんな声が、聞こえてきたような気がした。

 

「わかった。つぎから考えて――」

 

 蓮太郎は最後まで言えなかった。重低音の爆発音が、びりびりと森の空気を震わしてきた。友幸から見て二時の方向に、一瞬だけ赤々と輝いたものと、小さい煙が見えた。

 

「なんだ、フハツダンか?」

「ちげえ……どっかの馬鹿が爆発物を使いやがったんだ!!」

「……I have a bad feeling about this(……あたしなんか嫌な予感がしてきた)」

「フォースもライトセーバーもブラスターもねえぞ、チューイ。あとファルコンも」

「あたしゃそんな毛むくじゃらじゃないよ!」

 

 どちらにせよ状況が一気に悪くなったのに変わりはない。

 見上げれば、音におののいたコウモリと小鳥の群れが一斉に空に舞い上がっていき、さながら小さな雲のように夜空を飛んでいる。東京ドームを丸々覆い尽くしそうな、その桁違いの規模からして、極めて広範囲に爆音が伝わったことが容易に見て取れた。

 まずいぞ。その場にいた全員が思った。

 その時、ずしん、という先ほどとはまたちがう重低音が足下から伝わり、それ以外にも地を這うようなおぞましい咆哮が森の奥から聞こえきた。

 

「逃げるぞ!」

 

 とっさに蓮太郎が叫び、四人は全速力で崖の壁沿いに入りだした。どこへ逃げていいかわからない、でたらめな逃亡。だが、ここにいれば間違いなく死ぬことは誰もが理解していた。走るさなか、どこか隠れる場所がないか探す。せめて人並みの大きさの洞窟があれば、ステージI以降のガストレアは入ってこれない。

 だが、タイムリミットは早々にやってきた。

 百メートルくらい走ったところで、生木がべきべきと折れる音が連続して響き、おぞましい色彩をした二本指の足が目の前に振り下ろされた。あわてて急ブレーキをかけ、つんのめりそうになりながらも停止し、見上げる。

 ガストレアだ。爆発音にたたき起こされ、森の闇から月光の元に躍り出た化け物は、四人の行く手を完全にさえぎっていた。

 三角の頭から光る、二対に増えた赤い目はしっかりとこちらを見据え、大きく裂けた口から糸のように細い二又の舌が、真夏の炎天下の道路に放り投げられたミミズのようにのたうちまわり、機関車のように甲高い排気音を立て、卵が腐ったようなひどい臭いが息として吐き出される。

 鎌首を上げたその高さはおおよそ五メートル。コブラに似た頭部が、でっぷりと腹が突き出た、絵の具をぶちまけたようなでたらめな配色の羽毛で覆われた体に直結し、くるぶしの関節が後ろ向きについた鳥のような細い足がその体を支えていた。間違いなく、鳥と爬虫類の因子が混ざり合っている。

 冗談じゃない! 友幸は叫びそうになった。彼らの前に現れたのはステージIIIだ。これが相手では、ちょっとやそっとの軽火器では対処することができない。

 なにより、相手は獲物を狩らんとすでに臨戦態勢に入っている。重火器を用意する暇すら自分たちに与えられていなかった。

 

「森だ!!」

 

 今度は友幸が叫んだ。

 四人は少しだけたたらを踏みながらもあわてて回れ右をする。

 わざわざ敵がわんさかいる場所に踏み込む愚をおかすのは憚られたが、背に腹は代えられない。あんな巨体なら森の木に阻まれて、あまりスピードを出せないはずだ。

 少ししてから、ギャー、と、後ろから生理的嫌悪を抱かせる咆哮が遠巻きに聞こえる。

 それを合図に、天然アスレチックの中で、こけたら終わりのスリリングな鬼ごっこが始まった。

 

 

 

 同時刻。

 太平洋上で海上自衛隊所属の対潜哨戒機P-3が、飛行型のガストレアの襲来を警戒しつつ飛んでいく。

 機内では、潜音響員、ソナー員、レーダー員、すべてがそれぞれの監視装置に目を注ぎ、手が空いているものは双眼鏡を手にして、窓の外に広がる大海原をしきりに監察していた。

 目標はただ一つ。この海のどこかに、これから東京エリアへ進む巨大な化け物が潜んでいるのだ。一片の見逃しがあってはならない。

 もっとも、たとえ見つけられたとしても、自分たちで対処できるかどうかはわからなかったが。

 そんなギターの弦のように張りつめた機内の空気とは裏腹に、眼下に広がる大海原は驚くほど凪いでおり、機内の乗員は、自分たちに与えられた任務をつい疑いそうになってしまう。

 だが、その時――

 ソナーのけたたましい電子音が、センサー群の駆動音を押しのけ、機内全体を駆け巡った。

 機内要員の視線が一斉にソナーのディスプレイへと集まる。殺気立ったプレッシャーの中、ソナー要員は額の汗をぬぐおうともせず、冷静に報告する。

 

「十時の方向、距離三千、浮上する巨大な移動物体を確認! 速力、三十ノットで北上中! 繰り返す、十時の方向、距離三千、浮上する巨大な移動物体を確認! 速力、三十ノットで北上中!」

「了解、これより確認に入る」

 

 機長の抑揚のない声とともに主翼のターボプロップエンジンの奏でる音が一段と高くなり、機体が大きく左に傾いた。

 移動するさなか、観測員たちが緊張した面もちで“それ”が見えるのを待っている。ソナーの画面は依然として、海中から浮上する物体を緑の点として表しながら定期的に報告していた。

 やがて哨戒機がその地点まで移動したときだった。

 

「いたぞ!!」

 

 誰かが叫んだ。

 その場にいた全員が、窓に額を当てそうなほど顔を近づけて眼下を覗き込む。

 だれもが驚きで目を見開いた。サーチライトで照らされた深淵の青の中で、巨大な黒い影が滑るように猛然と突き進んでいる。暗くてよくわからないが、それが巨大であることは確かだ。

 クジラより何倍も巨大なその影を、はじめは魚群の見間違いかと思ったが、光を反射する波間の向こうに見える、統率されすぎた動きはどう見ても一個の生命体のそれだった。

 

「目標は急速に浮上中、深度二十、十五、十……浮上します!!」

 

 海面が大きく盛り上がり、細かな泡が周囲を白く染めあげたかと思うと、巨大な切り立った岩のような物体が三列、波間を切り裂くようにして現れた。

 事前に渡された写真と見比べる。サメのように背びれを突き出す泳ぎ方が、完璧に一致していた。

 直ちに手元の観測機を駆使して、怪物の大きさを調べると、頭頂部から尻尾の先までの長さがおおよそ三百五十メートル以上であるという結果が出た。

 予想を超える大きさに戦慄を覚える。めまいがしてきた。背びれだけでも並みの巡視船とほぼ同等の大きさなのに、その下にはいったいどんな巨体が身を潜めているのだろう? そして、その破壊力はいかなるものなのだろうか?

 

「直ちに司令部へ報告、“我、ゴジラヲ確認セリ”」

 

機長は手のひらから染み出てくる冷や汗をごまかすように、操縦桿を強く握りしめた。

 

 

 

日本国家安全保障会議では、だれもが言葉を失っていた。

大型パネルに、哨戒機から送られたカメラ映像が映し出されている。

太平洋を邁進する伝説の怪獣。画面越しでもはっきりと感じ取れる、言葉にできない威圧感が会議場に静寂をもたらしていた。

 

「現在、ゴジラは三宅島八十二海里の地点を北上中です」

「ゴジラ以外に何か確認できないか?」

 

重々しく紡がれた菊之丞の言葉に、オペレーターはいえと首を振り、会議場はますます不安を募らせていく。

 

「ですが、進行方向から見て、ゴジラがステージVを追っているのは確実です」

 

つまり、ゴジラもこの東京エリアを目指していることになる。

山根は黙って、映し出される映像を見やる。祖父の代から長い年月をかけて研究し、姿を追い求めていた偉大なる生物を、カメラ越しとはいえ見られることにすっかり心を奪われていた。

 

「山根博士」

 

聖天子が声をかけ、現実に引き戻される。

 

「あのゴジラの進行を止める、ないし遅らせることは可能でしょうか?」

「遅らせる?」

 

聖天子は頷いた。

 

「東京エリアにはステージVとゴジラの二体を相手取れるほどの戦力はありません。ゴジラがステージVを追っていることが確実である以上、上陸を阻止することは絶対条件。今のうちにゴジラを撤退させることができれば、こちら側の負担を軽減できます」

「……なるほど」

 

聖天子の真剣な表情に、わずかながら動揺が見られた。当たり前だ。十代後半で即位してから初めて遭遇する大きな危機。彼女にのしかかる責任の重さは、並みの為政者なら裸足で逃げ出すほどのものだろう。焦燥感を覚えないほうがおかしい。

だからこそ山根はじっくりと考え、正直に答えた。

 

「おそらく、可能です」

「おそらく、とは?」

 

会議室にいる全員が、耳を澄ませた。

 

「ゴジラを撤退させること自体、不可能ではないでしょう。ですが、そのために多くの戦力を割かなければなりません。仮に成功させたとしても、そのあとは?」

 

そういってゴジラが映し出されたモニターを指差した。

 

「彼が追跡しているステージV。ゴジラのせいで少ない戦力を割いた状態で、果たして勝てる保証はあるのでしょうか?」

「ですが、肝心のステージVの所在はいまだつかめられていません」

 

片桐が口を挟んだ。

 

「我々としても、七星の遺産の回収に全力を注いでいます。再び遺産を封印すれば、召喚は止まり、ゴジラも撤退するでしょう。それでも、このエリアに迫る脅威は今のうちに、少しでも多く排除していきたいのです」

 

そう続ける聖天子の切実な言葉に、山根は何も言えない。

その時だった。

 

「ゴジラ、潜水します!」

 

切羽詰まったオペレーターの声が、全員の視線をモニターに向けさせた。

すでに、ゴジラの背中の半分が、泡立つ波に消えようとしている。あの巨大な怪物があんなに素早く、イルカのように潜水するとは山根も思わなかった。

ソナーが姿を消した怪物を追うが、全身を海中に没したゴジラは、最新鋭の潜水艦でも出せない恐るべき速さで海底に向かって泳いでいく、やがて反応は弱まっていき、最後には姿をとらえることができなくなった。

 

「ゴジラ……追跡不能」

「……これで、逆戻りですね」

 

山根を除く全員が顔をしかめた。まるで自分たちの会話がすべて聞こえていて、それを馬鹿にされたような気がした。

 

 

 

目の前に広がる森の闇、おぼろげに入る申し訳程度の月光。極限まで活発化した脳の光学処理能力がその中に広がる起伏の激しい倒木や岩を鮮明に映し出す。これまでにないほど頭の回転が早まり、どのルートを通ればいいのかマイクロ秒単位で算出されていく。

途中で何度か小型のガストレアに遭遇して冷や汗をかいたが、そのたびに踏み台にするなり、持ち前の身体能力を駆使して蹴り飛ばすなどして難を逃れた。

息は荒く、心臓は爆発しそうなほど大きく跳ね上がり、足もマリオネット人形のようにがくがくと揺れていうことをあまり聞かない。しかし、立ち止まったら最後、ジ・エンドであることは間違いない。

鳴り止まない地鳴りと連続して、木々が無理やり押し倒される音が背後から迫る。ギャ、と時折混ざる、押しつぶされたような悲鳴は、果たしてどの生物が発したものだろうか。

 友幸は背後を振り返った。地鳴りの主が放つ強烈なプレッシャーに、胸が恐怖で締め付けられる。粉塵と木くずを舞い上げながら、ぶれることなく自分たちを木々の間より見つめる二対の赤い目。未踏査領域で鍛え上げられた獰猛なハンターが、しつこく自分たちを追いかけてきていた。

 全身にたまる疲労感を無理やり振り払い、世界記録に到達しそうなほど走り続ける。明日は筋肉痛確定だ。もっとも、それは明日があればの話だが。

 階段のようになった岩塊を飛び越えて着地すると、がくん、と足元が崩れて転びそうになった。踏み込んだ枯れ木が重さに耐えられず崩れたようだ。あわてて跳躍し、受け身をとりつつも体勢を立て直して走りだそうとしたその時だった。

 不意に足元が何かにすくわれたかと思うと、それまで走っていた勢いがすべて引き留められたように停止し、気が付いた時には泥の中に顔をしたたかに打ち付けていた。何が起こったのか足元を見やると、左足首に巻き付く。コンブのような植物。

 目を見開いた。ちくしょうなんてこった、またスフランか!

 

「グオォォォォ!!」

 

 背後の空気がびりびりと震え、木々の奥から獰猛なハンターが押し寄せてくるのが見える。それを見た友幸は、足元を見て巻き付く葉を無理やり焼き切って立ち上がるが、緊急警報の音が響き始めた。後ろを見て、驚愕に目を見開いた。

 暗闇から見えたのは二対の目ではなく、なぎ倒された大木が宙を舞いながらぞっとするような勢いで迫ってきた。

 あっという間の出来事だった。

 全身にトラックが正面衝突したかのような衝撃が走り、うねりのあるごつごつとした木の幹が顔面を擦り、折れた木片がボディアーマーの表面に突き刺さる。反応する間もなく、友幸の体は宙に投げ出された。

 目を開ければ、がばっと口を開ける、ガストレアの牙だらけの顎。唾液が滴る舌や、赤黒い喉の奥まではっきり見えて、行きつく先を容易に連想させる。

 

「こんなろおぉ!!」

 

 だが、次の瞬間、ガストレアの口に収まったのは緑生い茂る木だった。

下を見れば、引き抜かれた木の幹を駆け上がり、ステージIIIの頭を思い切り殴り飛ばし、反動を利用して友幸に迫る小さな影。

 ぐっと首元が引っ張られ地面に落ちたかと思うと、直後に感じる、何かに引っ張られるような浮遊感。

 

「大丈夫か!?」

「平気だ、そっちは?」

「万事オーケー。しっかりつかまってろ!!」

 

 友幸は頷き、リンダの背にもたれかかるようにして首に両腕をまわした。

 それを確認し、リンダは土を踏みしめたかと思うと、ロケットのような勢いで加速した。

 顔面をたたく強風に目を細めながら周囲を見ると、自分と同じく蓮太郎を背負った延珠が見えた。

 咆哮がとどろいて思わず後ろを見る。ガストレアは、長い足で喉の奥から木を引き抜き、裂けそうなほど口を開けていた。そして、再び一歩踏み出した。

 しつこいやつだ! 友幸は悪態をつく。いい加減諦めてくれ!

 右からごうごうと川の流れる音が聞こえてくるなか、蓮太郎の悲鳴が響いた。

 

「崖だッ!!」

 

 それを聞いて前を向いた瞬間、友幸は絶望で意識が遠のきかけた。

 森が切れて、その先は切り立った崖になっていた。先ほどとは比べ物にならない、おおよそ数百メートルはくだらない断崖の下は、豊かな水をたたえた広大な滝壺になっている。

 振り向くと、ガストレアの姿がそこまで迫ってくるのが見えた。

 リンダが大声で言った。

 

「飛び降りっぞ、延珠!!」

「おう!!」

「おい、冗談だろ!?」

「二人とも無理言うなッ!!」

「無理でも飛んでやらぁ!!」

「しっかり掴まれ、蓮太郎!!」

「一、二の……」

 

 三ッ!! と叫ぶと同時にリンダと延珠は崖の淵をけり、空中へ飛び出す。直後に、後ろでバチンと硬質な塊がぶつかり合う音が聞こえた。

 瞬間、世界が止まったかのように四人の体が空中で静止する。

 その永遠にも思える一瞬の中で、友幸は様々なものを見た。

 目の前に広がる森の、一本一本の木。それぞれが、遠近法を無視したように巨大だった。三百メートルは余裕でありそうで、まるで自分たちが巨人の世界の空を飛んでいるような錯覚を覚えた。

 そしてその先、そんな森の中でひときわ目立つ棒状の塔。月と森に挟まれた丘の上で、それは東京湾を見守るように鎮座していた。機能性を重視した無骨に光る装甲、その全長は二キロにも及ぶだろうか。

 たしかあれは――

 だが、名前を思い出そうとした瞬間、友幸の身体はすでに自由落下を始めていた。

 森のざわめきが急速に遠のき、猛烈な勢いの風が耳を切る音しか聞こえなくなる。

 滝つぼの水面が徐々に迫る中、四人は落下速度を遅くするため両手両足を広げた。

 妙に友幸のほうが早かったが、背中を見て納得する。ベルトに手をやり、そこにあったボタンを強く押し込むと、空気が抜ける音がして背中が軽くなった。遠隔操作で背中のケースをパージしたのだ。

 そして水面との距離が十メートルに迫ったとき、四人は大きく息を吸い込み、足を下にしてほとんど同時に着水した。泡のベールをやすやすと突き破り、冷たい水が全身を覆う。そのまま落下の勢いで水中深くまで沈んでいったが、やがて水底に足がついて止まった。

 友幸は底を思い切り蹴って、素早く浮上して水面から顔を出した。背後では、大量の水がどうどうと流れていた。息を吸い、咳き込みながらあたりを見渡せば、他の三人も浮かび上がっていた。どうやら滝の流れに巻き込まれることはなかったようだ。

 四人はふらふらの状態で岸にたどり着くと、そのまま砂利の上に倒れこむ。

 我慢していた疲れがどっと押し寄せ、まぶたが無性に重くなってきた。

 ずうっと大きく息を吸い込めば、濃い酸素が肺を満たし、体が徐々に活力がみなぎってくる。この時ばかりは、危険な森の自然に囲まれた環境に感謝した。

 沈んでいくまぶたで狭まっていく視界のなか、友幸はたったいま落ちてきた崖の上を見やる。

 遠く崖の上で、ガストレアが翼の生えたドラゴンに頭からかじられているのが見えた。

 友幸はわずかに目を見開いた。

 ぼやける視界の中見えたのは、宙に浮かぶ巨大な獣。

 顔の周りを飾るように角が生え、背筋には剣山のごとくとげが並び、肩の位置から、コウモリのような薄い皮膜が張った翼が月光に透けていた。

 不意に、蓮太郎の話が思い出される。

 

――村には、大昔に生息していた巨大な肉食恐竜の化石が発掘されていたんだとよ。

――四足歩行のうえ背中からコウモリのような翼が生えていたんだとか。さながら、ドラゴンのように。

 

 名前はなんだっけ?

 

――そこの住民があがめていた独自の神様の、確か……そう、バラダギなんとかって変な名前からとってヴァラノポーダって名づけられる予定だったらしいけど――

 

 ねぇ、蓮太郎君。

 次第に混濁する意識の中、首だけを動かし、二列横に寝転んだ同僚を見やる。水にぬれた延珠を冷えないように抱きしめる蓮太郎の目は、すでに閉じていた。

 ヴァラノポーダって、あんな姿なのかなあ?

 そう場違いな質問が脳裏をよぎった後、友幸の意識はすっと暗闇に包まれた。

 




 バラダギさま(チョイ役で)ログイン。一巻での活躍はこれだけです(無慈悲。でもこの先活躍させないとは言わない)。

 それと、中盤で友幸が蓮太郎に言ったことですが、あの意見は筆者の主観が強く出ています。
 原作では機動性が落ちるので野戦服を着ることはない蓮太郎ですが、「正直言ってそれはどうなの?」って思いました。アニメ的な考えだと映像映えしないのでしょうが、小説ならその限りじゃないし、なにより、「そういう展開を想定して開発された」のが野戦服だと思いますから。
 あと、サバイバルグッズですが、この場合蓮太郎の手持ちの詳細が不明なのもあり正直悩みました。だって彼がそんな想定をしないわけないと思うんですよ。第一そのシ-ンはガストレアに追いかけられていたので、紐を括り付ける暇がそもそもありませんし。








<リンダと延珠が話していた内容>

リンダ「なぁ延珠、あんた、スカートのなかを誰かに見せたい?」
延珠「なぬ!? 急に何を言い出すのだおぬしは!?」
リンダ「質問を変える。だれにだったらスカートの中見せてもいい?」
延珠「そ、それは……(チラチラ」
リンダ「あ、やっぱりか、蓮太郎なんだな? あんたあいつにホレてるな? あいつにだけならスカートの中見せてもいいんだな?」
延珠「う、うみゅ」
リンダ「でもさ、さっきのスフランに逆さまにつりさげられたときさ、ゆーこーにも見られそうになっただろ、もしあの時両手がふさがっていたら……」
延珠「ん……む……」
リンダ「それだけじゃないぜぇ? もし今後ガストレアがらみの依頼で怪我こそしなくても、服が破れて、スカートどころかハダカまで蓮太郎以外に見られたら……」
延珠「そ、そんなのいやなのだ! わ、わらわのスカートのなかや、は、はだかを見せていいのは蓮太郎だけなのだ!」
リンダ「(フフフ……)だるぉ? だったらさ、破れづらくて防御力もある野戦服を着こんだほうがいいだるぉ? 思い人以外に恥ずかしいところを見られない、まさに乙女の鉄壁スカートだ(全然違うけど)」
延珠「あうあう」
リンダ「似たようなことは蓮太郎にも言える。もしも蓮太郎が似たような目にあったとしたら……(誰得だそりゃ)」
延珠「あうあうあう」
リンダ「わかったか? 野戦服着て身を守ることがどれほど大事か? だったらあいつにもすすめて来い」
延珠「わ、わかったのだ……」


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発見と移動

 最近知ったこと

 エヴァンゲリオン  鷺巣 詩郎
 ブラック・ブレット 鷺巣 詩郎
 シン・ゴジラ    鷺巣 詩郎



 …………いけるかも(何が?)


 移動を再開したのは、崖からバンジーなしの決死のジャンプをしてから三十分ほどたってからだった。

 意識自体は早々に回復したのだが、濡れた服が肌にまとわりつき、春先とはいえこのまま移動を続けると低体温症を引き起こしてしまう可能性もあったので、火を起こして乾かすのに時間を費やしたのだ。その際、着替えや覗きうんぬんで延珠と蓮太郎が一悶着起こしたが、割愛する。

 友幸は落下途中にパージしたケースをすでに拾い上げ、警戒しながら巨木の合間を縫うように歩いていた。

 ふと上を見上げた蓮太郎が感嘆の声を漏らす。

 

「未踏査領域に、こんなでかい木があったなんてなぁ。セコイアじゃなさそうだし、表面がイチョウに似ているから裸子植物か……?」

「でかいのはわかるが、いくらなんでもでかすぎではないか?」

 

 続けて上を見上げた延珠が疑問の声を上げた。

 鬱蒼と茂る植物群と樹林の間から見えた森の木々は異常といえるほど巨大だった。緩やかなカーブを描きながら天にそびえたつその樹高は圧巻のひとことであり、北欧神話の世界樹を想起させる。崖から落下した時にはすでに樹冠が見えていたことを考えれば、おそらくだが数百メートルは余裕で超えているだろう。十年前の日本にこんな木は当然なかったが、ここまで発育するには十年ではとても足りない。相当の年月がかかることは想像に難くないが、ガストレアウイルスによる発育の異常化なのだろうか。

 

「ふむ、ここまででかいと、さっきのようにでかいガストレアでも隠れてしまいそうだな。監視が難しいぞ」

「それどころか、ゴジラだって隠れられたりして?」

 

 背の高い木の枝にのぼり、遠くを監視する延珠に、同じく上っていたリンダが冗談めかして言う。それを聞いた蓮太郎が、「ゴジラか……」と小さくつぶやいた。

 言葉尻に何か考え込むような響きが含まれていたのに気づき、友幸は蓮太郎に話しかけた。

 

「蓮太郎君は、ゴジラに何か思うところでもあるの?」

「ん、いや別に……何で?」

「いや、生物好きな蓮太郎君だから、絶滅種だったゴジラが生きていたことに何か感じなかったのかなぁって」

 

 それを聞いて、そうだな、と少々どもりながらも何か考え込む。

 

「正直、ゴジラについては、あまりわからないな……無関心って言ってもいい」

「え? そりゃどういうこと?」

 

 意外な答えに、思わず聞き返した。

 

「だってさ、絶滅したはずの動物って言われても、今までの図鑑にゴジラってやつなんか載っていたか?」

「……いや」

「だろ? それでいきなり、これが絶滅動物ですって言われても、いまいち実感がわかないんだ。これがティラノサウルスとか、プテラノドンとか、トリケラトプスとか、そういったメジャーなタイプの古生物ならまだ反応は違ったかもしれないけど……ま、たとえそうだったとしても俺はあまり興味を示さないだろうな」

「そうなの?」

「あぁ、俺って古生物学はあまり好きじゃないんだ。生物学は、なんていえばいいかな、“そこにある”って実感と証明があるけど、古生物学はそうじゃないだろ? ほとんどが今の動物との生態を重ねて憶測しただけの妄想の塊。化石っていう実感はあっても、実際にそうだった証明ってほとんどないからな」

 

 蓮太郎は年を追うごとに変貌していく恐竜の説を頭に思い浮かべた。

 卵泥棒で有名なオヴィラプトルは、盗もうとしていたと思われていた卵が実は自分の卵だったことが判明している。

 トリケラトプスはトロサウルスと同種だったという突飛な学説もあった。

 あのティラノサウルスだって、今でこそ典型的なハンターのイメージが強い肉食恐竜だが、一昔前ではハイエナのように腐肉をあさるだけのスカベンジャーという説が出たり(誤解しないでほしいのは、ハイエナも立派なハンターである)、走行速度が高速から鈍重になったり、派手な色彩の羽毛が生えていたりと、唱えられた説は枚挙にいとまがない。

 有力な新説を、まるで見てきたかのように唱え、従来の説を切り捨てる専門家。発表当初の眉唾物な説でもあたかも真実であるかのように喧伝するマスメディア。

 絶滅した「本物」がいないから、好きなだけ言えてしまう。

 何が真実で、何が嘘なのか、日によって次々に代わるその分野のすべてが虚構にまみれているように見えて、蓮太郎は古生物に対する興味を早々になくしていたのだ。

 

「でも、ヴァラノポーダのことは覚えていたじゃない」

「ありゃあ、アカボシウスバシロチョウのついでだよ。それと、ヴァラノポーダ自体が既存の生物と大きく異なった姿かたちだから単純に覚えていただけだ」

 

 予想外の言葉に友幸は目を丸くした。

 生物ならなんでも好きだと思っていたが、やはりジャンルごとに好き嫌いがあるのだなと妙なギャップを感じる。友幸はなぜか、姿を知らないはずのゴジラがやたら牙の目立つ巨大な亀とにらみ合っている妙な情景を幻視してしまった。きのこたけのこ。

 そういや、と蓮太郎がふと何かを思い出すように言った。

 

「そのゴジラってさ、世界中のガストレアを殲滅しようとして動き回っているんだっけ?」

「うん? 確かにそういう説が流れていたね」

「じゃあ、ステージVもそうなのかな」

「……どういうこと?」

 

 友幸は足を止める。いま、とんでもないことを聞いてしまったような気がした。

 

「だってそうだろ、もしゴジラがガストレアと敵対しているってんなら、その大ボスたるステージVを狙わないわけないぜ?」

「それ……ヤバく、ない? それってつまり、今回の事件は、場合によっては東京エリアにステージVとゴジラを同時に呼び寄せることになるんじゃ……」

 

 ところどころ詰まらせて言った友幸の言葉に、蓮太郎は「どうなんだろうなぁ」とつぶやいて、また何か考え込むしぐさをした。

 

「でも、ゴジラがガストレアと敵対している明確な情報がないから、何とも言えない。それに……」

「それに?」

「俺はゴジラがステージVと戦って勝つところが想像できない。ステージVはガストレアの中でも規格外の存在だっていうのは周知の事実。象やライオンだってステージIのガストレアと戦っても負けていることが多いことを考えたら、いくら体高が互角でも、再生力や実力差で結局押し負けると思う。あの発表以来ゴジラに関する情報が入ってないことも考えると、多分もう、どっかで死んでいるんじゃないか?」

 

 友幸はどうかね、とつぶやくとその先は何も言わず、黙って空を見上げた。

 その後も、あたりの薄暗い茂みに目を凝らしたり、何か物音がしないか耳を澄ましたりしながら進む。風の音しか聞こえなかったが、その流れに乗って血の臭いが流れてきた気がした。

 がさがさと足元の茂みを振り払っていると、友幸は何か金色に光るものを見つけた。 そっとしゃがみ、手に取って確かめてみると、それは薬莢だった。色艶と光の反射具合から見て、使われてから間もない。どこかに持ち主がいる可能性が高かった。

 ふと見下ろすと、湿った土に、くっきりとした足跡が残っていた。大きさからみてかなり小柄な体格であることは間違いない。イニシエーターだ。銃器を扱うタイプか、それとも、薬莢は影胤が使用したもので足跡は小比奈のものか。友幸が思慮をめぐらせたちょうどその時、生ぬるい風が吹き荒れる森の音に混じって、何かが聞こえた。

 三人にもそれを伝えると、あたりがしんと静まり返る。じっと耳を澄ましていると、どこからか荒い息遣いのようなものがかすかに聞こえてきた。恐る恐る草をかき分けてそちらへ足を忍ばせると、十メートル先にある木の陰から聞こえてきた。

 一瞬影胤だろうかと思ったが、あの人間がこの地獄のような森で傷を負うようなミスをすることは到底考えられない。とはいえ警戒するに越したことはなく、ホルスターから銃を引き抜き、静かに腰を落として裏手から近づいた。蓮太郎も同じく裏手から近づき、リンダと延珠は念のため木の枝の上で待機する。

 相手もこちらの気配を読み取ったらしく、荒い息遣いが唐突に途絶え、銃弾を装填する音が聞こえてきた。

 その隙を逃さず、友幸と蓮太郎は同時に飛び出した。

 二人の銃と、相手のショットガンとアサルトライフルが交差するのは同時だった。

 

「……芹沢さん?」

 

 最初に銃を下ろしたのは、彼女だった。

 友幸は知り合いだったことに安堵すると、安全装置をかけてホルスターにしまう。

 

「千寿さんじゃないか……」

 

 蓮太郎も、彼女に見覚えがあった。

 

「お前、伊熊将監の……? てッ!?」

 

 緊張の糸が解けたのか、再び荒い息をついて倒れこむ少女を友幸は優しく受け止める。

 ひどいありさまだった。頬に肉まで裂けた切り傷が、再生でじゅくじゅくと蠢き、何かに噛まれたのか、小さくえぐれた右の二の腕からとめどなく血が流れている。どう見ても重傷だった。

 

「夏世じゃねえか!」

「なんだ、知り合いか?」

 

 ここで下の様子を察知して降りてきたリンダと延珠が駆け寄ってくる。

 友幸は三人に向き直った。

 

「治療したいけど、ここは不衛生だ。どこか休める場所を探そう。話はそれからってことで」

「そうしよう、延珠、リンダ。頼めるか?」

「グッドタイミング。さっき、この先になんかボロっちいけど休めそうな場所を見つけた。ついてこい」

 

 背中のケースをリンダに任せ(彼女は嫌がっていたが無視)、友幸は痛みに目を閉じた少女をおぶさって移動を再開する。

 彼女たちに案内されると、周りを覆っていた茂みが途切れ、開けた場所に出た。

 擬装用の草で覆われていて一瞬わからなかったが、中央にブロック状のコンクリートでできた簡素な造りの建物が見える。おそらく、大戦時に建築された自衛隊の簡易防御陣地だろう。長期間風雨にさらされたためか表面の劣化が激しいようだったが、中はそうでもなかった。雨風をしのぐ程度には使えそうだ。

 

「なあ、蓮太郎、友幸、この女は誰なのだ? 見たとこお主らの知り合いのようだが……」

 

 中をあさったら袋詰めで出てきた抗菌毛布に少女を寝かせると、延珠が背伸びして覗き込みながら聞いてくる。

 友幸がそれに答えた。

 

「この子は千寿夏世さん。伊熊将監っていうプロモーターの、イニシエーターさ」

 

 

 

 拾い集めてきた薪をリンダが焚火にくべる傍ら、友幸は持参してきた救急セットで夏世の腕を止血、消毒し、包帯を巻いていく。一通り治療が終わると、体内のガストレアウイルスの恩恵で傷の再生が始まった。

 

「痛くない?」

「大丈夫です。じきに治癒するでしょう」

 

 友幸の気遣いに、夏世は静かな声で答える。

 それを打ち消すように、見張りを兼ねて外に出していた蓮太郎と延珠の会話が聞こえてきた。延珠が何かまくし立てているようなところを聞くと、彼女が蓮太郎と夏世の仲で何か勘違いしたのだろうか。

 それを聞いていた夏世も一言「悪いことをしました」と淡々と言った。

 友幸は気になっていることを尋ねた。

 

「伊熊さんはどうしたの? なんか、別行動中らしいけど」

「……罠にかかりました。それではぐれたんです」

「罠?」

 

 夏世は頷き、足元に落ちていた小枝を火に投げ入れた。

 

「深い森に降りてしばらく行動していた時、奥のほうから点滅する薄青い光が見えました。それを他の民警だと思った私たちは、それに近づいてしまったのです」

「薄青い……でもそれって」

「はい、そんな色の出るライトを使う民警なんていないのは、少し考えただけでわかることなのに。そろって迂闊でした。……将監さんならまだしも」

 

 歯に衣着せぬ物言いで相棒を切り落とす夏世に、友幸は思わず失笑する。怪訝そうに見られたので視線を移し、彼女の傍らにある、半開きのガンケースに目をやった。

 

「すでに予想はついているのでしょうが、そのときすでに回避不能の地点まで接近していたので、私はとっさに榴弾を使用。あとはこの通りです。腕の傷も逃走中に噛まれました」

「体液は?」

「とっさに振り払ったので注入量はごくわずかです。浸食率もそれほど上昇していないでしょう」

 

 そりゃよかったと思いつつ、友幸は薪をかき混ぜる。瞬間的に勢いを増した焚火が多くの火の粉を舞いあがらせ、室内をオレンジ色に染めた。

 すると、蓮太郎がトーチカの中に入ってきて夏世に質問した。

 

「お前が遭遇したそのガストレアって、どんな姿をしていた?」

「蓮太郎君、見張りは?」

「なんか、延珠が不機嫌になって一人でやるって言い出しちまって……もう反抗期になっちまったのかなぁ……」

「……理由は、明白なように思えますが」

「なんで気づかないんだろうね……?」

「無理だろ。あいつは延珠のことそう見ていないから」

「……お前ら、なんだよその目?」

 

 責めるような、見守るような生暖かい目で見られ、蓮太郎は大きくたじろぐ。このまま彼をいじるのも悪いと思い早々に切り上げ、今度はリンダが代わりに見張りをすることになった。

 

「それで、どんな姿をしていた?」

 

 ため息をついて座り込んだ蓮太郎があらためて夏世に尋ねる。彼女は思い出すのもおっくうそうに両ひざを抱えてうずくまった。

 

「気が付けばすぐに襲い掛かってきたのでよくわかりませんでしたが、虫が主体だったように思います。背中に気色の悪い色彩の花を咲かせ、腐肉のような強烈な悪臭を周囲に漂わせていました。尾部は発光していて、私と将監さんはその光に寄せられていたんです。それはこちらを見ると身体全体をぶるぶると大きく震わせました。まるで獲物を見つけたことを歓喜するように、ぐちゃぐちゃと粘着質な音の混じったような気色の悪い奇声を発したのです。初めてでした。あんなガストレアと遭遇したのは」

 

 どこがよくわかっていないんだよ、十分じゃないかと突っ込みそうになったが、かろうじて喉の奥に押し返す。

 蓮太郎はしばし考え込んだ。

 

「……きっとそれは、ホタルのガストレアだ」

「ホタル?」

「なるほど、それならあの発光現象も説明が付きますね」

 

 蓮太郎は頷き、説明を続けた。

 

「ホタルの中には肉食性のものもいて、他のホタルの発光パターンをまねて近寄ってきたやつを捕食するやつがいるんだ。悪臭の原因は、間違いなく背中に咲いていた花だな。多分、ラフレシアか何かだろう。花の中には甘い香りだけじゃなく、悪臭を放ってハエとかをおびき寄せて花粉を運んでもらう種がいるからな」

「動物と植物の融合タイプですか……聞いたことがありませんね」

「あぁ、このケースはかなり珍しい。今回は人間を誘い込む発光パターンや臭いを合成していたのかもな。ステージは大体ⅢからⅣってとこか。まあ、つまり――千寿の不注意だけが原因じゃないってことだな」

 

 思わぬフォローに目を丸くした夏世はしばらく何も言わなかったが、静かにうつむかせた顔をわずかに綻ばせる。

 友幸はゆっくりと息を吐いた。

 

「それにしても、蓮太郎君って見てもいないガストレアの種類をよく言い当てられるよね」

「ほとんど推測だからあっているかどうかはわからないけどな」

「そうですね。ですが、その膨大な知識量は今後の仕事に間違いなく有利です。今度私も勉強してみましょうか」

 

 夏世は少し眼を細めて、焚き火に目を落とす。

 

「芹沢さんもそうですが、里見さんも愉快でいいですね……貴方たちのようなプロモーターと一緒にいられたら、毎日が退屈しなくて済みそうです。私、少しうらやましくなっちゃいました。リンダさんと、延珠さんが」

 

 達観したように言われた言葉に、友幸は俺って愉快にみられていたのか? とわずかばかりのショックを受けた。

 蓮太郎がなにかを感じ取ったのか、夏世に質問する。

 

「……千寿は、やっぱり伊熊将監に不満があるのか?」

「イニシエーターはプロモーターの、戦闘のための、殺すための道具です。是非などありません」

 

 夏世は蓮太郎の質問に答えずに外を向くと、銃口を出すための溝からのぞく夜空を見て口を開いた。

 

「その言い方……まるで人を殺したかのようだね」

「……殺したのか!? 人を!?」

「えぇ、あります」

 

 やっぱり、と友幸は歯噛みする。信じられないような顔をして、蓮太郎が立ち上がった。

 

「……伊熊か」

 

 確信めいた友幸の言葉に、夏世は頷いた。

 

「おっしゃるとおり、あの人の命令です」

「お前、どうしてそんなことを……!」

 

 こぶしを握りしめ、激昂する。蓮太郎は自分の手柄のために小さな少女に人殺しをさせる将監をむしょうに殴りたくなった。

 しかし、夏世はそんな蓮太郎を不思議そうに見つめた。

 

「なぜ、怒るのでしょうか? 第一、その人殺しは、あなた方にも当てはまるのですよ?」

 

 さも当然のように話す彼女の目が、いつの間にか虚ろなものになっていた。

 

「お二人はご存じですよね。この事件の発端となったモデルスパイダー、その犠牲となった、岡島純明という男性を。彼は街中で感染し、クモのガストレアとなり、そして倒されました。彼のように、人間からガストレアへと変貌した個体が、私たち人間によって殺される事態はよくあることです」

 

 夏世は目を細めながら宙に視線を走らせた。

 

「その時、人々の心に浮かぶのは『退治』『駆除』。ですが、元はといえばそのガストレアも『人間だった』という事実に変わりはありません。それを退治する私たちは、はたして人殺しとどう違うというのでしょう?」

 

 二人は、何も言えなかった。

 

「それでも、イニシエーターの仕事はガストレアを殺すこと。そして、プロモーターの命令は絶対です。それが、たとえ『人』を殺すことであっても、私は道具として従うだけです」

「だからって……お前は、なんとも思わないのかよッ!?」

「……一度、目の前でガストレアに変貌した人間を、撃ち殺したことがあります。その時私は、初めて怖いと思いました。私が殺しているのが、まぎれもない人間であることを実感して、震えが止まらなくなりました。それでも、私は殺すしかないのです。道具という存在でしか、私は認められてもらえなかったから……今でもまだ感じますが、じきに慣れるでしょう」

「慣れる……?」

 

 気が付けば、友幸はすぐ真横の壁を拳で殴りつけていた。コンクリートでできたブロックが放射状にひび割れ、土埃が舞い、中央から赤い一筋の液体が流れる。

 蓮太郎と夏世はそろって友幸を見た。

 

「二度と、そんなことを言うな」

「芹沢……」

 

 蓮太郎は困惑した声を上げる。ここまで怒りを露わにする友幸を見たのは、初めてだった。

 

「千寿夏世。確かに、俺たちはガストレア退治と称して、人を殺しているのかもしれん。その理屈は何も間違っていない。でも、だからこそ……俺たちはそうやって化け物扱いされて、殺された人たちの思いも背負って、苦しんでいかなきゃならないと、俺は思うんだ。生きている『人だった』ものでも、殺す苦しさを忘れちゃいかん。その苦しみを忘れ、何も感じなくなったそのときこそ、人は本当のバケモノになっちまうんだよ。少しでも苦しんでいるなら、大いに苦しめ。悩んでいるなら大いに悩め。それは、人間にしかできないことだ。道具には、そんなことできないだろ?」

「……私は――」

 

 首を振って夏世の言葉を遮るようにして言う。

 

「お前は道具じゃない。殺すことに罪悪感を覚えている、普通の人間だ。いくら取り繕うたって無駄だ。目を見ればわかる」

「……俺からもいいか?」

 

 大きく息を吐いて、今度は蓮太郎が話を切り出した。

 

「千寿、うちの延珠は、一度プロモーター崩れの犯罪者を殺しかけたことがある。延珠はそいつの手術中、ずっとふさぎ込んでいたし、助かったと聞いたときは一日中喜んで見舞いにまで行ったんだ。延珠は『殺しの道具』なんかじゃねえ。ちょっと力が強いだけの人間で、俺の家族だ。俺はそれでいいと思ってる」

「……それは、綺麗事です」

「綺麗事でいい。その綺麗事を現実にさせるために人は生きているんだ」

 

 そう言って友幸はこぶしを解く。指の付け根全体が、流れた血で真っ赤に染まっていた。

 

「……でも、これはあくまで俺個人の意見だ。押し付けるようなこと言って、ごめん」

「……だな、俺もなに偉そうなこと言ってんだろ……」

「顔を上げてください」

 

 うつむいた友幸と蓮太郎の顔を上げさせる。夏世は二人の顔を交互に見つめた。

 

「……不思議ですね、お二人は。芹沢さんはまるで、自分が人間でないことを自覚しているかのようです。見てくれは完全に人間なのに、どこか一歩異なった次元にいる。そんな感じがします。里見さんも、なにか複雑な過去を持っていらっしゃるようで。やさしいのに、とても怖い」

「千寿……」

 

 蓮太郎の言葉に、夏世で結構です。と断りを入れると、続けた。

 

「私は、お二人の言っていることを否定したくありません。確かに、あなた方のそれは個人的なものであり、反論はいくらでもできます。理屈を並べられます。それでも、決して間違ってはいません。瞳を見ればわかります。そんなすぐに自分の意見を撤回しないで、もっと信じてください。もっと自信を持ってください」

 

 夏世は穏やかに笑って、それ以上何も言わなかった。

 不思議な感慨が、友幸と蓮太郎の中で渦巻く。慈しむような、包容力のある気迫に飲まれ、二人も何か言うことができなくなった。

 その時、夏世の傍らに置かれていた携帯無線機から、ノイズと多少のハウリングに混じって野太い男の声が聞こえてきた。

 さっと顔色を変えた夏世がすぐさま手に取り、つまみを左右に回して周波数を合わせるとやがて聞き覚えのある威圧的な声が鮮明に流れてきた。

 

『き……ろよ。おい! 生きてんだったら返事しろ!』

 

 夏世は二人に目配せすると、人差し指を立てて唇にあてる。友幸と蓮太郎も黙ってうなずいた。

 

「音信不通だったので心配しておりました。ご無事で何よりです」

『当たり前だろ。んなことより、いいニュースがある』

「ニュース、ですか?」

『ああそうだ。仮面野郎を見つけたぜ!』

 

 三人は顔を見合わせた。

 

 

 

 

 

 突如鳴り響いた音に“彼”は弾かれるように顔を上げた。

 聞いたことのない音だった。遠くでなったのか、何か大きな力が思いきり解放されたような空気の震えが極めて微弱な振動となって彼の体をたたく。それは爆音と呼ばれるものだったが、言葉の概念がない彼には知る由もない。

 静かな森が、にわかにざわつき始めた。

 眠りを妨げられ怒るもの。音を出した獲物にありつけられそうなことに喜ぶもの。目覚めはしたが、すぐに興味を失って再び寝込むもの。

 風に乗って運ばれてくる、気色の悪い赤目どもの蛮声が、否応なく鼓膜をゆすぶる。

 その中で、ひときわ大きく鳴り響く声に、かっと彼は怒りを覚えた。そのとき、彼の苛立ちはすでに最高潮に達していた。

 あいつらだ。目覚めてから、幾度となく出会っては殺しあい、そのたびに逃げて行った臆病者どもの声だ。

 出会うたびにおぞましい姿に変貌し、己が最強と誇示せんばかりにわめきたてながら、戦術も戦略の減ったくれもなく突撃するだけのいまわしい雑魚ども。

 彼にとって、あいつとその配下が、いつも自分に害を及ぼすことはすでに知っている。

 これは自分を狙っているものではなかったが、そんなことは彼には関係なかった。こみあげてくる衝動は闘志を奮い立たせ、あいつらを殲滅せんと燃え上がる。

それは、だれもが持つ本能だ。敵対するものを容赦なく葬る、生き残るための本能の一つ。それは『怒り』だった。

 ちらりと下を見やる。不味さを我慢して食べたが、結局食べ残してしまった不味い獲物を狩ってしまった己の愚行といい、先ほど空を飛んでいた虫の群れといい、あいつらのわけのわからない行動といい、どうも奇妙なことばかりが起きる。

 そして――

 彼は上を向いて思い切り空気を吸い込んだ。

 むせ返るような血臭に入り混じる潮の臭い。その流れに混じる存在。

 なにかが、この場所に近づきつつある。彼の忘れかけていた、『何か』が。

 彼は鼻を鳴らす。このにおいをかいでから、どうしようもなく落ち着かなくなる。不安を掻き立てる目に見えぬしこりが腹の奥でむずがゆく蠢いている。

 それを振り払うように、彼は天を仰いで雄叫びをあげ、一歩踏み出した。

 




問題
 以下の空欄を埋めなさい。

蓮太郎「ゴジラがステージVに勝てるわけないっしょwww」
あなた「(      )」

1, よろしい、ならば戦争だ
2, 屋上へ行こうぜ……久しぶりに……キレちまったよ……
3, おのれ ゆ゛る゛さ゛ん゛!!!!
4, 人間が傲慢なのは、自然は人間の支配下にあり、その逆ではないと考えている点だ。



 Q あの巨木なんなん? 原作にあった?

 A ありません。復活した怪獣たちが身を隠せるように作り上げた架空の木です。


 Q 蓮太郎って古生物嫌いだったっけ?

 A いいえ、完全オリジナル設定です。生物学が好きなのはそのままですが、古生物に関しては原作にそのような描写はありませんでしたから不明です。でも、あの人のどこか曲がったことが嫌いな、ちょっとひねくれた性格だと、推測するしかない古生物に関しては「嘘だらけじゃねえかッ!!」って怒鳴りそうな気がしなくもないんですよね。


 Q 友幸が幻視したのは何?

 A 東宝派と大映派です。


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都市伝説は存在を語るか?


 なんかいろいろ詰め込んでゴタゴタになってしまった感。


将監が告げたポイントは、海辺の市街地。ここからでもそう遠くない場所だった。

いわく、将監のほかに十組の民警ペアがおり、総出で奇襲をかけるとのことらしい。

本当にうまくいくのだろうか。友幸と蓮太郎に一抹の不安がよぎる。一般人でも見ただけで判断できそうな伊熊将監の性格を考えても、即席のチームで連携がうまくいくとはとても思えなかった。

その考えが口から洩れていたのか知らないが、武器の手入れを行いながら夏世が愚痴をこぼし始めた。

 

「まぁ、将監さんは脳味噌まで筋肉でできているうえに堪え性がないのでそもそもバックアップなんてできません。連携とは名ばかりのリンチになるのが関の山でしょう。そしていまだに戦闘職のシェアをイニシエーターに取られたのをひがんでいますし、考え方が旧態依然としていて困るんですよね、あの人は。そもそもにして計画性がないというか、連携するなら最初からチームを組んでおけって話ですよ、まったく――」

 

棘のある言い方が怒涛の勢いで吐き出されるなか、友幸と蓮太郎も持ち前の武器をチェックして異常がないか確かめる。夏世の愚痴は時折生返事を返すだけでほとんど聞き流していた。

友幸は蓮太郎と夏世に背を向けると、ケースから伸びた配線をタブレットにつなげ、内部の機能状態をチェックする。

どうやら崖でパージした時に姿勢制御用の推進剤をいくらか消費したようだが、内部にまで障害が残っている様子はなさそうだ。まぁ、コレが戦闘時以外に損傷を負うこと自体が稀なのだが。

ざり、と後ろで靴が擦れる音がする。夏世が右足で焚火を踏み消していた。

 

「行くのか?」

「あんな人でも、一応ペアなので。里見さんはどうします?」

 

蓮太郎が数瞬ののちに、首を縦に振る。その間の心中に渦巻く不安を察して、友幸は苦い顔をした。カマキリに殺されかける前も、彼は影胤に一泡吹かせることはできなかった。そのコンプレックスと、対峙した時の恐怖はそう簡単に忘れられるものではないはずだ。

 

「芹沢さんは?」

 

ケースを一瞬だけ見やってから、頷いた。正直、伊熊を含めたほかの民警たちに丸投げしてしまいたい気持ちもあるにはある。そのほうが、コレを使わずに済むかもしれないから。だが、影胤と対峙していたからこそ友幸は分かっていた。

彼らは、絶対に負ける。

 

「腕はどう?」

 

友幸の質問に夏世は黙って包帯を解く。キズは残らず治癒していた。

 

「じゃあ、俺は延珠たちを呼んでくる」

 

蓮太郎がそういってトーチカを出る。

時間を確認すれば、ずいぶんと時間をつぶしている。その分幼い二人を長い間見張りに立ててしまったことに罪悪感を覚えてしまった。

友幸も装備の最終チェックを終え、背負った。忘れかけていた重さが肩にのしかかる。

重そうな装備ですね、と夏世に言われたその時、なにやら騒ぎ声が外から聞こえてきた。蓮太郎と延珠、そしてリンダの声だ。

友幸と夏世はなんだろうと目を合わせる。まさかガストレアだろうか?

それぞれ銃を構えて二人はトーチカの外に出る。

 

「おい、どうした?」

「蓮太郎、撃つな! こやつは敵ではない!」

 

友幸と延珠の声が重なったのは同時だった。

暗闇に目を凝らすと、そこには戸惑いながらも拳銃を下ろす蓮太郎の背中と、何かをかばうようにして両手を広げている延珠の姿があった。

 

「……あの二人は何をしているのですか?」

 

ショットガンを下げた夏世が呆れた声で、唯一こちらに駆け寄ってきたリンダに質問する。リンダは黙って、延珠の後ろを顎でしゃくった。

見ると、延珠の後ろで何かがうずくまっている。キューキューとくぐもった鳴き声がするところを聞くに、何かの動物だろうか。

延珠が振り返って、その怪しげな生き物をなでた。

 

「よしよし、怖がるな。もう大丈夫だぞ」

 

言葉がわかるのか、ピイと鳥のように甲高い鳴き声がしたかと思うと、おずおずと怯えるように延珠の後ろから奇怪な『珍獣』が顔をのぞかせた。

その姿に、友幸は思わず目を疑った。

 

「……蓮太郎君、あれなに?」

 

真っ先に生物好きな同僚に質問する。だが、蓮太郎は無言で首を振った。わからないようだ。それもそうだろうな、と友幸も思う。もしあんな生き物がいたら絶対に動物図鑑に記載され、どこかの番組で取り上げられているに違いない。

再び延珠の後ろに隠れていた珍獣に視線を移す。

大きさは一メートル半。シルエットは尻尾のない恐竜のような前傾姿勢で、ニュージーランドに生息しているキーウィという飛べない鳥に似ていた。

次に目に入ったのはド派手な色彩だった。節くれだったヒビに似た模様の入った、カンガルーのような薄灰色の足を除けば、全身が赤いサンゴのような形をした、柔らかそうな体毛のようなもので覆われている。

その体毛をかぶせた丸々とした体形は卵を思い起こさせ、胸元から突き出たトカゲのような三本指の前肢は、指こそ長いが第一指と他の指が向かい合った、物をつかむのに適した構造になっていた。

月の光に照らされた顔は霊長類と鳥類を半分ずつ混ぜ合わせたかのようで、とび色の瞳の比率が多いくりくりとした目は、幼そうな見た目も相まってちょっとした庇護欲をそそらせる。

いまだに半身を延珠の後ろに隠れさせているところを見ると、警戒心が強いのだろうか、ピクピクと震えている様子はむしろちょっと臆病にも見えた。

 

「あの生き物はどうしたのですか?」

「見張りをしていたら森から出てきた。ガストレアかと思ったらなんか懐いてくるし、そしたらいつの間にか延珠があいつにチョコあげて仲良くなっていた」

 

夏世の質問にリンダが簡潔に答える。確かに、あの生き物は延珠に懐いているらしく、彼女に頭をなでられても特に嫌がるそぶりを見せていない。

蓮太郎は正体不明の生き物に年相応にじゃれ付いている延珠を見ていると、自然と頬がゆるんでいるのがわかった。

顔は完全におとなしい動物をかわいがる女の子のそれで、あそこまで楽しそうな延珠を見るのは久しぶりだ。

一瞬、蓮太郎は延珠をいったんここに預けてあの生き物と一緒にいさせることを考えてしまったが、すぐに頭から振り払った。あまりにも非現実的だ。

 

「延珠、行くぞ。影胤が見つかった」

「む、そうか。見つかったのか」

 

彼女に移動することを伝えると、延珠は名残惜しそうに生き物から離れた。急に離れたことに疑問を覚えたのか、生き物は不思議そうに首をかしげた。

延珠が生き物に顔を向けると頭に手を置き、言い聞かせるように言った。

 

「すまぬ、赤いの。妾はこれから戦いに向かわなければならぬことになった。おそらく、このさきお主と会うことは、もうなくなるであろう」

 

そういって、パーカーポケットのチャックを開けて、中から板チョコレートを一枚取り出す。包んでいたアルミ箔を一気にはがすと、こげ茶色のチョコレートが顔を出し、延珠はそれを生き物の手にそっと握らせた。

 

「それは選別だ。妾の暮らす場所では貴重な菓子だから、よく味わって食うのだぞ」

 

生き物は受け取ったチョコレートと延珠で視線を行き来させる。延珠は「さあ、いけ」と顔を小さく横に動かした。

生き物は延珠のまねをするように首をかしげた。そして意味が分かったのか、身体の向きを変えてもう一度延珠を振り向いてから、カンガルーのようにジャンプ移動して森の中へと消えていった。

無言でそれを見送ると、延珠は振り返る。

 

「さあ、いくぞお主ら!!」

 

そして、にっこりと笑った。

 

 

 

午前四時。

新たに夏世を加えた五人は森の中を進んでいく。

長い間見張りをしていたのもあったぶん延珠とリンダは暗視ゴーグル越しの視界がきくようで、延珠が先頭に、リンダがしんがりとなっている。

影胤がいるとされる市街地の場所へ行くには思いのほか時間がかかった。行く手を阻むような森の密度は濃くなり、運の悪いことに進む方向が緩い坂道となって進行速度をさらに遅れさせる。体力の消耗を抑えることを考えれば無難に回り道を探したほうがいいかもしれないが、一刻も早く着くにはここを通るのがベストだった。

暗視ゴーグルなしの友幸も暗闇に慣れた目で彼女たちの後に続く。すると、一瞬だけ開けた森の天蓋に何かが見え、それに目を向けた。

見上げれば、小高い丘の上、薄くかかった雲の中に走る梯子上の物体。崖から落ちるときに垣間見えた、巨大な建造物だった。

 

「芹沢さんは、あれが何かご存知ですか?」

 

隣を歩いていた夏世が訪ねてきた。友幸は頷く。今度はじっくり見られた分、名前を思い出すのも早かった。

 

「うん、確か『天の梯子』だったね。あんな兵器、以前の日本じゃ考えられなかっただろうね。まぁ、この十年でちゃんと復興してはいるけど――」

「そうなのでしょうか」

 

さえぎるように紡がれた夏世の言葉に、友幸は押し黙った。

 

「私は戦争を知らない『無垢の世代』です。しかし、先の大戦で自分の大切な人たちを目の前で貪り食われ、人でないものに変貌させられた『奪われた世代』の胸中には、むき出しの憎悪が見え隠れしているような気がします。『天の梯子』は、その十年の間に開発された数多ある殺戮兵器の代表です。『奪われた世代』の憎悪の象徴といえる超兵器は、今も天と地を結びながら人類の敗戦を見守っています」

 

友幸は何も言わず、黙って天の梯子を見上げた。

夏世は続ける。

 

「これは氷山の一角にすぎません。芹沢さんは蛭子影胤の言った『新人類創造計画』に聞き覚えありますよね?」

「あぁ、国連G対策センターの極秘計画『超人兵士計画』の一環で、バラニウム合金の力を使って最強の兵士を作ろうとした実験ね。人体実験も行われていたという」

「えぇ、その後は『呪われた子供たち』の戦闘能力の高さによって立ち消えてしまったそうです……まぁ、私は蛭子影胤を見るまで都市伝説かと思っていましたが」

 

そう言って夏世はチューブに入ったドリンクを一口すすった。

 

「そういえば、一時期世間を騒がせたゴジラも、元は昔の都市伝説の一環だったそうですよ。『ゴジラ』という名前こそありませんでしたが、なんでも、当時の太平洋上で行われた核実験はすべて、ゴジラのような『巨大生物』“ただ一匹”を殺すためという荒唐無稽なものだったそうです」

 

核の業火を生き延びられる生物なんているはずがないでしょうに。と呆れた一言を漏らしつつ夏世はドリンクを飲み干すと、「巨大生物の存在自体はゴジラで事実になりましたけどね」と一言付け足した。

 

「『新人類創造計画』や『巨大生物』が真実と判明した以上、他の一見ありえなさそうな都市伝説もにわかに現実味を帯びてきてしまいますね。防衛技研の上空を飛ぶ、『東京エリアの極秘決戦兵器X』。大戦時に各地で出没した『青白いリングをまとった円盤』。序列二位のイニシエーターの代わりに処女宮を撃破したという、“生きた火山”と称された『亀の化け物』。他にも、太平洋戦争時、トラック諸島に停泊していた戦艦大和、以下十数隻の軍艦を襲撃した『深海獣零号』。日本海軍の残党が孤島で建造した、陸海空を制する『万能原子戦艦』。二次大戦終結後に、南米に逃げのびたナチスドイツの一派が計画した『改造兵士』と、それに離反し闇にまぎれてその野望を打ち砕かんと暗躍する『昆虫型改造兵士』の紛争。……まぁ、この辺までくるとさすがに眉唾モノですがね」

 

聞いたことのあるものや、初めて聞くものが、指折り数えられていく。友幸は何も言わず、話に聞き入っていた。

 

「まぁ、何が言いたいのかというと、これらの説の大半は、種の存続や、国の正義、大義、名分といったものを賭けた大きな戦争という、なりふり構っていられなかった時代を通り過ぎてから流れたものです。世道人心は乱れ、ただ殺戮能力に特化した武器がいくつも開発された時代を。……私、思うんです。ガストレア大戦で生まれた『奪われた世代』も『無垢の世代』も、結局はそういったものについた、ただの『おまけ』。本当はただ繰り返しているだけで、何も変わっていないんじゃないのか、と。……今も過去も、戦いを終えた後の復興は、本当に『健全な復興』なのでしょうか」

 

友幸は何と言っていいかわからなかった。

夏世も、特に答えを求めていなかった。

それは彼女なりの疑問だったのだろう。そして、それを誰かに聞いてほしかったのかもしれない。

やはり、友幸は何と言っていいかわからなかった。

その後も移動を続ける彼らだったが、突然、何か異常を察知した延珠が立ち止まり、しゃがむように言った。

さっと身をかがめて息をひそめる。

友幸は腰からシグ拳銃、蓮太郎はXD拳銃、夏世はショットガンをそれぞれ取り出し、サイレンサーを銃口に取り付ける。ハンドサインで疎通しながら、音のなるほうへと静かに近寄った。茂みの奥から小川が流れる音が聞こえ、段々と大きくなる。視界前方に何かが見え、友幸は止まれと手で合図した。

巨大なワニが、半身を川の中に沈めていた。全長はおよそ二十メートル。口吻は箸のように細長く、細長い歯がびっしりと並んでいる。見るからに堅そうなうろこが余すことなくその身を覆い、藻や苔が背中に繁茂し模様のような彩りを見せていた。

とはいえガストレアウイルスに感染している以上、何らかの異常はあるわけで、わき腹からは本来あるはずのない第五の足が生え、頭部には通常の一対の目に加え異常なほど肥大化した右目。下顎にも小さな目があった。

あちらも既にこちらに気づいているだろうが、襲ってくる様子はない。じっと、その場に鎮座しているだけだ。

蓮太郎が友幸を見る。友幸は無言で首を振って撤退の意思を見せると、蓮太郎は頷いた。

ゆっくりと後ずさりをしながら、ワニから離れようとした、その時だった。

急に向かい風が吹き、運ばれてきた、つんとした臭いが鼻の奥をつく。友幸はそれに違和感を覚えてその場に立ち止まった。

友幸を除いた四人が訝しげに友幸を見る。それを無視して友幸はこの臭いがなんなのか分析する。

ガストレアを討伐するときに感じる血と臓物のそれに近いが、限りなく違うもの。吸い込むたびに胃がひっくり返りそうになる嫌な気分。

友幸はその臭いに覚えがあった。

間違いない、死臭だ。まさか?

ぐっと両腕に力を入れて友幸はその場から立ち上がった。

 

「ちょ、ゆーこーお前なにやってっ!!」

「大丈夫だ。あのワニ、死んでいるぞ」

 

何を根拠に、と四人は疑心に駆られた顔をしていたが、自分たちの息遣いを除き、物音が何一つ聞こえないのに気がついた。確かに、ワニは先ほどと同じ姿勢で一切動かない。ここまで目立つ行動をしていれば、向こう側は絶対に何かしらのアクションを起こすはずだ。

恐る恐る立ち上がり、四人はそっとワニへと歩み寄っていく。

やがてその全貌が明らかになった時、延珠がひっと息をのんだ。ワニが死んでいる明確な理由がそこにあった。

ワニは川から半身を乗り出していたのではなく、半身そのものがなかった。茂みに隠れて見えていなかったのだ。

頭蓋には杭で撃ち抜かれたような穴があり、喉笛が大きく切り裂かれている。この二つが致命傷であることは間違いない。腰から下は無理やり引きちぎられ、流れる血が下流を赤黒く染めていた。断面から生々しくのぞく筋張った肉の間から、縮れたゴムホースのように垂れ下がった腸の切れ端が川を漂い、うろこの間から背骨らしきものが露出している。

さらに奥のほうを見ると、岸の向こう側に巨大な肉塊が見えた。何かに吐き出されたような巨大ワニの下半身、そのなれの果てだった。

死んでいると分かった途端、濃密な腐臭があたりに漂う。ぶんぶんとハエが飛び回っているところを見ると、殺されてからずいぶんと時間が経過しているようだった。

 

「こりゃ、ひでぇな……」

 

漂う腐臭に顔をしかめながら、リンダがうめいた。

 

「蓮太郎、いったい、なにが……なにがこいつを襲ったのだ……?」

 

延珠が蓮太郎の後ろに隠れ、がたがたと震えている。憎むべき敵とはいえ、あまりにもあんまりなショッキングな光景に、耐えることができなくなったのだろう。

 

「可能性としちゃあ、ステージⅢからⅣあたりのガストレアに襲われたんだろうな。だけど……」

 

蓮太郎は考えうる限りの推測を立てるが、どれも確証を得ない。ガストレア同士が食い合うことはすでに証明されている生態の一つだが、それでもここまで巨大なガストレアを襲う個体などいるのだろうか? 襲った際の相手の反撃等を想定しても、リスクが高すぎる。それこそ、この巨大なガストレアを圧倒するほどの体格の持ち主でないと無理だ。

顎に手を当てて考える蓮太郎だったが、ふと川の中に何か白いものが沈んでいるのに気が付いた。

ワニの手前、やたら大きなくぼみを降りたり登ったりしながら、川に近づく。深さを確かめ、異常がないか確認してからざぶざぶと川に入ると、それを拾い上げた。

 

「これは……牙か?」

 

拾い上げた牙は二メートル以上、一抱えもあるサイズの太いもので、櫛のように細長く並ぶワニのものにはとてもみえない。両側はステーキナイフのようなギザギザが、シャープな形をした先端まで続いており、肉に歯を深く食い込ませるのに適した構造になっていた。このワニをかみ砕いた際に折れたのだろうか。

蓮太郎はいぶかった。なんだろう、この牙、妙に既視感がある。

サメの歯? いや違う。サメはこんなバナナのような形をした牙をしていない。ガストレアウイルスによる進化の跳躍も考えたが、それでもなぜか蓮太郎にはイマイチ納得ができなかった。

その時、延珠が駆け寄ってきた。

 

「蓮太郎、その歯、『ティラノサウルス』のものに似ていないか?」

「ティラノサウルス?」

「うむ。図鑑で見たことがあるが、そっくりだぞ」

 

言われ、蓮太郎はもう一度自分の記憶と照らし合わせて観察する。好きではない古生物の知識はおぼろげだったが、骨格ぐらいなら容易に思い出せた。

両側のギザギザに、先端に向かってゆるくカーブを描いたシャープな形、は延珠の言うとおり、ティラノサウルスのものに似ている。だが、大きさが桁違いだ。

 

「でも……ティラノサウルスの歯はここまでデカくならないぞ」

「……なら、『戦場の巨大恐龍』では?」

 

突然、夏世が聞き覚えのない単語を言い、皆の注意を引いた。

友幸が疑問を口にする。

 

「夏世、『戦場の巨大恐龍』ってなんだ?」

「ガストレア大戦後に流れた都市伝説の一つです。第一次関東大戦時、埼玉県を防衛していた自衛隊の守備隊が孤立し、ガストレアの大群に追い詰められて壊滅状態に陥りかけた時、どこからともなく現れて、大群を一掃したというものです。恐龍の姿かたちは、ティラノサウルスに酷似していたとのことですが、その大きさは五十メートルを裕に超えていたとか……今では、ゴジラのことではないかと言われていますが、別の未確認巨大生物という意見もあります」

「まさか……ありえねえよ、そんなもん」

 

口では否定しつつも、蓮太郎も疑念を抑えられなかった。ゴジラという前例がある以上、それと同じような巨大生物が復活している可能性が必ずしもないわけではないということを、薄々感じ始めている自分がいる。

その時、ワニの死骸によじのぼった友幸が何かに気が付いた。

 

「……どうもその都市伝説、あながち間違っちゃいないようだね」

「え、芹沢、そりゃどういうことだよ?」

「れ、蓮太郎……」

 

蓮太郎の裾がぎゅっと握られた。

延珠が顔面を蒼白にして下を見つめている。

だが、延珠と同じ方向を見ても、踏み固められた地面は特に異常は見当たらない。

 

「蓮太郎、この大きなくぼみ……よく見ろ」

「え?」

 

もう一度立っているくぼみを見渡し、蓮太郎は驚愕に目を見開いた。

自分たちがたっていたのは、足跡だった。

長さはおよそ六メートル以上ある。よく見ると、視線の先には三つに分岐した道があるが、それが道ではなく、足跡の主の指の数であることは言を俟たない。低地の移動に特化した扁平型の足跡は、鳥のほっそりとした指とは比べ物にならないほどがっしりとしている。

それは、まさに『恐龍』の足跡だった。





 夏世がただの解説役になっちゃったよ。つーか都市伝説でいろいろフラグ立てちゃったよ。どうすりゃいいんだよ。


<発音>

友幸&リンダ&延珠&蓮太郎「恐竜?」
夏世「いえ、恐↑龍↓です。『きょう』に抑揚をつけ、『りゅう』で一気に下げます」


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『宴』の始まり

 いまさらですが、この小説はコミカライズ版も下地にしています。


森はすでに途切れ、海から運ばれてくる風が前髪を揺らし、潮の匂いが鼻孔に流れてくる。

しばらくは、あの巨大な牙の持ち主に思慮めぐらせていたが、立ち止まっている暇がないとすぐに切り上げて移動を再開し、五人はいま、見晴らしのいい平野部の、小高い丘の上に立っていた。

将監とほかの民警はここらで夜営していたらしく、足元には携帯食料の袋や弁当のパックに、割り箸が散らばっている。量からみると、思ったよりも大所帯のようだ。作戦はもうすぐ始まるとみていいだろう。

 

「……あそこに、影胤がいるのか」

 

眼下に広がる市街地を見渡し、蓮太郎がつぶやく。

三日月形の湾に沿った小さな町だ。大戦前は過疎化に悩まされていたかもしれないが、それなりに活気だっていたかも分からない当時の姿は見る影もなく、荒れ果てて不気味なほど静まり返っている。大戦時に呼びかけられた避難勧告や、それに伴う疎開によって一夜にしてあけられたのだろう。

視線を市街地の中央にある道路に沿って上に移動させれば、その先にある教会と思しき白い建物に唯一明かりが灯っている。自らの居場所を堂々とさらけ出すやり方に、影胤の並々ならぬ自信が見て取れた。

 

「蓮太郎、みんな」

「あぁ、俺たちも降りよう」

 

友幸とリンダもうなずく。

だが、夏世だけは真剣な顔をして、耳をそば立てていた。

 

「みなさん――静かに」

 

その時、銃声が聞こえてきたことに一同は目を見開く。その一発を皮切りにし、続けざまに破裂音のような銃声と高い剣戟音が続く。どうやら始まったようだ。

 

「……ついに始まったか」

「街がドンパチにぎやかになってきたな」

「夏世、静かにというのはこのことだったのか!?」

「いいえ」

 

延珠の質問を静かに否定する。ガサガサと茂みの奥から音が鳴っているのを聞こえ、その理由を察した延珠はハッとした。

 

「別件です」

 

その瞬間、五人が歩いてきた道から四本足の獣が弾丸のような速度で飛び出してきたのを見て、蓮太郎はぎょっとした。

 

「ガストレア!?」

 

飛び出してきたのは鹿のガストレアだった。上半身をセンザンコウのような皮骨板で覆い、防御力を高めている。鹿のガストレアは瞳を赤く輝かせると跳躍し、放物線を描いて夏世へと飛びかかった。

しかし、彼女は冷静だった。

 

「左前、一歩半」

 

軌道を正確に読み取った夏世が、瞳を赤く輝かせると、言葉通りに左前へ一歩半進む。たったそれだけの動きで、鹿のガストレアは標的をつかみ損ね、慣性を殺し切れずに背を向けたまま走り去る。しかし、すぐに急制動をかけて右反転すると、再度爆発的に加速して夏世に向かって突進する。

 

「急な反転により距離計れず――」

 

月光をギラリと反射した赤く輝く目は残像となり、剣山のごとき角が刺し貫かんと大気を斬り裂く、当たれば即死の一撃。

しかし彼女は動じない。

 

「右前脚着地時、バランスを崩す」

 

そう言ってひょいとしゃがむと背負っていたガンケースがジャンプ台となり、失速せずに突っ込んだガストレアはそのまま空中へ高く飛び出し、バランスを崩した。その隙を逃さず、夏世はショットガンを構えて引き金を引く。吐き出された弾丸は的確に脳天を貫き、悲鳴を上げる間もなくガストレアは動かなくなった。

 

「なぜ……ガストレアの動きがわかるのだ?」

「考えるんです」

 

心底不思議そうな延珠の質問に、いつも通り淡々と答える。

次の瞬間、背後の森から突如ステージⅡからⅢのガストレアが飛び出してきた。どの生物にも共通する、無防備で狙いやすい死角を突いた突撃。対する夏世はショットガンをリロードせずに、そのままおろす。それを見たガストレアは、まるで歓喜するように彼女へ迫る。

そしてその爪が届こうとした瞬間――

 

「そのための『力』ですから」

 

――地面から舞い上がったワイヤーによって切り刻まれ、一瞬のうちにバラバラになった。

おそらく、バラニウム製のワイヤートラップだ。ある程度の重量がかかると発動する仕組みなのだろう。

四人は驚愕を露わにする。わずか一分にも満たない間で、瞬く間に複数のガストレアを斃した夏世の実力に、すっかり度肝を抜かれていた。

 

「尾けられていたようですね。狭い森の中から平野に出るところを狙っていたのでしょう。大型のガストレアは森の中では速度が出ませんから」

 

彼女の状況を把握する言葉を聞きながらも、四人は唖然として何も言えないでいた。まるで最初からそうなるのを見越していたかのような展開。計算されつくした、神業めいたガストレアへの対処。

千五百八十四位という高位序列者の位階は、伊達ではなかったのだ。

 

「夏世……聞き忘れていたけど、お前って何のイニシエーターなんだ?」

「私はモデル『ドルフィン』。イルカの因子を持つイニシエーターですよ」

 

蓮太郎の質問に答えると、少女は小さく微笑む。だが、すぐに顔を再び真剣なものに戻すと、背をこちらに向けた。

友幸がその意図に気が付き、息をのんだ。

 

「みなさんはここで道草を食わずに早く港へ向かってください」

「……君はどうするんだ?」

「ここに残ります。ここで誰かが食い止めない限り、勝っても負けても全滅しますよ」

 

そう言いながらフルオートショットガンの空になったドラムマガジンを取り外す。

時を待たずして、抜けたばかりの森から低い鳴き声や高い唸り声が聞こえてきた。今でも散発的に響いてくる街からの銃撃音におびき寄せられたのだろう。

夏世はフルオートショットガンを地面に突き立てて背嚢を下ろすと、ありったけの予備弾倉を地面に並び始める。徹底抗戦の構えだ。

ザッ、と夏世の隣に四人がたった。

 

「……みなさん?」

「悪いけど……君ひとり残していくのは忍びない」

「俺もだ。それに、街には将監のほかにも同序列、もしくはそれ以上のペアだっているはずだ。なら俺たちもいっそここに残って――」

 

言葉はショットガンの甲高い銃声でさえぎられた。散弾に当たった飛行型のガストレアが木の葉のように森に落下していく。

 

「――馬鹿を言わないでください。私たちがここを守っていたとしても、もし将監さんたちが負けていたとしたら、すべてが水泡に帰してしまいます。蛭子影胤との交戦経験が少ない私でも、彼の実力は把握しているつもりです。本来ならここにいる五人でも勝つのは難しいでしょう。その中でも、あなたたちは私よりはるかにましな戦力になる。そう判断したからこそ、私は残るんです」

「だからといって、妾たちはお主ひとりを残してなどいけぬ!!」

「あんなたくさんのガストレアを一人で相手取れんのは、シュワかスタローンぐらいしかいねえぞ!!」

「なら、私はそれに連なりましょう。イニシエーターのハリウッド入りです」

「けどよッ!!」

「それに――」

 

――将監さんなら、そうします。

そうぴしゃりと言い放つ夏世の気迫に気圧され四人は押し黙る。

 

「私はあの人の道具です。道具として戦い、死ねるんです。そしてあの人も振り返ることなく、新しい相棒と手を組んで戦い続けるでしょう」

「……なんでッ、お前はそこまで自分で自分を道具に見られるんだ……」

 

蓮太郎が問いかける。与えられた理不尽に怒り、覚えた反発を押し殺すように。

友幸も、言葉に出さずとも心情は一致していた。

 

「お前がそう考えられるようになったのはどうしてだ? 将監のせい、なのか? もし、そうだとしたら……俺はあいつを許せねえ……ッ」

 

憤る彼の言葉に、彼女は何も答えない。

延珠の身体が震える。顔は泣きそうなほど歪み、夏世から目を放さない。

リンダは歯を食いしばりながら、夏世を鋭い眼差しで見つめている。

友幸は顔色一つ変えることもなく無言でこぶしを握りしめた。

 

「それでいいんです」

 

ふと、先ほどまで覚めていた夏世が顔をほころばせ、声を柔らかくして言った。

 

「ですが、勘違いしないでください。私はここで死ぬ気はありませんし、そう命令も受けていません。様子を見て、適当なところで切り上げますよ。自分を道具という私に頼まれるのは、あなた方にとって不愉快かもしれませんが、将監さんをよろしくお願いします」

 

まっすぐに蓮太郎、友幸、延珠、リンダの瞳を順に捉えながら、夏世は言う。

四人はそれぞれ顔を見合わせ、歯噛みしながらも頷くと、そのまま何も言わずに背を向けると、一気に丘を駆け下りた。

ふとした拍子に止まってしまいそうになる。それでも四人は自分の足に鞭を打ち、ひたすらに市街地に向かって走り続ける。背後から聞こえてくる銃撃音に後ろ髪を引かれながらも、振り払って五人は必死に足を前に送り続けた。

 

 

 

夏世はそれを見送ると、これから始まる地獄への入口を振り返る。

徐々に増えていく赤い光、その数を見るのも、相手にするのも、イニシエーターとして活動して初めての規模だった。

ショットガンを握る手に力が入り、自然と手が震える。

本当なら彼らもここに残ってもらい、ガストレアたちの足止めを一緒に引き受けてもらいたかった。だが、ここで残っていては取り返しのつかない事態を招く可能性も高い。

今できうる限りの最善策、それを夏世は極めて冷静に選択したのだ。

それに、と夏世は四人の顔を思い浮かべる。

彼らなら、きっと東京エリアを守ってくれるだろう。論理的に物事を志向することの多い彼女だが、この時ばかりはなぜか、そんな根拠のない希望を確信できた。

だからこそ、自分は彼らを守るのだ。

夏世は目を閉じて大きく息を吸い、吐いた。

 

「千寿夏世、まいります」

 

死にたい奴から、かかってきなさい。

開いた眼が、真っ赤に光った。

 

 

 

街に入った四人は建物の影を縫うようにして進みながら辺りの様子を窺う。先程まで銃声が聞こえていた街の中心に近づいていたが、なぜか先程から銃声も剣戟音も聞こえてこない。

不安を覚えながらも、一先ず状況の把握の為に街の中心へと向かうことにした。無論、ここは紛れもなく未踏査領域なので、ガストレアを警戒することも忘れない。

ゆっくりと進んでいけば、遠くから見てもさびれた印象を見せていた街の様子がより鮮明に目に入る。

名も知らぬ市街地は見事に荒れ果てていた。

舗道には雑草がはびこり、割れたアスファルトが時折つま先をすくう。道端には乗り捨てられた乗用車やトラックがさび付いていた。建物はコケやシミが張り付いて、電柱にツタが絡まっている。

通り過ぎた年季の入ったおもちゃ屋らしき店舗には、店先のカゴに十年前でも古臭いと言われそうなデザインのソフトビニール製のヒーロー人形があった。紙に書かれた値段は紫外線で色褪せ判別はできなかったが、乱雑に積み重ねられているところを見るに、安売りされていたのだろう。風に吹かれて飛んできた新聞記事の見出しには、ガストレアに関する記事がでかでかと写し出されている。今もそうだが、昔もやはり、あの怪物たちに関する関心ごとは大きかったようだ。

略奪はみられなかったが、破壊の後はままあった。今通り過ぎた、何かに押しつぶされたように倒壊した家屋は、ガストレアによるものだろう。

海に隣接しているこの市街地は、港部分にも倉庫街やボート、小型船が係留していたが、錆びついて半壊しているのがほとんどだ。

人だけが一気に消えた町は寒暖の差と潮風の腐食効果によって、ただ朽ちるのを待つのみとなっていた。

友幸は舞い上がったほこりでむせそうになるのをこらえて、戦争で奪われた平穏を感じ取る。願わくは、これと同じ状況が東京エリアにも起こりませんように。

突然、延珠が短い悲鳴を上げた。

視線をたどり、それがなんなのかわかると四人は一様にうめく。

人の右腕だ。硬直した手に握られた拳銃は、銃口がきれいに寸断されている。持ち主は何が起きたかわかる前にこの世を去ったことだろう。

その時、平屋の家屋の中からごとりと音がして、反射的に銃口をそちらに向けた。

 

「誰か……いるのかッ……」

「……伊熊さん?」

「……テメエらは……」

 

夏世のパートナーである伊熊将監が、半壊した家屋の壁に背中を預けて立ちつくしていた。顔の下半分を覆うドクロスカーフは破れ、傷だらけの身体をさらしながら、絶え絶えの呼吸を繰り返す将監は遅々とした動作でこちらを見やる。

 

「……あんときのガキと、眼帯か……来るのが、遅えんだよ」

「ってことはアンタ、倒したのかッ?」

 

将監は無言で首を振った。怒鳴り返す気力も残っていないらしい。

 

「気を、つけろ。あいつらは、化けモンだ……手も足も、出る前に切り落とされた」

 

言ってから、膝の力が抜けたのか、ズルリと背中からずり落ちてその場に座り込む。

友幸は何も言わずにケースを下ろすと、中から救急セットを取り出した。

 

「傷を見せてください」

「……何を、言って……」

「いいから見せろッ」

 

問いに答えず、友幸は無理やり彼を地面へ寝かせた。将監も抵抗らしい抵抗を見せず、黙って横になる。

うつぶせにさせると、真っ赤に染まったタンクトップの背に、深々と走る刀傷を見て息をのんだ。血がわずかしか流れていないところを見ると、すでに夥しい量が流れてしまったとみていい。医療に関する知識がなくても致死量だということがわかる。もはや、気力で意識を保っているのだろう。

 

「わかるだろ……俺はもう助からねェ。処置する、だけ、無駄だァ……」

 

凍りついた友幸を後ろ目で見て嘲笑するように言うと、将監は大きく咳き込んで吐血した。

蓮太郎は小さく口を開けてそれを見つめる。目の前にいる死にかけた人間が、防衛省であった荒くれ者と同一人物には見えなかった。

友幸は舌打ちすると、針と糸を取り出して将監の刀傷を縫い始める。刺す痛みに将監がうめいたが、暴れずに逆に問いかけてきた。

 

「なぁ……なんで、助ける? こんなチンピラみてェな俺をヨォ……」

「あなたの『道具』に頼まれた」

「……夏世か」

 

わずかに顔を上げて反応を見せた。

友幸は頷く。

 

「あいつは今、ここに来るガストレアの群れを足止めするために戦っている。お前が生きていることを信じて、俺たちがこのエリアを救ってくれると信じて、たった一人で戦っているんだ。途中で逃げるとは言っていたけど……それは嘘だ」

「……だろうなッ、あいつぁ死ぬまでやれっつったら、言葉通りに従う、使い勝手のいい『道具』だからな……」

「そう教え込んだのは……アンタなのか?」

 

蓮太郎が口を挟んだ。それはどうしても問いかけたい疑問だった。

将監はにべもなく肯定した。

 

「あぁ、そうだよ……そして、それは俺も同じだ」

 

蓮太郎を含めた全員が困惑した。

将監が自分で自分を『道具』と明言したことに動揺を隠せない。ほかならぬ将監が、一番道具扱いされることを嫌いそうなのに。

周囲の動揺をよそに朦朧としていく意識の中、将監は続ける。

 

「犯罪者の親持ちだった俺ァ、生まれた時からだれにも必要とされるような存在じゃなかった。蛙の子は蛙って理論で、健全な人間として見られるこたぁついぞなかった……」

 

理不尽が、将監の生きた人生を覆い尽くしていた。そしてそれは、十年たっても変わらなかった。

それでも将監は真っ当なであろうとした。だが、その願いは無残にも打ち砕かれた。そんな自分を受け入れる社会など、世の中にありはしなかった。ある日、いわれのない罪状で、世間から切り離されたところにぶち込まれた。

その時に悟った。自分は、『普通』を求めることはできないのだと。

その時に決心した。なら自分は自分にとっての『普通』を生きていこうと。

その時に将監は、生きるために力を求めた。中でも一番近くにあったのが、暴力だった。だから将監はそれを振るった。ふるい続けた。理性など無視して、ただ本能のままに生きる。人をねじ伏せ、ほしいものを無理やり手に入れる。

それで、少なくとも自分の物事は上手くいくようになった。

 

「夢って、いうのはさァ、かなえられれば、いい旨味よ。けど、同時に猛毒でもある。それがかなえられねえモノだったらなおさらだ。俺みたいな輩ァ、それ以上の価値なんざ求めちゃいけねえ。それを忘れれば忘れるほど、日常ってやつに触れようとすればするほど……毒にやられて傷を負う」

 

暴力を振りかざし、殺して奪う。そんな輩を受け入れる場所など、今の時代のどこにあろうか。

だったら、初めから求めなければいい。夢なんてみなければいい。

そして気が付いたときには、自分はここにいた。

戦場はいい。腕力しか能のないやつでも、唯一自分の存在を感じられるから。

変に口達者な人間も、崇高な目的を掲げる人間もいない。そういうやつらから、先に死んでいく。

 

「戦場だけが俺の生きられる場所だった。だから……俺は進んで三ケ島さんの『道具』になった」

 

会社の駒として働き、戦い、そしていつか死ぬ。だが将監にはそれで充分だった。居場所を教えてくれた会社と、その社長には感謝こそすれ、そこに後悔はなかった。

 

「それァ、夏世も一緒だ……生まれも、生き方も選べねえ、世界から弾かれたヤツ。だから、俺は……アイツを『道具』として使うんだ。その間だけ、その時間だけで、あいつの、存在を、唯一正当化……できるからな」

 

友幸は自然と手を止めて、将監の話に聞き入っていた。

蓮太郎は目を大きく見開いて将監を見つめる。握る拳に自然と力が入り、ギリ、と噛みしめた歯から音が鳴った。それに呼応するように、彼に対する認識が大きく崩れ去った。分かっていたのだ。やり方こそ違えども、彼はわかっていたのだ。

 

「もう、いいだろ……俺にかまうんじゃねェ……さっさと行けッ!!」

 

そういうと、将監は大量に喀血した。脈は遅く、体温が刻一刻と下がっていく。破れた肺に血が入ったのか掠れた呼吸を繰り返している。

 

「あぁ、そうするよ……すまなかった。でも――」

 

友幸は立ち上がると腰に手を伸ばし、鈴なりに連結されたプラスチック製の注射器を取り出した。菫から『できれば使うな』と言われたが、今がその時だった。

 

「――今の言葉は相棒の前で言え」

 

キャップを外し、遠慮なく背中へ突き立てて、一気に薬液を注入した。血のように赤黒いそれは、みるみるうちに将監の体内へ吸い込まれていく。

びくん、と将監の体が大きくはねた。

うなり声をあげながら、陸に上がった魚のようにのたうちまわる。全身が発する熱に、体内で蠢く悪寒に耐えられないのだろう。

目が、真っ赤になっていた。

次の瞬間、それはおこった。背中の刀傷をはじめ、全身の刺傷に、肉まで除く裂傷が、目に見えて小さくなっていくのだ。

やがて傷が何事もなかったかのようにふさがると、血にぬれて破れたタンクトップと皮膚にこびりついた乾いた血痕だけが残った。

 

「芹沢……それって」

「あぁ、AGV試験薬だ。こういうのにはもってこいだろ?」

 

蓮太郎の言葉に、友幸はこともなげに言う。事実、将監の傷はすべて再生していた。

二十パーセントの超高確率でガストレア化するという副作用こそあったが。

さて、と友幸は将監のそばに近寄ると額をペシペシ叩く。

 

「もしも~し、誰かいますか~?」

 

返事は空気を押しのける鉄拳だった。

顔面に突如走る衝撃。友幸は為す術も無くその場で一回転宙返りをし、そのまま地面にたたきつけられる。

よろよろとおぼつかない足取りで、二メートル近い巨漢が立ち上がった。

 

「てんめぇ……殺す気かゴルァ!!?」

「さっきまで死にかけていた人に言われたくないです」

 

鼻を抑えて微妙にくぐもった声を漏らしながら友幸は立ち上がる。

幾度か鼻を鳴らして鼻血が出ていないことを確認すると、にこやかにほほ笑んだ。

 

「でもまぁ、殴ることができる元気があるなら、もう大丈夫ですね」

「……チッ」

 

将監は舌打ちすると、地面に落ちていた自分のバスターソードを拾い上げ、肩に担ぐ。

それを見て友幸も顔を真剣なものに直すと、重々しく口を開いた。

 

「伊熊さん。頼みがありますが、いいですか?」

「……夏世、だろ? いわれなくともわかってらぁ。どこだ?」

「あなたが野営していたところに程近い場所に」

 

将監はそのまま四人に背を向けた。友幸は、彼があっさりと承諾したことにいささか拍子抜けする。影胤討伐に執念を燃やして、もっと駄々をこねるかと思っていたが。

ただ、心配事が一つだけあった。

丘を見上げれば、聞こえてくる銃撃音が時折混じるガストレアの鳴き声に比例するように苛烈さを増している。戦局がどちらによっているかおおよそ判断できるだろう。今から彼が行っても果たして間に合うかどうか。

友幸はちらりと下を見やる。相手もこちらの目を見て意図を察し、頷いた。

 

「リン、頼む」

「あ~いよ」

 

言うが早いか、リンダは将監の懐に滑り込むと両足首を掴み、まるで発泡スチロールを持ち上げるように将監を頭上に掲げる。

 

「お、おいテメ、なにしやが――」

「しゃべるな、飛ばすぞ」

 

次の瞬間、力を解放したリンダは全速力で元来た道を突っ走っていった。

急な展開に頭の理解が追い付かないのか、将監の普段耳にすることのない野太い悲鳴が壁面にこだまする。

十分な助走をつけない急加速によって、いまごろ彼の体にすさまじいGがかかっているだろうが、彼の頑丈さを考えればたぶん大丈夫だろう。

見送って、満足そうな笑みを浮かべながら友幸は踵を返した。傍にいる蓮太郎と延珠に視線をくべる。

完全に場の雰囲気にのまれて空気と化していた二人がハッと立ち直った。

 

「行こう、二人とも」

「……あぁ!」

「了解だ!」

 

三人は再び歩き出した。

 

 

 

目的地に近付くにつれ、吹いてくる潮風に含まれる血臭が次第に濃くなっていくのが嫌でもわかった。鼻をつまみたい衝動に駆られながらも歩みを止めず、通りに続く角で立ち止まる。

銃を構えて、蓮太郎は大きく口で深呼吸した。

 

「延珠、芹沢、通りに出るぞ。何を見ても悲鳴を上げんなよ」

「これ以上何があるというのだ、蓮太郎っ」

「大丈夫、スプラッターは見慣れている」

 

通りに飛び出る。目の前に広がる光景に延珠が喘いだ。

 

「蓮太郎……これはなんなのだ……こんなの」

「……二人とも、俺、ベジタリアンになる」

 

通りの至るところに、死体が転がっていた。

両眼の眼窩を撃ち抜かれたイニシエーターが、空虚な瞳で忘却の彼方を静かに見つめていた。銃殺されたペアの死体は互いをかばうように折り重なっている。壁に右半身を埋めているプロモーターは、脳天から股まで縦一直線に切り裂かれていただけだった。首だけになったイニシエーターは驚愕の表情を張り付けたまま三人を凝視している。

だれもかれもが、防衛省で見た民警ばかりだ。

彼らの鮮血で彩られた通りは、まるでこの先に続く教会へのレッドカーペットのよう。

三人は戦慄する。これが、奴らの所業だと言うのか、だとしたらそいつらは、人に化けた悪魔そのものに違いない。

そして、その悪魔は『宴』を始めるのだ。血で血を洗う、狂った宴を。

 

「パパァ、ビックリ。ホントに生きてたよ」

 

主催者は、桟橋で何かを待つように佇んでいた。

片方は腰に指した二本の小太刀に黒いワンピース。もう一方はワインレッドの燕尾服に袖を通した仮面姿、シルクハットの怪人。

その双方に、傷は一つとして無く、実に『宴』に見合った正装と言えるだろう。

 

「……きっと来るとは思っていたが、実に遅かったねェ、二人とも。今夜はこれほどまでに月がきれいなんだ。せっかくだから一曲踊っていかないかい?」

「……妾は淑女たる者、殿方のお誘いに乗らねばならぬのはわかるが、今宵は丁重にお断りさせてもらう」

「あいにくだけど、俺らはジョーカーが奏でる死の円舞曲(デス・ワルツ)を踊るイカれた趣味なんぞこれっぽっちもないんでね」

「その代わりといっちゃなんだが、パーティー会場のぶっ壊し方なら存分に心得ている……ケースはどこだッ、蛭子影胤ッ!!」

 

友幸はケースの側面に固定していたジャマダハルを両腕に装着し、蓮太郎は拳銃を静かに構え、延珠は目を光らせて脚に力を込めた。

生ぬるい風が肌を撫でていく。月を背後に、二挺拳銃を持った蛭子影胤はゆっくりと振り返り、鷹揚に手を広げた。

 

「幕は近い。決着をつけよう、里見くん、芹沢くん」

 

血だまりに映る美しい月は、これから始まる『宴』に狂喜乱舞するかのごとく赤色に染まっていた。




 夏世ちゃん生存ルート確定。
 コミカライズの将監さんは、なんやかんやでいい人やでぇ……。


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一人、二人、そしてもう一人。

「Ladies and Gentlemen――」

 

張りつめた空気の中、月を背にした影胤は流暢な英語で語りだす。芝居がかった口調はしかし、実に身のこもった響きとなって鼓膜を震わす。

 

「幾多の困難を乗り越え、ついに物語は最終局面に入った」

 

ゆるりと吹く潮風が、桟橋の上で対峙する者たちの極限まで敏感となった肌をピリピリと撫であげる。

影胤は右手を心臓の位置にあてると軽くお辞儀をする。

 

「これから始まるのは黙示録だ。お互い、盛大にいこう――マキシマムペイン!!」

 

それが開戦の合図だった。

影胤が手をふるうのと、爆発的な勢いで斥力フィールドが広がったのは、ほぼ同時。

何度もその圧力を味わってきた青白い壁が迫ってくるが、あらかじめ読み取っていた蓮太郎が延珠に抱えられて後方に飛びのいた。障壁は、腐りかけていた木造の桟橋をスナック菓子のように圧砕、粉砕し、斥力の余波を受けた海水が霧となり、それに混じって周囲の硝子片や破片となった残骸が音速に迫る勢いで吹き飛ばされ、蓮太郎の頬をかすめる。見て冷や汗をかいた。何度見ても肝が冷える勢いだ。

一気に二十メートル近くまで跳躍する中、後ろから殴りつけられるような風圧に目を細めつつも、蓮太郎はもう一人の同僚の安否を確かめる。

いた。重そうな背中のケースを早々にパージし、身軽となった友幸が自分の少し前を跳んでいる。視線の彼方で、ケースが海に沈んでいくのが見えた。判断としては正しいかもしれないが、中に入った銃火器の損失額をつい考えてしまうのは、自分の貧乏癖ゆえか。蓮太郎は、必要とあれば簡単に道具を切り捨てられるその決断力の高さに舌を巻く。

その友幸が叫んだ。

 

「くるぞっ!!」

 

ハッとして視線を戻すと、突然渦巻く霧の中から小太刀を構えた小比奈が現れた。

何も言わず蓮太郎と延珠の懐に飛び込んだ小比奈は空中で一気に小太刀をふるうが、直前にそれを察知していた延珠は蓮太郎を横に突き飛ばして事なきを得る。蓮太郎はすぐに体勢を立て直すと、タイルが張られた埠頭へと軟着陸する。友幸も一緒だ。延珠は向こうで小日向と相対している。蓮太郎は舌打ちした。それはプロモーターとイニシエーターの戦力分散という、できれば避けたかった事態に他ならなかった。

「やれやれ、小比奈はどうしても君のペアと遊びたいらしい」

 

――実に困った子だ。

タン、タン、と舞い上がる粉塵に長身の男の影が差す。

 

「ねェ、里見くん――」

 

月明かりのもと、影胤が問いかけてきた。

 

「私はね、初めて会った時から、どうにも気になって仕方ないんだ。キミは、何故かいつも私の心のどこかに必ずいる。私は強さを求め、また強いものを求める。今までの圧倒的な敗北、圧倒的な恐怖を体験したキミが、私のこの気持ちにこたえられる何かを持っているというのか?」

「んなもん聞かれたって、答えられるワケねぇだろうが」

 

今度は友幸が、低く押し殺した声で影胤に問いかけた。

 

「蛭子影胤、『七星の遺産』を壊せばステージⅤの召喚は止められるのか?」

「う~ん、それはわからない。ただ事実として言えるのは、君たちには『七星の遺産』に指一本触れることはできない。なぜなら――」

 

影胤は肩をすくめて笑った。

 

「私が立ちはだかっているからだ」

「だったら、ぶっ飛ばす」

「そして、通る。なんだ、簡単じゃないか」

 

友幸と蓮太郎は不敵に笑った。

 

 

 

午前四時十分。

ゴジラを発見こそしたが、再び見失った日本国家安全保障会議は今、蛭子影胤と里見蓮太郎、芹沢友幸の対峙を専用の小型ドローンから贈られる映像を見ていた。

議長席についた聖天子が、オペレーターに尋ねる。

 

「現在、付近に他の民警は?」

「一番近くにいる民警でも、到着には一時間以上かかるかと思われます」

 

出席していた政治家たちは不安を抑えられなかった。

何せ、つい先ほど十四組のペアと一人の民警が、なすすべもなく蛭子影胤に斃されたのを見たばかりなのだ。

 

「聖天子様、ご決断を」

 

菊之丞が聖天子に耳打ちする。

彼が最悪のシナリオとして考えている、民警側の敗北とステージⅤの召喚。そして、それに伴うゴジラの出現。

上位序列者の民警がいとも簡単に倒されたのを見ると、この戦闘も極めて短期に、それも蛭子影胤の勝利で終結する可能性があったのだ。

このまま作戦を続行しても状況が変わらない可能性を考慮した菊之丞の腹案は、東京エリア全市民の避難の本格化と、シェルターに入れる人数の制定だった。

しかし聖天子は黙考の後、首を振った。

 

「まだ、希望はあります」

 

そうでしょう? と流し目に後ろを見やると同時に、シチュエーションルームの扉が開け放たれた。

つられて後ろを見た菊之丞は入ってきた人物を見て凍りつく。

 

「木更…ッ!?」

「さりげな~く私を無視しないでいただきたいものだねェ、天童閣下。せっかく出てきてやったんだから」

 

会議室がにわかに色めき立つ中、黒髪の少女天童木更と、正装も化粧もなしに長い白衣をずるずると引きずった室戸菫が、空いている席に腰を掛けた。

 

「この戦いはもはや、里見・藍原ペア、そして芹沢友幸にかかっているといっても過言ではありません。ペアの上司たる天童社長と、芹沢友幸の後見人である室戸教授はこの会議に出席する義務があります」

「しかし……」

 

なおも菊之丞が抗議しようとする中、木更はニコリと儀礼用の笑みを浮かべて会釈した。

 

「ご機嫌麗しゅう、天童閣下」

 

怒気を露わにしかけながらも、菊之丞は黙って歯ぎしりする。

交わる両者の視線。細められた瞳の奥に揺らぐのは、把握できない憤怒と憎悪。底知れぬ汚泥は意思を持って硫酸のような劇薬をまき散らすようにドロドロと滴り落ちる。

二人の間に漂う剣呑な雰囲気に、周囲のざわめきも小さくなっていった。

隣の席で座り、一部始終を見ていた山根も息苦しさを覚えてネクタイを緩めた。果たしてこの二人を本当に血のつながった祖父と孫娘だと見る人間はいるのだろうか。

ある程度二人の事情を知る数少ない人物である聖天子は冷や汗をかき、菫はやれやれと言わんばかりにため息をついた。

 

「早速ですが天童社長に室戸教授、率直にお尋ねしますが、里見ペアおよび芹沢友幸の勝率は如何程と見ますか」

 

問いかけられた聖天子の質問に、木更は顎に手を当て、菫はだらしなく口を開けて天井を仰ぐ。菫のふざけた態度に幾人かが顔をしかめたが、だれも注意しないのはひとえに彼女の功績か、はたまた無駄だと分かっているからか。

 

「三十パーセント程かと。私個人の期待を加味しても良いなら――勝ちます、確実に」

「そーだねー。私なら五十パーセントといきたいけど、死体になって戻ってくる期待を込めりゃ二十五パーセントってところかナぁ?」

 

山根を含めた閣僚たちは思わず、低下していないか? と口を挟みそうになったが、会議室の厳粛な空気を考慮して疑問にとどめる。さすがは室戸菫、一筋縄ではいかない性格は聞きしに勝るようだ。

 

「天童社長、貴社の社員を信じたい気持ちはわからないわけではない。私としてもそれはぜひとも尊重したいところだ。しかし、彼らより高位序列の民警は皆、影胤によって殺害されてしまっている。機械化兵士というアドバンテージあってこその実力を考慮しても、その確率はいささか高いように思えてしまいます」

 

官房長官の武上弘隆が額の汗をぬぐいながら疑問を口にする。菫の発言は完全に除外したらしい。

しかし木更は泰然自若とした態度で言った。

 

「確かに、皆様の思う『里見蓮太郎』ならそうかもしれませんね」

「あ~、こっちもいいすかぁ~?」

 

どこか確信めいたその言葉に会議場は当惑する。

菫は、それをさえぎるような声で続けた。

 

「私だって別に、友幸君がまけるたぁ思ってませんよ」

「……どういうことでしょうか」

「なにせ、彼だって『普通』ではありませんもの」

 

自分たちの思わない里見蓮太郎がいる。

芹沢友幸は『普通』ではない。

――一体、どういうことだ?

 

 

 

吹き飛ばされ、ドシャリと尻餅をつく。

背もたれるコンクリートが粉砕され、少なくないダメージが腰にひびく。将来腰痛に悩まされないか心配だ。

蓮太郎は立ち上がろうとしたが、腕が生まれたての小鹿のようにがくがくと震えてうまく力が入らない。

満身創痍とまではいかずとも、食らったダメージは決して少なくない。くわえて、巨大カマキリとの戦闘で負った傷が、再び開こうとしていたのも大きかった。もっとも、全力の状態で立ち向かっても、まともに戦えるかと聞かれればそうではないのだが。

 

「やれやれ……あの身の程知らずの民警共といい、キミといい、本当に期待外れだよ」

 

目の前に立つ怪人に、汚れは一つもない。

その時、影胤の後ろから凄まじい速さで刀剣が振り下ろされた。不意をとったと思われた一撃はしかし、青白い障壁によっていとも簡単に阻まれる。

突き立てられたジャマダハルの切っ先は、ドライアイスに触れた金属板のごとき金切り声をあげてきりきりと軋んだ。

 

「当然、君もね……ッ!」

「ガッ!」

 

そう言って斥力フィールドの出力を上げれば、高音を響かせながら弾き飛ばされる。

背中から打ち付けられた友幸はうめき声をあげながら、なおも立ち上がろうとしたが、不意に力が抜けてそのまま片膝をついた。

 

「そりゃあ、悪かったな……」

「……ご期待に副えず、本当に、申し訳ない」

「……芹沢君はともかくとして、私はずっと自分の中の声を信じて、里見君、キミを待っていた。なのに――これだもの」

 

影胤が手に持っていたものを放り投げると、乾いた音を立てて蓮太郎のXD拳銃が地に落ちる。

興味が失せたのか、影胤は二人に背を向けた。

 

「あきらめ給え。君たちは弱すぎる。そこで東京エリアの終焉を見届けていたまえ」

「……待てよ」

 

蓮太郎がヨロヨロと立ち上がりながら声を紡いで、息を荒げながらも、正面を睨み据えた。目の前の、倒すべき敵を。

 

「キミは諦めを知らないのかね? 弱いくせに、まだ立ち向かうのかい?」

「あぁ、弱いさ……俺は、確かに弱い。だから皆が後悔した。だから信じなくなった……けど、例え弱かったり、運が悪かったりしても、それは諦めの言い訳にならねぇ!!」

「……一体何を言っているのかね、里見くん?」

「……蓮太郎君……?」

 

友幸は顔を上げる。

不自然な音が聞こえた。ごくわずかな音だったが、何かが裂けて剥離するような、乾いた音を。気のせいだろうか、彼の右手右足が不自然に蠢き、左目が一瞬だけ青白く光った気がした。

 

 

 

「官房長官、詳しくは省きますが、十年前、里見くんが天童の家に引き取られてすぐの頃、私の家に野良ガストレアが侵入、父と母を食い殺しました。その時のショックで私は持病が悪化し、腎臓の機能がほぼ停止しています」

 

急に話が変わったことに武上は狼狽する。それとこれにどんな関係があるのだろう。

 

「た、確かに不幸な出来事だと思うがそれが一体―――」

「その時里見くんは私を庇って、右手右足と左目を失ったのです」

 

全員がモニターを注視した。画面内で先ほどまで影胤と近接戦闘を繰り広げていた青年は、どう見ても五体満足にしか見えない。

その中で、科学技術庁長官の五十嵐が何かに気付いた。素肌が露出している右手の手の甲が、わずかであるが不自然に光を反射したのを見たのだ。しかも、皮膚がまるでパズルが崩れ落ちるようにだんだんとはがれていく。

他の閣僚もやがてそれに気付いたのか、ざわめき始めた。

聖天子が菫を見やった。

 

「室戸教授、例のものを」

「了解しました~」

 

菫は笑いをこらえながら恭しく一礼をすると、手持ちのタブレット端末から各席のモニターにデータを転送する。表示された情報を見て、閣僚たちの顔が青ざめた。それを見ていた菫が、心底愉悦を覚えた表情で肩を揺らす。

 

 

 

右手と右足の袖をまくり、腕をピンと真横に突き出す。

 

「たとえ弱くても俺は諦めねえ。お前を絶対に止める。どんな手を使ってでも!!」

 

みしり、と音がした。

腕と足に、亀裂が入った。

皮膚が、剥がれ落ちた。

左目が青白く光り、幾何学模様が浮かび上がった義眼が演算を開始する。

 

 

 

菫が両手の指をからめ、ふてぶてしい態度で告げる。

 

「ま、よーするにぃ? 十年前に私が彼を執刀したのだよ。セクション二十二で」

 

義肢と義眼に使われている金属は、無重力状態で各種レアメタルを混ぜ込んだ、従来のバラニウムの数倍の硬度と融点を持つ超バラニウム。蛭子影胤が属していたセクション十六がステージⅣの攻撃を止められる防御思想を表したものなら、セクション二十二は真逆の攻撃力重視の思想。人をしてガストレアを葬るべくして生まれた『新人類創造計画』の個人兵装。

そう言った基本スペックが、彼女の口からぺらぺらと吐き出される。

 

「では、芹沢友幸もそうだというのですか?」

「いえ、彼はちょっと違います」

「……なに?」

 

五十嵐の疑問に、菫はこともなげに否定する。

 

「お察しの通り、芹沢友幸は七賢人の一人、芹沢猪四郎の息子ですが、地はつながっていないことはご存知ですか?」

「えぇ、養子だったと聞きます。」

「はい、彼はガストレア大戦後の混迷期の中、身元不明の人間として彼に保護されました。ただし、事情は非常にややこしいものだったんです」

 

 

 

「やっぱり、そうだったんだ……」

 

それを見ている友幸は思い返した。

カマキリの怪獣に突き飛ばされ、重傷を負った彼を運び込んだ時のことを。

あの時、瀕死の状態だった彼をストレッチャーに乗せるとき、救急隊員を手伝って彼を運んださいにたまたま触れた彼の右手が、不自然に重く、冷たかった。それは、血が抜けたからだと思っていた。

しかし、寝込む彼の手のひらの切り傷から除いたのは、流れる血ではなく、やけに光沢の入った黒い何か。

それは泥汚れだと思っていた。でも違った。

その正体がはっきりと、目の前で起こっている。

漆黒の光沢が、光を反射しながら徐々にそのまがまがしくも機能美にあふれた機械を露出させていく。

やがてすべてが剥がれ落ちた時、蓮太郎の体から真っ黒な腕と足が現れた。

構成するのはタンパク質ではなく、バラニウム金属。空気穴から蒸気が噴出し、関節に当たる部位から、炭素繊維で構成された人工筋肉が力をためるように蠕動する様子が見えた。

 

「――だからか」

 

その時になって初めて理解する。蓮太郎がなぜ影胤に立ち向かうのか。なぜ影胤をそこまで止めようとするのか。

そして、なぜそれを今使うのか。

 

「――なら」

 

俺も使わなきゃ、不公平だね。

友幸はベルトに手を添える。

次の瞬間、遠く離れた海面がゴボリと泡立った。

 

 

 

それを感知できたのは奇跡だったかもしれない。

 

「?」

 

影胤はその瞬間、自身の背後、海辺から『何か』が迫ってきているということを直感的に感じ取った。それはわずかな風圧の変化、本来なら気にも留めないものだったが、長い戦闘で培った経験が迫りくるものに警鐘を鳴らす、背中をぞわりと逆なでする悪寒。

とっさに振り向く。

そこには巨大な金属製のケースが、影胤に突進してきていた。

 

「ヌンッッ!!」

 

わずかに反応が遅れたが、当たる直前になって影胤の体内から発生した斥力フィールドがその勢いを正面から無理矢理押し殺す。

音速に迫る速度で激突した物体は、斥力フィールドに干渉した結果に生じた衝撃波をまき散らしながら空中で静止する。しかし、その勢いは衰えることなく、逆にフィールドを突き破らんと甲高い音を出しながらノズルから放出されるバーニアの出力がどんどん増していった。

影胤は歯を食いしばりつつ斥力フィールドの出力を上げるが、それに比例するように吹き上がる炎の長さは増していく。

 

「なッ!?」

 

激突した物体に、影胤は見覚えがあった。記憶が正しければ、芹沢友幸が背負っていたものだったか。だが、あれは海に捨てていたのではなかったか?

それが後ろの推進装置と思しきノズルからエメラルドグリーンに輝く炎を思い切り放出している。

最初は何の変哲もないガンケースだと思っていたことを大きく覆された驚愕と、蓮太郎の変貌に気を取られていた影胤にとって、それはまさに不意打ちだった。

 

「……このぉ!!」

 

血液が沸騰するような気迫を込めて、影胤は斥力フィールドを変形させ、勢いをそらす。行き場を失ったケースは反対側から同様の炎を噴射して制動をかけると、直方体の身を起こして空中である程度ホバリングしたのち、ゆっくりと下降して着地した。

 

「……芹沢くぅん?」

 

怒気を喉の奥に押し込めながら影胤はぐるりと首をまわし、ケースの持ち主を睨みつけた。

 

 

 

また話は変わりますが、と前置きして、菫は朗々と語る。

 

「皆さんは、超人兵士計画において、新人類創造計画のほかに、様々なプロジェクトが進んでいたのをご存知ですよね?」

「あぁ、機械工学のほかにも、複数の分野を用いた改造を人体に施す実験があったことは知っている。そのうちの一つなのか?」

「はい、新人類創造計画は、被験者との合意がなけりゃ作れないうえに、消費資材の価格も半端ではないので十分な数をそろえられない」

 

おまけに一人につき一つの機能に特化していては、汎用性に欠けてしまう。

それは間違いなく大きな欠点だった。どんなに質を極めても、戦場では結局のところ数が勝敗を制する要因であることに疑いの余地はない。ましてや数の暴力の象徴であるガストレアを駆逐するのに、果たして足りるであろうか。その答えは否。

――そんな中注目されたのが、強化外骨格、すなわちパワードスーツだった。

 

 

 

蓮太郎が隣に立った。

 

「そのケース、銃器は入っていないだろ?」

「……あぁ、これはガンケースじゃない。飛行場で言った武装は全部嘘だ」

 

特に否定せずにうなずく。大体、世界のどこにロケットを噴射しながら空を飛びまわるガンケースがあるのだろうか。

それに、せっかくの同類が三者そろっているのだ。お披露目するには絶好のタイミングと言えるだろう。

友幸はじっと正面を見据えた。

 

――目標は戦闘態勢。敵と認識。第四種警戒態勢。敵の殲滅を許可。これよりリミッターを解除します。

 

脳髄に眼球をえぐりだされるような痛みが一瞬だけ走り、ココナッツとメタルの味が舌の奥に広がる。どこか懐かしさを感じる、嫌な味わいだった。

友幸は顔に手を当てかけていた眼帯を掴み、払うように外し、ジャマダハルをパージして目を閉じると、小さくつぶやく。

 

「――起動」

 

そう言って目を開ければ、黄色に染まった視野が飛躍的に広がった視界。視神経とつながった義眼が周囲の状況を三次元的にとらえ、自動的に捕捉しながら演算を開始する。周囲には、自分の右目がこの視界の色と同じ色が光っているように見えるだろう。

視界の端から、人の形をした立体映像がポップアップし、それに重なるように『起動』の文字が表示される。

背後のケースが、それに呼応するように大きく変形した。

 

 

 

「ガストレアを葬る機能を持ち、訓練を受ければ万人が使用可能の汎用性を持つパワードスーツ。誰が着けても圧倒的な性能を発揮する強化服はしかし、暗礁に乗り上げることになった。なぜか? それは装着者の肉体的限界その他諸々を完全に凌駕し、たとえ訓練を受けた人間でも、やがて肉体の限界を超えて死ぬというデメリットがあったからだ」

「それは失敗では?」

「失敗も失敗、大失敗。そんな非人道的な兵器なんぞ量産できるわけがない。結局この計画も凍結しましたが、その技術を応用して当初より大きくスペックダウンしたものが、今のエクサスケルトンです」

「結局何が言いたいのだ!? 彼はエクサスケルトンの装着者なのか!?」

 

防衛大臣の轡田が手をついて声を荒げる。しかし菫は無言で首を振った。

 

「彼はエクサスケルトンの装着者ではありません」

「じゃあなんだ!? 開発当初のパワードスーツでは通常の人間は耐えられないのだろう!?」

「確かに私は通常の人間では耐えられないと言いました。では、そうでなかったら?」

「は?」

 

 

 

半歩下がり、足場のように露出した金属製のブーツのようなものに足を入れ、強く踏み込む。それを皮切りに、蓮太郎と影胤、そして上空で静かに滞空しているであろうドローンを介してこちらをのぞく政府用人たちが見ている中で、友幸の体は自動変形した鋼鉄の鎧に包まれ始めた。

耐衝撃性に優れた積層装甲が足元から順番に装着され、いびつだった形状から徐々に人の足に類似したシルエットに変形していく。

上からかぶせられるように降りてきた胸部の装甲が、すでに腹部まで覆った装甲のつなぎ目とドッキングする。同時に、背中の装甲に背負われた複式直結の小型レーザー核融合発動機が甲高いうなりをあげ莫大なエネルギーを発生させる。

広げた両腕に波のように迫る装甲が覆いかぶさり、これもまた徐々に人の手となった。

背面装甲に収納されていたアームが伸び、フレームが顎に固定され、頭部全体を覆うように装甲が展開。最後に顔面を覆うようにフェイスヘルメットが閉じ、立体ホログラム状のディスプレイが表示され、頭部装甲の双眼の丸いゴーグル状レンズが点灯する。

最後にジャマダハルを拾うと、同じく複雑な変形プロセスを経て、腕の装甲と一体化した。

 

 

 

「当時の技術者連中は思った。普通の人間に使えないなら、使える存在を生み出せばいいのだと」

 

菫を除く、その場にいた全員がその意味を察し、目を見開いた。

木更が震える声で尋ねる。

 

「彼は……まさか」

「そう、彼は遺伝子操作によって生み出された、世界唯一の遺伝子強化体の人造人間です」

 

ざわり、と会議場の空気が揺れた。

 

「馬鹿な……そんな非人道的なことがあってたまるか!!」

 

立ち上がった五十嵐が口の端から泡を飛ばしながら、もともとの強面をさらに歪ませ激昂する。科学技術庁長官の立場にいる彼であるからこそ、人の道を大いに外れた事実は受け入れがたかった。

 

「私もそれを知った時は耳を疑いました。ですが、事実です。芹沢博士はそんな彼を保護し、養子として迎え入れていたのですよ」

 

悲痛な面持ちで聖天子が顔を伏せる。

戦争という世道人心が乱れた時代が生み出した、殺戮能力に特化した『生きた兵器』。

国家元首である立場上、芹沢友幸という存在はあらかじめ目を通していたとはいえ、こうして直に言われてしまうと胸に来るものがあった。

 

「そして、彼は最初で最後の人造人間兵器となり、その試作第一号となりました。計画名は――」

 

 

 

影胤が小さく身を震わせていた。

 

「里見君、芹沢君、二人は一体……」

「元陸上自衛隊東部方面隊第七八七機械化特殊部隊『新人類創造計画』里見蓮太郎」

「右に同じく、芹沢友幸。着込む鎧は一二四式特殊装甲服――」

 

 

 

 

 

「『ジンラ號』それが、彼の本当の名前なのです」





「百二十四式特殊装甲兵ジンラ號」
 元ネタは映画『ミカドロイド』より同名の兵器。当然外見はスタイリッシュだが、文字なのでどうせわからない。
 変形プロセスはアイアンマンを思い浮かべてください。
 はてさて、知っている人はいるのだろうか……。

 人外系じゃない主人公を期待していた皆様方、この場を借りて深くお詫び申し上げます。実はこの設定は最初から決まっていました。今の自分の才能ではこうでもしないとお話が続かないのです。実は前々から超微妙な伏線があったり。

*一話で母親の存在を言及しない友幸。
*カマキラスとの戦闘ですさまじい跳躍量を見せたとき。
*重そうと蓮太郎に思われたケースを楽々と持ち上げる怪力。

…………わかりませんよね。


 なんでジンラ號なのかというと、仮面ライダーじゃベタベタじゃないかと思ったからです。
 ですので、せめて日の目があたっていないような作品はないかと思って探していたら、東宝映画コンプリートボックスでたまたま発見したミカドロイド。
 アレンジすれば普通にかっこよさそうなジンラ號の外見で即決しました。


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援護。

トリガーを引く。

かちりと単調な音が鳴り、次の瞬間銃口から三発分の火が噴きだされた。骨の髄まで震わせる反動を、能力使用による筋力増加で無理やり固定する。

音速で吐き出されたバラニウム製の鉄鋼榴弾は空気抵抗をものともせずに、怪物の脳へと吸い込まれるように着弾した。こうなれば再生は不可能。目の前の怪物は脳幹をたやすく貫かれ生命活動を停止し、その場でゆっくりと崩れ落ちた。

そんな相手を振り返ることなく、千寿夏世は次の標的へ狙いを定める。今にも彼女にとびかからんと立ち上がっていたイノシシのような怪物は、見ただけで戦慄するほどおぞましい鉤爪の間を縫って、さらけ出された無防備な腹に撃ち込まれた銃弾によってその命を散らした。

倒れ伏した巨体を盾に隠れ、マガジンに残された弾数を瞬時に確認する。いくばくも残っていないことがわかると、夏世は三点バーストからフルオートに切り替え、肉の盾から身を乗り出し、薙ぎ払うように掃射する。先ほどと比べ物にならない反動が襲うが、歯を割らんばかりにくいしばってそれを耐えた。

襲いかかるタイミングを見計らっていたガストレアのいくつかはその凶弾に倒れ、傷ついた個体は慄きながら少しだけ後退する。

その間に夏世は外したマガジンを投げ捨て、弾がぎっしりと詰まった新しいマガジンをフルオートショットガンに装着する。

戦闘中のアドレナリンの過剰分泌だろうか、反応速度が飛躍的に上昇した夏世は、排出された薬莢が地面に落ちる音がゆっくりと聞こえた。

 

「しつこい……!」

 

独り呟き、夏世は次の射撃場所へと駆けていく。

手ごろな場所につくと、夏世は静かに、大きく息をついた。

海から運ばれる潮風特有の磯の匂いに、硝煙の臭いと、撒き散らされた血や臓物、生きたまま焼ける死体の臭気が混ざり合って鼻孔に侵入する。あたりには薄く煙が立ち込めていた。辺りを埋め尽くすガストレアの肉片。けれどそれを踏みつけて襲ってくるガストレアの数は一向に減らない。

これまでに倒したガストレアの数は合計で何体になっただろうか。最早数えるのも億劫になっている。事実として言えるのは、いま相手にしている怪物の群れは、自身が民警として活動してから倒してきたガストレアの総数を容易に上回るということだけだ。

 

「……チッ」

 

上からの殺気を感じてショットガンを掲げ、煙の向こうに目を凝らしながらおもむろに一発。銃弾が真上で夏世を狙っていた猿のガストレアの頭部から尾部まで貫通する。青々と生い茂る葉にまき散らされ、滴り落ちる血潮と脳漿を全身に浴びた。夏世はここに長くとどまる危険性を察知し、その場から駆け出す。

だが、数歩進んだところでその足を止めざるを得なかった。三百六十度にわたって自分を囲む、無数の赤い光点ブリップ。いつの間にか包囲されていたようだ。

一向に減らない敵の数に、夏世は舌打ちする。着実に倒しているはずなのに、蛆虫のように湧き出て、むしろ増えてさえいるように感じる。

並みの民警なら即座に撤退を選ぶであろう、絶望的な状況。しかし夏世はそれでも逃げるという選択をしなかった。

もしこの先を通すことを許せば、多数のガストレアが、彼らのもとへ殺到することになる。それだけは絶対にさせてはいけない。自分が守ると決めたあの四人と自分の相棒に、指一本触れさせるつもりなど毛頭なかった。

夏世は腰に下げた二つの手榴弾のピンを外して適当なところへ投降する。刹那に生じた爆発に巻き込まれる怪物の普通な悲鳴や怒号の飛び交う中、生じた包囲網の綻び、その隙を逃すことなく、夏世はその隙間を一気に駆け抜けた。

動揺をする残りのガストレアたちの間をすり抜けながら、ショットガンを乱射する。最初にナメクジのようなガストレアの頭部をつぶした。ダンゴムシのガストレアは二発の銃弾を甲殻で弾いたが、三発目を食らったとたん身体がザクロのように裂ける。徐々に斃されていく小型ガストレアを踏みつけながら、夏世は闇の中を疾走する。

と、煙ったジャングルの中で何かが動いた。枝や木の幹がバリバリと砕ける音が聞こえ、巨大な黒い影が揺らぎながらこちらへ向かってくる。

かくして、それらはあらわれた。

 

「……まさか」

 

夏世は瞠目する。

現れたのは、ステージⅣのガストレア。トカゲに似た頭部に、鳥のような翼をもつ身体、鎌首を上げたその体高は六メートルほどだろうか。それは、おとぎ話に出てくるドラゴンのようだった。

絶望的な状況だった。

今まではステージⅠからⅡのガストレアを相手にしてきた。だからここまで持ちこたえられたといえる。しかし、このステージⅣを単独で、しかも手持ちの火力で撃破しようとするのは困難を極めることはよく理解していた。理解していたからこそ、夏世はその挙動を一瞬だけ止める。そして、その一瞬が致命的だった。

夏世とガストレアの黄金の瞳が合った。同時に、振り上げられ、自分の眼前に迫っている腕に気が付いた。

 

「――チィッ!」

 

かわせたのは奇跡だったかもしれない。

つま先のわずか数センチ先で地面が割れ、大量の土砂が飛び散った。宙に浮く中、銃を突きつけ引き金を引いてけん制する。散弾がステージⅣの表皮を激しくたたき、苦悶のうなり声を上げわずかに後退する。

それを見た夏世は着地して場を離れようとしたその時、不意に、自分の影が覆われているのに気が付いた。

その一瞬だった。

 

「――え?」

 

気が付いた時には、夏世は宙を舞っていた。直後に、全身を思い切りたたきつけられるような衝撃が襲う。

いや、実際に叩きつけられたのだ。

 

「……え?」

 

IQが二百を超える頭脳を総動員して、現状を確かめる。自分が大木に背持たれているのがわかった。自分は突然襲い掛かってきた衝撃に吹き飛ばされ、この木に叩き付けられたのだ。だが、いつの間に? 誰が私をここまで飛ばしたの?

甲高い叫び声が聞こえて、夏世は意識を上に向ける。その途端、全身が凍りついた。

最初は衝撃を受けて耳鳴りがしているのだと思った。だが、見上げた先にはステージⅣのガストレアの隣で舌を鳴らす、クマのような姿をした二体のステージⅢがいた。このうちの一体が、夏世を弾き飛ばしたのだろうか。

夏世は絶望した。これまでにない最悪の状況、一人で相手するのはまず不可能な規模。悲鳴を上げようにも、喉の奥が張り付いてまく声を出せない。

血染めのワンピースやスパッツはずたずたに引き裂かれ、端正な顔は泥にまみれて、再生が追い付かない全身の切り傷のあちこちから血がにじみでていた。骨は折れていないが、叩きつけられた衝撃は全身に及んでいて、まるで力が入らない。

 

「ヒッ……!」

 

気圧されて思わず倒れこんだのが幸いした。倒れこんだ頭上を暴風が通り過ぎる。だが、そこまでだった。ガストレアの赤い目が小刻みに動き、夏世のほうに向ける。横たわったまま、夏世は自分に死が迫っていることをおぼろげながらも感じた。

唯一動く腕で、夏世はずるずるとほふく前進する。それを見逃すガストレアではない。

躱したわけではなく倒れただけの今、体勢など作っていない。無防備な背中をさらけ出したままの状態で、再度振り上げられた腕を呆然と見上げた夏世は観念して目を閉じた。

 

 

 

いつから自分で自分を『道具』と割り切るようになったのだろう。

ふと、これから死ぬという間際にそんなことを考えてしまう。

人間と『呪われた子供たち』の違いって、なんだろうか。

生物学的に見れば、自分たちは紛れもなく人だ。姿かたちも人そのものだろう。唯一の違いを上げるとすれば、ガストレアウイルスを体内に保有している。ただそれだけ。しかし、その一つの違いだけで、自分たちは誰からも人間として扱われないのだ。

実際、生まれてから今まで人間扱いされたことはなく、モノリスの外から時折侵入してくる異形の化け物と同列に扱われてきた。

いわく、化物。

いわく、人殺し。

いわく、東京エリアのごみ。

いわく、人の形をしたガストレア。

いわく――他にもあるが、その数が非常に膨大なため割愛させてもらうが、そのどれもが悪い意味合いとして使われる言葉なのが大半だ。

でも、自分たちは、彼らに何かしたわけでもない。民警になる前は稀に食料品を盗むことこそあったが、少なくともその時は人間に危害を加えたことはなかったはずだ。彼らに傷つけられることはあっても、傷つけるなんてことはしなかった。

それでも、人間は自分たちを恐れる。目が赤く、普通より力が強いというだけで。

そして、『人間』ではなく『呪われた子供たち』として扱い、生物としての存在すら否定する。

 

 

 

過去に一度だけ、『人間』として生きる道を選んだことがあった。

人間は、自分たちにとって渇望の象徴だった。

自分たちよりおいしいものを食べている。

自分たちよりきれいな服を着ている。

自分たちより幸せそう。

あの中に入ることができれば、自分も同じ生活が遅れるのではないか。

姿かたちが全く一緒なら、できるかもしれない。

でも、それは赤い目じゃだめだ。赤い目のままであそこに行けば、自分たちはぶたれてしまう。じゃあ目を赤くしなければいい。そう自問自答して、自分は赤目の制御に励んだ。

幸か不幸か、自我を取得したころからあった持ち前の頭脳の良さと、生来のおとなしい性格もあってか、感情と力の抑制が自力でできるようになり、瞳の色を制御できた。

水面に映った自分を見たあの時、心のどこかで喜ぶ自分がいたのをよく覚えている。

水たまりを覗き込めば、そこにいたのは、ちょっと大人びていることを除けば、どこにでもいる普通の女の子。

これなら人間にまぎれて『人間』として生活できる。そう淡い期待を込めて自分は街に繰り出した。人間と交流して、一定のコミュニケーション能力と社会性を得るため。それは人間観察としての意味合いもあった。

人間と触れ合い、学習する。それは『人間』がどういうものなのか知ることであり――自分が人間として生きられる道を見つけられる。

そうやって『人間』としての生き方を夢見た夏世の決意は、街に繰り出した途端に浴びせられた、悲鳴と、罵声によって無残にも打ち砕かれた。

――思えば、もっと早く気付くべきだったのだ。人間にとって、ボロボロの外周区から、やつれた汚い子供が出てきたら、それはまぎれもなく『呪われた子供たち』なのだという共通の認識を。

そしてそれは、子供にも存在することを。

 

尖った石を投げられ、さびた鉄棒で滅多打ちにされ、足で腹をけられる。

いつものようにふるわれてきた、いわれのない暴力はしかし、大人によるものではない。

自分を取り囲む、数人の男の子。どれも自分より背が高くて、力も強そうな、健康的な子供。

舞い上がる埃で覆われる視界のなか、薄く眼を開けて、子供の無垢であるはずの目を見た。そこにあったのは、自分たちを化け物と蔑む大人たちと一緒で、ひどく濁っていた。

吐き気にも似た嫌悪感を覚えたのは、その顔を見たからなのか、見た直後に腹をけられたからなのか。それはわからない。

怖かった。呪われた子供たちのことを見る同年代の子たちが。笑顔で蔑み、呪詛を吐き捨てながら殴る姿を。

 

気が付けば戻ってきていた寝床には、雨の降る音がやさしく響いていた。

屋根の下にたまたまできていた、小さな水たまりを、ちょっと覗きこむ。

そこにいたのは、ちょっと大人びていて、泥だらけで、赤く光る瞳の、どこにでもいる『呪われた子供たち』。

風が吹いてきて、雷が大きく鳴り響いた。

ぼんやりと視界が揺れ動いたのは、侵入した雨粒が目に入ってきたからだと思いたい。

その時に夏世は、『人間』と『呪われた子供たち』の違いがなんとなく分かった。

彼らと私たちは、共存してはいけないのだと、悟った。

あっちは人間で、こっちは化け物。

形は似ているけど、中身は別物。

決して混ざらない、水と油。

 

――どんなに小さな命にも、生まれてきた理由がある。

 

街を歩いていたら、たまたま聞こえてきた曲のフレーズ。

でも、もう生まれてきた理由も、価値を見いだせなくなって。

そして民警として登録されてから、初めて会ったパートナー。

 

――テメェは、俺の道具だ。

 

出会いがしらに言われた、自分の役割と、存在意義。

夏世は反発することなく、はいと答えた。

素直に、自分から自分を道具と割り切るようになっていた。

その瞬間から、夏世は『人』でいることを永遠にあきらめた。

 

だからこそ、彼らに出会った時、あまりにもまぶしいと感じてしまった。

人間として見られて、何不自由なく生き生きとしていたあの少女。その子をやさしく見守る、保護者のようなプロモーター。

それは、まるで太陽のように、まぶしかった。

彼女は気づかないうちに、嫉妬していた。

かつての自分が、捨ててしまったものを持っていたから。

 

 

 

夏世は自然と、涙を流していた。

それは、自分の役割が果たせなくなることの失望か、生きることの欲求か。

同時に、もういいんだ。と心のどこかで安堵するように思った。

自分は道具として最後まで戦ったのだ。自分は人間としてではなく、道具として生きて、戦うことを選んだのだ。そこに充実こそあれ、後悔なんて、ない。ないはずだ。せめて、この化け物たちがこれで満足して去ってくれますように。

そして、蓮太郎たちが、影胤に勝利することを祈るしかない。

なのに――

 

「……助け、て……っ」

 

それでも、彼女は助けを求めた。

言って、わずかに自嘲する。助けなんて、来るはずがないのに。

 

 

 

ぐしゃりと、音が鳴った。

衝撃は来なかった。来るはずの痛みもなかった。

生暖かい液体が、夏世の顔を濡らした。

不審に思って目を開けた夏世は、眼前の光景に目を剥いた。

最初に見えたのは、翻る黒い刃と、それを構える男だった。

分厚い刀身はドラゴンのようなガストレアの脳天をやすやすと両断する。ガストレアは何が起きたのかもわからないまま、赤黒い脳漿をまき散らしながら地面に倒れ伏せた。

倒した巨獣に目もくれず、男は無理やり引き抜いてもう一体へと斬りかかる。全く予想していない事態についていなかったのか、反応が少し遅れたガストレアも瞬く間に首を切り落とされた。

 

「……どうして」

 

やっと異常に気が付いたのか、最後に残ったステージⅢが仲間に援護を求め咆哮しようとたたらを踏んで口を開ける。

しかし、大きく開かれた口から声が出る前に、巨大な岩塊が投げ込まれ、まるで栓をするようにふさがれた。頑丈そうな歯をいとも簡単に砕き、頬肉を割いた岩塊を喉奥までめり込まれた反動で、ガストレアは上を向く。

 

「……どうして」

 

その間に生じた隙を見逃さず、男は超人的な加速度で即座に間合いを詰めると、その刃を翻した。

紫電一閃――月光をギラリと反射したバラニウムブラックのバスタードソードが、喉笛を神経、肉、骨ごとまとめて断ち切る。

男は分かれた首を空中で蹴り飛ばすと、反動を使って夏世のところまで降り立った。

口を半開きにしながら、夏世は呆然としていた。自分は、夢を見ているのだろうか。

同時に、ツンと鼻の奥が痛くなり、段々と視界がぼやけていく。

 

「怪我はねェか、オイ」

「……どうじ、でぇ……ッ」

 

知らず、嗚咽を漏らした。

にじんだ視界と、逆光でよく見えなかったが、夏世にはそれが誰なのか分かった。

手を組んでから長年、常に三歩後ろで見てきた筋肉の塊。

足りない知能を炎のように燃やすような、逆立った頭髪。

 

「どうじで、ごこにいるんでずかぁ……将監さん」

「決まってんだろ」

 

口元を覆うドクロパターンのフェイススカーフはなかったけれど、その口から響く声は自分を道具という、ぶっきらぼうな聞きなれたもので。

 

「道具ってのは、愛着つくと長く使い続けたくなるからなぁ」

 

千寿夏世の見まごうことなき相棒がそこにいた。

 

「お二人さ~ん、水を差すようで悪いけどさ、やつら来るぞ!!」

「り、リンダさんまで、なぜここに!?」

「心配だったか……らッ!!」

 

連れてきてあげた上に、岩塊を投げて援護した張本人は、そう怒鳴りながら襲いかかってきたステージⅠの頭部を脊髄ごとぶっこ抜く。

見ると、上位のステージが倒されて及び腰になっていた低級のガストレアが勢力を巻返したのか、木々の間から一斉にほえたてているのが聞こえる。

増える赤く光った斑点、その数はおよそ数十を超えていた。

 

 

 

「いやぁ、それにしても、こりゃすげぇや」

 

夜の森を抜け、こちらに接近してくるガストレアの群れを見て、リンダ・レイは半ば呆れ交じりにつぶやく。

赤い光点が見えるところからも、見えないところからも数多くの鳴き声が響いてきて、内部に蠢く無数のガストレアの存在が手に取るように分かった。

いまでも、自分の周りには多くのガストレアがとびかかる頃合を見計らっている。

大半はステージⅠが占めているが、いかんせん数が多いせいで骨が折れる。

だが、こいつらを一匹も通してはいけない。

もし、少しでも奴らを自由にさせれば真っ先に市街地へ向かうだろう。その分だけ市街地で戦っている相棒と、その仲間の負担は増し、蛭子影胤はステージⅤを呼んで東京エリアを滅ぼす。

ステージⅤ。たった一匹の超巨大ガストレアによって、脆弱な人間は特に抵抗できずに蹂躙され、東京エリアは大絶滅へと向かう。それだけはさせてはならない。

それが、どれだけ戦力差があろうとも、戦わなければならない理由だ。

今夜はまさに、東京エリアの命運をかけた夜だった。

 

「おい、ゴリラ女」

 

バスターソードを構えた将監が、背後から忍び寄ってきたイモリのガストレアを両断し、隣に立つのをリンダは感じ取った。

見れば、威圧的な三白眼が横目でリンダを見下ろしている。リンダも吊り上った目を細めて睨み返した。

 

「アイツらの援護、しにいかなくていいのか?」

「いんや、大丈夫。あいつらは……ゆーこーと蓮太郎と延珠はきっと勝つよ」

「理由は?」

 

リンダはさも当然とばかりに笑った。

 

「強いから」

「理由にならねぇぞ」

「理由なしに行動するような奴に言われたくないねェ」

 

嫌味交じりの言葉に、ほざけと傍らの人間が小さく笑った。

リンダは自分の身の丈ほどもある巨大ガントレット『ブルガリオ』を構えると、内部にあるスイッチを入れる。握られた手の甲の指の間から刃が三つ伸び、高周波振動による音叉作用で相手を威嚇するように甲高い音をかき鳴らす。

ゴリラなのにクズリとはこれいかに――この装置をもらって何年か経つが、いまだこの機能には苦笑する。

そういえば、相棒もアメリカン・コミックスのヒーローではないものの、鋼鉄の鎧をまとっているっけ。

 

「こちとら、お互い腕力とスタミナに頼る馬鹿同士――やりますか」

 

闘魂を刺激されたのか、将監もバスターソードを構えた。

 

「フン、望むところだ。まとめて狩りつくしてやる」

「でもま、司令塔は必要だよな。効率は大事だし」

 

そう言ってリンダは後ろを振り返った。

 

 

 

夏世は唖然とした。

まさか、こんな圧倒的な戦力差でも彼らは立ち向かおうというのか。

その時、将監が振り返り、自分を静かに見据えた。

 

「夏世、援護できるか?」

「え?」

 

戸惑う夏世を無視して、静かに身構える。

そして有無を言わせぬ様子で、もう一度促した。

 

「できなければ司令を出せ。お前ェがいねぇと効率よくぶった斬れねぇからよ」

 

夏世は、違和感を覚えた。

将監の威圧的な三白眼に込められていたのは、仕事始めにする、いつものような冷たい眼差しではなかった。

絶望的な状況にもかかわらず、しかし焦燥や絶望感といったものは全く無い。凛とした佇まいで、威厳すら感じられる。

自分に対するそれも、作戦をいやいや聞いているときのものでもなく、見下したものでもない、芯のある眼光。

彼自身が、自分を安心して後衛を任せられるという安心感が伝わってくる。

その目にこもっていたのは、信頼だった。

隣を向けば、リンダもまた夏世を見ている。

 

「……いえ、大丈夫です」

 

数瞬の間だけ自身の状態を確認すると、頷く。

なぜだろう。どう見てもこの状況下は絶望的で、立ち向かうのは無謀なはずなのに、なぜか大丈夫だと思ってしまう。

 

「任せるぞ、夏世」

「えぇ、任されました」

「IQ二百十の実力、見せてもらうぜ」

 

瞬間、リンダが力を解放してロケットスタートし、瞬く間に数匹のガストレアを血祭りに上げた。

わずかに口角を上げ、それに負けずと将監は雄叫びを上げて敵陣へと突っ込む。

夏世もフルオートショットガンを構えると、その後を追った。

ガストレアの悲鳴がこだまする中、自然と笑みが浮かんでくる。

――まったく、今日は論理的に考えられないなぁ。

知能指数二百十の少女は自嘲気味に笑う。不思議と、嫌じゃない。

トリガーを引く。

かちり、と単調な音が鳴った。

 



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The Dinosaur Appears.

 リンダ・レイ、伊熊将監、千寿夏世。

 彼ら彼女らの戦いの舞台は既に元いた場所から大分離れていた。戦闘をしながらの移動によって、何時の間にか此処まで来ていたのだ。彼らの姿は森の奥に存在する開けた場所。そこは上空から見れば、いびつな楕円を描き、ローマの闘技場のような広場がある。面積は東京ドームほどの広さがあり、日本の数少ない平地を存分に堪能できそうだ。

 その中心に近い場所で、ガストレアの群れを相手に激戦を繰り広げていた。

 シオマネキに似たシルエットを持つステージⅠの幼体ガストレアの、振り上げられた巨大なハサミをリンダは正拳突きで粉砕する。甲殻類の頑丈な外骨格でも、ゴリラ特有の怪力で繰り出されたバラニウム鋼の拳の前では紙と相違ない。

 返り血が顔に降りかかり、生臭いにおいが立ち込めるが、このバトルスタイルを貫いてきた自分にはもう慣れたこと。戸惑う幼体の無事だった小さいハサミを掴んで、ハンマー投げのように振り回して迫るガストレアを殴り飛ばす。

 ある程度振り払ったのを確認し、用済みになったカニを全力で放り投げれば、群れの中央で地面に激突、圧潰し、衝撃で爆散する。ケラチン質の破片は天然の榴散弾となって四方八方に散らばり、周りにいたガストレアの体を切り裂いた。痛みにパニックを起こしたのか、角の生えているカバが暴走し、巻き添えを食らったほかのガストレアがキイキイと悲鳴を上げる。

 都合がいい。相手が多数の場合、こうやって混乱に陥れることができれば、自分たちへの攻撃がある程度やむ。

 頼むから喧嘩はなるべくよそでやってくれよと、リンダは最後に一瞥してからその後の経過を一切無視し、別のガストレアに注意を切り替えた。

 

「おっとッ!?」

 

 空から滑空してきたムササビタイプの奇襲を間一髪で避け、カウンターで頭から刃で切り裂く。綺麗に四枚おろしにされたムササビはそれぞれ四方向に墜落してから別のガストレアに踏みつぶされた。

 どこかにガストレアの製造機かなにかが設置されているのではないかと錯覚するほど、倒しても、倒しても、まるでゲームの雑魚キャラのようにわいてくる。

 それでも、リンダは百を超えるだろう敵を前にして不敵に笑った。

 傍らにひびく戦闘の音。出所を見やれば、蜂球のように群がったかと思えば、次の瞬間には旋風を巻くようにして吹き飛ばされるステージⅠの群れ。

 中央で鎮座する伊熊将監の動きは人間を軽く超越した速さでバスターソードをふるい、迫るガストレアを、容易く切り伏せ、そして叩き伏せる。

 背後を狙って牙を剥き出しに突進して来たガストレアの頭は、千寿夏世によって撃ち込まれた散弾で破裂し、四方に飛び散る。

 いとも簡単に粉砕されるガストレア、奴らは決して弱いわけではない。

 一般人が相手にすることはまず不可能だし、動きの速さはウイルス感染以前の動物の比ではない。ステージが上がれば、普通の重火器による攻撃もそう簡単には通さない。だから、今出回っている銃は何かしらの改造が施されている。傷ついたってすぐに再生する治癒力の高さの影響か、生命力も高い。

 ただ、相手が悪いのだ。

 極端かつ短気な性格を如実に表した体格を全力で生かした、将監の荒々しくも豪快な立ち振る舞いと、夏世の高い知力を生かした計算された大立ち回り。

 相反する二人の性格を見事に組み合わせた彼らの前では、ステージⅠには彼らの相手としてはあまりにも不釣り合いだ。

 さすが、高位序列者の立場は伊達ではないな、と感心しながらも、リンダは襲いかかってきたステージⅠを地面に叩きつけながらも、死角からの一撃をうまくいなしてから背負い投げ、白目を剥いた相手の頭を思い切り踏みつぶしてとどめを刺した。口に入った体液を吐き飛ばしながらもリンダは別の獲物を探す。

 ふと、とびかかってきたヘラジカのガストレアの突進を、真正面から受け止めた。角を掴んで踏ん張れば、勢いを殺し切れなかった身体が首を支点に直上へ持ちあがる。その瞬間、その場で高速回転して一気に相手の首をへし折ってから、脳天を蹴り飛ばした。とっさの思いつきでやったが、これはこれでかっこいい。スクリュー投げとでも称そうか。

 自分でもダサいと思うネーミングセンスに辟易しながらも、蹴り飛ばした際に折れた木の根のようにうねり絡まった造形の角を振り回し、射程内に入った哀れなガストレアを瞬く間に針山地獄の刑に処した。

 その後も、向かってくる雑魚を体力の消耗を最小限にしながらも吹き飛ばし、引き裂き、切り裂いて、殴り飛ばす。

 近接格闘術に関する語彙をすべて使い切りそうな勢いで、ガストレアをダース単位で殲滅すれば、勢いが自然とおさまっていくのを肌で感じる。

 それを見た将監がつぶやいた。

 

「よし……ビビりはじめたか……」

 

 ガストレアの動きが見るからに鈍り始めた。

 次に、困惑と恐怖のざわめきのような音が戦場の空気を支配する。

 将監の言うとおり、仲間の血で血まみれになりながらも一騎当千に戦う三人を見て恐れをなしたのだ。

 もともと市街地からの音に引き寄せられた雑多な群れで統率力がなかったのか、複数のガストレアに混乱が連鎖し、混乱は拡大する。立ち向かっても、立ち向かっても倒される仲間の姿を見て完全に戦意を喪失したのか、中にはその場から離れようとして別の個体と激突し、同士討ちをし始めるものもいた。

 

「……やったか」

 

 目の前で徐々に後退していく愛物の群れを見て、リンダは肩で息をしながらも不敵に笑う。

 正直、これ以上戦い続けるのには限界があった。リンダ自身、一日でこれほどいっぺんに動いたのは生まれて初めてであり、なおかつ、今の時間帯は彼女のような十代の未成年者には睡眠を要する時間帯だ。それに備えて仮眠こそしてはいたものの、ただでさえ精神を摩耗する未踏査領域の環境下で多大な運動と、頭脳を駆使して行う戦闘を同時にこなすには、いくら呪われた子供たちである彼女でも体力不足に陥るのは否めなかったのだ。

 しかし、その安堵は唐突に断ち切られる。

 

「……?」

 

 最初に気が付いたのは夏世だった。

 銃声とガストレアの悲鳴のせいで起こった耳鳴りとはまた違った、キーンという甲高い音が聞こえたのだ。

 続いて、ピリピリと首筋に走る、異様な空気。

 森を見やる。ガストレアが逃げようとしている先の、さらに奥まったところを注視した。

 

「……何でしょう?」

「あ?」

「え?」

 

 一見すると、何の変哲もない森。

 さらにその先には、数百メートルはある木々の群れ。

 だが、夏世はそこに違和感を覚えた。何も無いはずなのに、何かがあるような気がする。

 ふと思い出す。確か自分のモデル因子となったイルカは、暗い海中でも獲物を探せるように、超音波を発してその位置を探るという。

 途端に、なんだか嫌な予感がした。何かが、こっちに接近しているような気がする。

 その時、雷鳴のような雄叫びが森の中からこだました。

 耳をつんざくような叫び声に、三人とも思わずその場に凍りつく。撤退しようとしていたガストレアの群れも、ぶるぶると振動する空気にあてられその動きを止めた。

 次に、ずしんと足音が響き、地面が少しだけ揺れる。

 またさらに、ずしんとまた少し地面が揺れた。大地を揺るがす重々しい足音に、三人の顔がこわばる。

 これで地震かと勘違いするほど彼らは楽観的ではないが、この時ばかりは突発性の地震だと思いたかった。

 森の奥からまた一声鳴き声が聞こえたかと思うと、隙間なく群れていたガストレアが何かに道を譲るように左右へと分けていく。

 やがて茂みの中から、通常のガストレアにしても怖れる存在が現れた。

 

「……嘘でしょう?」

 

 夏世が小さく声を漏らす。

 それは、今まで見てきたガストレアの中でも、その怪物の大きさ。咆哮。凶暴な顔つき。気持ちの悪い体格。それらのすべてが彼らにとって真新しく、また、ぞっとするものだった。

 尻尾をなくしたワニのような体からはえた象のような太い足が大地を踏みしめ、背中にある魚のうろこが月の光に反射して虹色の燐光を発し、その隙間から所々鞭のような触手が伸びている。首に当たる部分からは筋骨隆々としたゴリラのような胴体が連結し、クマのような両腕からは巨大な鉤爪が生えていた。そのシルエットは、さながらギリシア神話に登場する、人間の上半身と馬の首から下の全身を有しているケンタウロスのようだ。顔はヤギのようで、象を彷彿とさせる長い鼻を有し、水牛のような角が生えていたが、歯茎がむき出しの口からは草食動物にはない鋭い牙が不規則に並んでいた。

 ぼたぼたとよだれがしたたり落ち、離れていても漂ってくる腐臭に吐き気を覚える。

 

「ステージ……Ⅳ?」

「だとしても、デカすぎる……」

 

 なにより、それは巨大だった。普段から往々にして巨大なガストレアだが、それでもその大きさは常軌を逸していた。

 小山のようなシルエットはまたしてどれぐらいあるのだろうか。彼我の距離感から換算しても、五、六十メートル近くあるのではないだろうか。

 ガストレアの最終進化系であるステージⅣ。小さく十数メートルから、大きくて数十メートルが成長限界ではあるものの、ここまで巨大化した存在などいるわけがない。

 だが、完全に心当たりがないわけではなかった。

 かつて世界中を蹂躙したステージⅤの一体である金牛宮、タウルスの腹心的存在として暴れまわったアルデバランも、同じステージⅣが小柄に見えるほどの巨躯を有していたという。このステージⅣもそれと同様だと考えたほうが、つじつまが合う。

 しかし、しかしだ。

 仮にそうだったとしても、自分たちの状況がさらに悪いところまで追いつめられたことには変わらない。

 これほどの怪獣じみた巨体を相手にすることなど自分たちにはできない、それこそ軍隊が出動しない限り、殲滅は不可能だ。

 開けた空間に躍り出たステージⅣは、逃げようとする小型のガストレアを追い払うように吠えたてたが、すぐに首をめぐらせ、やがて三人に血のように赤い目を向けた。

 睨み付けると同時に放たれたプレッシャーに、三人は思わず数歩ほど後ずさった。間違いなく、自分たちをこの事態の元凶だと認識している。

 将監は両隣にいた夏世とリンダにアイコンタクトをとる。ここはタイミングを計って逃げ出したほうが賢明だ。

 しかし、その考えは後ろから響いてくる獰猛な鳴き声によってかき消された。

 リンダは舌打ちする。振り返らなくても、後ろに広がる光景がどんなものかわかる。自分たちは完全に囲まれてしまったのだ。

 ステージⅣは三人に目を据え、ゆっくりと歩いてくる。まるで自らの絶対的優位を誇示するように悠然と。圧倒的な存在感を目にした三人にも反撃する気力など存在せず、いかにしてこの絶体絶命の状況から安全に逃げ去るか、考えに精神を集中させていた。

しかし、考えれば考えるほど自分たちの状況の悪さに追い詰められる。どうあがいても絶望しかないと悟った時、夏世は背嚢をおろし、ありったけのグレネードを身にまとった。

 

「夏世……?」

 

 将監の問いに、夏世は黙って後ろを向く。将監はとっさにその手を掴んで阻止した。

 

「何してやがる!!」

「自爆します。これだけあれば、きっと退路が……」

「馬鹿野郎!!」

 

 言い終わらないうちに、夏世の頭に拳骨が振り下ろされる。

 頭を押さえ、うずくまった夏世が驚いたように上を見上げた。

 

「……なぜ、止めるんですか? 私は、あなたの道具、ですよ」

 

 瞳に涙が混じり、声に嗚咽が入りながらも、夏世は反論する。

 しかし、将監はそんな夏世を冷たく見下ろしながら、言った。

 

「もし道具なら、持ち主の言うことは最後まで聞きやがれ」

「なぜ、ですか。道具と、して、戦って、道具として、死ぬ。そう教えたのは、あ、貴方じゃないですか。今が、さ、最後の、使いどころなん、ですよ」

「テメェの都合のいい時に、道具なんて言うんじゃねぇッ!!」

 

 将監の今までにないほどの怒号。その気迫に、夏世は一時静まる。

 しかし、夏世も怯んでいるわけにはいかなかった。

 

「……だっで、私は、貴方に死んでもらいたくないんです。死んでほしくない。だってあなたは……生まれた意味を見いだせなかった、私を……私に……」

 

 私に、存在価値を与えてくれたから。

 涙を流しながら、思ったことをそのまま言うために言葉が支離滅裂になる。

 しかし、夏世にとってそれは紛れもない本心だった。生きる価値の見いだせなかった自分に、彼は初めて『道具』という存在意義を与えてくれた。

 だから最後まで道具として死ぬ。それにためらいはない。

 不意に頭に手を当てられたかと思うと、ぐいと無理やり持ち上げられる。

 将監はぴしゃりといった。

 

「さっきも言った。使いやすい道具ってのは長く使いたくなる。だから、自分から進んで死のうとするんじゃねぇ」

 

 夏世は静かに頷くと、グレネードを外す。

 それを横目に見ていたリンダは、同時に、ぐるる、と低いうなり声が聞こえてきて意識を前に移す。

 立ち止まってこちらの様子をうかがっていたステージⅣが、群れを率いながらその巨体を再び前進させていた。しばらく立ち止まっていたところを考えると、まるでこちらの会話を理解していたかのようだ。

 妙なところで空気を読むガストレアたちの奇行に若干の違和感を覚えながらも、三人は身動きできずにいた。

 彼我の距離が数十メートルまで迫った時、ふいにステージⅣが一声鳴いた。相手を威嚇するには程遠い、短く乾いた発声。

 

「……あいつら、会話しているのか?」

 

 とある有名な映画のワンシーンを思い出したリンダが疑問を口ずさむ。

 それは恐竜を題材にした映画だったが、その中で小型の肉食恐竜が仲間同士でコミュニケーションをとるように短い鳴き声を上げていた。

 そういえば、前述したタウルス、およびアルデバランも、多数のガストレアを配下に世界中を暴れまわった記録がある。つまり、支配し、統制するだけの力があることは明白だ。

 もし、この鳴き声がそれと同一のものだとすると……。

 

――あれ、これ詰んだ?

 

 答えは奴らの行動によって示された。

 変化はすぐに表れた。鳴き声を聞いた小型のガストレアが、それまでバラバラだった歩調を一斉に合わせ始めたのだ。

 目に見えて変わる挙動に、冷や汗が噴き出る。ガストレアは『言葉』と『会話』の概念を理解していたのだ。だから、将監と夏世の会話中は一切しかけてこなかったのだ。

 何故か? 決まっている。

 シャチが獲物のアザラシを仲間同士でつついて徐々に弱らせるように、知能が高い生物は、狩りの前にまず獲物を徹底的にいたぶることが多い。

 奴らはそれ以前の、いたぶる前に、まずは獲物に人生最後の猶予を与えたのだ。同種族間で会話できる、最後の猶予を。そして、その猶予が過ぎたとたったいま判断したのだ。

 推測ではあるが驚いた。ガストレアの知能はここまで進化していたのか。

 やがて、小型ガストレアの群れが前に出てきた。

 見つめる目は、完全に捕食者そのものだった。

 

「おい……これ」

 

 無言で首を振った。相手はたっぷり三分間待ってくれたようだが、あいにく自分たちは起死回生を起こす滅びの呪文など知らない。三人は、自分たちの人生にタイムリミットが迫っているのがわかった。

 足音が大きくなっていくうちに、肩の力が抜けていく。いよいよ最後。万事休すか。

 そう思って座り込んだその時、ずしん、とわずかに地面が揺れた。

 きっとステージⅣの足音が混じったのだろう。

 また、ずしんと地面が揺れた。

 その瞬間、静寂があたりを支配した。

 

 

 

 いつまでたっても襲いかかってこないことに違和感を覚えて顔を上げると、威勢の良かったガストレアの群れが進行を止めていた。

――おかしい、なにがあった?

 

「……なんか、変だな」

 

 将監があっけにとられながらもつぶやく。

 ずしん、とまた地面が揺れた。だが、それはどう見ても目の前の群れのものではない。

 ふと、夏世が視界の端に映ったものに視線を下に見やった。

 そこには、踏み荒らされ、足跡が付いた土に、ガストレアの血がたまっている。

 再び地面が揺れて、その表面に波紋が起こった。

 最初こそわずかだったものの、地面の揺れはゆっくりと、しかし確実に大きくなっている。そして波紋も大きくなる。

 その時、小型のガストレアたちが興奮したような唸り声をあちこちで上げはじめた。

 今度はこちらを見据えながらも正面を向いたままぞろぞろと後ずさる。まるで、何かにおびえるように、でも、いったい何から?

 立っていられないぐらいに地面が揺れ、血だまりに水滴が飛んだところで、やっと足音だと気が付いた。

 それは、後ろから来ている。だが、そっちにも小型ガストレアがたむろしていたのではなかったか?

 正体を確かめようと後ろを向いた途端、三人の目の前に何かが落ちてきた。リンダがそれを拾い上げると、ぎょっとして放り投げる。

 

「……ヤギ?」

 

 夏世がつぶやいた。

 太ももから先はちぎれてなくなっていたが、白い体毛に覆われた二本の蹄を見る限り、丸太のように太く巨大なものの、ヤギの後ろ脚だ。でも、なんでこんなところに?

持ち主はどこだと三人は上をむき、降ってきた位置を見やる。

 そして、見えたものに思わず凍りつく。

 

――それは、鋭く尖った牙の中にいた。

 

 ヤギ型のガストレアが、か細い鳴き声を上げながら、多数の牙に貫かれている。刺さった箇所から血がだらだらと流れおち、地面に滴り落ちていく。

 仲間に助けを求めるような弱々しい鳴き声が、くぐもって聞こえる。ガストレアの死ぬ前の最後の抵抗は、ごろごろとうなる巨大なあごの、真っ暗な喉の奥に押し込まれるまで響いていた。

 巨大なあごの持ち主は、数メートルはあるはずの巨体を噛まずにごくりと飲み込むと、雷雲のような唸り声をあげてこちらを見下ろす。

 その瞬間、目の前のガストレアたちが威嚇するように一斉にほえたてた。それに反応したのか、今度は聞くからに不機嫌そうな唸り声をあげる。

 木々の間に張っているツタが気になるのか、体躯に見合わない小さな手で強度を確認する。二、三度揺らして、さしたる強度もないことが分かったのか、十数本のツタをその大あごでまとめて口にくわえると、首を振って一気に引きちぎった。ちぎれたツタが鞭のようにうねりながら地面をたたき、風圧で土埃が舞い上がる。

 ずしん、と一歩踏み出す。体の芯まで響く足音は、とてもではないが生物が発したものとは思えない。

 ずしん、とまた一歩踏み出す。月光にさらされて開けた視界を“それ”はあたり一帯をなめるように見回す。

 リンダも、将監も、夏世も、はてはガストレアも、その場にへたり込みながら息を殺し、巨大な生物が動いているさまを目で追った。

 生命力と躍動感に満ちた、筋肉の盛り上がった三本指の足を覆うごつごつとしたうろこは、戦車砲の砲弾すら弾き返そうなほど頑強そうな印象を与える。

 数千年生きた木のように、太くがっしりとした後ろ脚が支えるのは、小山のような体躯の胴体。遠近法を無視したその大きさは巨大すぎて詳細に把握できないが、おおよそ七十メートルはあるのではないか。背中には甲羅と見間違えるほど厚みのある背面装甲が、頭から尾の付け根まで覆っている。

 連なる尻尾は幾重にも束ねた貨物列車のようで、尾の先にはハエタタキのように平べったい形になっている。スパイクで覆われているそれがひとたび振るわれたら、かすっただけでも大半の生物は重傷を負うだろう。

 口には尖った牙がずらりと並び、万物をかみ砕きそうな大あごを剣山のごとく彩って、凶悪そうな顔立ちをより一層の拍車をかける。

 

「……Dinosaur ?」

「恐竜だぁ? ば、馬鹿いえ、あんなデカい恐竜が――」

 

――いるわけないだろ。

 そう言おうとした将監の言葉は最後まで続かなかった。

 またずしんと一歩踏み出したかと思うと、恐竜に似た巨大生物が大きく息をすったかと思うと、いきなり身をかがめて、まるで目の前のガストレアたちに己の存在を示すように高らかに大きく咆えた。

 夜の森をぶるぶると大きく震わす咆哮は一種の衝撃波となり、あてられた木々が大きくのけぞる。

 鼓膜が破れるかと思うほどの大音響に、とっさに耳をふさいだものの、至近距離にいた三人はあまりの音圧に全身の内蔵がシェイクされるような気持ち悪さを覚え、息を止め全身に力を入れてその場にうずくまるしかなかった。

 衝撃波にあおられて仰向けになってしまった夏世は、薄く眼を開けて上を見やる。身をかがめ、ためた力を絞り出すように咆哮し、裂けてしまいそうなほど大きく開かれた口の持ち主である巨大な恐竜。

 すべてを射殺さんと大きく見開かれた金色の瞳には、間違いなく憤怒があった。

 間違いない。夏世は確信する。

 

 

 

 この恐竜こそが、『戦場の巨大恐竜』なのだと。

 

 

 





 原始恐竜 ゴロザウルス
 体高:約70メートル
 体重:不明

 ペルム紀末期に出現した怪獣の一体。
 種別は現在の爬虫類に続く主竜類で、放射線濃度が劇的に減少した時期に生息していたため放射線はあくまで副次的エネルギー。恐竜を初めとした主竜類が絶滅を逃れ、中生代に発展したのはもっぱらこの個体群の性質による影響。まさに『原始恐竜』である。
 正面を向いて両眼視できる目、頑健な顎など、風貌はティラノサウルスに酷似しているが、これは収斂進化によるものなので全くの別系統。
 生存競争の激しいペルム紀の環境に適応した結果、非常に柔軟性に富んだ骨格をしており、巨体に似合わぬ素早さに高低差の激しい場所での立体的な行動も可能。また頭骨は同時代の生物の中でもトップクラスの頑強さを誇り、核兵器数発でやっと破壊できる。前足は三本指である。体表はワニのようなウロコで覆われている。





 本編にちょくちょく入った“彼”の正体はこいつです。
 出現シーンは……何がモデルかわかりますよね?


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矛×鎧×盾



 誰か『シン・ゴジラ』の予告音楽でブラック・ブレットの予告パロやってください(超唐突)

 


 

 集音機からけたたましい笑い声が響いたのは、スーツを装着し終えて名乗りを上げてからだった。

 

「そうか、そうだったのかッ! 里見くん、君を一目見た時から何故か気になっていたが、まさか私と同類だったとはねぇ!! 芹沢くんはちょっと違ったが、限りなく近い存在とでもいおうか!? ヒ、ヒヒヒヒヒヒ!!」

 

 備わっている分析機能が彼の体内を自動的にスキャンし、マスクの内側のディスプレイが、笑ってよがり狂う影胤の心拍数が上昇していることを淡々と伝えてくる。他にも、透けた骨格から体内に内蔵された斥力発生装置がオレンジ色の三次元映像として捉えられた。

 隣を見やれば、右腕と右足がバラニウムの義肢に変わった蓮太郎も影胤と同様にスキャンされ、腕に十発、足に十五発仕込まれたカートリッジが映像認識で確認される。影胤が防御を重視したものなら、蓮太郎は攻撃重視ということなのだろう。

 絶対的防御力と絶対的攻撃力。まさに『盾』と『矛』の『矛盾』した戦い。自分はさしずめ、両者を併せ持ったバランスタイプ。悪い言い方をすれば、半端者といったところか。

 

「いくぞ、芹沢」

「あぁ」

 

 スピーカーを通してやや機械的になった声で頷き返すと、鋼鉄の足で地面を踏みしめる。思考操作で、内外のセンサーや綿密にハッキングした衛星通信を使って、常にスーツの状態をフィードバックしているオペレーティングシステムを戦闘モードに移行し、様々な戦術的な情報を提供させてもらう。

 

「里見蓮太郎、これより貴様を排除する」

「同じくジンラ號。貴殿を殲滅せんとす」

 

 ひとしきり笑い終えた影胤は、さも嬉しそうに右手を掲げると、手の甲を外側に向け、折り曲げられた中指に親指が添えられる。

 

「よろしい。ならば見せてみたまえ、この私に――」

 

 グッと力を込め、ずれた指先が付け根へと叩きつける。

 

「マキシマムペインッ!! 潰れろおおおおおおおッ!!!!」

 

 青白い燐光を放つ斥力場が扇状に膨張し、凄まじい速度で迫りくる。だが、両者共に引く気配はない。

 

「その技……もう見飽きてんだよッ!!」

 

 友幸が吼えると、右の拳を固く握りしめ引き絞る。分解収納されていたジャマダハルが再構築されるのと同時に、エンジンが空気を取り込む甲高い音が高鳴っていくのが聞こえる。次の瞬間肘の装甲が展開し、スラスターユニットが露出。そこから蒼白い炎を迸らせながら加速し、突き出す拳に更なる力を与える。

 

「『エルボーロケット』ッ!!」

 

 音速を超えて繰り出された切っ先と斥力フィールドが激突し、轟音を奏でる。衝撃波が空気を押しのけ、接触面が青白い電撃をまき散らす。数瞬の拮抗の後、刀剣はガラスを打ち破るような音を立てて貫通。鍔迫り合いに打ち勝ったのは友幸だった。

 着弾点が爆発し、影胤が大きくノックバックする。

 

「斥力フィールドが破られた……?」

 

 粉塵が巨大な煙幕となってあたり一帯を覆うなか、影胤は驚愕に目を見開く。

 防ぎきれると思っていたが、違った。突き出された拳はそれ以上に強力だった。

 

「よそ見してんじゃねぇぞ!!」

 

 不意に蓮太郎の声が聞こえてきたかと思うと、粉塵の一部が暴発した。そして、そこから蓮太郎本人が弾丸のように飛び出してきた。

 

「天童式戦闘術一の型三番ッ!!」

 

 咆哮を上げて、蓮太郎は超バラニウムでできた右の拳を影胤へと向かわせる。

 だが、影胤は動じなかった。二重攻撃は彼の予想の範疇だった。

 手のひらをかざし、再び斥力フィールドを展開させようと、装置に指令を送る。

 しかしその瞬間、影胤の腹に鋭い痛みが走ってそれを阻害した。

 

「なッ……」

「轆轤鹿伏鬼ぉッ!!」

 

 いきなり足に力が入らなくなり、自分の口の中に突如広がった鉄の味に困惑したのも束の間、腹に強烈な一撃を受けた影胤の身体が凄まじい勢いで吹き飛ばされる。

 

「パパァッ!」

「……くひ、くひひひひ」

 

 そうか、そういうことか。影胤は笑いながら理解する。

 最初に打ち出された友幸の拳が、フィールドダメージを殺しきれなかったのだ。

 

「パパを、いじめるなああああああっ!!」

 

 一連の流れを見ていた小比奈が激昂しながら走り出したかと思うと、十メートルもの距離を一瞬に移動して間合いを詰める。一回転して小太刀を大きく振りかぶる。

 剣戟音が鋭く響いた後、小比奈の顔は驚愕に彩られる。

 

「お主こそ、蓮太郎に、友幸に手を出すなっ!!」

 

 同じく、一瞬にして十メートルもの距離を移動した延珠が、バラニウムでできた靴の裏で小比奈の剣戟を受け止めていた。

 延珠はそのまま馬鹿力で小比奈を押し返すと、蓮太郎を抱えて急加速し、その場から離れる。

 友幸もそれに続いた。

 背中のバックユニットが割れ、そこから二本のスラスターが突き出てくる。同時に脚部の機構にも動きが加わって、ふくらはぎと足裏から同様にスラスターが顔を出した。

 レーザー核融合炉が発する莫大なエネルギーがノズルを青く輝かせ、膨大な熱量を一気に放出する。たとえ人間の身体が航空力学的に飛行に適していなくても、それを可能にする暴力的な熱風は、重装甲で覆われた友幸を空へ舞い上がらせるのにさほど時間を有さなかった。

 次の瞬間、三人のいた場所が爆発したかのように土煙が上がる。影胤が持つカスタムベレッタの援護射撃だ。

 

「楽しい、楽しいよ二人ともッ!! この痛み、この空気、私が生きていることが確認できる、戦場の空気だッ!! 素晴らしい、素晴らしいよッ、素晴らしきかな我が人生!!」

 

 フィールドに負荷がかかり、内臓の軋み上がるような痛さを感じながら、影胤は声を殺して笑った。

 あの宇宙人と戦った時にはなかった、湧き上がる昂揚感に歓喜した。

 銃口を向ける。悪趣味な装飾がつけられた拳銃が一斉に火を噴いた。

 

「ハレルゥヤァァッ!!!!」

 

 マシンピストルと化したベレッタがフルオート射撃を開始する。それを見た延珠は変則的に飛び回りながら回避に専念する。だが、影胤は高速で動き回る彼女に正確に狙いをつけて銃弾を叩き込んでいった。先ほどまで飛び乗っていた係留ボートが瞬く間にハチの巣にされて海底に沈む。

 強烈なGに翻弄されながらも、蓮太郎は改めて影胤の馬鹿げた能力に戦慄する。ただでさえ狙いがつけづらい二丁拳銃の上にフルオート射撃でありながら、なおのことここまで正確に射撃ができるとは。

 友幸はそれほど回避に専念せず、影胤の銃撃を真正面から受けた。銃弾が表面にあたって火花を散らすが、耐衝撃性に優れた装甲はベレッタ銃程度の威力ではかすり傷ひとつつかない。

 スラスターをふかし、友幸は単身で影胤へと突撃していく。

 

「いかせないっ!!」

 

 小比奈が立ち塞がったが、その瞬間スラスターの出力を上げ、加速する。想定よりも早く間合いを詰められてしまった小比奈は、友幸に懐へ入られることを許してしまった。

 加速した勢いにひじのスラスターの噴射力を加えて、渾身の斬撃を繰り出す。小比奈はそれを、小太刀を交差させることで受け止めた。

 しかし、空中でとっさにとった態勢だったためにその勢いを満足に殺し切ることはできず、想像以上の重い一撃を受け止めた小比奈の小さな体は、まるで人形のように吹き飛ばされた。

 続けて本陣の影胤に渾身の右ストレートを叩き込む。貫通に適した構造のジャマダハルが空気を切り裂く唸り声を上げ、首元に迫る。影胤はそれを掌に展開した小型の斥力フィールドで上手く受け流すが、友幸はすぐに斜め上から左ストレートを叩き込む。砲弾もかくやという勢いで振り下ろされた左腕は、これも展開されたフィールドによってうまく受け流されたが、友幸は動きを止めずにそのまま体を回転させる。逆の足で放たれた両足の踵落としが影胤を捕らえた。

 影胤はそれを頭上で両腕を交差させてガードし、右掌で右足首、左掌で左足首を掴むと、紙を引き裂くような勢いで両腕を広げる。突然加わった回転運動に面食らうも、スラスターを噴かして強引に姿勢を制御。横回転を止めると今度はバーニアの出力を上げ高速で縦回転し、両腕のジャマダハルを巨大な鉄槌のように振り下ろした。

 だが、青白い障壁によっていとも簡単に阻まれる。断頭台は悔しそうな金切り声を上げると、弾き返された。

 影胤はそこにできたわずか一瞬の隙を突き、マキシマム・ペインを最大出力で放つ。が、それを先読みしていた友幸はバーニアの出力を限界までふかして後方へ離脱する。

 しかし彼の猛攻は止まらない。

 友幸は再び影胤をにらみつけると、肩から二門の大砲が伸びた。

 三十ミリライフル砲。バラニウム弾、劣化ウラン弾及び爆裂徹鋼焼夷弾を使用。特殊機能として、圧縮したプラズマを電磁加速させて発射することも可能な、生身の人間にはとても扱えない火砲だ。

 

「喰らえっ!!」

 

 思考操作によって狙いを定められた機関砲が、火を噴いた。

 手始めに放たれた数発の劣化ウラン弾が空気を切り裂いて影胤に殺到する。人に発射するには明らかにオーバーキルなそれはしかし、やはりというべきか青白い燐光に阻まれ、弾き飛ばされた。

 影胤からカウンターとしてベレッタ銃が顔面めがけて撃ち込まれるが、顔に腕をかざして防御する。しかし、それは小比奈を接近させるための囮だった。

 接近する反応を見てそう悟ってから数秒。間近に強烈な殺気を感じて飛び上がると、先ほどまで友幸が立っていた場所の舗装されたタイルが切り裂かれた。

 その時、延珠が眼下の倉庫街に着陸する。だが友幸の戦術システムが、影胤が撃ち込んだ銃弾が二人のすぐ近くまで接近していることを捉えていた。

 

「――!?」

 

 不味い、そう思ったときにはすでにスラスターを全開にしてその間に割り込んでいた。腕を交差し身をかがめ、防御に徹する。次の瞬間、ガキィンと金槌を鉄板に振り下ろしたような音がいくつか響き、衝撃が骨の髄まで届いた。

 

「大丈夫か?」

「あぁ、サンキュ」

 

 蓮太郎は友幸を背に銃を構えると大きく息を吸って吐くと、正面を見ながら問う。

 

「延珠、一対一で影胤を倒すのにどれくらいかかる?」

「わからん、だが時間はかけさせん」

「ならその前に俺に任せてくれ。奴を消耗させる」

「どうやるんだ?」

 

 マスクの下で友幸はふっと笑った。

 

「ねぇ蓮太郎君、飛行場で言った武装は大体ウソだったけどさ、一つだけ本当のことがあるんだよ」

「そいつは?」

「弾丸その他が合計数百発もあるってこと」

 

 瞬間、友幸の装甲が大きく変化する。

 バックユニットから二門のライフル砲のほかに、七・六二ミリの『ベ八八式三銃身ガトリング銃』と、肩の装甲から小型の多連装ペンシルミサイルポッドがせり上がる。その他にも、腕部装甲の手首外側の零式レールガンや、内側に据え付けられた実弾式マシンガン、アタッチメントでジャマダハルに装着していた機銃をも持ち出して、それらすべてが影胤に照準を合わせる。

 

「全弾発射!」

 

 そう指示したかと思うと、両肩のミサイルポッドからホーミング式ペンシルミサイルが十二発放たれ、遅れて背中と四肢の火砲が一斉に連続射撃を開始する。バックブラストや硝煙が舞い上がり、圧倒的かつ暴力的な火の雨が影胤に向けて叩き込まれた。

 蓮太郎も友幸の影から飛び出し、生身の影胤めがけてXD拳銃で応射する。しかし、その火力は隣で人型の砲台となっている友幸の足もとに及ばない。

 目を見張るような攻撃力だ。彼のそれは、まるで旧ソビエト連邦が得意としていた面制圧砲撃だ。

 着弾の熱波と爆風が押し寄せる中、蓮太郎はその凄まじい火力を間近で見せつけられ、その出鱈目さに息を飲む。今になって、この人間が味方でいることに心底感謝した。

 少ししてから、冷却と様子見を兼ねて砲撃を中断する。むせ返るような硝煙と火薬のにおいが立ち込め、発生した粉塵は倉庫街一帯を完全に覆い尽くしていた。

 

「……やったのか?」

「いや、全然」

 

 ディスプレイが送ってくる情報に友幸は舌打ちする。煙が晴れた先には、砲撃によって耕されクレーターだらけの月面のような有様となった中で、青白い燐光を発し続けるドーム状のフィールドがあった。

 

「でも、効果はあったらしいね」

「ぐっ……」

 

 イマジナリー・ギミックを解除した影胤が苦悶の声を漏らす。どうやら制圧砲撃は彼に負荷をかけるのには十分だったようだ。

 延珠がモデルラビットの脚力を生かして、友幸がスラスターを噴射し一気に加速して影胤に迫る。小比奈がまた迎撃しようと前に出て小太刀を振るおうとするが、次の瞬間友幸の弾幕によって妨害された。その隙を狙って延珠は小比奈を通り過ぎると、影胤めがけて突進する。

 小比奈も遅れてその意図を理解し、痛恨の表情を浮かべすぐさま影胤を援護しようと振り返ろうとした。しかしその瞬間、足元に銃弾が数十発撃ちこまれて思わず足を止める。

 友幸のガトリング銃の全自動射撃だ。どうしても行かせるつもりはないらしい。

 第一そんなことは彼女の相棒が許すはずがない。

 

「お前の相手は、こっちだッ…!!」

「……糞がぁっ!!」

 

 

 

 友幸と延珠が二人掛かりで影胤に飛び掛かる。影胤にとっては、二人は決して与しやすい相手ではないはずだ。

 接近しながら放つライフル砲による砲撃を影胤が斥力フィールドで弾いている間に、背後から延珠が接近、右脚を振り上げ回し蹴りを放つ。頭部めがけて繰り出された脚を、影胤はすんでのところで首を反らして回避する。続けて繰り出される破壊的な蹴りを、影胤は必要最低限の動きで回避し、時に掌でいなしていく。顔を上げて延珠と向き直ると、彼女の赤い目と視線が絡んだ。

 その隙に、火砲の類を収納した友幸が影胤の懐へ滑り込むように踏み込み、ストレートを叩き込む。ここまで密着すると延珠への誤射を防ぐために下手な銃撃はできない。繰り出された友幸の鋼鉄に包まれた右拳は受け止めた影胤の腕を軋ませる。

 二撃目の左拳を掬い取るように振り上げ、鳩尾へ一気に放つ。しかし敵もさるもので、軌道をずらしてうまく避けたのち脇腹で抱え込み、関節技を決めようと力を込める。友幸はとっさに拘束を振りほどくと、また影胤の懐に飛び出す。

 次の瞬間始まる、互いの保持する格闘術による接近戦。だが、繰り出すパンチは影胤の手甲によって弾かれ、いなされ、脇にずらされる。友幸はマスクの下で苦い表情を浮かべる。これに関してもやはり影胤が一歩先を行っていた。

 数歩だけ後ろに下がれば、風を切る音が耳に響いた。影胤の背後からタイミングを見計らって割り込んできた延珠の脚が振り下ろされる。遅れて友幸も脚部のスラスターを全開にし、右脚を振り上げ回し蹴りを放った。

 しかし繰り出された二連打撃は、一度目は部分展開したイマジナリー・ギミックに阻まれ、続く二撃目は後方に跳躍されたことで回避された。

 攻撃がなかなか当たらない煮え湯を飲まされ、思わず舌打ちする。

 

――上方にバラニウム金属、血液反応を探知。迎撃不能。緊急回避推奨。

 

 その時、上から何かが落ちてくるのが捉えられ、その旨が義眼に表示された。

 

「上だ、二人とも!!」

 

 続いて響く蓮太郎の言葉。だが、友幸はそれらの意味を頭ですべて理解する前に、延珠を抱えてその場を飛びのいた。

 次の瞬間、小太刀を下にして爆弾のように落ちてきた小比奈が地面を串刺しにする。

 

「哭け、ソドミーッ、唄え、ゴスペルッ!!」

 

 間髪入れず放たれる影胤の追い打ちの射撃。半身のスラスターユニットを全力で噴かし、加速しながら身をよじらせ、背中を向けて後退する。だが、完全に反転する前に弾丸のうち一発が延珠の上腕に命中してしまった。

 

「あぐぅッ……」

「延珠ちゃん!!」

 

 腕の中の延珠が苦悶の声を漏らす。まずいことに、撃ち込まれたのはバラニウム弾だ。これではイニシエータ特有の再生速度が大幅に抑えられてしまう。

 

「くっ!!」

 

 無駄だとわかっていながらも、友幸は背部のガトリング銃を連続射撃。全周防御使用のため可動範囲がかなり広く設定されたそれは難なく真後ろを指向し、数えきれない銃弾の嵐を叩き付ける。

 だが数秒たてば、発生した青白い燐光がすべての弾丸をあらぬ方向へと弾き飛ばしていた。

 

「芹沢、もう撃つなっ!!」

 

 蓮太郎の突然の頼みにどういうことかと一瞬いぶかしむが、彼の手に持っている物を見てその意図を察する。

 その時、暗闇の中から小比奈が猛追し、三人に迫る。その瞬間、蓮太郎が手に持っていた円筒缶のピンを引き抜いて投擲する。小比奈が構わず切り払おうとして影胤が初めて大声を上げた。

 

「いかん小比奈!それは―――」

 

 直後、スチール缶の物体が小比奈の目の前で炸裂し、爆音と閃光を撒き散らした。

 

――特殊音響閃光弾とはなかなかえげつないことをするなぁ。

 

 マスクの遮光フィルターと音響制御装置で軽減された光と音をその身に受けながら友幸は口笛を鳴らす。

 一度爆発すれば、数百万カンデラの爆光と百七十デシベルの爆音が発生する。いかに訓練された人間でも無防備な状態でそれを受けてしまえば、一時的な失明、眩暈、難聴、耳鳴りなどの症状が現れるという。

 事実、超至近距離でその洗礼を浴びてしまった小比奈は目を固く閉じてしまい、耳を抑えて苦悶の叫びを上げ身をよじらせた。それは小比奈にほど近い場所にいた影胤も例外ではない。そして、その機会を逃すほど彼らは愚鈍でもなかった。

 

「いまだっ!!」

 

 生じた隙を狙って、三人は一斉に駆け出す。

 まずはあらかじめ耳を押さえていたモデル・ラビットのイニシエーターが先手を切った。訳も分からず混乱の極みにあった小比奈だが勘だけで小太刀を交差させて身を守る。

 

「これで終わりだ――『ちっちゃいの』」

 

 意趣返しとしていつか言われたのと同じ言葉を吐き、満身の力を込めた蹴りを入れる。薄手の鋼板をもぶち抜ける打力を持った全力の一発は、ガードした小太刀を一本へし折りながらもなお勢いは減らず。蹴りぬかれた脚はさらに先を行って小比奈の体躯を身体ごと押し上げ、交差させた両腕の骨がミシリと悲鳴を上げる。次の瞬間には、小比奈は埠頭から遠くの海上にまで吹き飛ばされていた。

 そして、友幸と蓮太郎が残った影胤の前に回り込んだ。

 一瞬だけアイコンタクトを交わすと、頷く。今の二人には、このタイミングが両者の間で合致しているという確信があった。

 

「天童式戦闘術、二の型十四番――」

「俺の必殺技、パートワン――」

 

 二人同時に構え、ベレッタ銃が二人に銃口を合わせる前に友幸は脚部のスラスターを全力噴射。蓮太郎は脚部のカートリッジを排出することで、蹴りを爆発的に加速させる。

 

「『隠禅・玄明窩』ッ!!」

「『ホーミューショット』レベル参ッ!!」

 

 ジェット噴射の惰力が付加されたジンラ號のスペースチタニウム鋼の脚と、カートリッジの撃発推進で凄まじい速度を出す蓮太郎の超バラニウム鋼で出来た右脚、両者の尋常ではない脚力がほぼ同時に叩き込まれた。

 激突の瞬間、新たな斥力フィールドが発生する。部分的に展開された障壁から青白い燐光が迸るが、それでこの蹴りを阻むことができたとしても、その勢いを殺すことなどできない。

 衝撃に耐えきれなかった影胤が大気を切り裂きながら吹き飛び、暴力的な勢いを伴って海面に着水。砲弾が着弾したかのような水柱を上げる。やがてシンと静まり返った夜の闇に、冷却口から蒸気が噴出する音が二つ響いた。

 レーダーサイトに映された影胤のシグナルが消失したのを確認し、万が一のために展開していた兵装を収納する。

 それに続けて、ヘルメットを展開させる。吹き抜ける潮風が妙に心地よく感じて、自分の頭が汗でびっしょりと濡れていることに気が付いた。

 

「延珠、その腕――」

「……へへ、一発だけ当たってしまったのだ」

 

 隣から聞こえてきた声にハッとする。

 へたり込んでいる延珠の左腕から、血がとめどなく流れていた。スキャンした結果判明した、銃弾が骨や大きな動脈や静脈といった部分を貫通していなかったことが不幸中の幸いだった。

 

「……すまない、蓮太郎君。あの時しっかりガードしておけば……」

「……いや、気にしていない」

 

 友幸の詫びをやんわりと受け止めながらも、粛々とした態度で応急セットを取り出す。

 手当てを受けて少々痛そうに顔をしかめながら、延珠は蓮太郎に問いかけた。

 

「……蓮太郎、妾たちは勝ったのか……?」

「分からねぇケド……少なくとも戦闘不能にはしたはずだ。あんな勢いで海面に叩き付けられちゃ、内臓破裂を起こしていてもおかしくない」

 

 それを聞いた延珠は頬をほころばせると「じゃあ、あとは遺産だな」とつぶやいた。

 

「……二人とも、俺は教会に行って『七星の遺産』を回収してくる。二人はそのまま治療に専念しといて」

「あぁ、そうする」

「なるべく早くせねばな! このあとも夏世とリンダを迎えに行くぞ!」

 

 そういって延珠は満面の笑みを浮かべた。

 腕を撃たれて痛いはずなのに、先ほどまで凄絶な戦闘があったのに、それらを一切感じさせない無垢な笑顔と明るい声音に、こちらも張りつめていた緊張感が自然とほぐれていくのがわかる。

 

 

――だからこそ、義眼が「警報」の赤い二文字を点滅させた時は、機器の故障を一瞬だけ疑ってしまった。

 

 

「……まだ生きてる」

「え?」

 

 振り向いた先は何の変哲もない、静かな波をたたえる穏やかな海面。今しがた飲み込んだ怪物の気配すら感じさせない。

 だが、友幸は慄然たる思いでその信じられない光景を凝視した。

 ゴポリ、と気泡が生まれ浮かび上がる音が嫌に大きく聞こえる。

 さざ波が立つ海面にふと小さな穴が開いたかと思うと、そこから一気に拡大し、まるでくりぬかれた粘土のような円筒形の虚ろとなった。

 この世のものとは思えぬ超常的な現象を作り上げた恐るべき白貌の仮面は、狂気じみた赤い光を眼窩より放つ小娘と寄り添いながら、海抜はおおよそ八メートルの深淵よりこちらを覗き、睨みつけている。ダメージはあるようで、影胤の持つ冒涜的な装飾が施された拳銃は見当たらないし、小比奈の小太刀は片方を失っている。しかし、総合的に見れば戦闘不能には程遠い。瞳から伺える闘志には微塵の揺らぎも感じられない。なぜだろう、視覚の位置的には圧倒的優位に立たされている状況なのに、精神がそれをことごとく否定する。

 これが、超高序列者。

 全身の血液が液体窒素に摩り替えられたような悪寒が走るなか、激しく動悸している心臓は原子炉のような熱を持ってその逆を行く。

 制御装置を切られたわけでもないのに、四肢が装甲服の重さでその場に縫い付けられたように動かない。

 その時、がくんと足場が不安定になり、よろめく。埠頭のタイルが異音を立て大規模なひびが入り、足元にまで広がっていた。我に返った友幸は再びヘルメットを閉じ、大きく跳んで蓮太郎と延珠の後ろに立つ。

 

「芹沢、はやくここから離れるぞ!」

「あぁ、落ちるなよっ!」

 

 胴に腕をまわして二人を抱きかかえ、噴射炎が当たらないように気を配りながら飛翔する。湾に停泊していた大型客船に着地すると、まもなく影胤も小比奈を連れて舞台に立つ。担がれた様子はない。足の裏から斥力フィールドを放出して自身の身体を押し上げたのだろう。

 蓮太郎はすぐさま天童式戦闘術の構えを取り、友幸は全武装を展開して影胤に狙いを定める。だが、影胤は何もしてこない。ただ、憎悪の籠った眼差しを向けたままだ。

 

「ねェ、里見君、芹沢君。君たちは、なぜ生きているんだい?」

 

 唐突に口を開いた。

 何も関係もなさそうなことをいきなり尋ねられ、たじろぐ。

 言葉は続いた。

 

「私と、キミは、キミたちは、いわば兄弟だ。他人の都合で生死を決められ、歩く道を勝手に作られた“人ではない人”、新人類創造計画の機械化兵士じゃないか? 遺伝子をいじくられ、冷たい鉄の子宮の中で生み出され、親の顔すら知らぬまま育った人造人間ではないか? 小比奈も、延珠ちゃんも、芹沢君の相棒もそうだ。自らの意思で生まれたわけでもないのに、世界から否定された」

 

 腕を伸ばし、拳を上向きに握る。

 

「この世の道理、この世の定義、それらをすべて覆すような存在がこの星に出現した。してしまった! ガストレアに、あのカマキリの化け物、蘇った巨大生物たち、そしてゴジラ……はたしてそれは大地の摂理か、悪魔の御業か、神の意志かッ!? とにかく、人はそれらに抗するために『機械化兵士(われわれ)』は生み出されたッ!! それらを糧に『呪われた子供たち(彼女ら)』は生み出されたッ!!」

「お前、一体何が言いたいんだ……?」

 

 蓮太郎がせかす。よくぞ聞いてくれたといわんばかりに両手を広げた。

 

「そいつらがいなくなれば我々はどうなる? 安寧とした世界で、我々はどうすればいい? 必要とされなくなった我々は、人とも、機械ともいえない身体のまま、世界から隠れて過ごすのか? そして我々は、やがて忘れ去られ、誰にも顧みられることなく、消えていかなければならないのか? 我々は――」

 

――存在してはならないのか?

 静かに問いかける影胤は、仮面の下で目を迫るように大きく広げていた。その瞳に写るのは、自分たちの境遇に対するただ純粋な疑問。

 

「私は東京エリアに大絶滅を引き起こすよ。そして、再びこの世界に戦争の灯をともす。終わらない闘争と戦争の渦を引き起こす。その時こそ出番だ。機械化兵士は必要とされ、その存在意義を証明されるッ!」

 

 蓮太郎が信じられないという顔をする。友幸も唖然とした。

 ついにわかったのだ。蛭子影胤が、如何なる理由でこのテロ事件を引き起こしたのか。

 

「戦争が継続している世界、それが、それこそが、私が求める新人類創造計画なのだ!!」

「ふざけるなアッ!!!!」

 

 蓮太郎の怒号が甲板を揺らした。

 

「『機械化兵士(俺たち)』と『呪われた子供たち(延珠)』を一緒にすんな! こいつは『人間』の、ただの十歳の子供だ! こいつらの未来は、明るくなきゃダメなんだよッ!」

「ならば思い出せ! キミの相棒が『呪われた子供たち』だと露見した時、周りの反応はどうだった? 笑顔と共に祝福されたか? 鳴り止まぬ歓声に心洗われたか? 歓喜のうちに抱き留められたか? 違うだろう!? 私と共に来い、里見蓮太郎ッ、芹沢友幸ッ、藍原延珠ッ!! どうせ彼らは、いつだって裏切り、蔑み、罵るだけだ。いくらあがいたって、キミの言う未来などありはしない!! なぜなら――彼らと我々の望む世界は違うのだからッ!!」

「それこそ違う!!!!」

 

 不意に、それまで沈黙を保っていた延珠が声を荒げた。

 

「妾はお主たちとは違う。蓮太郎も違う。友幸だって違う。妾たちはお主らと違う! 確かに、妾は人間のカテゴリーに入るかと言われたら、そうじゃないかもしれない。ガストレアの血が混じった妾は、人の形をした『化け物』かもしれない。それでも、それでも……妾を人間でいることを、望んでくれる人がいる!! 人間として、見てくれる者がいる!! たとえどんなに嫌われていようと、どんなに嫌いになろうと、妾たちはやっぱり大好きなのだ。だから妾は、戦っていられるのだ!!」

 

 延珠の心から、あふれてくるものがあった。

 外周区で出会った、子供たちを世話する一人の老紳士。

 学校においてきたはずの汚れたランドセルと、そこに入っていた手紙。拙く書かれた『おしごとがんばってね』の文字。それだけで、どれほど荒んだ心が洗われたか。

 

「――お主たちとは違うのだァッ!!」

「延珠……」

 

 なにより、自分の愛する相棒の存在。

 それらが、どれだけ自分の心を支えてきただろうか。

 

「そうか……ならば、死ね」

 

 いつの間にか小比奈が後ろへと回り込んでいたのを見て仰天する。初動こそレーダーで捉えていたものの、その速度事態が異常だった。

 延珠は反射的に蹴りつけるが、深く沈むようにして小比奈は回避、そのまま延朱の軸足を抱え込むとジャイアントスイングの要領で蓮太郎めがけ投げ飛ばす。当の蓮太郎は延珠を受け止めながらも勢いを殺し切れず、そのままパラソルの付いたテーブルセットの山へ突っ込んでいく。

 影胤に視線を向けると、まさにそんな彼らに追い打ちをかけようと残っていたベレッタ銃を向け照準を合わせていた。

 

「危ないッ!!!!」

 

 とっさに射線上へ飛び出そうとするも、小さな影がそれを阻む。

 

「邪魔するなこのクソガキャあッ!!」

「るっさい!! 鎧にはいい思いがねぇんだよ!!」

 

 次の瞬間振るわれる一本の凶刃。凄まじい速度で振るわれるそれを腕の装甲で防ぐ。幾多の剣戟を打ち合わせいったん後退すると、壁をけって加速した勢いを乗せた小比奈が小太刀を振り下ろす。ジャマダハルを交差させて受け止めると、両腕を思い切りふるった。生ずる抵抗もアーマーのパワーアシストで押し返す。甲高い金属同士の摩擦音を立て火花が散った。

 

「あんたのそれ、なかなか堅いね」

「スペースチタニウムをなめんな」

 

 右腕が多機能な義手の知り合いの博士曰く、宇宙で作られた特殊金属らしいし。

 会話を交わして数コンマ秒。再び激しく火花を散らしながら、二つの影が交錯した。かと思えば二人は再び軌道を変え、再び刃を交えようと激突する。

 そして、小比奈は徐々に押されていった。これは単純な体格差やアーマーによる馬力の違いというのもあったが、決定的な差をつけたのは修練だった。友幸のそれは少々のオリジナルが入っているとはいえ、その根本には剣術で習った技と知識がある。対して小比奈は先天的な天性の勘に、いままで戦ってきたときの感覚でこれに挑んでいる。たとえ実力は互角でも、技に通じているか否かで差をつけられることは多い。

 やがて焦りから来たのか、無造作に刺突された小太刀を眼前で白刃取りし、振り払う。そしてさらけ出された腹部に中腰で膝蹴り。壁際まで吹き飛ばされると、数回ほど痙攣して動かなくなった。

 その瞬間、今まで聞いたこともないような爆音が轟いて、周囲を赤白く照らした。

 

「――蓮太郎、君?」

 

 友幸は、その鼓膜を揺らした轟音の方へと目をやり、ぽつりとその名を呟く。

 そこには、腹を刺し貫かれた蓮太郎の姿があった。

 

 

 







 Q:ジンラ號の弾薬量は?

 A:百万発のコスモガンだ(要はほぼ無限)。



 ジンラ號はウォーマシン。
 弾薬無制限だが決してチートではない。いいね?












《没ゼリフ》

友幸「俺の必殺技、パートワン――『本郷猛』お墨付きィ!!!!」
蓮太郎「(誰だよそいつ……)」


影胤「この世の道理、この世の定義、それらをすべて覆すような存在がこの星に出現した。してしまった! 『西暦二〇〇〇年の未確認生物事件』をはじめとして、ガストレアに、『亀の化け物』、『姫神島の怪鳥』、そしてゴジラ……」
友幸「ミヅヅゾゾパバンバギボガガスベド……?(三つほどわかんないのがあるけど……?)」
蓮太郎「おい、ここではリントの言葉で話せ(汗)」


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決戦!! ゴロザウルス対ステージⅣガストレア

 実はこの話の戦闘シーン、ある二つの恐竜映画のそれをもとにしていたりする。


 


 これはどう反応すればいいのだろう。

 千寿夏世は眼前に広がる己の理解と常識を超えた光景に驚きを隠せないでいた。

 見上げるほどの恐竜に似た巨大生物とガストレアたちが互いを睨み合っている。両者の荒い息遣いからは並々ならぬ憤怒が感じとられ、複雑に絡み合った因縁が双方の闘争心を駆り立てているように思えた。

 ステージⅣのガストレアが象のような低いラッパ音を立てて威嚇すれば、恐竜も原始の響きで喉を震わせ数倍の音量で咆え返す。

 あまりにも非現実的な光景。だが、彼らが足踏みをするたび大地は震え、雄叫びをあげるごとに空気は鳴動し、空間の揺れとなって矮小な自分たちを巻き込み、叩き付ける。

 鼓膜を破りそうな轟音、獣臭い空気に混じる血の臭い、奥歯に絡まる雑草の苦さに、舌を覆う土と鉄錆のブレンドされた味、擦れた痛みに、際立った肌の産毛を撫で上げる空気の流れ。

 いま、五感のすべてに叩き付けられるすべての現象が、全ては現実であることを如実に物語っている。

 踊らされる自分たちはまるで古生代の羽虫になってしまったかのようで、そんなちっぽけな存在など、すでに彼らの眼中にはないようだった。

 夏世は自分たちが彼らの対象から外れたことに安堵した。すぐにその場から離れようと立ち上がろうとするが、しかし立てない。力が入らない。それは将監もリンダも一緒だった。

 ふとしたところで、気力どころか意識すら刈り取ってしまいそうな目に見えない圧力が、巨大な重石となって背中にのしかかる。

 自分たちは身動きもとれず、山のような巨体をただただ見上げるしかなかった。

 その時、群れの中でひときわ目立つ巨躯の持ち主であるステージⅣが短く咆哮する。相手を威嚇するには程遠い、乾いた発声。

 すると、その鳴き声を聞いた小型のガストレアたちが吼えたけると、甲虫のような甲殻を身にまとったガストレアたちを先頭にして恐竜に向かって一斉に突撃した。

 ぐらぐらと揺れる地面に、座っていながらも思わずよろけそうになる。

 軍隊蟻は数を持って巨獣に挑み、骨身を食い荒らす。死の絨毯とも称されるその戦列はジャガーをも恐れさせ、道を明け渡す。

 小型のガストレアたちは、仁王立ちのまま構える恐竜へひしめき合いながら殺到する。相対距離はもはや目と鼻の先だ。夏世はじっとりとした感触が頬を伝っていくのに気づく。いつの間にか大量に冷や汗を流していた。

 いくら小型種とはいえ、徒党を組んで津波のように押し寄せる様は総身を凍りつかせるのには十分な迫力を有している。以前の自分だったら失禁し、絶望しながら戦意を喪失し、戦闘を放棄するだろう。このような圧倒的な数の暴力を前に、果たして耐えうることのできる生物などいるのだろうか。

 夏世はおそるおそる顔を上げる。

 恐竜はごろごろと喉をころがすと、興味なさげに鼻を鳴らした。まるで心底軽蔑するかのように。

 ぶおん、と鈍い音がしたかと思うとガストレアの群れの頭上を大きな影が覆った。

 

 

 

 それは一瞬だった。

 唸りを上げて振るわれる、恐竜の尾。

 地面に叩き付けられたヒレのように平たい先端は、一瞬にして数体のステージⅢを押しつぶし、重機関銃の銃弾を弾き返す甲殻をあっさりと粉砕し、地面に体液で彩られた挽肉の押し花を作成した。

 そのまま横薙ぎに尻尾を振るう。

 右から左へと移動する圧倒的な質量は、瞬く間にガストレアの軍勢を飲み込み、全てを物いわぬ躯へと変えていく。

 うろこから突き出たスパイクによって、頑強なはずのアルマジロ型があっけなく串刺しにされ、バラバラになる。

 丸太のように太いそれに充てられた小型種は、何が起きたのか理解できぬまま磨り潰され、血の霧となって霧散する。

 切っ先に抉られ、破砕された岩塊が頭上から榴弾のように降り注ぎ、砲丸大の穴を穿つ。

 衝撃にあおられた数体ものガストレアが遥か彼方に吹き飛んで行き、地面に叩き付けられる。全身の骨が砕かれ、あらぬ方向を向いた頭部に、赤い光はない。

 やがて尻尾がその勢いを収めるころには、ガストレアの群れは一匹残らず全滅していた。

 

「……え?」

 

 あれだけ威勢よく突撃してきた群れが、ただ一回の『尻尾の薙ぎ払い』ただそれだけで殲滅された。

 血糊を振り払う恐竜に、疲弊した様子は全くない。ひょっとしたら、恐竜にとって、あの薙ぎ払いは軽い気分で繰り出しただけなのかもしれない。

 夏世は、戦慄した。今なら、あの興味なさげだった態度にも納得がいった。

 それは、圧倒的『強者』と圧倒的『弱者』の実力差。それを知っているからこそできる余裕。

 正に一方的な戦い、いや戦いとさえ言い難い『蹂躙』だ。

 ここに、数の暴力を、さらなる暴力で『蹂躙』する者がいる。

 ガストレアはまさに、そいつに踏み潰される『虫けら』も同然だったのだ。

 恐竜は残ったステージⅣへおもむろに向き直ると、頭を低くして戦闘態勢を取る。一瞬にして配下をすべて失ったステージⅣも、それに対峙する。

 二頭は睨み合い、互いに吠えて威嚇した。まるで、一連の戦闘が前座で、本番はまだこれからだというように。

 そして、どちらかともなく恐竜とステージⅣは同時に突進した。

 

「……」

 

 ここで現実逃避して、地面に蹲ってもよかった。

 悪い夢だと思い込んで、そのまま意識を失ってもよかった。

 それでも、夏世はしかとこの光景を目に焼き付ける。

 圧倒的な力を持った巨大な恐竜を見上げる。

 超然かつ憮然とした佇まいの恐竜は、やはりこちらに興味を示さない。そもそも気づいているかも怪しい。

 それでも、夏世はなぜか、この戦いを見逃してはいけないような気がしていた。

 

 

 

 

 両者がぶつかり合う寸前、ステージⅣは頭を振り上げ、下あごをめがけて象のように長く伸びた鼻を叩き込もうとするが、恐竜は巧みに首をひねってかわし、首筋に噛みつこうとする。ステージⅣは四本の脚を巧みに操り、その全体重を乗せて体当たりし軌道をずらして受け流すが、すぐさま体勢を立て直した恐竜は、ステージⅣの胴体部分の背中へその牙を突き立てた。ステージⅣの口から苦悶の鳴き声が漏れる。どうにかして振り払おうと身もだえる。鱗の隙間から触手を伸ばし、目といった急所を突こうと振り回す。そして、眼前で揺れる尻尾を長い鼻で強引に手繰りよせ、横から思い切り噛みつき、引きずりおろすように頭を振った。

 だが、恐竜の頑強な顎はまるで離すそぶりすら見せず、むしろより一層の力を込めて牙を食い込ませる。しかし、ワニのような皮骨板で覆われた背中は牙の侵入を防いでなかなか脊椎にまで至らせることはできない。

 その間にステージⅣは丸太のような足で恐竜の指を思い切り踏みつけ、痛みで噛みつきが緩んだところを狙って身をしならせて拘束から逃れると、噛みついたままの尻尾を思い切り振り回し、その巨体を大きくよろめかせる。

 そしてバランスを崩した恐竜にもう一つの胴体から延びるクマのような両腕を唸らせ、顔面へ叩き込もうとしたが、恐竜はまたもやうまく立ち回って間一髪のところでかわすと、今度は大きく身を回転させて、尾のスパイクをステージⅣの胴体へ叩き込んだ。鱗の隙間に入り込んだ切っ先が肉を裂き、内臓を傷つけ、衝撃であばら骨が砕けるくぐもった音が響き渡る。

 ステージⅣは悲鳴を上げ、ふらつきながら後退するも、恐竜は手加減せずに猛追して首の横に噛みつき、上から一気に体重をかけて押さえつけ、身動きを制限させた。当然、ステージⅣは恐竜の顔に鉤爪を突き立て、血反吐を吐きながら必死に抵抗するが、首を噛まれて満足に呼吸ができず、押さえられて思うように身動きが取れなくなっていた。

 

 

 

 目前で繰り広げられている死闘。ほぼ互角の体格でも全く恐れずに立ち向かい、圧倒していく恐竜の威容に、観戦していた夏世は感嘆した。

 遠くから見てようやく分かったことだが、恐竜の全身にはあちこちに当の昔に治ったと思われる傷跡が点在していた。古傷の状態からみても、相当な数の熾烈な修羅場をくぐってきたことがわかる。戦いの経験が豊富で、慣れているのだろう。

 

「……すごい」

 

 円形状のフィールドで、月光のもと繰り広げられる人智を遥かに超えたその戦いは、何物も寄せ付けることのできない神聖かつ暴力的な、神話世界の怪物同士の戦いを見ているかのようだ。

 己の高い知能指数をフル回転させた思考でもこれ以上の喩えは何も浮かんでこず、夏世は、ただ恐れおののいた。自分ではどうしようもできない事象。はるか太古の時代から飛び出してきた猛者に対し、瞳に畏敬にも似た念を宿す。あれと比べると、自分がいかに矮小な存在であるか、ありありと理解できた。むしろ、比べるのが間違いなのかもしれない。

 

 

 

 だが、この激しい死闘の中で、ステージⅣは徐々にガストレアとしての真価を発揮し始めた。

 ステージⅣは突如として抵抗をやめると、攻撃を耐えるように今度は体を丸めてぐるぐると唸りだす。あまりにも唐突に思える出来事に夏世は違和感を覚えるが、恐竜はそれに気づいた様子はない。

 血反吐を吐き、苦悶の声で喉を震わせながら、ステージⅣは全身の赤目を真っ赤に光らせる。同時に、ぐちゃぐちゃ、ばきばきと気色の悪い音が響いて、背中が大きく膨みはじめた。

 それを見た瞬間、夏世はある光景を思い出した。

 ガストレアウイルスに感染した人間は遺伝子を書き換えられ、許容浸食率を超えると形象崩壊を起こし、ウイルスが保有していた生物因子に酷似した姿になる。仕事柄、ウイルスに感染した人間がガストレアに変わる瞬間はそれなりに見てきた。いまのステージⅣの異常はそれに酷似していたのだ。まさか?

 次の瞬間、背中に一本の亀裂が入り始めた。そして破裂した殻の下から何かがうごめいたかと思うと、韋駄天を突くように不気味な突起が出てきて、思い切り恐竜の頭へと振り下ろされた。ステージⅣの背中から飛び出し、今もなお不気味に蠢いているのは、サソリの尻尾だった。

 恐竜は全く想定していなかった一撃に驚き、思わず顎を放してしまう。その隙をついて、拘束から逃れたステージⅣは恐竜の腹に突進し、渾身の頭突きを食らわせる。大きくバランスを崩した恐竜はたたらを踏んだ。

 再度突進してくるステージⅣに、恐竜は懐に潜りこみ、前足に噛みついて転倒させようとしたが、長い鼻と熊の腕、そして尻尾の叩き付けをもろに受けてしまい、ついにその場に倒れこんでしまった。そこへ、ステージⅣは今までの報復といわんばかりの猛攻を加えた。

 ステージⅣは、すべてのポテンシャルを駆使して、ただひたすらに、殴り、蹴り、踏みつけ、掴みかかり、締め上げる。

 下半身の前足で踏みつけると、衝撃で地面が大きく揺さぶられる。腹の奥を無理やり押し出されるような痛みに、腸が捻じ曲がるような気持ち悪さが腹の底から襲い掛かってくる。頑強な顎がきしんで、鼻腔の奥で血管が切れる。鼻息を噴き出せば小さな赤い霧が発生し、大気に溶け込んだ。

 剛腕の鉤爪が顔に振り下ろされると、鉄壁の鎧のように堅牢なうろこが割れて、鮮血が宙を舞った。唇が裂け、数本の歯が根元から折れて真珠のような光沢を放ちながら地面へ降り注ぐ。

 そして、生々しい傷口に尻尾の先端に生えた鋭い毒針を叩きつけてくる。見るからに毒々しい色合いの針が肉を大きくえぐり、さらに血がにじみ出る。激痛が走り、恐竜はたまらず苦痛の雄叫びを上げた。そのまま毒液が注入されそうになったが、こればかりは体を大きくよじらせて無理やり引きはがす。しかし、即座に繰り出された蹴りに下顎がはじきあげられ、ぶつかり合った牙にありえない形のヒビが入った。

 ステージⅣはさらに鼻で恐竜の首を巻き付けると、持ち上げて一気に叩き付ける。重みに粉砕され、衝撃でめくれ上がった土が広範囲に飛び散り夏世たちにも降り注いだが、将監が二人に覆いかぶさって破片から身を守った。

 

「やべぇ……このまんまじゃ負けちまう!」

 

 腕の間から這い出たリンダが言う。彼女の言うとおり、戦いの主導権はガストレアが握りつつあり、恐竜は押されていた。

 しかし、将監は違った。

 

「オメェ何言ってんだ!? 負ける負けない以前に、こっからどーやって逃げっか考えんのが先だろ!!」

「どっちみちこんな地面が揺れてちゃまともに逃げれねーっての!!」

 

 将監の言うことは正論だ。いつまでもここにいたら、踏みつぶされるか瓦礫の下敷きになる可能性が高い。

 しかし、リンダの反論もまた事実だった。この戦闘で今でも地響きと揺れが一帯を襲っているが、それはとても立っていられないほどの規模であり、無理に走ったら数歩走っただけで転倒するだろう。それでステージⅣの注意をひいてしまう可能性もあった。

 

「なら、私に考えがあります」

 

 平行線をたどろうとしていた議論は、参謀役の一言で止まる。

 

「夏世、そりゃなんだ?」

「簡単です」

 

 そういうと、夏世は背嚢からあるものを取り出した。予備として持ってきていた二丁の単発式グレネードランチャーだった。

 

「火力をステージⅣの頭部に集中し、恐竜を援護します」

「な、正気か?!」

 

 将監は思わず狼狽える。あの恐竜が味方だということは、まずありえないのに。

 だが、夏世は泰然とした態度で言った。

 

「もちろん、これが危険な提案だというのは重々承知しています。あの恐竜はたまたま私たちの前にあわられた謎の生物。それ以外は何一つ分かっていません。ですが、ガストレアと敵対していることは事実。そして、現状あのステージⅣと唯一互角に戦える生物です。ならば、私はそれに賭けます」

 

 あのまま放置していれば、ステージⅣは間違いなく当初の獲物である自分たちにもその手を伸ばすだろう。そうなった場合、疲弊した自分たちは果たして一体いつまで逃げ切れるだろうか。ならば、恐竜を援護してステージⅣを倒してもらい、少しでも自分たちが助かる可能性に賭けに出ることにしたのだ。

 

 

 

 恐竜は弱り始めていた。深くえぐられた傷口から血がしたたり落ち、幾度も頭部に強い衝撃を受けて意識がまばらになりかけていた。

 傷口からの失血は体温を奪い、末端の感覚を徐々に鈍らせていく。赤く染まってゆがんだ片目の視界に、朧げながら敵の存在が認知できた。

 倒れたまま苦しげにうめいている恐竜に、ステージⅣが近づき、まるで勝ったことを周囲に誇示するように前足を腹に乗せる。体内の空気が押し出され、ヒビの入った肋骨の痛みにうめき声を上げる。振り払おうと足を前後させるも、その勢いは弱々しく、おまけに距離感の掴めない視界ではむなしく宙を切るだけだった。

 

 

 

 ステージⅣは歓喜に打ち震える。遠くない昔から幾度となく死闘を繰り広げてきた相手と遂に決着がつくのだ。 こいつとは、始まりから殺し合いだった。

 出会った時は獲物として襲った。完全な奇襲で、それまで負けなしだった自分は、そのとき初めて完膚なきまでに叩きのめされる屈辱を知った。それから、自分は因子をむさぼり、自身を強化し続けた。こいつを殺すために。

 この興奮は、簡単にはおさまりそうにない。この瞬間をどれほど待ち望んでいただろうか。こいつを殺せば自分はここら一帯の絶対的な支配者となって君臨できるのだ。前任者はここで徹底的に破壊し、蹂躙し尽くさなければ、安心してはいられないだろう。

 とどめを刺そうと相手の首めがけて腕を振り上げる。鉤爪がギラリと月の光を反射した。

 まさに、その時だった。

 突如、眼前で真っ赤な光が灯された。いきなりのことにステージⅣはしばしの間それに気を取られる。怪しい光を発するそれは、しゅうしゅうと音を立ててゆっくりと地面に落ちていく。ステージⅣはそれを目で追い、そして頭ごと動かしてそれを追った。

 そして光の勢いが消えて完全に消滅した時、ステージⅣは地面に『何か』がいることに気が付いた。

 

「今です!!」

 

 次の瞬間、打ち上げられた二発のグレネード弾が瞳に直撃して爆発四散。ばら撒かれたバラニウムの榴弾は間もなく眼球を穿ち、瞬く間に視界を奪った。いきなりのことにステージⅣは声を上げ、片手で目を押さえて腕を振り回しながら暴れまわる。しかし、肝心の標的はすでにいない。超人的な脚力ですでに離脱していた。

 しかしいくらバラニウムを使用していても、ほんのわずかな時間がたてばステージⅣの傷は完全に再生した。

 だが、その攻撃は無駄ではなかった。

 その隙に目を覚ました恐竜が、ステージⅣの右前脚に噛みつき、思い切り引きずりおろして転倒させたのだ。

 そして、逆襲が始まる。

 背中を思い切り踏みつければ、『何か』が粉々に砕かれる破砕音が聞こえてきた。恐竜は憤怒に満ちた唸り声を上げながら右腕に噛みつくと、そのまま思い切り頭を振りあげる。瞬間、ありえない角度で無理に動かされたステージⅣの右腕が、肩関節ごと引き千切られ宙を舞った。ステージⅣはこれまでに聞いたこともないようなおぞましい金切り声を上げて暴れようとするが、背骨が砕かれた状態では身動きするたびに地獄のような激しい苦痛に襲われ思うように動けない。

 恐竜は攻撃の手を緩めずに体当たりと噛みつきを繰り返し、相手を押していく。ステージⅣも反撃に転じようと攻め込まれながらも機会をうかがうが、恐竜はそんな猶予を与えることはない。

 もはや、戦いの主導権は完全に恐竜の手に渡っていた。

 怒り狂ったステージⅣは鳴き声を上げたが、それは唐突に途切れる。恐竜が真横からがっちりと喉笛に噛みついたからだ。

 動脈を突き破ったのか、牙が食い込んだ箇所から噴水のように血が流れ出し、ひときわ伸びた牙は声帯をずたずたに引き裂いてガストレアの甲高い声を奪った。

 そして、恐竜はそのまま頭を押し回すと、ステージⅣの首はめきめきと異音を立てて、あり得ない方向へと曲がった。ぐしゃりと四本足の力が反時計回りの順に抜け、ステージⅣは力なく倒れこむと、二、三回痙攣したのち、二度と動くことはなかった。

 ステージⅣの、あまりにもあっけない最期だった。

 恐竜は片足を物言わぬ躯に乗せると、大きく息を吸い、月に向かって高らかに、大きく咆哮する。

 十年前から続いた因縁に、いま、決着がついた。

 

 

 

 やがて、静寂が訪れた。

 先ほどまで充満していた威圧感が嘘のように霧散し、こわばっていた肩の力が次第に抜けていく。その反動か、手に持ったグレネードランチャーがひどく重く感じられる。

 夏世は銃床から手を放し、何の気もなしに地面へ落とす。がちゃり、とやけに音が大きく反響した。開かれた手先がぶるぶると震えている。

 耳が痛くなりそうな静寂は、鳥獣の鳴き声どころか、虫の音も聞こえなかった。

 先ほどまで一帯を覆い尽くすようにひしめいていたガストレアの群れは、いない。その代わりに、物言わぬ大量の肉塊が無造作にばら撒かれているだけだ。

 周囲に潜んでいたと思われるガストレアも、逃げ出してしまったようだ。

 最早この場に戦う力を持った者たちは居ない。いるのは、一頭の巨大恐竜と、夏世と将監と、リンダの三人。

 その時、恐竜が大きく息をついて、夏世ははっとする。

 上を見やると、恐竜の視線がこちらに向けられていた。恐竜もまた三人を見下ろし、じっと見つめている。

 頑丈な鱗に覆われた体躯は数えきれないほどの傷を負い、呼吸に合わせ上下する腹の鱗甲から剥き出した赤黒い傷口はまるで火山が脈動しているようだ。顔の右半分には、鋭い爪で抉られ見るからに痛々しい引っ掻き傷が縦長に走っており、裂けた上唇から血まみれの歯が一本むき出しになっている。

 しかし、少しだけふらつきながらなお地に足を下して立ち上がる姿は、地球が生み出した捕食者たちとはまた違う、孤高かつ勇猛な気高さと気品が感じられた。

 金色に彩られた鋭い視線に射抜かれ、目も眩む迫力に、将監とリンダが大きくたじろいでそろそろと後ずさる。彼らに、もはや戦う力は残されていなかった。仮にあったとしても、圧倒的な数の暴力に余裕で耐えきり、ステージⅣさえも屠った恐竜にとって、自分たちなど吹けば飛ぶ落ち葉と同等でしかない。瞬く間に蹂躙されてしまうのは目に見えている。

 しかし、恐竜は二、三度鼻をひくつかせると、それ以上彼らには目もくれずに踵を返した。

 何もせずに去って行ったことで、リンダと将監はそれぞれ安堵のため息をつく。

 しかし、その中で唯一夏世だけが直立したまま、恐竜を凝視していた。

 恐竜は雷鳴のような足音を響かせ、森の中へ悠然と分け入っていく。

 自分たちを見逃したのは、見えていなかったからなのか、単純に興味がなかったのか、思わぬ援護に恩を感じたのだろうか、そもそもにして援護したのが自分たちだと気づいていたのだろうか、本当のところは誰にも分からない。

 彼女は、無言でその後ろ姿を見送った。

 やがて恐竜は、うっそうと生い茂る植物群に包まれ、暗闇へと姿を消した。




 正解は

『恐竜グワンジ』のグワンジと象の対決。
『ジュラシック・ワールド』のティラノvsインドミナスfeatラプトル。


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決着

 これから投稿していくお話は、シン・ゴジラ公開前に収録されたお話です。と、シン・ゴジラ登場前にゴジラを登場させなかったことを言い訳しておく。


「蓮太郎ッ!」

 

 叫ぶのと、無意識にスラスターを目いっぱいに噴かしたのは同時だった。友幸は姿勢を制御するのも忘れ、がむしゃらに蓮太郎と延珠のそばまで跳躍する。着地すると、受け身もとれずに転倒する。友幸はそれほどまでに気が動転していた。油断していた時に突如降り注いだ事態についていけない。

 延珠が半狂乱の体で蓮太郎の名を叫んでおり、その周囲はまるで赤いペンキをぶちまけたように真っ赤に染まっていた。嫌な予感がする。

 フェイスガードを開けると、強烈な血臭が漂って思わず咳き込んだ。

 よろめきながら近づくにつれて見えてきた惨状に呆然とした。

 海のように広がった血溜まりの中に横たわる人の形をした物体。その正体はいうまでもなかった。分析システムが蓮太郎の体内をスキャンし始めるが、そんなことしなくても彼の現状がありありと視界に叩き付けられた。

 

「……そんな……」

 

 蓮太郎の右横腹が、ゴッソリと無くなっていた。そこには、冗談のような虚ろがあるだけで、崩落したダムからあふれ出た洪水のように濁った血が流れ出て、臓器が零れ落ちている。血まみれの口から時折笛を吹くような呼吸が聞こえるが、今の彼は正しく虫の息だ。

 友幸は思わず顔をそむけ、装甲に包まれた腹を押さえながら片膝をついた。喉の奥からせり上がってくる苦くて酸っぱい液体が口の中に広がっていく。ツンとした臭いが鼻の奥を刺激し、目の奥から涙がわずかににじみ出てきた。

 かつんかつんと音がし、まだ残っていたのであろうカスタムベレッタの弾倉を取り換える音が聞こえてきた。白貌の仮面が今もなお広がる血溜まりの光沢に映し出された。

 

「いやはや、戦場で友を失うのは、実に悲しいものだね」

 

 どこか他人事のように軽く言うその態度に、かっと腹の底が熱くなる。

 友幸は何も言わずにヘルメットを閉じると蓮太郎と延珠を庇うように立ち塞がった。視線のみで射殺さんとばかりに影胤を睨みつける。爛々と輝くその双眼には、まごうことなく憤怒があった。

 

「友幸……」

 

 延珠が聞くからに弱々しく声をかけてきたが、振り返らずただ一言「そこにいろ」と言った。友幸は今の彼女にこれ以上戦わせるつもりなど毛頭なかった。せめて、相棒の最期には付き添わせてやるつもりだった。だからこそ、それを邪魔する影胤にはこの場から遠く引き離す必要があった。

 機関砲に砲弾を装填すると、瞬時に展開して影胤に狙いを定めると同時に、弾体が砲身内部の超電導リニアで誘導され、銃口から発射された。この間はわずか数秒にも満たず、まさに不意打ち。しかし、何度もこの手の攻撃を受けてきた影胤には予想の範囲であり、パチンと指を鳴らして再び青白い結界を瞬時に構築する。

 だが、はきだされた砲弾、三式徹甲炸裂焼夷弾は斥力フィールドにあたるその直前に、近接信管の反応で爆発した。網膜を焼き尽くすような猛烈な光と耳をつんざくような爆音をまき散らし、煙が影胤を覆う。榴散弾として開発されたと同時に付け加えられた閃光弾としての効果だった。

 

「ぐ!?」

 

 再び目くらましを食らい、思わずフィールドの展開を中断した影胤はとっさに腕を交差する。ホワイトアウトした視界に代わって感じた、背筋を駆け抜ける嫌な感覚。無意識のうちに脅威を感じ取ったがゆえにとったポーズは、煙幕に混じって高速で突撃してきた友幸の鋼鉄の足蹴りを図らずも防ぐ形となった。

 鳩尾を狙えなかったことに友幸は舌打ちするも、そのまま脚部のパワーアシストとバックパックの噴射機構の出力を上げて全力で押し出す。大規模な質量をもった打撃に、影胤の強化された骨格が悲鳴を上げる音が聞こえた。大きくノックバックした影胤は前屈状態のまま木製の甲板に十数メートルほどの長い擦過痕を残しつつ停止する。だらりと下がった腕は折れてはいないようだが、痛みによる麻痺は避けられなかったらしい。

 その隙を逃さず、ジンラ號としての能力をフル活用し、噴射、加速。凄まじい速度で影胤に肉薄する。

 

「らぁあッ!!」

 

 右腕のブレードを展開し、首をめがけてストレートに放った。しかし、渾身の力を込めたその刺突は頭を後ろにそらされることで寸前のところでかわされる。

 即座に右腕を引くと、間髪入れずに左腕を突き出して、突き出された腹部めがけてブレードを刺突して追撃。だが、影胤は首をそらした勢いをそのまま運動に変え後方へ転回し、左腕を踵で蹴り上げた。向きを強制的に替えられた友幸は、左腕を大きく突き出した中途半端な格好になる。重心が不安定になった姿勢は大きな隙を生み、その間に立ちあがった影胤は友幸の懐へ踏み込み、手首と肩をつかんで一本背負い。あまりの早業に反応するまもなく投げ飛ばされる。

 腐食した甲板が叩き付けられた重さに耐えられず砕け散り、湿った木片が宙を舞った。吸収しきれなかった衝撃が背中から全身へ広がり、突き抜ける痛みに友幸は顔をゆがめる。なんて馬鹿力だ。そこそこあるはずの重量をものともしない影胤に、心中で悪態をつく。

 

「『デス・スラッシュ』」

 

 不意に強い殺気を感じる。わずかに片目を開けば、青白く光る円陣をまとわせた手刀を大きく振りかぶる白貌の仮面が視界いっぱいに広がった。

 ただならぬ予感を覚え、あわててスラスターを吹いて離脱。次の瞬間振り下ろされた爆速の掌が甲板を穿ち、下の階層にまで至る穴を開けた。しかし、それとは別に影胤は拳を振り下ろしたばかり。その瞬間の彼は非常に無防備だ。

 立ち上がって体勢を立て直すと、背中のガトリングと両腕のマシンガンを展開し、連続射撃。弾幕が影胤に殺到する。

 

「『ネームレス・リーパー』」

 

 嫌な予感を覚えて射撃の手を止め、反射的に体をそらしたのは正解だった。

 友幸の眼前、つい先ほどまで自分の頭があった場所を何かが飛び去っていく。

 その直後、ガシャンと音を立ててに足元に落ちたものを一瞥すると、そこには三連装の銃身があった。まさかと思いつつも肩を見やる。恐ろしいほどきれいな切断面を覗かせたガトリングがからからと回転していた。

 そんなのありか。友幸は驚愕を隠せない。おそらく、一連の技は斥力フィールドを応用した切断技だ。あんなものをまともに食らえば損傷は避けられないだろう。

 ほんの少しだけ、呆然とする。だが、それは影胤の接近に気づくのを遅れさせ、なおかつ懐を許すのには十分すぎる時間だった。

 

「『エンドレス――」

 

 その瞬間、軽く腹にあてられた影胤の右掌底が赤い燐光を放った。

 

「――スクリーム』!!」

 

 やばいと思うのも束の間、繰り出された斥力の槍が友幸を襲った。戦車砲が直撃したようなすさまじい衝撃が、命中した腹部を中心にコンマ数秒で身体中に広がっていく。肺の空気がすべて押し出され、全身の筋肉が瞬く間に力を失う。勢いを殺し切れなかった友幸の身体が「く」の字に折れ曲がると、重力を無視した超速度で宙を舞う。木造の甲板を数回バウンドすると、船室の壁面に激突し、大きく陥没した。

 

「――かはっ」

 

 硬直した横隔膜を無理やり動かし、息を吸おうと必死にあえぐ。膨張した肺に急激に押しのけられた肋骨がきりきりと悲鳴を上げるが、知ったことではない。

 立ち上がると、内臓をミキサーでかき回されたような鈍痛が胃を直撃し吐き気を覚え始めた。受身などとる余地もない斥力の槍の衝撃は、装甲に包まれている友幸を気絶寸前まで追い込むのには十分過ぎる威力を持っていた。

 がんがんとアラームがひっきりなしに鳴っている。装甲服の異常を示す赤いサインがいくつかホップアップされていた。どうやら一部機能に支障が出始めたらしく、発動機の出力が二十パーセントほど下がっている。下を見ると腹部の装甲が数か所ほどめくれ上がり、むき出しの配線がぱちぱちと火花を上げているのが見えた。

 想像以上の威力に友幸はぐらつく思考の中で目を見開いた。対物ライフルの狙撃をノーガードでもはじく装甲なのに。単純な威力ではなく当たり所が悪かったせいだと思いたい。

 つくづく規格外な仮面の化け物の能力に戦慄する。だが、驚いたのは影胤も一緒だった。

 

「まさか、私自慢の一撃を受け止めるとは、ね……」

 

 もっとも、長くはもたないようだがね。と付け加える。

 友幸は何か嫌味の一つでも言い返そうと口を開きかけたが、不意にがくんと膝が崩れ落ちそうになってたたらを踏んだ。衝撃でどこか配線でも切れたのか、各関節のパワーアシストがやや不調気味になっていた。

 そんな友幸を不利と見たのか、影胤は足元にフィールドを展開するとそれを足場にして跳躍し、眼前まで一気に詰め寄った。

 

「――キャストオフ」

 

 しかし友幸もこのままではない。使い物にならなくなったガトリングと、銃身が曲がったマシンガンを強制射出し、少しだけ身軽になる。自動修復装置を作動させ、ほかの配線を強引につないで代理にすると立ち上がって機関砲を展開したほか、シャッターのように開いた胸部装甲から小型のパラボラアンテナのようなものが現れた。高電圧の殺人加粒子光線『クロスアタックビーム』を発射する砲口である。

 機関砲も通常弾とまた違う、高周波をかけられたガスが銃底で熱電子にあてられることで発生したプラズマを電磁誘導で発射する『プラズマキャノンモード』に機能を変換していた。

 

「ぅらあッ!!!!」

 

 限界までチャージし、喉も張り裂けんばかりに一喝する。その気迫を体現するかのように、両肩の機関砲と胸元の砲口が爆発と誤認するほど青白く輝き、雷のような軌道を描きながら標的に向かって空間を切り裂いた。

 

「ッ!!」

 

 影胤が咄嗟に両手を前にかざす。恐らくバリアの強度を上げたのだろう。

 直後、発生した青白い燐光に摂氏数万度近い超高熱線が全弾直撃した。

 しかし、光線はそれ以上進むことはなく、またその高熱で敵を焼き殺すこともないままフィールドに弾き返される。だが、衝撃だけは殺し切れなかったのか、反動を受けた影胤は大きく後ろに吹き飛ばされた。

 友幸は仮面の下で大いに焦った。クロスアタックビームとプラズマキャノンはエネルギーを大幅に消費する欠点も持っていた。ほぼ捨身と言える覚悟で発射したのだが、まさかフィールドが自身の切り札にほど近い熱線まで弾き返すとはさすがに予想外だった。

 

「マキシマム――」

「やらせるかよッ!!」

 

 影胤がフィールドを展開させようとするが、その瞬間友幸はスラスターから噴射炎を迸らせながら加速、影胤に向かう。展開を中断した影胤はベレッタで応戦するが、表面に火花を散らせるだけで効果はなかった。

 友幸は飛行姿勢から思い切り体当たりすると瞬時に影胤の胴へ腕を回して抱きかかえ、そのまま真上へ飛翔する。あっというまに船外へ飛び出した友幸は客船から目も眩むような上空まで上昇すると、影胤の仮面を空中で掴みあげる。

 

「下へ参りまぁすッ!!」

 

 高高度から手を振り上げ、頭から落下した。

 装甲の重量に加え全力噴射による加速も手伝い、どんどん速度が増していく。発生した風切り音がまるでサイレンのような唸り声へと変わる。

 着地点は思っていたよりも早く近づいてきた。

 仮面を掴む手を一気に振り下ろした直後、白貌の仮面は前方の風化して脆くなった木製甲板に激突し、さらに下の鉄筋コンクリート製の下地まで大きくめり込む。遅れて時速数百キロまで加速していた友幸が地面に押し返されて急減速する。予想外の衝撃に耐えきれなかった甲板は容易く圧潰し、蜘蛛の巣状の罅を広げていく。反動で数百メートルを超す客船が大きく揺れた。

 骨の髄まで響く強烈な振動に内臓から無視できない痛みが走り、友幸の顔が歪む。今の衝撃で身体の血管の何本かが耐えられずに破裂したようだ。だが、彼は歯を食いしばりながら振り払った。

 下を見る。

 これでこのまま押しつぶされていれば御の字だったが、粉塵の先に煌めく青白い光を目にして舌打ちする。友幸は掌により一層の力を込めると、ノズルの向きを変えて姿勢を変化。噴射機関の出力を最大にすると、影胤を押し付けたまま前進した。

 ガリガリガリ、と目の前でコンクリートの床がすさまじい破砕音を立て、暴力的な勢いで粉砕されていく。溝を掘りながら突き進む友幸の周囲に、粉塵や破片が飛び散った。

 

「ぐ……がぁっ!!」

 

 常人ならばまず間違いなく肉体の原形をとどめていないであろう状況で、影胤は背後に斥力フィールドを展開することで何とか致命傷をしのいでいた。しかし、内蔵している斥力の発生装置にかかる負荷も並大抵のものではない。

 

「『マキシマムペイン』ンンッ!!!!」

 

 血液が沸騰するような気迫を込めて、影胤は斥力フィールドを膨張させ、勢いをそらす。発生装置が設計上の限界を超えて軋みをあげ、耐えがたい激痛が影胤を襲う。しかし、拘束から逃れ、反動でその場から飛び出すことに成功したことを考えればやっただけの価値はあった。

 吹き飛ばされた影胤は紙屑のように宙を舞うと、着地地点を見極めつつ斥力フィールドで勢いを殺し、木製の甲板へ再び着地した。

 粉塵で白く染まった視界の中で辺りを警戒する。

 上空から影が差した瞬間、影胤は上を見ず大きくバックステップした。

 

「――あああああぁ!!!!」

 

 直後、質量と重力を最大限味方に付けた破滅的な一撃が、咆哮と共に甲板へほぼ垂直に突き刺さる。

 もはや言葉では言い表せない音が闇夜のしじまに轟く。友幸を中心に、決して小さくない範囲の木板が文字通り消え飛んだ。同時に竜巻のような衝撃波が吹き荒れ、影胤は姿勢を崩さないよう必死に姿勢を維持しながらも吹き飛ばされる。もはや怪獣大戦争だ。今の衝撃で船が折れないか心配だよ、とどうでもいいことを考えてしまった。

 刹那、前方にて立ち込める煙から友幸が飛び出してきた。

 ノズルが赤熱化するほどの爆炎を迸らせ、今までにないほどの加速を見せた友幸は、風を切りながら腕部のブレードを展開し、影胤に切りかかった。

 

「『デス・サイズ』!!」

 

 影胤が両腕を交差させて叫ぶと、手刀が青白く光った。斥力フィールドを剣のような形状にして相手を切り刻む、近接攻撃の切り札と言える代物。

 断頭台の一撃は死神の鎌によって受け止められる。眼前には、怪しく輝くオレンジ色の双眼があった。

 それぞれの得物を打ち合わせたまま拮抗するが、パワーアシストを含めた単純な力では友幸の方がはるかに上だ。腕を軋ませながら、影胤は想像以上の重い一撃に両足を地面に陥没させていく。交差されたブレードと斥力の境目から悲鳴とも取れる金切り声が響いた。

 

「らぁっ!!」

 

 友幸は大喝しながらブレードを思い切りふるって影胤を弾き飛ばすと、脚部のスラスターを輝かせ爆速の蹴りを振るう。デスサイズに阻まれたが、間髪入れずに逆の脚を振るって影胤を挟み込むと、そのまま錐もみ回転した。混乱する影胤より一足先に着地し、再加速。一気に影胤の背後に回り込む。肘の装甲が展開し、エメラルドグリーンに輝くスラスターユニットが顔をのぞかせる。

 背後からの一撃は、影胤の長年培った勘と経験によって躱された。

 掌に斥力をまとわせ、カウンターを二発叩き込む。一発目はヘルメットに打撃を与え、二発目の拳は胸部装甲に火花を散らせたが、勢いそのままに長い足で放った回し蹴りは、あえなく宙を切った。

 その直後、昼間のような閃光が視界を覆った。とっさに上体を反らすと、一瞬前まで影胤の頭があった場所を一条の熱線が通り過ぎる。遅れて仮面越しから顔に熱が走り、整えられた髪が焦げるにおいがした。

 咄嗟に体を起こせば、肩のキャノン砲の砲口から冷却ガスが排出されていた。

 らちが明かないと判断し、影胤は距離を取ろうとバックステップしたが、しかし友幸はそれ以上の反応速度で影胤に追いすがる 。

 正面からの殴り合いは、まさに人智を超えた速度で繰り広げられた。

 激しく火花を散らしながら、二つの影が交錯した。かと思えば二人は再び軌道を変え、再び激突する。

 拳を突き出し、足を蹴り上げ、掌を打ち出し、肘を刺し出し、膝を突き上げ、手刀を振り下ろす。

 すべての動きが連動し、目にもとまらぬ速さで繰り出される連撃。それでありながら、一挙一動が驚くほど重い。

 友幸の、四肢のスラスターによる加速を存分に発揮した超高速の拳撃。

 普通の人間が同様のことをやればまず間違いなく人体のあらゆる器官が崩壊するであろう殺人的な機動。尋常ではない速さに、影胤は防戦の構えをとることが多くなる。数、十数、数十。繰り返し交錯する中で、その重さも尋常ならざる域に達していた。

 一際強く拳と拳がぶつかり、僅かに間が開く。それはほんの刹那の間でしかない。しかし、影胤はその刹那の間に友幸の鳩尾へ足を滑り込ませる。

「く……のォ!!」

 

 

 まとわせた斥力が膨張し、大きく押し出す。胸元の装甲が陥没し、稲妻が走る。

 突き抜けた衝撃波に肋骨にひびが入り、友幸の表情が苦悶に歪む。思わず後ろに飛びのき、影胤も同時に跳んだ。

 

「君は化け物かね……?」

「お前にだけは、言われたくない……なぁ」

 

 突如友幸が咳き込み、膝をついた。歪んだヘルメットの隙間からどろどろとした赤い液体が漏れだしている。呼吸もかなり荒くなっていた。

 ほう。それを見た影胤は仮面の下で笑みを浮かべた。

 

「ヒヒ、ヒ、一体どうしたんだい? ずいぶんと気分が悪そうじゃないか」

「……るっさい」

 

 気分が悪いことを、自覚していないわけではなかった。

 制動のない高高度からの落下は両足の骨に大きな負担を与え、現に小さなひびが走っている。

 加速で繰り出す高速打撃にかかる負担も決して並大抵のものではない。視認が困難になるほどの高速移動と急停止にかかるありえない重力場は骨格を軋ませ、血管を破裂させ、内臓に甚大なダメージを与える。

 いくら人工的に強化された肉体とはいえ、無茶な軌道による戦闘で友幸の身体は、数えきれない皮膚の裂傷、そして打撲傷とそれによる内出血がいたるところで発症していた。

 

「芹沢君、君は素晴らしいよ」

「……なに?」

 

 不意に聞こえた独り言のような嘯きに、友幸は片眉を吊り上げる。

 仮面の道化師は、いつ戦闘が再開されてもおかしくない空気でありながら、鷹揚に腕を広げる。ひょうひょうとした態度は、舞台の狂言回しのようであった。

 

「我々の間でも伝説とされていた、一説には旧軍の極秘計画を起源に持つジンラ號。一騎当千、鎧袖一触の強さを持った鎧を身に纏う、不死身の人造人間。究極の生体兵器。その性能、その能力、実に魅力的だ。私は君を殺すのが惜しい。実に惜しいんだよ。君のような若者がまさか使用者だとは思いもしなかったがね」

「……嬉しくもない」

「だが、だからこそ分かった。その力、使い始めたばかりだろう? 戦ってみればおのずとわかる。薄いのにありえないほど頑丈な装甲、加速器の見えない殺人光線、収束し直進するプラズマ、どれもこれも現在の技術力を大きく超えている。その力の真髄はなんだ? その技術の出所はなんだ? あらゆる技術を凌駕する性能を持っていながら、そのテクノロジーの出所、その他もろもろが一切不明。まるで『幽霊のように唐突に表れた』謎だらけの兵器。芹沢君、君はまだ自らの価値に気づいていない。君は東京エリアには過ぎた存在だ。断言しよう、このままでは君は、東京エリアの体のいい駒として使いつぶされるだけだ。誰も、君を英雄として迎え入れない。私のもとに来れば、その力を、さらに有意義なことに使える」

「……誰が行くものか」

「いくらあがこうとも無駄だ。里見君は死に、ステージVは召喚された。もう幾らもしないうちに東京エリアまで到達する。勝負はすでについた。この先に起こるのは戦争だ。我々が本来いるべき場所だ。君も私も『呪われた子供たち』も、その中で生き残り、存在意義を得る。実にすばらしいことだと思わないかね?」

「……ふっざけるな」

 

 双眼が山吹色に光ると、傷だらけの装甲服が、さながら幽鬼のようなおぼつかない足取りで立ち上がる。

 たった数歩動くだけで全身の骨、筋肉が軋み上げ、悲鳴をあげる。いくらアシスト機能を駆使しても補いきれない発狂しそうな痛みの中、友幸は口に広がる鉄錆の味をかろうじて飲み込んだ。

 

「お前の望むものがすべてだと思うな。お前の勝手な都合で、一体、何千、何万、何億の人間に犠牲を強いるんだ!? そんなモノのためにッ! 関係のない俺たちを巻き込むんじゃねぇ! 戦争だと? 俺たちの、『呪われた子供たち』の存在意義だと? 笑わせるな!! 俺の望む世界にッ! そんなモノはッ!! 決してないッ!!」

「これは私の壮大な実験なのだよ!! どのみち戦争が始まって早々に殺されるような存在など、私の理想郷には最初から不要な奴らだ!! 世界のあるべき姿は、『大絶滅』の果ての『戦争』にこそある!! 力を持ち、優れた能力を持つ者、我々次世代の人間だけが生き残る世界にこそあるッ!! 私に付け、芹沢友幸、いや、ジンラ號!! 私とともに行くその先にこそ正しい世界があるのだッ!!」

「んなわけあるかぁ!! そんな世界に生きる奴は次代の人間じゃねえ、それこそただの化け物だ!! 秩序もモラルも理性もへったくれもない世界で暴れまわる野獣だ!!」

「わからないのかね? いや分かるはずだろう!? 遺伝子をいじくられ、鉄の子宮の中で生み出された君ならば!? 人から人として生まれなかった人の形をした君を周りからどう思われた? どういう反応をされた!? 人間として扱われたか!? 否、初めから兵器として扱われただろう!! なにせそのように生まれることを望まれたのだからな!! 結果として君は人を超えた存在となった!! 『呪われた子供たち』と同じ、次世代の人間として生まれたのだ!! なのに何故、そのような力を持っていながら、何故なおのこと君は人間に肩入れする!? 人間でいようとする!?」

「確かに、俺たちは人間とは違うかもしれない。けどよ、心はどうなんだ? 理不尽なことあらば怒り、悲しきことあれば嘆き、悩み、楽しいことがあれば笑う。改造を受ける前のお前は、それまで何も感じすに生きてきたのか!? そうだったと断言できるのか!? たとえ手足を金属に変えられようとも、物事を人としての物差しでしか測れない以上、俺たちの心は人間のままなんだよ!! どうしようもないぐらい、人間なんだよ!! てめぇはただ酔っぱらっておもちゃを自慢する、精神が子供のまんま大人になった世間知らずのガキそのものだ!! そんなガキの妄想なんかに、俺は、絶対に、従わん!!!!」

「残念だ残念だ、残念だよおおおおおおおおおおおお!!!!」

 

 影胤が飛び出すのを見て、友幸も構えた。酷使された身体は既に限界に近い。骨の至るところには亀裂が入り、激痛を発している。

 影胤の放った拳を受け流し、振り上げた右脚はそれを予測していた影胤の左腕に阻まれる。レバーを狙った回し蹴りをバックステップで回避すると一瞬で間合いを詰め、有無を言わせず左拳を振り上げたが、寸前で拳を受け止められ阻まれる。

 即座に右拳を鳩尾をめがけて一気に放つ。

 しかし、これも影胤の掌で阻まれた。

 友幸は直ぐに手を振り解こうとしたが、影胤は逆に引き寄せて友幸のバランスを崩し、同時に、打ち上げるように足を振り上げた。

 鳩尾を蹴り飛ばされ宙に浮き、回避行動もままならない。走る激痛に息を詰まらせながらも、友幸の目に影胤の憎悪に満ちた視線がうつり、如何ともし難い危機感と焦燥感が走る。

 咄嗟に腕を交差させ、膝を丸めて防御姿勢を取ろうと手足に力を込めた。防げるかどうかわからないが、無防備に受けるよりかは断然マシだ。

 突如、鈍い金属音と共に、全ての関節から火花がスパークした。

 

「ネェェムレェェェス――」

 

 画面に映るエラーの大量表示に、友幸は意識が遠くなりかけた。

 戦闘の過負荷に耐えきれず、全てのアシスト機能がほんの一瞬だけ不調を起こしたのだ。

 そしてその一瞬は、致命的な一瞬だった。

 

「――スリイィィパァァァァ!!!!」

 

 一撃目は、火花が大量に飛び散った。

 二撃目は、その中で塗装が剥げた。

 三撃目は、少しだけ装甲が削れた。

 四撃目は、衝撃で配線が千切れとび、逆流した電流が友幸の身を焼いた。

 五撃目は、重要防御区画(バイタルパート)の胸部装甲に、亀裂が走った。

 

「エェェェェンドレェェェェス――」

 

 その亀裂に、影胤は掌を当てる。

 その光景を、友幸はどこか空虚な目で見ていた。

 

「――スクリィィィイィィム!!!!」

 

 瞬間、斥力の槍が容赦無く貫く。突き抜けた衝撃はあばら骨を数本砕き、肺をつぶし、体組織を脆くなった箇所から破壊していく。

 

「――ごふぉッ」

 

 友幸の口からおびただしい量の血が吹き出し、ヘルメットの隙間から漏れ出す。跳ね返りが、顔面を赤く染めた。

 更に一瞬後、友幸は衝撃と共に紙屑のように吹き飛ばされる。

 何回も、何回もバウンドし、吹き飛ばされた友幸は、錆だらけの壁際に激突した。予想外の衝撃に、放置され脆くなっていた壁は容易く圧潰し、瓦礫が飛び散った。

 

 

 

 バチバチ、と不規則になる火花の音と、サー、と細かく破砕された瓦礫が静かに落ちる音が、集音装置にかろうじて拾われる。

 あれだけ喧しく鳴り響いていた警報音も、顔面を覆うほど表示されていたホログラムもすっかり鳴りを潜め、目の前にある二つの超強化ガラスから、月光と登り始めた太陽の光が降り注いでいる。そこから見えるものが、今の友幸が唯一見ることができる世界だった。ただし、血の入った右目の視界は真っ赤に染まっていたのだが。

 粉塵がやんでいく中、かつかつと足音が響き、瓦礫の山に身を預けていた友幸はゆっくりと顔を上げる。

 

「ここまで頑丈だと、逆に大したものだ」

 

 蛭子影胤はそういうと、掌を首にかけ、一気に壁沿いに持ち上げた。

 なんて馬鹿力だ。と思いつつも、友幸は何も抵抗しない。できない。

 限界を超えた身体はこれ以上の稼働を痛みで否定していた。全身の骨の至る所にひびが入り、全身の筋肉はボロボロ。腱もいくつか千切れかかっているようだ。負担を無視して無理矢理機動を続けた代償がこれだ。

 ジンラ號も、もはや無傷な箇所を探すのが困難なほどに損傷していた。エンドレス・スクリームの直撃は、胸部装甲を完全に貫通させるには至らなかったものの、大きく抉るようにへこませ、衝撃は使用者に致死的なダメージを負わせていた。

 今でも身体中のあちこちで火花が燻り、まともに起動しない。

 マシンガンの遠隔操作は断線してできないし、ペンシルミサイルも弾切れ。

 プラズマキャノンは砲身が歪み、暴発の危険性により自動的に強制停止させられ、クロスアタックビームも発射口が完全に潰れた。発動機の出力は既に四十パーセントを切っている。もはや飛行するのがやっとだ。

 頼みの自動修復装置はエラーを起こし、今は温度調節機能だけが正常に作動している。

 笑ってしまいたくなるほどの、不利な状況だった。

 

「……これで最後だ。何か、言い残すことはあるかね?」

「……ちょっと、待ってくれ」

 

 空気の抜ける音がして、ヘルメットが開いた。

 

「ひどい顔だ。だが、潔い」

 

 生身の顔をさらすことに戸惑いを抱かない人造人間に、影胤は感心した。

 血まみれの顔は、これからの展開に絶望するものでもなく、恐怖に染まったものでもない。覚悟を決めて居座った表情だ。元戦士として、人間兵器として、影胤は興奮に身を打ち震わせる。

 

「では、聞かせてもらおうか」

「この戦い『俺たち』は敗けんぞ。蛭子影胤」

 

 文字通り、命を握っている相手の姿を見据え、胸の中で十字を切る。

 思えば、まともにダメージを受けたのは何年振りだろうか。そう思うと、これから殺してしまう事が惜しく感じてしまう。だが、それもすぐに終わるだろう。彼は、これからもう一人の同類と共に自分の記憶に永遠に記憶されるのだ。今まで屠ってきた中で、特にしがみついた名誉ある一人として。

 

「では、これから里見君のところまで送ってあげよう」

「あー……それは……」

 

 大きく手を振りかぶろうとする影胤に、友幸はしどろもどろになった。一つ咳き込んで溜まった血を吐きだすと、いままで閉じていた右目が裂けんばかりに大きく見開かれる。

 その瞬間、義眼から閃光が迸ったかと思うと、影胤の胸を一条の光が貫いていた。

 

「……?」

 

 刹那、あまりにも刹那の出来事に、影胤は恐る恐る胸元の傷に触れる。白煙と、肉が焦げた臭いが立ち上る。血は流れていない。膨大な熱量を持つ光線が、傷口を焼き固めたのだ。

 さらに転瞬、影胤は衝撃と共に紙屑のように吹き飛ばされた。影胤の拘束を振りほどいた友幸が、思い切り体当たりをしたのだ。

 仮面の下で、影胤は喀血した。

 

「切り札ってぇのは、最後まで取っておくもんだねぇ」

 

 義眼からのレーザー。

 友幸に残された、実質的な最後の攻撃手段。人体を貫く程の火力を有するが、実質一発しか撃てないのが弱点だ。逃走中に絡まれたスフランの葉を焼き切ってエネルギーを消耗したことが心残りだったが、うまくいった。

 友幸は笑みを浮かべると、振り返らずに後ろの人物に声をかける。

 

「なぁ、もういいだろ? そろそろしゃべるネタが尽きそうだ」

「あぁ、無理させて悪かったな」

「ほんとね、待たせすぎだよ」

 

 突如響く第三者の声。

 はじかれるように顔を上げると、その光景に影胤はまるで幽霊でも見たかのように刮目した。

 

「どういう……ことだ」

「賭けに勝った。それだけだよ」

 

 影胤の呟きに答えともつかない言葉を返す彼は乾いた血だらけであったが、その瞳には闘志が灯り力強い輝きを放っていた。

 何故だ。槍状に編み上げた斥力フィールドは確かに腹部を貫いた。即死とまではいかなくとも、確実に致命傷のはず。仮にまだ息があったとしても、激痛で身じろぎすらも出来ないだろう。なのに、なのに……。

 そこには、傷が残らずふさがった里見蓮太郎がいた。

 

 

 

 

「何故だ……何故だああぁぁぁああぁぁああ!!!」

 

 再び自分の前に立ちふさがる蓮太郎に、影胤は激昂した。

 これが怒りなのか憎悪なのか、悲しみなのか、もはや彼自身にもわからない。様々な感情が、混ざり合い、ぐちゃぐちゃにかき乱され、化学反応をおこし、爆発していた。

 絶叫しながら狂ったかのように、しかし的確に銃弾をばらまく。対して蓮太郎は友幸の前に飛び出し、義眼による演算で軌道を見切り、義肢で弾きながら庇う。

 その間に友幸は、いつの間にかエラーから回復した自動修復装置である程度回復したジンラ號のシステムを操り、ホップアップさせた一つのホログラムを選択すると、装甲の下で腕の脈に何かが突き刺さる感触がした。

 変化はすぐに訪れた。生命維持装置は心拍数の急上昇を数値で、体温の上昇をサーモグラフィーで淡々と伝える。呼吸が荒くなり、体は灼けるように熱い。ばくんばくん、と自分の鼓動の音が大きく聞こえてきた。

 やがて、頭部、胸部、腹部に負った傷が目に見えて再生していく。ふさがれていた視野が劇的に広がった。急激な再生によるけだるさが残っているが、痛みもなく、いつだって動ける。

 AGV試験薬は、友幸をガストレア化させることなく、見事にその効力を発揮した。

 それを見た蓮太郎は、影胤に向かって駆け出した。

 

「何故分からない里見蓮太郎ッ?! 今の人間に! 世界に! 守る価値などないということに!!」

「分かってんだよ、ンなことは……けどなぁ――」

 

 至近距離まで接近した後、腕部のカートリッジを解放。腕のカートリッジが炸裂した。三発分の薬莢が吐き出される。

 天童式戦闘術一の型八番『焔火扇・三点撃(バースト)』。

 

「――お前の言う『理想の未来』だけは、断じて!! 許容出来ねぇんだよォッ!!」

 

 加速した拳が展開された障壁を突き破り、猛烈な速度で正拳突きが影胤の顔面に炸裂する。影胤はガードも何も出来ず、吹き飛ばされた。

 

「あんたが、この事件を引き起こしたのは、自分たちが必要とされない世界になることを極端に嫌がったから、戦争を起こすためにやったんだよなぁ!?」

「そうだ。我々は奴らと戦うために生み出された。この力を持って戦いに身を投じ、多くの功績を挙げたとき、我々は崇められた。私は言い知れぬ昂揚に身を震わせた。あれだけのガストレアをまとめて殲滅するその強さは、私を新たなる存在へと導かせたのだ。なのに、モノリスが出来上がると、世界は我々をないものとして切り捨てた!! あれだけの活躍を、あれだけの功績を、全て闇に葬った!! そして、殻に引きこもった臆病者達は、我々を必要としなくなった!! 我々は、生きる道を閉ざされたのだ!!」

「ッんでだよ!? 人間として生きることもできたはずだろうが!! それは延珠たち、『呪われた子供たち』よりも、簡単なはずのに!! なぜ、お前は人として生きる道を選ばなかった!? 現に俺は一般人として、芹沢もついこの間まで、民警の一人として生きていたんだぞ!!?」

「我々がこんなぬるま湯の世界で生きていくことなど間違っている。戦場で戦うことこそが、我々の生きる唯一の道なのだ!! これしか生きる道はないのだ!! それ以外は、死だ!!!!」

 

 追撃として、ジンラ號を再起動させた友幸が飛び掛かる。

 腕のブレードを斥力場で形成した刃で激しい剣戟を打ち合わせながら、影胤は吠えた。

 

「君もだ!! 芹沢君!! 何故、そのような素晴らしい力を持っていながら、何故、何のために!? 全く理解できん!!」

 

 友幸の眼が凄みを帯び、影胤の双眸と正面から睨み合う。

 

「生きるか死ぬかの問題じゃない、どう生きるかなんだよ!! 一つの生き方が失われたなら、また新しい道を見つければいいだけの話だ!! なのに、なぜそれをしない!? なぜ、失われた、望まれぬ過去に立ち返ろうとする!? 俺たちはその新しい道の一つを選んだだけだ。それを否定する権利など、咎める権利など、決してありはしない!! 貴様は次世代の人間でもなんでもない!! 過去の栄光にしがみついた、ただの弱い人間だ!! 卑怯な弱虫だ!!」

「そんなもの、敗残兵の戯言にすぎん!! 人を超えた力を持っていながら世界に順応して適応していくことなど、自ら負けを認めて隷属する行為であり、機械化兵士の生き方ではない!!」

「あぁそうさ、それは『人間』の生き方だ!! だから俺は人間になろうとした!! 人間として生きようとした!! 機械化兵士としても、人造人間としてでもない、『芹沢友幸』という一人の人間としてな!! 俺は生きた兵器として生きることを、捨てたんだ!! なのに、お前はそれを滅茶苦茶にしたんだ!!!!」

「ならば、君は人間として生きてどうだったというのだね!? 生体兵器としての過去を隠しながら生きておいて、それが露呈した時の周りの反応を恐れずに生きていられたのかね!? 君は民警として活動しているが、そうする理由は、人目を避けられやすい仕事だから、ではないのかね!? 結局は、君も戦場を離れられないから、なのではないかね!!?」

「そうじゃない、守るためだよ!!」

 

 振るわれる刃を弾き飛ばし、友幸はがら空きになった影胤の腹に突き出すような蹴りを叩き込む。

 蹴り飛ばされた影胤は、それを利用して距離を取りながら影胤は銃を乱射するが二人には当たらない。

 

「守る? 何を守るというのだ、こんな守る価値のない、クソッタレな世界の、何を守るのだ?」

「この世界に、守る価値はないといったな、蛭子影胤!! けど、それは間違いだ!!」

 

 蓮太郎が跳躍し、影胤に踊りかかる。踏みしめた甲板に、大きなひびが入る。その跳び方は、彼の後ろで見守っている幼い相棒に酷似していた。

 

「こんな世界にだって、俺たちには守るものがある。たくさんの仲間が……そして、何よりも――!!」

 

 言いながら友幸は、今もなお戦っている相棒と、自宅にいるであろう双子の義妹を思い浮かべた。

 

「残念だッ、非ッッ常に残念だなあッ!!!! 残念だよ二人共!!!!!!」

 

 詰め寄った蓮太郎と友幸を相手に格闘戦を繰り広げる。それぞれの躰に染み付いた拳技が、技術が、戦技が繰り出され続けている中、影胤は語った。

 

「私とキミたちはッ、根っこの所では同じだと思っていたが、私が間違っていたようだ!!」

 

 わずかな隙をついて、フィールドを広げる。距離を取られた二人は、特にダメージもなく着地する。

 距離を取った影胤は、仮面の下でおぞましくも、楽しそうな笑みを浮かべた。

 

「認めよう!! 君たちは私の最大の脅威だ!! 決して弱くなどなかった!!」

 

 影胤はおもむろに両手を前にかざすと、掌に何かが集約し、収束していく。

 斥力の槍か。友幸と蓮太郎は同時に身構えた。

 

「君たちは、守るといったな!? だがすべてを守りきることはできんぞ!? 必ずどこかで犠牲が出る!!」

「承知の上だ!! たとえ俺一人がどんなに力を持っていたとしても、犠牲となる奴らすべてを救う力はねぇ!! けど、俺は延珠に言われたんだ!! 出来ねぇことはねぇってッ!! なら、せめて手の届く人々は、救っていいってやる!!」

「その過程で、化け物染みた力を行使することになってもか!?」

 

 影胤の問いに、今度は友幸が答えた。

 

「この力を使うときは、守る時だ。俺は、守るためにこの力を使う。そうして、俺は、俺たちは、『希望』になるんだ。芹沢友幸という、一つの希望になるんだ。たとえ、この身が『世界に仇名す者たち』によって生み出されたものだとしても!! たとえ――」

 

 ここで友幸は目を閉じる。一つ深呼吸すると、一気に見開き、啖呵を切った。

 

「――この身が、『芹沢猪四郎のクローン』だとしても!!」

 

 え? 蓮太郎は自分の耳を疑った。

 クローン。間違いなく彼はそういった。だが、いったい誰のだと言った? それに『世界に仇名す者たち』とは一体……?

 ちらりと横目で彼を見やる。

 そして、気づいた。

 長い戦闘によって傷ついたジンラ號の装甲。はげた塗装の下に、何かが英語で刻まれていた。

 

 Sacred Hegemony Of Cycle Kindred Evolutional Realm

 

 直訳で『同種の血統による全体の、神聖なる支配権』と読める。そして面白いことに、大文字を組み合わせると、一つの言葉として発音できるのだ。

 

「では、さらばだ!!」

 

 だが、蓮太郎はその考えをすぐに捨てる。今は、そんなことを考えている暇はない。

 

「やるぞ!! 蓮太郎!!」

「おぉ!!」

「エェェェェンドレェェェェス――」

 

 改めて向き直った直後、影胤の両手よりそれぞれ巨大な斥力の槍が形成された。

 

「エルボーロケット、レベル伍――」

「天童式戦闘術、一の型十五番――」

 

 友幸の肘の装甲からスラスターが展開。過負荷を超えた限界の一撃を放つため、空気を取り込む甲高い音がいつにもまして高鳴っていく。

 ほぼ同時に蓮太郎の腕からカートリッジが炸裂。空薬莢が一発分、空を舞った。

 

「スクリィィィィイィィムゥゥゥゥ!!!!」

「『雲嶺毘湖鯉鮒』撃発(うねびこりゅう・バースト)ォォォォ!!!!」

「ファイアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」

 

 二つの槍と二つの拳が激突し、落雷のような轟音が響き渡った。

 スペースチタニウムと超バラニウムで出来た剛拳と、対戦車ライフルをもはじく斥力の槍、両者の凄まじい激突の余波が衝撃波を嵐のように撒き散らしながら、発生した燐光が周囲を昼さながらの明るさに染め上げる。

 蓮太郎の腕から、薬莢が連続で排出された。友幸も、フルパワーで稼働する発動機エネルギーの大半を腕のスラスターに回す。

 上がり続ける斥力と膂力。ジンラ號の腕と蓮太郎の義手が設計上の限界を超えて軋みをあげ、至る所から火花を散らせる。握り締められた拳と槍の激突に大気が金切り声を上げて絶叫する。踏み込んだ脚に耐え切れず、互いの足元の甲板が砕け散る。ただ突っ立っているだけでこれほどの威力を生み出すほどまでに、両者は拮抗していたのだ。

 そして、気が遠くなるほど長い一瞬、矛盾した刹那ののち、蓮太郎と友幸の超音速のアッパーが槍を押し返し、巻き込まれた影胤は上空高くまで吹き飛ばした。

 

「行くぞ芹沢!!」

「わかってる!!」

 

 二人はほぼ同時に跳躍し、蓮太郎は足の薬莢を撃発。友幸はすべての噴射機構に出力をまわして影胤と同じ高さまで飛び上がる。

 友幸は、空中で前転すると、空を背にするようにして左足を突き出す。そして、スラスターの向きを後方に変えた。

 蓮太郎は、体を半回転させて頭を地面に向けながら脚部の残りの薬莢を全てまとめて撃発させる。

 

「天童式戦闘術、二の型十一番――」

「俺の必殺技、パートワン。本郷猛直伝の――」

 

 黄金の空薬莢がまるで雨のように降り注ぎ、ジェットのエンジン音がその中で反響し不思議なハーモニーを奏でる中、二人は不意に影胤と目が合った。

 

「――そうか、私は負けたのか」

 

 小さく、しゃがれた声でそう言った彼は、諦めたように目を閉じる。

 その瞬間、全ての時間が加速した。

 

「――隠禅(いんぜん)哭汀(こくてい)全弾撃発(アンリミテッド・バースト)ォォォオォォォ!!!!!!」

「――ライダァァアァァアァァキィイィィィイィイック!!!!!!」

 

 オーバーヘッドキックの要領で放たれた乾坤一擲の超バラニウムの蹴りと、重量物の落下エネルギーとジェットパックの推進力で放たれたスペースチタニウムの跳び蹴りは、弱まっていた影胤の斥力場を突き破り、胸部の肺を潰し、肋骨の幾数本をまとめてへし折りながら吹き飛ばす。

 影胤の細い体は、凄まじい速度で空から海へと落ちていき、海面に激突。何度か水面を水切り石のように水飛沫を盛大に上げながら跳ね回り、巨大な水柱を作ってから漸く止まった。

 

「蓮太郎ぉ!!」

 

 蓮太郎が自身で放った蹴りの威力を殺し切れず、反動でくるくる回りながら落下しそうになる。あやうく地面と激突しそうになったそのとき、彼を受け止める影があった。

 

「悪い、心配かけたな」

 

 延珠は何も言わずに、正面から抱きつく。耳元で嗚咽と啜り泣きが聞こえてきて、蓮太郎は優しくその体を抱きとめた。

 蹴りの姿勢のまま地面に着地した友幸はレーダーサイトに映された影胤のシグナルが消失したのを確認しながらも、ヘルメットを開けて油断なく海面を見据える。しかし、数十秒たっても上がってくる気配は無い。

 隣に、延珠を抱きかかえた蓮太郎が立つ。

 

「……やったな」

「あぁ、やった」

 

 蓮太郎はゆっくりと息を吐きだし、友幸に笑顔を向けた。

 お互い疲れきった顔で見つめあっていると、自然と笑いが込み上げてくる。

 どちらからともなく互いの右手を差し出す。

 ガチン。

 金属製の腕で景気のいいハイタッチを交わし、無言で互いの勝利を称えあった。




>テクノロジーの出所、その他もろもろが一切不明。まるで『幽霊のように唐突に表れた』謎だらけの兵器。

Q:じゃあジンラ號はどこから来たの?

A: 『S』acred
   『H』egemony
   『O』f
   『C』ycle
   『K』indred
   『E』volutional
   『R』ealm

 『SHOCKER』

 多分、五翔会よりやばい組織。


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迎撃準備

千寿夏世「私事ですが、わたくし千寿夏世の声優を務めている潘めぐみさん、『怪獣娘~ウルトラ怪獣擬人化計画~』でもキャラ声担当しているんです」

 ――うん。

千寿夏世「そのキャラ、『ウルトラセブン』の怪獣、エレキングの擬人化なんです」

 ――うん。

千寿夏世「結構キャラがかぶってて、冷静沈着で何事にも動じないクールなおねえさんキャラなんです」

 ――うん。

千寿夏世「もっとも、体格は私と違って普通にないすばでーで、せくすぃーなのですが。あ、これ別に嫉妬じゃないです」

 ――うん。

千寿夏世「ついでに腐女子なんです」

 ――うん




 ――……




 ――うんんッ!?





千寿夏世「腐女子なんです(迫真)」








千寿夏世「 腐 女 子 な ん で す ( 迫 真 )」








 ――おk、素材ネタ提供ありがとう。


 海底にたまった汚泥を薙ぎ払いながら『それ』は進んでいた。重い体重のせいで砂に沈み、もつれそうになった足を無理やり引き出してまた大きく、そしてすばやく踏み出す動作を延々と繰り返す。背後の常闇に覆われた海中の中で、舞い上がった砂が後方の景色を完全に覆い尽くし、そこから自分を探す獰猛なケダモノの怒り狂った咆哮が分厚い水の層を押しのけ、当たり一面に轟いた。立ち止まって後方に目を凝らすと、竜巻のように海中を渦巻く無数の血流で真っ赤にぼやけた視界の彼方、複雑な起伏を築いた海底のはるか遠くで――『それ』にとっては恐ろしいほど近いと思っている距離で、揺らめきながら発光する青白い光を見て全身に怖気が走った。

 喉の奥から叫びだしそうになるのを必死にこらえて、ステージV『スコーピオン』は砂を掴む足に力を込める。

 もう何度転倒して己が身の最後を覚悟しながら起き上がったかわからない。ケダモノはこちらの存在を感知してはいるがいまだ居場所には気づいていないようだが、ばれるのは時間の問題だ。その前に、この限界を知らないはずの身体もいつかは動かなくなるかもしれない。それでも、あの怪物から完全に逃げ切るためには一刻も早くここから遠くへ離れなければならない。

 全身にたまる疲労のせいで、一つ一つの動作が非常にぎこちないうえに、身体全体が見るも無残かつ醜悪な傷で彩られ、耐えがたいほどの激痛がスコーピオンを蝕んでいた。

 怪物の豪腕から振るわれる怪力で数本ほどの触腕が吹き飛ばされ、使い物にならなくなった。目玉が数個ほど抉り取られ、目の前で握りつぶされた。スコーピオンの身を焼いた青白い暴力の嵐は、いつもはすぐに終わるはずの自然治癒が困難になるほどの火傷を負わせた。

 再びケダモノの唸り声を耳にした。世にも恐ろしい声は海底の岩礁にあちこちを跳ね返って複雑なこだまとなり、さらに大きく聞こえるように響き渡る。

 

――逃げたい。殺されたくない。死ぬのは嫌だ。逃げろ。

 

 スコーピオンは、血と異なる液体を眼窩から滲み出しながら、海底の砂泥の中で懸命に、痛む体を引きずるようにしながら一歩大きく踏み出す。もはやスコーピオンは『取り返す』という当初の目的などすっぱりと切り捨てて、ただひたすらその怪物から逃れようと込み上げる衝動のまま前進していた。

 突然、キーン、キーンと金属同士を打ち合わせたような甲高い音が耳に入り、スコーピオンは思わず足を止めた。聞き覚えのない音の持ち主はケダモノの仲間かもしれないと警戒したからだ。

 そう遠くない距離にいることを悟ったスコーピオンは身を隠そうとめまぐるしく周囲を確認するが、海底にはどこにもスコーピオンの巨体を覆い隠すほどの峡谷は存在しない。このときばかりは自身の馬鹿でかい図体を恨めしく思った。

 やがてスコーピオンの超感覚は不快な音の主を感知した。全身を黒一色に染めた鋼鉄の魚が何十匹も、艦尾に据え付けられた一軸のスクリュープロペラで海水を無遠慮にかき回しながらゆったりと回遊している。頭から発せられる金属音と腹の中からかすかに響く、命ある物たちが発するものとは異なる人工的かつ非生物的な音は、鋭利な殺気となってスコーピオンを威嚇した。

 その時、ドーン、ドーンと断続的に遠雷のように響く地鳴りのような音と同時に、足元から鈍い振動が這い上がってくる。全身が凍りつき、心音が高ぶるのを感じる。ケダモノが海底に足をつけて歩き始めた瞬間だった。まずい、見つかった。同時に鋼鉄の魚群から甲高い音が鳴りやみ、それに続いて腹の中の音が野獣のような唸り声を上げて一層の迫力を増し、聴覚器官をぶるぶると揺らす。軋むような金属音と、大量の水泡がはじける音がほぼ同時に聞こえた。スコーピオンには未知の音だったが、何をされるかは真っ先に理解できた。攻撃だ。

 前門の怪魚群、後門のケダモノ。

 挟み込まれたスコーピオンはパニックに陥る。巨大魚はケダモノの仲間でないことはなんとなく理解できたが、あの怪物と同じく自分を排除しようとしていることは明白だ。

 スコーピオンは一声で小さく鳴くと、痛む体を必死によじらせて両足に力を込めた。ほとんど力を失いかけた状態でどこまでいけるかわからなかったが、やらないよりははるかにましだ。

 小刻みで甲高いプロペラの音が吐き出されるのと、地獄から這い上がるようなケダモノの咆哮が聞こえるのと同時に、スコーピオンは脚部の力を解放し浮上した。

 

 

 

 

 

 

 里見蓮太郎・藍原延珠のペアと芹沢友幸が蛭子影胤を撃破した時、日本国家安全保障会議は歓喜に沸いた。官僚の多くは成果に喜び、木更と菫に握手を求める者もいる。うら若いオペレーターが肩を抱き合って喜んでいた。なにしろ、この作戦は失敗したら東京エリアに未来はないのだ。ステージVが現れるのだ。

 

「……どうにか、やりすごせましたね」

 

 菊之丞が聖天子を見てつぶやいた。聖天子は静かにうなずく。いつの間にかこわばらせていた身体の力を抜いて背もたれに身体を預け、ふっと息をついた。

 その直後、唐突に鳴り響いたアラームによって歓声が打ち消された。

 

「東京湾に浮上する物体を確認!!」

 

 聖天子は猛烈な勢いで顔を上げ、立ち上がった。モニターを通して肉眼でそれを見る。海上自衛隊のヘリが空撮していると思われる映像から、海面が気泡で白く煮え立っている東京湾が映し出されている。三十、三十五、二十……と、スピーカーからノイズの混じった自衛官の震えている声が、浮上する物体の深度を淡々と、しかししっかりと読み上げていく。

 滞空するヘリコプターからの探照灯を浴び、海面がゆっくりと盛り上がるのが見えた。すると、その間を縫うように、触手が一本、また一本と持ち上がり、海上でゆっくりと揺らめいた。

 

「間に合わなかったのか……?」

 

 片桐の声が震えていた。送られた映像はヘリコプターの音で満ちていて、あまりその場の音が聞こえない。スタッフの何人かは映像から発せられる威圧感に気おされ、自然によろよろと数歩ほど後ずさっていた。誰もがコンソールの前で立ち尽くしていた。呼吸は小刻みになり、動悸が激しく上がっていく。体温は頭頂から冷や水をかけられたようにすうっと引いて行った。

 この場にいるだれもが思い出していたのだ。十年前の『それ』の暴虐を。それによって植えつけられた絶対的な恐怖を。

 日本国家安全保障会議は、文字通りパニック一歩手前の状態に陥っていた。

 

「……聖天子様」

 

 肩に手を置かれ、聖天子はハッとした。振り返ると、菊之丞の巌のような顔がじっとこちらを見つめていた。

 既にスタッフは全員持ち場につき、東京エリア各方面への通達、情報の確認、展開している自衛隊の問い合わせなどに忙殺されている。だが、そのうちのいくつかはこちらにすがるような視線を送っている。

 それを見て、聖天子はいま自分が何をすべきか思い出した。彼らは、命令を待っているのだ。

 

「只今より、ステージVの迎撃を行います。自衛隊は現時刻を持って全ての武器の無制限使用を、フルメタルミサイル等一部の特殊兵器を除き許可。総力を持ってこれを迎え撃ちなさい。同時に東京エリア全域に大規模災害警報を発令。警察庁に連絡し、市民の避難誘導を本格化するよう伝達してください。これは、東京エリアの存亡をかけた決戦です。各員一層の努力を期待します」

 

 全員が返事をすると、迅速に行動を開始した。

 東京エリアにステージVの襲来という事態は十年前から幾度となく警告され、シミュレーションを重ねてきた。対策マニュアルも多数発行され、それを完全に暗記するほど読んでいない人間はここにはいない。だが、いくら危機意識を持っていたからと言って完全に対応できるわけではない。むしろ起こってほしくなかった事態に恐怖感を覚えている。そして、かくいう聖天子もその一人なのだ。エリア統治者という立場に就任して以来一度も経験したことのない危機と、それに重圧が両肩にのしかかり、今にもつぶされそうだ。

 だが、ここで自分がつぶれるわけにはいかない。いまが一番の踏ん張りどころだ。

 

「……幕僚長」

 

 心中の緊張を振り払うように、聖天子は尋ねた。

 

「スーパーXは?」

「只今発進いたします!」

 

 

 

 

 

同時刻

東京エリア 某所

自衛隊 機密駐屯地

 

『出動命令発令! スーパーXはこれより発進体制に入る! 各員、所定の位置につけ! パイロットは速やかに搭乗せよ!』

 

 スクランブル発進を促すアナウンスが流れ、基地内を作業員たちが走り回る中、パイロットスーツを着込んだ黒木翔三等特佐は地下に設置された機密格納庫へ足を踏み入れると、すでに専用スーツを着込んでいた他の搭乗員が一斉に敬礼する。黒木もそれに答礼し、いくつかの報告を交わすと長居は不要とばかりに駐機するスーパーXに走り寄り、乗組員もそれに続く。

 数分後、彼らはこれまで行っていた訓練と同じように短時間で出撃準備を整えた。

 機長席に腰を下ろした黒木は懐から一枚の強化プラスチック製のカードを取り出すと、パネル下のスキャナーに差し込む。これはスーパーXに設けられた機能解除コードであり、聖天子からスーパーXの使用承認を受けた直々の許可証だ。スーパーXが対ガストレア戦闘以外の戦闘行為に用いられることを危惧した聖天子が勅命で作らせたものであり、数時間ごとに更新されるパスワードは彼女の指紋と網膜反応によって停止、自動的に発行される。これがなければスーパーXは動かず、またその力をふるうこともない。

 特にエラーもなく、正常に解除されたことを確認すると、黒木は計器のスイッチを入れる。メインパネルや大型液晶ディスプレイが次々に点灯し、薄暗い機内を鈍い蛍光色が照らしていく。

 

「スーパーXより管制塔、システムオールクリア。オクレ」

『管制塔よりスーパーX。了解、これより発進シークエンスに移行する。オクレ』

「スーパーXより管制塔。了解、こちらの準備は完了した、始めてくれ。オクレ」

『管制塔よりスーパーX。了解した。通信オワリ』

 

 管制官はマイクのボタンを押すと直ぐに作業員たちに退避を促し始め、それを聞いた作業員の全員がスーパーXを固定している整備台の真横に移動する。

 それを見た管制官はコンソールのボタンを押した。

 重厚な金属音が整備室内に響き、同時に整備台を固定していた留め具が解除されると、スーパーXを載せた台車は両側のレールに導かれ移動を開始した。

 巨体が動き出すと、作業員達は一斉にスーパーXに向けて敬礼する。心血を注いで建造し、これまで整備してきた彼らの機体に対する思い入れは非常に強かった。

 黒木たちもキャノピー越しに答礼する。どれほど優れた装備も、その状態を万全に整えてくれる者たちがいなければ意味がない。彼らは彼らで、作業員たちに尊敬の念を抱いていた。この後自分たちがしてあげることは、なるべく無傷で任務を遂行してこれを連れ帰ることだ。

 やがて整備台が速度を落とし、発進位置へ滑るようにおさまった。整備台からボルトが差し込まれ再び留め具が固定されると同時に、機体全体の最終確認としてセンサーからのレーザーが機体全体に照射される。人間の目だけでこの巨大な機体全てを確認するのは難しいからだ。

 

『ガントリーロック解除。発進に備えて隔壁下ろせ』

 

 管制官の合図でロックが解除され、スーパーXは整備台から切り離される。続いて障壁を兼ねた格納庫への入り口が静かに閉まった。

 

『発進ゲート、オープン。ゲート周辺の立ち入りは一時禁止』

 

 はるか頭上に位置する発進ゲートがきしみ音とともに開き、差し込んだ月光が発進口を照らしていく。

 黒木たちはステージVの進行をリアルタイムで追跡しているディスプレイを見ながら各リンクの出撃前の点検を各種行った。すべて正常だ。

 

「メインエンジン、点火」

 

 黒木が告げた数秒後には、スーパーXの核融合エンジンが轟音と共に出力を上げていった。

 パネルに映し出されるゲージが増すごとに莫大なエネルギーが振動となってあたりの空気を揺らしていく。それはまるで、スーパーX自身が発進できることに歓喜の雄叫びをあげているかのようだった。

 乗組員がパネルを操作し、目的地をナビゲーションシステムに入力する。

 すべての動作が完了した時、黒木は号令した。

 

「スーパーX、テイクオフ」

 

 黒木の言葉を合図に操縦士がレバーをゆっくりとおろした次の瞬間、機体下部の原子炉直ジェットスチームターボファンエンジンから超高温の爆炎が炎の柱となって轟音と共に噴き出し、猛烈な噴煙と暴風をまき散らしながら機体が上昇していく。

 やがて安全高度まで達すると後部のターボファンエンジンが唸りを上げて膨大な熱量を噴射し、一気に加速する。スーパーXは二条の噴煙を残し、雲の中へと姿を消した。

 

 

 

 

 

東京湾。

 護衛艦隊 旗艦『あいづ』戦闘指揮所

 

「東京湾沖合にて急速に浮上する物体あり」

 

 そう言った後にレーダー要員が正確な方位を告げる。

 一足早く現場に到着した哨戒ヘリからの報告を中心に、本部や東京湾全域に張り巡らされた何百もの遠隔操作センサーから送られてくる情報をスキャンし、統合する。

 ガストレア特有の赤目の発光現象と、いびつな形状。質量反応も大きい。

 

「波間に漂う触手の大きさからしてみても、ステージVでほぼ間違いないかと」

「本部は何と言っている?」

 

 艦隊司令である立花泰三一等海佐が、静かだが威厳ある声で尋ねる。

 副司令官は通信係の話を聞き、伝えた。

 

「目標はステージVと断定。自衛隊は現時刻を持って特殊兵器を除く全火器の無制限使用を許可。総力を持ってこれを迎え撃つ、とのことです」

 

 特殊兵器とは、つい数か月前に実用化されたフルメタルミサイルと三十式推進搾孔誘導弾、通称D-30ミサイルのことだ。貫通する兵器としては絶大な威力を誇ってはいるものの、弾薬の絶対数が少ない以上その使い時は非常に限定されている。使うときは、ステージVを通常兵器で疲弊させた後に、本部からの一斉統制射撃によってとどめを刺す時だ。

 

「よし」

 

 立花は命じた。

 

「艦隊はこれより対潜、対水上戦闘に入る。総員、所定の位置につき、命令あるまで待機せよ!」

 

 

 

 

 

 同時刻

 東京エリア 沿岸部

 

 東京エリア沿岸地域ではステージVへの火力攻撃のために陸上自衛隊が特科部隊を集結させていた。

 海上を視認できる内陸部には九九式一五五ミリ自走榴弾砲と二〇三ミリ自走榴弾砲の混成部隊が鎌首のように砲身をもたげて海上を睨んでいる。

 さらに数キロ距離を開けた地点には数十両の多連装ロケットシステムと八八式地対艦誘導弾、一二式地対艦誘導弾が縦一列に、等間隔で並んでいる。

 上陸阻止砲撃用として、また広範囲の敵陸上部隊への面制圧砲撃のために開発されたこれら長射程砲は二度の関東大戦でもガストレアの大群を削ることに多大に貢献し、陸上自衛隊の中でも縁の下の力持ちとして愛着を持つものが増えていた。

 海岸を視認出来る地域には隠蔽陣地を設けて一〇式戦車や九〇式戦車を主力とした戦車隊が陸上への最終防衛ラインとして展開している。本音を言えばここまで接近を許してしまえばもはや東京エリアの命運は尽きたと言ってもいいが、これは可能な限り、そしてわずかでも希望を失わないため、何より将兵たちの士気高揚のための心理的効果を狙ったものであった。

 現時点で投入できる戦力はこれぐらいだ。これぐらいで、やらなければならないのだ。

 

「来るなら来い。叩きのめしてやるからな」

 

 戦闘指揮所で現場指揮を執る師団長の坂東萬長陸将は低い声で静かに言うと、敵がいるだろう海上を睨んだ。



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迎撃開始

「この投稿されることはが数か月はありませんので、どうかしばらくお待ちください」

「え、ハーメルンに?」

「あ゛ーっ!あ゛ぁ゛ーっ゛!!こんっなのアリかよぉー!!?」

「え、投稿するの?」

「そりゃ執筆者だからな」

「…やはり、作者本人の投稿に見えますね」

「…にしては違和感があるな(だって早いんだもん)」

「しかし、投稿時間が前回より数日です。既に地質調査済みの執筆速度では考えにくい事象だと考えます」

「想定外だ、よくある事だろう!」

「済んだことはもういい!現状はどうなっている!?」

「…そうは言いましても本人の試験も近く、本日の投稿は徹夜しての投稿と思われ、学習時間的余裕を持った投稿とは認められない事象でしてね…」

「え、そうなのか!?なら早く言え!」

「すみましぇん」

「手を抜いた小説は極力排除したいが、勉学を経ないと動けないことが多すぎる!」

「効率は悪いがそれが現代を生きる人間というものだ。民主主義の根幹だよ」

「今、友人が有効性の高い執筆プランを進めています。作者はそれに賭けたのでしょう」

「その賭けに君もレイズか」

「私は好きに(前書きをこんなに)した。君らも(感想を)好きにしろ」


「え、東京湾に?」

 

 電話越しに木更から告げられた『悪いニュース』に、蓮太郎は小さく疑問符を返した。

 ステージVの出現。それはつい先ほどまで自分たちが全力で止めようとしていたことだった。

 

『えぇ、いま自衛隊が総力を挙げて攻撃態勢に入っているところよ。姿を現したら総攻撃をかけるみたい』

 

 けど――

 そう言って言葉が途切れる。蓮太郎には彼女が口をつぐんでいる様子がありありと想定できた。

 無理かもしれない。

 木更はそう言おうとしたのだろう。

わからないでもない。それは過去の大戦を経験した世代ならば誰もが共通して持っている認識だ。

 戦時中何回も見たステージVの猛威を思い出す。通常兵器のほとんどが効果をなさず、一方的に屠られていく軍隊と、なすがままに破壊される他国を見て絶望した日々。神出鬼没の奴らは一体どこに現れるのか。次は自分で、それはもしかしたら明日かもしれない。そう思って恐怖して眠れぬ夜を過ごした日も何度あったであろうか。

 

「そんな……じゃあ今まで俺たちのやってきたことは一体なんだったんだ!! 無駄骨だったのか? ……東京エリアは……もう助からないのか? ……全部、お終いなのかよ……ッ!!」

「里見君、まずは君が落ち着け」

 

 見かねた友幸が蓮太郎から携帯を奪い取ると、代わりにドリンクを半ば無理やり差し出した。端末を操作し、スピーカーモードにして延珠にも聞こえるようにする。

 

「それで、天童社長。あなたなら俺たちを絶望させるためにわざわざ電話をかけてくるなんてことはないはず。何か腹案でもあるのですか?」

『芹沢さん? えぇ、今それを言おうとしていたところ。あなたたちから見て南東方向に見えるものが、その腹案よ』

 

 ちょうどその南東方向を向いていたため、首を少し上げればすぐに発見することができた。もとより、あんな目立つ建造物が視界から消えるなどということはほとんどないのだが。

 平行に設置された二キロにも及ぶ電磁レールを覆う無骨に光る装甲。完成の日の目を見つつ、ついに一度の試運転もなく十年近く野にさらされ続けた大戦末期の遺物。

 千ミリ以下の金属飛翔物を亜光速で撃ちだす超巨大レールガンモジュール『天の梯子』は、今でも沈黙と保ったまま七十度近い仰角で天を衝いていた。

 そりゃ選択肢としてはありかもしれないけど、動くかどうかもわからんものを選ぶなよなぁ……。

 友幸の率直な感想がそれだった。

 薄々察してはいたが、改めて言われてしまうと驚愕を隠せない。十年近く整備もされていない超巨大兵器が、果たして動くのだろうか?

 

『あなたたちが目標地点にいちばん近いのよ。三人とも、お願い』

「奴が到着する前に間に合いますか?」

『問題ないわ。自衛隊とたった今発進した超兵器スーパーXが可能な限り時間を稼ぐから』

「了解です」

 

 通話を切ると、蓮太郎と延珠に目配せする。

 仕方がない。三人は頷きあうと、南東の方向へ走り出した。

 

「ねぇ、その前にリンダたちを回収してもいいかな?」

 

 

 

 

 

「こちらスーパーX、スーパーXより本部。ワレ作戦地帯ニ突入セリ。繰り返す、ワレ作戦地帯ニ突入セリ、オクレ」

『本部了解。命令あるまで現場上空にて待機せよ。オクレ』

「スーパーX了解。通信オワリ」

 

 黒木の眼前にあるパネルには、本部から贈られた待機座標と一致した地点でホバリングしているスーパーXを表す光点がきらめいている。機体のはるか下には、MLRSや一五五ミリ自走榴弾砲を主体とした長距離砲撃部隊が防衛線に沿うような形で展開している図が表示された。

 パネルが切り替わり、今度は海上の様子が映される。

 まるで一面に墨汁を垂らしたように黒々しい海面が白く煮え立ち、触手のようなものが海面上に姿を現している。

 その周囲で、海面が時折爆発するかのように水柱が立った。四方八方から無遠慮に浴びせられているようで、よく見ると非常に統率された動きなのがわかる。

 

「艦隊からの魚雷攻撃、よく効いているようですね」

 

 スーパーXの戦術担当の雨沢修一等特尉が状況を冷静に分析する。

 水柱の正体は艦隊と潜水艦部隊からの魚雷攻撃であり、ステージVを攻撃地点まで誘導するための牽制を兼ねた攻撃だった。現に、中央の影はまるで水柱から逃れるように動き回っている。

 誘導兵器と精密射撃が広く普及した現在ならわざわざ単独の目標に攻撃地点まで誘導する必要性はないように思えるかもしれないが、統一された一点集中攻撃は正面へ最大の火力を投射することを考えれば攻勢時の破壊力は絶大な効果を得る。

 しかも今回はガストレアの中でも特に規格外とされているステージVだ。無駄撃ちを極力減らし命中率の向上を底上げさせ、すべての火力をぶち込ませるためにも、ステージVを少しでも一地点にとどまらせることは全将兵にとっても極めて重要な案件であった。

 

「機長、司令部より攻撃準備命令が下されました」

 

 黒木はその報告に頷くと、指示を下す。

 

「戦闘配置。ロケットランチャー、ミサイルランチャー展開」

 

 雨沢がコンソールを操作し、スーパーXもそれに合わせて素早く反応する。

 小山のような巨体の頂で、主砲である上部隠蔽式砲台から、ガストレアの大群を一掃するために備え付けられた三十連装二二七ミリ多連装ロケットランチャーが顔を出す。同じく機体左右側面に二門ずつ、四門装備された多目的誘導弾ランチャーからAGM-65改空対地対艦誘導弾を載せた発射台がせり上がった。

 これらで地上の長距離砲撃部隊と連携してロケット弾をあらんばかり投射するのだ。

 同様の指示を受け取り、長距離砲撃部隊も砲身の仰角を上げ滑らかな動きで砲塔を旋回させていた。

 だが、黒木はパネルに表示されたエラー表示にわずかに苦い顔をする。

 ここで、本来ならスーパーXも機体側面に設けられているはずの二〇三ミリ榴弾砲と機体下部に四基設置された一五五ミリ連装速射砲を正面に向ける必要があった。

 それをしないのは、ひとえにスーパーXそのものに重大な原因があった。

 というのも、東京エリアのインフラ整備を優先していた先代と今代の聖天子が防衛予算を削減していたことにある。その中にはもちろんスーパーXの建造費も含まれており、今のスーパーXは、機動力自体は試験飛行をすでに済ませているため特に問題はなかったが、武装面に関してはロケットランチャーと多目的誘導弾ランチャー以外ほとんど搭載していない状態だったのだ。

 だが、この時点で彼女達を無能と考えることは早計だ。予算削減は第二次関東大戦終結後、建立されたモノリスの加護によってガストレアの侵入が激減し感染爆発が起こる危険性がほぼなくなった時期であり、その後も約十年間特に深刻な問題はほとんど起こらなかった。こうなればスーパーXにかけられる予算が減っていくのもまた自然な成り行きであり、むしろその間のインフラ整備で先進国エリアでも比較的安定した生活を送れるようになるまで回復させた彼女の手腕を垣間見ることができる。

 だが、武装の少ないスーパーXをあらゆる手を使いながら騙し騙し使っていることは事実であり、彼らはそのことに対する不満もないわけではなかった。

 技術部も何とか少ない予算でやりくりし、機首のハイパーレーザーCO2タイプだけは何とか設置にこぎつけたのだが。

 やがてステージVが攻撃地点に重なったその時、観測員の秋山が報告した。

 

「目標、急速に浮上中。深度五〇。海面現出まで残り五、四、三――」

 

 一層激しくうねる海面の様子が映し出され、黒い影が広がる。人間たちの過去の知識が、人間たちの過去の記憶が、人間たちの経験が、その身に迫る焦燥感をヒシヒシと訴えていた。その恐れは波紋のように伝播し、その日、その時、その様子を見守っていた人間たち全員の緊張感がピークに達し、動きを止めて身体を引き攣らせる。

――おいでなすったか。

 黒木がにじむ手汗をぬぐってまた手袋を装着した数秒後、漆黒の海面が爆発するようにせり上がる。魚雷の水中爆発などと比べ物にならない大きさの水柱が、その下にある荒唐無稽なおとぎ話めいた体躯の持ち主によって猛然と吹き上げられたのだ。

 全員が固唾をのんで見守る中、轟轟と流れ出す海水の滝の間を切り裂くように、内側から逆トゲの生えた鎌状の異形の触手が一本、また一本と現れる。

 鈍く、そして大きな音を立てて大気を切り裂いた触手は、まるで振り払うかのような動作で海面にたたきつける。逆トゲが大海に十メートル近い大穴を一瞬だけ穿ち、発生した大波がそこへなだれ込むとほどなくして海面が爆発する。その余波と衝撃で、そいつに向かっていた魚雷が方向を狂わされ誤作動を起こし、寸前で起爆してしまった。

 海中にいた潜水艦部隊は魚雷攻撃を一時中断する。その瞬間を狙い、そいつは四方に向けてピンガーのような超音波を放つ。

 ただの超音波ではない。マッコウクジラが超音波を極限まで絞ることでダイオウイカを遠距離から麻痺させる音波砲を放つように、そいつの放った超音波は一種の衝撃波となって海中の潜水艦に襲いかかったのだ。

 艦内の音響測定員は突如耳に飛び込んだ強烈な音波に三半規管を大幅に狂わされて昏倒し、気絶。他の乗組員も閉鎖された艦内に響く大音響によって全員が頭を鈍器で殴られたような激しい頭痛に襲われ、潜水艦部隊の全てがしばらくの間戦闘続行が不可能に近い状態になってしまった。

 

――そんな、馬鹿な……!!

 

 潜水艦部隊の報告に普段は表情をめったに崩さない黒木が珍しく顔をゆがませる。音を使った攻撃など、出現当時は確認されなかった攻撃方法だ。

 水壁を隔てた先で静かにたたずむ異形の生命体。やがて海水がすべて海面に還元した時、全高にして百メートルにまで及ぶ超々大型ガストレア――ステージVの全容が月光の下にその姿を現した。

 

「あれがステージVか……」

 

 ズームされた映像に映る異形に、うめき声を漏らす。

 巨体を支える、鳥のような、象のような、はたまた人間の手のような、どうとでも解釈できる二脚と、体から場所を選ばず生える計八本の逆トゲの生えた鎌状の異形な触手で海面を這いずり回り、グロテスクな色彩の体表には膿のような正体不明の粘液をまき散らすイボで覆われている。

 歪んだ骨格からはのぞく、大小さまざまな目は、一体どこを見ているのだろうか。

 それはあらゆる生物を無秩序に組み合わせたとしか言い様の無い姿をしており、狂気じみたその姿は、あらゆる命を冒涜するが如き悍ましいものだった。

 

「機長、司令部より攻撃命令」

 

 その威圧感に気圧されながらも乗組員が震える声で通信を告げる。

 言うまでもなかった。

 

「第一次攻撃開始。ロケット弾、誘導弾、全力投射!」

 



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迎撃中、そして侵入。

 ここまで長かったなぁ…………。


地上戦における主な火力とはすなわち大砲である。

『大砲』

 頑丈な筒の中で火薬を燃焼させることによって生じた燃焼ガスのエネルギーを用いて砲弾を高速で発射し、弾丸の運動量または弾丸自体の化学的な爆発によって敵および構造物を破壊・殺傷する兵器だ。

 前線から十数キロメートル以上離れた位置から射撃できる特性は歩兵や機甲部隊に火力支援を提供し、航空機が発達し敵地への爆撃が可能となった近代戦においても、航空機の爆撃と比較して低コストの砲弾を多量に投射出来る大口径の火砲を多数並べて一斉に射撃する攻撃では、よほど極端に堅牢で強固な陣地や構築物でもない限りそのほとんどを地に耕してきた。それはカノン砲や榴弾砲を持つ砲兵の有無や火砲の数と配備位置が勝敗を決した戦闘記録が残るほどである。

 これを見てある為政者は大砲を「戦場の神」と評したこともある。

 時代が進むにつれてより強力かつ精密な爆撃が可能となった航空機が登場し、地球に沿って弧を描き目標へ到達するほどの弾道弾が発達した現代でも、その地位が揺らぐことはない。

 戦場に炎と鉄の暴風雨を巻き起こす圧倒的な火力は、自らの位置が露呈しない限りは地上戦において敵軍に対する非常に有効な攻撃方法の一つなのだ。

 地上戦において敵軍を大量に消耗ないし無力化させることは絶対条件であり世界各国の陸上軍事組織は、より優れた兵力を集めると同時にすなわちより優れた火砲の開発に奔走した。

 より多く、より大きく、より強力な大砲を、と。

 その結果、カノン砲、榴弾砲、迫撃砲、臼砲、無反動砲、はては電磁誘導によって弾体を高速で射出する電磁投射砲といった種類が登場するまでに多用途化、威力に比例するように巨大化し、戦場における絶対的な支配者が君臨していくことになる。

 そして二〇二一年、人類はその究極系とも言える破壊兵器を生み出していた。

 

『天の梯子』またの名を線形超電磁投射装置。

 

 ガストレア大戦末期、対ステージⅤ用として日本が威信に懸けて建造した全長二キロにもわたる超巨大兵器。

 驚くなかれ、その口径は百センチ一門。第二次世界大戦中のドイツ軍が使用した史上最大の炸薬推進式火砲である八十センチ列車砲、通称『グスタフ/ドーラ』をも上回る。

 火薬ではなく内部に設置された全長一.五キロのレールによって千ミリ以下の金属飛翔物を亜光速まで加速して撃ちだし、理論上は戦略弾道弾ほどの射程を誇る。

 当時の日本、ひいては世界の超最新技術を惜しげもなく投入され、人類の威信をかけて建造された『天の梯子』はやがて完成の日の目を見るも、ガストレアの予想以上の浸食率と津波のような侵攻によって人類の戦線が崩壊し、ついに一度の試運転もないまま陣地放棄を余儀なくされ、そして敗戦を見守ることとなった。

 その天の梯子がいま、十年もの時を経て本来の開発コンセプトに沿った運用をされているなど、ましてやそれを自分たちが行うことになっているとだれが想像したであろうか。

 友幸は、自分の眼前にそびえたつ鋼鉄の巨大砲台のステージⅤを抹殺するただ一点のみを追求され、その果てに生まれた機能美ともいえる雰囲気から醸し出された威容を前に圧倒され、ふと手を止めてしまった。

 

「っと、いかんいかん……」

 

 我に返り、友幸は懐から出した端末から施設のサーバーにアクセスすると、画面に青いバーが表示される。数秒経てバーが端まで満たされると、施設の伝統が一斉に点灯した。これは本土側からの送電網を通じて入れられた電源なので関係ない。

 さらに操作し、自分と、これからやってくる蓮太郎たちの証明写真をデータに入れ込み入場許可を得る。これなら不法侵入者として施設全域にハリネズミのように設けられた自律兵装群にハチの巣にされる心配はない。

 あとは自分がいる歩哨施設のボタンを操作すれば、入り口のロックが解放される。

 

「よし、開いたぞみんな」

 

 友幸は耳元に手をやり、ジンラ號のヘルメットに装備された通信機を通して連絡した。

 身体能力に秀でた『呪われた子供たち』より高速で飛行し移動できるジンラ號の特性を生かし、友幸は一足先に『天の梯子』までたどり着いていた。

 やがて延珠に背負われた蓮太郎とリンダ、そして将監と夏世のペアがたどりつく。

 コンソールを操作して地下へのゲートを解放すると、窓口から友幸は顔を出した。

 

「中央電算室は地下にある。急いで」

「あぁ、わかった」

 

 蓮太郎は頷くと、延珠と並んで向かおうとする。だが、友幸のペアと伊熊のペアが一向についてこないことに気付き、足を止めた。

 彼らは蓮太郎に背を向けていた。全員が思い思いの装備を身に着けて身構えている。

 既視感を覚えた蓮太郎がまさかと思いつつも、尋ねた。

 

「お前ら、行かないのか?」

「あぁ、こんな馬鹿でかくてうるさそうな標的を見逃すガストレアはいないだろう」

「そういうわけですよ、蓮太郎さん、延珠さん。悪いですけどまた残らせてもらいますね」

 

 将監と夏世が気軽に答える。彼らが言うに、ガストレアの群れとの戦闘中に『恐龍』の援護を受けたためそれほど戦っていないそうだが、浅いとはいえ生傷だらけの身体を見せつけられていては説得力のかけらもない。

 

「聞いたところによると、『天の梯子』は単独で操作できるみたい。だったら少し行かせてあとは外のガストレアに対処するのが妥当でしょ?」

「一緒に行っといてそこにいる意味なしって状況になんの、アタシいやだし」

 

 ジンラ號を装着した友幸とブルガリオを構えたリンダがそれに続く。連続して戦っていたリンダもそうだが、先ほどまで大破寸前だったジンラ號は自動修復装置のおかげである程度回復していたものの、長期戦に耐えられるかと言えば微妙な状態だった。

 

「早く行きなよ、東京エリアが滅びちゃうよ?」

「さっさとしやがれ。序列十二万の足手まといなんぞいらねェんだ」

 

 蓮太郎は数秒ほど彼らと目配せすると、頷いた。

 

「わかった、ここは任せる。無事でいてくれよ」

「もとより、そのつもりだよ」

 

 友幸たちに向けていた視線を『天の梯子』に戻すと、蓮太郎と延珠はそろって『天の梯子』に向かって走り出した。

 

 

 

 蓮太郎を見送ってしばらくした後、ほどなくしてレールガンモジュールが大きく揺れて動き出した。

 

「――なあ、ほんとにここにいて大丈夫なのか?」

「そろそろ銃弾のストックが怪しくなってきました。この状態で戦闘するのはいささか心もとないかと……」

 

 将監と夏世が爆音に負けじと、声を張り上げてそれぞれ友幸に尋ねる。

 当の友幸は構えを解除するとおどけるように肩をすくめた。彼の見ているレーダーには、ガストレアを示すシグナルが一つもない。

 

「近くに長期戦用の弾薬庫があった。弾薬云々はそこから補充できる。後はまぁ、特に問題はないと思う。それに、半径数キロにガストレアの反応は一つもないし、あったとしてもここの防御兵器がぶっとばすだろうし、ここに着地した時には死にかけているさ」

「本当かよ……」

 

 将監は訝しんだ。これは全ての動物にも言えることだが、ガストレアは音に関してはかなり敏感だ。中には数キロ先から音を聞きつけて集まってくるのもいる。現在進行形で稼働しつつあるこのレールガンモジュールが発する轟音はかなりのものだ。なのに、なぜ?

 

「……あのキョーリュー、かな?」

 

 そう言ってリンダは不敵に笑う。合流直後に聞いた話だが、彼女と伊熊たちは夏世が言っていた『戦場の巨大恐龍』に遭遇したらしい。

 まさかとは思ったが、どう考えても彼らでは実行不可能な破壊の痕跡と、森の中で見たあの三本指の巨大足跡を見れば信じざるを得なかった。写真を撮って本部に送ろうかとも思ったが、今そんなことすれば二重の混乱に陥るのが目に見えているので、ほとぼりが冷めてからにする予定だ。

 なるほど、その恐龍がここら一帯を縄張りにしてガストレアたちを追い払っているのならば一応の説明はつくだろう。

 それに、たとえ小型のガストレアに侵入されたとしても、それを想定してこの施設全域に数えきれないほど据え付けられた七十六ミリ速射砲や小型地対空対地誘導弾、三十五ミリ対地対空機関砲の集中砲火を受けるためおいそれと近づけないだろうが。

 突如地面が一瞬だけ激しく振動し、思わずたたらを踏む。みると、『天の梯子』の砲身から射出された固定装置が地面に打ち込まれたのだ。

 

 

 蓮太郎は延珠と並んで内部を疾走する。目的地は地下の二階にあったが、地下施設は迷路のように入り組んだ複雑な構造をしており、たどり着くまでに少々の時間を要した。

 ドーム状に作られた部屋になだれ込むようにたどり着く。広く取られ部屋は多人数による運用を想定しているかのような作りだったが、友幸の言うとおり自動化が進んでいるため一人でも最低限の操作を行えるらしい。

 中央のコントロールのパネルに飛びつくように座り込み、携帯電話とつないで操作する。電話無線によって木更から的確に指示を受けているため、特に問題はないようだ。ある程度操作したのち、『天の梯子』が動き出す。ここまでしたら防衛省の方が遠隔操作でレールガンを発射する手はずになっている。

 

『システム起動。メインモニターに目標を映し出します』

 

 ほどなくして三面パネルの映像が切り替わる。そこに表示された映像を見てその場にいた二人に怖気が走った。

 

「あれが……ステージⅤなのか」

「あぁ、またの名をゾディアックガストレア・スコーピオン。十年前、世界を無茶苦茶にした一体だよ。覚悟はしていたが、こりゃ気持ち悪ィな……」

 

 その生物と形容することすら難しい異形の生命体に苦い顔をする。

 彼らだけではなくその光景を見ている全員が三者三様の反応を見せていた。共通するのは、ステージⅤに対する嫌悪感だ。

 ステージⅤガストレア、通称スコーピオンは百メートル近い体躯を東京湾で佇ませ、自衛隊からの集中砲火を受けている。

 その時、ふと蓮太郎が何かに気付いた。

 

「木更さん、自衛隊の攻撃が効いてないか?」

『え?』

 

 蓮太郎はモニターを注視する。スコーピオンの姿は自衛隊からの飽和攻撃によって発生した爆炎と煙によって覆い隠されていて全貌をうかがい知ることができない。

 やがてミサイルの炸裂によってまき散らされた爆炎が晴れる。スコーピオンの体表はひび割れて内側から赤黒い膿のような粘液がドロドロと流れ出している。これは以前確認された時にもみられたスコーピオンの体液だ。

 だが、今回は違った。いつもなら瞬く間に海水で洗い流され、跡形もなくなるはずのそれが収まる気配がなかったのだ。

 

「再生、していない?」

 

 蓮太郎がまずありえない推測を立てた。電話口の木更は思わず隣にいる聖天子と顔を見合わせた。菊之丞や山根たちもなにを言っていると言いたげな視線を電話の向こうの彼に向けている。

 ステージⅤは他のガストレアと違ってバラニウムの磁場の影響を受けないため、再生が阻害されたり、忌避反応を見せたりすることはない。だから人間を除けば人類の生命線たるモノリスを破壊しうる唯一の存在であり、そしてそれを食い止める方法もほとんどないはずなのだ。

 

『嘘……? ほんとに再生していない……遅れている?』

 

 電話口から木更の困惑する声が聞こえる。人のどよめきもわずかに聞こえるあたり、大勢の人間がこの事実を認識し、困惑しているのだろう。

 

『里見君、しばらく、いえほんとはしてほしくないけど、待って。いま、自衛隊が新型ミサイルを撃つみたい』

 

 ふと、パネルに炊飯器のような形をした飛行物体が映った。

 縮尺からして五十メートル近い。蓮太郎は先ほど聞き流した木更の会話にスーパーXという単語が含まれていたのを思い出した。あれがそうなのか?

 

 

 

 スーパーXのスキャナーは司令本部で交わされた会話を拾った。にわかには信じがたい内容だった。ステージⅤの再生が遅れている? そんなことがあるのだろうか。

 疑問をよそに本部から通信が入った。たったいま、特殊兵装の使用許可が下ったのだ。

 

「フルメタルミサイル、D-30削孔弾、スタンバイ」

 

 黒木が命じると、多目的誘導弾ランチャー内部でガトリング式ミサイルポッドが回転する。弾薬庫からフルメタルミサイルと削孔誘導弾が二発ずつ換装され、発射態勢に入った。

 

「フルメタルミサイル、D-30削孔弾、いつでも撃てます」

 

 雨沢の報告に、黒木は了解と頷いた。

 

「サーチライト準備。これよりスコーピオンの体内をスキャンするため、照射距離内まで接近する」

 

 黒木の指示に乗組員が応え、機首下部のシャッターが開き、中から二千ミリ多機能サーチライトが顔を出す。ステージⅤ用に開発された専用装備であり、各医療機関に存在する体内撮影技術を応用した各種電磁波を対象に照射して、体内構造を把握することが可能だ。これでスコーピオンの体内をスキャンし、弱点である脳髄を探知し、そこに特殊兵器を全弾打ち込む算段である。

 操縦士はレバーを前に倒し、スーパーXを前進させる。サーチライトの有効探知範囲は狭いため、こうしてある程度接近しなければ望むような成果が得られない。操縦士の額にはスコーピオンからの反撃を想定してか、脂汗が浮かんでいた。

 スーパーXは硝煙と爆炎の残滓が漂う空域を前進し、スコーピオンに近づいた。煙の向こうで、スコーピオンが佇んでいる。

 

「停止」

 

 黒木の命令で機体から制動のジェットが噴き出され、スーパーXは停止した。

 パネルにスコーピオンが映し出される。スーパーXの全高は三十メートルと決して小さくはないが、スコーピオンもまたそれに負けないほどに大きかった。

 海面から上半身が五十メートルほど突き出でていて、その周りを、鉤爪のついた触腕がミサイルから本体を守るようにせわしなく振り回されている。あの鉤爪を一振りされただけで大半の軍事兵器はブリキ缶のようにひしゃげてしまうことだろう。異常なまでに肥大化した頭部はあらゆる生物の人形を中途半端に溶かしてより合わせから適当にこねくり回したかのようなおぞましい造形で、ひどく焼けただれたような輪郭の醜悪な顔には左右のバランスが根本的に崩れた両目のほかにガストレア特有の赤い目が体中に点在し、そのすべてが狂ったようにぎょろぎょろと蠢いている。

 中型漁船の一隻は軽く飲み込めそうな歯並びの悪い口や、上あごと下あごの見分けがつかないほど丸く、ヤツメウナギのような牙が生えた口もあれば、嘴のように湾曲した口吻もあり、のこぎりのような歯がやけに整った並び方をしていた。

 驚いたのはその体表であり、全身を覆う外皮は筋肉繊維や骨格が剥き出しになったかのようで、表面には人間のような形をした小さな骨や歯のようなものが寄り固まったように集積している。

 接近すればするほど、ガストレアが地上に蔓延する以前の生物と根本から異なっている存在だと改めて思う。

 BSデジタルQだったか。根暗かつおふざけ好きで、凡人をケースの向こうから眺めていそうな目つきをしていた室戸菫が珍しくテレビ番組に出演した時の内容を思い出す。

“間違っても奴らをただの生物と思うな。奴らのウイルスが遺伝子を書き換えていくそのスピードは地球上のあらゆる生物に比して規格外だ。私は奴らが地球外生物だと言われても納得するね”

 その“ただの生物ではない” スコーピオンは、今なお地上部隊からの飽和攻撃を受け続けている。その場を動かずただ攻撃を受けて激しくもがいていた。

 黒木の頭に過去の戦闘記録が頭をよぎる。確か、ステージⅤはそろって攻撃には無反応、ないし嫌がってはいたものの、大した反応を見せることはなかったはずだ。司令部の会話は本当なのだろうか?

 司令部から射撃中止の命令が下され、飽和攻撃が一時中断する。やがて爆炎が晴れると、そこには火傷と数えきれないほど裂傷、そして肉が大きく抉られたスコーピオンが現れた。

――まさか、司令部の会話は本当だったのか?

 だが、その疑問は次の瞬間聞こえてきたすさまじい鳴き声によって中断された。

 

「ヒュオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!」

 

 人間の金切り声のような、黒板を爪で思い切りこすったような、この世のあらゆる不快な音をいっぺんに混ぜ合わせたような絶叫が大音響となって鼓膜を刺激する。もし今の方向に感情が込められているとしたら、それはおそらく怒りだろう。

 

「サーチライト点灯、照射開始。警笛鳴らせ!」

 

 スコーピオンをサーチライトの太陽のような眩さで照らしあげながらスーパーXが警笛をまるで鳴き声のように発する。船の警笛を何十倍にも増幅したような重低音がスコーピオンに向けられる。実際に威圧しているかどうかはわからないが、いかにも巨大生物が気圧されそうな音だ。

 そのとき、スコーピオンのひときわ長い触腕が伸びてスーパーXに迫った。

 とっさに操縦士がレバーを引くと、スーパーXの機体側面から一気に炎が吹き上がる。機体の各所に備え付けられた戦闘用高機動ノズルが展開されたのだ。スーパーXはノズルを焼きつかんばかりに輝かせ、空中を滑るように移動。戦闘機のような身軽な動きで触腕を回避した。

 

「レーザー発射」

 

 サーチライトの左右からレンズ状の砲口が顔を出す。核融合炉から二ギガワットものエネルギー供給によって青白く輝いたかと思うと、一瞬後にはハイパーレーザーCO2タイプの青白い光線が大気を切り裂く。大気中の分子が可視光を発生させるほどの高温で放たれた二本の槍は、行き場を失ってさまよっていたスコーピオンの触腕を容赦なく切断し、その持ち主の身を焼き焦がした。

 

「回避運動しつつ、照射継続」

 

 響くスコーピオンの絶叫を横に、黒木は再度サーチライトを照射する。

 この後もスコーピオンから反撃が行われるが、スーパーXはその横殴りの雨のように降り注ぐ触腕を回避する。時折カウンターとして放たれたハイパーレーザーはスコーピオンを慄かせるなど、だれも想像していなかった効果が得られた。

 サーチライトから贈られた体内の情報が液晶に表示される。移された体内図はどれもガストレアらしく、かなりいびつな配置だ。だが長い時間をかけた研究によって得ていたデータは、どれが脳に当たる部位か正確に把握することを可能なものとしていた。そして今、黒木たちはスコーピオンの脳髄を発見した。

 黒木は本部への直通回線を開いた。

 

「こちらスーパーX。スーパーXより本部へ。いま、スコーピオンの脳を発見した。これよりターゲティングを開始する」

 

 その報告に司令部は迅速に対応した。すぐさま地上部隊と艦隊に特殊兵装の発射準備が指示される。たったいまスーパーXに与えられた新たな役目は、彼らがフルメタルミサイルや削孔弾を発射するときに際し、標的の位置情報を正確につかみ、対象をロックオンすることだった。

 

 

 

 日本国家安全保障会議は刻一刻と変化していく戦況を見守っている。

 今、自分たちが臨んでいるものは東京エリアの命運をかけた決戦だった。人間と、十年前に突如発生したガストレア、その頂点に立つゾディアックガストレアとの戦いの一つに決着が付くかもしれないのだ。

 スーパーXから報告が入った。

 

「ターゲティング完了。これより離脱する」

 

 モニターに映るスコーピオンに赤い輪がいくつも並んでいた。そのすべてが、脳髄に相当する箇所に重なっている。やがて座標が固定され、標的をロックしたことがわかる「補足」の二文字が表示された。

 

「照準固定、いけます!!」

 

 報告に一同の視線が自分に集まった瞬間、聖天子は下命した。

 

「フルメタルミサイル、発射!!」

 

 ほぼ時を同じくして、日本国家安全保障会議から数キロ離れた防衛線で、フルメタルミサイルを搭載した八八式地対艦誘導弾、一二式地対艦誘導弾が火蓋を切った。

 海上でも、フルメタルミサイルを装備した数隻の護衛艦が火を噴き、スコーピオンに向けてすべての特殊弾頭を放つ。

 空中で、安全空域まで離脱したスーパーXの誘導弾ランチャーから爆炎が迸った。

 その矢面に立たされたスコーピオンに、アメリカ軍の大型貫通爆弾と同じくただ単純に硬さと重さ、そしてその推進力によって生み出される破壊力を追求した究極の物理兵器が見舞う。

 事前に行われた面制圧砲撃によって疲弊を誘発し、スーパーXによる威力偵察。その後の数分にわたる全力投射は数分にわたり、鋼鉄の嵐はスコーピオンの脳髄ただ一点に向けてなだれ込むのだった。

 

 

 

「やったか!?」

 

 蓮太郎がコンソールから身を乗り出すように立ち上がり、延珠もそれに倣った。モニターを注視し、経過を見守る。その他の面子も、皆、攻撃の行く末を祈るように見つめていた。

 ミサイルの命中は、その経過を見守っていた『天の梯子』でも観測できた。

 号令一下の元、無数の槍が洪水のように放たれる。集音装置がひろった凄まじい轟音が自分たちの体をかすかに揺らす。フルメタルミサイルがスコーピオンの頭へ殺到し、中世の拷問道具「鉄の処女」の針のように万遍なく貫いたところを、その眼ははっきりとらえていた。

 

「蓮太郎、スコーピオンは、いったいどうなったのだ……?」

「そんなの誰にもわからんよ。煙が晴れるのを待つしかない」

 

 延珠の疑問に答える。名前からして相当な質量と重量があることが容易に想像できるフルメタルミサイルの噴射煙はやはり凄まじかった。モニターに表示されている観測機器が拾った映像は、今の所頭部が真っ白な煙に覆われたスコーピオン以外送ってこない。

 効いていてほしいと切に願う。『天の梯子』が稼働しても思い通りに運用できるかどうかも分からない以上、あの攻撃は現状望みを託せる数少ない方法なのだ。

 やがて立ち込める煙が潮風に流された時、全員がそれを見つけた。

 

「あれは……」

 

 スクリーンを注視した。夜闇の中で、急激に薄れていく白の中で、その影がくっきりと映し出されていた。

 フルメタルミサイルは、そのすべてが余すことなくスコーピオンの頭部に突き刺さっていた。皮膚に、口に、目に。顔に関するすべての部位に関係なく針だらけになったスコーピオンの姿に、蓮太郎は数あるホラー映画の一作品の登場キャラクターを思い出した。

 スコーピオンは何も言わずにそこに佇んでいた。特に悲鳴を上げるわけでもなく、動くわけでもなく、無言で、まるで初めからそこに立っていたかのように微動だにしない。さっきまで散々暴れまわっておきながら今度は何の反応も見せない姿が、蓮太郎にはひどく不気味だった。

 もしや不発か。フルメタルミサイルは何の効果ももたらさなかったのか。思わず不吉な想像が頭をよぎった時、蓮太郎の目に映ったのは、東京湾へ力なく倒れ伏していくスコーピオンの姿だった。

 十秒たち、二十秒たつ。右掌から染み出てくる冷や汗をごまかすように、拳を強く握りしめた。

 スコーピオンは、動かない。

 蓮太郎は自然と頬をほころばせていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この時、誰も気づかなかった。

 深淵の彼方より舞い上がりし、影の存在を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 関東全域で、人間が知覚しえない範囲で、異常が起こり始めていた。

 “それ”が浦賀水道を通過した瞬間、東京エリアでは、動物たちが猛然と迫ってくる者の気配を察知して暴れ始めていた。

 信じられないほどの数の野鳥が人口密集地帯から一斉に飛び立ち、外周区へ向かって文字通り弾丸のような勢いで飛び去った。生ごみを巡って争っていた二匹の野犬が威勢をとたんに消失して尻尾を巻いて駆け出した。野良猫は全身の毛を逆立てて捉えたばかりのネズミを放り出した。そのネズミも急いで巣穴に潜り込んだ。ペットショップにいる小動物たちが、自身が傷つくのもいとわずに、金属の檻をかじったりに頭突きをかまして破ろうと必死にもがいている。

 奇跡的に生き残っていた魚たちは、こちらに近づいてくるものより外洋のガストレアのほうがましだと言わんばかりに、すべてが東京湾から逃げ出した。その水棲ガストレアでさえも姿を消し、東京湾はまるで生物すべて死に絶えてしまったかのように、生命の痕跡が感じられない、ありえない海域となった。

 突如鳴り響いた警報に駆り立てられ、街を駆け抜けていくエリア市民の群衆に、その理由を察する余裕のあるものはいなかった。

 それに気づいていたのは、二つの機械であった。

 司令部に設置されたソナーに、東京エリアに向かって進んでいく大きな緑の点が現れた。クジラのようで、どのクジラよりも何十倍も大きい影が、海中を滑るように進んでいた。

 もう一つは、外部の環境を計測する観測員の席であった。気象情報や風向きなどを計測して、そのデータを弾道のズレを修正させるために役立てるのだ。

 そこには誰も座っていない。定員に満たぬ『天の梯子』は言わずもがな。司令本部側の担当者は、目の前の結果に浮かれて、愚かにも思わず持ち場を離れていた。

 そして、その画面には円形のグラフが表示されている。そこに液晶でうつされた針がかすかに動いていた。

 針は右手に傾き、青から緑を経て赤色の範囲へと食い込んでいく。

 その数値は二千。単位は「msv」、そのグラフは放射線濃度を調べる、ガイガーカウンターだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『神』は、既に東京湾へと侵入していたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼らは、自分たちに迫りつつあるものの存在を、まだ知らなかった。











 スコーピオンはまだ倒されていませんよ。


 そう、『まだ』ね…………。


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