霊能力者のレイちゃんは、ダメ、無能、役に立たない? (ピラフドリア )
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第1話 『霊能力者』

霊能力者のレイちゃんは、ダメ、無能、役に立たない?

 

 

 

著者:ピラフドリア

 

 

 

第1話

『霊能力者』

 

 

 

 

「はぁぁ〜」

 

 

 

 やつれたサラリーマンはフラフラと階段を登りきり、ビルの三階へたどり着く。

 一番奥にある扉には、ボールペンで『霊に関する相談はこちら』と書かれた紙が貼り付けられている。

 

 

 

 その紙の前で大きくため息を吐くと、

 

 

 

「すみませ〜ん、あの〜誰かいますか〜?」

 

 

 

 声に反応し、こちらに駆け寄ってくる足音。

 

 

 

「……はーい」

 

 

 

 扉を開くと、奥の部屋からマグカップを持った女性が顔を出した。

 

 

 

「あ、お客さん?」

 

 

 

 透き通るような白髪の髪に藍色の目。体格はヒョロッと筋肉があるようには見えない。しかし、出るところは出て、引っ込むところは引っ込んでいる。

 

 

 

 女性に見惚れていたサラリーマンは女性の声を聞き、我に帰った。

 

 

 

「……あの〜霊の相談ってできます?」

 

 

 

 サラリーマンは恐る恐る聞くと、女性は蹲り身体を震わせる。

 

 

 

「だ、大丈夫ですか!?」

 

 

 

 サラリーマンは心配して女性の元に駆け寄る。すると女性は勢いよく立ち上がり、サラリーマンの肩をがっちりと掴む。

 

 

 

 そして目を輝かせて

 

 

 

「依頼ですか!? 依頼ですよね!!」

 

 

 

 サラリーマンのことを思いっきり揺らす。痩せ細っているサラリーマンの身体は、ダルマのように激しく揺れた。

 

 

 

「は、はぃ〜、依頼ですぅ〜〜!?」

 

 

 

 女性はサラリーマンから手を離すと、ガッツポーズをして、歓喜の声を上げた。

 

 

 

「よっしゃ〜!! 久しぶりの依頼だーーーー!!!!」

 

 

 

 激しく喜ぶ女性。その様子を見ながらサラリーマンは、来る場所を間違えたと理解した。

 

 

 

 

 

  ⭐︎⭐︎⭐︎ ⭐︎⭐︎⭐︎ ⭐︎⭐︎⭐︎

 

 

 

 

 

 サラリーマンを奥にある客室に案内する。簡素なテーブルと茶菓子が置かれた客室だ。

 私はお茶をテーブルに置く。

 

 

 

「あ、どうも…………」

 

 

 

 サラリーマンは一礼してお茶を受け取った。

 私はサラリーマンの座る席とは向かいにある椅子に座り、早速本題を切り出した。

 

 

 

「それで花田 克巳さん……霊に取り憑かれているということですが、どういったことがあるのですか……?」

 

 

 

 依頼人は花田 克巳(はなだ かつま)。32歳。既婚者であり、小さな娘もいる。

 

 

 

「……はい、半年ほど前の話なのですが…………」

 

 

 

 

 そう言うと話を始めた。

 

 

 

 

  ⭐︎⭐︎⭐︎ ⭐︎⭐︎⭐︎ ⭐︎⭐︎⭐︎

 

 

 

 

 半年前、仕事の取引である廃墟のビルに行くことになったんです。

 

 

 

 そのビルを撤去して新たな工場を作るということで、撤去作業の状態を見に行ったんですけど、作業員の様子がおかしくて…………。

 

 

 

 そこの作業員は目の下には隈があり、痩せ細っていて、覇気のない感じでした。

 

 

 

 作業もなかなか進んでいないようだったんです。そこで問いただしたんですよ。

 このままでは納期に間に合わないぞっと。

 

 

 

 そしたら昼間なのに太陽が雲に隠れて、薄暗くなったなっと思ったら、作業員の人たちが一斉に睨んできたんですよ。

 

 

 

 そしてブツブツと呟くんです。

 

 

 

「許さない……許さないって…………」

 

 

 

 

  ⭐︎⭐︎⭐︎ ⭐︎⭐︎⭐︎ ⭐︎⭐︎⭐︎

 

 

 

 

 

 話を聞いた私の身体は震えていた。

 

 

 

「あの〜、ビビってます?」

 

 

 

「ビビってません」

 

 

 

「ビビってますよね。震えてますよ」

 

 

 

「む、武者震いです。続けてください……」

 

 

 

 サラリーマンは話を続ける。

 

 

 

「それから工事が続くにつれて、身体が重くなったり、上司が怪我したり、体重が増えたりしてるんです。これって取り憑かれてますよね!?」

 

 

 

 

 サラリーマンはテーブルに手をつくと、身を乗り出すようにして同意を求めてきた。

 

 

 

 私はお茶の入ったマグカップを持って立ち上がる。そして窓のほうへ向かうと、ブラインドを指で広げて外を見た。

 

 

 

「はい、それは取り憑かれてますよ」

 

 

 

 サラリーマンは身体を震わせる。

 

 

 

「ど、どうしたら良いんでしょうか……」

 

 

 

 心配そうに訊ねてくるサラリーマン。私は彼の方を向くと、

 

 

 

「お任せください。私がその霊を祓って差し上げましょう」

 

 

 

 勢いよく振り向き、マグカップに入っているお茶をグビっと飲み干した。

 

 

 

「……ごほぉごほぉ」

 

 

 

「大丈夫ですか……?」

 

 

 

 

 

 

 私はサラリーマンに手伝ってもらい、テーブルを部屋の端に寄せる。そして真ん中に椅子を置き、そこに座ってもらった。

 

 

 

「……これから除霊が始まるんですね」

 

 

 

 サラリーマンは緊張している様子。

 

 

 

「力を抜いてください。こういうのはリラックスが大事ですから」

 

 

 

「り、リラックス……ですか」

 

 

 

 サラリーマンは深呼吸をしようと口を大きく開けて、息を吸う。

 

 

 

 私はその隙を見逃さずに、サラリーマンの首にチョップを食らわせる。大きく息を吸い込んでいたサラリーマンは、首を押さえながら咽せた。

 

 

 

「はぁはぁ、何するんですか」

 

 

 

「除霊ですよ。除霊」

 

 

 

「首にチョップする除霊がどこにあるんですか!?」

 

 

 

 私は腕を組むと、真剣な眼差しでサラリーマンの目を見る。

 

 

 

「良いですか。霊はあなたの身体に住み着いているんです。ここが居心地が悪い、そう思わせることで霊はどっかに行くんですよ」

 

 

 

「本当なんですか!? 怪しいんですけど!?」

 

 

 

 抵抗するサラリーマン。だが、私はロッカーからロープを取り出すと、それで縛って動きを封じる。

 

 

 

 そして私はサラリーマンの頬を往復ビンタした。

 

 

 

「うおおおおぉぉぉ!!」

 

 

 

「いぎゃぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 

 

 室内にパチンパチンと鈍い音が響き、サラリーマンのカサカサの頬は赤く腫れ上がる。

 

 

 

「こ、これで本当に祓えるんですか!?」

 

 

 

「祓えますよ! ほら、次行きますよ!」

 

 

 

 

 

 

 

 それから除霊は三十分と続いて、ついに除霊が終了した。

 

 

 

「……どうですか? 除霊を終えた感想は?」

 

 

 

「めっちゃ痛いです…………」

 

 

 

 除霊が終わる頃にはサラリーマンの頬っぺたは真っ赤になっていた。

 私は真剣な顔でサラリーマンの目を見る。

 

 

 

「それが除霊です。決して暴力ではありません」

 

 

 

「……」

 

 

 

「……除霊は普通の人間には感じられません。米○玄師がノンフィクションを口パクして、それをラジオで聞いてるくらい感じられません」

 

 

 

「例えが分かりません」

 

 

 

「花粉症の人がスーパーの魚コーナーで生臭さを感じるかどうかのレベルです」

 

 

 

「それは人によると思います」

 

 

 

「つまりはそういうことです。人によります」

 

 

 

「だったら最初からそう言ってください!!」

 

 

 

 サラリーマンは肩を回してみる。

 

 

 

「でも、久しぶりに身体を動かしたからか、なんだか軽くなった気もします」

 

 

 

 それを聞いた私はサラリーマンに笑顔を向ける。

 

 

 

「では除霊は終わったので料金は……」

 

 

 

 私は電卓を取り出すと、数字を打ち込んでいく。そしてそこに表示された金額をサラリーマンに見せた。

 

 

 

「これくらいになります」

 

 

 

「…………ほ、本当にこれだけなんですか」

 

 

 

「はい! これだけです!」

 

 

 

 サラリーマンは財布を取り出すとそこからお金を取り出して、私に渡した。

 

 

 

「今日はありがとうございました。……次があったらもう少し優しい除霊でお願いします……」

 

 

 

「できる限り」

 

 

 

 支払いを終えたサラリーマンは帰っていった。

 

 

 

 

 

 

 



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第2話 『屋敷の幽霊』

霊能力者のレイちゃんは、ダメ、無能、役に立たない?

 

 

 

著者:ピラフドリア

 

 

 

第2話

『屋敷の幽霊』

 

 

 

 

 仕事もなくて暇だった私は、夜の町を散歩していた。

 

 

 

 何も考えずに進んでいくと、吸い込まれるようにある場所についていた。

 

 

 

「……思っていたより大きいのね」

 

 

 

 そこは最近噂になっている幽霊が出ると言われる屋敷。

 昔は金持ちが住んでいたらしいが、使われなくなったことで手入れもされておらず、植物は長く伸びている。

 

 

 

 決して昼に来ると近所の人が多くて、侵入できないからというわけではない。本当に気づいたらきていただけだ。

 楽しそうだからとか、涼めるからというわけじゃない。霊能力者を名乗っているからには、一応噂の屋敷を見にきただけだ。

 

 

 

 私は周囲に誰もいないのを確認すると、屋敷の中に侵入した。

 

 

 

 

 

 

「……ねぇ、サトシ。もう帰ろうよ」

 

 

 

「何ビビってんだよ。幽霊なんて本当に入れわけないだろ」

 

 

 

「ね、ねぇ、サトシ……あ、あれって……」

 

 

 

「………………う、嘘だろ」

 

 

 

「「出たァー!!」」

 

 

 

 私は前髪を下ろしてカップルの前に現れて、屋敷から追い払った。

 

 

 

「いや〜、良い仕事をした〜」

 

 

 

 妬んでいたわけじゃないよ。危ないから追い返しただけだよ。

 

 

 

 私は髪型を元に戻して、屋敷の奥へと向かった。

 しばらく進むと二階に通じている階段を見つけた。

 

 

 

 階段に近づいた時。キシキシと上から足音が聞こえ出す。

 

 

 

「……まーた、変なのいるの〜」

 

 

 

 私は上にいるであろう、遊び人を追い返すために二階へと上がる。そして足音の聞こえた部屋へと入ると、

 

 

 

「…………」

 

 

 

 そこには黒髪の長髪の女性がいた。

 

 

 

 白い着物に身を包み、透き通るような白い肌に死んだ目で私のことを見つめてくる。

 

 

 

「あの……こんなところで…………一人ですか?」

 

 

 

 私が恐る恐る聞くと、女性は小さな声で答える。

 

 

 

「あなたも一人じゃないですか……」

 

 

 

 それもそうだった。

 

 

 

 しかし、なんだろう。この女性はさっきのカップルとは雰囲気が違う。まるで本物の幽霊のような……。

 

 

 

 そう、足元が透けて浮いて見えた…………り……。…………本当に透けてね?

 

 

 

 私は女性の足元が透けているのを発見してしまった。

 

 

 

「…………まさか、幽霊さん?」

 

 

 

 私はビビりながら女性に質問してみる。すると、女性はコクリと頷いた。

 

 

 

「……………」

 

 

 

 私の身体は震え出す。

 

 

 

 本物の幽霊。本当に幽霊に出会うことになるとは思ってなかった。マジか、いるのは知っていたけど、本物をこの目で見るのは初めてだ。

 

 

 

 震える私を見てか、幽霊は心配そうな顔をする。

 

 

 

「大丈夫ですか?」

 

 

 

 あなたに怯えて震えてるんですけど……。

 

 

 

 しかし、エセとはいえ、私は霊能力者を自称している。霊能力者と名乗っている以上、私がどうにかしないと……。

 

 

 

 私は自分の頬を叩いて震えを止める。そして女性に向けて質問をしてみる。

 

 

 

「……じょ、成仏はしないの?」

 

 

 

 すると女性は口を開く。

 

 

 

「私はまだ。成仏はできません」

 

 

 

「なんで……」

 

 

 

「……私にはやらないといけないことがあるんです」

 

 

 

 女性はそう言うと宙を浮きながら部屋の奥にある机の引き出しを開いた。

 そしてそこから取り出したのは

 

 

 

「ペンと紙……?」

 

 

 

「私は漫画が描きたいんです」

 

 

 

 幽霊の未練。それは漫画を描くことだった。

 

 

 

 最初は親に捨てられ、その怨みから幽霊になった。元々は長屋がなっていたこの土地は何度も建物が変わり、最終的には屋敷になったらしい。

 そしてこの屋敷に住んでいた人物が漫画家だった。

 

 

 

 こんな屋敷で住めるほどの漫画家だ。

 

 

 

 怨みで幽霊になった彼女だが、いつしかその漫画家の漫画を見ているうちに、漫画を描きたいという気持ちになってしまっていた。

 

 

 

 そのことを聞いた私は女性に

 

 

 

「じゃあ、描けば良いんじゃない?」

 

 

 

「何度もチャレンジしてるんですけど、なかなか良いアイディアが浮かばないんです」

 

 

 

 女性は悔しそうな顔をして答えた。

 

 

 

 彼女はここに長い間、縛られている。それは彼女がこの土地に宿っているからだ。

 幽霊は何かに取り憑いていなければ、存在を固定することができないらしい。

 

 

 

 彼女はこの土地に取り憑くことで現世に留まり続けている。

 

 

 

「私はこの土地に取り憑いているのでここから離れられないんです。なので屋敷から出ることもできず、アイディアが全く浮かばないんです…………」

 

 

 

 確かにずっと引きこもっていたら、漫画を作ろうとしても何も思い浮かばないかもしれない。

 前は漫画家が住んでいたとはいえ、必要な資料は全て引っ越しの時に持って行ってしまったようで残っているものは、使い古された丸ペンとチラシなどの裏紙だけだった。

 

 

 

「これじゃ、成仏したくてもできません……」

 

 

 

 女性は肩を落として目を潤わせる。

 

 

 

 私の仕事は除霊も行なっている。成仏できない霊を成仏させてあげるのが私の仕事だ。

 だが、実際のところ知識はない。

 

 

 

 なんやかんやあって成り行きでこの仕事をしているだけだ。そういう知識があるわけではない。ないのだが……。

 

 

 

「私に手伝えることはない?」

 

 

 

 私は幽霊の女性に聞いた。

 

 

 

 私は困っている人を助けたくてこの仕事を始めた。成り行きとはいえ、その部分は貫いているつもりだ。

 幽霊は基本的に心身の疲れからの錯覚。それを解消してあげることでストレスから解放して今まで何人かの人は救ってきた……はずだ。

 何人かからは苦情があったけど……。

 

 

 

 本物の幽霊と出会うのは初めてだが、幽霊だろうと何だろうと困っているのなら助けてあげたい。

 

 

 

 私の質問に女性は、

 

 

 

「外に出てみたいです」

 

 

 

 と小さな声で答えた。

 

 

 

「何か方法はないの?」

 

 

 

「取り憑くことができるものがあれば……」

 

 

 

 女性の話によれば、依代になるものがあれば、取り憑くことができるらしい。

 人でも物でも何でも良いのだが、問題がある。

 

 

 

「取り憑く物でも、私との関係性が必要なんです」

 

 

 

「関係性?」

 

 

 

「はい。私はこの土地で生まれ死ぬことでこの土地に取り憑くことができています。この土地と同等かそれ以上の関係性のあるものが必要なんです」

 

 

 

「つまりはアニメオタクはアニメグッズに取り憑けるってことね!」

 

 

 

「なんか納得いかないけど、そんな感じです」

 

 

 

「じゃあ! 早速あなたと関連のあるものを探しましょう!!」

 

 

 

 私が腕を上げて元気よく言う。しかし、それとは対照的に女性は下を向いた。

 

 

 

「……無理です」

 

 

 

「え……?」

 

 

 

「私が死んだのはもう100年以上前なんです。そんなものどこにもありません……」

 

 

 

 諦めるように告げる女性。だが、本心はそうではないはずだ。

 無理とは言ったが、外に行きたいという気持ちがある。だから私に話したのだ。

 

 

 

 でも、そうやって諦めたように言うのは……。

 

 

 

「あなた、私が迷惑してると思ってるの?」

 

 

 

「……」

 

 

 

 私は胸を張って女性を見つめる。

 

 

 

「私に任せなさい!!」

 

 

 

 

 

 こうして私は幽霊の女性と関係のあるものを探すことにした。まずは屋敷の中を探索して何かないかを探してみる。

 

 

 

「その丸ペンとかはダメなの? 今成仏できない理由はそれなんでしょ?」

 

 

 

 私が屋敷にあるクローゼットを開けながら言うと、女性は首を振る。

 

 

 

「死後からですし、貰ったものならともかく拾ったものじゃ、それだけの力になりません」

 

 

 

「そっか〜」

 

 

 

 そう言いながらクローゼットの中を見た私は何かを発見してそれを持ち上げる。

 

 

 

「これなんてどうだ? 呪いのビデオ」

 

 

 

「そんなもの本当にあったんですか!? というか私は無理です」

 

 

 

「じゃあ、こっちは……呪いのAV」

 

 

 

「呪いのAVってなんですか!?」

 

 

 

 今度は部屋を変えてまた探すことにした。次に入った部屋はキッチンだ。

 

 

 

「……ここには何もないと思いますけど」

 

 

 

 心配そうに言う女性の隣で私は、炒飯を作っていた。

 

 

 

「何やってるんですか!」

 

 

 

「いや、お腹すいたから」

 

 

 

「お腹すいたからって、ここ廃墟ですよ! どこに食材あったんですか?」

 

 

 

「カップルを撃退したら、ドロップした」

 

 

 

「どんなカップルですか! 廃墟で何しようとしてただ!?」

 

 

 

 私は完成した炒飯を皿に盛り付けると、

 

 

 

「食べる?」

 

 

 

 両手に山盛りの炒飯を持ちながら首を傾げる。

 

 

 

「いや、……私は遠慮しておき……」

 

 

 

「良いって良いって、食いなよ!!」

 

 

 

 私は女性の口の中に炒飯を押し込む。

 

 

 

 最初は嫌々食べていたのだが、美味しかったのか途中から私が持っていたスプーンを奪い取って自分から食べ始めた。

 

 

 

「どう? なかなか美味しいでしょ〜」

 

 

 

 私は自慢げに炒飯を食べながら言うと、女性は涙を流しながら、

 

 

 

「美味しいです……」

 

 

 

 と炒飯を口に次々と運んでいく。

 

 

 

「そ、そんな……泣くほど美味しかった?」

 

 

 

「美味しいです。でも、食べること自体が死んでから初めてなんです」

 

 

 

 涙が溢れてパラパラの炒飯を湿っていく。それでも炒飯を食べて、すぐに皿の上には何も無くなってしまった。

 

 

 

「死んでから初めてなの? てか、幽霊ってご飯食べるんだ」

 

 

 

 私は食べ終わった食器を受け取り、食器の代わりに涙を拭くようにハンカチを渡した。

 女性はハンカチで涙を拭きながら、

 

 

 

「幽霊は基本的に物に触ることはできませんから……。関連のあるものとか、同じように不思議な力があるものとか………………………」

 

 

 

 そこまで言って女性は動きを止めた。

 

 

 

 そして私も遅れて気づいてしまった。

 

 

 

 

 ──炒飯食えてた!? ──

 

 

 

 

 私と女性は驚いてオドオドする。なぜ、触れたのか。

 

 

 

 私は炒飯を見る。まさか、まさかこれが……。そう、この炒飯が……。

 

 

 

「あなた、炒飯に埋もれて死んだの!?」

 

 

 

「どうしてそうなるんですか!?」

 

 

 

 女性は大きく口を開けて否定した。

 

 

 

「そもそも炒飯は生前食べたことないですよ。山菜とかそんなものです」

 

 

 

「そう、じゃあ、炒飯が理由ってわけじゃないのね……」

 

 

 

 炒飯が違う。そうなると彼女の運命の相手は──

 

 

 

「スプーンか!! スプーン曲げに失敗して自爆したのか!!」

 

 

 

「スプーン曲げもまだないです! というか、自爆ってなんですか!! 私はロボかなんかですか!!!!」

 

 

 

「いや、美少女型幽霊ロボットかと……」

 

 

 

「幽霊ロボットってなんだよ」

 

 

 

 だが、そうなると残るものはなんだろう。私が顎に手を当てて考えている中。女性はじっと私のことを見つめていた。

 

 

 

 そう、魚の死んだような目で……。

 

 

 

「死んでますけど、そんな目はしてません!!」

 

 

 

「心の中にまでツッコミを入れてきた」

 

 

 

 しばらく私のことを見ていた女性は、ついに動いた。「ちょっと失礼します……」と小さな声で呟くと、私に向けて手を伸ばしてくる。

 

 

 

「そして私の清い体をベタベタと舐め回すように……」

 

 

 

「やめてください」

 

 

 

「あらま、声に出てた」

 

 

 

 女性のひんやりとした手が私の腕に触れる。

 

 

 

「…………冷たーい」

 

 

 

 私は思わず声に出してしまった。幽霊の手がこんなに冷たいなんて……。

 

 

 

 

「気持ち〜〜」

 

 

 

 涼んでいる私の隣では女性が驚いた表情で止まっていた。

 その顔はまるで白い服にカレーの汁がついてしまった時のような…………。

 

 

 

「どうしたの?」

 

 

 

「どうしたのじゃないですよ! あなたです! あなたに触れられるんです!!」

 

 

 

「へぇ〜そうなんだ〜」

 

 

 

「なんでそんなにダラけてるんですか!!」

 

 

 

 気づいた時には私が女性の手を握っていた。それだけ涼しくて気持ちいい。

 触られ続けているのが嫌なのか、女性は私の手を振り払う。

 

 

 

 そして溜息を吐くと、

 

 

 

「あなた、一体何者なんですか……。私が触れるなんて」

 

 

 

「私か。私はな!!」

 

 

 

 私は腰に手を当てて威張るように

 

 

 

「霊能力者だ!!」

 

 

 

「嘘ですね」

 

 

 

「バレたー、あっさりバレたー」

 

 

 

 女性は呆れた顔をして私の正体を見破った。しかし、見破った後、すぐに真面目な顔になると、私に対して頭を下げた。

 

 

 

「お願いします!! 私の願いを叶えるために取り憑かせてください!!」

 

 

 

 



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第3話 『喋る猫』

霊能力者のレイちゃんは、ダメ、無能、役に立たない?

 

 

 

著者:ピラフドリア

 

 

 

第3話

『喋る猫』

 

 

 

 

「ではご依頼を引き受けましょう」

 

 

 

 私はテーブルの反対側に座る婦人にそう告げた。

 

 

 

「お願いします」

 

 

 

「では、そこでじっとしていてください」

 

 

 

 私は両手を合わせると呪文を唱え始める。

 

 

 

「わさむたりほわいとどり」

 

 

 

 そんな私を婦人は不思議そうな顔で見た。

 

 

 

「あの、それはなんですか?」

 

 

 

「復活の呪文です」

 

 

 

「復活の呪文!? あの昔のゲームみたいな!?」

 

 

 

「そうです。これを唱えることであなたに取り憑いている霊が苦しんで姿を現すのです」

 

 

 

 私は適当な説明をして呪文を続ける。

 

 

 

「バババババババババっ!」

 

 

 

 呪文を言い終えた私は、隣にいる幽霊の少女の方を向く。目を合わせた私達は頷き合うと、少女は婦人の背後に近づき、背中から少年の幽霊を引き摺り出した。

 

 

 

 最初は暴れていた少年だが、少女に説得されると、諦めて婦人から離れて何処かへと消えていった。

 

 

 

「か、身体が軽くなった……」

 

 

 

 婦人が驚いて立ち上がる。さっきまで肩が重かったのに、突然軽くなったことにびっくりしたのだ。

 

 

 

 私は胸を張って婦人に伝えた。

 

 

 

「除霊成功です」

 

 

 

 

 

 

 婦人が満足して帰って行った後、少女は呆れた表情で私を見る。

 

 

 

「何ですか。あの呪文って……」

 

 

 

「呪文は呪文よ」

 

 

 

「あんなことやらなくても私が説得すれば良いんですよ」

 

 

 

「でも、あんな感じでやらないと納得しないお客さんもいるから」

 

 

 

「どんなお客さんですか!? というか今までどうやって除霊してたんですか!!」

 

 

 

「塩舐めさせたり、十字架のポーズさせたり、あとは…………」

 

 

 

「もういいです!」

 

 

 

 気づいた時には従業員が増えていた。

 

 

 

 三日前に出会った女性の幽霊。彼女は漫画家になる夢を追うために、屋敷から私に取り憑く相手を変えたりとお願いしてきた。

 

 

 

 断る理由のなかった私は、それを許したのだが…………。

 

 

 

「最近肩が重いんだけど……」

 

 

 

「私が取り憑いてますから」

 

 

 

 気づいたら真面目な従業員になっていた。

 

 

 

 一仕事を終えた私はソファーに座り寛ぐ。そして幽霊の少女の方を見る。

 黒髪の短髪に白い着物を着た少女。身長は私の腰の高さ程度で、身体は細く綺麗な肌をしている。

 

 

 

「というか、あなた小さくなってない?」

 

 

 

 初めて会った時はこんなに小さくはなかった。

 

 

 

 私と同じくらいの身長で大人の幽霊だった。しかし、今は小学校低学年程度の大きさだ。子供だ、ロリだ、ロリになってしまった。

 

 

 

「あなたとあの屋敷では霊力が違いますからね。取り憑いたものの霊力に対応して、私の身体も変化するみたいです」

 

 

 

「ということは、私の霊力は子供並みに元気で溢れ出てるってことね」

 

 

 

「逆です。極端に少ないんです。ほとんど私の霊力で今の状態を保っている状態ですし」

 

 

 

 どうやら子供のように小さくなってしまったのは、私が原因らしい。

 

 

 

「しかし、なぜレイさんに取り憑くことができたんでしょう。もしかして遠い親戚とかだったりするんですかね?」

 

 

 

「私は育ち日本だけど、生まれは海外よ。日本人の血縁にいるって聞いたこともないし」

 

 

 

「そうなんですか。じゃあ、何が理由なんでしょうね……。後は境遇とか……?」

 

 

 

 私たちがそんな話をしていると、インターホンが鳴る。

 

 

 

「ねぇ、あんた出てきてよ。私今座ったばっかりだから」

 

 

 

「幽霊が出て行ったら普通の人ならびっくりしちゃいますよ!!」

 

 

 

 私はめんどくさがりながらも立ち上がり、玄関の扉を開けた。

 そこには誰もおらず、コンクリートの壁が目の前に広がる。

 

 

 

「あれ? ……誰もいない」

 

 

 

 私が扉を閉じて部屋に戻ろうとすると、再びインターホンが鳴らされた。

 だが、またしてもそこには誰もいない。

 

 

 

 もう一度扉をしてると、今度は連続でインターホンが鳴らされる。

 

 

 

「うるさあぁぁぁぁい!! 近所迷惑になるでしょ!!」

 

 

 

 私は叫んで扉を開けると、インターホンのところに黒猫がしがみついており、びっくりした顔でズリズリとズリ落ちていた。

 

 

 

「…………え、ねこ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇ、リエ、私にもその子抱っこさせて」

 

 

 

「嫌です。久しぶりのモフモフです。もうしばらく味合わせてください」

 

 

 

 幽霊の少女リエは黒猫を大切そうに抱き抱える。そして私に取られないように身体を横にして逸らした。

 

 

 

 私はリエから猫を取り返そうと姿勢を低くしてゆっくりと近づいていく。ゆっくり……ゆっく〜り…………

 

 

 

「遊んでるところ悪いが、そろそろ喋っていいか?」

 

 

 

 突然男の人の声が聞こえてきた。その声に驚いた私とリエは部屋中を見渡すが、男の人の姿なんて見当たらない。

 だが、その声は部屋の中から聞こえた声だった。

 

 

 

「ここだここ……。お前の抱っこしてるミーちゃんだ」

 

 

 

 その声は黒猫の口から聞こえていた。黒猫が突然喋り出したことに驚いたリエは猫から手を離す。

 

 

 

 黒猫は少女の手から落ちると、身体のうまく回転させて綺麗に着地した。

 

 

 

「危ないな。ミーちゃんを投げ飛ばすなよ」

 

 

 

 黒猫は四本の足で地面を踏み締め、身体の向きを変えて私たちの方を向いた。

 

 

 

「俺は金古 高平。お前達に依頼に来た」

 

 

 

 

 

 

 

 

 テーブルの上で座っている黒猫に、リエが皿に入れた水を持ってくる。

 

 

 

「お水です」

 

 

 

「どうも……」

 

 

 

 私は腕を組んで猫と向かい合っていた。

 

 

 

「リエが見えているってことは、ただの猫じゃないのね」

 

 

 

 私が真剣な顔で言うとお水を出し終えたリエが私の隣で、呆れた顔で呟く。

 

 

 

「喋ってる時点で普通じゃないんですけどね……」

 

 

 

「それでタカヒロさん。依頼って言ってましたけど、どういったご用件なんですか?」

 

 

 

 私が聞くと黒猫は姿勢を低くして尻尾を足の裏にしまった。

 

 

 

「俺のミーちゃんを保護して欲しい」

 

 

 

「保護……ですか?」

 

 

 

「はい。俺は元々このミーちゃん……いや、この黒猫の飼い主なんです…………」

 

 

 

 

 

 

 一人暮らしをして15年。心細かった俺の側には、ずっとこのミーちゃんがいた。

 

 

 

 ミーちゃんは俺の全てだった。

 

 

 

 家に帰ればミーちゃんがいる。仕事の疲れもミーちゃんと居れば吹っ飛んだ。

 

 

 

 

 

 ある日。俺は病気にかかった。家の中で一人寂しく布団に包まる。

 入院することもできたが、ミーちゃんを一人にすることができなかった俺は、病気を軽くみて家で治るのを待った。

 

 

 

 そんな俺の側にミーちゃんはいてくれた。俺が死ぬ時まで……。

 

 

 

 俺は死んだ。流石に死ぬとは思ってなかった。病を軽くみすぎていた。

 

 

 

 俺が死んだ時、俺は魂となった。生前とは違い、まるで風船のように軽く。何処かに飛んでいってしまいそうな状態。

 

 

 

 このままふらふらとどこかに行ってしまうのか。そんな時だった。

 

 

 

 俺の視界にミーちゃんが映った。このまま俺が死んでしまったら、ミーちゃんはどうなるのだろうか。

 ミーちゃんを置いて、俺は死ぬのか……。

 

 

 

 天へと向かいそうになっていた、俺の魂は行き止まった。

 このままミーちゃんを置いていくことはできない。俺は幽霊にでも妖怪にでも何にでもなるつもりだった。

 

 

 

 だが、そんな俺にミーちゃんはかぶりついてきた。

 

 

 

 飛び上がると俺の魂を咥え、着地したミーちゃんは俺のことを飲み込んだ。

 

 

 

 愛猫に魂になった俺は食われた。

 

 

 

 

 

 

「そうしたら俺はミーちゃんの身体で動けるようになった。というよりもミーちゃんが今は制御権を俺に与えてくれている」

 

 

 

「猫に魂が食べられて、そしたら今の状態になったと…………信じられないけど、信じるしかなさそうね……」

 

 

 

 目の前にある光景が真実だ。これを否定することはできない。

 

 

 

「警察とかに相談はしたが化け猫扱い……それに捕まって実験なんてされたらミーちゃんが可哀想だ。ここが最後の頼みの綱なんだ!!」

 

 

 

 黒猫は必死に頼み込んでくる。

 

 

 

 私が迷っているとリエが話に入ってきた。

 

 

 

「私もお願いしたいです。ペット、欲しいです」

 

 

 

 ペットが欲しいだけか!!

 

 

 

 だけど、このまま放っておくわけにもいかない。私を頼ってきてくれたんだ。

 

 

 

「分かりました。その依頼、この霊宮寺 寒霧(れいぐうじ さむ)が引き受けます!!」

 

 

 

 私はこの依頼を引き受けることにした。それを聞いた黒猫は立ち上がる。

 

 

 

「ありがとうございます!! ありがとう……」

 

 

 

 そして私に尻を向けると、丸くなって寝始めた。

 

 

 

「待ってミーちゃん!! まだまだだから、もう少しだけ我慢してーーー!!」

 

 

 

 タカヒロはミーちゃんに身体の制御を取り返されて眠ってしまった。

 

 

 

 

 

 



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第4話 『兄弟』

霊能力者のレイちゃんは、ダメ、無能、役に立たない?

 

 

 

著者:ピラフドリア

 

 

 

第4話

『兄弟』

 

 

 

 

「あー、依頼がない……」

 

 

 

 私はテーブルに両手を伸ばしてだらりとする。

 

 

 

 そんな私を横目にリエは黒猫の水を取り替えていた。

 水を皿に入れると床に置く。

 

 

 

「お水入れましたよ〜」

 

 

 

「にゃ……」

 

 

 

 今はミーちゃんが制御権を持っているらしく。猫らしい返事をして水を飲み始めた。

 

 

 

 ミーちゃんが水を飲むのを確認してから、リエは私の方を向く。

 

 

 

「確かに三日近く依頼ないですからね」

 

 

 

「そうなんだよな〜」

 

 

 

 もう三日も依頼が来ていない。こうも依頼が来ないと暇だ。

 

 

 

 そんな話をしていると水の飲み終えた黒猫が私のダラけているテーブルにジャンプして乗ってきた。

 

 

 

「客が来ないと商売にはならないよな。しかし、依頼を解決してあれだけ請求で良いのか?」

 

 

 

 黒猫はそう言って私に尋ねてきた。

 

 

 

「そうですね。小さなビルって言ってもそこそこの都会ですよ。家賃安くはないですよね」

 

 

 

 リエも疑問に思い質問してきた。そんな二人に私はだらけ切った状態で返答する。

 

 

 

「まぁ、資金はお兄様が援助してくれてるし、私はやりたいことをやってるだけよ」

 

 

 

「お兄様?」

 

 

 

 一人と一匹が首を傾げ、さらに質問しようとした時。

 黒猫が何かを感じ取った。

 

 

 

 毛を逆立たせ、玄関の方を見て警戒する。

 

 

 

「タカヒロさん? どうしたんですか?」

 

 

 

「いや、分からない。だけど、ミーちゃんが……ミーちゃんが怯えてるんだ」

 

 

 

 そう言うと黒猫はそそくさとテーブルから降りて、奥の部屋の隅へと隠れていった。

 

 

 

「え、タカヒロさん? ……いや、ミーちゃんかな、どこ行くんですか〜」

 

 

 

 それを追いかけてリエも奥の部屋へと消えていく。

 

 

 

 そんな中、私は感じていた。まだインターホンも鳴らされておらず、足音も聞こえない。

 だが、私たちのいるこの部屋を目指して、やってきている人がいる。

 

 

 

 私には分かる。私だから分かる。そう、あの人が来たんだ。この気配はある人だ。

 

 

 

 それを感じ取った私はダラけた状態からスッと姿勢を直し、乱れた髪を整える。

 そしてインターホンが鳴らされるのを待った。

 

 

 

 

 

 玄関からブザー音が聞こえ、インターホンが鳴らされる。

 私は立ち上がると玄関へと向かう。

 

 

 

 そして扉を開けると、そこには白髪の長髪に黒いスーツを着た男性と、赤い短髪の青年がいた。

 

 

 

「久しぶりだな。寒霧……」

 

 

 

「お兄様……」

 

 

 

 私はお兄様の顔を見つめる。

 

 

 

 なんてお美しい、愛おしのお兄様。私の王子様……。

 

 

 

 私とお兄様が見つめ合っていると、部屋の奥からガラガラと物音が聞こえてくる。おそらくミーちゃんとリエが何かを落としたのだろう。

 

 

 

「ん、誰かいるのか?」

 

 

 

 お兄様が私の隙間から部屋の中を見ようとする。だが、私は手を広げて視界を塞いだ。

 

 

 

「まっ待ってお兄様!!」

 

 

 

「なんだ、俺に見せられないものなのか?」

 

 

 

 お兄様は私に疑いの目を向けてくる。

 

 

 

 

 確かに見せられないものだ。幽霊と化け猫が追いかけっこしてるところなんて、見せられるはずがない。

 

 

 

 私が視界を塞いでいると、お兄様の連れの青年が「先輩……」とお兄様に向けて小声で呟いた。

 

 

 

 それを聞いたお兄様は青年に「ここで待ってろ」とだけ言うと、私を押して家の中へと入り込んできた。

 

 

 

「ちょっと、お兄様〜!!」

 

 

 

 私はお兄様の腰に捕まって引き止めようとするが、私は引き摺られて止めることができない。

 部屋に入ったお兄様は早速、事務所の中を見渡した。

 

 

 

「確かにさっき物音が聞こえたんだけどな……」

 

 

 

 お兄様がキョロキョロと見渡していると、黒い物体がお兄様の視線を横切った。

 

 

 

「に、にゃ〜」

 

 

 

 野太いおっさんの声で泣く猫。

 

 

 

 どうやら今はミーちゃんではなく、タカヒロさんが身体の制御権を持っているらしい。

 

 

 

 可愛くない猫の鳴き声に、私の表情は凍える。これではバレてしまう。しかし、

 

 

 

「なんだ、猫を飼ったのか?」

 

 

 

「え、ええ、そうなの!!」

 

 

 

 誤魔化せたらしい。

 

 

 

 お兄様は黒猫を抱き抱えると、事務所にあるテーブルに座った。

 

 

 

「お前が働きたいって言うから、許してやったは良いが……俺は心配で心配で……」

 

 

 

「そんな心配しないでよ〜、私だってもう大人よ」

 

 

 

「しかしな〜」

 

 

 

 心配そうに私を見つめるお兄様……。もっともっと私のことを見つめて!!

 

 

 

 

 その頃、兄は心の中は……。

 

 

 来ちゃった〜。可愛すぎる!!

 お前に会うために仕事を早く終わらせて来たんだ!!

 

 

 

 この兄弟、兄バカと妹バカのシスブラ兄弟だった。

 

 

 

 

 

「それでお兄様はなんでここに?」

 

 

 

 私が聞くとお兄様はビクッと肩を上がらせた。

 

 

 

「ま、仕事でな……」

 

 

 

 お兄様はそう言って目を逸らす。

 

 

 

 まさか、お兄様……。

 

 

 

 私はお兄様に疑いの目を向ける。

 

 

 

「お兄様……まさか、仕事を抜け出して…………」

 

 

 

 私に会いに……。っと言おうとしたが、そこまで言うのは恥ずかしかったからやめた。

 

 

 

 お兄様は首を振って否定する。

 

 

 

 いつも冷静で首をこんな高速に振ることがないお兄様が、首をこんな速度で振っているところを見て、私は可愛いと見惚れる。

 

 

 

「そんなことより、仕事は順調か?」

 

 

 

 妹に会うために仕事を早く終わらせてきたなんて、いなかった兄は話を変えた。

 

 

 

「はい、楽しくやってますよ!」

 

 

 

 私はそう言ってお兄様に笑顔で返した。

 

 

 

 依頼は少ない。だが、楽しくできているのは事実だ。

 

 

 

 今では友達もできたわけだし…………。

 

 

 

 私が答えたところで、黒猫がお兄様の腕から降りた。

 

 

 

「あ、タカヒロさん……」

 

 

 

「にゃ?」

 

 

 

 黒猫はかわいい猫の声で鳴いた。今はミーちゃんらしい。すごくややこしい。

 

 

 

「タカヒロ……?」

 

 

 

 その名前を聞いたお兄様の顔が険しくなる。

 

 

 

「いや、その……」

 

 

 

「猫の名前か? それとも……」

 

 

 

 お兄様はスーツの中に手を入れると、そこから銃を取り出してテーブルの下に銃口を向けた。

 

 

 

「ここにいる幽霊についてか……?」

 

 

 

 テーブルの下には銃口を向けられて怯えた表情のリエがいた。

 

 

 

「お兄様……!?」

 

 

 

「俺が気づかないとでも思ったか……。出て来い、隠れてる幽霊、そして猫もな……」

 

 

 

 それを言われてリエはテーブルから出てくると、目の前を通っていた黒猫を捕まえて、お兄様の前に立った。

 

 

 

 お兄様は動くリエにずっと銃口を向けている。

 

 

 

 幽霊には銃は効かないが、これが普通の銃ではないことにリエはなんとなく気づいたらしく。お兄様の言うことを素直に聞く。

 

 

 

「…………」

 

 

 

 緊張感が部屋を包む。

 

 

 

「お兄様……彼女達は悪い幽霊じゃないの……」

 

 

 

 お兄様は引き金に指をかける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「分かってるよ。お前が楽しいって言ったんだ。俺はお前を信じるよ」

 

 

 

 そう言って銃を上に向け、撃つのをやめた。

 

 

 

 緊張感が抜けたのか、リエは崩れ落ちるように床に座った。黒猫も解放されてリエから離れていく。

 

 

 

「俺だって仕事柄、多くの幽霊には会ってる。無造作に除霊はしないさ」

 

 

 

 お兄様は銃をスーツの中にしまった。

 

 

 

 私も安心してホッとする。

 

 

 

 お兄様は私とは違い霊感があり、それを見込まれてFBIの調査官になった。

 霊能力を使用して犯人を追い、未解決事件を解決している。

 

 

 

 安心したら喉が乾いた私は、飲み物を用意しようと台所に向かう。

 

 

 

「お兄様も何か飲む?」

 

 

 

「ああ、頼む」

 

 

 

 私がお茶の用意をしていると、お兄様の携帯が鳴った。

 

 

 

 お兄様は電話に出ると、仕事の話のようで厳しい口調でしばらく話した後。

 

 

 

「すまん、仕事が入った。お茶は今度もらうよ」

 

 

 

 そう言うと立ち上がって、スーツを整える。

 

 

 

「お前が問題なく生活できてるようで良かった。また来るよ……」

 

 

 

 お兄様はそう言うと出て行く。玄関の外には青年が待っていた。

 

 

 

「先輩、連絡来ました?」

 

 

 

「ああ、早速向かうぞ」

 

 

 

 私は玄関まで追いかける。

 

 

 

「お兄様…………頑張ってくださいね!」

 

 

 

 私は笑顔で出迎える。それを聞いたお兄様はスーツの中から一枚の紙を取り出すと、それを私に向けて投げた。

 

 

 

 私がそれを受け取ると、それは四つ折りにされており中は見れないようになっている。

 

 

 

「困ったときはそれを開け。助けになるはずだ」

 

 

 

 お兄様はそう言って夕焼けの中に消えて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 お兄様達が帰り、事務所はいつも通りの日常に戻った。

 

 

 

「お兄さん、帰っちゃいましたね。……見つかるなんて思ってなかったから、びっくりしましたよ」

 

 

 

 リエは嬉しそうに私の元へと駆け寄ってきた。

 

 

 

「そうね……」

 

 

 

 お兄様が帰り、私の心は穴が空いたように苦しい。

 私はティーカップを持って、窓の側に立つと、夕焼けを見つめて黄昏る。

 

 

 

「おい、ミーちゃんのご飯はまだか?」

 

 

 

 黒猫がご飯の催促を求める。それに返事をして、リエはキャットフードを取りに台所に向かった。

 

 

 

 私はカップに入った紅茶を一口飲む。そして再び窓の外を見たら、

 

 

 

「…………」

 

 

 

 窓に人が張り付いていた。

 

 

 

「師匠〜!!」

 

 

 

 

 

 

 

 



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第5話 『師匠との再会』

霊能力者のレイちゃんは、ダメ、無能、役に立たない?

 

 

 

著者:ピラフドリア

 

 

 

第5話

『師匠との再会』

 

 

 

 

 私が窓の方を見ると、窓に人間が張り付いていた。

 

 

 

「師匠〜!!」

 

 

 

 その人間は泣きながら家の中を見ている。

 

 

 

 というか、ここは3階だ。

 

 

 

 まるでトカゲのように壁に張り付いている。

 

 

 

 私が驚いてティーカップを落とすと、その音を聞いてリエと黒猫がこちらの方を向いた。

 

 

 

「どうしたんですかぁぁぁぁぁ!? いやぁぁぁぁぁ!?」

 

 

 

 リエは驚いて声を上げる。だが、リエとは対照的に黒猫は冷静にその人物の顔を見ると、

 

 

 

「お前、楓(かえで)か!!」

 

 

 

 タカヒロさんの声でその人物の名前を呼んだ。

 

 

 

「し、知り合いなの!?」

 

 

 

「あ、ああ、中に入れてやってくれ…………」

 

 

 

 

 

 

 中に入れると、その人物は褐色の肌に紺色のショートヘアの高校生。

 身長は150以下だが、スラっとしたスリムな体型だ。

 

 

 

「それで楓ちゃん、……なんで窓から?」

 

 

 

 窓から事務所に入れて、私は事情を聞こうとしたが、楓ちゃんは私の話を聞く前に黒猫に飛び込んだ。

 

 

 

「師匠〜!! ミーちゃん!!」

 

 

 

 そして黒猫に顔を擦り付ける。

 

 

 

「良かっだぁぁ、師匠ぉぉぉぉ」

 

 

 

 涙と鼻水で黒猫の身体は汚されていく。しかし、我慢してやられるがままに黒猫は耐え続ける。

 

 

 

 そして黒猫に甘えて、楓ちゃんはやっと冷静になった。

 

 

 

「心配かけたな、楓……」

 

 

 

「はい、師匠……」

 

 

 

 ハンカチで涙を拭いて、楓ちゃんは立ち上がる。

 そして私の方を向くと深く頭を下げた。

 

 

 

「すみません、驚かせてしまって…………」

 

 

 

「いえ……まぁ、今度からは窓からはやめてね」

 

 

 

 動揺していておかしかっただけで、根は良い子らしい。

 

 

 

「泣いて疲れたでしょ、お茶でも飲む?」

 

 

 

「はい、お願いします」

 

 

 

 私はお茶を用意するために台所に向かう。台所ではリエが隠れていた。

 

 

 

「何やってるのよ……」

 

 

 

「いえ、私幽霊なので隠れていた方が良いのかなぁと思いまして……」

 

 

 

「幽霊なら見つからないんじゃないの?」

 

 

 

「……あ、そうでした。取り憑いてるあなた程度の霊力じゃ、普通人には認識すらしてもらえないですよね!」

 

 

 

「あんた、…………それに対して私はなんて返せば良いのよ……」

 

 

 

 そんな会話をしながらもカップに紅茶を注いでいく。

 

 

 

 注いで……注いで…………。ふと疑問が浮かんだ。

 

 

 

 あれ、なんでミーちゃんとタカヒロさんが一緒にいることを知ってるの?

 

 

 

 タカヒロさんはミーちゃんの身体に入ってしまって、すぐにうちに来た。

 ミーちゃんの身体を危険に晒さないため、ここにいる人、または幽霊以外にはこのことは話していない。

 

 

 

 しかし、楓ちゃんは黒猫に二つの人格があることをわかっているように接し、そしてタカヒロさんの声を聞いても動揺することはなかった。

 つまり……

 

 

 

 紅茶がコップを溢れて、コップの周囲を濡らす。

 私はポットを投げ捨てると、楓ちゃん達の元へと急いだ。

 

 

 

「なんでタカヒロさんのこと知ってるの!?」

 

 

 

 私が大声で聞くと、楓ちゃんは顔を赤くして

 

 

 

「僕と師匠は……深い絆で繋がってますから」

 

 

 

 指をこねくり回して恥ずかしそうに答えた。私が黒猫の方を向くと、黒猫は背を向けて答える気がなさそうな態度をとっている。

 

 

 

「師匠が亡くなって、ミーちゃんも行方不明って聞いて、あれからずっと探してたんです。でも、見つかって良かった」

 

 

 

 楓ちゃんはホッとした表情をしている。

 

 

 

「師匠とミーちゃんを保護してくれて、本当にありがとうございます」

 

 

 

「いえ、成り行きっていうか、なんていうか……」

 

 

 

「その、……台所にいる人も出てきてください。あなたにもお礼を言いたいです」

 

 

 

 楓ちゃんはそう言って台所の方を見る。台所では私が投げたポットをキャッチして後片付けをしているリエの姿があった。

 しかし、楓ちゃんに呼ばれて驚いたリエは、タオルを片手に固まった。

 

 

 

「え、私ですか……」

 

 

 

「はい、あなたもここの従業員なんですよね」

 

 

 

「いや、でも……私は…………」

 

 

 

 台所の電気はついていなくて薄暗い。もしかしたら幽霊だと気づいていないのかもしれない。

 

 

 

「大丈夫です。私、あなたのような方を、何回も見たことありますから」

 

 

 

「…………え、楓ちゃん、もしかして……」

 

 

 

「はい、僕霊感強いので」

 

 

 

 

 

 

 テーブルに座り、私は楓ちゃんも向かい合う。楓ちゃんは黒猫を抱きしめ、黒猫は大人しく抱っこされている。

 

 

 

「こちらをどうぞ」

 

 

 

 リエがお茶を持ってきてテーブルに置いた。

 

 

 

「あなた、学生よね? 帰らなくて良いの?」

 

 

 

 日は沈み、外は暗くなっていた。しかし、楓ちゃんは黒猫を嬉しそうに抱きしめて事務所に居座っていた。

 

 

 

「大丈夫です。僕の家、そういうところ緩いですから」

 

 

 

「緩いって……でも、女の子が夜遅くに帰ったら危ないでしょ?」

 

 

 

 私がそう言うと、楓ちゃんは目を丸くして、驚いた顔をした。

 

 

 

「え……」

 

 

 

「……え?」

 

 

 

 時間が止まる。お盆を持って横に立っていたリエも不思議そうに楓ちゃんを見る。

 

 

 

 静まり返る事務所。外の通りをバイクが通り、エンジン音が近づいてすぐに遠ざかる。

 

 

 

「僕、男ですよ……」

 

 

 

 再び時間が止まる。私とリエは楓ちゃんを見つめたまま固まった。

 今度は事務所の前を暴走族らしき集団のバイクが通り過ぎる。

 

 

 

 すると楓ちゃんは苦笑しながら

 

 

 

「よく間違えられるんですよ。なんででしょうね……ハハハ」

 

 

 

 まだ頭の中で追いついていないが、落ち着くために私はコップを取ると紅茶を飲む。

 一口、口に含んだところで、楓ちゃんがあるお願いをしてきた。

 

 

 

「私をここで働かせてください!!」

 

 

 

 驚いた私は紅茶を変なところに入れてしまい、咽せてしまう。

 リエがそんな私の背中を優しく摩る。

 

 

 

「なんで!?」

 

 

 

 ここは客も少なく、やることは除霊。そんなの普通の学生からしたら、魅力のあるバイトとは思えない。

 

 

 

「僕……僕は師匠……いや、ミーちゃんと一緒にいたいんです」

 

 

 

 そう言って楓ちゃんは黒猫を抱く力を強くする。

 

 

 

「僕……数年前にここに引っ越してきたんです。でも、学校で馴染めなくって悩んでいる時に、師匠に出会ったんです」

 

 

 

「さっきから気になってたんだけど、タカヒロさんは何の師匠なの?」

 

 

 

「猫愛好家の師匠です」

 

 

 

「猫愛好家?」

 

 

 

「はい、そうです。僕と師匠はあることがあって出会って、それからちょっと事情がありまして……」

 

 

 

「それで猫好き同士、仲良くなったと……?」

 

 

 

「はい!!」

 

 

 

 楓ちゃんは笑顔で返してくる。

 

 

 

「でも、ここで働くほどなの?」

 

 

 

 私が質問すると楓ちゃんは答える。

 

 

 

「あなた方にも恩返しがしたいんです。バイトさせてもらえれば、恩返しもできるし、師匠とミーちゃんに会いに来れますから!!」

 

 

 

 楓ちゃんは満ち足りた様子で言った。

 

 

 

 バイトを雇う費用はある。それに幽霊や猫以外の従業員がいた方が楽なのは確かだろう。

 

 

 

 楓ちゃんに抱っこされた状態の黒猫が私に話しかけてくる。

 

 

 

「俺からも頼みたいな。俺は猫好きとしてこいつを認めてる。それにこいつの身体能力はすげーぞ」

 

 

 

 確かに三階の窓から侵入してきたことを考えると、とんでもなくすごい。

 

 

 

 黒猫の言葉を聞いた楓ちゃんは黒猫に頬っぺたを擦り付ける。

 

 

 

「ありがとう〜師匠〜!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして坂本 楓(さかもと かえで)を従業員として迎え入れることとした。

 

 

 

 それから数日後……

 

 

 

 

 

 

「師匠〜!! 部活終わったので、そのまま来ちゃいました!」

 

 

 

 扉を勢いよく開けて、楓ちゃんが部屋に入ってくる。

 

 

 

「あ、楓ちゃん来たね!」

 

 

 

 私はテーブルの上に置かれた段ボールから青いエプロンを取り出した。

 

 

 

「ふふふ〜、従業員も増えたからお兄様に頼んで、専用の服を作って貰ったの!」

 

 

 

「え、本当ですか!!」

 

 

 

 楓ちゃんは嬉しそうに駆け寄ってくる。そして私からエプロンを受け取ると早速それを着てみる。

 

 

 

「……めっさかわいい」

 

 

 

 私は楓ちゃんのエプロン姿を見て思わず呟いてしまった。

 男の子だとは思えない可愛さ。本当に男なの? いや、男なんだよな、証明書にもそう書いてあったし…………。

 

 

 

 私が楓ちゃんに見惚れている中、楓ちゃんは奥の部屋にいるリエと黒猫を見つけた。

 

 

 

「あ! 師匠用の服もあるんですね!」

 

 

 

 楓ちゃんはそう言って二人の元へと駆け寄る。リエは黒猫を抱っこして、楓ちゃんに見せる。

 

 

 

「良いですね〜、似合ってますよ! 師匠!!」

 

 

 

 楓ちゃんがそう言って顔を近づけると、黒猫は顔を逸らした。

 

 

 

「タカヒロさん、恥ずかしがってるんですか?」

 

 

 

 黒猫を抱っこしているリエが揶揄うように言う。

 

 

 

「ば、バカ!! 楓は男だ、問題ないわ!」

 

 

 

「でも、今私に抱っこされてますよね」

 

 

 

「…………おろせ〜、おろして〜、ミーちゃん助けて〜!!」

 

 

 

 黒猫は暴れるが幽霊に弄ばれている。そんな様子を見ていた楓ちゃんが手を伸ばす。

 

 

 

「リエちゃん、私にも抱っこさせて」

 

 

 

「嫌ですよ。さっき抱っこしたばっかりなんですから」

 

 

 

 そしてリエと楓ちゃんで黒猫の取り合いが始まる。

 

 

 

「痛い! おい、引っ張るな。ミーちゃんが可哀想だろぉぉが!!」

 

 

 

 

 



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第6話 『首無しライダー』

霊能力者のレイちゃんは、ダメ、無能、役に立たない?

 

 

 

著者:ピラフドリア

 

 

 

第6話

『首無しライダー』

 

 

 

 

 

 

「うぃーす!!」

 

 

 

 玄関を開けて元気よく挨拶して褐色の人物が入ってきた。

 

 

 

「いや〜、今日は部活が早く終わったので、速攻来れましたよ〜!!」

 

 

 

 楓ちゃんが部屋に入ると、部屋の奥から流れ出る熱気に一瞬足が止まる。

 

 

 

「う、なんですか、この熱気は……」

 

 

 

「あ、楓ちゃん……」

 

 

 

 私はソファーに倒れて団扇で顔を仰ぐ。

 

 

 

「いや、エアコンが壊れちゃって……。修理は明後日になるんだって……」

 

 

 

 私は汗を流しながら状況を説明する。

 

 

 

「マジですか……。この真夏にこれはキツイですよ…………」

 

 

 

 楓ちゃんはロッカーにバックをしまうと、

 

 

 

「師匠とリエちゃんは?」

 

 

 

「タカヒロさんとリエはあっち……」

 

 

 

 私はダラけながら二人がいる方を指差す。その先ではリエと黒猫が扇風機を独占していた。

 

 

 

「楓さんが来ても、交代はまだですからね」

 

 

 

「そうだ。じゃんけんに勝ったのは俺たちだ」

 

 

 

 リエと黒猫はいつにも増して団結を見せる。

 

 

 

「ジャンケンってなんですか……」

 

 

 

 楓ちゃんが呆れた顔で聞いてくる。もう答えはなんとなく分かっているのだろう。

 

 

 

「扇風機の前を賭けてジャンケンしたのよ………………もう我慢できない!!」

 

 

 

 私は扇風機の前に飛び込む。

 

 

 

「ちょ、狭いです!!」

 

 

 

「良いじゃない!! あんた幽霊でしょ、体温無いから大丈夫でしょ!!」

 

 

 

「幽霊でも暑いものは暑いんですよ!!」

 

 

 

 私とリエ、黒猫が揉み合いの喧嘩をしている中、楓ちゃんがテーブルに置かれたあるものを見つけた。

 

 

 

「あれ、もしかしてこれって……」

 

 

 

 楓ちゃんがそれを拾い上げると、そこには依頼書と書かれていた。

 

 

 

「レイさん、これって依頼書ですよね! 依頼が来たんですか!!」

 

 

 

 楓ちゃんが嬉しそうに私達の方を向く。

 

 

 

 その頃私はリエの肌に顔を押しつけ、その冷たさを堪能していた。

 

 

 

「汗が気持ち悪いのでやめてください」

 

 

 

 リエに私を突き飛ばされる。そして転がった私は、楓ちゃんの方を向き答えた。

 

 

 

「ええ、依頼よ」

 

 

 

 それを聞いて楓ちゃんは嬉しそうに飛び上がる。

 

 

 

「早速やりましょう!!」

 

 

 

「えー、でも、暑いよー」

 

 

 

「やりましょう」

 

 

 

「はい」

 

 

 

 

 

 日が落ちて街灯が街を照らす。そんな中、私達は夜の住宅街を歩いていた。

 

 

 

「そういえば、依頼内容ってなんなんですか?」

 

 

 

 リエが依頼書を持った私に質問してくる。私は依頼書を広げる。

 

 

 

「依頼内容は首無しライダーの除霊ね……」

 

 

 

「首無しライダー?」

 

 

 

 リエが不思議そうに首を傾げる。そんなリエの後ろから黒猫を抱っこした楓ちゃんが割り込んできた。

 

 

 

「僕それ知ってます!! 最近噂になってるやつですよね! 学校でもよく話している生徒がいますよ!!」

 

 

 

「ええ、この依頼だけじゃなくて、他にも何件か来てて……。暑いから外に出る依頼はやりたくなかったけど、流石にやらないとね……」

 

 

 

 

 

 首無しライダー。頭部を失ったバイクに乗った幽霊であり、ここ数日、この街で見掛けられるようになった。

 

 

 

 夜になると騒音を出しながら、住宅街を暴走する。そして出現するルートは毎回決まっている。

 

 

 

 

「では、その出現する場所で張り込みするのはどうですか?」

 

 

 

 リエがそう提案する。それに対して私は

 

 

 

「ええ、そのつもりよ。それに今歩いてるこの道もそのルートだしね」

 

 

 

 と答えた。

 

 

 

「じゃあ、そろそろその首無しライダーが出てくるかもしれないってわけか……」

 

 

 

 楓ちゃんに抱っこされている黒猫は耳をピンとさせると、辺りを警戒する。

 

 

 

「確か、現れるのは0時丁度のはず……そろそろ出てきても良いはずなんだけど…………」

 

 

 

 私はそう言って腕時計を確認した。

 

 

 

 それからしばらく歩くが、例の首無しライダーには遭遇しない。

 

 

 

「そろそろ疲れてきたね。ちょっと休憩しない……」

 

 

 

 歩き疲れた私はみんなに相談した。

 

 

 

「そうですね。確かこの辺りにコンビニがあるはずなので、そこで休みますか」

 

 

 

 コンビニに向かうことになった私達。

 コンビニに着いた私達だが、コンビニの前にある駐車場が騒がしい。

 

 

 

「なんでしょう?」

 

 

 

 コンビニの前を見ると、そこにはバイクに跨った若者達が集まっていた。

 エンジンの音を聴かせ合い自慢しあったり、コンビニで買った夜食を食べていた。

 

 

 

 柄の悪そうな集団が屯い、コンビニの前を独占していた。

 

 

 

「騒音の集団って、この人達なんじゃ……」

 

 

 

 リエがそんな集団を見ながらそんなことを言った。

 

 

 

 確かに首無しライダーはバイクの音で騒音を出しながら、住宅街を走り回る。

 この暴走集団が首無しライダーと勘違いされていてもおかしくはない……のかもしれない。

 

 

 

「じゃあ、僕聞いてきますね!」

 

 

 

 そう言うと、楓ちゃんは黒猫をリエに託して、その暴走集団の元へと歩き出した。

 

 

 

「え、ちょっと、楓ちゃん!?」

 

 

 

 私達はついて行く勇気はなく。路地から楓ちゃんの様子を見守っていた。

 

 

 

 

 

 楓ちゃんは不良達の前に立つと、楓ちゃんを見つけた不良達が楓ちゃんを囲む。

 

 

 

「なぁ、嬢ちゃん、こんな時間にこんなところ来たら、危ないぞ〜」

 

 

 

「俺たちみたいな、兄ちゃんがいるからなぁ」

 

 

 

 不良達に囲まれた楓ちゃん。しかし、冷静に返す。

 

 

 

「嬢ちゃんじゃないです。坊ちゃんです」

 

 

 

「…………え?」

 

 

 不良達の表情は固まる。そんな中、楓ちゃんは不良に聞く。

 

 

 

「あなた達、首無しライダーって知ってる?」

 

 

 

 それを聞いた不良達は動揺しザワザワとし始める。

 

 

 

 そんな様子を私達は遠くから見守る。

 

 

 

「なんか、騒ぎ出しましたね……」

 

 

 

「首無しライダーについて聞けたのかな? …………あ、なんか、奥から強そうなの出てきたよ!!」

 

 

 

 首無しライダーの話が出ると、不良達の中からリーダーらしき男が出てきた。

 

 

 

 190以上はあるだろう。長身で筋肉質な身体。スキンヘッドでイカつい男。

 

 

 

「おい、なぜ、首無しライダーのことを知ってる?」

 

 

 

「除霊の依頼で調査してるの」

 

 

 

「除霊……? ああ、そういえば、そんな話をどっかで聞いたな」

 

 

 

 スキンヘッドの男は仲間の方を向くと、

 

 

 

「今日は解散だ。すまないな、俺が呼び出したのに」

 

 

 

「良いっすよ、副総長」

 

 

 

 不良達はそれぞれバイクに乗ると、バラバラになって帰っていった。

 そしてスキンヘッドの男だけが残る。

 

 

 

「首無しライダーについてだったな……」

 

 

 

 スキンヘッドの男はそう言った後、私達が隠れている路地を親指で差した。

 

 

 

「そこに隠れてる奴もお前の仲間だろ。呼んでやれ」

 

 

 

 

 

 

 スキンヘッドの男に呼び出された私達は、コンビニの前に集まった。

 とはいえ、リエは幽霊のため見えていない、タカヒロ&ミーちゃんは猫のため、呼ばれたのは私だけだ。

 

 

 

 スキンヘッドの男はバイクに腰をつけて寄っ掛かる。そして

 

 

 

「首無しライダー……それは俺たちのことだ」

 

 

 

 それを聞いた私達は驚く。そして楓ちゃんが聞き返した。

 

 

 

「首無しライダーってどういうことですか? 実は幽霊なんですか!?」

 

 

 

「そんなわけないだろ。俺達には今、リーダーがいない。だから頭がいない族、首無しなんだ」

 

 

 

 首無しライダー。その正体はこのスキンヘッドの男達の組織だった。

 

 

 

 スキンヘッドの男は夜空を見上げる。

 

 

 

「数週間前のことだ。兄貴は彼女との三年目の記念日のためにプレゼントを買いに行ったんだ。だが、その帰りに事故にあった……」

 

 

 

 スキンヘッドの男は悔しそうな顔をする。

 

 

 

「兄貴はとても立派なんて言える人じゃなかった。だが、俺は、俺たちは尊敬してた。だからこそ、あの人についていったんだ。気まぐれで自由人で俺を拾った時もそうだったし、あの事故も気まぐれだったんだろうな……。らしくない事故だ……」

 

 

 

 スキンヘッドの男はそこまで言った後、バイクに跨った。

 

 

 

「俺もオカルトは嫌いじゃない。だから死んだ兄貴に会えるかもって、集会まで開いた……だが、首無しライダー……その正体は俺達だ。除霊って言ってたが、お前達も諦めて帰りな」

 

 

 

 

 そしてスキンヘッドの男は夜の中に消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 スキンヘッドの男の話を聞いた私達は、事務所に帰ろうとしていた。

 

 

 

「結局、首なしライダーの正体は暴走族だったんですね……」

 

 

 

 リエが黒猫を抱っこしながら残念そうに言った。

 

 

 

「そうね。幽霊関係じゃないなら、私達の出る幕じゃないしね……」

 

 

 

 住民への騒音被害は警察の仕事だ。私達が首を突っ込む必要はない。

 スキンヘッドの人も私達を巻き込まないために、仲間を解散させてから事情を説明してくれた。

 

 

 

「でも、そうしたら依頼はどうなるんですか?」

 

 

 

「事情を話して納得してもらうしかないかな」

 

 

 

「そうですか……」

 

 

 

 そんな会話をしながら、もう少しで事務所のあるビルに着くという時。

 

 

 

 私達の後ろからバイクの音が聞こえてきた。その音は近づいてくると、すぐ横を通り抜かして行く。

 

 

 

 そのバイクは紫色で長身のライダーが乗っている。だが、そのライダーの肩から上はなく、首のないライダーだった。

 

 

 

「本物の首無しライダーだぁぁぁ!!」

 

 

 

 私達は叫ぶと、そのライダーを追いかけて走り出す。

 

 

 

 だが、バイクのスピードと人の走る速度。到底追いつく事はできない。

 

 

 

「はぁはぁはぁ、このままじゃ逃げられる……」

 

 

 

 私が息を切らしながらそう言うと、隣を走っていた楓ちゃんが、

 

 

 

「ここは僕に任せてください!!」

 

 

 

 そう言うと私達を越して、バイクに追いつく速度で走り出した。

 

 

 

「な、どんな運動能力してるのよ…………」

 

 

 

「前も言ったろ。あいつの身体能力はすげーって……」

 

 

 

 リエに抱っこされた黒猫はドヤ顔で楓ちゃんのことを自慢する。

 

 

 

「確かにそんな話してたけど……」

 

 

 

 人間の力を超えてる。

 

 

 

 楓ちゃんはバイクの後ろに追いつくと、ジャンプして飛び上がり、ライダーの背中目掛けて飛び膝蹴りを喰らわした。

 

 

 

 楓ちゃんの蹴りを喰らったライダーは、よろめきその勢いで近くにあった塀に突撃して倒れた。

 

 

 

 楓ちゃんが腕で額の汗を拭う中、私達が追いついた。

 

 

 

「首無しライダーを一撃で……流石楓だな」

 

 

 

「いや〜、師匠に褒められると照れちゃいます」

 

 

 

 黒猫に褒められた楓ちゃんが顔を赤くして照れている中。私とリエは首無しライダーを見る。

 

 

 

 バイクは近くの電柱に寄りかかるように倒れ、首無しライダーの上半身は塀に埋まり、こちらには尻が向けられていた。

 

 

 

「ねぇ、これってどうなってるの。大丈夫なの?」

 

 

 

 私は心配そうにリエに聞く。

 

 

 

「私達幽霊は物体を通り抜けることができます。塀を通り抜けてるだけで、塀も壊れてないし、怪我もないはずです」

 

 

 

「いや、でも……」

 

 

 

 ライダーの尻はピクピクと痙攣するように動くが、戻ってくる気配がない。

 

 

 

「ねぇ、本当に大丈夫なの?」

 

 

 

「しょうがないですね。ちょっと見てきますね」

 

 

 

 リエはそう言うと塀をすり抜けて反対側に消えていく。しばらくすると、塀の中からリエの顔だけがヌッと出てきた。

 

 

 

「わっ、びっくりした」

 

 

 

 出てきたリエは困った顔で、

 

 

 

「ちょっとヤバイですね」

 

 

 

「え?」

 

 

 

「塀は無事にすり抜けられたみたいなんですけど、庭に捨てられてた壺に両手がハマって抜けないみたいです」

 

 

 

 それを聞いて私は驚く。

 

 

 

 しかし、壺に両手がハマってどういう状況なのだろうか。

 

 

 

「捨てられてた壺。それなりに霊力があるみたいで、霊によっては触れるみたいなんですよね。そんな壺に楓さんに蹴られた時に、勢いよく突っ込んでしまったようで…………」

 

 

 

 私は頭を抱える。

 

 

 

「どうやったら壺から抜けられそう?」

 

 

 

「壺は塀に引っかかるので、私がライダーさんを掴みます。その私をレイさんが引っ張ってください。そうしたら抜けるはずです」

 

 

 

「荒っぽいけどやるしかなさそうね……」

 

 

 

 リエがライダーの両足を持ち、そのリエの背中を私が引っ張る。

 

 

 

「ヨイショ!」

 

 

 

 二人で同時に引っ張るが、ライダーが痛くて暴れているだけで引っかかってるのか、動かない。

 

 

 

「ねぇ、楓ちゃんとタカヒロさんも手伝って」

 

 

 

 私は後ろで黒猫を撫でまくっている楓ちゃんを呼ぶ。

 

 

 

 二人も私の楓ちゃんと黒猫も加わって、ライダーを引っ張った。

 

 

 

「ヨッコラショ!」

 

 

 

 どこの大きなカブだろう。

 

 

 

 そんなことを思いながらも、どうにかライダーを救出することができた。

 

 

 

 黒いライダースーツを着込んだ、首無しのライダー。

 頭がないのだが、塀から出てきたライダーは私達に頭を下げて礼をした。

 

 

 

「いえいえ〜、当然のことですよ」

 

 

 

 私がライダーに対してそう答えると、ライダーは両手を振って違うとアピールしてくる。

 

 

 

 さっきから一言も喋らないライダー。もしかしてと思った私はライダーに質問した。

 

 

 

「もしかして喋れません?」

 

 

 

 するとライダーは親指を立てて、正解をアピールしてきた。

 そしてその後、ライダーは両手で何かを書く動作を見せる。

 

 

 

「何か書くものですか?」

 

 

 

 再びライダーは親指を立てる。

 

 

 

「ねぇ、誰か書くもの持ってない?」

 

 

 

 私はリエ達に聞くと、楓ちゃんがバックの中からノートとペンを出した。

 そしてそれをライダーに渡す。

 

 

 

 ライダーは無事に楓ちゃんの渡したノートとペンを持つことができて、早速何か書き始めた。

 

 

 

 

 そして……

 

 

 

『さっきケったやつ誰だ、ぶっころすぞ』

 

 

 

 そこには迫力のある文字で脅迫に似た文字と、最後に可愛らしいウサギの絵が添えられていた。

 

 

 

 ウサギの絵は可愛いが、明らかに怒っているライダー。私とリエが怯えて、何も言えずにいると……。

 

 

 

「あ、僕です」

 

 

 

 楓ちゃんが手を上げた。

 

 

 

 ライダーはノートを捨てて立ち上がると、楓ちゃんを見下ろすように見る。

 だが、そんなライダーに臆する事はなく楓ちゃんは、

 

 

 

「さっきのウサギ可愛いですね!」

 

 

 

 屈託のない笑顔をライダーに向けた。

 

 

 

 それを聞いたライダーは捨てたノートを急いで拾う。そして恥ずかしそうに抱き抱えた。

 

 

 

「恥ずかしいなら書かなければ良いのに……」

 

 

 

「あのライダー、ちょっと照れてますよ」

 

 

 

 怖いキャラなのか、可愛いキャラなのか、はっきりしてほしい。

 

 

 

 ライダーは再びペンを持つと、ページを進めて文字を書く。

 

 

 

『なんのようだ?』

 

 

 

 と書かれたノートを私達に見せた。私はそれに答えた。

 

 

 

「あなたを除霊に来ました」

 

 

 

 ライダーは文字を書く。

 

 

 

『俺を、か?』

 

 

 

「はい」

 

 

 

 それを聞いたライダーは下を向いてしばらく固まった後、またノートに文字を書き始めた。

 

 

 

『俺にはまだやり残したことがある』

 

 

 

 すると私の隣にいたリエが私に話しかけてきた。

 

 

 

「この方も私と同じです。現世にやり残したことがある。だから成仏できないんです」

 

 

 

「え、このライダーも漫画家に?」

 

 

 

「いや、そうかもしれませんが……そうじゃないと思いますよ!」

 

 

 

 私はライダーの方を向くと、

 

 

 

「あなたのやり残したことを教えて、私達が手伝えることなら手伝うから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ライダーはノートに綴る。

 

 

 

『無くした彼女へのプレゼントを探して欲しい』

 

 

 

 そしてそのプレゼントの内容が書かれていた。それはシルバーのハートのついたネックレス。

 

 

 

 首無しライダーは彼女と会うために走行中に事故に遭って、そのネックレスを無くしてしまった。

 その無くしたネックレスを見つけ出す。それが彼の願いだ。

 

 

 

 

 

 

「それで事故が起きたのはどこなんですか?」

 

 

 

 リエがライダーに聞くと、ライダーはノートに道を書いた。それは首無しライダーが現れると噂の道。

 ライダーはネックレスを探すために、霊力が強くなる夜になると、バイクに乗ってネックレスを探していたようだ。

 

 

 

 ライダーはページを捲ると、

 

 

 

『事故の時の記オクは飛んでしまって思い出せない』

 

 

 

 当日に通っていた道は覚えているが、どこで事故に遭ったのかは思い出せないらしい。

 

 

 

 

「ま、通ってた道が分かれば十分よ。一人で探すより、みんなで探した方が早いでしょ!」

 

 

 

 私達もライダーと一緒にネックレスを探すことにした。

 ライダーがノートに書いた道のりを、歩きながら探していく。

 

 

 

「……と、さっきから気になってたんだけど…………」

 

 

 

 私はライダーの方を見る。

 

 

 

「なんでバイクにずっと乗ってるの!?」

 

 

 

 楓ちゃんに蹴り落とされたライダーだが、ネックレスを探す間、ずっとバイクに乗ったままだ。

 私達の歩くペースに合わせているため、すごく大変そうなのだが、頑張ってバランスを保っている。

 

 

 

 ライダーはバイクを止めると、ノートに文字を書く。

 文字を書くライダーのために、私達は足を止めた。

 

 

 

『バイクは俺の命だ』

 

 

 

「ノート書く時くらいは降りよ! テンポ悪いよ!! それに乗ったままだと、探しにくいでしょ!!」

 

 

 

 私が抗議するとライダーはノートに書く。

 

 

 

『イヤだ』

 

 

 

「降りろー!」

 

 

 

 私はライダーをバイクから降ろすために掴みかかる。ライダーは抵抗してバイクから降ろされないようにバイクにしがみつく。

 

 

 

 私達がそんなことをしている中、楓ちゃんとリエは真剣に地面を見ながら探していた。

 

 

 

「なかなか見つからないね」

 

 

 

「そうですね」

 

 

 

 探しながら楓ちゃんはリエに質問する。

 

 

 

「このまま見つからなかったらどうなるの?」

 

 

 

「どうしてそんなことを聞くんですか?」

 

 

 

「あのライダーさん。ネックレスを見つけるために、この世に残ってるんだよね。でも、何日も経ってるし…………。もしかしたら……」

 

 

 

 楓ちゃんはリエの方を向いた。リエは地面を見つめて、静かに答えた。

 

 

 

「さぁ、でも考えない方が良いですよ……」

 

 

 

 リエは答えた後、道の先を見た。すると、道路の右側に公園を見つける。

 

 

 

「あ! 楓さん! あれは公園ですか!!」

 

 

 

 リエはさっきまでの雰囲気とは全く変わり、高いテンションで楓ちゃんに聞く。

 

 

 

「そうだけど、公園来たことないの?」

 

 

 

「はい! 私ずっと、あの土地から出られませんでしたから! ちょっと見てきます!」

 

 

 

 リエは目を輝かせて公園に向かって走っていく。

 

 

 

「ちょっと、リエちゃん!!」

 

 

 

 楓ちゃんもリエを追いかけて公園に向かう。公園に向かって走る二人。

 私と揉めていたライダーは、その二人の様子を見て、ノートを落とした。

 

 

 

 そして手を震わせる。

 

 

 

「どうしたの?」

 

 

 

 ライダーは震えた手でノートを拾うと、汚い字を書き始めた。

 

 

 

『思い出した。俺が死んだ時のことを』

 

 

 

 ライダーは公園の入り口まで徐行すると、そこにある排水溝の蓋に手をかけた。

 

 

 

「見つけたんですか?」

 

 

 

 公園に行っていたリエと楓ちゃんは私達の様子を見て、興味を持って近づいてきた。

 

 

 

 ライダーが蓋を開けると、そこには泥まみれになったネックレスが落ちていた。

 

 

 

 ライダーはそのネックレスを拾い上げた。

 

 

 

 

 

 

 

「私なんかが渡して良いの?」

 

 

 

 ライダーはノートに書く。

 

 

 

『俺は死んでる。たのむことしかできない』

 

 

 

 私の手に公園の水で泥を洗い流したネックレスが渡される。

 

 

 

「……ま、あなたが成仏できないところを見ると、渡すところまでが未練なのね」

 

 

 

 私はネックレスを手にインターホンを押した。

 

 

 

 赤い屋根の一軒家。そこに高い音が響き渡る。

 

 

 

 すると二階から階段を駆け降りて、急いで玄関に向かってくる足音。

 

 

 

「ユウキ!!」

 

 

 

 扉が開くと、そこには髪がボサボサな女性が出てきた。目元は腫れていて、玄関にいる私達を見て女性は寂しそうな顔をした。

 

 

 

 彼女の姿を見たライダーは驚きながらも、ノートに文字を書く。

 

 

 

『俺の彼女だ……』

 

 

 

 だが、ライダーは彼女の姿に戸惑っている。

 

 

 

「……何の用ですか?」

 

 

 

「これを……」

 

 

 

 私は彼女にネックレスを差し出す。それを見た彼女は目を丸くして驚く。

 

 

 

「……これって…………彼と一緒に見てた。どうしてあなたがこれを…………」

 

 

 

「彼の世からの贈り物です」

 

 

 

 ネックレスを受け取った彼女が玄関を見ると……。

 

 

 

「嘘でしょ……」

 

 

 

 私の後ろを見ていた。後ろを見た彼女の表情は目を細めて涙を流した。

 

 

 

「……」

 

 

 

 彼女はそう言うとネックレスを大切そうに抱きしめる。

 

 

 

 

 

 

 無事にネックレスを渡すことができた私達は、公園に戻っていた。

 

 

 

「これで良かったのよね?」

 

 

 

 ライダーはノートのページを捲ると、文字を書く。

 

 

 

『ああ、これであの世に行けるよ』

 

 

 

 ライダーの身体とバイクが淡い光に包まれる。

 

 

 

「え、え!? 光ってる!?」

 

 

 

 楓ちゃんに抱っこされている黒猫が、ライダーを見て驚く。

 

 

 

「別れの時です。これで成仏できますよ」

 

 

 

 驚く黒猫にリエが説明する。

 

 

 

 ライダーはノートに最後の言葉を書くと、ノートを閉じてリエに渡した。

 

 

 

 ライダーは私達に見守られながら、光に包まれて姿を消した。

 

 

 

 ノートを受け取ったリエはページを捲り、最後のページを見る。

 

 

 

「ねぇ、なんて書いてあるの?」

 

 

 

 私は最後にライダーが書いた内容が気になり、リエに聞く。すると、リエはノートを閉じて、

 

 

 

「『サンキュー』ですって」

 

 

 

 

 



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第7話 『プールのお化け』

霊能力者のレイちゃんは、ダメ、無能、役に立たない?

 

 

 

著者:ピラフドリア

 

 

 

第7話

『プールのお化け』

 

 

 

 

 科学では証明できない不思議な怪奇的な存在。彼らは日常生活に潜み、人々の生活を脅かす。

 

 

 

 そんな超常現象に立ち向かう人達がいる。

 

 

 

 ──霊能力者──

 

 

 

 彼らは怪奇現象に立ち向かう存在として知られている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 真夏の日差しが私達を照らす。

 

 

 

「夏だ! プールだ!! 除霊だぁ!!」

 

 

 

 私はプールへと飛び込んだ。

 

 

 

「あー、涼しい〜」

 

 

 

 私は仰向けで水に浮かび、熱を持った身体を冷やす。

 

 

 

「レイさ〜ん、準備運動しっかりとしてくださいよ〜」

 

 

 

 プールサイドから楓ちゃんが私を呼ぶ。

 

 

 

「もうした〜」

 

 

 

「屈伸しただけじゃないですか! 依頼とはいえ、僕が顧問に掛け合って、昼から使えるようにしてもらったんですよー!! 怪我したら大変ですから!! 早く出てきてください!!」

 

 

 

「はいはい」

 

 

 

 私は渋々プールから出る。プールサイドには白い水着を来たリエと

 

 

 

「あなた、男なのよね?」

 

 

 

 私は楓ちゃんに聞く。

 

 

 

「男ですよ」

 

 

 

 女子用のスクール水着を着こなす楓ちゃん。

 

 

 

「……なんで女子用着てるの?」

 

 

 

 楓ちゃんはモジモジすると、顔を赤らめる。

 

 

 

「師匠にこれを着ろって……」

 

 

 

 プールの端にある屋根付きのベンチで休んでいる黒猫に近づく。

 

 

 

「あんた……」

 

 

 

 そして軽蔑の目でタカヒロさんを睨んだ。すると、黒猫は焦り出す。

 

 

 

「ま、待ってくれ!! 確かに着てみろとは言ったが、冗談だったんだ!! 本気で着てくるとは思ってなんて思わないだろ!! それに俺の嫁はミーちゃんだ。ミーちゃん以外はありえない!!」

 

 

 

 タカヒロさんはそんな言い訳を続ける。

 

 

 

「レイさん? どうしたんですか?」

 

 

 

 楓ちゃんが私達の元へとやってくる。

 

 

 

「いや、この変態が……」

 

 

 

「ああああぁぁぁぁ!!!!」

 

 

 

 私が言おうとすると、黒猫が大声を出してそれを阻止した。

 そんな様子を見ていた楓ちゃんは不思議な顔をしながらも、

 

 

 

「準備運動始めますよ。早く来てくださいね」

 

 

 

 私にそう言ってきた。

 

 

 

 まぁ、この変態のことを言っても、楓ちゃんには効果はなさそうだし……諦めよ。

 

 

 

 私は諦めてリエの元へと向かう。私がいなくなった後、楓ちゃんは黒猫に話しかける。

 

 

 

「その〜師匠…………に、似合ってますか?」

 

 

 

 黒猫は楓ちゃんの姿を見て、その質問について答えようとする。だが、

 

 

 

「ん、ミーちゃん、どうしたの……もしかして嫉妬……あ、ちょ、ミーちゃん、やめてーーー!!」

 

 

 

「師匠!? 師匠ォォォォォ!!」

 

 

 

「ギャァァァァァァ!!」

 

 

 

 タカヒロさんの悲鳴がプールに響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 準備運動を終え、私達はプールの中に入る。

 

 

 

「それで今回の依頼ってどんな内容なんですか?」

 

 

 

 水に浸かっていると、髪が濡れて水着以外は、幽霊感の増したリエが私に聞いてきた。

 

 

 

「今回の依頼はこのプールに取り憑いてるっていう幽霊の除霊ね」

 

 

 

「プールにですか?」

 

 

 

 リエはプールを見渡す。

 

 

 

「幽霊の気配はないですけど」

 

 

 

 すると楓ちゃんが泳いできて、近くに来ると説明をした。

 

 

 

「僕、水泳部でこのプールよく使ってるんですけど、幽霊には会ったことないんですよ」

 

 

 

「え、じゃあ、誰の依頼なんですか?」

 

 

 

 リエの疑問に私が答えた。

 

 

 

「水泳部の顧問から依頼よ」

 

 

 

 今いるのは楓ちゃんの通う男子校。楓ちゃんがバイトしていることを聞いた顧問の先生が、楓ちゃんに頼んで依頼をしてきたのだ。

 

 

 

「どんな幽霊なんですか?」

 

 

 

 リエが聞くと、楓ちゃんが答える。

 

 

 

「顧問の話では部活中に、水面に女性の顔が浮かび上がるらしいよ。でも、部活中って、私そんな気配感じたことないんだよね」

 

 

 

「霊力を感じないですか……」

 

 

 

 それを聞いたリエは考えるが、私は考えるリエに水をかけた。

 

 

 

「な、何するんですか!?」

 

 

 

「幽霊がいないならいないで、顧問の勘違いってことでしょ、それなら遊んだ後に除霊したって伝えて、終わりよ!!」

 

 

 

 そう、依頼があっても全てが幽霊の仕業とは限らない。依頼人の勘違いということもある。

 

 

 

「それなら良いんですけど……」

 

 

 

 リエはなんだか気になることがあるようだが、結局遊んで時間が過ぎていく。

 

 

 

 

 

 夕日がプールサイドを照らす。

 

 

 

 

「いや〜、遊んだ遊んだ〜」

 

 

 

 私はプールサイドに上がり、タオルで身体を拭いていた。

 

 

 

「結局、幽霊でなかったですね」

 

 

 

「そうね。ま、退治したってことで報告しましょ」

 

 

 

 私は隣で髪の毛を拭いていた楓ちゃんにそう返す。

 

 

 

「ねぇ、リエ、ご飯何食べるー?」

 

 

 

 私は振り返り、リエの方を向く。リエはタオルを頭に被っただけで拭くことはなく、プールサイドに座ってしゃがみ込んでいた。

 

 

 

「リエ? どうした?」

 

 

 

「リエちゃん?」

 

 

 

 私達がリエに近づくと、リエはプールを見つめて震えていた。

 

 

 

「もしかしたら……可能性はあった…………でも、やっぱり…………」

 

 

 

「リエ、大丈夫?」

 

 

 

 私はリエの肩を掴むと、こちらを向かせる。

 

 

 

「ごめんなさい……私が、私がもっと早く……気づいていたら…………」

 

 

 

 リエの様子は怯えているようだった。

 

 

 

 何に怯えているのかはわからない。でも、このままにできなかった私は、リエを抱きしめる。

 そして耳元で安心させるため。

 

 

 

「大丈夫、大丈夫だから、何があったのか話して……」

 

 

 

 リエは震えながらも答えてくれた。

 

 

 

「悪霊です……まだ生まれたばかりだから、気配は小さかったですが…………このプールにいる人の生命力を少しずつ吸って、成長してたんです…………」

 

 

 

 すると、隣にいた楓ちゃんがプールを指差す。

 

 

 

「あ、あれって…………!?」

 

 

 

 私はリエを抱きしめながらプールを見る。すると、25メートルあるプール。その中央に大きく女性の顔が浮かび上がっていた。

 

 

 

「あれが……悪霊……。…………除霊しないと……」

 

 

 

 私がそう呟いて立ち上がろうとした時、リエが私を掴んで止めた。

 

 

 

「ダメ……悪霊は、私達とは次元が違う……逃げないと…………」

 

 

 

 水面に浮かぶ女性の顔がニヤリと笑う。

 すると、プールにある水が渦を巻き始める。

 

 

 

 その渦は一度飲み込まれれば、出ることができなそうな勢いで回転している。

 そしてその渦は強くなると、浮かび上がり水柱となった。

 

 

 

「……これはヤバそうね」

 

 

 

 私はリエを抱き上げると、隣にいる楓ちゃんに、

 

 

 

「逃げるよ!!」

 

 

 

 そう言ってプールの出口に向かって走り出した。

 

 

 

 全力で走る私達。しかし、リエを抱き抱えていることもあり、早く走れずに出口が遠く感じる。

 

 

 

 プールから不気味な女性の笑い声が響いてくる。

 

 

 

 走りながら私はプールの方を振り合えると、水柱が蛇のようにウネリ、横向きになると私達の方を向かって襲いかかってきていた。

 

 

 

「うおわぁ!?」

 

 

 

 私は変な声を出して、リエを守るように身構える。

 

 

 

 しかし、水柱は私達の背中の寸前で壁にぶつかったように弾けて止まった。

 

 

 

 私達の周りを透明な球体が包む。

 

 

 

「これは……」

 

 

 

 それはまるで漫画に出てきそうな不思議な力。

 

 

 

「はぁはぁ……」

 

 

 

 リエを見ると、リエは右手を突き出して息を荒げていた。

 

 

 

「もしかして……リエ…………あなたが……」

 

 

 

「私も伊達に何百年も、幽霊やってたわけじゃないんです……」

 

 

 

 リエが不思議な力を使い、水柱から守ってくれたらしい。しかし、力を使うにつれてリエの身体が薄くなっていく。

 

 

 

「リエ……!?」

 

 

 

「やっぱり、依代が弱いです…………もう、限界」

 

 

 

 リエがそう言うとバリアの力が弱まる。そして水柱はバリアを突き破り、私達の元へと向かってきた。

 

 

 

 私はリエを庇いながら大きく横にジャンプして、水柱を避けた。

 水柱はプールサイドにぶつかり、水滴を辺りに散らばらせる。

 

 

 

 私とリエは地面を転がる。

 

 

 

「リエ、大丈夫!?」

 

 

 

「はい……」

 

 

 

 一度避けた水柱だが、すぐに形を取り戻すと、転んでいる私達目掛けてもう一度襲い掛かってきた。

 

 

 

「レイさん、私は良いです。逃げてください」

 

 

 

「そんな……」

 

 

 

 水柱は向かってくる。だが、リエを見捨てることができなかった私は、リエを守るように抱きついた。

 

 

 

 もう避けられない。私はリエの冷たい身体を力強く包み込む。

 リエも力のない手で私にしがみつく。

 

 

 

 

 

 

 プールの入り口の方から、ビート板が超スピードで飛んできた。

 そして水柱をビート板が貫いて、水柱は弾けた。

 

 

 

 水柱は私達に届くことはなく、水滴に戻る。そして雨のように降り注いだ。

 

 

 

「レイさん、リエちゃん!!」

 

 

 

「楓ちゃん!!」

 

 

 

 プールの入り口にビート板を持った楓ちゃんが立っていた。

 

 

 

「今助けます!!」

 

 

 

 楓ちゃんはビート板を次々と投げて、水柱を破壊していく。

 弾丸のように飛んでいくビート板。流石の悪霊もこの超人的身体能力には敵わないようだ。

 水柱はすぐに再生するが、ビート板ですぐに破壊されていく。

 

 

 

 今のうちだと、私はリエを連れて急いで楓ちゃんのいる入り口まで向かう。

 そして到着することができたのだが……。

 

 

 

「あ、ビート板無くなっちゃいました……」

 

 

 

 楓ちゃんの手元にビート板が無くなった。ビート板が無くなったことで、水柱は再生を始める。

 

 

 

「ふふふ……ふふふふふふ…………」

 

 

 

 

 そして不気味な笑い声がプールサイドを包み込む。

 

 

 

 他に投げるものはない。リエはもう力が使えない。私は何もできない!!

 

 

 

「どうしたら良いのよォォォ!!」

 

 

 

 再生を完了した水柱は、私達に狙いを定める。

 

 

 

 私は入り口のところに置きっぱなしにしていたバックに駆け寄ると、何かないか中を広げて確かめる。

 

 

 

 だが、入っているのは化粧品やメモ帳。役に立ちそうなものはない。

 

 

 

「レイさん!!」

 

 

 

 水柱が向かってくる。焦った私はバックの中から一枚の紙を取り出した。

 その紙は自ら寄ってきて、この場で使われるために近づいてきたように、私のでの中に入る。

 

 

 

 だが、この時の私は焦っていたため、そんなことに気づくことはなく。ただ夢中で。

 

 

 

 その紙を投げていた。

 

 

 

 四つ折りにされた紙。私の手から離れた紙は、自らの意思で動いたように開かれる。

 そして中には狼の模様が描かれていた。

 

 

 

 紙から光が発せられる。その光に私は目を瞑った。そして開いた時、そこには煙のようなもので出来た狼がいた。

 

 

 

 その狼は光の速さで動くと、水柱を噛みちぎる。水柱を破壊した狼は大きく飛び上がると、プールの頭上に飛んだ。

 

 

 

 水面に映る女性の顔。狼はその悪霊に目掛けて、急降下した。

 

 

 

 狼が水面にぶつかると、水しぶきと光が当たりを包んだ。

 

 

 

 女性の悲鳴と狼の遠吠え。悪霊と共に狼は姿を消していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「終わったのか?」

 

 

 

 静かになったプールに、黒猫が戻ってきた。状況についていけずに固まっていた私達は、その声を聞いて我に帰った。

 

 

 

「タカヒロさん、どこ行ってたんですか?」

 

 

 

「…………」

 

 

 

「もしかして逃げてたんですか?」

 

 

 

「…………」

 

 

 

 黒猫は答えない。しかし、

 

 

 

「今回は許しますよ……」

 

 

 

 これだけの危険な状況だ。逃げ出したくもなるだろう。

 

 

 

「皆さん、無事ですか?」

 

 

 

 楓ちゃんが心配そうに私達の方にやってくる。

 

 

 

「ええ、なんとかね」

 

 

 

 あの時咄嗟に投げた紙。あれは以前お兄様に会ったときに渡された紙。

 あの紙が狼になって悪霊から私達を守ってくれた。

 

 

 

 しかし、悪霊と共にあの紙も消えてしまった。

 

 

 

「リエも大丈夫?」

 

 

 

 私はプールサイドにいるリエの方を見る。リエは横になってぐっすりと眠っていた。

 薄くなっていた身体も元に戻っている。

 

 

 

「疲れたのかな。報告は明日にしましょ、今日は帰るよ!」

 

 

 

 私は寝ているリエを背負うと、事務所に帰った。

 

 

 

 

 

 



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第8話 『vs大怪盗』

霊能力者のレイちゃんは、ダメ、無能、役に立たない?

 

 

 

著者:ピラフドリア

 

 

 

第8話

『vs大怪盗』

 

 

 

 

 世界を股にかける怪盗オリガミ。自称世界一の大泥棒であり、幾多のお宝を手に入れてきた。

 

 

 

 今日狙うのは東京国際美術館で保管されている、ホワイトジュエルを手に入れるため、日本にやってきている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この前の除霊から数日。ぐっすりと眠ったリエは起きると普段通りに戻り、元気になっていた。

 

 

 

「レイさん、レイさん、見てください!!」

 

 

 

 リエがテーブルの上に何かを並べて私を呼ぶ。ソファーで寝っ転がって漫画を見ていた私は、座ってリエが作っていたものを見る。

 

 

 

「なに?」

 

 

 

「どうですか! なかなかな出来じゃないですか!!」

 

 

 

 そこにはトランプが積み上げられ、ピラミッドではなく、逆ピラミッドが作られていた。

 

 

 

「なにこれ、どうやって作ったの……」

 

 

 

「私結構器用なんですよ!」

 

 

 

 リエは自慢げに言う。

 

 

 

 確かに凄い。一体どんなバランスで保たれているのか、疑問になる。

 だが、

 

 

 

「あなた、漫画はどうしたのよ」

 

 

 

 リエがこの世に残っているのは、漫画を描きたいという気持ちがあるためだ。

 だが、リエが私に取り憑いてから、漫画を描いているところを一度も見たことない。

 

 

 

「まだ良い内容が思いつかないんですよ」

 

 

 

 リエはそう言ってトランプを倒さないように立ち上がる。

 

 

 

「タカヒロさん、ミーちゃん、見てください!!」

 

 

 

 そして窓際で寝ている黒猫を呼びに行った。

 

 

 

 喉の渇いてきた私はコップを持ち上げるが、空になっているのを気づく。

 漫画を閉じてテーブルの上に置き、コップにお茶を注ぎに行こうと立ち上がる。

 

 

 

「……あ」

 

 

 

 そんな私の目線に倒れて崩れたトランプの塊があった。

 

 

 

「…………」

 

 

 

 私は何も見なかったフリをして、平然と台所に行って冷蔵庫を開けて麦茶をコップに注ぐ。

 

 

 

 お茶を淹れながら、リエ達の会話を聞くと黒猫がめんどくさがって、来るのにはまだ時間がかかりそうだ。

 

 

 

 コップから溢れるほどお茶を淹れ、溢しながらも戻ってきた私はソファーに座り、トランプと向き合う。

 

 

 

 そして静かにトランプを元の形に戻そうとする。

 

 

 

 しかし、逆ピラミッドなんて作れるはずもなく。すぐに崩れてしまう。

 

 

 

 一旦落ち着くため、私は手を震わせながらお茶を飲む。

 だが、震えているためうまく飲むことができず、お茶が鼻から入る。

 

 

 

「ブハァ!? ゴホゴホ……」

 

 

 

 鼻にお茶の入った私は咽せる。そんな私を心配してリエが振り向いた。

 

 

 

「大丈夫ですか?」

 

 

 

 私は咄嗟にテーブルを包むように覆い被さる。

 

 

 

「だ、大丈夫。お茶を鼻で飲んじゃっただけだから……」

 

 

 

「何やってるんですか……。あ、その逆ピラミッド、作るのに三日かかったので壊さないでくださいよ」

 

 

 

 どれだけ時間かけてるのよ!!

 

 

 

「そ、そうなの〜、凄すぎてこうやって間近で見させてもらってますよー」

 

 

 

 リエは怪しむ目をしているが、再び黒猫に呼びかけ始める。

 私は今がチャンスだと、もう一度トランプを元に戻そうとする。

 

 

 

 しかし、出来上がったのは……。

 

 

 

「なんか、違う気がする……」

 

 

 

 そこに出来ていたのは、顎の長い女性の顔だった。

 

 

 

 私は頭を抱える。

 

 

 

 ──誰だよ──

 

 

 

 逆ピラミッドを作ろうとしたら、なぜか人間の顔が出来上がっていた。

 

 

 

 どうしてこうなった。なぜこうなった。私が混乱している中、リエが戻ってきた。

 

 

 

「レイ……さん…………」

 

 

 

 リエは変身した逆ピラミッドを見て衝撃的な表情をする。

 そして震える口を開いた。

 

 

 

「……だれ?」

 

 

 

 それはそうなるはずだ。私も同じ立場なら、その反応になる。

 

 

 

 私はリエから目を逸らして、人差し指で頬を掻いた。そして

 

 

 

「アンドレア・アゴリン」

 

 

 

「え……?」

 

 

 

「アンドレア・アゴリンよ!!」

 

 

 

「誰ですか!? それは!?」

 

 

 

 咄嗟に考えた変な名前を出した。

 

 

 

「アンゴルス・アトリエって誰ですか!!」

 

 

 

「アンドレア・アゴリンよ!! あれよ、こう、顎の長いキャバ嬢よ!! アンドレア・ヒゲシゲの娘の」

 

 

 

「アゴリンの話はどうでも良いんですよ!!」

 

 

 

 リエは私を睨んで机を叩く。すると、トランプで作られたアゴリンは、無慈悲にも崩れ去る。

 

 

 

「私の作った逆ピラミッドはどうしたんですか!!」

 

 

 

「逆ピラミッドはアゴリンに進化したのよ!!」

 

 

 

「進化ってなんですか!? 逆ピラミッドがどうやったら、アゴリンに進化できるんですか!!」

 

 

 

「進化するのよ! レベル20でアゴリンに、さらにカミナリの赤石でアゴキャノンに進化するのよ!!」

 

 

 

「アゴキャノンってなんですか!! なんでアゴリン武装してるんですか!!」

 

 

 

「危ない男から身を守るためよ!!」

 

 

 

 私とリエが言い合いをしている中、ため息を吐きながら黒猫が窓際の段差から降りた。

 

 

 

「うるせーな、顎だかキャノンだか知らないが、静かにしてろよ。ミーちゃんが可哀想だろ」

 

 

 

 足音を立てずに段差を降りた黒猫は、文句を言いながらソファーの方に近づいてくる。

 そしてソファーの上にジャンプして乗ったとき、そこにテレビのリモコンがあり、テレビの電源が入った。

 

 

 

「あ、押しちゃった……」

 

 

 

 テレビがつくと、ニュース番組が放送されており、赤い紙に書かれた予告状が画面上に映し出された。

 

 

 

『こちらが怪盗オリガミの出した予告状になります』

 

 

 

 テレビの音声が耳に入った私は、文句を言っているリエを無視して、テレビの方を向いた。

 

 

 

『今夜十九時、東京国際美術館に保管されているホワイトジュエルを盗む。怪盗オリガミ』

 

 

 

 ニュースキャスターが予告状の内容を読み上げ、テレビには空を飛んで警察から逃げる仮面の男の写真が出される。

 

 

 

「オリガミ様〜」

 

 

 

 私はそんな怪盗の姿を見てウットリする。

 

 

 

 話を聞かない私に、諦めたリエもテレビを見る。

 

 

 

「あ、話題の怪盗さんですか」

 

 

 

「話題の怪盗?」

 

 

 

 リエの独り言に黒猫が反応する。

 

 

 

「世界各地でお宝を盗んでいる泥棒です。目元を隠した仮面が特徴的で、外した姿はイケメンだって若い人から人気なんですよ。……タカヒロさん、知らないんですか?」

 

 

 

「いや〜、俺、猫番組以外テレビ見なかったから」

 

 

 

「たまにポイ捨てされる新聞でしか、情報を得られてなかった私より、情報で劣るってどういうことですか……」

 

 

 

 リエは呆れながらも黒猫と共に私のことを見る。

 

 

 

「この人も怪盗のファンみたいですね」

 

 

 

「そうだな……」

 

 

 

 二人がそんな会話をする中、私は画面に映っている怪盗を凝視していた。

 

 

 

「へぇ〜、この辺に来るんだ〜、どうしようかな、会いに行こうかな」

 

 

 

 私がそうやってウキウキしていると、

 

 

 

「それは許さんぞ!!」

 

 

 

 後ろから声が聞こえる。私達が振り向くと、そこには

 

 

 

「お、お兄様!?」

 

 

 

 お兄様が仁王立ちで立っていた。

 私は立ち上がり、お兄様の方に身体を向ける。

 

 

 

「どうしてお兄様がここに……」

 

 

 

「ここは俺が管理してるビルだ。合鍵はいつでも来れるように普段から持ち歩いてる!!」

 

 

 

 お兄様はそう言った後、テレビの画面を見た。

 

 

 

「しかし、だ……。なんだ、この男は、こんな貧弱そうな怪盗、俺は許さないぞ!!」

 

 

 

 お兄様はテレビの画面の男を睨む。そんなお兄様も見て、リエと黒猫は呆れた表情をしていた。

 

 

 

「お、お兄様には関係ないでしょ!!」

 

 

 

 私がそう答えてそっぽを向く。

 

 

 

 私は怪盗オリガミのファンだ。例えお兄様であっても、オリガミ様を馬鹿にされたら…………。

 

 

 

 私がそんなことを考えている中、私がそっぽを向いたことでショックを受けたお兄様は、玄関の外で待っている後輩を呼びつけた。

 

 

 

「おい、赤崎!! 赤崎!!」

 

 

 

「は、はい、先輩……」

 

 

 

 お兄様に呼ばれた赤髪の後輩は、ビビりながら急いで事務所の中に入る。

 

 

 

「あの怪盗オリガミ。あいつを捕まえるぞ」

 

 

 

「え……でも、オリガミは俺達の管轄じゃ……」

 

 

 

「捕まえるぞ!!」

 

 

 

「は、はい!!」

 

 

 

 お兄様は勢いで押し切ると、

 

 

 

「怪盗オリガミを捕まえて。目を覚まさせてやるからな!!」

 

 

 

 と私に言い残して事務所を出て行った。

 

 

 

 

「あの〜、行っちゃいましたけど……」

 

 

 

 キョトンとしているリエが私に話しかける。

 

 

 

 私は壁に引っ掛けてあるバックを肩にかけると、

 

 

 

「私が怪盗オリガミを捕まえる!!」

 

 

 

「えええぇぇぇぇ!?」

 

 

 

 私はそう宣言した。

 

 

 

 お兄様はFBIの調査官。もしも怪盗オリガミを捕まえることができれば、お兄様に褒めてもらえるかもしれない。

 

 

 

 私はオリガミのファンだ。だけど、ファンのためになら犠牲になってくれるよね?

 

 

 

「タカヒロさん、楓ちゃんが来たら今日は休みって伝えといて」

 

 

 

「え、俺、留守番?」

 

 

 

「よし、リエ行くよ!!」

 

 

 

 私はリエを連れて事務所を出発した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 東京国際美術館。すでにそこには多くの野次馬と警官達が集まっていた。

 

 

 

 私は腕時計を見る。

 

 

 

「時間は十八時半、後三十分ね……」

 

 

 

「本当にやる気なんですか……」

 

 

 

 やる気満々な私とは正反対で、リエは心配そうに私を見つめる。

 

 

 

 リエは野次馬には見えないように、半透明になっており、取り憑かれている私だけが姿を見れる状態だ。

 

 

 

 野次馬の中を通り抜け、美術館の前に行くとそこには太った警官が指揮を持っていた。

 そんな警官の元に猫目の警官が駆け寄ってくる。

 

 

 

「福田警部。FBIの方が調査に加えろと……」

 

 

 

「FBI……? ICPOじゃなくてか?」

 

 

 

「FBIです」

 

 

 

「……なんで? …………丁重にお断りしろ」

 

 

 

 福田警部は部下にそう指示するが、パトカーで待機していた別の警官が福田警部の元に駆け寄る。

 

 

 

「本部からの連絡です。……現地に来ているFBIの方を協力させろとの命令です」

 

 

 

「はぁ? なんで!?」

 

 

 

「分かりません。でも、事情を聞いても何も教えてもらえず……圧力をかけられているようで…………」

 

 

 

「どうなってんだ……」

 

 

 

 福田警部は頭を抱える。そんな福田警部の元に白髪の男性と赤髪の青年がやってきた。

 

 

 

「福田警部。今回はよろしくお願いします」

 

 

 

 お兄様は福田警部に礼をする。不機嫌だった福田警部だが、お兄様の登場で諦めたのか、帽子を取って礼をした。

 

 

 

「こちらこそ……協力ありがとうございます……」

 

 

 

 だが、声は低くお兄様を警戒していることは変わらない。

 

 

 

 私は野次馬の中から飛び出すと、お兄様の元へと駆け寄る。

 

 

 

「ちょっと、お嬢ちゃん!?」

 

 

 

 警官が止めにはいるが、私は警官をスラスラと躱した。

 そしてお兄様の前に立つ。

 

 

 

「お兄様、私もオリガミを捕まえます!!」

 

 

 

「なんだと……。お前がオリガミを捕まえる!?」

 

 

 

 お兄様は眉間に指を当てて考える。

 

 

 

 

 なぜ、寒霧がオリガミを捕まえようとするのか……。

 警官でない寒霧がオリガミを捕まえる必要はない。ここは日本の警察の仕事だ。

 だが、寒霧は自分で捕まえると言った……。

 

 

 

 しばらく考えていたお兄様は一つの答えに辿り着いた。

 

 

 

 

 

 ──まさか、オリガミを捕まえて我が物にする気なのか!? ──

 

 

 

 

 

 お兄様がショックで立ち尽くしている中、私は警官に追い返されそうになっていた。

 

 

 

「早く戻ってください。ここは関係者以外立ち入り禁止です」

 

 

 

「私も関係者です。そこのFBIの妹です」

 

 

 

「妹でもダメなの!!」

 

 

 

 私が必死の抵抗をしていると、美術館のライトが突然消えた。

 

 

 

 そして近くにいた警官が叫ぶ。

 

 

 

「奴です! 怪盗オリガミが現れました!!」

 

 

 

 美術館の二階にある窓がライトによって照らされる。そして男の姿を露わにした。

 

 

 

 赤いマントを纏い、目元を隠したマスク。黒髪のショートの男。

 

 

 

 私は警官を振り払うと、美術館に向かって走り出した。

 

 

 

「待ってなさい! 怪盗オリガミ!! 私が捕まえてみせるから!!」

 

 

 

「ちょっと、お嬢さん!!」

 

 

 

 リエも私のすぐ後ろを追いかけてきていた。

 

 

 

「レイさん、こんなことして大丈夫なんですか!?」

 

 

 

「大丈夫!! お兄様がどうにかしてくれるから!!」

 

 

 

「人任せ!?」

 

 

 

 私が走り出したのを見て、お兄様も私を追うように美術館に向けて走り出した。

 

 

 

「待て、オリガミを捕まえるのは俺だ!!」

 

 

 

「せ、先輩!?」

 

 

 

 お兄様の後を赤髪の青年も追う。福田警部は走り出すお兄様に向けて叫ぶ。

 

 

 

「捜査官の方とその妹さん!? ……あなた方には負けられません!! オリガミを捕まえるのは俺だ!!」

 

 

 

 そして警部まで美術館に走り出した。

 

 

 

「け、警部まで!?」

 

 

 

 猫目の刑事が警部を止めようとするが、警部に外の警備の指揮を任され、美術館に五人がオリガミを追って突入した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 美術館の三階。そこの展示室にホワイトジュエルが展示されていた。

 

 

 

 オリガミがホワイトジュエルに手を伸ばした時。

 

 

 

「そこまでだ!!」

 

 

 

 展示室に響き渡る声。オリガミはその声の方へと目線を向ける。

 

 

 

「……また来たか。福田警部………………って、なんかいっぱいいる!?」

 

 

 

 そこには福田警部の他に三人の男女がいた。

 

 

 

「……きょ、今日はなかなか個性的なメンバーだな。……福田警部」

 

 

 

 福田警部はニヤリと笑う。

 

 

 

「今回の助っ人は強力だぞ。ここに来る前に自己紹介をして、特技を教えてもらった……」

 

 

 

 福田警部は自慢げに言うと、まずお兄様に注目する。

 

 

 

「FBIのイケメン調査官、霊宮寺 火瑠路須(れいぐうじ かるろす)さんだ!!」

 

 

 

 お兄様は照れながら前に出る。

 

 

 

「イケメンだなんて……」

 

 

 

 次に福田警部は私を紹介する。

 

 

 

「この美しい女性は霊宮寺 寒霧(れいぐうじ さむ)さん。火瑠路須さんの妹だ」

 

 

 

 私はお兄様同様に前に出て、お兄様と同じ仕草をして照れた。

 

 

 

 そんな私達三人を赤髪の青年とリエは呆れた目線を向けていた。

 

 

 

 ──いつの間に仲良くなってるんだ……それに目の前に犯人いるのにこの紹介いるか?──

 

 

 

 福田警部が赤髪の青年を紹介しようとした時、赤髪の青年がそれを止めた。

 

 

 

「これ以上、無駄な時間を使うのは嫌いです。僕がやります」

 

 

 

 青年は右手を前に突き出すと、青年の右手からバチバチと電気が漏れ出す。

 

 

 

「な、なにこれ!?」

 

 

 

 私達が驚く中、お兄様は冷静に懐にしまってある拳銃を強く握りしめて、動かないようにした。

 

 

 

「無茶すんな!」

 

 

 

 お兄様が叫ぶが、青年は止める様子はない。

 

 

 

 部屋中の家具が動き出す。そして青年の前方に金属製の小さな家具や部品が集結した。

 

 

 

「……変わった力だな」

 

 

 

 オリガミはそんな様子を冷静に見ている。

 

 

 

「余裕ブってられるのも今のうちだ」

 

 

 

 青年はオリガミに向けて集めた金属の塊を飛ばした。そのスピードは50キロほど出ており、室内で狭いということもありあっという間にオリガミの目の前に来ていた。

 

 

 

 しかし、そんな金属の塊が飛んできているというのに、オリガミはニヤリと笑い腕を組んだ。

 

 

 

 どんなに鍛えた肉体でも車の衝突には敵うはずがない。それはオリガミも同様だ。こんな金属の塊がぶつかれば、タダで済むわけがない。

 

 

 

「オリガミ様!?」

 

 

 

 私が叫んだ時、天井からオリガミの目の前に人が降りてくる。オリガミと金属の塊の間に現れた男は、腰に下げた刀を抜くと、一振りでその塊を真っ二つに切断した。

 

 

 

「嘘だろ……」

 

 

 

 青年は自分の放った攻撃が切断されて防がれたことに驚く。

 刀で切断した男は、刀を腰にある鞘にしまった。

 

 

 

「っち、何してんだよ。俺が来なけりゃやられてたぞ、オリガミ……」

 

 

 

 スキンヘッドにサングラスをかけた大柄の男。腰には立派な刀を下げている。

 

 

 

「お前が来てくれるって信じてたからな」

 

 

 

「てめーって奴は……」

 

 

 

 オリガミがそう答えると、その男ははにかむ。

 

 

 

 そんな男の登場に福田警部が解説をしてくれた。

 

 

 

「奴はダッチ。元はアジアンマフィアのボスだったが、どういうわけか、オリガミの仲間になってる……」

 

 

 

 福田警部が解説を終えると、今度は展示室だけの消灯が消えた。

 辺りが真っ暗になり、何も見えなくなる。

 

 

 

「私も忘れるなってか……。オリガミにはもう一人仲間がいる。我々もまだ実態は掴めていないが、ネットワークを駆使してオリガミ達をアシストしている」

 

 

 

 暗がりの中、展示室の奥から物音が聞こえ出す。そして

 

 

 

「ホワイトジュエルはこのオリガミが頂いた!!」

 

 

 

 暗闇の奥からオリガミの叫び声が響く。

 

 

 

 このままではオリガミに逃げられてしまう。

 

 

 

「リエ!!」

 

 

 

「はい!!」

 

 

 

 私は暗闇の中、リエを呼ぶ。私は何も見えていない、だが、目の前にリエがいるのをなんとなく理解していた。

 私はリエにバックの中から細長いのもを取り出して、その先端を渡す。

 

 

 

「これは……そういうことね」

 

 

 

 リエはそう言い、どこかへと走っていく。

 

 

 

 私はリエに渡したものの反対側を持ち、タイミングを見計らってそれを引っ張った。

 

 

 

 すると、その長いものに重たい何かが引っかかっており、それが引っ張られる。

 

 

 

 

 私が引っ張ると同時に消灯がつく。どうやら時間稼ぎのためだけに電気を消していたらしい。

 

 

 

 灯が灯り目が慣れてきた時。私が引っ張っているロープの先は、オリガミの足に巻き付いていた。

 

 

 

「逃さないよ!!」

 

 

 

 オリガミは足に巻き付いたロープにより、電気が消えている間に脱出することができなかったようだ。

 

 

 

「でかした妹さん!!」

 

 

 

 後ろで福田警部が私に称賛を送る。

 

 

 

「オリガミ、何をしてる!!」

 

 

 

 窓を開けて脱出の準備をしていたダッチがオリガミに向けて叫ぶ。

 

 

 

「ロープが勝手に動いて絡まってきたんだ!!」

 

 

 

 オリガミがロープに苦戦している横で、リエがピースをしている。

 オリガミにはリエの姿が見えていないため、暗視ゴーグルをつけていたとしても勝手にロープが絡まってきたようにしか見えていない。

 

 

 

 オリガミはマントの中から折り紙を取り出すと、それを折って剣を作る。

 

 

 

 それを見た私は

 

 

 

「あれは、オリガミの折り紙!!」

 

 

 

「混乱するんですけど……」

 

 

 

 オリガミの使う怪盗道具の一つ。不思議な折り紙で、折ったものが折られたものの効果を持つ。

 風船を作れば本物の風船になり、爆弾を作れば爆発する。

 

 

 

 オリガミは折り紙で作った剣でロープを切断した。

 

 

 

「逃げられる!!」

 

 

 

 ロープを切ったことで自由になったオリガミは、ダッチの元に行こうとするが、

 

 

 

「行かせるか!!」

 

 

 

 オリガミの進行方向にお兄様が全力で走っていき、ギリギリでスライディングをして立ち塞がる。

 

 

 

「お前を捕まえるのは俺だ!!」

 

 

 

 オリガミの後方に私が立ち塞がる。

 

 

 

「いや、私が捕まえる!!」

 

 

 

「なんで張り合ってんだ!?」

 

 

 

 私とお兄様に挟まれたオリガミ。オリガミはどうやってこの包囲から抜け出そうか、考えていると、お兄様がオリガミを睨みつける。

 

 

 

「妹は絶対に渡さん!!」

 

 

 

「なんで!?」

 

 

 

 オリガミは動揺しながらも折り紙を取り出すと、それを折って鎖鎌を作る。

 

 

 

 私とお兄様はオリガミに向かって飛びかかるが、オリガミは鎖鎌を天井に投げると、それを伝って上へと登り私達から逃げた。

 

 

 

 そしてお兄様の頭上を飛び上がり、ダッチの元へと辿り着く。

 

 

 

「なんだか癖の強い奴らだったが……。お宝は頂いた……。“お宝“は、な!!」

 

 

 

 オリガミはその部分を強調すると、ダッチと共に窓から飛び降りていった。

 

 

 

「待てーー!!」

 

 

 

 福田警部がオリガミを追って窓へと向かうが、オリガミは折り紙で作ったグライダーで空を飛び、ダッチと共に空を飛んで逃げていた。

 

 

 

「まだだ。まだ諦めんぞ」

 

 

 

 福田警部は無線を取り出して、「ヘリだ。ヘリを呼べ」と叫びながら展示室を出て行く。

 

 

 

 展示室に私とお兄様、そしてリエと青年が取り残されていた。

 

 

 

 オリガミに逃げられた私達だが、追いかけずにその場で固まっていた。

 

 

 

「レイさん?」

 

 

 

「先輩?」

 

 

 

 その場で固まっている私とお兄様を心配して、リエと青年が近づいてくる。

 

 

 

「お兄様……離れてくださいよ」

 

 

 

「お前から離れろよ……」

 

 

 

 私とお兄様はオリガミに避けられ、反対側にいた二人は正面からぶつかったのだが。

 抱きついたような状態から、動けずにそのままでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 事務所のテレビに美術館の様子が映し出される。

 

 

 

「師匠〜、この野次馬の中にレイさん達、いるかな?」

 

 

 

「あー、どっかにいんじゃねーの」

 

 

 

「あ、師匠、オヤツ入りますか? チュール」

 

 

 

「それはミーちゃんに聞け」

 

 

 

 

 

 

 

 



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第9話 『新聞部の意地』

霊能力者のレイちゃんは、ダメ、無能、役に立たない?

 

 

 

著者:ピラフドリア

 

 

 

第9話

『新聞部の意地』

 

 

 

 ──霊能力者──

 

 

 

 彼らは未知の力を駆使して、怪奇的な存在から人々を守るために日々精進している。

 

 

 

 それは雪の降る季節も、桜散る季節も、そして真夏の猛暑の中であっても……。

 

 

 

 

 

 

 

「やっぱり、エアコンは快適ねー」

 

 

 

 私はエアコンの効いた事務所のソファーで寝っ転がり寛ぐ。

 

 

 

「レイさ〜ん、荷物届いてますよ」

 

 

 

 寛いでいると玄関から段ボールを持ったリエがやってくる。

 

 

 

「荷物? 何か頼んでたっけ?」

 

 

 

 私はソファーに座り、リエの持ってきた段ボールを開く。

 すると、段ボールの中には最新のゲーム機が入っていた。

 

 

 

 それを見て私は思い出す。

 

 

 

「あ、あれ当たったんだ!!」

 

 

 

「なんのことですか?」

 

 

 

 不思議がるリエに私はソファーから手を伸ばして、後ろにある棚から一枚のチラシを取り出した。

 

 

 

「ジェイナスアプリのアカウントを持ってると応募できる、抽選プレゼント企画なのよ。それでこのゲーム機が当たったの!!」

 

 

 

 私は早速箱の中からゲーム機を取り出した。

 

 

 

「それでこのゲーム機が送られてきたんですね!」

 

 

 

 リエは興味なさそうに答えるが、目線はチラチラとゲーム機を見ている。

 

 

 

「やってみたい?」

 

 

 

「いや、前取り憑いてた屋敷にゲームなんてなくって、おはじきとかお手玉でしか遊んだことなくて!! こういうのに興味があるとかそういうわけじゃ、ありませんから!!」

 

 

 

 私が聞くとリエは明らかに動揺した様子で返してきた。

 

 

 

「ま、私もやりたかったから応募したわけだし。リエもやりたいなら、早速セットしてみましょうか」

 

 

 

「や、やりたくなんてないですよ!!」

 

 

 

 私はゲーム機を持ってテレビも側に行き、ゲーム機とテレビを繋げようとする。そんな中、空になった段ボールに黒猫は寄ってくると、私とリエがゲーム機に夢中になっている隙に、段ボールの中に入って落ち着く。

 

 

 

「よし、これでできるはずよ!」

 

 

 

 私はゲーム機のスイッチを入れて、コントローラーを手にソファーに戻る。私と隣ではソファーに座り、ソワソワしたリエが待っていた。

 

 

 

 テレビに「ジェイナス」という文字が写り、画面が切り替わると、白いフチの中に初期状態から使えるアプリが表示されていた。

 

 

 

「へぇー、これがゲームですか!!」

 

 

 

 ホーム画面で感心しているリエに私は

 

 

 

「まだよ。これからゲームを始めるのよ」

 

 

 

 そう言ってゲームを始めようとするが……。

 

 

 

「どうしたんですか?」

 

 

 

 コントローラーを持った状態で固まっている私に、リエが首を傾げる。

 

 

 

「ゲームソフト持ってないや」

 

 

 

 ゲーム機本体を持っていても、ソフトがなければ何も遊べない。

 私は頭を抱える。なんという致命的なミスをしてしまったんだ。

 

 

 

「ゲームソフトって、なんですか? なんですかー?」

 

 

 

 頭を抱えて絶望している私をリエが両手で掴んで揺らしてくる。視界が揺れる中、玄関の扉が勢いよく開かれる音がした。

 

 

 

 そして靴を脱ぎ捨てて、急いで走ってくる足音。楓ちゃんが私達のいる場所にたどり着くと、汗を流しながら困惑した表情で叫んだ。

 

 

 

「レイさん、助けてください!!」

 

 

 

 

 

 

 焦る楓ちゃんを椅子に座らせ落ち着かせる。リエも冷蔵庫からお茶を取り出して、コップに注ぐとそれを持ってきた。

 

 

 

 私は楓ちゃんの向かい側に座り、事情を聞く。

 

 

 

「助けてって何があったの?」

 

 

 

 楓ちゃんはお茶を飲んで呼吸を整えると答える。

 

 

 

「ストーカーです」

 

 

 

「ストーカー?」

 

 

 

 確かに楓ちゃんは可愛くて美しい。男女共に見惚れる美しさだ。ストーカーが現れてもおかしくはないほどに。

 

 

 

 リエが質問をする。

 

 

 

「誰にストーカーされてるんですか?」

 

 

 

「分からない。でも、同じ学校の人だと思う」

 

 

 

「あ、この前除霊に行った高校の生徒ですか」

 

 

 

「おそらく……」

 

 

 

 それを聞いた私は固まった。

 

 

 

「え、ストーカーしてるのは女性じゃなくて……」

 

 

 

「はい、男です」

 

 

 

 楓ちゃんの通っている高校は男子校だ。その男子生徒の一人にストーカーをされていると言う。

 

 

 

 

 段ボールの中から話を聞いていた黒猫は、顔をひょっこりと出して、

 

 

 

「楓、お前ならそんなストーカー、ちゃっちゃと撃退できるんじゃねーの?」

 

 

 

 と言った。

 

 

 

 確かに楓ちゃんの身体能力なら、ストーカー相手だろうと返り討ちにできる。

 しかし、楓ちゃんは首を振る。

 

 

 

「私もそのストーカーを追いかけたんですけど、逃げ足が早くて追いつけないんです」

 

 

 

 楓ちゃんが追いつけないって、どんな速度で走ってるんだか……。

 

 

 

「だからみなさんの力を借りたいんです!!」

 

 

 

 楓ちゃんはそう言って、私達にお願いしてきた。

 

 

 

 

 

 

 翌日、私とリエ、黒猫は事務所から高校の間にある喫茶店で寛いでいた。

 

 

 

「そろそろ楓さんが帰ってくる頃ですね」

 

 

 

「そうね。ま、ここは入り口に近くて、窓から外も見れるし、ここで見張ってましょ」

 

 

 

 計画は簡単。楓ちゃんの下校中に影から楓ちゃんを見張り、ストーカーを見つける。

 私達と楓ちゃんでストーカーを挟み討ちにして、懲らしめるというものである。

 

 

 

「お待たせいたしました。パンケーキになります」

 

 

 

 注文していたパンケーキを店員が運んでくる。

 

 

 

 私はホークを手に早速食べ始めようとすると、バックの中に隠れている黒猫が、ひょっこりと顔を出した。

 

 

 

「おい、俺にも食わせろ」

 

 

 

「嫌よ。欲しいなら自分で頼みなさいよ」

 

 

 

「猫が頼めるわけないだろ、ミーちゃんの為にもちょっとだけだ」

 

 

 

 私は仕方がなくパンケーキを千切ると、バックの中にいる黒猫にあげる。その様子を見ていた向かいの席に座るリエも目を輝かせる。

 

 

 

「私も欲しいです」

 

 

 

「あなた、幽霊でしょ。どうやって食べるのよ」

 

 

 

「レイさんが食べさせてくれれば、私も食べられます!!」

 

 

 

 リエの眼差しに負けた私は、リエに一口食べさせる。

 

 

 

 リエは頬っぺたに手を当てて、

 

 

 

「美味しいです」

 

 

 

 と空中を浮遊しながら喜ぶ。

 

 

 

 今は客も少ないため問題ないだろうが、リエの姿は他の人には見えていない。

 そのため、私が前方に差し出したパンケーキは、突然消えたように見えているはずだ。

 

 

 

 リエが満足した表情をしている中、私は喫茶店の窓から外を見る。すると、丁度喫茶店の前を楓ちゃんが通っていた。

 

 

 

 今日は水泳部が休みのため、部活のバックはなく、学校指定のバックのみで歩道橋を渡っていた。

 

 

 

 楓ちゃんが歩道橋の真ん中に差し掛かったところで、私達のいる反対側、学校側の歩道に楓ちゃんと同じ制服を着た生徒が現れる。

 

 

 

 首からデジタルカメラをぶら下げて、赤いバンダナを頭に巻いた男子高校生。彼はキョロキョロと周りを警戒しながら、楓ちゃんの後ろを尾行している。

 

 

 

「見つけた。あれがストーカーね!」

 

 

 

 私がそう言うと、リエと黒猫が窓に顔を近づけて除く。

 

 

 

「あのカメラ持ってる子ですね!」

 

 

 

「あいつがストーカーか。よし、追いかけるか」

 

 

 

 楓ちゃんは歩道橋を渡り終えて、喫茶店の前を通り過ぎていく。ストーカーもその後を追う。

 

 

 

 私達はストーカーを挟み討ちにするため、二人が通り過ぎてから店を出ることにした。

 

 

 

「いくよ!」

 

 

 

 私は黒猫の入ったバックを背負い、喫茶店を出ようとする。

 

 

 

「あ、お客さん、会計!」

 

 

 

 出ようとした私に店員が声をかける。

 

 

 

「忘れてた……」

 

 

 

 私は財布を出して、コーヒーとパンケーキ代を払う。

 

 

 

「ちょっと早くしてくださいよ! 2人とも行っちゃいますよ!」

 

 

 

「急かさないでよ!」

 

 

 

 財布から小銭を出す私をリエが急かす。お金を店員に渡すと、

 

 

 

「10円足りませんね」

 

 

 

「あ……」

 

 

 

 私は財布を出して、10円玉を探す。

 

 

 

「まだですかー!!」

 

 

 

「今やってるところー」

 

 

 

 結局十円玉は見つからず、お釣りを出してもらって喫茶店を出た。

 

 

 

 しかし、

 

 

 

「いないね」

 

 

 

「いませんね」

 

 

 

 楓ちゃんとストーカーの姿はなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 楓ちゃんとストーカーを見失った私達は、しばらく周囲を捜索したのだが、結局見つけることはできず、事務所に戻ってきた。

 

 

 

「あーあ、結局逃げられちゃったなー」

 

 

 

 私はソファーに寝そべり、そんなことを言うと、リエが私も横で私のことを睨む。

 

 

 

「レイさんがお会計で手こずるからですよ」

 

 

 

「しょーがないじゃん、細かいの使いたかったんだもん」

 

 

 

「だからってあの場でやることじゃないですか!」

 

 

 

 リエが怒る中、黒猫は窓際で外を見つめていた。

 

 

 

「あ、いた……」

 

 

 

 そして窓の外で何かを発見して呟く。

 

 

 

「おい、お前!!」

 

 

 

 黒猫は窓際から私とリエを呼ぶと、

 

 

 

「例のストーカー。こっちに向かってきてるぞ」

 

 

 

「え!?」

 

 

 

 衝撃的なことを告げた。

 

 

 

 

 

 

 楓ちゃんはまだ戻ってきていない。ストーカーの周囲には楓ちゃんの姿は見えない。

 だが、ストーカーは確実に事務所に向かって歩いてきている。

 

 

 

 事務所のあるアパートに入る姿が見えた。

 

 

 

「ストーカーが来ますよ!!!! どうするんですか!!」

 

 

 

 リエが空中を浮遊しながら、事務所を走り回って焦る。

 

 

 

「落ち着きなさいリエ!! まずは、まずはそうよ、冷蔵庫の中に隠れるのよ!!」

 

 

 

 私は冷蔵庫の中身をひっくり返しながら、冷蔵庫に無理くり入り込もうとする。

 しかし、うちの冷蔵庫のサイズでは私が入り込むことは難しい。

 

 

 

「あなたも落ち着いてくださいよ!! 何やってるんですか!!」

 

 

 

 私とリエが焦っている中、黒猫は玄関の前で耳を澄ませる。

 

 

 

「おい、エレベーターがうちの階で止まったぞ」

 

 

 

 どうやらエレベーターの音を聞いていたようだ。

 

 

 

「どうしましょう!! 武器ですか! 武器を装備すれば良いんですか!?」

 

 

 

 リエは鍋を被り、両手にフライパンとしゃもじを装備した。

 それを見た私は、

 

 

 

「それじゃダメよ!! もっと距離のある武器にしないと!!」

 

 

 

 と言って、限界まで伸ばして途中で折れているメジャーと、丸めた新聞紙を装備した。

 

 

 

「もうヘニャヘニャじゃないですか!!」

 

 

 

「これしか長くなるのなかったのよ!!」

 

 

 

 私とリエがそんな会話をしていると、黒猫が私達に対して怒鳴った。

 

 

 

「お前らうるさい!! とりあえず静かにしろ!!」

 

 

 

「「はい……」」

 

 

 

 

 黒猫に怒られた私達はソファーにポツリと座り、様子を伺う。そして、

 

 

 

「すみませーん!! どなたかいませんかー!!」

 

 

 

 インターホンと共に男性の声が玄関から聞こえていた。

 

 

 

「どうします? 出ますか?」

 

 

 

 リエが怯える中、私は立ち上がる。

 

 

 

「出る。楓ちゃんが困ってるわけだし、私がガツンと言ってくる!!」

 

 

 

 私は玄関に向かう。一応、しっかりとチェーンをつけてから玄関を開けた。

 

 

 

「あ、初めまして」

 

 

 

 外にいる赤いバンダナを巻いた学生は礼儀正しく、頭を下げる。

 

 

 

「こちらがレイ相談所で合ってますか?」

 

 

 

「そうですけど……」

 

 

 

「心霊写真が撮れて……除霊……お願いしたいんですけど」

 

 

 

 

 

 

 少年の名前は石上 裕人(いしかみ ひろと)。楓ちゃんと同じ高校に通っている。

 依頼があるというので、彼を事務所に入れて事情を聞くことにした。

 

 

 

 石上君は椅子に座る。私は石上君に出すお茶を出すため、台所で用意をしていた。

 

 

 

 そんな私の元にリエがやってきた。

 

 

 

「どうして中に入れたんですか」

 

 

 

「依頼みたいだったから」

 

 

 

「依頼って……ガツンと言うんじゃないんですか?」

 

 

 

「それはこれからよ。もしかしたら依頼と関係あるかもしれないでしょ」

 

 

 

 私はお盆にお茶を乗せて、石上君の元に持っていく。

 

 

 

「どうぞ」

 

 

 

「ありがとうございます」

 

 

 

 お茶を出して私は石上君の向かいにある席に座った。

 

 

 

「それでその心霊写真ってどんなのなの?」

 

 

 

 私が聞くと、バックの中から一枚の写真を取り出した。

 

 

 

「これです……」

 

 

 

 そこに写っていたのは学校のプールに浮かぶ女性の顔、そして動く水の姿。

 

 

 

 私の隣で写真を見ていたリエが私に呟く。

 

 

 

「これってあの時の……」

 

 

 

「そうね、プールの時の悪霊ね」

 

 

 

 石上君にはリエが見えていないので、怪しまれない程度に私はリエに答えた。

 

 

 

「まさか、あの時の写真が撮られてたなんて……」

 

 

 

 プールの悪霊。それは前に楓ちゃんの通う高校の水泳部の顧問に依頼されたもの。

 学校のプールに女性の顔が浮かび上がるので、その女性の幽霊を除霊して欲しいというものだった。

 

 

 

 実際にそのプールに行き、私達が遭遇したのは悪霊。悪霊は水を動かして、私達に襲いかかってきた。

 

 

 

 石上君が持ってきた写真はその時の写真だ。プールサイドで逃げている私達を追う水柱。それを校舎の四階から撮影したものだった。

 

 

 

 石上君はその写真を私達に見せると告げる。

 

 

 

「その写真を撮ってから不幸なことが続くんです……車に轢かれそうになったり、犬のフンを踏んだり…………」

 

 

 

 それを聞いた私はひっそりとリエに聞く。

 

 

 

「ねぇ、あの悪霊って除霊できたのよね?」

 

 

 

「ええ、完全に消えてましたよ」

 

 

 

 あの時襲ってきた悪霊だが、お兄様に貰った紙により除霊することができた。

 紙から出てきた狼が、悪霊を退治したのだ。

 

 

 

 リエは私の耳元で呟く。

 

 

 

「確かにあの悪霊は退治しました。それにこの写真からは霊力は感じないので、幽霊の仕業ではないです」

 

 

 

 リエはそう断言した後続ける。

 

 

 

「しかし、思い込みで不運に引き寄せられてるのかもしれませんね。なのでその思い込みをどうにかすれば、この問題は解決するはずです」

 

 

 

「ということは、私の出番ってわけね」

 

 

 

 私は立ち上がると胸を張って答えた。

 

 

 

「分かりました。この依頼、この私が解決して見せましょう!!」

 

 

 

 私がそう宣言した時、玄関の扉が勢いよく開かれる。そして玄関から大声で叫ぶ声。

 

 

 

「その依頼、待ったーーーーッ!!!!」

 

 

 

 私達が玄関を覗くと、そこには息を切らしている楓ちゃんの姿があった。

 

 

 

「その依頼、待って、ください……」

 

 

 

 楓ちゃんは息を整えると、事務所に入ってくる。そして石上君の前に立つと、座っている石上君のことを見下ろして睨みつける。

 

 

 

「あなたがストーカーだったのね……。やっと正体を掴んだ」

 

 

 

「楓君か、君はここでバイトしているという噂があったが、本当だったようだね」

 

 

 

 睨みつけられている石上君だが、動揺することはなく。冷静に楓ちゃんに返す。

 

 

 

「そんなこと調査済みだったんでしょ、あなたの情報収集能力の話は聞いてるよ」

 

 

 

「へぇ〜、そんな話があるんだ。俺もジャーナリストとして嬉しいよ」

 

 

 

 石上君はニコニコして楓ちゃんに返すが、楓ちゃんの表情は石上君とは正反対である。

 

 

 

 私はギスギスしている二人の間に入ると、楓ちゃんを止めようとする。

 

 

 

「ちょっと、楓ちゃんらしくないよ? 付けられてて嫌だったのも分かるけど、彼は依頼で」

 

 

 

 私がそこまで言いかけると、楓ちゃんは私を連れて台所まで行く。

 そして石上君に聞こえていないのを確認して、ついてきていたリエと私に話し始めた。

 

 

 

「彼は石上 裕人。私の通う高校の新聞部の部長です」

 

 

 

「ええ、それは彼から聞いたけど」

 

 

 

 楓ちゃんは警戒して石上君の方を見る。石上君は椅子に座ったまま、窓際で寝ている黒猫をニコニコして見ていた。

 石上君が見ていないのを確認した楓ちゃんは続ける。

 

 

 

「石上君は校内でもちょくちょく話題になる人でして、よく色んなネタを見つけては新聞を作ってるんです」

 

 

 

「部活に熱心な人じゃない」

 

 

 

「でも、最近の新聞の話題がマズイんですよ。怪奇現象について取材中のようですが、科学的にあり得ない。証拠不十分として、真っ向から否定してるんです」

 

 

 

 それを聞いたリエが不服そうな顔をする。

 

 

 

「なんか幽霊の私からしたら存在を否定されてる気がして嫌です。姿を見せてきましょうか?」

 

 

 

「そんなことしても無駄ですよ。彼には全く霊感がないんです。だから、あの悪霊の写真しか撮れなかった」

 

 

 

 悪霊の写真。石上君が除霊して欲しいと頼んできたものだ。

 

 

 

「それは証拠にならないの?」

 

 

 

 私が聞くと楓ちゃんは首を振る。

 

 

 

「なり得る可能性がある。だから、石上君はあの写真はトリックだって証明したいんです」

 

 

 

「じゃあ、あのまま依頼を受けてたら…………」

 

 

 

「ここは似非霊能力者の店として取り上げるつもりです。僕のことを付けてたのは、私がそういう店で働いてるってどこかで知ったからなんでしょうね…………」

 

 

 

 楓ちゃんはため息をつく。

 

 

 

「しかし、このまま追い返しても悪い噂を流されそうですし、どうにかして幽霊の存在を彼に見せつけるしかないですね」

 

 

 

 そう言った楓ちゃんにリエが返す。

 

 

 

「しかし、霊感のない方にどうやって私達の存在を知らせるんですか?」

 

 

 

 リエが聞いた時、黒猫が台所にやってきた。

 

 

 

「ここは俺に任せてもらおうか」

 

 

 

 黒猫は自慢げに言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「師匠? 何か作戦があるんですか?」

 

 

 

 楓ちゃんが黒猫に聞くと、黒猫は自慢げに答える。

 

 

 

「怪奇的な存在を認めさせればいいんだろう。なら、簡単なことだ。霊力の強い幽霊に出逢わせればいい」

 

 

 

 ドヤ顔で言う黒猫。しかし、それを聞いた私達は口をポカーンと開ける。

 

 

 

「それはそうだけど、そんな幽霊、私知らないよ」

 

 

 

「そこは問題ない。俺に任せろ」

 

 

 

 私に黒猫はそう答えると、棚から地図を持ってきてそれを床に広げた。そして前の手にインクをつけるとその地図に手を押し付けて印をつけた。

 

 

 

「ここに俺の知る幽霊がいる。無害で話の通じる奴だ。霊力もそれなりにあるから力になってくれるかもしれん」

 

 

 

 私達がその地図を見ると、猫の手のマークがついているのは、隣町にある廃墟となった病院だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 私達は石上君を連れて、黒猫の教えてくれた廃墟の病院へと向かっていた。

 

 

 

「確かに廃墟の病院だったら、幽霊はいそうですけど、手伝ってくれるんですか?」

 

 

 

 私の横に並んでふわふわと飛んでいるリエが心配そうに聞く。すると、私の頭の上で堂々と座っている黒猫が返す。

 

 

 

「問題ない。彼は人間の頃からの唯一の知り合いで。退院以降は会ってないが、話のわかる奴だ」

 

 

 

「ねぇ、そろそろ降りてくれない……」

 

 

 

 私のことを無視して、黒猫は前方を見る。

 

 

 

「我が弟子のためだ。ここはこのタカヒロとその愛猫のミーちゃんに任せたまえ!!」

 

 

 

「おい、頭の上にモフモフが乗ってると暑いんだよ」

 

 

 

 私が頭の上に乗る黒猫を下ろそうと必死になっている中、その後ろでは楓ちゃんと石上君が並んで歩き、石上君のことを楓ちゃんが睨みつけていた。

 

 

 

「君のバイト先の上司は面白いね。猫と喧嘩してるよ」

 

 

 

「………………」

 

 

 

 楓ちゃんは石上君の言葉に何も返さない。

 

 

 

「いつまで俺のことを警戒してるつもりだ?」

 

 

 

「僕は君のことが嫌いだ。情報は人を惑わせる。君はそれで何人もの生徒や先生を陥れてきた」

 

 

 

「……楓君。君は俺のことを勘違いしている。俺のモットーはどれだけ読者を楽しませるか、そのために必要な犠牲なら俺はいくらでも払うさ」

 

 

 

 石上君は笑顔で楓ちゃんの方を向く。

 

 

 

「……もしかして忘れてないか。今の学校での君があるのも俺のおかげなんだ。一人寂しくいた君を、学校の頼れる人気者にしたのは誰のおかげだ、今回の記事、それ次第で君の株も変化するんだよ」

 

 

 

 

 

 



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第10話 『師匠との出会い』

霊能力者のレイちゃんは、ダメ、無能、役に立たない?

 

 

 

著者:ピラフドリア

 

 

 

第10話

『師匠との出会い』

 

 

 

 

 

 それは雨の降る季節のことだった。傘を片手に僕は初めて通る道で帰路に帰る。

 

 

 

 慣れない坂。何度も行き止まりでひき返し、雨の跳ねたズボンの裾はビショビショに濡れていた。だが、僕の足取りは軽い、それは僕の知る顔の生徒がいないからだろう。

 

 

 

 転校して数日。学校に慣れ慣れなかった僕は、こうして人を避けていた。

 

 

 

 そんな僕の視界に湿った段ボールが映る。段ボールの表面には「拾ってください」と書かれた文字が雨で滲んでいる。

 

 

 

 段ボールの中には一匹の子猫がいた。三毛猫で雨に濡れて身体もだいぶ冷えている。

 

 

 

 一匹、雨の中置き去りにされた子猫。僕はその子猫を見て放っておくことはできなかった。

 

 

 

 傘を段ボールの横に置き、子猫が雨に濡れないようにして、僕は雨の中家に向かって走り出した。

 

 

 

 ポストに隠されている鍵を取り出し、玄関に入る。誰もいない家の中から乾いたタオルを取り出すと、それを持って再び飛び出す。

 

 

 

 真っ直ぐと子猫の元へと向かう。

 

 

 

 子猫の元にたどり着くと、一人の男性がいた。

 

 

 

 丸々と太り、たるんだ腹。パツパツの汚れのついた服を着た男性の眼鏡には雨粒が垂れている。

 

 

 

 男性はしゃがんだ体勢で子猫を見つめていた。

 

 

 

「この傘は君のか?」

 

 

 

「……はい」

 

 

 

 男性は優しく子猫を抱き上げると、立ち上がる。

 

 

 

「だいぶ弱っているな。君、そのタオルを貸してくれるか?」

 

 

 

 男性は僕に手を伸ばす。僕は無言で、タオルを渡す。男性はタオルで子猫を包むと、

 

 

 

「とりあえずうちに連れて帰ろう。…………君も来るか?」

 

 

 

 

 

 小汚いアパート。壊れた鍵を開けて玄関に入り、男性は玄関で子猫の看病を始めた。

 奥の部屋へと扉は閉めて、奥から必要に応じたものは持ってくるが、出来る限り中と玄関で分けている様子だ。

 

 

 

 最初は何もできずに見ていた僕だが、

 

 

 

「僕にも何かさせてください」

 

 

 

 勇気を出してそう伝えると、男性は不慣れそうに僕に指示を出してくれた。

 

 

 

 僕は男性の指示に従い、手伝うために部屋の奥に行くと、そこには黒い猫がいた。黒猫はキャットタワーの上から堂々と僕たちのことを見ている。

 

 

 

「うちにはミーちゃんがいるからな。奥に入れてあげられない。部屋も狭いし…………。でも、あの子は必ず助ける。君も手伝ってくれてるしな」

 

 

 

 

 

 

 

 雨が晴れた頃。最初はぐったりとしていた子猫も、水が飲めるほどには回復していた。

 

 

 

「あの、この子はどうするんですか?」

 

 

 

「まだ完璧に回復したわけじゃないしな。この子はしばらくうちで面倒を見ることにするよ。傘とタオル、ありがとうね」

 

 

 

「いえ、放っておけなかったので……」

 

 

 

 僕がそう返すと、男性は子猫を怖がらせないようにゆっくりと近づき、そっと安心させるように撫でた。

 

 

 

「俺は嬉しかった。あんな雨の中、この子のために動いてくれる人がいるなんて……。人は嫌いだが、猫好きなら大歓迎だ。また来てくれ、この子もきっと喜ぶ」

 

 

 

 それが師匠との出会いだった。

 

 

 

 

 

 それから僕は師匠の家に通うようになった。学校に馴染めずにいた僕の唯一の居場所。

 

 

 

 師匠とミーちゃんはいつ来ても僕を歓迎してくれた。よそ者である僕も子猫を向かい入れてくれる。

 

 

 

 僕はそれが嬉しかった。暇さえあれば、師匠のもとに訪れる。

 

 

 

「ミーちゃんのご飯は作ってるのに、自分のご飯は作らないんですか?」

 

 

 

「ミーちゃんが優先だ」

 

 

 

「もうあなたがいなくなったら、ミーちゃんとあの子の面倒は誰が見るんですか? 僕が作るのでそこで待っててください」

 

 

 

 師匠は頼りない人だ。でも、誰よりも優しく、

 

 

 

「ずっと作ってもらってちゃ悪いからよ、今日は俺が作ったぞ」

 

 

 

「師匠が!? ちょっと味見させてもらいますね……」

 

 

 

「どうだ?」

 

 

 

「……マズ……くない。美味しい」

 

 

 

「おい、勝手に俺の料理不味いと思い込んでただろ!!」

 

 

 

「いや、そんなことは!!」

 

 

 

 そして面白い人だ。

 

 

 

 

 

 

 

 子猫の体調も整い、僕が師匠と仲良くなるのと同じくして、子猫とミーちゃんも対面。

 ミーちゃんは子猫の毛繕いをしたり、僕たちがいない間に面倒を見てくれていた。

 

 

 

 そんな日々が続いたある日、

 

 

 

「師匠!!」

 

 

 

 僕がいつものように師匠の家に行くと、そこには見知った顔の男性と、初めて見る女性がいた。

 

 

 

「あれ? 坂本さん!?」

 

 

 

 その男性は僕と同じクラスの男子生徒。そしてその男子生徒の姉であった。

 

 

 

「なんでここに?」

 

 

 

 僕のそんな疑問はすぐに解決された。

 

 

 

 師匠がケージに入れた子猫を連れてきた。

 

 

 

「もしかして……?」

 

 

 

「ああ、こいつも元気になってくれてしな。それに引き取ってくれるって人も見つけられたしよ」

 

 

 

 師匠はそう言って、子猫の入ったケージをその男性に渡した。

 

 

 

「もしかして……この方が言っていたこの子を保護してくれてたのって……坂本さんだったんのか」

 

 

 

「え、この子が雨の中、頑張ってくれたっていう?」

 

 

 

 二人は僕の方に身体をつけると、

 

 

 

「ありがとう。俺達の家族になる猫を助けてくれて」

 

 

 

「またにはうちに来なよ。うちの弟と同じ学校なんだろ。こいつ捻くれてて友達少ないからよ、猫に会うついでにこいつと友達になってやってくれ」

 

 

 

「おい、姉貴何言ってんだよ!」

 

 

 

「あんたのためにも言ってんのよ。こんな可愛い子が同じクラスにいるのに、何もしないなんて」

 

 

 

「こいつは男だよ! 俺の学校男子校だろ!!」

 

 

 

「男でも良いじゃない」

 

 

 

「良くないわ!」

 

 

 

 二人の姉弟の会話を聞いていた師匠は笑い出す。

 

 

 

「仲の良い姉弟だな。こんな賑やかな家に住めるなんて、こいつが羨ましいよ!!」

 

 

 

 師匠の笑いにつられて、姉弟も笑い出す。その様子を見ていた僕も気がついたら笑顔になっていた。

 

 

 

 

 

 その時出来た友達から後から聞いた。

 

 

 

 人付き合いが苦手な師匠が、子猫と僕のために飼い主を探していたことを。

 僕の学校の生徒の中から、猫の世話をしっかりとできる飼い主を探して、僕にきっかけを作ってくれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここだ。ここに俺の知り合いの幽霊がいる」

 

 

 

 私達は黒猫の案内で、廃墟の病院に到着した。

 

 

 

「本当にいるのかな?」

 

 

 

 私は隣にいるリエに心配そうに聞くと、リエは病院を見て答える。

 

 

 

「確かに霊力は感じますね。しかし、中に入ってみないことには、その実力までは分かりません」

 

 

 

「そうね。まずはその幽霊に交渉をしないと」

 

 

 

 私は後ろを向くと、楓ちゃんと石上君に声をかける。

 

 

 

「先に私達が中に入って安全を確認するから、その後は行ってきて!」

 

 

 

「分かりました!」

 

 

 

 石上君には除霊に行くということにしている。楓ちゃんに見張らせて外で待ってもらって、準備が出来たら入ってきてもらう。

 そして除霊をしているところを見せるのだ。

 

 

 

 病院の入り口の自動ドアのガラスは割れて、一階には敗れたソファーが乱雑に置かれている。

 

 

 

 しかし、風化はしているが荒らされている様子はない。

 病院の前にある駐車場跡地には、落書きやゴミが乱雑に置かれていたのだが、中にはそのような様子はなかった。

 

 

 

 私がそのことに疑問を持ったことに気づいたのか、黒猫は頭の上で説明する。

 

 

 

「アイツはこの病院の守護霊みたいなものだからな。アイツの縄張りで悪さをできる奴なんていないさ」

 

 

 

「それでその方はどこにいるんですか?」

 

 

 

 リエが聞くと、黒猫は答える。

 

 

 

「基本的には5階の病室にいるはずだ」

 

 

 

 それを聞いた私達はエレベーターに向かう。そしてエレベーターの前に立ってボタンを押すが、

 

 

 

「動きませんね……」

 

 

 

「そりゃー、電気も止まってるからな。階段はあっちだ」

 

 

 

 私と頭の上にいる黒猫は、私の動かして階段の方を向かせる。

 

 

 

「5階まで、登るの?」

 

 

 

「当然だ」

 

 

 

 一段一段、階段を登っていく。

 

 

 

「まだですかー、レイさーん!」

 

 

 

「はぁはぁ、あんたは飛んでるから良いけど、私は登ってるのよ。もうちょっと、はぁはぁ、ゆっくり登りなさいよ」

 

 

 

 階段の手すりに捕まり、私は息を切らす。

 

 

 

「情けないな〜」

 

 

 

「だから、あんたは降りなさいよ」

 

 

 

 頭の上で偉そうにしている黒猫を怒りながら、どうにかこうにか階段を登り切る。

 

 

 

 そしてついに、

 

 

 

「ここが、その幽霊がいるっていう、はぁはぁ、フロアね」

 

 

 

 例の幽霊のいるという階に着くことができた。

 

 

 

 黒猫は私の頭から降りると、フロアの中を歩き回る。

 

 

 

「おーい、いるんだろ! 出てこいよー!!」

 

 

 

 叫ぶ黒猫の後ろを私とリエはついていく。しばらく進み、613という番号の書かれた部屋の前を通った時。その部屋の中から男の声が聞こえた。

 

 

 

「おう、タカヒロか!! こっちだこっち!!」

 

 

 

 扉を開けて中に入る。薄暗い病院の個室、風で白いカーテンが靡く中、部屋のベッドに横たわる男がいた。

 

 

 

 赤い鎧を見に纏い、立派な兜を被った中年の男性。無精髭を生やし、頭は矢で射抜かれて貫通している。

 

 

 

「おー、こんなところにいたのか。タケ……」

 

 

 

 そこまで聞いた私はまさかと驚く。こんなところにあの有名な武将の幽霊がいるなんて……。

 

 

 

「武本 イエサト」

 

 

 

「誰だよ!!」

 

 

 

 全くの別人だった。

 

 

 

 武本はベッドから起き上がり、立ち上がると黒猫のことを見下ろす。

 

 

 

「貴様、なぜ、我のことを知っている……」

 

 

 

 武本は不思議そうに黒猫を見つめる。

 

 

 

「俺だよ俺、金古 高平だ」

 

 

 

「お前があの、病院に猫を連れてきて、鬼の看護婦長に怒られていた」

 

 

 

「ああ、そうだ」

 

 

 

 そこまで聞いた武本は笑い出す。

 

 

 

「ガーハハッハーー!! 嘘だろ! ついにお前猫になったのか!!」

 

 

 

「ミーちゃんのおかげでな」

 

 

 

「流石はお前の猫だ。霊体を食っちまうなんてな!!」

 

 

 

 馬鹿笑いしている武本だが、ふと私達のことを見つけると、真面目な顔になる。

 

 

 

「おっと、すまない。自己紹介が遅れたな。我は武本 イエサト。戦国の世を生き残り、名を残せなかった悔しさを抱きながら、流行病で死んだ武士だ」

 

 

 

「生き残ったのかよ!! じゃあ、その矢はなんなんですか!?」

 

 

 

 私がそう言って頭に刺さっている矢を指差す。すると、武本はその矢をスポッと簡単に抜いた。

 

 

 

「あ、これか。これは飾りだ」

 

 

 

「飾り!?」

 

 

 

 と、私達がそんなことを気にしている中、黒猫はベッドの上に登り、武本に話しかける。

 

 

 

「今回ここに来たのはお前に手伝ってもらいたいことがあったからだ」

 

 

 

「拙者にか?」

 

 

 

 

 

 武本に事情を伝えると、武本は私達への協力を承知してくれた。

 

 

 

「本当に良いんですか?」

 

 

 

 リエが武本に聞くと、武本は胸を張って答える。

 

 

 

「ああ、除霊されたフリをすれば良いのだろう。それくらい、問題ないわ!!」

 

 

 

「しかし、武士なんですよね。武士の誇りとかそういうのは……」

 

 

 

「うーむ、ないことはないが……。最近時代劇にハマっててな。あんな感じにズバッとやられてみたいのだよ!! 我は病だったしな!! カッコよく討ち取られるというもの楽しそうではないか」

 

 

 

 武本はそう言いながら馬鹿笑いする。そんな武本をリエは憐れみの目線で見ていた。

 

 

 

「ま、手伝ってくれるならなんでも良いよ。それじゃあ、作戦を伝えるから集まって」

 

 

 

 私が呼ぶと、リエと武本、黒猫が寄ってくる。

 

 

 

「それじゃあ、作戦を説明する」

 

 

 

 私は部屋の隅にある折り畳み式の椅子を持ってくると、それに座る。

 

 

 

「今回の目的は石上君に除霊シーンを見せること。除霊を行うのは私、そして除霊されるのは武本さんね」

 

 

 

「拙者は霊力ならば、霊感のない人間であっても姿を見せることはできる。除霊役になるのも拙者は構わぬ。だが、どのように除霊する? 清めた刀で拙者を切るのか?」

 

 

 

「そんな刀は用意する時間はないよ。だから、これよ」

 

 

 

 私は懐から一枚の紙を取り出した。それはピンク色の七夕用の短冊。

 

 

 

「これは近所のイベントでやってる短冊。その短冊にこうやってこう書けば」

 

 

 

 私はマジックペンを手に取ると、それで短冊に文字を書く。そして短冊に書かれた文字は、

 

 

 

「封?」

 

 

 

 文字を見た二人と一匹は声を上げる。

 

 

 

「まさか……」

 

 

 

「そうよ、これを除霊に使うお札に見せかけて、この廃墟に住む無事を除霊するのよ!!」

 

 

 

「ピンクなお札がどこにあるんですか!!」

 

 

 

 リエが文句を言う中、私は貰ってきた全部の短冊を取り出す。それは全部で三枚、最初のものと合わせて合計四枚だ。

 

 

 

「カラフルなお札であるか。これなかなか斬新でいいな」

 

 

 

「どこがですか!!」

 

 

 

 武本が納得してくれたところで、さらなる作戦の説明を始める。

 

 

 

「私は一階で二人を連れて階段登る。武本さんには途中で待ち伏せて襲ってもらう。そこで除霊という流れで行く」

 

 

 

「了解である」

 

 

 

 こうして作戦も話し合い、私達はこの作戦を実行することになった。

 

 

 

 

 

 

 リエとタカヒロさんには、武本のサポートに回るために中に残ってもらい、私は石上君達を呼ぶために病院の外に出た。

 

 

 

 病院の外に出ると、さっきまでと変わらず二人は啀み合っている。少しでも一緒にいる時間があれば、仲良くなるかと思ったがそれは無理だったようだ。

 

 

 

「二人ともここには強力な幽霊がいるみたいよ。除霊が見たいんでしょ、ついてきなさい」

 

 

 

 私は二人にそう言ってすぐに病院の中に戻る。

 

 

 

 ちょっと格好をつけて呼んでみたが、これで本物の除霊師ぽく見えたはずだ。

 

 

 

「ほら、行くよ! 石上君」

 

 

 

「ふ、このカメラで君達の本当の姿を映してやるよ。覚悟するんだね」

 

 

 

 二人は喧嘩しながらも、私の後ろをついてくる。

 

 

 

 まず最初の病院の中に入れるというのは成功だ。次は階段で武本と遭遇だ。

 

 

 

 私達は病院の入り口に一番近い階段を使い、上へと上がっていく。

 

 

 

 この途中で武本が出てきて、私が除霊をする。それが計画だ。しかし、

 

 

 

「おい、屋上まで来たが何もないぞ」

 

 

 

 武本と合流することができなかった。

 

 

 

 石上君が疑いの目で私のことを見ている。なぜだ。なぜ、武本に遭遇しなかった。

 

 

 

 私が困っていると、屋上の反対側にあるもう一つの階段。そこからリエが顔を出してこちらに手招きをしていた。

 

 

 

 なぜ、リエはあっちから手招きをしているのか。

 それはすぐに分かった。

 

 

 

「あ、階段間違えた……」

 

 

 

 私は登る階段を間違えていた。病院にはいくつかの階段があり、屋上まで登れる階段という約束だったのだが、その階段は二つあったのだ。

 

 

 

「何か言いました?」

 

 

 

 私の独り言を聞いた石上君が、それに対して反応を見せる。

 

 

 

「いや、そのね……えっと」

 

 

 

 言い訳をどうしようかと迷っていると、間違えたことを察した楓ちゃんがカバーしてくれた。

 

 

 

「あ、向こうから霊力を感じます。きっと、レイさんが怖くて逃げたんですよ! 早く追いかけましょう!!」

 

 

 

「そうね、早く追いかけようか!」

 

 

 

 私は急いでもう片方の階段に向かい、降り始める。

 

 

 

「逃げた……か。本当なのか?」

 

 

 

 石上君は疑いながらもついてきてくれる。

 

 

 

 階段を降りて、ついに武本が待っている階にたどり着いた。ここで武本が出てくるはずだ。

 

 

 

「ガーハハッハーー!! 待っていたぞ、カメラマン!!」

 

 

 

 踊り場で武士の幽霊が仁王立ちをして堂々と待ち構えていた。

 

 

 

 武本の隣にいるリエが武本の耳元でダメ出しをする。

 

 

 

「違いますよ。彼方の方ではなくレイさんを待ってたんです」

 

 

 

「あ、そうであったな。ガーハハッハーー!! 待っていたぞ、霊能力者のレイとやら!!」

 

 

 

 リエの姿は石上君には見えていない。不自然に再登場を果たした武士の幽霊だが、石上君はその幽霊にカメラを向けた。

 

 

 

「ほ、本物の幽霊なのか……!? 確かに浮いてはいるが……トリックか? いや、だが、どうやっているんだ」

 

 

 

 まだ疑っているようだが、実物を見たことで動揺をしているようだ。ここは一発、幽霊らしいことを武本にやってもらおう。

 

 

 

 私が目線をリエに送ると、リエはそれで理解したのか、耳元で武本に指示を伝える。

 

 

 

「うむ、承知である。では、拙者の超得意技をお見せしよう!!」

 

 

 

 武本はそう言うと、鎧を脱いで腹を見せた。その腹にはペンキで書かれた人の顔がある。

 

 

 

「秘技、腹踊り〜」

 

 

 

 踊り出しそうにあった武本の頭を、リエが勢いよく叩いた。

 

 

 

「何やってるんですか!!」

 

 

 

「いや、拙者のらしいことをしろと申すので……」

 

 

 

「幽霊らしいです!! ほら、石上さんを見てください」

 

 

 

 リエと武本が石上君を見ると、石上君は驚いた表情で武士の幽霊を見ていた。

 

 

 

「幽霊が腹踊りをしようとしたら、突然、何もないのに叩かれた!?」

 

 

 

 意外と効果はあったようだ。

 

 

 

 石上君はカメラを武士の幽霊に向けて、写真を撮り続ける。

 

 

 

「これは本物の幽霊なのか!! だとしたら、大スクープだ!!」

 

 

 

 石上君が真剣にカメラで写真を撮る中、その隣で楓ちゃんがドヤ顔で見守っている。

 

 

 

 武士の幽霊も見せた。そろそろ、私が本物だと見せつける時!!

 

 

 

 私は懐から例のお札を取り出した。

 

 

 

「『封』と書かれた。カラフルなお札!? これで除霊をするのか!!」

 

 

 

 石上君の期待の眼差しが私に向けられる。私はカッコよくポーズを構えると、

 

 

 

「古の亡霊よ。私が天へと送って見せよう!!」

 

 

 

 そして私はお札の一枚を武本に向かって投げつけた。

 

 

 

「う、うわぁ!!」

 

 

 

 武士の幽霊はわざとらしい悲鳴を上げる。これでこれでお札に触れた後、武本がやられたフリをすれば騙せるはずだ。

 

 

 

 しかし、私の投げた短冊はフワフワと飛んで減速すると、普通に地面に落下した。

 

 

 

「…………え?」

 

 

 

 後ろにいる石上君が真顔でこっちを見ている。

 

 

 

「まさか、ただの紙なんじゃ……」

 

 

 

 疑いの目線を向けられる。私の額を汗が滝のように流れる。

 

 

 

 このままではマズイ!! 石上君に私達は似非霊能力者だと情報が流されてしまう。

 

 

 

 そんな中、私達の頭上から男性の裏声が響いた。

 

 

 

「ぐぁあーー!! バレていたかーー」

 

 

 

 その声が聞こえた後、私の頭の上に黒猫が着地した。

 

 

 

「レイよ。助かったぞ。お前の今の支援のおかげで、奴の本体を倒せた」

 

 

 

 黒猫はそう言って武士の幽霊を見る。

 

 

 

 武士の幽霊は不思議そうに首を傾けるが、理解していない武本にリエが説明をする。

 

 

 

「タカヒロさんがあなたを倒したことにしてくれたんです。とりあえずやられたフリです!!」

 

 

 

 武本は戸惑いながらもリエの指示に従い。

 

 

 

「ぐ、やられーーたーーー!! どさり」

 

 

 

 大袈裟に倒れると、地面の床をすり抜けて下の階へと落ちていった。

 

 

 

 これで完璧に石上君に幽霊が存在していたことと、私が霊能力者だということを証明できたはずだ。

 

 

 

 私とリエは密かにガッツポーズをして勝利を確信する。そして信じたはずの石上君が何を言うのか、それを楽しみに振り返った。

 

 

 

 しかし、後ろでは、

 

 

 

「ね、猫が喋っただとーー!?」

 

 

 

 石上君は黒猫に興味津々だった。

 

 

 

 黒猫にカメラを向けて、シャッターを連射する。

 

 

 

「これは大スクープだー!!」

 

 

 

 黒猫の周りをクルクル周り、写真を撮り続ける石上君。それを目で追っていた黒猫は、目を回して倒れた。

 

 

 

「ミーちゃん!! 師匠ーーー!!!!」

 

 

 

 倒れた黒猫を楓ちゃんが飛び込んで助ける。黒猫は目を回しながら、楓ちゃんに礼を言う。

 

 

 

「助かった……楓……」

 

 

 

「いえ、しかし……」

 

 

 

 楓ちゃんは黒猫を抱き抱えると、石上君の方を向く。

 

 

 

「あなたは何をしてるんですか。師匠が目を回して倒れてしまったじゃないですか!!」

 

 

 

 怒る楓ちゃんだが、そんな言葉に石上君は耳を貸すことなく。

 

 

 

「これは大変だ!! 急いで新聞にしなくては!!」

 

 

 

 そう言って石上君は階段を駆け降りていく。下の階で休憩していた武本にすれ違うが、石上君はそれすら無視して廃墟の病院を飛び出していった。

 

 

 

「な、なんだったのよ……」

 

 

 

 これで作戦が成功したのか、それとも失敗したのか。その結果は楓ちゃんの学校で新聞が発行されるまでわからない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あれから数日。平和な日々を過ごしていた。

 

 

 

「レイさん!! これ見てください!!」

 

 

 

 静かな午後の事務所に、一枚の紙を持った楓ちゃんが飛び込んできた。

 

 

 

「どうしたんですか?」

 

 

 

 事務所の窓を拭いていたリエが雑巾を片手に、楓ちゃんの元へと飛んでいく。そして

 

 

 

「こ、これって……」

 

 

 

 楓ちゃんの持ってきた紙を見て、リエは声を上げた。

 

 

 

「レイさん、タカヒロさん、これ見てください」

 

 

 

 楓ちゃんから紙を受け取り、私達の元へと持ってくる。私と黒猫がその紙を覗き込むと、それは楓ちゃんの通う高校の校内新聞だった。

 

 

 

「『今月の怪奇特集はお休みします』…………何この記事…………あ、もしかして……」

 

 

 

 新聞を持ってきた楓ちゃんはニヤリと笑った。

 

 

 

「写真撮影に失敗して、証拠は撮れなかった。だから、新聞部の部員達に記事にすることを反対されたみたいよ、っで、これがその時の写真」

 

 

 

 楓ちゃんはそう言って写真をテーブルに置いた。

 

 

 

 その写真は写っているものがなんなのかわからないほど、ブレて歪んでいる。まるで呪われているのかと思うくらい状態だ。

 

 

 

「石上君、カメラには自信があったみたいなんだけど。幽霊の仕業だって怯えちゃって、部員にはもう一回取材をしてくるように勧められてるみたいだけど、本人は嫌になったみたい」

 

 

 

「まぁ、この写真を見たらね……」

 

 

 

 

 

 



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第11話 『世界からの手紙』

霊能力者のレイちゃんは、ダメ、無能、役に立たない?

 

 

 

著者:ピラフドリア

 

 

 

第11話

『世界からの手紙』

 

 

 

 

 

 流れる水が竹に溜まり傾くと、水を外へと放出して、元の形に戻る。傾きが元に戻った衝撃で、竹が石に反射して静かに音を奏でる。

 

 

 

 木材の軋む音が近づいてくると、襖の反対側から男の声が聞こえてきた。

 

 

 

「失礼します」

 

 

 

 襖が開けられて赤い髪の青年が部屋の中に入ってくる。

 

 

 

「先輩、どうですか? 情報は得られましたか?」

 

 

 

 俺は後輩の質問に沈黙で返す。部屋の畳の上には手書きと印刷された資料が乱雑に散らばっている。

 

 

 

 青年はその資料の中から一枚を拾うと、それを簡単に目を通した。

 

 

 

「日本に来れば月兎の行方を得られると思ってましたが、そうはいきませんね……」

 

 

 

 青年は散らばっている資料を拾い始めると、まとめて俺の座る机の上に置いた。

 

 

 

「先輩、これからどうするんですか。このまま日本に滞在するんですか?」

 

 

 

 俺は脚を動かして体の向きを変える、そして隣にやってきた青年の方を向いた。

 

 

 

「月兎は必ず日本にいる。奴を探し出すことで、この手紙の正体を知ることができるかもしれない」

 

 

 

 青年が並べてくれた資料の隣には、封筒の開けられた手紙が置いてあった。何度も取り出して読んだその手紙は萎れてきていたが、それでも大切に保管されている。

 

 

 

「その手紙ですか。例の幽霊のいない世界について書かれていたっていう」

 

 

 

 

 

 

 

 この手紙が送られてきたのは、15年以上前のことだ。

 日本の霊宮寺家に引き取られた俺の元に届いた手紙のはずだが、そこに書かれていたのは前のファミリーネームだった。

 

 

 

 故郷に友人や親戚がいたわけではない。その名前を知っているものは、限られた人間だけだ。

 だが、そこに書かれていた名前は見覚えのない名前。

 

 

 

 そして手紙のその内容も、当時の俺には理解できるものではなかった。

 

 

 

 

 

 

 

「この手紙には月兎を見つけろと書かれていた。日本を出て、各国の情報局のスパイにもなり、その月兎が日本にいることまでは突き止めた。しかし、そこから先が見つけられない……」

 

 

 

「博士も過去に接触を図ったことがあったみたいですけど、ここにある資料以上のことは分からなかったみたいです」

 

 

 

 俺は青年のまとめた資料に目を向ける。一番上に置いてある紙には、森に写る一本の木の写真とそれに関する手書きのメモが書き綴られている。

 

 

 

「ここにあるどの資料も他の国じゃ入手できなかったものだ。開発局の連中に嗅ぎつけられたら、厄介な代物だ。そんなものを拝見させてもらってんだ。博士には感謝しても仕切れない。それに助手も扱き使わせてるしな」

 

 

 

 俺はそう言って青年の方を見た。すると、青年は目を逸らす。

 

 

 

「僕も先輩には感謝してる。真田さんと先輩が施設に襲撃をしたおかげで、俺は逃げ出して赤崎博士に会うことができた。今はその時の恩を返しているだけです」

 

 

 

 青年は頬を赤くしてそう答えた。後輩とそんな話をしている中、テーブルに置いていた俺の携帯が揺れる。

 

 

 

「どうぞ」

 

 

 

 青年がそう言ったので俺は携帯を取って、電話に出た。電話の相手は日本にいる情報屋の一人で、百足というコードネームの人物。

 

 

 

 電話越しに聞く声は機械で声を変えられており、取引をしている俺もその情報屋の素顔どころか、性別すらも知らない。

 

 

 

 会話が盗聴されているということも考慮され、どの端末からの連絡であっても、暗号で情報が提供される。

 

 

 

 情報屋との連絡を終えた俺は携帯をポケットの中にしまい立ち上がる。

 

 

 

「行くぞ」

 

 

 

「え、どこに行くんですか?」

 

 

 

「情報が入った。ここの近くの民家で怪しい壺があったらしい、そいつを調査する」

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺と圭司は情報屋の話にあった民家へと辿り着いた。

 

 

 

 俺達は家主から壺を譲り受けて、近くにある公園でその壺を拝見していた。

 

 

 

「確かに霊力を感じますね。……でも、なんだか残り香みたいな…………」

 

 

 

 そう言って真剣に壺を見つめる圭司。

 壺の上の部分には布で蓋がしてあったようだが、その布が真ん中から破れて穴が空いてきた。

 

 

 

「そうだな。少し前まで何か封じられていたか、どちらにしろ、この壺に何かがいたようだな」

 

 

 

 壺からは力は感じる。だが、その力の持ち主は、ここにはいないようだ。

 

 

 

 俺は携帯を取り出すと、マップを開いて現在の位置を確認する。

 

 

 

「確かにあの家の位置は、首無しライダーの目撃があった通りだよな」

 

 

 

 俺が確認するように聞くと、圭司は頷いた。

 

 

 

「はい。しかし、住民が言っていた通り騒音被害は減ったそうですね。恐らくは誰かに退治されたんでしょう」

 

 

 

「この壺の主人がそのライダーだと思うか?」

 

 

 

「それは……正直なところ分かりません。しかし、ライダーが除霊されたとすると、この壺の主とは違いますね……。そんじょそこらの除霊師に駆除できる霊力じゃないですよ、これは……」

 

 

 

「そうだな」

 

 

 壺から流れ出る霊力。残り香でありながら、はっきりと分かるその存在感から、かなりのレベルの持ち主だ。

 

 

 

「どうします? この壺の主を追いますか?」

 

 

 

「こいつが月兎じゃないっていう保証もないからな。まずはこいつから探りを入れてみよう、それと並行して別の視点からも調査を進める」

 

 

 

「了解です」

 

 

 

 俺は壺を圭司に渡すと、公園の出口へと歩き出す。壺を受け取った圭司は俺の後ろを追いかけるようについてきた。

 

 

 

「そいつを博士に渡しといてくれ。居場所、または正体を調べてもらう」

 

 

 

「先輩はどうするんですか?」

 

 

 

「俺はあそこに行ってくる」

 

 

 

「またあそこですか……」

 

 

 

「またあそこだ」

 

 

 

 

 

 

 



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第12話 『取り憑かれたヒーロー』

霊能力者のレイちゃんは、ダメ、無能、役に立たない?

 

 

 

著者:ピラフドリア

 

 

 

第12話

『取り憑かれたヒーロー』

 

 

 

 

 

「うおおおおおおおおお!!」

 

 

 

 私はパイプ椅子に座り、コントロールをテーブルに置くと、両手でボタンを連打する。

 

 

 

「甘いですね。その程度の攻撃、こうやれば楽勝ですよ」

 

 

 

 ソファーに寝っ転がったリエが、ボタンを一つ押すと、画面の中で白髪の少女が赤い閃光を放ち、私の操作していた赤い髪の青年のキャラを倒した。

 

 

 

「また負けたーーー!!!!」

 

 

 

 私はテーブルに突っ伏す。そんな私にリエは自慢げな表情で、

 

 

 

「これで24勝7敗ですね」

 

 

 

「あなたゲーム初心者でしょ!! なんでそんなに強いのよ!!」

 

 

 

 私はソファーに寝っ転がるリエに向かって、文句を言う。

 リエは寝返りをすると、私の方に身体を向けた。

 

 

 

「というか、レイさんが弱すぎるんですよ」

 

 

 

「私が弱い……!?」

 

 

 

「そうですよ。いつもワンパターン。同じ技ばっかりじゃないですか。使うキャラも固定ですし」

 

 

 

「好きなキャラ使ってるだけよ! 良いじゃない!」

 

 

 

「その好きなキャラ達が、上級者向けなんですよ。必殺技を全然使いこなせてないじゃないですか!!」

 

 

 

 私達がテレビの前でそんな会話をしていると、玄関の扉が開かれて誰かが入ってきた。

 

 

 

「おはよーございまーす!! 朝練してきましたよー!!」

 

 

 

 部活を終えた楓ちゃんがやってきた。

 

 

 

「楓さん、おはようございます!」

 

 

 

「リエちゃん、おはよー!」

 

 

 

 楓ちゃんとリエは手を上げて挨拶をしあう。楓ちゃんがやってきたタイミングでゲームが開始されて、コントローラーから手を離したリエを倒すには、今がチャンスだと、私はボタンを押しまくる。

 

 

 

 しかし、挨拶を終えたリエは素早くコントローラーを握り直すと、私の操るゲームのキャラを瞬殺した。

 

 

 

「なんでまた負けるのよ!! 油断してたじゃない!!」

 

 

 

「油断してましたけど、レイさんの攻撃全て当たってないんですよ。手前で攻撃してただけじゃないですか」

 

 

 

「まだよ、まだ終わってない!! 今度こそ油断させて勝ってやるんだから!!」

 

 

 

「正々堂々と戦う気はもうないんですか!?」

 

 

 

 私達がゲームを始める中、楓ちゃんはキッチンマットの上で寝っ転がっている黒猫を発見した。

 楓ちゃんは黒猫に近づくと、黒猫の頭を撫で始める。

 

 

 

「師匠はゲームやらないんですか?」

 

 

 

「俺がやるゲームは、猫の関係するゲームだけだ。あーいうゲームはやらん…………というか、ミーちゃんを撫でてる時に俺を呼び出すな」

 

 

 

「良いじゃないですか〜、師匠〜。師匠も撫でられましょうよ〜」

 

 

 

「ちょ、どこ触ってるんだ。くすぐったい……!!」

 

 

 

 楓ちゃんがタカヒロさんと戯れていると、玄関の方から声がしてインターホンが鳴らされた。

 

 

 

「すみません、依頼をしたいのですが、今やってますか?」

 

 

 

 男性の声が事務所に響く。

 

 

 

「依頼人来たみたいだけど、私今手が離せないの、楓ちゃん行って」

 

 

 

 リエと対戦中の私は楓ちゃんに頼む。しかし、楓ちゃんが返答する前に、リエが私に伝える。

 

 

 

「大丈夫です。すぐ倒すのでレイさんが行きます」

 

 

 

「何言ってるのよ、この状態で負けるわけ…………負けた」

 

 

 

 リエに負けた私はコントローラーをテーブルに置き、玄関へと向かった。

 

 

 

「はーい、大丈夫ですよ。今開けますね」

 

 

 

 私がそう言って玄関の扉を開けると、そこには赤いヒーローマスクに赤い全身タイツの男がいた。

 

 

 

 男は扉が開かれると、決めポーズを取る。

 

 

 

「初めまして、ゴーゴー戦隊のレッドです」

 

 

 

「……ヒーローぉぉおおおぉぉぉお!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 レッドを事務所に向かい入れて、パイプ椅子に座らせる。私はレッドの向かい側にゲームをしていた時に移動させていた椅子を持ってきて座った。

 

 

 

「えっと、ヒーローなんですよね」

 

 

 

 私は目の前にいるヒーローに尋ねる。ヒーローはマスクを脱ぐこともなく、そのままのヒーロースーツの状態で頷いた。

 

 

 

「いかにも私はヒーローだ。世界の平和を守るため、日々悪と戦っている!!」

 

 

 

 その悪がなんなのか気になるが、それより先に本題に入ろう。

 

 

 

「その、ヒーローさんがなぜ、ここに?」

 

 

 

「ああ、それが困ったことになってな」

 

 

 

 ヒーローはそう言うと、一枚の写真を取り出した。そこに写っているのは、サソリのような見た目をした人間なのか、人外なのかよく分からない生物だ。

 

 

 

「先日、このスコーピオンという怪人と戦ったのだが、この怪人を地獄に落としてから肩が重くて困っているのだ。仲間には顔色も悪いと言われる。しかし、身体は健康なのだ。そこで霊感のある知り合いに見てもらったところ、取り憑かれていると言われたのだ」

 

 

 

「怪人を倒したらその怪人に取り憑かれたと……」

 

 

 

「そういうことだ。頼む、どうにかしてくれ! このままでは安心して悪を倒せない!!」

 

 

 

 ヒーローとか、怪人とか、初めて聞いた。が、困っているようだ。

 

 

 

 レッドから話を聞いていると、お盆にオレンジジュースを乗せた楓ちゃんがやってきた。

 

 

 

 楓ちゃんは私達の真ん中にあるテーブルの上にジュースを置いた。

 

 

 

「どうぞ」

 

 

 

「どうも」

 

 

 

 レッドはマスクを取らずに、マスクの上からストローに口を突っ込むと、オレンジジュースを吸い始めた。

 

 

 

 ジュースを飲み終えたレッドの口元はベトベトである。しかし、レッドは話を続けた。

 

 

 

「どうだろうか、本当に私は取り憑かれてるんだろうか?」

 

 

 

 質問をしてくるレッド。私は私の後ろで私のオレンジジュースをこっそりと飲んでいるリエに小声で聞く。

 

 

 

「どうなの、リエ……このヒーローは?」

 

 

 

「そうですね〜。確かに霊力を感じるので取り憑かれてますね」

 

 

 

「リエ、あなたが説得してどうにかすることはできないの?」

 

 

 

 私の問いにリエは首を振った。

 

 

 

「無理ですね。このヒーローさんに取り憑いてる幽霊、私より遥かに力が強いです。話し合う気がある相手ならまだしも、引き摺り出すことができなければ、話し合いもできません」

 

 

 

「そっか……」

 

 

 

 私とリエが話している姿を見て、レッドは不思議に思ったのか、

 

 

 

「どうした、さっきから独り言を喋って」

 

 

 

「いえ、考え事をしてまして……。しかし、私が見たところ、あなたに取り憑いている幽霊はかなりの力を持っているようです」

 

 

 

 私がそうレッドに伝えると、レッドは腕を組んで答える。

 

 

 

「それはそうだろう。スコーピオンはエジプト支部からやって来た、呪術を得意とする怪人だ。スコーピオンと戦っていた時、奴はこう言っていた」

 

 

 

 すると、レッドはどこから取り出したのか、ノートを取り出すと、その1ページ目をめくった。

 

 

 

「スコーピオンは駅前のジオンショッピングセンターに現れた」

 

 

 

 ノートには迫力のある絵でデパートが描かれていた。

 

 

 

「なんか始まったんですけど」

 

 

 

「面白そうだから、聞いててみましょ」

 

 

 

 ポカーンとした顔のリエを隣に、レッドの紙芝居を鑑賞する。

 

 

 

「休日ということもありレジの列にイラついている中、俺の並んだ列の先にスコーピオンがいた」

 

 

 

 レッドがページを捲ると、そこにはレジ打ちをする怪人の姿が描かれていた。

 

 

 

「怪人がバイトしてるーーー!?」

 

 

 

「レジ打ちしてる怪人の背景が燃えてるんですけど、なんで強敵登場みたいになってるんですか…………」

 

 

 

 無駄に迫力のある絵に違和感を覚えながらも、レッドの解説は続く。

 

 

 

「隣の列は俺の並ぶ列の三倍のスピードで進んでいく。しかし、手がハサミのスコーピオンはなかなか商品を掴むことができず、会計が進まずにいた!!!!」

 

 

 

 ページが捲られると、そこには商品を真っ二つに切断している怪人の姿があった。

 

 

 

「レジのバイト向いてない!!」

 

 

 

「そこで俺の登場だ」

 

 

 

「ついに戦うんですか!?」

 

 

 

「いや違う。俺が手伝ってやった!!」

 

 

 

「そっち!?」

 

 

 

 レッドのノートにはレジ打ちを二人で連携して、高速で会計を終わらせるヒーローと怪人の夢のタッグが書かれていた。

 

 

 

「戦わないの!? ヒーローと怪人でしょ!!」

 

 

 

「バイト中に倒したら、バイト先に迷惑だろ。俺も昔はあそこで働いてたし、先輩風吹かせられるし」

 

 

 

「怪人に先輩風吹かせるヒーローってなに!?」

 

 

 

 レッドはページを捲る。そこには

 

 

 

「バイトを終えた俺達は、岩場で戦う……」

 

 

 

 向かい合う怪人とヒーローが

 

 

 

「そんな想像をしながら飲み屋で呑んでいた」

 

 

 

 戦う姿を想像して酔い潰れる絵があった。

 

 

 

「仲良くなってるーーー!!!!」

 

 

 

「それがスコーピオンとの出会いだった。そして、それから俺達は仕事終わりに集まる飲み仲間になり…………」

 

 

 

「待て待て待ってーー!!」

 

 

 

 ノートをめくろうとするレッドを私は止める。

 

 

 

「これいつまで続くんですか!?」

 

 

 

 私が聞くとレッドは顎に手を当てて少し考えた後、

 

 

 

「第九幕まで続くな……」

 

 

 

「いや、長い長い長ーい!! もう出会いとか馴れ合いとか良いので、戦いのところまで飛ばしてください、そこで呪いについて喋ったんですよね」

 

 

 

「えーー、ここからが面白いのに……」

 

 

 

 レッドは渋々ページを進める。そしてそこには公園で向かい合うレッドとスコーピオンの姿が描かれていた。

 

 

 

「見つけたぞ、スコーピオン!! と俺は言う。ふふふ、よくぞ、拡張機で蝉の鳴き声を大きくして住民を困らせていた俺に気づいたな、とスコーピオンが返す」

 

 

 

「どんな悪事!?」

 

 

 

「俺も夜勤明けなんだ!! そんなことをして許されると思うなよ!! と俺はスコーピオンに言って戦闘が始まる」

 

 

 

 レッドはページを捲る。すると、

 

 

 

「超合体をしたスコーピオンに俺がゴールデンダンダンダダンビームを放ち、スコーピオンを倒した」

 

 

 

「瞬殺したーー!!!! なんで、戦闘シーンが一番大事じゃないの?」

 

 

 

「本当にこんな感じだったんだ。スコーピオンが公園のセミと合体して、それを俺が倒したんだ」

 

 

 

「セミと合体だったの!?」

 

 

 

 と、ここまで話を聞いていたが、重要なことがまだだ。

 

 

 

「それで呪いがどうとかはどうなったんですか? 戦闘終わっちゃいましたよ」

 

 

 

「あ、それはこの後だな」

 

 

 

 レッドはページを捲った。そしてそこには握手をするレッドとスコーピオンの姿が描かれている。

 

 

 

「闘いの終わった俺たちには友情が芽生えていた」

 

 

 

「仲直りしたーー!!!!」

 

 

 

「終戦後、スコーピオンはあることを教えてくれた。それはスコーピオンやその眷属を殺すと呪われてしまうこと、俺の放った技はスコーピオンもその眷属も殺すことはなかったため、呪われることはなかったと。そんな話を聞きながら俺達は飲み屋へと向かう」

 

 

 

 レッドは最後のページに進めた。

 

 

 

「その途中、俺とスコーピオンは眷属のセミを踏みつけて殺してしまっていた」

 

 

 

「ここまで面倒なことして、セミ踏んづけただけーー!?」

 

 

 

「だが、しっかりと呪われた。スコーピオンは生み出した本人だから無事だったらしいが」

 

 

 

 なんでスコーピオンからセミの眷属が出てくるのか。結局今までの茶番はなんだったのか、疑問しかないが……。

 

 

 

 

「リエ、こういうことらしいけど、どうにかできない?」

 

 

 

 私はリエに耳打ちする。リエは困った顔で

 

 

 

「こういうことらしいって……。そう言われても困るんですけど…………。まぁでも、方法はありますよ」

 

 

 

 そして視線をテレビの方へと向けた。

 

 

 

「あれを使うんです」

 

 

 

 

 

 

 

 

 私はレッドに立ち上がってもらい、テレビの前へと来てもらう。

 

 

 

「これから除霊を始めるのでこちらへ」

 

 

 

 レッドはテレビの前に立ち、何も映っていない真っ暗な画面に反射で薄らとその姿が映し出される。

 

 

 

 私はソファーの上に立ってテレビを見つめているリエにひっそりと聞く。

 

 

 

「ここで良いのよね」

 

 

 

「はい。そこから大丈夫です」

 

 

 

 リエに教えてもらった除霊方法の一つ。リエの力でテレビに霊力を纏わせる。それで無理矢理、レッドに取り憑いている幽霊の姿を視認できるようにするというもの。

 

 

 

 存在を確認できてない状態では、何も対処することもできない存在だが、存在を確認すれば、画面越しであってもその存在を世界に固定することができる。

 

 

 

 それでもその幽霊に触ることができるのは、霊力の強い人物か、または関連性のある存在に分かれるが、ここには楓ちゃんがいるから問題ないだろう。

 

 

 

「じゃあ、行きますよ」

 

 

 

「ええ、やりなさい!!」

 

 

 

 リエはゲームのコントローラーを握り、そのコードからテレビに霊力を伝える。リエから流れ出る半透明なオーラがテレビにたどり着くと、テレビの電源がついた。

 

 

 

「うわ、ついた!?」

 

 

 

 テレビが突然ついたことにレッドが驚く。私も声を上げそうになったが、依頼人の前で情けない姿を見せないようにするため、どうにか声を抑えた。

 

 

 

 テレビの電源はついたが、番組が何度も切り替わり、その切り替わるスピードが上がっていき、やがて砂嵐になる。

 

 

 

 スーッと画面が暗くなり、薄らと画面の中にさっき反射した時よりもはっきりと私達の姿が映った。

 

 

 

「どうなってるんだ……」

 

 

 

「見えた……」

 

 

 

 そしてその画面の中に現実では見えていない人物が写っていた。レッドの背後にのしかかるようになっているセミの怪人の姿だ。

 

 

 

「これが俺に取り憑いてる幽霊か……」

 

 

 

 レッドは画面を見て取り憑いている本人の姿を確認した後、私の方を向く。

 

 

 

「お、お願いだ。どうにかしてくれ!!」

 

 

 

「お任せください!! しかし、今回は私ではなく、私の後輩に仕事を任せます」

 

 

 

 私はそう言って台所の方を向くと、

 

 

 

「楓ちゃーーんッ」

 

 

 

 楓ちゃんを呼んだ。しかし、さっきまでいたはずの楓ちゃんの姿が見えない。しかも、楓ちゃんだけではなく、黒猫の姿も見当たらない。

 

 

 

「楓ちゃんとタカヒロさんはどこに行ったの?」

 

 

 

 私はテレビに霊力を送り続けるリエに質問する。リエは首を横に振って答える。

 

 

 

「そういえば、さっきから見てませんね。どこに行った…………ちょちょちょ、レイさんヤバいです!!」

 

 

 

 リエは焦った様子でテレビ画面を見る。私がテレビ画面を見ると、そこではセミの怪人が背中から刀を取り出した。

 

 

 

 そしてセミの怪人が喋ると、テレビのスピーカーからその声が漏れてきた。

 

 

 

「このニンニンゼミ様を発見するとは、お主なかなかやるな。レッドとスコーピオン様を呪い殺すまで、俺は除霊されるわけにはいかんのだ。邪魔をするなら、我が忍法で始末してやる」

 

 

 

 画面の中では、ニンニンゼミがジリジリと私達の方へと近づいてきている。

 

 

 

「り、リエ!! どうにかできないの!?」

 

 

 

「無理です。私は幽霊を画面に映すので精一杯です。レイさんがどうにかしてくださいよ!!」

 

 

 

「無理よ!! 画面越しの幽霊なんてどうやったら除霊できるのよ!!」

 

 

 

 私とリエが言い合いをする中も、ニンニンゼミは近づいてくる。

 

 

 

 エジプト怪人の眷属がなぜ、蝉の忍者なのか。なんでヒーローが蝉の幽霊に取り憑かれているのか。さっきヒーローがやっていた紙芝居はなんだったのか。いろいろ気になることはある。

 だが、もうどうでもいい、そんなことはどうでもいいから助けてーー!!

 

 

 

「そこまでだ。ニンニンゼミよ!!」

 

 

 

 私とニンニンゼミの間に赤いヒーロースーツの男が割って入る。

 

 

 

「レッド……。ふ、貴様とスコーピオン様を倒すのが我が目的。まずは貴様から倒してやるわ!!」

 

 

 

 ニンニンゼミは刀を振り上げて、レッドに襲いかかる。レッドは現実には見えていないが、テレビには映っているニンニンゼミの姿を頼りに、刀を躱した。

 

 

 

 

「避けたか。だが、これでどうだ!!」

 

 

 

 ニンニンゼミは刀を何度も振ってレッドを攻撃する。しかし、レッドは画面に映る怪人を完璧に躱している。

 

 

 

「す、凄い!!」

 

 

 

「流石ヒーローですね!!」

 

 

 

 私とリエはそんなレッドの姿に見惚れる。

 

 

 

 幽霊に取り憑かれるようなヒーローのため、期待感はなかったが、レッドの動きに逆にその期待を裏切られた感覚だ。

 

 

 

 本物のヒーローのように俊敏に動くレッド。しかし、レッドに攻撃が当たらないと分かったニンニンゼミはターゲットを変えてきた。

 

 

 

「クソ、ならば、そこの女から地獄に落としてやるわー!!」

 

 

 

「私ーー!?」

 

 

 

 ニンニンゼミは私に刀を下ろす。

 

 

 

「危ない!!」

 

 

 

 向かってくる刀。その刀をレッドが素手で受け止めた。

 

 

 

「ヒーローさん……」

 

 

 

 刀を鷲掴みにしたレッドだが、完全に止められたわけではなく。刃がレッドの手のひらに触れて血が流れる。

 

 

 

「ヒーローと怪人の対決に、一般人を巻き込むとは、貴様それでも怪人か!!」

 

 

 

 ニンニンゼミは刀に力を入れて押し込んでいく。

 

 

 

「それでこそ怪人だろぉー!! ニンニンニンニン!!」

 

 

 

 ふざけた笑い方をするニンニンゼミ。

 

 

 

 ジリジリと追い詰められるレッド。刀を抑えるので精一杯で反撃をすることができない。

 このままではやられてしまう。

 

 

 

「そこまでだーー!!」

 

 

 

 ニンニンゼミに飛び蹴りをして、そこに現れる一匹と一人。

 

 

 

「楓ちゃんとタカヒロさん!?」

 

 

 

「君達は……」

 

 

 

 楓ちゃんは隣の部屋のカーテンを被り、黒猫は黒いゴミ袋に穴を開けて頭につけていた。

 

 

 

「僕はヒーローホワイト!!」

 

 

 

「俺はヒーローブラック!!」

 

 

 

 楓ちゃんと黒猫はポーズを決める。

 

 

 

「二人ともどこにいるのかと思ったら、それを作ってたのかー!!」

 

 

 

 ヒーローの姿を見て、自分達もヒーローにみたいになりたかったのだろう。それで隣の部屋にいたのか。

 

 

 

 楓ちゃんに蹴り飛ばされたニンニンゼミは立ち上がり、刀を拾う。

 

 

 

「よくも蹴り飛ばしてくれたな。初めて見るヒーローだが、ここでやっつけてやる」

 

 

 

 ニンニンゼミは刀を持って楓ちゃんに向かっていく。

 それを見たレッドは

 

 

 

「本物のヒーローの力を……」

 

 

 

 二人の間に入って戦う体制を取ろうとする。しかし、

 

 

 

「やれ、楓」

 

 

 

「はい、師匠……あ、違う。ブラック」

 

 

 

 黒猫に指示を受けた楓ちゃんはレッドを華麗に避けると、レッドが拳を握るよりも早く。

 ニンニンゼミを瞬殺した。

 

 

 

「……つ、強い……」

 

 

 

 楓ちゃんにボコボコにされたニンニンゼミの身体は薄くなって消滅していく。

 

 

 

「はい、これで除霊完了……あ、悪を倒しましたね!」

 

 

 

 ニンニンゼミを除霊した楓ちゃんは私達の方に笑顔で振り向く。

 

 

 

 楓ちゃんの笑顔を見ながらレッドはポカンと口を開けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「これで除霊は終わりましたけど、どうですか?」

 

 

 

 レッドに椅子に座ってもらい、私は向かいの席に座る。

 

 

 

「なんだか楽になった気がします。これでスコーピオンとまた飲みに行けます!」

 

 

 

「そ、そうですね」

 

 

 

 その怪人の眷属が原因だったはずだが……。

 

 

 

 

 除霊が終わり、レッドが帰宅した後私達に平和な時間が訪れる。

 

 

 

「レイさん、僕もゲームやりたいです!」

 

 

 

 私とリエがソファーで寝っ転がる中、元気な楓ちゃんが話しかけてくる。

 

 

 

「いいよ、そこにあるから勝手にやって」

 

 

 

「やらないんですか?」

 

 

 

「疲れたから無理……」

 

 

 

 ヒーローがやってきたと思ったら、ヒーローに取り憑いていた幽霊は怪人。今日は驚いてばかりな日だった。

 

 

 

 リエも疲れているようで、私の上で寝ている。

 

 

 

「二人ともだらしないですねー」

 

 

 

「あなたたちが来るのが遅いから、余計疲れたのよ……」

 

 

 

「しっかりヒーローって本当にいたんですね。しかも幽霊に取り憑かれてるなんて」

 

 

 

 ゲーム機の電源を入れて、楓ちゃんはコントローラーを持ちながら話を続ける。

 

 

 

「もしかしたら今度は取り憑かれた怪人が来たりして」

 

 

 

 楓ちゃんが笑顔でそんなことを言った時。インターホンが鳴らされた。

 

 

 

「あれ、また依頼ですかね」

 

 

 

 楓ちゃんがそう言ってコントローラーを置いて玄関に行こうとする。しかし、嫌な予感がした私は腹の上で寝ているリエを優しく退かして、楓ちゃんと共に玄関に向かった。

 

 

 

 そして扉を開けると、そこには、

 

 

 

「あの〜、すみません。ゴーゴーレンジャーのブルーを地獄に落としたら取り憑かれたみたいで……除霊できますか?」

 

 

 

 髭面の変な仮面をつけた男と、鳥の怪人がいた。

 

 

 

 

 

 

 



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第13話 『トレーニングゴースト』

霊能力者のレイちゃんは、ダメ、無能、役に立たない?

 

 

 

著者:ピラフドリア

 

 

 

第13話

『トレーニングゴースト』

 

 

 

 

 とあるトレーニングジム。そこに二人のマッチョがやってきていた。

 

 

 

「パイセン、なかなか良い筋肉ですね」

 

 

 

「そうだろォ、だが、お前の筋肉もなかなかだぞ。車がぶつかってこようと、その筋肉なら無傷なんじゃないか?」

 

 

 

「ハッハッハ〜、流石に車には敵いませんよ。しかし、ライオンになら勝てる気がしますけどね!」

 

 

 

「どこの格闘技者だよ」

 

 

 

 二人はお互いの筋肉を褒め合いながら、ダンベルの並べられているエリアに向かう。

 どのダンベルで筋トレをしようかと選んでいる中、後輩があるものを発見した。

 

 

 

「パイセン、このダンベルお札してありますよ」

 

 

 

「ん、本当だな」

 

 

 

 そこには異質なオーラを放つお札の貼られたダンベルが置かれていた。

 

 

 

「トレーナーさん。このダンベルはどうしたんだ? 前回はなかったよな」

 

 

 

 先輩が近くにいるトレーナーに話しかけてダンベルのことについて質問をする。すると、トレーナーは首をかしげる。

 

 

 

「なんだ、このダンベル。うちのじゃないな?」

 

 

 

「え、そうなんですか?」

 

 

 

 トレーナーはダンベルを見ると、そこに書かれているマークに注目した。

 

 

 

「これ、ナドキエのロゴだろ。うちはジェイナス製の道具だけで揃えてるから、ナドキエの製品はないはずなんだ」

 

 

 

 それを聞いた後輩は不思議がる。

 

 

 

「じゃあ、なんでこんなところに?」

 

 

 

「さぁ、誰かの忘れ物なのか。ま、そのうち持ち主が持って帰るだろ。こうやって置いてあるんだし、興味があれば使ってみれば」

 

 

 

 トレーナーはそう告げた後、他の会員の元へとアドバイスをしに向かった。

 

 

 

「パイセン、どうします?」

 

 

 

「今日はもう使うの決めてるしな」

 

 

 

「俺もです。じゃあ、そのままにしておきますか」

 

 

 

 

 

 それから数日。そのダンベルの持ち主は現れることはなかった。

 

 

 

 最初は持ち主に遠慮して使われていなかったダンベルだったが、いつしかそのことも忘れられて使う会員達が現れる。

 だが、

 

 

 

「トレーナーさん、なんだか最近人少なくないですか?」

 

 

 

 後輩がトレーナーに聞くと、トレーナーは少し悩んだ後、事情を説明する。

 

 

 

「それが最近、例のダンベルを使った会員の方が次々と倒れていて、噂だとあれは呪われているダンベルだってぃれてるんだ……」

 

 

 

「例のダンベル?」

 

 

 

「持ち主不明のダンベルだよ。ほら、あそこにある」

 

 

 

 トレーナーがそう言ってダンベルの置いてある場所を見る。するとそこでは先輩がそのダンベルを持ち上げていた。

 

 

 

「パイセン!?」

 

 

 

「いやー、悪くないな、このダンベル。良い具合に筋肉をいじめられる」

 

 

 

 後輩とトレーナーは先輩の元へと駆け寄る。

 

 

 

「呪いのダンベル、使っちゃったんですか……」

 

 

 

「呪いのダンベル?」

 

 

 

 トレーナーは先輩にさっきと同じ説明をした後、付け足しの情報を加える。

 

 

 

「そのダンベルを使った人は、その夜に悪夢を見て。一週間後には筋肉が全て死滅するって噂です」

 

 

 

「なっ!? 俺の筋肉が死滅する!?」

 

 

 

 先輩はショックを受けながらダンベルを上下させる。

 

 

 

 

「パイセン、続けて大丈夫なんですか?」

 

 

 

「俺の筋肉が死滅するわけないだろ。大丈夫だよ、ハッハッハー!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「楓さん、それはなんですか?」

 

 

 

「あ、リエちゃん。これはね」

 

 

 

 楓ちゃんはそう言って家から持ってきた筋トレ道具をリエに見せる。

 

 

 

「こうやって腕の筋肉を鍛える道具なの」

 

 

 

「私もやってみたいです!」

 

 

 

「良いよ」

 

 

 

 楓ちゃんは一番軽そうな道具をリエに渡すが、リエは力を入れているが全然動かない。

 

 

 

 私は冷蔵庫から棒アイスを咥えて二人の元に戻ってきた。

 

 

 

「楓ちゃん、いつもそんなに持ち歩いてるの?」

 

 

 

「いえ、今日は部活休みだったので、持ってきただけです」

 

 

 

 私はアイスを食べながらソファーに座る。

 

 

 

「あれ、休みだったの? 休日で部活ない日は朝から来るのに、今日遅かったじゃん」

 

 

 

「それはですね〜」

 

 

 

 楓ちゃんは床に置いてあるバックの方へと行き、中をゴソゴソと漁り出す。

 

 

 

「これを買ってきたんです!」

 

 

 

 楓ちゃんの手には最近テレビのCMでよく見かける高級な猫缶があった。

 それを見たリエが筋トレ道具を元あったテーブルの上に置いて反応する。

 

 

 

「あ、それ知ってます! 旨旨ですね!」

 

 

 

 楓ちゃんの持つ猫缶をリエもCMで見たことあるようで興味を持つ。

 

 

 

「それって美味しいんですかね?」

 

 

 

「食べてもらって感想聞かないとね!」

 

 

 

 楓ちゃんは猫缶を手に玄関の方を見る。玄関の床では黒猫が平べったくなって寝っ転がっていた。

 

 

 

「師匠〜、猫缶買ってきたんですけど、食べますかー?」

 

 

 

 黒猫は寝っ転がったまま、ダラけた感じで答える。

 

 

 

「俺じゃなくてミーちゃんに聞けよ」

 

 

 

「師匠だったら、ミーちゃんの気持ち分かりますよね。聞いてみてください」

 

 

 

「……しょうがねーなー。ミーちゃん、飯食うか?」

 

 

 

 楓ちゃんに説得されたタカヒロさんが自分の身体の中にいるミーちゃんに聞く。しばらくすると解答があったようで、

 

 

 

「今いらないらしいぞ」

 

 

 

「そうですか」

 

 

 

 ミーちゃんに断られた楓ちゃんは残念そうに猫缶を台所の棚の上にある段ボールの中にしまう。

 

 

 

「楓ちゃん、立ってるならついでにこれ捨てて」

 

 

 

 私は食べ終わったアイスの棒を楓ちゃんに渡す。

 楓ちゃんは私に渡されたゴミを台所にあるゴミ箱に捨てる。

 

 

 

「あ、楓さん、私もアイス欲しいです」

 

 

 

 立っているのを良いことにリエも楓ちゃんにお願いする。

 楓ちゃんは文句ひとつ言わずに、冷蔵庫を開けてリエと自分の分のアイスを持って、戻ってくる。

 そしてリエにアイスを渡すと、リエの座る席の反対側にある椅子に座ってアイスを食べ始めた。

 

 

 

「そーいえば、楓ちゃん。この前の新聞部の子はどうなの? まだ怖がってるの?」

 

 

 

 私はソファーの背もたれに寄りかかり、楽な体勢になりながら楓ちゃんに聞いた。

 

 

 

「石上君はあれ以降幽霊の存在は信じるようになったみたい。怖がりも治ってきて、カメラを持って校内を駆け回ってたよ」

 

 

 

 それを聞いたリエが楓ちゃんに聞く。

 

 

 

「それじゃあ、また楓さんを付き纏ってたり……」

 

 

 

「う〜ん、今のところはないかな。読者の求める記事を作るのがジャーナリストの務めだって、今は心霊じゃなくて別のものを追ってるみたい」

 

 

 

「別のもの? なんなんですか?」

 

 

 

「さぁ? 僕は校内新聞読まないし、僕達に関係がなければ、問題はないかな」

 

 

 

「それもそうですね」

 

 

 

 そんな会話をしていると、インターホンが鳴らされて外から声が聞こえる。

 

 

 

「すみません!! 助けてください!!」

 

 

 

 男性の怯えた声。結構ヤバい状況で依頼に来たのだろうか。

 

 

 

 二人はアイスを食べてるし、私は立ち上がって玄関の方へと向かう。

 

 

 

「はいはーい、今出ますよ」

 

 

 

 私が玄関に向かうと、黒猫は立ち上がって靴箱を経由して私の肩に飛び乗る。

 

 

 

「なんで乗るのよ……」

 

 

 

「肩に黒猫乗ってた方が雰囲気出るだろ。それに俺も依頼人の顔見れるし」

 

 

 

 ちょっと重たいが、タカヒロさんの言う通り、雰囲気は出る。

 

 

 

 私は黒猫に言いくるめられて、そのまま玄関の取手に手をかけて開けようとする。

 そのタイミングで扉の向こうから聞こえる。

 

 

 

「俺の筋肉が、俺の筋肉が来週に死滅してしまう!!」

 

 

 

 震える男性の声でそんな言葉が聞こえてきた。

 

 

 

 私は取手を握りしめたまま、肩に乗っている黒猫を見る。すると、黒猫のコチラを見ていたようで目があった。

 

 

 

「ねぇ、今のどういうこと?」

 

 

 

「それは俺が聞きたい」

 

 

 

「…………」

 

 

 

「とにかく開けてみろ」

 

 

 

 私はゆっくりと扉を開ける。そして扉の先には……

 

 

 

「俺の筋肉を救ってください!!」

 

 

 

「パイセン、泣かないでくださいよ。大丈夫です。きっと筋肉は助かりますよ!」

 

 

 

 そこには二メートル近い身長のタンクトップを着たマッチョが二人立っており、一人は鼻水を流しながら泣いており、一人はそれを慰めていた。

 

 

 

「何この状況……」

 

 

 

「だから俺に聞くな……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 二人のマッチョを事務所に入れて、二人のパイプ椅子に座らせる。椅子が足りなかったので、私は台所の冷蔵庫の裏にしまってある椅子を取り出して二人の反対側に座った。

 

 

 

「それで事情をお聞きして良いでしょうか?」

 

 

 

 黒猫を肩に乗せた状態で私は聞く。すると、マッチョの後輩が答えた。

 

 

 

「それがですね。俺達の通っているジムに不思議なダンベルがありまして、そのダンベルを使うと呪われるという噂があるんです」

 

 

 

 また呪い系か……。前回は怪人の呪い。連続で呪い系の依頼が来るなんて、バランスが悪すぎないだろうか。

 

 

 

「呪いのダンベルですか。どういったことが起きるんですか?」

 

 

 

「そのダンベルを使うと、一週間後に筋肉が死滅します」

 

 

 

「え、今なんて?」

 

 

 

「一週間後に筋肉が死滅します」

 

 

 

 私は首を動かし肩の上にいる黒猫を見る。黒猫も目を丸くしている。

 

 

 

 筋肉が死滅するってどういうこと!?

 

 

 

 後輩が説明を終えると、先輩が身体を丸くして泣き始める。

 

 

 

「うおおおおおおおおおおお!! 俺の筋肉よォォォォォ、お前達がいなくなるなんて、嫌だァァァ」

 

 

 

 後輩は泣き喚く先輩を宥めながら依頼内容を告げる。

 

 

 

「パイセンはそのダンベルを使ってしまったんです。どうか、パイセンの筋肉を助けてあげてください!!」

 

 

 

「筋肉を助けろって……まぁ、依頼だからやるしかないけど」

 

 

 

 先輩が泣き止むと、台所で飲み物の用意をしていた楓ちゃんがお茶を持ってやってくる。

 

 

 

「どうも。パイセン、お茶飲んで落ち着いてくださいね」

 

 

 

「うん」

 

 

 

 先輩がお茶を啜る中、楓ちゃんと一緒に宙を浮いてコチラの様子を見に来たリエに聞く。

 

 

 

「これって本当に呪い? 筋肉がーっとか聞いてると、ふざけてるようにしか聞こえないんだけど」

 

 

 

「呪いですよ。あのマッチョの方の一人から霊力を感じます。完全に呪われてますね……でも、気になるのは……」

 

 

 

 リエはそう言うとマッチョの二人が持ってきた荷物の上まで飛んでいく。そしてその荷物の真上に着くと、

 

 

 

「この中からもっと強力な霊力を感じますよ。その呪いと同様の霊力を」

 

 

 

「それってまさか……」

 

 

 

 リエの話を聞いて私は依頼人の二人に聞く。

 

 

 

「その呪いのダンベル持ってきてるんですか!?」

 

 

 

「え?」

 

 

 

 後輩の方はキョトンとした顔で困ったような返事をした。しかし、お茶を飲み終えた先輩はおっとりした顔で

 

 

 

「ええ、持ってきましたよ」

 

 

 

 と答えた。

 

 

 

「パイセン!? 何やってんですか!! あれは危険だから捨てるんじゃなかったんですか!?」

 

 

 

「その予定だったんだが、なぜか捨てられなくて、気づいたら持ってきていてたんだ」

 

 

 

 それを聞いたリエは小さく呟く。

 

 

 

「誘導されましたね」

 

 

 

「リエちゃん、どういうこと?」

 

 

 

 お盆を脇に挟んだ楓ちゃんが依頼人にバレないように小さな声でリエに聞く。

 

 

 

「呪いの元はより強い怨念ってことです。呪ったものを誘導して、さらに呪いを広めようと動く、この手の呪いは厄介ですよ」

 

 

 

 リエの説明を聞き、私は依頼人にお願いをする。

 

 

 

「そのダンベルを見せてもらっても良いですか?」

 

 

 

「はい、分かりました」

 

 

 

 先輩は持ってきたバックの元へと行くと、しゃがみ込んで中からダンベルを取り出した。

 

 

 

 10キロのダンベルが二本。銀色でしっかりとした作りのものだ。しかし、不自然なものが貼られていた。

 

 

 

 ダンベルの中央にある持つ部分。そこに巻かれるようにお札が貼られていた。大量のお札が二本ともにギッチリと貼られている。

 

 

 

 そのダンベルを先輩がテーブルまで持ってきて置く。近くで見ると私でもはっきりと分かった。

 

 

 

 これには不気味な力が宿っている。

 

 

 

「なんでこんなダンベルを使ったんですか?」

 

 

 

「引き寄せられるように……使っちゃったんです」

 

 

 

 ダンベルを見て分かった。この依頼人が言っていることは事実だ。

 不気味であるが、なぜか近づきたくなる不思議な魅力を感じる。これがリエの言う呪いの効果なのだろうか。

 

 

 

「そのダンベルを使った夜です。変な夢を見たんです」

 

 

 

「変な夢?」

 

 

 

「見知らぬジムで筋トレをしている男性が、動けば動くほど筋肉がなくなって痩せていくんです。そして俺に気づくと、俺のことを指差して…………そしたら俺の同じように痩せていったんです」

 

 

 

「何かのメッセージかしら……」

 

 

 

 私はテーブルの上で逆さになってダンベルを凝視しているリエに聞く。

 

 

 

「そうですね。その可能性が高いです」

 

 

 

 私はテレビの方を見て視線を送る。それを見たリエが察して答えた。

 

 

 

「この前みたいに映してですか。それは無理ですね。この前の怪人さんは一人相手に取り憑いていたので、簡単に引き摺り出せました」

 

 

 

 リエはフラフラと浮いて、依頼人の頭の上を浮遊する。

 

 

 

「今回は取り憑くというよりも呪いです。呪いをかけた本人を探して、その根本を解決しないことにはこの呪いを打ち消すことはできません」

 

 

 

「そう、かなり厄介なのね……」

 

 

 

 私がそうリエに返すと、その声が依頼人にも聞こえたのか不思議な顔をする。

 

 

 

「ゴホン、なんでもないですよ。……依頼は引き受けましょう。しかし、少々時間がかかるよう……かかります。このダンベルはこちらで預かるので、今回は解散になります」

 

 

 

 私が立ち上がると、依頼人も立ち上がる。

 

 

 

「そうですか。どうか、俺の筋肉を救ってください」

 

 

 

「はい、お任せください」

 

 

 

 

 



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第14話 『呪いのダンベル』

霊能力者のレイちゃんは、ダメ、無能、役に立たない?

 

 

 

著者:ピラフドリア

 

 

 

第14話

『呪いのダンベル』

 

 

 

 

 依頼人が帰って私達はテーブルに置かれたダンベルを囲んで話し合いをしていた。

 

 

 

「それでこのダンベルの呪いを解くためには、根本から解決するしかないって言ってたよね。それってどうしたら良いの?」

 

 

 

 私は呪いの解き方について知っていそうなリエに聞く。リエはテーブルの肘を乗せ、テーブルに身を乗り出す。

 

 

 

「このダンベルは呪い発動の装置に過ぎません。このダンベルをどうにかしたからといって、呪いを解くことはできない」

 

 

 

「じゃあ、どうすれば?」

 

 

 

「このダンベルの持ち主を探します」

 

 

 

「ダンベルの持ち主?」

 

 

 

 私は首を傾げる。楓ちゃんはテーブルの上で丸くなる猫を撫でながら会話に参加する。

 

 

 

「ダンベルの持ち主が呪いをかけている本人ってこと?」

 

 

 

「はい、楓さんの言う通りです。だから持ち主を探して、呪いをかけた理由を調査、それを解決させるんです!」

 

 

 

 

 こうして私達はダンベルの持ち主を探すことになった。まずはダンベルの置かれていたジムに行き、誰が持ってきたのかを調査する。

 

 

 

 私はダンベルをバックに入れて持ち運ぼうとするが……。

 

 

 

「持ち上がらない……」

 

 

 

「十キロが二本で二十キロありますからね……」

 

 

 

 私とリエは重たいバックを見つめて、どうしようかと迷っていると、トイレに行っていた楓ちゃんが戻ってきた。

 

 

 

「あれ、どうしたんですか? 持てないなら僕が持ちますね」

 

 

 

 楓ちゃんはバックを片手で軽々と持ち上げる。

 

 

 

「では行きましょ、師匠が玄関で待ってますよ」

 

 

 

「……は、はい」

 

 

 

 

 

 

 

 依頼人に教えてもらったジムに着いて、そこのトレーナーにダンベルについて話を聞く。

 

 

 

「気づいたらあったんですよね。持ち主はわからなくって……」

 

 

 

 働いているトレーナーにダンベルに聞いても、誰が持ってきたのか分からなかった。

 しかし、トレーナーに聴き込みをしている中、一人のジムに通っている女性がジムの中に入ってくる。

 

 

 

 女性はトレーナーに挨拶をして奥へと進もうとしていたが、私たちが持ってきたダンベルを見つけて足を止めた。

 

 

 

「そのダンベルって、もしかして」

 

 

 

「え、知ってるんですか?」

 

 

 

「え、まぁ、もしかしたらまたそのダンベル何かあったの?」

 

 

 

 その女性はダンベルについて何か知っている様子だった。私達はその女性に少しだけ時間をもらい、ジムのロビーにあるベンチで話を聞く。

 

 

 

「そのダンベル。前に通ってたジムでもあったの。その時も呪いだって騒ぎになって、私は不気味だったから近づきもしなかったわ」

 

 

 

「そのジムはどこなんですか?」

 

 

 

「潰れたわ。そのダンベルの呪いでね」

 

 

 

「え!?」

 

 

 

 女性の話を聞いていた私達は驚いて動きを止める。

 

 

 

「ダンベルを使った会員が次々と筋力をなくしてね。運動どころか、最終的には呼吸も出来なくなって。それで評判が悪くなってなくなっちゃったの」

 

 

 

 筋肉が死滅する。その呪いの被害者がもう他にも出ていたとは……。しかし、呪いの力を舐めていた、死者が出るほどの呪いだったとは。

 

 

 

「レイさん、これは早く解決した方が良いですよ。これ以上呪いによる被害が増えるのは危険です」

 

 

 

 ベンチの後ろの壁に半分埋まった状態のリエが私に伝える。

 リエの言う通り、これは早く解決しないと被害が増えてしまう。

 

 

 

「このダンベルの持ち主が誰だか分かりませんか?」

 

 

 

 私が聞くと女性は申し訳なさそうな表情で答える。

 

 

 

「ごめんなさい。私には分からないわ。でも」

 

 

 

 そう言うと女性はリュックを開いて中からメモ帳を取り出す。そしてそのメモ帳に数字を書くと、

 

 

 

「当日そのジムのオーナーをやっていた人の連絡先。何度もナンパされて、嫌々メモさせられたんだけど、まさかこれが役に立つ時があるなんてね」

 

 

 

 女性はメモ帳からその連絡先を破ると、それを私に渡してジムの中へと戻っていった。

 

 

 

「レイ、連絡してみるのか?」

 

 

 

 楓ちゃんに抱っこされている黒猫が私の持ったメモを持って聞く。

 

 

 

「やるしかないでしょ」

 

 

 

 ジムを出てすぐにある自販機の前で私達は早速貰ったメモを頼りに連絡をしてみることにした。

 

 

 

 携帯を取り出し私はその電話番号を打ち込む。私がメモと携帯を交互に見て打ち込んでいる中、楓ちゃんはズボンの後ろにあるポケットから財布を取り出して、自販機を見つめていた。

 

 

 

「師匠、リエちゃん、何か飲みたいものある?」

 

 

 

「ミーちゃんに人間の飲み物を飲ますな。持ってきたミーちゃん用の水を飲ませてくれ」

 

 

 

「私は今は要らないです」

 

 

 

 リエは断ると楓ちゃんのバックの中から黒猫用の水を取り出して、黒猫に水を飲ませる。楓ちゃんはスポーツドリンクを買ってそれを飲んでいた。

 

 

 

「ねぇ、私だけ仕事してるの寂しいんだけど」

 

 

 

「電話だと一人でするしかないだろ」

 

 

 

「それはそうだけど」

 

 

 

 黒猫に現実を突きつけられ、電話番号を打ち込み終えた私は携帯を耳に当てる。

 日差しの照らす中で生暖かい携帯が耳にあたり気持ち悪いが、それでも我慢してしばらく待つと電話が繋がった。

 

 

 

「はい、黒淵さんでしょうか? …………はい、はい。あ、はい。えっとですね、呪いのダンベルの件でお話を聞きたくて、お時間いただけますでしょうか………………………はい、ありがとうございます。では後ほど」

 

 

 

 電話を終えた私は楓ちゃんの買った冷たいスポーツドリンクに手を当てて涼んでいるリエと黒猫。そしてその二人を見守っている楓ちゃんに報告した。

 

 

 

「これから時間があるから直接会って話してくれるって、これで呪いのダンベルの所有者に近づけるかも!」

 

 

 

 

 

 

 

 呪いのダンベルのあったジムの元オーナーに連絡を取り、直接会って話すことができることになった私達は、待ち合わせ場所に指定された駅前の喫茶店にたどり着いた。

 

 

 

「ここにその人がいるんですか?」

 

 

 

 リエは私の背後を浮遊しながら質問してくる。

 

 

 

「そういうことになってるけど。もう着いてるのかな」

 

 

 

 黒猫には楓ちゃんが持ってきたバックの中に隠れてもらい、私達は喫茶店に入る。

 四人用のテーブル席が10席ほどあり、店内は半分の席が埋まっていた。

 

 

 

「二名様ですか?」

 

 

 

「あ、そうなんですけど、待ち合わせをしてて」

 

 

 

「待ち合わせですか。二名ほど、お待ちしているお客様がいるのですが」

 

 

 

「どちらですか?」

 

 

 

 店員は手前にある入り口付近のテーブル席と、奥にトイレに近いテーブル席に待ち合わせの客がいることを教えてくれた。

 手前の席には金髪のスーツを着た男性がパンケーキを食べている。奥の席ではうさ耳のカチューシャを付けた女性がコーヒーを飲んでいた。

 

 

 

 電話の時の声は女性の声だったため、私は奥の席に行こうとしたのだが、その時に手前の席の男性が店員を呼ぶ。

 

 

 

「すみませーん。注文したいんですが」

 

 

 

 その声はまるで女性のような声。そしてそのままの声で注文を続ける。

これではどちらが電話の相手だったか、分からない。

 

 

 

「レイさん、わからないんだったら電話してみたら良いんじゃないですか?」

 

 

 

 私が迷っていると後ろで楓ちゃんがそう提案してくれた。それを聞いて私は携帯電話を取り出す。

 そして履歴を開いた時、喫茶店の扉が開き新しいお客さんが入ってきた。

 

 

 

 パイナップルのような髪型をした男性は、手前の席にいる金髪の男性の元へ躊躇することなく近づき、向かいの席に座った。

 どうやら手前にいた男性は違うようだ。

 

 

 

 そうなると、奥にいる女性が電話の相手ということになる。しかし、いざその女性に注目してみるとかなり変わった格好をしている。

 

 

 

 うさ耳のカチューシャにメイド服を着こなし、まるで漫画の世界から飛び出してきたかのような格好をしている。

 あのような格好をしている人が、元ジムの経営者だとも考えにくい。きっと別の待ち合わせをしている人だろう。

 

 

 

 私達は先に着いてしまった、そういうことなのだろう。と私は携帯を閉じる。

 私が携帯を閉じると、奥にいる女性は携帯を取り出して何か操作を始める。

 その女性が携帯を触ると同時に、私の携帯に電話がかかってきた。

 

 

 

「あ、はい、…………待ち合わせの場所に着きました………………手を振ってる……?」

 

 

 

 奥にいるうさ耳をつけた女性がこちらに向かって手を振っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 元ジムのオーナーと合流した私達。席に着くと女性は早速自己紹介を始めた。

 

 

 

「私は黒淵 モエカ。モエちゃんって呼んでね」

 

 

 

 黒淵さんは顔の前に手でハートを作りながら紹介を終えた。

 

 

 

「私は霊宮寺 寒霧。それでこっちが坂本 楓ちゃ……君よ」

 

 

 

 リエは見えていないし、黒猫は隠れているため自己紹介は省く。

 私達が紹介を終えると、黒淵さんはテーブルに肘をつき、手の甲に顎を乗せる。

 

 

 

「へぇ〜、なかなか可愛いわね」

 

 

 

 そして私達の方を見てそう言った。

 

 

 

「ですよね。でも、楓ちゃんは男な……ん…………」

 

 

 

「違うわよ。あなたよ」

 

 

 

 黒淵さんは突然身を乗り出すと、私の手を握りしめる。

 

 

 

「え……?」

 

 

 

「あなた、もっと可愛くなれるわよ」

 

 

 

 黒淵さんは私の目を見てそんなことを言ってくる。楓ちゃんのことを言っているのかと思ったが、もしかして私のことなのだろうか。

 

 

 

 黒淵さんは目を輝かせて、私の腕を強く握りしめる。

 

 

 

「鍛えれば絶対良い筋肉をつけられる!!」

 

 

 

「へぇ? 筋肉?」

 

 

 

 私が混乱している中、黒淵さんはテーブルに腹を乗せて乗り出しながら、私の身体を触り出した。

 

 

 

「良いわ良いわ、すごく良い!! 筋肉付けないのはもったいないわよ!」

 

 

 

「ちょ、なんなんですか。黒淵さん」

 

 

 

 私は黒淵さんの腕を振り払う。すると、黒淵さんは頬を膨らませて不機嫌そうな顔をする。

 

 

 

「モエちゃんって呼んでって言ったわよね。レイちゃん」

 

 

 

「も、モエちゃん……なんなんですか、突然」

 

 

 

「だから〜、筋肉をね」

 

 

 

 機嫌を直した黒淵さんは再びテーブルに身を乗り出して、私に触ってこようとする。嫌がる私を守るように、楓ちゃんが手を横に出す。

 

 

 

「モエ・チャンさん、やめてください。レイさんが嫌がってます」

 

 

 

 しかし、黒淵さんはその腕を叩いて、楓ちゃんを睨んだ。

 

 

 

「私、男には興味ないの。あとちゃん付けやめてくれる」

 

 

 

「は、はい……」

 

 

 

 楓ちゃんは速攻で負けた。隣で落ち込んでいる楓ちゃんを無視して、黒淵さんは私の身体に手を伸ばす。

 私はメニュー表を盾にして黒淵さんから身を守り、本題に入った。

 

 

 

「モエちゃん、あなた呪いのダンベルを知ってるんですよね。教えてください、その持ち主は誰なんですか?」

 

 

 

 呪いのダンベル。その単語が出た途端、黒淵さんの手が止まる。

 

 

 

 黒淵さんは席に座り直して話を聞く体制になる。

 

 

 

「そうね。そういえば、呪いのダンベルについて話があるってことだったわね。あなたの体を見て興奮して忘れてたわ…………」

 

 

 

「興奮しないでください」

 

 

 

 私は椅子の奥まで座り、黒淵さんから出来るだけ距離を取って会話を始める。

 

 

 

「呪いのダンベルは誰が持ってきたんですか?」

 

 

 

 私が早速質問すると、黒淵さんは目を細めてつまらなそうに答えた。

 

 

 

「早いわね。本題に入るのが、でも良いわ答えてあげる。ダンベルの持ち主は夏目よ」

 

 

 

「夏目?」

 

 

 

 私と楓ちゃんは首を傾げる。私達の後ろにいるリエも首を傾げた。

 

 

 

「私の経営するジムにあのダンベルがやってきたのは、今から丁度一年ほど前だった。それももうすでにいくつかの人間を伝い、呪いをばら撒いてきた後」

 

 

 

「じゃあ、あなたのジムにその夏目さんが来ていたわけではないんですか」

 

 

 

「ええ、そうよ。私がジムで働く前からその呪いはあったみたい。このダンベルはナドキエ製の初期モデルなの。だからこのダンベルが主流だった頃を考えれば、約十年前に呪いのダンベルがあったとこになる」

 

 

 

 十年前。そんな前からこの呪いのダンベルが存在していたとは……。しかし、黒淵さんの話を聞いて疑問が浮かぶ。

 

 

 

「なぜ、持ち主が夏目さんだと分かったんですか?」

 

 

 

 黒淵さんは店内の誰かを見る、目線で何かを送る。私達も黒淵さんの見た方を見るが、誰を見ていたのかは分からなかった。

 黒淵さんは私の方に向き直すと話を続ける。

 

 

 

「呪いのダンベルがジムに来て、問題が起きて私もこの件について調べ出したわ。まぁ、持ち主がわかったときには、ジムは潰れて、ダンベルは消えていたけど……」

 

 

 

 黒淵さんはポケットの中から一枚の紙を取り出し、それをテーブルの上に置いた。

 その紙には見慣れない場所の住所が書かれている。

 

 

 

「ここが夏目の家よ。夏目自身は何年も前に亡くなっているみたいだけど、ここに呪いを解くヒントがあるかもしれないわ」

 

 

 

 黒淵さんはその紙を私達に渡すと、立ち上がる。

 

 

 

「私が知っているのはここまでよ。それじゃ、私はこれで……」

 

 

 

 黒淵さんは自身の会計分の小銭をテーブルに置いて店の入り口へと向かう。

 私達は黒淵さんに渡された住所の書かれた紙を見て、、どこなのか確認しようと手元に待ってくる。

 

 

 

「あ、そうだ!!」

 

 

 

 紙を目の前に持ってきたはずが、突然横から黒淵さんの顔が現れて塞いできた。

 

 

 

「うわぉ!? 帰ったんじゃ?」

 

 

 

「その前に〜!」

 

 

 

 黒淵さんは携帯電話を取り出すと、

 

 

 

「レイちゃん、あなたの連絡先教えてよ〜」

 

 

 

 

 

 

 

 黒淵さんも帰り、ついでに喫茶店で昼食を済ませた私達は、会計を終えて店を出ようとする。

 

 

 

「ありがとうございました。またお越しくださいませ」

 

 

 

 店の入り口に行き、扉に手を伸ばしたとき。私の目線をコインが横切る。

 突然コインが飛んできて驚いた私は、慌てながらも咄嗟にキャッチした。

 

 

 

「なにこれ? 五円玉?」

 

 

 

 私が飛んできたコインを不思議そうに眺めていると、入り口の近くの席から声をかけられる。

 

 

 

「いや〜すまないすまない。そこの麗しき白髪のマドモアゼル、コインが飛んでいってしまってね」

 

 

 

 そこは待ち合わせで勘違いした他のお客さん達。喫茶店に入るときに見かけた二人と、もう一人男性が増えており、その人がコインを飛ばしてしまったようだ。

 

 

 

 男性はコインを投げるように手招く。私がコインを投げ返すと、男性は綺麗にキャッチした。

 

 

 

「サンキュー!」

 

 

 

 そして男性はコインを持ち直すと、親指で弾いて顔の高さまで飛ばしてキャッチ。それを何度も繰り返して遊んでいる。

 

 

 

「レイさん、早く行きましょ〜」

 

 

 

 扉をすり抜けたリエが外から呼ぶ。男性からの目線を感じながらも、コインを返したのだしと私は店を出た。

 

 

 

「店の中でコイン遊びって何考えてるんでしょうね。他の客に迷惑かけて」

 

 

 

 店を出た後、後ろで楓ちゃんが文句を言っている。

 

 

 

「そうね。ま、関係ないのだし、行きましょう。目指すは夏目さん家よ!」

 

 

 

 

 



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第15話 『夏目』

霊能力者のレイちゃんは、ダメ、無能、役に立たない?

 

 

 

著者:ピラフドリア

 

 

 

第15話

『夏目』

 

 

 

 

 黒淵さんに教えてもらった住所を頼りに、私達は呪いのダンベルの持ち主であった夏目という人物の自宅に向かっていた。

 

 

 

「ここで降りるんでしたっけ、それとも次でしたっけ?」

 

 

 

 リエがソワソワしながら不安そうに聞いてくる。

 

 

 

「そうね。…………次の次の駅で乗り換えよ」

 

 

 

 私は行き先を駅員に伝え、行き方をメモした手帳を確認してから、リエに答える。

 

 

 

「そうでしたか!」

 

 

 

 リエは私に取り憑き、屋敷から出てから、初めての遠出だ。ワクワクと不安の両方があるのだろう。ずっと落ち着かない様子だ。

 

 

 

 それに比べて楓ちゃんは電車に揺られる中、立ちながら熟睡している。

 

 

 

 車内は空いているため座ることを勧めたのだが、これも筋トレの一つだと言って無理にでも座ろうとしなかった。

 部活とバイトで疲れているはずだから、少しでも身体を休ませれば良いのに……。

 

 

 

「タカヒロさん、ミーちゃん、おやつ食べますか?」

 

 

 

 リエが私の隣に置かれたバックを開けて、中にいる猫の顔を出す。

 

 

 

「うお、眩し……おい突然開けるなよ」

 

 

 

「すみません、……食べますか?」

 

 

 

「今要らん。それよりこういうところで開けるなよ。見つかったら追い出されるぞ」

 

 

 

 私はバックの中から頭の飛び出ている黒猫を撫でる。

 

 

 

「大丈夫よ、今は私たちしかいないから」

 

 

 

 喫茶店を出たのが一時過ぎ、あれからずっと電車を乗り継いで二時間をかけて、ここまで来た。

 電車の外から見える景色は山と畑だけの自然溢れる場所だ。

 

 

 

 こんなところにダンベルの持ち主の家があるらしい。

 

 

 

 しばらくの間電車に揺られ、ついに目的の駅に辿り着いた。

 

 

 

「ここが夏目の住んでいた村ね」

 

 

 

 辺り一面緑一色の結和村(けつわむら)。川が近くを流れており、その川を登っていくとダムがある。

 

 

 

「駅の近くには意外と店があるんですね。メモメモ……」

 

 

 

 初めての遠出に興奮しているリエは、見慣れない風景を細かくメモして記録している。

 

 

 

「クンクンクン、この匂いは……」

 

 

 

 駅から出ると楓ちゃんは顔を突き出して、何かの匂いを嗅ぐ。

 そして吸い寄せられるように駅の向かい側にある店へと走っていく。

 

 

 

「ちょっと、楓ちゃん!!」

 

 

 

 さっきまで寝ていた人とは思えない元気な動きだ。元気なのは良いが、走りながら振り回しているバックの中には黒猫がいることを忘れないでほしい。

 

 

 

「リエ、メモ終わった? 楓ちゃん行っちゃったから行くよ」

 

 

 

「はい! 大丈夫です。行きましょう!」

 

 

 

 メモ帳を閉じたリエと共に店の前で店員から何かを貰った楓ちゃんの元へ向かう。

 

 

 

「何買ったの?」

 

 

 

「串焼きです!」

 

 

 

 振り返ると、楓ちゃんの口には五本も咥えられていた。

 

 

 

「はいこれ、どうぞ」

 

 

 

 二本の串焼きが入った袋を楓ちゃんは私に渡す。

 

 

 

「あ、ありがとう……」

 

 

 

 長い間、電車に揺られていたため、食べる気にはなれないが……とりあえず受け取っておく。

 

 

 

「それじゃあ、行きましょっか!」

 

 

 

 店で買い物をするために地面に置いていたバッグを楓ちゃんが持ち上げて肩にかける。

 

 

 

「そうね。早くしないと日が暮れちゃうしね」

 

 

 

 進もうと前を目線を動かしていると、楓ちゃんの後ろ姿が一瞬視界に入る。

 その時、バックのほんの少し空いた隙間から、助けを求める黒猫の目が見えた。

 

 

 

 

 

 

 駅から五分ほど川沿いを進んで、書かれている住所の家を目指していた。

 

 

 

「苦しいなら苦しいって言ってくださいよ〜、師匠〜」

 

 

 

「言えるかー!! そんな余裕もなかったわ!! グルングルン回しやがって、目が回ったわ!!」

 

 

 

 そう言って文句を言いながら黒猫は私の頭の上で座る。

 

 

 

「だからと言って、私の頭の上にいるのはやめてくれませんか」

 

 

 

「この身体はなぁ、俺じゃなくてミーちゃんのものなんだ。宝物を扱うように大切に運べよ! 分かったな、楓」

 

 

 

 私の話を聞こうとしないタカヒロさん。私は頭から下ろして目の前で抱っこするとフリフリして揺らしてやる。

 

 

 

「おい、や、やめよー! また酔う、酔うから!!」

 

 

 

「私の頭も宝物なのよ! この髪にどれだけ時間をかけて手入れしてると思ってるのよ!!」

 

 

 

「分かったわ分かったから、揺らすなーー!!」

 

 

 

 私が黒猫を揺らして仕返している中、私の隣では二本の串焼きをリエは食べる。

 

 

 

「リエちゃん、よく食べるねー!」

 

 

 

「楓さん。あなたほどではないですよ……。それにこれも思い出になりますから。メモですメモ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 しばらく経って、私の両肩にリエと黒猫がのしかかった。

 

 

 

「気持ち悪い……」

 

 

 

「なんで無理して食べるのよ」

 

 

 

 旅の思い出だと言いながら、私の分の串焼きまで食べていたリエだが、電車の疲れと慣れない歩きながらということもあり、気分を悪くしてしまったようだ。

 

 

 

「これも思いでぇぇげぇええええぇぇぇぇぇええ」

 

 

 

「うわ、危ない!!」

 

 

 

 やばいものを噴き出すリエから服を汚されないように、私は華麗に回避する。

 

 

 

「おい、あまり動くな。揺れるだろ」

 

 

 

「どうしてそんなに呑気なのよ!」

 

 

 

 黒猫はリエとは反対側の肩にへばりついている。

 

 

 

「って、それよりリエ、大丈夫?」

 

 

 

「だ、大丈夫……です」

 

 

 

 大丈夫じゃなさそうな顔をしているが。

 

 

 

 と、そうやって事件が起こる中、先に進んでいた楓ちゃんが立ち止まって振り返った。

 

 

 

「着きましたよ。レイさん」

 

 

 

 両肩に幽霊と猫を乗せた私が楓ちゃんのいる先を見る。すると、たどり着いた。

 ここが呪いのダンベルの最初の持ち主であった人物の家。

 

 

 

 木造の古びた二階建ての家。庭には木にくくりつけたブランコが設置されている。

 

 

 

「ここが夏目の家ね」

 

 

 

 

 

 

 入り口にはインターホンのようなものはなく。木造の看板に表札が付けられている。

 ポストは雑草に埋もれており、使われている形跡はない。

 

 

 

 私は玄関まで行き、扉を叩いて呼びかける。

 

 

 

「すみません、夏目さんいますか?」

 

 

 

 しかし、返事はない。

 

 

 

「確か黒淵さんは夏目さんはもう亡くなってるって言ってましたよね。もしかして誰もいないんじゃないですか?」

 

 

 

「家族の誰かが住んでないかなって期待してたんだけどね。話は聞けそうにないのかな」

 

 

 

 肩に乗っているリエとそんな話をしていると、庭の方を見ていた楓ちゃんが叫んだ。

 

 

 

「みんな来てーー!! 凄いものがありましたよ!!」

 

 

 

 私達は楓ちゃんの元へと向かうと、楓ちゃんは庭の奥を指差した。

 

 

 

「あれです」

 

 

 

 そこには雑草に埋もれて、所々が錆びているが、庭一面に広がる筋トレ道具の数々が置かれていた。

 

 

 

「まるでSA○UKEの挑戦者ね……」

 

 

 

 実際に某テレビ番組で挑戦者が自作していたものまで設置されている。

 

 

 

 楓ちゃんは雑草の中をかき分けて進むと、一番近くにあった傾斜角が五十度の壁を軽々と登った。

 

 

 

「これワクワクしちゃいますね」

 

 

 

「ワクワクしてるのはあなただけよ。早く降りなさい、落ちたら危ないから」

 

 

 

「はーい!」

 

 

 

 壁からジャンプして降りた楓ちゃんを連れて、再び玄関へと向かう。再びノックして呼びかけても返事はなかったため、扉を思い切って開けてみたら、鍵はかかっておらず扉が開いた。

 

 

 

「ホラー映画みたいな展開ですね! 師匠!」

 

 

 

「俺の反対側には本物の幽霊がいるから、そう言われても怖くもなんともないけどな……」

 

 

 

 玄関に入り、もう一度呼びかけるがやはり返事はない。だが、ここで引き返したら依頼を解決できない。

 呪いの正体を知るためにも、私達は家の中を探索することにした。

 

 

 

 家の中もかなり汚れており、雨漏りしているのか腐っているところもある。玄関にある下駄箱の上にスリッパが置いてあるため、それを手に取ってみると、

 

 

 

「きゃ!?」

 

 

 

 中から虫が顔を出してきて、私はスリッパを投げ捨てた。

 

 

 

「……靴のまま入りましょうか」

 

 

 

 靴を履いたまま、家の中に入る。誰もいないが靴で入ってしまったことを謝りながら中に入る。

 

 

 

 玄関のすぐそばには吹き抜けの階段があり、二階に行くことができる。しかし、まず最初は一階から探索していく。

 

 

 

 未だに体調が完璧ではないリエには、玄関で休んでもらい、私と楓ちゃん、黒猫の二人と一匹(プラス一人)で奥へと向かう。

 

 

 

 階段の隣にある廊下を進むと、洗面所と浴槽。その向かいにトイレがあった。

 廊下は一人が通れる程度の広さのため、私を先頭に順番に進んでいく。

 

 

 

 私がトイレの前を通った時、風が吹いて木製の扉が動く。トイレの扉は廊下側に開くタイプだったらしく、丁度その前を通っていた私は扉に激突した。

 

 

 

「痛……」

 

 

 

「大丈夫か? レイ」

 

 

 

「ダイジョウブ…………」

 

 

 

 楓ちゃんに抱っこされる黒猫に心配されながらも、廊下を塞ぐ扉を押して先へ進む。

 トイレと洗面所を通り越して、先に進むとキッチンとリビングがあった。

 

 

 

 キッチンとリビングが繋がっており、広く感じる。部屋の中央にはテーブルがあり、キッチンの反対側にはテレビが置かれている。

 

 

 

 部屋に入った私達は、それぞれで部屋の中を探索する。

 

 

 

「外は運動道具いっぱいありましたけど、中は普通ですね」

 

 

 

「外にあれだけあれば十分でしょ……」

 

 

 

 楓ちゃんの言う通り、部屋の中には筋トレ道具ひとつ置いてない。

 本当にここで呪いのダンベルを解くことができるのだろうか。

 

 

 

 そんな不安を感じていると、誰も近づいていないのに突然、テレビがついた。

 

 

 

「誰かつけたの?」

 

 

 

「俺は触ってないぞ」

 

 

 

 最初の画面は真っ暗だった。しかし、入力切り替えがされて、誰も触っていないのにビデオが始まり映像が流れた。

 

 

 

「なんか流れ出しました」

 

 

 

 テレビの映像は広いスタジオと、タンクトップを来た外人が並んでいる。

 そして画面外から黒人の男性が現れた。

 

 

 

「ハロー、俺はスパナポッポ隊長だ。これから一緒にエクササイズだ」

 

 

 

 スパナポッポが現れると単調な音楽が流れ始める。

 

 

 

「ではまずは…………」

 

 

 

 とスパナポッポの顔をズームしたところでビデオが止まり、画面が荒れ始める。

 色がおかしくなったり歪んだり、スパナポッポの顔が変化していき、白い肌の女性に姿が変化した。

 

 

 

「何が起きてるの……」

 

 

 

「レイさん、師匠、下がってください!!」

 

 

 

 画面に女性が現れると、楓ちゃんが慌てて警戒する。

 

 

 

「どうやら現れたみたいです」

 

 

 

「現れたってまさか、このテレビに映っているのが……」

 

 

 

「はい、夏目さん本人です」

 

 

 

 テレビに映る夏目の顔。夏目がニヤリと笑うと、窓の外が突然暗くなる。雲が出てくると雨が降り始める。

 

 

 

「マズイですね。体調が悪かったとはいえ、リエちゃんに気付かれずにこれだけの力を隠せてたってことは。この幽霊、かなり強いですよ」

 

 

 

「強いってあの怪人の幽霊よりも」

 

 

 

「当たり前です」

 

 

 

 テレビが消えて夏目の姿が見えなくなる。すると、それと同時に廊下につながる扉がゆっくりと閉まり始める。

 

 

 

「二人ともこの部屋から逃げますよ。夏目さんは僕たちを閉じ込める気みたいです!」

 

 

 

 楓ちゃんはそう叫び、扉の方へと向かう。私と黒猫も急いで扉へと向かう。

 

 

 

「レイさん、廊下へ。師匠急いで!!」

 

 

 

 私は無事に部屋から出た。しかし、もう扉が閉まってしまう。

 私と次についた楓ちゃんは黒猫の到着を待つが、このままでは黒猫が着く前に扉が閉まってしまう。

 

 

 

 すると、楓ちゃんは黒猫の方へと走り、黒猫を抱き抱えると、

 

 

 

「レイさん!!」

 

 

 

 廊下にいる私に向けて黒猫を投げた。

 

 

 

「うおおおぉぉっ!?」

 

 

 

 無事に黒猫をキャッチしたが、扉はもう人が通れるほど開いておらず。楓ちゃんは黒猫を投げた位置で立ち止まると、

 

 

 

「レイさん、ミーちゃん、そして師匠。後は任せました!!」

 

 

 

 扉が閉まり、楓ちゃんの姿は見えなくなった。

 

 

 

「楓!!」

 

 

 

「楓ちゃん!!」

 

 

 

 私は扉を開けようとするが、扉は開かない。タックルをしても壊れる気配はない。

 私がどうにか入ろうと頑張る中、黒猫は冷静に座っていた。

 

 

 

「おい、レイ。その辺でやめろ」

 

 

 

「でも、中に楓ちゃんが」

 

 

 

「アイツはこの程度でやられる漢じゃない。それに今は楓のためにも先に進もう。俺達は任されたんだからな……」

 

 

 

 黒猫はそう言ってきた廊下を戻っていく。

 

 

 

「タカヒロさん……」

 

 

 

 そんな黒猫の後ろ姿を見て、

 

 

 

「なんかカッコよくてウザいです」

 

 

 

「おい!!」

 

 

 

 

 

 

 

 まだ探索していない二階に行くため、私達は玄関に戻る。玄関ではリエがいるはずだ。

 リエなら、夏目の倒し方も楓ちゃんの助け方も分かるはず。そんな期待をしながら玄関に戻ったが、そこには誰もいない。

 

 

 

「リエはどこに行ったの……」

 

 

 

「先に別のところを探しているか。それとも……。ま、あの子なら楓と同じで大丈夫だろ」

 

 

 

「そうね。リエなら大丈夫なはずよ」

 

 

 

 私は玄関の扉を開けようとするが、鍵が閉まっているわけでもないのに扉は開かない。

 

 

 

「出れない。閉じ込められてるみたいね」

 

 

 

「どちらにしろ。行くところは決まってるだろ」

 

 

 

 私と黒猫は廊下の隣にある階段を見つめる。一段一段が高く、かなり急な作りになっている階段。

 階段は窓も照明もないため、薄暗く不気味に見える。

 

 

 

「タカヒロさん。私に乗って……。二階に行くよ」

 

 

 

「ああ……」

 

 

 

 黒猫は下駄箱を踏み台にして、私の肩に飛び乗る。黒猫の爪が肩に食い込むが、それを我慢して階段へと向かう。

 

 

 

 ギシギシと音を立てながら階段を登り、二階にたどり着くと、二つの部屋があった。

 一つの部屋は扉が開いており、階段の途中からでも中が見えて何もなかった。

 だが、もう一つの部屋。

 

 

 

 そこは私でも分かるほど、不気味な力が溢れ出ていた。

 

 

 

 私と黒猫は慎重に歩き、部屋の扉の前に立つ。

 

 

 

「開けますよ」

 

 

「ミーちゃん、力を貸してくれ。楓達のために」

 

 

 

 扉を勢いよく開け、私と黒猫は臨戦体制をとる。武道などしたことがない私は、独自のポーズで構え、黒猫は深く身をしゃがみいつでもとびかかれるような姿勢になっていた。

 

 

 

 しかし、扉の先にはジャージを着た金髪の女性とリエがストレッチをしている姿があった。

 

 

 

「あ、レイさん!!」

 

 

 

「リエ、なんでここに……てか、その人……幽霊よね?」

 

 

 

「はい。この方が夏目さんで呪いのダンベルを作った本人のようです」

 

 

 

 ストレッチをやめた夏目は正座をして私達の方に身体を向けると、

 

 

 

「ごめんなさい!! 呪いをかけるつもりはなかったんです!!」

 

 

 

 土下座をした。

 

 

 

 

 

 夏目を連れて一回のリビングに戻ると、扉が開き楓ちゃんが良い汗をかいてスポーツドリンクを飲んでいた。

 

 

 

「レイさんと師匠………っと、その方は夏目さんですか。あのビデオ良い運動になりますね!! ありがとうございます!!」

 

 

 

「いえいえ、私も人がここに来るとは思ってなかったので、部屋に人が入ればビデオが再生されるようにしてて……。びっくりしてしまったみたいですよね。ごめんなさい」

 

 

 

 私達はリビングの中央にある椅子に座り、夏目から話を聞く。

 

 

 

「この椅子……ギシギシいう」

 

 

 

「ごめんなさい。私霊体だから椅子に座ることほとんどなくて、大丈夫そうな椅子持ってきますか?」

 

 

 

「良いよ良いよ。それよりも、なんで呪いのダンベルなんて作ったの?」

 

 

 

 私が聞くと夏目は下を向く。

 

 

 

「作る気はなかったんです。私、人よりも筋肉が少なくて、どれだけ運動してもなかなか結果が出なかったんです。だから他の人の筋肉が無くなれば良い、そう思いながらダンベルを使っていたらそんな呪いのダンベルになってしまったんです」

 

 

 

「そんなことで呪いってかけられるものなの?」

 

 

 

 私は隣でお茶を飲んでいるリエに聞く。

 

 

 

「そんな簡単なものではないです。でも、夏目さんの思いが強かったんでしょうね。だからこそ、ビデオにも呪いをつけられた」

 

 

 

「そういえば、あのビデオはなんだったの? 部屋に閉じ込めようとされたけど」

 

 

 

 夏目は座ったまま、テレビの方を見る。

 

 

 

「疲れて逃げないように、あのビデオの再生中は絶対に外に出ないって決めてたんです。それが呪いになって部屋に閉じ込められるようになりました」

 

 

 

「そんな理由で閉じ込められそうになったの…………。ま、理由はわかったことだし、ダンベルの呪いの解除は可能? それで困ってる人がいるのよ」

 

 

 

 私が聞くと夏目は頷く。

 

 

 

「出来ますよ。呪いにかかった人は「私はマッチョじゃなーい!!」って叫ぶだけです」

 

 

 

「何それ? どうしてそれで解除されるの?」

 

 

 

「呪いは私が人の筋肉を妬んでできたものです。なので呪いに筋肉がないってアピールすれば、呪いは解除できますよ」

 

 

 

 まさかの解除方法が分かった。

 

 

 

「じゃ、解除の仕方もわかったことだし、依頼人のためにも私達は帰りますか」

 

 

 

 私が立ち上がると、夏目も立ち上がり手を伸ばして私を止めた。

 

 

 

「その前にちょっと……」

 

 

 

「どうしたの?」

 

 

 

 

「例のダンベル持ってきてるんですよね」

 

 

 

「あ、返したほうが良いよね。ごめん、忘れてた」

 

 

 

 話を聞いていた楓ちゃんが、てダンベルをテーブルに置こうとする。しかし、

 

 

 

「返さなくて結構です。いえ、あなた達に持っていてもらいたい」

 

 

 

 夏目はそう言った後、テレビの方に行きビデオテープを取り出すと、それも私達に渡した。

 

 

 

「私にはこの呪いを消し去る力はありません。でも、この品を守る力もない。どうか、人に迷惑をかけないように保管してほしいんです」

 

 

 

「そういえば、なんでこのダンベルはジムにあったの? あなたが持って行った……わけじゃなさそうね」

 

 

 

「前に一度、家から出ていた時に空き巣に入られたんです。まぁ、私は幽霊になってたし、金目のものはなかったんだけど、そのダンベルが盗まれてしまったんです」

 

 

 

「ダンベルを盗むってその空き巣は何がしたかったのよ……」

 

 

 

 私が呆れていると夏目が真面目に答えた。

 

 

 

「ダンベルが目的の空き巣だったのかもしれません」

 

 

 

 私が首を傾げると、夏目は説明する。

 

 

 

「ダンベルを盗む泥棒なんていません。それに誰も住んでいない家に盗みに来る理由もない。きっと、呪いのダンベルだと分かった誰かが盗んでいったんです」

 

 

 

「それで心配だからダンベルとビデオを持ってってほしいと……分かった、安全なところに保管するよ」

 

 

 

 私が持っていても良いが、お兄様に渡せばもっと安全な場所を知っているかもしれない。

 

 

 

「あなたはここに残るのね」

 

 

 

「はい、また何かあったらここに来てください。お手伝いできることはします」

 

 

 

 私達は夏目と分かれて事務所に帰った。

 

 

 

 翌日、依頼人を呼び、呪いの解除方法を説明する。

 

 

 

 

「お、俺は…………まっ、まっ、…………」

 

 

 

「パイセン、頑張ってください!! 言わないと呪いが解けないですよ!!」

 

 

 

 なぜ、マッチョじゃないというのが嫌なのか。しかし、先輩は大きく息を吸うと、踏ん張って叫んだ。

 

 

 

「俺はマッチョじゃなーい!!」

 

 

 

 先輩が叫ぶと、先輩の身体が光、何かが消えていく。それを見て私の後ろで飛んでいたリエが解説する。

 

 

 

「これで呪いが解けたみたいですね」

 

 

 

「そうみたいね」

 

 

 

 私は依頼人に胸を張って伝える。

 

 

 

「これで呪いは解けました。もう大丈夫ですよ」

 

 

 

「やったーー!!!! やったぞーー!!!! 俺の筋肉達は生きられるんだ!!」

 

 

 

 筋トレしてるってことは、毎回死滅させて復活しているだけだが。

 

 

 

 二人のマッチョは抱き合う。

 

 

 

「よかったですね!! パイセン!!」

 

 

 

「ああ、良かった、良かったぞぉぉぉぉ!!」

 

 

 

 マッチョは筋肉が救われたことを喜び、涙を流した。

 

 

 

 



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第16話 『ビーチパーティ』

霊能力者のレイちゃんは、ダメ、無能、役に立たない?

 

 

 

著者:ピラフドリア

 

 

 

第16話

『ビーチパーティ』

 

 

 

 

 廃墟となった病院。そのベッドで横たわる鎧を着た幽霊。

 

 

 

「あーあー、暇だ。タカヒロのやつも最近来てくれんしな。うーむ、よし、一人でUNOでもやるか」

 

 

 ベッドの上に座ると、病室に置きっぱなしになっていたボロボロUNOを広げる。

 

 

 

「どうするか。よし、三人でやってる程で行くか。拙者と拙者の家来とそのまた家来という設定だ」

 

 

 

 一人で三役やり、UNOをやるためにカードを分けていると、月光の入っていたはずの窓が暗くなる。

 

 

 

「ん、なんだ。お主…………………ん、ウギャァァァァァアー!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 バスに揺られて一時間。トンネルを抜けると景色が明るくなる。

 

 

 

「レイさん、見てください!!」

 

 

 

 リエが私の隣で窓の外を見てはしゃいでいる。リエが扉を開けて顔を出す。すると、潮の香りが流れ込んでくる。

 

 

 

「ねぇ、リエ〜。暑いから閉めてよ〜」

 

 

 

「レイさん、暑さに弱すぎですよ」

 

 

 

 私が暑さに耐えながら扇子を仰ぐ中、リエは頬を膨らませて文句ありげに窓を閉める。

 私はバックを少しだけ開き、中に隠れている黒猫に同意を求める。

 

 

 

「ミーちゃんも暑いよねー」

 

 

 

「俺は大丈夫だぞ」

 

 

 

「お前には聞いてない」

 

 

 

「はぁ?」

 

 

 

 バスが目的地に到着して降りる。バス停では楓ちゃんが待っていた。

 

 

 

「お! やっと来ましたか!」

 

 

 

「あなた本当に走ってきたのね……」

 

 

 

 私が呆れている中、楓ちゃんは自慢げに胸を張る。

 

 

 

「当然です」

 

 

 

 流石にバスとは違い日が当たる中、バックの中にいるのは暑いのか黒猫も出てくる。

 黒猫を見つけると、汗だくの身体で黒猫に飛びついた。

 

 

 

「お、おい、楓、やめろーー!!」

 

 

 

「師匠〜!! 僕を褒めてくださいよー、師匠ーー!!」

 

 

 

「凄い、お前は凄いからやめろ!! 俺のミーちゃんが汗臭くなるーー!!」

 

 

 

 逃げる黒猫とそれを追う楓ちゃん。二人がそんなことをしている中、リエはバス停の奥に広がる景色を見つめていた。

 

 

 

「どう、リエ。海の感想は?」

 

 

 

「広いです!! 写真で見てた景色より、ずっと広いです!!」

 

 

 

 リエは笑顔で答える。

 

 

 

「こんなところで見てるだけで良いの? ほら、行くよ」

 

 

 

 私はリエの手を取ると海へと向かう。

 

 

 

「ちょ、レイ、リエ。置いてくなよ!! ミーちゃんを助けてからにして〜」

 

 

 

「二人とも待ってー!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 これは三日前のこと。マッチョ達の依頼を解決し、しばらく何もない日が続いていた。

 

 

 

「レイさん。ここに呪いの品置くやめてくださいよー」

 

 

 

「だって置くところないじゃん」

 

 

 

「それはそうですけど……。私、このソファーで寝てるんですよ。寝てる時視界に入って怖いんですけど」

 

 

 

 夏目から預かった呪いのダンベルと呪いのビデオは、リビングにあるソファーの後ろの棚にしまってある。

 お兄様がきた時にすぐに渡せるし、呪いの力でどこかに行ってもすぐに気づいて対処できるように、いつでも見える位置に置いておいた。

 

 

 

「だってしょうがないじゃない。最近忙しいからか、お兄様来ないし……」

 

 

 

 私はキッチンに行き、冷蔵庫から牛乳を取り出すと、コップに入れてそれを飲む。

 台所の隅っこの涼しげなところで丸くなっていた黒猫は、私が牛乳を飲んでいるのを見て、思い出したように立ち上がると水を飲みに行く。

 

 

 

 飲み終わったコップを水で濯いで、食器棚に置くと水を飲み終えた黒猫が話しかけていた。

 

 

 

「というか、お前の兄さん。なんだっけ……あれなんだろ、あれ、FBIなんだろ、こんなところにいないで国に帰れよ」

 

 

 

 私は黒猫に近づくと、髭を引っ張って弄る。

 

 

 

「なんてこというのよー! それで本当に日本からいなくなったらどうするのよー」

 

 

 

「知らねーよ」

 

 

 

 私と黒猫がそうやって喧嘩をしていると、ソファーで寝ていたリエが立ち上がり、

 

 

 

「私眠いので先にお風呂入ってきますね」

 

 

 

 そう言ってフワフワと飛んでいってお風呂へと向かった。

 

 

 

 リエが風呂に入った後も、私と黒猫は喧嘩を続ける。

 

 

 

「寂しいならお前もついてけばいいじゃねーか」

 

 

 

「嫌よ。あっちで住んでた時の記憶ほとんどないんですよ。それに私変化苦手ですし」

 

 

 

「言い訳じゃねーか」

 

 

 

「言い訳ですよ。でも、私がいなくなったらあなただって困るじゃないですか」

 

 

 

「それはそうだけど……だけどーー!!」

 

 

 

 くだらない言い争うを続けていると、しばらく経ち、リエがお風呂から出てきた。

 頭にタオルを巻き、身体から湯気が出ている。

 

 

 

「まだやってたんですかー。もう寝たいので静かにしてくださいよー」

 

 

 

 そう言って廊下からこちらに戻ってこようとしたが、玄関のポストに紙が入っているのを見つけ、リエは玄関の方へと向かう。

 

 

 

「なんか来てますよ…………あ、レイさん、これ、あなたのお兄さんからですよ」

 

 

 

「え!? お兄様から!!」

 

 

 

 リエに手紙を持ってきてもらい、封を開けて中を見ると、そこには近くの海のホテルのチケットと交通費が入っていた。

 そして手紙には休暇で行く予定だったが、行けなくなったから、使ってくれと書かれていた。

 

 

 

 

 

 

 ビーチに着き、服の中に水着を着てきていた私とリエは、服を脱いで早速水着になる。

 

 

 

「あれ、楓ちゃんは?」

 

 

 

 更衣室の外で待っていた黒猫に私が聞くと、

 

 

 

「ん、まだ戻ってきてないぞ。そろそろ来るんじゃねーか」

 

 

 

「そういえば、あんたまた、楓ちゃんに変なのきさせようとしてないよね?」

 

 

 

「変なの?」

 

 

 

 黒猫は首を傾げてとぼける。だが、私は忘れていない。楓ちゃんの高校のプールで除霊をした時、この変態は楓ちゃんに女性用の水着を着させていた。

 

 

 

 そんな会話をしてすぐに

 

 

 

「師匠ー、お待たせしましたー」

 

 

 

 楓ちゃんが更衣室から出てくる。

 

 

 

「か、楓ちゃん!? そのかっこいは……」

 

 

 

 楓ちゃんの全身を覆う黒い布。ラッシュカバーを着用していた。

 

 

 

「あ、これですか。海に来たらこれ使ってるんです」

 

 

 

 

 

 ビーチでパラソルを立てて、海を見つめる。

 

 

 

「おい、レイ。楓はサーフィンやるって、ボード借りにいったぞ。お前はここにいて良いのか?」

 

 

 

「私も行きたいけど。荷物を見張る係は必要でしょ」

 

 

 

「……俺がやっとくよ」

 

 

 

「猫に任せられるわけないじゃない」

 

 

 

「それはそうだが……あれ見ろよ」

 

 

 

 黒猫はパラソルの中で砂を集めて、お山を作っているリエの姿を見る。私と黒猫の視線に気づくと、リエは笑顔を向ける。

 

 

 

「海って楽しいですね!!」

 

 

 

 無邪気な笑顔を向けるリエ。そんなリエに私と黒猫は笑顔を作る。

 

 

 

「こ、これからもっと楽しくなるぞ」

 

 

 

「そ、そうよ」

 

 

 

 リエが砂遊びに戻ると、私と黒猫は顔を近づけて相談し合う。

 

 

 

「おい、あれで良いのか。あれで良いのかよ!!」

 

 

 

「だって、あの子私に取り憑いてるからあれ以上離れられないのよ。でも、私はここを離れるわけにはいかないし」

 

 

 

 なんで楓ちゃんは勝手に遊びに行っちゃうんだ。

 

 

 

「あれ、レイちゃんじゃない!!」

 

 

 

 リエが砂遊びをしている様子を黒猫と共に見守っていると、聞き覚えのある声が背後から聞こえていた。

 嫌な予感がした私は恐る恐る振り返る。

 

 

 

「ヤッホー!! レイちゃん。おひさね!」

 

 

 

 そこにはうさ耳をつけた水着の女性が立っていた。

 

 

 

「なんであんたがここに……」

 

 

 

「あんたじゃない。モエちゃんでしょ」

 

 

 

 黒淵さんは私の頬っぺたを人差し指でツンツンする。すっごいウザい。

 

 

 

「も、モエちゃん。なんで……ここにいるの?」

 

 

 

「今ここの海の家でバイトしてるよ。それで今休憩中だから休んでるってわけ」

 

 

 

 黒淵さんは当たり前のように私達のパラソルの中に入ってくる。

 そして何も言わずにクーラー置いてあった缶ジュースを開けて勝手に飲み始める。

 

 

 

「おい、レイ。ちょっと」

 

 

 

 私は黒猫に呼ばれて、黒猫に耳を近づける。

 

 

 

「アイツに荷物任せて、俺達は逃げないか?」

 

 

 

「そんなことして良いの?」

 

 

 

「ジュース代だ。……それともあのままで良いのか?」

 

 

 

 黒猫は尻尾を動かしてリエの方を指す。リエはお山にトンネルを開通させている。

 

 

 

「……分かった」

 

 

 

 私は黒淵さんに近づくと、首の後ろに手を通して肩を組む。

 

 

 

「レイちゃん……ど、どうしたの?」

 

 

 

 黒淵さんは顔を真っ赤にしながら私の顔を見る。

 

 

 

「ねぇ、モエちゃん。お願いがあるんだけど」

 

 

 

「な、なーに? レイちゃん」

 

 

 

「荷物。見ててもらえないかな?」

 

 

 

 どんどん黒淵さんの息が荒くなっていく。怖い、ちょー怖い!!

 

 

 

「なんで?」

 

 

 

「えっと、その、ランニングしてくるから!!」

 

 

 

 私は黒猫とリエを両手に掴むと、ダッシュで黒淵さんから逃げた。

 

 

 

「はぁはぁ、ここまで来れば。大丈夫でしょ」

 

 

 

「そうだな。アイツ、お前が離れた後、興奮しすぎて腕立てし始めてたぞ」

 

 

 

「……倒れなければ良いけど」

 

 

 

 リエと黒猫を連れて、ビーチを歩く。しかし、人が多くなかなか前に進めない。

 気がついたら、人の波に流されて海から遠ざかっていく。

 

 

 

「レイ。どうにかしろ」

 

 

 

「無理よ。というか、なんでこんなに多いのよ。いつもこんなに多くないじゃない」

 

 

 

 人混みを抜け出そうとしてもどうにもならない。それに下手に動けば、みんなバラバラになってしまうかもしれない。

 

 

 

 そんな人混みの中、リエが奥に何かを発見する。

 

 

 

「あれ見てください。人が多いのはあれが原因ですよ!!」

 

 

 

 リエに言われてその先を見ると、ステージが用意されており、その看板に「ゴーゴーレンジャー、ヒーローショー」と書かれていた。

 

 

 

「ゴーゴーレンジャーって……なんでモノホンのヒーローがショーやってんのよ」

 

 

 

 結局人の波に飲まれて、ステージの方へと流される。ついには舞台が見える場所まで辿り着いてしまった。

 

 

 

「なんで海に来てまで。あのアホなヒーローを見ないといけないのよ」

 

 

 

「あ、出てきましたよ!」

 

 

 

 音楽が流れると、舞台裏からレッドと三人のヒーローが現れる。赤、緑、オレンジ、小豆の配色のヒーローが並んだ。

 

 

 

「赤系の色の主張強いな!! 緑以外、ほとんど見分けつかないじゃん!!」

 

 

 

「小豆なんて汚れた赤みたいですよ。お古着せられてるみたいに見えますよ」

 

 

 

 私とリエが色について文句を言っていると、黒猫は目を輝かせて、

 

 

 

「ヒーローぽいな」

 

 

 

「どこが!?」

 

 

 

「やっぱり赤だろ。リーダーぽい色って言ったら赤だろ!!」

 

 

 

「そしたら全員リーダー志望ってことになるんだよ!!」

 

 

 

 レッドがスタッフからマイクを受け取ると、

 

 

 

「やーみんな。俺がゴーゴーレンジャーリーダーのレッドだ!!」

 

 

 

 そう言って挨拶を始めた。しかし、横からオレンジと小豆がレッドのマイクを奪い取ろうとする。

 

 

 

「俺がリーダーだ!!」

 

 

 

「私がリーダーよ!!」

 

 

 

 本当にみんなリーダー志望だった。

 

 

 

 と、そんな醜い争いが続いていると、音楽が切り替わり、邪悪な声がステージ中に響き渡った。

 

 

 

「フハハハー!! よく来たな。ゴーゴーレンジャー!!」

 

 

 

 そして舞台裏から現れたのはサソリの怪人だった。

 

 

 

「本物の怪人ーーー!!!!」

 

 

 

 観客達は作り物だと思って、凄い出来だと褒めているが、あれはどう見たって本物の怪人、スコーピオンだ。

 

 

 

 確かにレッドとは仲良かったけど、ショーまで手伝ってくれるの!?

 

 

 

「出たな。怪人スコーピオン!!」

 

 

 

「ふふふ、ゴーゴーレンジャー。今日こそ覚悟しろ」

 

 

 っと、スコーピオンがかっこいい登場をしたが、すぐにゴーゴーレンジャーはスコーピオンを囲む。

 

 

 

「お、おい。なぜ囲む。こういうのは一対一だろ。卑怯だぞ」

 

 

 

「何言ってる。聖者でも相手にしてるつもりか? 俺達はヒーローだ」

 

 

 

「いや、ヒーローは聖者…………あ、ちょ、やめ、蹴るな、痛い痛い!! ちょっと、小豆の人、小豆を投げないで!!」

 

 

 

 なんという光景。これをヒーローショーと言って良いものだろうか。

 これ以上ショーを見る気もなくなった私とリエは、黒猫を無理矢理連れて行き、舞台から離れた。

 

 

 

「あんなに人来てたけど。みんなあれ見に来てたの?」

 

 

 

「違うんじゃないですか。あれから客も離れてましたし。てか、あれが終わった後にアイドルが来るらしいのでそっちが本命じゃないですか」

 

 

 

「なんでアイドルの前にあんなショーを見せるのか」

 

 

 

 泳ぐ前から疲れてしまった。

 

 

 

 私達はそろそろ楓ちゃんも戻った頃だろうと、パラソルの方へと戻る。

 

 

 

「あ、師匠〜! レイさん、リエちゃん!!」

 

 

 

 パラソルでは楓ちゃんが戻ってきていた。

 

 

 

「モエ……黒淵さんは?」

 

 

 

「黒淵さんならバイトの時間だって、海の家に帰りましたよ」

 

 

 

「まぁ、荷物見張ってくれてたわけだし、後で海の家に寄ってなんか買ってあげるか……」

 

 

 

 私はパラソルの日陰に入り、水筒に入れてきたスポーツドリンクを飲む。

 

 

 

「レイさん、レイさん! 私にもください!」

 

 

 

 私の隣でリエが手を伸ばして欲しがる。

 

 

 

「あんた、自分の分持ってきたじゃない」

 

 

 

「私のつぶつぶの入ったオレンジジュースなんですもん! つぶつぶのせいで飲んだ気がしないんですもん!!」

 

 

 

「もー、全部飲まないでよ」

 

 

 

 私は水筒をリエに渡す。

 

 

 

 水筒をグビグビと飲むリエ。私がリエを見守る中、楓ちゃんは黒猫に水をあげる。

 

 

 

「はい。師匠もどうぞ」

 

 

 

「ああ」

 

 

 

 低い皿に入れられた水を黒猫は飲む。

 

 

 

「師匠達はどこに行ってたんですか?」

 

 

 

 楓ちゃんが黒猫に聞くが黒猫は水を飲んでいるため、私が答える。

 

 

 

「海に行こうとしたんだけど、歩いてみたら人混みに飲まれて。なんかステージの方に行っちゃってたんだよね」

 

 

 

「ステージですか。何やってたんですか?」

 

 

 

「何もやってなかったよ」

 

 

 

 

 

 



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第17話 『筋肉と波』

霊能力者のレイちゃんは、ダメ、無能、役に立たない?

 

 

 

著者:ピラフドリア

 

 

 

第17話

『筋肉と波』

 

 

 

 

 楓ちゃんと合流した私達は、水を飲んだ後、楓ちゃんと交代して海に行こうとしていた。

 

 

 

「そろそろ行くよ」

 

 

 

「レイさん、これ膨らませてください」

 

 

 

 リエはそう言って私に萎んだ風船のボートを渡してくる。

 

 

 

「えー、めんどくさい」

 

 

 

「お願いしますー!」

 

 

 

 私はめんどくさがりながらもボートを受け取る。リエだけじゃなくて黒猫と私もボートなら使えるから、膨らませても損はないだろう。

 

 

 

「はいはい。ちょっと待ってて」

 

 

 

 私は足で押して空気を送ることができるポンプを出して、それをボートに繋げると踏んづけて空気を送る。

 

 

 

 リエはボートのそばで膨らむ様子をじっと待つ。

 

 

 

「まだかなーまだかなー」

 

 

 

 しかし、なかなか膨らまない。ボートに全く変化がないが、疲れた私はダウンした。

 

 

 

「もうだめー」

 

 

 

「レイさーん!」

 

 

 

 倒れた私の元にリエは駆け寄ってくる。

 

 

 

「レイさん。レイさん!! 大丈夫ですか?」

 

 

 

 ぐったりしている私をリエが揺らす。

 

 

 

「もう無理…………」

 

 

 

「レイさーん!!」

 

 

 

 私とリエがそんな茶番をしていると、楓ちゃんがポンプのところまで来て空気を入れてくれる。

 

 

 

 そして私がやった時よりも明らかに早く膨らんでいき、ついにボートが完成した。

 完成したボートを見てリエは喜ぶ。そして楓ちゃんの両手を掴んで握手をする。

 

 

 

「流石楓さん!! レイさんとは違いますね!!」

 

 

 

「私だって頑張ったのよ!!」

 

 

 

 楓ちゃんに荷物を見張ってもらい、私とリエ、黒猫はボートを持って海へと向かった。

 

 

 

 人混みをかき分けて海にたどり着く。ボートの上に黒猫が乗って、私とリエがボートを押して海へと入っていく。

 

 

 

「なんだろう、俺……偉くなった気分だ」

 

 

 

「あんた、ボートひっくり返して海に突き落とすよ」

 

 

 

「やめろー! ミーちゃんを虐めるなー!」

 

 

 

「そうね。ミーちゃんを巻き込むのはよくないよね……。ミーちゃん、タカヒロさんだけを攻撃する方法はないの?」

 

 

 

 ボートを押しながら黒猫に聞くと、タカヒロさんの意思ではなく黒猫は動き出す。

 

 

 

「おい、何聞いて…………ミーちゃん、ねぇ、ミーちゃん!! 何する気なんだ!! ギャァァぁぁァァァァァ!!」

 

 

 

 ボートを押して泳ぐのに必死で見れなかったが、タカヒロさんは何かをやられたらしい。

 

 

 

 しばらく海を進み、人混みの少ないところまできた。もうビーチにいる人たちが小さく見えるぐらい泳いでいたらしい。

 

 

 

「結構泳いだのね……」

 

 

 

「レイさん、レイさん。どっちが長く潜ってられるか勝負しましょうよ!」

 

 

 

 リエは頭につけていたゴーグルを装着して潜る準備はできている。

 

 

 

「リエ、あなた私に勝てると思ってるの?」

 

 

 

「それはこっちの台詞ですよ。負けた方は後でかき氷奢りです。ではせーっので行きますよ! じゃ、せーっと!!」

 

 

 

「ちょっま!?」

 

 

 

 リエが潜りそれを追うように私も海面に顔をつける。しかし、

 

 

 

「ぶはぁぁっ!? 目がぁぁ!!」

 

 

 

 リエに焦らされたことでゴーグルをつけ忘れていた私は、驚いてすぐ出てきてしまった。

 

 

 

「リエにやられたな」

 

 

 

 ボートの上で様子を見ていた黒猫が、高みの見物感覚で言ってくる。

 

 

 

「気づいてたなら言ってよ……」

 

 

 

「そしたらつまんないだろ」

 

 

 

 そんな会話をして水面で3分ほどリエが出てくるのを待つが、リエは全く浮かび上がってこない。

 

 

 

「リエ遅いね」

 

 

 

「そうだな……」

 

 

 

 さらに5分後。それでもリエは出てこない。

 

 

 

「流石に遅すぎない」

 

 

 

「まさか……溺れたってことは……」

 

 

 

「あの子あれでも百年以上生きてる幽霊なのよ……そんなこと……」

 

 

 

「でも海には来たことないんだろ……」

 

 

 

「…………………リエ!!!!」

 

 

 

 私はリエを助けに行こうと息を吸い込む。そして潜ろうとした時、水中の足が何かに掴まれる。

 

 

 

「キャ!!」

 

 

 

 そして水中に引き摺り込まれる私。水の奥へと引き摺り込まれ、水面が遠くなっていく。

 水面から聞こえる黒猫の声もどんどん遠ざかり、聞こえなく…………。

 

 

 

 私は必死に泳ぎ、足を掴む何かから逃げてどうにか海面に出てきた。

 

 

 

「ぷは…………はぁはぁはぁ」

 

 

 

「おい。何やってるんだ?」

 

 

 

「突然足を掴まれて引き摺り込まれたのよ……もしかしてリエも…………」

 

 

 

 私が何があったのか。状況を黒猫に説明していると、私と黒猫の間の水面に泡が出てくる。

 ぷくぷくと小さな泡がいくつも出てきて、ゆっくりと黒い物体が顔を出した。

 

 

 

「レイさんの負けですね」

 

 

 

 その物体の正体はリエの頭だった。口まで水の中につけて泡を作りながらドヤ顔をしているリエ。

 

 

 

「あんた、私がゴーグルつけ忘れてるの分かってやったでしょ」

 

 

 

「いや〜、これはいけるなって思ったので……」

 

 

 

 リエは満足げな顔をしている。

 

 

 

「って、じゃあさっき私のことを引っ張ったのもあなたね! びっくりしたじゃない!」

 

 

 

「え、私そんなことしてないですよ」

 

 

 

「嘘つくんじゃないよ!」

 

 

 

 私はリエの背後まで泳ぐと、リエの脇をくすぐる。リエは笑いながら抵抗する。

 

 

 

「本当ですって」

 

 

 

「じゃあ、誰がやったっていうのよ」

 

 

 

「そんなの知りませんよ。私ずっと水中いましたけど、何もいませんでしたしー」

 

 

 

 リエの仕返しをした後、私達は楓ちゃんと交代するためにビーチに戻る。

 ボートを持って浜辺を歩いて、パラソルのところに向かっていると、

 

 

 

「ん、あなた達は……」

 

 

 

 すれ違った一人女性が私たちを見て足を止めた。

 止まった女性の友達らしき女性も足を止める。

 

 

 

「どうしたの?」

 

 

 

「この人です。ユウキのネックレスを届けてくれたのは……」

 

 

 

「え、この人達が……」

 

 

 

 私達のことを知っている様子の女性は、金髪の短髪に首にはネックレスをつけている。向こうは私達のことを知っているようだが、私にはこんな綺麗な女性は知らない。

 

 

 

 もう一人の女性も黒に赤いメッシュの髪型の美人。しかし、ネックレスの女性に比べて身長が高い。

 

 

 

 私達の女性達で向かい合っていると、海の家の方から男性の集団が走ってきた。

 

 

 

「姉さーん! 浮き輪買ってきました……よ……って、お前らは……」

 

 

 

 その先頭にいたのはスキンヘッドの男。水着を着ていて前とは服装が違うが、この男はすぐに分かった。

 

 

 

「あなた、首無しの!」

 

 

 

 前に首無しライダーの依頼があったときに出会った男性。コンビニの前で屯っていた暴走集団の副総長だ。

 その後ろにもその時に見た暴走族の人達が何人かいる。

 

 

 

「こんなところで会うなんて奇遇だな」

 

 

 

 スキンヘッドの男が話しかけてくるが、私達は女性達の後ろに身を隠す。

 私達が隠れるとスキンヘッドの男達は申し訳なさそうな顔をする。その様子を見て金髪の女性が振り向いて安心させようと話しかけてくる。

 

 

 

「怖がらなくても良いのよ。こいつら馬鹿だけど、変なことはしないから」

 

 

 

「確かに黒淵さんやタカヒロさんに比べれば、変態さんではなさそう」

 

 

 

 私はそう言って隠れるのを止める。黒猫はなんで俺が!? と顔をしているが無視する。

 

 

 

 スキンヘッドの男達が現れて、改めて金髪の女性の顔を見ると、見覚えがあったことを思い出した。

 

 

 

「……ってことは、あなた。首無しのライダーの彼女!?」

 

 

 

「今気づいたんですか……。あの時はありがとうございました」

 

 

 

 首につけているネックレスを握りしめる。

 

 

 

「あれから私、あなた達と彼のおかげで立ち直ることができたんです」

 

 

 

「それは良かった。…………彼も無事に成仏してましたよ」

 

 

 

「そうみたいですね」

 

 

 

 金髪の女性と話を終えると、今度は黒髪の女性が頭を下げた。

 

 

 

「私からも礼を言わせてくれ。弟を送り出したことを感謝する」

 

 

 

「弟……?」

 

 

 

 私が首を傾げると、スキンヘッドの男が解説をしてくれる。

 

 

 

「姉さんは兄貴の双子の姉さんなんだ。結婚して地方に行ってたんだが、浮気されて帰ってきたんだ」

 

 

 

 スキンヘッドの男が解説を終えると、黒髪の女性はスキンヘッドの顔面を殴り飛ばす。

 

 

 

「余計なことは言わんでいい!!」

 

 

 

 スキンヘッドの男は倒れて、ピクピクしている。殴り終えた黒髪の女性は向き直ると、私達の顔を見る。

 

 

 

「本当にあんた達には感謝してる。弟のこと。ありがとな」

 

 

 

 黒髪の女性との話も終えると、倒されて痙攣していたスキンヘッドの男が復活して立ち上がった。

 

 

 

「副総長が復活した!!」

 

 

 

「副総長、復活はや!」

 

 

 

 後ろの部下達が騒ぎ立てる中、副総長は鼻血を出しながら私に尋ねてくる。

 

 

 

「あの青髪のやろーはどうしたんだ? 見当たらないが?」

 

 

 

「楓ちゃんのこと? 楓ちゃんなら荷物みててもらってるけど、どうしたの?」

 

 

 

 スキンヘッドの男は顔を赤くする。

 

 

 

「楓っつーのか…………いや、なんでもないんだ。ちょっと、ちょっとな、気になっただけだ」

 

 

 なんだか焦っている様子の副総長。そんな焦る副総長に部下達が絡みにいく。

 

 

 

「どうしたんすか、副総長」

 

 

 

「な、なんでもねーよ」

 

 

 

 しかし、絡みにいく部下もいるが、数人は副総長から距離を取ってひいている顔の部下もいる。

 

 

 

 そんな中、スキンヘッドの男とその部下達の背後に、巨漢の二人組が現れる。

 

 

 

「パイセン、あの人って確か……」

 

 

 

「ああ、レイさん!! こんなところで会うなんて奇遇ですね」

 

 

 

 次に現れたのはマッチョな二人組。この二人はダンベルの呪いにかかり、それを解くことを依頼してきたマッチョ達だ。

 

 

 

 呪いはダンベルの持ち主だった夏目のところまで持っていき、無事に解除することができた。

 

 

 

「あ、呪いは大丈夫ですか?」

 

 

 

「問題ないとも!!」

 

 

 

 二人のマッチョは腕を曲げ、筋肉を膨らませるとポーズを取る。

 

 

 

 そんな二人を見て、リエは密かに拍手をする。

 

 

 

「なんだ、このマッチョは?」

 

 

 

「すげ〜筋肉だな」

 

 

 

 二人のマッチョを見て、スキンヘッドの部下達は興味を持つ。スキンヘッドの男とマッチョの二人組に近づくと、

 

 

 

「俺だってェェェェ、フッん!!」

 

 

 

 腕を曲げて筋肉を見せつける。スキンヘッドの筋肉を見た二人のマッチョは目を合わせ合うと、

 

 

 

「「フッん!!!!」」

 

 

 

 筋肉を膨らませて張り合う。

 

 

 

「まだまだァァァァァ!!!!」

 

 

 

 スキンヘッドの男も張り合い、その筋肉に部下達は歓声を上げる。

 

 

 

「おーー!! 副総長さすがっす!」

 

 

 

「俺達にできないことを平然とやってのけるー!」

 

 

 

 私達と女性二人が呆れて見る中、男三人の張り合いは激化していく。

 しかし、ついに力尽きてスキンヘッドの男が倒れた。

 

 

 

「くっ、俺はここまでか……」

 

 

 

「副総長ォーーーーっ!!!!」

 

 

 

 膝をついたスキンヘッドにマッチョの先輩は手を差し伸ばす。

 

 

 

「なかなか良い、筋肉だったぜ」

 

 

 

「ふっ、テメーもな……」

 

 

 

 先輩に手を取ってもらい、立ち上がったスキンヘッドは硬い握手を交わす。後輩と部下達はそんな二人に盛大な拍手を送った。

 

 

 

「な・に・こ・れ?」

 

 

 

 先輩はスキンヘッドの男を強く握りしめると、

 

 

 

「君のこれからあの筋肉の星に届くような、輝かしい筋肉を目指そう!!」

 

 

 

 そう言ってスキンヘッドの男をお姫様抱っこする。

 

 

 

「え?」

 

 

 

「さぁ、俺達と一緒に最高の筋肉を作り上げよう!!」

 

 

 

 マッチョの二人組はスキンヘッドの男を連れて、何処かへと走っていく。

 

 

 

「ふ、副総長ォォーーーーっ!!??」

 

 

 

「副総長が拐われた!! 追うぞ、お前達!!」

 

 

 

 スキンヘッドの男を追いかけて、部下達も走っていく。

 

 

 

「行っちゃった。あなた達は追わなくて良いの?」

 

 

 

 私は二人の女性に聞くと、どーでもよさそうな顔で答えた。

 

 

 

「あのバカ達はホッときましょ。それよりも、あなた達、一緒にご飯でも食べない?」

 

 

 

 黒髪の女性がそう言ってきた。

 

 

 

 

 



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第18話 『海の怪物』

霊能力者のレイちゃんは、ダメ、無能、役に立たない?

 

 

 

著者:ピラフドリア

 

 

 

第18話

『海の怪物』

 

 

 

 

 首にカメラをぶら下げた少年は赤いバンダナを頭に巻き、海に群がる人々を見下ろす。

 

 

 

「今日こそは、スクープを取ってみせる。そして新聞部部長としての威厳を取り戻してみせる」

 

 

 

 少年はビーチに面白いスクープはないか、双眼鏡を通して除く。そうしていると、海の家に向かう女性の集団、その中に見覚えのある顔を発見した。

 

 

 

「あれは……楓君じゃないか…………。そしてあそこにいるのは例の…………いや、大丈夫だ。今もしっかりお守りは持ち歩いてる…………」

 

 

 

 少年はポケットの中のお守りを信用して、見つけた同級生を監視する。だが、突然視界が遮られる。

 

 

 

「なんだ、この肌色の膨らんだもの……は…………。まさか!?」

 

 

 

 突然、双眼鏡が引っ張られて、少年は今まで見ていたものが目の前にあったことに気づいた。

 

 

 

「何を見ているのよ。男……」

 

 

 

「いや、その……」

 

 

 

 少年の鼻からは赤いものが垂れる。目の前に現れたのは、うさ耳をつけた水着の女性。

 

 

 

 うさ耳の女性は少年の頭を鷲掴みにする。

 

 

 

「ぐっ!?」

 

 

 

「客からクレームがあったわ。視線を感じるって……。男になんて触りたくはなかったけど、駆除しないとね」

 

 

 

「え? え、え!? ギャァァァァァァ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 パラソルにいる楓ちゃんと合流すると、荷物を持って海の家へと向かう。

 

 

 

 首なしライダーの彼女だった沢谷 コトミと首なしライダーの姉、早乙女 京子(さおとめ きょうこ)も一緒についてきて、今は四人と幽霊一人、猫一匹だ。

 

 

 

 海の家に着くと、木製の看板にはタチバナとデカデカと書かれている。

 

 

 

「霊宮寺さんって綺麗ですよね。肌も真っ白で身長高いし、外人さんなんですか?」

 

 

 

 コトミちゃんが私に尋ねてくる。

 

 

 

「まぁそうだけど。外国語は全然だよ。私は日本でたことないし。というか、身長高いって言ったら」

 

 

 

 私は京子ちゃんの方を見る。すると、察したコトミちゃんが

 

 

 

「あー、姉さんもデカいですけど。姉さんの場合、ガタイも良くって」

 

 

 

 コトミちゃんがそこまで言うと、隣を歩いていた京子ちゃんが足を出して転ばせる。

 

 

 

「誰が男と間違えられるって?」

 

 

 

 盛大にコケたコトミちゃんは砂の中から顔を出す。

 

 

 

「まだ言ってないよ!!」

 

 

 

 そんなことをやりながらも私達は海の家へを入る。中には客が多くおり、賑わっている。

 

 

 

 私達がやってきたことに調理場で働いている半裸の男が気づいて叫ぶ。

 

 

 

「おい、ポリ!! 客だぞ!!」

 

 

 

 叫び声を聞き、桃色の髪に緑色の髪飾りをつけた中華風の服の店員が駆け寄ってくる。

 

 

 

「ハイヨ、何名サマデスカ?」

 

 

 

「四人です」

 

 

 

 私は指を四つ立てて店員に伝える。

 

 

 

「奥のテーブル席が空イテルヨ。そっちにドウゾ」

 

 

 

 店員に紹介され、私達は奥にある壁際の席に座った。

 

 

 

 全員が席に座ると京子ちゃんがメニュー表を取り、私と楓ちゃんに渡してくれる。

 

 

 

「好きなものを頼んでくれ。今回は私が奢るよ」

 

 

 

「え、良いんですか?」

 

 

 

「ああ、それくらいしないとな。アイツにどやされる」

 

 

 

 私達は礼を言ってメニューを見始める。京子ちゃんの隣に座ったコトミちゃんもウキウキで壁にかけられている看板からメニューを確認する。

 

 

 

「いや〜、姉さんが奢ってくれるなんて嬉しいなぁ。ちょっと高いもの頼んでみようかな」

 

 

 

「え、あんたには奢らないよ」

 

 

 

「え!? 姉さーん」

 

 

 

 寂しそうな顔をするコトミちゃんに京子ちゃんは笑顔で返す。

 

 

 

「冗談よ、冗談。あんたの分も奢るよ。でも、ちょっとは遠慮しなさいよ」

 

 

 

「姉さん、大好き!!」

 

 

 

 コトミちゃんは京子ちゃんに抱きつくと、丁度隣を通りかかった店員に注文をする。

 

 

 

「すみません、この店で一番高いものください」

 

 

 

「おい!!」

 

 

 

 コトミちゃんがツッコまれる中。注文を聞いた店員は立ち止まり、メモ帳を取り出して確認する。

 

 

 

「一番高いのだと、イカスミピラフドリアですね」

 

 

 

「じゃーそれでーーー!! 霊宮寺さん達と姉さんはどうします?」

 

 

 

 コトミちゃんが注文を終え、決めていた私は店員の方を向く。

 

 

 

 店員はうさ耳をつけた水着の女性。

 

 

 

「黒淵……さん…………」

 

 

 

「モエちゃんでしょ、レイちゃん。今すぐにでもあなたの筋肉に触れたいんだけど、残念……バイト中なの……」

 

 

 

「…………それは良かった……。あ、注文…………えっと、私はミートソースパスタで」

 

 

 

 黒淵さんはメモ帳に書き込んでいく。

 

 

 

「私はチキンカレー」

 

 

 

「チキンカレー、一つ……」

 

 

 

 最後にメニューを見ていた楓ちゃんが手を挙げる。

 

 

 

「僕もチキンカレーで!!」

 

 

 

 しかし、楓ちゃんが注文すると黒淵さんは舌打ちする。そして

 

 

 

「では、確認します。イカスミピラフドリア一点、ミートソースパスタ一点、チキンカレー一点でよろしいでしょうか」

 

 

 

「え、僕の注文できてないんですけど」

 

 

 

「では…………」

 

 

 

「え!? ちょっと!?」

 

 

 

 楓ちゃんが動揺する中、黒淵さんは平然と注文を伝えに厨房へと戻っていく。

 

 

 

 思いっきり無視された楓ちゃんは、凹んで黒猫を撫でて寂しそうにしている。

 

 

 

「きっと冗談よ。ああ言いながら注文は受け取ってるはずだから。あれでも働いてるんだし」

 

 

 

 黒猫だけで十分かもしれないが、私も楓ちゃんの頭を撫でて慰める。

 楓ちゃんを慰めている中、海の家の様子をメモ帳に書き込んでいたリエがやっとそれを終えて、耳元で話しかけてきた、

 

 

 

「レイさんレイさん」

 

 

 

「何よ。今話しかけないでよ」

 

 

 

 私は小さな声でリエに返事をする。幽霊であるリエの姿は、二人には見えていない。ここでリエと話と、私は独り言をブツブツと喋る変人に見えてしまう。

 

 

 

「あのライダーさんのお姉さん。あの人から結構な霊力を感じるんですよね」

 

 

 

「そういえば、不自然な目線の動かし方をしてたような」

 

 

 

 京子ちゃんの目線がリエを見ているような時があった。しかし、リエについて京子ちゃんが何か言うこともなかったし、気のせいだと思っていたが、リエは京子ちゃんに霊力を感じ取ったらしい。

 

 

 

 私はひっそりとリエに聞く。

 

 

 

「どうなの? それくらいの力があるの?」

 

 

 

「私にははっきりとは分かりません。しかし、私の姿がぼんやり見えていたり、タカヒロさんに感づいてる様子はありますね」

 

 

 

 リエも私と同じような考えではいるようだ。

 

 

 

「これくらいの力って珍しいの?」

 

 

 

「珍しい方ですね。レイさんも普通の人に比べれば。力はある方ですからね。でも、この方はそれ以上に強い力です」

 

 

 

「まぁ、あんたについて色々詮索して来なそうだし。こっちから首を突っ込むことはなさそうね」

 

 

 

「そうですね」

 

 

 

 リエとの話が終わったタイミングで、不自然に思ったのか、京子ちゃんが聞いてくる。

 

 

 

「霊宮寺さん? 何かあったのか?」

 

 

 

「いや、何も……。それよりもなんで弟さんが首無しライダーって分かったの?」

 

 

 

 私は話題を逸らそうとする。しかし、その話題が悪かった。というか、当然の話題だ。

 

 

 

「私は生まれつき霊感があるんだ。それで首無しライダーの話を聞いて、弟かどうか探りを入れてみたら……と言う感じだ。しかし、すぐに実家に帰れる状態ではなかったから、霊宮寺さん達がいて助かった」

 

 

 

「そういうことだったんですか」

 

 

 

「しかし、あなたの周りにも変わったものがいるように見えるんですよね。もしかして……」

 

 

 

「え、え? なんのこと?」

 

 

 

 私が焦る中、厨房の方から料理を持った中華風の女性がやってきた。

 店に来た時に案内してくれた店員だ。

 

 

 

「お待たせしました〜、チキンカレー、イカスミピラフドリア、ミートソースパスタですヨ」

 

 

 

 店員は注文通りの品をテーブルに置いていく。しっかりと楓ちゃんの分もあって、楓ちゃんはホッとした様子だ。

 

 

 

 

 

 

 食事を終えた私は、おしぼりで口元を拭く。拭き終わったおしぼりはミートソースで真っ赤だ。

 

 

 

「霊宮寺さん達はこれからどうするんですか?」

 

 

 

 コトミちゃんも口を拭きながら聞いてくる。

 

 

 

「まだ何も決めてないけど」

 

 

 

「じゃあ、一緒にどうですか? 女子少なくて寂しかったんですよ」

 

 

 

 私は楓ちゃんの方を見る。楓ちゃんの肩には黒猫と隣にリエがふわふわと浮いている。

 

 

 

「僕も良いですよ」

 

 

 

 楓ちゃんはそう返し、黒猫は頷く。リエは親指を立てた。

 

 

 

「じゃあ、よろしくね!」

 

 

 

 コトミちゃん達と遊ぶことになり、海の家から出ようと忘れ物はないかと確認して席を立つと、調理場にいた半裸の男が近づいてきた。

 

 

 

 私とリエ、コトミちゃんはその男性が怖くて、なんか変なポーズを取って身構える。

 

 

 

「お前ら黒淵さんの友達なんだってな」

 

 

 

 男性はそう言うと、スイカを京子ちゃんに渡した。というか、私たちが怯えていたから京子ちゃんか楓ちゃんしか渡せなかった。

 

 

 

「それはサービスだよ。持ってけ」

 

 

 

「え、良いんですか?」

 

 

 

「あいつとは古い付き合いだ。今回も人手が足りなくて手伝ってもらってるしな」

 

 

 

 店内を見ると黒淵さんはせっせと働いている。私はバックの中から缶ジュースを取り出すと、男性に渡す。

 

 

 

「これ後で黒淵さんに渡しといてください。バック見張っててくれたお礼ですって」

 

 

 

「おう、んじゃ、楽しんでこいや」

 

 

 

 

 

 

 海の家を出ると、外では汗だくの不良集団と、二人のマッチョがいた。

 

 

 

「姉さん、戻りました」

 

 

 

「あんた達…………汗臭い」

 

 

 

 めっちゃ嫌そうな顔で鼻をつまむ京子ちゃん。

 

 

 

「姉さーん!!」

 

 

 

 不良集団は大きく口を開けてショックを受けている。

 

 

 

「レイさん。そのスイカは?」

 

 

 

 マッチョの後輩はスイカが気になったのか聞いてくる。

 

 

 

「あ、さっきそこで貰ったの」

 

 

 

「スイカですか……。では……」

 

 

 

 マッチョの二人組は海パンの中からスイカを二つずつ取り出した。

 

 

 

「これも合わせて、スイカ割り大会と行きましょう!!」

 

 

 

「どこから出してんのよ!!」

 

 

 

 マッチョ男にドン引きする中。海の家の裏側から、コトコトと音を立てながら何かが近づいてくる。

 

 

 

 私達が音の聞こえる方を見ると、そこには逆さの青いポリバケツに足の生えた生物がいた。

 その生物からは何かブツブツと声が聞こえる。

 

 

 

「スクープ、スクープ…………」

 

 

 

 暴走集団はスキンヘッドの男を先頭に、私達を守るように前に出る。

 

 

 

「姉さん達には手出しはさせねーぞ」

 

 

 

 ポリバケツの怪物はフルフルと震え出すと、下から出を出してポリバケツを脱いだ。

 

 

 

「スクープが欲しーーーーーーい!!!!」

 

 

 

 ポリバケツから出てきたのは赤いバンダナを巻き、首からカメラを下げた少年。

 

 

 

「石上君!?」

 

 

 

 ゴミを全身に被った石上君がそこにはいた。

 

 

 

「楓君……っと、え、なに、この怖い人たち」

 

 

 

 暴走族に囲まれていた石上君はめっちゃ怯えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さぁ、始まりした。霊能者チームvs暴走族チームのスイカ割り対決。司会はコトミがお送りします。では選手の紹介です!!」

 

 

 

 両チームのメンバーが向かい合って並ぶ。

 

 

 

「先鋒を務めるのは、楓選手とスキンヘッドだーーー!!!!」

 

 

 

 楓ちゃんは手を振って、スキンヘッドの男は文句ありげにコトミちゃんの方を向く。

 

 

 

「よーし、頑張るぞー!!」

 

 

 

「おい、俺にもしっかり名前あるからな!! スキンヘッドってなんだよ、スキンヘッドって!!!!」

 

 

 

 スキンヘッドを無視してコトミは続ける。

 

 

 

「無視すな!?」

 

 

 

「続いて中堅は、霊宮寺さんと暴走族チームの助っ人その辺にいたおっさんだー!!!!!」

 

 

 

 私は棒を振って調子を確認する。おっさんはストレッチをしている。

 

 

 

「オス、オラおっさん。よろしくな」

 

 

 

「なんでおっさん!?」

 

 

 

 初見のおっさんがいる中。最後の選手を紹介する。

 

 

 

「そして大将を務めるのは、霊能者チームの助っ人マッチョな先輩と、我らが姉さん京子姉さんだ!!」

 

 

 

 マッチョがポーズを決める中、マッチョのことを無視して京子ちゃんに歓声が集まる。

 

 

 

 選手紹介を終え、ついにスイカ割り大会が始まる。足りないスイカは京子ちゃん達が持ってきていた分だ。

 

 

 

 まずは先鋒。楓ちゃんとスキンヘッドだ。

 

 

 

「楓ちゃん頑張れー!!」

 

 

 

 私が応援すると楓ちゃんは任せてくださいっという風に拳を握りしめてポーズをする。

 

 

 

 スキンヘッドの男は木刀を片手に準備ができている。

 

 

 

「楓。このスイカ割り勝負。俺は手加減はしないぞ」

 

 

 

「望むところです。スキンヘッドさん」

 

 

 

「俺ってそれが名前だと思われてる?」

 

 

 

 楓ちゃんとスキンヘッドはタオルで目元を隠して、開始の合図を待つ。

 

 

 

「それじゃあ行くよ。よーい」

 

 

 

 コトミちゃんがそこまで言った後。カシャリと言う音が鳴り、二人はスイカに向かって進もうとする。しかし、

 

 

 

「あ、すみません。今のは俺のシャッター音です」

 

 

 

 開始の合図ではなかった。改めてコトミちゃんが鈴を鳴らして開始する。

 

 

 

「楓ちゃん、そのまま真っ直ぐ、あ、ちょっと右、あ、行き過ぎ!!」

 

 

 

 私とマッチョの先輩が楓ちゃんを誘導する。そしてスイカの元へと移動させようとするが、

 

 

 

「お、おい、待て。楓、楓!?」

 

 

 

「ここかァー!!!!」

 

 

 

「うおぉあ!?」

 

 

 

 なぜか、楓ちゃんは黒猫に吸い込まれるように移動していた。

 

 

 

 楓ちゃんの一撃を黒猫は間一髪のところで躱す。

 棒を振り終えた楓ちゃんは、タオルを取ってどこにいるのか確認していた。

 

 

 

「あれ、師匠?」

 

 

 

「何やってんだよ、楓……というか……」

 

 

 

 黒猫は私の方を睨む。

 

 

 

「レイ。お前が誘導しただろ!!」

 

 

 

「ッチ」

 

 

 

「舌打ちしてんじゃねーよ。俺の身体はミーちゃんのものでもあんだよ!!」

 

 

 

 黒猫が喋っているが、これだけ騒いでいれば聞こえている人もいないだろう。

 楓ちゃんはスイカ割りに失敗した。相手チームのスキンヘッドはどうなっているのか。

 

 

 

 そっちの方を見てみると、スキンヘッドは京子ちゃんにボコボコにされていた。

 

 

 

「なんで姉さん……」

 

 

 

「あんたが私のところに向かってくるからよ」

 

 

 

 向こうは向こうでハプニングがあったらしい。

 

 

 

 先鋒は引き分け。続いて中堅は私とおっさんだ。

 

 

 

 その辺で暇そうだったから誘われたらしいが、見ず知らずのおっさんには負けたくない。

 

 

 

 私は気合を入れてタオルを巻いた。視界は真っ暗、何も見えない。

 コトミちゃんの鈴が鳴り、ゲームが始まる。

 

 

 

 私は仲間達の声を頼りに、少しずつ前進していく。

 

 

 

「そう、そのまま真っ直ぐよ。真っ直ぐ、真っ直ぐ進むの」

 

 

 

 一歩一歩と進んでいき、

 

 

 

「そこで抱きつくのよ、レイちゃん!!!!」

 

 

 

「え? 抱きつく?」

 

 

 不安に思いながらも私は指示を信じて、前方に手を出して抱きついてみた。

 すると、そこに何かあったのか。抱きつくことができた。

 

 

 

 柔らかくてしっとりとしている。

 

 

 

「なにこれ?」

 

 

 

 なんだか首の辺りに生暖かい風が当たる。そして私よりも小さいが柔らかいものがある。

 私の前方にいるものは、私の身体を舐め回すように触ってくる。

 

 

 

「はぁはぁ、レイちゃんの筋肉ってやっぱり最高よぉ〜」

 

 

 

 なんとなく誰だか分かった私は、木刀を前方にいる変態に振り下ろした。

 

 

 

 中堅は私達の負けだ。私が変態を成敗している隙に、おっさんはしっかりとスイカを割っていたらしい。

 

 

 

 おっさんは京子ちゃんやスキンヘッドの男とハイタッチしている。

 

 

 

「ナイスだ。佐藤さん!!」

 

 

 

「良くやったな。佐藤さん!!」

 

 

 

 知らないおっさんが凄い勢いで馴染んでいっていた。

 

 

 

「というか、なんであんたがいるのよ!! バイト中のはずでしょ!!!!」

 

 

 

 私は頭に出来たタンコブを痛そうに摩る黒淵さんに訴える。

 

 

 

「ピークも終わったので休憩中よ。だからレイちゃんに会いにきたのよー」

 

 

 

「寄らないでください」

 

 

 

 私が寄ってくる黒淵さんを避けていると、大将がタオルを巻き始める。

 

 

 

 大将は私達のチームはマッチョの先輩。暴走族チームは京子ちゃんだ。

 二人の目を塞いで、開始の合図が鳴った。

 

 

 

「パイセン、真っ直ぐ、そのまま!!」

 

 

 

「姉さん、左です、もっと、もっと思いっきり!!」

 

 

 

 二人は誘導されてスイカの前まで辿り着いた。しかし、

 

 

 

「あんた達、シーンとしてないで早く指示して!」

 

 

 

「後輩よ! この後はどうすればいいのだ?」

 

 

 

 マッチョと京子ちゃんは向かい合う形で、スイカを挟んでいた。

 どちらがどっちのスイカを割るというルールはない。だから、誘導して気づいたらこうなっていた。

 

 

 

「そこだーーーーーっ!!!!」

 

 

 

 両チームが叫ぶ。それを聞いて二人とも木刀を振り下ろすが、二人の木刀は綺麗に重なり合い、ぶつかって止まった。

 

 

 

 二人の木刀がぶつかった衝撃で風が起こり、スキンヘッドの海パンがずり落ちる。

 

 

 

「いやーん」

 

 

 

「しっかり閉めとけよ」

 

 

 

 先輩と京子ちゃんは木刀が止まり、声から状況を察した。

 

 

 

「筋肉ダルマ。あんた、見た目だけじゃなくてやるじゃない」

 

 

 

「なかなか良い筋肉をお持ちのようだ。だが、俺の筋肉の方が上だ」

 

 

 

 二人とも全く退かない。ここで木退いたらスイカが割られて、負けてしまうことを知っているからだ。

 

 

 

 二人の様子を見て楓ちゃんは隣にいたスキンヘッドの男に話しかける。

 

 

 

「早乙女さん。凄いですね」

 

 

 

「そうだろ。姉さんはすげーだろ。兄貴ですら喧嘩で勝ったことはなかったんだからな。まるでゴリラだ」

 

 

 

 スキンヘッドの声が聞こえたのか。目は見えないが、京子ちゃんから怒りのオーラが漏れ出す。

 

 

 

「だーれーがー………………」

 

 

 

 怒りで京子ちゃんがパワーアップして、マッチョが押されていく。

 

 

 

「ゴリラだァァァ!!!!」

 

 

 

 京子ちゃんのパワーに負けて、マッチョは後ろに倒れて尻餅をつく。京子ちゃんはそのまま振り下ろしたパワーで、スイカを粉々に粉砕した。

 

 

 

 タオルを外しながら京子ちゃんは

 

 

 

「さっきゴリラっつったのは誰だ?」

 

 

 

 犯人を探して睨む。すると、みんな一斉にスキンヘッドの男を見た。

 

 

 

「え、いや、確かに言ったけど……いや、冗談、冗談じゃないすか、姉さん、……姉さーん!!!!」

 

 

 

 

 

 

 



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第19話 『壺に潜む巨大な亡霊』

霊能力者のレイちゃんは、ダメ、無能、役に立たない?

 

 

 

著者:ピラフドリア

 

 

 

第19話

『壺に潜む巨大な亡霊』

 

 

 

 

 

 スイカ割り大会も終わり、喉が渇いた私は自販機まで飲み物を買いに行った。

 

 

 

「レイさん。この後、京子さん達とビーチバレーやるって話になってましたよね。ワクワクしますね」

 

 

 

 私に取り憑いているリエは、私の後ろを浮遊してついてくる。

 

 

 

「そうね。チームどうするのかしら。楓ちゃんか、京子ちゃんが味方なら心強いんだけど」

 

 

 

「あの二人の運動能力はずば抜けてますしね……」

 

 

 

 自販機でお茶を買い、出てきたお茶を取ろうとしゃがむ。しゃがんだ時にふとビーチとは反対の道路側を見ると、海へと向かう人混みの中に、白髪の男性の後ろ姿を見かける。

 

 

 

「お兄様……?」

 

 

 

 私はお茶も取らずに立ち上がると、お兄様を見かけた方向へと走り出す。

 

 

 

「ちょっと!? レイさん!!」

 

 

 

 リエが私の取り忘れたお茶を持って追いかけてくる。私はお兄様らしき後ろ姿を追いかけたが、その人物を見失ってしまった。

 

 

 

「お兄さんがいたんですか?」

 

 

 

「え、いや、……」

 

 

 

「見間違えたんじゃないですか? 人多いですし、それにお兄さんは仕事で来れないんですよね」

 

 

 

 そうだ。来れないはずなのだ。でも、あの後ろ姿は……。

 

 

 

 

 モヤモヤが残るが、私とリエはみんなの元へ戻ろうとビーチへ向かう。

 しかし、戻る途中リエが足を止めた。

 

 

 

「リエ、どうしたの?」

 

 

 

「レイさん……何かいます……」

 

 

 

「何がいるって何よ?」

 

 

 

 リエは怯えた様子で尻餅をついて座り込む。私は座り込んだリエの元に急いで駆け寄った。

 

 

 

「どうしたの? リエ、説明して!!」

 

 

 

 かなり怯えている様子のリエ。ここまでリエが怯えている姿を見るのは久しぶりだ。

 そう、それは……。

 

 

 

「悪霊……悪霊がいるの?」

 

 

 

 リエは身体を震わせながら教えてくれる。

 

 

 

「います。それも大きい悪霊です……」

 

 

 

「それはどこにいるの?」

 

 

 

 リエはゆっくりと腕を動かし、海を指で刺した。

 震える手で悪霊の居場所を教えてくれたリエ。私はリエに抱きつくと、

 

 

 

「ありがとう。教えてくれて」

 

 

 

 そしてリエを抱っこしてみんなの元へと急いだ。

 

 

 

「楓ちゃん、タカヒロさん!!」

 

 

 

 すでに暴走族達とボール遊びをしていた二人を呼ぶ。

 

 

 

「レイ。俺のことはミーちゃんと呼べ。俺のことがバレたらどうするんだ!!」

 

 

 

「師匠、声大きいですよ!! ってレイさんもリエちゃん抱えて、他の人から見たら不自然ですよ〜。どうしたんですか?」

 

 

 

 確かに今の状況は不自然だが、それを気にしている暇はない。

 

 

 

「はぁはぁ、よく聞いて二人とも……いや」

 

 

 

 私はスキンヘッドの男を砂に埋めている京子ちゃん達にも伝える。

 

 

 

「海に悪霊がいるの……。危ないから今すぐ避難して」

 

 

 

 私がそう伝えると、暴走族の一部の人間は呆れた顔をする。しかし、

 

 

 

「確かに。嫌な気配を感じる……。隠れるのが得意みたいだけど。うっすらと漏れてる」

 

 

 

 京子ちゃんがそう言うと、暴走族の面々は深刻な顔になった。

 

 

 

「姉さんがいうってことは……マジか」

 

 

 

「兄貴を救ってくれた、霊宮寺さんが言ってたんだ。俺は最初から分かってた……」

 

 

 

 京子ちゃんの言葉で一斉に信じて、暴走族は焦り出す。

 

 

 

「姉さん、どうします?」

 

 

 

「今すぐに逃げるよ。私達がどうにかできるレベルを超えてる」

 

 

 

 京子ちゃんの指示のもと、スキンヘッドの男とその部下達は片付けを始める。

 楓ちゃんと黒猫は私に抱えられているリエを心配そうに見つめる。

 

 

 

「リエちゃんが教えてくれたんですか?」

 

 

 

「ええ、勇気を振り絞って教えてくれた。今は休ませてあげて」

 

 

 

「勿論です。でも、どうするんですか?」

 

 

 

「悪霊ならプールの時と同じか、それ以上に危険ってことよ。私達も逃げるしか……」

 

 

 

 楓ちゃんは辺りを見渡す。ビーチには私達の他にも多くの観光客がいる。今まで潜んでいた悪霊が姿を出したのか、それともどこからがやってきたのかは分からない、

 だが、悪霊がここにいる人々を標的にすれば、大きな被害になる。

 

 

 

「……そうね。分かった」

 

 

 

 私は片付けをしている京子ちゃん達に声をかける。

 

 

 

「あなた達。お願いがあるの。ビーチにいる人達を避難させて」

 

 

 

 今できる最善はビーチにいる人々を避難させること。

 

 

 

 前に悪霊を祓った紙。あれがあれば悪霊にも対抗できたかもしれない。しかし、あの紙は消滅してしまい、あれ以降お兄様には会っていない。

 

 

 

「俺達がか!? だが、俺達は兄貴の件があったし、それに…………まぁ、色々あってお前達を信じてる。だが、他の奴らは信じないぞ」

 

 

 

 そうだ。突然、悪霊がいるからビーチから離れてくれと言われて、信じる人間がいるだろうか。

 

 

 

 だが、悪霊が出てきたら、私達ちは倒すことはできない。人々を逃すことしか……。

 

 

 

「話は聞かせてもらったぞ!!」

 

 

 

 私達が悩んでいると、空の上から声が聞こえる。

 

 

 

「トォウっ!!」

 

 

 

 空から飛び降りてビーチに、五つの影が着地する。

 

 

 

「人々の避難誘導。このゴーゴーレンジャーと」

 

 

 

「怪人スコーピオンに任せてもらおう」

 

 

 

 現れたのはレッドが率いるゴーゴーレンジャーの面々と、怪人のスコーピオン。

 

 

 

「俺達がヒーローと、怪人の戦闘が起これば、観光客は避難するだろう」

 

 

 

「それに俺達が怪人が暴れているといえば、避難誘導もスムーズに行くはずだ」

 

 

 

 どうだろう。幽霊が出たと怪人が出た。そこに違いがあるのだろうか。

 ほとんどの人は同じ反応をする気がするが……。

 

 

 

 しかし、ここまで自信満々に言っているんだ。頼れるものは頼った方がいいだろう。

 

 

 

「レッドさん達、スコーピオンさんお願いがします」

 

 

 

「おう!!」

 

 

 

 レッドさん達に観光客の避難は任せて、私達も逃げるための準備を始める。

 いつ悪霊が動き出すかは分からない。だが、早くここから離れて、お兄様に連絡をするしかない。

 

 

 

 悪霊を倒せる可能性があるとすれば、お兄様くらいしかいない。

 

 

 

「霊宮寺さん、私たちは準備終わりました。姉さんの指揮のもと、私たちは避難します」

 

 

 

 スキンヘッド達に大量の荷物を持たせて、コトミちゃんは逃げる前に私達に一声かけてくれた。

 

 

 

「私達もすぐに逃げるから先に行ってて」

 

 

 

 私達も荷物を纏めると急いで浜辺から離れるために走り出した。

 予想以上にヒーロー達の避難誘導はうまく行っているらしく、客達は浜辺からは離れていた。

 

 

 

 実際にレッドとスコーピオンが戦うことで、観光客に危機感を持たせて逃しているようだ。

 

 

 

 しかし、ビーチの上にある道路や近くのビルの屋上には、ヒーロー達の戦闘を見に来た野次馬が集まってしまっている。レッド以外の緑、オレンジ、小豆はそんな野次馬を少しでもビーチから離そうと尽力している。

 

 

 

「レイさん!! あれ!!」

 

 

 

 砂浜を走っていると、前を走っていた楓ちゃんが海の方を見て足を止めた。

 私も楓ちゃんにつられて、海を見た。

 

 

 

 海には何隻か、漁船や観光船が浮かんでいる。そんな船のすぐの横の海面から、巨大な赤いタコの脚が現れる。

 

 

 

 船が小さく見えてしまうほどの大きなタコの脚。それは船の船体を掴むと、船を掴んで水面へと引き摺り込んでいく。

 浜辺からは離れていてよく見えないが、船の乗員が海へ飛び込んでいく様子も見える。

 

 

 

 あっという間に海に浮かんでいた船が、全て姿を消した。

 

 

 

「これはヤバそうだな……」

 

 

 

 楓ちゃんの肩に掴まっている黒猫は、そのタコの様子を見て焦る。

 

 

 

 ヤバイってレベルじゃない。前の悪霊を遥かに超えている。あんな怪物みたいな悪霊がこの世にいていいのか。

 

 

 

「早く逃げるよ」

 

 

 

 私はみんなを急かして急いで浜辺から出ようとする。しかし、

 

 

 

 私達の遥か上空を何かが通過する。太陽の光が遮られ、大きな影ができたと思ったら、前方に巨大な壁が現れて進路を塞いだ。

 

 

 

「なんなの!?」

 

 

 

 壁が降ってきたことでビーチの砂が舞い、視界が眩む。

 

 

 

「ゴホゴホ……レイさん、リエちゃん危ない!!」

 

 

 

 砂埃が飛び散る中、壁が私とリエに向かって迫ってきた。

 私は倒れ込むようにジャンプして楓ちゃんと黒猫のいる場所まで逃げる。どうにか壁を避けることができたが、私達の前や後ろにいた他の観光客の何人かは壁に巻き込まれて、海の方へと引き摺られていってしまった。

 

 

 

「……何よあれ」

 

 

 

 なぜ壁が突然降ってきたのか。それを確認するために振り返る。すると、その壁の正体は悪霊であるタコ足の一本であり、海から伸びて襲ってきていた。

 

 

 

 私達の場所だけではなく、ビーチの至る所に足が飛ばされて観光客を海へと引き摺り込む。

 

 

 

「レイ、本体の登場だ」

 

 

 

 黒猫がそう言うと、海面が盛り上がる。そして島のようにでかい、悪霊の頭が飛び出してきた。

 

 

 

 真っ赤な頭。タコのような見た目をした悪霊。頭の上には髪の毛とは違うが、森のように無数の針が刺さっている。

 

 

 

 針の先端には、透明なガラスのような球体が付いている。

 そして海に引き摺り込まれた人間の末路がそこにあった。

 

 

 

「人が閉じ込められてる……?」

 

 

 

 船に乗っていた船員や観光客。それらが全て頭にある針の球体の中に閉じ込められていた。

 閉じ込められている人々は力を失ったように、全身の力が抜けて座り込んでいる。

 

 

 

「力を取り込んでいるようですね……」

 

 

 

 私に抱えられているリエが、小さく声を出した。

 

 

 

「リエ。大丈夫なの!? 無理はしないで」

 

 

 

「……今、動けないでどうするんですか……。私は皆さんの足手纏いにはなりたくないです」

 

 

 

 リエは私の身体から離れて立とうとする。しかし、身体に力が入らないのか、ふらっと倒れそうになった。

 私は急いでリエを支える。

 

 

 

「無理しないで。ほら、私に掴まって」

 

 

 私はリエに肩を貸す。

 

 

 

 しかし、リエは何かしたわけでもないのに、だいぶ弱っている様子だ。悪霊を見て怯えて力が出ないのだろうか。

 プールの時もそうだった。リエは怯えてしまって動けなくなっていた。だが、今回はそれ以上だ。

 

 

 

 海の悪霊を見て楓ちゃんが話しかけてくる。

 

 

 

「レイさん。ここまで逃げててもいつかは追いつかれます。何か対策をしないと。被害も広がって大変なことになりますよ」

 

 

 

 楓ちゃんの言う通りだ。あれだけ巨大な怪物。逃げていてもいつかは追いつかれる。

 

 

 

「そうね。いつかは追いつかれて捕まる。なら……」

 

 

 

 少しでも時間を稼ぐ。さっき見かけたのが本当にお兄様だったなら。まだ近くにいるはずだ。

 その可能性を信じるしかない。

 

 

 

 ビーチにいる人達が悪霊の頭に捕まると、悪霊のサイズがさらに大きくなる。

 

 

 

「大きくなった……」

 

 

 

「へぇ〜。あの悪霊、人を取り込むことでデカくなるみたいだな。これは尚更、対策しないといけない」

 

 

 

 黒猫は楓ちゃんの肩でそう言いながら、悪霊に掴まった人たちを見ていたが、その中にある人物を発見する。

 

 

 

「……ん、おい……嘘だろ」

 

 

 

「タカヒロさん? どうしたの?」

 

 

 

 私は黒猫に何があったのか聞くが。黒猫が答える前に楓ちゃんが叫んだ。

 

 

 

「また触手が来ますよ!!」

 

 

 

「え? 本当だァーーー!!!!」

 

 

 

 再び、タコの足が伸びてきて浜辺の人々を捕まえようとしてくる。

 タコの足が私達の上空を通過する。

 

 

 

 これが落ちてくれば、そのまま海まで引きずられる。

 

 

 

「こんな危険な役はやらせたくはなかったが……」

 

 

 

 黒猫は楓ちゃんの肩から飛んで、私の頭に着地した。

 

 

 

「ちょっと!! こんな時に何してるのよ!!」

 

 

 

 頭に着地した黒猫は楓ちゃんに顔を向けることはなく、背を向けて伝える。

 

 

 

「楓。やってくれるか?」

 

 

 

 楓ちゃんはガッツポーズをして自信満々に笑った。

 

 

 

「任せてくださいよ。師匠。あんなタコ、タコ殴りにしてやりますよ」

 

 

 

 そして楓ちゃんは近くに浜辺と道路の間にある壁に向かって走り出した。

 楓ちゃんが走り出すと、黒猫が私に向かって叫ぶ。

 

 

 

「走れーーッ!!」

 

 

 

「え、え!?」

 

 

 

 私は動揺しながらも黒猫に言われたまま走り出す。楓ちゃんはほぼ垂直の壁を走って登ると、そこから高くジャンプする。

 そして私達の上空にあるタコ足をキックで弾き飛ばした。

 

 

 

「えええぇぇぇ!? マジか!!!!」

 

 

 

「あいつならあれくらい余裕だ。とにかく足の届かない場所まで逃げろ。道路に出れば足は来ない。その間に作戦を考えるぞ」

 

 

 

 楓ちゃんの活躍で一時的にだが、タコ足から逃げ切ることに成功する。

 

 

 

「楓ちゃんならあの悪霊に勝てるんじゃ?」

 

 

 

「無理だ。あいつは力を吸い取ってる。そうだろ、リエ」

 

 

 

 黒猫は私の方に掴まっているリエに同意を求める。

 

 

 

「はい……。力を吸い取ってダメージは回復します。でも。あれだけの人間を集めたとはいえ。あんなにデカくなれるわけ」

 

 

 

「ああ。船の乗員にビーチの人。あんなに捕まえたが、最初のデカさに比べれば、ちょっと膨らんだ程度だ」

 

 

 

 リエと黒猫の会話を聞いていた私は走りながら反論する。

 

 

 

「ちょっとってかなり膨らんでたよ。さっき!!」

 

 

 

「確かにそうだが。最初から島みたいにデカかった。だが、そんなデカいやつが今までどこに隠れてたって言うんだ。海底とはいえ、何ヶ月も見つからないはずがない」

 

 

 

 黒猫は自信を持って宣言する。

 

 

 

「ある一人を引き離せば。あの悪霊は力を失って、弱体化する!!」

 

 

 

 

 



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第20話 『海岸大決戦!?』

霊能力者のレイちゃんは、ダメ、無能、役に立たない?

 

 

 

著者:ピラフドリア

 

 

 

第20話

『海岸大決戦!?』

 

 

 

 

 楓ちゃんがタコの足から守ってくれている間に、ビーチから出て側の道路まで逃げた。

 ガードレール沿いに野次馬やビーチにいる逃げ遅れた人を心配そうに見ている人達が集まっていた。

 

 

 

「それでタカヒロさん。さっき言ってた。話はどういうことなの?」

 

 

 

 まだ息は整っていないが、私は肩を上下させながら黒猫に聞いた。

 黒猫は海にいる悪霊の頭に視線を向ける。

 

 

 

「あれを見ろ」

 

 

 

 悪霊の頭には掴まった人々が捕らえられている。その中に一際目立つ赤い衣装の人物を見つける。

 

 

 

「あれって……まさか…………」

 

 

 

「あの悪霊があそこまで大きくなった原因。そしてそれを可能にするほど強力な霊力を持つ人物……」

 

 

 

 真っ赤な鎧を見に纏った武士の姿。

 

 

 

「武本さん!?」

 

 

 

 そこにいたのは前に廃墟の病院で出会った武本という幽霊の姿。

 

 

 

「なんで武本さんが!?」

 

 

 

「さぁな。だが、あいつの霊力は半端ない。全く霊感のない人間にもはっきりと見えるほどだ。そんなあいつの霊力を吸い上げてあそこまでデカくなったんだ」

 

 

 

 頭に乗っている黒猫の説明を受けていると、突然背後から話しかけられる。

 

 

 

「じゃあ、あの幽霊を引き剥がせばいいってことだな」

 

 

 

「そうだ。…………あ」

 

 

 

 私達が振り向くと、そこには京子ちゃんがいた。

 突然、会話に京子ちゃんが入ってきて、私達の動きは止まる。

 

 

 汗が滴る。おでこを通り、鼻を抜けて顎の先に露が溜まる。

 

 

 

「あ、こ、これは私が腹話術をしてたの!! そう、猫が喋るわけないでしょ、だって猫だもの」

 

 

 

 私は必死で言い訳をして、タカヒロさんはおっさんの声で猫の前をする。焦る私達をリエはやれやれと呆れる様子で見ていた。

 

 

 

「大丈夫。最初から気づいてたよ」

 

 

 

 京子ちゃんから衝撃の事実が伝えられる。

 最初から気づいていた……。

 

 

 私と黒猫がショックで固まっていると、リエは京子ちゃんに近づく。

 

 

 

「じゃあ、私も見えてるんですか?」

 

 

 

「ええ。見えてるぞ」

 

 

 

 京子ちゃんはリエの頭に手を置くと、優しく撫でた。

 

 

 

「気づかないフリしててすまないな。コトミ達を怖がらせるわけにはいかなかったからよ。まぁ、あいつらもなんとなく察してるんだろうけどな」

 

 

 

 リエを撫で終えた京子ちゃんは悪霊の方を見る。

 

 

 

「黒猫の中の人。さっき言ってたことは本当か?」

 

 

 

「タカヒロで良いよ。……本当だ。アイツを引き剥がすだけで、かなり力を弱められるはずだ」

 

 

 

 タコ足は逃げ遅れた人たちを、次々と捕まえて頭の上に拘束していく。

 その様子を見ながら京子ちゃんは腕を組んで悩む。

 

 

 

「引き剥がすって言っても。どうやってあそこまで行くかが問題だな」

 

 

 

 京子ちゃんの言う通りだ。悪霊を弱体化させる方法はわかったが、そのためには悪霊に近づかなければならない。

 人をあんなに簡単に捕まえてしまう悪霊だ。そう簡単に近づけるわけがない。

 

 

 

「近づく方法……何かないのかな」

 

 

 

 私達は悪霊にどうにかして近づく方法はないか考える。

 

 

 

 

 

 

 

 

 レイを逃した楓はタコ足に追われていた。

 

 

 

「師匠達は無事に逃げられたみたいだから。僕も行きたいんだけど」

 

 

 

 二本の足が左右から同時に楓を狙う。楓は車のような高さのある蛸足をジャンプして躱した。

 

 

 

「全然逃してくれない」

 

 

 

 一本の足で十人もの人間を一斉に海へと引き摺り込む悪霊。しかし、たった一人の人間に反撃されたのが、よっぽど嫌だったようで楓を執拗に追い回す。

 

 

 

 着地のタイミングを狙い、タコ足が振り下ろされる。楓は拳を握りしめると、足に向かって拳を振り上げた。

 

 

 

「僕は早く師匠のところに行きたいんだァ!!」

 

 

 

 巨大なタコの足は殴られた衝撃で、高く浮かび上がる。そして土煙を立てながらビーチに叩きつけられた。

 

 

 

 しかし、楓の攻撃でも大きなダメージになっていないようで、すぐにウネウネと動き出して復活した。

 

 

 

「やっぱり足の一本や二本じゃ効果はないか。海の中にいる本体をどうにかしないと……」

 

 

 

 再び足が楓を襲う。楓がタコ足を避け続けていると、

 

 

 

「待たせたな!!」

 

 

 

 四人のヒーローが登場する。

 

 

 

「ゴーゴーレンジャーの皆さん!!」

 

 

 

 それは浜辺の避難誘導を続けていたレッド達だった。

 

 

 

「避難は終わったんですか?」

 

 

 

「大体のところはな。だから……」

 

 

 

 海から突き出ている悪霊の頭が、波を立てながらゆっくりと近づいてきている。

 

 

 

「次狙われるとしたら浜辺から避難した人たち。だが」

 

 

 

 逃げ遅れた人々を全て頭に捕らえ終え、八本ある全ての足が楓達に向く。

 

 

 

「まずは君を捕まえてからってことだ。だから、君を守りにきた!!」

 

 

 

 ゴーゴーレンジャーは腰につけているベルトのマークをなぞるように擦る。すると、四人のベルトが変形して、上空へと飛び出した。

 

 

 

「ゴーゴー変形!!!!」

 

 

 

 四人が叫ぶと、上空を飛んでいたベルトが形を変える。金属音を出しながら、それぞれが剣や銃などの武器に変形した。

 

 

 

「まだだ。早速だが、合体行くぞ!!」

 

 

 

「おう!!」

 

 

 

 レッドの合図に合わせて、ヒーロー達はポーズを決める。

 

 

 

「ゴーゴー変形合体!!!!」

 

 

 

 四つの武器はさらに変形して合体する。そして巨大なキャノン砲になった。

 四人のヒーローが協力して、出来上がったキャノン砲を持つ。

 

 

 

「すげーー!!!! カッケーー!!」

 

 

 

 楓が目を輝かせる中、キャノン砲の照準が向かってくるタコ足に向けられた。

 

 

 

「八本同時に吹っ飛ばすぞ!! ゴーゴーキャノン!!!!」

 

 

 

 ヒーローの大技が放たれる。しかし、

 

 

 

 キャノンから出たのは、生暖かい空気が発射され、周囲にバナナの腐ったような匂いが充満した。

 

 

 

「くっさぁ!?」

 

 

 

「しまった!? ブルーがいないからエネルギーが足りない……ッ、ぐぁー!!」

 

 

 

 四人のヒーローはタコの足に弾かれた。

 

 

 

「レッドさん、大丈夫ですか!!」

 

 

 

 タコ足に飛ばされた四人をキャッチして、楓は浜辺に下ろす。

 

 

 

「ああ、問題ない。しかし、ゴーゴーキャノンが使えないとなると、どうする……」

 

 

 

 必殺技が使えないことで、焦るヒーロー達。そんなヒーローを嘲笑い、ある人物が颯爽と登場した。

 

 

 

「フハハハ〜!! 情けないなゴーゴーレンジャーよ!!」

 

 

 

「お前は!! スコーピオン!!」

 

 

 

 それはレッドと共に避難誘導を進めていたはずの、怪人スコーピオン。

 

 

 

「スコーピオン! あのタコはお前達の怪獣ってことにしてるんだから。来るなよ!!」

 

 

 

 助けにいた怪人に対して文句を言い放つヒーロー。

 

 

 

「この騒ぎを全部俺達のせいにされてたまるか!! 封印が解かれた怪獣をヒーローと怪人が共闘して倒す。そんな映画風味のシナリオに変えてやる!!」

 

 

 

「あ、それも悪くないな」

 

 

 

 スコーピオンとレッドがそんなくだらない会話をしている隙に、スコーピオンに向かってタコの足が振り下ろされてきた。

 

 

 

「スコーピオンさん!!」

 

 

 

「問題ない。やれ、我が眷属達よ!!」

 

 

 

 スコーピオンの合図に従い、浜辺の地面から大量の蝉が這い出てきた。その蝉は一斉にタコの足に向かって飛んでいく。

 

 

 

「食いちぎれ!!」

 

 

 大量の蝉に噛みちぎられて、車よりも太かったタコの足が切断された。

 

 

 

「強い……。本当にあれにレッドさん、勝ったんですか?」

 

 

 

「疑うな。勝った」

 

 

 

 威張るレッドの背後にタコの足が砂埃を立てながら落下する。

 

 

 

「この調子で攻撃していけば、あの悪霊にも勝てるんじゃ!!」

 

 

 

 悪霊に勝つ希望が見え、楓達は喜ぶ。しかし、そう簡単にはいかない。

 先端が切られたタコの足だが、黒いオーラが本体の方から流れてくる。そしてそのオーラが先端のない足に吸収されたと思ったら、急に先端が生えて足が復活した。

 

 

 

「再生能力だと!! 俺達怪人でもあんな能力持ってる奴は珍しいぞ!!」

 

 

 

 復活したタコ足がスコーピオンに振り下ろされる。楓はスコーピオンまで駆けて行き、スコーピオンを抱き抱えてタコ足を避けた。

 

 

 

「危なっ! 怪人が助けられるとは……情けない」

 

 

 

「今は怪人はとか関係ないです。とにかくあの悪霊をどうにかしないと!! またさっきの技で攻撃を!!」

 

 

 

 楓はスコーピオンを連れて攻撃を避けながら、さっきの足を破壊した攻撃をもう一度お願いする。しかし、

 

 

 

「すまない。何度も連発できる技じゃないんだ。再生されて意味がないとわかってて出せる技じゃない」

 

 

 

「そんな……。このままじゃ…………。何か手はないんですか」

 

 

 

 楓は何か方法はないか、方法はないか悪霊を見渡す。ゲームの様な弱点はないのか、しかし、そんなものがあるはずが……。

 

 

 

 そうやって見渡していると、ある伸びてきている一本の足。その上を走る姿を見つけた。

 

 

 

「あれは……まさか!!」

 

 

 

 

 

 

 

 スキンヘッドの男がバイクのエンジンをかける。エンジンは地面が揺れる様な低い音を鳴らして、自身の存在を主張する。

 

 

 

「巻き込んでごめんなさい」

 

 

 

 私がスキンヘッドの男にそう伝えると、スキンヘッドの男は私にヘルメットを投げ渡してきた。

 

 

 

「気にすんな。どうせなら俺も誰かのために最後を迎えたい」

 

 

 

 ニヤリと笑うスキンヘッドの男。そんなスキンヘッドの男に、前方でバイクに跨っている京子ちゃんが怒鳴った。

 

 

 

「最後なんて言うんじゃないよ!! お前にそんなかっこいいもんは似合わない!!」

 

 

 

「姉さーん。こういう時くらいカッコつけさせてくださいよ〜」

 

 

 

 そんなスキンヘッドと京子ちゃんの会話を聞いて、暴走族の仲間達は笑う。定番のノリなのだろう。緊張感が砕けていく感じだ。

 

 

 

 京子ちゃんは頭に真っ白なハチマキを巻く。そして小さな声で呟いた。

 

 

 

「……お前はこの古臭い族の次期総長なんだしな」

 

 

 

 京子ちゃんの声は、笑い声で掻き消えた。だが、伝える気はなかったのだろう、言い直すことはない。

 

 

 

「姉さん。これを……」

 

 

 

 コトミちゃんが木刀を持ってきて、京子ちゃんに渡す。京子ちゃんは木刀を受け取ると、バイクに乗ったままその木刀を振った。

 

 

 

 風を切る良い音が出る。使い慣れているのだろうか、京子ちゃんは木刀を手慣れた手付きで振り回す。

 木刀の具合を確認し終えた京子ちゃんは、ベルトに木刀を挟んむ。そして私の方を向くと、

 

 

 

「霊宮寺さん。その子は置いていくと行きなさい。少しの間ならコトミに持たせたお守り。それになら取り憑けるはずだから」

 

 

 

 京子ちゃんの目線には私の背後にいる幽霊の姿があった。

 私はリエに顔を向ける。そして京子ちゃんに言われた通りにするか、リエに聞いた。

 

 

 

「だってさ。リエ、そうしたら?」

 

 

 

 しかし、リエは首を振る。

 

 

 

「私も一緒に行きます。私はレイさんに取り付くことにしたんです。なら、取り憑いてる人がどこに行こうとついて行くのが幽霊です」

 

 

 

 リエの回答を聞いた京子ちゃんは頷くと、何も言わずに悪霊の方を向いた。

 

 

 

「ならさっさと行くよ」

 

 

 

 京子ちゃんはエンジンは蒸す。私はスキンヘッドのバイクの後ろに乗り込んだ。

 

 

 

 いつでも行ける準備ができ、私は最後の確認をする。

 

 

 

「タカヒロさん。本当に武本さんを救い出せば、弱体化するんだね?」

 

 

 

「ああ、俺を信じろ」

 

 

 

 暴走族の最もゴツい男に抱っこされて黒猫が言い張る。

 暴走族と黒猫に見守られる中、二代のバイクが走り出した。

 

 

 

 海のすぐそばの道路を走ると、ガードレールを突き破って、浜辺の隣にある船着場に入っていく。

 この船着場は海に向かって直線に伸びており、浜辺よりも悪霊に近づける。

 

 

 

 そして浜辺よりも近づいたということは。

 

 

 

「予想通りね」

 

 

 

 タコ足の一本が浜辺から離れてこちらに向かってきた。

 タコ足が鞭の様に揺れて襲ってくる。スキンヘッドの男はハンドルを強く握りしめて、

 

 

 

「しっかり掴まれよ!!」

 

 

 

 バイクを引っ張る。するとバイクの前輪は浮かび上がりウィリーの状態になる。

 そして横なぎで襲いかかるタコの足に、バイクの正面からぶつかり、タコの足をジャンプ代替わりに飛び上がった。

 

 

 

「ギャィャァァァァァァ!!」

 

 

 

 私とリエは涙目になりながら必死にスキンヘッドの背中に抱きつく。

 バイクが着地すると、そこはタコ足の上だった。

 

 

 

「無事にいけたみたいね」

 

 

 

 私たちのバイクと並走して京子ちゃんもタコ足の上をバイクで走る。

 

 

 

「このままこいつの頭まで一直線だ!!」

 

 

 

 スキンヘッドの男はバイクを操りながら、不安定な足場を走行していく。

 

 

 

 

 

 

 

 数十分前。悪霊に近づく方法を思いついた私は、京子ちゃんにその方法を伝えてみた。

 隣ではリエと黒猫が無茶だと否定する。だが、京子ちゃんは自信満々に洗う。

 

 

 

「無茶ではある。でも、私とアイツならできる。でも、絶対って保証はない。それでも良い?」

 

 

 

「できるならお願いする。可能性があるならやるだけの価値がある」

 

 

 

 

 

 

 

 

 バイクでタコの足を走行していくと、他の足が私達を止めるために、ビーチからこちらへと方向を変える。

 

 

 

 次々と襲いくる悪霊の攻撃を、バイクの走行テクニックで回避していく。だが、

 

 

 

「今度は二本同時です!!」

 

 

 

「本当だァァァァァ!! どうするのよ!?」

 

 

 

 二本の足が上から同時に降ってくる。これでは逃げ場がない。

 

 

 

 私とリエは怯えるが、京子ちゃんとスキンヘッドは無言でバイクを走らせる。

 

 

 

 

「潰されるーー!!」

 

 

 

 落ちて来るタコ足。だが、私たちにぶつかる直前で動きが止まった。

 

 

 

「パイセン、流石に重たい」

 

 

 

「そうだが、これでこそ筋肉が成長する!!」

 

 

 

 二人のマッチョがタコ足を持ち上げて潰されるのを防いでいた。

 

 

 

「あなた達!! なんでここに!?」

 

 

 

「レイさんが走ってる姿を見て、タコ足に飛び乗ってきた。俺たちのことはいい、先に行け!!」

 

 

 

 マッチョのトンネルを通過してタコ足を通過する。だが、今度は横からタコ足が向かって来る。

 

 

 

「また来たァァァァァ!!」

 

 

 

 しかし、今度はここに辿り着く前に、タコ足が蹴り飛ばされて明後日の方へと飛んでいった。

 

 

 

「楓ちゃん!!」

 

 

 

「方法があるんですよね! 行ってください!!」

 

 

 

 楓ちゃんは浜辺からジャンプして、タコ足を蹴り飛ばしてくれた様だ。

 楓ちゃんは海へと落ちていく。

 

 

 

 私達はみんなの協力でついに悪霊の目の前まで近づくことができた。

 

 

 

「あと少し……っ!!」

 

 

 

 だが、次々と攻撃を防がれた悪霊は、方法を変える。

 私達の足場にしている足をウネウネと上下させて、私達を空中に投げ飛ばした。

 

 

 

 バイクと共に私達は宙を舞う。空中で無防備な私達を狙い、捕まえようと足を伸ばして来る。

 

 

 

「もうダメだーーー!!!!」

 

 

 

 私達が叫ぶ中、スキンヘッドの男も流石に限界の様で、

 

 

 

「ここまでか……」

 

 

 と呟く。だが、

 

 

 

「まだよ!!」

 

 

 

 バイクを足場にして京子ちゃんがタコ足に向かって飛んだ。

 

 

 

「姉さん!!」

 

 

 

「ここは任せな!!」

 

 

 

 ベルトに差していた木刀を抜くと、両手でそれを握りしめて、タコ足を殴り飛ばした。

 巨大な足が大きく弾かれる。

 

 

 

 京子ちゃんの力は楓ちゃん並みだ。

 

 

 

 しかし、タコ足を弾いたことで京子ちゃんは、悪霊から遠ざかってしまう。

 悪霊に近づけるのは、私達三人だけだ。

 

 

 

「もう少しですよ、レイさん!!」

 

 

 

 あと少し。あと少しだというのに、二本のタコ足が一斉に私達へと向かって来る。

 空中では逃げることもできず、何もできない。

 だが、ここで捕まってしまったら、みんなの協力が無駄になる。

 

 

 

 タコ足が向かって来る中。スキンヘッドの男が私の首を掴む。

 猫をつかむ様な掴み方。そんな掴まれ方をされた私はシュンとしてしまう。

 

 

 

「え……?」

 

 

 

 シュンとしながらも動揺していると、スキンヘッドの男は辺りを見渡しながら叫ぶ。

 

 

 

「幽霊!! その辺にいるんだろ!! 良いか、よく聞け!! 今からこいつを投げる。しっかり掴まれ!!!!」

 

 

 

「え? 投げる? え、え!? 私を!?」

 

 

 

 やっと通常の状態に戻ってきた私の背中にリエがしがみつく。スキンヘッドにはその姿は見えていないのだが、適当にタイミングを見計らい。

 

 

 

 大きく振りかぶると、悪霊の頭に向かって私を投げ飛ばした。

 

 

 

「キャァァァァァァァァァァッ!!!!」

 

 

 

 私の顔は空気にぶつかり、フルフルと皮膚が揺れる。

 

 

 

 スキンヘッドの男は私達を投げ飛ばしたあと、タコの足に捕まってしまった。

 

 

 

「レイさん、もう着きます!!」

 

 

 

 叫んでいた私だが、リエに言われて正気を取り戻す。スキンヘッドの男の投げた位置は、丁度武本さんが捕われている場所であり、武本さんの捕われている球体に私達は衝突した。

 

 

 

 私達が触れると透明な球体はシャボン玉の様に割れる。そして中から武本さんが出てきた。

 私達は武本さんと一緒に、悪霊の頭に落ちる。悪霊の頭はトランプリンみたいに柔らかくて、その上でバウンドしながら倒れた。

 

 

 

「お、お主は……タカヒロの友人か…………」

 

 

 

 バウンドが止まると、武本さんはすぐに意識を取り戻した。

 

 

 

「武本さん、無事で良かった」

 

 

 

 武本さんの無事を確認すると、悪霊の様子がおかしくなる。タコ足が暴れ出して、身体から黒いオーラが漏れていく。

 

 

 

「タカヒロさんの言っていた通り。武本さんがいなくなったから?」

 

 

 

「その通り! 拙者これでも強力な幽霊であるからな。拙者の力が無くなれば、ここまで巨大化した身体を維持することはできんのだ!!」

 

 

 

 武本さんは威張りながら笑う。

 悪霊の身体が揺れると少しずつ小さくなっていく。そして他の人が捕まっていた球体も割れて次々と人が出ていく。

 

 

 

 小さくなっていく悪霊が暴れて、私達は頭の上から振り落とされた。そして海に放り出される。

 

 

 

「ぶはっ!? みんな大丈夫?」

 

 

 

 海から顔を出して二人を探す。

 

 

 

「私は大丈夫です」

 

 

 

「拙者も無事…………って、また来たーー!!」

 

 

 

 海に投げ飛ばされた私達に、最後の足掻きで悪霊が足の伸ばしてきた。

 

 

 

「また武本さんを捕まえる気です!!」

 

 

 

「それは分かってるけど、どうしたら良いのよ!!」

 

 

 

 今は海面。空中よりは自由だが、それでも動きは鈍る。

 悪霊は小さくなっている。あと少し、ほんの少し。ほんの少しだけ時間を稼げれば、武本さんを捕まえることもできないはず。

 

 

 

 でも、どうしようもないィィィ!!!!

 

 

 

 私達は三人固まって、助けを求める。その時、突然向かってきていたタコ足が弾け飛んだ。

 

 

 

 何かに撃ち抜かれたように、穴が空いてそこから裂ける。それにより悪霊の足は私達に届くことはなかった。

 

 

 

 タコ足と共に金色に光る何かが海に落ちる。

 

 

 

「た、助かった……」

 

 

 

 何が起こったのかは分からなかったが、とりあえず助かった。悪霊も武本さんの力が無くなったことで、人間を捕まえることができなくなり、人間が解放されていく。

 

 

 

 人間を全員解放した悪霊は針を刺された風船のように、霊力を噴き出しながら空中を飛行したあと、ビー玉程度の大きさになった。

 

 

 

 力を失った悪霊に私は人差し指を向ける。すると、悪霊はビビって空を飛んでどこかに飛んで逃げていった。

 

 

 

「逃げられちゃったか……」

 

 

 

「でも、追いかけることできませんしね」

 

 

 

 悪霊が居なくなって、浜辺から避難用のボートがやってきて私達を救出した。

 悪霊に捕まっていた人たちも助けられて、悪霊の騒ぎは一応収束した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ビーチを見下ろせるホテルの屋上。二人の部下を連れて、男はコインを弾く。

 

 

 

 男はコインを弾き、キャッチしてという動きを繰り返す。

 屋上にエレベーターが到着して、エレベーターの中から白髪の男と赤髪の青年が降りてきた。

 

 

 

「……お前達もこの件を追っていたとはな……。公安」

 

 

 

 白髪の男に話しかけられて、男はコインをキャッチして弾くのを止めた。

 

 

 

「それはこちらの台詞。FBI………………いや、それは表面上の顔か。何の用だ?」

 

 

 

 コインを弾いていた男が振り返ると、白髪の男が何かを投げて来る。投げられたものをキャッチすると、それは小瓶に入った悪霊だった。

 

 

 

「月兎に繋がる情報がないなら、そいつは必要ない。くれてやる」

 

 

 

 そして瓶を渡すと、エレベーターに戻り帰ろうとする。そんな白髪を止める。

 

 

 

「待て。カルロス……」

 

 

 

「……ん?」

 

 

 

「お前達に話がある……」

 

 

 

 

 

 



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第21話 『悪を絶つ者』

霊能力者のレイちゃんは、ダメ、無能、役に立たない?

 

 

 

著者:ピラフドリア

 

 

 

第21話

『悪を絶つ者』

 

 

 

 

 

「はぁ〜、結局見つからずかー」

 

 

 

 浜辺での騒ぎから数日。逃げた悪霊の行方を追って、何度か浜辺に通って捜索を続けたが見つかることはなかった。

 

 

 

 あのまま消滅したか。それともどこかに逃げてしまったのか。

 だが、手がかりがないため、これ以上追うことができない。

 

 

 

 今朝、相談して捜索をうち止めることにした。

 

 

 

 私は台所でお湯を入れて三分経過したカップ麺を手に取る。

 

 

 

「消滅したことを願うしかないですね。…………っと、レイさん、それ私にもちょっとください」

 

 

 

 台所までリエがやってきたが、どうやら私と昼ごはんを狙ってきたらしい。

 

 

 

「あんた、自分で作りなさいよ」

 

 

 

「え〜、そんなにお腹空いてないんですもん」

 

 

 

 そんな会話していると、テレビを見ていた黒猫が私達を呼ぶ。

 

 

 

「レイ!! おいテレビ見ろ!! この前のやつやってるぞ!!」

 

 

 

 私はカップ麺を持ってリビングに戻ると、ソファーに座って黒猫がテレビを見ている。

 テレビを見ると、そこにはこの前の浜辺が映っていた。

 

 

 

『ビーチで起きた船転覆による被害、その影響でビーチにまで被害が出ましたが、死傷者は出ませんでした』

 

 

 

 私は椅子に座るとテレビの報道での疑問を黒猫に投げかける。

 

 

 

「船転覆? 悪霊の仕業でしょ、どうしてそんな報道に?」

 

 

 

「さぁな。だが、あの悪霊は普通の人にも見えてた筈だ。なのに当事者までそのことを忘れてるんだ。まるで記憶を改竄されたかのようにな」

 

 

 

「記憶を……?」

 

 

 

 報道に疑問を感じる中、私の反対の席に座ったリエが、目を輝かせてカップ麺を見ている。

 私はホークで麺を掬うと息を吹きかけて冷ましてからリエに食べさせた。

 

 

 

「でも、私達は覚えてるよ。それに京子ちゃん達も覚えてた」

 

 

 

 あの事件の翌日、近くのコンビニに立ち寄った時に京子ちゃんとばったり会った。

 その時は京子ちゃんは悪霊のことを覚えている様子だった。

 

 

 

「そこが分からないんだ。なぜ、俺たちは悪霊のことを覚えてて、他の奴らは覚えてない……。悪霊の仕業か知らないが、気持ちが悪い」

 

 

 

「そうね。記憶がおかしいのも気になるけど、騒ぎになってないのも不思議よ……」

 

 

 

 黒猫と話しながらリエに食べさせていると、気づいたら麺が掬えないことに気づく。

 嫌な予感がしてカップ麺の中を見ると、もうほとんど麺が残っていなかった。

 

 

 

「リエ〜!! 全部食ったでしょ!!」

 

 

 

「意外と食べられるものなんですね」

 

 

 

 満足そうに口を動かすリエ。私は空っぽのカップ麺に肩を落とす。

 

 

 

「もう一回沸かし直さないと……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな平和な時間を過ごすレイ達と変わり、北方にある軍事基地。そこでは騒ぎが起きていた。

 

 

 

「侵入者……? 何者だ」

 

 

 

 基地の最新部にいる男性が部下に尋ねると、部下は下を向いて答える。

 

 

 

「……それが、まだ…………」

 

 

 

 部下の報告を聞いて男性は部下に近づく。上司に近づかれ、部下は身体を震わせる。そんな部下の肩を軽く叩く。

 

 

 

「情報が掴めないということはそれだけ敵は上手ということだ。我々の力が通じないのなら、こちらも奥の手を出すとしよう」

 

 

 

「奥の手と言いますと……。彼をですか?」

 

 

 

 男性はソファーで刀を磨いている和服の男に目線を向けた。

 

 

 

「契約期間は残っていたよな。暴れてもらうぞ」

 

 

 

 刀を磨いていた男は立ち上がると、刀を鞘にしまって無言で部屋を出た。

 

 

 

 男は傭兵。本名を忘れ、戦うことだけが自身の存在の証明であった。

 

 

 

 全ての始まりはあの戦争だ。血の雨の降るジャングルでの争い。

 何百人もの死屍を乗り越え、最後まで立っていたのは一人だけだ。

 

 

 

 その時交わした約束。友であり敵であった彼の目的を達するため。

 

 

 

 軍の施設には真っ黒なオーラを放つ鉄屑が保管されている。保管庫を通り、先に進むと軍用ヘリを収納する倉庫へとたどり着く。

 

 

 

 雇い主が侵入者の報告を受けていた一度は反対側の場所。しかし、そこに現れる。その確認があった傭兵は、一直線にここへとやってきた。

 

 

 

 傭兵の向かい側にあるヘリを出し入れするための入り口が少しだけ開く。

 外からの灯りが中に入り込み、覆面の男が中に入ってきた。

 

 

 

 覆面の男は中に入ると、すぐに傭兵の存在に気づく。

 

 

 

「お前……。ここの兵じゃないな」

 

 

 

 傭兵は刀を抜いて鞘を投げ捨てる。そして覆面の男に刃を向けた。

 

 

 

「俺は傭兵。お前は悪か? それとも正義か?」

 

 

 

 刃を向けられた覆面は胸元から拳銃を取り出した。

 覆面は答えることなく、無言で銃に弾を込める。

 

 

 

 傭兵は一歩ずつ歩き出し、徐々に進む速さを上げていく。そして何も答えない覆面に刀を振り上げて走り出した。

 

 

 

「答えないのなら、俺がこの目で判断する」

 

 

 

 あっという間に二人の距離は縮まり、傭兵の刀が覆面に向かって振り下ろされる。覆面は弾を入れ終わると、静かに銃口を上げた。

 

 

 

「ああ、それで結構。こだわる気はない」

 

 

 

 目の前にいる傭兵に向けて、二発同時に発砲する。撃たれた傭兵は刀を振り下ろすのをやめて、自身に向かってくる弾丸を刀で切断する。

 

 

 

 一発でも人間技ではないが、二発を同時に切るという人間離れした技を見せた傭兵だが、刀の振り終わりを狙われて、覆面に蹴りを喰らわされる。

 

 

 

 傭兵は覆面の蹴りに後ろに倒れそうになるが、刀を離すことなくバックで回転して三回転ほどして着地した。

 

 

 

 着地した傭兵に覆面は銃口を向ける。傭兵のすかさず刀を構えると、二人はその姿勢で動きを止めた。

 

 

 

 睨み合う二人。そんな二人に声がかけられる。

 

 

 

「そこまでです」

 

 

 

 その声は傭兵の出てきた倉庫の扉の方からだった。

 扉の前にもう一人、覆面の男が立っていた。

 

 

 

「先輩ここには奴はいません」

 

 

 

 新しく現れた覆面は保管庫で管理されていた鉄屑を持ち出し、それを手に持って見せた。

 

 

 

「力の正体はこれです。公安の情報は確かだったようです」

 

 

 

 鉄屑を見て銃を下げる。

 

 

 

「……これで俺はお前と戦う理由がなくなった」

 

 

 

 刀を向けられているのに、銃を懐にしまう。

 

 

 

「戦う理由がない? なぜだ」

 

 

 

 望む回答でなければ、すぐにでも覆面に斬りかかるつもりだった。しかし、予想外の答えに男の身体は硬直した。

 

 

 

「お前にその力を与えたのは誰だ?」

 

 

 

 刀を向けた状態で時間が止まる。しばらくの沈黙の後、傭兵は口を開く。

 

 

 

「なぜ、そのことを知っている……?」

 

 

 

「俺には見えるぞ。お前の目を包む黒い力が……」

 

 

 

 傭兵は刀を鞘にしまう。そして地べたに尻をつけて堂々と座った。

 

 

 

「どうやら侵入者でも、その破片の価値を知る侵入者らしいな……」

 

 

 

 覆面の二人組は合流すると、鉄屑を持って傭兵の前に行く。傭兵に鉄屑を渡すと傭兵は懐から袋を取り出して丁寧にしまう。

 

 

 

「お前もただの傭兵ってわけじゃなさそうだな」

 

 

 

 さっきまで戦闘をしていた覆面が傭兵に向けて言うと、傭兵は頷いて答えた。

 

 

 

「俺はある人に頼まれてこの基地に来た。目的はこの欠片の回収だ」

 

 

 

 傭兵の持つ鉄屑。それは真っ黒な力を放っていた。それは悪霊に似た力。

 

 

 

「ある人に頼まれた? 誰でしょうね、先輩」

 

 

 

「聞けば分かることだ。話してもらえるか?」

 

 

 

 傭兵は袋を懐にしまった。そして質問に答えようとした時。倉庫の扉が勢いよく開かれる。

 

 

 

「何をしている!! なぜ、侵入者と談笑などしているのだ!!」

 

 

 

 武装した兵隊の集団。その指揮をしていたのは、傭兵に仕事を依頼した人物であり、この施設の責任者だ。

 

 

 

 傭兵は刀をしまった鞘を杖代わりにして、重心を少しだけ刀に掛けて立ち上がる。

 そして覆面の二人組と並んで、兵隊達と向かい合う。

 

 

 

「つまりお前も侵入者ってことだな」

 

 

 

「そういうことだ」

 

 

 

 傭兵は刀を抜いて、覆面の一人は銃を抜く。

 

 

 

「先輩、……どうしますか?」

 

 

 

「お前は下がってろ。ここは俺達で十分だ」

 

 

 

 武器を向けられた兵隊達はすぐさま銃口を向けた。

 

 

 

「裏切るか……。だが、想定はできたこと。その欠片を返してもらうぞ!!!!」

 

 

 

 銃声が鳴り響く。悲鳴と共に一人また一人と声が消え、5分と待たずに銃声は鳴り止んだ。

 

 

 

 倉庫に保管されていたヘリに真っ赤な模様がこびりつく。

 

 

 

「俺にこの欠片の回収を頼んだ人物。奴は月兎と呼ばれている」

 

 

 

 戦闘を終え、傭兵の告げた言葉に覆面の二人組は驚き言葉を失う。

 

 

 

「それは本当か?」

 

 

 

「信じるか、信じないか。それはお前の目で判断しろ」

 

 

 

 傭兵は刀を鞘にしまうと、倉庫の出口へと歩き出す。

 

 

 

「俺はその人にこの力について教わった。それまでこの力について理解できた。俺はその借りを返してるだけだ」

 

 

 

 倉庫を出て行こうとする傭兵を覆面の一人が引き止める。

 

 

 

「待て。月兎の居場所を知っているのか?」

 

 

 

「知らない。だが、近くにいる。ふとした時に奴は現れる。お前達は月兎を追っているのか?」

 

 

 

「俺は真実を知りたいだけだ。真実に一番近いのが月兎だ。なら、探し出すしかない」

 

 

 

「そうか。なら、いつか会えるだろうな。あいつはいつでも見えいる。俺はあいつが神に一番近い存在だと思ってるよ……」

 

 

 

 

 



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第22話 『再会? アゴの復讐』

霊能力者のレイちゃんは、ダメ、無能、役に立たない?

 

 

 

著者:ピラフドリア

 

 

 

第22話

『再会? アゴの復讐』

 

 

 

 

 レイ相談所。ある街の古びたビル三階。そこに彼女達がいた。

 

 

 

「おはよ〜ございます。レイさん」

 

 

 

 パジャマを着たリエがうとうとしながらソファーで歯を磨いていた。

 今日は事務所での寝泊まりではなく、実家に帰ってから仕事に来た。

 

 

 

 基本的には事務所で暮らしているが、月に何度かそういう日を設けている。まぁ、親が寂しがるからという理由だが。

 

 

 

「……リエ、大丈夫?」

 

 

 

 私はうとうとしてるリエの隣に座る。リエは寝ぼけているのか、何も答えない。リエは口を半開きにして歯を磨いているため、歯磨き粉が口から垂れてくる。

 私は急いでティッシュを持ってきて、垂れないように拭く。

 

 

 

 答えることができないリエに変わり、窓際で寝ていた黒猫が答えた。

 

 

 

「寝付けが良くなかったみたいだぞ。うなされてたし」

 

 

 

 それを聞いて私はため息を吐くと。

 

 

 

「はぁ……。ほら、早く私に取り憑きなさい」

 

 

 

 リエがうちで働いてから実家に帰ったのは初めてだ。

 短い時間なら霊力のある物であれば、取り憑くことができるということを、この前知った。

 そのため実家に帰ることをリエに伝えると、家族との時間に邪魔はできないとリエは夏目の家から回収してきた呪いのダンベルに取り憑くことにした。

 

 

 

 しかし、呪いのダンベルに取り憑けたは良いが、昨日から体調がイマイチそうだったので、心配でいつもよりも早い時間に家を出て事務所に来た。

 

 

 

 リエが私に触って取り憑くと、私の肩は水の入ったバケツを乗せられたかのように重くなる。

 だが、私の負担とは逆にリエの顔色が良くなる。

 

 

 

「あー、落ち着きます……」

 

 

 

 リエは私に寄りかかり眠ってしまった。

 

 

 

「ちょ、歯磨き途中でしょ!! ほらグチュグチュペッしてきなさい」

 

 

 

 私は寝てしまったリエを起こして、台所の洗面所まで連れて行って口の中を濯がせた。

 リエをソファーに寝かしつけて、私はその向かい側にあるパイプ椅子に座った。

 

 

 

「ねぇタカヒロさん。リエ、どうしちゃったの? やっぱりダンベルに取り憑いたから?」

 

 

 

 黒猫は窓際からテーブルにジャンプして飛び移り、私と向かい合うと答えた。

 

 

 

「俺も詳しくないからわからないぞ。だが、原因はどう考えても」

 

 

 

 黒猫は棚に置いてあるダンベルに目線を向ける。

 

 

 

「あれが原因だな」

 

 

 

 取り憑くことができるのが分かったのは大きい。リエの行動範囲が広がるからだ。

 しかし、リエの体調が悪くなるのなら、その原因を突き止めて、改善していかないと。

 

 

 

 そうしないと私の肩がやられる。

 

 

 

 依頼もないため、リエを寝ている間は起こさないように私と黒猫は静かに過ごす。

 私は一ヶ月前に買って読むのを忘れていた本を読み、黒猫は台所の涼しげなところで寝ていた。

 

 

 

 しばらくの時間が経ち、本の一章を読み終えたところでリエが目を覚ました。

 

 

 

「はぁあぁ〜、あ、レイさんおはようございます」

 

 

 

 大きなあくびをしてソファーに座るリエ。いつものリエに戻った様子だ。

 

 

 

「リエ、もう体調は大丈夫なの?」

 

 

 

「え? 体調? なんのことですか?」

 

 

 

 私の質問にリエは首を傾げる。

 

 

 

「いや、朝辛そうだったじゃない。だからすぐに私に取り憑かせたのよ」

 

 

 

「レイさんに……?」

 

 

 

 リエは浮遊して私に近づくと、私の首元を触る。ひんやりした手が触れて、私は身体を震わせた。

 

 

 

「レイさんに取り憑いてますね。あれ? 私いつも間に……」

 

 

 

「本当に覚えてないの?」

 

 

 

「はい」

 

 

 

 よっぽど重症だったらしい。

 色々聞きたいこともあったが、それは後回しにして私は立ち上がると、リエを私が座っていた椅子に座らせる。

 そして私は台所へと向かった。

 

 

 

「レイさん、どうしたんですか?」

 

 

 

「あんたのご飯を作るのよ。まだ食べてないんでしょ」

 

 

 

 黒猫を退けて冷蔵庫に残っていたご飯で、炒飯を作る。

 

 

 

 リエのご飯を済ませて、昼が近づいてきた頃。インターンが鳴った。

 外は真夏の一番暑い時間。それに今日は今年一番の暑さになるでしょうと天気予報のお姉さんが言っていた。

 

 

 

 そんな日に誰かが訪ねてきたようだ。

 

 

 

「すみませーん。依頼をしたいのですけど」

 

 

 

「はーい!!」

 

 

 

 私が玄関に向かうと、リエもついてくる。

 

 

 

「あんたはついてこなくて良いんじゃないの?」

 

 

 

「どうせ見えないですし、良いじゃないですか。今日の依頼人がどんな人だか見るだけですよ」

 

 

 

 リエは私の両肩に手を乗せて、おんぶされているような状態でぶら下がる。しかし、リエは自身の力で浮いているため、私には負担はない。

 

 

 

 玄関の扉を開けると、そこには一人の女性が立っていた。

 

 

 

 その女性の容姿を見て私とリエは時間が止まったように固まる。

 

 

 

「私、きっと幽霊に取り憑かれてるんです!! 助けてください、霊能力者さん!!」

 

 

 

 その女性は必死な顔で私達に助けを求めてくる。

 その女性の表情はまさにあの時見た顔。

 

 

 

「す、すみません。名前をお聞きして……良いですか?」

 

 

 

 私は恐る恐る女性に名前を尋ねる。

 

 

 

「名前……ですか。私はアンドレア・アゴリン。アンドレア・ヒゲシゲの娘です」

 

 

 

 玄関の前にいたのは、顎のながーーーーーーーい女性だった。

 

 

 

 

 

 

 アゴリンさんを奥に通して、椅子に座ってもらう。

 

 

 

 楓ちゃんは学校のため、私がお茶の支度をするために台所へと向かった。

 台所で急須にお湯を流していると、リエが私の元へと飛んできた。

 

 

 

「レイさん、あの人とは知り合いなんですか?」

 

 

 

「知らないよ」

 

 

 

「じゃあ、なんであの時のアゴリンさんとそっくりなんですか!!」

 

 

 

 前にリエがトランプで逆ピラミッドを作った時に、ピラミッドを壊してしまい言い訳のためにアゴリンを作った。

 その時のアゴリンにこのアゴリンさんはそっくりなのだ。

 

 

 

「それは私が聞きたいくらいよ……。と、とにかく、あの時のことは忘れて、依頼に集中しましょう」

 

 

 

 私はお茶のセットをお盆に乗せて、アゴリンさんの元へと向かう。

 

 

 

「お茶です。どうぞ」

 

 

 

「ありがとうございます」

 

 

 

 私はお盆を置いてお茶を出す。お茶を出した私はアゴリンさんの向かいの席に座り、依頼のために早速質問をした。

 

 

 

「アゴリンさんってアゴからキャノン出るんですか?」

 

 

 

「………………顎……から…………キャノン」

 

 

 

 私の質問にアゴリンさんは凍りつく。そして目から水滴が垂れると、長い顎を通過してテーブルに落ちた。

 

 

 

「あなたも私の顎を馬鹿にするんですか。やっぱり、私……私は!!」

 

 

 

 アゴリンさんは号泣する。顎を滝のように涙が流れる。

 

 

 

「ごめんなさい!! そういうつもりじゃ、えっとその、あの、あー!!!! あれよね、依頼に来たのよね、どういった依頼なんですか?」

 

 

 

 私は話題を逸らしてどうにか流れを変えようとする。話を変えたことでアゴリンさんは泣くのをやめて、ハンカチで涙を拭き取ると依頼の話を始めた。

 

 

 

「はい。私、きっと幽霊に取り憑かれてるんです」

 

 

 

「どういった幽霊だか分かりますか?」

 

 

 

「顎を長くする幽霊です」

 

 

 

「…………」

 

 

 

 沈黙の時間が流れる。その沈黙が疑いに感じたのか、アゴリンさんの鼻はヒクヒクと揺れ、瞬きの回数が増える。このままではまた泣いてしまう。

 

 

 

 私はアゴリンさんに両手を伸ばすと、

 

 

 

「ハッ!! ムシャッムジァーンガァァァァァァァ!!」

 

 

 

 謎の呪文を唱えた。そして安心させるようにアゴリンさんに告げる。

 

 

 

「あー、確かに確かに取り憑いてます。うん、これはいけませんね。あー、この幽霊のせいです!!」

 

 

 

 私の言葉にアゴリンさんの表情は少し明るくなった。

 

 

 

「本当ですか。やっぱり……」

 

 

 

 安心した様子のアゴリンさん。しかし、私は逆に内心焦っていた。

 

 

 

 その焦りを察したのか、リエが私に近づき小声で話しかけてくる。

 

 

 

「レイさん、あんなこと言っちゃって大丈夫なんですか?」

 

 

 

 私は唇を青くして小声で答える。

 

 

 

「ねぇ、顎切り落としたら何年くらいの懲役になる?」

 

 

 

「早まらないでください!!」

 

 

 

 リエの声で私は正気に戻る。しかし、顎が長いことを幽霊のせいにしてしまった。

 これは除霊の成功は顎が短くなるということになっている。どうやってこの依頼を凌ぐか……。

 

 

 

 何か方法はないかと考えていると、リエが耳元で私に伝えてくる。

 

 

 

「あの、レイさん。アゴリンさん、本当に幽霊に取り憑かれてますよ」

 

 

 

「え!? 顎を長くする!?」

 

 

 

「顎を長くする幽霊かは知りませんが。幽霊を引き剥がすことで状況を変えられるかもしれません」

 

 

 

 幽霊が原因で顎が長くなっているのかはわからない。だが、幽霊を引き剥がすことで何か状況が変わるのなら、その可能性に賭けるしかない。

 それにそれ以外に選択肢はない。

 

 

 

「分かった。リエ、任せられる?」

 

 

 

「はい!」

 

 

 

 リエに幽霊を任せ、私はアゴリンの気を引くことにする。

 

 

 

「アゴリンさん。これから除霊を始めます。しかし、その前にいくつか質問があるんです。良いですね」

 

 

 

「はい」

 

 

 

「では最初の質問です。初めて取り憑かれたと思ったのはいつ頃ですか? 大体でいいので状況を教えてください」

 

 

 

 私がアゴリンさんに質問を進める中、リエはアゴリンさんの背後に立つと背中に手を伸ばす。そしてアゴリンの身体をすり抜けて身体の中に手を入れると、中から幽霊を引っ張り出した。

 

 

 

 アゴリンの背中から出てきた幽霊は男性の幽霊であり、僧侶の様な服装をしている。

 私はアゴリンさんに質問をしながら、リエとその幽霊の会話に聞き耳を立てる。

 

 

 

「ぼ、僕に何か用で……すか」

 

 

 

「私リエといいます。あなたにはこの身体から出て行ってほしいです」

 

 

 

 リエの話を聞くと、僧侶は泣きだす。

 

 

 

「僕は邪魔なんですか。いらない子なんですか。わーん!!」

 

 

 

「あ、いや、そういう意味じゃなくてですね……」

 

 

 

 泣き出す僧侶に動揺するリエ。しかし、僧侶が泣き出すと、私とアゴリンさんの会話も怪しくなる。

 

 

 

「取り憑かれたのは彼氏と肝試しをした時ですか……。え、彼氏いるんですか!?」

 

 

 

「私にだっていますよ〜、私に彼氏がいちゃいけないんですかー、ひどいです」

 

 

 

「いや、そこまで言うつもりは……」

 

 

 

 アゴリンさんと僧侶は同時に泣き出す。私達は誤ってどうにか泣き止んでもらったが、今回の依頼はかなり大変だ。

 

 

 

 リエは僧侶に事情を説明する。

 

 

 

「あなたが取り憑いている方が迷惑しているんです。どこかへ行くか、あなたの成仏できない理由を教えてください、私に力になれることならやりますから!」

 

 

 

「ほ、本当ですか……」

 

 

 

 目を赤くしている僧侶はリエに生前のことを伝える。

 

 

 

「僕、僧侶を目指していたんです。でも、僕の住んでいた村で伝染病が流行って……。みんな仏様に助けを求めてきたんです。でも、僕には何もできなくて…………」

 

 

 

 思い出すのは生前の記憶。その中のどこかにこの僧侶の食いがあるはずだ。

 

 

 

「僧侶にはなることができたんですけど。僕の寺にいた先輩達は先に病で……。村人も村から出て行ったり、最終的には僕も…………」

 

 

 

 話を聞いていたリエは頷く。

 

 

 

「確かに辛い時期はありましたね。医療もまだそこまででしたし…………。あなたの悔いは村を救えなかったこと、そういうことですか」

 

 

 

 僧侶はまた泣き出す。それは悲しい涙ではない、幽霊になり長い間誰にも打ち明けることができなかった思い。

 それを聞いてもらえたという気持ち。それで満たされたのだ。

 

 

 

 僧侶の機嫌が良くなったことで、アゴリンさんの様子も良くなる。

 

 

 

「レイさん、まだ質問ありますか?」

 

 

 

「はい、次はですね……。今日の朝ごはんはなんでしたか?」

 

 

 

「それって除霊に関係あるんですか?」

 

 

 

「関係ありますよ! 食べたで幽霊にダメージを与えられるんです。例えば……塩分が多いものとか!!」

 

 

 

 私が質問を繰り返す中、僧侶の話を聞き終えたリエは僧侶に当時住んでいた村の名前を聞く。

 

 

 

「村の名前ですか……。結和村(けつわむら)と言います……。もう残ってないと思いますけど……」

 

 

 

 村の名前を告げた僧侶。しかし、その僧侶の顔は暗くなる。村の名前を出したことで当時のことを思い出したのだろうか。

 

 

 

 それにしても結和村とはどこかで聞いたことがある名前だ。最近、そう、本当にここ最近聞いたような……。

 

 

 

 私は聞き耳を立てて、アゴリンさんへの質問の合間に考えていると、リエは

 

 

 

「結和村、私行きましたよ!!」

 

 

 

 僧侶に伝える。それを聞き私も思い出す。

 

 

 

 結和村。それは呪いのダンベルの所有者であった夏目さんに会いに行った時に行った村だ。

 

 

 

「村が残ってるんですか……」

 

 

 

「はい!! あの串焼き美味しかったですよ〜。後々大変でしたけど」

 

 

 

 結和村での思い出を語るリエ。それを聞いた僧侶は安心した表情になる。

 

 

 

「そっか。残ってたんだ……。僕が村を離れた後、戻ってきて復興してくれたんだ」

 

 

 

 僧侶の身体が光出す。その様子を見てリエがなぜか焦り出す。

 

 

 

「今からメモ用でレイさんに撮ってもらった写真を見せようと思ったんですけど……」

 

 

 

「話を聞けただけで僕は満足です。……僕が住んでた時も串焼きは村の名物だったんです。生まれ変わることがあれば、串焼きを一緒に食べに行きましょう」

 

 

 

 光った僧侶はそのまま天へと登って消えて行った。

 僧侶が消えると、アゴリンさんの様子が変わる。

 

 

 

「あれ、私なんで幽霊に取り憑かれたなんて思ってたんだろう」

 

 

 

 さっきまで泣き虫だったアゴリンさん。しかし、

 

 

 

「顎が伸びてるのは幽霊仕業だと仰ってましたけど」

 

 

 

 私が伝えるとアゴリンさんは笑って長い顎を自慢げに触る。

 

 

 

「なんでそんなこと思っちゃったんでしょうね。この顎は私の自慢の顎ですよ。この特徴があるからこそ、印象に残りやすくて人に忘れられないんですから!!」

 

 

 

 泣き虫だった頃の面影はなく、笑顔の素敵な顎の長い女性になった。

 何が起こったのか不思議でいた私だが、そんな私に説明をするためリエが私の耳元までやってきて伝える。

 

 

 

「きっとあの僧侶さんの力です。僧侶さんの影響でアゴリンさんにまで泣き虫が移ってたんですよ」

 

 

 

 リエの言う通り、僧侶が離れてからアゴリンさんの様子は変わった。信じられないがその可能性が高いのだろう。

 

 

 

「アゴリンさん。あなたが幽霊に取り憑かれたとネガティブになっていたのは本当に取り憑かれていたからです。しかし、私がその幽霊に撃退しました」

 

 

 

「それで私はこの顎にコンプレックスを感じてたのね。私の大事な一部なのに」

 

 

 

 さっきまで顎は敵だと言っていたはずが、今では宝物のように大事にしている。

 

 

 

 アゴリンさんは立ち上がると、私達にお礼を伝える。

 

 

 

「ありがとうございます。もしこのままだったら、私の大事な顎を整形して無くしてしまうところでした。……それでお代の方は」

 

 

 

 心配そうに聞いてくるアゴリンさん。私はそんなアゴリンさんに電卓で打ち込んだ値段を見せる。

 

 

 

 その値段を見たアゴリンさんは驚く。

 

 

 

「たったこれだけで良いんですか!?」

 

 

 

「はい! それだけです」

 

 

 

 財布を取り出したアゴリンさんは私の提示した金額を払った後、一枚の紙を取り出して私に渡してきた。

 

 

 

「私の仕事場のクーポンです。良かったら使ってください」

 

 

 

 クーポンを渡してアゴリンさんは事務所を出て行った。

 

 

 

 

 

 アゴリンさんが帰り、事務所に静けさが戻る。アゴリンさんを見送った私は、身体を伸ばしながら時計を確認した。

 

 

 

「はぁ〜、ちょっと遅くなったけど。お昼ご飯にしよっか」

 

 

 

「お昼ご飯なんですか?」

 

 

 

「……炒飯?」

 

 

 

「またですか!? 違うもの作ってくださいよー!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第23話 『魔女』

霊能力者のレイちゃんは、ダメ、無能、役に立たない?

 

 

 

著者:ピラフドリア

 

 

 

第23話

『魔女』

 

 

 

 

 

 

 都会にある屋敷。そこに住んでいた漫画家が引っ越して一年。

 

 

 

 

 

 

「はぁはぁはぁ、しつこいですね……」

 

 

 

 白い着物を着た女性が屋敷の中を飛ぶ。広い廊下を滑走する。

 目の前に分かれ道。直角の通路だ。幽霊は速度を落とさずに、九十度のカーブを綺麗に曲がり切る。

 

 

 

 だが、彼女の後ろを追っていた存在は、曲がり切ることができずに壁を半分すり抜けた。

 カーブを曲がった幽霊が振り向くと、その存在は壁に埋まった身体を抜く。

 

 

 

 身体の九割が口で出来た幽霊。どういう状況でこんな幽霊になったのか。だが、不気味な見た目と相応に、屋敷に侵入してきた怪物は幽霊の女性に襲いかかってきた。

 

 

 

 怪物はヨダレを垂らしながら、女性の幽霊に近づく。ぽたり……ぽたりと滴る液体は床を濡らす。

 

 

 

「ち、近づかないでください!!」

 

 

 

 逃げ続けていたが、体力も気力も限界。それにこんなに恐ろしい怪物を見るのは初めてで、恐怖のあまり身体が震えて動けなくなってしまった。

 

 

 

 近づく怪物。もしこの怪物に捕まったらどうなってしまうのか。それを彼女は何となく理解できていた。

 

 

 

 女性の幽霊は両手を前に突き出すと、半透明の球体を作り出し、自身の身体を覆った。

 球体を守られている状態だが、怪物はその球体を指で突くだけで消し去ってしまった。

 

 

 

 怪物が触れた途端。風船が割れるように消える球体。自身を守る手段を失った幽霊は絶望し、諦めかけた時。

 

 

 

「よっこらしょ!!」

 

 

 

 口の怪物は窓から飛び込んできた女性の蹴りにより、吹き飛ばされた。

 怪物は廊下を転がり幽霊から離れる。

 

 

 

「よっ、なかなかの美人さんの幽霊だな」

 

 

 

 窓から侵入してきた女性は、黒髪短髪に紺色のフード付きのローブに仮面を腰につけていた。

 

 

 

「うぐっ、ぐっぐむっぐ…………」

 

 

 

 蹴り飛ばされた怪物が動き出す。

 

 

 

「あー、これはめんどくさそーだなー」

 

 

 

 女性は幽霊の女性に手を伸ばす。

 

 

 

「立てるか?」

 

 

 

 幽霊の女性はその手を握ろうと手を伸ばしたが、どうせすり抜けると掴むのをやめて、自力で立ち上がった。

 

 

 

「よ〜し、動けるみたいだしな……」

 

 

 

 女性は腕を回転させたり、足を伸ばしたりとストレッチをする。これからあの怪物と戦うつもりなのか。

 そう期待していた幽霊だったが。女性は幽霊に行動を告げる。

 

 

 

「逃げるぞ」

 

 

 

「え!?」

 

 

 

 女性は全力で怪物から逃げた。

 

 

 

 

 

 

 

 逃げ切った二人は屋敷のピアノのある部屋で息を切らして壁に寄りかかっていた。

 

 

 

「はぁはぁ、逃げるなら紛らわしい動きしないでくださいよ」

 

 

 

 文句を伝える幽霊、しかし、そんな文句を聞いて女性は笑って返す。

 

 

 

「あの怪物、なかなかやばいぞ。悪霊になりかけてたし……。ありゃー逃げた方が良いんだよ」

 

 

 

「悪霊ですか……?」

 

 

 

 不思議そうな顔をする幽霊。ちょっと驚いた顔をした後、女性は爆笑する。

 

 

 

「お前何年幽霊やってんだよ。悪霊を知らないのか」

 

 

 

 腹を抱えて笑う女性に頬を膨らませる幽霊。

 

 

 

「あーすまんすまん。そうだなー、悪霊について教える前にお前の名前を教えてくれないか?」

 

 

 

「私の名前ですか。私はリエと言います。あなたは?」

 

 

 

「私か? 私は名乗るほどの者じゃないからな」

 

 

 

 女性はピアノの上に腰をかけて、リエは近くにあった木製の椅子に座る。

 

 

 

「あなたここの地縛霊ってところかしら。なら悪霊について知らなくても当然だよな」

 

 

 

 女性はリエに説明を始める。

 

 

 

「悪霊は目的を無くした幽霊の姿。もしも目的を無くせば、意思をなくして霊力の塊となり、霊力を持つ存在を襲う。それが悪霊だ」

 

 

 

「幽霊が目的を無くすと……もしかして私も」

 

 

 

 リエは透ける自分の両手を見る。幽霊になって何百年。未だに彼女には目的がない。

 なぜ、自分が幽霊になったのか、何がしたくてここに残っているのか、それを理解することはできなかった。

 

 

 

「確かに幽霊の未来の姿が悪霊。リエ、あなたもいつなってもおかしくない。でも、それは目的を見失った時、あなたの夢が終わった時だ」

 

 

 

 話を聞き終えたリエの心は少し落ち込む。今は大丈夫でもいつかはあんな怪物になる。そう考えると怖くなってしまう。

 

 

 

「夢が終わった時ですか……。あ、えっとあなたは何をしにここに来たんですか?」

 

 

 

 女性はピアノの上で足を組む。顎に手を当てて少し考えると

 

 

 

「そうだな。……旅人。私は旅人だ」

 

 

 

「旅人…………じゃあ、色んなところに行ったことがあるんですか!!」

 

 

 

 女性の言葉に目を輝かせるリエ。女性は頷くと

 

 

 

「ええ、世界中をな。話を聞くか?」

 

 

 

「はい!!」

 

 

 

 それから時計の長い針が半分回る時間、リエは女性の話に夢中になった。

 聞いたことのない場所、見たことのない景色、会ったことのない人。話を聞いてそれらを想像する。

 

 

 

「まぁ、今話したのは私が体験した一割にも満たないがな……」

 

 

 

「面白かったです」

 

 

 

 話を聞き終えたリエはワクワクで身体が震えていた。

 

 

 

「私もいつか……」

 

 

 

 リエが何かを言おうとした時。女性は険しい表情になり立ち上がった。

 そしてリエに静かにするように伝えると、扉の方へと向かう。

 

 

 

「諦めて帰ったと思ったんだがな〜。しつこいやつだ」

 

 

 

 扉に耳を当てると呟いた。

 

 

 

「悪霊……ですか」

 

 

 

「ああ、まだ居たみたいだ」

 

 

 

 女性は手でリエに部屋の奥に行くように指示をする。リエはそれに従い、ピアノの反対側に身を潜めた。

 

 

 

 歯を噛み合わせる音がゆっくりと近づいてくる。部屋の目の前まで音がやってくると、

 

 

 

「止まった……」

 

 

 

 部屋の前で音が止んだ。静かな時間が流れる。

 

 もういなくなったのかと、リエがピアノの奥から出てこようとした時。

 

 

 

「まだ隠れてて!!」

 

 

 

 女性がローブの中に手を突っ込むと、胸の辺りから銃を取り出した。

 そして木製の扉に向けて発砲する。

 

 

 

 銃声が響く中、リエは頭を抱えて姿勢を低く隠れる。

 

 

 

 扉の向こう側にいる怪物は銃弾を喰らいながらも扉に突進して破壊して侵入してくる。

 しかし、部屋の中に入るが怪物の前には銃を撃った人物の姿はない。

 

 

 

 怪物が左右を向き、その人物を探していると頭上から声がする。

 

 

 

「こっちだよ。ノロマ」

 

 

 

 天井の照明に張り付いていた女性は降りながら怪物に踏みつける様に蹴る。

 怪物は押し潰されて地面に叩きつけられた。

 

 

 

 女性は踏みつけたまま、怪物に銃口を向け怪物の急所を二発で的確に撃ち抜いた。

 怪物は掠れた声を叫びながら黒い湯気となり姿を消した。

 

 

 

「消滅したか。この程度じゃまだ成り立てってところか」

 

 

 

 怪物が消滅してリエは女性の元へと駆け寄っていく。

 

 

 

「凄いあの悪霊を倒すなんて」

 

 

 

「このくらいの奴なら私でもどうにかできる。まぁ、あれを作れるんならもっと楽だったんだが、ここじゃ狭いしな」

 

 

 

 喜ぶリエだが、女性は当然のことの様に振る舞う。そして銃をローブの中にしまった。

 

 

 

「悪霊も退治したし、私はそろそろ行こうかな」

 

 

 

「え、もう行っちゃうんですか……?」

 

 

 

「あなたが追われてるを見かけて、ちょっときただけだしな。それに私にはやる事がある」

 

 

 

「そうですか……」

 

 

 

 立ち去ろうとする女性を寂しそうに見つめるリエ。そんなリエに女性は微笑みかける。

 

 

 

「寂しがるな。お前もいつか会えるさ…………」

 

 

 

 女性はリエに見送られながら、屋敷から出ていった。

 

 

 

 

 

 



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第24話 『夏祭りに行こう!』

霊能力者のレイちゃんは、ダメ、無能、役に立たない?

 

 

 

著者:ピラフドリア

 

 

 

第24話

『夏祭りに行こう!』

 

 

 

 

「あ、リエ。そこにある煎餅とって」

 

 

 

「えー、自分で取ってくださいよ〜」

 

 

 

「だってあんたのほうが近いじゃん」

 

 

 

 椅子に座ってテレビを見ている私はリエに頼む。リエはソファーから近くのテーブルに置いてある煎餅の袋を私に向かって投げつけた。

 

 

 

 私はキャッチしようとするが、キャッチし損ねて顔面にストライクしてしまった。

 

 

 

「あ、ごめんなさい」

 

 

 

「いや、私も取ってもらったんだし……。ありがとね」

 

 

 

 私はリエが取ってくれた煎餅の袋を顔から剥がして手に持つ。そして、

 

 

 

「とでもいうと思ったか!! 仕返しだ!!」

 

 

 

 私は全力で煎餅の袋をリエに向かって投げつけた。投げ返されると思ってなかったリエは反応する事ができずに、顔面にぶつかる。

 

 

 

「…………よくもやりましたね!!」

 

 

 

 リエが投げ返してくる。私はキャッチして投げ返し、それを繰り返していると、黒猫が怒鳴った。

 

 

 

「食べ物で遊ぶんじゃない!!」

 

 

 

「「ごめんなさい」」

 

 

 

 黒猫に怒られた私達はシュンとなり、私は煎餅を持ってソファーに行ってリエの隣に座った。

 そして一緒に煎餅を食べながらテレビを静かにテレビを見る。

 

 

 

「チャンネル変えて良いですか?」

 

 

 

「うん」

 

 

 

 リエにリモコンを渡そうとするが、リエはリモコンを使わずに手をテレビにかざしてチャンネルを変更する。

 

 

 

「あんた便利ね〜」

 

 

 

「幽霊っぽいですよね。最近できるの知りました」

 

 

 

 と、そうやってチャンネルを変更していると、ある場ものが映る。

 

 

 

「あ、リエ、戻して戻して!」

 

 

 

「え、ここですか?」

 

 

 

「そうそう、そこよ」

 

 

 

 そこに映っていたのはこの事務所から少し離れた場所に新しく建設されている建物の映像。高く聳え立つビル。映像ではまだCGの段階だが、しかし、ビルの窓からも建物は見える。

 

 

 

 すでに遥か上空まで伸びて雲の高さを超えている。なんのために開発されているビルなのかは分からない。

 テレビ内でもビルの安全性や機能については報道されていたが、その詳しい用途にまでは報道されていなかった。

 

 

 

「これって窓から見えるアレですよね」

 

 

 

 リエもビルの存在には気づいていたみたいで興味ありげに聞いてくる。

 

 

 

「屋敷に住んでた時から建設は始まったみたいですけど。アレなんなんでしょうね?」

 

 

 

「んー、私も気になったから見たんだけど。テレビでも何も言ってなかったからね。本当にあれ、なんなんだろう……」

 

 

 

 結局テレビでは詳しいことを知ることはできず、そのままチャンネルを変えて別の番組を見る。

 そうして夕方ごろ。

 

 

 

「ただいま帰還いたしまくりましたーー!!!!」

 

 

 

 勢いよく扉を開けて楓ちゃんがやってきた。

 

 

 

「あれ、楓ちゃん。今日部活は?」

 

 

 

 私はソファーに座ったまま、首を後ろに倒す。楓ちゃんの姿が逆さだ。

 

 

 

「今日部活お休みって言ってなかったでしたっけ?」

 

 

 

「レイさん、昨日楓さん言ってましたよー、忘れちゃったんですか?」

 

 

 

 私は忘れているが、リエは覚えてる様子だ。いや、まだ一人いる。

 

 

 

「タカヒロさん!」

 

 

 

「言ってたぞ」

 

 

 

 本当に私が忘れていた様だ。

 

 

 

 楓ちゃんも帰ってきて、これからが仕事の本番。かと思ったが、いつも通り依頼人がくることはなく。

 長閑な時間が流れていく。そんな中、外から太鼓の音が聞こえてきた。

 

 

 

「何か聞こえますね……」

 

 

 

「そうね。何かやってるのかな?」

 

 

 

 私とリエが音を気にしていると、楓ちゃんが思い出した。

 

 

 

「あ、そうだった。今日は夏祭りの日ですよ!」

 

 

 

「あー、そんなことが掲示板に書いてあったような、なかったような……」

 

 

 

 私が思い出せずにいると、黒猫が追い打ちをかける。

 

 

 

「俺は書いてあったの見たぞ」

 

 

 

 夏祭りと聞き、リエは興味津々になりどんなものだが、楓ちゃんに教えてもらう。

 楓ちゃんがリエに説明してる間、私は事務所の窓から公園の方を見てみると、公園に人が集まり始めていた。

 

 

 

「いつものことだけど。ショボいよね」

 

 

 

 地域で開かれているお祭りで、小さな公園に盆踊り用のセットと屋台がちょろっと出る程度。

 大きなお祭りでもなく、地域の小さなお祭りだ。

 

 

 

 窓の近くにいると黒猫と窓際にジャンプしてやって来る。

 

 

 

「ここの祭りなんてそんなもんだろ」

 

 

 

「あんたもあそこの祭り行ったことあるの?」

 

 

 

「まぁな。たまにだけどな」

 

 

 

「あんた『ミーちゃんが寂しがるから』とか言って、祭りとか行かないと思ってた」

 

 

 

「そういう時はお見上げ話を持って帰ってやるんだよ」

 

 

 

 私と黒猫が窓から外の様子を見ていると、楓ちゃんから説明を受け終えたリエが私の元に駆け寄って来る。

 

 

 

「レイさん、レイさん!! 私お祭り行きたいです!!」

 

 

 

「なんとなくそういう流れになる気はしてたよ……。ま、依頼もないし、みんなで行きましょうか!!」

 

 

 

 

 

 

 依頼もなく暇なため、みんなでお祭りに行くことになったのだが。制服で出歩いていると先生に怒られるからと、楓ちゃんは洗面所で着替える。

 

 

 

「部活ないのに着替え持ってきてたのね」

 

 

 

 私は扉の前に立ち、楓ちゃんに話しかけると扉の向こう側から返ってくる。

 

 

 

「なんとなくお祭りに行く流れになりそうな気がしたので」

 

 

 

「用意周到ね……」

 

 

 

 準備が良すぎる楓ちゃんにちょっと退く。

 

 

 

 楓ちゃんとの話が終わると窓閉めや火の消し忘れを確認し終えたリエと黒猫が玄関にやってきた。

 

 

 

「レイ大佐、安全確認終わりました!!」

 

 

 

「ご苦労リエ中尉!!」

 

 

 

 二人で敬礼をしてふざけ合う。そのあとリエが私の服装を見て、

 

 

 

「レイさんは着替えなくて良いんですか?」

 

 

 

「私はこの服装が涼しいから良いや。お気に入りの服着て汚れたら嫌だし。リエは良いの? いつもの格好だけど」

 

 

 

 リエは普段通りの白い着物だ。

 

 

 

「私はこの服しか持ってないですから」

 

 

 

 そういえば、いつもそうだった。

 

 

 

「今度私の実家にお古探してみるね……」

 

 

 

 そんな話をしていると、楓ちゃんが着替え終えて洗面所の扉が開く。

 

 

 

「お待たせしましたーー!!!!」

 

 

 

 出てきた楓ちゃんは紅色に牡丹模様の浴衣を着こなしていた。

 その美しさは絶世の美であり、そこに天女が舞い降りたかの輝きを放っていた。

 

 

 

 楓ちゃんは浴衣を広げて全体を見せるために身体を回転させる。

 

 

 

「どうですか、師匠〜、似合ってますか〜!!」

 

 

 

 タカヒロさんは目を逸らして答える。

 

 

 

「あ、ああ、似合ってるんじゃ……ないか」

 

 

 

 タカヒロさんの言葉を聞き、楓ちゃんは嬉しそうにジャンプする。

 

 

 

「リエちゃんはどう思う? 似合ってるかな?」

 

 

 

「似合ってますよ。……あ、でも、うまく着れてないじゃないですか。ここ間違ってますよ、言ってくれたら直したのに、ほら、こっちに来てください」

 

 

 

「え、ここ?」

 

 

 

 リエに着付けをしてもらっている間に、私は黒猫に顔を近づけ、ヒソヒソと話す。

 

 

 

「どういうことよ、またあんたが着させたの?」

 

 

 

「俺じゃねーよ。というか、なんで毎回俺のせいにするんだよ」

 

 

 

「あんた、前歴あるからよ」

 

 

 

「…………」

 

 

 

 私達が会話をしていると、

 

 

 

「終わりましたよ!」

 

 

 

 リエが楓ちゃんの服を直し終えた。

 

 

 

「まぁ、準備できたんなら行きましょうか」

 

 

 

 

 

 

 

 事務所にしっかりと鍵をかけて出発する。目指すはお祭りの行われている公園だ。

 

 

 

「リエちゃん、見ててねこれ、これをこうやってこうやって、こうやると…………あれ、おかしいな」

 

 

 

「……それってもしかしてですけど。……こうやってこうですか?」

 

 

 

「あ、それよそれ!」

 

 

 

 私の後ろでリエと楓ちゃんが夕焼け影を使って、指でキツネを作ったりして遊んでいる。

 

 

 

 そして黒猫は

 

 

 

「なんでまた私の上なのよ……」

 

 

 

「意外と落ち着くんだよな。それに見晴らしいいし」

 

 

 

「意外とって何よ、意外とって……」

 

 

 

 私の頭の上で座っていた。黒猫はお辞儀をする様に身体を曲げて、私の視界の中に顔を入れる。

 

 

 

「それに黒猫が懐いてるって、魔女みたいでカッコいいだろ」

 

 

 

「私は魔女じゃないし、頭に乗ってる時点でカッコ良くないのよ」

 

 

 

 とそんな話をしながら歩いていると、少しずつ道を歩く人の人数が増えて来る。そして例のお祭りを行なっている公園に着いた。

 

 

 

 公園にはちょっとした屋台が並び、中央には櫓が設置されている。公園には櫓を囲み踊る人々や、屋台で買い物をする人、遊具をテーブルや椅子代わりにして屋台で買ったものを食べている人達がいた。

 

 

 

「これがお祭りですかー!!」

 

 

 

 リエは幽霊であるため見えないのを良いことに、空に飛び上がると上から祭りの様子を見下ろす。

 

 

 

「せっかく来たんだし、なんかやっていきましょうか」

 

 

 

 私はみんなを引き連れて屋台の方へと向かう。

 

 

 

「どうする?」

 

 

 

 私がみんなに聞くとリエは赤い屋根の屋台を指差す。

 

 

 

「さっき飛んだ時にボールを取ってました! あれやりたいです!!」

 

 

 

「ボール? あ、スーパーボールね!」

 

 

 

 私達はスーパーボール救いのある屋台へと向かう。

 

 

 

「でも、リエ。あなたはできないけど良いの?」

 

 

 

 リエは幽霊だ。リエと関係のあるもの以外には触れることはできない。私や霊力を持つ人を通せば、触れることもできる様になるが、屋台でスーパーボールが浮いていたら騒ぎになる。

 

 

 

 しかし、リエは自信満々に答える。

 

 

 

「大丈夫です。私もできますよ」

 

 

 

「……?」

 

 

 

 どこからそんな自信が湧いてきているのか、不思議に思いながらも屋台に着くと、

 

 

 

「ん、お前らは……」

 

 

 

 そこにはスキンヘッドの男と京子ちゃんが働いていた。

 

 

 

「なんであなた達が……」

 

 

 

「俺たちはバイトだよ。…………本当はコトミちゃんに頼むつもりだったけど、風邪ひいちゃって、そしたらゴリラが来た」

 

 

 

 スキンヘッドの男が文句を言うと、京子ちゃんがスキンヘッドの男の首に腕を通して、ヘッドロックを喰らわせる。

 

 

 

「コトミに頼まれたから来てやったんのに、その言い方はなんだ。あんた一人でも良いんだぞ」

 

 

 

「あねざん……ぐるじぃ〜…………」

 

 

 

 京子ちゃんは首を絞めながら

 

 

 

「っんで、霊宮寺さん達はやってくのか?」

 

 

 

「やりたいです!!」

 

 

 

 すぐに答えるリエ。まぁ、人が密集してるからリエの声もそこまで目立つことはなく、問題はなかった。

 

 

 

「幽霊の嬢ちゃんか……。そうだな、そこの端なら目立たないから、そこでやりな」

 

 

 

 京子ちゃんに屋台の端を勧められて、端に移動する。

 水槽の前でしゃがむと、スキンヘッドを倒し終えた京子ちゃんがポイを四つ渡して来る。

 

 

 

「四人で1200円ね」

 

 

 

「高いな〜」

 

 

 

「こっちも商売だから」

 

 

 

 仕方なく財布からお金を出して京子ちゃんと交換する。それぞれポイを手にした。

 

 

 

「てか、タカヒロさん、あんたもやるの!?」

 

 

 

「咥えれば問題ない」

 

 

 

「咥えれば問題ないって……。あんた猫なのよ」

 

 

 

「俺を誰だと思ってる。スーパーボール掬いのタカちゃんだぞ。俺の技術にミーちゃんの身体能力が加われば、例え咥えてであっても、余裕で二十個以上取ってやるさ!!」

 

 

 

 童心に帰ったからか、タカヒロさんのテンションがいつもよりも高い。

 猫のこと以外は興味なさそうなタカヒロさんがここまで盛り上がっているのはヒーロー関係の時以来だ。

 

 

 

 私と楓ちゃんでリエと黒猫を隠しながらスーパーボール救いを始める。

 

 

 

 中を流れるスーパーボールは三種類。

 親指程度の大きさで取りやすそうな小スーパーボール。そのスーパーボールよりもひと回り大きめの中スーパーボール。そして手のひらサイズの特大スーパーボールだ。

 

 

 

「リエ、まずは私がやってるところを見せるから。それからやるのよ」

 

 

 

「はい!」

 

 

 

 私はリエに見本を見せるために小スーパーボールを救ってみせる。一つ目は問題なく救うことができた。

 

 

 

「そうやって掬うんですね! やってみます!!」

 

 

 

 リエは私のやった姿を見てそれを参考に掬ってみることにする。しかし、

 

 

 

「あ、リエ。それは大きすぎる」

 

 

 

 リエは特大スーパーボールを狙ってしまい、すぐに紙が破けてしまった。

 

 

 

「あ〜〜〜〜」

 

 

 

「大きいのを狙うからよ。こういうのは小さいのを狙ってね」

 

 

 

 私はもう一度小スーパーボールを狙う。しかし、一回目で弱ってしまっていた紙は、スーパーボールを持ち上げると破れてしまった。

 

 

 

「あ……」

 

 

 

「レイさんもダメじゃないですか〜!」

 

 

 

「一個も取れてないあんたに比べればマシよ」

 

 

 

「私は大物を狙いましたからね。レイさんは小物を狙ったのに失敗したんですよ」

 

 

 

 私とリエが睨み合う中。楓ちゃんは目を瞑り、集中をしていた。

 

 

 

「……………………」

 

 

 

 呼吸を整えて全神経を網に注ぐ。目で追うのではなく、感覚でスーパーボールを追跡する。

 

 

 

「ここだァ!」

 

 

 

 楓ちゃんが勢いよく腕を振る。水が波を起こし、水しぶきが正面にいたスキンヘッドの男に降り注がれる。

 

 

 

「……っく、無念……」

 

 

 

 しかし、楓ちゃんはスーパーボールを一個も救うことはできず。水をかき上げただけで終わった。

 

 

 

「ドンマイだな」

 

 

 

「……あ、すみません」

 

 

 

「いや、良いってことよ……」

 

 

 

 ビショビショになったスキンヘッドの男は楓ちゃんをガン見しながら答えた。

 なぜ、接客しているはずなのに楓ちゃんの前にいたのかは謎だ。

 

 

 

「すぐに乾かさないと……」

 

 

 

 楓ちゃんはハンカチを取り出してスキンヘッドの男を拭こうとする。

 しかし、スキンヘッドの男は頬を少し拭いてもらうと顔を赤らめてそっぽを向く。

 

 

 

「そんなことしなくて良い」

 

 

 

「いえ、僕のせいなので」

 

 

 

 照れるスキンヘッドを無理やり拭く楓ちゃん。二人のそんなやりとりを見守り、

 

 

 

「残るはタカヒロさんだけか……」

 

 

 

 最後に残ったタカヒロさんを見るために、私とリエは黒猫のいたところを見る。

 しかし、黒猫はポイを水槽の中に捨てて、地面で丸くなって寝ていた。

 

 

 

「あ、ミーちゃんになっちゃってますね」

 

 

 

 やる気満々だったのに、ドンマイタカヒロさん。

 

 

 

 私は黒猫を抱き抱える。リエは私に抱えられた黒猫の頭を撫でながら、

 

 

 

「レイさん。今度タカヒロさんにもこれやらせてあげましょ。ちょっと可哀想です」

 

 

 

「そうね、あれだけ張り切って。寝ちゃって終わりは可哀想ね……」

 

 

 

 リエの言う通り、今度私が取ったスーパーボールを鍋に浮かべて事務所でタカヒロさんにやらせてあげよ。

 

 

 

 私とリエは立ち上がると、

 

 

 

「楓ちゃん、私達は他の所行くけどあなたはどうする?」

 

 

 

「師匠は寝ちゃったんですね。じゃあ、僕がミーちゃんを預かりますよ」

 

 

 

 しばらく京子ちゃん達の屋台の近くにいることにした楓ちゃんに黒猫を預けて、私達は他の屋台を探す。

 

 

 

「次はどうしましょうか……」

 

 

 

 リエがどこに行こうか迷っている中、私はある屋台を発見する。

 

 

 

「リエ、あそこに行かない?」

 

 

 

「えっと……射的ですか? どういうやつなんですか?」

 

 

 

「銃で撃って欲しい景品を落としたらそれを貰えるってゲームよ」

 

 

 

「おおーー!! 面白そうです! 行きましょう!!」

 

 

 

 リエと共に私は射的屋に行く。屋台のおっちゃんに500円玉を渡して、六発の弾と射的用の銃を渡された。

 

 

 

「なんだか武本さんとかうまそうですね」

 

 

 

「どうだろう、でも、武本さんが火縄銃を使ったことがあったとしても、絶対に私は負けない自信があるのよ。見てなさい」

 

 

 

 私は銃を構えて景品に狙いを定める。火薬の音と共にコルクが飛んでいき、景品を直撃する。

 景品はバランスを崩すと、地面に落ちた。

 

 

 

 店員のおっちゃんは無言で落ちた景品を拾い、私にクマの人形を渡した。

 

 

 

「どーもー」

 

 

 

 笑顔で返す私におっちゃんは苦笑いで返す。

 

 

 

「レイちゃん。今年は程々で頼むよ……」

 

 

 

「えぇ、程々にね……」

 

 

 

 私の笑顔におっちゃんは「はははは〜」と感情のない笑いをしながら後ろへ下がる。

 

 

 

 私はそこの浅い箱に入れられたコルクを全て取ると、それを自身の真上に投げ上げる。

 空中を舞う五つのコルク。全てのコルクの高さバラバラで落下してくる位置も違う。

 

 

 

 私は銃口を上に向け、落下してくるコルクを銃口に嵌めると即座に景品を撃ち抜き、そしてまた銃口を上に上げてコルクを銃口に嵌める。

 

 

 

 落下してくるコルクよりも早く。的確に景品を撃ち抜き、欲しい全ての景品を撃ち落とした。

 そして最後の弾丸はまずラムネの入ったお菓子の箱を落とし、箱に当たり跳ね返ったコルクをお菓子の隣にあった味違いのお菓子に当て、一つの弾で二つの景品を落とした。

 

 

 

「よっしゃぁー!!!!」

 

 

 

 ガッツポーズをする私におっちゃんは渋々景品を全て渡した。

 

 

 

「リエ、見た? すごいでしょ!」

 

 

 

 私は手に入れた景品を抱きしめてリエに見せようと振り向くが、

 

 

 

「あ、見てませんでした」

 

 

 

 中央にある櫓の太鼓に気を取られて見ていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 大量の景品を抱えて、私とリエは楓ちゃん達のいるスーパーボール掬いの屋台に戻る。

 すると、屋台の裏で楓ちゃんと黒猫がたこ焼きを食べていた。

 

 

 

「ふーふーふー、はい、師匠〜」

 

 

 

「冷ましたから良いってわけじゃない。ミーちゃんに変なもの食わせようとするなよ」

 

 

 

「変なものじゃないですよ。たこ焼きですよ」

 

 

 

 私達は二人の元へと向かう。

 

 

 

「タカヒロさん、楓さん。戻りましたよ」

 

 

 

「あ、リエちゃんと、レイ……さん? レイさんなんでそんなに景品持って落ち込んでるんですか?」

 

 

 

 大量の景品を手にしながらも下を向いて落ち込んでいる渡しに楓ちゃんは気づく。

 

 

 

「いやね、リエが……。これ取ったの見てなくて…………」

 

 

 

 私が何があったのかを淡々と話し始めると、楓ちゃんはたこ焼きを黒猫の頭の上に置き、私の元へと駆け寄ってくる。

 そして私の言葉を聞いてか、聞かずか私の景品を受け取って大喜びする。

 

 

 

「レイさん、凄いですね!! こんなにいっぱいの景品取れるなんて! 僕じゃできませんよ!」

 

 

 

 凄い喜んでいる楓ちゃん。そんな楓ちゃんの笑顔を見ていたら、なんだか寂しかった気持ちも晴れてきた。

 

 

 

「そうよね! リエに見てもらえなかったからって落ち込んでたけど、普通はこうなるよね!」

 

 

 

 楓ちゃんのおかげで元気を取り戻した私。

 二人が食べていたことを思い出して、何か食べようと考える。

 

 

 

「ねぇ、リエ。私達は焼きそばでも食べる?」

 

 

 

 私がリエの方を向くと、黒猫は頭に乗ったたこ焼きを落とさないように頑張ってバランスを取り、オットセイのようになっており、それを見てリエが拍手していた。

 

 

 

「おーーっ!」

 

 

 

「おい、リエもレイも拍手してないで早く助けろ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後も小さなお祭りを満喫して私達は帰路についた。

 

 

 

「……いや〜、面白かったです。ありがとうございました!」

 

 

 

「感謝するのは良いことよ。でも、私の肩の上ではやめてね」

 

 

 

 私の肩の上でかき氷を食べながらリエは座っている。

 

 

 

「そうだぞ。リエ、礼を言うときはしっかり目を見て言わないとな」

 

 

 

「タカヒロさん。あなたも頭から降りて真っ当なことを言ってください」

 

 

 

 黒猫は私のの頭の上で寛いでいる。大人しくされるがままでいたが、人通りも少なくなったので2人を降ろそうと私は暴れる。

 しかし、二人は私が掴もうとすると、うまく躱して逃げてしまう。

 

 

 

「ちょっと二人とも!?」

 

 

 

「待ってください、後ちょっとで食べ終わりますから…………あっ」

 

 

 

 私の頭の上に冷たいものが落ちてくる。

 

 

 

「りぃ〜〜えぇ〜〜っ!!」

 

 

 

「わざとじゃないんですよ……でも謝っておりますね。ごめんなさい」

 

 

 

「降りろ!! コラァ!!」

 

 

 

 私とリエが鬼ごっこをし始めると、もう事務所の前だった。先頭を歩いていた楓ちゃんが私達を止めに入る。

 

 

 

「二人ともやめてください。もうエレベーター来ますよ。事務所に帰ったらお風呂沸かしますからね。落ち着いてください。レイさん」

 

 

 

 

 

 



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第25話 『恋する相撲でラッパッパ』

霊能力者のレイちゃんは、ダメ、無能、役に立たない?

 

 

 

著者:ピラフドリア

 

 

 

第25話

『恋する相撲でラッパッパ』

 

 

 

 

 

「お邪魔しまーす」

 

 

 

 青空と緑に包まれた大自然の森。そこにある一軒の家に私達は訪れていた。

 

 

 

「あれ、皆さん、また来たんですか?」

 

 

 

 ジャージを着た金髪の幽霊が私たちを出迎えてくれる。

 

 

 

「久しぶり、夏目さん」

 

 

 

 前に依頼でダンベルの呪いを解除するために、結和村を訪れた時に出会った呪いのダンベルの製作者であり持ち主だ。

 今もこの山奥の家で幽霊ライフを送っている。

 

 

 

「どうしたんですか? 突然」

 

 

 

 夏目さんが不思議そうに尋ねてくる。

 

 

 

 私はそんな夏目さんに家から持ってきた箒を見せる。

 

 

 

「幽霊でも綺麗な家で住みたいでしょ。私達が掃除を手伝いに来たのよ」

 

 

 

「それは嬉しいです。でも、なんで……?」

 

 

 

 疑問を感じている夏目さんだが、それを無視して私とリエと黒猫は家の中へと入っていった。

 

 

 

 夏目さんの家をみんなで協力して掃除をし、床が鏡のように綺麗になった。

 

 

 

「ふぅ〜、掃除おしまい」

 

 

 

「お疲れ様です。皆さん、ありがとうございました。でも、なんで突然お掃除を?」

 

 

 

「…………」

 

 

 

 私と黒猫が顔を合わせて答えないでいると、リエがため息を吐いて答えた。

 

 

 

「実はですね。……楓さんが部活の合宿め宮城に行ったんです。それで羨ましいなぁってことになって……」

 

 

 

 リエの話を聞いて察した夏目さんは青ざめた顔で確認する。

 

 

 

「もしかして掃除してくれたのは。ここにしばらく滞在する気で……ですか?」

 

 

 

 夏目さんの質問に私達は頷いた。

 

 

 

 その時の夏目さんの顔は、口が半開きで目はどこかを向いて、すっごく嫌そうだった。

 

 

 

 

 

 

 

「レイさん。一階からの景色も結構良いですね〜」

 

 

 

 一階のリビングの大窓からリエは外の景色を見る。緑がいっぱいで事務所では見れない景色だ。

 

 

 

「そうね〜、あそこにある筋トレ道具がなければねぇ」

 

 

 

「勝手に押しかけといて文句言わないでください」

 

 

 

 私達の会話を聞いてリビングで黒猫に足を押さえてもらいながら筋トレをしている夏目さんが怒る。

 

 

 

「ってか、うちはご飯ないので夜ご飯欲しかったら買ってきてくださいね」

 

 

 

「え、ないのぉ」

 

 

 

「幽霊ですもん」

 

 

 

 

 

 夏目さんの言う通り、家には食料はなく。私とリエの二人で山を降りた駅前まで買い出しに行くことになった。

 

 

 

「レイさん、早くしないと日が暮れちゃいますよ〜」

 

 

 

「分かってるよー」

 

 

 

 山を降りるのは楽々だったが、荷物を持ちながら山を登るのは辛い。

 私はヘトヘトになりながらも進んでいると、石橋に辿り着く。

 

 

 

 橋の下には川が流れており、上流の方には森に隠れて見えないがダムがあるらしい。

 

 

 

「はぁ、疲れた〜」

 

 

 

 両手にマイバックを持って疲れた私は石橋の手すりに寄りかかる。

 休憩しながらふと、川の下を見てみると緑色の何かが川辺に座っていた。

 

 

 

「レイさーん、早く行きましょうよ〜、日が暮れたら危ないですよ〜」

 

 

 

「ねぇ、リエ。ちょっと来て」

 

 

 

 私はリエを呼びつけて、川の下を見させる。

 

 

 

「あそこに何かいるよね?」

 

 

 

「確かに何かいますね……緑色の…………鳥?……なんでしょうか?」

 

 

 

 私達がよーっく観察していると目線に気づいてか、その生物は顔を上げてこちらをみる。

 緑色の皮膚に鋭い牙を持っていた。その姿を見た私達は思わず声を出す。

 

 

 

「カッパだァー!!!!」

 

 

 

 私たちに見つかったことに気づいた河童は、飛び跳ねて驚くと、急いで川とは反対側の森の方へと逃げていく。

 

 

 

「河童逃げちゃいましたよ。レイさんが大きな声出すから」

 

 

 

「あなたも出してたじゃない。まだ近くにいるかもしれないし、探しに行こ」

 

 

 

 私達は橋を渡りきり、河童のいた川辺に降りて河童を探す。

 

 

 

「河童さーん、出ておいで〜」

 

 

 

「本物なのかもう一度みたいだけなんです。姿を見せてください、食べたりしませんから〜」

 

 

 

 しかし、私達の呼びかけに応えることはなく。河童は出てくる気配はない。

 

 

 

「どうします? 諦めますか?」

 

 

 

「う〜ん、このまま諦めるのもなぁ……あ、そうだ!」

 

 

 

 良い作戦を思いついた私は買い物袋の中からキュウリを取り出した。

 

 

 

「キュウリですか……。あ、河童はキュウリが好きって言いますからね」

 

 

 

「そう! これを使って河童を捕まえるのよ!!」

 

 

 

 キュウリを浜辺の広いところに置き、私達は近くにある岩場に隠れる。

 

 

 

「確かに好きとは言いますが。本当にこれで来るんでしょうか……。明らかに罠じゃないですか」

 

 

 

 心配そうに言うリエ。そう言われると私も自信がなくなってくる。

 しかし、そんな心配は必要なかった。

 

 

 

 川辺のすぐ近くにある林から何者かが歩いてくる足音がする。徐々にその音が近づいてくると、草をかき分けて緑色の生物が姿を現した。

 

 

 

「出た! 出たよリエ!!」

 

 

 

「静かにしてください。また逃げちゃいますよ」

 

 

 

 私達は獲物が餌に食いつくのを待つ。今飛び出してもまた森の中に逃げられてしまう。

 出来るだけ森と川から離れたキュウリの置いてある場所まで近づける。

 

 

 

 匂いを嗅ぎながら警戒する河童。だが、確実にキュウリには近づいている。

 そして……!!

 

 

 

「食らいついた!! 行くよ、リエ!!」

 

 

 

「はい!!」

 

 

 

 河童がキュウリに齧り付くと同時に私達は岩場から飛び出す。

 突如現れた私たちに河童はキュウリを齧りながら驚く。そして逃げようと走り出すが……。

 

 

 

 河童は盛大に転けた。さらに咥えていたキュウリを転けた衝撃で飲み込んでしまい、喉にキュウリが詰まって悶え苦しむ。

 呼吸のできない河童は地面に転がりバタバタと暴れる。

 

 

 

 河童に追いついた私たちはその河童の姿に同情する。

 捕まえようとしていたが、このままだと可哀想だ。

 

 

 

「リエ、手伝って」

 

 

 

「はい」

 

 

 

 リエに河童の体を抑えてもらい、私は河童の口に手を突っ込みキュウリを引っこ抜く。

 スポッとキュウリが抜けると、河童は両手を地面につけて呼吸を整えた。

 

 

 

「けっほけっほ、…………はぁはぁ、助かったァ」

 

 

 

「無事でよかったね」

 

 

 

「いや、あんたらのせいで大変なことになったんだが!!」

 

 

 

 私達のことを睨む河童。しかし、罠に釣られた自分にも落ち度がある自覚があるのか。

 胡座で座り込むと私に手を伸ばしてきた。

 

 

 

「んっ、よこせ」

 

 

 

「なにを?」

 

 

 

「さっきのキュウリだ。食べかけだったろ」

 

 

 

 河童が言っているのはさっき罠に使ったキュウリのことだ。

 私は河童の口から取り出したキュウリを見るが、キュウリは河童の唾液でベトベトだ。それに罠に使った時に砂もついてしまっている。

 

 

 

「このキュウリは流石に汚いし。新しいあげるよ。私達が驚かせちゃったわけだしね」

 

 

 

 私はそう言ってバックの中に手を入れようとするが。そんな私の腕を河童が掴んだ。

 河童のしまった手が私の腕を包む。

 

 

 

「勿体無いだろ。それに俺が悪いんだ。お前達に見つかるような場所にいた俺がな」

 

 

 

「いや、でも罠を張ったのは私達で」

 

 

 

「いやいや、俺が悪いんだ!!」

 

 

 

 遠慮しあって二人の間に火花が散る。そんな私達を見ながらリエが怒った。

 

 

 

「もうそのキュウリともう一つ何かあげれば良いじゃないですか!」

 

 

 

 

 

 

 

 結局リエの提案通り、キュウリ一本とガム一つで手を打つことになった。

 

 

 

「へぇ〜、お前ら夏目さんのところに泊まってんのか」

 

 

 

「え、あなた知り合いなの?」

 

 

 

「知り合いってわけじゃねーがな。……今の家が建つ前にそこに美人さんが住んでたんだよ。めっちゃ可愛くてな、それにたまぁにお供えものでキュウリを置いてってくれて、めっちゃ良い人だったなぁ」

 

 

 

 思い出に浸る河童。しかし、今の夏目さんの家もかなり古い家だ。その家が建つ前となるといつのことなのだろうか。

 思い出話を終えた河童は立ち上がると、川の方を見る。

 

 

 

「っと、そろそろ行かないとな」

 

 

 

「家に帰るんですか?」

 

 

 

 リエの質問に河童は首を振った。

 

 

 

「その前に仲間に会いに行くんだ。ちょっと厄介なことになっててな。この辺の名前を集めて集会をしてるんだ」

 

 

 

 河童はガムを口に入れて膨らませながら、川辺を進み上流へと歩いていった。

 そんな様子を見て私とリエ。

 

 

 

「集会ですってどうします?」

 

 

 

「なんか楽しそうだし。ついて行ってみましょ!」

 

 

 

 ひっそりとついて行くことにした。

 

 

 

 

 

 

 河童の後ろをついて行き、川の上流へと向かうと、遠くの方にダムが見えてきた。

 

 

 

 ダムが見えてきた頃、川辺の先から声が聞こえてくる。何人かの話し声。

 

 

 

 

「おう、やっと来たか。カワノスケ」

 

 

 

 河童は先にいる人物達に話しかけられて手を挙げて挨拶した。

 

 

 

「遅れてすまん。問題があってな」

 

 

 

 先にいた集団に合流した河童。私達は草むらに隠れて河童と合流した集団を見てみた。

 

 

 

 河童合流したのは、大量の河童達。全部で十五匹はいるだろう。

 そこには河童の集落が広がっていた。

 

 

 

「問題……か。それってあそこにいる人間達のことか?」

 

 

 

 一匹の河童が私達のことを指差す。気付かれたことに驚いた私達が立ち上がると、私達が尾行していた河童も驚いてむせた。

 

 

 

「ゴッゲホゲホ…………お前ら。なんでここに!?」

 

 

 

「いや〜、もしかしたら珍しいもの見れるかなぁって……」

 

 

 

 尾行されていた河童は溜息を吐く。

 

 

 

「はぁ、そうやって興味本位で……。自業自得だよな…………」

 

 

 

 いつの間にか河童達が私とリエのことを包囲していた。

 

 

 

「見られたからにはただで返すわけにはいかない…………」

 

 

 

 

 

 

 

 陽が傾き、辺りが暗くなる。私はさらに盛り付けられた焼き魚を箸で掴んで口に運ぶ。

 

 

 

「プッハー!! 上手い!! こんな美味しい魚食べたの初めてだよ」

 

 

 

「このお酒も美味しいですよ〜」

 

 

 

「そういえば、あんた。見た目は子供だけど、100歳超えてるのよね……」

 

 

 

 私達は河童達と火を囲み、提供された料理を食べていた。

 私達が喜んで食べていると、白い皮膚の河童が嬉しそうに微笑みながら新しい料理を持ってきた。

 

 

 

「はい。これも良かったら食べてね」

 

 

 

「頂きます!」

 

 

 

 私とリエは新しく運ばれてきたきゅうりの漬物をがっつく。

 

 

 

「そんなに急がなくても……いっぱいありますから」

 

 

 

 河童達は私達を見つけると、宴を始めた。

 

 

 

 最初は捕まって食われるのかと思ったが、河童達はそんなことはしないらしい。

 人に見つかったら歓迎して盛り上げる。そして美味しいご飯で口止め的な役割をするらしい。

 

 

 

 無精髭を生やしたおっさん河童が私達に近づくと話しかけてくる。

 

 

 

「お前ら都会の方から来たって言ってたよな。なら、ヒョウスベって知ってるか? 前にここにスコーピオンって怪人がやってきてな。ヒョウスベをスカウトしてったんだよ」

 

 

 

 どこかで聞いたことある名前が来た。しかし、私は思い出せずに困っていると、ほろ酔いのリエが答える。

 

 

 

「ヒョウスベさんは知りませんが、スコーピオンさんなら前に会いましたよ」

 

 

 

「おおぉっ! そうか。ヒョウスベも良い怪人ライフを送れてると良いんだがなッ!!」

 

 

 

 おっさん河童が大笑いする中。私達が最初に出会った河童のカワノスケが戻ってきた。

 

 

 

「夏目さん家の前に荷物と手紙を置いてたぞ」

 

 

 

「ご苦労さま〜」

 

 

 

 河童達に夕飯を食べさせてもらうことになったため、カワノスケには買い物の荷物とタカヒロさん達に遅れることを伝える手紙を持ってってもらっていた。

 

 

 

「はぁ、疲れた……。水もらうぞ」

 

 

 

 山を登って疲れたのか。カワノスケは近くにあるコップを手に取り水を飲む。

 しかし、水を飲むカワノスケの様子を見た白い河童が

 

 

 

「それ……私の飲みかけよ……」

 

 

 

 恥ずかしそうに伝えた。カワノスケはそれを聞くと、しばらく固まり、水を勢いよく噴き出した。

 

 

 

「ご、ごごごごっ!? ごめん!! 今入れ直すから!!」

 

 

 

 カワノスケは顔を赤くして水を注ぎ直す。そして手を震わせながら元あった場所にコップを置いた。しかし、置いてすぐに、

 

 

 

「あっあぁぁぁあっ!! 今、俺が飲んだコップじゃ嫌だよな。今取り替えるから!!」

 

 

 

 そう言って注ぎ直した水を一気飲みする。しかし、勢いよく飲んだせいか、咽せてしまった。

 

 

 

「ゲホケホケホッ!」

 

 

 

「相変わらず。ダメダメだなぁ。カワノスケ……」

 

 

 

 カワノスケが咽せていると、そんなカワノスケを嘲笑うように筋肉モリモリの河童が現れた。

 

 

 

「カワマルか……」

 

 

 

 カワマルと呼ばれた河童は、カワノスケの三倍近い体格をしていて、身長も二メートル近い。

 

 

 

 カワマルはカワノスケのことを見下ろすと、

 

 

 

「スイコは俺が貰う。忘れてないよな。カワノスケ」

 

 

 

 カワノスケは拳を強く握りしめると、カワマルを睨み返した。

 

 

 

「渡すもんか……」

 

 

 

 睨み返されたカワマルは大きく口を開けて笑うと、

 

 

 

「まぁせいぜい頑張れよ……」

 

 

 

 そう言ってカワノスケから離れて別の河童達の元へと行った。

 カワマルが離れると白い河童が心配そうにカワノスケに寄り添う。

 

 

 

「ごめんね……私のせいで…………」

 

 

 

「良いんだ。それに……俺が勝たないとスイコ……君が……」

 

 

 

 見つめ合う二人。そんな二人を不思議そうにリエが首を傾けた。

 

 

 

「何かあったんですか? 貰うとか、勝つとかって……」

 

 

 

 カワノスケはゆっくりと口を開く。

 

 

 

「つい先日、この周辺の河童をまとめ上げている族長が亡くなったんだ。それで次の族長を決めることになった」

 

 

 

 カワノスケが語る中。何人かの河童が川辺に丸い円を描く。そして円の外側に油を引き始める。

 

 

 

 私とリエの目線はそっちに行くが、耳を傾けてカワノスケの話を聞く。

 

 

 

「族長になれるのは最も強いオス。そして族長は族長の娘と結婚することになる」

 

 

 

 スイコが下を向く中、カワノスケは立ち上がると、河童達の用意した円の方を向く。

 

 

 

「今日が最終決戦……。そこで待っててくれ、スイコ……」

 

 

 

 カワノスケは円に向かって歩き出した。その背中はキュウリを喉に詰まらせていた間抜けな河童の背中ではない。守るもののある背中だ。

 

 

 

「カワマル!! 勝負だ!!」

 

 

 

 カワノスケが円の前に着くと、円の反対側にカワマルも立つ。

 

 

 

「今までお前が勝てたのは偶然。だから今回負けるのは必然だ。ねじ伏せてやる」

 

 

 

 カワマルは肩をコキコキ鳴らしながら円の中に入った。カワノスケもカワマルの真似をして肩を鳴らして入ろうとするが、

 

 

 

「……あっ、いったッ!!」

 

 

 

 勢い余って肩が外れてしまった。そんなカワノスケを見るに堪えないのか、スイコは手で顔を覆って見ないようにする。

 

 

 

「ちょ、ちょっと待って。肩外れたんだけど。このままやるの、ねぇ、嘘だよね、嘘って言ってくれよ!」

 

 

 

 しかし、円を囲んでいる審判の河童達はカワノスケの事態に気づいていないのか。円の外側に巻いた油に火を付けた。

 火は一気に燃え上がり、二匹の河童を囲む。

 

 

 

「待って、待てって!! 俺の肩を見ろ!!」

 

 

 

 抗議をするカワノスケ。しかし、そんなカワノスケの声は聞こえず、試合が開始される。

 カワマルはカワノスケの負傷に気付かずに張り手を仕掛けてきた。

 

 

 

 カワノスケは外れた肩を庇いながら逃げる。背を向けて逃げるカワノスケの姿を見て、観客の河童達は嘲笑う。

 

 

 

「おーい、真面目に戦えよ〜」

 

 

 

「お前の兄貴は都会で立派に戦ってるんだぞ。お前も立派に戦え〜」

 

 

 

 カワノスケはそんな観客の声を聞きながらも、背を向けて逃げ続ける。

 

 

 

 私達も逃げるカワノスケの姿を見て、さっきまでの有志のない姿に呆れる。

 しかし、スイコは手を隠すのをやめると、カワノスケの姿を見届けていた。

 そしてゆっくりと語り始める。

 

 

 

「カワノスケは強い子です。誰も気づいてないですがヒョウスベよりも立派な戦士ですよ」

 

 

 



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第26話 『河童の川登り』

霊能力者のレイちゃんは、ダメ、無能、役に立たない?

 

 

 

著者:ピラフドリア

 

 

 

第26話

『河童の川登り』

 

 

 

 

 族長は最も強いオスでなくてはならない。それが村のルールだ。

 

 

 

 これはかつて村に疫病を流行らせた妖怪を封じ込み、さらに旧結和村の怨念を抑える力を守るためだ。

 

 

 

 脈々と受け継がれてきた伝統。しかし、その伝統に反対するものがいた。

 

 

 

「俺は族長にはならねぇぞ。村を出て都会に行くんだ!!」

 

 

 

 そう言って若い河童が小屋から飛び出す。古屋の中では大人達の叫び声が聞こえるが、若い河童はそれを無視して、川に飛び込んだ。

 

 

 

 荒い水流を登り、一本だけある白樺の木。その木の日陰にいる二人の河童に若い河童は合流した。

 

 

 

「おにぃ。また族長断ってきたのか?」

 

 

 

「当たり前だろ、カワノスケ。俺は都会に出てビックになるんだ」

 

 

 

 ヒョウスベは胸を張る。そしてスイコの手を掴むと、

 

 

 

「俺がビックになったら必ず迎えに来る。だからそれまで待ってて欲しい」

 

 

 

 ヒョウスベはスイコに惚れていた。

 それを弟であるカワノスケはずっと前から知り、応援していた。自分の気持ちにも気付かずに。

 

 

 

 ヒョウスベは村の河童で一番強い。だから族長になることを望まれていた。そして族長になれば、族長の娘であるスイコとも結ばれる。

 

 

 

 だが、ヒョウスベにはできない理由があった。

 

 

 

 去年村にやってきたヒーローと悪の組織の戦い。それを見てから悪の組織に憧れを抱いていた。

 

 

 

 どこから仕入れたのか。その組織の支部が都会にあると知り、ヒョウスベは入団を決意。

 入団試験を合格して、無事に怪人入りしたのだ。

 

 

 

「それでおにぃよ。今日はどこに行くんだ?」

 

 

 

「荒久根洞窟に行く予定だ。あそこなら旧結和村の怨霊も少ないからな」

 

 

 

 ヒョウスベはスイコの手を引っ張り、立ち上がらせる。

 

 

 

「スイコ、行けるか?」

 

 

 

「たぶん、今日の体調なら」

 

 

 

 スイコは生まれつき、身体が弱い。それに加えて、視力も悪く、皮膚は紫外線に弱い。

 外を出歩く時はいつも川で拾った傘を使って太陽の光から体を守っている。

 

 

 

 最初は家からも出ることができなかったが、ヒョウスベと一緒に外に出るようになり、村の周辺だけなら散歩することができるようになっていた。

 

 

 

 少し歩くと、川の西側を崖が面している場所にたどり着き、そこには少し開けた洞窟があった。

 洞窟の中は湿っており、少しだけ水が流れている。大昔はこの洞窟を川が流れていたのかもしれない。しかし、なんらかの理由で川の経路が変わったのだろう。

 

 

 

 ヒョウスベはライターを取り出すと、近くで拾った木材を松明する。

 

 

 

「おにぃ、まだそのライター持ってたんだな」

 

 

 

「まぁ思い出のものだしな」

 

 

 

 虎の絵が描かれたライター。それはヒョウスベに取っての思い出の品だ。

 ヘビースモーカーだった。ある時禁煙を始めて、今では全く吸っていない。それでもそのライターだけはずっと持ち歩いている。

 

 

 

 洞窟に入り、奥へと進む。しばらく進んでいくと、開けたところにたどり着き、天井から光が漏れている空洞にたどり着いた。

 空洞には湖があり、その周囲には黄色いが咲いている。

 

 

 

「俺はもうすぐここを出る」

 

 

 

 ヒョウスベはカワノスケとスイコの方へ振り向くと、

 

 

 

「だから最後にここを…………」

 

 

 

 ヒョウスベが話している最中。ドスドスと足音が響く。その足音に洞窟が揺れる。

 

 

 

 ヒョウスベは急いでスイコの元に駆け寄り、守るように抱える。

 

 

 

「おにぃ、あそこだ!!」

 

 

 

 周りを見渡してカワノスケが発見した。それは壁に張り付き、洞窟の壁を縦横無尽に動き回る。

 下半身からは黒い脚が八本生えており、上半身には女性の身体が生えていた。

 

 

 

「おにぃ、あれはなんだ……おにぃの知り合いか?」

 

 

 

「違う……面接の時に支部のメンバーとは顔を合わせた……。それに怪人よりももっと禍々しいものを感じる……」

 

 

 

 蜘蛛の下半身に人間の上半身。見た目は異常だが、生物ではあるはずだ。

 だが、そこからは生気を感じない。

 

 

 

 禍々しい気配。ただ目の前にある全てを怨み、全てを飲み込みそうな姿から、ヒョウスベは危険な雰囲気を感じ取った。

 

 

 

「……何かやばいな。逃げるぞ」

 

 

 

 ヒョウスベは二人を連れて洞窟から出ようとする。しかし、蜘蛛の怪物は壁を這って洞窟の出口に立ち塞がる。

 

 

 

「早いっ!!」

 

 

 

 蜘蛛の怪物は口を動かし、奇声を上げる。しかし、その言葉は聞き取ることができない。

 

 

 

「おにぃ、どうする!?」

 

 

 

 カワノスケが焦る中。洞窟の出入り口はここだけ、ここを塞がれてしまってはどうしようもない。

 だが、ヒョウスベは脱出口を知っていた。

 

 

 

「出口ならある……。上だ!!」

 

 

 

 カワノスケとスイコは洞窟の上を見上げる。そこは吹き抜けになっており、太陽の光が入り込むほどの穴が空いている。

 確かにあそこからなら脱出できる。しかし、

 

 

 

「俺ならともかく、スイコにあの崖を登らせるのは無理だ!!」

 

 

 

 吹き抜けの天井。河童の中でも鍛えて身体能力の高いカワノスケとヒョウスベなら、あの壁を登ることはできる。しかし、身体の弱いスイコには登れる壁ではない。

 

 

 

「俺が背負って登る……。良いか、合図をしたら反対まで走って壁を登れ、そこなら登ればすぐに川がある。そうすれば、俺達に敵う奴はいない……」

 

 

 

 この蜘蛛がどれだけ早く動こうとも、河童に水中で敵うはずがない。水辺まで逃げれば、逃げ切れるはずだ。

 

 

 

 ヒョウスベは足元に転がる石ころを蜘蛛の怪物に向けて蹴りつけると、合図を出してみんなを連れて走り出す。

 石ころは蜘蛛の顔に当たると、蜘蛛は怯んで動きが鈍る。その隙にヒョウスベ達は壁を登り、急いで洞窟から脱出しようとする。

 

 

 

 怯んだ蜘蛛が正気を取り戻し、河童達を探すとすでに一匹の河童は壁を登りきり、そこに脱出していた。

 

 

 

「おにぃ、早く!!」

 

 

 

 脱出しているのはカワノスケだ。上からスイコをおんぶして壁を登るヒョウスベを応援している。

 

 

 

 後もう少し、手を伸ばせば天井に手が届くところで、真下から蜘蛛の叫び声が聞こえてきた。

 聞き取れない高い声。その声を聞くと耳を塞ぎたくなる不気味な声だ。

 

 

 

「おにぃ!!!!」

 

 

 

 蜘蛛は壁を這い上ると、ヒョウスベの脚に尖った蜘蛛の足を刺して捕まえる。

 

 

 

「ぐっ!!」

 

 

 

 蜘蛛に捕まってこのままでは二人ともやられてしまう。ヒョウスベは片手と片足で壁にしがみつくと、残った片手でスイコを持ち上げて洞窟から出れるようにする。

 

 

 

 カワノスケに引っ張ってもらい、スイコは脱出したが、ヒョウスベは蜘蛛に捕まったままだ。

 

 

 

「逃げられない……。なんで力だ……」

 

 

 

 ヒョウスベは蜘蛛から逃げようと脚を振るが、蜘蛛の力は強く。振り払うことができない。

 ヒョウスベは蜘蛛に引き摺り込まれ、ズリズリと洞窟を落ちていく。

 

 

 

「こんなところで…………」

 

 

 

 気合いで持ち応えようとするが、蜘蛛の方が力が強い。

 

 

 

 洞窟を脱出したスイコを引き上げたカワノスケは、

 

 

 

「すぐに川に沿って村まで逃げるんだ」

 

 

 

「カワノスケは……」

 

 

 

「俺は……」

 

 

 

 スイコに逃げるように指示をした後。カワノスケは洞窟に飛び込んだ。

 落下したカワノスケは蜘蛛の頭上に落下して、蜘蛛を地面まで突き落とす。

 

 

 

 それによりヒョウスベは蜘蛛から逃げることができた。だが、

 

 

 

「カワノスケ!! なんで戻ってきた!!」

 

 

 

「俺はおにぃに夢を追いかけてほしい。おにぃのためなら、俺はなんだって賭ける」

 

 

 

 カワノスケが蜘蛛を押さえつけて、動きを封じる。

 

 

 

「カワノスケ……」

 

 

 

 ヒョウスベは少し考えてから、壁を登り切る。洞窟の外ではスイコが待っていた。

 

 

 

「カワノスケは……?」

 

 

 

「すぐに助けに行く。だけど、その前に君を逃す」

 

 

 

 ヒョウスベはスイコを連れて洞窟から離れる。残ったのはカワノスケと蜘蛛。

 蜘蛛の怪物は前足の二本を動かすと、押さえつけているカワノスケのことを鷲掴みにする。

 そして壁に向けて叩きつけた。

 

 

 

 カワノスケは壁に背中から叩きつけられて、口から血を吐き出す。蜘蛛の力はは河童の何倍もあった。簡単に河童を投げ飛ばした蜘蛛は、ゆっくりとカワノスケに近づいていく。

 

 

 

 蜘蛛は口を開け閉めして、歯を当ててカタカタと音を鳴らす。威嚇か、それとも勝利宣言か。どちらにしろ、カワノスケには考える余裕もなかった。

 

 

 

 このまま蜘蛛の怪物に食われてしまうのか。その時だった。洞窟の外から笛の音が響く。

 

 

 

 どこから聞こえてくる音かは分からない。だが、近くではないのでは、なんとなくカワノスケには分かった。

 

 

 

 その笛の音を聞いてか。蜘蛛の怪物は後退り、怯えた表情になる。

 

 

 

 何が起こったのか。蜘蛛の怪物が怯む。それを見たカワノスケはダメージで脚を引きずりながらも、必死に出口に向かうため蜘蛛の横を通り過ぎる。

 

 

 

 蜘蛛を超えて、出口の目の前まで来れたカワノスケだったが、足に何か絡まり後ろに引っ張られて転んでしまう。

 

 

 

 転んだ状態のまま、何が起きたのか確認するために脚を見ると、右足に白い糸が巻き付けられて、その糸は蜘蛛のお尻に繋がっていた。

 

 

 

 蜘蛛はカワノスケを逃さないために、糸を発射して動きを止めたのだ。

 笛により苦しんでいた蜘蛛も痛みが引いてきたのか、糸を巻き上げてカワノスケを引っ張り始める。

 

 

 

 カワノスケは抵抗するが、蜘蛛の力に敵わずに地面に擦り付けられながら引きずられる。

 蜘蛛は奇声をあげ、よだれを垂らす。

 

 

 

 このまま食われるのか。それでもカワノスケには後悔はないつもりでいた。

 大好きな兄のため。そのためならば、この身を滅ぼしても、その価値があると信じていた。

 

 

 

 最後の時を覚悟した時。カワノスケの脚に絡まる糸が切断された。

 洞窟の出口から飛んできた矢。出口を見ると、そこにはヒョウスベの姿があった。

 

 

 

「応援も呼んだ!! 今助ける」

 

 

 

 ヒョウスベは弓を高く構えると、蜘蛛に向かって矢を放つ。

 蜘蛛の身体に当たった矢は弾かれるが、上半身の人間の身体にはダメージがあるようだ。

 

 

 

 ヒョウスベの呼んだ蜘蛛はすぐに包囲される。このままでは捕まると判断したのか。

 

 

 

 蜘蛛は壁を這い上り、天井にある出口から外に出ていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 スイコは当時のことをはっきりと覚えている。もしもあの場でカワノスケがヒョウスベを助けに行ってなければ、生きていたとしても怪我を負っていたはずだ。

 

 

 

 そうすれば、ヒョウスベは怪人になることも難しかっただろう。

 

 

 

 カワノスケはヒョウスベが戻ってきて、スイコと結ばれることを待っている。

 だが、スイコは違う。

 

 

 

 確かにヒョウスベも勇敢で優しい河童だ。だが、村のことを放置して怪人になる人物だ。

 カワノスケは違う。

 

 

 

 兄を応援するためでもあっただろう。

 村の掟を破った兄をたった一人で支援して、兄の代わりに仕事も行なっている。

 

 

 

 水位の変化での移住案や解決策を出し、村のために動いたカワノスケ。族長の娘としてスイコはずっとそれを見守っていた。

 

 

 

 

 

 

 

「ちょっ!? まだ肩がぁぁあっ!!」

 

 

 

 カワノスケはカワマルの張り手をしゃがんで避けた。

 カワノスケはふと上を見上げると、そこには山が見えた。

 

 

 

 夜空を隠す大きな山だ。

 

 

 

 その山を見てカワノスケは思い出す。ヒョウスベは村を出た。村を出るためには村を囲む山を越えなければならない。

 

 

 

 ヒョウスベはその山を越えて夢を追いかけた。

 

 

 

 なら、カワノスケも山を越える時だ。

 

 

 

 族長代理になり、村の掟を無くす。村の河童達を説得するのは大変だろう。

 だが、山を越えられず、掟に縛られている河童も多い。

 

 

 

 なら、カワノスケがそれを変える。

 

 

 

 カワノスケは山に向かって飛び上がる。上空に見えた山に向かって頭突きをした。

 

 

 

 山はカワマルの顎であり、頭突きをされたカワマルはふらふらと後ろに下がる。

 カワノスケはバランスの崩れたカワマルを見て、カワノスケに向かっていくとそのまま押し倒した。

 

 

 

「勝者、カワノスケ!!」

 

 

 

 勝利したのはカワノスケだった、

 

 

 

 

 

 

 族長と判断されたカワノスケ。河童達の中には不満そうな河童もいるが、殆どの河童は納得したようだ。

 

 

 

「では、私はカワノスケの元に行ってきますね」

 

 

 

 スイコは立ち上がると、私達の元から離れてカワノスケの元へと向かう。

 

 

 

「おめでとう。カワノスケ……」

 

 

 

「ねぇ、まだ俺肩外れてるんだけど……」

 

 

 

 馬鹿騒ぎしている河童達だが、カワノスケの肩には全然気づいていないようだ。

 

 

 

「じゃ、私が治すよ」

 

 

 

 スイコはカワノスケの肩を掴むと、左右に動かして肩をはめた。

 

 

 

「すごっ!?」

 

 

 

 簡単に直して見せたスイコ。痛みも全くないようで、カワノスケは驚いていた。

 

 

 

「それで族長さん。私と結婚するの?」

 

 

 

 スイコが聞くとカワノスケは顔を赤くしてそっぽを向いた。

 

 

 

「俺は村のために族長になるだけだ。お前なんて、知らん!!」

 

 

 

「そういうと思ってた」

 

 

 

 スイコはカワノスケに背を向けると、その場から離れて私達の元へと戻ってきた。

 

 

 

「あれ〜、族長さんとどうたらこうたらって言ってませんでした?」

 

 

 

 べろんべろんのリエがスイコに聞くと、スイコは

 

 

 

「今は村のため。そう言ってますが、いつかは気づかせますよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから河童達は族長の指示に従い、今後のことを話し合っていた。

 河童の歓迎も終わり、私はリエを背負い夏目さんの家に帰った。

 

 

 

 夏目さん家に到着して、私は扉を開ける。時刻は11時。幽霊のためか二階で筋トレしている夏目さんの声が聞こえる。

 

 

 

 一階のリビングに入ると、その夏目さんの騒音に悩まされた黒猫の姿があった。

 

 

 

「お、帰ってきたのか。……って臭っ!?」

 

 

 

 リエの匂いに黒猫は鼻を曲げる。

 

 

 

「そいつはミーちゃんに毒だ。上の部屋で寝かせろよ」

 

 

 

「……私もこの臭い辛いし。そうさせようかな」

 

 

 

 

 

 

 その後、夏目さん家で二泊ほどして、私達は事務所に帰る準備をしていた。

 

 

 

「もう帰っちゃうんですか?」

 

 

 

 私達が来た時は嫌がってた夏目さんだが、なんやかんやで寂しいみたいだ。

 

 

 

「また近いうちに来るよ」

 

 

 

「早めに来てくださいね。私、自炊得意じゃないので」

 

 

 

 ご飯が目的だったらしい。

 

 

 

 夏目さんの言葉を聞き、私の頭の上に乗った黒猫が文句を言う。

 

 

 

「はぁ? こいつの飯はそこまで美味くないだろ。俺が方が美味いわ」

 

 

 

 私は両手を上げると、上に乗る猫の髭を左右から引っ張る。

 

 

 

「あなたが作るとミーちゃん優先になるのよ。人間のご飯が猫の残り物ってどういうことよ!!」

 

 

 

「人間の飯なんて猫の残り物で十分なんだよ!!」

 

 

 

 

 

 

 



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第27話 『月兎』

霊能力者のレイちゃんは、ダメ、無能、役に立たない?

 

 

 

著者:ピラフドリア

 

 

 

第27話

『月兎』

 

 

 

 

 一階建ての和式の屋敷に広い庭のある赤崎邸。そこに白髪に赤と黄色のメッシュを入れた女性が訪ねてきた。

 

 

 

「ヤッホー!! 赤崎クン、いますカー?」

 

 

 

 片言の日本語で呼びかけながら玄関を叩く。すると、中から小動物が走るような素早い足音が近づいてきたと思ったら、勢いよく扉が開いた。

 

 

 

 しかし、女性の前には誰も見えない。

 

 

 

「なんのようですか!!」

 

 

 

 幼稚で純粋な声が下から聞こえる。女性が目線を下にすると、そこには黒髪の少女がいた。

 

 

 

「オー、お父さんイマスカ?」

 

 

 

「いるよー!! とーさん!! お客さーん!!!!」

 

 

 

 少女は叫びながら廊下を走っていき、奥の部屋に入った。奥から面倒くさがる男の声を急かす娘の声が聞こえた後。

 重い腰を落とした男が部屋から出てきた。

 

 

 

 黒髪に白衣を着た男性。煎餅を咥えながら出てきた男性は、女性の顔を見ると顔を青ざめて煎餅を落として廊下の反対側へ向かって走り出した。

 

 

 

 だが、時すでに遅し。男性が出てきたのが分かった女性は、靴のまま玄関を上がり、廊下を走ってもうすぐそこまで迫っていた。

 

 

 

 男性は逃げることができず、背後から抱きしめられてしまう。

 

 

 

「圭一郎、久しぶりダネェ!!」

 

 

 

「フォスター先生、やめて……ください!!」

 

 

 

 捕まってしまった男性は抵抗するが、女性の方が力が強くて抜け出せない。

 

 

 

「なーに、照れてるのヨー!!」

 

 

 

「やめてくださーーい!!」

 

 

 

 突然現れた女性に抱きつかれる父親。二人の様子を娘が部屋から顔を出して覗いていた。

 

 

 

「……とーさんが浮気してる……。かーさんに報告しないと」

 

 

 

「待って!! 違うんだ!! かーさんには言わないでー!!!!」

 

 

 

 

 

 どうにか誤解も解けて、男性は女性を客室に案内した。

 

 

 

「フォスター先生。どうして突然日本に?」

 

 

 

 エルリック・フォスター。英国の大学で二足歩行ロボットを研究している女性だ。

 とはいえ、現実的な二足歩行ではなく、SFに登場するような巨大ロボットの二足歩行だ。そのため、問題も多く研究は停滞している。

 

 

 

「千葉で講演があってネ。あ、それとも君に逢いたかったって言ってほしかった?」

 

 

 

「やめてください……」

 

 

 

「……というか、先生はやめてほしいな、そこまで歳も変わらないダロ」

 

 

 

「いえ、それでも私と岡島はあなたの指導があったからこそですから……」

 

 

 

 フォスターは話の中で出た名前に反応し、さっきまでの少しトーンより少し声を落とし、真面目な形で男性に聞いた。

 

 

 

「岡島クン、今どうしてるか分かるかい?」

 

 

 

 その質問に男性は口の中に溜まった唾液を飲み込み、呼吸を整えてから答えた。

 

 

 

「……私が聞いた話では…………亡くなった……と」

 

 

 

「そっか。メキシコのジャングルでの争いに巻き込まれたってのは本当だったのね……」

 

 

 

「…………」

 

 

 

 重い空気が流れ、しばらくの沈黙が続く。この空気に耐えかねたフォスターが話題を変えた。

 

 

 

「そういえば、私が前に教えた二足歩行のどうだった?」

 

 

 

「あれですか。確かにあれなら大型の兵器でも可能かもしれない。しかし、データ収集が難題ですね。多くの人間を1箇所に集める必要がある、それに大人じゃ良いデータが取れないですから」

 

 

 

「そうなのヨね。というか、兵じゃないわよ。ロボットよ」

 

 

 

「そういう問題じゃないですよ。というか、先生、その拘りは良いとしても、その拘りを利用されて騙されそうになるのはやめてくださいよ。私が止めなかったら犯罪者の片棒を担がされてたんですよ」

 

 

 

 フォスターは「はっはっは〜」と笑っているが、男性からしたら笑い事ではない。

 

 

 

「それにしても君が結婚ネ〜。長男のボーイはどこに行ったのカナ?」

 

 

 

「アイツなら先輩に呼び出されたとかで出かけてますよ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 幽霊のいない世界。その世界で俺は死んだ。

 

 

 

 それは記憶にない記録。宛名のない手紙に書かれていたことだ。

 

 

 

 

 揺れる電車の中。外を見ると、隣の車線を電車が入る。速度はこちらの方が少し早いようで、電車の速度は変わっていないのに、ゆっくり走っている気分だ。

 

 

 

 次々と移り変わる車内の様子。子連れの親子やサラリーマン。昼過ぎの車内はチラホラ空いている席もあるが、立っている乗客もいる。

 

 

 

 そんな中、向こうの車両にある人物の姿が見えた。黒髪短髪に身長は190近くあるだろう。

 長身の男は白いコートを腕を落とさずに、肩に羽織り、肩を壁につけて立っていた。

 

 

 

 横からの顔だった。だが、その顔に見覚えのあった俺は、男を追いかけるように車両を移動する。

 扉を開け、さらに開け、後ろの車両に向かう。

 

 

 

「先輩!?」

 

 

 

 後輩の赤崎も俺の後を追って、最後尾に着いたが、隣を走っていた車両は俺達の乗る電車と離れていった。

 

 

 

「今の電車はどこ行きだ?」

 

 

 

 俺が赤崎に聞くと、少し考えてから思い出したように答えた。

 

 

 

「確か……自由が丘とかそっちの方に……」

 

 

 

「……次の駅で降りるぞ」

 

 

 

「え!? なんでです!?」

 

 

 

 

 

 

 

 結局、電車を乗り換えて奴を追ったが、見つけることはできなかった。

 

 

 

「先週月兎を見かけたって、本当ですか?」

 

 

 

「何度も資料で見てる顔だ。忘れるかよ……」

 

 

 

 それから数日後。俺達は月兎を見かけたという情報を手に入れて、ある住宅街にやってきていた。

 

 

 

「っで、今回は誰からの情報なんですか?」

 

 

 

「情報っていうか噂だ」

 

 

 

「噂? 月兎の噂なんてする人いるんですか? 国家レベルの重要人物ですよ」

 

 

 

「いや、月兎じゃない」

 

 

 

 俺が足を止めると後ろを歩いていた赤崎は俺の背中に激突する。

 

 

 

「突然止まらないでくださいよ!」

 

 

 

 後ろで赤崎が文句を言っている。しかし、俺はそんな赤崎を気にせずに目線の先に映る人物を見つめていた。

 

 

 

「またお前達か……」

 

 

 

 それは着物を着た男の姿。腰には刀をぶら下げていた。

 

 

 

「指名手配犯が昼間から散歩してて良いのか?」

 

 

 

「意外とバレないもんさ……。それよりもここに来たってことは月兎か?」

 

 

 

「どこにいる?」

 

 

 

 俺が聞くと和服の男は首を振る。

 

 

 

「残念だが、例のブツはすでに渡してきた。もうどこにいるかは知らない」

 

 

 

「そうか、ま、今回の目的は月兎だ。警察もお前の情報を掴んでる。せいぜい頑張れ」

 

 

 

「それはどうも……」

 

 

 

 俺と赤崎は和服の男とすれ違って離れた。

 

 

 

 和服の男が見えなくなってから、赤崎は心配そうに俺に聞いてくる。

 

 

 

「良いんですか……」

 

 

 

「今は月兎だ。アイツがいるってことは月兎もいる可能性が高い」

 

 

 

 噂はあの侍のことだ。指名手配犯で顔の知られている彼の目撃が何件かあったのがこの場所だ。

 

 

 

 月兎と取り引きをしている侍が現れたということは、ここに月兎がいる可能性がある。

 警察も侍の情報を手に入れているはずだし、俺達は月兎を追うことにした。

 

 

 

「……あ、先輩!」

 

 

 

「いたか!?」

 

 

 

 後ろで赤崎が何かを発見したみたいで、俺が振り向くと赤崎が見ていたのは古びた駄菓子屋だった。

 

 

 

「なんだよ、見つけたわけじゃないのかよ……」

 

 

 

「いや〜、ちょっとやってみたかったもの見つけちゃいましてね。少しだけ、ほんの少しですから!!」

 

 

 

 赤崎が何を見つけたのかは分からないが、ここまで頼み込んでくるので、俺は渋々許可を出す。

 すると、赤崎は駄菓子屋の入り口側に置かれたゲーム機に近づいた。

 

 

 

 赤崎は小銭を入れるとゲームをやり始める。

 

 

 

「珍しいゲームなのか?」

 

 

 

「はい! もう古すぎて何と思ってましたよ!」

 

 

 

 俺は赤崎のやるゲームの画面を覗き込むが、画面を見てもゲームの内容がわからない。

 赤崎を待っている間暇なため、俺は駄菓子屋に入って時間を潰すことにする。

 

 

 

 平日の昼間。まだ子供もやってきていない時間。俺は低い扉を潜って中に入ると、中では小さな駄菓子が乱雑に置かれていた。

 見る人によっては懐かしがるであろうもの。だが、俺は興味もないため適当に店内をふらふらと見回る。

 

 

 

 店の奥にはレジの前でうとうとしているお婆さんが店番をしており、その背後にある閉まった襖の奥からはテレビの音が漏れてくる。

 

 

 

 店内を見渡すと、壁に金色の槍が飾られていることに気がついた。

 飾りにしてはよく磨かれている。

 

 

 

「ばぁさん、この槍触らせてもらって良いか?」

 

 

 

 俺はうとうとしている婆さんに聞くが、婆さんは本当に寝てしまったのか返事がない。

 

 

 

「おーい、聞こえてるか?」

 

 

 

 俺は婆さんに近づいて、目線の先で手を振ってみるが反応はない。本当に寝ているようだ。

 

 

 

「先輩、終わりましたよ〜」

 

 

 

 そんなことをしている間に、赤崎がゲームを終えて店内に入ってきた。

 

 

 

「あー、寝ちゃってますね。起こすんですか?」

 

 

 

「……いや。無理に起こしたら悪いか……」

 

 

 

 赤崎を待つ暇つぶしに少し気になっただけだ。無理に起こす必要はない。

 

 

 

「終わったなら行くぞ」

 

 

 

 俺は赤崎を連れて店を出ようとする。しかし、扉に手をかけようとした時。俺が触れるより前に勢いよく扉が開かれた。

 

 

 

「おばーちゃん!! 店開くなら私がいる時にしてって言ってるよね!! 抜けると店長に迷惑かかるんだよ!!!!」

 

 

 

 扉が開かれると、スーパーの制服を着た黒髪の女性が大声で怒鳴る。

 

 

 

 俺と赤崎は突然のことに驚いて固まる。女性も俺たちに気づいて、大きく口を開けて固まっていた。

 

 

 

「…………」

 

 

 

「……あ、お客さん……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「恥ずかしいところお見せしました……」

 

 

 

 俺達はすぐに出て行こうとしたが、女性は俺たちを呼び止めた。

 そして適当なお菓子を手に取って袋に詰める。

 

 

 

「はい。お婆ちゃん寝てて買えなかったでしょ」

 

 

 

 女性は俺達がお菓子を買いに来たと勘違いしたらしい。ここで否定するわけにもいかず、お菓子を受け取ってお金を払おうとする。

 

 

 

 だが、女性はお金を受け取らない。

 

 

 

「良いのよ。お婆ちゃんが迷惑かけたと思うし。サービスよ」

 

 

 

 結局、お菓子を貰って俺達は駄菓子屋から出ようとする。

 再び扉に手をかけようとした時。またしても扉が開いた。

 

 

 

「おーい! 来たぞー! …………あ」

 

 

 

 それは写真で何度も見た顔。黒髪に電車で会った時とはコートの色が変わっていたが、その男はずっと追ってきた人物。

 

 

 

「つ、月兎ぃぃ!?」

 

 

 

「マジか、ここにいるのかよ……」

 

 

 

 驚く俺達とは違い、月兎は気だるそうな表情だ。しかし、驚いている様子はなく、当然のことのように振る舞っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 月兎は俺達のことを知っているようで、駄菓子屋の娘に適当な挨拶をした後、俺と赤崎を連れて駄菓子屋を出た。

 

 

 

 月兎の後をついて行き、俺達がたどり着いたのは近くにある人気のない神社。

 月兎は階段に座り込む。

 

 

 

「いつかは来るとは思ってたが。今日だったか……」

 

 

 

 月兎はそう呟いて遠くの空に浮かぶ雲を見つめる。

 

 

 

 月兎が呟いた内容は、俺達が来ることについてだろう。追っていることを知られていたのか。

 しかし、逃げる様子もない。

 

 

 

 俺は月兎の正面に立つと懐から例の手紙を取り出した。

 

 

 

「この手紙について知っていることを話せ」

 

 

 

 月兎はダルそうな顔で手紙を一度手に取り、

 

 

 

「俺だって全て知ってるわけじゃないぜ。それでも良いなら教えてやる」

 

 

 

 手紙を一瞬見て確認してからすぐに返してきた。俺は月兎の問いに目線で答える。

 すると、月兎は体は動かさずに、階段の端に手を伸ばす。そして端の方で行列を作る蟻を一匹摘み上げた。

 

 

 

「どこから話すべきか……。そうだな、お前、なぜ日本に来ることになったか、自分で知っているか?」

 

 

 

 突然月兎は俺に質問してくる。

 

 

 

「……霊宮寺家俺の遠い血縁で、家庭的な問題を心配して引き取ってくれたんだ」

 

 

 

 俺が答えると真っ先に月兎は否定する。

 

 

 

「違う」

 

 

 

「違う? どこがだ、この情報は裏もとってある」

 

 

 

「確かに家庭的な事情で引き取ったが。なぜ、霊宮寺家が孤立していたホワイト家の事情を知れる…………」

 

 

 

 確かに俺を引き取ったホワイト家は、完全に外の世界と隔離していた。

 あの家での地獄をどうやって日本にいる霊宮寺家が知ることができたのか。

 

 

 

 その答えを月兎が語った。

 

 

 

「ある人物が情報を流したからだ……」

 

 

 

「ある人物……?」

 

 

 

 月兎は摘んでいた蟻を行列の中に戻す。さっきまで月兎に摘まれていた蟻だが、何事もなかったかのように行列に紛れた。

 

 

 

「その人物はウルフ部隊隊長の女傭兵。お前達の状況を知り、イーギーを頼ることでホワイト家の状況を公表し、お前達を日本に送った」

 

 

 

「その傭兵は今どこに!!」

 

 

 

 その傭兵が誰かは分からない。だが、俺たちを救ってくれたのは確かなことだ。月兎が居場所を知っているならお礼を言いたい。

 

 

 

 しかし、月兎は首を振る。

 

 

 

「それはできない」

 

 

 

「お前なら知っているのだろ! 教えろ!」

 

 

 

 俺が大声で攻めるが、月兎は静かに答えた。

 

 

 

「奴は死んだ。仲間の裏切りでな……」

 

 

 

「そうか、それは……すまなかった」

 

 

 

「……いや。あいつの意思を継ぐものはいる。それだけで十分だ」

 

 

 

 月兎は立ち上がると階段を登り始めた。俺と赤崎はその後ろをついて歩く。

 

 

 

「あの手紙にあった別世界。その世界は俺の記憶にもない。おそらくは世界そのものが書き換わったからだ。だが、たった一人、その情報を持つ人物がいた」

 

 

 

「誰だそれは?」

 

 

 

「魔女と呼ばれる女だ……。女傭兵ともいつ仲良くなったのか、そこから傭兵も情報を手に入れたんだろう」

 

 

 

 階段を登りきった月兎は鳥居の前で振り返り、俺たちの顔を見る。

 

 

 

「魔女から俺が貰った情報は、幽霊のいない世界の存在と、その原因となったある機械についてだ。そして今、俺はその機械の破片を回収している」

 

 

 

 神社の奥から右髪が白く、左髪が黒い短髪の女性が姿を現した。

 

 

 

「月兎、そいつはがお前が言っていた助っ人か?」

 

 

 

 女性はキリッとした目線で俺達のことを睨む。

 

 

 

「月兎、あの女は何者……」

 

 

 

 俺が聞こうとすると、その前に月兎が説明を始めた。

 

 

 

「彼女のコードネームはジュピター。魔女と仲の良かった傭兵の娘だ。カルロス、そして圭司。もし、世界の真実を知りたいのなら、キセキを集めろ、それこそが世界の真実に繋がる答えになる」

 

 

 

 

 

 

 



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第28話 『夢を喰らう』

霊能力者のレイちゃんは、ダメ、無能、役に立たない?

 

 

 

著者:ピラフドリア

 

 

 

第28話

『夢を喰らう』

 

 

 

 

 

「リエちゃん。言ってたもの買ってきましたよ」

 

 

 

「ありがとうございます。楓さん」

 

 

 

 部活終わりに事務所にやってきた楓ちゃんは、コンビニに寄ってリエが頼んでいたものを買ってきてくれた。

 

 

 

「ん、なんだそれ?」

 

 

 

 全身びしょ濡れの黒猫が風呂場から出てくる。私は黒猫をタオルで拭こうと、追いかけるが黒猫は事務所の中を駆け回りなかなか捕まえられない。

 

 

 

「ちょっと、タカヒロさん。事務所が濡れるからやめてー!」

 

 

 

「俺の意思じゃない。ミーちゃんだ。この後ドライヤーで乾かされるの分かってんだろ……」

 

 

 

「じゃあ、タカヒロさんが説得してよ!」

 

 

 

「無理だ。こうなったらミーちゃんは全力で逃げるぞ。頑張って捕まえろ」

 

 

 

 私と黒猫が鬼ごっこをする中。リエと楓ちゃんは買ってきた漫画雑誌のページを巡っていた。

 

 

 

「あ、ここですね。新人賞の結果発表……」

 

 

 

 あるページを二人で隅々まで見つめる。

 

 

 

「……あり、ませんか……」

 

 

 

 リエはソファーの背もたれに倒れかかった。楓ちゃんは本を手にしてもう一度確認するが、目当てものもは見つからない。

 

 

 

「やっぱりないですね……」

 

 

 

 楓ちゃんは本をテーブルの上に置き、ソファーに座り込んだ。

 

 

 

「楓さん、手伝ってもらったのに申し訳ないです……」

 

 

 

「良いよ良いよ、僕はリエちゃんの原稿をポストに入れてきたくらいだし。次は原稿描くのも手伝うよ!」

 

 

 

 二人が会話をしていると、私にタオルで巻かれて抱っこされている黒猫が二人に尋ねる。

 

 

 

「っんで、なんなんだよ、それは?」

 

 

 

 楓ちゃんは洗面所からドライヤーを持ってくると、電源をコンセントに差しながら答えた。

 

 

 

「師匠、リエちゃんが漫画を頑張って描いてたの知ってますよね! この前、新人賞に応募してきたんですよ」

 

 

 

「あー、そういえば描いてたな。結果はどうだったんだ?」

 

 

 

 落ち込んでいたリエだが、気持ちを切り替えて黒猫の質問に答える。

 

 

 

「今回はダメでした。でも、次回は!!」

 

 

 

 意気込みを語るリエ。そんなリエの言葉を聞き、黒猫は嬉しそうにする。

 

 

 

「その調子だ。何かあったら俺も頼れよ。猫の手を貸す程度だが、俺も手伝ってやる」

 

 

 

 っと黒猫は言いながらドライヤーから全力で逃げていく。

 

 

 

「タカヒロさん!! なら今、ミーちゃんを大人しくするのを手伝ってくださーーーい!!!!」

 

 

 

 私は腕を引っ掻かれて痛いが、それでも黒猫を追いかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇ、サトシ……」

 

 

 

「なに? アケミ……」

 

 

 

 ベッドで寝ている女性が床で寝ている男に話しかける。

 

 

 

「私、寝るの怖いな……」

 

 

 

「どうして?」

 

 

 

「最近、こんな噂があるの……。この街に人に悪夢を見せて、その夢を食べる妖怪がいるって」

 

 

 

「噂だろ……。そんな妖怪いるわけないよ」

 

 

 

「でも……」

 

 

 

「なら、安心しろ。そんな妖怪が襲ってきても俺が撃退してやるからよ」

 

 

 

 

「サトシ……」

 

 

 

「アケミ……」

 

 

 

 

 

 夢を見る男女。その家の屋根の上に鼻の長いゾウのような動物が寝っ転がっていた。

 

 

 

「けっぷ。美味しかったなぁ。特に男の方は『元カノと一緒にいるところを彼女に見つかる』という、ハラハラのスパイシーな悪夢だったなぁ」

 

 

 

 食事を終えた妖怪は立ち上がると、月光が照らされる街を見渡す。

 

 

 

「さて、次はどこに行こうか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 朝食を食べ終えて私が新聞を開くと、大見出しに赤いマントを羽織る怪盗の写真がデカデカと乗せられていた。

 

 

 

「怪盗オリガミ、アグサニエベス美術館に現る。流石オリガミ様〜!! どんな美術館にも侵入するのね!」

 

 

 

 私が新聞の写真に見惚れていると、うとうとした状態のリエが洗面所から戻ってくる。

 

 

 

「リエ〜、朝ごはんはラップして台所にあるから。勝手にとって食べてねー」

 

 

 

 いつもは私よりも先に起きて黒猫と将棋をしているリエだが、今日は珍しく起きるのが遅かった。

 というか、今日に関してはタカヒロさんもまだ寝ている。

 

 

 

 今日は眠たい日なのだろうか?

 

 

 

 しかし、洗面所から戻ってきたリエの様子がおかしい。まだ夢の中なのか足元がおぼつかず、私のいるソファーに倒れ込んできた。

 

 

 

「ちょっと、リエ重たい……」

 

 

 

「ぅっううっ…………」

 

 

 

 寝ているリエだが、その表情は苦しそうだ。

 

 

 

「リエ、リエ……」

 

 

 

 嫌な予感がした私はリエを揺すって起こそうとする。しかし、リエは全く起きる気配はなく、呼吸も荒くなり辛そうだ。

 

 

 

「タカヒロさん! タカヒロさん起きて!! リエがなんか変なの!!」

 

 

 

 私は窓際で寝ている黒猫に叫ぶ。すると、黒猫はのっそりと起きた。

 

 

 

「あぁ〜、なんか嫌な夢見た気がする……。っと、呼んだか?」

 

 

 

 黒猫は窓から降りて私達のいるソファーのところまでやってきた。

 

 

 

「リエが起きないのよ。それになんだか苦しそうだし……」

 

 

 

「んー? どれどれ」

 

 

 

 黒猫はテーブルにジャンプして乗ると、テーブルを経由してソファーの上に飛び乗った。

 そしてソファーで寝ているリエの頬っぺたに肉球を当てた。

 

 

 

「確かに辛そうだな。熱はないのか?」

 

 

 

「幽霊らしく低温よ……でも…………」

 

 

 

「そうだか。これは只事じゃないな」

 

 

 

 黒猫はその場で何か対策がないか考える。

 

 

 

「お前の兄貴はどこにいるんだ? 霊に詳しいんだろ、何か知ってるんじゃないか?」

 

 

 

「分からない。お兄様、電話番号もすぐ変えちゃうし、どこにいるかも知らないの……」

 

 

 

「そうか、…………じゃあ、お前はそこで待ってろ、俺がそこら見てくる」

 

 

 

 黒猫はそう言ってソファーから降りて玄関の方へと向かう。

 

 

 

「待ってタカヒロさん、そこら見てくるって?」

 

 

 

 私は黒猫を止めようとしたが、黒猫は止まらない。

 

 

 

「幽霊が幽霊に取り憑かれるってのは聞いたことないが、可能性はゼロじゃない。病気じゃなければ、呪いかまたは取り憑かれている場合がある」

 

 

 

 黒猫はジャンプして玄関の鍵と扉を開けた。

 

 

 

「呪いだと対策は難しいが、取り憑いてるなら射程距離内を探せば、幽霊を見つけられるかもしれない。やれることはやるべきだ」

 

 

 

 黒猫はそう言って事務所から出て行った。

 

 

 

 普段は私たちと一緒じゃなければ事務所から出ることがないタカヒロさん。それは今の姿で外で発見されれば、大騒ぎになるからだ。

 ミーちゃんを守るためにも、タカヒロさんは事務所から出ることは避けていたが、今回は初めて一人で出て行った。

 

 

 

 黒猫の秘密も外の人に見つかれば捕まる可能性もある。そのリスクを犯してでもリエを助けることができるかもしれないならと、行動をしてくれているのだ。

 

 

 

 私もリエをソファーに寝かしつけて、何かできることがないかと行動してみる。

 

 

 

 とりあえずリエは寝ながら汗をかいているため、洗面所からタオルを持ってきてリエの汗を拭いた。

 

 

 

 今できるのはこれくらい。タカヒロさんも幽霊に取り憑かれている可能性に賭けて、外に捜索に行った。

 後はタカヒロさんの予想が当たり、幽霊を見つけられれば良いのだが。

 

 

 

 私がリエの側に付き添い、ソワソワしていると、玄関の扉が開いて黒猫が帰ってきた。

 

 

 

「タカヒロさん! 幽霊は!!」

 

 

 

 私が玄関の方を見ると、そこには黒猫に引っ張られて連れ込まれたゾウのような動物がいた。

 

 

 

「妖怪なのか怪人なのか知らないが、怪しい奴を見つけたぞ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 黒猫に連れ込まれた生き物は、椅子に縛り付けられて私達に拷問をされていた。

 

 

 

「さぁ、リエが眠りから目覚めないのと関係があるか、吐いてもらおうか……」

 

 

 

 私は猫じゃらしを持ってその生き物に近づく。くすぐって吐かせようとしたのだが、その前に

 

 

 

「はいそうです!! 僕がやりましたァァァ!! ごめんなさーーーい!!」

 

 

 

 めっちゃ早口で謝ってきた。私は猫じゃらしをテーブルに置き、捕まえた犯人に事情を聞く。

 

 

 

「あなたは何者なの?」

 

 

 

「僕は獏(バク)と言い、夢を試食とする世間では妖怪と言われる存在です。私は悪夢を食べて、その人間を悪夢から解き放つという力を持っているのです」

 

 

 

 バクと名乗った妖怪だが、その説明に私は疑問を持った。

 

 

 

「なんでリエは起きないの? これ絶対良くない夢見てるよ」

 

 

 

 リエの状況は悪化している。

 

 

 

 バクは悪夢を食べると言っていたが、リエは悪夢を見ている様子だ。

 

 

 

「それが……変なんです。僕が夢を食べれば、悪い夢から良い夢に変わるはずなのに……。最近は悪夢のままで、そのまま目覚めない人が多いんです……」

 

 

 

 黒猫はテーブルに広げてある新聞を見て頷く。

 

 

 

「確かにそういう事件が起きてるみたいだな……。似た事件をナイトメアって呼んでるらしい」

 

 

 

 私も新聞を覗くと、そこには『遂に眠りから覚めぬ人20名を超える。ナイトメア事件』とニュースになっていた。

 

 

 

「あなたが原因なんでしょ、なんとかしなさいよ!」

 

 

 

 私は椅子を揺らしてバクに急かす。しかし、バクは慌てているが何もできないようで、

 

 

 

「無理です。なぜか僕の力が変えられちゃってるんです。今の僕にはどうしようもないです」

 

 

 

 私はバクを揺らし続けるが、

 

 

 

「止めろ、レイ……」

 

 

 

 黒猫が真剣な声で私を止めた。そして

 

 

 

「バクと言ったか……。お前、力が変えられたってどういうことだ? 何かあったのか」

 

 

 

「……それは」

 

 

 

 戸惑うバク。しかし、表情から何かあったのは確かだ。

 

 

 

「早く言いなさいよ!」

 

 

 

 私はまた揺らし始める。しかし、すぐに黒猫が私を止める。

 

 

 

「やめろ、無理に言わせるな。何か事情があるんだろ、言えない理由が……」

 

 

 

 タカヒロさんの言葉にバクは頷く。

 

 

 

「分かった。なら答えなくて良い」

 

 

 

「タカヒロさん!?」

 

 

 

 どうしてパクにそう言うのか。戸惑う私。しかし、そんな私には何も言わずに黒猫はパクを睨んだ。

 

 

 

「答える必要はない。だが、リエを助ける方法を教えろ」

 

 

 

 黒猫の声はいつに増して真剣だった。

 

 

 

「お前は夢に干渉できる妖怪なんだろ。何か策を知ってるんじゃないか……」

 

 

 

 最初は答えようとになかったパクだが、黒猫の圧に負けて口を開く。

 

 

 

「あります。でも、安全とは言い難い、危険な方法です」

 

 

 

「どんな方法だ?」

 

 

 

「他者が夢に入り夢の核を壊す。そうすることで夢から解放することができます。でも、寝ている人間だけでなく、夢の中に入る人間も最悪…………とにかく危険なんです!!」

 

 

 

 バクは黒猫に問い詰められて答えてしまったが、この方法には乗る気でないようだ。

 だが、黒猫は

 

 

 

「そうか、なら俺が行こう」

 

 

 

「タカヒロさん!?」

 

 

 

「なんだレイ、文句でもあるのか?」

 

 

 

「ありまくりよ! こんな得体も知れない妖怪の言葉を信じるの? リエをこんな状態にしたのはこいつなのよ!!」

 

 

 

「そうだな……」

 

 

 

 黒猫はテーブルから私の肩に飛び乗ると、肩を伝って頭の上に乗った。

 

 

 

「俺は臆病でビビリで人も嫌いだ。だが、一つだけ決めてることがある。それは信じることだ、それが人間じゃなくてもな……」

 

 

 

「信じるって、……どうして!?」

 

 

 

「そうだなぁ、それが俺に最後に残った信念みたいなものだ。それに立ち止まってちゃ、リエはこのままだぞ、やれることはやらねぇとな」

 

 

 

「タカヒロ……さん」

 

 

 

 黒猫は頭の上から私のおでこに猫パンチする。

 

 

 

「いたっ!?」

 

 

 

「任せとけって。ミーちゃんには残ってもらうから安心しろ。夢に行くのは俺の精神だけだ」

 

 

 

 黒猫は私の頭から降りてテーブルに着地した。

 

 

 

「立ち止まってちゃ救えるものも救えないぜ。……そういうことだ、今すぐやれるか? バク」

 

 

 

 黒猫の顔を見てバクも覚悟を決めたのか。

 

 

 

「分かりました。僕も覚悟を決めましょう。あなたを夢の世界に送れば良いんですね……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第29話 『悪夢と核』

霊能力者のレイちゃんは、ダメ、無能、役に立たない?

 

 

 

著者:ピラフドリア

 

 

 

第29話

『悪夢と核』

 

 

 

「分かりました。僕も覚悟を決めましょう。あなたを夢の世界に送れば良いんですね……」

 

 

 

 黒猫の決意にバクも覚悟を決める。そんな二人に私は咄嗟に、

 

 

 

「待って!!」

 

 

 

「レイ……まだ止める気なのか?」

 

 

 

「いや、そのつもりはない……だけど。あなただけじゃ心配なのよ。私も行く」

 

 

 

 私はそんなことを言っていた。

 

 

 

 確かにタカヒロさんだけじゃ心配という気持ちもあった。でも、本心はそれだけじゃない。

 しかし、これ以上のことは口には出なかった。

 

 

 

 それでも黒猫は察したのか。視線を逸らした。

 

 

 

「心配してるんじゃねーよ……。任せろって言ったろ。……だが、めんどくせーが、寂しいなら連れてってやるよ」

 

 

 

 タカヒロさんも本音と本音じゃない部分が混ざる。

 

 

 

「バク、そういうことよ。私達を夢の中に……」

 

 

 

「はい。夢の世界に入ったら核を見つけ出して破壊してください。くれぐれも注意してくださいね、夢の中での出来事は現実にも反映されます」

 

 

 

 

 

 

 

 

 視界が暗闇に包まれる。音も光と何もかもがない空間、そこをただひたすらに進む。

 

 

 

 すると突如、青い炎の壁が現れる。しかし、自分の意思では歩みを止めることができず、炎の壁にぶつかる。

 

 

 

 だが、炎の壁にぶつかりそうになるが、炎の壁が私達を避けるように逸れる。

 何が起こったのか、理解する前に…………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はっ!? ここは…………」

 

 

 

 目覚めると私は古びた屋敷のベッドで寝ていた。

 

 

 

 記憶ではバクの夢の中に行く方法をやるために、ベッドで寝たはず。

 

 

 

「あ、そうだ。タカヒロさんは……」

 

 

 

 私は一緒に夢の中に入ったはずのタカヒロさんを探す。

 

 

 

 ここは屋敷の寝室のようで見渡すが、黒猫の姿は見当たらない。

 どこか別の場所にいるのか。私はベッドから出ようとすると、ベッドの中に私だけではなくもう一人人間がいることに気づいた。

 

 

 

「…………」

 

 

 

 身長は私よりも低い。しかし、布団の膨らみからして横にデカい。

 

 

 

 私はそっと掛け布団を持ち上げる。

 

 

 

 布団の中で猫のように丸くなって寝ている。その存在は丸々と太った身体にパツパツの服を着た男性だった。

 

 

 

「……………………っ!?」

 

 

 

 私は思わず男性を蹴り落として、ベッドから叩き落とした。

 地面に顔面を激突させた男性は飛び起きて私を怒鳴りつける。

 

 

 

「痛いなおい! 何するだよ! レイ……………って、あれ、この姿は…………」

 

 

 

 聞き覚えのある声。この声はまさか……。

 

 

 

「タカヒロさん!?」

 

 

 

「俺、人間の姿に戻ってる……。そうか、夢の中だからか」

 

 

 

 

 

 

 

 人間の姿になったタカヒロさんと、私は屋敷の中を探索していた。

 

 

 

「それにしても人の身体は久しぶりだな。走ってみるか?」

 

 

 

「その身体で暴れると目立つからやめなさい。ってか、あんた、そんなに太ってたのね……」

 

 

 

「なんでだろうな……。基本もやし生活で金は全部ミーちゃんに使ってたんだけどな。痩せなかったな」

 

 

 

「そういう生活してるから病気になるのよ……っと、それにしても……」

 

 

 

 私はタカヒロさんと一緒に屋敷を周って分かったことがある。

 

 

 

「ここ、リエと出会った屋敷ね。少し変わってるけど、ほとんど同じ」

 

 

 

 ここはリエと出会った漫画家が住んでいた屋敷だ。漫画家が引っ越してから、建物の老化が進み、隙間風が入ってくるのもあの建物と同じだ。

 

 

 

 だが、違う点もある。それは屋敷の広さだ。

 

 

 

 現実にあった屋敷の三倍以上の広さがある。それに夢の中だからか、玄関もないし、窓も開かない。完全にここに閉じ込められている。

 

 

 

「バクは核を探せって言ってたよね。どんな見た目って言ってたっけ?」

 

 

 

 私は隣で人間の身体を堪能しているタカヒロさんに聞く。

 

 

 

「ん、確か、青い光を放つ半透明の球体って言ってたな……」

 

 

 

 私達は屋敷を進み、夢の核を探す。しばらく進んでいると、廊下の奥から悪臭が流れてくる。

 

 

 

「なんなの……この匂いは……」

 

 

 

「鉄……みたいな匂いだが。奥から匂ってくるか」

 

 

 

 鼻をつまみたくなるような匂い。その匂いの正体を知るために私達は屋敷を進む。

 すると、廊下の先から何かを砕くような音が聞こえてきた。

 

 

 

 硬い何かをさらに硬い何かが潰して砕くような音。

 その音を聞いたタカヒロさんは私の服を引っ張って先に進むのを止めた。

 

 

 

「ちょ、私の服!?」

 

 

 

「……待て、何かいるぞ」

 

 

 

 薄暗くてよく見えない。しかし、暗闇の奥に何かが蠢いていた。

 

 

 

 身体の殆どが口であり、歯茎が剥き出しになっている。口の横から生えた手で肉片を持ち、ムシャリムシャリと何かを食べていた。

 

 

 

「良いかレイ。ここは逃げるぞ」

 

 

 

「……言われなくてもそうするよ」

 

 

 

 私とタカヒロさんは気付かれないように足音を立てず、方向転換して怪物から距離を取る。

 

 

 

 あの怪物が何を食べていたのかはよく見えなかったが、匂いの正体はそれだろう。

 

 

 

 そーっと、そ〜〜っと、怪物から一歩ずつ離れていく。しかし、

 

 

 

 

「ギィガィゥアガァァァァァァ!!!!」

 

 

 

 突然怪物は奇妙な叫び声を上げる。そして立ち上がると、私達に気づいたのかこちらに身体を向けてきた。

 

 

 

「やばいやばいやばいやばい!!!!」

 

 

 

「レイ、逃げるぞ!」

 

 

 

 ビビって動けない私をタカヒロさんが引っ張って逃げる。

 

 

 

「はぁはぁはぁ、追ってくる!!」

 

 

 

「振り返るな、とにかく走れ!!」

 

 

 

 私達は追ってくる怪物から逃げる。足が速いわけではないが、怪物はしつこく追ってくる。

 

 

 

「そこの部屋に飛び込め!」

 

 

 

「えっ!? 今なんて?」

 

 

 

 走る中、タカヒロさんが何かを叫ぶ。私はそれを聞き取れなかったが、タカヒロさんは私を引っ張り、廊下の途中にあった部屋に飛び込んだ。

 

 

 

 部屋に入るとタカヒロさんは、素早く扉を閉めて近くにあった椅子で扉を固める。

 だが、怪物は私達が廊下の先に行ったと勘違いしたのか、部屋の前を通り過ぎてどこかへ消えた。

 

 

 

「……どっかに行ったみたいだな」

 

 

 

「なんだったのよ、今の怪物は……」

 

 

 

「俺が知るか。とにかくヤバいのは確かだ。次は出会さないようにしよう」

 

 

 

 怪物からは無事に逃げられた。しかし、次に入った部屋は部屋というには大きすぎる。

 

 

 

「……なんで、こんなところに」

 

 

 

 さっきまで走っていた廊下の大きさから考えて不可能だ。

 だが、目の前に浮かぶ光景は……

 

 

 

「プールがあるのよ」

 

 

 

 そこにはプールがあった。室内プールではなく、屋敷の壁に囲まれておるが、天井はなく夜空が見える。

 

 

 

「夢の中だからな。こういう変わった空間があっても不思議じゃないだろ」

 

 

 

「なんであんたはそんな冷静なのよ!?」

 

 

 

「お前が俺のリアクション取ってるんだよ。ま、お前もいるし、俺がしっかりしないとな……」

 

 

 

 来た扉の廊下はまだ怪物がいるかもしれない。私達はプールサイドを進み、プールの反対側にある扉を目指す。

 

 

 

「しっかし、ここ見覚えがあるのよね」

 

 

 

「お前もそうか……俺もだ」

 

 

 

 このプールには見覚えがある。そこまで前のことではない、最近のことだ。

 しかし、いつのことだったか……。

 

 

 

 私達がプールサイドを進み、ちょうど半分のところに到達すると、プール方から女性の笑い声が聞こえてきた。

 

 

 

「ふふふ……ふふふふふふ…………」

 

 

 

 そしてプールの水面に女性の顔が映り込む。

 

 

 

「これってあの時の……」

 

 

 

 その顔を見て私はやっと思い出した。このプールは楓ちゃんの学校のプールだ。

 そして思い出したのは、私だけではなくタカヒロさんも同様だったようだ。

 

 

 

「レイ、お前も思い出したか……」

 

 

 

「ええ、ここは高校プール……そしてあの水面に浮かぶ顔は……」

 

 

 

「悪霊だな……」

 

 

 

 水面に浮かぶ顔がニヤリと笑うと、あの時と同じようにプールの水が渦を巻き、水柱を作り上げる。

 水柱は触手のように動くと、私たちに向かって襲いかかってきた。

 

 

 

「逃げるぞ!!」

 

 

 

 タカヒロさんに引っ張られてプールサイドを進む。

 水が追ってくるがどうにか回避して、私達はプールの端にたどり着いた。

 

 

 

 扉を開けようとするが、鍵が閉まっているのかドアノブを捻っても開かない。

 

 

 

「退いてろ!」

 

 

 

 タカヒロさんは私を退けると、扉にタックルをして扉を破壊。プールのある部屋から脱出することができた。

 

 

 

 プールの部屋から出ると悪霊はその部屋から出られないのか追ってくることはない。

 

 

 

「なんで消えたはずの悪霊が……。どうやって復活したの……」

 

 

 

「夢の中だからな。復活したわけではない。きっとこれがリエが見てる悪夢なんだ……」

 

 

 

「リエはこんな怖い悪夢の中に閉じ込められてるの……」

 

 

 

 ここまで口のでかい怪物やプールの悪霊に出会った。他にもまだ何かいるかもしれない。

 そう思うとリエが心配になる。

 

 

 

 早く核を見つけてリエを助け出さなくては……。

 

 

 

 屋敷の中を進んでいき、次に入った部屋は刑務所の面会室のように、部屋の中央をガラスで遮った部屋。

 ガラスの向こうに繋がる扉はなく、遠回りしないと反対側には行けなそうだ。

 

 

 

 だが、そんな部屋のガラスの向こう。そこに……。

 

 

 

「リエ!?」

 

 

 

 リエがいた。その姿は初めて会った時の大人の容姿であり、ガラスの前に座りずっと下を向いている。

 

 

 

「リエ!! リエ!!!!」

 

 

 

 私が呼びかけても返事がない。返事がない様子を見てタカヒロさんは疑うように言う。

 

 

 

「本当にこいつがリエなのか?」

 

 

 

「そっかタカヒロさんは小さい姿しか知らないからね。でも、これが本当のリエの姿なのよ」

 

 

 

 私はガラスを叩いて呼びかけるが、それでも全く反応がない。

 私は手を握りしめてそれでガラスを思いっきり叩こうとしたが、タカヒロさんに腕を掴まれて止められた。

 

 

 

「やめておけ……」

 

 

 

「なんで、目の前に……」

 

 

 

「こいつは夢の中のあいつだ。こいつをどうこうしたって、助けられるわけじゃない…………それにグーでガラスを殴ると痛いぞ」

 

 

 

 タカヒロさんは私をガラスから遠ざけて、笑顔を作る。

 少しでも雰囲気を変えようとしてくれたのだろう、だが、タカヒロさんが無理しているのも、彼の表情を見た私でも分かった。

 

 

 

「……そうね、核を探さないと」

 

 

 

 私はタカヒロさんに連れられてこの部屋から出る。タカヒロさんが廊下に何もいないことを確認して、安全なのを分かってから一緒に外に出た。

 

 

 

 扉を閉める時、リエの顔を見ると、その顔は怯えた顔だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 廊下を出て屋敷を再び探索し始める。一つ一つ部屋を丁寧を探索していくと、ピアノの置かれた音楽室にたどり着いた。

 

 

 

「特定の音を弾いたら扉が開くとかないかしら?」

 

 

 

 私はピアノの周りに脱出ゲームみたいなヒントがないか探してみる。

 タカヒロさんはゲームの話が分からないようで、残念な人をみる目で私を見る。

 

 

 

「ゲームだとこういうことがあるのよ!」

 

 

 

「ゲームね……。こういうのもゲームだとよくあるのか?」

 

 

 

 タカヒロさんは扉の上に引っ掛けられていたハンドガンを発見した。

 ジャンプしてタカヒロさんは取ろうとするが、身長が足りずに届かない。代わりに私がジャンプしてハンドガンを落として手に入れた。

 

 

 

「本当にゲームみたいね」

 

 

 

「レイ、お前撃てるか?」

 

 

 

 タカヒロさんはハンドガンを拾うと、私に聞いてくる。

 

 

 

「ゲームなんかなら撃ったことあるけど……」

 

 

 

「そうか。なら渡しておく」

 

 

 

「え!?」

 

 

 

 突然渡されてビビる私。渡される時に銃口がタカヒロさんの方に向いており、私はうっかり撃ってしまわないか、ビビりながらもハンドガンを受け取った。

 

 

 

「俺は映画とかでしか見たことなしいな」

 

 

 

「私も同じレベルよ!!」

 

 

 

「それに持っていれば身を守れるかもしれん。それで自分を守れ」

 

 

 

「タカヒロさんは?」

 

 

 

「俺は…………。どうにかする」

 

 

 

 不器用なタカヒロさんなりに、私を守ろうとしてくれているのだろう。

 普段は頭の上に乗って文句ばかり言っている男の背中を追って屋敷の探索を再開する。

 

 

 

 次にたどり着いたのは食堂だ。奥には大きな厨房が設備されている。

 

 

 

「ここは確か……」

 

 

 

 私はリエと会った時を思い出す。リエが取り憑けるものを探して屋敷中を探し回り、最終的にたどり着いたのがここだ。

 

 

 

「他の部屋に比べてやけにここは綺麗だな……」

 

 

 

 食堂の様子を見たタカヒロさんは不思議そうに見渡す。言われてみればそうだ。

 

 

 

 他の部屋は煤や埃で壁や床が汚れていた。しかし、この部屋だけは床も壁と綺麗に磨かれている。

 

 

 

「なんでこの部屋だけ綺麗なのかしら?」

 

 

 

「何かあるのかもしれないな」

 

 

 

 私とタカヒロさんは食堂に入り、核がないか探す。しかし、核はこの部屋にはなかった。

 だが、その代わりに。

 

 

 

「おい、レイ! 地下室に通じる通路があったぞ」

 

 

 

 厨房の奥にタカヒロさんが通路を発見した。

 

 

 

「本物の屋敷ではこんな通路なかったのに……」

 

 

 

「この先に行ってみるか」

 

 

 

 私達が通路に入ろうとすると、食堂の入り口の扉が勢いよく破壊された。

 

 

 

「グギュィァァァッアハァァッ!!!!」

 

 

 

 扉を破壊して入ってきたのは、口だけの怪物、怪物は口を開け閉めしながら私達を探している。

 

 

 

「またあいつか……。構うことはない、先に行くぞ」

 

 

 

 タカヒロさんは先に通路に行くように促す。通路は私達がしゃがんでやっと通れるような大きさ、怪物は追ってきても、この通路に入り込むことはできない。

 

 

 

 しかし、私は立ち止まる。

 

 

 

「タカヒロさんは先に行って……」

 

 

 

「レイ? 何する気だ……」

 

 

 

 私は食堂を彷徨く怪物に銃口を向ける。

 

 

 

「さっき、リエが怯えていたの。もしかしたらコイツが原因かも……」

 

 

 

「だからってそいつに銃が効くかは分からないだろ!」

 

 

 

 厨房と食堂に壁があり、今は見えない位置だ。だから怪物にも見つかっていない。

 しかし、今音を立てれば、見つかって襲ってくるだろう。

 

 

 

「今は逃げるのが一番だ」

 

 

 

 後ろでタカヒロさんが説得しようとしてくる。私は震える両手でハンドガンを握りしめて、怪物の方へすり足で進む。

 後ろで私の様子を見ていたタカヒロさんは溜め息を吐くと、

 

 

 

「…………分かった。レイ」

 

 

 

 タカヒロさんは私の後ろをついてきて、後ろからハンドガンを取り上げた。

 

 

 

「タカヒロさん!?」

 

 

 

「やめろってわけじゃない。…………俺がやる」

 

 

 

 タカヒロさんは私を後ろに引っ張って下がらせると、震える身体で前に出た。

 

 

 

「お前はあの怪物を倒せば、リエが怖くないって思ったんだろ。なら、やれることはやるべきだな……」

 

 

 

「でもあんた、震えて……」

 

 

 

 タカヒロさんは頬のお肉に波が見えるほどの振動で震えている。それに汗もびっしょにで脇からはえげつない匂いが漂ってくる。

 

 

 

「お前も震えてた……。…………良いか、一発撃つ……それで効かなかったら、すぐに穴に逃げ込むぞ」

 

 

 

 当たるかも分からない一発。だが、その時は外れるなんてことを考えていなかった。外れる可能性もあるし、弾が入っていないかもしれない。

 

 

 

 ただそんなことすら考えることなく、怪物を倒せるか、倒せないかだけを考え、その一発に私は大きな期待を乗せる。

 

 

 

 タカヒロさんは厨房から食堂の方へ顔を出す。すると、タカヒロさんに気づいた怪物が身体を左右に揺らしながら、こちらに向かって突進してきた。

 

 

 

「撃つぞおぉぉぉおおおっ!!」

 

 

 

 震える身体に無理矢理いうことを聞かせるために大声を出す。

 男が引き金を引くと、撃った反動で腕ごと銃は大きくのけ反り、男の顔面に直撃した。

 

 

 

 驚いたタカヒロさんは自ら後ろに跳ねて厨房の壁に激突した。

 壁に掛けてあった食器がぶつかった衝撃で落ちる。皿の割れる音が鳴り響く中、私は厨房を覗いた。

 

 

 

「どうだ……やれたか?」

 

 

 

 鼻を赤くして震えた声のタカヒロさんが私に聞いてくる。

 私は食堂の怪物の様子を的確に伝えた。

 

 

 

「倒せた……みたい」

 

 

 

 銃で撃たれた怪物は霧状になって消滅した。その場に肉片でも残ると思っていたが、跡形もなく消滅している。

 

 

 タカヒロさんはゆっくりと立ち上がる。しかし、鼻からは鼻水を垂らし、目も潤っている。

 

 

 

「やれたなら良かった。こいつが使えるってことが分かったからな」

 

 

 

 強がって入るが、声は鼻声だし震えてる。よっぽど怖かったんだ。

 私はポケットからハンカチを取り出してタカヒロさんの目を拭こうとする。

 

 

 

「やめろ、自分でやる」

 

 

 

 しかし、嫌がってハンカチを奪い取った。

 

 

 

「鼻はかまないでよ」

 

 

 

「分かってるよ」

 

 

 

 怪物退治も終わり、落ち着いた私達は厨房の通路に入り込む。

 

 

 

 狭い道をどうにか進んでいき、しばらく進むと広い場所に出た。

 

 

 

 そこは事務所のように見えるが、私達の住んでいる事務所を何倍にも膨らましたような空間。

 夢によくある知っている場所が出てくると、その空間が捻じ曲げられ、普段はすぐに行けるところでも何倍を歩かされる感覚。

 

 

 

「あれを見ろ」

 

 

 

 タカヒロさんが指差すと、奥に見えるソファーの上に淡い光を放つ青い球体が浮かんでいた。

 

 

 

「あれが核……急いで壊しましょう」

 

 

 

 私達は玄関から核に向かって急いで走る。

 普通の事務所ならほんの数メートルの距離だが、何十メートルにも感じる。

 

 

 

 核の姿がはっきりと見えてきた時。

 

 

 

「レイ、危ない!!」

 

 

 何かに気づいたタカヒロさんが私を押して何かから守った。

 

 

 

「痛たた……何が…………」

 

 

 

 何が起きたのか。タカヒロさんの方を見ると、タカヒロさんの身体を巨大なタコの足が巻き付いていた。

 

 

 

「これは……海にいた悪霊!?」

 

 

 

 またしても前に会ったことがある悪霊だ。これも悪夢が見せる偽物なのか。

 

 

 

「タカヒロさん!! 待ってて!!」

 

 

 

 私は落ちていたハンドガンを拾い、タコ足に銃口を向ける。

 ゲームでしか撃ったことがない銃。下手をすればタカヒロさんにも当たるかもしれない。

 

 

 

 しかし、今撃たなければ、助けられない。

 

 

 

 私は引き金を引いて撃とうとする。しかし、弾は出ない。私は何度もチャレンジするが、発砲することができなかった。

 

 

 

「なんでよ……」

 

 

 

 さっきは撃てていた。弾切れか。それとも壊れてしまったのか。

 焦る私に逆さになったままタカヒロさんは叫ぶ。

 

 

 

「俺のことは良い、核を破壊しろ!」

 

 

 

「でも……」

 

 

 

「核を破壊するのが最優先だ!!!!」

 

 

 

 私はハンドガンを地面に叩きつけると、核に向かって走り出す。

 後ろからは低い悲鳴が聞こえるが、振り返ることはない。

 

 

 

 リビングに到達して、ソファーに向かう。ソファー後ろに立ち、核に手を伸ばそうとした時。

 

 

 

「レイ……さん?」

 

 

 

 ソファーからひょっこりとリエが顔を出した。

 

 

 

「リエ……」

 

 

 

 その姿はさっき見かけた大人の姿ではなく、見慣れている子供の姿。

 

 

 

「もうお昼ご飯の時間ですか?」

 

 

 

 リエはいつものように笑顔を向けてくる。その笑顔を見た私は夢にいることを忘れて、普段通り話しそうになる。

 しかし、青い光を放つ核を見て我に返った。

 

 

 

「リエ、今助けるから」

 

 

 

 私はリエの上を通して核に手を伸ばす。あと少し、もう少し伸ばせば手が届く。

 

 

 

「レイさん……」

 

 

 

 リエの下から手を伸ばし、私の腕を掴む。いつものひんやりした手ではなく、その手から暑さも冷たさも何も感じない。

 

 

 

「……嫌だ。嫌です」

 

 

 

 私の腕を掴んだリエは泣き出す。

 

 

 

「どこにも行かないで……」

 

 

 

「私はいるから。大丈夫……。手を離して」

 

 

 

 私はもう片方の手でリエの手を優しく掴み、そっと離す。リエの手が私から離れると、

 

 

 

「嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌媢嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌……」

 

 

 

 リエの身体から黒い湯気のようなものが溢れてくる。そしてリエの姿が変貌する。

 それは口だけの怪物のように、またはプールの悪霊のように、そしてタコの悪霊のような姿へと形を変えていく。

 

 

 

「リ……エ…………」

 

 

 

 何が起きているのか。今のリエの姿にかつての面影はない。

 これは夢。夢のはずなのに、夢だとは思えない。

 

 

 

「レーー一イ!!!!」

 

 

 

 後ろからタカヒロさんの声が聞こえる気がする。タコ足に捕まってるはずだが、私の戸惑いに気づき叫んでくれたのか。

 

 

 

 私は核に手を伸ばす。そして握りしめた。

 

 

 

「これを壊せば……」

 

 

 

 私は握りしめた核を地面に思いっきり、叩きつけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目が覚めると、そこは事務所にある自室のベッドだった。

 

 

 

「リエ!!!!」

 

 

 

 私は飛び起きてリビングに向かう。リビングのソファーではリエが座って待っていた。

 

 

 

「起きたんですね。レイさん」

 

 

 

「リエ、起きたの?」

 

 

 

「はい、タカヒロさんとレイさんのおかげです」

 

 

 

 私は安心して胸を撫で下ろす。無事にリエは起きたのだ。

 しかし、一つ問題に気づく。

 

 

 

 ある人物の姿が見えないのだ。

 

 

 

「バクは?」

 

 

 

 そう、悪夢を食べる妖怪バクの姿が見えないのだ。

 すると、黒猫が事情を説明する。

 

 

 

「バクならスコーピオンのいる怪人事務所に行ったよ。楓が来たから楓に送ってもらってる」

 

 

 

「怪人事務所?」

 

 

 

「お前が寝てる間にバクは自分の身に起きたことを教えてくれたんだ」

 

 

 

 黒猫の話では、バクはある夜に謎の組織に捕まり、なんらかの改造をされてしまったらしい。

 それにより悪夢を見せることしかできなくなり、さらには悪夢を見た人物を、夢の中に閉じ込めることとなった。

 

 

 

 核を破壊したことでその組織も勘付いて、バクを再び狙ってくるだろう。

 そこでタカヒロさんはネットでスコーピオン達、悪の組織について調べて、連絡を取り匿ってもらうことにしたのだ。

 

 

 

 バクと同じようになんらかの組織に追われた怪人を他にも匿っており、世界征服を狙う悪の組織にとっては、妖怪や怪人を悪用する、他の組織は敵になる。

 

 

 

「バクは怪人達に守ってもらうことになった。ここに関してはヒーローが見回りを強化してくれるとよ」

 

 

 

「ヒーローって…………。あの人達役に立つの? 警察の方が良くない?」

 

 

 

「警察は怪奇については無関心だからな。こういう時に頼れるのはその道の人だ」

 

 

 

 

 

 

 

 



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第30話 『学校の七不思議』

霊能力者のレイちゃんは、ダメ、無能、役に立たない?

 

 

 

著者:ピラフドリア

 

 

 

第30話

『学校の七不思議』

 

 

 

 

 

 時刻は昼過ぎ。昼ごはんを食べたリエと黒猫は昼寝をしている。ソファーを占領さている私は仕方なくパイプ椅子に座った。

 

 

 

 テーブルに置いてあるリモコンを取りテレビを付けると、ワイドショーが始まる。

 

 

 

 司会者に紹介されて出てきたのは、赤い髪の女子高生。テロップには高校生探偵という文字が書かれていた。

 

 

 

「へぇ〜、こんな子もいるのね……」

 

 

 

 司会者が意地悪で難しい問題の書かれたテロップを出すが、それを難なく解答する少女。

 

 

 

 私じゃ到底解けない問題を簡単に解く。そんな高校生の姿に、私は知り合いの高校生の姿を重ねる。

 

 

 

「あの子は……無理ね。運動だけしかできないし……」

 

 

 

 比べる相手が違いすぎる。でも、運動なら絶対に勝てそうだ。

 テレビに出ている子は、頭は良いみたいだが映像からはひょろひょろに見える。

 

 

 

 番組は進み、高校生が解決、または関係した事件が画面に並べられた。「朝倉駅での事故に見せかけた事件」「アレニエ美術館で怪盗との対決」「SALI商会のジェットロケット発射事件」など他にも最近報道に出ていた事件が並べられている。

 

 

 

 そういえば、探偵が解決したとニュースで言っていた気もする。だが、その全てが同じ人物だったとは……。

 

 

 

 画面が切り替わると、次に探偵が追っている事件についての話題になった。

 少女は事件について語る。

 

 

 

 ある田舎町で起きた事件。内容は殺人事件だ。すでに五人の被害者と二人の行方不明者が出ている

 だが、警察はその犯人の手がかりを掴むことすらできずに苦戦している。

 

 

 

 そこで若くしていくつもの事件を解決した彼が調査に参加した。

 

 

 

『この事件の犯人は人間ではなく、不思議な力を持った妖怪だという人もいる。だが、オレは妖怪など信じない。必ず犯人がいる、オレがその犯人を捕まえてみせる』

 

 

 

 少女の熱い言葉にスタジオ内は盛り上がる。

 

 

 

 テレビを見ていた私はちょっとがっかりした。

 

 

 

 妖怪がいない。妖怪はいる河童にバク、私は妖怪に出会っている。

 それに妖怪だけじゃなくて、幽霊も怪人だっている。

 

 

 

 高校生探偵だとチヤホヤされているが、そんな人物が見えていない世界を知っている優越感に、私は浸っていた。

 

 

 

 

 

 

 今日も依頼はなく時間が過ぎて、日が落ちてきた頃。楓ちゃんがやってきた。

 

 

 

「レイさーん、依頼ですよー!!」

 

 

 

「え!? 依頼!!」

 

 

 

 楓ちゃんの言葉に私達は飛び起きた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜道を私とリエ、楓ちゃんで進む。タカヒロさんは事務所で留守番している。

 

 

 

「それで依頼って誰からの依頼なの?」

 

 

 

 私が聞くと楓ちゃんは前の道を見る。

 

 

 

「この先にいますよ」

 

 

 

 しばらく進みたどり着いたのは楓ちゃんの通う学校。そして正門では赤いバンダナを頭に巻き、首からカメラを下げた高校生が待っていた。

 

 

 

「お久しぶりです。皆さん」

 

 

 

 正門で待っていたのは石上君だ。

 

 

 

「本当に久しぶりね。でも、あなたが依頼だなんて、びっくりね」

 

 

 

「俺はジャーナリストです。面白い記事を書くためなら、どんなことだってしますよ!」

 

 

 

 かなりの意気込みの石上君。私はそっと楓ちゃんの耳元で聞く。

 

 

 

「その、今回は大丈夫なの? 変な記事書こうとしてないの?」

 

 

 

 前に石上君と会った時は、幽霊を信じておらず。私達を似非霊能力者として新聞にしようとしていた。

 

 

 

「大丈夫です。僕達に護衛の依頼をしてきたんです。あれ以降幽霊を信じるようになって、もしもの時のためにってことらしいです」

 

 

 

「そういうことなのね……。それで護衛っていっても、何をするの?」

 

 

 

 集合したのは学校。夜の学校というだけで不気味だが、そこで幽霊からの護衛と聞くと余計に危ない予感がする。

 

 

 

 私の疑問に石上君が答えた。

 

 

 

「今回は学校の七不思議を調査します。一つ一つ、学校のスポットを巡って本当にいるかを調べるんです」

 

 

 

 学校の七不思議。それは学校に起こる怪奇的な出来事を七つ集めて都市伝説だ。

 例えば、音楽室のピアノが勝手に鳴り出したり、理科室の模型が動き出したり、その教室に合わせた怪奇現象が起こるのが定番だ。

 

 

 

「そういうことね。でも、こんな時間に学校に来て大丈夫なの? 先生には許可は取ったの?」

 

 

 

 私が聞くと石上君は胸を張る。

 

 

 

「しっかりと取りました。先生には部外者を一名入れることも許可を貰いました」

 

 

 

「流石は新聞部部長ね。しっかりしてるじゃない」

 

 

 

「生徒会を説得するのには苦戦したんですけどね。ま、なんとかなりました」

 

 

 

 この前会ったときとはだいぶ印象が違い、しっかり者という感じだ。

 

 

 

 記事を作るためならなんでもするが、常識がないわけではないらしい。

 

 

 

「それで七不思議を調べるってことはこの学校には七不思議があるのよね。どんなのがあるの?」

 

 

 

 石上君はメモ帳を取り出すと、一つ一つ丁寧に説明を始めた。

 

 

 

「まず一つ目は動く銅像」

 

 

 

 私の中で動く銅像と聞いて、ファンタジーゲームのゴーレムのようなものが思い浮かぶ。

 

 

 

「なんかファンタジー感あるのね」

 

 

 

「動くのはこの学校の設立者の銅像です。校庭を歩き回ったり、笑い出したりするという話です。二つ目はプールの女幽霊」

 

 

 

「プールの幽霊。また王道ね」

 

 

 

「生徒と関係を持った女性教師が笑いながら水中に引き摺り込んでくるらしいです。三つ目は第八校舎の2階から3階の段数が登るときと降りるときで変わるというものです」

 

 

 

「これは直接数える必要があるのね」

 

 

 

「四つ目は四個目のトイレから鳴き声が聞こえるというものです。五つ目は校内の木の一つに顔が浮かんで襲ってくるというもので、六つ目は12時丁度に鏡の前に立つと鏡の世界に引き摺り込まれるです」

 

 

 

「へぇ〜、ありきたりだけだ。しっかりしたのがあるのね」

 

 

 

「そして最後は体育館に全身真っ白なゾンビが現れるというものですね」

 

 

 

「ゾンビで一気に世界観変わったんだけど」

 

 

 

 しかし、これで内容は分かった。

 

 

 

「今ので全部ね。順番にまわれば良いのね」

 

 

 

「はい、お願いします」

 

 

 

 こうして学校七不思議調査が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 まず私達が最初に向かったのは、動く銅像だ。

 銅像は校庭と第一校舎の中間辺りにあり、まずは一番近い銅像から向かうことにした。

 

 

 

 校内を歩き慣れてる楓ちゃんと石上君が前で話している中。私はリエにこっそり聞く。

 

 

 

「ねぇ、七不思議って本当にあると思う?」

 

 

 

「あるかないかで言えばないです。しかし、火のないところには煙は立ちません……。例えばです」

 

 

 

 リエが説明を始める。

 

 

 

「学校というのはいくつもの機材や教材があるので幽霊からしたら、取り憑くことができるアイテムの宝庫です」

 

 

 

「そういえばそうよね。現代人なら学校にあるもののなんらかと関係があるはずだしね」

 

 

 

「そうです。そのため弱い幽霊も強い幽霊も集まりやすいんです。七不思議などは幽霊の悪戯で起こった現象が殆どです。……しかし」

 

 

 

 リエは私のズボンのポケットに手を突っ込むと、五円玉を取り出した。

 そしてそれを私に見せる。

 

 

 

「レイさんはコックリさんを知ってますか?」

 

 

 

「ええ、文字を書いた紙を置いて質問するやつでしょ」

 

 

 

「あれは幽霊がコインを通して誘導してるんです。弱い幽霊なら誘導だけで終わりますが、強い幽霊だと気に食わないことをすると、何をされるか分かりません」

 

 

 

 リエは五円玉を私に返す。

 

 

 

「七不思議の中で強い幽霊と出会さないことを願うしかないですね」

 

 

 

「怖くなってきたんだけど」

 

 

 

「ま、所詮は噂なので殆どのところは弱い幽霊すらいないと思いますけどね!」

 

 

 

「いや、さっき火のないところとか言ってなかった!?」

 

 

 

 そうこうしているうちに銅像のところまで辿り着いた。

 銅像は動いている様子も笑っている様子もない。至って普通の銅像だ。

 

 

 

「何も変わってないな……」

 

 

 

 少し残念そうな石上君。そんな石上君を楓ちゃんを励まそうとする。

 

 

 

「まぁこの銅像だって重たいはずだし。幽霊も取り憑かないよ」

 

 

 

「君みたいな怪力バカお化けなら、あり得ると思ったんだけどね」

 

 

 

「なんで君はいつもそういう言い方をするんだ!!」

 

 

 

「俺は俺の思った情報を口に出してるだけだ。言いたいことを言って何が悪い」

 

 

 

 歪み合う二人。私はそんな二人を引き離す。

 

 

 

「はいはい、そこまでにして。次はどこに行くの?」

 

 

 

 石上君はメモ帳を取り出して確認する。

 

 

 

「次に近いのは体育館ですね。真っ白いゾンビがいるか見に行きましょうか」

 

 

 

 次に向かったのは体育館。校舎内は土足で良いらしいが、体育館だけはダメらしく。来客者用のスリッパを借りる。

 

 

 

 リエは浮いてるし、楓ちゃんと石上君は体育館履きだから、本当にゾンビがいたらスリッパの私が一番最初に食われる……。

 

 

 

 私は本当にいた時のために用心しながらも、三人の後ろをついて進み。体育館の扉が開かれた。

 

 

 

「ゾンビどころか、誰もいない」

 

 

 

 

 

 

 そして体育館のトイレを使い、四つ目のトイレから声が聞こえてくるというものも試したが、結局何も起きず。

 12時になったので、第一校舎の要務室にある鏡の前に立ったがそこでも何も起きなかった。

 

 

 

「これで四つ外れた。残るは三つ、階段の数とプール、そして人面木だけか……」

 

 

 

 落ち込み気味の石上君。あれだけ意気込んでいたのに、一つも当たりがないとなれば、落ち込むのも当たり前だろう。

 

 

 

 そんな石上君に楓ちゃんは声をかける。

 

 

 

「まだ三つも残ってるじゃないか。諦めるのは早いよ」

 

 

 

「しかし、階段は君みたいなバカが数え間違えただけだろうし。期待できるのはあと二つだけなんだよな」

 

 

 

「僕だって階段くらい正確に数えられるよ!!」

 

 

 

「君が〜? 嘘だろ?」

 

 

 

「なんでそうやって君は!!」

 

 

 

 またしても喧嘩を始めるそんな二人を私は止めた。

 

 

 

「それで次はどこに行くの?」

 

 

 

「期待はできませんが、第八校舎の階段へ向かいましょう……」

 

 

 

 そうして第八校舎に移動して、例の階段がある2階と3階の間にたどり着いた。

 

 

 

「じゃあ、僕が数えるよ!」

 

 

 

 さっき言われたことを気にしているのか。楓ちゃんが意気込んで立候補する。

 しかし、そんな楓ちゃんを疑う目で石上君は見たあと、

 

 

 

「霊宮寺さんも一緒に数えてください」

 

 

 

「なんで僕だけじゃダメなの!?」

 

 

 

 結局二人で数えることとなった。まずは階段を登り数を数える。

 

 

 

「1、2、3、4……」

 

 

 

 一段ずつ登りながら数える。

 

 

 

「24段ね」

 

 

 

「僕も同じです」

 

 

 

 登りは二人とも同じ数。次は降る時の段数を数えるために、一段ずつ数えながら階段を降りる。

 

 

 

「24!! 登った時と同じね!」

 

 

 

 私は登った時と同じ数になった。しかし、私が数え終わった後、降り終えた楓ちゃんは、

 

 

 

「23……僕だけ、一段足りないです」

 

 

 

「え、これってまさか……本当に……」

 

 

 

 七不思議が本当に起きたのか。そう思った時、石上君が楓ちゃんを怒る。

 

 

 

「俺は見たぞ。楓君が最後の一段飛ばすところを」

 

 

 

「え…………」

 

 

 

 戸惑う楓ちゃん。しかし、すぐに気づいた。

 

 

 

「あ、そういえば癖で一番最後の段飛ばしてた」

 

 

 

「だから君には数えてほしくなかったんだ!! そういうことをやりかねないから!!」

 

 

 

「それなら僕にやらせなければ良いだろ!」

 

 

 

「君がやるって頑固だったんだろ!!」

 

 

 

 二人がまた喧嘩を始める。私はまた止めるのはめんどくさくて、

 

 

 

「お花積んでくるね……」

 

 

 

 それだけ伝えてその場を離れた。離れた私の後ろをリエがフワフワと飛んで心配そうに聞く。

 

 

 

「放っておいて良いんですか?」

 

 

 

「ずーっとあの調子だからめんどくさいのよ」

 

 

 

 男子トイレしかないが、女性用トイレまで行くと第一校舎まで行かなければならない。

 私は諦めて第八校舎の男子トイレに入ることにする。リエを入り口の前に騙せて、私は一番奥の個室に入った。

 

 

 

 

「…………あれ、…………紙、ないじゃない」

 

 

 

 私は用事を済ませてから気づいた。トイレットペーパーがなくなっていることに……。

 

 

 

「ね、ねぇリエ〜。紙ちょうだい」

 

 

 

 私はリエだけに聞こえるように小さな声で助けを求める。

 

 

 

 返事はない。聞こえていないのだろうか。

 

 

 

 

「リエ〜、紙がなくて……」

 

 

 

 私が再び助けを求めると、今度は声が返ってきた。

 

 

 

「赤紙が欲しいか? 青紙が欲しいか?」

 

 

 

 聞こえてきた声はリエの声ではない。しかし、楓ちゃんでも石上君でもない。全く別の男の声だ。

 

 

 

「ね、ねぇ〜、嘘でしょ…………」

 

 

 

 嫌な予感がした私は扉を開けようとするが、扉が開かない。鍵は掛かっていないのに、不思議な力で扉が閉じられている感じだ。

 

 

 

 騒ぎを聞きつけてかリエが扉の反対側に現れる。

 

 

 

「レイさん、どうしたんですか?」

 

 

 

「扉が開かないの、それに変な声が聞こえるし」

 

 

 

「…………妙な霊力を感じますね。楓さんを呼んできますね!」

 

 

 

 リエはそう言ってトイレから出て行く。

 

 

 

「早くね!」

 

 

 

 リエがいなくなり、トイレの中は私だけになる。いや、正確にはもう一人誰かいる。

 だが、その存在は確認できない。

 

 

 

 とにかく早くこの場から出たい私は、何か拭くものはないかと、便器に座りながらトイレを探す。

 しかし、何も見つからない。何も発見できず落ち込んでいると、お尻に何か冷たくて湿ったものが触れた。

 

 

 

 湿った何かは谷の間をなぞる。気持ち悪さに私は立ち上がり、何が起こったのか便器を覗く。

 

 

 

 すると、便器の中に男の顔が浮かび上がり、舌舐め回していた。

 

 

 

「選べ……赤紙か、青紙か」

 

 

 

 私は顔を青ざめる。恐怖よりも気持ち悪さが勝っていた。

 

 

 

「…………あ、あ……か………………」

 

 

 

「待ってください!!!!」

 

 

 

 扉の反対側から楓ちゃんの声が聞こえた。リエが楓ちゃんを呼んできたようだ。

 

 

 

「どうしたんだい、楓君。突然走り出して」

 

 

 

 楓ちゃんに続いて石上君もやってきた。私は扉を叩いて助けを求める。

 

 

 

「男の人の幽霊が、赤い紙か青い紙かって聞きながら私のことを舐めるのよ!!」

 

 

 

 それを聞いた石上君は「もしかして……」と呟くとメモ帳を取り出してあるページを探す。

 

 

 

「あった、これだ!! 赤い紙青い紙だ!!」

 

 

 

 石上君の言葉に楓ちゃんは不思議そうな顔をする。

 

 

 

「なにそれ?」

 

 

 

「都市伝説の一つだ。赤と答えると血だらけにされて殺される。青と答えれば全身の血を抜かれる」

 

 

 

 説明を聞いた私は絶望する。

 

 

 

「どう答えてもダメじゃない!!!!」

 

 

 

「いえ、待ってください」

 

 

 

 私は頭を抱えて諦めかけた時。リエは扉を叩く。

 

 

 

「有名な都市伝説。これはその状況に似ていますが、幽霊です」

 

 

 

「それがどうしたのよ!」

 

 

 

「悪霊になりかけて流みたいですが、進行が止まってます。つまりこの幽霊の目的は都市伝説として恐れられること」

 

 

 

「でも恐れられることが目的なら、答えたら……」

 

 

 

「本当にやられます。でも、一か八かの方法はあります。楓さん、石上さんに赤い紙青い紙の質問に別の色で答えた場合どうなるか聞いてみてください」

 

 

 

 リエは楓ちゃんにお願いする。リエの姿は見えていないから、楓ちゃんが聞くしかない。

 

 

 

「石上君、この質問に別の色で答えた場合はどうなるんだ?」

 

 

 

 石上君はメモ帳のページを捲ると、

 

 

 

「諸説あるが異世界に連れて行かれるというものがある」

 

 

 

「それです!!」

 

 

 

 リエは作戦を告げる。

 

 

 

「レイさんは適当な色で答えてください。そして楓さんはレイさんが答えたら扉を抉じかけてください、そのタイミングなら開けられるはずです」

 

 

 

「本当に大丈夫なの!?」

 

 

 

「大丈夫……。です!!」

 

 

 

「間が怖いんだけど!! …………でも、答えるしかないのよね…………白よ!! 白い紙が欲しい!!」

 

 

 

 私が答えると便所にある顔は眉間に皺を寄せる。

 

 

 

「…………白だなぁァァァァ!!」

 

 

 

 そして便利の顔は大きく口を開くと、カエルのように舌を伸ばして私を捕まえようとしてきた。

 

 

 

 しかし、その前に楓ちゃんが扉を抉じかけて、舌を蹴り返した。

 

 

 

「ぐっばぁ!?」

 

 

 

 舌を蹴り飛ばされた男は苦しそうにする。楓ちゃんは私の腕を引っ張ると、個室から引っ張って救い出した。

 

 

 

「レイさん怪我はないですか」

 

 

 

「ええ、大丈夫。でも…………」

 

 

 

 救い出された私は個室の方を見る。すると、便器の中から腕を伸ばし、男の人が這い上がってきた。

 

 

 

 便器から出てきたため、服も髪も濡れており、悪臭を放っている。

 男性は冷たい目線でこちらの方を見てきた。

 

 

 

「ま、まだやる気なの!! …………こっちには楓ちゃんがいるのよ、やってちゃえ楓ちゃん!!」

 

 

 

 私は楓ちゃんの後ろに隠れて応援を始める。しかし、男性の幽霊の身体は淡い光に包まれ始めた。

 

 

 

 すると男性は目を細めて笑って見せる。

 

 

 

「ありがとう。怖がってくれて……。都市伝説を信じてもらえず。僕はずっと後悔してたんだ……」

 

 

 

 男性はそう言って光に包まれて消えて行った。

 

 

 

「成仏したみたいですね」

 

 

 

 個室を除きリエが確認する。どうやら幽霊は消えたらしい。

 

 

 

 幽霊を発見した石上君は嬉しそうにはしゃいでいる。

 

 

 

「やったぞ!! 七不思議の八個目の不思議を発見した!!」

 

 

 

「いや、そしたら八不思議になるから」

 

 

 

「よーし! 残りの七不思議も一緒に探しましょう!!」

 

 

 

 そして残りの七不思議の捜索を始めた。

 

 

 

 プールに行くが引き摺り込まれることはなく。人面の木も見つけることはできなかった。

 

 

 

 探索を終えた私達は正門にいた。

 

 

 

「結局、赤い紙青い紙だけか〜。でも、これだけでも十分記事が作れるな」

 

 

 

「もう夜も遅いから私が送ってくよ」

 

 

 

「霊宮寺さんも今日はありがとうございました」

 

 

 

 石上君は深く頭を下げる。そんな石上君を見て楓ちゃんは

 

 

 

「僕には感謝しないの」

 

 

 

 

「なんで君に感謝しないといけないんだ。階段すら数えられない馬鹿楓」

 

 

 

「なにさ、このスクープ頭!!」

 

 

 

 またしても喧嘩を始める二人とも、私は二人の喧嘩を止めると、みんなを連れて学校を出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第31話 『博士へのプレゼント』

霊能力者のレイちゃんは、ダメ、無能、役に立たない?

 

 

 

著者:ピラフドリア

 

 

 

第31話

『博士へのプレゼント』

 

 

 

 

 

「レイさん、今日の夜ご飯は何にしますか?」

 

 

 

「そうね〜、何食べたい?」

 

 

 

「ん〜、カレーがいいなぁ」

 

 

 

「カレーね」

 

 

 

 私とリエは夕飯の買い物に行くために駅前に出かける。

 

 

 

 

 

 駅前にあるスーパーで買い物を終えて、事務所に帰るため商店街を通っていく。

 すると、商店街の本屋の前でソワソワして居る赤髪の青年を発見した。

 

 

 

「あれ、あの人って……」

 

 

 

 青年に見覚えがある私は近づいて後ろから声をかける。すると、青年は飛び上がって驚いた。

 

 

 

「わっ!? …………って、先輩の妹さんじゃないですか」

 

 

 

「やっぱりそうよね、あなたお兄様と一緒にいた」

 

 

 

 見覚えがあったのはあっていたらしい。

 

 

 

 前にお兄様が事務所に来た時に一緒にいた赤髪の後輩だ。

 

 

 

「何探してるんですか? …………まさか、大人な本を……」

 

 

 

「違います!! ……博士……いえ、父親への誕生日プレゼントを探してるんです」

 

 

 

「お父さんへのプレゼントですか」

 

 

 

 青年は本屋の前に並べられた本を眺めながら悩む。

 

 

 

「でも、何が良いか分からないんですよ」

 

 

 

 そう言いながら見ている本は新刊の漫画だ。

 

 

 

「お父さんは漫画好きなの?」

 

 

 

「いえ、全然読みません」

 

 

 

「じゃあ、そんなところで考えてても意味ないじゃない!!」

 

 

 

 私に言われて青年はやっと気づいたようでハッと冷静になった。

 

 

 

「それもそうでした。僕が好きなものをあげちゃ意味ないですよね」

 

 

 

「そりゃ〜そうよ……」

 

 

 

 私達がそんな会話をしていると、本屋から黒髪の少女が出てきた。

 

 

 

「にーちゃん、何にするか決まった?」

 

 

 

 少女は青年に聞く。青年は首を振って答える。

 

 

 

「いや、まだだ。そっちにはあったか?」

 

 

 

「とーさんが好きそうなのはなかったー」

 

 

 

 青年と会話をしていた少女は、私の存在に気づくと興味を持つ。

 

 

 

「にーちゃん、それ誰?」

 

 

 

 少女は指で私のことを指して青年に聞く。

 

 

 

「ん、ああ、この人は先輩のいもう……」

 

 

 

「まさか!? にーちゃんの彼女」

 

 

 

「なんでお前はいつもそういう方向に持っていくんだ!! いや、先輩のことを彼氏って言われた時よりはマシだけど…………」

 

 

 

 先輩のことを彼氏。つまりお兄様を彼氏としたのか。

 話を聞いていた私は口元を押さえて静かに笑う。

 

 

 

 しかし、吹き出したとを聞かれて青年に睨まれた。

 

 

 

「笑わないでください……」

 

 

 

「ごめんなさいね……」

 

 

 

 青年はため息を吐くと、こちらの方に向き直し、私の顔を見た。

 

 

 

「寒霧さんにお願いすることでもないんですが……。僕達だけじゃ時間だけが経つだけで、一時間だけで良いのでお願いできますか?」

 

 

 

 青年が助けを求めてきた。確かにさっきの青年の様子を見ていると、かなり時間がかかりそうだ。

 

 

 

 私は顔を動かさず、後ろで浮いているリエに目線を送る。

 

 

 

「やってあげても良いんじゃないですか。どうせ事務所に帰ってもまだ時間ありますし」

 

 

 

 リエの意見を聞いた私は、青年の目を見て答えた。

 

 

 

「買ってきたのはルーとかだから急ぐ必要ないし。どうせ商店街回ってお肉買う予定だったから構わないよ」

 

 

 

「ありがとうございます。…………流石は先輩の妹さんですね、頼まれると断れない」

 

 

 

 

 

 

 こうして青年の父親のプレゼント探しをすることになった。

 

 

 

「それであなたのお父さんってどんな人なの?」

 

 

 

 商店街を歩きながら私は青年とその妹に聞く。

 

 

 

「とーさんは博士でね。いろんなの作ってるのー!」

 

 

 

「博士? 大学の教授とか?」

 

 

 

「きょーじゅー?」

 

 

 

 妹が首を傾げている中、青年が答えた。

 

 

 

「いえ、独自でラボを作ってそこでロボットや機械を作ってるんです」

 

 

 

「へぇ〜、どんなの作ってる?」

 

 

 

「そうですね。この前は橋本七号という大根を自動で切ってくれる機械を作ってました」

 

 

 

「ネーミングセンスもイマイチだし、作ってるものも実用性なさそうね……」

 

 

 

「……ハハハ、そこには同意します……」

 

 

 

 そんな会話をしながら辿り着いたのはプラモ屋さん。何も言わずに入ろうとする青年と妹を私は止めた。

 

 

 

「ストーーーップ!!!!」

 

 

 

「どうしたんですか?」

 

 

 

「どうしたんですか。じゃないよ、あなたのお父さん、プラモやるの?」

 

 

 

 兄妹は同じように顔の角度を傾けた後。

 

 

 

「「……やらない」」

 

 

 

「なぜ入ろうとした!!」

 

 

 

 青年は頭を抱える。

 

 

 

「あぁっ!! ダメだ、あの人いつもあれ作ったぞ、これ作ったぞって自慢しかしないから、あの人の好きなものって自作のものしか思いつかない!!」

 

 

 

 青年が悩む中、ちゃっかり妹さんはプラモ屋さんに入って気づいたら何か買って出てきた。

 

 

 

「博士へのプレゼントあった?」

 

 

 

「なかった。でも、私が欲しかったのあったー」

 

 

 

 自分が欲しかったパーツを買ってきただけだったようだ。

 

 

 

 このままだと進まない。私がなんとかしないと。

 私は商店街のベンチに座り、三人と幽霊一人で話し合うことにした。

 

 

 

「それでさっきの話を聞いた限りお父さんは機械いじりが好きみたいだけど。それ用の部品を買ってあげるんじゃダメなの?」

 

 

 

 私が聞くと青年は首を振る。

 

 

 

「ダメです。必要なものは全て揃ってます。なんなら魔石とかいう謎の石までありますし……」

 

 

 

「何そのファンタジー要素!? ……じゃあ、その路線はダメね」

 

 

 

「そうね〜、他に何か良いもの……」

 

 

 

 考えていると妹さんがどこで拾ってきたのか木の棒で地面に絵を描き始める。

 それは八本の足を持った虫。

 

 

 

「何これ?」

 

 

 

「これはねー、とーさんが好きなものー」

 

 

 

 私は青年の顔を見て説明を求める。

 

 

 

「それは博士が好きな映画です。蜘蛛の怪物が世界中で暴れ回って、人々を苦しめるんですがヒーローが現れて蜘蛛を倒すって話です」

 

 

 

「その映画のDVDを買うっていうのは?」

 

 

 

「DVDですか。確か1、2、後もう一作の全作を揃えてたような…………」

 

 

 

「じゃあ、それもダメじゃない」

 

 

 

 というか、思いつくもの全て持っている。この流れだと、ずっと続いていきそうな予感だ。

 

 

 

「何かあげるっていうものから離れるのはどう? ほら、心がこもってれば良いって言うじゃない」

 

 

 

 私がそう提案すると、青年とその妹は閃く。

 

 

 

「そうですね! その手がありました!!」

 

 

 

「にーちゃん、どうする?」

 

 

 

 そう言って二人は商店街のある店に直行する。私とリエが二人を追いかけると、辿り着いたのは自転車屋さん。

 

 

 

「自転車って……心こもってるの? てか、高くなってない!?」

 

 

 

「いえ、これは僕たちの願いでもあるんです。家に引きこもってないで運動しろって」

 

 

 

「…………良いなら、良いけど」

 

 

 

 そしてその後無事に自転車を買った兄妹は帰って行った。

 

 

 

 

 

「私達もお肉買って帰りましょうか」

 

 

 

「そうですね」

 

 

 

 

 

 

 



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第32話 『レイ、風邪をひく』

霊能力者のレイちゃんは、ダメ、無能、役に立たない?

 

 

 

著者:ピラフドリア

 

 

 

第32話

『レイ、風邪をひく』

 

 

 

 

 

 

 あるビルの3階。そこに一人の高校生がやってきた。

 

 

 

「朝練終わったので来ましたよー!」

 

 

 

 休日の部活を終えた楓が事務所に入ってくる。しかし、いつもなら返事が返ってくる事務所だが、今日は静かだ。

 

 

 

「あれ? レイさ〜ん、リエちゃ〜ん、師匠〜」

 

 

 

 リビングに行くが、ソファーにもテレビの前にも誰もいない。みんなを探して見渡していると、洗面所の向かいにある部屋の扉が開いた。

 

 

 

「おい、楓。こっちだ」

 

 

 

 そこは普段レイが使っている部屋であり、他の人には出入りを禁止している場所だ。

 そんな部屋から黒猫が顔を出す。

 

 

 

 黒猫がレイの部屋から出てきたことで、楓は驚いて膝をついた。

 

 

 

「師匠……僕というものがありながら……………」

 

 

 

「おい、何勘違いしてるんだ。てか、やめろ、色々誤解されるだろが!」

 

 

 

「じゃあ、なんでレイさんの部屋から出てきたんですか?」

 

 

 

「レイの奴が風邪引いたんだよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 楓が部屋に入ると、ベッドで寝ているレイをリエと黒猫が看病していた。

 

 

 

 リエは心配そうにレイの上を飛んで顔を見つめる。

 

 

 

「レイさん、大丈夫なんですか? 幽霊になっちゃうんですか?」

 

 

 

 黒猫はおでこに置いている濡れタオルを がズレていたため、咥えて位置を戻す。

 

 

 

「なるかよ。風邪だぞ」

 

 

 

「でも、タカヒロさんの死因は風邪なんですよね」

 

 

 

「俺のは特例だ。俺の死因は忘れろ!」

 

 

 

 レイの顔は赤くかなり辛そうだ。ベッドの中から機械音が聞こえてくると、黒猫が中に潜って体温計を咥えて出てきた。

 

 

 

「……38か。エアコン付けて寝るから悪いんだぞ」

 

 

 

 黒猫が軽く説教すると、レイはボソボソと返事をする。

 

 

 

「……だって…………暑いんだ……もん」

 

 

 

「はぁ、そういうことだ。楓」

 

 

 

 黒猫は楓の方に身体を向けると、

 

 

 

「来たばっかりで悪いが薬局行って風邪薬買ったら帰ってくれ。お前に移しても悪いからよ」

 

 

 

「師匠は大丈夫なんですか?」

 

 

 

「俺は問題ねぇよ。猫だしな。だが、お前はもうすぐ先輩の大会があるだろ。風邪引くわけにはいかないだろ」

 

 

 

 黒猫に指示されて楓は荷物をまとめると、事務所を出て行こうとする。

 すると、黒猫が部屋からまた顔を出した。

 

 

 

「あー、待て。こいつも連れてけ」

 

 

 

 そう言って部屋から出てきたのはリエ。

 

 

 

「こいつがレイに取り憑いてると負担もあるし。それにこいつがうるさくてあいつも寝れないよ」

 

 

 

 リエはずっとレイの近くを飛んで、ソワソワしていた。かなり心配していたのだろう。

 

 

 

「楓の霊力ならお前も取り憑けるだろ。心配なのは分かるが、落ち着くためにちょっと出てこい」

 

 

 

「…………分かりました」

 

 

 

 リエは楓に触れると楓に取り憑くことに成功する。

 すると、霊力の違いの影響か。リエの姿が少しだけ成長する。

 

 

 

「ちょっと身長が伸びたね。リエちゃん」

 

 

 

 楓よりも少し小さい程度まで身長が伸びたリエ。それでも姿は変わっても中身は変わらず、レイのことを心配そうに見つめている。

 

 

 

「ほら行け行け、さっさと行って来い」

 

 

 

 黒猫に頭で押されて事務所から二人は追い出される。

 近くの薬局に行って風邪薬を買ってくることになった。

 

 

 

 エレベーターを使い一階まで降りて、ビルを出る。しかし、ビルを出て敷地を出る前にリエが足を止めて事務所のある扉を見つめる。

 

 

 

「レイさん大丈夫でしょうか……」

 

 

 

「そんなに心配なの?」

 

 

 

「私が幽霊になった時代は病が流行って大変なことになりましたから……。特に長屋では辛い姿を見てきました」

 

 

 

「そっか、リエちゃんはそういう時代も体験してるからね」

 

 

 

 楓はリエの手を取って握る。

 

 

 

「でも、大丈夫。今は昔と違うよ! 風邪薬を買って早く戻ろ。レイさん待ってるよ」

 

 

 

「……そう、ですね!」

 

 

 

 二人は手を繋いで薬局のある駅の方へと歩き出した。

 

 

 

 薬局があるのはスーパーの通りを少し進んだ先。商店街の手前だ。

 

 

 

 スーパーの前を通っていると、二人の前を見覚えのある人物が現れる。

 

 

 

「あ、あなたは……」

 

 

 

 黒髪のお姉さんは買い物袋を持って、スーパーからの帰りの様だ。

 

 

 

「えっと、早乙女さんですよね」

 

 

 

「おー、美少年。覚えててくれたんだな」

 

 

 

 笑顔を見せる京子。彼女はリエに手を伸ばすと、頭に手を乗せた。

 

 

 

「ちびっ子幽霊もデカくなったな」

 

 

 

「…………ちびっ子」

 

 

 

 楓の霊力で少し成長して内心喜んでいたリエだが、京子にちびっ子呼ばわりされてショックで固まる。

 

 

 

「っんで、霊宮寺さんはどうしたんだ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 事情を説明すると、京子は頭を掻きながら、

 

 

 

「それで美少年に取り憑いてるのか……。コトミが治ったと思ったらな…………」

 

 

 

 買い物袋から長ネギを取り出すと、それを楓に手渡した。

 

 

 

「風邪を引いたらネギが一番だ。私は用事があるから行けないが、今度見舞いに行くって言っといてくれ」

 

 

 

「ありがとうございます。これでレイさんもすぐ良くなりますよ」

 

 

 

 京子と別れて薬局に向かって再び進み出す。

 

 

 

「楓さん、ネギ臭いです」

 

 

 

「僕も嫌だよ〜、でも手渡されたんだから手で持つしかないよ〜」

 

 

 

「薬局で大きめの袋を貰わないとですね…………」

 

 

 

 道の先に薬局が見えてくると、路地から二メートル近い巨漢のマッチョが出てきた。

 

 

 

「ん、君は……」

 

 

 

「あ、マッチョの先輩の方!」

 

 

 

 現れたのは前に呪いのダンベルで依頼に来た二人組のマッチョの先輩の方。

 マッチョはマッチョと言われて嬉しかったのか、笑顔でポーズを決める。

 

 

 

「そうだろぉ、俺の筋肉輝いてるだろ!!」

 

 

 

「いつ見ても良い筋肉してますね!」

 

 

 

 楓が褒めるとさらにマッチョは嬉しいのか、ポーズを決めるが、それと同時に楓がネギを持ってることに気がついた。

 

 

 

「そういえば、君はなんでネギを持ってるんだ?」

 

 

 

「それがですね……レイさんが…………」

 

 

 

 楓が事情を説明すると、マッチョは申し訳なさそうな顔をする。

 

 

 

「それはすまない。引き止めてしまって……。そうだ、レイさんにこれを渡してくれ」

 

 

 

 そう言ってマッチョが差し出したのはポロテイン。

 

 

 

「風邪の時はプロテインが効くぞ」

 

 

 

「……プロテイン」

 

 

 

 マッチョは自身の筋肉に見惚れながら、去って行った。

 

 

 

 楓とリエは再び、薬局に向かって歩き出す。

 

 

 

「楓さん、プロテインって本当に風邪効くんですか?」

 

 

 

「あの人だけだと思うから。気にしなくて良いよ」

 

 

 

「それもそうですね……」

 

 

 

 薬局に到着した二人は風邪薬を手に取ってレジに向かう。

 小さな薬局で普段は混まないのだが、今日は前に二人ほど並んでおりレジが止まっていた。

 

 

 

 楓とリエはレジが動かない原因はなんなのか気になり、レジの方を覗くと、ウサギのカチューシャを付けたメイド服を着た女性が店員にしつこく電話番号を聞いていた。

 

 

 

「あなたの筋肉良いわねぇ、電話番号教えてよ〜」

 

 

 

「やめてください! 他のお客さんが待ってますから」

 

 

 

「え〜、教えてくれるまでやめなーい。てか、私のことはモエちゃんって呼んでよ〜」

 

 

 

「本当にやめてください。店長呼びますよ」

 

 

 

 揉める店員と客。迷惑客を発見した楓とリエは見つからないようにスッと物陰に隠れた。

 

 

 

「ちょっとお客さん何やってるんですか」

 

 

 

 他の客に呼ばれた店長らしき人が黒淵を控え室へと連行していく。

 

 

 

「待って〜、せめて連絡先を……!」

 

 

 

「警察に連絡して。怖い思いした後で悪いけど、レジ続けて俺が警察来るまで見張ってるから……」

 

 

 

 黒淵の姿が見えなくなり、レジが回り始める。

 

 

 

「どうします? 楓さん……」

 

 

 

「見なかったことにしようか……」

 

 

 

 無事に風邪薬を購入して、袋も貰い二人は事務所に帰る。

 

 

 

 スーパーの前を通り過ぎて、事務所のあるビルが見え始めたところで、楓が前を向いたままリエにあることを尋ねた。

 

 

 

「……リエちゃん、聞きたいことがあるんだけど、良いかな……」

 

 

 

「なんですか?」

 

 

 

 楓はリエの手を少しだけ強く握りしめる。その感触からリエに楓の真剣さが伝わってくる。

 

 

 

「前に師匠とレイさんから悪夢の話を聞きました……。僕、その時居なくて……ごめん」

 

 

 

「良いんですよ。タイミングが悪かっただけです。そういう時もありますって」

 

 

 

 リエは笑顔で返す。しかし、楓にとって話の本題はこれからだった。

 

 

 

「……その時聞いたんだけど。悪霊の夢を見たんだよね」

 

 

 

「……はい」

 

 

 

 夢の話が出て、察したリエは覇気のない声で返事をした。それで楓の不安は確信に変わった。

 

 

 

 楓は足を止めると、リエの前に立ち顔を見る。身長差は少しだけのため、視線は殆ど変わらない。

 

 

 

「リエちゃん…………もしかして。悪霊に……なるの?」

 

 

 

「………………」

 

 

 

 リエは下を向いて楓から視線を逸らす。そして答えることはなく、ただ地面を見つめた。

 

 

 

「リエちゃん…………。ごめん、僕…………」

 

 

 

 楓は謝り、リエに言った言葉を取り消せないにしても、どうにか元気になってもらえないか考える。

 しかし、話を変える前にリエは楓に質問をする。

 

 

 

「なんで、そう思ったんですか……」

 

 

 

 楓は答えるべきか迷ったが、ここであやふやにするわけにもいかないと、決意を決める。

 

 

 

「首なしライダーさんの時。僕がリエちゃんに聞いたよね……」

 

 

 

 首なしライダー。それは前に事務所に来た依頼で除霊した幽霊だ。

 事故の時に無くした彼女へのプレゼントを探して、幽霊になった暴走族の総長。

 

 

 

「あの時、ライダーさんがあのままネックレスを見つけられなかったらどうなるのか聞いた時、リエちゃん、考えない方が良いって答えた……それって悪霊になるかもしれないからなんだよね」

 

 

 

 リエは頷く。

 

 

 

「リエちゃん、どうしたら良いの? 僕が力になれることを教えて!! 嫌だよ、リエちゃんが悪霊になるのは!」

 

 

 

「……私にも分かりません」

 

 

 

 リエは答えると事務所に向かって歩き出す。

 

 

 

「レイさんが待ってます。行きますよ」

 

 

 

「待ってリエちゃん」

 

 

 

 楓はリエを追って並んで歩く。

 

 

 

「リエちゃん、待ってよ。なんで悪霊にならなくっちゃいけないの! リエちゃん悪いことしてないじゃん!」

 

 

 

 リエは先に進みながら答える。

 

 

 

「悪いことをしたから悪霊になるわけじゃありません。ただ、悪霊は幽霊の成れの果てってだけです」

 

 

 

「幽霊の…………。じゃあ、どの幽霊も……?」

 

 

 

「その可能性を持っているらしいです。でも、何がきっかけで悪霊になるのか、私には分かりません」

 

 

 

 事務所の前に辿り着き、後はエレベーターに乗って上に行けば事務所に着く。

 

 

 

「じゃあ、いつ悪霊になるかは分からないの?」

 

 

 

「はい。10年後か1年後か、もしかしたら明日かもしれません」

 

 

 

 エレベーターのボタンを押すと、一階にいたのかすぐに扉が開いた。

 

 

 

 二人は乗り込んで3階のボタンを押した。

 

 

 

 エレベーターが動き出し上に登っていく。リエは隣に立っている楓の手を握った。そして扉を向いたまま告げる。

 

 

 

「……楓さん。お願いして良いですか。きっと私が悪霊になったらレイさんは悲しんじゃいます。出会ってからまだ数ヶ月しか経ってないけど分かるんです」

 

 

 

 閉められた隙間から、思い出が漏れてくる。

 屋敷で出会って、山に行って海に行って、見たことない景色、感じことのない思い。

 

 

 

 3階に到着して扉が開くと、妄想から現実に戻ってきた。

 

 

 

「私とレイさんは似てるんです。だから…………その時は私を…………」

 

 

 

 リエが良い詰まっていると、楓が一歩前に出て先にエレベーターから出ると、リエの手を引っ張ってエレベーターから出した。

 そして笑顔で振り向く。

 

 

 

「無理」

 

 

 

 そう言った後、手を離すと、楓はリエに優しく抱きついた。

 

 

 

「ごめんね。僕がこんな話を始めたのに……。でも、無理だよ、友達を傷つけるなんて」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 扉を開くと玄関で猫が座って待っていた。

 

 

 

「遅かったな、お前ら……」

 

 

 

 鋭い眼差しで睨んでくる黒猫。二人は苦笑いをする。

 

 

 

「師匠、実は行く途中で早乙女さんやマッチョの先輩と会いまして、お見舞いの品を貰ったんです」

 

 

 

 楓が貰ってきたものを見せると、黒猫は袋を置いていくように指示をした。

 

 

 

「楓、お前は風邪が移ると悪いからさっさと帰れ。リエはどうする?」

 

 

 

「私は……レイさんと一緒にいます。風邪が治るまでなら、事務所に残った霊力でカバーできそうですし」

 

 

 

 リエが楓から取り付くのをやめると、黒猫からはリエの姿が見えなくなる。

 

 

 

 黒猫は見えていないが、リエがどこにいるのかはなんとなく分かっているようで、袋を持つように指示をした。

 袋を手に持って、リエはレイの待つ部屋に入るために扉を開ける。

 

 

 

「楓さん、ありがとうございます。レイさんの風邪が治ったらまた会いましょう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第33話 『戦場!? お料理教室』

霊能力者のレイちゃんは、ダメ、無能、役に立たない?

 

 

 

著者:ピラフドリア

 

 

 

第33話

『戦場!? お料理教室』

 

 

 

 

 

 風邪の治った私は背伸びをして、健康を噛み締める。

 

 

 

「ふっあぁぁっ!! やっぱり健康が一番ね」

 

 

 

「早く治って良かったです」

 

 

 

 私が風邪の間、看病をしてくれていたリエ。

 

 

 

 事務所に取り憑いていたため、霊力の問題で普段よりも小さな姿だったが、私に取り憑いたら元の姿に戻った。

 

 

 

「てか、あんたいつの間に事務所に取り憑けるようになったの?」

 

 

 

「気づいたらなってました。屋敷にいた頃は死後に取り憑けるものは増えないと思ってたんですけど、死後も結び付きが増えることあるんですね」

 

 

 

 リエも取り憑けるようになっていたことは驚きだったようで、長々と状況の説明をしてくれた。

 

 

 

「レイ、これでも飲め」

 

 

 

 黒猫はリビングのテーブルに用意されていた緑色のジュースを私に飲むように促す。

 

 

 

「なにそれ?」

 

 

 

 私は嫌な顔をしながら近づくと、コップの中から強烈な匂いがしてきた。

 

 

 

「青汁もどきだ。俺特製のな」

 

 

 

 私はコップを摘み上げてる。

 

 

 

「これ、あんたが作ったの……?」

 

 

 

「俺とミーちゃんのコンビネーションがあれば、猫の身体だったとしても余裕だ。てか飲め」

 

 

 

「…………はい」

 

 

 

 ただでさえ苦いものは嫌いなのに、こんな匂いのものは本当は飲みたくない。

 しかし、猫の鋭い眼差しで睨まれると、私は抵抗する勇気もなく。

 

 

 

 一口で飲み干すことにした。

 

 

 

「……あれ? うまい」

 

 

 

 匂いは強烈だった。しかし、喉通しは爽やかで苦過ぎず、程よい刺激が口に広がる。

 喉を通して身体全体を包み込むような優しい暖かさ。

 

 

 

「そうだろう。治ってすぐは体調を崩しやすいからな。こいつで栄養をバッチリ摂るんだ」

 

 

 

「もっと飲みたい」

 

 

 

「ダメだ。なんでも定量ってのがあるんだよ」

 

 

 

「あんた、そういうところ几帳面よね。ミーちゃんの健康管理も行き届いてるし……」

 

 

 

 黒猫は自慢げな顔をする。

 

 

 

「当然だ」

 

 

 

「でも、自分の体調管理は出来てなかったよね。太ってたし」

 

 

 

「俺のことは良いんだよ!! 俺よりミーちゃん優先だ!」

 

 

 

 私は黒猫の髭を引っ張って揶揄っていると、インターンが鳴る。

 

 

 

「レイさん、依頼じゃないですか?」

 

 

 

「そうね……」

 

 

 

 私はコップを台所に片付けてから玄関へ向かう。そんな私の後ろを黒猫とリエがテクテクと付いてくる。

 

 

 

「なんで来るのよ」

 

 

 

「気にするな」

 

 

 

 幽霊と猫に見守られながら私が扉を開けると、そこには京子ちゃんがいた。

 

 

 

「霊宮寺さん、風邪は治ったのか?」

 

 

 

「京子ちゃん、見舞いに来てくれたの?」

 

 

 

「ああ、だが治って良かった。なぁ、ちびっ子幽霊」

 

 

 

 京子ちゃんは後ろにいるリエに笑顔で話しかける。しかし、ちびっ子呼ばわりされたリエは、ショックで固まる。

 

 

 

「ちょっと邪魔して良いか? 少し話したいこともあるしよ」

 

 

 

「ええ、どうぞ」

 

 

 

 京子ちゃんを中に入れる。お茶を用意しようとしたが、京子ちゃんが気を遣って手伝ってくれた。

 

 

 

「ごめんね、お客さんに手伝わせちゃって」

 

 

 

「病み上がりの人に無理はさせられねぇよ」

 

 

 

 結局リエも手伝ってくれたため、みんなでそれぞれのコップを持っていくことになった。

 

 

 

「それで話したいことって?」

 

 

 

「ああ、頼みたいことがあるんだ……」

 

 

 

 京子ちゃんは肘を机につけて、指を組むと真剣な顔をする。

 

 

 

「幽霊関係の話……?」

 

 

 

 京子ちゃんは霊感の強い人間だ。幽霊関係で困っていることがあるのだろうか。

 

 

 

「いや、違う……。あんたに料理教室についてきてほしいんだ」

 

 

 

「はぁい?」

 

 

 

 私は意味が分からず首を傾げた。すると、京子ちゃんはポケットの中から細かく折り畳まれた一枚のチラシを取り出した。

 

 

 

 それはオープン記念で無料で、お料理教室を体験できるチラシだった。

 チラシに載っている地図には場所も書いてあり、駅の近くの商店街にある建物のようだ。

 

 

 

「コトミに誘われてスキンヘッドと誘われたんだが、コトミとスキンヘッド二人が来れなくなってな。チラシ一枚で三人まで体験できるんだ、一人で行っても勿体無いだろ」

 

 

 

「でも、なんで私達なんですか? 京子ちゃんなら仲良い友達いっぱいいるじゃない」

 

 

 

 コトミちゃん達だけでなく。暴走族の面々や他にもいっぱい居そうなのだが。

 

 

 

「それがなぜかみんなに断られるんだ……」

 

 

 

 京子ちゃんは不思議な顔をしている。

 みんなに慕われている京子ちゃんが断られる。それを聞いた私は、なんとなく嫌な予感がする。

 

 

 

「でもお料理教室か〜。そんなに料理で困ってないしなぁ〜」

 

 

 

 私が迷っていると玄関の扉が開き、

 

 

 

「ただいまやってきましたー!!!!」

 

 

 

 元気よく挨拶をして楓ちゃんがやってきた。

 

 

 

「あれ、お客さんですか?」

 

 

 

 玄関の靴を見て誰かがいるのに気づいた楓ちゃんは、手を洗ってうがいをするとさっさとリビングにやってきた。

 

 

 

「あ、早乙女さん」

 

 

 

「よ、美少年!」

 

 

 

「この前はネギありがとうございます」

 

 

 

 礼をした楓ちゃんはバッグを置いた後、テーブルに置かれたチラシに気がつく。

 

 

 

「なんですか? これ?」

 

 

 

 チラシを手に取って文字を読み上げる。

 

 

 

「お料理教室、へぇ〜、皆さんこれに行くんですか?」

 

 

 

「今考え中ってところね……」

 

 

 

 私としてはそこまで乗る気ではない。事務所に住むようになってから、毎日のように料理はしているし、それ以前からもそれなりにはやっていた。

 

 

 

「そうだあんたも行ってみないか?」

 

 

 

 チラシに興味を持った楓ちゃんに京子ちゃんは聞いてみる。

 

 

 

「僕ですか……。興味がないわけではないですが、こういうところに行くほどでは……」

 

 

 

 楓ちゃんはそう答えた。

 

 

 

 楓ちゃんはよく自分でお弁当を作って学校に持って行ってるみたいで、事務所に来ると弁当箱を洗っていることがある。

 

 

 

 休日の昼からいる時は、私と楓ちゃんでリエに料理の作り方を教えていることだってある。

 

 

 

「そっか…………」

 

 

 

 落ち込んだ様子の京子ちゃん。しばらく天井を見上げて考えた後、覚悟を決めて私たちに告げた。

 

 

 

「正直なことを言う。私はとっても料理が苦手なんだ」

 

 

 

 ポケットから三枚の写真を取り出してテーブルに置く。

 

 

 

 私達がその写真を見ると、そこにはジャガイモがそのまま焼かれた謎の物体と、白い液体に玉ねぎの浮いているスープと、真っ二つになったリンゴが乗せられた粉の写真だった。

 

 

 

「なんの写真?」

 

 

 

「肉じゃがとシチューとリンゴパイの写真だ」

 

 

 

「どこが!?」

 

 

 

 どう見たって今言われた料理の写真ではない。明らかに別物だ。なんなら食べ物なのかも怪しい。

 

 

 

「これを結婚中に元旦那に食わせたんだが、当時元旦那が倒れた」

 

 

 

「倒れて済んで良かったですね。下手したらもっと大変なことになってますよ……」

 

 

 

 ジャガイモを生で入れてるし、他にも危ないことは多い。こんなものを食べて無事でいた元旦那の方が異常な気もする。

 

 

 

 これを見た後なら、みんなが逃げ出した理由もわかる気がする。

 

 

 

「それで料理教室に行きたいのね。でも、一人で行っても良いんじゃ……」

 

 

 

「この写真見てそんなこと言えるか?」

 

 

 

 京子ちゃんは私の顔に写真を押し付ける。

 

 

 

「こんな料理作るかもしれないんだぞ」

 

 

 

「きっと優しく教えてくれるよ!! なんで教えてもらってもできない前提なの!?」

 

 

 

 すると京子ちゃんは下を向く。

 

 

 

「私が高校生の頃。家庭科でレシピ通りやろうとした、でも出来上がった料理を班のみんなと食べたら、みんな倒れたんだ!!」

 

 

 

「大事件だよ!!」

 

 

 

「だからお願い。私が間違えないように見張ってて欲しいんだ。それだけで良いんだ」

 

 

 

 凄い勢いで頼み込んでくる京子ちゃん。あの強気でかっこいい京子ちゃんに、こんな弱点があったとは……。

 

 

 

「分かった。見張ってるだけで良いのね。楓ちゃんもついてきてくれる?」

 

 

 

「はい! 良いですよ!!」

 

 

 

 可哀想になった私は、京子ちゃんを手伝うことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そしてお料理教室当日。商店街の入り口で京子ちゃんと待ち合わせをしていた。

 

 

 

「そろそろ来る時間ですね」

 

 

 

 私とリエ、楓ちゃんは事務所で合流してから出発。待ち合わせ時間より早く着いたため、適当に商店街をぶらぶらした後、待ち合わせ時間に集合場所に向かう。

 

 

 

「あ、来ましたよ!」

 

 

 

 浮いて上から見ていたリエが、先に京子ちゃんを発見した。

 

 

 

「待たせたか?」

 

 

 

「いや、全然。じゃあ行こうか」

 

 

 

 集合した私達はお料理教室の開かれている商店街のある建物に入った。

 エレベーターで3階に登り、チラシに書かれている部屋に入る。

 

 

 

 すると厨房がいくつか設置されており、すでに体験に来た何人かの主婦が、それぞれの厨房で談笑をしている。

 

 

 

「あ、レイさんあそこ」

 

 

 

 部屋に入ると奥の方に知り合いがいるのを楓ちゃんが発見した。

 私はその姿を見てちょっと関わりたくはなかったが、向こうも気づいて手を振ってきたため、仕方がなく近づく。

 

 

 

「スコーピオンさん、お久しぶりですね」

 

 

 

 奥にいたのは鋭いハサミに、毒針の尻尾を持った凶暴な怪人スコーピオンだ。

 

 

 

「あ、霊宮寺さん達じゃないか。久しぶり〜」

 

 

 

「スコーピオンさんもお料理教室に?」

 

 

 

「ああ、支部のみんなに美味しい料理を食べさせたくてな。まずは体験からやってみることにしたんだ」

 

 

 

 怪人は笑顔で立派なことを話してくる。私が苦笑いで返していると、スコーピオンは私達の後ろにいる京子ちゃんに気づいた。

 

 

 

「そちらの女性は初めてだな。俺はスコーピオン、よろしく」

 

 

 

 スコーピオンは頭を下げて挨拶をする。

 

 

 

「おう、私は早乙女 京子だ。しっかし妖怪を見たのは久しぶりだなぁ」

 

 

 

 京子ちゃんは興味深そうにスコーピオンを観察する。スコーピオンは少し恥ずかしそうにしたが、京子ちゃんの言葉を聞くと興味を持つ。

 

 

 

「自称怪人なんだけどな。俺みたいなのに会ったことがあるのか?」

 

 

 

「私霊感強いから。見た目からしてサソリの幽霊と人間の?」

 

 

 

「よく分かったな! そうだ」

 

 

 

 なぜか京子ちゃんとスコーピオンで、話が二人で盛り上がる。

 二人が話している中、私はあることが気になりスコーピオンに聞く。

 

 

 

「確か体験って三人までよね。他にも怪人が来てるの?」

 

 

 

「いやぁ、ヒョウスベとガメゴン先輩誘ったけど、めんどくさがられて、結局……」

 

 

 

 スコーピオンがそう言って隣を見ると、そこにはパツパツの服を着て頭に番号の書かれた人が二人立っていた。

 

 

 

「どうも戦闘員七号です」

 

 

 

「八号です」

 

 

 

 二人は深々と礼をする。

 

 

 

「あ、こちらこそ初めまして。霊宮寺です」

 

 

 

「坂本です」

 

 

 

「早乙女です」

 

 

 

 私達も礼をした戦闘員に頭を下げる。どうやら他の怪人に断られて、この戦闘員達が来ることになったらしい。

 というか、こんな「キィッー!!」とか叫びそうな戦闘員が、礼儀正しく挨拶してきたことに驚きだ。

 

 

 

 私達が挨拶を済ませると、扉が開いて初老の先生が教室に入ってきた。

 

 

 

 先生が入ってくると他の体験者達が皆頭を下げて挨拶をする。どうやらこの老人がお料理教室の先生のようだ。

 

 

 

 私達は先生が教卓につく前に、空いているテーブルに向かう。

 先生は教卓につくと挨拶を始めた。

 

 

 

「今回は体験に来ていただき、ありがとうございます。私は野高と申します。よろしくお願いします」

 

 

 

 おっとりとした先生だ。優しそうな先生で私はホッとする。

 

 

 

 先生が自己紹介を終えると、扉が開きもう一人誰かが入ってくる。

 

 

 

「それと今回私の助手をして、皆さんを手伝ってくださるボランティアの……」

 

 

 

 可愛い花柄のエプロンを付けて、立派なアゴを備えた女性。

 

 

 

「アンドレア・アゴリンさんです」

 

 

 

「アゴリンです。よろしくお願いします」

 

 

 

 アゴリィィィィィィィン!!??

 

 

 

 

 

 

 

「それでは今回はハンバーグを作っていきます。皆さんのテーブルに食材が揃っていることを一緒に確認しましょう」

 

 

 

 私達はテーブルにある食材を確認する。ホワイトボードに書かれた食材を一つずつ目視して、全てあることを確認する。

 

 

 

 全て見終わると、突然京子ちゃんが顎に手を当てて不思議なことを発する。

 

 

 

「あれ、隠し味にキュウイとハチミツは?」

 

 

 

 それを聞いた私と楓ちゃんは同時に叫ぶ。

 

 

 

「何言ってるの!?」

 

 

 

「何言ってるんですか!?」

 

 

 

 私達に叫ばれて不思議そうな顔をする京子ちゃんは、リエは苦笑いする。

 

 

 

 私たちの声が大きかったのか。周りの人たちが睨んでくる。

 

 

 

「うるさいですよ、そこの方々」

 

 

 

「ごめんなさい」

 

 

 

 そこからはハプニングはありながらも順調に調理を進めていく。

 

 

 

「霊宮寺さん、お久しぶりです」

 

 

 

 お肉を丸めていると様子を見にきたアゴリンさんが話しかけてきた。

 

 

 

「アゴリンさん、お久しぶりです」

 

 

 

 私は肉を握りながら挨拶を返す。

 

 

 

「アゴリンさん、料理得意だったんですね。お料理教室の先生をやってるなんて……」

 

 

 

「いえ、助手ですよ、助手……。教授に頼まれてしまって」

 

 

 

 私達が話していると隣の班にアドバイスを終えた先生もこちらの話に入ってきた。

 

 

 

「アゴリン君はお料理上手ですよ。私も時々参考にさせてもらうことがあります」

 

 

 

「そこまでじゃないですよ〜」

 

 

 

 顔を赤くして照れているアゴリンさんは、顎を高速で振る。

 

 

 

「なんで教授って呼んでるんですか?」

 

 

 

 京子ちゃんの暴走を抑えるために、見張っていた楓ちゃんがふと疑問に思ったのか、こちらに目線を向ける。

 

 

 

「私、本業は大学の教師なんですよ。これは副業で今日はいませんが妻と一緒にやってるんです」

 

 

 

「へぇ〜、じゃあアゴリンさんは大学の卒業生なんですか?」

 

 

 

「そうですよ。ゼミの卒業生でこうしてたまに手伝ってくれる良い子ですよ。あ、すみません、向こうで呼ばれてるのでこれで……」

 

 

 

 離れた場所にいる主婦達に呼ばれた先生は話を終えてそちらに向かう。

 

 

 

「この調子で頑張ってくださいね」

 

 

 

 アゴリンさんも私達から離れようとした。しかし、その時。

 

 

 

「わぁっ!?」

 

 

 

「何やってるんですか!! 早乙女さん!?」

 

 

 

 楓ちゃんが目を離していた隙に、京子ちゃんが握っているハンバーグが炎上していた。

 

 

 

「どうしてそうなるの!?」

 

 

 

 京子ちゃんは燃える手のひらサイズの肉を、大道芸のように投げてキャッチを繰り返す。

 

 

 

「ど、どうしたら良いの!?」

 

 

 

 焦る京子ちゃん。私達も突然の状況に動揺する中、アゴリンは冷静にテーブルにある蛇口から水を出して、

 

 

 

「こっちに持ってきてください!!」

 

 

 

 京子ちゃんの持つお肉を水の溜まった洗面台に投げ捨てさせた。

 

 

 

「はぁ、助かったぁぁぁぁ」

 

 

 ホッとしている京子ちゃん。私達も肩を下ろす。

 

 

 

「アゴリンさん、ナイス判断」

 

 

 

 アゴリンさんの冷静な判断でどうにかなった。

 

 

 

「いえ、私はそこまで……しかし、どうしたら握ってたお肉が燃えるんですか?」

 

 

 

 アゴリンさんが京子ちゃんに疑問を投げかける。正直私達も凄く気になる。

 

 

 

「え、ライターで火を付けたけど。こうやるんじゃないの?」

 

 

 

「…………教授、霊宮寺さん。この方私が一対一で教えて良いですか。このままじゃビルが火事になります」

 

 

 

 私と先生は同時に頷いた。

 

 

 

「「任せた」」

 

 

 

 

 

 

 京子ちゃんがいなくなると、私と楓ちゃんだけなのにさっきまでの倍のスピードで作業が進み。あっという間にハンバーグが完成した。

 

 

 

「いつもとは違う材料とやり方だけど、結構美味しそうね。今度からこのレシピも使おうかしら」

 

 

 

「良いですね。その時は僕も手伝いますよ」

 

 

 

 私たちだけではなく他の班も続々と完成し始める。そんな中、残る批判だけが完成せずに苦戦していた。

 

 

 

「スコーピオンさん、無理なら俺たちがやりますよ」

 

 

 

「ハサミの手じゃ無理ですよ」

 

 

 

 戦闘員にそう言われながらも頑固に自分で盛り付けをしようと、箸を何度も切断してしまうスコーピオン。

 

 

 

 そして後は焼きあがれば、やっと完成まで漕ぎ着けた京子ちゃんとアゴリンさんの班。

 その二班だ。

 

 

 

「スコーピオンさん!!!!」

 

 

 

「あーもううるさいなぁ!! 眷属達よ、こいつらを黙らせろ!」

 

 

 

「うわっ!? ちょ、なんでこんなところで蝉を召喚するんですか!!」

 

 

 

 厨房で蝉を召喚して戦闘員を黙らせようとするスコーピオン。しかし、そんなスコーピオンの頭を先生がフライパンで叩いた。

 

 

 

「厨房で何してるんだ!!」

 

 

 

 優しそうな先生に怒鳴られたスコーピオンはシュンとする。

 反省したスコーピオンは戦闘員に盛り付けを任せる。

 

 

 

 スコーピオン達が完成したところで、アゴリンさんにおんぶに抱っこだった京子ちゃんもやっと完成させた。

 

 

 

「やっと完成だ!!!!」

 

 

 

 嬉しそうにハンバーグの乗った皿を掲げる京子ちゃん。隣ではアゴリンさんは疲れ切った顔だ。

 

 

 

 

 

 

 

 完成したハンバーグを食べて、片付けを終えた私達は帰りの支度をしていた。

 

 

 

「レイさん、この食器どこでしたっけ?」

 

 

 

「それはここ、あと楓ちゃんそこにある箸もちょうだい」

 

 

 

 二人で協力して片付けを進める。私達の上空では、ここでは目立つという理由でハンバーグをお預けにされたリエが不自然そうに浮いている。

 

 

 

「リエ〜、そろそろ機嫌直してよ」

 

 

 

 私は目立たない程度にリエに声をかける。

 

 

 

「だって美味しそうだったのに。食べさせてくれないし、私基本見てるだけだったじゃないですか」

 

 

 

「今度作ってあげるからさ〜」

 

 

 

「今日が良いです」

 

 

「今日……? …………はぁ、分かった。じゃあ、帰りに商店街のお肉屋さん寄らせてね。ひき肉事務所に無いから」

 

 

 

「やったーーー!!!!」

 

 

 

 簡単に機嫌を直したリエ。こんなチョロい幽霊だったっけ…………。いや、チョロかったわ。

 

 

 

 私達が片付けを終えると、隣で片付けを終えた戦闘員の一人がこちらにやってきた。

 

 

 

「すみませーん」

 

 

 

「あ、……頭に七ってあるから七号さん?」

 

 

 

「はい。霊宮寺さんですよね、これから俺たち打ち上げで飲み会やるんですけど、良ければ来ませんか?」

 

 

 

 軽いノリで誘ってくる戦闘員。スコーピオン達の方に目線をやると、もう一人の戦闘員はこちらに手を振っているが、スコーピオンはテーブルの台を拭いて最後の仕上げをしていた。

 

 

 

 なんとなく様子からして、スコーピオンは殆ど関係なく戦闘員の二人が誘ってきている雰囲気だ。

 

 

 

 私は近くにいた楓ちゃんを引っ張り寄せると、

 

 

 

「この子未成年なので無理です!!」

 

 

 

「そ、そうですか……」

 

 

 

 断ると戦闘員は諦めて戻って行った。

 

 

 

「レイさん、どうしたんですか?」

 

 

 

 楓ちゃんが不思議そうに聞いてくる。

 

 

 

「虫を払っただけよ」

 

 

 

 虫を払ったところで京子ちゃんも片付けを終えてこちらにやってきた。

 

 

 

「片付け終わったから帰るか」

 

 

 

 荷物を持って、教室を出てエレベーターに乗ると、アゴリンさんもエレベーターに乗り込んできた。

 

 

 

「アゴリンさん帰っちゃって良いの?」

 

 

 

「教授が帰って良いって言ってくれたので」

 

 

 

 知り合いがいたため気を遣ってくれたのだろうか。

 エレベーターが閉まると開くまで無言の時間が続き、扉が開いてみんな降りると京子ちゃんがアゴリンさんに話しかけた。

 

 

 

「今日はありがとな。あんたのおかげで少しは上達できた」

 

 

 

「はい、最初よりもかなり上達しましたね!」

 

 

 

「また教えてくれるか?」

 

 

 

「良いですよ。次は少し難易度を上げてみましょうか」

 

 

 

 それからビルを出て商店街を進む中で、京子ちゃんとアゴリンさんの仲は良くなっていた。

 

 

 

 しばらく進み、それぞれ帰路に帰るためバラバラに帰る。別れた私達はお肉を買って事務所に帰った。

 

 

 

「ただいまー」

 

 

 

 事務所に着くとソファーで黒猫が寝ている。

 

 

 

「ん、帰ってきたか。どうだった?」

 

 

 

「そうね。これから見せるから待ってて」

 

 

 

 

 

 

 

 



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第34話 『事件と悪霊』

霊能力者のレイちゃんは、ダメ、無能、役に立たない?

 

 

 

著者:ピラフドリア

 

 

 

第34話

『事件と悪霊』

 

 

 

 

 夜の繁華街。酔った二人のサラリーマンが肩を組みながらふらふらと進む。

 

 

 

「っけ、なんで妻と娘に逃げられるんだ……」

 

 

 

「そりゃ〜克巳先輩がSMとかいう変態プレイにハマるからですよ、そりゃ〜、僕だって引きますよ……うへっ」

 

 

 

 千鳥足の二人は前方を歩いていたスーツの男にぶつかる。

 

 

 

「うへっ、あぁ? なんだてめ〜、何ぶつかってんだよぉぉ〜」

 

 

 

 自分からぶつかって謝りもせず突っかかるサラリーマン。ぶつかった男が振り返ると、その男はただのスーツではなく、どこかの屋敷の執事が着ているような立派な服を着こなしていた。

 

 

 

 さらに身長はサラリーマン達よりも一回り大きく。身体は太くないが手足の長いヒョロリとした印象を受ける。

 

 

 

「どう致しましたか?」

 

 

 

「ぶつかっといて謝らねぇのかって、言ってんだ……っへけ、よぉぉ」

 

 

 

「それはそれは失礼致しました」

 

 

 

 男性は深く頭を下げる。しかし、酔っ払ったサラリーマンはそんな男性の頭に拳を押し付ける。

 

 

 

「謝って済むかよぉ〜。なぁぁ?」

 

 

 

「そうですか。ではこちらへどうぞ……」

 

 

 

 何も言わずに男性は酔っ払いを連れて繁華街を抜け、人気の少ない公園へと連れ出す。

 

 

 

「なんだぁ、執事さんヨォ、俺たちと喧嘩しようってのかぁ? っうへ」

 

 

 

 男性は手袋を外してポケットにしまうと、男性達に向かい合った。

 

 

 

「いえ、あそこだと人の目がありますので」

 

 

 

「へぇ〜、俺たちとやるってかぁ、面白い……」

 

 

 

 話を聞かない酔っ払いは上着を投げ捨てる。

 

 

 

「かつぅみ先輩、こんな奴、俺一人で十分ですよぉ〜。俺若い頃、アマですがボクシングやってたって言ったっすよねぇ、こんなヒョロヒョロ余裕っすよォォ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「剛田警部。福田警部が来ました」

 

 

 

 ゴリラみたいな顔をした警部に報告をする。

 

 

 

「福田だぁ〜? あの無能が……」

 

 

 

 文句を言いながらも剛田警部は立ち上がると、福田警部の元へ向かう。

 

 

 

「何の用だ、福田……。ここはお前の管轄じゃねぇだろ」

 

 

 

「俺だって着たくて来たわけじゃない」

 

 

 

 不機嫌な顔で睨みつける剛田警部。そんな態度を取られ、福田警部も不機嫌な顔になる。

 しかし、現場の状況を見て歪みあってる場合じゃないと判断して、ため息を吐き冷静になる。

 

 

 

「こいつはひどいな……」

 

 

 

 福田警部の隣では猫目の刑事が口を押さえた。

 

 

 

 ブルーシート包まれているものは、原型がなく元の形が分からないほど変形していた。

 周りにはその物体から飛び出したものが散らばっている。

 

 

 

「暴力団の仕業か?」

 

 

 

 福田警部は隣にいる剛田警部に尋ねる。

 

 

 

「人間業じゃねぇよ。奴らでもここまでするのは時間がかかる。犯行時間は三十分以内だ。それ以上は状況的に無理だ」

 

 

 

「第一発見者か?」

 

 

 

「ああ、ここに住んでる浮浪者だ。三十分ほどここから離れていたら、この惨状が出来上がってたらしい」

 

 

 

 三十分でこれだけの状況になるのはかなりの人数と道具がなければ不可能だ。

 しかし、そんな人達の目撃者情報はない。

 

 

 

「警部!! 被害者の関係者の方と連絡が取れました!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁぁあぁー」

 

 

 

 私は寝っ転がったまま背伸びをする。昼ご飯を食べてうとうとした私は気がついたら、ソファーで寝ていたらしい。

 

 

 

「重たいな……」

 

 

 

 寝た状態で私は身体が重いことに気づいた。まさか、金縛りにでもあったのだろうか。

 しかし、重たいのは腹だけだ。

 

 

 

 私は首を上げてお腹の方を見ると、私の上でリエが寝ていた。

 

 

 

「リ〜エ〜」

 

 

 

 私は寝ているリエの髪の毛をわしゃわしゃやって、イタズラをする。それでもリエは起きる気配がない。

 

 

 

「おう、起きたか。レイ……」

 

 

 

 テーブルの上に新聞を広げて読んでいた黒猫が、私が起きたことに気がつく。

 

 

 

「ねぇ、私潰されてるんだけど」

 

 

 

「知るかよ。二人して飯食ったらさっさと寝やがって……」

 

 

 

「なに? 寂しかったの?」

 

 

 

「そんなわけあるか!」

 

 

 

 私は寝っ転がったまま黒猫を揶揄うと、黒猫は照れた様子で否定する。

 

 

 

「……っと、それより今朝のニュース、新しいこと書いてあったぞ」

 

 

 

 黒猫は猫の手で新聞の一面を叩いて、その記事をアピールする。しかし、リエに乗られている私は首を動かすことしかできず、テーブルにある新聞が見えない。

 

 

 

「こっち持ってきて」

 

 

 

「ミーちゃんにそんな重労働させるな……。リエを退かせばいいだろ」

 

 

 

 私はリエの頬っぺたを掴み引っ張るが、リエは起きる様子はなく、熟睡している。

 

 

 

「無理ね」

 

 

 

「だから退けろ!」

 

 

 

 私はリエをソファーに寝かしつけて、パイプ椅子に座る。そして黒猫の言う記事に目を通す。

 

 

 

「犯人の見た目は30代前半の男で、長身の執事……。執事って本当にいるの?」

 

 

 

「いや、お前、メイド服着てる女見たことあるだろ」

 

 

 

 黒猫に言われてその人物の見た目を思い出す。

 

 

 

 メイド服を着た…………

 

 

 

「彼女は変態よ。メイドじゃない、変態メイドよ」

 

 

 

「結局メイドに戻ってるぞ。……っと、その続きだ」

 

 

 

 黒猫に指示されて先を読む。

 

 

 

「八神村の事件との関係性?」

 

 

 

「知ってるか? 八神村の事件」

 

 

 

 私は静かに頷く。

 

 

 

 最近よくテレビで放送される大事件だ。山奥にある村で起きた殺人事件。五人の被害者と二人の行方不明者が出ており、今も捜査は続いている。

 

 

 

「確か高校生探偵が捜査に参加したんだっけ」

 

 

 

「ああ、その事件だ。その探偵も今回の件で目をつけてこっちの方に来るらしい」

 

 

 

「それは物騒ね……」

 

 

 

 もしもその事件の犯人がこの街に来ているとしたら怖い。

 

 

 

 ただでさえ近くで起きた事件というだけで怖いのに、そんな大事件と関係あるかもしれないと言われると、さらに恐ろしくなる。

 

 

 

 記事を読み終えると、黒猫が私の顔を見て、

 

 

 

「出かける時は気をつけろよ」

 

 

 

 真剣な顔で言ってきた。そんな黒猫を見て、

 

 

 

「あんた、最近分かったけどツンデレ属性持ちなの?」

 

 

 

「なっ!? そんなわけないだろ!!」

 

 

 

 私は黒猫の鼻をツンツン指で突く。

 

 

 

「あるよ〜。あんた、最初は嫌ぁなおっさん感強かったけど、最近デレの部分も結構出すじゃないの〜」

 

 

 

「出すかよ! このやろー!」

 

 

 

 黒猫は恥ずかしがって私の指に噛みつこうとするが、私は噛み付かれる瞬間だけ指を退いて上手く避ける。

 

 

 

 黒猫の噛みつきをギリギリで躱して遊んでいると、寝ていたリエがむくっと起き上がる。

 そして目元を擦りながら寝ぼけた声を出す。

 

 

 

「レイさ〜ん、お腹空きました〜」

 

 

 

「さっき食ったばっかりでしょ…………ってあぁぁぁぁっ!! 噛まれたー!!!!」

 

 

 

 リエに気を取られている隙に黒猫に指を噛まれる。ドヤ顔をしてくる黒猫を引き剥がし、私は台所の洗面台で指を流す。

 

 

 

「それなりに強く噛んで……血出てるじゃない」

 

 

 

「俺を小馬鹿にするようなこと言うからだ。……と、リエ起きたのか」

 

 

 

 私が血を水で流して、消毒液を拭いてから絆創膏をつけていると、リエも完全に目が覚めたようで腕を伸ばしてソファーに座った。

 

 

 

「どれくらい寝てました?」

 

 

 

「レイと一緒で、一時間くらいだ」

 

 

 

 質問に黒猫が答え、リエは口を開けてぼーっとした顔をした後。

 

 

 

「お腹空きましたね」

 

 

 

「あんた、まだ寝ぼけてる!?」

 

 

 

 私は思わずツッコんでしまった。

 

 

 

「お昼少なかったんですよ〜」

 

 

 

「おかわりしてたじゃない……」

 

 

 

 リエは食べ物を探して冷蔵庫を開けたり、戸棚を探ってみたりする。

 本当にお腹が空いているようだ。

 

 

 

 しかし、お目当てのものは見当たらないみたいで、結局ソファーに戻ってきた。

 

 

 

「何もなかったの?」

 

 

 

「はい……」

 

 

 

 残念そうなリエ。私はめんどくさかったが、重い腰を上げた。

 

 

 

「分かった。夜ご飯買いに行くついでに、気になってたメロンパン屋にでも寄りましょうか」

 

 

 

「やったー!!!!」

 

 

 

 リエは嬉しそうに空中に浮きながらクルクルと回転する。

 

 

 

「出かけるのか?」

 

 

 

 テーブルの上では黒猫が心配そうにしている。

 

 

 

「大丈夫よ。どうせ買い物には行かないといけないんだし。それに今日は楓ちゃん部活だけみたいだから、メロンパン買っといたら食べるでしょ」

 

 

 

 私は支度を進めて出かける準備を始める。支度を終えていざ出ようとした時、

 

 

 

「レイさん?」

 

 

 

 リエの頭がボサボサになっていることに今更気づいた。

 そういえば、寝ている時にリエの髪で遊んでいた。

 

 

 

 所々は跳ねたり、丸まっている。かなり奇抜な髪型だ。

 

 

 

「リエ〜おいで〜」

 

 

 

 ブラシでリエの髪の毛を整えて、いざ出発!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 駅前のスーパーに買い物に向かう。途中の公園通りは警察官が多く、通路を封鎖しているため、あまり道になるが別のルートから駅へ向かった。

 

 

 

 スーパーに着き、買い物かごを手に取ると私はリエに聞く。

 

 

 

「何食べたい?」

 

 

 

「んー、メロンパン」

 

 

 

「いや、それは後でのおやつだから…………。夜ご飯よ、夜ご飯!!」

 

 

 

 私が尋ね直すと、リエは少し考えた後答えた。

 

 

 

「生姜焼きが良いです」

 

 

 

「生姜焼きね……。じゃあ、サラダも欲しいね……後は……」

 

 

 

 メインメニューをリエに決めてもらってから、私はそれに合うサブメニューを考える。

 最近はこうやることで何を作るか考えるのが楽だ。

 

 

 

「確か玉ねぎは残ってたから。キャベツと……」

 

 

 

 事務所に何が残っていたのかを思い出しながら、必要な材料をかごの中に入れていく。

 

 

 

「レイさん、お肉ここで買うんですか?」

 

 

 

「本当は商店街で買いたいんだけど。土曜日は休みなのよね……」

 

 

 

 私は諦めてお肉コーナーになるお肉を手に取ってカゴに入れる。

 

 

 

 スーパーで買い物をしている時も、店内では事件のことは話題になっているようで、行く先々で店員や主婦達が噂をしている。

 

 

 

 みんな怯えた様子だが、普段の生活を変えることはなく。気にしてはいるが、いつものような日常が進んでいる。

 

 

 

 買い物を終えた私達はスーパーを出ると、駅近にあるメロンパン屋さんに寄って、メロンパンを買う。

 

 

 

「早く食べたいですね〜」

 

 

 

「事務所に帰ってからよ。あんたがメロンパン食べたら、空中で消えるメロンパンの誕生よ」

 

 

 

「分かってますよ」

 

 

 

 事務所に向かって私達は歩き出す。住宅街を進み、薬局を過ぎると、路地の奥から男性の悲鳴が聞こえてきた。

 

 

 

「リエ、今の声……」

 

 

 

「悲鳴みたいでしたね」

 

 

 

 私とリエは顔を合わせて、お互いの表情を見合う。そしてお互いに頷いて同意のもと。

 

 

 

 事務所に向かって走り出した。何があったのかは分からない。だが、悲鳴が聞こえてくるなんて、ただ事じゃない。

 

 

 

 私達はその場から逃げようと必死に走る。すると、角から飛び出してきた男性とぶつかり、私は大きく弾かれた。

 

 

「レイさん、大丈夫ですか?」

 

 

 

 リエが心配そうに私の周りをくるくる回る。

 

 

 

「痛ぁ〜」

 

 

 

 私はお尻を地面に打つ。地べたに座り込んでしまっていると、私の目線の先に手が差し伸べられた。

 

 

 

「すみません、急いでいたので……」

 

 

 

 私はその手を取って立ち上がると、そこには長身に執事服を着た男性がいた。

 男性も走っていたようで額を汗が流れる。

 

 

 

「いえ、私も周り見れてなくて……ごめんなさい」

 

 

 

 私はその男性の服装に既視感を感じながらも、思い出すことができず、誰だったのか謝りながら思い出そうとする。

 

 

 

 しかし、思い出す前に、

 

 

 

「ん、気づかれましたか……」

 

 

 

 執事はそう言うと焦った表情で、周囲を警戒する。それと同時にリエも怯えたように私にしがみついた。

 

 

 

 執事は一礼すると、

 

 

 

「では、急いでいるのでこれで。それと幽霊の方と一緒に早く逃げた方がいいですよ」

 

 

 

 執事は背筋を伸ばし、綺麗な姿勢のまま走り出す。

 

 

 

「今の人、リエに気づいてた……? ねぇ、リエ」

 

 

 

 私はさっきの執事についてリエに尋ねようとするが、リエは震えたまま私に張り付く。

 

 

 

「どうしたのよ……」

 

 

 

 リエは震える手で執事が飛び出してきた角の先を指差した。

 

 

 

「悪霊……です」

 

 

 

「え……?」

 

 

 

 指された先を見ると、そこには顔だけで建物に匹敵する巨大な骸骨が、家と家の隙間から覗き見ていた。

 

 

 

「ぎゃぁぁぁぁっ!!!!」

 

 

 

 私はリエを連れて、骸骨とは反対側へと走り出す。それは自然と執事の向かっていった方向と同じだった。

 

 

 

 骸骨は家と家の間を縫いながら、私達を追ってくる。

 

 

 

 必死に逃げ続けて、やがて前方に執事が見えて追いつく。

 

 

 

「なんなんですか!! あれは!!」

 

 

 

 追いついた私は執事に叫ぶ。追いつかれたことに驚きながらも、執事は返す。

 

 

 

「見ての通りあれはがしゃどくろ。悪霊です!!」

 

 

 

「なんで悪霊に追われてるんですか!!」

 

 

 

「それは色々と事情がありまして……。とにかく今は逃げましょう!」

 

 

 

 私達は執事と一緒になって悪霊から逃げる。気がつくと悪霊は姿を消し、どうにか逃げ切ることに成功したようだ。

 

 

 

 逃げ切れたことに気がついた私達は、自販機の横にあるベンチに座り、息を整えた。

 

 

 

「はぁ〜やっと逃げ切った……」

 

 

 

 呼吸の荒くなった私の背中をリエが摩る。

 

 

 

「あの悪霊。特定の人以外からは姿を見えなくしてましたね、見えない相手には悪霊も干渉することはできてなかったですが、それで騒ぎにはなってないんですね」

 

 

 

「住宅街であんな化け物が出たのに、騒ぎにならないのはそれが原因なのね……」

 

 

 

 悪霊からは逃げ切ることができたが、私は隣にいる執事に尋ねる。

 

 

 

「なんで、悪霊に追われてるんですか?」

 

 

 

 執事はすでに呼吸を整え終えたようで、立ち上がると答え始めた。

 

 

 

「悪霊は性質上、力を持った人間、または多い場所に寄せ付けられます。なぜか、悪霊が存在を保つために必要なエネルギーだからです」

 

 

 

 それを聞いたリエは確認するように聞く。

 

 

 

「じゃあ、あなたは力を持った人間ってことですか?」

 

 

 

 

「ま、そんなところです。役に立たない貧弱な力ですけどね」

 

 

 

 

 

 

 

 



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第35話 『悪霊から逃げ切って』

霊能力者のレイちゃんは、ダメ、無能、役に立たない?

 

 

 

著者:ピラフドリア

 

 

 

第35話

『悪霊から逃げ切って』

 

 

 

 

 

 コインが弾かれる。そのコインは巨大な骸骨の頭蓋骨を貫き、骸骨は地べたに倒れた。

 

 

 

 コインを親指で弾きそれをキャッチして、それを繰り返しながら男性は骸骨の目の前に立つ。

 

 

 

「残念だったな……お前の夢は亡き妻の生まれ変わりを探すこと。しかし、それを叶える前に諦めちまったか」

 

 

 

 コインを持った男性は懐から拳銃を取り出すと、骸骨の頭蓋骨に向けて二発撃ち込んだ。

 

 

 

 弾丸を受けた骸骨は、黒いモヤとなり薄くなると、跡形もなく消滅した。

 

 

 

「……終わりましたね」

 

 

 

 女性のような声をした金髪の男が、持ち場から離れて合流。それを追うようにパイナップルヘアの男性も屋上から飛び降りて合流した。

 

 

 

 コインで遊ぶ男性は眉間に皺を寄せる。

 

 

 

「終わったか……俺はそうは思えないがな……」

 

 

 

 男性の言葉を聞き、合流してきた二人も緊張感を持つ。

 

 

 

「やはりこの悪霊は人為的に引き起こされたものと考えてるんですか?」

 

 

 

 金髪が聞くとコインの男性は頷く。

 

 

 

「十兵衛は心の弱い幽霊じゃない。人為的な何かがなければ、悪霊化なんて考えられるか……」

 

 

 

 落ち着いた口調で喋るが、コインは普段よりも高く打ち上げられており、その手は震えていた。

 

 

 

「そうだ。ご飯食べましょ、まだ食べてなかったですよね」

 

 

 

 

 

 

 

 近くにある牛丼屋に入り、三人は空いていたテーブル席に座る。

 奥にコインを持った男性とパイナップルヘアが座り、向かいに金髪が座った。

 

 

 

 注文を終えて三人は牛丼が完成するのを待つ。

 

 

 

 その間、金髪がコインの男性に聞いた。

 

 

 

「さっき人為的な何かって言ってましたが、悪霊を作ることなんてできるんですか?」

 

 

 

 金髪の疑問にコインをキャッチしてから答える。

 

 

 

「可能だ。だが、簡単なようで難しいことだ。幽霊だって意思を持ち成長する。その幽霊を化け物に変えるんだ、簡単にできるかよ……」

 

 

 

「なら、どうやって……?」

 

 

 

「さぁな。難しいが不可能ではない。それに俺は今朝の事件も今回の件と関係してると考えてる」

 

 

 

 パイナップルヘアはおでこに指を当てて考えたのち。どの事件か思い出す。

 

 

 

「公園での殺人事件っすか」

 

 

 

「ああ、その事件だ」

 

 

 

 それを聞いた金髪は難しい顔をする。

 

 

 

「確かに悪霊の居場所と事件現場は近いですが、関連性はありますかね?」

 

 

 

「遺体の損傷から短時間であそこまでできるのは、普通の人間じゃない。そうなると術師や不死者の可能性も考えられるが、海の件もそうだ。悪霊を操ろうとしてる奴らがいる。俺はそう目をつけている」

 

 

 

 コインの男性はそこまで言った時。

 

 

 

「おー、なかなかやるじゃねーか」

 

 

 

 コインの男性の背後から突然褒められる。三人は驚いて声の聞こえる方を向くと、そこにはコートを羽織った男が牛丼を片手に食事をしていた。

 

 

 

「月兎か。なぜ貴様がここに……」

 

 

 

「俺は飯を食っちゃいけねぇのか? ひどいなぁ、最近の人間は……」

 

 

 

 月兎はご飯を口いっぱいに入れて、美味しそうに頬張る。美味しそうに食べる姿を見ていたパイナップルヘアが腹を空かせて唾を飲んだ。

 

 

 

 コインの男性は月兎を睨みつけると、月兎に問いかけた。

 

 

 

「お前は何か知ってるのか?」

 

 

 

「いーや、知らない」

 

 

 

 それを聞いたコインの男性は不機嫌になり嫌味を言う。

 

 

 

「役立たずが……。そういえば、あの狼に見つかったみたいじゃないか、俺たちの情報は正しかったか?」

 

 

 

「情報……? ああ、北方の軍事基地か。あそこはハズレだ。俺の部下を向かわせた時に遭遇してる」

 

 

 

「そっちに例の物があったか」

 

 

 

 話しているうちに店員が牛丼を持ってきて、コインの男性は達のテーブルに注文の品を置く。

 金髪とパイナップルヘアが箸を割って食べ始める中、コインの男性だけは手をつけず話を続ける。

 

 

 

「じゃあ、どこで見つかったんだ? 俺たちだってお前の居場所は見つけられないぞ」

 

 

 

 月兎は最後の一口を食べ、それから答えた。

 

 

 

「偶然だよ」

 

 

 

「偶然?」

 

 

 

「運命ってやつなのか……。会う気がなかったわけではない。でも、俺からは会うつもりはなかったぜ。自身で突き止めて来るのを待っていたからな。だが、運命には逆らえない」

 

 

 

 話を聞いていたコインの男性は呆れて箸を手に取ると、箸を割って食事を始めた。

 

 

 

 月兎は空になったコップに水を注ぎ、一口で水を飲み切ると、

 

 

 

「話を戻そうか、お前の目のつけてる通り。悪霊を操ろうとしてる奴らがいるぜ」

 

 

 

 背を向けてコインの男性に告げた。

 

 

 

「誰だ?」

 

 

 

「だぁかぁらぁ、知らないって言ってるだろ。俺は万能じゃねぇんだよ」

 

 

 

「お前の伝手なら分かるんじゃないのか?」

 

 

 

 しつこく詰問される月兎が呆れながらも、前方にいる相席の男に尋ねる。

 

 

 

「分かるか?」

 

 

 

 相席の男は大盛りの牛丼にチーズを乗せて、卵とキムチをトッピングしていた。

 大盛りの牛丼を食べる手を止めると、

 

 

 

「そう言うのは専門の回線を使って欲しいんだけどなぁ。顔バレしたくないし……。ま、目星はついてるぜ」

 

 

 

「だとよ」

 

 

 

 予想以上に情報を掴んでいそうな相席の男に、月兎は少し驚いた様子だ。

 情報を何か掴んでいそうな男性に目をつけたコインの男性は、月兎に命令する。

 

 

 

「吐かせろ」

 

 

 

 しかし、月兎は無言のまま動くことはしない。諦めたコインの男性は食べている途中の二人の部下に命令をした。

 

 

 

 二人の部下は嫌そうにしながらも、逆らうことはせず。箸を置いて席を立つ。

 そして奥にいる男性の元へと向かおうとしたが、月兎が横に腕を伸ばして止めた。

 

 

 

「そういうのは好きじゃない」

 

 

 

 月兎が金髪とパイナップルヘアを睨みつけると、二人はその眼差しに恐怖を感じて、無意識に後ろに下がってしまう。

 

 

 

 だが、恐怖に飲み込まれた二人とは違い。コインの男性は後ろにいる月兎に告げる。

 

 

 

「俺達は正義のために動いている。そのためなら拷問だってする。手を退けろ、月兎……。邪魔をするなら貴様でも容赦はしない」

 

 

 

 月兎は大きくため息を吐いた後、席を立ち上がった。それに続いて相席の男性も食事を終えて立ち上がる。

 

 

 

 二人が立ち上がったことで、金髪とパイナップルヘアは懐に手を入れて、いつでも武器を取り出せるように構えた。

 

 

 

 月兎は椅子をテーブルにしまいながら、コインの部下に伝える。

 

 

 

「そう身構えるな。やる気はないからよ」

 

 

 

 そして月兎とその付き添いは、金髪とパイナップルヘアの合間を通り、レジで会計を済ませる。

 

 

 

 店員は怯えながらも騒ぎ立てることはなく。他の客も静かにことを見守っている。

 

 

 

 会計を終えた月兎は店の扉を開けると、最後に振り向き、

 

 

 

「悪いことでもやるっていう厨二宣言するならよ。情報屋にでも連絡取れよ」

 

 

 

 連れの男に肘で突かれながら出て行った。

 

 

 

 金髪の男性はコインの男性に確認をする。

 

 

 

「どうします。追いますか?」

 

 

 

 男性はコインを飛ばして手の甲でキャッチすると手で見えないように隠す。そして金髪に尋ねた。

 

 

 

「裏か表か、どっちだ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 悪霊から逃げ切った私とリエ、そして執事はベンチで休んでいた。

 

 

 

「なんで、悪霊に追われてるんですか?」

 

 

 

 私が尋ねると執事は答える。

 

 

 

「悪霊は性質上、力を持った人間、または多い場所に寄せ付けられます。なぜか、悪霊が存在を保つために必要なエネルギーだからです」

 

 

 

 執事の説明を聞いたリエはあることを聞いた。

 

 

 

 リエの姿は執事には見えているようで、霊感のある人物らしい。

 

 

 

「じゃあ、あなたは力を持った人間ってことですか?」

 

 

 

「ま、そんなところです。役に立たない貧弱な力ですけどね」

 

 

 

 そう答えた執事は立ち上がると、ベンチにつけていたお尻を軽く叩く。

 

 

 

「しかし、まぁ、人間とお友達の幽霊ですか。……少し酷なことになりますね」

 

 

 

 執事は私達に背を向けたまま、そう呟いた。それとほぼ同時に、雲に隠れていた夕陽が赤い光を放ちながら執事を照らした。

 

 

 

 真っ赤に染まった執事は首を曲げて顔を向けた。そして目を細めてニコリと笑う。

 

 

 

「申し訳ありませんが、あなた方を引き剥がさせてもらいますよ」

 

 

 

「え?」

 

 

 

 私とリエが突然の発言に戸惑う中、後ろから木製のものが擦れてぶつかる音が鳴る。

 私とリエが振り向くと、そこには人間サイズの木製の人形が二対、背後に立っていた。

 

 

 

「なにこれ……」

 

 

 

 背後に現れた人形は私とリエのことを掴むと、私をベンチに押し付けて、リエを掴み上げる。

 

 

 

「何するんですか! やめてください!!」

 

 

 

 リエは抵抗して暴れるが、木製の人形を殴ってもびくともしない。

 私もベンチに倒れさせられて、身体を人形に押し付けられて、身動きが取れなくなる。

 

 

 

「リエ!!」

 

 

 

「レイさん!!」

 

 

 

 私とリエはお互いのことを心配し合い、名前を呼び合い無事を確認する。

 しかし、私は押さえてけられて、リエの姿は見えず声だけでしか、存在を確認できない。

 

 

 

「あなた、なんのつもりなの!! 警察呼ぶから!!」

 

 

 

 私が執事に叫ぶと、執事はネクタイの位置を整えて姿勢を正す。

 

 

 

「警察ですか。幽霊を攫われた、そう通報なさるつもりですか。そんな通報イタズラ扱いですよ、それにもし警察が動いたとしても私は捕まりません」

 

 

 

 執事は頬を上げて不気味な笑顔を作った。

 

 

 

「なぜなら私は警察に追われても、捕まってませんから」

 

 

 

 この時、私はやっと思い出した。

 

 

 

 

 

 

 出かける前に黒猫と話しているときに出た話題。

 

 

 

『犯人の見た目は30代前半の男で、長身の執事……。』

 

 

 

 近くの公園で起きた殺人事件。その犯人の容姿。

 

 

 

 

 

 

 

 この執事はその情報に一致していた。

 

 

 

「あなた……まさか」

 

 

 

 私は執事と新聞に載っていた人物が同一人物ではないかと気づく。

 しかし、気付いたところで動くことはできず、騒ぎ見守ることしかできない。

 

 

 

「その幽霊をこっちに連れて来なさい」

 

 

 

 執事は人形に命令してリエを近くまで運ばせる。そしてリエの顎を指で持ち上げて、顔を確認した。

 

 

 

「可愛い嬢ちゃんですね。しかし、これもあの人の命令、そしてお嬢様のためです」

 

 

 

 執事はポケットの中からUSBのような小さな箱を取り出すと、その先端をリエの首元に刺した。

 

 

 

「なん、……ですか……これ…………」

 

 

 

 刺されたリエは力を失いぐったりとして、人形に支えられた。

 

 

 

「リエに何をしたの!!」

 

 

 

「大丈夫。今は眠らせただけです。目の前でやるのは酷ですからね。私だって失う気持ちは分かります」

 

 

 

 執事はそう言うと、人形にリエを担がせてこの場から去ろうとする。

 私は人形に押さえつけられているが、暴れてどうにか抜け出そうとする。

 

 

 

「リエ!! 起きてリエ!!」

 

 

 

 しかし、私は抜け出すことはできず。名前を呼んでもリエの返事は聞こえない。

 

 

 

「リエぇ!!!!」

 

 

 

 足音が離れていく中、突然私を押さえ付ける人形がいなくなり、私は身動きが取れるようになる。

 

 

 

「おい、何やってんだ、テメェ……」

 

 

 

 自由になった私は何が起きたのか確認するため、見上げて人形のいた場所を確認する。

 そこには人形を蹴り飛ばし、ベンチの背もたれにうんこ座りをするスキンヘッドの男がいた。

 

 

 

「スキンヘッドォォォォォ!!!!」

 

 

 

 私は鼻声で涙を流しながら、現れた救世主の名前を叫ぶ。

 

 

 

「スキンヘッドは名前じゃねーよ!! …………っと、ふざけてる場合じゃないよな」

 

 

 

 スキンヘッドは背もたれからジャンプして飛び降りると、地面に転がる人形の首関節のところに着地し、胴体と首を踏みつけて切断する。

 

 

 

「霊感の弱い俺にはモヤしか見ねぇが……やばい状況ってことは分かった」

 

 

 

 スキンヘッドは私に手を伸ばし、私の腕を掴むとベンチで寝っ転がる私を立ち上がらせる。

 

 

 

「さてと、霊宮寺さん。ここであんたに質問だ。あの人形が抱えてるモヤ、あれは姉さんが言ってたあんたの友達で間違いねぇな」

 

 

 

「ええ、でもなんで……」

 

 

 

「兄貴の恩人が困ってんだ。放っておくことはできねぇよ」

 

 

 

 スキンヘッドは右拳を左拳で包み込んで骨を鳴らす。

 

 

 

「おい、そこの執事。その幽霊を放せ。今放すならぶん殴るだけで許してやる」

 

 

 

 鋭い眼差しで睨むスキンヘッド。そんな怖い顔で睨まれたら、私なら怯えて動けなくなる。

 

 

 

 しかし、そんな目線を向けられても、執事は冷静にこちらに身体を向けた。

 

 

 

「私に勝てるおつもりで?」

 

 

 

「はぁ? お前こそ俺にッ…………!?」

 

 

 

 突然横から殴られたスキンヘッドはよろめく。しかし、スキンヘッドはすぐに体勢を立て直すと、口から出る血を腕で拭って殴って来た相手を睨む。

 

 

 

「まだいるのかよ……」

 

 

 

 そこには木製の人形が五体ほど並んでいた。

 

 

 

 スキンヘッドは私を守るように立ち、背を向けて告げる。

 

 

 

「霊宮寺さんは俺の後ろに……」

 

 

 

 人形が一斉に襲いかかってくる。スキンヘッドは襲いくる人形を殴り飛ばすが、相手は人形。殴ってもダメージはなく、すぐに立ち上がってくる。

 

 

 

「なんなんだ、この人形……なんで動くんだよ……」

 

 

 

 五体の人形を同時に相手していたスキンヘッドだが、流石に押され始める。

 そんなスキンヘッドの様子を見て、執事はやれやれといった表情をし、

 

 

 

「では、私はこれで……」

 

 

 

 そう言って深く礼をした後、背を向けて去ろうとする。

 

 

 

「霊宮寺さん、ここは……っぐ!? ……さきに!? ……っ!!」

 

 

 

 殴られながらもスキンヘッドは五体の人形を止めて、先に行くように促す。

 私はスキンヘッドに感謝しながら、執事を追う。

 

 

 

「リエぇぇ!!!!」

 

 

 

 頭に強い衝撃を受ける。深く痺れるような感覚。視界が歪み、身体の力が抜けた私は地面へと倒れていく。

 

 

 

「霊宮寺さん!! まだいるのか、何体いるんだ!!!!」

 

 

 

 遠くからスキンヘッドの声が響く。

 

 

 

 視界が暗くなり、私の意識は世界から拒絶される。

 

 

 

 

 

 

 

 



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第36話 『悪夢のカウントダウン』

霊能力者のレイちゃんは、ダメ、無能、役に立たない?

 

 

 

著者:ピラフドリア

 

 

 

第36話

『悪夢のカウントダウン』

 

 

 

 

 

 

 コツン……コツン。天井から水滴が落ちる音が響く。

 

 

 

「……私を閉じ込めてなんのつもりですか」

 

 

 

 取り憑く存在がなくなり、残り少ない自身の霊力で身体を維持する幽霊は、檻の外でパイプ椅子に座りこちらを見ている執事に尋ねる。

 

 

 

 執事は幽霊に優しい笑顔を向ける。

 

 

 

「そう怖い顔をしないでくださいよ」

 

 

 

 幽霊を閉じ込める檻の中には、霊力が込められた腕時計と、お盆に乗せられた食事が置かれている。

 

 

 

 しかし、幽霊は腕時計に取り憑かず、食事にも手をつけない。

 

 

 

「なんのつもりなんですか!」

 

 

 

「君と話をしたいだけですよ。君のことを知り、心に刻んでおくためにです」

 

 

 

「私のことを知る?」

 

 

 

 執事の言葉に疑問を持ち、恐怖を感じるリエ。

 

 

 

 執事は立ち上がると、檻とは反対側にある小窓から半月に目をやった。

 

 

 

「…………私には帰る場所がある。そのために君には犠牲になってもらう。だからこれは君に対して私ができることなんだ……」

 

 

 

 月光に照らされて執事は振り返る。その顔は穏やかな顔であり、表情からは悪意を感じることはできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「リエ!?」

 

 

 

 目が覚めるとそこは見慣れた天井。

 

 

 

「…………ここは私の部屋……」

 

 

 

 私は事務所にある自室のベッドで寝ていた。

 

 

 

 立ち上がろうとするが、酷い頭痛に動けず。どうにか寝返りを打つ。

 すると、枕の横には黒い物体が丸くなって寝ていた。

 

 

 

「タカヒロ……さん?」

 

 

 

 私は手を動かして指先で、黒猫の背中を突く。すると、触ったところから波が動くように毛が逆立ち、黒猫が飛び上がった。

 

 

 

「うわっ!? なんだ!? 敵襲か、敵襲なのかァァァァァ!? ……………って、レイ、お前か……」

 

 

 

 勝手にビビって焦っていた黒猫は、自己解決して冷静になる。

 

 

 

「なんであんた、私の部屋にいんのよ」

 

 

 

 私は寝た状態で睨みつけると、黒猫はそっぽを向く。

 

 

 

「お前には関係ない。…………レイ、動けるか?」

 

 

 

 目を合わせずに黒猫は私に動けるのか聞いてくる。

 

 

 

 気になることもあるが、私はまず黒猫の指示に従い、身体を動かそうとする。

 だが、頭痛がして身体が動かせない。

 

 

 

 私の状況を理解してか、黒猫は動こうとする私の腹の上に乗ると動くのを止めた。

 

 

 

「分かった。無理はするな……」

 

 

 

「そういうなら、降りなさいよ」

 

 

 

 しかし、黒猫は降りることはなく。私の上で陣取る。

 

 

 

「レイ、どこまで覚えてる?」

 

 

 

「買い物に行って、その帰り道で執事と一緒に、悪霊に襲われて……。その執事と人形が…………」

 

 

 

 そこまで口にして私は大事なことを思い出した。

 

 

 

「そう、リエ、リエは無事なの!?」

 

 

 

 私の問いに黒猫は首を振る。それを見て私は起き上がろうとするが、頭痛と黒猫が乗っている二つの理由で動けない。

 

 

 

 黒猫は私がこの話を聞いて、起き上がろうとするのを予想していたのだろう。だからこそ、私の上に乗ったのだ。

 

 

 

「心配なのは分かる。だが、状況が状況だ。冷静にならないと何も解決しない」

 

 

 

 黒猫に説教をされるが、まだ焦る気持ちは落ち着かない。

 頭では分かっていても身体が動こうとする。

 

 

 

 そんな私の顔に黒猫は手を置くように軽く猫パンチをして、手を鼻の上に乗っけた。

 

 

 

 そこまでされて私はやっと落ち着きを取り戻す。

 

 

 

「どうだ、落ち着いたか?」

 

 

 

 私は首を少しだけ動かして頷く。これくらいの動きなら、頭の痛みも感じない。

 

 

 

「喋れよ」

 

 

 

 黒猫は頷くだけでは嫌なのか、返事をするように強要してくる。しかし、喋れない理由がある。

 

 

 

「おい、レイ……」

 

 

 

 私は大きく口を開ける。そして、

 

 

 

「ハックション!!」

 

 

 

 猫の毛にやられて大きくくしゃみをした。くしゃみをすると、その衝撃が頭に響いて私は頭を抑えながら苦しみ悶えた。

 

 

 

「あ、すまん。ミーちゃんの毛か」

 

 

 

「くしゃみが出そうだったから喋れなかったのよ……」

 

 

 

 私は鼻水を垂らし、楽な姿勢になる。そして黒猫に質問した。

 

 

 

「……それでなんで私はここにいるの?」

 

 

 

 私の質問に黒猫が答えようと口を開く。しかし、黒猫が答えるよりも早く、扉が開くと、

 

 

 

「暴走族の青年が運んでくれたんだ」

 

 

 

 お兄様が自室に入ってきた。

 

 

 

「え、お兄様……!?」

 

 

 

「お前に会いに来て待ってたら。青年がボロボロになりながら、お前をここまで運んでくれたんだ」

 

 

 

「スキンヘッドは?」

 

 

 

「ソファーで寝かしてる。お前よりも重症だ、命に問題はないがな」

 

 

 

 人形に襲われた時、スキンヘッドが守って、やられながらもここまで連れ帰ってくれていたようだ。

 私は心の中でスキンヘッドに感謝をする。

 

 

 

 お兄様は部屋に入ると、私の上で座っている黒猫を睨みつける。

 

 

 

「っと、それよりもだ。ネコ、俺の妹に何手を出そうとしてるんだ!」

 

 

 

「してないわ!! というか、するか!!」

 

 

 

「あぁ? なんだと!?」

 

 

 

 お兄様が黒猫に突っかかって喧嘩を始めた。

 

 

 

 怪我人の目の前で騒がないでほしい。

 

 

 

 っと、私は扉の前でこちらの様子を見ている赤毛の青年を見つける。

 私は手招きをして青年を呼んだ。

 

 

 

「赤崎君、君も来てたんだ」

 

 

 

「先輩に連れられて、体調はどうですか?」

 

 

 

「ちょっと痛いけどだいぶ治ってきた」

 

 

 

「それは良かった。頭の包帯少しきつそうですね、少し緩めますか」

 

 

 

 赤崎君は私の包帯を緩めながら、私に尋ねる。

 

 

 

「状況は聞きましたか?」

 

 

 

「タカヒロさんとお兄様からちょっと……。あの人形はなんなの?」

 

 

 

 包帯を緩め終えた赤崎君は私の隣で座ると、喧嘩する黒猫とお兄様を眺めながら答えた。

 

 

 

「スキンヘッドが眠る前に状況を話してくれました。おそらくそれは術師です」

 

 

 

「術師?」

 

 

 

「僕も詳しくはありません。術師はBBDの長官ミラーが提案した人間兵器の一つです。特殊な能力を持った人間で、魔法のような不思議な力だと聞いています」

 

 

 

 話を聞いた私は大きく口を開けて驚く。本来なら目を輝かせて興味を持つところだが、私はテンションは上がるようで上がらない。

 

 

 

「そんな不思議なものがあるの?」

 

 

 

「あるのが事実です。一般的に知られてないのは、BBDやそれらの組織が情報をもみ消しているからですね」

 

 

 

 赤崎君は立ち上がると、

 

 

 

「では、僕はスキンヘッドの様子を見てきます」

 

 

 

 そう言ってお兄様の方へと近づき、喧嘩をしているお兄様の耳を掴んだ。

 

 

 

「ほら、先輩も行きますよ」

 

 

 

「あか、赤崎ぃぃ、何すんだぁー!」

 

 

 

 お兄様は赤崎君に連れられて部屋を出て行った。部屋に残った黒猫はホッと疲れた様子で、その場に座った。

 

 

 

「レイ、お前にもう一つ伝えないといけないことがある」

 

 

 

 黒猫はその場に座ったまま、顔を向けずに真剣な声で告げる。

 

 

 

「楓も消えた」

 

 

 

「え!? 楓ちゃんが、なんで!?」

 

 

 

 私はベッドから身を乗り出して驚く。そんな私を黒猫は睨みつける。

 

 

 

「動くな響くぞ」

 

 

 

「え、あわぁぁぁぁっ!!!!」

 

 

 

 動いたことで頭が揺れてジーンと頭痛が襲う。

 

 

 

「ほらな」

 

 

 

 私は痛みが治ると黒猫に詳しく説明するように要求する。すると、黒猫は近づいてきて、ベッドの上に乗った。

 

 

 

「お前達が出て行ってから、楓が事務所にやってきた。それからしばらくして楓の携帯に電話がかかってきたんだ。その相手は分からないが、電話を切ると楓は走って出て行ったんだ」

 

 

 

「学校に忘れ物でもしたのかな?」

 

 

 

 私は黒猫の説明から、素直に思ったことを口にして見る。しかし、黒猫は否定した。

 

 

 

「いや、違う。楓はリエの元に向かったんだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 暗い牢獄の中、リエは壁を背に三角座りで、鉄格子の先にある窓から外の様子を見ていた。

 

 

 

 執事はリエに幾つかの質問をしたのち、牢屋のある部屋から出て行った。

 

 

 

 眠らされて連れられたから、ここがどこなのか分からない。しかし、外が見えることから地下ではないのは確かだ。

 

 

 

 壁を通り抜けて脱出を試みたが、壁には霊力のバリアが貼られており、リエの力ではそのバリアを超えることができなかった。

 

 

 

「レイさん、無事かな〜」

 

 

 

 ふと独り言を呟く。

 

 

 

 眠らされる直前に聞いたレイの声。返事を返せなかったことを少し後悔していた。

 

 

 

 コツン……コツン。扉の向こうにある廊下を歩く音がする。またあの男が帰ってきたのだろうか。

 

 

 

 リエは寂しさで弱った心に気合を入れて、執事が帰ってきても弱音を吐かないように、気持ちを切り替える。

 

 

 

 しかし、足音が近づくと、その足音が一人ではないことに気がついた。

 さらにはカメラのシャッター音のような音も外からは聞こえる。

 

 

 

 耳を澄ますと二人の声が聞こえてきた。

 

 

 

「本当にここにいるの?」

 

 

 

「なんだい、疑うのかい? 俺の情報収集能力は、君なら知っているはずだろ」

 

 

 

 その声の主は扉の前で止まると、勢いよく扉を蹴り飛ばして牢屋のある部屋に入ってきた。

 

 

 

「楓さん!?」

 

 

 

「リエちゃん、無事で良かった」

 

 

 

 部屋に入ってきたのは楓と石上。

 

 

 

 石上は楽しそうにカメラを構えて、部屋中の写真を撮影する。

 

 

 

「ここが戦中に外国人を収容していた部屋か」

 

 

 

 写真を撮り続ける石上を無視して、楓はリエのいる檻の前に立つ。

 

 

 

「リエちゃん、今助けるからね」

 

 

 

 楓は鉄格子を両手で掴むと、広げるように引っ張って檻をこじ開けようとする。

 しかし、そんなことで牢屋が壊れるはずもない。

 

 

 

「どんな方法でこじ開けようとしてるんですか…………」

 

 

 

 リエが呆れている中、楓にリングに嵌められた鍵が投げつけられた。

 楓はそれをキャッチすると、飛んできた方向を見る。

 

 

 

「鍵?」

 

 

 

「君は馬鹿なのか。そこの壁に鍵がかけてあったろう」

 

 

 

 小馬鹿にするように石上が楓に言う。イラっとした楓が言い返そうとするが、その前に石上が、

 

 

 

「そこに君の友達がいるんだろ。早く出してあげなよ」

 

 

 

 そう言われ、怒ることもできず、楓は鍵を開けてリエを牢屋から出した。

 

 

 

「楓さん、ありがとうございます。でも、なんで……」

 

 

 

「そこのパシャパシャお化けが教えてくれたんだ。レイさんが襲われて、何かを持っていかれたって」

 

 

 

 石上は辺なあだ名をつけられて、少し不機嫌そうな顔をするが、部屋の写真を撮り終えたからか。

 

 

 

「ここでの用事は済んだんだったら、早く出よう。俺のジャーナリストとしての感が言ってる。ここはヤバいってな」

 

 

 

「それは同感だ。僕も嫌な予感がする」

 

 

 

「君のは野生の感だろ」

 

 

 

「同じようなものだろ!」

 

 

 

「俺は君みたいな野蛮人じゃない。立派な現代人だ」

 

 

 

 いつも通り喧嘩を始めた二人。いつまでもここにいたくないリエは、楓の服の裾を引っ張って催促する。

 

 

 

「ごめん、リエちゃん。……あ、そうだ」

 

 

 

 脱出しようとしていたところ、楓が何か思いつく。

 

 

 

「リエちゃん。僕に取り憑きなよ。そうすれば霊力の補完ができる。霊力を使いすぎて疲れたでしょ」

 

 

 

 少し戸惑ったリエだが、ここは甘えることにして、

 

 

 

「お願いします」

 

 

 

 楓に取り憑くことにした。

 

 

 

 リエの身体は少し成長し、以前のような成長した姿になる。さらに霊力が増えたことで、

 

 

 

「お、俺にも見える!?」

 

 

 

 石上にもリエの姿が目視できるようになった。

 

 

 

 リエの見えるようになった石上は、リエにレンズを向けるとお願いをしてみる。

 

 

 

「一枚撮っていいかな?」

 

 

 

「ダメです。呪いますよ」

 

 

 

「ごめんなさい」

 

 

 

 前の嫌な思い出が蘇ったのか。リエの言葉に石上は肩を抑えて震える。

 楓はそんな石上の尻を叩き、

 

 

 

「ほら、早くここから脱出するよ」

 

 

 

 建物から出るように促した。

 

 

 

 

 

 

 ここは戦中に捕らえた外国人や反対勢力を収容していた施設であり、牢屋や拷問部屋が数多く存在する。

 

 

 

 建物自体は老朽化の影響で立ち入り禁止になっており、近々取り壊しも予定されていた。

 

 

 

 執事はその建物を利用してリエを監禁していたようだ。

 

 

 

 

 廊下を進みながらリエは質問する。

 

 

 

「あの執事さんは何者なんですか?」

 

 

 

 質問された楓は隣を歩く石上を見ると、石上はメモ帳を取り出して説明を始めた。

 

 

 

「国木田 治(くにきだ おさむ)。八神村の神楽坂家で執事をしていたが、八神村の事件以降行方不明となり、消息不明となっていた」

 

 

 

 石上の説明を聞いた楓は首を傾げる。

 

 

 

「八神村の事件?」

 

 

 

「君はそんなことも知らないのか。五人の被害者と二人の行方不明者が出た。最悪な事件さ、僕も記事を作りたくて村に向かったが、村の荒れ具合も酷かったよ」

 

 

 

「そんな事件が……」

 

 

 

 石上は説明を続ける。

 

 

 

「それに国木田の容姿は公園で起きた事件の目撃証言とも一致してる。早く出て、警察に連絡するのが良いだろう」

 

 

 

 三人が建物の出口のあるロビーに辿り着くと、ロビーの中央にあるソファーに例の人物が座っていた。

 ソファーの向きは出口の方を向いており、こちらには背を向けている。

 

 

 

 しかし、執事はまるで見えているように喋りかけてきた。

 

 

 

「そこで止まってください」

 

 

 

 バレたことに驚いた三人は一度足を止める。立ち止まると、石上はカメラを持ち上げて執事に向ける。

 

 

 

「あなたは何者ですか。この廃墟で何をしてるんですか?」

 

 

 

 シャッターに手をかけて質問する石上。答えてこちらに顔を向けた瞬間に顔を撮影するつもりなのだろう。

 

 

 

 しかし、国木田はソファーに座ったまま、右手を挙げた。

 

 

 

「質問に答えてください」

 

 

 

 石上が少し強めに言う。だが、国木田は答えない。

 

 

 

 後ろ姿でもカメラに撮っておこうと石上が、シャッターを押そうとした時。後ろから何かが石上のカメラを叩いた。

 

 

 

 

 

 

 



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第37話 『人形使い』

霊能力者のレイちゃんは、ダメ、無能、役に立たない?

 

 

 

著者:ピラフドリア

 

 

 

第37話

『人形使い』

 

 

 

 

 石上がカメラのシャッターを押そうとした時、後ろから何者かがカメラを弾く。

 

 

 

「俺のカメラが!?」

 

 

 

 首から紐でぶら下げているため、カメラは弾かれただけで無事だったが、大事なカメラを叩かれたことを怒って石上が振り返る。

 

 

 

「え……」

 

 

 

 そこにいたのは木製の人形。コマ送りのようにカクカクと関節を動かし、三人の背後に一人で立っていた。

 

 

 

「楓君、これはどういうことだい……。人形が動いてるんだが……」

 

 

 

「僕に聞くな。君の情報能力なら分かるだろ」

 

 

 

 人形は大きく拳を振り上げると、三人に襲いかかってきた。

 

 

 

「分かるわけないだろぉぉぉぉ!!!!」

 

 

 

 石上は頭を抱え右へ、楓はリエを抱いて左へ逃げる。

 

 

 

 廊下の左右に逃げ込み、人形は中心で顔を回転させて混乱する。

 そんな人形を見て、腰を抜かし壁に背をつける石上は嬉しそうに微笑む。

 

 

 

「幽霊やら動く人形やら、これは記事にするしかない。そのためにも……」

 

 

 

 怯えた石上は震えながら壁を這って、近くの棚に飾ってあった花瓶を手に取った。

 

 

 

「俺は帰って記事を書く!!」

 

 

 

 そして木製の人形に投げつける。

 

 

 

 花瓶の当たった人形は首を回転させるのをやめて、石上の方に顔を向けると、顔に合わせるように体を回転させる。

 そして硬い動きで石上に近づいていく。

 

 

 

 両手を広げ人形が掴みかかる。だが、石上も対抗して人形の腕を掴み返した。

 お互いに取っ組み合う。しかし、人形の方が力が強いのか、石上は押され始める。

 

 

 

「今だ、楓君!!」

 

 

 

 人形を抑えた石上が合図して、楓が人形に跳び膝蹴りを喰らわせる。

 人形は首が取れて胴体と分離すると、廊下を転がり動かなくなった。

 

 

 

「幽霊を倒したぞ!!」

 

 

 

 嬉しそうに動かなくなった人形の写真を撮る石上。

 楓はそんな石上の襟を掴むと引っ張った。

 

 

 

「何するんだ、楓君」

 

 

 

「今はそんなことしてる場合じゃないだろ」

 

 

 

「はぁ、それもそうだね」

 

 

 

 撮り終えた石上と共に、楓達はリビングに入った。

 リビングでは先ほど通り、国木田がソファーに座っている。

 

 

 

「今度こそ答えてもらいます。ここで何をしてるんですか!」

 

 

 

 強い口調で尋ねる石上。国木田は振り返ることはないが、その場で口を開いた。

 

 

 

「私はある人の命令でここにいます」

 

 

 

「誰ですかそれは?」

 

 

 

「それは教えられません」

 

 

 

 質問をしながら石上は目線で、楓とリエに先に行くように促す。

 出入り口は見張られているが、石上が注意を引いているうちになるべく前に進めということだ。

 

 

 

 楓はそれを理解して頷くと、足音を立てないようにリビングを進む。

 

 

 

「答えられない? それは犯罪行為に加担していると考えて宜しいのですか?」

 

 

 

「それは君達の自由さ、警察に通報しても構わない」

 

 

 

 

 石上が時間を稼いでいるうちに楓達は、国木田の視線ギリギリの場所まで辿り着く。

 これ以上は国木田に見つかる。

 

 

 

 ここで石上は知っているある情報を取り出した。

 

 

 

「それは神楽坂家の方に伝えてもいいということですね」

 

 

 

「…………ああ」

 

 

 

 ほんの少し、返事が遅れる。

 

 

 

 その反応に瞬時に気づいた石上がここぞとばかりに攻める。

 

 

 

「あなたは神楽坂家に恩義があるはずです。これは神楽坂を裏切ることになるんじゃないんですか!!」

 

 

 

「違う!! 私は!!」

 

 

 

 興奮した国木田が立ち上がり、後ろを向く。

 

 

 

 振り返った国木田を光が照らす。フラッシュに目が眩み、国木田は目を細める。

 

 

 

「良い一枚、頂きました」

 

 

 

 目を開くとそこにはカメラを下げた男子学生のみ。

 

 

 

「二人は……」

 

 

 

 国木田が異変に気づくと、出入り口に向かう足音がロビーに響く。

 

 

 

 あと数メートル。楓が出入り口に手を伸ばすが、

 

 

 

「行かせるものですか」

 

 

 

 天井から木製の人形が降って来て、出入り口を塞いだ。

 

 

 

 楓は一体だけなら逃げ切れると、判断して進もうとする。しかし、

 

 

 

 ロビーにバタリバタリと木材が落ちる音が鳴る。

 

 

 

 その光景を見ていた石上が口を大きく開けて唇を振るわせた。

 

 

 

「嘘だろ……」

 

 

 

 ロビーを包む十五体の人形。

 

 

 

「楓さん、これは……」

 

 

 

「逃げ切れないね」

 

 

 

 人形に囲まれた楓は汗を服の裾で拭った。

 楓はリエの手を取って顔を見ると、確認をとった。

 

 

 

「リエちゃん、ちょっと無茶するけど大丈夫?」

 

 

 

「無茶……? 大丈夫か……な」

 

 

 

 リエの許可を貰った楓はリエをおんぶすると、屈伸をして石上に叫んだ。

 

 

 

「石上君、君も早く逃げた方が良い。これは予想以上にヤバそうだ!」

 

 

 

「言われなくてもそうするよ!!」

 

 

 

 石上は廊下の奥へと逃げていく。人形の数体が石上を追おうとしたが、国木田がそれを止めた。

 

 

 

 そして国木田の命令で全ての人形が、標的を定める。

 

 

 

「リエちゃんは絶対に渡さない」

 

 

 

 リエを背中に抱える楓を囲む人形。人形達はタイミングを見計らって同時に飛びかかって来た。

 

 

 

「来ました!!!!」

 

 

 

 楓は高くジャンプして人形の頭を足場して、次々と人形達を飛び越える。

 後ろになるリエは驚いて大きく口を開けて叫ぶ。

 

 

 

「ギャァアヤァァァァァァ!!!!」

 

 

 

 人形を飛び越え、方位を抜け出すと、人形の集団から距離を取った。

 リエと楓は嬉しそうにガッツポーズを取る。

 

 

 

 国木田はソファーに腰掛け直し、余裕の態度で伝えた。

 

 

 

「包囲を抜けて嬉しいのは分かりますが、出口から遠ざかってますよ」

 

 

 

「あ……」

 

 

 

 楓は言われてやっと気づく。人形から逃げるのに必死で、出口から遠ざかってしまっていたことに。

 

 

 

 それならと楓はロビーを見渡した。

 

 

 

「出口なら他にも……」

 

 

 

 ソファーで寛ぐ国木田は教えてくる。

 

 

 

「ないですよ。この収容所は出口は一つ。ここ以外には出れるところはありません」

 

 

 

 これが真実から分からない。しかし、下手に逃げて行き止まりで逃げ場を無くす方が危険だ。

 

 

 

 楓はリエを背負ったまま、この場でどうにか凌ぐ方法を考えようとする。

 しかし、考える暇も与えず、人形達が次々と襲いかかって来た。

 

 

 

 楓は身体能力の高さを生かして、襲いくる人形達から身を躱す。

 だが、楓の運動能力でも数の多さには敵わず。

 

 

「っぐ!?」

 

 

 

「楓さん!?」

 

 

 

 人形のパンチを顔に喰らい、楓はロビーを転がった。転がった衝撃でリエを放してしまい、リエと楓はバラバラになる。

 

 

 

 楓は立ち上がると、急いでリエの元に駆け寄ろうとするが、人形が二人の間に入り、合流の邪魔をして来た。

 

 

 

「退いてください」

 

 

 

 楓は一体の人形を蹴り飛ばすが、一体を倒しても意味はない。すぐに新しい人形が邪魔をしてくる。

 

 

 

 リエもドーム状のバリアを貼り、人形に近づかれないようにしようとするが、霊力が足りずにすぐにバリアが消えてしまう。

 

 

 

「やめてください! 放して!!」

 

 

 

 リエが捕まると、楓も囲まれて身動きが取れなくなり、人形に捕らえられてしまう。

 

 

 

 二人は両腕を人形に抑えられ、身動きが取れない状態でソファーの前へと連れて行かれた。

 

 

 

「リエちゃんを捕まえて、何をする気ですか!!」

 

 

 

 楓は暴れながら正面にいる執事に叫ぶ。暴れることで楓を抑える人形の力が強くなり、楓の腕に激痛が走る。

 

 

 

「うぐっ…………」

 

 

 

「やめてください!! 楓さんにそこまでする必要はないじゃないですか!!」

 

 

 

 隣にいるリエが止めるように言う。すると、国木田はリエの言葉に素直に従い、人形に力を緩めるように指示を出した。

 

 

 

 薄暗いロビーに隙間から月明かりが入って来て、ソファーの前を照らした。

 国木田の顔の半分が照らされて、ピエロのような見た目になる。

 

 

 

「どうやら私について幾つか調べがついているようですね。あのカメラマンの仕業でしょうか……しかし、まだ知らないことがある」

 

 

 

 国木田は姿勢を正し服を整えると、リエのなどを見る。

 

 

 

「君の友人、……白髪の女性と、スキンヘッドの方は始末しましたよ」

 

 

 

「え……」

 

 

 

「あなたが寝ている間に、捕らえ同じように監禁したのですよ。ここには当時使われていた道具も沢山ありましたから、苦労はしませんでした」

 

 

 

 リエは隣で人形に捕まっている楓のことを見る。

 楓も驚いた様子で目を見開いていた。

 

 

 

「楓さん……」

 

 

 

「……嘘……だよ。そんなこと……」

 

 

 

 そう思いたかった。だが、楓は石上から連絡を受け取ってすぐに事務所を出て、さっきここに到着した。

 その間、レイには一度も出会っていない。

 

 

 

「真実さ、それに……」

 

 

 

 国木田は人形にソファーの下に隠してあった刀を投げ渡す。

 受け取った人形は楓の前に行き、人形の四体がそれぞれ腕と足を掴み、そしてもう一体が楓の口を塞いだ。

 

 

 

 楓はバレようとするが、人形にガッチリと固められて動くことができない。

 リエは人形に捕まったまま、楓を心配する。

 

 

 

「楓さん!! 何をする気ですか、やめてください!!」

 

 

 

 楓の前にいる人形が刀を振り上げる。

 

 

 

「楓さん、逃げてください!!!!」

 

 

 

 叫び声がロビーに響き渡り、真紅の液体が飛び散る。

 楓の頬を液体が流れ、ロビーは水の滴る音だけが残った。

 

 

 

「楓……さん…………」

 

 

 

 リエはその光景を見ていることができず、視線を逸らす。

 月明かりに映る人形の影を追い、身体を震わせた。

 

 

 

「その子は奥の部屋に捨てておいてください」

 

 

 

 人形に連れられ、楓は廊下の奥に連れて行かれる。ロビーとは近い、明かりが入り込まない廊下に入ると、すぐに楓の姿は見えなくなった。

 

 

 

 楓が消え、国木田は立ち上がるとリエの元に近づく。そしてリエの頭の上に手を置き、笑顔で話しかけた。

 

 

 

「あなたの目的を教えてください」

 

 

 

 頭に置いた手から震えが伝わってくる。それは恐怖か悔しさか。

 だが、国木田が求めているのは、その感情ではない。

 

 

 

 震えた様子で幽霊は答える。

 

 

 

「私は漫画を…………描きたい」

 

 

 

 だが、国木田は笑顔で否定した。

 

 

 

「違いますよね。あなたの話は牢獄で聞きました……」

 

 

 

 

 

 

 

 この世に生を受け、長い年月を孤独に過ごした。

 

 

 

 生前の記憶は暴力。

 

 

 

 母は団子屋の娘だったが、借金に追われ売られ、私を産んだ。

 

 

 

 母は私が憎かったのだろう。私の顔を酷く嫌い、事あるごとに殴った。

 

 

 

 暗い部屋に閉じ込められ、空腹感が無くなった時。私の身体は透けていた。

 

 

 

 そこからは誰からも認知されず、時代の変化を感じながら、私は土地に縛られた。

 そんなある時に現れたのが、ある人だった。

 

 

 

 

 

 

 

「君のペンも折り、ノートも破いた。それでも君は砕けなかった」

 

 

 

 国木田はリエの髪を引っ張り上げて、幽霊の顔を見る。強制的に目線を上げさせられた幽霊は、見たくもない顔を見るしかなかった。

 

 

 

「君の望む事は…………」

 

 

 

 幽霊の身体から黒いモヤが漏れてくる。

 

 

 

「平和な日々。孤独を忘れる仲間との生活。それは今、この私によって奪われたのです」

 

 

 

 黒いモヤが溢れ出ると、幽霊の少女を包み込む。

 

 

 

「来ました!!」

 

 

 

 国木田は素早く後ろに下がり、人形に幽霊を放すように指示を出した。

 幽霊はその場に浮遊し、黒いモヤと融合する。そして繭のような黒い塊になった後、再び膨張し、大きく高く成長していく。

 成長した物体は天井を突き破り、天へと伸びる。

 

 

 

「この街に来て二回目の成功です。こうも早く成功するとは……」

 

 

 

 両手を広げ涙を流し、狂喜を露わにする。

 

 

 

 執事の前にはロビーの天井を突き破り、月を見上げる巨大な黒い女性が座っていた。

 胴体と腕が以上に長く、細い脚は身体を支えることができないようで地面にをお尻につけている。

 

 

 

 女性は長い腕を月に向かって伸ばす。しかし、月は遠く、どれだけ伸ばしてもその手が届く事はない。

 

 

 

 国木田は楓を運ばせて残った人形を、自身の周囲に集めると守るように包囲させる。

 そして胸ポケットから十字の付いたネックレスを取り出すと、それを女性に向けて掲げた。

 

 

 

「悪霊よ、私の命令に従うのです!!」

 

 

 

 呼ばれた悪霊が月を見上げるのをやめて、執事に顔を向ける。

 長い胴体を折り曲げて、国木田に顔を近づける。国木田は十字を悪霊に向け、悪霊を支配しようとする。しかし、

 

 

 

「…………」

 

 

 

 

 悪霊は長い手を天に突き上げ、執事に向けて振り下ろした。

 

 

 

「っ!!」

 

 

 

 悪霊の一撃で建物が揺れる。老朽化に悪霊の発生で壊れかけていたロビーの天井は崩れ落ち、見上げれば夜空が見えるほど、ぽっかりと穴が空いた。

 

 

 

「失敗ですか。この制御の仕方は本当にうまくいくのでしょうか……」

 

 

 

 振り下ろされた悪霊の手の下には瓦礫しかなく。ロビーの奥に頭から血を流し、人形に引き摺られた執事が立っている。

 

 

 

「仕方がありません。あのがしゃどくろのように反抗するのなら。諦めるしかありませんね」

 

 

 

 国木田は人形に指示を出し、撤退を試みる。しかし、出入りに瓦礫が投げ飛ばされて、出口を塞がれた。

 

 

 

 国木田が悪霊に視線をやると、瓦礫を投げたのは悪霊のようであった。

 

 

 

「逃がさないということですか。術師の私は良い餌ですしね……」

 

 

 

 人形を自身の周りに展開させ、身を固める。だが、相手は悪霊だ。この方法が通じるとは思えない。

 

 

 

 国木田は死を覚悟して悪霊と向かい合う。

 

 

 

「お嬢様……。私は先に御両親の元に」

 

 

 

 悪霊が手を振り下ろす。すると残っていた全ての人形が吹き飛ばされた。

 悪霊が手を伸ばし、抵抗のできない国木田を鷲掴みにする。

 

 

 

 悪霊は国木田を持ち上げると、顔の近くまで持ってきて目の前で国木田を凝視する。

 悪霊の目は虚で絵の具でぐちゃぐちゃに塗ったように纏まりがない。

 

 

 

「食べるなら食べなさい。私は身体は食べられても魂までは飲み込まれません」

 

 

 

 最後の覚悟を決める。もう助からない。

 

 

 

 だが、悪霊は国木田を食べることはせず、大きく振り上げると遠くに見える山に向けて国木田を投げ飛ばした。

 何キロあるのだろう。その距離を数秒で到達する。

 

 

 

 国木田が消え、悪霊はゆっくりと動き出す。足を引き摺りながら、建物から出ようとする。

 多くの人のエネルギーを感じ取り、それを吸収しようと、その身体を引き摺る。

 

 

 

 そんな悪霊に向け、建物の中かな叫んだ。

 

 

 

「リエちゃん!!!!」

 

 

 

 

 

 



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第38話 『悪霊と成り』

霊能力者のレイちゃんは、ダメ、無能、役に立たない?

 

 

 

著者:ピラフドリア

 

 

 

第38話

『悪霊と成り』

 

 

 

 

 私は立ち上がると自室の扉を開けて、リビングに向かった。

 

 

 

 リビングのソファーではスキンヘッドを寝かしており、お兄様と赤崎君が奥のパイプ椅子に座っていた。

 

 

 

 私が来たことに気づいた赤崎君は驚いて立ち上がる。

 

 

 

「寒霧さん!? 寝てないとダメですよ!!」

 

 

 

 すぐに駆け寄り、私の身体を支えてくれようとする。しかし、私は赤崎君のことを押して拒否した。

 

 

 

 そして奥で椅子に座り、窓を見つめるお兄様に私は聞く。

 

 

 

「幽霊が悪霊になるって本当?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数分前。私はタカヒロさんと自室で話していた。

 

 

 

「楓ちゃんがリエを助けに行ったってどういうこと?」

 

 

 

 黒猫は私に背を向ける。

 

 

 

「憶測に過ぎない。だが、あのタイミングで楓が出ていき、リエと共に行方が掴めない。可能性があるはずだ」

 

 

 

「じゃあ、楓ちゃんがリエを助けてきてくれるかも」

 

 

 

 私は期待していた。楓ちゃんならあの執事と人形にも勝てるかもしれない。

 しかし、黒猫は違った。

 

 

 

「無理だ」

 

 

 

「なんでよ、あの楓ちゃんよ! リエを連れて逃げるくらいできるはずよ!!」

 

 

 

「そのリエが悪霊になってたらどうなる」

 

 

 

 黒猫の発言を聞いて、私は固まった。時計の秒針の進む音が、聞こえるほど部屋は静まり返る。

 そして秒針が十から十五へ移動した頃。

 

 

 

「何言ってるの、リエがそんなこと!! ……あ、痛い、頭痛っ!?」

 

 

 

「興奮するな、バカ」

 

 

 

 頭の痛みに悶える私、そんな私の手に黒猫は呆れながら肉球を押し付けた。

 

 

 

「落ち着いて話を聞け。俺だってそんなことあるとは思いたくない。だが、聞いちまったんだよ」

 

 

 

 黒猫の話では私が風邪を引いた時に、二人の帰りが遅かったからエレベーターの近くまで行っていたらしい。

 その時にリエと楓ちゃんの話を聞いた。

 

 

 

「その話、本当なの……?」

 

 

 

「俺が知るわけないだろ。だが、本当なら楓だけじゃ手に負えない」

 

 

 

 黒猫の話を聞いた私はベッドの端にお尻を置き、そして足を下ろしてスリッパを履く。

 

 

 

「どうする気だ」

 

 

 

 私の行動を見て、黒猫が睨みつけてくる。その瞳は鋭く、蛇を睨むような目だ。

 

 

 

「助けに行く」

 

 

 

「その傷でか。それにお前が行って何になる」

 

 

 

 タカヒロさんの口調はいつも以上に厳しく。私の決意を断とうとしているのが伝わってくる。

 だが、

 

 

 

「タカヒロさん、ミーちゃん。二人はどうするつもりなの?」

 

 

 

 私は黒猫のことは見ずに、下にあるニコちゃんマークのスリッパに目線をやりながら尋ねた。

 

 

 

 一人と一匹は答えることなく。私は二人の答えない答えを口にした。

 

 

 

「私を寝かしつけて。それから二人を探しに行くつもりでしょ」

 

 

 

「…………」

 

 

 

「覚えてるかな。リエが夢から出られなくなった時。あの時危険を冒してまで、あなた達は外に出た」

 

 

 

 私はゆっくりと視線を動かして黒猫の顔を見た。そして睨まれた仕返しとばかりに睨み返した。

 

 

 

「少しでもその可能性があったから外に出たんでしょ。その結果がどうあれ、あんた達はそこに救える手段があるなら行動をする一人の一匹よ」

 

 

 

 タカヒロさんが無言で答えずにいると、黒猫は動き出しベッドから降りた。

 

 

 

「おい、ミーちゃん、何する気だ!!」

 

 

 

 タカヒロさんの焦る声が聞こえる中、黒猫はベッドの下に潜り込むと、何かを引っ張り出す。

 

 

 

 そして黒猫が下から引き摺り出したのは、私の使っている小さなバッグだ。

 

 

 

 私の前にバッグを置くと黒猫はその前で座り込み、私の顔を見る。

 

 

 

「何、見ろって?」

 

 

 

 声の動揺からタカヒロさんではなく、ミーちゃんの意思で動いたのだろう。中を見るとすぐに出かけられるように必要な品々がバッグの中にまとめられていた。

 

 

 

 黒猫は目を細めながら「にゃ〜」と鳴く。

 

 

 

 ミーちゃんの一言で私は理解した。

 

 

 

 このバッグとその中身を誰が用意していたのか。そして最終的にはベッドの隠して、リエのことを話した。

 

 

 

 私は黒猫に微笑みかける。

 

 

 

「あんたも面倒な飼い主に飼われたものね」

 

 

 

 黒猫も目を細めて返事をするように、鳴くことはないが口だけを開けて返事をした。

 

 

 

 私はバッグを肩にかけて立ち上がり、黒猫を抱っこする。

 

 

 

「さぁ行きましょうか。後悔をしないために」

 

 

 

 

 

 

 

 

 私の問いにお兄様は口を開く。

 

 

 

「幽霊ってのは人の意思に宿った霊力の集合体だ。だが、その意思が無くなれば、ただの霊力の塊になる。霊力ってのは不思議でな、集まって集まって、その力を強めようとする……」

 

 

 

 感情なく淡々と喋るお兄様。私はそんなお兄様に少し強い口調で急かした。

 

 

 

「つまりは!」

 

 

 

 私を行かせたくはなかったのか。だが、私に急かされたお兄様は、時間稼ぎをやめて素直に答えた。

 

 

 

「なる。幽霊は悪霊になり得る存在だ」

 

 

 

 お兄様の答えで、タカヒロさんが聞いたリエと楓ちゃんの会話が真実となった。

 そうなると取る手段は、

 

 

 

「私達、二人を探してくるから止めないでね」

 

 

 

 私はお兄様に背を向けて事務所を出ようとする。そんな私にお兄様があることを尋ねる。

 

 

 

「悪霊に勝つ算段はあるのか?」

 

 

 

 背中越しに冷たい言葉を突きつけられる。私はすぐに振り返り、言い返した。

 

 

 

「その前にたすっ」

 

 

 

「無理だ」

 

 

 

 私が言い終える前にお兄様は否定した。椅子に座り前のめりになったお兄様は、窓から視線を落として床に目をやる。

 長い髪がお兄様の片目を覆い、髪の隙間から冷たい瞳が薄らと映る。

 

 

 

「希望は薄い。ないとは言わない。だが、奇跡を信じるな。だから、お前の抱える黒いのはお前を心配してバッグを隠した」

 

 

 

 私が視線を下にして黒猫を見ると、黒猫はそっぽを向く。

 

 

 

 お兄様は椅子の横に置いてあった細長い布を手に取ると、それを私に向けて投げ渡した。

 私がそれをキャッチすると、お兄様は

 

 

 

「最悪を考えろ。そしてその上での最善を目指せ。俺が言えるのはそれだけだ」

 

 

 

 送り出してくれた。私は渡されたものを大事に背負い、事務所を出る。

 

 

 

 残った赤崎は心配そうに尋ねた。

 

 

 

「良いんですか。行かせて」

 

 

 

「今回俺たちは動くわけにはいかない。これはあいつの決断することだ」

 

 

 

 

 

 

 事務所を出て夜道を走る。私に抱えられた黒猫が私の進む方向に疑問を持つ。

 

 

 

「居場所はわかるのか?」

 

 

 

「分からない」

 

 

 

「そうだな」

 

 

 

 私の問いに文句を言わず、一緒について来てくれる。

 

 

 

 どこにいるかは分からない。もしかしたらもう街にはいないのかもしれない。だが、行動しないよりも行動をする。

 もしかしたらいるかもしれない。いた時に後悔しないように、私と黒猫はリエ達を探して走り出す。

 

 

 

 公園を超えて住宅街を抜けると、塀の角から黒髪の男性とぶつかった。

 男性はコートを羽織っているが腕に通してはおらず、肩にかけているだけだ。

 

 

 

「すみません」

 

 

 

 私はすぐに謝ると、リエを探すために先に進もうとする。だが、そんな私に男性は背を向けたまま、あることを伝えた。

 

 

 

「北にある廃墟に行け」

 

 

 

 男性はそれだけを言い残し、コートを靡かせながら夜の街へ消えていった。

 

 

 

 男性がいなくなり、私達は再び走り出す。走っていると、黒猫があることに気がついた。

 

 

 

「あいつが言ってたこと信じるのか?」

 

 

 

「デタラメかもしれないけど、手がかりがないなら行くしかないでしょ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 人形に連れられて、廊下の奥の部屋へと押し込められる。

 

 

 

「……ぅ、ぅんぅぅ〜!!」

 

 

 

 口を塞がれて抵抗の出来ない楓を、人形は押さえつける。

 リエと離れさせられて、こんな奥まで連れてこられてしまった。

 

 

 

 あれからリエと国木田がどうなったのか。その様子が気になるが、楓は身動きが取れずにいた。

 

 

 

 そんな時、人形の背後に瓦礫が持ち上げられる。そしてその瓦礫を勢いよく人形の頭にぶつけると、木製のパーツは砕けて人形は力を失ったように地面に崩れ落ちた。

 

 

 

 仲間がやられたのに何も動かず、楓を押さえている人形。残りの人形も同じように倒して、楓は解放された。

 

 

 

「もう逃げてるものだと思っていたよ」

 

 

 

 楓は自分を助けてくれた人物の顔を見て、素直な気持ちを伝える。

 

 

 

「俺が取材途中で逃げるわけないだろ。これは君達のドキュメンタリー記事なんだから」

 

 

 

 瓦礫を投げ捨てて手についた煤を払う石上。

 楓は立ち上がると周囲を見渡した。

 

 

 

 ここは監獄の中でも倉庫的な場所なのだろう。部屋は狭く、左右には棚が置かれている。

 ここには人形と楓達以外は何もないようだ。

 

 

 

 周囲を見ていた楓の姿に気づき、石上がある情報を伝える。

 

 

 

「君に一つ朗報だ。霊宮寺さん達は建物にはいなかった」

 

 

 

「え? じゃあ、レイさんは……」

 

 

 

「国木田は嘘をついている。あれは嘘だ」

 

 

 

 国木田に聞かされたレイの話。国木田の話ではレイは始末したと伝えられた。

 しかし、それが嘘であると分かり、楓はホッと息を吐く。

 

 

 

「それにだ」

 

 

 

 安心した楓の上半身に石上は指先を向けた。指を追って自身の身体を見ると、制服が真っ赤に染め上がっているが、服も身体も着れてはいなかった。

 

 

 

「え、あれ? 僕切られたような?」

 

 

 

「切られた人間がそんな元気なはずないだろ。これもハッタリだ。血糊で切ったふうに見せかけたのだろう」

 

 

 

「何のために……?」

 

 

 

「俺は知らない」

 

 

 

 国木田がレイや楓を殺したように見せかけていたことが分かった。だが、その目的が分からない。

 

 

 

 理由を考えようと楓は頭を回転させようとしたが、その時、別のことに気がついた。

 

 

 

「そういえば…………。なんで僕が切られたこと知ってるの?」

 

 

 

「ん、ああ……」

 

 

 

 質問に答えるため、石上は自身の胸ポケットを指で二回叩き、胸ポケットを調べるように指示した。

 

 

 

 楓が自分の胸ポケットに手を突っ込むと、石ころのような小さなものが入っていることに気づく。

 それを摘み上げてポケットから出すと、それは小型のマイクだった。

 

 

 

「ジャーナリストは仕込みが肝心だ。必要な情報を聞き逃さないためにな」

 

 

 

 楓は顔を赤くすると石上に向けてマイクを投げ飛ばした。石上はキャッチすることができず、肩にぶつかってマイクが地面に落ちる。

 

 

 

「君、普段からこんなことしてるのか!! 犯罪だよ!! 今回は助かったけど、普段はやめてよ!!」

 

 

 

 石上はやれやれとしゃがんでマイクを拾った。

 

 

 

「君ってやつは……。そうだ。先にこれも渡しておくよ」

 

 

 

 立ち上がった石上はポケットからトランシーバーを取り出して楓に投げ渡す。楓がそれを受け取って、何か音が出るのか確認しようとしたとほぼ同じくして。

 

 

 

 建物が大きく揺れる。建物は音を立てて、天井からは煤が舞い落ちる。

 二人は壁や棚に捕まってその揺れから身を守った。

 

 

 

「今の揺れは……」

 

 

 

「きっと君の友達だよ。早く行った方が良い、国木田は何か企んでいる様子だからね」

 

 

 

 石上の言う通り、楓は部屋を飛び出すと急いでリエの元へと駆け出した。

 本当は短い廊下、その廊下を走りるがずっと長く感じる。

 

 

 

 まるで夢の中にいるかのような不思議な感覚。長い廊下を抜けて、ロビーに辿り着くとそこには衝撃的な光景が映っていた。

 

 

 

「……リエ…………ちゃん………………」

 

 

 

 そこには絵の具で塗りつぶしたような黒い姿をした胴長の悪霊がいた。ロビーに入り切らず、天井を突き破り、月を見上げている。

 

 

 

 ロビーの端には粉々になった人形が落ちており、執事の姿は見当たらなかった。

 

 

 

 楓はどうしたら良いのか分からず、後退る。一歩、また一歩と退がっていく。

 だが、そんな楓の足が近くにあった瓦礫の山に当たり、瓦礫の山が崩れたことで悪霊に気づかれた。

 

 

 

 悪霊はゆっくりと胴体を曲げて楓のいるロビーに目をやる。

 髪に隠れた瞳が楓のことを睨みつける。

 

 

 

 睨まれた楓は後退りをやめて、その場に立ち尽くした。

 死を覚悟したわけではない。だが、逃げるのをやめた楓は拳を握りしめる。

 

 

 

「あの時、君が望んだ通り……。僕が君を解放する」

 

 

 

 獲物を発見した悪霊は楓に手を伸ばし、楓を鷲掴みにして捕まえようとする。

 しかし、楓はジャンプして悪霊の手に飛び移ると、腕を駆け上がって本体へと向かう。

 

 

 

 悪霊は残るもう片方の手で駆け上ってくる人物を捕まえようとするが、楓は素早く躱しあっという間に本体の肩にたどり着いた。

 

 

 

 腕の長さだけで10メートル近くあったはずなのに、その距離を登り切った楓は回転しながら高く飛び上がった。

 

 

 

 悪霊の顔の高さまで飛び上がった楓は、回転を生かしたまま、悪霊の顔面に向けて蹴りをお見舞いしようとする。

 

 

 

 しかし、

 

 

 

 楓の視界に映るリエの面影。変わり果てた悪霊となったリエを、記憶の中に残るリエと重ね合わせ、攻撃を躊躇してしまった。

 

 

 

 その一瞬。攻撃を止めた隙に悪霊の手が下から伸びてくる。そして楓の身体をガッチリと掴み込んだ。

 

 

 

 掴まれた楓は暴れて抵抗するが、悪霊の力には敵わず抜け出すことはできない。

 ニヤリと目を細めた悪霊は口を大きく開き、楓を捕食しようと口に近づける。

 

 

 

 悪霊に食べられる楓は自分の身の安全よりも、リエへの謝罪で頭がいっぱいだった。

 

 

 

「ごめんねリエちゃん。僕にはやっぱり無理だったよ……」

 

 

 

 リエを助けられなかった後悔、罪悪感。全てが入り混じり、楓の心を食い破る。

 

 

 

 だが、口内へと入る直前で悪霊の動きが止まる。口を開けたまま、腕はゆっくりと口から離れる。

 

 

 

 そして元の位置まで腕は戻ると、口を開けた状態で楓を投げ飛ばした。

 食われると想定していた楓は、突然投げ飛ばされたことに動揺する。

 

 

 

 投げ飛ばされた楓は廃墟の廊下を転がる。軽く投げられただけで建物の端まで転がった楓は、廊下の奥の壁に激突し、全身に痛みを感じる。

 それでも寝ていることはできず、ドアノブに手を掛けながら立ち上がった。

 

 

 

「……今のは」

 

 

 

 楓は頭から血を流す。額を伝って目鼻を通り、口にも血が入ってくる。

 楓は制服の上着を脱いで血を拭ってから頭に巻いた。

 

 

 

 出血を止めるためではない。一時的に血が目の近くに流れてこないようにするためだ。

 

 

 

 壁に手をつき、再びロビーを目指す。

 楓には確信があった。今の出来事は偶然ではない意思があると。

 

 

 

 ロビーを目指す楓の耳にある音声が聞こえてくる。それは石上から渡されたトランシーバーからだ。

 

 

 

「ジリ…………ジジ…………ジ…………えるか、…………聞こえるか。俺……、で…………楓、聞こえるか」

 

 

 

 

 

 

 



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第39話 『結末の終焉』

霊能力者のレイちゃんは、ダメ、無能、役に立たない?

 

 

 

著者:ピラフドリア

 

 

 

第39話

『結末の終焉』

 

 

 

 

 

 廃墟の病院に私と黒猫はたどり着く。

 

 

 

「言われた通りに来てみたけど」

 

 

 

「ああ、ここは……」

 

 

 

 私と黒猫は建物の奥を見る。するとそこには赤い鎧を着た武士がいた。

 

 

 

「久しぶりだな。お主ら」

 

 

 

「武本さんの病院……」

 

 

 

 そこは武本さんが取り憑いている廃墟の病院。リエ達を探して、辿り着いたのがこの病院だった。

 

 

 

 私は武本さんに顔を近づかせ、顔と顔がくっつきそうなギリギリの距離で尋ねる。

 

 

 

「武本さん、リエと楓ちゃん知らない?」

 

 

 

 突然顔を近づかされて、恥ずかしがった武本さんは顔を赤くして私のことを押して少し距離を取る。

 

 

 

「落ち着くんだお主……。突然聞かれてもわしには答えられる」

 

 

 

 動揺している武本さんに、私から飛び降りた黒猫は真剣な顔で伝える。

 

 

 

「すまん、事情は後で説明する。それより答えてくれ。ここにリエと楓は来たか?」

 

 

 

「あの幽霊少女とヤンチャ少女か。わしは知らんな」

 

 

 

 ここに二人がいないことを聞かされて、私と黒猫は肩を落とす。やっとここまで辿り着いたのに、無駄足になってしまった。

 

 

 

 だが、落ち込んでいる暇はない。この瞬間も一刻一刻時間は進んでいる。

 私は黒猫に手を伸ばすと、ジャンプして抱っこされるように仕草で伝える。

 

 

 

「タカヒロさん、ミーちゃん。急ごう」

 

 

 

 黒猫も頷くと、私の懐に飛び込んでくる。そしてすぐに病院を出て、二人を探しに行こうと出口に向かう。

 そんな私達を武本さんが呼び止めた。

 

 

 

「待て。お主ら」

 

 

 

「なによ。今はあなたに構っている時間は……」

 

 

 

 武本さんは腕を組み、胸を張って宣言した。

 

 

 

「お主ら焦っているようだが、当てはあるのか? ……タカヒロ、お前らしくないぞ、周りが見えてない。急いでる時こそ、回り道。それこそが最短なり!」

 

 

 

 武本さんは腰にかけている刀を鞘をつけたまま取り出すと、刀の先を天高く振り上げた。

 

 

 

「このわしの城は丘にあり、屋上からは町を一望できる。上から探すのもまた一つの手ではないだろうか!」

 

 

 

 

 

 武本さんのアドバイスで、私と黒猫は屋上に向かうことにした。

 階段を登っている間、武本さんのおかげか少しだけだが焦る気持ちが楽になった。

 

 

 

 屋上に登り切ると、満月が夜空に浮かび、私達のことを照らしている。

 夜風が汗で濡れた服に染み込んで、身体を冷やす。

 

 

 

「事情は理解した。わしも力になりたいが、地縛霊であるためここから出れば、力が弱まる。出来るのはこの場所を提供するくらいだ」

 

 

 

 階段を登る最中に黒猫から説明を受けた武本さん。

 彼の状態を知っている黒猫は返事を知っていたように答えた。

 

 

 

「いや、感謝するよ。あのまま無鉄砲に走り回るよりも、ここの方が見つけられる」

 

 

 

 屋上からリエ達が居そうな建物を捜索する。手すりに手をつけて、夜の町を見渡すと駅の向こうにある隣町まではっきりと見える。

 

 

 

「本当に遠くまで見えるのね」

 

 

 

「わしは嘘はつかん。居そうな場所なんてどうやって見分けるんだ?」

 

 

 

 武本さんの疑問に黒猫が答える。

 

 

 

「レイ達を襲った人物は、幽霊を監禁している。それに楓が助けに行って大きな騒ぎになっていないことを考えると、人が寄り付かず、霊力が集まりやすい場所だ。そうなると絞られる」

 

 

 

 黒猫は灯りの付いていない建物を一軒ずつ記憶して、降りた時に周れる様にする。私も同様に建物の配置と距離を覚える。

 

 

 

 屋上を半周した頃。手すりの下に何かが引っかかっているのを私は発見した。

 黒くて四角い。大きさは手のひらよりも少し大きめのサイズといった感じだ。

 

 

 

 私が手に取ると、黒猫はそれを見て、

 

 

 

「トランシーバー? なんでこんなところに……」

 

 

 

「わしのではないぞ…………あ、そういえば」

 

 

 

 トランシーバー関係で何か思い出したのか。武本さんは私達にあることを伝える。

 

 

 

「この前お主らが連れてきたカメラボーイがまた来たぞ。きっと其奴が置いていったんじゃないか」

 

 

 

「石上君が? なんで?」

 

 

 

「その時も病院内を撮影して回っておったし、心霊資料を得るためだろうな」

 

 

 

 話を聞いた私は何の役に立たないと判断して、最初にあった場所に置き直す。

 しかし、置いた時の衝撃でスイッチが入り、トランシーバーのライトが付いた。

 

 

 

「あ、あ、付いちゃった!! ねぇ、タカヒロさん、どうしたら良いの!?」

 

 

 

 突然動き出して私は焦って黒猫に見せる。

 

 

 

「なんだ、見せてみろ……」

 

 

 

 地面に置いて黒猫に操作してもらう。

 

 

 

「きっと、この辺を押せば止まるはず」

 

 

 

 猫パンチでボタンを押して何かを切り替えると、突然トランシーバーから音が鳴り出した。

 

 

 

「…………ジ、ジジ……だ、……誰だ。誰か、そこにいるのか!」

 

 

 

 聞き覚えのある音声が流れる。しばらくすると音が消えて、しばらく無言の時が流れたのち。

 また声が聞こえ出した。

 

 

 

「……使い方は分かるか? 同じボタンをもう一度押せ。そしたら喋れる」

 

 

 

 私達はそれぞれ顔を合わせて、それからさっきと同じボタンを押した。

 そして話しかけてみる。

 

 

 

「こちら霊宮寺。聞こえますか?」

 

 

 

 ボタンをして切り替えると、声が返ってきた。

 

 

 

「霊宮寺……霊宮寺さんですか!? なんでそんなところに!?」

 

 

 

「その声はやっぱり石上君よね。今忙しいからまた今度ね。このトランシーバーは置いとくよ」

 

 

 

 声の主は石上君であった。会話を終えてトランシーバーを置こうとすると、焦る声が聞こえてくる。

 

 

 

「待ってください! どこから説明したら……。とにかく、今、楓君達と一緒にいるんです!!!!」

 

 

 

 予想外の情報が伝えられて、私達は口を大きく開けて固まった。

 私はトランシーバーに口を近づけて、大声で話す。

 

 

 

「今どこにいるの!!!!!」

 

 

 

 声が大きすぎたのか。黒猫が耳を畳んで嫌そうな顔をする。

 ボタンを押して向こうの返信を待つ。

 

 

 

「…………ジ、…………ここ、………ジィィィ………………」

 

 

 

 しかし、雑音が入り、石上君の声が聞こえなくなる。

 

 

 

「石上君!?」

 

 

 

 どれだけ呼びかけても雑音が混じり、聞き取ることができない。

 

 

 

「なにこれ……」

 

 

 

 私がトランシーバーを振って直らないか、必死で動かしていると、武本さんが何かに気づいた。

 

 

 

「強い力を感じます……」

 

 

 

 そう言って屋上を歩き、駅とは反対側へ向かう。私と黒猫も武本さんを追いかけて、武本さんの見つめる先を見る。

 

 

 

 すると、町の向こう。川を挟んだ先にある建物が崩れて、何かが生えてきた。

 黒くて長い何かが現れると、建物の中から何かを掴んで山のほうへと投げ飛ばす。

 

 

 

「レイ……まさか」

 

 

 

 その物体を見た黒猫が震えた声で口にした。

 

 

 

「あれってまさか……。なぁ、レイ、リエじゃないよな」

 

 

 

 タカヒロさんとミーちゃんは嫌な雰囲気を感じ取った様だった。

 武本さんは目を背け、その存在を見ない様にする。

 

 

 

 私は呼吸を整え、感じたことを伝えた。

 

 

 

「間違いない。あれはリエよ」

 

 

 

 なぜ分かったのか。リエに会ってから今まで取り憑かれてきたからこそ、その霊力の波動から分かる。

 あの悪霊から流れ出る霊力はリエのものである。

 

 

 

「俺達は間に合わなかったのか……」

 

 

 

 黒猫は遠くにいる悪霊を見つめ、茫然と呟く。その声は自分を責めている様にも感じられる。

 

 

 

 黒猫が悪霊を見守る中、私は背負っていた布を降ろす。

 

 

 

「レイ?」

 

 

 

 長い棒を布から取り出し、中身を確認する。

 

 

 

 そこに入っていたのは、1メートル以上ある長い銃。銃の上部にはスコープがついており、布の中には弾が一つ一緒に入れられていた。

 

 

 

「銃……? 夢の時みたいだが、現実なんだよな」

 

 

 

 銃を見て驚く黒猫。その隣では見慣れない武器に興味津々な武本さんがこちらを見つめている。

 私はそれを手に取ると、しっくりと来るような不思議な感覚がした。

 

 

 

「PSG1……」

 

 

 

 私は無意識に呟く。それを聞いた黒猫は不思議そうな顔をした。

 

 

 

「レイ、知ってるのか?」

 

 

 

 黒猫に言われて私は自分の口から無意識に出た言葉を初めて自覚した。

 

 

 

「いや、知らない。でも、なんでだろう……」

 

 

 

「実は銃マニアだったとか?」

 

 

 

「そんなわけないでしょ」

 

 

 

 私は否定しながらも、立ち上がると悪霊の見える位置に移動する。

 

 

 

 なぜだか分かるのだ。どうしたらこれが使えるのか。

 

 

 

 私が銃を持って悪霊に狙いを定める。スコープからはっきりと向こうの様子が見えた。

 

 

 

 瓦礫の中から細長い上半身を出し、空を見上げている。その姿にもうリエの面影はない。

 そこにいるのは友人ではなく、悪霊であった。

 

 

 

 悪霊に銃口が向くと、黒猫が私に飛びかかり、私のことを押し倒した。

 銃は倒れた反動で転がり、私が拾おうと手を伸ばすと黒猫が叫んだ。

 

 

 

「武本ォォ!! 拾え!!!!」

 

 

 

 武本さんは素早く銃を拾いかげて、私達から距離を取る。

 黒髪は私の腹の上に乗ったまま、私のことを睨みつけた。

 

 

 

「お前今、何しようとした」

 

 

 

 その声は強く怒鳴る様に見せているが、震えて、今にも消えそうな蝋燭の様な声であった。

 

 

 

「…………タカヒロさ……」

 

 

 

「おい。お前はそんなことする人間か。違うだろ、あいつのために夢の中まで助けに行く様な奴だろ」

 

 

 

 猫の手が丸められると、爪に引っかかった服が引っ張られる。

 猫の細い手の力とは思えない、力強さがそこにはあった。

 

 

 

「洗脳でもされたか……。俺はそんな顔のお前は知らない」

 

 

 

 そんなこと言われても、鏡がなければ確認することはできない。

 それに今はそんなことをしている時間はない。

 

 

 

「退いて……」

 

 

 

「退かない。答えろ、何をしようとしたのか」

 

 

 

 私は答えずに武本さんの方に顔を向ける。

 

 

 

「武本さん、コレを退かして」

 

 

 

 私は黒猫を退かすようにお願いするが、武本さんは首を振って嫌がった。

 武本さんに頼むのを諦め、私は黒猫と向かい合う。

 

 

 

「さっきあんた言ったよね。間に合わなかったって……」

 

 

 

「確かに言った。だが、決断するにはまだ早い。まだ助けられるかもしれない」

 

 

 

「無理だったら? 時間を浪費するだけで、元に戻すことができなかったら?」

 

 

 

「それでも俺はやる。やらなくて後悔するより、俺はやって後悔したい!!」

 

 

 

 私たちが睨み合っていると、悪霊のいる方向から何かが崩れる音がした。

 悪霊が動いて、悪霊がいる建物が半壊したようだ。

 

 

 

「それで犠牲者が増えたらどうするの……。今、楓ちゃんが狙われてるかもしれない。住宅街に出れば住民を襲うはずよ。それでリエは悲しまないはずないでしょ」

 

 

 

「…………それは。だが、リエを犠牲にして良いはずがないだろ!!」

 

 

 

 お互いに退けない言い合い、そんな光景を見守っているのが辛いのか、武本さんが仲介に入る。

 

 

 

「やめいやめい、仲間割れはやめろ! 戦中なら戦死しておるぞ。こういう時こそ、冷静になるべきだ」

 

 

 

 武本さんは黒猫を私の腹から下ろして、少し遠ざける。しかし、意見が一致するまで、銃は返す気はないようで、後ろで隠している。

 

 

 

「なら武本さん。悪霊を助ける方法はありますか?」

 

 

 

 私は止めに入った武本さんに質問をした。

 

 

 

「幽霊歴は長いはずです。何か知ってるんじゃないですか?」

 

 

 

「この流れでわしに聞くか……。正直言えばない。だが、わしはタカヒロ達の様に信じたいからな。可能性はあると思うぞ」

 

 

 

 答えは出しているが、武本さんはタカヒロさん達に賛同のようだ。

 

 

 

 方法はないと言われたが、それだけでは説得することができず、私と黒猫は向かい合って座り、膠着状態になる。

 

 

 

 無言のまま睨み合っていると、置きっぱなしにしていたトランシーバーから音が鳴り出した。

 

 

 

「ジジ…………リエちゃん!!!! ……ジィィィ……」

 

 

 

 そこから聞こえてきたのは、楓ちゃんの声。私達は急いでトランシーバーの下に駆け寄って、話しかける。

 だが、返事はなく、こちらの声は向こうに聞こえていないようだ。

 

 

 

「あいつ、まさかリエを止める気なのか……」

 

 

 

 楓の声から状況を察した黒猫。黒猫は必死にボタンを押してトランシーバーに叫ぶ。

 

 

 

「やめろ、楓!!!! その悪霊はリエなんだ、リエ、だから、……お前じゃ……………」

 

 

 

 前に海で悪霊に襲われた時は、楓を信頼して任せていたが、今の黒猫には当時の様子はない。

 いや、普通の悪霊ならこうはならないのだろう。相手がリエだからこそ、楓には無理だと黒猫は分かっていた。

 

 

 

 黒猫は必死に叫ぶ。声が枯れて、殆ど鳴けなくなるほど叫んだが、その声はトランシーバーの先に届くことはなかった。

 

 

 

 悪霊のいる建物から瓦礫が崩れる音が鳴り響いた。

 夜中に何度も物音がなり、川を挟んだこちら側に住む人達も騒ぎを聞きつけて、玄関から顔を出し始める。

 

 

 

 完全にトランシーバーから流れていた音声が途切れ、私たちは向こうの状況を知ることができなくなった。

 

 

 

 しばらくトランシーバーを見つめていた黒猫は、ゆっくりと動き出すと武本さんの前に立つ。

 黒猫は無言のまま、その場で俯いていると武本さんが一言尋ねた。

 

 

 

「……良いのか?」

 

 

 

 黒猫は答えることなく、私に背を向けたまま。

 

 

 

「あいつの言う通りだ。これ以上の犠牲はリエも望まないはずだ」

 

 

 

 黒猫の言葉を聞き、決断を理解した武本さんは銃を私に手渡した。

 

 

 

「友を撃つのは辛いぞ。無理ならわしが撃つぞ」

 

 

 

「いえ、私がやらないといけないから」

 

 

 

 私は銃を受け取ると、すぐに悪霊の方に銃口を向け、スコープで狙いを定めた。

 

 

 

 

 

 



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第40話 『さよなら』

霊能力者のレイちゃんは、ダメ、無能、役に立たない?

 

 

 

著者:ピラフドリア

 

 

 

第40話

『さよなら』

 

 

 

 決断をした黒猫は自身を武本さんに抱っこしてもらい、私と悪霊の最後を見届ける。

 

 

 

「武本、一つ良いか」

 

 

 

「なんだ?」

 

 

 

「あれを拾ってくれるか?」

 

 

 

 黒猫はトランシーバーを拾うことを武本さんに頼む。武本さんはトランシーバーを拾い、黒猫の目線を邪魔しない程度に前に持ってくる。

 

 

 

「楓、聞こえるか……」

 

 

 

 そして優しい口調でトランシーバーの先にいるであろう人物に語りかける。

 

 

 

「俺だ。……お前のことだ。まだ無茶する気なんだろ、すまなかったな、お前一人に任せちまって……。だが、もう良いんだ」

 

 

 

 私はスコープを覗いているため、黒猫がどんな顔で喋っているのかは分からない。

 だが、想像することはできた。

 

 

 

「お前は十分頑張った。休め……。後は俺達に任せろ」

 

 

 

 そう言うと黒猫は武本さんなら顔を見て、トランシーバーを退けるように指示を出した。

 武本さんは素直に従ってトランシーバーを適当なところに置く。

 

 

 

 そして黒猫は私に告げる。

 

 

 

「やれそうか?」

 

 

 

「…………う、ん……」

 

 

 

「そうか。リエの最後、見守っててやろうぜ」

 

 

 

 

 

 

 私が引き金を引くと、銃から飛び出したのは弾丸ではなく黄色い閃光。

 いや、これこそが一緒に入っていた弾丸の本来の姿。

 

 

 

 お兄様が渡した銃だ。だから普通の銃ではないとは思っていた。

 

 

 

 光の光線は暗がりを照らし、真っ直ぐと悪霊へと移動する。

 そして悪霊の頭部を貫通すると、大きな風穴を開けて光線は塵となって消えた。

 

 

 

 頭部に穴が空いた悪霊は、俯きになるが倒れかけた身体を両手で押さえる。

 だが、もう力が残っていないのか、身体は薄くなり小さな粒子になって消滅していく。

 

 

 

 悪霊が消えゆく姿を、私達はただ見つめる。これが最善であったのだと、信じて……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これから迎えに行くのか?」

 

 

 

 私が布に銃を包めていると、黒猫が近づいてくる。

 武本さんと何かを話していたようだが、相談事は終わったようだ。

 

 

 

「ええ、リエをあのままにしておくわけにはいかないし、楓ちゃんも心配だからね」

 

 

 

「……そうだな。早く行こうか……。そういうことだ、武本。今回はありがとな」

 

 

 

 廃墟の病院を離れることにした私達。黒猫が武本さんにお礼を言うと、武本さんは申し訳なさそうに首を振る。

 

 

 

「わしは何もできとらんよ……。また来い、その時は酒でも飲み交わそう」

 

 

 

 武本さんに見送られて、廃墟の病院を出る。黒猫は塀の上を乗って私の先頭を歩く。

 

 

 

「だいぶ騒ぎになってるんじゃないかな。大丈夫かな……」

 

 

 

 私が呟くと黒猫は振り向かずに歩きながら答える。

 

 

 

「騒ぎか……。きっと今回もこの事は忘れられるぞ」

 

 

 

「え?」

 

 

 

「幽霊が悪霊になる。なら、幽霊の数だけ悪霊がいることになる、なのに悪霊の存在は表立って出てこない、誰かが……。そうだな、お前の兄貴とかが何かやってるんじゃないか」

 

 

 

「お兄様を疑ってるの?」

 

 

 

 

「…………」

 

 

 

 住宅街を抜けて橋を渡ると、不思議なことに騒ぎは治っており、一般人の野次馬は一人もいなかった。

 

 

 

 そう、一般人は……。

 

 

 

 コインを弾く音がする。私達が崩壊した廃墟にたどり着くと、その入り口の前にコインを飛ばして遊んでいる男性が立っていた。

 

 

 

「また会ったな。麗しの美女」

 

 

 

 男性は笑顔を向けてくる。見覚えはあるが、この男性が誰なのか、私は知らない。

 

 

 

「あなたは……」

 

 

 

「名乗るほどのものではないよ。しかし、君の友達は無茶をするね」

 

 

 

 男性はコインを飛ばしながら建物の中に視線を送る。私と黒猫が男性の視線の先を見ると、そこには包帯でグルグル巻きにされた楓ちゃんが地面に寝そべっていた。

 

 

 

「楓ちゃん!!」

 

 

 

 私は楓ちゃんの元に駆け寄り、状態を確認する。大怪我はしているが、完璧に治療がされていた。

 

 

 

 黒猫は入り口で男性を睨みつける。

 

 

 

「お前がやったのか?」

 

 

 

「違う違う。俺達は国木田を捕まえにきたんだ」

 

 

 

 男性は弁解をするが、黒猫の疑いは晴れない。それが分かってか、建物の中から赤いバンダナを巻いた青少年が出てきた。

 

 

 

 彼は黒猫に向けて男性のことを伝える。

 

 

 

「喋る猫……。その人は楓君を治療してくれたんです」

 

 

 

「石上……か。本当か」

 

 

 

 頷く石上君。私も楓ちゃんの状況を黒猫に伝える。

 

 

 

「完璧に治療されてる。本当よ」

 

 

 

 楓ちゃんの状況から黒猫も疑うことをやめ、素直に男性に謝った。

 

 

 

「すまん、疑って……」

 

 

 

「いや、本来俺達が君らを守るべきだったんだ。俺達の捜査が遅れたあまり、君達に辛い思いをさせた……」

 

 

 

 男性はコインをキャッチして飛ばすのをやめると、ポケットに手を突っ込む。

 そして建物から離れるように歩き出した。

 

 

 

「俺は国木田を追う。手は尽くしたが、これだけの事態だ。騒ぎになる前に早めにこの場を離れておくようにな」

 

 

 

 そう言い残して男性は夜道に姿を消した。しばらくして、赤髪の青年が車を運転して、建物にたどり着いた。

 

 

 

「寒霧さん、皆さん無事ですか!?」

 

 

 

 やってきたのは赤崎君だけでお兄様はいないようだった。

 

 

 

 

 黒猫と石上君は楓ちゃんを車に乗せる。急いで楓ちゃんを病院に連れて行かないといけない。

 だが、私は夜の瓦礫の上を歩き、彷徨うように探す。

 

 

 

 黒猫は途中で私と目が合うが、目線を逸らした。

 楓ちゃんを車に乗せ終わり、石上君は私に叫ぶ。

 

 

 

 

「行きますよ、霊宮寺さん!!」

 

 

 

 私は気づくが、それでもすぐに行かず瓦礫の上を彷徨っていると、何を探しているのか石上君が気づいたのか。

 

 

 

 ある物を持って私の元まで駆け寄ってきた。

 

 

 

「これは返しておきます」

 

 

 

 そう言って渡されたのは、折られたペンと破られたノート。

 私はそれを見てすぐにリエの物だと分かった。

 

 

 

 私はペンとノートを受け取り、リエの代わりに抱きしめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから数日。まだ暑い時期は続くが、もうすぐ夏の終わりが近づいてくる。

 

 

 

「ミーちゃん、ご飯だよ」

 

 

 

 私は黒猫に夜ご飯をあげる。

 

 

 

 リエがいなくなって、事務所は静かになった。いつもと変わらない部屋もソファーもなんだか広くなった感じだ。

 

 

 

 しかし、静かなのはリエがいなくなったからだけではないのだろう。

 楓ちゃんもあれから数週間の入院することになり、しばらくの間、会えていない。

 

 

 

 それに……。

 

 

 

 私は立ち上がり、ソファーに座ると黒猫がご飯を食べる様子を見守る。

 キャットフードをしっかり噛んで飲み込む。食べる姿から、どちらの意思で動いているのか、すぐに分かる。

 

 

 

 それに……タカヒロさんも声を出す回数がめっきり減った。

 全く喋らないというわけではない。

 

 

 

 楓ちゃんの見舞いに行く時や依頼の時など、必要に応じて声を出すことはある。

 しかし、最低限しか顔を出さない。

 

 

 

「さてと、私のご飯も作らないと」

 

 

 

 私は台所に行き、自分のご飯を作り始める。冷蔵庫には昨日の残りご飯が余っており、その他にも適当な食材があった。

 

 

 

 調理をチャチャっと済ませて、私はテーブルにご飯を並べた。

 

 

 

 作る量が減り、おかずの数も減った。

 

 

 

 私はテレビをつけて黙々と炒飯を食べ進める。

 

 

 

「あ、またやってる……」

 

 

 

 テレビではある建物の老朽化による崩壊が取り上げられていた。

 それはこの事務所から川を挟んだ向こうにある、とても近い建物のニュース。

 

 

 

「やっぱりあの人が何かやったのかしら」

 

 

 

 私は炒飯を食べながらある人物のことを思い浮かべた。

 それは楓ちゃん達も元に駆けつけた時に、楓ちゃんを治療して待っていた男性。

 

 

 

 その男性のことを考えながら食事を終え、私は食器を洗う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜も静まり返り、私が寝ているとインターホンが鳴らされた。

 こんな夜中に誰がやってきたのか。

 

 

 

 私は寝たまま時計を確認して、ため息を吐くとベッドから起き上がる。

 パジャマを隠すため、クローゼットの中から適当に羽織るものを取り出して、廊下に出た。

 

 

 

 廊下には同じようにうとうとしている黒猫がいた。

 

 

 

「夜行性でしょ?」

 

 

 

「俺は人間なんだよ……」

 

 

 

 眠たそうに文句を言う黒猫。だが、文句を言いながらも起きて一緒に来てくれた。

 

 

 

「はーい」

 

 

 

 私が扉を開けると、そこには……。

 

 

 

 

 

 

 



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第41話 『神々』

霊能力者のレイちゃんは、ダメ、無能、役に立たない?

 

 

 

著者:ピラフドリア

 

 

 

第41話

『神々』

 

 

 

 

 五人の男女が集まり、円になって中央にある焚き火に力を注ぐ。

 それぞれの力が炎と融合し、煙となると上空へと舞い、空を裂き暗闇を取り出した。

 

 

 

 暗闇から紅瞳が覗き込むが、煙が覆い被さりその視線を遮る。煙は暗闇に侵入すると紅瞳に見送られながら、少女を一人取り戻した。

 

 

 

 コートを羽織った男性は上空から落ちてくる少女を受け止める。

 

 

 

「よっと……。手間かけさせやがって」

 

 

 

 男性は少女は近くの草原に寝かせると、四人の元に戻った。

 男性が座ると、その隣に座っているつり目で高く筋の通った鼻した女性が揶揄うように笑いかける。

 

 

 

「しっかし、月兎。お前に呼ばれることがあるなんてな〜」

 

 

 

「ッチ、てめーらの力を借りるなんてしたくなかった」

 

 

 

 嫌そうな顔をする月兎の背中を女性は勢いよく叩く。

 

 

 

「そぉ言うな、言うな。本当は会いたかったんだろ、オレに」

 

 

 

「誰がお前に会いたいか!! 狐!!」

 

 

 

 睨みつける月兎に目を細めて笑う狐。そんな二人を見ながら、首から紐で笛をぶら下げている少年が尋ねた。

 

 

 

「それで。月兎君、その霊体はなんなんだい? 僕には普通の霊体にしか見えないけど、特別な何かがあるのかい?」

 

 

 

「ん、ああ。ねぇよ」

 

 

 

 月兎はキッパリと答えた。それを聞いた者達は呆れたり、笑ったり、それぞれの反応をする。

 

 

 

 目を細めて女性は笑うと、

 

 

 

「やっぱりオレに会いたかったか」

 

 

 

「んなわけねぇって言ってるだろ!」

 

 

 

 月兎が怒鳴ると女性は寂しそうに指を咥えた。

 

 

 

「ちぇ〜、揶揄い甲斐がないなぁ。ま、久しぶりにあんたのそういう反応見れて、満足だけど」

 

 

 

 寂しそうにしながらもどこか満足げな女性は、あることを聞いた。

 

 

 

「特別な何かじゃないなら。なんか契約でもした? 消滅する前に」

 

 

 

「いや、そういうことは……」

 

 

 

 月兎は焚き火に目線を向ける。そして思い出を語るように、

 

 

 

「強いて言えば、ソイツの知り合いに恩がある」

 

 

 

 月兎が告げると、女性は呆れた顔で注意した。

 

 

 

「あんまり人間に深入りしない方が、良いと思うぞ」

 

 

 

「神器まで貸してるお前には言われたくない」

 

 

 

 月兎が目線を女性に戻すと、女性は胸を張って自慢げに言う。

 

 

 

「オレのは信頼と友情があっての取引だ。あの子なら必ずやり遂げてくれるからな!」

 

 

 

「信頼してようが裏切られる時は裏切られるんだよ!」

 

 

 

 月兎と女性が睨み合う中、刀を持った男性が立ち上がると背を向ける。

 

 

 

「用は済んだみたいだしな。帰るぞ」

 

 

 

 帰っていく男性に月兎は手を挙げて礼を伝える。

 一人帰り、それを合図に一人、また一人と帰って行き、いつの間にか解散していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 事件から数週間後。楓は退院した。

 怪我は三日で治り、医者からは驚かれていたが様子見ということで退院は許してもらえず、やっと退院ができた。

 

 

 

「だいぶ身体も鈍っちゃったなぁ」

 

 

 

 楓は病院を出ると腕を振って身体の調子を確かめる。

 入院中に友人に筋トレ道具を持ってきてもらったりしたが、没収されてしまい、簡単なトレーニングしかできなかった。

 

 

 

 長い入院中、色々と考えていた。そして答えを出した楓はある目的地に向かって歩き出した。

 

 

 

 学校を超え、事務所を超え、たどり着いたのは一軒の家。

 インターホンを押すと中から出てきたのか、ピンク色の可愛い服を着た金髪の女性。

 

 

 

「あなたは……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 女性に案内されて楓は和風の家にたどり着いた。敷地は広く蔵や道場が中にありそうな家だ。

 

 

 

「私はここまでで良いかな? 姉さんきっと怒ると思うんだ。私、怖いから」

 

 

 

「はい。ありがとうございました。沢谷さん」

 

 

 

 手を振って女性は帰っていく。楓はお辞儀をした後、家にある門を叩いた。

 しばらくして門が開くとジャージを着た黒髪の女性が姿を現す。

 

 

 

「お前、霊宮寺さんのところの美少年……」

 

 

 

「早乙女さん、お願いがあって来ました」

 

 

 

 真剣な顔で頭を下げる楓。その姿を見た京子は頭を掻きながら少し困った後、

 

 

 

「ここじゃなんだ、上がれよ」

 

 

 

 

 

 

 長い廊下を歩き、客間で京子を待つ。しばらくしてスポーツドリンクを持った京子がやって来た。

 京子はスポーツドリンクを楓に投げ渡す。

 

 

 

「茶を切らしてるんだ。これで我慢してくれ」

 

 

 

「ありがとうございます」

 

 

 

 障子扉を閉めて京子は楓の向かいに正座で座った。

 

 

 

「んで、何の用だ? 退院したばっかりなんだろ、先に霊宮寺さんに会いに行くべきだろ。なんでうちに来た」

 

 

 

「え、なんで僕の退院が今日って知ってるんですか?」

 

 

 

「あのスキンヘッドが毎日見舞いに行ったんだろ。毎回、お前が元気そうだったって聞かされてんだよ。そんなことはどうでも良いんだ、答えろよ」

 

 

 

 楓は足を少し動かし、答えるのを一度躊躇したが、息を吐いて心を落ち着かせる。そして

 

 

 

「僕は守れなかった。だから、次は同じようにならないために、守る力が欲しいんです!!」

 

 

 

 楓が答えると、京子は顔を動かさずに目線を逸らし、

 

 

 

「思ってたより、しっかりしてんだな……」

 

 

 

 そう呟くと、楓に目線を戻してテーブルを勢いよく叩いた。

 

 

 

「舐めてんじゃないよ!!」

 

 

 

 怒鳴る京子だが、楓はピクリとも動かずその場で座り続ける。その姿を見て怒鳴っても意味がないと判断した京子は、冷静になり姿勢を正して座り直した。

 

 

 

「確かに失ったものは戻らない。過去を見ず未来のために動くのは立派だ。だが、まだ甘い!!」

 

 

 

 京子は楓を睨みつける。

 

 

 

「例え努力した時でも、絶対に失わないということはあり得ない」

 

 

 

 そして楓に向けて宣言する。

 

 

 

 脅す意味もあるが彼女にとっては本心を伝えており、楓がどこまでの意思を持ち、訪ねて来たのか。それを試す意味も含んでいた、

 

 

 

「だとしてもです。僕にもう少し力があれば、助けられたかもしれないんです。絶対じゃなくても良い、僕の一歩で届くのならそれで良いんです」

 

 

 

「…………それで。だからってなんで私のところに?」

 

 

 

「スキンヘッドさんから聞きました。早乙女さんは関西の方で霊能力者として活動してたって。それも悪霊も祓ったことがある凄い霊能力者だって」

 

 

 

 京子は困ったように頭に手を置くと、深くため息を吐いた。

 

 

 

「あいつ…………」

 

 

 

 そして立ち上がると、楓に手を伸ばした。

 

 

 

「さっきはああは言ったが、私だって同じさ。自分に力があればって今でも後悔してる。教えるっていうよりも、一緒に歩んでいこうぜ」

 

 

 

 楓は京子の手を取って立ち上がり、熱い握手をした。

 

 

 

「はい!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第42話 『再会記念日』

霊能力者のレイちゃんは、ダメ、無能、役に立たない?

 

 

 

著者:ピラフドリア

 

 

 

第42話

『再会記念日』

 

 

 

 

 夕陽が赤く染まり、少し前まで鳴いていた虫が種類を変えて、季節の変わりを感じさせる。

 

 

 

 私達は事務所の鍵を開けて、部屋を暗くすると各々で隠れる。

 

 

 

「そろそろ来るはずよ」

 

 

 

 エレベーターが止まった音がして、足音が玄関に近づいてくる。

 足音は玄関にたどり着くと、インターホンが鳴るが私達は出ずにそのまま待機する。

 

 

 

 しばらくして不思議に思ったのか。ゆっくりと扉が開いた。

 

 

 

「師匠? レイさん?」

 

 

 

 不安そうに楓ちゃんが入ってくる。部屋は暗く、人の気配はするが返事はない。

 楓ちゃんは警戒しながらゆっくりと事務所を進んだ。

 

 

 

 一歩、また一歩と進んでいき、リビングへと進む。

 そしてリビングにたどり着いたところで、私達は一斉に飛び出した。

 

 

 

 突然飛び出したことに驚いたのか、楓ちゃんは私に向かって掴み掛かり、私の腕を取り拘束すると押し倒した。

 

 

 

「誰だァァァ!!」

 

 

 

「いや、待って、私!! 楓ちゃん!! 私だよ!!」

 

 

 

 事態を理解した黒猫はテーブルに飛び上がると、消灯のリモコンを触り部屋を明るくした。

 部屋が明るくなるとやっと私であることに気づいた楓ちゃんが、驚いて私から離れる。

 

 

 

「レイさん!? ごめんなさい、私てっきり不審者かと……」

 

 

 

「私もごめんね。久しぶりに来るって聞いたから、驚かせようとしたんだけど、怖がらせちゃったみたいで」

 

 

 

 私と楓ちゃんはお互いに謝り合う。そんな私達を見てリエが笑いながら

 

 

 

「も〜、だから普通に出迎えようって言ったんですよ。怖がらせちゃったら意味ないじゃないですか」

 

 

 

「リエだって賛成してたじゃん」

 

 

 

 全員が落ち着きを取り戻してその場で笑う。しかし、ふと気づいた楓ちゃんがリエの姿を見て固まった。

 

 

 

「…………え、リエちゃん?」

 

 

 

「はい」

 

 

 

「…………え、ええええええででぇぇっ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 ソファーで楓ちゃんはリエの隣に座り、その存在を確かめるように身体を触る。

 

 

 

「本当に……霊体がある。霊力もリエちゃんのものだ……」

 

 

 

「偽物じゃないですから〜」

 

 

 

 リエはやられるがまま楓ちゃんに身体を触られる。その様子を見ていた黒猫は不機嫌そうな顔で楓ちゃんに怒る。

 

 

 

「おい、あまり触んなよ。幽霊だが女の子だぞ」

 

 

 

「あ、ごめんね、リエちゃん」

 

 

 

 楓ちゃんは黒猫に言われて、触るのをやめる。しかし、リエはあまり気にしていなかったのか、

 

 

 

「いえ、私は大丈夫ですよ。てか、私自身も霊体を認識できるので、生きてるって気がして良かったですし」

 

 

 

「生きてはないけどな……」

 

 

 

 リエ達がそんな会話をしている最中に、私は冷蔵庫からお茶とチョコを持ってみんなの元に持ってきた。

 

 

 

「しかし、リエちゃんがいるなんてビックリしました。僕はてっきり……」

 

 

 

 私はみんなにお茶を渡して楓ちゃんの言葉に返した。

 

 

 

「私もよ。あの夜、リエが帰ってきて夢から思ったんだから」

 

 

 

「俺もだ」

 

 

 

 

 

 

 

 それは楓ちゃんがまだ入院していた頃。数日前のことだ。

 

 

 

 夜中にインターホンが鳴り、私と黒猫はうとうとしながら玄関へ向かった。

 念の為チェーンをつけて扉を開ける。すると、扉の隙間から見覚えのある白い着物がうっすら見えた。

 

 

 

「レイさん……ですか?」

 

 

 

「り、リエ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私達もリエは消えたものだと思ってたから、驚いたのよ」

 

 

 

 私は壁に寄りかかり、一口サイズのチョコを口に含んで食べる。

 口の中でコリコリと鳴る中、楓ちゃんはリエに気になっていたことを尋ねた。

 

 

 

「なんで現世にとどまれたの? 僕は確かに……その…………」

 

 

 

 私と黒猫はすでに話を聞いているため、静かに待つ。リエはニッコリと目を細めて頬を上げる。

 

 

 

「はい。私は確かに消滅しました」

 

 

 

 それを聞き、楓ちゃんの顔を青くなる。当時の光景を思い出したのもあっただろう。ショックを受けてそうな楓ちゃんに気付きながらも、リエは話を続けた。

 

 

 

「国木田さんと問答をしたところまでの記憶はハッキリしていて、そこから先はモヤがかかって思い出せないんです。その後、光に包まれたと思ったら、私の身体は粉々になって消えたんです」

 

 

 

 二度目の私達は頷きながら、話を聞き流す。

 

 

 

「私の身体は消えて、真っ暗な世界に飲み込まれたと思ったんですけど、何かに引き上げられたと思ったら草原で寝てて、手紙が落ちてたんです」

 

 

 

 知ってる知ってる。と思いながら聞いていたが、私の思考は一度止まる。そして

 

 

 

「…………手紙!? 待ってリエ、私それ聞いてないけど!!」

 

 

 

「俺もだぞ。ミーちゃんも初耳だって言ってる」

 

 

 

 私と黒猫は動揺して騒ぎ出す。後半で突然初耳の情報が入ったのだ。

 私達が驚く中、リエは冷静に

 

 

 

「あ、言い忘れてました」

 

 

 

「忘れないで!! 私達は草原で起きて、ここに来たってことしか聞いてないからね!!」

 

 

 

 リエは懐から手紙を取り出した。

 

 

 

「実は私、この手紙を読むまでレイさんはいないと思ってたんです。国木田さんにそう言われましたから。でも、手紙のおかげでここに帰って来れたんです」

 

 

 

 リエが取り出した手紙を私は手に取ると内容を読む。

 

 

 

 そこには私達のことであろう。友人は生きていると書かれており、居場所に帰るように促されていた。

 

 

 

「誰からだったの?」

 

 

 

「分かりません。私が起きたら私の手元に落ちてたんです……」

 

 

 

 その手紙を書いた人がリエをなんらかの方法で助けたのだろう。

 一言でも感謝を伝えたいが、誰だか分からなければ言いに行くこともできない。

 

 

 

 私はリエに手紙を返す。

 

 

 

「ま、その手紙の持ち主が分かったら感謝しないとね」

 

 

 

「はい!」

 

 

 

 リエは手紙を大事そうにしまう。

 

 

 

「何よりリエちゃんが無事で良かったよ。またよろしくね。リエちゃん」

 

 

 

 楓ちゃんがリエに手を伸ばして握手をする。二人が握手をしている様子を私は見守るが、黒猫はそっぽを向くと窓の方へ行き、何か独り言を呟いたが聞き取ることはできなかった。

 

 

 

 リエと楓ちゃんは久しぶりに再開したため、近況報告などで盛り上がる。二人が話していると、インターホンが鳴った。

 

 

 

 楓ちゃんが立ちあがろうとしたが、私は手を前に突き出して止める。

 

 

 

「良いよ、私が行ってくるから」

 

 

 

 私は玄関の方に向かう。すでに扉の先から香ばしい香りが漂ってきて、何が来たのかは分かっていた。

 

 

 

 扉を開けるとピザの箱を持ったスコーピオンがいた。

 

 

 

「ピザのお届けに来ました」

 

 

 

 私は驚いて一瞬固まるが、すぐに状況を理解する。

 

 

 

「あ、バイト?」

 

 

 

「はい。アジトの資金の問題で……。っと、そうじゃなくて、こちら注文のピザです」

 

 

 

 私はピザを受け取り、玄関に置いておいたお金を渡す。

 

 

 

「ピッタリですね。ありがとうございます。あ、後こちらもどうぞ」

 

 

 

 スコーピオンはピザの箱をもう一箱渡す。

 

 

 

「え?」

 

 

 

「アゴリンちゃんから色々大変だったって聞きましたから。サービスです」

 

 

 

 スコーピオンはお辞儀すると荷物を持って階段を降りていく。

 

 

 

 なぜアゴリンさんからその情報が伝わったのだろう。

 確か京子ちゃんとアゴリンさんは仲が良かったが、いつの間にスコーピオンとアゴリンさんが仲良くなったのか。

 疑問に思いながらも聞くことできず、少しモヤモヤする。

 

 

 

 しかし、行ってしまったものは仕方がないので、私はピザを持ってリビングに戻った。

 

 

 

「あ!! 良い匂いですね」

 

 

 

 匂いに反応して楓ちゃんが立ち上がる。

 

 

 

 テーブルにピザを置き、箱を広げる。二つピザがあるため、リエが不思議そうな顔をする。

 

 

 

「あれ、頼んだのって二個じゃなかったですか?」

 

 

 

「サービスだって」

 

 

 

「へぇ〜、気前の良い人がいるんですね」

 

 

 

 リエに理由を話している中、楓ちゃんは台所に向かい、皿やコップを持ってきてくれた。

 

 

 

「ピザなんて久しぶりですよ。なんですか、今日は記念日かなんかですか?」

 

 

 

「ん〜、ま、そんな感じね。久しぶりにこうしてみんなで集まれた、再開記念日よ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 街外れの森林。執事服を着た男性は傷だらけの身体を引き摺っていた。

 

 

 

「悪霊のコントロール……。やはり難しいですね…………」

 

 

 

 木を支えにしながら進むと、進行方向の先から金属が弾かれる音が聞こえ出す。

 

 

 

「……なんの音でしょうか」

 

 

 

 何度も何度も弾かれる音。その音の方向へ進むと、森林の先にスーツ姿の男性がコインを弾いて遊んでいた。

 

 

 

「待っていたぜ。国木田 治」

 

 

 

「あなたは……何者ですか」

 

 

 

 男性はコインを投げるのをやめると、懐から警察手帳を取り出した。

 

 

 

 それを見た執事服の男性は急いで反対方向に逃げようとするが、逃げ場にはすでに金髪とパイナップルヘアが囲み、完全に包囲されていた。

 

 

 

「大人しく捕まりな。そうすれば手荒な真似はしない」

 

 

 

 スーツの警官は執事に投降するように伝える。しかし、執事は疲労し切った身体を無理やり動かし、スーツの警官に襲いかかった。

 

 

 

 拳を握りしめて殴りつけようとする。だが、拳は簡単に避けられて、両肩を掴まれると腹に膝蹴りを喰らった。

 

 

 

 執事は腹を抑えて地面に蹲る。

 

 

 

「手荒なことをさせるなよ……」

 

 

 

 警官はしゃがみ込むと、執事の髪を掴み上げて、目線を合わせる。

 

 

 

「それともここで拷問して欲しいか? ここならルールもないしな。お前が仲間の情報を吐くまで本庁じゃできないようなことをするのもできる」

 

 

 

 警官は執事を睨みつける。そしてその目を見る。

 意識を失いかけてピントの合わない瞳。しかし、まだ輝きを失っておらず、朦朧とする意識の中、執事があることを口にした。

 

 

 

「……私が……お嬢様を……………守るん……」

 

 

 

 だが、そこまで口にするが、執事はエネルギーが尽きたように意識を失い、全身の力が抜ける。

 

 

 

 意識を失ったことを確認し、スーツの警官は執事から手を離す。

 そして手を叩きながら立ち上がった。

 

 

 

「こいつは病棟に連れてけ。それも警備の厳重な」

 

 

 

 金髪とパイナップルヘアに命令し、二人は執事に手錠をかけて連行していく。

 スーツの警官は連れて行かれる国木田を見送りながら、頭に手を置いてため息を吐いた。

 

 

 

「…………お嬢様……か。神楽坂家の娘のことだよな……伝えるべきか。…………これは切り札の使い方だな」

 

 

 

 

 

 



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第43話 『恐怖の肉食ピアノ』

霊能力者のレイちゃんは、ダメ、無能、役に立たない?

 

 

 

著者:ピラフドリア

 

 

 

第43話

『恐怖の肉食ピアノ』

 

 

 

 

 スーパーで買った冷凍の焼き鳥を電子レンジで温めて、昼ご飯として食べる。

 テレビを眺めて優雅なひと時を過ごしていたが、そこで事件が起きた。

 

 

 

「ちょっと待ってください」

 

 

 

 最後の一つになった焼き鳥を食べようとすると、リエが止めてくる。

 

 

 

「なによ?」

 

 

 

「レイさん何個食べました?」

 

 

 

「三つだけど」

 

 

 

「私も三つです……」

 

 

 

 リエに睨まれながら私は食べようと口に近づけるが、リエがまたしても止めてくる。

 

 

 

「待ってください!!」

 

 

 

「だからなによ」

 

 

 

「私子供ですよ。恵んでくれても良いんじゃないですか?」

 

 

 

「あんたいつも子供扱い嫌がるじゃない」

 

 

 

「ワタシ、ソレ、タベタイナ」

 

 

 

「カタゴトで言っても嫌よ」

 

 

 

 食べようとするたびに止めてくるため、ここは決着をつけないと落ち着いて食べられないと、私は皿の上に戻した。

 そしてリエに提案する。

 

 

 

「じゃあ、勝負しましょうよ」

 

 

 

「勝負ですか?」

 

 

 

「そう。私とリエでジャンケンするの。それで勝った方が食べられる。それで良い?」

 

 

 

「良いでしょう」

 

 

 

 勝負に乗ってきたリエ。私とリエは立ち上がると向かい合い、拳を向けあった。

 

 

 

「良い? 一回勝負よ」

 

 

 

「はい。早くやりましょう」

 

 

 

 さてジャンケンを始めようという時。私はリエにあることを伝えた。

 

 

 

「私、チョキ出すから。勝ちたいなら、グー出すことを勧めるよ」

 

 

 

 リエに揺さぶりをかける。そしてリエに言い返す暇を与えずに、

 

 

 

「ジャンケン、ポン!!」

 

 

 

 すぐさまジャンケンを始めた。

 

 

 

「え、え!!」

 

 

 

 動揺したリエが焦ってグーを出す。

 

 

 

「私の勝ちね」

 

 

 

 そのグーに対して私はパーを出していた。

 私の勝利である。

 

 

 

「レイさん!! ズルイです!!」

 

 

 

「騙される方が悪いのよ。人を信用しちゃダメなのよ〜」

 

 

 

 私は勝ち誇りながら焼き鳥を頬張る。リエはムッとした表情で皿を片付け始めた。

 

 

 

「おい」

 

 

 

 リエが皿を持って台所に行くと、窓際にいた黒猫が私のことを呼ぶ。

 

 

 

「なに?」

 

 

 

 焼き鳥を食べ終わり、その場で黒猫に尋ねるが黒猫は答えない。

 面倒くさいと思いながらも私は皿を片付けるついでに窓の方へと向かった。

 

 

 

 皿を持って黒猫のいる窓へ向かう。黒猫は視線で外を見るように促してくる。

 私は黒猫の指示に従って外を見ると、表の道路を見覚えのある少女が歩いていた。

 

 

 

 赤い髪に制服を着ている。女子高生だと思うがこの辺の制服ではない。

 

 

 

 誰だか思い出せないが、黒猫に聞いても答えてくれる気配がないため、私は一人で考え込む。

 

 

 

「レイさーん。牛乳どこですか? この前買ってた瓶のやつ〜」

 

 

 

 だが、思い出す前に私はリエに呼ばれ、諦めて台所に向かった。

 

 

 

「奥の方にあるでしょ」

 

 

 

「どこの奥ですか?」

 

 

 

「あー、右上?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 時間が過ぎて夕方頃。

 

 

 

「お待たせしました〜!!」

 

 

 

 部活を終えた楓ちゃんが帰ってきた。

 

 

 

「あ、楓ちゃん。やっと来た」

 

 

 

 私達は着替えを終わらせて、いつでも出かけられる準備をしていた。

 その様子を見た楓ちゃんは不思議そうな顔をする。

 

 

 

「どこかに行くんですか?」

 

 

 

「依頼よ。楓ちゃんが帰ってくる1時間くらい前に依頼があったの、夜じゃないと出来ない依頼だったから楓ちゃんを待ってたのよ」

 

 

 

 事情を理解した楓ちゃんはバックを置き、必要最低限なものを持つと、早速私たちと共に事務所を出た。

 

 

 

 

 

 

 電車に揺られて二十分弱。私達は事務所から少し離れた街に来ていた。

 

 

 

「日も沈んで暗くなりましたね」

 

 

 

 街灯の辺りを頼りに住宅街を進む。黒猫を抱いたリエは空を見る。空には月が浮かんでいた。

 

 

 

 先頭を歩く楓ちゃんは後ろを向くと、後ろ歩きのまま私に聞いた。

 

 

 

「それで今回の依頼ってどんな依頼なんですか? 夜じゃないといけないらしいですし」

 

 

 

「依頼人はある家の主人よ。その家にはグランドピアノがあるらしいんだけど、21時になると動き出して人を襲うらしいの」

 

 

 

「ピアノが人を襲う……。そんなことあるんですか?」

 

 

 

 楓ちゃんは私に質問してくるが、私が分かるはずもない。私の状況を察したリエが、代わりに答えてくれた。

 

 

 

「おそらくはそのピアノに幽霊が取り憑いてるんです。人を襲っているということですから、かなり凶暴な幽霊のはずです」

 

 

 

 リエの言葉を聞いて私は唾を飲み込んだ。

 

 

 

「ね、ねぇ、凶暴ってことは、ヤバかったりする?」

 

 

 

「それは危険ですよ。悪霊化してないのは目的があるためですし、そのためならなんでもするかもですね」

 

 

 

 話を聞いていた黒猫は逃げ出したそうな顔をしているが、リエに抱きしめられているため逃げられない。

 私も同様で逃げたいが、ここで逃げるわけにもいかず、例のピアノのある家に向かった。

 

 

 

 しばらく歩き、私達は街の中では大きめの屋敷にたどり着いた。

 私は家主から借りた鍵を使い、中へと入る。

 

 

 

 楓ちゃんは家の中に誰もいないことを確認すると

 

 

 

「依頼人はどうしてるんですか?」

 

 

 

「娘さんと今夜は別の場所に泊まるらしいよ。私達も仕事しやすいからそれで構わないけどね」

 

 

 

 私達は早速、例のピアノのある部屋を目指す。中に入ると多くの楽器が置かれた専用部屋の中心にグランドピアノが置かれていた。

 

 

 

「あれか……」

 

 

 

 リエに抱かれていた黒猫はジャンプして降りると、私達にあることを提案する。

 

 

 

「動き出すかもしれないなら、縛っとくのはどうだ? そうすれば動けないだろうし」

 

 

 

「それもそうね。みんな手伝って」

 

 

 

 ロープを探してピアノを縛りつける。縛りつけ終えた私達は時間になるまで、家の中で待っていた。

 

 

 

「今何時ですか?」

 

 

 

 ふわふわ浮遊しているリエがピアノの上で私に尋ねる。私は腕時計を確認すると、

 

 

 

「8時ね。あと1時間で動き出すはずよ」

 

 

 

「まだ1時間前ですか」

 

 

 

 暇そうに空中を飛び回るリエ。

 私はピアノに触れるがまだ動き出す様子はない。普通のピアノだ。

 

 

 

「レイさん、リエちゃん。まだ時間あるみたいですし、僕コーヒー買ってきますね」

 

 

 

「うん。私のもお願い」

 

 

 

 楓ちゃんも暇だったのか。黒猫にちょっかいを出して遊んでいたが、立ち上がると近くのコンビニに買い出しに行った。

 

 

 

 楓ちゃんを見送り、私は扉の近くの壁に背をつけて座り込んだ。飛び回っているリエを見ていると、黒猫が近づいてくる。

 

 

 

「隣、良いか?」

 

 

 

 楓ちゃんから解放された黒猫は、私の隣に座った。

 隣でちょこんと座った黒猫だが、話しかけて隣に座ってきたというのに何も喋らない。

 

 

 

 普段なら何も言わずにやってくるから、何かあるのかと思っていた私はもどかしくなり、

 

 

 

「なによ?」

 

 

 

 目線は動かさず、リエだけを見ている。黒猫も同様だ。顔を合わせる様子はない。

 

 

 

「…………」

 

 

 

「何か言いなさいよ。用があるんでしょ」

 

 

 

「……なぁ、夢じゃないよな」

 

 

 

「何が?」

 

 

 

「今の状況が」

 

 

 

「ピアノが動くことについて?」

 

 

 

「そういうことじゃねえ!! …………こうしてまた、みん……………リエといることだよ」

 

 

 

 黒猫が何のことか説明を追加して、私は何の話か理解した。

 

 

 

「……夢じゃないよ。だっているじゃない」

 

 

 

「………………なぁ、レイ。お前は……」

 

 

 

 黒猫がそこまで言いかけたところで、突然ピアノが音を奏でる。

 

 

 

「なんだ!?」

 

 

 

「リエ、あなたが鳴らしたの?」

 

 

 

 私と黒猫は立ち上がり、空中を舞うリエに聞く。しかし、リエは首を振って否定した。

 

 

 

「いえ、違います」

 

 

 

「……ってことは」

 

 

 

 ピアノが演奏を始めると、メロディに合わせてグランドピアノの上にある屋根の部分がパカパカと動こうとする。

 

 

 

「突然動き出すなんてな。縛っといて正解だった」

 

 

 

「ええ、動こうとしてるみたいだけど、動けないみたいね」

 

 

 

 ピアノはロープで縛られており動くことができない。

 突然動き出して驚いたが、縛っておいて良かった。

 

 

 

「しかし、なぜ動き出したんだ。まだ時間には早いはずだろ?」

 

 

 

「そうよね。そのはずだけど……」

 

 

 

 私は腕時計を確認する。腕時計の時間は一時間前。さっき見た状態から全く動いてなかった。

 

 

 

「……止まってた」

 

 

 

「おい!! 何やってんだ!! ……ってことはもう9時ってことか!!」

 

 

 

「そういうことになるね」

 

 

 

 私達は三人でピアノを囲む。縛って動けないピアノだが、近づきすぎることはせず、一歩退いた位置で様子を見る。

 

 

 

「リエ、どうなの? やっぱり幽霊の仕業?」

 

 

 

 私はピアノを警戒しながらリエに聞く。するとリエは頷く。

 

 

 

「はい。霊力を感じます。でも、対話をさせてくれません。私の力では無理矢理引き摺り出すこともできませんし…………」

 

 

 

 そういえば、前にも似たようなことがあった。

 幽霊がいることは分かっているが、リエや私達の力ではその存在を認識することができない。

 

 

 

 あの時はテレビを使ったが、この場にはそれがない。当時の様にはできないだろう。

 

 

 

「どうにかする方法はないの?」

 

 

 

「そうですね。取り憑いてるものを破壊するという方法もありますが……」

 

 

 

「依頼人の所有物だから、それは無理ね」

 

 

 

 方法を相談していると、黒猫が何かに気づく。

 

 

 

「おい。あのピアノロープを破こうとしてるぞ!!」

 

 

 

「え!?」

 

 

 

「ほら、あそこ。角の部分を使ってロープを切断しようとしてる」

 

 

 

 黒猫に言われ、私とリエがピアノを見ると、ピアノの角の尖った部分をロープに擦り付け、ロープを切断しようと頑張っていた。

 

 

 

「で、でも大丈夫よね……。流石に切れたりなんか……」

 

 

 

 と言っていたら、プチンと切れた音がしてピアノを縛り付けていたロープが破けた。

 

 

 

「嘘でしょ!?」

 

 

 

 切られたわけではなく、ピアノが暴れた影響でロープが耐えられなかっただけだが、それでもピアノが自由になってしまった。

 

 

 

 ピアノは蓋の部分をパカパカさせると、そこを口の様にして噛み付く様に襲いかかってきた。

 

 

 

 ピアノは一番近くにいた黒猫に噛みつこうとする。多く蓋を開け、一口で噛み砕こうと飛びつく。

 

 

 

「おいおいおいおいおいおい!!!! ミーちゃんだけは見逃してくれぇぇ!!」

 

 

 

「タカヒロさん!!」

 

 

 

 黒猫の願いも届くはずはなく、ピアノが近づく。だが、私は真っ直ぐに黒猫の元に駆け寄り、黒猫をスライディングして抱きしめると、ギリギリのところでピアノから逃げた。

 

 

 

「大丈夫ですか? レイさん」

 

 

 

「大丈夫っていうか、大丈夫じゃないっていうか……」

 

 

 

 ピアノから逃げた私と黒猫はリエの元に合流する。

 

 

 

 私の胸の中で黒猫の鼓動と呼吸を感じる。凄く早くなっており、ビビっていたのが分かる。

 黒猫はそんな状態で私に向かって、

 

 

 

「おい、レイ。泣いてるのか?」

 

 

 

 私を顔を見て揶揄ってきた。

 

 

 

 あんな大きなものが襲ってくるんだ。怖くない方がおかしい。

 

 

 

「あんただって、鼓動が早くなってるじゃない!」

 

 

 

「……これは気のせいだ」

 

 

 

 私と黒猫はお互いに弱っている姿を見て、揶揄い合う。

 その後、黒猫は吹き出す様に笑い出した。

 

 

 

「なんで笑ってるのよ」

 

 

 

「お前の情けない姿を見て、おかしかっただけだ」

 

 

 

 黒猫はそう言って目を瞑ると深呼吸をする。そして私の腕を伝い、私の頭の上に乗った。

 

 

 

 黒猫が私の上に乗るのは久しぶりだ。

 あの夜以来だろうか。

 

 

 

「例は言わないぞ」

 

 

 

 黒猫はそう呟くと、私とリエに指示を出す。

 

 

 

「レイ、リエ。俺の言う通りに逃げろ。良いな」

 

 

 

 ピアノは大きな身体を動かして、こちらに正面を向ける。そしてまた噛みつこうと準備をしている。

 

 

 

 文句を言っている暇はない。

 

 

 

「分かったよ。言う通りにすれば良いんでしょ」

 

 

 

 ピアノが突っ込んでくる。大きく蓋を開けて噛みつこうとしてくる。

 

 

 

「右の柱まで走れ」

 

 

 

 ギリギリで黒猫が指示を出し、私達はそれに従って逃げる。

 

 

 

「ギリギリすぎるのよ。もっと早く言いなさいよ」

 

 

 

「そうじゃないと上手くいかないんだよ。そのまま引き付けて、向こうと柱まで走れ」

 

 

 

 黒猫に言われた通り、ピアノを連れて私達は部屋中を走り回る。

 

 

 

 部屋の中を何度も何度もクルクル周り、私は足が疲れてくる。

 

 

 

「そろそろ限界……」

 

 

 

 私がヘトヘトになってくると、黒猫はピアノの方向を見て

 

 

 

「頃合いだな」

 

 

 

 そう言ってピアノの方へと飛んだ。

 

 

 

「え!? タカヒロさん!! ミーちゃん!!」

 

 

 

「何してるんですか!!」

 

 

 

 私とリエは黒猫の行動についていけず、ただ黒猫を止めようと手を伸ばす。

 

 

 

 だが、黒猫がピアノの前に立ったというのにピアノは動けず、その場で蓋を上下させる。

 

 

 

「え、これって……」

 

 

 

「最初に結んだロープ。それがまだ絡まってたからな。最初に固定させるために柱に巻き付けてたのもあってすぐに出来た」

 

 

 

 ピアノの足にロープが絡まっており、それは部屋の左右にある柱に8の字に絡まり、ピアノの動きを制限していた。

 

 

 

「さてとこれで無事に捕獲できたな」

 

 

 

 

 

 



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第44話 『猛獣と野望』

霊能力者のレイちゃんは、ダメ、無能、役に立たない?

 

 

 

著者:ピラフドリア

 

 

 

第44話

『猛獣と野望』

 

 

 

 

 

「アンタは生き残るんだよ」

 

 

 

 一面を覆う雪景色。黒い毛皮を被った二匹の猛獣がそこにはいた。

 

 

 

「嫌だよ!! なんで置いていくんだ!!」

 

 

 

 子熊が親熊に抱きつく。しかし、親熊は子熊を引き剥がし、遠ざける。

 親熊は子熊を置いて走り出す。

 

 

 

 雪の降る森の中を駆けていく。

 

 

 

「待って!! 置いてかないで!!」

 

 

 

 子熊は必死に親熊を追いかけた。背中を置い、小さな身体を振って必死に追いかける。

 

 

 

 だが、徐々に距離が離れていき、やがて親熊を見失った。

 親熊とハグれてすぐ、森の奥から銃声が響いた。

 

 

 

 子熊は音の聞こえた場所へと向かう。やがて火薬と血の匂いが漂う。

 辿り着いたのは一軒の民家。

 

 

 

 そして民家の前には倒れた親熊の姿があった。

 

 

 

 民家の中から男達の声が聞こえる。

 

 

 

「今日の獲物は自分からやってきやがった」

 

 

 

「しかし、今日は何匹目だ? そんなに仕留めてどうする?」

 

 

 

「遊びよ遊び! どうせいくらでもいるんだ。何匹減ろうがどうってことねぇべ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 人を襲うピアノ。ロープを使い動きを封じた。

 

 

 

「ねぇ、リエ。やっぱり対話はできないの?」

 

 

 

「向こうに出てくる気がないと無理ですよ」

 

 

 

「そっかぁ」

 

 

 

 ピアノを捕らえることには成功したが、ピアノに取り憑く幽霊を引き出すことができない。

 

 

 

 私達はどうにか方法はないかと悩んでいると、

 

 

 

「ん、待ってください!! 幽霊が出てきます!!」

 

 

 

 リエがピアノの方を見る。すると、さっきまで動こうと必死だったピアノの動きが止まり、ピアノから湯気の様に半透明のものが浮かび出てくる。

 

 

 

「これって……」

 

 

 

「そういう幽霊もいるのかよ」

 

 

 

 私達が驚く中、ピアノに取り憑いていた幽霊が姿を現した。

 

 

 

 それは黒い毛皮で覆われて、鋭い牙と爪を持った猛獣。身長は三メートル近く、太い腕を持つ。

 

 

 

「ねぇ、レイさん、これって大きめの猫ですか?」

 

 

 

「熊よ!! どう見ても熊でしょ!!」

 

 

 

「あ、熊ですか」

 

 

 

 私達の前に現れたのは幽霊となった熊。熊は唸り声を上げ、私達に突進をしてくる。

 私達は逃げようとするが、熊のスピードには敵わない。

 

 

 

 熊の身体が私達に触れる。しかし、熊の身体は私たちを通り抜けて、触れることはなかった。

 

 

 

「び、ビビった〜」

 

 

 

 幽霊である熊は私達に触れることはできない様で、私達はホッとする。

 

 

 

 熊は一応試してみただけで、攻撃が当たるとは思っていなかった様で、私達から一定の距離を取り威嚇を続ける。

 

 

 

「リエ、動物の幽霊っているものなの?」

 

 

 

 私はリエに尋ねる。

 

 

 

「はい。彼らだって生き物です。未練があれば幽霊になります」

 

 

 

「でも、今まで出会ってきた幽霊って大抵人間じゃない?」

 

 

 

「思考能力が高い動物であればあるほど、未練が残りやすいんです。だから人間の幽霊は多いです」

 

 

 

「そういうこと。じゃあ、この幽霊も悩みがあってこの世に残ってるのね」

 

 

 

 幽霊が姿を現したが、相手が熊ではコミュニケーションを取ることができない。

 この熊の幽霊がどうして現世に残っているのか。それを聞くことができない。

 

 

 

 何か方法はないかと考えていると、黒猫が熊には向かって鳴いた。

 それは挨拶をするように短い一言。しかし、それを聞いて熊は驚いた様子で唸り声を上げて返事をする。

 

 

 

「まさか、あんた動物と会話ができるの?」

 

 

 

 すると黒猫はおっさんの声で答えた。

 

 

 

「俺じゃねぇ、ミーちゃんがだ!」

 

 

 

「どっちにしろ、凄いじゃない! これなら意思の疎通ができるよ!」

 

 

 

 私とリエは黒猫が熊とコミュニケーションを取れることに喜んで二人で喜びのダンスを踊る。

 

 

 

 私達が踊る中、黒猫は熊と会話を進め、話を進めていく。

 

 

 

 そして会話を終えた黒猫が、深刻な声で伝えてきた。

 

 

 

「事情が分かったぞ」

 

 

 

「どんな理由ですか?」

 

 

 

「人に強い恨みを持っている……」

 

 

 

「え……」

 

 

 

 私とリエはダンスの途中で動きを止めた。

 

 

 

「恨み?」

 

 

 

「どうやら人間に家族を撃ち殺されたらしい。しかも狩りではなく遊びでだ」

 

 

 

 

 

 

 黒猫が熊から聞いた話。それは生前に住んでいた山で、人間達の間で熊狩りが流行り、その影響で仲間達は狩り尽くされたらしい。

 

 

 

 しかし、狩りを行い、食とするのなら食物連鎖として熊も許した。だが、ある集団は度胸試しや腕試しのためだけに、仲間を狩る人間がいたらしい。

 

 

 

「こいつは人を襲ったことで、人間にマークされ駆除されたんだとよ」

 

 

 

「じゃあ、人間に復讐をしたくてこの世に残ってるってこと?」

 

 

 

「ミーちゃんが聞いた話だとそういうことらしいぞ」

 

 

 

 ミーちゃんのおかげで熊の状況は分かった。しかし、人間への恨みとなるとどうしたら良いか、分からない。

 

 

 

「ねぇ、リエ」

 

 

 

 私はリエの肩を叩き、耳元で話す。

 

 

 

「未練が無くなればあの世に行くのよね。じゃあ、人間を襲わせればいいっことなの?」

 

 

 

「何怖いこと言ってるんですか……」

 

 

 

「いや、やらないよ。でも、それしか方法はないのかなってさ」

 

 

 

「あるにはありますよ。未練が無くなれば良いんです。人間への恨みの感情が無くなれば、この世に留まる理由は無くなるはずです」

 

 

 

「その手があるのね!!」

 

 

 

 私は作戦を思いつくと、黒猫に翻訳をお願いする。そして熊の前に立った。

 

 

 

「人間が憎い気持ちはわかるよ。でも、ずっとそうしていても仲間だって寂しいはずよ」

 

 

 

 私は熊に手を伸ばす。

 

 

 

「私達人間を信じて。あなたの復讐を誰も望んでないのよ」

 

 

 

 昼の出来事が頭をよぎるが良いだろう。

 

 

 

 私は言い切った感を出すが、熊はそっぽを向いた。

 

 

 

「なんでそっぽを向くのよ!」

 

 

 

「なになに……お前は特に胡散臭い、そこの猫に取り憑いてる人間の次に胡散臭い…………って、それ俺のことか!?」

 

 

 

「タカヒロさんが胡散臭いの分かるけど、なんで私もなのよ!!」

 

 

 

「おい!!」

 

 

 

 熊の言葉が引き金で私と黒猫が喧嘩を始める。引っ掻き、髭を引っ張り、私達が戦い合う中、リエがため息を吐いた。

 

 

 

「熊さん。あなた、わざとやりましたね」

 

 

 

 リエが喋りかけると熊はそっぽを向く。なんとなく言葉の意味を理解したのだろう。

 

 

 

「恨みがあるって話でしたけど、本当はそこまで人を嫌ってないんじゃないですか?」

 

 

 

 熊はそっぽを向き続ける。

 

 

 

 リエが説得を試みる中、扉が勢いよく開く。

 

 

 

「戻ってきましたぁ!! ……ってあれ? どういう状況ですか?」

 

 

 

 戻ってきた楓ちゃんが現状を理解できずに困惑している。

 

 

 

「あ、楓さん!!」

 

 

 

 リエが楓ちゃんが戻ってきたことに気づき、楓ちゃんの方を見る。楓ちゃんもリエに状況を聞こうと見る。

 

 

 

 

すると、リエの後ろに三メートル近い熊が唸り声を上げて居座っていた。

 楓ちゃんは走り出すと、リエに叫ぶ。

 

 

 

 

「リエちゃん、しゃがんで!!」

 

 

 

「え?」

 

 

 

 リエが言われた通り姿勢を低くする。楓ちゃんはリエの頭上を飛び越えて、熊に蹴りを喰らわした。

 

 

 

「グォォォァァッ!!」

 

 

 

「熊ァァァァ!!」

 

 

 

 熊は痛そうな悲鳴を出しながら吹っ飛んでいき、地面を転がる。

 

 

 

 楓ちゃんは熊を蹴り飛ばした後、見下ろして人差し指を向けた。

 

 

 

「僕の友達に手出しはさせない!!」

 

 

 

「楓さん、やりすぎです!! それにこの熊さん、襲えないので襲う気なかったですよ!!」

 

 

 

「え?」

 

 

 

 リエは楓ちゃんに状況説明を始める。私と黒猫は楓ちゃんの行動で熊への同情で、喧嘩する気がなくなり静かに待つ。

 

 

 

「そういうことか。いやぁ、ごめんクマ」

 

 

 

「語尾みたいになってます」

 

 

 

 楓ちゃんは頭に手を乗せて適当な感じで謝る。熊は結構なダメージだったのか、グダっと身体の力を抜いて寝そべっている。

 

 

 

「それで熊は復讐した後何がしたいクマ?」

 

 

 

「楓さん、その語尾みたいなものハマってるんですか?」

 

 

 

 熊はそっぽを向くと、何か唸り声を上げた。しかし、動物の鳴き声だ。聞き取れるはずもない。

 

 

 

 私は黒猫を連れて二人の元に行く。

 

 

 

「俺がミーちゃんに頼んで翻訳しよう」

 

 

 

 熊と話した黒猫は熊の言葉を翻訳する。

 

 

 

「恨んでいたのは、事実だとよ」

 

 

 

 それを聞き、リエは確信する。

 

 

 

「やっぱり目的が変わったんですね!」

 

 

 

「どういうこと? リエ」

 

 

 

 私が聞くとリエは答える。

 

 

 

「幽霊になるには現世に強い未練があり、霊力を一定数持っているかというのが条件です。他にもいくつかありますが、重要なのはそこです」

 

 

 

「そうね。熊は人への恨みよね」

 

 

 

「はい! でも、恨みよりも強い未練が現れると上書きされるんです。つまり死後にできた未練です」

 

 

 

 黒猫が熊に確認を取ると、リエの推測で正解のようだ。

 

 

 

「でも、未練が変わったって。一体どんな?」

 

 

 

「それの理由はこれなんでしょうね」

 

 

 

 リエはそう言って部屋に置かれたピアノに目線を映す。

 

 

 

「唯一その熊さんが取り憑くことができた物。これに関する未練ってことですね?」

 

 

 

 リエが答えを聞くように熊の顔を見る。目線の動きで何を言っているのか分かったのだろう。

 熊はゆっくりと頷いた。

 

 

 

 リエは熊の前に立つ。熊と並ぶと小さいリエの身体は、普段よりも小さく感じる。

 楓ちゃんはリエを心配に見つめているが、私と黒猫はリエを信じて行かせる。

 

 

 

「聞かせてください。あなたの未練を」

 

 

 

 リエは熊の前に立つと笑顔を見せる。

 熊は顔から視線を逸らすが、熊が視線を逸らしている間、リエは何も言わず、そのまま待つ。

 

 

 

 痺れを切らした熊が視線を戻して、リエの顔を見た時。リエは口を開いた。

 

 

 

「私達は幽霊の助ける仕事をしてるんです。私達を信じてください。さっきレイさんも言ってたじゃないですか、人間を信じてくださいって」

 

 

 

 黒猫がリエの言ったことを翻訳して熊に伝える。すると、熊は観念したようにお尻を地面につけて胡座で座った。

 

 

 

 そして黒猫に何かを伝える。

 

 

 

「なんで言ったの?」

 

 

 

「分かったってよ。さっきの奴や猫の人間よりは信用できそうだってよ……」

 

 

 

 黒猫が熊の言葉を翻訳する。そして熊の言葉に引っ掛かりを感じた私とタカヒロさんは叫んだ。

 

 

 

「「誰が信用できないって!!」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 熊が幽霊になってから数十年が経ち、街が栄えて人々の生活は豊かになっていった。

 

 

 

 幽霊となった熊は事あるごとに憎しみを晴らすように、人々に恐怖を与えてきた。

 だが、ある時、音を聞いた。

 

 

 

 それは心の安らぐメロディ。悲鳴しか聞いて来なかった熊にとって、初めて聞く曲は全てが浄化されるような気持ちだった。

 

 

 

 気がつけば、どれだけ人々を苦しめようと、熊の心は満たされることはなく。

 ただもう一度、あの曲を聴きたいという思いだけが残っていた。

 

 

 

 そんな時に聞いた。思い出の曲、それがこの家から流れてきていた。

 

 

 

 

 

 

「人間を襲っていたのは、ある意味のSOSだったのね。人を襲っても成仏できない。しかし、この家であれ以降その曲が流れない」

 

 

 

「未練が変わって戻っているかも……その気持ちと、自分の存在を知らせて助けを求めていたみたいです」

 

 

 

 押入れの中に身体を突っ込み、いくつかの楽譜を見つけてくる。

 

 

 

「この中に例の曲があるかもしれないのね……。でも、私はピアノは弾けないよ」

 

 

 

「僕も無理です」

 

 

 

 私と楓ちゃんはピアノを弾くことができない。すると、リエが手を上げた。

 

 

 

「私できますよ」

 

 

 

「本当に!?」

 

 

 

「屋敷にいた頃、暇だったので練習したんです。あんまり上手くはないですが……。でも、私だけの力じゃピアノに触れられません」

 

 

 

「あ、そっか。じゃあ、どうしたら良いの?」

 

 

 

 そうしてリエの提案で出来上がったピアノに触れられる方法。それは……。

 

 

 

「なんで私が椅子なのよ」

 

 

 

「高さが足りないですし、レイさんが私が押した場所を追って押してくれれば、鳴らせるはずです」

 

 

 

「すっごい面倒なことになってるんだけど……」

 

 

 

 私が嫌そうな顔をしていると、楓ちゃんが楽譜を持ってピアノの前に置く。

 

 

 

「僕が楽譜を取り替えます! 任せてくださいね!!」

 

 

 

「レイ、頑張れよ」

 

 

 

 楓ちゃんと黒猫に見守られながら、熊のために演奏を始めた。

 

 

 

 一曲目、二曲目はハズレで熊の求めている曲ではなかった。だが、

 

 

 

「これだ!!」

 

 

 

 三曲目を弾き始めると熊と話していた黒猫が叫んだ。

 私とリエは思わず、弾くのを止める。

 

 

 

「この曲が熊の求めてた曲?」

 

 

 

「ああ、そうみたいだ。最後まで聴かせてやれ! そうすれば、未練がなくなるはずだ」

 

 

 

 私とリエは共同作業で曲を奏でる。最初はなかなか上手く行かなかったが、徐々に慣れてきて上手く行き始める。

 

 

 

「もう少しで終わりです!!」

 

 

 

 もうすぐ終わり。そこまで来た時だった。

 

 

 

 私の膝の上に座るリエ。その髪の毛が私の鼻の中に入った。

 

 

 

「はっはっハックション!!!!」

 

 

 

 私はくしゃみをしてしまい、最後に押すところを間違えてしまった。

 

 

 

 しまった。そう思ったが……。

 

 

 

「え?」

 

 

 

 熊の身体が透け出して、透明になり天へと登って行く。

 

 

 

「え、なんで……今ので良いの!?」

 

 

 

「もしかして最後まで聴いたことはなかったんじゃないですか……。だから勘違いしてこれが合っているものだと……」

 

 

 

 私は熊に手を伸ばす。

 

 

 

「待って今のは違うの!! もう一回、もう一回聴かせるから帰ってきてェェ!!!!」

 

 

 

 しかし、私の言葉を熊が理解できるわけもなく。そのまま消えてしまった。

 

 

 

 私は両手で顔を覆う。

 

 

 

「もし天国へ行ったらあの熊に怒られる」

 

 

 

「お前は地獄だろ」

 

 

 

「あんたもよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 除霊を終えた私達はそのまま解散して、翌日除霊が成功したことを依頼人に伝えた。

 

 

 

「ありがとうございます。それでどんな幽霊が?」

 

 

 

「そうですね。熊です」

 

 

 

「クマ……ですか」

 

 

 

 依頼人には家族がおり、リエと同じくらいの大きさの女の子がそれを聞いて喜びだす。

 

 

 

「クマさん!! 可愛い!!」

 

 

 

「ええ、可愛かったよ。音楽が好きな熊さん」

 

 

 

 私は昨日見つけた楽譜を娘さんに渡す。

 

 

 

「そうね。その熊さんが好きだった曲。練習して弾いてあげて、そしたら熊さんも喜ぶから」

 

 

 

「うん!! ……あれ、でも最後の部分、なんか変だよ」

 

 

 

「あ、それね。こっちの赤い方が熊さんが聴きたい曲だから。熊さんに聴かせる時はこっちね」

 

 

 

「分かったー!!」

 

 

 

 

 

 

 

 



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第45話 『海の秘宝と恐怖の海域』

霊能力者のレイちゃんは、ダメ、無能、役に立たない?

 

 

 

著者:ピラフドリア

 

 

 

第45話

『海の秘宝と恐怖の海域』

 

 

 

 

「レイさ〜ん。これどこにしまいますか?」

 

 

 

「あ、それはテレビの横の棚よ」

 

 

 

 私とリエが部屋の中を整理していると、部活を終えた楓ちゃんがやってくる。

 

 

 

「あれ? 何やってるんですか?」

 

 

 

「模様替えよ。またには雰囲気変えようかなぁって」

 

 

 

 私は腰に手を当てて自慢げに説明する。部屋の状態を見た楓ちゃんは首を傾げる。

 

 

 

「どこが変わったんですか?」

 

 

 

「え!?」

 

 

 

 楓ちゃんの反応に私とリエが驚く。その様子をソファーの上で丸くなって寝ていた黒猫が嘲笑った。

 

 

 

「そんな違い、分かるやついるかよ」

 

 

 

「師匠、知ってるんですか?」

 

 

 

「ほら、呪いのダンベルの近くに置いてあったガラクタあったろ。あれとテレビの横の

棚にしまってあったものを取り替えただけだ」

 

 

 

「言われてみれば、変わってますね」

 

 

 

「言われないと分からない。その程度の模様替えだよ」

 

 

 

 黒猫は大きくあくびをする。私は黒猫に近づくと、黒猫のお腹を触って撫で始めた。

 

 

 

「ならあんたも手伝いなさいよ」

 

 

 

 黒猫は嫌そうな感じではなく、逆にお腹を広げて撫でられる。

 

 

 

「嫌だよ。俺もミーちゃんも変化は嫌いなんだ。慣れた部屋ってのが落ち着くんだよ」

 

 

 

「そう言いながらサボりたいだけでしょ、こちょこちょ〜」

 

 

 

「やめ、やめろ〜、ほんとだほんと〜」

 

 

 

 黒猫と私が遊んでいるのを楓ちゃんは羨ましそうに見つめる。

 

 

 

「レイさ〜ん、これはどこですか〜?」

 

 

 

「それはあっちぃ〜!」

 

 

 

 

 

 

 

 模様替えも終えてひと段落。紅茶でも飲もうとお湯を渡していると、インターホンが鳴らされた。

 

 

 

「あれ? 依頼かな。楓ちゃん、お願いして良い?」

 

 

 

「はい! 任せてください!」

 

 

 

 楓ちゃんに客さんの対応を任せ、コップをもう一つ追加して、お客さんの分も増やす。

 私が全てのコップに注ぎ終わった頃、対応を終えた楓ちゃんが依頼人を連れてリビングに入ってきた。

 

 

 

「レイさん、依頼人でしたよ!」

 

 

 

「うん、じゃあ、いつものところに座ってもらって」

 

 

 

 私はお盆にコップを乗せて、依頼人のいるテーブルへ向かう。

 私が台所から顔を出し、依頼人の顔を見ると、私は思わず声を出してしまった。

 

 

 

「え……」

 

 

 

 左手は蟹の手で、髑髏のマークの入った黒い帽子を被った男性。

 右目には大きな傷があり、目は閉じられていた。

 

 

 

「レイさん、この方が依頼人のクラブ船長です」

 

 

 

「海賊だァァァ!!!!」

 

 

 

 

 

 

 私は紅茶を出して向かいの椅子に座った。

 

 

 

「すみません。大きな声を出してしまって」

 

 

 

「ガハハハ!! 気にするな。よくあることだ!」

 

 

 

「それで本物の海賊さんなんですか? コスプレイヤーとかじゃなくて」

 

 

 

 クラブ船長は腕を組む。片腕が蟹の手であるために苦戦していたが、問題なく出来たようだ。

 

 

 

「本物の海賊だ!!」

 

 

 

 私がショックで言葉が出ないでいる中、私の後ろでリエが興奮した様子でウキウキしている。

 

 

 

「本物の海賊! 凄いです!!」

 

 

 

 リエがあれだけ騒いでいるが、クラブ船長は反応しないということは、リエの姿は見えていないのだろう。

 

 

 

「それで依頼ってなんですか?」

 

 

 

 私が尋ねると、クラブ船長は古そうな巻物を取り出した。

 そしてそれをテーブルに置いて広げる。

 

 

 

「これは……」

 

 

 

 そこには球体の絵が描かれていた。周りには解説のような文字が書いてあるが、私には読めない文字だ。

 

 

 

「これは海の星と言われる秘宝、マリンスターだ」

 

 

 

「マリンスター?」

 

 

 

「海底のどこかにあると言われているが、その実態は未だに掴めていない伝説のお宝。今、俺の海賊団はこれを狙っている」

 

 

 

「凄そうなお宝を狙ってるんですね……」

 

 

 

 そんな話をされても私は興味はない。だが、私以外のメンバーは、

 

 

 

「師匠〜、お宝ですって」

 

 

 

「ああ、これは凄そうだな。リエ!」

 

 

 

「はい!!」

 

 

 

 みんなノリノリだ。

 

 

 

「クラブ船長さんがお宝を狙ってるのは分かりましたが、なぜ、ここへ?」

 

 

 

 私はクラブ船長に尋ねる。

 

 

 

 お宝を狙ってるのは分かったが、肝心な依頼内容が分からないのだ。

 すると、クラブ船長は大きく口を開けて笑う。

 

 

 

「ガハハハ!! 心配するな。しっかり依頼に来ている!!」

 

 

 

 するともう一つ巻物を取り出してそれをテーブルに広げた。そこには大きな三角マークとその中に髑髏マークが書かれていた。

 

 

 

「バミューダトライアングルって知ってるか?」

 

 

 

「え、ええ一応。三角形の怖い海でしょ、船が消えるとかの……」

 

 

 

「ガハハハ!! 分かってるな。そう、バミューダトライアングルは大西洋にある三角形の海域で、船や飛行機の乗客が消えるという噂のある場所だ。だが、こいつは少し違う!」

 

 

 

「違う?」

 

 

 

 私が首を傾けると、クラブ船長は自慢げに語りだす。

 

 

 

「俺達、船乗りに伝わる伝説の動く海域。バミューダよりも小さいが、動くことができる海域、それがこの地図に載っている、ウォーキングトライアングルだ」

 

 

 

「歩いちゃってるけど!?」

 

 

 

 クラブ船長はテーブルに手をついて身を乗り出す。

 

 

 

「移動するウォーキングトライアングル。そこにマリンスターがあると俺は睨んでる! そしてその海域が明日、東京の近くに来る。俺達はそこに行きたい!!」

 

 

 

「行けばいいんじゃないですか?」

 

 

 

「危険な海域だ。だからこそ、幽霊に関するスペシャリストが必要だ。力を貸してくれ!!」

 

 

 

 どうやらその海域が怖いから、私たちについて来てほしいということらしい。

 怖い顔してるのに、幽霊が怖い海賊ってどうなのだろうか。

 

 

 

「ちょっと待っててください。相談してきますね」

 

 

 

 私はみんなを連れて台所に集合する。そしてどうするかの相談を始めた。

 

 

 

「どうする? あんな海賊について行ったらどこに連れてかれるか分からないよ。というか、本当に海賊なのか怪しいし!」

 

 

 

 私が疑う中、リエは手を上げる。

 

 

 

「私は行ってもいたと思いますよ。面白そうですし」

 

 

 

「僕も良いですよ。沈没しても僕なら泳いで帰れます」

 

 

 

「いや、それは無茶ですよ……」

 

 

 

 リエと楓ちゃんは依頼を引き受けても良いらしい。

 

 

 

「でもなぁ……」

 

 

 

「俺は反対だ。あんな怪しい海賊は信用できない。それに海に出るってことはあいつの船に乗ってことだ、どうなるか分からんぞ」

 

 

 

 タカヒロさんは反対派らしい。

 

 

 

 意見が割れて依頼を引き受けるかどうかで迷う。

 迷っていると、リビングにいるクラブ船長がその場から私達に話しかけてきた。

 

 

 

「ガハハハ!! 船に乗ってもそんな遠くまではいかん。日帰りの依頼だ」

 

 

 

 依頼内容をクラブ船長は追加する。

 

 

 

「日帰りですよ、大丈夫じゃないですか?」

 

 

 

 リエは黒猫を説得しようとする。黒猫は心配そうに私の方を見てきた。

 

 

 

「はぁ、いつまでも迷っているわけにもいかないしね。引き受けることにしましょうか」

 

 

 

 クラブ船長も私達のことを必要としているし、そこまで遠い場所ではないという話だ。

 私達は依頼を引き受けることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 依頼を引き受けて翌日。私達は桜木町から歩き、赤レンガ倉庫にやって来ていた。

 

 

 

「昨日、待ち合わせ場所って言ってたのはここよね」

 

 

 

「そうですね」

 

 

 

 私達は建物の横を通り、海の見える場所まで来た。しかし、そこには海賊船のようなものなど見えない。

 

 

 

「あれじゃないか?」

 

 

 

 私の頭に乗っている黒猫が遠くに見える大きな船を指す。

 

 

 

「いや、あれは違うでしょ」

 

 

 

 遠くに見える船はどう見ても海賊船というよりも、普通の客船だ。あれじゃないのは確かだろう。

 

 

 

 海を見渡して海賊を探していると、楓ちゃんがモジモジしながら話しかけてきた。

 

 

 

「あ、あの……」

 

 

 

「どうしたの?」

 

 

 

「お手洗い行って来ていいですか? ちょっと我慢できそうになくって」

 

 

 

「分かったよ」

 

 

 

 楓ちゃんを見送ると、黒猫が呟いた。

 

 

 

「お前は良いのか?」

 

 

 

 私は無言で頭を海に近づけてお辞儀して、落とすフリをして黒猫を驚かせた。

 

 

 

「レイさん。レイさん、あれ見てください!」

 

 

 

 ちょっと目を離したうちに、リエが何かを発見して戻って来た。

 

 

 

「なに?」

 

 

 

「遊園地ですよ!!」

 

 

 

「さっきからあったじゃない」

 

 

 

 リエが来た方向を見ると、そこには遊園地が見えている。

 

 

 

「レイさ〜ん、行きたいです〜!!」

 

 

 

 リエは私にしがみついて譲ってくる。

 

 

 

「あ〜、分かった。分かったよ、今度ね、今度〜」

 

 

 

 適当にあしらってリエを黙らせる。

 

 

 

 しばらくして楓ちゃんが帰ってくると、楓ちゃんと一緒に海賊帽子を被った男性も歩いて来た。

 

 

 

「トイレでばったり会いました。大きい方してましたよ」

 

 

 

「報告しなくて良いよ!!」

 

 

 

 やっとクラブ船長と合流できた。クラブ船長は現れたが、肝心の海賊船と船員達が見当たらない。

 

 

 

「クラブ船長? 船はどこなんですか?」

 

 

 

 私が心配そうに聞くと、クラブ船長は大きく口を開けて笑い、帽子の中から無線機を取り出した。

 

 

 

「ガハハハ!! 安心しろ、船はこれから現れる!!」

 

 

 

 そう言ってクラブ船長は無線で仲間に連絡をする。

 私達は海の向こうから船が現れるのだと思っていた。しかし、

 

 

 

「おい、見ろ!」

 

 

 

 海面が大きく揺れ、海の底から黒い影が現れる。海を割り、水中からマストが顔を出す。そしてそれに続いて、船の全面が姿を現した。

 

 

 

「いつの時代も海賊は肩身が狭い。港に止めることができないからな、うちの潜水機能付きで水中に止めるんだ」

 

 

 

「えぇーー!!!!」

 

 

 

 船が現れると、船内から海賊達が現れた。まるで時代を超えて来たかのような、海賊っぽい衣装を身につけた人達。

 こうやって船に乗ってなければ、ただのコスプレだろう。いや、乗っていてもほぼコスプレだ。

 

 

 

 クラブ船長は船員が投げたロープの梯子を手に取る。

 

 

 

「さぁ、お前達も乗れ、これより出航する!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 船が出航し、私達の船の旅が始まった。

 

 

 

「オロロロロロロロ〜」

 

 

 

 リエと楓ちゃんが盛大に口から液体を吐き出す。

 

 

 

「あなた達……大丈夫?」

 

 

 

「こ、これが大丈夫そうに、見えます、か……オロロロロロロロ〜!!」

 

 

 

「見えないね」

 

 

 

 私は船酔いでやられている二人の背中を摩る。船が出航して一時間、二人はすでに疲れ切っている様子だ。

 

 

 

「そういうお前は大丈夫なのか?」

 

 

 

 私の頭に乗っている黒猫は、二人の様子を見て聞いて来た。

 

 

 

「私は大丈夫よ。基本乗り物酔いはしないしね。そういうあんたはどうなのよ?」

 

 

 

「俺か。俺も問題ない方だ。だが…………うっ、うげぇ」

 

 

 

「人の頭で毛玉吐かないでよ!!」

 

 

 

 私は黒猫を下ろして、毛玉を海に捨てて頭を洗う。

 色々と悲惨な状態の中、クラブ船長がマストの上から降りて来た。

 

 

 

「ガハハハ!! 海の旅、大変そうだな!」

 

 

 

「海の旅っていうか、私は猫の世話が大変なんですけどね」

 

 

 

「ガハハハ!! 動物の世話は大変だな。命を預かってるわけだしな!!」

 

 

 

 陽気に笑うクラブ船長。クラブ船長は私達に並んで船の甲板に立つと、

 

 

 

「オロロロロロロロ〜!!!!」

 

 

 

 盛大に液体を吐き出した。

 

 

 

「あんたも船酔いしてるのかよ!!」

 

 

 

「ガハハハ……。こういう揺れるものに弱いんだ。赤ん坊の頃はベビーカーでも吐いたらしい」

 

 

 

「船乗り向いてないよ」

 

 

 

 そんなことをしていると、船の前方を見張っていた船員が叫ぶ。

 

 

 

「船長、見えて来ました!!」

 

 

 

「ついに来たか!!」

 

 

 

 クラブ船長が船の先端へ走る。私達もクラブ船長を追いかけて、船の前の方へ向かった。

 

 

 

「あれがウォーキングトライアングル…………」

 

 

 

 私達のいる真上は快晴だ。だが、前方に巨大な雷雲が上空を塞いでいた。

 さらには雲の下の海は大きく荒れており、雲の上と外で大きく変化しているのが、見た目で判断できる。

 

 

 

 クラブ船長は船の先頭に立ち、振り向くと船員を見渡す。そして大きく息を吸い、

 

 

 

「これより俺達はあそこに行く!! 気を引き締めろ、お前達!! ……オロロロロロロロ〜」

 

 

 

 

 

 

 



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第46話 『悪魔の海』

霊能力者のレイちゃんは、ダメ、無能、役に立たない?

 

 

 

著者:ピラフドリア

 

 

 

第46話

『悪魔の海』

 

 

 

 

 大雨が降り、船が大きく揺れる。雨の当たる音と波の音が船内を包み込む。

 

 

 

「海賊さん達、大変そうですね……」

 

 

 

 リエがベッドで寝っ転がりながら、私に話しかける。

 

 

 

「そうね。ま、私としてはあなたと楓ちゃんも大変そうだけどね」

 

 

 

 船が嵐に突入し、私達は船内で休むことになった。

 少しでも身体を楽にしようと、リエと楓ちゃんをベッドに寝かしつけ、楓ちゃんは熟睡し、リエは横になってから少し楽になったようで雑談を始めた。

 

 

 

「リエ、この先に幽霊はいるのかな?」

 

 

 

「どうでしょう。海は命の危険と隣り合わせですからね。いると思いますよ」

 

 

 

「じゃあ、どこかで私たちが必要になることもあるかもしれないのね……」

 

 

 

 今のところ、海に出てから私達が仕事をすることはなく。無事にウォーキングトライアングルにも突入できた。

 

 

 

 まぁ、仕事がないならないでも良いのだが。もう船の旅だみんなヘトヘトだし……。

 

 

 

 

 

 

 それからしばらく経ち、嵐を抜けたのか、船の揺れが弱まった。

 

 

 

 扉についている円状の窓から外を見た黒猫が外が晴れているのを発見した。

 

 

 

「おい、外が晴れてるぞ」

 

 

 

「え、嵐抜けたんですか!! 師匠!!」

 

 

 

「うお!? 突然起きるなよ!!」

 

 

 

 私達は外に出ると、強い光が甲板を照らし、雲のある場所を抜け出していた。

 

 

 

「おう、お前ら出て来たのか」

 

 

 

 上半身半裸のクラブ船長が、濡れた服を絞って水を出す。

 私は空の様子を見てクラブ船長に尋ねる。

 

 

 

「海域を抜けたんですか?」

 

 

 

「いや、まだ抜けてない。ここは海域の中心。台風の目みたいな場所だ。ここはウォーキングトライアングルで唯一晴れている場所なんだ」

 

 

 

 クラブ船長の話を聞いていると、他の船員達が船の倉庫から大きな機械を取り出して来て、甲板に設置している。

 

 

 

「あれは潜水艇だ。この船も潜れるが小回りと何か発見した時に採取ができないからな。アームも付いてるし、あれならこの船と連絡が取れる」

 

 

 

「海に潜るの……。何のためにですか?」

 

 

 

「前にも言ったが、マリンスターを探すためだ。ウォーキングトライアングルの中心、ここにお宝があるはずなんだ」

 

 

 

 船員達はせっせと設置を終えると、二人の船員が船長に挨拶に来た。

 

 

 

「それでは船長、行って来ます!!」

 

 

 

「お宝を見つけてくるので、期待しててください!!」

 

 

 

 クラブ船長は二人の拳を強く握りしめ、握手をする。

 

 

 

「ああ、任せたぞ!!」

 

 

 

 そして二人を見送り、潜水艇は海の中へと消えていく。

 船員達とのやりとりを見ていた楓ちゃんは、クラブ船長に笑顔を向けた。

 

 

 

「仲が良いんですね」

 

 

 

「そうだろう。船員同士、信頼関係が大事だからな!!」

 

 

 

 クラブ船長は胸を張って答える。

 

 

 

「特にあの二人は特別だな。俺の初めての仲間だ。今じゃ三十人いる船だが、最初は五人だけだったんだ。そのうちの二人がアイツらだ」

 

 

 

 クラブ船長は甲板から潜水艇の消えた海の底を覗き込む。

 

 

 

「俺のくだらない野望にもこうして付き合ってくれる良い奴らだ」

 

 

 

 クラブ船長は振り向くと、楓ちゃんに顔を向ける。そしてニヤリと頬を上げた。

 

 

 

「お前にはいるか? 信頼できる仲間は?」

 

 

 

 クラブ船長は楓ちゃんを試すように聞く。すると、楓ちゃんは迷うことなく私達の方へと近づき、二人と一匹を抱きしめた。

 

 

 

「僕もいますよ!!」

 

 

 

 それを見てクラブ船長は大きく口を開けて笑う。

 

 

 

「ガハハハ!! 仲間は大事にしろよ!!」

 

 

 

 クラブ船長は親指を立ててグッドを伝える。楓ちゃんも答えるように親指を立てた。

 

 

 

「船長!! 潜水艇から無線です!!」

 

 

 

「おう!!」

 

 

 

 クラブ船長は船員達の元へ行き、無線で潜水艇と交信を進める。

 その間、私達は甲板で海を眺めながら暇を潰す。

 

 

 

「楓、お前俺達が仲間って答えて良かったのか?」

 

 

 

「なんでですか? 師匠」

 

 

 

 私の頭に乗っている黒猫が、前足で私の頭を叩く。

 

 

 

「リエはアイツらに見えてないから、お前はこの怪しい女と猫が仲間って言ったんだぞ」

 

 

 

「誰が怪しい女よ、誰が……」

 

 

 

 私は黒猫を説教してやろうとするが、楓ちゃんが私達に近づいて来たのでやめた。

 楓ちゃんはもう一度私達に抱きつく。

 

 

 

「苦しいですよ、楓さん」

 

 

 

「どうしたのよ、今度は強いよ……」

 

 

 

 今度の楓ちゃんの抱きしめる力は強く。少し苦しいと感じるほどだ。

 楓ちゃんは抱きしめたまま、私とリエの間に顔を埋め、

 

 

 

「僕は嘘はつけませんから。僕にとって大切なものはここにあります」

 

 

 

 それを聞き、私とリエは楓ちゃんに抱きしめ返す。私の頭にいた黒猫も前足を出して、リエと楓ちゃんの頭の上に手を置いた。

 

 

 

「俺もだ」

 

 

 

「私もです」

 

 

 

「私もよ」

 

 

 

 私達は気持ちを伝え合うと、それぞれ離れる。

 

 

 

 安心感で心が満たされている中、無線をしているクラブ船長達の方では不穏な空気が流れていた。

 

 

 

「船長!! 大変です」

 

 

 

「どうした」

 

 

 

「何か、巨大に何かがこちらを睨んで……えわ!? 体当たりされました!!」

 

 

 

「巨大な? ……鯨か?」

 

 

 

「いえ、それ以上……え、口を開けて、まさか!?」

 

 

 

 大きく船が揺れる。私は立っていることができず、転びそうになるが、

 

 

 

「危ない!」

 

 

 

 楓ちゃんが腕を掴んで助けてくれた。楓ちゃんは私とリエを抱き寄せて、支えてくれる。

 

 

 

「師匠もしっかり捕まってくださいね!!」

 

 

 

「ああ、レイの頭に捕まってる!!」

 

 

 

 頭がヒリヒリするが非常事態のため、我慢だ。

 

 

 

「何があったんですか!!」

 

 

 

 私はクラブ船長達に叫ぶが、船員達も動揺している様子だ。無線の先からは雑音しか入ってこない。

 

 

 

 船が大きく揺れた原因は、潜水艦と繋がっているロープが引っ張られているためだ。

 そのままロープごと、船はバックしていく。

 

 

 

「どうなってるんだ!?」

 

 

 

「ロープに引っ張られてるんだ!! このままだと沈没するぞ!!」

 

 

 

 船員達が焦り出し、慌ただしくなる。そんな中、クラブ船長は腕を組み、静かに船員に指示を出した。

 

 

 

「ロープを切断しろ」

 

 

 

「しかし、潜水艇には二人が……」

 

 

 

「構わない」

 

 

 

 クラブ船長は眉一つ動かさず、それを聞いた船員達は文句を言わずに命令に従う。

 ロープを繋げている機会の前に立つと、切断するために刃物を持ってくる。

 

 

 

「待ってください!!」

 

 

「楓ちゃん!?」

 

 

 

 その様子を見て私達を支えたまま、楓ちゃんが叫ぶ。

 

 

 

「何見捨てようとしてるんですか!!仲間を大切にって話したばっかりじゃないですか!!」

 

 

 

 楓ちゃんは今すぐにでも船長達の元に駆け寄って、説教をしたいのだろう。

 だが、私達を支えているため動くことができない。

 

 

 

 クラブ船長は小さく

 

 

 

「お前達は続けてろ」

 

 

 

 そう船員に告げた後、身体の向きをこちらに向ける。

 

 

 

「海ってのは危険と隣り合わせだ。いつ何が起きてもおかしくない。あいつらも覚悟はできてた」

 

 

 

「覚悟がなんですか!! やっぱり海賊は海賊なんですね!!」

 

 

 

 楓ちゃんが怒鳴ると私の頭にいた黒猫がジャンプして楓ちゃんの頭に乗り移った。

 

 

 

「師匠!?」

 

 

 

 黒猫は楓ちゃんの頭に乗ると楓ちゃんを黙らせる。

 

 

 

「すまんな。俺がこいつを説得する。お前達の決断に口は出す気はないから、そのまま続けてくれ!」

 

 

 

「……猫が喋った」

 

 

 

 黒猫が喋り驚いた様子のクラブ船長だが、気にしている余裕はなく。

 

 

 

「ネコ! 感謝する」

 

 

 

 それだけ言って船員達を手伝いに行く。

 黒猫に会話を止められて楓ちゃんは不快そうな顔をする。

 

 

 

「何をするんですか、師匠」

 

 

 

「お前の気持ちはわかる。だが、俺にはあいつらの気持ちも分かる」

 

 

 

「……師匠?」

 

 

 

「あいつは他の船員達の命を預かってるんだ。決断が遅れれば、助かる命も助けられなくなる。あの船長はその判断をしたんだ。……俺は嫌いだがな」

 

 

 

 黒猫に説得され、一時的に楓ちゃんも落ち着く。会話をしている中、黒猫の視線が私に一瞬移った気もしたが気のせいだろう。

 

 

 

 船員達がロープを切断すると、船の動きは止まり、海面は静かになった。

 

 

 

「終わったのか……」

 

 

 

 黒猫が楓ちゃんの頭の上で呟いた時、船を囲むように海面がリング状に浮かび上がる。

 そしてその浮かんだ海面に何かがいるのが見える。

 

 

 

「あいつか……あいつらを襲ったのは!! 砲台を用意しろ!!」

 

 

 

 クラブ船長は船を囲む何かに向けて大砲を放つ。しかし、その物体は大きすぎて聞いている様子はない。

 

 

 

 やがてその物体が伸びて来て顔を出す。鱗に長い舌を持った蛇。蛇が蟠を巻いて船を囲んでいたのだ。

 

 

 

 この船だって、かなりの大きさだ。港で見た船と同じくらいの大きさだ。

 その船よりもはるかに大きな蛇は島すらも丸呑みしてしまいそうな勢いだ。

 

 

 

 蛇は船の甲板を見下ろすと、口を開く。

 

 

 

「何かと思えば人間か……」

 

 

 

「か、怪物が、喋った!?」

 

 

 

 巨大な蛇が人間の言葉を喋り、船員や私達は驚いて固まる。

 蛇は困った様子で舌を伸ばすと、口の中からある物を出した。

 

 

 

「こんなものを食っても美味しくないからな。返しておくぞ」

 

 

 

 それはロープの切断された潜水艇。潜水艇は甲板に置かれると、船員達が駆け寄って、中にいる二人の状態を確認した。

 

 

 

「船長!! 二人とも無事です!!」

 

 

 

「そうか」

 

 

 

 クラブ船長は大喜びすることはないが、声のトーンが少し上がった様子があった。

 船長は蛇の方に顔を向けると、

 

 

 

「おい、お前は何者だ!!」

 

 

 

 巨大な蛇に向かって威勢よく尋ねた。声はハッキリとしており、睨んでいる。しかし、足は震えており、ビビってはいるようだ。

 

 

 

「答える必要があるか?」

 

 

 

 蛇はそう言うと物色するように甲板を見渡す。そして私を見つけると、

 

 

 

「おい、そこの女」

 

 

 

 話しかけて来た。

 

 

 

「え、私!?」

 

 

 

「そうだ、こっちに来い」

 

 

 

 怖いがここで拒否して暴れられる方が怖いため、私は大人しく蛇の前に立つ。

 

 

 

「これを受け取るが良い」

 

 

 

 蛇の顔の前に黒いキューブが現れた。それは空中をヒラヒラと落ちると、私の前で滞空する。

 

 

 

「まさか、それがマリンスター!?」

 

 

 

 遠くでクラブ船長が喜び声を上げる。私は手を伸ばし、黒いキューブに触れる。するとキューブは吸いごれるように私の中へと入っていった。

 

 

 

「……触れたな」

 

 

 

 蛇の声が脳に直接響く。視界が眩み、私はふらふらと千鳥足になる。

 楓ちゃんが私のことを支えて、倒れることはなかったが、意識が薄くなり何も考えられなくなる。

 

 

 

 

 

 

 

 

「レイさん!! レイさん!!」

 

 

 

 リエの叫ぶ声。私は目を開くと楓ちゃんに抱き抱えられて眠ってしまっていた。

 

 

 

「……私は」

 

 

 

 周囲を見渡すが巨大な蛇の姿はない。だが、みんなの様子が変だ。

 船員達は顔を赤くし、リエと楓ちゃんは心配そうに見つめてくる。

 

 

 

「何があったの?」

 

 

 

 私は背を向けている黒猫に尋ねる。黒猫は振り向くことなく、

 

 

 

「……お前、自分の胸を揉んで、それから…………………」

 

 

 

「え、え!? なに!? 何があったの!? ねぇ!!」

 

 

 

 周囲の人間に聞き回るが、誰も答えることはない。

 リエは私に顔を近づけ、くっつきそうなくらい至近距離にくる。

 

 

 

「レイさん、さっきの蛇に取り憑かれてたんですよ」

 

 

 

「え、あの蛇は夢じゃなかったの…………てか、あれ幽霊だったの!?」

 

 

 

「幽霊……とは違う感じでしたけど。大変だったんですよ。私は取り憑けなくなって追い出されちゃいますし、レイさんが暴走しちゃいますし」

 

 

 

「そんな大変なことになってたのね……」

 

 

 

 リエかは説明を受け、なんとなく状況がわかってきた。

 

 

 

「でも、どうやって追い出したの?」

 

 

 

「僕と師匠で頑張ったんです。それで一瞬の隙をついてリエちゃんが取り憑き直して追い出しました」

 

 

 

「そうだったのね。ありがとう……。それでその蛇は?」

 

 

 

「海に消えました。暇つぶしができたとかで喜んで……」

 

 

 

 蛇に遊ばれていたのだろう。追い出せたのも、蛇が満足したからかもしれない。

 

 

 

 話を終えた私達にクラブ船長が近づいて来た。

 

 

 

「すまんな。危険なことをさせて」

 

 

 

「いえ、私達こそ。依頼だったのに力になれなくて」

 

 

 

「良いってことよ。成果はあった!」

 

 

 

「え、じゃあ、探してたものは見つけたんですか?」

 

 

 

 クラブ船長は目を瞑り、ゆっくりと首を横に振った。

 

 

 

「なかった。あの怪物の話ではこの海域ではないらしい。……信じられるとは思わないがな!!」

 

 

 

 クラブ船長はカニ手を掲げると船員達に指令を出す。

 

 

 

「よし、港に帰るぞ!!」

 

 

 

「え、帰るんですか」

 

 

 

「ガハハハ!! お前達を送り返さないといけないしな。それにこの海域は移動する、これ以上ここにいるのは不可能だ」

 

 

 

 船は動き出し、海域を抜け出す。またあの嵐の中を通り抜けるのかと思ったが、帰りは嵐に当たることはなく、数時間後には港に着いていた。

 

 

 

「ガハハハ!! 港に着いたぞ。お前達!!」

 

 

 

「オロロロロ〜!!!!」

 

 

 

 リエと楓ちゃんは盛大に吐き出しながら船を降りる。

 

 

 

「お宝、見つかると良いね」

 

 

 

 私は船から降りて船長に告げる。船長は腕を組み胸を張って笑った。

 

 

 

「必ず見つけて見せるさ!! あの秘宝をこの手でな!!」

 

 

 

 

 

 



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第47話 『呪いの腕時計』

霊能力者のレイちゃんは、ダメ、無能、役に立たない?

 

 

 

著者:ピラフドリア

 

 

 

第47話

『呪いの腕時計』

 

 

 

 

 夕陽の差し込むホーム。仕事帰りのサラリーマンや学生が並ぶ中、改札を抜けて一人の青年が階段を駆け降りる。

 ホームに降り立つと、周囲を見渡してキョロキョロと何かを探す。そして彼はある人物を見つけると、服の裾で汗を拭って駆け寄った。

 

 

 

「まもなく一番線ホームに電車が参ります。黄色い線の内側でお待ちください」

 

 

 

 アナウンスが流れる中、手を伸ばす。後少し後少しで手が届く。しかし、青年の手が届く前に、

 

 

 

「おい、誰が落ちたぞ!!」

 

 

 

「救急車だ!! 救急車を呼べ!!」

 

 

 

 駅のホームにサイレンが響き渡り、赤い物体が散乱した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「レイさんレイさん!! 今日の夜ご飯なんですか!! さっき買ってたやつですか!!」

 

 

 

 服の裾を引っ張り、買い物袋を覗いてくる幽霊。スーパーで買い物を終えた私達は、買い物袋を持ち事務所へ帰宅していた。

 

 

 

「今日は昨日の残りよ。まだカレーが残ってるじゃない。今日買ったのは明日の分よ」

 

 

 

「あー、そういえば残ってましたね……。まいっかカレーも好きですし!!」

 

 

 

 晩御飯のメニューを聞き、幽霊は腕を大きく振りながら先頭を歩く。

 さっき、スーパーに行く前に駅前で昼ごはんを食べたというのに、もう夜のことか……。幽霊なのにかなりの食いしん坊だ。

 

 

 

 事務所のあるビルが見えてきた頃。リエが道中の公園を見て

 

 

 

「あ、レイさん。あそこの人、何してるんでしょう?」

 

 

 

 公園の中を見ると、ベンチに座り込む青髪の青年。下を向き、深刻な顔をしている。

 

 

 

「テストで悪い点でも取ったんじゃない? それで帰れないとか」

 

 

 

 青年は学ランを着ており、学校を抜け出してきた学生という感じだ。

 私は面倒ごとに関わらないようにさっさと帰りたかったが、ジッと見ていたリエがあることに気づく。

 

 

 

「あの方がしている腕時計。呪われてますね」

 

 

 

「え!?」

 

 

 

 青年は虚な目で地面を見つめながらも、腕時計を撫でるように触っていた。

 依頼人というわけでもないし、放っておいてもよかったが、逆に面倒ごとが増える可能性もある。ならばと、

 

 

 

「ねぇ、そこの青年!!」

 

 

 

 私から接触してみることにした。話しかけると、青年は肩を上下させる。

 

 

 

「な、なんですかァ!?」

 

 

 

 言葉の尻が上がってしまい、緊張しているのが伝わってくる。

 

 

 

「いやいや、そうビビらないで。少し気になることがあったから、話しかけただけだから」

 

 

 

「そう、ですか……」

 

 

 

 少し落ち着いてきたのか、呼吸が整いだす。そんな青年の背後をフワフワとリエが飛び、腕時計を凝視する。

 

 

 

 リエの存在に気づいていないということは、この青年は霊感がないのだろう。

 

 

 

「それで気になることってなんですか?」

 

 

 

「その腕時計。見せてもらえる?」

 

 

 

 私はリエが呪われていると言っていた、腕時計を指差して見せて欲しいと懇願する。しかし、青年は腕時計を守るように隠すと、

 

 

 

「なんで、ですか!?」

 

 

 

 大切な物なのか、腕時計を完全に隠してしまう。

 本当に呪われているのなら、放置しておくわけにもいかない。

 

 

 

「あー、私この辺で霊能力者として活動しててね。その腕時計、呪われてるかもしれないの」

 

 

 

「この腕時計が呪われてる……!?」

 

 

 

 呪われていることを伝えると、青年は腕時計を取り出して確認するように見つめる。私やリエも腕時計を覗き込むが、私達が覗いていることに気づくと、青年は腕時計をまた隠してしまった。

 

 

 

「なんで、そんなことがわかるんですか……」

 

 

 

 青年の質問に私は答えがなく、リエに目線を向ける。

 

 

 

「霊力ですよ。霊力で見えるんです」

 

 

 

「霊力よ。それで呪われているのが分かったの」

 

 

 

 私はリエの言葉を聞いてから、その回答を青年に伝える。すると、青年は少し下を向き考えた後

 

 

 

「もしかしたら、そうじゃないかと……思ってたんです」

 

 

 

 青年は覚悟を決めたのか、勢いよく立ち上がる。そして私に向かって頭を下げた。

 

 

 

「霊能力さん、助けてください!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「その腕時計がタイムマシン? なにそれ?」

 

 

 

 助けを求めてきた青年の話を聞くため、私は青年の隣に座り、話を聞いていた。

 

 

 

「はい、正確には過去にしか行くことができない。それも36時間という制限がありますが」

 

 

 

 この青年の名前は川島 天馬(かわしま てんま)。川島君は数週間前に呪いの腕時計を拾い、その能力に気付いたという。

 その腕時計の能力。それはタイムリープ能力だ。たった36時間という時間制限はあるが、過去の自分に今の自分の意識を移すことができる。

 

 

 

「凄いじゃない!! そんなことができるなら、なんでもできるよ!!」

 

 

 

 時間は一日半だが、それでも十分色々できる。やり方次第では億万長者にだってなることが可能だ。

 

 

 

「僕も最初はそう思って楽しんでました……。友達が遅刻しないようにしたり、クジの順番を譲って欲しいものを手に入れたり」

 

 

 

 思っていたよりしょぼいことに使っている

……。

 

 

 

「本当ですか〜、呪われているのは確かですけど、過去に戻れるなんてどれだけの霊力が必要なのか……」

 

 

 

 リエが私の後ろで腕を組んで疑いの目線を向ける。しかし、リエのことが川島君には見えてはいない。仕方がないので私が代弁する。

 

 

 

「本当に戻れるの?」

 

 

 

「なら、試してみますか?」

 

 

 

 川島君は立ち上がると、公園の手洗い場へ移動する。そして上を向いている蛇口のパイプを捻り、勢いよく水を出した。

 

 

 

「何してるのよ?」

 

 

 

 辺りはびしょびしょで泥だらけだ。

 

 

 

「僕は今、地面を濡らしました。それでこの腕時計を使います。僕に触れてください、腕時計の所有者に接触している物もタイムリープの対象になりますから」

 

 

 

 川島君が手を伸ばし、私はその手を掴む。リエも私の背中に張り付いたところで、川島君は腕時計の針をほんの少しだけ動かした。

 

 

 

「ううっ!?」

 

 

 

 唐突に目眩がして私は倒れそうになる。しかし、倒れない。いや、倒れるわけがない。なぜなら今、ベンチに座っているから……。

 

 

 

 さっき、ベンチから移動して手洗い場へ移動したはず。なのに、気がついたら元いたベンチに座っていた。

 そして私と同じように顔色を悪くした川島君が、隣で座っている。

 

 

 

「これがタイムリープで……す」

 

 

 

「本当に、戻ったのね……。でも、なんでこんなに気持ち悪いの……」

 

 

 

「時間移動の酔いです。車酔いみたいなものですね」

 

 

 

 ほんの数分戻っただけでここまで辛い物なのか。

 

 

 

「リエ、大丈夫?」

 

 

 

 私はベンチの後ろで、液体を吐き出しているリエを心配する。

 

 

 

「だ、大丈夫……じゃないで…………オロロロロ!!」

 

 

 

「車酔いみたいなもの……ね。個人差があるのかもね」

 

 

 

 リエは船酔いもしていたし、時間移動で酔いやすい人なのかもしれない。

 

 

 

「誰と話してるんですか?」

 

 

 

 リエと話していることに疑問を持った川島君が首を傾げる。

 

 

 

「幽霊よ」

 

 

 

「幽霊!?」

 

 

 

 幽霊と聞き、両手で身体を抑える。まぁ、幽霊がいると言われれば、こんな反応か。

 

 

 

「大丈夫、私の相棒だから。腕時計が呪われてるのにいち早く気づいたのも、この子なのよ」

 

 

 

「そうなんですか。良い幽霊なんですね」

 

 

 

 良い幽霊が悪い幽霊かで言えば、今は公共の場で体液を吐き出すヤバいやつだが。

 リエも少し落ち着いてきたようなので、本題について尋ねる。

 

 

 

「それで助けてってどういうことなの?」

 

 

 

 私が聞くと、川島君の顔は一気に暗くなり、真剣な表情になる。

 

 

 

「助けたい人がいるんです……。でも、何度も何度も失敗して…………」

 

 

 

「どういうこと?」

 

 

 

「明日、僕の友達は必ず…………」

 

 

 

 

 

 川島君の親友。彼女は明日のどこかで必ず不幸が訪れる。それは命すら簡単に奪ってしまう事件。

 事故や犯罪など原因は様々だ。しかし、その親友は絶対に次の日を迎えることができないという。

 

 

 

 

 

 

「最初にあいつが事件に巻き込まれた時、僕がこの腕時計を拾ったのは、あいつを助けるため。そう確信しました。でも、どんなことをしても、あいつを救えない……助けてください!!」

 

 

 

 涙目ですがりたいてくる川島君。そんな川島君の頭を撫でて落ち着かせながら、私はリエに目線を送る。

 すると、リエは額に指を当てて少し考えた後、

 

 

 

「もしかしたら死期ではないでしょうか」

 

 

 

 リエがそんなことを言い出した。さらに続ける。

 

 

 

「人間には死期があって、死後の世界で鬼がそれを管理しているって話があります。その方はもしかしたら、死期が明日と決まっているのかもしれません」

 

 

 

 リエの考察を聞いた私は、そのままのことを川島君に伝える。しかし、死期が来たからと言われて、信じろという方が無理だ。

 

 

 

「じゃあ、運命で決められてるってことですか!!」

 

 

 

「さぁね。そういう可能性もあるって話よ。それに私は信じないよ、だって」

 

 

 

 私は近くにいるリエのことを捕まえると、頬っぺたを引っ張って遊ぶ。

 川島君から見たら、何もないところで手を動かしているだけに見えるはずだ。

 

 

 

「幽霊はどうなるのよ。死んでも未練を理由に天国に行かないのよ。そんなことができるんなら、死期なんておかしいじゃない」

 

 

 

「幽霊、ですか」

 

 

 

 川島君は困りながらも、落ち着きを取り戻した。死期が来たという話をされれば、怒るのも当然だ。こんなことを喋らせたリエにはまた後でお仕置きをするとして、

 

 

 

「でもそうね。未来が決まってるっていうことよね。どうにかしてそこを変えないといけないのね」

 

 

 

 川島君は何度もチャレンジして失敗している。だから、簡単には助けられないということ。

 私も死期があるとは信じたくはないが、未来を変えられないというのが、死期のようなものの可能性を感じさせる。

 

 

 

「どうしたら……」

 

 

 

 私と川島君が頭を抱える中、リエはそのためにさっきの話をしたかのように、

 

 

 

「死期を変える手段があります」

 

 

 

 そんなことを口にした。

 

 

 

「死期を変える!? どうするのよ!!」

 

 

 

「死後の世界で死者の名簿があるのなら、その名簿を書き換えれば良い。死後の世界から迎えに来た使者に、別人を差し出して逃げ切ったというもの話があります」

 

 

 

「じゃあ、別の誰かを差し出せば良いってこと?」

 

 

 

 なんと残酷な。しかし、助かる手段としてはあり? なのかもしれない。

 だが、当然、その提案に乗るわけがない。

 

 

 

「僕は嫌です。他人を犠牲にするなんて!!」

 

 

 

「そうよね、何か他にないの?」

 

 

 

「んー、そうですね〜」

 

 

 

 しかし、リエは腕を組んで、首を左右に揺らしながら考えるが、新しい案は出てこない。

 

 

 

「このまま悩んでてもしょうがない。まずは行動よ!!」

 

 

 

 結局新しい案も出ず、まずはその例の親友の元へ向かってみることにした。

 しかし、

 

 

 

「いませんね」

 

 

 

 川島君の案内で親友の自宅へ向かったのだが、親友は留守でいなかった。

 しばらく家の前で待って、帰宅を待ったのだが1時間以上経っても現れる気配はなく。私達は川島君を連れて、事務所に戻ることにした。

 

 

 

「おう、お前ら帰ってきたか」

 

 

 

 家に着くと、黒猫が出迎えてくれる。

 

 

 

「買い物に行ってたのに長かったな。ん、誰だそいつは?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 黒猫にも事情を伝えると、

 

 

 

「運命を変える……か。難しいな。話を聞いた感じだと、死因も決まってないし、正確な場所や時間もない。確定してるのは明日ってことだけだ」

 

 

 

「そうなのよね。どうしたら……」

 

 

 

「だが、確定してるのは明日ってだけだ。つまり明日を乗り越えれば、死期を越えられる」

 

 

 

「それができないから困ってるのよ」

 

 

 

 すると、黒猫はソファーに座っていたリエの元へ向かう。そしてリエの膝に飛び乗ると、

 

 

 

「死因は現世に残るものが引き起こす。なら、この世のものじゃなければ、それを変えられるんじゃないか?」

 

 

 

「え、もしかして私がですか?」

 

 

 

 リエが猫を膝に乗せながら、自分のことを指差す。

 

 

 

「幽霊のお前だからできることだ」

 

 

 

「……私、だから…………任せてください!!」

 

 

 

 

 

 

 

 翌日、私達は川島君と共に親友の家に行き、自宅の前で張り込む。今日は休日ということもあり、家にいれば安全なのかもしれない。

 しかし、親友は今日起こることを知らない。しばらくして自宅から出てくると、駅に向かって歩き出す。

 

 

 

「出てきましたよ。追いましょう」

 

 

 

 黒猫はお留守番で、私とリエ、川島君で親友の後を追うことになった。度々気配を感じるのか、親友は振り返ってこちらを見るが、電柱の影に隠れてやり過ごす。

 

 

 

 工事現場の近くに差し掛かったところで、

 

 

 

「ここは前にも……」

 

 

 

 そんなことを川島君は呟いた。ということはここで事故が起こる可能性がある。私はリエの背中を押し、守るように指示を出す。

 リエは親友のそばに近づいた時。

 

 

 

「危ない!!」

 

 

 

 工事現場から声がして、上から鉄骨が降ってきた。親友は逃げることができず、頭を両手で覆うが、そんなものでガードできるはずがない。

 

 

 

「バリアです!!」

 

 

 

 リエは霊力を使い、半透明のバリアを作り出す。そしてそれで鉄骨を防いだ。

 リエのバリアにより、無事に鉄骨からは防げたようだ。

 

 

 

 またしばらく進み、駅に着くと今度はバスが親友に向かって突っ込んでくる。またしてもリエのバリアでどうにか防ぎ、守り抜くことに成功した。

 そうしてこのように何度も襲いくる、運命から守り抜き、ついに……。

 

 

 

「やった、やりました!! 日付が変わりましたよ!!」

 

 

 

 守り通すことに成功した。

 それでも一応、一時間ほど見守ったが、問題はなく。リエを戻した。

 

 

 

「霊宮寺さん……そして幽霊さん。ありがとうございます」

 

 

 

「良かったよ。無事に終われて」

 

 

 

 川島君も安心したようでホッとした表情だ。

 

 

 

「じゃあ、僕はこれで!!」

 

 

 

 川島君と別れ、私達も帰る。

 

 

 

「本当にこれで死期を逃れたんでしょうか?」

 

 

 

「できたのよ。だって無事だったじゃない」

 

 

 

「そうですけど……」

 

 

 

 

 

 

 

 次の日。川島はやっと助けることができて、浮かれていた。

 

 

 

「もう、これは要らないよな」

 

 

 

 もう過去に戻る必要はないだろうと、腕時計を外してその辺に投げ捨てる。そして工事現場の前を通っていると……。

 

 

 

 



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第48話 『魔法少女現る!!』

霊能力者のレイちゃんは、ダメ、無能、役に立たない?

 

 

 

著者:ピラフドリア

 

 

 

第48話

『魔法少女現る!!』

 

 

 

 

 

 私とリエが朝食を食べている中、黒猫は新聞をテーブルに広げる。

 

 

 

「ん、迷子の強盗犯、ヒーローに逮捕される? なんだ、迷子の強盗犯ってなんだよ、間抜けだなぁ」

 

 

 

 数日前に捕まった強盗犯を嘲笑う黒猫。

 

 

 

「レイさん、お茶淹れます?」

 

 

 

「うん」

 

 

 

 リエは自分のコップにお茶を注ぎ終えると、残り少なかった私のコップにもお茶を入れてくれる。

 

 

 

「ありがとう。……あ、ついでにそこの醤油も」

 

 

 

「はいはい」

 

 

 

 

 

 

 時間が経ち、昼を過ぎた頃。楓ちゃんが勢いよく入ってくる。

 

 

 

「ハローー!! みんな、元気!!」

 

 

 

 部活を終えた楓が、身体からプールの匂いを漂わせながらリビングにやってくる。

 

 

 

「楓さん、お帰りです。今日の学校はどうでした?」

 

 

 

「ただいま〜。そうだね、友達の一人が授業中にゲームやって取り上げられてたよ」

 

 

 

「何やってるんですか……。その友達は……」

 

 

 

「んで、リエちゃん達は何してるの?」

 

 

 

 楓ちゃんはバッグを適当なところに置き、私達の所へ駆け寄ってきた。

 私達はテーブルを囲み、真剣に何かを動かす。

 

 

 

「レイさんとタカヒロさんが紙相撲で戦ってるんです」

 

 

 

「紙相撲?」

 

 

 

「エアコンをつけるかで争ってるんですよ」

 

 

 

「まぁ、秋になって温度的には微妙な感じになってきたけど……」

 

 

 

 私と黒猫はテーブルを揺らして、神の力士を動かす。私の作った南大山が黒猫の作ったギガントマウンテンを土俵の外側まで追い詰める。

 

 

 

「よしよし、そのままそのままよ!!」

 

 

 

「負けるな!! マウンテン!!」

 

 

 

 後少しで押し出せるというところだったが、マウンテンは突如方向転換し、私の南大山の背後を取る。そして大逆転で負けてしまった。

 

 

 

「あーーーっ!!!!」

 

 

 

 私は頭を抱えて崩れ落ちる。

 

 

 

「俺の勝ちだな。冷房はもう必要ないな」

 

 

 

「ううう……」

 

 

 

 敗北した私が落ち込んでいると、楓ちゃんが近づいてきて私の肩を叩いた。負けた私を励ましてくれるのか、そう思ったが、

 

 

 

「最近涼しくなってきたので、冷房はいいですよ」

 

 

 

「え〜」

 

 

 

「レイさん、暑がりすぎなんですよ〜」

 

 

 

「暑いじゃーん」

 

 

 

 私が文句を言い、黒猫にもう一戦仕掛けようとしていると、インターホンが鳴った。

 

 

 

「いるか!! 霊能力者、依頼に来た!!」

 

 

 

 それは聞き覚えのある声だった。嫌な予感がしながらも私は玄関へ向かう。

 扉を開けると、赤いヒーロースーツを着た人物がそこに立っていた。

 

 

 

「久しぶりだな。レイ君」

 

 

 

「レッドさん……」

 

 

 

 ゴーゴーレンジャーのレッド。前に幽霊に取り憑かれ、それを祓いに来た依頼人の一人だ。

 

 

 

「また怪人を倒して取り憑かれたんですか?」

 

 

 

「いや、今回は少し違ってな。街中で幽霊を見かけたんだが、どうやら困ってる様子でな。人助けはヒーローの仕事だが、幽霊の扱いは分からないのだ」

 

 

 

 だから手伝って欲しいと……。

 

 

 

「分かりました。準備するので待っててください」

 

 

 

 私はリビングにいるみんなにも、レッドが来たことを説明し、出かける準備を始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここだ。ここに幽霊がいたんだ」

 

 

 

 レッドに案内されて、たどり着いたのは公園にある公衆トイレ。

 

 

 

「見間違えじゃないんですか?」

 

 

 

「本当だ。幽霊君、出てきたまえ、霊能力者を連れてきたぞ」

 

 

 

 レッドがトイレに向かって叫ぶ。すると、トイレの入り口から生温い風が吹いてきた。

 

 

 

「霊力を感じます。出てきますよ」

 

 

 

 リエが風から霊力を感じた後、その幽霊は姿を現した。それはおかっぱ頭の女の子。彼女はレッドの手を掴んで握手をする。

 

 

 

「本当に来てくれたのね」

 

 

 

「ヒーローは約束を守るからな」

 

 

 

 彼女の身体は透けており、本当に幽霊のようだ。私は彼女にどんな未練があるのかを尋ねる。

 すると、彼女は、

 

 

 

「こっちです……」

 

 

 

 そう言って女子トイレの中へ消えていく。レッド達が追いかけようとしたが、

 

 

 

「待って、あなた達はここで待ってて。私とリエで行ってくるから」

 

 

 

 そう言い、トイレの前で待たせて私とリエで中に入った。

 女子トイレの手前から四つ目の個室。扉の内側を幽霊の少女が注目する。

 

 

 

 私とリエがそこを見ると、そこには傘のイラストの下に、二つの名前が刻まれていた。

 

 

 

 

「これって…………」

 

 

 

 幽霊の少女は顔を赤くして隠す。

 

 

 

「……はい。これが恥ずかしくって恥ずかしくって……。それでこれを消して欲しいんです」

 

 

 

 

 

 

 数分後、私とリエは公衆トイレから出てきた。

 

 

 

「幽霊君は成仏できたのか?」

 

 

 

「はい。それでレッドさんにお礼を頼まれまして、ありがとうございます。ですって」

 

 

 

「そうか。ヒーローとして当然のことをやっただけなんだけどな」

 

 

 

 照れている様子のレッド。依頼も終えたし、私達は公園を出て帰ろうとしていたが、公園の中央が騒がしいのに気づいた。

 

 

 

「師匠〜、さっきからあっちで何かやってますよ」

 

 

 

「ん、なんか見えるな」

 

 

 

 公園の中央で向かい合う集団。

 二足歩行して革ジャンを着ている狼と三人の女子中学生が睨み合っていた。

 

 

 

「あの狼男……」

 

 

 

「レッドさん、知ってるんですか?」

 

 

 

「ああ、あれは悪の組織ケーゼトルテのメンバーだ」

 

 

 

「なにその名前……」

 

 

 

 私のツッコミを気にせず、レッドはその悪の組織達の動きに目をやる。

 

 

 

「っとなると、あの少女達は……」

 

 

 

 三人の少女達は手を上にかざすと、空から手のひらサイズの人形みたいなものが飛んでくる。

 

 

 

「なんでしょうあれ、霊力があるから幽霊でしょうか?」

 

 

 

 人形は動物の見た目をしており、それぞれの少女の手のひらに乗る。そして、その人形と共に少女の身体が光出した。

 

 

 

「え!? なに!!」

 

 

 

 私達が驚く中、レッドが腕を組んで解説する。

 

 

 

「変身だ」

 

 

 

 少女達の身体が光に包まれると、レッドの宣言通り変身演出に入った。

 少女達の服が変化して、魔法少女風の衣装に変わる。すると、少女達はお約束のポーズを決める。

 

 

 

「プリンセスピーチ!!」

 

 

 

「プリンセスグレープ!!」

 

 

 

「プリンセスゴリラ!!」

 

 

 

「「「三人揃って、プリンセスエンジェル!!!!」」」

 

 

 

 三人の魔法少女はカッコよくポーズを決めた。しかし、私は見逃さなかった。いや、現在進行形で…………。

 

 

 

「ゴリラになったァァァァァ!!!!」

 

 

 

 一人の女子高生がモノホンのゴリラに変身した。

 

 

 

 魔法少女がいることに驚きたい。驚きたいのだが。それよりもゴリラの方が驚きだ。

 着ぐるみとかそんなレベルじゃない。もう本当にゴリラだ。なんなら戦闘中にバナナ食べてるし!!

 

 

 

「プリンセスエンジェルか。いつもいつも邪魔をしやがって!!」

 

 

 

 利口に待っていた狼男は指を鳴らすと、狼男の指から黒いハートが現れた。その黒いハートは近くにあったブランコにぶつかると吸収されて、ブランコに変化をもたらす。

 

 

 

「やってしまえ、ブランコン!!」

 

 

 

 狼男が叫ぶと、ブランコに顔が浮かび出て、変形する。手足が生えてブランコの怪人が出来上がった。

 

 

 

「ブランコォォォォォ!!」

 

 

 

 ブランコの怪人は三人の魔法少女達に襲いかかる。腕をグルグル回して、回転パンチだ!!

 

 

 

 しかし、魔法少女の三人は素早く飛び上がり、あっさりとブランコ怪人の攻撃を躱した。

 攻撃を避けた魔法少女の三人はそれぞれの必殺技を放つ。

 

 

 

「ピーチスプラッシュ!!」

 

 

 

「クロスパープルハリケーン!!」

 

 

 

 ピーチは手のひらから桃模様の光線を発射。グレープも同様に指を十字にしてそこからブドウ模様の光線を、ブランコ怪人に向けて放った。

 

 

 

 二人の光線がブランコ怪人に直撃する。しかし、

 

 

 

「ブランコォォォォォ!!」

 

 

 

「効いてない!」

 

 

 

 魔法少女の攻撃を無傷で耐えた。狼男は大きく口を開けて高らかに笑う。

 

 

 

「さぁ、そのままやっつけてしまえ!!」

 

 

 

「ブランコォン!!」

 

 

 

 ブランコ怪人は技を放ち、無防備になった二人を狙う。だが、

 

 

 

「ゴリラパーンチ!!」

 

 

 

 ゴリラが二人を守るように間に入り、ブランコ怪人を殴り飛ばした。

 

 

 

「「プリンセスゴリラ!!」」

 

 

 

「ここは任せるウホ!!」

 

 

 

 ゴリラはブランコ怪人を追いかけると、両手の拳を使い、連続で怪人を殴りまくる。

 

 

 

「ウホウホウホウホウホウホウホっ!!!!」

 

 

 

 殴られ続けたブランコ怪人はダメージを受けすぎて、地面に手をついた。

 

 

 

「今ウホ!!」

 

 

 

 ゴリラが合図を出すと、後ろで控えていたピーチとグレープは手を繋ぎ合うと、二人の正面にピンクと紫の合わさった気持ち悪いウネウネのエネルギーが生まれる。

 

 

 

「エンジェルボンバー!!!!」

 

 

 

 そのエネルギーが発射されて、ブランコ怪人を包み込む。ブランコ怪人は浄化され、黒いハートが飛び出すと、元のブランコの姿に戻った。

 

 

 

「な、なに!? また負けただと!!」

 

 

 

 狼男はブランコ怪人がやられて焦り出す。魔法少女達に囲まれ、このままではやられると思った狼男は、スタコラサッサと逃げていった。

 

 

 

「やった勝ったわよ!!」

 

 

 

「ええ、やったな。ピーチ」

 

 

 

「ウホウホ」

 

 

 

 キャッキャっと喜び合う魔法少女達、戦いの様子を見ていたレッドは三人に賛美の拍手を送った。

 

 

 

 拍手の音を聞いて、魔法少女達はこちらに気づくと変身を解除してこちらに向かってきた。

 

 

 

「レッドさん、見てたんですか!!」

 

 

 

「ああ、良い戦いだったぞ」

 

 

 

 ピーチに変身していた女子中学生はレッドと握手をする。変身していた時は桃色の髪だったが、返信を解除すると黒髪の普通の子だ。

 他の子も同様でその辺にいる子と変わらない。

 

 

 

「レッドさん、そちらの方々は?」

 

 

 

「ああ、前に幽霊に取り憑かれた時にお世話になった霊能力者のレイさん達だ」

 

 

 

 紹介された私は頭を下げて挨拶する。

 

 

 

「霊宮寺よ。魔法少女が本当にいるなんて驚きよ」

 

 

 

「坂本 楓です。とってもカッコよかったよ!」

 

 

 

「ハハハ〜、私もまだこの生活が信じられませんよ……。っと、幽霊を連れてるんですね」

 

 

 

「え、見えるの!?」

 

 

 

「はい!」

 

 

 

 どうやら魔法少女の全員が見えている様子だ。レッドは見えていないのだが、こういうヒーローもいるんだ〜。

 

 

 

「あ、私達も自己紹介しますね。私はプリンセスピーチの堂島 詠美(どうじま えいみ)です」

 

 

 

「俺はプリンセスグレープの吉田 セナ(よしだ せな)やで」

 

 

 

「プリンセスゴリラの冨岡 美津子(とみおか みつこ)と申しますわ。よろしくですわ」

 

 

 

 全員良い子なのだが、ゴリラに変身していた子だけお嬢様感がすごい。なにこのギャップ。

 

 

 

 リエと黒猫、それぞれの紹介も済ませて私達は公園のベンチで少しお話をすることにした。

 

 

 

「レッドさんと同じヒーロー事務所に、所属してるんですか」

 

 

 

「そうなんですよ。リエちゃん。まぁ、戦う悪の組織は違うから、同じ地域で戦ってるだけって感じなんですけどね」

 

 

 

「そういえば、詠美さん達が変身する時に一緒にいた、ぬいぐるみって幽霊ですよね」

 

 

 

「よく気づきましたね!」

 

 

 

 詠美ちゃんが手を上に翳すと、空から変身する時にやってきた人形がまだやってきた。

 詠美ちゃんの真似をするようにセナちゃんと美津子ちゃんも人形を呼び、頭を撫でて可愛がる。

 

 

 

「流石幽霊やな。この子らに気づくなんてな」

 

 

 

「リエちゃんの仰る通りですわ。この子は幽霊ですの」

 

 

 

 三人の手には手のひらサイズの動物が、撫でられて嬉しそうにしている。私が見ていると視線から察してか、詠美ちゃんが私に撫でさせてくれた。

 

 

 

 確かにひんやりとしていて半透明だ。触り心地はハムスターを撫でている感覚。

 私の頭に乗っている黒猫も興味津々で、身を乗り出して動物を見ている。

 

 

 

「食べちゃダメよ」

 

 

 

「食うか!! ……く、食わないよな、ミーちゃん…………」

 

 

 

 ミーちゃんを抑えるのをタカヒロさんに任せて、私は気になっていたことを詠美ちゃんに尋ねた。

 

 

 

「ねぇ、あなた達が変身した時、この子達が何かしたの? 私にはそう見えたけど」

 

 

 

「お、気になっちゃいます、気になっちゃいますよねー!!」

 

 

 

 質問され、詠美ちゃんは目を輝かせると、嬉しそうに説明をしてくれる。

 

 

 

「私達魔法少女は幽霊と契約し、その霊力を借りて戦っているんです。魔法少女の衣装は霊力の集合体、鎧みたいなものです!!」

 

 

 

 説明している時の詠美ちゃんの熱意に私は少し引くが、それは私達だけでなく、他の魔法少女の面々も同じようだ。

 

 

 

「また始まりましたわ」

 

 

 

「やな。またや」

 

 

 

 それから詠美ちゃんは自分で考えた、魔法少女の性質や特徴についての考察を聞かせてくれる。しかし、このままでは永遠に話し続けそうだったため、私は、

 

 

 

「も、もう十分よ……」

 

 

 

「え、そうですか? 私はまだ……」

 

 

 

「もう良い! もう十分だから!!」

 

 

 

 私が断ると、詠美ちゃんは下を向いて落ち込む。流石に落ち込んでいる姿を見て気が引けてくる。

 

 

 

「いや、今度聞いてあげるから……」

 

 

 

「本当ですか! やったー!!」

 

 

 

 こうして約束をしてしまうのであった。

 

 

 

 



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第49話 『僕が魔法少女ですか!!』

霊能力者のレイちゃんは、ダメ、無能、役に立たない?

 

 

 

著者:ピラフドリア

 

 

 

第49話

『僕が魔法少女ですか!!』

 

 

 

 

 

 レッドの依頼で公園に向かった私達は、公園で魔法少女達と出会い、ベンチで談笑をしていた。

 

 

 

「霊力で変身ね〜。もしかして他の幽霊でもできるの?」

 

 

 

「どうでしょう、試したことはないですわ」

 

 

 

 美津子ちゃんが私の質問に興味深そうな顔をする。私はリエの前に立ち、リエに命令する。

 

 

 

「さぁ、やりなさい」

 

 

 

「無理ですよ!!」

 

 

 

 出来ないようだ。少し残念だが、しょうがない。

 

 

 

 私達がそんな会話をしている中、楓ちゃんは私の頭にいる黒猫に手を伸ばす。

 

 

 

「師匠〜、僕が変身したら喜んでくれます〜?」

 

 

 

「…………」

 

 

 

「師匠〜?」

 

 

 

 聞こえているようだが答えない黒猫。私は静かに身体を振って答えるように促すが、黒猫は頑固に答えない。

 

 

 

 痺れを切らした私は小声で黒猫に尋ねる。

 

 

 

「なんで答えないのよ」

 

 

 

「どう答えろっていうんだよ」

 

 

 

「それは…………。でも、あんたが何か言わないと、楓ちゃんまた暴走するのよ! プールの時みたいに!!」

 

 

 

「…………」

 

 

 

「ねぇ、あんたちょっと期待してるんじゃないよね。ね?」

 

 

 

「してねぇよ!!」

 

 

 

 黒猫へ詰問をしようとすると、楓ちゃんが私の腕を掴み引っ張る。身長では私の方が高いため私は腰を曲げる形で姿勢を低くした。

 

 

 

 私と黒猫の目線に楓ちゃんの顔が近づくと、楓ちゃんは眉をひそめる。

 

 

 

「最近、二人とも仲良いですよね」

 

 

 

「「はぁ?」」

 

 

 

 楓ちゃんの発言に私達は反論する。

 

 

 

「この変態と仲良いわけないでしょ」

 

 

 

「俺がこんなわがままビッチと仲良いわけあるか!!」

 

 

 

 お互いの言葉に反応し、私は黒猫の髭を引っ張り、黒猫は私のことを引っ掻こうとしてくる。

 

 

 

「ほら、仲良いじゃないですか」

 

 

「「どこが!!」」

 

 

 

 私と黒猫の声がハモる。

 

 

 

「楽しそうやな。霊宮寺と楓さん、あと…………ジジ?」

 

 

 

「ミーちゃんとタカヒロだ!!」

 

 

 

 グレープに変身していたセナちゃんが私の前に手を出す。黒猫を抱かせろってことだろう。

 黒猫は心の中で話し合った後、セナちゃんの腕に飛び移った。

 

 

 

「師匠〜、ずるいです! 僕のところにも〜!!」

 

 

 

「おぉ〜モフモフやぁ」

 

 

 

 今度はセナちゃんと楓ちゃんの黒猫強奪戦が始まった。

 私は黒猫達から解放された。それからしばらく雑談をしていたら、陽が沈んでいた。

 

 

 

「リエ、楓ちゃんそろそろ帰ろうか」

 

 

 

「はーい!」

 

 

 

 リエと楓ちゃんを呼び、私達は帰ろうと準備を始めた。

 

 

 

「おい、俺は……」

 

 

 

 魔法少女達に撫で回されていた黒猫が、私に顔を向ける。

 

 

 

「あんた、そっちにいたいんじゃないの?」

 

 

 

「…………」

 

 

 

「変態ね」

 

 

 

「やめろ!!」

 

 

 

 黒猫は詠美ちゃんの腕を伝って登り、私の頭に戻ってきた。

 

 

 

「結局ここなのね……」

 

 

 

「レイさん、帰る前にコンビニでデザート買って行きましょう!! さっき堂島さんから美味しいデザート教えてもらったんです!」

 

 

 

「はいはい」

 

 

 

 詠美ちゃんから教えてもらったデザートを想像して涎を垂らすリエの手を引き、コンビニを出る。

 

 

 

 レッドや魔法少女達もコンビニの方が帰路のようで一緒に向かった。

 コンビニについて私とリエ、楓ちゃんは黒猫を外に置いてコンビニに入った。リエはエクレアを買い、楓ちゃんも適当に欲しいものを購入して外に出ると。

 

 

 

「な、なかなかやるようですわね!」

 

 

 

 車の怪人と三人の魔法少女、そしてレッドが激しい戦闘を繰り広げる。

 買い物をしている数分で、コンビニの駐車場が戦場になっていた。

 

 

 

「戻ってきたか。レイ……」

 

 

 

「またなの……?」

 

 

 

「ああ、また襲ってきたみたいで。今度は車を怪人がさせて戦ってるらしい」

 

 

 

 車の怪人は前輪を腕のように後輪を脚のようにして、二足歩行して戦闘をしている。

 レッドやピーチの攻撃はボディには傷がつくが、怪人には大きなダメージはないようだ。

 

 

 

「どうしたらいいの!」

 

 

 

 攻撃が効かず焦りが見えてきたピーチ。そのピーチを追い込むように、怪人は排気ガスを物体かさせるとピーチに投げつけた。

 

 

 

 排気ガスは綿のように弾力を帯び、ピーチを包み込んで拘束した。

 

 

 

「今助けるで!」

 

 

 

 動けなくなった詠美ちゃんを助けようと、グレープが駆け寄る。しかし、そのグレープの動きを予測していたように、怪人は再び排気ガスを投げてグレープも捕まえてしまった。

 

 

 

「大変ですわ!!」

 

 

 

「二人を解放するんだ!!」

 

 

 

 怪人は捕まえた二人の魔法少女を人質に取る。

 

 

 

「ブロロロォォ!! 嫌ダ」

 

 

 

 怪人は魔法少女の二人を盾のように使い、攻撃できないようにする。レッド達も人質がいると戦えないようで、攻撃が止まってしまった。

 

 

 

「これって実はピンチなんじゃ……」

 

 

 

「そうですね。でも、私達じゃ」

 

 

 

「何もできないよね」

 

 

 

 私達には見守ることしかできない。せめて応援してあげようとその場に残ろうと考えていた。

 しかし、黒猫は肉球で足音を殺してそっと逃げようとしていた。

 

 

 

「何逃げようとしてるのよ」

 

 

 

「危険な場所にミーちゃんをいさせないためだー!!」

 

 

 

「あんたが逃げたいだけでしょ」

 

 

 

 黒猫が逃げようとするのを気づき、捕まえて抱っこする。

 

 

 

「よく気づきましたね」

 

 

 

「こういう時は大抵逃げ出すからね」

 

 

 

 最初は暴れて逃げようとしていたが、黒猫はしばらくして諦めたのか静かになる。

 

 

 

 しかし、このまま見守っていてもヒーロー達がやられてしまう。私は楓ちゃんに指令を出した。

 

 

 

「楓ちゃん、やっておしまい」

 

 

 

「はーい!!」

 

 

 

 買い物袋をリエに託し、楓ちゃんは腕を回して準備運動してから、真っ直ぐ怪人に向けて走り出した。

 

 

 

「ウホ、危ないですわ!」

 

 

 

「楓君、近づいてきてはダメだ!!」

 

 

 

 ゴリラとレッドは楓ちゃんに止まるように叫ぶが、楓ちゃんは聞くことはなく。怪人に向かって飛んだ。

 

 

 

「ブロロロォォ、こっちには人質がいるんだ、人質がどうなっても…………」

 

 

 

 怪人は人質を盾にしようとする。だが、怪人が動くよりも早く楓ちゃんは怪人の懐に入った、

 

 

 

「早いわ!! あれが一般人の速さですの!?」

 

 

 

 楓ちゃんは怪人を蹴り飛ばし、一撃で討伐した。やられた怪人は元の自動車に戻り、捕まっていた魔法少女達も解放された。

 

 

 

「助かりました、楓さん」

 

 

 

「凄いもんや」

 

 

 

 ちょっとは苦戦するかもと思っていたが、簡単に怪人を倒してしまった。

 楓ちゃんが強すぎるのか、それとも…………。

 

 

 

 怪人を倒した楓ちゃんに変身を解除したヒーロー達が集まる。

 

 

 

「私達でも苦戦した怪人を倒すなんて、流石ですわ」

 

 

 

「なぁ、楓さん、あんたも魔法少女になってみないか?」

 

 

 

 功績が認められて勧誘される楓ちゃん。

 

 

 

「僕がですか!! でも、僕…………」

 

 

 

 モジモジして答えない。チラチラと私の抱いているものに視線を感じるが、黒猫は目を逸らした。

 

 

 

 というか、魔法少女達は楓ちゃんの性別を知って勧誘しているのだろうか……。

 

 

 

「僕が魔法…………ですか」

 

 

 

「楓さんの魔法少女姿ですか、ワクワクします!!」

 

 

 

 詠美ちゃんは楓ちゃんの変身した姿を想像して、心を躍らせる。

 

 

 

 魔法少女達が勧誘をしていくが、レッドが間に入って止めた。

 

 

 

「やめとけ。ヒーローは簡単なものじゃない。一般人に勧めて良いものじゃない。すまんな楓君」

 

 

 

 レッドはそう言いながら誤った流れで名刺を渡す。

 

 

 

「この人、ゴーゴーレンジャーの名刺を渡してますわ!!」

 

 

 

「しょうがないだろ、ブルーが倒されて一人欠員がいるんだ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 結局、バイトがあるという理由でヒーローの勧誘を断った。

 事務所に戻った私達はヒーロー達の暑苦しさから解放され、やっとホッとできた。

 

 

 

「みんなお茶いるー?」

 

 

 

 私が聞くとソファーやテーブルなどそれぞれの好きな位置に座ったみんなが返事をする。

 

 

 

「お願いします!」

 

 

 

「僕も!」

 

 

 

「ミーちゃんの水もな!」

 

 

 

 黒猫の水まで変えさせられて、みんなに冷蔵庫になった麦茶を配った。

 お茶を飲んでホッと一息ついていると、楓ちゃんが小さく唸っている。

 

 

 

「どうしたの?」

 

 

 

「いえ、僕もヒーローになった方が良かったのかなぁって思いまして」

 

 

 

「断ったでしょ。それに楓ちゃんがヒーローになったら、悪の組織を秘密基地ごと潰しちゃいそうよ」

 

 

 

「流石にそこまでは〜」

 

 

 

 

 

 



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第50話 『地下鉄の怪物』

霊能力者のレイちゃんは、ダメ、無能、役に立たない?

 

 

 

著者:ピラフドリア

 

 

 

第50話

『地下鉄の怪物』

 

 

 

 

 

 

 ○月×日。

 奴らの巣に侵入してすでに三ヶ月が過ぎた。

 探索隊のうち残ったのはアルファチームとベータチームだけだ。

 

 

 

 ○月×○日。

 ついにアルファチームとの連絡も途絶えた。隊員の数名はネズミの声が聞こえるだけで、震えて動けなくなる。

 

 

 

 ○月××日。

 奴らの鳴き声が聞こえる。すぐそこまで来ているのだろう。残った隊員と散り散りになり、私の弾薬は尽きた。もう地上に帰ることはできないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「レイさーーーーーん!!!! 見つけましたよー!!!」

 

 

 

「じゃあ、スイッチ入れて!!」

 

 

 

 楓ちゃんがボタンを押すと地下通路の照明が手前から奥に順々に照らされていく。

 

 

 

「広いですね」

 

 

 

「もう先が見えないぞ」

 

 

 

 一本道で続いていく道は、先が見えなくなるほど続いている。

 依頼人である駅員は帽子を脱いで私達にお辞儀をした。

 

 

 

「では、私はこれで……。依頼お願いします」

 

 

 

「はい、お任せください!」

 

 

 

 駅員は扉を開けて駅のホームの方へと戻った。

 

 

 

「じゃあ、いきましょうか」

 

 

 

 明るくなった地下通路を私達は歩き始める。道幅は大人五人が並べるかな、くらいの広さだ。

 そこまで広くない道で景色も変わらないため、一人だったらおかしくなりそうな空間だ。

 

 

 

「しかし、まさかこんなところで依頼をやることになるとはな」

 

 

 

 頭の上にいる黒猫がやれやれといった表情で依頼について思い出す。

 

 

 

「そうね、地下鉄の駅員から依頼が来るなんて思ってもなかったよ」

 

 

 

 今、私達がいるのは東京にある地下鉄の駅。駅員から使っていない通路から物音と不気味な声がするという理由で、幽霊の仕業だと依頼を受けた。

 

 

 

「しかし、本当に幽霊なんでしょうか〜?」

 

 

 

「ん〜、どうだろうね。通路で人影見たとか、女の人の鳴き声が聞こえたとか、そういう情報はあったけど。今のところどうなの?」

 

 

 

 リエは私の横を飛びながら首を振って周囲を確認してみる。

 

 

 

「確かにオーブ的な幽霊はいますけど。楓さんレベルに霊感強くないと見えませんよ」

 

 

 

「いるにいるんだ……」

 

 

 

「いるって言っても小動物とかの霊ですよ。暗くて湿ってるから、住みつきやすいんでしょうね」

 

 

 

「その幽霊が原因ってこと?」

 

 

 

 私が尋ねるとリエは首を横に振って否定した。

 

 

 

「違いますね。悪戯ができるほど霊力もないですよ」

 

 

 

 しばらく通路を進むと、通路の先に鉄の扉がある。

 

 

 

「この先はどうするんですか?」

 

 

 

「この先は使われていない路線に出て入り組んでるって話よ。迷ったら危ないから入らないようにって話よ」

 

 

 

「あー、じゃあここで引き返しますか。今回は駅員の思い込みですね」

 

 

 

 依頼を達成し、私達はそのことを報告するため来た道を引き返そうとする。身体を回転させ、一歩前に踏み込んだ。その時。

 

 

 

「アァァァ!! 助けてくれー!!」

 

 

 

 背後から人の声が聞こえる。振り向くとそこは鉄の扉。その扉の奥から声が漏れてきた。

 その声は一度きりであり、もう聞こえてくることはない。

 

 

 

「今のって…………」

 

 

 

「ああ、人の声だ。幽霊かもしれないがな」

 

 

 

「扉の奥から聞こえたよね」

 

 

 

 私は扉に耳を当てて扉の向こうの様子を知ろうとする。しかし、声も物音も聞こえない。

 悲鳴が聞こえ助けを求めていたため、扉を開けて助けに行きたい。しかし、向こうの様子が分からなければ下手に開けるのは危険かもしれない。

 

 

 

「私が見てきますよ」

 

 

 

 リエが任せろとばかりに前に出る。

 

 

 

「大丈夫なの?」

 

 

 

「顔を出して覗くだけですよ。問題ないです」

 

 

 

 リエが顔だけを扉に突っ込み、中の様子を確認する。首だけ突っ込んだ幽霊の背中を見つめ、かなりシュールな構図で返答を待つ。

 

 

 

 見え終えたリエが顔を戻すと、向こうの様子を伝える。

 

 

 

「真っ暗で視界が悪かったですけど、何も見えませんでしたよ。幽霊らしい姿も……。

 

 

 

 どうやら扉の向こうを見ても何も見えなかったようだ。気のせいだったのか、私は帰ろうとみんなに言おうとするが。

 

 

 

「うああぁぁぁぁ!!!!」

 

 

 

 再び、扉の向こう側から声が聞こえてきた。今度はかなり遠くの場所だ。しかし、はっきりと聞こえてきた。

 扉の向こうには何かがいる。

 

 

 

「どうするんだ、俺は嫌だぞ」

 

 

 

 黒猫は早く引き返したそうに尻尾を振る。

 

 

 

「私もよ。暗いしネズミとか住み着いてそうだから行きたいないよ」

 

 

 

「迷ってもですしね。戻って駅員に報告した方がいいですね」

 

 

 

 私と黒猫、リエが引き返すことで一致したが、それを無視して楓ちゃんが扉を開けた。

 

 

 

「待っててください!! 今助けに行きます!!」

 

 

 

 そして暗闇の中へと走っていく。

 

 

 

「楓ちゃん!!」

 

 

 

「おい、止めるぞ!!」

 

 

 

 地下の奥へと入っていった楓ちゃんを追いかけて、私達も扉の奥へ入る。

 そこは地下鉄の路線であり、地面には線路が引かれている。

 

 

 

 私は駅員から念のため渡されていた懐中電灯で足元を確認しながら、楓ちゃんを追いかける。使われていないためか、線路の上には石や瓦礫が散らばっており、走りずらい。

 

 

 

「なんで楓さんは突っ走るんですか」

 

 

 

「あいつは考えなしに突っ込むタイプだからな。リエ、お前は念のため周囲を警戒しとけ、幽霊がいるかもしれないからな」

 

 

 

「はい!」

 

 

 線路の上をしばらく走ると、楓ちゃんが足を止める。

 

 

 

「はぁはぁ、やっと追いついた……」

 

 

 

 私達は息を切らしながらもどうにか、楓ちゃんの元にたどり着くことができた。

 楓ちゃんは線路の先を無言で見つめている。

 

 

 

「おい、楓。何やってるんだ、さっさと戻るぞ」

 

 

 

 黒猫が説教するように楓ちゃんに声をかけると、楓ちゃんは震えた声で線路の先を指差した。

 

 

 

「あ、あれ……。見てください……」

 

 

 

 私達は楓ちゃんが何を見たのか、確認するため懐中電灯で先を照らす。

 ライトに照らされて赤い液体が見えてくる。

 

 

 

 それを見て察した黒猫は、私の頭からリエの顔に飛びついてリエの視界を覆った。

 

 

 

「あぁ!! 何するんですか!!」

 

 

 

「お前は見なくて良い」

 

 

 

 線路の上には真っ赤に染まった腕。指から肘までしか、そこには残ってなかったがどう見ても人間の腕だった。

 

 

 

 黒猫よりも反応は遅れたが、私は楓ちゃんを後ろから抱きしめて震える声を安心させる。

 そして身体を逸らして見えないようにさせた。

 

 

 

「なんなのよ、これ……」

 

 

 

「知るか。事故じゃないのか」

 

 

 

「でも、ここは使われてない地下鉄よ。事故なんて起こるの?」

 

 

 

「だから知るかよ。さっさと帰るぞ、嫌な予感がする」

 

 

 

 私は来た道を戻るために身体を反転させる。しかし、動かしたタイミングで楓ちゃんが私から抜け出して、腕の方を向いた。

 

 

 

「楓ちゃん?」

 

 

 

 動揺しているのかと思ったが、楓ちゃんは冷静に腕を観察するとあることを呟いた。

 

 

 

「事故じゃないです……。襲われてます」

 

 

 

「え?」

 

 

 

 黒猫がリエの視界を覆っているのを確認してから、もう一度腕を照らす。最初に見た時は腕だけに注目してしまっていた。

 しかし、腕のすぐそばにあるものが落ちていることに気がついた。

 

 

 

「銃?」

 

 

 

「きっとこれで何かと戦ったんです」

 

 

 

「そうなの?」

 

 

 

「僕はそう思います」

 

 

 

 理由があるわけではなく、勘で言っているらしい。しかし、使われていない地下とはいえ、銃を持ち歩く人間がいるのはおかしい。

 何かがあるのは間違いないのだろう。

 

 

 

 だったら尚更だ。

 

 

 

「楓ちゃん、急いで! 早く戻るよ!!」

 

 

 

 私は楓ちゃんの腕を引っ張ってきた道を引き返す。

 走ることはしないが、無意識に早足になる。

 

 

 

 早くこの場から立ち去りたい。その気持ちが強くなっていた。

 

 

 

「待て、止まれ!」

 

 

 

 あと少しで扉にたどり着くというところで、リエに抱っこされている黒猫が叫んだ。

 

 

 

「どうしたの?」

 

 

 

「静かにしろ……。何かいる。そう、ミーちゃんが言ってるんだ」

 

 

 

 猫であるミーちゃんが何かに気づいたようで、私達は足を止めた。そして慎重に通路の奥を照らす。

 

 

 

 それは丁度、扉の前。そこにさっきまではなかった巨大な物体があった。

 灰色で短い毛を持った軽自動車ほどの大きさのそれは、両手で何かを掴み、前歯で細かく切り刻む。

 

 

 

「なんですか、あれ……」

 

 

 

「巨大な、ネズミ……」

 

 

 

 特大サイズのネズミは、両手で人間を鷲掴みにして捕食していた。

 

 

 

 恐怖から手が震え、私は懐中電灯でネズミの顔を照らしてしまう。

 それに反応し、ネズミは首をひねっとこちらを見た。

 

 

 

「…………」

 

 

 

 ネズミがこちらを見つめ、私達は石のように固まった。動かなければ見逃してくれるかもしれない。そんな期待をしてだ。

 

 

 

 ネズミは持っていた死体を投げ捨てると、姿勢を低くしてこちらに身体を向けた。

 それはまるで獲物を狙うような…………。

 

 

 

「逃げろォォ!!!!」

 

 

 

 黒猫が叫び、私達は百八十度身体を動かし、ネズミのいない方向へと走り出した。

 

 

 

「追ってきてるの!?」

 

 

 

 私は振り返るのが怖くて、リエに抱き抱えられている黒猫に後ろの確認をお願いする。

 

 

 

「追ってきてるぞ!! もっと、もっと早く走るんだ!!」

 

 

 

 真っ暗闇の中を必死に走る。楓ちゃんは本気で走れば前を走れるはずなのに、私達を守るために一番後ろを走ってくれている。

 

 

 

「リエちゃん、あれって悪霊? 僕にはそうは見えないけど」

 

 

 

「はぁはぁ、悪霊ぽくはないです!! というか、幽霊でもないです!!」

 

 

 

 除霊の依頼で来たはずなのに、幽霊よりももっと得体の知れないものに追われることになるなんて、誰が予想したか。

 

 

 

「何か方法はないか、このままじゃ追いつかれるぞ!!」

 

 

 

 リエに運んでもらっている黒猫は、後ろの様子を見てそんなことを言う。

 一人だけ走っていないのだから、お前が作戦を考えろ! と言いたいところだが……。

 

 

 

「思いついた!!」

 

 

 

「なに! どんな作戦だ!!」

 

 

 

「あんた猫でしょ、あんなネズミやっつけちゃいなさい!!」

 

 

 

「無茶言うな!! サイズが違うわ!!!!」

 

 

 

 このまま逃げ続けていてもいつかは捕まってしまう。どうにか、どうにかしなければ!!

 

 

 

「…………面倒な奴らだ」

 

 

 

 全速力で走っているといつの間にか線路の前方に人影が現れる。

 スラットした長身の身体に、片手には採掘用のピッケルを持っている。

 

 

 

 ネズミから逃げる私達はその男性とすれ違う。男性はすれ違い様に私に四角い何かのついたネックレスを投げ渡した。

 

 

 

「このまま走れ、そうすれば奴らの基地がある」

 

 

 

 この男性が何者なのか。何をするつもりなのか分からないが、私達はとにかく走る。

 振り向くことをせず、走り続けていると後ろから叫び声が聞こえてきた。

 

 

 

 後ろを見ていた黒猫が後ろの光景を見て呟く。

 

 

 

「戦ってやがる……」

 

 

 

「え!?」

 

 

 

「……止まるな。勝つとは限らない……。だけど、なんて奴だ、あの化け物と渡り合ってる……」

 

 

 

 振り返ることはできなかった。黒猫の言葉も理解する暇もなく走り続け、この時はまだネズミが後ろにいると思っていた。

 しばらく走り続けて、黒猫が止める。

 

 

 

「もう追ってきてない。走らなくて大丈夫だ」

 

 

 

「……え!! あ、本当だ」

 

 

 

 足を止めて息を整える。どれくらい走っただろう。もう今いる場所がどこなのか分からない。

 

 

 

「リエ、放してくれ」

 

 

 

「はい」

 

 

 黒猫はリエの肩に登ると、呼吸を乱して腰を曲げ、膝に手を置いている私の頭に飛び移る。

 

 

 

「はぁはぁ、なんで、今……はぁはぁ、乗るのよ……」

 

 

 

「ちょっと気になるものがあってな。お前、すれ違った時に何か渡されてたよな」

 

 

 

「あ、これのこと?」

 

 

 

 私は握りしめて湿っているネックレスを、懐中電灯で照らす。

 

 

 

「なんだこれ、四角い部分になんか書いてあるな」

 

 

 

 そこにはアルファベットで文字が彫られている。

 

 

 

「これって…………」

 

 

 

 ネックレスを見て、これがなんなのか分かりかけた時。私達を強い光が照らした。

 

 

 

「そこに誰がいるのか!!!!」

 

 

 

 眩しく腕で目元を隠す。はっきりとは見えないが、数人の集団がライトでこちらを照らして向かってきている。

 

 

 

「中佐!! 一般人二名を発見しました!!」

 

 

 

 ライトで照らしてきた集団は私達にライトを向けて囲むと、私と楓ちゃんの腕を後ろで組ませて拘束する。

 そしてその中から中佐と呼ばれた人物が私達の前に出る。

 

 

 

 癖のある髪の毛を後ろで纏めている黒人女性。女性は鋭い眼差しで私達のことを睨みつけた。

 

 

 

「なぜ、一般人がここにいる!! 何者だ、お前達」

 

 

 

 

 



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第51話 『ネズミにご用心』

霊能力者のレイちゃんは、ダメ、無能、役に立たない?

 

 

 

著者:ピラフドリア

 

 

 

第51話

『ネズミにご用心』

 

 

 

 

「えっと、あなた達こそ、なんなんですか。突然……」

 

 

 

 女性は一歩、私達から離れるように下がると、懐から拳銃を取り出した。そして弾があることを確認すると、地面に向けて発砲する。

 

 

 

「質問をしているのは私達だ!!」

 

 

 

 怖い。すごく怖い。化けネズミの次は武器も持った集団だ。

 

 

 

「僕達は除霊の依頼できたんです!! 地下から物音がすると依頼があったんです!!」

 

 

 

「除霊……。ふん、そんなもの信じられるか。なら、変わったものを見せてみるんだな」

 

 

 

 証拠を見せろと言われても、リエは私の力が姿を表すことはできない。そうなると方法は……。

 

 

 

 私は腰を曲げて頭に乗っているのものを前に突き出す。

 

 

 

 中佐や囲んでいる人々は黒猫に何か起こるのかと注視する。

 

 

 

「俺とミーちゃんは見せ物じゃねー!!!!」

 

 

 

「猫が喋ったァァァ!!」

 

 

 

 黒猫が喋ったことに驚き、両手を上げて驚く人々。中佐は黒猫に顔を近づけると、指先で黒猫のほっぺたを突く。

 

 

 

「なぜ、猫が……。ジャパニーズ魔女か!!」

 

 

 

 中佐達が不思議な猫と一緒にいる私に興味を持つ。私は胸を張って

 

 

 

「いいえ、私は霊能力者よ」

 

 

 

「ほ、本当に霊能力者がいるなんて……」

 

 

 

 黒猫のおかげで信じてもらえたようだ。しかし、すぐには解放してもらえない。隊員の一人が無線で仲間に連絡をとり、駅員に本当に除霊の依頼があったのは確認を取る。

 

 

 

 確認をしている間、私達は怪しいものを持っていないか、持ち物の確認をされる。

 その時、あるものが発見された。

 

 

 

「中佐……これって…………」

 

 

 

 私が受け取ったネックレスを発見し、奪い取ると中佐はそれを確認する。

 

 

 

「どこでこれを手に入れた」

 

 

 

「道中でネズミの化け物に襲われて、逃げてる時にピッケルを持った人に渡された……」

 

 

 

「本当か?」

 

 

 

「はい」

 

 

 

 中佐はネックレスに付いている文字の彫られた四角い装飾品を撫でる。

 

 

 

「中佐、信じるんですか?」

 

 

 

「信じはしない。だが、これが我々の元に戻ってきたのは事実だ」

 

 

 

 中佐はネックレスを部下に渡し、大切に保管させる。

 

 

 

「ピッケルの人物と言っていたな。まさか、リュウか?」

 

 

 

「リュウ?」

 

 

 

 私は首を傾げる。あの時は必死だったし、名前を聞く余裕なんてなかった。

 

 

 

「知らないなら良い」

 

 

 

 ムッとした顔で無愛想な返事をする中佐。そんな中佐に無線を終えた部下が報告をした。

 

 

 

「除霊の依頼はどうやら事実のようです。事情はこちらで説明しました。どうします?」

 

 

 

「そうか。なら、解放しろ」

 

 

 

 やっと私達の拘束が解除された。とはいえ、捕まっていたのは私と楓ちゃんだけだ。

 リエは見えていないし、黒猫は可愛がられていた。

 

 

 

 中佐は私達に背を向けると、目線を合わせずに

 

 

 

「ついて来い。君たちを保護する」

 

 

 

 

 

 

 中佐達に案内され通路を進む。さっきの道からほぼ一本道だが、途中で無人の地下駅を通り過ぎた。

 そして駅を抜けて五分ほど歩くと、線路の奥に脱線して止まっている電車が止まっていた。

 

 

 

 車輪が線路から大きく外れており、前の方の車両は横転している。しかし、彼らのいる後ろの車両はほぼ無傷であり、そこを彼らは活用していた。

 

 

 

「ここが我々の拠点だ。まずはオヤ…………。大佐に会ってもらおうか」

 

 

 

 無線ですでに事情は話してあるようで、拠点内にいる人達は道を開けて通してくれる。

 

 

 

「レイ。こいつらの格好……」

 

 

 

 頭の上にいる黒猫が耳元で呟く。

 

 

 

「ええ、テレビとかで見る軍隊みたいね」

 

 

 

「自衛隊か? だが、それにしては……」

 

 

 

「外国人が多いよね。それも特定の国ってより他国から集めた感じ? 色んな人いるし……」

 

 

 

 中佐達もそうだが、彼らは軍隊ぽい服を着ており、武器も持っている。人種も様々でまとまりがない。

 

 

 

 私と黒猫が小声で話していると、その声が聞こえたのか、中佐が無言で睨みつけてくる。

 私達はその蛇のような鋭い眼差しに怯えてしまい、身体を縮こます。

 

 

 

 後ろの車両から五号車目の車両に着くと、中佐はしまっている扉をノックする。

 

 

 

「大佐、例の一般人を連れてきました」

 

 

 

「入れ」

 

 

 

 本来なら自動ドアのはずの扉を、両手で力一杯に引っ張って開ける。

 中佐は私達に中に入るように促し、背中を叩いて押し込んだ。ちょっとでも戸惑えばすぐに背中を引っ叩かれて、ヒリヒリと熱のような痛みを感じる。

 

 

 

「よく来てくれた」

 

 

 

 車両の中は改造されており、元々あったであろう椅子や手すりは撤去され、ホワイトボードと資料の並べられた本棚がずらりと並ぶ。

 そして扉の向かい側には机に肘を置き、立派な髭を携えた黒人男性が座っていた。

 

 

 

「霊宮寺くんと坂本くん、それと……猫のチャーリー」

 

 

 

「誰がチャーリーだ!! タカヒロとミーちゃんだ!!」

 

 

 

「そうだったな。それと……幽霊の嬢ちゃんだな」

 

 

 

 大佐の視線は私の横でふわふわと浮いているリエに向く。中佐は目を細めて凝らしているが、見えないようだ。

 

 

 

「リエが見えるんですか?」

 

 

 

 私が尋ねると大佐は背もたれに寄りかかる。

 

 

 

「モヤが見える程度。はっきりとは見えてない」

 

 

 

「親父…………。大佐、霊感があったんですか? 初耳です」

 

 

 

「イザベラ。職務中は大佐と呼べと言ったよな」

 

 

 

「大佐。職務中は中佐をつけることをお忘れなく……」

 

 

 

 中佐の鋭い眼差しには大佐も怖気付いている様子だ。

 

 

 

「イザベラ中佐には言ってなかったが、ほんの少し、そうほんの少しだけ見える。だが、職務に影響があるレベルじゃない」

 

 

 

 大佐は親指と人差し指の距離で、その影響の距離感を表現する。

 

 

 

「だから伝えてはいなかったんだ」

 

 

 

 納得はしてないようだが、反論する気もないようで中佐は黙って部屋の端に移動した。

 大佐は背もたれから背中を離すと、両肘を机につけて指を組ませる。そして私達の顔を見た。

 

 

 

「さてとまずは私の紹介をしようか。私はジェイコブ・マーティン。この部隊の指揮をしているものだ。君達、例の怪物に会ったんだってな」

 

 

 

「はい……」

 

 

 

 例の怪物。恐らくはあの巨大ネズミのことを言っているのだろう。

 私達が頷くと大佐は一度頷き。

 

 

 

「大変だったろう。よく逃げ切れたな」

 

 

 

「助けてもらって……ですけどね」

 

 

 

「それでも奴らは凶暴だからな。すでに我々は仲間を何人も失った……」

 

 

 

 大佐が仲間のことを思って、目を瞑る。そんな中、中佐はさっき私から奪い取ったネックレスを手に持って大佐の元に行く。

 

 

 

「大佐、これを……。彼らが持っていたものです」

 

 

 

「これは……。マルクの……」

 

 

 

 ネックレスを受け取った大佐は、ネックレスに彫られた文字を指でなぞる。

 

 

 

「よく戻ってきた……」

 

 

 

 大佐は独り言を呟いた後、ネックレスを中佐に返し、私達に目線を合わせる。

 

 

 

「あれを届けて入れたこと、感謝するよ」

 

 

 

「……私達は渡されただけですけどね…………」

 

 

 

「さて、まずはあの生物がなんだったのか、君たちに説明しよう」

 

 

 

 大佐は机に伏せられていた書類を表にして、私たちに見える位置に動かす。その様子を見ていた中佐は焦り出し、机の上に飛びついて書類を隠した。

 

 

 

「何をしてるんですか!! これは世間に発表していないもの、これを知られては……」

 

 

 

 焦る様子の中佐とは対照的に、大佐は冷静に机に飛びついた中佐を片手で持ち上げて引き剥がす。

 

 

 

「彼らは奴らに襲われたんだ。まずは安心させることが優先だ」

 

 

 

 背中の服を掴まれて、猫のように持ち上げられた中佐は、手足を動かして暴れる。

 中佐の身長は175前後で、筋肉質な体をしている。そんな人間を軽々と持ち上げ、殴られたり蹴られたりしているのに大佐は微動だにしない。

 

 

 

「ならば、せめて彼らに外でこのことを口外しないように口止めをしてからでも!!」

 

 

 

「そんなことをして本当に意味があるか? このことは外で言いませんと書いた紙にサインをさせるのか? 書類上の約束だ、俺は信じられないな」

 

 

 

「だとしても、書かせるべきです!! 地上でパニックが起こる可能性を減らすためにも!! そうすれば、地上の政府機関に言い訳が立つ!」

 

 

 

 中佐と言い合いになり、大佐は眉間に皺を寄せると、中佐を持ち上げて投げ飛ばした。

 中佐の身体は宙を舞い、ホワイトボードを押し倒して壁に激突する。

 

 

 

「それで口を滑らせたものを始末するのか!! そんな方法を続けていてもいつかはバレるぞ」

 

 

 

 鬼のような怖い顔で大佐が怒鳴りつける。倒れたホワイトボードを退かし、壁に手をつきながら中佐は立ち上がる。

 

 

 

「それでもそのいつかを遅らせられるのならば…………」

 

 

 

 投げ飛ばされて痛いはずなのに、それでも反論をしようとする中佐。その様子にさらに顔を赤くして噴火しそうな大佐がジリジリと中佐に近づく。

 

 

 

 今にも殴り合いが始まりそうな状態。私は二人を止めるため、手を振るわせながら上げた。

 

 

 

「あ、あの〜、言わなければ良いんですよね……。言わないので、そこまでで…………」

 

 

 

 その後、二人は喧嘩を止め、少し話し合いをした後、大佐の命令通りに書類を書くことはなく話を聞けることになった。

 

 

 

 中佐は壁に寄りかかり、投げられた時に痛めた腕に包帯を巻く。大佐が説明を始めても文句を言わずに、その場で見守る。

 

 

 

「では改めて。あの巨大ネズミ。あれを我々はギガンズと呼んでいる」

 

 

 

 大佐は机にある書類を私たちに見せる。そこにはモノクロの写真に、巨大なネズミの姿が写っていた。

 

 

 

「ギガンズは地底の世界からやってきた訪問者だ。富士の樹海、南極の海底洞窟、そしてこの地下道。いくつもの箇所からギガンズを発見し、彼らは何かを守っていることも分かった」

 

 

 

 ネズミの写真の横にはワニや蛇のような写真が収められている。

 その写真の動物もあのネズミのように巨大なのだろう。

 

 

 

「だが、安心して欲しい。それを研究しているのが私達、シュトレンだ。最新の装備、最新の機器を揃えて、ギガンズに対抗している。だから地上へ出ることはない」

 

 

 

 かなりの自信があるようで、大佐の声が大きくなっていく。

 

 

 

「君達をこれから地上まで連れて行く。我々がいるとはいえ、もう二度とここには入らないようにした方が身のためだ」

 

 

 

 大佐が話し終えて、これから地上まで連れ出して来れるという話になった。

 もう来ないようにと念を押されたが、言われなくても二度と来たくはない。

 

 

 

 大佐が地下鉄の地図を取り出して、ルートを説明しようとしてくれた時、近くで大きな爆発音がした。

 そして電車が大きく揺れる。

 

 

 

 爆発の音で耳がキーンとして耳鳴りがする。私達は音にびっくりして楓ちゃんの後ろに隠れる。

 

 

 

「何が起きた!?」

 

 

 

 中佐が扉を開けて外の様子を確認に向かう。中佐が扉から顔を出すと、私達がやってきた地下道の方が赤い光に包まれていた。

 

 

 

「大佐、中佐!! 大変です!!」

 

 

 

 爆発の起きた場所から一人の兵士が走ってくる。兵士は息を切らせながら報告をする。

 

 

 

「や、奴らが攻めてきました!!」

 

 

 

「なんだと!? なぜ突然!!!!」

 

 

 

 地下道に銃声と爆音が響き渡る。室内にいる大佐は中から兵士に問いかける。

 

 

 

「戦況はどうなってる?」

 

 

 

「かなり厳しい状態です……」

 

 

 

「そうか……。特殊甲冑部隊を出動させろ!!」

 

 

 

 大佐は声を張り上げて司令を出す。

 

 

 

「か、甲冑部隊をですか!!」

 

 

 

 兵士と中佐は目を見開き、驚きの表情を見せる。

 

 

 

「この人達を安心させるためにも我々が奴らを蹂躙するところを見せようじゃないか。それに理由はともあれ、攻めてきたのなら好都合。エネルギー切れを気にせずに、全力で最新装備を使える」

 

 

 

 

 

 



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第52話 『地下大激突』

霊能力者のレイちゃんは、ダメ、無能、役に立たない?

 

 

 

著者:ピラフドリア

 

 

 

第52話

『地下大激突』

 

 

 

 車両の中から私達は外の様子を見守る。中佐の指揮のもと、奥の車両から全身を鋼のアーマーで包んだ兵士達がゾロゾロ出てくる。

 

 

 

「凄い装備ね……」

 

 

 

「ああ、まるでSFだな」

 

 

 

 彼らの装備を見た私達に、後ろで腰に手を当てて威張った様子の大佐は自慢げに説明をする。

 

 

 

「あの装備は私の祖国にいるヒーロースーツのベースに作ったものだ。あらゆる衝撃を耐えることができ、どんな環境であっても使用者を守る」

 

 

 

「中佐さんは使わないんですか?」

 

 

 

 彼らを指揮して作戦を指示しているが、中佐は今までと同じ服装のままだ。

 

 

 

「精密な機械だからな。俺やイザベラは乱暴すぎて相性が合わない」

 

 

 

 部隊を指揮している人たちがそれで良いのか……。

 中佐は兵士を連れて戦場へ向かう。戦場は地下道の先で、すでに銃を持った兵士達が前線で戦っている。

 

 

 

「レイさん。あの人たち大丈夫でしょうか?」

 

 

 

「最新装備がどうのって言ってたから大丈夫じゃない? あの化けネズミを倒してくれるみたいだし」

 

 

 

 私は頭に乗っている黒猫に目線を向ける。

 

 

 

「猫よりも優秀ね」

 

 

 

「あのサイズのネズミと戦えるか!!」

 

 

 

 私達が見守る中、アーマーを着た兵士達はネズミ達の元に辿り着き、戦闘を始めた。

 腕から炎を出したり、ガトリングガンを撃ったりしてネズミを制圧していく。

 

 

 

 このまま行けば、攻めていたネズミを全滅させられる。作戦は順調に進んでいた。

 

 

 

 ……はずだった。

 

 

 

「よし、この調子で全滅させろ!! ……ん、一匹大きいのがいるな」

 

 

 

「他の個体の二倍くらいありますね」

 

 

 

「ボスネズミか? なら、この俺…………」

 

 

 

 アーマーを身に纏った兵士の一人がネズミに突っ込もうとした時。ボスネズミから何かが飛んできた。

 

 

 

「え……」

 

 

 

 兵士は突っ込もうとしていた仲間の姿を見る。しかし、その仲間の姿は変わり果てたものだった。

 

 

 

 上半身が吹き飛び、下半身は力を失って地面に倒れる。

 

 

 

「何が起こって……っ!?」

 

 

 

 次々の他の兵士たちもやられて行く。

 

 

 

「これはバズーカだって耐える強靭なアーマーなんだろ!? なんで、なんでネズミの毛なんかに負けるんだよォォォォォ…………っ!」

 

 

 

 ボスネズミは毛を逆立たせると、針のように伸びた毛を兵士達に向ける。そして皮膚を動かし毛を弾丸のように発射していた。

 

 

 

 ボスネズミの毛はまさに巨大な槍。二メートル以上ある槍が豪速球で兵士たちを貫く。どんなに硬い装備であっても貫通し、兵士たちを次々と串刺しにしていく。

 

 

 

「このままだと防衛ゾーンを突破されるぞ!!」

 

 

 

 アーマーを着た部隊が半壊し、全線が崩壊する。防御の薄くなった場所をネズミ達が攻め出して防衛ゾーンは地獄のような状態になった。

 

 

 

「あのボスネズミだ。あいつが現れてからネズミ達の統率が纏まった……」

 

 

 

「少佐!! このままでは防衛ゾーンを突破されます!!」

 

 

 

「分かっている。……お前は中佐に報告に行け」

 

 

 

「少佐は……」

 

 

 

「俺はここで足止めをする。急げ!!!!」

 

 

 

 部下に報告を任せ、残った兵士を連れて少佐が突撃をする。

 狙うはネズミの親玉。ボスネズミを倒すことができれば、統率が乱れると予想した少佐は、仲間と共にボスネズミを目指す。

 

 

 

 仲間達がやられて行く中、少佐だけはどうにか生き残り、ボスネズミの前まで辿り着いた。しかし、突撃で無理やりたどり着いたため、仲間と共にネズミの群れに入り込んだ状態。

 生き残る方法はただ一つ、ボスネズミを倒すことだ。

 

 

 

 少佐はアーマーに付けられた火炎放射器でボスネズミを丸焦げにしようとする。だが、ボスネズミは高く飛び上がり炎を躱す。

 

 

 

「早い!?」

 

 

 

 そして落下しながら尻尾で少佐の首を貫いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「中佐!! 前線が!!」

 

 

 

 前線で戦っていた兵士の一人が後方にいる中佐の元に戻ってきた。

 

 

 

「ああ、分かってる……。このままでは全滅だ」

 

 

 

 用意を済ませていた中佐は全部隊に伝達する。

 

 

 

「撤退だ!! この拠点を破棄し、別の拠点に移動しろ!!」

 

 

 

 命令を終えた中佐は私達のいる車両の中へ入ってくる。

 

 

 

「君たちは私と一緒に地上を目指す。こっちだ」

 

 

 

 早足で進む中佐の後ろを私達はついて行く。車両の外には小さめの装甲車が来ており、それに乗り込むように指示された。

 

 

 

「大丈夫なのかな?」

 

 

 

「どうせこいつらについてくしかないんだ。さっさと乗るぞ」

 

 

 

 装甲車に乗り込むと運転席には中佐が座る。隣にいた装甲車には大佐と数名の兵士が乗り込んだ。

 

 

 

 装甲車が発進し、基地を捨てて地下道を進む。後ろからはネズミの群れが追いかけてきているようで、ネズミの声と足音が聞こえる。

 私達が怯えているのを勘付いて、中佐は運転しながら呟く。

 

 

 

「安心して欲しい。あなた達は地上に帰す。あの化けネズミとはそれから決着を付け直す」

 

 

 

 三台の装甲車が地下道を進む中、前を走る車が前方に何かを発見し、他の装甲車に無線で報告する。

 

 

 

「前方に何か……あれは!?」

 

 

 

 無線が途切れたと同時に、前を走っていた装甲車がひっくり返る。そしてひっくり返った装甲車にネズミが飛びかかる。

 

 

 

「っ!?」

 

 

 

 残った二台は急いで装甲車を止める。そしてライトで前方を照らした。

 

 

 

「先回りされていたか…………。急いで出ろ、この装甲車を襲われる!!」

 

 

 

 中佐が私達のことを押して装甲車から出させる。

 ネズミの群れは装甲車の移動先を予告して先回りしていたようだ。

 

 

 

 倒れた装甲車から兵士達が出てきて、ネズミの群れと戦っている。彼らがネズミを引きつけているうちに、私達は走ってその場から離れる。

 

 

 

 もう一台の装甲車から降りた大佐とその部下達とも合流して、地下道を中を全力で進む。

 

 

 

「こっちだ。この先に行けばシャッターがある。それを下ろすんだ」

 

 

 

 しばらく進み駅のホームが見えてきた。しかし、それと同じくして後方の銃声も止み、ネズミ達の足音が近づいてくる。

 

 

 

「このままではシャッターは間に合わないな……」

 

 

 

 大佐はそう呟いた後、部下達と共に立ち止まり武器を構える。

 

 

 

「中佐。その一般人を連れて先に行け」

 

 

 

「大佐……?」

 

 

 

 立ち止まりそうになった中佐を、大佐は叫ぶような大声で責める。

 

 

 

「止まるな!!!!」

 

 

 

 中佐は振り返りたい気持ちを押し殺し、私達を先導してホームへ連れて行く。

 ホームにたどり着いた中佐がレバーを引くとシャッターが降り始める。

 

 

 

「大佐!! 急いで!!」

 

 

 

 銃でネズミの群れを牽制しながら後退する大佐達。しかし、もうネズミの群れは目と鼻の先まで来ている。

 

 

 

「間に合わん、シャッターを閉めろ!!」

 

 

 

「でも!!」

 

 

 

「命令だ!!」

 

 

 

 中佐は動けないでいる私達を目線の端で見て、覚悟を決める。レバーを下ろし、シャッターを下ろした。

 

 

 

 シャッターが閉まり、大佐やネズミの群れが見えなくなる。一応、これで助かったのだ。

 私達は息苦しさから解放されたように、腰を落とした。

 

 

 

 ホッとしている私達だが、中佐はそんな私達の元に駆け寄ると立ち上がらせる。

 

 

 

「立て、さっさと行くぞ!!」

 

 

 中佐に腕を引っ張られて無理やり連れていかれる。

 駅のホームを歩きながら楓ちゃんが中佐に質問する。

 

 

 

「ここのホームから地上に出られるんじゃないんですか?」

 

 

 

「いや、ここからは出られない。ここは駅と言っても自衛隊が地下道の経由する中間ポイントとして使っていたもので、地上に出るためには他の駅まで行く必要がある」

 

 

 

 中佐の話ではさっきの襲撃でルート変更をしたことで、迂回ルートになってしまったらしい。

 ここからは遠回りで三駅ほど同じような地下施設を通過して、元々の目的地だった地点を目指す。

 

 

 

 駅から離れてまた線路の上を歩いて行く。

 

 

 

「自衛隊がこの地下道使ってたってどういうことなんだろう?」

 

 

 

「さぁな。俺に聞かれても分からんぞ」

 

 

 

 黒猫に聞いてもなぜだかわかるわけもなく、その会話が聞こえた中佐は、前を歩きながら話してくれる。

 

 

 

「この地下は自衛隊や国家主席が秘密裏に移動するための経路だったんだ。だからそのために迷路のように入り組んで多くの場所に繋がっている。しかし、数十年前に奴らが現れて、ここは廃墟と化した」

 

 

 

「あのネズミですか……」

 

 

 

「彼らは地上に出ることはないが地下に入り込んだものは必要以上に攻撃する。地上に出れば追っては来ない、後少しで君達は地上に出られる」

 

 

 

 線路の上を進み、しばらく経った。駅も一つ越えて、地上は見えないが、近づいていているという実感がある。

 

 

 

「待て、止まるんだ!」

 

 

 

 駅が見えてきたところで黒猫が叫び声を上げた。そして耳を前方を向けて先の音を探る。

 

 

 

「……いるぞ」

 

 

 

「いるってまさか……」

 

 

 

「ああ、あの化けネズミどもだ」

 

 

 

 駅のホームからネズミの尻尾が飛び出してくる。

 

 

 

「引き返すんですか!?」

 

 

 

 リエが浮遊しながら私の肩に捕まり、さらに私は楓ちゃんの後ろに隠れる。

 中佐はハンドガンを構えると、ネズミのいるホームに向けた。

 

 

 

「…………来ない……な」

 

 

 

 これだけ私たちが近くにいるというのに、ネズミは襲ってくるはなく。尻尾を上下にフリフリしている。

 耳を立てて音を聞いていた黒猫は、その状況と先から聞こえる音から

 

 

 

「寝てるんじゃないか……」

 

 

 

「まさか……そんなぁ?」

 

 

 

 私はそんなことないだろうと呆れていると、中佐は足音を殺して先に進む。私たちも追いかけようとしたが、手でそこで待っているように指示された。

 しばらくしてネズミの様子を見てきた中佐が戻ってきた。

 

 

 

「猫の言う通り。寝ていたぞ」

 

 

 

「マジか……」

 

 

 

 驚く中、中佐は冷静に作戦を指示する。

 

 

 

「起こさないようにホームを越える。ネズミは一匹だけだ、起きなければどうにかなる」

 

 

 

 作戦と呼べるものではなかったが、これしか方法もないため、大人しく従う。

 足音を立てないように慎重に、慎重〜に進んでいく。

 

 

 

 ネズミのすぐ隣を通り抜け、ホームの通り抜ける。駅を抜けるまではどうにかネズミが起きずに助かった。

 このまま何事もなく進む、そう思っていた。

 

 

 

「おい、…………起きたぞ」

 

 

 

「そんなわけないでしょ。足音立てるとか、何かあるとか、そういうフラグ要素やってないんだから」

 

 

 

「そうじゃなくて、普通に起きた」

 

 

 

「え?」

 

 

 

 黒猫に言われて私達が振り向くと、ネズミは寝ぼけた様子で起き上がる。

 フラフラとしながらも起き上がったネズミは、鼻を動かして匂いを嗅ぐ。

 

 

 

「まさか、まさか……ね」

 

 

 

 ネズミはホームから線路に降りると、匂いを辿ってコチラを見た。

 

 

 

「み、み、見つかったァァァァァ!!!!」

 

 

 

 私達は全力疾走する。足場の悪い線路の上を、猛スピードで走り抜ける。

 

 

 

「追ってきてる。追ってきてるぞ!!」

 

 

 

 頭の上で黒猫が早く走れとばかりに、頭を肉球で叩いてくる。

 しかし、私は馬じゃない、叩かれたって早くはならない。

 

 

 

 っと、足っているはずが私の足が浮き、動きが止まる。服の後ろが持ち上げられて私は二メートルほど宙に浮く。

 

 

 

 振り向くのが怖いがゆっくりと振り向くと、そこにはネズミの顔があった。

 

 

 

「レイさんと師匠が捕まったァァァァァ!!!!」

 

 

 

 地上で楓ちゃん達が頭を抱えている。中佐はハンドガンをネズミに向けて撃っているが、ネズミはダメージを受けてる様子はない。

 

 

 

 ネズミは口を開けて私と黒猫を口に近づける。このまま食われてしまう。

 しかし、私達は喰われずに、口の前まで運ばれてネズミの動きが止まった。

 

 

 

「こいつ、寝ぼけてるぞ」

 

 

 

 ネズミは目を瞑りうとうととしている。寝起きで眠いため獲物を捕まえて、口の前で寝てしまったようだ。

 

 

 

「今だ。急いで脱出しろ、レイ!!」

 

 

 

「そう言われたってどうすればいいのよ!!」

 

 

 

 足をバタバタさせてみるが脱出できる気配はない。そうこうしているうちに、ネズミはまた起きて口を開け始めた。

 今度こそ、食べられる!!!!

 

 

 

 

 

 

 



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第53話 『食物連鎖』

霊能力者のレイちゃんは、ダメ、無能、役に立たない?

 

 

 

著者:ピラフドリア

 

 

 

第53話

『食物連鎖』

 

 

 

 

 ネズミが口を大きく開ける。

 

 

 

 ──ああ、もうだめだ。食べられる──

 

 

 

「レイさん!!」

 

 

 

 口が近づいてきてネズミの口臭で鼻が曲がりそうになる。

 

 

 

「面倒ごとを増やしやがる!!」

 

 

 

 金属のぶつかる音。その音が鳴り響くと私の身体を掴んでいたネズミの手は、力を緩め私を離した。

 

 

 

「落ちるぅぅ!!」

 

 

 

「師匠、レイさん!!」

 

 

 

 落下する私と黒猫を楓ちゃんが走ってきて、お姫様抱っこでキャッチした。

 

 

 

「助かった〜、ありがとう、楓ちゃん!!」

 

 

 

「ナイスキャッチだ。楓!!」

 

 

 

 私達に褒められて楓ちゃんは顔を赤くして、モジモジしながら照れる。

 

 

 

「レイさん、無事ですか!!」

 

 

 

 リエも浮遊しながら駆け寄ってくる。

 

 

 

「ええ、でも何が起きたの?」

 

 

 

 ネズミに捕まっていた私たちの視点では何が起こったのか見えなかった。

 

 

 

「またあの人ですよ」

 

 

 

「あの人?」

 

 

 

 私と黒猫がネズミの方に視点を動かすと、倒れたネズミの腹の上でピッケルを肩に背負った男性がいた。

 

 

 

「あなたは!!」

 

 

 

「あいつらと一緒にいるから大丈夫だと思えばこれかよ…………」

 

 

 

 ピッケルを持った男性は気怠そうに、空いている片手で頭を掻く。

 中佐はピッケルを持った男性を見上げる。

 

 

 

「あれが……。リュウ……」

 

 

 

 中佐の声が聞こえたのか。リュウと呼ばれたピッケルの男性は、中佐のことを睨みつける。

 睨みつけられた中佐は、臆して一歩下がってしまうが、どうにか持ち直しリュウに銃を向けた。

 

 

 

「リュウ!! なぜ貴様が現れる!! あのネズミの襲撃と何か関係があるのか!!」

 

 

 

 リュウは目を半開きにしてめんどくさそうに答える。

 

 

 

「ねぇよ。テメーラが役立たずだから来てやったんだろ……」

 

 

 

「我々が役立たず……だと!?」

 

 

 

 中佐は引き金に指をかける。いつでも撃てる様に構えた中佐だが、そんな中佐はいち早くあることに気がついた。

 

 

 

「ネズミ……今、一歩が動い…………!? 貴様ら離れろ! そいつ死んだふりをしているぞ!!!!」

 

 

 

 中佐が叫ぶと倒れていたネズミが動き出し、起き上がろうと身体を動かす。

 

 

 

「ええぇ!? ピッケルさんが頭を砕いたのにまだ生きてるんですか!?」

 

 

 

 リエが怯えながら楓ちゃんの肩に引っ付く。楓ちゃんは私を抱き抱えたまま、ネズミから全力で離れた。

 

 

 

「急げ、こっちだ!!」

 

 

 

 中佐はネズミに向けて発砲するが、ハンドガン程度では全くダメージにならない。

 だが、それでも私達を守るためにできる限りを尽くす。

 

 

 

「リュウ、貴様もだ。こっちに来い!!」

 

 

 

 その守るべき対象はリュウも含まれていた。中佐がネズミの注意を引き、腹の上にいるリュウに逃げる時間を与えようとする。

 しかし、リュウはネズミから逃げるどころか、腹の上から降りる気配もない。

 

 

 

「なぜ逃げない!!」

 

 

 

「せっかく弱点を晒してくれてるんだ。そいつを叩かないでどうするよォ!!」

 

 

 

 ピッケルを振り上げ、ネズミの腹に向けて突き刺す。

 ネズミは痛みで暴れ出すが、リュウは毛を掴んでネズミの腹にしがみつく。

 

 

 

 そしてさらに腹にピッケルを刺して、穴を開けて中に入っていった。

 

 

 

「あいつ何してんだ!?」

 

 

 

 リュウの行動に黒猫が声を上げる。

 

 

 

「余計暴れてますよ!! ……てか、こっちに来てます!!!!」

 

 

 

 中佐と合流した私達だが、楓ちゃんに抱き抱えられながら暴れるネズミから逃げる。

 

 

 

「イカれやろう!! やめろ!!」

 

 

 

 中佐はネズミの腹にいるであろうリュウに叫ぶが、聞こえてるはずもない。

 

 

 

 喰われることはなかったが、今度は暴れるネズミに押し潰される!!

 ネズミの身体が背中に擦れるくらいの近さになったところで、ネズミの動きが止まった。

 

 

 

「……え、なんで?」

 

 

 

 中佐はハンドガンを向けていつ動き出しても良い様に構えておく。しかし、その心配は必要なかった。

 

 

 

「やっぱりマジィな、こいつの肉は……」

 

 

 

 ネズミの腹から皮膚を突き破り、赤く染まったリュウが出てくる。

 

 

 

「ゲェ……。この人、ネズミ食べてますよ。病気になりますよ……」

 

 

 

 リエが嫌そうな顔をしているが、その姿はリュウには見えていない。

 

 

 

「なんでまだこんなところにいるんだ。日世駅の方が地上には近いだろ」

 

 

 

 ピッケルを振って血を振り払ったリュウは、中佐のことを睨みつけた。

 睨みつけられた中佐は、身長差があるがリュウのことを見上げて睨みつける。

 

 

 

「ギガンズの襲撃を受けたんだ。貴様の差金じゃないのか?」

 

 

 

「俺はここに住んでるだけだ。ネズミもお前らも俺は興味ねぇよ」

 

 

 

 そう言ってリュウは背を向けると、動かなくなったネズミを飛び越えて、私たちの進む方向とは別の方へと歩き出す。

 

 

 

「どこに行く!!」

 

 

 

 中佐は叫んで銃口を向けるが、リュウは気に留めず歩き続ける。

 このまま追って拷問しそうな勢いだったが、中佐は押し止まり、武器をしまうと私たちの元に帰ってきた。

 

 

 

「良いんですか?」

 

 

 

「今は君達を脱出させるのが優先だ……」

 

 

 

 再び、脱出に向けて私達は歩き出した。

 楓ちゃんから降りて黒猫を頭に乗せ、線路の上を歩く。

 

 

 

「奥に灯りが見えますね!!」

 

 

 

 私の横でふわふわと浮いていたリエが、線路の先に光を発見する。

 

 

 

「本当ね! もしかして出口!!」

 

 

 

 私とリエ、楓ちゃんは喜んでスキップする様に灯りの元へ向かう。

 遅れて中佐も追いかけてくる。

 

 

 

「待て! まだ駅までは距離が……!!」

 

 

 

 中佐がそう叫んだところで、明かりの向きが動きでこちらを照らした。

 眩しさで私達は目を瞑る。

 

 

 

「イザベラ!! 無事だったか!!」

 

 

 

 光の元から声が聞こえる。光に目が慣れ出すと光の方から近づいてきた。

 

 

 

「た、大佐!?」

 

 

 

 光の正体は、ライトを持った大佐だった。

 

 

 

「大佐……いや、親父。無事だったの!?」

 

 

 

 大佐はネズミの集団に襲われてやられたと思っていた。

 

 

 

「ああ、俺もダメだと思った。だが。あいつが来てな」

 

 

 

「あいつ?」

 

 

 

 大佐は何があったのか、説明をしてくれた。

 シャッターが閉まった後、残った兵士と共にネズミと戦闘を続けていたが、劣勢でありこのままでは全滅というところまで追い詰められていた。

 しかし、そこに現れたのがリュウだった。

 

 

 

 大佐はリュウと協力して突破口を作り、ネズミの集団から逃げることに成功した。

 その後、リュウに私達のことを話すと、別行動をとることになったらしい。

 

 

 

「リュウが……」

 

 

 

「我々は奴を勘違いしていたのかもな。地上の世界から追い出され、地下に逃げ込んだ犯罪者と思っていたが、あいつは人間とギガンズの境界線を守る存在だったのかもしれん」

 

 

 

 

 

 

 

 その後、大佐達に誘導され私達は駅に着き、地上に出ることができた。

 

 

 

 無事に火の光を浴びられた私達は、身体を大の字にして外の空気を吸う。

 

 

 

「やっとねー!! 除霊に来たのに怪物に襲われて、大変だったけどやっと終わったのね!!」

 

 

 

「ですね!! 解放された感じです!!」

 

 

 

 私達を地上に送り出した中佐は、駅の中で敬礼をする。

 

 

 

「では私はこれで」

 

 

 

「中佐さん、もう戻るんですか?」

 

 

 

「他の隊もギガンズの襲撃を受けてると連絡があった。これから応援に向かう」

 

 

 

「でも、中佐さんの隊って……」

 

 

 

「この駅にあった隊と合流して部隊を編成し直した。では」

 

 

 

 中佐は地下へと戻っていった。

 

 

 

 私達は電車に乗り事務所に帰ることにした。

 依頼主には大佐が事情を変えて連絡してくれたらしい。

 

 

 

 電車で揺られる中、リエと今日会ったことを振り返る。

 

 

 

「地下にあんな怪物がいたんですね」

 

 

 

「そうね。もうあんなところには二度と行きたくないよ」

 

 

 

「ですね。しかし、そんな怪物を退治しちゃうリュウって何者だったんでしょう」

 

 

 

「さぁね」

 

 

 

 

 



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第54話 『呪いの投げ銭』

霊能力者のレイちゃんは、ダメ、無能、役に立たない?

 

 

 

著者:ピラフドリア

 

 

 

第54話

『呪いの投げ銭』

 

 

 

 

 窓の外は青空の広がる空の世界。見覚えのない空を飛ぶ乗り物の中で私はある部屋の扉を開けた。

 

 

 

 そこは小さなキッチンスペース。そこで三人の男女がなにやら言い合いをしている。

 私はその三人の言い合いに呆れながら、何かを言うとキッチンに置いてあったコップを手に取りそれを飲み干した。

 

 

 

 そして別の容器に新しく作った飲み物を移し替えると、お盆に乗せてどこかに向かう。

 扉を開けると、そこには…………

 

 

 

 

 

 

「レイさん!! 大変です。雨降ってますよ!!」

 

 

 

 ソファーで横になり、寝ていた私の身体が揺らされる。

 

 

 

「んぅっむ〜、なによ〜」

 

 

 

「だから雨が降ってるって言ってるじゃないですか!! 洗濯物干しっぱなしですよ!!」

 

 

 

 リエに起こされて私は夢から覚めた。

 

 

 

「え!? 雨!!」

 

 

 

 飛び上がると洗濯物を干しているベランダへ向かう。マンションについている屋根が雨を遮り、まだ濡れてはいなかった。

 

 

 

 天気予報では晴れだと言っていたのにと文句を言いながら、私はリエと協力して洗濯物をしまう。

 

 

 

 どうにかしまい終わった私は、テーブルを置いてあった覚めた紅茶を飲み干して、台所に片付けた。

 

 

 

「レイ。俺の新聞知らないか?」

 

 

 

 片付けてリビングに戻ろうとすると、部屋をウロウロしていた黒猫がトコトコとやってくる。

 

 

 

「あー、あれ。今日燃える火だったから捨てたけど」

 

 

 

「あれ今日のだぞ」

 

 

 

「どーせ、その上で寝るだけなんでしょ。読まないなら古新聞でも同じじゃない」

 

 

 

「読んでるわ!! お前はいつもいつも…………」

 

 

 

 ブツブツと始まった黒猫を放っておいて、私はリビングに戻る。黒猫は文句を言いながら私の後ろをヒナのようについてくる。

 

 

 

 私がソファーに座り込んでテレビをつけると、黒猫はこれ以上言っても無駄だと分かったのか、静かになりテレビの見える位置に移動すると丸くなった。

 

 

 

 テレビはサメが襲ってくる海外映画。途中からだったが見たことある映画だったため、内容に理解できそのまま見始める。

 施設の中に水が侵入してきて、ザメが大きく口を開けてヒロインを飲み込もうとする。

 

 

 

 私達は息を呑み、先の展開を見守っていると、

 

 

 

「ヤッホー!!!! きましたよ!!」

 

 

 

 事務所の勢いよく扉が開き、楓ちゃんが入ってきた。サメに襲われる瞬間に大声を出されて、私と黒猫は飛び上がった。

 

 

 

「うわっ!? ……って、楓か。脅かすなよ……」

 

 

 

「師匠とレイさん。なに抱き合ってるんですか? まさか!!」

 

 

 

「違うわ!! お前が脅かすからだ!!」

 

 

 

 驚いた勢いで私は黒猫に抱っこして、黒猫は私に飛びついていたようだ。黒猫は私から飛び降りる。

 

 

 

「んで、楓、そいつ誰だ?」

 

 

 

 黒猫は楓ちゃんの後ろにいる人物に目線を送る。驚いていて気にしていなかったが、楓ちゃんと一緒に誰かが入ってきていた。

 

 

 

「あ、紹介しますね。配信事務所でプロデューサーをしている加藤さんです」

 

 

 

 楓ちゃんに紹介された加藤さんは深々と頭を下げて挨拶をした。

 

 

 

「初めまして、加藤 正村(かとう まさむら)と申します。今回は依頼をしたく尋ねさせていただきました」

 

 

 

 

 

 

 加藤さんに事情を聞くと、京子ちゃん経由でうちの話を聞き、楓ちゃんにお願いして案内してもらったらしい。

 

 

 

 リビングにあるパイプ椅子を出して、私と加藤さんは向かい合うように座る。

 

 

 

「それで依頼内容はどうなものなんですか?」

 

 

 

 私が尋ねると依頼人の加藤さんは膝に手を置き、背筋を伸ばして依頼内容を語り出した。

 

 

 

「私は事務所でバーチャル配信者というものを管理していまして、その配信者の一人が配信中に怖いことばかり起こると、救援を求めてきたんです」

 

 

 

 依頼人の話を聞いていると、横で一緒に話を聞いていたリエが首を傾ける。

 

 

 

「バーチャル配信者? なんでしょうそれ」

 

 

 

 私もそれがなんなのか分からなかったため、ソファーで丸くなっている黒猫に目線をやる。しかし、黒猫も分からないようで目を逸らした。

 

 

 

「あ、すみません……。バーチャル配信者というのはですね」

 

 

 

 私がキョロキョロしていたからか。加藤さんは分からないことを察して説明をしてくれる。

 

 

 

「動画配信サイトでバーチャル上のキャラクターになりきって配信をする。いわゆるアイドルみたいなものです」

 

 

 

「そのアイドルが何かに怖がっていると?」

 

 

 

「はい」

 

 

 

 加藤さんはバッグの中からノートパソコンを取り出すと、ネットである人物を検索して見せる。

 

 

 

「こちらのハッピーランランという配信者の方です」

 

 

 

 画面には3Dで作られたピエロのコスプレをした可愛いキャラクターが映っていた。

 キャラクターが喋ると口や目も動き、アニメのようにキャラクターが動く。

 

 

 

 動画を見ていたリエが興奮気味に跳ねる。

 

 

 

「凄いですね!! これ!! 私もやってみたです!!」

 

 

 

 しかし、幽霊の声は依頼人には届かない。

 

 

 

 これがどうやって動いているのか気になった私は、加藤さんに質問をしてみる。

 

 

 

「これってどうやってやってるんですか?」

 

 

 

「これはですね。カメラで顔を認識してキャラクターの動きと連動させているんです」

 

 

 

 加藤さんはそう言いながらパソコンの画面で実践してくれる。

 その説明を聞いていたリエは、寂しそうに私の後ろに隠れて肩に両手を乗せる。

 

 

 

「カメラに映らないといけないって、私の霊力じゃ、反応してくれないかもですね……」

 

 

 

 加藤さんが夢中で説明して気を取られている間、私はリエの頭を撫でて慰める。

 一通り説明を終えた加藤さんは、一仕事を終えた感で汗を拭う。

 

 

 

「分かりましたか!!」

 

 

 

「まぁなんとなく……」

 

 

 

 興味本位で聞いただけのため、ソフトだなんだと言われても頭に入ってこなかった。

 

 

 

「それでその怖い現象っていうのはどんなことなんですか?」

 

 

 

 このまま話がそれでも面倒なので、本題に入る。

 

 

 

「はい。それなんですが……」

 

 

 

 加藤さんが説明しようとした時、携帯の呼び出し音が鳴る。

 どこだどこだとキョロキョロしていると、加藤さんがバッグの中から携帯電話を取り出した。

 

 

 

「すみません!! 少し席を外していいですか?」

 

 

 

「どうぞ……」

 

 

 

 携帯電話を持って事務所を出て、外の廊下で電話を始めた。

 加藤さんが電話をしている間、私は椅子の背もたれに体重をかけて楽な体勢になる。

 

 

 

「あれ? 依頼人はどこに行ったんですか?」

 

 

 

 台所でお茶を沸かしていた楓ちゃんが顔を出す。沸かし終わったお茶をお盆に乗せてテーブルに置く。

 

 

 

「電話中よ。仕事関係じゃない? てか、この依頼も仕事関係だし」

 

 

 

「どんな依頼でした?」

 

 

 

「まだ聞き途中よ。確か話だと……バーチャン配信者が怖がってるとか」

 

 

 

「それバーチャンじゃなくてバーチャルですよ。きっと」

 

 

 

 楓ちゃんはお茶を三人分持ってきてくれたので、私はそのうちの一つを飲む。

 沸かしたばっかりで熱く、唇にお湯がついた瞬間「あちっ!」と唇を話したが、それで温度が分かったため、風を吹きかけて冷ましてから飲む。

 

 

 

 私がお茶を飲んでいる間、黒猫は依頼人についてリエに尋ねる。

 

 

 

「なぁ、今回の依頼。幽霊関係だと思うか?」

 

 

 

「う〜ん、どうでしょう。その本人を見てないのでなんとも言えないですね」

 

 

 

「まぁそうだよな……」

 

 

 

「しかし、怖いことですか。どんなことがあったんでしょ?」

 

 

 

 リエは私が冷ましたお茶に目線をやり、欲しそうにじーっと見てくる。

 

 

 

「…………いるの?」

 

 

 

「ちょっと、欲しいなぁって……ですね」

 

 

 

「しょーがないなぁ〜」

 

 

 

 リエを私の膝の上に座らせてお茶を飲ませる。

 

 

 

「怖いことでしょ、ストーカーとか?」

 

 

 

「あー、なら怪しいのは石上君ですね」

 

 

 

「あんたはあの子をどんだけ敵視してるのよ……」

 

 

 

 楓ちゃんは黒猫の隣に座り、黒猫の首を撫でる。黒猫のゴロゴロと喉を鳴らす音がここまで聞こえてくる。

 私はりえを膝に乗せたまま、二人の方に首を向ける。

 

 

 

「しかし、配信ね〜。今ってそういうのが流行ってるの?」

 

 

 

「そうみたいですよ。僕の友達もやってますよ」

 

 

 

「へぇ〜、どんなの?」

 

 

 

「確かゲームをやってたはずです。噂だとすごく上手いらしいですよ」

 

 

 

「リエとどっちが上手いんだろう?」

 

 

 

 私が素朴な疑問を口にすると、お茶を手にしたリエが顔を上にあげてドヤ顔をする。

 

 

 

「私ですよ!」

 

 

 

 そんな話をしていると、電話を終えた加藤さんが事務所に戻ってきた。

 

 

 

「すみません。上司からの連絡だったもので……」

 

 

 

「いえ…………。それで依頼内容はどのような?」

 

 

 

 加藤さんは椅子に座り直すと依頼内容について話し始める。

 

 

 

「はい。それが怖いことというのがですね……。配信中にコメントをして、お金を貰うことができる機能があるんです。その機能で……」

 

 

 

 加藤さんの話では配信中に送られてくるコメントで、不自然なコメントがあるのだと言う。それは必ず0時丁度に送られてきて、そのコメントが送られた後、配信画面がバグり、キャラクターの顔が三百八十度回転して血だらけになるのだとか。

 

 

 

 配信者はそのような機能を入れていないし、配信アプリにもそのような機能はない。さらには録画にはその光景は残らない。

 しかし、加藤さんが配信を見ていたら、確かにその現象は起きたし、リスナーからのクレームも多い。

 

 

 

「そういうことなんです。どうにかなりませんか?」

 

 

 

 加藤さんが依頼は可能か尋ねてくる。私はバレないように膝に座っているリエに確認を取る。

 

 

 

「どうなの?」

 

 

 

「話だけじゃやっぱりわかりませんね。取り憑かれてる可能性も呪いの可能性もあります。その配信を見ない限りは……」

 

 

 

 話だけでは分からないようで、現時点では幽霊の仕業という確証はない。

 しかし、幽霊であろうがなかろうが、確認のためには。

 

 

 

 私は加藤さんの目を見ると、

 

 

 

「分かりました。依頼についてですがまだ幽霊の仕業かはハッキリとは分かりません。なのでその配信を一度確認させてください。その配信はいつやるんですか?」

 

 

 

 加藤さんはノートパソコンを開き、資料を確認してから、

 

 

 

「今日も行う予定になっています。10時から2時まで」

 

 

 

 こうしてまずはその配信のハプニングが幽霊の仕業なのかを確かめることになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 加藤さんは仕事の都合で事務所に戻り、楓ちゃんも明日朝練があるため、家に帰った。

 残ったのは私とリエ、黒猫。この三人で配信を見て幽霊の有無を確認する。

 

 

 

「レイ。そろそろ配信が始まる時間じゃないか?」

 

 

 

 夜ご飯を食べてゲームで遊んでいた私とリエに、ソファーで丸くなっていた黒猫が思い出したように言う。

 

 

 

「あ、そうでしたね!! レイさん、どうやって見るんですか?」

 

 

 

「ん、見方はねぇ〜」

 

 

 

 私はゲームを操作してあるアプリを開く。開かれたのは動画再生アプリ。これで配信を見るのだ。

 

 

 

「パソコンじゃなくてゲームか。これで良いのか?」

 

 

 

「何で見たって変わらないでしょ。それにテレビなら画面デカいし」

 

 

 

 パソコンを使ってもよかったが、せっかくテレビの画面を使えるんだから、大画面で見た方が霊力を感じやすいかもしれない。

 話にあった恐怖シーンが流れたら叫んでしまいそうだが、まぁ、リエとタカヒロさん達もいるからどうにかなるだろう。

 

 

 

 教えてもらったチャンネル名を打ち込んで、配信を見始める。配信はすでに始まっており、

 

 

 

「視聴者数は3万人か。スゲェな……」

 

 

 

「ふぁぁ……眠たいです。まだ0時まで時間ありますよね。私はちょっと寝ま……す……………」

 

 

 

 リエはソファーで横になり、黒猫と私で配信を見続けることになった。ソファーをリエに取られた黒猫は椅子に座る私の膝の上で丸くなる。

 

 

 

「コーヒーこぼすなよ」

 

 

 

「ならそこで寝ないでよ」

 

 

 

 リエと一緒に寝ないために私はコーヒーを飲んで、眠気対策をする。

 それから時間が経ち、0時が近づいてきた……。

 

 

 

 

 



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第55話 『バーチャルデスゲーム』

霊能力者のレイちゃんは、ダメ、無能、役に立たない?

 

 

 

著者:ピラフドリア

 

 

 

第55話

『バーチャルデスゲーム』

 

 

 

 

 リエが眠りにつき、私と黒猫は配信を見続ける。

 配信で行われているのは鬼ごっこ風の脱出ゲーム。オンラインで多人数と対戦しており、ゲームをプレイしながらコメントを読み上げている。

 

 

 

「おいレイ。まだなのか?」

 

 

 

「まだ11時半よ。起きるのは0時丁度なんだから大人しく待ってなさいよ」

 

 

 

 最初は興味がなく軽く見ていたが、気がつけば動画を真剣に見ていた。黒猫は配信を見ているだけでは暇なようで、膝の上で尻尾をフリフリして遊んでいる。

 

 

 

「むにゃむにゃ〜、もう食べられないです〜」

 

 

 

 リエが寝言を呟きながら寝返りをする。マグカップの中の飲み物も無くなったので、そろそろリエに起きてもらい、お茶を用意してもらおうと画面から目を逸らした。その時だった。

 黒猫が尻尾をタワシのように太くして叫び声を上げる。

 

 

 

「リエ、あれを見ろ!!!!」

 

 

 

「え!?」

 

 

 

 私はテレビ画面に視点を戻す。テレビ画面にはさっきまでの配信画面とは違い、配信をしているキャラクターが画面の中央に移動し、背景が暗くなる。

 

 

 

「おいまだ時間じゃないんじゃ!?」

 

 

 

 私は事務所の壁に立てかけてある時計をもう一度見る。よーく見直すと……。

 

 

 

「…………あ、止まってた」

 

 

 

「おぉい!? 急いでリエを起こせ!!」

 

 

 

「分かってるよ!」

 

 

 

 私は黒猫を退かすとソファーへと向かい、リエの身体を揺らす。

 

 

 

「リエ、リエ!! 起きなさい!!」

 

 

 

「やっぱ……もうちょっとだけ…………」

 

 

 

「起きなさいよ!!!!」

 

 

 

 どれだけ揺らしても起きない。このままでは例の現象の時に幽霊の仕業か確認できる人間がいない。

 

 

 

「俺がやる」

 

 

 

 黒猫はテーブルを伝って私の頭の上に飛び乗る。そして堂々と座り込むと、

 

 

 

「俺だって楓ほどじゃないが多少霊感はあるんだ。任せろ」

 

 

 

「あんた……………………本当に大丈夫なんでしょうね?」

 

 

 

「任せろって言ってるだろ、文句言うんじゃない!!」

 

 

 

 尻尾で肩をポンポン叩いてくる。リエも寝てるし、楓ちゃんは家。こうなったら……。

 

 

 

「やっておやりなさい、タカヒロ&ミーちゃん!!」

 

 

 

「命令すな!」

 

 

 

 黒猫と共に配信画面に目線を戻す。しかし、配信画面を見た瞬間…………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「え、なにここ…………」

 

 

 

 目の前が光ったと思ったら、私と黒猫は見覚えのない空間にいた。

 壁も床も白く特徴はなく、サッカー場よりも大きな空間に多くの人達がまばらに散らばっている。

 

 

 

「ねぇ、タカヒロさん。ここって?」

 

 

 

「俺に聞かれても知るかよ…………。だが、一つだけ分かることもある」

 

 

 

 黒猫は身体を回転させて私の顔を動かす。見せてきたのは近くにいる人達。

 統一感のない人達が並んでおり、寝巻きやスーツ姿の人など色んな人がいる。

 

 

 

「あれ、スマホでランランちゃんの配信を見てたはずなのに、なんで俺こんなところに……?」

 

 

 

「ぐふふ、ここはどこオ? 俺いつ電車から降りたっけ? 配信に夢中になりすぎた?」

 

 

 

 そして皆、私達と同じように戸惑っており、ハッピーランランという配信者の名前を口ずさんでいる。

 

 

 

「これって……?」

 

 

 

「皆んな俺たちと同じで配信を見てたみたいだ。どうやら厄介なことに巻き込まれたようだぞ」

 

 

 

「もしかして幽霊の仕業?」

 

 

 

「幽霊ってより、もっとヤバいやつかもな」

 

 

 

 私は黒猫の言うもっとヤバいとは何なのか聞こうとしたが、

 

 

 

「あの〜。そこの白髪の方……」

 

 

 

 近くにいた高校生カップルに話しかけられ、黒猫は咄嗟に口を閉じて猫のフリを始める。

 もう遅いんじゃないかと思ったが、

 

 

 

「なんですか? 私は猫とは喋ってませんよ……」

 

 

 

「え、猫と……? あ、いえ、そうじゃなくて……」

 

 

 

 どうやらバレていないようだ。ボロを出しそうになった私のことを尻尾で猫が叩いてくる。

 

 

 

「お姉さんもハッピーランランさんの配信を見ててここに?」

 

 

 

「そうだけど……?」

 

 

 

 カップルの二人は顔を見合うと頷き合う。

 

 

 

「やっぱりそういうことなのよ」

 

 

 

「ああ、絶対そうだ!!」

 

 

 

 なにやら結論にたどり着いた様子の二人。私は腰を曲げて二人と同じ高さに目線を持ってくると、ニヤリと笑顔を見せた。

 

 

 

「なーにが分かったの?」

 

 

 

「お姉さん、怖いです」

 

 

 

 カップルの二人は話し合いをした後、私達に教えてくれる。

 

 

 

「僕達、ハッピーランランさんファンでいつも配信を追っていたんです。でも、ある時から不思議なことが起きて……」

 

 

 

 恐らくは加藤さんの言っていたホラー現象だろう。

 

 

 

「それで僕達なりに調べてたんですけど。きっとハッピーランランさんに恨みを持った人間が、ハッキングをして僕達に催眠をかけたんです。それで僕達を誘拐してここに……」

 

 

 

 カップルは自信を持ってそう伝えてくる。そういうことも可能なのかもしれない。

 私が信じそうになった時、黒猫が耳元で呟いた。

 

 

 

「違うな。催眠術の類ならバクのこともあるから、可能かもしれない。だが、誘拐なんて大袈裟なことをして騒ぎにならないはずがない。何よりリエもあの場に寝てたんだ」

 

 

 

「じゃあ、なんなのよ。私達はこうやって気づいたらここにいたのよ」

 

 

 

 そう、どうやって移動したにしろ。私達はここにいるのだ。なんらかの方法で運ばれたのは確かなのだ。

 

 

 

「俺の霊感じゃどこまで信じるべきかは分からねぇが、この空間自体に霊力を感じる」

 

 

 

「さっき幽霊よりもっとヤバいやつって言ってなかった?」

 

 

 

「ああ、並の霊力じゃない。それが一つ……二つ…………いくつか感じるんだ」

 

 

 

 黒猫は耳を立てて周囲を探るようにしているが、ハッキリとしたことは分からないのだろう。それ以上の情報は出さない。

 

 

 

「お姉さん? どうしたんですか?」

 

 

 

 黒猫と話していると、コソコソしていることで疑問に思ったのか、カップルが不思議そうな顔をしている。

 

 

 

「いや、なんでもないのよ。ははは〜」

 

 

 

 適当に誤魔化してやり過ごせたかなというところで、部屋全体に聞こえるように大音量で音楽が流れ出す。そして聞き覚えのある声が音楽と一緒に聞こえてきた。

 

 

 

「みんなぁ、元気かな〜」

 

 

 

 明るい声でハキハキと……。その声の聞き覚えは私だけでなく、この空間にいる全員が聞き覚えがあるようだ。

 

 

 

「この声って!?」

 

 

 

「まさか、ランランちゃん!?」

 

 

 

 そして分かりきった答えを示すため、部屋の壁が動き出すと、ステージが現れてそこに現実ではいないはずの人物が現れた。

 

 

 

「みんなのアイドル。ハッピーランランだよ〜!!」

 

 

 

 それはピエロのコスプレをした女性の姿。そう、配信に映っていたキャラそのものだった。

 彼女は舞台の上から私達に向けて笑顔で手を振った。

 

 

 

「ランランちゃんだ!! 本物のランランちゃんだ!! 嘘だろ!!」

 

 

 

「嘘だろ、俺たちに会いに画面の中から来てくれたのか!?」

 

 

 

 会場がざわめき出す。当然だ、ここにいる全員が彼女を応援するファン達なのだから……。

 興奮するファン達にランランは笑顔であることを伝える。

 

 

 

「皆んな〜違うよー! ランランがみんなの元に来たんじゃないよー!!!!」

 

 

 

 ランランは大袈裟に身体を動かして言葉を伝える。身体を左右に振り、全てのファンを意識するように動かすと。

 

 

 

「みんながランランの元に来たんだよ……」

 

 

 

 ランランは可愛い顔をしているが、私には一瞬ギョッとするような恐ろしい表情をしたように見えた。

 

 

 

「え、俺達がランランのところに?」

 

 

 

「もしかしてランランだけじゃなくて、もしや二次元嫁にも!!」

 

 

 

 この状況で喜べる人が凄い。

 しかし、全ての人たちが喜んでいるわけではない。それは一部の人たちであり、殆どのファン達は事情を聞こうとしたり、元の場所に戻りたがったりしている。

 

 

 

 人々の声がかき消し合い、なにを言っているのか分からないような状況だ。そんな中、ランランのいるステージの後ろに画面が現れて、ランランの姿が映し出された。

 そしてスピーカーから大音量で、ランランの声が再生される。

 

 

 

「皆んな、いろーんな言いたいことはあると思うの。でも、その前に私の話を聞いてほしいな!」

 

 

 

 ランランの声が流れると、ガヤガヤしていた空気が一変し、皆口を閉じる。

 

 

 

「私ね。皆んなの愛を確かめたいの。君も、君も、そこの君も!! 私のことがだーいすきなのは知っているよ! でもね、私ってすっごく疑いやすい性格なの」

 

 

 

 ランランはステージの上をあっちに来たりこっちに来たり、動きのある話し方を進める。

 

 

 

「だから私、皆んなが心配してくれると思って、あることをしたんだ」

 

 

 

 すると、ステージの上にいるランランの首がありえない方向へと回転し始める。

 あらゆる方向から悲鳴のような声が聞こえてくる。これを見たらトラウマになるだろう。

 

 

 

「レイ。お前は大丈夫なのか?」

 

 

 

「だって本物の幽霊うちにいるじゃない」

 

 

 

「それもそうだな」

 

 

 

 ランランは首が逆さになった状態で会話を再開する。

 

 

 

「でも、まだまだ足りないの。皆んなの愛がもっと、もおおおぉぉぉぉおおおぉっと欲しいなぁ」

 

 

 

 そう言った次の瞬間。ステージの後ろにある壁とモニターを突き破って何かが登場する。

 それは五メートル以上ある巨大に、それに見合うサイズのナタを持った巨人。

 

 

 

「私のためになら死ぬ気になれるよね?」

 

 

 

 ランランが笑顔で首を傾げる。それと同時に巨人は手を伸ばすとステージの前の方にいた一人の男性を摘んだ。

 そして指で持ち上げてステージにいるランランの前に持ってくる。

 

 

 

「この人は私のプロデューサーさん、加藤さんって言うんだ〜」

 

 

 

 ステージに上げられたのは、私達も知っている人物。加藤さんだった。

 加藤さんは摘み上げられると、身体を震わせて何度も謝って怯えている。

 

 

 

「この人はね。皆んなが私のことを心配してくれてるのに、どこぞの霊能者に依頼しようとしたの」

 

 

 

 巨人は加藤さんを摘み直すと、両肩を挟むように持つ。そしてジワジワと握る強さをキツくしていく。

 痛みに耐えかねて目を瞑り、大きく悲鳴を上げる。その声が会場全体に広がっていく。

 

 

 

「私、皆んなの愛を感じてたいの。ファンの皆んなが本当に、私のことを愛してくれてるのか、私気になるなぁぁぁ〜」

 

 

 

 ランランの悪魔のような笑顔が画面に映し出され、集められた人々はその映像を見て、ざわめき出す。

 怖がるものや恐れるもの、負のイメージを感じるものたちが多い中。たまに

 

 

 

「あれがランランちゃんの真の姿。興奮しますなぁ」

 

 

 

 危ない人もいた。

 

 

 

 私は周りに見つからないように、ひっそりと黒猫に相談する。

 

 

 

「ねぇ、今言ってた霊能者ってもしかして……」

 

 

 

「俺たちのことだな。だが、まぁそれ以上に……」

 

 

 

 黒猫は視線を巨人に移す。

 

 

 

「あれは悪霊だな」

 

 

 

「え!? 悪霊!!」

 

 

 

「なんだやっぱり人形やロボットだと思ってたのか? これだからお前はいつまで経っても……」

 

 

 

 またガミガミ始まった黒猫。面倒くさいので無視して、ランランの話に戻る。

 ランランは愛だなんだと言いながら、加藤さんを痛めつけると巨人に命令し、地面に叩きつけさせる。

 

 

 

 痛みで苦しみ動けずにいる加藤さんを嘲笑うと、ランランはファン達に向けてこう告げた。

 

 

 

「私への愛が足りないとぉぉぉ」

 

 

 

 巨人はナタを振り上げると、

 

 

 

「こうなっちゃう!!」

 

 

 

 加藤さんに突き刺した。最初は陸に上げられた魚のように、暴れていた加藤さんだったが、ナタが突き刺さると完全に動きが止まった。

 

 

 

「ランランちゃん……」

 

 

 

 私の近くで先ほど話しかけてきたカップル達が怯えて抱き合っている。

 他のファン達も恐怖で倒れるものや動揺する人が出る中、ランランは配信の時と変わらない様子で事態を進める。

 

 

 

「ランランの視聴者参加型のゲームの時間だよ〜!!」

 

 

 

 ランランが指パッチンすると、指からハートが出てきて空中を飛び、モニターに接触する。

 するとモニターの映像が切り替わり、ルール説明の映像になった。

 

 

 

「ルールは簡単。この巨人ちゃんから捕まらないように逃げて、ハート、スペード、クローバー、ダイヤの旗を集めること、集めることができれば〜」

 

 

 

 身体を縮こませてギューっと小さくなると、力を溜めて高くジャンプして大の字に飛ぶ。

 

 

 

「私への愛で元の世界に帰してあげる。でも、もし巨人に捕まったら……」

 

 

 

 ジャンプを終えて着地したランランは、巨人に命令を出す。すると、ナタに加藤さんを突き刺したまま持ち上げて、ファン達に向かって加藤さんを投げ飛ばした。

 

 

 

 肉塊は一部のファンにぶつかると、そのファン達の体を貫通し、多くの被害を出す。

 

 

 

「キャァァ!!!!」

 

 

 

 悲鳴が響く中、ランランは目を輝かせると、

 

 

 

「愛が足りないとこうなっちゃう。でも、私信じてるから、皆んな私に愛があるって!!」

 

 

 

 

 



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第56話 『鬼ごっこタイム』

霊能力者のレイちゃんは、ダメ、無能、役に立たない?

 

 

 

著者:ピラフドリア

 

 

 

第56話

『鬼ごっこタイム』

 

 

 

 

「愛が足りないとこうなっちゃう。でも、私信じてるから、皆んな私に愛があるって!!」

 

 

 

 ランランがそう言った後、左右と後ろ。ステージのある場所以外の壁が動き出し、奥につながる通路が現れる。

 

 

 

「それじゃぁ、開始するよ〜!! スタット!!」

 

 

 

 ランランが指パッチンをすると、画面が切り替わり時間が表示される。そして、

 

 

 

「巨人が動き出したぞ!?」

 

 

 

「こっちに来る!! 助けてくれー!!」

 

 

 

 ステージの前の方にいたファン達を襲い始めた。

 

 

 

「ほ、本気なのか…………………逃げ、逃げろォォォォォ!!!!」

 

 

 

 一人が現れた通路に逃げ込むと、流れるように次々と左右、そして後ろにある通路へと逃げ始める。

 

 

 

「お姉さんも逃げましょう!!」

 

 

 

 高校生カップルが私の手を引っ張って、右の通路へ走り出す。私と黒猫はカップルにつけられて巨人から離れる。

 

 

 

 巨人はまだ残っている人々を片っ端から追いかけているようで、まだこちらに来る様子はない。

 しばらく通路を走り続けて、巨人のいる部屋が見えなくなったところで足を止めた。

 

 

 

「お姉さん、大丈夫ですか?」

 

 

 

「はぁはぁはぁ……だい、ジョウブ…………」

 

 

 

 息を切らしている私の背中を、彼女さんは摩ってくれる。

 

 

 

「あなた達、体力あるのね……」

 

 

 

「僕達陸上部ですから。走るのには自信があるんです!!」

 

 

 

 だから息も切らさないし、走るのも早いんだ。

 鬼ごっこ有利じゃん!!

 

 

 

 だいぶ息が整い、楽になってきた。私が休憩している間、カップルの二人は同じ方向へと逃げてきた数名と状況の話し合いをしていた。

 話し合いに参加しても良かったが、その前に私はある疑問を黒猫に聞く。

 

 

 

「さっきあのデカいの悪霊って言ってたよね」

 

 

 

「ああ、あの霊力。悪霊だ」

 

 

 

「なんでランランの言うこと聞いてるの? 悪霊って仲良くなれるの?」

 

 

 

 私の疑問に黒猫は首を振る。

 

 

 

「じゃあなんで……」

 

 

 

「さぁな。悪霊は霊力の集合体。生命エネルギーを求めて食らうだけの存在だ。それを操る手段を奴らは持ってるってことだ」

 

 

 

 黒猫は何か気づいているようで、気になるようなことを口にしたが、それを聞く前にカップルの二人が私のことを呼ぶ。

 

 

 

「お姉さんも来て話に参加してください。今後についてです」

 

 

 

 

 

 

 カップルに呼ばれ、私は話し合いのメンバーに参加する。私の含め、八人の人々がそこには集まっており、全員が右の通路に逃げ込み、早い段階で足を止めたもの達。

 多くのものは通路の奥や元の場所に戻ってしまっており、この場に留まっていたのはこのメンバーだけだった。

 

 

 

 話し合いを進んでいるようで、私が喋らなくても勝手に話が進んでいく。

 

 

 

「ランランちゃんがあんなことするなんて……俺は信じねーぞ!!」

 

 

 

「その話はさっき終わっただろ。今はどうやって帰るかだ」

 

 

 

「スペードとかのマークを集めるって言ってましたよね。どこにあるんでしょう」

 

 

 

「なぁ、トランプのマークを集めて鬼から逃げるって……これ…………」

 

 

 

 そしてファンの一人があることを口にした。

 

 

 

「配信でやってたゲームじゃね?」

 

 

 

「ああ、それ俺も思ってた……」

 

 

 

 一人が口にすると、次々と、

 

 

 

「私も……」

 

 

 

「僕も……」

 

 

 

 と。それは私も同様だ。私も今日の配信を見ていた。その時にやっていたゲームが、これと似た鬼ごっこゲームだった。

 マップや鬼、プレイヤー数など所々は違うが、トランプのマークを集めるところや、鬼に捕まったらゲームオーバーのところも似ている。

 

 

 

「じゃあ、ランランちゃんの言う通り、家に帰るためには四つのマークを集めないといけないんですね……」

 

 

 

 私は集まった人達の周囲を探索して、例のマークを探し始める。

 ここは学校のような場所で、通路の左右には扉があり、音楽室や理科室のような専門の部屋などが設置されている。

 

 

 

 そのような部屋を探索していき、3部屋目のロッカーの中で、

 

 

 

「あ、これ。ハートのマークですよ!!」

 

 

 

 私達はやっと一つのマークを探し出すことができた。

 

 

 

「これだけ広い場所だ。一つ見つけられただけでもラッキーだった」

 

 

 

「ああ、ゲームのように同じ模様が複数あるのかもしれないな」

 

 

 

 ハートマークを見つけ、一安心した私達だったが、通路に出ると足音がこちらに近づいてきていることに気づいた。

 

 

 

「何か着てませんか?」

 

 

 

「うん、足音のような……」

 

 

 

 最初に気づいたのはカップルの二人。そしてその足音に最も近くにいた主婦が叫び声を上げた。

 

 

 

「鬼だァァァァ………………っ!?」

 

 

 

 

 叫び声が途中で止まり、何かが潰れる音が響く。鬼の接近により私達は散り散りになり、逃げ始めた。

 

 

 

 私は走りながら独り言を呟く。

 

 

 

「なんで最近走ってばっかりなのよ……」

 

 

 

 化けネズミに追われ、さらには巨人に追われる。なんでこんな短期間で逃げ回らないといけないことばかり、起こるのだろう。

 

 

 

「文句を言ってないで走れ〜。鬼はそこまで来てるぞ〜」

 

 

 

 頭の上で後ろの様子を報告してくる黒猫。今すぐに自分で走れと、走らせたいがそんな余裕もなく。必死に走り続ける。

 

 

 

 やがて体力的な限界を感じた私は、近くにあった部屋に入る。そこは更衣室であり、ロッカーの並ぶ部屋だった。

 

 

 

 適当なロッカーを選び、私は中に隠れる。

 

 

 

「こんなところに隠れて大丈夫なのか?」

 

 

 

「はぁはぁ、このまま逃げてても追いつかれるでしょ…………なら、隠れるしかないのよ」

 

 

 

 ロッカーに隠れてすぐ部屋の扉が開き、何者かが入ってくる。その足音は重たく、歩くたびにロッカーが上下する。

 

 

 

「もしかして……」

 

 

 

「鬼だな」

 

 

 

 巨人は部屋の中に逃げてきたものがいないか、探し回る。そして私達の隠れているロッカーの前で足を止めた。

 

 

 

「見つかった?」

 

 

 

 巨人はナタを振り上げると、ロッカーに突き刺した。

 しかし、刺したのは私たちのいるロッカーの隣のロッカー。そして刺したロッカーの蓋ごと、中にいた人物を引っこ抜いた。

 

 

 

「や、やべでぇぇ」

 

 

 

 隣のロッカーに隠れていたのは、一緒にハートのマークを見つけた中年男性。中年男性の腹をナタが貫通し、白目を剥いている。

 

 

 

 巨人はナタを振り回すと、蓋と男性を投げ飛ばし、部屋を出て行った。

 巨人が姿を消し、私達はやっとロッカーから出れた。

 

 

 

「行ったみたいね……」

 

 

 

「ああ、だがコイツは……」

 

 

 

 黒猫はナタで突き刺された男性に目をやる。すでに意識はなく、回復の見込みもない。

 

 

 

「この人……。元の場所に帰ったら生き返るのかな?」

 

 

 

「それはないな。ここはゲームの世界じゃない。現実だ、例えゲームをクリアしたとしても……」

 

 

 

「……そう、なのね」

 

 

 

 男性を置いて私達は更衣室を出る。通路も悲惨な状態で、肉片が散らばっていた。

 

 

 

「あ!! あれって!!」

 

 

 

 鬼にやられた人たちの中に、私はあるものを発見した。

 

 

 

「ハートのマーク……。持ってた人やられちゃったのね……」

 

 

 

 落ちていたのはハートのマーク。みんなで発見したものだが、拾った人がやられてしまったらしい。私は手を伸ばし、ハートを取ろうとする。

 

 

 

「待て!!」

 

 

 

 そんな私は黒猫が止めた。黒猫は身を乗り出すように、前身に身体を動かす。それにより頭の前方に体重がかかり、首がコキっと曲がりそうになる。

 

 

 

「何よ……」

 

 

 

 私は首に力を入れて耐える。これを続けていれば、首マッチョになってしまう。

 

 

 

「そのマーク。脱出には関係なさそうだ」

 

 

 

 黒猫が元の位置に戻り、ちょっと楽になる。

 

 

 

 黒猫が乗ってることに慣れてきていた私は、首が太くなってないか。心配になり、首に手を触れて確認する。

 

 

 なんだか太くなってる気もするが……。

 

 

 

「おいレイ!! 聞いてるか!!」

 

 

 

 ショックを受けている私に黒猫が話しかけてくる。

 

 

 

「なによ」

 

 

 

 不機嫌気味に答えると、黒猫は少し困った顔をしたが、話を進めた。

 

 

 

「まずレイ。お前はここがどこか知ってるか?」

 

 

 

「え? あー、どっかの異世界?」

 

 

 

「違う。まぁ合ってるとも言えるが。ここは霊力で囲われた現実の建物だ」

 

 

 

「え!? そうなの!!」

 

 

 

 私が驚いている中、黒猫は説明を続ける。

 

 

 

「どういうつもりか分からないが、あのランランって奴。複数人の協力者と結託してこのゲームを始めたらしい」

 

 

 

「複数人の協力者?」

 

 

 

「俺の霊感じゃ詳しくは分からないが、この建物全体を霊気が囲ってる霊気は、ランランのものじゃない。……後は」

 

 

 

 黒猫は拾わなかったハートのマークを、尻尾で見るように示す。

 

 

 

「このマークには霊力の糸が紐づけられてる。それも悪霊にな。このマークを持ってくれば、悪霊がやってくる。そういう仕組みになってるんだ」

 

 

 

「え!? それじゃあ、四つ集める前に……!!」

 

 

 

「絶対に捕まる。このゲームは元々クリアできないように作られてたんだ」

 

 

 

 黒猫の説明を聞いた私は怒りが湧き上がり、地面に足をつけてジタバタする。

 

 

 

「なによ、何が愛のゲームよ!! クリアさせる気がないんじゃない!! 文句言ってやる!!」

 

 

 

 私は勢い任せにそんなことを口にするが、実際にその気はない。

 ランランの元に行っても悪霊が現れるかもしれないし、文句を言ったからと言ってどうなるってわけじゃない。

 しかし、そんな私の言葉に、

 

 

 

「ああ、そうしよう」

 

 

 

 黒猫は賛同した。

 

 

 

「え!? 本気なの」

 

 

 

「本気だ。お前は冗談混じりで言ったんだろうが、そうするしか今は手がない」

 

 

 

「でも行っても、鬼が来るかも……」

 

 

 

「確かに来るだろうな。だが、その前に決着をつければ良い。俺に策がある」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 黒猫に説得された私は通路を歩き、一番最初にいたフロアを目指していた。

 途中で高校生カップルの彼女と再会したが、彼氏と逸れてしまい、探している様子だった。だいぶ錯乱している様子だったので、一緒にいたかったが黒猫に置いて行くように説得され、彼女さんとは離れた。

 

 

 

 しばらく歩き、一番最初にいたフロアに戻った。

 フロアは悲惨な状態であり、鬼の被害にあった人達が転がっている。

 

 

 

 私はそんな中を歩いていき、ステージの前に立った。

 

 

 

「ランラン。私達を元の場所に戻しなさい」

 

 

 

 そしてステージでニコニコしているランランに話しかける。

 

 

 

「なーんで? 私は皆んなとゲームしてるだけだよ〜?」

 

 

 

「こんなゲームでファンが楽しむと思ってるの?」

 

 

 

「ん〜? ランランはみんなの愛を感じられれば良いの。そんなこと〜わかーんなーい」

 

 

 

 このまま話していても意味がないと判断した私は、ステージに両手をつき、舞台に登ろうとする。

 

 

 

「あー、登っちゃダメだよ〜。そんなことすると」

 

 

 

 私が片足を舞台に上げたところで、ドスドスと足音が聞こえてくる。

 

 

 

「鬼を呼んじゃうよー」

 

 

 

 そして通路からナタを持った巨人がやってきた。

 

 

 

「悪霊!? ど、どうしよう!!」

 

 

 

 強行手段に出ようとすれば、鬼を呼ばれる。予想通りの展開だ。

 

 

 

「レイ、今だ!! 俺とミーちゃんを投げろ!!」

 

 

 

「分かってるよ!!」

 

 

 

 私はステージに登るのをやめると、悪霊がここまでたどり着く前に、黒猫をある場所に向かって投げた。

 

 

 

 それはここに連れてこられたときの最初の被害者。そして本当のランランの中の人……。

 

 

 

 投げられた黒猫は、肉片の下に隠れている人物の手から、七色に輝く石を奪い取った。

 

 

 

「よぉ、久しぶりだな」

 

 

 

 黒猫は石を咥え、奪い取った人物に向かって話しかける。

 石が黒猫に渡ると、悪霊は足を止めてその場で座り込む。これで悪霊に襲われることはなくなった。

 

 

 

「ネコ!? なんでネコが喋って……いや、なんで私のことが!!!!」

 

 

 

 石を取られ、肉片の中から立ち上がり姿を現す。その人物は……。

 

 

 

「タカヒロさんの予想通り、姿を現したね。加藤さん!!」

 

 

 

 私たちの事務所に依頼に来た加藤さんだった。

 加藤さんが姿を現すと、ステージ上のランランは霧になって姿を消した。

 

 

 

 石を咥えた黒猫は私の元に戻ってきて、私の頭に乗ると、石を私に預けた。

 

 

 

「なんで私がランランの中の人だと……」

 

 

 

 加藤さんは私たちのことを睨みつけ、疑問を投げる。私は説明する気がないため、頭を前に突き出し、黒猫に説明するように促した。

 面倒そうに尻尾を振っていた黒猫だが、諦めて説明を始める。

 

 

 

「悪霊を操る手段。どんな方法かは知らなかったが、悪霊ほど強力な霊体を操作するんだ、強力な霊力がいる。それに離れた距離からじゃ、その霊力も送りきれない。なら、悪霊を操る霊能力者はこのゲーム会場にいる。そういう考えに至った」

 

 

 

「だとしても、私だとは分からないだろ」

 

 

 

「ああ、確かに霊力を持たないのは事務所で知ってた。だが、そんな人間がここに来たら霊力を持ってるんだ。そりゃ、怪しいよな」

 

 

 

 黒猫は私の持つ石に目線を向けた。

 

 

 

「ねぇ、タカヒロさん。これってどうやって使うの? 私にはただの石にしか見えないんだけど」

 

 

 

「ん、そうだな……。せっかくだし」

 

 

 

 黒猫は私の肩まで降りると、私の手にある石を肉球で触った。すると、座り込んでいた悪霊が動き出し、加藤さんに近づいていく。

 

 

 

「なっ!? なっ!? やめてくれ!!」

 

 

 

「霊力を増大させ、悪霊に送ってる……? いや、もう少し複雑か……」

 

 

 

 黒猫は悪霊を操ると、加藤さんを捕まえさせて拘束した。捕まえた加藤さんにナタを近づけると、

 

 

 

「さてと目的とかを知りたいところだが、それはコイツの兄貴に任せるとするか。皆んなを元の場所に帰してもらおうか」

 

 

 

「それは私にはできない!! ここに連れてきたのも、この場所を仕切ってるのも、私じゃないんだ!!」

 

 

 

「ならソイツに頼むんだな。そうしないと……」

 

 

 

 まるで悪役のような脅しをやる黒猫。そんな中、加藤さんの胸ポケットにある携帯電話が鳴り出した。

 黒猫は「出ろ」と命令し、携帯電話の音量を上げさせ、私たちにも聞こえるようにする。

 

 

 

「加藤ォ、どうやらしくじったようだなァ」

 

 

 

「すみません……」

 

 

 

「まぁ、ソイツは仕方がないさァ。なんたってそこにいるのは国木田の悪霊を倒した女だからなァ」

 

 

 

「…………そんな!?」

 

 

 

「しかし、魔道具を盗まれるのは許し難い失態だァ」

 

 

 

 その言葉が聞こえてすぐ、事態が動いた。

 

 

 

「え!?」

 

 

 

「いつの間に!!」

 

 

 

 それは一瞬の出来事? いや、時間など経っていない。突如、加藤さんの背後にシスターが現れると、加藤さんの頭を鷲掴みにして地面に叩きつけた。

 

 

 

「ぶはぁっ!?」

 

 

 

 加藤さんは何が起きたのかも分からず、ただやられるがまま地面を見つめる。

 一度だけではなく、何度も地面に叩きつけてやがて加藤さんは意識を失った。

 

 

 

 加藤さんを肩に抱えると、シスターは私と黒猫のことを冷たい目で睨む。

 その瞳に怖気付き、私達は一歩退いた。

 

 

 

「それも……返してもらう」

 

 

 

 シスターが小さな声で呟くと、私の持っていた石がいつも何かシスターの手の中に移動していた。

 

 

 

「おい、何やってんだ!!」

 

 

 

「私は何もしてないよ!!」

 

 

 

 シスターは薄ら笑いでやってやったぜって表情をすると、ピースをして、

 

 

 

「……じゃ」

 

 

 

 今度は加藤さんと悪霊を連れて消えてしまった。そして残った携帯電話のみ、まだ通話は続いており、声が聞こえてきた。

 

 

 

「おォっと。霊宮寺君、そして猫君。どうやら今回も我々の負けのようだァ。君達の望み通り、君達とそこにいるファン達は元の場所に戻そう」

 

 

 

「お前達は何者なんだ!!」

 

 

 

「それは時期に分かるさ」

 

 

 

 私と黒猫は携帯電話に近づき、電話の相手が誰なのかを知ろうとする。しかし、

 

 

 

「え!? ここは!!」

 

 

 

 電話に手を伸ばした時、私達の目の前にテレビ画面が映し出された。

 

 

 

「…………事務所」

 

 

 

 私達は帰ってきていた。気づいた時にはすでに事務所にいたのだ。

 

 

 

「……もう霊力も感じない。どうなってるんだ」

 

 

 

「戻ってきたの……。テレビ、テレビをつけるのよ!! 配信はどうなったの!?」

 

 

 

 私は急いで配信をつけ直す。しかし、配信はすでに終了しており、コメントを見ることはできなかった。

 だが!!

 

 

 

「待て、関連動画!! 俺達と同じ体験をした人の動画が上がってるぞ!!」

 

 

 

 黒猫が関連動画でランランについての動画を発見した。その動画では気づいたらおかしな空間におり、ゲームのような体験をしたと話していた。

 そしてコメントでも同様のことが書かれている。

 

 

 

「ふぁぁあ、レイさん……タカヒロさん、何騒いでるんですか?」

 

 

 

 ソファーで腕を伸ばしてリエが起き上がる。

 

 

 

「今まで寝てたの!?」

 

 

 

「はい? どうしたんですか?」

 

 

 

「私達が大変だった間……アンタは…………」

 

 

 

 

 

 



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第57話 『忍者の巻物』

霊能力者のレイちゃんは、ダメ、無能、役に立たない?

 

 

 

著者:ピラフドリア

 

 

 

第57話

『忍者の巻物』

 

 

 

 ランランのゲームを終えて数日後、テレビや新聞はランランの事件について連日放送していた。

 

 

 

 被害者は全国で2万人以上。正確な数字は出ていないが、半数以上が意識不明や行方不明、日本国内に留まらず、世界中でも被害の報告があった。

 

 

 

 無事に帰った来た被害者は私たちと同じく、ランランのゲームに付き合わされたと証言しており、被害者の全員が同じ報告をしていた。

 

 

 

 ハッピーランランのいた事務所は事件の影響を受けて、大きな損害を受け倒産。ランランの担当をしていたプロデューサーは被害者と同様に行方不明だ。

 

 

 

「ねぇ、レイさん。今回の事件って前の悪霊騒動と違ってみんな覚えてますよね、なんでなんでしょう?」

 

 

 

 テレビを見ながら歯磨きをしているリエが、ふと疑問に思ったことを口にする。

 

 

 

「そうね……。今回は…………」

 

 

 

 海でのタコのような悪霊、リエが悪霊になった時。両者共に大きな騒動になってもおかしくないものだった。

 しかし、どちらも人の記憶が操作されたかのように変えられ、別の事実がでっち上げられた。だが、今回は違う。

 報道の内容は私達の記憶と一致している。

 

 

 

 今までの騒動で一番大きな事態になったからか。それとも……。

 

 

 

「お前の兄貴が関わってるんじゃないか」

 

 

 

 私が答える前にテレビの前を陣取っていた黒猫が発言を奪った。

 

 

 

「レイさんのお兄さんが……ですか!?」

 

 

 

「アンタ、まだお兄様を疑ってるの!!」

 

 

 

 リエは歯磨き粉を口から垂らし、それに気づいた私は素早くティッシュを下にひいて受け止める。

 黒猫は私達の騒動も知らずに、テレビに目線を向け続ける。尻尾を振り、しばらく考えた後、

 

 

 

「なぁ、レイ……」

 

 

 

 黒猫が何かを言おうと決心し、振り向いた。

 

 

 

「……いない…………」

 

 

 

 だが、私とリエの姿はなかった。

 

 

 

「何か言った?」

 

 

 

 私はリエを洗面台に連れて行き、薄っすら聞こえた声に反応する。

 しかし、黒猫は諦めたようで何も言ってくれなかった。

 

 

 

 日差しが窓から差し込み暖かくなってきた頃。朝練を終えた楓ちゃんが帰ってきた。

 

 

 

「僕が来ましたー!!!!」

 

 

 

 いつも通り元気な声で挨拶をしてくる。

 

 

 

 事件が終わった翌日、楓ちゃんにもこの前のランラン事件を伝えた。

 楓ちゃんも配信を見ずに寝ていたようだが、私達と同じように鬼ごっこに参加させられた友人が学校にいたようだ。

 

 

 

 その友人は無事に帰ってくることができ、その不思議な出来事を楓ちゃんに相談してきたらしい。

 

 

 

 ランランの事件が表立って出ている状況だが、私たちにはこれ以上何もすることはできなかった。

 ランランの事務所は無くなり、加藤さんは行方不明。私達にあの悪霊を操る集団の正体を知る手段はなかった。

 

 

 

「よぉ、楓。来たか」

 

 

 

「師匠、何してるんですか?」

 

 

 

「日向ぼっこだ」

 

 

 

「良いなぁ! 僕もやります!!」

 

 

 

 腹を出して窓の前で寝ていた黒猫。楓ちゃんはバックを投げ捨てると、黒猫の横に寝っ転がった。

 

 

 

「あんた達……床汚いのよ」

 

 

 

 この事務所は土足で上がれるようにしている。例外は私の寝室とトイレ、浴室だけだ。

 

 

 

「俺はいつものことだ。それなら楓だけに言え、あいつ制服だし」

 

 

 

「あーあー、楓ちゃん、ほら立ちなさい」

 

 

 

 私は楓ちゃんの腕を引っ張って立たせる。掃除は毎日しているが、土足で出入りできるために床も汚れている。

 私は楓ちゃんの制服についた砂を素手で払った。

 

 

 

「いや〜、すみません」

 

 

 

「も〜」

 

 

 

 楓ちゃんの服を綺麗にしてスッキリしたところで、黒猫が耳をピンとさせて立ち上がった。

 そして耳を左右に動かし、位置を確認した後、窓の方へと目線を向けた。

 

 

 

「どうしたんですか? 師匠」

 

 

 

「誰か来たみたいだぞ」

 

 

 

 黒猫の向く方向。そこにある窓がコンコンと叩かれる。私は窓を凝視すると窓の下から腕が伸びて窓を叩いていた。

 

 

 

「まさか……」

 

 

 

 私は近づいて窓を開ける。そして顔を出して下を覗いた。

 

 

 

「すまぬ、指がつって落ちそうなのだ。助けてくれぬか……」

 

 

 

 そこには壁に張り付く忍者がいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「いや〜、すまぬすまぬ〜。助かったでござる」

 

 

 

 壁にへばり付いていた忍者を引き上げ、事務所に入れて休ませていた。

 忍者はヘラヘラ笑って礼を言う。

 

 

 

「スッゴイ胡散臭い忍者ね」

 

 

 

「ですね、胡散臭いです」

 

 

 

 私とリエは耳打ちをして忍者の感想を言い合う。

 

 

 

「どうしたでござるか? 霊宮寺殿」

 

 

 

「いえ、なんでへばり付いてたのかなぁって考えてて〜」

 

 

 

 忍者にはリエの姿は見えていないようで、私は適当に誤魔化す。

 しかし、ヘラヘラ笑っていたはずの忍者は、突然目線を鋭くして私を睨んできた。

 

 

 

「まさか、拙者のことが胡散臭いと?」

 

 

 

 え!? 聞こえてた!!

 

 

 

 まさか聞こえていたのか。忍者恐ろしやと思ったのだが、またもや忍者はヘラヘラすると、

 

 

 

「まぁ、現代では忍者は珍しいでござる。胡散臭いと思てしまうのも無理はないでござるな」

 

 

 

「そ、そうなんですよ〜、初めて見たからびっくりしてしまって〜、オホホホホ〜」

 

 

 

 聞こえていたのかは分からないが、起こっている様子はない。

 

 

 

 私と忍者が話していると、台所でお茶の用意をしていた楓ちゃんが戻ってくる。

 お盆に人数分のコップを乗せてテーブルに置いた。

 

 

 

「忍者さん、なんで壁に張り付いてたんですか?」

 

 

 

 楓ちゃんはお盆を置くと忍者に尋ねてみる。

 

 

 

 私から見ると、壁に張り付いているのは2人目だ。一号楓ちゃん、そして二号はこの忍者。

 ある意味、似たものコンビに見える。

 

 

 

「拙者、服部 青河(はっとり せいが)と申す。里ではセイと呼ばれていた。それでも構わぬ。んで、壁にいた理由であったな……」

 

 

 

 セイはお茶を手に取って一口飛んでから話し始める。

 

 

 

「先日、拙者達の住む伊賀里で事件が起きた」

 

 

 

「事件ですか……」

 

 

 

「不思議な力を持った巻物。古来より封じられていた巻物だ、それが城戸のクノイチに盗まれてしまったのだ」

 

 

 

 

 

 セイの話では、他の里の者の協力もあり、その女忍者の潜伏先までは突き止められたらしい。

 しかし、その潜伏先の屋敷には恐ろしい仕掛けが仕込まれており、巻物を取り返しに行った忍者は全て返り討ちにされた。

 

 

 

 無傷で生還できたセイは、助っ人となる人物を探して、ここまでやってきたらしい。

 

 

 

「この街には有名な妖術使いが住んでいると聞き、拙者はその者に助っ人を頼みにきたのだ。それで強い力に反応してここに来たということでござる」

 

 

 

「強い力?」

 

 

 

 この忍者にはリエも見えていない。霊感があるとは思ないが……。

 忍者は背中の筒から巻物を取り出すと、テーブルの上に置く。

 そして忍者っぽいポーズをとって「ニン」と叫ぶと、巻物から時計のようなものだ出てきた。

 

 

 

「これは妖力レーダーでござる。これで力の持ち主の方向が分かるのでござる」

 

 

 

 巻物から出てきたものは忍者らしくない機械だが、そのレーダーを頼りに助っ人を探しているようだ。

 

 

 

「ねぇリエ。あの巻物からポンって出したやつ、どういうやつなの? もしかして魔法少女の時みたいに幽霊が手伝ってるみたいな?」

 

 

 

 私はひっそり、リエに忍者の不思議な技について聞く。

 

 

 

「霊力は感じましたけど、幽霊がいる気配はないですね。どちらかっていうと、霊力で作った道具ってところでしょう」

 

 

 

「道具?」

 

 

 

「前に京子さんが持っていた木刀。あれ覚えてますか?」

 

 

 

「あーあれね。リエが取り憑けるっていう」

 

 

 

「はい。あれに近いものです。霊力で特殊な効果のある巻物やレーダーを作ったんですね。…………私は無理ですからね、専念された技術と霊力のコントロールが必要ですから」

 

 

 

 できたら楽しそうだと思ったが、無理だと言われちょっと残念な気分。

 しかし、忍者の道具の正体は分かった。

 

 

 

 霊力と妖力は同じもの? そうなるとセイの探しているという人物は……

 

 

 

「セイ、あなたが探してるっていうのはもしかして私のこと……」

 

 

 

「それはないでござるな。レーダーが反応してないでござる」

 

 

 

「あ、そう……」

 

 

 

 私じゃないのなら、さっさとそれっぽい人を紹介して帰ってもらおう。

 しかし、妖力の強そうな人物……。この周辺に住んでいる人だ。

 

 

 

 私は今まで会った人たちの中から、考えていく。

 

 

 

 まずは力の持ち主と言えば、お兄様だ。しかし、最近は出張でどこかの海に行っているらしいし、違うだろう。

 それにたまに帰ってくるだけで、基本は住所はアメリカだ。

 

 

 

 次は魔法少女の達を思い浮かべたが、忍者とは世界観が違うし、ヒーローである彼女達がこの件に手を出すとは思ない。

 

 

 

 そして世界観もあっていて、強力な力の持ち主といえば、武本さんもいる。しかし、武本さんは土地に取り憑いている地縛霊であるため、外に出ることは簡単ではないだろう。

 

 

 

 結局当てはまるような人物は思いつかず、私は諦めた。

 

 

 

「確かにここで強い力を感じたでござるがね」

 

 

 

 セイはレーダーを覗き込んでもう一度確認してみる。

 

 

 

 やはりレーダーに強い力の持ち主がいる。だが、そのような人物は誰なのか。

 セイはもう一度、レーダーを動かしてレーダーの示す位置を確認する。

 

 

 

 セイの身体から右斜前方、そこから三メートルの位置。そこをレーダーは示している。

 セイは確かめるように目線を動かし、その方向を見てみる。

 

 

 

「どうしたんですか? 僕に何かついてますか?」

 

 

 

「……………。いやいや、流石にないでござろう……」

 

 

 

 セイは楓ちゃんを見た後、少し考えて首を振る。そしてもう一度、レーダーを見直した。

 

 

 

「…………」

 

 

 

 レーダーの表示と、楓ちゃんを交互に視界に入れる。首を上下させているセイに私は思ったことをそのまま伝える。

 

 

 

「そのレーダー。楓ちゃんを示してるんじゃ?」

 

 

 

「そんなことはあるわけないでござる。こんな子供が…………」

 

 

 

 セイは何度も確認するが、やっぱりレーダーの示す先には楓ちゃんがいた。

 楓ちゃんを少し移動させてみたりしたが、結局レーダーが示している位置には楓ちゃんがいた。

 

 

 

 認めようとしないセイに、私は呆れて教える。

 

 

 

「楓ちゃんはかなり力が強いのよ。私よりもずっとね」

 

 

 

「本当でござるか?」

 

 

 

 私が説明しても納得する様子のないセイ。そんなセイを説得するため、黒猫は台所からあるものを引っ張ってきた。

 

 

 

「面倒だ、レイ。こいつを持って」

 

 

 

 黒猫が持ってきたのはまな板。私にまな板を持たせると、黒猫は楓ちゃんに指示を出した。

 

 

 

「チョップで割れ、楓」

 

 

 

「はい!!」

 

 

 

 楓ちゃんは私の持つまな板にチョップをしようとする。

 

 

 

「え!? 待って!!」

 

 

 

 私が止めようとするが、間に合うことはなく。一枚しかないまな板が割られてしまった。

 

 

 

「まな板が〜」

 

 

 

 私は割れたまな板に涙して膝をつく。しかし、まな板の犠牲もあり、やっと忍者は楓ちゃんの力を認めた。

 

 

 

「今の力、確かにレーダーが反応していた!!」

 

 

 

 セイは立ち上がると、楓ちゃんの手を掴む。そして

 

 

 

「あなたが妖術使いでしたか!! お願いします!! お力をお貸しください!!」

 

 

 

「ぼ、僕ですか……」

 

 

 

 楓ちゃんは動揺しているふうに答えるが、実際には口を緩ませて期待に胸を膨らませている。

 忍者の屋敷に侵入する。ゲームか何かと勘違いしているのだろう。

 

 

 

「レイさん、どうしましょっか〜」

 

 

 

 楓ちゃんは自分で決断をせず、私に決定権を投げてくる。

 だが、そんなことされたら、

 

 

 

「手伝ってあげましょっか〜。楽しそうだし」

 

 

 

 私もゲーム気分で参加したくなる。

 

 

 

 

 

 

 



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第58話 『忍者屋敷にレッツゴー!!』

霊能力者のレイちゃんは、ダメ、無能、役に立たない?

 

 

 

著者:ピラフドリア

 

 

 

第58話

『忍者屋敷にレッツゴー!!』

 

 

 

 

「あなたも着いてくる必要あったでござるか?」

 

 

 

「私はこの子の保護者よ。危ない場所に行くのに、放っておくわけいかないでしょ」

 

 

 

 私、リエ、楓ちゃんの三人は、セイの案内で城戸というクノイチの潜伏している屋敷を目指していた。

 

 

 

「レイさん、ありがとうございます。僕のために……」

 

 

 

「良いのよ。というか、私としては来なかったあの猫が気に食わない」

 

 

 

「師匠ですか……」

 

 

 

 黒猫は「楓なら一人で大丈夫だから、俺は寝てる」と言って事務所で留守番している。

 確かに大丈夫だろうけど、心配くらいしてあげてほしい。

 

 

 

 山を登ってしばらく経つと、Y字の分かれ道に辿り着いた。

 

 

 

「看板がありますよ」

 

 

 

 リエが道の別れ際に置いてあるに近づき、内容を読み上げる。

 

 

 

「右は惨烈滝、左は虎落谷ですって」

 

 

 

 看板を読み終えたリエは看板の上に座り込んで、私達がどっちに進むのか見守る。

 

 

 

「セイさん、どっちに行くんですか?」

 

 

 

 楓ちゃんは別れ道で足を止めたセイに尋ねる。すると、セイは看板のすぐ横を通り、Yの字の真ん中を進み出した。

 

 

 

「そこ、道じゃないですよ」

 

 

 

「ここからは忍者の土地。見えるものだけが全てじゃない」

 

 

 

 忍者は草むらの中をサクサクと進んでいく。草は腰の高さまで生い茂っており、虫も大量に居そうな場所だ。

 

 

 

「私やっぱ帰ろうかな……」

 

 

 

「レイさん、せっかくここまで来たんですから行きましょうよ!」

 

 

 

「いや、でも…………」

 

 

 

 私が戸惑っていると、楓ちゃんが私の腕を掴んで引っ張って連れて行く。

 

 

 

「ちょ、楓ちゃん!!」

 

 

 

「早くいかないと置いていかれちゃいますよ!!」

 

 

 

 

 

 

 結局、楓ちゃんに引っ張られて、草むらの中を進むことになった。事件は起こらなかったから良かったが……。

 私は近くを飛んでいるリエを睨む。

 

 

 

「あんたは飛べるから良いよね」

 

 

 

「レイさんも飛べば良いんですよ」

 

 

 

「出来るか!!」

 

 

 

 私とリエが話していると、戦闘を進んでいたセイが足を止める。

 

 

 

「ここは忍者の隠れ拠点の一つでござる。ここで装備を整える」

 

 

 

 山の中に木材でできた小屋が現れる。

 

 

 

「装備?」

 

 

 

「その服装じゃ動きにくいでござろう。服を貸すでござる」

 

 

 

 

 

 

 

「これが忍者の服か〜。楓ちゃんも似合ってるよ」

 

 

 

「そうですか? ん〜、セイさん、師匠に見せたいのでこれ明日まで借りて良いですか?」

 

 

 

「なんでそうなる!!」

 

 

 

 小屋にあった忍者の服を借りて、私と楓ちゃんは忍者になりきっていた。

 

 

 

「良いですね、二人とも……。私も着たかったです」

 

 

 

 私たちの衣装をリエが寂しそうに見つめてくる。

 幽霊であるリエに服を貸してもらうわけにもいかないし、リエが着れるような服があるわけでもない。

 

 

 

「二人とも着替えたでござ…………」

 

 

 

 着替えを終えた私達を見てセイは言葉を止めた。私と楓ちゃんの身体を撫で回すように見つめ、呼吸を荒げる。

 

 

 

「これは……妖艶な見た目でござる」

 

 

 

「あんた、動きやすいとかそんな理由言いながら、目的はこれだったんじゃ……」

 

 

 

「そ、そんなことはないでござる……よ」

 

 

 

 この忍者、変態だ……。

 

 

 

 着替えも終えて、忍者装備の一式も貰った私達は再び、クノイチの潜む屋敷を目指して歩み始める。

 

 

 

 山を越え谷を超え、そしてついに辿り着いた。

 

 

 

「ここがクノイチの隠れてる屋敷……」

 

 

 

「そうでござる。ここが葉隠屋敷」

 

 

 

 木造で出来た和式の屋敷。リエの取り憑いていた屋敷よりも少し小さいが、それでも十分な広さだ。

 

 

 

「もう一度目的を確認するでござる。拙者達の目的は巻き物を取り戻すこと、危険なカラクリが沢山あるから気をつけて進むでござるよ」

 

 

 

 セイは先行して私達に薦めるルートを差し示そうとしてくれる。しかし、

 

 

 

「……あ」

 

 

 

 屋敷に入るために庭を進み、玄関の目の前でセイが足を止めた。そしてセイは足元を見る。

 

 

 

「慎重に進まないと……」

 

 

 

 セイの下にある地面が開くと落とし穴が出現して、セイは穴の中に落ちていった。

 

 

 

「こうやって大変なことになるでござるゥゥゥゥ」

 

 

 

 流石は忍者だ。自身を犠牲にして悪い見本を見せてくれた。

 

 

 

「レイさん、リエちゃん。早く行こ!!」

 

 

 

「でも、他にも罠があるかもよ?」

 

 

 

「じゃあ、僕が先に進みますよ」

 

 

 

 忍者に変わり、今度は楓ちゃんが先を進んで安全を確認する。すると、同じように地面が抜けて落とし穴に楓ちゃんが落ちそうになる。だが、

 

 

 

「よっと!!」

 

 

 

 落ちた楓ちゃんだが、落ちている途中で壁を蹴り上げて、その勢いで地上に戻ってきた。

 

 

 

「ここに落とし穴があるので注意してください」

 

 

 

「あんた、忍者よりも忍者してるよ」

 

 

 

 こんな調子でカラクリ屋敷に私達は突入した。屋敷の中では巨大鉄球が転がってきたり、横から槍が飛んできたりしたが、楓ちゃんの力技で全て問題なく突破して、ついに……。

 

 

 

「よくここまで来たな。侵入者」

 

 

 

 屋敷の最上階、そこにクノイチが待ち受けていた。

 黒髪にスレンダーな身体。クナイを手にクノイチは睨みつけてくる。

 

 

 

「あなたがクノイチね」

 

 

 

「いかにも私は城戸 紫月(きど しずき)。城戸家の忍者だ」

 

 

 

「あなたが巻き物を盗んだことで服部さんが困ってるの」

 

 

 

「セイ君が……いや、服部が来てるのか。ふふふ、それは面白い、それでその服部はどこに行った!!」

 

 

 

「落とし穴に落ちた」

 

 

 

「え?」

 

 

 

「屋敷に入る前に穴に落ちた」

 

 

 

「ええええええっ!?」

 

 

 

 セイが落ちたと聞いて動揺する城戸。両手で頬を覆い腰をクネクネさせて困っている。

 

 

 

「ど、どうして!? セイ君!?」

 

 

 

 なにやらセイと知り合いの様子の城戸。しばらく一人でボソボソ呟いた後、城戸は深呼吸して落ち着くと、

 

 

 

「そうね、セイ君はいつか来るとは思ってた。どちらにしろ、巻き物を守らないといけないのだから……」

 

 

 

 城戸はクナイを握りしめて構える。そして、

 

 

 

「侵入者は始末する!!」

 

 

 

 クナイを私に向けて六つ投げてきた。

 

 

 

「きゃっ!?」

 

 

 

 私とリエは頭を抱えて怯える。リエは怖がる必要はないが、私に釣られる形でそのような体勢になったのだろう。

 その場に固まるが、逆に身を固めてしまえば逃げることはできない。クナイは真っ直ぐ私を狙う。

 

 

 

「任せてください!!」

 

 

 

 私の前に楓ちゃんが割り込むと、クナイから私を守るように立つ。

 

 

 

「楓ちゃん!?」

 

 

 

 身を盾にして私をクナイから守ってくれるのか!? そう思ったが違かった。

 楓ちゃんは超スピードで手を動かすと、飛んでくるクナイを全てキャッチしてしまった。

 

 

 

「なにその、超人技……」

 

 

 

 私とリエが呆れる中、楓ちゃんはクナイの一つを城戸の動きを参考にして持つ。

 そして城戸が投げた投げ方と同じ形で、

 

 

 

「返しますよ!」

 

 

 

 クナイを城戸に返した。

 

 

 

「え……!?」

 

 

 

 投げたクナイがキャッチされて投げ返されると思ってもいなかった城戸は、口を開けてポカーンとしてその場で動かなくなる。

 そんな城戸の耳を掠り、楓ちゃんの投げたクナイは城戸の後ろにある襖に刺さった。

 

 

 

「なかなか投げるの大変ですね」

 

 

 

 楓ちゃんは肩を回してストレッチを始める。そんな楓ちゃんを見て、城戸は「ハハハ〜」と乾いた笑いを漏らした。

 

 

 

「まぐれだなまぐれ、私の忍術がこんな小娘に止められるはずがない」

 

 

 

「僕は小娘じゃないですよ」

 

 

 

「黙らっしゃい!! もう手は抜かんぞ、この忍術で貴様らを始末してやる……」

 

 

 

 城戸は懐から赤い巻き物を取り出すと、それを私達との間の地面に投げ捨てる。

 

 

 

「忍法、影分身の術!!」

 

 

 

 城戸がそう叫ぶと、巻き物が光だして変形し始める。そして人形に変身すると、それは……。

 

 

 

「ふ、二人に増えた!?」

 

 

 

 城戸は二人に分身した。しかし、

 

 

 

「偽物ちっさいんですけど!?」

 

 

 

 巻き物が変身した城戸は、手のひらサイズの大きさで、偽物だとすぐに判別が付く。

 これを影分身と言っていいものなのか。

 

 

 

「「さぁ、これで本物がどれが分かるかな?」」

 

 

 

「簡単に分かるけど!!」

 

 

 

 私のツッコミを無視して、二人の城戸は左右から楓ちゃんを狙う。

 左手にクナイを持ち、ナイフのように突き刺そうとする。だが、

 

 

 

「なに!! 見破っただと!!」

 

 

 

 楓ちゃんは大きい方の城戸のみを見て、クナイを持つ腕を掴んで攻撃を止めた。

 

 

 

「これが忍術ですか。では、僕も!!」

 

 

 

 楓ちゃんは城戸の腕をがっしりと掴むと、腕の力だけで城戸を持ち上げる。そしてその勢いで投げ飛ばして城戸を天井に叩きつけた。

 城戸は大の字になって天井に張り付き、そのままの姿勢で落下する。

 

 

 

「レイさん、クノイチ倒しましたよ」

 

 

 

 伸びている城戸を前に、楓ちゃんは笑顔でピースをしてくる。城戸が倒れると分身は消滅して、元の赤い巻き物に戻る。

 私は城戸が指で城戸の頬を突き、完全に気絶しているのを確認してから、懐に手を入れてセイの探していた巻物を探す。

 

 

 

「どうです? 見つかりそうですか?」

 

 

 

「そうね、あ、これかしら」

 

 

 

 私が巻き物を掴み、手を引っこ抜くと出てきたのは紫色の巻き物。それは先程分身で使った巻き物とは違い、私から見ても分かるような凶々しいオーラを放っていた。

 

 

 

 オーラを見たリエが私に気づいたことを報告する。

 

 

 

「この霊力……悪霊ですね」

 

 

 

「悪霊? この巻物がってこと?」

 

 

 

「いえ、この感じは巻き物に封じ込まれている感じですね」

 

 

 

 私達が巻き物を手に入れて、その正体について話し合っていると、

 

 

 

「どうやら、巻き物を取り戻せたようでござるな」

 

 

 

「セイさん、無事だったんですね」

 

 

 

「拙者とて忍者よ。あの程度の穴ではやられん」

 

 

 

 落とし穴に落ちていたセイが、やっとよじ登り、屋敷に入って合流した。

 

 

 

「さてと巻き物を拙者に渡して欲しいでござる」

 

 

 

 セイは手を伸ばして巻き物を渡すようにせがんでくる。私は巻き物をセイに渡そうとしたが、途中で思い留まり渡すのをやめて手元に戻す。

 

 

 

「どうしたでござる?」

 

 

 

「待ってください。この巻き物はなんなんですか? 封じられてた巻き物って言ってましたけど、あなたはこれについて知ってるんですか?」

 

 

 

 セイは手を引っ込め少し考え込む。そして数秒後決断すると、

 

 

 

「…………悪霊でござる」

 

 

 

「ご存知だったんですね」

 

 

 

「其方達が悪霊を知ってるでござるか!?」

 

 

 

「まぁ一応……」

 

 

 

「なら、隠す必要もないでござるな。巻物に封じられているのはヤマタノオロチという強力な悪霊でござる。500年前、拙者達の里にこの悪霊が姿を現し、多くのものを苦しめた。里の者は協力して悪霊をその巻き物に封じ込めたでござる」

 

 

 

「そういうことだったのね」

 

 

 

「城戸は悪霊を復活させるため、巻き物を盗み出したでござる。拙者が里で保管する、渡すでござる」

 

 

 

 セイは再び渡すようにせがみ出す。今度は渡そうと巻き物を前に突き出した時。

 

 

 

「待つでござる!!」

 

 

 

 聞き覚えのある声。そして部屋のもう一つある入り口から、二人目のセイが現れた。

 

 

 

「セイが二人!?」

 

 

 

 私達は驚いて口を大きく開けて叫ぶ。首を振り二人を交互に見るが、見た目も声も同じだ。

 遅れて現れたセイは私に向けてあることを叫んだ。

 

 

 

「その巻き物を渡してはいけないでござる!!」

 

 

 

「え!?」

 

 

 

 私は言われた通りに巻き物を持つ手を引っ込めようとするが、もうすでに遅かった。

 

 

 

「無駄だ!!」

 

 

 

 最初からいたセイは私から巻き物を奪い取ると、巻き物を手に大きく後ろへ飛び跳ねる。そして取り返されないように距離を取ると、頭から足までを皮を剥ぐように表面に貼られた何かを剥がす。

 そしてセイの皮を被った男性が姿を現した。

 

 

 

「甘かったなぁ、セイ……」

 

 

 

 それは髭を生やした中年の忍者。ぽっちゃりにも見えなくないが、身のこなしからして太ってはいるが筋肉はあるのだろう。

 

 

 

「松尾!!!!」

 

 

 

 セイは巻き物を手に入れた忍者の名前を叫びながら、私達の前に立ち守るような体勢になる。

 

 

 

「本物はあなただったのね……」

 

 

 

「落とし穴から抜け出すのに苦戦したでござる。……城戸から巻き物は取り戻してくれたようでござるが…………」

 

 

 

 セイは倒れている城戸に一度視線を移し、心配しているような顔をするが、すぐに目の前の敵に視線を戻した。

 

 

 

「拙者がもう少し早くつければよかったでござる。松尾に巻き物を取られるとは……」

 

 

 

「どういうことなの? 城戸が巻き物を盗んだから取り返せって話じゃ……」

 

 

 

「あの巻き物に封じ込まれている悪霊。あれを狙うのは城戸だけではないってことでござる」

 

 

 

 

 

 

 



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第59話 『巻き物の悪霊』

霊能力者のレイちゃんは、ダメ、無能、役に立たない?

 

 

 

著者:ピラフドリア

 

 

 

第59話

『巻き物の悪霊』

 

 

 

 

「松尾、巻き物を返すでござる!!」

 

 

 

「それは無理な願いだ。俺はこの巻き物を持ち帰り、あの方に渡さなければならないからな」

 

 

 

「あの方……誰でござるか!!」

 

 

 

 セイは松尾に向けて詰問するが、松尾は答えることなく私達に背を向けると、

 

 

 

「教えるか。俺は新しい君主を見つけたんだ、お前達みたいな時代に捨てられた忍者と違ってな」

 

 

 

 松尾は巻き物を懐にしまうと、ポケットから別の巻き物を出して窓に向かって巻き物を投げた。巻き物は音と火花を出し、爆弾のように爆発する。

 そして穴の空いた壁を使い、松尾は外に顔を出した。

 

 

 

「逃げられちゃいますよ!!」

 

 

 

 リエが焦って私の背中を揺らす。しかし、私にどうこうできる相手ではない。

 

 

 

「お前達には感謝しているぞ。私では城戸を倒すことはできなかったからな」

 

 

 

 松尾は片足を前に出して城から脱出しようとする。逃げようとする松尾を止めようと、セイは走り出すが二人は部屋を一つ挟んだ場所におり、距離がある。

 足の速い楓ちゃんだとしても、城から落ちて逃げるだけの松尾には追いつけない。

 

 

 

「さらばだ。諸君……」

 

 

 

 松尾は重心を前に倒し、落下する形で城からの脱出を試みる。

 落下するだけ、簡単な脱出なのだが……。

 

 

 

「ん……足が………」

 

 

 

 足に何かが絡まっており、そのせいで逆さの宙吊り状態になってしまった。

 松尾は自身の足に絡まっているものが何か確認する。すると、目を凝らしてみてやっと見える細さの、細い糸が足に巻き付いていることに気づいた。

 

 

 

「これは!?」

 

 

 

 松尾の状態に私達も彼のことを注視し、糸が彼と繋がっているのを見つける。その糸を辿りその先にいたのは……。

 

 

 

「行かせない……松尾」

 

 

 

 糸を引っ張り松尾の止めたのは城戸だった。倒れた状態だが糸を引っ張り、松尾を捕まえていた。

 

 

 

「城戸か……。まだ意識があったか、だが、この程度で俺が止められるか」

 

 

 

 松尾はクナイを取り出すと、ナイフ代わりにして糸を切断しようとする。

 

 

 

「セイ君、逃しちゃダメ!!」

 

 

 

「城戸………………ああ!!」

 

 

 

 城戸の指示に少し戸惑いを見せたセイだったが、決断をして巻き物を取り戻すために松尾の元へ向かう。

 

 

 

「僕たちも!!」

 

 

 

 私達もセイの後を追って松尾の元へ駆け寄る。

 後少しでセイが松尾の元に辿り着きそうになった時。

 

 

 

「よし、切れたぞ!!」

 

 

 

 プチっという音と共に糸が切れて、松尾が落下していく。

 

 

 

「しまった逃げられたでござる!?」

 

 

 

 糸の先いた松尾が消え、頭を抱えるセイだが、私は城の上から下を見て、見えた状況をそのまま伝えた。

 

 

 

「あの、松尾……着地失敗して地面に埋まっているけど」

 

 

 

 松尾は頭から落下して上半身が、地面に埋まっていた。

 

 

 

「今すぐに追うでござる!」

 

 

 

 状況を知るとセイはすぐに下へ降りようとする。だが、そのセイの肩を掴み私は止める。

 

 

 

「待って!! それもそうだけど」

 

 

 

 私はセイを止めると、目線をある人物に向けた。そしてセイはその目線の動きを追って、その人物の顔を見る。

 

 

 

「あの人、どうするの?」

 

 

 

「城戸でござるか」

 

 

 

 立ち上がることはないが、顔を挙げてこちらを見ているクノイチ。楓ちゃんの一撃を喰らっているため、戦線復帰ができるとは思えないが……。

 

 

 

 セイは下に降りる前に、倒れている城戸の近づくと、彼女のことを見下ろした。

 

 

 

「城戸 紫月(きど しずき)……」

 

 

 

「…………」

 

 

 

 セイが確認するように名前を呼ぶと、城戸は目線を逸らすためにそっぽを向いた。

 

 

 

「なんで里から巻き物を盗んだでござる。お主の里でも悪霊の脅威は知られているでござろう」

 

 

 

「…………」

 

 

 

 答えない城戸にセイは諦めて私達の元に戻ってきた。そして階段に身体を向けると、

 

 

 

「下に降りて松尾を追うでござる」

 

 

 

「良いの? 彼女はこのままで?」

 

 

 

「大丈夫でござる。それより巻き物を取り戻す方が優先でござる」

 

 

 

 セイを先頭に私達は階段を駆け降りて、城の一階を目指す。登る時も大変だった階段だが、降りる時の方が疲れる。

 やっと一階まで降りきり、城の外に出た私達は松尾の落ちた場所に辿り着いた。

 

 

 

 落下の影響で上半身の埋まっていた松尾は、どうやったのか地面から抜け出しており、泥まみれの顔をタオルで拭っていた。

 松尾の様子を見て、リエが私の背中に抱きつくと耳打ちしてくる。

 

 

 

「あの高さから落ちたのにほぼ無傷ですよ」

 

 

 

「石頭なのね」

 

 

 

「いや、そういうことで片付けて良いんでしょうか」

 

 

 

 私達がヒソヒソ話している中、セイは先頭に立つと松尾と交渉を始める。

 

 

 

「松尾、巻き物を返すでござる」

 

 

 

「断る」

 

 

 

 タオルで顔を拭き終えた松尾は、茶色くなったタオルを投げ捨てると、懐から例の巻き物を取り出した。

 そして見せびらかすように巻き物を上下させる。

 

 

 

「あの人は強い悪霊を探している。ヤマタノオロチを捧げれば、満足してもらえるのだ」

 

 

 

「あの人って誰でござるか!!」

 

 

 

「お主に教えてる必要はない。俺は巻き物を持って逃げるだけ…………」

 

 

 

 松尾がそこまで言いかけた時、巻き物がひとりでに動き出し、宙に浮いた。

 私の隣にいる楓ちゃんが手を額の位置に持ってきて、日陰を作って上を見上げる。

 

 

 

「巻き物が浮きました!?」

 

 

 

 巻き物は風船のように浮遊すると、松尾の頭上に移動する。

 その様子を見てリエが怯えるように私の背中に抱きついた。

 

 

 

「レイさん、楓さん。これは逃げた方が良さそうです」

 

 

 

「もしかして復活するとか?」

 

 

 

「完全ではないです。でも、一部が巻き物から漏れています」

 

 

 

 巻き物から空気の抜けるような音が出ると、紫色の煙が吹き出す。そしてその煙は形を変えて蛇の顔へと変身した。

 形としては巻き物から一匹の蛇が顔を覗かせた状況。しかし、その蛇の口は車ですら飲み込んでしまいそうな大きさだ。

 

 

 

「あれがヤマタノオロチでござるか……あんな恐ろしいものが……」

 

 

 

「セイさん。どうしますか!! このままでは巻き物と一緒にあの悪霊が持っていかれます!!」

 

 

 

「楓君。力を貸して欲しいでござる。拙者と楓君で松尾を止めるでござるよ」

 

 

 

「はい!!」

 

 

 

 セイと楓ちゃんが前に出て、松尾と戦うつもりでいる。私とリエは参加する度胸もなく、城の扉に身を隠して様子を見守る。

 

 

 

「拙者が悪霊を止めるでござる。楓君は松尾を!!」

 

 

 

「はい!! 任せてください!!」

 

 

 

 二人がタイミングを合わせて、松尾に仕掛けようとした時。ヤマタノオロチが動いた。

 大きな口を開けると、その口で松尾を頭からガブリと一口で飲み込む。

 

 

 

「何を!? グァァァァァァァァ!!!!」

 

 

 

 松尾は抵抗するが効果はなく。蛇の体内に飲み込まれてしまった。

 

 

 

「松尾が……食われたでござる!?」

 

 

 

 人を簡単に飲み込んでしまう悪霊。腰を落とし、背中を曲げてセイはビビり散らかす。

 そんな中、松尾を飲み込んだヤマタノオロチは、口の中で咀嚼した後。勢いよく何かを吐き出した。

 

 

 

 吐き出されたものはセイ達の目の前に転がる。

 

 

 

「松尾!? 生きてるでござるか!?」

 

 

 

 ヤマタノオロチの食われた松尾が、生きた状態で戻ってきた。蛇の分泌液が身体を覆っているが、無傷であり食われたことが嘘のようだ。

 松尾を吐き出したヤマタノオロチは、満足した表情でゲップをすると、顔を引っ込めて巻き物の中に入っていく。それにより巻き物は元の状態に戻った。

 

 

 

「さぁ、松尾。巻き物を返すでござる!!」

 

 

 

 悪霊にやられて懲りただろうと、セイは松尾を説得しようと試みる。

 食われたとはいえ、ここまでのことをした人物だ。簡単に説得に応じるとは思えない。だが、

 

 

 

「ああ、僕はなんて悪いことを……」

 

 

 

 松尾は正座をすると身体の向きを変えて、セイの方を正面にする。そして土下座をした。

 

 

 

「服部君。僕は君に、いや、君達になんて悪いことをしたんだ!! ああ、僕は僕は!!!!」

 

 

 

 突然人が変わったように謝り出す。私達が松尾の様子に困っていると、

 

 

 

「欲を食われたんだ……」

 

 

 

 城の中から女性の声がする。私達が振り向くと、そこには壁に手をかけて辛そうに歩く城戸の姿があった、

 

 

 

「わぁっ!? またやる気!?」

 

 

 

 城の扉に隠れていて城戸に一番近かった私は、ビビりながら変なポーズで臨戦態勢をなる。

 いざ、このポーズをしてみたがこの体制からどう攻撃を仕掛けるのか……。というか、絶対勝てない。

 

 

 

 今すぐに逃げ出したい状況で足が震えさせていると、

 

 

 

「戦わない。貴様らともう戦うつもりはない」

 

 

 

 そう言って城戸はその場に座り込んだ。立っているのもやっとなのだろう。息を切らして、顔を赤くしている。

 

 

 

「城戸 紫月……お主、何が目的でござる」

 

 

 

「もう大丈夫よ。昔みたいにシズって呼んで……」

 

 

 

 どうやらセイと城戸は知り合いようで、そんな会話をしている。しかし、セイはそっぽを向くと、

 

 

 

「他の里の者と親しくはせん。それにお主は巻き物を盗んだでござる」

 

 

 

 厳しい顔付きで城戸の言うことを聞かず、まずは正座をして無抵抗の松尾を縄で縛って動きを封じる。

 松尾を縛り、ヤマタノオロチが首を引っ込めた巻き物を拾い上げる。セイは警戒して慎重に拾い上げるが、悪霊の出てくる気配はない。

 

 

 

 巻き物をしまい、私達は一旦城の中に入る。そして松尾の状況や城戸の目的を聞くことにした。

 

 

 

 丁度茶室があったため、畳の上に座り城戸と向かい合う。

 

 

 

「城戸……もう一度聞く。なぜ、巻き物を盗んだでござる」

 

 

 

 私達は座っているが、セイは城戸を警戒しているのか。壁に寄りかかり、立った状態で詰問をする。

 

 

 

「セイ君も里で聞いたことない? 悪霊を集めているという組織の話」

 

 

 

「その呼び方はやめるでござる。拙者は服部 青河でござる。…………まぁ、その話は噂程度でござったが……。情報が曖昧で信ぴょう性に欠けていたでござるから、里の長は調査は後回しにと……」

 

 

 

 セイと城戸が真面目な話をしている中、私と楓ちゃんは水筒に入れてきたスポーツドリンクを飲んでゆったりする。

 

 

 

「はぁ、運動の後のスポドリは良いですね」

 

 

 

「そうね〜。登ったり降りたりで疲れたよ〜」

 

 

 

「ちょっと静かにしててでござる」

 

 

 

 セイに怒られて私達は肩を狭くして口を閉じる。

 忍者の二人は話題を戻す。

 

 

 

「城戸、お主がその組織の関係者でござるか?」

 

 

 

「違う。私はその組織が狙ってくるという情報を手に入れて、あなたの里に伝えに行ったんだ。だが、話は聞いてもらえず……。仕方なく巻き物を持って、この城に逃げ込んだんだ」

 

 

 

 話を聞いたセイは納得できないようで、腕を組んで唸った後、

 

 

 

「お主の言うことが本当だとして、なぜお主の里の者は何も言わないでござる。里の長同士の話し合いなら、説得できたでござろう……」

 

 

 

「それは出来ない……」

 

 

 

 城戸は目線を逸らし、唇の前歯で噛む。

 

 

 

「なぜでござる?」

 

 

 

「…………」

 

 

 

「言えない理由があるでござるか?」

 

 

 

「いや、そういうわけじゃ……」

 

 

 

「じゃあ、教えるでござる!!」

 

 

 

 セイが迫ると城戸は肩を落とし、目線を落とした。そして落ち込んだ表情で伝えた。

 

 

 

「里はその組織の関係者にやられたでござる」

 

 

 

「な!? そんなはずは!? 偵察隊は問題なしと報告を!!」

 

 

 

「遠目から見ただけじゃわからない。魂のない人の身体を操る術師がいたからだ。それで問題がないように見せかけていた。スパイも潜り込んでいたから、セイ君の里にもいるはずだ」

 

 

 

「信じられないが…………」

 

 

 

 セイは城戸に疑いの目を向け、信用できない様子。城戸の話だけでは確証を取れないため、もう一人の関係者に話を聞くことにした。

 

 

 

「松尾 紅(まつお こう)がお主もその組織の関係者でござるよな」

 

 

 

「はい。僕はその組織の関係者でございます」

 

 

 

「なんていう名前だ。言うでござる!!」

 

 

 

「知らないです!! 本当でございます。僕は術師になる素質が見込まれて、悪霊を奪いに来たんです」

 

 

 

「知らない? 嘘じゃないのか?」

 

 

 

 セイはクナイを突きつけて松尾を脅す。しかし、松尾は嘘偽りはないと答える。拷問をするかと悩んでいるセイに、城戸は松尾の状態について説明を加えた。

 

 

 

「さっきも言ったがその男は欲を食われた。偽りを言うような余力はない」

 

 

 

「なぜ、分かるでござる」

 

 

 

「セイ君も見たはずだ。ヤマタノオロチが松尾を喰らうところを。あの悪霊が求めるのは人欲。封じ込まれる前の悪霊の姿は、それぞれの首が欲の力を持ち、欲望を糧にする。そういう伝承がある」

 

 

 

「伝承でござろう。悪霊とはいえ、そんな力があるとは思えないでござる」

 

 

 

「伝承だけじゃない。私は里の者が食われる姿も見た。だから確証を持っていえる。元は私が盗んだのではなく、私の里にいたスパイが里の者に見せかけて持ってきたんだ。私は残った仲間と協力して、巻き物を手に入れて、ここに潜んでいたんだ」

 

 

 

「残ったのはお主だけ。それに拙者の里にもスパイがいるため、巻き物はお主が守るしかなかったということでござるな。ま、それは置いといて……」

 

 

 

 セイは松尾に視線を戻す。

 

 

 

「真実を言っているとして、お主の言うあの人とは誰でござる。組織がわからないとしてもその人物とは接触したでござろう」

 

 

 

「はい。執事とシスターを連れた西洋人です。服装は昔の貴族という感じの衣装の……本名は分かりませんが、こう呼ばれていました。アルカードと」

 

 

 

「アルカードか。それが今回の首謀者でござるね」

 

 

 

 情報を聞き出したセイは、白紙の巻き物を取り出すと、分かった情報を書き出す。そして窓から顔を出して外に投げ捨てた。

 外に放り出された巻き物を、近くで飛んでいた鳩が拾い上げ、どこかへ持っていってしまった。

 

 

 

「とりあえずは里には巻き物を取り返したことだけを報告したでござる。霊宮寺殿、坂本殿、今回の協力感謝でござる。これは報酬とおまけでござる」

 

 

 

 セイは依頼料を払うと、それと一緒に巻き物を渡してくる。

 

 

 

「まさか!? 例の悪霊の封じ込まれてる巻き物!!」

 

 

 

「違うでござる。流石にそれは渡せないでござるよ。それでその巻き物でござるが」

 

 

 

 巻き物を回して正面を見ると、そこには『火遁の術』と書かれていた。それを見たリエと楓ちゃんは左右で私の体を揺らして興奮する。

 

 

 

「忍者の巻き物ですよ!! しかも火遁!! 火が吹けるんですよ!! 火が!!」

 

 

 

「僕も欲しいです!! というかください!! 楽しそうです!!」

 

 

 

 私としてはこんな危なそうなもの渡されても困るが。貰えるものなら貰っておこう。

 

 

 

「私達は帰りますけど、セイさん達はどうするの?」

 

 

 

 私たちの仕事はここで終わりだ。城戸や松尾の尋問はセイの役割だろう。

 

 

 

「拙者の里にもスパイがいる可能性があるなら、帰るわけにもいかないでござる。信用できる仲間を呼び寄せて、城戸達から情報を聞き出すでござる」

 

 

 

「大変そうね」

 

 

 

「いつものことでござる。それよりも拙者としてはお主達を今回の件に巻き込ませてしまったことが心配でござる。大丈夫でござるか?」

 

 

 

「まぁ、巻き込まれたってより、今回は巻き込まれにいったからね。気にしなくて良いよ。また幽霊絡みで何かあったら呼んでちょうだい、それなら手伝うよ」

 

 

 

「それは助かるでござる。お主も拙者達の力が必要でござればいつでも連絡して欲しいでござる。あ、これメアドでござる」

 

 

 

 セイはメモ帳に筆でメールアドレスを書いて渡してくる。

 

 

 

「暗殺に隠蔽。忍者にできる依頼ならなんでもやるでござるよ」

 

 

 

「そんな物騒なことは頼むことはないと思うけど……一応もらっておくよ」

 

 

 

 

 

 



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第60話 『拝借様』

霊能力者のレイちゃんは、ダメ、無能、役に立たない?

 

 

 

著者:ピラフドリア

 

 

 

第60話

『拝借様』

 

 

 

「皿戸画駅〜、皿戸画駅〜」

 

 

 

 心地の良い揺れにうたた寝をしていた私は、駅のアナウンスに目を覚ます。

 

 

 

「ふぁ〜、今は……」

 

 

 

 私は電車の窓から駅名を見て顔を青ざめる。

 

 

 

「やば!! リエ、起きなさい!! 着いたよ!!」

 

 

 

「ふぁあっ、なんですか?」

 

 

 

「だから目的地に着いたんだって!! 早く降りないと降り過ごしちゃうよ!!」

 

 

 

 荷物とリエを両肩に乗せて、私は電車を駆け降りる。どうにか間に合い、降り過ごすことはなかった。

 

 

 

 電車を降りて駅に降りた私達を囲む景色。それは一色の緑。まさに森、森、森!! 山奥のど田舎だ。

 

 

 

「やっと着いたんですね」

 

 

 

「ええ、ここが皿戸画(さらとが)村よ」

 

 

 

 私達がやってきたのは、皿戸画村よ。なぜ、こんなところに来ることになったのか。

 それは物語を三日前に戻すことになる。

 

 

 

 

 

 忍者の依頼を終え、一週間ほどの時間が経過した事務所に一本の連絡が入った。

 それはアゴリンの紹介で私達を知った、宿のオーナーからの連絡。最近村で起きている怪奇現象の相談であった。

 

 

 

 依頼ということで部屋をタダで貸してもらえることになった私達は、旅行気分で行くつもりだったのだが。

 

 

 

「それにしても楓さんとタカヒロさん、残念ですね」

 

 

 

 楓ちゃんは部活の練習試合で来れなくなり、宿はペット禁止で猫は留守番になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 宿に着いた私達は早速宿のオーナーに挨拶をする。

 宿のオーナーは老夫婦であり、空いている部屋に紹介した後、宿の食堂を使い依頼について話をすることになった。

 

 

 

「それで依頼でしたけど。拝借様ってなんですか?」

 

 

 

 電話で話を聞いた時に言っていた拝借様。それが今回の騒動にいる存在だ。

 

 

 

「はい。この村には昔から拝借様という伝承があるんです……」

 

 

 

 拝借様。それはこの村で伝わる民間の神だ。あらゆる地方の神から、幾つもの力を借りることで、自身の力を得て土地神となった。

 人々は神となった拝借様を称えて祀ったが、ある時問題が起きた。拝借様に力を貸していた神々が、自力で神域に到達したわけではない拝借様に怒り、貸していたものを奪い返したのだ。

 

 

 

 それにより拝借様は力を失い。神からも見放された妖怪となった。

 妖怪となった拝借様だが、地位を諦めたわけではなく。復帰のためにまた力を借りて権威を取り戻そうとした。

 

 

 

 それは神だけにとどまらず。人間からも力の拝借を行い。寿命の短い人間は返してもらうことはできず、そのまま借りられた状態で生涯を終える。

 

 

 

「つまり借りパク様ってですね」

 

 

 

「はい。そして拝借様は何度も封じられ、復活を繰り返しました。そして明治初期に封印されたはずの拝借様は、またしても復活したんです」

 

 

 

「それでその拝借様って何を借りパクするんですか?」

 

 

 

「特に決まりはありません。視力や聴力、手足など、その生物から一つずつ。何かを貰っていくんです」

 

 

 

 老夫婦も夫は片足、妻は片目を奪われているようで、杖や眼帯をしている。

 他の村人達は何かしら奪われている様子だった。

 

 

 

 話を聞いた私はひっそりとリエに相談をする。

 

 

 

「リエ、どうにかなりそう?」

 

 

 

「どうでしょう……。これだけの人間に干渉できるってことは、かなりの実力があるのは確かです。私達だけでどうにかなるかどうか」

 

 

 

「そうよね〜」

 

 

 

 話を聞いた感じ、かなりヤバそうな感じだ。

 私とリエだけでどうにかなる存在とは思えない。今更、楓ちゃんがいないことを後悔する。

 

 

 

「霊力は感じるから幽霊ではあるのよね?」

 

 

 

「はい。まだ悪霊にもなってないですね。力の強い幽霊って感じです」

 

 

 

「力の強い幽霊か〜」

 

 

 

 幽霊の仕業で、かなりの実力があるのは確実だ。

 私は依頼人の目を見ると、素直に伝えた。

 

 

 

「すみません。私と力じゃどうにもなりそうにないです」

 

 

 

 無理なものは無理だ。こういう時は素直に伝えるのが肝心だ。無理をして危険な道を進む必要はない。

 世界にはお兄様のような力の強い霊能力者もいる。この依頼はそのような人に頼んだほうがいい。

 

 

 

「そうですか。話を聞いてくれてありがとうございます」

 

 

 

「いえ、お力になれなくてすみません」

 

 

 

「良いんですよ。拝借様の恐ろしさは私たちの方が知ってますから」

 

 

 

 依頼の件は許してもらえた。その後、依頼はやらなくても良いが、一日だけ泊まっていくことを勧められ、私は一晩だけ宿に泊めてもらうことにした。

 

 

 

 

 

 夕食を終えて、私は部屋に戻る。部屋にはすでに布団がひかれており、私は飛び込むように横になる。

 

 

 

「リエ〜、楓ちゃんがいたら拝借様どうにかできたかな〜?」

 

 

 

 私は横になったまま、窓際にいるリエに目線を向ける。

 

 

 

「楓さんでも厳しいかもですね。多くの村人を襲って、力を蓄えてるんです。低級の悪霊よりも遥かに上ですよ」

 

 

 

「例えば?」

 

 

 

「霊力で見れば、プールにいた悪霊さんよりは確実に上ですね」

 

 

 

「それはヤバいね」

 

 

 

「だからここはさっさと帰って正解ですよ。私達じゃどうしようもないです」

 

 

 

 リエの言う通り。被害を増やさないためにもここは退いた方が良い。

 しかし、私は他に霊能力者を紹介できるわけじゃないし、どうしようかと悩んでいると、窓から外を見ていたリエが声を上げた。

 

 

 

「あっ!!」

 

 

 

「どうしたの? トイレ流し忘れたの思い出したの?」

 

 

 

「やめてください。というか、幽霊はトイレ行きません。……そうじゃなくて!! いたんですよ!! 例の拝借様が!!」

 

 

 

「え!!」

 

 

 

 私は勢いよく起き上がると、四つん這いで這って窓まで行く。そして窓から外を覗き込んだ。

 

 

 

「どこにいるのよ?」

 

 

 

「あそこです!! あそこ!! 向かいにある建物の看板」

 

 

 

 リエが指示する場所に目線を向けると、そこには黒い衣装に身を包んだ女性がこちらを覗いていた。

 

 

 

 私はその女性と目が合い、咄嗟に姿勢を低くして隠れる。

 

 

 

「ね! こっち見てない!!」

 

 

 

「見てますね」

 

 

 

「もしかして狙われてる!?」

 

 

 

「狙われてますね」

 

 

 

 さっさと帰ろうと決断した時に限って、こうやって出くわす。なんてタイミング悪いんだ。

 私は怯えて隠れているというのに、リエは窓から外をじっと見ている。

 

 

 

「あんたいつまで見てるのよ!! 早く隠れなさいよ!!」

 

 

 

「もう遅いですよ」

 

 

 

 リエは隠れる気がないし、様子が気になった私は窓からもう一度覗き込む。すると、拝借様は笑顔で手招きしていた。

 

 

 

「めっちゃ怖いんですけど……」

 

 

 

「大丈夫ですよ。なんか話ほど凶悪な感じはないですし、ちょっと話に行きましょ」

 

 

 

「え、え〜」

 

 

 

 結局、リエを一人で行かせるわけにもいかず、私も宿から出て拝借様の元へ向かった。

 

 

 

「やっと来たわね。もぉ〜コロッケ冷めちゃうじゃない」

 

 

 

 拝借様の元に着くと、両手にコロッケを持っており、出会った瞬間コロッケを渡してきた。

 

 

 

「え?」

 

 

 

「この村の名物よ。来たなら食べてきなさい」

 

 

 

「は、はい」

 

 

 

 無理やり渡されて、私とリエは受け取る。私は貰って大丈夫なのか。確認を取るようにリエに目線を送るが、リエは気にすることなくすでに食べ始めていた。

 

 

 

「ここじゃ、人目があるわ。すぐそこに公園があるからそこに行きましょ」

 

 

 

 拝借様の案内で公園に着くと、私たちは並んでベンチに座った。腰を落とすと、拝借様は首を横にして私達の方に顔を向ける。

 

 

 

「あなた達。夏目ちゃんの友達でしょ」

 

 

 

「え!? なんで夏目さんのこと知ってるの!?」

 

 

 

 突然、夏目さんの名前が出て、私は驚いて食べかけのコロッケを落としかける。しかし、リエが落ちる前にキャッチしてくれた。

 

 

 

「レイさん。残り食べて良いですか?」

 

 

 

「あんた…………あー!! もう良いよ食べて!!」

 

 

 

 この状況で食欲のない私は、リエの様子に呆れてコロッケをあげる。

 リエを放置して私は拝借様の方に向き直る。

 

 

 

「なんで夏目さんのことを……」

 

 

 

「私、夏目ちゃんとは古い仲なのよ。この前、夏目ちゃんから手紙が来てあなた達のことが書いてあったわ。でも、男の子と猫がいないわね?」

 

 

 

「彼らには留守番してもらってて。私たちしか来てないのよ」

 

 

 

「あら、それは残念。せっかくだから会ってみたかったんだけどね。まぁ、良いわ。あなた達、夏目に呪いの品々を返しにいったね」

 

 

 

 呪いの品々とは、呪いのダンベルや呪いのビデオのことを言っているのだろう。それらは呪いを解除した後、その品を返そうとしたが、管理できないため預かって欲しいと渡された。

 お兄様に渡したいのだが、なかなか会えておらず。呪いの品は未だに事務所の棚に飾ってある。

 

 

 

「はい。でも、預かって欲しいって渡されましたけど……」

 

 

 

 私はそのままの事実を拝借様に伝える。話の感じからして、すでに夏目さんの連絡で事情は知っているだろう。

 呪いの話を終えると、拝借様は立ち上がり、私とリエの前に移動する。拝借様の立っている時の私よりも高く、2メートル以上ある。そんな幽霊が前に立つと壁のように感じる。

 

 

 

「私の話は村人から聞いたわね?」

 

 

 

「はい。もっと怖い幽霊かと思ってたけど、実際会ってみるとまともな幽霊ね」

 

 

 

「村人の話は真実で、昔は私、力を得るために人を襲っていたもの……」

 

 

 

 私は真実と聞き、ほとんど変わることはないが、怯えるように深く座って少し距離を取る。

 何か奪うつもりで接触してきたのか。怯える私とは対照的に、リエは拝借様に顔を近づけると、

 

 

 

「昔はってことは、今は?」

 

 

 

「もうやってないわ」

 

 

 

 私はホッと肩を下ろす。私が襲われることはないようだ。

 

 

 

「夏目ちゃんのおかげよ。あの子のおかげで、私は正気を取り戻すことができた」

 

 

 

「夏目さんが?」

 

 

 

「あの子のおかげで私は元の幽霊に戻れた。あの頃の私は暴走気味だったからね」

 

 

 

 今と昔で姿が違うのだろうか。それに村人の言っていた拝借様と今の拝借様はかなり違う存在のように感じられる。

 話で聞いた拝借様は、狂気のようなものがあり、人から力を奪って神になろうとしてる怪しい存在のように感じた。しかし、今の拝借様は話もできて、昔を後悔しているようだ。

 

 

 

「何があったの?」

 

 

 

 私が尋ねると、拝借様は背を向けて顔を見せないようにする。そしてボソボソと聞き取れない言葉を口にする。

 

 

 

「拝借様?」

 

 

 

 私が声をかけると、肩をビクッとさせて上下させた。そして興奮気味だったのか、呼吸を整えると、背を向けたまま、先ほど聞き取れなかったことを、もう一度話し始める。

 

 

 

「私は神に恋をしたのよ。それはそれは美しい神様だったわ。月から舞い降りたその方は、男女問わずの多くの人から好意を持たれ、私もその人に惹かれた一人だったわ」

 

 

 

「そんなにモテてたんですか!!」

 

 

 

「ええ、交際をめぐって五人の権力者が来たことがあったわ。結局、誰に興味を持ってもらえなかった。そしてそれは私も同様。年月が過ぎると、彼は月へ帰ってしまった」

 

 

 

 拝借様は寂しそうに空を見上げた。

 

 

 

「彼の居場所はここじゃなかった。当然よ。神には神の居場所がある。だから私も神になろうとした。彼に会うためにね」

 

 

 

「だから、人を襲ってたよね……」

 

 

 

「ええ、でも、神になることはできなかった。人が神になることなんて不可能なんだわ」

 

 

 

「それで諦めたの?」

 

 

 

「いいえ、諦めきれなかった。本当は分かってたけど、諦められなかったの。そんな時、夏目ちゃんと会ったわ。あの子に止められて、私はやっと諦めることができたの」

 

 

 

 拝借様は振り返ると、私とリエに向き合う。そしてお互いに目を見合うと、拝借様は懐から箱を取り出した。

 手のひらサイズの木箱で、古いもののようだが手入れが行き届いており、綺麗な状態だ。その箱をリエにも見える高さまで下げると、ゆっくりと開く。

 

 

 

「あなた達が来たら、私たちと思ってたものよ」

 

 

 

 そこには黒い髪の毛が一本保管されていた。

 

 

 

「なにこれ?」

 

 

 

「神の髪よ」

 

 

 

「「神様の!?」」

 

 

 

 私とリエが驚いて声を上げると、その声で髪が飛んでいきそうになる。拝借様は急いで箱を閉じて、大切に保管する。

 

 

 

「なんでそんな貴重なものを……」

 

 

 

「神様が寝ている時に、ひっそりと抜き取ってそれを御守り代わりにしていたわ。でも、神の力かしら、それが私を暴走するきっかけになったの」

 

 

 

 寝ている間に神を抜かれる神様。結構間抜けな神な気がする。

 

 

 

 話を聞いていたリエは、怖がるように箱から距離を取る。

 

 

 

「暴走って何があるんですか……」

 

 

 

「神の妖気みたいなものね。酔っ払っちゃったの。しかも力を与えられたみたいにね」

 

 

 

「じゃあ、そんなもの受け取ったら私も……」

 

 

 

「それはないわ。今は夏目ちゃんのおかげで封印できてる。夏目ちゃんの村には封印を得意とする妖怪が住み着いていみたいなの、その妖怪に頼んで、神の力を押さえ込んでるわ」

 

 

 

 夏目さんの村にそんなすごい妖怪がいたなんて……。私が知っているのだと、あそこには河童がいたくらいだ。

 何の役にも立たない河童が……。

 

 

 

「なんでそんなものを私達に?」

 

 

 

「夏目ちゃんの呪いと同じよ。私じゃ管理できないわ。あなた達ならどうにかできるでしょ」

 

 

 

 夏目さんはどんなことを拝借様に伝えたのだろうか。

 しかし、まぁ、これも呪いの品と同じだ。お兄様に渡せばいいだけのこと。

 

 

 

「分かったよ。預かるよ」

 

 

 

 私は拝借様から箱を受け取る。神様とはいえ、人の髪の毛が入った箱を受け取るとちょっとどころか、かなり気持ち悪い。

 

 

 

「助かるわ。それでもう一つお願いがあるんだけど……」

 

 

 

「はい?」

 

 

 

 

 

 

 拝借様のもう一つの願い。それはご飯を作って欲しいというものだった。

 夏目さんから聞いていたのだろう。

 なんだったらそれがメインというくらいだった。神云々の話よりも、こっちの方が楽しそうに拝借様はしていた。

 

 

 

 その後、拝借様の誤解を村人に伝え、私とリエは事務所に帰った。

 

 

 

「帰ったよ〜。二人と一匹〜」

 

 

 

 私とリエが扉を開けて事務所に入る。すると、リビングからただならぬ、怖いオーラが流れ込んできた。

 

 

 

 私とリエは廊下を進み、リビングに向かうと、そこには二人と一匹の影が見える。

 

 

 

「師匠〜」

 

 

 

「タカオジさん……」

 

 

 

 黒猫を睨む二人の人物。楓ちゃんと……見覚えのある少女の姿。赤い髪に服装からして女子高生だろう。だが、見覚えはあるのだが、名前も出てこないし、どこで会ったか思い出せない。

 

 

 

 私とリエが廊下でポツンと立ち尽くしていると、黒猫が私たちの存在に気づき、声を上げた。

 

 

 

「帰ってきたか!! レイ、助けてくれ!!!!」

 

 

 

 

 

 



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第61話 『探偵と黒猫』

霊能力者のレイちゃんは、ダメ、無能、役に立たない?

 

 

 

著者:ピラフドリア

 

 

 

第61話

『探偵と黒猫』

 

 

 

 

「助けてくれって状況説明しなさいよ……」

 

 

 

 タカヒロさんのことを知らなければ、この状況は猫の取り合い。だが、タカヒロさんに対する楓ちゃんの好意を考えれば、修羅場だ。

 

 

 

 そしてこういう状況で大抵悪いのは……。

 

 

 

「悪いのはアンタね!!」

 

 

 

 私は黒猫のことを指差す。

 

 

 

「早まるんじゃね!! 違うわ!!」

 

 

 

 黒猫は否定した後、楓ちゃん達の横を通り抜けて、助けを求めるようにリエの元へ行く。

 楓ちゃんは黒猫をリエに取られてソワソワしているが、もう一人の方はそんな様子はない。

 

 

 

「じゃあ、どういう状況なのよ?」

 

 

 

「オレが説明しましょう」

 

 

 

 説明をすると出てきたのは、赤髪の女子高生。可愛い顔をしているが、声から強気な性格なのが滲み出る。

 しかし、この声、どこかで聞いたことあるような?

 

 

 

「ねぇ、あなた。どこかで会ったかしら?」

 

 

 

 私が尋ねると女子高生よりも早く、黒猫が口を開く。

 

 

 

「はぁ、お前なぁ。こいつを知らないのか……」

 

 

 

 黒猫が呆れる中、女子高生の顔を見ていたリエは、思い出したようで声を上げた。

 

 

 

「あ!! 私知ってますよ!! この方、高校生探偵の金古 幸助(かねこ こうすけ)ですよ!!」

 

 

 

 高校生探偵の……金古 幸助。そういえば前に高校生探偵がテレビで出ていたような、その時の人物に…………。

 

 

 

「あの高校生探偵か!!」

 

 

 

「今頃かよ……」

 

 

 

 前にテレビを見ていた時に出ていた高校生探偵。その人物そのまんまだ。

 

 

 

「なんでそんなすごい人がここに!?」

 

 

 

「オレは事実を確認しに来ただけだ。そしたらそこのチビに絡まれて」

 

 

 

 幸助は横目で楓ちゃんのことを睨みつける。睨まれた楓ちゃんは睨み返す。

 

 

 

「誰がチビですか。僕とほとんど身長変わらないじゃないですか」

 

 

 

 楓ちゃんが言い返す感じから、石上君のように言い合いになると思ったが、幸助はそっぽを向いて反論しない。

 幸助は楓ちゃんを無視して、話を戻す。

 

 

 

「オレは叔父さんの様子を見に来たんです」

 

 

 

「叔父さん?」

 

 

 

 幸助の視線は黒猫に向かい、その場にいる全員が一斉に黒猫の方を見る。

 

 

 

「ああ、姪だ」

 

 

 

「「「え!?」」」

 

 

 

 私達三人は驚いて声を上げた。その声の大きさで隣の家から壁を叩かれる。

 

 

 

「師匠の姪さんだったんですか……」

 

 

 

「お前なんだと思って事務所にあげたんだ」

 

 

 

「恋のライバルだと」

 

 

 

「今なんてった?」

 

 

 

 黒猫が怯えてリエに抱きつく中。私はとりあえず、みんなを落ち着かせようと、台所に向かった。

 

 

 

「お茶淹れるから、それからゆっくり話しましょ」

 

 

 

 

 

 

 

 お茶を淹れて、私は幸助と楓ちゃんと向かい合うように座っていた。本来事態の関係者である男は、猫に人格を乗っ取られて、幽霊と遊んでいる。

 

 

 

「僕が前に師匠が住んでいたアパートの前を通ったんです。その時に金古君を見つけて」

 

 

 

 楓ちゃんの話では幸助がアパートに入っていくのを見て、それを怪しんで追いかけたようだ。

 

 

 

「オレはタカオジさんが亡くなった状況を確認に来たんです。そしたら坂本さんに捕まって……」

 

 

 

 アパートで遭遇した二人。楓ちゃんはライバルだと思い、事務所に連れてきて、幸助は調査のために着いてきたようだ。

 

 

 

「それでなんであの状況に……」

 

 

 

 そう、そこからなぜ、二人して黒猫を問い詰めていたのか。楓ちゃんは分かる。しかし、

 

 

 

「あなた、なんでミーちゃんの中にタカヒロさんがいるって分かったの?」

 

 

 

「状況証拠ですよ。戸棚に隠された猫缶を、ミーちゃんだけが開けられるはずがない。でも、猫が開けた痕跡があった。そこから推測したんです」

 

 

 

「そんなことで……」

 

 

 

「そして霊感のあったタカオジさんなら、警察よりもここに助けを求めるだろうと考えたわけです」

 

 

 

「霊感ねぇ」

 

 

 

 確かに助けを求めにタカヒロさんとミーちゃんはこの事務所にやってきた。そこまでは当たっている。

 

 

 

「ねぇ、あなたテレビで幽霊は信じないって言ってなかった?」

 

 

 

 私の覚えている限りでは、幸助は幽霊は信じないと公言していた。しかし、今の言い方では霊感を知っている風な口ぶりだった。

 

 

 

「信じたくないです。信じたくないんですよ、こんなふざけた力……」

 

 

 

「ということは……まさか」

 

 

 

「見えてるんですよ!! そこの猫と遊ぶ幽霊が!!」

 

 

 

 幸助の目線にはリエの姿がある。見えているのは事実なようだ。

 

 

 

「認めたくないの?」

 

 

 

「認めたくないですよ。だって、普通の人には見えないものが見えるんです、おかしいじゃないですか」

 

 

 

 確かにそうだ。最近見える人ばかり出会ってきたから、麻痺して来てたけど、私達の方が異常な方なのだ。

 

 

 

「だからオレは探偵になって、これは幽霊じゃなくてトリックか何かだって認めたかったんです。でも、調べれば調べるうち……」

 

 

 

 否定できなくなっていったのだろう。

 

 

 

「なんでそんなに嫌うのよ?」

 

 

 

「オレの家系はこの力で苦しめられてきたんです。タカオジさんも同じです。だから一人で孤独に生きてきた」

 

 

 

 家系からして霊感持ちなのだろうか。しかし、そのことを聞ける雰囲気ではない。幸助はかなりこの力を嫌っている様子だ。

 話を聞いていた楓ちゃんは幸助を今度は自分から睨みつける。やられたらやり返す楓ちゃんだが、自分からこういった顔をするのは珍しい。

 

 

 

「なんで師匠が寂しがっていたのを知ってて、会いに来なかったんですか」

 

 

 

 楓ちゃんは声を低くして尋ねる。その低さから怒っているのが伝わってくる。珍しく怒っているのは、タカヒロさん関係の話だからだろうか。

 

 

 

「オレだって仕事の傍ら追ってたんだ。でも、タカオジさんが身内でも追えないように情報を消すから……」

 

 

 

 私はリエと遊んでいる黒猫の方に目をやる。探偵が見つけるのに時間がかかるのほど、足跡を消せるってどれだけすごいんだろうか。

 あの変態が本当にそんなことをできるのか、疑いばかり出てくる。

 

 

 

 とりあえずは彼が何者なのかは分かった。私は楓ちゃんに親指を立てる。

 

 

 

「よかったじゃん、ライバルじゃないよ」

 

 

 

 すると、楓ちゃんは笑顔で親指を立てて返してくれた。

 

 

 

「はい!!」

 

 

 

 素直だ。性別とか猫の状態とか、全ての問題を跳ね除けるような勢いで、純粋に喜んでいる。

 私がちょっと楓ちゃんに引いていると、幸助は立ち上がった。

 

 

 

「では、オレは帰ります」

 

 

 

「え、もう帰っちゃうの? タカヒロさんと全然話してないじゃん」

 

 

 

 とはいえ、今はミーちゃんに身体の権利を奪われて、話せる状況ではないが……。

 

 

 

「まだ事件の解決ができてませんし、タカオジさんの状況を確認したかっただけですから」

 

 

 

「そう……」

 

 

 

 そそくさと荷物をまとめて帰りの支度をする。

 タカヒロさんは身内の話をしようとしないし、交友関係も楓ちゃんと武本さんくらいだ。そんなタカヒロさんをせっかく訪ねてきたのに、こんなに早く帰ってしまうのは、少し寂しい。

 

 

 

 荷物をまとめ終わった幸助は立ち上がると、コップに残っていたお茶を飲み切って、テーブルに置いた。

 

 

 

「美味しかったです。それでは……」

 

 

 

 私に頭を下げた後、黒猫の方に寄ることなく。真っ直ぐ玄関へ向かう。私と楓ちゃんは見送るため、玄関まで着いて行く。

 扉を開けて、幸助は廊下に出ると最後に扉を閉めるために振り返った。

 

 

 

「最後に皆さんに伝えておきたいことがあります」

 

 

 

 顔を見せた幸助は真剣そのもの。しかし、皆と言っているが、奥にいるリエと黒猫に向けている様子はない。

 私と楓ちゃんの二人に話そうとしている感じだった。

 

 

 

「オレは今、八神村で起きた事件を追ってます。オレの見立て通りなら、犯人はこの町に潜伏しているはずです。気をつけてください」

 

 

 

 それだけ言い残すと、幸助はエレベーターへと向かっていき、建物から出ていった。

 幸助を見送った私と楓ちゃんは事務所に戻る。

 

 

 

 そして幽霊と遊んでいる黒猫に目線をやる。

 

 

 

「本当に話さなくて良かったの? おっさん」

 

 

 

 私は猫に向けて話しかける。黒猫はリエの髪で遊んでいるようにフリをしていた。

 

 

 

「あの子が出て行く時にはミーちゃんから、戻ったんでしょ……」

 

 

 

「…………」

 

 

 

 黒猫は何も言わず。答えることはない。

 

 

 

「レイさん、師匠は今、ミーちゃんに……」

 

 

 

「私が世話してるペットよ。今の身体を操ってるのがどっちかなんて分かるよ」

 

 

 

「そうなんですか?」

 

 

 

 ミーちゃんが遊んでいる時は、右手で捕まえてから左手で挟んで、かぶりつく。そういう癖があるのだ。しかし、今は左手で髪を叩いているだけ。

 やる気がない時でもミーちゃんは利き手を使う。しかし、利き手でなければ身体を支えられないのは、その身体に慣れていない人ということだ。

 

 

 

 もう誤魔化すことができないと分かったのか、黒猫は演技をやめるとリエから離れる。

 そして私達全員と一定の距離をとった位置に移動すると、どっしりとお腹をつけて座り込んだ。

 

 

 

「何も言うことはねぇよ」

 

 

 

「本気なの? アンタに会いに来たのよ?」

 

 

 

「アイツだって俺に話すことはなかっただろ。俺はもうこの世の人間じゃない。今はミーちゃんの身体にしがみついてるが、未練が無くなれば俺は消える魂だ。死者が生者に語ることなんてない」

 

 

 

 そんなことを言って、ここから動かないぞというふうに、座り込む黒猫。

 

 

 

「まぁ、それならそれでいいけどさ」

 

 

 

 ないならないで、私も無理にとは言わない。この猫が頑固なのは知っている。

 

 

 

 私は黒猫を放置して、テーブルにあるコップを片付ける。

 

 

 

「私も手伝います」

 

 

 

 猫が構ってくれないため、リエも洗うのを手伝い始める。残った楓ちゃんは黒猫に近づいてしゃがみ込んだ。

 

 

 

「師匠。僕、彼女は師匠を心配して来てくれたんだと思いますよ。礼くらい言った方が良かったんじゃないですか?」

 

 

 

「さっきも言っただろ。俺はこの世の人間じゃないって、それに俺もアイツと同じで、霊感なんて否定したいし、して欲しい。だが、俺が何か言えば、否定できなくなる……」

 

 

 

「もう師匠の今の姿を見ちゃってるじゃないですか」

 

 

 

「そうじゃない。俺は……アイツを応援してるんだよ。だからこそ、今の俺の姿をこれ以上は見せたくない」

 

 

 

 黒猫の説明を聞いても納得できない楓ちゃん。唸り声をあげて思考を巡らせるが、結局理解することはできなかった。しかし、

 

 

 

「なら、こうすればいいんですよ」

 

 

 

 楓ちゃんは黒猫に手を伸ばすと抱き上げた。

 

 

 

「おい、何する気だ!!」

 

 

 

 楓ちゃんに抱き上げられて暴れる黒猫。そんな黒猫を連れて、楓ちゃんは玄関へ向かった。

 

 

 

「レイさん、リエちゃん。少し出かけて来ますよ!!」

 

 

 

「おい、楓!! どこ行く気だ!!」

 

 

 

「師匠が喋らなければいいんです。なら……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 事務所を出て、現在住んでいるマンションを目指す。公園の遊具の影は、車道まで伸びる。

 

 

 

「国木田は尋問で、ハッピーランランの事件を知らないと言っていた。無関係に見える事件、だが…………」

 

 

 

 独り言を呟く女子高生に、すれ違う人々は一瞬振り返り、見て見ぬフリをする。

 公園を過ぎて交差点に差し掛かったところで、

 

 

 

「待ってください!!」

 

 

 

 幸助を呼び止める声。考え事をしていた幸助は一瞬反応が遅れたが、すぐに振り返りその人物を確認する。

 

 

 

「君は……」

 

 

 

 そこにいたのは事務所で出会った男子校生。その手には黒猫が抱きしめられていた。

 

 

 

「僕は師匠じゃないですけど、師匠ってこういう人だと思うんです。人が嫌いで、頑固でドジでいじっぱり。でも、寂しがり屋で優しいのが師匠です。だから、探してくれてたこと、本当は嬉しかったはずです」

 

 

 

「それだけ伝えに?」

 

 

 

「はい!!」

 

 

 

「…………」

 

 

 

 本当にそれだけを言いに来たようで、はっきりと返事をする。他にも何かやるのかと思っていたため、幸助は少し戸惑う。

 

 

 

「じゃあ、お仕事頑張ってください!!」

 

 

 

 楓ちゃんはクルッと向きを変えると、背を向けて事務所に帰ろうとする。そんな楓ちゃんに思わず、

 

 

 

「ちょ……っと」

 

 

 

 幸助は声が出てしまった。呼び止められた楓ちゃんは足を止めて、身体を捻って振り返る。

 

 

 

「なんですか?」

 

 

 

「…………」

 

 

 

 幸助は言葉がすぐには出ず。そのままの体制で数秒固まる。そしてやっと口を開くと、

 

 

 

「ミーちゃんをよろしく頼む」

 

 

 

 幸助はそう言い残し、背を向けようとした時。

 

 

 

「無茶するなよ」

 

 

 

 男子校生の方から声が聞こえて来た。聞き覚えがある声に、幸助は無意識に目線が向かう。

 しかし、そこには男子校生の背中しかなく。見覚えのある人物の姿はない。

 

 

 

「俺は楓だ。良いか、俺はお前の前にいる高校生だ。……幸助、お前は昔から無茶する、本家で事件があった時もそうだったが、無茶だけはするなよ。あの頃と違って俺はいないが、今のお前には仲間がいるはずだ。ソイツらを頼れよな」

 

 

 

 途中から口パクを頑張っていたが、全然会っていなかった男子校生は、一礼した後、背を向けて歩き出す。

 

 

 

「仲間を頼れか……。昔のタカオジさんからは考えられない言葉だな」

 

 

 

 幸助は両足を揃えると、右手を額まで持って来て敬礼した。

 

 

 

 

 

 



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第62話 『約束の遊園地』

霊能力者のレイちゃんは、ダメ、無能、役に立たない?

 

 

 

著者:ピラフドリア

 

 

 

第62話

『約束の遊園地』

 

 

 

 

 塩の匂いが漂う遊園地。私達、三人と一匹は海の近くにある遊園地にやって来ていた。

 

 

 

「レイさん、レイさん!! 遊園地楽しいですね!!」

 

 

 

 私の顔の周りをクルクル飛び回り、リエが嬉しそうにしている。私は覇気のない返事で適当に返す。

 

 

 

「そーねー」

 

 

 

 前に遊園地に連れて行くことを約束していたため、私はみんなを連れてこうして外に出たのだ。

 

 

 

「どうした? 元気ないな」

 

 

 

 私の頭の上で黒猫が心配してくれる。私は大きくため息を吐くと、

 

 

 

「アンタ。ここはいつもよりも人目につきやすいのよ。そんなところ本当は行きたくなかったのよ」

 

 

 

 遊園地なんて幽霊や猫を連れてくるような場所じゃない。それに休日ということもあり、人も平日の倍以上だ。

 そんな中で幽霊や猫と話していたら、変に思われる。

 

 

 

 理由を聞いた黒猫は気を遣ってか。答えずに無言で大人しくした。

 まぁ、大人しくしてくれるのは良いが、

 

 

 

「レイさん!! あそこでポップコーン売ってますよ!! いつものお菓子のじゃないです!! 本物ですよ!!」

 

 

 

 この幽霊を説得してから大人しくして欲しい……。

 

 

 

 私はリエの手を引っ張り、人通りの少ない路地に入る。路地に入ると自販機が人に反応して音声が流れ出す。

 

 

 

「なんですか?」

 

 

 

「なんですかじゃないよ。アンタ、今朝も言ったでしょ。大人しくしててって、大人しくしないと帰っちゃうよ」

 

 

 

「え〜、嫌です」

 

 

 

「じゃあ、大人しくする?」

 

 

 

「はい!!」

 

 

 

 本当にこの幽霊がいちばんの最年長なのだろうか。見た目の影響もあるだろうが、すっごく子供っぽい。

 

 

 

 猫もリエも大人しくなったため、一息つけると自販機で何かないか探す。

 

 

 

「アンタ達も何か…………」

 

 

 

 そんな中で、一人足りていないことに気づいた。

 

 

 

「ねぇ、楓ちゃんはどこ行ったの?」

 

 

 

「あれ? さっきまでは居ましたけど」

 

 

 

 周囲を見渡すがこの路地には居ない様子。外に出て探してみると、すぐに見つかった。

 

 

 

 船の形をして、前方と後方に回転して、一周するアトラクションにすでに乗車していた。

 

 

 

「あの子も完全に楽しんでる……」

 

 

 

「いーなー!! 私も乗りたいです!!」

 

 

 

「幽霊がどうやって乗れば良いのよ!!」

 

 

 

 

 

 

 楓ちゃんが戻って来てからも、リエは駄々をこねるが、幽霊に安全装置がつけてもらえるはずもないし、リエを乗せることはできなかった。

 

 

 

「も〜、これじゃ遊園地来た意味ないじゃないですか〜」

 

 

 

「安全装置つけられないんだから、落ちたらどうするのよ」

 

 

 

 アトラクションに乗れずに頬を膨らませていた。

 このまま不機嫌でいられても困るし、リエでも楽しめそうなものはないかと周りを探してみる。すると、私はある建物があることに気づいた。

 

 

 

「リエ、あれなんてどうよ?」

 

 

 

 私はその建物を指で指してリエに伝える。その建物を見た黒猫は、尻尾を振って私の頭を叩く。

 

 

 

「お前……あれって……」

 

 

 

 その建物の看板には『幽霊道』と書かれており、壁や床には不気味な雰囲気を演出する模様が描かれている。

 

 

 

「お化け屋敷ですか!! 楽しそうですね!!」

 

 

 

 提案した場所はお化け屋敷である。リエは嬉しそうに飛び回り、機嫌を直したことが一目でわかる。

 それとは違い、黒猫は尻尾で私の頭を叩いて突っかかって来た。

 

 

 

「幽霊をお化け屋敷に連れてってどうすんだよ!!」

 

 

 

「良いでしょ。ここなら本物のお化けが見えたとしても、わー本物だ〜っで済むじゃない」

 

 

 

「そんな軽いリアクションで済むか!! 大事件だろ!!」

 

 

 

 文句を述べるたびに黒猫の尻尾を振るリズムが早くなっていく。尻尾の振り加減から興奮して来ているのがわかる。

 

 

 

「じゃあどうするのよ、あの子達行く気よ」

 

 

 

 私は首を回して黒猫の視点を、リエと楓ちゃんに向けさせる。二人はすでにチケットを買って受付に居た。

 

 

 

「早すぎだろ……あいつら……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 チケットを購入して私達はお化け屋敷に入る。薄暗い通路に不気味な音が鳴り響く。

 

 

 

「い、今、奥から笑い声聞こえました……」

 

 

 

「リエちゃん怖いの? 手繋ぐ?」

 

 

 

 戦闘を歩いている楓ちゃんが、リエに手を伸ばす。怯えて身体を縮めていたリエは、素直に楓ちゃんの手を取ってエスコートしてもらう。

 私はそんなリエの姿に呆れる。幽霊がお化け屋敷でビビっているのはどうなのだろうか。

 

 

 

「幽霊がビビるんじゃないよ……それと」

 

 

 

 私は爪を立てて毛穴に食い込ませている黒猫を、抱き上げて目の前に持ってくる。

 

 

 

「もしかしてアンタ、怖がってる?」

 

 

 

 尻尾をタワシのように膨らませて、毛を逆立たせてる黒猫。

 

 

 

「馬鹿か!! 俺が怯えるか、よ!! 幽霊は年中見てるんだぞ!!」

 

 

 

 黒猫はそう言って強がっているが、どう見ても怯えている。

 リエをリードして先頭を歩いている楓ちゃんが振り返ると、現状の黒猫について考察する。

 

 

 

「幽霊は見慣れてても、驚かせにくることはないですからね。それに幽霊の皆さん、結構生き生きしてますし」

 

 

 

 確かに漫画家を目指してるちびっ子幽霊や、田舎のスポーツマン幽霊。病院に住み着いた武士なんかの変わった幽霊ばかりだ。

 

 

 

 頭に猫を戻すと、爪が食い込んで痛いため、そのまま抱っこしたまま先に進む。

 

 

 

 暗がりを歩き、直角になった通路を曲がったとき。壁で死角になっていた場所に、ろくろ首の人形があり、私達に反応して動いた。

 女性の笑い声が再生され、首が左右に揺れるチープな仕掛け。こんなものに驚くのは子供くらいだろう……。

 

 

 

「キャァァッ!!」

 

 

 

 ろくろ首に驚いたリエが楓ちゃんに飛びつく。両手で楓ちゃんに抱きついて、動きを封じる。可愛らしい怖がり方だ。

 これで終われば、平和だった。

 

 

 

「うわぁぁぁぁ!!」

 

 

 

 黒猫は私の顔面に張り付いた。両手両足で爪を引っ掛けて、全力で私の視界を塞ぐ。

 痛いし、見えないし、息苦しい!!

 

 

 

「師匠!? レイさん!?」

 

 

 

 

 

 

 その後も何度も黒猫に視界を塞がれながらも、お化け屋敷を出た。

 

 

 

「リエちゃん、怖がってたね〜」

 

 

 

「幽霊でも怖いものは怖いです……。レイさんはどうでした?」

 

 

 

 お化け屋敷を出て、恐怖から解放されたリエは満面の笑みで訊ねてくる。

 

 

 

 私はというと……。

 

 

 

「殆ど猫の腹しか見えなかった……」

 

 

 

 何かあるたびに黒猫が飛びついて来て、展示の殆どを楽しむことができなかった。怖かったというより、爪が引っかかって痛かったの方が印象深い。

 

 

 

「すまん、レイ……」

 

 

 

 流石に黒猫も責任を感じているのか。頭の上でしょげて大人しくしている。

 しかし、本当に反省する気があるなら、頭から降りてほしいところだが。

 

 

 

 私が黒猫が降りてくれないか。頭を振ってみるが、頑固に降りる気配がない。

 黒猫と格闘していると、周囲を見渡していたリエが何か発見する。

 

 

 

「次はどうしましょうか〜、あ!! あれとかどうですか!!」

 

 

 

 楓ちゃんから離れて浮遊してどこかへ飛んでいく。

 

 

 

「ちょっと、待ってよ!!」

 

 

 

 私達はリエを追いかけて階段を駆け降りる。段数は多くなく15段程度の小さな階段。

 そんな階段を降りていると、背後から声が聞こえた。

 

 

 

「アナタ、転ぶよ」

 

 

 

 それは女性の声。その声が聞こえてすぐに、私は足を滑らせて、大きく前に倒れた。

 

 

 

「レイさん!?」

 

 

 

 階段からジャンプする形で落下する。このままでは顔で着地してしまう。

 

 

 

「あぁぁぁぁぁっ!? …………お!」

 

 

 

「キャッチ。間に合いました……」

 

 

 

 階段から落ちた私を楓ちゃんが先回りして、キャッチしてくれた。落ちた時には隣にいたはずだが、あの一瞬で降りたのか。

 楓ちゃんの超スピードに救われた。

 

 

 

「ありがとう、楓ちゃん」

 

 

 

 私は楓ちゃんに礼を言った後、両手で頭の上を確認する。しかし、そこにはなにもいない。

 

 

 

「レイ。大丈夫だ、俺はここだ」

 

 

 

 タカヒロさんの声がし、声の方を向くと、黒猫は地面に座っていた。

 どうやら転んだ時にそそくさと飛び降りたらしい。

 

 

 

「まぁ、無事で良かった……」

 

 

 

 黒猫の無事も確認できてホッとしていると、階段の上から先ほどの声の主が降りてくる。

 

 

 

「無事か……」

 

 

 

 それはスーツ姿の褐色肌の女性。身長は低めだが、大人っぽい顔立ちをした人だ。

 

 

 

「ありがとうございます。注意してくれたのに……」

 

 

 

 私は礼を言うと、女性はそっぽを向いて不機嫌そうな顔をする。

 

 

 

「……注意ではない…………あれは……」

 

 

 

 女性が何か言いかけた時、

 

 

 

「ここにいたのか。ジェシカ」

 

 

 

 今度はスーツ姿の男性がやって来た。両手にストローの刺さった紙コップを持った、ボサボサ頭の特徴的な人物。

 女性はスーツをキチッと着こなしているが、この男性はネクタイはくたびれてるし、シャツもはみ出している。

 

 

 

「……リョー。やっと来た」

 

 

 

「お前が迷子になってたんだろ……」

 

 

 

 リョーと呼ばれた男性は女性の元へ駆け寄ると、紙コップを渡した。

 

 

 

「目を離した隙にこんなとこまで来やがって……んで、なんかあったのか?」

 

 

 

 男性はコップを渡すと、空いた片手でボサボサの髪を掻きながら、私達の方を向く。真剣な顔で聞いてくるため、私は咄嗟に首を振った。

 

 

 

「そうか、なら良かった……」

 

 

 

 私の反応を見て、ホッとした様子の男性は、持っていたコップのストローに口をつけて喉を潤す。

 

 

 

「リョー、それ私の……」

 

 

 

「ブッーーーーッ!!!! もっと早く言え!!」

 

 

 

 男性が飲んだジュースがシャワーのように吹き出して、私の顔を直撃する。

 ジュースの甘さが顔を覆い、目に染み込む。

 

 

 

「……す、すみません」

 

 

 

 ジュースをぶちまけられて、私が立ち尽くしていると、焦った様子で男性がハンカチを取り出して顔を拭いてくる。

 

 

 

「自分でやります」

 

 

 

 私はハンカチを奪い取ると、自分で顔を拭き直す。

 

 

 

「本当にごめんなさい……」

 

 

 

「まぁ、許さないとは言わないけど、許さない」

 

 

 

「それは許さないってことでは!?」

 

 

 

 私が怒っているのは明らかで、男性はとにかくあなたを下げる。だが、そんなに謝られたって人の顔にジュースを噴いたんだ。

 簡単に許せるはずはない。

 

 

 

 私は拭き終わると、ハンカチを畳んで返す。そして男性の目を見て微笑んだ。

 

 

 

「本当に申し訳ない!!」

 

 

 

 

 

 

 

 誤りまくられて、これ以上謝罪のしようもないため、私も時間の経過で許すことにした。

 

 

 

「さっさと許せばいいのに……。大人気ないな……」

 

 

 

 楓ちゃんに抱き上げられた黒猫は、呆れた目で私を見てくる。

 

 

 

「アンタもやられたら分かるよ」

 

 

 

「分かりたくねーよ」

 

 

 

 私から解放された男性はといえば、疲れ切った様子でベンチに座り込んでいる。ボサボサだった髪が、更なるストレスで増えている気がする。

 

 

 

 私達は今いるところから移動して、別のアトラクションのある場所に行こうとする。周囲を見渡してどこに移動しようかと考えていると、

 

 

 

「……アナタ達。なぜ、幽霊と仲良くしてる?」

 

 

 

 背後からヌッと先ほどの女性が近づいてきて、話しかけてきた。

 

 

 

「わっ!? いつの間に……って、アナタ、もしかして幽霊見えるの?」

 

 

 

 私はリエの頬っぺたを両側から挟み、揉み揉みしてみせる。リエはやめてください〜っと言っているが、気持ちのいい感触だから続ける。

 

 

 

「見えてる……」

 

 

 

 女性は指を伸ばしてリエの鼻をつんと触る。確かに見えている。それにリエに触ることができている。

 幽霊が見えていることが伝わると、女性は一歩下がって口元に指を当ててニコッとする。表情の固い人だと思っていたが、こういう可愛いポーズを取ろうとする一面はあるようだ。

 

 

 

「私、ジェシカ……」

 

 

 

「ジェシカさんって言うんですか! 私はリエです!!」

 

 

 

 私に頬っぺたを揉まれながら、リエも真似してポーズを取ってみる。

 

 

 

「私は霊宮寺よ。それでこの猫が……」

 

 

 

「ミーちゃんとタカヒロだ」

 

 

 

「僕は坂本 楓です!!」

 

 

 

 一通り自己紹介を終えると、ジェシカはベンチで休んでいる男性に目線を向ける。そして腕を動かして彼を指すと、

 

 

 

「あれはリョー!」

 

 

 

 男性のことを紹介しているのだろう。

 

 

 

「あの人って彼氏なの?」

 

 

 

 私は気になっていたことを訊ねると、ジェシカは首を振った。

 

 

 

「違う。上司……」

 

 

 

「上司と遊園地に?」

 

 

 

「仕事」

 

 

 

「仕事?」

 

 

 

 上司と一緒に遊園地に来る。一体どんな仕事なのだろうか。

 ジェシカは私が質問する前に答えた。

 

 

 

「事件を追ってここにきた。犯人がいる……」

 

 

 

「事件……犯人…………もしかして、刑事さん!?」

 

 

 

 ジェシカは恥ずかしそうにしながら、コクリと頷いた。

 

 

 

「じゃあ、あのジュース掛け男も、刑事なの?」

 

 

 

「そう、リョーも刑事」

 

 

 

 ジェシカは証明するようにポケットから、警察手帳を取り出して見せてくれる。

 そこには巡査と書かれた下にジェシカ・ウィリアムと文字の入った警察手帳と、警部補と書かれた大塚 涼(おおつか りょう)の二つ二つの警察手帳があった。

 

 

 

「本物の刑事さんなのね……でも、なんであなたが彼の警察手帳を持ってるの?」

 

 

 

「リョー。ダラシない。だから私が持ってる」

 

 

 

 確かにベンチで寝始めた男が持っているよりも、この人が持ってた方が良い気もする。だが、それで良いのか……。

 

 

 

「ジェシカさん。どんな事件を追ってるんですか!!」

 

 

 

 リエはフワフワ飛びながらジェシカに近づくと、顔と顔がぶつかりそうなほど近くに飛んで質問をする。

 

 

 

「それは言えない」

 

 

 

「え〜。気になります〜」

 

 

 

 リエはジェシカの両肩を掴み譲る。しかし、ジェシカは口をへの字にさせて頑固に開かない。

 

 

 

「リエ、それくらいにしなさい。お仕事の邪魔しちゃダメでしょ」

 

 

 

「え〜」

 

 

 

 私はジェシカからリエを引き剥がす。相手は警察だ。仕事の邪魔をして問題になったら大変だ。

 

 

 

「ほら、ジェシカさん達はお仕事できてるんだから、無理に聞いちゃダメでしょ」

 

 

 

「はーい」

 

 

 

 リエに言い聞かせて大人しくさせる。

 本当は言いたそうな顔をしているジェシカだが、聞かないほうがいいだろう。刑事であることをバラし、手帳まで見せてくる人だ。

 このまま問い詰めていたら、本当に口を滑らせてしまいそうだ。私達みたいな一般人はなるべく首を突っ込まないほうがいいだろう。

 しかし、

 

 

 

「爆弾魔を追ってるんだ」

 

 

 

 突然、ヌッと寝ていたはずの男性が背後に現れて、口を滑らせた。

 

 

 

「うわっ!? いつの間に!!」

 

 

 

 この二人組はひっそり近づくスペシャリストなのか。二人して静かに近づいてくるのはやめてほしい。

 というか、

 

 

 

「言って良いの?」

 

 

 

 思いっきり事件について情報を漏らした。大塚さんは頭を掻くと、フケを飛ばしながらアホズラで、

 

 

 

「言って良いんじゃね〜。俺は気にしないけど」

 

 

 

「気にしろ!!」

 

 

 

 

 

 



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第63話 『未来を予知しろ』

霊能力者のレイちゃんは、ダメ、無能、役に立たない?

 

 

 

著者:ピラフドリア

 

 

 

第63話

『未来を予知しろ』

 

 

 

 

 

「え、ジェシカさん。未来予知ができるんですか!?」

 

 

 

「できる」

 

 

 

 ドヤ顔で特殊能力を自慢するジェシカ。リエと楓ちゃんはジェシカの話に興味津々で、三人で話し込んでいる。

 

 

 私は先頭を歩き、三人がしっかりついてきているのを確認しながら、遊園地の中を進む。

 

 

 

 なぜ、私たちがジェシカ達と一緒に行動しているのか。それは事件について聞いてしまったからだ。

 本来は私たちが首を突っ込むべき問題ではないのだが、あんな話を聞かされては遊園地で安心して遊ぶことはできない。かと言って、そんな大事件が起きようとしているのに、私達だけ帰るのもできない。

 

 

 

 そのため、私達はジェシカ達と一緒に遊園地の中を捜索していたのだ。

 

 

 

 まぁ、一緒に行動することを反対する人……いや、猫もいるが。

 

 

 

「おい。俺たちはさっさと帰ろうぜ。犯人探しはアイツら警察の仕事だろ。首突っ込む必要ないだろ!!」

 

 

 

 私の頭を連続猫パンチして意見を主張する黒猫。多数決で協力するということになったのだが、この猫はずっと反対している。

 

 

 

「まだ文句言ってるの? 大塚さんだって協力して良いって言ってたし、このまま帰っても後味悪いでしょ」

 

 

 

 大塚警部補に協力したいと嘆願したら、軽いノリで許可がもらえた。

 正直こんな大事件に、こんな警官を調査に向かわせて、いいのか心配になる。というか、この人だからこそ、心配で私は協力を願い出た。

 

 

 

「相手は爆弾魔なんだろ……なんでそんな危険な場所に突っ込んでいくんだよ……」

 

 

 

 黒猫は文句を言い続ける。もう何度も同じことを口にしている。こう繰り返し同じことを聞いていると飽きてくる。文句を言うにしてももっとバリエーションは何ものなのか……。

 

 

 

「しかし、喋る猫とは面白い奴を連れてるなァ〜」

 

 

 

 気怠そうに私の後ろをついてくる大塚さんは、頭の上に乗る猫に興味を持つ。

 ジェシカだけではなく、この大塚という人物も霊感持ちらしい。

 

 

 

 ジェシカは特殊能力を見込まれて、刑事課へと呼ばれた。そして刑事課へやってきたジェシカの面倒係として、同じように力を持つ大塚さんが選ばれたらしい。

 そして今回は二人で爆弾魔を追っている。

 

 

 

「おーい、猫や〜、こっち向けや〜」

 

 

 

 大塚さんは後ろから猫を呼ぶが、猫は振り返ることなく尻尾を振る。

 なんやかんやでこの猫、人見知りだったりする。機嫌が良かったり、状況によっては我慢するのだが、このように徹底して目すら合わせないこともある。

 

 

 

「霊宮寺さん、猫さんに無視されるんだが……」

 

 

 

「この猫は放っておいてあげてください……っというか、真面目に犯人探してるんですか!! なんで私が先頭歩いてるんですか!!」

 

 

 

 そう、気がつけば、私が先頭を歩いて犯人探しをしていた。本来それをすべきはこの大塚さんだろう。

 しかし、大塚さんはそっぽを向いて知らんぷりをする。

 

 

 

「ちょっと!? 仕事なんですよね、もっと真面目にやってくださいよ!!」

 

 

 

 

「やってるやってる〜。そーカリカリしてても犯人は出てこないから……」

 

 

 

「なんで……そんなに適当なんですか……。相手はあのボムですよ」

 

 

 

 二人が追っている爆弾魔。それはボムと言われる人物だ。

 犯行動機は目立つこと。名前を知らしめるためだけに、多くの事件を起こしてきた指名手配犯だ。

 

 

 

 すでに二度。捕まったことがあり、一度目は爆破予告をしたツルツルスリータワーで現行犯逮捕。その後脱走し、怪盗オリガミに決闘を申し込んだが敗北。その後、また逮捕された。

 しかし、一週間前に起きた刑務所の大脱走事件で、多くの脱獄囚の一人として世に解き放たれた。

 

 

 

 多くな優秀な警官がいる中、彼がこの事件を担当することになったのは、脱獄事件による人員不足も原因の一つだろう。

 

 

 

「でも、なんでボムがこの遊園地に現れるってわかったんですか? 予告状でも来たんですか?」

 

 

 

 私は先頭を歩いているため、大塚さんの顔を見ることはできないが、振り向きはせず質問する。

 

 

 

「いや、そうではない。未来予知だ」

 

 

 

 そういえば、そんな話をリエ達がしていたような……。さらに質問をしようと私が振り返った時、リエ達三人が駆け寄ってくる。

 

 

 

「レイさん、ジェシカさんが未来予知やってくれるそうですよ!! ちょっとお願いしましょうよ!!」

 

 

 

 タイミングを見計らっていたのかというレベルで、リエ達がその話題について触れてきた。

 

 

 

「歩いていると集中できないみたいなので、あのベンチに行きましょう!!」

 

 

 

 リエと楓ちゃんに片腕ずつ引っ張られて、私はベンチへ移動させられる。大塚さんもやれやれと言った様子だが、止める様子はない。

 ベンチの前に集まると、ジェシカは椅子に腰をかけて、両手を重ねて祈るようなポーズを取る。

 ジェシカが力を貯める中、黒猫は私の頭からベンチに飛び移り、ベンチの下に潜り込んで休む。人の多い場所に疲れたのだろう。狭い空間でホッとしている様子だ。

 

 

 

「大塚さん、未来予知ってどんなことなんですか?」

 

 

 

 ジェシカが集中している間に、私は大塚さんに訊ねる。すると、説明がめんどーくせーって顔をしながらも、大塚さんは説明を始めてくれた。

 

 

 

「ジェシカは集中すると、その場にいる人間の数秒後のことを知ることができる。俺の詳しいことはわからないが、未来の光景が映像になって頭の中に流れ込んでくるらしい。まぁ、未来視ってやつだ。たまに集中なしでも未来予知をするが、その場合は数分後の未来だったりしたな」

 

 

 

「それで犯人を捕まえたりは?」

 

 

 

「数秒や数分。その程度の時間じゃ、犯人を捕まえるのには使えない。それに近くにいないと効果のない力だからな。役に立ったことは全然ないぜ」

 

 

 

 すっごく便利そうな力だし、ダラダラな景観よりは役に立つと思いたい。

 と、私たちが話している間に未来予知を終えたようで、ジェシカは口を開けた。

 

 

 

「霊宮寺さん、あなたの頭に──」

 

 

 

 ジェシカが何か言いかけた時。私の頭に何かが落ちてきた。冷たくねっとりした液体……。髪の毛の隙間を通って、私の額を垂れる。

 

 

 

「アイスが落ちてきます」

 

 

 

「アイスッ!?」

 

 

 

 完全に落ちてきてからジェシカは言い終えた。

 近くにある建物の屋上で、アイスの無くなったコーンの部分を持った人が、必死に謝ってくる。

 

 

 

「当たりましたね……避けられませんでしたが……」

 

 

 

「当たったな。俺、降りてて良かった……」

 

 

 

 皆が苦笑いする中、大塚さんはハンカチを取り出して私に渡した。

 

 

 

「予知の対象になった感想は?」

 

 

 

 私は息を吸うと、そのままの感想をはっきりと伝えた。

 

 

 

「使えない!!」

 

 

 

 

 

 

 

 数秒後。ちょっと先の未来を見る能力。そのため五秒後に起こることが予測できたとしても、対処ができない。

 しかも集中しなければ能力が使えない。とても使いずらい。

 

 

 

 頭を洗い流し、化粧室から外に出ると、黒猫と大塚さんが並んで待っていた。

 

 

 

「やっと来たレイ」

 

 

 

「霊宮寺さん。ジェシカ達は、あれだ、あれに乗りに行ったぞ」

 

 

 

 大塚さんは目線でジェットコースターのある場所を示す。どうやら残りの三人はジェットコースターに乗りに行ってしまったのだろう。

 それで大塚さんが黒猫を任されて待っていた。

 

 

 

 そこまでは分かった。だが、一つ気になることがある。

 

 

 

「あなた達、もう少し仲良くしてみれば?」

 

 

 

 大塚さんと黒猫の間には人が一人入れそうなスペースが空いており、二人の距離感を表していた。

 

 

 

 大塚さんは頭を掻きむしりながら困り顔でボソボソと答えた。

 

 

 

「近づくと逃げるんだ……」

 

 

 

 まぁ、距離を取るとしたら黒猫の方だろう。ミーちゃんはそれなりに人懐っこい方。そうなるともう一人、中にいる人間が理由だろう。

 

 

 

「俺、猫に嫌われやすいのか……」

 

 

 

 ちょっとショックを受けている様子。猫というより、その中の人間が人見知りなだけだが……。

 私は黒猫を抱き上げ、その間にひっそり聞く。

 

 

 

「あんたのせいでショック受けてるじゃない。なんで距離取ってるのよ」

 

 

 

「これが俺の全力だ」

 

 

 

 これで精一杯だったらしい。

 

 

 

 私は前で黒猫を抱っこしていくつもりだったが、黒猫は嫌がって肩を伝って頭の上に乗る。

 

 

 

「霊宮寺さんは好かれてるな……」

 

 

 

「これは好かれてるっていうのかどうか…………」

 

 

 

 羨ましそうな目線を送られるが、説得もできないし、どうしようもない。というか、この人、やけに猫に注目している。

 ジェシカは黒猫には興味なさそうで、リエ達と仲良くしているが、この人はずっと猫の後ろを追っている。もしかしたらモフモフ好きなのかもしれない。

 

 

 

「それじゃあ、私達もジェシカ達を追いかけますか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ジェットコースター乗り場に着くと、乗り終えた楓ちゃん達が降りてきた。

 

 

 

「あ、レイさん!!」

 

 

 

 降りてきた楓ちゃんは満足そうに手を振って駆け寄ってくる。

 

 

 

「あれ、リエが見当たらないんだけど、どこに行ったの?」

 

 

 

 そして私は早速違和感に気づいた。リエがいない。

 三人がジェットコースターに乗りに行ったと聞いてから、ずっと心配だった。幽霊であるリエをどうやってジェットコースターに乗せるのか。

 

 

 

 もしかしたら、先頭の出っ張ったところに座ってて、動き出した途端、飛ばされちゃったのではないだろうか。

 

 

 

 しかし、私の心配を知らずに、楓ちゃんは報告する。

 

 

 

「リエちゃんなら飛んでますよ」

 

 

 

「え!?」

 

 

 

 まさか、本当に飛んでいってしまったのだろうか。あの風船のように軽い身体だ。飛ばされてしまったなら、どこまで行ってしまったかわからない。

 

 

 

「ほら、あそこです」

 

 

 

「……あそこ」

 

 

 

 楓ちゃんとジェシカが同時に指である場所を指す。そこはジェットコースターのコース。その道中を……。

 

 

 

「リエェェェェっ!?」

 

 

 

 リエが飛んでいた。空飛ぶスーパーマンのように浮遊して、ジェットコースターに成り切っていた。

 

 

 

「リエちゃんは乗れないから、自分でやってみるのはどうかって、ジェシカさんが」

 

 

 

「……ナイス、アイディアだろ………」

 

 

 

 アンタの提案かい!!

 

 

 

 しかし、これなら振り落とされることはないだろう。ホッとした私だったが次の瞬間。

 

 

 

「あ、轢かれる」

 

 

 

 ジェシカが集中なしで予知を見て、それが現実になった。

 

 

 

「リエがジェットコースターに轢かれた!!」

 

 

 

 ジェットコースターに後ろから追突されて、リエがコースから外れて落下した。

 

 

 

 私達は落ちたリエの元に駆け寄ると、リエは怪我なく無事だった。

 

 

 

「あんた、よくあの状況で無事だったね……」

 

 

 

「よく考えれば私幽霊ですから。ジェットコースターに当たらないんですよね、当たると思って避けちゃいました!!」

 

 

 

 避けるつもりで落下したらしい。びっくりするからやめてほしい。

 

 

 

「もぉ〜、ハラハラするからやめてよね」

 

 

 

「はーい……」

 

 

 

 リエも無事で安心していると、ジェシカが突然震えて膝をつく。

 

 

 

「どうしたんですか? 今更、ジェットコースターが怖くて震えたとか?」

 

 

 

 リエが訊ねるがジェシカは首を振る。ジェシカの様子を見て、察した大塚さんはジェシカに近づいてしゃがむと、

 

 

 

「見たんだな。未来を……。犯人に関する未来か?」

 

 

 

 今までの気だるそうな大塚さんと違い、真剣な様子。

 今までの予知からは想像できない怯え方だが、大塚さんは確認を持っているようだ。

 

 

 

「どんな未来を見た。簡単で良い、言ってみろ」

 

 

 

「観覧車が爆破される…………時間は17時31分」

 

 

 

「爆発!? 爆弾魔か!!」

 

 

 

 私達は一斉に顔を上げて、観覧車についている時計を見た。そこには17時28分と書かれている。

 

 

 

「残り、3分……」

 

 

 

 観覧車に表示された時間と予知の時間から、残った時間が短いことを知り、私達は絶望する。

 そんな中、リエは観覧車の上に何かを発見した。

 

 

 

「あそこ、観覧車の真ん中のところ。あそこに誰かいますよ」

 

 

 

 確かにそこには誰かいた。赤いトサカのような髪を生やしたその男性は、本来登ることはできないであろう、観覧車にある時計の上に登っていた。

 

 

 

「あれは、ボム!!」

 

 

 

「え!! じゃあ、あそこにいるのが例の爆弾魔ですか!!」

 

 

 

「ああ、あの顔は手配書の通りだ……」

 

 

 

「でも、後3分で爆破するのよ。あんなところにいたら、巻き込まれる……」

 

 

 

「ボムの動機は目立つことだ。そしてこだわりで時限爆弾なんて使わない。使うのは手元にある小型のダイナマイトのみ……。爆発させ、観覧車が崩れる前に脱出する気なんだ」

 

 

 

 本当にそんなことが可能なのか。しかし、可能だからこそ、大塚さんはそう言っているのだ。

 過去のボムの犯罪履歴。そこから予測できるボムの行動。

 

 

 

 ボムの情報が分かった黒猫は、ボムのことを見上げると、

 

 

 

「じゃあ、まだ点火はしてないってことだよな。今なら止められる」

 

 

 

 そう、タカヒロさんの言う通り、止められる可能性はある。だが、それはできない。

 なぜなら、

 

 

 

「あんな高いところまで、3分で……」

 

 

 

 観覧車の上。そこまで短期間で登る必要があるからだ。

 

 

 

 

 



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第64話 『爆弾は冷静に対処しろ』

霊能力者のレイちゃんは、ダメ、無能、役に立たない?

 

 

 

著者:ピラフドリア

 

 

 

第64話

『爆弾は冷静に対処しろ』

 

 

 

 

 あんな高いところまで、たった3分で登り切ることは不可能だ。

 しかし、

 

 

 

「ジェシカ、これを持ってろ」

 

 

 

 大塚さんはネクタイとコートを脱ぐと、ジェシカに渡す。

 

 

 

「俺がボムを止める。ジェシカと、霊宮寺さん達は避難誘導を頼む……」

 

 

 

 そう言い残り、観覧車へ向かって走り出す。

 

 

 

「無茶よ!!」

 

 

 

 絶対に無理だ。動いている観覧車に乗ったって間に合わない。

 大塚さんは観覧車の乗り場に近づくと、受付に警察手帳を見せて、階段から登ろうとする。だが、警察手帳が見当たらず、大塚さんは不審者として通報されそうになる。

 

 

 

 このままでは時間のロス。大塚さんは受付の横を通り抜けて、ボムのいる場所を目指して階段を登り始める。

 

 

 

「間に合うの……」

 

 

 

「とにかく大塚さんに任せるしかないですよ。私達はお客さんの避難です」

 

 

 

 リエは今やるべきことを伝えてくる。しかし、

 

 

 

「避難誘導なんてどうやったら良いのよ!!」

 

 

 

 私達は一般人。避難させようとしてもみんなが信じてくれるかわからない。

 

 

 

「私が指揮を取る……」

 

 

 

 私が動揺する中、ジェシカは警察手帳を自慢げに取り出して宣言した。それを聞き、私達は少し下を向いていた気持ちから前を向くことができた。

 

 

 

「そうよね、ジェシカがいるのよね。任せるよ!!」

 

 

 

「……はい!」

 

 

 

 警察であるジェシカが指揮を取れば、信頼度が上がりお客さんや遊園地の関係者も避難誘導に従ってくれるだろう。

 だが、この短い時間では人数が足りない。この人数ではできること限られる。そんな時だった。

 

 

 

「お困りのようだな。君達!!」

 

 

 

「あなた達は!!」

 

 

 

 見覚えのあるカラフルな集団。前にもこのような避難誘導に参加してくれたその道のプロ達。

 

 

 

「ゴーゴーレンジャー参上!!」

 

 

 

「三人揃って、プリンセスエンジェル!!」

 

 

 

 ヒーローと魔法少女達が現れた。

 

 

 

「事情は聞こえていたぜ。ヒーローショーに来たらこんな大事件に巻き込まれるとはな! 避難誘導は俺達、ヒーローに任せろ!」

 

 

 

「私達がみんなを守ってみせます!!」

 

 

 

 こんなところでヒーロー達と再会するとは……。しかし、この再会は嬉しい。

 なんやかんやで海の時もヒーローの避難誘導は効果があった。

 

 

 

「じゃあ、手分けして避難を進めるよ」

 

 

 

 私達はバラバラに散って避難誘導をすることにした。

 

 

 

 避難誘導をして人を観覧車から遠ざけるが、一番良いのは爆破を阻止すること。それが出来るのはいち早く行動に移した大塚さんのみ。

 

 

 

 私達は彼を信じ、出来る限りの行動をすることしかできない。

 

 

 

「レイさん、上見てください!!」

 

 

 

 私の背中に捕まってふわふわ飛んでいたリエが上を見上げるように指示してくる。

 私は首を傾けて上を見上げると、観覧車の時刻は17時30分になっていた。

 

 

 

「残り1分!? 二人はどこに!!」

 

 

 

 残り時間の少なさに焦り、私は観覧車にいるはずの大塚さんとボムを探す。

 

 

 

「いました!!」

 

 

 

 リエがいち早く見つけて、私もそのすぐ後に発見する。ボムはさっきの場所から移動しておらず観覧車の中央にある。

 大塚さんはというと、階段を登り終え、ボムのいる場所を目指して、柱を登っていた。

 

 

 

「あのままじゃ間に合いませんよ!」

 

 

 

 リエの言う通り、大塚さんは後少しのところまで来てはいるが、間に合わない。

 どうしたら良いのか。

 

 

 

「おい、楓」

 

 

 

 そんな中、黒猫は楓ちゃんを呼ぶ。そして楓ちゃんの肩に飛び移ると、楓ちゃんにあることを頼んだ。

 

 

 

「俺をあそこまで投げろ」

 

 

 

「え!?」

 

 

 

 突然の言葉に私達は言葉を詰まらせる。

 

 

 

「な、なんで師匠を投げる必要があるんですか!?」

 

 

 

「お前が俺を投げれば、数秒でボムまで辿り着ける。俺が大塚が来るまで時間を稼ぐ」

 

 

 

「無茶ですよ、師匠!!」

 

 

 

 楓ちゃんは黒猫の無茶な作戦に反対する。それは楓ちゃんだけではない。

 

 

 

「危ないですよ!! 落ちたらどうするんですか!!」

 

 

 

「そうよ、それにあんた猫なのよ、どうやって時間を稼ぐのよ」

 

 

 

 反対する私たちに黒猫は尻尾をぶんぶん振り回しながら答えた。

 

 

 

「なら、このままボムのやりたいようにさせるか? 俺もお前達もタダじゃ済まないぞ」

 

 

 

 確かに観覧車の近くにいる私達も危ない。

 それに観覧車や他にアトラクションにもまだ多くの人が残っているし、ヒーローが避難を手伝ってくれているが、数分で間に合うわけもない。

 

 

 

「絶対に爆破させちゃいけないんだ。それが出来るのは、登ってる大塚と俺だけだ」

 

 

 

 黒猫の言葉に反論することもできず、私は口を閉じる。

 そして楓ちゃんの腹を括ると、

 

 

 

「分かりました。師匠……。絶対に帰ってきてくださいよ」

 

 

 

「当たり前だ」

 

 

 

 黒猫を片手で持ち、鉄球投げのように投げ飛ばした。まっすぐ飛んでいく黒猫。理想的な軌道で飛行すると、観覧車の中央に着地した。

 

 

 

「師匠……」

 

 

 

 楓ちゃんが祈るように指を重ねて見守る中、黒猫はボムに近づくと引っ掻き攻撃をする。

 私達のところからは遠くでどうなっているのか分からない。

 

 

 

 だが、黒猫の作戦は効果があったようだ。突然現れた猫に驚いたボムは、ダイナマイトを落としてしまう。それを黒猫が咥えて、柱の上を飛び回ったのだ。

 時間稼ぎはそれで十分でき、黒猫が逃げ回っている間に、大塚さんがボムのいる中央にたどり着く。

 

 

 

 そして接近戦の攻防で大塚さんはボムを拘束し、無事にボムを逮捕することに成功した。

 ここからでも手錠をかけたことが確認できて、私達はホッとする。

 

 

 

 だが、手錠をかけ終えた後、大塚さんと黒猫はボムに何かを言われて焦っていた。

 

 

 

「あの二人、何を騒いでるんでしょうか?」

 

 

 

「大塚さんが何か持ってるね……」

 

 

 

 大塚さんの持っている何かをよ〜く凝視してみる。

 

 

 

「だ、ダイナマイト!?」

 

 

 

「えええぇぇぇぇ!?」

 

 

 

 火のついたダイナマイトを大塚さんは持って、黒猫と一緒にどうしようと困っている様子だ。そんな様子を見ていた私達もソワソワしてきて、汗で大量に流れる。

 

 

 

「何してるのよ!! あの二人は!!」

 

 

 

「分かりませんよ!! きっとボムは捕まえたけど、もう火がついてた的な展開じゃないですか!!」

 

 

 

 漫画化志望の幽霊がこういう状況でありそうな展開を口ずさむ。状況からしてその状況が正解な感じがする。

 

 

 

「あの二人どうする気なのよ!!」

 

 

 

「完全にテンパってますよ!!」

 

 

 

 二人はダイナマイトを手に、キョロキョロして動き回っている。火を消すだの、ダイナマイトを投げるだのすれば良いのに、そういう判断能力が焦ってできないのか……。

 あのままだと観覧車ごと爆発してしまう。

 

 

 

「皆さん叫んで指示しましょう!! このままだと師匠も大塚さんも爆発に巻き込まれます!!」

 

 

 

 楓ちゃんは大声を出して、二人に指示を出すように促す。そうだ。二人に私達が行動を促せば、冷静さを失った二人でも爆弾処理ができるはず。

 

 

「そうね。ナイス判断よ! 楓ちゃん!!」

 

 

 

 私は楓ちゃんに称賛の言葉を贈る。

 そしてこの場にいるメンバーは大きく口を開けて、二人に……

 

 

 

「捨ててーー!!!!」

 

 

 

「火を消してください!!」

 

 

 

「投げるんです!! 投げてください!!」

 

 

 

 みんな揃ってバラバラな指示をした。

 私達の声が聞こえたのか、二人はさらに混乱し始める。

 

 

 

「なんでバラバラのこと言うのよ!!」

 

 

 

「レイさんが何言うか決めないからですよ!!」

 

 

 

「私のせい!? そんなこと言ったら、提案しといて決めなかった楓ちゃんでしょ!!」

 

 

 

 リエに怒られて私は矛先を、さっき褒めたばっかりの楓ちゃんに向けようとする。

 しかし、楓ちゃんはそっぽを向き、

 

 

 

「僕は知りません……。それよりも早く師匠達をどうにかしないと!!」

 

 

 

 話を変えてしまう。だが、楓ちゃんのおっしゃる通り、喧嘩なんてしてる場合じゃない。

 他に手段はないのか……。

 

 

 

 そんな時だった。ふと、黒猫の様子が変わった。

 

 

 

 普通なら分からない違いだろう。黒猫の態度というか、動き方の癖が変わったのだ。

 あの歩き方、尻尾の振り方は…………。

 

 

 

「ミーちゃんです!! ミーちゃんが起きました!!」

 

 

 

 私だけでなく。楓ちゃんもその変化に気づいた。そう、楓ちゃんの言う通り、あの動き方はミーちゃんだ。

 

 

 

「今起きたの!? あの騒ぎの中!!」

 

 

 

「ミーちゃんさんらしいと言いますか……。なんというか……」

 

 

 

 私達が見守る中、黒猫の人格がミーちゃんに切り替わる。すると、黒猫は周囲を見渡して状況を瞬時に理解する。

 そしてダイナマイトを持つ大塚さんの腕に飛び乗ると、尻尾でダイナマイトを弾き飛ばした。

 

 

 

「え…………」

 

 

 

 ダイナマイトは大塚さんの手から離れ、観覧車から落ちていく。風に流されて観覧車から離れたダイナマイトは何もない空中で大爆発を起こした。

 

 

 

 火花が散り、爆発の熱風が周囲を包む。

 

 

 

「霊宮寺さん、今の爆発は!!」

 

 

 

 避難誘導を進めていたレッドが爆発に反応して駆けつけてくる。

 

 

 

「犯人を逮捕した……。んで、爆弾を猫が対処した!!」

 

 

 

 

 

 

 

 事件が解決して何台かのパトカーが遊園地に駆けつける。

 

 

 

「犯人逮捕の協力。感謝する……」

 

 

 

 犯人を逮捕した大塚さんは、やる気のなさそうなだるーい顔で敬礼してくる。そんな顔で敬礼されると、逆に達成感が無くなる。

 

 

 

「……いえ、市民として当然のことよ」

 

 

 

「では俺はコイツを連行しないといけないんで、これで…………。おい、ジェシカ、行くぞー!!」

 

 

 

 ボムをパトカーに詰め込んで、大塚さんはリエ、楓ちゃんの二人と話していたジェシカを呼んだ。

 ジェシカは二人に手を振ると、パトカーに駆け寄る。

 

 

 

「霊宮寺さん、私も、これで……」

 

 

 

「ジェシカも元気でね」

 

 

 

「……はい」

 

 

 

 パトカーを見送り、野次馬も少なくなるとやっと黒猫が帰ってきた。

 どこに隠れていたのか、埃まみれで出てきた黒猫は、私の頭によじ登る。

 

 

 

「あんたにも礼を言いたかったって言ってたよ」

 

 

 

「やったのは俺じゃない。ミーちゃんだ」

 

 

 

「そうだけど……」

 

 

 

 そう黒猫は言っているものの、声のトーンから少し格好をつけている感じだ。しかし、タカヒロさんの勇気があったから、阻止できたのも事実……。

 人間の人格ではなく猫の方に礼を言いたいと言われたとは言えない。

 

 

 

「そんなことより早く帰ろうぜ。腹が減った」

 

 

 

「そうね。そろそろ帰りましょうか」

 

 

 

 

 

 



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第65話 『お嬢様ですが』

霊能力者のレイちゃんは、ダメ、無能、役に立たない?

 

 

 

著者:ピラフドリア

 

 

 

第65話

『お嬢様ですが』

 

 

 

 

「気持ちですね〜」

 

 

 

「そうね〜」

 

 

 

 朝の日差しを浴びて、私とリエは公園のベンチでまったりしていた。

 

 

 

 朝食後の散歩で木々の紅葉をみながら、日の暖かさと秋風に当たりながら休憩。

 気持ちよさに寝てしまいそうな状態だ。

 

 

 

「しかし、今日は朝からこんなのんびりしてていいんですか〜?」

 

 

 

「良いんじゃない〜、毎日依頼があるわけじゃないし、何かあればタカヒロさんが電話してくれるよ」

 

 

 

 事務所では黒猫が留守番している。散歩に誘ってはみたが、用事がないなら外には出ないと頑固だったため、諦めた。

 

 

 

 私達が寛いでいると、近くの通りを歩いていた少女が私の存在に気づく。そして周りをキョロキョロと見渡した後、駆け足で近づいてきた。

 

 

 

 白と黒の高価そうなワンピースを着た吊り目の少女は、腰に左手を当てて、残った右手で私のことを指差す。

 

 

 

「あなた、私の下僕になりなさい!!」

 

 

 

「はっ?」

 

 

 

 突然、そんなことを口走ってきた。

 

 

 

 なぜ、見ず知らずの少女にそんなことを言われるのか。というか、コイツ誰なの、マジで!!

 

 

 

 私がポカーンとしていると、リエがふわふわと浮いて少女の周囲を回る。どうやらリエの姿は見えていないようで、リエには全く反応しない。

 

 

 

「あなたは……?」

 

 

 

 私はとにかく少女の情報を聞こうと訊ねる。すると、少女は身体を後ろに倒れそうなほど、反らせて威張る。

 

 

 

「私は知らないの? 私は神楽坂 有栖川(かぐらざか ありす)。神楽坂財閥の娘よ!! 平伏しなさい!!」

 

 

 

 なんか凄い威張ってきてうざい感じの少女。とりあえず、

 

 

 

「痛っ!!」

 

 

 

 私は少女の頭を軽く叩いた。

 

 

 

「なんで叩くのよ!!」

 

 

 

「うざかったから」

 

 

 

「この私がうざいですって!? ……………ごめんなさい」

 

 

 

 あれ、謝ってきた。思っていたよりも素直な子なのかもしれない。

 そんなやりとりを見ていたリエが驚いた顔で耳打ちしてくる。

 

 

 

「レイさん。何叩いてるんですか〜。まずいですよ、この方、あの神楽坂財閥の娘さんですよ」

 

 

 

「もう知ってる。さっき自己紹介してたじゃない」

 

 

 

「ならやめてくださいよ!!」

 

 

 

「なんでそんなに焦ってるのよ?」

 

 

 

 なぜか私の行動に焦りを見せているリエ。そのリエの行動に私は疑問を持つ。

 

 

 

「それはそうですよ。神楽坂財閥はあのジェイナスに並ぶ大手企業ですよ!!」

 

 

 

 ジェイナスといえば、家具から電気製品、雑誌に車など多くの事業に手を出している大企業。

 買い物に行けば、その名前を見ないほどの大企業に並ぶとは……。

 

 

 

「日本では知名度は低いですが、主にヨーロッパの都市開発の八割に加担している企業です。そんな財閥の娘さんを怒らせたらどうなるか!!」

 

 

 

 リエに説明されて私はやっと、自分が犯した状況のヤバさに気づいた。この子を敵にしたら、どうなるかわからない。

 私は咄嗟に頭を下げる。そして謝ろうとしたが……。

 

 

 

「何頭下げてるのよ」

 

 

 

 頭を下げて下を向いていた私の下から、顔を覗かせて目を合わせてきた。突然の至近距離に、私は猫のように後ろに飛び跳ねて驚く。

 

 

 

「叩いたことなら気にしてないわ。私にも悪いところがあったからだろうし……」

 

 

 

 第一人称の威張り散らすお嬢様という印象とは違い、意外と真面目なのか? そんなことを言い出した。

 

 

 

「治はやられたらやり返せって言ってたからね。今のはやり返されたってことにしといてあげる」

 

 

 

 なんかおかしい気がするが、大事にならなくてよかった。しかし…………

 

 

 

「下僕になれってのは……」

 

 

 

 そう、なぜこうなかったのかというと、突然下僕になれとか言われたからだ。

 私が恐る恐る訊ねると、有栖川は胸に手を当てて顎を上げる。

 

 

 

「あなた一人で暇そうよね! 暇なら手伝いなさい!!」

 

 

 

「はぁ?」

 

 

 

 威張りながらまたしてもムカつくことを言う有栖川に私は再びチョップを食わらせる。

 

 

 

「痛い!!」

 

 

 

 今度はさっきよりも強めだったからか。頭を抱えて痛がる有栖川。その様子を見てリエはまたしても汗を流して、私に掴み掛かった。

 

 

 

「なにやってんですかーー!!!!」

 

 

 

「ムカついたから……」

 

 

 

 この娘の態度と言葉がいちいちイラっとくる。すると、有栖川はまたしゅんと大人しくなる。

 

 

 

「ごめんなさい……」

 

 

 

「あーいや、私もごめんね、何度も……」

 

 

 

 本当になんなんだ。この子の切り替わり具合は……。

 時折見せる良い子な面と、お嬢様気質な威張り散らす性格、その二つが交互に出る。

 

 

 

「それで手伝って欲しいことって何?」

 

 

 

「私、執事を探しにきたの。でも、一人じゃ見つけられなくて……。一緒に探しなさい!!」

 

 

 

 

 

 

 公園を出て、私達は住宅街を歩いていた。

 

 

 

「執事を探しにってどういうことなの?」

 

 

 

 家の執事をスカウトにでもきたのだろうか。

 

 

 

「私は今、八神村に住んでるんです……。お父様もお母様も仕事で海外に行っていて……。家には何人もの使用人がいるんですが、その中の一人、失踪した執事見つけたいんです!!」

 

 

 

 どうやら行方不明になった執事を探しにきたらしい。

 この街に来た執事と聞くと、嫌な人物を思い出す……。が、別人だと願おう。

 

 

 

「何人もいるんだったら無理して探す必要ないんじゃないの?」

 

 

 

 確かに行方不明だとどうなったのかは気になるが、主人が探しにいくほどでもないだろう。

 警察に任せていれば良いことだ。

 

 

 

「嫌よ!!」

 

 

 

 しかし、そんな私の言葉に有栖川は食ってかかるように声を張り上げた。

 驚いて目を丸くして何も言えずにいると、有栖川は冷静になり、驚かせてしまったことを謝ってから、

 

 

 

「あの執事だけは特別なのよ。木の登り方や柿の盗み方を教えてくれたわ。私にとって兄のような存在であり、困っているなら助けたいの」

 

 

 

 財閥のお嬢様なんてことを教えているんだ。

 さっき、やられたらやり返せとか言っていたが、あれもその執事に教えられたことなのだろうか……。

 

 

 

 しかし、そんな人物が失踪したとなれば、心配にもなる。だからこそ、こうして探しに来ているのだろう。

 私はもう一つ気になっていることを聞いてみることにした。

 

 

 

「でも、なんで一人で……?」

 

 

 

 そう、使用人が何人もいると言っていた。しかし、なぜ一人で来たのか。大勢で探した方が効率がいいはずだ。

 

 

 

「それは……私は屋敷を抜け出してきたからで…………」

 

 

 

「執事を探すために?」

 

 

 

「しょうがないじゃない!! 警察は役に立たないし、村の事件の影響で何ヶ月も屋敷に監禁状態だったのよ!!」

 

 

 

 誰も出してくれないから、抜け出してきたのか……。

 

 

 

「親が心配するんじゃないの?」

 

 

 

「しないよ。村で事件があった時だって、帰ってこなかったし、他の使用人もそうよ……。事件の時に隠れて、いてくれたのは治だけよ」

 

 

 

「忙しいの?」

 

 

 

「さぁね。だとしても緊急時に仕事を優先するのよ。心配なんてしてないわ」

 

 

 

 私は返す言葉が見つからずに黙り込む。そんな私のリエは耳元に呟く。

 

 

 

「複雑そうですね……」

 

 

 

「そうね……」

 

 

 

 頼れる人間はその執事だけ、しかし、その執事は行方不明。なんて可哀想な少女なのか……。

 っと、私たちが探し歩いていると、交差点の路地から見覚えのある人物が現れる。

 

 

 

「ん、レイさんじゃないですか」

 

 

 

「あなたは……。マッチョの方の後輩!!」

 

 

 

 現れたのは筋肉の異常に膨らんだ大男。そんな男性が現れて、有栖川はビビったのか、私の後ろに隠れる。

 

 

 

「仕事中ですか?」

 

 

 

「いえ、手伝いみたいな」

 

 

 

「ほほぉう、それはこの筋肉のお手伝いできることでしょうか!!」

 

 

 

 マッチョはポーズを取って訊ねてきた。

 

 

 

 事情を話すとマッチョな後輩は鼻先を掻いて唸る。

 

 

 

「執事ですか……。俺は見てないですね……」

 

 

 

「そうですか……」

 

 

 

 執事を見ていないか聞いてみたが、良い収穫はなかった。執事と聞いた時、少し前のニュースを思い出したようだが、わざとその話は避けた様子だ。

 

 

 

「この筋肉、お役に立てなくて申し訳ない!!」

 

 

 

 どこに筋肉要素があったのか……。

 

 

 

 マッチョは私の後ろに隠れている有栖川に、拳を握りしめてポーズを決めると、

 

 

 

「見つかると良いね。俺も何か分かったら、このレイさんに連絡する! では、俺はこれから講義なので!!」

 

 

 

 そう言い残して駅に向かって走っていった。

 マッチョがいなくなると、有栖川はホッとした様子で後ろから出てくる。そして一言……

 

 

 

「喰われるかと思った」

 

 

 

 それはないだろ!!

 

 

 

 マッチョと別れた私達は再び捜索を始める。マッチョからの収穫はなかったが、聞き込みという手があることに気づけた。

 そのため、聞き込みできそうな場所に向かうことにする。

 

 

 

「ここは?」

 

 

 

「喫茶店よ。聞き込みと言ったら喫茶店でしょ!」

 

 

 

「おー!! それはナイスアイデアよ!」

 

 

 

 私の提案に有栖川は拍手で答えてくれる。しかし、そんな有栖川とは違い、リエからは冷めた目線が向けられる。

 

 

 

「ちょっと休憩したかっただけですよね」

 

 

 

「…………」

 

 

 

「休憩ですよね」

 

 

 

「…………」

 

 

 

 

「そっぽ向かないでくださいよ!!」

 

 

 

 リエは無視して私は喫茶店に入る。そこはカウンター席しかない小さなお店。カウンターの向かい側では、茶髪の店主とオレンジ髪のバイト少女が働いていた。

 

 

 

 最近このお店を知って、暇な時に来ることがあるのだが、ここの店主は誰かに似ている気がする。どこかの怪盗に……。まぁ、そんなことはどうでも良いだろう。

 

 

 

 カウンター席に座り、私はメニュー表を有栖川に渡す。

 

 

 

「好きなもの頼んで良いよ」

 

 

 

「じゃあ、全メニュー一杯ずつください!」

 

 

 

「え!?」

 

 

 

 私だけでなくカウンターの向こうにいる店員も驚いて固まる。

 

 

 

「全部飲めるの!?」

 

 

 

「そんなことあるわけないじゃない。味見して美味しいものを探すのよ」

 

 

 

 何が良いか迷ったからってそんなことするな。

 私はメニューを取り返し、適当に良さそうなものを探す。

 

 

 

「そんなことはやめて……もう私が選ぶから」

 

 

 

 しばらくしてコーヒーとオレンジジュースがテーブルに置かれる。

 喫茶店に来れば、人も多くて聞き込みしやすいかと思ったが、そんなことはなく。店内は私達以外誰もいない。ガラガラな状態だった。

 

 

 

 仕方なく私は店主に話しかける。

 

 

 

「あの聞きたいことがあるんですけど良いですか?」

 

 

 

「はい。なんでしょうか?」

 

 

 

 私は事情を店主に話す。そして執事の行方を知らないか訊ねてみたが。

 

 

 

「すみません……。この店には来ていないですね」

 

 

 

 結局ここでも情報はなかった。

 喫茶店での聞き込みを諦めて、普通に休憩しようと私はコーヒーを飲み始めると、オレンジ髪の少女が、店内の奥からパソコンを持って来た。

 

 

 

「私が調べてみましょうか?」

 

 

 

「調べるって……? そのパソコンで?」

 

 

 

 流石にネットで調べたからって出てくる情報じゃないだろう。私は心の中で小馬鹿にしながらも、少女がやけに自信満々なため任せてみることにする。

 少女は有栖川に執事の特徴と経歴を聞き込むと、その情報を元にパソコンを操作し始めた。

 

 

 

 パソコンの打ち込み音が聞こえる中、私はまったりとコーヒーを飲む。

 

 

 

「レイさん、レイさん!!」

 

 

 

「何よリエ」

 

 

 

「やっぱりあの店主の方、誰かに似てますよね〜」

 

 

 

「気のせいよ。そんなわけないでしょ」

 

 

 

 そうだ。そんなはずはない……。確かに目元とか似ている気もするが……違うはず…………。

 

 

 

 と、そんな話をしていると、パソコンを操作していた少女が声を上げた。

 

 

 

「やりました!!」

 

 

 

「え、見つけたの!!」

 

 

 

 有栖川がカウンター席に身を乗り出して覗き込もうとする。しかし、少女はパソコンの画面は、秘密だと言って見えないようにしてから、

 

 

 

「あなたの探している執事さん……その行方、本当に知りたいですか?」

 

 

 

「そのために私はこの街に来たのよ!! 今更怖気付かないわ!!」

 

 

 

 少し言いにくそうにしている少女。しかし、有栖川の覚悟を聞き、言おうとした時。勢いよく店の扉が開いた。

 

 

 

「お嬢様、ここにいましたか!!」

 

 

 

 扉を開けて入って来たのは、白い髭を生やした老人。そしてその格好は執事らしいスーツ姿だった。

 

 

 

「じぃ!? なぜここに!!」

 

 

 

「屋敷を抜け出したと聞いて、この街に来ているのではと探したのです」

 

 

 

 執事は店に入ると、驚いて固まっている私や店員に一礼をする。

 

 

 

「すみません、お騒がせして。…………お嬢様帰りますよ」

 

 

 

 執事は扉を開けて、有栖川の通れるように道を広げる。有栖川のいる位置から真っ直ぐ歩くと、外には黒い車が停まっており、それに乗って帰ろうということだろう。

 だが、有栖川は立ち上がると、

 

 

 

「いやよ。私、治を見つけるまで帰らないわ!!」

 

 

 

 そう言って首を振った。

 この状態は予想していたのか。執事はため息を吐くと……。

 

 

 

「お嬢様には申し上げたくはなかったですが……。仕方がありません。彼は見つかりました」

 

 

 

「見つかったの!?」

 

 

 

「治が!!」

 

 

 

 探していた人物が見つかったと聞き、有栖川は執事に駆け寄る。

 そして嬉しそうに目を輝かせる。

 

 

 

「どこで!! 今何をしているの!?」

 

 

 

「それは……」

 

 

 

 言いにくそうにした執事は、私たちと顔を見てこの場で話す内容でないと判断したのか、有栖川の背中を押して外へと向かわせる。

 

 

 

「詳しいことは、車内で……」

 

 

 

 そう言って車へと連れて行く。はしゃいだ有栖川はお店を出て、車に乗り込もうとするが、途中で足を止めて振り返った。

 

 

 

「霊宮寺さん、手伝ってくれて感謝するわ!! またこの街に来ることがあったら、私のために働きなさい」

 

 

 

 笑顔でそんなことを言いながら、車に乗ってどこかへ走っていってしまった。

 

 

 

「行っちゃいましたね」

 

 

 

「見つかったんだったら良かったんじゃない。お会計お願い」

 

 

 

 私は立ち上がり、財布を取り出して会計を済ませる。

 

 

 

「そうですね。良かったですね! しかし、その執事さん何があったんでしょうね? 仕事を投げ出していなくなるなんて〜」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 白髪の客が帰り、店内は静かになる。店主はコップを洗いながら、パソコンを閉じた少女の顔を見る。

 

 

 

「なぁ、さっきの子供が探してた人物は誰だったんだ? なんだか困った様子だったが……」

 

 

 

 情報を調べた少女が、言いにくそうにしていたことに気づいていた店主は、そのことに疑問を持ち、先ほどの対応について聞く。

 すると、少女は下を向き、小さな声で

 

 

 

「…………彼女が探していたのは国木田 治。彼は先日、刑務所で…………」

 

 

 

 

 

 



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第66話 『秋のパーティ』

霊能力者のレイちゃんは、ダメ、無能、役に立たない?

 

 

 

著者:ピラフドリア

 

 

 

第66話

『秋のパーティ』

 

 

 

 

 

 満開な紅葉の下で、お肉を焼いて乾杯をする。花より団子とはこのことを言うのだろう、紅葉に興味を示さず、肉に酒を楽しむ。

 

 

 

「霊宮寺さ〜ん、ここのお肉も焼けますよ〜」

 

 

 

「はいはーい」

 

 

 

 私は一面真っ赤な景色の中、バーベキューをしていた。

 

 

 

「コトミちゃん。このお肉美味しいね」

 

 

 

「そうですよね! それ、アゴリンさんが選んでくれたんですよ!!」

 

 

 

「アゴリンさん、ナイスよ!!」

 

 

 

 私はお肉を焼いているアゴリンさんに親指を立てる。すると、アゴリンさんもドヤ顔で返してくれた。

 

 

 

 少し離れたところでは、リエと京子ちゃんが談笑していたり、マッチョの二人とスキンヘッドが筋トレしている。

 

 

 

「レイさん、見てください! 綺麗な落ち葉ですよ!!」

 

 

 

「あ〜、綺麗ね。あれ? 私、あんたと一緒にタカヒロさんいるものだと思ってたんだけど、どこ行ったの?」

 

 

 

「師匠ですか、師匠は…………あ!! いました!!」

 

 

 

 楓ちゃんが黒猫を発見する。黒猫は紅葉を見て楽しんでいる魔法少女の背後に座り、怪しい位置から見上げている。まるでスカートの中を…………。

 

 

 

「師匠ーーー!!!!」

 

 

 

 

 

 

 なぜ、私たちがこうした大人数で紅葉を見にやって来たのか。理由は簡単だ。コトミちゃんに呼ばれたからだ。

 普段なら組のメンバーで行く予定だったが、コトミちゃん、京子ちゃん、そしてスキンヘッドの三人しか集まらず、急遽人を呼ぶことにした。

 そして集まったのがこのメンバーである。

 

 

 

 まず私、リエ、タカヒロ&ミーちゃん、楓ちゃんのメンバー。

 

 

 

 次にスキンヘッドの友人であるマッチョの先輩と後輩。さらにどこから情報を知り得て来たのか、私を付け狙う黒淵さん……。

 

 

 

 京子ちゃんのお料理友達でアゴリンさん。そのアゴリンさんの彼氏のスコーピオン。

 ゴーゴーレンジャーは忙しくて参加できず、スコーピオン繋がりで、魔法少女の三人、詠美ちゃん、セナちゃん、美津子ちゃん。

 

 

 

 このメンバーで紅葉を見に来ることになった。

 

 

 

 

 

 

 

 私はお肉を頬張りながら、みんなが何をしているのか観察する。マッチョの二人とスキンヘッドは筋肉の自慢をしあっているから、興味ないとして……。

 椅子に座った京子ちゃんの膝で、ちょこんと座っているリエ。あの二人が何を話しているのか気になる。

 

 

 

 最近、初めて知ったことなのだが、京子ちゃんは日本の西の方ではかなり名のある霊能力者だったらしい。

 楓ちゃんもそれを知ってから、スキンヘッドから知らされるまではしなかったようで、この前そんな話をした。その時に忍者が探していた強い力の持ち主も、京子ちゃんのことじゃないかという疑惑も出たが、終わったことだし確認はしていない。

 

 

 

 そんな力の持ち主の京子ちゃんと、幽霊であるリエ。二人の話が気になった私は、そっと二人の背後に回り込む。

 

 

 

「私はパン派ですね。京子さんは何派ですか?」

 

 

 

「私はご飯はだ。やはり米が一番だろ!! 納豆と一緒に食べると美味いぞ」

 

 

 

「う〜ん、分からなくはないですけど、やっぱりパンですね〜」

 

 

 

 この二人はなんの話をしてるんだ!?

 なんで幽霊と実力のある霊能力者がパンかご飯かの話をしてるんだよ!!

 

 

 

 まぁ、今はそんな話が出来るほど、平和なのかもしれない。

 私は会話に入る気にもなれず、そっと二人から離れる。テーブルへ戻っていると、お肉を焼いていたアゴリンさんが新しく焼けたお肉を紙皿に乗せて、私に手渡す。

 

 

 

「すみません、これあそこにいる詠美ちゃん達に渡して来てください」

 

 

 

 調理で忙しいのか。そんなことを頼まれる。まぁ、今はお腹もいっぱいで暇なため、私は紙皿を受け取ると、三人の魔法少女の元へ向かった。

 

 

 

 魔法少女達は木下で、妖精のような小さい幽霊と談笑している。

 

 

 

「三人とも〜、お肉持って来たよ〜」

 

 

 

「霊宮寺さん、ありがとうございます!!」

 

 

 

 いち早く詠美ちゃんが気づいて、笑顔で駆け寄ってくる。しかし、地面から飛び出している木の根に足を引っ掛けて、壮大に転ぶ。

 

 

 

「大丈夫!?」

 

 

 

 思いっきり転んだ詠美ちゃんに駆け寄って、私は手を掴んで起き上がらせる。怪我はないようでよかった。

 

 

 

「詠美、何してるんですわ」

 

 

 

「急ぎすぎやで」

 

 

 

「えへへへ〜」

 

 

 

 詠美ちゃんが転ぶのは、いつものことなのか、三人とも慣れた様子だ。

 詠美ちゃんは軽く土を払うと、紙皿を受け取った。

 

 

 

「美味しそうやな〜」

 

 

 

「食べていいんですか!!」

 

 

 

「そのために持って来たのよ」

 

 

 

 私がそう言うと、詠美ちゃんは二人に箸を渡して早速食べ始める。

 

 

 

 しかし、私や他の二人は詠美ちゃんのワンピースに残った土が気になって、手で払って綺麗にする。

 三人で詠美ちゃんの世話をしている気分だ。

 

 

 

「もうまだ土が残ってますわよ」

 

 

 

「もっと詠美はこういうところ、しっかりしないとダメやで」

 

 

 

 詠美ちゃんの服を綺麗にしてから、やっと二人もお肉を食べ始める。ここに来る途中もそうだが、この詠美ちゃんの面倒を二人が見ている雰囲気がある。

 一番子供っぽいっていうか、純粋っていうか。

 

 

 

 それに比べると、一番大人っぽいのが、美津子ちゃんだ。変身したら……ゴリラだが。しっかり者で周りが見えている。お肉を食べる時も、上品に口まで運んで食べている。

 セナちゃんは破天荒で元気いっぱいだが、詠美ちゃんと比べるとしっかりしている。たまに喋り出すと、「やでやで」言いながらツッコミしてくるのがウザいが、そういうキャラ付けをしているのだろう……。

 

 

 

 私はお肉の感想を聞いて、アゴリンさんに報告しておこうと、三人の顔を見る。すると、三人ともリスのように口に大量のお肉を含んでいた。

 三人とも結局子供だ……。

 

 

 

 今は喋れなそうだと判断し、私が戻ろうとした時。詠美ちゃんは噛まずに飲み込んだのか、

 

 

 

「霊宮寺さんは魔法少女に興味ないんですか?」

 

 

 

 と、喋りかけて来た。噛めよっと言いたかったが、その前に……。

 

 

 

「興味があるとかじゃなくて…………。少女って何歳から何歳までだと思う……」

 

 

 

 私はそのまま思っていたことを三人に伝える。

 詠美ちゃんは一呼吸おいた後、セナちゃん、美津子ちゃんと交互に顔を合わせて、頷き合う。そして、

 

 

 

「「「年齢は関係ないと」」」

 

 

 

「嫌よ!! それにちょっと考えたでしょ!!」

 

 

 

 明らかに一瞬止まっていた。それに対して私が突っかかっていると、詠美ちゃんが首を傾げる。そして純粋な顔で聞いて来た。

 

 

 

「霊宮寺さんっていくつなんですか?」

 

 

 

「……………」

 

 

 

 私は答えずにその場で立ち尽くしていると、どこからやって来たのか。いつの間にか後ろで座っていた黒猫が、

 

 

 

「この前にコイツの免許証を見たんだが、その時に……ぶっ!?」

 

 

 

 私は黒猫に掴みかかって口を閉ざす。

 

 

 

「何勝手に免許証見てるのよ」

 

 

 

「だってその辺に放置してあるから……。てか、年齢なんて気にするような歳じゃないだろ、まだそこまでは……」

 

 

 

 私は黒猫を黙らせるために、上下に振ってシャッフルする。脳の震えた黒猫は、フラフラになり目を回して、静かになった。

 

 

 

「じゃあ、ごゆっくり〜!!」

 

 

 

 私は黒猫を連れて、そのまま魔法少女達から離れて、テーブルの場所に戻った。

 テーブルに戻ると、アゴリンさんがスコーピオンとイチャイチャしながら、お肉を焼いていた。

 

 

 

「どうでした? 美味しかったって?」

 

 

 

「あー、美味しかったって言ってましたよ〜」

 

 

 

 感想を聞き忘れたが、まぁ、美味しそうに食べていたし、適当にそう答えておく。

 私が椅子に座ると、隣に座っていたコトミちゃんが黒猫の異変に気づく。

 

 

 

「あれ? 猫ちゃんどうしたんですか?」

 

 

 

 まだ目を回してクラクラしている黒猫を、コトミちゃんは抱き上げる。

 

 

 

「まぁ、ちょっと色々ありまして……」

 

 

 

「怪我はしてないけど。ちょっと休ませてあげましょうか」

 

 

 

 事情を知らないコトミちゃんは、黒猫を膝の上で寝かせる。寝かされた辺りから黒猫は意識を取り戻した感じがあるが、放置しておこう。

 

 

 

 なんだか若い子と膝で寝てる嬉しい思いと、人見知りの辛さで、葛藤している様子だし、面白いからこのまま任せる。

 

 

 

 そんな黒猫よりも、私はあそこにいる二人が気になる。

 

 

 

「そういえば、いつの間にあの二人は付き合ったんだろう」

 

 

 

 幽霊と霊能力者の会話も気になったから、向こうにひっそりと言ったが、アゴリンさんとスコーピオンの関係も、今日会ってからずっと気になっていた。

 

 

 

 この二人が付き合っていたことを、今日初めて知ったのだ。

 

 

 

 黒猫を撫でながら、コトミちゃんが知っている限りのことを口にする。

 

 

 

「確かお料理教室の帰りにまた会って、それから意気投合したとかって、そう聞きましたよ」

 

 

 

 そういえば、あの二人は顔見知りではあった。しかし、その帰りで会って、仲良くなっていたとは……。

 

 

 

「なんで怪人と付き合ったんだろう〜」

 

 

 

「私にも分かりませんよ。両手ハサミですし……」

 

 

 

 そりゃ〜、分からないよね〜。

 

 

 

 イチャイチャしている二人を眺め、私はテーブルに置きっぱにしていた缶ビールを手にして、ぐびっと飲んだ。

 そして空っぽになると、近くにあるビニールに捨てる。

 

 

 

「そういえば、あなたは新しい彼氏はつくらないの?」

 

 

 

 私は缶を捨てると、コップにオレンジジュースを注いでいるコトミちゃんを目線を向ける。

 コトミちゃんは一瞬動きを止めたが、ジュースを注ぎ終えると首につけているネックレスを握りしめた。

 

 

 

「そうですね……。まだいいかな…………。今は」

 

 

 

 ネックレスを大切そうに抱きしめる顔は、未だに忘れられないという表情だ。

 目を閉じて、昔をことを懐かしんでいる様子。

 

 

 

 首なしライダーの件から、すでに数ヶ月。こうして彼のことをずっと想い続けている。首なしライダーは幸せ者だ……。

 

 

 

 私はコトミちゃんの様子を見ていると、横から誰かが抱きついて来た。

 

 

 

「レイちゃーーーーん!!!!」

 

 

 

「っげ!? 黒淵さん!!」

 

 

 

「ち、が、う、でしょ!! モエちゃんでしょ!!」

 

 

 

 抱きついて来たのは黒淵さん。黒淵さんは私を両手でがっしりと掴むと、頬に頬を擦り付けてくる。

 

 

 

「やめてーーー!!!!」

 

 

 

「良いじゃない!!」

 

 

 

 私は必死に抵抗して、どうにか黒淵さんを振り払うのに成功する。そして今も尚、ネックレスを抱きしめているコトミちゃんを盾にして、黒淵さんから逃げた。

 

 

 

「どこに行くのよ〜、レイちゃ〜ん!!」

 

 

 

「来ないでーー!!!!」

 

 

 

「私、絶対にあなたのことを忘れないから……」

 

 

 

 

 

 



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第67話 『キノコは危険』

霊能力者のレイちゃんは、ダメ、無能、役に立たない?

 

 

 

著者:ピラフドリア

 

 

 

第67話

『キノコは危険』

 

 

 

 

 

 時刻は昼を過ぎて、日が落ち始める。

 

 

 

「あれ? そういえば、コトミちゃんは?」

 

 

 

 お肉もあらかた食べ終わり、やることのなくなった私は椅子を並べて横になる。そんな私と上に重なってリエもうとうとしていた。

 

 

 

「コトミさんですか……見てないですね〜」

 

 

 

 欠伸をしながら首だけ左右に動かして周囲を確認したリエが答えた。欠伸と同時に身体を伸ばしたため、手が顎に当たって苦しい。

 

 

 

「そういえば、30分前くらいにトイレに行ってから、帰って来てない気がしますね」

 

 

 

「何かあったのかな〜」

 

 

 

 山奥とはいえ、コトミちゃんは来年から大学生。もう大人になるんだし、大丈夫だろうと、そこまでは心配してない。

 

 

 

 と、やはり心配の必要はなく。そんな会話をしてすぐにコトミちゃんが戻ってきた。

 

 

 

「あ、戻って来ましたね……あれ、でも、なんか変ですね」

 

 

 

 寝っ転がったままリエがそんなことを口にする。気になった私は首だけ動かしてコトミちゃんの様子を見る。

 

 

 

「んぅぅ〜、そうね、なんか……変ね」

 

 

 

 リエが上に乗っているため、はっきりとは見えないが、コトミちゃんの見た目がさっきと違う。

 

 

 

 頭に何か刺さっている……?

 

 

 

「リエ、ちょっと……」

 

 

 

「はい?」

 

 

 

 私はリエを退かして、もう一度コトミちゃんを見直す。しかし、やはり刺さっていた。いや、正確には生えていた。

 

 

 

「頭にキノコが生えてるぅ!?」

 

 

 

 戻って来たコトミちゃんの頭にはカラフルなキノコが生えていた。

 思いっきり頭から生えたキノコは、風に揺れて左右に動く。そしてコトミちゃんの表情はおかしく、目は虚で口は半開き、両手をぶらりと下げていた。

 

 

 

「コトミちゃん、そのキノコどうしたの?」

 

 

 

 その様子を心配し、アゴリンさんとスコーピオンがコトミちゃんに近づく。

 

 

 

「俺のデーモンシザーでそのキノコ切ってやろうか?」

 

 

 

 冗談混じりに自慢のハサミを上下させるスコーピオン。しかし、そんなスコーピオンの冗談やアゴリンさんの心配を無視して、コトミちゃんは何も返事はしない。

 

 

 

「本当にどうしたの?」

 

 

 

 アゴリンさんが何かあるのかと近づいた時。コトミちゃんが動いた。アゴリンさんの距離を縮めると、顔を近づける。鼻と鼻がぶつかりそうな距離。そんなところで……。

 

 

 

「はぁぁぁぁぁぁぁ……」

 

 

 

 コトミちゃんはアゴリンさんの顔に向けて、吐息を放った。その吐息には黄色い粉が混じっており、その粉を吸ってしまったアゴリンさんは全身の力が抜けたようにだらりと両手を下げた。

 

 

 

「どうした? アゴリン?」

 

 

 

 スコーピオンが心配してアゴリンさんの肩を掴んで揺らす。そして気がついた

 

 

 

「お前、頭にキノコ生えてるぞ!?」

 

 

 

 アゴリンさんの頭にコトミちゃんと同じようにキノコが生えていた。

 

 

 

「ど、どうなってるんだ!? 怪人の攻撃か!?」

 

 

 

 怪人が怪人の攻撃を警戒して、距離を取ろうとする。しかし、スコーピオンはすでに……

 

 

 

「なに!? 挟まれた!?」

 

 

 

 コトミちゃんとアゴリンさんに左右から挟まれて逃げ場を失っていた。

 想像以上にヤバそうなことになっていたため、私はリエを抱き上げて立ち上がる。そしてスコーピオンの元に行こうとするが、スコーピオンはそんな私を見て、叫び声を上げる。

 

 

 

「来るな!!」

 

 

 

「え、でも!?」

 

 

 

「俺はもう助からない……。レイさんは残ったみんなを連れて逃げてくれ……。これは怪人である俺の勘だが、原因を解決すれば、キノコが抜けて元に戻る!! 後のことは頼んだぞ!! がぁぁぁぁぁっ!!」

 

 

 

「スコーピオォォォォォンッ!!!!」

 

 

 

 吐息を吐かれるスコーピオン。私とリエは背を向けると、振り返ることなく走り出した。

 そして私がみんなに伝えることなく、現状の状況はこの場にいる原因に見えていたようで、残った全員は一斉に同じ方向へ逃げ始める。

 

 

 

「おい、レイ。なんだあれは!!」

 

 

 

 楓ちゃんに抱っこされた黒猫が説明を求めてくる。しかし、私がわかるわけもない。

 

 

 

「知らないよ!! あんたこそ、知らないの!?」

 

 

 

「知るか!!」

 

 

 

 やはりというか、黒猫も知っているわけがない。そんな中、京子ちゃんが走りながら

 

 

 

「もしかしたらだが、キノコ神様かもしれない」

 

 

 

「なんですかそれは?」

 

 

 

「この山にいたとされる神よ。恐らくは妖が神として崇められてただけだと思うけどね」

 

 

 

 バーベキュー場が見えなくなり、辺りが木しかない場所で、私達は円形になって京子ちゃんの話を聞く。

 

 

 

「数日前に雨があったでしょ。その時に祠がズレて封印が解除されたんだ。コトミ達を戻すためには、キノコ神様を封印し直す必要がある」

 

 

 

 封印ってそんなこと言われても……。封印の方法がわからない。

 すると、私の疑問を代弁してくれたかのように、楓ちゃんが質問する。

 

 

 

「封印ってどうやるんですか?」

 

 

 

「簡単だ。祠の位置を戻せば良い。そうすれば、キノコ神様は力を失う」

 

 

 

「なら、早く行きましょう!! 皆さんを元に戻さないと!!」

 

 

 

 気合を入れて楓ちゃんが拳を握りしめる。そんな楓ちゃんの士気の上昇に反応するように、魔法少女達も気合を入れて、それぞれ拳を握りポーズを決める。

 

 

 

「そうね、こういう時こそ、ヒーローの出番ね!!」

 

 

 

「そうやな、私達が祠をチャチャって戻してやるぜ」

 

 

 

「ヒーローの出番ってことですわね」

 

 

 

 そうだ。こういう時こそ、ヒーロー達に任せれば良い……。私達はゆっくりと魔法少女達から距離を取る。

 

 

 

「どうしたんですか……皆さん…………」

 

 

 

 嫌な予感がした魔法少女達は引きずった表情で、後ろを振り返る。すでに背後にはキノコの生えたコトミちゃん達が立っていた。

 

 

 

「あ……」

 

 

 

 三人の魔法少女達はキノコの生えたコトミちゃん、アゴリンさん、スコーピオンに捕まる。そして両手で顔を掴まれて、顔を近づかせられると……。

 

 

 

「い、いやァァァァァァァァァァ!!!!」

 

 

 

「はぁぁぁぁぁぁっ…………」

 

 

 

 魔法少女達の勇気ある犠牲のおかげで私達は逃げることができた。

 

 

 

 ありがとう魔法少女──あなた達のことは忘れない。

 

 

 

 

 

 魔法少女を生贄に、寄生されたコトミちゃんから逃げた私達は、さらに山奥へ逃げ込む。

 

 

 

「姉さん、その祠ってどこにあるんだ?」

 

 

 

 走り疲れて息を切らした私の背中を摩りながら、スキンヘッドが京子ちゃんに聞く。京子ちゃんはマッチョ達と辺りを警戒しながら、問いに答える。

 

 

 

「この山の頂上だ。そこに祠がある」

 

 

 

 京子ちゃんはそう言って山の天辺を指で示した。

 山の頂上はまだまだ先、今いるところで半分というところだろうか……。そんな話を聞いて私は座り込んだ。

 

 

 

「もぉぉ〜だめぇ……」

 

 

 

「私もです〜」

 

 

 

 私と同じように疲れ切ったリエが、私の膝を枕にして寝っ転がる。

 疲れて休んだ私たちを見て、黒猫が睨みつけてくる。

 

 

 

「お前ら、何やってんだよ」

 

 

 

「しょーがないじゃない……疲れたんだから……。てか、アンタはずっと運んでもらってるじゃない」

 

 

 

 そう、黒猫は楓ちゃんに抱っこしてもらっている。アンタには言われたくない。

 

 

 

 私の状態からスキンヘッドとマッチョ達。男共が相談を始める。

 

 

 

「このままみんなで行動しててもいつかは追い付かれる」

 

 

 

「なら、筋肉のある男性陣が祠を戻し、女性陣は残った男性陣が守るっていうのはどうだ?」

 

 

 

「よし、なら二チームに分かれるか」

 

 

 

 相談を終えると、スキンヘッドが中心となりチーム分けを始める。そして……

 

 

 

「祠を戻すのは、マッチョと姉さんのトリプルゴリラチーム。残った俺と楓は霊宮寺さん達を守る。それで良いな」

 

 

 

 というチーム分けになった。

 

 

 

 同じチームになったことを、黒淵さんが喜んで興奮しているが、とりあえず無視する。

 まぁ、楓ちゃんがいるだけでこっちとしては守ってもらえるから構わない。しかし、

 

 

 

「誰がゴリラだァァァァァ!!!!」

 

 

 

 ゴリラチームと呼ばれて怒った京子ちゃんが、スキンヘッドを木刀で殴り飛ばした。飛ばされたスキンヘッドはぶつかった木を三本ほど倒して止まる。

 

 

 

「スキンヘッドォォォォォ!? …………気絶してる……」

 

 

 

 スキンヘッドは鼻から血を流して気絶している。自業自得といえばそうなのだが……。

 

 

 

 京子ちゃんはそっぽを向いて腕を組む。だが、チーム分けを変えることはないし、意見としては賛成らしい。

 

 

 

「大丈夫ですか?」

 

 

 

 スキンヘッドを心配して、楓ちゃんが駆け寄る。すると、スキンヘッドはムクっと立ち上がった。

 

 

 

「大丈夫だ……」

 

 

 

「復活はや!?」

 

 

 

 まぁ、その復活の早さは楓ちゃんの力だろうが……。

 

 

 

 チーム分けも終わり、祠を戻すのは京子ちゃん達に任せて、私達は寄生された人々に襲われないように隠れられる場所を探す。

 

 

 

「どこか、隠れられそうなところは……」

 

 

 

 私達は周囲を見渡すが、木や草だらけであり何も見当たらない。

 

 

 

「私はレイちゃんと一緒なら、キノコが生えても良いわよ〜」

 

 

 

「私は嫌よ」

 

 

 

 こんな状況だというのに、黒淵さんはしつこく絡んでくる。腕に絡みついてくる黒淵さんを引き剥がそうと、私は黒淵さんの身体を押すが、意外と力のある黒淵さんに私は負けて引き剥がせない。

 そんな中、ふと、黒淵さんがキョロキョロし出すと、

 

 

 

「あら、何か聞こえるわね」

 

 

 

 それと同じくして黒猫も耳をピンとさせる。

 

 

 

「来るぞ。奴らだ……」

 

 

 

 黒淵さんと黒猫は同時に同じところを向く。そこは草むらの生い茂る林の中。

 

 

 

「誰もいないよ……?」

 

 

 

 しかし、そこに人がいる気配はない。あるのは本当に草木のみ。しかも草むらに隠れるにしても、この高さじゃ隠れきれないし、木のそんなに太くはない。

 

 

 

「気のせいだったんじゃないですか?」

 

 

 

 楓ちゃんが草むらを見てそんなことを言う。私も同感だ。黒淵さんと猫が同時に反応したのは、偶然だろう……。

 しかし、気のせいだと認めたくないのか。黒淵さんは慎重に草むらに近づいていく。

 

 

 

「そんなことないわよ。私のセンサーは完全に……」

 

 

 

 そして背伸びをして草むらの中を覗いてみた。だが、何も見えないのか、反応がない……。

 

 

 

「やっぱり何もなかったんじゃ……」

 

 

 

「違う…………っ!! 上だ!!」

 

 

 

 黒猫が叫んだ時、上にある木の枝に足を引っ掛けて、美津子ちゃんがぶら下がって現れた。

 

 

 

「やっぱり私のセンサーは正しかったんだ!!」

 

 

 

 黒淵さんが喜ぶのも束の間。美津子ちゃんは逆さになった状態で、黒淵さんの顔を掴む。

 そして黒淵さんに向かって息を吹きかけた。

 

 

 

「黒淵さぁぁぁん!!」

 

 

 

「モエちゃんで…………しょ………………」

 

 

 

 黒淵さんの頭にもキノコが生えて、操られてしまう。まさか、魔法少女が上から現れるなんて……。

 

 

 

「早く逃げないと!!」

 

 

 

 私達は急いでこの場から逃げようとする。しかし、

 

 

 

「もう遅いな……」

 

 

 

 黒猫が悟ったようにそう口にすると、木の上から魔法少女達が降りてきた。

 現れたのは詠美ちゃんとセナちゃん。美津子ちゃんと新しく操られた黒淵さんを加えれば、四人に囲まれた状態だ。

 

 

 

「完全に逃げ場がないですよ!!」

 

 

 

 私とリエ、黒猫と楓ちゃん、スキンヘッドは、完全に囲まれてしまった。

 

 

 

「どうしましょう、どうしましょう!?」

 

 

 

 リエが私の肩を掴んで揺らして助けを求めてくる。しかし、そんなこと言われてもどうにもできない。

 ハンパ諦め状態でいると、楓ちゃんが黒猫を私に渡してきた。

 

 

 

「ここは僕たちに任せてください」

 

 

 

「ああ、その通りだ。霊宮寺さん、アンタは逃げな」

 

 

 

 そして楓ちゃんとスキンヘッドが前に出る。

 

 

 

「楓ちゃん、スキンヘッド……?」

 

 

 

「僕達が突破口を開きます。師匠を連れて、逃げてください」

 

 

 

「俺達も後から追うからよ。振り返らずに走りな」

 

 

 

 思いっきりフラグを立てまくる二人。だが、今はそれしか手段もない。

 

 

 

「分かった。ここは任せたよ」

 

 

 

「はい!!」

 

 

 

 私は黒猫を頭に乗せ、リエの手を引くと真っ直ぐ走り出した。もう振り返ることもせず、ただひたすらに真っ直ぐと……。

 

 

 

 

 

 

 

 

「私達は逃げ切れましたが……楓さん達は……」

 

 

 

 逃げ切ることに成功し、洞窟を見つけた私達は洞窟の中に身を潜めていた。

 楓ちゃん達のおかげで逃げ切ることはできたが、もう私たちを守ってくれる人はいない。

 

 

 

「これからどうする? このまま隠れているつもりか?」

 

 

 

 黒猫が洞窟の外を見張りながら私に訊ねる。

 

 

 

「隠れているのが一番良いでしょ。京子ちゃん達に任せれば良いのよ」

 

 

 

 黒猫的にはここで隠れていないで、私達も祠を目指すべきだと言いたいのだろう。私達に魔法少女達が現れたということは、残りのコトミちゃん達三人は、祠を守りに行ったということだ。

 京子ちゃん達が無事だとは限らない。ならば、私たちで祠を戻しに行くべきだ。黒猫が言いたいことはそんなところだ。

 

 

 

 しかし、そんなリスクは犯したくない。見つかって捕まれば、その場でアウト。洞窟から出ないで潜んでいれば、それは絶対にないのだ。

 

 

 

 何よりも向こうは、ゴリラチーム。ほぼ無敵の陣形と言って良い。あのチームが負けたなら、人類はキノコに征服されるだろう。

 

 

 

「なんか揺れてませんか?」

 

 

 

 洞窟の奥にいたリエがそんなことを言い出し、怯えるように私の元へと駆け寄ってきた。

 確かに揺れているような……。

 

 

 

「これはヤバい奴らだな……」

 

 

 

 外を警戒していた黒猫は、私の肩に飛び乗ってすぐに逃げるように指示を出す。私は嫌な予感がして、急いで洞窟の外へ向かう。

 

 

 

「来るぞ来るぞ来るぞ!!」

 

 

 

 洞窟を出て振り返ると、洞窟の岩を素手で掘り進み、マッチョ達が洞窟から現れた。

 揺れていたのはマッチョの二人が穴を掘っていたからだ。そして二人の頭には……。

 

 

 

「この二人がやられたの!?」

 

 

 

 キノコが生えていた。

 

 

 

「逃げろ!!」

 

 

 

「言われなくても逃げるよ!!」

 

 

 

 私は黒猫とリエを連れて、全力疾走を始めた。すぐ後ろをキノコの生えたマッチョが追ってくる。

 私は走りながら叫ぶ。

 

 

 

「なんで居場所がバレたのよ!!」

 

 

 

「そんなの決まってるだろ、鼻が効くやつが敵になったからだよ」

 

 

 

 私達の逃げる方向。そこにはキノコの生えた黒淵さんがいた。

 そういえば、猫と同じくらい早く、人の接近に反応していた。黒淵さんはなんらかの理由で、人の居場所がわかるのだろう。

 

 

 

「前だけじゃないです!!」

 

 

 

「囲まれてる!?」

 

 

 

 気がつけば、すでに逃げ道は塞がれており、私はキノコの生えた集団に囲まれていた。

 

 

 

「もうだめだぁぁぉぁ!!」

 

 

 

 足を止めて私は頭を抱える。逃げる手段はない。何より囲んでいる中には楓ちゃんもいるのだ。

 どんなに頑張って逃げても、楓ちゃんに追いつかれてしまう。

 

 

 

「レイさ〜ん、助けてくださ〜い!!」

 

 

 

 リエの手が私から離れて魔法少女達に連れ去られる。

 

 

 

「うぉっ!? やめろ〜!! ミーちゃんに触れるな!!!!」

 

 

 

 頭にいたはずの黒猫はマッチョの二人と黒淵さんに捕まった。

 

 

 

「リエ!! タカヒロさん!!」

 

 

 

 私は二人に手を伸ばすが、その腕を横から出てきた手に掴まれた。

 

 

 

「か、楓ちゃん……」

 

 

 

 私を捕まえた楓ちゃん。そのまま両腕を掴まれて完全に拘束されると、楓ちゃんの顔が近づいてきた。

 

 

 

 もうダメだ……。私も頭にキノコが生えるんだ……。

 すでにリエと黒猫は吐息を吐かれて、頭からキノコが生えている。もうすぐ私も仲間入りする……。

 

 

 

 楓ちゃんが大きく息を吸い……吐こうとした時。

 

 

 

 山の頂上から強い衝撃音。そしてそれと同時に頂上から風が吹き荒れた。草木が揺れて、その衝撃の強さを物語る。

 

 

 

 風が吹き終えると、

 

 

 

「あ、あれ、僕は……」

 

 

 

 楓ちゃんの頭に生えていたキノコが、ポロリと抜けた。そしてそれは楓ちゃんだけでなく、みんなも同じように、キノコが抜けていく。

 

 

 

「私は確か……」

 

 

 

「レイさん!! 良かった!! 祠が戻されたんですよ!!」

 

 

 

 みんな元に戻り、私はホッとして全身の力が抜けたように倒れる。そんな私をすぐさま、楓ちゃんが気づいて支えてくれた。

 

 

 

「大丈夫ですか? レイさん」

 

 

 

「ありがとう、楓ちゃん」

 

 

 

 

 

 

 

 バーベキュー場に戻ると、京子ちゃんと残りのメンバーがすでに戻っていた。

 

 

 

「皆、元に戻れたみたいだな」

 

 

 

「京子ちゃんが祠を戻してくれたの?」

 

 

 

「ああ、途中でキノコ神様が邪魔をしてきたが、木刀でぶっ倒しておいた」

 

 

 

 流石は名のある霊能力者だ。邪魔をされても問題なく倒してしまう。

 

 

 

「さてと、みんな無事に戻れたことだし、続きをやりましょうか」

 

 

 

 

 

 

 



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第68話 『ゲームへようこそ!』

霊能力者のレイちゃんは、ダメ、無能、役に立たない?

 

 

 

著者:ピラフドリア

 

 

 

第68話

『ゲームへようこそ!』

 

 

 

 

「僕、参上です!!」

 

 

 

 部活を終えた楓ちゃんが、元気よく玄関を開けて入ってくる。

 

 

 

「おけ〜り〜、ん? なにそれ?」

 

 

 

 ソファーで寝っ転がり、リエと一緒に煎餅を食べていた私の視線に、楓ちゃんが持ってきた大きい段ボールが入った。

 楓ちゃんは段ボールをテレビの前に置くと、箱を開ける。

 

 

 

「確か、レイさんってゲームやってましたよね」

 

 

 

「まぁ、暇つぶし程度には……」

 

 

 

 箱を開けると、楓ちゃんは箱を斜めにして中身を見せびらかしてくる。そしてそこにあったのはヘルメットのようなものが装着されたゲーム機。

 

 

 

「もしかして、それって……」

 

 

 

 見覚えのあるゲーム機に私は口元に手を当てて驚く。そんな様子を見て、楓ちゃんは頭に手を当てて照れるように、

 

 

 

「実はくじ引きで当たったんですけど、僕ゲームに詳しくはないので、一緒にやって欲しいんです。友人は別ゲーで忙しいって言われて」

 

 

 

「なら、任せなさい!!」

 

 

 

 私は煎餅を咥えながら、跳ね上がった。

 

 

 

 

 

 

 楓ちゃんが持ってきたゲーム機はVRと呼ばれるものである。これはヘルメットから特殊な電波を送り、夢の中でゲームができるというもの。

 脳に直接電波を送るということから、安全面で反発する層も多く。度重なる事件から販売数の極端に少ないハードだ。

 

 

 

 しかし、夢の中で遊べるという点で、レビュー自体は高く。現実を忘れたくなるほどだという評判だ。

 

 

 

 そういう評判もあり、私も気になってはいたが、手に入らずに諦めていた。

 

 

 

「それでなんのゲームソフトなの?」

 

 

 

「ソフトはこれですね。アトラスソードⅢ。ファンタジー世界を探索するロールプレイングゲームみたいですね」

 

 

 

「あ〜、よくCMでやってるやつね!」

 

 

 

 楓ちゃんと協力してゲーム機を設置していると、リエが興味津々に近づいてくる。

 

 

 

「い〜な〜、私もやりたいです〜」

 

 

 

「リエは無理でしょ。ヘルメットを被れても、幽霊がゲームの世界に接続できないんだから」

 

 

 

「む〜」

 

 

 

 頬を膨らませて不機嫌なことをアピールしてくる。しかし、そんな顔をされても、できないものはできないんだ。

 このゲームは人間用に作られている。幽霊がプレイできるようにはなっていないのだ。

 

 

 

「てか、楓ちゃんをゲームやろうとするなんて、ちょっと珍しい気がするよ。基本、私とリエがやってるし」

 

 

 

「僕もたまにはやるんですけど、部活とバイトで〜」

 

 

 

 そのバイト中に私達はゲームをやっているのだが……。しかし、私達がゲームをやっているときは、大体猫と遊んでいるし、普段は黒猫を構うので忙しいのかもしれない。

 

 

 

「それにこのゲームは友達にすごい勧められてて、ちょっと気になってたんですよね……」

 

 

 

「楓さんの友達、このゲーム機持ってるんですか? さっきの話的に結構レアっぽかったですけど」

 

 

 

「持ってるよ。僕が聞いた感じだと、かなりやりこんでるみたいでランカー? とか言ってた」

 

 

 

「凄そうですね……」

 

 

 

 リエ達が話している間に、私はコンセントにコードを差し終わり、起動の準備ができる。

 

 

 

「んで、今日は私と楓ちゃんの二人でやるのよね」

 

 

 

「はい! ヘルメットも二つあるので、二人で協力して遊びましょう!!」

 

 

 

 リエからの羨ましそうな目線を感じるが、無視して話を続ける。

 

 

 

「じゃあ、私と楓ちゃんのパーティってことで良いのね」

 

 

 

「はい! ではゲームに入ったらロビーで会いましょう!!」

 

 

 

 私と楓ちゃんは用意しておいた布団の上に寝っ転がると、ヘルメットを装着した。そしてリエに見守られる中、電源をオンにすると、意識が遠くなり…………。

 

 

 

 

 

 

「ようこそ、アトラスソードの世界へ」

 

 

 

 目を開くと、そこは真っ白な空間。そこに青髪の美しい女性が立っていた。

 

 

 

「ここがゲームの中……?」

 

 

 

「まだですよ。ここはサーバーの入り口。ゲームの世界に行く前に、あなたの情報を記録して保存する必要があるのです」

 

 

 

 女性はそう言った後、私の目の前に半透明の画面を出現させる。

 

 

 

「あなたの名前と顔を選んでください」

 

 

 

「顔と名前……そっか、本名でやるわけにもいかないしね!!」

 

 

 

 とはいえ、いざ名前を決めるとなってもなんて名前をつけたら良いか……。

 本気で迷い始めると、三十分は超えそうだったため、後で変更できることにだろうし適当な名前をつけることにする。

 

 

 

「とりあえず、これでいっか!!」

 

 

 

 情報を打ち込み終えると、目の前の風景が切り替わる。そして真っ白な空間から、煉瓦造りの街へと切り替わった。

 

 

 

「これでゲームの世界に来れたみたいね」

 

 

 

 楓ちゃんとはロビーで待ち合わせと言っていたが、目印になるようなものも知らなかったし、適当に言っただけだろう。

 まずは手探りで楓ちゃんを探さないといけない。

 

 

 

 私はスタート地点から真っ直ぐ進み、噴水のある広場へ出る。すると、

 

 

 

「あれ……楓ちゃんっぽ〜い」

 

 

 

 噴水のベンチの前で立っている褐色の女性。

 なぜ、この女性を楓ちゃんぽいと感じるのか。それは服だ……。あの女性の服、そこには黒猫の絵が描かれていた。

 これだけじゃ判断材料として足りない? ま、間違ってたら間違ってただ。

 

 

 

「あの〜、私ここで待ち合わせしてるんですけど、もしかして〜」

 

 

 

「あ、もしかしてレイさん!?」

 

 

 

 女性の反応からして本当に楓ちゃんらしい。しかし、楓ちゃんは私のアバターを見て固まった……。

 

 

 

「あ、あ〜、人違い……カモです」

 

 

 

「いやいや、私だよ〜楓ちゃ〜ん」

 

 

 

「……え!? 本当にレイさんなの!?」

 

 

 

 なぜ、楓ちゃんがこんな反応になるのか。それは私のアバターが、

 

 

 

「だってレイさん、厳つすぎですよ!!」

 

 

 

 無茶苦茶マッチョな漢の見た目をしていたからだ。

 

 

 

「いや〜、だってナンパされたりしたら嫌じゃ〜ん。それに歴戦の勇者感あるし!!」

 

 

 

「本当に歴戦の勇者の顔ですよ!! 初心者って感じじゃないですもん!!」

 

 

 

「そんなこと言ったら、楓ちゃんだって性別変えてるじゃん」

 

 

 

「僕は……まぁ、……………」

 

 

 

 っと再会もできたことだし、私はゲーム内での名前を伝える。

 

 

 

「私はレンって名前で登録したから、楓ちゃんはなんて名前にしたの?」

 

 

 

「僕は金古 楓にしました」

 

 

 

「なんでフルネーム………てか、その名前って………………いや、いいや」

 

 

 

 とりあえず、戻ってからも黒猫に言うのはやめておこう。怯えてしばらくの間、冷蔵庫の裏から出てこなくなりそうだ。

 

 

 

「じゃあまずはどうします?」

 

 

 

「そうね〜、酒場に行ってみるのはどうかな? ファンタジーゲームだし、情報収集しないと!」

 

 

 

 私は楓ちゃんを連れて街の酒場を探す。日本とは違うファンタジー風の街並みに、目的地を探すのに苦労はしたが、どうにか酒場を見つけて入ることができた。

 

 

 

 昼だというのに、酒場にはかなりの人が集まっており、これだけいればいろんな情報が集められそうだ。

 誰に話しかけようか迷っていると、入り口に一番近いテーブルに座っているプレイヤーが話しかけてきた。

 

 

 

「そこの二人組〜、初心者さんニャス?」

 

 

 

 猫耳の生えたフードを被った萌え系アバターのプレイヤー。語尾をつけていることから、成り切りプレイヤーなのだろう。

 私達が頷くと、猫耳は椅子を動かして座れと合図してくる。

 

 

 

「遠慮はいらないニャス! 私は初心者に優しいからね」

 

 

 

「どうします? レンさん」

 

 

 

「ここは話を聞いてみましょうか」

 

 

 

 私達は椅子に座る。すると、猫耳は何も言ってないのに注文をする。逃げられない状況を作られた気もするが、何かあるわけでもないし大人しく従う。

 

 

 

 猫耳は三ヶ月前からやっているプレイヤーであり、自称中級プレイヤーだ。彼女はゲームの世界観や基本について教えてくれた。

 

 

 

 まず、マップだが、舞台になっているのは小さな島であり、三つのフィールドに分けることができる。

 私達がいるスタート地点。そこは人類の住む土地『ミズガルズ』。そこから東に進むと妖精や精霊、そして神々の住む『アースガルズ』。そして東には悪魔や竜の住む『ヘルヘイム』がある。

 プレイヤーは好きな場所で活動して、その土地に住むNPCと交流を深めることができる。

 

 

 

 次に教えてもらったのは、ステータスの見方だ。これは声に出したりする必要はなく、ステータスやメニュー画面を開きたいと念じれば、目の前に半透明な画面が出てくる。

 

 

 

 さらにスキルや魔法についても教えてもらい、食事を終えたことだし、私達は礼を言って立ち去ろうとした。だが、

 

 

 

「待つニャスよ」

 

 

 

 猫耳が楓ちゃんの腕を掴んで、私達が立ち去るのを止めた。

 

 

 

「なんですか……」

 

 

 

「私のように初心者に優しいプレイヤーはそういないニャス。どうニャスか? フレンド登録、しないニャスか?」

 

 

 

 猫耳はそう言いながら、楓ちゃんに詰め寄る。

 

 

 

「え、僕、たまにしかゲームやりませんよ……?」

 

 

 

「良いって良いって……ニャス。後、私友達欲しくてニャス。女友達ってことでどうニャスか?」

 

 

 

 勢いで乗り切ろうとする猫耳。このままだと、楓ちゃんが勢い負けしてしまいそうだ。

 それに楓ちゃんばっかりで私には話しかけない。ちょっとムカついた私は、猫耳と楓ちゃんの間に割って入る。

 

 

 

「やめといた方がいいですよ。本当にたまにしかやらないんで……。なんなら私が……」

 

 

 

「おっさんは良いんだよ」

 

 

 

 そういえば、今の私の見た目はイカついおっさんだった。

 私の横を通り抜けて、再び楓ちゃんを勧誘しようとする猫耳。断るのは悪いと、楓ちゃんが少し乗り気になったとき。

 

 

 

「やめとけ!!」

 

 

 

 扉が勢いよく開き、何者かが入ってきた。

 

 

 

「なっ!? お前は……!!」

 

 

 

 入ってきた人物に、酒場にいる私達以外のプレイヤーが驚く。どうやらよくゲームをやっている人たちにとっては有名人らしい。

 

 

 

 その人物の見た目は、黒い長髪のロングに、ファンタジー世界には似合わない緑のジャージ姿。装備に木刀を装備した大人っぽい女性。

 

 

 

「クリームソーダS!!」

 

 

 

 酒場の全員がその女性に向けて同じ名前を口にする。クリームソーダSと呼ばれた人物は私と楓ちゃんを守るように立つ。

 

 

 

「悪質な勧誘はルール違反だ。banの対象になるぜ」

 

 

 

 クリームソーダSの登場により、猫耳は諦めたのか、大人しく椅子に座る。そしてさっさとどっか行けと、手で振ってシッシとやってくる。

 

 

 

「行こうか、楓ちゃん」

 

 

 

「そうしましょうか」

 

 

 

 この場に残っていても雰囲気が悪いし、私達はさっさと酒場を出た。酒場を出ると、クリームソーダSも後を追って出てくる。

 そして私達に注意喚起をした。

 

 

 

「安易にはフレンド交換をしないことをお勧めしよう。たまに悪質なプレイヤーがいて、リアルで交流を図ろうとする者もいる。気をつけた方がいい」

 

 

 

 それだけ伝えると、さっさと去ってしまおうとする。このまま行かせてもよかったが、

 

 

 

「待ってください!」

 

 

 

 私は声をかけてクリームソーダSを止める。

 

 

 

「何かな?」

 

 

 

 クリームソーダS。なぜ、この人物を呼び止めたのか。それはこの人物のアバターが、知り合いに似ている。

 いや、似ているってレベルではない。明らかにその人物に寄せて作られている。

 

 

 

 黒いストレートの髪に、だらしない服装。木刀を愛用していて、高身長な女性。

 

 

 

「クリームソーダSさん、もしかして……京子ちゃんなんじゃ……」

 

 

 

 私の言葉にクリームソーダSは、ビクッと肩を震わせて、そっぽを向く。

 

 

 

「あね…………いや、誰のことか……俺は知らないな。そんな名前は……」

 

 

 

 明らかな動揺を見せるクリームソーダS。これは怪しい……。

 私が怪しみ、疑いの目を向けるが、楓ちゃんは純粋にクリームソーダSの言葉を信じる。

 

 

 

「いやいや〜、早乙女さんゲームやるようなタイプじゃないですよ〜、似てますけど別人ですよ〜」

 

 

 

 確かに京子ちゃんがゲームをやるようなタイプとは思えない。この前のバーベキューの時も移動中の暇な時間は、難しそうな本を読んでいたし、コトミちゃんがゲームをやってると文句を言っていた。

 

 

 

 しかし、似てる……。

 

 

 

 私はさらに疑いの目でジーッと見つめる。クリームソーダSは私の目を見ないように逸らし続ける。

 

 

 

 ずっと睨み続けていた私だが、ふと、クリームソーダSの喋り方が気になった。

 一人称は俺。そして喋り口調は漢っぽい。まぁ、キャラ設定と言われてしまえば、そこまでだが……。

 そしてさっきのようにピンチの時に駆けつけてくれた。登場タイミングの良い人物……。

 

 

 

 私はある一人の人物を思い浮かべた。

 京子ちゃんと繋がりがあり、今の点を抑えられる人物。

 

 

 

 私はその人物の確認のためにトラップを出すことにした。遠くを見て私は、

 

 

 

「あ、楓ちゃんだ!!」

 

 

 

 近くにいる楓ちゃんはここに居るぞとばかりに、自分のことを指さしている。しかし、クリームソーダSは、キョロキョロしてその人物を探していた。

 

 

 

「僕はここにいますよ〜」

 

 

 

「あ、いや〜、なんでもないのよ……」

 

 

 

 私は確信できた。このクリームソーダS。首無しライダーのところのスキンヘッドだ!!

 

 

 

 楓ちゃんに好意があって、反応してしまう。今の楓ちゃんは知らないから、気づいていないが、名前を聞いたら探して顔を赤くしている。

 

 

 

 なんで京子ちゃんの見た目にしているのか分からないが、知り合いだったなら安心だ。

 

 

 

「クリームソーダSさん、一時的で良いので、パーティ入ってくれませんか?」

 

 

 

 

 

 



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第69話 『ランランな気分で』

霊能力者のレイちゃんは、ダメ、無能、役に立たない?

 

 

 

著者:ピラフドリア

 

 

 

第69話

『ランランな気分で』

 

 

 

 

 始まりの街を出たすぐ近くにある野原。私達はそこでモンスターと対峙していた。

 

 

 

「そこだ。レン!! 魔法で攻撃だ!!」

 

 

 

 クリームソーダSの合図に私は両手を前に突き出す。そして大声で叫んだ。

 

 

 

「ファイヤーボール!!」

 

 

 

 すると、両手からエネルギーが集まり、炎の球を形成して真っ直ぐ直線方向に発射された。

 ファイヤーボールの向かった先は、緑色のスライム。スライムは炎の球にぶつかると、大爆発して消滅した。

 

 

 

「なかなかの腕前だ。レン」

 

 

 

「ふふふ〜、私にかかればこんなもんよ」

 

 

 

「このゲームは現実の身体能力が色濃く反映されるからな。あんた現実でも空間認識やバランス感覚に優れてるんじゃないか?」

 

 

 

 まぁ、私は人よりもその辺の能力には自信がある。対象との距離感を掴むのは得意だし、黒猫からも一番乗り心地がいいと評判だ……。

 

 

 

 私がモンスターを倒して喜んでいると、突如空中からデッカい鳥? が降ってきた。

 

 

 

「なっ!? なに!!」

 

 

 

 土埃を立てて、私達の前に落ちてきたそれの上には、片手剣を持った楓ちゃんが乗っていた。

 

 

 

「いや〜、意外とコイツ強いですね〜」

 

 

 

 どうやらこのモンスターは楓ちゃんが倒してきたらしい。しかし、そのモンスターの見た目は、鳥というには不思議な特徴を持っている。

 ニワトリのような見た目だが、蛇の尻尾がついており、大きさはトラック一台分という大きさだ。

 

 

 

 倒されたモンスターを見たクリームソーダSは、目を丸くして大きく口を開けた。

 

 

 

「コイツはコカトリスじゃないか!? この辺りでは最もレベルの高い、上級者向けのモンスターだぞ!!」

 

 

 

「えぇ!?」

 

 

 

 序盤の草原でなんてものを倒してくるんだ……。

 

 

 

「見かけないと思ったら、何しでかしてるのよー!!」

 

 

 

「いや〜、僕は魔法使えないので、二人が魔法の訓練してる間暇だったので……」

 

 

 

「暇だからって…………まぁ、やられても復活できるからいいけど……」

 

 

 

 クリームソーダSとパーティを組むことになった私達は、クリームソーダSに戦闘の仕方を教えてもらっていた。

 

 

 

 その中で職業というものがあり、ステータス次第で職業を選択できることを知った。私は魔法職、楓ちゃんは戦士だ。

 

 

 

「あ、レンさん、クリームソーダSさん、ステータス画面見てください!! レベルが5つも上がってますよ!!」

 

 

 

 コカトリスを倒してレベルが一気に上がった楓ちゃんが、嬉しそうに画面を見せびらかしてくる。

 私はスライムを五体倒して、やっとレベルが上がったというのに……。なぜ、楓ちゃんはそんな強いモンスターを楽々倒せるのか……。やはり現実の能力というのが関係しているのか。

 

 

 

「レベルも上がったことだし、そろそろ街に戻りましょう!! 僕、新しい装備が欲しいです!!」

 

 

 

「そうね、装備があれば、もう少し戦いやすいかも」

 

 

 

 楓ちゃんに負けているのが嫌な私は、良い装備を買って追い抜かしてやろうと企む。そして草原から移動して街に向かおうとした私達だが、道中で警報音のようなものが鳴り響いた。

 

 

 

「なんでしょう……。ここだけって感じじゃなさそうですね」

 

 

 

「ああ、これはゲーム全体に向けてだな」

 

 

 

 私達がいるフィールドだけでなく、これはプレイヤー全員に起こっている現象のようだ。警報が鳴り終えると、私達の頭上に半透明な映像が流れ出す。

 そしてその画面の中に……。

 

 

 

「やぁ、皆んな元気かな〜? ハッピーランランだよ〜!!」

 

 

 

 見覚えのあるピエロの姿をした女性。3Dモデルで作られているが、クオリティが高くぬるぬる動く。

 

 

 

 ランランの姿を見て、楓ちゃんは顎に手を当てる。

 

 

 

「あれって炎上して姿を消した配信者ですよね……。確か前に依頼で何かあったって……」

 

 

 

「ええ、悪霊を操って人を襲ってたのよ。中の人は依頼人の加藤さん。でも、なんでゲームの中に……」

 

 

 

 ランランの中の人であり、プロデューサーの加藤さんは行方不明になっていたはず。しかし、なぜ、そのランランがゲーム内に現れたのか。

 

 

 

 ランランはニヤリと笑うと、笑顔で手を振った。

 

 

 

「私ね〜。前に任務を失敗して危ない立場なの。そこで皆んなの協力が欲しいんだ〜」

 

 

 

 嫌な予感がする……。ランランの発言に不安を感じていると、楓ちゃんやクリームソーダSも同様な感情を感じているようで、一番体格のデカい私のそばに近づいてくる。

 

 

 

「今回用意したゲームはこちら!! 皆んなを本当の異世界へご招待〜。簡単にルールを説明すると、ここはゲームだけどゲームじゃないの、なんでかって? それは〜」

 

 

 

 ランランの後ろに二つのモニターが現れる。そのモニターには猫耳のプレイヤーと、ベッドで寝ている出っ歯の男が映っていた。

 

 

 

「ゲームオーバーは現実世界での終わりを意味するからで〜す!!」

 

 

 

 ランランがそう言うと、猫耳のプレイヤーを囲むように、武装したオークが現れる。そしてそのオーク達はあっという間に猫耳のプレイヤーを串刺しにして倒してしまった。

 猫耳のプレイヤーがやられて、ゲーム内から消えると、もう一つの画面に映っていた出っ歯の男に変化が起こる。

 

 

 

 徐々に痩せ細っていき、ガリガリになって息をしなくなった。

 

 

 

「これって……!?」

 

 

 

「悪霊ですね……。精力と生命力を吸ってました……」

 

 

 

 またしてもランランは悪霊を使い、何かを企んでいる様子。しかも今回は……

 

 

 

「これで分かったかな〜、ゲーム内での終わりは現実での終わりも意味するの!」

 

 

 

 これでゲーム内でリスポーンすることができなくなった。

 

 

 

「元の世界に戻りたかったら、ゲームをクリアしてね〜。私はお姫様として待ってるから〜」

 

 

 

 ランランが説明を終えると、半透明な画面は消えた。今のは運営の悪ノリとか、そういうことだったら良いのだが、そんなことはないだろう。

 

 

 

「おい、なんなんだこれは!!」

 

 

 

「分かりません。でも、ヤバいことに巻き込まれましたよ!!」

 

 

 

 今回は依頼を受けたわけではない。完全に巻き込まれただけだ。

 運営に助けを求めようと連絡を取ろうとするが、連絡が取れない。それにログアウトしようとしても、ログアウトすることもできない。

 

 

 

「俺達はこの世界に閉じ込められたってことか」

 

 

 

「そうなるみたいね」

 

 

 

 しかし、脱出手段はある。一つだけだが、確実な方法が……。

 

 

 

「ゲームをクリアしましょう!! 前に師匠と鬼ごっこに巻き込まれた時も、クリアして終わらせたんですよね!」

 

 

 

「クリアとは少し違ってたけど、ランランの言葉を信じるなら、クリアするしかないね」

 

 

 

 私達はゲームのクリアを目指して、行動を起こすことにした。

 

 

 

 まずは予定通り、街に戻り装備を整える。ゲームをクリアするためにはミズガルズ、アースガルズ、ヘルヘイムの三つのフィールドにあるダンジョンをクリアして、最終ステージを開放する必要がある。

 ダンジョンの奥にはフィールドボスがおり、それを倒すためにもレベル上げと装備の調達が必要だ。

 

 

 

 街ではプレイヤーが慌ただしく活動しており、ゲームクリアを目指している。

 

 

 

「とりあえず、今整えられる装備は手に入りましたけど、これからどうするんですか?」

 

 

 

「そうね〜、やっぱりレベル上げかしら」

 

 

 

 私と楓ちゃんが今後の予定について話し合っていると、クリームソーダSが割って入ってくる。

 

 

 

「いや、そんな時間はない」

 

 

 

 そして真剣な顔でそんなことを言い出した。

 

 

 

「え? なんでよ」

 

 

 

「簡単だ。俺達はゲームをやったままここにいるんだ。現実の俺達の体は睡眠状態。つまりは飲食もできないし、他の機能も制限されている状態だ」

 

 

 

「そういえば、今は夢の世界みたいなものなのよね」

 

 

 

「このゲームは順当にクリアを目指せば、200時間は超える大ボリューム。そんなに時間をかけてれば、現実の身体が持たない」

 

 

 

 そんなに時間をかけてれば、クリームソーダSの言う通り、現実の身体が危険かもしれない。それにクリアをしたって、ランランの約束だ。本当に戻れるかも不安だ。時間は極力抑えたい。

 っとなると、

 

 

 

「じゃあ、どうするのよ!?」

 

 

 

 その疑問にクリームソーダSは待ってましたとばかりに、

 

 

 

「ムカデを探す」

 

 

 

「ムカデ?」

 

 

 

 あのウネウネ動く気持ち悪い虫のことだろうか。そんな虫、見たくもないし、探したくもない。

 

 

 

「なんでムカデなんて探すんですか? 強力な装備でも落とすんですか?」

 

 

 

「いいや、ムカデってのはプレイヤーネームさ。あらゆるゲームをやり尽くし、世界中のゲームを制覇した伝説のゲーマー。それがムカデだ」

 

 

 

「そんな凄そうな人が!?」

 

 

 

「このゲームにも度々ログインしてると聞く。そのプレイヤーを頼るしかない」

 

 

 

 クリームソーダSは確信を持って宣言する。

 確かに今の私達でゲームをクリアするとなれば、何日かかるか分からない。ならば、実力のあるゲーマーと手を組むのは手だろう。

 

 

 

 だが、問題がある。

 

 

 

「そのムカデってプレイヤーはどこにいるのよ? 居場所が分からないんじゃ、どうしようもないじゃない」

 

 

 

 私達はムカデとフレンドではない。そのため連絡を取る手段も居場所も分からないのだ。

 ムカデを探し出したくても、フィールドは広大で当てもなく探すわけにはいかない。

 

 

 

 クリームソーダSは返答に困り、何も言い出さなくなる。

 

 

 

 結局は順当にレベルを上げて、クリアを目指すしかないのだろうか。

 

 

 

 近道は諦めて、正規ルートでの攻略を考え始めた。そんな時だった。

 

 

 

「私知ってるわよ」

 

 

 

 路地裏から犬の耳と尻尾をつけた女獣人が現れる。

 

 

 

「本当ですか!?」

 

 

 

「ええ、ミズガルズにある南の王国オリーヴにいるのを見たわ」

 

 

 

 そんなことを言い出す獣人。しかし、この獣人はさっき会ったばかり、それに人の話を盗み聞きしていたのだ。

 

 

 

「それは本当なんですか?」

 

 

 

 そんな獣人の言葉を信じるべきだろうか。私は疑り深く獣人の顔を見る。すると、私の顔が怖かったのか、獣人は顔を逸らした。

 

 

 

「待て、レン、楓。コイツは信用できる。俺の知り合いだ」

 

 

 

 獣人を怪しむ中、クリームソーダSが割って入る。

 

 

 

「彼女はミカゲ。昔のパーティメンバーで、今もたまにクエストに同行するフレンドだ。……ミカゲ、今の話は本当なのか?」

 

 

 

「そうよ。あのフル装備は噂のムカデと一致する。それにパーティを組まずにレッドドラゴンを倒していたわ。あれはムカデよ」

 

 

 

「お前が言うってことは真実なんだな」

 

 

 

 クリームソーダSは私達の方に身体を向ける。

 

 

 

「王都オリーヴはミズガルズでも高レベルのモンスターが出てくる土地だ。初心者には厳しいかもしれないが、どうする、付いてくるか?」

 

 

 

 私達を試すように聞いてきた。私と楓ちゃんはお互いの顔を見て頷き合うと、

 

 

 

「当然ついて行くよ。私達だって元の世界に戻りたい。どうせ待ってても現実の身体は保たないんだから、ここでランランとは決着をつけるよ」

 

 

 

「僕もです。レイ……レンさんと師匠を苦しめたランランさんを、今回は僕が懲らしめてやります!! そのためにはムカデさんの力が必要なんです、行きましょう、王都へ!!」

 

 

 

 私達の返事を聞き、クリームソーダSは嬉しそうに頬を上げる。

 

 

 

「危険なゲームだってのによ………。お前らみたいのは好きだぜ。おい、ミカゲ、お前もついてくるよな!!」

 

 

 

 クリームソーダSはひっそりと逃げようとしていたミカゲの腕を掴み、逃げられないように引き寄せる。

 

 

 

「わ、私は他のプレイヤーがクリアしてくれれば……」

 

 

 

 本来の反応はこうなのだろう。ゲームをやっていたら、突然命の関わるゲームに付き合わされたのだ。

 ここは下手に参加せずに、他人に任せるのが安全だ。

 

 

 

「頼む、ミカゲ力を貸してくれ。俺達にはお前の力が必要なんだ」

 

 

 

 クリームソーダSはミカゲの肩を両手で掴み、目を見て頼み込む。

 

 

 

「……しょうがないなぁ、私が手伝ってあげるわよ!! 王都に行くまで案内すれば良いんでしょ!!」

 

 

 

「助かるぜ、ミカゲ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 王都オリーヴへと向かう街道の途中。そこで私は……

 

 

 

「いやぁぁぁあっ!? 助けてーーー!!!!」

 

 

 

 二足歩行の牛。ミノタウロスに追われていた。

 

 

 

「助けてよーー!!!! ミカゲちゃぁぁぁん!!!!」

 

 

 

「え、レン!? こっちに来ないで!?」

 

 

 

 私はミノタウロスに追われながら、岩陰に隠れていたミカゲに助けを求める。

 

 

 

 途中までは街道を順調に進むことができていた。高レベルなクリームソーダSとミカゲのコンビネーションと、レベルが低いが戦闘ができる楓ちゃん。そして遠距離での支援魔法の私。このパーティ構成でどうにかここまで来ることができた。

 

 

 

 しかし、目的地であるオリーヴの街が目の前に見えたと言う時、事件が起きた。

 上空に大きな羽を広げたトカゲ……。ワイバーンだった。

 

 

 

 移動速度の遅い私がいるため、ワイバーンから逃げきれないと判断し、戦闘になったのだが、私の魔法はレベルの関係でワイバーンには効かず。

 盗賊職であるミカゲもやることがなく、ワイバーンとの戦闘はクリームソーダSと楓ちゃんに任せていた。

 

 

 

 せめて援護できないかと考えていたのだが、そんな私にミノタウロスが襲いかかり、現在の状況。前線で戦える二人がワイバーンと戦闘をしているため、私とミカゲはミノタウロスから逃げ回っていた。

 

 

 

「ミカゲちゃん、どうにかできないの!? レベルは高いんでしょ!?」

 

 

 

「私のレベルは50は超えてるけど、基本はトラップ解除やアシストが仕事よ!! ミノタウロスには勝てないわよ!!」

 

 

 

 私とミカゲは並走してミノタウロスから逃げる。背後で斧が振り回され、降った衝撃で起こった風が背中に当たり、すぐ近くまで迫ってきているのがわかる。

 

 

 

 このままでは追いつかれてやられてしまう。ゲームオーバーになれば、現実でも……。

 

 

 

 そんな中、私達の逃げる先に何者かがいるのを発見した。その人物は優雅に手を振ってくる。

 

 

 

「お前らこっちだ!!」

 

 

 

 この人物が誰なのか。そんなことを考える暇もなく、私達はその人物に呼ばれるがまま、真っ直ぐと逃げる。そして

 

 

 

「後は任せろ」

 

 

 

 すれ違い様に告げられる。

 ミノタウロスは斧を振り上げて、私達がすれ違った人物に振り下ろす。しかし、斧が振り下ろされるよりも早く、剣を抜いて一撃でミノタウロスの首を跳ね飛ばした。

 

 

 

 倒されたミノタウロスはドロップアイテムを落として消滅する。ミノタウロスを倒した人物は、ドロップアイテムを拾うと、私に向けて投げ渡してきた。

 

 

 

「これはお前達にやる。俺はこんなアイテムに興味ないしな」

 

 

 

「あ、どうも……」

 

 

 

 ミノタウロスを倒した人物は、黒い鎧を付けた小柄な男性で、刀身の細い剣を持っていた。その人物を見たミカゲは、一歩身体を下がらせる。

 

 

 

「あ、あなたは!?」

 

 

 

「どうしたのよ、ミカゲちゃん? 知り合い?」

 

 

 

「知り合いも何も、この人よ。例のムカデは!!」

 

 

 

 

 

 



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第70話 『ゲームオーバー』

霊能力者のレイちゃんは、ダメ、無能、役に立たない?

 

 

 

著者:ピラフドリア

 

 

 

第70話

『ゲームオーバー』

 

 

 

 

 

「レンさ〜ん、ミカゲさ〜ん、ワイバーン倒し終わりましたよ!!」

 

 

 

 楓ちゃんとクリームソーダSが、ワイバーンを討伐して私達の元に戻ってくる。そして

 

 

 

「あれ、誰ですか、その方は?」

 

 

 

「その装備……まさか、ソイツは!?」

 

 

 

 戻ってきた二人は、黒い鎧を着た人物に気づき、クリームソーダSはすぐさまその正体に気づいた。

 

 

 

「ムカデか!?」

 

 

 

「え!? ムカデさんと会えたんですか!?」

 

 

 

 

 

 

 

 私達はムカデと出会うことができ、草原にある切り株に座り向かい合う。

 

 

 

「ムカデ、あんたにお願いがあって俺たちは探してたんだ」

 

 

 

 早速本題を切り出したのはクリームソーダS。彼女はムカデの目を見て話し出す。ムカデはキリッとしたクリームソーダSの目線に、睨まれたのかと勘違いして、眉間にしわを寄せて睨み出す。

 

 

 

「事情は分かってる。俺もハッピーランランの映像を見てたからな。俺を連れてゲームをクリアしたい。そういうことだろ?」

 

 

 

「分かってるならありがたい。三つのフィールドを攻略するにはあんたの力が必要だ」

 

 

 

 状況を分かっているのなら、良い返事が返ってくるだろう。そう期待して願い出る。しかし、ムカデの返答は違った。

 

 

 

「その必要はない」

 

 

 

 まさかのムカデの答えに、クリームソーダSは食ってかかるように、身を乗り出した。

 

 

 

「なぜだ!? 現実に戻りたくないのか!!」

 

 

 

「勘違いするな。俺は三つのフィールドを攻略する必要がないと答えただけだ」

 

 

 

 ムカデの言葉に理解が追いつかない私達は首を傾げる。

 ゲームのクリアのためには三つのフィールドを攻略する必要があるのに、なぜその必要はないのか?

 

 

 

「アースガルズ、ヘルヘイム。この二つのフィールドはレベルの高いパーティならば、攻略が可能だ。そして名のあるプレイヤーがダンジョンに向かうのを俺は見ている」

 

 

 

 このゲームがどれだけ難しいかは知らないが、強いプレイヤーはいるだろう。

 そのプレイヤーにその二つの攻略は任せたということだ。しかし、

 

 

 

「ミズガルズにあるダンジョン。それだけは特殊で高レベルであればあるほど侵入を嫌う。理由は二つある。一つは三つのフィールドで一番難易度が高いからだ。アトラスソードのプレイヤーでは有名なことだ。そしてもう一つ……」

 

 

 

 ムカデは逸らしていた目線を動かして、私と楓ちゃんに向けた。

 

 

 

「ミズガルズのダンジョンはレベルが10以下のプレイヤーをパーティに入れていないと入ることができない。本来なら、生け贄として初心者や捨て垢を連れて行くパーティがいるが……」

 

 

 

「今は現実世界と命がリンクしてる。それで攻略に行くプレイヤーが少ないんですね」

 

 

 

 レベルの低いプレイヤーは難しいダンジョンに入れば、簡単にゲームオーバーになるだろう。

 今の状況でそんなことに付き合ってくれる人はいない。

 レベルの高いプレイヤーもそんな足手纏いを連れていれば、危険な状況があるだろう。

 

 

 

「低レベルで攻略を目指すプレイヤー。俺はそんなプレイヤーを待っていた。ミズガルズのダンジョン。一緒に来るか?」

 

 

 

 

 

 

 

 ミズガルズの北東にある山脈地帯。そこに古びた遺跡跡地が広がっていた。

 山の地形のへ移動で、遺跡のほとんどは埋もれていたり崩れている。そんな遺跡の間を縫うようにして進む。

 

 

 

「ミズガルズのダンジョンってどこにあるのよ? さっきから景色が全然変わらないんだけど」

 

 

 

 私は隣でトラップを警戒しながら歩くミカゲに訊ねる。

 

 

 

「今、話しかけないでよ!! ダンジョンの近くには即死トラップなんかがあるのよ!! …………ダンジョンならもうすぐのはずよ」

 

 

 

 ムカデと合流した後、ミカゲはパーティを抜けて逃げ出そうとしたが、クリームソーダSに説得されてここまで連れて来させられた。

 ダンジョン攻略ということもあり、トラップを発見できるミカゲは必要不可欠な存在だ。しかし、ここまで怯えられると申し訳なくなる。

 

 

 

「見えた。あれがダンジョンの入り口だ」

 

 

 

 瓦礫に埋もれた遺跡の入り口。そこがダンジョンの入り口となっており、看板には『ダンジョンへいらっしゃ〜い』とふざけた文字が書かれていた。

 

 

 

「なにこの、ふざけた看板……」

 

 

 

「運営の遊びだ。気にするな」

 

 

 

 看板に呆れる私の肩を叩き、クリームソーダSがダンジョンに入る。私もみんなに続いてダンジョンへ侵入した。

 ダンジョンの中は光が届かず、暗闇に覆われている。

 

 

 

「フラッシュ!」

 

 

 

 私は魔法を使い、灯りを作り出す。これで暗闇の中も進むことができる。

 

 

 

「レン、ナイス魔法だ」

 

 

 

 クリームソーダSに褒められながら、私達はダンジョンの奥へ進む。

 道中で動く床や、鏡で光を反射させる仕掛けを突破して、地下二階にあるボス部屋の前までたどり着いた。

 

 

 

「話を聞いてたらもっと難しいのかと思ってましたけど、思ってたより簡単でしたね」

 

 

 

「違うわ。これからよ、このダンジョンの恐ろしいところは……」

 

 

 

 ボス部屋の扉を開ける前に、ムカデは振り返りパーティメンバーの様子を確認する。

 

 

 

「このダンジョンにいるのはリッチだ。今作で最も強いとされるボスモンスターだ。今作のストーリーでは滅んだ古代の王国の英雄だ。まだ誰も倒したことのないフィールドボスだ。油断するなよ!!」

 

 

 

 ムカデの言葉に皆が頷くと、ムカデは扉を開けてボス部屋に入る。そこは図書館のように本に囲まれたステージであり、中央にツノの生えたフード姿の骸骨がいた。

 骸骨は片手に持った本を手に話し始める。

 

 

 

「よくここまで来たな……」

 

 

 

 骸骨が話している間、みんなは大人しく待っているが、私はこれがボスならと魔法で攻撃してみる。だが、ムービー演出中は無敵なのか。攻撃は全く効かないし、反応がない。

 

 

 

 というか、ムービーを邪魔した私をムカデが睨みつけてくる。

 

 

 

「俺は何千年もこの図書館を守り続けてきたか……。それが王の望みであり、私の望みであると信じていたからだ。だが、邪王様が教えてくれた、私が本当に望んでいたものを……。さぁ、友よ、決戦と行こうではないか!」

 

 

 

 ムービーが終わったようで、骸骨は姿が変化する。紫色のオーラを放ち、骸骨の上部の吹き出しに、HPと名前が表示された。

 

 

 

「滅びた王国の英雄ラークか。俺とクリームソーダSは前線へ。ミカゲとレンは援護を、金古は二人を守ってくれ!!」

 

 

 

 リーダー気取りのムカデが指示を出し、私達は戦闘を開始する。

 ラークは魔法で遠距離から攻撃してくるが、前線の二人は魔法の弾幕を掻い潜って攻撃。

 

 

 

 攻撃の間にテレポートで距離を取るラークだが、逃げた先を予測して私は魔法で攻撃をする。

 レベル差の影響でダメージは5しか入らないが、それでも何もないよりはマシだろうと続ける。

 

 

 

 そして苦戦しながらも、誰も離脱することなく!!

 

 

 

「こ、この俺がやられるとは……」

 

 

 

 フィールドボスであるラークを倒すことに成功した。

 ラークのHPがゼロになると、再び演出に入る。さっさと終わって欲しい私は、魔法で攻撃するがやはり効果はない。

 

 

 

「ふふふ、感謝する。……俺はもう未練はない。最後にお前達と戦え、寂しくない時間を過ごせたからな」

 

 

 

 ラークは消滅すると、ドクロマークの入った杖をドロップし、魔法職である私が貰う。正直欲しくはなかったが、渡された……。

 っと、ラークを倒したことでゲーム内に連絡が入る。

 

 

 

『全フィールドボスが倒されました。ラストステージのルドベキアが解放されました』

 

 

 

 そのメッセージと共に、マップの中央に新しいステージが現れる。

 

 

 

「他のプレイヤーもフィールドボスを倒したみたいだな。後はラスボスの元に向かうだけだ」

 

 

 

「そうですね!!」

 

 

 

 これでゲームのクリアに近づいた。ポーションを飲み、体力を回復させていたムカデは、皆に突然パンを配り出す。

 

 

 

「何このパン?」

 

 

 

「このパンはパン魔人というモンスターがドロップするアイテムで、食べると任意の場所にテレポートすることができる。これを使ってラスボスの城へ行く」

 

 

 

「そんな便利なアイテムが!? そんなものがあるなら、早く使ってよ!!」

 

 

 

 突然、便利アイテムを取り出したムカデに、私が文句を言うと、ムカデはため息を吐いて、

 

 

 

「パン魔人はレアモンスターだ。ほぼログインしてる俺もこの人数分しか持ってない」

 

 

 

「なら、もっと集めといてよ」

 

 

 

 

 

 

 

 パンを食べてラスボスのいる城へテレポートした私達。

 これからラスボス戦だというのに、私のレベルは……。

 

 

 

「私、レベルが5なんだけど、ここで待ってたほうがいいかな?」

 

 

 

 まだ低レベルのままだった。

 ラークとの戦闘も他人任せ、まぁ、あの時は低レベルなプレイヤーが必要だったとはいえ、今回は私達がついていく必要はない。

 

 

 

「え、レンさん。せっかくここまで来たんだから、ラスボス見ていきましょうよ」

 

 

 

「あんた、このゲームでゲームオーバーになったらどうなるか分かってるの? 今の私達じゃ、ラスボスに触れただけで終わりよ!?」

 

 

 

 ラーク戦だって、必死に逃げ回っていた。そんな私達がラスボス戦に参加したら、確実に負ける。

 

 

 

 私達の会話を聞き、クリームソーダSが頷く。

 

 

 

「そうだな。レンと金古はここで残った方がいいかもしれない。……だが」

 

 

 

 クリームソーダSは逃げ出そうとするミカゲの首を掴んだ。猫のように首を掴まれたミカゲは暴れるが、クリームソーダSの力に敵わず逃げられない。

 

 

 

「残ってるのは邪王戦だけよ!? 私の力は必要ないはずよ!! 私を解放してよー!?」

 

 

 

「邪王はどんな攻撃をしてくるかわからないんだ。お前の力が必要になるかもしれないだろ」

 

 

 

「イヤァァァ!? 私は嫌よ!? やめてよ〜!? 帰してよォォォォォ!!」

 

 

 

 クリームソーダSは説得しようとするが、ミカゲはもう揺るがない。

 結局、クリームソーダSはミカゲを解放して自由にさせた。怯えたミカゲは、姿を隠してどこかへと消えていった。

 

 

 

「じゃあ、俺たちだけでいくか。ムカデ」

 

 

 

「元々俺は一人で行くつもりだった。仲間がいるだけ心強い」

 

 

 

 熱い握手をした二人が城へ入ろうとした時。城の入り口の向かいにある階段を登り、鎧の集団が現れた。

 綺麗な列に成したプレイヤーの集団は、私達の横を通り抜けて城へ入っていく。

 

 

 

「な、なにあの凄そうな集団……」

 

 

 

「軍隊みたいなパーティでしたね」

 

 

 

 城へ入って行ったのは、ざっと数えただけで50は超えていた。あんなに大きなパーティがあったとは……。

 

 

 

「あれは食品加工隊!?」

 

 

 

「なにそれ……」

 

 

 

「中級プレイヤーと上級プレイヤーを集めてできた攻略隊だ。リーダーをチクワ、副リーダーにハンペンで構成されて、死霊魔法を得意とするチーズ、クルセイダーのジャムを加えた攻略に一番近いとされるパーティだ。こんな短期間で城まで届くなんて、流石は攻略隊だ……」

 

 

 

 クリームソーダSの解説を呆れながら聞き終え、私は楓ちゃんと城の前で待ち、食品加工隊の後を追うムカデ達を見送った。

 

 

 

 

「後はあの人達がラスボスを倒すのを待つだけね」

 

 

 

「そうですね」

 

 

 

 城の前で座り込み、ラスボスがやられるのを待っていようとしたが、

 

 

 

「ねぇ、あの空を飛んでるモンスター、私達のこと狙ってない?」

 

 

 

「…………狙って、ますね」

 

 

 

 私達は急いで城の中へ退避した。

 

 

 

 

 

 

 

 城に入ると、すでに戦闘が始まっているようで、炸裂音や金属音が場内に響き渡る。私と楓ちゃんは柱に身を隠しながら、戦闘の様子を見守った。

 

 

 

 多くのプレイヤーに囲まれる人物。あれが邪王なのだろう。しかし、その見た目は……。

 

 

 

「あれってゴキブ……」

 

 

 

「言わないで!!」

 

 

 

 私は楓ちゃんの口を抑えて言わせないようにする。

 

 

 

 あの邪王の見た目。それはまさしく全世界共通で嫌われる有名な虫Gである。前作ではオケラが魔王をやっていたと聞いたことがあったが、まさかあの虫を採用しているとは……。

 

 

 

 超高速で移動する邪王にプレイヤー達は苦戦しながらも、どうにかダメージを与えている。

 ダウンしているプレイヤーもいるが、お互いを守りながら上手くカバーして、今のところ誰もゲームオーバーになっていない。

 

 

 

「これなら勝てますよ!!」

 

 

 

 時間はかかったが、射王のHPは減っていき、ついに邪王は倒れた。プレイヤー達は勝利に喜び、歓喜の声を上げる。

 そんな中、地に手をついた邪王はプレイヤーを睨みつけると……。

 

 

 

「この俺がやられるとは……。だが、このままやられるものか。俺が取り戻すんだ、世界を……」

 

 

 

 ストーリーが飛んでいるため、邪王の台詞についていけない。このまま邪王は消滅するのかと思われた時、城の奥からピエロが現れた。

 

 

 

「皆んな〜、元気〜? ランランは元気だよ!!」

 

 

 

「ハッピーランラン!?」

 

 

 

 ランランの登場で警戒を強めるプレイヤー達。武器を構えるプレイヤーに臆することなく、ランランは邪王に近づく。

 

 

 

「私ね。皆んなのために特別なデータを作ってきたんだ!! このままやられちゃってもつまんないでしょ、だから台サービス!!」

 

 

 

 ランランはポケットの中から黒い球を取り出した。そのたまには白い文字で数字や英語がギッチリと詰め込まれており、ランランは邪王の頭に球を撫で入れる。

 球は不思議なことに邪王の身体に吸収されると、邪王に変化が起きた。

 

 

 

 身体から紫色のオーラを放ち、目を赤く光らせる。

 

 

 

「さぁ、邪王様。あなたの真の力を見せてあげるのよ!」

 

 

 

「フガァァァァァッ!!」

 

 

 

 雄叫びをあげて新形態へと変化した邪王。ランランは後ろに下がると、邪王第二形態とプレイヤーの戦いを観戦し始めた。

 

 

 

「どうしましょう!? 僕達の参戦しますか!?」

 

 

 

「無理よ!! あれ見なさいよ、さっきよりも強そうじゃない!!」

 

 

 

 明らかに邪王の性能が上がっている。スピードも三倍。攻撃のパターンも増えて、次々と繰り出される新技に苦戦させられている。

 

 

 

「でも、このままだとやられちゃいますよ!!」

 

 

 

「それもそうだけど……。私達がどうこう出来るレベルじゃないよ!!」

 

 

 

 下手に飛び込めば、1秒も持たずにやられてしまう。私達が飛び込んだことで陣形が崩れれば、戦況が崩壊する可能性だってある。

 ここは見守るしかないのだ。

 

 

 

「ただ待ってるなんて……僕にはできません!!」

 

 

 

「ちょっ!? 楓ちゃん!!」

 

 

 

 私は楓ちゃんを押さえつけてでも止めようとするが、私では楓ちゃんを止めることはできず、飛び出して行ってしまう。

 

 

 

 邪王の攻撃に陣形が崩れ出し、一人目の犠牲者が出そうになっていたが、楓ちゃんが得意の蹴り技で邪王の攻撃を止めて、一人のプレイヤーを救った。

 

 

 

「金古、なぜ!!」

 

 

 

「僕も手伝います!! 協力して倒しましょう!!」

 

 

 

 楓ちゃんの身体能力の高さは、レベル差の壁を軽々と超えて、邪王にダメージを与えノックバックで動きを封じる。

 

 

 

 その姿を見て、戦闘に希望が見えたのか。諦めかけていたプレイヤーはやる気を取り戻し、崩れかけていた陣形が元の形に戻った。

 さらに新たにやってきた、クリアを目指すプレイヤーも先頭に参戦し、戦況が一気に有利になった。

 

 

 

「これが最後だ!!」

 

 

 

 ムカデが剣を振り下ろし、邪王を切り付けると、邪王はHPが無くなり消滅した。

 

 

 

「やった!! 俺達の勝ちだ!!」

 

 

 

「これで帰れるぞ!!」

 

 

 

 流石に邪王も消滅したため、私もプレイヤーの中に混じって一緒に喜ぶ。これでゲームから解放される。だが、

 

 

 

「皆んな、なかなかやるね〜。でも、ランランは寂しいなぁ、皆んながいなくなっちゃうのは」

 

 

 

「なに言いやがる!! このさっさと俺たちを帰せ!!」

 

 

 

「僕達はクリアしたんだ!! 約束は守るのよ!!」

 

 

 

 プレイヤーはランランに野次を飛ばすが、ランランは笑顔で向き合うと、

 

 

 

「やだぁ、私がルールよ」

 

 

 

 頬に手を当てて可愛く見せる。

 

 

 

 最初から約束を守るのつもりはなかったのだろう。そんな反応だ。

 ランランの対応に腹を立てた一部のプレイヤーは、武器を手に持ち襲い掛かる。五人のプレイヤーが同時に攻撃を仕掛けるが、

 

 

 

「なっ!?」

 

 

 

 プレイヤーの武器はランランに届く前に止まった。

 武器を止めたのは、露出の高い衣装を見に纏い、黒い羽と尻尾を持った一人の少女だった。

 リエの使うバリアのようなものを使い、プレイヤーの攻撃を弾き返してランランを守った少女は、ランランを守るようにプレイヤーの前に立ち塞がる。

 

 

 

「う、裏ボスか!?」

 

 

 

「はぁ? 誰がこんなつまんないゲームのキャラよ」

 

 

 

 突如現れた少女に皆が動揺する中、楓ちゃんが耳打ちをする。

 

 

 

「悪霊です。一番最初の映像で、現実世界で生命力を吸った悪霊ですよ」

 

 

 

「あれが悪霊? なんか今までの悪霊と違くない? 賢そうっていうか、幽霊ぽいっていうか」

 

 

 

 今まで出会った悪霊は、会った瞬間に襲ってくるようなものばかりだった。

 だが、今回の悪霊は違う。会話もできるし、人間味がある。

 

 

 

「なんででしょう? 悪霊に成り立てって感じもしますけど、特殊な悪霊なのかもしれません。それに、ランランの手元を見てください」

 

 

 

 楓ちゃんに言われて、ランランの手元を見ると、七色に輝く石を持っていた。

 

 

 

「前に師匠とレイさんが話していた悪霊を操る石ですよ。あれであの悪霊に命令を出してるんです。そうでなければ、悪霊の性質上、人を襲わないはずがないです」

 

 

 

「またあれを使ってるのね……。あれがなんなのかも気になるし、あの石を取り上げられないかしら?」

 

 

 

 前の時もタカヒロさんが石を取り上げて、悪霊の制御権を奪った。今回も同じようにやれれば、このゲームを終わらせて、情報を喋らせることができる。

 

 

 

「無理です。あの悪霊、結構手強いですよ。僕一人では悪霊の足止めで精一杯です」

 

 

 

 それができるだけでも十分すごいのだが……。しかし、石を取り上げられないとするとどうするべきか。そう迷っている中、

 

 

 

「動くな!!」

 

 

 

 事態が急変した。ランランの背後にミカゲぎ現れると、ミカゲを後ろから拘束して、首元にナイフを突きつける。

 

 

 

「い、いつの間に後ろに……」

 

 

 

「私は盗賊よ。奇襲は得意なのよ」

 

 

 

 ミカゲがランランを捕らえたことで、悪霊はランランを助けに行きたくても人質となっている状態のため、動けない。

 

 

 

「さぁ、ランラン。私達を帰しなさい」

 

 

 

 ミカゲがナイフを突き立てて脅すと、

 

 

 

「わ、分かった。帰すからやめてくれ。頼む……」

 

 

 

「なら、まずはそこのモンスターを消すのよ」

 

 

 

 ランランは抵抗できず、悪霊に現実に帰るように命令する。悪霊は大人しく姿を消す。次にログアウトできるようにするように指示を出すと、それにもランランは大人しく従った。

 

 

 

「これで良いだろ……。解放してくれ」

 

 

 

「口調が変わったわね。ランラン。それが本当のあなたなのね。でも、ここからが本番よ」

 

 

 

 ログアウトが出来るようになったが、城に残ったプレイヤーはミカゲと一緒にランランを拘束する。そして拷問のような状態を作った。

 

 

 

「なぜこんなことをしたか。教えてもらうわ。そしてあなたの正体も全て警察に伝える」

 

 

 

 ミカゲを中心にプレイヤーはランランのことを聞き出そうとする。

 ムカデはログアウトできるようになると、さっさといなくなってしまったが、私達はゲームに残り、ランランの話を聞こうとしていた。

 

 

 

「……ふふふ、私は何も喋らない。すでに手は打ってある」

 

 

 

 ランランがそう言った次の瞬間。

 目の前が暗くなり、身体が軽くなる。何が起きたのかと両手を動かしてみると、

 

 

 

「痛い!!」

 

 

 

 聞き慣れた声と共に何かに腕がぶつかった。

 

 

 

「レイ、楓。起きたか!!」

 

 

 

 またしても聞き慣れた別の声。何者かが私の頭についているものを外すと、視界が広がり、見慣れた天井と黒髪の少女の顔が映った。

 

 

 

「リエ?」

 

 

 

「心配しましたよ!! レイさん!!」

 

 

 

 寝っ転がった状態の私にリエが抱きついてくる。状況説明を求めて、私は顔の横で座っている黒猫に目線を向ける。

 

 

 

「お前と楓がゲームをやってから、ニュースになってな。どうやら帰って来れたみたいだな」

 

 

 

「じゃあ、ここは現実ってこと?」

 

 

 

「それ以外に何がある」

 

 

 

 私達はゲームの世界から現実に帰ってきたようだ。私と同じく起き上がった楓ちゃんは、黒猫を発見するといち早く飛びつく。

 

 

 

「師匠〜!! 久しぶりにあった気分です!!」

 

 

 

 大人しく捕まった黒猫を眺めながら、私はリエに訊ねる。

 

 

 

「どれくらい時間が経ったの?」

 

 

 

「大体4時間くらいです。ニュースではゲーム内では時間の進みが早いって言っていたので、そちらの体感はもう少しあったかもしれませんが」

 

 

 

「そうね。丸一日くらいはいた気分よ」

 

 

 

 戻って来れたのはよかった。しかし、ログアウトもしていないのになぜ突然元に戻ってきたのか。

 その疑問は付けっぱなしになっている、テレビのニュースが教えてくれた。

 

 

 

「ゲーム会社がセキュリティの権限を取り戻したことで、ゲームの強制終了を実行。多くのプレイヤーが目を覚ましているようです」

 

 

 

 ニュースでは誰かがセキュリティを取り戻して、ゲーム会社に送信したようだ。取り返せたセキュリティをもとに、全員を一斉に目覚めさせたらしい。

 

 

 

 楓ちゃんの腕からするりと抜けて脱出した黒猫は、窓の外を見る。

 

 

 

「もう今日は遅い。今日のことは後で聞くから、楓は帰って良いぞ」

 

 

 

 

 



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第71話 『柿の妖怪』

霊能力者のレイちゃんは、ダメ、無能、役に立たない?

 

 

 

著者:ピラフドリア

 

 

 

第71話

『柿の妖怪』

 

 

 

 

 ゲームの世界から出れなくなるという、事件に巻き込まれてから数日。テレビをつければ、ランランのことばかり、何が目的なのか、正体は誰なのか。答えのない論争を続ける。

 

 

 

 正体は知っているが、私が警察に電話しても証拠がないため、悪戯だと判断されるのは目に見えている。だから、通報することはやめて、お兄様か大塚さんのような警察関係者に会った時に、相談してみようと思う。

 

 

 

「おいレイ。話聞いてるのか?」

 

 

 

 テーブルの上に座り、黒猫が偉そうに見下ろしてくる。

 

 

 

「聞いてるよ。ランランがランランでランランなんでしょ」

 

 

 

「ランランさせすぎだ!! 話を聞けよ!!」

 

 

 

 ため息を吐いた黒猫はもう一度話を整理する。

 

 

 

「つまりだ。加藤は悪霊を操り何かを企んでる。本来なら俺達から首を突っ込みたくはないが、二回も巻き込まれてるんだ。また同じことがあったら堪らん」

 

 

 

「なら、ランランを捕まえて警察に突き出すの? 警察でも捕まえられない人を私達が捕まえられる?」

 

 

 

「それに居場所も分からないんですよ。探し出すのは無理ですよ」

 

 

 

 私も同様にリエも無理だと考えている。

 

 

 

 黒猫の言う通り、また同じことに巻き込まれないためにも、こちらから手を出すのは一つの手段だろう。しかし、そのための情報が足りない。

 加藤さんの居場所がわからないし、証拠だって掴めない。

 

 

 

「だから俺達で探すんだよ。良いか、これ以上俺はミーちゃんを危ない目に合わせたくないんだ。平穏な生活に戻るためには、やるしかないんだよ!!」

 

 

 

 やる気のある黒猫とは対照的に、私とリエは諦め気味だ。

 っと、そんな中、事務所の玄関が開かれると、

 

 

 

「ヤッホー!! ただいまでーす!!」

 

 

 

 楓ちゃんが帰ってきた。朝練を終えた楓ちゃんは、バックを事務所の棚にしまい、水着を洗面所にある洗濯機に放り込む。

 黒猫はリビングから洗濯をしている楓ちゃんに賛同を求める。

 

 

 

「楓、お前も探したほうがいいと思うよな」

 

 

 

 だが、話の途中で帰ってきた楓ちゃんが、話の内容を理解しているはずもない。

 それでも同意を求めようとするのは、楓ちゃんを仲間に引き入れようとしているからだ。適当に返事をすれば、黒猫の計画通り……

 

 

 

「え、何のことだかわかりませんが、僕は師匠が正しいと思います」

 

 

 

 計画通りとはいかなかったが、どっちにしろ彼ならば、黒猫に賛同していたかも。

 

 

 

 結局、黒猫の押しに負けて私達は加藤さんを探すために、事務所を開けて聞き込みをすることにした。

 とはいえ、加藤さんの関係者を知ってるわけじゃないし、ランランの所属していた事務所はすでに倒産している。

 

 

 

 楓ちゃんが加藤さんを連れてきた時は、私達の住む地区内で声をかけられたということだったので、とりあえずは周囲を探してみることにした。

 

 

 

「んで、手がかりがないけど、どうするのよ?」

 

 

 

 私は頭の上にいる黒猫に訊ねる。外に出て住宅街を無作為に探しても、なんの手がかりもない。提案者なのだから、何か考えているだろうと思ったが、

 

 

 

「とにかく突き進め」

 

 

 

「何も考えてなかったのね……」

 

 

 

 まぁ、この人は考えるよりも行動をしろというタイプだ。まずは動いて、そこから手段を探していく。

 こういうタイプに付き合わされると、時間がどんどん消費される……。

 

 

 

 適当に歩き続け、橋を渡って川を越えると、街の景色が少し変わる。住宅の並んでいた地域から、畑の並ぶ農業地帯になる。

 

 

 

「師匠〜、ここまで来るともう手がかりはないんじゃないですか? 一旦駅のほうに戻ります?」

 

 

 

 私の後ろでリエと談笑していた楓ちゃんが、辺りの景色が畑になったことで、流石にと話を切り出した。

 

 

 

「そうだなぁ……。そうするか。よし、レイ!! 駅に戻るぞ!!」

 

 

 

「え〜」

 

 

 

 黒猫があっただこっちだと指示をして、その通りに進んだのだが、来た道を戻れと言われ、私は微妙な反応をする。

 

 

 

「なんだよ」

 

 

 

 ほぼ散歩みたいな感じになってしまっていたし、このまま同じ道で帰ってもつまらない。

 情報を求めるついでに、飽きないためにも変化が欲しい。

 

 

 

「戻るのは別の道からにしましょ、同じ道じゃ何も成果がないし」

 

 

 

「それもそうだな。よし、出発進行だ!!」

 

 

 

「私は乗り物か!?」

 

 

 

 黒猫にツッコミをしながらも、大人しく頭に乗せたまま別の道で畑を戻る。

 このままどうせ、何も起きずにただの散歩で終わるだろう。そう思っていた。しかし、

 

 

 

「あれ? 前に何かいますね?」

 

 

 

 リエが道の先に何かを発見する。私達はリエの言葉に、前方に目をやるとリエの言う通りに丸い物体がいた。

 

 

 

「大きいね。何かしら……」

 

 

 

 よーく見てみると、それは半径2メートル近い球体。しかし、綺麗な丸というわけではなく、楕円体になっており凸凹がある。そしてそれはまるで人の顔のように……

 

 

 

「れ、レイさんレイさん、あれが近づいて来てる気がするんですけど」

 

 

 

「奇遇ね、リエ。私も同じよ……」

 

 

 

 球体がコロコロと転がり、こちらに近づいてきているような。

 

 

 

「逃げろ!! 転がってきてるぞ!!」

 

 

 

 黒猫が叫び、私達は身体の向きをくるっと変えると、一心不乱に走り出した。

 

 

 

「急げ!! もう後ろまで来てるぞ!!」

 

 

 

 人の頭に猫パンチしながら、状況を説明してくる。

 

 

 

「あんたも降りて走りなさいよ!!」

 

 

 

「ミーちゃんを走らせるだと!? そんなことさせられるか!!」

 

 

 

「あんたが走りたくないだけでしょ!!」

 

 

 

 最近こんなことばかりだ。何かに追いかけられて逃げ回る。

 

 

 

 背後まで近づいてきていた球体だが、身体を縮めて弾ませる。高く飛び上がった後、私達の頭上を通り抜けて、前方に着地した。

 

 

 

 行き先を塞がれた私達だが、Uターンして逃げようとする。だが、

 

 

 

「待てぇい、お前ら!!」

 

 

 

 球体から男の声。足を止めて振り返ると、そこには巨大な柿に顔の付いた化け物がいた。

 

 

 

「人のこと見るや、すぐに逃げやがって。失礼だとは思わないのか……」

 

 

 

「人っていうか、化け物じゃない」

 

 

 

「誰が化け物だ!! 俺は歴とした幽霊だ」

 

 

 

 手も足もない顔だけの化け物が自身のことを、幽霊だと言い張る。私はそんな球体に疑いの目線を向けるが、隣で球体を観察していたリエが頷く。

 

 

 

「確かに幽霊ですね。悪霊はないみたいです」

 

 

 

「だからそう言ってるだろ……っと、あんさんも幽霊か」

 

 

 

「はい! リエと言います!」

 

 

 

「俺は丹二郎ってんだ。んで、俺が見えるあんたらに願いがあるんだが……」

 

 

 

 丹二郎と名乗った球体は、顔を傾けて前のめりになる。恐らくは頭を下げているつもりなのだろうが、顔しかないので倒れそうなダルマにしか見えない。

 

 

 

「俺を成仏させてくれないか!!」

 

 

 

 

 

 

 丹二郎は私達に除霊の依頼をしてきた。

 幽霊になって数十年。ずっと未練を断ち切りたかったが、なかなか上手くいかずに天国に行くことができなかったという。

 そして今日初めて、私達のような霊感のある人間に出会えた。

 

 

 

「それであなたの未練ってなんなの?」

 

 

 

 川の土手に登る階段。そこに座りながら私は丹二郎を見下ろす。身体の関係で階段に登れず、寄りかかる形で斜めになった丹二郎は懐かしむように過去のことを思い出した。

 

 

 

「俺が幽霊になる前のことだ。当時、貧乏だった俺は腹を空かせてな。学童の帰り道にある柿を食べてみたいと思ってたんだ」

 

 

 

 

 

 

 ──その柿の木は高い高い塀の上から覗かせて、その鍵を一度で良いから齧ってみたかった。

 

 

 

 そんな時だ。

 

 

 

 俺は学童の帰りに真っ赤な顔をした大男と出会った。

 その男は腹を空かせた俺をみて、あることを耳打ちしてくれた。

 

 

 

「今夜の月が雲に隠れた時。この塀の下に来ると良い。私が柿を落としてみせよう」

 

 

 

 それだけ言い残して、大男は姿を消した。その時俺は、柿の家の主人が家族に見つからないように、ひっそりと柿を恵んでくれたのかと考えていた。

 

 

 

 その日の夜。月が雲に隠れたのを見計らって、俺は家を抜け出した。暗闇で何も見えないが、行きなれた道だ。目を頼らなくても塀の下まで辿り着くことができた。

 

 

 

 辿り着いた俺は、手探りで塀の下を触ると二つ。何かを発見することができた。俺は暗闇の中で喜び、跳ね上がるような思いで、まず一つの柿を齧った。

 

 

 

 これが柿の味かと噛み締めていると、月が雲から逃れて光が血を照らした。その時俺はやっと分かったんだ。

 あの大男が落としてくれた柿は、一つであり、それはまだ俺の手に残っていた。そして俺が食べていたもの、それは……。

 

 

 

 犬のフンだった──

 

 

 

 

 

 

 

「闇が晴れたことで俺に気づいた家主が出てきて、俺は口に含んだそれを吐き出して、急いで逃げた。大男は家主じゃなくて、俺は必死に逃げた。結局逃げ切った時には柿はどこかに落としてしまっていて、食べることはできなかった……」

 

 

 

 話を聞いていた私達は口を手で覆い、吐き出したくなる気持ちを我慢する。

 こんな話を聞いてしまい、しばらく柿が食えなくなりそうだ。

 

 

 

「その数年後。俺は体調を崩して若くして幽霊になった。あれから俺は柿の本来の味を知りたいが、食えずにそれが未練となってしまっているんだ!!」

 

 

 

「つまり柿を食べるのがあなたの目的ってことね」

 

 

 

 丹二郎の話が長かったが、結論はそういうことだ。

 っと、目的が分かるとリエが畑に目線を向ける。

 

 

 

「確かこの辺って柿も育ててましたよね。それを食べれば良いんじゃないですか?」

 

 

 

「まぁ、確かにそうなんだが……こうなんというか、トラウマが……」

 

 

 

 犬のブツを食べてしまったことを思い出して、柿の味を知りたいが食べられないと……。

 話を聞き、私は腕を組んで悩む。

 

 

 

「そうね〜、こんな味だよって私が教えればそれで満足?」

 

 

 

「いや、幽霊仲間にはそういう手も試してもらったが、ダメだった……。俺は自分で知りたいんだろうな」

 

 

 

「なら、食べなさいよ」

 

 

 

「……むっ」

 

 

 

 口をへの字にして嫌そうな顔をする。

 トラウマなのは分かったが、天国に行くためには柿を食うしかないだろうに。

 

 

 

「分かった。じゃあこうしましょう」

 

 

 

 

 

 

 私は楓ちゃんにお使いを頼み、柿をスーパーで買ってきてもらう。

 

 

 

「どうする気なんだ?」

 

 

 

 心配そうに訊ねてくる丹二郎に、私はエプロンを付けると自慢げに、

 

 

 

「柿を料理するのよ。見た目が変われば、トラウマも突破できるはずよ」

 

 

 

 そう言い、土手に用意された厨房で調理を始める。

 厨房に関しては楓ちゃんが買い出しに行ってる間、マッチョの二人に連絡を取って用意してもらった。

 

 

 

 そして調理を終えて完成。私は作った柿料理を丹二郎に渡す。後は丹二郎が食えるかどうか……。

 

 

 

 私達が見守る中、丹二郎は顔を近づける。後少し角度を変えるだけで食べられる……。そこまで来たのだが、

 

 

 

「む、無理だ!! やっぱり思い出してしまう!!」

 

 

 

 丹二郎はトラウマが蘇り、柿から目を逸らした。

 

 

 

「ダメか……」

 

 

 

 丹二郎は完全に口を閉じてしまい、食べようとしない。このままでは丹二郎は成仏できない。

 

 

 

「ここは僕が!!」

 

 

 

 そんな時、楓ちゃんが立ち上がった。楓ちゃんは私が作った料理を手に取ると、丹二郎に近づく。そして丹二郎を捕まえると、

 

 

 

「一度食べてしまえば、トラウマなんて忘れます!!」

 

 

 

 そう言って無理やり口を開けさせて、口の中に押し込んだ。丹二郎は涙目になりながらも押し込まれる。

 

 

 

「ぐわぁぁぁぁ!?」

 

 

 

 丹二郎の悲痛な叫びが響く中、食事は終わった。

 

 

 

 

 

 

 柿を食べ終えると、丹二郎の身体は薄くなる。

 

 

 

「天国に行けますね!!」

 

 

 

 その姿にリエはガッツポーズを取る。

 一応天国に行けるみたいで、ひとまず安心だ。

 

 

 

 っと、丹二郎と別れる前に私は聞いておきたいことを聞く。

 

 

 

「それで柿は美味しかった?」

 

 

 

「…………普通だった。幽霊になってほど、求めるものじゃねーわ」

 

 

 

 丹二郎は光に包まれて消えていった。

 丹二郎を見送り、私達も帰路に着く。

 

 

 

「そういえば、今日の目的ってなんでしたっけ?」

 

 

 

「あー、忘れた」

 

 

 

 

 



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第72話 『学園祭』

霊能力者のレイちゃんは、ダメ、無能、役に立たない?

 

 

 

著者:ピラフドリア

 

 

 

第72話

『学園祭』

 

 

 

「では僕はこれで!! お疲れ様です!!」

 

 

 

「気をつけて帰るのよ〜!」

 

 

 

 楓ちゃんを見送った私は、玄関の鍵を閉めてリビングに戻る。リビングではソファーの下に入り込んだ黒猫が丸くなって寝ている。

 

 

 

「あれ? リエは?」

 

 

 

 猫は大体いる場所がわかるため、決まった場所を探せばすぐに見つかる。しかし、もう一人。幽霊が見当たらない。

 

 

 

「リエ〜?」

 

 

 

 私はリビングを通り、台所を見るがリエはいない。トイレや洗面所も電気はついてないし……。

 

 

 

 後いるとしたら……

 

 

 

「リエ〜、あんたにも私の部屋には入らないでって言ってるでしょ〜」

 

 

 

 私は自身の寝室を開けて中を確認する。すると、予想通りベッドの上でリエが寝ていた。

 最近ソファーで寝たくないと文句を言い始めたリエは、度々私の部屋のベッドを狙っていたが、今日ついに取られた。

 

 

 

「はぁ〜、まぁ今日だけよ」

 

 

 

 起こして退かしてもいいのだが、完全に熟睡しているし、私も今日は疲れた。

 ベッドはリエに貸して今日はソファーで寝ることにする。しかし、その前に……。

 

 

 

「お風呂入ろっか」

 

 

 

 私はお風呂を沸かしている間に、家事を済ませてしまって、沸き終わったら早速入った。

 大体のルーティンは決まっている。そしてリエが寝ていて、誰もいない時大抵は……。

 

 

 

「タカヒロさ〜ん、洗面所にいるのは分かってるのよ。出てきなさい」

 

 

 

 私は湯船に浸かりながら、扉の向こうにいるであろう猫に話しかける。

 しかし、何も返事はない。私の勘違いで本当はいないのか……。いや、そんなことはない。

 

 

 

「タカヒロさ〜ん。三秒以内に戻らないと、ミーちゃんに言いつけるよ」

 

 

 

「分かった!! 戻る!! 戻るからそれだけはやめてくれ!!」

 

 

 

 黒猫が素早く駆けていく足音が聞こえる。予想通りいたか。まぁ、出て行ったから言いつけないでもいいのだが。

 

 

 

「後でミーちゃんに言いつけよ……」

 

 

 

 

 

 

 

 お風呂から出て、髪を乾かし終えた私は、リビングに戻る。すると、さっきは気づかなかったが、テーブルの上に一枚の紙が置いてあることに気がついた。

 

 

 

「これって楓ちゃんの……」

 

 

 

 それは楓ちゃんの荷物。学園祭の詳細をメモした紙だった。

 

 

 

「あー、そんな時期か〜、ん? これって…………」

 

 

 

 そしてそのメモを見て私は知った。

 

 

 

「もしかして、あの子……バンドやるの!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日、バイトに来た楓ちゃんを問い詰めてみると、あっさりと教えてくれた。

 

 

 

「実は師匠をびっくりさせようと思って、黙ってたんですよ〜。昨日メモ忘れてたの忘れてました〜」

 

 

 

 頭に手を置き、恥ずかしそうに白状する。

 

 

 

「それで楓さんは何やるんですか?」

 

 

 

「僕はベースです」

 

 

 

 最近楓ちゃんの荷物が多いなと思ったら、そういうことか。楽器を持ち歩いていたから荷物が多かったんだ。

 というか、明らかにあれはベースの入ってるバッグだし、なんで気づかなかったんだってレベルだ。

 

 

 

「んで、日取りはいつなんだ?」

 

 

 

「来週の土です。あ、月曜日は振替になります」

 

 

 

「土曜日か。頑張れよ!」

 

 

 

 応援の言葉を伝える黒猫。それに元気よく返事をするが、楓ちゃんはその後の言葉を待っているように、黒猫を見つめてソワソワしている。

 

 

 

「なんだ……」

 

 

 

「いえ、その〜、ですね…………僕、ライブやるんですよ……だから、その…………」

 

 

 

 楓ちゃんが言いたいのはきて欲しいということだろう。それは私だけじゃなく、黒猫も察しているはずだ。

 しかし、わざと察しの悪いフリをして意地悪をしている。

 

 

 

「なんだよ、はっきり消えよ〜」

 

 

 

「その、ですね。師匠に……」

 

 

 

 楓ちゃんが覚悟を決めて言おうとした時。私の隣でチラシを見ていたリエが立ち上がった。

 

 

 

「私、見に行きたいです!!」

 

 

 

 黒猫の意地悪を知ってか、知らずか。割り込んできたリエだが、そのおかげで楓ちゃんは調子を取り戻した。

 

 

 

「是非、皆さんで来てください!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから数日が経ち、楓ちゃんの招待もあり、私達は楓ちゃんの通う高校へやってきた。

 

 

 

「前に来た時は学校の七不思議の時ですよね」

 

 

 

 私の肩におぶられるように引っ付いている幽霊が、前にやってきた時のことを思い出す。

 

 

 

「そうね。前を通ることはあるけど、中に入るのはその時以来ね」

 

 

 

 前に楓ちゃんの通う学校へ入ったのは、石上君の依頼で学校の七不思議を調査した時だ。あの時は校内を探索して、七不思議の有無を調査して回った。

 

 

 

 しかし、今回は夜ではなく、昼に校内へ入る。それに人も多い。前回来た時とはまるっきり雰囲気が違う。

 時間帯が違うだけでここまで別の場所に感じるとは。

 

 

 

「おい、あれ見ろ。入り口で屋台やってるぞ」

 

 

 

 尻尾で私の後頭部を叩き、黒猫が屋台を耳を向ける。

 そこは学校の関係者がやっている屋台であり、役員や唐揚げやフランクフルトなどの軽食を売っていた。

 

 

 

「パンフレットも渡してますね。まずはパンフレットを貰って、楓さんの教室を探しましょ!!」

 

 

 

 おぶられているリエが身体を揺らして、行きたい方へ私の身体を動かす。

 

 

 

「はいはい」

 

 

 

 幽霊や猫がパンフレットを貰うわけにもいかないので、私が受け取って人の少ない壁際でパンフレットを開く。

 

 

 

「え〜っと、楓ちゃんの教室は……」

 

 

 

 楓ちゃんから教えてもらった学年とクラスを頼りに、パンフレットの地図を開いて探す。

 

 

 

「あの校舎の二階ね!」

 

 

 

 私は正門から直線にある校舎を指差す。

 

 

 

「では、行きましょう!! 楓さんがいるかもしれませんし!!」

 

 

 

 

 

 校内へ入り、楓ちゃんのクラスを目指す。道中で多くの生徒達に声をかけられるが、適当にあしらっていく。

 

 

 

「そういえば、楓の通う高校男子校だったな」

 

 

 

 校内にいる生徒達の姿を見て、黒猫がぼそりと呟く。

 

 

 

「あー、だからさっきから声をかけてくる生徒達、目が怖かったのね」

 

 

 

 結構怪しい目線を感じたのは、それが理由か。この魅力溢れる私を狙っているようだ……。

 っと、階段を登り、廊下を進むと目的地に到着する。

 

 

 

「ここが楓ちゃんのクラスね」

 

 

 

 その教室では焼きそばを売っているようで、看板が立てかけられている。

 教室に入ると、早速楓ちゃんを見つけた。

 

 

 

「あ、レイさん!!」

 

 

 

 太った生徒と話していた楓ちゃんは、私達に気づくと早速駆け寄ってくる。

 

 

 

「皆さん、来てくれたんですね!!」

 

 

 

「まぁね。今店番中なの?」

 

 

 

「はい!!」

 

 

 

 楓ちゃんが店番をやっているのは、エプロン姿からすぐにわかった。しかし、気になるのは……。

 

 

 

「んで、あれはなに?」

 

 

 

「レンジですね」

 

 

 

 机を端に寄せてカウンターを作り、そこで焼きそばを販売している。その奥には調理場があるのだが、

 

 

 

「教室では火を使うのが禁止なので、完成しているものを温めてるんです」

 

 

 

「そ、そうなの……ね」

 

 

 

 一つくらい買って行こうと思っていたが、流石にレンチンだと、買う気が失せる。いや、高校生クオリティだとこのくらいなのか?

 

 

 

 今の上に乗っている黒猫が身を前に乗り出すと、

 

 

 

「なぁ、楓。ライブはいつからなんだ?」

 

 

 

「午後の二時半です!! 体育館のステージでやるので、来てくださいね!!」

 

 

 

 楓ちゃんが笑顔で宣伝する中、楓ちゃんと話していた太めの生徒がギターらしきものを持ってドヤ顔をする。どうやら同じバンドメンバーのようだ。

 

 

 

「僕はまだ店番があるので、皆さんはいろいろ探索してみてください!! 僕のおすすめは、野球部の千本ノックとイラスト部の展示です!!」

 

 

 

「ふ〜ん、まぁ見に行ってみるよ」

 

 

 

 私はパンフレットを開いて、楓ちゃんの教えてくれた場所を確認する。

 その後、楓ちゃんに見送られながら、教室を出た。

 

 

 

 まずは野球部のいる校庭を目指す。階段を降りて、外に出ようとしていると、

 

 

 

「そこの白髪の方、少し良いかな……」

 

 

 

 ロン毛にメガネの生徒が話しかけてきた。他の生徒達と同じ勧誘かと思い、逃げようとするが素早いステップで私の行く手を阻む。

 

 

 

「あなた、幽霊を連れていませんか?」

 

 

 

「え!? もしかして……」

 

 

 

「はい、薄らなのですが、僕、見えるんです……」

 

 

 

 メガネの生徒は私の背後に目線を向ける。

 

 

 

「僕、オカルト部の部長をやってます。高野と申します。是非、あなたに取り憑いている幽霊についてお話が!!」

 

 

 

 そう言うと、私の腕を引っ張って部室へ連れ込む。部室には新たに二人のメガネ生徒がおり、私が部屋に入ると嬉しそうにチラシを広げる。

 

 

 

「まずはこのオカルト部の歴史からお伝えし、その後あなたの幽霊について……。この部活は花子さんや青紙赤紙などのオカルトが大好きだった先輩の作った部活であり…………………」

 

 

 

 なぜか、部活の歴史について話し始めるメガネ君。そんなメガネ君を他所に、リエが服の裾を引っ張った。

 

 

 

「あの〜、レイさん」

 

 

 

「なに?」

 

 

 

「この方達、私のこと見えてませんよ。適当に取り憑かれてるとか言って、引き込んだだけです」

 

 

 

 そういえば、幽霊に取り憑かれてるとか言いながら、リエに目線を向けない。

 そうと分かれば、このまま話を聞き続けていても長そうなので、

 

 

 

「あー、やっぱり取り憑かれてないかも〜、それじゃー!!」

 

 

 

「先代の部長は今もなお赤紙青紙を信じてもらえるように、トイレに潜ん…………あ、ちょっと!?」

 

 

 

 引き止めようとしてくるオカルト部員達を振り切り、校庭に出ると野球部の出し物が行われていた。

 

 

 

「なぁ、なんか見覚えのある奴がいる気がするんだが……」

 

 

 

「奇遇ね、私もよく」

 

 

 

 次々と投げられる投球を木刀で打ち返していく。全ての球を校庭の端まで飛ばすその女性に、野球部員達は絶句する。

 

 

 

「ふぅ〜、良い汗かいた」

 

 

 

「姉さん、タオル」

 

 

 

「おう、気が利くなスキンヘッド」

 

 

 

 タオルで汗を拭く京子ちゃんとスキンヘッドがいた。

 二人は野球部の出し物を堪能し終えると、私達に気づいて駆け寄ってくる。

 

 

 

「おう、霊宮寺さんも来てたのか」

 

 

 

「あなた達も来てたのね。もしかして母校?」

 

 

 

 私はスキンヘッドの方を見て訊ねる。すると、違うのかスキンヘッドは首を振った。

 

 

 

「俺は違う。確か姉さんの母校だな」

 

 

 

 スキンヘッドがそんなことを口にすると、後ろから汗を拭き終えた京子ちゃんが、タオルでスキンヘッドの首を絞める。

 

 

 

「誰が男子校出身だ。私は女子校出身だ。誰が男みたいだってぇ!?」

 

 

 

「おぉっ!? く、くるじぃ!? ねげざんゆるじてぇ、今のは冗談うううっっ!?」

 

 

 

 スキンヘッドの意識を落とし、京子ちゃんはスキンヘッドを肩に背負った。男一人を軽々と担いでいるとはちょっと怖い。

 

 

 

「坂本のやつに誘われたんだよ。霊宮寺さんもそうなんだろ?」

 

 

 

「あー、そういうことね。私達もそうよ」

 

 

 

 この二人と楓ちゃんから誘われてきていたらしい。っと、そうなると一人見当たらないような……。

 

 

 

「コトミちゃんは?」

 

 

 

「コトミは受験勉強中よ。流石にサボりすぎたって、バーベキューとか遊びに行った分を取り戻すために、勉強中よ」

 

 

 

「大変そうね……」

 

 

 

 コトミちゃんは受験勉強中だとして、京子ちゃん達が来ているということは……。

 私は他にも呼ばれている人がいるのではないかと勘付く。そしてその勘はすぐに当たった。

 

 

 

「やぁ、レイさん!!」

 

 

 

 呼ばれて振り返ると、そこには巨漢の二人組が立っていた。筋肉が浮かび出るようなタンクトップを着こなし、胸元の筋肉を痙攣させる。

 

 

 

「やっぱりあなたたちも来てたんですね。マッチョさん達……」

 

 

 

 それは楓ちゃんに呼ばれたのであろう。マッチョの二人組だった。

 二人は道のど真ん中だというのに、ポーズを決めて筋肉を主張する。

 

 

 

「呼ばれたのでね。筋トレの合間に!!」

 

 

 

「筋トレの合間に学園祭ってどういうことよ……」

 

 

 

 ポーズを決めている二人だが、そのうちの先輩の方のマッチョがキョロキョロと周りを見渡す。

 

 

 

「それにしても懐かしいなぁ」

 

 

 

「あなた達、ここの出身なの?」

 

 

 

 私が訊ねると、先輩は首を縦に振り、後輩は横に振った。

 

 

 

「俺は違います。パイセンは出身らしいですけどね」

 

 

 

「そうなんだ。これから俺の恩師に挨拶に行くのだが、レイさん達も来ますか?」

 

 

 

「いや、私は良いよ。まだ見たいところあるし……」

 

 

 

 それにマッチョの恩師にあって何を話すのか……。するとちょっとしょげた様子だったが、マッチョの二人は頭を下げて、

 

 

 

「では、俺達は挨拶してくるので!! ごゆっくり」

 

 

 

「ええ、しっかりね〜」

 

 

 

 職員室へ向かっていくマッチョを見送った。マッチョの二人組がいなくなると、

 

 

 

「じゃあ、霊宮寺さん。私もこれで」

 

 

 

 スキンヘッドを担いだ京子ちゃんもどこかへ行くようだ。

 

 

 

「このバカをどっかで寝かして、私も適当に回るよ。

 

 

 

「坂本のライブは見にいくから、その時な!!」

 

 

 

 

 

 

 

 京子ちゃん達とも別れ、私達は校内を探索する。

 校舎の中に入ったところで、黒猫があることを思い出す。

 

 

 

「そういえば、楓がおすすめしてた展示ってなんだっけ?」

 

 

 

「あー、えーっと」

 

 

 

 私と黒猫が思い出せずにいると、リエが私の服の裾を引っ張る。そして廊下の奥にある教室を指差した。

 

 

 

「あそこですよ」

 

 

 

 そこにはイラスト部と書かれた看板が建てられており、それを見て私達はやっと思い出した。

 

 

 

「そういえば、イラスト部がどうのって言ってたね」

 

 

 

 思いました私達は早速向かってみる。

 しかし、この部活は看板で案内は書いてあるが、他の部活みたいに客引きをしていない。

 隣の教室では写真部の眼鏡君がボソボソと小声ながらも頑張って客引きをしている。だが、イラスト部はそんな雰囲気は一切ない。

 ただそこに看板があるだけ。

 

 

 

 私はまずは入らずに、顔だけを入れて中の様子を確認する。中では教室の真ん中に机が集められており、そこにスケッチブックが置いてある。

 

 

 

「誰もいないね」

 

 

 

 中の様子が分かり、誰もいないことを確認すると、中に入ってみる。そしてスケッチブックに近づいた。

 スケッチブックを手に取って開こうとした時。

 

 

 

「なぁ、アンタ……坂本の友達か?」

 

 

 

 

 



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第73話 『動き出す』

霊能力者のレイちゃんは、ダメ、無能、役に立たない?

 

 

 

著者:ピラフドリア

 

 

 

第73話

『動き出す』

 

 

 

 テーブルの下から目の下にクマのできた生徒が這い出てくる。

 

 

 

「坂本のご友人ですか……?」

 

 

 

「え、ええ、そうだけど」

 

 

 

 私が返事をしている中、幽霊の少女が怯えて私の後ろに隠れる。

 高校生とは思えない老け顔で、お化けみたいな登場の仕方をするが、本物の幽霊が怖がるのはどうなのだろうか……。

 

 

 

 っと、出てきた高校生は、手をだらっとさせてお辞儀する。

 

 

 

「俺、沼川と申します……ようこそ、イラスト部の展示へ」

 

 

 

 覇気のない挨拶をした沼川君はスケッチブックを手に取ると、開いて私達に見せてくる。

 

 

 

「こちらが僕の描いた……イラストです」

 

 

 

 沼川君の見せてきたイラストは、芸術的というかホラー的というか。かなり個性的な絵柄で、お化けのイラストが多く描かれていた。

 

 

 

「どうですか?」

 

 

 

 スケッチブックを見せてきた沼川君は、首を九十度に傾けて訊ねてくる。ガクッと勢いよく曲げたため、かなりホラー的な動きだ。

 

 

 

「どうって聞かれても……私は絵は……」

 

 

 

 私は頬を指で掻きながら、なんて答えようかと困っていると、沼川君は目を見開いてさらに首を傾ける。それ以上首を傾けると、首が取れちゃいそうで怖い。

 

 

 

「あなたじゃありません。そこの方です」

 

 

 

 そういう沼川君の目線は私の後ろを見ている。ということは……。

 

 

 

「え!? 私ですか!?」

 

 

 

 リエが驚いたように背中から顔を出す。

 

 

 

「イエス。……坂本から漫画を描いている幽霊がいると聞きまして……是非、お友達になりたいと……」

 

 

 

「え!! 私と友達ですか!? 良いんですか? 幽霊ですよ!!」

 

 

 

「はははははぁ〜、クラスでのあだ名がお化けの僕には関係ないですよ〜」

 

 

 

 関係大有りだと思うが。

 しかし、りえも嬉しかったのか、絵についてのトークで沼川君と盛り上がる。二人が話している間、私は黒猫と一緒に展示を見ながら待つことにした。

 

 

 

「楓ちゃんの他にも幽霊の見える子がいたのね」

 

 

 

「楓ほど霊力は強くないがな。しかし、イラスト部に行けってのは、こういうことか。霊感があってリエと話せる奴を紹介したかったんだな」

 

 

 

「私達じゃ、手伝えることも少ないしね」

 

 

 

 たまに漫画を描くのを手伝ったりはするが、リエと同じように漫画を描くわけではない。楓ちゃんはリエに仲間を作ってあげようとしてくれたのだろう。

 

 

 

 二人が話してる間、残った展示のスケッチブックを手に取って見てみる。

 沼川君とは他の部員が書いたものだろう。絵柄も違うしジャンルも違う。書いてある内容は超絶マッチョなキャラクターだ。これをあの二人組が見たら喜びそうだ……。

 他にも手に取って見てみる。今度は……

 

 

 

「ナポレオンナポレオンナポレオンナポレオンナポレオンナポレオンナポレオンナポレオンナポリタンナポレオンナポレオンナポレオンナポレオンナポレオンナポレオン……何これ怖!!」

 

 

 

 大量のナポレオンという文字が並んでいた。ページを捲ると、緻密に描かれたナポレオンのイラストが大量に並んでいる。

 

 

 

「ナポレオン大好きっ子か?」

 

 

 

「なにそのナポレオン大好きっ子って!? てか、好きでもこんなことなる!?」

 

 

 

 私はスケッチブックを閉じて、他のスケッチブックの下に隠す。ちょっとした封印だ。

 

 

 

「レイさん、そろそろ行きますか!」

 

 

 

 沼川君と話を終えたリエが満足げに私の元に戻ってくる。

 

 

 

「もう良いの?」

 

 

 

「はい!」

 

 

 

 イラスト部の展示を出て、次はどこへ行こうかと、廊下の端に背をつけてパンフレットを開く。

 

 

 

「ん〜、私は行きたいところないなぁ〜。あんた達は?」

 

 

 

 私は肩や頭にいる幽霊と猫に訊ねる。

 

 

 

「私もないですね〜」

 

 

 

「俺もだ。だが、どうする? 楓ちゃんのライブまでまだ何時間もあるんだぞ。どこで時間潰すよ?」

 

 

 

 暇だからと早く来すぎた。早速やることがなくなって暇だ。とはいえ、事務所に帰ってもう一度来るのも面倒だし、このままここで時間を潰したい。

 

 

 

 もう一度、パンフレットで面白いところはないかと目を通す。そうしていると、

 

 

 

「暇なら私と遊ぼう……」

 

 

 

 覇気のない声。高校生が客引きで呼びかけてきたのだろうか。それにしては男っぽくない声。

 

 

 

 声の主に目線を向けると、そこには修道服に身を包んだ女性の姿。どこかで見た覚えがある……。しかし、誰だったか。

 

 

 

 私がその人物にどこで会ったか訊ねようとした時。黒猫が毛を逆立たせて叫んだ。

 

 

 

「レイ、逃げろ!!」

 

 

 

「え?」

 

 

 

 黒猫が叫んですぐ、景色が一変する。さっきまで高校の廊下にいたはずなのに……。

 

 

 

「え? なんで公園に!?」

 

 

 

 そこは高校の裏門を出てすぐのところにある公園。高校に隣接している駐車場が隣にあり、すぐ側には林がある人通りの少ない公園だ。

 

 

 

 なぜこんな場所にいるのか、私とリエが動揺してキョロキョロしている中。黒猫が尻尾で私の顔面を叩いた。

 

 

 

「落ち着け!! とにかくあのシスターから離れろ!!」

 

 

 

「痛っ!? なにするのよ!! ……って、離れろって……?」

 

 

 

「お前、覚えてないのか? あのシスター、ランランと一緒にいた奴だよ」

 

 

 

 黒猫の説明を聞いてやっと思い出した。ランランの配信で鬼ごっこをさせられた時に現れたシスター、それが彼女だ。

 

 

 

「わ、私のことを……覚えててくれてるなんて……ホッ」

 

 

 

 シスターは覚えられてたことが嬉しいのか。顔を赤くして身体をクネクネさせる。

 

 

 

「なにあの人……」

 

 

 

「知らん、とにかく距離を取れ…………。意味があるかはわからないがな」

 

 

 

 ここは黒猫の言う通りにしようと、私はシスターに背を向けて離れる。敵に背を向けるなとか、黒猫にごちゃごちゃ言われるが、なにもされなかったから無視だ。

 

 

 

 とりあえず5メートルほど離れたところで、私はシスターと向かい合った。

 

 

 

「ランランさんのお友達が何の用ですか!!」

 

 

 

 私の横で浮いているリエが、拳を握りしめて聞き出す。すると、シスターはまた顔を赤くする。

 

 

 

「お友達だなんて……」

 

 

 

 またしても身体をウネウネさせて喜んでいる。

 

 

 

「なんなのこの人?」

 

 

 

「知るか」

 

 

 

 なぜこんな動きをしているのか、疑問に思っている中。スッとシスターは表情を変える。

 さっきまでの砕けた感じとは違い、真面目な目線で私達のことを見つめる。

 

 

 

「今回はあなた達にお願いがあって来た」

 

 

 

 突然雰囲気が変わったことに動揺したが、いち早く事態に順応した黒猫が訊ねた。

 

 

 

「なんだ?」

 

 

 

 すると、シスターは手のひらを上にして差し出すように前に出した。それは私達に手を伸ばすように。

 

 

 

「そちらの幽霊を私達に渡して欲しい」

 

 

 

 そんなことを言い出した。私はリエを守るように後ろに隠し、リエも大人しく身を隠す。

 

 

 

「リエを狙って……渡すわけないじゃない!!」

 

 

 

 私達の対応にシスターは肩を落として、伸ばした手を戻した。

 

 

 

「それは残念。でも、拒否権はない」

 

 

 

 シスターの全身から霊力のオーラのようなものが溢れ出す。

 半透明なモヤが私にもはっきりと見える。あれがあのシスターの力なのだろう。

 

 

 

「拒否権ですって、私だって嫌ですよ、あなた達の言う通りにするなん…………て!?」

 

 

 

 私の後ろで抗議をしていたリエだが、喋っている途中で私の後ろからシスターの隣へ移動する。

 

 

 

「はへぇ?」

 

 

 

 訳がわからなそうに首を傾げるリエ。そんな顔で見られても私も分からない。というか、

 

 

 

「リエ!? いつの間に、今迎えに!!」

 

 

 

 私がリエの元に駆け寄ろうとした時。黒猫が私の頭を叩いて止めた。

 

 

 

「行くなバカ」

 

 

 

「なんでよ? リエが捕まったのよ!!」

 

 

 

 前に執事に連れ去られた時のことが脳裏をよぎる。あの時のようにリエが連れて行かれてしまう。

 

 

 

「どうせ、俺達が助けに入っても役に立たない」

 

 

 

 いつもと違い、諦めたの言葉のように感じた私は、悔い気味に黒猫に掴みかかる。

 

 

 

「だからって見捨てるの? アンタらしくないじゃない」

 

 

 

 頭の上から黒猫を抱き上げて、目線の先に持ってくると、黒猫があるものを咥えていた。それは私の携帯電話。いつ抜き取ったのか、騒ぎで気づかなかった。

 

 

 

「俺達じゃ、役に立たない。だから助っ人を呼んだ」

 

 

 

 

 

 

 

「あれ、レイ君じゃないか。ということはここが文化祭の学校か。まさか寝坊してしまうとは……」

 

 

 

 駐車場の奥から声が聞こえ、現れたのは汗で萎れた赤いヒーロースーツに身を包んだヒーロー。

 

 

 

「どうした? 君達、事件かね?」

 

 

 

 ヒーローのレッドだった。

 レッドは状況が分からず、その場でポーズを取ってみる。しかし、レッドがポーズを決めている方向には誰もいない。

 それもそのはずだ。レッドは霊感が強くはない。リエの姿が見えていないのだ。

 

 

 

「もしかしてこの人呼んだの?」

 

 

 

「違う」

 

 

 

 即答する黒猫。呼んだの助っ人は違かったみたいだが、タイミングが良いヒーローだ。

 

 

 

「レッドさん、そこにいるシスターがリエを攫おうとしてるんです!!」

 

 

 

「なに!? 誘拐だと!! 俺には幽霊君は見えないが承知した!!」

 

 

 

 改めてポーズを決めるヒーロー。すでにヒーロースーツが着用されているというのに、変身ぽい決めポーズまでやってくれる。

 

 

 

「なんでも良いから、さっさとやって!!」

 

 

 

「お、おう!! 俺はゴーゴーレンジャーのレッドだ!! 幽霊とはいえ、女の子を誘拐しようとするとは許せん!! 何者だ!!」

 

 

 

 テンプレが決まっているのか、急かしてもヒーローらしい行動をやめないレッド。しかし、シスターもノリがいいらしく。リエを人質にしたまま、自撮りをする時のようなポーズをしてみる。

 

 

 

「私、関 フウカ(せき ふうか)…………で、す」

 

 

 

 しかし、途中で恥ずかしくなったのか。ポーズが崩れていく。その様子を見てレッドは不服そうに腕を組む。

 

 

 

「なんだ、その決めポーズはやるなら最後までやれ!! ほら!!」

 

 

 

「え、あ!? …………私……は」

 

 

 

 レッドに何度も自己紹介をやり直しされ、シスターは顔を真っ赤にして隠した。

 自分から乗っておいて恥ずかしがる。何がしたいのか……。

 

 

 

 レッドはポーズを決めると、シスターを指差した。

 

 

 

「しかし、何者であろうと誘拐は許せない!! このレッドが正義の鉄槌を下してやる!!」

 

 

 

 助っ人とは違かったが、レッドがなんとかしてくれそうな流れ。これでシスターを逮捕すれば、ランランの逮捕にも繋がるかもしれない。

 しかし、そう簡単にはいかなかった。

 

 

 

 シスターは両手を広げると、ニヤリと頬を上げる。そしてシスターの両手から冷たい冷気が流れ出した。

 

 

 

「来るぞ。レイ……何かあれば、リエを連れて逃げる準備だ」

 

 

 

「え? でも、レッドさんが……」

 

 

 

「時期に助っ人も来る。間に合わなければ…………」

 

 

 

 シスターの両端に瞬時に何かが現れる。両方とも人形だが、大きさが違う。

 一つは普通の人間だ。中年の男性という感じ。もう一つはその三倍以上ある巨大。

 

 

 

「あれは……」

 

 

 

 私には両方とも見覚えがあった。一つは加藤さん。ランランの中の人だ。もう一つは巨人の悪霊。片手にはナタを手にしている。

 

 

 

「呼び寄せやがったか……」

 

 

 

 どうやって移動してきたのかは分からない。突如現れた加藤さんと悪霊だが、そんな二人が現れてもレッドは堂々とポーズを決めた。

 

 

 

「仲間を呼んだか。しかし、ヒーローが数で怖気付くと思うなよ!!」

 

 

 

 数だけじゃなくてヤバそうな悪霊が混じっているのだが……。

 

 

 

 

 悪霊はレッドにも見えているようで、三人にを順番に睨みつける。その後、

 

 

 

「行くぞ!! 幽霊の子供を解放しろ!!」

 

 

 

 レッドは猪突猛進。ただひたすらに特攻した。

 シスターか悪霊。そのどちらかによってレッドの突撃は止められる。そう、予測できていたが私には何もできない。

 彼らの光景を見守る中、

 

 

 

「私に任せてください」

 

 

 

 加藤さんが前に出た。少し予想を裏切る人物が先頭に出たことで、一瞬思考が止まる。

 

 

 

 ランランの中身であることを除けば、彼は霊感もない普通の人物だ。

 そんな人物が、勢い任せだけのヒーローだとしても勝てるとは思えない。

 

 

 

「ジャスティスナックル!!」

 

 

 

 レッドが拳を構えると、スーツの特殊効果で拳が燃え上がる。赤いスーツの上に真っ赤な炎を纏い、流星の如く拳を振るう。

 

 

 

 あんな拳を常人が、避ける、受け止める。そんなことができるはずがない。

 しかし、加藤さんは片手でレッドの拳を止めてしまった。

 

 

 

 止められた拳は勢いを失うと、炎も鎮火して通常の拳に戻る。

 

 

 

「なんで加藤さんがあのパンチを止められるの!?」

 

 

 

「レイ。アイツ、もう人間じゃない」

 

 

 

「え?」

 

 

 

 黒猫は耳を畳んで尻尾を下ろす。

 

 

 

「あの野郎、悪霊を取り込みやがった」

 

 

 

 

 

 



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第74話 『燃え上がる正義』

霊能力者のレイちゃんは、ダメ、無能、役に立たない?

 

 

 

著者:ピラフドリア

 

 

 

第74話

『燃え上がる正義』

 

 

 

 

 暗がりの中、水滴が滴る。

 

 

 

 もうどれくらい時間が経っただろうか。日の入らないこの部屋では、時間感覚がおかしくなる。

 

 

 

 湿った生暖かい風が、室内を循環し皮膚を当たる鎖の冷たさを強調する。

 

 

 

「どうかなァ、加藤ォ。そろそろ反省できたかァ?」

 

 

 

 扉が開き、部屋に光が差し込む。慣れない光に目を瞑るが、少しずつ目が慣れてきて入ってきた人物が見えるようになった。

 

 

 

 現れたのは二人。一人は黒いコートを着たスキンヘッドの男。コートの胸元には緑の三角に目が入ったマークが入っている。

 

 

 

 もう一人は牙の生えた長身の女性。赤い髪が特徴的で、キリッとした目元に西洋風の顔。服は胸元を大きく開けて、かなり際どい衣装を着ている。

 女性は鎖に繋がれた人物に近づくと、しゃがんで目線を合わせる。そして顎に掴んで顔を上げさせた。

 

 

 

「加藤ォ、お前の失態は大きい。大量の魂を集めるそれがお前の役割だった。が、幾度の失敗でお前の足跡を警察が追っている。それがどういうことかァ、分かるよなァ」

 

 

 

 加藤は鎖で動けない状態でありながら、目線を合わせたくないのか。女性から顔を逸らす。身体を動かしたことで、鎖が肉を引っ張り痛みで叫び声を上げた。

 

 

 

「先日、子供探偵がこのビルに来た。お前を探してだァ。本来ならお前を切り捨ててしまいたいところだが……良い遊びを思いついた」

 

 

 

 女性は加藤を目線を向けたまま、手を挙げてスキンヘッドに合図を出す。

 すると、スキンヘッドはポケットから小さな小瓶を取り出して、女性に投げ渡す。キャッチしたその小瓶を、加藤の前に突き出す。

 

 

 

「コイツはあの有名な霊能力者が捕らえた悪霊。その中でも強力な一匹が封じ込まれている。それでなァ、コイツを身体に取り込んだら、どうなると思う?」

 

 

 

 女性が不適な笑みを浮かべ、全てを察した加藤は鎖で肉が引っ張られる中、動き逃げようとする。しかし、どう足掻いても鎖が抜けることはない。

 踠けば踠くほど、鎖の締め付けは強くなり、加藤の一ミリも身体を動かすことができなくなった。

 

 

 

「なァ、加藤ォ。俺の目を見ろ」

 

 

 

 抵抗する加藤の両頬を掴み、挟み込む形で加藤の目線を動かす。

 

 

 

「お前は俺の可愛い手駒だァ。しっかりと働けよォ」

 

 

 

 女性の目を見た加藤の意識はぼんやりと靄がかかり、争い難い衝動に駆られる。

 ただ目の前にある命令を遂行しなくてはならない。周囲のことや自分のことなど見えなくなり、その命令だけが思考の中心となった。

 

 

 

「はい……お任せください」

 

 

 

 

 

 

 ⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎ ⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎

 

 

 

 

 

 

 レッドの拳が加藤さんによって止められる。その光景に黒猫は口を半開きにして、

 

 

 

「アイツ、悪霊を取り込みやがった……」

 

 

 

「なによそれ!?」

 

 

 

 黒猫から出たヤバそうな単語に、私は身構える。

 

 

 

「俺も詳しくは知らない。だが、技術としては有名だ。所謂、憑依って奴だ。メジャーどころだと、シャーマンなんかが知られてるか……。死者の魂を身体に宿らせる。基本は知識や知恵を借りるんだ」

 

 

 

「めっちゃ知ってるじゃない」

 

 

 

「ここまでは基本知識だ。俺は死者を呼ぶってのは知ってるが、悪霊との憑依は初めて見た。それにあんな感じに宿らせるのは異例だ。憑依で肉体を強化するなんてな」

 

 

 

 加藤さんがパンチを受け止めた時。そのパワーの一部が霊力のオーラとして一瞬見えた。私でも目視できるほどの強力な霊力と、ドス黒い狂気の混じったオーラ。

 あんな悪霊を取り込むなんて……。というか、あんな便利な強化方法があるとは……。

 

 

 

「お前、真似しようとしてないよな」

 

 

 

「してない」

 

 

 

 私が即答をする中。拳を受け止められたレッドは、掴まれていない拳で加藤さんを殴ろうとする。

 鋭いアッパーが加藤さんの腹を標的にする。片手を掴まれ自由のない状態なのに、そんな体勢でも格闘家に張り合えるような強力なパンチを見せつける。

 

 

 

 しかし、悪霊と同化した加藤さんにとって、人間の領域は所詮足元にも及ばない。アッパーすら受け止めてしまい、レッドは両手を掴まれている状態になった。

 

 

 

「俺の必殺技が!?」

 

 

 

 霊力の見えていないレッドにとって、加藤さんはひょろっとした一般男性。そんな人物に二度も攻撃を止められて、動揺がスーツに染み込んだ汗から伝わる。

 

 

 

 レッドを捕まえた加藤さんは、身体を後ろに逸らす。仰け反る形になった加藤さんは、その姿勢からバネのように勢いよく姿勢を戻した。

 その勢いで前方にいたレッドに強力な頭突きを喰らわせる。

 

 

 

 頭突きと同時にレッドの拳を離し、頭突きを喰らったレッドは地面を四回ほど転がって止まった。

 

 

 

「なんて……頭突きだ。それが君の必殺技ということか、人間技じゃないな……」

 

 

 

 しかし、これでもヒーロー。スーツが破けて金髪の髪がはみ出る中、レッドはフラフラの足で立ち上がる。

 

 

 

 レッドのやられ具合から、加藤さんだけでも手に負えないことが伝わってくる。

 

 

 

「どうしよう!? タカヒロさん!!」

 

 

 

「…………リエを助けに行く、隙もない」

 

 

 

 レッドが惹きつけているうちに、リエだけ救出するという作戦を考えていた黒猫も、この状態に髭を落とした。

 加藤さん一人に苦戦する状況では、残りのシスターと悪霊を惹きつけることはできない。

 

 

 

 それでもヒーローは諦めない。

 

 

 

 ふらふらの足を叩いて喝を入れると、レッドはポーズを決めた。

 爆発も音楽のない迫力もないポーズのはず、しかし、そんなポーズのはずなのにレッドは気迫だけで足りない迫力を補った。

 

 

 

 そんなポーズを見た黒猫から唾を飲む音がする。そして

 

 

 

「レイ。走る準備をしておけ」

 

 

 

「え? なんで?」

 

 

 

「必ずタイミングが来るからだ」

 

 

 

 ポーズの最中に一瞬だけ、こちらを見た気はした。しかし、ただのポーズの演出だと思っていたが、黒猫は何かに気づいたようだ。

 

 

 

 私は黒猫を信じて、いつでも動き出せるようにしておく。

 そんな私達の姿に気づいてか。ポーズを終えたレッドは、雄叫びを上げて三人に向かって走り出した。

 

 

 

 先頭にいるのは加藤さん。先程はあっさりと返り討ちにされた相手だ。三人の気を引こうとしているらしいが、このままではまたしても加藤さんにやられる。

 

 

 

 だが、まだヒーローには奥の手があった。走りながら加藤さんは、腰につけたベルトに手をかざす。

 

 

 

「ゴーゴー変身!! 燃え上がれ、フェニックス!!」

 

 

 

 ベルトに触れると同時に、レッドのヒーロースーツが変形。光を放ちながら炎の翼の生えた新形態へと変身した。

 

 

 

 しかし、変身したところで見た目が変化しただけ。加藤さんに勝てるとは……

 

 

 

「ひっさぁぁつ!! 連続パァァァンッチ!!!!」

 

 

 

 肉眼では捕らえられない超スピード。そこから放たれる炎を纏ったパンチが、加藤さんに直撃する。

 

 

 

 加藤さんの身体が一瞬空中に浮く。表情からしてダメージはないが、レッドにとってはこれで十分だ。これで加藤さんが一瞬だが、硬直した。

 

 

 

 炎の翼を広げると、加藤さんの横を通り抜けてシスターと巨人の悪霊の元へ向かう。その様子に黒猫が、私の頭をポンポン叩く。

 

 

 

「レイ。走れ!!」

 

 

 

 もう、なるようになる。そう思って私もリエを助けるため、シスターの元へと駆け出した。

 先にシスター達の元に辿り着いたのはレッドだ。それも当然、炎の羽で飛んでいるレッドの速さは、自動車のように早い。

 

 

 

「……きょ……!?」

 

 

 

 シスターが巨人に命令を出す間もなく。レッドの燃える蹴りが巨人の顔に直撃し、巨人は地面に背をつく。

 さらに巨人を倒したレッドは、シスターにも攻撃を仕掛けようとする。燃える拳を振り下ろし、シスターを狙う。だが、レッドはシスターの顔の前で拳を止めた。

 

 

 

「俺は守るべきものは判断できるヒーローだ」

 

 

 

 そう言うと、レッドはシスターの腕を掴み、シスターを引っ張った。殴られると思っていたシスターは、攻撃が止まり引っ張られるのは予想外であり、対応が遅れる。

 

 

 

「今だ、レイ君、その幽霊の子を連れて行くんだ!!」

 

 

 

 レッドがシスターを引っ張ったのは、シスターを移動させるため。レッドが加藤さんを倒した時、シスターは横にいるリエを守るような動きをした。

 そのシスターの動きを頼りに、リエのいる位置を判断してシスターを引き離した。

 

 

 

「レッド!! あんたは本物のヒーローだよ!!」

 

 

 

 黒猫が叫ぶ中、私はリエの腕を掴む。

 

 

 

「リエ、逃げるよ!!」

 

 

 

「はい!!」

 

 

 

 私が腕を取ると、さっきまで怯えていたリエの顔が明るくなる。このままシスター達から逃げる。とにかく校内だ。

 学園祭をやっている最中の校内ならば、人混みに紛れて逃げることができるはずだ。

 

 

 

「全力で走れ!! レイ、リエ。もう一度捕まれば、もう二度と逃げられないぞ!!」

 

 

 

 黒猫が頭を叩いて急かしてくる。だが、どれだけ焦ってもこれが全力だ。

 

 

 

 全力疾走する私達の後ろで、シスターとヒーローの会話が聞こえてくる。

 

 

 

「……守るべきもの…………。ヒーローとはカッコいいですね。では、守っていただきましょうか!!」

 

 

 

 レッドに腕を掴まれているシスターだが、そのまま巨人と加藤さんに命令を出す。

 

 

 

「あの子を取り……戻せ……」

 

 

 

 倒れていた巨人と、加藤さんが一斉に動き出す。

 

 

 

「き、来たァァァ!?」

 

 

 

 悪霊が追って来て、大きく口を開けて逃げる。レッドがシスターから手を離し、一時的にこちらの援軍に来ようとする。しかし、そんなことが許されるはずもなく。

 

 

 

「行かせない……」

 

 

 

 レッドが手を離すと、シスターはどこから取り出したのか。いつの間にか先が三本に割れた槍を手に入れいた。

 それを使い、シスターはレッドに攻撃を仕掛ける。

 

 

 

「うおっ!?」

 

 

 

 槍が刺さりそうになるが、間一髪のところで身体を逸らしてレッドは避けた。奇襲である一撃目を躱せれば、レッドにとってシスターの槍を避けることは容易なことだ。

 

 

 

 ヒーローらしい身体能力の高さを利用し、シスターの攻撃を次々と避けてみせる。隙を見つけ、レッドはシスターから距離を取ると私達の元へ駆けてくる。

 

 

 

 シスターの服や身体付きからして、後から追って来てもレッドに追いつくことはできない。このままレッドが私達を追う悪霊達を倒してくれれば……。

 

 

 

「……なら…………その変人を先にやれ」

 

 

 

 その場で槍を地面に突き刺し、追いかけるのを諦めたシスターは、レッドに手を伸ばす。

 

 

 

 悪霊にレッドを襲わせる気なのか。しかし、それは好都合。レッドが戦っている間に、校内に逃げ込める!!

 

 

 

 悪霊がクルッと身体の向きを変える。そして私を追うのをやめる。そのはずだった。

 

 

 

「っ!? あ!? 俺、なんでここに!?」

 

 

 

 レッドが突然瞬間移動して、私達の真後ろに現れた。

 

 

 

「え!? レッドさん!?」

 

 

 

 状況が分からないのか、ヒーロースーツの隙間から汗が流れ出る。

 レッドが後ろにテレポートとして来たのは嬉しい。しかし、

 

 

 

「追いつかないっ!?」

 

 

 

 レッドが私達の後ろに現れるのが分かっていたように、巨人の悪霊はナタを振り下ろし、加藤さんは拳を突きつける。

 既に真後ろまで迫っていた悪霊達にとっては、ちょうど良い標的。

 

 

 

 レッドを一撃で倒し、そのまま私達を襲う。これがシスターの狙いか……。

 

 

 

 突然移動させられたレッドは、防御を間に合わせる手段もなく…………

 

 

 

 

 

「ぐっ!?」

 

 

 

 レッドを攻撃しようとしていた悪霊二人の身体が浮いて、後ろに下がる。

 何かの攻撃を喰らったのか、巨人の腹にはへっ込むほどのあざができて、加藤さんは後ろに倒れて頭を打つ。

 

 

 

 

 

 

「連絡があったから、何事かと思ったら…………」

 

 

 

 校舎へと続く後門の前。そこに緑色のジャージを着た黒髪長髪の女性。

 

 

 

「やっと来てくれたか!!」

 

 

 

 木刀を持ち、現れたのは京子ちゃん。黒猫の感じからして、助っ人として呼んでいたのはこの京子ちゃんなのだろう。

 そしてやられそうになっていたレッドを救ったのも彼女だ。

 

 

 

 京子ちゃんは私達の元まで歩いてくると、私の肩に手を乗せて頬を上げる。ニヤリと笑った表情を見せ、私とすれ違うと、私達を守るように前に出た。

 

 

 

 悪霊と距離ができ、レッドも京子ちゃんと並ぶ位置に移動する。

 

 

 

「後は私達に任せな」

 

 

 

 緑のジャージ女と赤いヒーローの最強タッグが完成した。

 

 

 

 

 

 



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第75話 『大乱闘』

霊能力者のレイちゃんは、ダメ、無能、役に立たない?

 

 

 

著者:ピラフドリア

 

 

 

第75話

『大乱闘』

 

 

 

 

 

 炎の翼を纏い、赤いヒーローが巨人の顔面に蹴りを入れる。しかし、巨人は一歩退くがダメージは少なく、蹴りに使った足を掴むとヒーローを摘み上げ、地面に投げつけた。

 

 

 

「ぐっ!?」

 

 

 

 やられるレッドの姿を目に、私とリエは全力で走っていた。

 

 

 

「レッドさん!?」

 

 

 

「おい、レイ。集中しろ!! 追いつかれるぞ!!」

 

 

 

「アンタは頭から降りなさいよ!!」

 

 

 

 黒猫が後ろの様子を見て、興奮して頭をバシバシ叩いてくる。

 

 

 

「何が任せなさいよ!! 全然任せ切れてないじゃない!!」

 

 

 

 京子ちゃんはシスターと戦い、レッドは巨人の悪霊と退治する。対して私達は加藤さんから逃げ回っていた。

 

 

 

「待てー!!!! その幽霊を置いていけ!!」

 

 

 

「いやー!! あの人怖いです!! 前会ったときの違って、髭も生えて髪もボサボサでほぼ不審者みたいです!! あんな人に捕まりたくないです!! どうにかしてください、レイさん!!」

 

 

 

「無理よ!! だって、悪霊取り込んでるんでしょ!? 私達がどうにかできる相手じゃないよ!!」

 

 

 

 本来なら校内に逃げ込みたいところ。しかし、後門の前では京子ちゃんとシスターが戦っていて近づけない。

 だからと言って、この場から離れれば、頼れる人もいなくなってしまう。

 

 

 

 そのため私達は巨人とヒーローの周りをぐるぐる回っている。

 

 

 

「このままレイの体力が切れちまう。作戦を考えないと!!」

 

 

 

「だからアンタが降りれば、もう少し楽になるのよ!!」

 

 

 

 もうヒーロー達の周りを走り続けて何週しただろうか。もう疲労して来て、息も切れて来た。

 

 

 

「もうダメ……疲れた…………ぜぇぜぇ」

 

 

 

 私は限界が来て、膝に手を置いて呼吸を整える。汗が垂れて来て目に染み込む。もう服もびちょびちょだ。

 

 

 

「おい、何やってんだ。このままじゃ追いつかれ…………」

 

 

 

 黒猫が言葉を詰まらせ、気になった私も振り返る。すると、同じように汗を流して呼吸を乱した加藤さんが休んでいた。

 

 

 

「あいつも体力ないなぁ」

 

 

 

 両者共にヘトヘトだ。

 さらにリエも飛ぶ力を失い、私の肩に捕まってくる。

 

 

 

「もう、疲れました〜」

 

 

 

「あんたが追われてるのよ……自力で逃げなさいよ…………」

 

 

 

「おい、レイ、リエ。加藤さんが動き出したぞ」

 

 

 

「動き出したっていうか、歩き出したね……」

 

 

 

 私達も加藤さんも体力の限界。走ることができず、横腹を抑えて必死に鬼ごっこを続ける。

 

 

 

 いつまで逃げ切れるか。そういう耐久の戦いが続くかと思われたが、そう長くは続かなかった。というか、体力切れになってからすぐに終わった。

 

 

 

 私達の進行方向に巨大な壁が現れる。緑色の皮膚に皮の服を着た一つ目の巨人。

 行く手を阻まれた私達は、笑顔で手を振ってみる。

 

 

 

「は、ハロ〜…………」

 

 

 

「…………」

 

 

 

 思いっきりナタが振り下ろされた。

 

 

 

「何やってんだ!! さっさと逃げろ!!」

 

 

 

「もう逃げ場がないのよ!!」

 

 

 

 奇跡的にナタが落ちる位置が、私達の真横であり当たらずに済んだ。しかし、こんな奇跡が何度も続くとは思えない。

 

 

 

「もう逃げ場がないですよ……」

 

 

 

 リエが怯えてガッチリ背中にひっつく。首に腕を引っ掛けて捕まっているため、首が絞められて苦しい。

 

 

 

 加藤さんと巨人に囲まれ、絶体絶命。

 レッドは巨人のダメージでまだ寝ているし、京子ちゃんは戦闘中。もうダメだァァァ!!

 

 

 

「誰かァァァ!? 助けェェえぇええええってええええええっ!?」

 

 

 

 私が叫ぶと、天高くから少女の声が聞こえて来た。

 

 

 

「今行きます!! タァァァッ!!」

 

 

 

 そして太陽を背にし、少女が落ちながら巨人に向けて蹴りを放つ。少女の蹴りに巨人は後ろによろめき、さらに同じように新たに二人の少女が空から降りてくると今度は加藤さんを蹴り飛ばした。

 

 

 

 私たちを囲うように現れた三人の少女。その正体は……。

 

 

 

「霊宮寺さん、リエちゃん、お待たせしました!!」

 

 

 

「後は私達に任せるんやな!」

 

 

 

「ウホウホ!!」

 

 

 

 現れたのは三人の魔法少女達。変身した姿で現れた彼女達は、私達を囲う。

 

 

 

「学園祭に呼ばれたら、こんな事件に巻き込まれてるなんて……。でも、大丈夫!! 私達が守ります!!」

 

 

 

 プリンセスピーチこと、詠美ちゃんが頼もしいことを言ってくれる。あそこで伸びている赤いヒーローとは違い、頼りになる。

 

 

 

 攻撃で一時的に怯んだ巨人の悪霊と加藤さんは体制を立て直し、再び襲い掛かろうとしてくる。

 魔法少女達は独特な構えを取ると、

 

 

 

「ピーチ。私とゴリラはこっちの悪霊に操られてる人を相手にするで。アンタはそっちのでかいの頼むわ」

 

 

 

「ええ!!」

 

 

 

 魔法少女達は二手に分かれ、悪霊達の相手をする。今のうちに私は倒れているレッドを回収して、戦場から少し離れる。

 とはいえ、レッドを引きずっているためあまり遠くまでは逃げられない。戦闘に巻き込まれない程度離れると、その場で立ち皆の戦況を見守る。

 

 

 

 京子ちゃんとシスターの戦いは私では理解ができない。槍と木刀での素早い攻防戦。若干リーチのあるシスターが有利に見えるが、京子ちゃんは汗すらかかずに、本気を出していない様子だ。

 

 

 

 プリンセスピーチと巨人の悪霊はピーチが押され気味。先程は奇襲であったため、一撃を与えられたが、もう巨人に油断はない。

 ピーチを近づかせず、自分の有利な距離を保ち続ける。

 

 

 

 残りの魔法少女の戦闘もかなり厳しい状態だ。加藤さんは身体能力は常人を遥かに超えており、ゴリラのパンチを受け止め、霊力の飛び道具を弾き飛ばす。

 

 

 

 様子からして、京子ちゃんがシスターを倒して、魔法少女達の援軍に行ければ、状況が変わる。

 

 

 

「なんで京子ちゃんは早く倒さないのよ……」

 

 

 

 私が口に出してしまうと、独り言だと思わなかったのか、黒猫が自身の考えを喋り出す。

 

 

 

「きっと、攻めきれないんだ」

 

 

 

 さらに聞いていないのに、ダラダラと続ける。

 

 

 

「あのシスター。テレポートみたいな力を持ってる……。手元の槍の距離感を狂わせるために使ったり、近くにある小物を頭上にワープさせて攻撃してる」

 

 

 

「テレポート……。私があの人の近くに移動したり、悪霊が現れたのは、それが原因ですか!! でも、そんな便利な力があれば、もっと使えるはずじゃ……? 京子さんを遠くに飛ばしたりとか」

 

 

 

「いいや。出来ない。あの女は霊力で自分の身体を覆って、関ってやつの技を弾いてるんだ。それに制限があるらしい」

 

 

 

 そう言うと、黒猫はリエの身体に目をやる。

 

 

 

「同じ対象を何度もテレポートってことはできないらしい。お前の身体にはあの関の霊力が残ってる、テレポートを使えばその対象に残った霊力が取れるまでは何度も使えないってことらしい」

 

 

 

「だから私は何度もテレポートさせられなかったんですね……。でも、悪霊の方達はレッドさんへの奇襲の時にしてましたよね?」

 

 

 

「個体差か、距離か……。俺には分からん」

 

 

 

 雑な解説をしてくれた黒猫だが、シスターの技についてはある程度合っているだろう。

 前にも突然現れたことがあったし、テレポートならばリエが移動した理由もつく。

 

 

 

「だとしたら、京子ちゃんが危ないんじゃ……」

 

 

 

 そんな強力な力を持っているのなら、京子ちゃんが危険なのでは無いか。そう思って二人の戦闘を見る。しかし、

 

 

 

「京子さんの方が押してますね……」

 

 

 

「なにあれ、本当に人間?」

 

 

 

 駐車場にある煉瓦や林の枝などを京子ちゃんの頭上にテレポートさせるが、全て木刀の一振りで弾く。さらにはシスターの攻撃が遅れれば、京子ちゃんの木刀がシスターを襲う。

 シスターも槍で防御はするが、防ぎ切れずに自身のことをテレポートさせて距離を取る。そして小物をテレポートさせるが、また距離を詰められる。この繰り返しだ。

 

 

 

「心配なさそうね……」

 

 

 

「そうですね」

 

 

 

 黒猫の言う通り、攻めきれていないのは事実だ。しかし、時間をかければ、シスターの体力切れで勝てるだろう。

 

 

 

 っと、京子ちゃん達の戦いを見ていたら、

 

 

 

「きゃっ!?」

 

 

 

 私達の視線の先で魔法少女ことプリンセスグレープとプリンセスゴリラが吹き飛んでいった。

 

 

 

「え!? なに!?」

 

 

 

 二人が飛んできた方向を見ると、加藤さんが黒いオーラを纏い白目を剥いている。

 

 

 

「なんか嫌な予感がする……」

 

 

 

「奇遇だな、俺もだ……」

 

 

 

 私と黒猫の意見が一致したところで、加藤さんは大口を開けて遠吠えをする。その声で大気は震え、周囲の砂が舞う。

 

 

 

「ねぇねぇ!? あれって暴走とかそんなのじゃないよね!? まずい状態じゃないの!?」

 

 

 

 私は頭を振って黒猫を揺らす。黒猫は爪を立てて、頭にがっしりと捕まる。

 

 

 

「俺が知るかよ!! でも、あれは……とにかくだ、リエを連れて逃げろ!!」

 

 

 

 暴走した加藤さんが私達の元へと走り出す。私はリエの手を引いて加藤さんとは反対側へと駆ける。

 まだ疲れが取れていないのに、また走らされるのかァァァ!?

 

 

 

 っと、

 

 

 

「レイ君、逃げる必要はない……。君は俺が守る」

 

 

 

 さっきまで倒れていたレッドが、フラフラしながら立ち上がる。そして私達を守るように加藤さんの前に立ち塞がった。

 

 

 

「あんた、さっきまでやられてたじゃない!?」

 

 

 

「ヒーローはやられても立ち上がる……。守るべきものがある限り、寝ているわけにはいかんのだァ!!」

 

 

 

 立ち上がったヒーローは自分の足を叩いて気合を入れる。すると、子ヤギのように震えていたはずが、震えを無くしポーズを決めた。

 そして加藤さんを前にして、他のヒーローに指令を出す。

 

 

 

「プリンセスグレープ、ゴリラ!! お前達はピーチを助けてやれ、……俺は、コイツの相手をする!!」

 

 

 

 その言葉を聞いて魔法少女達は動揺を見せる。

 

 

 

「レッドさん、その悪霊は強いんや!! それは無茶やで!!」

 

 

 

「そうですわ!! ピーチには私達のどっちかが加勢する、だからもう一人はあなたの援護を……!!」

 

 

 

「その必要はない。君達は三人揃ってヒーローだ。ピーチ君を助けに行くんだ。俺は負けないから!!」

 

 

 

 頑固に言い張るレッド。説得をしている時間を勿体ないと判断し、魔法少女の二人はピーチの援軍へ向かった。

 そして残ったのはレッド。そのヒーローの背中を見て、私は……。

 

 

 

 心許ない……。

 

 

 

 レッドには悪いがそう感じていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 巨人の悪霊と対峙していたピーチの元へ、レッドから指示を受けた魔法少女が合流。これでメンバー全員が集結した。

 

 

 

「グレープ、ゴリラ!!」

 

 

 

「レッドさんがあんたを助けに行けって!! 早くこの悪霊を倒してみんなを助けに行くで!!」

 

 

 

 ピーチとグレープのコンビで連続の打撃を悪霊に与える。さらに悪霊の背後にゴリラも参戦して挟み討ちで殴り続ける。

 しかし、

 

 

 

「なんや、この悪霊!? 全く効いてない!!」

 

 

 

「硬いですわ!!」

 

 

 

 打撃で押すことはできても、ダメージを与えることができていない。

 

 

 

「どうすれば良いの!!」

 

 

 

 ダメージが全くなく。ピーチは焦りで汗が流れ出る。

 

 

 

 三人とも一旦距離を取り、悪霊を囲う形で包囲する。しかし、この包囲は形だけのもの。悪霊が攻めてくれば、すぐに陣形は崩れる。

 

 

 

 魔法少女の攻撃は効かない。しかし、巨人のナタを喰らえば、一発アウト。そんな危険な戦いだ。少女達の呼吸は焦りと恐怖で早くなる。

 

 

 

 そんな中。

 

 

 

「皆んな、冷静になるですわ!!」

 

 

 

 ゴリラは胸に手を当てて高らかに叫んだ。

 

 

 

「私達はいつも危険と隣り合わせ、そんな中を戦ってきたじゃありませんの!! 道は必ず開けますの、諦めてはいけませんわ!!」

 

 

 

 その言葉に焦って早くなっていた二人の呼吸も平常時に戻っていく。

 

 

 

「そうやな、ゴリラの言う通りや!! 諦めなければ突破口は見つかる」

 

 

 

「ええ、私達ならやれる!!」

 

 

 

 三人の魔法少女は再び、巨人への攻撃を始めた。しかし、ダメージがないのは同様だ。

 だから、

 

 

 

「「「押し出す!!」」」

 

 

 

 三人は同じ方向から巨人の攻撃して、巨人の押し出すことにした。ダメージはなくとも攻撃の反動で後ろには吹っ飛ぶ。

 

 

 

 連続で攻撃して巨人の足が地面から離れる。バランスが崩れ、ナタでの攻撃も安定しなくなり、巨人の反撃の隙を与えない。

 

 

 

 何か、倒す方法が必ずあるはず。そう信じて攻撃を続ける。やがて彼女達の攻撃により、巨人と魔法少女の戦場は移動する。

 駐車場を超え、住居の頭上を通り、丘を越えた。

 

 

 

 かなり遠くまで運ぶことには成功した。しかし、ここで新たな問題が発生する。

 

 

 

「前見て!! 建物の壁よ!!」

 

 

 

 彼女達の進行方向。そこにひび割れた壁が現れる。このままだとぶつかってしまう。ゴリラが地上を確認すると、下は小さな駐車場になっており、

 

 

 

「一旦落とすですわ!!」

 

 

 

 彼女達は巨人を一度、地面に下ろすことで進行方向を変えることにした。それぞれの必殺技を使い、巨人を地面に叩きつける。

 

 

 

 巨人にダメージはないにしても、立ち上がるのが一瞬遅れればそれで良い。そうしたら着地してから、別の方向から攻撃を始められる。

 

 

 

 三人が着地すると、彼女達は同時に気配を感じ取った。

 

 

 

「「「霊力!?」」」

 

 

 

 巨人の悪霊のものとは違う。別の霊力。強大でありながら静かな霊力が、先ほどのひび割れた壁の建物から感じる。

 

 

 

 三人がその霊力に反応して、建物を確認すると、そこは古びた廃墟の病院。まさに幽霊が居そうな場所だ。

 

 

 

「誰だ。拙者の城に入り込む輩は……」

 

 

 

 ガシャリガシャリと鋼の重なり合う音を奏で、廃墟の中から赤い鎧を着た武士が姿を見せる。

 頭に矢がめり込み、髭を生やした武士は駐車場に現れた侵入者を睨みつけた。

 

 

 

 武士から流れ出る強力な霊力。それを感じ取り、魔法少女達は身震いをする。

 

 

 

「あれが幽霊なの……!? なんて強力な……」

 

 

 

「どんだけ強いんや。あの霊力やと、霊感ない人間にも姿を見せられるやろ……」

 

 

 

 驚く少女達に、武士は顔を赤くしてはにかむ。

 

 

 

 っと、彼女達が武士に見惚れていると、突き落とした巨人が立ち上がり、ナタを振り上げた。

 大きなナタはピーチを狙う。当たればきられるどころではない。大きさからしてぺっしゃんこになる。そんなサイズのナタだ。

 

 

 

 武士の登場で油断していたピーチは避けるのが間に合わず。叫ぶ間もなく、その場で頭を抱えた。

 

 

 

「拙者の城で殺生は許さん!!」

 

 

 

 ナタが振り下ろされるよりも早く。風のような速さで武士は踏み込んだ。たった一歩の踏み込みで、ピーチと巨人の間に入り込む。

 そして軽く刀を振ると、巨人の腕が吹っ飛び、ナタは消し飛んだ。

 

 

 

「夢を諦めた哀れな同胞よ。今、眠れ」

 

 

 

 巨人に反応する隙も与えず。巨人がナタを振って、切られたことを認識する前に、ニ撃目を武士は放った。

 巨人の身体が斜めに裂け、武士が刀を振り終えると、斬撃と共に放たれていた霊力の咆哮で、巨人の身体はチリと消えた。

 

 

 

 それまで一呼吸の出来事。何が起きたのか、少女達には認識することすらできず。

 

 

 

「巨人が……消えた」

 

 

 

 その場で武士の背中を見つめることしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 



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第76話 『憧れ』

霊能力者のレイちゃんは、ダメ、無能、役に立たない?

 

 

 

著者:ピラフドリア

 

 

 

第76話

『憧れ』

 

 

 

 

「……さん!! ………………れっ……さん、……………」

 

 

 

 もうその声が近くからか、遠くからか。認識することもできない。

 

 

 

 

 朦朧とする意識の中。俺の視線の先には…………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ニューヨーク州マンハッタン。そこで俺は育った。家庭的には裕福で家庭環境、交友関係共に恵まれていた方だと自負している。

 

 

 

 本来なら日本に来ることもなく、赤いスーツに身を通すこともなかったろう。

 

 

 

 全てが始まったのは、あの事件がきっかけだ。

 

 

 

「おう、アリス! 今日も元気か?」

 

 

 

 朝日が照らす朝方、母親に見送られて家を出ると、庭の先に一台の車が停まっている。見慣れたボロ車。ツギハギだらけでいつ爆発してもおかしくない廃車同然の中古車だ。

 

 

 

「また来たの? いつもいつも飽きないな」

 

 

 

 俺は車から顔を出す東洋人に呆れた顔を見せる。しょげるかと思ったが、東洋人はニヤリと笑い、さっさと乗れと車体を叩く。

 

 

 

「俺はひつこさだけは世界一だ。どの国のストーカーにも負ける自信はないぜ」

 

 

 

「アンタはいつか捕まれば良い」

 

 

 

 俺は彼の頭を叩いてから助手席に乗り込んだ。俺が乗ってシートベルトをしたのを確認すると、東洋人はアクセルを踏み込む。

 寂れたエンジンを震わせながら、加速するポロ車。整備されている道だというのに、この車内の揺れ方はおかしすぎる。

 

 

 

「いつまでこんなオンボロに乗ってる気なの? バイト代もしてるんでしょ、それでもう少しマシなの買えないのか?」

 

 

 

 私が話しかけると、彼はハンドルを片手で運転しながら、

 

 

 

「喋ると舌噛むぞ〜。…………っと、親父が金を使いまくるんだ。そのせいで家賃やら食費やらは俺持ち。あんなんだから母さんに逃げられんだ」

 

 

 

「大変ね……」

 

 

 

 彼の物心付く前に、父親は仕事で日本からここに引っ越してきた。母親は父親に愛想を付かせて、帰国したが彼は父親とニューヨークに残っている。

 

 

 

「リク。アンタ、家出でもすれば、そうすればもう少し楽は生活できるんじゃないの?」

 

 

 

「なんだ、アリス。お前の部屋に泊めてくれるのか?」

 

 

 

「そんなことしたら俺の父親に殴られるぞ」

 

 

 

 俺と彼は出会ってから2年ちょい。彼とは同じスクールに通っていることもあり、よく一緒にいることが多い。

 

 

 

 このオンボロ車を買ってから、毎日迎えに来ていることからも、なんとなく彼の気持ちは察している。

 しかし、その気持ちに応えるとなると、いくつか問題がある……。

 

 

 

「お、アリス! 見ろよ、ヒーローが飛んでるぜ!!」

 

 

 

 赤信号で止まっていると、ビルの隙間を機械の鎧を纏ったヒーローが通過する。

 その様子にリク。は車体から大きく身を乗り出して、大きく手を振った。

 

 

 

「いつものことでしょ」

 

 

 

「そりゃ〜、そうだが。俺は昔っから好きでよ〜」

 

 

 

「その話はもう十回以上聞いた」

 

 

 

「あぁ、そうだっけか……」

 

 

 

 また語り始めようとしたリクを俺は止める。そして前方を見て、

 

 

 

「青信号だぞ」

 

 

 

 信号が変わっていることをリクに伝えた。

 

 

 

 リクの話を拒否したわけではない。しかし、もう知っているから十分なのだ。彼が何に憧れているか、何を目標にしているのか。

 

 

 

 しばらく走ると、やがてスクール内の敷地に入る。

 そして駐車場に車を停めて、俺達が車から降りようとした時。

 

 

 

「よぉ、朝から俺の娘と登校とは良い身分だなぁ、リク」

 

 

 

 彼が車を降りると同時に彼の頭を鷲掴みにする男性。短髪の金髪に丸太のように太い腕を持った人物。そんな男性に頭を掴まれて、リクは逃げたくても腕を引き剥がすことができない。

 

 

 

「父さん、朝からリクを揶揄うのはやめろよ」

 

 

 

「父さんじゃない。学校では先生と呼びなさい。後、もう良い歳なんだから、口調にも気をつけなさい」

 

 

 

 彼は俺の父であり、このスクールの教師をしている。

 リクとの関係も知ってはいるが、認めてはくれていない。リクの気持ちに答えられない理由の一つだ。

 

 

 

 俺は父の腕を叩いて、リクを解放する。そしてリクの腕を引っ張って連れ出した。

 

 

 

「アリスが俺の手を引っ張ってくれるなんて〜」

 

 

 

 俺が引っ張る腕にリクが頬擦りしてくる。

 

 

 

「っ!?」

 

 

 俺は咄嗟に手を離し、リクを突き飛ばす。

 

 

 

「おいおい、そこまでしなくても」

 

 

 

「するわ!!」

 

 

 

 もう父も追ってきてないことだし、俺は手を離して校内に入る。リクも俺の後を追ってくる。

 ロッカーに荷物をしまう中、リクが呟く。

 

 

 

「さっきのヒーロー何してんのかな?」

 

 

 

「まだあれが気になんのか?」

 

 

 

「当然、俺の憧れだからよ」

 

 

 

「はいはい、そうだな」

 

 

 

 俺はロッカーを勢いよく閉める。その音が廊下に響き渡る。

 

 

 

 もう一つ、この男の気持ちに答えられない理由。それがこれだ。

 

 

 

 リクは小さな頃に一度、ヒーローに助けられている。スクールバスのバスジャックで誘拐された時に、ヒーローに救われた。

 それから彼はヒーローの虜だ。

 

 

 

「なぁ、アリス。俺がもしヒーローに……」

 

 

 

 俺の後ろに立ってリクが何か言いかけたところで、チャイムが鳴り出す。

 

 

 

「やばい、急げ!!」

 

 

 

 俺とリクは急いで教室に入る。

 

 

 

 

 

 

 朝の授業が終わり、昼の休み時間。先程聞き逃したリクの話を聞こうと、リクの元へと向かう。

 

 

 

「なぁリク。さっき……」

 

 

 

 その時だった。校内のアラームが鳴り出した。ジリリリリっと高い音が耳の奥に残る。

 

 

 

「なんなの!?」

 

 

 

 生徒達が動揺しパニックに陥りそうになっている。リクはテーブルの上によじ登り、皆を落ち着かせようと声をかける。

 

 

 

「落ち着け、何かの間違えだ。みんな席で待つんだ!!」

 

 

 

 リクが叫ぶと皆も冷静さを一瞬取り戻す。これで一件落着か。そう思われたが……。

 

 

 

 隣の教室から火薬の弾ける音。銃声だ。発砲音で今度は完全にパニック状態になり、皆思い思いに逃げ惑う。

 リクが必死に叫ぶが、その声が皆に届くことはない。

 

 

 

 教室の中がパニックになる中、廊下へ繋がる扉が勢いよく開く。

 現れたのは、

 

 

 

「みんな逃げろ!! 急げ、こっちだ!!」

 

 

 

「先生!!」

 

 

 

 俺の父親だ。父はパニックに陥る生徒達をどうにか誘導して、廊下へ出しそのまま外へと誘導する。

 俺とリクは皆が出るのを確認し、最後に教室を出る。そして父と一緒に廊下を走る。

 

 

 

「何が起こったの!?」

 

 

 

「銀行強盗が逃げて学校に侵入してきたんだ。とにかく逃げるぞ」

 

 

 

 父に背中を押されて、廊下を走る。そんな中、背後から男の叫び声が聞こえてきた。

 

 

 

「おぉおっいっ!! 何やってんだぁ!! 人質がぁ、逃げんじゃねー!!」

 

 

 

 叫び声と共に発砲音。そして後ろを走っていた父が倒れた。

 

 

 

「父さん!?」

 

 

 

「お父さん!!」

 

 

 

 倒れた父を心配し、私とリクは足を止める。父に駆け寄ると、父の右足から血が出ていた。

 父は歯を食いしばりながら、寝っ転がった状態から座る。そして傷口を抑えた。

 

 

 

「お前達は逃げろ」

 

 

 

「でも、父さんは!?」

 

 

 

「俺が人質になれば、あの犯人も満足するだろ。生徒を危険に晒すわけにはいかない」

 

 

 

 父がそう言うが、本当にあの犯人が逃がしてくれるだろうか。かなりの興奮状態にある。

 もし俺達が逃げられたとしても、人質の父さんが無事に解放されるとは思えない。

 

 

 

 俺は頭の中が真っ白になり、何も考えられずにいる中。リクは父さんの前に立ち、犯人から俺達を守るように立ち塞がった。

 

 

 

「リク、何をやってるんだ。お前も俺の娘を連れて逃げるんだ」

 

 

 

 父はリクに逃げるように促すが、リクは首を捻りこちらを向く。そしていつものおちゃらけた顔ではなく、真面目な表情で頬を上げた。

 

 

 

「リク……?」

 

 

 

「まだ言ってなかったが、俺、資格を取ったんだ」

 

 

 

 そう言って胸ポケットから小さなカードを取り出す。そして俺達の前にカードを落とした。

 左右に揺れながら落ちたカード。そこにはヒーロー認定という文字と共に、リクの名前が刻まれていた。

 

 

 

「卒業したら故郷でヒーローになる。そのために取ったんだ」

 

 

 

 リクは自慢げに鼻の上を掻く。その後、拳を握りしめて戦う姿勢になった。

 

 

 

「リク、やめろ!! まだお前は俺の生徒だ、危険なことはさせられない!!」

 

 

 

「そうだ。相手は武器を持ってるんだぞ!! 危険だ!!」

 

 

 

 俺達は止めようと必死に説得を試みるが、リクは聞く耳を持たない。そして背を向けた状態でリクは、

 

 

 

「守るものがある以上。ヒーローは絶対に退けない」

 

 

 

 そう言って犯人を睨みつける。犯人はリクの態度に苛立ちを覚え、近くにあった扉を蹴り壊す。

 

 

 

「何がヒーローだ。このガキが!! 俺はなぁ、俺はぁぁ!!」

 

 

 

 犯人は発狂してリクに銃口を向けた。そして弾を射出する。

 犯人から俺達の距離は、スクールバス三台分。それだけの距離があり、犯人の精神状態が不安定とはいえ、怖くなり動けなくなりそうな状況。

 しかし、リクは前に踏み込み、さらに弾丸を避けてみせた。

 

 

 

「なんだぁっと!? このやろぉ!!」

 

 

 

 犯人は次々と発砲する。しかし、リクに弾丸は当たらない。リクは距離を詰めようとしているが、一気に詰める様子はない。

 犯人の弾切れを待っているのか。

 

 

 

 このままあと何発か避ければいける。そう希望が見えてきた時。

 

 

 

「このガキがぁ!! ならこれでどうだ!!」

 

 

 

 犯人の銃口の向きが変わる。標的は……。

 

 

 

「アリス!!」

 

 

 

 俺達だ。

 

 

 

 父が必死に俺に抱きついて守ろうとしてくる。父の身体で視界が遮られる。

 しかし、俺には見えていた。身体の隙間に映った景色は、

 

 

 

 俺達を守るために身を盾にする。リクの姿だった。

 赤い液体がリクを貫通する。そして力を失ったリクは、その場で倒れた。

 

 

 

「っ……リク!?」

 

 

 

 俺に少し遅れ、父もリクの倒れた音に気づく。

 

 

 

 今の弾で最後だったのだろう。犯人は弾を入れるために、服の中を漁り始める。

 焦る犯人は弾をポロポロと落とす。やっと弾を入れられて、銃を構えようとした時。

 窓が割れてそこから機械仕掛けのスーツの着込んだ人物が侵入してきた。

 

 

 

 彼は犯人を押さえつけると、手錠をかけて拘束する。

 どうやらヒーローが到着したらしい。

 

 

 

 ヒーローと到着と少し遅れて、警官達が入ってくる。

 

 

 

「大丈夫か!? 君達!!」

 

 

 

「大変な、怪我をしているぞ!!」

 

 

 

 警官が俺達を保護して、父やリクの怪我の治療を始める。父が撃たれた場所は分かっており、問題ないことを知っていた俺は、リクの元へと駆け寄る。

 

 

 

「リク、大丈夫か!!」

 

 

 

 応急処置はされたみたいだが、リクの顔は青く苦しそうだ。

 かなりの重症なのか……。

 

 

 

「アリ……ス…………」

 

 

 

 俺が駆け寄ると、タンカーに乗せられたリクが俺のことを見つめてくる。

 

 

 

「言えてなかったことが……あるんだ」

 

 

 

 歯を食いしばり、片目を瞑った状態でリクは俺の腕を掴む。

 

 

 

「俺と一緒に……日本に……来て……くれ…………」

 

 

 

 リクの腕を掴む力は徐々に弱くなり、スルリと落ちた。そして力尽きるように意識を失った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 加藤さんに殴られ続けるレッド。もういつ倒れてもおかしくない。しかし、それでも倒れないレッドに、加藤さんの表情は焦りと恐怖が混じりだす。

 

 

 

「リク。あんたはヒーローとして一つ間違ってた」

 

 

 

 殴られながらも前に踏み込むレッド。今まで全ての攻撃を受けてきたが、ここで初めて一発だけ避けた。

 加藤さんの拳が空を殴る。空振りに終わった拳が引かれる前に、レッドは加藤さんの拳を両手でガッチリと掴んだ。

 

 

 

 掴んだところでさらに一歩踏み込む。これで加藤さんの身体と密着した状態。右手は掴んだまま、左手で加藤さんのネクタイを掴む。

 

 

 

「ヒーローとは守るものの前で負ける姿は見せられない!!」

 

 

 

 反撃を予想できなかったのか。加藤さんの反応は遅れ抵抗はできず。

 

 

 

 レッド身体を半回転させる。そして全体重をかけて加藤さんを引っ張った。

 

 

 

「うっ!?」

 

 

 

 足が浮く。地面から離れて、世界が反転する。何もかもひっくり返った世界で、一瞬時が止まった。

 

 

 

 自分でない何かに塗り潰されていたはずが、スッとこの瞬間にハらわれた。そうして自分を取り戻した配信者の感じたことは……。

 

 

 

 ──救われた──

 

 

 

 また時間が動き出す。今度はひっくり返った世界が戻り戻り出す。時間の進みは加速していき、目の前に地面が現れると、スイッチが切れたように映像が途切れた。

 

 

 

 

 

 加藤さんを投げ飛ばしたレッドは、動かなくなったのを確認して腕を上げて勝利のポーズを決める。

 

 

 

 しかし、勝利を収めたことで気が抜けたのか。ふらっとすぐに倒れそうになった。

 

 

 

「レッドさん!?」

 

 

 

 魔法少女達が巨人の悪霊を連れてどこかへ消えて、残ったレッド達を見ていた私は、倒れそうになったレッドに駆け寄る。

 私が支えようとするが、レッドはふらついているのに、意地を張って自力で立ち続ける。

 

 

 

「弱ってるところは見せられない」

 

 

 

「はぁ、めんどくさい人ね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 かつてヒーローを目指している男がいた。彼は願いを叶え、故郷でヒーローとしての人生を歩む。そんな彼だが、婚約者にヒーロー活動での成績で負け、自信を失いヒーローを辞めてサラリーマンへと転職した。

 

 

 

 

 



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第77話 『テレポート』

霊能力者のレイちゃんは、ダメ、無能、役に立たない?

 

 

 

著者:ピラフドリア

 

 

 

第77話

『テレポート』

 

 

 

 

 レッドと加藤さんが戦う最中。裏門付近では京子ちゃんとシスターが戦闘を続けていた。

 

 

 

 シスターは槍で京子ちゃんを突き刺しにしようとするが、京子ちゃんは左右に身体を動かしてあっさりと躱す。

 さらに避けてすぐに木刀を横に振って、攻撃を仕掛けてきた。

 

 

 自身の身体を1メートルほど、後ろにテレポートをさせて回避を試みる。これで木刀を避けたら、リーチの長い槍で攻撃できる。

 しかし、後ろにテレポートをするのを予測していたように、京子ちゃんは一歩深く踏み込むと、テレポートしたシスターを木刀で殴り飛ばした。

 

 

 

 木刀の威力は重力級のボクサーをパンチを超え、ショットガンの破壊力に匹敵する。

 そんな馬鹿みたいな威力の打撃を受けたシスターは、大きく後ろに吹き飛ばされる。

 

 

 

 意識を失いそうな中、シスターはダメージを軽減させるため自身の身体を何度もテレポートさせる。同じところを行ったり来たりした後。吹っ飛ばされた衝撃が弱くなってから、地面に倒れ込むようにテレポートする。

 

 

 

 地面に槍を突き刺し、血反吐を吐きながら立ち上がる。しかし、立ち上がったとしてももうこの女性に勝つ手段はない。

 実力の差を圧倒的。勝機は無く、今すぐにでも白旗を上げたい。

 

 

 

 しかし、それができないのは……。

 

 

 

「ここまで強くても……あの人に……は、勝てない」

 

 

 

 喋るたびに喉がヒリヒリと痛み、鉄の味が舌に染み込む。

 シスターはボソリと喋りづらそうにしながらも、口を動かした。

 

 

 

 わざと聞こえるように呟いたのだろう。それを感じ取った京子ちゃんは木刀を向ける。

 

 

 

「誰の話だ?」

 

 

 

「…………」

 

 

 

 しかし、言いたいことだけ口にしてそれ以上は喋らないシスター。

 

 

 

 捕まえて喋らせるべきか……。どうするかと京子ちゃんは思考を巡らせる。

 だが、考えている間にシスターは動き出した。

 

 

 

 フラフラの身体に鞭を打って、近くに落ちていた煉瓦を京子ちゃんの頭上にテレポートさせる。

 落下して京子ちゃんの頭をかち割るのが狙いのようだが、京子ちゃんは木刀を一振りして頭上に現れた煉瓦を粉々に砕いてしまった。

 

 

 

 もう勝てないと判断したシスターは、テレポートで自身の身体を京子ちゃんから離れた位置にテレポートさせる。

 しかし、短時間に何度も能力を使ったことで、さほど遠くへ移動することはできずに、門から数歩進んだところにある木の下まで飛ぶのが精一杯だった。

 

 

 

 シスターは疲労で息を切らし、ダメージもあり限界に近い。

 トドメを刺そうと、京子ちゃんがシスターに近づくために走り出そうとした時。シスターの奇行に足を止めた。

 

 

 

 シスターは自身の左目に手を当てると、指を手の中に突っ込んで目玉を抜き取った。

 

 

 

「っ!? 何してるんだ!!」

 

 

 

 目玉を取り出したシスターは、痛みで歯を食いしばりながらも「は、はは……」と渇いたような笑い声を出す。

 そして京子ちゃんに取り出した目玉を投げつけた。

 

 

 

 木刀で目玉を砕いても良かったが、シスターは攻撃というよりも投げ渡すように、優しく投げたため京子ちゃんは目玉を受け取った。

 まだ暖かく湿っている。そんな目玉を投げられ、京子ちゃんはなんのつまりなのかと、疑問の目でシスターを見る。

 

 

 

 しかし、シスターは何も言わずに、無くなった左目の位置を手で押さえて、顔を半分隠す。

 そして残った手で槍を動かすと、槍の先端を使い、地面にある形を掘る。手が震えていて線がブレているが、

 

 

 

「三角……? どういう意味だ!!」

 

 

 

「…………」

 

 

 

「どういう意味だと!!」

 

 

 

 京子ちゃんが駆け寄ろうとすると、シスターは小さく口を開く。そして、

 

 

 

「……助け、て」

 

 

 

 そう言った後、槍を京子ちゃんに向けて投げ飛ばした。

 

 

 

「っ!!」

 

 

 

 シスターの言葉に一瞬油断しかけたが、木刀で槍を弾いて防ぐ。そしてそのままシスターの元まで特攻しようとしたが、シスターの姿が、

 

 

 

「いない……。槍は注意を引くためか」

 

 

 

 奇襲を仕掛けてくるかと、周囲を見渡してみるがシスターの姿はない。

 

 

 

「逃げた……か」

 

 

 

 緊急離脱用の力は残していたのか。もう目で見える範囲にはシスターの姿は見えない。

 さらに、

 

 

 

「京子ちゃん!? 加藤さんが!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 遠くからシスターと京子ちゃんの戦闘を見ていた私達。二人の戦闘が終わって一安心。そう思ったが、

 

 

 

「レイ、あれ見ろ!!」

 

 

 

 黒猫が私の頭を叩いて、加藤さんが倒れている場所を見るようにせかしてくる。

 

 

 

「なによ……」

 

 

 

 レッドを支えながら黒猫に言われた通り、加藤さんのいるはずの場所を見ると、そこには加藤さんの姿はなかった。

 

 

 

「加藤さんが逃げた!?」

 

 

 

「違う。さっきのシスターが連れて逃げたんだよ。アイツが警察に捕まって取調べされれば、情報が漏れるからな。回収したんだろ」

 

 

 

「そういうこと……」

 

 

 

 京子ちゃんも呼び合流する。京子ちゃんはかすり傷ひとつなく、無傷な状態だ。

 

 

 

「その赤いやつは無事か?」

 

 

 

 京子ちゃんは心配するようにレッドを見る。レッドはか細い声で

 

 

 

「問題ない」

 

 

 

 と言い張るが声にハリがないし、結構なダメージなのだろう。

 

 

 

「救急車を呼びましょう」

 

 

 

「そうだな。そうするか」

 

 

 

 私の提案に京子ちゃんも賛成して救急車を呼ぼうとする。しかし、レッドが私の携帯を奪い取って止めた。

 

 

 

「やめろぉ」

 

 

 

「何やってるのよ!? あんたその傷なのよ、治療しないと!!」

 

 

 

「救急車を呼ぶと学校に迷惑がかかる。こいつを呼んでくれ」

 

 

 

 レッドはスーツの中から手帳を出して私に渡す。そこにはヒーロー組織の電話番号が記載されていた。

 

 

 

「ヒーロー専用の治療チームがある。これなら事件は終わったとして処理できる。学園祭を終わらせるのは学生君達が可哀想だからな……」

 

 

 

「はぁ、分かったよ」

 

 

 

 シスターもいなくなったし、あれだけ京子ちゃんにボコボコにされたんだ。また現れることもないだろうし、レッドの言う通り、ヒーロー組織に事件の処理は任せて、大ごとにしなくても良いのかもしれない。

 

 

 

 連絡をすると、すぐにヒーロー組織の車が駆けつけてレッドを回収していった。

 車が来たタイミングで魔法少女達も戻ってきて、巨人の悪霊が倒されたという報告も聞けた。

 

 

 

「まさか、楓ちゃんの学校に遊びに来て、こんな事件に巻き込まれるなんてね」

 

 

 

「まぁ、原因はこいつだがな」

 

 

 

 私と黒猫の目線はリエに向く。すると、リエはソワソワとして焦り出す。

 

 

「確かに狙ってましたけど!? 私何もしてませんよ、なんで私ばっかり狙われるんですか!!」

 

 

 

「あんた実は特別な力を持ってるとか、そんなんなんじゃ……?」

 

 

 

「ありませんよ!! あったら嬉しいな!! とか思いますけど、ありませんから!!」

 

 

 

 まぁ、リエが狙われる理由は分からないが、これ以上問い詰めても何も出てこないだろう。

 

 

 

「そういえば、京子ちゃんさっきから何か握ってるけど、何持ってるの?」

 

 

 

 リエを問い詰めるのをやめた私は、京子ちゃんがシスターとの戦闘を終えてから何かをずっと握っていたことに気づく。

 効かれた京子ちゃんは嫌そうな顔をして目を逸らす。

 

 

 

「あー、見ないほうがいいと思うが……」

 

 

 

「なによ〜、良いものなの? 見せなさいよ〜!!」

 

 

 

 私は京子ちゃんの肩を揺らして迫る。なかなか見せようとしなかった京子ちゃんだが、

 

 

 

「はぁ、分かった。後悔するなよ」

 

 

 

 ため息を吐くと、私達の目の前に手を出して開いて見せた。すると、そこには、

 

 

 

「……これって……………」

 

 

 

 そこには目玉があった。

 

 

 

「シスターが突然目ん玉を抜き取ったんだ」

 

 

 

「…………………っ!?」

 

 

 

 私とリエは顔を横にしてしゃがみ込むと、溢れ出るものを口から吐き出した。

 

 

 

「だから見ない方がいいって言ったろ……」

 

 

 

「そういうものだと……思わないじゃない」

 

 

 

 私とリエは目玉を見てやられているというのに、黒猫は目玉をじっと見つめて考え込む。

 

 

 

「アンタ……よくそんなグロテスクなもの、ずっと見てられるね……」

 

 

 

「ですね……タカヒロさん。凄すぎです……」

 

 

 

 私とリエがそんなことを言っていると、黒猫はやれやれと尻尾を振る。

 

 

 

「お前らなぁ、地下鉄で持ったヤバいもの見ただろ」

 

 

 

「あれはある程度覚悟があったから大丈夫だったのよ!! 不意打ちは無理よ!!」

 

 

 

 私は言い訳をするが、黒猫は私の話を聞かずに京子ちゃんに話しかける。

 

 

 

「この目ん玉、何か意味があるんじゃないか?」

 

 

 

「ネコ、お前もそう思うか……」

 

 

 

「ネコじゃない。ミーちゃんだ。ああ、逃げる力があったのに、これを残して行く意味がわからん」

 

 

 

「あのシスター。他にも様子がおかしかったんだ。地面に三角形の何かを書いて……」

 

 

 

「三角と目玉……何か繋がるのか……?」

 

 

 

 黒猫と京子ちゃんが真剣に語り合うが、私とリエは話について行くことができず。二人の話を身体を左右に揺らしながら聞き流す。

 

 

 

「何話してるんでしょうね〜」

 

 

 

「ね〜」

 

 

 

「お前ら考える気がないならどっか言ってろ……」

 

 

 

 黒猫に怒られて、私はリエと共に端っこで蟻の観察を始める。そこまで怒らなくてもいいのに。

 

 

 

「リエさん、見てください!! 飴玉ですよ、誰かが捨てた飴玉を蟻が運んでます」

 

 

 

「アンタ、蟻から盗み食いしちゃダメよ」

 

 

 

「そんなことしませんよ!!」

 

 

 

 黒猫達の話が進み、私達も蟻の観察に飽きてきた頃。校舎の方からアナウンスが聞こえてくる。

 

 

 

「これから校内でのライブが始まります。ご覧になる方は体育館にお集まりください」

 

 

 

 アナウンスが流れ終えて、私とリエは立ち上がる。

 

 

 

「そろそろ始まるみたいですよ!!」

 

 

 

「そうね。色々あった後でそんなことしてていいのかってなりそうだけど……まぁいっか、見に行きましょうか」

 

 

 

 私はリエを連れると、シスター達の正体について話し合っていた黒猫を回収する。

 

 

 

「おい、まだ話は……」

 

 

 

「アンタの弟子のライブよ。見に行かないとあの子泣くよ」

 

 

 

「…………マジで泣きそうだな。……分かったよ。また今度話すか」

 

 

 

 黒猫を頭に乗せて、私達は校舎へと入っていった。

 

 

 

 



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第78話 『野菜星人』

霊能力者のレイちゃんは、ダメ、無能、役に立たない?

 

 

 

著者:ピラフドリア

 

 

 

第78話

『野菜星人』

 

 

 

 学園祭も終わり、季節は冬となる。凍えるような風が窓の隙間から事務所の中へと入り込んでくる。

 

 

 

「はぁ〜、今年も寒くなりそうですね」

 

 

 

「そうね。そろそろコタツでも出そうかしら?」

 

 

 

「コタツあるんですか?」

 

 

 

 リエがソファーで寝転んでいる私の側に駆け寄ると、顔を近づけて尋ねてくる。

 

 

 

「あるよ。でも、小さいよ」

 

 

 

「それでも嬉しいです!! 去年の冬は凍るかと思うくらいでしたから〜!! あの屋敷、隙間風でものすごく冷えるんです!!」

 

 

 

 そういえば、リエはあの屋敷で過ごしていたのか。漫画家が住んでいた時は暖房とかついてたろうが、人が住みつかなくなってから大変だったろう……。

 

 

 

「暖房もつけてあげるから、今年は凍えることはないよ!!」

 

 

 

「本当ですか!! やったー!!!!」

 

 

 

 リエが喜んで跳ねている中。テーブルに飛び乗った黒猫は、テレビのリモコンに猫パンチをして電源を入れる。

 

 

 

「何見るの?」

 

 

 

「ニュースだ。この前のシスターの件、幸助にも強力を頼んで探ってもらってるんだ。俺と早乙女じゃ限界があるからな。だけど一応、情報があるかもしれないから、こういうのは確認しといたほうがいい」

 

 

 

 だから今朝も新聞をいつも以上に真剣に読んでいたのか。

 

 

 

 しかし、シスター達の情報はあれ以降全くない。このまま何事もなければ良いが。そう上手くはいかないだろう。

 タカヒロさん的にはこちらからの先手を狙っているのだろう。だから京子ちゃんと最近よく密会をして、情報収集をしている。

 その密会で楓ちゃんが嫉妬しているとも知らずに……。

 

 

 

「殆ど朝と同じ……ん、これは新しいな」

 

 

 

 同じニュースばかりで、飽きてきていた黒猫だが、新しいニュースが報道される。

 その内容は今日の朝方に起きたもので、私達の住んでいる近くの駅前での事件だ。

 

 

 

「どんなニュースですか?」

 

 

 

 私とリエも気になってテレビ画面を覗き込む。

 

 

 

「駅前にあるアパートで強盗事件だってよ」

 

 

 

「怖いですね……」

 

 

 

 ニュースの内容は駅前のアパートに強盗が侵入して、住民に危害を加えて逃亡したというものだ。アパートの住民の男二人と女一人が重傷を負い、今は意識不明の状態。

 

 

 

「あれでもお金は盗んでないんですね。家宝? を盗んだって書いてありますね」

 

 

 

 番組内で盗まれたものは家宝と紹介されており、筒状の紙が盗まれたと紹介されていた。

 

 

 

「よっぽど高価なものだったんじゃないか。そんなゴミより、俺なら金だがな」

 

 

 

「アンタ、その身体なら簡単に侵入できそうよね。もしかしてすでに……」

 

 

 

「やっとらんわ!! ……しかし、情報になりそうなニュースはないか〜」

 

 

 

 強盗事件の報道が終わると、今度は政治関連のニュース。朝の内容と同じニュースに黒猫はテレビを消した。

 

 

 

「そういえば昼過ぎから雨降るから買い物行くって言ってなかったか? 行かなくていいのか?」

 

 

 

 黒猫はテーブルの上で丸くなると、目を閉じて眠る体制になった。

 黒猫に言われて思い出した私は、早速出かける準備を始めた。

 

 

 

「リエも準備しなさいよ〜」

 

 

 

「はーい」

 

 

 

 30分ほど時間が経過して、私とリエは事務所を出る。黒猫はすでに寝ており、行ってらっしゃいすら言ってくれなかった。

 

 

 

 階段を降りてスーパーを目指して住宅街を進む。駅の方面にあるスーパーでよく使っている場所だ。

 事務所を出てすぐ、道中で後ろから声が聞こえてくる。

 

 

 

「レイさ〜ん、リエちゃ〜ん!!」

 

 

 

 聞き覚えのある声。振り向くと学校帰りの楓ちゃんがいた。

 

 

 

「あれ? 今日早くない?」

 

 

 

「テスト期間なんですよ〜。レイさん達はどこに行くんですか?」

 

 

 

「買い物よ。これから雨降るみたいだし、早めにね」

 

 

 

「そうなんですね! じゃあ、僕も同行します!!」

 

 

 

 バッグをブンブン振り回しながら、楓ちゃんがガッツポーズをして荷物を持つとアピールする。

 荷物を持ってくれるのは嬉しいが、

 

 

 

「あんた、テスト期間なんじゃないの?」

 

 

 

 私が尋ねると、楓ちゃんは頭を掻きながら目を泳がせる。

 

 

 

「い、いや〜、ずっと勉強してたら疲れるじゃないですか〜、息抜きですよ、息抜き!」

 

 

 

「うちのバイトを休みもせず、ずっと猫と遊んでた学生がよく言うよ」

 

 

 

 とはいえ、荷物持ち係は欲しい。リエは幽霊だから持てないし、私だけでは買えるものに限界がある。

 楓ちゃんがいれば、ペットボトルを箱ごと買って帰ることも可能だ。

 

 

 

「事務所に持って帰ったら勉強するのよ」

 

 

 

「はーい」

 

 

 

 楓ちゃんも加わって三人でスーパーを目指して進む。

 この角を曲がればスーパーというところで、事件が起きた。

 

 

 

「なんでしょう、あのデカいの?」

 

 

 

 リエが交差点にある巨大な物体に注目する。遠くから見た時は車でも止まっているのかと思ったが、近づくとそれが車ではないことに気づいた。

 それは車のような大きさの丸い物体。赤い見た目をしており、先端には枝のようなものが生えている。

 

 

 

「大きなリンゴ、みたいですね」

 

 

 

 その物体を見た楓ちゃんが呟く。

 私から見てもリンゴだ。しかし、こんな大きなリンゴは見たことがない。

 一体なんなんだろうと、疑問に思い近づいていく。巨大リンゴまであと五メートルという距離まで来た時。

 

 

 

「い、今動きましたよ」

 

 

 

「ま、まさか……動くわけ……」

 

 

 

 ピクッとリンゴがひとりでに揺れた気がした。しかし、そんなことは……。

 

 

 

「また、また動きましたよ!!」

 

 

 

「なんなのよ、あのリンゴは!?」

 

 

 

 今度は大きく左右に揺れ出すリンゴ。そしてそのリンゴは揺れながら回転して向こうを向いていた正面がこちらを向いた。

 

 

 

「……な、なにあれ……」

 

 

 

 

 リンゴの正面にはギザギザの歯に白目を剥いた怪物の顔があった。その顔は私達を見ると、高音の悲鳴を上げる。そしてりんごの左右前後から腕を生やして、四足歩行で立ち上がった。

 

 

 

「なにあれ……幽霊なの!?」

 

 

 

「霊力を感じません!! 怪物ですよ!!」

 

 

 

 四つの手を使い、這うようにして近づいてくる。まるでエイリアンのような気持ち悪い動きに、私達は背を向けると全力疾走した。

 

 

 

「いぃぃっやぁぁぁぁぁっ!?」

 

 

 

 半べそをかきながら逃げる。恐ろしい生物が追ってきているのか気になって、振り返ってみると予想通りというべきか。

 今だに奇声を発せながら、怪物は追いかけてきていた。

 

 

 

「楓ちゃん、なんとかして!!」

 

 

 

 私は隣を並走している楓ちゃんに助けを求める。

 

 

 

「pursue、roll、threaten、warn…………」

 

 

 

 楓ちゃんは走りながら、プリントされた英単語を読んで勉強していた。

 

 

 

「なんで逃げながら勉強!?」

 

 

 

「いや〜、そういえば英語やばかったなぁって……」

 

 

 

「だからって今やらないでよ!? てか、勉強は後にしてなんとかしてよ!!」

 

 

 

 私は汗を流しながら楓ちゃんを説得する。その説得に応じて楓ちゃんは、手に持っていたプリントを真ん中で折りたたむと、プリントを脇に挟んだ。

 

 

 

「分かりました。やってやりましょう!!」

 

 

 

 足を止めるとクルッと身体を回転させて怪物の方へ向き直る。怪物は大口を開けて、果汁たっぷりの牙で楓ちゃんを噛み砕こうとする。

 

 

 

「トッウ!!」

 

 

 

 楓ちゃんは踏み込むと、脇にプリントを挟みながらリンゴの怪物を蹴り飛ばした。蹴り飛ばされた怪物はサッカーボールのように吹き飛び、住宅を囲む塀をバウンドしながら転がっていく。

 

 

 

「ふ〜、楓ちゃんがいて良かったですね」

 

 

 

「そうね。しかし、あのリンゴはなんなのよ……」

 

 

 

 リンゴの怪物は電柱にぶつかると、回転が止まって動かなくなる。この怪物がなんなのかを確認するため、警戒しながらリンゴへ近づいてみる。

 

 

 

「リエ、ちょっと様子見てきてよ。あんた幽霊だから食われないでしょ」

 

 

 

「嫌ですよ。幽霊でも霊力持ちには食われるかもしれないんですから……それに怖いですし」

 

 

 

 私とリエが怖がって近づかない中、楓ちゃんは英単語を詠唱しながら無警戒に怪物へ這い寄る。

 

 

 

「ちょ!? 楓ちゃん!!」

 

 

 

「手応えは十分ありましたから、大丈夫ですよ」

 

 

 

 怪物に近づいた楓ちゃんが、手を伸ばして触れようとした時。リンゴの怪物は素早く身体を回転させ、反対にあった顔を楓ちゃんに向ける。

 そして大きく口を開けて食いつこうとしてきた。

 

 

 

「楓ちゃぁぁぁっん!?」

 

 

 

 楓ちゃんが喰われそうになった時。頭上からリンゴの怪物に向けて雷が落ちる。空は快晴、この天気で雷が落ちてくるはずもない。

 

 

 

 黒焦げになった怪物を背に、楓ちゃんは塀の上に目線を向けた。

 

 

 

「だれ!?」

 

 

 

 楓ちゃんの目線を追って私達も塀の上を見る。そこには宇宙服を着た頭がニンジンの不思議な生命体がいた。

 身体は普通の人間と変わらない。しかし、顔だけがおかしい。首の根本からすり替わるようにオレンジ色の野菜が生えていた。

 

 

 

「君達危なかったね。あれはフルーツ星人、擬態を得意とするエイリアンだ」

 

 

 

 野菜の生えた人間は私達を見下ろしてくる。私達がその奇抜な見た目に驚いていると、その目線で私達の気持ちに気付いたのか。

 野菜の生えた人間は高くジャンプすると、空中で回転してから華麗に着地する。そして

 

 

 

「申し遅れた。私は野菜星人のキャロット。何光年も遠い銀河から地球を守りにやってきた、銀河戦士だ」

 

 

 

「野菜星人……もしかして宇宙人!?」

 

 

 

 私は口元に手を当ててキャロットの身体を見る。まぁ、人間でないのは確かだ。

 首から上がニンジンなのだから……。まぁ、驚きはするが、幽霊に怪人、ネズミの化け物にも出会っている。腰を抜かすほどは驚かない。

 

 

 

 しかし、宇宙人の見た目にしては……

 

 

 

「頭がニンジンって本当に宇宙人なんですか?」

 

 

 

 楓ちゃんが気になっている点について突っ込んだ。

 こんな見た目のため宇宙人と言われれば、納得はするが。もっと宇宙人らしい見た目はあっただろう。

 目が丸くて背が低く、ガリガリな姿とか。この宇宙人は身長は180くらいで体格も人間と大差ない。顔がニンジンだが……。

 

 

 

「私達はこういう種族なのだ。っと、君達、怪我はないかい?」

 

 

 

 キャロットは顔を近づけて私達が無事なのかを確認する。身体が近づいてくると土臭い。

 

 

 

「怪我はないみたいだね。良かったよ、地球人が怪我したとなっては私の責任が問われるからね」

 

 

 

「はは〜、大変そうですね」

 

 

 

 私は乾いた笑顔を見せて返事をする。キャロットは目を細めてフンフントと首を縦に振った。

 

 

 

「大変ですとも……。フルーツ星人は凶悪なエイリアン。そんなものに狙われているというのに、私と部隊だけで地球を守れと。上司のキャビッヂはどうかしている」

 

 

 

 キャロットが文句を垂れている中、私は楓ちゃんの側に駆け寄ると、そしてもしもの時は楓ちゃんに守ってもらえる体制になってから、リエに耳打ちする。

 

 

 

「なんか地球を守りにきたとか言ってるけど、本気なのかな?」

 

 

 

「どうでしょう? でもあのエイリアンを倒しましたよ」

 

 

 

「でもね〜、そういう要素は飽き飽きなのよ。知り合いには幽霊にヒーロー、怪人がいるし、これ以上変人はいらないよ」

 

 

 

「幽霊をその変人達と同列にしないでください。私も彼らと同じ枠は嫌ですから」

 

 

 

 そんなことを話していると、キャロットは不思議そうに首を傾げる。

 

 

 

「そこの銀髪の地球人、何を一人でブツブツ言っているのだ?」

 

 

 

「あ、独り言です〜」

 

 

 

 どうやらこの宇宙人には霊感はないようだ。

 というか、宇宙人に霊感があるものなのか?

 

 

 

 私が疑問に思っていると、キャロットの腰にかけたモニターからベルの音が鳴り出す。

 

 

 

「ん、連絡だな」

 

 

 

 腰のベルトから取り外して、モニターをタップすると映像が浮き出してくる。

 流石は宇宙人だ。技術は地球よりも進んでいる様子。

 

 

 

 流れてきた映像にはピーマン頭の宇宙人が映っている。

 

 

 

「キャロット。大変だ。フルーツ星人の戦艦が地球に来ている!! 今すぐに出動するのだ!!」

 

 

 

「はい!!」

 

 

 

 キャロットは映像に向かって敬礼をする。そして敬礼を終えた後、モニターをもう一度タップすると映像が消えた。

 

 

 

「というわけだ。私はこれで失礼するよ!」

 

 

 

 キャロットは連絡を終えると、私達に敬意を払うポーズなのか。両手でピースを作ってへそのあたりで構える。

 

 

 

「フルーツ星人は危険だ。何かあったらいつでも我々を呼んでくれ!!」

 

 

 

 そう言うと一回のジャンプで二階建ての屋根まで飛んで、そこから屋根を伝ってどこかへと跳ねて消えていった。

 

 

 

「なんだったんだか……」

 

 

 

 

 

 

 



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第79話 『グルメなお店へご招待!!』

霊能力者のレイちゃんは、ダメ、無能、役に立たない?

 

 

 

著者:ピラフドリア

 

 

 

第79話

『グルメなお店へご招待!!』

 

 

 

 

 

「レイさ〜ん、まだですか〜?」

 

 

 

「そろそろのはずなんだけど……」

 

 

 

 薄暗い森を私とリエ、楓ちゃんの三人は進む。日が落ちて夜の森が怖いのか、リエが私の腕にひがみつく。そして唇を震わせる。

 

 

 

「本当にここなんですか? ただの森にしか見えないんですけど……」

 

 

 

 私達は事務所のポストに入っていたチラシで、新しいレストランのセールの情報を手に入れて、そのレストランを目指していた。

 

 

 

 リエが不安そうに聞いてきて、私まで不安になる。一応確認のため、持ってきたチラシを広げてみる。

 

 

 

「ここのはずよ、ほら?」

 

 

 

 私はリエにチラシを見せてみる。リエは暗い中でよく見えないのか、目を細めてジッと見る。

 

 

 

「あ!? レイさん、ここ、よく見てください!!」

 

 

 

 リエがチラシのある部分を指でなぞる。そこには、

 

 

 

「『当店は来年からのオープンです』……ふざけるな!!」

 

 

 

 私はチラシをクシャクシャに丸めて放り投げた。来年オープンのお店の情報を宣伝するんじゃない!!

 しかも、年が違うだけで日にちも同じだし、完全に罠だろ!!

 

 

 

「もう帰りますか……ここから帰るとかなりの時間になっちゃいそうですけど」

 

 

 

 楓ちゃんが腹を鳴らしながら帰路に目線を向ける。

 

 

 

「そうね。そうしましょうか」

 

 

 

 このまま森の中へ進んで行っても何もないため、私達は帰ることにした。来た時と同じ道を進んでいるはずなのに、違和感を感じる。

 

 

 

「ねぇ、こんな道通ったっけ?」

 

 

 

「でも、ここ一本道ですよ、間違えようがないですよ」

 

 

 

 リエの言う通り、ここは一本道だった。どうやっても間違えるはずがない。しかし、

 

 

 

「なに、このお店……」

 

 

 

 同じ道を戻れば、住宅街へと出るはずなのに私達がたどり着いたのは一軒のレストラン。

 森の中に聳え立つ木製のお店は、自然に溶け込む形で私達を招く。

 

 

 

「こんなお店、来た時はなかったですよね」

 

 

 

「そうよね、でも…………」

 

 

 

 店内から香ばしい香りが漂ってくる。今まで嗅いだことがないようなスパイスの香りで、ヨダレが口から溢れ出す。

 

 

 

「変わったお店だけど、ご飯だけ食べていきましょうか。こんなにいい香りは初めて嗅いだよ」

 

 

 

「そうですね!! どうせ戻ってから食べるんならここで食べてしまいましょう!!」

 

 

 

 私とリエは香りに誘われるようにレストランへと這い寄る。そんな私達の後ろを楓ちゃんは目を細めてレストランを疑いながらついてくる。

 

 

 

「おかしいですよ、レイさんもリエちゃんも冷静になろ!! 突然レストランが現れるなんて、怪しすぎるよ!!」

 

 

 

 楓ちゃんの言葉で私はハッと冷静さを取り戻す。だが、

 

 

 

「怪しい……かもだけど、この匂いに逆らえない!!」

 

 

 

 私とリエは怪しいと感じながらも空腹と魅力的な匂いに誘われて、扉を開ける。

 中は小さな部屋があり、奥には中に入るための扉が再びあった。そしてその扉には紙が貼られている。

 

 

 

「なにこれ? 手を石鹸で洗え?」

 

 

 

「当然ですね!! これからお食事ですし、手を綺麗にしないとです!!」

 

 

 

 リエは早速部屋に用意された手洗い場で手を洗う。私と楓ちゃんもリエに続いて手を洗った。

 

 

 

「さぁ、早くいきましょ!!」

 

 

 

 リエが早く開けろとばかりに扉の前で跳ねている。私もお腹がぺこぺこで早くご飯を食べたいため、扉を開ける。

 扉を開けるとまた同じような小さな小部屋。またしても奥へとつながる扉がある。部屋と部屋が連結していて、不思議なレストランだ。

 

 

 

「また紙がありますね。今度はアルコール消毒と体温検査をしてくださいですか」

 

 

 

 再び扉に紙が貼り付けられており、その文字をリエが読み上げた。読み上げたリエはうんうんと頷く。

 

 

 

「そうですよね。感染症対策はしないといけませんね!! 楽しい食事の後に風邪をひいて辛い思いなんてしたくはないですからね!」

 

 

 

 紙の指示を守り、アルコール消毒と体温計で温度を測る。

 

 

 

「問題ないですね!! では行きましょう!!」

 

 

 

 腹が減りすぎていつもよりもテンション高めのリエが先へ進むように急かす。

 

 

 

 扉を開けると、今度は広い店内があった。外の外装からは考えられないくらい綺麗で、大きさも外から見た店内の倍くらい大きい。

 テーブルと椅子が店内をズラッと並んでいるが、どこの席にもお客さんの姿はなかった。

 

 

 

「へい、いらっしゃい、いらっしゃい。三名様ですね!」

 

 

 

 店内の右端にある厨房室からのれんを潜って店員が現れる。その店員は5メートル以上の身長をした長身の女性。

 目の下には赤い化粧をしており、つり目の女性の容姿は可愛らしいというよりも美しいという言葉が似合う。

 

 

 

 しかし、その姿を見た私は怖さで膝をつき、頬に手を当てて叫んだ。

 

 

 

「きょ、巨人だァァァァァ!!!!」

 

 

 

 5メートル以上の人間が現れたのだ。私はその女性を化け物かと怯えて顔を青くする。

 そんな私の反応を見て、女性は顔を両手で大き隠した。

 

 

 

「酷い!!」

 

 

 

 顔を隠してシクシクと鳴き始めた女性。その様子に怯えていた私は、

 

 

 

「あ、いや、……ごめんなさい」

 

 

 

 思わず謝ってしまった。私が謝ると長身の女性もオドオドし始める。

 

 

 

「わ、私こそ…………あ、あ、あ、ああ……」

 

 

 

 

 女性は混乱しているのか、途中から「あ」しか言わなくなる。その様子で恐怖心も薄れてきて、私は楓ちゃんに引っ張ってもらい立ち上がった。

 

 

 

「ごめんなさいね。リエが見えてるってことはあなたも幽霊?」

 

 

 

「あ、ああ……」

 

 

 

 女性は首を縦に振りながら返事をする。

 身長に注目してしまったが、よく見れば身体は透けているし身体も浮いている。リエのように霊力の状態で伸び縮みする幽霊がいるのなら、このように巨大な幽霊がいるのも不思議ではない。

 

 

 

 幽霊ということはこのお店も少し特殊な店なのだろうか。まぁ、考えても答えは出ないため置いておこう。

 

 

 

 あーちゃん(仮名)の正体が分かったところで、あーちゃんは手で奥のテーブルへと案内してくる。

 

 

 

「あああああああ(こちらへどうぞ)」

 

 

 

「は、はぁ……」

 

 

 

 テーブルへ案内してもらい、あーちゃんはメニュー表をテーブルの真ん中で広げる。

 

 

 

 

「あああああ、ああ〜あああああ(当店のメニューになります)。ああっああ(ごゆっくり)」

 

 

 

 結局混乱が戻らないまま、あーあーという説明をした後厨房へ戻って行った。

 

 

 

「あの人、大丈夫でしょうか?」

 

 

 

 リエはあーちゃんのことを心配しているが、まぁ、問題はないだろう。私はメニュー表に目を通す。

 

 

 

「さて、じゃあ何を食べましょうか!!」

 

 

 

 メニューを見てみたが、そこには三つしかメニューが書いてなかった。

 

 

 

「霊力コースに、生命力コース、そして筋力コース…………。全然内容が分からないんだけど!?」

 

 

 

 私がメニュー表を見て困惑していると、あーちゃんがブリッジした姿勢で這いずり近づいてくる。

 

 

 

「うわ!? ホラー映画みたい!?」

 

 

 

「怖いです!! この方怖いです!!」

 

 

 

 私の隣でリエがガチビビりしてるが無視していく。

 

 

 

「えっと、このメニューってどういうことなの?」

 

 

 

「あ……これは……ですね…………」

 

 

 

 混乱から復活したのか。逆立ちの体制からヌッと立ち上がったあーちゃんは、メニューの説明をする。

 

 

 

「私……特技で相手を見ただけで健康状態や精神状態、本人では分からないような情報までもオーラとして見ることができるんです」

 

 

 

 そんなことができる幽霊がいるとは……。

 霊感が強い人間であれば、相手の霊力の総量が把握できるというのをこの前タカヒロさんから聞いた。あーちゃんもそれに近いものなのだろう。

 

 

 

「霊力、生命力、筋力から選んでもらったお客さんの状態に合わせたお料理を提供する。それが私のレストランです」

 

 

 

「じゃあ、私が霊力コースなんて選んだら、私の凄い霊力に合わせた料理が運ばれてくるってことね!!」

 

 

 

 私が胸に手を当てて威張るように言ってみると、あーちゃんは申し訳なさそうに目線を落とす。

 

 

 

「えっと、あなたの霊力だと……一般人から毛が生えた程度……」

 

 

 

「あーーーーー!!!!」

 

 

 

 私は耳に手を当てて声を上げて聞かないことにした。

 

 

 

 私と楓ちゃんは生命力コース、リエは霊力コースを選んで品がやってくるのを待つ。

 しばらく待つと、あーちゃんは商品を運んできた。

 

 

 

「そちらの女の子には霊界サラダを、人間のお二人にはカボチャマン入りのサラダです」

 

 

 

 リエの前に置かれたサラダには目玉みたいなものが乗っており、私と楓ちゃんのサラダにはウネウネ動くオレンジ色の物体が入っていた。

 

 

 

「なに、……これ?」

 

 

 

 私達は運ばれてきた料理に口を開けて微妙な反応をする。一番ご飯を楽しみにしていたリエに関しては、白目を剥いて衝撃的な顔になっている。

 

 

 

「あ……あ、あ、あ、そうでした。あ……珍しいですよね。これはそれぞれの特性に合わせた料理なんです。毒とかはないんで大丈夫です!!」

 

 

 

「毒がないって言われても……」

 

 

 

 見た目的に結構キツイ。一番ヤバいのはリエの目玉入りだが、あっちのコースにしなくて良かったとホッとする。

 

 

 

「私、食べてみます!!」

 

 

 

 一番グロテスクな料理が運ばれてきたリエが、ついに空腹に耐えられず食べ始める。

 

 

 

「どう?」

 

 

 

「…………あ、普通に上手いです!」

 

 

 

 一口食べて問題がなかったようでそれからはムシャムシャと食べ始める。私と楓ちゃんも顔を合わせると、お互い同時に動くカボチャを食べてみた。

 

 

 

「動いてて気持ち悪かったけど、思っていたより上手い!?」

 

 

 

「あ、ああ、あああ、満足してもらえて良かったです」

 

 

 

 私達が食べ始めると、あーちゃんは胸に手を当ててホッと一息吐いて、調理場へと戻っていった。

 

 

 

 次に運ばれてきたのはスープでリエにはグツグツの激辛スープ、楓ちゃんには一粒が人間の顔の大きなのコーンが入ったスープ、私には水面から笑い声が聞こえるスープが提供される。

 変わったものばかりだが、いざ食べてみるとどれも美味しく、不思議なことに完食できた。

 それからも同様であり、見たことがないようなものばかり出てきたが、全て美味しくいただくことができた。

 

 

 

「ふ〜食べた食べた〜」

 

 

 

 ご飯を食べ終えた私達は満腹で腹を摩る。席を立ち上がると、伝票を持ったあーちゃんがやってきた。

 

 

 

「では会計になりますね。あ……財布は出さなくて良いですよ」

 

 

 

 あーちゃんはそう言うと、私達の前に右手を突き出したそして手を広げると、

 

 

 

「料金として選んだコースの力をいただきます。霊力と生命力を吸い取らせてもらいますね」

 

 

 

「え!? ちょっ!?」

 

 

 

 そう言って許可も取らずに右手に力を入れる。すると、全力で5分走り続けたような疲れがどっと出てきた。

 

 

 

「これは……本当に霊力を吸われました……」

 

 

 

 ヨロヨロとリエが私にもたれかかる。私もふらっとはしたが倒れるほどじゃない。

 

 

 

「大丈夫? リエ」

 

 

 

「は、はい〜、霊力の半分くらいなくなりましたが、まだ霊体でいられます〜」

 

 

 

 リエと私の状態を見て、楓ちゃんがあーちゃんを警戒して取り押さえようとする。しかし、あーちゃんは楓ちゃんが飛びかかってきた動きに反応して、あっさりと避けた。

 

 

 

「楓ちゃんよりも早い!?」

 

 

 

「待って、待ってください!!」

 

 

 

 避けたあーちゃんだが、ヘコヘコと頭を下げ始める。

 

 

 

「怒らないで、これが私の商売なんです。本当です。だから攻撃しないで!!」

 

 

 

 あーちゃんが頭を下げたことで楓ちゃんは飛びかかるのをやめて大人しくなる。そして楓ちゃんはあーちゃんに詰問をする。

 

 

 

「どういうことですか? 代金が力って!!」

 

 

 

「メニューに書いてあったじゃないですか!! 私は料理を提供する代わりに力を受け取り、このゴーストレストランを開いてるんです!!」

 

 

 

 あーちゃんが近くにあったテーブルからメニュー表を持ってきて、説明書きを見せる。確かにそのようなことが書いてある。

 

 

 

「私の夢はゴーストレストランで人々に笑顔を届けるのが目的なんです。しかし、ゴーストレストランは多くのエネルギーを必要とする。だから代金はお金ではなく、力なんです!!」

 

 

 

 あーちゃんに連れられてレストランの外に出る。するとここで初めて、レストランが半透明であったことに気づいた。それを見たリエがぽそりとつぶやく。

 

 

 

「これって霊力で作ったレストランだったんですね」

 

 

 

「はい。なのでいつでもどこでも開店できます。それが私のレストランの良さなのです」

 

 

 

 まぁ、説明は聞いて事情はなんとなくわかった。

 

 

 

「そういうことね。じゃあ、騙したとかそういうわけじゃないのね」

 

 

 

「ないです、ないです!!」

 

 

 

 高速で首を縦に振るあーちゃん。まぁ、騙されたわけじゃなければ、良いのか?

 

 

 

「私たちが説明をしっかり見なかったのが悪いしね。今度からはもっと大きく書くのよ。揉め事になったら大変だから」

 

 

 

「はい!!」

 

 

 

 代金も払い終えて、腹も満腹になった私達は帰ることにした。帰り道で後ろを振り返るが、すでにレストランは消えており、どこかへ移動したのだろう。

 

 

 

 

 

 



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第80話 『故郷へ』

霊能力者のレイちゃんは、ダメ、無能、役に立たない?

 

 

 

著者:ピラフドリア

 

 

 

第80話

『故郷へ』

 

 

 

 

 窓を覗けば大空が広がる。広い広い世界は無限の彼方へと続き、果てしない大空を白い鳥が羽ばたく。

 

 

 

「はぁぁっ、レイさん寝ないんですか?」

 

 

 

 隣の席に座る楓ちゃんが欠伸をしながら腕を伸ばした。

 

 

 

「もう十分寝たよ。それにもうそろそろ着く頃よ」

 

 

 

 私は腹の上で熟睡をするリエを乗せながら楓ちゃんに伝える。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一面を白銀が覆う。空にいた時とは景色が一変し、別世界へとやってきたことを実感させる。

 

 

 

「ここがレイさんの故郷ですか〜」

 

 

 

 リエがいつもの白い着物で、寒そうにしながらもキョロキョロも見渡す。

 

 

 

「ええ……帰ってきたのね」

 

 

 

 私とリエが空港の窓から外の景色を見ていると、ケージを手にした楓ちゃんが受付から戻ってくる。

 

 

 

「お待たせしました!! 師匠とミーちゃんを連れてきましたよ!!」

 

 

 

「お、ありがとう楓ちゃん!」

 

 

 

 楓ちゃんに礼を言ってケージを中を覗くと、黒猫は早く出せと目で訴えてくる。しかし、空港で出すわけにもいかず、そのまま楓ちゃんに任せる。

 

 

 

「これからどうするんですか?」

 

 

 

 初めての海外にリエが目を輝かせながら尋ねてくる。私は英語で書かれた地図を開くと、ジーッと内容をガン見して解読して行く。

 

 

 

「きっと、バスで移動するのね……。そう、そうに決まってる!! さぁ、出発よ!!」

 

 

 

「本当に大丈夫ですか?」

 

 

 

 不安が残る中、雪の世界へと身を投じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 私の故郷は雪の多く降るカナダの都会から少しズレた街。正確には故郷といっても何度も引っ越しをしており、そのうちの一つというだけだ。

 それに今から向かっているのは、私が住んでいた家ではない。私の最後の記憶にあるのは国境を超えた別の場所だし、実際に故郷といえるかは怪しいところだ。

 

 

 

 ──だが、帰る必要が出てきた。

 

 

 

 バスに揺られて数時間。間違えもあり遠回りをすることにもなったが、どうにか目的にたどり着くことができた。

 

 

 

 そこは古びた一軒家。日本と違い広い庭があり、庭には長い時間放置されているのだろう。雪で完全に埋もれてしまった車が止まっていた。

 私はリュックの中から送られてきていた鍵を使い、中へと入る。中はカーテンが閉められているため、暗く風通しも良くない。

 

 

 

 ひとつひとつ部屋の扉を開けて、家の中を確認して周り、一通り探索したのち誰もいないのを確認する。家の中には人の気配はなく、私はその様子を見てからリエに質問をする。

 

 

 

「幽霊って移動することもあるの?」

 

 

 

「あるにはありますが、取り憑くもの次第です。大抵の場合は地縛霊になりますから、死後から離れることはないですね」

 

 

 

「…………そう」

 

 

 

 リエの答えを聞き、リビングの椅子に座り、息を吐き出す。そして緊張が解けのか、どっと疲れが出てきた。

 家に着きやっとケージから解放された黒猫が、部屋の隅で丸くなりながら私の顔を見る。

 

 

 

「どうやらお前の母親はいなかったみたいだな」

 

 

 

「……ええ」

 

 

 

 私が小さく覇気のない声で答えると、黒猫は鼻から息をフッと勢いよく吐き捨てる。

 

 

 

「なんだよ、良かったろ。未練なく行けたってこった、会えなかったのが寂しかったか?」

 

 

 

 冗談混じりに言ってくる黒猫だが、今日は気分的に乗ってやる気にもなれない。

 

 

 

 実際会いたかったかと聞かれれば、会いたくはなかった。だからいなくてホッとしているのが本心だ。

 だが、寂しさはある。いや、寂しいというのは正しくない。悔しいの方が強いだろう。あれだけのことがあって、未練もないのか……。もっと苦しんで欲しかった。

 地獄があるのなら地獄へ行ってほしい。そう本心で思えるほどに、私の心は暗く深くぶつけられない思いで煮えていた。

 

 

 

 そんな私の心が顔にも現れていたのか。黒猫は壁に張り付いた状態のまま、リエと楓ちゃんを呼びかける。

 

 

 

「おい、楓。リエでも連れて外で雪で遊んでこいよ。かまくら作れるぞ、かまくら!!」

 

 

 

「かまくらですか〜、そうですね〜東京だとそんなに雪降りませんし、ここなら思う存分大きなかまくらが作れそうです!! じゃあ、完成したら師匠も入ってくださいね!!」

 

 

 

「お、おう……」

 

 

 

 楓ちゃんが黒猫が自身の作ったかまくらに入ってくれると聞いて、嬉しそうにはしゃいでいる。

 さらにリエはフワフワと飛びながら腕を組んでドヤ顔をする。

 

 

 

「なら、私は雪でお城を作って見せましょう。鉄壁のお城です、武田信玄だろうと上杉謙信だろうと、誰が攻め込んできても落とせない最強のお城です!!」

 

 

 

「雪でなんてもの作ろうとしてんだ!! …………まぁ、良いか。さっさと行って来い」

 

 

 

 黒猫は壁から動かずに二人を外に出るように急かす。二人が外に出るのを確認し、黒猫はホッと息を吐き出す。

 

 

 

「なぁ、レイ。お前、どうしたんだよ」

 

 

 

 そして珍しく怒鳴る感じではなく、語りかけるような優しい声で口を開く。私のどこにもぶつけられない気持ちを察したのだろう。だから、リエ達を外に出してから話を切り出した。

 タカヒロさんらしいといえば良いのか。こうして気を遣ってくるのは……。

 そういうところは感謝したい。したいのだが……。

 

 

 

「それよりなんでアンタ、壁際にいるの?」

 

 

 

 ケージから出てからの黒猫の様子がさっきからずっと気になっていた。

 

 

 

 さっきまではそんなこと気にもならなかったのに、少し心に余裕ができたのか。物凄く気になる。どうしようもなく気になる。

 

 

 

「おい!? この空気でそれ聞くか!? なんで今なんだ!! ……猫にとっては慣れない場所はストレスなんだよ!! 気にすな!!」

 

 

 

 律儀に理由を教えてくれる猫博士。この猫博士がそう言っているから、慣れない場所は猫にとって辛いのだろう。

 これで疑問も晴れてスッキリ……というわけにはいかない。

 

 

 

 私はテーブルに両腕を置くと自分の腕を枕にして、顔をテーブルに乗せた。そして顔を横にして黒猫を覗き込む。

 

 

 

「ねぇ、アンタ。それ聞くためについてきたの?」

 

 

 

 本来、この度は私に取り憑いているリエが付いてくれば十分な旅だった。それなのにこの変態クズ猫博士がついてくるとか言い出して、大変な旅になってしまった。

 猫を飛行機に乗せるだけでも大変だったのに、師匠が行くなら僕も行くと楓ちゃんまでついてくる。それにこの猫は楓ちゃんにくることを勧めるし……。

 

 

 

 私の問いに黒猫は目を半開きにして、どうでもよさそうに、

 

 

 

「はぁ? ついでだついで。たまには海外を旅行っても良いかなぁって思ったんだよ!!」

 

 

 

 そう壁に張り付いた姿勢で言い張る黒猫。そんな態度の黒猫に私は揶揄うように、過去の発言を掘り下げる。

 

 

 

「ミーちゃんのストレスになるから、国外国内どこだろうと旅行になんて行くかって言い張ってたアンタが?」

 

 

 

「心変わりしたんだよ、バカやろー!!」

 

 

 

 尻尾をブンブン振って明らかに動揺を見せている。そんな黒猫の様子に私はクスッと笑いが漏れる。

 

 

 

「おい、今笑ったか?」

 

 

 

「笑ってない」

 

 

 

「笑っただろ」

 

 

 

「笑ってない」

 

 

 

 こんなくだらないやり取りをし、このまま終わらせるのかと思ったが、黒猫は息を吐き出すと、

 

 

 

「手紙が来た時、お前寂しそうな顔をしてたろ。……その、なんだ。ちょっと心配だったんだよ」

 

 

 

 珍しく本音を言い出した黒猫。本音を言ってくれたことに嬉しさも感じるが。

 

 

 

 

 

 ──私そんな顔してたかな? ──

 

 

 

 

 

「そうね……」

 

 

 

 私は身体を起こすと窓から外の様子を見る。窓の外では、巨大な玉を転がしている二人の様子が見える。

 そんな二人の姿を見て心を落ち着かせてから、私は席をたった。そしてカーテンを閉めて外から中の様子が見えないようにする。電気のついていないため、薄暗くなった部屋の中で、

 

 

 

「後悔しないでよ」

 

 

 

 私はまず上には追っていたジャンバーを脱いで椅子にかける。さらに上着も脱いでテーブルに置いた。

 黒猫からの目線を感じる中、私は最後の一枚に手をかけ…………。

 

 

 

「おい待て、なんで脱いでんだ?」

 

 

 

 黒猫がガン見しながら冷静を装う。テンパってるようだが、いつもよりも声が高い。一応冷静に、冷静に見せようとしているが失敗している。

 

 

 

「覚悟はできてるんでしょ。だからリエ達を外に出したんじゃない」

 

 

 

「いや、待て待て!? だからって、お、おい!?」

 

 

 

 少しずつテンションが上がりテンパり始めた黒猫。後でミーちゃんにこの事は言い付けるとして。

 私はテンパり始めた黒猫を無視して、私は黒猫に背中を向ける。そしてTシャツの後ろを捲り上げ、前の方を見えないようにしながら背中だけを黒猫に見せた。

 

 

 

 私の背中を見た黒猫はスッとテンションを元に戻し、真剣な表情に戻った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 服を着る中、黒猫は壁に張り付いたまま、過去のことを振り返る。

 

 

 

「そうか、だからお前。プールの時も海の時も。水着の露出が少なかったのか」

 

 

 

「アンタ、そういう目で見てたの……!?」

 

 

 

 黒猫の変態発言に引きながら、着替え終えた私は椅子に座り直した。私が座り直したと同時に、黒猫は床に平べったくなって伏せる。

 

 

 

「母親から……か。そうだったのか。そりゃ、幽霊になってて再会したら気まずいな」

 

 

 

 背中の傷を見せたことで黒猫は納得した様子だ。

 黒猫に話したことで少し気分が楽になった気はする。私は背もたれに倒れ掛かり、楽な姿勢になる。

 

 

 

「恨みはあったから幽霊になって苦しんで欲しいって気持ちも少しはあったのかもね、本当は来る必要もなかったんだけど」

 

 

 

 母親が亡くなったということを手紙で知ったが、霊宮寺家に引き取られてから接点もなかった。今更、帰っても何もなかった。

 幽霊になっていたなら浄化しないと。そういう建前では来たが、本当は復讐心のようなものの方が強かったのかもしれない。そんな事はこの家に入るまで気づかなかったが、家の中を探索してやっと自分の本心に気づいた。

 

 

 

「そういえば、お前の兄貴はどうしたんだよ?」

 

 

 

「あ、お兄様は来ないよ」

 

 

 

「なんで、お前の兄だろ?」

 

 

 

 黒猫は首を傾げる。

 

 

 

「あー、お兄様のお母さんじゃないから」

 

 

 

「ん?」

 

 

 

 黒猫の首はさらに傾く。そのままオモチャのように首が回転しそうな勢いだ。

 

 

 

「お兄様は事故で両親を亡くして、それからウチに来たの。半年くらいは一緒に住んでたはずだけど、それからすぐに霊宮寺家に引き取られたから」

 

 

 

「そうだったのか!? 知らなかった……。しかし、半年世話になったんじゃないか?」

 

 

 

「まぁ、そうなんだけど。最近連絡取れないんだよね。秋くらいからどこに行ったか分からないんだよね」

 

 

 

 職業柄、国に戻ったというのも考えられる。何者かを追って日本に来ていたが、その犯人を逮捕して米国へ帰ったとか。

 しかし、それにしては連絡が全く取れない。本当にどこで何をしているのやら……。

 

 

 

 私達が会話を終えると、窓を叩く音とリエの声が聞こえてきた。

 

 

 

「二人とも来てくださ〜い!! 出来ましたよ〜!!」

 

 

 

「はーい、今行くよ!」

 

 

 

 私はテーブルに手をついて立ち上がる。そして改めて黒猫の方を見た。

 

 

 

「色々思う事はあるけど。付いてきてくれてありがとね」

 

 

 

 感謝を述べると、黒猫は恥ずかしいのかそっぽを向いた。私は黒猫の方へ近づき、持ち上げるといつも通りの定位置である頭の上に乗せた。

 

 

 

「さ、二人が待ってる。行くよ!」

 

 

 

「ああ、二人が何を作ったのか見に行くか!!」

 

 

 

 

 

 

 その後、外に出ると雪出てきた立派な城が立っており、後日テレビで取り上げられていたのは別のお話。

 

 

 

 

 

 

 



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第81話 『癖者達のクリスマス』

霊能力者のレイちゃんは、ダメ、無能、役に立たない?

 

 

 

著者:ピラフドリア

 

 

 

第81話

『癖者達のクリスマス』

 

 

 

 

「例のものは持ってきたか?」

 

 

 

 暗闇の中、車から降りた男性は黒ずくめの服装の男性と向かい合う。

 

 

 

「ああ、これだ」

 

 

 

 黒ずくめの男性はケースを車から降りた男性に受け渡すと、サングラスを指で上げてある忠告を告げた。

 

 

 

「一つ注意点がある。決して牛乳を与えるな」

 

 

 

「牛乳を……? なぜだ」

 

 

 

「とにかく与えてはならない……それを守らなければ大変なことになる」

 

 

 

「あ、ああ……」

 

 

 

 

 

 

 

 飛行機で国境を渡り、日本へ帰ってきた私達。しばらく何もない日々が続いていたが、そんな日も終わりを告げた。

 

 

 

「レイさんレイさん!! 明日は何の日か知ってますか?」

 

 

 

「何ってクリスマスでしょ。知ってるよ」

 

 

 

 明日は今年最後の大イベント、クリスマスだ。リエはクリスマスが近づいてきたことでウキウキの様子。

 

 

 

「何します? やっぱりプレゼント交換ですか? それともパーティですか?」

 

 

 

「そうね〜」

 

 

 

 かなりウキウキな様子のリエだが、そこまで大きなイベントを起こす気もなかったため、返事に困る。

 楓ちゃんを呼び、四人と一匹で飾り付けをした事務所で、ケーキでも食べるくらいはする予定だが、リエの様子からそれだけだと足りさなそうだ。

 

 

 

 っと、そんな中、事務所の固定電話のベルがなった。私は受話器を取り、電話に出る。すると、受話器から聞き覚えのある女性の声が聞こえてきた。

 

 

 

 その声の主と電話を終え、私は受話器を戻すとリエに顔を向けて、

 

 

 

「リエ、明日はパーティよ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 これこそ日本の家とでも言いたくなるような和室。そんな和室で多くの知人が集まっていた。

 

 

 

「霊宮寺さん、こっちです!!」

 

 

 

 テーブルの手前で単語帳を手にしたコトミちゃんが座布団を広げて隣にどうぞと手招きする。私は用意してくれた座布団に座りながら、

 

 

 

「もうすぐ受験じゃないの?」

 

 

 

「こういうイベントは意地でも参加するのが私です」

 

 

 

 ドヤ顔で単語を必死に覚えるコトミちゃん。本当に大丈夫なのだろうか? まぁ、髪も染めていたのを黒に染め直して面接の対策もし始めた感じだろう。

 リエと楓ちゃんも私の横にそれぞれが座り、黒猫は私の膝の上で丸くなった。

 

 

 

「しかし、京子ちゃんの家がこんなに豪華だったなんてね〜」

 

 

 

 私は部屋の中を見渡してその広さに驚く。

 

 

 

 部屋にはスキンヘッドとその子分。レッドに魔法少女3人組。マッチョの二人と変態ストーカー黒淵さん。それとアゴリンとスコーピオンのラブラブカップルと、かなりの人数が集まっているが、それでもまだまだ余裕がある。

 

 

 

 私が呟いたさっきの言葉に反応するように、コトミちゃんが口を開く。

 

 

 

「姉さんはこの辺じゃ、有名なお嬢様だったみたいですよ。多分昔は箱入りのお嬢様で可愛かったんじゃないかなぁ、…………今じゃゴリラだけど」

 

 

 

 コトミちゃんがそこまで言いかけたところで、コトミちゃんはやっと後ろに何者かが立っていることに気がついた。

 

 

 

「……誰がゴリラだァ?」

 

 

 

「あ、……姉さん…………い、今のは違くて、その単語でゴリィラって単語…………あぎゃぁぁぁぁぁぁっ!?」

 

 

 

 単語帳のように折りたたまれているコトミちゃんは放置して、私はテーブルの上を目にした。

 

 

 

 テーブルの上にはチキンやピザ、寿司などが並び、これぞクリスマスの定番メニューという感じのメニューだ。

 しかし、気になるのは……。

 

 

 

「なんだか全部、作った……」

 

 

 

 見た目から伝わってくる。これは市販のものではない。スーパーなどで売られているのもでは到底作れない細部までこだわった料理。

 そしてそれを作った人物が誰なのか、すぐに分かった。

 

 

 

「ふふふ〜、気づきましたか、レイさん」

 

 

 

 スコーピオンがハサミをチョキチョキさせて自慢げな顔をした。そして隣に座るアゴリンさんの肩に腕を回すと、

 

 

 

「アゴリンが作ったんですよ。これ殆どすごくないですか!!」

 

 

 

「え!?」

 

 

 

 私が驚いてアゴリンさんと料理を交互に見る。

 アゴリンさんはお料理教室の手伝いもしていた。しかし、だからといってここまでのものを作れるものなのか……。

 

 

 

「凄いよ、アゴリンさん!!」

 

 

 

「こんなお店屋さんみたいご飯を作れるなんて、凄いです!!」

 

 

 

 私と楓ちゃんが褒めると、アゴリンさんは顔を両手で覆い隠す。

 

 

 

「い、いやぁ、ちょっと得意なだけですよ〜」

 

 

 

 照れて身体をクネクネさせている姿は可愛い。しかし、左右に顔を振った影響で、左右にいるヤンキーとスコーピオンを顎でノックアウトしているため、近づきたくはない。

 

 

 

「どうぞ。食べてみてください」

 

 

 

 アゴリンは小皿を私達へと渡して勧めてくる。しっかりと見えていないリエの分の小皿も渡してくれるところは気が利いていて凄い。

 

 

 

「じゃあ、頂きます……」

 

 

 

 すでにピザを食べて美味い美味いと言っていたリエのことは忘れて、私と楓ちゃんは頂くことにした。

 

 

 

「わぁ、美味しいです!!」

 

 

 

「本当!! 流石アゴリンさんね!!」

 

 

 

 一口食べただけで頬っぺたが落ちそうになる。この味は完全にプロ級だ。お店を始めたら大行列出来るレベルだ。

 

 

 

 私達はその美味しさに箸が止まらなくなる。そんな中、ノックアウトされたスコーピオンが、スッと起き上がって姿勢を戻す。

 

 

 

「……俺の弁当も毎日作ってくれるんだ。しかもめっちゃ美味いんですよ!!」

 

 

 

「復活早いね」

 

 

 

 しかし、こんな美味しいお弁当を作ってもらえるなんて、スコーピオンは幸せすぎる。

 

 

 

 そんな私達の話を横で聞いていたレッドがふらふらと立ち上がると、スコーピオンへと寄って行く。

 

 

 

「スコーピオンはよぉ、良かったなぁぁ〜。お前ずっと初恋の人、引きずってたもんなぁ」

 

 

 

「クッサ!? レッド酒臭いぞー!! 近づくんじゃねー!!」

 

 

 

 スコーピオンはすでに出来上がってしまっているレッドを両手で遠ざける。

 赤いマスクを被っているため、知らなかったがもう酔っているようだ。てか、お酒をマスクしながら飲んで美味しいのだろうか……。

 

 

 

 レッドにダル絡みされるスコーピオンとそれを宥めるアゴリンさん。そんな三人を見守っていたら、正座の姿勢でズリズリとある人物が近づいてきた。

 

 

 

「霊宮寺さん、霊宮寺さん!!」

 

 

 

 寄ってきたのは魔法少女三人組の一人、詠美ちゃん。キャラクターの絵が入ったTシャツを着ており、魔法少女三人の中で一番子供っぽい子だ。

 

 

 

「詠美ちゃんなに?」

 

 

 

「前に魔法少女についてお話ししようとしたんですけど、時間がなかったみたいなので、今回は私の考えた魔法少女理論を1〜10までお教えします!!」

 

 

 

 目を輝かせてびっしりに文字の書かれたノートを見せてくる。どうやらこのノートには魔法少女に関する情報が詰め込まれているようだ。

 そんなノートが10冊も積まれている。これからパーティ中、ずっとこの話を聞かされるのか……。

 

 

 

 チラッと助けを求めるように他の魔法少女達の方に目線を向けてみる。すると、二人とも困り顔で諦めてくださいという風な顔でこちらを見ていた。

 

 

 

 二人もなんとなくこうなることは分かっていたようだ。なら止めて欲しかったのだが……。

 このまま講義が始まれば、何時間続くか分からない。

 

 

 

「あ!! そうだ!!」

 

 

 

 私は膝の上で丸くなっていた黒猫を抱っこすると、詠美ちゃんに渡す。

 

 

 

「うちの猫が魔法少女について話を聞きたいみたいなの!! 先に話してあげて!!」

 

 

 

「ん、はぁ!? おい!!」

 

 

 

 黒猫を生贄に捧げることにした。最初は困った顔をしていた詠美ちゃんだが、少し考えたのち

 

 

 

「これもこれでありかー!!」

 

 

 

 とか言って黒猫を連れて行った。調教されてた後の黒猫を楽しみにして見送った後、私は座り直してエビフライを箸で掴む。小皿を下にして食べようとしたのだが、

 

 

 

「レイちゃ〜ん、私にあーんしてあーん!!」

 

 

 

 黒淵さんがテーブルの下から顔を出して私の膝に現れた。いつの間にテーブルに潜っていたのか……。

 

 

 

 私はため息を吐くと、笑顔を下に向けた。

 

 

 

「しょうがないなぁ」

 

 

 

「ハフッ!?」

 

 

 

 変態の鼻にエビフライを刺し、膝で頭を蹴ってテーブルの下へ押し込む。とりあえず撃退に成功した。

 

 

 

 変態を撃退し、食事を再開する。次は何を食べようかと迷っていると、私の目の前に巨大な水筒が置かれた。

 

 

 

「レイさんもどうです? 一杯!」

 

 

 

 水筒を置いて話しかけてきたのは、マッチョの方の先輩。どうですって……。これ……

 

 

 

「いや、プロテインはいらないです……」

 

 

 

「遠慮はしなくて良いんですよ!」

 

 

 

「遠慮じゃないです。ガチでいらないです!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ここ約半年でここまで個性的なメンバーと知り合うことになるとは……。

 

 

 

 巨大なお肉を丸齧りするリエと楓ちゃん。黒猫に魔法少女講義をしている詠美ちゃんとその横で呆れた様子の魔法少女二人。

 マッチョな二人と筋肉の張り合いをするスキンヘッドとその子分。ヒーローと怪人を説教するアゴリンさん。 

 

 

 

「疲れる……」

 

 

 

 私は彼らの様子にため息を吐く。

 

 

 

 実際この人達といると疲れる。しかし、それなのになぜだろう。

 個性が強すぎて見てるだけで疲れる人たちだが、そんな彼らと一緒にいると、楽しいと感じられる。

 

 

 

 

 

 

 それからしばらく経ち、パーティも終わりに近づく。三角の帽子に付け髭と眼鏡をつけたスキンヘッドが立ち上がると、

 

 

 

「んじゃ、そろそろ締め出しプレゼント交換でもするか」

 

 

 

 と言って仕切り始めた。

 

 

 

 私は事前に持っていていたプレゼントをバッグの中から出す。私がバッグから出したのは三つのプレゼントだ。

 というのも、うちには幽霊とヘンテコ猫がいることはこのメンバーは知っているため、その人数分のプレゼントも用意させられた。

 

 

 

 皆もそれぞれ用意したプレゼントをテーブルの上に置く。人が入れそうな大きな箱に入ったものから、手のひらサイズの小物まで。全てのプレゼントを配置し終える。

 

 

 

「よし、これから電気を消したらプレゼントをシャッフルする。準備はいいか?」

 

 

 

 スキンヘッドは準備ができたか尋ねると、アゴリンさんが手を挙げた。

 

 

 

「あ、待って忘れてた!!」

 

 

 

 そう言うと、スコーピオンの目に目隠しをつけ始める。

 

 

 

「うちの彼、怪人の中でも目が良いのよ。暗闇でもはっきり見えちゃうから、目隠しさせないと」

 

 

 

「あー!! 忘れてたぜ!!」

 

 

 

 自分の特殊能力を忘れていたスコーピオンがアゴリンさんに目隠しをつけてもらう。

 

 

 

「それじゃあ、今度こそ良いな!」

 

 

 

 次こそはと電気を消すスキンヘッド。しかし、今度は、

 

 

 

「あ! 待ってください!!」

 

 

 

 詠美ちゃんが止めた。スキンヘッドが電気を付け直すと、詠美ちゃんはもう一つプレゼントを取り出した。

 しかし、魔法少女組のプレゼントは全てで揃っている。それは誰のプレゼントなのか?

 

 

 

「前に悪霊退治に協力してくれた武士幽霊がいたんですが、地縛霊で来れないからせめてプレゼント交換だけは参加させろって」

 

 

 

 誰かは分からないが、頼まれて断りきれなかったのだろう。詠美ちゃんは二人分のプレゼントをテーブルに置く。

 

 

 

「んじゃ、もう問題ないな」

 

 

 

 スキンヘッドはまた止められるのではと、警戒しながらも電気を消す。

 次は誰も止めることはなく、やっとプレゼント交換が始まった。

 

 

 

 暗闇の中、黒淵さんからの襲撃もあったが撃退し、無事にプレゼントの交換が終わった。

 

 

 

 明かりがつくと、私達はそれぞれの元に来たプレゼントと対面した。

 

 

 

「よし、みんな一斉に開けてみましょうか!!」

 

 

 

 せーっの!! っでプレゼントを開封する。

 

 

 

 リエの元には新品のサングラス。楓ちゃんは六法全書。黒猫はダンベルとプレゼントの中身が判明する。

 中には女性用下着が来て困惑しているスキンヘッドや人面魚の人魚を抱きしめて喜んでいる詠美ちゃんなど反応はそれぞれだ。

 

 

 

「レイさんはなんだったんですか?」

 

 

 

 プレゼントのサングラスをつけてリエが尋ねてくる。

 私がプレゼントを開けると、中から出てきたのはケージ。そしてその中に入っていたのは……。

 

 

 

「ツノの生えたスライム?」

 

 

 

 

 

 

 

 



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第82話 『牛乳飲んだらもう大変』

霊能力者のレイちゃんは、ダメ、無能、役に立たない?

 

 

 

著者:ピラフドリア

 

 

 

第82話

『牛乳飲んだらもう大変』

 

 

 

 

 

「なに、これ……」

 

 

 

 プレゼント交換を行い、私の元に回ってきたのはケージに入れられたツノの生えた液体状の何か。その大きさは猫よりも一回り小さい感じ。

 

 

 

 黄緑色で液体といってもぷにぷにしていて固体に近そうな物体。そんな謎の物体が私の元へとやってきた。

 

 

 

「あ、それは私のプレゼントですわ!」

 

 

 

 魔法少女組でお嬢様キャラぽい美津子ちゃんが、胸に手を当ててプレゼントの自慢げな顔をする。

 

 

 

「え、なんなのこれ?」

 

 

 

「私が御父様にお願いしてオークションで落札して頂いた品ですわ」

 

 

 

 オークションで落札!? 見た目以上に高級なものなのか。というか……

 

 

 

「これって生物?」

 

 

 

「さぁ? でも食事や睡眠は取るから生物に近いと考えられてるらしいですわ」

 

 

 

「らしいって……」

 

 

 

 なんて怪しいものをプレゼント交換に混ぜるんだ。しかし、これはなんというか。

 

 

 

「スライムみたいですね!」

 

 

 

 横から謎の生物を覗き込んだリエが口を出す。

 

 

 

 リエの言う通り、スライムみたいだ。しかし、スライムが現実にいるなんて聞いたことがない。……いや、幽霊やら怪人やらがいるから居てもおかしくはないのだが…………。

 

 

 

「一応生物として飼えばいいのね。それで食事とかの注意点ってあるの?」

 

 

 

「食事は一週間に一度で良いですわ。散歩などは必要ないけど、たまにケージから出して部屋の中を探索させてあげることくらいですわね」

 

 

 

「ふ〜ん、まぁ、分からないことがあったら聞くよ」

 

 

 

 まぁ、難しくはなさそうだ。しかし、黒猫に食われないかが心配だが。

 

 

 

「あ、これだけは注意して欲しいですわ」

 

 

 

「なに?」

 

 

 

「牛乳をあげないこと。これを守らないと大変なことになるらしいですの」

 

 

 

「大変なのかって……何が起こるのよ?」

 

 

 

「私にもそこまでは……」

 

 

 

 牛乳をあげたら何が起きるのか、興味はあるが、実験は今度にしよう。

 

 

 

 謎の生命体をもらった私は、ケージから

出して触っている。感触としては本当にスライムだ。しかし、ベトベトしているが、不思議なことにくっつかない。

 

 

 

「不思議な生き物ね〜」

 

 

 

 私が謎の生物を突いていると、リエも横から手を伸ばして突き始める。

 

 

 

「名前はつけるんですか?」

 

 

 

「名前……そうね〜、飼うなら欲しいよね。どうしようかしら……」

 

 

 

 私とリエがどんな名前にしようか迷っていると、隣で楓ちゃんが手を挙げた。

 

 

 

「TAKAHIRO!!」

 

 

 

「人の名前をつけるな!!」

 

 

 

 人の名前を勝手にスライムにつけようとして黒猫に叩かれる。しかし、楓ちゃんとしては黒猫に叩かれたのに嬉しい様子。

 

 

 

「師匠の猫パンチ〜、もう一回! もう一回やってください!!」

 

 

 

「う……楓…………」

 

 

 

 楓ちゃんの様子に黒猫が引いている中、私は考えるのをやめた。

 

 

 

「これ以上考えてても出てきそうにないし、後で決めれば良いよね」

 

 

 

「それもそうですね」

 

 

 

 こうして謎の生命体も加わってパーティが続く。このパーティの最後に大事件が起きるとは知らずに…………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 時間も20時を過ぎ、そろそろ終わるタイミングを考えようとしていた頃。私は異変に気づいた。

 

 

 

「あれ、そういえば、あれはどこ行ったの?」

 

 

 

 さっきまで近くにいたはずの謎の生命体が見当たらない。

 

 

 

「あのスライムですか? あー、さっきそっちの方に……」

 

 

 

 リエがそう言って指を刺した方向に謎の生命体はいた。しかし、

 

 

 

「ね、ねぇ、あれって……」

 

 

 

「牛乳、飲んじゃってますね」

 

 

 

 誰かが持ってきて飲み終わったものをその辺に置いておいたのだろう。その飲み終わった牛乳パックに残っていた牛乳をスライムが吸収していた。

 

 

 

 スライムが牛乳を飲んでいると、不思議なことにスライムの身体が膨らみ出す。そして膨らんだ部分が分裂してもう一匹、同じサイズのスライムになった。

 

 

 

「分裂しましたよ!? ………でも、なんか、新しい方は赤いですね」

 

 

 

 リエの言う通り、新しく生まれたスライムよ色は赤く。ツノも最初の個体よりも凶々しい形になっている。

 

 

 

「え、増えてるじゃーん。可愛ぃ」

 

 

 

 事態に気づいたコトミちゃんが増えたスライムを抱こうと近づいてくる。手を伸ばして赤いスライムを抱きしめようとした時。

 スライムがコトミちゃんの顔に飛びついて、張り付いた。

 

 

 

「うぅっ!? い、いぎがぁぁぁ」

 

 

 

 スライムに張り付かれて息ができずに苦しみ出す。このままでは危ないと私はスライムを引っ張って無理やり引き剥がした。

 

 

 

「大丈夫? コトミちゃん」

 

 

 

「あ、危なかったァァァァァ、もう少しで窒息するところだった」

 

 

 

 真っ赤な顔で呼吸を整えるコトミちゃん。どうにか引き剥がせたは良いが、スライムがこんな危険な生物だったとは……。

 しかし、最初の個体の時は襲ってきたりしなかった。となると……。

 

 

 

 私はコトミちゃんから引き剥がした赤いスライムに目線を向ける。赤いスライムは地面を這いながら次の獲物を探しているという感じだ。

 

 

 

 そんな赤いスライムにスキンヘッドがチキンを落っことした。皿から落としてしまったチキンをスキンヘッドが拾おうとしたが、そのスキンヘッドよりも早く赤いスライムは動くと、チキンに抱きついて包み込んだ。

 

 

 

「あぁ? なんだこのスライム。こんな色だったか?」

 

 

 

 スキンヘッドがはてなを浮かべる中。赤いスライムに吸収されたチキンは溶けて吸収された。

 

 

 

「コイツ、俺のチキン食べやがった!!」

 

 

 

 スキンヘッドがスライムに向けて文句を言っていると、チキンを食べ終えた赤いスライムは次の標的を決めた。

 身体を縮めて、その標的に狙いを定める。

 

 

 

 そしてスライムは勢いよく、スキンヘッドの顔に向かって飛びかかった。

 

 

 

「危ねぇ!!」

 

 

 

 このままスライムに張り付かれるところだったスキンヘッドだが、後ろにいた京子ちゃんが危険に気づいてスキンヘッドの頭を木刀で殴りつける。

 すると、上手いことスライムの飛びつきを避けることができて、スキンヘッドの顔は床に埋まった。

 

 

 

 標的によけられたスライムは天井に張り付く。すると、不思議なことに天井にヒビが入っていく。

 

 

 

「なんて吸引力だ。しかし、危なかったな、スキンヘッド」

 

 

 

 スライムのことを見上げながら、京子ちゃんが地面に顔が埋まったスキンヘッドを蹴る。スキンヘッドは意識を取り戻したのか、地面から顔を抜き出す。

 

 

 

「姉さんは俺を殺す気か!!」

 

 

 

 スライムの吸引でも死んでいたかもしれないが、京子ちゃんの木刀もそれはそれでかなりの威力だった。そんな打撃を喰らってピンピンしてるスキンヘッドも凄いのだが。

 

 

 

「おいレイ!! また増えてるぞ!!」

 

 

 

 黒猫が私の足に猫パンチをしてスライムの現状を報告してくる。

 最初のスライムにまた目線を戻すと、まだ牛乳を飲んでおり、赤いスライムが大量に生み出されていた。

 

 

 

「……これってヤバいんじゃ」

 

 

 

 増えた赤いスライムが一斉にこの場にいる人達に襲いかかる。

 

 

 

「いやぁぁっ!?」

 

 

 

 無力な私はリエと黒猫を連れて、飼い主として無責任だが急いでスライム達から距離を取る。スライムが発生している部屋の端とは反対側へと移動して、振り返ると部屋の中は大騒ぎになっている。

 

 

 

 しかし、今のところは被害者は奇跡的にゼロ。というか、いるメンバー的にそう簡単にはやられない。

 

 

 

 木刀でスライムを薙ぎ払う京子ちゃんと、筋肉のプロテクターでスライムを寄せ付けないマッチョ達。他にも変身ヒーローや暴走族の元彼女など、どうにかスライムから身を守る。

 しかし、物理攻撃ではスライムを倒すことができず、投げ飛ばしても復活してしまう。

 

 

 

「霊宮寺さん、このスライムってどれのプレゼントでしたっけ!?」

 

 

 

 座布団を振り回してスライムを払いながら、コトミちゃんが私に尋ねる。

 

 

 

「美津子ちゃんから!!」

 

 

 

「美津子ちゃん、このスライムどうしたら良いの!?」

 

 

 

 コトミちゃんは隣で戦っている美津子ちゃんに尋ねる。しかし、

 

 

 

「ウホウホ……」

 

 

 

「ゴリラァァァァァ!!!!」

 

 

 

 隣にいるドレスを着たゴリラにコトミちゃんは大口を開けて吃驚した。

 

 

 

「え、え!? なんでここにゴリラが!?」

 

 

 

「安心してくださいませ。私ですわ」

 

 

 

「え、美津子ちゃん!? なんでゴリラ!? え!?」

 

 

 

「そういう変身ですわ」

 

 

 

 ゴリラの姿で可愛らしい仕草で返答する美津子ちゃん。とりあえずは声から同一人物であると判別したコトミちゃんは、対処法を尋ねる。

 

 

 

「何か方法はないの?」

 

 

 

 しかし、美津子ちゃんは胸を張って、

 

 

 

「分かりませんですわ!!」

 

 

 

「役に立たないぃぃ!!」

 

 

 

 対処法が分からず、赤いスライムに苦戦する。そんな中、一匹のスライムが京子ちゃん達をすり抜けて、私達の方へと寄ってきた。

 防衛手段のない私達は逃げ場もなくし、スライムに追い詰められる。

 

 

 

 このまま謎のスライムに吸われて食われてしまうのか……。

 

 

 

「そんなのイヤァァァ!!」

 

 

 

 スライムが飛びつこうとした時だった。横から最初のスライムが飛んできて、赤いスライムに体当たりをして私たちを守ってくれた。

 

 

 

「あなた、私達を守ろうとしてるの?」

 

 

 

 私がそう口にすると、最初のスライムは身体を上下させる。その動きは頷いているということなのだろう……。

 

 

 

 最初のスライムだけは敵じゃないと分かったところで、リエが私の服を引っ張る。

 

 

 

「レイさん、レイさん。赤いスライム達はあのスライムから分裂したんです。偽物は本物に敵わない、きっと勝てますよ!!」

 

 

 

「そうね。きっとそうよね!! さぁやってしまいなさい!! スライム1号!」

 

 

 

 名前を決まっていないため、適当に叫んで戦うように促す。その声に反応してスライムもやる気のようで、赤いスライムに向かって飛びかかった。

 

 

 

 しかし、赤いスライムはあっさり躱して反撃の体当たりで、最初のスライムをKOした。

 

 

 

「「「弱っ!?」」」

 

 

 

 私とリエ、黒猫はそのスライムの弱さに思わず叫ぶ。本物は偽物よりも弱かった。

 体当たりされてコロコロと転がってきたスライムを私は抱き上げる。

 

 

 

「一撃でかなり弱ってる……」

 

 

 

「これこそ最弱モンスターって感じですね。赤いのは最強モンスターですけど……」

 

 

 

 このままでは赤いモンスターに世界が蹂躙されてしまう。京子ちゃん達も戦闘で疲労してきたのか、徐々に押され始める。

 

 

 

「このままじゃ……」

 

 

 

 そんな時、弱っていた最初のスライムが私の胸の中で形を変える。弱っているため動きは遅いが、何かを訴えようとしている様子だ。

 

 

 

「この形……」

 

 

 

 身体をギザギザにさせて、うねらせる。波? トゲ? っと色々浮かんだが、全て違うとスライムは首を振る。それから当てずっぽうに答えていき、十回目を越えようとした時。

 

 

 

「火? …………火ね、火なのね!!」

 

 

 

「火が弱点ってことでしょうか?」

 

 

 

「どっちにしろ。試すしかないよ!!」

 

 

 

 スライムが伝えようとしていることが奇跡的に分かった私は、戦闘中のレッドに叫ぶ。

 

 

 

「レッドさん、このスライムもしかしたら火が弱点かも!!」

 

 

 

「火だと……そうか、なら俺の得意技だ!!」

 

 

 

 レッドが両拳を握りしめると、両手が発火して腕を炎が包む。

 

 

 

「これでどうだ!!」

 

 

 

 レッドが炎の拳で赤いスライムを攻撃すると、赤いスライムは炎によってドロドロに溶けて、復活しなくなった。

 

 

 

「本当に炎が弱点だ!!」

 

 

 

「それが分かればこっちのもんだ!!」

 

 

 

 そこから先は戦況が逆転。赤いスライム達を火を使い、次々と撃退していき、全てのスライムの駆除ができた。

 

 

 

「ふ〜、どうにかなったみたいね……」

 

 

 

 スライムを倒し終え、私はほっと肩を下ろす。

 

 

 

「お前は何にもしてないだろ」

 

 

 

 黒猫が文句を言ってくるが、お前も何もしてないだろ。って言い返す気力もない。

 

 

 

 荒れてしまったパーティ会場で、変身を解除した美津子ちゃんが皆に頭を下げる。

 

 

 

「私の持ってきたプレゼントでこんなことになってしまって、ごめんなさいですわ!!」

 

 

 

「良いのよ。どうにかなったし……」

 

 

 

 家の中がスライムまみれになった京子ちゃんは少し不機嫌だが、スキンヘッドがどうにかしてくれるだろう。

 

 

 

「私がプレゼントしたものですけど、そのプレゼントは私が責任を持って管理しますわ。代わりに別のプレゼントを用意します」

 

 

 

 美津子ちゃんはケージを持ってきて、スライムを入れようとする。しかし、私はスライムを抱き上げると、

 

 

 

「本当は美津子ちゃんに返した方が良いのは分かってる。でも、この子、私達のことを助けようとしてくれたの、だからも少し一緒にいさせて」

 

 

 

 もしも美津子ちゃんに返して、このスライムがどうなるのか分からない。危険な生物というために厳重に保管されるかもしれない。

 

 

 

「……今回は私が周りを見てなかったのが悪かったのよ。もうこんなことにはさせない。せっかく貰ったのよ、返品はさせないよ」

 

 

 

「霊宮寺さん……。何かあれば、すぐに言ってくださいですわ!!」

 

 

 

 どうにかスライムを引き取られずに住むことができた。

 それからは部屋の片付けをスキンヘッドとその子分達に任せて解散。私達は事務所に帰ることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 夜道でリエがケージの中を覗き込んで聞いてくる。

 

 

 

「レイさん、なんでそのスライム、そこまでして連れて帰るんですか?」

 

 

 

「ん、この子結構賢そうなのよね、言葉わかってたし……。教育すれば色々使えるかも……」

 

 

 

 後日、このスライムに家事を仕込もうとするが、失敗したのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第83話 『初詣で』

霊能力者のレイちゃんは、ダメ、無能、役に立たない?

 

 

 

著者:ピラフドリア

 

 

 

第83話

『初詣で』

 

 

 

 

 クリスマスパーティーを終えて数日。12月の最後の日を超えて、新たな年がやってきた。

 

 

 

「レイさ〜ん、まだですか〜?」

 

 

 

 リエが黒猫と一緒に洗面所の前で暇そうに待つ。

 

 

 

「よし、終わった!! それじゃあ開くよ〜!!」

 

 

 

 私は準備を終えると、洗面所と廊下を繋ぐ扉を開いた。扉が開くと、リエと黒猫はおーっと声を上げる。

 

 

 

「可愛いですね!!」

 

 

 

 リエがそう言うと楓ちゃんは恥ずかしそうに顔を赤くする。

 

 

 

「ほ、ほんと? …………師匠はどう思います?」

 

 

 

 着替えた振袖を黒猫に見せつける。その姿に目を奪われていた黒猫だが、ふと我に帰り目線を逸らした。

 

 

 

「ま、まぁまぁ良いんじゃないか……」

 

 

 

「師匠!!」

 

 

 

「んぎゃぁ!? 抱きつくな!! や、やめろーー!!」

 

 

 

 楓ちゃんに抱きつかれて必死に逃げようとする黒猫。二人が戯れ合う中、リエは私の姿を気にする。

 

 

 

「レイさんは着替えないんですか?」

 

 

 

「めんどくさい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 今日は1月1日。年が始まるめでたい日。今日は仕事をお休みして、私達は近くにある神社へ初詣へ向かった。

 

 

 

「レイさん、レイさん。私幽霊なんですけど、神社行って大丈夫でしょうか? 神社着いたら天に召されるとか嫌なんですけど」

 

 

 

 神社へ向かう最中、リエがふわふわ浮きながら心配そうに尋ねてくる。

 

 

 

「天に召されるのは良いことじゃない。さっさとあの世へ行きなさい」

 

 

 

「嫌ですよ!! まだ漫画家になってないのに!! 意地でもこの世に留まってやります……」

 

 

 

「その意気込みがあるんなら、大丈夫なんじゃない?」

 

 

 

 そんな話をしながらも、神社に到着する。街にある小さな神社であるが、意外と人が多く集まっている。

 

 

 

「結構混んでるのね……」

 

 

 

 人混みの中を覗いていると、見慣れた頭を発見した。

 

 

 

「あ、スキンヘッド」

 

 

 

 私が呟くとその声に反応して、その寒そうな頭が近づいてきた。

 

 

 

「霊宮寺さん!! あけおめだな」

 

 

 

 予想通り、人混みの中から現れたのは、スキンヘッドとコトミちゃん、京子ちゃんの三人組。

 

 

 

「あけおめ〜スキンヘッド」

 

 

 

「スキンヘッドさん、あけましておめでとうございます!」

 

 

 

 私と楓ちゃんが挨拶すると、それに乗ってすでに挨拶しているであろう京子ちゃんとコトミちゃんも乗っかる。

 

 

 

「スキンヘッドおめー」

 

 

 

「はげおめ〜」

 

 

 

「おい、なんで姉さん達もそこで俺の頭のことをいじるんだ!! 後、俺にはしっかり名前があってだなァァァァァ!!」

 

 

 

 スキンヘッドが怒鳴る中、それを無視して私は京子ちゃん達と挨拶をする。

 

 

 

「あけおめ、京子ちゃん、コトミちゃん」

 

 

 

「あけましておめでとう。アンタらも初詣か?」

 

 

 

「そうなのよ。京子ちゃん達も一緒に回る?」

 

 

 

「そうだな、ご一緒させてもらうよ」

 

 

 

 私は京子ちゃん達と一緒に神社の奥へと進んでいく。私達に置いて行かれていることにやっと気づいたスキンヘッドは、

 

 

 

「…………という俺には名前があって……。って、姉さん、霊宮寺さん、置いてかないでくれ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 京子ちゃん達と合流した私達は、一緒に神社を巡ることにした。私と京子ちゃんが先頭を歩き話している中、後ろでスキンヘッドと楓ちゃんの会話が聞こえてくる。

 

 

 

「なかなか……似合ってるじゃねぇか…………楓…………」

 

 

 

「そうですか? ありがとうございます!」

 

 

 

 素直に喜んでいるが、黒猫の時とは明らかに反応に差がある。

 

 

 

 

 後ろの会話を盗み聞きしていたら、コトミちゃんが先頭にいる私と京子ちゃんの間に割って入り込んでくる。

 

 

 

「霊宮寺さん。この前のスライムちゃんの様子はどうですか?」

 

 

 

 私と京子ちゃんの肩の間に顔を出して、コトミちゃんは尋ねてくる。スライムと聞き、京子ちゃんの顔は暗くなる。この前のスライム事件で起こった片付けが大変だったため、軽くトラウマのようだ。

 

 

 

「元気よ。あれからは牛乳をあげないように遠ざけてるの」

 

 

 

「そうなんですね、良かった良かった〜!!」

 

 

 

 そんな会話をしながら進んでいると、正面から巨体の男性二人組が歩いてくる。

 

 

 

「あ、パイセン。あれレイさんじゃないすか?」

 

 

 

「ん、ああ、レイさんじゃないか!!」

 

 

 

 現れたのはマッチョの二人組。いつも通りの二人のマッチョ具合だが、私はマッチョ先輩の目の下にクマができていることに気づいた。

 

 

 

「あれ、目の下にクマができてるじゃない? 寝不足なの?」

 

 

 

「ああ、さっきまで仕事をしていたんだ。ここ三日、寝ずに仕事をしていた」

 

 

 

「寝ずに!? どんだけブラックなのよ、倒れるよ!?」

 

 

 

「ふ、俺の筋肉はこの程度でくたばらん!!」

 

 

 

「いや、アンタが倒れたら筋肉もギブよ……」

 

 

 

 年が明けて早々、ヤバい連中に遭遇し少し引く。

 

 

 

「では、俺達は終わったんでこれで。パイセンがそろそろ壊れそうなので、家に帰って寝かせます」

 

 

 

「そうさせてあげて。もう半分壊れてる」

 

 

 

 マッチョの後輩に連れられて、筋肉を数え始めたマッチョ先輩は神社を出ていった。

 マッチョの二人組と別れて、神社の奥へと進んでいくと、屋台が並ぶエリアへ着いた。普段はこんな屋台は出ていないが、正月で人の多い時期だから出しているのだろう。

 

 

 

 屋台から香ばしい香りが流れてきて、リエは鼻をクンクンさせる。

 

 

 

「レイさんレイさん。あそこの屋台のじゃがバター食べたいです!!」

 

 

 

「え〜」

 

 

 

 私は否定的な返事をするが、実際のところ私の少しお腹が空いた。ここで軽く食事をとることにして、屋台へ近づく。

 

 

 

「いらっしゃい。何個ですか?」

 

 

 

 店の前に立つと、店員は活気のある声で尋ねてくる。しかし、その声には聞き覚えがある。

 

 

 

「スコーピオン!?」

 

 

 

「あ、レイさん!!」

 

 

 

 屋台の店員をやっていたのは、サソリの怪人スコーピオンだった。ハサミでどうやってじゃがバター作ってるのか疑問だ。

 

 

 

「何個にします?」

 

 

 

「あー、じゃあ、二つ」

 

 

 

 私は自分の分と楓ちゃんの分を買う。私の後に京子ちゃん達も人数分、じゃがバターを買い、歩きながら食べることにした。

 

 

 

「早く早く!!」

 

 

 

 リエが急かしてくる中、私は熱々のじゃがバターを冷ましてからリエに食わせる。幽霊であるリエは他の人には見えていないため、私の分を周りから目立たないようにして分ける。

 

 

 

 食べながら神社の中を進み、神社の奥にたどり着く頃には食べ終わった。

 お寺に続く列に並んで、数分後やっと賽銭箱の前に辿り着いた。

 

 

 

 それぞれが好きなタイミングで賽銭を投げて、拝み始める。私も賽銭を投げて両手を合わせて目を瞑った。

 

 

 

 報告と願い事を終えて、私はみんなを連れて列から外れる。

 

 

 

「何願ったんですか?」

 

 

 

 列を出るとリエが何を願ったのか聞いてくる。

 

 

 

「そうね。健康的に過ごせるのと、お金持ちになるのと、その他諸々?」

 

 

 

「多いですね……」

 

 

 

 初詣も終わり、私達は京子ちゃん達と別れて神社から帰ることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第84話 『秘密結社』

霊能力者のレイちゃんは、ダメ、無能、役に立たない?

 

 

 

著者:ピラフドリア

 

 

 

第84話

『秘密結社』

 

 

 

 

 今日も平和にうとうとと……。事務所のソファーで寛いでいると、楓ちゃんが黒猫を抱いてやってきた。

 

 

 

「おいレイ。俺と楓はこれからちょっと出かけてくる。留守番頼んだぞ」

 

 

 

「あら、アンタが外に出るって珍しいじゃない?」

 

 

 

 普段はミーちゃんの安全のために、私達と出る時以外は家の中にいる黒猫が今日は出かけてくると言った。

 

 

 

「前に襲ってきた連中いるだろ。アイツらについて幸助に調べてもらってたんだ。んで、情報が出てな。直接話したいんだってよ」

 

 

 

「僕は師匠の付き添いです!!」

 

 

 

 襲ってきた連中というのは、ランランやシスター達のことだ。彼らに狙われるようになり、警戒を強めた黒猫は京子ちゃんや幸助ちゃんの力を借りて色々調べていたようだ。

 

 

 

「じゃあ、気をつけて行ってくるのよ」

 

 

 

「おう!」

 

 

 

「はーい!」

 

 

 

 黒猫と楓ちゃんを見送ると、リビングでテレビを見ていたリエが叫ぶ。

 

 

 

「レイさ〜ん、ちょっと来てください!!」

 

 

 

「なーにー?」

 

 

 

 呼ばれたので早歩きでリビングに戻る。リビングでは私がいたはずのソファーを奪い取り、堂々と寝そべっているリエがテレビを見ていた。

 

 

 

「レイさん、これ! この事件の場所近くないですか?」

 

 

 

「んー? あー、そうね」

 

 

 

 テレビではここ数ヶ月で起きた連続行方不明事件について取り上げられていた。確かに近くであるため近くだと答えたが、事件が起きている範囲は数駅まで先まで含まれており、私達の住む街も入ってはいるものの、実際の現場は何駅か先だ。

 

 

 

「犯人は捕まったの?」

 

 

 

「いえ、まだ見たいですよ。というか、現在進行中で事件は起きています。私達も気をつけないとですね」

 

 

 

「気をつけるって私はともかく、幽霊のアンタは大丈夫よ〜」

 

 

 

「それもそうですね!!」

 

 

 

 私達は二人して笑っていると、玄関のチャイムが鳴らされた。

 

 

 

「楓さん達忘れ物でもしたんでしょうか?」

 

 

 

「さぁ? 依頼人かもしれないし出てくるね」

 

 

 

 私はもう一度玄関へと向かう。

 扉の先にいるのは楓ちゃん達か、それとも依頼人か。

 

 

 

 急かすようにチャイムが再び鳴らされる。

 

 

 

「はーい。今開けますよー」

 

 

 

 私が扉を開けると、そこには見覚えのある人物がいた。

 いつもと変わらない服装、仕草。しかし、表情だけは違った。暗く、瞳には光がない。そんな顔に私は心配になり声をかける。

 

 

 

「ねぇ、何があったの? どうしたのよ、スキ………………っ」

 

 

 

 唐突の出来事に私の思考は止まる。馴染みがあり、信頼していた人物に突如殴られ、私は気を失った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

 

 

 目が覚めると、私は自室のベッドで横になっていた。

 

 

 

「起きたか、レイ」

 

 

 

 そして目覚めた私の視界にはベッドの隣で椅子を出して座っている楓ちゃんと、その隣の化粧台の上で座っている黒猫が映る。

 

 

 

「何があったの?」

 

 

 

 私はベッドで身体を起こしてその場で座る。人の部屋に入り込んでいる二人のことは後で怒るとして、今は何が起こったのかを知りたい。

 

 

 

「リエが誘拐された」

 

 

 

 リエが!? っと叫びそうになったが、私はその声を押し留めた。前にも同じことはあった。それにシスターに立って狙われてたんだ。また誘拐されてもおかしくはない。

 しかし、…………私はテレビを見ていた時、あることを口にした。それがフラグになってしまったのかもしれないと、後悔する。

 

 

 

「んでだ。レイ」

 

 

 

 黒猫は化粧台から私の座っているベッドへ飛び移る。そして堂々と座ると、両手で勢いよくベッドを叩いた。

 

 

 

「今回もリエを助けにいくんだよな!!」

 

 

 

 黒猫は力強く問いかけてくる。そこまで強く言われると、私はちょっと怖くなる。だが、

 

 

 

「当然じゃない!!」

 

 

 

 この前のようになるのは嫌だ。今回は絶対に助け出すんだ。

 

 

 

「そう聞けて安心した」

 

 

 

「でも、どこに連れてかけたの? 前と同じ廃墟?」

 

 

 

「違う。同じところを拠点にする馬鹿がどこにいる」

 

 

 

「じゃあどこなのよ?」

 

 

 

 私が聞くと、黒猫はベッドから降りて廊下へ出る。言葉にはしないが付いて来いってことだろう……。

 

 

 

 私と楓ちゃんは顔を合わせた後、二人で黒猫の後をついていく。黒猫はリビングに行くと、廊下の正面にある窓から外を覗き込んだ。

 

 

 

「あそこに見える大きなビルがあるだろ?」

 

 

 

「あー、夏頃にできたビルね。貴重な看板があって気持ち悪い……」

 

 

 

 半年前くらいに凄まじい速さで建築が始まり、あっという間に出来上がった高層ビル。そのビルの正面には緑色の三角形に目玉の描かれた看板が立て付けてあるのだ。

 

 

 

「あれが奴らの本拠地だ」

 

 

 

「え? 本拠地? 支部とかじゃなくて…………」

 

 

 

「本拠地だ」

 

 

 

 リエを誘拐した主犯。いわばラスボスがご近所にいた。

 

 

 

 黒猫はビルを見ながら、話を続ける。

 

 

 

「幸助と調べて分かった。彼らはアルターと言い、秘密結社と呼ばれている。国木田 治、加藤 正村、関 フウカ…………そしてフェリシア・アルカード。他にも数名、組織のメンバーが分かった」

 

 

 

 流石は探偵。そんなことまで調べられたんだ。私が感心していると、玄関の方から声が聞こえてくる。

 

 

 

「行くならさっさと行こうぜ」

 

 

 

 声の聞こえた方を振り向くと、ジャージ姿の黒髪ロングの女性が木刀を持って立っていた。

 

 

 

「京子ちゃん!? なんで!?」

 

 

 

「前のテレポートシスターのとこに乗り込むんだろ、私も同行する」

 

 

 

 私が驚く中、京子ちゃんは木刀を振り回して、

 

 

 

「幽霊っ子が誘拐されたんだろ。そこのヘンテコ猫から聞いた」

 

 

 

「事務所に戻ったタイミングで鉢合わせたんだ。彼女は霊能力者でもかなりの実力を持つ、心強い助っ人だ」

 

 

 

 確かに京子ちゃんがいれば心強い。しかし、巻き込んでしまって良いのだろうか……。

 

 

 

「本陣はすぐそこだ。今回こそ、リエを助けるぞ」

 

 

 

 黒猫は力強く、決意の籠った言葉を放った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 私は大きなリュックを背負い、事務所を出る。そんな私の姿に楓ちゃんに抱かれた黒猫は目を細めて睨む。

 

 

 

「なんだよ、その荷物……」

 

 

 

「色々準備してた」

 

 

 

「旅行に行くんじゃないんだぞ!!」

 

 

 

「分かってるよ!!」

 

 

 

 このリュックの中にはもしもの時のアイテムを色々詰め込んできた。何かあったら使えるはずだ。

 

 

 

「まぁ、良い。さっさと行くぞ」

 

 

 

 黒猫は楓ちゃんから私の頭に乗り移り、さっさと行けと頭を叩く。

 

 

 

「急かすなら人の頭に乗らないでよ」

 

 

 

「俺はここが一番落ち着くんだよ!」

 

 

 

「私は嫌なのよ!!」

 

 

 

 文句を言うが、どうせ降りないから諦めてそのまま行くことにする。事務所のある建物を出て、目的のビルへ向かっている最中、楓ちゃんは私の耳元に口を寄せると、

 

 

 

「レイさん。ちょっと……」

 

 

 

 そう言って黒猫に聞こえないように話しかけて来た。黒猫は気になるようだが、頭の上にいるため下手に動けず、耳を向けることしかできていない。

 

 

 

「なによ?」

 

 

 

「リエちゃんが連れ去られてから僕達が戻って、本当はすぐ向かおうとしたんですけど、レイさんを放っておくことは出来ないって師匠が言って………………なんか、レイさんのことを警戒しているみたいなんですけど、何かあったんですか?」

 

 

 

「えー?」

 

 

 

 そう言われても、

 

 

 

「心当たりはないけど……」

 

 

 

 タカヒロさんに警戒されるようなことなんてあっただろうか。

 

 

 

「そうですか。ないならないで良いんです、リエちゃんがいなくなってから、師匠、なんだかレイさんを監視してるみたいだったので」

 

 

 

「監視?」

 

 

 

 理由を直接黒猫に聞くべきだろうか。いや、聞くことができる雰囲気じゃなかったから、楓ちゃんは私に聞いて来たんだ。

 

 

 

 なんだろうと考えていると、

 

 

 

「着いたぞ」

 

 

 

 頭に乗っている黒猫が正面を見て呟いた。

 

 

 

 私達の正面。そこには最近できたばかりの新しいビルが建っていた。そしてそのビルの入り口には、緑色の三角形に目のマークが描かれた看板が飾ってある。

 

 

 

「警備員はいないみたいね」

 

 

 

 入り口には警備員らしき姿は見当たらない。なら、今が入るチャンスか……。

 

 

 

 私達は正面入り口から侵入する。中は3階まで繋がった吹き抜けのロビーが広がっており、表面には本来受付嬢がいるようなカウンターが置いてある。

 しかし、受付嬢や警備員らしき人物は見当たらず、施設内に人の気配はない。

 

 

 

「本当にここにリエがいるの?」

 

 

 

 流石に誰もいなさすぎて不安になる。

 だが、京子ちゃんは天井を見上げると、目を見開いて、

 

 

 

「いや、あの幽霊っ子はここにいる。私の霊感で感じ取れた、この上、5階にいるぞ」

 

 

 

 っと、特殊能力持ちっぽい台詞を吐いた。流石は本物の霊能力者、これだけの距離があっても力を感じ取れるとは……。

 うん、うん、本当は私もできるんだよ。本気を出してないだけ!!

 

 

 

「じゃあ、エレベーターで登りましょ。その方が早いよ」

 

 

 

 私は受付の右側にあるエレベーターのボタンを押す。しかし、

 

 

 

「動かない…………」

 

 

 

 エレベーターは動く気配がない。ということは、

 

 

 

「よぉし、レイ、階段だ!!」

 

 

 

「あんたは頭から降りて言いなさい!!」

 

 

 

 階段から登ることになってしまった。吹き抜けになっている三階までは連続している階段で簡単に登れた。しかし、四階で私達は足を止める。

 

 

 

「階段が……ない?」

 

 

 

 同じ階段では四階までにしか上がれなかった。近くの壁にビルの地図が飾られており、それを見るとそこには建物の反対側に五階へ行ける階段がある様子。

 

 

 

「なにそれ、めんどくさ!?」

 

 

 

 私はビルの作りにうんざりしながら、五階へ行ける階段を目指して、四階のフロアを進むことになった。

 道中にオフィスがいくつも並んでいるが、どこも人の気配はない。これだけ広いオフィスだというのに、誰もいないということは今日は休みということなのか?

 

 

 

 っと、オフィスの並ぶ廊下を抜けると、休憩ができる大広間へ出た。そしてそこには、

 

 

 

「坊主と先生?」

 

 

 

 そこには頭がツルツルなほど光っている坊主と、ザ・学校の先生というスーツに国語の教科書、そしてチョークを持った男がいた。

 

 

 

 二人の男性は私達がここにやってくるのを分かっていたかのように、部屋の中央で立っている。

 先生は国語の教科書を閉じると、私達を一瞥する。

 

 

 

「早乙女 京子に、仲間の女二人と猫一匹。佐天門さんの言った通りだ」

 

 

 

 先生はそう言って隣にいる坊主へ目線を向ける。坊主はシワシワな顔をしているが、腰は曲がっていない。先生の言葉に坊主の目線は鋭くなる。

 

 

 

「わしの能力を疑っておるのか、若造……。擦り潰して鳥の餌にしてやっても良いんだぞ」

 

 

 

「おぉ、怖い怖い。それで佐天門さん。あなたは誰をお相手しますか?」

 

 

 

「そうじゃなぁ」

 

 

 

 坊主はシワシワの指で、

 

 

 

「わしは早乙女と……そこの青髪の子を相手するかの」

 

 

 

 京子ちゃんと楓ちゃんを指した。

 指名を言った坊主に、先生はやれやれと肩をすくめる。

 

 

 

「欲張りですね」

 

 

 

「関島先生。あんたじゃあの二人は荷が重いからじゃよ。こっちが負担を背負うじゃ、そこのオマケくらいは片付けるんじゃよ」

 

 

 

「はいはい」

 

 

 

 話し合いが終わったようで、坊主と先生は左右に分かれる。私達を分断して相手しようということか。

 

 

 

 …………うん、私だけじゃ絶対負ける!!

 

 

 

 あの坊主も強そうだけど、京子ちゃんだけでもなんとかなるはずだ。せめて楓ちゃんはこっちに……。

 

 

 

 私が隣にいる楓ちゃんに助けを求めようと口を開いた時。

 先生は手に半透明の球体を乗せる。そして、

 

 

 

「発動」

 

 

 

 そう呟きながら、その球体を握りつぶした。すると、私と先生がいる地面だけが揺れ始める。

 そして一瞬の瞬きのうちに…………。

 

 

 

「楓……ちゃ…………ん!?」

 

 

 

 私と黒猫。そして先生だけが存在する、半径30メートルの真っ白で何もない空間に、私達は転移した。

 

 

 

「やられてーー!! 私達だけで隔離されたーー!!!!」

 

 

 

 私と黒猫だけの絶望的な戦力で、密室に閉じ込められてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第85話 『核を破壊せよ』

霊能力者のレイちゃんは、ダメ、無能、役に立たない?

 

 

 

著者:ピラフドリア

 

 

 

第85話

『核を破壊せよ』

 

 

 

 

 私と黒猫だけという最悪な戦況。

 

 

 

「これは……」

 

 

 

 真っ白ににもない空間。そこに移動してから黒猫は耳を立ててキョロキョロと周りを見渡している。

 

 

 

「どうしたのよ、さっきから」

 

 

 

「この霊力の感じ。前にもあった」

 

 

 

「前にも?」

 

 

 

 私が頭にハテナを浮かべていると、先生は脇に教科書を挟んで拍手をした。

 

 

 

「正解だよ、黒猫君。君達は前にランランのゲームに招待されたことがあるね」

 

 

 

「ランランのゲーム……」

 

 

 

 それを聞き、黒猫はハッと思い出したように、身体を起き上がらせる。

 

 

 

「鬼ごっこか!!」

 

 

 

「そう、またしても正解だ。あの時は僕の能力で視聴者を隔離していた。しかし、この特殊隔離空間に気づけるとは、君以外と霊感強いね?」

 

 

 

「…………そりゃ〜どうも」

 

 

 

 あの時のゲームの舞台はこの先生が作ったものだったのか。しかし、前に比べると空間は狭いし、何もない。配置物やデザイン、広さなどはその時によって変更できるということなのか。

 

 

 

 しかし、そんなことが分かったとしても、私達だけでこの先生をどうするか。

 

 

 

「おい、レイ。どうする? 体力持つなら助けが来るまで逃げ切るか?」

 

 

 

 黒猫は逃げるという選択肢を選ぶつもりだ。しかし、この狭い空間で逃げ切れるか。いや、長い時間は持たない。

 それに私達がやられれば、次に狙われるのは楓ちゃん達だ。向こうの坊主の方が明らかに強そうだった。ここは、

 

 

 

 私は背負っていたバッグを勢いよく地面に叩き下ろす。

 

 

 

「タカヒロさん、ミーちゃん。ここは私達でなんとかするよ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 そう意気込んで宣言した私だったが、

 

 

 

「何が私達でなんとかするだ!! 全然ダメじゃんかァーーー!!!!」

 

 

 

 黒猫を頭を乗せて、全力で走り回っていた。

 

 

 

「イヤァァァ!! なんなのよあれ!!」

 

 

 

「知るか!! 空間生成とは別の能力なのか!?」

 

 

 

 先生は国語の教科書を開き、開いた教科書の上に半透明の斬撃を作り出して、それを私達に飛ばして攻撃してきていた。

 

 

 

「黒猫君、それは不正解だ。これも同じ力さ。僕の術で作り上げた異空間の塊、それを発射して斬りつける。カマイタチ……」

 

 

 

 一つ一つの斬撃で地面が抉れるほどの切れ味を持つ。連続で放つことはできないようで、一発撃った後に5秒ほどのチャージ時間がかかる。だが、その5秒で距離を詰められるほど、私の身体能力は高くない。

 

 

 

「おい、このままだとジリ貧だぞ!!」

 

 

 

「分かってるよ。だから今準備してるんじゃない!!」

 

 

 

 私はリュックを前に背負って、中身を漁る。そしてある物を取り出した。

 

 

 

「とりあえず、今は時間稼ぎよ!!」

 

 

 

 私は取り出した物を、先生に向かって投げつけた。

 

 

 

 投げた物体は先生の元まで届かず、私のすぐ前にゴトンと音を鳴らして落下した。その後、コロコロと転がっていくが、それでも先生と私達の中間当たりまでしか行かず、それは動きを止めた。

 

 

 

「おい!! なんなんだよ!! 何がしたいんだお前だ!!」

 

 

 

 黒猫が肉球で頭を叩いてくる。だが、私の作戦はこれで良かった。

 

 

 

 私が投げた物はダンベル。

 

 

 

 ダンベルが地面を転がり、先生は不思議な顔でダンベルを見つめる。そして首を傾げて動きを止めた。

 

 

 

「何が時間稼ぎだ、戸惑ってるだけじゃねーか!!」

 

 

 

「違うよ、よく見なさい!!」

 

 

 

 私が投げたダンベルは普通のダンベルではない。前にマッチョ達を苦しめた呪いのアイテム。

 

 

 

「まさか、あれは呪いのダンベルか!!」

 

 

 

 夏目さんの作ってしまった呪いアイテム。呪いのダンベルだ。

 

 

 

 あのダンベルの効果は使ったものの筋肉を死滅させるという効果がある。しかし、この戦闘において時間のかかるその効果は意味を成さない。

 私が狙ったのはもう一つの効果。

 

 

 

「なんでしょう、あのダンベルは……。なぜか、無性に使いたくなる……」

 

 

 

 先生は誘惑に負けてダンベルを持ち上げる。そして戦闘中だというのに、教科書を閉じてダンベルを上下させ始めた。

 

 

 

 あのダンベルには多くの人を魅了する不思議な呪いもある。呪いを多くの人へとばら撒くために、人から人へと宿主を変える呪い。

 前にあったジムから移動して新しいジムへ移動していたのも、その呪いが影響している。

 

 

 

 私の狙いはその誘惑で先生の動きを一瞬止めること。

 

 

 

「な、何やってんだ、アイツは……」

 

 

 

「さぁ、今のうちよ」

 

 

 

 私はリュックの中から次なるアイテムを取り出した。それはDVDプレイヤー。折りたたみ式で開くと画面があり、電源がつく。

 

 

 

 中にはすでに例のディスクを入れてある。

 

 

 

「私達で先生を倒すの。なら、邪魔をされないように、まずは逃げ場をなくすよ」

 

 

 

 画面に砂嵐が現れると、陽気な音楽が流れ始める。そしてマッチョな男が画面に映った。

 

 

 

「コイツって確か……」

 

 

 

「夏目さんからもらった、逃げられないエクササイズDVDよ!!」

 

 

 

 それは夏目さん家に行った時に、部屋に閉じ込められそうになった呪いのDVD。この空間が見室ならば、この呪いの効果はあるはずだ。

 

 

 

「これで彼がもしこの空間を解除しても逃げられない」

 

 

 

「それはそうだが、どうやって倒すんだよ!?」

 

 

 

 DVDが流れ始めたあたりで、ダンベルの呪いの効果が薄れたのか、先生は正気に戻りダンベルを投げ捨てる。

 

 

 

「変わったアイテムを持っているようだね」

 

 

 

「まだまだこれからよ。存分に楽しんでいきなさい」

 

 

 

 私は今度はリュックの中から、ぷにぷにした物体を取り出した。

 

 

 

「うぉ!? お前、そのスライム持ってきてたのか!?」

 

 

 

「スライムじゃないダイフクって呼びなさい」

 

 

 

 私は数日前に名付けたばっかりのダイフクを地面に優しく置くと、次にリュックから牛乳パックを取り出した。

 

 

 

「おい…………まさか」

 

 

 

「さぁ、暴れ狂うのよ、ダイフクの分裂体達よ!!」

 

 

 

 私は牛乳をダイフクにかけ始める。すると、ダイフクの身体から次々と赤いスライムが分裂して増殖を始める。

 その様子に黒猫は連続猫パンチで私の頭を叩く。

 

 

 

「なぉぁにやってんだ!! あのスライムの凶暴さは知ってんだろ!! コイツに勝てても、俺達も食われちまう!!」

 

 

 

 赤いスライムを30匹ほど増やした後。私は大事にリュックの中にダイフクを戻す。

 

 

 

「さぁ、やりなさい!! ダイフクの分裂体!!」

 

 

 

 私は赤いスライムに戦うように命令を出す。しかし、私の命令を赤いスライム達が聞くはずもなく。

 

 

 

「………………こっち来たァァァァァ!!」

 

 

 

「だから言っただろうが!!」

 

 

 

 

 飛びついてくる赤いスライム達を掻い潜って、闘争劇を始める。

 

 

 

「ヤバイヤバイヤバイ」

 

 

 

「お前のせいでやばいんだよ!!」

 

 

 

 黒猫が頭を何度も何度も叩いてくる。

 

 

 

「分かってるよ!! なら、こうすれば良いじゃない!!」

 

 

 

 私は赤いスライムに追われながらも、進行方向を変えてある人物の方へと向かう。

 

 

 

「パスよ!!」

 

 

 

「え?」

 

 

 

 私は先生の近くまで走って途中で直角に曲がる。そうやって赤いスライムの標的を、私から先生へと移した。

 

 

 

「よし、上手く標的を変えたぞ!!」

 

 

 

 赤いスライム達は先生に向かって飛び上がる。

 

 

 

「こんなスライムに僕が苦戦するとでも?」

 

 

 

 先生は教科書を開き、再びあのカマイタチで赤いスライムを攻撃する。赤いスライムの集団は、斬撃で真っ二つに切断される。

 

 

 

「赤スラーー!!!!」

 

 

 

「略すな、てか、あの程度じゃ……」

 

 

 

 そう、切られてもあの赤いスライムは、

 

 

 

「僕のカマイタチでも無傷だと…………」

 

 

 

 先生は顔を青くして驚きの表情を浮かべる。そう、あの赤いスライムは斬られた程度では、ダメージを受けない。

 切断されても分裂して増殖スライムに、先生の顔は引きずる。

 

 

 

「…………こんな生き物、見たことない…………」

 

 

 

 先生が怯える中、赤いスライムは一斉に先生へと飛びつく。そして身体中を覆い尽くして、スライムの中へと取り込んだ。

 半透明な赤い液体の中に、先生の姿が滲み見える。

 

 

 

 まだ意識があるようだが、時期に窒息して吸収されるだろう。黒猫は目を逸らして、先生のことを見ないようにしている。

 そんな中、私は

 

 

 

「私は残虐な人だから、この程度じゃ許してあげない」

 

 

 

 もう一つのアイテムをリュックの中から取り出した。それは紙をくるくる巻いた巻き物。

 

 

 

「さぁ、これでトドメよ!! 火遁の術!!」

 

 

 

 私が巻き物を広げると、巻き物から炎の弾が出現して前方へと発射された。炎の弾は赤いスライムに包まれている先生に接触すると、真っ赤な爆炎となった。

 

 

 

 弱点である熱を浴びたことで、赤いスライムはドロドロに溶けて消滅する。吸収されそうになっていた先生だが、全身大火傷で一命を取り留めた。

 

 

 

「お前、そんな巻物持ってたのか」

 

 

 

「忍者からもらったのよ」

 

 

 

 巻物をリュックの中へとしまい、私は倒れている先生の元へと向かう。腹が上下していることから呼吸はしているし、意識はあるようで寝っ転がりながらこちらに目線を向けた。

 

 

 

「この僕が負けるなんて……」

 

 

 

「さてあなたは倒したことだし、元の場所に戻してもらおうかしら?」

 

 

 

「はぁはぁ、それは簡単なことだ。そこに光を放ってる球体があるだろう」

 

 

 

 先生はそう言って寝た状態で、空間の端にある光る物体に目線を向ける。

 

 

 

「あれを破壊すれば、僕の術は解ける。……まぁ、戻ったところで彼がいるけど……ね」

 

 

 

「彼って、あの坊主のこと?」

 

 

 

「そうだよ。彼は霊能者を集めた闘技大会で、準決勝まで勝ち進んだと言っていた。僕は元々、霊能とかには興味はなかったけど、あの人の実力は本物だよ……」

 

 

 

 先生は坊主の話をしながら、ニヤリと笑った。そして

 

 

 

「早乙女 京子。彼女じゃ、勝て……ない」

 

 

 

 そう言葉を残して気を失った。気を失っただけのため、生きてはいる。全身火傷だけど、生死に関わるレベルではない。

 私は先生に背を向けると、彼の言っていた光へ向かって歩き出す。

 

 

 

「そんなに強いんだ、あの坊主……。でもね、京子ちゃんだけじゃないんだよ、あそこにいるのは」

 

 

 

 

 

 

 

 



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第86話 『主人公抜きの霊能者の戦い』

霊能力者のレイちゃんは、ダメ、無能、役に立たない?

 

 

 

著者:ピラフドリア

 

 

 

第86話

『主人公抜きの霊能者の戦い』

 

 

 

 

「レイさん! 師匠ォォォォォ!!!!」

 

 

 

 楓は消えたレイと黒猫のいた場所に手を伸ばして叫ぶ。

 消えたのはレイと黒猫だけでなく、坊主の隣にいた先生も一緒だ。どうやら三人でどこかへ転送されたらしい。

 

 

 

 大切な人が消え、楓は下を向きブツブツと呟いた後。顔を上げると坊主を鬼のような形相で睨みつけた。

 

 

 

「師匠達はどこですか?」

 

 

 

 その楓の気迫に坊主は一瞬たじろぐが、すぐに気持ちを整えてニヤリとシワシワの頬を上げる。

 

 

 

「さぁ? ワシにも奴の術はよく分からん。千里眼で空間内は覗けるが、ワシの力じゃ理屈までは見抜けんからな」

 

 

 

 坊主はクククと笑いながら、そう答えた。そんな坊主に背負っていた木刀を抜いた京子が、木刀を一振りして調子を確かめてから、木刀の先を坊主へ向ける。

 

 

 

「さっきのセンコーもそうだが、テメェも不思議な力を持ってるんだよな。どんな能力だ、吐け!」

 

 

 

 低く力強い口調で怒鳴る京子。そんな京子に向けて、坊主は深いため息を吐く。

 

 

 

「はぁ、そう言われて教える者が何人おる?」

 

 

 

 数珠をつけた左手と、何もつけていない右手を胸の前に持ってくると、手のひらを合わせて擦り合わせる。

 そして細めた目で京子を眺めた。

 

 

 

「じゃが、ワシも君と同じで正々堂々と……そういう闘いに憧れるタチでな。術についてだけは伝えておこう」

 

 

 

 坊主はそのままの体制で話を続ける。

 

 

 

「国木田君やフウカちゃんほど、ワシの術は先頭向きではない。ワシの力は千里眼、視界を移動させて、何万メートル先にいる標的の動向も監視することができる力じゃ」

 

 

 

「それで私達が侵入したことに気づいたのか」

 

 

 

「その通りじゃ。じゃから、戦闘中に千里眼は使えん。いや、使い所がないと言った方が正しいの」

 

 

 

 そこまで喋った坊主の周囲に、突如として丸い球体が現れる。その形と色は数珠の玉だが、大きさはバスケットボールほどで、半透明で浮いている。

 

 

 

「そこまでが術についてじゃ。術はこの組織に入団したときに、ボスから与えられた力であり、霊能者の力とは別の力じゃ。じゃから説明した。霊能者として正々堂々と戦いたかったからの」

 

 

 

 坊主の周囲を飛んでいる玉は、霊力を帯びており、それは霊力で作り上げたエネルギーの塊だと、京子と楓はすぐに気がついた。

 そして千里眼は使わない。その代わり、霊力を使ったこの玉で戦おうということだとも、坊主の台詞から察した。

 

 

 

 しかし、楓は術と霊能が違うと聞いて、頭にハテナを浮かべている。何が違うのか分からず、ポカーンと口を開けていると、

 

 

 

「早乙女。ワシはお主となら決勝クラスの戦いを味合わせてくれると期待しておるよ。ワシにもう一度、夢を見させてくれ!!」

 

 

 

 坊主は合わせた両手を擦り出す。そしてブツブツと何かを唱えた後、

 

 

 

「佐天門式、霊砲法。霊呪珠!!」

 

 

 

 カッと目を見開いて、叫び声を上げた。すると、周囲をついていた玉が一斉に動き出し、京子へと突撃する。

 速度としては中学生のドッチボールレベル。早いが京子にとっては避けられる速度。例え数が多くても一直線に飛んでくる玉を、見切ることは容易である。

 

 

 

 しかし、京子は木刀に力を込めると、膝を曲げてドッシリと構える。

 

 

 

「早乙女さん!?」

 

 

 

「坂本……戦いってのは根性だ。ひよるなよ」

 

 

 

 そう楓に伝えると、京子は木刀を横なぎに振る。まだ玉は届いてきていない。玉との距離は3メートル以上、完全に無駄振り。

 のように見えた。

 

 

 

 飛んできていた玉は、木刀が振られると当たってもいないのに、その位置で爆発を起こして消滅する。無数にあった玉は一振りであっという間に、煙へと変えた。

 

 

 

「斬られた。……いや、撃ち落とされたか」

 

 

 

 坊主は細めた目で状況を把握する。玉が破裂した衝撃で煙で舞い、京子達の姿を隠している。しかし、彼には見えていた。

 

 

 

 ──見える。見えるぞ。煙に隠れて奇襲を狙っているな。千里眼は戦闘中に使えないと言ったが、こういう用途でならいくらでも使える。

 

 

 

 特定の相手の動向を第三者目線で見ることができる。特定条件はワシの力を注いだ白紙の紙を見せること。

 主は弟を心配してこの街に来てから、ワシらに警戒され監視されておったんじゃよ。だから、このビルに侵入して来ることも筒抜けじゃった。

 

 

 

 千里眼の能力で京子が煙の中で木刀を構え、タイミングを見計らって飛び出そうとしているのを知っていた坊主は、両手を擦り合わせて再び玉を生成する。

 

 

 

 坊主の周囲にエネルギーの塊が出現し、京子がいつ、煙の中から飛び出してても、すぐに玉を撃ち出せるように準備をしておく。

 しかし、千里眼で京子の姿を監視していた坊主は、違和感に気づく。

 

 

 

 ──あの褐色の少女はどこじゃ。

 

 

 

 千里眼で京子の姿は見えているが、その隣にいたはずの楓の姿が見当たらない。

 

 

 

 ──あの少女もなかなかの霊力持ちだった。早乙女があれほどの逸材を隠していたのは、興味深いの。あやつの教え子か、それとも早乙女流の後継者か?

 どちらにせよ。無警戒だったあの娘には千里眼は発動せん。一体どこに……。

 

 

 

「そんなに力を入れて擦ったら、手の皮が剥けちゃいますよ」

 

 

 

 背後から声。坊主はその声に反応し、振り向こうとする。

 

 

 

 なんじゃと、なんてスピードじゃ!? いつの間に煙を抜け出して、ワシの背後に!?

 

 

 

「僕、不意打ちとかは嫌なんだけど…………やれって言われたから、これだけ……………膝カックン」

 

 

 

「なっ…………」

 

 

 

 振り向こうとしていた坊主の膝に楓の膝が当たり、後ろから膝を押された坊主は膝が曲がって体制が崩れる。

 

 

 

 坊主は姿勢が崩れ、視点が落ちていく中。煙からジャージ姿の女性が突っ込んでくる姿を視界にとらえた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 事態の数秒前。煙に包まれる中、

 

 

 

「ひよるなよ…………だから、二体一で容赦なくボコす。まずは先に行って気を引け」

 

 

 

「え、僕がですか!?」

 

 

 

「殴っても良いし、なんなら倒しちまっても構わない。とりあえずあの坊主の気を引いとけ」

 

 

 

「…………は、はい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして時は戻り、木刀を持った京子は煙から飛び出して、膝カックンで体制を崩した坊主に奇襲を仕掛けた。

 坊主は玉を動かす余裕もなく、木刀を頭に叩きつけられて、その衝撃で床に顔を激突させた。その顔がぶつかる衝撃は地面にヒビが入るほどの威力であり、周囲を浮いていた玉は坊主が地面にぶつかると同時に消滅して消える。

 

 

 

 京子は地面に倒れた坊主の頭を踏みつけると、ベロを出して坊主を見下した。

 

 

 

「正々堂々だァ? そんなのクソだ。私があのクソギツネの大会に出ないのなぜだか知ってんか? あれはよ、お遊戯だからだよ」

 

 

 

「早乙女さん! 顔踏むのやめてください、可哀想ですよ、もう気を失ってるんですよ!!」

 

 

 

 頭を踏んづけてグリグリと擦り付ける京子を、楓はやめるように説得する。そんな中、踏みつけられている坊主は、その状態のまま口を開く。

 

 

 

「小娘……ワシはまだ気絶などしておらんよ」

 

 

 

「まだ意識があったか。どりゃ」

 

 

 

 意識があることに気づき、京子は坊主を踏みつける力を強める。グリグリと地面に顔を擦り付けられながらも、坊主は激情することはなく、

 

 

 

「一瞬、意識は飛んだが、ワシはこの程度でやられんよ。……佐天門式、霊置法。霊爆」

 

 

 

 京子に踏みつけられていた坊主だが、自身の背中に霊力を貯めると霊力を暴発させて爆発させる。

 

 

 

 霊力が破裂する前に気づいた京子と楓は坊主から離れて距離を取る。

 

 

 

「自爆……ですか!?」

 

 

 

「違う。油断するな、坂本」

 

 

 

「はい!!」

 

 

 

 爆発で煙が立ち上る中、その煙の中から坊主が出て来る。木刀のダメージは残っている様子だが、爆発のダメージはないようだ。

 

 

 

「お遊戯か……言ってくれるの、早乙女……ワシはあの大会で奴に復讐するのが夢だというのに……。佐天門式、霊砲法。霊呪珠」

 

 

 

 両手を擦り合わせて、またしても霊力の玉を作り出した坊主は、二人に向けて玉を飛ばす。

 楓は跳ねたり走ったりして玉を避ける中、京子は木刀で飛んでくる玉を次々と打ち落としていく。

 

 

 

「芸のない爺さんだね。だから優勝できないんだよ!!」

 

 

 

「ワシをあまり舐めないことじゃよ。早乙女」

 

 

 

「ん?」

 

 

 

 木刀で玉を全て打ち落としたと思った京子だが、京子の足ともが突如光出す。

 

 

 

「佐天門式、霊置法。雷霊」

 

 

 

 地面から電気が流れてきて京子はその電撃に身体が痺れて震える。

 

 

 

「ぐぁぁぁぁぁっ!!」

 

 

 

 電撃が1秒ほど流れた後、電気が止まり京子は地面に手をつく。そんな京子の姿を見て、坊主はニマニマと笑う。

 

 

 

「佐天門式は二つの霊法を基礎とし、霊力を飛ばす霊砲法と、霊力を設置する霊置法がある。さらにそこにワシが固有の霊力変換を使い、霊力を雷、炎、氷の三属性へ変換することで、最強の技へと昇華した。………………小娘、そこはダメじゃぞ」

 

 

 

 説明をしていた坊主は冷静に楓に忠告する。玉を避けるために飛び回っていた楓が、ジャンプして地面に着地した時。

 地面が光だし、地面が突然燃え始めた。

 

 

 

「熱っっっぃ!?」

 

 

 

「そこにはすでにワシの霊力を炎に変えて設置しておいた。どうじゃ、下手に動けないじゃろ」

 

 

 

 坊主は笑いながら手を擦り合わせると、霊力の玉を作り出し、足元の炎に熱がって足をバタバシせている楓に向けて玉を飛ばした。

 

 

 

「待って、今は避けられ…………」

 

 

 

 楓は避ける余裕がなく、霊力の爆発に巻き込まれる。

 

 

 

「戦場で待ってくれとは甘いな」

 

 

 

「クハッ…………」

 

 

 

 爆発のダメージで楓は口から煙を吐きながら、部屋の端まで吹っ飛んで壁に背中を叩きつけた。壁にぶつかると重力に従って地面に崩れ落ちる。

 

 

 

 やられたら楓の姿に、電撃を喰らって地面に両手をついていた京子は叫ぶ。

 

 

 

「坂本ォォォォ!!!! このよくも……」

 

 

 

 京子は電撃を喰らった時に落とした木刀を拾って、立ち上がると坊主へと走り出す。当然、坊主は京子の動きを予測していた。

 

 

 

「佐天門式、霊砲法。霊凍螺旋樹」

 

 

 

 坊主が向かってくる京子に向けて両手を擦り合わせると、坊主の前方の足元に氷の芽が生えて来た。そしてあっという間に成長して氷の木が育つ。

 

 

 

「木……?」

 

 

 

 京子はその氷の木を警戒しながらも、足を止めたり、遠回りをすることはなく。真っ直ぐとイノシシのように突っ込む。

 

 

 

 下手に警戒して退がれば、射程のある坊主の方が有利。ならば、突っ込むしかない。

 

 

 

「止まりらぬか。ならば、受けるが良い、氷柱乱」

 

 

 

 坊主が氷の木に霊力を注ぎ込むと、氷の木に生えていた葉っぱが一斉に京子に向かって飛び始める。

 氷で出来た葉っぱは、刃物のように尖っており、京子の身体を切り裂いていく。

 

 

 

「くっ、この程度で……」

 

 

 

 京子は木刀を振り回して、飛んでくる葉っぱを打ち落とし始める。木刀を振る速度は、木刀が円状に見えるほどのスピードであり、殆どの葉っぱを防いで見せる。

 だが、防御に徹すれば、足は止まる。

 

 

 

「早乙女、足が止まっておるぞ」

 

 

 

 京子はその場で防御するのが精一杯の状況になってしまった。

 

 

 

「早乙女ェ、どうした? どうした? なにがお遊戯じゃ、お主はそれ以下じゃのう!!」

 

 

 

 坊主は木に霊力を送りながらニヤニヤと笑みを浮かべて挑発する。

 

 

 

「このぉ」

 

 

 

 京子は木刀に霊力を貯めると、木刀を振るのを止めた。

 

 

 

「ほぉ?」

 

 

 

 防御をやめたことで氷の葉が京子の身体を切り裂いていく。皮を裂き、肉を貫通する氷の手裏剣は骨の芯まで切り付ける。

 しかし、京子は痛みに悲鳴ひとつあげず、木刀を振り上げると、

 

 

 

「クソジジィがァァァァァァァァァァァっ!!!!」

 

 

 

 全力で木刀を振り下ろした。木刀を振ったと同時に木刀に貯めていた霊力を放出。前方へと霊力の塊を解き放った。

 半透明のエネルギーの塊は、飛んでくる氷の葉を粉々に砕きながら進み、さらには氷の木を吹き飛ばした。

 

 

 

 氷の木とぶつかった霊力の塊は大爆発を起こし、部屋中に風を巻き起こす。氷の爆発ということもあり、爆風は冷気を纏っており、ジーンと骨まで凍りそうな風がビル内を伝わった。

 

 

 

 骨まで冷える爆風を浴びながら、坊主は両手を擦り合わせると、

 

 

 

「この程度ではやられんじゃろう。佐天門式、霊砲法。霊呪珠!!」

 

 

 

 爆発が起きた地点に霊力の玉を作り出して飛ばす。京子の位置は千里眼で確認している。爆風で前が見えなくても、位置が分かれば攻撃ができる。

 

 

 

 飛ばされた霊力の玉だが、千里眼で京子の姿を覗くと、京子が木刀で全ての玉を叩き壊している。

 霊力で作ったエネルギーの塊だが、同じように霊力の込められた木刀で殴り、爆発する寸前に木刀の霊力で玉を包み込んで、爆発の威力を落としていた。

 

 

 

「……なんと、そこまでの技が……………。やるようじゃが、これな…………」

 

 

 

 坊主がさらに手のひらを合わせて攻撃をしようとした時。背後にいる人物の気配に気づいた。気づいた坊主は距離を取ろうと一歩踏み出そうとするが、そんな坊主よりも早く距離を詰めて、背後から抱きついて拘束する。

 

 

 

「お主、さっきやられたはずじゃ……」

 

 

 

「僕だって早乙女さんに鍛えてもらったんです。まだ上手くできないけど、霊力で身体を覆うバリアも少しは作れるんです」

 

 

 

「そうか、あの爆発の時に」

 

 

 

 楓に後ろから抱きつかれながら、坊主は数秒前のことを思い返す。

 

 

 

 霊力の玉の爆発で倒したと思っていた楓だが、身体を霊力のバリアでガードさせて、威力を半減させていた。

 

 

 

「ナイスだ。坂本!!」

 

 

 

 楓が拘束している隙に、爆煙の中から京子が取り出す。木刀を振り上げて坊主を狙った。

 

 

 

「このままでは……小僧離せ、離すんじゃ!」

 

 

 

 京子の攻撃を恐れた坊主は、暴れて楓から離れようとする。しかし、楓はガッチリと捕まり、拘束から抜けることができない。

 

 

 

「終わりだ、坊主!!」

 

 

 

 ついに坊主の前まで辿り着いた京子は、振り上げていた木刀を振り下ろした。

 

 

 

「こうなったらワシもバリアじゃァァァァァ!!!!」

 

 

 

 あと少しです木刀が坊主の頭に直撃するというところで、木刀が空中で止まる。木刀を止めたのは、坊主を中心に半径30メートル以内に出現した円状のバリア。半透明なガラスのようなバリアが、木刀から坊主を守った。

 

 

 

「ワシのバリアは鋼鉄の高度に匹敵する。そんな木刀でやぶれ……る…………じゃろかぁぁぁぁぁ!?」

 

 

 

 バリアで木刀は一度止まった。しかし、京子は力任せに木刀をバリアに押し付ける。

 

 

 

「うぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!」

 

 

 

「やめろ、やめるんじゃ、それ以上やったらぁ!!!!」

 

 

 

 ジリジリとバリアを貫通し始めた木刀。そしてついに、

 

 

 

「ワシのバリア……が!?」

 

 

 

 バリアはガラスのように粉々に割れて散っていく。そして京子の振り下ろした木刀が、坊主の頭に直撃した。

 

 

 

「あばびればぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

 

 

 

 鼻から血を吹き出しながら、木刀で殴られた衝撃で坊主は地面に上半身を埋まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第87話 『ラスボスぽい人だ!!』

霊能力者のレイちゃんは、ダメ、無能、役に立たない?

 

 

 

著者:ピラフドリア

 

 

 

第87話

『ラスボスぽい人だ!!』

 

 

 

 

 先生の空間にあった光を放つ物体を、握りつぶすと粉々に砕け散る。そしてまた地震が起こった後、私達は元いたビルの中へと戻って来た。

 

 

 

「戻って来れ……た?」

 

 

 

 周囲を見渡すと、倒れている先生の姿。彼も能力が解除されて戻ってきたのだろう。

 

 

 

「おい、レイ。あっち見ろ」

 

 

 

 黒猫が頭を叩いてある方向を尻尾で示す。そこに目線を向けると、上半身が地面に埋まっている坊主らしき姿と、その横で傷だらけの楓ちゃんも京子ちゃんがいた。

 二人も私達に気づき、楓ちゃんは猛スピードで駆け寄ってくると頭に乗っている黒猫に抱きつく。

 

 

 

「師匠〜!! 師匠達も無事だったんですね!!」

 

 

 

 抱きしめられて苦しそうにしている黒猫。再開が嬉しいのはわかるが、私は黒猫に飛びついた楓ちゃんに飛び乗られた状態で、猫と楓ちゃんの体重が合わさってつらい。

 黒猫にスリスリして満足した楓ちゃんは、私から降りる。やっと解放された私達はホッと息を吐き、

 

 

 

「二人も無事で良かったよ」

 

 

 

 坊主を倒したみたいで安心した。二人とも服も身体もボロボロで、坊主の強敵感は本物だったのだろう。私達が戦うことにならなくて良かった。

 

 

 

「足止めされちゃったけど、先を急ぎましょう」

 

 

 

 私はビルの上を見上げる。この上にリエがいるはずなんだ。急がなければ。

 

 

 

 京子ちゃんは木刀を肩にかけると、歯を剥き出しにしてニヤリと笑った。

 

 

 

「ああ、さっさと行こう。私もまだまだやり足りない」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私が目を覚ますと、目の前に見慣れた頭の姿があった。私が目覚めたのに気づいたのか、その人物は背を向けたまま、

 

 

 

「おう、目が覚めたか。すまねぇな、こんなことしてよ」

 

 

 

 彼は優しい声で私にそう告げる。いつもの優しい彼の声だ。だが、私は彼のこういう声は知っているが、私と彼が喋ったのは初めてだった。

 

 

 

「私のことが見えるんですか!?」

 

 

 

 私は尋ねながら、立ち上がろうとする。しかし、うまく立てない。というよりも身体の自由が効かない。

 私は自身の身体の状態を確認すると、身体をお札の貼られたロープが縛っていた。

 

 

 

「これは……どういうことですか!!」

 

 

 

 私は彼に尋ねる。しかし、彼はこちらに顔を向けることはない。

 薄暗い部屋の奥を見つめる彼に、私はさらに問いかけようとした時。

 

 

 

「ククク、教えてあげなよ」

 

 

 

 扉が開き、一人の男性が入ってきた。見たことある顔だが、印象になく誰だろうと考え込む。そして数秒考え込んでやっと思い出した。

 この顔は彼の部下の一人だ。首なしライダーの時やクリスマスの時にも顔を出していた。

 

 

 

 彼はニヤニヤしながら私に近づいてくる。そして私の目の前に立つと、彼の顔は粘土のようにうねりだし、形を変える。

 そして体型までも変化して、黒髪に眼鏡をかけたインテリ風の女性に姿を変えた。

 

 

 

「君は生贄だって……ね」

 

 

 

「生贄……!?」

 

 

 

 女性に変化したその人は、私に顔を近づける。ロープで縛られて寝転がされている私は、逃げることもできずやられるがまま我慢する。

 

 

 

 鼻と鼻が触れ合いそうな距離で、私の瞳を凝視する女性。彼女は真剣に私の瞳を見て何かを確認しているようだが、私としては彼女の口がニンニク臭いのが気になる。

 

 

 

 ニンニク女は確認を終えると、スッと私から離れて、両手を後ろにして指を組む。

 

 

 

「これは少し苦戦しそうだね。オサムンが成功した時に君が邪魔しなければ、こんな面倒なことにはならなかったんだけどね〜」

 

 

 

 ニンニク女はニマニマと悪い顔をして彼を揶揄う。彼は舌打ちをすると不機嫌気味に返す。

 

 

 

「ッチ。あの時は俺も国木田もバッチをつけてなかったんだ。いちいち掘り返すんじゃねー」

 

 

 

「へいへい」

 

 

 

 ニンニク女は揶揄ったのに反応がつまらなかったのか、私の横を通り過ぎて彼の横に並んで部屋の奥へ目線を向ける。

 私は二人が何を見ているのか気になって、二人の見ている部屋の奥へと目線を向けた。

 

 

 

「……なに、これ………」

 

 

 

 そこには、八つの首を持った大蛇の悪霊と、露出の多い服を着た黒い羽の生えた女性の悪霊が、一人の人物と戦っていた。

 その人物は口元に鋭い牙を持ち、真紅の髪をした長身の女性。見た目は普通の人間と大差はない、しかし彼女はたった一人で二匹の悪霊と渡り合っていた。

 

 

 

「なんなの、あの人……」

 

 

 

 私がそう呟くと、ニンニク女は笑いながら答えた。

 

 

 

「ククク。私達の社長。そしてやがて世界を支配する人よ」

 

 

 

 ニンニク女がそう告げてすぐに、女性と戦っていた悪霊の二匹は討伐された。

 倒された悪霊達は黒い霧となり天へと消えそうになる。しかし、赤髪の彼女はその霧に手を伸ばすと、黒い霧を吸収し始めた。

 

 

 

「悪霊を取り込んで……る!?」

 

 

 

 私がその光景に怯えていると、先ほどニンニク女が現れた扉が勢いよく開かれた。そして聞き覚えある声が部屋中に響く。

 

 

 

「リエーー!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「レイさん!!」

 

 

 

 ロープで縛られたリエが、こちらに体を向けて泣きそうな顔で私のことを呼んだ。

 部屋は暗く、中の様子ははっきりと見えないが、三人の人影らしきものが見える。

 

 

 

「リエ、今助けるよ!!」

 

 

 

 私達は捕まっているリエを解放するために、駆け寄ろうとする。しかし、奥にいた人影の一人がリエの横を通り過ぎて、私達へと向かってくる。

 

 

 

 遠くから見た人影だと、女性のように見えたが、道中でその人影の形が変化する。

 

 

 

 長身な男だ。私も身長は高い方であるのだが、そんな私よりもはるかに高い。黒いライダースーツを着た男性の顔は、イケメンとは言い難いが男らしさを感じる風貌。

 

 

 

「ククク。やぁ、こんなところに来ちゃダメじゃないか、姉さん……」

 

 

 

 男性は片手をあげて私達にそう挨拶をする。しかし、姉さんって誰のことだろう?

 私は誰のことなのか分からず、一緒にいるメンバーの顔を確認する。黒猫も楓ちゃんも私と同じようにキョロキョロしていた。

 しかし、京子ちゃんはその男性の顔を見て、目を見開いて唇を震わせていた。

 

 

 

「京子ちゃん?」

 

 

 

 私は彼が知り合いなのか、聞こうとする。だが、それよりも早く男性が声をかけた。

 

 

 

「ヤダなぁ、姉さん。俺のことを忘れたのか? 俺は…………」

 

 

 

 男性がそこまで言いかけた次の瞬間。私の目では追えないスピードで、京子ちゃんは男性に近づいて木刀を振り下ろした。

 その一撃で男性の身体は地面に埋まり、頭のテッペンだけが床から生えている。

 

 

 

 木刀を振り終え、京子ちゃんは木刀を振って肩に乗せる。

 

 

 

「アイツはもういないんだよ。人の弟を汚すな」

 

 

 

 あっという間の出来事に、私達は何が何だか分からずポカーンと佇む。そんな私達に顔も見せずに京子ちゃんは、部屋の奥にいる影に目線を向けながら、

 

 

 

「そこのちびっ子幽霊をさっさと助けて逃げな……。後は私がなんとかするから」

 

 

 

 普段よりも低い声の京子ちゃんの言葉に、私は背筋が凍るような気分になり、何も言わずにサッと動いてリエの元へ向かう。

 

 

 

「リエ、大丈夫?」

 

 

 

「レイさんに、皆さん……助けに来てくれたんですね」

 

 

 

 私はリエを拘束するロープを解こうとする。しかし、ロープには不思議なお札が貼られており、上手く外すことができない。

 

 

 

「なにこれェェ、全然解けない!!」

 

 

 

 私は力任せに引っ張るが、それでもロープは破ることもできない。頭の上からロープを観察していた黒猫は、ロープのお札に注目する。

 

 

 

「もしかしたらこのお札が原因なんじゃないか?」

 

 

 

「流石師匠!! そういうことですね!!」

 

 

 

 黒猫の考察に楓ちゃんが賛同する。しかし、例えそうだとしても、

 

 

 

「じゃあ、どうしたら良いのよ?」

 

 

 

「俺の予想だが、このお札はさっきの坊主が作ったものだ。お札に込められた霊力が消費されれば、時期に解けるはずだ」

 

 

 

 坊主とは先ほど、ビルの内部で京子ちゃんと楓ちゃんが倒した人物のことだ。

 時間経過で解けるのならば、無理に外す必要はない。私はリエを抱き抱えた。

 

 

 

「リエ、大人しくしててね」

 

 

 

「いや、縛られてるんで、動けないですよ……」

 

 

 

 これでリエを助けることはできた。楓ちゃんもホッとした様子だ。

 後は京子ちゃんに全て任せて、私達はスタコラサッサと逃げれば良い。戦力にならないため、邪魔にならないように早く逃げよう。

 

 

 

 リエを抱えて背を向けようとした時。部屋の奥にいた人影が声を出した。

 

 

 

「霊宮寺さん、その子を置いていきな」

 

 

 

 それは聞き覚えのある男の声。その声に私は背を向けて走り出そうとしていたが、足を止めてその声の方へと顔を向けた。

 

 

 

「なんであなたが……」

 

 

 

 私はその人の顔を見て、ジーンと頭に重たい痛みを思い出した。

 今回リエを連れ去られた要因。そして私が気を失った時、目の前にいた人物。

 

 

 

 私と黒猫、楓ちゃんはその人物を見て同時に叫んだ。

 

 

 

「「「スキンヘッド!!」」」

 

 

 

「いや、この場面でそう呼ぶ!? 俺の本名は!! …………あれ、名乗ってなかったか」

 

 

 

 私達の言葉に思わずいつも通りツッコんでしまうスキンヘッド。表情は暗く怖かったが、根の方はそこまで変わらないのかもしれない?

 

 

 

 スキンヘッドは大げさに両手を広げると、高笑いをして、

 

 

 

「ならせっかくだ。俺の名前を教えてやろう、俺は!!」

 

 

 

 そう言って名乗ろうとしたが、京子ちゃんがそれを遮った。

 

 

 

「そんなことはどうでも良い。ハゲ」

 

 

 

「姉さん!? ここは名乗る場面でしょ!! てかこれはハゲじゃなくてファッション!!」

 

 

 

 名乗りを邪魔されてツッコむスキンヘッド。そんなスキンヘッドに京子ちゃんは木刀を向けた。

 

 

 

「なんでアンタがここにいんだよ」

 

 

 

 怒鳴ることはなく、低い声を出す。仲間が裏切っていた。しかも弟を慕っていた人物がだ。

 表面上には出していないが、内心はかなり動揺しているはずだ。

 私はもしかしたらと京子ちゃんに

 

 

 

「きっと、さっきみたいにスキンヘッドに変装してるのよ!!」

 

 

 

 先ほど、京子ちゃんの弟のフリをして接近してきた敵が来た。きっと彼も同じだろう。私はそう考えていたが、

 

 

 

「違う……」

 

 

 

 京子ちゃんは確信を持って答えた。

 

 

 

「この霊力は本物だよ」

 

 

 

 京子ちゃんはスキンヘッドの姿を見ながら言う。漫画なんかで見る、気配で誰だか判別できる的なやつなのだろうか。

 だとしたら凄い。というか、私もやってみたい!!

 

 

 

 スキンヘッドは腕を組むと、先ほどの京子ちゃんの質問に答えた。

 

 

 

「それはシンプルなことだろ。姉さん、俺はアンタらの敵だったってわけさ」

 

 

 

「アンタ、それがどういうことか。本当に分かってるんだろうね」

 

 

 

 少し離れた後ろから見守っていた私からも、京子ちゃんの木刀を握りしめる力が強くなるのがわかる。

 

 

 

「姉さんや兄貴には感謝してるさ。こんな俺でも拾ってくれた……。だがな、俺はアンタらとは違うんだ」

 

 

 

 スキンヘッドが全身に力を込めると、まるで漫画のようにエネルギーが身体から溢れ出て、風が発生した。

 その風で髪は靡き、室内の木材で閉ざされた窓は、ガタガタと震える。

 

 

 

「あの人、あんな力を隠していたの!?」

 

 

 

 私の記憶ではスキンヘッドには霊感もあまりなく、リエの姿が薄く見える程度だった。しかし、スキンヘッドから溢れ出る力は、楓ちゃんや京子ちゃんに匹敵している。

 力を込めるスキンヘッドの隣に、もう一人奥にいた女性がやってくる。

 赤い髪に牙の生えた女性。スキンヘッドの隣に立つと、スキンヘッドの肩に手を乗せた。

 

 

 

「お前達かァ。俺達の邪魔をしているっていう輩はァよォ」

 

 

 

「フェリシア様。ここは俺がやります。貴方は後ろに」

 

 

 

 現れた女性にスキンヘッドは任せるように言う。すると、フェリシアと呼ばれた女性はスキンヘッドに微笑みかける。

 

 

 

「そうかァ。なら任せるぞ、スキンヘッド」

 

 

 

「フェリシア様!? 貴方まで」

 

 

 

「ノリだ」

 

 

 

 スキンヘッドは上司にまで名前で呼ばれず、涙目になる。そんな中、フェリシアはスキンヘッドの肩を叩いて、しっかりやれと言ってから後ろに下がった。

 涙目だったスキンヘッドだが、すぐに気持ちを切り替えて、両手を広げる。

 

 

 

「さぁ、姉さん。恩返しだ、弟の元まで送ってやるよ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第88話 『裏切り者に天罰を』

霊能力者のレイちゃんは、ダメ、無能、役に立たない?

 

 

 

著者:ピラフドリア

 

 

 

第88話

『裏切り者に天罰を』

 

 

 

 

 両手を広げていたスキンヘッドは両手を握りしめる。そして両手に力を入れると、両手にエネルギーを集めてグローブのようにした。

 

 

 

「俺はフェリシア様の助力により、悪霊を取り込むことで霊力を手に入れた!! これで姉さん、アンタを超えてみせる!!」

 

 

 

 スキンヘッドから凶々しい霊力が溢れ出る。

 

 

 

 悪霊を取り込んだということは、加藤さんと同じことをしたってことだ。悪霊を取り込むことで肉体の強化。

 それにより加藤さんはパワーアップを遂げていた。

 

 

 

 だが、そんな加藤さん以上にスキンヘッドからはヤバい力を感じる。私ですら感じられる力の違い。加藤さんの悪霊よりも遥かに上の力を持つ悪霊を取り込んだということだろう。

 

 

 

 スキンヘッドは京子ちゃんへとゆっくりと歩み出す。

 

 

 

「姉さん、俺はアンタには一度もケンカで勝ったことなかったな。だが、それも今日で終わり……」

 

 

 

 京子ちゃんの目の前に立つとスキンヘッドは足を止めた。

 

 

 

「俺はアンタを倒して、そして兄貴も超える」

 

 

 

 拳を持ち上げ構えたスキンヘッドは、無防備に木刀を握って立っているだけの京子ちゃんに、殴りかかる。

 真っ直ぐ京子ちゃんの顔を狙ったストレート。あれだけの力を込めた攻撃だ。例え京子ちゃんであっても、まともに喰らえば立っていられない。

 

 

 

「京子ちゃん!!」

 

 

 

 本来ならスキンヘッドの攻撃の方が先に届くのだろう。だが、相手が相手だ。

 

 

 

「おい誰に勝つだァ?」

 

 

 

 次の瞬間。スキンヘッドは地面に埋まっていた。ツルツルの頭だけを残して、植えたのは突然京子ちゃんだ。

 スキンヘッドのパンチよりも早く、木刀を振り上げて下ろす。その動作を一瞬のうちに行い、肉眼でとらえられないスピードで、スキンヘッドを瞬殺した。

 

 

 

 ここはボス戦前の感動の戦いだと思っていた私達は、大きく口を開けて固まる。

 

 

 

 てか、裏切ったとはいえ、容赦がなさすぎる。瞬殺だし、先程倒した敵とほぼ同じ倒し方。

 敵とか元味方とか、京子ちゃんには関係ないのかしら!?

 

 

 

 スキンヘッドすら瞬殺した京子ちゃんは、奥にいる赤髪の女性に木刀を向けた。

 

 

 

「アンタがフェリシアか?」

 

 

 

 瞬殺されたスキンヘッドに赤髪の女性も驚いて、ツルツルの頭に目線を向けて固まっていたが、京子ちゃんの声に我に帰る。

 

 

 

「俺の部下を倒すなんてなァ。やるみたいだなァ」

 

 

 

 フェリシアはスキンヘッドにそれなりの信頼を置いていたのか。やられたことへのショックが大きいらしい。

 

 

 

「お前が親玉でいいんだな」

 

 

 

「そうだとも俺が全て仕組んだことだァ。アンタの身辺を見張ってたのも、そこの幽霊を連れ去ったのも、全ては悪霊を取り込むだめだァ」

 

 

 

 フェリシアは両手の力を抜き、ぶらりと下に降ろす。そして脱力した姿勢のまま、首だけを上げて京子ちゃんを睨む。

 下から見上げるように睨むフェリシアの表情は、獲物を狙う捕食者のように鋭く光っている。

 

 

 

「悪霊を取り込むか。そうしてそこまでの力を手に入れたのか」

 

 

 

「そういうことだァ」

 

 

 

 フェリシアからはスキンヘッドや加藤さんほど強力な霊力を感じてはいなかった。弱いとは言えないが、そこまでじゃない。私は勝手にそう思い込んでいた。

 

 

 

 フェリシアはゆっくりと息を吸い込む。そして脱力させていた身体をゆっくりと持ち上げていく。フェリシアの姿勢がまっすぐになった時。息を吸うのをやめて、力を抜くように吐き出した。

 

 

 

「っ!?」

 

 

 

 息を吐くと同時に、私はフェリシアの溢れ出る霊力に全身が凍りつくような寒気を感じた。生命の危機を感じ、身体は震えることすらできず。石になったかのように硬直する。

 

 

 

「なんて力だ。あれが悪霊を複数取り込んだ人間の霊力」

 

 

 

 頭の上にいる黒猫が、フェリシアから溢れ出る力に口を震わせながら呟いた。その呟きに私は気になる言葉を見つける。

 

 

 

「悪霊を複数?」

 

 

 

「ああ、調べてて分かったことだ。奴は悪霊を捕らえ、取り込んでいた。リエを捕らえたのも目的はそれだ」

 

 

 

「リエを悪霊にして取り込むため……」

 

 

 

「そういうことだ」

 

 

 

 私と黒猫の話を聞いていたリエは、怖くなったのか私に抱きつく。

 リエは前から悪霊に怯えていた。そんな悪霊に自分がなる。そう考えただけで辛いのだろう。

 

 

 

 フェリシアの溢れ出る力に私達は怯えるが、そんな中でも京子ちゃんは一歩をも退かない。

 

 

 

「ほぉ、その程度かよ。期待外れだ」

 

 

 

「期待外れかァ。言うなァ、早乙女。しかし、どれだけ強がろうとも、私には分かるぞ。お前が本当はビビっているのがなァ」

 

 

 

「誰がビビるか」

 

 

 

 フェリシアはそう言って京子ちゃんを挑発しているが、本当に京子ちゃんはビビっているのだろうか。

 私から見たらそんな様子はちっとも見えない。

 

 

 

 京子ちゃんがビビっている姿というか、動揺している姿といえば、部屋中がスライムの残骸でいっぱいになった時は明らかに動揺していた。

 

 

 

 しかし、今の京子ちゃんはそういう時のような動揺は見せない。静かにフェリシアを睨みつけていた。

 

 

 

 フェリシアはニヤリと笑った後、高く飛び上がった。そして木刀を握りしめる京子ちゃんの元へと飛びかかる。

 

 

 

「その強がりはいつまで持つかなァ!」

 

 

 

 飛びかかったフェリシアは、右手を広げた後爪を立たせるように指を曲げる。そして京子ちゃんに向かって引っ掻くように右手を振る。

 京子ちゃんは身体を斜めに倒して、最小限の動きでフェリシアの引っ掻き攻撃を避ける。

 

 

 

 悪霊を取り込んだと言っていたのに、ただの引っ掻き攻撃をしたフェリシアを見て、これならフェリシアも瞬殺だとホッとしたが。次の瞬間、フェリシアが引っ掻いた先にあった地面に、五本の鋭い穴が空いた。

 

 

 

 フェリシアの引っ掻き攻撃は、風を切り、かまいたちを呼んで地面を抉り取ったのだ。

 ただの引っ掻き攻撃ではない事をその威力から知った私は悲鳴を上げる。

 

 

 

「ひやぁぁぁっ!? なによあれ!!」

 

 

 

「だ、大丈夫です。京子さんなら勝ってくれますよ」

 

 

 

 隣でリエも怯えながらも京子ちゃんの実力に期待する。

 そうだ。ここに辿り着くまでに坊主やスキンヘッドなど多くの実力者を京子ちゃんは倒してきたんだ。きっと勝ってくれる。

 

 

 

 私達が期待をする中。フェリシアの攻撃を避けた京子ちゃんは足を動かさず、その場で木刀を振ってフェリシアを横から殴ろうとする。

 引っ掻き攻撃をして無防備だったフェリシアは、京子ちゃんの木刀を避けることができず、木刀が横腹に激突して吹っ飛んでいった。

 

 

 

 ボールをバットで弾くように、人間を弾き飛ばした京子ちゃん。フェリシアはボールのように吹っ飛んで行き、部屋の壁に立て付けてあった絵画に激突した。

 フェリシアがぶつかると、フェリシアは絵画と一緒に落下する。想定以上の京子ちゃんの強さに驚いたのか、ふらつきながら立ち上がったフェリシアは、自身が吹っ飛ばされたという状況のの見込めずにキョロキョロして驚いている。

 

 

 

 そんな動揺を隠せないフェリシアに、京子ちゃんは木刀を向ける。

 

 

 

「なんだ。本当に期待外れだな……」

 

 

 

「この俺がァ。こんなあっさり……。こうなれば……」

 

 

 

 フラフラだったフェリシアだが、背中から黒い羽を生やして羽を羽ばたかせて宙に浮く。

 

 

 

「早乙女。お前がどれだけ強かろうと、空中にいる俺は攻撃できないだろォ。今の一撃で倒し切れなかった事を後悔するんだなァ!!」

 

 

 

 空を飛ぶフェリシアを私は見上げる。

 

 

 

「何で空飛んでるの!?」

 

 

 

 なぜ、人に羽が生えて空を飛べているのか。そんな疑問にリエが答えた。

 

 

 

「あれは吸収した悪霊の能力ですね。悪霊を取り込むことであんなことができるようになるなんて……」

 

 

 

「てか、あの飛んでる子、こっち見てない」

 

 

 

 空を飛んでいるフェリシアの目線が、京子ちゃんではなく、こちらを睨んでいるように見える。

 気のせい、きっと気のせいだ。そんなはず……。

 

 

 

 っと、思いたかったが、どう考えてもこっちを見ている。

 

 

 

「さぁ、そこの雑魚ども私の目を見ろ!」

 

 

 

 イヤァァァ、やっぱりこっち見てた!!

 

 

 

「なんでよ、なん……」

 

 

 

 私はクルッと方向転換して逃げようとしたが、身体の自由が効かない。それどころか、頭も重たくなり思考が定まらない。

 

 

 

「なに……これ」

 

 

 

 私の意思とは反して、私の身体は元の方向へと身体を向け直す。そして自由が効かないのは私だけではない様子。リエ、黒猫、楓ちゃんまでもが同じように身体が意思と違う動きをしているようで、それぞれがこの状況に混乱している。

 

 

 

「何ですか……これ」

 

 

 

「俺とミーちゃんの……身体に…………何をした」

 

 

 

「師匠……変です、身体がいうこと聞きません」

 

 

 

 私達の姿にフェリシアは頬に手を当てて、ニヤリと不気味な笑みを浮かべた。

 

 

 

「あなた達の身体は俺が操ったァ。俺の目を見た者は俺の支配下に置くことができる。俺はこういう手が好きでなァ。心が満たされる」

 

 

 

 私達を操った!? そんな能力も持っていたのか。これも悪霊から得た能力なのだろう……。

 しかし、この状況は非常にまずい……。

 

 

 

「私の下僕よ。早乙女を始末しろ!!」

 

 

 

 フェリシアの命令に私達は逆らうことができず、京子ちゃんへと襲い掛かる。とはいえ、私やリエ、黒猫はほぼ戦力になっておらず。気をつけるべきなのか楓ちゃんくらい。

 

 

 

 私の攻撃を京子ちゃんは回避する。さらに楓ちゃんの超スピードにも対応して攻撃を避けてみせる。

 

 

 

 だが、

 

 

 

「仲間は攻撃できないよなァ。やはり操るのならその人の仲間が良い。実力者であっても、仲間を盾にされちゃァ、何もできない」

 

 

 

 空中で傍観しているフェリシアは口元に手を当ててクククと笑う。

 

 

 

「前に手駒にしてたァ、執事もシスターも人質を取れば優秀な駒になったなァ。執事はお嬢さん、シスターは神父だったかァ、もしも裏切ったらそいつらが自害するように命令しておいたからなァ。まぁ、要らなくなったからどっちも捨てたがァ」

 

 

 

 そうやって仲間を増やしてきたのか。

 

 

 

 とはいえ、この状況は私達が危険だ。京子ちゃんは仲間だったスキンヘッドが裏切った途端、容赦なくボコした。ということは、私達も同じ運命を辿る可能性が高い。

 

 

 

 私達は裏切ったわけではなく、操られてるのだが、京子ちゃんを攻撃してるのだ。となれば、容赦なく木刀で殴られてもおかしくない。

 

 

 

 スキンヘッドと同じことになりたくない私は、フェリシアの自縛から抵抗しようとするが、どうやっても身体のコントロールができない。

 

 

 

 避け続けていた京子ちゃんだが、ついに木刀を振り上げて構えてしまった。木刀を振り上げ、力を込める。

 

 

 

 私達4人は構えたことお構いなしに、京子ちゃんへ特攻する。

 

 

 

 これはボコボコになるパターンだ。もうダメだ。終わった。

 

 

 

 京子ちゃんは両手で木刀を握りしめ、素早く木刀を振り下ろした。

 

 

 

 

 

 

 

 



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第89話 『エンド』

霊能力者のレイちゃんは、ダメ、無能、役に立たない?

 

 

 

著者:ピラフドリア

 

 

 

第89話

『エンド』

 

 

 

 

 

 京子ちゃんの木刀が振り下ろされる。しかし、その木刀は私達の前方で振り下ろされて、私達に当たることはなかった。

 しかし、木刀を振った時の風で私の髪がふわっと上がる。それだけの威力の一撃だ。当たっていたら本当にやばかった。

 

 

 

「って、あれ?」

 

 

 

 京子ちゃんの振った木刀の風を浴びてから、なぜか身体の自由が効くようになった。木刀を振り終えた京子ちゃんは肩に木刀を乗せてニヤリと笑ってフェリシアへと目線を向けた。

 

 

 

「この程度の呪い、私が解除できないと思ったか?」

 

 

 

 ドヤ顔の京子ちゃんにフェリシアはぐぬぬと悔しそうに声が漏れる。

 そんなフェリシアに余裕の表情を見せ、京子ちゃんは私達のことを横目で見ると、

 

 

 

「霊宮寺さん達は離れてて。そろそろ私も本気を出す」

 

 

 

「はい!!」

 

 

 

 京子ちゃんのおかげでフェリシアから解放され、自由に動けるようになった私達は、さっさと京子ちゃんから離れて部屋の端へと移動する。

 フェリシアとの戦闘が激しくなるから離れていろ。というよりも、私から離れろという風に感じ取れ、それだけ自信がある様子。

 

 

 

 どれだけ力の差があるのかはわからない。だが、私から見ても京子ちゃんは圧倒的有利な戦闘を続けている。

 

 

 

 宙を待っていたフェリシアは、京子ちゃんの態度に腹を立てたのか。声を低くして胸の隙間から小瓶を取り出した。

 

 

 

「この手は使いたくなかったがァ。やるっきゃないなァ」

 

 

 

 その小瓶の中には赤い液体が入っている。ドロっとしていてまるで……。

 

 

 

「これはトマトジュースだァ」

 

 

 

「トマトジュースかい!?」

 

 

 

 血液かと思ったが、トマトジュースだったようだ。羽が生えて牙も生えているフェリシアの姿は、まるでドラキュラのような雰囲気で血を取り出してもおかしくなかったのだが。

 

 

 

「俺はとある人物の遠い血縁にあたる。その血が薄くなり混ざったことで、その家系ごとに感情が昂った時や血液を摂取した時、または特定の匂いを嗅いだ時に力を発揮するようになったァ」

 

 

 

 フェリシアは説明をしながら小瓶に入れられたトマトジュースを飲み干す。すると、フェリシアの全身の筋肉が成長していき、身体が倍以上に膨れ上がった。

 

 

 

「その中でも俺はビタミンCを摂取することで、肉体を強化することができる。この身体能力は大型のトラすら捻り倒せるほどだァ。早乙女、お前にこの俺が止められるかァ!!」

 

 

 

 翼を羽ばたかせて勢いよく突進をするフェリシア。急降下での速度に合わせ、トマトジュースで強化された腕。それで京子ちゃんを殴り潰すつもりだ。

 

 

 

 あれだけの加速に丸太のように太い腕から放たれるパンチ。あんなものを食らえば、京子ちゃんですらどうなってしまうかわからない。

 

 

 

「潰れろォォ!!」

 

 

 

 京子ちゃんを射程に入れたフェリシアは拳を振り下ろす。しかし、

 

 

 

「消えたァ!?」

 

 

 

 拳を振り下ろすと同時に京子ちゃんは姿を消した。ターゲットを失った拳は勢いを止めることができず、そのまま地面に激突。

 ビルの床を割って下の階まで貫通された。

 

 

 

「ど、どこに!?」

 

 

 

 片腕を床に埋めたまま、フェリシアはキョロキョロと首を動かして京子ちゃんを探す。しかし、フェリシアの視界には京子ちゃんの姿は見えない。それもそのはずだ。

 

 

 

 京子ちゃんはフェリシアの頭上にいたのだから。

 

 

 

 フェリシアのパンチを肉眼では追えない速度で躱し、そして一瞬のうちにフェリシアの頭上に飛び上がっていた。

 私の目線からはほぼテレポートのようにしか映らない光景。何が起こったのかも理解する前に。

 

 

 

 フェリシアは木刀で殴られて顔面を地面に叩きつけ、私が気づいた時にはフェリシアは倒されていた。

 

 

 

 私が認識できたのは、顔面を地面に叩きつけるフェリシアとその頭上で木刀を振り終えた京子ちゃんの姿。

 フェリシアが意識を失って倒れると、京子ちゃんはフェリシアの上に立ち、余裕そうに頬を上げた。

 

 

 

 その姿を見て私は両手を上げ、

 

 

 

「勝ったッー!!」

 

 

 

 っと、喜びの声を上げた。それに続き、楓ちゃんやリエも喜ぶ。

 なんだか分からないが強そうなやつを全部京子ちゃんが倒してくれた。

 

 

 

 これでもう狙われることもなくなり安心。黒猫もホッとしている様子だ。

 

 

 

 こうして悪い奴らは全滅しました。めでたしめでたし……となるのかと思ったが。

 

 

 

「はぁはぁ、姉さん……フェリシア様を倒すとはな。やるなぁ」

 

 

 

 先ほど京子ちゃんに倒されたはずのスキンヘッドが、頭を抑えてふらつきながらも立ち上がった。

 

 

 

「……アンタがここまで強かったなんて。想定以上だ」

 

 

 

 スキンヘッドはふらふらの状態なのに両拳を握りしめ、戦う姿勢を示す。

 

 

 

「フェリシア様から離れてもらおうか……」

 

 

 

 京子ちゃんに踏みつけられているフェリシアを救出するつもりなのだろう。あれだけの力の差を感じながらもスキンヘッドはジリジリと距離をつめる。

 

 

 

「その人は世界を変える英雄となる人だ。俺はその人を……守るんだッ!!」

 

 

 

 京子ちゃんに向けて現在出せる全力のパンチを放つスキンヘッド。ふらふらとはいえ、腰の入ったパンチだ。それなりの威力とスピードがある。

 しかし、京子ちゃんは木刀であっさりと受け流すと、パンチが外れて無防備になったスキンヘッドの頸を肘で殴りつけた。

 

 

 

「ッヴ!?」

 

 

 

 スキンヘッドは白目を剥き、フェリシアの隣に倒れる。意識はあるが、ダメージが大きいようでもう立ち上がることができず、立ち上がろうと力を入れてもすぐに崩れ落ちてしまう。

 

 

 

「フェリシア……様……………」

 

 

 

 何度も立ち上がろうとして立てないと分かったのか、スキンヘッドは地面に突っ伏しながらフェリシアに手を伸ばす。

 地面を這いながらその手はフェリシアの手へ届く。

 

 

 

 しかし、フェリシアは完全に意識を失っており、スキンヘッドが触れてもぴくりとも動かない。

 

 

 

 私達はなんと声をかければ良いのか分からず、彼らの様子を見守る。フェリシアに乗る京子ちゃんはスキンヘッドの目線の先に、木刀を地面に突き立てる。

 

 

 

「何が世界を変えるだ。お前は自分がしたことを分かってるのか!!」

 

 

 

 倒れているスキンヘッドに向けて怒鳴る京子ちゃん。それに倒れた状態のスキンヘッドは、そのままの姿勢で、

 

 

 

「分かってるさ……。俺はダチを生贄にしようとした。アンタや兄貴に言いつけられてたことを俺は破ったんだ……」

 

 

 

「なら……」

 

 

 

 京子ちゃんが何か言おうとした時、スキンヘッドが遮った。

 

 

 

「だがよ、それでもやらなくちゃぁいけない時がある!!」

 

 

 

 スキンヘッドの勢いに京子ちゃんは出しかけた言葉を出すのをやめた。

 

 

 

「姉さん、アンタの弟は俺を拾ってくれた恩人であり、俺の目指す場所だった。しかし、運命ってのは残酷だな、俺から目標は消えちまった」

 

 

 

 京子ちゃんの弟は事故で亡くなっている。スキンヘッドの言っている人物は彼のことだろう。

 

 

 

「俺はアンタや兄貴のようになりたかった。俺達を守ってくれたアンタらのような強い人間にな」

 

 

 

 もう本当は立てないはずだ。立てないはずなのに、ふらつきながらもスキンヘッドはゆっくりと立ち上がった。

 片目は閉じ、残った目も半開き、足はプルプルと震えて立つのが奇跡のような状況だ。

 

 

 

 スキンヘッドが立ったことで、京子ちゃんは地面から木刀を抜き取る。

 

 

 

「俺はその人を守る……。そう決めてんだァ、退けよ、……退きやがれ!!」

 

 

 

 さっきほどのキレはない。私でも避けられそうなふらふらなパンチ。ゆっくりと向かうスキンヘッドの拳は、フェリシアの上に立つ京子ちゃんの頬に当たった。

 

 

 

 威力はなく、頬をぷにっとしただけ。そうなることを分かっていたから京子ちゃんも避けなかったのだろう。

 パンチを放った後、スキンヘッドはそれが最後の足掻きだったのだろう。全身の力が抜けて前のめりに倒れる。

 

 

 

 倒れかけたスキンヘッドを、フェリシアから足を下ろして京子ちゃんは抱きしめて受け止めた。

 

 

 

 京子ちゃんに支えられているスキンヘッドは手をぶらりとさせて、目を閉じている。微かにあった意識もこれで完全に失ったようだ。

 

 

 

 京子ちゃんはスキンヘッドを倒れているフェリシアの横に寝かせる。二人を見下ろす京子ちゃんは、二人に目線を向けたまま、

 

 

 

「霊宮寺さん達は先に帰っててくれ。後は私が片付けておく……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あれから約一ヶ月。例の事件のあったビルは解体された。

 あれ以降、リエが狙われることもなくなり、私達は今まで通りやってくる依頼をこなしていく。

 

 

 

「レイさん、今日の依頼大変でしたね!」

 

 

 

「そうね〜、まさかロボットに幽霊が取り憑いてるなんて〜」

 

 

 

 何事もなかったように時間は過ぎていき、節分やひな祭りでヒーローやマッチョと会う機会はあったが、京子ちゃん達は顔を出さなかった。

 

 

 

 仲間だったスキンヘッドの裏切りに、ビルの後始末。

 私達のところにも彼らの事件について調査がしばらく大変だった。その彼らと近かった京子ちゃん達はもっと大変だったろう。

 

 

 

 そうしてまた時は過ぎ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「もうだいぶ暖かくなって来ましたね〜」

 

 

 

 窓際にパイプ椅子を持って行き、日向ぼっこしているリエがだらけた顔する。

 

 

 

「さっき川の方を散歩してたら桜も咲いてたしね。もう春よね」

 

 

 

 私は台所で紅茶を淹れながらリエの独り言に返事をする。

 

 

 

「レイさん、花見やりましょ〜、私お団子食べたいです!!」

 

 

 

「いや、花より団子食べる気満々じゃない!!」

 

 

 

 紅茶を淹れ終えた私は、マグカップを持ってソファーへ向かう。ソファーでは黒猫が丸くなって寝ており、私はその横に座った。

 

 

 

「そうね〜、花見もいいかもね」

 

 

 

 私が座って返事をすると、

 

 

 

「なら早速やるか!!」

 

 

 

 背後から女性の声が聞こえた。私は首を上げて声の主を確認すると、

 

 

 

「京子ちゃんにコトミちゃん!!」

 

 

 

 そこには楓ちゃんが中に入れたのだろう。京子ちゃんとコトミちゃんがいた。

 

 

 

「久しぶりね!」

 

 

 

 私は久しぶりの再会にテンションが上がる。コトミちゃんもぺこりとお辞儀して挨拶をする。

 

 

 

「久しぶりです。霊宮寺さん、ずっと連絡できなくてすみません」

 

 

 

「良いのよ、でもどうしてたの?」

 

 

 

「私は受験があったので忙しかったのと、彼が逮捕されたことでちょっと色々と……」

 

 

 

「そう……」

 

 

 

 ニュースでは報道されなかったが、スキンヘッドやフェリシアが捕まったことはタカヒロさんから聞いていた。

 フェリシアは悪霊を取り込むことで力を蓄え、その力を世界中にアピールすることで国家を作ろうとしていたらしい。それにスキンヘッドも賛同し、彼女の側近として守っていたようだ。

 

 

 

 京子ちゃんは木刀を肩に乗せると、玄関の方へ親指を立てる。

 

 

 

「花見、やるんだろ!」

 

 

 

「今すぐに!?」

 

 

 

「ふふふ、私はそのつもりで来たんだ。すでにメンバー集めは終わってる。というか、そのせいでしばらく会えなかったんだけどな」

 

 

 

「集め終わってる?」

 

 

 

 私は疑問に思いながらも、コトミちゃんに急かされて準備を始めた。

 そして支度を終えた私達は京子ちゃんがすでに準備を終えたという花見スポットへ向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「レイさ〜ん。こっちだ!!」

 

 

 

 花見の会場に着くと、そこにはすでにブルーシートに座り、お酒を飲んでいるレッドやスコーピオン達の姿があった。

 他にもマッチョや魔法少女、いつもの面々がいる中。

 

 

 

「来たかァ。お前達」

 

 

 

 その中で一番お酒を飲んで顔を真っ赤にしている、赤い髪に牙の生えた人物。

 

 

 

 その人物を見て私とリエ、黒猫に楓ちゃんは同時に叫ぶ。

 

 

 

「「「「フェリシア!?」」」」

 

 

 

 そしているのはフェリシアだけではない。

 

 

 

「俺もいるぜ」

 

 

 

 そこにはスキンヘッドの姿があった。

 

 

 

「なんであなた達が!? 捕まったんじゃ……」

 

 

 

「姉さんのおかげで少し色々あってな。監視付きだが……短時間なら外出が許可されてるんだ」

 

 

 

 なぜだか分からないが、そういうことらしい。しかし、スキンヘッドと京子ちゃんは仲直りをしたのか、今まで通りに接している。

 

 

 

 事情を理解したところで私達も花見に参加する。

 

 

 

 花が散る中、皆で夜まで騒ぎ過ごす。一年にも満たない期間だが、ここまでの人達と出会った。

 一人の幽霊との出会いから始まり、ヒーローやマッチョ、暴走族に、ラスボスぽいやつまでそんな人達との出会いをもたらした。

 

 

 

 唐揚げを頬張りながら天を覆う桜を見上げる。一面を覆う桃色の世界。

 この一面を覆う花が散り、季節が変われば、全てが始まった夏が訪れる……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 プロペラの回転する音。船内が揺れ、私は目覚めた。部屋はベッドと小物が置ける程度の小部屋。私が起き上がる、銀髪の長い髪が私の身体を追って背中に張り付く。

 

 

 

 窓から見えるのは一面を覆う雪景色。先程までいた森とは世界が一変している。

 

 

 

「………………なんだろ……う。不思議な夢を見ていた…………みたい…………」

 

 

 

 時計を見るとセットしておいた時刻の5分前になっていた。私は時計を止めて普段の戦闘服へと着替える。

 

 

 

「少し早い……けど。隊長も……準備終えてる……はず」

 

 

 

 私は部屋を出て仲間の元へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第E1話 『大会議』

霊能力者のレイちゃんは、ダメ、無能、役に立たない? 番外編

 

 

 

著者:ピラフドリア

 

 

 

第E1話

『大会議』

 

 

 

 

 しばらく外伝を投稿します。時系列的には少し前の話などになるので、こちらもよろしくお願いします。

 

 

 

 

 

 

 あるアパートの3階。そこに集まった四人と一匹はテーブルを囲む。

 

 

 

「これから節約大会議を始めます」

 

 

 

 そしてこれから大事な会議が始められようとしていた。

 

 

 

 黒猫が呆れた表情で私に聞く。

 

 

 

「節約大会議……って何があったんだ?」

 

 

 

「ここは事務所はお兄様から借りているってことは知ってるはずよね」

 

 

 

「ああ……あのやばい兄貴だろ」

 

 

 

 私はテーブルの上に置かれた一枚の書類を指差した。

 

 

 

「これは今月の電気代、水道代諸々を含めた料金…………私はお兄様に上限金額を決められてるの……でも、今月、ちょっとオーバーしちゃった!!」

 

 

 

 上限金額をオーバーしている。素直に謝れば許してはもらえる。しかし、これが続くと私としては申し訳ない。

 

 

 

「そこでみんなに節約方法を考えてもらうとにしたの」

 

 

 

 私が伝えると楓ちゃんが困った顔をする。

 

 

 

「節約って言っても僕平日は夕方しかいませんし。事務所の状況分かりませんよ」

 

 

 

「なんでも良いのよ。改善方法を提案してくれれば」

 

 

 

 すると、リエが手を上げた。

 

 

 

「エアコンを使わないってのはどうですか?」

 

 

 

「あなた、耐えられるの?」

 

 

 

「無理ですね」

 

 

 

 私の質問にリエは即答した。

 

 

 

 今は真夏だ。エアコンをやめたら暑さでやられてしまう。

 

 

 

「ちょっと良いですか」

 

 

 

「なに? 楓ちゃん」

 

 

 

「僕的には事務所寒すぎますよ。学校はもう二度くらい温度高いですけど、それでもブレザー着る人いますよ」

 

 

 

「私的には適応だけど」

 

 

 

 楓ちゃんの意見に賛同してリエも立ち上がる。

 

 

 

「私も慣れてましたけど、レイさん冷やしすぎですよ」

 

 

 

「そう? 私暑いより寒い方が良いタイプだからなぁ。ま、みんながそう言うなら、少し温度上げましょうか。他には何かある?」

 

 

 

 私が聞くと今度は黒猫が案をあげる。

 

 

 

「なぁ、お前が兄貴に決められた上限って一人の時の金額か?」

 

 

 

「そうだけど」

 

 

 

「なら、職員増えたこと伝えて、人数分にしてもらうか、または依頼料増やせば良いんじゃないか?」

 

 

 

 黒猫の意見を聞いて私は納得する。

 

 

 

「そういえばそうね。でも、お兄様からの出費を増やすわけにもいかないし、私たちだけでどうにかしましょうか」

 

 

 

「じゃあ、依頼料増やすのか?」

 

 

 

「そうするしかなさそうね。でも、一気に上げるんじゃなくて少しだけね。実はオーバーしたって言ったけど、ほんの数百円なの、これくらいなら補えるよ」

 

 

 

「数百円なのかよ!! どんだけ頼ってんだよ!!」

 

 

 

「最初は依頼料で黒字に拾うとしてたんだけど。お兄様に赤字でも良いから料金を下げて困ってる人を助けろって言われたの」

 

 

 

「お前の兄貴は何を考えてるんだか…………」

 

 

 

 

 

 



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第E2話 『散歩』

霊能力者のレイちゃんは、ダメ、無能、役に立たない? 番外編

 

 

 

著者:ピラフドリア

 

 

 

第E2話

『散歩』

 

 

 

 

「レイさ〜ん、早くきてくださいよ〜」

 

 

 

「待ってよ。あんたは浮いてるから良いけど、この坂結構キツいのよ!」

 

 

 

 私とリエは依頼がないため散歩をしていた。

 

 

 

 事務所の近くにある急坂。ここは自転車に慣れてる人でも押して歩くことの多い坂だ。

 

 

 

「はぁはぁ、やっと追いついた……」

 

 

 

 やっと坂を登り終えて私は頂上で待っていたリエと合流した。

 

 

 

「レイさん、あれ見てください」

 

 

 

 リエが何かを指差す。私はリエの指を追って視線を動かすと、そこには富士山が見えていた。

 

 

 

「こんなところから富士山なんて見えたんだ」

 

 

 

「大きな山ですね〜」

 

 

 

「そうね。日本一大きい山だからね」

 

 

 

「ねぇレイさん。いつか行ってみたいです」

 

 

 

 リエは目を輝かせている。

 

 

 

「そうね。いつか……行ってみましょうか」

 

 

 

「行くとしたらタカヒロさんとミーちゃんと楓さんも一緒ですね!」

 

 

 

「猫は……大丈夫なのかな?」

 

 

 

 富士山を見終えて、私達は散歩を再開する。

 

 

 

 しばらく道なりに進むと、公園が見えてきた。事務所の近くにある公園とは違い、遊具は少ないが近くに森林があり、虫網を持った子供達が走り回っている。

 

 

 

「誰かいますね」

 

 

 

 公園の前を通ると、公園の広場に誰かがいるのをリエが発見した。

 

 

 

「フハハハ!! 今日こそは貴様らを地獄に落としてやるぞ。ゴーゴーレンジャー!!!!」

 

 

 

 軍服を着た髭面の男が向かい合う四人の人達に向かって威勢よく叫ぶ。

 

 

 

「さぁやってしまえ、車型怪人カーデビルよ!!」

 

 

 

「覚悟しろ、ゴーゴーレンジャー!!!!」

 

 

 

 下半身が子供用の車のおもちゃでできた怪人が、襲い掛かろうとする。

 しかし、一瞬で四人にボコられた。

 

 

 

「カーデビル!?」

 

 

 

 倒れたカーデビルに小豆色のヒーローは小豆を投げ続ける。

 

 

 

「痛い、痛い、やめて! 降参です。降参ですから、小豆を投げないでーーー!!!!」

 

 

 

 数の暴力で勝つヒーロー。私達はそんな悪と正義の戦いを見ないフリをして通り過ぎた。

 

 

 

「あれはなんだったんでしょうね」

 

 

 

「あれは社会の闇よ。見ない方が良い」

 

 

 

 散歩を再開した私達。しばらく進むと大通りに出て、そこからは大通りに沿って道を進む。

 

 

 

「この道を進めば駅の方ですか?」

 

 

 

「そうね。ついでにスーパーに寄って夜ご飯買って帰りましょうか」

 

 

 

「駅近だとヤマネですか……。あそこのお惣菜水っぽいんですよね」

 

 

 

「じゃあ、コロッケは商店街で買って帰る? あそこのコロッケ、リエ好きでしょ」

 

 

 

「あ! 商店街の入り口の揚げ物屋さんですか! あそこのコロッケ大好きです!! そうしましょう!!」

 

 

 

「決まりね」

 

 

 

 

 

 

 

 



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第E3話 『朝のひと時』

霊能力者のレイちゃんは、ダメ、無能、役に立たない? 番外編

 

 

 

著者:ピラフドリア

 

 

 

第E3話

『朝のひと時』

 

 

 

「リエ〜タカヒロさん、おはよ〜」

 

 

 

 私が自室から出てくるとリビングではすでに起きていたリエとタカヒロさんがソファーで将棋をやっていた。

 

 

 

「ふあぁ……あんた達いつも早いよね……」

 

 

 

 欠伸をしながら二人を感心する。

 

 

 

「おはようございます。レイさん」

 

 

 

「やっと起きたか。レイ。……飯」

 

 

 

 ご飯の催促をしてくるタカヒロさん。

 

 

 

「はいはい……」

 

 

 

 私は頭にバンダナを巻いて台所にかけてあるエプロンをつける。

 

 

 

「何食べる?」

 

 

 

「何でも良いです」

 

 

 

「それが一番困るのよ」

 

 

 

 朝ごはんを考えている間に、先に黒猫にご飯をあげることにした。

 キャットフードの入った袋を取り出して、使わなくなった底の薄い茶碗にキャットフードを入れる。

 

 

 

「はい、ミーちゃん」

 

 

 

 私は黒猫にご飯をあげる。それから冷蔵庫を覗いて何かないか探してみた。

 

 

 

「ん〜、リエ昨日の残りの鍋残ってるよ」

 

 

 

「え〜キムチじゃないですか。朝から辛いの嫌です」

 

 

 

「1日置いたから大丈夫だと思うけど、しょうがないなぁ」

 

 

 

 再び冷蔵庫を開けて、卵とハムを取り出す。

 

 

 

「目玉焼きとハムで良い?」

 

 

「はい!」

 

 

 

 私はフライパンを取り出して料理を始める。

 

 

 

 ハムを焼きて焼き色がついてきたら、その上に卵を割る。白身の形が整い、白身に焦げ目がつく前に私はフライパンから用意していた皿に移した。

 

 

 

「はい、出来たよ」

 

 

 

 完成した利用をテーブルに置いてリエを呼ぶ。リエは将棋を片付けてから椅子に座る。

 私もパイプ椅子を持ってきて向かいに座ると手を合わせた。

 

 

 

「「頂きます」」

 

 

 

 食事を始めた。

 

 

 

「レイさん、塩取ってください」

 

 

 

「そういえば、あんた塩派よね」

 

 

 

 私はリエに塩を渡した後、ついでにテーブルの端に放置してあるリモコンを取ってテレビをつけた。

 

 

 

 

 

 

 食事を終えて食器を洗っている中、リエは黒猫は窓から外を覗いていた。

 

 

 

「あ、楓さんだ。おーい!」

 

 

 

 ビルの通りに楓ちゃんを発見したリエは手を振って楓ちゃんに呼びかける。

 

 

 

 楓ちゃんも気づいて手を振り返してくれたようでリエは嬉しそうにしている。

 私は食器を洗いながら二人に話しかける。

 

 

 

「こんな時間に楓ちゃんって珍しいね」

 

 

 

 私の疑問に黒猫が答える。

 

 

 

「朝練休みだったんだろ。部活のバッグ持ってないし」

 

 

 

「あ、そうなの。あのいつもの重たそうなバッグ」

 

 

 

「着替えとタオルが入ってるだけだけどな。水筒がデカいから重そうだけどな」

 

 

 

「じゃあ、今日は早めにうち来るのかな。部活ないみたいだし」

 

 

 

「そうだろうな」

 

 

 

 食器を洗い終えた私はポットに水を入れてスイッチを入れる。

 楓ちゃんが見えなくなったリエが振り返ると、私がお湯を沸かしていることに気がついた。

 

 

 

「レイさん、なんか飲むんですか?」

 

 

 

「紅茶」

 

 

 

「私も飲みたいです」

 

 

 

 

 

 

 



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第E4話 『高校生の日常』

霊能力者のレイちゃんは、ダメ、無能、役に立たない? 番外編

 

 

 

著者:ピラフドリア

 

 

 

第E4話

『高校生の日常』

 

 

 

 

「はよー! 坂本」

 

 

 

「あ、おはよー!」

 

 

 

 楓が教室に入ると先に到着していた友人が机に座って本を読んでいた。

 

 

 

「何読んでるの?」

 

 

 

「ん、ジャンピース。萩村に借りたんだ」

 

 

 

「へぇ〜、萩村君そういうの好きだよね」

 

 

 

 楓は自分の先にバッグを置いて友人の元へと向かう。

 

 

 

「どう? 面白い?」

 

 

 

「あー、イマイチわかんない。姉貴にも読めって言われたけど、俺にはなぁぁ」

 

 

 

「新田君は漫画より野球の中継聴いてる方が楽しそうだしね」

 

 

 

「そんなん当たり前だろ。昨日のワイスターズ見たか? あれは良かったぞ」

 

 

 

 嬉しくなった友人は漫画を閉じると、立ち上がり片足を上げるとボールを投げる感覚で漫画を投げた。

 

 

 

 漫画は回転して急カーブすると途中で九十度曲がり、教室の入り口の方へと飛んでいく。

 

 

 

 漫画が丁度扉に到着した時。扉が開いて一人の生徒が入ってきた。

 

 

 

「やべ!?」

 

 

 

「ぶっはぁっがぁ!?」

 

 

 

 顔面に漫画が直撃して生徒は倒れる。楓と友人は急いで生徒の元へと駆け寄った。

 

 

 

「す、すまん、萩村……」

 

 

 

「にぃぃぃだぁぁぁぁぁっ!!」

 

 

 

 萩村が新田に飛び掛かる。

 

 

 

「俺の漫画投げるんじゃねー!!」

 

 

 

「すまーん!! そんなつもりじゃなかったんだーー!!!!」

 

 

 

 

 

 

 朝礼を終えて一限前の休み時間。

 

 

 

「楓、ションベン行こーぜ」

 

 

 

 新田に声をかけられて楓は無言で立ち上がってトイレに向かう。

 

 

 

 並んで小をしていると新田が聞いてくる。

 

 

 

「一限なんだっけ?」

 

 

 

「確か古典」

 

 

 

「あー、林か。サボれるな……」

 

 

 

「……いや、サボっちゃダメでしょ」

 

 

 

 教室に戻ってくると、すでに先生がいて授業で読む文をずらっと黒板に書き出していた。

 5分程度でここまで書き切るのは凄いが、字は後半になるにつれて小さくなるし、下の方は潰れていて読めない。

 

 

 

 萩村は席に座って持ってきたゲーム機で遊んでいる。

 二人は萩村の元に行き、新田がゲームの画面を覗いた。

 

 

 

「また持ってきたのかよ。またオニギリに取り上げられるぞ」

 

 

 

「大丈夫だよ。林の授業だし、オニギリは一限見回り来ないから」

 

 

 

「てか、何やってるの?」

 

 

 

「厳選中……」

 

 

 

「そ、そうか……」

 

 

 

 ゲームについて聞いては見たが分からなかった新田は諦めて自分の席に帰って行った。

 新田が離れた後、萩村は楓に画面を見せる。

 

 

 

「坂本、こいつ可愛くね?」

 

 

 

 そう言って見せてきたのはスライムモンスター。目がくりっとしていて、丸っこい身体をしている。

 

 

 

「可愛いね!」

 

 

 

「でしょ! 坂本なら分かってくれると思ったよ。坂本ってなんのゲームやるんだっけ?」

 

 

 

「僕はそうだなぁ、スポーツゲームとかパーティーゲームかな」

 

 

 

 楓と萩村が話していると、黒板と睨めっこをしていた先生が振り向き、教卓を叩いた。

 

 

 

「もーすぐ、チャイムなるぞー、座って〜座って〜」

 

 

 

 先生は急かすが、生徒達はゴミを捨てに行ったり、教科書を取りに行ったり、ダラダラと動きながらチャイムが鳴ってから着席した。

 

 

 

 

 

 午前の授業が終わり、四時間目。制服を着替えた生徒達は校庭に出ていた。

 

 

 

「あっつぅ〜」

 

 

 

 新田が上着を脱いで半裸で上着を団扇代わりにして仰ぐ。

 それを楓は横目で見る。

 

 

 

「逆にそんなに動いてたら暑いでしょ……」

 

 

 

 校舎から出てきて体育教師が笛を鳴らす。

 

 

 

「さっさと並べ」

 

 

 

 この先生が出てくるといつもはダラけている生徒達もテキパキと動いて並ぶ。

 

 

 

「今日はサッカーやるぞ」

 

 

 

 楓は新田達と集まり、チームを作る。1クラスで5チーム出来て、1チーム審判で残りの4チームで試合。15分の試合が終わるごとに、5チームで交代していくことになった。

 

 

 

 

 

 

 

 授業が終わり、教室で着替える。

 

 

 

「楓にパスすれば大体決めてくれるから楽だわぁ」

 

 

 

 新田はスプレーを使いまくり、その匂いで楓は鼻をつまむ。

 

 

 

「新田君、臭い……」

 

 

 

「あー、楓これ嫌いだったな。すまん」

 

 

 

 そう言いながら新田はスプレーを楓に向ける。楓は素早くしゃがんで避けた。

 

 

 

「はやっ!?」

 

 

 

「やめてよー!」

 

 

 

 二人が戯れていると、先に着替え終えた萩村が財布を持って二人を呼ぶ。

 

 

 

「俺、売店行ってくるけど。来るか?」

 

 

 

 新田はスプレーをバッグにしまうと、500円玉を萩村に投げた。

 

 

 

「じゃあついでに弁当買ってきて」

 

 

 

 萩村は500円を受け取ると、めんどくさそうな顔をするが、

 

 

 

「へーい」

 

 

 

 ポケットにお金を入れる。

 

 

 

「楓は?」

 

 

 

「僕はお弁当作ってきたから大丈夫」

 

 

 

 着替え終えた楓はバッグから弁当を取り出した。

 お弁当箱を開けると、色鮮やかで可愛いお弁当が出てきた。

 

 

 

「「お前は女子か!」」

 

 

 

 

 

 

 5時間目の世界史の授業。生徒達はご飯を食べた後ということもありうとうとしていた。

 

 

 

「ほらみんなハキハキする!」

 

 

 

 眼鏡をかけた女教師が教科書を叩いて生徒の目を覚まそうとする。しかし、あまり効果はない。

 

 

 

 黒板に書かれる文字を的確に楓は写していると、机の中にしまっていた携帯にメールが届く。

 

 

 

 先生にバレないように携帯を覗くと、メールは萩村からであり、内容は「これから寝るからノート後で写させて」というものだった。

 

 

 

「…………」

 

 

 

 楓は無言で携帯を奥にしまった。

 

 

 

 

 

 

 授業が終わり、帰りの準備を始める。

 

 

 

「坂本〜、今日部活か?」

 

 

 

 帰りのホームルームが終わると、新田がバッグを背負って楓の元に来る。

 

 

 

「部活だけど軟式は休みなの?」

 

 

 

「ああ、顧問が三年の進路指導で来れないんだって。先輩も来れないから自主練」

 

 

 

「あー、先輩来ないって言ってたなぁ」

 

 

 

 楓達がそんな話をしていると、廊下から三年の先輩がやってきて楓を呼ぶ。

 

 

 

「坂本!」

 

 

 

「先輩?」

 

 

 

 楓が駆け寄って挨拶すると、

 

 

 

「今日部活休みな」

 

 

 

「え、水泳部も休みなんですか。三年居なくても大丈夫ですよ?」

 

 

 

「すまんな。二年の大会も近いのに。でも、先生に止められたんだ。うちの顧問過保護だろ」

 

 

 

「そうですよ……高校の先生よりも小学校の先生の方が向いてるんじゃないですか」

 

 

 

「ま、そういうこった。部活やるならチクる先生にはバレないようにやれよ〜」

 

 

 

 そう言って先輩は教室から離れていった。

 

 

 

「どうするんだ、坂本」

 

 

 

 後ろで新田と萩村が待っている。いつの間にか二人で帰ることになってたらしい。

 

 

 

「僕も帰るよ。後で怒られたくないし」

 

 

 

 

 

 

 正門で屯っている生徒達を横切って、三人は坂を降って下校する。

 

 

 

「萩村、今日は自転車じゃないの?」

 

 

 

 普段は自転車を使っているが、今日は駐輪場に向かわない萩村に疑問を持った新田が聞く。

 

 

 

「朝パラパラ降ってたじゃん。車で送ってもらった」

 

 

 

「その程度で送ってもらうなよ……」

 

 

 

 坂を降りるとコンビニがあり、授業を終えた非常勤の先生が駐車場の前で休憩していた。

 楓達が礼をして前を通ると、先生が話しかけてくる。

 

 

 

「萩村、坂本…………えっと、に、新田じゃないか」

 

 

 

「先生、俺のこと忘れないでください!」

 

 

 

 落ち込んでいる新田。新田を放置して、楓はある物に気づく。

 

 

 

「あれ、先生、禁煙したはずじゃ……」

 

 

 

 すると先生は眉間に皺を寄せて皺を作り、ちょっと声のトーンを下げる。

 

 

 

「男にはな。やめられないことが三つある。恋と夢とタバコだ」

 

 

 

 格好をつける先生。そんな先生を三人の生徒は冷めた目で見つめる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しばらく歩くと地区が運営する体育館の前を通る。

 

 

 

「バスケしてく?」

 

 

 

 新田が中から聞こえてくるシューズの音に反応して、二人に聞く。

 

 

 

「僕、この後バイトがあるのでやめとく」

 

 

 

「俺もパス。この後、ネットで予定あるから」

 

 

 

 二人に断られて新田はしょげる。そのまま体育館を通り過ぎようとしたが、楓が立ち止まった。

 

 

 

「あ、ちょっとジュース買ってって良い?」

 

 

 

「おう」

 

 

 

 体育館の前にある自販機に立ち寄り、楓は小銭を入れる。

 楓が飲み物を買うのを待っている中、萩村は新田を呼ぶ。

 

 

 

「おい、おい見ろ」

 

 

 

「なんだよ」

 

 

 

 萩村の視線の先には近くにある女子校の生徒がいた。

 

 

 

「女子って良いよなぁ。

 

 

 

「だよなぁ」

 

 

 

「お前は姉ちゃんいるじゃん」

 

 

 

「いや、お前見たことないからじゃん。俺の姉ちゃん見たらショック受けるぞ。寝てるとき、姉ちゃんナポレオンフィッシュみたいな顔してんだぞ」

 

 

 

 二人がそんな話をしていると、ジュースを買った楓が嬉しそうに戻ってきた。両手には一本ずつペットボトルを持っていた。

 

 

 

 楓は持っているペットボトルのうち、一つを二人に向けて投げる。萩村がキャッチしようと手を伸ばすが、しくじりペットボトルは萩村の手に弾かれる。

 そんなペットボトルを新田がカバーてしキャッチした。

 

 

 

「なにこれ?」

 

 

 

「当たった」

 

 

 

 自販機の右中央にあるモニターには「777」と数字が並んでいた。

 

 

 

 どうやらおまけでもう一本貰えたようだ。

 

 

 

 ジュースを買い終えた三人は再び下校する。

 狭い歩道を縦になって進む。

 

 

 

 先頭を楓が歩き、その後ろを萩村、新田の順で進む。進んでいると新田が呟く。

 

 

 

「彼女欲しい……」

 

 

 

 小さな声だったため、車の音で聞こえず萩村だけが反応した。

 

 

 

「おすすめのアニメを教えるか?」

 

 

 

「現実の彼女だよ!!」

 

 

 

「まぁ分かるがな……」

 

 

 

 萩村は前にいる友人に目線を向ける。

 身長は低く、手足は細い。しかし、それを補うほどの整った顔つきをしている。

 

 

 

「アイツでどうだ?」

 

 

 

「やめろ!! 俺はあっちの世界には入りたくない!!」

 

 

 

 そう言いながら前方を歩く楓のお尻に目線を囚われる。

 

 

 

「見過ぎだバカ!」

 

 

 

 それに気づいた萩村が新田の頭を叩いた。流石にここまで騒ぐと楓も気づいて振り返る。

 

 

 

「どうしたの?」

 

 

 

「「なんでもない!!」」

 

 

 

 しばらく進んで公園の前に着くと、

 

 

 

「じゃ、僕はバイトがあるから、また明日!」

 

 

 

 楓はバイト先に向かって行った。残った二人はこのまま帰っても暇なため、公園で時間を潰す。

 

 

 

 ベンチで座り雑談をする。

 

 

 

「坂本バイト始めたよな。何やってるんだっけ?」

 

 

 

「知らね、コンビニじゃね」

 

 

 

「かなぁ…………んっぅ活だったりしてな」

 

 

 

 恥ずかしかったのか新田は言葉を詰まらせる。それを聞いた萩村は小馬鹿にしたような顔をする。

 

 

 

「なんだって? もう一回言ってみろよ〜」

 

 

 

「やめろぉ」

 

 

 

「ほらほら」

 

 

 

「分かってんだろー」

 

 

 

 突っかかって絡んでいた萩村だが、突然冷静な顔になると、

 

 

 

「本当にそうだったりしてな。あいつモテるし」

 

 

 

「この前バスケ部の先輩に告られたってよ」

 

 

 

「そっちにモテちゃダメだろ」

 

 

 

 新田は楓から貰ったジュースを開けると、一口飲んでから隣に座る萩村に渡した。

 

 

 

「飲むか?」

 

 

 

「おう、サンキュ」

 

 

 

 萩村も受け取ってジュースを飲むと、近くの砂場で遊んでいた子供が2人のことを指差した。

 

 

 

「ママ〜見て〜、あの人達仲良いよ〜、同じジュース飲んでる〜」

 

 

 

 二人は飲んだものを吹き出した。

 

 

 

 

 

 



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第E5話 『ブルーの苦悩』

霊能力者のレイちゃんは、ダメ、無能、役に立たない? 番外編

 

 

 

著者:ピラフドリア

 

 

 

第E5話

『ブルーの苦悩』

 

 

 

 

 ヒーロー。それは怪人と戦い、世界の平和を守る英雄。

 

 

 

「いらっしゃい……」

 

 

 

 青いヒーロースーツを見に纏ったヒーローが、喫茶店に入る。

 客が入ると店長の男性とバイトの少女が出迎えた。

 

 

 

「ブルーさん、お久しぶりですね」

 

 

 

「アンちゃん、久しぶり」

 

 

 

 ブルーは奥のカウンター席に座ると、テーブルに置かれたメニュー表を確認する。

 

 

 

「あれ、カレーを追加したのか?」

 

 

 

 ブルーが聞くと店長は頷く。

 

 

 

「新メニューです。色々ゴタゴタはありましたが、ようやく完成しました」

 

 

 

「そうかー、しかし、今日は食べてきちゃったからな。今度頂くよ」

 

 

 

 ブルーは新メニューに興味を持ちながらも、いつも通りのコーヒーを注文する。

 店長がコーヒーを作っている間、テーブルを拭いているアンと雑談をする。

 

 

 

「ブルーさん。最近お仲間とも関係はどうですか?」

 

 

 

「それがなぁ、あいつらいつもリーダー争いだ。赤に近いものがリーダーだって、ずっと争ってんだぜ。疲れるよ……」

 

 

 

「前も言ってましたよね……。大変ですね」

 

 

 

「しかもな、アンちゃん、聞いてくれよ!」

 

 

 

 ブルーはストレスが溜まっていたのか、それを発散するように愚痴り始める。

 

 

 

「それにレッドは夜な夜な飲み会に行くし、オレンジは両親の許可がないと何もしない、小豆に至ってはアジトで小豆洗ってるし!!」

 

 

 

「大変そうですね……。しかし、グリーンさんがいるんですよね、彼はまともなんじゃ……?」

 

 

 

「あいつが一番やばいよ……」

 

 

 

 ブルーは溜息を吐く。

 

 

 

「グリーンはレッドに誘われてヒーローになったが、元々怪人だぞ。めっちゃ良い奴だよ、一番まともだよ! ……でも仮面の下が、腐った死体なんだよ!」

 

 

 

「そういえば、グリーンさんはゾンビって言ってましたね」

 

 

 

「アジトに戻って仮面外す時めっちゃ怖いんだよ!! 目玉飛び出してるんだよ! それに臭いし!! しかも、飲み物飲むと身体の穴から漏れてくるし!!」

 

 

 

「それは……大変ですね」

 

 

 

 ブルーの話を聞いたアンも、その説明だけでお腹いっぱいであり、冷めた笑顔になる。

 二人が話しているうちに、コーヒーが完成したようで店長がブルーの前にコーヒーを置いた。

 

 

 

「はい、お待たせ」

 

 

 

 ブルーはコーヒーを受け取ると、まずは匂いを嗅ぎ、それから一口味あって飲んだ。

 

 

 

「相変わらず美味しいな。これだけ美味いなら宣伝次第でもっと客が来るんじゃないか?」

 

 

 

 ブルーの問いかけに店長は首を振る。

 

 

 

「俺は細々とやる方があってますよ。派手なのは苦手です」

 

 

 

「派手は苦手か……」

 

 

 

 店長の言葉を聞き、ブルーはふとある人物を思い出す。

 

 

 

「そういえば、またこの辺で出たみたいだな。派手な奴が」

 

 

 

「っと、いうと?」

 

 

 

「怪盗さ……。店長もニュースで見たことくらいあるだろ?」

 

 

 

 店長は頷く。

 

 

 

「知ってますよ。赤いマントを羽織った大怪盗ですよね」

 

 

 

 怪盗を説明する店長の声はいつもよりもハキハキしていて楽しそうに聞こえた。

 ブルーはそんなことは気にせずに話を続ける。

 

 

 

「そうそう、その怪盗だ。噂だとフシギ伯爵とも戦ったらしい」

 

 

 

「へぇ〜。ブルーさんは怪盗を捕まえないんですか?」

 

 

 

 店長の問いかけにブルーは首を振った。

 

 

 

「俺達はヒーローだ。戦うのはヴィラン、怪人だけだからな。泥棒の相手は警察に任せる。ま、どっかの国ではなんでも屋みたいなヒーローもいるがな」

 

 

 

「そうか、それは残念です。ブルーさんと怪盗の戦いを見てみたかったんですけどね」

 

 

 

 店長は少し残念そうに語る。それを聞いたブルーはコーヒーの飲んでから、

 

 

 

「ま、活動中に出会えば戦うぜ。その時は中継とかで見ててくれよ!」

 

 

 

 親指を立てて自信満々のブルー。そんなブルーを見て店長は嬉しそうな顔で微笑む。

 

 

 

「それは楽しみにしておくよ」

 

 

 

 しばらく優雅な時が流れる。カップの外の色が薄く見えていた頃、ブルーがふとアンに尋ねた。

 

 

 

「アンちゃんって、いつ店長さんと出会ったんだ? この人良い人だけど、趣味とかないだろ」

 

 

 

「私と店長さんの出会いですか。そうですね、ロザントスでモカと…………」

 

 

 

 アンが語り出すと、横から店長がアンの頭を軽く叩く。

 

 

 

「痛いです。店長さん……」

 

 

 

「お前な……。下手に喋るな……」

 

 

 

「大丈夫ですよ。私はダッチさんと違ってそういうところは計算して、情報を出すんです。こういうのは真実と虚偽を織り交ぜることが大事なんです」

 

 

 

「確かにそれは大事だがな……。真実のインパクトが強すぎだ」

 

 

 

 店長が呆れた様子でブルーの方を見ると、ブルーはテーブルに乗り出して聞いてきた。

 

 

 

「アンちゃん、あのロザントス出身なのか!!」

 

 

 

「はい」

 

 

 

 ブルーはアンの回答を聞いて倒れるように背もたれに背中をつける。

 

 

 

「マジか……。あんなところにいたのか……」

 

 

 

「ブルーさんはロザントスに行ったことは?」

 

 

 

 アンが聞くとブルーは疲れ切った様子で否定する。

 

 

 

「あんなところに行きたくもない。ヒーローすら寄せ付けない悪の巣窟。警察は賄賂で買収されて、毎日強盗恐喝殺人、犯罪のオンパレードの街だ。絶対行きたくない」

 

 

 

「そういえば、ロザントスでヒーローは見たことないですね」

 

 

 

「ヒーローを見かけたら、吊し上げで見せしめにされる。恐ろしい街だ……」

 

 

 

 ヒーローであるブルーが怯えている。それだけヒーロー達の間では恐れられている街でもあるということだ。

 

 

 

「っで、なんで出会ったんだ?」

 

 

 

「色々ありまして」

 

 

 

「ま、ロザントスじゃ言えない事情もありそうだ……」

 

 

 

 ブルーは最後の一口のコーヒーを飲み干すと、財布から小銭を取り出して、ちょうどぴったりのお金をテーブルに置いた。

 

 

 

「じゃ、また来るよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第E6話 『期待の新人』

霊能力者のレイちゃんは、ダメ、無能、役に立たない? 番外編

 

 

 

著者:ピラフドリア

 

 

 

第E6話

『期待の新人』

 

 

 

 

 

 仕事が終わり、上司と二人で一人の部下が会社を出る。

 

 

 

「お疲れ様です。克己さん。これから帰りですか」

 

 

 

「ああ、お前もか。……そうだな、これからいっぱいどうだ?」

 

 

 

 上司に近くにある飲み屋に寄らないかと誘われるが、部下は頭を下げる。

 

 

 

「本当、ごめんなさい。今回は用事があって……。また後日お願いします」

 

 

 

「そうか、それは残念だ」

 

 

 

 上司と別れた男性は駅とは反対側へと歩いて行き、あるところに立ち寄った。

 

 

 

「あ、先輩!」

 

 

 

 建物に入るとサンドバッグを殴っていた青年が男性に気づき駆け寄ってきた。

 

 

 

「ハヤカワ!! どうだ、元気にしてたか?」

 

 

 

 男性は拳を丸めるとハヤカワの胸に拳で突く。

 

 

 

「はい! 近々試合もありますよ」

 

 

 

「そうか、それは良かった」

 

 

 

 ハヤカワに案内されて男性は中に入り、壁際に用意されているベンチに座る。

 

 

 

「先輩の方はどうですか? プロへの誘いもあったのに、結局やめて会社員になったんですよね」

 

 

 

「ああ、良い上司もいて営業も調子が良い」

 

 

 

 男性は職場での話をしばらく話す。そして近況をある程度話すと、ある話を始めた。

 

 

 

「しかし、克巳先輩は良い人なんだが、最近大変なことが変わってな」

 

 

 

「なんですか?」

 

 

 

 ハヤカワが質問すると、その質問にすぐに答えた。

 

 

 

「この前突然、SM系の店を知らないかって、聞かれたんだよ」

 

 

 

「マジですか……」

 

 

 

「マジだ。それがある時に自分のそういう面に気づいたらしく。ハマってしまったらしいんだ」

 

 

 

「でも、その人って家族いるんですよね……」

 

 

 

「ああ、この前家族に知られたらしくて、少し雰囲気が危ないらしい…………」

 

 

 

 心配の困ったことを相談し終えると、それとほぼ同タイミングでリングの上にいるミットを持った男性が二人を呼んだ。

 

 

 

「ハヤカワ〜、ミカミ〜、どうだ? リング使うか?」

 

 

 

 

 

 

 

 二人はヘッドギアとグローブを付け、リングに上がる。

 

 

 

「1ラウンド3分だ。良いな」

 

 

 

 レフェリーをやってくれるジムに通う一番年上の人が、説明をする。

 

 

 

 二人はリングの端にそれぞれ立つと、ゴングを鳴らし、スパーリングを開始した。

 

 

 

 ハヤカワは姿勢を低くしてステップを踏むと、素早く動いてミカミに接近する。

 

 

 

 リングの外で様子を観戦していた男性はその様子を見て驚く。

 

 

 

「早い!」

 

 

 

 驚く男性の隣の男性が腕を組み解説をする。

 

 

 

「ハヤカワの強みは速さだ。瞬発力なら世界にだって通用するはずだ」

 

 

 

 見守られる中、距離を詰めたハヤカワのラッシュがミカミを襲う。

 ミカミはガードを固めて、防戦一方だ。

 

 

 

「おいおい、ミカミさん押されてるよ。久しぶりにスパーは厳しいんじゃ」

 

 

 

「いや、違う」

 

 

 

 腕を組んでいる男性の予想通り、すぐに展開が変わる。

 ミカミはハヤカワの攻撃リズムを身体で覚えると、ハヤカワの一瞬の隙を狙い、ミカミはカウンターを直撃させた。

 

 

 

 ミカミの鋭いストレートに、ハヤカワの身体はのけ反り、ふらふらと下がる。

 

 

 

 ミカミはハヤカワに追撃を加えようと、距離を詰めるが、ハヤカワは素早くステップを踏んで追撃から逃げた。

 

 

 

 距離を取ったハヤカワ。ミカミは深追いすることはなく、一歩退いた場所で様子を見る。

 

 

 

「なんでミカミさんは追わないんだろう」

 

 

 

「追えないんだ。ハヤカワのスピードについて行こうとすれば、逃げられる。下手に追えば体力を失うだけだ」

 

 

 

「でも、そうしたら手が出せないんじゃ」

 

 

 

 しかし、観戦者の予想を上回る動きをミカミは見せる。

 

 

 

 ミカミは勢いよく追うことはしなかったが、ゆっくりとステップ踏みながらハヤカワに近づく。

 

 

 

 ハヤカワは左右に逃げようとするが、なかなか逃げられる。少しずつ下がっていき、気がつけば、端まで追い詰められていた。

 

 

 

「どうなってるんだ、ハヤカワが追い詰められてる」

 

 

 

「そうか、フェイントで逃げ場を塞いでるんだ」

 

 

 

「フェイントで?」

 

 

 

「ミカミさんはハヤカワが逃げたい位置を予想して、その場所をフェイントで逃げられないように塞いでるんだ」

 

 

 

「そんなことできるのかよ」

 

 

 

「やってるからハヤカワは追い詰められてるんだ」

 

 

 

 追い詰められたハヤカワ。ハヤカワはジャブで牽制した後、左右に逃げようとするが、ミカミに逃げ場を塞がれて逃げられない。

 

 

 

 逃がしてくれないと分かったハヤカワは、その場で戦うことを決める。

 

 

 

 ガードを固めて、その場でステップを早める。

 

 

 

「ハヤカワのやつ、コーナーで戦う気か。無茶だ!?」

 

 

 

 周りが驚く中、ミカミはラッシュでハヤカワを攻める。ハヤカワはラッシュをガードで受ける。

 

 

 

 その様子を見ていた観覧者の一人が呟いた。

 

 

 

「似てる……」

 

 

 

「似てる? 何が?」

 

 

 

「最初のハヤカワの猛攻とミカミのガード。あの時とは立場も位置も違うが、似ているんだ」

 

 

 

「まさか、ハヤカワ……」

 

 

 

 ハヤカワはガードの隙間から、ミカミの様子を伺う。そして、

 

 

 

「踏み込んだ!!」

 

 

 

「カウンターか!?」

 

 

 

 ハヤカワのパンチが届く前に、ゴングが鳴らされた。

 

 

 

 二人はレフェリーにタオルを渡されて汗を拭く。

 

 

 

「ハヤカワ、なかなか良い出だしだったな」

 

 

 

「先輩も良かったですよ」

 

 

 

 二人は握手して抱き合って挨拶をして、リングを降りた。

 

 

 

 

 

 

 シャワーを浴びて汗を流した二人は、駅まで一緒に帰っていた。

 

 

 

「先輩はまたやる気はないんですか」

 

 

 

「ない」

 

 

 

「ブランクも感じさせないか動き。帰ってきたら活躍できますよ!」

 

 

 

「ない」

 

 

 

 はっきりと答えるミカミにハヤカワは寂しそうな顔をする。そんなハヤカワにミカミはあることを告げる。

 

 

 

「できないんだ。もう」

 

 

 

「え……」

 

 

 

「身体の限界だ。医者から辞めるように言われてな」

 

 

 

「そんな……」

 

 

 

「ま、今は今で楽しいさ。だから良いんだ」

 

 

 

 駅に着くと、改札で2人は別れる。

 

 

 

「では俺はこっちなので」

 

 

 

「そうだったな。じゃあ、頑張れよ」

 

 

 

 

 

 



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第E7話 『かくれんぼ』

霊能力者のレイちゃんは、ダメ、無能、役に立たない? 番外編

 

 

 

著者:ピラフドリア

 

 

 

第E7話

『かくれんぼ』

 

 

 

 ひとりかくれんぼ。それは人形を使った降霊術であり、コックリさんに並ぶ都市伝説の一つだ。

 

 

 

「本当にやるのか?」

 

 

 

 新田が心配そうに萩村に尋ねる。

 

 

 

「最近配信者の中で流行ってるらしいんだよ。なら、やるしかないだろ」

 

 

 

 萩村はアパートの至る所にカメラを設置する。

 

 

 

「でも、家族はどうするんだよ」

 

 

 

「両親は出張。爺ちゃんは温泉旅行だよ。ほら、そこにそのカメラ置いて」

 

 

 

 萩村に言われるがまま、新田はカメラを設置する。

 

 

 

「幽霊を撮ったら、石上に送りつけてやる。あいつも悔しがってやるはずだぜ」

 

 

 

 ニヤリと成功した時のことを考えて笑う萩村。新田はそんな萩村の顔を見ながら、こいつは幽霊よりも危険な悪魔だと、萩村のことを思う。

 

 

 

 準備を終えた萩村は新田に子供用のおもちゃの無線機を渡した。

 

 

 

「通信が通じるのは20メートルくらいだけど、長持ちくる。もしもの時はそれで連絡する」

 

 

 

「もしもって……度胸あるなぁ」

 

 

 

 新田は萩村を説得しようとしても、意味がないとわかり、諦めてアパートから出た。

 

 

 

 萩村は米と爪を入れた熊の人形を箱から出して、人形に話しかける。

 

 

 

「最初の鬼はブーくんだから。最初の鬼はブーくんだから。最初の鬼はブーくんだから!」

 

 

 

 そして人形に伝えた後、浴室に行き、水の張ったバケツの中に人形を沈めた。

 人形をバケツの中に放置して、萩村は浴室から出ると、リビングの照明を消し、テレビを付けて砂嵐にした。

 

 

 

 そして目を瞑ると数を数える。

 

 

 

「1、2、3…………10」

 

 

 

 10を数え終えると、テーブルに置いておいた包丁を手に取って浴室へ向かう。

 そしてバケツの前に立つと、

 

 

 

「ブーくんみーつけた」

 

 

 と言って包丁をバケツの中で沈んでいる人形に突き刺した。

 人形から米が漏れて、バケツの中に数粒溢れる。

 

 

 

 そして人形に包丁を刺したまま、

 

 

 

「次はブーくんが鬼だから。次はブーくんが鬼。次はブーくんが鬼!!」

 

 

 

 そう言ったあと、萩村は浴槽を出て、塩水を置いておいた押入れに隠れた。

 

 

 

 萩村が隠れて数分。何も起こらず、萩村は暇でカメラに向かって話しかけた。

 

 

 

「だいたい10分くらい経ったかな。まだ何も起きません。何かこちらからアクションを起こしてみようと思います」

 

 

 

 そうすると、萩村は手を叩き、

 

 

 

「鬼さんこちら、手の鳴る方へ〜」

 

 

 

 と愉快に歌い出した。場違いな歌なのは分かっていたが、暇だから仕方がない。

 しかし、歌い始めて一巡をした時、リビングから物音がした。

 

 

 

 ガタリ……ッ。と小物の何かが高いところから落ちた。

 

 

 

 それを聞き、萩村は手を鳴らすのをやめて真剣にカメラに話しかける。

 

 

 

「今物音がしました。少し覗いてみますね」

 

 

 

 そう言って押入れを少し開けて、外の様子を覗き込む。

 リビングはいつも通りの部屋だ。だが、棚の上に置いてあったはずの写真立てが落ちていた。

 

 

 

「写真立てが落ちただけだったようです」

 

 

 

 萩村はカメラにも外の様子を映し撮る。カメラのメンズ越しにリビングを覗くと、黒いモヤが見えた気がした。

 しかし、気のせいだったようですぐにそれは消え、肉眼で確認することはできなかった。

 

 

 

 それから一時間。足音が聞こえたりはしたが、それ以上のことは起こらず。萩村はカメラに映らないようにあくびをして、そろそろ終わらせようと考えていた。

 

 

 

「もうすぐ一時間二十分くらい経ちます。二時間以上はやってはいけないらしいので、この辺りでやめようと思います」

 

 

 

 ひとりかくれんぼを辞めるために、塩水を手に取り口元に近づける。

 

 

 

「どぉ〜こぉぉぉ、どぉぉぉごおぉぉ!?」

 

 

 

 低い声が廊下から聞こえてくる。ゆっくりと近づく足音。

 

 

 

 押入れの隙間からリビングを覗くと、廊下から浴室にいるはずの人形がトコトコと歩いてきた。

 しかし、足音は人形のものとは思えず、重くどっしりとした足音が鳴っている。

 

 

 

 不気味に思う萩村は早くゲームをやめないといけないと判断し、塩水を含もうとする。

 だが、萩村は外の光景を見てそれができずにやめてしまった。

 

 

 

 人形は棚を開けると中からカッターを取り出す。そしてカッターを片手に窓にあるカーテンを刺した。

 

 

 

「ぢぃがぁぁうぅ」

 

 

 

 カーテンの裏に隠れていると思っていたのか。カーテンを刺した人形は残念そうにカッターをカーテンから抜く。

 

 

 

 その様子を見ていた萩村はすぐに分かった。あの人形は本気でやりにきていると。

 

 

 

 しかし、ゲームをやめるためには人形に塩水を吹きかけなければならない。

 だが、人形のところに行くまでに……。

 

 

 

 萩村がどうしようもなく困っていると、玄関の方から鍵が開く音がして扉が開く。

 

 

 

「おい、萩村! 大丈夫か!!」

 

 

 

 それは外で待っているはずの新田の声。なぜ入ってきたのか、だが、そんな疑問よりも、

 

 

 

「新田、逃げろ!!」

 

 

 

「え?」

 

 

 

 新田は後ろから押された感覚がして、部屋に押し込まれる。そして玄関の扉が閉まった。

 

 

 

「なんなんだよぉ〜。おーい、萩村〜。はっぎむっらぁ〜」

 

 

 

 さっきの声が聞こえていなかったのか。新田はリビングへ近づいてくる。

 このままでは新田が人形にやられる。

 

 

 

 勇気を出して萩村は押入れから飛び出す。それは新田がリビングに到着するのと同時で、二人は顔を合わせた。

 

 

 

「いるなら返事しろよ」

 

 

 

「そうじゃなくて、今人形が!!」

 

 

 

 萩村は人形のいたところを見る。しかし、そこには人形はおらず、カッターと穴の空いたカーテンだけが残っていた。

 

 

 

「人形? 何があったんだよ」

 

 

 

「人形に襲われたんだ!! そこに落ちてるカッターを使って!!」

 

 

 

「カッター? まぁ、落ちてるが……自分で置いたんじゃないのか? 俺をビビらせるために」

 

 

 

「そんなわけないだろ!」

 

 

 

「だってお前、無線で痛い痛い、助けてーとか、ふざけて言ってただろ。だから俺来たんだぞ」

 

 

 

 新田が揶揄うように何があったのかを言う。それを聞いた萩村の額を汗が流れた。

 

 

 

「俺、そんなこと言ってない……」

 

 

 

「冗談言うなよ、なかなかの演技だったぜ。んっで、例の人形はどこなんだよ」

 

 

 

 萩村と新田は人形を探す。すると、人形は元にあった浴室に戻っていた。

 

 

 

 萩村は早速ひとりかくれんぼを終わらせる。

 

 

 

 口に塩水を含み、まずコップの塩水を人形にかけて、次に口に含んだ塩水を人形に吹きかけた。

 

 

 

「ぶぅぅっっ!!」

 

 

 

「きったな!! 俺にも唾かかっただろ」

 

 

 

「聖水だと思って我慢しろ」

 

 

 

 部屋の電気をつけて、萩村は片付けを始めた。棚から落ちた写真立てやカッターを元の場所に戻す。

 

 

 

 萩村が片付けをしている中、新田は人形を見ていてあることに疑問を持った。

 

 

 

「なぁ、この人形ってこんな色だったっけ。なんか前の奴より新しくね?」

 

 

 

「気のせいだろ。それ明日燃えるゴミに出すから渡せ」

 

 

 

 萩村は新田から人形を奪い取る。しかし、人形はどこか軽く、中には綿が入っているような気がした。

 しかし、萩村は思い込みだと思い、気にしないことにするのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 2日後。萩村はいつも通り学校へ向かう。通学路の長い坂、そこで不思議な話を聞いた。

 

 

 

「ねぇ、ママ〜、あたしの人形、重た〜い」

 

 

 

「あ、あんた、人形さん汚れちゃってるじゃない。も〜、家帰ったら洗ってあげなきゃね」

 

 

 

 その人形は少女に抱かれながら、何かを探しているような眼をしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 



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第E8話 『異名が欲しい』

霊能力者のレイちゃんは、ダメ、無能、役に立たない? 番外編

 

 

 

著者:ピラフドリア

 

 

 

第E8話

『異名が欲しい』

 

 

 

 

 ある街のビル。そこの3階にある人達が集まっていた。

 

 

 

「師匠〜、ここ分かんないです」

 

 

 

「お前。自分で解く気あるか?」

 

 

 

「…………」

 

 

 

 パイプ椅子に座り、夏休みの宿題を進める楓ちゃんと黒猫。

 勉強中にテレビをつけて集中力を途切れさせるわけにはいかないので、私は本を読み、リエはノートに漫画の設定資料をまとめていた。

 

 

 

「あー、分かんないです!! もーいやぁ!」

 

 

 

「諦めんじゃねぇ。ほら、ここは教科書見れば分かるだろ」

 

 

 

「師匠に理解できても僕には分かんないんですよぉ〜」

 

 

 

 文句を言いながらも、解き始めるとすぐに答えは出せる。集中力が続かないだけで、自覚はないが理解できているのだろう。

 

 

 

 楓ちゃんとは違い、リエはノートと睨めっこをして次々と資料を書き進めていく。

 メモ帳も隣で開かれており、メモのページは書いてあるのは夏目さん家に行った時のメモだ。

 何か使えることがあったのだろうか。

 

 

 

 私がページを三ページほど進んだ頃。書き終えたリエがノートを閉じた。

 

 

 

「リエ、終わったの?」

 

 

 

「はい。今のところはこのくらいですね。……っでちょっと質問があるんですけど良いですか?」

 

 

 

「なに?」

 

 

 

 資料を書いていて、ちょっとした疑問が浮かんだのだろう。リエは私にあることを尋ねた。

 

 

 

「かっこいい異名ってなんですか?」

 

 

 

「異名って、二つ名的な奴のこと?」

 

 

 

「はい。今まとめているキャラに異名をつけたいんですけど、良いのが思いつかなくて……」

 

 

 

「異名ねぇ、今私が読んでる本だと、『受け身とヒロシ』と『攻めのタクロウ』って異名を持つキャラが出てきたよ」

 

 

 

「どんな本読んでるんですか!?」

 

 

 

 リエに本を覗かれそうになるが、言ったは良いものの恥ずかしくなった私は本を隠す。

 

 

 

「ほら、異名でしゃ、異名、どんなキャラなの?」

 

 

 

「赤い鎧着てて、刀で敵を薙ぎ倒す武士です」

 

 

 

「武本さん?」

 

 

 

「違います!! いや、似てますけど、…………似てるの嫌だから変えますか。武本さん主人公感ないですし」

 

 

 

「武本さんそれ聞いたら泣くよ」

 

 

 

 まだキャラの段階で悩んでいるようだ。しかし、変えるのなら、

 

 

 

「異名は考えなくて大丈夫ね」

 

 

 

「そうですね。もう一回練り直してみます」

 

 

 

 ノートをもう一度開いて、また設定を書き直そうとすると、勉強をしていた楓ちゃんがふと黒猫に聞いた。

 

 

 

「僕たちに異名をつけたら、どんな感じなんでしょうか?」

 

 

 

「無駄口言わずに勉強進めろ。……しかし、面白そうだな」

 

 

 

 黒猫は私の方を向く。そして

 

 

 

「異名考えてみるか!」

 

 

 

 と言い出した。

 

 

 

 ヒーローなんかがやってきた時にテンションの上がっていた男どもだ。こういうくだらないことで盛り上がるのは、納得できる。

 

 

 

「私は良いよ。勝手に考えてて」

 

 

 

 私が素っ気ない返事をすると、リエが立ち上がった。

 

 

 

「いえ、そんなこと言わずにみんなで考えましょう」

 

 

 

 そうだ。この漫画家志望さんもそういうのは好きそうなジャンルの人だった。

 

 

 

 

 

 

「っで、異名を考えるって何するのよ?」

 

 

 

「そうだな。まずはレイ。お前の異名から考えよう」

 

 

 

 いつも以上に張り切って、黒猫が仕切る。最初は私の異名を考えるようだ。

 すると、リエが元気よく手を上げる。

 

 

 

「はいはいはーい!」

 

 

 

「リエか。言ってみろ!」

 

 

 

 黒猫がリエに答えるように促す。リエは元気よく、

 

 

 

「炒飯寒露!」

 

 

 

「なんで私、炒飯なのよ! トッピングみたいになってるじゃない!!」

 

 

 

「レイさんの炒飯美味しかったから!!」

 

 

 

「あんた……。また作ってあげるね」

 

 

 

 私は嬉しくなり口元を押さえていると、黒猫がポツリと呟く。

 

 

 

「変な奇妙だな」

 

 

 

「あんたは黙ってなさいよ! ……んで、タカヒロさんは何かあるの?」

 

 

 

「ふふ、俺のは凄いぞ」

 

 

 

 自信満々の黒猫は猫なので猫背だが、出来る限り姿勢の正して胸を張ると、

 

 

 

「白髪のサムクス」

 

 

 

「どこの四皇よ!! てか、ただのパクリじゃない!!」

 

 

 

「じゃあ、蟹手のサムロの方が良かったか?」

 

 

 

「私のどこに蟹要素があるのよ!!」

 

 

 

 私は黒猫の髭を引っ張って攻撃する。そうしていると勉強をしていた楓ちゃんがボソリと、

 

 

 

「霊媒師寒霧」

 

 

 

「あなたは宿題進めなさい」

 

 

 

 私はソファーに座り込み、話を続ける。

 

 

 

「私の異名は良いのよ。どうでも良いし」

 

 

 

「ならいちゃもんつけんなよ」

 

 

 

「アンタのはダメなのよ」

 

 

 

「じゃあ、次はリエの異名を考えてみるか」

 

 

 

 黒猫は仕切り、今度はリエの異名を考えるように指示する。すると、リエは手を挙げて、

 

 

 

「大人の女性!!」

 

 

 

「「どこが?」」

 

 

 

 私と黒猫は同時に疑問を声に出す。ショックを受けたリエは手で顔を隠した。

 

 

 

「見た目は子供ですけど、中身は長齢なんですよ」

 

 

 

「でも、子供っぽいじゃない」

 

 

 

 リエが頬を膨らませて怒る中、黒猫は次に私に答えるように言う。

 

 

 

「レイ、お前はあるか?」

 

 

 

「え、私……んー、私はな……っ」

 

 

 

 私は「ない」と答えようとしたが、リエの輝く目を見て言えなくなってしまった。そして、

 

 

 

「可憐な幽霊リエ」

 

 

 

「わー!!」

 

 

 

 リエは嬉しそうに喜ぶ。黒猫は異名としては納得してないようだが、話を進める。

 

 

 

「俺の考えた異名は、風船のリエ」

 

 

 

「なんで風船なんですか?」

 

 

 

「飛んでるから」

 

 

 

 それで良いのか!?

 

 

 

 次の話に行こうとすると、勉強をしている楓ちゃんがまた呟いた。

 

 

 

「漫画家リエちゃん」

 

 

 

「楓さんは宿題進めてて良いですよ」

 

 

 

「……シュン」

 

 

 

 宿題を進める楓ちゃん。黒猫は次のお題に移った。

 

 

 

「次は俺だ」

 

 

 

 私とリエは同時に叫んだ。

 

 

 

「「ミーちゃんの下僕」」

 

 

 

「え!? …………いや、悪くないか」

 

 

 

「良いの!?」

 

 

 

 タカヒロさんに私が引いている中。勉強をしている楓ちゃんが何か言おうとしたが、

 

 

 

「お前は勉強してろ」

 

 

 

 黒猫によって言う前に止められた。

 

 

 

「次はミーちゃんだ」

 

 

 

「え、ミーちゃんいるの?」

 

 

 

「やるだろ」

 

 

 

 私はミーちゃんが来ると思っていたなかったので、少し悩む。考えている間にリエが思いついて答えた。

 

 

 

「博識ミーちゃん!!」

 

 

 

「え、ミーちゃんって博識なところあったっけ?」

 

 

 

 私が聞くとリエは教えてくれる。

 

 

 

「はい。私の印象ですけどタカヒロさんよりも役に立ちますよ」

 

 

 

「それは賛同する」

 

 

 

 私もリエに黒猫がショックを受ける。

 私はまだ思いつかないため、黒猫に先に答えるように言う。

 

 

 

「あんたは何かあるの?」

 

 

 

「神」

 

 

 

「あなたはどんな気持ちでミーちゃんと一緒にいるのよ……」

 

 

 

 私が呆れていると、ふと思いついた。

 

 

 

「残念な飼い主がいるミーちゃん」

 

 

 

「誰のことだ!!」

 

 

 

 ミーちゃんの異名も楓ちゃんは言おうとするが、みんなの圧で言わせなかった。

 最後に楓ちゃんの異名を考える。

 

 

 

「最後は楓の異名だ。何かあるか?」

 

 

 

「そうですね〜。あ、これはどうですか!!」

 

 

 

 考えついたリエが手を上げる。

 

 

 

「パワー!!」

 

 

 

「筋肉からそれ思いついたでしょ!!」

 

 

 

「レイさんは何かあります?」

 

 

 

「え、私……そうね。超兄貴」

 

 

 

「レイさんもマッチョ系じゃないですか!!」

 

 

 

 私達がガヤガヤしていると、黒猫が割って止める。

 

 

 

「ふ、お前らわかってないな。俺は違う視点で考えたぞ」

 

 

 

「どんなのよ?」

 

 

 

「エンドレススタディマン」

 

 

 

 

 

 

 

 



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第E9話 『漫画家』

霊能力者のレイちゃんは、ダメ、無能、役に立たない? 番外編

 

 

 

著者:ピラフドリア

 

 

 

第E9話

『漫画家』

 

 

 

 屋敷に住む漫画家。漫画家は蒸し風呂のような部屋で必死に漫画を描き続けていた。

 

 

 

「温暖化が悪いんだ。この俺がエアコン無しで漫画を描けないはずがないィィィ!!」

 

 

 

 漫画家はインクを筆につけて原稿に筆をつける。しかし、

 

 

 

「なにぃぃ!? インクが乾いてしまって、描けないィィィィィィ!!!!」

 

 

 

 インクが原稿につく前に、蒸発してしまう。さらに、

 

 

 

「い、インクが沸騰している!? まるでグツグツのシチューだ!!」

 

 

 

 漫画家は頭を抱えて動揺する。

 

 

 

「ど、どうすれば良いんだァァァァァ!!!!」

 

 

 

 そんな中、漫画家に一本の電話が掛かってきた。

 

 

 

「はい。もしもし……。え、この暑さでさらに暖房まで!? 一体誰ですか!?」

 

 

 

「アツギ……」

 

 

 

「本当に誰だ!!」

 

 

 

 

 

 

 

第E9.2話

『ヒーロー出動』

 

 

 

 市民からのSOSはヒーロー本部に届けられ、そこから他のヒーローに連絡が届く。

 

 

 

「なに!? 駅前の交差点で怪人出現!?」

 

 

 

 ゴーゴーレンジャーのレッドの元に怪人の出現情報が届く。

 レッドは立ち上がると、周りのヒーローへ声をかけた。

 

 

 

「怪人が出た。ゴーゴーレンジャー出動だ!!」

 

 

 

 ヒーローは迅速に出動し、現場に直行する。

 

 

 

 現場に着くと、そこには……。

 

 

 

「ありがとねぇ、助かるよ」

 

 

 

「いえいえ、困っている時は助け合いですよ」

 

 

 

 お婆ちゃんと狼型の怪人が信号を渡っていた。

 

 

 

 レッド達がぽかーんと様子を見ていると、本部から連絡が入った。

 

 

 

『すまん、怪人が人助けしていて、良い怪人だったー。っという通報だった』

 

 

 

 ヒーロー達は何も答えず、帰って行った。

 

 

 

 

第E9.3話

『レンタル怪人』

 

 

 

 

「提督提督!!」

 

 

 

 軍服を着た人物の元にハット帽子を被ったカエルの怪人が駆けつける。

 

 

 

「どうした? ハットフロッグ」

 

 

 

「例のレンタル怪人屋さんが来ましたよ」

 

 

 

「なに、本当か!!」

 

 

 

 軍服の人は急いで玄関に向かう。玄関にはパンフレットを持ったスーツを着た男性が立っていた。

 

 

 

「あ、初めまして。レンタル怪人店の中嶋と申します」

 

 

 

「それで例の怪人はどうした?」

 

 

 

 軍服を中嶋の後ろを見るが、怪人を連れて来ている気配はない。

 

 

 

「はい。私が怪人です」

 

 

 

「え……」

 

 

 

「私が怪人です」

 

 

 

 ポカーンとしている軍服に中嶋はパンフレットを見せる。

 

 

 

「強力な牙を持った怪人をご指名いただきましたよね」

 

 

 

「ああ……」

 

 

 

 中嶋は口を開けて自分の歯を見せる。

 

 

 

「私、歯並びが良く一度と虫歯になったことがないんです」

 

 

 

「……………」

 

 

 

「強力な牙を持った怪人。ほら、私でしょ」

 

 

 

「チェンジで」

 

 

 

 

 

第E9.4話

『幽霊の腕前』

 

 

 

 

「リエ〜」

 

 

 

「なんですか、レイさん」

 

 

 

 私はリエに届いた荷物を見せる。

 

 

 

「この前言ってた新作のゲーム届いたよ」

 

 

 

「え、本当ですか!! やってみたいです!!」

 

 

 

 私は届いたゲームソフトをゲーム機に差し込む。テレビをつけてゲームを起動すると、

 

 

 

「二人で協力してやりましょう!!」

 

 

 

 二つのコントローラーを使い、協力プレイでゲームを始める。しかし、

 

 

 

「レイさん、やられすぎです。レイさんだけ残機一桁ですよ」

 

 

 

「あんたがうますぎるのよ!!」

 

 

 

 

 

 

 



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第E10話 『脱獄計画』

霊能力者のレイちゃんは、ダメ、無能、役に立たない? 番外編

 

 

 

著者:ピラフドリア

 

 

 

第E10話

『脱獄計画』

 

 

 

 孤島にある監獄。そこに一人の囚人がいた。

 

 

 

 男の名はダツゴク・シタロウ。いくつもの監獄を脱獄して来た脱獄のプロだ。

 

 

 

 孤島にある監獄に幽閉されたが、彼はまたしても脱獄を企てていた。

 

 

 

 

 ……ふふふ、この程度の檻で俺を捕らえた気になるとは。この監獄に送られて半年、ついに脱獄用の穴が完成した。

 後はタイミングを見計らって脱獄するのみだ。

 

 

 

 すでに脱獄の準備が整っていたダツゴクだったが、そんな彼に事件が起きる。

 

 

 

「ダツゴク。今日はお前のルームメイトを連れて来た。入れ!!」

 

 

 

 看守に連れられて檻に入れられた男性。彼の左手には蟹のハサミがついており、頭には髑髏マークの付いた帽子を被っている。

 

 

 

「囚人番号0056。クラブ船長だ。よろしく」

 

 

 

「海賊ゥゥゥ!?」

 

 

 

 ダツゴクの檻に新たに入って来たのは、海賊風の男性だった。

 

 

 

「看守さん、なんでこの人、カニ手なんですか!! それに帽子って!? 外部からの持ち込みはダメなんじゃ!?」

 

 

 

「あー、こいつは特別だ」

 

 

 

 看守の頭から黙々と煙が出て来て回想に入る。

 

 

 

「え!? 頭から湯気!?」

 

 

 

「クラブ船長のカニ手を取り外したら泡を噴いて倒れたんだ。帽子も同様だ」

 

 

 

「回想入る必要ないくらい、あっさりした説明!! てか、なんで泡含んだよ!!」

 

 

 

「なんでかなぁ〜?」

 

 

 

 看守は言葉を合わせて首を傾ける。クラブ船長は返事するように首を傾けると、

 

 

 

「なんでだろぉ〜」

 

 

 

「ノリ良いな、あんたら!!」

 

 

 

 

 

 新しいルームメイトが出来た。だが、ダツゴクには問題がある。

 

 

 

 

 

 ……どうする。穴がバレれば密告される可能性もある。今すぐに脱獄すべきだが、警備が少なくなるのは火曜日の夜、3日後の夜だ。

 それまで耐えられるか……。それともこいつも仲間にするか。

 

 

 

 

 ダツゴクは悩み。そして

 

 

 

 

 1日だけ様子を見ることにしよう。

 

 

 

 

 ダツゴクは一日。新入りの様子を見ることにした。決断はそれからでも良いと考えたのだ。

 

 

 

 だが、

 

 

 

「ガハハハ!! 穴見っけ!!」

 

 

 

 速攻見つかってるゥゥゥ!?

 

 

 

 看守がいなくなり、檻の中でベッドの下を巡った海賊が早くも見つけてしまった。

 

 

 

 ダツゴクは思わず、海賊に飛びつき口を塞ぐ。

 

 

 

 ダツゴクは穴を掘っていた時に出た尖っている石を手に取って、海賊の首に突きつける。

 

 

 

「新入り、俺は半年間ここで脱獄するために用意をして来た。お前に選ばせてやる。ここでやられるか、それとも仲間になるかだ」

 

 

 

 海賊は凶器を突きつけられているのに、表情は大きく変化することなく。冷静な様子だ。

 ダツゴクはゆっくりと口から手を退けて答えを聞く。

 

 

 

「そうか。なら、もう一つ選択肢を増やしてくれ」

 

 

 

「なんだと」

 

 

 

「俺の仲間になれ」

 

 

 

「はぁ!?」

 

 

 

 突然の勧誘。捕まった海賊に勧誘されるとは思ってもいなかった。

 

 

 

「ガハハハ!! 脱獄をするつもりなんだろう。俺も同じだ。だが、ダツゴクをした後やることはあるのか……」

 

 

 

「それは……」

 

 

 

 ダツゴクは冤罪で捕まり、人生を狂わされた。脱獄を何度も繰り返すうちに、脱獄自体が目的になっていた。

 

 

 

 海賊は左手を前に出す。

 

 

 

「俺のところで働かないか。ダツゴク・シタロウ。俺の野望にはお前の力が必要だ」

 

 

 

「なぜ、俺の名前を……。あんた、まさか!?」

 

 

 

 ダツゴクは理解した。なぜこの男が監獄にやって来たのか。

 

 

 

 ダツゴクは手を出す。

 

 

 

「分かった。まずは脱獄してからだ。それからあんたの仲間になるかは決めよう」

 

 

 

 ダツゴクの出した手に握手をする。

 

 

 

「よろしくな。ダツゴク」

 

 

 

「痛い痛い!! ハサミで握手するな!?」

 

 

 

 

 

 海賊のクラブ船長と協力して脱獄することになった。決行は三日後。それまで何もなければ、良かったのだが……。

 

 

 

「新入りの怪人百目です」

 

 

 

 向かいの檻に新しい囚人が入れられて来た。

 

 

 

 ドロドロした液状の身体に無数の目がついた怪物。囚人服は上手く着ることができないのか、羽織っている状態だ。

 

 

 

「なんで!?」

 

 

 

 半年間。向かいの檻には誰もいなかった。

 しかし、決行が近づくとこうして、ルームメイトが増えたり、向かいの檻に目だらけの化け物がやって来たり、どうなっているのか。

 

 

 

「船長、どうする?」

 

 

 

「ガハハハ!! 穴は完成しておるのだ。警戒すべきは決行日のみ、任せておけい!!」

 

 

 

 船長は大笑いして自信満々の様子だ。ダツゴクは船長には何か作戦があるのだろうと、任せることにした。

 

 

 

 そして決行日の前日。

 

 

 

 船長はダツゴクにある話を始めた。

 

 

 

「これのカニ手は脱着可能だ。だが、このカニ手を取ると俺はショックで倒れてしまうんだ」

 

 

 

「なんで!? ってツッコミたいが、それが計画となんの関係が?」

 

 

 

「俺のカニ手には睡眠ガスが仕込まれている。だが、取り出すためにはカニ手を外す必要があるんだ」

 

 

 

「なんで面倒な場所に……」

 

 

 

「決行日。その時は任せたぞ」

 

 

 

「え? 何が?」

 

 

 

 船長は答えることなく、そのまま寝てしまった。そしてついにやって来た決行の時。

 日が落ちてから、二人は脱獄の準備を始めた。

 

 

 

 必要なものはすでに袋に詰めて穴の中に放り込んである。後は百目を無力化するだけだ。

 

 

 

「どうするんだ、船長……」

 

 

 

 どんな作戦を用意しているのか。ダツゴクが聞くこうとした時、船長はカニ手を外した。

 

 

 

「船長!?」

 

 

 

「後は任せた……ぞ」

 

 

 

 カニ手をダツゴクに託して、船長は泡を噴いて倒れる。

 カニ手の中からは睡眠ガスの入ったカプセルが出て来た。

 

 

 

「これを使えば良いってことか」

 

 

 

 カプセルを開けて百目の檻の中に投げる。あっという間に檻の中はガスで充満して百目は眠ってしまった。

 

 

 

「よし、今のうちだ」

 

 

 

 ダツゴクは脱獄のために穴の蓋を開ける。そして倒れている船長を見た。

 

 

 

「…………連れて行けば時間がかかる。置いていけば…………」

 

 

 

 迷ったダツゴクだが、決断して船長を穴の中に押し込み連れて行く。

 

 

 

 かなりの時間が経った。すでに脱獄のことはバレて監獄の中は大騒ぎだろう。

 穴から出れたとしても外は海。用意していたボートも見つけられているはずだ。

 

 

 

「悔いは…………」

 

 

 

 穴の奥から光が見えてくる。やっと穴から出ることができた。

 

 

 

「やっぱり、ボートは没収されたか……。しかし、看守がいないのはなんでだ……」

 

 

 

 ボートはなく、看守もいない。だが、これでは脱出の手段がない。

 

 

 

「……俺を見捨てなかったか」

 

 

 

 泡を噴いていた船長は、カニ手を嵌めると正気に戻る。

 

 

 

「なぜ、俺を見捨てなかった。見捨てていれば、ボートを没収されずに済んだ」

 

 

 

「……なぜだろうな。俺にも分からない」

 

 

 

 その時、島の端から船がやって来た。帆には髑髏のマークを掲げ、船員達がこちらを見つけて叫んでいる。

 

 

 

「おー! 来たか、お前達!!」

 

 

 

 船長は手を振って海賊船に答える。

 

 

 

「まさか、あんたの仲間か!!」

 

 

 

「脱獄を始めて、俺を引きずって脱獄したらこの時間になるだろうと予想を立てていたのさ」

 

 

 

 海賊船と合流し、二人は船に乗り込む。船に乗り込むと休む暇もなく、看守達の乗った船が追って来た。

 

 

 

「急いで出航しろ!!」

 

 

 

 船を動かし、看守達から逃げる。

 

 

 

「俺が先にボートで逃げてたらどうなってた……」

 

 

 

「さぁな。ボートが没収される前なら、脱獄はできてただろうな。この船に乗ることはなかったが」

 

 

 

 船長はダツゴクに左手を出す。

 

 

 

「どうだ。脱獄はした。決めてもらうぞ! 仲間になるか?」

 

 

 

 ダツゴクは少し考えた後、

 

 

 

「分かった。俺のことを必要としてるんだろ。任せとけ」

 

 

 

 ダツゴクは船長と握手をした。

 

 

 

「よろしくな!!」

 

 

 

「痛い!!」

 

 

 

 

 



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第E11話 『怪人がやって来た』

霊能力者のレイちゃんは、ダメ、無能、役に立たない? 番外編

 

 

 

著者:ピラフドリア

 

 

 

第E11話

『怪人がやって来た』

 

 

 

 

「ふふふふ、今日こそ、憎きゴーゴーレンジャーを倒す時……」

 

 

 

 軍服の人物は両手を広げ、奥にいる怪人を紹介する。

 

 

 

「出よ、怪人ナマケロー!! こいつの瞳を見たものは、怠けたい気持ちになって動けなくなるのだ!! その隙にゴーゴーレンジャーを倒すのだ!!」

 

 

 

 戦闘員達が敬礼をして賛美する。

 

 

 

「これならば、あのゴーゴーレンジャーを無力化できますな!!」

 

 

 

「この愛くるしい瞳が恐るべき力を持っているとは、ゴーゴーレンジャーも思わないはずです」

 

 

 

 この後、ナマケローの瞳を見てしまった悪の組織の人達は、戦いに行くのを怠けてしまった。

 

 

 

 

 

第E11.2話

『怪人がやって来た2』

 

 

 

 

「ふふふふ、前回はサボってしまったが今回は大丈夫だ。さぁ、今回の怪人よ、出でよ!!」

 

 

 

 軍服の人物が新たな怪人を紹介する。

 

 

 

「怪人オムスビーだ!! こいつの光線を受けたものは、何もないところでも転んでしまうのだ!!」

 

 

 

 怪人を見た戦闘員達は拍手をする。

 

 

 

「これでゴーゴーレンジャーに恥をかかせるのですね!!」

 

 

 

「全員のマスクが真っ赤に染まって、恥ずかしがっている未来が見えますよ!!」

 

 

 

 この後、戦闘の時にオムスビーは石に躓き、光線を味方の戦闘員に当ててしまうのであった。

 

 

 

 

 

第E11.3話

『幽霊の虫退治』

 

 

 

 

「リエ〜!! リエ来てーー!!!!」

 

 

 

 私はお風呂から出て、ホクホクした身体で廊下に顔を出してリエを呼ぶ。

 

 

 

「どうしたんですか?」

 

 

 

 すると、リエはうとうとしながらもやって来てくれた。

 私は洗面所のガラスに張り付いた虫に目線を向ける。

 

 

 

「虫よ、虫!! 退治して!!」

 

 

 

「虫が出たからって毎回私を呼ばないでくださいよ〜」

 

 

 

 リエはめんどくさがりながらも洗面所の隣にあるトイレからトイレットペーパーを持ってきて、虫を包み込む。そして虫を包んだ紙を持ってトイレに流した。

 

 

 

「はぁ……ありがとうリエ!」

 

 

 

「虫退治なら私じゃなくてミーちゃん呼んでくださいよ。猫だから退治してくれますよ」

 

 

 

「嫌よ。虫食べたの見たらミーちゃんが可愛くなくなっちゃうじゃない!!」

 

 

 

「そうですか?」

 

 

 

 リエが文句ありげに目を細める中、話を聞いていた黒猫がやってくる。

 

 

 

「俺も嫌だぞ。というか、この身体には元人間である俺の魂が入ってること忘れるなよ、虫なんて食べたら、俺吐くぞ!!」

 

 

 

 うん、タカヒロさんも嫌だよね。というか、私が同じ立場だったら絶対に嫌だ。

 

 

 

「はぁ、なんで私が虫退治係に…………」

 

 

 

 リエはめんどくさそうにため息を吐いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第E12話 『呪いの携帯電話』

霊能力者のレイちゃんは、ダメ、無能、役に立たない?

 

 

 

著者:ピラフドリア

 

 

 

第E12話

『呪いの携帯電話』

 

 

 

 

 

「今日は結構買いましたね!」

 

 

 

 私の後ろを飛び回り、リエが買い物袋を覗き込む。

 

 

 

「しばらく雨降るみたいだしね。買い溜めよ」

 

 

 

 重たい荷物を持ちながら、住宅街を歩いていく。楓ちゃんが帰って来てから、一緒に行けば良かったと後悔はあるが、諦めて事務所を目指す。

 

 

 

「レイさん、あれなんでしょう?」

 

 

 

 電柱の隅に何かを発見したリエ。ふわふわと飛びながら発見したものに近づく。

 私も後を追って何があるのか、落ちているものを見ると、そこにあったのは古い携帯電話だった。

 

 

 

 塗装も剥がれ、画面もひび割れている。

 

 

 

「ゴミじゃないの?」

 

 

 

「でも、落とし物だったら、持ち主が可哀想ですよ」

 

 

 

 リエは携帯電話を拾い上げて周囲を見渡すが、持ち主と思しき人物は見当たらない。

 

 

 

「置いとけば?」

 

 

 

「困ってたらどうするんですか」

 

 

 

「はぁ、分かったよ。交番に届けましょ、でも、その前に事務所で昼ごはん食べてからね。お肉も買ってるから、交番まで戻ると腐っちゃうし」

 

 

 

「はい」

 

 

 

 こうして私達は落とし物の携帯電話を拾い、土地主を探しながら事務所に帰った。

 結局持ち主は見つからず。

 

 

 

「ただま〜」

 

 

 

「ただいま帰りました〜」

 

 

 

 事務所に着くと、早速買って来たものを冷蔵庫にしまっていく。私がせっせと働く中、リエは棚の上で寝ている黒猫を撫でていた。

 

 

 

「起きないですね〜、熟睡ですか?」

 

 

 

「あんた、黒猫と遊んでるなら手伝いなさいよ」

 

 

 

「はーい」

 

 

 

 リエに手伝えさせて、片付けを終えると早速昼食の支度に入る。昼食を終えて、食器を洗っていると拾った携帯電話を操作していたリエが何か叫び始める。

 それを聞いて、私は台所から顔を出してリエを止める。

 

 

 

「人の携帯あんまり触らないの」

 

 

 

「いや、それがですね。メールが来て、持ち主からかと思ったんですが…………」

 

 

 

 リエが携帯電話を持って台所までやってくる。私は水を出しながら画面の中を覗き込んだ。

 

 

 

「『三十秒後に楓さんが帰ってきます』? なんでメールでそんなのが送られてくるのよ?」

 

 

 

「分かんないですよ。SNSアプリのダイレクトメールみたいですけど、この携帯に入ってるアカウントから送られて来てるんです」

 

 

 

「自分から自分に? なによそれ、自分でやったんじゃないの?」

 

 

 

「やってないですよー!!」

 

 

 

 私はリエを疑いながらも食器を洗い終える。そしてタオルで手を拭いていると、玄関が勢いよく開いた。

 

 

 

「僕が来ましたよー!!」

 

 

 

「楓ちゃん!?」

 

 

 

 時計を見ていたわけではないが、だいたい三十秒くらい。本当に楓ちゃんが帰ってきた。

 

 

 

 私達は楓ちゃんの元への駆け寄り、ドッキリじゃないか確認を取る。しかし、楓ちゃんは笑って否定した。

 

 

 

「ドッキリじゃないですよ〜。でも、その携帯凄いですね、僕が帰ってくることを予言したんですよね」

 

 

 

 楓ちゃんに携帯電話を見せながら、リビングに戻る。

 ソファーの前に着くと、携帯電話を持つ楓ちゃんを真ん中にしてソファーに座った。

 

 

 

「あれ、このメールが送られてきたアプリ以外起動できませんね。落ちちゃいますよ」

 

 

 

「あ、本当だ」

 

 

 

 楓ちゃんが操作をして、一つのアプリしか起動できないことが分かった。そしてもう一つ。

 

 

 

「このアプリでメール送ろうとしても、自分にしか送れないですね……それに」

 

 

 

 楓ちゃんはメール送信で時間を指定できる機能を見つける。その中で不自然な点を発見した。

 

 

 

「過去にしか、送れない……」

 

 

 

「え!?」

 

 

 

 確認するように画面を覗き込む。画面の中に映し出されている数字は、楓ちゃんの言う通り、過去の時間しか設定できなくなっていた。

 

 

 

 私達が画面を見ていると、画面が震えだす。そのメッセージには……。

 

 

 

「『師匠が落ちる』? なんのことでしょうか」

 

 

 

 楓ちゃんが読み上げたと同時に、黒猫が寝返りを失敗し、テーブルから落ちてくる。

 猫であるため、寝ぼけながらも身体を回転させ、上手く着地した。しかし、

 

 

 

「痛っ!?」

 

 

 

 落ちた黒猫が私の足を踏んだ。落ちた衝撃と衝撃の伝わる猫の足が細いため、絶妙な痛みが足を襲う。

 

 

 

「……危ね。落ちちまった。レイ、なんで痛がってんだ?」

 

 

 

「アンタのせいよ……」

 

 

 

 ソファーの上で足を押さえていると、黒猫が見慣れないものを見つけてソファーに乗ってきた。

 

 

 

「なんだそれ」

 

 

 

「落とし物の携帯です。でも、変わった携帯なんです」

 

 

 

 リエは今まで何があったのかを黒猫に説明する。話を聞いた黒猫は今までの出来事とメールを照らし合わせると、ある結論に辿り着いた。

 

 

 

「このメール。お前らが送ったメールなんじゃないか?」

 

 

 

「そうなの?」

 

 

 

「ほら、ここのメッセージの感じ見てみろ。お前らの文だろ」

 

 

 

 最初の文はリエ、次の文は楓ちゃんじゃないかと、黒猫は推理する。確かに楓さんや師匠呼びするのは二人だ。

 

 

 

「そう言われればそうね……。ま、どうせ返すから、気にしなくて良いんじゃない」

 

 

 

 私は立ち上がり携帯電話を受け取る。

 

 

 

「交番に届けにいくよ。あんまりイジると持ち主に悪いし」

 

 

 

 

 

 

 

 携帯電話を持って、私達は駅前にある交番を目指して事務所を出た。黒猫は私の上を陣取り、リエと楓ちゃんが前を歩く。

 

 

 

 住宅街を抜けて公園の前を通っていると、公園の入り口で大きな荷物を持った男性は挙動不審な動きをしていた。

 キョロキョロと周囲を見ながら、ブツブツと独り言を呟いている。

 

 

 

「ヤバい、ヤバいよ〜。俺がみんなの装備持ってるのに。迷子なんて、大変だよ〜」

 

 

 

 かなり焦っているのか。男性の足元には汗で池ができている。

 

 

 

 このまま放っておくことができなかった私達は、声をかけてみることにした。

 

 

 

「大丈夫ですか? 汗凄いですよ」

 

 

 

「あ、いや……それが大丈夫じゃなくて……。大事な仕事に遅れそうなんです。みんながどこにいるのかも分からなくって……」

 

 

 

 職場の人達とハグれてしまったようだ。しかし、助けてあげたくてもどこにいるのか分からなければ、私達もどうにもできない。

 そんな時だった。例の携帯電話が揺れた。

 

 

 

「メール? なになに……」

 

 

 

 メールには男性の仲間の居場所だろう。そこについて書かれていた。

 

 

 

「あの、もしかしたらですけど。この先をずーっと行けば郵便局があって、そのすぐ近くのコンビニじゃないですか」

 

 

 

「え……。なんで」

 

 

 

「なんていうか、勘みたいなものです」

 

 

 

 男性は反応に困った様子だったが、

 

 

 

「このままここにいてもどうにもなりませんし。とりあえず行ってみます。それでは!!」

 

 

 

 そう言ってメールの内容に沿って走っていった。

 

 

 

「あの人、合流できたんでしょうか……」

 

 

 

「メールの通りなら大丈夫だよ。ほら、早く持ち主に返しに行こ」

 

 

 

 私達は交番を目指して歩き始める。道中でゴーゴーレンジャーの面々とすれ違ったが、活動中で忙しそうだったので、軽い挨拶で済ませる。

 

 

 

「駅に着きましたね」

 

 

 

「後は交番にこれを届けるだけね」

 

 

 

 駅前にたどり着いた私達は、駅の隣にある交番に入ろうとする。しかし、交番に向かう途中にあるコンビニ。そこに人集りが出来ていた。

 

 

 

「何か騒ぎみたいですね」

 

 

 

 リエと楓ちゃんは野次馬に並んで騒ぎを見に行こうとする。私は頭に乗っている黒猫にどうするか相談する。

 

 

 

「ま、気になるし良いんじゃね。野次馬の奥に警官いるし」

 

 

 

「あんた、私の頭にあるから良いよね……」

 

 

 

 黒猫は人々の奥に警官が見えたようで、その警官に話しかけるため、私も野次馬の中に入った。

 

 

 

 野次馬の先に警官を発見し、声をかけようとした。だが、手を伸ばした時、コンビニから悲鳴が聞こえた。

 そしてコンビニから覆面を付けた集団が、店員を人質にして自動ドアから出てきた。

 

 

 

「オラ、そこの野次馬ども、退け!!」

 

 

 

 強盗犯は人質に拳銃を突きつける。警官は強盗犯を説得しようと試みるが、応じる気配はない。

 後ろにはパトカーも集まってきて、警官達が私達を誘導して、安全なところまで移動させる。

 

 

 

「おい、もっと離れた方が良いんじゃないか」

 

 

 

 頭の上で黒猫が震えながら、爪でへばりついてくる。

 痛いのを我慢して、私はリエと楓ちゃんの手を取って、人々の波に乗ってその場から離れる。

 

 

 

「落ち着いて、落ち着いて移動してください!!」

 

 

 

 警官に誘導され、駅前のバス停付近を歩いていると、奥の大通りから悲鳴が聞こえてきた。

 

 

 

「なんだ?」

 

 

 

 そして大通りから暴走したバスが駅前に侵入してくる。パトカーや他の車を避けるように進んできたため、歩道に乗り上げ多くの人を巻き込んでいる。

 

 

 

 そのバスは蛇行しながら、こちらに向かって前進してきていた。

 

 

 

「ヤバいヤバいヤバいよ!?」

 

 

 

 私達は逃げようとするが、人々の壁があり逃げ場がない。

 赤く染まったバスが距離を詰めてくる。このままじゃ……。

 

 

 

「みんな、逃げて!!」

 

 

 

 楓ちゃんの声。それと同時に私の身体は持ち上げられて、人混みの上を投げられる。

 人々の頭の上を飛び、私と黒猫、リエは道路に投げ飛ばされた。

 

 

 

「楓ちゃん!?」

 

 

 

 飛ばされた時、楓ちゃんは周りにいる人達を助けとうと、両手を前に突き出しバスを受け止めようとした。

 だが、人混みの中、踏ん張る足場もなく……。

 

 

 

 バスはコンビニの前に止まると、中から覆面の人物が顔を出し、仲間達を呼んだ。

 

 

 

「早く乗り込め、ズラかるぞ」

 

 

 

 強盗犯達は人質を連れて、バスの中へ乗り込む。私は腰が抜けてその場に座り込み動けずにいた。

 

 

 

 強盗犯の最後の一人が、大きなバッグを背負ってバスに乗り込もうとした時。黒猫が私の頭から降りた。

 

 

 

 私とリエは動けずにその場で座り込んでいる。そんな中、黒猫は真っ直ぐ強盗犯へと走っていくと、バッグを持った覆面に飛びつき、爪で顔を引っ掻いた。

 

 

 

「ふぎゃぁぁっ!?」

 

 

 

 覆面をは情けない悲鳴をあげて、尻餅をつく。

 

 

 

 黒猫は見たこともない怖い顔で、強盗を睨みつける。強盗犯の覆面は爪で破れ、その顔が露わになった。

 

 

 

「れ、レイさん、あの人って……」

 

 

 

「……公園の…………」

 

 

 

 そこにいたのは公園で仲間とハグれていた男性。その人は攻撃してきた黒猫に怯えて、泣きべそをかいている。

 

 

 

「…………」

 

 

 

 黒猫は人の言葉も猫の鳴き声も出さず、静かにその強盗への歩み寄る。

 そして爪を出して襲い掛かろうとした時。

 

 

 

 銃声が響き、黒猫の身体が宙を浮いた。黒猫は力を失うようにそのまま地面に倒れる。

 

 

 

「何してる、ノロマ。猫如きにビビってるんじゃねぇぞ」

 

 

 

 バスの中から拳銃を持った覆面が顔を覗かせる。猫にビビり散らしていた男性は、手で顔を隠すと急いでバスに乗り込んだ。

 

 

 

 バスが発進し、パトカーに追われながら駅から消える。

 

 

 

 バスがいなくなり、私はすぐに黒猫の元に駆け寄った。既に黒猫の身体は冷たくなっており、動く気配はない。

 

 

 

 たった数分のうちに起きた悲劇。駅周辺は血と焦げた匂いが充満している。

 

 

 

「……そうだ、これを使えば」

 

 

 

 リエは携帯電話を取り出して、何かを打ち込んだ。しかし、何かを打った後、メールが届いたのか、その文を打つのをやめた。

 

 

 

「…………え」

 

 

 

 私からは画面は見えない。だが、メールを読んだリエは、さっきまで打っていた文章を消し、別の文章を打ち込んだ。

 そして…………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今日は結構買いましたね!」

 

 

 

 リエが後ろで、私の持つ荷物を覗き込む。

 

 

 

「しばらく雨降るみたいだしね。買い溜めよ」

 

 

 

 今日はかなりの量を買い込んだ。これだけ買うのなら、楓ちゃんを連れて来れば良かったと後悔している。

 

 

 

「レイさん、あれなんでしょう?」

 

 

 

 事務所を目指して歩いていると、リエが電柱の隅に何かを発見した。

 

 

 

 それは古びた携帯電話。塗装も剥がれ、画面はひび割れている。

 

 

 

「ゴミじゃないの?」

 

 

 

「でも、落とし物だったら、持ち主が可哀想ですよ」

 

 

 

 そんな話をしていると、携帯電話がバイブレーションして、メールが届いた。

 

 

 

「え、勝手に見るの?」

 

 

 

「そう言いながらレイさんも覗き込んでるじゃないですか」

 

 

 

「『この携帯は拾わないでください』? 持ち主からでしょうか」

 

 

 

「ほら、持ち主が怒ってるよ。さっさと帰るよ、荷物重いし」

 

 

 

「はーい」

 

 

 

 

 



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第E13話 『合体』

霊能力者のレイちゃんは、ダメ、無能、役に立たない?

 

 

 

著者:ピラフドリア

 

 

 

第E13話

『合体』

 

 

 

 

「レイさん、レイさん!!」

 

 

 

 リエが私のことを呼ぶ。私は自室の部屋を開け、リエの声が聞こえる廊下に顔を出してみた。

 すると、そこには

 

 

 

「どうです? 合体してみました!!」

 

 

 

 頭に黒猫を乗せたリエがドヤ顔で立っていた。

 

 

 

「…………」

 

 

 

 私はそっと扉を閉じて、二度寝することにした。

 

 

 

 

 

第E13.2話

『カタカタ』

 

 

 

 

「最近、学校でとあるお化けの噂が話題になってるんです」

 

 

 

 学校終わりに事務所にやってきた楓ちゃんが、ワクワクしながら私とリエ、黒猫の前で解説を始める。

 

 

 

「その名もカタカタ!! 夜の学校に一人でいると、体育館からカタカタと音がするんですって!! で、体育館に行ってみるけど何もいない!!」

 

 

 

「んで、それの調査を頼まれたってわけね」

 

 

 

「はい!!」

 

 

 

 こうしてカタカタの原因を探ることになった。

 

 

 

 

 

第E13.3話

『カタカタの正体』

 

 

 

 

 夜の学校に忍び入り、さっそく噂の体育館へ向かう。体育館の前に立つと、その音は聞こえてきた。

 

 

 

 ……カタカタカタカタカタカタカタカタァ…………。

 

 

 

「ほ、本当に聞こえるね」

 

 

 

 私と黒猫がお互いに抱き合い怯える中。リエは体育館の前に立つと、

 

 

 

「確認してきますね」

 

 

 

 そう言って扉を通り抜けて体育館へと入っていった。

 

 

 

「ちょ、リエ!!」

 

 

 

 もしも中にいるのが危険な幽霊だったらまずい。リエを一人にすることはできず、扉を開けて中へ入る。

 そしてそこには……。

 

 

 

「ん、レイさん?」

 

 

 

 そこにはダンスの練習をしているスコーピオン、その怪人がいた。

 

 

 

 

第E13.4話

『カタカタの理由』

 

 

 

 

「いやぁ、すみません……」

 

 

 

 スコーピオンが頭を下げる中、私は理由を尋ねる。

 

 

 

「なんで体育館でダンスなんてやってるのよ?」

 

 

 

「近々組織でダンス大会があるんです。そのダンス大会。一番良いダンスをしたチームには豪華な賞品も出るんです」

 

 

 

「それで練習を……」

 

 

 

「学校にお願いしたら夜だけなら使って良いって許可が貰えたので……。それで夜に体育館を足りて練習してたんです」

 

 

 

 その後の話でスコーピオン達のチームは準優勝になったと聞いた。

 

 

 

 

 

第E13.5話

『黒猫の作戦』

 

 

 

「タカヒロさん? お風呂の前で何やってるんですか?」

 

 

 

 リエが風呂の前で待機している黒猫に理由を尋ねる。

 

 

 

「どうやって侵入するか考えてるんだ」

 

 

 

 黒猫はキリッと自慢げに答える。今はお風呂には誰も入っていない。しかし、これはきっと……。

 

 

 

 私は黒猫のことを持ち上げて、毛をわしゃわしゃとしてやった。

 

 

 

「何を考えてるかはわかってるのよ。何かあったらミーちゃんに言いつけるからね」

 

 

 

「……はい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第E14話 『ヒーローらしさ』

霊能力者のレイちゃんは、ダメ、無能、役に立たない?

 

 

 

著者:ピラフドリア

 

 

 

第E14話

『ヒーローらしさ』

 

 

 

「それでレッドさん。何のようですか?」

 

 

 

 事務所に突然尋ねてきたレッド。彼にお茶を出し私は向かいに座る。

 レッドは出してもらったお茶をマスクの上からストローでチュウチュウと飲む。

 

 

 

「それが俺はヒーローなんだが、一つ足りないポイントに気づいてしまったんだ」

 

 

 

「ヒーローなのに変人枠ってところ?」

 

 

 

「違う」

 

 

 

 私の答えを即答してレッドはノートを取り出すと、前もやってくれた紙芝居で説明し出す。

 

 

 

「俺はヒーローだ。だが、足りないポイントがある。それは!!」

 

 

 

 レッドのイラストが書かれたページをめくると、次に出てきたのは……。

 

 

 

「ロボットだ!!」

 

 

 

 そこにはヒーローものでよくあるようなロボットのいますとが描かれていた。

 

 

 

「ロボット……。そういえば、アンタ達、合体技的なのは持ってたけど、ロボットは使ってなかったね」

 

 

 

 海に行った時、不発に終わったが必殺技ぽいものを使っていた。

 しかし、武器は出てきたがロボットは出ていない。

 

 

 

「そこでロボットと言ったら合体。そこで考えたんだ。究極のロボットを!!」

 

 

 

 レッドがページをめぐり、次のページに描かれていたのは、チワワとヒヨコ、オタマジャクシとさまざまな動物の要素を取り込んだ。

 ヘンテコロボットのイラストだった。

 

 

 

「どうだ? 良いと思わないか?」

 

 

 

 レッドが目を輝かせながら私のことを見つめてくる。そんな目線で見られると……。

 

 

 

「い、良いんじゃないかしら」

 

 

 

「だよな!! よし、早速ヒーロー連合に連絡だ!!」

 

 

 

 レッドは立ち上がると、そそくさと事務所を出て行った。

 

 

 

 その後、合体ロボが完成し、都内で活躍することになるが、中途半端に可愛さを取り込んだロボとして中途半端な知名度で終わるのだった。

 

 

 

 

 

第E14.2話

『宇宙人』

 

 

 

 

 我々は地球の平和を守る野菜星人。フルーツ星人から地球人を守っている。

 そんな我々はある場所にやってきていた。

 

 

 

「ここが地球の野菜畑か……」

 

 

 

 野菜の顔を持った人間が数人、畑を見てうっとりとする。

 

 

 

「可愛い野菜達ですね」

 

 

 

「きっと将来、有望な野菜に育つんだろうな」

 

 

 

「この星の野菜はどんな仕事をするんでしょうね」

 

 

 

「きっと地球人のために政治家になっているんだよ」

 

 

 

 彼らはまだ知らなかった。自分達、野菜は人間に食されているとは……。

 

 

 

 

 

 

 

第E14.3話

『初恋』

 

 

 

 

 

「なぁ、姉さん……」

 

 

 

「なに、ハゲ?」

 

 

 

「ハゲじゃないです。そってるんです…………。って、そうじゃなくて、俺、姉さんが嫁いで行った時、ショックだったんすよ」

 

 

 

「へぇ〜、そうなの」

 

 

 

「俺、昔は…………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第E15話 『キセキを集めろ』

霊能力者のレイちゃんは、ダメ、無能、役に立たない?

 

 

 

著者:ピラフドリア

 

 

 

第E15話

『キセキを集めろ』

 

 

 

 

 俺は装備を整え、甲板へ向かう。甲板にはすでに小型の船と人員が集められていた。

 

 

 

「カルロス。よく来てくれたな」

 

 

 

 コートを腕に通さず、背中に羽織っただけの男性は俺が到着するとニヤリと笑う。ニヤリと笑った男性を俺は睨みつける。

 

 

 

「俺は手紙の内容が真実か知るために来ただけだ。お前達を手助けするつもりはない」

 

 

 

「それで構わないさ。俺だってお前を信用し切ってるわけじゃない。だが、この作戦はお前の力が必要だ」

 

 

 

 コートの男性は月兎の呼ばれる人物。その人物の後ろには髪の半分が黒と白で分かれて仮面をつけている女性と、金髪にサングラスをつけた男性の二人が立っていた。

 

 

 

「今回はお前達、四人で任務を行ってもらう。任務は簡単は海上にあるとある施設にキセキのカケラが保管されている。そのカケラの確保が任務だ」

 

 

 

 腕を組み任務を告げた月兎だが、

 

 

 

「お前もついてくるのか?」

 

 

 

 俺は月兎に尋ねる。任務は四人で行うと言った。となると、月兎もついてくるのか。

 しかし、月兎は首を横に振る。

 

 

 

「俺は行かない。下手に動ける身じゃないからな」

 

 

 

「じゃあ、誰がついてくるんだよ」

 

 

 

「そこにいるだろ」

 

 

 

 月兎が指で俺の後ろを指す。すると、カルロスがやってきた扉の横で寝ている侍の姿があった。

 

 

 

「彼にも同行してもらう。実力者は多いほうがいいからな。……施設には奴らがいる」

 

 

 

「奴ら?」

 

 

 

「海上最強と言われる傭兵団。マリン部隊だ」

 

 

 

「マリン部隊だと……」

 

 

 

 俺は聞いたことのある名前に驚く。

 

 

 

 マリン部隊。カルロス自身も何度が耳にしたことがあった舞台の名前だ。海上、海中戦を専門とする組織であり、海洋生物の名前をコードネームとしていると聞く。

 

 

 

 戦場が海上のある施設ということは、彼らの得意とする場所で交戦する可能性があるということ。

 そのため月兎は少数精鋭である俺達を集めたということか。

 

 

 

 月兎は四人の前に立つと、

 

 

 

「キセキを回収することで世界を元に戻せるかもしれない。俺の計画通り回収が進めば、来年の春には作戦は完了する。お前達には期待しているぞ」

 

 

 

 

 

 

第E15.2話

『ムカデの一日』

 

 

 

 

「よぉ、ムカデ。何してるの?」

 

 

 

 散らかったムカデの部屋に猫のマークの入った服を着た女性がやってくる。

 ムカデは操作していたパソコンから一度目線をずらすと、

 

 

 

「ゲームしてたんだよ。ゲーム」

 

 

 

「どんなゲーム?」

 

 

 

「異世界に行った小学生が、冒険者になって旅するゲーム」

 

 

 

「その小学生、逞しいね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第E16話 『霊能力者は今日も働く』

霊能力者のレイちゃんは、ダメ、無能、役に立たない?

 

 

 

著者:ピラフドリア

 

 

 

第E16話

『霊能力者は今日も働く』

 

 

 

 

「そうなんです……。それで依頼をお願いしたくて」

 

 

 

 パーマ頭の奥さんが私の向かいの席に座り、事情を説明する。私は頷くと、

 

 

 

「分かりました。お任せください!! その問題、私が解決してみせましょう!!」

 

 

 

 こうして依頼を引き受けることになった。

 

 

 

 

 

 

 

 依頼人が帰宅し、残った私にリエがふわふわと浮いて近づいてくる。

 

 

 

「私、キッチンにいたので聞いてなかったんですけど、どんな依頼だったんですか?」

 

 

 

「地区のゴミ捨て場に幽霊が出るんだって。それで自治体の代表の人が依頼に来たのよ」

 

 

 

「ゴミ捨て場に幽霊ですか……。どんな幽霊だかは聞いたんですか?」

 

 

 

「話だと、身体が縦長だったっとは言ってたね。まぁ、今夜にでも行ってみましょうか!!」

 

 

 

 それから楓ちゃんが部活が終わり帰ってくるのを待ち、私達は三人は例のゴミ捨て場へ向かった。

 

 

 

「タカヒロさんは来ませんでしたね」

 

 

 

 リエが事務所の方を振り向きながら呟く。

 

 

 

「そうね〜。ミーちゃんが寝たいって言ってるからって言ってたけど。本当かしら……」

 

 

 

 タカヒロさんはミーちゃんが眠たいようで行けないと言っていた。しかし、実際のところは本人が寝たいだけじゃないだろうか。

 

 

 

 そうこうしているうちに私達は例のゴミ捨て場に到着する。

 

 

 

「さて、ここで幽霊が出てくるみたいだけど。本当かしら」

 

 

 

 待っていると、しばらくしてゴミ捨て場に縦長の影が現れる。

 

 

 

「現れましたよ!!」

 

 

 

「二人とも僕の後ろに隠れてください!!」

 

 

 

 リエが叫び、楓ちゃんが私達を守ろうと前に出て臨戦体制になる。

 そんな中、例の幽霊の姿がくっくりと見えてきた。

 

 

 

「「「ペットボトル!?」」」

 

 

 

 そこにはペットボトルに顔がついた幽霊がいた。

 

 

 

「なんですかあなた方は……」

 

 

 

「あなた……幽霊なんですか?」

 

 

 

「私の姿が見えているんですね。いかにも私は幽霊です」

 

 

 

 ペットボトルの幽霊は腕を組み、私達と向かい合う。

 

 

 

「なんでそんな姿に?」

 

 

 

「それが……。巨大なペットボトルを飲もうとしたら身体がハマってしまい、抜けなくなって……。そのまま私は……」

 

 

 

「どんな状況よ!!」

 

 

 

 ふざけた状況だが、そんな状況の幽霊をリエが解説する。

 

 

 

「おそらく死因としてペットボトルが思念として付いてきてしまったんですね」

 

 

 

「そんなことがあるのね……」

 

 

 

 ペットボトルは頭を下げる。

 

 

 

「どうか、私をペットボトルから解放してください!!」

 

 

 

 そう願い出るペットボトル。私達三人はそれぞれを見て頷くと、

 

 

 

「当然助けますよ。私達はそのために来たんです」

 

 

 

「ペットボトルから抜け出せれば、未練も無くなるはずですよ」

 

 

 

 こうして三人で協力して、この幽霊をペットボトルから解放した。そうすると幽霊は天へと昇って消えていったのであった。

 

 

 

 

 

 



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