こちら31Hホロックス! ぷらすみこにぇ! (たかしクランベリー   )
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序章『〜乖離、合縁奇縁の淀み点〜』
1話・吾輩たち、異世界転移した?


 

━━泰野盆地、明け方。

 

赫き巨獣の命が、

燃え尽きる寸前の蝋燭のように

薄く揺らいでいた。

 

セラフ部隊2部隊による

激しい猛襲で、衰弱しているのだ。

 

バリイィィィン!

 

外殻、内殻もろとも

大きく損傷した敵は呻きを上げ、

そのまま倒れると思われた……が。

 

すぐさま立ち上がり、

頭部を開いて

エネルギーを収束させていた。

 

そのエネルギーの塊は、

対峙する彼女らの視覚だけでも

充分に分かる危険な代物だった。

 

「待て! これ以上はもう限界だ。

月歌、撤退するしかねぇ!!」

 

「無理だ! 避けられる距離じゃない!」

 

「死ぬぞ、ここで!!」

「くっ……。

(もう、方法はないのか……。)」

 

「諦めないで下さい!

蒼井がみんなを守ります!」

 

(ダメだ……口だけでもう、

何の力も湧いてこない。)

 

弱音を心の内で吐いたその時、

ある『記憶』が鮮明な映像となって、

彼女の脳裏に過ぎった。

 

――私の場合は、何でしょう――

 

――そうだなぁ。蒼井は盾だから、

『無敵』って思えばいいんだよ。。――

 

(……!! そうだ!

私は……蒼井は無敵!!

もう、一人で立ち尽くさない。)

 

蒼井は進むんです。

 

どんな地獄を目の当たりにしても、

仲間と過ごした『記憶』は、

素晴らしいから……。

 

(もっと、みんなと一緒に居たいから。

だから、必ず救ってみせる……!

誰も死なせない!!)

 

あぁ……力が沸いてくる。

これが、セラフの本当の力……。

 

今なら、やれる!

 

「――インビ……」

 

ズドォォンッ!!!!

 

蒼井が持つセラフの旋回が

始まろうとした、その時だった。

 

「何だよ……あの馬鹿デカい戦艦……」

「わお! ディスイズ宇宙戦艦っ!!」

 

信じられない大きさの戦艦が、

RED Crimsonの頭部に衝突した。

 

そしてそのまま、

数キロ先まで戦艦とRED Crimsonが

大地を削りながら慣性で進み、

停止した。

 

最後の一撃を防ごうと

決死で立ち上がった少女も、

唖然とする他なかった。

 

心と口が、完全一致してしまう程に。

 

(……ぽかーん)

 

「……ぽかーん。」

 

何がどうしてこうなったのか。

 

事は、数十分前に遡る。

 

 

 

 

――秘密結社Holox主力艦・ダークマター

艦内、操舵フロア。 

 

〜SIDE『ラプラス・ダークネス』〜

 

「に゛ぇ゛ぇぇえええっ!

みこを早く解放しろぉぉおお!!」

 

「お断りだ。我々Holoxをコラボ配信で

散々コケにしたツケは、

きちんと払って貰う。」

 

「みこに何する気だよぉ!?

こんな縄で縛ることないじゃん!」

 

縄で縛られたこの口煩い巫女は、

吾輩たちが所属する配信系統の

企業事務所『ホロライブ』の先輩……

さくらみこだ。

 

コラボ企画で何度も活動を

共にし、何度もやらかしや

煽りプレイしまくる常習犯でもある。

 

そろそろお灸を据えないと、

いつまで経っても

このままだろうと判断し、

我々Holoxの総意で行動へと移った。

 

「みこ先輩には、

これからゴブリン星で1ヶ月の間、

炭鉱奴隷として働いて貰う。

因みに貴様を

オークションで出品したら、

奴ら1ヶ月レンタルで

10億スペースドル出してくれたぞ。」

 

「何勝手な事やってんの!?」

 

「いやはや、我々Holoxの軍資金も

結構浮いたし……win-winって奴だな。」

 

「どこが!? みこの人権は!?

みこだけ

思いっきりアンハッピーじゃん!」

 

ウィーン。

 

操舵フロアの自動ドアが、開いた。

 

そこから現れたのは、

鯱モチーフのパーカーを着飾った

陽気なインターン生。

 

(……沙花叉か。)

 

「ばっくばくばくーん♪

ラプちゃん元気してるー!」

 

「どうした沙花叉、

風呂でも行きたくなったか?

忍者、連れてってやれ。」

 

「御意でござる!」

「違ーーう!」

 

「……何が違うのだ。」

「ラプちゃんの意地悪っ!」

 

「総帥、

お取り込み中の所すみませんが……」

「おお。幹部、お前も疲れたか?」

 

舵輪で舵取り中の幹部、

鷹嶺ルイがそわそわとして

吾輩に訊いてくる。

 

「少しだけ、お花を摘む時間を下さい。

その間、舵輪の操作を代行して

貰えると助かります。」

 

「よかろう。

この吾輩が代わってやる。

航路はこのまま直線上でいいか?」

 

「いえ、少し注意する点が御座います。」

「何だと?」

 

幹部が片手間に指を滑らせ、

航路ウィンドウを

吾輩の眼前に表示する。

 

示された航路上右側には、

分かりやすい罰点印がある。

 

「これは……」

 

「気がついたようですね。

その罰点印は、時空の裂け目です。

もし誤って当艦がそちらに

呑まれればどうなるか分かりません。

ですので、付近に当艦が

差し掛かったら

舵輪をやや左に回して下さい。」

 

「うむ。了解した。」 

「間違っても、右に回すような真似は

しないで下さい。

では、私はこれにて。」

 

幹部は念入りに釘を刺して、

個人的な用へと向かった。

 

「総帥殿は大変でござるなぁ。」

 

「新人の掃除屋はともかく。

忍者、お前にはいずれ操舵して

貰うからきちんと勉強しておけよ。」

 

「そ、そーでござるなー。あはは……」

 

何だその見るからに嫌そうな顔は。

そんなんでいいのか、

我がホロックスの用心棒よ。

 

…………さて。

そろそろ舵を左寄りに切る時か。

 

「あ!」

「何だよ沙花叉、今大事な時なんだよ。

邪魔すんじゃねぇ。」

 

「ルイルイの所為で忘れてた!

沙花叉は面白いオモチャ買ったんだよ!

ねーねーお願い、お願いだから見てぇ!」

 

「……ガキかよ。おい、みこ。

沙花叉のお遊びに付き合ってやれ。

吾輩は操舵で忙しい。」

 

「何当たり前のように

先輩呼びやめて呼び捨てにしてんの!?

にぇ゛ぇええっ! 

みこが何したって言うんだよぉ!」

 

「え! みこ先輩付き合ってくれるの!

ありがとーー♪」

 

よし、これで

沙花叉も大人しくなるだろ。

 

幹部が戻るまでの辛抱だ。

頼む、何のハプニングも

起きないでくれ。

 

「クロエちゃん。それは?」

「ふっふーん! 

聞いて驚かないでよ……

これは、キラキラスーパーボールだぁ!」

 

「凄いにぇ! みこも欲しいっ!」

 

「揃いも揃ってガキかよ!!

吾輩がこの面子で今一番大人してる

状況って何!?」

 

「それじゃあみこ先輩!

いっくよー!!」

「うんうん!」

 

「待て待てお前ら!

今から何するつもりだ!?

おい風間! 

今すぐコイツらを止め……」

 

「ばっくばくばくーん♪」

「それ掛け声だったんかぃいい!

…………あ。」

 

ツッコミに気を取られた時には、

もう手遅れだった。

 

ポンポンポンポンっ! ポンポンっ!

 

操舵フロア内を縦横無尽かつ

素早くバウンドし続ける

スーパーボール。

 

吾輩は目で追えるので、

この手を離せばすぐにでも

回収できるが……

そういう訳にはいかない。

 

(やはり、身動きの速そうな

忍者しかいないな。)

 

「風間ァ! 今すぐスーパーボールを

木っ端微塵に切り裂け!

その刀は飾りじゃないだろ!」

 

「無理でござるよ!

速すぎて狙いが定まらないで

ござるぅうううーー!!」

 

くっ……忍者でもダメか。

ここは、吾輩がやるしかないのか……?

 

「……あ。」

 

目の前のスーパーボールが、

ゆっくりと動いて見えた。

これは、何か取り返しのつかない

事態が起きる予兆だ。

 

幾度となく戦場で、

否応無しに体感した嫌な感覚。ゾーン。

 

――間違っても、右に回すような真似は

しないで下さい。――

 

スーパーボールは舵輪に接触し、

舵を右に切った。

 

「ああああああ!! 沙花叉ァアっ!

何やってんだお前ェぇええっ!!」

 

「……ぽえ?」

「……にぇにぇ?」

 

 

……………………。

 

 

…………。

 

 

「――インビ……」

 

ズドォォンッ!!!!

 

ズガガガガッ……しーん。

 

そして。

秘密結社Holox一同の現状は今に至る。

 

ピーピーピーッ!!

 

艦内の警報サイレンが赤く明滅し、

警報ブザーが辺りに鳴り響く。

……最悪の状況だ。

 

『当艦ダークマター、次元の裂け目と干渉。

只今、外惑星の侵略生物と衝突しました。

エマージェンシー……エマージェンシー……』

 

しかも、艦内AIが警報がてら

勝手に暴露まで始めた。

もう幹部に言い訳すら出来ない。

 

『衝突対象分析……

惑星危険度C・大型キャンサー。

対キャンサー用主砲、セット。』

 

ウィーン。

 

慌てた様子で、幹部がやってきた。

あ、一瞬で

スーパーボールキャッチしてくれた。

 

なんか助かる。

まぁ、実は

もう助かってはいないんだけど。

 

――というか、何でだ?

どうして……

どうしてこうなった。

 

さっさとみこ先輩を

ゴブリン星に島流して、

母星のラプラトン星で

Holoxのみんなと

楽しくお誕生日会したかったのに……

 

今日は、吾輩の誕生日だというのに。

 

世界は、あまりにも理不尽だ。

 

(これも、侵略者たる者の運命か……。)

 

「総帥、私が居ない間に

何があったんですか!?」

 

「さっきAIプログラムが

説明した通りだ。すまん幹部。

吾輩とした事が、スーパーボールすら

止められなかった……。」

 

「成る程、これの所為でしたか。

誰がコレを飛ばしたのかは

概ね予想がつくので、

話は後にしましょう。

先ずは目の前の障害物を

始末するのが最優先です。」

 

「……だな。

始末しろ。ダークマター。」

 

『了解ですマスター。

発射カウント開始、3……2……1』

 

 



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2話・キレる35Pマヨラー博士

 

『対象生命体の絶命、及び石塔化を確認。

砲撃モード解除……

セーフティーモード起動。』

 

「ふぅ……これで一件落着だね!

ね! ラプちゃん!」

「にぇーいっ★」

 

事故の元凶が、

終わりよければすべてよし

みたいな表情で言う。

 

みこ先輩に至っては、

なぜ肯定する?

にぇーいっ、じゃねぇよ。

 

コイツら自分達の置かれてる

状況分かってんのか。

 

「何処がだよ!?

何一つ解決してねぇよ!!」

「ぽえ?」

 

(殴りたい。この惚け顔。)

 

と、考えてる場合でもないな。

さっさと立て直して、

当初の目的通りに動かねば。

 

「おい、ダークマター。」

『はい。何でしょうマスター。』

 

「今すぐ浮上して

時空間移動する事は可能か?

多少のチャージ時間を

設けても構わないぞ。」

 

『すみませんマスター。

残念ながら、一連の大事故により

当艦の機能回路が多数破損しました。

浮上機能及び時空間移動機能は

現在利用できません。

スペースディーラーへの

輸送を推奨します。』

 

「はぁぁあああああっ!?」

 

「にぇ? 

何がどうなったんだにぇ?」

「えー、沙花叉も分かんなぁ〜いっ♪」

 

AIの補足説明が

加わっても尚、2人は

まるで状況が分かっていなかった。

 

本当に、分かっていなかった。

 

受動的かつ強制的な時空間移動。

巨大生物との衝突。

戦艦戦に於いてタブーとされる

ゼロ距離砲撃。

 

壊れるには充分すぎる要因が

揃い踏みしていた。

 

「どどど、どうするでござるか!

風真たち終わりでござるか!?」

「総帥……如何致しましょう。」

 

残りの理解ある2人は

それ相応の反応を見せてくれた。

 

「待て。吾輩だって今から

どうするか施策を練ってる途中……」

 

ウィーン。

 

操舵フロアの扉が、またもや開く。

この流れで来るのは当然……

 

あれ。今一番来ちゃダメな奴じゃね?

 

「みんなっ! 船が大きく

揺れたけど何があったの!?」

 

「あっ、こよこよ!

実はみこにも……よく分がんな゛い!」

「……ん?」

 

みこ先輩を見て、

何かに気がついたのか。

 

博士は少し沈黙し、

目の笑わない笑顔で

こちらに顔を向けた。

 

「あれれー、総帥。

こよの気のせいかな?

みこ姉さんが縄でキツく縛られてる

ように見えるんだけど。」

 

「…………」

 

クソっ! 

これだからラボに隔離しといたのにッ!

 

「僕はさ、総帥たちがみこ姉さんに

軽ーく説教するって言ったから

了承したんだよ?

これ、明らかに

そのライン越えてるよね。

みこ姉さんに、

何をするつもりなのかな。」

 

「あっ、こっ、これはな……」

 

「もしかして、直近で言ってた

10億スペースドルの利益が

出る取引って、 

みこ姉さんの売買かな?

じゃなきゃ、

ここまで縛る理由ないもんねぇ。」

 

ヤバいぃ、ガチで勘付かれ始めてるよ。

 

しかも、文法的な違和感がない限り

滅多に使わない一人称使ってるし、

これガチでキレてるんじゃないか。

 

マヨラーな所ばかり

目立ってたけど、博士って

そういや狂信的な35Pなんだよな。

 

吾輩だって、トワ様が

同じ目に遭ったら絶対こうなるもん。

 

(くっ、かくなる上は。)

 

「お前らっ、吾輩を弁護しろっ!」

 

「すみません総帥、言葉が出て来ません。」

「鷹嶺ェ!」

 

「か、かかか風真は

ここで偶々筋トレしてただけでござるよ?」

「風真ァ!」

 

「ぽえぽえぽえ〜?

沙花叉お馬鹿ちゃんだから

よく分かんなぁ〜い♪

そもそもぉ、総帥が全ての

発端なんじゃないの〜? ぽえぽえ〜♪」

 

「お前だけ予想通りのセリフだよ!

悔しいけど100点満点の責任転嫁だよ!

こん畜生ーッ!」

 

「そうだねぇ〜。

クロヱちゃんの言う通りかもねぇ。

さてさて総帥様ぁ〜、

僕の敬愛するみこ姉さんを

このような目に遭わせたんだ。

ちょうど新薬の

実験体を探してたし、贖罪として

やってみるのはどうかな?」

 

あー、ヤバい。マジでヤバい。

 

周囲に数十本の

執刀用メス生成してるし、

マジで吾輩、

解剖とかされるんじゃないか。

 

いや、まだだ。

この程度の壁、吾輩は戦場を通じて

幾つも越えてきた。

 

こういう時大事なのは交渉だッ!

 

如何に穏便に済ませられるかどうかだ。

 

「待て博士!

マヨネーズ5本で手を打つのはどうだ!?

吾輩たちholoXに今最も必要なのは

『愛』なんかじゃなく『利益』だ。

holoXの頭脳であるお前なら

分かるだろ!?」

 

「……は?」

 

(あーヤバいぃいいっ!

執刀用メスが5本増えたぁ!?)

 

「ラプちゃんさぁ、何か勘違いしてない?」

「…………。」

 

「例えば、僕が5時間分収録した

ラプちゃん専用の特別ASMRを用意する。

それを聴く権利を得られる代わりに、

トワ先輩が10億スペースドルで

惑星に売り飛ばされます。

そんな話、容認できますか?」

 

「そっ、それはっ……容認出来ないっ。」

「ほらぁ、総帥も分かってんじゃん。

それじゃぁ、裁きの時間だね♪」

 

くっ……あまりこの手は

使いたくなかったが、

やるしかあるまい。

 

「――闇魔法・ブラックミストぉ!」

 

ブワァァっ!

 

黒い霧が操舵フロアを包み込む。

これぞ、

闇魔法・ブラックミストの力だ。

 

「出た出たぁ〜、総帥お得意の

撤退用イカ墨魔法〜♪

そんなんで僕の目を欺けると

思ってるのかなぁー?」

 

ああ。

勿論博士の目を欺く為の

魔法ではない。

 

視界を封じられた所で、

コヨーテ由来の優れた嗅覚は

瞬時に周りを嗅ぎ分ける。

 

目的は、

ほんの少しの隙を生み出す。

これが重要なんだ。

 

今回の使い方は、用途が別にある。

 

視力に優れた味方が居て、

本当に良かった。

 

「幹部、勝負は一瞬だ。分かるな?」

「ええ。

後はこの私にお任せ下さい。」

 

「隠れても無駄だよ〜ぉ。

総帥、僕の嗅覚がどれ程優れているか

知ってるでしょー?」

 

カツン。

 

この音……鷹嶺。

やってくれたようだな。

 

「――解除。」

 

黒い霧が、一瞬にして消え去る。

博士も一瞬だけ目を見開き、

また怒りに満ちた表情に戻った。

 

「これは……降伏したって事で

良いのかな?」

 

「降伏? この吾輩がか?

馬鹿言え。吾輩は博士に

頭を冷やす時間を設けただけだ。

お前は寝る間も惜しんで

新薬の開発に携わっていたんだ。

疲れ過ぎたあまり、

ありもしない見間違いをする

事だってある。」

 

「何を……言ってるの?」

 

「壮大な勘違いをしているのは、

貴様の方だと言ってるんだ。

自分の目でよく見てみろ。

縄でキツく縛られているのは、

本当にみこ先輩かどうか……。」

 

「――!?」

「気がついたようだな。

只の見間違いだった事に。」

 

「みこ姉さんが……縛られてない。」

「その通りだ。みこ先輩は

偉大な先輩様だ。

我々がぞんざいに扱う訳ないだろ。」

 

「だ、だよね……

『こよ』の勘違いだよね。

ラプちゃん、早とちりしてごめん。」

 

ようやくメスを降ろしてくれたか。

足元に散らばってるの危ないから

後で片付けろよ。

 

「待って待って待ってェ!!

何で沙花叉が縄で縛られてんの!?

みんな沙花叉に何する気なの!?」

 

「なぁ、沙花叉。

責任転嫁したんなら、

自分がされても文句は言えないよな。」

 

「だからってイキナリこんな

仕打ちはないでしょ!?

ルイルイも黙って見てないで

助けてよぉ!!」

 

「ごめん沙花叉。

総帥の為に犠牲になってくれないか。」

「うっ……うぇぇえええん!!

うぇんっ……ぐすっ。」

 

見え見えの嘘泣きした所で、

助からないと思うぞ。

 

よし。

取り敢えず、暴走した博士を

止める事は出来た。

 

今一度、我々が置かれている

状況に向け合わねばな。

 

「幹部、一旦我々は上陸しよう。」

「それは、

数百人の乗組員含めてですか?」

 

「いいや、何せ異界の星だ。

何が起こるか分からない所に

余計な犠牲を生み出す訳にはいかん。」

 

「つまり……」

 

「吾輩、幹部、博士、侍、

生贄用の掃除屋、

みこ先輩の総員6名で上陸する。

他の乗組員は当艦ごと

吾輩の転移魔法で

スペースディーラーへ

送るつもりだ。」

 

「成る程、確かに今は

それが最善策かもしれません。」

 

これで大凡の動きも決まった。

ここからどう動くかは

上陸してから考えても遅くはない。

 

「おい、ダークマター。」

『はい。何でしょう。』

 

「このフロアと全フロアの

モニターを中継してくれ。

全乗組員に指示をしたい。」

 

『了解しました。

モニター中継シークエンス起動……

ウィーン。』

 

ピコンっ!

 

この子気味いい効果音は、

通信成功の証だ。

モニター通信機能は健在か。

 

最低限の機能が残ってて助かる。

 

「貴様ら、刮目せよ。」

 

「「「「「――YES MY DARK!!」」」」」

 

結構揺れてた気がするが、

誰一人ケガ人は居なさそうだな。

……続けよう。

 

「貴様らよ。アナウンスでも

既に伝わっているだろうが、

我々は不慮の事故により

異界の星へと不時着した。

そして現在、当艦は浮上する機能を

失い宇宙空間を渡航出来ない。」

 

「「「「「.…………」」」」」

 

乗組員らが、緊迫とした空気を

醸しながらざわつき始める。

これは想定内だ。

 

「当然、

我々の情報にない星である以上。

下手に侵略行為を行えば

返り討ちに遭うだろう。

そのリスクを回避する為、

このフロアに居る総員6名で

先住民とのコンタクトを図る。」

 

「総帥、我々は待機という

事でしょうか。」

 

「その通りだ。

しかし、浮上機能を失った当艦と

共に貴様ら放置するつもりもない。

吾輩が当艦と貴様らを

転移魔法で

スペースディーラーへと送ってやる。」

 

「総帥様……なんと慈悲深いっ!」

「「「「「おぉおおお!!」」」」」

 

コイツらどんだけポジティブなんだよ。

こちとら内心

冷や汗ダラダラだっつーの。

 

「いいか貴様ら。

スペースディーラーに着いたら

事情を説明して、

直してくれるよう交渉してくれ。

その後は、各々でholoXの支部拠点に

帰還して貰って構わない。」

 

すげぇ。

自分で言うのもなんだけど、

今吾輩めっちゃ総帥してね?

 

「貴様ら、返事はどうした?」

 

「「「「「――YES MY DARK!!」」」」」

 

 



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3話・自業自得のholoXっ!

 

「はいUNOぉぉお!

みこの勝ちぃぃいいい!!

にぇぇええええいっ★★」

 

みこ先輩が、これ見よがしに

ガッツポーズを取り。

吾輩を煽り散らかす。

 

最下位争いから脱した程度で

ここまで煽れるのは、

最早天然ボケのレベルを

超越していると言ってもいい。

 

「流石です、みこ姉さん!

そういう凄さにこよは、

痺れる憧れるぅ♪」

 

「おいこよォ!」

「はいぃ!」

「もっとみこを褒め称えろォ!

今一度、みこがエリートな先輩で

ある事を皆に証明してやるのだ……!」

 

「はい! こより、

精一杯みこ姉さんを

讃えていこうと思います!」

「うむ……苦しゅうない。」

 

「くっ、次はこうはいかんぞ!」

 

「あれれぇ〜ラプ殿ぉ?

まぁ〜た最下位でござるかぁ〜?

総帥のくせに3連敗だなんて、

弱弱でござるなぁ〜……ぷぷっ。」

 

追い討ちをかけるように、

風真が横から続いて煽ってくる。

 

いつもそうだ。

 

普段は周りに対し

お淑やかに振る舞うくせに、

隙さえあれば、吾輩に対して

内に秘めた生意気さを

全力でぶつけてくるのである。

 

「うっ、うるせぇぞ風真ぁ!

わ、吾輩だってまだ本気を

出してないだけだ!

吾輩が本気出したら

ゲームにならんだろうがッ!」

 

「えー、そんなにラプ殿強いのぉ〜?

風真怖ぁ〜い……ぷぷっ。」

 

風真コイツ……

分かって言ってやがる。

 

真に縛るべきは掃除屋じゃなくて、

この用心棒なのではないかと

錯覚しそうだ。

 

「ねぇぇえっ!

沙花叉も遊びたいよぉぉおっ!

変な事言ったの謝るから、

縄解いてよぉぉお!」

 

「何を言ってるのだ?

沙花叉、お前はこの異界に於いて

貴重な交渉材料なんだ。

そう易々と解放する訳ないだろ。

それに……我々とて

只遊び呆けている訳ではない。」

 

「……え?」

「どういう事だにぇ?」

 

……そう。

この異界の開けた場所で、

レジャーシートを引いてUNOを

しているのには理由がある。

 

吾輩たちは、転移魔法によって

主力艦ダークマターを

スペースディーラーへと送り。

現在、戦艦の状態を詳察させている。

 

その詳察結果が

電話でやってくるのを

待っている最中なのだ。

 

勿論。約半年分の野営物資を 

携えて上陸したので、

多少の修理期間は全然待てる。

 

修理費が予想外の額だろうと、

沙花叉の口座で

長期的なローンを組めば

なんとかなるだろう。

 

さて。

早ければそろそろ掛かってくる

頃合いだが……

 

ピリリリリリッ!

 

「来ましたね。総帥。」

「ああ。丁度求めていた所だ。」

 

吾輩はスペースデバイスの

通信を繋ぎ、応答した。

 

『もしもーし!

こちら、スペースディーラー

第七銀河支部店でーす。

そちらの連絡相手は、

holoX総帥のダークネス様で

お間違いないでしょうか?』

 

「ああ。間違ってなどない。

吾輩がholoX総帥を務めている

ラプラス・ダークネスだ。」

 

『分かりました。

では詳察結果の方をお伝えしますね。

……これ、結構いっちゃってますね。』

 

「ざっくりし過ぎだろ!

もっと詳細に述べろよ!?」

 

「えっ!? イッちゃってる!?

ラプちゃん、誰かと出航してるの!?」 

 

「してねーわ!

つーか、どこまで

頭ピンクコヨーテなんだよッ!

頼むから今はその煩悩を抑えろ!」

「こっ、こよは

頭ピンクコヨーテじゃないもん!」

 

「こよ……少し頭を冷やすにぇ。」

「……ごめんなさい。みこ姉さん。

こよが勝手に

盛り上がってしまって……」

 

「分かってくれたならいいんだ。

今度マヨネーズ一本

奢ってやるにぇ。」

「いいんですか!?

ありがとうございます!」

 

まさか、こんな形でみこ先輩が

役立つとはな。

吾輩でも予想できなかった。

 

正直博士は、

自分や鷹嶺ルイでも

首輪をつけれないレベルの

狂犬なので案外助かる。

 

この際。

みこ先輩のholoX入社を

視野に入れてみるのもアリだな……

 

って、そうじゃない。

 

「待て待て待て!

吾輩への謝罪はないのか!?」

「ないけど、それがどうしたの?」

 

うっわ。

さも当然のように答えたよ。

 

……もうダメだわ。

多分、何度訊いても

この返事しか来ないだろ……。

 

『あ、あのー? 総帥さん?』

 

「すまない。

少し取り乱してしまったな。

詳細についてはもう述べんでいい。

ダークマターの

現状況は大凡伝わった。

取り敢えず、現時点で推定される

修理費や修理期間を教えてくれ。」

 

『えーとそうですねぇ。

ざっと3年で、費用は

2億スペースドルくらいですかねぇ。』

 

「……は?」

 

いやいやいや、何かの冗談だろ。

だって吾輩たち、

約半年分の野営物資しかないよ?

 

ちょっとぶつけただけじゃん。

そんな修理費嵩むことある?

修理期間も長過ぎじゃね。

 

最強の侵略集団でも、

飢餓で普通に死ぬぞ?

 

『どうしました?』

「あ、あのー。

修理期間とか、修理費とか……

なんかヤバくないっすか?」

 

『はい。ヤバいですね。

ヤバいですが、これでも

最大限譲歩した方ですよ。

貴女の母さん怒ったら、

こちらもヤバいんで。』

 

「だって、 

ちょっとぶつけただけじゃん。

一応吾輩たちの戦艦、

そこらの一般戦艦より

丈夫に出来てるよね?

そんな一瞬でボロボロになんの?」

 

『そりゃあアンタ達、

200年くらい戦艦の

定期点検サボってましたよね?

今更急にガタが来ても、

文句言えない立場っすよ。』

 

「……うっ。」

 

(くっ、痛い所を突いてくるなぁ。

この店員。)

 

『もしかしてですけど、

定期点検代から浮いた分のお金、

好き勝手使ってたりとか

してるんじゃないですか。あなた達。

それが事実だとしたら、

我々を責める権利はありませんよね?

むしろ、至極当然の自業自得としか

言いようがありません。』

 

あーやっべ。

完全にバレてるわこれ。

見透かされまくってるよ。

 

『で……実際の所どうなんですか?

総帥さん。』

 

おいお前ら。

何故吾輩にそんな冷たい目を向ける。

 

お前らだって浮いた金で

ヒャッハーした側だろうが。

 

もうヤダ……

何で総帥やってんだろ吾輩。

泣きそうだよ。

 

「あっ、あー。すみませんでした。

我々が全面的に悪かったっす。

修理費は沙花叉って奴の口座で

ローンを組んで下さい。

数百年かかるでしょうが……

まぁ、お願いします。」

 

『分っかりやしたーー!!』

 

プチっ……。

 

通信が切れた。

 

「……総帥。」

 

「ははっ、分かっていたさ。

こうなる事くらい。

……どうしよ幹部、

我々マジで終わりかな……。」

 

「いいえ。諦めるのはまだ早計かと。」

 

幹部が琥珀色の瞳で遠方を覗き、

希望的な発言をした。

 

「何っ!?」

 

「先程衝突した巨大生物を、

瀕死寸前までに追い詰めた

先住民たちが居ます。」

「……つまり。」

 

「ええ。何故人間に擬態しているのか

分かりませんが、彼らと共生出来れば

3年以上の安定した衣食住が

得られるかもしれません。」 

 

「都合よく生贄も要るんだし、

こよは上手くいくと思うなー♪」

「こよちゃんのサイコパス博士っ!

ふんだっ! 沙花叉怒ったもん!」

 

「好きに怒っていいぞ。

どうせお前の歩む

未来は変わらんからな。」

 

「さっきからみんな

沙花叉にあたりキツくない!?

holoXってこんな薄情集団だったの!?

ねぇ……

ルイルイは沙花叉の味方だよね……?」

 

「………………。」

 

鷹嶺ルイはそっぽを向いた。

 

吾輩たちも沙花叉に

色々思う所があるが、

贔屓的に振る舞えない。

 

犠牲に情を抱いては、

交渉など成立しないからだ。

 

だから今は、

泣きたい気持ちを押し殺し、

今我々は冷たく接している。

 

特に幹部には……

一番苦しい決断だろう。

holoX内で誰よりも

沙花叉の面倒を見ていたんだ。

 

吾輩でも、

彼女にかけられる言葉はない。

 

だがそれでも、

吾輩が今出来ることはある。

 

総帥として皆の道を切り拓き、

指揮し、その先に繋げる。

何があっても、大切な部下達を

飢餓させるような真似はさせない。

 

(……先住民との共生交渉か。

今まで侵略行為しかして

こなかった我々に上手くいくだろうか。

いいや、弱気になってはダメだ。

……動こう。)

 

「方針は決まったな。

風真、衝突した場所に『刀痕』は

付けられるか?」

 

「ラプ殿は風真の剣術を

甘く見過ぎでござるよ。」

「……出来るんだな?」

 

「当然でござる。

巻き込む可能性を考慮して、

皆殿には一旦離れて貰えると

助かるでござるよ。」

 

「分かった。

貴様ら、少し後方に下がれ。」

 

「「「「「――YES MY DARK!!」」」」」

 

一同が下がったのを確認した風真が、

瞼を閉じながら腰を低くし、

刀を構えた。

 

スーッと息を吸い、力を溜めていく。

そして、

居合に合わせ目をカッと開いた。

 

「――風真流・居合術抜刀『藤波』ッ!」

 

キィインッ!!

 

津波のように

高く長い翡翠色の一閃が、

刀から解き放たれる。

 

めっちゃカッコいいし、映える。

まぁ……一瞬だったけど。

 

 

 

 

………………。

 

 

……。

 

 

時は少し戻り。

 

〜SIDE『蒼井・えりか』〜

 

(ぽかーん)

 

「……蒼井っ! 蒼井ッ!!」

 

「――ハッ!」

 

意識が覚めた。

 

周りのみんなは、無事だった。

私を呼びかけて起こしてくれたのは、

いちごさんだ。

 

みんなは無事で、

どこか安堵した空気さえ

漂ってるように感じる。

 

けれど……いちごさんだけは、

蒼井に向ける表情が

怒気に染まって見えた。

 

「蒼井……答えろよ。

さっきの力は何だ?

デフレクタ残量は

ほぼ残っていなかった筈だ。

一体『何』をしようとしていた?」

 

 



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4話・Blue cage

 

 

時は少し戻り。

 

〜SIDE『蒼井・えりか』〜

 

(ぽかーん)

 

「……蒼井っ! 蒼井ッ!!」

 

「――ハッ!」

 

意識が覚めた。

 

周りのみんなは、無事だった。

私を呼びかけて起こしてくれたのは、

いちごさんだ。

 

みんなは無事で、

どこか安堵した空気さえ

漂ってるように感じる。

 

けれど……いちごさんだけは、

蒼井に向ける表情が

怒気に染まって見えた。

 

「蒼井……答えろよ。

さっきの力は何だ?

デフレクタ残量は

ほぼ残っていなかった筈だ。

一体『何』をしようとしていた?」

 

「そっ……それはっ。」

 

自分自身でも、何が何だか分からない。

 

みんなを護りたい一心で。

 

自分が無敵だと……そう信じた時。

胸の内から、力が湧いてきた。

 

「……言い淀んでどうした?

そんなに後ろめたい事なのかよ。

ま、蒼井が話す気がねーんなら

別にいいぜ。」

 

「………………。」

 

(違う。蒼井は……)

 

「幸い、こっちには

セラフに詳しい奴が居んだ。

そいつに訊いた方が、話が早ェ。

……なぁ、樋口。」

 

「ふふ……そろそろ私に訊く頃だと

思っていたよ。水瀬いちご。」

 

いちごさんが、

彼女の方に身体を向けた。

 

それを待っていたかのように

樋口さんは眼鏡をクイっとした。

 

「焦らすな。さっさと答えろ。」

 

「……良かろう。先程のは、

真価を引き出した『セラフの力』だ。

この力は、心身がセラフの能力に

追いついた時発現する『特殊能力』。

強大すぎる力が故に、そのリスクも

相応且つ甚大なモノとなる。」

 

「……リスクだと?」

 

「ああ。本来存在し得ない

デフレクタ量を優に超える

あれ程のエネルギーが、

何を媒体に、どこから発生するか

気にならないか?」

 

あの湧いてきた力は……

 

「『生命エネルギー』だよ。

原理は、デフレクタの過剰使用による

鼻部出血と酷似している。

当然、生命エネルギーというくらいだ。

使い過ぎれば死に至る事は

容易に想像できるだろう。

一部ではこれを、

『セラフの真価』だの『秘術』だの

呼称してるようだが……

その本質は変わらん。」

 

「……そうかよ。

蒼井が黙り込んでいたのは

『そういう事』かよ。」

 

いちごさんが、

より憤慨し蒼井に歩み寄る。

 

「ふざけんなよ……蒼井。」

 

「ふざけてなんかいません!

蒼井はみんなを護りたかった!

その意思だけは、心の底から在る

蒼井自身の本心です。

みんなを護り通す!

それが蒼井の使命なんです!!」

 

「…………そうじゃねぇよ。

――そうじゃねぇだろ!!

みんなで

生きて帰らねぇと何の意味もねェ!!

それを一番分かってんのは蒼井!

お前じゃねぇのかよッ!!」

 

「…………」

 

(どうして……?)

 

いちごさんが蒼井に

癇癪を起こす事なんてよくある事で。

 

ただ怒りっぽい人なんだなって。

いつも割り切れる筈なのに……

 

今は、違う。

 

(どうしてこんなに……

胸が騒つくの。)

 

「おい。文句があんなら、

顔を上げて、

もう一度あたしの目を見ろ。

そして反論の1つでも挙げてみろよ。

――挙げてみろよッ!! なぁッ!!」

 

そうだ。言い返さなきゃ。

まだ足りてないんだ。 

ちゃんと蒼井の意思を伝えるんだ。

 

そしたらきっと、

みんなやいちごさんだって

分かってくれる……!

 

「蒼井は……――」

 

――パシィンっ!!

 

頬が痛い。

じんわりと、ヒリヒリとする

痛みが頬から広がって。余韻が残る。

 

蒼井は、平手打ちされたんだ。

 

「何……で……。」

 

――ぎゅっ。

 

(いちごさんが、

蒼井を抱きしめてる……?

何で、怒っていたんじゃ……。)

 

でも。温かい。

それだけは、はっきり分かる。

 

「心配させんなよッ!

どれだけっ……どれだけあたしらが

心配してたかも知らねぇで……

勝手に行こうとすんなよ。」

 

「いちごさん……」

 

「もう1人で抱え込むなよ。

寂しくなったらいつでもあたしが

手を握ってやるから……っ。

悩みだって、辛い事だって。

全部あたしらが聞いてやっから。

だからっ……

何処にも行くんじゃねぇよ。」

 

……自分が愚かだった。

蒼井は、みんなを

護りきる事ばかり考えていた。

 

蒼井以外が生き残ってでも、

周りが助かっていれば

それでいいと。

 

オペレーション・トレミー

での敗戦から、

ずっと後悔を抱え続け。

引き摺ったままの

自分が……心の奥底に、まだ居た。

 

誰も守れなかった

あの時の自分を呪い続けて。

守るという行為に、

躍起になっていた。

 

だからこそ。

『あの夢』が未だ蒼井の眠りに

こびりついたまま訴えてくる。

 

お前は誰1人守れやしない。

非力で『怯懦な存在』なんだと。

 

訓練後。何度アリーナで

エミュレートしようとも、

蒼井の望む結果は得られない。

 

やればやるだけ、

自分の無力さを

突きつけられるだけだった。

 

結局は、

独りよがりの『考え』だった。

 

ビャッコは檻から抜けれたのに、

私はまだ、

『檻』から抜けられていなかった。

 

その場凌ぎの開放感に

酔いしれていただけだった。

 

あの頃の『あたし』は捨てて、

新しい『私』として。

新しい『蒼井』としての自分を

築いていこうと。

 

……そう心に決めたのに。

 

かつての惨めな自分を変える為、

足りないなりに『何か』を

貼り合わせようとしていたけれど。

 

何一つ変わってない。

 

蒼井が守りたかったのは、

みんなの命だけ。

それに対し、

みんなが守りたかったのは……

 

――『みんなと過ごす時間。』

その理想の中に、

蒼井は入っているんだ。

 

凄く単純な話なのに。

私は、何処かズレていた。

 

(今になって分かるなんて。

蒼井は本当に、

お馬鹿さんかもしれません。)

 

「……もう、泣かないで下さい。

蒼井は、何処にも行きません。」

 

「本当か……?」

「はい。本当です。

だから、一旦私と距離を取ってください。

そして、誓いの握手をしませんか。」

 

「……おう。」

 

ふと我に帰ったのか。 

 

いちごさんは抱いていた手を

気恥ずかしそうに離し、

もう一度向き合った。

 

「いちごさん。そして31Bのさん。

この手に誓ってください。

もう一度、『31Bをやり直す』と。」

 

私は腕輪をつけた方の

手を差し出し、提案する。

 

今なら、本当の意味で

『自分』をやり直せる気がするから。

 

「蒼井……それって……。」

 

「今までのツンケンした

31Bも、色々と心が引き締まっていく

感じで良かったです。

ですが、今の私たちなら

31A部隊のように仲良くなって。

より強固な連携を取れる

部隊になれる気がするんです。

これは、その為に

必要な『過程』なんです。」

 

「……あぁ。そうだな。」

 

蒼井の期待に応えるように、

いちごさんが

手を伸ばしたその時だった。

 

「――貴様らァア!

そんな馴れ合いは後にしろォ!

来るぞッ! 後数十秒でなァ!」 

 

「急にどうしたんだよ

カレンちゃん!? 

折角の甘い雰囲気ぶち壊すなよ!」

 

「落ち着け月歌。

カレンちゃんが

空気読める奴だってのは

お前もよく分かってるだろ。

本気で危険を察知して

忠告してんだ。話を聞け。」

 

月歌さんは和泉さんの言葉を聞き入れ、

顔付きをスッと変えた。

 

「分かった! ……カレンちゃん! 

あたしらはどうすればいい!?」

 

「貴様ら全員

7時の方向に退避せェ!!

今すぐ死にたくなかったらなァア!」

 

「「「「「――了解!!!」」」」」

 

トランスポートで一同が退避した後、

数秒で『それ』は起きた。

 

キィインッ!!

 

津波のように

高く長い翡翠色の一閃が、

私たちの傍を通り過ぎた。

 

「……危なかったな。

カレンちゃんの忠告がなけりゃ

あたしらアレで真っ二つだったぜ。」

 

「ああ。笑えねぇ冗談だな。」

 

「何なんですかあの斬撃!?

死ぬ!? 私死ぬかと思った!!

縦割れ艦長になる所だった!!」

 

「何だよ縦割れ艦長って……」

 

「ええ。正に油断禁物という奴ね。

エリート諜報員のわたしも、

油断してしまったわ……。

……ん? あの『斬り跡』。

斬撃にしては何か『変』じゃない?」

 

東城さんが

何か違和感を覚えた様子だ。

一同も気になって、

その痕跡に目を向けた。

 

そこにあったのは、

鋭い斬り跡なんかではなかった。

 

薄萌葱色に発光する謎の『帯』が、

地面にへばりついているのだ。

 

「何でしょう……凄く綺麗です。

何かのイルミネーションでしょうか?」

 

國見さんが興味津々に

その跡へ近寄っていく。

それを、和泉さんが止めに入った。

 

「待て國見、無闇に近づくな。

キャンサーの放った毒液の可能性がある。

こっちへ戻ってこい。」

 

「ご、ごめんなさい。

私が不注意なばかりに……」

 

國見さんが謝ってこちらに戻ってきた。

月歌さんは彼女を責める事なく、

落ち着いた面持ちで口を開いた。

 

「まぁ……勝ちは勝ちだ。

それ以上でもそれ以下でも無い。

RED Crimsonも撃破できたし、

この痕跡の事も、司令部に

伝えてさっさと帰ろうぜ。」

「記憶損失のポエマーかよ。」

 

「……そうですね。

では蒼井が報告しておき――」

 

「待て蒼井! 『痕跡』の中から

誰か出てくるぞ!!」

 

月歌さんの言う通り、

痕跡から6人の人影が姿を現し始めた。

 

ズズズズズッ……!

 

 



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5話・貴様ら、刮目せよ。吾輩の名はーー

 

 

〜SIDE『ラプラス・ダークネス』〜

 

「見事な刀捌きだ……風真。」

 

遥か先にまで伸びた薄萌葱色の帯。

 

もとい、風真の斬撃によって

生み出された『刀痕』は

期待以上の長さで敷かれていた。

 

「にぇぇぇええ゛え゛えっ!?

いろはちゃんそんな事出来たのぉお゛!?

みこ、そんなんできるって

聞いた事ないんだけどぉお!!」

 

さっきから、ずっとうるせぇな。

 

なんだ?

 

凹ましたら叫ぶタイプのトリ型玩具か?

一々にぇぇええ、って叫ばなきゃ

死ぬ呪いにでもかかってるのか?

 

「そ、そんな褒めないで欲しいで

ござるよぉ〜。

もちろん、訊かれたら何でも

答えてやるでござるよぉ〜。」

 

「風真、多分お前褒められてないぞ。」

「うるせぇなぁ……! 

舐めてるとシバくぞガキぃ!」

 

「何で吾輩にだけそんな辛辣なの!?

一応総帥なんですけどぉ!?」

 

「ブフォッ……!

最高だよ風真たんっ……!」

 

先輩め。笑ってやがる。

博士が居るからって

調子に乗ってんな。

 

……仕方あるまい。

吾輩が悪巧みのプロって事を

分からせてやるか。

 

「博士、みこ先輩が

マヨネーズ一本飲みたいそうだぞ。

幹部も協力してやれ。」

「御意。」

 

幹部が素早く移動し、

逃げれぬよう背後から

みこ先輩の両肩をガシッと掴んだ。

 

「え、ちょっと待ってぇ!

みこの身体動かないんだけどぉ!?

両肩ギシギシいってるよぉ!!

何したのルイ姉ぇ! にぇってばぁ!」

「ハッハー↑」

 

「笑い事じゃねぇよッ!」

 

そんな彼女の様子を気にも留めず、

博士の方は

吾輩の戯言に興味津々だ。

 

「え!? ホント!」

 

下手な回答をすると

ボロが出そうだな。

 

…………よし。

ここは、博士の感受性に

訴えるとしようか。

 

それに吾輩自身、

人心掌握術には少々自信がある。

 

総帥という役職柄ゆえ、

自然とそういう能力が

育まれてしまったのだろう。

 

私怨で利用してすまないな博士。

 

いつかボーナス上乗せして

やるから、

この茶番に付き合ってくれ。

 

「与えるも与えないも貴様の自由だ。

大事なのは、後輩として

先輩を慕う在り方。

……違うか?」

 

「ありがとラプちゃん!

こよ、分かった気がするよ!

みこ姉さん。

こよのスペシャルマヨネーズDX♡

丸々一本、たーんと味わってね♪

はいっ♪ あーーんっ❤︎」

 

「ぁぁあ゛あ゛っ!

ごめんってラプたんっ!!

嘲笑うようなマネもうしないからっ、

ちゃんと謝るからっ、

みこを許しでぇええ゛っ!!」

 

「分かればよろしい。幹部、あれを。」

「はい。」

 

スッ。

 

「んぐぐっ……ぶはあっ!」

 

みこ先輩の口に押し付けられたのは

マヨネーズではなく、

吾輩のカラスだ。

 

「えー、またルイ姉の

『イーグル・トリック』かぁ。

こよちゃーん! ショック!」

 

「ん? 博士のクセに、

妙にあっさり引いたな。

どうした?」

 

「いやさ。マヨのプレゼントは

今じゃなくても出来るなって思って。

『刀痕』を敷かせたって事は、

そうゆう事でしょ?」

 

「物分かりがいいな。

さすがholoXの頭脳だ。」

 

吾輩の口車に

容易く乗せられる点を除けばな。

 

「――総帥、如何致しましょう。」

「そう焦るな幹部。

準備は整ってるも同然、

後は乗り込むだけだ。」

 

「え……乗り込むって何処に?」

 

みこ先輩は

何が何だか分かってない様子だ。

まぁ、刀痕の性質を

初見で理解する事の方が無理がある。

 

「風真の斬った所をよく見ろ。

帯みたいなモノがあるだろ?」

 

「うおっ!? 凄ぇええ!

風真カラーのリボンが

地面にくっついて光ってるーー!」

 

「風真カラーではない。

薄萌葱色だ。

あと、それはリボンじゃねぇ。」

 

「ん……うすもえぎ色?

何それ、何言ってんのラプたん?」

「ぽえぽえ〜?

何言ってんのかなぁ〜ラプちゃん?」

 

沙花叉、お前は流石に知ってろよ。

割と一緒に行動してる方だろ。

 

「博士、みこ先輩はどうやら

色の勉強をしてみたいそうだ。

今度付き添いで教えてやれ。

燕脂色とか、甕覗色とか、

一目で分かるくらいに

叩き込んで構わん。」

 

「え? こより、

みこ姉さんと2人きりで

図書館デートOKなの!?」

「……ああ。諸々の事が済んだら、

吾輩も貴様らの師弟関係が

より良好になるよう手回ししてやる。」

 

「やったー!」

「やったーじゃにぇよッ!

何みこ巻き込んでくれてんだぁ!!」

 

「ごめんねぇ〜、みこ姉さん。

総帥は筋金入りの

絵画オタクちゃんだから、

色の分別に関しては

少し手厳しいんだぁー。」

 

みこ先輩の顔が真っ青になった。

散々吾輩たちを馬鹿にしたんだ。

タダで済ませるつもりはない。

 

愛弟子の歪んだ溺愛の中で、

一生その罪を償ってもらおう。

そうでないと吾輩の気がすまない。

 

「大丈夫だよみこ姉さん。

こよの頭脳とみこ姉さんの

エリート頭脳が合わされば、

1週間で覚えられるよ!

エナドリと不眠薬キメて、

一緒にがんばろー!!」

 

「…………。」

 

良い虚目だ。

 

はっ……ざまぁみろとは

まさにこの事だな。

最っ高に清々しいぞ。

 

マヨの刑より

よっぽど効果的じゃないか。

 

「みこ先輩、まさかだけどさぁ……

ここまでやる気になった愛弟子の

気持ちを無下にするような真似……

しないよなぁ?」

 

「…………くっ。

(許せねぇ……ラプたん。)」

 

「総帥?」

 

「ああ、すまない幹部。

ちょっと私語が多過ぎたな。

博士、『刀痕』について

要点だけかい摘んで説明してやれ。

奴らが立ち去っては元も子もない。

……なる早で行くぞ。」

 

博士が頷きながら

ネクタイをキュッと正し、

説明に入った。

 

「説明しようっ!

全ての『刀痕』は繋がっているのだ!

以上っ、こよの特別リークでしたぁ!」

 

「分がった!!」

 

何のリークにもなってないし、

おそらく先輩の方も

分かってないだろうが良しとしよう。

 

なんせ、時間がないんでね。

 

「吾輩と風真が

先陣を切って『刀痕』に入る。

幹部は沙花叉をおんぶ。

博士は

みこ先輩をおんぶして乗り込め。」

 

「「「「「――YES MY DARK!!」」」」」

 

「YESじゃねぇよッ!

みこ自分の足で歩けんだけどぉ!

どんだけみこの事舐め腐ってんのぉ!」

 

「それは違うよ、みこ姉さん。」

「……こよ?」

「今は細かく話せないけど、

刀痕内の移動は少しコツが居るんだ。

下手すると体が捩れちゃうからね。」

 

「みこそんな恐ろしい所に

今から入るの!?」

 

「うん。だから、

そうならないように

こよの背中に乗っていて欲しいんだ。

……いいかな?」

「分かった。」

 

よくやった博士。

吾輩の言葉の真意をすぐさま理解し、

説得までこなしてしまうとは。

 

下心丸出しだが、

頭脳担当の名は伊達じゃない。

 

……因みに、

刀痕に入ると体が

捩れるというのは真っ赤な嘘だ。

 

自由の身である

みこ先輩が勝手に動いては

何が起こるか分からない。

 

未然に起こりうる

トラブルの可能性……種を潰す。

博士はその意志を、

短い指示の中で読み取ってくれた。

 

であればもう、

言うことは何も無い。

 

(……気は乗らんが、進むか。)

 

「待たせたな。もうお喋りは無しだ。

行くぞ貴様ら!」

「「「「「――YES MY DARK!!」」」」」

 

 

 

 

 

敷いた刀痕を潜り抜け、

遂に吾輩たちは異界生物との

接触を果たした。

 

ズズズズズッ……!!!

 

(数は12か……。

さて、どう様子を伺おう。)

 

「うわっ!

なんか変な仮装集団が湧いてきた!?

まだまだハロウィンは先なのに!?」

 

「おい、誰が仮装集団だ?

我々を見縊るのも大概にしろ。

制服で戦闘してた貴様らも、

我々の目から見たら

不自然そのものだぞ。」

 

「いやいや、お嬢ちゃん達の方が……」

「いやいや、

吾輩的には貴様らの方が………」

 

「いやいやいや……」

「いやいやいやいや…………」

 

「「……………………。」」

 

「「――無限ループ!!」」

 

「総帥、戯れている場合では

ございません。」

 

「……ごほん。」

 

危ない危ない。

 

幹部の注意がなければ、

下らない言い合いで

折角の機会を棒に振る所だった。

 

これ以上、

グダグダする意味もない。

……本題といこう。

 

「どったの? 

急に咳き込んで。」

 

「仕切り直す為に決まってるだろ。

我々は明確な目的を持って、

貴様らに会いにきたのだ。」

 

「明確な目的だと?」

 

「そうだ。我々は

貴様らに交渉をする為に来た。」

「交渉……?」

 

「月歌、後の話はあたしに代われ。

お前だと余計な発言が目立つ。」 

「分かったよ、ユッキー。」

 

短髪の少女が渋々とした表情で下がり。

代わりに、

背後に居た女が我々に近寄ってきた。

 

「交渉と言ったな。

アンタらが何を企んでるかは

知らないが、何処の馬の骨とも

知らない相手に

交渉を吹きかけられて。

はいそうですそうしましょうと、

素直に聞くと思うか。」

 

「それもそうだな。

社会的な交渉及び取引を行う

前段階として、

名刺交換を行うのは

基本中の基本であり礼節。

そこを疎かにしたことは謝ろう。」

 

「…………。」

 

「では、我々が何者であるか。

吾輩から順に、自己紹介といこう。」

 

何事も始まりが肝心だ。

植え付けられた第一印象は

そうそう変わらない。

 

ここは慎重に……。

 

且つ、総帥としての

威厳を崩さない程度に。

 

「貴様ら、刮目せよ。

吾輩の名は――」

 

 





どうも、たかしクランベリーです。

風真いろは生誕祭2023、最高でした。

愛らしい動きで、
とっても癒されました。
今後も、ぽこべぇを
応援していこうと思います。

さて、突然ですがお知らせです。
水曜更新から月曜更新に変わります。 
よろしくお願いします。


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6話・苦肉の策

 

「では、我々が何者であるか。

吾輩から順に、自己紹介といこう。」

 

何事も始まりが肝心だ。

植え付けられた第一印象は

そうそう変わらない。

 

ここは慎重に……。

 

且つ、総帥としての

威厳を崩さない程度に。

 

「貴様ら、刮目せよ。

吾輩の名は――

ラプラス・ダークネスだッ!」

 

(ふっ。決まった……!)

 

「あたしは茅森・月歌。

……で、ラプちゃん。

厨二臭く振る舞うのは

構わないんだけどさぁ、

本当の名前教えてくんない?

大丈夫、あたしら笑わないよ。

苗字が山田でも……でも。

ふっ……あははは!

やっべ! すっげー似合う!!」

 

「おいッ! 勝手にツボるんじゃねぇ!」

 

「総帥への狼藉は……」

「そこまでにするでござるよ。」

 

チャキッ。

 

茅森と名乗る少女に、

幹部の銃口と侍の刀身が牙を向いた。

 

「うわー! ごめんなさいぃ!

馬鹿にするつもりは無かったんですぅ!」

 

「ひひゃ……!

全面戦争かァ? よかろう、

このワシが直々に――」

 

「やめておけ……死者が出るぞ。」

「死者じゃとォ?」

 

「この吾輩だ。」

 

「「「「「………………。」」」」」

 

「ラプたん。滑ってるよ。」

 

「よし。幹部、侍。武器を下せ。

自己紹介を続けるぞ。」

「「――YES MY DARK!」」

 

「みこを無視すんなよッ!!」

 

ヤバい。

 

初めてみこ先輩に感謝の念を抱いたよ。

みんなこのまま無言だったら

どうしよ……って内心思ってたぞ。

 

やっぱ吾輩にギャグセンスは

ないのだろうか。

 

殺伐とした空気を壊す為に、

少し無理をし過ぎたな。

 

「だから出しゃばるなって

言ったばかりだろ月歌。

今ここで相手方が偽名を名乗る

メリットは何一つねぇ。 

それと、カレンちゃんも血の気を抑えろ。

相手の目的は戦闘じゃなく交渉だ。」

 

「うっ、ごめんユッキー。」

「くっ……それもそうじゃな。」

 

「悪いな。続けてくれ。」

 

「協力感謝する。

我々も事は手短に済ませたい。

とっととやっていくぞ。幹部。」

 

「待っ鷹ねー!

秘密結社holoXの女幹部、

鷹嶺・ルイでーす!」

「ばっくばくばくーん!

holoXの掃除屋、

沙花叉クロヱでーす!」

 

「一刀両断ッ! holoXの用心棒、

風真いろはでござる!」

「おはこよー! holoXのぉ〜ずのー!

博衣こよりだよー! よろしくねー!」

 

「にゃっはろー!

超絶エリート巫女の、

さくらみこだにぇ!」

 

良いぞ……!

この流れるような自己紹介。

これぞ求めていたスムーズさだ。

 

ようやくだ。

ようやく交渉の続きが出来るぞ!

 

「なんか

全員クセ強い自己紹介だね。

あたし、頭グルグルしてきたよ……。」

 

「落ち着け月歌。

相手は一つ一つ訊けば、

正確に答えてくれる筈だ。

順序立てて答えてもらうから、

大人しくしといてくれ。」

「ほーい。」

 

やっと

あちらも話をする気になったか。

 

「手短に済ませたいのは

あたしらも同じだから、

此方の自己紹介は後回しでいいか?」

 

「構わん。」

 

「それと交渉前に、

アンタらについて

確認したい事が幾つかある。 

質疑応答の時間を

設ける事は出来るか。」

 

どうやら、まだ警戒が

解けきっていないようだな。

出会って間もないし、

それも当然か。

 

「良いだろう。5分だけだ。

答えられる範囲で答えてやろう。」

 

「この近辺に、

『ドーム』は点在していない。

つまりアンタらは

キャンサー蔓延る当作戦区域で

彷徨いていた事になる。

挙げ句、あたしらとの

交渉を求め接触した。

『ただのドーム住民』であれば、

そんな事不可能な筈なんだ。」

 

「…………。」

 

「答えてくれ。

アンタらは『ドームの住民』か。

それとも『軍や政府の関係者』か。」

 

▶︎ドーム住民だ。

▶︎軍や政府の関係者だ。

▶︎どちらも違う。

 

「……どちらとも違うな。

我々は偶然この異界に

居合わせただけの侵略組織だ。

貴様らも見たであろう。

――あの馬鹿でかい戦艦を。」

 

「「「「「――!?」」」」」

 

一同は驚愕の反応を見せるが、

眼鏡の少女は溜め息を吐きながらも

平然としていた。

 

「やはりか。これで合点がいった。」

「合点がいった? 

どういう事だよユッキー。」

 

「要するに、奴らはキャンサーと同じ。

外宇宙から

来訪してきた侵略者って訳だ。

おそらくあの戦艦も、

奴らの有する軍事力の一部に過ぎない。

尚更、今ここであたしらが

死なずに対話出来てんのも

不思議なくらいだ。」

 

「え……あたしらもしかしてピンチ?」

「出方によるな。

だから月歌、彼女らの神経を逆撫で

するような真似はよしておけ。」

 

「お喋りは充分か?」

「……ああ。手間を取らせたな。

もうあたしらの知りたい情報は

大体得られた。

交渉の方に移ってくれ。」

 

「幹部、生贄を差し出せ。」

「はい。」

 

縄で縛り付けられた沙花叉を

鷹嶺が差し出した。

 

「え? 何これ。どゆ事。」

 

「生贄だ。惑星間交渉に於いて、

基本の交渉材料だぞ。

本当はもうちょっと

捕虜を用意してやりたかったが、

時間がなくてな。」

 

「いや、あたしら生贄とか

そういうの要らないんだけど。」

 

「マジか……。」

「うん。マジだよ。」

 

クソっ。

 

大抵の惑星外交官は

喜んで捕虜や生贄を受け取るのに、

コイツらの価値観はどうなってんだ。

 

(こうなったら……)

 

鷹嶺、またお前の力を貸して貰うぞ。

 

こんな事もあろうかと

両方の掌に『刀痕』を

つけといて良かった。

 

これでこっそり助けを求められる。

 

「ねぇユッキー、ラプちゃん

口に手当ててるけどあれ何してんの。」

「知らねーよ。なんか考えてんだろ。」

 

「幹部……幹部。

助けてくれ。こういう時

どうすればいいんだ?」

 

耳を当てた方の片手から、

ヒソヒソと幹部の返事が

刀痕越しに返ってきた。

 

「ここで交渉決裂する

訳にはいきません。

総帥、最終手段です。

一か八か、賭けてみましょう。」

「何だと……?」

 

「現在所有してる全ての野営物資を

交渉材料に回して下さい。」

 

成る程。

そういうことか。

正真正銘、最後の手段。

 

大きく出たが、

今はその策に賭ける他ない。

 

「……分かった。

幹部、アドバイス感謝する。」

「当然の事をした迄です。」

 

刀痕を付けた両手を下ろして、

向き直る。

 

「貴様らが生贄を

必要としないのは理解できた。

しかしだな、我々もここで

交渉を終わらせる気はない。」

 

「…………。」

 

「我々が現在所有している

全ての物資を

交渉材料として提供する。

それでどうだ?」

 

「提供する物資の量や質、

交渉の内容によるな。」

 

「我々が所望する

交渉内容は至ってシンプルだ。

我らを貴様たちの所属する組織に

4年間雇用して欲しい。

勿論、生活水準も

貴様らと同等の待遇で頼む。」

 

「……は?」

 

冷静に対処していた眼鏡の少女が、

突如あっけらかんとした

表情になった。

 

「どったのユッキー。」

「すまん月歌。一瞬だけ声を大にして

言わせてくれねぇか。」

「お好きにどうぞ。」

 

「――はぁぁああああ!?」

 

うるさ。どういうテンションだよ。

こっちにも叫びのうるさい

ピンク師弟が居るけども。

 

「どうユッキー、落ち着いた。」

「ああ。おかけでな。」

 

「用は済んだか?

判断は貴様らに委ねるが、

我々も出来れば穏便に済ませたいんだ。」

 

「で、どうすんのさユッキー。」

 

「受け入れるしかねぇだろ。

どの道断った時のリスクがデカ過ぎる。

下手したら、キャンサーより

何十倍も脅威だ。」

「オッケー。」

 

「決まったか。」

 

「ああ。少なくとも

あたしらは歓迎するよ。

だが、あたしらも一端の隊員にすぎない。

基地まで運べはするが、

最終的な判断を下すのは軍の上層部だ。

それでも良いか?」

 

「充分だ。協力感謝する。」

 

 

 

 

━━▶︎ セラフ基地。司令官室。

 

 

我々は組織の

基地へとヘリで運ばれ、

上層部の居る部屋へと連れて行かれた。

 

「その人たちが、

あなたの言っていた宇宙人ね。」

 

「司令官のクセに、

あっさり信じるんだね。」

「おい月歌、

司令官をあまりおちょくるな。」

 

「いいじゃんちょっとくらい。」

「よくねーわ。」

 

「信じるも何も、結果が出たのよ。

あなた達がヘリで移動してる最中、

関東地方全土のドームデータベースに

アクセスして確認したのだけど

該当する顔や姓名はヒットしなかった。」

 

「マジかよ……」

 

「それに、 

ドローンの捉えた映像内で

人間離れした『能力』まで

使っていたわね。」

 

『刀痕』の事か。

コイツらもしかして、

戦闘中もずっと軍に監視されてるのか。

 

「…………。」

 

「あなた達の会話も、

樋口さんが設置した

ステルス・ドローン越しに

聴かせて貰ったわ。

4年間、当セラフ部隊に

隊員として雇用されたいようね。」

 

「その通りだ。」

 

「単刀直入に言うわ。

――判断しかねる。」

 



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7話・ラプ様vs手塚司令官グレード120

 

 

「あなた達の会話もドローン越しに

聴かせて貰ったわ。

4年間、当セラフ部隊に

隊員として雇用されたいようね。」

 

「その通りだ。」

 

「単刀直入に言うわ。

――判断しかねる。」

 

判断しかねる……だと?

コイツら、まだ我々の事を――

 

いいや。ここは抑えろ。

まだ全てが決まった訳じゃない。

 

「おい、そこの偉そうな奴。

判断しかねると言ったな。

それは一体、どういう事だ?」

 

「入隊の手続きはそう難しくない。

ドーム住民ではないようだし、

あなた達が希望するなら

拒むつもりはないわ。

けれど、我々セラフ部隊が養うに足る

戦果を出せるのかしら。」

 

未だ我々の実力を

軽視してるという事か。

 

こう見えてそこらの

宇宙凶賊より危険視されてんだよなぁ。

我々の組織。

 

まぁ、異界人が知る由もないか。

 

「出せるに決まってるだろ。

なんなら、半日で貴様らの組織を

完膚無きまでに潰す事もできるが。」

 

「私たちセラフ部隊も

舐められたモノね。

……いいわ。そこまで言うのなら

この私の目で

直々に判断してあげましょう。」

 

あーあ。やっぱそうなっちゃうか。

 

穏便に済ませようと思ったのに、

結局は武力行使になんのかよ。

 

結構むずかいんだぞ。『加減』するの。

 

 

 

 

 

━━▶︎ アリーナ

 

「さぁ、遠慮は要らないわ。

全力でかかってきなさい。」

 

場所は変わり。

 

おそらく戦闘の疑似訓練を

行うであろう

無機質な空間に連れてかれた。

 

偉そうな奴は、

今にも此方の攻撃を待っている状態だ。

 

「なぁ月歌、あたしらまで

観戦に加わる必要あったか?」

 

「何言ってんのさユッキー!

ラプちゃんの本気が見れるんだよ!?

観に行かないなんて選択肢ある!?」

「普通にあったわ。」

 

見ての通り。

余計なギャラリーまでついてきて

鬱陶しい事極まりない。

 

「偉そうな奴、ちょっといいか。」

「……怖気付いたのかしら?」

 

「怖気付く? この吾輩がか?

何を勘違いしてるか知らんが、

やらせて貰うぞ。」

 

「好きにしなさい。」

 

「我々holoXの精鋭5人はな、

戦地に赴く前に

必ずやる前準備があるのだ。

士気を高めるための

号令みたいなモンだ。」

 

「…………。」

 

「幹部、沙花叉の縄を解いてやれ。

でなければアレは出来ん。」

「了解です。」

 

幹部の手によってスッと縄を解かれた

沙花叉が嬉しそうに伸びをした。

 

「ふぁ〜っ! 

シャバの空気は最高だぜ!

ありがとね♪ ルイ姉♡」

「総帥の命令に従った迄です。」

 

余程嬉しいのか。

沙花叉はニヤニヤと

幹部の頬を人差し指でつついてきた。

 

「あれれー? もしかして

ガチで照れちゃってるー?

照れてるルイ姉可愛いなぁ〜♡

ぷいぷいぷい〜〜っ!」

 

あ、頭グリグリの刑くらうなこれ。

 

「ぁぁあ゛あ゛っ! 

痛い痛い痛いよぉっ!!

沙花叉をグリグリしないでぇえっ!」

 

コイツら、少し目を離した隙に

イチャイチャ、イチャイチャと……

 

社内恋愛禁止だって何度も

言ってんのにさぁ……ったく。

 

場が白けたじゃねぇか。

 

「鷹嶺、そこまでにしろ。

幹部であるお前が

目的を見失ってどうする。」

 

「――ハッ! すみません総帥!

私とした事が……。」

 

「痴話喧嘩も謝罪も後でいい。

さっさとアレをやるぞ。」

「了解です。」

 

そうだ。

アレをやらなくては始まらない。

 

「ラプラプラプラプラプ……」

「タカタカタカタカ…………」

 

吾輩の言葉に

呼応するよう幹部から

頭を寄せて繋ぎ、

それぞれ同じように続いていく。

 

「こよこよこよこよこよ……」

「ござござござござござござ…………」

「ぽえぽえぽえぽえ………………」

 

――共鳴×5 !!

 

「何それぇぇええええっ!

みこスッゲェ既視感あんだけどぉ!!

てかパクリだよにぇーっ!?

あの某宇宙人のさぁ!」

 

「――パクリではない!

我々holoXの方が先だッ!!」

 

「ねぇユッキー、

司令官の額の青筋ヤバくない。」

「あそこまでキレた司令官見るの、

あたしも初だぞ………」

 

「くるくるぱーーかァァアアっ!!」

 

え、何コイツ。

何でこんなキレてんの。

 

「どうした?」

 

「――夏草や、兵どもが夢の跡!!」

 

ブウンッ。

 

話を聞かずに武器を出してくるか。

こりゃ相当キレ散らかしてるな。

 

「総帥、ここは私が。」

 

「いいや、その必要はない。

4人は下がってろ。

前に出るのは

吾輩だけの方が『良い』。」

 

「……わかりました。」

「みこは!?」

 

「好きにしろ。吾輩が

何と言おうと勝手に動くだろ。」

 

「――Collapse Lanceッ!!」

 

タンっ! バチバチバチッ…………

 

赤黒いエネルギーが

彼女の持つ槍に収束し、

空中で禍々しい赫雷を帯びる。

 

「うわぁ! 誰か助けてぇー!!

吾輩消し炭になっちゃうよぉ!!」

 

「待ってユッキー。

ラプちゃんアレまともに

くらったら死なない?

当人もビビり散らかしてるよ。」

 

「さぁな。だが……

『半日でセラフ部隊を潰せる』ってのが

ハッタリかどうか。

どの道、この一撃ではっきりする筈だ。」

 

「そうかも……

色々教えてく――!?」

 

「「「「「――!?」」」」」

 

「……なんてな。」

 

吾輩は、偉そうな奴の真後ろへ

『移動していた』。

 

「どうなってんだよ……

ラプちゃんが瞬間移動したのか?」

 

「違うぞ月歌。

瞬間移動なんかじゃねぇ。

もっと恐ろしい

『何か』が起こっていやがる……」

「え……」

 

「司令官を見てくれ。

地面に着地してるだろ。」

 

眼鏡の少女め、勘付いたか。

 

「そういや、攻撃する為に司令官が

宙に飛び上がったのはあたしも

見てたよ。……ってあれ。

いつ『着地』した?」

 

「やっと違和感に気がついたか。

攻撃、命中、不発、

司令官の着地、ラプラスの移動。

その一連の行動は

『既に終わっていた』。

それが、物音無しに『この一瞬で』だ。

……いや、

一瞬と言うのも語弊があるな。」

 

「何の話だよユッキー!!」

 

「……ああ。馬鹿みてェな話だが、

そうでなきゃ

まるで説明がつかねぇ……。」

「…………。」

 

「みんな聞いてくれ。

あの角を持った宇宙人は、

任意で『時間を消し飛ばせる』。

自分に不都合な未来だけを

消し去ってやがるんだッ……!!」

 

ほう……

吾輩が一言も発してないのに、

もう答えに辿り着いたか。

 

心の内だけであるが、

素直に称賛してやろう。

 

「貴様、中々に聡明だな。

一回でこれを

看破したのは貴様で7人目だ。」

 

「私との勝負を差し置いて

ブツブツと会話するなんて良い度胸ね。」

 

不意に背後から迫る攻撃。

当然それも、読んでいる。

 

「――ブラック・ロード。」

 

ギインッ。

 

紫色のノイズが世界全体に奔ると同時。

 

ゼンタングル調の白黒背景が、

自身の足場を中心部として

樹海を描くように広がる。

 

ついでに双角が黄金色に輝く。

 

これぞ、魔力『ブラック・ロード』の力。

 

魔力発動時、進んだ時は『消え去る』。

 

消し飛んだ時間の中では、

凡ゆる動きや事象が

全て『無意味』となる。

 

生物はその現象を

物理的に『認識する事が出来ない』。

 

――しかし、吾輩だけは違う。

消し去った時間の中に対応し、

自由に動ける。

 

(結果だけだ……

この世には結果だけが残る。)

 

さてと、

博士からあの注射器でも借りるか。

 

博士の目の前はっと……

大体ここでいいか?

 

「時よ、再始動しろ。」

 

ギインッ。

 

「くっ……ちょこまかとッ!」

 

「よぉ博士、あの注射器貸してくれ。

吾輩、もうアイツと戦うの飽きた。」

「おけこよ〜♪ はいどうぞ!」

 

よし、これで勝敗の準備は整ったな。

 

「いい加減になさい。

貴女たちの持つ能力がどうあれ、

一々逃げられては強さを測れないわ。」

 

諦めの悪い奴だな。

一体どうしたら分かってくれるんだ。

 

まぁ、すぐにでも分からせてやるけど。

 

「何を言っている。

強さはもう嫌って程体感しただろ。

なぜ自ら傷つこうとする……

ずっと言ってる筈だぞ。

我々は事を穏便に済ませたいと。」

 

「貴女の手の内はもう読めたわ。

次は上手くいくと思わない事ね。」

 

こりゃあ、話聞く気ないな。

 

ギュッ。ポタポタポタポタっ……

 

お、槍の切先を強く握り締めたか。

 

「え、司令官何やってんの……

手が血だらけになってるよ。」

「……その手があったか。」

「何納得してんだよユッキー。」 

 

「血の滴り落ちる速度は『一定だ』。

時が消し飛ぶという現象が

起きない限り、

地面に落ちた血痕が

一瞬で複数に増える事はねぇ。」

「…………。」

 

「要するにだ。

その異常を観測さえ出来れば、

あの能力のカウンターは容易い。

特に、戦闘経験値の

高い司令官なら尚更だな。」

 

「よく分かんないけど、

ラプちゃんに

攻撃が当てられるってコト?」

「そういうこった。」

 

対処法をどう練ろうとも、

吾輩の勝利は確実だ。

 

holoXの面々も

それを理解してるからこそ、

何の手出しもしていない。

 

「吾輩の能力を見切ったとて、

我々の力量を測るのは不可能だ。

――差があり過ぎる。

だからここは一つ、

条件付きのゲームをしないか?」

 

「……ゲーム?」

 

「ルールは簡単だ。

吾輩はこれから 

一回だけ同じ能力を使う。

貴様があと

30秒立ち続けられたら勝利。

この睡眠薬入り

注射器を刺されたら敗北だ。」

 

「条件というのは?」

 

「お互いにこれ以上

無益な争いは続けたくない筈だ。

その解決策として、条件を設ける。」

 

「…………。」

 

「条件その一。

我々が敗北したのなら、

大人しく手を引いて立ち去るとしよう。」

「私が敗北すると?」

 

「無条件で我々を雇用させろ。

手続き、部屋の用意、配属の諸々も

全て其方で済ませてもらうぞ。

これが、条件そのニだ。」

 

「ラプたん……

そんな横暴が通る訳ないじゃん。」

 

「――いいわ。」

「にぇぇえええっ!?

何で通るの!?」

 

今の今まで静かだったのに、

どうして急に

騒ぎ出すんだよこの先輩は……

 

「私たちセラフ部隊も暇じゃないの。

あなた達がさっさと

立ち去ってくれるのなら、

此方としても本望だわ。」

 

「言質は取った。

これで『交渉成立』だな。」

 

「さぁ、

何処からでも掛かってきなさい。」

 

血の滴り落ちる手を構え、

彼女は吾輩の動きを待つ。

 

その慢心が、敗北を招くと知らずに。

 

「では始めるぞ。

――ブラック・ロード」

 

 





どうも、たかしクランベリーです。

ヘブバン公式生放送、楽しかったです。
にゃん×2魔術師、良いっ……!

激甘な恋愛描写……ですか。

ルイクロとみっこよは
何かベクトル違うんで、
いろはスの2人が
多分その内てぇてぇを爆発させます。
よろしくお願いします。


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8話・ラプラス・ショーリデス

 

軍服の彼女は、

刹那にして増えた血痕を視認し。

気配の感じる方へ、

その槍を振り回した。

 

「――そこっ!」

 

「「「「「―――!?」」」」」

 

攻撃は命中した。

しかし、命中したその相手は

ラプラス・ダークネスではない。

 

瓜二つの『虚像』――否ッ!

 

時の歪みが起こした『幻想』ッ!

集団幻覚!!

 

雨天のウェディングを

祝う死神のような幻想ッ……!

 

彼女らが目の当たりにしたのは、

そんな雑駁な情景を

思い浮かべてしまう程に

クレイジーな……『怪異』である!!

 

(待って。何このナレーション?

吾輩怒られない?

ナレーションさん、

頼むから普通にやってくんない。

吾輩こんな事言わんって。)

 

落ち着きを持った

holoXの面々とは対照的に、

愕然とする一同。

 

この異質な光景を目にすれば、

誰もが混乱するであろう。

 

(お、ナレーションの調子が

元に戻ったな。

じゃあ、主導権の方も

そろそろ返して貰おうか。)

 

「司令官が司令官を攻撃してる!?

何で!?」

「すまない月歌、あたしにも

何が起きたか分からねぇ。」

 

観測したいのなら、

好きなだけ観測させてやる。

但し……

 

「どうした貴様。

観測したかったのだろう? 

――吾輩の能力。

態々『観せ』てやったのに……

これでは拍子抜けだな。」

 

虚像が本体へ吸われるように

溶け込み、一体化する。

 

あまりに奇妙な現象を

体験してしまい、戦慄したのだろう。

錯乱状態のなった彼女は、

まるで動く気配がない。

 

(……勝負アリって奴だ。)

 

プスッ。

 

彼女に注射器が刺さり、

意識の糸がスッと

切られたかのように倒れ込んだ。

 

「「「「「………………。」」」」」

 

そして、

場の空気が凍る。

 

「……みこ先輩。」

「何だにぇ?」

「こういう時こそいっぱい騒げよ。

全員が全員思考放棄すると

どうしたらいいか分かんないぞ吾輩。」

 

「ラプたんが

意味不明な事した所為だよ!?」

 

そうそう、吾輩が欲しかったのは

そのテンションだよ。

 

「幹部、解説。」

「はい。」

 

何も知らない一同が固唾を飲み、

幹部の方へ顔を向ける。

 

「魔力『ブラック・ロード』

その能力は皆様の推察通り、

任意で時を数十秒消し飛ばす能力です。

本来我々がその時間を物理的に

観測する事は出来ません。

ですが、あのような形で

観測させる事も出来るのです。」

 

いいぞ幹部。その調子だ。

 

「彼女が先程攻撃をした

瓜二つの虚像は、未来の彼女自身。

消し飛ばされて消滅するだった

時間軸の彼女を『取り残す』と

あのような現象が起きるのです。」

 

「「「「「…………。」」」」」

 

何はともあれ勝ちは勝ちだ。

言質を取られた貴様らには最早、

拒否権など無い。

 

焦燥や憤慨が度を越し、

冷静さを欠いた。

そしてゲームを承認した。

 

その時点で、

我々の交渉は『完遂』していた。

もちろん、成功という意味合いでだ。

 

(――いつだってそうだ。

慢心はいずれ、

己の足を掬われる事になる。)

 

相手の手の内が分かってる上に、

30秒だけ立ち続けられればいい。

こんなヌルゲー、

誰だって有利だと思い。挑むだろう。

 

自身の腕に絶対的な自信を持ち、

実力のある者であれば……尚更だ。

 

このような結果になるなんて、

思いもしなかっただろうな。

 

「分かったかー貴様らぁー。

つーわけで、明日から宜しくなー。」

 

「クソっ、

まんまと奴らに嵌められたッ……」

「ユッキー…………。」

 

あの眼鏡の少女が我々から

警戒心を解くのはそれなりに

時間がかかりそうだ。

 

まぁ、知ったこっちゃ無いが。

 

4年間の安寧さえ

保障されれば我々はそれでいい。

 

――それまでの付き合いだ。

 

「國見、ボサっとしてねぇで

司令官にマントで応急処置をしろ。

それと東城、

お前は救護班を連れてこい。

あたしは現状を蒼井たちに報告する!」

 

「分かったわ……!

手帳の連絡機能を使えばいいのね!」

「了解です! 和泉さん……!」

 

 

 

 

時は少し戻り。

 

━━▶︎ セラフ基地内、研究施設。

 

〜SIDE『蒼井えりか』〜

 

「観に行かなくて良かったのか?

……蒼井。」

 

樋口さんが、

PCをカタカタとタイピングしながら

私に問いかける。

 

確かに気になりはする。

けれど……

 

「ラプラスさん達と

手塚司令官の直接対決……

私も、出会ったばかりの

彼女らがどう戦うのかは気になります。

でもそれは、

樋口さんも同じじゃないですか。」

「……あぁ、同じだ。

だが見ての通り、私も多忙なのだよ。

こんなタスクさえなけりゃ、

今すぐにでも観てたさ。」

 

「…………。」

 

「蒼井、今気付いのだが……

私の問いの答えになってなくないか?

手を貸してくれるのは

素直に有難いがな。」

 

あ、そういえば……答えなきゃ。

 

「蒼井、彼女たちが

悪い集団だと思えません。

だからきっと、誰の犠牲も出ない。

それに今は……目先の興味よりも、

仲間の事を大事にしたいんです。」

 

「根拠もない信用で

座して待つ……お前らしいな。」

 

樋口さんが、見たこともない

優しい微笑みを浮かべた。

 

「じゃあ、作業に戻りましょうか。」

 

「そうだな。

私も一旦作業に没頭したい。

蒼井、パシるような真似で悪いが

そこの戸棚に入ったエネルギーバーを

手渡してくれないか。」

 

「分かりました。」

 

私は戸棚を開き、陳列する

エネルギーバーを一本掴んだ。

掴んで……

 

ザクっ! ザクザクっ……。

 

「……ふむ。作業の合間に摂取する

糖分は五臓六腑に染み渡るな。

おっと、お礼を言い忘れていたか。

助かったよ、蒼井。」

 

「…………!!」

 

(え……?)

 

私は確かに戸棚を開けたはず……

なのに今は、戸棚が閉まってる。

 

それだけじゃない。

 

手渡してもいないのに、

樋口さんが既にエネルギーバーを

齧っている。

 

戸棚を閉めた記憶も、

エネルギーバーを手渡した記憶もない。

 

……あり得ない。

 

数秒前の出来事すら

全く『記憶できない』なんて。

 

蒼井は『ハイパーサイメシア』なのに。

 

「狼狽えてどうした。

私がエネルギーバーを齧る絵面が

そんなに不自然か?」

 

「……違うんです。

何か、奇妙なんです。

進んだ時間が抜け落ちた様な……

そんな不思議な感覚が…………。」

 

「お前がよくやる『ぽかーん』って

奴じゃないのか?

RED Crimsonと交戦したきり、

特に休む事なく、こうして共に

デスクワークをしている。

……結果、蓄積した任務の疲れが

表面的に現れた。

そうは考えられないか。」

 

「そう……ですね。」

 

(だよね。 

蒼井の気のせい……だよね?)

 

私は何かの間違いであると認め。

顳顬から滴る一筋の冷や汗を、

ハンカチで拭き取った。

 

「少し私語が多かったな。

蒼井、また頼るようで悪いが

戸棚下段に仕舞ってある万年筆で、

私から受け取った書類の記入欄に

氏名を綴ってくれ。」

 

樋口さんは申し訳なさそうに、

纏まった書類を手渡した。

 

「蒼井の氏名で通るのですか?」

「私用のモノは別にある。

今渡したのは

部隊長権限で通る書類だけだ。」

 

「ごめんなさい。余計な事を

訊いてしまって…………。」

「構わん。手さえ動かしてくれれば

それで助かるのだからな。」

 

よーし、気を通り直して

デスクワークしよう。

 

先程の異常は疲労の類い。 

そう自分に言い聞かせ、

筆を取り席に座る。

 

書面に目を遣り、万年筆を構える。

 

インクを先端に溜め。

黒い雫が落ちないよう、素早く記入を……

 

「――!?」

 

あまりの恐怖に手が震えた。

握る手から、万年筆が落ちる。

 

「どうした蒼井?」

 

書面の記入欄には、

滴り落ちたであろう

5つの黒い雫跡が滲み出ていた。

 

――『2度』だ。

 

何かが可笑しい。

……意識だってあった。

 

こうも時間が連続して

抜け落ちるなんて……

ハッキリ言って異常そのものだ。

 

これ以上同じことが続けば、

セラフ部隊全体に

危害が及ぶ可能性がある。

 

(蒼井が行かなくちゃ……!!)

 

バッ……ダダダダ!

 

「おい蒼井! 何を走っているッ!

我々のタスクはま――だ!?」

 

「「――ッ!?」」

 

私と樋口さんは、外に居た。

 

樋口さんは追う為に

席から立ち上がったばかりで、

私は走り出した直後だ。

 

……なのに。

 

この研究施設から

一瞬で抜け出して『外に居る』。

その結果だけが、

私たちに突きつけられる。

 

『3度目』だ。

 

「ふふ……ふははははっ!

蒼井、どうやらお前の突拍子のない

発言は『事実』だったらしい!」

 

樋口さんが、突然大笑いして叫んだ。

 

「……樋口さん?」

「ようやくだよ。3度目にして、

私の疑念は『確信』に変わったッ……!!」

 

「…………。」

 

「奴ら宇宙人は、任意で

『時を消し飛ばす力』を使えるらしいな。

ふふ……益々興味が湧いてきた。

予定変更だ。蒼井、

私もアリーナに同行させてくれ。

懲罰なんざ、この際どうでもいい。」

 

「はい。行きましょう。」

 

意を決して2人で

アリーナへと走り出したその時だった。

 

ピリリリリリッ!

 

(こんな時に、電子軍人手帳が鳴った?

どうして……)

 

「止まれ蒼井、もしもの事がある。

今は気持ちを抑えて応答しろ。」

「はい……!!」

 

走る足を止め、

電子軍人手帳を耳に当てる。

 

手帳越しに来た声は、和泉さんだった。

 

『こちら和泉。

蒼井、応答出来るか?』

「はい。なんでしょう。」

 

『いいか。

最後まで落ち着いて聞いてくれ。』

「はい。」

 

『手塚司令官が、

ラプラス・ダークネスに敗北した。

結果は惨敗だ。全て奴らの

思惑通りに事が運んでやがる。』

 

「……え?」

 

あの、手塚司令官が……?

 

『落ち着けと言った筈だ。

もうなっちまった事は変えられねぇ。』

「……分かりました。これから

彼女たちはどうなるんですか?」

 

『司令官の敗北によって、

奴らが正式に

軍に雇用される事が決定した。

士官の七瀬曰く、

新たに第31H部隊として

明日から軍に加わるそうだ。』

 

 





どうも、たかしクランベリーです。

総帥、登録者100万人突破
おめでとうございます!
りさママイベも、最高でした。(完走済み)

さて、ここからは新章の予告に入ります。

それではスタート!

━━【断章予告・〜Green Scapegoat〜】

(※次回からスタートではありません。)
(※風真いろはが主役の物語なので、
いろは視点が主軸です。)
(※残酷な描写が含まれます。
ご注意下さい。)

(※セカワーの予告ではありません。)
(※予告の為、台本形式の
ダイジェストでお送りします。)

浅見教官
「剣士達よ――覚悟はいいか?
今ここに、
第5回・セラフ剣闘武術祭の
開催を宣言するっ!!」

沙花叉クロヱ
「わっくわくわくーん♪
頑張ってね! いろはちゃん!」

風真いろは「…………。」

風真の沈黙。
そして降り掛かる、新たな難題。

手塚司令官
「旧杉並区周辺に
新種のキャンサーが発見されたわ。
第31H部隊は、
この新種キャンサー『Scrap wing』の
討伐任務を命じます。」 

いきなりちょっかいを
かけてくる、自称天才剣士。

小笠原・紅雨
「風真いろはさん。
あなたの剣には『迷い』が見えます。
今一度己の過去を振り返り、
剣の在り方を再確認してみて下さい。」

思い出されるのは、彼女の黒い過去。

モブA
「お前の所為で国宝鍛治師の
『風間・大伍郎』は死んだッ!」 
モブB
「償えいろはァアッ!!」
モブC
「到底許されない罪だッ!
それもこれも全部っ……」

モブ集団
「「「――お前のせいだ、お前のせいだ
お前のせいだ、お前のせいだ
お前のせいだ、お前のせいだ!!」」」

執行官A
「静粛にッ! これより
風間・大伍郎を暗殺せし大罪人、 
風真いろはの公開処刑を執り行う!」

モブ集団
「「「ぉぉおおおお!!!」」」

刻まれた過去は、重く、辛く……
のし掛かる。

ラプラス
「風真……お前がこの先どうなろうと
吾輩の『用心棒』だ。
もう、お前は許されていいんだ。
他の誰がなんと言おうと、
この吾輩が許す。」

風真いろは「…………。」

ラプラス
「吾輩に『4文字』で言うべき
事があるだろ?」

無邪気な笑みを向ける総帥。

武術祭を通し、風真いろはが 
見つけた
剣の在り方とは……。

――Coming soon


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9話・見て見て! 吾輩のセラフ超カッケェ!

 

━━▶︎ DAY ???

 

――セラフ基地。『第31H部隊寮部屋』

 

秘密結社holoX重鎮5名、

並びにエリート巫女(?)が

正式に軍に加わり……3日が経過した。

 

「……スタンド。」

「ヒットぉ♪

うぇーいっ、20だぁ!

沙花叉負ける気がしねぇぜ!」

「残念でしたぁ!

みこは『21』ですぅ!!

はいブラックジャックぅーー!」

 

「凄いですみこ姉さん!

こよも負けてられません!」

「風真、23でござる……ははは。

バーストかぁ……。」

 

「皆さん。まだ

勝負を決めるのは早いですよ。

『親』は私なのですから。」

 

くっ……どう出る? 鷹嶺・ルイ!

 

「――開示。」

 

「にぇぇええええいっ!

またまたみこの勝ちぃっ!!」

 

「何でだよッ!

つーかみこ先輩

お前そんなゲーム上手かったか!?

五目並べでしょっちゅう

負けてるような奴が何故ッ……!」

 

「ラプたん。それはそれ。

これはこれって奴だよ……

むふふふっ!」

 

勝ち誇るみこ先輩の笑い声を

遮るように、

突然部屋のスピーカーから

アナウンスが入った。

 

『第31H部隊は、

直ちに司令官室へ来て下さい。』

 

「総帥、司令官からのお呼び出しです。」

「分かっている。」

 

 

 

 

――アリーナ。

 

司令官室に呼び出されたかと思いきや、

有無を言わさずアリーナまで

連れて行かれた。

 

細かな話はそちらでしたいとの事だ。

 

今に至るまでのこの3日間は、

この軍について学ぶ座学ばかりだった。

 

キャンサー、ドーム、セラフ、

電子軍人手帳、プロフェッサー制度。

えとせとら……

 

キャンサーは割と星々で見かける

侵略生物だからどうでも良いが、

そこに付属する情報量が無駄に多い。

 

思い出すだけでも

頭がグルグルするので

そっと記憶の隅に仕舞っておこう。

 

そういえば今日は、

我々用の電子軍人手帳が

発行出来たらしい。

 

「これがあなた達の電子軍人手帳よ。」

 

吾輩と交戦した偉そうな奴……

おっと。

言葉を間違えたな。

 

今は正式に部隊に所属したから、

彼女は我々の『司令官』だ。

 

取り敢えず例の端末を受け取る。

 

「おー、スマホっぽい。」

「まるで将棋だな……」

 

「おいこよぉ!」

「はいぃ!!」

「それは禁句だにぇ。」

 

「すみません、みこ姉さんっ!」

「分かればいいにぇ。」

 

「私語は充分かしら?」

 

「ああ。

ウチの部下はいつもこうなんだ。」

 

「……そう。

では昨日説明した通りに

セラフを召喚しなさい。」

 

「分かった。

お前らも吾輩に続け。」

「「「「「――YES MY DARK!」」」」」

 

えーと、電子軍人手帳を開いて……

この名簿アイコンを押してっと。

 

あったあった、吾輩の顔写真。

ポチッとな。

 

「――!?」

 

待てよ。

このセラフィムコード……

 

慌ててスクロールし

残りのも確認する。

 

やはりだ。

何をどうしたか知らんが、

この組織は我々のアレを知っている。

 

「おい司令官。」

「何かしら。」

 

「このセラフィムコードを

見て思ったのだが、

何故我々の口上を知っている?」

 

「あなた達の口上なんか知らないわ。

各々が士気の上がる口上を

開発班が用意しただけ。

他に気になる所はあるかしら。」

 

▶︎止まるんじゃねぇぞ……

▶︎街は街だ。

▶︎特にない。

 

「特にない。」

「なら、

さっさとセラフを召喚しなさい。」

 

「やるぞ貴様ら!」

「「「「「――YES MY DARK!」」」」」

 

「そこに跪け!」

「吐いて捨てるような現実を」

「一刀両断叩き斬る!」

「終わりなき輪廻に迷いし子らよ」

「漆黒の翼で誘おう!」

 

「加湿器!」

 

ブウンッ!

 

(来たッ……!

これが吾輩のセラフ!!)

 

かっちょェエ!

っぱ、このラスボス然とした武器が

あるとモチベ上がんなぁ!

 

「見て見て! 

吾輩のセラフ超カッケェ!!」

 

「はいはい、凄いですよ総帥〜♪」

「だろだろ!」

 

幹部だったら

分かってくれると信じてたぞ。

 

「………………。」

 

(……ん?)

 

盛り上がる吾輩とは正反対に、

みこ先輩は酷く落胆していた。

気になったので、声をかけてみよう。

 

「みこ先輩、どうしたんだ。」

 

「どうした? じゃにぇよッ!

みこのセラフィムコードだけ

どう考えても可笑しいだろ!?

何故に加湿器っ!? 

いつまでそのネタ擦る気だよぉ!

しかも、腰の後ろに

変なの浮いてるだけじゃんッ!!」 

 

本当だ。

なんか後ろにふよふよしてる。

 

「昨日説明したでしょう。

それは盾型セラフよ。」

「100歩譲ってセラフは分かるよ!

セラフィムコード

どうにかなんなかったの!?」

 

「ならないわ。

いずれ行う実任務に備えて、

キャンサーとの交戦経験を積みなさい。」

 

「くうっ……!」

「せいぜいその武器で頑張る事だな。」

 

「ちょっとセラフが

カッコいいからって調子に乗んなよぉ!

みこだってやれるって所

見せてやっからな!」

 

「ああ。見せてみろ。」

 

「ラプラスさん。

あなたも模擬戦闘中に

時を消し飛ばすのは無しよ。」

「畜生めェエっ!!」

 

「ラプたん。それ総帥じゃなくて

総統のセリフだよ。」

 

「ラプちゃん……それ以上は

下ネタになっちゃうって。

ぷ、ぷるんぷるんって…………

こよの新衣装が頭から

離れないからってさ。

言い過ぎだよぉ…………。」

 

博士、もじもじして

何を勘違いしてるんだ?

やめろ頬を赤らめるな。

 

誰もお前の新衣装の話はしてねーよ。

 

「ほら、グダグダしてると

大怪我するわよ。」

 

ギィギィ!!

 

我々の知らぬ間にエミュレートを

済ませていたらしい。

 

辺りを見回すと、

生み出された仮想キャンサーが

既に取り囲んで威嚇をしている。

 

「時を飛ばせないこの状況下で、

あなた達はどう出るのかしら。」

 

ププゥンっ。

 

司令官はトランスポートによって

距離を取り、こちらを見守る。

 

おまけに、

吾輩のイカサマ観測用の砂時計まで

見せつけてきてる。……だが。

 

「この程度、恐るるに足らん。

風真、沙花叉。一掃しろ。」

「「――YES MY DARK!!」」

 

風真の太刀型セラフと、

沙花叉の鎌型セラフが

周囲のキャンサーを

木っ端微塵に切り裂いた。

 

その間は、1秒も刻まない速さだ。

 

バリィイン!

 

「どうだ? 

正直これでは、

ウォーミングアップにすらならんぞ。」

 

「想定通りの戦果よ。

これ程の実力なら、

立案中の任務を任せられそうね。」

 

「早速運用を検討してる訳か。

ふっ、心が躍るな。」

「…………そう。」

 

「ラプたん、イタいよ。」

「言うなッ! 

ちょっとくらいカッコつけさせろ!

もういいっ、帰るぞ幹部!」

 

「ええ。」

 

 

 

 

アリーナでの模擬戦闘が済めば、

今日一日中フリーだと

司令官が言っていたので。

 

今日は実質4日目の午後休暇を満喫する。

 

部下共やみこ先輩を巻き込んで

散々カードゲームをやり尽くしたし、

何か新鮮な事をやりたいな。

 

(さて、今日は何で遊ぼうか……)

 

「総帥、何か悩み事ですか。」

 

外を歩きながら考えてると、

鷹嶺の方から心配そうに聞いてくる。

 

「いや、そんなに深いモノではない。

……良い機会だ。

お前らも各々でセラフ基地を

探索したらどうだ?

何か新しい発見が

あるかもしれないぞ。」

 

「その言葉、待ってました。

皆さん。総帥の言う通りここは、

一時解散してプライベートに

過ごしてみましょう。」

 

「良いでござるな……それ。」

「よっし! 

みっこよ図書館デート解禁だね♡」

「え……あれ冗談じゃなかったの。」

 

「どこ行こっかルイ姉ぇ♪」

「すみません、私は総帥を……」

 

吾輩、幹部に気を遣わせ過ぎてるな。

偶には自由にさせてやるか。

 

いっつも我儘に

付き合ってくれてる分、

なにかしてやりたいが……

今はこうさせるのが精一杯だ。

 

「構わん。行け、幹部。」

「ありがとうございます。」

 

「おぉ〜、ラプ殿。

成長したでござるなぁ。」

「……ただの気まぐれだ。

良いから行け、お前ら。」

 

トコトコとみんなが立ち去り、

お望み通り吾輩1人の状態となった。

 

うーむ。改めて、どこ行こう。

 

「やっほーラプちゃん!」

「げっ! お前は確か……」

 

「茅森・月歌だよ。実はあたしら

31Aも休暇貰ったんだぁ〜。

てかさぁ、出会い頭に『げっ』って

反応は酷くない?」

 

「うっ……それは悪かったな。」

「良いよ良いよ。

じゃ、あたしと遊ぼっか。」

 

「待て待て何故そうなる。」

「だってさ。ラプちゃん1人だと

迷子になるでしょ?」

 

「子供じゃねえーわ!」

 

「で、どうなの?

行くの、行かないの。」

 

ここで邪険にしても

何の意味もないし、乗ってやるか。

丁度退屈してた所だったしな。

 

「……行くぞ、茅森。」

「やったぁ! 早く

お子様ランチ食べに行こうぜ!」

 

「子供じゃねーわ!

2度も言わせんなッ!!」

 

 




どうも、たかしクランベリーです。

ホロックス部隊は多分、
博士がヒーラーで
幹部がインチキバフする
タイプの闇パだと思います。

……という訳で、
次回から風真いろは編スタートです。
はい。初っ端からいろは視点です。

よろしくお願いします。


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断章『〜Green Scapegoat〜』
10話・ござるパワーが溜まってきただろ?


 

剣。それは敵を討つ刃であり、

仲間を守る鋼。

 

振るう者の信念であり、 

魂そのものでもある。

 

とりわけ、

一本の腕で一本の剣に己を託す姿は

心技体の顕現である。

 

「……なればこそ、その一閃を以て

最強を証明したいと思うだろう!」

 

眼帯をつけた教官が、

ギャラリーを奮い立たせるように

大声で言い放った。

 

「そんな頂きを目指す、

剣型セラフ使いの精鋭がここに集ったッ!」

 

「やったれぇタマぁあーー!」

「すもも、遠慮はいらねぇぞ!」

「ニ似菜ーー!

ケガには気を付けてねー!」

 

「吹雪ちゃん。くれぐれも

無理しないくださいね〜。」

「祈ぃ! しごうしちゃれ!」

 

「白河部隊長、

先輩部隊として格の違いを

見せつけてやってください!」

 

「わっくわくわくーん♪

頑張ってね! いろはちゃん!」

 

「………………。」

 

(セラフ部隊に入隊して早々、

風真は何を

やらされてるのでござろう。)

 

そう考えてる自分に続き。

 

精鋭と豪語され召集された

セラフ隊員たちは、

各々自信に満ちた発言を連ねている。

 

(剣闘武術祭……か。)

 

――見て見ていろは姉!

僕、剣闘祭の優勝トロフィー貰ったよ!

僕ね、いつかお姉ちゃんみたいな

立派な侍になりたいな!! ――

 

弟に向けられた

その真っ直ぐな笑みが、

いつからだろうか……。

 

全く別のモノに変わってしまった。

 

――姉ちゃん。答えてよ。

本当に大伍郎おじいちゃんを

『殺めた』の? ――

 

思い出したくもない過去が、

脳裏に過ぎる。

 

それを思い出す度、

言葉に出来ない不安が頭の中で

渦巻いてしまう。

 

「……いろはっ。

――いろはァアッ!!」

 

「――ッ!?」

 

自分を呼ぶ声に目を遣ると、

ラプ殿が観覧席から名前を呼んでいた。

 

「ラプ殿……。」

 

「今日はお前のお手製クッキー

食わせろ! 吾輩からは以上ッ!!」

 

この総帥、

励まし方がいつも雑すぎる。

 

でも、ラプ殿らしくて……

そんな所が風真は。

 

っと。

 

今は試合に目を向けよう。

余計な思考は

実戦に支障をきたしてしまう。

 

(やってやるでござるよ。

なにせ風真は……)

 

holoXの用心棒だから。

 

「さぁ、2人のお弟子さん!

わたしの教えが最強である事を

示すのです!!」

 

((何故、

流派の違う師を持つことに……))

 

一瞬、参加者の誰かしらと

気が合ったような感じを覚えるが。

 

その疑念すらも吹き飛ばす勢いで

教官が言葉を続けた。

 

「観客達よ、大いに盛り上がれッ!!」

 

「「「ぉぉおおお!!!」」」

 

「剣士達よ――覚悟はいいか?

今ここに、

第5回・セラフ剣闘武術祭の

開催を宣言するっ!!」

 

 

 

 

 

時は遡り。

 

━━▶︎ DAY1 ???

 

〜SIDE『風真・いろは』〜

 

武術祭前日。

セラフ基地、ブリーフィングルーム。

 

風真たち第31H部隊が、

突如として呼び出された。

 

司令官は重たい面持ちで

こちらに指示を告げる。

 

「旧杉並区周辺に

新種のキャンサーが発見されたわ。

第31H部隊は、

この新種キャンサー『Scrap wing』の

討伐任務を命じます。」 

 

「ふっ、ようやく我々にも

マトモな任務を

くれるようになったか……。」

 

全く……この総帥は。

事あるごとにイキらなきゃ

気が済まないのでござろうか。

 

「そうよ。

では早速、その討伐対象の姿を 

目にして貰うわ。七瀬。」

「はい。」

 

司令官、ラプ殿を流すのが上手い。

まだ出会って間もないのに。

 

「皆さん、

モニターに目を向けて下さい。」

 

言われた通り目を向けると、

画面には異質なキャンサーが

映し出されていた。

 

「うっわ! ナスカの地上絵に

描かれたハチドリに

そっくりじゃねぇか!

すげェ……カッケーー!!

見て見て幹部! ヤバくね!?」

 

「はい。私も同感でございます。」

 

「にぇっ、あれって

みこも乗れるかなぁ。」

「はいっ! みこ姉さん程の

エリートなら、すぐ乗りこなせますよ!」

 

なんて事だ。

 

よりにもよってholoXの頭脳派2人が

崇拝する存在を煽てるだけの

保護者になってる……。

 

「盛り上がってる所悪いのだけど、

これを討伐するのが

あなた達の任務よ。

くれぐれも油断しないように。」

 

「了解した。話は以上か。」

 

「いいえ。

注意して欲しい点が一つあるの。

派遣した斥候部隊から、

当該キャンサーは特殊な力を

持っているとの報告があったわ。」

 

「特殊な力……でござるか。」

 

「ええ。報告によると、

周囲の鉄屑を自在に操作したり、

圧縮して放つ事も出来るそうよ。」

 

「ふっ、中々面白いではないか。

初陣にうってつけの刺客って訳だ。」

 

「……ええ。

あなた達の活躍に期待しているわ。

では、解散。」

 

痛々しい総帥の発言がまた軽く流され、

今日の作戦指示は幕を閉じた。

 

この後、何をしようかと学舎内を

ほっつき歩いていると。

凛としたセラフ隊員が声をかけてきた。

 

「失礼する。お前が

31Hの風真いろはで

間違いなかっただろうか。」

 

「間違いないでござるが、

何故風真を……」

 

彼女は申し訳なさそうな表情で答えた。

 

「うちの部隊に所属している

小笠原という剣士のことでな……

君の力を貸して欲しいんだ。」

 

力……?

 

「彼女の能力は秀ていて、

小笠原自身も自負しているほどの

天才剣士なのだが……

――セラフが銃なんだ。」

 

「……?」

 

銃。それと一体何の関係が。

 

「それ故。剣闘武術祭に

参加する事が出来ず、その……

とても拗ねているのだ。」

 

そんなセラフ隊員も居るのでござるか。

セラフ……考えれば考えるほど

不思議な武器だ。

 

「そこで風真。今夜、

夏目隊員と共に小笠原を

慰めてやってくれないだろうか。」

 

なんか、面倒ごとに

巻き込まれそうでござる。  

 

「入隊したての所悪いのだが、

頼む。お前の背に携えてるソレは

飾りじゃないのだろう?

同じ一剣士として、

助力してくれると助かる。」

 

うーん。

風真が剣士として話せる事なんて、

大してないでござるがなぁ。

 

日々の筋トレと、

我儘で自由奔放な

ラプ殿の面倒見てるだけで

時間があっという間に過ぎてくし……。

 

「他の部隊の者に頼むのは筋違いと

分かっているが、頼むッ!

士気に関わる程

拗ねてしまっているんだッ……!」

 

うわっ、急に必死さが凄いでござる。

こ、これを断るのはあまりに酷過ぎて

出来ない……。

 

「分かったでござる!

この風真が、ジャキンジャキンと

解決するでござるよ!」

 

「……感謝する。」

 

 

……………………。

 

 

…………。

 

 

――夜。

 

街灯が薄暗く照らすナービィ広場。

その場内で、

ぽつりと例の隊員は佇んでいた。

 

背を向いていて表情は見えないものの、

彼女の放つズーンとした

重たい空気は

肌に伝わってくる。

 

風真の横にいるもう1人の

臨時カウンセラー。

夏目殿も、憐れといった目で

彼女の後ろ姿を見ていた。

 

ただ見ているだけじゃ始まらない。

ルイ姉には及ばないが、

風真だって拗ねた子の機嫌を

戻す事には自信がある。

 

実際、うちの総帥は

感情の起伏が激しいから

嫌でも

そういう時の対応力が育まれた。

 

「行くでござるよ。」 

「……ああ。」

 

「ニルヴァーナ……。」

 

「「――!?」」

 

(想像より遥かに

追い詰められてるでござるぅううっ!)

 

「……31Fの夏目祈さん。

並びに、31Hの風真いろはさん。

わたしに何かご用ですか?」 

 

この人、振り向かずに気配を

感じ取ったのでござるか。

 

「振り向かずに気付いた事が

不思議ですか?

この程度のこと、

天才剣士には余裕なんです。ふふふ。」

 

別に不思議でも何でもない。

 

ラプ殿とルイ姉はあと

数十m離れてても視覚外から

飛んでくる弾丸を普通に躱せる。

 

「もっとも、剣闘武術祭に出られない

この世で最も情けない

剣士でもありますが。」

 

何を悔しがってるのでござろうか。

出ても出なくても、

剣士である事には変わりないのに。

 

「笑うなら笑ってください!

天才剣士と名乗っていたわたしが

剣術の祭典に出場できないこの状況を!

ははははっ!」

 

「………………。」

「「…………。」」

 

こりゃ、相当参ってるでござるなぁ。

 

「それで、天才剣士であるわたしに

何かご用ですか?

それとも笑いに来たんですか?

ははははっ!」

 

もう手段を選んでる暇はない。

風真流のメンタル回復ストレッチを

ここでやるしかない……!!

 

「わーっはっはっはぁ!」

 

「ほぉら! やっぱりわたしを

笑いに来たんですね!

良いですよ! 

愚かなわたしをもっと笑っ……」

 

「ござるパワーが

溜まってきたようでござるなぁ!!」

 

「「……は?」」

 

「ちゃんと真似てね!」

 

両腕を横に広げ、

プールで行う蹴伸びを意識し。

上半身で三角を描くよう

その腕をゆっくり上に伸ばす。

 

「ござーる……ござーる…………

――ストップっ!!」  

 

手が頂点に達した時、

頭に溜まった有象無象の思考は

天に昇華され。心がリセットされる。

 

その合図こそが『ストップ』である。

 

これが、風真道場に脈々と

受け継がれてきた秘伝のストレッチだ。

 

「「……は?」」

 

「貴殿らは疑問符botでござるか!?

剣士たる者、しのごの言わず

やるでござるよ!

ほらっ、せーーのっ!!」

 

「「「ござーる……ござーる…………

――ストップっ!!!」」」

 

みんなでやると、楽しいでござるな。

 

「「…………。

((え、何の時間?))」」

 

「偉いじゃん……やるやん。

えらい!!」

 

 



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11話・風真、弟子になるの巻

 

「「「ござーる……ござーる…………

――ストップっ!!!」」」

 

みんなでやると、楽しいでござるな。

 

「「…………。

((え、何の時間?))」」

 

「偉いじゃん……やるやん。

えらい!!」

 

「偉い……ふふ。そうでしょう。

なにせこのわたしは、

天才剣士なのですから。」

「…………。

(この阿呆共置いて帰りたい……。)」

 

おや?

これは風真の大成功なのでは?

 

「あなた達の言いたい事、

心身の澄んだ今なら分かります。

――わたしという『師』が

欲しかったのですね。」

 

暗い雰囲気は吹っ飛んだけど、

ニヤニヤと口角を上げる彼女の表情は

とても澄んだモノには見えない。

 

この己が欲望に忠実な顔つき……

嫌って程、ラプ殿がよく見せている。

――『邪念』そのものだ。

 

「……ふふ。今回も武術祭には、

30Gから白河さんが出場します。

ですが、わたしの流派をモノにした

あなた達2人が彼女を倒せば、

わたしが

最強の剣士である証明になる。」

 

「証明の仕方が

卑劣極まりないでござるよ!?」

 

「卑劣で結構大結構っ!

さぁお二人さん、わたしのために

白河さんを倒してください!

その為の努力は惜しみません!」

 

開き直ったでござる……。

 

「まず手始めに、わたしのことを

お師様と読んでいただきましょうか。

はいせーのっ!」

 

「お師殿っ! 宜しくでござる!」

「…………。

(付き合いきれん。)」

 

「お師殿……ですか。

それも悪くないですね。

風真さん、期待しておいてください。

このわたしの教えが

無駄になる事は決して…………」

 

トコトコトコ……。

 

呆れた表情を浮かべ、

夏目殿はナービィ広場から

離れていった。

 

「あれ? あのーお弟子さん?

わたしの教えは貴重ですよ?

お弟子さぁーん?

お弟子さぁぁあああああんっ!!」

 

「おい風真、こんな時間に

何ほっつき歩いてんだ。

皆心配してたぞ。」

 

「あ、ラプ殿。」

「夜更かしは身体に悪いから、

さっさと吾輩と帰るぞ。」

 

そろそろキリの良い時間だし、

悲しみを叫んでる

師匠には悪いけど……帰ろう。

 

「お師殿ぉー、

風真も帰るでござるよー。」

 

「ちょっ、待ってください!

修行はこっからですぅ!!

立て続けに帰らないでくださいぃいいっ!

――って、あれ?

風真さんの姿が消えた。……気配も。」

 

ぽつんと取り残された少女は、

寒々とした夜風を浴びて

数秒固まる。

 

「……ふふ。この一瞬で

気配を感じ取れない程

遠くへ移動しましたか………。

時が吹っ飛んだような 

気がしたんですけど、

多分気のせいでしょう。

これは将来有望なお弟子さんですね。」

 

虚しさを誤魔化すように

彼女は希望を見出し、その場を後にした。

 

一方、時が飛ばされた中

31Hの2人が向かったのは……

葬儀場であった。

 

「あれ、ラプ殿帰るって言ってなかった?

風真の聞き間違いでござるか。」

「んや、間違ってないぞ。

只個人的に気になる事があってな。」

 

そう言って、

ラプ殿は風真の懐に指を差した。

 

「気付いていたでござるか。」

 

隠し通すのは無理だと悟り、

例のモノを懐から取り出す。

 

「……やはりか。

『風真・大伍郎』の遺影。

今宵、弔うつもりだったんだな。」

 

「本当は、こっそり独りで

済ませるつもりだったでござるよ。」

 

「……全く、ウチの用心棒は素直じゃねぇな。

隠し事なんて、どう秘匿したって

いずれバレるモンだぞ。

いいか。世の中正直モンの方が

好かれるように出来てんだよ。

ま、吾輩も人のこと言える立場じゃないが。」

 

コトッ。

 

ラプ殿が、白衣を着た男の遺影を置いた。

holoXの研究員だろうか……?

 

「ラプ殿、彼は……」

「『マルコ博士』だ。

風真や沙花叉は知らんだろうが、

今のholoXが在るのは

彼の助力があってこそなんだ。」

 

「……でも、holoXの博士は

こより殿1人だって以前…………」

 

「すまんが、それ以上の詮索は止せ。

今は亡き者たちの為、

黙祷する事に意識を向けろ。

ここは談話室なんかじゃないんだ。」

 

「そうでござるな。」

「じゃあ、吾輩に続けよ。

――黙祷。」

 

「「………………。」」

 

――いろはよ、お前も

立派に育ったモノだな。

このまますくすくと成長し。

いつかお前が一人前の侍になったら、

この妖刀『猫又』を

託してやるぞ。――

 

――いいの!?

やったぁー、わたし

大伍郎おじいちゃん大好きー!  ――

 

「……いろは?」

「ご、ごめんでござる。」

 

最近おかしい。

 

違う……セラフ部隊に所属してからだ。

ふとした瞬間に、

自分の過去を思い起こしてしまう。

 

その過去の内容は

点でバラバラなもので、

自分自身が何をどうしたいのか……

考えが纏まらない。

 

「いろはお前、最近変だぞ。

放心状態になる事が

多くなったというか……」

「風真も、分からないでござる。」

 

「そうか……んっ!」

 

ラプ殿が閃いたように

目を見開き、此方に向き直る。

 

「どうしたでござるか?」

 

「いろはお前、アレじゃね?

風邪を患う前触れとかなんじゃね!」

「あー、言われてみればそんな気が

しなくも……」

 

「しょうがないな。

吾輩が直々に測ってやるよ。

ほらいろは、しゃがめ。」

 

手で額越しに

直接熱を測るやつでござるな。

風真の母上もよくやってた……

懐かしい。

 

「こんな感じに

しゃがめばいいでござるか?」

「ああいいぞ。

さっさと済ませるから、

その姿勢を維持しておけ。」

 

トンっ。

 

「――ッ!?」

 

(総帥のバカタレぇぇええええっ!!)

 

「吾輩の読み通り……熱いな。」

 

ななな、何でラプ殿は

平気そうな顔で居られるの!?

おでことおでこが

くっついてるのでござるよ!!

 

うぅ……顔近いし。

 

動悸も速くなって、

ラプ殿に聞こえるんじゃないかと

心配になるくらいバクバクいってる……。

 

落ち着け風真・いろは。

こういう時こそ、

修行で培った精神力の活かし所!

 

(明鏡止水、明鏡止水、明鏡止水……

――もう無理! 

終わってくれでござるぅぅう!)

 

「ふぅ、お前の具合は大体分かった。

しかしこれは重症だないろは。

風邪を引かれては

直近の任務に支障が出る。」

 

誰の所為だと思ってるんだバカタレぇ!

 

「とりま、風呂でも行くか。

今あるバイ菌落とせば、

多少症状が和らぐだろ。」

「患う前提で言わないでよ!?」

 

お互いに遺影を片付け、

着替えセットを部屋で回収したのち

風呂場へと移動した。

 

「「――!?」」

 

脱衣所に入って早々、

風真とラプ殿は驚いた。

 

カゴに仕舞われた衣服が

2着と、着替え用パジャマ2着。

下段上段で

2箱ずつ丁寧に分けられている。

 

右のカゴは31A部隊の制服。

左は、そこに在る事自体が

珍しい見慣れた上着があった。

 

「なぁ……アレって

『沙花叉の上着』だよな?

吾輩、疲れて幻影でも見てるのか。」

「いやいや、風真の目にも

ハッキリ見えてるでござるよ。」

 

「百聞は一見にしかずだ。

行くぞ、いろは。」

「待つでござるよ。

風真たちまだ服を着たままで……」

 

「――!?」

 

一瞬で身体が軽くなった。

そう、タオル一枚だけを

身体に巻いてるような。

 

あれ、じゃあもしかしてラプ殿も……

 

うん。風真がこうなってるって事は、

そっちも当然、

タオル一枚装備でござるよな。

 

「……時を消し飛ばした。

この世には、我々が脱衣して

タオルを身体に巻いた。

――という結果だけが残る。」

 

この総帥、

能力の悪用が毎度の如く酷い。

自分で脱衣する時間すら

与えてくれないなんて。

 

「吾輩はこの真相を知らねば

気になって夜も眠れん。

この目で直接確かめるぞ。」

「分かったでござる……!」

 

バッ!

 

間髪入れず、戸を開けて

ラプ殿と共に風呂場へ足を踏み入れる。

 

「月歌っち! いい身体してんねぇ!」

「いやいや、

クロっちの方こそ凄いぜ!」

 

「「うぇーいっ♪」」

 

「「――沙花叉ァ!?」」

 

本当にクロヱ殿が風呂場に居た。

しかも、当人もノリノリの様子だ。

……というか、

風呂場でハイタッチするって

どんな状況!?

 

「あ、ラプちゃんといろはちゃん!

どもどもー!」

 

「どもどもー、じゃねーわ!

風呂嫌いはどうしたッ!?

何楽しそうに風呂入ってんだよ!?」

 

「んー、確かに風呂嫌いではあるけど。

月歌っちに誘われたら

なんかお風呂断れないんだよねー。

むしろ、身体が入浴を求めてしまう

感じになるっていうか……

ま、そんな感じ!」

 

よく分からないけど、

どうしても沙花叉に風呂入って

欲しい時は茅森殿にお願いしよう。

 

その夜。

風真は心にそう決めたのであった。

 

 

 

 

 

━━▶︎ DAY2 8:30

 

――武術祭会場、場内。

 

「夏目、風真。」

 

「「……?」」

 

昨日、頼み事をしてきた先輩隊員が

声をかけてきた。

 

「急に声をかけてきてすまない。

2人には、昨日の件の

感謝を伝えなければと思ってな。」

 

風真たち、無理矢理

弟子入りさせられただけでござるが……

 

あれは一件落着と見ていいのだろうか。

 

「感謝する。2人のおかげで

小笠原は元気を取り戻した。」

 

元気を取り戻したっていうか、

自ら生み出した邪念に溺れたと

言った方が正しい気がする。

 

うーん。どう返したら

いいか分からないでござる。

 

「そ、それよりも先輩殿。

司会が何やら説明してるでござるよ。」

「ああ。そうだな。」

 

大会に選ばれた選手ともあろう者が、

大事な話を聞き逃してはいけない。

 

一旦私語を慎み、

選手らは司会の方へ顔を向けた。 

 

「この武術祭では、全てが備わった剣士。

――そう、『最強剣士』を決定する!」

 

別に風真、最強剣士を目指してる

訳ではないんでござるよなぁ。

 

「武術祭のルールは簡単だ。

三日間、アリーナ内の

エミュレーションによる

仮想ダンジョンを利用して、

お前ら9人に

様々なミッションをこなしてもらう。」

 

3日……。

結構な長丁場になりそうでござる。

 

 





どうも、たかしクランベリーです。

ホロサマ歌枠リレーに、
holo Advent活動スタート。
マリン生誕LIVE2023。
(3期生4人のクローソング
聴けるの衝撃だった。)

ヘブバンでは
なんかのオーブ実装と、
色々見所たっぷりの1週間でした。

……という訳で、
シオリ・ノヴェラさんは
いつか、こちホロに
登場させるかもしれません。
よろしくお願いします。


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12話・怒涛のチーム戦! 風真vs夏目!

 

「この武術祭では、全てが備わった剣士。

――そう、『最強剣士』を決定する!」

 

別に風真、最強剣士を目指してる

訳ではないんでござるよなぁ。

 

「武術祭のルールは簡単だ。

三日間、アリーナ内の

エミュレーションによる

仮想ダンジョンを利用して、

お前ら9人に

様々なミッションをこなしてもらう。」

 

3日……。

結構な長丁場になりそうでござる。

 

「戦闘力やリーダーシップ、

技術力等を見て審査員である

私が判定しポイントを加算!

一番ポイントの高い奴が

現役最強剣士の称号を得る事が出来る!」

 

となると、減点条件は。

 

「万が一『最強剣士』として

似つかわしく無い言動をした場合は、

即! ポイントをマイナスする!」

 

その点は心配要らんでござる。

 

侍としての振る舞いは、

物心ついた時から

道場で指導され続けているで

ござるからな。

 

ここだけの話。

ござる口調が染み付いてしまったのも

その名残であるが……

 

まぁ、候が語尾になるよりは

マシでござる……よな?

 

いや、

実はそっちの方が侍っぽいのでは?

ダメだ……考えたらキリが無い。

 

「剣闘武術祭1日目は剣が紡ぐ絆。

チーム戦だ!」

 

団体戦。ワクワクするでござるな。

 

「さあ、

このクジを引いてチームを決めるぞ!」

 

くじ引き形式で、

それぞれのチームが決まった。

 

「くじ引きの結果、Aチーム!

國見タマ、水瀬すもも、

神崎アーデルハイド、白河ユイナ、

風真いろは!」

 

「そしてBチーム!

大島・二以菜、李映夏、

命吹雪、夏目祈!

……以上、各チームは団体行動で

仮想ダンジョンを踏破し、

最奥に潜む討伐対象のキャンサーを

倒してもらう!」

 

ダンジョン攻略……

響きだけでも面白そうでござるな。

 

別チームになってしまった夏目殿には

申し訳ないでござるが、

全身全霊でやらせて貰う……!

 

「尚、各チームそれぞれに

違う討伐対象を定めてある。

より早く目標を討伐したチームに

ポイントを加算する。

――いいかお前ら!

剣士たる者の矜持を、ここで示せー!」

 

展開された仮想空間で

先輩隊員……もとい、

チーム発表で名が明かされた

白河殿がAチームの面々に声をかけた。

 

「前回同様、強引な入りだが。

Aチーム、共に進むとしよう。」

 

「先輩部隊の部隊長と一緒のチーム、

勝ち確です……! 

ありがとうございました!」

 

「みんなで力を合わせないと勝てないぞ。」

「お前がリーダーをするのかにゃ?」

 

「そうだな。この大会は2度目だから

何かとアドバイスは出来ると思う。

一時だが、私に任せてはくれないか?」

 

「気に食わなければ好きに動くにゃ。

それでいいかにゃ?」

「もちろんだ。」

 

「質問でゴザル!

白河殿、目立つポイントを

教えて欲しいでゴザル!」

 

「ああ。道すがら話そう。

時に風真、お前は今。

私に何か訊きたい事はあるか?」

 

▶︎ござるパワーが溜まってきたようで

ござるなぁ!

▶︎ラプ様の強く優しく、そして寛大な心で

いつも支えてくれるところがダイシュキです❤︎

センスが良くて面白くて世界なんて

あっという間に手に入れられそうな

その圧倒的カリスマ性は眩しすぎて

直視することができません♦︎

これからもずぅっと

仲良くして欲しいでござる❤︎

ラプ様、大好きだょ❤︎

▶︎特にない。

 

「特にないでござる。」

「そうか。では進むとしよう。」

 

全員戦い慣れしてるのか、

サクサクとキャンサーの掃討と

ダンジョン踏破が進み。

 

電子軍人手帳内の表記では、

ダンジョン踏破率が60%を越していた。

 

そんな時だった。

先頭を引率して歩く

白河殿の足が、急に止まった。

 

「白河殿、どうしたでござるか?」

「――『神託』だ。」

 

言って、彼女は比較的大きめな

建造物を指差した。

 

「あの建物の中に何かあるのかにゃ?」

 

「中に何があるのか、

この私にも分からない。

しかし、神は言っているのだ。

Aチーム全員であの建物に入るべきだと。」

 

「白河さんが言うのなら

間違いありません……!

皆さんでいったりましょう……!!」

 

いや、白河殿が言ったっていうか。

とんでもなくスピリチュアルな

モノに従ってるだけでござるよ。

 

何、怪しんでるの風真だけ?

 

「拙者、お供するでゴザル!」

 

あ、これ強制的に

行かなくちゃいけない奴だ。

風真1人が残ったら絶対減点されるし。

 

てか、

さっきからゴザルゴザル言ってる子何。

風真とキャラ被ってない?

 

髪色も金髪で同じだし……

黒染めしよっかな。

 

「皆、私の我儘に付き合ってくれた事。

先に感謝しよう。――行くぞ。」

 

一同は頷き、建造物の中へと

恐る恐る足を踏み入れる。

 

建物の中は、みんなが予想だにしない

意外な施設だった。

 

ネオン街を思わせる内装。

 

それでいて、ゲーミングカラーな

照明が主張するように

辺りを照らしている。

 

綺麗に整列する筐体の数々は、

人々を娯楽の世界に誘おうと

レトロで電子的な

BGMをピコピコと鳴らしている。

 

誰の目から見ても、

この場がなんなのか。一瞬で分かる。

 

――ゲームセンターだ。

 

「わお! ディスイズゲームセンター!

超エキサイティングっ!」

 

「ちょっ、國見殿!?」

 

國見タマと呼ばれた選手は、

興奮が抑えきれず

奥へ奥へと走っていった。

 

「國見のヤツ、先に行ったけど……

どうするつもりにゃ?」

 

「皆連戦で疲れている筈だ。

少しくらいの息抜きはしても

いいんじゃないか。」

 

「お前が言うなら間違いないのにゃ。」

 

「拙者、エアホッケーの腕には

自信があるでゴザルよ……!

――む! アレはッ!」

「エアホッケーか……いいな。

私が勝負を申し出ていいか。」

 

「ヤー、大歓迎でゴザル!」

 

そう答えると

神崎殿が素早く移動し、

ゲームセンター内に設置されている

特大穴あきパネルに顔を嵌め込んだ。

 

「白河殿と風真殿! どうでゴザルか!?

拙者、今最高に

目立ってる気がするでゴザルよ!!」

 

目立ってはいる。

 

顔から下が体格の厳つい

プロレスラーなせいで、

何かと違和感を覚えてしまうでござるが。

 

『神崎アーデルハイド、

穴あきパネルとの相性が悪い。

Aチーム全員、

マイナス1ポイント。』

 

「「罠だったでゴザルぅぅうう!!」」

 

「お前ら……仲良いのかにゃ?」  

 

不意打ちの減点アナウンスが

施設内に流れた。

 

これ以上此処にいては、

更なる減点が

与えられるかもしれない。

 

(風真が撤退するように促すしか

ないでござる……!)

 

「皆殿……」

 

「みなさんみなさーん!

見てくださいっ!

この自販機凄いですぅ!

なんかレトロな感じのドリンクが

いっぱい並んでますよ!?」

 

「あまり見ない品揃えだな。

どれ、私も一つ頂こうか。」

 

『國見タマ、白河ユイナ。

ダンジョン攻略中、

ゲームセンターの自販機に夢中になる。

Aチーム全員、

マイナス2ポイント。』

 

「ぁぁああああっ!

思ったそばから何で

こうなるんでござるかぁ!!」

 

大丈夫、あとは

水瀬すもも殿を止めれば

被害を抑えられる……

 

ウィーン……ガコンっ。

ぴりりりぃんっ♪

 

ダメだった。

クレーンゲームに没頭してるでござる。

 

「このアーム、可笑しいのにゃ。

カルパス特大パックと

5円玉チョコ特大パックを

かれこれ3回以上も掴んでるのに、

まるで掴む気を感じないにゃ。

……詐欺台確定にゃ。」

 

「濃厚確定バレバレですね!」

 

『水瀬すもも、國見タマ。

クレーンゲーム機に難癖を付ける。

Aチーム全員、

マイナス2ポイント。』

 

「バカタレがぁぁあああっ!!」

 

『風真いろは。うるさい。

Aチーム全員、

マイナス1ポイント。』

 

「理不尽でござるぅぅううっ!!」

 

『タイムアウト。

Aチーム全員、マイナス1ポイント。』

 

「ウソダドンドコドーン!!!」

 

「風真が壊れたにゃ。」

 

 

…………………………。

 

 

………………。

 

 

「セラフ剣闘武術祭1日目終了。

――からの、結果発表!」

 

「拙者、最高に目立ってたでゴザルよ。

これはイケるでゴザルな……。」

「勝ち確です! 

ありがとうございましたぁ!」

「すももが居るから、当然の結果だにゃ。」

 

いや、風真たち

途中からゲームセンターに

入り浸ってだだけな気がするでござる。

 

どうして

そんなに勝ち誇れるのか……疑問だ。

 

「先に討伐対象のキャンサーを

倒したのは――Bチーーームッ!!」

 

 





どうも、たかしクランベリーです。

ヘブバン公式の1・5周年配信、
最高でした。再構築の本気度が凄すぎます。
(UI魔改造、ジオラマ機能、etc……)

それと、ぽるぽる座長とラミィさんが
終始ノリノリなのも良かったですね。

えりーと巫女様は
無事5周年を迎えてて、
俺……誇らしいよ。

という訳で、
夏タマ本気で当てにいきます。
よろしくお願いします。


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13話・欠けた心と過去

 

━━▶︎ DAY2 17:30

 

ナービィ広場。

 

祭事の疲れが取れると思い、

広場のベンチに腰をかけ緑茶を飲むが。

未だ心は休まらない。

 

(騒々しい1日だったでござるな……。)

 

こういう時は、ジムで

筋トレしてスッキリするに限る。

 

「そこのお弟子さん。少しいいですか。」

「風真でござるか?」

「その通りです。」

 

お師殿、今日は何かと真剣な顔付きだ。

 

「今日一日、武術祭を見せて頂きました。

剣術に必要な心技体のうち、

技と体は申し分ありませんでした。

わたしの弟子となるに足るモノと

言えます。」

 

成り行きでなっただけなのに、

勝手に足る足らないの物差しで

測られても……反応に困る。

 

「ですが、

あなたには『心』が欠けています。」

 

「欠けている……? 風真が。」

 

「さて風真さん。

改めて反省会を始めしましょう。」

 

反省会? 

 

ミッション中に

ゲームセンター寄った事は

確かに戦犯でござるが……

アレは連帯責任みたいなモノだし。

 

風真1人が非難されるような

事柄じゃない気が。

――と、とやかく考えてもダメだ。

 

何が悪かったのか、

自身が客観的に立ったつもりで見ても。

見落とす事はいくらでもある。

 

聞いてみよう。

 

「……反省会。

分かったでござる。」

 

「素直なお弟子で助かります。

どうやらあなたは、

何事も見つめ直す姿勢。

その大切さをご存知のようですね。」

 

早よ反省会して欲しいでござる。

 

「風真いろはさん。

あなたの剣には『迷い』が見えます。

今一度己の過去を振り返り、

剣の在り方を再確認してみて下さい。」

 

「その過去というのは、

今日の武術祭の事でござるか?」

 

お師殿は首を横に振った。

 

「違います。あなたが

今すべきなのは直近の出来事を

反省することじゃありません。

"人生そのもの"の反省です。」

 

キィンっ!!

 

「……はっ!?」

 

手に重みを感じた。

意識よりも先に、身体が動いた。

 

刹那に耳にした剣戟の甲高い音。

手に握られたチャキ丸が、地面に落ちる。

 

「違う……風真は…………。」

 

目の前にいる師は、

受け身に用いた刀身を鞘に納め。

こちらに向き直る。

 

「やはり、わたしの推測は

合っていたようですね。

それがあなたの本心です。」

 

「違うッ! 風真は 

『咎人』なんかじゃぁあないッ!!」

 

「……咎人? 

そういえばあなた、

部隊長さんから直々に聞きましたが

侵略組織の立派な一員らしいですね。

それと関係のある事ですか?」

 

「……それは。」

 

(あの総帥め……口が軽すぎでござる。)

 

「黙り込んでいても

何も始まりませんよ。

正直に話してみてください。

己の心に引っかかっている過去を……

あなたのような優しい人が、

我を忘れる程に呪う人生を。」

 

話すと、何か変わるのだろうか。

粘りつくように突っかかって、

何度も蘇ってくるこの気色悪い現象も。

 

消えてくれるのでござろうか。

 

「風真には、曾々々々々祖父の

大伍郎お爺ちゃんが居たでござる。」

 

「天寿を全うしたのですね。」

「違うでござる。2年前まで元気に

仕事してたでござるよ。」

 

「待ってください。あなた達

宇宙人の寿命バグってません?」

 

「風真は、心の奥底でまだ後悔し

続けてるのかもしれないでござる。

ずっとそばに居てやれば、

お爺ちゃんは死なずに済んだん

じゃないかって――」

 

「あ、これそのまま進む流れなんですね。

ではわたしにも、師匠として

改めて言わせてください。」

 

「………………。」

 

「――風真いろはさん。

あなたの剣には『迷い』が見えます。

今一度己の過去を振り返り、

剣の在り方を再確認してみて下さい。」

 

そっか……最近、

剣が思うように振れなかったのも

風真自身が

『迷って』いるからでござるか。

 

今こうして自分が

生きている事は正しいのか。

 

……ラプ殿の示してくれた道を、

今になって疑うようになった。

 

何をトリガーに、

そんな疑念が生まれたのかは分からない。

 

お師殿の言う通り。

剣の在り方を過去から見直せば、

何か分かるかもしれない。

 

「話すと長くなりそうでござる。

それでもいいでござるか?」

 

「構いません。

可愛いお弟子さんの為とあれば、

どんな些細な事でも

最後まで付き合います。

それが、師匠というモノですから。」

 

「分かったでござる。」

 

 

 

 

━━▶︎ 2年前、ジャキンジャキン星。

 

――風真家邸宅。

 

カンッ……カンッカンッ!

 

風真の朝は、鍛刀場から響く

鍛錬の音で始まる。

 

自分にとっては

それがいつもの目覚ましで、

大好きな音だった。

 

起きたら洗顔やデンタルケアなどの

朝の支度済ませ。

朝食よりも先に、鍛刀場に足を運ぶ。

 

物心ついた時からやっている

モーニングルーティンのようなモノで。

大伍郎お爺ちゃんは無愛想ながらも、

毎朝風真に声をかけてくれる。

 

打つ音は止まらず、正確なまま。

 

「……いろは。今日も懲りずに来たか。

暑くて煩いだけのに、よく飽きないな。」

 

カンッ、カンッ。

 

暑くて煩い。

それでも良かった。

 

蘇比色に火照り輝く鋼は、

夏夜の河川を彩る蛍のように美しくて。

洗練された鍛錬の音は、

渓流のせせらぎを

聴いてるかのように心地が良い。

 

何より。

刀工に真剣で一途なお爺ちゃんの

背中を見るのが……大好きだった。

 

「今日も、見せてくれて

ありがとうでござる。」

 

「邪魔にならなければ別にいい。

何事も程々にな。」

「OKでござる!」

 

いつもの短めで

他愛無い会話を交わし、

鍛刀場から台所へ移動する。

 

普段なら母上が

包丁でサクサクと野菜を切っているが、

今日は居ない。

 

というのも。

風真家の面々は外惑星へ

旅行しに行ってるからだ。

 

本当は家族全員で

行く予定だったけど、

大伍郎お爺ちゃんが

外せない仕事を

請け負ったらしく、残る事になった。

 

風真はお爺ちゃん1人残す訳にも

いかないので、厚意で在宅を選んだ。

 

パカッ……。

 

「冷蔵庫の中の野菜は、

これだけでござるか。

近々買出しに

行った方が良いでござるな。」

 

取り出した野菜たちをキッチンに並べ、

エプロンを着て

朝食作りに取り掛かる。

 

「食べにくい野菜の部分は

荒微塵切りで端材にして……

つみれ汁の

肉ダネに練り込むでござる。」

 

ザクザク、ザクっ。ねりねりっ……。

 

朝食の献立は大凡決まってる。

シンプルな塩おむすびに、副菜、汁物。

 

ここで問題になるのは、

食べやすい形にカットされた

野菜たちをどう調理するかだ。

 

(うーむ、何にすべきでござろうか。)

 

▶︎ゴマの和え物

▶︎酢の物

▶︎野菜のソテー

 

「よし! 

ゴマの和え物にするでござる!」

 

ここを

こうこうああして盛って……

 

「――出来たでござる!

風真家流朝食セット・一の陣っ!」

 

って、はしゃいでる場合じゃない。

大伍郎お爺ちゃんがちゃぶ台の前で

待ってるかもしれないでござる。

 

お盆に乗せて運ぼう。

 

……コトッ。

 

「お爺ちゃん。出来たでござるよ。」

「……おお、今日も良い出来じゃないか。

いろは、お前が居てくれて本当助かるよ。」

 

「風真は、お爺ちゃんに

健康でいて欲しいのでござる。

仕事は健康第一だって

風真に教えてくれたのは、

お爺ちゃんでござるよ。」

 

「そうだったな…………。」

 

「風真、自分の分

持ってくるでござるよ。」

「ああ。わしは待っとるぞ。」

 

……コトッ。

 

自分の分の食事と、

茶を淹れた急須を卓上へ置いた。

湯呑みは事前に置いてある。

 

卓を静かに眺めるお爺ちゃんを

一瞥し、急須の口からチョロチョロと

湯呑みに茶を注ぐ。

 

両者の湯呑みに翠の水面が

程よく満ちると……

外庭の鹿威しが、

始めの合図をカンと鳴らした。

 

「モノは出揃ったな。

それじゃあ、始めるか。」

 

お互いに両の手を平にして繋げる。

 

「「――頂きます!!」」

 

もぐもぐと静かに食卓は進み。

美味しい食事の時間は、

あっという間に終盤に差し掛かる。

 

大伍郎お爺ちゃんは

口につけてた湯呑みを卓に置き、

こちらを向いた。

 

「大伍郎お爺ちゃん。

どうかしたでござるか?」

 

「ちょっとしたお話がしたい。

いいか……いろは。」

 

お爺ちゃんから話を

振ってくるなんて珍しい。

寡黙なイメージが

家族でも定着していたというのに。

 

「何の話でござるか。」

「お前が長い鍛錬の末、

身につけた風真流剣刀術についてだ。」

 

「風真流……剣刀術?」

 

 





どうも、たかしクランベリーです。

公式1・5周年配信、最高でした。

突然ですが、お知らせです。
次回から、風真いろはの過去回想話が 
連続して……ヘブバンどこ? って
なっちゃいます。
(※補填として、月歌×holoXのオマケ
コーナーを後書きに設ける予定です。)

週一待たされて、
いろはの過去回だけ見させられたら
辟易すると思いますので、
投稿頻度をなるべく上げます。
よろしくお願いします。


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14話・Scapegoat

 

もぐもぐと静かに食卓は進み。

美味しい食事の時間は、

あっという間に終盤に差し掛かる。

 

大伍郎お爺ちゃんは

口につけてた湯呑みを卓に置き、

こちらを向いた。

 

「大伍郎お爺ちゃん。

どうかしたでござるか?」

 

「ちょっとしたお話がしたい。

いいか……いろは。」

 

お爺ちゃんから話を

振ってくるなんて珍しい。

寡黙なイメージが

家族でも定着していたというのに。

 

「何の話でござるか。」

「お前が長い鍛錬の末

身につけた風真流剣刀術についてだ。」

 

「風真流……剣刀術?」

 

「そうだ。お前も侍として

独り立ちする時が近い。

こういう時こそ、

己の振るう剣技を

深く識る必要がある。」

 

「………………。」

 

「風真流剣刀術には

12の剣技があるのを知っているな。」

 

忘れるはずもない。

血の滲むような鍛錬で

身に付けた剣技の数々。

 

その意味を求めるよりも先、

ひたすら鍛えて

習得することが優先されていた。

 

「何故12もあるのか。

己で考えた事はないか?」

「……ないでござる。」

 

「――『花札』だ。

この剣技は初代が子供でも

楽しめ、立派な侍へ成長出来るよう……

試行錯誤を繰り返し

編み出された"遺産"なのじゃよ。」

 

「花札で、ござるか。」

 

「ああ。いろは、

お前が好んで使っている

『藤波』という剣技もだ。

あれは卯月を意味する絵札、 

『藤に不如帰』から由来している。」

 

「それを説明して

何になるのでござるか?」

「結論を早めるな。

答えというのは己で見つけるモノだ。」

 

「………………。」

 

所々頑固でござるなぁ。

 

「花札を基盤に生み出した剣術故、

役を揃えれば揃える程に

強くなるよう設計されておる。

そこで出てくるのが……」

 

「――『泉穴の開門』でござるよな。

風真流剣刀術を使うと、

内気功が活性化して

特殊な経穴が覚醒する……

で、あってるでござるか。」

 

「その通りだ。開門・滓十、

開門・種伍、開門・短伍、

開門・赤短、開門・青短、

開門・花見酒、開門・月見酒。

……の計7種。」

 

「……ん?」

 

7種? 

風真の記憶が正しければ、

花札の役はもっとあるはず…………。

 

いや。

そもそも『それ』がなければ、

ゲームとして成り立たない。

 

「その様子だと、気が付いたようじゃな。

――光札の役が『無い』ことに。」

 

「どうして……」

 

「勿論、光札の役となる開門は存在する。

じゃが、各風真道場に

それを記した巻き物は無い。

否、その巻き物を増版しない

明確な理由があるのじゃ。」

 

「それって――」

 

「うむ。お前の想像通り、

それは身体に大きな反動を及ぼす。

果てには、死さえも齎らす。

故に、我が家に一つだけ、

厳重に管理されているのじゃ。」

 

そんな危険な代物が、我が家に。

 

「食卓が片付いたら

ワシの稽古に付き合え。

風真流の"全て"を見せてやる。」

 

「……分かったでござる。」

 

食事を済ませ。

食器片付けやデンタルケアをし、

稽古道着へと着替える。

 

続けて頬を

両の手でビシッと叩き、

心と息を整える。

 

(よし……行くでござるよ!)

 

稽古場へ入ると、

先に食卓からあがった

大伍郎お爺ちゃんが竹刀を振っていた。

 

風真の気配を感じたのか、

すぐにその手を止め。

身体をこちらに向ける。

 

「来たか……いろは。」

「…………。」

 

「安心しろ。向かい合って話せるよう

座布団は用意してある。

まずはそこに座ってくれ。」

 

指示通り、座布団の上で正座をする。

お爺ちゃんは目の前に立ったままだ。

 

「『泉穴の開門』の中でも、

その存在が秘匿されている『光札の役』。

発動するとどうなるのか。

それはな、聞くよりも見る方が良い。

先に竹刀で

12の剣技を打っておいたしな。」

 

「…………。」

 

「――開門・三光」

 

言ってお爺ちゃんは経穴を刺激した。

すると、他の開門では見られない

変化が身体に起きた。

 

他の開門は額に

一本線の紋様が順に7つまで

浮かび上がるだけなのだが。

 

それはまるで毛色が違った。

 

右半身の皮膚全てに、

観世水柄の紋様が淡い光を帯びて

浮かび上がる。

 

蒼くて異質な……紋様。

 

「……これが、光札の役・開門。

圧巻でござる。

これより先があるなんて、

信じられないでござるよ。」

 

「ああ。あるにはあるが……

三光より先は更に強力な分、

大きな代償が付き纏う。

ここからは巻き物の内容も含めて

説明してやる。」

 

三光を解除したお爺ちゃんが、

正面の座布団に正座して

巻き物を広げる。

 

そこに記されていたのは、

光札の開門に関する代償と

容貌の変化だった。

 

――"三光は蒼く光る。

四光は紫に光る。

雨四光は銀色に光り輝く。

 

五光は命の根源を解き放つ黄金色。

故に、一度きりの神の御技。

 

絶大な力と引き換えに、

使用せし者の生命力は底を尽き。

誇り高き亡者へと成るだろう。"――

 

「何でござるか……これ。」

 

「分かったかいろはよ。

初代様が当家にこれを封印した理由は、

そういう事じゃ。

この技は『流通』してはならない。

及ぼす力と代償、

その両方の恐ろしさ故にな。」

 

「なら、どうして風真に。」

 

「いずれ当主となるお前には、

これを背負う必要がある。

そして、体得する必要があるのじゃ。

お前の父が、そうであったように。」

 

父上も使えるなんて、

知らなかったでござる。

 

「いろは。

お前の優れた戦闘センスであれば、

数十分で体得出来る筈じゃ。

……やるぞ。」

 

風真家としての責任。

背負えるかどうかなんて分からない。

でも、やらなければダメだ。

 

この恐ろしい書物を世に広げない為に。

――力をつける。

 

風真が守り通せる侍にならなきゃ、

先祖が守ってきたものを無駄にしてしまう。

 

「指導、お願いしますでござる。」

 

 

……………………。

 

 

…………。

 

 

 

「――ふぅ、どうでござるか。」

「……上出来だ。

よく頑張ったな。いろは。」

 

「大伍郎お爺ちゃんが

丁寧に指導してくれたからで

ござる。風真は、

まだまだ一人前の侍とは

程遠い……未熟者でござる。」

 

素直に認められるのが

こそばゆくて、思わず謙遜してしまう。

 

それでもお爺ちゃんは、

笑顔を絶やさなかった。

 

「気にするな。侍というのは

心の有り様じゃ。

刀の腕っ節が全てじゃない。

いずれお前も分かる日が来るぞ。」

 

「それは、どういう意味でござるか?」

 

「それはな、自分で

見つけなければ意味がない。

もし見つけられたなら、

お前はもう……立派な侍だ。」

 

「左様でござるか……。」

 

「さて、重たい話はここまでにするか。

教えられる事は教えた。

ワシはそろそろ仕事に戻る。

いろはよ、

お前はお前の好きなように過ごせ。」

 

言ってお爺ちゃんは、

巻き物を回収しのっそりと

立ち上がって道場から去っていった。  

 

(侍……心の有り様。)

 

何を伝えたかったのか。

自分には難しすぎて、よく分からなかった。

 

きっと、鍛錬が足りないのでござろう。

 

もっと鍛錬すれば、

父上や大伍郎お爺ちゃんのような

侍の境地に至れる。

 

鍛錬により勤しんで、

その手掛かりを掴んでいく他ない。

 

(難しい考えをするのは

やめでござる。

今は鍛錬に励むのが

一番の近道でござるよ……。)

 

風真も立ち上がり、

横に置かれた竹刀を数回振った。

 

「ふっ……はっ! はっ!」

 

空を斬る音が何回か木霊し、

草木の揺れる音だけが残る。

 

振ってみて思ったのは。

 

「まだ……掴めないでござる。 

やはり、

そう簡単にはいかないでござるか。」

 

何も得られない悔しい気持ちに

モヤモヤしながら、竹刀と道着を片付ける。

 

そんな中、

ふと朝の冷蔵庫が寂しい中身だった

事を思い出す。

 

「心を切り替えて、食材の買い出しでも

行ってくるでござるか!」

 

有耶無耶な心を

誤魔化すように独り言を言い、

風真は買い出しへと動き出した。

 

露店の並ぶ賑わった商店街。

 

そこでいつも世話になってる

八百屋さんへ足を運ぶと、

店主のおばちゃんが明るい笑みを

向けて手を振ってくれた。

 

「やぁーいろはちゃん、

今日も買い出し頑張ってんねぇ!

あたい、

今日は特別に全野菜マイナス

100スペースドル負けてやるよ!

さぁ買った買ったぁ!!」

 

いつも通りの、ユニークな店主だ。

何気ない日常って感じがして、

凄く落ち着く。

 

「あら、どうしたんだい? 

いろはちゃん。」

 

「な、なんでも無いでござる!」

「そうかい。

あたいの気のせいって訳だね。

で、今日はどんな野菜を買うんだい?」

 

風真は事前にリスト化しておいた

野菜たちを次々と注文した。

 

「――毎度ありいっ!」

 

欲しい野菜も全部買い揃えた。

後は風真家邸宅に帰宅して、

夕食の支度をするだけ。

 

自炊をして、家族と夕ご飯を食べる。

修行、座学、入浴、デンタルケア、就寝。

 

変わらないけど、小さな幸せが詰まった

平和な日常が……

風真には待ってる筈だった。

 

「……え?」

 

帰宅して早々に、訳が分からなかった。

 

あまりの異常事態に

脳がついて行けず、取っ手を

握ってた買い物袋も無造作に落下する。

 

大空星警が

邸宅に張り巡らせたであろう

『KEEP OUT』の黄色いテープ。

 

そして。

周辺を囲うように停車し、

サイレンを鳴らす多くの星警馬車。

 

言葉すら出なかった。

 

「――お初にお目に掛かります。

風真・いろは様。」

 

突如として現れた気配に振り返ると、

黒服の男が風真の右手首を掴み上げた。

 

「――ッ!?」

 

「風真・いろは様。

貴女は風真・大伍郎暗殺の

主犯として、現時刻を以てこの私。

警視正の黒野・右京が、

現行犯逮捕します。」

 

 





【月歌とholoXのおまけバスタイム】

(※本編にヘブバンキャラが出ない為、
設けられたヘブバン専用コーナーです。)
(※軽い小話みたいな構成なので、
台本形式でお送りします。)

〜part1・総帥とルカ〜

月歌
「シュワシュワっ♪ シャワシャワっ♪」

ラプ様
「おい、何だそのアカペラは。」

月歌
「風呂に入るラプちゃんのテーマ。」

ラプ様
「勝手に変なテーマつけるなッ!
普通に要らんわ!」

月歌
「えー、ラプちゃん喜ぶと思ったのにぃー。
ま、いいや。」

ラプ様
「いや、少しは粘れよ。」

月歌
「やだよ面倒くさい。
あ、そういえば次回は久々に
ラプちゃん主役じゃん。
どう? なんか一言ある?」

ラプ様
「――刮目せよ。
吾輩からは以上だ。」

月歌
「痛タタタタタ……!!」

ラプ様
「イタくねぇし!!」


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15話・政治のサーカスの中で。

 

風真いろはの現行犯逮捕から『5日後』。

 

大企業・風真製鐵の社長が

他殺された『風真大伍郎・暗殺事件』は、

様々なスペースメディアを通じて

広く報じられた。

 

その事実は、世間を大きく震撼させる。

 

そして――。

 

〜SIDE『ラプラス・ダークネス』〜

 

主力艦ダークマター、

ブリーフィングフロア。

 

フロア内に多数設置されている

モニターに映るのは、

各オペレーションの概要と行軍路。

 

だがその内一つだけの画面には、

時代劇ドラマが流れていた。

 

それを嬉々として

視聴している1人の少女を

叱咤する者は、誰1人として居ない。

 

当然である。

 

ドラマ鑑賞に浸っているのは

何を言おう……この組織を統括する

『総帥』なのだから。

 

「いいぞ! やれ弁天丸ぅう!!」

 

そんな盛り上がりを見せる背後に、

女幹部が歩み寄る。

 

「盛り上がってる所悪いのですが、

少しお話しても宜しいですか?」

 

「もうっ! いい所だったのにぃ!」

 

駄々を捏ねながらも、

彼女は仲間を優先して視聴を止めた。

 

「ご協力感謝します。」

 

「吾輩も一総帥だ。

特に鷹嶺、お前の話は聞き逃すと

碌な事になりかねん。

要点だけ掻い摘んでさっさと話せ。」

 

「ちょっとした世間話です。

時に総帥、

今週の宇宙新聞はもう見ましたか?」

 

「まだ見てないが……それがどうした。」

「世間は今この話題で持ちきりだと

云うのに、総帥は呑気ですね。」

 

言って。

鷹嶺は吾輩に新聞を手渡した。

 

「――"風真大伍郎・暗殺事件"?

おいおい、ビックニュースにも

程があるだろ…………。

我々の仕入れてる武具の

大半が御社なんだぞ。」

 

「ええ。御社の舵取りである社長が

亡くなっては、風真製鐵そのものの

方針が変わる可能性もあります。

場合によっては、

我々が顧客リストから

外れるなんて事も…………。」

 

「最悪だな。

こうなってしまってはもう、

ジャキンジャキン星を征服する他ないか。」 

 

「ええ。私もそれが

最も安牌だと思います。

航路の変更はお任せください。」

 

「……で、そもそも

こんな大事やらかした奴は誰だ。

風真製鐵は提携してる企業も

数多くある。

犯人は宇宙そのものを

敵に回すような事を、

理解した上でやってるのか。」

 

「総帥、続きを見てください。」

「――ッ!?」

 

その犯人の正体に、思わず目を疑った。

……風真・いろは。

 

掲載された顔写真と名前は、

間違いなくそう載っている。

 

「これはッ……どういう事だよ。」

 

新聞を持つ手が、震える。

 

「私も始め見た時は驚愕しました。

宇宙総合剣闘祭で

数々の好戦績を叩き出すような

風真家の箱入り娘が、親を……

一家の大黒柱とも言える

社長を暗殺するなど――

正気の沙汰とは思えません。」

 

「鷹嶺、お前はコレをどう見る。」

「『不可解』の一言に尽きます。

動機が全く掴めません。」

「奇遇だな、吾輩もだ。」

 

「「………………。」」

 

「決めたぞ。

吾輩はコイツを用心棒にする。」

「…………は?」

「聞こえなかったか。

吾輩はコイツを用心棒にする。」

 

「はぁぁああああああああっ!?!?」

 

珍しく幹部が叫び、慌てふためいた。

 

「どうした。」

 

「どうした? じゃないですよッ!?

どんだけ時代劇ドラマに

感化されてるんですか!

用心棒が必要な程

総帥は弱くありませんし、

なんなら私が兼業しても

良いんですよ!!」

 

「それではいつもと変わらんだろ。

吾輩はコイツを用心棒にする。」

 

「天丼botになって

気でも狂ったんですか総帥ッ!」

「勘違いするな……至って冷静だ。

吾輩は天丼botになったつもりはない。」

 

そう。

時代劇鑑賞に感化された部分もあるが、

吾輩の目的はもっと別にある。

 

秘密結社holoX。

その軍勢は現段階でも

440万は優に超える一大組織。

 

であるというのに、

明確な上位権限を有してるのは

吾輩を含めて、幹部と博士の3者のみ。

 

このまま兵が増え続ければ、

その分上位層3名の負担も多くなる。

故に、上位層内で

役割の細分化と追加が今後……

より重要な課題となる。

 

できる事ならば、

既存ではなく新規で2名の上層部を

雇いたいというのが本音だ。

 

それに。

 

「……何か目的があるのですね。総帥。」

「漸く冷静になったか。」

「ええ。」

 

「幹部よ。風真いろはが

これからどのような道を辿るか

推測してみろ。」

 

「はい。

恐らくは見せしめとして

公開処刑されるでしょうね。」

 

「ああ。各宇宙企業の上層部や

一般市民がそれを見納め。

世間に広まった不安は拭い去られる。

そして主犯を捉えた『黒野警視正』の

株も上がり、宇宙政府の犬と化した

『大空星警』の世間的評価も高まる。」

 

「………………。」

 

「――とんだ茶番劇だな。

誰も彼もがそうやって

メディアに踊らされるんだ。

政治のサーカスの中で、誰が夢を見れる?

……つくづく、後味の悪い話だな。」

 

「一連の事件は、

宇宙政府や大空星警が

絡んでいると……?」

 

「いや、厳密には"黒野警視正"だ。

多額の依頼金を積まれたアイツなら、

喜んでやってのける。

自ら仕組んだ『捏造』を

必ず『真実』だと『審判させる』。

不利になる綻びは、

砂粒程度だろうと

徹底的に『始末或いは抹消』する。

――そういう奴なんだ。」

「………………。」

 

吾輩とかるびがツーマンセルで

ストサバ星支部署の

大空星警に勤めていた時期、

奴は直属の上司だった。

 

だからこそ、嫌と言う程

彼の残虐さを目にしている。

 

彼の悪行を偶然知ってしまった者……

果てには、不都合と判断した

クライアントさえにも牙を向く。

 

あそこまで几帳面で気味の悪い奴は、

そうそう居ない。

否、居ては『ならない。』

 

「まぁ要するに……

吾輩の見立てでは、

風真いろはは『白』だ。」

 

「まさか総帥……助けるおつもりで?」

 

「客観的に考えてみろ幹部。

親殺しと民衆に罵られて

命の終わりを迎えるか。

奇跡が起きて偶然生き残り、

生きた心地のしない未来の中で、

自害を選ぶか。

どの道最悪の2択だ。」

 

「そんなの、あまりに酷すぎます。」

 

「そうだ。我々が見殺しにすれば、

それは奴ら宇宙政府と同類の

下等組織だと……暗に認める事になる。

吾輩はな、死んでもそのような

無様な存在にはなりたくない。

だから、holoXを設立したんだ。」

 

「……分かりました。

あと総帥、一つ質問いいですか?」

「何だ?」

 

「総帥は、どうして 

黒井警視正という男に

そこまで詳しいのですか?」

「元仕事仲間だからだ。」

 

「でしたら尚更です。

告発されるリスクだって、

大いにある筈なのに……

彼が襲って来る気配が

まるでありません。」

 

「襲う理由がないからな。

ついでに言えば、

奴にとって吾輩の告発など

リスクでもなんでも無い。

寧ろ、承知の上で

野放しにしてると言っていい。

反社会組織のボスが、

"優秀な警官を貶めるような虚言"をした。

世間には、そう知れ渡るだけだ。」

 

「それもそうですね……

考えが浅くてすみません。」

 

「気にするな。

吾輩も奴の真意は知らん。

だが、奴の思い通りに事が進むのも癪だ。

手遅れになる前に、動くぞ。」

「……はい。」

 

主力艦ダークマターの航路は、

ジャキンジャキン星へと切り替わった。

 

 

 

 

 

風真いろは現行犯逮捕の『5日"前"』。

 

宇宙の秩序を守る一大自警組織が存在する。

その名も――大空星警。

 

現在も世間から熱い信頼を受けている

当組織は正に……

"宇宙平和の象徴"そのもの。

 

そんな組織の中にも、

『闇』はひっそりと存在していた。

 

警視正を務める彼、

黒野・右京もその1人である。

 

今から語られるのは、

風真大伍郎暗殺事件の真相と……

血塗られた倒叙。

 

〜SIDE『黒野・右京』〜

 

大空星警、本部署。第七通路。

 

ウシャアッ!

 

通路を素早く這う錦蛇が、

1人の男に飛びかかり首根っこを掴まれた。

 

瞬間、蛇の身体がうねり始め。

その形を変えていく。

ものの数秒でそれは、一枚の紙となった。

 

(ほう……ジャキンジャキン星で

面白い催しがあるようだな。

…………実に興味深い。)

 

書面をまじまじと見て。

彼は内心で静かに微笑を浮かべた。

 

「――おい、黒野警視正!」

 

黒野は背後から呼ぶ声に

反応し、振り返った。

 

「おっと。これはこれは……

"大空・スバル様"。こんにちは。」

 

爽やかな笑みで挨拶をするも、

彼女は不満気な顔つきなままだった。

 

「さっきの紙凄く怪しいぞ!

スバルにも見せろ!!」

「見たければお好きにどうぞ。」

 

なんの躊躇いもなく、彼は紙を差し出す。

その内容は、

既に別の物へと改竄されたものである。

 

「これは……?」

「再度捜査中の関連書類で、

五目並べ事件の容疑者リストを

纏め直したモノです。」

 

「……そうか、疑ってすまない。」

 

「気にしないで下さい。

警察というのは、

疑う事が『仕事』なのですから。

若い内は、誰でも失敗しますしね。」

 

「…………持ち場に戻る。」

「ええ。お仕事頑張ってください。」

 

彼女が立ち去ったのを確認すると、

黒野は口角を上げ。踵を返した。

 

「行くか――ジャキンジャキン星。」

 

 

…………………………。

 

 

…………。

 

 

2日後、丑三つ時。

ジャキンジャキン星。

商会議事堂――『裏の間』。

 

存在が秘匿された地下講堂には、

裏社会の重鎮らが多く足を運んでいた。

 

そして、黒野警視正も

その催しへと出席していた。

 

壇上へと上がる企画者を

彼らは目で追い、

遂にそれは始まろうとしてた。

 

壇上から照明が降り、

企画者が教卓に両手を置いた。

 

「――裏社会からお越しくださった

来賓の方々! 今宵は私の催しに

付き合って下さり誠に感謝致します!!」

 

心の底から

この時を待ち望んでたとばかりに、

企画者は両手を上に広げた。

 

「では早速、本題と移りましょう!」

 

彼の背後。

その上から液晶が現れ、

スライドが開かれた。

 

映し出されたのは、

グラフ化されたジャキンジャキン星の

企業シェアであった。

 

「ご覧下さい、当ジャキンジャキン星の

置かれている経済的惨状を!

風真製鐵の圧倒的な独占社会を!

そのシェア率は約8割強と……

大変由々しき事態です。

このままでは、当惑星全土の

経済成長は下降の一途を辿る……!」

 

星の未来を慈しむように

彼は嘆き、次のスライドへ移る。

 

「競争なき社会に未来は無い!

全ての企業が足並みを揃え、

切磋琢磨する事こそが

社会のあるべき姿なのです!

この惨状を覆す為、

我々は一度社会の『再構築』を

する必要があるッ!!」

 

畳み掛けるように、彼は訴える。

 

「そこで我々が取るべき最善策は、

――風真製鐵の"特大スキャンダル"。

世間から信用を失った貴社が、

現在の経済力を維持するのは不可能!

結果、数多の企業が対等に

経済活動できる土俵が出来上がるッ!」

 

「具体的に、どうするつもりだ?」

「いい質問です。――黒野警視正。

お望み通り、答えるとしましょう。」

 

スライドが切り替わった。

 

「現在風真家邸宅に残ってる人物は

風真・大伍郎と風真・いろはの2名のみ。

そして、当該2名を除く風真家らは

家族旅行によって不在。

なんとその期間は1週間と半日。」

 

「まさか……

この機会をずっと窺ってたのか?」

 

「ええ。風真家の孫娘には悪いですが、

風真大伍郎暗殺の容疑者に

なってもらいます。

――風真製鐵を潰すには、それだけで充分。

たった2人の犠牲で多くの

企業……或いは市民が救われるのです。」

 

「なら、致し方無しって訳か。

……面白い。で、いくらだ?」

「………………。」

「その案件は

いくらだって訊いてるんだ。

答えられないのか。」

 

「まだ私は演説中です、

私語は慎んで頂きたい。」

「じゃあ、私は帰るとしよう。」

 

黒野が席から立つと、

企画者は焦って呼び止めた。

 

「――お待ち下さい黒野警視正ッ!」

「……?」

 

……そう、万一に彼を敵に回せば

自身が『捕まる側』になる。

それを知っている企画者は、

意地でも止めに入った。

 

「――5億スペースドルだ。」

 

黒野は口角を上げ、再び着席した。

 

「良いだろう。その話、乗った。

詳しく聞かせてくれ。」

 

 





【月歌とholoXのおまけバスタイム】

(※本編にヘブバンキャラが出ない為、
設けられたヘブバン専用コーナーです。)
(※軽い小話みたいな構成なので、
台本形式でお送りします。)

〜part2・博士とルカ〜

月歌
「シュワシュワっ♪ こよこよっ♪」

こより
「何その適当なアカペラ。
なんかデジャブ感じるんだけど。」

月歌
「そう? んじゃ、やめとこっかな。」

こより
「ありりゃ、もっと引き摺ると思ったよ。
ラプちゃんからダル絡みのヤバい奴って
言われてたし…………。」

月歌
「えぇ!? あたしラプちゃんに
そんな人だと思われてんの!?」

こより
「……まぁ、こよは
月歌ちゃんのそういうフレンドリーな部分
長所だと思うし、悲観的に
捉える必要はないんじゃないかな。」

月歌
「――天使だ。天使と言わせてくれ。」

こより
「あ、今日は
月歌ちゃんがイタい日なんだ。」


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16話・ それって素敵な物語だと思わない?

 

風真いろは現行犯逮捕から『7日後』。

 

彼女は留置所で数々の取調べを

黒野警視正から受け。

遂に監獄へとその身柄を明け渡された。

 

ジャキンジャキン星の誇る

大監獄『鬼樹琳』。

 

その最下層……最奥フロアにて、

風真いろはは囚人として

過ごす事になったのだ。

 

 

 

 

〜SIDE『風真・いろは』〜

 

風真は両腕に手錠をかけられ、

看守の見張り付きで

遥か下の階に連れてかれた。

 

「囚人番号0168。

ここが今日からお前が過ごす檻だ。」

 

手錠を解き、

手慣れた感じで扉を鍵で回し開けると……

すぐさま女看守は、

風真の背を蹴り飛ばし檻の中へ入れた。

 

ガシャンッ!

 

振り返るよりも早く、扉は閉じた。

 

地面に擦れた痛みと、

背を蹴られた痛みが

じんわりと残り……

信じ難い現実だけが風真に襲いかかる。

 

(それもこれも、

風真が大伍郎おじいちゃんを

守れなかった所為でござる…………。)

 

「こっ酷くやられたわね。アンタ。」

「――!?」

 

声の聞こえる方を向くと、

怪しげな雰囲気の女囚がそこに居た。

 

白と黒を左右半々で隔てた

独特のヘアスタイルに、

全てを見通しそうな梔子色の瞳。

 

肩に乗る小さな黒スライム。

 

一目で只者じゃないと分かる

オーラを放つ彼女は、

愛嬌を振り撒くように笑った。

 

「ふふっ、ごめんね。

脅かす気は無かったの。

同じ檻の中で過ごす者同士、

仲良くやっていきましょ。」

 

「………………。」

 

(ここは監獄なのに、どうしてこんな

人当たりの良い少女が

捕まってるのでござろう。)

 

「あぁ、ごめんごめん。

名前も知らない人と仲良くなんて

出来ないわよね。

アタシは"シオリ・ノヴェラ"。

ただの『収集家』よ。」

 

「ただの収集家が

何で捕まってるでござるか!?」

 

シオリ殿は首を横に振った。

 

「さぁね。アタシはただ知りたい事を

調べて追って……頭の中に詰めてる。

それしかしてないのに、

お前は『知りすぎた』とか言って

政府の方からとっ捕まえに来るんだもん。」

 

「それは災難でござるな。」

 

「ええ。アタシも

情報は誰のモノでもなく、

平等に得られて当然のモノだと思う。

だから、情報を持つ事は罪じゃない。

それを悪用しない限りはね。」

 

「シオリ殿は、悪用したんでござるか?」 

 

「しないしなーい。アタシは故意に

情報を悪用する趣味はないもの。」

 

持ってるだけで『罪』。

 

世の中というのは、

世知辛いものでござるな。

 

「それで、貴女の名前は?」

「風真いろはでござる。」

 

「……え?」

 

飄々としてた彼女が、

困惑気味に口を開けた。

 

「どうしたでござるか。」

 

口を閉じ、ゆっくりと瞬きすると。

シオリ殿は向き直った。

 

「何処かで見覚えのある顔だと思ったら、

そう言う事だったのね。

――"風真大伍郎・暗殺事件"の主犯……

改めて訊いていいかしら?」

 

「何でござるか。」

「本当に殺めたの?」

 

「……それは。」

「貴女の口から言えないんじゃ、

手荒な真似をする事になる。

それでもいいの……?」

 

「でもっ…………。」

 

どうして。

どうしてハッキリ言えないんでござるか。

風真の所為じゃないって。

 

ただ一言。

それを言えばいいだけなのに……

言葉が出てこない。

 

「もういいわ。

数分だけ我慢しなさい。」

 

シオリ殿が風真の右耳に向けて、

右手を横に薙ぐ。

 

「――『ノベライズ』。」 

 

(あ……れ? 

目の前の女の人はだれ?

あの緑のしおりは何だろう。

わたしは……だれだっけ。)

 

「ふんふん。成る程成る程。

アタシの知りたい事は

これで充分ね。

……貴女の記憶、お返しするわ。」

 

スッ。

 

緑のしおりが、

わたしのおでこの中に入ってく……

 

「やぁ、風真ちゃん。」

「あれっ、シオリ殿。

手を振ってどうしたでござるか。」

 

「特に深い意味はないわ。

やってみたかっただけ。

それにしてもアナタ、冤罪なのね。」

「え……何でそれを。」

 

「アタシの魔力『ノベライズ』は、

他者の記憶を『栞』に変えられるの。

その力で勝手に見させて貰ったわ。」

 

「なななっ、

風真の記憶全部でござるか!?」

「ええ……一部だけね。

余計な所は見てないから安心して。」

 

「そんなこと言われても

安心出来ないでござるよ!?」

「まっ、そーゆー事なんでよろ!」

 

あ、これそのまま押し通すパターンだ。

前言撤回。

やっぱこの子、とんでもない犯罪者です。

 

カンカンカンカンっ!

 

そうこう駄弁っていると、

監獄内にベルを叩いたような

金属音が鳴り響いた。

 

「ん? 何事でござるか。」

「あー、これはランチタイムだねぇ。」

 

ランチタイムでござるか。

丁度お腹も空いてきたし、

ナイスタイミングでござるな。

 

 

 

 

 

――大監獄『鬼樹琳』、食堂。

 

食堂にあるビュッフェコーナーでは、

既に囚人たちの行列が出来ていた。

風真たちもそれに続くようにして並ぶ。

 

食事の種類が豊富なカウンターを

なんとなく見ていると、

席で食事してる囚人グループが

此方をチラチラ見て会話していた。

 

「ねぇねぇ……あの金髪って

例の"親殺し"じゃない?」

「うわっ、マジじゃん。

あんな優しそうな顔してんのに、

裏では肉親を殺す事考えてたの?」

 

「「信じられな〜い!」」

 

アハハと嘲笑い、彼女らは見下す。

此処は監獄……世の中の邪悪が集う場。

多少の陰口が一つ二つ来る事は

覚悟していた。

 

でも、いざ言われると。

こんなにも……苦しい。

 

「ちょっと貴女たち、いい?」

 

気がつけば、風真と並んでいた

シオリ殿の姿がない。

 

「……え?」

 

囚人グループの一味が愕然とし始めた。

風真も驚いた。

 

彼女らの前に現れたのは、

シオリ殿だったのだから。

 

「貴女は……『禁書』ッ!

あたしらに何の用があるのっ!!」

 

「貴女たちは、一つ勘違いしてる。」

「勘違いですって?」

 

「風真いろはは

"親殺し"なんかじゃあない。

社長を暗殺するよう指示したのは

この"アタシ"。

それでもまだ彼女を愚弄するつもりなら、

アンタらを可愛い寄生虫ちゃん達の

温床にせざるを得ないけど、

……いいかしら?」

 

囚人グループ一同が、

怯えた表情で固まった。

そして……。

 

「――悪かったわ。」

 

「とことん反省しなさい。

アナタ達は、いつも通り

大人しくしてくれればいい。」

 

「「「「「………………。」」」」」

 

黙り込む一同に踵を返し、

シオリ殿が風真の所に戻ってきた。

 

「さ、気を取り直して

ランチタイムと行きましょ。」

「待つでござる。」

「……何?」

 

「どうして風真を庇う真似を

したんでござるか。

何一つメリットなんてないでござるのに。」

 

彼女は笑って答えた。

 

「アタシはね、メリットデメリットで

行動を決めるような

器の小さい子じゃないの。

アナタもそうでしょ?」

 

「…………分からないでござる。」

「いずれ分かるわ。

貴女は、とっても良い子だから。」

 

(風真が本当にいい子だったら……

こんな事にはならなかった。

もっと警戒しておけば…………。)

 

むにーっ!

 

「ちょっ……いらぁいでごじゃるぅ。」

 

両頬が、指で伸ばされた。

 

「いろはちゃーん。暗い顔はダメっ! 

折角のランチタイムなんだから、

明るい事を考えなさい!」

 

「わ、わがっだでごじゃるから、

離しゅでごじゃるぅぅう。」

「よろしいっ!」

 

パチンぃんっ!

 

伸ばされた頬が元に戻る勢いで、

更なる痛みが風真を襲う。

 

……このヒリヒリ感。

鏡を見なくとも、

腫れてるだろうことは分かる。

 

「痛たたぁっ……!」

 

「ごめんごめん。

アタシ手加減が下手なんだよねー。」

 

ご飯を盛った皿をを卓上に置き、

謝罪交じりにシオリ殿は着席した。

風真も続いて皿を置いて座る。

 

「良いでござるよ。

シオリ殿になんだかんだ助けられてる

部分もあるでござるし。」

「お互い様って奴ね。」

 

グサッ……むしゃむしゃ。

 

それにしても、監獄の食器は

独特でござるなぁ。

丸い形状の取っ手が2個あって、

挟んだら紙とかを切れそう…………

 

「――って待てェ!?」

「何?」

「それ、ハサミでござるよな?」

 

「そうよ。とても危険だけど、

信じられないくらい効率的よ。

……おすすめはしないわ。」

「おすすめされても

食器として使わないでござるよ!」

 

「ふふ、それもそうね。

――ねぇ、いろはちゃん。

アタシの仲間になって、脱獄してみない?」

 

突然、シオリ殿の表情が真剣になった。

 

「それって……」

 

「そのままの意味よ。

アタシには愉快な仲間が居るの。

音を操る魔人、宝石人間。双子の番犬。

きっと彼女達も

貴女を歓迎してくれるわ。」

 

「最初から、風真をスカウトする

つもりだったのでござるか?」

「いいえ、シンプルに

貴女を気に入っただけよ。

それ以外の理由はない。」

 

「…………。」

 

見えない。彼女の目的が……。

 

「アタシには『野望』があるの。

その為には、

様々な惑星を巡る必要がある。」

「…………。」

 

「各惑星が築いた多種多様な文化や

情報に触れて、

縹渺とした世界そのものを楽しむ。

――それって素敵な物語だと思わない?」

 

風真はその時、何も答えられなかった。

 

彼女はゆっくり考えていいと

言っていたけれど。

……何かが引っかかって、答えが出せない。

 

頭に靄が絡まって、何も見えない。

未来の希望も……何もかも。

 

そんな悶々とした思いを抱えたまま。

1日は刻一刻と過ぎ去り。

 

気付けば定位置の檻で、

消灯の時間を迎えていた。

 

「いろはちゃん、もう寝る時間よ。」

「知ってるでござる……。」

 

暗がりととなった監獄の中で、

風真は眠りについた。

 

 

……………………。

 

 

…………。

 

(……ここは、面会室?)

 

面会室の窓越しには、

ネクタイを整える警視正の姿があった。

 

「さて、風真いろは様。

遠く遥々からお越しになった

温かい家族との――"最後の面談機会"です。

ごゆっくりお楽しみください。」

 

男はご満悦な表情でそういうと、

静かに退室した。

 

その入れ替わりで、

弟が面会室へ入室する。

とても怯えた表情で風真を見ながら、

対面で着席した。

 

そして……

震えた声で、風真に問い掛ける。

 

「姉ちゃん。答えてよ。

本当に大伍郎おじいちゃんを

『殺めた』の?」

 

「…………。」

 

何も答えられなかった。

 

(どうして……風真はっ、風真はっ…………)

 

「――はあっ、はあっ……。」

 

「いろはちゃん?」

「……シオリ殿。」

 

どうやら、飛び起きてしまったようだ。

容態を心配されるほどに、

具合の悪い顔をしているのでござろう。

 

「貴女、悪夢に魘されてたわ。」

 

(風真が……うなされてた?)

 

「悪夢なんかじゃないでござる。

あの夢は、実際にあった過去……

"一昨日の出来事"でござる。」

 

「――そう。」

 

上体を起こした風真を、

シオリ殿が優しく抱いた。

 

「大丈夫、アタシが……

アタシ達が必ず"脱獄"させてあげる。」

 





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〜part3・総帥とルカ②〜

月歌「ねぇねぇラプちゃん。」

ラプ様「何だ?」

月歌
「きょうだとかひょうびょうとか……
かいきょ、とうじょって何?
みゃーさんって先輩隊員と会話するとさ、
時々難しい言葉使ってきて
話が噛み合わないんだよね。」

ラプ様
「"怯懦"、"縹渺"、
それと"開渠"、"倒叙"な。
なんでそんな言葉の意味を吾輩に訊く?
もっと当たれそうな奴割と居ただろ。」

月歌
「ラプちゃん厨二病だから、
難しい言葉に詳しいのかなと。」

ラプ様
「知ってはいるが、
カチンと来たから教えん。
それに貴様、
沙花叉の奴から聞いたが……
作詞家やってたらしいじゃねェか。
作詞家ってのは、
色んな言葉やその意味、
言い回しを知ってないと
成り立たんだろ。」

月歌
「うん。やってたよ。
あたし、持ち前のセンスで
やってのけるタイプだからさ。
今は31Aのみんなで作詞してるけどね。」

ラプ様
「それはいいな。
まぁ、吾輩から一言助言するなら……
辞書を沢山引け。貴様の作詞能力にも
磨きが掛かるだろうし、
トークレベルの成長も見込めるぞ。
それに……貴様の知らない熟語たちも、
絶対載ってるしな。」

月歌
「……あんがとさん。
31Hのみんながラプちゃんを
リーダーとして尊敬してる理由、
なんとなく分かった気がするよ。」

ラプ様
「お? 今日はやけに素直じゃんか。」

月歌
「素直になりたい気分なのさ。」

ラプ様
「じゃあ、
厨二病呼ばわりした事謝れよ。」

月歌
「ふーっ、いっちょ上がりますか。」

ラプ様
「ちょっ、待って!?
吾輩への謝罪は!? おぉーーいっ!」



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17話・救いの手

 

風真いろは現行犯逮捕から『11日後』。

 

こんな地下だというのに、

小鳥の囀りが鼓膜を撫でるように

意識を起こす。

 

しかしそれも、

ほんの僅かな気休めに過ぎなかった。

 

カンカンカンカンっ!

 

「この音は何でござるか!?」

 

「朝礼よ。小鳥の囀りみたいな前奏が

あったでしょ。アレが合図なの。

日によって前奏が変わるから

分かりづらいのよね。」

 

あれ、人工的なモノだったんだ。

日替わりにしても、

この前奏考えた人は悪趣味でござるな。

 

ダダダッ、ダダダ……!!

 

看守達が素早い足音を立てて

ゾロゾロとやって来る。

 

朝礼というには、

あまりにも不気味な光景だった。

 

「本当に、ただの朝礼でござるよな?」

 

念の為、

シオリ殿に再度確認をとってみる。

すると彼女は、驚いたような顔を

して冷や汗を垂らした。

 

「いや……ただの朝礼にしては

様子が可笑しい。

いろはちゃんも、この数日の中で

こんな朝礼してないでしょ…………。」

 

そう言われれば、そうだ。

 

と、何か嫌な感じを覚えたその時。

看守が口を開いた。

 

「――囚人番号0168ッ!

貴様をこれより、

『裁きの日輪塔』へ連行する!

これは政府の決定事項だ! いいなッ!」

 

「馬鹿なッ……早すぎる!

何が起こってるというの!!」

 

「黙れ『禁書』! 

貴様がそれを知る必要は無いッ!」

「………………。」

 

(遂に、この時が来たでござるか。)

 

「心配ないでござるよシオリ殿。

遅かれ早かれ。

風真はいつかこうなるって、

知ってたでござる。

風真は、最後にシオリ殿のような

優しい人と逢えて……

幸せ者だったでござるよ。」

 

「これ以上の私語は許さん。

大人しく連行されろ。囚人番号0168。」

「……了解でござる。」

 

どうしてだろう。

これから死に直面するというのに、

不思議と恐怖を感じない。

 

風真は……受け入れてるんでござろうか。

ありもしない罪を。

 

ううん。違う。

やっぱり罪なんだ。

そばでお爺ちゃんの身を 

守る事を怠った罰…………。

 

もし他界して、

大伍郎おじいちゃんと会えたら。

面と向かって謝りたい。

 

 

 

 

――処刑塔『裁きの日輪塔』。

 

風真は巨大な馬車で数時間運ばれ、

塔の中に連れていかれた。

 

内部はシンプルな石造りで、

ひたすらに長い長い螺旋階段が

上に続いている。

 

これを登り切るのにも、

数時間を要した。

 

「もう出口だ。覚悟しろ、大罪人。」

 

看守が扉を開けて、風真を外へ出す。

 

「暑っ……。」

 

思わず口に出してしまうほど、

外の空は晴れ渡っていて快晴。

茹だるような猛暑だった。

 

燦々と照りつける日光が痛くも、

眩しく感じる。

 

ふと下を見下ろすと、

大勢の民衆が嬉々とした顔で

『その時』を待っていた。

 

中には、憤慨を露わにした

人々も居る。

 

その声は、

相当な高低差があるにも関わらず……

風真の耳に届くほど殺気立っていた。

 

「お前の所為で国宝鍛治師の

『風間・大伍郎』は死んだッ!」 

 

「償えいろはァアッ!!」

 

「到底許されない罪だッ!

それもこれも全部っ……」

 

「「「――お前のせいだ、お前のせいだ

お前のせいだ、お前のせいだ

お前のせいだ、お前のせいだ!!」」」

 

バアンッ!!

 

鋭い太刀を持った男。

 

おそらく処刑人だろうと

推測される彼が天に拳銃を発砲し、

民衆を黙らせた。

 

「静粛にッ! これより

風間・大伍郎を暗殺せし大罪人、 

風真いろはの公開処刑を執り行う!」

 

「「「ぉぉおおおお!!!」」」

 

待ち侘びたと言わんばかりに、

民衆たちが喜びの歓声をあげる。

 

(これで……良かったんでござるよな。)

 

「――いざっ! 処刑なりッ!!」

 

空を割く音が、風真の耳元に近づいていく。

そして……

 

スパンっ!

 

「見ろ! 首が飛んだぞ!!」

「はっ、ザマァねぇな!

これが天誅って奴だぜ!!」

 

「……待て、お前ら。

あの首、何か可笑しくねェか……。」

「は? 何言っ――ッ!?」

「おいおい……嘘だろ。」

 

「「「あの首、金髪じゃねェっ!!」」」

 

(何で……

風真は生きてるんでござるか?)

 

確かに彼の太刀筋は、風真の首を捉えていた。

 

それなのに、斬り飛ばされたのは

全く別の人物。

いや、人物というのも語弊がある。

 

空を舞う男の生首、その首の断面は

決して生物的なモノではなく……

電線の束を切った断面のようだった。

 

空中を撥ねる顔は、

風真を見て――"笑っていた"。

 

バァアアアンッ!!

 

「首が爆発した!?」

「何だアレは!?

一体何が起こってるんだッ!」

 

混乱して騒つく民衆たち。

 

その中で、

1人の一般市民が此方を見て

更に驚いたような顔付きになった。

 

「おい待て……! あの処刑台に、

黒いコートを着た女児が居るぞ!」

「あの黒い双角……ありえねェ!

何で此処にッ!!」

 

辺りを見回すと、

市民のリアクション通り。

 

首無しとなって倒れた処刑用カラクリと、

佇む一人の少女の姿があった。

 

(絹のように繊細で、

綺麗な銀髪でござる…………。)

 

少女は拡声器を自分の口に当て、

息を大きく吸った。

 

『貴様らッ! 

かっ、かか刮目せっせっせよー!』

 

思いっきり噛んでる。

恥ずかしくないのでござろうか。

 

「「「…………」」」

 

ほら、民衆のみな殿も何とも言えない

空気になってるでござる。

 

『――貴様ら、刮目せよ。

吾輩の名は、ラプラス・ダークネスだ。

秘密結社holoXの総帥として宣言しよう。

これより、

当ジャキンジャキン星を侵略する。」

 

遂に何事も無かったように

宣言したでござる。

TAKE2に付き合わされる

みな殿も大変でござるなぁ。

 

『貴様ら市民の選択権は2つだ。

大人しく降伏するか、

我々に無謀な戦いを挑むか…………。

結果は変わらんだろうが、

好きにするといい。』

 

ラプラスと名乗った銀髪の少女は、

拡声器を下ろし、市民の返事を待つ。

……その時だった。

 

「――ムラマザ流抜刀術・月光暴雨!」

 

突如空中から一点を目指し、

雨のように降り注ぐ、光る月型の剣撃。

 

雷のようにも見える、黄色い暴雨。

 

それを前にして、

彼女は平然と立ち尽くしていた。

 

「おいおい……眩しいじゃねェか。」

 

攻撃が命中するより先、

羽ばたいた巨鳥が

全ての斬撃を受け止めた。

 

ドドドドドド……!!

 

「大将の攻撃を防いだ!?」

「何だ!? 

"縹色の炎"を纏っているぞ!」

 

「……縹色の炎だと?」

 

縹色の炎塊の中から、

一人の鳥類型獣人が姿を現した。

 

「――いきなりぃ……

『総帥』は、取れないでしょうよ!!」

 

「恐るべしだな――holoXっ!」

 

「何だあの身体!」

「ムラマザさんの攻撃を

正面から受けても倒れねェ!!」

「やっぱり、噂通りの能力を!?」

 

「獣人族が有する

特異体質の中でも更に希少……

鷹嶺一族の『縹威の鷹炎』。

いと面白し……!!」

 

何だアレ……傷が忽ち消えていく。

 

「信じられねェ!

アレが効かないなんて!」

 

「――効きますよ。

『い鷹った』です。侍大将・ムラマザ様。」

「嘘をつけ。」

 

なんかあの炎、寒いでござる。

 

「あれがholoX一番艦幹部!」

「如何なる攻撃を

受けても炎と共に再生するッ!

間違いねェ……アイツは!」

 

「「――"不死鳥のルイ"!!」」

 

「こんな鷹は見た事が無いぞ。

どれ、お手並み拝見といこうか。」

 

ムラマザが

刀を構え直したその瞬間、

彼女の蹴りが襲いかかる……が。

 

キインッ!

 

刹那にして彼の刀身がそれをいなす。

 

「うむ……これは効くな。」

「ウソをつけ!」

 

ドォンっ!

 

そのまま彼は、地面に蹴り飛ばされた。

 

「ムラマザさんが蹴り飛ばされたッ!」

「ムラマザさぁああああんっ!!」

 

騒ぎ立てる民衆を 

見下ろしながら滑空し、

風真たちの前に彼女は着地した。

 

……スタッ。

 

「怪我はありませんか、総帥。」

 

「油断するなよ幹部。

アイツは手強い。今の攻撃だって

奴にとっては何とも無いはずだ。

悪いが、引き続き継戦してくれ。」

 

「――了解です。」

 

返事を返すと彼女は、

フッとその場から消えた。

 

その様子を見届けたラプラスは、

見透かしたように口を開いた。

 

「いつまで寝たフリをするつもりだ。

処刑用のカラクリさんよぉ。」

 

「おやおや、流石holoXの総帥。

全部お見通しという訳ですか。」

 

不気味な声で返事を返し、

処刑用のカラクリが立ち上がる。

彼の爆発した筈の頭部は、

既に再生し終わっていた。

 

「貴様はまだ、風真いろはを

処刑するつもりか?」

「ええ、それが私の存在意義ですので

――ねっ!!」

 

ドオオンッ!

 

両者の拳が衝突し、

突風のような衝撃波が発生する。

 

「おい、不意打ちなんてタチが悪いな。

処刑人としてのプライドは無いのか。」

「相手が相手なので、

此方も手段は選んでいられません。」

 

「……そうか、だったら――」

 

グサッ!

 

「――!?」

 

「死ぬしか無いな。

カラクリにその概念があるかは知らんが。」

 

この一瞬で一体何が……!?

 

ラプラスが背後から

カラクリの胸部に

ボラードを突き刺したのでござるのか?

 

でも、1秒もその過程が見えなかった……。

 

「……ほう、これが噂の

"時飛ばし"という能力ですか。

なんと恐ろしいお力――ですが。」

 

ガシッ。

 

カラクリがラプラスの肩を掴んだ。

 

「使えなければ、意味が無い。」

「くっ……力や魔力が一切沸かん。

これはっ、どうなっているだッ…………。」

 

「私の手は少々"特別製"でね。

大抵の罪人を屠れるよう、

特殊な設計が施されているんです。

あと、このボラードですが……。」

 

彼は黒い笑みを浮かべ、

胸部から抜き取ったボラードを

ラプラスに突き刺した。

 

グサッ!

 

「貴女の胸部にお返しします。

長い長いテロ活動、お疲れ様でした。

――総帥。」

 

肩から手を離し、

ボラードを奥へ奥へと捩じ込む。

 

「ぐふぁっ!」

 

苦しそうに血反吐を吐きながら、

ラプラスは力無く倒れた。

 

「これが66億6千万スペースドルの

賞金首……聞いて呆れますね。」

「………………。」

 

「さて、そろそろ首を落として

フィナーレと行きましょうか。

風真いろはさん。

貴女も見ていて下さい。

この不届き者の、哀れな末路を。」

 

一瞬でも希望を持った風真がバカだった。

風真が生きてても……

周りが不幸になるだけ。

 

風真に与えられた罪は、

それ程までに重い。

 

シオリ殿やラプラスだって、

関わろうとするから悲劇に巻き込まれる。

 

(どうしてみんな。

風真を助けるのでござるか?)

 

その先、自分たちに嫌な事が

降りかかってくるのは

分かってる筈なのに…………。

 

(あぁ、太刀が振り上げられた。

今度こそ助からない。

せめて風真の命で、

あの子の命だけでも……)

 

ダメだ。

全身が震えて足に力が入らない。

 

振り下ろされる

長く鋭い太刀の動きを、

ただ見る事しかできない。

 

風真は……なんて悪い子なのでござろう。

 

――キインッ!

 

(え……? 刀が弾かれた?)

 

「……全く、相変わらず世話の焼ける子ね。

いつからそんな

ダサい戦い方するようになったの? 

――ラプラス・ダークネス。」

 

クルクルと手元で拳銃を回して、

少女は嘲笑気味に問いかける。

 

その問いに不服そうな顔を浮かべ。

ラプラスはのっそりと立ち上がった。

 

「吾輩の力と記憶を『ノベライズ』で

8割ぶん取っておきながら、

その言い草はねェだろ。

それに、誰が手を貸せと言った?

――シオリ・ノヴェラ。」

 

 





どうも、たかしクランベリーです。

紫咲シオン5th記念ライブ、最高でした。
リ●リコEDを聴けて、
大変満足であります。

さて。もう少しで風真いろはの
長い過去回想話も終わります。
勘違いしないで下さい。
いろはちゃん曇らせ趣味は
断固としてないです。 

風真さんは総帥と幸せそうに
絡んでる時が一番輝いてて……
美しい。これ以上の
芸術作品は存在し得ないでしょう。

……という訳で、
また来週お会いしましょう。
よろしくお願いします。


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18話・究極の2択

 

 

――キインッ!

 

(え……? 刀が弾かれた?)

 

「……全く、相変わらず世話の焼ける子ね。

いつからそんな

ダサい戦い方するようになったの? 

――ラプラス・ダークネス。」

 

クルクルと手元で拳銃を回して、

少女は嘲笑気味に問いかける。

 

その問いに不服そうな顔を浮かべ。

ラプラスはのっそりと立ち上がった。

 

「吾輩の力と記憶を『ノベライズ』で

8割ぶん取っておきながら、

その言い草はねェだろ。

それに、誰が手を貸せと言った?

――シオリ・ノヴェラ。」

 

「シオリ殿っ!?」

 

「貴女の強さなんて

2割あれば"充分"でしょ。

本当は、あんなみっともない苦戦を

演じる必要だってない。

どうせその子を怖がらせない為に、

敢えて手を抜いてるんでしょ。」

 

「知った風な口を訊くな。

吾輩は吾輩のやりたいように戦う。

……文句あるか?」

「ないわ。」

 

ブウンッ! バクっ!

 

何を気に入らないのか。

ラプラスは胸部に刺さっていた

ボラードをシオリ殿にぶん投げた。

 

しかしそれは、彼女の肩に乗っていた

小型スライムが肥大化し

即座に飲み込んだ。

 

「「…………。」」

 

両者、なんとも言えない

間が置かれた数秒。

……なんと、ラプラスの方から折れた。

 

「だったら、謝罪として

吾輩にコーラを献上しろ。」

「どーぞ♪」

 

シオリ殿から缶コーラを

受け取ったラプラスが、

アルミ製の蓋を開ける。

 

プシュッという小気味いい音を立てた

缶に口元を寄せ、彼女はゴクゴクと飲む。

 

すると、ラプラスの胸部に空いた風穴が

みるみると再生していき……

何事もなかったように傷が塞がった。

 

「アタシの知らぬ間に、

面白い肉体改造されてるわね。」

「ああ、ウチの博士は優秀でな。

心臓を摘出するついでに

やって貰ったんだ。便利だろ?」

 

「コーラで肉体が再生するなんて、

死んでも欲しく無い体質だわ。」

「うるせェっ……!

カッコいいだろうがよ!」

 

「アタシ、

アナタと感性が合わないみたい。」

「奇遇だな。吾輩もだ。」

 

「おい貴様ら、いつまでベラベラ

喋ってるつもりだ?」

 

駄弁る2人に対し、怒りを露わにした処刑人。

しかし、2人の態度は依然として

変わらないままだった。

 

「もうそろそろ、この玩具と

戯れるのも飽きてきたな。」

「アタシも同感だわ。

玩具の解体ショー、始めちゃう?」

「ああ。いっちょ片付けるとしよう。」

 

「小娘共が、舐めやがってッ……!」

 

悪態をつくカラクリに対し、

ラプラスは自身の顳顬に人差し指を当てた。

 

余裕そうな表情と

左右に揺れる首振りの動きが相まって、

煽りを心の底から

楽しんでるのが見て取れる。

 

「貴様の敗因は、『あの手』で

吾輩の脳天を貫かなった事と……

勝手に勝利を確信し、

さっさと首チョンパしなかった事だ。

後悔しても、もう遅いぞ。」

 

「『敗因』……?

処刑はこれからだろ……?」

 

「――『天上天下唯我独尊』。

吾輩こそが、全生物の"頂点"だ。」

貴様に勝ち目など、

最初からありはしない。」

 

「随分と傲慢な発言だな。

『遺言』か?」

 

「遺言? 馬鹿言え。

傲慢でなくては、侵略組織の

『総帥』など務まらん。それと、

分からないようならもう一度言ってやる。

貴様はもう、『詰み』だ。」

 

見下すような視線を向け、

ラプラスは彼に指差した。

 

「……詰みだと? 

時を消し飛ばす魔力

『ブラック・ロード』。

記憶を栞に変える魔力『ノベライズ』。

私にとってはいずれも全て……問題無し!

――"処す"!!」

 

「ラプラス、時を飛ばしなさい。

アタシが左から拳を叩き込むわ。」

「ったく、宇宙人遣いが荒いな。

……だが、それが一番手っ取り早そうだ。

始めるぞ。」

 

「ええ。」

「――ブラック・ロード。」

 

ドォオオン!

 

(まただ……

一瞬で攻撃が始まった。)

 

挟撃として、瞬時に両者の拳が

処刑人に襲い掛かる。

 

……が、流石処刑用のカラクリ。

 

常人では捉えきれない速さの攻撃を

見切り、両腕の甲でそれを防いでいた。

 

「凄まじい"覇気"だ。

やはり貴様ら2人……

――"王の資質"を持って生まれたか。」

 

「鉄の塊の分際で、我々相手に

本気でやり合える思っていたのか?」

 

「いえいえ、思ってませんよ。

私の今の仕事は飽くまでも、

大罪人・風真いろはの処刑。

貴女方の隙さえ作れればそれで……ッ!?」

 

違和感に気がつき、カラクリが目を泳がす。

しかし、身体がガタつくだけで、

これといった動きを見せない。

 

彼自身も、

思わず疑問を口にしてしまった。

 

「何だ……首から下が

『動かない』だとッ!?」

 

「楽しいお喋りに夢中で、

気がつくのが遅いわよ。カラクリさん。」

 

口角を上げ、

勝ち誇った笑みを見せるシオリ殿。

 

風真も気になって

カラクリの様子を再度見ると。

 

ボトッ。

 

(え、カラクリの片腕が抜け落ちた?)

 

「何ィーーーッ!?」

 

「落ちたアナタの片腕、

よく見てみなさい。」

 

落ちた片腕の断面。

分断された本体の断面。

両方とも……『地獄絵図』だった。

 

そこには、吐き気を催すほどに

密集した『蟲』が……

うじゃうじゃと沸き蠢いめいている。

 

想像を絶するほどに

密となった、悍ましい数の蟲。

そんな彼らの目的はただ一つ。

 

寄生対象を完膚無きまでに捕食する事。

 

もし処刑人が生物であったなら、

激痛に悶え苦しみ。気絶するだろう。

 

監獄での"あの会話"は、

シオリ殿の脅しだと思っていたが……

今となって、あの言葉が

"そのままの意味"だと分かった。

 

温床などとシオリ殿は言ってたけど、

そんな生易しいモノなんかじゃない。

一方的な――"捕食"だ。

 

「これはッ……『魔導會蟲』ッ!

召喚動作も無しにっ、

いつから仕込んで…………」

 

ブゥーンっ。

 

翅で羽ばたいた数匹の蟲が、

小型スライムの口内に"帰っていく"。

 

「まさかッ! その"スライム"に

格納してやがったのか!

時を消し飛ばす直前に、

"やりやがったな"ッ……!!」

 

「あからさまなブラフに掛かる

貴様が悪いのだ。」

「良かったわね。

蟲たちも、あなたの金属質な

身体が美味しいと言ってるわ。」

 

「ふざけるなふざけるな

ふざけるなァアーーッ!!」

 

「あと数分放っておけば

跡形もなく喰い尽くされるけど……

その様を傍観し続けるのも退屈だわ。

ねぇ? 最後にアタシ達に

言いたい事とかある?」

 

「クソぉぉおおおっ!!

路傍の隅に投げ捨てられた

タバコの吸い殻にも満たない、

このちっぽけなッ……!

矮小な小悪党共がぁぁあああっっ!!」

 

「ラプラス、トドメは

アタシが頂いていいかしら。

この鉄屑、凄く不快だわ。」

 

「好きにしろ。吾輩にスクラップを

集める趣味はない。」

「じゃあ、

その御言葉に甘えさせて貰うわ。」

 

ゆら……ゆらと。一歩ずつ、

爛々と梔子色の瞳を揺らし……廻る。

 

不動となったカラクリの周囲を、

シオリ殿が廻り歩く。

1周、2周、…………7周。

 

猛暑で発生した蜃気楼によるモノなのか、

魔法によるモノなのかは断定出来ない。

 

連続したフリーズフレームを

そのまま具現化したような黒い人影と、

不規則な軌道を描く紐のような

黄色い閃光が幾重にも重なり……

 

この世のものとは思えない

異質な光景が生み出されていた。

 

あまりの不気味さに、

機械である彼さえも

青褪めた顔を浮かべている。

 

「『禁書』ッ……何をするつもりだっ!」

 

「ねぇ、知ってる?

機械っていうのは"演算された記憶"を

基に行動してるの。

――記憶された"二進数の連続処理"。

それを失った機械を、

人はなんて呼ぶと思う?」

 

「馬鹿な真似はやめろ『禁書』ッ!

貴様、今自分が何をやろうとしてるか

分かっているのか!!

自分の罪を更に重くするだけだぞッ……!」

 

タッ。

 

廻る足音は、カラクリの眼前で

音を立てて止まった。

と同時、気色の悪い幻影も

空気に溶け込むように消え去った。

 

「聞いてるのかッ、『禁書』ッ……!!」

「………………。」

 

彼と向き合うシオリ殿は

数秒沈黙し、右腕を構えた。 

 

彼の言葉を聞く耳は……

最初から無いも同然だった。

言葉を発さずとも、

その目は告げていたのだ。

 

圧倒的な"殺意"を…………。

 

「――『ノベライズ』。」

 

彼女が手を横に薙ぐと、

カラクリが自我を失ったように静止した。

 

変化はそれだけではおさまらず、

下半身から徐々にその身体が

"石化"していった。

 

そして、シオリ殿の手指には

真っ黒な『栞』が挟まっている。

 

「答えは『鉄屑』ってか?

確かに、機械ってのは

入力と出力を行う為の"記憶"もとい

プログラミングが無ければ

機能や動作を起こす事は決してない……。

理にはかなってるが、

……シオリ、お前相変わらず容赦ねぇな。」

 

「そう? 

惑星の侵略よりはマトモだと思うけど?」

 

「記憶全部抜き取るってのも、

吾輩的には相当ヤバい行為だぞ。

生物や機械ってのはな、

植え付けられた『記憶』がなきゃ

思い通りに動けないんだ。

貴様はそれを分かってんのか。」

 

シオリ殿は、自身の残虐さを

誤魔化すようにはにかんだ。

 

「ま、何はともあれ。

一件落着って事でいいんじゃない?」

「……それもそうだな。」

 

ボウッ!

 

シオリ殿は、点火したライターで

黒い栞を燃やし始める。

数十秒ほどでそれは灰として散り。

 

呼応するように、

カラクリの亡骸も

煤となって空に散っていく。

 

「地味な火葬は嫌い?

いろはちゃん。」

「……え?」

 

「唐突に質問投げるのやめろよ。

困ってるだろうが。」

「いいじゃんいいじゃん。

減るモノじゃあるまいし。」

 

「減る減らないの話じゃねーわ!」

 

「「…………。」」

 

2人は他愛無い会話を済ませると、

急に黙って風真の方を一斉に向いた。

 

「ねぇ、いろはちゃん。」

「なぁ、風真いろは。」

 

「アタシと……」

「吾輩と……」

 

「――世界を観たくない?」

「――世界を変えないか?」

 

「……え?」

 

(勧誘……で、ござるよな。

何故、この期に及んで?

……分からないでござる。)

 

「おい、シオリ。」

「何?」

 

「風真は吾輩のモンだ。

何しれっと勧誘してんだよ。」

「いいえ。

アタシ達"Advent"の新メンバーよ。」

 

「………………。」

 

「あたかも当然みたいに言うな。

本人も困惑してるだろうが。」

「まぁ、アンタみたいなお子ちゃまに

世界変えようなんて言われたら、

誰だって困惑するわ。」

 

「……んだとォ!?」

 

まさかだけど……

風真を獲りあってのでござるか?

 

「安心しなさい、いろはちゃん。

もう貴女がこの星に

囚われる必要はないの。

貴女にある未来は2つ。

アタシを選ぶか、

そこのお子ちゃまの下に就くか。

悔いのないよう、選ぶと良いわ。」

 

「一々毒気のある言い方だが、

要約するとそういう事だな。

ま、風真はどうせ吾輩1択っしょ。」

 

風真は……『外』に出ていいのでござるか。

そしたら、今まで見えなかった

侍の本質も見えてくるのでござるか? 

 

もし見れるのなら、見たい。

この伸ばされた命の意味を、

そこに注ぎたい。

 

見出してから、会いに行きたい。

 

(――大伍郎お爺ちゃん。

風真の我儘は、許されるでござろうか。)

 

『行け、いろはよ。

お前ならきっと――見つけ出せる。』

 

この声……。

良いのでござるな。大伍郎お爺ちゃん。

 

「風真は……っ。」

 

立ち上がり、シオリ殿の方に歩み寄る。

 

「ふふっ、今回はアタシの勝ちね。

――『総帥』ちゃん♪」

「いいや、吾輩の"勝ち"だ。

やれ……『博士』。」

 

博士? 何を言って……

 

グシャアッ!

 

「――ッ!?」

 

俄には信じがたい現象が、

風真の身に起きた。

 

背を貫き、自身の胸元から伸びる

――誰かの手。

その手には、

ドクドクと脈を打つ心臓が握られていた。

 

(これ……風真の心臓でござるよな。

身体から完全に分離してるのに

痛くもないし、

鼓動の早さにも変化がない。

一体、何が起きて……)

 

「風真いろはちゃん……だっけ?

手荒い真似でごめんだけど、

ラプちゃんの命令は絶対なんだ。

大人しくついてきて貰うよ。」

 

背後から、謎の少女がそう告げる。

 

ただただ怖くて。

目の前に居る

シオリ殿に助けを乞うが……

 

「シオリ殿っ、助け……」

 

「無理よ。その子が持つ魔力の術中に

嵌った時点でもう、

貴女を助ける術は無くなった。

残念な事に、貴女の生殺与奪の権は

処刑人からラプラスに渡ったわ。」

 

「嘘……でござるよな?

風真はもう、

助からないので……ござるか?」

 

「……………。」

 

シオリ殿は、沈黙を見せるのみだった。

 

「嘘などではない。

貴様の身に起きてる異常は全て現実だ。

だが、悔やむ必要はない。

吾輩に目を付けられた時点で、

貴様に用意された未来のレールは

"一本道"になっていたのだからな。」

 

「そんなの、間違ってるでござる。」

 

「間違ってなどいない。

貴様は、そのトロッコに

大人しく乗車してればそれでいい。」

 

「嫌でっ、ござる……

未来を決める権利は、

みな平等にあるでござる…………。」

 

「残念な話だが、宇宙と世界の未来を

決めるのはこの吾輩だ。

宇宙政府などという

ハリボテ極悪集団などではない。

……やれ、博士。」

 

「――YES MY DARK!」

 

「何を、言って……」

「――『電圧実験』。」

 

心臓を握った彼女がそう唱えると、

風真の全身が激しい電流に襲われた。

 

そして、意識をも――シャットアウトした。

 

 





【月歌とholoXのおまけバスタイム】

(※本編にヘブバンキャラが出ない為、
設けられたヘブバン専用コーナーです。)
(※軽い小話みたいな構成なので、
台本形式でお送りします。)

part4〜月歌と博士〜

月歌「ねぇねぇこよりん。」

こより
「どうしたの月歌ちゃん?」

月歌
「クロっちから聞いたんだけどさ、
こよりんって
執刀用メス生み出したり、
心臓抉り取ったまま生かしたり、
電圧出せたりするらしいけど……
なんか1人だけズルくない?
オ●オペの実でも食ってんの?」

こより
「こよはカナヅチじゃないよぉ。」

月歌
「じゃあ何なのさ?」

こより
「――魔力『ラボ・プール』、
それがこよの特殊能力なんだ。
ちなみに月歌ちゃん。
一般的な学校プールの大きさは分かる?」

月歌
「縦約25メートル、横幅約12・5メートル。
水深が約1・35メートル……だっけ?」

こより
「わおーんっ! 大正解だよ!
こよはね、その範囲内で
"凡ゆる実験が出来る"んだ。
適応される高さは、
5・4メートルまでだけどね。」

月歌
「……どうゆう事だってばよ。」

こより
「例えば、執刀用メスを生み出して
対象の体表を切開する"解剖実験"。
対象に痛覚や身体的影響を一切与えず
臓器を摘出する"摘出実験"。
……まぁ、ここまで言えば
あとは分かるよね。」

月歌
「うん。取り敢えずめちゃくちゃな
能力だって事は分かったよ。
こよりんにとっては、
"どこでも実験室"ってコトでしょ。」

こより
「わおーんっ! 大正解っ! 
景品として、
後でマヨネーズ一本あげるよ!」

月歌
「あ、いらないっス。」


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19話・風真いろはの希望

 

風真いろは現行犯逮捕から『11日後』。

 

━━▶︎ DAY ???

 

ツンと鼻腔を抜ける

エタノールのような刺激臭が、

否応無しに風真の意識を起こす。

 

目を開くとそこは……

医務室のようだった。

 

(医務室? 医務室って……。)

 

一瞬記憶が錯乱するが、

医務室は医務室だ。

それ以上でもそれ以下でも無い。

 

自分が今、どういう状況に置かれてるか

思い出せはするものの……

未だその確信には至れない。

 

麻酔や切開も無しに、背後から

物理的に心臓を抉り出すなんて、

冗談みたいな話だ。

 

そうだ。生き物が心臓を抜き取られて

生きてるなんてあり得ない。

 

きっと何かの嘘だと思い。

己の胸に手を当てる。

 

「――ッ!?」

 

(……え? 嘘でござるよな。)

 

心臓の鼓動が、全く感じない。

 

本当に風真は、心臓を……

 

「起きたようだな。風真いろは。」

 

ガシャアンっ!!

 

平然と言葉をかけるラプラスの

胸倉を掴み壁に叩きつける。

更に、上へ上へと壁に擦り上げる。

 

頭の中は、怒りでいっぱいだった。

 

「おいおい、

随分物騒な挨拶じゃあねェか。

風真家っつーのは皆こうなのか。」

 

「惚けるなァッ! 

風真の心臓を返せッ……!!」

 

「何故心臓を欲す?

貴様は死刑を受け入れてたのであろう。

今になって……"死が怖い"のか?」

 

「……そっ、それは。」

 

(死が怖い訳じゃない。

それなのに、風真はどうして……。)

 

気がつけば手から力が抜け落ち、

ラプラスは床に足をつけていた。

 

「貴様自身も、分かっているのではないか。

死の間際にして、

魂が叫んだ『未練』を。」

 

「風真が、未練……?」

 

「そうだ。吾輩にぶつけた憤慨、

そして、それと同時に見せた

憎悪塗れの顰蹙が何よりの証拠だ。

未練の無い奴が、命綱を切られそうに

なったら……その鋏を壊そうとするか?

そんな矛盾、あっちゃイケねぇだろ。」

 

「何が、言いたいんでござるか。」

「風真いろは、貴様は何を成したい?」

 

(風真が、成したいこと……)

 

「風真は、シオリ殿と世界を

観に行きたいでござる。

そして、『侍』としての自分を

見つけたいでござる……。」

 

「それ、本気で言ってんのか?

貴様の怒りの矛先は、 

何処に充てるつもりだ。

そもそも、そんな曖昧な

未来の見据え方で

本当の自分とやらを

見つけられると思ってるのか。

自分を――『救える』と思ってんのか?」

 

怒りの矛先、未来の自分。

自分を救う……。

 

(あ……れ? 風真って、

世界を観て……どうするんだろう。)

 

ラプラスは見透かした様に

指を差した。

 

「ほら見ろ。今の貴様には……

何の信念も無い。

夭折を免罪符に、自分と

亡くなった家族を救ったつもりでいる。

己を肯定する閾値を、

満たしたつもりでいる。

冥府への片道切符を買って、

どこまでも逃げようと考えてる。」

 

「………………。」

 

「そんで。世界旅行のレールを

見つけたら、

掌を返してすぐに乗り換える。

こんな無様で空虚な生き方を見て、

亡くなった家族は喜ぶのか?

それが『侍』だと、

胸を張ってあの世で言えんのか。」

 

「…………。」

 

「……甘えんのもいい加減にしろよ。

脆弱で怯懦な生命は淘汰される。

これが、宇宙のヒエラルキーだ。

それすら自覚できない貴様は、

産まれたての子鹿か何かなのか?

――世界は、

貴様のママなんかじゃねェぞ。」

 

(うるさい……うるさい。

子供のくせに、一々全部を

知ったつもりで訊いてる。)

 

「うるせぇええええっ!!

お前みたいなガキに、

何がっ……風真の何が分かるんだよォッ!」

 

「――知らん。」

「……っ!」

 

ガシャアンっ!

 

今度は、拳で壁へと殴り飛ばした。

 

顔面にクリーンヒットしたのに、

ラプラスは特に怒る様子もなく。

パタパタとコートを叩いて立ち上がる。

 

「じゃあ、貴様が仮に世界を観たとしよう。

それをしたとして、

"貴様と同じ様な境遇の子"は減るのか?

悲惨な運命を辿る子は、減るのか?」

 

「…………。」

 

「――減るのかって訊いてんだよ!

答えろよッ! なぁッ!?」

 

「……減らないでござる。」

「あぁそうだッ! 減らねぇよなぁッ!

じゃあどうすりゃ良い?

折衷案を片っ端から

焼却炉に投げ捨てるような世界を、

根本から変えるしかねェだろ!!」

 

世界を、根本から変える?

 

「何を……」

 

「吾輩はな。"世界の都合"で

爪弾きにされる存在たちを、

余す事なく救たい!

その為であれば、世界や世間に

『絶対悪』だと言われたって構わん!

世界のルールは、

"吾輩が決める"ッ……!!

虚偽の膾炙に浸る悪人共を、

上座から引き摺り落としてやる!!」

 

「そんなの、

世界を敵に回す行為でござるよ。」

 

「……分かってる! それでも、

同じ悲劇の連鎖を断ち切りたい。

この吐いて捨てるような現実を、

正していきたいんだ!!

だから……風真いろは!

貴様の刀が必要なんだッ……!!」

 

ラプラスは、土下座した。

『総帥』という肩書きを背負いながら、

その責任を最も知る当人が。

 

必死になって。本気で。心から。

 

風真に――懇願していた。

 

「その苦しみを知る

貴様だからこそ分かるはずだ……!

ダメなら貴様の心臓も返す!

シオリの所にも返してやる……!」

 

「………………。」

 

「でも聞いてくれ!

吾輩は必ず貴様に道を示す!

本当の『侍』へ導いてやる……!!

だからっ、どうか……

吾輩の下に就いてはくれないだろうか!!」

 

(どうしてこんなに、

必死になれるんだろう。

風真の振るう剣に、意味なんてないのに。)

 

何回トロフィーを取っても、

家族は大して風真を褒める事はなかった。

……祝福なんてしない。讃えもしない。

 

むしろ、扱いなんて酷い方だった。

 

生まれながらにして剣道の名家。

 

"結果を残して当然"の世界。

 

――いろは! 何だこの成績はッ!!

お前は"本家"なんだぞ!?

分家に劣る成績を出して何がしたい!?――

 

――体罰はやめて下さい師範代!

私の大事な娘なんですっ……!――

 

――黙れっ、コイツは

数千年かけて風真家が築いたキャリアに

傷をつけてしまうんだぞ!

そんな重罪を

黙って見過ごしてどうする!?――

 

――母上、いいでござるよ。――

 

――陁禍王山の山頂を日没までに

100往復しろ。出来ないなら、

3日間食事は抜きだ。――

 

記憶に残る、苦い鍛錬の日々。

 

トロフィーの飾られた

自室の棚を何度眺めても、

いくら竹刀を振るおうとも。

親代わりに弟を沢山褒めようとも……

 

風真の心は満たされなかった。

 

空っぽの自分を否定する為に、

見て見ぬふりをしていた。

鍛え続ければ見えてくるだろうと、

自分自身を騙し続けていた。

 

風真家の歴史、求めるハードル、重圧。

生まれながらにその磔刑に

張り付けられているという事実。

 

一つずつ増えてく杭に、

流血のように流れ落ちる"自尊心"。

足元から上へ上へと燃え移り、

広がってく劣等感、疎外感……。

 

期待に応えなければ、

心身に刺さる杭が増えるだけ。

薪を焚べられるだけ。

 

――本当は、

何の為に振るっているのかも

……見失っていた。

 

違う。

見ないようにしていたんだ。

 

目を瞑っていたんだ。

自分が擦り切れ、爛れ。

徐々に消えてくようで、"怖い"から。

 

『何の信念もない』。

 

……正に、その通りだった。

 

そんな風真に対し、ラプラスは言った。

同じ苦しみの連鎖を断ち切る為に、

その刀を振るえと。

 

正直、嬉しかった。

彼女は、何も見えなかった

風真に刀を振るう意味を見出してくれた。

 

侍としての道が、

ほんの少しだけ見えた気がした。

 

だから。

その希望に、手を伸ばす事にした。

 

「――顔を上げるでござるよ。

"ラプ殿"。」

「……いいのか?」

 

風真は、頷いた。

 

「ラプ殿の望んだ世界の果て。

風真も、見てみたいでござる。」

 

ラプ殿は瞼を裾で擦ると、

立ち上がって笑顔で答えた。

 

「あぁ! 吾輩の理想の世界、

見せてやんよ!!

風真いろは! 今日から貴様は……

――吾輩の『用心棒』だ!」

 

その時に彼女が向けてくれた

破顔一笑が、眩しかった。

曇天に閉ざしてた風真の心を

快晴に変えてしまうほどに。

 

矛先の分からない怒りも、

強く抱いていた敵対心も。

 

彼女が心に吹かせた優しい花吹雪が、

全てを凪いで。

心の外に連れ去ってくれた。

 

自分を縛る磔柱が、

崩れ落ちた気がした。

殺風景な荒野が、

瞬く間に花畑となった気がした。

 

……そう錯覚してしまうほど

純粋無垢で、希望に満ちた明るい笑顔。

それが一瞬にして

瞳の奥さえ通り過ぎ、脳裏に焼き付いた。

 

この景色を……

心の底から、護り続けたいと思った。

 

手を繋げて彼女と色んな所を歩けたら、

どんなに幸せなんだろう。

 

世界の暗がりに

怯えて苦しんでる子たちを

一緒に救っていけたら、

どんなに嬉しいんだろう。

 

天国でその様子を

見た大伍郎お爺ちゃんは、

笑ってくれるでござろうか。 

 

いつか、胸を張ってお爺ちゃんに

話してみたいでござる。

 

これから始まる、

風真家の武勇萬葉集には遺らない。

――"風真いろは"と彼女たちの武勇伝を。

 

(あぁ……そうでござる。風真は。)

 

風真はあの日から、ずっと。

 

 

 

 

「――風真の剣の在り方。

なんとなくだけど……

ほんの少しだけ、思い出せた。

見えてきたでござるよ。」

 

「左様ですか。

わたしは静聴しただけですが、

力になれたようで良かったです。

それにしても……」

「?」

 

「風真さんは、部隊長さんの

事が大好きなんですね。

彼女の話をしてる時、

すごく幸せそうでしたよ。」

 

「なっ……なぁっ、ななな!

風真がぁ!? 

そっ、それは無いでござるよ!」

 

「でも、重たく語ってた声音が

一段二段くらい上がってましたよ。」

 

あり得ないあり得ないあり得ないっ!

小学生って文字をそのまま

擬人化したような子供に……!

 

(ラプ殿を、風真が……!?)

 

「無い無い無いでござるぅーー!

部屋で四六時中

菓子と炭酸飲料貪って

コメディ番組ずっと見てるような

ガキでござるよぉ!?」 

 

「お弟子さん。

必死に取り繕っても無駄ですよ。

それだけ顔と耳を真っ赤にしては、

わたしでなくとも

分かってしまいますから。」

 

「違うってばぁぁああ!!」

 

そうそう、これは何かの間違い。 

 

顔が熱いのも、耳が熱いのも。

心臓の鼓動が

急激に速くなったりするのも。

 

たまたま今日が熱帯夜なだけで、

風真がラプ殿をそういう目で

見てるとかでは決して…………

 

「――お弟子さん。

気を確かにしてください。

目が渦巻き状になってますよ。」

 

「ござーるござーるストップっ!!」

 

「…………は?」

「精神統一の一環でござる。」

「であれば、いいでしょう。」

 

「緑茶、飲んで良いでござるか?」

「構いません。」

 

ゴクゴクっ……。

 

「ふぅ、一息つくには

お茶が一番でござるな。」

 

「落ち着いたようですね。

では、心の一振りを刻んで

今日の反省会は締めとしましょう。」 

 

「心の……一振り?」

 

お師殿は、ナービィ広場に

聳え立つ一際大きい樹木に指を差した。

 

「そうです。あの樹木に、

心の一振りを刻むのです。

しかし、真っ二つにしてはダメです。

布地に刺繍を入れるような丁寧さで、

樹皮だけに心の声を刻んでください。」

 

「それ、司令官殿に

怒られないでござるか?」

 

「全ての責任は、師匠である

このわたしが負います。

心置きなく刻んでください。」

 

お師殿がそこまで言うなら、

やるしかないでござるな。

 

「参るでござる……!」

「どうぞ。」

 

――キィンっ!

 

風真は大きな樹木に、

刀を素早く振るった。

 

その切り跡を見た彼女は、

普段の冷静な師匠像を捨て去るほど、

いつになく驚きの反応を示していた。

 

「これは……」

 

 





どうも、たかしクランベリーです。

ホロサマ感謝祭、最高でした。

ラプ様、フローズンいろは、
グラサンみこちの芸人力が高すぎる。

と、思いつつ。
……お待たせしました。
やっとヘブバンの方に戻れます。

ええ。いろは過去編と言っておきながら
ワンピネタ、呪術ネタ、
セカワーネタとか散々盛るペコしました。
悔いはないです。

さて。今後はいつも通り、
ヘブバンキャラとholoX&みこちの
交流をまったりコツコツと
更新してく予定です。
よろしくお願いします。


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20話・刻まれた心

 

━━▶︎ DAY2 19:30

 

ナービィ広場。

 

 

「参るでござる……!」

「どうぞ。」

 

――キィンっ!

 

風真は大きな樹木に、

刀を素早く振るった。

 

その切り跡を見た彼女は、

普段の冷静な師匠像を捨て去るほど、

いつになく驚きの反応を示していた。

 

「これは……」

 

樹木に飾られた一筋の帯は

薄萌葱色に淡く発光し、

暗夜に沈む広場を仄かに照らす。

 

その近辺には様々な昆虫が群がり、

樹液の晩餐会を始めていた。

 

(そういえば、お師殿に

この力を見せるのは初でござるな。)

 

「――魔力『刀痕』。

刀痕と刀痕を繋ぐ、

風真だけの能力でござる。」

 

「綺麗ですね。こんな綺麗な刀痕は、

見た事がありません。」

「……?」

 

自分の中で納得したのか、

うんうんと頷いたお師殿は

風真の方に顔を再び向けた。

 

「お弟子さん。もう一度

木の方を見てください。

あなたの生み出した"繋がり"は、

種族という垣根を越えて

様々な昆虫が食事を楽しんでいます。」

 

さっき見たのに、

もう一回見る必要はあるので

ござろうか。

 

お師殿が何を考えてるのか、

分からないでござる。

 

「なんの話でござるか?」

 

「お弟子さんの振るう剣、

その在り方、本質。

全ての答えが、表されています。

吐いて捨てるような現実を

叩き斬り、不幸の連鎖を断ち切る――。

あなたの剣が為す役割は、

"それだけじゃない"という事です。」

 

「何を……言ってるのでござるか?」

 

「今答えを教えては意味がありません。

……それに。過去を見つめ直し、

心を刻んだ今のあなたなら、

もうすぐ見つけ出せるでしょう。」

 

見つけ出せる……?

風真が?

 

「………………。」

 

「今日わたしから話せる事は

もうありません。

また次回。たっぷり講義しますので、

覚悟の準備をしておいてください。

……いいですね。」

 

言い切ったと言わんばかりの

澄ました師匠面をし、

お師殿は

ナービィ広場から立ち去っていった。

 

トコトコ……ゴツンッ!!

 

「ふふっ、決まっ……はぐうっ!?」

 

あ、道の真ん中で盛大に転んでる……。

 

暗い夜道は、危険がいっぱいでござるな。

 

「大丈夫か!? 小笠原っ!」

 

お? 白河殿がおんぶして

お持ち帰りしたでござる。

 

というか、

お師殿のこんな情け無い姿を

見てていいのでござろうか。

 

翌日見てなかった事にすれば、

お師殿の面目も保たれるはずだ。

見て見ぬふりが……吉って奴でござる。

 

(さて、風真もそろそろ

お風呂に行くでござる……。)

 

「夜遅くにすみません。

少し、お時間頂けないでしょうか?」

「――ッ!?」

 

突如現れた気配に振り返ると、

眼帯をした少女が立っていた。

 

「驚かせたようなら、ごめんなさい。」

 

「……き、気にしないで

いいでござるよ!?

かっ、風真も

注意散漫だったでござるし!!」 

 

「そうですか。では、

心置きなくお話出来そうですね。」

「あなたは……」

 

「状況が状況でしたし、

あたしを覚えてないのも

無理ないですね。

ほら、あなた達が最初に

31A部隊と接触した時……

後方に居たセラフ隊員の1人です。」

 

言われてみれば、

居たような、居なかったような……

 

「……よく思い出せなくて、

ごめんでござる。」

 

「構いません。

今から自己紹介すれば

いいだけの話なので。」

「…………。」

 

セラフ部隊は

みんな優しいでござるな。

普通は絶対怒るのに。

 

「あたしは第31B部隊に

所属しているセラフ隊員の……

"柊木・梢"っていいます。

改めて、よろしくお願いしますね。」

 

「31Hの風真いろはでござる。

何か困り事があるなら、

聞いてもいいでござるよ。」

 

「いえ、困り事とは

またベクトルが違います。」

「……?」 

 

彼女は真剣な面持ちで、風真を見る。

 

「風真さん、

貴女は『運命』を信じますか。」

「運命……有料占いの勧誘でござるか?」

 

「違います。

凡ゆる事象や巡り合わせは、

既に定められていた事柄。

……という概念です。」

 

「それが、風真と

何か関係があるのでござるか?」

 

「例えばですが、

頭の中からすっぽり消えていた筈の

『負の記憶』が何度も

フラッシュバックしたりとか……

しませんでしたか。」

 

変だ。

今日、柊木殿と会話したばかりなのに

――それを知ってるなんて"可笑しい"。

 

「その冷や汗……

やはり、図星のようですね。」

「何故、知っているのでござるか……。」

 

「あたし、生まれつきで

一般人とは異なった体質を持ってるんです。

見えないものが鮮明に見えたり、

見えない存在を

目視するだけで祓えたり出来るんです。」

 

きっと、風真が怖がらないよう

暈して伝えてるのでござろう。

 

「それって、『幽霊』の事でござるか?」

 

「やっぱ……分かっちゃいますよね。

貴女の部隊長さんが、心霊系統の話は

苦手だから極力暈してくれって

言ってたんですが……

察せられたらどうしようもありませんね。」

 

「確かに、風真はお化けとか

そういうの……怖くて苦手でござる。

でも、柊木殿は意味もなく怖がらせに

くるような人じゃない。

目を見たら、分かるでござるよ。」

 

「聡明ですね。

部隊長さんが貴女を用心棒として

あれほど信頼してるのも頷けます。」

 

ラプ殿……また聞いてもない自慢話を

ベラベラ撒き散らしてるのでござるか。

 

(風真の前では、

そんな事言わないくせに……)

 

「風真さん、イラついてますか?」

「いいい、イラついてないで

ござるよ!?

で、本題は何でござるか!?」

 

夜風がスーッと吹き渡り、

辺りの空気が冷え始めた。

 

「そうですね。

では、話すとしましょう。

貴女の記憶を惑わす者の正体。

そして、その『因果関係』を。」

 

「……因果関係?」

 

「えぇ。良くも悪くも、

あなた達宇宙人は

本来あるべき運命を"捻じ曲げた"。

あなた達はその恐ろしさと

代償をまるで分かっていない。」

 

代償……恐ろしさ。

話が、益々見えない。

 

「始点Aと終点Bを繋ぐ、

一本道のレール……通過点Cを

移動する列車を想像してみてください。

当然それは、何も無ければ

終点Bで停車して終わりですよね。」

 

「左様でござる。」

 

「これが、運命という

レールの正しい進路です。

しかしあなた達はあろう事か、

その線路に"分岐を与えて"しまった。

――通過点Dの誕生です。」

 

「通過点Dの、

何がいけないんでござるか?」

 

「通過点Dが加わる事は、

運命の進路上さほど

大きな問題ではありません。

運命の列車が一つの終点に向かって 

移動するという事実は変わりませんから。」

 

「…………。」

 

「問題となるのは、

その進路が一時的に切り替わった事で

生じる"イレギュラー"です。」

 

イレギュラー?

更に不安になるワードが

出てきたでござるな。

 

「ある乗客は、定められた 

終着駅に向かう筈だったんです。

ですが、乗車中……道半ばに

生じた異変によって

別の乗客と入れ替わってしまった。」

 

「乗客……? 

何の話でござるか。」

 

柊木殿は、ゆっくりと右手を上げ。

風真を指差した。

 

「入れ替わった乗客の正体……

それがあなた。

――風真・いろはさんです。」

 

「何を、言って……」

 

「まだ分かりませんか。

あたしには幽霊が視えるんです。

しかし、霊視が捉えるのは何も

幽霊だけじゃありません。

祓うのすら不可能な上位存在……

『死神』をも、見えてしまうのです。」

 

「死神が、風真に憑いてる。

……という事で間違いないでござるか。

だとしたら、『前の乗客』は

誰なんでござるか。」

 

「――"蒼井・えりか"、

あたし達31B部隊の部隊長さんです。

死神は、標的の魂魄を刈り取るまで……

離れる事は決してありません。

"彼女の生涯という記憶"も、

魂魄の立派な一部です。」

 

――『ノベライズ』――

 

――生物や機械ってのはな、

植え付けられた『記憶』がなきゃ

思い通りに動けないんだ。

貴様はそれを分かってんのか。――

 

ラプ殿とシオリ殿の何気ない会話。

……そうでござったか。

 

あの2人の死生観は、

離れているようで近いモノだったんだ。

改めて死の宣告をされると、

色々と考えが広がっていく。

 

それでも、怖がってる暇なんかない。

 

どんな未来になろうとも、

ラプ殿やみんなの為に

この命を燃やすと決めていた。

 

命を延長されたあの日から、

心に誓ったんだ。

 

ラプ殿だって、

どんな苦境を前にしても諦めなかった。

風真の目の前で、幾度も乗り越えてみせた。

 

きっとラプ殿なら、こう言うでござる。

 

「……この椅子取りゲーム。

風真の勝ちでござるな。

死の終着駅だろうと何だろうと……」

 

ブウンッ!

 

鞘に納まったままのチャキ丸を、

柊木殿に向ける。

これは、風真なりの宣言だ。

 

『死神』という運命が存在するのなら、

風真の手で『幻想』に塗り替える。

 

それすら出来ないようじゃ、

"宇宙最強のラプ殿"の

背中なんて護れないから。

 

「――そんなのは、

holoXの用心棒にして期待の侍っ……!

この、風真・いろはが

一刀両断してやるでござる!!」

 

「あなた、死期を迎えてるというのに

よくそんな呑気な事言えますね。」

 

「勝利の女神っていうのは、

不屈のチャレンジャーに

微笑むモノでござるよ。」

 

 




●後書きpart4

どうも、たかしクランベリーです。

新衣装風真や債務者みこちの登場で
先週は色々とたっぷり楽しめました。

さて。

そろそろ3章目指して
Scrap wing(オリキャンサー)と
向き合っていこうと思います。
よろしくお願いします。


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21話・おい! あんまワクワクさせんなよ

 

━━▶︎ DAY3 8:30

 

――カフェテリア。

 

(死神……でござるか。

カリオペ殿と相談してなんとか

出来ないでござろうか……。)

 

「おい、いろは!」

 

「……!!」

 

ラプ殿……。

 

「ヤケにボーっとしてんじゃねェか。

鉄分でも足りてないのか?

野菜食えよ。」 

 

「ラプ殿よりは

野菜食ってるでござるよ!?」

 

「確かに武術祭で緊張する

気持ちも分かるが、

食事はしっかり摂らないと駄目だぞ。

ほら見ろ、博士だって

人一倍頭脳を行使するから

食事の栄養がたっぷりだ。」

 

ぶちゅるるるるるるぅうっ!!

 

(なんかマヨネーズの山が

出来上がってるでござるぅうううッ……!)

 

「いや待てぇええっ!?

栄養たっぷりって言うか

油分の塊でござるよッ!

極めてなにか料理に対する

侮辱を感じるでござるぅううう!」

 

「失礼だな……純愛だよ。」

 

「調味料に何を見出してんだよ!?

ラプ殿も甘やかしてないで

こより殿に

注意してくれでござるぅう!!」

 

「おいこよぉ!!」

「はいぃ!」

 

「あんまワクワクさせんなよ。」

「みこ姉さんをワクワクさせるつもりは

一切ありませんけどぉ!?」

 

「おいこよぉ!!」

「はいぃ!」

 

「……沢山食べて、みこを越える

ぷにちになるといいにぇ。」

「はい! みこ姉さんのお言葉、

有り難く頂きます!!」

 

……あ、ダメだ。

 

一番こより殿にブレーキかけられそうな

みこ先輩が、アクセルを全開で

踏ませに行ってるでござる。

 

って、あれ。

ラプ殿がハンバーグを

4等分にカットしてる?

 

こんな食べ方普段しないのに、

珍しいでござるな。

 

……コトッ。

 

(え……風真の皿に、ハンバーグの

4分の1を分け与えた?)

 

「こういう諺がある。

釘が不足で蹄鉄打てず、蹄鉄不足で

馬が走れず、馬が走れず伝令届かず、

伝令届かず戦に負けた……とな。」

 

沙花叉が、笑いを堪えるように

プルプルと震えている。

 

ラプ殿と沙花叉は

お互いに映画好きなので、

風真の知らない所で

通じる映画ネタがあるのでござろう。 

 

「ルイ姉、ラプ殿は

何を言ってるのでござるか?」

 

「そうですね。

食べれる時に沢山食べて、

英気を養えという事です。

では、私からも沢庵を2切れ

お渡ししますね。」

 

またなんか増えた。

 

「あー、ルイ姉だけずるーい!

沙花叉もやるぅー!

ほいっ、焼きたらこ1個ぉ♪」

 

「じゃあこよからも、

マヨネーズ丸々一本あーげるっ!」

 

マヨネーズだけリリースする事は

出来ないのでござろうか。

 

「同期だけにいい顔はさせないにぇ。

チータラ5本、コレで完璧だにぇ。」

 

なんて事だ。

 

さっぱりタイプの朝限定和食御膳が、

塩分過多のカオス定食と化して

しまったでござる。

 

マヨは今晩こっそり

こより殿のバックにリリースしよう。

 

「いろははいろはのやり方で

勝てばいい。たった1インチの差でも

1マイルの差でも、勝ちは勝ちだ。

どのレーサーでもそう言うさ。」

 

「……………。」

 

多分ラプ殿が言った今の発言も

どこかの映画の名言なんだろうけど、

元ネタ知らないせいで

イマイチ反応を返しづらい。

 

ただ分かるのは。

 

風真はきっと今、眉を八の字にして

お口が三角の形を

作っているだろうコトだ。

 

「吾輩程ではないが、

いろはも良いセンスをしている。

……心配など不要だ。

お前の師匠とやらに、

出藍の誉れを魅せてやれ。」

 

「そうそうっ♪

いろはちゃんを間近で見てきた

沙花叉たちが言うんだから

間違いないってぇ〜!」

 

(もしかして……風真を

励ましてくれてるのでござるか?)

 

もう少し他にもやり方が

あったような気がするが……

 

(悪い気は、しないでござるな。)

 

 

 

 

アリーナ競技場。

 

「――さぁ、 

2日目の今日は個人行動だ!」

 

司会の説明曰く。

どうやら、

個人行動の競技になるらしい。

 

昨日と基本的な

ルールは変わらないそうで、

共闘やお互いに討伐の妨害を

する事も可能だそうだ。

 

その行動に応じて

ポイントは加算にも減算にもなる。

 

個人個人がしっかり見られる分、

初日よりも慎重な立ち回りが

要求されそうだ。

 

各々の選手も、

その競技に思う所は色々あるようで。

次々と考えを口にしていった。

 

「とにかく倒しまくれば良いようだにゃ。」

「誰かと手を組んだ方が

有利という事でしょうか?」

 

「トドメを刺した方にしか

加点されないから、その折り合いを

どうつけるかが肝要だな。」

 

「なるほど、策の練り甲斐があるな。」

「あんた、出し抜く気満々だな。」

 

武術祭はまだ2日目。

ここから挽回すれば、

優勝を狙える可能性は充分にある。

 

(何か大きな一手を……)

 

そうこう考えてる内に、

仮想空間が構築されていった。

 

……そして。

拡声器に口を当てた司会が、告げる。

 

『セラフ剣闘武術祭2日目……

スタートっ!!』

 

開幕の宣言を耳にした

選手らは、キャンサーの気配を

感じる方へ各々散らばっていった。

 

しかし、1人の寡黙な少女は

ポツリと佇んだまま

風真の顔を覗き込む。 

 

何か話したい事があるのだと思い、

近づいて聞いてみる。

 

「夏目殿、どうしたんでござるか?」

「……風真、お前も昨晩。

小笠原から説教を受けたのだろう。」 

 

「反省会のことでござるか。

確かにあれは、急でござったなぁ。」

 

「……お前が剣を振るう理由は何だ?」

 

(風真が、剣を振るう理由。)

 

ほんの僅かな部分だけど。

 

過去を振り返り、思い出せた。

今の風真なら、

その信念を確信として口にできる。

 

「不幸の連鎖を断ち切り、

ラプ殿の望む世界を切り拓く剣でござる。

でもお師殿は、"それだけじゃない"と

言ってたでござる。」

 

……そう、この部分だけが。

どうしても心に引っ掛かる。

 

「見上げた忠誠心だな。

それとも――"純粋な好意"か。

どちらにせよ、参考にさせて貰おう。

……感謝する。」

 

ギィギィ!!

 

「うわわっ!? キャンサーに

囲まれたでござるよ!?」

「……私語が過ぎたな。

悪いが風真、お前の

太刀筋を拝見させてくれないか。」

 

「良いでござるよ。

その代わり、後で夏目殿の太刀筋も

見せてくれでござる!!」

「…………了解した。」

 

意識をセラフ(チャキ丸2号)に集中し、

一月の構えを取る。

 

(数は3。依然、問題なし。)

 

「――風真流、

居合術抜刀『喬松・千羽鶴』」

 

刀剣から姿を顕すのは、

斬撃によって発生した旋風が描く

鶸色の折り紙鶴。

 

その数は数千にも及び、

一羽一羽が凝縮された

ミキサーの稼働する刃。

 

それらが獲物を覆うように纏わりつけば、

対象は忽ち切り屑と化す。

 

――バリィんっ!!

 

「これが、風真流の剣技。

……成る程、

良いものを見せてもらった。」

 

満足したのか。静かに頷いて

彼女はその場から去っていった。

 

夏目殿は共闘目的ではなく、

弟子同士のコミュニケーションが

欲しかっただけらしい。

 

何か参考になることをした

覚えもないでござるが、

深追いしても

減点の所作になりそうなので、

己の今やるべき事に集中しよう。

 

(ん? 何か悲鳴が

聞こえてくるでござるな……。)

 

「ぎぃぃいいぇえええええっっつ!

誰かっ、誰かぁあああああ!」

 

必死に走って来たのは、

昨日自販機にやたらテンションを

上げてた子……國見殿だった。

 

彼女の後ろには、

六つ脚を軽快に跳ねて追っている

5体のキャンサーが居た。

 

「國見殿ぉ!?

何でこんな大勢のキャンサーに

追われてるのぉお!?」

 

「風真さぁぁあああんっ!

今だけは不詳私めの用心棒に

なってくださぁぁああああいっ!!」

 

これは、大加点が

期待できそうでござるな。

 

「國見殿! そこの薄萌葱色の

溝に飛び込むでござるよ!!」

「はいぃっ!」

 

予め敷いておいた『刀痕』に

彼女は飛び込み。

 

風真の背後3m付近に設置した

刀痕へと潜り抜ける。

 

「おわぁあっ!?

何か分かりませんが風真さんの

背後に瞬間移動してますぅ!!」

 

後ろで騒ぎ立てる國見殿を

無視して、キャンサーらは

風真を取り囲んだ。

 

何を優先基準にして追跡と強襲を

群れで行っているか定かではないで

ござるが、これはこれで好機だ。

 

相手方も此方の攻撃を警戒してか、

威嚇行動に執着してる。

この隙は長くは続かないでござろう。

 

六月の構えをしたのち。

 

風真はキャンサーの群れに背を向け、

國見殿の方に歩み寄った。

 

「待て待て待てぇえ!?」

「ん、どうしたでござるが?」

 

「いやいやいや!

どうしたじゃないですよ!?

後ろ後ろぉ! キャンサー

飛び掛かってますってぇ!!」

 

ギィギィ!!

 

「あー、そうでござるなぁ。」

 

「何を呑気にしてるんですか!?

このままじゃ死ぬ! めちゃんこ死ぬ!

ズタズタに引き裂かれて

一緒にお陀仏ですぅ!!」

 

「その心配は無用でござるよ。」

「……え?」

 

「――風真流居合術、

納刀『花唄讃蝶・牡丹』。」

 

半分だけ刀身が露わになった

チャキ丸2号(セラフ)を鞘に納め、

鍔と接触させる。

 

チャキという音と共に、

彼らの身体は斬り刻まれて砕け散った。

 

バリィイン!

 

「え、今……何が起きたんですか?」

「風真が斬っただけでござるよ。」

「斬ってない! 納刀しただけですぅ!

ディスイズ納刀っ!!」

 

國見殿は、納得がいかないようだ。

 

「これが風真の剣技でござる。」

「……なるへそなるへそ。

剣の世界は奥が深いですね。」

 

案外飲み込み早い子でござるな。

 

ショート動画で散々ネタにされ……

ごっこ遊びだと思われがちな

この剣技をあっさり信じてくれるだけでも、

充分有り難い。

 

――『花唄讃蝶・牡丹』。

 

それは数ある速度重視の剣技に

肩を並べる"超高速の剣術"。

 

"使用後、600秒間再使用不可。"

"刀を完全に納刀するまで

一切の攻撃判定が発生しない。"

 

この2つの『縛り』を

設ける事によって、

秒間――60分割(fps)分の

剣捌きが可能となる。

 

当然、その速さを肉眼で捉えられる

生物は殆どおらず……

側から見れば

"何もしてないよう"に見える。

 

(コレを完全に見切れたのは

風間家師範代、ぼたん先輩、ラプ殿、

ルイ姉、クロヱ殿だけでござる……。)

 

「あのー、風真さん?」

「今度は何でござるか。」

 

「う……後ろ。」

 

突如青褪め、ビクビクと震え出す

彼女の顔と視線の先。

 

それに合わせるよう体の向きを変えると、

嘴を持ったやや大きめの

馬型キャンサーが2匹。

 

グルルル……と、唸っていた。

 

 





どうも、たかしクランベリーです。

ヘブバン公式生放送、最高でした。

時計塔「よぉ……久しぶり。」
自分「…………マジか。」

って感じでした。

柳んイベは完走してしまいましたが。
新時計塔の復活を気長に待ちながら、
コツコツとヘブバンを
遊んでいこうと思います。
よろしくお願いします。


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22話・キンキンに冷やしてにゃあっ!

 

 

「あのー、風真さん?」

「今度は何でござるか。」

 

「う……後ろ。」

 

突如青褪め、ビクビクと震え出す

彼女の顔と視線の先。

 

それに合わせるよう体の向きを変えると、

嘴を持ったやや大きめの

馬型キャンサーが2匹。

 

グルルル……と、唸っていた。

 

「何でぇぇえええっ!?」

「私が知りたいですよぉぉ!!」

 

グルルァアゥ!!

 

飛び掛かるキャンサー。

そして……

 

「涼をとりたいにゃ……

キンキンに冷やしてにゃあッ!!」

 

バリィイン!!

 

突然キャンサーが凍り付けになったと

思いきや、追撃の斬撃が加わり、

それを粉々に砕け散らせた。

 

(氷魔法の使い手……?)

 

まぁまぁ大きい2匹を瞬時に

凍結させる氷魔法の出力。

氷塊をいとも容易く切り刻む剣捌き。

 

セラフ部隊は、風真の

想像以上に強者の集まりでござるな。

 

「お、國見と風真。

ここで何してるのにゃ?」

 

「水瀬殿!?」

 

「風真、お前はすももと

共に戦い抜いた戦友にゃ。

気軽にすももと

呼んでくれて構わないにゃ。」

 

戦い抜いたというか、

試合中ゲームセンターで

一緒に遊んでただけな気がする……。

 

なんだかんだ不器用な振る舞いが

目立つ子だけれど、

実は良い子なのかもしれないでござる。

 

「……そうでござるな。

すもも殿、改めてよろしくでござる。」

 

「すももの方こそにゃ。」

 

彼女も満足気な笑みを浮かべて応えた。

 

気を張った状態が続いてたので、

試合中のこういう何気ない会話が

癒しにも思えた。

 

(連戦続きだし、少しくらい

休憩を摂っても良さそうでござるな。)

 

と、一息つけそうな所で。

 

「あのー、風真さんとすももさん?」

「「……??」」

 

「何でござるか?」

「上のタイマー、すごい事になってますよ。」

 

言われた通り、頭上を見上げると

空中に文字通り試合の残り時間を示す

タイマーが浮かんでいた。

 

《Time Limitー1:22》

 

「……え、ホントにどうしよ。

風真たち、終わりでござるか?」

「風真、心配ご無用にゃ。

すももの勘はよく当たるのにゃ。」

 

「何かはよく分かりませんが……

すももさん! よろしくお願いします!」

「風真からも頼むでござる!」

 

「まったく、世話の焼ける奴らにゃ。

ちょっと時間をくれにゃ。」

 

得意気に笑ったすもも殿は、

静かに目を瞑り……7秒使った。

 

「どうですか。すももさん……!」

 

「6時の方向。こっから約3km離れた

地点に中型個体キャンサーの

気配アリにゃ。恐らくは討伐目標……

今から全速力で奇襲をしに行ったとしても、

残された時間を加味すると

明らかに間に合わないにゃ。」

 

「それは、トランスポートの移動を

想定した上でですか?」

「そうにゃ。下手にデフレクタを

消耗して倒せるような

相手じゃないのにゃ。」

 

「くっ……私たちはここまでという

事なのでしょうか……!!」

 

悔しそうに歯噛みする國見殿と、

試合の行く末を

あまり気にしてなさそうなすもも殿。

 

しかし、与えられた情報と状況は……

風真にとっては大きな好機でもあった。

 

(勝機は、充分にあるでござる。)

 

「すもも殿、ナイスでござるよ。」

「まさかお前……やる気かにゃ。

もう1分も切ってるにゃよ。」

 

「え!? こんな時にも

入れる保険があるのですか!?」

 

國見殿は何を言ってるのでござろう。

まぁ、取り敢えずはこの数十秒。

 

そこに風真の全身全霊を叩き込む……!!

 

瞼を閉じ、腰を低く落とす。

不如帰を呼ぶ藤の如し、四月の構え。

 

続けてスーッと息を吸い、力を貯める。

 

「――風真流・居合術抜刀『藤波』ッ!」

 

 

キィインッ!!

 

津波のように

高く長い翡翠色の一閃が、

刀から解き放たれる。

 

遠方から微かに聞こえるバリィンという音。

頭上の電子液晶に示された時間は、

0:03を表示したまま停止していた。

 

チャキ丸2号(セラフ)で放つのは

初めてであるが、

思いの外充分な火力が出た。

 

これは、完全勝利と言っても

間違いないでござろう。

 

『――剣闘武術祭2日目、決着!』

 

試合終了のゴングがアリーナ会場に

響き渡り、構築された仮想空間が

虫食い式で消えていった。

 

会場の天井に設置された巨大モニターには、

デカデカと選手たちの戦果が

ランキングとして表示されていた。

 

 

【剣闘武術祭・弐の陣〜ランキング〜】

 

1st 20point 李・映夏

 

2nd 18point 風真・いろは

 

3nd 16point 大島・二以奈

 

4th. 15point 神崎・アーデルハイド

 

5th. 13point 夏目・祈

 

 

やはり、初日で手痛い減点を

くらったAチームの面々が

上位に食い込むのは難しいようだ。

 

「フッ……妾が頂点か。

これぞ孔明の策の力。当然の結果よ。」

 

『地の利の利用、各選手らの

特徴や移動経路を完全に

先読みしたかのような立ち回り。

キャンサーの追い詰め方。

ある種、気色悪さを覚える程の狡猾さ。

私はその突き抜けた信念に心打たれた!

三国志の知略戦を彷彿させる

見事な戦いっぷりだったぞ。』

 

くっ……剣技だけじゃどうにも

ならない壁でござるな。

 

基本的に策を講じるのは

ルイ姉とこより殿に任せっきり。

そんな悪い癖が、

ここに来て裏目となったか……。

 

「まだまだ精進すべし……

という事でござるな。」

 

 

 

 

━━▶︎ DAY3 17:30

 

 

電子軍人手帳のメールアプリに

メールが送られていたので、

読んでみる。

 

《《 小笠原

 

今日は夏目さんだけに、

反省会しようと思ってる。

お弟子さんの風真さんには、悪いけど。

抜け駆けで。

 

次の講義、1万GPあげるから。

 

剣を交えて。そこで気持ち伝える。

夏目さんはセラフ部隊の誰かと

剣を交えた事ないから

びっくりするかもだけど。

もう気持ちを伝えるのを我慢できないから。

 

「ふぬぬぬっ……!!」

 

一瞬端末をぶん投げそうになったが……

気持ちを押し殺し、

弟子として返事を返す。

 

《《 自分

 

りょーかいでござるー

 

パタン。

 

多分まともな返事ではないだろうけど、

こう返せば大体大丈夫でござる。

 

「よぉいろは。 

一瞬スゲー顔になってたが、大丈夫か?」

「あ、ラプ殿。」

 

「んだよ。

吾輩が声かけてきちゃ悪いか。」

 

別に悪いとかは無い。

むしろ、空いた時間の使い方を

考えようとしてた所だし……

 

ラプ殿はそういう時間の使い方が

上手そうだ。

 

「ねぇラプ殿。」

「何だ?」

 

「暇つぶしにお勧めな

過ごし方とかって……

あったりするでござるか?」

 

「あー、あるにはあるが。

ただ時間を潰すってのも勿体無いだろ。」

 

「何か生産的な事をしろって

事でござるか。」

 

「いろは、

お前は何もかもを固く考え過ぎだ。

柔軟な視野を持たねば、

そばにある筈の近道を見落とす事になる。

それって純粋に……損じゃねェか。」

 

ラプ殿は、朗らかな笑みで返した。

 

(風真が……固く考え過ぎてる?)

 

「そうかもしれないでござるな。」

 

パンっ!

 

勢いよく拍手し、

蟹のようなポーズを取るラプ殿。

 

カバディでも

おっ始めるつもりなのだろうか。

 

「おっしゃ行くぞぉ!

ブティックショッピングぅ!!」

 

「ブティックぅうっ!?

なんでぇーー!?」

 

何がどうしてその発想に

至るのでござるか!

 

この総帥、相変わらずフリーダム過ぎで

ござるぅう!

 

「気にするな!

GPならそれなりに稼いだ!

吾輩の奢りだ。気にせずイメチェンしろ!」

 

「違う違う違ーーう!

別に風真イメチェン望んでないで

ござるよぉぉおー!!」

「違わん! 総帥命令だ!

逆らったら切腹だぞ!!」

 

「ふざけんなチビぃいい!

パワハラで訴えんぞぉおお!!」

 

「幹部に弁護して貰うから

余裕でーす! ざまぁー侍ーー!」

 

「「……ぷっ。

あははははははっ!!」」

 

ああ、やっぱこうやって

ラプ殿と馬鹿騒ぎするの……楽しい。

 

まるで小さい時から友達で

あったかのような、この感覚。

 

(もっと早く、出逢いたかったで

ござる……。)

 

ダダダダっ!

 

ん、誰かが駆け足で近づいてきてる?

 

「おーーい、ラプちゃーん!

いろはちゃーーん!」

 

「「――沙花叉ぁ!?」」

 

安堵して足を止めたクロヱ殿が、

顔を上げた。

 

「良かったぁ……まだ遠くには

行ってなかったんだね。」

 

「沙花叉、そんなに焦ってどうした?

緊急事態か。」

 

「それがさぁ、凄いんだよ!

31Aのみんながカフェテリアで

ライブやるんだって!!」

 

「ライブ……だと?」

「そうだよライブだよ!

行くしかないっしょ!!」

 

目を輝かすクロヱ殿に気圧され、

ラプ殿も折れた。

……というより、興味が逸れた。

 

この場合、そういった方が正しい。

 

「すまんいろは!

ショッピングはまた今度な!!

おっしゃ行くぞライブぅぅうう!

案内しろ沙花叉ぁ!!」

 

「おっけおっけおけーん♪

そんじゃ、レッツゴーしますかねぇ!」

 

ショッピング行こうって

自分から誘っておいて。

……結局はこうなるのでござるか。

 

(ラプ殿の……馬鹿。)

 

「あれ、いろはちゃん。

不服そうな顔してどったの?

ライブ嫌い?」

 

「なななな、何でもないでござる!

噂のライブ、

風真も楽しみでござるよ!!」

 

「そんじゃあみんなでぇ〜〜」

 

「「「レッツゴー!!!」」」

 

 

………………。

 

 

……。

 

 

――セラフ基地、カフェテリア店内。

 

セラフ剣闘祭の広告ばかりが

掲示板で目立ってた所為か、

今夜ライブがあるという事を忘れていた。

 

クロヱ殿曰く、このライブも

大々的に広告宣伝されてたそうだ。

それ程までに盛り上がるイベントらしく、

店内の内装もライブ専用に

カスタマイズされている。

 

きちっと整備された観客席には、

ルイ姉や頭ピンク師弟が既に着席していた。

 

「ほら、座るぞいろは。」

「わっくわくわくーん♪」

「……うん。」

 

席の視線の先。

仕上がったステージの上には、

31A部隊の面々の姿があった。

 

「みんなー、来てくれてありがとうー!

剣闘武術祭

盛り上がってるみたいだけど、

あたしらも負けないくらい

盛り上がるぜ。」

 

茅森殿が、ニヤリと楽器を構える。

 

ん、待って。

なんか目が合ったでござる。

 

「あー風真っち来てたんだー!

聴いていってねー!!」

 

「月歌っち月歌っちー!

沙花叉も応援してっぞーー!」

「任せろってクロっち!!」

 

この2人、マジで仲良しでござるな。

 

「剣闘武術祭に触発されて

書いた新曲だ。聴いてくれ……

――『Muramasa Blade!』

 

 





どうも、たかしクランベリー
(助手君野うさぎ35Pかざま隊士)です。

気がついたら、総帥以外の
holoXメンバー全員が
新衣装を公開してたので。
こちらも推しを開示しなければ
無作法というもの……

という訳で、開示した所存で御座います。

ちなみに、一番好きなポケモンは
色違いボルケニオンです。
よろしくお願いします。


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23話・Scrap wing

 

━━▶︎ DAY4 7:30

 

第31H部隊、寮部屋。

 

『31H総員、直ちに

ブリーフィングルームへ出頭』

 

室内天井部に設備された

放送スピーカー越しに、

呼び出しをくらった。

 

「ラプたん……また何かしたの?」

 

若干呆れた視線を向けて

ラプ殿に問うみこ先輩。

 

「はぁっ!? 吾輩が好き好んで

トラブル起こす訳ねぇだろ!!

絶対みこ先輩だって!!」

 

「あんだお!?

みこがやらかしたって言うのかよ!」

 

「――2人共。冷静に。」

 

「「……!!」」

 

ルイ姉が圧をかけた瞬間、

バチバチになっていた2人の気迫が

スンと沈んだ。

 

幹部に気圧される総帥と先輩という

あってはいけないような絵面だが……

ルイ姉のこういうビシッとした

部分は何かと頼りになる。

 

「総帥、指示を。」

「呼ばれたなら行くしかねェだろ。

総員、吾輩に続け。」

 

キュッと黄色のネクタイを

両手で整えたラプ殿が、

率先して退室する。

 

後を追うようにみんなも退室し、

ブリーフィングルームへ向かった。

 

 

……………………。

 

 

…………。

 

 

――ブリーフィングルーム。

 

「失礼するぞ。」

 

真面目な顔付きになったラプ殿が

入室し、連なるように風真たちも

足を踏み入れる。

 

「……来たわね。

手早く作戦報告を行いたいから、

席の位置は気にせず、

適当に座りなさい。」

 

司令官の指示通り

適当な空席へ各々が着席した。

 

「あ、風真さん!」

「え?」

 

真隣に、國見殿が座っていた。

 

「昨日はありがとうございました!

今回の任務、 

共に頑張ったりましょう……!」

 

「え……あ、え? 

この任務って風真たちだけ

じゃないのでござるか?」

 

訳もわからず辺りを見渡すと、

案の定31Aの面々も散り散りに

着席していた。

 

「風真さん。混乱させて悪いわね。

Scrap wingの撃破は作戦立案当初、

第31H部隊に一任させる予定だったわ。

しかしこの数日の偵察を経て、

司令部は2部隊編成で行う必要が

あると判断したの。」

 

司令官が、申し訳なさそうに

補足説明した。

 

要するに、件のキャンサーは

発見当初よりも脅威であると

司令部に判断された……

という事でござろうか。

 

「31Aの皆さんも急な動員で

悪いのだけど、その必要性や

作戦概要についても

今からスライドを交えて話すわ。

七瀬。」

「はい。」

 

ポチッ。

 

巨大な液晶モニターが光り、

なんらかの画面を映す。

 

それに追随するように、

士官殿が口を開いた。

 

「この数日。31Aには、

旧国道246号沿いの泰野盆地にて。

RED Crimsonの支配下に置かれていたと

推測される残党キャンサーの掃討処理を

してもらいました。

つい先日、奪還拠点の安全性が

一定ラインへ達したので。

こちらの任務に動員する事を

司令部は決定しました。」

 

「……ああ。あの後処理は

まぁまぁ大変だったぜ。」

「まだ任務は終わってねーぞ月歌。」

 

ざわざわする2人組を一瞥し、

士官は次のスライドを流した。

 

「それと同時、第31H部隊には

旧杉並区の松ノ木周辺を数日かけて

制圧してもらいました。

拠点として充分機能し、

軍事物資や救護車両等も

此処に集中しています。

今回の任務は、此処を降下場所にし

徒歩で奪還に向かって貰います。」

 

「ふっ……そこで吾輩の

力の見せ所って訳か。面白い。」

「ラプたん。イタいよ。」

 

頼む総帥。風真も、

そこで馬鹿みたいな発言は

して欲しくないでござるよ。

 

31Aの皆殿も居るというのに。

 

「さて、ここまでが

今までの任務のお浚いよ。

あなた達が各々の任務に尽力した

数日、我々は斥候部隊に

Scrap wingの偵察を

命じていたのだけど……結果的に、

彼の新たな生態が発覚したわ。

2部隊編成で動員した主な理由も、

これに直結するモノよ。

七瀬。」

「はい。」

 

ポチッ。

 

スライドが切り替わり、

旧杉並区のマップが現れる。

そこには、不自然な長い矢印が

点々と描かれていた。

 

「なんだよ……これ…………。」

「落ち着け月歌、

説明はこれから入る。」

 

「七瀬。説明を。」

「はい。この矢印は、

Scrap wingの『徘徊経路』です。

自身の優れた飛行能力を利用し、

数分という速さでテリトリーの

移動を可能にしています。」

 

徘徊経路……?

 

「現在当キャンサーが徘徊する地点は

4つ判明しています。

もし従来通り

テリトリーの拡大が行われれば、

周辺ドームにも危害が及びます。

当然、残された時間的猶予は

あまり無いと

考えた方が良いでしょう。

故に我々セラフ部隊は、出来る限り

迅速に当該キャンサーを追い詰め、

撃破する必要があります。」

 

「〝4つの徘徊地点〟。〝迅速な対応〟。

〝2部隊編成〟……ほう。

確かに、これが今の最善策ではあるな。」

「お気付きになられましたか。

流石、私の総帥です。」

 

ラプ殿の知ったかぶりに

付き合ってくれるルイ姉優しいなぁ……。

 

あ、またスライドが変わった。

 

「あなた達両部隊にはこれより、

松ノ木拠点へ降下。

五日市街道を進み、旧東京都道311号、

環状8号線へ行軍路を変更し行軍。

青梅街道、日大二高通りの

交わる交差点で小休止をとったのち、

各々の任務に従事して貰います。」

 

「えー途中で別れちゃうのー!

寂しいーー!」

「当たり前だろ月歌、

時間がねぇから

分担するしかないんだよ。」

 

「悪いわね。任務っていうのは

効率が大事なの。七瀬、続けて。」

 

「おいおい、司令官まで

渋い顔になってんじゃねーか……。」

 

何とも言えない空気で、

再び説明に戻った。

 

「はい。あなた達が分担して

行うのは4つの徘徊地点の制圧です。

対Scrap wingの打倒策として、

両部隊にはそれぞれ

2地点ずつ抑えてもらうのが

最も効率的であると、

司令部は判断しました。」

 

そして、スライドが切り替わる。

 

「荻窪駅跡地、西荻窪駅跡地の

周辺制圧担当を第31A部隊に任命。

両目標地点をポイント甲・乙と呼称します。

次に、

阿佐ヶ谷駅跡地、高円寺駅跡地の

周辺制圧担当を第31H部隊に任命。

両目標地点をポイント丙・丁と呼称します。

分担後の細かな行軍指示は

現場にて追々説明します。

私からは以上です。」

 

司令官が帽子を整え、口を開く。

 

「七瀬、ご苦労。

……さて、当作戦の大まかな流れは

これで掴めたかしら。」

 

「「「「「……………………。」」」」」

 

「特に質問はなさそうね。

では、出撃しなさい。」

 

 

 

━━▶︎ DAY4 9:10

 

〜《SIDE『ラプラス・ダークネス』》

 

松ノ木拠点。

 

そこには、ひたすらに荒廃した廃墟が

広がっていた。

 

「うっわ殺風景じゃん!

盆地ばっかに居たせいでなんか新鮮!」

「新鮮じゃねぇわ最悪だわ。

これからあたしらが人類の栄える地に

変えてくんだよ。」

 

「……そうだな。

つーわけでラプちゃんとユッキー。

あとよろ♪」

 

「「何でだよッ!!」」

 

くっ、茅森の奴め。

隙あらば吾輩たちに

仕事を押し付けようとしやがって……!

 

何でこんなサボり魔が

部隊長やってんだよ。

隣の眼鏡の方が明らかに適任だろ。

 

「えー、やんないのー。

じゃあみんなで頑張るしかないかー。」

「そういう任務なんだよ。

……頼むぜ月歌。」

 

「我々も、気を引き締めていくぞ。」

 

「ねぇ見てルイ姉ぇー、星形の

石ころみつけたよー♪」

「もうっ、クロヱったら……。」

 

「え! みこも欲しい!

どこにあんの!?」

「あたしもあたしも!」

 

「気を引き締めろって

言ったそばから何してんだよ!?

他部隊にまで恥を晒すなよ!

つか平然と茅森も混ざるなッ!!」

 

「「「へーーい。」」」

 

反省の色を微塵も感じない

この馬鹿トリオを今すぐ引っ叩いて

やりたいが、

そんな事に時間を割きたく無い。

 

「いいか。次ふざけた真似したら

罰金として一万GP徴収するぞ。

覚悟しておけ。……行くぞ。」

 

さっきまでヘラヘラしてた

トリオが途端に鎮まり、 

任務に専念するようになった。

 

(コイツら、金好きすぎだろ……。)

 

内心そう思いつつ、

我々は本格的に任務へと動きだした。

 

 





どうも、たかしクランベリーです。

こんこよぉぉッ!
100万人チャンネル登録突破っ、
おめでとう御座いまぁぁあす!!

わおーーーん!!

ヘブバン公式生放送では
スキル強化、強ブレイクの誕生。

ホロライブ側では
全人類兎化計画最終章、
ReGOLLS vs holoXという
ありったけの夢を
詰め込んだ神企画の配信。

今年一番楽しい1週間を
味わえた気がします。

という訳で、しおりん同様。
らでんちゃんも、
その内登場するかもしれません。
よろしくお願いします。


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24話・会敵する怪鳥

 

━━▶︎ DAY4 11:20

 

〜《SIDE『ラプラス・ダークネス』》

 

行軍も滞り無く順調に進み。

作戦指示にもあった例の交差点で

31A部隊と別れた。

 

別れる前。

小休止の時間もあったが、

茅森というヤツが勝手に伝言ゲームを

始めた所為で心の方の

休息時間は殆ど無かった。

 

その後はと言うと。

ポイント丙、阿佐ヶ谷駅跡地の

制圧を済ませ……

 

現在はポイント丁、

高円寺駅跡地に群れを成す

キャンサーの掃討を行なっていた。

 

バリィィン!

 

「……ふぅ。これで

粗方キャンサーを掃討できたか。

どうだ、幹部。」

 

電子軍人手帳を確認した幹部が、

頷いた。

 

「ええ。残るは手指で数える程度……

周囲に点々と潜んでるキャンサーを

叩けば制圧可能で――ッ!?」

 

余裕そうな表情を見せてた鷹嶺の顔が、

豹変した。

驚愕と困惑、焦燥の混じった動揺。

 

吾輩の背筋にも、悪寒が奔った。

 

「どうした幹部ッ!」

 

「途轍もない速さで

中型のキャンサーが我々に

接近してます!!

恐らく、〝件のキャンサー〟かと……」

 

ズドォォンッ!!

 

「「「「「「――!?」」」」」」

 

大きな衝撃音の方へ

顔を向けると、問屋格子状の翼を

羽ばたかせた異質なキャンサーが

此方を見ていた。

 

滞空を維持できるとは

思えない3つの棒線型の翼。

イッカクの角を想起させる長い頭角。

 

鍾乳石を形作る特徴的な尻尾。

 

全長約26m。

 

文字通り。

ナスカの地上絵に描かれた

ハチドリを具現化したような

怪物が、我々の目の前に

立ちはだかっていた。

 

ウバシャアッ!

 

「総帥、私がトランシーバーで

31Aに支援要請をしておき……」

 

バチバチバチ……ガチィン!

 

「「「「「「――!?」」」」」」

 

トランシーバーが

scrap wingの身体に引き寄せられ、

張り付く。

 

――報告によると、

周囲の鉄屑を自在に操作したり、

圧縮して放つ事も出来るそうよ。――

 

ふと、ブリーフィングでの

やり取りを思い出す。

 

(事前報告通り……どうやら、

電磁力を自在に扱えるっぽいな。

奴の前で金属製品を晒すのは

迂闊か…………。)

 

セラフや電子軍人手帳を

引き寄せる事が出来ないのは

今ので確定した。

 

それが、不幸中の幸いって所だな。

……にしても。

 

「くっ……そこらのキャンサーより

大分面倒じゃねェか。」

 

「どうします。総帥。」 

 

「そんなのやるっきゃねェだろ!

支援要請や報告は後ですりゃいい!

今まで戦ってきた

惑星生物よりは弱ぇはずだ!!」

 

「御意です。総帥の意のままに。」

 

「貴様らも吾輩に続け!」

「「「「――YES MY DARK!!」」」」

 

「で、総帥。どう攻めるんですか。」

「ああ。吾輩、ちょうど今それを

考え中で……」

 

バチバチバチ……パシュンッ!

 

敵前で呑気にし過ぎたせいか、

サイコロ状に圧縮した金属片を

電磁砲として吾輩に放ってきた。

 

殺意の高さも、そこらの

キャンサーとは違うようだ。

 

「ラプ殿ぉぉおおおおお!!」

 

ビタッ。

 

「「「……え?」」」

 

みこ先輩、風真、沙花叉が唖然とした。

 

幹部と博士はholoXのベテランなので

見飽きてる能力だろうが、

3人にとっては衝撃だったらしい。

 

「ったく、せっかちなキャンサーだな。」

 

目の前で静止する砲撃物を

眺め、愚痴る。

 

風真は納得がいかなそうにツッコんだ。

 

「待て待て待てぇー何その新能力ぅ! 

風真そんな能力持ってるの

知らなかったでござるよ!!」

 

「まぁ、吾輩の能力じゃねェしな。

ほら、吾輩の頭の上見てみろ。」

「カァー。」

 

「……カラス?

それとラプ殿に、何の関係が……?」

 

「――魔力『未到達』。

ダークネス家の式神"カラス"が

所有する魔力です。

発動条件こそ限定的ですが、

一度発動してしまえば無敵の能力です。」

 

「幹部、説明感謝する。

分かったか風真。そーいう力だ。

でもコイツ結構気分屋だから、

吾輩に乗るコトは中々ないぞ。」

 

(それが原因で、

能力が気付かれにくいんだよな。)

 

魔力『未到達』。

 

ダークネスの血筋の者と

カラスが接触している時のみ

発動する特殊な魔力。

 

カラスと吾輩以外の

物理的接触を"未到達"にする概念能力。

 

未到達の術中に嵌った対象は

問答無用で接触を拒絶され、

あたかも、その場に固定化された

ように静止してしまう。

 

……という訳だ。

 

とにかく。

 

Scrap wingがその異常に困惑し、

数秒動きを止めてくれたおかげで

吾輩も策の組み立てが出来た。

 

(畳み掛けるなら、今しかないな。)

 

「仕切り直しですね。総帥。」

 

「違うぞ幹部。〝畳み掛け〟だ。

売られた喧嘩はとことん買う。

holoXの社訓……

忘れたとは言わせねぇぞ。」

 

「ええ。忘れた事は一度もありません。」

 

「幹部、博士は奴の両翼に射撃。

みこ先輩は2人の護衛に回れ!

吾輩と沙花叉は脚を攻撃する!

いろはは隙の出来た奴に

大きな一撃をかませッ!!

準備はいいな!!」

 

「「「「「――YES MY DARK!!」」」」」

 

ババンッ!

 

幹部と博士が砲弾を放つ。

 

それを合図に、

吾輩と沙花叉も踏み出して接近する。

 

スッ。ヒュンッ!

 

即座に上昇し躱したか。

優れた飛行能力を有してるのも

前情報通りだな。

 

だが残念ながら、

その回避も我々の想定内だ。

 

『プランB。』

 

――タッ。

 

吾輩と沙花叉が両翼に近寄る。

そして。

 

「やれ幹部!」

「了解です。総帥!」

 

ズドドォォンッ!

 

「キギィァッ!」

 

奴の両翼に、通り過ぎた筈の

砲撃が突如〝着弾〟した。

 

「ナイス『イーグル・トリック』

だぞ幹部ぅ! いろはァ! 

そのままやっちまえぇ!!」

 

砲撃と吾輩たちの位置が

〝入れ替わった〟所為で聞こえてるか

分からないが、心で通じ合ってるようだ。

 

滞空姿勢を崩した

Scrap wingの上に、

刀を構えたいろはの姿が確認できる。

 

「――風真流居合術抜刀、

『鳳凰門・海桐花』」

 

地に降り立つは、

海桐花を散らす一閃。

 

会心の一撃が命中し、

仕留められたと思いきや……

致命傷には至らず。

 

攻撃される特定外殻のみに

砂鉄を密集させ、

首の皮一枚繋がった状態で

絶命を免れていた。

 

しかし、滞空維持すら出来なくなる程の

相当なダメージを負っている事実。

 

地へと失墜してく

Scrap wingを、

ここで易々と逃す訳にはいかない。

 

(我々が此処で……確実に仕留める!!)

 

幸いにも奴は、

博士の〝射程圏内〟に入った。

 

逃げられると思うなよ。

 

「博士ぇっ!!」

 

「分かってるよラプちゃん!

――『過重力実験』っ!!」

 

ズズゥゥウン ドゥオオンッ!!

 

急に失墜速度が加速し、

Scrap wingは見えない重石に

潰されたかのように地面に張り付く。

 

地表は奴の形を描く窪みを作り、

周辺のコンクリートにも亀裂が広がった。

 

メキメキメキッ…………。

 

――魔力『ラボ・プール』

 

射程圏内であれば、

凡ゆる実験が可能となる

博士の能力。

 

その中でも、

特定の対象に過剰な重力負荷を

与える〝過重力実験〟は

衰弱した相手を

確実に拘束する出し得技だ。

 

奴を捉えられたのが

余程嬉しいのか。

博士は満足気な笑みを浮かべ、

歩み寄っていく。

 

吾輩と沙花叉、いろはは

トランスポートで後衛待機している

みこ先輩、幹部と合流し

その様子を見守っていた。

 

博士の後ろ姿は、

ヒートアップした興奮で震えており、

コヨーテの獣人らしく

ふさふさの尻尾を散歩待ちの

飼い犬のようにブンブン振っていた。

 

「はぁ……はぁっ❤︎

やっとお近づきになれたね、

Scrap wing君。

君の戦いっぷり、本当に良かったよぉ。」

 

ほら、例の如く研究者の本能が

露呈してやがる。

 

「緻密な電磁力操作、

いろはちゃんの

大技を耐える耐久性と能力の応用。

……素敵だぁ❤︎

只のキャンサーとして屠るなんて、

勿体無いくらいだよ。」

 

「ウキャァッ……!」

 

キャンサーに語りかけて、

何がしたいんだ博士は…………。

 

「あはっ……❤︎

そんなにこよと話せるのが

嬉しいんだぁ〜♡ 奇遇だね。

こよもおんなじ気持ちだよ。

叶う事なら君を生捕りにして、

ラボで一生被験体として

飼い慣らしたいんだけど……」

 

博士が大砲型のセラフを向ける。

 

バチバチバチバチ……

 

(ん? 何だこの漏電音は……)

 

「ごめんねScrap wing君。

軍の指示で、こよは君を

葬らなきゃいけないんだ。

悪いけど、 君とはここでさよならだよ。

んーまっ❤︎」

 

セラフの銃口にエネルギーが

収束し、放たれようとしたその時……

 

突如吾輩の悪寒が最高潮に達し、

それは嫌な形で実現してしまった。

 

「待て博士ぇっ!

様子が可笑しいぞ!

周りをよく見てみろ!!」

 

「え……?」

 

博士とScrap wingの周囲を

取り囲むように浮遊する

数多の鉄屑。

 

その原因が誰のモノであるかは、

この場にいる誰もが

一瞬で理解した。

 

そして、今から

始まろうとしてる最悪の事態も。

 

「ウバシャアッ!!」

 

バチバチバチバチバチバチ!!

 

「何…………これ。」

 

荒れ狂う鉄屑の災禍に、

博士は…………。

 

「――博士ぇぇええええええっ!!!」

 

 





どうも、たかしクランベリーです。
     

Scrap wing君、
2ヶ月以上前から名前出てるのに
10月入るまで
まともな出番なかったのか。
可哀想すぎる……。

と、いう話は置いといて。

今更ですが、こちホロにて
holoX側の時系列は
『ホロックスみーてぃんぐ!』
の14話以降です。
よろしくお願いします。


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25話・鉄の竜、現る。

 

 

――『3人の聖者実験』

 

1950年代後半アメリカ。

ミシガン州イプシランティの州立病院にて。

 

自分自身をイエス・キリストと

思い込んでいる3人の統合失調症の

患者を、一緒に住まわせる実験があった。

 

当実験を提案し、実行に移した

とある心理学者が求めたモノ。

その目的とは……

 

〝一緒に生活してもらい、

交流によって妄想が

改善されるかどうかを識る為である。〟

 

当実験の経過観察では、

改善の兆しとなる

成果は得られなかった。

 

主な成果物は、フェーズ区分して2つ。

 

フェーズ1。

 

被験者らは、

「自分こそが本物の聖者である」(※1)

と口論になることもあり、ときには

激しい罵り合いに発展した。

 

フェーズ2。

 

そのうち彼らは

当件(※1)について話さなくなり、

各々の被験者らは

他の被験者2人の頭がおかしいと思い、

自分こそが〝本当の神の子〟だという

思い込みに至る……。

 

最終的には、

彼らが抱くこの自己認識……

妄信に〝変化は見られなかった〟。

 

文字通りの実験失敗。

 

2年の歳月を要して行われた

当実験に対して、

世間から多くの倫理的批判が殺到。

 

当実験の立案、

実行責任を有する博士は

のちに後悔し、

操作的で非倫理的だったと謝罪している――。

 

……例えばの話。

この心理的実験の手順や手法、

期間が違えば

どういった成果が得られるだろうか。

 

過去に行われた類似実験では、

2人の妄信者のうち1人が

自身を『偽物』だと認め。

症状の改善が見られたパターンもある。

 

その結果は、

残るもう一人が『本物』に

なったとも捉えられる。

――実に奇怪な終点結果の表れだ。

 

であれば。

当実験がもし

魔力『ラボ・プール』によって

再現、実現されたのなら……

 

被験者はどういった自己意識を持ち、

どのような変化を起こし。

〝誰になる〟のか。

 

その選択と成果は、

術者の望むモノとして出力されるだろう。

 

魔力『ラボ・プール』は、

それを起こしてしまう程の

〝効力を有している〟――。

 

要するに。

対象に対し自分が

〝博衣こより〟だと思い込ませ、

容姿や声、身体さえも瓜二つの分身に

変えてしまう事だって可能なのだ。

 

実質的な独立型分身、

――〝AIこよりの誕生〟。

それは術者にとって、

大きなメリットとなり得る。

 

そしてこれより先、

当件の類似問題(※1)に

直面した〝ナービィ達〟の

導き出す自己意識、自己認識は

どうなるのだろうか。

 

いずれ触れる真実。

その先に踏み出した彼女らが

紡ぐ考えとは――。

 

 

 

 

「待て博士ぇっ!

様子が可笑しいぞ!

周りをよく見てみろ!!」

 

「え……?」

 

博士とScrap wingの周囲を

取り囲むように浮遊する

数多の鉄屑。

 

その原因が誰のモノであるかは、

この場にいる誰もが

一瞬で理解した。

 

そして、今から

始まろうとしてる最悪の事態も。

 

「ウバシャアッ!!」

 

バチバチバチバチバチバチ!!

 

「何…………これ。」

 

荒れ狂う鉄屑の災禍に、

博士は…………。

 

「――博士ぇぇええええええっ!!!」

 

ズザザザザザァァ!!

 

竜巻の如し渦を巻く鉄屑。

その回転速度は次第に加速し、

博士の身体は渦の外へ弾き飛ばされた。

 

背から地面に叩きつけられ、

再起不能と思われていたが……

なんと博士は、立ち上がった。

 

「……ふぅ。危なかったね。」

 

「博士! 無事かっ!?」

 

「うん、なんとかね。

軍から試作用のデフレクタ発生装置を

借りてたおかげで、

最小限のダメージに抑えられたよ。」

 

最小限のダメージだと?

どうみても無傷そのものじゃねェか。

 

それに、

試作用デフレクタを

軍から貸し出してんなら、

何故吾輩たちに事前報告をしない?

 

仮にデフレクタとやらを

展開したとしても、 

無傷で済むような竜巻じゃないのは、

直接見ていた吾輩がよく分かる。

 

(何か……〝奇妙〟だ。)

 

「総帥、急に黙ってどうしたんですか。

まさかですけど、あの竜巻意外の事を

考えてるのなら……

今すぐ頭を空にして、

眼前に在る事象に目を向けるべきです。」

 

「……すまん。幹部。

全くもってその通りだ。」

 

くっ……この期に及んで

キャンサーと

関係の無い考えを巡らせるとは。

 

目紛しい状況変化に錯乱し、

無意識の内に焦燥してしまったか……。

 

「目が覚めたようですね。総帥。」

 

「あぁ、余計な思考に

リソースを割いて悪ぃな。

意地でも仕留めんぞ。」

「御意です。」

 

「「「「――!?」」」」」

 

再び戦略を練り直そうと

思考を巡らせたその時だった。

 

渦の回転速度が減速していき、

鉄屑が骨組みを作るように連結する。

続け様に、

周囲から数多の廃金属を引き寄せ、

骨に沿って鋼の受肉を施していく……

 

その間数十秒。

 

渦の消滅と同時に誕生したのは、

彼のキャンサーの新たな姿。

 

長い首で我々を見下ろす、

角の生えた鰐のような頭部。

ガッシリとした四つ脚の体躯。

 

その重量感をも気にせず

飛行を可能にしそうな……

背から広がる巨大な両翼。全長約38m。

 

偶然にしては……〝出来過ぎていた〟。

 

「にぇっ……あれって…………

ドラゴン?」

 

みこ先輩がそう形容してしまうのも

無理はない。

その場にいる誰もが、

そう感じてしまう風貌なのだから。

 

「――ウバルルルルゥジャァァアアア!」

 

「総帥、コレは本格的に不味いですね。

他部隊が彼に遭遇していたら、

まず無事では済まないでしょうね。」

 

「……あぁ。コイツと対峙する

最初の相手が我々だったのは、

不幸中の幸いと捉えても良いだろうな。」

 

「どう崩しますか。総帥。」

「…………。」

 

いろはの大技でも屠れなかった

以上、吾輩自身が

直接キメる方が良いだろう。

 

確かに奴は、

鋼鉄の受肉でかつてない程の

破壊力と防御力を手にしたが……

 

この巨体であれば、

持ち前の〝俊敏性〟を

発揮する事は不可能な筈だ。

 

先程は奴の俊敏性を考慮し、

魔力『イーグル・トリック』による

奇襲の崩しを行ったが……

的の拡張が行われれば話は別だ。

 

こうなると、純粋な火力で

崩しに入るのが最も効果的だろう。

 

(機動力の要を、徹底的に削いでやる。)

 

「貴様らよく聞け!

奴は吾輩が直接叩く。

幹部、博士は最大火力で

奴の両翼を破壊しろ!

いろはと沙花叉は脚を斬り落とせ!」

 

「みこは!?」

 

「みこ先輩は引き続き

幹部と博士の護衛だ! いいな!」

「分かったにぇ……!」

 

「おし……始めんぞぉ!!」

「「「「「――YES MY DARK!!」」」」」

 

ボゴォォンッ!!

 

幹部と博士が最大火力の砲撃を放ち、

両翼を破壊する。

 

そして、奴から怒りの反撃がくる矢先。

二つの刃が脚を斬り離した。

 

「――合技『居呂玖呂一閃』」

 

キインッ!!

 

(混乱する暇も与えん。)

 

吾輩はトランスポートで

奴の背の上に瞬間移動し、

セラフの大剣を構えた。

 

バチバチバチバチバチ…………

 

(ん……何だ?)

 

砲弾によって生じた煙の中から、

左右両方。突如として、

巨大な鉄の手が現れた。

 

破壊されて散った

金属翼の一部で造り出したのか?

待てよ……だとしたら。何の為に。

 

(まさかッ!? くっ、ダメだっ。

まだ慣れてねェから、

トランスポートの

〝連続使用が出来ねェ〟。

カラスとも離れたこの状況では、

吾輩が普通に圧殺され……)

 

ズシャャアアアアアン!!

 

「ラプ殿ぉぉおおお!!」

 

「くっ……今のは危なかったな。」

「……え?」

 

吾輩は、いろはの真横で

ネクタイを整えた。

 

「どうしたいろは。

吾輩の髪に

烏の羽根でも付いてんのか。」

「あ、いや。そうじゃなくて……」

 

「全く、危なかっかしい相手ですね。

総帥。私の『イーグル・トリック』が

間に合わなかったら

どうする気でしたか?」

 

「心配すんな。吾輩は

幹部がやってくれると信じてた。

そこらの石ころと吾輩の位置を

〝入れ替えてくれた〟んだろ。」

「ええ。その通りで御座います。」

 

「あー、そういう事でござるか。」

 

パーの手に握り拳を乗せ、

1人納得するいろは。

 

特に補足説明も要らなそうなので、

再び奴の方を警戒し観察する。

 

(やはり、電磁力で瞬時に

鉄屑を引き寄せ。

再度受肉再生したか……。)

 

バチバチバチバチバチ…………

 

ん。今度は何だ。

見たことも無い大きな鉄塊を

口元に引き寄せて来たぞ。

 

いやアレは……

丸型の『燃料タンク』ッ!?

 

あのサイズは、

タンクコンテナ車両が

運搬するレベルの大きさだ。

それが3つも電磁力で

連結してんだぞ……見紛う筈もねェ!

 

今、大口を開けたっつーコトは。

 

(ヤバいっ、このままじゃ

我々が〝全滅〟する――。)

 

「にぇあっ?

ドラゴンお腹空いたのかなぁ。

丸い鉄の塊食べようとしてるにぇ……。」

 

「――違うッ! コレはっ!!」

 

竜の牙が、燃料タンクに咬みかかる。

高電圧・高温度を纏う牙による燃料接触。

 

それは、衝突事故によって

爆破する燃料タンク車両と

同じ事象を引き起こす。

 

但し、その規模は前述した

事故とは遥かに掛け離れ……

意図的で膨大な破壊力を生み出した。

 

刹那。視界を白に染める、眩い閃光。

 

――カッ。 

 

 

……………………。

 

……………。

 

 

シュゥウウウウウッ。

 

「……けほっ、けほっ。

なっ、何が起きたにぇ!!」

 

足元を流れる黒煙。

瓦礫が散らばる

更地となった高円寺駅跡地周辺。

 

そこに奴の姿は……〝無かった〟。

 

「総帥、これは。」

 

(爆発寸前、何とか間に合ったな。)

 

「あぁ。お前らに危害が及ばんよう、

時を〝45秒〟だけ消し飛ばした。

全員無傷で済んだのはいいが……

奴を取り逃がしてしまったのも事実だ。

誰でも良い。文句があるなら

好きなだけ吾輩を責めろ。

……これは、吾輩の過失だ。」

 

「誰も責めはしませんよ。

総帥の判断は、この上なく正しいです。」

「お世辞でも助かるぞ。幹部。」

 

奴め。

自身がセラフ以外の攻撃が効かないのを

良い事に〝自爆〟を選びやがったか。

 

アイツからしたら、

我々はもう死んだも同然なんだろうな。

 

とはいえ、アイツ自身も虫の息。

そこまで遠くには移動できないし、

31Aと接敵して戦闘する余力も

残っちゃいない筈だ。

 

「追撃しますか。総帥。」

 

「いいや。今日の所は撤退だ。

奴がこれ以上の攻め手を隠し持ってる

可能性も充分にある。

もしそれをされた場合、

吾輩の魔力でも

対処しきれるか分からん。」

 

「……そうですね。

この戦闘データを軍に提出し、

より確実な戦力と戦略で

迎え打つのが現状の最善策……

流石我々の総帥、立ち回りの

組み立てが完璧です。」

 

「幹部、よく分かってるじゃないか。

つー訳だ。とっとと31Aの連中と

合流して帰投すんぞ。」

 

「お疲れ様さまだよラプちゃん。

そうだ! こよ、この

ヒールポーションあげるよぉ!」

 

「良かったでござるなぁラプ殿……」

 

キインッ!

 

フラスコが真っ二つに両断され、

中身が地面に垂れる。

 

「ラプ殿ぉ!? 

こより殿の厚意を何で!?」

 

慌てふためくいろはを一瞥し、

吾輩はそいつに目を向ける。

 

「〝こより殿の厚意〟……だと?

いろは。寝言は寝てから言うモンだぞ。」

 

「え……急にどうしちゃたの

ラプちゃん。こよはこよだよ? 

忘れちゃったの?」

 

「忘れてなんかねェよ。

ちゃんと覚えてっから、

こっちは違和感抱いてんだ。」

「何の……コト?」

 

「お前は――〝誰だ〟?」

 

 





どうも、たかしクランベリーです。

昨晩。久々に総帥の雑談成分を
たっぷり補給できて、まぁまぁ気分の
よろしい果物でございます。

というのはさておき。

先週のヘブバン公式生放送、
最高でした。
満を持して、遂に訪れた恒星戦。
1ヘブバンユーザーとして
さらなる高みを目指し、
戦い抜いていこうと思います。

よろしくお願いします。


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26話・正体現したね?

 

 

「え……急にどうしちゃたの

ラプちゃん。こよはこよだよ? 

忘れちゃったの?」

 

「忘れてなんかねェよ。

ちゃんと覚えてっから、

こっちは違和感抱いてんだ。」

「何の……コト?」

 

「お前は――〝誰だ〟?」

 

静まり返る空気。

騙る存在は、未だ足掻きに動く。

 

「はははっ! 

もうやめてよーラプちゃん!

寝言を言ってんのはそっちでしょぉ〜。」

 

「………………。」

「ラプ殿……。」

 

「猿芝居もここまで来ると、

見苦しいな。

おい、吾輩の背後に居んだろ。

いつまで『透明化』してやがる……。」

 

スーッ。

 

「キッショ……

何で分かんのかなぁ、ラプちゃん。」

 

「えっ!? こんこよが2人ぃ!?

ヤバい……! 頭おかしくなりそう……

どっちか〝消さなきゃ〟…………!」

 

言って沙花叉は、

慌てふためきながらも

鎌型セラフの切先を暫定本物の

博衣こよりに向ける。

 

完全に彼女の私情

ダダ漏れであるが……

本物ならばこの威嚇程度で

取り乱さないので、

余計に信憑性が増した。

 

「安心してよクロたん。

自分の始末くらいは、

自分で責任もってやるからさ。

――『過重力実験』。」

 

ズゥゥウウウウン!

 

沙花叉のセラフが過剰な重力負荷で

地面に落下すると同時、

騙る存在も同様に掛けられた負荷で

その場に跪いた。

 

「どうしたの〝もう1人の僕〟?

本物なら、これくらい解除できるよね?」

 

「…………!!」

 

「こんの偽物がぁぁああっっ!!」

 

遂に沙花叉が、

素手で本物に殴り掛かろうと

飛び出すが。

 

「クロたん。

そういうの、今は要らないよ。

――『凍結実験』。」

 

パキィンッ!

 

瞬時に沙花叉が氷塊の中へ

閉じ込められ、文字通り

氷漬けの凍結状態となった。

 

どうやら、本気で責任処理を

果たすつもりなのだろう。

 

「おい幹部、博士。

お前ら渦に巻き込まれる直前、

ワザとイーグル・トリックで

偽物と位置を入れ替えただろ。

そこらの石ころでも良かった筈だ。

どうしてそんな面倒な事をした……?

ん? まさか……。」

 

「……どうしたでござるか。ラプ殿。」

「成る程な。分かったぞ、

お前らのやりてぇ事。」

 

「にぇ?」

「?」

 

疑問符を浮かべるみこ先輩と侍。

今その答えを明かしてやっても

いいが……

それでは2人の目的に背く事になる。

 

何より。気がついた時点で

吾輩も加害者の1人だ。

 

あの危険な渦の中、

一切傷を負わなかったのも……

今となっては当然の事だった。

 

何故なら騙る存在の正体は……

 

「じゃあ、答えあわせと行こっか。

――解除『3人の聖者実験』。」

 

騙る存在が黒く染まり、

うねりうねってその形が

本来の異形へと戻っていく……

 

丸っこい本体に、突出した角。

バランスよく伸びる六つ脚。

 

セラフ隊員であれば、

よく遭遇する雑魚キャンサーだ。

 

「ギィ……ギィ!!」

 

自重を優に越える重力負荷に

耐えられず、苦しさを訴えるように

鳴くキャンサー。

 

その眼前には、

大砲型セラフを構える

博衣こよりの姿があった。

 

「このセラフも、本来は僕のもの。

一時的に貸してはいたけど……

どうだった、使い心地は?」

「ギィ……。」

 

「そっか。だったら、こよから

これ以上言えることはないね。

でも、一つだけ

感謝させてくれないかな。

もう1人の僕として

手を貸してくれて……ありがとう。」

 

バリィンッ!!

 

砕けたガラスのように散る、

元こよりキャンサー。

 

その散り様を見届けたいろはは、

絶句していた。

 

「…………。」

「どうしたいろは?」

「……その、なんて言うか。」

 

まぁ、言い辛い発言であるのは

大方予想が付く。

 

しかしだ。

その言い辛さに向き合う事を、

幹部や博士は望んでいる。

 

彼女が次のステップに至る必要な

通過儀礼を今、我々は行なってんだ。

 

この機会を逃せば、

成長への道が遠ざかるだけ……

吾輩の私情で

甘く見れる裁量にも、限界はある。

 

「おいいろは。自分の格が下がるとか、

周りからの目が気になるとか。

そんなちゃっちいモン抱えて

言い淀んでのか?

確かに、臆するっつーのは

安全な生存戦略だ。」

 

「…………。」 

 

「だがな、吾輩たちが求めてんのは……

好きなのは、そんないろはじゃねぇ。

それにな。

今何をどうこう言おうが、

誰も笑わねェし、侮蔑なんかしねェ。

言ってみろ。

あの介錯を見て、何を感じた。」

 

「胸糞わるいでござる。」

 

「……あぁ。だろうな。

その気持ち、忘れんなよ。

何でそう思っちまうのか。

あの行為が意思に反して

心に粘りついちまうのか。

今夜、吾輩が教えてやんよ。」

 

「ラプ殿…………。」

 

 

 

 

━━▶︎ DAY4 13:30

 

アリーナ会場。

 

〜《SIDE『風真・いろは』》〜

 

『さぁ、剣闘武術祭最終日の内容は……

最後の1人になるまで闘い続ける

バトルロイヤルだぁ!』

 

バトルロイヤル……?

セラフ隊員同士の交戦って

色々揉めそうでござるが……。

 

「まさかのデスゲーム!

マジモンのデスゲーム!!」

 

ほら、國見殿も驚愕してるし。

 

『なお最後まで立っていた者に、

100ポイント進呈!』

 

「これまでのポイントの意味が

無いではないか!?」

「バラエティでよくあるやつ!

すごい既視感!!」

 

……つまり、1日目2日目の

競技は単なる前座。

決勝戦となる本戦は、

誰でも優勝の目が

有るという事でござるな。

 

シンプルな力押し勝負で

勝てればいいが……。

 

各選手の特徴や戦闘力を知った今、

『刀痕』という

アドバンテージを活かしても、

勝利にありつける可能性は

〝確実なモノじゃない〟。

 

特に白河殿……。

あの先輩隊員は『三光』を切らなきゃ

フィジカル負けするのは目に見えてる。

 

しかし。

明日のScrap wing戦が

控えてる都合上、三光の反動を

翌日に持ち越すなんて以ての外。

 

クロヱ殿の〝魔力〟なら、

そういうのを気にせずに

圧勝できる上。

過剰な力量差で殺める事も

無いのでござろうが……。

 

正直な話。

ぺこら先輩、ノエル先輩、

ポルカ先輩、らでん殿は

あの能力を絶賛してるし……

今になって、風真も喉から

手が出る程欲しい。

 

(って、そんな贅沢も

言ってらんないでござるよな。)

 

今風真にある手札で可能な、

勝ち筋のある策といったら……

 

彼女を挑発して、

一発勝負の

大技を打ってもらう他無い。

 

『お馴染みの仮想ダンジョン内にて、

出場者全員で戦ってもらう。』

 

「それは、対人戦ということ

でしょうか?」

 

『その通り。今回の武術採用の

特別ルールだ。』

 

「下手したら死ぬぞ……

司令官がそんな許可を

出したというのか。」

 

『〜♪ 〜♪♪』

 

白々しくそっぽを向き、

誤魔化すよう口笛を吹く司会者。

拡声器越しな分。

その震えた音程も聴き取り易く、

取り繕った感がより濃く出ている。

 

そんな司会が提案した

アドリブ競技の酷さに耐えられず。

國見殿の驚愕にも、拍車が掛かる。

 

「出してない! 絶対許可出してない!

死ぬ! 死んじゃう!!」

 

『お前ら正直になれ。

一度はやってみたかっただろう?

最強という称号を得るための、

熱きセラフ使い同士の闘いを。

……知っているぞ。

口では否定してるものの、

身体は闘争を求めている筈だ。』

 

いや、特に求めてないし。

風真ロボットに搭乗して闘うより

生身で闘うスタイルなんでござるが……

 

というか。

ロボットに搭乗して闘うのが

得意のはholoXでも

こより殿くらいだし。

 

『あたしの責任で存分に戦え!

己が剣で最強を手にしろ!!

共に戦った仲間さえも打ち倒し、

最後の1人になるまで戦い抜けッ!!

――その一閃を以て、

最強を証明せよ!!』

 

(あ、もう始まっちまったでござる。)

 

白熱する歓声を合図に、

仮想ダンジョンが構築された。

 

そして。

ゾロゾロと一ヶ所に集合する

選手らの頭上には、残り15秒という

カウントダウンが液晶に出ていた。

 

『そのカウントダウン終了後。

ダンジョン内に設置された

トランスポート誘発式ビーコンが

作動し、お前らは

各ビーコン設置地点に

強制トランスポートされる。

そしたら問答無用で試合スタートだ。

いいな。

3……2……1、スタートぉっ!!』

 

 



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27話・迷う奴ァ、弱いッ!

 

━━▶︎ DAY4 13:40

 

司会者のアナウンス通り、

風真たち出場者は、ステージ各地に

配備されたビーコン地点へ飛ばされた。

 

ステージの仕様はというと。

1日目2日目の荒廃都市を

模した戦場とは違い、

映えを重視したモノとなっていた。

 

コンテナのような長方立方体が

辺り一面に積み重なり、

独特な地形の

ステージ構造に仕上がっている。

 

恐らくは、所々に広間のような

戦いやすいスペースも

設けられているでござろう。

 

偶然にもこういう地形は、

最も『刀痕』のアドバンテージが

フル活用出来る。

 

チャキン!

 

「ふぅ……一先ずこれで、

最低限の優位性は

確保できたでござるな。」

 

風真を中心に、6方向の『刀痕』が

バランス良く500mまで刻まれる。

 

この事前設置によって、

不意の奇襲から

回避する事も容易になった。

 

刀痕は攻撃性能を持たず、

相手も利用可能という

公平性を含んだ〝縛り〟によって

接続距離に制限がないでござる。

 

しかし刀痕侵入時、

何処の刀痕座標に移動するのか。

というのは、

風真以外把握や操作が出来ない。

 

「さて……と。

あんまし気は乗らないでござるが、

刀を交えていくか。」

 

勘を頼りに、移動していく。

移動して。移動して……

 

「――って、

誰とも接敵しないやんけぇ!」

 

大事な最終決戦だというのに、

誰とも戦えず終わるなんて……

笑い話だ。

 

絶対ラプ殿に馬鹿にされる。

 

いいや。

ここで諦めては用心棒の名が廃る。

 

(証明してやるんでござるよ。

この武術祭で……!!)

 

「――『明鏡止水』。」

 

瞼を閉じ、全神経を聴覚に集中させる。

些細な音も取り溢さない。

 

(この音……駆けつければ

すぐ戦えそうな距離でござるな。)

 

ププゥンっ。

 

ちょっと焦ってトランスポートで

詰めてみたでござるが。

物陰に移動したというのもあって、

まだ気付かれてないようだ。

 

あ、1人倒れたっぽい。

 

そして、2つの足音が……止まった?

 

「……あとは。」

 

この声、夏目殿でござるか。

 

「……いざ、尋常に。」

「ああ、勝負といこう。」

 

え、待って。

風真。完全に入る

タイミング見失ったんだけど。

 

めっちゃ剣戟の音が聞こえるし、

今入ったらマジで何なんコイツって

なりそうでござるよ。

 

「いい太刀筋だ。迷いが消えている。」

「…………。」

 

「夏目。」

「……?」

 

「次の一撃、

私の信念をかけて撃とう。」

「……承知した。」

 

「〝剣を振るう理由〟は

見つけられたか?」

 

「剣を振るう理由。

……いや、見つけてはいない。

思い出した。」

 

そう言った夏目殿の声色は、

2日前よりも芯があり、

澄んだモノだった。

 

「ほう……いい目をしている。

では、行くぞ。」

「推して参る。」

 

タッ!!

 

同時に駆け上がる2つの足音。

物陰で控えてる風真でも、

その緊迫感はひしひしと伝わる。

 

「――はぁぁあああっ!!」

「ふっ――!!」

 

キインッ!! ……バタンっ。

 

「やはり、先輩部隊の長は

伊達じゃないな。

私は……鍛錬不足か。」

 

「そんな事はない。

ここまでデフレクタを削られ、

体力を消耗させられるとは

私自身……思ってもみなかった。」

 

「………………。」

「天晴れだ。〝夏目祈〟。

一剣士として、

生涯貴様を忘れる事はないだろう。」

 

「……次は負けない。」

「ああ、期待してるぞ。」

 

やばいぃ……

この空気でどう出るべきか

分からんでござるよ。

 

「そして、風真いろは。

お前はいつまで隠れているつもりだ。」

 

「ギクっ!」

 

「気づいてないと思ってたのか。

まさかだが……

このまま尻尾を巻くつもりなのか?」

 

トコトコトコ……

 

「そんなの、侍としてのプライドが

許さないでござるよ。」

 

風真は、

戦場へ歩み寄って姿を見せた。

 

「……風真。すまない。」

 

「いいでござるよ。

出遅れた風真に、

謝られる資格なんてない。

今は夏目殿がくれたバトンに、

全力で応えるのみでござる。」

 

「承知した。」

「――『刀痕・導雷』。」

 

紐状に広がる『刀痕』が、

夏目殿を繭のように優しく包み。

その場から消滅する。

 

これで気にせず、

白河殿とも剣を交えられそうだ。

 

「夏目を何処にやった?」

「安全な場所に連れてっただけで

ござるよ。夏目殿の真上で、

剣を交える訳には

行かないでござるしな。」

 

「そうか。移動する手間が

省けたのはいいな。しかし……」

「……?」

 

「軽い気持ちで

私に勝てると思うなよ。

そのバトン……今にも落ちそうだぞ。」

 

消耗の疲弊が見えない程、

彼女は美しい構えを魅せた。

 

今の言い方。

……挑発的な言葉を与える事で、

此方の初撃を

鈍らせるつもりでござろうか。

 

(騙されないでござるよ……!)

 

「靄の中を走る走者が、

ゴールに辿り着く事は決して……」

 

キインッ!!

 

風真から初撃をキメるが、

モノの見事に受け止められた。

 

(硬いっ……刃が進まない……

何処に、こんな余力がっ。)

 

「人の話は最後まで聞けと、

親に教わらなかったか。」

 

「生憎、風真は実力主義の家庭で

ござってな……

先手必勝のやり方も、

戦略として自然だったんでござるよッ!」

 

キインッ!!

 

「いつまで靄の中に居る?

私が見たいのは、

〝そんな剣ではない〟。」

 

キインッ!!

 

「もやもやもやって……!

さっきから何なんでござるか!?」

 

「まだ分からないか。

なら、小学生でも分かるように

言ってやる。」

 

ギギギギッ……。

 

鍔迫り合い、密着する刀身。

防戦を重きに置いていた

白河殿の剣が……途端に力を発揮した。

 

「迷う奴ァ……弱いッ!!」

 

――風真いろはさん。

あなたの剣には『迷い』が見えます。――

 

キインッ!!

 

「うわぁーーっ!!」

 

「さぁ、どこまで保つ。

受け切ってみせろ。『粛正』。」

 

華麗な剣撃が、

クロスの形を描きやってくる。

 

ノックバック中だというのに、

中々に容赦の無い追撃だ。

 

「てゃぁあああっ!!」

 

シュバババっ!

 

気合いの剣捌きで何とか斬り払う。

……が。

 

「もうすぐ障害物に衝突するぞ。

次はどう動……」

 

ヒュンッ。

 

「姿を消したか。

――とはいえ、今の挙動は

トランスポートではなかったな。

となると……」

 

キインッ!

 

(風真の刀痕移動斬りが

見切られた……!?)

 

一旦、距離を取らねばっ。

 

スタッ。

 

「これはもう、

バトンが落ちたも同然だな。」

「何を言ってるでござるか。

勝負はまだ、

始まったばかりでござるよ。」

 

「私はな。諦めが悪い事を

悪癖だとは思わない。

但しそれは、真っ直ぐな信念を抱え

挑んでくる者に対してだ。」

 

「風真の信念は、

歪んでる風に見えるのでござるか?」

「迷いとはそういうものだ。

恥じる必要も、臆する必要もない。」

 

何を言っても。

この会話は

地続きになりそうでござるな。

 

「風真、何に対して迷ってるのか

全く分からないでござる。

だから一つ、風真の我儘に

付き合って欲しいでござるよ。」

 

「何だ。」

 

「たった一つのお願いでござる。」

「……ほう。」

 

「お互いに渾身の一撃を撃ち合いたい。

身勝手なのは承知の上だけど……

了承できるでござるか?」

 

数秒沈黙し、白河殿は向き直った。

 

「良いだろう。それで私が

君に何かを示せるというのなら、

全力で応えてやる。……来い。」

 

 

 

時は少し戻り、

一方その頃……

 

〜《SIDE『ラプラス・ダークネス』》

 

吾輩は観覧席から一時的に離席し、

コーラを買いに行って戻った。

 

戻ってみると。

座っていた筈の席が

他の奴に取られてたり、

ガヤガヤしてたりして……

奪い返すには少々面倒そうだ。

 

(気分転換に、放映陣にお邪魔するか。)

 

お、やっぱ空いてんな。

 

「シャンク、隣。座らせて貰うぞ。」

 

眼帯をした赤髪女の真隣に座り込む。

断りを先に入れといたので、

多分大丈夫だ。

 

「おい。誰がシャンクだ。

あたしは単数呼びされる海賊に

なった覚えはないぞ。」

 

「まぁ、良いじゃねェか。

ちょっとくらい吾輩に観戦させろ。

他の席空いてねンだよ。」

 

「どうせ、ジュースでも

買いに行ってたんだろ?」

「ふっ、中々鋭いじゃねェか。」

 

吾輩はテーブルに買いたて

コーラを置き、モニターに目を向ける。

 

「そのジュース、開けないのか。」

「ああ、これか。

……祝杯用として、取っておく。」

 

「へー、えらく信用するじゃないか。」

「吾輩が選んだ『用心棒』だ。

こんな小さな催事で負けるような

タマじゃねェ。」

 

「どうだろうな。

画面の中の彼女を見てみろ。

結構……危なっかしいぞ。」

「……どれ。」

 

キインッ! キインッ!

 

ん? 何だこの戦い方は?

 

どうしてだ。

何故、〝札を引かない〟。

役を使う気がないのか……。

 

この程度の相手、

『三光』以上を開門すれば

余裕で勝てんだろ。

 

まさかいろはアイツっ……

 

(大馬鹿モンかよ……ッ。)

 

「いや、思ったより風真が

優勢に進んでいってるな。

さっきの危うさは、

あたしの杞憂か。」

「…………。」

 

「『刀痕』で攻撃の手数を増やした

風真いろはに対し。

連戦でデフレクタを大幅に失い、

互角の鍔迫り合いも

ままならない程

体力を消耗した白河ユイナ。」

 

「これって…………」

 

「ああ。

風真いろはの勝ちだ。」

 

――〝最強〟の戦跡、

アリーナに刻む!!

 

 

 



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28話・総帥との花見酒

 

━━▶︎ DAY???

 

ハーバリウム星。ウォレスの花園。

 

風真はラプ殿に連れられ、

とある星の観光に行っていた。

当人曰く、2人きりで話したいとの事。

 

ジャキンジャキン星でも

生い茂った緑や

花々の咲く草原を観れるが……

 

連れてこられたこの場所は、

生涯見てきた自然風景を

凌駕する程に美しかった。

 

造られたモノだと

分かっていても、

感動を覚えずにはいられない。

 

色彩のバランス、配置、

光の当たり方。

個々で咲き揺れる花々が、

お互いの美しさを高め合ってて……

全てが計算され尽くした

自然アートにも思えてくる。

 

そよ風の運ぶ

積み重なった芳香も、

一切の雑味なく

鼻腔を心地よく撫できて……

ただひたすらに、気持ちがいい。

 

まさに『百花繚乱』。

この景色を生み出すために

頑張った人々を、心の底から讃えたい。

 

(こんな幻想……

実在するんでござるな。)

 

「――綺麗だろ。いろは。

此処はな、『マルコ博士』の

お気に入りスポットだったんだ。

あいつ、有給休暇とったら

必ず此処にくんだぜ。」

 

遠い目をして、ラプ殿はそう告げた。

 

「ラプ殿は、どうなんでござるか?」

 

「吾輩も……好きだ。

まぁ、何たって

宇宙四大文化遺産の一つだしな。

ファンは宇宙中に

何兆も居るって噂もある。」

 

「確かに、居そうござるな。」

「あぁ。」

 

ラプ殿は頷くと、

広めの空きスペースに

レジャーシートを敷いて座り込んだ。

 

そして、風真に手招きをする。

 

「ほら、それなりに疲れただろうし。

いろはも座れよ。」

 

正直、ミリも疲れてないでござるが。

彼女なりの気遣いだろうと察し、

横に座った。

 

「ルイ姉やこより殿は、

連れてこなくて

良かったんでござるか? 

折角の休暇なのに、

この絶景を2人占めするなんて……

罰当たりでござるよ。」

 

「罰当たり?

何言ってんだおめェ。

この吾輩が、

意味も無くサシで

花見酒すると思ってんのか。」

 

「……花見酒?」

「そうだ。世の中ってのはなァ、

サシでしか交わせねェ

話がいくつもあンだよ。」

 

カポッ。……トプトプトプっ。

 

瓶詰め酒の栓を開け、

用意していた2つの酒枡に

中身を注ぐ。

 

ひたひたと酒枡へ満たされる

香り高い水面。

それが映すは、澄み渡った蒼穹。

 

ラプ殿の注ぐ所作は、

料亭のベテラン女将を

想起させるまでに洗練されていた。

 

「…………。」

 

「どうした? 

景色が美しくて言葉も出ねェか?

その気持ち、

分からんでもねェが……

折角の呑みの席で、

最高の肴もあんだしさ。

ちったぁ愉しめよ。」

 

「そうでござるな。」

 

「ちなみにこの酒は、

『雪花酒蔵』の特選品だ。

宇宙酒評論サークルの

ラミィやらでんが太鼓判を押してる

逸品だぞ。ちゃんと味わえよ。」

 

(どうして……)

 

「どうしてラプ殿は、

風真にそこまで

尽くしてくれるのでござるか?」

 

「深ぇ理由なんかねぇさ。

吾輩の行動動機は基本……

単なる〝気まぐれ〟。

誰かに従ったり振り回される

生き方なんて真っ平御免だ。

誰に何言われようが、

自分のスタンスを

変えようとは思わねェ。

……いろは、お前はどうだ?」

 

「風真は……」

 

ひゅぉぉぉっ!

 

一際大きな風が凪いだ。 

 

靡く白銀の髪が、

華やかな香りを纏って、

普段よりも艶っぽく見える。

 

「いいか、いろは。」

「…………。」

 

「風真……お前がこの先どうなろうと

吾輩の『用心棒』だ。

もう、お前は許されていいんだ。

他の誰がなんと言おうと、

この吾輩が許す。」

「…………。」

 

ゴクリと酒を呑み、ラプ殿が向き直る。

 

「急に黙んなよ。

無言になられると、吾輩だって

寂しいんだからな。」

「はは、ごめんでござる。」

 

「やっぱ花園が良過ぎて、

言葉も出ねぇ感じか。

……いいよな。それぞれの花が、

自分っていうのを

一生懸命だしててさ。」

 

「うん……一つ一つ立派だけど、

誰も喧嘩してないでござるよ。」

 

「でもな、コイツらにも様々な

繋がりってのがあって。

それらに支えられながら咲いてんだ。

土壌、雨、太陽。

どれか一つが欠如してりゃ、

伸び伸びと元気に生きらんねぇ。」

 

「そうでござるな。」

 

「そこで一つ、吾輩は

個人的に気になる事がある。

いろは。お前の家庭環境は

劣悪と言っても

過言じゃないモノだった筈だ。

……であるにも関わらず、

何故、真っ直ぐな人間で居られる。」

 

ああ。そっか。

 

ラプ殿が知りたかったのは、

踏み入りたかったのは……

こういう話でござったか。

 

確かに、多人数の前で

訊いていい話題じゃない。

 

「風真が不貞腐れずに

真っ直ぐ育った理由でござるか。

そうでござるなぁ……

大五郎お爺ちゃんと、らでん殿が

居てくれたお陰かもしれない。

どうしようもなく

心が張り裂けそうな時、

いつも風真を色んな所に

連れてってくれたでござるよ。」

 

ラプ殿は

風真の言葉で満足したのか、

朗らかな笑みをゆったりと浮かべた。

 

「そうか、良かったな。

ちゃんとした心の拠り所があって。

その〝繋がり〟……忘れんなよ。」

 

 

…………………………。

 

 

…………。

 

 

アリーナ会場。

 

風真は大の字で床に背をつけ、

倒れていた。

 

今はというと。

構築空間の天井をボーッと眺めて、

遠い思い出に耽っていた。

 

(風真の……

『完敗』でござるな。)

 

「不完全燃焼で敗北した気分はどうだ?

――〝風真いろは〟。」

 

「やけに挑発めいた煽りでござるな。

風真の神経を逆撫でして、

何になるんでござるか。」

 

「気分はどうだと訊いてるんだ。

御託を並べるよりも先、

先輩の質問に答えるのが

礼儀というモノだ。」

 

「……何とも言えないでござるよ。」

 

「だろうな。

……風真流の剣技を振るい、

勝利を狙うことも出来た筈だ。

だがお前は、

素の剣術と生得能力の

『刀痕』のみで私に挑んだ。

己が剣術を交わし合う

祭典において、

これ程の無礼があるか。」

 

やはり、

見透かされていたでござるか。

 

「風真は、お師殿の弟子として

勝利を収めたかった。

風真流のやり方で勝ったとしても、

それは風真流の強さであって……

お師殿が与えた

新しい強さの証明にはならない。」

 

「私が聞きたいのは、

そんな取り繕った言伝ではない。

これは個人的な見解でしかないが……

風真流の真髄は、

発動後の反動を伴う

特殊な剣術なのだろう。

恐らくそれは、数日間も身動きが

取れなくなるレベルの

奥の手だったりしてな。」

 

身動きが出来ないなんて

モノじゃない。

段階によっては……命だって。

 

いや、

こんな事は言うべきじゃないか。

 

「何も言ってないのに、

なんで分かるんでござるか。」

 

「私の管轄する部隊にも、

酷似した能力を持つ隊員が居てな。

抑制をした立ち回りっていうのが、

嫌でも理解できてしまうんだ。

つまる所。明日の任務に

支障を来たさないよう、

敢えて『温存』した。

違うか……風真いろは。」

 

丸裸。

100点満点の透視。

もう反論の余地すらない。

 

実は風真って、

そんなに分かりやすい子

だったのでござろうか。

 

「その通りでござるよ。

明日から標的となる

〝件のキャンサー〟は、

風真の全てをぶつけても勝てるか

どうか分からない。

だからほんの少しだけでも、

体力に余裕を持っておきたかった。」

 

「…………。」

 

こんな形で

自白する羽目になるなんて……

今日の風真、

とことんダサいでござるな。

 

「期待をしてくれたお師殿や夏目殿、

31Hのみんなを

裏切る形になったでござるが、

それでも、未来を護る可能性に

全力投球したいのでござるよ。」

 

「であれば、先輩として

一つ助言してやろう。

〝今に全力を注いだ思い出〟

ほど尊いモノはない。

故に。

未来の為に今を迷うっていうのは、

のちの後悔に

繋がる要因となり得る。

あの時あーしておけば良かった。

なんて戯言は一切通用しない。

……それが、世界の常だ。

だから――」

 

言って白河殿は、手を差し伸べた。

風真はその手を取り、立ち上がる。

 

「また次の祭典。

風真流の流儀を以て、

本気で私に挑んでくれ。

その時は私も、

喜んで本気を見せよう。」

 

「白河殿……ありがとうでござる。

次は、負けないでござるよ。」

「ああ。」

 

ピリリリリっ!

 

(ん? 

こんな時に『手帳』のメール?)

 

空気を読まないメールタイミング。

大凡誰のメールか分かるが、

一応白河殿に断りを入れて確認する。

 

《《ラプラス

 

吾輩が今夜いろはに

説教がてら言いたかった事、

ほとんど言われた。

 

くやしい。

今日はテキトーに駄弁って

幹部とハンバーグたべる。

 

《《自分

 

……りょーかいでござるー。 (^_^;)

 

(やっぱ締まらないなぁ……この総帥。)

 

まぁ、そういう所も含めて

愛らしい部分ではあるでござるが。

 

「どうした、風真。」

「んーや、何でもないでござる。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





どうも、たかしクランベリーです。

最近、青汁の白桃フレーバー
みたいなヤツ飲んだら意外と
美味くて、びっくりした果物です。

……という話はさておき。

断章ゴールに向かって
投稿頻度ブチ上げていこうと
思います。

よろしくお願いします。


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29話・合同作戦

 

━━▶︎ DAY 4 19:00

 

迎えた夜。

 

風真はナービィ広場に

連れてこられた。

呼び出したのは、ラプ殿だ。

 

木製ベンチの真横に座り、

彼女の様子を伺ってみる。

 

「いろは、

よく素直に来てくれたな。

敗北を喫したんだ。

ここに来るのも怖かったろ。

吾輩や皆に非難されるだろうとか。

そういう線も頭に過った筈だ。」

 

怖い……か。

怖いって思いも無いと言えば嘘になる。

 

それでも風真は、

本気で向き合おうとしてる皆の

気持ちを無駄にしたく無い。

 

それはきっと全部、

風真の為を思っての事だろうから。

 

「非難を受けるよりも〝大事なこと〟。

風真は、それを

受け取りに来たんでござるよ。」

 

ラプ殿は、しんみりと口を開いた。

 

「つくづく真面目だな。

だが、悪くねェ成長だ。

そんじゃ、

分身介錯の件……話してくか。」

 

「あれでござるか。」

 

――でも、一つだけ

感謝させてくれないかな。

もう1人の僕として

手を貸してくれて……ありがとう。――

 

――バリィンッ!! ――

 

鮮明に思い出す、介錯の残滓。

 

胸の奥が、キュッとなった。

 

「アレはないろは。

今までお前が、吾輩たちに

〝やってきた事〟だ。

恩義を感じる分には構わねェが、

謙虚と臆病を〝履き違え〟ていた。

自分を何度も押し殺してまで

八方美人してるサマは、

見てて苦しいモンがあんだよ。」

 

知らず知らずのうちに、

風真は皆殿を

心配させていたんでござるな。

 

「…………。」

「吾輩が最初にお前に課した

『命令』を覚えているか?」

 

(当然、覚えてるでござる。)

 

「〝吾輩に遠慮はするな〟

……で、ござるよな。」

 

「ああ。今日までそれを

守り通してくれたのは、

素直に称賛すべき成果だ。

でも真に我々が求めてんのは、

その先の進歩……

そういう繋がりが広がる事だ。」

 

――あなたの剣が為す役割は、

〝それだけじゃない〟という事です。――

 

――そうか、良かったな。

ちゃんとした心の拠り所があって。

その〝繋がり〟……忘れんなよ。――

 

あ……そうだったんだ。

風真が振るう剣の意味、

その『もう一つ』は……

 

こんな形で

答え合わせされるなんて、

思っても見なかったでござるな。

 

「その顔……何かに

気がついたようだな、いろは。」

 

「うん。見つけられた

ような気がするでござる。

それもこれも、ラプ殿やみな殿が

ちゃんと風真を 

見てくれたお陰でござる。」

 

こつんっ!

 

刹那、額の一点に集中した

鈍い痛みが奔る。

目の前には、無邪気に笑う

ラプ殿の顔があった。

 

(これは、デコピンでござるか……。)

 

「ばーか。本当に我々だけの

手柄だと思ってんのか?

そんだけじゃねェよ。

いろは自身が成長して、

しっかり過去の自分と向き合った。

大部分は、そんなシンプルな答え

だっつーの。」

 

「え?」

 

「えもおもねーよ。

吾輩たちは、

花に水と肥料を与えたに過ぎない。

どう咲くかはその花次第だろーが。」

 

「ははっ……そうでござるな。」

 

「でも、少し悔しくもある。

我々がholoXという環境に

閉じ込めた所為で、

図らずも風真いろは個人の

精神的成長や視野の拡大……

その可能性を

大きく狭めてしまった。」

 

「…………。」

 

「侵略者という視点から、

身近な防衛側への意識改革。

セラフ部隊との関わりや刺激……

そういう出逢いがなきゃ、

こんなに

変わる事も無かっただろうな。」

 

「……ラプ殿。」

 

ずっと、心配かけてたんだ。

それなのに、

風真は呑気に勝つ事ばかり考えて。

 

「そのっ、」

「謝る必要なんざねェ。

我々にも落ち度があり、

事の責任も有る。」

 

どうしてっ、言葉を

出せないんでござるかっ。

出そうなのに、

喉元で突っかかってばかり。

 

「まーその、なんだ。

開放的に生きるってのも、

案外楽しいぞ。」

 

「ありがとう……ラプ殿。」

 

風真が何かを言わずとも、

的確な言葉を投げかけてくれる……。

 

なんだかんだ

holoXのみんながラプ殿を

心の底から信用してるのも、

こういう部分が

大きいんでござろうな。

 

「さーて。明日は一大任務だ。

張り切ってやりきろうぜ!」

 

「……うん!

ジャキンジャキンと

解決してやるでごさるよ!」

 

 

『第31A、31B並びに

31H、30Gは

至急ブリーフィングルームへ。』

 

「え?」

 

各所に設置されたスピーカーから

呼び出しが入る。

ラプ殿も、予めそれを

知ってたかのように上を見上げた。

 

「提供データの確認も済み、

作戦が整ったか。

……わざわざ今招集するってことは、

明日は即刻作戦を

執り行うつもりなのだろうな。

行くぞ、いろは。」

 

「了解でござる。」

 

 

 

 

――ブリーフィングルーム。

 

四部隊同時の招集もあってか。

いつも空き気味な

この部屋も、僅かな空席しか

残らないほど詰め詰めになっていた。

 

「司令官、入室。」

 

士官の宣言で、

司令官殿が壇上にやってくる。

 

すると一帯の空気にも、緊張が走った。

 

「自由時間を削るような真似を

してすまないわね。

けれど明日は、一分一秒たりとも

無駄にする訳にはいかない。

あなた達には、

それは理解して欲しいわ。」

 

「構わん。アイツは疾く屠らんと、

より危険な個体に成りかねん。

それにまだ、

歯止めの効かない範囲では無い。」

 

ラプ殿にここまで言わせるって……

薄々感じてはいたけど。

あのキャンサー、

そんなヤバいんでござるな。

 

「ええ。

それは我々司令部も同様の判断よ。

故に、現段階で

組み込める集団戦力を動員させた。

七瀬。」

 

「はい。」

 

士官がリモコン操作し、

モニターに映るスライドを変える。

 

そこには、ドラゴン化した

Scrap wingの3DCGモデルが

表示されていた。

 

「第31H部隊の提供データにより。

Scrap wingは鉄屑を纏い、

自らの破壊力や頑丈性を

増長している事が判明しました。

当該キャンサーの外殻に

纏われた〝鉄屑の鎧〟は、

破壊しても電磁力で

すぐさま再生する為。

再生の隙を与えない波状攻撃が

討伐の要となります。」

 

「それで四部隊動員という訳か。

確かに、理に適っているな。

吾輩も丁度、数を欲してた所だ。」

 

司令官が帽子を整えて向き直る。

 

「分かったかしら。

Scrap wingが持つ能力の都合上、

護送車両を呼び出しての撤退は

まず出来ないと思いなさい。

夜も遅いから、

翌日行うオペレーション概要の

詳細については、

司令部が纏めた計画書を

読み込んで明日に備えなさい。

以上よ。……解散。」

 

士官が各々に

分厚い冊子のようなモノを配り、

目紛しい今日という波乱の波は

静かに引いた。

 

 

そして…………

 

 

 

 

━━▶︎ DAY5 5:30

 

「トッ、トワ様ぁぁあっ❤︎

むにゃむにゃ……」

 

「あっ、そこはダメですよぉ〜❤︎❤︎

シオン先ぱぁ〜い。むにゃ……」

「マヨが1本、マヨが2本……54本。

へへっ……幸せこよー。」

 

「にぇへっ……にぇへへっ! 

むにぇー。」

「ハッハー↑」

 

『Can you feel madness

この世界の全t……カチャッ。』

 

早めに起きれるよう設定した

起床タイマー(音楽)を止め、

身体を起こす。

 

楽しそうに寝言を

唱える熟睡中の

みこ先輩やholoX面々を置いて。

洗顔、デンタルケア、髪梳かし等の

朝支度を済ませ、

一人エントランスへ行く。

 

清掃員が転々と清掃をしてる中で

風真は、ある人物と

電子軍人手帳のメールツールで

やり取りをした。

 

数十分後。

 

風真はメールでアポを取った相手と

ナービィ広場で合流した。

 

「お弟子さん、こんな朝早くに

わたしを呼び出すなんて……

一体何の用でしょうか。

敗北の悔しさから、

稽古でも乞うつもりですか。」

 

「違うでござる。

風真、見つけたんでござるよ。

剣を振るう〝もう一つの理由〟……」

「では、聞かせてもらいましょう。」

 

「それは―――。」

 

「正解です。様々な困難に

己が剣を振るい、

漸く見つけ出したようですね。

しかし、単なる答え合わせであれば

この早朝にわたしを

呼び出す意味はありません。

何か、別の目的がありますね。」

 

流石お師殿。

全部お見通しでござるか。

 

「驚くほど、図星でござるよ。」

「最強剣士に、

読めぬ未来はありませんのでね。」

 

それは多分嘘だ。

 

「風真の持つ12の剣術を、

全て捌ききって欲しいでござる。

もちろん、出力は

最小限で放つでござるよ。」

 

「要するに……〝全ての役〟を

揃える必要が、件のキャンサーには

あるわけですね。

良いでしょう。お付き合いします。」

 

…………。

 

――キィンッ。

 

「良い剣です。この後お弟子さんと

共闘するのが、

楽しみになるくらいです。」

「そのお世辞、

風真にはまだ早いでござるよ。」

 

「まったく、

素直じゃないお弟子さんですね。」

 

ザッ。

 

剣技を全て捌いた風真らの前に、

眼帯をつけた

少女が歩み寄ってきた。

 

……柊木梢殿だ。

 

「これが剣の世界。あたしには

何が何だか分かりませんが、

どこか情熱に満ち溢れていて。

素人ながら、

少し憧れちゃいますね。」

 

「柊木殿?」

 

ニコッと笑顔を向け、

彼女は口を開いた。

 

「おはようございます。

風真さん、いきなり押しかけて

悪いのですが……あたしと

数十秒、握手してくれませんか。」

 

「……え?」

 

「お弟子さん、行きなさい。

あなたの勇姿を讃えてくれる人が

少なからず居るんです。

応えなければ、剣士の名が

廃るというものです。」

 

「わ、分かったでござる。」

 

お師殿の力説に流されて、

柊木殿の握手に応じる。

 

すると、謎の違和感が

身体中を駆け巡った。

まるで未知のエネルギーが、

雪崩れ込んできたような…………

 

「ふふ、驚きましたか。

これはあたしの『術式』です。

触れた対象にあたし自身の

〝呪力を伝染〟させる。

本日限りの一時的なモノですが、

きっと、あなたの役に

立つかもしれません。」

 

「なるほど、

力の贈呈というコトですか。

いいファンに巡り会えましたね。

師匠であるわたしも、

鼻が高いです。」

 

未来、読めてないじゃん。

 

「Scrap wingの討伐、

共に頑張りましょう……!」

「師匠であるわたしも、

尽力致しましょう。」

 

「2人とも、ありがとうでござる。

それとお師殿。

もしもに備えて一つ。

風真の言伝を残して良いでござるか?」

 

「はい。何でしょう。」

 

風真は、大事な言伝を残した。

 

「――承知しました。

この言伝は、

師匠であるわたしが心の内に

仕舞っておきましょう。

……叶うことならば、これを

言わずに済むのが理想ですね。」

 

「ははっ、そうでござるな。」

 

 



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30話・耀かし

 

 

━━━▶︎ DAY5 13:10

 

高円寺駅跡地。ポイント丁。

 

《〜SIDE『ラプラス・ダークネス』》

 

 

「ギャォォオオオオオッ!!」

 

 

セラフ部隊が選抜した

合同部隊を前に、

完全回復を果たした鉄の竜が

咆哮を上げ降り立つ。

 

「これが……Scrap wing。」

「間違いねェみたいだぞ。月歌。」

 

「これを相手に

無傷で帰還するなんて……

蒼井には到底真似できません。」 

 

「蒼井、今日はアイツをぶっ倒すんだろ。

こちとら最大戦力だ。

何もビビる必要なんかねェ。

なぁ……すもも。」

「姉さんの言う通りにゃ。」

 

「お弟子さん。

〝覚悟〟はいいですか?」

「分かってるでござるよ。」

 

ブウンッ!

 

各々が化け物を前に 

言葉を述べる中。

いろはは

師匠とやらの問いに鼓舞され、

セラフの刀を構える。

 

さて。

ここは総帥らしく、

戦いの火蓋を切るとしよう。

 

「貴様らッ!

奴のやり方は事前に

打ち合わせした通りだ!

キメるぞ、今ここでッ……!!」

 

「――ッ!

攻撃がくるにゃ!?」

 

バサァッ。

 

白き翼を広げた少女が

一同の最前線に飛び、唱える。

 

「〝お願い〟 〝護って〟」

 

タッ、タッタッ……ダッ。タンっ!

 

その背後で高くジャンプをし、

羽搏く彼女の肩を右手で掴むと。

ここぞと自分を

アピールする巫女の姿もあった。

 

「みこを忘れて貰っちゃあ

困るにぇ……!!」

 

両者は意思を結託したかのような

顔付きで頷き合い、

守護の力を発揮した。

 

「「――合技

『えりぃと・エンジェルズウィング』」」

 

白き両翼が桜色に変色し、

桜吹雪が散る。

それと同時に

展開された障壁は、

ものの見事に竜の猛攻を抑え続ける。 

 

アドリブにしては、想像を

遥かに越えた強固な守りだった。

 

「「はぁぁああああああっ!!」」

 

パァンっ!!

 

攻撃こそが最大の防御とも

言われるが、

その逆も然り。

逸脱した防御は時として、

攻め手にさえ牙を向く。

 

防御の裏返し。

 

鉄の竜は、突如として壁に

弾き飛ばされた。

 

「グギギギギァーッ」

 

予想外のノックバックに怯む竜。

吾輩は、内心ほくそ笑んだ。

 

(待ってたぜ……その『隙』を!)

 

「今だッ!

『支援スキル』を展開し、

一斉に叩き込むぞ!!」

 

「――任せて!!

〝願いよ叶え〟 〝いつの日か〟

〝Wow★Yeah〟」

 

天高くに打ち放つ眩い光の導きで、

我々のエネルギーが増幅する。

攻めの態勢は今、整いつつある。

 

「〝無駄に綺麗な星空だな〟

〝最後がこんな夜もよかろう〟」

 

星の輝きが、白河隊員を導いた。

 

「感謝する。樋口。」

「勘違いするな。白河ユイナ。

私が手を貸したからには、

それ相応の一撃を撃ってもらうぞ。」

 

「……分かってる。」

 

2人が会心の一撃を準備する間も、

攻めの手は緩めない。

 

強化を貰って早々、

竜の前脚に狙いをつける

二つの影があった。

 

両者は3点のエネルギーを

中空に蓄積する。

 

「〝お前は今から塵となる〟

――これでなぁッ!!」

「〝退屈しのぎに派手なのいくにゃ〟

――にゃっ!!」

 

左右から放たれる凝縮の一撃。

それは激しく炸裂し、

奴の両前脚を粉々に砕いた。

 

続けて。

上空からも狙いを定める光があった。

 

「〝番えましょう〟 〝破魔の矢を〟

――せいっ!!」

 

周囲に光の粒子エネルギーが

散布され、浮遊する。

 

そして、吾輩と茅森も攻撃に続く。

 

「やるぞ茅森。」

「おうよ!」

 

宙を舞い、黒と虹の軌跡を描く。

幾重にも重なる斬撃の線は、

恐ろしい解体包囲網と化していた。

 

「「――合技『漆黒・夢幻泡影』」」

 

「ウギィァアアアアアアアッ!」

 

自身の創り出した鉄の鎧が

剥がれてくのに苛立ちを覚えたのか。

かつてない断末魔をあげる

Scrap wing。

 

そうして

崩れ落ちる鉄塊の中から、

漸く姿を見せる本体。

その露出を、この場にいる誰もが

見逃さなかった。

 

今期の武術祭で優勝を飾った

彼女は既に、間合いを捉えていた。

 

天に掲げた剣に祈りを捧げ、

神々しき光で裁きの一撃を放つ。

 

「〝人類を見くびるな〟

――せいっ!!」

 

確実に通った。本体への一閃。

 

先程の威勢の良さが

嘘だったように、ヤツは沈黙する。

 

しかし、そんな

安堵の瞬間も束の間だった。

 

「やったか……!?」

「そのお決まり

フラグやめろ月歌。

復帰したらどうすんだよ……。」

 

「でも……これ程強力な個体が、

未だに尖塔化しないのも

不自然だわ。」

 

「ええ、それもその筈です。東城さん。

彼の呪力量は低下するどころか、

――今、〝増幅〟しています。」

 

「何言ってんだよ……こじゅ。」

 

黙する怪鳥の眼光が、

刹那、赫く光る。

 

ギラァン!

……ゴゴゴゴゴゴ。

 

「地響きか――ひひゃぁっ!

面白くなってきたのォ!!」

「全然面白くありませんが!!」

 

「蒼井さん! さくらさん!

今すぐ合技式専用スキルの

準備をしてくださいッ!

来ます。『呪力の起こり』が……!!」

 

「ウバシャアアアアア!!」

 

Scrap wingの激昂に

呼応するように、

周囲から

ありとあらゆる金属製品が

集約していく……

 

誰もが考えたくない

1番最悪のケースが今、

訪れようとしている。

 

形成される8つの巨大な骨組み。

金属同士が乱雑に

接続する不協和音を奏で、

更なる鉄の受肉が施される――。

 

奴の最終選択肢が

『自爆』であれば、防壁展開系の

スキルで対処も十分可能だった。

 

最も望まないケース。

それは、

鉄の鎧を更に強固なモノとし

進化を遂げること。

 

ドラゴンというスケールに

収まっていれば、

まだ応戦の余地はあった。

 

今の相手は、

最早継戦するのすら

馬鹿らしくなってくる。

 

周辺のビルを薙ぎ倒しながら

全貌を露わす8頭の巨龍……

いや、蛇か。

 

殺意と怒りに満ちた

生ける要塞が、

口元から白煙を吹き出し

こちらを覗く。

 

「何だよアレ……

あたしは、悪い夢でも見てんのか?」

「月歌……。」

 

「そんなっ……日本神話だけの

〝存在のはず〟っ、どうして。」

 

「――『特級仮想怨霊・八俣遠呂智』

我々術師の世界では、

そう呼ばれています。

覚えてますか、茅森さん。

以前キャンサーに

呪霊が憑いた時のこと。

例に漏れず。……あの姿こそが、

彼本来の姿なのです。」

 

「…………こんなん、

どう祓えってんだよ。こじゅ。」

 

「諦めるな茅森!

桐生! 日本神話の伝承で、

八俣遠呂智はどう退治されたッ!?

そこに攻略の糸口がある筈だ!」

 

「〝素戔嗚尊は計りありて毒の酒を釀み、

以ちいて飲ませた。

八岐大蛇は酔いて睡る――。〟

これが伝承にて綴られた攻略法です。

当然。この状況下でキャンサーが

飲酒をし、隙を晒す筈もありません。

ごめんなさい、白河さん。

わたくしが未熟者なばかりに。」

 

「くっ………桐生は悪くない。」

 

「――であれば、強行突破あるのみ。

我が『あの力』を振るう他ない。

白河、蔵。我に使わせてくれ。」

 

「ダメだよ月城ちゃん!

アンタの『ソレ』が

いくら強力だとしても、

このバケモンを屠れる保証は

何処にもないよ!!

あたいは認めないよ!!」

 

30Gの連中も、

何か秘策を持ってるようだが……

それは吾輩も同じだ。

 

「幹部、

吾輩に『力』を使わせてくれ。」

 

「許可できません。

確かに、総帥の抑制していた力を

一部解放すれば、

容易く葬れるでしょう。

しかし、私の『炎』を以てしても……

護れる命の数に

〝限り〟があるんです。」

 

「じゃあどうしろってんだよ!

このままみこ先輩と蒼井が

踏ん張って防いでるのを

黙って見てろって言うのかよ!!」

 

「それは違うでござるよ。ラプ殿。」

 

キインッ。

 

地面に、6メートルほどの

『刀痕』が敷かれた。

 

どうやらいろはだけは、

吾輩のやり方に

賛同してくれるようだ。

 

「『刀痕』か!

よくやったぞいろは!

これで貴様ら全員が退却すれば、

吾輩とScrapwingの

一騎打ちに持ち込める!!」

 

「ラプ殿1人に、

そんな危ない事は

させたくないでござるよ。

この戦場から退却するのは、

風真以外の仲間でござる。」

「……いろは?」

 

「漸くですか。お弟子さん。

あとの避難誘導は、

わたしにお任せください。

全ての責任は、わたしが負います。

――集合ぉおっ!!」

 

「「「「「「―――!!!」」」」」」

 

「みなさん! 

『刀痕』を使って直ちに

戦線離脱してください!!

今の戦力では、

到底太刀打ち出来ません!」

 

どうしてだ。

いろはは……何を考えて……

 

どうしてだ?

いつもは、

手に取るように思考がわかるのに……

 

「その刀痕は、

セラフ基地のナービィ広場に

設置した『刀痕』に

繋がってるでござる。」

 

違う。吾輩が知りたいのは……

 

「風真、見つけたんでござるよ。

剣を振るうもう一つの理由。

それは、気兼ねない繋がりを

紡いで、強く結んで、護る剣。

……風真はその在り方を、

最後まで大事に守り通したい。」

 

違う。違う。違う。

吾輩がいろはに見つけて

欲しかったのは……

 

「あの時潰える筈だった

風真の命は、延長された。

そこからの世界は、

花園のフラワーアーチを

潜り歩いてるように綺麗で、

ただただ眩しくて……

幸せでござった。」

 

「………………。」

 

「こんなに沢山貰った幸せを

どう返したらいいか。

実を言うと。

そんな悩ましい気持ちも、

心の隙間に

挟まってたりしてた。」

 

頼む。考え直してくれ。

誰でもいい。

時間を戻してくれ。

 

吾輩は、何処から間違えたんだ。

 

「……でも、そういう悩みとも、

今日でおさらばでござる。

1人の侍として、

ケジメをつけるから。」

 

(何もしなくていい。

返さなくていい。

もう吾輩は、充分に。)

 

「ラプ殿、お師殿。

holoXの皆殿、ホロメンの皆殿、

それと、セラフ部隊の皆殿……

今までありがとうでござる。

――風真流奥義、覚醒術。

『泉穴開門・五光』」

 

いろはの右半身に、

観世水柄の紋様が浮かび上がる。

顔や手足の皮膚を淡く照らして

飾るその色は――

間違いなく〝黄金色〟だった。

 

「いろ……は?」

 

嘘だ。

嘘だ嘘だ嘘だ。

嫌だ嫌だ嫌だ。

 

ガシッ。

 

錯乱しかけた吾輩の両肩を、

高嶺ルイが掴んだ。

 

そして、

真摯な眼差しをこちらに向け。

吾輩に決断を仰いだ。

 

「師匠と蒼井さん、

我々を除く他部隊員はみな、

『刀痕』で基地へ帰りました。

総帥自身も、

一度あれが始まれば

助からない技であると

ご存知ですよね。

いい加減、ご決断ください。」

 

「ざけんなよぉッ!!

いろはは吾輩が助ける!

博士が治療する!

それでいいだろうが!!

お前も師匠なんだろ!?

弟子の自害を

黙って見過ごすなよッ!!」

 

「お弟子さんの〝耀かし門出〟を

見届けるのも、

師匠であるわたしの務めです。

寧ろ、全身全霊を尽くす

風真さんに対して

駄々を捏ねるというのは、

冒涜そのものではないですか。」

 

「違ェよっ!!

吾輩がいろはの為にどれだけっ……

どれだけやってきたと――」

 

ピタっ。

 

吾輩の首筋に、博士の三つ指が触れた。

 

「馬の耳に念仏。

今の総帥は、とてもですが

褒められる精神状態では

御座いません。

総帥、一時のご無礼を

お赦しください。

……こよりちゃん。

あとは頼みました。」

 

「…………。」

 

「博士……お前なら分かるだろ?

マルコ博士の意思を

継いだお前なら……なぁ……?」

 

「…………。」

「なんとか言えよッ……!」

 

「……ごめんねラプちゃん。

――『電圧実験』。」

 

バチっ……。

 

 

これより――〝168秒後〟

 

前代未聞、未だ嘗て無い

セラフ部隊の戦跡が 

旧杉並区に刻まれる事となる。  

 

風真流覚醒術・泉穴開門『五光』。

 

風真いろはが

〝絶命の縛り〟と引き換えに

手にしたのは……

本来の肉体スペックを度外視し、

天変地異さえも

起こしうる『破壊の力』。

 

鋼鉄の再生速度を上回る 

神速の猛攻。

絶え間なく空間を裂く光の捌き。

 

刻まれたのは。

『無我夢中』を優に越える

旧都市崩壊の史実。記録。

大震災の2次被害を

思わせる地割れのような大きな溝。

 

数日を経て

ドローン観測されたそれは、

約16・8kmにまで及び、

……その深さは、漸深層に達すると

軍部に発表された。

 

まさに都市を両断する人災そのもの。

高層ビル23階相当に聳え立った

〝白き柱〟は、

後に天界の貢ぎ物と称される。

 

その轟く翠の斬撃を

遠目で偶然目にしたドーム住民らは、

皆口を揃えてこう言った。

 

『星の街が現れた。翠の彗星だ。』

……と。

 

現存する記録というには、

あまりにも相応しくない痕跡……

正真正銘の、

観測可能な――〝伝説〟であった。

 

偶然か否か。

柊木梢の『術式』によって

風真いろはに〝伝染した呪力〟は……

特級仮想怨霊・八俣遠呂智の魂をも

一刀両断し……斬り祓った。

 

双方激闘の没後。

 

運命の歯車に挟まってた

翠の螺子は

勢いよく轢き潰されて……

鉄の粉塵となって散る。

 

そうして再び、

世界の運命は正しく廻り始めた――。

 

当歯車に轢き潰される筈の

蒼い螺子は、弾け飛び。捻られ……

生の世界へ固定される。

 

約束された帰結。

絶対的な命の等価交換。

これにて

運命の軌道修正は、完全に成された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





どうも、たかしクランベリーです。

推しのござるさんを
このまま終わらせるような
真似はしません。
絶対ハッピーエンドにします。
よろしくお願いします。


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31話・駅へ

 

━━▶︎ DAY??? 所在地???

 

《〜SIDE『風真いろは』〜》

 

「や!」

 

「うわっ、能面っ!!」

 

「失礼でございますなぁ。

人の顔を見るなり……

アッファっファっファっ!」

 

「顔じゃなくて能面だし!?

出会い頭に能面お化けは

マジ怖すぎて最悪でござるよ!?」

 

「ごめんごめん……

驚かすつもりは無かったっちゃん。」

 

この独特の笑い声。

長い黒髪に

所々混じる白色のメッシュ。

 

黒を基調とした

和テイストのゴスロリ衣装。

 

こんな特徴的な人物、

見紛う方が難しい。

 

「――らでん殿でござるか?」

 

彼女は頷くと、静かに

能面を顔から剥がした。

 

「正解っちゃん。

で、どげんだったばい?

〝件のキャンサー〟は。」

 

問いかけながら、

らでん殿は風真の真隣に座った。

 

「強かったでござるよ。

それこそ、

風真の全力が必要なくらいには。」

 

「へー。

バリ強い敵だったっちゅー訳か。」

 

「まぁ、そんな感じでござる。

正直な話。

剣士としてはトップなんだって、

風真自身、驕ってた所もあった。」

 

「…………。」

 

「鍛えた肉体に身につけた技術。

風真は、侍として上位な猛者で

あると思い込んでた。

けれど、いざ蓋を開けてみれば、

自分は風真流剣術の強さを

無為に振るってた蛮族だった。」  

 

そう……

武術祭の皆殿は、

己の芯や信念がしっかりしていて、

風真には

眩し過ぎる剣の在り方だった。

 

「そんな風真の剣でも、

最後の最後で

皆殿の役に立てて……

嬉しかったでござるな。」

 

「……妬ける話で御座いますなぁ。

でもいろはちゃんが満足したなら、

それでよか。」

 

「――満足で、ござるか。」

「ん?」

 

らでん殿は、首を傾げた。

 

「最後の最後。ラプ殿に

あんな顔をさせたのは、

少し後悔してるでござるよ。」

 

「はへー。いろはちゃんは

あのちっこい総帥が、

バリ大好きっちゃんねぇ。」

「大好きでござるよ。

風真と友達になってくれた皆殿は。」

 

「うわー。侍のクセに

そういう話は逃げ腰なんだー。

色恋沙汰のきゅんきゅん

エピソードは

なんぼあっても良いのにー。」

 

「別に、色恋沙汰なんて

ミリも無いでござるよ。」

「素直じゃないけんなぁ、

このこのー♪」

 

煽るように、らでん殿は

風真の頬に指をツンツン刺してくる。

やかましい。

 

けれど、こういう騒々しさは

嫌いじゃない。

 

あまりにしつこいと

手で振り払うけど。

 

「お? 電車が来たばい。」

 

イジりに飽きたのか、

煽り行為を止め。

彼女の視線は

電車の方に移っていた。

風真も、顔を線路側に向ける。

 

『こちらぁ〜〝きさらぎ駅〟ぃ〜。

きさらぎ駅ぃ〜。

降車する亡者の皆様は、

忘れ物にご注意くださぁ〜い。』

 

ピピピピ……プシュー。

 

各駅停車した車両がドアを開き、

次々と乗客が降車していく。

 

風真たちはと言うと。

 

きさらぎ駅のホームベンチで

座り込み、

その様子を眺めてるだけだった。

 

と、偶々なのか。

 

ゾロゾロと辺りへ散っていく

数多き亡者の影の中に、

見慣れた後ろ姿を発見した。

 

思わず風真は、呼び止めてしまった。

 

「おーい! カリオペ殿ぉぉお!

〝殉ずる亡者に未練は無い〟って

言ってたでござるよなぁぁああー!」

 

ピクっ。フッ。

 

自覚があるのか。

ピクリと立ち止まると、

瞬時に姿を消し……

風真の目の前に現れた。

 

「あのねーいろはちゃん。

いつからアナタ、

そんなラプラスっぽい

皮肉言うようになったのよ。」

 

「まぁまぁ、酒でも飲んで

落ち着いてくだせぇ

カリオペの姉御ぉ。

らでんがちょちょいっと、

熱燗注いでやりますから。」

 

「要らないし、そんな酒も

道具も持ってないでしょ。」

 

「あちゃー。

バレちゃいましたかぁ。

こりゃ一本取られたばい!

アッファっファっ……!!」

 

わざとらしく額に手を当て、

渾身のギャグを滑らせるらでん殿。

噺家としての将来が、

ちょっと不安になる。

 

「さて。本当はあなたの担当に

なる気は無かったけど、

私が案内人になってあげるわ。」

 

「おぉ、大きく出たっちゃんねぇ。

カリオペ先輩。」

 

「大きく出るも何も、

ただの気まぐれよ。

それにらでん。あなたが

何をしでかすか分からない以上、

見張る必要もあるしね。」

「やれやれですなぁ……。」

 

凄い。

 

相手が死神な上に大先輩なのに、

らでん殿は

肝が据わってるでござる。

 

「じゃあまずは、

この場所についての説明ね。

駅名は既に聞いてたでしょうけど

一応補足を入れておくわ。」

 

「無視は酷いっちゃん!!」

「あなたに構ってたら

話が進まないわ。

大人しくハーバリウムでも

飲んでなさい。」

 

「ハーバリウム飲みまぁーす!

――って飲むかァァ!! 

誰がうるしじゃぁあーいッ!!」

「…………。」

 

勢いよくカリオペ殿の胴体に

逆手ビンタのツッコミをかますが、

コレまた盛大に滑った。

 

「らでん殿……もうそのスベり芸、

辞めた方が。」

「ううっ、らでんはいつか。

立派な噺家になったるばい……!」

 

どうしてだろう。

初見でも嘘泣きって分かる

タイプの猿芝居だ。

 

「話を戻すわね。

この場所は、現世から外れた

魂魄たちの『終着駅』。

亡者たちは担当の死神に

導かれたのち、

正しい手続きを踏み、

次なる『生』に向かうわ。」

 

「ざっくり言うなれば、

黄泉の世界って事ですな!」

 

だとすると、いくつか疑問が浮かぶ。

 

「えーと、風真の担当がカリオペ殿?

それとも、カリオペ殿はらでん殿の

担当でござるか?」

 

「どちらも違うわ。

あなたの担当はらでんちゃんに

驚いて逃げ去った。

その件については、

あとで私が直々に

説教しておくから安心なさい。」

 

「つまる所、臨時でカリオペ先輩が

いろはちゃんの担当死神になった。

という訳ですな!

アッファっ……!」

 

もう一周回って

この2人、大の仲良しでござるよな。

合いの手とか、タイミング完璧そう。

 

「そこであなたには、

二つの選択肢を与えるわ。」

「………選択肢?」

 

彼女は頷いた。

 

「ええ。

新しい道を望むなら

〝外回りの路線〟へ。

過去の轍を歩むのなら

〝内回りの路線〟へ。

いろはちゃん。

未来の全てはあなたの選択次第よ。

好きに選びなさい。」

 

「風真は……」

 

ザッ。

 

「いろは、なんばしよっと?

〝そげん道〟

……誰が望んでるばい。」

 

「これが、風真の望んだ答え。

後のことは

お師殿に伝えといたから、

もう悔いは無いでござるよ。」

 

「悔いとか未練とかの話じゃない!

らでんは――ッ。」

 

「儒烏風亭らでん。

貴女の方こそ何のつもり?」

 

急にカリオペ殿の声音が

死神らしい冷酷なモノとなり、

らでん殿が静まった。

 

その首には、

死神の鎌が切先を寄せていた。

 

「…………。」

 

「……只の強い魔力なら

幾らでも存在するし、

私たちの業務に

危害が及ぶ事はないわ。

但し。貴女の持つ『魔力』は、

我々死神にとって

とても不都合な代物。

その発動を、私が

黙って見過ごす訳ないでしょ。」

 

「死神に……不都合?

らでん殿。それは、

どういう事でござるか……」

 

「………。」

「らでん……殿?」

 

「…………カリオペ先輩、

ほんの少しだけ。

らでんの我儘を聞いて欲しいばい。」

 

スッ。

 

死神の鎌が消滅した。

 

「交渉次第ね。

耳を貸してあげるわ。」

 

らでん殿は風真に聞こえないよう、

彼女に耳打ちした。

 

「いいわ。

その提案、飲んであげる。」

「カリオペ殿?」

 

「ここで態々立ち話を続ける

必要はない。移動がてら、

詳しい話は車内でしましょう。

2人とも、私について来なさい。」

 

淡々と指示を伝え、

風真たちはカリオペ殿に

案内された車両に乗車した。

 

座席は、4人掛けの

向かい合う構造をしたテーブル席。

 

正面にカリオペ殿が座り、

対面で風真たちが着席した。

 

『次はぁ〜、〝かたす駅〟ぃ〜。

かたす駅ぃ〜。

御出口は左になりまぁ〜す。

それでは発車致しまぁ〜〜す。』

 

ピピピピ……シューっ。

 

ガタンゴトン、ガタンゴトン。

 

「らでんちゃん。

急に黙り込んでどうしたのかしら。

ヤニ不足? アルコール不足?」

「…………。」

 

さっきから地蔵みたいに

なってて、風真自身も

ちょっと心配になる。

 

「あなたから

話す気がないのなら……

私、いろはちゃんと

お話しようかしら。」

 

「話?」

「そうよ。気軽に質問していいわ。

私が知り得る範囲で、

何でも答えてあげる。」

 

「それは、らでん殿の

事でも良いんでござるか?」

 

「ええ。彼女がどう思おうとも、

私には、本人の傍で

暴露する権利が充分ある。

そして恐らく……

いろはちゃんが

今知りたい情報の大半は

彼女のことでしょう?」

 

見透かされてるでござるな。

 

「……左様でござる。」

「いいわ。一問一答ずつ、

丁寧に答えてあげる。」

 

(風真が、知りたいこと……)

 

▶︎らでん殿は〝生きてる〟のか?

▶︎らでん殿の『魔力』とは?

▶︎らでん殿の目的とは?

 

「らでん殿は……

生きてるでござるか?」

 

数秒ほど頬杖をつき、

カリオペ殿が答えた。

 

「半分生きてて、半分死んでる……

仮死状態というべきかしら。

高頻度で黄泉にスポーンする

迷惑極まりないこの体質を、

私は『放蕩体質』と呼んでるわ。」

 

「ほうとう……たいしつ?」

 

「お酒飲み飲みで深酔いしてる

わたくしの事ですな!

よくよく起きる

生死の綱渡り状態っす!

アッファっ!!」

 

「ただの急性アル中じゃん!

あとそれ

よく起きちゃいけないやつ!!」

 

「あら、急に元気になったわね。

良いつまみでも見つけた?」

「つまみくれぇ! 酒もくれぇ!」

「あげないわ。

大人しくしてなさい。」

 

「ガーーン。」

 

落胆した擬音を口にして

落ち込む人初めて見た。

これはまた暫く喋りそうにない。

 

「次の質問は?」

「らでん殿の魔力って、

何でござるか。」

 

「ふーん。

結構踏み込んだ事訊くのね。

まぁ、構わないけど。」

「…………。」

 

「――魔力【寄席開き】。

自身が演じた凡ゆる古典落語を

〝実現する〟能力。

魔力【ラボ・プール】同様。

効果範囲を

最小限に絞る〝縛り〟で、

絶大な効力が働いているわ。」

 

「それの何処が、

死神に不都合なんでござるか?」

 

カリオペ殿は一呼吸おいて、

続けた。

 

「ここで一つ念頭に

おいて欲しいのは……

落語という喜劇のオチは、

噺家が自由に創れるということ。

――だから、不都合なの。」

 

「話が見えてこないでござるよ。

それで結局、

らでん殿は一体何を……」

 

「まだ分からない?

らでんちゃんは自身の魔力で、

あなたを〝蘇らせる〟つもりなのよ。」

 





【〜ひさめっち師匠とお弟子列伝〜】

(※本編にヘブバンキャラが出ない為、
設けられたヘブバン専用コーナーです。)
(※軽い小話みたいな構成なので、
台本形式でお送りします。)
(※時系列は
シーレジェライブ後の直後です。)

ひさめっち
「さぁ、遂に来ましたよ!
わたしの『時代』ですっ!!
わたし主役のイベントストーリーが
来ましたよっ……!!」

夏目祈
「風真……
小笠原は何を言ってるんだ?」

ござる
「風真も、何がなんだか
さっぱりでござるよ。」

ひさめっち
「コレはもう祝議を
開く他ないですね!
さぁお弟子さんたち!!
わたしを祝福するのです!
さぁ……!!」

夏目祈
「風真、帰るぞ。」
ござる
「そーでござるな。」

ひさめっち
「あっ、ちょっ。
ちょっと待ってくださぁぁああいっ!」

数十分後。

ひさめっち
「おや? 帰ってきましたね。
どうしたんですか、
クラッカーなんて持って。」

パパァんっ!!

ひさめっち
「うおっ!? うるさっ!!」

ござる
「おめでとうでござる!」
夏目祈
「……よかったな。」

ひさめっち
「――はいっ!!」


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32話・よん文字で言うコト

 

「まだ分からない?

らでんちゃんは自身の魔力で、

あなたを〝蘇らせる〟つもりなのよ。」

 

風真が……蘇る?

 

聞き間違い、

じゃないでござるよな。

 

「はは、何かの冗談だよね。

風真が蘇生するなんて……」

 

「――演目『死神』。

特別な呪文を手にした

医療ペテン師が、

死神の掟を破る噺よ。

ペテン師の彼は死神の怒りを買い、

僅かな時間しか

命を灯せない自身の蝋燭から、

長寿な生命を約束された蝋燭へ

己が灯火を移す賭けに出た。」

 

「…………それって。」

 

「ここから先の『オチ』は、

噺家が〝決められる〟――。

演目の各配役は私が死神、

医療ペテン師役は

いろはちゃん。

シナリオのパターンは

『誉れの幇間』って所ね。

……ねぇ、いろはちゃん。

この意味が分かるかしら。」

 

理解した。

カリオペ殿がらでん殿の力を

危険視していた理由。

 

生死の理に反する概念系魔力。

頻繁に黄泉へ行き来する人間が、

情で亡者を蘇らせ放題。

 

死神からしたら、

そんな力……

無い方が良いに決まってる。

 

「んやー先輩〜ぃ。 

らでんを好き勝手暴露するのは

いいけんが、噺の

ネタバレは良くないっすよぉ。」

 

「いいでしょ。

あなたの厄介な魔力とも、

これでお別れ出来るのだから。」

 

「魔力とお別れ……?」

 

「私はらでんちゃんが

提案した諸々の条件を飲んで、

あなたの蘇生を

容認する事にしたの。」

 

「――それが、

魔力の交換っちゃん。」

「そういう事よ。」

 

バッ。

 

言ってカリオペ殿は、

懐から水色の『栞』を取り出し

見せびらかした。

 

「らでんちゃん。

この栞が誰のか分かる?」

 

らでん殿は目を細め、

スンスンと栞を嗅ぎ……

確信気味に頭を上下に振った。

 

「ふむふむ。 

コレは、ラミィ先輩の

『魔力』で御座いますな。

微かにアルコール臭がするばい。」

 

「ご名答。

――魔力『レバーギフテッド』

シオリちゃんが拡張魔術によって

〝複製ノベライズ〟した

魔力の塊よ。手にした者は、

肝臓が常人の約100倍強くなる。

実質、

『放蕩体質』封じにもなるわ。」

 

なんかガチガチにメタってない?

カリオペ殿。

 

「お酒飲み放題!? 最高じゃん!!」

 

「これを脳内に挿入すれば、

あなたの生得魔力は

『栞』として抽出され、

魔力の上書きが施される。

覚悟はいいかしら。」

 

「お酒飲み放題!? 最高じゃん!!」

 

自分の生得魔力に

興味無さすぎて

逆に心配になってきた。

嬉しすぎて

同じ発言繰り返す

botっぽくなってるし。

 

ピピピピ……

 

『こちらぁ〜〝だいごの駅〟ぃ〜。

降車する亡者の皆様は、

忘れ物にご注意くださぁ〜い。』

 

「ようやく着いたみたいね。

2人とも、降車するわよ。」

 

「了解でござる……。」

「…………。」

 

ホームの階段を下り、

機能しない改札をみんなで潜る。

 

駅構内から外へ出ると。

稲穂の海が広がる田園風景が、

ずーっと続いていた。

 

所々に木造家屋が

建てられているが、

どこか寂しげな空気を感じる。

 

農耕地帯の村集落……?

といった印象だ。

 

「ほら、ぼーっと眺めてないで

私について来なさい。

時間はそんなにないわよ。」

 

「ごめんでござる。」

「そいじゃ、行ったりましょかぁ!」

 

カリオペ殿に案内される事数十分。

彼女の足が止まった。

そして、指を差す。

 

その方向が示す先。

あり得ない光景が、目に入った。

 

「……え?」

 

「ふふ、驚いた?」

 

広々と構える木造の邸宅。

それは、風真が生まれ育った

大事な場所――『家』だった。

 

「どうして……

風真家邸宅が、ここに。」

 

「偶然の巡り合わせって

ヤツっすな! アッファっ!!」

 

「らでんちゃんが、

〝あなたに会わせたい人が

居る〟ってお願いしてきたの。

取り敢えず

細かい話は後にして、

あの場所へお邪魔しましょう。」

 

訳もわからないまま

2人についていき、

とうとう風真家邸宅の敷地内へ

足を踏み入れた。

 

カンッ、カンッ、カンッ……。

カンッ……カンッカンッ!

 

懐かしい、

鋼鉄を打ちつける鍛錬の音。

とっても大好きな、

ズレ一つない洗練されたリズム。

 

ブワッと小さい頃の思い出が、

脳裏に溢れ出す。

 

(そこに……

『居る』のでござるか。)

 

「………………。」

 

「ここから先は、

あなただけで行きなさい。

私たちが軽々しく踏み込むのは、

野暮ってモノだわ。」

 

「らでんたちは

そこの外庭ベンチで座って、

気長に待っとるばい。

決心がついたら、こっちに

戻ってくるといいっちゃん。」

 

「2人とも、ありがとうでござる。」

 

2人に背中を

押され、1人鍛刀場へ向かう。

 

数年振りに目にする

逞しい後ろ姿は、

依然として変わらぬまま……

美しかった。

 

「こんなに早く……

来て欲しくはなかったな。

いろはよ。」

 

「風真も、こんな早い

再会になるとは

思ってなかったでござるよ。

どうしようもない

死に急ぎ者で、悪かったでござる。

――〝大伍郎お爺ちゃん〟」

 

カンッ……カンッカンッ!

 

「気にすんな。人っちゅうのは

いつ死ぬか分からんもんじゃ。」

「風真……

『五光』を使ったでござる。」

 

「それ相応の理由があるんじゃろ。

責める気はない。

……じき仕事も片付く。

いろはは先に、

茶の間で待機しておれ。」

 

「分かったでござる。」

 

やっぱり優しい。

それに。刀工に一途な瞳と、

極まった職人の所作。

 

風真の知ってる、

大伍郎お爺ちゃんだ。

 

(この後ろ姿に風真は、

何度も

励まされたんでござるよな。)

 

そんなお爺ちゃんを後にし、

茶の間に移動する。

 

合流するまでに時間があるので、

内装を改めて確認してみる。

まずは、

滑らかな触り心地や

丸みのある形状が特徴のちゃぶ台。

 

材木はおそらくウエンジ。

黒褐色の木目模様が内装の外観と

非常にマッチしている。

 

次に屏風。

水墨画のタッチで描かれた

6匹の色鯉が、今にも

動き出しそうなほど

繊細に描かれている。

 

紫、赤、桃色。

薄萌葱色、黒色、桜色。

 

それぞれが違った

水面の波紋を畝り拡げ、

そこに無い

池水の動きを表現している。

 

次に、荘厳な鳳凰の

切り絵が彫られた掛け軸。

こちらも、思わず息を

呑んでしまうほどの迫力がある。

 

……と。

この一室だけでも、

大伍郎お爺ちゃん

独自の拘りが

ひしひしと感じられる……。

 

(気配が、近いでござるな。)

 

シャッ。スーッ。

 

「待たせたな、いろは。」

 

心の中で噂をすればなんとやら。

 

戸を開け閉めし、

大伍郎お爺ちゃんが

入室して来た。

 

「いいでござるよ。

こうして独り

のんびり茶の間を

観てみるのも……偶には

いい寛ぎになるでござる。」

 

「そうか。……いろはよ、

そこのちゃぶ台を退けてもいいか。」

 

風真は頷いて了承した。

 

するとお爺ちゃんは

ちゃぶ台を部屋の端に退けて、

座布団の上に座り込んだ。

 

何一つ隔てるモノもなく、

向き合う。

 

稽古の直後は、こうやって

対面で反省会をするのが

日課だったりしていた。

 

今の風真には、

稽古する理由も、

誰かを守る為に振るう刀もない。

 

人生の果ての中で、

残された時間を過ごすだけだ。

 

「黙っていても、何も始まらんな。

……いろはよ。

わしが亡くなってからの

世界はどうじゃったか。

良い友は、増えたか。」

 

(良い友、でござるか。)

 

「色んな人に支えられて、

たくさん出来たでござる。

話すと、長いかも……。」

 

「構わん。」

 

「風真……

こんなことがあって――」

 

話した。

 

シオリ殿との出会い。

holoXとの出会い。生活。

セラフ部隊での忙しない軍人ライフ。

 

そして。

ラプ殿が風真を連れていった

新鮮な思い出の数々。

 

どの記憶のピースも

かけがえのない小さな結晶で。

心を彩る生涯……

という名の、美しいパズルだ。

 

「はっはっはぁ……!

愉快愉快っ! 

良い友を持ったなぁ、いろは。」

 

大伍郎お爺ちゃんも

満足気に大笑いして、

自分の横っ腹を叩いた。

 

「うん。最高のダチでござる。」

 

「良い笑顔だ。

そんな顔も久々に見れて、

わしゃ嬉しいぞ。……成長したな。」

「そんなそんな!?

風真はまだまだでござるよ!」

 

「本当、わしに似て頑固じゃな。

やはり、血には逆らえんの。

どの子らも。」

 

「…………。」

 

突然、

風真を見る目が真剣になった。

 

「人はな、時が経つ度……

己が心に、次々と新調した

甲冑を着込んでしまう

気難しい生き物じゃ。

時として、纏い過ぎた鎧に

押し潰されてしまう事もある。」

 

「…………。」

 

「それは、社会や

コミュニティという

鎖のような繋がりが生み出した

生存戦略の一つ。

現世という環境で

生きてく上で、

必ず付き纏うシステムじゃ。

……いろはよ。

風真家の家訓その1を覚えとるか。」

 

「――〝初心童心、

共に忘れるべからず〟」

 

正解だったようで。

風真の解答に、

ニコッと言葉を続けた。

 

「ああ、そうだ。

黄泉に訪れた亡者らはみな、

どうであった?」

 

(亡者たちはみんな……)

 

「身体が軽そうだったでござる。

でも、肉体の消失とは異なった

……何かだった。」

 

「答えは単純。現世という

社会の鎖から解き放たれ、

不要となった心の甲冑を

全て脱ぎ捨てんたんじゃ。

だがいろは……

お前はまだ違うようじゃな。」

 

「違う?」

 

「死して尚。凝り固まって、

意気地になっておる。

馬鹿は死なんば治らないと

言うが、とんだ与太飛ばしじゃな。」

 

「…………。」

 

「わしの近くに寄ってくれんか。」

 

その意図が

よく分からないけれど、

風真はお爺ちゃんに近寄った。

 

すると。

 

……ぎゅっ。

 

「……え?」

 

大伍郎お爺ちゃんが、

身体を優しく抱いてきた。

 

「もう良いんじゃ。

今のお前は風真家でもなければ、

用心棒でもない。

――故に、一時だけでいい。

『侍』としての自分を、

忘れてはくれないか。」

 

(どうしてだろう。

からだがきゅうに

ふわふわして、あたたかい。)

 

「いいの? お爺ちゃん。」

 

わたしのからだが、

ひとまわり小さくなって、

かるくなった気がする。

 

「いいんじゃ。

あの頃みたいに、

わしに泣きつく可愛い孫娘で。

…………誰も見とらん。

このわしが全部、受け取めてやるぞ。」

 

こころにたまった

大きな水たまり。

だむがこわれて、

いっぱいいっぱい。

 

くるしい水がながれおちる。

 

目があつい。

なみだがずっと

ながれてとまらない。

 

「うっ……

うわぁああああああんつ!!

わたしっ、もっといたかった!

らぷらすと……!

大すきなみんなとっ、

もっともっと、

あそびたかったのに!!

なんでっ、なんでよぉぉぉ。」

 

「よく頑張ったな。いろは。」

「うわぁぁあああんん!!」

 

「………………。」

 

おじいちゃんのむねのなかで、

いっぱいいっぱいないた。

もう、どれくらいないたか

わからない。

 

のどがいたくなって、

ちからいっぱいつかれて。

なきやんだ。

 

おじいちゃんが

わたしのからだをはなすと。

 

からだがおっきくなった。

 

「どうだ?

少しは心が軽くなったか。」

「………感謝するでござる。

今はただただ、

心がスッキリしてるでござるよ。」

 

大伍郎お爺ちゃんが、

朗らかに微笑むと。

風真も思わずつられて

頬が緩んでしまう。

 

重荷を降ろして分かった

風真自身の望み。

心の底からの本音。叫び。号哭。

 

(会いたい……)

 

「ふっ、やり残したことが

あるみたいじゃな。」

「とことん我儘な子で

すまないでござる。

風真……行ってくるでござるよ。」

 

「〝千年〟後。

土産話の百や万、持ってこい。

わしゃあ、

いつでも歓迎しとるぞ。」

 

「そんな長生き、

人間の風真には無理でござるよ。

でも、次会う時があるなら。

土産話、たっぷり

持ってくるでござる。」

 

「約束だぞ。」

「……うん。」

 

約束を交わし合い、

風真は外庭で待つ2人の所へ行った。

 

「待つたけ松茸〜♪

たっぷり待つたけ〜♪

待つたけ松茸ぇ〜〜♪

うまうま松茸ぇ〜〜〜♪♪

ほいっ! 

カリオペ先輩もご一緒にぃ……!」

 

「ま……ま、つたけ。まつたけぇ。」

 

再会早々、

らでん殿の様子が可笑しかった。

服も含め、

全身が半透明になっている。

 

使い所の困る自作ソングを

カリオペ殿に

布教してる事よりも、

遥かに異常だ。

 

「――らでん殿ぉ!?

かっ、身体が半透明になってるで

ござるよ!?」

 

彼女が自覚したように

自身の手を確認し、告げる。

 

「あー、これかぁ。

らでんもそろそろ……

深い深い酔いの中から、

醒める時が近いっちゃんねぇ。」

 

「それ間に合うのぉ!?」

「間に合うけん。」

 

顔だけキリッとしても、

不安なのは

変わらないんだよなぁ。

 

「さぁてさて。

噺を一席始める前に、

いろはちゃんから

聞きたい事があるばい。」

 

らでん殿は、畳んだ扇子を

ビシッと此方に向けた。

 

「なんでござるか?」

「今際の際の話、

聞いていいっちゃんか?」

 

「いいでござるよ。

そうでござるなぁ……」

 

 

 

 

バリィィィン!!

 

時間稼ぎのつもりで

命を賭した風真は、

Scrap wingを屠る事に成功した。

 

とはいえ、満身創痍。

 

巻物に記されていた代償は

本物の忠告であり。

その対価と反動が、

一気にやってきた。

 

全身は壊れかけの

ブリキ人形のように

ミシミシと軋み、悲鳴を上げる。

 

秒を刻むたび、

身体から抜けていく力。

蒸発していく生命のエネルギー。

 

それにも関わらず。

どこへ向かおうというのか、

風真の足は

ふらふらと進み続けた。

 

もう戻れる場所なんてないのに。

諦め悪く、足は動く。

 

(行こう……どこに?

風真の身体はもう…………。

あぁ、力が出ないや。)

 

前のめりに倒れそうになった

その時だった。

 

フサッ。

 

誰かが、

倒れる風真の身体を受け止めた。

 

この小さな身体と匂い。

一瞬たりとも忘れたことのない、

大事な人の感触。

 

「ラプ……殿。どう……して。」

 

「馬鹿かよ。用心棒を捨て置く

総帥が居てたまるか。」

「違う……だってラプ殿は、

こより殿の電気ショックで…………。」

 

「気合いで目覚めたんだよ。

つか、んな細けーこと指摘すんな。

ほら帰るぞ。

みんながお前を待ってる。」

 

「少し、横になりたいでござる。」

 

「ったく、何を

言い出すかと思えば……

しょべぇ要望だな。

わーったよ。

この吾輩が、特別に膝枕してやる。」

 

「はは。らしくないでござるな。」

 

やけに優しい対応をする

ラプ殿に甘え、膝枕してもらう。

 

さらさらした肌触りがする

紫ニーソの右太ももと、

直に当たるスベスベの左太もも。

 

予想はしていたけど、

中々に寝心地が

アンバランスな膝枕だ。

 

「もっと嬉しそうにしろよ。

こんなご褒美、滅多にねぇぞ?」

「びみょー。」

 

「はぁっ!? ざけんな!

もっとマトモな感想寄越せよ!」

「感想と言われても――ッ。」

 

あ……れ。

視界が一瞬、ぐらついて。

 

「い……ろは? おい。」

 

「時間、みたいでござる。」

 

「――死なせる訳ねェだろ!

馬鹿みてぇな事言うな!!

博士なら治せる! 基地まで

吾輩が連れてってやっから……

諦めんな!!」

 

結果は分かってるのに、

どうしてそこまで

必死になれるんだろう。

 

(風真には、分からないや。)

 

「…………。」

「おい! 何死にそうな顔してんだよ!

いつもみたいに吾輩を罵れよ!

チビで生意気なガキだってよォ……!」

 

「ラプ殿は懐が……広くて、

誰よりも真面目で……

立派な総帥でござる。」

 

「違ェよ! 吾輩は無力だ!

無力なんだよ!!

目の前で消えようとしてる

仲間1人救えない……

ダメなっ……ガキなんだっ。」

 

ポタっ、ポタポタ。

 

風真の頬に、

ラプ殿の溢れた涙が落ちる。

 

「風真は、

正規に至れない未熟者。

ここで消えて当然の……

足軽でござる。」

 

「んな訳ねぇだろ!!

いろはっ! 

なんで吾輩がお前を

〝正規雇用しない〟のか

まだ分からねぇのか!?

そんなん理屈とか

実績じゃねぇよ!!」

 

「え?」

 

「聞いたからには

絶対死ぬなよ!!」

「…………。」

 

「それはなァいろはっ……!

吾輩は、どうしようもなく

お前のことが……―――」

 

(もう、聞こえないでござる。)

 

必死で何かを

伝えてるんだろうけど、

耳が遠くなって。

視界も真っ暗になって。

 

次第に五感も消え失せて。

意識が

黒く濁った底なし沼に沈んで。

 

次に目が覚めたら。

 

 

 

 

「駅に居た。っちゅー事ですな。」

「そういう事でござる。」

 

「そんじゃ、最初に言ってた

ラプラスに対する後悔は、

ぐしゃぐしゃな泣き顔をさせた

罪悪感……って事で

あっとるばい?」

「その通りでござる。」

 

「だったら尚更、

再度顔を合わせる必要が

あるっちゃんな。

よーし! 

らでん、一肌脱ぐぞぉー!」

 

片腕をぐるぐる数回回し、

意気込むらでん殿。

気怠そうに手を口に当てる

カリオペ殿。

 

この対照的な2人を

なんとも

言えない気持ちで見てたら、

ついにソレは始まった。

 

「〝ちょいと一席

付き合ってみませんか?〟

――演目『死神』」

 

 

……………………。

 

 

…………。

 

 

 

━━▶︎ DAY ???

 

ツンと鼻腔を抜ける

エタノールのような刺激臭が、

否応無しに風真の意識を起こす。

 

目を開くとそこは……

医務室のようだった。

 

白い天井が瞬き越しに

視界へ映ると同時。

 

バッ! ぎゅっ!!

 

「いろはぁああっ!!」

 

飛びついてくる小さな身体。

銀髪がふわっと舞って、

烏が羽ばたいた。

 

「ラプ殿、おはようでござる。」

「馬鹿っ! 

どんだけ心配したと思ってんだ!」

 

「それは悪かったでござるな。」

 

ラプ殿の身体を離し、顔を覗く。

その顔は、

とても幸せそうだった。

 

「ほんっと、

世話の焼ける用心棒だな。」

 

「……風真。大伍郎お爺ちゃんや

カリオペ殿、

らでん殿に会ってきたでござる。」

 

「そうか。」

 

「みんなが助けてくれなきゃ、

風真はここに帰って来れなかった。

感謝しても、

感謝しきれないでござる。」

 

「気負う必要なんてねェよ。

誰かに支えられて生きる……

そりゃあ人として

当たり前の事だろうが。

生きて互いに喜びを

分かち合ってくれりゃ、

それでいい……充分なんだ。」

 

(ラプ殿は、

どこまでも優しいでござるな。)

 

「吾輩に『4文字』で言うべき

事があるだろ?」

 

「ごめんね。」

「違ぇよ。もっと考えろ。」

 

……あ。そっか。

言い忘れてたでござるな。

 

「――〝おかえり〟でござる。

ラプ殿。」

「ああ、〝ただいま〟だ。」

 

「おやぁおやぁ〜、

面白いコトに

なってるこよねぇ〜。」

 

「あっ、こより殿。」

「もしやこれは……こよが

お邪魔しちゃいけないやつかな?」

 

「「――何もしないわ!!」」

 

クスクスとこより殿は笑い、

意地悪な表情を浮かべた。

 

「そういえばラプ殿、

風真を正規雇用しない理由が

あるとかなんか言ってたで

ござるが……あれは一体――」

 

「なんもねェよ。」

 

ラプ殿はそっぽを向いた。

代わりに、ニヤニヤした

こより殿が顔を寄せる。

 

「むっふっふ……

知りたいかい? いろはちゃん。

こよが特別に教えてもいいよぉ〜。

ラプちゃんがぁ、

いろはちゃんをholoXに

正規雇用しない理由はねぇ〜……」

 

「ばっ、馬鹿言うなッ!

言ったら減給すんぞッ! 

オイッ!!」

 

「それはねぇ〜、

『社内恋愛禁止』っていう〝縛り〟を

holoX全社員に設ける事で、

祈願成就の

効力を底上げしてるんだよ。

ホント困っちゃう話だよねー。」

 

「そこまでしてラプ殿は……

何を叶えたいんでござるか?」

 

「オイッ! 

吾輩の警告が聞こえないのか!?

オオイッ!!」

 

「ふふっ、それはねぇ〜……」

 

ガシャァァン!!

 

絶妙なタイミングで、

医務室のドアが力強く開けられた。

そのドアを開けたのは。

 

「「――沙花叉ァ!?」」

「クロたん!?」

 

「みんなみんなヤバいよ!

31Aの連中がまた

ゲリラライブやるんだって!!

……ヤバくね! 早く行こ!!」

 

「おっしゃ行くぞいろはぁ!」

「なんでいろはちゃん

蘇ってんの!?」

 

「細かい話は後だよクロたん!

早くみんなで聴きに行こ!!」

 

「あーもう分かったよ!

言い出しっぺの沙花叉が

連れてってやりますよぉぉ!!」

 

ドタバタしながらも、

風真たちはアリーナに

連れてかれた。

 

どうやら今回のライブは

特別仕様らしく。

ビーチを再現構築した

ライブステージになっていた。

 

夕景を照らす

輝かしい照明の数々に、

どデカいスピーカーが数十台。

 

豪華に飾られた

仮想ステージ上には、

31A全員が楽器を

構えて、待機していた。

 

ガヤガヤと談笑し、

席のない砂浜に

立ち並ぶ観客たち。

……すぐ様その中に、

風真たちも加わった。

 

そして、茅森殿が

マイクに口を近づける。

 

「聴いてくれ。

――『さよならの速度』。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





どうも、たかしクランベリーです。

改めて。お疲れ様でした。
これにて、
『こちら31Hホロックス!
ぷらすみこにぇ! (season1)』
は終了で御座います。

色々とありまして。
一旦こちホロは幕を閉じよう
という結論に至りました。

これからは
只の1ヘブバンユーザーとして、
ヘブバンを楽しんでこうと思います。

そして皆様、最後まで
当作品に付き合ってくださり
本当にありがとうございました。


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