クリスが重度のMSオタクだった場合 (スターソングあおい)
しおりを挟む

ファーストシーズン
「あの機体の持つポテンシャルはそんな低レベルな次元じゃないです!」


新連載です。
しばらくは二足の草鞋でがんばります。


「ふざけるなっ、ふざけるなよっ!」

 

AEUのエースパイロット、パトリック・コーラサワーは怒りに震えていた。

彼の駆る新型MS(モビルスーツ)イナクトの披露演習に突如として乱入した謎のMS。

ユニオンとも人革連(じんかくれん)とも特徴の一致しない正体不明のそれに手も足も出ない。

 

「俺はっ!」

 

左腕部を肩口から切り捨てられる。

 

「スペシャルでっ!」

 

次は右腕。

 

「二千回でっ!」

 

頭部が宙を舞う。

 

「模擬戦なんだよぉっ!!」

 

勢いまかせに発せられた支離滅裂な叫びは空に掻き消え、両腕と頭部を失ったイナクトがバランスを崩し転倒、沈黙する。

謎のMS──名をガンダムエクシアと言う──は重力を無視するかのように浮き上がると軌道エレベーターへ向けて飛翔していった。

 

 

エクシアのコクピットの中でパイロット──ガンダムマイスターの少年、刹那(せつな)・F・セイエイはモニターの計器に目を移していた。

GNドライヴの異常は無い、GN粒子散布状態は良好。

AEUの新型MSを圧倒的な力を以て打ち倒し、ガンダムの存在を世に知らしめるという目的……ファーストフェイズは完了した。

そしてセカンドフェイズ……AEU軍の部隊を動かし、条約以上の戦力を保有していることを露呈させるという目的も現在進行形で果たした。

軌道エレベーターから発進してきたAEUの現行機へリオンの9機に渡る編隊に囲まれる。

付かず離れずの距離からの射撃は近接戦闘に特化したエクシアにとっては不利な状況だ。

刹那は視線を落とし、地表に向けて呟く。

 

「わかっているのだろう、ロックオン・ストラトス」

 

岩壁に囲まれた荒野に寝転がるような格好で待機していた深緑と白を基調としたMS、ガンダムデュナメスがGNスナイパーライフルを構え、額に内蔵されたガンカメラが(あらわ)になる。

 

「行こうぜ、ハロ……ガンダムデュナメスとロックオン・ストラトスの初陣だ!」

 

コクピット内で青年が叫ぶ。

精密射撃用スコープシステムを構えるその姿は正に狙撃手だった。

ライフルがビームという火を吹き、それは雲を穿つとエクシアを包囲していたへリオンの一機の翼を撃ち抜き、翼部を失ったヘリオンは墜落していく。

 

「デュナメス、目標を狙い撃つ!」

 

マイスターの青年、ロックオン・ストラトスはそう宣言するとへリオンを次々と落としていった。

 

「ガンダムエクシア及びガンダムデュナメス、セカンドフェイズの予定行動時間を終了しました……」

 

静止衛星軌道上にある発電衛生の影に隠れるように航行するガンダムを有する組織、ソレスタルビーイングの多目的輸送艦プトレマイオス、そのブリッジにて戦況オペレーターを務める若い女性、クリスティナ・シエラの報告が告げられる。

 

「間もなくサードフェイズ開始予定時刻です……」

 

その声色は不機嫌さを隠そうともしていない。

どうやら何か不満があるようだ。

 

「上手くやれたのか、刹那とロックオンは?」

 

砲撃担当兼予備マイスターのラッセ・アイオンが苦笑を浮かべながら視線を向ける。

 

「ロックオンは訓練と変わらない素晴らしい狙撃精度です。でも刹那はダメです!」

 

クリスティナの怒気を孕んだ声が響く。

 

「エクシアのコンセプトをバカの一つ覚え……あの機体の持つポテンシャルはそんな低レベルな次元じゃないです!」

 

そのまま早口で言葉を続ける。

 

「第一世代の0(オー)ガンダムから受け継がれた汎用性を持つ第二世代アストレアをベースにした第三世代……GNソードに内蔵されたライフルならロングレンジの対応もこなせるはずです! それなのにあいつは……」

 

「あー、また始まった……」

 

「………………」

 

操舵士のリヒテンダール・ツエーリ──愛称リヒティが呆れた声を上げる。

クリスティナと同じく戦況オペレーターであるフェルト・グレイスは無表情で黙っていた。

 

「そう刹那に当たらないの」

 

戦術予報士のスメラギ・()・ノリエガがブリッジに入り、クリスティナを嗜める。

 

「きーっ! 本来なら私が……!」

 

クリスティナが歯を噛み締める。

彼女はプログラミングやハッキングに長けたオペレーターなのだが、生粋のMSオタクでソレスタルビーイング参加後は総合整備士の男を師と仰ぎメキメキと知識を身につけ、ガンダムの特性を深く理解していた。

コンピュータデバイスの扱いは他の追随を許さず、操縦技術も優れており、エクシアのマイスターになる予定だったが、「強い推薦」があり刹那が選ばれた経緯を持つ。

そのため刹那に対してムラムラとジェラシーを燃やしているのだ。

鬱憤(うっぷん)晴らしのシミュレーターで度々ぶつかり合い、それが結果的に刹那の成長へと繋がっていたことを本人は知らない。

側から見れば仲の悪い姉弟(きょうだい)のようで、それを思い返したスメラギはクスリと笑い、ボトルに口を付けた。

 

「何そっちはお酒飲んでるんですか!」

 

クリスティナの鋭い声を歯牙にもかけずに酒で喉を潤す。

尚、アルコールには強い利尿作用があるので水分補給には向かない。

程なくして更なる二機のガンダム……キュリオスとヴァーチェの活躍によりサードフェイズ……静止衛星軌道ステーション天柱(てんちゅう)にてのテロ行為の阻止は成功に終わった。

 

 

『地球で生まれ育った全ての人類に報告させていただきます。私たちはソレスタルビーイング。機動兵器ガンダムを所有する私設武装組織です』

 

世界へ向けて発信されたビデオメッセージに映る初老の男、イオリア・シュヘンベルグが静かな声で話す。

曰く、我々の目的は世界から戦争を根絶することであると。

曰く、領土、宗教、エネルギー問題に関わらず紛争に対して武力介入を行うと。

彼は枯渇してゆく化石燃料に変わるエネルギーとして太陽光発電システムの基礎理論を提唱した歴史上の人物である。

そう、歴史上の人物だ。

西暦二〇五一年に生を受けたとされ、現在……西暦二三〇七年では二百年以上前の過去の人物である。

そして彼はソレスタルビーイングの創設者としての顔も持つ。

ガンダムの心臓部たるGNドライヴを生み出したのも彼だ。

プトレマイオスのブリッジではスメラギ以下乗組員全員が固唾を飲んで声明を見つめていた。

今まで世界の裏側で密かにことの準備を進めていた彼ら彼女らにとって、この声明はこれからの行動を開始させる号砲であった。

 

「始まったな」

 

ラッセが言った。

 

「始まりましたね」

 

リヒテンダールが相槌を打った。

 

The die is cast(賽は投げられた)……」

 

クリスティナが呟いた。

古代ローマ皇帝の言葉だ。

行動を起こした今、引き返すことは許されない。

彼女は他のメンバーのように大それた覚悟を持っていなかった。

戦争に巻き込まれた経験がある訳でもない。

ただ()()()()()結果ここにいるだけのMSオタクだ。

それはただ場違い感を誤魔化すために発しただけかもしれない。

だが、周りはその言葉によってより気が引き締まった。

 

「そうね。これからが大変よ」

 

スメラギがともすればかっこつけてるようなクリスティナの台詞に苦笑を漏らしながら返す。

フェルトは無言でモニターを見つめていた。

ブリッジにはさらにサードフェイズを実行した二人のガンダムマイスター……鍛え上げられた肉体とは裏腹に温厚そうな顔立ちをした青年アレルヤ・ハプティズムと女性的にさえ見える美貌を眉間に皺を寄せた険しい表情に歪めたティエリア・アーデの姿もあった。

 

「ハレルヤ……世界の悪意が見えるようだよ……」

 

アレルヤが()()()()()()()()()()に向かってポツリと呟く。

彼は世界がどうしようもなく悪意に満ちていて、歪んでいることを知っていた。

なぜなら自分もその被害者だから。

だからこそ、戦争根絶を掲げるソレスタルビーイングの一員であることが嬉しく、またこれから多くの人間を傷つけることに対して憂いを抱えていた。

 

「人類は試される。ソレスタルビーイングによって」

 

ティエリアのそれは覚悟の表情だ。

彼はソレスタルビーイングの行動理念をこの場にいる誰よりも大切にしている。

潔癖とも完璧主義とも捉えかねないそのストイックな姿勢は多くのクルーに苦手意識を持たれているが、そんなことは彼には関係ない。

任務を忠実にこなすだけだ。

自分も、そして他のマイスターたちも。

 

「俺たちは世界に対して喧嘩を売ったんだ」

 

「わかっている」

 

プトレマイオスから遠く離れた地球にいる刹那とロックオンも声明を聞いて決意を新たにしていた。

ロックオンは任務を完遂しながらも、戦争根絶など本当に可能なのだろうかという疑念を胸に秘めていた。

だが引き返せない。遠く離れたクリスティナの言葉と奇しくも同じ想いだった。

刹那は己が駆るガンダムエクシアを見ていた。

かつての戦場に天使の如く舞い降りた人智を超えた存在、ガンダム。

それを今は自分が操っている。

エクシアは刹那の全てであった。

その感情は一般的な人間が信じる神に似ている……つまり信仰であった。

同じようにエクシアを愛し、しかし同時に兵器……道具とみなす人物の顔が浮かんだ。

選ばれた自分に対して強く当たってくるその戦況オペレーターの顔を、すぐに首を振って切り替える。

エクシアを、ガンダムをただの道具として見る彼女はマイスターに相応しくない。

そして思う。かつて見た神々しい姿に自分が至れるのなら……

ソレスタルビーイングの理念を実現することは刹那にとって目的ではなく手段であった。

そのために彼は、彼らと行動をする。

なぜならば……

 

「俺たちはソレスタルビーイングのガンダムマイスターだ」




この作品は色んな勢力、人物の視点でドラマが描かれていきますが、全てを描いたところでノベライズの猿真似にしかならないのでソレスタルビーイングの視点のみに絞ります。
変化の少ない場面もカットします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

「グラハム・スペシャル!」

みんな大好きなあの人です。


「空中で変形したぁっ!?」

 

その高い声はプトレマイオスのブリッジによく響いた。

背後にいるフェルトが突然の叫び声に肩をびくりと震わせる。

叫び声の主、クリスティナは刹那から送られてきたエクシアの戦闘記録を見ていた。

インド南部のセイロン島、旧スリランカ領で続いている内戦に対してソレスタルビーイングは武力介入を行った。

四機のガンダムが人革連の主力MSティエレン、その地上型と旧世代機アンフを蹴散らし、帰投する途中。

他の三機よりも早く向かっていたエクシアは突如として一機のフラッグに襲撃を受けた。

そのフラッグは()()()()()()()()()M()S()()()()()()()()と、腕の付け根からソニックブレイドを抜いて斬りかかり、エクシアのGNソードと鍔迫り合いの格好になる。

その姿にクリスティナは驚愕したのだ。

フラッグは変形機構によって地上戦、空中戦を自在にこなすユニオンが誇る最新鋭機でガンダムを除けば世界最高峰のMSと言って良い。

だが、その変形は地上で行うものであり、空中で行うことは想定していない。常識的に考えて空気抵抗に煽られて墜落の危険性がある。

しかし、そのフラッグは"ありえないこと"を躊躇なくやってのけた。

以前データを見たことがある。

ユニオンの次期主力機トライアルにおいてテストパイロットが編み出した独自のマニューバ、人呼んで……

 

「グラハム・スペシャル!」

 

興奮混じりに唾を飛ばすクリスティナにブリッジの一同が呆れとも怒りとも取れる表情でため息を吐いた。

データの中のエクシアが力任せにフラッグを弾き飛ばし、そのままGNソードを見舞う。

が、大振りなそれは簡単に躱され、逆に掴みかかられる。

おそらく単機での破壊ないし鹵獲は不可能と判断して装甲の破片だけでも持ち帰ろうという算段だろう。

ガンダム相手に恐れることなく肉薄するとは凄まじい技量だ。

それとも単なるバカか?

クリスティナの頭はその両方であると考えた。

圧倒的にパワーの違うエクシアが強引に手を振り払う。

またしても引き離されたフラッグが左手に持ったリニアライフルを即座に放つ。なるほど機転も効く。

エクシアが回避行動を取ると、シールドを投げ捨て、自由度の増した左手で肩のGNビームサーベルを掴み、抜き取る。

ピンク色の光が走り、フラッグのリニアライフルを真っ二つに切り捨てた。

とっさに投げられたそれが爆発し、その隙に本体が反転、離脱していく。

その後ろ姿を黙って見つめるエクシア。

以上がそのフラッグとの戦闘記録の一部始終だった。

 

「やばいやつに目をつけられた……」

 

両手で顔を覆うクリスティナ。

 

「それほどの相手と出会(でくわ)したんすか?」

 

リヒテンダールが聞く。

 

「グラハム・エーカー……ユニオンの中でもトップクラスのフラッグファイターよ」

 

おそらく技量だけならばマイスターと同等かそれ以上だ。

彼女はMSオタクだが、だからこそMSというものがただの兵器であることを認識していた。

ガンダムを神聖視する刹那とは対照的な、相容れない考え方だ。

そして勝敗を分けるのはマシンスペックではなく、磨き上げた技術であるという哲学を持っていた。

その点においてグラハムは最悪の相手と言って良い。

世界を敵に回すとはこういうことだった。

 

「刹那にメッセージを送らないと……」

 

ガンダムよりも大きく劣るフラッグであっても油断ならない相手だ。

忠告しておいて損は無いだろう。

 

 

天柱にあるターミナルに集まった四人のガンダムマイスターたち。

軌道エレベーターの貨物に紛れさせたガンダムを宇宙へと運ぶのだ。

プトレマイオスはGNドライヴを持たず、ガンダムによる補給が無ければその活動時間には限界があるためこうして一機だけ送るのである。

 

「……?」

 

「どうした刹那?」

 

ソレスタルビーイングが持つ量子コンピュータ、ヴェーダへの報告書を提出するついでに口うるさい戦況オペレーターに戦闘記録を先ほど送った刹那。

端末に届いた彼女からのメッセージを集まった他のマイスターたちに見せる。

 

『変態フラッグファイターに気をつけて』

 

「変態フラッグファイターだぁ?」

 

「妙なフラッグと出会った。そいつのことだろう」

 

ロックオンが間抜けな声を漏らし、アレルヤはその珍妙なワードセンスにクスリと笑みを溢す。

ティエリアは大真面目にメッセージと刹那の言葉を胸に受け止めていた。

帰投中に交戦したフラッグのパイロットのことを言っているのだろう。

確かにあのフラッグからは並々ならぬ執念を感じた。

その感情は刹那に想像できないほど難しく、また単純であったのだが、どちらにしろ立ちはだかるのなら倒すまでのことであった。

 

「まあ、全員無事で何よりってことで」

 

ロックオンが仲間たちに目を配る。

 

「ティエリア、宇宙(そら)の方はよろしくな。俺たちは次のミッションに入る」

 

「命令には従う。不安要素はあるけど」

 

3人が刹那を見て苦笑を浮かべる。

確かに彼の操縦技術は未熟だ。

エクシアが得意とする近接戦闘はともかく、射撃の腕はイマイチだった。

シミュレーターでの成績は本来マイスターになる予定であったクリスティナに3:7の割合で負けていた。

データ上で再現されたエクシア同士での戦闘の結果だ。言い訳はできない。

それでも刹那はエクシアを降りようとは微塵も思っていなかった。

彼はヴェーダからの推薦を受けてマイスターになった。

だからMSの操縦技術以外に引きつけられる"何か"があるのだろう。

それが何なのかは誰も知らないし、三人のマイスターは別に知りたいとも思わなかった。(予備マイスターでもある戦況オペレーターは別として)

ヴェーダの判断は絶対なのだ。

 

「お待たせしました」

 

ここでウェイターがドリンクを刹那の前に置く。

コップに注がれたミルクに訝しげな視線を向ける刹那。

 

「俺の奢りだ」

 

ロックオンが気障(キザ)な台詞を吐いた。

それからティエリアが乗機のヴァーチェと共に宇宙へと昇っていった。

そして地球に残った三人は次の任務へと戻る。

 

 

三人のガンダムマイスターたちは三手に分かれて武力介入行動を起こした。

一つ目は南アフリカにデュナメス。

二つ目は南アメリカのタリビアの上空にキュリオス。

そして三つ目、セイロン島にある人革連の駐屯地にエクシアは現れた。

ティエレン地上型を次々と斬り捨てていくエクシア。

上下に分たれたティエレンだが、コクピットは無傷だ。

相手のために手を抜く余裕まで持ち合わせているのだ。それともそれはソレスタルビーイングの理念を体現するためか?

答えとしてはおそらく両方。

その時コクピット内にアラート。

エクシアが身体を翻すとさっきまでいた地面が抉れる。新手だ。

カーキ色のMS、ティエレン高機動型がエクシアの眼前に降り立つ。

睨み合いながら、GNソードを構える。

それを見たティエレンは手に装着された二〇〇ミリ砲を捨てて腰部のカーボンブレイドを抜いた。

判断が早い。ガンダムの装甲を火器で貫くことは不可能と直感したのだろう。

脚部のジェットエンジンを吹かして突撃するティエレン。

エクシアが身を屈めて躱し、すれ違い様に一閃してカーボンブレイドを持った右腕を奪う。

振り向いて追撃しようとするエクシアに手が伸ばされる。

ティエレンは腕を切断されたその勢いのまま旋回してカウンターを決めたのだろう。

頭部を掴まれ、ギシギシと機体が軋む音が聞こえる。

 

「何やってんだ刹那ぁ!」

 

そのデータを見ていた戦況オペレーターのクリスティナが怒りを露わにする。

三機の作戦行動は既に終わっている。

宇宙へ上がったヴァーチェとティエリアも収容した。

戦闘が終わる度にプトレマイオスのブリッジに響き渡る声はもはや日常茶飯事と化していた。クルーの誰もが好きにしてくれと匙を投げた。

話を戻すが、ティエレンは重装甲、高トルクが特徴だ。

(もっと)もその装甲はガンダムの武装ならば容易く貫けるのだが、パワーは侮れない。

まともに組み付かれればガンダムとて無傷では済まないだろう……

GNソードを振るいティエレンの左腕を切断しようとするが、至近距離で大剣を振り回したところで大した抵抗にならない。

クリスティナの身体から殺気が漏れ始め、リヒテンダールがひえ、と声を漏らす。

しかしここでエクシアは左腕のGNシールドを捨てると肩のGNビームサーベルに掴み、抜刀。

GNソードよりも身軽なそれでティエレンの左腕を斬り落とすとそのまま右肩から股関節にかけて袈裟(けさ)斬りにして地面に叩きつけた。

そして頭部を掴んだまま離さない左腕を無造作に放り捨てたエクシアは作戦行動を終了、帰投したところでデータは終わった。

 

「最後のは悪くなかった……」

 

GNソードに頼りきりの姿に怒りを覚えたクリスティナだったが、即座に武装を切り替えて対応したのは良い判断だと素直に思った。

自分だったら始めから切り替えたけどね!と付け足したが。




クリス「シミュレーションでは7対3で私の方が(まさ)っていたぞ」
変態フラッグファイター(命名)
序盤は野次を飛ばすただの厄介オタクですね、彼女。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

「その機転、イエスだね!」

クリスを早くガンダムに乗せたいよう……


「聞いたか? アレルヤ。リアルIRAの活動凍結宣言」

 

「ええ」

 

ロックオンがアレルヤに問う。

二人はソレスタルビーイングの隠れ家の一つである南海の孤島にガンダムと共に身を潜めていた。

周囲に島影は無く、船舶や航空機の航路からも外れたその島は隠れるのにはうってつけの場所だった。

レーダーや通信を無効化するGN粒子とソレスタルビーイングの持つ高度な光学迷彩が彼らを視覚的、電子的に完全に隠していた。

MS収容コンテナの中に眠る二機のガンダムは小型作業用ロボットカレルによって整備を受けていた。人手の少ないソレスタルビーイングにとって貴重な労働力である。

ちなみにこの場にいない刹那は日本の経済特区、東京にいる。

マイスターが全員一ヶ所にいないのは有事の際の緊急出撃を考慮してのことであった。

閑話休題。

リアルIRAとは北アイルランドのテロ組織で、キリスト教のカトリックとプロテスタントの対立が発端となったとされるその活動は4世紀以上にも渡る。

その組織が武力によるテロ行為の完全凍結を表明したのだ。

 

「あの声明で俺たちを評価する声も上がっているが、それは一時的なものだ……」

 

武力介入を恐れて先手を打っただけだ。

ソレスタルビーイングが消えれば彼らはまたその活動を再開することだろう……

 

「わかってますよ。紛争根絶はそんなに簡単に達成できることじゃない」

 

渋い顔をして答えるアレルヤにロックオンがだからさ、と言う。

 

「休める時にしっかり休んでおけよ。すぐに忙しくなる」

 

そして部屋を出て行った。

程なくして彼の言葉は現実となる。

 

 

「スメラギさん!」

 

プトレマイオスにて自室でヴェーダから与えられた情報を元に次の一手を選択しようとしていたスメラギ。

そこにクリスティナからの通信が入る。

 

「たった今、タリビアで声明が発表されました!」

 

モニターから発せられるその言葉を聞いて、スメラギの目は大きく開かれた。

ユニオンは五〇を超える国家が集まった経済連合だ。

議会制を敷いているが名ばかりの存在で、太陽エネルギー分配権を持つアメリカの実質的な独裁で成り立つ(いびつ)な勢力でもある。

そしてその太陽光発電システムを1国家の思惑だけで運営することに異を唱えたのがタリビア共和国だった。

タリビアはユニオンを脱退し、独自のエネルギー使用権を主張している。

これに反対し、政治的及び軍事的に圧力をかけた場合軍事力を以って対抗する……そう宣言した。

これはユニオンに対する敵対宣言だ。

軌道エレベーター付近に国土を置くからこそ、ユニオンも無視することはできない。

そして戦争根絶を掲げるソレスタルビーイングも……

タリビアに力を貸せば強硬姿勢を幇助する形になり、無視すればユニオンの進行を許し紛争根絶の理念が根底から崩れる。

プトレマイオスのブリッジにスメラギが入る頃には既にクルーが集まっていた。

 

「ミッションを開始します! ガンダムマイスターたちに連絡を」

 

世界から突きつけられた選択肢、その答えはシンプルなものだった。

 

 

隠れ家で待機していた3人マイスターたちがパイロットスーツに着替え、ガンダムに乗り発進する。

その頃、タリビアの近海ではユニオン軍及び米軍の艦隊が到着。

ブラジルの駐屯基地からも飛行形態のリアルドたち航空兵力が出撃、タリビアの3つの主要都市の制空権を掌握する。

対するタリビア軍は陸上MS部隊を主要都市に集結させ、カラーリングの異なるリアルド同士で両者睨み合いの姿勢をしている。

そこにガンダムが現れる。

それぞれ1機ずつ3つの主要都市へ向かい、武力介入を行うのだ。

緊張の感情がピアノ線のようにキリキリと張り詰めている。

その線が──

 

「ミッション、スタート」

 

──プツンと切れた。

沈黙を破ったのは一筋の光。

圧縮された粒子ビームの輝きだ。

その弾丸が突き刺さる──

 

──()()()()()M()S()()

 

致命的なダメージを受けたそれらが爆発、沈黙する。

彼らの眼前にはガンダムが空中で立ち塞がっていた。

ソレスタルビーイングはタリビア軍を戦争幇助国と判断して武力介入を起こしたのだ。

旧式のMSに拙い練度、タリビア軍は瞬く間に壊滅した。

そしてタリビア共和国はユニオン脱退を撤回しユニオン軍及びアメリカ軍に救援を要請することとなった。

それは読んでいた。

彼らの速度では辿り着く頃にはガンダムたちは撤退しているだろう……

 

「相変わらずお粗末な射撃ね」

 

モニターに表示される機体を示す表記がシミュレーションゲームのように動いては消えていく様を見てその光景を想像したクリスティナは呟いた。

エクシアは高い可能性を持つ機体だ。

少なくとも彼女はそう思っている。

デカい剣をブンブン振り回すだけのMSではないのだ。

前身機アストレアの汎用性を受け継いでいるのならば遠距離戦でも引けを取ることはないだろう……ん?

撤退を始めるガンダムたち。

その中の一機、エクシアに対して凄まじいスピードで追いすがる者を捉えた。

 

「はあっ!?」

 

驚くクリスティナにスメラギがモニターを覗く。

そこに映る反応はフラッグ。

だが速度が圧倒的に違う。

通常の二倍以上の速度でエクシアに迫っていた。

 

「これは……」

 

「中のパイロットどうなってんの!?」

 

スメラギよりも早くクリスティナが疑問を口走る。

MSは人が乗ることで動く。

逆説的に言えば人がいなければ動けないのだ。つまりパイロットの安全を優先して設計される。

よってその進化は早々に頭打ちとなったのだが、それを壊したのがGN粒子だった。

だが、このフラッグは何だ?

パイロットの安全などまるで考慮していない。

急激にかかるGが内蔵を締め上げ、血流を弄り回すだろう。

それを耐えるほどの無茶をする相手には心当たりがあった。

前にエクシアと刃を交えたあのフラッグ。そのパイロット。

あの変態的な機動、変態的な執念。

 

「グラハム・エーカー……!」

 

クリスティナがまるで自分のことのように忌々しげに顔を歪める。

これほどの性能だ。

あの未熟な可愛げの無い小僧は凌げるのか?

胸の内に不安がよぎった。

 

 

「あのフラッグ……」

 

刹那も背後から迫る機影は捉えていた。

もう肉眼で見える距離だ。

黒く塗装されたボディに新型のリニアライフルを装備しているのがわかった。

そして発砲する。

弾丸をひらりと躱すエクシア。

そして通り過ぎた黒いフラッグは急旋回、さらに空中変形。

リニアライフルを持つ手は左。

 

──あの時のやつか!

 

ライフルモードのGNソードから粒子ビームが飛ぶ。

 

「速いっ!」

 

が、当たらない。

急制動を繰り返して必殺となるそれらを踊るような華麗ささえ見せながら躱していく黒いフラッグ。

そして反撃。

GNシールドで防いだが踏ん張りの効かない空中でその衝撃は大きく体勢を崩させ、海面に機体を叩きつけられる。

だが構わない。

そのまま海中を移動し撤退するエクシア。

フラッグは水中には入れないのだ。

そのまま安全圏まで離脱する刹那とエクシアであった。

 

 

「良い! 良いよ刹那!」

 

クリスティナはその姿をモニターでしっかりと確認していた。

 

「不覚を逆手に取るとは……その機転、イエスだね!」

 

かなり興奮した様子で言葉が支離滅裂だ。

だが言いたいことはなんとなく周りには伝わった。

要するに彼女は刹那の咄嗟の行動を賞賛しているのだ。

刹那アンチのクリスにしては珍しい光景だ……

リヒテンダールは心の中でそう思った。




次の次くらいかな……


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

「何このガンダム問答……」

現状特に台詞の無い彼ですが、厳重に蓋をしたつもりだったのに強烈な匂いを放っているのでタグを追加しました。


「人革連の新型機って一体なんだったんだろうなあ」

 

作業をしながらクリスティナが独りごちた。

ことの始まりはアレルヤがスメラギからミッションを与えられたところからだった。

人革連が所有する軌道エレベーター、その低軌道ステーション真柱(しんちゅう)の近くで行われるという新型MS性能実験の監視である。

以前のヴァーチェと同じようにキュリオスを貨物に紛れさせ、後は脱出をして任務を行う予定だったのだが、ここで想定外の自体が起きた。

その新型機が暴走、発砲、それが低軌道ステーションの重力ブロックの支柱を破壊し、三つに連なる小ブロックを漂流させてしまったのだ。

救助隊が来る頃には間に合わない。

そのまま重力ブロックは地球の重力に引き込まれ、大気との摩擦で燃え尽きるだろう。

 

あの時のアレルヤは間違いなく正しいことをした……

 

それを黙って見ていられなかったアレルヤがキュリオスを発進。

その場にいたティエレン宇宙型と起動高度まで押し上げようとし、スメラギの命を受けたロックオンと刹那の地上からのサポートによって救命活動を果たした──与えられた任務を放棄して。

その責任を問われ、アレルヤは現在営倉の中だ。もう一週間以上が経過している。

ちなみにスメラギたちはキュリオスを守るための行動を取ったにすぎないので特にお咎め無しだった。

 

「人革連はティエレンを主力にしてから新型開発には消極的な姿勢だった……それがソレスタルビーイングの登場に合わせたかのような新型機……」

 

クリスティナは結果として台無しになった実験にどうにもきな臭いものを感じていた。

まるで何もないところ……()()()()()()()()から持ってきたような……

とここでスメラギから連絡が来た。

内容はアレルヤの営倉入りを解除、クリスティナは彼と共にキュリオスに搭乗しティエリアのヴァーチェ共々マイスターと合流せよとのこと。

 

「こっ、これは!」

 

遂に、遂に来たというの!?

 

AEUとモラリアの合同演習にPMC(民間軍事会社)が参加することは知っていた。

ソレスタルビーイングが全ての戦争行為に対して武力介入を行うと宣言しているのにも関わらず、だ。

エージェントの王留美(ワンリューミン)からの情報では演習に参加するMSは総勢一三〇機以上。

演習としては史上類を見ない大規模なものだ。

他の国家群に対する牽制もあるだろうがこれは間違いなく罠。

だが罠は罠と知った状態で飛び込めば罠ではない。結果は同じだが、覚悟の差である。

 

今回の武力介入はハードなミッションになることが予想されていたけど、()()が来たってことか!

 

クリスティナは心を踊らせた。

 

 

太平洋上にある孤島に刹那の操るエクシアが索敵されないようにGN粒子を散布しながら降下していく。

ここがマイスターたちの合流ポイントであった。

着地してコクピットハッチを開け、ウインチロープを垂らして地面に降りてゆく刹那。

 

「おお、久しぶりだな、刹那」

 

そこに2人の人物が駆け寄る。

1人はハロを抱えたロックオン、そしてもう1人が……

 

「イアン・ヴァスティ」

 

刹那がその人物の名を口にする。

その不健康そうな痩せ型の中年男性こそ、ソレスタルビーイングの総合整備士だ。

 

「一刻も早くお前に届けたいものがあってな」

 

「見てのお楽しみってやつ」

 

『プレゼント、プレゼント』

 

ロックオンとハロが期待を煽る。

 

「デュナメスの追加武装は一足先に実装させてもらった」

 

指を指す先にあるデュナメスは全身を深緑の装甲で覆い、箱を被って頭と足を出しているような格好をしていた。

フルシールド。遠距離射撃時にスコープ外からの攻撃を防ぐための装甲である。

ちなみにこれはハロによって操作される。

 

「で、お前さんのはこいつだ」

 

イアンが携帯端末を操作し、輸送用コンテナのハッチを開けると中から大小二本の実体剣が姿を現す。

GNブレイド。GNソードと同じく高圧縮した粒子を放出することによって高い切れ味を持つ。

その威力は厚さ三メートルのEカーボンの塊を難なく切断できるほどだという。

 

「"ガンダムセブンソード"、ようやくエクシアの開発コードらしくなったんじゃないか?」

 

そんなロックオンの声にも耳を貸す様子はなく、刹那はエクシアの元へ歩いていく。

 

「何だ、あいつは……大急ぎでこんな島くんだりまで運んできたんだぞ。少しは感謝ってもんをだなぁ……」

 

不満げな声を漏らすイアンにロックオンがフォローを入れる。

 

「十分感謝しているよ、おやっさん。刹那はエクシアにどっぷりだかんな」

 

ところで、とロックオンが続ける。

 

「もう一つのコンテナは何だ?」

 

「ああ、そいつはな……」

 

と、上空から空気を切り裂く音と2つの光。

キュリオスとヴァーチェだ。

着陸した二機からアレルヤとティエリアが降りてくる。

そしてもう一人。

 

「師匠〜!」

 

「愛弟子〜!」

 

クリスティナとイアンが再会のハグをする。

片や二十を過ぎたばかりのあどけなさの残る女性、片や五十代のくたびれた中年男は親子と呼ぶにはあまりにも似ておらず、どこか如何(いかが)わしさを感じる光景でロックオンは静かに目を逸らした。

 

「遂に終わったんですね!」

 

「ああ!」

 

イアンが最後のコンテナを開ける。

それは一機のMSだった。

頭部に備えられたV字型のアンテナ、目を思わせるツインアイ。

それはガンダムの特徴と一致していた。

しかし、4機のガンダムよりも無骨な印象を受けるそのトリコロールカラーの機体はどこか古臭さを感じさせた。

刹那はその機体を見て驚愕に目を開いた。

 

0(オー)ガンダム……」

 

かつて少年兵だった彼の心に焼きついた光、その正体である最初のガンダム。

カラーリングは異なるが、全く同じ容姿をしていた。

 

「うわ〜! 実戦には耐えうるんですよね!?」

 

「もちろん!各部コンデンサーは見直されてるしGN粒子貯蔵タンクもばっちし。武装がちと貧弱だが、現行機相手には十分な威力だ」

 

「これを彼女が?」

 

ティエリアが聞く。

 

「ああ、今回のような大規模な戦闘では戦力は多いに越したことはない。ヴェーダも刹那を超える実力のこいつを捨て置くつもりはなかったのさ」

 

「そうか、ようやく肩を並べられるな、よろしく」

 

「心強いですね」

 

「えへへへへ……」

 

ロックオンとアレルヤの言葉に照れるクリスティナ。

予備戦力とはいえ、ようやくマイスターらしいことができることに彼女の心は浮かれていた。

 

「クリスティナ・シエラ」

 

「うへへ……えっ?」

 

だらしない表情をしていたクリスティナに刹那の淡々とした声がかけられる。

 

「お前はガンダムか?」

 

「ハァ?」

 

突然投げかけられた意味不明な質問にクリスティナは困惑の表情を浮かべた。

他のマイスターたちは二人の様子を見ているだけだ。

ロックオンなんかは笑いを堪えているような表情をしている。

三人は意味を知っているな……以前にも似たような発言をしていたのかもしれない。

刹那はガンダムに対して愛着以上の感情を向けていたな……と考える。

 

「それって哲学とか宗教的な意味?」

 

「そうだ」

 

つまりこういうことか、自分はガンダムに乗るのに相応しい人間であるかを示せという意味。

初めからそう言えやと内心で毒づきながらも真面目に受け止める。

クリスティナには他のマイスターやプトレマイオスのクルーのような信念などといったものは無かった。

ただのコンピュータいじりが得意でネット上に公開されているもののみに飽き足らず、軍の機密にまでアクセスしてはMSの情報を抜き取っては悦に浸っていた重度のMSオタクに過ぎない。

そしてガンダムの存在に自力で辿り着きその腕を見込まれてスカウトされた経緯を持つ。

そのため掲げる大義など無いのだ。

ただ成り行きでここにいるだけ。

 

「……たしかに私は紛争根絶なんて大それた理念には初めはピンとこなかった」

 

だけど、と続ける。

 

「ガンダムの人智を超えた力は目の前の事実として存在している。それはなんて言うか……説得力があった。世界を変えるという説得力が」

 

だから私は、

 

「私はガンダムで世界を変えたいと思った……こんな感じかな」

 

黙って聞いていた刹那。

彼は世界を変えることでガンダムそのものになろうとしている。

クリスティナの出した答えはそれと真反対のものだった。

だが他のマイスターとは同じだ。

 

「やはりお前とは相容れない」

 

そう言ってエクシアのコクピットに入っていった。

 

「何このガンダム問答……」

 

真面目に答えたのにそれかよとため息を吐くクリスティナにロックオンが肩を叩く。

 

「及第点……ってとこだなありゃ」

 

「なんで刹那に点数を付けられなきゃいけないんですか」

 

「まあ、刹那にとってガンダムは特別だから」

 

アレルヤが笑う。

ティエリアはクリスティナの腕を刹那よりは当てにしていたのでソレスタルビーイングへの忠誠心を確認できただけで良かった。

後はただ与えられた任務をこなしてくれればそれで良い。

そしてミッションの開始時刻は迫っていた。




やっとガンダムに乗せられる……


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

「悪くない……悪くはない……」

難産でした。
アクションを書くのは難しいですね。
先が思いやられます。


世界中にある王留美の別荘の1つはモラリア共和国の丘陵地帯にあった。

その広大な敷地に1台の車が停まる。

彼女の執事兼ボディガードの紅龍(ホンロン)がドアを開けるとスメラギとフェルトが降りてきた。

二人ともバカンス客を装ったカジュアルな服装をしている。

そしてフェルトの手にはピンク色の小さなボール型のペットロボットが乗っていた。

 

『オオキニ、オオキニ』

 

それが紅龍に対して方言で礼を伝える。

クリスティナが自分がいない時にフェルトをサポートできるように用意していた小型ハロ……通称ピンクだ。

カラーリングはフェルトの髪色に合わせてある。

ロックオンの相棒であるオレンジ色のハロやカレルを操りガンダムの整備を行うその兄弟たちとは異なるオペレーティングの補助に特化した機体だ。

そんな二人プラス一機を出迎えに王留美がやってきた。

 

「今日はよろしくね」

 

「お待ちしておりましたわ。ご案内致します」

 

『ヨロシクネ、ヨロシクネ』

 

促されて別荘の中に入ると大広間には既にミッションベースが設置されていた。

巨大なモニタースクリーンと二席分のオペレーターコンソールパネル、脇には最新鋭の演算装置。

 

「流石王留美。見事な手配ね」

 

「恐れ入ります」

 

王留美がスカートの裾を摘んで優雅にお辞儀する。

そしてスメラギの合図の元、フェルトが片方のオペレーター席のコンソールにピンクをコードで繋ぐとスクリーンにモラリア共和国の地図が表示され、その上にデータが書き加えられていく。

それを見た紅龍が顔を上げる。

 

「これは……モラリアとAEU軍の配備状況ですね」

 

「PMCトラストもね。しかもリアルタイム」

 

スメラギが付け加える。

 

「いつの間にハックを……」

 

フェルトがこの場にいない仲間の姿を思い浮かべた。

 

朝飯前(アサメシマエ)、朝飯前』

 

ピンクが代わりに答えた。

そしてスメラギがフェルトに言う。

 

「予定通り、〇〇(ゼロゼロ)時を以てミッションを開始します。目標は、私たちに敵対する者、全てよ」

 

「了解」

 

フェルトがもう片方に座りコンソールキーを叩き始める。

そして戦闘の開始時刻、モニタースクリーンの地図の上を5つのガンダムを示す赤い点がスメラギが提唱したプラン通りに動いていく。

 

 

モラリア共和国の上空を五機のガンダムが飛行する。

ちなみに0ガンダムは飛行形態のキュリオスの背に乗っている。

GNドライヴを持たないため粒子残量を節約する策だ。

そして遠くにヘリオンの姿が見えた。

 

「敵さんが気づいたみたいだ。各機ミッションプランに従って行動しろ」

 

ロックオンが合図を出す。

 

「暗号回線は常時開けておけよ。ミス・スメラギからの並行プランが来る」

 

『了解』

 

4人が返事をして別れていく。

航空戦力はキュリオスが相手をする。

残りは地上だ。

 

「フルシールド、当てにしてますよ!」

 

「おう、こっちは気にするな」

 

クリスティナはロックオンと共にヘリオンの部隊に囲まれていた。

PMCトラスト軍による待ち伏せだ。

 

「0ガンダム、目標を撃滅します!」

 

クリスティナがペダルを踏み、0ガンダムが大地を駆ける。

正面のヘリオンたちがリニアライフルを発砲する。

それを左右に動いて躱し、時に左手に持つガンダムシールドで防ぎながら肉薄する。

元が試作品故GN粒子発生装置が大型で取り回しに難があるが、そのサイズが逆に好都合だった。

見慣れない機体に相手からの動揺を感じ取る。

そして右手に持ったビームガンから弾丸を放つ。

射程は短く、GNコンデンサーを内蔵していないため威力も他の機体の武装よりも劣るが連射が効くのが特徴の武装だ。

手足を射抜かれて沈黙するヘリオン。

 

「おっと、余所見は良くないぜ」

 

その仲間たちが0ガンダムに意識が向いたところにデュナメスのGNスナイパーライフルが突き刺さる。

一瞬の混乱の隙を突いて0ガンダムが更に1機撃破。

デュナメスは背後からの攻撃はフルシールドがカバーし、左手に持ったGNビームピストルで反撃。

 

ハロとのリンクも上手く機能しているね……

 

空中で宙返りをして回避行動を取りながら器用に確認したクリスティナは、そのままビームサーベルを引き抜いて近くのヘリオンを切り捨てる。

GN粒子には慣性や重力を軽減する効果があるのでこういった無茶な機動ができるのだ。

 

「悪くない……悪くはない……」

 

独り言を呟く。

実戦投入に当たってアップデートはされているが0ガンダムは所詮2世代前の型落ちだ。

エクシアのような近接戦闘能力、デュナメスのような精密射撃能力、キュリオスのような機動性、ヴァーチェのような圧倒的火力と防御力。どれも持ち合わせない何もかもが中途半端な機体だった。

だが開発に1世紀を費やした基礎設計は堅実で高い信頼性がある。

 

「特にこのビームサーベル!」

 

目の前の敵機に投げつけて仕留め、突然投げられたそれに反応した隣りにビームガンを見舞う。

ビームサーベルの威力は現行のガンダムと大差ない。

一本しかないので投げて使えば拾う必要があるが。

やはりエクシアが恋しい……

そう思いながらスメラギから送られてくる変更プランに目を移した。

 

 

その頃、刹那は単機で敵部隊を蹴散らしていた。

 

「エクシア、フェイズ一終了。フェイズ二に……」

 

その時、コンソールから警告音。

瞬時に操縦桿を引いて回避する。

上空からの射撃だ。

視線をやると紺色のイナクトがリニアライフルを構えて接近してくる。

一度倒した相手だ、特に問題はない。

エクシアを左右に動かしてイナクトから放たれる弾丸を避けていく。

が、土煙を上げるだけのそれらが徐々にエクシアに近づき、機体に当たる。

 

「何!?」

 

まぐれだと思い、機体を大きく動かす。

前後左右ランダムにエクシアを走らせるが敵の弾は先回りするように飛んできては着弾する。

 

動きが読まれてる……!?

 

衝撃にコクピットが揺れ、アラートが鳴り響く。

まだ損傷は軽微だが、繰り返せばガンダムとて耐えられない。

だがいくらパターンを変えて回避しようとしてもイナクトのリニアライフルはエクシアを掴んで離さない。

刹那の頭に焦りが生まれ、エクシアの動きが鈍る。

その隙を突かれて正面から体当たりを受けてしまった。

コクピットが大きく揺れる。

 

「くっ!」

 

そのままイナクトは旋回してエクシアを見下ろす。

 

『ハッハッハッハッ、機体は良くてもパイロットはイマイチのようだなぁ! え、ガンダムさんよぉ!』

 

外部スピーカーを通じてパイロットの声が聞こえる。

 

「あの声……」

 

刹那には聞き覚えがあった。

 

『商売の邪魔ばっかしやがって!!』

 

「ま、まさか……!?」

 

記憶が掘り起こされる。

彼がまだゲリラの少年兵だった頃、彼らを率いていたリーダー格の男の声とそっくりだったのだ。

 

『こちとらボーナスがかかってんだ!!』

 

イナクトが蹴りを放つ。

気を取られていた刹那だったが、エクシアの腕を動かしてかろうじて防ぐ。

 

「そ、そんな……!」

 

刹那は無意識に操縦桿を強く握りしめていた。

 

『いただくぜ、ガンダムッ!』

 

イナクトはそう叫び、頭部を発光させるとリニアライフルからソニックブレイドを展開した。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

「私もそうだそうだと言っています」

書いてて地味だなぁと思ったり。
ファーストシーズンはこんな感じになりそうです。


エクシアのコクピットの中で刹那はかつてない激情に駆られていた。

(ことごと)くこちらの攻撃を躱すイナクトに少年時代の記憶が蘇る。

 

"やめて……ソラン……!"

 

涙を流して怯える母親の姿、それをなんとも思わずに引き金を引く自分。

あの時の自分はそれが正しいことだと信じていた。

 

"これで君たちは神に認められ、聖戦に参加することを許された戦士となった"

 

なぜあの男の言葉を信じた!?

ただ利用されただけだったのだ。

そして自分は殺すことしかできない人間に仕立て上げられた。

戦場に神などいなかった。

だが!

 

「うああああああっ!!」

 

エクシアの胸部が光を放つ。

GNドライヴに貯蔵されていた高濃度圧縮粒子を解放し、GNブレイドの出力が最大まで上がる。

鍔迫り合いの中、ゆっくりとGNブレイドの刃がソニックブレイドに食い込んでいく。

 

『何っ!?』

 

すぐさま手放して距離を取るイナクト。

両断されたソニックブレイドが地面に落ちた。

 

『なんて切れ味だ……これがガンダムの性能って訳か』

 

刹那は目の前の敵の正体を確かめたかった。

コンソールを操作して光通信を送る。

 

"コクピットから出てこい"

 

敵機の挙動に訝しむ色が浮かぶ。

こちらからコクピットハッチを開けて姿を晒す。

 

「刹那……?」

 

エクシアの様子を把握している仲間たちが困惑の声を上げた。

 

『ハハハッ、面白え、面白えぞ、ソレスタルなんたら!』

 

敵が笑う。

イナクトのコクピットハッチが開いた。

シートがせり出てきて赤いパイロットスーツの男が立ち上がる。

 

「素手でやり合う気か? え、ガンダムのパイロットさんよぉ!?」

 

ヘルメットを脱ぐ男。

赤い長髪に粗野な顔立ち。

間違いない、アリー・アル・サーシェス。

刹那の運命を狂わせたその男だった。

すぐさまホルスターの拳銃を抜くと。

サーシェスも刹那に銃を向けた。

 

「何だよ、態々呼び出しておいてこれかよ! ヘルメット脱いで、(ツラ)くらい拝ませろよ、え、おい!?」

 

引き金にかける指に力が込もる。

互いにこの距離ならば外すことはない。

冷静さを失った刹那は相討ちとなっても構わないと思っていた。

その時、影が見えた。

 

「0ガンダム!?」

 

サーシェスがコクピットハッチを閉めるのを見て、刹那もシートに戻った。

 

「おらぁぁぁ!」

 

間に挟まるように飛び込んできた0ガンダムがビームサーベルをイナクト目掛けて振り下ろし、空振る。

仕留め損ねたが距離は離れた。

 

「ロックオン!」

 

「ああ、狙い撃つぜ!」

 

デュナメスがGNスナイパーライフルを放つ。

が、イナクトはそれらを躱しながら丘陵の下に身を隠すと飛行形態に変形して戦線を離脱していった。

エクシアに装甲振動型暗号通信が入り、モニターにクリスティナの顔が映し出された。

 

『刹那ぁ……』

 

怒りの込められたその声は重なるように開いたスメラギからの通信に遮られた。

 

『事情は後で聞かせてもらうわ。ミッション、続けられるわね?』

 

「了解」

 

刹那は落ち着きを取り戻していた。

 

『フェイズ五まですっ飛ばしてフェイズ六から続行。0ガンダム、デュナメス、エクシアのサポートをお願い』

 

三人の返答と同時に通信が途絶える。

三機のガンダムが飛翔していった。

 

 

「全く、こんなルートを通らせるなんて」

 

アレルヤが愚痴を溢し、ロックオンがぼやくなよと嗜める。

合流した五機のガンダムは渓谷を移動していた。

敵は電波障害が起きる場所を狙う。

ガンダムのGN粒子によるものだ。

そのため隠れてモラリア軍司令部を目指していた。

その間も刹那はサーシェスのことを考えていた。

行き場が無くなってPMCに所属したのか?

だとしたらやつの神はどこにいる?

 

『刹那・F・セイエイ』

 

ティエリアからの通信で思考を止める。

 

『今度また愚かな独断行動を取るようなら君を後ろから撃つ』

 

「太陽炉を捨てる気か?」

 

『ガンダムの秘密を守るためだ』

 

一緒にいる予備マイスターが聞いたら悲鳴を上げそうなことを言うティエリア。

刹那はそれ以上何も答えることなく移動を続けた。

そしてフェイズ六は終了、ラストフェイズ。

モラリア軍司令部を直接叩くのだ。

すぐにMS部隊が発進してくる。

 

「ヴァーチェ、目標を破砕する」

 

主兵装のGNバズーカと背部のGNキャノンを同時に放ち、射線上の敵MSを消滅させながら基地を焼き払うヴァーチェ。

 

「デュナメス、目標を狙い撃つ!」

 

GNビームピストルを二丁拳銃の形で構えて放つデュナメス。

 

「キュリオス、介入行動に入る!」

 

MS形態に変形し、GNビームサブマシンガンを連射するキュリオス。

 

「エクシア、目標を駆逐する!」

 

「みんな派手で良いなぁ……0ガンダム、目標を撃滅する!」

 

三機が撃ち漏らした敵機をエクシアは両手に持ったGNブレイドで、0ガンダムはビームサーベルで切り捨てていく。

程なくしてモラリア軍司令部のMS部隊は全滅、無条件降伏が言い渡された。

 

 

刹那、ロックオン、アレルヤ、ティエリア、クリスティナの5人は初期合流ポイントであった太平洋上の孤島に帰投していた。

だが彼らの表情は厳しかった。

作戦はプラン通りの結果で終わったが問題はその過程だった。

五人は夜の砂浜に出ていた。

 

「刹那……あの時の無様は何?」

 

沈黙を破ったのはクリスティナの冷たい声だった。

 

「動きを完全に読まれていたのは仕方ない、そういうこともある……だけどその後のあれは……」

 

ロックオンが言葉を手で遮り、刹那の肩を掴む。

そして頬を殴りつけた。

刹那が砂浜に倒れ込む。

 

「殴られた理由はわかるだろ? ガンダムマイスターの正体は、太陽炉と同じSレベルでの秘匿義務がある。なぜ敵に姿を現した?」

 

刹那は答えない。

目を合わせようともしない。

 

「理由ぐらい言えって」

 

答えたくなかった。

その態度が反抗的に見えたロックオンは苛立ちを露わにする。

 

「強情だな……お仕置きが足りないか」

 

ロックオンが踏み出そうとした時、ガチャリと銃を構える音がした。

ティエリアが刹那に向けたのだ。

 

「言いたくないなら言わなくて良い。君は危険な存在だ」

 

「私もそうだそうだと言っています」

 

「やめろティエリア、クリスも」

 

流石に度が過ぎるとロックオンが銃身を掴んで止めに入る。

 

「彼の愚かな振る舞いを許せば我々にも危険が及ぶ可能性がある。まだ計画は始まったばかりだ。こんなところで躓いては……」

 

「俺は降りない」

 

声を聞いて全員が刹那を見ると、彼は銃をティエリアに向けていた。

 

「俺はエクシアからは降りない。俺はガンダムマイスターだ」

 

ティエリアがロックオンの手を振り払い、拳銃を構えた。

 

「銃を下ろせ刹那!」

 

「あんたがキレるのは違うでしょ!」

 

ロックオンとクリスティナの声も聞かずに2人は銃を向け合い、牽制し合っていた。

 

「命令違反をした僕が言うのも何だけど」

 

アレルヤが口を開いた。

 

「僕たちはヴェーダによって選ばれた存在だ。刹那がガンダムマイスターに選ばれた理由はある」

 

ティエリアの銃口が僅かに上がった。

アレルヤの意見は正しかった。

本来エクシアのマイスターになる予定だったクリスティナよりも能力の劣る刹那はヴェーダからの推薦を受けて資格を得ている。

刹那がMSの操縦センス以外で計画の遂行に必要な要素を持っている可能性は高い。

それは選ばれなかったクリスティナが1番理解していた。

 

「じゃあさ」

 

だからこそ言いたいこともある。

 

「出撃前に私に聞いてきた言葉、そっくりそのまま返すよ。あんたがマイスターである理由は何?」

 

刹那が銃を下ろし、立ち上がった。

 

「俺の存在そのものが理由だ」

 

「ハァ〜?」

 

「俺は生きている……生きているんだ」

 

舐めてんのかてめぇ殺すぞ、と言おうと思ったクリスティナだったが、刹那の目は真剣そのものだった。

 

『ミンナ、仲良ク、仲良ク』

 

困惑する一同にハロの声が虚しく響いた。

 

『ワアーッ』

 

「ああっ……」

 

「ハロー!?」

 

波にさらわれて悲鳴を上げるハロにロックオンとクリスティナの声が重なった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

「さようなら、白い砂浜……さようなら、青い海……」

置き撃ちはシューティングゲームの基本です。


イアンから世界の主要都市七ヶ所で爆破テロが発生したことが伝えられたのはすぐのことだった。

実行犯の要求はソレスタルビーイングの武力介入の中止。

武装解除を行わない限り世界中に無差別報復を続けるとのことだった。

マイスターは待機してスメラギたちと合流、対応に当たる。

ティエリアの意見は無視しても構わないという酷く冷淡なものだったが、激昂したロックオンとそれに助け舟を出した刹那によってテロという紛争に介入することを決意した一同。

スメラギとフェルトがクルーザーに乗って到着したのは翌日のことだった。

 

「なぜ、そんな格好を……」

 

その格好を見てアレルヤが眉を(ひそ)めた。

二人は水着を身に纏い、まるで遊びに訪れたような姿だった。

スメラギ曰くカモフラージュらしい。

 

「ビール! ビール!」

 

『バッチェ冷エテマスヨ、冷エテマスヨ』

 

ピンクの珍妙な言葉を聞いて嬉しそうに船室へ入っていく彼女を呆れた目で見つめるアレルヤ。

強がってんだよ、とロックオンが小声で言った。

 

「お〜ピンク、良い子にしてた?」

 

『妹ヨ、妹ヨ、良イ子ニシテタカ?』

 

『クリス、オ兄チャン、ピンク、良イ子、良イ子』

 

クリスティナとハロを前に飛び跳ねるピンク。

どうやら彼(?)とは兄妹らしい。

しばらくしてビールを片手に戻ってきたスメラギが作戦を告げる。

 

「今回の事件を起こした国際テロネットワークは、複数の活動拠点があると推察されるわ」

 

王留美を始めとしたエージェントが拠点の割り出しをしているため、ガンダム各機は所定の位置で待機せよと伝えられる。

 

 

「よよよ……」

 

クリスティナは東京のコンクリートジャングルのど真ん中にあるベンチで倒れ込んでいた。

周りが視線を向けるがブロークンハートのクリスティナに気にする余裕は無かった。

あれからテロ組織の正体が割れたのは良いが、自分が待機していた場所からは活動拠点が遠いのだ。

日本で活動する組織の人間の捕縛はエージェントがやってくれるのでガンダムは必要ない……完全に無駄足だった。

 

「さようなら、白い砂浜……さようなら、青い海……」

 

今頃スメラギとフェルトはマイスターの報告を待ちがてら波打ち際でキャッキャと遊んでいるだろう。

それを想像するだけで涙が溢れてきた。

東京の街を観光しようにもテロを警戒してどこの店もやっていない。

クリスティナは涙を拭って帰りの支度を始めた。

 

 

そんなクリスティナの涙の東京旅行から数ヶ月後、ソレスタルビーイングの介入行動の数は六〇を超え、世界は彼らの存在を否が応にも受け入れていった。

ユニオンとAEUの発表は同盟国領内での紛争事変にのみソレスタルビーイングへ対する防衛行動を行うという消極的な姿勢であった。

その中で唯一人革連が対決の意思を込めていた。

ソレスタルビーイングの多目的輸送艦プトレマイオスでは不調の出始めたガンダム五機……0ガンダムは大規模な戦闘がモラリア紛争以降無かったため必要なかった……のオーバーホールを静止軌道衛星上を漂いながら行っていたのだが、そこにタイミング悪く人革連の展開した包囲網に引っかかってしまった。

ソレスタルビーイングが攻め込まれるのは初めてであり、クルーに緊張が走る。

オーバーホールの終わっていたキュリオスとヴァーチェが先行、エクシアは0ガンダムと共に艦の防衛、唯一途中であったデュナメスは外されていた左足を艦に固定させて砲台代わりとした。

こうして戦闘が始まる。

最初に放たれたデュナメスのGNスナイパーライフルの粒子ビームは接近する人革連の輸送艦古虎(ラオホウ)に直撃することはなかった。

 

「くっ、機体重量の変化で照準がズレてやがる!」

 

『ハロ修正、ハロ修正』

 

「時間がねぇ、手動でやる」

 

ロックオンがスコープシステムの照準パラメータ数値を微調整する。

が、その間にも敵の攻撃は来る。

 

『ミサイル接近、数二十四』

 

フェルトからの報告だ。

エクシアと共に迎撃に移るが、何発が撃ち漏らす。

 

「チィッ! プトレマイオス、GNフィールド!」

 

『りょ、了解!』

 

加わろうにもビームガンの射程では迎撃は不可能で見ることしかできないクリスティナが舌打ち混じりに指示する。

フェルトの操作で艦体から圧縮されたGN粒子が放出され防御壁が作られる。

爆発の衝撃が三機のガンダムにも伝わるが、被害はゼロだ。

 

ちょっと待てよ……?

 

クリスティナが突っ込んでくる敵艦に注目する。

やけに進行速度が速い、まるでぶつかっても構わないような……

 

「特攻かよぉ!? ロックオン!」

 

「ああ、やらせるか!」

 

ロックオンも気づいたようだ。

デュナメスがGNミサイルを放ち、敵輸送艦はボコボコと膨れ上がって爆発した。

しかし大量の破片がプトレマイオスに迫る。

 

「GNフィールド再展開!」

 

スメラギの指示で再びGNフィールドが展開されるが、一部が間に合わず艦体に当たる。

損傷は軽微だ、問題ない。

 

「敵MS部隊を確認した!」

 

ロックオンの声が響き渡る。

輸送艦の後方に隠れるように敵部隊が隠れていたのだ。

すぐさまエクシアと0ガンダムが向かう。

 

「流石にティエレンは硬いっ!」

 

ビームガンを関節に浴びせて1機のティエレン宇宙型を黙らせたクリスティナが苛立ちを露わにする。

旧世代機のアンフならともかく、ティエレンの厚い装甲をビームガンで貫くのは難しい。

これならビームサーベルで斬った方が早そうだ。

敵の総数は三十六、さっき撃破したのと刹那が斬り捨てたから計算し直して三十四。

ティエレンたちは滑腔砲でプトレマイオスを砲撃している。

 

「刹那、ロックオン、私が誘うから仕留めて!」

 

「「了解!」」

 

0ガンダムがビームサーベルを手に迫ると敵機たちは四方に散って逃げていく。

その軌道を予測してエクシアとデュナメスが狙撃するのだ。

ちまちまと敵戦力を削っていく三機。

いっそのこと突っ込みたい気持ちになるが、先行しすぎてプトレマイオスと離れたら思う壺だ。

キュリオスとヴァーチェが戻って来るまで持ち堪えるのが三人の任務だった。

 

「敵さん、及び腰だ!」

 

積極的に攻撃してこない敵軍の動きに砲撃担当のラッセがそう判断する。

 

「この程度の攻撃ならGNフィールドで対応できるっすよ」

 

リヒテンダールも同意した。

敵はガンダムの戦力に恐れて攻め入ることができず、逃げ回ることしかできない……戦況は膠着状態に見えた。

 

(おかしい……)

 

スメラギが戦う気のないような敵の様子を訝しむ。

陽動で発進したキュリオスとヴァーチェに向かう一隻の古虎は陽動で残りの二隻に全戦力を集中させていると考えていた。

ロシアの荒熊の異名を持つ人革連のセルゲイ・スミルノフの取る"陽動に陽動で応える"作戦だ。

だが、本艦への攻撃も別の目的があるように思えた。

 

陽動に陽動で応えて、さらに陽動する……ってコト!?

 

スメラギは人革連の目的がプトレマイオスではなく、ガンダムの鹵獲であることに辿り着いた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

「やめてアレルヤー!!」

ちょっと短いな……


スメラギが敵の目的に気がついた時には時既に遅し、アレルヤは以前にも苦しめられた新型MS、そのパイロットからの干渉によって意識を失い、キュリオスはまんまと鹵獲された。

機密保持のため収容した輸送艦ごと葬り去ろうとしたティエリアだったが、高い機動性を持つその新型に引き離され、翻弄されていた。

その時、()が目覚める。

輸送艦は真っ二つに両断され爆発し、宇宙の暗闇に消えた。

 

「あの機体から特別なものを感じる……ヴェーダ、これは……」

 

一方、ティエリアは思い通りにならない戦闘に歯噛みしていた。

目の前のピンク色のティエレンは空間機動もさることながらパイロットの反応速度も優れていた。

そこに新たな機影が八機。

 

「新手か!」

 

どうやら自分も捕まえるつもりらしい。

 

 

その頃、プトレマイオス。

 

「うざったい!」

 

ティエレンをビームサーベルで両断しながらクリスティナが叫ぶ。

刹那とロックオンとのコンビネーションで何とか各個撃破していた。

だがこんなのは時間稼ぎにまんまとハメられているだけだ。

アレルヤとティエリアの安否が気がかりだ……早く始末しなければ……

焦りに囚われそうになる心を落ち着かせながら確実に敵MSを屠る3人。

もう総数は半分程になっていた。

ここで信号弾の光が見えた。

 

「撤退信号……? 良しっ!」

 

二人は何とか窮地を脱したのだろう。

逃げていくティエレンたちは捨て置く。

こちらも消耗しているからさっさと離れて欲しかった。

戦闘終了後、エクシアと0ガンダムはプトレマイオスと共にキュリオスとヴァーチェの行方を捜索する。

まさか鹵獲されたから撤退したのでは、と思うと不安でクリスティナは粒子残量に多少余裕があったため刹那と別れて遠くまで来ていた。

 

「アレルヤー! 何してんの、帰るよ!」

 

ようやくキュリオスの反応を見つけアレルヤを呼ぶが応じない。

そのまま向かうとキュリオスは1機のティエレンをGNシールド内のニードルでいたぶっていた。

 

何をしているんだ!? あれは()()()だぞ!

それをパイロットを苦しめるためだけに使うなんて……

 

クリスティナはアレルヤの異変を感じながらティエレンにビームガンを放ち介錯する。

 

「アレルヤ! 何遊んでんの!? 戦闘は終わったよ!」

 

アレルヤは答えない、否、そこにいたのはアレルヤではない。

直後キュリオスがこちらに向けてGNビームサブマシンガンを発砲した。

 

「はあっ!? アレルヤ、あんたイカれたの!?」

 

咄嗟にシールドで防ぐクリスティナ。

キュリオスは何も答えない。

それがたまらなく不気味だった。

 

「良いとこを邪魔しやがって! 予備風情がぁっ!」

 

──ハレルヤ、やめろ! やめてくれ!

 

「何、殺しはしねぇ……ちょっと憂さ晴らしするだけだよぉっ!」

 

ハレルヤは目の前の予備が乗る旧式のガンダム相手に憤りをぶつけていた。

出力を抑えたGNビームサブマシンガンを放ち、それを防ぐ隙にGNシールドニードルで手足をじわじわと刻んでいく。

 

『ハハハハハ!』

 

「やばいやばいやばい!」

 

通信越しに聞こえる狂気を孕んだ笑い声と機体のアラートが鳴り響く中クリスティナはキュリオスの猛攻に恐怖を覚えていた。

アレルヤはこんな戦い方をしない……今キュリオスを操っているのは誰だ!?

ガンダムキュリオスは()()()であるエクシアが万が一敵に堕ちた時のためのカウンターとしての側面を持つ。

つまりエクシア同様()()()()()()()()がある……相性は最悪だった。

刹那を呼ぼうにも今から助けを呼んだところで間に合わない。

終わりの見えないディフェンス……機体に蓄積するダメージ……精神がガリガリと削られていく。

 

「やめてアレルヤー!!」

 

「──っ!」

 

涙をこぼしながら叫ぶクリスティナ。

その気持ちが届いたのか、攻撃が止んだ。

 

「やめて……やめてよ……」

 

『クリス! しっかりして! クリス!』

 

元に戻ったアレルヤが呼びかけるが限界を迎えていたクリスティナの耳には届かなかった。

 

「なぜだ……なぜなんだ、ハレルヤ……」

 

傷ついた0ガンダムを抱えてプトレマイオスへ向かうアレルヤはもう1人の自分に問いかけた。

 

「どうしてそんなに人を傷つけたがる……殺したがる……それが僕の本質だとでも言うのか……」

 

目元から涙が散った。

 

「もしそうなら……僕は、僕は、人でなしだ……」

 

 

同じ頃、プトレマイオスとエクシアはヴァーチェを発見した。

否、それはヴァーチェではない。

 

「こ、こいつは……!?」

 

ラッセが驚きの声を上げる。

相撲取り(スモー・レスラー)を思わせる大柄なシルエットは無く、そのパーツは辺りに散らばっていた。

細身の人型に頭部は女性のような長髪状のコード。

 

「……ナドレ……」

 

フェルトが呟く。

ガンダムナドレ。ヴァーチェの真の姿。

 

「そう……ナドレを使ってしまったのね……ティエリア……」

 

完璧主義である本人も自責の念に駆られているだろう。

そしてその責任は敵の行動を読み違えた自分にある。

スメラギの心には自己嫌悪の波が押し寄せていた。

 

『キュリオス、0ガンダム、帰投、帰投』

 

ピンクが2人の帰還を知らせる。

 

「クリス!? アレルヤも、一体何が……」

 

リヒテンダールがボロボロになった0ガンダムを見て声を上げる。

クリスティナは酷く怯えた様子だった。

キュリオスに乗るアレルヤも憔悴している。

 

「後はお願いね」

 

「え? スメラギさんっ!」

 

スメラギがブリッジを後にする。

きっと今自分は酷い顔をしているだろう、それを見られたくなかった。

通路の壁を殴る。

拳から伝わる痛みすら自分を嘲笑っているようだった。

 

「また……間違えてしまった……」

 

もう間違いないと決めたのに、その間違いによってみんなを危険に晒してしまった。

ティエリアを、アレルヤを、クリスティナを傷つけてしまった。

 

「本当……どうしようもないわね、私……」

 

固く閉じられたスメラギの目から熱い涙の雫が溢れた。

こうして人革連が物量に物を言わせて行ったガンダム鹵獲作戦は終了したのだった。




ガンダムの重要性をティエリア並みに理解している本作クリスは焦りから不幸にもオレンジ塗りの高級ハレルヤ(???)に遭遇してしまう……
原作と展開は違えど死に怯えるのは一緒ですね。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

「アレルヤ、悲劇を終わらせて」

さぁ……超人機関解体ショーの始まりや。
パチパチパチパチ。


ソレスタルビーイングが人革連の特務部隊との戦闘を終えた後、クリスティナは自室に備え付けられたベッドに寝転がっていた。

きっと今頃ティエリアがスメラギにプランの不備を責め立てているところだろう……

あれから医務室へ運ばれ、医師のJB・モレノから極度のストレスを受けたショック状態だと診断された彼女は安定剤を処方されて休んでいるという訳だ。

当然アレルヤは一体何があったのかと問い詰められたが、「スメラギさんに後で報告する」と言ったきり彼も自室に篭っていた。

 

「このピンクのティエレンに何か秘密がある……?」

 

暗い部屋の中で端末を使ってキュリオスとヴァーチェの戦闘データを見ていたクリスティナ。

全身に搭載されたスラスターによる高い空間機動能力、そしてそれを自在に操るパイロットの反応速度にヴァーチェは翻弄されていた。

が、問題はそこではない。

キュリオスはこの新型が近づくにつれて思うように動けなくなっていく。

まるで彼奴(きゃつ)を拒絶しているような……

以前の性能実験で暴走したというが、その時にアレルヤも近くにいた。

あの時と同じ現象が今度は彼に起きた……?

その時、部屋のドアがノックされる。

 

「はーい……ひっ……」

 

ベッドから起き上がり、ドアを開けると(くだん)のアレルヤがいた。

普段通りの穏やかな顔をしているがあの時の狂気に満ちた攻撃と笑い声がフラッシュバックして悲鳴が漏れる。

そのクリスティナの様子を見たアレルヤが表情を僅かに曇らせた。

 

「言うのが遅くなったけど、ごめん」

 

そう言ってスティック状の記録媒体を差し出してきた。

 

「……これは?」

 

「そこに僕に関係していること全てが記されている。ヴェーダに進言したい作戦プランも……スメラギさんに後で渡して欲しい」

 

「……わかった」

 

彼なりの誠意のようだ。

メモリーを受け取ってから見送ると早速端末に繋げて閲覧する。

しばらくしてクリスティナはスメラギの自室に駆け出した。

 

「スメラギさん! スメラギさん!」

 

「痛い痛い! 何よいきなり!」

 

相当飲んだのかデスクチェアでぐったりしているスメラギの頭をバシンバシンと叩いて起こす。

有無を言わせずにアレルヤから渡されたメモリーを見せる。

 

「これは……! まさか、そんなことが……」

 

どうやら酔いも覚めたようだ。

それからアレルヤも呼んで3人でブリーフィングルームに移動した。

 

 

ティエリアはソレスタルビーイングの量子型演算処理システムヴェーダのアクセスルームで瞳を黄金色に輝かせる。

彼のみアクセスルームを専用で使用する権限が与えられていた。

 

(ヴェーダ、ブリーフィングルームの映像を)

 

ティエリアの要求に反応するヴェーダ。

ブリーフィングルームの中の映像が早送りで脳内に流れ込む。

そして三人の男女、スメラギとアレルヤ、クリスティナが入っていくところから等速で再生する。

彼は三人がブリーフィングルームに入っていく姿を偶然目撃し、「もう一人のあなた」という聞こえてきた言葉に興味を惹かれこうして確認という名の盗み聞きをしているのだ。

 

「……作戦プラン、読ませてもらったわ。あなたの過去も」

 

スメラギがそう言うとアレルヤは頷いた。

 

「確かに武力介入する理由があるし、ヴェーダもこの作戦を推奨してる……」

 

でも、とクリスティナがスメラギの言葉を遮った。

 

「本当に良いの? これだとあなたは罪のない同類を……」

 

「構いません」

 

アレルヤは2人に向かってはっきりと言った。

 

「その、私に襲いかかったもう一人のあなたは……?」

 

「聞くまでもないよ」

 

「本当に良いのね?」

 

「自分の過去ぐらい、自分で向き合うつもりだよ」

 

アレルヤの表情は録画データからは伺うことはできなかったが、強い決意が言葉から感じられた。

しばらく視線を交わした後、スメラギが大きく息を吐く。

 

「わかったわ。この作戦プランを実行に移します。出撃の準備、しておいてね」

 

「わかりました」

 

「スメラギさん!」

 

最後にクリスティナがスメラギに『あること』を伝えたところで3人の会話は終わった。

その後ティエリアはアレルヤが提出した作戦プランを閲覧する。

人革連の超人特務機関と超兵計画、その被験者である少年とそのもう1つの凶暴な人格……

 

(そうか、彼は……)

 

禁忌に手を伸ばす人革連の、人類の愚かさに憤りつつ、ティエリアは己の過去と向き合い、任務を遂行しようとするアレルヤ……そして恐怖という脆弱な感情に一時は支配されつつもそれを押さえ込んで立ちあがろうとするクリスティナをガンダムマイスターであると認めようとしていた。

 

 

人革連のスペースコロニー、全球があるラグランジュポイントに来たプトレマイオスからエクシアとキュリオスが発進する。

デュナメスとヴァーチェは別ミッションで出撃済みだ。

 

「まさかこんな形で実機に乗れるとは……エクシア」

 

操縦桿を握る手に力を込めながらクリスティナは呟いた。

彼女はアレルヤの意思を汲み、その露払いをしたいと申し立てた。

しかし乗機である0ガンダムは損傷が激しく修復が終わっていない。

そのためエクシアを貸してもらったのだ。

刹那は当初駄々っ子のように拒否したが、ティエリアがヴェーダを引き合いに出して口添えしたお陰でこうして乗っている。

なぜ自分に味方するような態度をとっていたのかが気になったが、ともかく念願のエクシアに搭乗できたクリスティナ。

しかし彼女の心はちっとも晴れやかではなかった。

 

アレルヤはこれから同胞を殺すんだ……まだ幼い大勢の同胞たちを……

 

全球のコロニー部のシリンダーから3機のティエレン宇宙型が飛び出してこちらに向かってくるのが見えた。

 

「ミッション通り、ここは引き受けるよ」

 

アレルヤに回線を開いて伝える。

 

「アレルヤ、悲劇を終わらせて」

 

『ありがとう、クリス』

 

モニターのウィンドウに映るアレルヤの顔は微かに笑っているように見えた。

そしてキュリオスが加速して全球へ向かっていく。

通り過ぎたティエレンたちが後を追おうとするがエクシアのGNソードをライフルモードにして射撃、こちらに釘付けにする。

 

「そうだ、こっちを見ろ……相手は私だ!」

 

クリスティナの戦意に応じるようにエクシアのツインアイが発光する。

滑腔砲を放つティエレンたち。

それをひらりひらりと躱していく。

 

流石の反応速度だ……これが第3世代ガンダム!

 

一機にライフルのビームを浴びせ沈黙させる。

次にシールドを投げつけてそちらに注意を向けさせ、死角に回り込む。

GNビームダガーを引き抜き投擲、二機目を撃破。

最後の三機目が気づいて銃を向けるが遅い。

真正面から突っ込んでGNソードを一閃。

瞬く間に敵MSを仕留めるが、これからも敵部隊は出撃してくるだろう。

 

「後でたっぷりログを見せてやる……刹那、これがエクシアの戦い方だ!」

 

クリスティナが目をギラつかせて吠えた。

 

 

それからしばらくしてキュリオスが帰ってきた。

 

「アレルヤ……」

 

『大丈夫。大丈夫だよ……』

 

口ではそう言っているがその顔は苦悩と涙の跡が見てとれた。

かける言葉も見つからず、二人でプトレマイオスに帰る。

 

「ミッション終了。帰投後に超人機関の情報をマスコミにリークします」

 

『了解。アレルヤもお疲れ様』

 

スメラギがアレルヤの心中を考え、労った。

 

『人革連による兵士の人体改造か……』

 

ラッセが世界の歪みを嘆くように呟いた。

 

『いやぁ、大スキャンダルっすよねぇ』

 

()()()()()()()

 

面白がる操舵士をクリスティナが名指す。

 

「口を謹んで」

 

『えっ、あっ、あの……』

 

空気の読めない軽い男だ……あれはあれで楽天的な性格だ、クリスティナはそれを好ましく思う時もあるが、今は嫌いだった。

ピシャリと叱責されたリヒテンダールの狼狽える声を最後に通信を切った。

 

 

その後、クリスティナはアレルヤに連れられてスメラギの自室を再び訪れていた。

デスクチェアに身体を沈めていたスメラギの手にはアルコールの入ったグラスが握られていた。

 

「……何? 何か話があって来たんでしょ?」

 

「そうよ何さ私まで巻き込んで」

 

女性2人で先を促すとアレルヤが重い口を開いた。

 

「良かったら、僕にも一杯もらえませんか?」

 

「なんでぇ?」

 

「酷く、そういう気分なんです……」

 

それ自分も飲まなきゃいけないの?とクリスティナの顔には書かれていた。

未成年はダメだときっぱり言うスメラギ。

稀代のテロリストというのに堅い姿勢だった。

 

「それが、もう良いんです」

 

アレルヤが困ったような照れたような顔で言う。

 

「グリニッジ標準時間で、つい先ほど二十歳(はたち)になりましたから」

 

「あっふーん……」

 

「そうなの……」

 

スメラギは立ち上がると備え付けの冷蔵庫から冷えたグラスを2人分取り出し、氷を入れて飲んでいたバーボン・ウイスキーを注いで渡す。

 

「こんな時に言うのも変だけど……おめでとう」

 

「ハッピーバースデー」

 

「ありがとうございます」

 

3つのグラスが重なって音を立てる。

そしてアレルヤがグラスを口に近づけ、止まる。

 

「……? 飲まないの?」

 

あの、と躊躇うように視線を泳がせながら言う。

 

「2人とも、少し聞いてもらっても良いですか」

 

アレルヤはしばらく迷うそぶりを見せたが、ゆっくりと語り始めた。

 

「……僕、とても怖かったんです」

 

「うん……」

 

スメラギが優しく相槌を打つ。

 

「同類を殺している時、とても痛くて辛かった」

 

「アレルヤ……」

 

クリスティナが肩に手を置いた。

 

「脳量子波の干渉で、同類が死んでいくのがわかったんです」

 

頭の中の痛みが消える度に自分が殺しているという実感が湧いて辛かったと言うアレルヤ。

そしてその命が消えていく度、自分の忌まわしい過去と記憶が消えていくような気がして、そんな自分は酷い人間だと自嘲した。

クリスティナは聞いていて泣きたい気持ちになったが、ここで自分が涙を流せば逆に彼の覚悟を踏み躙るような気がして堪えた。

スメラギに励まされながらひとしきり話し終えたアレルヤがグラスに口を付けて一口飲む。

 

「なぜ、このような苦いものを……」

 

「苦いものを飲み下すのも大人ってものよ」

 

「うんうん」

 

スメラギの年長者としての言葉に従い、アレルヤより少し歳上のクリスティナも勢いよくグラスを煽った。

 

「おええ……」

 

大口を開けてえずくクリスティナ。

どうやら彼女は大人ではなかったようだ。

吹き出すようにして笑う二人。

歳上として、女性として何か大事なものを失った気がするが、アレルヤの気持ちが少しでも晴れるなら良いかと酔いなのか恥ずかしさなのかで熱くなる頭で考えるクリスティナだった。




バイブス上げてこー!
スメラギさんテキーラ追加ー!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

「こいつマジでキモいな」

少しお待たせして申し訳ありません。
ガンプラ作ってました。


中東の小国、アザディスタン王国にて。

この国は外交を化石燃料に依存していたため国連が決議した石油の輸出規制に反対し、太陽光エネルギーの供給権を持たない。

そのためエネルギー不足で財政は困窮しているのだが、外部からの介入を拒む保守派と太陽光発電を取り入れようとする改革派の2勢力が対立しており、その結果今回の事件が起きたのだ。

拉致された保守派の代表であるマスード・ラフマディーは刹那たちの活躍によって無事保護され、騒動はひとまずの収束を得たのだが……

その過程で建設中だった太陽光受信アンテナがミサイル攻撃で破壊され、その際の戦闘記録をクリスティナは自室で見ていた。

タリビアで出会った黒いフラッグがデュナメスのGNスナイパーライフルの弾丸を無茶苦茶な機動で躱し接近、蹴りを入れてくる。

そして右手でソニックブレイドを抜き取り、咄嗟にGNビームサーベルを使って受け止める。

 

「こいつマジでキモいな」

 

クリスティナが呟いた。

ロックオンにサーベルを抜かせるとは……やはりとてつもない操縦スキルだ。

そして動きだけでパイロット……グラハム・エーカーのガンダムへ向ける感情が読み取れる。

もはや驚きを通り越して戦慄する。

GNビームピストルで反撃を入れると即座に離れディフェンスロッドで防ぐ。

互いに銃口を向け合い、その時に首都でクーデターの発生が知らされ、フラッグは防衛に向かっていった。

そこで記録終了、次はエクシアを見る。

アンフ相手に相変わらずの力任せな戦い方だ……敵の潜伏先で出会った紺色のイナクトに組みつかれた時はヒヤヒヤしたが、腰にマウントされたGNブレイドを回転させることで腕を奪い取るという機転は良かった。

以前は完全に動きを読まれていたが、彼も戦いの中で成長しているということだ。

端末を切り、デスクに目をやる。

そこには5機のガンダムのスクラッチモデルが置かれていた。

ガンダムはロボットアニメの主役機のようなヒロイックなデザインをしているので、プラモデルとして売り出したらかなりの金になりそうだ……ソレスタルビーイングが世界のお尋ね者である限りそんな未来は訪れないだろうが。

片手サイズの0ガンダムを手に取る。

 

「やっぱり貧弱だよね〜……」

 

ビームガンは取り回しは悪くないが火力不足。

GNフィールドによる防御力の向上の理論は既に出来上がっていたが、極めて高品質のEカーボンによる物理的なものの方が大きい。

今後も激化すると思われる戦闘に耐えられるのかは不安があった。

 

「フルアーマー……」

 

ポツリと声を漏らした。

第2世代機のプルトーネにはGNフィールドを内部に満たす複合装甲が採用されていた。

この技術を応用した追加装甲を作れるのでは……?

 

「いやダメだ。粒子の消費が多すぎる」

 

結局何を考えたところで行き着く問題はこれなのだ。

太陽炉を持たない現在の0ガンダムに追加装備を行う余裕は無い。

一応プランだけ書き留めておくか……とメモをしてこの日は寝た。

 

 

その後、プトレマイオスクルーたちは王留美の招待でユニオン領にある別荘で休息をしていた。

マイスターの中では唯一アレルヤだけはイアンとモレノと共に宇宙に残っていた。

曰く、頑丈だからとか。意外と遊びの無い男である。

 

「何話してるんだろ、あの2人」

 

プールサイドに置かれたデッキチェアに寝そべって優雅にドリンクを飲むスメラギと王留美。

その身体は水着姿で、豊満な肉体を惜しげもなく晒していた。

その姿をビデオカメラに収めているリヒテンダールが独り言を言った。

 

「中学生じゃあるまいし」

 

「わわっ」

 

背後から呆れ顔のクリスティナに声をかけられてカメラを取り落としそうになるリヒテンダール。

 

「い、良いじゃないっすか。華があって……」

 

「あっちはあっちで良い絵撮れてるよ。見なよあの汗。生の水しぶき感覚が良いじゃない」

 

視線を向けるとラッセがビキニパンツ姿で腕立て伏せしていた。

相当身体に自信があるのだろう……実際汗で輝く身体は引き締まっていた。

ちなみに二人も水着を着ている。

クリスティナはシンプルながらスメラギたちに負けない均整のとれた身体を引き立てていた。

反面、リヒテンダールは半袖の全身タイツのようなもので正直センスを疑ったが、一同は空気を読んで何も言わなかった。

 

「俺はトレーニングとかは……」

 

クリスティナの奇妙なワードセンスを疑問に思いながら言葉を返す。

正直超人機関の件以来彼女とは気まずかった。

本人は今は特に気にしていないのだが……

 

「マイスターたちは?」

 

「刹那は隠れ家に戻って、ロックオンはどこかに行っちゃったっす。ティエリアは地下にいるみたいだけど」

 

「あいつらも遊びの無い連中ね」

 

アレルヤのことを考えながら言うクリスティナ。

その様子にリヒテンダールはチャンスを感じていた。

リヒテンダールはクリスティナに気がある。

向こうで花壇の花をハロとピンクと一緒に見ているフェルトもかわいいが歳が若すぎる、スメラギは絶世の美女なのは認めているが、一番はクリスティナだと彼は思っている。

肉感のあるスタイルが個人的に刺さるのだ。

そのため、今回の休暇を利用して仲を深めたいと思っていた。

今までもさりげなくアプローチを重ねてきたが、MSオタクの彼女にそんな心の機敏を読み取る能力は無いので跳ね返される。

やはり男らしく面と向かってデートに誘わねば……

 

「あ、あのさクリス……」

 

「何?」

 

リヒテンダールの心臓が脈打つ。

男の端くれだろ覚悟を決めろ!と自分に喝を入れる。

 

「き、気になる店を見つけてさ、良かったら夕飯にどう……?」

 

「良いね! 行こ行こ」

 

え……通った……?

やった! やったぞーーー!!

 

あっさりと受け入れられて一瞬呆気に取られたが、リヒテンダールはこれからの出来事に胸を躍らせた。

 

 

「このパンめちゃくちゃ美味しい!」

 

「そうっすね……あ、レシピ書いてあるみたいっすよ」

 

「写真に残しておこ!」

 

2人はステーキハウスに来ていた。

リゾート地なので店も一級品だ。

クリスティナは主菜である肉よりも主食のパンが気に入ったらしい。

ちぎって口に入れてみると確かにふわふわと適度に弾力があって食べ応えがある。

そしてちらりと横に目をやる。

笑顔のクリスティナを見ているとドキドキして、"これからのこと"を伝えられない。

彼はヘタレだった。

 

美味(うま)……」

 

ナイフで切り分けたステーキを食べて呟くリヒテンダール。

脂の多い日本産も良いが、赤身主体のアメリカ産の方がさっぱりとしていてたくさん食べられるのが良い。

そうして二人で夕食を摂る。

経験の少ないリヒテンダールは知らなかった、意中の相手をデートに誘うのは"ゴール"ではない、"始まり"なのだと。

 

 

後日、エージェントから人革連、AEU、ユニオンの三国家群による合同軍事演習が伝えられた。

 

「それが本当なら、すげえ規模だぞ」

 

「ユニオンや人革が急に仲良くなっちゃって、何なんすかねぇ?」

 

ラッセとリヒテンダールが口を開く。

 

「私たちのせい……」

 

「そう考えるのが妥当でしょうね」

 

独り言のように呟くフェルトとそれに同意するスメラギ。

ガンダムの鹵獲に失敗した人革連は他の陣営と組むことでソレスタルビーイングを牽制しようとしているのだろう。

 

「軍事演習なら、わざわざ俺たちが介入する必要はないんじゃねぇか?」

 

と、ラッセが意見を述べる。

確かにただの軍事演習なら武力介入の理由としては弱い。

それが大規模なものとなれば自ら飛び込んでも悪戯に危険を伴うだけだ。

 

「何かあるな」

 

しかしこの場にいる唯一のガンダムマイスターであるティエリアが異議を唱えた。

 

「軍の派遣には莫大な資金がかかる。たかが牽制で大規模演習を行うなどありえない」

 

その意見にスメラギも同意した。

王留美に演習場所の特定を頼む。

 

「いずれ出撃することになるとしても、まだ時間はあるわ。今のうちに目一杯羽を伸ばしときなさい」

 

「はーい」

 

クリスティナが明るく返事をしてフェルトの手を引いた。

 

「フェルト、買い物行こ」

 

「え、あ……」

 

「最近ピンクに任せてばかりで構ってられなかったからさ、ホラホラホラホラ」

 

そしてフェルトの背を押して大広間から出ていった。

ああ、またしてもチャンスを逃した……とリヒテンダールが項垂れた。

結局地道に距離を縮めるしかないと諦めに近い結論を出していた彼は、しかし本人がいない状況では何もできなかった。

後を追いかけて偶然を装って合流するか……?

それなら男も2人でいた方が自然だ。

 

「ラッセさん」

 

「遠慮する」

 

「まだ何も言ってないっすよ!」

 

「何か嫌な空気を感じた。戦場で味わうとロクでもないことが起きる空気がな」

 

「何すかそれー!?」

 

一方でティエリアはこれからの世界のことを考えていた。

三国家群が手を組むのは予測の範疇だったが、それはもっと先の話のはずだった。

それぞれの戦力が疲弊し、協力しなければソレスタルビーイングに対抗できなくなった時に……

 

(ヴェーダにも予測できない、人の()()()というものがあるというのか……)

 

世界の変革は確かに迫っていた。

 

 

フェルト・グレイスという少女は、はっきりと言って人間性に欠けていた。

組織の中で生まれ、組織の中で育てられた彼女は外の世界をよく知らないのだ。

それを不憫に思ったのか、クリスティナはオペレーターとしての教育の傍らよく連れ出していた。

本人としてもクリスティナと過ごす時間は嫌ではなかったのだが、それがなぜなのかはよくわからなかった。

 

「良いね、似合う! これにしよう!」

 

「…………」

 

現在2人はショッピングモールで服を見ていた。

フェルトは髪色が派手なので大人しめの色にしてみたが、それが正解だった。間違っても全身ピンクにしたら毒々しい。

この前の食事代はリヒテンダールが出してくれたので金銭的には余裕があるのでいくつかフェルト用の服を買う。

彼はヘタレだが、最低限の甲斐性はある男であった。

 

「フェルトはさ、もう少しおしゃれに気を使うべきだと思うの」

 

「…………」

 

ファストフード店でポテトをつまみながら会話をする。

フェルトは口数が少ないのでキャッチボールではなく、投手(ピッチャー)捕手(キャッチャー)のようなバッテリー関係なのだが。

プトレマイオスクルーは制服自体は用意されているのだが、全員私服で過ごしている。

だが、彼女の私服はSFロボットアニメのようなピチピチタイトなもので、まあ十四に見えないスタイルの持ち主なので似合うのだが、とにかくもっと着飾るべきだとクリスティナは思っていた。

 

「若いんだからさ、もっと自分を表現しようよ」

 

「クリスティナも、若い……」

 

「私は後数年したら足も出せなくなるの!」

 

クリスティナは二十二歳、そこそこ良い歳だ。

今でこそショートパンツで太ももを晒しているが、すぐにキツい年齢が来るだろう……

そもそもニーソックスで細く見せようとしている時点でかなり往生際が悪かった。

女性にとっての大敵である年齢に、自分から話を振っておいて目を背けるようにコーラを流し込む。

そういえばAEUの自称エースがそんな名前だったな、なんて口の中で弾ける炭酸(サワー)を感じながら思うクリスティナであった。




リヒティは目の付け所が違いますな。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

「うちの子らが失礼しました……」

OPで強敵っぽく出てくるやつらの登場です。


ソレスタルビーイングは、タクマラカン砂漠にある濃縮ウラン埋設地域へのテロに対して武力介入を行うことになった。

当然誘い出すための罠だ。

だが、罠は罠と知って飛び込めばそれは"罠"ではなく、"挑戦"となる。

三国家群の戦力となるMSは総勢八百を越え、物量差は圧倒的だった。

そのためスメラギの指示は一撃離脱。

機動力に優れるキュリオスの上にデュナメスを乗せ、目標を狙撃、完遂後速やかに離脱する。

が、そんな簡単に包囲網を抜け出せるほど相手も甘くはない。

足止めを食らった二機の離脱ルートの確保……プランB2としてエクシアとヴァーチェが投入される。

砲撃部隊を壊滅させ、その隙に四機とも離脱できれば万々歳なのだが……

 

「作戦開始から二時間か……」

 

リヒテンダールが呟く。

プトレマイオスクルーの集まる王留美の別荘は重苦しい空気に包まれていた。

 

「プランがB2なら、デュナメスとキュリオスはまもなく合流ポイントに到着するはずだけど……」

 

クリスティナがコンソールパネルを操作しながら言う。

だが、ハロからの暗号通信は届いていない。

 

「せめてGNアーマーが使えれば……」

 

ラッセが歯噛みする。

GNアーマーとはガンダム専用の大型支援機であるGNアームズをガンダムと合体させた状態のことだ。

だが、GNアームズは現在開発の途中であり、この場には無かった。

 

()()もね……」

 

クリスティナの言う"あれ"とはGNアームズすら超えるソレスタルビーイングの新たなる力のことだ。

かつて()()()()()()()()()()()()()()()()()()を再びやろうというそれは、もし実用化されればより円滑な作戦行動ができるはずだった。

だが、結局ないものねだりをしても現実はどうしようもなく残酷に今という状況を突きつけている。

スメラギは頭の中で状況変化をシミュレートしていた。

恐らく敵は砲撃部隊を使って足止めしていることだろう。

二時間にも渡って爆発の衝撃に晒されたマイスターたちの肉体的、精神的な負担は計り知れない。

そして消耗したところでエースを投入してくるだろう。

ユニオンからはグラハム・エーカー、人革連からはアレルヤに対してのカウンターとなる超兵を。

AEUは……クリスティナから送られた記録の中では優秀な成績を収めている……実際幾度となくガンダムに挑み、撃墜されても生還を果たしている。油断ならない相手だ。

だが、この時には隙が生まれる。

スメラギは彼らが訪れるチャンスを逃さないことを祈った。

だが、まだ作戦は始まったばかりだった。

そしてもう一人、ガンダムマイスターを追い詰めれるだけの技量を持つ男が紛れていることを彼女たちは知らなかった。

 

 

「ぐああああああっ!!」

 

戦闘開始から一五時間が経過した頃、エクシアに乗る刹那は敵MA(モビルアーマー)のプラズマフィールドで焼かれ絶叫していた。

砲撃の手が止んだタイミングで離脱を始めたが、あの男が現れた。

紺色から血を思わせる赤色に塗り替えられたイナクトをコアユニットにしたMA、アグリッサ。

傭兵であるはずの男、アリー・アル・サーシェスはAEUの外人部隊の一員としてエクシアへと襲いかかっていた。

 

『機体だけ残して消えちまいな! クルジスのガキが!』

 

人生を狂わせた男の忌々しい声を聞きながら刹那の意識は闇へと落ちていく。

 

死ぬのか……俺は死ぬのだろうか。

歪んだ世界を正そうと今まで戦ってきた。

それでも、何も成せないまま、ただ失うだけで朽ち果てるのだろうか。

 

走馬灯のように少年時代の記憶が蘇る。

戦場に舞い降りたそれは根拠の無い神や悪魔などといった存在よりも鮮明で、崇高なものに見えた。

V字型のアンテナに人間の目を思わせるツインアイ、背中から広がる光の翼。

そう、刹那は"それ"になりたかったのだ。

彼の手が虚空に伸ばされる。

 

「……ガン、ダム……」

 

命が消えゆく中に苦痛は無かった。

刹那は幻に向かってうわ言を呟きながらただ手を伸ばしていた。

望むもの、求めてやまないものの幻に。

その時、アグリッサは赤い閃光が貫かれ、爆発した。

その衝撃に刹那は僅かに正気を取り戻した。

爆炎が風に吹き払われ、それを見た。

赤い光の翼を広げて舞い降りる人ならざるもの。

角のように伸びるアンテナとツインアイ。

 

「……ガン、ダム……」

 

モニターに映るそれを掴むように手を伸ばす。

 

「……ガンダム……」

 

人智を超える力を持つMS、その名を叫ぶ。

 

「ガンダーーームッ!!」

 

そして一六時間を以て三国家群によるガンダム鹵獲作戦は失敗に終わった。

 

 

プトレマイオスにて、スメラギと3人のガンダムマイスター……ロックオン、アレルヤ、ティエリアは新たに現れた3機のガンダム……スローネのマイスターたちと対面を果たした。

ガンダム鹵獲作戦から十数日が経ってのことである。

タクマラカン砂漠から離脱する際、スローネのマイスターたちからとある宙域のポイントデータを受け取っていた。

そこに赴くと、彼らが現れた。

非武装の黒いスローネ一号機の手には二号機と三号機のマイスターが乗せられ、プトレマイオスに訪れたのだ。

 

「着艦許可をいただき、感謝します。スローネアインのガンダムマイスター、ヨハン・トリニティです」

 

落ち着いた雰囲気の青年がスメラギに目礼する。

 

「スローネツヴァイのガンダムマイスター、ミハエル・トリニティだ」

 

続いて挨拶する攻撃的な容姿の青年。

だが、その表情は先の戦闘で見せた無様を嘲笑っているようだった。

 

「スローネドライのガンダムマイスター、ネーナ・トリニティよ」

 

最後に少女が明るくVサインする。

釣り上がった目尻に大きな瞳は小悪魔的で、だが頬に控えめに散っているそばかすは化粧気の無い純朴さを感じさせた。

そんな三人の、ヨハンはともかくミハエルとネーナの態度にスメラギは言葉を詰まらせた。

刹那たちプトレマイオスのガンダムマイスターはそれぞれが使命を帯び、責任感のある硬さを持つ。

だが、二人からはそういったものを感じられない……まるで遊んでいるかのような軽さを感じていた。

 

「あ……みんな、若いのね……それに名前が……」

 

「血が繋がっています。私たちは実の兄妹です」

 

窮地を救った者たちへかけられる一声としては(いささ)か平凡なものとなったが、ヨハンが生真面目に返した。

 

「そうなの……あ、助けてもらったお礼を……」

 

ねえ、とネーナが身を乗り出す。

社交辞令なんて興味ないね、とでも言うように。

 

「エクシアのパイロットって、誰?」

 

壁際で腕を組んでいたティエリアに目を向けた。

 

「あなた?」

 

「いいや、違う」

 

拒絶のこもった声で否定するティエリア。

 

「俺だ」

 

エクシアのコクピットで待機していた刹那が警戒を解かれて遅れてやってくる。

 

「俺がエクシアのガンダムマイスター、刹那・F・セイエイ……」

 

「キミね、無茶ばかりするマイスターは」

 

ネーナが嬉しそうに刹那に近づく。

 

「そういうとこ……すごく好みね」

 

そう言うと唐突に刹那の唇を奪う。

突然の大胆な行動に一同はポカンとしていたが、刹那が少し遅れて反応した。

ネーナを突き飛ばし、唇を拭う。

 

「俺に触れるな!」

 

はっきりと拒絶の意思を示した刹那に激昂したミハエルがナイフを抜いて一触即発の空気が流れるも、ハロとピンクが突然割り込んできた。

後を追ってクリスティナも一緒だ。

 

「おーい、どこ行くのー?」

 

『兄サン、兄サン』

 

ハロが耳をぱたぱたと動かしながら喜ぶようにネーナが連れてきた紫色の個体……HAROに話しかける。

 

『オ兄チャン、誰? 誰?』

 

『ハロタチノ兄サン、兄サン』

 

「「兄さんだあ?」」

 

クリスティナとロックオンが怪訝な声を出した。

 

『会イタカッタ、会イタカッタ、兄サン、兄サン』

 

『認メタクナーイ!』

 

『誰ダテメエラ、誰ダテメエラ』

 

『ハロ、ハロ』

 

『知ンネーヨ、知ンネーヨ』

 

HAROが邪魔者を追い払うようにハロに体当たりする。

 

『兄サン、記憶ガ。兄サン、記憶ガ。兄サン、記憶ガ……兄サン、記憶ガ……』

 

『オ兄チャン待ッテ、待ッテ』

 

「ハロー!? え、えっと、うちの子らが失礼しました……」

 

クリスティナが堅い空気を破ったことを詫びてピンクと一緒にハロを追いかけていった。

実際はプトレマイオスクルーたちは助かった形なのだが。




容姿……100点
声……120点
人間性……警告:0点


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

「良いぞグラハム・エーカー! やっちまえ!」

大変お待たせしました。
アニメ見たり小説読んだりして休息してました。


「なんか、すごい連中っすね」

 

ハロたちを抱えたクリスティナがブリッジに戻るとリヒテンダールが口を開いた。

 

「何? なんかあったの?」

 

彼から着艦後のトリニティ兄弟との会話の一部始終を見せてもらう。

 

「何だぁ? この女……」

 

強引に刹那の唇を奪うネーナの姿を見て静かに怒りを露わにするクリスティナ。

 

「まさかお前、刹那のこと?」

 

「いやいや、そういうのじゃなくて! 態度が気に食わないの!」

 

茶化すラッセを否定しながらクリスティナはネーナに警戒の感情を抱いた。

可憐な容姿と声だが、無邪気な口調の裏に釘を差し込むような鋭さと冷たさを感じるのだ。

 

「こんなガンダム、パパやママに聞かされてなかった……」

 

フェルトがモニター越しにスローネアインを見て呟く。

彼女の亡き両親は第二世代ガンダムのマイスターだったため、それなりに機体の知識はあった。

クリスティナもフェルトに顔を寄せて謎のガンダムを改めて見る。

 

「構造がうちらのガンダムと全く異なるから設計思想は別だと思うけど……」

 

ソレスタルビーイング……プトレマイオスのガンダムはGNドライヴを格納する構造だが、スローネはGNドライヴをそのまま胴体部として頭と手足を付けたような見た目をしていた。

フェイスもどこか凶悪な面持ちだ。

 

「これはこれでかっこいい」

 

「見た目は性能と関係ないっすよ……」

 

リヒテンダールの言葉は全くもって正論だった。

 

 

その後マイスターたちとスメラギとの対談を終えたトリニティ兄弟はさっさと大型の輸送艦へ帰って行った。

彼らの目的はプトレマイオスと同じく紛争の根絶だと言った。

そしてこれからは別チームとして独自に武力介入を行なっていくと。

プトレマイオスクルー一同は彼ら、そしてヴェーダに対して疑念を感じざるを得なかった。

そしてその予感は程なくして当たることになる。

米軍基地をトリニティチームが強襲したのだ。

当然のようにヴェーダからの情報は無し。

悪戯(いたずら)に世間からの反論を強める行為にプトレマイオスクルーたちは顔を(しか)めた。

それからもトリニティチームの武力介入は熾烈を極め、軍の基地を徹底的に殲滅して回る姿に世界は恐怖した。

そしてそれらのニュースは報道機関やエージェントからの報告を通じてプトレマイオスクルーにも伝えられていた。

彼らの行動はソレスタルビーイングの理念を逸脱するものではないのだが、無闇矢鱈(むやみやたら)に犠牲を生みだす(さま)に嫌悪感を禁じ得なかった。

 

「あのスローネって機体だが……結論から言えば、システムや装甲は我々と同じ技術が使われていた」

 

プトレマイオスのブリーフィングルームにて、イアンがスメラギたちに報告する。

 

「……やはり同型機」

 

アレルヤが目を細めた。ちなみに刹那とロックオンは地上で待機中、ティエリアはヴェーダにアクセス中だ。

 

「でも、GNドライヴが違う……」

 

フェルトが口を開く。

 

「違うって、太陽炉が?」

 

リヒテンダールがフェルトとイアンの顔を見ながら質問を投げた。

イアンが頷く。

 

「機能的には同じだが、炉心部にTD(トポロジカル・ディフェクツ)ブランケットモジュールが使用されていない。ドライヴ自体の活動時間は有限……言ってみれば、こいつは擬似太陽炉だな」

 

「擬似太陽炉ねぇ……デッドコピーみたいなものか」

 

リヒテンダールが首を傾げた。

彼は操舵士のため専門的な知識は門外漢だった。

 

「厳密には違う。GNドライヴは当初有限式だったけど、トロポ……んんっ、TDブランケットが発明されたから半永久的に稼働できるようになったの。だけど……」

 

クリスティナが否定し、イアンがその言葉に続く。

 

「TDブランケットは木星の高重力環境でなきゃ製造できない。逆に言えばそれを必要としない擬似太陽炉は生産が比較的容易ってことだ」

 

「な、なるほど……」

 

つまり量産型、とリヒテンダールは簡潔に理解した。

 

「何者かがソレスタルビーイングの技術を盗み、ガンダムを建造したということですか?」

 

アレルヤが聞いた。

 

「太陽炉のデータはヴェーダの中にしか存在しないわ」

 

スメラギが答える。

つまり推測される結論は1つ。

 

「何者かにヴェーダがハックされた……ってコト?」

 

クリスティナが口にした。

 

「いやでもそんなこと……」

 

「クリス、物事に絶対はないわよ」

 

スメラギが答える。

 

「んまあ、実際流出してるし、ヴェーダは何も教えてくれないし……そうですね」

 

現実が真実を物語っているため、クリスティナは自分を納得させた。

 

「少なくとも、組織の中に裏切り者がいるのは確定だな」

 

「そのようね」

 

ラッセの呟きは認めたくないものであったが、スメラギは肯定するしかなかった。

イアンがスメラギを見やる。

 

「……で、どうするんだ、これから?」

 

「トリニティが私たちの仲間だと世界が思い込んでいるなら、今ミッションを遂行するのは危険です。様子を見ながら、彼らの情報を少しでも集めて対応に当たらないと……」

 

「王留美に期待だな」

 

或いはこのタイミングで結論を出していれば良かったのかもしれない。

スメラギたちはこの後に起きる悲劇で深い後悔の念に責められることになる。

 

 

XXXX(ピー)!!」

 

聞いたこともない罵声と共にダンッとコンソールの端が叩かれる。

スペインのとある名家の私有地で行われた結婚披露パーティーにトリニティが現れ、引き金を引いたのだと言う。

クリスティナは落ち着いてなどいられなかった。

スメラギも絶句している。

 

「紛争幇助対象者でもいたんじゃねぇのか?」

 

ラッセが聞くが、クリスティナは違うと否定した。

 

「ヴェーダにあるトリニティのミッションデータにも記載されていなかった。つまり、あいつらは何の罪も無い一般人を……!」

 

「意味も無く攻撃したというの……? そんな……」

 

スメラギは目の前の視界が暗くなるのを感じた。

クリスティナも怒りの余り目には涙が滲んでいる。

ソレスタルビーイングは「紛争根絶」を実現するために組織された。

そこには大義があった。

だが、彼らトリニティチームはどうだ。意味も無く一般人に銃口を向けた彼らは。

世界はこの事件を決して許しはしないだろう……スメラギたちは自分たちの理念が音を立てて崩れていく気がした。

 

 

それから、スローネアインがユニオンのリニアライフルなどのMS用の武装の製造を行うアイリス社の軍需工場に介入行動を仕掛けたが、一機のフラッグに退けられたとの情報を手に入れたクリスティナはユニオンの戦術飛行隊……MSWADのデータにアクセスして戦闘記録をコピーしてきた。

 

「どんな無様が見れるかな〜」

 

手を擦り合わせてこれからの記録に胸を躍らせた。

黒いガンダムが無慈悲に工場で働く一般人たちをGNビームライフルで蒸発させている時にそれは現れた。

同じく黒く塗られたフラッグがリニアライフルをスローネアイン目掛けて乱射する。

それを難なく躱したスローネアインが反撃にGNビームライフルを放つが、パイロットの負荷を無視した速度で飛行するフラッグを捉えることができない。

そのままスローネアインを通り過ぎたフラッグは急旋回してそのまま空中変形(グラハム・スペシャル)、左手にソニックブレイドを携えて突進する。

咄嗟にGNビームサーベルを抜いて受け止めるスローネアイン。

フラッグが更に加速、左腕を振るってスローネアインが大きく仰け反った。

 

「良いぞグラハム・エーカー! やっちまえ!」

 

ブリッジにクリスティナの歓声が響き渡る。

右手でもソニックブレイドを抜き取り、二刀流で斬りかかるフラッグ。

またしてもGNビームサーベルで受け止められるが、すかさずスローネアインの右腕を蹴り上げ、武器が宙を舞う。

ソニックブレイドを捨てたフラッグがそのGNビームサーベルを手に取り、一閃。

スローネアインの右腕が切断され、爆発四散する。

不利を悟ったスローネアインが撤退していくが、フラッグはそれを追わない……否、追えなかった。

ここでパイロットの限界が来たのだろう。

そして記録は終了した。

 

「あひぃ……」

 

「クッ、クリス!?」

 

力が抜けたようにがっくりと項垂れるクリスティナにリヒテンダールが駆け寄る。

 

「完全に頭をやられちまったな、こりゃ」

 

ラッセが肩を竦めた。

 

「フラッグファイターの真髄を見た……えへ、えへへへへ……」

 

「医務室! とりあえず医務室へ!」

 

だらしのない顔でうわ言を垂れ流すクリスティナと貧弱な身体で彼女を抱えようとするリヒテンダールをフェルトは黙って見ていた。




これからも定期的にこの戦闘記録を見るでしょうね、彼女は。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

「見切り発車と現場対応、これ、社会の基本だよ二人とも」

ロックオン成分多めでお送りします。


「スメラギさん、大変なことが起こりました」

 

「一体何が……」

 

スメラギが自室で状況を整理している時にクリスティナから報告を受けた。

イオリアの計画の生命線たるヴェーダ、それがハックされ乗っ取られたというのならば自分たちの力で計画を実行しなければならない……

それは羅針盤(コンパス)無しの船旅のような無謀な行為であった。

さらに友人にして対ガンダム部隊オーバーフラッグスの一員であるビリー・カタギリからの恩師であるレイフ・エイフマン教授がガンダムの手で葬られたというメッセージ。

これ以上嫌な話は聞く気にならなかったが、クリスティナの様子はどこか嬉しそうで、悪いニュースを持ってきたようには見えなかった。

だが、内容を伝えられたスメラギは顔を青くしてブリッジへ向かった。

 

 

「エクシアがスローネと交戦してるですって!?」

 

ブリッジに飛び込むなり甲高い悲鳴を上げるスメラギ。

後にはアレルヤとイアンも続いている。

 

「たった今、ヴァーチェも交戦に加わった模様」

 

フェルトが淡々と告げた。

 

「ティエリアまで……」

 

ふらふらと揺れ動くスメラギの身体をイアンが支えながら渋い顔をする。

 

「ガンダム同士で戦うだなんて……下手すれば共倒れだぞ」

 

擬似太陽炉で活動に制限があるとはいえ、スローネ3機はエクシアたちプトレマイオスチームのガンダムと同等だ。

そんな機体同士で潰し合えば……

 

「良いじゃねーか、おやっさん」

 

「トリニティのやり方、ムカつきますよ」

 

ラッセとリヒテンダールが明るい声を出す。

クリスティナもそちら側だった。

 

「エクシアとヴァーチェは()()()()()のためのガンダムだから良いじゃないですか」

 

「確かにイオリアはあらゆる状況を想定してガンダムを遺したが……」

 

しかし、とアレルヤが眉を(ひそ)める。

 

「彼らの行動が、ヴェーダの計画の一部である可能性も……」

 

トリニティチームの強硬かつ徹底的な介入行動により、世界は"ガンダムへの憎しみ"という形で統一を促される……あり得ない話ではなかった。

 

「だとしたら、私たちがこうして動くことも計画の内に入っているかもしれないわね」

 

この場にいないティエリアに次いでヴェーダに精通しているスメラギの言葉は言い訳染みたものだったが、それもあり得ない話ではないのもまた事実であった。

そしてその言い訳により自由意志を手に入れた。

どうせヴェーダは全てを予測している……ならばそのレールの上で好きにさせてもらうまでだ。

 

「ロックオン・ストラトスから緊急暗号通信。指示を求めています」

 

フェルトが報告する。

 

「出来ることなら戦いを止めてと伝えて。……ただし、現場の状況によってはロックオン・ストラトスの判断を尊重すると……」

 

「実質、好きにしろってことじゃないっすか」

 

「戦術予報士の名が泣くぜ」

 

リヒテンダールとラッセが面白がって言う。

 

「本当、そうよね……」

 

自嘲するスメラギをクリスティナが笑顔でフォローする。

 

「見切り発車と現場対応、これ、社会の基本だよ二人とも」

 

そしてアレルヤは出撃するのかと聞く。

 

「クリスに譲るよ。こうなった以上、ここも安全じゃない。出て行きたい気持ちは(くすぶ)ってるけどね」

 

アレルヤの言葉にクリスティナはパッと顔を輝かせた。

 

 

トリニティチームとの交戦は互いに決定打を与えられることなく継続していた。

数は二対三でこちらが不利、しかしティエリアに負ける気など微塵も無かった。

彼の機体には一部の者しか知らない()()()()がある。

いざとなればそれを使い、敵のガンダムは文字通り手も足も出なくなるだろう。

だが、それとは別に勝利を確信させる要素があった。

ガンダムエクシア……そのマイスター、刹那だ。

気骨は十分、さらに戦いの中で成長している彼のことをティエリアの理性的な部分が心強く感じさせていた。

それは"信頼"と呼ばれるものなのだが、本人の感情的な部分が所詮は敵よりマシというだけだと認めないだろうが。

 

「フォーメーション、S32」

 

『了解』

 

ティエリアからの通信に刹那が即座に返答し、エクシアがヴァーチェの背後に隠れる。

そしてヴァーチェがGNフィールドを展開、正面のスローネ三機から放たれる粒子ビームを弾く。

そのまま二機で突進、接触間際に背後のエクシアがGNソードでスローネアインに斬りかかる。

かろうじて切先を交わしたスローネアイン、攻撃の隙をスローネツヴァイがGNバスターソードで反撃しようとするが、それを読んでいたかのようにエクシアが離れ、それまでチャージしていたヴァーチェのGNバズーカが火を吹く。

慌てて三機が躱し、ダメージを与えることはできなかったが、このまま攻撃の手を止めず持久戦に持ち込めば勝機は確実なものだった。

 

「ふっ、まさか君と共にフォーメーションを使う日が来ようとは思ってもみなかったよ」

 

『俺もだ』

 

2人のガンダムマイスターは確かな手応えを感じていた。

付け入る隙を与えずに目標を倒す。

 

「フォーメーションD07、F52」

 

『了解』

 

エクシアに押し込まれるスローネツヴァイを援護すべく、スローネアインとスローネドライがドッキングしてGNメガランチャーを放とうとする。

 

「そんな時間が与えてもらえると思っているのか!」

 

GNビームサーベルを手に突撃するヴァーチェに二機はドッキングを中止して離れる。

援護には失敗したが、これで挟み撃ちの格好だ。

GNビームライフルとGNハンドガンの銃口が向けられる。

ヴァーチェの機動力では躱し切れない。

だからここで切り札を使う。

 

「ナドレ!」

 

ティエリアの両目の虹彩が金色に輝き、モニターが切り替わる。

装甲がパージされ、女性を思わせる長髪状のコードと華奢なシルエットの機体、ガンダムナドレが現れる。

ティエリアは思考のみでナドレを操り、瞬時に特殊なフィールドが周囲に展開された。

その影響を受けたスローネアインとドライが機能停止して墜落する。

二機のパイロットは突然の異変に動揺しているだろう。

これが対ガンダム用の()()()()1()()裁判(トライアル)システム。

ガンダムマイスターとて人間に過ぎない……精神的な問題により乱心、暴走した場合に使われるヴェーダとリンクした全ての機体を制御化におくナドレの、ティエリアに与えられた能力であった。

その審判を行う者も感情に揺れては意味がないため、このシステムは()()()()()()に委ねられた。

これがティエリア・アーデという存在のアイデンティティであり、他のガンダムマイスターとは一線を画する部分だった。

 

「君たちはガンダムマイスターに相応しくない」

 

ナドレがGNビームサーベルを手に地上に叩きつけられた二機を睨みつける。

 

「そうとも……君たちは万死に値する!」

 

卑怯なようだが戦場にルールなど無い、このまま引導を渡してくれる。

そしてスローネアインへ急降下した時、ティエリアは目眩(めまい)のようなものを感じた。

視界が急に閉ざされるような感覚、握りしめていたものが手からこぼれ落ちたような感覚だ。

 

「何っ!?」

 

ヴェーダとのリンクが途切れた!?

そして再び動き出したスローネ二機が飛び立っていき、ナドレのGNビームサーベルが地面に突き刺さる。

 

「トライアルシステムが強制解除された?……一体、何が……」

 

以前にもプトレマイオスのアクセスルームでトリニティチームのデータを閲覧しようとした時、最重要機密であるレベル七のデータが一部改ざんされていることに気づき、探りを入れようとした時にヴェーダ側からアクセスを拒否されたことがあった。

 

「やはり、ヴェーダは……」

 

ヴェーダは自分を切り捨てたのか?

それなら僕は……

ここで警告音が鳴り響き、ティエリアが我に帰る。

見上げると頭上からスローネアインとドライが銃口を向けている。

 

「くっ!」

 

迂闊(うかつ)だった。

しかしその瞬間、二機を牽制するように粒子ビームが通り過ぎ、それとは別に猛スピードで突っ込んでくる機影。

 

「今のは……」

 

確認するとデュナメスとキュリオスがこちらに向かっているのが見えた。

 

 

「これで四対三だ」

 

「天秤はこっちに傾いたねぇ!」

 

ロックオンとキュリオスを借りてきたクリスティナが通信をオープンにして言った。

キュリオスは飛行形態からMS形態に変形、GNビームサーベルを抜いてスローネドライに斬りかかり、鍔迫り合いの格好になる。

 

『ネーナ! てめぇっ!』

 

『予備の癖にっ!』

 

「おっと」

 

スローネツヴァイがドライを庇ってGNバスターソードを振り回すが機動性に優れるキュリオスは難なく回避した。

 

「良いね〜この機動力。変形機構が美しくないけど」

 

キュリオスの飛行形態は真下から見ると頭部が丸出しで大股を開いて寝そべっているような不恰好なもので、クリスティナはそこが少し気に入らなかった。

これはガンダムの存在を知らしめる効果があるそうなのだが、もっと良い方法は無かったのだろうか。

閑話休題。

睨み合う両者、スローネツヴァイが突っ込もうとする挙動を見せたが、スローネアインが制止する。

ヨハンは落ち着いた男だったが、戦場に於いても冷静に状況を判断できるらしい。

数は不利、擬似太陽炉も消耗している……撤退を選択するようだ。

 

「逃げんのかい?」

 

「ビビってんのかよぉ」

 

ロックオンとクリスティナが挑発する。

 

『我々と敵対するつもりか』

 

通信越しにヨハンが聞いてくる。

 

「じゃなきゃ、こんなところまで出張って来ねぇよ」

 

『君は私たちよりも先に戦うべき相手がいる。そうだろう、ロックオン・ストラトス……いや、ニール・ディランディ』

 

「!!」

 

ロックオンの目が開かれた。

 

「貴様、俺のデータを……!」

 

『ヴェーダを通じて閲覧させてもらった』

 

マイスターの情報はレベル七の秘匿情報だ。

彼らにはそのアクセス権限が与えられているとでもいうのだろうか、いや、黒幕がトリニティチームに情報を漏洩したと考える方が自然だった。

 

『ロックオン。君がガンダムマイスターになってまで復讐を遂げたい者の一人は、()()()()()()()()()

 

「なん……だと……?」

 

離れていく三機を睨みつつヨハンの言葉に耳を傾ける。

 

『クルジス共和国の反政府ゲリラ組織、KPSA……その構成員の中に、ソラン・イブラヒムがいた』

 

「誰だよ、そいつは!?」

 

『ソラン・イブラヒム……コードネーム、刹那・F・セイエイ』

 

ロックオンの喉が詰まる。

 

「刹那だと……」

 

『そうだ。彼は、君の両親と妹を自爆テロで殺した組織の一員。君の仇と言うべき存在だ』

 

所詮敵の言葉だ、動揺を誘うために出鱈目(でたらめ)だと思いたかったが、できない。

アザディスタン王国の内乱に武力介入をした時、刹那がアザディスタン出身と言った際に感じた僅かな違和感。

クルジス共和国はアザディスタン王国に武力で吸収され、滅びた隣国だ。

 

『ロックオン、ロックオン』

 

ハロの声に顔を上げると、トリニティチームは離脱を済ませていた。

横にいるエクシア……刹那に目をやる。

オープン回線のため三人にも、刹那にもヨハンの声は聞こえていたはずだ。

だが、刹那は何も言わなかった。

否定の言葉も、弁明の言葉も。

 

「刹那……」

 

ロックオンが呟く。

これから真実を問い(ただ)すつもりだが、それでもし刹那が家族の仇だったら?

その時俺は……

ロックオンは自分が何をしたいのかを決められずにいた。




アレルヤは彼女の怒りの気持ちを汲んで快く貸してくれました。
プトレマイオス防衛程度なら0ガンダムでも問題ないですしね。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

「こんなところで仲間を……刹那を失いたくないっ!」

マイスターの一員としてこの場に合わせたかった。
ハブラレルヤ。


太平洋の孤島にある隠れ家に四機のガンダムは帰投していた。

コンテナにガンダムを収納したマイスターたちはパイロットスーツ姿のまま、森の開けた場所に集まっていた。

刹那とロックオンは互いに見つめ合って対峙していた。

その傍らではティエリアは木の幹に背を預けて腕を組み、クリスティナはかける言葉が見つからずオロオロとしている。

風が流れて草木がざわめき、川のせせらぎ、小鳥の(さえず)りが聞こえる。

心休まるロケーションと裏腹に、空気は完全に冷え切っていた。

ロックオンに見つめられる刹那は微動だにせずに視線を逸らすことなく返している。

もし刹那が少しでもおかしな挙動をとっていたら、ロックオンは詰め寄っていただろう……しかし、刹那はただ見つめている。

その姿は過ちを受け入れて断罰を待つ罪人のようであった。

その姿がロックオンは余計に気に入らなかった。

少しでも怯えるなり、目を背けるなりすれば話も切り出しやすいのに、と。

 

「……本当なのか?」

 

だがこのまま黙るだけでは何も始まらない。

ロックオンが口を開く。

 

「刹那……お前は、KPSAに所属していたのか?」

 

「……ああ」

 

「クルジス出身か?」

 

「ああ」

 

刹那は言い訳もせずにあっさりと認めた。

彼らしい態度だ。

ゲリラの少年兵……彼もまた世界の歪みが生み出した被害者だ。

しかし、人を傷つけたこと、命を奪った事実は変わらない。

殺された側の人間には「悲しみ」が残り、「憎しみ」へと変わる。

 

「お前も……」

 

と、ロックオンが聞く。

 

「お前も関与しているのか? 10年前、北アイルランドで起きた自爆テロに……」

 

「いや」

 

肩を並べて戦って得た信頼が、刹那の言葉に嘘はないことを証明していた。

だが、黒い袋に詰められた物言わぬ両親と妹の姿を思い出すとどうしようもなく怒りが湧いてくる。

それは理性では処理し切れない激情であった。

 

「ロックオン」

 

今度は刹那が口を開いた。

 

「トリニティが言っていたことは」

 

「事実だよ」

 

ロックオンが吐き捨てる。

 

「俺の両親と妹は、KPSAの自爆テロに巻き込まれて死亡した……」

 

事の始まりは太陽光発電計画に伴う石油の輸出規制だった。

化石燃料で栄えていた中東諸国は経済が傾き、貧困に喘ぎ、神に縋り、聖戦という名の争いを始めた。

それはクルジス出身の刹那もよく知っていることだった。

それが二十年以上に及んだ太陽光発電紛争のきっかけだった。

それは中東諸国の人間にとっての神が悪い訳ではなく、太陽光発電システムが悪い訳でもない……互いに幸福を求める気持ちをぶつけ合っただけだ。

世界は個人の集まりだ。誰もが幸せになりたいと思っている。

しかし、世界は平等ではない。

幸せになる者もいればその裏で不幸になる者もいる……それが歪みだった。

 

「お前がKPSAに利用されていたことも……望まない戦いを続けていたことも……わかっている……」

 

刹那は見つめ続けていた。

 

「だがな……」

 

ロックオンが苦しそうに言葉を紡ぐ。

 

「だが、その歪みに巻き込まれ、俺は家族を失った」

 

それは血の滲むような呟き。

 

「……失ったんだよ……」

 

「………………」

 

だからか、とティエリアが言った。

 

「だから、マイスターになることを受け入れたの……?」

 

「ああ、そうだ」

 

ロックオンがティエリアに続く今にも泣き出しそうな顔のクリスティナに答えた。

 

「矛盾していることはわかってる。俺のしていることはテロと同じだ。暴力の連鎖を断ち切らず、戦う方を選んだ。……だがそれは、あんな悲劇を二度と起こさないためにも、この世界を根本的に変える必要があるからだ。世界の抑止力となりえる圧倒的な力があれば……」

 

「……それが、ガンダム……」

 

ロックオンの戦う理由。

 

「人を(あや)め続けた罰は、世界を変えてから受ける。……だが、その前にやることがある」

 

ロックオンはそう言うと、腰から拳銃を抜いて銃口を刹那に向けた。

 

「ロックオン!」

 

あっ、と声を漏らすクリスティナと重なるようにティエリアが制止の声を上げた。

だがロックオンは銃を下ろそうとしない。

照準の先に刹那の顔を重ねる。

 

「刹那、今俺は、無性にお前を狙い撃ちたい……! 家族の仇を討たせろ。恨みを晴らさせろ」

 

刹那は全てを受け入れるような様だった。

そしてロックオンは引き金に力を込めて……

 

「やめてっ!」

 

クリスティナが刹那に抱きつくような格好で庇う。

 

「クリスティナ、どいてくれ。これは俺と刹那の問題だ」

 

「嫌だっ!」

 

刹那は目の前で覆い被さる口うるさい戦術オペレーター兼予備マイスターの女性が涙を流しているのを見た。

 

「こんなところで仲間を……刹那を失いたくないっ!」

 

「クリスティナ……」

 

この場で初めて驚いた顔をする刹那。

 

「ありがとう」

 

「えっ……?」

 

刹那はクリスティナに礼を言った。

一度はティエリアからの粛清に同調の姿勢を見せていた彼女が自分を認めてくれていたことが嬉しかったのだ。

そしてクリスティナの身体をどかし、ロックオンの顔を見る。

気が削がれたのか銃は既に下ろされている。

 

「……俺は、神を信じていた……信じ込まされていた……」

 

「だから悪くないってか?」

 

「違う」

 

刹那は首を横に振った。

 

「……この世界に、神はいない……」

 

刹那は両親を殺した時のことを思い出していた。

当時は神の戦士になるために必要な儀式と信じ、そして神に選ばれたと幼心に喜んだ。

しかし。

 

「……この世界に、神はいない……」

 

「答えになってねぇぞ」

 

ロックオンが何が言いたいのかと問う。

 

「俺は神を信じ、神がいないことを知った。あの男がそうした……」

 

「あの男?」

 

「KPSAのリーダー……アリー・アル・サーシェス……」

 

「アリー・アル・サーシェス……?」

 

ロックオンの眉が持ち上がった。

 

「やつはモラリアでPMCに所属していた」

 

「民間軍事会社に?」

 

ティエリアが確認するように聞いた。

 

「ゲリラの次は傭兵か。ただの戦争中毒じゃねぇか」

 

ロックオンが舌打ち混じりに言う。

 

「モラリアの戦場で、俺は、やつと出会った……」

 

AEUとモラリアの合同軍事演習で対峙した紺色のイナクト。

戦闘中に開け放たれたコクピット。

 

「だからあの時……」

 

その時同じ戦場にいたクリスティナが立ち上がりながら言った。

ティエリアも合点が入った様子だ。

 

「やつの存在を確かめたかった。やつの神がどこにいるのか知りたかった。もしやつの中に神がいないとしたら、俺は……今まで……」

 

「……刹那……」

 

「刹那」

 

ロックオンが改めて問い(ただ)す。

 

「これだけは聞かせろ。……お前はエクシアで何をする?」

 

「戦争の根絶」

 

「俺が撃てばできなくなる」

 

ロックオンが銃を構え直す。

だが、先ほどと違い撃つ気は無いように感じた。

 

「構わない。代わりにお前がやってくれれば。この歪んだ世界を変えてくれ」

 

だが、とさらに続ける刹那。

 

「生きているなら俺は戦う。ソラン・イブラヒムとしてではなく、ソレスタルビーイングのガンダムマイスター……刹那・F・セイエイとして……」

 

「ガンダムに乗ってか?」

 

「そうだ」

 

刹那は愛機(エクシア)を通して自分を想った。

戦うこと以外何も知らない自分を。

戦争を否定したい自分を。

自分は戦いを止めるために戦うあの機体と同じなのだ。

だからこそ。

 

「……俺が、ガンダムだ……」

 

側から聞けば奇妙な言葉だろう。

しかし、刹那は紛争根絶を体現する者としてガンダムそのものになろうとしていることをロックオンたちマイスターズは知っていた。

それは刹那独自のヒューマニズムであった。

 

「はっ、アホらしくて撃つ気にもなんねぇ」

 

ロックオンが銃をホルスターにしまい、呆れた声を出す。

 

「全くよ、お前はクリス以上のガンダムバカだ」

 

「最高の褒め言葉だ」

 

刹那は微笑んだ。

その表情を見て、ロックオンは始めはぽかんとして、それから苦笑を漏らした。

 

「……は、ははっ……はははっ……そうか、ははははははっ……」

 

彼は笑っていたが、これで復讐心が消えた訳ではないだろう。

だが、それでも刹那の意志を尊重し、ガンダムマイスターであることを許してくれた。

 

「……これが、人間か……」

 

「そうだよティエリア」

 

クリスティナが胸を撫で下ろしながらティエリアの呟きに答え、ロックオンもそれに続いた。

 

「このどうしようもなく利己的で不完全な存在が……人間なんだよ」

 

トリニティチームが撤退の置き土産で残した(いさか)いは、和解という形で終わった。

彼らもこの展開は予想がつかなかっただろう。

まさに雨降って地固まる。マイスターたちの結束はより堅固になった。

そして数日後、ユニオン、AEU、人類革新連盟は軍事同盟を締結し、国連の管理下でソレスタルビーイング撲滅のための軍事作戦を行うと宣言した。

史上最大規模の国連軍の誕生である。




クリスは国連軍のあのMSをどう評価するでしょうね。
それとあっと驚く展開を思いつきました。
もう少しかかりますがお楽しみに。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

「頼むぜ女神アストレアⅡ……」

あと少し、もう少しで……


「……で、どうするんだ、俺たちは?」

 

プトレマイオスのブリーフィングルームでラッセがスメラギに聞いた。

国連軍が誕生したというそのニュースを耳にしたのは、クリスティナが先にプトレマイオスへ戻ってからのことだった。

残りの三人は地上で待機していたが、先ほど帰艦命令が出された。

ブリーフィングルームにはマイスター三人と操艦を担当するリヒテンダールを除いて集結していた。

 

「どうするかは、国連軍の動きを見てからね」

 

「あんたのことだ、予測はしとるんだろ?」

 

イアンが口にするが、スメラギはもちろんそのつもりだった。

戦力を大幅に失った上での同盟締結、しかしメディアでは民衆の期待を煽っている。

ソレスタルビーイングに対抗しうる策があるに違いない。

そしてそれを以て攻勢に出ることも……

 

「そのためにも、準備できることはしておかないと。イアンさん、ラグランジュ3のラボにラッセを連れて行ってもらえます?」

 

ラグランジュ3は地球から見て月の反対側にあるポイントである。

月から最も遠い位置にあるため宇宙開発としては魅力が無く、三国家群はどれも手を付けていなかった。

ソレスタルビーイングはそれを利用してメカ開発を行うファクトリーをアステロイドに隠していた。

そこから連絡が入ったのである。

 

「了解だ」

 

「GNアームズがロールアウトしたのか」

 

「とりあえず一機だけだがな」

 

話し合うイアンとラッセにクリスティナが割り込む。

 

()()はどうなったんですか?」

 

「ああ、()()も一緒に持ってくる」

 

「そうですか!」

 

クリスティナが笑顔を輝かせた。

あれとは、第2世代機プルトーネで初めてプランが上がり、第3世代機エクシアとデュナメスで試験的に運用されたダブルドライヴを標準採用した第4世代機に繋がる試験機のことだ。

エクシアの延長線上にあるその機体には正義の女神の名が再び冠されている。

太陽炉が足りないため、本体とGNアームズのGN粒子貯蔵タンクを組み合わせた力技で起動させるつもりだが、成功すれば間違いなく切り札となる存在であった。

そして退出する2人を見送る。

GNアームズは複数機ロールアウトされる予定であり、それが1機完成しただけで受け取りに行かないといけないのは状況が切迫していることの証明であった。

 

「残りのメンバーは上がってくるガンダムの回収作業に向かいます」

 

スメラギの声にクリスティナ、フェルト、アレルヤが了解と応えてブリーフィングルームを後にした。

クリスティナは移動しながらこれからのことについて考えた。

GNアームズを投入するということは戦局は今まで以上に激しさを増すことが予想された。

当面はガンダムが五機とGNアームズ一機で対処するしかない。

そして自分の今の機体は残りの四機に劣る旧式機だった。

せめてサポートチームが運用している第二世代機を貸して欲しかった。

アストレアは無理でもサダルスードやアブルホールなら……と考えたこともあったがすぐに頭を振った。

二機とも実験的な要素の大きい機体で、実戦を想定したものではない。

借りたところで大して何も変わらないだろう。

だが、そんな日々ももう終わりだ。

クリスティナは新型機に想いを馳せた。

 

「頼むぜ女神アストレアⅡ……」

 

その言葉は言った本人を含めて誰も知らないが、奇しくもフェルトの亡き父親の言葉と同じだった。

 

 

帰艦した刹那、ロックオン、ティエリアの3人がプトレマイオスのブリッジに入ると、スメラギとクリスティナ、フェルト、そしてアレルヤが顔を揃えていた。

 

「状況は?」

 

ロックオンがスメラギに聞く。

 

「今のところ、変化は無いわ」

 

「トリニティも沈黙している」

 

アレルヤも口を添える。

 

そこでいつになく険しい顔をしたティエリアがスメラギに歩み寄ってきた。

 

「命令違反を犯した罰を」

 

独断でヴァーチェを使用してトリニティチームと交戦したことについて処罰をして欲しいということだろう。

生真面目な彼らしい態度だ……クリスティナは笑いそうな口を押さえた。

しかしそれなら真っ先に飛び出した刹那も処罰が必要だし、ロックオンに大して曖昧な命令を出したスメラギは、自分にそんな権限は無いと思った。

そもそもそんなこと考えていなかったので、彼女はとぼけるように言った。

 

「そんなの、いつしたっけ?」

 

「しかし」

 

「そういうことだ」

 

「そういうことだよ」

 

ロックオンが食い下がるティエリアの肩に手を置き、クリスティナも同調して言った。

スメラギたちの気持ちを考え、自分にそんな感情があったことに気がついたティエリアは小さく笑った。

アレルヤがトリニティと交戦した四人の……ティエリアの変化を見て首を傾げる。

 

「何かあった?」

 

「さあな」

 

ロックオンが肩をすくめた。

一人だけ仲間外れのようだが、もちろん四人は彼へ対しての信頼もより強く感じていた。

その時、モニターを見たクリスティナが声を上げた。

 

「スメラギさん、トリニティが動き出したようです!」

 

それはトリニティチームによる人革連軍広州(こうしゅう)駐屯基地への武力介入の報せだった。

 

 

「どっしぇ〜……」

 

国連軍の()()()()()()()()MS、GN-X(ジンクス)部隊がトリニティチームを退けたというニュースはプトレマイオスチームにすぐに届いた。

クリスティナが戦闘記録をモニターに映すと、白と灰色をした4つ目の頭部と胴体からX字状に伸びたパーツが特徴的なMSが赤いGN粒子を撒き散らしながらスローネたちと戦闘している様子が確認できた。

 

「シールドにはディフェンスロッドが付いてる……たぶんユニオンやAEUも同じ機体を持っているな……三国家群それぞれのMSの異なる特性にフィッティングできる……? 性能はスローネと同等、パイロットの腕は全員エース級、そして数は圧倒的に多い……」

 

思考の海に沈んでいくクリスティナを他所に、残りのメンバーは顔を一様に曇らせた。

 

「これからは、ガンダム同士の戦いになるわ」

 

スメラギのその言葉は重たい響きを持って彼ら彼女らの心にのし掛かった。

 

 

「ごめんね、無理させちゃって」

 

自室で特製ドリンクを作り終えたスメラギがブリッジに戻ると、クリスティナとフェルトがキーボードを叩いていた。

彼女らにドリンクを渡す。

 

「あ、助かります」

 

「フェルトもね」

 

「任務ですから」

 

スメラギは指揮官席、その背もたれに手をつくと自分の分のドリンクを飲んでクリスティナに聞いた。

 

「システムの構築具合は?」

 

「八割くらい……ですかね」

 

擬似太陽炉の流出はソレスタルビーイング……その中でもヴェーダにアクセスできる者の中に裏切り者がいることを示していた。

トリニティチームの登場で99%に膨れ上がった疑念は、100%の確信へ変わったのだ。

そのため、ヴェーダを通じてガンダムのシステムに障害を起こされないようにヴェーダの影響を受けないシステムの構築をスメラギは2人に依頼したのだ。

 

「でも良いんですか? ガンダムからヴェーダのバックアップを切り離すと、パイロットの負担が……ごはっ!?」

 

言いながらドリンクボトルのストローに口を付けたクリスティナが咳き込む。

 

「これ、お酒じゃないですか!」

 

「あぁ、ごめん」

 

クリスティナは酒が苦手だった。

そこに、控えめな笑い声が聞こえた。

フェルトのものだ。

いつも無表情な彼女が声を出して笑っている。

 

「最近、柔らかくなってきたわね、フェルト」

 

スメラギが妹や娘の変化に気づいたような声をかけた。

 

「そ、そうですか?」

 

「そうよ」

 

「良い傾向じゃない」

 

照れたように頬を染めるフェルトに2人が相槌を打った。

 

「じゃあ、もうひと頑張り、お願いね」

 

「「はい」」

 

スメラギは邪魔をしないようにブリッジを後にした。

スメラギが二人に無理を言ってシステム構築を急がせているのは予感があったからだ。

国連軍はガンダムに対抗しうる新型を手に入れた。

トリニティチームに勝利を収めたこともあって大々的に宣伝している。

遠からずこちらにも攻勢をかけるだろう……

そして、これより時を一日と待たずして、プトレマイオスはユニオンとAEU陣営による混成ジンクス部隊からの襲撃を受ける。

クリスティナは発進する四機のガンダムを見ながら自分も出撃したい気持ちになるが、性能の劣る0ガンダムで出ても犬死にするだけなのは理性で理解していたので唇を噛み締めた。

そしてスメラギの予想通りヴェーダとのリンクが断ち切られガンダムはシステムダウン、クリスティナとフェルトが作り上げた予備システムを転送することで再起動を果たす……ヴァーチェを除いて。

ヴェーダを信仰するティエリアにとってそれは神に見放されたも同然の苦痛であった。

そして隙だらけのヴァーチェを庇ったデュナメスが損傷した。

その光景を見たティエリアが再起、ジンクス部隊を辛うじて退けることができたが、ロックオンは利き目である右目を負傷してしまった。

JB・モレノにより手当が施されたが、傷の治療には三週間がかかる……敵は悠長に待ってくれないだろう。

だが、そういう時のための予備マイスターだ。

クリスティナが治療の間デュナメスに乗ることになった。

だが、寝てると気にするやつがいると言って痛々しい眼帯をしたロックオンはティエリアの元へ向かった。

 

 

ティエリアは展望室で自分がヴェーダに固執した結果、ロックオンに傷を負わせてしまったことに対して自責の念に囚われていた。

 

「いつまでそうしてるつもりだ?」

 

声がかけられ、顔を上げると眼帯姿のロックオンがいた。

その姿を見て、ティエリアはまた視線を逸らした。

 

「らしくねぇなぁ。いつものように不遜な感じでいろよ」

 

ロックオンはそう言うがティエリアはそんな気持ちにはとてもなれなかった。

そしてゆっくりと口を開く。

 

「……失った」

 

「あ?」

 

「マイスターとしての資格を失ってしまった……ヴェーダとの直接リンクができなければ、僕はもう……」

 

言葉を絞り出す。

 

「僕はマイスターに相応しくない……」

 

それは仲間に初めて吐く弱音だった。

だが、ロックオンは良いじゃねぇかとなんてことないように言う。

刹那のように自分の思ったことをやれば良いと。

トリニティとの交戦は彼に知らず知らずのうちに影響されてのことだった。

 

「じゃあな。俺は治療を受けるから部屋戻って休めよ」

 

「ロックオン」

 

と、ティエリアは咄嗟に声をかけた。

まだ1番言いたかった言葉を言えてない。

 

「……悪かった……」

 

「ミス・スメラギも言ってただろ。失敗くらいするさ、人間なんだからな」

 

そう言って、ロックオンは展望室から出て行った。

 

「人間、か……」

 

強化ガラスに映る自分の顔を見ながら、ティエリアは呟いた。

二人の会話を、ロックオンの見舞いに向かっていたフェルトが隠れて聞いていた。

彼女も両親の命日の日、彼に慰められたことがある。

その時に感じた暖かさを再び感じていた。

 

「……優しいんだ、誰にでも」

 

同時にチクリとした僅かな痛みも覚えていた。

それは嫉妬というものだったが、フェルトはそれを知らなかった。




予備戦力が充実しているのでロックオンは治療を受けることになりました。
それでもきっと彼は……


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

「綺麗……」

書きたいことを詰め込んだら普段の倍近い長さになってしまいました。
切りの良い分割線も無かったのでこのまま放ちます。


ロックオンに代わってデュナメスを任されたクリスティナだったが、その後襲撃は無く、GNアームズと一緒に受領してきたアストレアⅡにデュナメスの太陽炉を搭載することで起動を果たすことになった。

そして正式にアストレアⅡのマイスターに任命される。

フェルトも激戦を潜り抜けて成長した、ピンクのサポートがあれば1人でも十分回せられるだろう。

程なくしてトリニティチームがアザディスタン王国の隣国であるドウル国にてジンクス部隊と再び銃火を交えた。

アジトを襲撃され逃亡生活を余儀なくされたのだが、日を置いて攻め込まれたのである。

じわじわと追い詰められていく様はプロパガンダ政策の一環として全世界に放送された。

スローネツヴァイがオールレンジ攻撃端末のGNファングを放つと九機のジンクスは輪になって密集陣形を作り、その輪をランダムに回転させることで360°全方位に粒子ビームを乱射させて撃ち落としていく。

どうやら国連軍もこの武装の対処法を研究していたようだ。

そしてスローネドライが左肩の装甲をGNビームサーベルで切り落とされると、スローネアインが煙幕弾を張って撤退していく。

その映像をプトレマイオスのブリーフィングルームでロックオンを除くマイスターたちとスメラギ、イアンが見ていた。

(みな)一様に押し黙っていたが、イアンがぼそりと口にした。

 

「……ついに、国連軍がトリニティに攻撃を行ったか」

 

「ガンダムを倒すことで、世界が纏まっていく……」

 

スメラギの言葉に一同が表情を失う。

ソレスタルビーイングは獲物として狩人に追われる立場となった。

アレルヤが悲観めいた声を漏らした。

 

「やはり僕たちは滅びゆくための存在……」

 

「これも、イオリア・シュヘンベルグの計画……」

 

アレルヤに同調するティエリアだったが、ここで疑問を投げかける者がいた。

 

「だとしたら、何のためにガンダムはある?」

 

一同が声の主、刹那に視線を向ける。

 

「戦争を根絶する機体がガンダムのはずだ。なのに、トリニティは戦火を拡大させ、国連軍まで……これが、ガンダムのすることなのか……これが……」

 

唇を噛んで苦悩する刹那。

そこに存外明るい声がかけられた。

それは重い空気を切り替えたかっただけかもしれないが、よく響いた。

 

「刹那、国連軍のトリニティへの攻撃は紛争だから武力介入できるよ」

 

「おいおい、何を言い出す?」

 

イアンが呆れたように身を乗り出す。

 

「無茶だよ。僕たちは疲弊してるし、軌道エレベーターも押さえられてる。この前、襲撃を受けたのも、エクシアとデュナメスが敵にトレースされたから……」

 

「なら私のアストレアⅡは? わ・た・し・の!」

 

念願の自分のガンダムに下手したら刹那以上に惚れ込んでいるクリスティナが自分の機体であることを強調して言った。

 

「二度と宇宙に戻れなくなるかもしれない」

 

「俺も行く」

 

注意を促すアレルヤだったが、刹那も話に乗った。

 

「……俺は確かめたいんだ、ガンダムが何のためにあるのか……」

 

2人の間にブリーフィングルームに入ってきた砲撃担当が口を割り込む。

 

「強襲用コンテナは大気圏離脱能力がある。ついでにGNアームズの性能実験もしてくるさ」

 

強襲用コンテナとは武装を持たないプトレマイオス用に開発された武装コンテナで、単独での飛行や戦闘も可能な設計になっている。

ただし、プトレマイオス同様GNドライヴは搭載していないため粒子をチャージする必要があるが……

現在、GNアームズは強襲用コンテナとドッキングしてプトレマイオスに接舷されていた。

 

「でも……今、戦力を分断するのは……」

 

アレルヤの言葉を待たずにスメラギがクリスティナにデータスティックを差し出した。

 

「ミッションプランよ。不確定要素が多すぎて、役に立たないかもしれないけど」

 

「ありがとうございます!」

 

スメラギがクリスティナと刹那、ラッセを見やる。

 

「ちゃんと、帰ってくるのよ」

 

「わかっている……」

 

「答え、出ると良いわね」

 

微笑むスメラギに刹那が頷いた。

 

 

ガンダムスローネのマイスターにしてトリニティチームのリーダー、ヨハンは、表情に変化は無かったものの、心の中では苦虫を何十も潰していた。

彼とその弟妹(ていまい)たちは、今は大西洋上の孤島に身を潜めていた。

時間は深夜から早朝へ変わろうとする頃合いだ。

彼らは追い詰められていた。

擬似太陽炉の粒子発生率は低下し、蓄積していたGN粒子の残存量も少なく、アフリカ北西部にあった地下基地も襲撃されてしまった。

彼らを直轄しているラグナ・ハーヴェイとはここ数日連絡が取れず、ミッションプランも、支援も得ることができない。

泣きっ面に蜂どころか、さらに蜘蛛とムカデにも噛みつかれたような不幸の連鎖だった。

しかし、なぜ地下基地の所在が国連軍にバレた? ドウル国での追撃も解せない。

誰かがスローネの現在地を国連軍に教えている……?

そこまで考えたヨハンは、しかしこれ以上情報を集める手段も無く、対処案を出しあぐねていた。

 

「あーーーっ!」

 

そこに突如、ネーナの甲高い悲鳴が響き渡った。

コクピットを降りてスローネドライの破損したシールドを見たネーナがわなわなと肩を震わせている。

 

「あたしのドライが……」

 

それを傍目で見ていたミハエルがヨハンに声をかける。

 

「どうすんだよ、兄貴?」

 

「王留美に宇宙(そら)に上がる手配を頼んでいる」

 

「信用できんのかよ」

 

ヨハンは答えに詰まった。

プトレマイオスとは別で支援してくれている王留美は地下基地の所在を知る者の一人だった。

しかし、プトレマイオスに知らせないと約束した彼女が国連軍に情報を売るとは考えにくかった。

ドウル国での襲撃を事前に警告したのも彼女だ。

もし裏切り者であればそんなことはしないだろう。

そこに、遠方からプラズマイオンジェット推進の音が聞こえた。

 

「何だ?」

 

ミハエルが空を見ると音の発生源が姿を現した。

 

「AEUのイナクトか」

 

MS形態をした赤いイナクトが頭部のセンサーを発光させて攻撃の意思は無いと信号を送ってくる。

信用できないため、ヨハンはホルスターから拳銃を抜き、ネーナにドライで待機するよう指示した。

隣ではミハエルがソニックナイフを構えていた。

赤いイナクトはヨハンたちから少し離れた地面に着陸した。

コクピットハッチが開いて同じく赤色のパイロットスーツの男が姿を現す。

 

「よう、世界を敵に回して難儀してるってのはあんたらか?」

 

男が話しかけてくる。

 

「何者だ?」

 

警戒しながらヨハンが尋ねると男は挨拶代わりにヘルメットを脱いで粗野な顔立ちを晒した。

 

「アリー・アル・サーシェス。ご覧の通り傭兵だ。スポンサーからあんたらをどうにかしてくれって頼まれてな」

 

「援軍って1人だけじゃねぇか」

 

ミハエルが突っ込む。

 

「誰に頼まれた? ラグナか?」

 

「ラグナ? ああ、ラグナ・ハーヴェイのことか……」

 

サーシェスと名乗る男はウインチロープでイナクトから地面へ降りてきて、言った。

 

「やっこさんは死んだよ」

 

「何?」

 

ヨハンが聞く前に、銃声が響き渡った。

ミハエルの身体が力無く倒れる。

 

「俺が殺した」

 

「ミハエル!」

 

『ミハ兄!』

 

地面に倒れる弟の目は驚愕に大きく見開かれていた。

即死だった。

 

「ご臨終だ」

 

「貴様!」

 

ヨハンは咄嗟に拳銃の引き金を引くが、サーシェスの動きは素早く、気づいた時には懐に潜り込まれ、銃を打ち払われると蹴り倒された。

それでも立ち上がろうとする身体を踏みつけられ、背中に銃弾を何発も撃ち込まれる。

 

「ぐはっ!」

 

『ヨハン兄!』

 

スローネドライからネーナの悲鳴が聞こえる。

 

「ネーナ……逃げろ……!」

 

『でもっ!』

 

「行けーーーっ!」

 

『はっ、はい!』

 

ヨハンは致命傷だった。

彼は長男として最期まで妹の身を案じながら、弟の元へと向かった。

 

「美しい兄妹愛だ」

 

スローネドライが飛び立つのを見ながら、サーシェスは馬鹿にするように呟いた。

 

「ヨハン兄、ミハ兄……っ!」

 

一度に2人の愛する兄を失ったネーナは、泣きながら敗走しようとしていた。

そこにアラート、後ろに振り返るとスローネツヴァイがGNバスターソードで斬りかかってきた。

 

『はっはーっ!』

 

かろうじてGNビームサーベルで受け止めると、ツヴァイからサーシェスの声がした。

 

「な、何で……!? ツヴァイはミハ兄のバイオメトリクスが無ければ……」

 

そこでネーナは気づいた。

それを可能とする方法に。

 

「書き換えた!? ヴェーダを使って!」

 

『お前らは捨て駒なんだとよ!』

 

ネーナは自分たち兄妹が切り捨てられたことを悟った。

 

「そ、そんな……!」

 

『同情するぜ、可哀想になぁっ!』

 

動揺するネーナの隙を突いたサーシェスがスローネドライの左肩から左足の付け根にかけて袈裟状に斬撃を放つ。

 

「きゃぁぁぁっ!?」

 

制御を失った機体が墜落して地面に叩きつけられる。

衝撃で意識を朦朧(もうろう)とさせながらも、残った右腕のGNハンドガンを向けようとするも、踏みつけられて拘束される。

 

『試運転代わりに1番弱そうなのを残してみたが、呆気ねぇな』

 

つまらなさそうにサーシェスが言うと、ドライのコクピットハッチを強引にこじ開ける。

そしてツヴァイから出てくる。

 

「ひぃっ!」

 

ネーナはヨハンほど賢くはなかったが、戦場で捕まった女がどんな末路を辿るのかを想像することくらいはできた。

 

「おー、良い顔するじゃねぇか。ちいと青くて(未熟で)趣味に合わねぇが、これも戦争の醍醐味だよなぁっ!」

 

『ネーナニ触ンジャネェ! 触ンジャネェ!』

 

サーシェスはうるさいペットロボットを拳銃で黙らせ、ついでにネーナの鳩尾(みぞおち)を殴って抵抗を奪うと、ナイフでパイロットスーツを切り刻む。

それからのことはネーナにとって死んだ方がマシだと思えるほどの屈辱だった。

自分の尊厳が、心が黒で塗り潰されるような不快感、そして下腹部から伝わる痛みと流れる血を感じながら涙を流す。

 

「おらっ! 鳴けよ、盛り上がらねぇだろうが!」

 

顔を殴られる。何度も、何度も。

ネーナは兄たちと同じくガンダムマイスターとして生み出され、ガンダムマイスターとして育てられてきた。

それは厳しいなんて言葉では表せられないほどの苦痛に満ちた日々だったが、兄妹で支え合って今まで生きてきた。

だが、その兄たちはもういない。

そして、ネーナの心はポッキリと折れた。

ここでドライのコクピット内にアラートが響いた。

遅れて真横の地面に粒子ビーム。

どうやら別のガンダムが駆けつけたらしい。

 

「チッ、これからってのによ」

 

サーシェスはそう言ってネーナをシートに放り捨てると、パイロットスーツを着直してツヴァイのコクピットへ戻って行った。

 

 

「ロックオンみたいにはいかないか……」

 

強襲用コンテナの上でデュナメスのGNスナイパーライフルとGNビームピストル、GNシールドを装備した狙撃仕様のアストレアⅡに乗るクリスティナは、スローネドライを踏みつけるスローネツヴァイに戸惑いを覚えていた。

仲間割れを起こすような兄妹にはとても思えない。

おそらく向かって行ったエクシアに乗る刹那も同じ気持ちだろう。

だが、その疑問はGNソードをGNバスターソードで受け止めたツヴァイからの声で氷解した。

 

『邪魔しやがって! クルジスの小僧が!』

 

「アリー・アル・サーシェス!? なぜだ、なぜ貴様がガンダムに!」

 

距離を取ったエクシアがGNソードをライフルモードにして粒子ビームを放つ。

が、サーシェスの駆るツヴァイは斬撃と射撃に五体を活かした格闘を織り交ぜてエクシアを攻める。

 

「こいつっ!」

 

クリスティナが援護するが軽々と躱される。

 

『そっちは新型か……こいつと遊んでな!』

 

ツヴァイのスカートアーマーからGNファングが射出される。

コンテナを巻き込まないようにクリスティナはアストレアⅡを飛び出させると、GNビームピストル二丁に持ち替えて先のジンクスの戦闘を参考に機体を回転させながら四方八方に粒子ビームを放って撃ち落としていく。

 

『やるな、流石に種が割れてるか……』

 

素直に賞賛するサーシェスに刹那が反撃を仕掛ける。

 

「貴様のような男が、ガンダムに乗るなど!」

 

『てめぇの許可がいるのかよ!』

 

エクシアの斬撃を跳ね返し、逆にGNソードとシールドを奪う。

向かってきたアストレアⅡとコンテナが粒子ビームで牽制してる間にエクシアはGNブレイドを腰から抜いた。

三対一で互角以上に渡り合うとは、恐ろしいほどの強さだった。

睨み合う三機プラス一隻。

エクシアとアストレアⅡのコクピットにサーシェスの声が聞こえた。

 

『ははははは、最高だな、ガンダムってやつは! こいつはとんでもねぇ兵器だ。戦争のし甲斐がある!』

 

GNバスターソードを担いだツヴァイがエクシアに突進する。

 

『おめぇらのガンダムもそのためにあんだろう!』

 

「「違う!」」

 

刹那とクリスティナの声が重なった。

エクシアがGNブレイドでツヴァイの剣を受け止める。

 

「絶対に違う!」

 

力押しに負けて左手のGNブレイドが弾き飛ばされる。

 

「俺の、俺たちのガンダムは!」

 

戦争の道具なんかじゃない!

しかし、右手のGNブレイドまで跳ね飛ばされ丸腰のエクシアは背後を取られる。

 

『うるせぇガキだ』

 

大型剣が振り上げられる。

 

「させるかよっ!」

 

アストレアⅡがGNスナイパーライフルを放ち、軌道が空振る。

 

『男同士の会話に水を刺すなよ、女ぁっ!』

 

標的を変えて突っ込んでくるツヴァイ。

 

「やべぇっ!」

 

思わず声に出すクリスティナ。

現在のアストレアⅡの格闘兵装はGND(ダブル)ビームサーベル一本のみ。

接近戦は圧倒的に不利だった。

 

(刹那……!)

 

その心の叫びが届いたのか、スローネツヴァイが何かに弾き飛ばされて大きく体勢を崩した。

 

「何っ!?」

 

「……えっ?」

 

サーシェスとクリスティナは何が起きたのかわからなかった。

エクシアの姿はどこにもなく、ただ存在の証明となるGN粒子の残滓を残すのみ。

そしてサーシェスの視界の端に光る何かがよぎった。

 

「そこかっ!」

 

GNハンドガンを放つツヴァイ。

だが、発砲と同時にそれは空間から消えていた。

後を追って連射するが、高速で動き回るそれを捉えることができない。

 

「何だ、あの動きは!?」

 

GNハンドガンの弾丸を躱し続けながら、それ……クルジスの少年兵が乗るガンダムがGNビームサーベルを手に接近する。

 

「あ、当たらねぇ!」

 

直後に背後から衝撃。

エクシアがツヴァイに機体をぶつけたのだ。

 

「俺の背後を!?」

 

GNバスターソードを振り回すが、それも空を斬って代わりにGNビームサーベルによって弾かれ、蹴りを食らって地面に激突した。

 

「ぐはっ」

 

シートに叩きつけられ、サーシェスが肺に溜まった息を吐き出す。

エクシアは機体を()()()()()ながら、その両手にGNビームサーベルを携えてツヴァイを見下ろしていた。

 

「エクシアが……赤く……?」

 

「綺麗……」

 

その姿を見たラッセとクリスティナが呟いた。

そして刹那とクリスティナのコクピットモニターに映像が映し出された。

映像の中の人物……イオリア・シュヘンベルグは言った。

 

『GNドライヴを有する者たちよ。君たちが、私の意志を継ぐ者なのかはわからない。だが、私は最後の希望を……GNドライヴの全能力を君たちに託したいと思う』

 

二人は知り得なかったが、この映像はプトレマイオスにも流れていた。

 

『君たちが真の平和を勝ち取るため、戦争根絶のために戦い続けることを祈る。ソレスタルビーイングのためではなく、君たちの意志で……ガンダムと共に……!』

 

映像はそれで終わった。

刹那のモニターには赤色をバックに黒字でこう書かれていた。

"TRANS-AM(トランザム)"、と。




僕がこの小説で書きたかったことは2つあります。
1つ目はアストレアⅡの登場。
2つ目はネーナの心を破壊することです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

「うるさくて堪らない……ここで地獄に送ろうかな」

前半はニコニコしながら書いてました。
物書きの真似事を始めて良かったと思えるほどの幸せを感じています。
コンテナの中、こんなに入るかなぁ……


「トランザムシステム……機体に蓄積した高濃度圧縮粒子を全面解放して一定時間、スペックの三倍相当の出力を得る……」

 

「ヨハン兄……ミハ兄……」

 

「だがトランザム後のエクシアは性能が極端に落ちた。これはまさに諸刃の剣……」

 

「ヨハン兄……ミハ兄……」

 

「でも良いな、私のアストレアⅡはダブルドライヴだから片方だけの太陽炉じゃ何が起きるかわかんない」

 

強襲用コンテナの中にエクシアとアストレアⅡを収納した二人はオリジナルの太陽炉にのみ与えられた機能について話していた。

 

「スローネツヴァイは撤退したから良かったものの、長引けば危なかったな」

 

「ヨハン兄……ミハ兄……」

 

ラッセが言う。

サーシェスはあれからすぐに逃げて行った。

後日、国連軍の擬似太陽炉搭載MSが全機宇宙(そら)へ上がったという情報を掴んだ三人はプトレマイオスに帰る準備をしていた。

 

「いよいよ決戦の時だな」

 

「そうだな」

 

「ヨハン兄……ミハ兄……」

 

「あぁーーーっ! うるせぇ!!」

 

気を引き締める一同……

と、ここでさっきから体育座りの格好で焦点の合わない目をしながらぶつぶつと呟いている三人以外の人間……ネーナ・トリニティに堪忍袋の尾が切れたクリスティナが胸ぐらを掴んで頬を殴りつけた。

勢いよく地面に倒れるネーナ。

そのまま起きあがろうともせずにうずくまる。

 

「おいクリス」

 

「痛い……痛いよ……助けて……」

 

「助けなんか来ねぇよ! あんたの兄貴たちは死んだんだから!」

 

ラッセに嗜められながらクリスティナが荒い口調で吐き捨てる。

強襲用コンテナには半壊したスローネドライとほぼ無傷のアインも収容されていた。お陰で寿司詰め状態である。

その際にヨハンとミハエルの死体も確認した。

ドライのコクピット内で全裸で酷く怯えた様子のネーナには手錠ついでにクリスティナの着替えをとりあえず着せておいた。

恐らく、サーシェスに()()()()()()をされたのだろう。

心に傷を負った人間が何をするのかなんてわかったものでないので、こうして3人と同じ場所に置いているのだ。

 

「う、うぅ……」

 

「何? 散々誰かの家族殺しておいて、自分は家族が死んだからって泣くの?」

 

「家族……家族……!」

 

ネーナは思い出した。

今まで兄妹で葬ってきた相手の姿を、逃げ惑う人々を粒子ビームで冷酷に焼く自分たちの姿を。

その中には罪無き一般人もいたことを。

 

「あ……あぁ……」

 

ネーナの顔にみるみる内に後悔と絶望が浮かび上がる。

 

「あた……あたしは……なんてことを……!」

 

「今更懺悔かよ……そんなんで死んだ人間が生き返るとでも思ってんの!?」

 

「ごめんなさいっ! ごめんなさいっ!!」

 

この場にいない誰かに向かって謝り続けるネーナ。

その姿に心底鬱陶しそうな顔をしたクリスティナが拳銃を抜いてネーナの顔面に突きつけた。

 

「クリス!」

 

「クリスティナ!」

 

ラッセと刹那が声を上げる。

 

「うるさくて堪らない……ここで地獄に送ろうかな」

 

クリスティナは苛立った様子でネーナの顔を見る。

 

「やっぱやめた」

 

銃を下ろす。

 

「なん……で……」

 

「何でって、ここで死んだらやり逃げじゃん。それなら生きて苦しんだ方が良いかなって」

 

許しを得られずにがっくりと項垂れたネーナは黙り込んだ。

 

「それに決戦が控えてるし、戦力は多いに越したことはないでしょ」

 

クリスティナの意外と打算的な面に刹那たちは苦笑いした。

そして暗号通信でプトレマイオスに状況を送るのだった。

 

 

宇宙へ上がった三人プラス一人は遥か遠方のラグランジュ1へ向かっていた。

刹那とクリスティナはそれぞれエクシアとアストレアⅡで待機している。

ラッセはすっかり大人しくなったネーナの監視をしながら操縦中だ。

そのラッセからエクシアのコクピットに通信が入った。

 

『答えは出たのか、刹那……』

 

「わからない……」

 

刹那はガンダムが何のためにあるのかを確かめるために出撃した。

しかし先のサーシェスに奪取されたスローネツヴァイとの戦闘でその考えの答えを見つけることは叶うどころかさらに遠のいてしまった。

 

「……だが、俺は……俺たちは、イオリア・シュヘンベルグに託された。なら、俺は俺の意志で、紛争根絶のために戦う。ガンダムと共に……」

 

ラッセはしばらく沈黙してから口を開いた。

 

『……正直、俺は、紛争根絶ができるなんて思っちゃいねぇ』

 

刹那は反論しなかった。

 

『だがな、俺たちのバカげた行いは、良きにしろ悪しきにしろ、人々の心に刻まれた……今になって思う……ソレスタルビーイングは、俺たちは、存在することに意味があるんじゃねぇかってな』

 

「存在すること……」

 

その言葉を反復する。

 

『人間は経験したことでしか、本当の意味で理解しないということさ』

 

言葉通りだと刹那は思った。

ましてやその経験に痛みが伴えば尚更だ。

そう言う意味ではソレスタルビーイングは紛争根絶という理念を世界に刻むことはできただろう。

しかし、刹那の戦う目的は世界中の人々の頬を叩いて目を覚まさせる荒療治ではなかった。

世界の歪みを正すこと。戦争を根本から根絶することだ。

だからこそ戦う。

脳裏に浮かぶアザディスタン王国の皇女、マリナ・イスマイールの幻がもう戦わなくていいと手を差し伸べるが、刹那はその手を取らず、己の持つ剣を抜くことを選択したのだ。

その時、プトレマイオスからの暗号通信が入る。

刹那の表情がにわかに強張った。

 

プトレマイオス(トレミー)が……国連軍の艦隊を補足……!?」

 

『刹那!』

 

クリスティナから通信が入る。

 

『単独でトランザムして向かって! その方が速い!』

 

「了解」

 

コンテナからGNアームズを分離させ、中からエクシアを出す。

 

「トランザム!」

 

赤く発光したエクシアが一直線に飛翔して行った。

 

「ロックオンは戦闘できない……アレルヤとティエリアだけで凌げる……?」

 

『俺たちには祈ることしかできないさ』

 

ラッセの言葉に唇を噛み締めるクリスティナ。

その後、遅れて到着した2人は崩れ落ちた。

 

 

ロックオンは宇宙の暗闇を漂っていた。

身体中が痛み、もう力が入らない。

きっかけは治療カプセルの中でのことだった。

眠っていると思っていたのだろう、ティエリアがこう言った。

「君の家族の仇は僕が討つ」、と。

ロックオンはサーシェスが戦場に現れることを確信した。

そしてカプセルから抜け出し、破損したコクピットを換装していたデュナメスにGN粒子貯蔵タンクを詰め込み、受領したばかりの2機目のGNアームズとドッキング、GNアーマーTYPE-Dとして出撃したのだ。

敵に鹵獲されたスローネツヴァイとの死闘の末、デュナメスは大破、ハロに機体を帰艦させ、自身はGNアームズの残骸のGNキャノンを使い、ツヴァイを撃墜、しかし、相討ちの形で、そこでロックオンは力尽きようとしていた。

 

「これからは……明日は……ライルの生きる未来は……」

 

ライル・ディランディ、ロックオン──ニール・ディランディの双子の弟で、唯一の肉親だった。

そうだ。彼の生きる未来を作りたかったのだ。

そこにGN粒子の緑色の光が見えた。

ガンダムエクシアがこちらに接近してくる。

ロックオンは震える唇を精一杯吊り上げた。

 

「……刹那……答えは……出たのかよ……」

 

刹那の迷いも聞いていた。

刹那は過去から変わろうとしていた。

だが、ロックオンは過去に囚われていた。

だから変われよ、変われなかった俺の代わりに……

顔を上げると青い惑星(ほし)が見えた。

地球、人々の故郷、生まれる場所、生きる場所、そして死ぬ場所。

それに向かって手を伸ばす。

そこに住まう彼らに問いかけるように。

 

「……よう、お前ら……満足か……こんな世界で……」

 

力の入らない指を拳銃の形にして、狙いを定める。

 

「……俺は……嫌だね……」

 

ロックオンが指を跳ね上げた瞬間、GNキャノンは爆発し、その炎が彼を包み込んで……

 

ロックオン・ストラトス──ニール・ディランディは、この世界から消えた。




後半は書いていて泣きそうでした。
こんな話は書きたくなかった!
それでも何かを失わせたかった!
代わりになんてなりませんが、ネーナが(一応)味方になりました。
最終決戦、少しはマシになると良いなぁ……


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

「こんなタイミングで家族にメッセージは死亡フラグだ」

いよいよファーストシーズンクライマックスに突入です。

追記
ネーナの機体についてちょっと修正しました。
こっちの方が早いので。


ロックオンが戦死した。

仲間の死に誰もが心に深い影を落とした。

ティエリアは見舞いの際にかけた言葉のせいで自分を人間らしく変えてくれた彼を、死地へ送ってしまった、殺してしまったと自責していた。

クリスティナはそれを庇った。

戦力を分断しなければロックオンは死ななかった、恨むなら自分ではなく私を恨めと。

実際クリスティナはそう考えていた。

無傷のスローネアインと二基の擬似太陽炉、ついでに使い物になるかわからないマイスター。

思わぬ収穫があったにせよ、仲間を失っては元も子もない。

 

「クリス……」

 

クリスティナの自室のドアが開けられる。

フェルトがピンクと一緒に食事を持ってきたのだ。

現在クリスティナは破壊されたHAROの復元をしていた。

幸いメモリーは破損していなかったのでボディを修復するだけで良い。

そうして徹夜で作業しているのだ。

 

「……休まなきゃ」

 

『休憩、休憩』

 

「もう少しで終わるから」

 

振り向きもせずに手を止めないクリスティナ。

 

「そう言ってもう一日だよ」

 

「ああ……そんなに経ってたのか……でもそこでうなされてるやつのサポートが必要だし、それに……」

 

指を指す方を見るとネーナが地べたで苦しそうな顔をしながら寝ていた。

スメラギから拾ったならちゃんと面倒を見なさいと言われ部屋も空いていなかったので同室になったのだ。

 

「……ハロのお兄さんを助けたいしね」

 

ハロは共に戦ってきた相棒を失ったのだ。

機械的な声の中に悲しみの色さえ感じてしまう。

彼からこれ以上大切な者を失わせたくなかった。

 

「………………」

 

それを聞いたフェルトは黙って後ろからクリスティナを抱きしめた。

 

「ちょっとやめてよ……こんな時にセンチメンタルなんて……」

 

手を振り払おうとするが、力がこもらなかった。

 

「あれ……? おかしいな……はは、はははは……」

 

クリスティナの目からポタポタと涙が落ちた。

 

「う、うぅ……っ!」

 

「クリス……自分を責めないで」

 

「でも……でも……!」

 

ティエリアは何も言ってくれなかった。

怒りの矛先をクリスティナへと変えてくれれば少しは気が紛れたのに。

行き場の無い怒りと後悔が涙として(こぼ)れた。

そして二人でしばらく子どものように泣いた。

 

 

『命ノ恩人、感謝永遠ニ』

 

『兄サン、良カッタ、良カッタ』

 

『テメェナンカ知ラネェヨ、知ラネェヨ』

 

「こら、仲良くするんだよ。家族なんだから」

 

翌朝、復活したHAROの元にハロがやってきて喜ぶような挙動をしていた。

その甲高い機械音声にネーナが目を覚ます。

 

『ネーナ、起キタカ、起キタカ』

 

「HARO……?」

 

HAROが駆け寄ってくる。

ネーナの目にみるみる内に涙が(あふれ)る。

 

「HARO……HAROっ!」

 

HAROを抱きしめるネーナ。

彼女の人間性を鑑みなければ感動の再会だ。

ハロは空気を読んで黙った。

 

「ありがとう……HAROを直してくれて」

 

「その子の操縦補助があればより戦力の増強になるでしょ。気にしなくて良い」

 

あぁそれと、と思い出したように言葉を続けた。

 

「あんたのドライのコクピットは師匠がアインの方に換装しておいてくれたから。その辺のアップデートもしておいた」

 

クリスティナはそっけなく言った。

 

「ありがとう……ありがとうございます……」

 

『命ノ恩人、感謝永遠ニ』

 

ネーナとHAROは感謝の言葉を繰り返した。

その間、ティエリアはスメラギに計画の続行を求めた。

それはロックオンの死を無駄にしないという感傷を帯びた決意であったが、撤退を考えていたスメラギの心を打ち、作戦プランを練り始めた。

 

 

「そうっすか。刹那たちは戦うことを選んだんすか」

 

ブリッジでリヒテンダールが周りを見渡しながら言った。

その表情はこうなると思っていたという気持ちと撤退の方が気楽だったという気持ちが半々だった。

 

「そうみたい」

 

クリスティナも彼らと同じ気持ちであった。

ここまで来て引き返すことは認めたくなかった。

ちなみにネーナは彼女の自室でHAROと一緒にいる。

精神的に安定した様子だった。

 

「全員、覚悟を決めておけよ」

 

「おっかねぇの」

 

ラッセの言葉にリヒテンダールが嘆息する。

フェルトはコンソールパネルの上でペンを動かしていた。

 

「何してるの、フェルト?」

 

「……手紙を」

 

クリスティナが手紙?と聞き返す。

 

「天国にいるパパとママ……それから、ロックオンに……」

 

それを聞いたプトレマイオスチーム一番のお調子者が悪ふざけた口調で言った。

 

「縁起悪いなぁ、遺書なんて」

 

「おい!」

 

「違うの!」

 

怒るクリスティナに重ねてフェルトが否定する。

 

「私は生き残るから……当分会えないから、ごめんなさいって……」

 

「……そっか」

 

クリスティナがフェルトの気持ちを汲んで頭を撫でた。

リヒテンダールはバツの悪い顔をしている。

そしてラッセがフェルトに言葉を投げた。

 

「その意気だ、フェルト」

 

「……ロックオンと約束したから」

 

照れたように答えた。

 

「守れよ、その約束」

 

「うん」

 

フェルトの席から離れたクリスティナがあーあ、と両手を頭の後ろで組んだ。

 

「どうすっかな〜私もな〜」

 

「親御さん、いるんすか?」

 

「育ての親が一応」

 

ただ一緒に暮らしていただけで特に良い思い出は無く、家出同然だったが、何かメッセージでも送った方が良いのだろうか、と思ったところで首を振った。

 

「いや、こんなタイミングで家族にメッセージは死亡フラグだ、やめておこう……」

 

ちなみにリヒティは?と聞かれ、リヒテンダールは困った顔をした。

 

「両親は軌道エレベーターの技術者だったんですけどね、ガキの頃に太陽光発電紛争で、あっさりすよ」

 

「……悪いことを聞いたね」

 

「昔の話だから気にしなくて良いっすよ」

 

「みんな、色々あるんだ……」

 

フェルトが呟いた。

 

「色々あるから、ソレスタルビーイングに参加したんすよ」

 

「それもそうね」

 

リヒテンダールの言葉にクリスティナが同意した。

そしてラッセがコンソールを操作しながら言う。

 

「……そういや、こんな風にお互いのことを話したのは初めてだな」

 

「守秘義務があったからね……まあ、今更よ」

 

クリスティナが微笑み、リヒテンダールもそうっすねと答えた。

 

「もっと早くにこんな話ができれば良かったのにね」

 

クリスティナに同意するように三人が頷いた。

 

 

強襲用コンテナの一つにスローネドライから取り出した擬似太陽炉が接続され、GN粒子を供給していた。

そしてその横にはデュナメスの残骸が横たわっている。

頭部と四肢を破壊され、胴部だけを残したその残骸は、ロックオン最後の戦闘の激しさを感じさせた。

その開けたままのコクピットの前に、ハロを抱えた刹那が立っていた。

その姿は共に戦った仲間に黙祷を捧げているようであり、別れを惜しんでるようでもあった。

 

「刹那……」

 

声に反応すると、ノーマルスーツ姿のフェルトが宙を泳いで向かってきた。

クリスティナも一緒だった。

 

「フェルト・グレイスか。クリスティナも……」

 

刹那がフェルトをコクピットの側へ手を引いた。

 

「どうした?」

 

「手紙を書いたの、ロックオンに」

 

フェルトがコクピットの中に入り、先ほど書いていた手紙をシートに貼り付けた。

字体は少女らしい癖が少し残っていたが几帳面なものだった。

何度か書き直したのかもしれない。

 

「ロックオン、あなたの太陽炉、使わせてもらうよ。どうか私たちを守って」

 

クリスティナがそう言って黙祷した。

そしてフェルトが口を開いた。

 

「刹那は、手紙を送りたい人はいる?」

 

「それはちょっと私も気になる」

 

刹那は自分の祖国を滅ぼした国の皇女の姿を思い浮かべた。

黒い長髪にドレスを纏った……しかし、すぐに打ち消した。

 

「いないな」

 

「そう……寂しいね」

 

「寂しいのはあいつだ」

 

え?と女性二人が聞き返した。

誰のことを指しているのかは明らかだった。

彼はもう何も伝えることができない。

それは堪らなく寂しいことだった。

 

「だからハロ、側にいてやってくれ。ロックオン・ストラトスの側に……」

 

刹那はそう言ってハロをコクピットの中に入れた。

フェルトが受け止める。

 

「……いてあげて、ハロ」

 

『了解、了解』

 

「ありがとう」

 

フェルトはハロを抱きしめた。

想いを託すように。

その姿を刹那とクリスティナは黙って見ていた。

心の無い機械に想いを託すなど冷静に考えて無意味な行為だった。

しかし、刹那も、フェルトも、クリスティナも、無意味とは思わなかった。

機械には使った者の心が宿ると、そう信じた。

それはデュナメスの太陽炉にも、フェルトの父の乗機だったアストレア、その遺伝子を受け継ぐエクシアとアストレアⅡにも同じことが言えたからだ。

そしてそういった感情を向けることこそが人間らしさなのだと、そう思った。

だから彼らは祈った。

しかし、その静かな時間は無粋な警報音によって絶たれた。

 

「ピンク、何があったの?」

 

『Eセンサー、敵部隊ヲ捕捉、捕捉』

 

それは国連軍による第二次攻撃の報せだった。




ロックオンの分まで生きたいンゴね……


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

「もう少し……おしゃれに気を使おうよ……」

さあさあファーストシーズンラストバトルです。

追記
ネーナの言葉遣いに違和感があるという指摘がありました。
自分もしおらしくし過ぎた気持ちはあったので修正しました。


Eセンサーに表示された敵部隊の総数は()()()、その内の十二機はジンクスであったが、残りの二機が異彩を放っていた。

片方は黒いフラッグ、しかしその姿は各部に面影があるが徹底的にカスタマイズされており、両膝に取り付けられたディフェンスロッドと背部から放たれる赤いGN粒子の輝きが確認される。

そしてもう片方は巨大MAだった。

正面には髑髏(ドクロ)のようなスリット、楕円(だえん)形に緩やかな鶏冠(トサカ)を付けたような流線型のボディは便器を思わせた。

何よりも目を引くのは(まばゆ)いほどの金色(こんじき)、己の存在をこれでもかと誇示するような下品なカラーリングは敵の総大将であることを非常にわかりやすく示していた。

 

「粒子ビームが来ます!」

 

フェルトからの警告にリヒテンダールが操縦桿を思い切り倒し、激しい衝撃に襲われながらもなんとか直撃を免れる。

しかし、その膨大なエネルギーの本流はプトレマイオスの左舷を抉り取り、推進機関が使い物にならなくなった。

第二波はどうにか回避できたが、余波だけでも艦が大きく揺れた。

直撃した時を想像するだけでも冷や汗が出る。

スメラギは目標をMAとしてエクシアとスローネアインを搭載した強襲用コンテナを出撃させ、艦の防衛にキュリオス、ナドレ、アストレアⅡを緊急発進させた。

スローネアインに乗るネーナはクリスティナと一緒が良いと駄々をこねたが、"彼"相手では足手纏いと判断したクリスティナの指示だった。

対する国連軍はジンクスを片方六機ずつ左右に展開させ、真正面からフラッグが突撃してきた。

こうしてMAにエクシアとGNアームズ、強襲用コンテナ、スローネアイン、左右のジンクスにそれぞれキュリオスとナドレ、真正面のフラッグにアストレアⅡという構図が出来上がった。

 

 

「ジンクスで来ると思っていたけど、まさかそこまでフラッグのことを……」

 

操縦桿を握る手にじっとりと汗が滲むのを感じながらクリスティナが呟いた。

フラッグは背部の擬似太陽炉を左肩に移動させると、そこから伸びるコードに接続されたGNビームサーベルを発振させてアストレアⅡに突撃する。

 

「早いっ!」

 

アストレアⅡは現在、エクシアの予備のGNソードとGNシールドを両腕に、デュナメスのGNビームピストルを両膝にマウントさせた重武装使用だった。

ライフルモードにしたGNソードと左手に持ったGNビームピストルで迎撃しようとするが、フラッグは踊るように華麗に回避した。

恐らくGN粒子の影響で今までほどの負担は無いはずだが、それでも無茶苦茶な機動だった。

 

『ハワードとダリルの仇、討たせてもらうぞ! このGNフラッグで!』

 

GNソードでGNビームサーベルを受け止めるとフラッグから通信が届き、相手の顔が表示された。

金髪にあどけなさの残る顔立ち、しかしその双眸(そうぼう)には果てしない感情の色がモニター越しにも伝わった。

 

「やはりあなたか……グラハム・エーカー!」

 

『知ってもらえていたとは光栄だな! そしてよもや新型のパイロットがうら若き女性だとは、驚きを隠せないっ!』

 

ダブルドライヴの出力に物を言わせた力押しでGNフラッグを弾き飛ばし、GNシールドを捨てた左腕をGNDビームサーベルに持ち替える。

飛んでいくシールドに気を取れれば幸いだったが、相手も手練れだ、単純なトリックには引っ掛からなかった。

 

『ようやく理解した!』

 

勢いを殺して再び斬りかかるGNフラッグ、それを左手のサーベルで受け止めるが、即座に蹴りを入れられて機体が大きく揺れる。

 

「ぐぅっ!?」

 

『私は君たちの圧倒的な性能に心奪われ、魅了された』

 

そのまま言葉を続けるグラハム。

 

『この気持ちは……まさしく愛だ!』

 

「愛だって!?」

 

突然の大胆な告白に驚きを隠せないクリスティナにグラハムは戦闘中にも関わらず微笑みを向ける。

 

『そうだ。だが、愛を超越すればそれは憎しみとなる! 行き過ぎた信仰が内紛を誘発するように!』

 

その言葉は刹那やロックオンが巻き込まれた悲劇を連想させた。

愛とは人間だけが持つ情動であった。

全ての感情は愛から派生していると言っても良い。

愛するからこそ人は苦しみ、喜び、悲しみ、憎むことができる。

つまり彼は、グラハム・エーカーは、人々が争う理由を理解しているということだった。

 

「それがわかっていながらどうして!?」

 

あなたは戦う!?と反撃しながら問いかけるクリスティナ。

GNソードを空振った勢いのまま機体を回転させてGNDビームサーベルを見舞う。

GNフラッグの頭部が宙を舞った。

 

『軍人に戦いの意味を問うとは、ナンセンスだな!』

 

手応えを感じてほんの一瞬気が緩んだ隙に左腕を切断された。

 

「あなたはとんでもないエゴイストだ!」

 

『最高の褒め言葉だ!』

 

ライフルモードのGNソードで反撃するが膝のディフェンスロッドで防がれる。

だが、防御体制で隙ができた、このまま斬り捨てる!

が、その時、巨大な粒子ビームがプトレマイオスを襲った。

MAのものと思われるそれはメディカルルームの近くを大きく抉った。

クリスティナが敬愛するイアンの親友、モレノの安否は……

 

『戦闘中によそ見など!』

 

「しまっ……!?」

 

GNフラッグのサーベルがアストレアⅡの脇腹を貫通した。

咄嗟に回避してコクピットへの直撃は免れたが、ショートを起こした内部が軽く爆発し、内装の破片が身体に突き刺さる。

 

「ぐ、うぅ……っ!」

 

『勝負あったな、ガンダム!』

 

そのまま腕を動かしてトドメを刺そうとするのを右手で掴んで必死に堪える。

 

「ト……ラン……ザム……」

 

『何っ!?』

 

瞬間、半壊したアストレアⅡの機体が赤く発光した。

片方にしか搭載していないGNドライヴでのトランザムは何が起こるのか全く見当もつかなかったが、ここでカードを切る以外に生き残る術はなかった。

通常の三倍に膨れ上がった出力でGNフラッグを蹴り飛ばし、即座に距離を詰めて左腕を擬似太陽炉ごと奪い取る。

 

『ぐっ! おぉおおおっ!!』

 

「ああああああっ!!」

 

クリスティナは身体中の痛みを忘れ、一種のトランス状態にあった。

鳴り響くアラート音も、真っ赤に染まったモニターの先にいる敵機の挙動も、果ては機体を巡るGN粒子さえも知覚していた。

それはいわゆる火事場の馬鹿力だったかもしれないし、動力源であるGNドライヴから生み出された高濃度圧縮粒子が彼女の脳に何かしらの影響を及ぼしたのかもしれなかった。

 

『ハワード、ダリル、私は……っ!』

 

「うおぉおおおらぁぁぁっ!!」

 

腹にGNソードを突き刺し、敵機を沈黙させる。

そこでトランザムは強制的に終了、代償として大きくバランスの欠いたエネルギーの余波が機体を崩壊させる。

 

『クリス! クリス! しっかりして!』

 

フェルトの声が聞こえる。

クリスティナは口内に溜まった血を吐き出すと力を振り絞って声を出した。

 

「フェルト……生きて……ロックオンの分まで……それから……」

 

精一杯の笑顔で、言った。

 

「もう少し……おしゃれに気を使おうよ……」

 

『あ、あぁ……! 嫌、嫌!』

 

泣きじゃくるフェルトの声を聞きながら、薄れていく意識の中で彼女は想った。

 

(刹那……世界を変えて……)

 

最後に想うのが初めは嫌いだった可愛げの無い少年であることをおかしく思いながら、クリスティナの意識は途絶えた。

 

 

刹那とラッセはエクシアとGNアームズをドッキングさせたGNアーマーTYPE-Eで金色のMA……パイロットの男はアルヴァトーレと呼んだ……と死闘を繰り広げていた。

ネーナのスローネアインはクリスティナの救助に向かい離脱している。

 

「狙い撃つ!」

 

亡き仲間の口癖を思わず口にしながらGNソードのライフルで、GNアームズのGNビームガン、GNキャノンで敵MAのGNファングを撃ち落としていく。

クリスティナとの模擬戦と実戦で得た経験が刹那の射撃精度を高めていた。

そのまま本体に見舞うが、油断なくGNフィールドを展開しており、突破できない。

そして、髑髏状の口が開かれる。

慌てて回避し、巨大な光の矢が機体の横を通り過ぎた。

 

『突っ込むぞ、刹那!』

 

ラッセの声と共に加速し、Gに身体を押さえつけられる。

彼の考えは理解できた。

現在安否不明の姉貴分が口を酸っぱくして言っていた言葉を思い出す。

 

"刹那、エクシアの実体剣はGNフィールドを突破して攻撃できる。もし他のガンダムが敵の手に落ちた時の切り札なの。ちなみにエクシアが敵に回った場合はキュリオスの役割ね"

 

大量のビーム砲が砲口を向けるが、捨て身で突撃する。

大型GNソードが敵MAの腕を奪う。

 

『くたばれぇっ!』

 

ラッセがそのまま至近距離からGNキャノンを放ち、もう片方の腕も破壊する。

その間も敵はやられっぱなしではなく、ビーム砲の粒子ビームがエクシアの頭部の右半分を抉り、GNアームズのコクピット付近に命中する。

 

「ラッセ!」

 

『まだまだぁっ! もう一撃!』

 

被弾によろけた機体を立て直して再度突撃する。

放ったGNビームガンが敵MAの右半身に爆発を起こしたが、左側のビーム砲が斉射され、既にダメージを受けていたため躱し切れずに次々と着弾していく。

 

『刹那……俺たちの存在を……』

 

ラッセがそう言った直後、機体に起きた爆発が通信を途絶させた。

 

「ラッセ! 貴様ぁ!」

 

機体が砕かれるのも構わずに突っ込む刹那。

ラッセが作ったチャンスを逃す訳にはいかなかった。

大型GNソードを勢い任せに突き刺し、刀身が砕ける。

そのままGNアームズをパージさせる。

 

「うおおおおおおおおおっ!!」

 

本体のエクシアのGNソードを振り回し、巨体をズタズタに斬り裂く。

その後、敵MAは爆散した。

 

「ラッセ! 応答しろ! ラッセ!」

 

GNアームズに呼びかけるが応答は無い。

すると背後の爆炎の中から出てきた粒子ビームがエクシアを掠めた。

振り返るとMAの残骸、その鶏冠(トサカ)の中から同じく金色のMSが姿を現した。

機体を隠していたカバーがそのまま背部に移動し翼となり、頭部にはガンダムともジンクスとも異なるバイザー型のセンサーが備えられていた。

両腕に持ったGNビームライフル、その右側を捨ててGNビームサーベルを抜くとエクシアに突っ込んでくる。

 

『流石はオリジナルの太陽炉を持つ機体だ』

 

GNソードで受け止めている間にパイロットの男の声が聞こえた。

ウェーブのかかった前髪が特徴的な青年がモニターに映し出される。

 

「貴様か、イオリアの計画を歪めた者は!」

 

『計画通りさ……ただ主役が私になっただけのこと! そうさ、主役はこの、アレハンドロッ!?』

 

名乗りの途中で赤い粒子ビームが金色のMSに放たれ、しかしGNフィールドに防がれる。

 

『名乗りを邪魔するとは……無粋なっ!』

 

「知らないわよそんなこと!」

 

「ネーナ・トリニティ! クリスティナは!?」

 

ネーナのスローネアインは、アストレアⅡに乗るクリスティナを救助した後、すぐに戻ってきてGNキャノンを放ったのだ。

その左腕は破損している……プトレマイオスを狙う機体と戦闘してきたのだろう。

特にクリスティナに対して忠誠のような感情を向けている彼女はしっかりとやり遂げたことだろう。

が、その顔は明るくなかった。

 

ご主人様(クリスティナ)と……プトレマイオスは……」

 

『おのれ生贄風情が……図に乗るな!』

 

背部の翼が展開し、圧縮された粒子がGNビームライフルの銃口から巨大な粒子ビームとなって放たれる。

 

「なっ!?」

 

『回避、回避』

 

飲み込まれそうになるエクシアとスローネアイン。

アインが回避行動をとるも、想定外の大きさに半身を焼かれた。

 

「きゃあああっ!?」

 

『エクシアは……イオリアのシステムか!』

 

エクシアはトランザムを発動させて回避しており、隙を晒した金色のMSに突撃する。

強固なGNフィールドを両手に持ったGNブレイドで斬り裂く。

丸裸になった機体にGNビームサーベルを突き刺す。

そしてGNダガーを機体に埋め込む。

GNソードを展開し、縦一文字に薙ぐ。

 

『ば……か……な、貴様は……』

 

「俺は、俺たちは……ガンダムだっ!」

 

が、まだ敵は動きを止めなかった。

 

『お……のれ……! 貴様だけでも……!』

 

「何っ!?」

 

機体をぶつけられ、僅かに動く手足で組み付かれる。

このまま道連れにするつもりだ。

だが、トランザムが終了した今、GNフィールドを張る能力は残されていない。

 

『爆散っ!!』

 

瞬間、エクシアがGN粒子を伴った爆発に包まれた。

 

 

「う……?」

 

ネーナが意識を取り戻したのはしばらく経ってからだった。

 

「刹那、刹那っ!」

 

通信で呼びかけるも辺りにエクシアの姿は無かった。

 

「誰か……誰かいないの!?」

 

半壊したスローネアインを動かして生存者を探す。

すると赤いエクシアによく似たMSが緑色のGN粒子を放ちながら、その手に太陽炉を抱えて大破したナドレを見ていた。

 

「ティエリアっ!」

 

『あげゃ? 生き残りかと思えばいつか首を吹っ飛ばしてくれた連中の女じゃねぇか』

 

赤いMS……アストレアが通信に応じた。

モニターに凶悪な面構えをした青年……フォン・スパークが映し出され、その姿がどこかサーシェスを思い起こさせてネーナはひゅ、と声が漏れた。

 

『なんだぁ? 知らねぇ間に面白え顔になってんな』

 

「あ、あたしは……あの時のこと……」

 

『あげゃげゃ、別に獲って食おうなんて考えちゃいねぇさ』

 

ナドレの残骸を差し出される。

 

『仲間なんだろ? 助ける手間が省けたぜ』

 

「あ、ありがとう……太陽炉は……」

 

『これは俺ンだ。諦めな』

 

争ったところで負けるのは目に見えるので渋々従った。

アストレアを見送り、ティエリア以外の生存者を探すもネーナは見つけることができなかった。




裏方業務のネーナのお陰で大使は割と手早く調理できました。
みんなはどうなってしまったのでしょうか。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

あいつ(刹那)の剣はそんなに遅くない」

エピローグです。
ちょっと短め。


クリスティナの意識は深い闇に沈んでいた。

それは穏やかな気持ちであった。

ふと、背中に2人分の手が置かれた。

 

"あのきかん坊のことを見てやってくれ"

 

"君は師匠の元へ帰るんだ"

 

その声は、と思い振り返ろうとしたところで暗転する。

 

「う……あ……?」

 

「クリスッ!」

 

「ご主人様っ!」

 

目を覚ますと治療ポッドの中だった。

横に目をやるとフェルトとネーナがいた。

身体に痛みは無い……治療は完了したようだ。

開け放たれたポッドから起きあがろうとして、力が入らずに倒れ込もうとする身体を2人に支えられた。

 

「あれから……どれだけ……私はトランザムを使って……それから……」

 

「90日以上寝ていたのよ!」

 

「傷が酷くて……幸い刺さった破片が出血を抑えてくれていたからなんとか一命は取り留めたけど……その……下腹部の損傷が激しくて……女性としての機能が……」

 

「そう、そうなの……」

 

聞くところによるとここはラグランジュ3のラボにあるメディカルルームの集中治療室だったらしい。

クリスティナは重要な機能を失ってしまったのに、なぜかショックは少なかった。

変に思考が理性的で、なったものはしょうがないといった思い切りの良い考え方になっていた。

そしてそんなに時間が経っていたのか……と思ったところで思い出した。

 

「モレノ先生は?」

 

「ドクターモレノは……」

 

「僕が話す」

 

クリスティナが生死の境を彷徨っている間何があったのかをイアン、ラッセと一緒に駆けつけてきたティエリアが説明する。

JB・モレノは死亡した。アレルヤはキュリオスを鹵獲されて捕虜となり、刹那は行方不明。

ラッセも負傷したが既に手当は済んでいる。しかし、悪性のGN粒子により遺伝子が破壊され、ナノマシンによる治療ができないため、その身体は痛々しい包帯に包まれていた。

そしてキュリオスの太陽炉はサポートチーム"フェレシュテ"の構成員であるフォン・スパークが駆るアストレアが回収、そのまま持って行ったと言う。

 

「そう……あれ? スメラギさんとリヒティは?」

 

「リヒティのことは……」

 

イアンがカーテンを開けると隣にも同じ治療ポッドがあった。

その中にリヒテンダールが入っている。

だが、その身体は半身の皮膚は引き裂かれ、黒い金属が剥き出しになっていた。

 

「これは……」

 

「彼も太陽光発電紛争で重傷を負ってこうなったらしい。再生医療じゃ追いつかないほどにな」

 

容態は?

と聞くとイアンは首を振った。

 

「流れ弾がブリッジを直撃してな……フェルトはコンテナに運ばれたお前さんを診ていたから無事だったが、こいつは脳のダメージが酷くて生きてはいるが目覚めることはもう……」

 

「……そうですか」

 

イアンの言葉に対してクリスティナの返答は、酷くドライで、本人も意外そうな顔をした。

 

「あれ? 私、全然悲しくない……リヒティとは友達だったのに……何で冷静でいられるんだろう……」

 

それについてなんだが、とイアンが付け加えた。

 

「アストレアⅡの戦闘記録を見させてもらった。恐らく迫り来る死に脳みそが暴走したと思われる……負担が増えているはずだからこれを食っておけ」

 

チョコレートを差し出された。

 

「あぁ、ありがとうございます」

 

確かに言われてみればやけに目から見える世界が鮮明に映る。

そしてさっきまで寝ていたのに精神的な疲労を感じていた。

 

「クリスティナ」

 

ティエリアが声をかける。

 

「ミス・スメラギはソレスタルビーイングから脱退した。我々は多くの仲間を失った……その責任に耐えられなかったのだろう……」

 

だが、と言葉を続けた。

 

「僕は諦めない。必ず組織を再建して見せる。ロックオンのためにも……だから、協力してもらえるか? ネーナ・トリニティ、貴様もだ」

 

「当然」

 

「あたしはご主人様の所有物だから従うだけよ」

 

なぜか堂々と下僕宣言するネーナに一同は呆れた顔をした。

 

「まずはその言葉使いから教育するかな」

 

クリスティナが突っ込んだ。

 

 

その後、リハビリを終えたクリスティナは修復されていたアストレアⅡの新型武装のテストも兼ねて、ラグランジュ3のアステロイドの各所にある基地から資材の回収任務をしていた。

アストレアⅡの背部GN粒子貯蔵タンクには巨大な双剣……GNDバスターソードⅢから成るプロトザンユニットが装着されていた。

小惑星の間を縫うように飛翔するアストレアⅡだったが、そこに赤いGN粒子の光を確認した。

 

「あれは……黒いアストレア? ヴェーダの中のデータを利用したか……」

 

小惑星の陰に隠れて監視すると黒いアストレアは仲間と思われる赤いエクシアとデュナメスの複製機と合流した。

その様子からまだこちらの基地は発見されていない……恐らく探しているのだろう。

接触を避けることもできた……無闇にリスクを抱える必要はないとクリスティナの暴走する理性が言うが、僅かに残る感情的な部分がそれを決して許さなかった。

GNDバスターソードⅢを両手に構えて突撃するとこちらに気がついた敵機が粒子ビームを放つ。

が、そんな機体頼りのエイムでアストレアⅡを捉えることはできない。

赤いエクシアがGNソードを振り上げる。

 

あいつ(刹那)の剣はそんなに遅くない」

 

斬撃が来るよりも早く真っ二つに斬り捨てる。

遅れて爆散する赤いエクシア。

納刀したプロトザンユニットを左肩部のGNドライヴに接続、粒子をチャージする。

赤いデュナメスがGNスナイパーライフルを放つが、狙いが単調で簡単に読めた。

躱しながら抜刀。

2振りを繋げた大剣で一閃。

 

あの人(ロックオン)を舐めるな」

 

狙い撃つということをまるでわかっていない敵機に吐き捨てる。

瞬く間に仲間を撃墜された黒いアストレアが撤退を開始するが、もう遅い。

仲間が戦っている間に逃げれば生き延びれたものを……複製されたガンダムのパイロットは()()()()()()()()のかもしれない。

粒子を使い切ったプロトザンユニットをパージし、コンデンサーを保護していたGNDシールドと腰にマウントしていたGNDビームライフルを装備し、狙い撃つ。

辺りに撒き散らされる赤い粒子の花火を見ながら、クリスティナは思考した。

恐らく敵はソレスタルビーイングが生きていることを知っただろうが、今は居場所を知られないだけで構わなかった。

こうしている内にも新型は作られている。

アストレアⅡのダブルドライヴで得たデータとイオリアからトランザムと共にもたらされたシステム……ツインドライヴ。

それらを組み合わせた機体の完成をクリスティナは心待ちにしていた。

その名は、00(ダブルオー)ガンダム。

世界を変えるガンダムである。




くぅ〜疲れましたwこれにてファーストシーズン完結です!
セカンドシーズン分のノベライズを読む準備期間に入ります。
1週間か、それ以上かかるかもしれませんが、この作品を好きでいてくれる方はどうか気長にお待ちください。
最後に、評価や感想ありがとうございます。
執筆の励みになりますし、インスピレーションを得ることもできました。
ここまで書けたのは応援してくれた皆さんのお陰です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

セカンドシーズン
「あいつはまた現れるよ。絶対に……」


大変お待たせして申し訳ありませんでした!
セカンドシーズン始動です。
再開に当たって、タグを少しアップデートしました。


MSのコクピットの中で、コンソールのキーボードを叩く音がヘルメットに内蔵されたスピーカー越しに聞こえてくる。

その音は、かつての同期のフェルト・グレイスと、四年の間にできた後輩であるミレイナ・ヴァスティによるものだ。

そしてコクピットのシートに座る女性、クリスティナ・シエラの胸の内は十五度あることは十六度あるという諦観と、十六度目の正直という期待で二つに(わか)たれていた。

彼女が乗っているのは新型のガンダム──《ダブルオーガンダム》。

アストレアからエクシア、エクシアからアストレアⅡと流れる系譜の最先端に位置する、両肩にGNドライヴを一基ずつ搭載した姿が特徴的な機体だ。

だが、その二つのGNドライヴは稼働していない。

今は亡きイオリア・シュヘンベルグがトランザムと共に託したシステム、ツインドライヴ。

それはエクシアとデュナメスで試験が行われ、アストレアⅡで形となったダブルドライヴのように単純に動力源を”二倍“にするのではなく、それぞれを同期させることによって”二乗“にするというエポック・メイキングな理論であった。

()()()()()()GNドライヴでそれを実現させることができれば、どんなMSも凌駕した文字通り最強の機体になるだろう。

だが、従来よりも遥かに複雑化したそのシステムの構築は並大抵のものではなかった。

現在、月の反対側にあるソレスタルビーイングの秘密基地ではツインドライヴのマッチングテスト──簡単に言えばGNドライヴ同士の相性を試している──が行われていた。

肩に付いているのはサポートチームより返還された0(オー)ガンダムとキュリオスのものだ。

今ある四つのGNドライヴによる組み合わせは単純に計算すると六通りだが、そのからさらに条件を変えて十六通り。そして今回はその最後の十六回目のテスト……という訳である。

「なんて好き嫌いの激しいやつだ。これが人間だったら誰も寄りつかんぞ」とクリスティナの師であり、ミレイナの父であるイアンが言っていたが、もし完成できなければ全てが無駄に終わってしまうため、そんな風に軽口も叩いていられないのがクリスティナ自身の心境である。

 

『ダブルオー、各部問題ありません』

 

フェルトの声が届いた。

モニターにはダブルオー本体と二基のGNドライヴの状況がリアルタイムで表示されている。

それぞれを本体へ接続し、アイドリング状態へ。ここまではいつも通りだった。

 

『太陽炉二基、正常に稼働中です』

 

次にミレイナの声。これはクリスティナではなくイアンへ報告しているのだろう。

よし、とイアンが(こた)えた。

 

『マッチングテストを始める。やってくれ、クリス』

 

「了解」

 

イアンの指示を受けてクリスティナがコンソールを操作する。

 

「GNドライヴ、リポーズ解除」

 

ツインドライヴシステムが起動し、二基のGNドライヴの回転数が上がっていく。

ヒュオオオッと空気を切り裂くような音を発しながら、両肩からGN粒子の光が溢れ出てきた。

 

『トポロジカルディフェクト、基底状態より高位へ推移。ツインドライヴの粒子同調率、三五、三七……四〇……』

 

フェルトの状況報告を耳で聞きながら、目でモニターのデータを確認する。

回転音が徐々に鋭くなり、同調率は五〇を超えた。

設計データによると八〇パーセントを超えれば安定領域に入り、システムが完成するそうだ。

 

『……五五……五八……六〇パーセントを突破しました』

 

「ここまで来たのは初めてだな……イケるかな……?」

 

これまでのテストではこの辺りでノイズが入っていたのだが、今回はそれがない。同調率はなおも上昇を続けていた。

一同の期待が高まった、その時。

 

「えっ!?」

 

『トポロジカルディフェクトでの不安定現象(インスタビリティー)が発生です!』

 

クリスティナが目を見開くのと同時に、ミレイナが叫んだ。

 

『なに!?』

 

イアンが反応した頃には既に数値が減少し始めていた。

七〇に届こうとしていたそれは三〇になり、二〇になり、一〇で止まった。

暴走を防ぐための緊急停止プログラムが作動したのだ。

 

『なぜだ、なぜ安定しない!? 何が足りないというんだ!?』

 

「あー、もうっ!」

 

イアンの悲鳴とも怒りとも受け取れる声が響いた。

クリスティナも苛立ちを隠そうともせず、乱雑にヘルメットを脱ぎ捨ててショートに切られた少し癖のある茶髪を露わにすると、携帯していたチョコバーを()()()(かじ)った。

彼女の意思とは関係なくフル回転する脳が『システムを完成させられない』という絶望的な現実を突きつけてくる。

口の中に広がる甘さが頭に昇っていく──実際にすぐ吸収している訳ではないだろうが──のを感じながら、焦りが汗となってパイロットスーツの中の身体をじっとりと濡らした。

少しずつ完成に近づけていくような悠長な時間は彼女たちには残されていないのだ。

独立治安維持部隊アロウズ。

地球連邦の番犬と揶揄(やゆ)される後ろ暗い噂の絶えない部隊である。

そしてその噂が真実である証拠をソレスタルビーイングは掴んでいた。

反連邦勢力と見なした個人、組織、ひいては国への非人道的な弾圧。

四年前に果たすことのできなかった「戦争根絶」を標榜(ひょうぼう)する彼らにとって、そのような非道を許す訳にはいかない。

すぐにでも行動を起こしたかったのだが、現在のソレスタルビーイングにはアロウズに対抗できるだけの戦力は残されてなかった。

敵は四年前に手に入れた擬似太陽炉を改良し、量産することで強大な力を有している。

対するソレスタルビーイングは、四年前の戦いの末六機あるガンダムの内四機を失い、からがら生き延びた二機の内の一つ──アストレアⅡをテストベッドにしつつ、先日ようやく新型がロールアウトしたばかりなのである。

そんな彼らにとってツインドライヴは現状を打破する切り札足り得るシステムだったのだ。

それを完成させられないとあらば落胆してしまうのも仕方のないことであった。

 

『これで、今ある全ての組み合わせは試したことになるな』

 

オペレーティングルームでイアンたちと共に見守っていたラッセが嘆息した。

 

『……最後の望みはエクシア……エクシアの、GNドライヴ……』

 

「あいつはまた現れるよ。絶対に……」

 

その横でティエリアが呟き、クリスティナも同意した。

エクシアは四年前の国連軍との戦闘でマイスター共々姿を消した。

生きていれば何らかの形で連絡を取ろうとするはずだが、それがないということは死んだと考えるのが自然だが、ティエリアとクリスティナは、彼がまだ生きていると直感していた。

そのような形で歪んだ世界を前にして黙っているような男ではないのは四年前に嫌というほど味わった。

ガンダムエクシアのマイスター──刹那・F・セイエイは。




セカンドシーズンからは制服着用になってしまって悲しい……
クリスの絶対領域は封印です。ぐぎぎ。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

「なかなか刹那も『わかる』ようになってきたじゃない!」

アストレアⅡにはセラヴィーのような面制圧力がないなーと思ってたらMETAL BUILDのGNアームズで新しく設定されたので取り入れることにしました。
執筆が遅れているとこういうこともできるのですねえ。


ダブルオーの最後のマッチングテストから三ヶ月程が過ぎた頃、ラグランジュ4に建造中のスペースコロニー《プラウド》にて新人の宇宙技師として派遣され、ワークローダーの作業員として働いて『いた』青年、沙慈(さじ)・クロスロードは目と鼻の先まで迫っていた『死』という暗闇を前に、ただ怯えることしかできなかった。

研修期間を終えて宇宙で働き始めてから半年、何もかもが初めての経験で右往左往しながらも次第に要領を覚えて環境に適応していく感覚に充実感を覚えていたのが数日前。

反連邦勢力の嫌疑をかけられて連行され、《プラウド》の高重力下ブロックで強制労働されていたのがつい数刻前だった。

そして現在、沙慈は殺戮の真っ只中に立っていた。

突如として現れた軍用オートマトンたちが放った銃弾によって辺りは鮮血に染められており、傍らには先ほどまで人だったモノがいくつも転がっている。

それはアロウズによる新型オートマトンのテストとして《プラウド》の囚人たちが標的に選ばれたということを、彼と、倒れていった者たちの知る(よし)のないことである。

そして、目の前で通路を通り抜けようと試みた男がスイスチーズのように穴だらけにされ、その下手人(げしゅにん)たる一機がガシャンガシャンと無機質な駆動音を立てながら近づいてくる。

沙慈はまだ死にたくなかった。

四年前に別れを告げてきた大切な人は「宇宙(そら)で待ってて」と言った。

だが、彼はその約束を果たすことも叶わず、理不尽に殺されるのだろう。踏み潰される虫ケラのように。

コンテナの影から鋼鉄の死神が()()()と姿を現し、どうしようもない絶望に心を塗り潰される。

だが、そこに乾いた破裂音が数度響いた。

 

「──下がれ!」

 

声が聞こえたのと同時に、オートマトンのボディに四角い粘土のようなものが付着し、爆発を起こした。

その爆風に吹き飛ばされ、沙慈は地面を転がった。

 

「大丈夫か?」

 

その声に顔を上げると、黒いパイロットスーツを着た男が手を差し伸べていた。

僅かに逡巡したが、手を取って起き上がる。

 

「あ、ありがとう」

 

「いや」

 

ヘルメットのバイザー越しに見える彼の顔に、沙慈は既視感を覚えた。

ウェーブがかった黒髪、少し目尻の吊り上がった大きな瞳、無愛想に曲げられた唇。

 

「もしかして……刹那・F・セイエイ……?」

 

男が少し表情を変えて沙慈の顔を見つめた。

 

「……沙慈……クロスロード……?」

 

「やっぱり!」

 

五年ほど前に、当時沙慈が姉と暮らしていたマンションの隣の部屋に引っ越してきた少年と知り、心が落ち着きを取り戻す。

だが、どうしてここに?と問う前に新たなオートマトンが現れ、沙慈は刹那に手を引かれる形で駆け出した。

 

 

沙慈と共に駆け抜けながら、刹那の心は憤りに燃えていた。

ここまでいくつもの死体を飛び越えてきた。

その死屍累々の惨状を前に、刹那は(いか)るのだ。

四年前の国連軍との戦いの果てに、世界は変わるものだと彼は願っていた。

その変化を見たいがために、ソレスタルビーイングには戻らず世界を回った。

だが、現実はどうだ。

三国家群から続く石油の輸出規制。

それに対する中東諸国の反発。

地球圏の統一を急ぐ連邦政府による過激な中東政策。

反連邦感情の高まりと共に生まれた反政府勢力によるテロ。

それを鎮圧するために設立されたアロウズが引き起こした今回の蛮行。

 

こんなものは求めてはいない──

 

このような虐殺を望んでいた訳ではない。

こんなことのために戦ってきた訳ではない。

 

ロックオンも──

 

命を賭して戦い、散っていった仲間も。

 

俺も──!

 

今でも戦い続ける刹那自身も。

戦ったのは、世界を変えるためだ。

世界から争いを無くすためだ。

だが、なぜ世界は歪み続ける?

戦いを手放せられずにいる?

人はなぜ血を流し続ける?

 

こんな──

 

これが世界の答えと言うのならば。

 

こんな──

 

これが世界の意志だと言うのならば。

 

こんな歪んだ世界など──!

 

破壊する。

何度でも。何度でも。

通路を抜けて宇宙空間へと繋がる隔壁ブロックへと飛び込んだ二人。

オートマトンの侵入を防ぐために出入り口を塞ぎ、刹那は奥へと足を進めた。

資源衛生に隠していた()()は、自動操縦によってブロックの外に到着しているはずだ。

 

「刹那……これからどうやって……?」

 

「ヘルメットを」

 

「え? あ、うん……」

 

言われてヘルメットのバイザーを下ろす沙慈を確認して、刹那は隔壁を解放した。

ブロック内の空気がシュゥゥゥ、と音を立てて流出していく。

そして、隔壁の向こうに待っていたのは、宇宙の闇に紛れるような漆黒のシルエットだった。

それは白い頭と手足を出しながら、身体全体を黒いボロ布で覆っていた。

人間の顔を思わせる頭部の右半分は(えぐ)れ、右手に(たずさ)えた大剣は半ばから折れている。

 

『こ、これは……』

 

スピーカーから沙慈の驚愕する声が聞こえた。

 

『せ、刹那。君は反政府勢力(カタロン)なんじゃ……』

 

「違う」

 

刹那は短く、しかしはっきりと否定した。

 

『ガ、ガンダム……』

 

沙慈が声を漏らす。

各部を損傷しているが、テレビのニュースに散々映っていたその姿を見間違えるはずがなかった。

 

「そうだ」

 

刹那が肯定する。

 

「俺はソレスタルビーイングのガンダムマイスター、刹那・F・セイエイだ」

 

 

黒いマントを羽織ったMS──ガンダムエクシアに乗った刹那はオートマトンを全て破壊すると、それらの回収を任務としていたアロウズの三機のMS部隊と交戦していた。

だが、かつて辛酸を舐めさせられた機体の量産型である《GN-X(ジンクス)Ⅲ》と、アロウズの最新鋭機《アヘッド》を前に、エクシアは苦戦を強いられる。

反応こそできるが、機体の挙動が追いつかないのだ。

オリジナルのGNドライヴよりも遥かに手を加えやすい擬似GNドライヴ機は、もはや五年前の第三世代ガンダムでは相手にならないのである。

そして、アヘッドが両手に持ったGNビームサーベルを振り下ろし、エクシアの両腕を奪い、背後から僚機のGN-XⅢがGNランスを突き立てんと突進した、その時。

無数の飛翔体が二機の間を隔てるように通り過ぎた。

GN-XⅢは、咄嗟に飛び退いて直撃こそ免れたがGNランスを持った右腕を破壊されてしまった。

なぜか動きを止めて宇宙空間を彷徨うもう一機のGN-XⅢを除く三機のMSが目を向けると、そこにはEカーボンの淡い灰色の機体が接近していた。

エクシアとよく似た、だが背部と左肩から緑色のGN粒子を吐き出しているそのMSは、左腕にまるで盾のように大型のGNミサイルポッドを取り付けていた。

そして再びGNミサイルの雨が降り注ぐ。

慌ててアロウズの二機が回避し、GN-XⅢが残る左腕で腿部(たいぶ)からGNビームサーベルを引き抜いて斬りかかる。

しかし。

 

──っ!?

 

そのオレンジ色の刃は当たらなかった。

否、()()()M()S()()()()()()()()()()()()のである。

一瞬だけ機体が発光したようにも見えたが、原理がわからず動揺するGN-XⅢ。その反応が中のパイロットの命運を分けた。

灰色の機体──ガンダムアストレアⅡが右手に持ったGNDビームサーベルでGN-XⅢを斬り捨て、それは爆散してオレンジ色の粒子を辺りに撒き散らした。

そして形勢の不利を悟ったアヘッドは、もはや使い物にならないもう一機のGN-XⅢを回収して宙域を離脱していった。

 

 

「アロウズの前に必ず現れると信じていたよ。刹那」

 

アストレアⅡのマイスター──クリスティナの、刹那が四年ぶりに聞いた第一声がそれであった。

その声からは彼女の刹那へ対する信頼が滲み出ていた。

戦闘が終わった今、二人は貨物ブロックの中で二機のガンダムから降り、ヘルメットを外して対面している。

癖のある茶髪と幼さを感じさせる大きな目に、刹那は懐かしさを覚えながら、言葉もなく手を差し出した。

それを見て僅かに目を開いたクリスティナが両手でその手を包む。

二人の胸の間を様々な思い出が駆け巡る。

エクシアのマイスターの座をかけて(シノギ)を削り合った日々。

共に世界を変えるために戦った日々を。

刹那が見ると、クリスティナは目に涙を浮かべていた。

 

「だいぶ背、伸びたね」

 

四年前は少年だったが、刹那は今ではもう成人している。

成長するのは当然のことだったが、今まで姿を見せなかったことで急激に思える変化が、それだけの長さを感じさせた。

 

「そういうお前はあまり変わってないな」

 

「ちょっと気にしてる」

 

対するクリスティナはあまり容姿の変化がなかった。

強いて言うならば髪を短くしたくらいだろうか。

童顔と言えば聞こえは良いかも知れないが、本人としては今はソレスタルビーイングにいない戦術予報士のような大人びた容姿に憧れるので少し不満に思っていた。

 

「しかし、このエクシア──リペアとでも言ったら良いのかな……かっこ良いね! 右目はティエレンのカメラアイだよね、それよりも身体のマント! なかなか刹那も『わかる』ようになってきたじゃない!」

 

ボロボロのエクシアを見て彼女は怒るかと思ったが、どうにも機体を隠すための装備を気に入ったらしい。

『わかる』とは、一体何がわかったと言うのか、刹那には全く持って理解不能であった。

 

「そちらのアストレアⅡは……」

 

「刹那・F・セイエイ!」

 

先の戦闘で奇妙な反応を起こしたアストレアⅡのことを聞こうとした刹那だったが、彼らを追ってきた沙慈の怒気を孕んだ声に遮られた。

 

「君はガンダムに乗っていたのか!?」

 

刹那は彼から視線を動かさずにいた。

彼のような人間が現れることは覚悟していたからだ。

 

「答えてくれ!」

 

その言葉に、刹那はゆっくりと頷いた。

 

「ああ」

 

「……それじゃ……五年前から武力介入を……」

 

「ああ、していた」

 

沙慈の表情が怒りで歪む。

 

「わかっているのか! 君たちがやってきたことで、多くの人が死んだんだ! 君たちが、そうしたんだ!」

 

「…………」

 

刹那は表情も視線も動かさずに、黙って沙慈の声を聞いていた。

こうして断罪される覚悟はできていた。

そして、一般人として波乱を揉まれたであろう彼に断罪する権利があることも。

 

「き、君たちのせいで……!」

 

沙慈の目から涙が溢れた。

 

「僕の好きだった人は傷ついて……家族や親戚を殺されて……僕の唯一の肉親だった姉さんも……ソレスタルビーイングに関わったばかりに……殺されてしまった……!」

 

沙慈の頬を幾筋の涙が伝う。

肩を振るわせ、嗚咽を漏らす。

その悲痛な姿を刹那は目を逸らさずに見つめた。

だが、二人は気づかないが、沙慈を見るクリスティナは不気味なまでに無機質な表情をしていた。

 

「……ルイスも……姉さんも……」

 

顔を上げて涙を散らしながら叫ぶ。

 

「いなくなったんだ!」

 

「…………」

 

「黙ってないで何とか言えよ!」

 

そう言って沙慈が突然刹那の体に掴みかかり、拳銃を奪った。

それを見たクリスティナの反応は早かった。

 

「なっ、がっ……!」

 

刹那が制止しようとするよりも早く、沙慈の手を身体の後ろで固定させ、組み伏せる。

手から拳銃が溢れ落ちた。

 

「う、うぅ…………返せ……返せよ……」

 

華奢な女性の身体からは想像もできない力で押さえつけられて沙慈が泣きながらうめく。

 

「……返してくれ……二人を……」

 

クリスティナが尚も暴れようとする彼の意識を奪おうと手刀を伸ばすが、刹那が手を掴んで止めた。

 

「二人を──返してくれよぉぉぉぉぉぉっ!!」

 

《プラウド》の貨物ブロックに慟哭が響いた。




刹那がクリスに手を差し出したのは声が同じ眼鏡の人のオマージュです。
隙あらばそういうネタを仕込むのが自分のスタイルなのですが元ネタについて言及するのは今回が初めてです。
それだけ伝えたかったということですね。
オレたちは 常に胸を張って生きる!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

「あまりにも血管が痛すぎる!」

愛してくれて……ありがとう!!!
リタイア!


クリスティナと合流した刹那に連れられる形で《プトレマイオス2》──新たなるソレスタルビーイングの旗艦の独房に入れられた沙慈は、怒りと憎しみ、そして悲しみに暮れていた。

思い出すのは刹那と共にいた若い女性と、彼ら彼女らの仲間と思われる眼鏡をかけた黒紫(こくし)色の髪をした少年の言葉だった。

 

”刹那に感謝するんだよ。君をここまで一緒に連れてくるよう頼んだのはあいつなんだから“

 

”彼から聞いたが、君は現実を知らなすぎる“

 

”まあ、気持ちもわからなくもないけど、こっちも遊びでやってる訳じゃないからね。もっと広い目を向けるべきだよ“

 

何で自分が諭されなければならない!?

確かに、今まで知らなかった世界に触れた! 触れさせられた! 地球連邦による横暴、それに蹂躙される人々の姿も!

だけど、それらから目を逸らして過ごしていた訳じゃない!

ルイスのことも、姉さんのことも知らない癖に!

 

壁を殴っても自傷行為を防ぐためのクッション材に阻まれて()()()と拳が跳ね返るだけで、それすらも自分を嘲笑っているかのようで、沙慈は膝を抱えて殻に閉じこもった。

 

 

その頃、刹那は用意されていた私室でテレビを見ながら着替えていた。

ニュースではアロウズがガンダムと接触したということをセンセーショナルに報道していた。

そこに《プラウド》で行われた虐殺は触れられていない。アロウズによる情報統制だ。

こうした形でも見える世界の歪みに内心唾棄(だき)しながら、四年の間に着用を義務化されていた制服に袖を通す。

刹那のパーソナルカラーである青色のそれは、サイズを事前に採寸されていたかのようにぴったりで着心地が良かった。

艦も服も何もかもが新しいが、過去の記憶の面影を感じて、戻ってきたんだな、と懐かしい気持ちになる。

着替えを終えた刹那は既に頭の中に入れた艦内構造を辿って通路を進んでいき、格納庫へ入る。

その中央に、それはいた。

エクシアとアストレアⅡに似たシルエットを持つ、青と白のカラーリングの機体。

 

「……ガンダム……」

 

片方の肩に取り付けられているのは0(オー)ガンダムのGNドライヴ。

もう片方にはエクシアのものを取り付ける予定らしい。

回収されたエクシアのGNドライヴを使った最初のマッチングテストが控えているのだ。

だが、かつて戦場に舞い降り自分の命を救い、後に当初は反目し合っていた仲間の女性と共に戦ってきた0ガンダムと、自分の愛機であるエクシア。

この二つの力が合わさって新たなガンダムが動き出すことは決定事項のように刹那には思えた。

修復作業に回されることになったエクシアに代わる新たな搭乗機。

その力を手に、今いる仲間たちと、死んでいった者たちのために、世界を変える。

 

「ダブルオーガンダム……」

 

その呟きは刹那自身の心を震わせ、胸を熱く(たぎ)らせた。

 

 

男は曇り空の中、二本目の煙草(タバコ)に火を点けた。

 

少し早すぎたか……

 

事の発端は一通のメール。

そこには時間と場所が指定されてあり、最後にこう書かれていた。

 

『あなたのお兄さんのことで、知らせておきたいことがあります』

 

彼の双子の兄は、亡き両親に代わって学資を援助してくれた頭の上がらない人物であったが、ここ数年音信不通になっていた。

その兄の知人と思われる者からのメールは、彼の心をざわつかせて予定より早く指定の場所に来てしまうのに十分な理由となっていた。

送り主に事情を聞かせてもらえるよう返信したが、直接会って話がしたいと返されたのでこうしてウズウズしながら待っているのだ。

約束の地は、北アイルランドの郊外にある緑地公園。

十五年前に起きた自爆テロの現場を整地して作られた場所で、中央には事件の被害者を(いた)む慰霊碑が建っている。

そこには男の両親と妹の名前も刻まれている。

メールの送り主がそこを目印として指定していることに、男は皮肉のような運命のような()も言えない何かを感じていた。

そして二本目を吸い終わり、煙を吐き出して靴底で火を踏み消すと、背後から足音が聞こえてきたので振り返る。

 

「わー、本当にお兄さんそっくり」

 

そう言って女性が男の前で足を止めた。

想像していたより若い──()()()()()()()()()()()()だろうか。

少し癖のある茶髪をショートにしたあどけなさの残る顔立ち。

身体は白いTシャツの上から灰色のジャケットを羽織り、その下はタイトなジーンズとスニーカーとラフな服装をしていた。

 

「よく言われるよ、それで、君が呼び出したのかい?」

 

「ええ、そうなの──カタロンの構成員、ライル・ディランディさん」

 

笑顔で返したその女性の言葉に男──ライルはドキリと心臓が跳ね上がった。

 

なぜそれをっ……!

まさか──!?

 

「連邦保安局か!?」

 

咄嗟に警戒心を引き上げて後ずさると、女性は慌てたように手を出した。

 

「あー! 違う違う! 私はあなたを迎えに来たの!」

 

「…………」

 

違うと言われて簡単に信用するほどライルはお人好しではない。

だが、保安局員は常に二人以上で行動するし、制服を着用している。

何より、容疑者相手なら容赦なく暴力的な手段で拘束するはずだ。

 

「あんた……何者だ……?」

 

「自己紹介するね。私はクリスティナ・シエラ。こう見えてソレスタルビーイングのガンダムマイスターなの」

 

「……ソレスタル……ビーイング……」

 

ライルの目が警戒から怪訝、当惑へと変わっていく。

だが、そんなことを歯牙にもかけずにクリスティナと名乗った女性はライルに口を開く。

 

「そして、今日からあなたもガンダムマイスター。いや強制はしないけど。でもなってくれたら嬉しいなー……」

 

「歯切れが悪いな……」

 

ライルがツッコむと、クリスティナはんんっと咳払いをした。

 

「とにかく、そういうことだからあなたにはこの名前を授けます。『ロックオン・ストラトス(二代目)(かっこにだいめ)』」

 

さっきからガンダムマイスターだのロックオンナントカだの何を言っているんだ?とライルは不信感を露わにする。

そんな与太話を信じろとは、馬鹿馬鹿しいにも程がある。

 

「何なんだ、あんた?」

 

ライルの口調に棘が入る。

 

「人を呼び出しておいて、いきなりソレスタルビーイングだと。ふざけるのも──」

 

「ニール・ディランディは」

 

大概にしろよ、と続けようとした言葉はクリスティナの声に遮られた。

 

「初代ロックオンは、ガンダムマイスターだったの」

 

兄の名前を出されて、ライルの思考が一瞬停止した。

それでも何とか頭を巡らせて聞く。

 

「兄さんが……ガンダムマイスターだって……?」

 

「ええ、彼は──あの人はガンダムに乗って私や他の仲間と戦っていたの」

 

()()()()()……?」

 

言葉が過去形であったことに気がついた。

 

「まさか、兄さんは……死んだのか……?」

 

聞かれてクリスティナは明るそうな顔を悲しげに伏せて、

 

「四年前に」

 

「…………」

 

兄の死については連絡が途絶えていたから、もしかしたらそうではないかという気がしていた。

だが、ソレスタルビーイングにいたことには驚いた。

双子の兄──ニールとは寄宿舎のある学校に入って親元から離れて以来、会ったのは両親と妹の葬式の時だけだったが、その兄が──

 

「……俺に兄の遺志を継げと言うのか……?」

 

「そういう訳じゃない。でも、あなたがロックオン──ニールと同じように世界を変えたいと思っているなら、そしてそのために戦う覚悟があるなら……」

 

私と来て欲しい──クリスティナの目がそう訴えていた。

そしてデータスティックを手渡す。

 

「ここに私と仲間の情報が入ってるから」

 

ライルはそれを受け取ると、偽悪的な笑みを浮かべた。

 

「……良いのかい? これを俺が保安局に差し出したら……」

 

瞬間、クリスティナの温厚そうな顔が無表情に変わった。

明らかに堅気(カタギ)の者でない反応に、ライルは冷や汗が背中を伝うのを感じた。

 

「──ああ、ごめんなさい。そういうこと言われるとちょっと……ネ……」

 

そう言って再び人間味のある表情に戻るクリスティナ。

その様子をライルは不気味に感じた。

 

「そんなことより、その保安局はこれからヨーロッパ中のカタロンのアジトに対して鎮圧作戦を行うよ」

 

言われて、ライルは危うくデータスティックを地面に落としかけた。

慌てて握りしめ直して問いかける。

 

「何だって?」

 

「ええ、やつらは本気でやるつもりよ」

 

それが本当なら、とんでもない大作戦だ。にわかには信じ難い。

 

「……その情報、どこから手に入れた?」

 

「詳しいことはそれに」

 

クリスティナが顎を使ってデータスティックを指した。

 

「来る気があったらすぐに出発したいんだけど」

 

「……悪いが、少し時間をくれ」

 

「わかった。じゃあ私はそこのコンビニにいるから」

 

クリスティナはそう言って近くのコンビニへ向かって歩き出した。

その後ろ姿が見えなくなるのを確認して、ライルは公園のすぐ側に停めてあった愛車に飛び乗った。

兄が送ってくれた二十四世紀では珍しいガソリン車の運転席に座って連絡用の携帯を取り出す。

 

「ジーン1だ。未確定情報が入った。裏を取ってくれ」

 

 

それから三〇分ほどして、コンビニの前にライルは車を停めた。

それに気づいたクリスティナが立ち読みしていた漫画雑誌を棚に置いて出てくる。

 

「待たせたな」

 

「心は決まったみたいね」

 

クリスティナが助手席に乗り込み、車が再び走り始めた。

行き先はリニアトレインの搭乗駅だ。

インターチェンジから高速道路へと入ったガソリン車の車内では、カーステレオが二十世紀に流行っていたというユーロビートの軽快なリズムを刻んでいる。

 

「いやあ、まさか作中最強格のあいつが呆気なく真っ二つになって死んじゃうとは、見開きを見た時の絶望感は半端じゃなかったよ」

 

「そいつは世界中のファンがキレそうな内容だったな。ところでなんだが……」

 

「なに?」

 

「いくら何でも食べ過ぎだろ。太るぞ」

 

初対面同士の同乗で流れる気まずい空気を変えようとアニメにもなっている人気漫画の話をしている中で、ついにライルが指摘した。

クリスティナは既に五本のチョコバーを食べ終えており、今まさに六本目の袋を開けようとしていたのだ。

 

「ああ、これね。四年前の戦いの後遺症で、脳が働き過ぎちゃうの。愚痴を言わせてもらうとね……あまりにも血管が痛すぎる!」

 

言いながら人差し指で頭をトントンと叩く。

一般的な人間よりも活発になってしまった彼女の脳は、多くのエネルギー──糖分を必要としており、お陰で慢性的な頭痛に悩まされている。

その様子にライルはそれは大変だなあと他人事のように返してハンドルを握り直した。




ライル初登場でお送りしました。
ちなみに、始めはガンダムAGEのオマージュで「フル回転する私の脳みそがチョコバーを欲してるの!」って言わせるつもりでした。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

「二代目だけどね」

少し短めです。
どうでもいい話ですけど、最近昭和ガメラシリーズを一気に見ました。
最終作の『宇宙怪獣ガメラ』は、特撮パートはアメリカのパワーレンジャー並に既存の映像をリサイクルしていて、新撮されたドラマパートはパロディネタ満載で色々とカオスな作品でしたが、結末はちょっと切なかったです。
そんなに地球が好きになったのか、ガメラ。


地上と宇宙を結んだリニアトレインの搭乗ゲートには、当然ながら空港などと同じく、或いはそれ以上に犯罪者やテロリストの乗車を防ぐために厳重なチェックが行われる。

それでも世界のお尋ね者であるソレスタルビーイングがリニアトレインを利用できたのは、リニアトレイン公社の総帥であるラグナ・ハーヴェイが組織の協力者として力を貸していたことに他ならない。

しかし、彼は四年前に裏切り者であるアレハンドロ・コーナーの手の者によって暗殺されてしまった。

それでも未だ組織の人間が利用できているのは、ヴェーダがアレハンドロに掌握された際に発動したシステムトラップ──トランザムやツインドライヴをもたらしたそれ──がヴェーダの中に格納されていたメンバーのデータにアクセスできないようにしたからである。

よってデータが漏洩せず、刹那とリーサ・クジョウ──コードネームスメラギ・李・ノリエガは警察に捕まることなく搭乗ゲートを通過できたのだ。

そして二人はリニアトレインの個室に乗車し、高度一万キロにある低軌道ステーションを目指していた。

だが、スメラギの顔は優れなかった。

それは彼女が四年間酒浸りの生活を送っていたことももちろんあるが、組織を離れそのまま朽ち果てる時をダラダラと待つ一生分のモラトリアムにぶら下がっていたい気持ちが第一にあった。

だが、二年前からマンションに居候(いそうろう)していた大学院時代からの旧友であるビリー・カタギリの元へ帰ることはできなくなってしまった。

向かい側の席に座る刹那が彼に正体をバラして逃げ場を無くしてしまったからである。

刹那がマンションを訪れた際に、スメラギはすぐさま逃げ出すこともできたが、かつての仲間にそんな態度はとりたくなかったし、何よりカタギリがアロウズから内通者の嫌疑をかけられることを恐れたのだ。

そして彼の前から何も言わずに去り、こうして刹那と共にいる。

 

「……私を連れ戻して、どうしようっていうの……」

 

アルコール分の薄くなった息を吐きながら、投げやりに呟く。

自分の正体を知って茫然とするカタギリの顔が忘れられなかった。

彼が自分に好意を寄せていたことは知っていた。

だからそれを利用して転がり込み、彼の優しさに甘え続けてきた。

その報いがこれなのだろうか、とスメラギは顔を沈ませる。

 

「何も変わらないわよ……」

 

重たい口を開いた。

 

「……連邦政府ができても、世界は何も変わらない……あれだけの犠牲を払ったところで何一つ……イオリアの計画に、意味なんてないのよ……」

 

その現実に刹那は『怒り』を抱いたが、対するスメラギが抱いたのは『諦観』だった。

 

「それが酒浸りの理由か?」

 

「悪い?」

 

喉を詰まらせながら、言葉を続ける。

 

「私はもう嫌なの……やってられないのよ……」

 

多くの人間を傷つけ、そして傷ついてきた先にあったのがこんな世界では──自分たちはとんだ道化(ピエロ)だとスメラギは絶望するのだ。

しばらくの沈黙の後、今度は刹那が口を開いた。

 

「俺は」

 

四年前と変わらない固さを帯びた決意の元、言葉を紡ぐ。

 

「俺たちは戦う」

 

「…………」

 

「世界に変革を促したことが俺たちの罪ならば、その罪は再び世界を変えることでしか償えない」

 

「……私には……無理よ……」

 

「逃げるのか?」

 

「良いじゃない、逃避したって……私は、あなたほど強くないの……」

 

それきり刹那とスメラギは何も言わず、リニアトレインは定刻通り低軌道ステーションに到着した。

スメラギは刹那に腕を引かれ、引きずられるように発車ロビーまで降りた。これから小型(てい)に乗ってプトレマイオス2へ向かうのだ。

発車ロビーの中は旅行客やビジネスマンで賑わっていた。

 

「……ねえ、刹那、もう私のことは……」

 

それらを通り抜けて空中を漂いながら、スメラギは尚も抵抗を試みた。

確かに逃げ場はなくなったが、だからと言って「はいそうですか」と納得することなどできるはずがない。

ロックオンもモレノ医師ももういない。アレルヤは囚われ、リヒテンダールはいつ目覚めるかもわからない。

彼らの屍を飛び越えて前に進もうとするほど、彼女は強くできていないのだ。

だから放っておいてくれ、と続けようとした言葉は、刹那の声に遮られた。

 

「新たなマイスターが来る」

 

「……新たな、マイスター……?」

 

スメラギが聞き返すと同時に、「スメラギさーん!」と明るい女性の声が聞こえた。

意識と視線を向けると、クリスティナが手を振りながらこちらへ宙を泳いでやってきていた。

かつては女の命とまで言っていた髪を短く切り、服装も年相応に露出がなくなっていたが、四年前とほとんど変わらない姿の元戦況オペレーター現ガンダムマイスターの女性に対して、スメラギは目を伏せようとしたが、後ろに続く男の顔を見て驚愕に目を開いた。

 

「……な、ロ、ロックオン……そんな、生きて……」

 

二人が彼女らの前に立ち止まると、ロックオンと瓜二つの男は困ったように苦笑した。

 

「そんなに似てるかな? 俺と兄さんは?」

 

「……兄、さん……?」

 

「スメラギさん、紹介しますね。彼はライル・ディ──」

 

「違うな」

 

ライルと呼ばれた男が手と言葉でクリスティナを遮った。

そして、親指を立てて自分を指差しながらその名を名乗る。

 

「俺の名はロックオン・ストラトス。ソレスタルビーイングのガンダムマイスターだ」

 

「二代目だけどね」

 

クリスティナのツッコミに笑うライル。

彼女とはだいぶ打ち解けた仲の様子だった。

だが、そんな変わらないクリスティナと刹那の姿にスメラギは困惑する。

二人と、この場にはいないティエリアやフェルト、ラッセ、イアンにも訪ねたかった。

どうしてそんなにあなたたちは強くいられるの、と。

 

 

プトレマイオス2の独房の中で沙慈は、顔に傷跡を付けた男と茶髪をツインテールにした小柄な少女──データベースにはラッセ・アイオンとミレイナ・ヴァスティと記載されていた──が、食事と共に持ってきた赤ハロというペットロボットを端末に繋いで情報を検索していた。

彼らが「赤ハロからデータベースを閲覧できる」と言っていた。

それがヒットするかは賭けであったが、見事に当たった。

スペインでのガンダムによる一般人襲撃事件。

彼が恋していた少女、ルイス・ハレヴィの家族と彼女自身の左手を奪った事件の記録だ。

死者六十四名、重軽傷者二十三名。

現場はハレヴィ家の別荘。

ガンダムが襲撃した理由は報道では明かされていないが、ここでなら何かわかるかもしれないと沙慈は踏んでいた。

 

『スペインでの民間人への攻撃は、ガンダムスローネ三号機(ドライ)によるものと断定。攻撃理由──無し』

 

無し?どういう意味だ?

 

訝しみながら、スローネドライのデータにアクセスする。

血のように暗い赤色のガンダムの画像が現れ、その下に注釈のようなテキストが書いてあった。

 

『スローネの機体は本計画に入ってはいない。また、スローネは擬似GNドライヴを搭載、放出される攻撃用粒子は人体に影響を及ぼす』

 

人体に影響──!?

 

沙慈が息を飲む。

ルイスの左手は再生治療ができなかった。

医者によると、彼女の身体が細胞障害を引き起こしていたからだ。

 

「この機体がルイスを……ガンダムスローネドライ……!」

 

仇敵を睨みつけ、怒りの炎を燃やす。

データの最後にはこう書かれていた。

 

『ガンダムマイスター……ネーナ・トリニティ』

 

すぐさまリンクを飛ぶ。

すると、赤い髪とそばかすが特徴的な、なぜかメイド服を着ている女性の姿が出てきた。

沙慈はあまり縁がなかったが、東京の秋葉原でこういう格好をした女性が多くいたな、と一瞬思い出したが、そんなことはどうでもいい。

情報に目を通す。

 

『ネーナ・トリニティ。肉体年齢二十二歳。元チームトリニティ所属。現在はクリスティナ・シエラの所有物としてチームプトレマイオスと合流、アロウズの動向を調査中』

 

それ以上の情報は確認できなかった。

次に彼女の『所有者』だというクリスティナ・シエラなる人物のデータを見ようとしたところで、突然警報の音が艦内に鳴り響いた。

 

「な、なに……?」

 

赤ハロがカメラを点滅させながら答える。

 

『敵部隊接近、敵部隊接近』

 

「なんだって?」

 

まさか──アロウズ!?

 

『戦闘準備、戦闘準備』

 

「そんな……戦うのか……?」

 

沙慈の呟きが、独房のクッション材に吸い込まれるように消えた。




ついに仇の存在を知った沙慈ですが、彼はきっと……


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

「生き延びられるならこの際なんでも良い!」

他の作品書いたり映画見たりしてたら遅くなりました。
お待たせして申し訳ありません。


宇宙空間を飛行していくアロウズのMS隊は、クリスティナたち四人の乗る小型艇からも確認できた。

GN粒子のオレンジ色の光の尾が五つ。小型艇と同じくプトレマイオス2を目指している。

ノーマルスーツを着用した一同の中、ライルがやれやれと内心ため息をついた。

保安局がヨーロッパにあるカタロンのアジトの鎮圧作戦を行うという刹那からもたらされた情報が事実であったことは『あちら』が確認してくれた。

お陰でアジトを放棄する以外に大きな損害はなく、それがライルの決断を促した。

ソレスタルビーイングは使える。

それも、自分はガンダムのパイロットとして参加できる。

戦力は旧世代の型落ちMSしかなく、大した成果を出せずにいる今のカタロンにとっては間違いなくプラスの存在となり得るものだった。

ソレスタルビーイングで得た情報をカタロンに流すことも、最悪ガンダムを強奪してカタロンに戻ることだってできる。

そう決断して、上層部から許可を取り、意気揚々(いきようよう)とソレスタルビーイングに潜入するはずであったのだが──

 

これから乗り込もうって矢先に、アロウズのMS部隊が攻めてくるとは……幸先が良いんだか、悪いんだか……

 

もし敵部隊をソレスタルビーイングが撃破できれば彼らの力を証明することができるが、逆に撃沈されてしまえば何のためにここまで来たのかわからない。

ライルとしては、彼らには何とか頑張ってもらいたいところであった。

 

でなけりゃ、とんだ無駄足だな。

 

小型艇の操縦室には四つの座席がある。

操縦席には刹那、副操縦席にはライル、後ろの二つの後部席にはスメラギとクリスティナが座っていた。

親睦を深めようと刹那とスメラギにライルは声をかけたが、刹那は無愛想に、スメラギは悄然(しょうぜん)とした顔で気のない返事をするばかりで結局クリスティナと漫画の話を始めた時に、プトレマイオス2から「アロウズに艦の位置を知られた」と報が入ったのだ。

 

「敵の編隊」

 

刹那が操縦桿を握りながら五つの光を見て言った。

後方から現れた敵MS部隊は、既に小型艇を追い越していた。

 

「勝てるんだろうな?」

 

ライルが試すような顔と口調で刹那に尋ねるが、刹那は口を真一文字に結ぶのみだった。

 

「おいおい、黙るなよ。不安になるじゃねえか」

 

「……刹那……」

 

唐突にスメラギが口を開いた。

 

「こっちの戦力は……?」

 

「クリスティナはここにいるからアストレアⅡは使えない。既に発進したティエリアの機体だけだ。だが、ロールアウト直前の新型がある」

 

あれ(ダブルオー)はまだアテになるとは思えないけど」

 

「……三機だけ……」

 

「随分と寂しい組織なんだな」

 

渡されたデータスティックから情報は得ていたが、ライルは揶揄(からか)うような口調で刹那に言った。

その言葉はまたも無言で返された。

居心地が悪く、なあ、と後ろに顔を向けると、スメラギの様子が一変していた。

ついさっきまで沈んだ表情だった彼女が、険しい表情で一点を見つめていた。

一心不乱に何かを考え、こちらの様子にも気がつかない。

数秒後、スメラギは後部座席から身を乗り出して操縦席のタッチモニターを操作し始めた。

それが暗号化された戦術プランであることはライルにも何となく理解はできたが、参加して間もない彼には詳細が読み取れなかった。

だが、最後の一文だけは読めた。

 

「開始予定まで〇〇三二? そいつは無茶だぜ。ほとんど時間がない」

 

「普通はそう考えるだろうね。だからスメラギさんの戦術は上手くいく」

 

クリスティナの言葉に、ライルはなるほどねと合点が入った。

常人では考えつかない作戦だからこそ、相手の意表を突き、こちらのペースに引きずり込むことができる。

 

「それがソレスタルビーイングのやり方って訳か」

 

小型艇からは視認できない距離にあるプトレマイオス2から大量の光点が発射され、アロウズのMS部隊に襲いかかる。

 

「機雷群よ」

 

スメラギが答えた。

 

「一緒にGN粒子も放出してある。敵はセンサーを無効化され、迂回するしかない。刹那、ST27のルートを通って。そこにだけ機雷群がないようにしてあるわ」

 

「了解」

 

「なるほど、そういうことかい」

 

敵が機雷群に足を止めているうちに、故意に作った穴からこちらは抜けて向かうのだ。

そして小型艇は目的の宙域を通過してさらに加速していく。

前方に白と黒の大柄な機体が近づいてきた。

 

「あれが、セラヴィーガンダムか」

 

ライルが独りごちた。

データで確認はしていたが、実際に見るとより鈍重そうなシルエットだ。

両手に一丁ずつ装備しているのはGNバズーカⅡか。

セラヴィーが通り過ぎると、後方から激しい爆発の光が生じた。

 

「セラヴィーが機雷群に粒子ビームを撃ち込んだわ」

 

驚いて振り返るライルにスメラギが説明する。

 

「機雷群が誘爆して大きな爆発を引き起こしたの。それに巻き込まれて恐らく二機が大破。抜け出した三機のうち、一機はセラヴィーに、残る二機はトレミーに向かうはず」

 

「……そこまでわかるもんなのかい? 戦術予報士ってのは」

 

「素人は黙っとれ──」

 

冗談めかして言うライルに、日本の(ゼン)のように瞑目しリラックスした体勢のクリスティナが沈黙するスメラギの代わりにそう答えた。

彼女は頭の回転こそソレスタルビーイング(いち)ではあるが、戦術予報は専門外であり、自分の出る幕ではない時は脳の活動を可能な限り抑えているのだ。

 

「見えた」

 

刹那の声に、ライルが正面を見る。

青と白の艦が眼前まで迫っていた。

戦闘機の機首のように伸びたブリッジの左右からは四角いゴツゴツとしたシルエットのカタパルトデッキ及び格納庫が取り付けられている。

 

「あれがソレスタルビーイングの……」

 

そう感想を漏らすライルを他所に、刹那がプトレマイオス2と回線を繋いだ。

 

「イアン、ダブルオーを出す」

 

「ハァッ!?」

 

『ちょ、ちょっと待て、刹那!』

 

クリスティナとモニターに映る中年男性が同時に声を上げた。

 

「どう考えてもアストレアⅡの方が良いでしょ!」

 

「時間がない。最悪俺がアストレアⅡを使う。それとも、お前はここから生身で向かえるのか?」

 

「ぐ、ぬ、ぬ……」

 

クリスティナが歯噛みする。

彼女の理性はここから飛び出してプトレマイオス2に向かったとしても失敗して激突し、相対速度で全身の骨が粉々になる可能性が高いと警鐘を鳴らしていた。

 

「わかったわよ! こっちは引き受ける!」

 

投げやりな口調で席を代わり、刹那がドアの向こうへと消える。

 

「一体あいつは何を──」

 

「状況的に明らかでしょ! 全く、無茶苦茶なのは相変わらずね!」

 

クリスティナの怒鳴り声が響き渡る。

同時に、後方から敵MSが放った粒子ビームが数発、小型艇の横を通り過ぎていった。

 

「ひえ〜!」

 

「おいおいおい! 本当に大丈夫なんだろうな!」

 

「そんなこと、私が知るか!」

 

「ああ、天にまします我らの父よ──」

 

「なに、神頼み!? 続けて。生き延びられるならこの際なんでも良い!」

 

操縦桿を握る切羽詰まった表情のクリスティナと、訳のわからず半ばパニックになるライル、割と落ち着いているスメラギ。

操縦室の中はまるでアクション映画のワンシーンのような、ともすればコミカルな様相であった。

そんな中、青いパイロットスーツの男──刹那が小型艇から飛び出す。

 

「マジかよ!?」

 

「頼んだよ、刹那!」

 

ライルが悲鳴のように叫び、クリスティナは彼の理屈を無視した行動力に賭けた。

 

 

宇宙空間に飛び出した刹那は、腰に装着した移動用のバーニアを吹かして減速し、開け放たれたプトレマイオス2のカタパルトデッキ──そこに予め移動させてあったダブルオーガンダムへと接近した。

胸のコクピットハッチが開き、中へと身体を滑り込ませる。

 

「ツインドライヴシステム……行けるか……」

 

サイドモニターにイアンの顔が映し出された。

 

『刹那、ダブルオーはまだ……』

 

「トランザムを使う」

 

整備士の言葉を遮って宣言する。

 

『な、なにぃ!? 無茶だ、刹那、よせ!』

 

イアンが叫ぶ。この場にいないクリスティナも恐らくは同じリアクションをするだろう。

だが、彼の制止を無視してツインドライヴの同調を開始させる。

マッチングテストではエクシアと0(オー)ガンダムのもので七十パーセント。

そこからトランザムを使って強制的に引き上げて安定領域に行けば良い。

それはエンジンにニトロをぶち込んで点火させるような強引かつ乱暴な行いであった。

エンジンが爆発に耐えれば良し、そうでなければ──

 

「トランザム、始動!」

 

やめろ!という声を振り切って刹那はスイッチを押した。

機体が赤く発光を始めた。

 

『やりやがった!』

 

『ダメです、粒子融合率七十三パーセントで停滞』

 

『トランザムでもダメか……』

 

『敵MS二機、急速接近中です!』

 

整備ルームとブリッジからイアン、フェルト、ミレイナの声が聞こえてくる。

だが、刹那の心に焦りはない。

クリスティナには最悪自分がアストレアⅡを使うと言ったが、ダブルオーの起動に失敗するというビジョンは刹那には無かった。

カタパルトデッキの先からオレンジの光が二つ、みるみるうちに距離を詰めてくる。

 

……目覚めてくれ、ダブルオー……

 

刹那は信じていた。

新たな力を宿したガンダムを。

それが目覚めることを。

 

ここには0ガンダムと……

 

かつて自分の命を救った人ならざるもの。

 

エクシアと……

 

共に戦場を潜り抜けてきた愛機。

その二つの太陽炉が、このガンダムには宿っている。

世界の歪みを破壊するために。

カタパルトデッキの前に現れた敵MSが、ダブルオーに向けてGNビームライフルを構えた。

刹那は想いを乗せて操縦桿を押し込む。

 

「──俺がいる!」

 

敵の銃口からオレンジの粒子ビームが放たれる。

それはダブルオーを射抜かんと一直線に迫り、()()()()()

カタパルトデッキの中を青白いGN粒子が満たしていく。

前面へと排出口を向けた二つのGNドライヴから放たれる粒子は竜巻のように螺旋を描き、GNフィールドと同質の効果を持って敵の銃弾を消滅させたのである。

そして、その膨大な粒子はそれだけに留まらず、艦の外にまで溢れ出した。

その光景は小型艇からも、セラヴィーからも見えた。

カタパルトデッキから突然天の川のような星団が出現したかのような光景に、その場の誰もが驚愕した。

 

『き、起動した!? 二乗化のタイムラグか!?』

 

『ツインドライヴ、安定領域に達しています!』

 

イアンとフェルトの声に、半ば呆然としていた刹那の意識が戻る。

ツインドライヴの圧倒的な力に魂を引かれていた。

それだけではない。

自分の願いに応えてくれたのが嬉しかった。

トランザムを解除し、機体を射出体勢にする。

新造されたガンダムはトランザムを使用する前提で造られているため、途中でシステムを解除できるし、トランザム後に機能が低下することはあってもシステムダウンを起こすことはない。

 

「ダブルオーガンダム、刹那・F・セイエイ、出るっ!!」

 

両肩から翼を伸ばすようにGN粒子を放ち、ダブルオーが飛翔した。




洋画とか好きなので一度こういうノリやってみたかったんですよね。


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。