我愛羅成り代わりによる四代目風影救済RTA (とんでん)
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成り代わり、ボッチになる。

 

「────お前が眠りに入ったら、オレ様がお前の心と体を乗っ取り、お前ら人間共を皆殺しにしてやる!!」

 

 うかつに熟睡しないことだ、と吐き捨てた。

 大嫌いだと罵倒した心に嘘偽りはなく、幼い人柱力も尾獣の本気の殺意を感じ取ったのだろう。夜に怯え、睡眠を拒絶し、以後深層心理にノコノコ顔を出すことはなくなった。

 それでいい。それが普通だ。

 

(やっぱお前みたいなやつは早々現れねえよ、なあ分福。)

 

 脳裏を過った哀れな老人をかき消しながら、虎視眈々と機会を窺った。ただ窮屈から解放されたい一心だった。

 

「・・・・・・守鶴、久しぶりだな。」

 

 そうして孤立し、監視され、疲弊した人柱力が己が叔父を手にかけた頃。

 限界を迎え、耐え切れずに意識を失った人柱力から主導権を奪って殺戮を繰り広げた守鶴は「んん?」と久方ぶり(と言っても言葉を交わすのがという意味で、文字通り一心同体なのだが)に精神世界に現れた人柱力に首を傾げた。

 

「どうした?独りぼっちになって寂しくなっちまったか?」

「誰のせいだと思っている。」

「ま、オレ様だろうな。」

 

 己は六道仙人の手によって生まれた、誇り高き獣である。人間風情に良いように使われたくはなかった。

 畏怖されるどころか、嫌悪を向けられているなら猶更である。

 

「・・・・・・テマリもカンクロウも、夜叉丸を殺した俺を恨んでる。破壊に巻き込まれた里人は余計だ。父様はじきに暗部を仕掛けるつもりだろうな。」

 

 ケケッと笑い飛ばしてやっても良かったが、守鶴の知る子どもとは随分調子が違う。そこは食って掛かり、恨み言をまき散らすところではないか。

 いやに冷静なのが奇妙で、守鶴は「だからどうしたよ。」と応じてやった。

 

「いや先程お前も言っていたが、独りは寂しいな、と。」

「人柱力なんてどこも同じだろうが、マ、砂隠れは昔から敬意ってモンがねえからなあ。」

「だから友達をつくることにした。俺と友達になってくれ、守鶴。」

「ああそうかい・・・・・・ん?」

 

 分福を思い浮かべおセンチな気分になっていた守鶴は、うっかり聞き飛ばしそうになった単語にんんんん?と首を捻った。もう最大限に捻った。

 なんか今、滅茶苦茶クレイジーなセリフが聞こえたような。「夜叉丸の死後色々考えたのだが、そもそも俺の中には生まれた時から守鶴がいるわけで、厳密に言えば一人であった瞬間は一度もない。」いや聞き間違いだろう流石に、叔父を間接的に殺した相手に友人とかナイナイ。「つまり守鶴のせいで孤立していても、守鶴と友になれば万事解決するのでは?」あれだけ懐いて慕ってた相手を奪った元凶とかナイナイナイナイ。

 

「手始めに「オイ、」“お前”ではなく、友人らしく名前で呼んでくれ。「チョイ、ちょっと待て」改めて俺は我愛羅、四代目風影の次男で一尾・守鶴の人柱力だ。好きな食べ物は砂肝、嫌いな食べ物は甘すぎる物。よろしくな。」

「待てっつてんだろがッッ!!!」

 

 思わずギャンッと吠えた瞬間、うっかりチャクラが放出されて、精神体の人柱力────もとい我愛羅のちっぽけなチャクラは守鶴のテリトリーから吹き飛ばされていった。

 静かになった部屋で、「ヱ?正気?」と尻尾をびたんびたんさせながら、守鶴は思案する。

 

(ひょっとして、叔父貴が死んでおかしくなっちまったのか。)

 

 だとしたら頷ける。ウンウンと納得しながら、守鶴はごろんと寝転がった。

 泣けるではないか。己へ刃を向けた叔父を憎むどころか、彼の死を受け入れずに人知れず壊れてしまったのだ。あのガキは。

 心の折れた人柱力なんて乗っ取るのは容易かろう。久々に暴れた俺も疲れたが、これで外界へのアクセスがしやすくなったと思えば僥倖だ。オレ様も少し休もうと守鶴は目を閉じ────

 

「ビックリした、いきなり友人を外に弾き飛ばすのはどうかと思うぞ、守鶴。」

「どぅわあああああああッ!!?」

 

 ────めっちゃ飛び起きた。

 あろうことか、フーヤレヤレみたいな調子で帰って来たのである。我愛羅が。

 

「おま、お前!勝手にオレ様の空間に入るな!不法侵入だろうが!!」

「?どちらかと言うと守鶴が俺の体に住み着いているのだから、寧ろその主張はこちらがすべきでは。」

「誰が好き好んで手前みてえなガキの体に住むかよ!つーか封印されてんだよ!」

「ふむ、確かに一理あるな。思えば出発点が不本意なのはお互い様か。」

 

 しみじみと頷いた我愛羅の様子が“相互理解”とか“和睦”とかとほど近い空気を醸していたので、もしや言葉が通じるのでは?と期待した守鶴は、次の瞬間「では現状はシェアハウスという感じだな。」と雑に纏められてズッコケた。

 

「ど う し て そ う な る 。」

「“監獄”よりは響きが良いと思うんだが。」

「いや、もうお前・・・・・・だあクソ!もう出てけ!」

「嫌だ。友達が欲しい。」

 

 無駄に真摯な曇りなき眼に見つめられ、守鶴はぶわりと尾を広げた。色々限界だった。

 

「だから、そもそも────オレ様は人間が大嫌いだっつってんだろうがよッ!!」

 

 本日最大の咆哮である。ドッとチャクラが溢れ、暴風となって我愛羅に襲い掛かった。

 荒れたチャクラを落ち着けるため、ゼエハアと呼吸を宥めながら、ようやっと沈黙を取り戻した空間に視線を走らせる。

 

(・・・・・・・・・・・・さすがに帰ったか。)

 

 今頃尾獣の衝撃波をもろに食らったショックで、布団から飛び起きている筈だ。そうして恐怖に打ち震えながら眠れぬ夜を過ごしている、そうであってくれ、頼む。なんなら我愛羅のこの強硬で狂行な「おともだち作戦」は一過性のものであれ。全然三日坊主とかでいい。坊主という単語につられた脳内のイマジナリー分福が「呼びましたかな?」とひょっこり顔をだしてきたがクソジジイてめーもすっこんでろ。

 

「尾獣とオトモダチなんざ、ありえねえさ。そうに決まってる。」

 

 別のジジイ・・・・・・六道仙人の呆れたような面差しがチラついたが、据わらぬ腹を抱えた守鶴は、無理やり体を丸めて眠りについた。

 そう────ありえない。獣と人が相容れることなどありえるわけがない。

 

 

「おはよう守鶴、いい朝だな。因みに今日は夜叉丸の葬式だ。とても気まずい。」

「だっかっらァ!来るんじゃねーって言ったろうがあッ!!」

 

 

 因みに、我愛羅の執念はそれはもう凄まじく、全く一過性では終わらなかった上に仕舞いには守鶴も絆されることになるのだが、今はまだ誰も預かり知らぬ話である。

 

 

我愛羅成り代わりによる四代目風影救済RTA

 

 

 前略、ボッチになった。

 

 “我愛羅に成り代わる”というトンチキな来世を慣行中の転生者────前世とかの話は尺の関係でサクッと飛ばすが、そう。ごくごく普通のNARUTO疾風伝を愛読していた成り代わり主は、喪服のまま自室の布団の上で腕組みをした。

 それはもう、難題にぶち当たった賢者が如き厳めしい雰囲気で。がしかし彼の脳内を支配している問題は、忍システムの悪性でもなければ、人はなぜ生まれどこへ辿り着くのかといった哲学的な思考でもない。

 

 そう、ボッチについてだった。ひとりぼっちの略のボッチである。

 

 なんでまたボッチなのかっつうと、己が実母の弟である有能医療忍者系暗殺者夜叉丸くんをぶっ殺し、オデコにめっちゃ目立つ“愛”を飾っちまった後に、前世の記憶を取り戻して頭を抱えるとかいうハイパーうっかりさんをやった結果ボッチなうだからなのだが・・・・・・まあ要は滅茶苦茶原作通りなのだが、そこも尺の関係で割愛。

 

(思ったより、辛い。)

 

 針の筵なのである。控えめに言って。

 原作読んでた時「我愛羅めんどくせー。」とか思ってごめん、これはしんどい。性格歪む。

 

(無視はいい、父親に殺されかけるのは・・・・・・別に元から仲良くないし、オート防御で対処できるから良い。テマリとカンクロウに怯えられるのがしこたま辛い。)

 

 きょうだいたちのことを思い出しながら、我愛羅はフーと溜息をついた。

 と、タイミングよくノック音がし「我愛羅、入るね。」と音の主がドアを開ける。

 

「あ、あの。喪服、我愛羅のもまとめて洗濯しちゃおうかなって…嫌ならいいんだけどさ、良かったら。」

「・・・・・・。」

 

 ふるふると肩を震わせながら、精一杯の笑みを浮かべて話しかけて来たテマリに、我愛羅は無言で着たままだった黒装束を脱いだ。

 その動作に恐怖で体をビクつかせたテマリは、しかし気丈なもので「ありがと、じゃあまたね。」と服を片手に部屋を出て行く。その青白い顔があまりに哀れで、我愛羅は沈痛な面持ちで天を仰いだ。

 控えめにいってドメスティックバイオレンス。俺からきょうだい達への。

 

(テマリもカンクロウも、夜叉丸を慕っていた。そんな夜叉丸を殺したのは俺なのに、弟だからという理由でなるべく普通に接してくれている。)

 

 しかもたかが十歳そこらの子たちがだ。涙がちょちょぎれるどころではない。滝。

 我愛羅の境遇がアレなのはもう仕方ない。ヘイトコントロールに人柱力が使用されている以上、もう我愛羅自身が上役になるか上層の認識が変わるかしなければ、現状は好転しないのだ。

 

 だがきょうだい仲は今からでもどうにかできるはずで、というか彼らの精神衛生を向上させる努力はできる。

 さらにはボッチはボッチでも家族仲は良いボッチにランクアップが可能と、良い事尽くしだ。

 

(でも仲良くなったらなったで、二人に迷惑がかかる。)

 

 否、現在も風影の子息女だとか、我愛羅のきょうだいだとかで色眼鏡で見られている筈だ。

 しかしそこに「化け物の弟と仲良しです!」という設定が付け加えられたらどうか。もっと遠巻きにされて、苦しい目に遭うのでは?

 

「・・・・・・。」

 

 熟考の結果、先程の悲しいほど蒼褪めたテマリの頬に胸を締め付けられた我愛羅は、「怯えられないようにだけしよ。」と決めた。

 そして結局自分のボッチ問題が解決していないことに気が付き、布団に突っ伏す。

 

「やっぱり俺の友は守鶴だけだな・・・・・・。」

 

 独り言のつもりだったが、耳をそばだてていたのだろう。『死ね!』という素敵なレスポンスが返ってきた。尾獣特有の鳴き声だと思えば可愛いモンである。

 

(ボッチ問題を解決しようと、手始めに守鶴に声をかけてみたが。)

 

 やはり、彼の人間嫌いは根深い。まあ声掛けを継続しているうちに絆されてくれそうなチョロさはあるが、それでもしばらくは孤独だろう。

 嘆息をついた我愛羅は、寝ころんだまま天井へと手のひらを伸ばした。サラサラとどこからかやってきた砂たちが、優しく指の間を撫でていく。

 原作の我愛羅も感じたであろう母の温度が今ばかりは虚しくて、だらりと力を抜いた。

 

(妻を失うことになるとは考えなかったのか。それとも妻の命より里の安全をとったか、忍としては後者が正しいが。)

 

 風影も難儀なものである。妻を死なせて手に入れたものが、尾獣を制御しきれない不完全な兵器一体では、どう考えても割に合わぬ。

 父に辛く当たられるのには、それもあるのやもしれんと我愛羅は思った。

 

「────風影、か。」

 

 そういえば問題がもう一つある。ふと気がついてしまい、こめかみを揉んだ。

 原作によると、もう十年もしない内に我愛羅は風影になってしまう。四代目である父の死と上層部の思惑が重なった結果だが、まあなることには変わりない。

 

 そして我愛羅(成り代わり)、普通に風影なりたくなかった。

 

 坊主憎けりゃ袈裟まで憎い、ではない。普通に考えて御多忙だからである。なんせあのナルトが、タフで影分身の使い手でド根性なナルトがその仕事量に追われるような職業なのだ。

 どう考えてもブラックな上、まず崇高な志がなくてはなれない職である。そして我愛羅の信念というか目標は「脱ボッチ!」であり、どう考えても里を背負える器ではない。もうちょっとカリスマのある方が頑張ってどうぞ。(あとこれが本音なのだが、人の前に立って話すのが苦手だからあんまり偉い人になりたくない。)

 

(となると、まず父様の死亡を回避しなくてはならないな。)

 

 確か風影は中忍試験の最中に大蛇丸に暗殺された筈だ。が、今から修行したところで期日までに我愛羅が大蛇丸を超えられるとは思えない。

 ならばそもそも大蛇丸と父が手を組むことを阻止し、“木ノ葉崩し”計画自体を無くしてしまうか、と思ったがアレはまたなんか色々国際的で厄介な問題が絡んだ結果ああなっていた気がするので、結局現実的ではなかった。

 ついでにこれは邪な理由だが、“木ノ葉崩し”が無くなると、我愛羅の友人になってくれそうな人第一位とエンカウントできなくなってしまう。そうなればボッチが確定してしまうので、我愛羅はそっと後者の案を見なかったことにした。

 

(伝説の三忍相手に、どう戦うかな。)

 

 ・・・・・・まあでも守鶴が大暴れしたら大蛇丸とて風影暗殺どころじゃなくなるだろうし・・・・・・最悪狸寝入りの術で誤魔化そう。そうしよう。

 

 ひたすら無計画な未来設計をつくった我愛羅は、のそのそと布団を捲って中に潜りこんだ。 

 そろそろ入眠という名の「守鶴とおともだち作戦」の時間である。先ほど罵倒されたが、言われっぱなしは癪なので「可愛い奴め。」くらいは面と向かって告げてやろう。人柱力からウザ絡みされるという訳の分からない状況に戸惑うがいい。そしてあわよくば友達になってくれ、俺の心が死ぬ。

 

「────我愛羅、いるか。」

 

 ガチャリと、再びドアが開いたのはその時だった。

 声で誰か察してしまった我愛羅は、起き上がる気にもなれずに顔だけを戸口に向ける。

 

「眠っているのか。」

「・・・・・・起きている。」

「そうか、なるべく意識を保てよ。守鶴に乗っ取られる。」

 

 短く刈りこまれた赤みがかった茶髪に、厳めしい顔つき。

 風影の装束に身を包んだ男────父・羅砂だ。

 

「夜叉丸の葬儀に出席したそうだな。」

「ああ。」

「・・・・・・調子はどうだ。何か欲しいものがあれば、用立てるが。」

 

 あまりにも会話が下手過ぎてとてもしんどい。若干の沈黙の後聞くのがそれなんかい。

 あーこの人割とマジで俺のこと嫌いっていうか関心ゼロなんだなーっと物悲しい気持ちに浸りながら、我愛羅は「欲しい物、」と反芻した。

 

「・・・・・・生き物。」

「生き物?口寄せ獣か。」

「いや、ペットが欲しい。ヒヨコとか。」

 

 アニマルセラピーと、後は・・・・・・子どもって小動物好きだし、ペットをきっかけにテマリカンクロウともっと仲良くなれないかなって・・・・・・無理かな・・・・・・。

 

「・・・・・・食用か?」

「ペットは食べない。」

 

 失礼な。そこまで飢えてないわ血にも食事にも。仮にも権力者の息子、我愛羅の日々の生活は豊かなのである。ないのは家庭内の平和くらいだ。一番大事なもんが無いんだよな。

 我愛羅の言葉に暫し瞠目した風影は、「分かった、近日中に。」とだけ言って部屋を出て行った。ようやっと睡眠時間を手に入れた我愛羅は、そのまま健やかに守鶴の精神空間に突撃した。五秒ほどで追い出された。悲しい。

 

 

******

 

 

「わああ!可愛いじゃん!」

「次!カンクロウ、次私抱っこ!」

 

 三日後。

 風影邸に、木箱へ入ったチャボが二羽届いた。人懐っこい彼らを腕に、きゃらきゃらとはしゃぐテマリとカンクロウへ、ほんのりと穏やかな気持ちになりながら我愛羅は箱の内側に張り付けてあったメモを握りつぶす。証拠隠滅証拠隠滅。

 なお、メモに記載されていたのは「にわとりを くるしめない しとめかた」なる手書きの解説だった。だから食べないってば父様。

 

「我愛羅、この子たちなんて名前なの?」

「、え」

「だってコイツら我愛羅のじゃん?親父が言ってたぜ。」

 

 言ったんかい。なんて言ったんだ、明日は我愛羅のところへ鶏が届くよって?捌き方の解説メモつきで送りながら?どういう情緒?

 

 我愛羅と同じく、この二羽をペットだと判断したのだろう。家庭環境のせいで年に数度見れるか否かのキラキラおめめで「ねえねえ!」と弟に尋ねる姉兄に、我愛羅は頬を引き攣らせる。

 

 なんとかそれっぽい答えをひねり出さなくては、唸れ俺のネーミングセンス。せっかく冷え切った関係に雪解けの兆しが見えているというに、早く答えねば不自然だろう。

 どう言おう、何て言おう。鳥関連銘菓で饅頭とサブレ、それとも声優ネタでエリザベスとかか?もしくはカルラとヤシャマル・・・・・・はどう考えてもナシ。ペットに死んだ家族の名前つけるのは神経を疑われるがゆえに愚の骨頂────ええい、ままよ。

 

「す、砂肝とボンジリ。」

 

 きょうだい仲は氷河期に突入した。





誤解が解けるまでに三ヶ月かかった。
成り代わりの奮闘は続く。


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成り代わり、迷子になる。

前の話からしれっと数年飛んで下忍になっています。
とんでんの作品は全体的にちょいちょいこういうことが起こりますが、このシリーズで大きく時間が飛ぶのはここだけの予定です、一応。



 

 いっそ神々しいほどの金砂の平原。青々とした鮮やかな空。天地の合間を吹き渡る風。

 

 そんな大自然の険しさが広がる、砂隠れの里某所にて。

 白皙の美貌に赤暗の髪を持つ少年は、一人ぽつねんと砂漠へ立ち(正確には片手にぽわんとしたフォルムの愛くるしいチャボを一羽抱えていたのだが)フッッと微笑を浮かべた・・・・・・この世の全てを見通すような、澄んだ微笑みであった。

 見目の麗しさ、周囲の壮大さと相まって、まるで宗教画がごとき風情を醸している。そう、もしや彼こそが神の使いかと幻視するほどに────。

 

「迷子に、なっただと・・・・・・?」

 

 ────なお、実際は宗教画がごとき風体なだけの、ただの迷子である。

 

 

******

 

 

 ことのはじまりは、そう。下忍になってすぐのことであった。

 

「・・・・・・B級任務?」

「そうだ。お前の初任務となる。」

 

 片覆面の男、担当上忍のバキに告げられた我愛羅は、露骨に不審を顔へ出した。

 その様子に一瞬怯んだバキだが、さすがに風影から我愛羅を任せられただけはある。すぐに押し隠して、上官としての威厳を崩すことなく続けた。

 

「任務内容は害獣の討伐。毒を持つジャイアントスナサソリの群れで、既に村が一つ襲われている。」

「余計解せない。アカデミーを卒業したばかりの子どもにさせる仕事とは思えんな。」

 

 食い気味に言うと、バキだけでなくチームメイト達────テマリとカンクロウにもヤレヤレと肩を竦められる。

 

 そう、夜叉丸の死から早幾年。

 十二歳になった我愛羅は、やっぱり原作通りにきょうだい達と下忍班を組んでいた。我愛羅とスリーマンセルになれるようなルーキーが(色々な理由で)いなかったため、既に他の班で活動していた姉兄が急遽移籍となったのである。ほとほと申し訳ない。

 

「ごねるんじゃないよ、我愛羅。それにバキに当たっても仕方ないだろう、任務は全部風影様の采配なんだから。」

「・・・・・・。」

「もう、拗ねないの。」

 

 しかし、末弟の仏頂面をつつく姉に一切怯えの色がなかったから、我愛羅は良しとするかと嘆息をついた。

 “砂肝とボンジリ事件”後、一時は氷河期を迎えたきょうだい仲だったが、誤解も解け日常を重ねた今は温もりのある関係に変わっている。

 現在腕の中で「コッコッ」と鳴いているチャボ二羽の活躍もあるが、我愛羅の努力が実った結果とも言えよう・・・・・・因みに、回復したのはきょうだい仲だけであり、ボッチは継続中だった。友は守鶴以外いないし、その守鶴には『友達なんかじゃねえ!』と叫ばれる日々である。父子仲なんかはもう目も当てられない。つまり常態だった。

 

「我愛羅が疑念を抱くのは分かる。が、お前は“アカデミーを卒業したばかりの子ども”程度か?」

 

 とバキには諭されたが、それを言うのは卑怯ではなかろうか。だって人柱力だぞ俺。

 本当に、絶対(とは言っていない)防御のある俺はともかく、テマリとカンクロウを危険な目に遭わせたくないんだけどな・・・・・・。親父は何を考えているんだろうか、実子だぞ。そりゃそれを言ったら我愛羅も当てはまるが、暴走して里を半壊にしたりはしない実子だぞ。もうちょい可愛がれ。

 普通に不貞腐れた我愛羅に、横で黙って聞いていたカンクロウが何を思ったか「つーかアカデミーアカデミーって、お前不登校だったじゃん。」とツッコむ。別の痛い所を突かれた我愛羅はもっと膨れた。

 

 ・・・・・・違うのだ。一応在籍していたことはしていたし、卒業資格も持ってはいる。

 ただ我愛羅がクラスに入るとその場にいる人間全てが無視できないレベルでバイブレーションするので、次第に通わなくなったのだった。おかげで夜叉丸の死以降、我愛羅のやっていたことといえば修行と引き籠りと守鶴へのうざ絡みとペットを可愛がることのみである。(だから前話からしれっと数年飛んでいるのである。)

 うーん、どこに出しても恥ずかしいボッチニート。

 

「入学式と試験日と卒業式は行った・・・・・・。」

「寧ろなんで一番面倒な日だけ行くじゃん。真面目か。」

「・・・・・・テマリが行けと。」

「姉ちゃん、」

「だって、アカデミー生ならそうするべきだろ。」

 

 ツンとそっぽを向いたテマリの仕草が先程の弟とシンクロする。なんとなく面白かったカンクロウは、深々と溜息をつくだけに留めた。

 閑話休題。

 

「話がまとまったなら、すぐに出立するぞ・・・・・・ところで我愛羅、さっきから抱えているニワトリたちも連れて行く気か?」

「駄目か?任務に支障は出さないが。」

「いや構わんが。」

 

 なんでニワトリ?と言う風に言葉に詰まったバキへ「オテとオスワリは我愛羅の口寄せ獣なんだ。」とカンクロウが補足を入れる。

 

「オテとオスワリ。」

「名前を決めるのと芸を教えるのを並行してやってたら、それが名前だと思っちまったじゃん。因みにオテが雌でオスワリが雄な。」

「言いたいことは多々あるが、口寄せ獣なのに手で抱えるのか。」

「みんなで寄ってたかって可愛がった結果、甘えん坊になっちゃってさ。誰かしらにひっついてないと五月蠅いんだ。あと口寄せ契約は結んでるけど、別に戦えたりはしないよ。オスワリがちょっと風遁使えるくらい。」

「・・・・・・他に特技があったりは。」

「ない。強いていうなら離れていても互いの居場所が分かる。」

 

 三姉弟の説明に、バキは「マジで連れて行くの?」という顔をした。

 我愛羅は黙殺した。ぽてぽての可愛いチャボ二羽は、コッコとのどかに鳴いている。砂肝とボンジリ改め、オテとオスワリ。そもそもが愛玩目的で飼い始めたので、戦力とかは全くなかった。

 

 

******

 

 

 後方へ大きく跳躍。次の瞬間、我愛羅が今までいた場所へ巨大な毒爪が突き刺さる。

 

「ジャイアントスナサソリってのは、全長十メートルぐらいまでなる、でっかい化け物サソリでさっ!」

 

 ドッと風の刃が砂地を薙いだ。こちらに向かって伸ばされた毒針を尾ごと刈り取った風は、そのまま後方にいた子サソリたちも吹き飛ばす。

 

「岩場とかに単独で生息してて、本当なら群れつくって村を襲ったりしない筈なんだけど・・・・・・ちょっとカンクロウ、サボるんじゃないよ。」

「いいじゃん。コイツの毒は早々手に入らねーんだし。」

 

 ビチビチと跳ねる尻尾をチャクラ糸で巻き取り、ちゃっかりと採取していくカンクロウに、大技を連発し息を切らしたテマリが「もうっ」と眉を跳ね上げる。

 と、そんな二人の上へゆらりと影が落ちた。ゲ、と顔を蒼褪めさせる姉兄へ向かって、化サソリのハサミが振り下ろされる。

 

「────砂曝大葬!」

 

 なんなく砂の大波で受け止めた我愛羅は、もうめんどくさいからいいやと群れごとまとめて圧殺した。

 おおーときょうだい達がパチパチ手を叩くのを他所に、バキは微妙に顔を引き攣らせる・・・・・・親父になんて報告をされるんだろうか。ここ最近はそんな暴走してないのだが、前科が前科だからな。

 

「・・・・・・まだいるか?」

「砂の接触感知の範囲には、少なくともいないな。」

「じゃあ任務終了だな。」

「っぱ我愛羅がいると早えーなー。ヨーシヨシ!」

「・・・・・・俺は犬じゃない。」

 

 ブツクサ言いながらカンクロウに頭を撫で繰り回される。良質な毒が手に入って機嫌が良いと見た。ところでその猛毒どうするんだろうか。いや、傀儡に使うんだろうけど。

 

「ってことでバキ、早く帰ろうじゃん。」

「バキ隊長と呼べ、バキ隊長と。」

 

 任務地────里から数十キロは離れた砂漠のど真ん中で、ひたすらジャイアントスナサソリを討伐している間。

 「バキはそこで見てるじゃん。」「アンタ達、とっとと終わらすよ。」「オテとオスワリを頼む。」とチャボを渡され、その場で待たされていたバキは頭が痛いという風にこめかみを押さえた。

 

「・・・・・・だが、まあそうだな。早く風影様に報告を────」

「ちょっと、アタシまだ帰らないよ。」

 

 大扇子を背に腕組みをし、仁王立ちするテマリへカンクロウがウゲーと顔を顰める。

 それをスルーしたテマリは「だってそろそろ飯時だよ!」と力説した。

 

「今から里に帰ったんじゃ夕方じゃないか。早朝からなんも口に入れてないんだよ、こちとらさ!」

「テマリ、何をいきなり我儘を。」

「我儘ってほどでもないだろ。みんな遠地の任務帰りにはよく買い食いしてんだし。」

「それはそうだが・・・・・・。」

「こっから丑寅にちょうど二キロ行ったら町がある。今の時期は市場も賑わってるし、飯処には困らない筈さ。」

 

 カンクロウとそれぞれ一羽ずつチャボを抱えたまま、バキとテマリを交互に見守る。後者が優勢なのは火を見るよりも明らかだった。

 ついでにさしたる反対意見もなかったのだろう、言葉に窮し口ごもるバキへ、ニコッと笑ったテマリがとどめを刺す。

 

「部下へのねぎらいに、昼飯奢るくらいしてくれたっていんじゃないの?バキ“隊長”。」

「・・・・・・ハア。まあ、少しならば良いか。」

 

 ヤッタ!とガッツポーズするテマリへ「俺早くコレの仕込みがしてえんだけど。」とカンクロウがぼやいた。ぼやきながらふと我愛羅の耳元へ屈みこんで、「アイツさ。」と囁く。

 

「お前が里から一歩も出たことないの、ずっと気にしてたんじゃん。」

「────・・・・・・そうか。」

「ま、いいお節介だと思って付き合ってやろうぜ。」

 

 ニッと笑ったカンクロウに、こっくり頷く。

 人柱力は滅多に里から出られない。里の戦力の一つにして、切り札だからだ。我愛羅も例外ではなく、里の中枢から離れたことは今まで一度もなかった。

 

(・・・・・・俺の為、か。)

 

 思えば、せっかくNARUTOの世界に転生したのに、ほとんどを風影邸で過ごしていたわけで。純粋に見知らぬ土地への興味があった我愛羅は、ついでに姉の心遣いに嬉しくなって思わず頬を緩ませた────

 

 

「筈が、どうしてこうなった。」

 

 ────で、冒頭に戻る。

 一周回っていっそ穏やかな気持ちになってきた我愛羅は、優しい微笑みを浮かべながら大自然を見渡した。

 見渡す限りの砂砂砂。テマリもカンクロウも、バキだって見当たらない。あるのは己と腕でコケコッと鳴いているチャボ・・・・・・もとい、オテだけである。

 

「なんであんなにいいタイミングで砂嵐が来るんだ・・・・・・。」

 

 テマリがバキに昼食を強請って、少しだけならまあいいかと町へ向かったところまでは良い。が、その後幾らも行かない内に天気が怪しくなって、風が強くなり始め────砂嵐に巻き込まれて班の面々(あとついでにオスワリ)とはぐれた我愛羅は、そっと天を仰いだ。

 咄嗟に砂中に潜ってやり過ごしたのだが、きょうだい達は無事だろうか。

 

(というか、そもそも何処だここは。)

 

 結構な強風に煽られ、引き離されたせいで現在地がよく分からない。というか文字通りの土地勘がないので見当がつかない。

 十二年この世界に生きたが、迷子になるなんて初めてな我愛羅は困惑した。そしてとりあえず知恵のありそうな者へ尋ねてみようと、「守鶴。」と体内にいる友人(予定)へと話しかける。

 

「突然だが、迷子になった。ここがどこだか分かるか?」

『ハアン?ダッセーな、自分の故郷で迷ってんじゃねーよ。近くに何があんだ。』

「真上に太陽がある。」

『・・・・・・死ね!』

 

 気分が良かったのかワンコールで出た守鶴にホッとしつつ言うと、即座にガチャ切りされた。真面目に答えたつもりだったのだが、フザケているととられたようである。

 

「困った・・・・・・。」

 

 と、立ち尽くしているとオテがわたわたと翼を動かしだした。下に降ろせば、砂に足を取られながらもヨタヨタトテトテ歩き始める。

 ついてこいとでも言いたげなその背に、我愛羅は大人しく従った。

 

「オスワリの場所が分かるのか?」

「コッ」

「・・・・・・オスワリがみんなといれば良いんだが。」

 

 どうしようか、着いた場所が草木一つない熱砂でただオスワリ一羽がいるだけだったら。

 オスワリとカンクロウたちが一緒にいますように、と祈りながら背負っている瓢箪から砂を取り出し、ぎゅっと握り固める。

 同時に片目にチャクラを集めて、手中の砂の塊と連結させた。

 

(砂城狼角。)

 

 宙に放った第三の目を天高く飛ばしつつ、上空から地上を確認する。

 危険な生物がいる気配はしなかったが、代わりに人っ子一人いなかった・・・・・・更に高度を上げ視覚感知の範囲を広げる。

 

「岩場、か?」

 

 ふと影らしき物体を見つけた我愛羅は、そこにピントを絞った。

 時間をかけて砂と風に削られた、複雑な形をした岩山である。

 

(日除けに使うくらいはできるか。)

 

 フムと我愛羅は口唇に指を当てた。

 もし日が暮れてもテマリたちと合流できないようなら、一晩は安全な場所で野宿するしかない。砂漠の夜は人柱力にとっても過酷だ。下手を打っては死にかねぬ。

 

「オテ、おいで。」

「コケ?」

 

 小首を傾げた雌鶏を抱き上げ、砂瓢箪の上に置いた。ちょこりとそこに収まったオテが、ツンツンと髪の毛を突いてくる。腹が減ったのかもしれない。

 

(オテにも水をやらんとな。)

 

 そう考えながら目の術を一旦解き、岩場の方角へ歩を進めていた我愛羅はうん?と首を捻った。歩きながら地面にチャクラを流し、周辺にあるものの感知をはかっていたのだが、どうにもおかしい。

 

「・・・・・・動物ではない、人か。」

 

 進行方向から規則正しく砂上をかける感触が三人分、身のこなしからして忍である────テマリたちだろうか。否、そうでなければ困るのだが。

 もし他の砂隠れの忍だったら恐慌状態に陥らせること待ったなしで、砂の者でなかった場合は犯罪だ。早急にしょっ引かねばならない。

 

「・・・・・・。」

 

 いずれにせよこのままでは十分もしない内にかち合う。逡巡した我愛羅は足元の砂を操ると、上空へと舞い上がった。

 

 

******

 

 

 少女は駆けていた。粒子の細かい砂に足を取られ、痛めた肩口を抑えながら必死に走っていた。

 

「風遁・八重疾風!!」

「きゃっ」

 

 ドッと吹いた風に背中を打たれ、息が詰まる。そのままもんどりうって前方に転がり、咳きこみながらなんとか顔を上げた。

 

「うっ」

「手間かけさせやがって、このアマ!」

「おい、あまり乱暴にするな。大事な研究体なんだ。」

 

 前髪を鷲掴みにされ呻く。男は相方に宥められて多少力を緩めたが、しかし少女の拘束をやめる気配はなかった。

 

「痛い!離して、」

「離してだあ?よく言うぜ。手前を差し出した一族も一族だが、そも、志願したのは手前だろうが!」

 

 鼻先で笑いながら言われた言葉に、じんわりと涙が滲む。

 どんな役目かは分かっていたし、覚悟だってしていた。一族の皆にも幾度も止められたが、それを振り切って来たのは己だ・・・・・・なにせ一族は本当は妹を差し出す気だった。

 そうなるくらいならばいっそ。そう決意した過去の己の見通しの甘さに吐き気がする。

 

「マ、光栄に思うんだな・・・・・・お前は大蛇丸様の夢の礎となるのだ。」

 

 愉快気に言った男に、唇を噛みしめて地に視線を落とす。落として、そこに映る影に瞬きをした。

 一つ、二つ、三つ。四つ?三までは分かる。己と追手である男二人の物だろう────ならば最後は、いったい誰の。

 

「───砂縛柩!」

 

 頭上から声がしたのはその時だった。

 ハッとして全員が顔を上げた先、太陽を背にした小さなシルエットに気を取られた瞬間、砂地が生き物のように盛り上がる。

 咄嗟に悲鳴を上げ地に伏せた少女は、すぐ近くに飛び降りた人影に掬われるように抱えられ、大きく後方へと飛んだ。揺れる視界の中、ゴギャリという湿った音と断末魔が聞こえ、身を引き攣らせる。

 

「砂の忍だな、無事か。」

「あの、えっと。」

 

 冷静沈着を音にしたような声色の主に、少女は戸惑った。

 少女を抱え上げていたのは少年だった。年の頃は、おそらく己とそう変わらぬ。暗い赤茶の髪を短く刈りこみ、背には巨大な瓢箪を背負い・・・・・・そしてなぜだか肩にはニワトリ(チャボだろうか?)を連れていた。

 更に忘れてはいけない、陽光を受け鈍く光る少女と同じ“砂隠れ”の額当て。

 

「ぐう゛ぅ・・・・・・よくも、仲間をっ!!!」

「ひっ・・・・・・!」

「一人逃したか。貴様ら音忍だな、小国の使い走りがこの地に何の用だ。」

 

 少年の攻撃から、辛くも逃げ出したのだろう。

 折れ曲がった腕を庇いつつ呼気荒くこちらを睨む、“音”の額当てをした男に身を竦ませた。しかしそれを一瞥した彼に、「すまない。持っていてくれ、名前はオテだ。」と流れるようにチャボもといオテを渡され、恐怖は霧散した。

 というかオテって。名前がオテって、手ないのに。

 

「所用があってな。悪いが手早く終わらせる。」

「クソッタレ!ガキが舐めやがって、貴様こそその女を置いてとっとと失せやがれ。」

 

 息巻く男に少年が無感情に手を振り上げる。呼応して、ザアッと辺り一帯の砂が浮き上がった。

 それが答えだった。

 





 音忍VS我愛羅、開戦である。


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成り代わり、取引する。

 
『アナタは愛されてなどいなかった。』

 そう、今際のあの人は言った。
 成り代わりを自覚してから思えば、あの言葉は大嘘もいいところだったわけで、既に大した傷痕ではない。予定調和かつ、順当な台詞だった。それだけである。
 代わりに胸の奥深くを占めたのは、鋭く抉るような冷えた疑念であった。
 手づから育てた姉の末子に、全身の骨を砕かれ、ぐんにゃり弛緩した四肢をその眼前に投げ出して。死にゆく虚ろな面で滔々と任務を全うした彼は────彼自身は、果たして我愛羅を愛してくれていたのだろうか、と。


 

「────砂縛柩!」

 

 前回の引きで戦闘が始まると思った方へ。すまん、秒で終わった。

 

 

 思い出して欲しいのだが、我愛羅は一部の中ボスである。つまり(インフレ前は)わりと強かった。

 更に風影になれる程度のポテンシャル・ステータスに加え、ついでにここは砂漠。地の利のアドバンテージがあるのだから、早々敗走することはない。

 具体的に言うと、実力が砂隠れの暗部程度なら確実に勝てる。今のところ六回ほど退けているし。(実体験)

 

「それで、」

「っひ!」

「・・・・・・どうして、音の忍に襲われていた?」

 

 暗部以下だったらしい、凄まじい絶叫と共に大自然の染みとなっていく男を背に、襲われていた少女を振り返る────と、普通に悲鳴を上げられた。

 うん、もう慣れたぞこの感じ。懐かしい、数年前のテマリとカンクロウを思い出す。

 

「見たところ、俺と同じ下忍だろう。」

「あ、えっと・・・・・・。」

 

 取り敢えずオテを受け取ろうと手を伸ばすと、また少し肩が跳ねた。が、大人しくチャボを手渡してくれる。

 砂色のフカフカの身体を抱き上げ、また瓢箪の上に置いた。のだが、何が不満なのか強めに耳朶に噛みつかれる。

 鳥類を飼って初めて知ったのだが、嘴はかなり痛いのだ。胸元を後ろ手に撫でて宥めたが、今度はソッチの手を突かれた。オテは脅威と判断されないのかオート防御も反応しないため、我愛羅はされっぱなしである。

 

「近くにチームメイトはいないのか?下忍は大概班を組まされる筈だが。」

「いやあのそれより、凄く突っつかれてるけど・・・・・・。」

「そうだな。」

「そうだなって。」

「実はとても痛い。」

「だよねえ!」

 

 ドスドス首の裏を刺されながら真顔で言うと、なんだか先程と違う意味で慄かれた。

 閑話休題。

 

「────わたし、実は。」

 

 躊躇いがちに口を開きかけた少女は、再び噤み、惑ったように庇っていた肩口を握りしめた。

 もしや機密任務でも請け負っているのかと思ったが、そんなハイランクが回って来るような実力には見えない。とはいえ、怯えている子どもに無理に先を促すのも気が引けた────その上に。

 

(どこかで会ったことがある、か?)

 

 少なくとも、見覚えはある。と思う。

 少女の面差しに脳裏を擽られた我愛羅は内心首を捻った。自分で言うのもなんだが、そこまで広い交友関係は持っておらぬ。故にすぐに思い出せる筈なのだが、なかなか正解に辿り着けなかった。

 

 それぞれ黙した互いの間に、気まずい沈黙が落ちる。

 

「・・・・・・兎も角、ここを離れるぞ。」

 

 音忍の仲間がいるかもしれない。

 付け足した言葉にゆっくりと肯った少女にホッとしつつ、我愛羅はその場から踵を返した。否、返そうとした(・・・・・・)

 

「ッ!?伏せろ!」

 

 鼓膜が微細な投擲音を感じ取る。と同時に自動防御が展開した。

 続いてクナイが盾に当たる金属音、そして火薬の爆ぜる音───起爆札だ。別に二三十枚同時に食らったって持ちこたえられるが、動きを封じられることに代わりない。(先程からピカチュウポジションで我愛羅を突きまわしていたオテが「だから言ったじゃん!!!」とでも言いたげに襟足を引っ張って来た。返す言葉もない。)

 

(なぜ感知を切った、俺の馬鹿野郎ッ!)

 

 倒したと思って安心したからです。あたしってホント馬鹿。

 舌打ちしつつ地面にチャクラを叩き込んだ。イメージは君麻呂のなんちゃらの舞だ。肝心の技名覚えてないんかいっていうのはナシで。舞系のネーミング多すぎんのよ、ジャンプ界隈。

 

「ぐぁあああッ!?」

「さっきの輩の増援か。」

 

 縦横無尽に生えた砂の剣山に、我愛羅達を囲もうとしていた音忍が突き刺さる。

 砂塵を操作し、貫いた音忍達を接触感知で捉えた人だかりに放り投げた。死体に殴られた生者が鈍い音をたてて気絶する・・・・・・そこそこの数は減らせたか。

 

「オウオウ、酷いことするなぁ。」

「忍なものでな。」

 

 ニヤつく音忍集団───既に半数が戦闘不能だが、小隊一つ分ほどか───の頭と思しき男に素っ気なく返す。

 

「どうだかな。その砂と額の“愛”の字、手前“砂瀑の我愛羅”だろ。」

「・・・・・・。」

「流石、バケモノ様はすることが違えな。」

 

 うん、もう慣れたぞこの感じ。(二回目)

 いやー実績しかない悪評が立つとてえへんだなー!

 

「砂漠の、我愛羅?」

 

 ふと、戸惑いがちな声が上がった。

 背に庇っていた少女から困惑の視線を向けられ、砂の影で印を組んでいた我愛羅は(オテは嫌がったが下に降ろした)キョトンと瞬きをする。てっきりそれで脅えられたのだとばかり思っていたが、違うらしかった。

 

「砂忍と言っても、辺境のお姫様なら知らねえか。なら教えてやるよ────手前が今庇われてる相手、はッ!?」

「風刃の術。」

 

 それを見た音忍が悠々と話し出したが、わざわざ最後まで語らせてやる謂れもない。

 風の刃で喉笛を切り裂かれた音忍が鮮血をまき散らしながら体を傾がせるのに合わせ、我愛羅もその場から飛び出した。

 獣のように低く地面を疾駆し、振り下ろされる忍刀の中に躊躇なく突っ込む。

 

「なッ!防御?」

「風遁・風切り羽!」

 

 無防備な背へと真っ直ぐに切りかかった忍は、自在に蠢く砂に忍具を絡めとられ瞠目した。

 その隙に下から腕を振り上げ、纏わせた風でそっ首を薙ぐ───我愛羅と言えば砂の術であろう。寧ろそれ以外使ってるところあんま見たことないが、実は父親由来の磁遁も使える。そして、磁遁とは風遁と土遁の混合による血継限界だ。

 きょうだいの中ではテマリが一番得意としているが、別に我愛羅だって使えないわけではない。

 

「ど、土遁・土波ッ!」

 

 突如弾力を持った大地がぐわりと揺れたが、残念ここは砂漠である。

 宙に浮かせた砂粒の上を走り回避しつつ、瓢箪から出した砂───一番多くチャクラを練りこんである砂を手の中で圧縮した。

 

「グッ!ど、どうやって空中を、」

「遺言がそれで良いのか?」

 

 砂製の刀で音忍の最後の一人へ斬りかかった我愛羅は、咄嗟にクナイで受け止めた相手と鍔迫り合いをしながら、クイと指先を動かす。

 ハッとした音忍が背後を振り返るが、もう遅い────砂上は全て我愛羅の攻撃範囲内なのだ。

 

「────砂縛柩。」

「う、ぎゃああああああッ!!!!」

 

 ごり、ごり、ごうり。と人体が摺り潰されていく。

 とっくに慣れ親しんだ光景だが、我愛羅は目を伏せた。数十秒もせず足元から砂に飲み込まれた音忍は、僅かな血痕のみを残して、此の世から消えていった。

 

******

 

 少女は震えていた。

 敵へではない、命の恩人である少年────我愛羅というらしい忍にである。

 

(あんなに、人を簡単に・・・・・・。)

 

 返り血の一滴も浴びずに、あっという間に十数名を屠る人間に、少女は今まで見えたことがなかった。己とて忍の家系である。自身もその資格を得ているし、生き様のなんたるかを知らぬほど青くはない。

 だが、だからこそ分かってしまった。彼は異質だ。さながらバケモノのように。

 

「あの、何をしているの?」

「不可解でな・・・・・・タイミング的には、潜伏していてもおかしくはないが。」

 

 形の残った方の屍を検分をする少年に思い切って尋ねると、存外普通に返事が返って来た。

 後半は返答というよりも独り言のようであったが、察するに少女が無知なだけで、彼は相当名の通った忍であるらしい。

 他国の忍者衆である音忍が熟知していたようだから、さもありなんである。

 

「私も手伝う。」

「いや別に、」

「医療忍者なの、検死もしたことがある。ホントだよ。」

 

 少女の生家は、優秀な医療忍者をよく輩出していた。長子として生を受けた少女も、当然その知識を叩き込まれていた。

 

「それに、すぐ近くに連中のアジトがあるから。検死をするなら手早くして、離れてしまった方が良いし・・・・・・。」

 

 言いながら、はたと足を止める。

 殺戮の間、少女はずっとそれを後方で見ていた。だから誰がどこに倒れ伏したかも記憶している。

 

「ねえ、その人そんなところに居たっけ?」

 

 不自然な格好で地面に崩れ落ちている忍を指差すと、少年がそちらを振り返った────その時、

 

忍法・毒々煙霧!

 

 ぐるんと死体の首が前を向いた。折れ曲がった四肢をバネ代わりに地に叩きつけ、飛び上がった音忍が少年へと迫る。

 モクモクと紫の煙がその口から吹きだしたが、砂の防御で難なく防いだ少年が後方へ飛びずさった・・・・・・そして、ガクンと砂に膝をつく。

 

「苦しいか?苦しいだろ!?大蛇丸様特製の毒煙さァ!」

「・・・・・・チィッ!」

 

 死体の唇からドロドロと泡が溢れ、見る見るうちに爛れ溶けていった。

 少し吸ってしまったのだろうか、不自然に呼吸を荒れさせる少年が悔し気に舌打ちする。それを他所に、一番最初に少年に気絶させられていた音忍は、フラフラとその場に立ちながら死体を操っていたチャクラ糸を切り離した・・・・・・仲間の屍を傀儡に使ったのだ。分かってはいたが、酷く悍ましい。

 

「・・・・・・ホントーに手古摺らせやがって、小娘もクソガキもよ。」

「ッ!」

「知ってるか?俺たち音忍が任務に失敗したらどうなるか。」

 

 応えられずにいると、そもそも答えなど求めていなかったのだろう。歪に笑んだ音忍が着こんでいたベストを引きちぎった。

 その下、胴から胸にかけてびっちりと貼られている起爆札に、少女は目を見開く。

 

「このッ!」

 

 少年に駆け寄りながら、手近にあったクナイを拾い上げ音忍へ投擲した。当たったかどうかは分からなかったが、どうだっていい。

 音忍が起爆の印を組むのと殆ど同時に少年の頭を抱き込んで、地に伏せた。砂が隆起し視界が暗くなって、次の瞬間に火薬の炸裂する巨大な音が一帯へ響き渡る。

 

(マズイ、脳震盪・・・・・・!)

 

 が、凄まじい衝撃波に頭蓋を揺さぶられた少女は、そのままどっぷりと暗闇へ落ちて行くことになった。

 意識を失う寸前、何言か呟く少年の声が聞こえた気がしたが、果たして何と言っていたのか。酩酊する脳では、終ぞ分からぬままだった。

 

 

******

 

「────流砂瀑流。」

 

 断続的に続く爆発音から、地上は危険が多いと断じた。

 周辺の砂を渦を描くように動かしながら、屍や忍具たちごと、共に下へ下へと落ちていく。腕の少女とチャボが潰されないよう、酸素を失わぬよう、周りの砂を殻のように固めて。

 

(確か、この辺りに。)

 

 地の底を砂で探りながら、目当ての場所を探す。

 やがて先程感知で見つけたソレに再び触れることができた我愛羅は、消耗と毒によって点滅する意識をどうにか繋ぎ止めながら、その場所へと手を伸ばした────。

 

******

 

 ────ぴちょん

 

「よぅ。」

「・・・・・・守鶴。」

 

 雫の音と共に、ここ数年通い詰めた精神空間に呼び出された我愛羅は瞬きをした。丸っこい巨体を屈めた守鶴は、自分の頭の上で呆ける我愛羅に、フスンと鼻腔を鳴らす。

 

「えらい派手にやられたじゃねえか!あんくらいお前ならすぐ片付いただろ。わざわざ風遁でチャクラを温存(・・・・・・・)したりして、ナニをそんな気にしてたンだ?」

 

 最近は会話もそれなりにスムーズに進むので、守鶴の方から話しかけられることも多々あった。が、身体的な接触(まあ精神体なのだが)は初めてだ。

 単なる好奇心で守鶴の体表を撫でる。意外と柔らかい。

 

「俺が音忍を手にかけたという証拠を残したくなくてな。証拠隠滅をするために、元から大技で一帯を飲み込んでしまうつもりだった。」

 

 風影の暗殺阻止を計画している以上、現時点から音忍を殺めた犯人として大蛇丸に目を付けられるのは避けたかった。

 勿論自分ごと流砂に巻き込むつもりはなかったが、まあ結果オーライである。

 

「ハンッ、それでやられてちゃ世話ねえだろうよ。」

「面目ないな。」

「なら面目なさげにしろっつーの!」

 

 たくよぉ、とボヤいた守鶴を他所に。ふと違和感を感じた我愛羅は手を何度か握って、感覚を確かめる。

 

「何だよ、今度はどうしたよ。」

「否、かなり消耗していたにしては、回復が早いなと・・・・・・あ。」

 

 てんてんてん。と沈黙が落ちた。

 暫く無言で震えていた守鶴に「ああ、それで接触の必要が。」と納得すると、ギャオオンと吠えられる。

 

「ば、ちがッ!!!勘違いすんなよオレ様のチャクラを分けてやったくらいでよッ!こんなん分福にもやってたしィ!?オレ様のチャクラ量からしたら雀の涙もいいとこだしいィ!!!?」

「照れ方独特だな。否、良い友人を持って嬉しい。感謝する。」

「だから友達なんかじゃ、ねえっつーーーのッ!!!!」

 

 折角距離が縮まったと思ったのに、また追い出された。悲しい。 

 

 

 

 ゆるりと瞼を上げる・・・・・・守鶴の空間に居た時間、もとい、気絶していた時間は短かったようだ。

 背に当たる堅い岩の感触と、頬に触れる微細な空気の流れから、きちんと思った通りの場所────砂漠の地下深くに広がる、枯渇した地下水脈へ出られたことを察して溜息をつく。

 接触感知でたまたま見つけただけだったが、これのお陰で助かった。

 

「ああ、気が付いたのね。」

「・・・・・・ッ、」

「どうしたの?」

「・・・・・・いや。」

 

 夜叉丸、と呼びそうになった口を慌てて噤んだ。

 我愛羅を覗き込んでいた少女は不思議そうに首を傾げる。視線を合わせたくなくて、我愛羅は気絶していた己にぴたりと身を寄せていたオテに手を伸ばした。

 

 そうして、そうか、と独り言ちる。少女に会ったことがあるわけではない。ただ、似ている人物を知っていただけだったのだ────彼女の容貌は、驚くほど叔父の夜叉丸に似ていた。血縁が疑われるほどに。

 

「私、ホウキ族のシジマって言うの。助けてくれてありがとう・・・・・・我愛羅くん、でいい?」

「構わない。」

「毒の影響は平気?熱があったりとかは。」

「少し痺れるが、大事ない。」

「そっか、良かったわ。」

 

 口内が乾く。舌の根が重い。

 奇妙な緊張感に支配されながら、ホウキ、と反芻した。

 

「知らなくても無理ないわ。火の国との国境沿いにある辺境集落の、なんていうか、まとめ役をしてる一族だから。」

「いや、こちらが浅学だった。悪い。」

「いいの。私も君のことを知らないから。」

 

 起き上がって、壁に背をつける。

 少女ことシジマもそれに倣って、我愛羅の隣に座った。二人の間にちょこんと座して主人の指先を甘噛みしているオテだけが、恨めしいほどリラックスしている。

 

「耳に入れるのも悍ましいような悪評だ。知らなくていい。」

「我愛羅くん悪い人なの?」

「とても。」

「・・・・・・きっと違うわ。悪い人なら何も聞かずに、私を助けないでしょ。」

 

 キッパリと断定するような口調だった。おそらくそう思いたいだけだ、と我愛羅は思考を巡らせる。

 彼女は大蛇丸の手の者に追われていた。何かしらの関係はあると見ていい。そんな中、もし助けてくれる人物がいたとして────その人が善人であれば、きっととても安堵する。

 

(心が痛い・・・・・・。)

 

 が、生憎と我愛羅はそれには当てはまらぬ。

 なにせ“本物の我愛羅”と違って、己が良ければそれで良いのだから。

 

「問い詰めはした筈だが。」

「でも私は何も答えなかった。なら聞いていないのと同じじゃない?」

「・・・・・・助けるという話なら、お互い様だろうに。」

「そうかもね。でも私が何もしなくたって結果は変わらなかったでしょ、違う?」

 

 違わなかった。

 渋面になった我愛羅に、してやったりの顔になったシジマが、なぜだか得意げに胸を反らす。

 

「本当にありがとう。嬉しかったの、誰かに助けてもらえるなんて思ってもいなかったから。」

「・・・・・・。」

「勿論ちょっと怖かったけどね、年あんまり変わらないのに強すぎるし、音忍を壊滅させちゃうし。」

 

 ああスッキリした。言い切った、と笑う横顔が在りし日の夜叉丸そのもので、我愛羅は「そういえばアニメスタッフは夜叉丸役に女性声優起用しようとしてたらしいなー。原作者が男だよ!?って言わなかったら多分女ってことになってたよなー。」と現実逃避した。

 因みにだが、岸影様的には名前に丸ってついてるのは男らしい。未来で性別不詳になっている大蛇丸もつまりはそういうことである。なお俺はNARUTOは単行本派だった+CVく●らという偏った情報だけで長いこと女だと思ってました。何の告白?

 

 閑話休題。

 

「あのね、我愛羅くん。」

「ああ。」

「私ね、実はね────」

 

 ふと笑みを潜め、シジマが語りだす。というか語りだそうとしたその時。

 クウ、と折悪しく良い音が鳴った。我愛羅の腹の虫であった。一瞬の沈黙の後、シジマが小さく吹きだす。我愛羅は無言で顔を覆った。

 思えば早朝から何も口にしていない上、チャクラを大量に消費した。空腹になるのは当然の摂理である。

 

「水場を探してこようか、食べ物も見つかるかも。」

「いや、いい。」

「我慢しなくていいのに。」

「・・・・・・携帯食ならあるから、本当にいい。」

 

 夜叉丸の顔で優しくされるのが本気でいたたまれず、我愛羅は少し乱暴な手つきでウエストポーチを探った。

 備品が入っている巻物を取り出し、“水”と“食”の項目にチャクラを込める。ポン、と良い音をたてて現れた食料に、シジマが興味深そうに身を乗り出した。

 

「これ何?コンビーフ?」

「味はそれに近い。」

「へえ、ホウキの集落だとあんまり見ないな。」

 

 缶詰の肉(テマリに「賞味期限近いからどっかで食べちゃっといて!」と渡されたものである)、乾パン、それから紅茶や小さめのカセットコンロ等々を黙々と広げる。

 途中で「ん、」と鉄製のマグカップを手渡すと「いいの?」と驚かれた。

 

「というか、一人で食べるのは気まずい。」

「それもそうか。ご相伴になります・・・・・・中央の忍っていつもこう?」

「いつも、とは。」

「私たちは兵糧丸とかで済ませちゃうことが多いの。だからきちんとした食事が出て来るとは思わなくって。」

「常にではないが・・・・・・そういえば国境線の生まれと言うことは、砂漠には詳しくないのか。」

 

 火の国の近くということは、緑の方が多い地域である。

 里の中枢とは物理的にも政治的にも離れていた────我愛羅の噂を知らぬのも頷ける。

 

 案の定返って来た肯定の意に、我愛羅はポツポツと理由を説明した。

 自分も里をそう遠く離れたことはないから、カンクロウからの又聞きだったが(なんならこの食料セットもカンクロウの助言で揃えたのだが)────要は体温を上げるためである。

 

「体温?」

「ああ。夜の砂漠は急速に体温と糖分を失う。丸薬では補給が追い付かぬから、こうして対処するそうだ。」

「・・・・・・そっか、もう日が落ちる頃合いよね。」

 

 我愛羅は敢えて応えず、水筒の水を注いだヤカンを火にかけた────思えば長い一日だった。

 

 その後、しばらくは静かな時間が続いた。乾パンを一つ個包装の上から割り、粉にした物を掌に出してオテに与える。

 チャボがそれを食べきってしまうと、袋に水を注いで飲ませた。腹が減っていたのだろう、食いつきが良い。背を少し撫でて、シュウシュウと鳴り出したヤカンをコンロから下ろす。

 ミントと茶葉を入れ、それから少し躊躇する程大量の角砂糖を放り込んで蒸らした。

 

「・・・・・・あの、甘い物、好きなの?」

「人並みには。甘すぎる物は苦手だ。」

「それにしては物凄い数入ってたけど・・・・・・。」

「こういうものらしい、兄曰く。」

「ねえそれ騙されてない???」

 

 意外とお調子者のきらいがあるので否めなかった我愛羅は、口をへの字にした。

 茶を若干慄いているシジマと己とで半分に分け、携帯カップに注ぐ。フウフウと息を吹きかけ、唇を付けたシジマは甘い・・・・・・と呟いた。だろうな。

 

「肉は塩辛いぞ。保存食だからな。」

「バランス悪いなあ・・・・・・ごめんね、文句ではないのよ。さっきから本当に何から何までありがとう。私何のお礼もできないのに、後で必ず埋め合わせをさせてね。」

「気にしないでいい。乾パンいるか?」

「だいじょ・・・・・・分かったよ、貰います。」

 

 満腹して眠くなったのか、オテが自分の翼に嘴を突っ込んでウトウトし始めた。暢気なものである。

 

「・・・・・・それで。聞かなくっていいの、我愛羅くん。」

「良くはないな。が、大方の推測はできている。」

「そう。」

 

 ひと心地着いた頃、ぽつんと言ったシジマに、我愛羅は肉の乗った乾パンを口に放り込んだ。喉を焼くほどに塩辛かった。

 

「大蛇丸、と音忍は言っていた。俺の見当が外れていなければ、木ノ葉の伝説の三忍の一翼だろう。音隠れも良い噂は聞かんし、繋がっていたとしても驚きはしないな。」

「そうね。大蛇丸と言えば、S級犯罪者の最悪の抜け忍だもの・・・・・・人体実験にも手を染めてる、ね。」

 

 溜息をついたシジマは、静かな語り口をようやっと開いた。

 

「────ホウキ一族は他国に隣接する国境線を任されている。けど、元々は火の国の領土で、ホウキも木ノ葉に属していたの。それが、先の大戦で砂隠れの民になった。」

 

 だから里にはあんまり信用されてないのだ、とシジマは言った。成程、と筋書きの見えて来た我愛羅は嘆息を嚙み殺す。

 大蛇丸と言う男は、なぜこうも他人の弱みに付け込むのが上手いのか。

 

「加えてホウキは医療忍者ばかりで、戦闘力はそこまで高い一族じゃない。国境は何かと不穏だけれど、私たちには正直、捨て身にならない限りは荷が重くて。だから・・・・・・」

「大蛇丸に協力する形で戦力の増強をはかったということか。」

「そう。風影様に対する、立派な背信行為というわけ。」

 

 遠回しに己の一族を捨て駒と評し、暗い表情をするシジマに我愛羅は黙するしかなかった。

 ていうか大蛇丸云々はもうやっちまってるとしか言い他ないが、その風影様本人が一年以内に大蛇丸の手を取って木ノ葉襲うんだよな・・・・・・アレ?本当に生存させていいのかウチの親父?

 

「・・・・・・私が大蛇丸の実験体になることが、大蛇丸が提示してきた条件だったの。」

「そう、か。」

「一度は納得したよ。でも、逃げ出した・・・・・・とても怖いところだった。彼のアジトは。」

「そういえば、この近辺に大蛇丸一派の隠れ家があると言っていたな。」

 

 砂隠れのセキュリティガバガバ過ぎでは、と思ったけど砂隠れだしな・・・・・・。

 そして既に風影と大蛇丸が同盟を組んでいたら、黙認もしくは土地を貸していることもあり得る。

 

「うん。あの周辺にある大きな岩場の中を改造して、アジトに使ってるみたい。」

「・・・・・・岩場?」

「ええ。」

「・・・・・・一応聞くが、ジャイアントスナサソリが住めそうな規模の?」

「それどころか、大群がまるまる住めちゃうような大きな岩山だったわね。それがどうかした?」

 

『ジャイアントスナサソリってのは、全長十メートルにもなる馬鹿でかいサソリでさ。』

『岩場とかに単独で生息してて、本当なら群れつくって村を襲ったりしない筈なんだけど。』

 

 脳内にリフレインするテマリの声に、我愛羅はイヤナンデモと棒読みで返した。

 ────バケモノサソリの群れが生息できる規模の岩山がある。そして、彼らを追い出した其処に、大蛇丸率いる音忍たちが拠点を作る。

 

(で、住処を追われたサソリを、俺たちが討伐したと。)

 

 元凶大蛇丸だったんかい!

 至極どうでもいいような良くないような新事実が発覚してしまった我愛羅は、「まあ逃げたっていうか、普通に追手に捕まっちゃったんだけどね。」と続けるシジマに、無理やり脳味噌を本題へ切り替えた。

 

「そこに通りがかったのが俺だった、というわけか。」

「そういうこと・・・・・・一族はきっと失望してるでしょうね。」

 

 まんじりと今聞いた話を熟考した我愛羅は、俺に話して良かったのか、と聞いた。シジマはきょとりと首を傾げ、逆に尋ね返してくる。

 

「どうして?」

「正直に全てを話す必要はなかっただろう。シジマは適当に誤魔化して、場を濁すべきだった。」

「我愛羅くん、私に騙されるの?」

「・・・・・・看破したろうな。だが、」

「いいんだよ。」

 

 いいの、と言ったシジマに閉口した。他里の、しかも抜け忍と一族ぐるみで接触していたことが露呈すれば、ただでは済まない。

 勿論道理は通すべきだが、我愛羅としては困った・・・・・・今後の計画的にも。

 

「音忍に追われてる以上、一族は私を受け入れないだろうし、里なんてもっとそう。私にはもう居場所がなくて、それが正しいことだと思う。そもそも大蛇丸と手を組むべきじゃなかったんだもの。全部風影様にお知らせするわ。」

「・・・・・・ホウキ一族の没落は免れんぞ。」

「そんなの今更だよ。」

「考え直せ。」

「我愛羅くんって変なの。どうして君が止めるの?」

 

 不審そうなシジマに、どう答えたものかとあぐねた我愛羅は「一つ、方法がある。」と言った。

 

「方法って、なんの?」

「ホウキ一族の名誉とシジマの居場所を守り、ついでに大蛇丸を砂隠れの里から追い出す方法だ。」

「・・・・・・そんなことできるわけない。」

 

 眉根を寄せ、憤慨の表情になったシジマだが、そこに僅かに迷いが混じっているのを見とめた我愛羅は、更に言葉を連ねた。

 

「できる。というか、する。」

「・・・・・・分からないな。我愛羅くんはどうしてそこまでするの?ホウキ一族を助けたって、なんにも出てこないわよ。」

「シジマの一族のためではない。俺自身の計画のためだ。その協力の見返りとして、ホウキも救われる術がある────それに、礼をしてくれるんじゃなかったのか?」

 

 敢えてシジマの目を真っ直ぐ見つめて言い切った。

 切なくなるほど愛した、大切な親代わりに生き写しの瞳が、惑ったように揺れ動く。

 

「さっきの、訂正するよ。我愛羅くんは悪い人じゃないかもしれないけど、意地が悪いな。」

「忍なものでな。」

「それを言えば良いと思ってるでしょ。いいよ、聞くだけ聞く・・・・・・どうせ私縛り首だもん。」

 

 不貞腐れた様子のシジマに、我愛羅はホウッと肩の力を抜き、計画の一端を口にした。

 風影救済への、第一の布石を。

 

 

******

 

 

 ────三日後、砂隠れの里にて。

 憔悴した姉に付き添っていたカンクロウは、里の入口から聞こえて来たざわめきにはたと顔を上げた。

 

「生きて帰って来たってよ。」「それどころかピンシャンしてるってさ。」「とっととくたばりゃいいのにな。」「つーかよく里に顔を出せたよな、あの恥さらし。」「どっかいってくれればいいのに、あんな化け物なんて。」・・・・・・

 

 そんな陰鬱な罵倒を投げかけられる存在は、砂隠れには一人しか───己の弟しかおらぬ。

 

「我愛羅!」

 

 と叫んだのは一体どちらだったか。

 駆けだしたカンクロウたちの存在に気付いた我愛羅は、すぐさま胸元に抱きかかえていたチャボを頭上に上げた。次の瞬間、姉と兄の本気の体当たりが胴体に直撃し、ウグッと呻き声をあげる。

 

「ごめん!あたしがワガママ言ったせいで!」

「別に砂嵐はテマリのせいじゃ、」

「馬鹿お前!どこほっつき歩いてたじゃん早く帰るじゃん!」

「・・・・・・ごめんなさい?」

 

 カンクロウたちの様子に呆気にとられていた我愛羅は、片や半泣きの、片や怒り心頭のきょうだい達に何ぞ思うことがあったのだろう。

 酷く小さな声で、

 

「ただいま。」

 

 と呟いた。

 カンクロウとテマリはなとなく顔を見合わせ、それからハァーッと脱力する。

 

「おかえりなさい、我愛羅。」

「ホント、おかえりじゃん。」

 

 返って来たセリフに末の弟は安堵したように微笑むと、もう一度同じ言葉を口の中で転がしたのだった。





 その夜。

「────守鶴、俺と取引をしよう。」

 そう切り出した人柱力に応えるように、ぴちょんと水滴の音が響き、水面に静かに波紋を広げていった。


******

一話7000字以下という縛りをこっそり設けていたんですが、三話で余裕で破りました。しかも本編どころか前書き・後書きにも侵食してます。噓やん?
これでも削ったんですが、戦闘シーンが入るとどうしても長くなりますね。あと我愛羅、君の戦闘スタイル動かないから描写し辛いね・・・・・・。
 
因みにホウキ一族のシジマちゃんさんですが、小説『我愛羅秘伝』に登場するキャラクターです。
つまりシジマちゃんさんが「顔が夜叉丸に似ている」のも「元大蛇丸の実験体(この話では未遂)」なのも公式設定です。(ホウキ一族の医療忍者が優秀なのも公式ですが、シジマちゃんさんはゴッリゴリの武闘派なので医療知識があるというのは捏造です。)
我愛羅がうちはだったら即座に脳が焼き切れる設定ですよね。なおシジマちゃんさんは我愛羅曰く「冴え冴えとした月のような美人(要約)」だそうです。この一行でとんでんは我シジとかいう狭き門を開きました。本当になんで?
更に因みにですが。小説ではそれ以外にもイチャイチャシリーズを読んだり、テマリの惚気話に付き合ったり、カンクロウに酒を飲まされたり、お見合いしたり(これがメイン)するとっても面白い我愛羅が見られます。なんならテマリのくっ殺とかもあります。気になった方は是非に。


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成り代わり、忘れる。

 

 突然だが、CVが石●彰(敬称略)になった。

 

 否、我愛羅に成り代わった時から声帯は約束されし石田●ボイスである。がこの度無事に十三の年を迎え、その折にちょっと早めの変声期を終えたことで、どう足掻いても完璧にうさんくさい●田彰ボイスへと変貌を遂げた。こうなると前世でオタクを拗らせて(拗らせすぎたせいか)転生までしている輩はハチャメチャに落ち着かない。

 なんせ、「我愛羅今日の夕飯何がいいー?」という問いに「カレー。」と答えても、親の声より聞いた石●彰ボイスが出て来るのだ。親の声をもっと聞けというツッコミはなしである。一先ずとてもソワソワすることだけが伝わればよい。

 尚、困ったことは他にもあって、いったん意識がそちらへ引っ張られると「カレーはこないだ食べたでしょ!他のにして!」なる姉の苦言はまんま朴●美(敬称略)に聞こえるし、「いいじゃん、カレー美味いじゃん。」と混ぜ返す兄の声はふぁてごのあの人に聞こえてしまう。こうなるともう駄目だ。

 我愛羅に成り代わった男はオタク故に備わってしまったリスニング能力を呪った。

 

(────木ノ葉に滞在する間、大丈夫か俺。)

 

 あっちのくノ一に推し声優いるんだが、集中力持つだろうか。

 風影室にて。中忍試験のエントリーシートを手にはしゃぐきょうだい達を他所に、我愛羅は死んだ目で父を凝視した。もうすぐ大蛇丸に殺される予定の男は、我が子を前にしているとは思えぬ冷え冷えとした眼差しを返すだけだった。

 

 

******

 

 

 我愛羅が十三歳になると起こるイベントといえば、中忍試験編────もとい、木ノ葉崩し(未遂)である。

 NARUTOという漫画の前半戦、通称少年編の山場の一つだ。これを終えると綱手捜索編から続くサスケ奪還編が始まり、第一部終幕となる。

 ぶっちゃけ我愛羅の人生的には第二部が始まった後の方が大変なのだが、守鶴を暴走させる予定がある分今回の中忍試験の方が気が重かった。

 

(・・・・・・夜叉丸。)

 

 勿論、単純にトラウマという意味で。

 まあ別に夜叉丸は暴走に巻き込まれて死んだわけじゃないんだけどさ・・・・・・その後に守鶴がヒャッハーしてたから、嫌な記憶として紐づいているんだよな・・・・・・。

 

「我愛羅、妙にテンション低いじゃん。嬉しくねえのか?昇進だぜ。」

「試験を受けたところで、中忍になれると決まったわけじゃないだろう。」

「そんなこと言って、俺たちの実力ならもう中忍になったも同然じゃんよ。」

 

 風影塔近くにある、風忍待機所にて。

 フンと鼻を鳴らすカンクロウに、仏頂面のまま我愛羅は視線を逸らした。

 作戦実行の要である筈の我愛羅たちには、まだ木ノ葉崩し計画は知らされていない。現時点では、風影に直々の推薦を受けただけだ。

 

「油断禁物、捕らぬ狸のなんとやらだ。」

「我愛羅は本当に慎重だね。アタシらは下忍の中じゃ頭一つ抜けてるし、そんじょそこらの奴には負けないだろ。」

 

 故に、こうやって嬉しそうにしている姉弟たちを見るのが、かなり辛い。

 

(おまけに、そろそろ親父殿が暗殺される頃合いなんだよな。)

 

 我愛羅(成り代わり)的には最も大事なポイントだ。布石も作戦も入念にたててあるが、緻密な作戦ほど失敗のリスクが付きまとう・・・・・・ついでに、ここで暗殺を阻止できず親父こと四代目風影がくたばると五代目のお鉢が我愛羅の元へと回ってきてしまうから、割とマジで失敗は許されなかった。

 砂隠れの里の上層部は基本“強い輩は祀り上げる”方針で、残念ながら我愛羅はとても強いのだ。少年編中ボスの称号は伊達ではない。二部が始まればインフレに置いてかれるけど。

 

「もー!なんでそんな渋い顔するんだよ、もっと喜びな!」

「そうじゃん。俺たちまで暗くなんじゃん。」

「ホラ、ニコッってしてみな我愛羅!ニコッ」

 

 山積みの問題にゲンナリしているのが顔に出ていたのだろう。暗い!と苦言を呈された我愛羅は、テマリに云われるがまま口角を上げた。

 

「全然楽しそうじゃない、やり直し。」

 

 CV朴●美の厳しい駄目だしが入った。

 

「・・・・・・そもそもどうやって笑えばいいかが分からない。笑うとは。」

「お前の人生乾燥し過ぎじゃねえか?」

「そういやアンタが笑ってるとこ見たことないね。ていうか笑ったことあるの?人生で。」

「一度くらいはあるだろう、流石に。」

「具体的にいつじゃんよ。」

「・・・・・・待て、思い出す。」

「それはもうないじゃん。」

 

 兄に哀れなヤツを見る目で見られた。実際哀れな方な人生を送っている我愛羅は、何も言えずに足下にいたペットのチャボ(オテの方)を抱きあげ、頬ずりした。

 ふかふかの温かいお腹から、砂埃と太陽の混じった香りがする。丸々太ったその腹部に、いつか守鶴の腹も撫でてみたいなと思った。あれは絶対触り心地が良い筈だ。フォルムがそう物語っている。決めた、友達になったら初めに抱きつかせてもらおう。

 閑話休題。

 

「────我愛羅、ここに居たか。」

「バキ隊長。」

「風影様がお呼びだ。」

 

 風のように音もなく現れた寡黙な上忍師に、我愛羅は撫でていたオテを降ろした。途端、自分の番!と言わんばかりに膝に飛び乗って来たオスワリを抱き上げ、カンクロウへ渡す。そのまま不満そうなチャボの視線から逃れるよう、椅子から立ち上がった。

 

「我愛羅だけ呼び出して何の用だ?話ならさっき済ませりゃ良かったろ。」

「風影様の御意思だ。口出しは忍である以上できない、例え実子であってもな。」

 

 不審そうな部下を言外に窘めたバキに、テマリは今すぐ風遁の大技を使いたいです、という顔をした。

 娘にここまで警戒される親父へ、我愛羅は若干の憐憫を抱いた。テマリの天秤が弟に傾いている以上父の扱いが雑になるのは致し方ない。が、それにしてもちょっと可哀想。

 

「良く来たな、我愛羅。」

「・・・・・・。」

 

 心配する姉兄たちを背に、先程まで居た風影室へ赴き、戸を叩く。少しして返って来た入室の指示に従い戸を開けると、厳めしい様子の父がついせんのまま、そこに居た。

 

「何故自分がここに呼び出されたのか、分かるか。」

「いいや。バキ隊長からは要件とだけしか聞いていない。」

 

 そうか、と言った風影は執務椅子から立つと、「少し歩く、来い。」と我愛羅を促した。

 少々逡巡したが、大人しく後について戸口から外へ出る。別に父親に呼び出しを受けるのは初めてではなかった。任務で良い結果を治めれば直接労いの言葉を頂くこともある。が、その程度のことならテマリたちの前で済ませば良い。

 

(こんにちは死ねでなかったのは僥倖だが、意図が全く読めない。)

 

 塔の横に備え付けられた階段を上り、屋上へ────砂隠れの里を一望できる高台へと上がった我愛羅は、その後何を言うでもない父に困惑しつつ、視線を彼方へと向けた。

 そこには砂塵で霞がかった地平線、陽光を受け輝く金の砂地が荘厳に広がっている。険しくも美しい、我愛羅の故郷だ。

 

「我愛羅、お前はこの里をどう思う。」

「・・・・・・毒と細工物に優れ、他里とはその技術力で一線を画している。大国に属する里として申し分ない。」

「そういった話ではない。」

 

 折角褒めたのににべもなかった。

 「お前自身にとって、この里がどんな場所なのか・・・・・・本心でどう思っているのかを聞いているのだ。」と言う父に、我愛羅はお前がそれ言っちゃう?という気持ちで考えあぐねる。本音を晒しては角が立つ、しかし鋭い風影の眼光からは、容易に逃れられる気がしなかった。

 

「好ましい場所だったことは、一度もない。」

 

 黙考の後、我愛羅は正直に応えることにした。

 ほう、と低く呟く風影が怖いが、今は木ノ葉崩し計画の直前。このタイミングで主戦力になりうる我愛羅を手にかけはしないだろう。

 

「砂埃がしょっちゅう目に入るし、甘味が不味いし、この間なぞ砂嵐に巻き込まれて吹き飛ばされたし、暮らしにくいことこの上ない。」

「・・・・・・そういった話ではなく。」

「だが、俺はここで一生を終えるしかない。ならば好きも嫌いもない。」

 

 我愛羅は人柱力だ。里の切り札だ。

 生涯をこの地で暮らし、骨は砂中に弔われる。成り代わりに気がついた直後は、いっそ抜忍になってしまおうかと思ったこともあった。が、それをすれば地の果てまで終われることになる上、捕まれば間違いなく守鶴を抜かれて殺される。それが人柱力の生き方だ。

 憂いても歎いても、その事実は変わらない。なら、己が適応するだけだ。と、我愛羅はそう思う。

 

(だからせめて里を暮らしやすい場所にしたいっていうか、一先ず風影だけはやりたくないっていうか。)

 

 人前に立つのも話すのも苦手なんだよな。できれば人間の群れの中で浮きも沈みもせず、目立つことなく生涯を終えたい。上昇志向なんぞ糞食らえだ。

 我愛羅はボンヤリそんなことを考えつつ、微妙な顔をしている父を仰いだ。

 

「父様、何故そのようなことを今更?」

「否・・・・・・以前、お前は砂嵐に巻き込まれて数日間行方不明になったことがあったろう。」

「ああ。」

 

 と、我愛羅は思考を巡らせる。父の言う以前とは、おそらく駆除任務の後にテマリたちと逸れ、音忍と戦闘になって、地下へ逃げ込み、ホウキ一族のシジマというくノ一と交流した時のことだろう(前話参照)。

 要は色々あったのだが、そのために少々帰宅に時間がかかり、テマリとカンクロウに滅茶苦茶に叱られたのだ。もう既に半年以上前の話だった。風影からは大した叱責も受けなかったため、失念しているのかと思っていたが、もしや今から処罰が下るのだろうか。

 

「お前はあの時、里に帰らぬという選択もできた筈だ。」

「・・・・・・?」

「何故砂隠れの里へ帰って来た、我愛羅。」

 

 一瞬言われたことが分からずに、我愛羅は瞬きをした。

 なんだ?帰ってきて欲しくなかったってか?流石に傷つくぞ。

 

「お前にこの里へ帰ってくる理由はなかっただろう。」

「俺は、」

 

 口を開きかけた我愛羅は、かといって何を言えば良いのか分からず、閉口した。

 

『あーあー。見てらんねえな。』

 

 と、見かねたのか何なのか。

 最近機嫌のよい我愛羅のマブダチ(尚我愛羅が言っているだけ)が、呆れたような声をあげた。同時に我愛羅の意識が建物の屋上から、薄暗い精神空間へと引きずりこまれる。

 

「守鶴、」

「我愛羅、お前風影に試されてるんだよ。」

「試す?」

「お前もオレ様も、ここ数年は大人しくしてたからな。大方人柱力としての能力が安定してきたと思ってるんじゃねえか。」

「・・・・・・ああ成る程。力が安定した以上暴発という脅威はなくなったが、代わりに故意に力を振るう可能性が浮上したために、危険思想の有無を見極めていると。」

 

 まあそれでいいや。

 と、投げやりに守鶴が言った。礼を言って意識を現実へと引き戻し、黙したまま俯く息子を無言で見下ろしていた風影の目を、真正面から見つめる。

 

「俺がもし抜け忍になったら、そうしたら、もう夜叉丸の墓参りができなくなってしまう。」

「、」

「それは嫌だと思った。それだけだ。」

 

 父が僅かに息を飲んだ。

 彼の期待していた返答に近ければいいが、いったいどうだろうか。何も言わぬ風影へ軽く会釈をして、我愛羅はその場を辞した。

 

『墓参りってよ、お前そんな行ってねぇだろ。』

 

 なお、守鶴にはそんなツッコミをいれられたが、珍しく我愛羅は黙殺した。

 自分が殺した叔父の墓参りにそんな頻繁に行けないってば普通。

 

 ────こんな会話をしてより、暫く後。

 父の気配が変わった。著しく、ではない。常日頃からその挙動仕草を注視し、観察していなければ分からぬような、些細な変化だ。しかしそんなことをしている忍など、幼少より命を狙われていた己くらいしかいないだろう。

 

(だとしても、上忍や暗部たちも気がつかないとはな。) 

 

 父から漂う醜悪な蛇を思わせる毒々しいチャクラへ目を伏せながら、我愛羅はA級任務────『木ノ葉崩し計画』の勅命を、粛々と受けたのだった。

 

******

 

 木ノ葉隠れの里へは、忍の足で走って三日程かかる。

 つまり遠い。

 

「あー、疲れたじゃん。」

 

 いくら忍と言えど数日走りっぱなしというのは堪えるもんで、あうんの門をくぐった瞬間、カンクロウは不機嫌そうに腕を伸ばした。

 

「先に宿へ行こうか。部屋はとってあるんだよね、バキ。」

 

 ああ、と肯う上忍師に予約した宿屋の名を聞いているテマリを他所に、我愛羅は瓢箪の上に乗っけたチャボ────オスワリの方を抱っこして、嘴の下を撫でる。

 我愛羅は先日した守鶴との取引のお陰でチャクラにも体力にも余裕があったから、生憎そこまで疲労感はないのだ。

 

(二人が宿屋で休んでる間、一楽とか行ってみようかな。)

 

 なんせ、NARUTOファンが転生したら行ってみたいところナンバーワンである(クソデカ主語)。

 これから木ノ葉を訪ねる予定は、我愛羅の計算上少なくともあと二回はあるわけだが、ラーメン屋に寄れる余裕があるかは分からないので、できればこの機会に訪ねたい。

 

「そういえば我愛羅、結局そのペットは連れて来たのか。試験の役には立たないだろう。」

 

 それを言ったら、任務の役に立ったこともそんなになかった。

 一人口寄せ獣(鳥)と戯れている我愛羅を見て何を思ったか、ふとそんなことを言ったバキへ肩を竦める。

 

「それに、もう一羽はどうした。」

「オテは留守番だ。オスワリより弱いからな。」

「おいおい、大丈夫かよ。誰か世話してくれる人頼んだじゃん?」

「父様に預けた。」

「大丈夫かそれ?家帰った時に焼き鳥とかになってたらどうすんの、ねえ。」

 

 散々な言われようだった。父様が殺そうとしているのは現状俺だけなので、ちょっとは信用してあげて欲しい。

 

「オテは俺より可愛がられているから平気だと思う。」

「根拠が最低じゃんよ。」

「あと話が変わるんだが、俺は先に里の散策をしたい。別行動の許可は貰えるか?」

 

 バキに指示を仰ぐと、存外すんなりと許しが出た。ここ数年の品行方正が効いているようだ。

 一人で大丈夫?と聞くテマリに「もう十三歳なんだが。」と口をへの字に曲げるなどしつつ、二手に分かれる。さてと、一楽ってどこにあるんだろう。

 

『おい我愛羅、オレ様を出せ。今すぐ戦わせろ。』

 

 ぴちょん。

 という雫の音が聞こえたのは、その時だった。興奮したような声音が我愛羅の内で響く。足を止めた我愛羅は、ザワリと己の意志に関係なく逆巻いた砂に息を飲んだ。危機察知能力の高いオスワリが、すたこら我愛羅の肩から逃亡する────守鶴がチャクラを荒立てているのだ。俗に云う暴走状態の前触れである。

 (一方的に)友になったからと油断していた。一体何故いま、

 

『あいつ────九尾だ!』

 

 守鶴との付き合いは長い。しかし思考を遮るように響いたその声音は、どんな時より楽し気で血に飢えていた。

 

「ぎゃあああああああ!」

 

 おまけに、九尾(・・)!今守鶴は九尾(・・)と言わなんだか。

 思わずハッとして顔を上げる。心臓が早鐘のように打ち鳴らされていた。と、我愛羅が視線を上げるかあげないかの瞬間、すぐ横を絶叫を上げるオレンジ色のジャージを着た少年────金髪碧眼の、紛れもないこの世界の主人公(あとゴーグルをした子供たち)が、転がるように走り抜けていった。一拍遅れて彼らを追う桜色の髪をした少女を見送ってから、我愛羅は一心同体の大親友『違ェが!??』へ話しかけた。

 

「・・・・・・駄目だ。」

『ハァンッ!契約を反故にする気かよ!?』

「今は、駄目だ。まだその時じゃない。」

 

 落ち着け、と舌の根で転がすように囁いた。歯向かいたそうに唸った守鶴は、それでも渋々といった様子でチャクラを練るのを辞める。

 それにホッとした我愛羅は、近くの塀へ背中をつけた・・・・・・ここで尾獣姿になるのはナンセンスだ。我愛羅の思い描いている、我愛羅なりの中忍試験編の結末へ辿り着かなくなってしまう。

 

(・・・・・・というか、何でナルトたちはサクラに追いかけられてたんだ?)

 

 追いかけっこか?仲いいな。

 と先程の光景を思い出しながら、何か忘れているような嫌な予感がして、小首を傾げる。そういや我愛羅とナルトのファーストコンタクトってなんだっけ?

 

「────こら!この黒ブタ!!そいつを離さないとこのオレが許さないぞ!!」

 

 はるか後方、先程カンクロウたちと別れたあたりから聞こえて来た怒声に、全てを理解した。

 うちの兄貴がごめん。

 

******

 

 我愛羅が「キレやすい若者怖い。」って言ってもブーメラン過ぎて最早ギャグなんだが、それはそれとして言わせて欲しい。

 キレやすい若者怖い。

 

「カンクロウ、やめろ。」

 

 言いつつ、入里早々ぶつかってきた下忍その他数名相手に喧嘩をおっぱじめるキレッキレの兄貴が止まるとは思えなかったので、足元の砂を動かして転ばせた。傀儡まで出そうとしていたのか、指先からチャクラ糸を伸ばしていたカンクロウがどんッと尻もちをつく。

 

「イッテェ!いきなり何するじゃん我愛羅!」

「お前こそ他所の里で何をしているんだ。」

 

 でもコイツらが先につっかかって来たんだ!とカンクロウが目の前にいる・・・・・・というか元来た道を戻って来た我愛羅とカンクロウたちの間にいるナルトたちを指差す。要は意図せず挟み撃ちの状況にしてしまったわけだ。

 ナルトたちもそれに気が付いたのか、速やかに臨戦態勢に入る。サスケなど木の上にいたのにわざわざ皆を庇うように我愛羅の前へ立った。悲しい。

 歩を進める度にモーゼのなんたらのように距離を取られながら、我愛羅は兄の傍らへ足早に近寄る。

 

「そこの三人は見たところアカデミー生だろう。子ども相手にムキになってどうする。」

「けどよ・・・・・・。」

「黙れ。前方不注意は兎も角、わざとぶつかったわけではない子どもの胸倉を掴んで宙吊りにした挙句に殴ろうとしたろう、ちゃんと謝れ。」

「最初っから見てたんじゃねーか!」

 

 ぐいぐいと頭巾に覆われた頭を押さえると、ケッとカンクロウがいじけた。いじけたいのはこっちの方である。

 

「我愛羅、観光はもういいの?」

「興が冷めた。宿へ向かうぞ。」

「チッ、仕方ねえな。」

「全く・・・・・・ああそうだ、そこの君たち、」

 

 一連の騒動に我関せずを貫いていた姉へ応えつつ、さり気なく忍服の裾を左手で払う。あらかじめ姉弟全員で示し合わせていた“符牒”に、すぐさま意図を察してくれた彼らは素直に撤退を選んでくれた。

 それにホッとしつつ、これだけは言っておかねばと背後を振り返る。ジワッと距離を取られた。

 

「兄が悪かったな。」

 

 さ、行くぞ。と不貞腐れた兄とつまらなそうな姉を促して、場を去ろうとする。

 

「ちょっと待って!額当てから見てあなたたち、砂隠れの里の忍よね。確かに木ノ葉の同盟国ではあるけれど両国の忍の勝手な出入りは条約で禁じられている筈でしょ!」

 

 が案の定呼び止められた。誰にか、春野サクラにだ。そういえば中忍試験の導入ってこんな感じだったか。本筋に関係なさそうな細かい部分はもう既に曖昧だ。どう答えるかと一瞬口籠った間に、テマリが小馬鹿にしたように口を開く。

 

「何も知らないのか?灯台下暗しとはこのことだな。」

「これから担当上忍から説明があるんだろう・・・・・・確かに俺たちは砂隠れの下忍だが、通行証も入国審査もキチンと受けている。危惧するようなことはない。」

 

 まああるんだけど。

 国崩しとか計画してるんだけど。

 

「けど、」

「楽しみを奪うのは忍びない。これ以上は上忍に聞くといい。」

 

 言いつつ、少しずつ詳細を思い出して来た我愛羅は、サクラの横に佇む黒髪の少年へと視線をズラした。

 ほう、と思わず感心する。確かにテマリが(ていうかNARUTOの女性キャラの大体が)頬を染めるだけある、非常に整った面立ちをしていた。

 

「────おい、そこの瓢箪のお前。名前は。」

「うちの弟に何か用?」

「喧嘩なら俺が買うじゃん。」

「やめろ。」

 

 そんなサスケへ対し秒速で気色ばむキレやすい若者二人を静止する。

 穏便に生きて。これから数ヶ月ずっと不穏なんだから。

 

「お前たちも試験へ出るなら会うこともあるだろう。じゃあな、うちはの忍。」

「ッ!テメェ、」

「ホラ、行くぞ二人とも。」

 

 渋々引き下がる姉と兄を引きずりながら、大通りの角を曲がる。

 ナルトたちの視界から消えた瞬間、テマリが我愛羅の頬に手を伸ばした。

 

「アンタ大丈夫?体調は?守鶴が暴れそうになったって?」

「別に封印が解けかけたわけじゃないし、今は落ち着いている。一応の報告として伝えただけだ。」

「本当かよ。」

 

 “符牒”・・・・・・守鶴の暴走の兆しを伝えるメッセージに顔を覗き込む姉兄たちに頷くと、胡乱気な視線を投げかけられる。

 

「道中の疲れが出たのか?どっちにしろ油売ってる場合じゃなかったね。」

「お前は宿についたらもう寝ろじゃん。」

「過保護・・・・・・。」

 

 ボソッと呟いたが無視された。

 きょうだい仲が改善されたのは結構なのだが、どうも末っ子に対してオーバーケアなのだ。二人がかりで宿の布団に放り込まれた我愛羅は、もうちょっと放任してもらえるように頑張ろう、と欠伸を噛み殺した。

 因みに、サスケに名乗るのも名乗られるのも忘れたことには、死の森で巻物探しをしていた時────要は随分後になってから気が付いた。

 

******

 

 後日談というほどでもないのだが、宿について暫くのこと。

 「あ、」と不意にそのことへ思い至った我愛羅は、傀儡を手入れしている兄へ声をかけた。

 

「そういえば、カンクロウ。」

「あんだよ。」

「お前が締め上げていたあの子ども、三代目火影の孫だぞ。」

「・・・・・・マジ?」

「俺はこういう嘘はつかない。」

「・・・・・・テマリには黙っといてくれじゃん。」

「うん。」

 

 絶対怒られるもんな。

 これから木ノ葉崩しをする予定で、外交問題とか言ったらそっちの方がヤバいのだが、それよりも更に恐ろしい姉なる生き物に決して逆らえない弟二人は、ウンウンと頷きあったのだった。

 



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成り代わり、受験する。

短めですがキリが良いので。
  


 

 ─────定刻になった。

 

 すっかり夜の帳が下りた、木ノ葉隠れの里の某所にある宿屋。その二階の一室で、少年は夜陰に隠れるようにして丁寧に印を組む。

 

「コケッ」

 

 亥、戌、酉、申、未。

 順に手指を組み合わせチャクラを練り上げると、ポンッという軽い音と白煙と共に、小柄な愛玩動物が現れた。

 久方ぶりの主人との再会が嬉しいのか、肩口に駆け上って耳たぶを甘噛する可愛い子にしばらく好きにさせてから、その砂色の体を持ち上げ膝に下ろす。細い脚に括りつけられている文を解き、紙面へ目線を走らせた。

 簡素な暗号文が指し示す内容を頭に叩き込むと、瓢箪の中に紙片を入れ磨り潰す。砂粒より小さくしてしまえば紙切れ一つ残らぬ。紙切れ一つ残らぬなら、解読される危険性もない。

 

(『人は神になれない、緻密な計画ほど破綻した際に取り返しがつかない。』、か。)

 

 前世で読んだ推理小説の一節を脳内でなぞる。

 飼い主の手へ柔らかい腹で乗っかるチャボをあやしつつ、少年は窓の外を眺めた。月が出ていた。

 

(だからこそ策略には余白を持たせ、臨機応変に対応できるようにしなくてはならない────。)

 

 己の立てた計画の白紙の部分は、様々な思惑によって徐々に埋まってきている。

 しかし思い描いている最終局面へは、まだ辿り着ける位置に居るはずだ。

 

(流れには身を任せる。だが、舵を取り続けるのは俺だ。)

 

 もしも己で行き先を決められなくなれば、それの指し示すところは────完膚なきまでの敗北だ。

 文の差出人によってチャボが何処かへ口寄せされ、その場から姿を消すまで、少年はずっとそのままの体勢で月を見ていた。

 彼は未だ、満足に夜を明かすことができない。

 

******

 

 中忍選抜試験は恙なく始まった。

 それに対し嵐の前の静けさと感じるのは、木ノ葉崩し計画を知っているからだろうか。

 

(これほど持っている術によって、有利不利が分かれる試験もあるまいな。)

 

 第一の試験は知っての通り、拷問・尋問のスペシャリストである森乃イビキの監督下によって行われるペーパーテスト・・・・・・という名の情報収集戦である。山中一族や瞳術使いには楽な試験になるだろうが、その辺の才はどちらかというと不遇な我愛羅は砂で手遊びしつつ、周囲へ意識を巡らせた。

 試験会場は緊張と雑音に満ちていた。

 カツカツと机を叩くペン先の音、試験を監督する木ノ葉の中忍たちに無理矢理会場からつまみ出される者の悲鳴。更には────

 

『おい、全然筆進んでねェじゃんか。もしかして解けねえのかよ。』

 

 ────暇を持て余している守鶴(ベストフレンド)(『じゃねーからな!』)の野次。

 

『ああ、こんなもん一問たりとも分からん。』

『大丈夫か???お前一応風影の子息だろ。』

『嘘だ。三問は分かる。』

 

 言ってみたかっただけである。実際(殆ど)皆目見当がつかないけれど。

 筆記具を持っている方の手で頬杖をつき、目を伏せる。再び瞼を開けた時、景色はヒリヒリとした空気が漂う無機質な部屋から、保安灯のような朧気な光が照らす巨大な空間に変わっていた。守鶴の精神空間だ。

 

「いや結局駄目じゃねーか。」

「駄目だな。座学はそれなりに修めている心算だったのだが、まず下忍に開示されていない知識を用いなければ解けない問題が幾つかある。」

「基礎の応用とかでどうにかなるようになってんじゃねえの。」

「なってはいるが、面倒だし回りくどい。馬鹿正直に解くよりカンニングした方が早いな。」

 

 つまりどういうことかっていうと、これを時間内にサラサラ解いているであろう春野サクラがヤバすぎる。ブレーンなんてもんじゃないぞ。どうなってるんだその頭脳。

 

「カンニングってお前、砂の眼を使う気か?幻術併用しねーと即バレるぞ。」

「バレるだろうが、減点は四カウントまで余裕がある。一度の失点くらいは良いだろう。」

 

 後の二代目“三忍”の実力は伊達じゃないというわけだ。

 奇妙に得心が行きながら、我愛羅は会場の騒ぎ────試験官につっかかった下忍の怒鳴り声に顔を上げる。室内の意識がそちらに集中している内に、チャクラを練り込んでおいた砂を天井近くへ浮かした。森乃イビキとがっつり視線が合ったが、素知らぬ顔をして第三の目越しに見えた解答を書き写す。

 別に白紙で提出したってパスできるのだが、極力したくなかった。我愛羅は(面倒くさいオタクなので)それはうずまきナルトだけに許される行為だと思っているのである。

 

(テマリとカンクロウは二人でどうにかするようだし、俺は余計なことはしない方がいいか。)

 

 チラと姉兄の方を見やった我愛羅は、大丈夫、というハンドサインに了解の意を返した。

 

『守鶴、しりとりでもしないか。』

『ハァン?んでお前とそんな友達みてーなことしなくちゃなんねぇんだよバカヤロウ。』

『う、う・・・・・・烏骨鶏?』

『勝手に始めんな!』

 

 しかし、そうなってしまうと暇である。我愛羅はナルトのあの名言(忍道うんぬん)を清聴するまでやることがなくなってしまったので、再び頬杖の姿勢に戻った。

 

(そういえば我愛羅の本格的な出番って、予選からだっけ・・・・・・。)

 

 まあ敵キャラだから序盤の露出が少ないのはしょうがないのだが、俺の脱ボッチ計画が非常に滞ってしまう。やっぱりファーストコンタクトの際に多少強引でもナルトとコミュニケーションを計れば良かった。でもカンクロウが木ノ葉丸締め上げてたせいで印象最悪だったろうしな・・・・・・。

 

『・・・・・・イチゴ。』

『結局やってくれるじゃないか、しりとり。』

『ルッセェな、お前がしつこいからだろうが。』

『そうか。ところで守鶴は意外とワードチョイスが可愛いな。』

 

 長い沈黙の末、守鶴の口から捻りだされた思ったよりも優しい単語にほっこりする。

 ほっこりしたのは良いのだが、言った瞬間守鶴の空間から締め出された。尾獣心は難しい。

 

******

 

「お!木ノ葉トビヒルじゃん!」

「ちょっとカンクロウ、アタシ嫌だからねそんな気色悪いの。って馬鹿!こっち持ってくんな馬鹿!」

 

 露骨に嫌そうな顔をするテマリへ、ぶよぶよとした縦縞模様の・・・・・・ナマコ?のような生き物を差し出したカンクロウが、「面白れぇ習性してんのに。」と口唇を尖らせる。

 

「気持ち悪いもんは悪いんだよ!・・・・・・それも毒があるのか?」

「いや?毒はねえけど吸血で人を殺せるじゃん。」

「毒がないんならお前の目的のものじゃないだろ。いちいち寄り道するな。」

「へーへー。」

 

 顔を輝かせて拾ったわりにぺいっとその辺にトビヒルを放り捨てたカンクロウへ、テマリが眉根を思い切り寄せた。

 男子って何で目に付く変なモノ全部拾いたがるんだろう、という顔だ。我愛羅は詳しい。なんせカンクロウと一緒に何度も叱られてきた。

 

「ったく、折角滑り出しは良かったのにカンクロウが毒採取しだすから!今は試験中なんだ、遊んでる暇なんかないだろ。我愛羅も何とか言ってやんな!」

「木ノ葉は砂隠れと全く植生が違うからあっちじゃ手に入らない貴重な毒が沢山手に入るんだよ。毒の収集は傀儡師の立派な勤めじゃん、遊んでるなんて人聞きの悪いこと言うなっての。なあ我愛羅?」

「・・・・・・。」

 

 第二の試験、試験会場“死の森”にて。

 口喧嘩をする姉と兄に板挟みになりながら、我愛羅は口をへの字にした。普段ならチャボを抱きかかえて視線を逸らすところだが、生憎オスワリは第二の試験中はバキへ預けているため不在だ。ゆえに誤魔化しはきかないのだが、これは何を言っても角が立つパターンと見た。

 

 ────原作の我愛羅たちは、第二の試験において歴代最短の記録を叩きだしている。

 たまたまかちあった雨隠れの忍が“天”の書を有していたこと、そして彼らとの戦闘を長引かせることなく(そして何の衒いもなく)我愛羅が殺したこと・・・・・・いくらか理由はあるが、あれは殆ど運が味方していたからできた所業だ。

 我愛羅(成り代わり)に同様に“第二の試験を歴代最速突破”できるかと言われれば難しい。加えて我愛羅(成り代わり)は無益な殺生はしない主義だ(前々話とか前々々話とかでがっつり音忍を圧殺しているが、あれは有益な殺しだったのでノーカンとする)。

 閑話休題。

 

「目下優先すべきなのは中忍試験への合格!第二の試験では誰より早く中央の塔へ行って、罠を張って他のチームを迎え撃つ・・・・・・そういう方針で話をまとめたろ。これじゃ作戦実行前に御破算だよ!」

 

 兎にも角にも、そんなわけで我愛羅たちは上記のような策を立てたわけなのである。が、「あれ火の国にしか生えてない毒キノコ。」「あれは木ノ葉にしかいない希少な毒ガエル。」などというようにちょくちょく立ち止まる連れがいるもので、遅々として前進しない。というか、

 

(うちの兄貴、原作のカンクロウより大分フリーダムなような。)

 

 我愛羅に怯える必要がないからだろうか。

 実際に家族として生活してみて感じたことなのだが、カンクロウは拘りが強くて研究熱心な芸術家肌だった。故に我愛羅は、存外姉兄の仲で一番主張が強いのはこの兄なのかもしれないと思っている。

 

「ん?おい我愛羅テマリ、これ見るじゃん。」

「今度はなんだ?もしまた大きな蛇の抜け殻だとかトビヒルだとか言うんなら────」

「・・・・・・否。」

 

 カンクロウの背中から地面を覗き込んだ我愛羅は、消し忘れたであろう僅かな足跡を見つけて目を細めた。瓢箪から出した粒子の細かい砂を、風にのせて周囲へ広げる。

 

「こいつらが天の書を持ってりゃ良いんだがな。」

「まだ新しいね。そう遠くには行っていない・・・・・・なんだ、お前の寄り道グセもたまには役に立つじゃない。」

「寄り道って言うなよな、だから。」

 

 テマリとカンクロウはすぐに喧嘩するが、仲直りも早い。満更でもなさそうな兄に肩を竦めつつ、我愛羅は印を組んだ。

 周囲へ飛ばした砂を使い、接触感知をはかる。テマリの言うように、まだそう遠く離れた場所にはいっていないようだ。大方の場所を割り出してから第三の眼をつくりだし、宙へ飛ばす。視覚感知で確認したところによると、茂みに隠れて誰が巻物を持つか話し合っているようだった。こちらに気が付いた様子は、今のところない。

 そして────

 

「・・・・・・でかした、カンクロウ。」

「お?アタリじゃん?」

「ああ。所持しているのは“天”の巻物のようだ。班員はまだ誰も欠けていないな、背の高い男、中くらいの男、それから小柄な男の三名。皆傘を背負っている。それから・・・・・・」

「どうした?」

「・・・・・・額当ては、雨隠れのもののようだ。」

 

 ────なんか滅茶苦茶見覚えのある雨隠れのオジサンに、我愛羅は運命って本当にあるんだなあと遠い目になった。

 

 

 

 木ノ葉の里は風が強いらしい。先程から乾いた砂がよく目に入る。

 

「雨隠れとは気候が違うな。」

「全くだ。」

 

 仲間たちとボヤキながら、雨隠れの下忍チームの中で最も背の高い男は、目元を擦った。男の故郷は一年を通じて雨が降っている、陰気な里である。

 陰気なのは天気だけではない。里長“山椒魚のハンゾウ”が“神様”に制裁を受け落命してから、幾分かは暮らしやすくなったが、それでも大国の間に挟まれ戦火の度に蹂躙されてきた土地だ。傷跡は根深かった。

 

(だからこの年になるまで中忍試験も受けられなかったんだもんな。)

 

 そんな外交もままならなかった時代を思うと、今の方がよっぽど良い。男は心の底からそう思う。

 また風が吹いた。今度は大きい。

 木枝、葉を揺らし舞い散らせる風が、同時に砂利もまき散らした。目に砂が入らんよう咄嗟に顔を覆った男は、ひゅうひゅうという音が静まってからようやっと顔を上げる。 

 

「・・・・・・ア?誰だ手前。」

 

 いつの間にか男たちの前────距離にして三メートル前方に、少年が一人立っていた。

 赤みがかった茶髪を短く刈りこんだ、色の白い子どもである。目立つ容姿だ、と思った。額には“愛”という刺青がしてあるし、短躯には不釣り合いなほど巨大な瓢箪を背負っている。

 額当ては、砂隠れの里。

 

「もしかして、たった一人で俺たちに挑もうってか?愚かだねえ。」

 

 千本を仕込んだ傘を掴み、牽制する。砂隠れの下忍はそれを一瞥した後、何の気負いもなく片手を広げた。

 

「────砂時雨の術。」

 

 どうも、会話する気はないらしい。

 下忍の少年が手を上げるのに合わせ、瓢箪からひとりでに流れ出て来た砂がつぶてとなり、弾丸になって男達に襲い掛かった。

 

「ウラァ!」

 

 難なく傘で振り払い、防御した男は距離を縮めて殴りかかろうとする。が、その瞬間バキンと音がして得物が折れた。ギョッとして己の武器を見れば、先程食らった砂が傘の骨に絡みつきへし折っている。

 

(術を放った後も自在に操れるのか!?反則だろ!!)

 

 舌打ちをして残骸になった傘を投げ捨てると、バックステップで後方に退避した。仲間たちと身を寄せ合い、砂忍を睨む。それに小首を傾げた少年が一歩、こちらへ歩を進めた。じりっと距離を取る。

 どうする?砂の攻撃を受ければ忍具が駄目になるし、遠距離攻撃を持っているようだから近接戦に持ち込むのも難儀だ。千本を食らわせられれば活路が開けるが、傘は既に一本やられている────

 

「風遁・大かまいたちの術!!!」

 

 ────そうして、目前の少年に意識が集中した瞬間。

 本日最大風速の暴風が、真横から男達を殴った。不意をつかれた男は思い切り吹き飛ばされ、木の幹へと叩きつけられる。呻き声をあげつつ起き上がろうとすると、先程まで己が居た場所へ大きな扇子を持った金髪のくノ一が、ひらりと飛び降りた。首に巻いているのは砂隠れの額当て、砂野郎の仲間か。

 

「クソッ!増援か!?」

「いーや?作戦通りじゃん。」

 

 叫んだ男は、すぐ近くから聞こえた声にギョッとして身を引いた。見上げると、すぐそこの木の上に黒子のような衣装を来た砂隠れの下忍が立っていた。

 囲まれた、と理解した瞬間。胸元に仕舞いこんでおいた筈の“天”の巻物が、ふわりと宙に浮いて少年の手に収まる。巻物には青い半透明な糸が絡みついている────チャクラ糸だ。

 

「砂瀑の術」

 

 あまりに鮮やかな強奪に唖然として口を開けた男は、背後から忍び寄ってきていた砂から逃れられず、あっさりと意識を失った。

 

 

 

 チャクラを練り込んだ砂が、戦意を喪失した雨忍を飲み込む。無論殺しはしない。

 が、このまま拘束もせず放置していくのは不安だったから、意識くらいは失っておいてもらおうと思い、軽く締めあげた。ぐったりとした忍三人を地面に放り、瓢箪の中へ砂を仕舞う。

 

「我愛羅!ひきつけ役ご苦労!」

 

 瓢箪の口を固めた砂で塞いでいると、景気よく大技をぶちかませたからか、随分機嫌が良いテマリに軽く背中を叩かれた。

 

「造作ない。巻物は?」

「バッチリじゃん。誰が持つ?」

 

 しっかり奪った天の書を見せるカンクロウへ「カンクロウでいいんじゃないか。」と応える。

 

「大事にしまっておきなよ。あ、心配なら姉さんが持っててあげてもいいけど。」

「絶対俺が持つじゃん。」

 

 揶揄われたカンクロウが素早く懐へ巻物をいれた。

 我愛羅は軽快なやりとりを見て目を細めながら、瓢箪を撫でる。矢張り家族は仲が良いに限ると思った。

 

「これで二次試験の合格条件は満たした。あとは塔に行くだけだな。」

「我愛羅、それフラグって言うじゃん。」

 

 などとカンクロウには言われたが、その後は拍子抜けするほど何も起きず。

 結局歴代最速で二次試験を突破した我愛羅たちは、降ってわいた五日間の余暇に頭を悩ませることとなったのだった。

 

******

 

 ────定刻になった。

 

 常のように届いた文を確認し、すぐさま瓢箪へ入れる。

 砂が己の意志に従ってざりざり音を立てる。対象を塵より細かくせんがため、ゆっくりゆっくり擂鉢のように砕いて行く。

 砂利の擦れる密かな音に耳を傾けながら、少年は文の内容を反芻した。

 

容態ハオコタリキ

蛇狩リハ此方ニ担フ

指示ニ従ヒツイデヲ伺ヘ

シルシハ金ナリ・・・・・・

 

 少年の手によって摩耗し砂に埋もれ消えた文に書いてあったことを、代わりに胸に刻み込む。夜風が緊張に泡立つ額を撫ぜるのに目を細めながら、せんより丸みを帯びた月を仰いだ。

 彼はまだ、夜が更けるのを待つことしかできない。あと少しの間は。

 




 
たまにはシリアス醸してみようとしたけど醸すだけに終わる、それがとんでんクオリティ。
ところでこのお話でちょうど折り返し地点(だいたい十話で完結予定)なんですが、あと五話で畳まなきゃいけないってマジ???


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