我愛羅成り代わりによる四代目風影救済RTA (とんでん)
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成り代わり、ボッチになる。

 

「────お前が眠りに入ったら、オレ様がお前の心と体を乗っ取りお前ら人間共を皆殺しにしてやる!!」

 

 うかつに熟睡しないことだ、と吐き捨てた。

 大嫌いだと罵倒した心に嘘偽りはなく、幼い人柱力も尾獣の本気の殺意を感じ取ったのだろう。夜に怯え、睡眠を拒絶し、以後深層心理にノコノコ顔を出すことはなくなった。

 それでいい。それが普通だ。

 

(やっぱお前みたいなやつは早々現れねえよ、なあ分福。)

 

 脳裏を過った哀れな老人をかき消しながら、虎視眈々と機会を伺った。ただ窮屈から解放されたい一心だった。

 

「・・・・・・守鶴、久しぶりだな。」

 

 そうして孤立し、監視され、疲弊した人柱力が己が叔父を手にかけた頃。

 限界を迎え、耐え切れずに意識を失った人柱力から主導権を奪って殺戮を繰り広げた守鶴は「んん?」と久方ぶり(と言っても言葉を交わすのがという意味で、文字通り一心同体なのだが)に精神世界に現れた人柱力に首を傾げた。

 

「どうした?独りぼっちになって寂しくなっちまったか?」

「誰のせいだと思っている。」

「ま、オレ様だろうな。」

 

 己は六道仙人の手によって生まれた、誇り高き獣である。人間風情に良いように使われたくはなかった。

 畏怖されるどころか、嫌悪を向けられているなら猶更である。

 

「・・・・・・テマリもカンクロウも、夜叉丸を殺した俺を恨んでる。破壊に巻き込まれた里人は余計だ。父様はじきに暗部を仕掛けるつもりだろうな。」

 

 ケケッと笑い飛ばしてやっても良かったが、守鶴の知る子どもとは随分調子が違う。そこは食って掛かり、恨み言をまき散らすところではないか。

 いやに冷静なのが奇妙で、守鶴は「だからどうしたよ。」と応じてやった。

 

「いや先程お前も言っていたが、独りは寂しいな、と。」

「人柱力なんてどこも同じだろうが、マ、砂隠れは昔から敬意ってモンがねえからなあ。」

「だから友達をつくることにした。俺と友達になってくれ、守鶴。」

「ああそうかい・・・・・・ん?」

 

 分福を思い浮かべおセンチな気分になっていた守鶴は、うっかり聞き飛ばしそうになった単語にんんんん?と首を捻った。もう最大限に捻った。

 なんか今、滅茶苦茶クレイジーなセリフが聞こえたような。「夜叉丸の死後色々考えたのだが、そもそも俺の中には生まれた時から守鶴がいるわけで、厳密に言えば一人であった瞬間は一度もない。」いや聞き間違いだろう流石に、叔父を間接的に殺した相手に友人とかナイナイ。「つまり守鶴のせいで孤立していても、守鶴と友になれば万事解決するのでは?」あれだけ懐いて慕ってた相手を奪った元凶とかナイナイナイナイ。

 

「手始めに「オイ、」“お前”ではなく、友人らしく名前で呼んでくれ。「チョイ、ちょっと待て」改めて俺は我愛羅、四代目風影の次男で一尾・守鶴の人柱力だ。好きな食べ物は砂肝、嫌いな食べ物は甘すぎる物。よろしくな。」

「待てっつてんだろがッッ!!!」

 

 思わずギャンッと吠えた瞬間、うっかりチャクラが放出されて、精神体の人柱力────もとい我愛羅のちっぽけなチャクラは守鶴のテリトリーから吹き飛ばされていった。

 静かになった部屋で、「ヱ?正気?」と尻尾をびたんびたんさせながら、守鶴は思案する。

 

(ひょっとして、叔父貴が死んでおかしくなっちまったのか。)

 

 だとしたら頷ける。ウンウンと納得しながら、守鶴はごろんと寝転がった。

 泣けるではないか。己へ刃を向けた叔父を憎むどころか、彼の死を受け入れずに人知れず壊れてしまったのだ。あのガキは。

 心の折れた人柱力なんて乗っ取るのは容易かろう。久々に暴れた俺も疲れたが、これで外界へのアクセスがしやすくなったと思えば僥倖だ。オレ様も少し休もうと守鶴は目を閉じ────

 

「ビックリした、いきなり友人を外に弾き飛ばすのはどうかと思うぞ、守鶴。」

「どぅわあああああああッ!!?」

 

 ────めっちゃ飛び起きた。

 あろうことか、フーヤレヤレみたいな調子で帰って来たのである。我愛羅が。

 

「おま、お前!勝手にオレ様の空間に入るな!不法侵入だろうが!!」

「?どちらかと言うと守鶴が俺の体に住み着いているのだから、寧ろその主張はこちらがすべきでは。」

「誰が好き好んで手前みてえなガキの体に住むかよ!つーか封印されてんだよ!」

「ふむ、確かに一理あるな。思えば出発点が不本意なのはお互い様か。」

 

 しみじみと頷いた我愛羅の様子が“相互理解”とか“和睦”とかとほど近い空気を醸していたので、もしや言葉が通じるのでは?と期待した守鶴は、次の瞬間「では現状はシェアハウスという感じだな。」と雑に纏められてズッコケた。

 

「ど う し て そ う な る 。」

「“監獄”よりは響きが良いと思うんだが。」

「いや、もうお前・・・・・・だあクソ!もう出てけ!」

「嫌だ。友達が欲しい。」

 

 無駄に真摯な曇りなき眼に見つめられ、守鶴はぶわりと尾を広げた。色々限界だった。

 

「だから、そもそも────オレ様は人間が大嫌いだっつってんだろうがよッ!!」

 

 本日最大の咆哮である。ドッとチャクラが溢れ、暴風となって我愛羅に襲い掛かった。

 荒れたチャクラを落ち着けるため、ゼエハアと呼吸を宥めながら、ようやっと沈黙を取り戻した空間に視線を走らせる。

 

(・・・・・・・・・・・・さすがに帰ったか。)

 

 今頃尾獣の衝撃波をもろに食らったショックで、布団から飛び起きている筈だ。そうして恐怖に打ち震えながら眠れぬ夜を過ごしている、そうであってくれ、頼む。なんなら我愛羅のこの強硬で狂行な「おともだち作戦」は一過性のものであれ。全然三日坊主とかでいい。坊主という単語につられた脳内のイマジナリー分福が「呼びましたかな?」とひょっこり顔をだしてきたがクソジジイてめーもすっこんでろ。

 

「尾獣とオトモダチなんざ、ありえねえさ。そうに決まってる。」

 

 別のジジイ・・・・・・六道仙人の呆れたような面差しがチラついたが、座らぬ腹を抱えた守鶴は、無理やり体を丸めて眠りについた。

 そう────ありえない。獣と人が相容れることなどありえるわけがない。

 

 

「おはよう守鶴、いい朝だな。因みに今日は夜叉丸の葬式だ。とても気まずい。」

「だっかっらァ!来るんじゃねーって言ったろうがあッ!!」

 

 

 因みに、我愛羅の執念はそれはもう凄まじく、全く一過性では終わらなかった上に仕舞いには守鶴も絆されることになるのだが、今はまだ誰も預かり知らぬ話である。

 

 

我愛羅成り代わりによる四代目風影救済RTA

 

 

 前略、ボッチになった。

 

 “我愛羅に成り代わる”というトンチキな来世を慣行中の転生者────前世とかの話は尺の関係でサクッと飛ばすが、そう。ごくごく普通のNARUTO疾風伝を愛読していた成り代わり主は、喪服のまま自室の布団の上で腕組みをした。

 それはもう、難題にぶち当たった賢者が如し厳めしい雰囲気で。がしかし彼の脳内を支配している問題は、忍システムの悪性でもなければ、人はなぜ生まれどこへ辿り着くのかといった哲学的な思考でもない。

 

 そう、ボッチについてだった。ひとりぼっちの略のボッチである。

 

 なんでまたボッチなのかっつうと、己が実母の弟である有能医療忍者系暗殺者夜叉丸くんをぶっ殺し、オデコにめっちゃ目立つ“愛”を飾っちまった後に、前世の記憶を取り戻して頭を抱えるとかいうハイパーうっかりさんをやった結果ボッチなうだからなのだが・・・・・・まあ要は滅茶苦茶原作通りなのだが、そこも尺の関係で割愛。

 

(思ったより、辛い。)

 

 針の筵なのである。控えめに言って。

 原作読んでた時「我愛羅めんどくせー。」とか思ってごめん、これはしんどい。性格歪む。

 

(無視はいい、父親に殺されかけるのは・・・・・・別に元から仲良くないし、オート防御で対処できるから良い。テマリとカンクロウに怯えられるのがしこたま辛い。)

 

 きょうだいたちのことを思い出しながら、我愛羅はフーと溜息をついた。

 と、タイミングよくノック音がし「我愛羅、入るね。」と音の主がドアを開ける。

 

「あ、あの。喪服、我愛羅のもまとめて洗濯しちゃおうかなって…嫌ならいいんだけどさ、良かったら。」

「・・・・・・。」

 

 ふるふると肩を震わせながら、精一杯の笑みを浮かべて話しかけて来たテマリに、我愛羅は無言で着たままだった黒装束を脱いだ。

 その動作に恐怖で体をビクつかせたテマリは、しかし気丈なもので「ありがと、じゃあまたね。」と服を片手に部屋を出て行く。その青白い顔があまりに哀れで、我愛羅は沈痛な面持ちで天を仰いだ。

 控えめにいってドメスティックバイオレンス。俺からきょうだい達への。

 

(テマリもカンクロウも、夜叉丸を慕っていた。そんな夜叉丸を殺したのは俺なのに、弟だからという理由でなるべく普通に接してくれている。)

 

 しかもたかが十歳そこらの子たちがだ。涙がちょちょぎれるどころではない。滝。

 我愛羅の境遇がアレなのはもう仕方ない。ヘイトコントロールに人柱力が使用されている以上、もう我愛羅自身が上役になるか上層の認識が変わるかしなければ、現状は好転しないのだ。

 

 だがきょうだい仲は今からでもどうにかできるはずで、というか彼らの精神衛生を向上させる努力はできる。

 さらにはボッチはボッチでも家族仲は良いボッチにランクアップが可能と、良い事尽くしだ。

 

(でも仲良くなったらなったで、二人に迷惑がかかる。)

 

 否、現在も風影の子息女だとか、我愛羅のきょうだいだとかで色眼鏡で見られている筈だ。

 しかしそこに「化け物の弟と仲良しです!」という設定が付け加えられたらどうか。もっと遠巻きにされて、苦しい目に遭うのでは?

 

「・・・・・・。」

 

 熟考の結果、先程の悲しいほど蒼褪めたテマリの頬に胸を締め付けられた我愛羅は、「怯えられないようにだけしよ。」と決めた。

 そして結局自分のボッチ問題が解決していないことに気が付き、布団に突っ伏す。

 

「やっぱり俺の友は守鶴だけだな・・・・・・。」

 

 独り言のつもりだったが、耳を潜めていたのだろう。『死ね!』という素敵なレスポンスが返ってきた。尾獣特有の泣き声だと思えば可愛いモンである。

 

(ボッチ問題を解決しようと、手始めに守鶴に声をかけてみたが。)

 

 やはり、彼の人間嫌いは根深い。まあ声掛けを継続しているうちに絆されてくれそうなチョロさはあるが、それでもしばらくは孤独だろう。

 嘆息をついた我愛羅は、寝ころんだまま天井へと手のひらを伸ばした。サラサラとどこからかやってきた砂たちが、優しく指の間を撫でていく。

 原作の我愛羅も感じたであろう母の温度が今ばかりは虚しくて、だらりと力を抜いた。

 

(妻を失うことになるとは考えなかったのか。それとも妻の命より里の安全をとったか、忍としては後者が正しいが。)

 

 風影も難儀なものである。妻を死なせて手に入れたものが、尾獣を制御しきれない不完全な兵器一体では、どう考えても割に会わぬ。

 父に辛く当たられるのには、それもあるのやもしれんと我愛羅は思った。

 

「────風影、か。」

 

 そういえば問題がもう一つある。ふと気がついてしまい、こめかみを揉んだ。

 原作によると、もう十年もしない内に我愛羅は風影になってしまう。四代目である父の死と上層部の思惑が重なった結果だが、まあなることには変わりない。

 

 そして我愛羅(成り代わり)、普通に風影なりたくなかった。

 

 坊主憎けりゃ袈裟まで憎い、ではない。普通に考えて御多忙だからである。なんせあのナルトが、タフで影分身の使い手でド根性なナルトがその仕事量に追われるような職業なのだ。

 どう考えてもブラックな上、まず崇高な志がなくてはなれない職である。そして我愛羅の信念というか目標は「脱ボッチ!」であり、どう考えても里を背負える器ではない。もうちょっとカリスマのある方が頑張ってどうぞ。(あとこれが本音なのだが、人の前に立って話すのが苦手だからあんまり偉い人になりたくない。)

 

(となると、まず父様の死亡を回避しなくてはならないな。)

 

 確か風影は中忍試験の最中に大蛇丸に暗殺された筈だ。が、今から修行したところで期日までに我愛羅が大蛇丸を越えられるとは思えない。

 ならばそもそも大蛇丸と父が手を組むことを阻止し、“木ノ葉崩し”計画自体を無くしてしまうか、と思ったがアレはまたなんか色々国際的で厄介な問題が絡んだ結果ああなっていた気がするので、結局現実的ではなかった。

 ついでにこれは邪な理由だが、“木ノ葉崩し”が無くなると、我愛羅の友人になってくれそうな人第一位とエンカウントできなくなってしまう。そうなればボッチが確定してしまうので、我愛羅はそっと後者の案を見なかったことにした。

 

(伝説の三忍相手に、どう戦うかな。)

 

 ・・・・・・まあでも守鶴が大暴れしたら大蛇丸とて風影暗殺どころじゃなくなるだろうし・・・・・・最悪狸寝入りの術で誤魔化そう。そうしよう。

 

 ひたすら無計画な未来設計をつくった我愛羅は、のそのそと布団を捲って中に潜りこんだ。 

 そろそろ入眠という名の「守鶴とおともだち作戦」の時間である。先ほど罵倒されたが、言われっぱなしは癪なので「可愛い奴め。」くらいは面と向かって告げてやろう。人柱力からウザ絡みされるという訳の分からない状況に戸惑うがいい。そしてあわよくば友達になってくれ、俺の心が死ぬ。

 

「────我愛羅、いるか。」

 

 ガチャリと、再びドアが開いたのはその時だった。

 声で誰か察してしまった我愛羅は、起き上がる気にもなれずに顔だけを戸口に向ける。

 

「眠っているのか。」

「・・・・・・起きている。」

「そうか、なるべく意識を保てよ。守鶴に乗っ取られる。」

 

 短く刈りこまれた赤みがかった茶髪に、厳めしい顔つき。

 風影の装束に身を包んだ男────父・羅砂だ。

 

「夜叉丸の葬儀に出席したそうだな。」

「ああ。」

「・・・・・・調子はどうだ。何か欲しいものがあれば、用立てるが。」

 

 あまりにも会話が下手過ぎてとてもしんどい。若干の沈黙の後聞くのがそれなんかい。

 あーこの人割とマジで俺のこと嫌いっていうか関心ゼロなんだなーっと物悲しい気持ちに浸りながら、我愛羅は「欲しい物、」と反芻した。

 

「・・・・・・生き物。」

「生き物?口寄せ獣か。」

「いや、ペットが欲しい。ヒヨコとか。」

 

 アニマルセラピーと、後は・・・・・・子どもって小動物好きだし、ペットをきっかけにテマリカンクロウともっと仲良くなれないかなって・・・・・・無理かな・・・・・・。

 

「・・・・・・食用か?」

「ペットは食べない。」

 

 失礼な。そこまで飢えてないわ血にも食事にも。仮にも権力者の息子、我愛羅の日々の生活は豊かなのである。ないのは家庭内の平和くらいだ。一番大事なもんが無いんだよな。

 我愛羅の言葉に暫し瞠目した風影は、「分かった、近日中に。」とだけ行って部屋を出て行った。ようやっと睡眠時間を手に入れた我愛羅は、そのまま健やかに守鶴の精神空間に突撃した。五秒ほどで追い出された。悲しい。

 

 

******

 

 

「わああ!可愛いじゃん!」

「次!カンクロウ、次私抱っこ!」

 

 三日後。

 風影邸に、木箱へ入ったチャボが二羽届いた。人懐っこい彼らを腕に、きゃらきゃらとはしゃぐテマリとカンクロウへ、ほんのりと穏やかな気持ちになりながら我愛羅は箱の内側に張り付けてあったメモを握りつぶす。証拠隠滅証拠隠滅。

 なお、メモに記載されていたのは「にわとりを くるしめない しとめかた」なる手書きの解説だった。だから食べないってば父様。

 

「我愛羅、この子たちなんて名前なの?」

「、え」

「だってコイツら我愛羅のじゃん?親父が言ってたぜ。」

 

 言ったんかい。なんて言ったんだ、明日は我愛羅のところへ鶏が届くよって?捌き方の解説メモつきで送りながら?どういう情緒?

 

 我愛羅と同じく、この二羽をペットだと判断したのだろう。家庭環境のせいで年に数度見れるか否かのキラキラおめめで「ねえねえ!」と弟に尋ねる姉兄に、我愛羅は頬を引き攣らせる。

 

 なんとかそれっぽい答えをひねり出さなくては、唸れ俺のネーミングセンス。せっかく冷え切った関係に雪解けの兆しが見えているというに、早く答えねば不自然だろう。

 どう言おう、何て言おう。鳥関連銘菓で饅頭とサブレ、それとも声優ネタでエリザベスとかか?もしくはカルラとヤシャマル・・・・・・はどう考えてもナシ。ペットに死んだ家族の名前つけるのは神経を疑われるがゆえに愚の骨頂────ええい、ままよ。

 

「す、砂肝とボンジリ。」

 

 きょうだい仲は氷河期に突入した。





誤解が解けるまでに三ヶ月かかった。
成り代わりの奮闘は続く。


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成り代わり、迷子になる。

 

 いっそ神々しいほどの金砂の平原。青々とした鮮やかな空。天地の合間を吹き渡る風。

 

 そんな大自然の険しさが広がる、砂隠れの里某所にて。

 白皙の美貌に赤暗の髪を持つ少年は、一人ぽつねんと砂漠へ立ち(正確には片手にぽわんとしたフォルムの愛くるしいチャボを一羽抱えていたのだが)フッッと微笑を浮かべた・・・・・・この世の全てを見通すような、澄んだ微笑みであった。

 見目の麗しさ、周囲の壮大さと相まって、まるで宗教画がごとき風情を醸している。そう、もしや彼こそが神の使いかと幻視するほどに────。

 

「迷子に、なっただと・・・・・・?」

 

 ────なお、実際は宗教画がごとき風体なだけの、ただの迷子である。

 

 

******

 

 

 ことのはじまりは、そう。下忍になってすぐのことであった。

 

「・・・・・・B級任務?」

「そうだ。お前の初任務となる。」

 

 片覆面の男、担当上忍のバキに告げられた我愛羅は、露骨に不審を顔へ出した。

 その様子に一瞬簸るんだバキだが、さすがに風影から我愛羅を任せられただけはある。すぐに押し隠して、上官としての威厳を崩すことなく続けた。

 

「任務内容は害獣の討伐。毒を持つジャイアントスナサソリの群れで、既に村が一つ襲われている。」

「余計解せない。アカデミーを卒業したばかりの子どもにさせる仕事とは思えんな。」

 

 食い気味に言うと、バキだけでなくチームメイト達────テマリとカンクロウにもヤレヤレと肩を竦められる。

 

 そう、夜叉丸の死から早幾年。

 十二歳になった我愛羅は、やっぱり原作通りにきょうだい達と下忍班を組んでいた。我愛羅とスリーマンセルになれるようなルーキーが(色々な理由で)いなかったため、既に他の班で活動していた姉兄が急遽移籍となったのである。ほとほと申し訳ない。

 

「ごねるんじゃないよ、我愛羅。それにバキに当たっても仕方ないだろう、任務は全部風影様の采配なんだから。」

「・・・・・・。」

「もう、拗ねないの。」

 

 しかし、末弟の仏頂面をつつく姉に一切怯えの色がなかったから、我愛羅は良しとするかと嘆息をついた。

 “砂肝とボンジリ事件”後、一時は氷河期を迎えたきょうだい仲だったが、誤解も解け日常を重ねた今は温もりのある関係に変わっている。

 現在腕の中で「コッコッ」と鳴いているチャボ二羽の活躍もあるが、我愛羅の努力が実った結果とも言えよう・・・・・・因みに、回復したのはきょうだい仲だけであり、ボッチは継続中だった。友は守鶴以外いないし、その守鶴には『友達なんかじゃねえ!』と叫ばれる日々である。父子仲なんかはもう目も当てられない。つまり常態だった。

 

「我愛羅が疑念を抱くのは分かる。が、お前は“アカデミーを卒業したばかりの子ども”程度か?」

 

 とバキには諭されたが、それを言うのは卑怯ではなかろうか。だって人柱力だぞ俺。

 本当に、絶対(とは言っていない)防御のある俺はともかく、テマリとカンクロウを危険な目に遭わせたくないんだけどな・・・・・・。親父は何を考えているんだろうか、実子だぞ。そりゃそれを言ったら我愛羅も当てはまるが、暴走して里を半壊にしたりはしない実子だぞ。もうちょい可愛がれ。

 普通に不貞腐れた我愛羅に、横で黙って聞いていたカンクロウが何を思ったか「つーかアカデミーアカデミーって、お前不登校だったじゃん。」とツッコむ。別の痛い所を突かれた我愛羅はもっと膨れた。

 

 ・・・・・・違うのだ。一応在籍していたことはしていたし、卒業資格も持ってはいる。

 ただ我愛羅がクラスに入るとその場にいる人間全てが無視できないレベルでバイブレーションするので、次第に通わなくなったのだった。おかげで夜叉丸の死以降、我愛羅のやっていたことといえば修行と引き籠りと守鶴へのうざ絡みとペットを可愛がることのみである。(だから前話からしれっと数年飛んでいるのである。)

 うーん、どこに出しても恥ずかしいボッチニート。

 

「入学式と試験日と卒業式は行った・・・・・・。」

「寧ろなんで一番面倒な日だけ行くじゃん。真面目か。」

「・・・・・・テマリが行けと。」

「姉ちゃん、」

「だって、アカデミー生ならそうするべきだろ。」

 

 ツンとそっぽを向いたテマリの仕草が先程の弟とシンクロする。なんとなく面白かったカンクロウは、深々と溜息をつくだけに留めた。

 閑話休題。

 

「話がまとまったなら、すぐに出立するぞ・・・・・・ところで我愛羅、さっきから抱えているニワトリたちも連れて行く気か?」

「駄目か?任務に支障は出さないが。」

「いや構わんが。」

 

 なんでニワトリ?と言う風に言葉に詰まったバキへ「オテとオスワリは我愛羅の口寄せ獣なんだ。」とカンクロウが補足を入れる。

 

「オテとオスワリ。」

「名前を決めるのと芸を教えるのを平行してやってたら、それが名前だと思っちまったじゃん。因みにオテが雌でオスワリが雄な。」

「言いたいことは多々あるが、口寄せ獣なのに手で抱えるのか。」

「みんなで寄ってたかって可愛がった結果、甘えん坊になっちゃってさ。誰かしらにひっついてないと五月蠅いんだ。あと口寄せ契約は結んでるけど、別に戦えたりはしないよ。オスワリがちょっと風遁使えるくらい。」

「・・・・・・他に特技があったりは。」

「ない。強いていうなら離れていても互いの居場所が分かる。」

 

 三姉弟の説明に、バキは「マジで連れて行くの?」という顔をした。

 我愛羅は黙殺した。ぽてぽての可愛いチャボ二羽は、コッコとのどかに鳴いている。砂肝とボンジリ改め、オテとオスワリ。そもそもが愛玩目的で飼い始めたので、戦力とかは全くなかった。

 

 

******

 

 

 後方へ大きく跳躍。次の瞬間、我愛羅が今までいた場所へ巨大な毒爪が突き刺さる。

 

「ジャイアントスナサソリってのは、全長十メートルぐらいまでなる、でっかい化け物サソリでさっ!」

 

 ドッと風の刃が砂地を凪いだ。こちらに向かって伸ばされた毒針を尾ごと刈り取った風は、そのまま後方にいた子サソリたちも吹き飛ばす。

 

「岩場とかに単独で生息してて、本当なら群れつくって村を襲ったりしない筈なんだけど・・・・・・ちょっとカンクロウ、サボるんじゃないよ。」

「いいじゃん。コイツの毒は早々手に入らねーんだし。」

 

 ビチビチと跳ねる尻尾をチャクラ糸で巻き取り、ちゃっかりと採取していくカンクロウに、大技を連発し息を切らしたテマリが「もうっ」と眉を跳ね上げる。

 と、そんな二人の上へゆらりと影が落ちた。ゲ、と顔を蒼褪めさせる姉兄へ向かって、化サソリのハサミが振り下ろされる。

 

「────砂漠大葬!」

 

 なんなく砂の大波で受け止めた我愛羅は、もうめんどくさいからいいやと群れごとまとめて圧殺した。

 おおーときょうだい達がパチパチ手を叩くのを他所に、バキは微妙に顔を引き攣らせる・・・・・・親父になんて報告をされるんだろうか。ここ最近はそんな暴走してないのだが、前科が前科だからな。

 

「・・・・・・まだいるか?」

「砂の接触感知の範囲には、少なくともいないな。」

「じゃあ任務終了だな。」

「っぱ我愛羅がいると早えーなー。ヨーシヨシ!」

「・・・・・・俺は犬じゃない。」

 

 ブツクサ言いながらカンクロウに頭を撫で繰り回される。良質な毒が手に入って機嫌が良いと見た。ところでその猛毒どうするんだろうか。いや、傀儡に使うんだろうけど。

 

「ってことでバキ、早く帰ろうじゃん。」

「バキ隊長と呼べ、バキ隊長と。」

 

 任務地────里から数十キロは離れた砂漠のど真ん中で、ひたすらジャイアントスナサソリを討伐している間。

 「バキはそこで見てるじゃん。」「アンタ達、とっとと終わらすよ。」「オテとオスワリを頼む。」とチャボを渡され、その場で待たされていたバキは頭が痛いという風にこめかみを押さえた。

 

「・・・・・・だが、まあそうだな。早く風影様に報告を────」

「ちょっと、アタシまだ帰らないよ。」

 

 大扇子を背に腕組みをし、仁王立ちするテマリへカンクロウがウゲーと顔を顰める。

 それをスルーしたテマリは「だってそろそろ飯時だよ!」と力説した。

 

「今から里に帰ったんじゃ夕方じゃないか。早朝からなんも口に入れてないんだよ、こちとらさ!」

「テマリ、何をいきなり我儘を。」

「我儘ってほどでもないだろ。みんな遠地の任務帰りにはよく買い食いしてんだし。」

「それはそうだが・・・・・・。」

「こっから丑寅にちょうど二キロ行ったら町がある。今の時期は市場も賑わってるし、飯処には困らない筈さ。」

 

 カンクロウとそれぞれ一羽ずつチャボを抱えたまま、バキとテマリを交互に見守る。後者が優勢なのは火を見るよりも明らかだった。

 ついでにさしたる反対意見もなかったのだろう、言葉に窮し口ごもるバキへ、ニコッと笑ったテマリがとどめを刺す。

 

「部下へのねぎらいに、昼飯奢るくらいしてくれたっていんじゃないの?バキ“隊長”。」

「・・・・・・ハア。まあ、少しならば良いか。」

 

 ヤッタ!とガッツポーズするテマリへ「俺早くコレの仕込みがしてえんだけど。」とカンクロウがぼやいた。ぼやきながらふと我愛羅の耳元へ屈みこんで、「アイツさ。」と囁く。

 

「お前が里から一歩も出たことないの、ずっと気にしてたんじゃん。」

「────・・・・・・そうか。」

「ま、いいお節介だと思って付き合ってやろうぜ。」

 

 ニッと笑ったカンクロウに、こっくり頷く。

 人柱力は滅多に里から出られない。里の戦力の一つにして、切り札だからだ。我愛羅も例外ではなく、里の中枢から離れたことは今まで一度もなかった。

 

(・・・・・・俺の為、か。)

 

 思えば、せっかくNARUTOの世界に転生したのに、ほとんどを風影邸で過ごしていたわけで。純粋に見知らぬ土地への興味があった我愛羅は、ついでに姉の心遣いに嬉しくなって思わず頬を緩ませた────

 

 

「筈が、どうしてこうなった。」

 

 ────で、冒頭に戻る。

 一周回っていっそ穏やかな気持ちになってきた我愛羅は、優しい微笑みを浮かべながら大自然を見渡した。

 見渡す限りの砂砂砂。テマリもカンクロウも、バキだって見当たらない。あるのは己と腕でコケコッと鳴いているチャボ・・・・・・もとい、オテだけである。

 

「なんであんなにいいタイミングで砂嵐が来るんだ・・・・・・。」

 

 テマリがバキに昼食を強請って、少しだけならまあいいかと町へ向かったところまでは良い。が、その後幾らも行かない内に天気が怪しくなって、風が強くなり始め────砂嵐に巻き込まれて班の面々(あとついでにオスワリ)とはぐれた我愛羅は、そっと天を仰いだ。

 咄嗟に砂中に潜ってやり過ごしたのだが、きょうだい達は無事だろうか。

 

(というか、そもそも何処だここは。)

 

 結構な強風に煽られ、引き離されたせいで現在地がよく分からない。というか文字通りの土地勘がないので見当がつかない。

 十二年この世界に生きたが、迷子になるなんて初めてな我愛羅は困惑した。そしてとりあえず知恵のありそうな者へ尋ねてみようと、「守鶴。」と体内にいる友人(予定)へと話しかける。

 

「突然だが、迷子になった。ここがどこだか分かるか?」

『ハアン?ダッセーな、自分の故郷で迷ってんじゃねーよ。近くに何があんだ。』

「真上に太陽がある。」

『・・・・・・死ね!』

 

 気分が良かったのかワンコールで出た守鶴にホッとしつつ言うと、即座にガチャ切りされた。真面目に答えたつもりだったのだが、フザケているととられたようである。

 

「困った・・・・・・。」

 

 と、立ち尽くしているとオテがわたわたと翼を動かしだした。下に降ろせば、砂に足を取られながらもヨタヨタトテトテ歩き始める。

 ついてこいとでも言いたげなその背に、我愛羅は大人しく従った。

 

「オスワリの場所が分かるのか?」

「コッ」

「・・・・・・オスワリがみんなといれば良いんだが。」

 

 どうしようか、着いた場所が草木一つない熱砂でただオスワリ一羽がいるだけだったら。

 オスワリとカンクロウたちが一緒にいますように、と祈りながら背負っている瓢箪から砂を取り出し、ぎゅっと握り固める。

 同時に片目にチャクラを集めて、手中の砂の塊と連結させた。

 

(砂の目の術。)

 

 宙に放った目を天高く飛ばしつつ、上空から地上を確認する。

 危険な生物がいる気配はしなかったが、代わりに人っ子一人いなかった・・・・・・更に高度を上げ視覚感知の範囲を広げる。

 

「岩場、か?」

 

 ふと影らしき物体を見つけた我愛羅は、そこにピントを絞った。

 時間をかけて砂と風に削られた、複雑な形をした岩山である。

 

(日除けに使うくらいはできるか。)

 

 フムと我愛羅は口唇に指を当てた。

 もし日が暮れてもテマリたちと合流できないようなら、一晩は安全な場所で野宿するしかない。砂漠の夜は人柱力にとっても過酷だ。下手を打っては死にかねぬ。

 

「オテ、おいで。」

「コケ?」

 

 小首を傾げた雌鶏を抱き上げ、砂瓢箪の上に置いた。ちょこりとそこに収まったオテが、ツンツンと髪の毛を突いてくる。腹が減ったのかもしれない。

 

(オテにも水をやらんとな。)

 

 そう考えながら目の術を一旦解き、岩場の方角へ歩を進めていた我愛羅はうん?と首を捻った。歩きながら地面にチャクラを流し、周辺にあるものの感知をはかっていたのだが、どうにもおかしい。

 

「・・・・・・動物ではない、人か。」

 

 進行方向から規則正しく砂上をかける感触が三人分、身のこなしからして忍である────テマリたちだろうか。否、そうでなければ困るのだが。

 もし他の砂隠れの忍だったら恐慌状態に陥らせること待ったなしで、砂の者でなかった場合は犯罪だ。早急にしょっ引かねばならない。

 

「・・・・・・。」

 

 いずれにせよこのままでは十分もしない内にかち合う。逡巡した我愛羅は足元の砂を操ると、上空へと舞い上がった。

 

 

******

 

 

 少女は駆けていた。粒子の細かい砂に足を取られ、痛めた肩口を抑えながら必死に走っていた。

 

「風遁・八重疾風!!」

「きゃっ」

 

 ドッと吹いた風に背中を打たれ、息が詰まる。そのままもんどりうって前方に転がり、咳きこみながらなんとか顔を上げた。

 

「うっ」

「手間かけさせやがって、このアマ!」

「おい、あまり乱暴にするな。大事な研究体なんだ。」

 

 前髪を鷲掴みにされ呻く。男は相方に宥められて多少力を緩めたが、しかし少女の拘束をやめる気配はなかった。

 

「痛い!離して、」

「離してだあ?よく言うぜ。手前を差し出した一族も一族だが、そも、志願したのは手前だろうが!」

 

 鼻先で笑いながら言われた言葉に、じんわりと涙が滲む。

 どんな役目かは分かっていたし、覚悟だってしていた。一族の皆にも幾度も止められたが、それを振り切って来たのは己だ・・・・・・なにせ一族は本当は私ではなく妹を差し出す気だった。

 そうなるくらいならばいっそ。そう決意した過去の己の見通しの甘さに吐き気がする。

 

「マ、光栄に思うんだな・・・・・・お前は大蛇丸様の夢の礎となるのだ。」

 

 愉快気に言った男に、唇を噛みしめて地に視線を落とす。落として、そこに映る影に瞬きをした。

 一つ、二つ、三つ。四つ?三までは分かる。己と追手である男二人の物だろう────ならば最後は、いったい誰の。

 

「───砂漠柩!」

 

 頭上から声がしたのはその時だった。

 ハッとして全員が顔を上げた先、太陽を背にした小さなシルエットに気を取られた瞬間、砂地が生き物のように盛り上がる。

 咄嗟に悲鳴を上げ地に伏せた少女は、すぐ近くに飛び降りた人影に掬われるように抱えられ、大きく後方へと飛んだ。揺れる視界の中、ゴギャリという湿った音と断末魔が聞こえ、身を引き攣らせる。

 

「砂の忍だな、無事か。」

「あの、えっと。」

 

 冷静沈着を音にしたような声色の主に、少女は戸惑った。

 少女を抱え上げていたのは少年だった。暗い赤茶の髪を短く刈りこみ、背には巨大な瓢箪を背負い・・・・・・そしてなぜだか肩にはニワトリ(チャボだろうか?)を連れている。

 更に忘れてはいけない、陽光を受け鈍く光る少女と同じ“砂隠れ”の額当て。

 

「ぐう゛ぅ・・・・・・よくも、仲間をっ!!!」

「ひっ・・・・・・!」

「一人逃したか。貴様ら音忍だな、小国の使い走りがこの地に何の用だ。」

 

 少年の攻撃から、辛くも逃げ出したのだろう。

 折れ曲がった腕を庇いつつ呼気荒くこちらを睨む、“音”の額当てをした男に身を竦ませた。しかしそれを一瞥した彼に、「すまない。持っていてくれ、名前はオテだ。」と流れるようにチャボもといオテを渡され、恐怖は霧散した。

 というかオテって。名前がオテって、手ないのに。

 

「所用があってな。悪いが手早く終わらせる。」

「クソッタレ!ガキが舐めやがって、貴様こそその女を置いてとっとと失せやがれ。」

 

 息巻く男に少年が無感情に手を振り上げる。呼応して、ザアッと辺り一帯の砂が浮き上がった。

 それが答えだった。

 

 音忍VS我愛羅、開戦である。



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