救世屋(めしや)はじめました。 (タラヴァガニ)
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プロローグ

3年前くらいに書いていたもののリメイクです。
お楽しみいただけると幸いです。


 

 

「───キミのためなら運命だって、世界だってなんだって奪ってみせよう」

 

 癖のついた黒髪を揺らし、目元を仮面に隠した、黒い外套に身を包む青年。かつて一世を風靡した怪盗団のリーダーにして、世界を救ったトリックスター『雨宮蓮(あまみやれん)』からそう告げられる。

 仮面に包まれているが故に、その表情の仔細を汲み取ることはできない。が、それでもただならぬ想いを抱いて彼がここに立っていることはわかった。

 

「だから、もう俺の前から居なくならないでくれ.......」

 

 消え入るような声で、嘆願にも似た声がその場に木霊する。

 

 

 

 どうしてこうなった。

 崩れてゆく世界をよそに、僕はただ眼を閉じて己の過去を顧みた。

 

 

◆◆◆

 

 

 ───死

 

 それは、人類が長い歴史の中で最も恐れてきたもの。

 そして、今、まさに我が身に訪れんとするもの。

 

 僕はもとより持病が原因で、物心ついた時から病院暮らしであった。そのため外というものを知らず、逆に、病院の天井というものはもはや見慣れた天井となってしまった。ただ、その代わりと言ってはなんだが、長い病院生活の中でも得るものはあった。

 というのも、自由な時間が存外多く、両親に与えられた教材をやる傍ら、僕はゲームやアニメにハマった。中でもペルソナ5の存在は僕の中でとても大きい。

 同世代の主人公が、僕が未だ知り得ない「外」の世界で仲間との絆を深めつつ、幾度もの困難に見舞われながらも折れずに自らの信念を貫き、勝利を収め突き進む。そういった彼、ないしは彼らに魅せられた。外の世界に憧憬を抱きながらこのゲームを何度もプレイし、共に闘病生活を歩んできた。

 

 だが、そんな生活ももう直に終わるだろう。

 案外、自分の死期というものはわかってしまうもので、自分が思っていた以上に早くにその時が来たと言う驚きと共に、(ようや)くこの苦しい日々が終わるという一種の安心感のようなものを感じながら、僕は目を瞑った。

 

 

 意識が遠のく感覚が明瞭に感じられる。

 

 

 どうか......もし僕に来世というものが訪れるのならば、そのときは『外』を感じられますように。

 

 

 

 

 目が覚めた。視界が霞んでいて周囲の状況がいまいち掴めない。その上体の自由も効かない。ただ、微かに香る薬品の匂いなどから考察するに、今までの経験でわかるのはここが病院であるという事。

 

 死んだと思ったけど、ただの勘違いだったのだろうか?

 

 それはない。と自身の本能が告げる。霞んだ視界で徐に自分の手を覗き込んでみると、そこには病弱で痩せ細っていた頃とはまた違う、齢18歳とは思えないほど小さな、それでいてふっくらとした小さな手が横たわっていた。

 まさか、これは所謂転生というヤツでは?あまりにも非現実的で、稚拙な考えではあるものの、僕はその可能性を否定出来ずにいた。

 

 結論から言うと、本当に僕は転生していたようだ。それも、病知らずの身体という願ってもないオプションをつけて。

 外見は変わらないままで、名前もちょっと漢字が違うだけで読みは同じの城崎廻(しろさきめぐる)として生を受けた。

 

 前世のことがあり、今世ではとにかく『デカイ風呂』と『運動』、そして極め付けは『料理』が僕の主な趣味になっていた。

 物心ついた時から親の手伝いをして、前世で暇さえあれば見てた動画の知識も使って、家庭料理全般においてはかなり美味しく作れるようになったと思う。お菓子系はちょっとニガテだけど....

『健全なる精神は、健全なる肉体に宿る』とはよく言ったもので、美味しいものを食べた時の幸福感は底知れない。やはり生きていく上で()()()()()は大事である、ということを痛感させられる。

 かの地上最強の生物も言ってたしね『強くなりたくば喰らえ』ってさ。いや、それはちょっと違うか。

 

 幼稚園では、唯一の不安であった人間関係も思いの外上手くいった。なんというか、身体に精神が引っ張られたのか......意識せずともその年代のノリに付いていけたっていうのが大きかったんだろう。

 

 順当に小学生となり、3年になった頃『雨宮蓮(あまみやれん)』という男の子と仲良くなった。癖っ毛の、同世代の子達に比べると大人しいという印象がふさわしい男の子。

 名前が完全に一致している上に、色々と特徴が似ているためかどうしても前述のゲームの主人公と重ねてしまう。

 しかし、超珍しい名前というわけではないし、おとなしめの男の子なんてどこにでもいる。だから、他人の空似ということで区切りをつけて、あくまで別人として接することにしていた。

 

 まあそれでも、だいぶ彼に傾倒してたかもしれない。

 だって仕方ないじゃん。皆もやったでしょ?メル画とか、某チャットAIでロールプレイングしたりとかさ。あれ、してない?

 ま、まあそんな感じで、先入観もあるけどやっぱりちょっと会話の端々に『ぽさ』があるのが楽しくて、ついつい話し込んでしまったりして。

 

 そうこうしている内に、楽しい時間はあっという間に過ぎていき中学生活ももう終盤になっていた。

 小学生の時までは僕の方が背が高かったのに、すっかりそれも負けてしまって。あのちょっと頼りなかった背中も大きくなって、運動じゃあいい勝負をするのがやっと。日々頑張っている彼を見ていたら、いつの間にか勉強くらいしかマトモに勝てるところがなくなっててそれはもう焦った。成長速度おかしくない、キミ?

 友情ってここまで人のポテンシャルを引き出すものなの?もしそうだとしても当の本人は複雑なんだけど......

 

 前述の通り僕たちはもう中学3年生。つまりは受験シーズンというわけだ。当然僕たちは進路選択というものを迫られる。

 じきに夏休みに入るっていうのに僕は進路について悩んでいて、学校のコンピュータ室で色々と高校について調べていた。外はひどい雨で、風で窓はガタガタと揺れる。そんな日だった。

 無難に地元の高校にするか、それとも自分の学力にあった高校にするか......はたまた一髪発起して東京に出てみるとか。

 そんなとき、興味本位にある高校の名前を検索エンジンに打ち込んでみた。

 

───その高校の名は『秀尽学園高校』

 何を隠そう、ペルソナ5の舞台となった高校だ。もちろん『検索』の欄をクリックするまでは本気でヒットするなんて思いもしなかった。

 けれど、その予想とは裏腹に液晶に映し出されたのは、偏差値やら住所やら、今時は卒業した有名人とかも出るのか.......まあとにかく、詳細な学校の情報───すなわち、本当にこの学校が実在するということの証明だった。追加で調べてみたら八十稲羽だってあったし月光館学園だってあった。つまりこれが示すのは、この世界がペルソナシリーズの世界だということ。

 いや確かに子供の頃フェザーマンとかやってたし、ちょくちょく聞いたことあるような名前もテレビで見たけどさあ!まさかホントにペルソナ時空だと思わないじゃん!?

 

 この世界が僕の大好きなゲームの世界で、もしかしたら親友がその主人公かもしれない。これがはたして興奮せずにいられるだろうか。いや、ない(反語)

 いやでも()()アトラス作品だぞ!?大体世界がやばいことになってるあのアトラス!ペルソナシリーズも漏れななく世界の存続かかってるからね。今生きてるだけでも奇跡だよ奇跡。

 

 そんなあまりの情報量とショックを処理しきれず脳がパンクしたようで、椅子から転げ落ちてパソコンの前でしばらく気を失っていたらしい。

 これを後から担任の先生から聞いた時はなんと情けないことかと自分を呪ったものだ。仕方ないと言えば仕方ないかも知れないけど、それでも気を失うって相当よ。

 その上こんな理由で気絶したなんて知られたら、笑い物にされるかトンチキな奴だとドン引きされるかの二択じゃん。誰が信じるんだよ『この世界がヤバい!!』なんて。シ○タゲかよ。オムライスに書いてやろうか。

 とにかく、この事実は 絶 対 に ! 墓まで持っていこうと、ダイヤモンドよりも硬い意志でそう決意した。

 

 とまあ、こうしてこの世界はほぼ確実にペルソナ5の世界と決まったわけだけど、そうと分かったなら原作に多少なりとも介入したいというのがファン的思考だろう。世界滅びるかもしんないけど。今更感あるよね、もはや。

 ただ、僕としてもこの天然記念物級の世界を終わらせてしまうのは嫌だし、なにより今世の目標は大往生!とにかく生を謳歌していたいのだ、だから世界が滅びてしまったら意味がない。

 それに、原作介入って言ったって別にそんな大した役柄が欲しいって訳じゃない。一瞬映るモブでもいい、ほんのすこしのフレーバーテキストに映るくらいでもいいのだ。そうやって、この世界に自分がいたという事実を残したかった。

 

 だから、とんでもなく俗な考えでとても身勝手ではあるけど、僕は大都会東京へと足を進めることにした。もちろん、しっかりと親と先生にはしっかり話を通して。

 向こうも、僕がいきなり東京に行きたいなんて言い出すもんだから、そりゃあもう困惑していた。お金はどうするんだとか、なんでわざわざ東京になんて行くのかとか色々。

 ゲームの舞台だからとか、そんな頭おかしいこと言えないし、必死こいて学校のこと調べて正当性を提示して......多分、側から見たら世界で一番真面目に進路決めてたんじゃないかなと思う。理由はアレだけど。

 

 でも、一番の猛反対を食らったのは蓮からだった。伝えたのが卒業式だったってのはあるけど、それはもうスゴかった。剣幕というか、圧というか諸々。目が据わってたんだよね、目から光という光が消えてたもんだからあの時は怖かったよほんと。

 でも事情を彼に伝えてしまったら全てが台無しだったし「やるべきことがあるから(キリッ」の一辺倒でなんとか押し通した。今考えるとよくこんなんでなんとかなったな、と我ながら思う。

 

 そうして色々な問題を押し切って、晴れて僕は秀尽学園高校へと入学することができた。

 .....ここから始まるんだ、全ては。

 

 

 

 

 ───さあ、見せてもらおうか。間近で、この世界の行く末を!




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始まりのカレーライス

オリ主くんと蓮くんの馴れ初め?のような話です。


 

 

「あーもう、なんで......」

 

 帰り道に突然の豪雨に見舞われ、傘を持っていなかったためにバス停の軒先に逃げ込んで僕はそう呟いた。朝のニュース番組での「今日のお天気は一日を通して晴れです!」という、元気たくさんなリポーターさんの言葉を信じたらこのザマだ。

 バスに乗ろうにもお金なんて持ってないし、ケータイなんてのは以ての外。家までも少し距離があるし、このまま帰れば明日は風邪を引くこと間違いないだろう。ともすれば、僕にできるのはこの雨が通り雨だと願ってそれが止むまでここで雨宿りをするくらいだろうか。

 

 たっぷりと水を含んだ服の袖の端を掴み、一思いに絞る。気休めぐらいにしかならないが、それでもしないよりかはマシだ。 

 しっかし、新学期が始まったっていうのになんともツイていない。「はあ」と一つ息を吐くと、これと言ってやることもなかったため、壁に寄りかかって目を瞑り自然の音に耳を澄ませる。すると、雨音に混じってこちらに向かう足音が聞こえてきた。

 とはいえ、どうせ知っている人である訳でもなし。口下手ゆえに学校ではあまり友達も作れていないし、大人とは関わりがそもそも無い。一瞬もしかしたらこの状況を脱することができるかもしれないと期待したが、するだけ無駄だとすぐに気がつき、また瞼を落とす。

 依然として足音は次第にこちらに近づいてきて、と思えば突然ぴたりと足音が止んだ。

 

「───あれ、キミは確か......今年から同じクラスの」

 

 声を掛けられた。

 あまりにも予想外だったために、びくりと肩が跳ねる。

 そんなことはどうでもいいとばかりに、目の前の人物、城崎廻は続ける。

 

「やっぱりそうだ。雨宮蓮くんだよね?」

「そう、だけど」

「もしかして傘持ってないの?」

「うん......急に降ってきたから」

 

 確かに。と首を縦に振りながら、彼は僕にこう提案した。

 

「それじゃあ、一旦ウチ来る?ここからそう遠くないし、傘も貸せるしさ」

 

 そう言って笑いかける姿がとても眩しく思えて。

 気がつけば僕は「はい」と声に出していた。 

 

 靴が浸水していて足元に若干の不愉快さを感じながら、僕たちはバス停から歩き出した。目の端で、何が嬉しいのかニコニコと笑顔を絶やさない彼の方をチラチラと覗く。

 

 僕が彼に抱いた印象を一言で表すなら『目立つ人』だっただろうか。それこそ入学式の時から一方的に知っているくらいには。

 白より白く、絹のように細やかで艶やかな美しい髪。ぱっちりとした二重に、バッサバサのまつ毛(褒めてる)、まるでお人形の世界からそっくりそのまま出てきたかのような、陶器のような白い肌に宝石のような碧い双眸を携えた、どこかはかなげな雰囲気を漂わせる人物。

 

 周りにはいつも人がいるような、そんなどこを切り取っても芸術になりそうな彼は、どうやら相当世話を焼くのが好きらしい。

 彼と僕を例えるなら水と油、白と黒、晴れと雨。それくらい僕たちは決して混ざり合うことない別世界に暮らしていると思っていた。それが今はどうだ、同じ傘に入り肩を並べて歩いているではないか。

 緊張するなという方が無理だろう。結局、何も話せ無いまま彼の家へと辿り着いた。

 

「ごめんね、ちょっと待ってて」

 

 はて、と首を傾げる。このまま傘を貸して貰えさえすればそれで良いはずだけど。

 慌ただしい足音を隠しもせずに、帰ってきた彼の手には白いタオルが。

 

「これで身体拭いて、風邪ひいちゃうとよくないから」

「いや、でも......」

 

 流石にここまでしてもらうのはと遠慮しようとしても、彼も彼で譲る気はないようでタオルを差し出した手を引っ込める素振りをカケラも見せない。

 結局根負けして、ふかふかとしたタオルに顔を埋める。それまでのじっとりと肌に何かが張り付いているような不快感が拭われていく。

 とはいえ、あまり長くここにいる訳にもいかない。これ以上何かを施してもらうのは流石に悪い気がする。そう思い、名残惜しさを感じつつも踵を返す。

 

「その、今日はありがとう。タオル、洗って返すから」

「いいのいいの気にしなくて!ほら、困った時は助け合い。でしょ?」

 

 そうやって笑う彼の顔はまた一段と底抜けに明るくて、溶けてしまいそうだと感じながらドアに手を掛ける。ちなみに、タオルは奪うかのように持っていかれた。

 ノブを捻り、ドアに体重をかけようとしたその時。

 

 ───ぐぅ

 

 と、腹の虫が空気を読まずに情けなく鳴いた。きっと、心のどこかで安心したのだろう「無事に帰ることができる」と。まったく我ながら恥ずかしいこと限りない。

 

「あはは!結構いい音鳴ったね。そうだ、折角だしなんか食べてく?ちょうど昨日作ったカレーがあったから......」

「いやいやいや流石に悪いから!」

「いやいやいやいや!むしろ食べていってくれる方がありがたいから!」

「いやいやいやいやいや!!流石に!これ以上は!良くないから!」

「いやいやいやいやいやいや!!!」

「いやいやいやいやいやいやいや!!!!」

 

 

 

 

「もーちょっと待ってねー」

 

 結局押し切られて、僕は今ダイニングの椅子に掛けている。

 キッチンの方からは、美味しそうな匂いが流れてきていて、うるさいくらいにお腹が鳴る。

 

 程なくして、ほんのりと湯気のたったカレーが目の前に優しく置かれた。

 ごくり、と喉が鳴る。こうして食べ物を目の前にすると、人間心から安心するのだろうか。空腹感に一層拍車がかかる。

 

「えっと、それじゃあ......いただきます」

「はーい、どうぞ」

 

 ライスにはパセリがふりかけられていて、じゃがいもやにんじん、そして豚肉に玉ねぎと王道の具がルーの泉に浸っている。香りも家でよくかいだ事のある、割と一般的なカレー。

 ご飯とルーの境目を掬い取って、口へ運ぶ。

 冷えた体に、温かいものが身体にじんわりと染み込み、思わず口元が緩む。五臓六腑に染み渡るってのは、きっとこういうことを言うのだろう。

 

 割と甘さのあるカレー。だけどもスパイスの味が潰れることなく主張していて、上手く調和している。

 そしてなにより旨い。今まで食べてきたカレーよりも格段に旨味と深みのバランスが絶妙で、まるで手を繋いで口の中で踊っているようだ。 

 ほのかに口に刺さる苦味も決して嫌味がなく、むしろそれがいいアクセントになっていて、味に奥行きを生み出している。

 さまざまな要素が見事に絡み合っていて、スプーンを止めることができない。

 

 こんなカレー今まで食べたことがあっただろうか。全体的に味がまとまっていて、無駄がない。

 あっという間に皿が空になってしまった。もう終わってしまったと、すこし物悲しさは感じるがそれでも満足感は相当なものだった。

 

「ごちそうさまでした......ほんとに美味しかった」

「お粗末さま。それならよかった」

 

 相対して座る廻くんは満足げに微笑んでいて。その姿に心を奪われた。

 この日からだった。カレーライスが僕の『特別』になったのは。

 

 

 さて、ご飯もいただいたことだし、そろそろ本当に帰らないと。

 今度こそ帰ろうという変な決意を胸に玄関へと向かい、そそくさと靴を履いてドアに手を掛ける。

 

「まだ雨強いだろうから、気をつけて帰ってね」

「ありがとう。それじゃあ、また」

「うん。これからよろしく、蓮くん」

「こちらこそ、よろしく.....廻くん」

 

 こうして、僕たちはなかなかに奇妙な出会い方で友達となった。願わくば、この関係が長く続くといいなと思いながら、彼の家を後にした。




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雨宮蓮、はじめてのとーきょー

投稿しておいてなんですが、もしかしたら最初の方を大幅に変えるかもしれません。ご迷惑をおかけします。



4/9(土)

 

 高校2年の春。晴れて俺は秀尽学園高校へと栄転を決めていた。

 経緯を話せば少し長くなる。が、要は困っていそうな人を助けたようとしたら、傷害の冤罪をかけられて。しかし相手は相当な権力者だったようで、裁判は当然負け。

 こうして、非常にありがたいことに前歴持ちの称号(トロフィー)をゲットした。高校に入ってからはあまり交友関係を築いていなかったがゆえに、学校での居場所はなくなり、裁判所の指示やらなにやら───要は体のいい厄介払いだろう。で、親元を離れて単身でこの東京の地へとやってきたというわけだ。

 

 この異邦の地で眺めるのは、少し画質の悪い、けれど廻との唯一のツーショット。

 いつまで経っても待ち受けにしているそれを、割れた画面越しに一目覗くと、長い嘆息と共に空を仰いだ。

 

(......東京といえば、廻も来てるんだったか)

 

 少しばかり、昔に思いを馳せる。

 

 共に野をかけ、共に学び、時にはちょっとヤンチャもしたりして、楽しい時も辛い時も、隣にはずっと廻がいてくれた。

 これからもずっと、高校、大学、果ては社会に出ても一緒にいられると、疑うことなくそう思っていた。なのに。

 

『......なかなかいいタイミングが分からなくてずっと言えずにいたんだけど、僕、東京の高校に入学することにしたんだ』

 

 それは中学の卒業式。そんな日にしてはどうも縁起が悪い、大雨の降り注ぐ日だった。

「話がある」と、廻に校舎裏に呼び出され何事だろうかとノコノコと向かった先で無機質な声と共に告げられたのは、そんな言葉。

 何を言ってるのかわからなかった。

 

 トーキョーノコーコーニニューガク? 

 いきなり告げられた理解の埒外(らちがい)にある言葉に、動揺を隠せないでいた。

 

 時間をかけて、言われた事を噛み砕いていく。しかし、脳がその情報を受け取ることを拒んだ。

 でも、不思議と彼が自分とは違う道を選ぶ事に対して、何故とは思わなかった。その代わり、ある一つの心当たりが胸を刺して仕方がなかった。それは、俺にとって最も消したい事実(ツミ)で、でも決して忘れてはいけない記憶(バツ)

 

「なんでまた東京なんか.......」

 

 それでも認めたくなくて、俺がしてしまった事を否定して欲しくて。そんな言葉が口をつく。

 そんな思いも虚しく、何を聞いても返事はただ一言「やらなければならない事があるから」と、それだけだった。

 

 

 今でも時々夢にみる、そんな苦々しい思い出。

 視線をブルーライトを意気揚々と発している画面へと移す。

 

(......また、会えるだろうか)

 

 よくもまあぬけぬけと、と我ながら思う。

 会ったところで、俺に何が出来るだろう。彼に一生の傷をつけてしまったこの俺が。

 きっと声をかけることも出来なければ、面と向かって話すことなんてもっての外。せいぜい、動いている彼を遠巻きに陰ながら見守ることくらいしかしないだろう。

 それに加え今は前科持ちだ。どうしてこんな状態で顔向けなんてできるだろうか。

 

 もう、俺は彼の人生の足枷にはなりたくないのだ。

 

 

 

 はあ、思考に隙間ができてしまうといつもこうだ。ブルーな感情に押しつぶされてしまいそうになる。

 今は切り替えよう。きっとその方がいい。

 

 さて、東京にはこんな俺を受け入れてくれるというなんとも物好きな人がいたようで、今はその居候先へと歩みを進めている。

 さすがは大都会トーキョー。上を見ればビルのジャングル、前を見れば人は波のように押し寄せてきて、一度地下に潜るともう訳がわからない。

 東京メトロとは?何線がどこに繋がってるんだ?なんてのを忙しなく手元の板で検索して、ただひたすらに目的地を目指す。

 

 行きずりに、何か変なアプリがスマホに入っていたが、問答無用でアンインストールしてしまった。悪いが今はそんなものに構っている暇はない。

 ......にしても一体何だったんだろうか、あの趣味の悪いアイコンのアプリは。変に記憶に残っているのも相まって余計不気味に感じる。

 

 それはそうと、住所通りに不慣れな道を歩いていき、人の手を借りながらやっとの思いで辿り着いた場所はどうやら喫茶店を営んでいるようだ。香ばしい珈琲の匂いとともに、鼻を刺すようなスパイスの香りが扉の隙間から漏れ出ている。

 先ほどまで憩っていたであろう老人たちと入れ違いに、俺はその店『ルブラン』へと足を踏み入れた。

 

 

「ったく、コーヒー一杯で四時間かよ......あーなになに?縦は真珠のウンタラカンタラ......

 

 

 ───んあ?オマエは......そういや今日だったか」

 

 店主らしき人が件の客に愚痴を溢しながら、眉間に皺を寄せつつ真剣にクロスワードに興じている脇で。それとなく店内に居座っていると、どうやら俺の存在に気付いてもらえたみたいだ。

 

「えと、今日からお世話になります。雨宮蓮です」

「生憎、女の顔以外は覚えらんねえもんでね。にしても、へえ......オマエみたいな奴がねえ。どんな悪ガキが来るかと思ったが」

 

 立派に携えた顎髭をさすりながら、こちらを値踏みするように視線を上から下へと撫で下ろす。

 

「佐倉惣治郎だ。うちの客とオマエの親が知り合いでな。まあそれはいいか......ついてこい」

 

 言われるがままに、佐倉さんの後へと続く。そして案内されたのは、何とも埃っぽい。手入れも十分になされていないような屋根裏部屋。

 そこには、もう使われなくなったのであろう様々なガラクタが敷き詰められていて、何なら屋根を支える(はり)のあちこちには蜘蛛の巣さえ張っている。

 

 本当に人が住む場所なのだろうかと疑問に思いはするが、置いてくれるだけありがたいと気持ちを何とか切り替えた。

 佐倉さん曰く「寝床のシーツくらいはくれてやる」だそうだが、そんなものでは間に合わないほどこの部屋は想像を絶して汚くて、現段階ではとてもじゃないが住める場所ではない。

 これは今日一日が掃除で潰れてしまうだろうと、幸先の悪さに辟易しながら、佐倉さんのお話に耳を傾ける。

 

「にしたって傷害罪たぁな。人は見かけによらねえな」

 

 もちろん、俺だってしたくてそうなったわけではない。弁明の意を込めて佐倉さんに言い寄ってみるが、彼はあまり深入りしたくはないらしく、まさに取り付く島もないといった様子だった。

 

「これでも客商売だからな、店で余計なことは言うなよ。そんでもって、向こう一年は大人しく暮らせ。そうすりゃ保護観察も解ける」

 

 そう、保護観察。傷害沙汰を起こした俺に課せられた「品行方正にしていなさい」という命令。

 この保護観察が解けるまでの期間を、佐倉さんにお世話になるという流れで俺はここにきている。

 正直な話、あまり迷惑はかけたくない。なんてったってこの人は赤の他人である。にも関わらずこんな俺をここに置いてくれる、それだけでもありがたいのだから俺もそれに報いねば。と、静かに決意を固めていた。

 佐倉さんが言うには、明日は編入する高校の挨拶回りの予定らしい。当然歓迎されてはいないだろうが、なんとか少しでも印象をよく見せようじゃないか。

 

 

 掃除にひと段落がつき、ベッドに体を放り投げ......たかったが、当然マットレスなんて上等なものは敷かれていない。

 ここにあるのは、みかんを入れるようなコンテナを寄せ集めて、その上に布団を敷いただけの簡易的なベッドだ。

 そんなベッドに全体重を乗せて倒れかかったらなんて、考えなくてもわかる。

 これから気をつけないと、と考えることがまた一つ増えてちょっと病みそうになったが、仕方なくゆっくりと腰を下ろしてから寝転がった。

 

 寝っ転がってしばらくは、佐倉さんよろしくクロスワードと睨めっこしていた。

 なかなかどうして、たまにこういうのをやると面白いものでついつい次へ次へと解き進めてしまう。

 わずかに眠気を感じ、時間を確認しようとスマホを手に取ると、時間はすでに0時を回っていた。いやはや、こういうのは簡単に時間が溶けるからいかんね、ホント。

 

 明日起きるためにアラームを設定しようとスマホをいじっていると、昼間に消したよくわからないアプリがまたもやホーム画面に舞い戻っていた。それを見て、そろそろウイルスを疑い始めた頃。

 ───目の前の景色は一転し、俺は囚人の姿となって独房にぶち込まれていた。

 何を言っているのか分からねーと思うが、俺も何をされたのか分からなかった。頭が(ry

 

 ってなわけで、その空間の主らしき鼻の長い老人「イゴール」が言うには、破滅が何だとか、それに抗うとか.......まあとにかく何を言っているのか分からなかった。

 いやー困るね。年取ってるからか知らないがもうちょっとわかりやすく言って欲しいもんだ。

 

 それでも、その場にいた幼なげな二人の看守は実に眼福であった。

 態度は看守らしくなかなかにキツかったけど、それもまたご褒美と捉えよう。うん、これでようやくプラマイゼロってとこだな。

 

4/10(日)

 

 寝た気が微塵もしない夢を見た後で、眠い目を擦りながら挨拶回りをこなす。校長っぽい人のおありがてえ言葉なんてこれっぽっちも耳にも頭にも入らなかったが、まあ大方問題を起こすなとかそんなことを言われてたんだろう。

 ただ、担任だという『川上貞代(かわかみさだよ)』先生は存外俺に対する当たりが柔らかく、なんなら笑顔で自分を歓迎してくれた。

 正直もっと何かイヤなことの一つや二つくらいはあるだろうと覚悟していたが、それも杞憂に終わったようで大変結構。

 早くもこの学校での生活に少しの希望が見えた気がする。この人が担任でよかったと内心ホッとした。これで実際はとんでもヒス女教師とかだったら嫌だな......そうじゃないと祈ろう。

 

 

4/11(月)

 

 なんと朝一で佐倉さんにカレーを振る舞ってもらった。朝からカレーなんてどこぞのガッツポーズしただけで5点くらい入る伝説の野球星人じゃあるまいし、と思いながらもカレー自体は大好物なので大人しく席に座る。

 カレーにはうるさいぞ、と心の中で評論家を気取りながら一口頬張ってみると......

 

───美味い! 

 

 口を走り抜けるような程よく強い辛さ......!

 市販のルーで作ったものよりも比較的スッキリしているという印象が残る。

 さらに、それぞれの具材がお互いにいいところを引き出し合っていて、それでいてうるさく無い。それによって独特のコクが生まれている。

 計算され尽くしたカレーだ。という感想を俺は抱いた。一切の雑味がなく、ここまで調和しているのはまさに職人技というべきだろう。

 

 これには思わず唸ってしまう。さすがカウンター上の黒板を一枚まるまる使って『ルブラン特製カレー』と銘打つだけはあるな......!

 ......アンビリーバボー、いや『unbelievable』だ。これには諸手をあげて降参してしまいそうになる。お行儀が悪いのでそんなことはしないが。

 とりあえず分かったのは、このカレーを作ったマスター、佐倉さんは悪い人では無いということだ。うん、カレーがうまい人に悪い人はいないからな(当社比)

 

「......美味しかったです。本当に」

「そりゃどうも。ほら、さっさと行け、遅刻しちまうぞ」

 

 照れ隠し......という訳でもなさげな佐倉さんに急かされてそそくさと外へ出る。

 時計を見ると、出るにはまだ少し早い。しかし、迷ってしまった時のことを考えると早くに出ておくに越した事はないだろう。転校初日から遅刻なんて洒落にならない。

 

 佐倉さんには電車で行けと言われていたため、乗り換えや時刻表を見るアプリを起動して駅へと向かう。ちゃんと迷う事なく秀尽学園の最寄り駅で電車を降りて、地下鉄のホームを出ると空は生憎の雨模様だった。

 運悪く傘を忘れてしまっていた為、近くにあった洋服店の軒下で雨宿りをしながら、高校までの道のりを調べようと今度は地図のアプリを開く。

 そしたらまーたあのアプリのアイコンが画面いっぱいに主張してきた。......いい加減怒るよ?マジで。

 

 朝から憂鬱になっているところ、こちらに近づく足音が聞こえそちらに目をやると、同じ高校の制服の生徒が。

 ブレザーの中にパーカーを着こなし、日本人離れした顔立ちに、日に当てればさぞ輝きを放ちそうなブロンドヘアーをミドルツインに束ねた麗人がそこにいた。どうやら同じ雨宿り仲間らしい。

 これは学校のマドンナ筆頭だろうな......と少しの間目を奪われていると、それを気取られたのだろうか。彼女もこちらを向いて、図らずして目が合ってしまった。

 

 すると彼女は何かに気がついた様子で、自身の頭に指をさした。

 .....これは一体どういうジェスチャーなのだろうか。こういったボディランゲージ一つにしたって、海外と日本では違うものがあると聞く。どうしよう、これの意味が「てめえ今見てただろ知ってんだぞ」とかだったら。もしそうだったら立ち直れそうにないよ......

 

 イマイチ彼女の思惑を受け止め損ねていると、向こうも痺れを切らしたようで。

 俺に近づいてきたかと思えば、その手を俺の顔付近へと伸ばす。

 

「ほら、付いてたよ」

「え?ああ、ありがとう」

 

 そうして朗らかな微笑みと共に差し出されたのは、一枚の花びら。おおかた、目の前にある桜の花が俺の頭に不時着したのだろう。少し、ほんの少しだけ、かつての親友の姿がぶれて見えた。

 ってか日本語ペラペラじゃん。じゃあ何だったんださっきの無駄な考察は。

 

「ほんと、()な雨だよね。せっかくの桜も散っちゃってるし」

「全くだ」

 

 一時は英語で話しかけられたらとヒヤヒヤしたが、とりあえずは言葉が通じる相手だとわかり少しホッとする。

 にしてもこの人とは少し気が合うかもしれない。俺も雨は嫌いだ。髪はいつもよりうねるし、肌はベタつくし、水溜りで転けてびしゃびしゃになったことあるし、卒業式のこともあるし。それに───

 いや、今これはよそう。ただでさえ色々ツイてないってのに、これ以上ブルーな気持ちになりたくはない。

 

 はあ、この地に来てもう何度目かわからないため息が漏れる。転校初日だっていうのに雨降りとはなんともツイていない。美人には会えたけれども。

 そろそろここを出ようかと足を一歩踏み出そうとしたところで、近くの路肩に泊まった車が一つ。

 

「おはよう。学校まで送ろうか、このままじゃ遅刻するぞー」

 

 と、知り合いなのだろうか。白いセダンの窓から、彼女へ声がかけられた。それに彼女は「ありがとうございます」と一言言い、単調な足取りで車に向かう。

 ほー、雨の日の東京では美人には先生直々のお迎えが来るのか。まあそりゃあこの美貌だったら無理ないか。

 

「おっと君もか」

 

 こちらに気付いたのだろう、自分にも相席の声がかかる。しかし、流石によく知りもしない女子生徒と先生らしき人との間に相席できるほど、俺は肝が据わっていない。 

 だから俺は愛想笑いをしながら手を横に振る事で誘いを断った。うむ、我ながら完璧な無難ムーブだ。惚れ惚れしちゃうね。

 とはいえ、尚のこと雨は降り。断った手前、乗っときゃよかったかなと思うわけだが。

 

「───変態教師がっ」

 

 先の車を見送りながら、短く切り揃えた眉が特徴的な、短髪を明るく染めた男が憎々しげにそう言い放った。

 

 変態どうこうはともかくとして。教師、ということはさっきの車に乗っていた男に向かって言っているのだろうか。

 彼もまた秀尽学園の制服に身を包んでおり、しかしてその様を一言で表すならば「乱れている」

 見た目で判断するのもアレだがこう.......いかにも不良、という感じだ。関わるのは少し勇気がいる感じの。

 

「んだよ、鴨志田(かもしだ)にチクる気か?」

 

 カモシダ......うーん知らない単語だ。察するに、これもさっきの男のことだろうけど一応聞いておこう。

 

「カモシダ?」

「あ?さっきの車のだよ。ったく、好き勝手しやがって......お城の王様かってーの。お前もそう思わねぇ?」

 

 同意を求められても困る。こちとら今日から転入の秀尽学園ビギナーなのだ。ピッチピチなのである。

 当然鴨志田が普段どんなのかとかは知らないし、今の一幕だけで判断するならそこまで悪くも見えなかった、というのがホンネだ。でもよくよく考えてみれば確かに、女子生徒を計ったかのように迎えにくるところは若干のキモさを感じる。まあそれは故意であったらの話だが。

 

「んだよ反応悪りぃな。お前シュージンだよな?」

「秀尽学園のことであってるなら、そうだ」

 

 そう言うと、金髪の少年がオレの胸元をじっくり......いや、じっとりと見つめる。

 いやいやそんなところ見つめられても困りますああいけません心の準備がまだ───ああ、拝啓お父さんお母さん。僕が東京に来て間もなく(けが)れてしまうことをお許しください.......

 

「───しかも、タメじゃねーか。見ねえ顔だけど」

「......え、なんで」

「ああ?なんでってそこにバッジつけてんじゃねーか」

 

 指の差されるまま下を向くと、胸元のピンバッジには『2』の文字が。

 なぁんだそういうことか。まったく、びっくりさせないでいただきたい。俺はてっきり.......

 

 嗚呼、ここのところ色々ありすぎて疲れてたのかもしれない。今日は帰ったらしっかり寝よう。

 

「なんも知らねーみてえだけど、二年で見ねえ顔、そんで天パにメガネ......てことは、お前もしかして例の転校生か!?」

「その『例の』ってのはわからないけど、うん」

「マジかよ!俺、坂本竜司(さかもとりゅうじ)ってんだ。これからよろしくな!にしたって、へぇ〜お前があの、ねぇ」

 

 なにやらちょっとした噂になっているらしい。十中八九嫌な予感しかしない訳だが、大穴でモテ期到来にベットしてみるのもありか?

 いや、やめておこう。外れてた時に一層惨めな気分になるだけだ。なにも自分から全力で地雷原に自爆特攻しなくてもいいだろう。

 

「話はよ〜く聞いてんぜ?大した雨じゃねえし、行きながら話そうぜ。遅れちまう」

 

 俺の肩に手を回しながら、坂本はご機嫌が大変よさそうに大股で歩き始めた。

 誰だ、俺の噂なんて流したやつは......これじゃあまるで、図らずして札付きのワルに気に入られたやつみたいじゃないか。一応進学校とは聞いていたんだけどなあ......

 ああ、どうなってしまうのだろうか我が高校生活。正直不安でいっぱいです。

 

 

「俺たちで、これからいっぱい『オモイデ』作ろうぜ。蓮」

 

 ニカっと、この天気とは正反対の眩しいくらいの笑顔が俺を照らす。

 まあ見た目はちょっとアレだけど、悪いヤツじゃないのかもしれない。

 

 

 

 

 ───待て。俺名前なんて言った覚えがないんだが......前言撤回。やっぱり坂本竜司、恐ろしい子っ......!

 お父さんお母さん。やっぱり僕は東京に来て穢れてしまうみたいです。どうか、どうかお許しを.......!




最初の蓮くんのモノローグはなんのこっちゃわからないとは思うんですが、徐々に明かしていこうと思うので、お暇のある時にでも気長にみていただけるとありがたいです。
モチベに繋がるのでお気に入りや評価をしてくださると嬉しいです。


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再会、そしてすれ違い

 

 行きずりにそれなりに言葉を交わしたが、やっぱりこの坂本という男は悪いやつでは無さそうだ。まあただ多少思いやりにかけるというか、強引なとこはあるようだが。

 やはり人は見た目によらない。もちろんそんなことは分かってたさ、うん。決して初対面で俺の身体目当てで近づいてきたチンピラ男だなんて思ってはいない。思っていないと言ったらいないのだ。

 名前を知っていたのも、その『噂』で知ったらしい。っていやおい、プライバシーとかそこら辺大丈夫なのかそれ。

 ちなみに冗談まじりに「俺のこと好きなのか」と聞いてみたが「んなわけねーだろ」と一蹴された。そう言われるとなんか癪だな。オトしてやろうかこの野郎。

 

 大通りから外れ、細い路地へと入る。曰く、これが近道なんだそうだ。

 当然こんなところに人通りはないし、多少声を出したってバレないかもしれない。無意識なんだろうけど、坂本、お前わざとやってないか?俺が意識しすぎなのか?

 一度かかってしまったバイアスというのは、なかなかに頭から離れにくい。ああ、このままだと俺の中での坂本がナンパチンピラ男になってしまう。そんな不名誉な称号を持たせるわけにはいかない。さすがに不憫すぎる。

 

「んで、この路地抜けりゃガッコーだ」

「こんな道もあるんだな」

「まあな。俺にとっちゃここら辺は庭みたいなもんだからな。ほら、もう見えんだろ?目の.....前、に.....」

 

 坂本の指の先を追う。

 すると、そこには......わあ、立派なお城だ。それはさながら愛を育むためのホテルのような......

 

「坂本、やっぱりお前......」

「ちっげーよバカ!マジで俺も予想外だっての!」

 

 ほんとか〜?そうやって「あ、こんなとこにラブホあったんだw......ちょっと休憩して行かない?」みたいな感じで連れていくんじゃないのか。なんか見た事あるぞそういうの。

 

 さて、冗談はそれぐらいにして。

 坂本の顔色を伺う限りでは、本当に予想外だったっぽい。それに俺だって昨日来たし、場所もここで間違いないはずだ。となれば、学校が城になってしまった、ということになる。

 そんなことあるか?学校が城、キャッスルだぞ???ローマは一日にしてならずというが、どうやらここ、黄金の国ジパングでは学校が城になるのは一日あれば十分らしい。まったく、現代日本の建築技術にはもはや恐れすら感じてしまうね。

  田舎の公立出身の俺からしたらまずありえない光景だ。これがトーキョー。これがシュージンなのか。転校生の歓迎とはいえたった一日で随分とご大層なことをしてくれるじゃないか。思わず涙がちょちょぎれそうになるな。

 

「これが都内の進学校か......城を一日にして建造とは、ハイカラだな」

「なわけねーだろ!つかいつの言葉だよ、ハイカラって」

「とりあえず、人に聞こう。じゃないと訳が分からない」

「無視かよ......」

 

 坂本が何やら言っていた気がするが、残念。今はそれどころではないのだ。今はこの学校を知る必要がある。

 ああそうさ、今までのは現実逃避だとも。俺だってこれが異常事態だと思わないほど脳ミソが腐っているわけではない。でも、若干こういった非日常に心躍る自分もいた。なんていうか、こう......無性に「ショータイムだ!」って叫びたくなってしまう。

 

 とはいえこんなところで立ち往生したって仕方がない。 

 坂本もそう思っているようで、俺たちはこのラブホじみた城の中へと一歩踏み出した。

 

 

◆◇◆

 

 

「ちょっと()()()()、来ないんだけど?」

「あ、あはは......」

 

 朝のホームルームが終わったあと、我らが担任の川上先生に詰められる。『例のカレ』とは、言うまでもないかもしれないが蓮のことだ。

 僕としてはむしろ来てなくてありがたいというか、逆に来てると困るというか。でもまあとりあえずこの場は収めなければならない。なんたって先生はそんな事情知ったこっちゃない訳だから。

 

「まあまあ、いろいろ事情があるんでしょう......だから、ね?」

「だから、ね?じゃない!転校初日に遅刻って相当よ?私が庇うのにも限度あるからね!?」

「わかってます、わかってます。蓮には後で僕からもきつーく言っときますから」

 

 川上先生は変わらず訝しげな視線を隠すこともなくこちらに向けている。

 腐っても教師と生徒。やはりマンツーマンでこの空気は胃がキリキリと痛む。

 

「......ホントに大丈夫なんだよね、彼?」

「ええ、心配には及びません。多分」

 

 多分。その言葉を聞いて、先生はがっくりと肩を落とし長いため息を吐いた。いやぁ本当に申し訳ない。心中お察しします。

 少なくとも僕なら彼女の立場になりたくない。こんなことがあった日には他の先生からお小言が飛んでくるか、あるいは同情の眼差しを向けられるか。どちらにしたって気持ちのいいものではない。とんだ貧乏くじを先生は引かされているのだ。

 だから僕もそれに応えなくてはならないだろう。蓮が来たあかつきには事態の収拾に徹しなければ。あとは......

 

「今度絶対埋め合わせしますから」

「......とびっきりの、期待しとくから」

「それはもう。誠心誠意を込めて、おもてなしさせていただきます」

 

 ハードルが上がってしまったと若干の焦燥を感じながら、わざとらしく片手を胸に当て浅く礼をする。顔を上げるところで計ったかのように予鈴がなり、先生は「それじゃ」とひらひらと手を振って徐に踵を返した。

 物憂げに揺れる小さな背中を見送りながら、一限の準備をするために席に戻る。

 これは今日は大変な一日になりそうだ。と思いながら、やけに重たく感じる教科書を机の上に出した。

 

 

 

 昼休みを告げるチャイムが鳴り、少なくない眠気を感じながら弁当袋を開く。

 すると、時を同じくして教室の外が何やら賑やかさを増しているではないか。ついに来たか、この時が。

 

 喧騒に耳を傾けているうちに昼休みが終わり、5限の始まりを告げるチャイムが鳴り響く。普段であれば食後の眠気に誘われて静かな教室が、今この時だけは騒がしさに支配されている。

 それが指し示すこととはすなわち、本日の主役の登場ということに他ならないだろう。

 

「それじゃあ、入って」

 

 先生に促されて入ってきたのは、まあ想像通りの人物だった。

 目に被りそうなくらいの重い前髪に、黒縁の伊達メガネをかけた青年。

 とりあえずよかった。ここで全く知らない人が来たらどうしようかとあたふたしてたところだ。

 彼は決して大きくはない声で自分の名前を言うと、教室をぐるりと見回した。するとこちらを見るなり目を見開いて驚いた表情を浮かべる。ふふふ、まさかここに僕もいるとは思うまい。

 したり顔で僕も視線を返すと、そっぽを向かれてしまった。あれ?そこは「うわー!ここに来てたんだー!」みたいな反応するとこじゃないの?

 

 若干の違和感が残る中、彼の自己紹介が終わり、先生が席の位置を彼に告げる。窓際の後ろから2番目、そしてそれは僕の左隣。

 わざわざ川上先生に無理を言って掛け合って、「しろさき」がこの位置に来るようにクラスの編成を変えてもらったのだ。まあその分僕も僕で色々と払ったんだけれども。

 なにはともあれ、この日のために僕は同級生と必死こいて仲良くして、先生方の評価もいいものにして、学内にある程度のコネは作って。 

 僕とてこの一年東京で遊び呆けてたわけではない。南船北馬、東奔西走。蓮へのヘイトを少しでも軽減できるように尽力してきたのだ。まさに今、その成果を発揮するときだ!

 ひとまずはここで昔ながらの友達らしく、ちょっと砕けた感じで話しかけてっと........

 

「久しぶり、蓮。またちょっと背のびた?」

「人違いじゃ、ないかな」

 

 んん〜???なんか思ってる反応とは違う。確かに自己紹介のときも目合わせてくれなかったけど.......もしやこれが思春期?それとも反抗期というやつ?

 と、とにかく。人違いと言われて素直に納得するほど僕は往生際がよろしくないのでね。もうちょっとグイグイいかせてもらおうじゃないか。

 

「なーに言ってんの。蓮の声だけは忘れない......絶対に」

 

 そう言うと、蓮の肩がピクリと跳ねる。

 その肩に触れようと僕が手を近付けると、蓮はその手を勢いよく跳ね除けた。

 

「───いい加減にしてくれ!」

「......え?」

「何度も言うが人違いだ。俺はそのトモダチじゃない。俺は一切.......君のことを知らない」

 

 間違ってはいないはずだ。というより間違えるはずがない。その特徴的な福山ヴォイスに、前髪で部分的に隠れてしまっているにも関わらず、アホみたいに主張してくる綺麗な横顔。

 忘れるはずがない。まず間違いなく顔見知りの雨宮蓮なのだ。であるにも関わらず、ここまで拒絶にも似た反応をされるということは。

 

 

 ......もしかしなくても僕めちゃくちゃ嫌われてる?

 よくよく考えてみれば、そりゃあ......そうか。だってマトモなことを何も言わずに東京行って、その上一年間ろくに連絡寄越さなかったもんなぁ......そんなことしてたら嫌われるよなぁ。

 そのくせ同じクラスになった途端急に話しかけるって、どれだけ都合がいいんだって話だ。

 

 新学期早々やらかしてしまった。

 彼を迎え入れるどころか、全くの逆効果になってしまっている。

 周りからは「アイツまじかよ」とか「ありえな〜い」とか聞こえてるし、先生に至っては「どういうこと!?」と目で訴えかけてきている。確かに今朝大変な一日になりそうだとは思ったけど、まさか難易度マーシレスになるなんて誰が予想できただろうか。僕は予想できなかったよ。

 

 完全に視野が狭まっていた、と言わざるを得ない。

 先のことばかり考えていて、一番大事にしなければいけないものを見失っていた。

 こりゃあ怪盗団に加入どころか、原作介入なんてもってのほか。なんたって僕にはその資格がない。前世の記憶があったり、あまつさえこの世界について知っていたとしても、それだけだ。それ以外はなんの能力もない、どこにでもいるただの凡人。

 なら、凡人は凡人らしく、もうこの世界に下手に関わることなく一生を終えるのが最適解というもの。

 

 僕なんかがいなくても、きっと蓮なら上手くやれる。

 怪盗団のリーダーとして、この世界を、人々の心を、全てを奪ってくれる。

 だって蓮は世界で一番かっこいい、僕の自慢で憧れの......

 

 

 

 

 

 ───ヒーローだから。




一旦ストック消費しました。毎日はおそらく厳しいのでゆっくりお待ちください。


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思い出のお弁当

 

「ちょっとそこ、大丈夫?」

「ああ、はい。大丈夫です、お気遣いなく......」

 

 明らかに信じていなさそうな先生の視線が刺さる。流石にこれは予想外だとアイコンタクトを送ると、理解したのかしていないのか彼女は眉を顰め、ため息をひとつ。

 とはいえ先生も授業を進めなければならないと切り替えたのか、気怠げに教科書を開き授業を始めた。

 

 さて、原作に介入しないとは言ったが、それでも普段の学校生活で隣の人とコミュニケーションが取れないのは致命的だ。現に、蓮はこの授業の教科書を持っていないだろうから、必然的に隣である僕が見せることになる。

 正直断られないか心配ではあるけど覚悟を決めよう。これは授業のため、授業のため......

 

「あのさ、教科書ないと不便でしょ?見せるから机寄せない?」

「ああ......」

 

 よかった。これすら断られてたら本当にどうしようかと頭を抱えていたところだった。

 机を横並びにくっつけ、蓮との距離がほぼ無いに等しくなる。前まではこんな距離も珍しくなかったのに、今となってはこんなにも近くに居るのにすごく遠く感じてしまう。

 そんなことだから当然、僕たちの間に会話は無い。授業中だからというのはあるけど、それを抜きにしても雰囲気がよそよそしく感じて寂しさを覚える。

 

「もう、戻れないのかな.......」

 

 ギリッ......と隣から奥歯を噛み締めるような音が聞こえた。

 やばい、もしかして今の声に出てた!?ああもう、こういう時に心の声漏れなくていいからホントに。火に油を注いでしまったかもしれない。

 確かめるように、おずおずと彼の方を覗いてみる。けれどやはり顔は窓の外に向いていて、表情を伺うことすらできないまま。

 ああ......胃が痛くなってきた。これは前途多難だな......原因は僕なんだろうけど。

 

 

 果てしなく長く感じた授業が終わり、今日のところはこれで終わりとなる。HRが終わるとみんなそれぞれの放課後を過ごすために忙しなく動き出した。

 それは僕とて例外ではなく、川上先生に呼び出しをくらっていたがために職員室へと急いでいた。行く前に蓮に声をかけようとも思ったが、隣をみた時にはすでに忽然と姿を消していた。一体いつの間に席を立ったんだ......?

 

 そんなことを考えているうちに、職員室の前についていた。律儀に3回ノックをして、音を立てないようゆっくりと扉を開ける。すると真っ先に視界に入ったのは何か物申したげな川上先生の顔だった。

 他の先生や生徒をかき分けて彼女の元へと向かうと、じっとりとこちらを睨むような目をして僕を正眼に捉えた彼女は、腕を組んだまま重々しく口を開いた。

 

「説明してもらってもいい?」

「いやぁその......僕としても予想外、と言いますか......」

「だろうね。出身地も一緒で、一応中学校の先生にもお話を伺ってみたけど、彼と仲良くしてた人で一番に君の名前が上がるくらいだったし」

「僕もその認識だったんですけど、どうやら嫌われちゃってるみたいです.......」

 

 僕が弱々しくそう応えると、分かりやすく先生は項垂れる。

 そりゃあそうだ。今度くる転校生のことは任せんしゃい!と意気込んでいた奴が、まさかその転校生から嫌われているだなんて思いもしないだろう。

 先生からしてみれば、仕事が一つ.......いや、それどころじゃないほど増えたようなものだ。ただでさえ学校の先生という仕事はキツいと言われているのに、その上こんな厄介事が降りかかってしまったらと考えるとどうもいたたまれなくなってしまう。

 

「何かお手伝いできることがあれば雑用でもなんでもやりますから」

「言われなくてもそうするつもり。じゃあこれ、春休みの課題のチェック終わったから明日の朝礼で返せるように教室に置いてきて」

「はい......喜んで」

 

 そうして先生が指した方を見ると、問題集の束が。一つ一つの厚さは大したものではないものの、ちりも積ればなんとやら。これはなかなかに骨が折れそうだ。

 こんなことをしているが、僕としてもそこまで余裕があるわけではない、主に精神的に。けど、いやだからこそ。こうして何かしていないと、どんどん思考の渦にはまってしまいそうになる。

 とりあえず今は目先の仕事に集中しよう。そう思いクラスごとに別の束をなしているそれを一つ持ち上げると、名前の欄からどこのクラスかを確認して運び始めた。

 

 

 3回目の往復の途中、まるで探し物を見つけたかのように慌ただしく近づいてくる人物が一人。

 小走りで僕の横に肩を並べると、どこか疲れが垣間見える表情で、見知った顔『坂本竜司』は声をかけてきた。

 

「いたいた。廻、探してたんだよ!なあ今大丈......夫じゃねえ、か」

「まあ、そうだね。どうしたの、急ぎの用?」

「そうっちゃそうなんだけどよ......あー、とりま俺もそれ手伝うわ。終わってからでも大して差ねえだろうし」

 

 手伝ってくれるというなら、それをわざわざ断る理由もない。お言葉に甘えるような形で、今持っている半分を竜司に渡す。

 やはり二人でやると早い。その上竜司は元々運動部に所属していたということもあってか、当初の見積もりよりもかなり早く終わった。

 先生に完了の旨を伝えて、普段から人気のない屋上前の踊り場へと向かう。

 乱雑に放置されている椅子を引っ張り出してテキトーに腰掛けると、ひとまずさっきのお礼から会話を切り出した。

 

「ありがとう、助かったよ」

「気にすんなって。んで、話なんだけどよ」

「もしかして今朝来てなかったのもそれ関連?なんも連絡なかったから心配してたんだ」

「それは、スマン......でもよ、あれは仕方ねえっつーか」

「まあいいや。それじゃあ、聞かせてくれる?今日、何があったか」

 

 そう言って僕は竜司の次の言葉を促し、話を聞く態勢に入った。

 

 

 

「───城にいた?それで捕まったって?」

「そうなんだよ!なんつーか、とにかく城!んでそこのオーサマがあの鴨志田のヤローで」

「待って待って。君の言葉を100%信じるとしても、その時間は僕普通に学校で授業受けてたんだけど」

「そこなんだよなあ.....」

 

 さも何も知らないかのように振る舞う。あまり気は進まないけど、こうでもしないと後々変に疑われると困るから仕方がない。でもまあ今は二人がちゃんと戻ってきてくれたことを喜ぼう。現時点ではまだ、物語の進行に綻びはない。

 ただ僕としては、もう一声欲しいところだ。それが何かと言われれば、ズバリ「蓮がペルソナに覚醒したか否か」。奇跡的に何事もなく逃げおおせたのだとしたらそれはそれで問題だ。ペルソナ5という物語が始まらなくなってしまう。

 だからここは一つ思い切って踏み込んでみようか。

 

「そのお城で捕まってしまったんなら、どうやって君たちは現実世界に戻ってきたの?」

「俺もよくわかんねえけど、蓮のやつがペル、ぺ.......あーとにかく!なんかすげえのをブワーッて出して、そんでえーっと......」

「あーなるほど。とにかく僕の理解を超越した現象が起きたってことだけはわかったよ」

 

 そう言って僕は眉を顰め肩をすくめて見せたけど、それとは裏腹に内心ではガッツポーズを繰り出していた。蓮はしっかりとペルソナに覚醒している......その事実さえ聞ければそれでいい。

 これがわかったならあとは簡単だ。僕は隣人Aとして彼らの活躍を横目に見守るだけでいいのだ。

 

「とにかくよくわっかんねえ事だらけなんだよ!つーわけで廻も明日の放課後検証に付き合ってくれ、な?」

 

 

「───へ?」

 

 今なんて言った?明日の放課後に、検証に付き合え.......!?

 いやいやいやいや、これはよくない。非っ常によくない流れだ。蓮に嫌われてしまっているこの状況で、それに参加したらヤバい事になるなんてのは目に見えてる。

 正直、パレスに行けるというこの千載一遇のチャンスを逃したくはないけど、それでもここは涙を飲んでグッと我慢だ。 

 

「いやー......明日はちょっと」

「マジか、じゃあいつなら行けるか教えてくんね?」

 

 僕は頭を抱えた。

 そういう事じゃないんだよ!どうしてそこで食い下がるんだそこで!僕なんか放って二人で行ってくれるだけでいいのに!

 ここで行きたくないと言っても、彼の心象はよくないだろうし、日程を変えられたりなんてしたらその時点でおしまいだ。

 ......これは、もう腹を括るしかないのかもしれない。

 

「はあ、わかった。明日の放課後ね」

「なんか予定あったんじゃねえの?」

「今さっき吹っ飛んだよ、そんなの。だから気にしないで」

「ああ......?よく分かんねえけど、んじゃそゆことで頼むわ」

 

 そう言い残して、竜司は立ち上がり疲れが窺える足取りで階段を降っていく。

 僕もそろそろ帰ろうかな。明日に備えて身体も休ませとかないといけないし。それに今日は色々ありすぎて疲れた。その上明日もなかなかハードな一日になりそうだ。ああ......胃が痛い.......

 

 

4/12(火)

 

 あーたーらしーいあーさがきた きーぼーうのーあーさーだ(白目)

 

 どれほどこの日が来ないことを望んだか。それでも時の流れというものは非情なもので、容赦無く夜は明け朝がやって来る。

 正門をくぐり抜けると、急に鉛のように重たくなった足を引き摺るようにして教室へと向かう。

 

 教室に入ると、あからさまに蓮とその周りの人間との間に距離があるのが見てとれた。

 ヒソヒソと話す声に耳を傾けると、根も葉もないような出来の悪い噂話ばかり。蓮をなんだと思ってるんだまったく。

 

「おはよう、蓮......いや、雨宮くん」

「.......おはよう」

 

 コミュニケーションの基本はまず挨拶をすること。そして僕の放課後までのミッションは、1ミリでもこの距離を縮めることだ。正直返してもらえるかビミョーなラインだったけど、ちゃんと返ってきたし、意外と幸先がいいのかも?

 いやいや、まだまだ始まったばかり。気を引き締めていかねば。

 

 

 

 まったく授業に身が入らないまま昼休みを迎えた。あの手この手と思いついた策は片っ端から試してみたけど手応えはナシ。

 こうなったら最終兵器を投入するしかないみたいだ。もっとも、これも効果が見込めるかと言われれば素直に首を縦に振れない訳だけど。でももうなりふり構ってもいられない。そろそろ蓮がみんなから距離を取られているのが辛くなってきたし、その原因の一端は僕にある。なら、ほんの少しでも、それをなんとかしたいと心の底から思う。

 そうと決まればすることはひとつ。席を立とうとしている蓮を引き止めるように、僕は勇気を振り絞って声をかけた。

 

「ねえ雨宮君。その様子だとこれから購買?」

「君には、関係ないだろ」

「まあまあそう言わずに。はいこれ、お弁当」

 

 カバンの中から一つの弁当袋を取り出し彼の机に差し出すと、周りからの信じられないものを見るかのような視線が僕を刺す。

 これには蓮も驚いたようで、今朝から窓の外に釘付けだった視線がようやくこちらへと向けられた。

 これ幸いと、僕も一気に畳み掛ける。

 

「購買だと栄養偏っちゃうから、君さえよければ食べてくれない?」

「どうしてこんなことを」

「どうして......か。どんな理由があるにしろ、僕は独りでいる君を放っておきたくはないから。かな」

また、そうやって.......

「今、なんか言った?」

「......いいや、何も」

 

 何か言った気がしたけど、気のせいだったんだろうか。

 とにかく、渡すところまではできた。蓮も観念したのか、おもむろに袋を開けて弁当箱を取り出すと、そこでまた彼は目を見開く。

 それもそうだろう。見覚えがあるはずだ、その弁当箱は。今回僕が渡したのは、中学の時たまに蓮に作っていた弁当の再現のようなものだ。

 もちろん中身も蓮の好みに合わせたもので作っている。卵焼きは甘めで、唐揚げの味付けは塩。彩りと栄養価のためにプチトマトを添えて、さらに緑を加えたうえで唐揚げの脂っこさを中和するためのほうれん草のおひたし。ご飯には下手に味がぶつからないように真ん中に梅を一粒だけ乗せた日の丸仕様。

 

 蓮は聞こえるかギリギリの声量で「いただきます」と言うと、真っ先に卵焼きをひと掴みして口に放り込んだ。

 知ってる。いつも君はそれから食べることも、それでそのあと小さく頷くことも。

 

 一口、また一口と食べ進める彼を見ながらどこか懐かしさを感じて、もしかしたら元通りの関係になれるかもしれないなんて考えてしまう。そんな自分の都合の良さにまた嫌気がさして。

 本当に、後悔ばかりだ。時間を戻すことが出来るなら......なんて考えるけど、過ぎたことは変えられないし、そんなたらればの話をしたってしょうがない。分かってはいるんだけど、でもなあ......

 

 あれこれ考えているうちに、どうやら蓮は食べ終わったみたいだ。彼は綺麗に片付けられた弁当箱をこちらに手渡し、相変わらず顔はこちらに向けないまま「ごちそうさま」とだけ言った。

 

「お粗末様。また、作ってきてもいいかな」

「いや、もういい」

「そ.......っか」

 

 ダメだった......のかな。それだけ、僕たちを隔てる溝は深いと言うことなのだろうか。そもそも食べ物で釣るようなマネがよくなかったのかもしれない。

 はあ、今日は空回りデーだ。やること全部裏目に出てる気がする。刻一刻と放課後は近づいているって言うのに、距離が縮んだ様には思えない。

 

「でも.......やっぱり、弁当は美味しかった、から」

「......!そっか。そう思ってもらえたなら、何よりだよ」

 

 全身の力がフッと抜ける様な感覚に陥る。人間安心するとこうなるのか、なんて場違いなことを考えてしまうが、それも仕方がないだろう。

 まだ諦めるのは早い。今のやり取りで気づいたんだ。やっぱり、僕は蓮と他人のままなんて絶対に嫌だってことに。だからゆっくりでも、たとえどれだけの時間がかかろうと、彼との関係は取り戻してみせる。お生憎様、僕は往生際が悪いんでね。

 

 

 

 




次回、ようやくパレスに行けそうです。
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