敵の女幹部とドンパチしてたら息子が出来た (イベリ)
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母ちゃんがいなくなった!?探しに行くぞ!

唐突に思いついた。多分続かない。


ドカカッドカカッ、と広大な地平を駆ける馬の蹄鉄が音を鳴らす。

 

馬上には逞しい上裸に、申し訳程度の上着とアラジンパンツに、革のサンダルを着こなす、褐色の威勢の良さそうな青年と、対象的な処女雪を思わせる小さな子うさぎのような少年が揺られていた。

 

遠くに見える高い壁を目視して、男は少年に声をかける。

 

「おい坊主!もうすぐ、お前の母ちゃん達が言ってた所だぞ!」

 

「う、うん!お兄ちゃん…本当に、お義母さん達は居るかな?」

 

「なぁに!いなかったら世界中でも回ってやるよ!あっちの方にある竜の谷でドラゴンでもふん捕まえて世界を旅しようぜ!」

 

「も、目的が変わってるよ!?お義母さんを探すんだよ!?」

 

「おう!そうだったそうだった!!」

 

呵呵大笑というのは、まさにこの事なのだろう。言葉しか知らなかった、小さな少年はこれが…と納得した。

 

ガハハハハッと豪快に空を仰いで笑った青年は、短く整えられた茶髪を掻き上げる。

 

少し心配になった少年は、そう言えばと口を開く。

 

「あ、お兄ちゃん!!そういえば、入れるの!?何か必要なものだったり…!」

 

「あぁ!要らねぇよ!俺ァ元々あそこの冒険者だしな!!」

 

「本当に!!いいなぁ!僕もなりたいんだ!」

 

「そうか!お前もなりたいか!!じゃあお前の母ちゃんが見つかったら、稽古つけてやる!!」

 

「ホントに!!早く、お義母さん見つけようね!」

 

「おうよ!!」

 

アハハッと笑った2人は、見るものによっては仲睦まじい兄弟のように見えるだろう。

 

興奮と共に馬の速度をさらに上げれば、あっという間に城門の前に辿り着く。

 

すると、謎の仮面をつけた集団が前に出て声を上げた。

 

「止まれ!」

 

「ひっ、なにあの変な人たち!?」

 

突然出てきた仮面の集団に対する、ベルの口撃がフルヒット。項垂れた集団は、血反吐を吐くように本音を吐露した。

 

「ぐぅっ…!変な自覚はあるから言い返せん…!!」

 

「俺……何やってんだろ…こんな仮面つけて…」

 

「ダッハッハッハッ!!いい加減それ辞めたらどうなんだよ、シャクティも神さんも、ちったァ団員の気持ち汲んでやれよなぁ。」

 

自警団だぞこいつら。と付け加えた青年の声に、自警団の古株は、ピクリと反応した。

 

「ん…?…………あ、あなたは…!?」

 

青年の声に反応した老齢の団員の背後から、騒ぎを聞き付けやってきた、美しい妙齢の女性が目を見開いて驚いていた。

 

「お、シャクティ!!!久々だな!!」

 

「……あぁ、本当に…久々だな……貴様…!!」

 

シャクティと呼ばれたその女性は、少年が聞いてわかるほどに青筋を浮かべ、笑顔でブチ切れていた。

 

ガタガタ震える少年を他所に、青年は気にせずいつものように快活に笑う。

 

「……この1年、一体何をしていた?」

 

「いやー!極東行ったり、竜の谷行ったりしてたぞ!あ、あとアルテミス様ん所と、バカでかいサソリ狩りもしたな!!」

 

「そうかそうか…それは楽しそうでなによりだ……」

 

「おう!楽しかったぜ!」

 

その一言がトドメとなったのか、シャクティの堪忍袋の緒が切れた。

 

思い切り振りかぶって、なんなら助走付きで飛び上がり、青年の頭頂部に思い切り拳を振り下ろした。

 

目にも止まらぬ速さで地面に叩きつけられた青年を見て、少年は震えさえ止まった。人体から決して鳴っては行けない音がした後に、衝撃音と拳打音が同時に響いた。

 

そして、少年はより深く理解した。

 

この母が向かった都市────オラリオにはこんなにも強い女性が存在すること、女性には逆らってはならないこと。少年の中で、女性への恐怖心を徐々に貯めていく。

 

「……それで、少年。」

 

「はっ、はひ!?」

 

「むっ…いや、何の目的でここに来た?名前は?」

 

同郷の身として、こいつが迷惑をかけていないといいんだが…と心配そうに少年の視線に合わせたシャクティは、少年の目をしっかりとみて微笑んだ。

 

「そう緊張するな、ただの質問だ。私は、シャクティ・ヴァルマ。この都市を守る憲兵団…ファミリアという、組織の団長……リーダーだ。」

 

さっきとは変わり、優しさ全開でやってきたシャクティに、少し頬を染めながら、少年はたどたどしく答える。

 

「べ、ベル・クラネル……です。お、お義母さんと叔父さんを探しに来ました…!」

 

「母と叔父を…年は?」

 

「7つ、です…」

 

「そうか、しっかりしているなベルは……それで、ベル…この(バカ)とはどういう関係だ?」

 

指さされた青年は未だ地面に埋まったままピクリとも動かない。死んだか?とベルは訝しげに見るが、呼吸の動きからどうやら生きているらしく、安堵した。

 

「えっと、その……」

 

言い淀むベルに、まさか子供?と疑問符をうかべたシャクティに、分からぬままベルは答える。

 

「そ、その……お母さん達が黒い神様に連れ去られて、いなくなっちゃって…泣いてたら、お兄ちゃんが……っ…連れてって、くれっ……!」

 

「あぁ、済まない……辛いことを思い出させたな。」

 

よしよし、と頭を撫でられたベルは安堵と不安から余計涙が込み上げてきた。

 

涙をポロポロと流す少年に、仕方ないと抱き上げたシャクティは、身内の連れてきた客人だと認識を変えて、ホームに足を運ぼうと踵を返し、ジトッと倒れている男を見た。

 

「………おい、いつまで寝ている。さっさと起きろ。どうせダメージなどあるまい─────アスラ!」

 

アスラと呼ばれた青年が、地面からガバッと起き上がり、ニィッと白い歯を見せて笑う。

 

「バレたか?」

 

「バレバレだ阿呆。そら、さっさと帰るぞ。」

 

「お兄ちゃん、っアスラって名前だったんだ。知らなかった。」

 

「あれ?名乗ってなかったか?」

 

「うん、全然。」

 

あっけらかんとそうだっけ?と反応したアスラに、シャクティは心底呆れながら、こいつらしいと笑う。

 

「お前……ほんと、そういうところだぞ……この子の方が余程礼儀正しい。」

 

「ダッハッハッハッ!!7歳児に負けちまった!!俺20なのに!!」

 

いつものように大笑いした青年────アスラは、空を仰ぐように仰け反って笑う。何度かベルが見た、彼の癖のようなものなのだろう。

 

ひとしきり笑った後に、アスラはベルの前で出会った時と変わらない笑顔を浮かべた。

 

「んじゃあ改めて、だ!俺はアスラ!アスラ・マハトマン・アビマニー!このオラリオにいる、ガネーシャ…まぁつまり!この仮面の集団の仲間だ!」

 

「うん、よろしくね、アスラお兄ちゃ─────」

 

差し出されたアスラの手を握り返そうと、シャクティの腕の中から手を伸ばす────

 

「よしっ!そうと決まれば早速お前の母ちゃん探すぞ!!」

 

「へっ?」

 

─────と、その腕を引っ掴んで、シャクティの腕の中からベルをひったくって爆速で走り出した。

 

「行くぞベル!何とかは急ぐもんだ!!」

 

「それ多分善は急げええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ───────!!?」

 

正に、ドップラー現象。ベルの悲鳴だけが遠ざかって行くのを、シャクティは頭を抱えながら見ているしか無かった。

 

とてつもないスピードで屋根を、塔を駆け回り、城壁の上に着地。

 

「っと、着いたぜ!」

 

「は、はひ、ふぇ?」

 

アスラの声に、グワングワンと揺れていた頭を押えながら前を向けば、壮観とも言える景色が、ベルの前に拡がっていた。

 

円状に広がった大都市、世界の中心とも言われる場所。

 

神々と、人間が共存する町。

 

「凄い……凄い…!!」

 

「ここが、オラリオだ!!」

 

そういったアスラは、思い出したようにベルを下ろして、わざとらしく咳払いをしてから、手を差し出した。

 

「ようこそ、冒険者の卵!ここが、お前の出発点だ!お前の母ちゃんを見つけて、さっさと楽しい冒険と洒落込むぞ!」

 

「───────うんっ!」

 

これは、青年と少年が刻む家族の軌跡(ファミリア・ミィス)、その前日譚。

 

笑顔の少年と、これまた笑顔の青年を歓迎するように、2人が立つ城壁の真下で大爆発が起きた。



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コイツか?俺の(旅の途中で見つけた)子だ!

メインが全然手につかないから息抜きで書く。普通に続きが面白いくらい書ける!書けるぞ!!


響き渡る悲鳴、嘶く剣の絶叫。

今は、何処も彼処も戦場となり得る。

 

「示せ!我らの信仰を!!」

 

「この命を持って罪の精算を!!」

 

叫びと共に、民衆が切り刻まれる。叫びと、鳴き声とが綯い交ぜになって響く。

 

「あぁ……なんで、俺たちが…!!」

 

「愚かな民衆どもよ!自らの罪も知らず死んでいけ!」

 

逃げ惑う民衆を追いかけ、執拗に斬りつける。女子供、老人も関係ないと言わんばかりに、刃を向けた。

 

「クソッ!!」

 

「…冒険者か!!」

 

その刃を阻むは、都市の冒険者(クシャトリア)。鍔迫り合いから敵を吹き飛ばし、背後にいる民衆に叫ぶ。

 

「さっさと避難しろ!俺らじゃあ大した時間稼ぎはできねぇぞ!!」

 

「わ、わかった!!ありがとう…!」

 

何とか逃げ惑う市民を守る戦士は、自分の力量を正確に理解していた。

 

「さぁ、同士達よ!この罪人を殺せ!!」

 

「このイカレ闇派閥共…!」

 

闇派閥

 

このオラリオには、あらゆる派閥(ファミリア)が存在する。ファミリアとは、地上に降臨した神を主神として形成される組織。

 

例えば、生産系では神デメテルや、ヘファイストスを主神とするファミリアが。

 

この都市に存在する、ダンジョンを探索する事を目的とする探索系ファミリアでは、ロキ、フレイヤが中心だ。

 

そして、都市の憲兵を謡う、ガネーシャ、アストレアを中心とする派閥も存在する。

 

「オラァッ!!」

 

「がはぁっ!?」

 

そして、白いローブを纏う集団は、下界に混乱をもたらす事を悦とする、邪神からなるファミリアを闇派閥と呼ぶ。

 

信者を吹き飛ばした冒険者は、既にボロボロ。個としての力が歴然だとしても、多勢に無勢だ。

 

「はぁ…っ…はぁ…っクソ!都市の憲兵は何してやがんだ!?」

 

愚痴を吐いた男の足元には、すでに無数の闇派閥の信者共が転がっている。しかし、油断のできない戦場だ、既に死に体の冒険者は周囲の警戒に注力するしか無かった。

 

故に、気がついた。逃げ遅れ、今にも凶刃に襲われそうな子供の姿を。

 

「───────チックショウ!!」

 

ダっ!と駆け出した冒険者は、火事場の馬鹿力とでも言うのか、信じられない速度で子供と信者の前に割って入り、身代わりとなる。

 

「がぁっ…!?」

 

「おじさんっ!!」

 

「愚かな……見捨てれば、貴様は生きていられただろうに!」

 

沈んで血だらけの冒険者に、吐き捨てるように言った信者に、冒険者は不敵に笑う。

 

「へ、へへっ……馬鹿が、人の道を外れちゃ、生きてる意味がねぇんだよ…!!」

 

「……沈め、冒険者。」

 

「俺の……悪運も、ここまで…か……」

 

慈悲なく振り下ろされる剣が、冒険者に深く突き刺さる未来を誰もが予想した。

 

 

 

 

 

 

「─────なんだよ、俺が居ねぇ間に、随分と調子づいてくれてるみたいじゃねぇか、闇派閥。」

 

 

 

 

 

突如響いた声と共に、信者を衝撃が襲う。

 

「ぎあぁぁぁあっ!!!」

 

天から影が降ってきたと思えば、剣は叩き折られ、信者が遥か遠くに吹き飛ばされる。

 

呆然と理解できない状況に目を白黒させる冒険者だったが、どこからともなく聴こえる独特な旋律に、耳を澄ませた。

 

「…な、何が…」

 

「よくぞ俺の臣民を守った、勇敢な戦士(クシャトリア)!お前はこの子の英雄だ、誇れ!」

 

豪快に着地した男は、真っ白な少年を抱えて現れた。

 

ズンチャっズンチャっ、と心踊るリズムが、心地よい民の旋律が、その場に鳴り響く。

 

ヴィーナ、ムリダンガム、ガタム、カンジーラなどの民族楽器を中心に、ヴァイオリン、ピアノ、ハープやギターにドラム。あらゆる民族、国の文化が融合したその音楽は、降ってきた青年の心中を表すように強く鳴り響く。

 

そして、変化が現れる。

 

「な、なんだ…傷が…!」

 

「お、俺も傷が治っていく…!」

 

「これなら…!!」

 

「行けるぞ!押し返せ!!」

 

音楽を耳にした市民と、冒険者の傷がみるみると回復していき、戦線が復帰していく。

 

その様子を見て、青年は両手を大きく広げて叫ぶ。

 

「────辛気クセェ顔すんなよ!こんな時だからこそ、笑え!踊れ!下を向いてちゃ、笑える明日なんて来ねぇぜ!!」

 

浅黒く、鍛え上げられた黄金比を保つ肉体を踊らせ、快活な笑みを浮かべて、その碧眼に今のこの都市を映した。

 

そして、より一層鳴り響く音楽が強く、民の心を、戦う冒険者の心を動かした。

 

「これより始まるは、万民(ヴァイシャ)の舞!民よ!戦士よ!

 

 

 

踊れや踊れ、騒げや踊れ(ダンス・ダンス・ダンス)!】

 

 

 

青年の動きに合わせて力強く、軽快に流れる音楽と共に、戦いの流れを変える。

 

「聞け、闇派閥!!そして民よ!!俺が!『民衆の王(デミ・ガネーシャ)』が!『武踏灰炎(ダンス・マカブル)』が!!」

 

その2つ名は、民の希望。その呼び名は、悪にとって恐怖の象徴。

 

「アスラ・マハトマン・アビマニーが!!帰ってきたぞッ!!」

 

この一言で、この男の名前を聞くだけで、民は、冒険者は再起できるのだ。

 

「嗚呼っ……嗚呼っ!!」

 

「アスラさまぁ!!」

 

「やっと…やっと帰ってきやがった!!」

 

「待たせやがって!コノヤロウ!!」

 

上がる喝采、奮起する戦士たち。それを見届けたアスラは、ベルを下ろして、ニッと笑った。

 

「見てろベル!これが、冒険者だ!!」

 

「っうん!」

 

軽快で心躍らせる音楽が、彼の気迫が、ビリビリと肌を焼き、ベルの興奮を最高潮まで引き上げる。

 

アスラという青年は、圧が強いことは違いがなかった。距離は近いし、声はでかいし、主張も激しい。

 

しかし、その迫力は、この誰をも引きつけるような気迫は、田舎から出てきたばかりの少年に強い憧れを抱かせるには十分だった。

 

リズムを刻む旋律に合わせ、独特なステップと振り付けで踊りながら、アスラは声を上げる。

 

「民よ!俺ァ、何もしねぇやつを守るつもりはねぇぞ!!」

 

酷く無責任な言葉に、民衆はゴクリと唾を飲む。しかし、この男を深く知る民達は、威勢よく叫ぶ。

 

「俺らに…俺らに何が出来るんだ!!」

 

「剣を取れなんて言わねぇ!戦えなんて言わねぇ!だから、踊れ!!それが、俺たち戦士(クシャトリア)の力になる!!」

 

言葉を置き去りに、戦場に突撃したアスラを合図とするように、音楽の旋律が激しさを増す。

 

「ハッハァーー!楽しんでるか?闇派閥!」

 

「くっ……この音楽を聞いてから部隊の動き…いや、私達全員の動きが悪くなった…!?」

 

ヤケクソ気味に振るわれた剣を、軽々と踊るように回避して、アスラは楽しそうに笑う。

 

「おっと!ステップ、ステップ!くるっと回ってー!ほら、お前も踊れ!」

 

「なっ!?おわあああああ!?」

 

「何をしてっ!?待て待て待て!!こっちにとんでくるなぁぁ!?」

 

掴んだ信者をターンと共に遠心力をつけて投げ飛ばし、他の信者にぶち当てる。

 

戦場が彼ら戦士の独壇場となり、敵が縦横無尽に飛び回る。

 

どんどん劣勢に追い込まれる部隊に焦り、闇派閥の指揮官は檄を飛ばす。

 

「っ囲め!数で押し潰せぇ!」

 

「むっ、無理です!どんどん冒険者と奴の力とスピードが上がって…!!ぎゃあああああっ!!?」

 

「なにが、何が起きている!?」

 

一層に盛り上がる音楽がその場を支配する中、闇派閥の指揮官の男は信じられないものを見た。

 

先程まで、絶望に染まっていた民衆が、ボロボロだったはずの冒険者が、笑顔で、音楽に身を任せ踊り、戦いながら、ただ前を見ていた。

 

「おめぇさん、俺が単騎で強ぇと思ってんのか?確かに、俺は強ぇが……民が、臣民が応えてくれるのなら、俺はもっと強くなれる。」

 

「スキル…!いや、貴様の魔法か!【武踏灰炎(ダンス・マカブル)】!!」

 

その推理に、指をパチンッ!とならし、指を男に向けて笑う。

 

「ご明察!俺の魔法【踊れや踊れ、騒げや踊れ(ダンス・ダンス・ダンス)】は踊る事で強くなる!そして、多くの臣民が踊る事で、俺をより強くする!!」

 

「詠唱も無しに、これ程強力な魔法を…!!」

 

魔法という力は、多かれ少なかれ詠唱というプロセスを挟んで行使される力だ。しかし、アスラのソレは、詠唱を必要としない。

 

いいや、歌っているのだ。民が、アスラが、五体全てを振り乱し、一心不乱に踊っている。

 

そう、民はただ踊っているのでは無い。戦っているのだ。剣は取れぬ、(魔法)も歌えぬ、けれど、その五体を使って、王に寄り添い、共に戦っている。

 

つまり、体による表現その物が詠唱となっている、彼だけが持つ舞踏魔法(ダンス・マジック)

 

故に、この王は応える。応えねばならない。

 

「いい踊りだ、民よ!さぁ!ラストスパート!踊り切れ!!」

 

跳ね上がったボルテージに音楽が寄り添い、アスラの踊り(戦い)をより力強く表現する。

 

徒手空拳で60は下らぬ軍勢を、ただひとりで蹂躙する。時に踊り、時に殴り、時に蹴り。それを繰り返す。しかし、その全ての動きが機械的な単一のものではなく、熟練の舞踏師のソレで、その場にいた敵味方を無差別に惹き付ける。

 

「ラストォッ!!!」

 

最後の一人にアッパーカットをかまし、ポーズを決めれば、音楽は余韻を残してラストビートを刻んだ。

 

それが、戦闘終了の旋律。静寂が包んだ後、割れるような拍手と、喝采。

 

そして、王を讃える臣民が、互いの無事を喜んでいた。

 

それを微笑ましげに眺めたアスラは、ベルを抱き上げ、感想を聞いた。

 

「どうだった、ベル!俺の戦い(ショー)は!」

「凄かった!えっと、その…凄くってね!思わず、体が動いて、僕も踊っちゃったんだ!」

 

「そうかそうか!!そりゃよかった、見せた甲斐があるってもんだ!!」

 

にっこりと笑うベルは、良くも悪くも嘘が付けない、故に心のありのままを語っている。

それに気を良くしたアスラは、ベルが何度も見た、空を仰ぐようにのけぞって笑う。

 

「で、でも…この人たちは…?」

 

「あぁ、闇派閥っていう……まぁ、なんだ、悪ぃ奴……かな?」

 

「それは…『アク』なの?」

 

「まぁ、世間一般で言えば、な。」

 

その言葉を聞いて、ベルは考えた。

 

叔父と義母がいなくなる前、最後に残した言葉を。

 

何やら深く考えている様子のベルを見て、アスラは乱暴にその頭を撫でる。

 

「いいか、ベル。冒険者になるなら強くなくちゃいけねぇ!だがな、力の使い方だけは間違えるな。」

 

「ちからの、使い方…?」

 

「あぁそうだ!力ってのは、楽しいを生み出す為に使うもんだ!誰かを泣かせるために使うもんじゃねぇ!そこだけは間違えんな!」

 

「お兄ちゃん、みたいに?」

 

「おう!俺を見とけ!正しい力の使い方ってもんをお前に教えてやる!」

 

「うんっ!」

 

ニッ、と笑ったアスラに、少年もニコッと可愛らしく笑い返す。微笑ましいその光景に、市民が思わず笑顔になると、遠くの方からとてつもない足音と共に、声が聞こえた。

 

『───────ぃさま──!!!』

 

「あん?この声は…」

 

「なっ、なに?」

 

ドドドドドド!!っと、馬の走る音よりも大きな音を鳴らしながら、赤髪の少女がものすごいスピードで飛び掛かった。

 

「────アスラにぃさまぁぁぁぁぁ!!!」

 

「おぉ!!やっぱり!アリーゼ!!久々だなぁ!」

 

ベルを地面に下ろし、飛びかかってきた少女───アリーゼを抱き留める。

 

「いつ帰ってきたの!?本当に久々!!音楽が聞こえきて、つい走り出してしまったわ!」

「ついさっき帰ってきたんだ!シャクティにぶん殴られちまったぜ!」

「そりゃそうよ!1年半居なかったんだから!それより、こっちは大変だったのよ!闇派閥が活発化して!」

「そうかそうか!でも、もう大丈夫だな!俺が帰ってきた!」

「えぇ!ホントね!アスラ兄様がいれば百人力!いいえ、万人力よ!!」

「そりゃそうだ!!」

 

『ワハハハハハハハハハ!!!』

 

わっはっはっはっ!と豪快に笑う2人に圧倒されながら、ベルはその空気に呑まれるしか無かった。

 

しかし、あまりにもやかましい空間に、あまりにも耐えきれなかったベルは、思わず声を上げる。

 

「おっ、お兄ちゃん!その、このお姉ちゃんは…?」

 

「おぉ!そうだった!ベル!コイツは、アリーゼだ!」

 

「あら!なに、この可愛い子!ベルって言うのね、うさぎみたい!」

 

「う、うさぎ…」

 

 男としてはあまり嬉しくない言葉と共に、わしゃわしゃと撫でられる頭。少ししゅんとしたベルの様子を気にすることもなく、そうだ!とアリーゼは胸を張って自己紹介をする。

 

「聞いて驚きなさいベル君!」

 

「は、はひっ!」

 

「私は、新進気鋭!アストレア・ファミリアの団長!!アリーゼ・ローヴェル!正義の味方よ!バチコーン☆」

 

「正義の、味方…!」

 

アリーゼの自己紹介に、キラキラと目を輝かせ、かっこいい!という感情を隠そうともしない少年に、気が良くなったアリーゼはさらに無い胸を張る。

 

「フフンッ!幼い少年の視線すら独り占めしちゃうなんて!嗚呼、私って本当に罪な女ね!」

 

「ハハハハッ!相変わらず元気でよろしい!」

 

「だが五月蝿すぎだ、団長。周りの迷惑も考えろ。」

 

「アリーゼと彼が揃うと、本当に喧しいですね。」

 

「そりゃまぁ、仕方ねぇよ。なんせ、【民衆の王様】と【正義の味方】だぜ?声はでかくなくちゃな。」

 

その喧騒を斬るような鋭い言葉が、アリーゼの背後からかけられた。

その声の主を見て、アスラは目を見開いた。

 

「おぉ!輝夜にリオン、それにライラも!久々だなぁ!」

 

「お久しゅうございます、【武踏灰炎(ダンス・マカブル)】。相変わらずのようで、安心いたしました。」

 

「ようやく帰ってきたのですね、アスラ。」

 

「ったく、あたしらに面倒事全部押付けやがって。これから馬車馬の如く働いてもらうからな。」

 

長い黒髪を揺らす、着物を正しく纏う少女と、長い金髪を靡かせるエルフの少女、そして、桃色のショートヘアを野暮ったく触る、小人族の少女─────輝夜、リュー、ライラがアリーゼを追って現れた。

 

いち早くベルの存在に気がついた輝夜が、視線をベルに移し、目線を合わせるように屈む。

 

「私はゴジョウノ・輝夜。あのアリーゼの仲間と思っていただければ。名を、教えていただけます?」

 

「………」

 

「ん、どういたしました?」

 

ぼーっと輝夜を見つめるベルに、輝夜は首を傾げる。すると、ベルはタタッとアスラの後ろに素早く隠れながら、モジモジ、チラチラと輝夜を見た。

 

「……なんでございますか?」

 

「その…えっと…凄く、綺麗で…みとれちゃった、から…」

 

「───────」

 

いっそ少女のように恥じらう少年に、輝夜は見事撃ち抜かれた。

 

それはもう、クリティカルヒットだ。

 

ゆっくりと立ち上がり、少年の前まで行くと

 

「────よし、ウチの子になれ。」

 

そう言って、一息に少年を抱きしめる。突然の出来事に、驚きと嬉しさが混ざり、ベルは顔を真っ赤に染め上げる。

 

「……へっ!?」

 

「こんなにも純朴で素直な少年が、今このオラリオにいること自体希少だ。今から育て上げれば私たちが行き遅れることも無くなるだろう。」

 

「かっ、輝夜!?何を言っているのですか!?彼はまだ……ほぼ幼児ですよ!?」

 

「輝夜!?貴方それほとんど犯罪よ!?私より酷いわ!」

 

「よく考えても見ろ団長。私たちの派閥は男子禁制では無い。とはいえ、これから冒険者になろうという男が、これ程素直で、可愛らしい少年か?そんなはずがない。ならば今から育て上げよう、なに光GENJIは読み漁った。問題は無い。」

 

「問題しかありません!ライラ!あなたからも何か……!」

 

「アタシは知らねぇ〜…めんどくせぇ。」

 

「ライラぁっ!!」

 

しばらく輝夜の言葉に考え込むように俯いていたアリーゼは、顔をはね上げいい笑顔で口を開く。

 

「─────それもそうね!良かったわね、ベル君!ハーレムよ!!」

 

「貴方もかアリーゼ!!」

 

「はっ、はーれむ!?お義母さんに殺される!!」

 

「おやおや、お母様は厳しいので?」

 

「は、ハーレムなんて…僕、どうなっちゃうんだろう……でも、はーれむは男のロマンっておじいちゃんが…」

 

ぐるぐると目をまわし、葛藤する少年と少女のやり取りを可笑しそうに見つめるアスラは、隣に来たライラに視線を移した。

 

「ったく、やっと帰ってきたと思ったら、また面倒事持ってきやがって……」

 

「あぁ、ベルか!」

 

「随分仲がいいみてぇだな。」

 

「おう、そりゃな!」

 

「はっ、まさか、お前の子か?」

 

そして、次の一言で、その場が静まり返った。

 

「おう!俺の(旅の途中で会った)子だ!」

 

この男、力、カリスマ、人格共に備えているものの、平時の圧倒的な頭の回転の遅さと、勢いで喋る癖で一言足りない、余計な事を言う事など常なのだ。しかし、疲労と心労でクタクタの4人は、冷静に考えられる余裕がなかった。

 

「へぇ、そりゃまた───────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………………は?」

 

「へ?」

 

「え?」

 

「えぇ?」

 

故に、アストレア・ファミリアの面々と民衆がとんでもないことを聞いた気がする、と疑問符を浮かべてから、アスラの言葉を呑み込んで、めいっぱい溜めてから、大口を開けて叫ぶ。

 

『えぇぇぇぇっえええええぇぇぇぇえっっっ!!!?』

 

きっと翌日には、号外が出る事だろう。

 

『民衆の王、オラリオ外で結婚か!?』




Do you know Natuu?


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母ちゃんは任せろ!

書ける!書けるぞぉ!!


「……で、結局ベル君は兄様の子供じゃないのよね?」

 

「おう!つーか、初めからそう言ってんじゃねぇか。」

 

「言ってねぇわ!!お前自分で言ったことも忘れんのか!?『おう、俺の子だ!』って言ってたろうが!」

 

「言ってねぇよ!ちゃんと、俺の旅の途中で会ったって言ったろ!」

 

『言ってないっ!!』

 

アスラを囲んだアリーゼとライラは、言った言わないの言い合いをしていた。と言うよりは、普通に言ってないのだが、アスラは言っただろう!と言い張って譲らなかった。

 

7歳児(ベル)よりも子供らしいナナサイジ(アスラ)の方が余程手がかかるのだ。

 

それを尻目に、瓦礫に腰かけた輝夜は、ベルを膝に乗せて2人で親睦を深めていた。

 

「そうでございますか、ベルは冒険者になりたいと。」

 

「う、うん!お兄ちゃんみたいな、強くてカッコイイ冒険者がいいなぁ。筋肉もつけなきゃだよね!叔父さんみたいに、おっきくなるんだ!」

 

「そうでございますか。では、立派になりませんとね?」

 

その言葉を聞いた笑顔の裏側、輝夜は瞬時に考えをめぐらす。

 

(冗談じゃない、あんな脳無し筋肉ダルマになられてはまずい。叔父さんが誰かは知らんが、恐らくアスラのような肉ダルマに違いない……しかし、否定するのも子供の夢を壊すようで……よし。)

 

ここまでを0.5秒程で導き出した輝夜は、話題を自然に摩り替えることにした。

 

「彼のように戦うのもよろしいでしょうが、刀はどうです?」

 

「刀…!お姉ちゃん刀が使えるの!?僕も使ってみたい!えっと…教えて、ください!」

 

「ふふふ、貴方様は礼節も弁えているのですねぇ。では明日から修行と参りましょう。刀の握り方から、手取り足取り教えて差し上げますよ?」

 

「ほんとっ!?あっ、でも…僕、お義母さん達を探しに来ててね…」

 

「母君を?」

 

「突然いなくなっちゃって、泣いちゃってたらね、お兄ちゃんが探しに行こうって言ってくれたんだぁ…」

 

しょぼしょぼとしぼんでいくベルの頭をひとつ撫でて、輝夜はそうか、と目を閉じた。

 

「お義母さんも…僕が弱っちいから…僕の目が赤いから、いなくなっちゃったのかな……」

 

「……」

 

「強くなったら、お義母さん達、戻ってきてくれるかなぁ……」

 

母を探すため、アスラとこの土地を訪れたベルの言葉に、輝夜は罪悪感はあったが、ここしかないと、次の手を打つ。

 

「………そうと決まれば、アストレア様に恩恵を刻んで頂きましょう。」

 

「おんけい……?」

 

「強くなる魔法のようなものでございます。」

 

「僕も、強くなれる…?」

 

「えぇ、努力次第ではございますが。ある程度までなら、私が保証しましょう。」

 

「おんけいって…その、痛く、ない?」

 

うるっ、としたつぶらな瞳で輝夜を見上げたベル。そんなベルに、にっこりと笑みを浮かべて、輝夜は応える。

 

「っ………ご安心くださいまし、うつ伏せで寝っ転がっていれば終わります。」

 

「それなら…ぼく、欲しい!」

 

「───────っし…!では、善は急げ、早速ホームに向かいましょう。」

 

ベルの見えないところでガッツポーズをした輝夜を見逃さなかったリューは、待たをかける。

 

「輝夜ァ!待ちなさい!!何も分からない状態のクラネルさんを連れていこうとするな!それは詐欺だ!!」

 

ベルの耳を塞ぎ、リューの言葉が入らないようにしてから、輝夜はベルに見えないように顔を歪める。

 

「ぶぁぁかめ!!貴様は【九魔姫】のように100を超えても行き遅れでいたいのか!?」

 

「なっ!?リヴェリア様は行き遅れてなどいない!ただ、見合う相手がいないだけだ!」

 

「それを行き遅れというのだ戯け!!」

 

耳を塞がれ疑問符を浮かべ動かないベルを、大事そうに抱きしめた輝夜は、ニヤリと笑う。

 

「まぁ……他人に触れることが出来んお前には早い話だったか…悪かったなぁ?」

 

「なぁっ!?」

 

「貴様は一生1人寂しく子を抱く私を見て悔し涙でも流しているがいい御伽の国の化け物め!」

 

「お、御伽の国の化け物!?」

 

目の前で繰り広げられる漫才をみて輝夜の腕の中で顔を赤くするベルは、優しくしてくれた綺麗なお姉さんである輝夜に、アスラ並に懐いていた。その為、輝夜のせいで、断片的に聞こえた情報を結合させ、ただ初めて見たエルフという存在がお化けのようなものであると認識した。

 

「え、エルフの人は、お、お化け…?」

 

「なぁっ!?ち、違います!クラネルさん!」

 

「おぉ〜、怖い怖い。ベル、無闇にエルフに近づいてはいけませんよ?頭からパックリと食べられてしまいますから。」

 

「た、食べられる…!?」

 

「輝夜ぁ…!!」

 

覆面越しに顔を赤くするリューに、それを嘲笑う輝夜。何となくこの二人の関係が子供ながらに良好だと理解したベル。

 

一頻り漫才を終えたらしい2人は、一息ついてから真面目に切り替わったのか、コソコソと話を始める。

 

「……しかし、うちで預かって良いものでしょうか。うちのファミリアは何かと敵が多いとは思いますが。」

 

「それも考えたが、アスラよりはマシだろう。と言うよりも絶対に預けられん。やつは好んで戦場にこの子を連れ出すぞ。」

 

「そ、それは流石に………ないと……言えないしその光景がありありと浮かんでしまう…むしろさっき既にその状況だった訳ですから…」

 

「ならばうちで預かった方が余程いい。それに、奴の派閥は脳筋が多すぎる。将来的にもあんな肉ダルマ共のようになって欲しくない。」

 

「………貴方、それ程までに将来を危惧していたのですか。」

 

「どういう意味でございましょうか?」

 

青筋を浮かべた輝夜に、リューは薄目のまま続ける。

 

「…いえ、彼の意思が伴っていれば、私はいいと思います。くれぐれも、彼の意思を尊重するように。」

 

「当たり前だろう。その意志もないのに、共に居ようとは思わん。」

 

「……!」

 

輝夜の言葉を断片的に聞き取ったベルが輝夜の着物の袖を引っ張ると、優しい微笑みで輝夜はベルを見つめた。

 

「どうかしましたか?」

 

「………どこにも…いかないで…いい子にしてるから…っ!」

 

なにかに怯えた様に、目端に涙を浮かべるベルに、輝夜とリューは面食らってしまった。

 

その言葉を聞いて、理解するのに少し時間をかけた輝夜だったが、直ぐにその意味を理解した。

 

「ん……あぁ、なるほど……貴方様が私と居たいと言ってくれないのなら、という意味です…貴方様が私と共に在りたいというのなら…私は、貴方の前から居なくなったり致しませんよ。」

 

ふわっと頭を撫でてやれば、安心したのか花が咲くように笑うベル。頭に乗せられた輝夜の手を取ってギュッと、離さないと言うように握った。

 

この時点で、ベルの中で輝夜への好感度は限りなく上限を突破していた。

 

「……ここまで、輝夜が誰かに優しく接しているのは初めて見ました。」

 

「それ、絶対に輝夜の前で言うなよ。ただでさえめんどくせぇんだからお前ら。」

 

どうやらアスラの事情聴取も終わったようで、ライラがリューの隣に立っていた。

 

結局ただの村から連れてきた子ということが判明して、民衆はなんだあ、と散り散りに解散。アリーゼも今はアスラと談笑している。

 

「そんでよ!俺がアルテミス様を狙う大サソリをぶん殴ってやったわけだ!いやー!あいつは強かった!しぶとさとパワーはバロール並だったぜ!」

 

「バロールって、兄様が昔単騎で倒した深層の階層主よね?アレでLv5になったのでしょう?」

 

「あぁ!死にかけたけどな!そっから上がれてねぇけど、今回で多分行ったぜ。Lv6!!」

 

「本当!!それはお祝いしなくちゃだわ!」

 

「─────本当に、お祝いしなくてはな。」

 

しかし、アスラは気が付かなかった。背後に迫っていた、母代わりのような、姉のような人の発する怒気に。

 

「げっ!?シャクティ、なんでそんなに怒ってんだ!?」

 

その姿、正に仁王。シャクティ・ヴァルマはこれ以上ないほどにキレていた。

 

「貴様があの子をひったくって信者共に突っ込んだ通報を受けたからだ!!危ないだろう!?」

 

「危なくねぇよ!俺が怪我なんてしたのもうだいぶ前だろう!」

 

「お前の心配では無いわ馬鹿者!!ベルは恩恵もないただの子供だぞ!戦場に連れ出して何かあったらどう責任をとるつもりだ!?むしろお前は少し怪我をして痛い目を見ろ!!」

 

「ひ、ひでぇな!!1年ぶりに帰ってきた弟に向ける言葉か!?」

 

「こんな出来の悪い弟をもって私は非常に可哀想だ!!そもそもお前は突然『旅に出てくる!』の置き手紙だけ置いていなくなるな!いつまでその放浪癖が治らんのだ!?」

 

20歳の青年が31歳の女に本気で怒られるという、世間一般でみればレアな場面だが、(アスラ)(シャクティ)のコレは、関わりを持った誰もが見たことのある光景だろう。

 

「お、お兄ちゃん……」

 

「クラネルさん。あれが彼の平時です。」

 

「何か幻想を抱いていたのでしたら、残念でございますが、あの方は貴方よりよっぽど聞き分けが悪い糞ガ……悪童ですので。」

 

「お兄ちゃん……」

 

何となく。そう、オラリオに来るまでの1週間で、何となくアスラの事をベルは理解していた。

 

「後はホームで話をじっくりと聞かせてもらおうか。」

 

「待て待て!縛るな姉ちゃん!あっ、足持って引きずんないでくれよ!!」

 

「うるさいっ!お姉ちゃんは怒っています!!」

 

「シャクティ、怒りすぎて語彙力が死んでるわ!」

 

「あんなシャクティ見たくないのですが。」

 

「あいつの姉貴分だからな……そりゃ苦労すんだろうぜ…ご愁傷さまってやつだ…」

 

「シャクティお姉さん……」

 

居た堪れないくらいのシャクティの苦労が垣間見え、その場の皆が手を合わせた。

 

「待って待って!ベルを連れていかなきゃだろ!?」

 

「うるさい!あんな猥褻物のような建造物にあんな小さな子を連れて行けるか!!第一今回の事でお前に預けられるわけないだろう!!彼女たちならば悪いようにはしない!お前よりも余程教育にいい!!」

 

「ちょっ、あっ!?ベル!!お前の母ちゃんは任せろ!!俺が必ず見つけて、お前の前に連れてきてやるから!!輝夜といい子にしてろよ───────!!」

 

「あ、うん……」

 

『おっ!リヴェリア!久しぶりだな!元気だったか!?』

 

『あ、アスラ!?引き摺っ、縛らっ……ええい!どういう状況だ!?』

 

『【九魔姫】か、貴方の魔法の力を借りたい。来てくれ。』

 

『お、おおい!?シャクティ、らしくないぞ!おい待て、引っ張るな!私を巻き込むなぁっ!!』

 

シャクティが見知らぬお化け(エルフ)をさらっていったところを眺めて、ベルは遠い目をした。

 

忘れてなかったんだなぁ、と少し嬉しくなりながら、ベルは手を振って、犯罪集団と共に引き摺られる兄の姿を最後まで眺めていた。

 

その悲しげな背中を見て、居た堪れない感情に支配されたリューは、どもりながら口を開いた。

 

「………も、もう、行きましょう。」

 

「そうね!」

 

「あいよー。」

 

「では、ベル?行きましょう。」

 

「う、うんっ……!」

 

アストレア・ファミリアも撤収という事で、住む場所もないベルは、輝夜と仲良く手を繋いで、新天地となるホームへと歩いて行った。

 

 

 

「はぁ〜、ひっでぇ目に遭ったぜ!アッハッハッハッハッ!!」

 

「笑い事じゃない気がするんだけど…まぁ、お兄ちゃんが変わってなくてよかったかな。」

 

「おう!俺は俺だぜ、アーディ!」

 

所々肌を焦がしながら、アスラは言葉とは裏腹に大笑い。そんなアスラを呆れるように、しかし嬉しそうに見る鈍色髪の少女────アーディは、久しぶりの兄との会話を楽しんでいた。

 

「でも、お兄ちゃんの自業自得じゃない?」

 

「だっはっはっ!!違いねぇ!しっかし、アーディもでかくなったな!あれだな!何とかは刮目してみよってやつ!」

 

「もう〜、それは男の子に使う言葉!こんなに可愛い女の子なのに、酷いよ?」

 

「そうだったか!わりぃわりぃ!」

 

そう言って、大きな掌でアーディの頭をわしゃわしゃと撫でる。

 

もーやめてよ〜、とアーディは口では嫌そうに言うが、その顔は笑顔そのものだった。

 

小さな、というよりも、ほぼ産まれた時から共に過ごしている兄のようなアスラに、アーディは酷く懐いていた。

 

「そういえば、お姉ちゃんが言ってたベル君は?早く会いたいんだけど!」

 

「あぁ、アストレアん所の輝夜が持ってったぜ。旦那にするって言ってたな。」

 

「へぇ〜輝夜がね〜………え?旦那?7歳児と?」

 

「将来的にって言ってたけどなぁ。」

 

「えぇ……事案じゃん…と言うか、輝夜が言ったんだ……意外。」

 

ちょっと所では無い驚き顔を見せ、アスラに寄りかかるアーディと、呑気にラッシーを飲んでいるアスラ。

 

そんな空間に割り込むように、扉がドカンっ!と勢いよく開いた。

 

「俺がッ!!ガネーシャだァァァっ!!」

 

「おう、知ってるぜ!」

 

「ガネーシャ様、うるさーい。」

 

バーンッ!と登場した、2人の主神。神ガネーシャは、いつもこの調子でありアスラとは気が合う神だ。

 

ぴょんっとその場から飛び出したアーディは、ガネーシャをちょこっとだけ、可愛らしく睨む。

 

「せっかくお兄ちゃんとお話してたのに〜!」

 

「ハハハッ!話はいつでも出来るさ!ちょいとガネーシャと話さなきゃ行けねぇからよ、部屋で待ってろ!今日は俺特製ビリヤニ作ってやる!」

 

「本当!?お兄ちゃんのビリヤニ久しぶりだなぁ!楽しみにしてるね!お姉ちゃんも呼んでおくよ!」

 

「おう!」

 

楽しみ〜!と部屋を飛び出し、ガネーシャ・ファミリアの仕事である警邏に向かったアーディを微笑ましく眺め、完全に外に行ったことを見届けてから、ガネーシャに向いた。

 

「─────んじゃ、早速報告と行こう。」

 

そう言い放ったアスラにいつもの活気溢れる笑顔は無く、もしこの場にベルがいれば兄だと認識する事はできなかっただろう。

 

「外はどうだった。闇派閥の動きは何か探れたか。」

 

「数ヶ月前まで全く進展はなかったが、1か月前から、奴ら急に動き出しやがった。」

 

バックパックから世界地図を取りだし、赤いペンで丸を付けていく。

 

「理由までは不明だが、奴らデダインと…エルフの里、主に大聖樹がある里だな。そこを狙って何かやってやがる。」

 

「被害はどうだ?」

 

「デダインの方は特に無し。奴ら、砂漠でなんか探してるらしい。だが、エルフの里は…何個かしか守れなかった。」

 

悔しそうに唇を噛んだアスラは、拳を握り怒りを滲ませていた。

 

「う〜む…仕方あるまい。お前の体は一つだけだ、無理を言った俺にも責任がある。」

 

「………そうかよ」

 

お人好しな神だと笑ったアスラは、次に数枚の手紙を取り出す。

 

「周辺諸国の王からの手紙だ。中は改めたが、大体が協力はできないって内容だ。」

 

「うーむ…奴らも馬鹿ではあるまい、なぜ協力出来ぬと?」

 

こっからが最悪だ。と頭をガシガシと掻いたアスラは、トンっと指で机を叩く。

 

「周辺諸国全てだ。協力を得られそうなラキア、ゾーリンゲン、シャルザードと、全ての国に信者が潜り込んでやがった。」

 

「何だと!?」

 

「それだけじゃねぇ。」

 

先程広げた地図の、オラリオ郊外に丸をつけ、そこを叩く。

 

「オラリオ外で抜け穴を見つけた。上手く隠れちゃいたが、場所はここ。アダマンタイト製の扉で厳重に閉じられていやがった。俺なら焼き切れたが、情報を握っているアドバンテージを手放すリスクと見合わねぇ。生きて帰れる保証もなかったしな。」

 

「いや、正しい判断だろう。いま、民衆の王(デミ・ガネーシャ)の訃報が届けば、この都市は本当の意味で終わる。」

 

「そこまでやべぇのか今のオラリオは……とにかく、この抜け穴を使って物資と信者をオラリオに入れてるって訳だ。」

 

そして、バサッと投げ渡された紙の束。それは、何月何日にこの抜け穴が利用されたか、何が運ばれたのかなどが詳細に記された記録書だった。

 

「んで……これだ。」

 

「これ程か……信者の出入りがこの1ヶ月だけあまりに多い。」

 

「わかるか、ガネーシャ。奴ら、準備してやがる。それも今までよりも、ずっと周到に。信じられねぇ速度でだ。」

 

記されていた内容。数ヶ月前まではおそらくは物資であろう積荷やら何やらが僅かだったのだが、ここ1ヶ月はほとんどが信者と大量の物資。

 

この事から、2人は同じ答えを導き出す。

 

『オラリオを落とす算段が出来た。』

 

今までなりを潜めてきた闇派閥の動きが急に活発化した時期、そしてこの物資や人の流入の激化の時期が重なる。明らかに何かをしかけてくる前段階だろう。

 

「…そう、見るべきなのだろうな。」

 

「あぁ、忌々しい事だが今までと動きの精細さが桁違いだ。新たな指導者が入ったと見て間違いない。」

 

そう語るアスラの目は普段の快活な快男児の目ではなく、民を守るために深く思考を張り巡らせる賢王の目であった。まるで、オラリオに帰ってきてから今までのアスラが、全て嘘であるように。

 

「わかった。この資料は必ず次の会議に使われるだろう。俺からシャクティに渡しておく。」

 

「……いや、待て。情報の共有はロキ・ファミリアだけでいい。」

 

「なに?」

 

「現状、フレイヤ派は連携も取らねぇから役に立たねぇ。なら、情報の共有はフィンとアストレアだけに絞る。それに……ギルドも今は、信用ならねぇ。」

 

「むぅ……いや、わかった。それも加味して、情報を俺が整理し、そこからシャクティに渡そう。ロキ・ファミリアにはお前が行ってくれ。」

 

「OK、そっちは頼むぜ。」

 

「任された!!」

 

ガネーシャがそう返事をした途端、アスラはソファーに崩れ落ちるように倒れ込んだ

 

「───────かぁーー!!もう無理、久々に頭使ったぜ!疲れたぁほんと!暫く頭使いたくねぇ!うっし!ビリヤニの材料買いに行かねぇとな!ガネーシャも来るか?」

 

人が変わったように、いつもの快男児に戻ったアスラに、ガネーシャは首を振った。

 

「いいや、姉兄妹の時間を邪魔はできん。3人で楽しむといい。」

 

「おう、そうか!」

 

「あぁ、そうだ。お前の新しいステータスだ───────おめでとう、オラリオの頂点に並んだぞ!」

 

その言葉に、アスラは一瞬目を見開いた後に、ニィッ!と快活に笑う。

 

「当然!俺は民衆の王(デミ・ガネーシャ)だからな!!」

 

力こぶを作った後に、ガネーシャからステータスシートを預かり、笑いながらその場を去っていった。

 

 

アスラ・マハトマン・アビマニー

Lv6

 

力 :I0

耐久:I0

器用:I0

俊敏:I0

魔力:I0

 

【拳打:B】

【耐異常:C】

【舞踏:A】

【聖火:D】

 

《スキル》

武術(カラリパヤトゥ)

・素手格闘時に力・俊敏に高補正

・武器使用時器用に高補正

・熟練度に比例した補正値の上限突破

 

王族血統(ラージャ・カスト)

・士気高揚に弱補正

・恩恵を持たぬ人間に対する強制命令権

・エクセリアの取得量減少

・強者打倒時獲得エクセリア量倍加

 

気功(ヨーガ)

・素手格闘時のみ使用可能

・魔力消費により発動

・任意のステータス1つに階位昇華前の潜在値を加算

 

《魔法》

踊れや踊れ、騒げや踊れ(ダンス・ダンス・ダンス)

舞踏魔法(ダンス・マジック)

・踊りの種類により付与効果変化

・時間経過により各踊りの付与効果割合上昇。割合上昇上限は現在までの昇華回数。踊りが途切れるまでマインドを消費し続け、効果を持続させる。

・踊り変更時、途切れること無く踊りを繋げる事で消費魔力還元。

・踊る人数によりステータス補正

 

浄炎の讃歌(ゾロアスト・アンドロノヴァ)

・拝炎加護

・加護の常時発動

・清炎属性のエンチャント

・周囲の炎属性魔法を強化




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それは遙か彼方より来る喧騒

今回はベル君の話


ベル・クラネルという少年は、どこまでも普通の少年だった。

 

義母と叔父、そして祖父の3人と暮らしていた。

 

元々は祖父と2人で暮らしていたところに、ベルの話を聞き付けたのか、義母と叔父が訪れたのだ。

 

─────お前は、メーテリアによく似ている。

 

義母の口癖だった。その後に、その赤い目はくり抜いてしまいたくなると、続けるのもいつも通り。

 

─────お前は剣なんぞ、握らなくていい。

 

叔父の口癖だった。小さなベルが、臆病なベルが、戦いなんてするもんじゃないと。

 

そして、ベルには隠していたらしいが、2人の体調が良くない事はわかっていた。

 

いつか、強くなって2人の病気を治したい。そんな夢が、いつの間にかできていた。

 

それなのに

 

『お義母さん……?叔父さん……!』

 

私達はアクとなる。そう言って、2人は居なくなった。元からこの家には居なかったと言うように。なんの痕跡すらも残さず。

 

ベルはひたすらに泣いた。

 

無力を嘆いた

 

なぜあの時死んででも止めなかったのかと、自分を殴った。

 

泣いて、泣いて、泣いて。

 

そしてふと、母親の言葉を思い出し、思い至った。

 

───────僕の目が赤いから、お義母さん達はいなくなったんだ。

 

それに気がついた少年の行動は早かった。

 

祖父にバレないように道具を持ち出して、母とみつけた秘密の場所で、手の中で鈍く光る果物ナイフを目に向けた。

 

僕の目が赤いから、お義母さん達は僕に何も言わないでいなくなっちゃったんだ。

 

僕が臆病だから、叔父さんまでいなくなっちゃったんだ。

 

震えは、なかった。こうすれば、きっと義母が帰ってきてくれると、叔父がまた、なんでもないように帰ってきてくれると思ったから。

 

それでも、無意識に荒れる息を整えて、躊躇無く左目に突き刺す。

 

ブチュッと、ブドウが潰れたような音と一緒に、激痛が少年を襲う。けれど、ベルは止まらなかった。

 

そして、叫びながらもう一方の目にナイフを突き刺そうとした時。

 

そのナイフが、大きな褐色の手に止められた。

 

「────それ以上は、やめろ。」

 

顔を上げれば、叔父ほどでは無いものの、村では見ることの無い大きな青年が、真剣な眼差しでベルの行為を止めた。

 

放っておいてと、叫んで、暴れるベルを拘束する男は、ただ無言でベルを抱きしめていた。

 

動けなくなり、ただ泣くだけしかできないベルに、男はナイフを優しく握って、そっとベルから離す。

 

ヒックヒックと肩を揺らし泣いていると、男は零れ落ちる様に呟いた

 

「……お前も、いなくなっちまったのか。」

 

そして、わかった。

 

この人も、自分と同じなんだと。

 

鏡で見た、自分と同じ目をしている。

 

けれど青年は、しっかりとベルの肩を掴み、真剣な眼差しで叱責する。

 

「いいか、無くなったもんは帰ってこねぇ。無いもんは、取り戻せねぇ。お前が傷ついて戻ってくるなんて、都合のいいことはおこりゃしねぇんだ。」

 

酷く痛む左目の傷に優しく触れながら、青年は立ち上がる。

 

「こんな綺麗で真っ赤な目…傷つけちまったら家族が悲しむ、大事にしろ。」

 

僕の目のせいで、お義母さん達はいなくなったのに?僕の目がきっとお義母さんと同じ色だったら、2人とも居なくならなかったのに、この目を大切にしなきゃいけないの?

 

そう叫んでも、青年はそうだ!と手を広げ笑う。

 

「お前は、母ちゃんに愛されてなかったか?そのおっちゃんに大切にされなかったか!本当に?いいや、んなわけねぇ!勝手にいなくなっちまった2人を責めるでもなく!自分を責めるような優しいお前を育てた母達が!お前を愛してねぇわけがねぇ!!」

 

その言葉は、何も知らないはずの青年から吐かれたとは思えないほど自信に満ちていた。

 

そして、もう一度屈んで少年の目線に合わせた青年は、優しく笑った。

 

「いいか、坊主。お前みたいに優しい奴はな、誰かに飛び切り愛されたヤツだ。お前の母ちゃんは、おっちゃんは────お前のことが、絶っっ対に大好きだ!!」

 

その瞬間、ベルの中であらゆる思い出が巡り、愛おしい2人の声が、あの暖かな旋律が鳴り響いた。

 

『─────ベル』

 

優しく自分を呼ぶ2人の声。もう聞くことが出来ない2人の声。

 

そして、理解した。自分を呼ぶ声音、自分の頭を撫でるひとつの所作、その全てが愛に満ちていたのだと。

 

脱力し泣き崩れるベルに、青年は前を向け!と笑う。

 

「俺はな、笑顔が好きだ!誰もが踊って笑える世界が欲しい!」

 

立ち上がり、ベルから距離を取った青年は、シャンっ、とどこからとも無く響く優しい鈴の音と、聞いた事のない独特な楽器と共に、空を仰いだ。

 

「これより始まるは、民衆(お前)を癒す、神官の舞(バラモン)!よく見てろ坊主!とびきり楽しいショーを見せてやる!

 

行くぜ!【踊れや踊れ、騒げや踊れ(ダンス・ダンス・ダンス)】!!」

 

始まった踊りは、ベルが今まで感じたことの無い高揚感と、表現できないほどの美しさを内包していた。

 

優しく、荘厳であり、なのに楽しさを感じさせるその舞に見入っていたベルは、青年の周囲に舞う淡い光に気がついた。

 

その光が、ふわりふわりとベルの潰れた目に集えば、再び熱が戻り痛みが引いていく。

 

恐る恐る目を開ければ、もう見えなくなってもいいと覚悟し、潰した物が、何事も無かったかのように治っていた。

 

正に英雄譚のような奇跡を目の当たりにしたベルは、不思議とこの曲に合わせ体を揺らしていた。

 

その様子を見た青年が、ビシッ!とポーズを決めたかと思えば、曲調がガラッと変化し、手太鼓や、笛の音が聞こえる陽気な音楽に。

 

そのリズムは、どうしようもなく楽しい感情を覚えさせる。

 

「坊主!今は辛いだろう!悲しいだろう!だが、俺たちはその悲しみを乗り越えなきゃいけねぇ!それが人ってもんだ!けどなぁ、1人じゃあ無理だ!」

 

手を差し出した青年は、飛び切り爽やかに、豪快な笑顔を浮かべた。

 

「だから、その悲しみ!()に背負わせろ!1人で無理なら2人で!2人で無理なら、3人で!人は悲しみを分け合い、支え合って生きていくんだ!!」

 

名前も知らない、経緯も知らない泣きじゃくる子供に、どうしてこんなにも優しくしてくれるのだろう。

 

迷惑じゃないか。邪魔じゃないか。そんな考えが巡る少年に、青年は関係ないと言わんばかりに手を握り、大きな声で叫んだ。

 

「───────踊ろうッ!!」

 

引っ張り上げられた。虚無感と喪失感の波から、頼んでもいないのに。

 

けれど、少年は笑った。

 

悲しみはなくならない、いなくなってしまった喪失感は癒えない。けれど、笑えたのだ。背負ってくれる、誰かがいるとわかったから。

 

音楽に合わせ、森から猪が、ヤギが、羊が動物がリズムを刻んで飛び出して、青年と共に踊っている。

 

鳥が音楽に合わせ囀り、控えめに踊るベルの肩に止まった。

 

思うままに踊り、こうして楽しく体を動かしたのなど、何日ぶりだろう。

 

まだ幼い少年の時間感覚からしたら、随分と久々に感じて、けれど、その数分の踊りは永遠にも感じるほどに永く、楽しい物だった。

 

踊りの中、青年にぽつりぽつりと語る。数日前の夜に、黒い神と共にこの場を去ったこと。アクとなる、という言葉を残した事。『約定の場所』に母達が行ったこと。

 

すると、青年は驚いたように、少し考え込んでから、踊りながらベルを抱き上げた。

 

「いいか、坊主!泣くのはいい!ダメだったと後悔するのも構わねぇ!だが、やらねぇで!何もしねぇで後悔するのはあっちゃいけねぇ!!」

 

青年は言った。お前の都合など関係ないと言うように。

 

「行くぞ!お前の母ちゃん達を探しに!!」

 

有無を言わさず、とてつもなく喧しい声で言った。その物言いに、ベルは大きく頷いたのだ。

 

そして、ベルは今に至るのだと、恩恵を授かった後に輝夜達に語った。

 

そして、ベルは嬉しそうに口にする。

 

物凄く遠くから来た、とてつもなくうるさくて、ちょっぴりおバカなお兄ちゃんが、僕の英雄なんだと。

 

 

「───────やっぱり、あの子は子供たちの王様なのね。」

 

「えぇ、あの男は……認めるのは業腹ですが、人を際限なく救う。それも、全てを平等に背負ってしまう。背負えてしまう。本当に、滅茶苦茶な男です。」

 

「初めて会った時から、あの子は変わらないもの。いい意味でも、悪い意味でもね。」

 

膝にベルを寝かせながら、輝夜が頭を撫でる。

 

そんな、今までに見た事のない優しい表情をする輝夜に笑いかける、ウェーブのかかった胡桃色の髪を揺らす女神─────アストレアはふふっ、と上品に笑った。

 

ベルの話を聞いた団員の数人はまだ泣いているし、アスラに対する認識が改まった人間もいるだろう。

 

「……まぁ、ほぼ誘拐同然で攫ってきた訳だが。」

 

「………この子も同意したわけだし……誘拐……誘拐…なのかしら。」

 

ベルに恩恵を刻み、この話をした最後、思い出した様にベルは、あっ、と声を上げた。

 

『お、おじいちゃんに何も言わずに出てきちゃったっ!?』

 

そう、あの男。祖父がいると話を聞いていたはずなのに、なんも言わず勢いのまま馬に飛び乗り、ベルを約4日の旅の末、こんなところに連れてきたらしい。

 

流石にそこは頭を抱えたが、丁度よく来たヘルメスに手紙を渡し、ベルの祖父に無事である事、恩恵を刻んだことを事後報告になるが一筆書いた。

 

証拠として、ベルの一言を添えて。

 

「それにしても…ふふっ、この子は純真ね。良かったわね、輝夜。」

 

「………なにも、言わないでください。」

 

恥ずかしそうに顔を俯かせた輝夜は、手元にあるベルのステイタスシートに再び目を落とした。

 

 

 

ベル・クラネル

Lv1

 

力 :I0

耐久:I0

器用:I0

俊敏:I0

魔力:I0

 

《スキル》

【竜胆の(こう)

・刀剣の武技習熟度に高補正

・刀剣での攻撃時、器用に高域補正

 

《魔法》

それは遙か彼方から送る静隠の舞(ダンス・ダンス)

・舞踏魔法

・1つの踊りから構成。

・効果発動中、音のエンチャントを付与

・広範囲に病傷の浄化効果。

 

 

 

ベルの魔法にスキル。破格の効果を持つそれは、Lv1にはとてつもない恩恵をもたらすだろう。

 

そして何より

 

輝夜と、アスラにとんでもなく影響を受けて居ることだけはわかった。

 

「良かったですね、輝夜。なので、早くクラネルさんの誤解を解いてください。私は未だに怖がられるし、リヴェリア様の事を『お化けの王様』だと思ってしまった!!と言うか言ってしまったでは無いか!」

 

「何を言う、セルティはもう既に懐かれているぞ。まぁ、触れることが出来ないお前では仕方ないか…なんとか自分で誤解をとくんだな!【九魔姫】は笑ってノッテいたろう?お前もあれくらいはしてみろ。」

 

「わ、私が触れることが出来ないのを知っていて…!」

 

「ベルで練習するといい。もっとも、ベルをぶん殴りでもしたら直々にぶっ殺してやるがな。」

 

やいのやいのと騒ぐ音に目を覚ましたのか、ベルがむにゃむにゃと輝夜の膝から起き上がる。

 

すると、瞬時に佇まいを整え、リューとの喧嘩も何も無かったように、柔和に笑い、ベルの髪をさらりと撫でた。

 

「……お姉ちゃん……どこ……」

 

「ここにおりますよ。さて、そろそろ良い子は眠る時間でしょう。アストレア様、私はそろそろ。」

 

「えぇ。2人とも、おやすみなさい。」

 

「おやすみなさぃ…かみさま……りゅーさん…」

 

「あ、はい。おやすみなさい。クラネルさん」

 

眠そうなベルを抱き上げ、寝室へとそそくさと去っていく輝夜とベル。なんだかんだ、怖がらなくなってきたのかなぁと、少しだけ嬉しくなったリューは、自分もさっさと寝るか、と寝室に向かった。

 



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まさか、な

なんか、ランキングとか凄いことになっててびっくりした。


サラサラと書類にペンを走らせ、今回納品する武器類の生産数を承認。それを配布ボックスに投げて、はぁ、とため息を吐き出す。

 

ココ最近の闇派閥の活発さは、何か嫌な予感を思わせ、それに伴うように増えた武器の依頼の量には、鍛治の神とはいえ、辟易としてしまった。

 

赤髪の麗神────ヘファイストスは、再びのため息を吐き出す。

 

そんな彼女の執務室へ、ドカーン!と扉を爆音で開け放ち入った影は、ニィッ!と笑う。

 

「びっくりした……帰ってきて早々にお説教が欲しいみたいね、アスラ?」

 

「よう!ヘファイストス!許せ!」

 

ワッハッハ!と変わらぬ調子で笑ったアスラは、気にもせずヘファイストスの机に腰掛ける。

 

無神経を擬人化したような彼の振る舞いに呆れながら、いつも通りの彼に少し安堵もしていた。

 

「それで?一体なんの用?」

 

「わかってんだろ?取りに来たんだよ、アイツを。」

 

「ん………あぁ!アレね!」

 

一瞬理解できなかったヘファイストスは、数秒後に理解した。

 

裏の倉庫スペースに入り、その最奥に飾られていた物を運ぶ。

 

軽い音を立てて机に置かれたそれを見て、アスラは獰猛に笑う。

 

「はい、あなたの武器【ナーガ】よ。整備は万全、いつでも使えるわ。」

 

「おう!悪かったな、取りに来るのが遅くなっちまった。」

 

「本当よ、まさか1年も待たされるなんて。まぁでも、私と椿のココ最近の最高傑作を思う存分眺めることが出来て良かったわ。」

 

「ハッハッハッ!そりゃよかった!」

 

アスラに手渡されたそれは蜷局(とぐろ)を巻いた蛇──────ではなく、帯剣(ウルミ)だった。

 

全長キッカリ1M(メドル)の鞭のような見た目で、剣とは思えないほどの薄さと、布の様な柔らかさを持つが、相反するように硬い。

 

そして、見ただけで理解出来るほどの恐ろしいまでの斬れ味は、使い手であるアスラにすら冷や汗をかかせた。

 

「流石だ、刃を見るだけで斬れ味がわかる。」

 

「当然よ。貴方が狩ったバロールの左腕。その鋼の性質に似た筋繊維を編み上げて鍛えたから、よく伸び、よく縮む。その反発が産む力は、並じゃないわ。椿と一緒に鍛えたけど、本当に作るのに苦労したんだから、壊したらただじゃおかないわよ?」

 

バロールという類を見ない素材を使い武器を作らせてもらったとはいえ、注文は無理難題だった。

 

「任せろ!」

 

「調子いいわねホント。」

 

それを、当然のように振り回すアスラだが、狭い室内だと言うのに、壁や床には一切傷を付けることなく、高速で舞うように振るった。

 

ヘファイストスには見えないが、そこかしこで空気を突き破る破裂音が響く。

 

「ほぉー!伸びるな!軽く振っただけで4M(メドル)か?ほんとによく伸びやがる!」

 

「嘘でしょう?振っただけでそこまで伸ばしたの?ウチの子供たち全員で引いても3Mだったのに……アホみたいなステイタス()ね…」

 

鞭に近いこの【ナーガ】は、ゴムのような伸縮性により軽く振っただけでも、ゆうに音速を超える。

 

「─────ハハッ!本当に、これなら魔法でもなんでもスパスパ斬れそうだ!」

 

「ほんと、簡単そうにやってくれるんだから。」

 

「師匠が良かったからな!」

 

クンッと手首のスナップで、縄のように輪っかを作り纏めて、それを腰にある専用の鞘に納めた。

 

ウルミという武器種自体、その扱いには細心の注意と限りなく極められた技量を求められる。それなのに、あたかも当たり前だと言うように扱う彼の感性を理解出来る者は、そう居ないだろう。

 

1度教えを乞いに来たアーディも、彼が何を言っているのか理解出来ず、習得できずじまい。

 

技量に自信のあった輝夜ですら、ある程度のところまでしか習得できず、手足の様にとまでは行かなかった。

 

「それで?他に御用は?」

 

「あぁ、もう一個あんだ。」

 

アスラは本題とばかりに机にある物を置いた。

 

ヘファイストスは、それを見て絶句した。

 

脈動する赤黒い塊。心臓のようにも見えたが、どうにも違う。これは───────

 

「気づいたか?モンスターの素材だ。それも、外のな。」

 

「外の?ありえない……こんなもの素材だけでいえば、貴方のそれと同レベルよ?」

 

「あぁ、実際強かった。」

 

「………倒したの(・・・・)?」

 

「あぁ、倒した。完全に魔石までぶっ潰した。」

 

それでは、アスラの言葉とは矛盾する。この素材は、まだ生きている。間違いなく、鼓動を鳴らし復活を待っていた。

 

そして、嫌な予感がヘファイストスの脳裏を過ぎった。

 

「……名は?」

 

「アンタレス。過去、精霊に封じられた大サソリだ。」

 

その名に、ヘファイストスは渋い顔をする。

 

「……もう一度聞くわ。倒したのね?」

 

「あぁ、灰に還った所までアルテミスと見届けた。」

 

「あぁ……そう、アルテミスがいたなら間違いないわ。」

 

けれど、とヘファイストスは続ける。

 

「……しくじったかもね。」

 

「マジか?」

 

「マジよ。でも、分からないが本音。」

 

さっさとこんなの処分した方がいい、そう進言すると、仕方ねぇなぁとそれをつかみ、力を込めると、素材が燃え上がり、灰も残さず燃え尽きた。

 

「んま、用はこれだけだ。悪かったな、邪魔して。」

 

「ちょっと、久々なんだから少しくらい話していきなさいよ。」

 

そうして出ていこうとするアスラだったが、ヘファイストスの待ったによって、その足を止めた。

 

「ハハッ、わかったよ。」

 

「よろしい。椿にはもう会った?」

 

「いんや?まだ帰ってからは会ってねぇ。」

 

「そう、なら今度会ってあげて。その武器を思いついたのも、あの子な訳だし、整備はあの子に、ね?」

 

「おう!わかったぜ!そういや、聞いたか?ラキアにいるクロッゾの末裔が、クロッゾの魔剣を作ったって話。」

 

「へぇ……いえ、聞いたこと無かったわ。許したのか……それとも、その鍛冶師だけが特別なだけか…これから、ラキアとの戦争もちょっと激化するかしら?」

 

「いや、なんでもその坊主、魔剣を作りたがらねぇんだとよ。」

 

「…なんでまた?」

 

「ぶっ壊れるのは武器じゃねぇ。使い手を置いていく武器は、使い手を殺すんだとよ。」

 

「……間違いないけど、硬そうな子ね?」

 

「ハハッ!アンタに言われたくねぇだろう!」

 

どういう意味よ?と少し睨んだヘファイストスは、そういえばと指を立てた。

 

「そうそう!フレイヤがここに何度が来たわよ?貴方がここに逃げ込んでないかって」

 

「げぇっ……」

 

珍しく、本当に嫌そうな顔をするアスラに、ヘファイストスは苦笑した。

 

「げぇって…貴方……本当に男?フレイヤに求められて嫌がる子なんて、貴方くらいでしょうに。」

 

この男、常識と空気を読む能力をは欠落しているが、貞操観念だけはまともなのだ。

 

「女に篭絡されて愚王に堕ちるなんて、笑い話にもなりゃしねぇし、寵愛を受けたなら応えて当たり前みたいな態度も、俺は好かねぇ。そもそも、俺はアイツらの在り方が気に食わねぇんだよ。」

 

「在り方?」

 

「あぁ。人は、手を取り合えば、無限の可能性を生み出せる。なのに、オッタルと来たら……」

 

「あぁ、そういえば昔、【猛者】が貴方に負けて、罰ゲームでフリフリのサリーを着て町中で奉仕活動をさせられてたわね………今思い出しただけでも、い、いたたまれなくて…っ…」

 

過去、突如街中で襲われたアスラは、市民を、冒険者を巻き込んで踊り(戦い)、勝利した過去がある。その罰として、1年の奉仕活動。その半年間をサリーを着て炊き出しなどを行わせた。

 

孤児院の炊き出しで、ムキムキの大男が可愛らしいパッツパツのサリーを着て、食事を配っている姿は、なんとも言えない哀愁があった。

 

「アレ最高だったよな!我ながらいい罰だった!ま、アイツらは群の力を舐めすぎなんだよ。」

 

だから俺に負けるんだ。そう唇を尖らしてブーたれた様子から、本気であの派閥が苦手なのだろうことが理解できた。

 

「手を取り合えねぇ奴がいるのはわかるけどよ。その努力もしねぇのは、俺は嫌いだ。」

 

「そう……」

 

「というか、そもそもの在り方が俺とは正反対だ!美を振りかざし支配する魔女よりも、笑いと踊りで民を導く王様の方が、よっぽどかっこいいだろう?」

 

「ふふっ、それはそうかも。」

 

だろっ?と笑ったアスラは、ヘファイストスの顔をじっと見て、そうだな、と口を開く。

 

「アンタには言っておくか。近い内に、奴らが仕掛けてくる。」

 

「……本当なの?」

 

「ああ……多分だが、奴ら本気でオラリオを落としに来るぜ。」

 

「っ……わかった、準備はしておくわ。」

 

「あぁ、頼む。」

 

そう言って、アスラは今度こそ、その場を後にする。

 

腰に下げたウルミを撫でて、ボソッと呟いた。

 

「準備は、しとかねぇとな。」

 

 

 

翌日。グースカと真昼間からハンモックで昼寝をかますアスラを見下ろすシャクティは、ハンモックを掴み、思い切りブン回す。

 

「アスラ、起きろっ!」

 

「んがぁぁぁぁっ!?な、なんだ!?」

 

昼寝をしていた所を突然叩き起され、ハンモックから叩き落とされたアスラは、何事かと周囲を見渡した後に、シャクティを認識し、あのなぁと少し文句を垂れる。

 

「あのなぁ、姉ちゃん。もう少し優しく起こすとかなかったか?」

 

「無い。」

 

「ちぇー、昔はあんなに優しかったのに。今じゃこんな厳しくて、俺は悲しいぜ…」

 

「私よりデカくてゴツい男が膝を抱えて拗ねるな。」

 

膝を抱え、床をイジイジするアスラを冷たい視線で射抜きながら、シャクティはさっさと立てと催促する。

 

「仕事だ、北西区の廃教会で不自然な動きがある。お前も来い。」

 

「りょーかい!」

 

「はぁ…副団長として、もう少し威厳を見せてくれ。」

 

今まで特に威張るわけでもなかったが、彼は一応ガネーシャ・ファミリアの副団長の座に就いている。

 

そんな彼だが、自分ではしっかりとその背中を見せていると思っているらしく、納得いかないような顔をして首を傾げた。

 

「見せてんだろ?」

 

「馬鹿者、どこに定期的にいなくなる副団長がいる。」

 

「ハハハハハッ!!違ぇねぇ!」

 

「……ふふっ、変わらんな…お前は。」

 

姉弟らしいそのやり取りは、シャクティがあまり見せることの無い、姉としての顔。

 

子供の頃から対照的な2人ではあったが、なんだかんだ姉弟として上手くはやれている自負が、2人にはあった。

 

「んじゃ、さっさと終わらせようぜ姉ちゃん。」

 

「あぁ、頼りにしているぞ、愚弟よ。」

 

「任せな!姉ちゃんも団員も、もれなく俺が守ってやる。」

 

逞しく力瘤を作ったアスラに、シャクティは今は遠い、昔を思い出した。

 

家族の団欒を過ぎ、団員を引き連れて現場に向かえば、アスラは長年住んでいるオラリオにも知らない場所があるのかと、ほえーと唸った。

 

「へぇ、こんなとこに教会なんざあったのか。」

 

「あぁ、廃墟が多くなり治安も今は悪い。危険とまでは行かないが、準危険区域に変わりは無い。」

 

なるほどねぇ。と呟いたアスラは教会の扉に手をかけ、一息に開け放つ。

 

すると、そこには想像していたものとは違う景色が映った。

 

地面で呻く白いローブを着た闇派閥の信者達。いきなり襲われるかと思っていたアスラは拍子抜けと言わんばかりに首を傾げたが、この景色を作り出した元凶らしき影を視認し、警戒心を高めた。

 

「……また、喧騒が入り込んだか。それも、今回のはとびきり喧しい。この場所でも、静寂に浸る事は出来なかったか。」

 

「……俺まだ喋ってねぇよな?」

 

「お前、自覚あるのか。」

 

ステンドグラスの前に立つ、ローブと、漆黒のドレスを纏う女は、うんざりとしたような気怠げな声を出した。

 

警戒を露わにするアスラに、シャクティはより目の前の女を危険対象として見なし、1歩前に出た。

 

「……お前が、この景色を作ったのか。」

 

「そうだ。」

 

「なんのために?」

 

「私の望む静寂の阻み、思い出(過去)を穢された。故にその罰だ。」

 

そして、女は自身の左側を指さし、さっさとしろと言わんばかりに言い放つ。

 

「貴様らの目的はその下にある。後は好きにしろ。」

 

「行かせるとでも?」

 

その場から立ち去ろうと2人の横を通るが、それをシャクティと団員たちに囲まれる。しかし、女はこのオラリオでも上位の実力を持つシャクティを前に、不遜にも鼻で笑った。

 

「…行けぬとでも?血に濡らしてもいいが…感傷が邪魔をするな。」

 

スゥっ…と女がシャクティに手をかざした瞬間

 

「【福音(ゴスペル)】」

 

鐘の音と共に感じる空気の圧が、その場一帯を飲み込む。

 

「───────っ!?ヤベェ!シャクティ!!」

 

それをただ1人感じ取ったアスラは、シャクティの前に飛び出し、ナーガを振った。

 

鐘の音を置き去りにアスラが教会の壁に激突。血を吐いて蹲った。

 

(───────んだ、これッ!?バロール並じゃねぇかっ!?魔力じゃねぇっ、衝撃波…いや、この細胞全てが揺れる感覚…!『音』かっ!?)

 

「アスラっ!!」

 

シャクティの目線からでは、ただ鐘が鳴ったと同時に、アスラが血を吐きながら吹き飛び、壁に叩きつけられる場面だけだ。

 

しかし、アスラが吹き飛んだ瞬間、ハラリと銀色の髪が宙を舞った。それを見て、女は感心した様ように呟く。

 

「……あの一瞬で、私まで斬った(・・・・・・)のか。そこいらの騒がしいだけの愚物では無いな。」

 

フードの縁を手の甲で撫でて薄く笑う女は、ただアスラだけを見つめていた。

 

血を流す義弟の姿に血が上ったシャクティは猛った。

 

「貴様ッ!!」

 

「っやめろシャクティッッ!!」

 

「【吠えるな(ゴスペル)】」

 

不味いと本能で察したアスラは、瞬時にシャクティを庇うように前に割り込み、音の衝撃に拳を叩きつける。

 

「─────っらあああァァァァッッ!!!」

 

グチャチャっ、と肉が裂け骨が軋む音を無視して、拳を振り抜き音の衝撃波を吹き飛ばす。

 

「アスラ!?無事か!!」

 

「俺のこたぁいい!俺はすぐ治るが、姉ちゃんが怪我する方が不味いだろ!」

 

女を睨みつけたアスラは、最高にマズイ状況に冷や汗を流す。

 

(ヤベェ…!接敵が早すぎた…!アレなら間に合うが…こんなとこで踊ったら、姉ちゃん達を巻き込んじまう…!!)

 

アスラは、スロースターターの究極系と言ってもいい。よーいドン、の持久走は大の得意で、戦いが長時間であればあるほど強くなり、我慢比べでは右に出る者はいない。

 

しかし、咄嗟の接敵では非常に不利なのだ。現在のような状況は特に。

 

魔法を喰らってわかった。この目の前の女は、素のアスラよりも強い。それも、1段か2段の差は確実にある。

 

アスラの奥の手であれば、どうにか間に合うだろう。だが、その戦いの余波は想像を絶するものになるだろう。

 

過去、彼が49階層で遭遇したバロールとの死闘を演じた時。この踊りのお陰で勝利を掴むことが出来たと言っても過言ではない。

 

膠着状態にさせて貰っている状況の中、女がふっ、と笑う。

 

「……預けよう。」

 

「………は?」

 

「勝負は、預けようと言ったのだ。」

 

シャクティが前に出ようとするのを、アスラは手で制して、目を瞑る。

 

「……あぁ、わかった。」

 

「賢明な判断だ。なるほど、存外冷静だな。」

 

「へっ、普段任せっぱなしなんだ。こんな時くらい頼りにならねぇとな。」

 

「……せいぜい、足掻け。」

 

警戒する団員に「退け」と一睨みするだけで、道を作り、悠然と歩いていくその背中に、アスラは叫ぶ。

 

「俺はアスラ。アスラ・マハトマン・アビマニー!次は、俺が勝つ!」

 

また1つ、ふっと笑った女は、そのままいなくなった。

 

完全に脅威が去った事で、警戒心と緊張が解けたのか、アスラがドシャッと背中から倒れた。

 

(見逃された……)

 

そう悔しさに拳を握るアスラに、シャクティは慌てて傍によった。

 

「っ無事か、アスラ!」

 

「あ、あぁ……しかし、無茶しねぇでくれ、姉ちゃん…俺と違って、回復薬でも使わねぇとダメなんだからよ。」

 

「…っすまん、またお前に頼りきりになってしまった。」

 

「構いやしねぇよ!存分に頼ってくれ!姉ちゃん支えられんの、俺だけだろ?」

 

どこかの正義の眷属(アリーゼ)のように、バチコーン☆とウィンクをかましたアスラに、思わず吹き出した。

 

相変わらず、恥ずかしげもなくこんなことを言う義弟に、心底安心したように笑って、シャクティは団員に物資の回収と闇派閥の拘束を命令した。

 

そうして一息ついたアスラが、全身に魔力を回せば、清炎が揺らめき、傷ついた箇所を焼く様に浄化していく。

 

ものの数秒でグチャグチャになっていた左腕を再生させたアスラは、過去を思い出し天に祈るように頭を下げた。

 

「……ったく、ほんと…いつまでアンタは俺を守ってくれんのかねぇ…俺はもう、子供じゃねぇんだぜ?」

 

「副団長!治ったらこっちをお願いします!」

 

「えー、いいぞ!姉ちゃん!俺これ終わったらロキんとこに報告行ってくるぞ!」

 

「わかった、頼むぞ。」

 

そうして立ち上がったアスラは、地面に落ちた輝く灰髪を見て、まさかな、と思考を振り払った。

 

 




アスラが見逃された同時刻。

ベルは、起きたらいなかった輝夜を探す為に、街に飛び出していた。今頃、アストレアが大慌てで探し回っているところなのだが、そんなことは知らぬと、輝夜を探しに飛び出した。

白い着流しと、輝夜に貰った刀を担いで、少年は街を駆ける。

しかし約3時間が経過しても見つからず、探し回った少年は絶賛迷子中だったのだが、今はその先頭を、金色の少女が少年の手を引いて先導していた。

「……こっち。」

「お姉ちゃん…っ…僕をっ、置いてっちゃったのかな…」

ヒックヒックと肩を揺らして、輝夜を呼ぶベルは、手を引かれながらもずっと俯いていた。

「………大丈夫。きっと見つかる。リヴェリアに手伝って貰えば平気、だよ。」

「……うん…ありがとう……アイズお姉ちゃん。」

「…気にしなくて、いいよ?」

アイズと呼ばれた少女は、泣いているベルが闇派閥に襲われそうな所を助け、話を聞いていたら、人を探していると言うので、それを手伝っているのだ。

普段、アイズという少女はそういうことに精力的では無いのだが、ベルのお姉ちゃん呼びに、少しテンションが上がっていた。

「ここ。外は危ないから、ウチに入って。」

「うん……」

そうして、目の前の館─────ロキ・ファミリア本拠『黄昏の館』へと、2人は入っていった。


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言い方ァ!!

「───────ベルがいなくなった!?」

 

「そ、そうなの!急にバタバタ準備したと思ったらそのまま出て行っちゃって…!」

 

警邏から戻った輝夜を待っていたのは、最悪の報告だった。帰って来たら、アストレアが青ざめた顔で輝夜にしがみついてきたから何かと思ったが、そりゃそうもなるだろう。

 

「ま、不味い…スキルのお陰で割と刀を振れる様になったとはいえ、あの子が剣を人間に向けられるとは思えん!」

 

「ま、不味くねぇか!?どうする輝夜!?」

 

輝夜と共に警邏に出ていたライラが慌てながら尋ねると、輝夜は頭を抑えた。

 

「ええい!落ち着け!ネーゼは!?」

 

「まだ帰ってねぇ!」

 

「クソが!アストレア様、恩恵は!?」

 

「無事よ、生きては居るわ!」

 

その事を聞いただけでも安心した輝夜は、すぐさま刀を握ると、ライラと共に外に駆け出した。

 

「輝夜!闇雲に探すのは逆に危ねぇぞ!」

 

「知るか!今はベルの安全だ!」

 

「───────待て輝夜!提案がある!」

 

ズザザッ!とブレーキをかけた輝夜が、ライラに詰め寄る。

 

「なんだ!早く言え!今の私は貴様でも斬るぞ!!」

 

「あっ、アスラ!!アスラのダウジングぅぅぅ!!?」

 

「それだぁぁぁっ!!」

 

 

 

 

「ただいま。」

 

「おかえり〜、アイズた…ん?」

 

「ベル、こっち。」

 

「っ…うん……っ……」

 

そうして見知らぬ着流しを着た少年の手を引いて客間に入っていった少女────アイズ・ヴァレンシュタインを追いかけ、朱色髪の神─────ロキは客間に入る。

 

「ベル、お菓子、食べる?」

 

「…ったべ、る…ぅ…」

 

机に置いてあった梱包を丁寧に剥き、それを少年に手渡すアイズは、見たことの無い雰囲気を醸していた。

 

「な、なんなんや一体…アイズたん、説明!」

 

そうしてされた説明は、本当に無駄を省いたもの。

 

ダンジョンから帰ってきた→白い集団がいてこの子を襲っていた→暴れた→どうすればいいか分からなかったから連れてきた。

 

という事だ。数秒考えたロキは呟いた。聞きたかったのはそこじゃないと。

 

「……アカン、聞きたいことが全く伝わっとらん……と言っても……少年〜、わかるかぁ〜?」

 

べしょべしょと泣いている少年に声をかけ、なんとか流れを理解するために情報を照合させる。

 

曰く、名前はベル。7歳→母親を探しにオラリオまで来た→アスラお兄ちゃんが連れてきてくれた→朝起きたらお姉ちゃん達がいなくなった→探してたら変な人たちが来て、怖くて動けないところをアイズお姉ちゃんが助けてくれた→今ココ

 

という事らしい。

 

なんで7歳の号泣してる少年の方が喋れてんねん。

 

と、心でツッコミを入れるロキ。

 

「んじゃあ、神様分かるか?自分の神様や。」

 

「あずどれあさま…っ…」

 

「あー、アストレアんとこの眷属なんか。」

 

「グスッ…ぅっ……かみざまぁ…っ…」

 

「おーおー、大丈夫やでぇ。すぐ会わせたるからなぁ。ウチはロキや!なんやベル、男の子やろ?泣いてたら強なれへんで〜?」

 

「…うんっ……っ…」

 

「おー、偉いなぁ我慢できて。ちょい待っとってなぁ。」

 

そうやって頭を撫でられたベルは泣くのを我慢する素振りをしたので、いい子であることはわかった。

 

どうしよーかなーと思いながら、とりあえずリヴェリア呼んどきゃなんとかなるやろ、と結論付けた。

 

なんであのいい子ちゃんの眷属世話せなアカンねん、と心で文句を垂れながらも、流石に7歳の子供にそんな事を言うつもりはなかった。

 

さっさと保護者呼んで引き取ってもらわななぁ。と思っていたが、ちょうどよく目的の人物が来た。

 

「アイズ、帰ったか……おや……君は確か、ベル…だったな。」

 

「お、お化けの、おうさまぁ…っ…」

 

「おっと……よいっしょ…全く、一体何があったと言うんだ?」

 

トテトテと歩み寄ったベルは、その人物に抱かれ、余計涙を流す。

 

「なんや、リヴェリア知り合いなん?ちゅーか、お化けの王様ってなんや?」

 

緑髪を耳に掛けたエルフ─────リヴェリア・リヨス・アールヴは、抱き上げたベルの背中を軽く叩きながら頷いた。

 

「それについては、私も悪ノリが過ぎた……彼はアストレア・ファミリアの新人だ。【大和竜胆】が育成しているはずだが。」

 

そう言われてみれば、顔立ちとは少し違い、極東の着流しと剣を持っている。

 

よく見れば、胸元には竜胆の飾り紋が、刀の鞘には美しい竜胆が描かれており、手ずからの弟子というのは、知る者が見れば理解できた。

 

「なるほどなぁ。悪いんやけど、使い出してアストレアん所に引取りに来るよう連絡入れてくれへん?」

 

「承知した。」

 

リヴェリアすぐにエルフの団員を呼び出し、ベルを預かっていることを伝え、迎えに来るように、と向かわせた。

 

未だ泣きじゃくるベルの背中をトントンと優しく叩くリヴェリアの後ろから、ベルにお菓子を餌付けするアイズ。そして、それをただ口に運ぶベル。

 

何だこの光景は、と考えることに疲れたロキは、何も考えずその光景を眺めている事にした。

 

「ほら、あまり泣くな。あとが辛いぞ?アイズ、あまり菓子を与えるな、制限されているかもしれないだろう。」

 

「でも、ベルはこれが好き。よく食べる」

 

「好きなら際限なくあげていい理屈にはならん。おいベル、お前は雛鳥か。与えられたものを全て口に詰め込むな!」

 

お姉ちゃんはもう僕のことが嫌いなんだとモゴモゴしながら泣くベルに、大丈夫だと安心させるように頭を撫でて、落ち着かせる。とにかく餌付けがしたいアイズは、リヴェリアの制止を無視して、お菓子を上げ続けている。

 

その光景は、ヤンチャな姉と気弱な弟。そして、それを育てる母親にしか見えなかった。

 

「ママやん」

 

「だ、誰が………誰がママだ!」

 

あなたの事です女王さま。と口に出なかっただけ、ロキは褒められても良かっただろう。

 

 

 

 

 

ベルを探し回っていた2人は、万策尽きたと言うように項垂れながらベンチに腰かけていた。

 

「───────万策尽きた…どうやって探す!?アスラはホームにはいなかったしよ!」

 

ベルを探すためにアスラを探す事にしたライラと輝夜。しかし、ホームにはシャクティ共々いなかった。どうすると焦るライラだったが、輝夜は焦ること無く、致し方なしと懐に手を突っ込んだ。

 

「コレで呼ぶ。」

 

そう言って取り出したのは、極東の横笛だった。

 

「笛?」

 

「あぁ、見ていろ。」

 

その後に始まったのは、素晴らしい程の演奏だった。 なんだなんだと、市民がこちらに注目することも関係ないと言わんばかりに、一心不乱に笛の音を奏でた。

 

極東ではやんごとなき生まれであった輝夜は、戦闘以外にもそれなりの教育を受けてきた。それは、芸術方面にも言えることだった。

 

あまりにも綺麗な演奏に、気がつけば観衆の波ができ、人が溢れていた。

 

雅というのだろうか。趣があり、品がある。そんな輝夜の音色がその場を支配していた時、遠くの方からドンッ、と言う音が聞こえた。

 

「………来たぞ。」

 

「来た…?」

 

突然止められた演奏に、観衆はもう終わり?と首を傾げていたのだが、次の瞬間に目の前に飛び込んできた影に、一気に沸き立った。

 

「───────だぁぁあれだ!!こんな楽しくなさそうに演奏してんのは!!」

 

「こうして、音楽を楽しくなさそうに演奏すると、どこからともなく現れる。そういう習性だ。」

 

「嘘だろ、ヘビかあいつ。」

 

「アスラ様だ!」

 

「アスラ様〜!」

 

「おう、お前ら元気だな!!」

 

あんた程じゃねぇ!と言う声に、そりゃそうだ!と笑えば、民衆も一緒になって笑顔になった。

 

相変わらず凄いカリスマだと感心するライラを差し置いて、輝夜が前に出る。

 

「アスラ!」

 

「あっ!あの笛輝夜だろ!あんな楽しくなさそうに曲を弾くな!いいか!音楽ってのは─────」

 

「ベルがいなくなった!力を貸せ!」

 

「────もっと楽しくて……………は?」

 

笑顔を消したアスラはアワアワと動きながら頭を抱えた。

 

「いい子にしてろって言ったろ〜!?」

 

「すまん!私のせいだ!アスラ!魔法を頼む!」

 

「あっ、そうか!ベルには使えるな!」

 

そうして突き出したアスラの手のひらに、大きな炎が揺らめいた。

 

その大きな炎を見た輝夜は、崩れ落ちて安堵した。

 

「……あぁ…よかった…」

 

「なんだ、めっちゃ元気だなこりゃ。方角は…北区か?」

 

うーむ、と唸ったアスラは、着いてこい。と指で指示を出した。

 

「悪ぃな民よ!これからちょいと用事があってな!」

 

「アストレアの嬢ちゃん達に迷惑かけんなよ〜王様ー!」

 

「おい!俺、王様!!コイツら!俺の民!言うの逆だ!」

 

「一体いつから私達はあいつの民になったんだ。」

 

「しらね、こいつなら全オラリオ市民は俺のもんだくらい言いそうだしな。」

 

ライラの呟きに民衆は、アスラ様なら言いそうだな!とみんなして笑った。

 

無事とわかりはしたが、輝夜があまりにも急かすので、小走りで指し示す方角に向かっていた。

 

「ったく、任せたはずだろう?」

 

「あぁ、本当に不甲斐ない……寝ているあの子を起こすのはどうかと思って、そのまま出てしまった……失念していた。」

 

「あぁ…なるほど…恨むぜ、母親共。」

 

なるほど、と頭をワシワシと掻いたアスラは、恨めしそうに呟く。

 

母親が起きたらいなかった出来事は、ベルの中で随分と大きなキズとして残ってしまったらしい。

 

今の状況も、良く考えればトラウマと同じだ。

 

それに加え、このオラリオに来て、アスラ以外に唯一心を許した輝夜がいなくなった、という理由もあるのだろう。

 

「しっかしよォ、相変わらず便利だよなぁそれ。方角と今の状態までわかんだろ?」

 

「そうだ、炎が大きい時は元気で、小さい時が瀕死。消えかけはやべぇ。つかねぇ時はそもそも生きてねぇ。」

 

「……試したのか?」

 

「ま、昔な。」

 

少しだけ、彼の表情に影が差したのを見て、ライラはやぶ蛇だな、と追求を辞める。

 

「本当に便利なものだ。確か、信頼されたか否か、だったか?」

 

「あぁ……多分(・・)だけどな。そうじゃなくても反応する時もあるし、理解出来んが…とにかく、俺の加護の力のひとつさ。」

 

現在三人を導くように、一定の方向に傾いている炎は、アスラの魔法の効果のひとつ。

 

アスラの魔法である【ゾロアスト・アンドロノヴァ】は、不明な部分が多い。

 

と言うよりも、魔法に近い物と言うだけで、正確には魔法では無い。

 

らしい

 

『魔法であり、魔法では無い……精霊や、今はしなく無くなってしまったけれど…過去、神々があなた達に与えていた加護(・・)…そう呼ばれる物の方が近いと思うの。』

 

当時の主神曰く、加護に限りなく近い魔法らしく、詠唱もあるにはあるが、それも強化詠唱。何も唱えずとも発動事態は出来る。

 

回復、浄化、自他へのエンチャントにこのようなダウジングまで、様々な事が可能で汎用性が高い。

 

唯一不便なのは、できることが多すぎて何ができて何ができないのか、アスラ自身把握しきれていない事だろうか。

 

「喜んでいいんだか分からねぇが、大抵の事はできる。」

 

「いや本当に便利だな。」

 

「前に聞いたんだが、加護の効果を試す為にポイズン・ウェルミスの毒を飲んだというのは本当か?」

 

「あぁ!懐かしいな!あん時はベロベロに酔ってたからよ、あんま覚えてねぇんだけど、大丈夫だったからなぁ。多分、俺のアビリティランクにも影響あるんだろ。【舞踏】に至ってはAだしな。」

 

ま、その後シャクティにボッコボコにされたけどな!と笑ったアスラに、2人は呆れ返った。

 

因みに、ポイズン・ウェルミスとはダンジョンの中層以下に出現する猛毒を吐くモンスターのこと。常人を遥かに超える冒険者の肉体でも、【耐異常】のアビリティを持つ冒険者の肉体すらも容易く侵食する。

 

それをがぶ飲みして平気だったアスラのアビリティのランクは、異常すぎるのだ。

 

本来、冒険者は他人のステイタスを詮索してはならないのだが、どうしようもなく気になったライラは、興味本位で尋ねる。

 

「…ちなみに、【耐異常】は?」

 

「Cだ!」

 

「おい、本当にこいつどうすれば死ぬんだ。」

 

「首切っても踊りながら復活しそうだよな。」

 

「………やめろ、想像したらキモすぎる。」

 

「ダッハッハッハッ!!なんもしてねぇのにこんなこと言われんのかよ!俺可哀想だな!」

 

いつものように笑ったアスラの前方から、エルフの冒険者が輝夜たちに手を振っていた。

 

「ちょうど良かった!アストレア・ファミリアの皆さんに、アスラ!」

 

「おっ、アリシアじゃねぇか。久しぶりだな。」

 

「えぇ、お久しぶりです。アスラ、聞きましたよ?また無茶苦茶したようですね?」

 

「ハハハッ!あんなもん無茶のうちに入らねぇよ!」

 

「……貴方の義姉は本当に大変そうですね。」

 

アスラにアリシアと呼ばれたエルフは、3人に探していた理由を話す。

 

「っと…話が逸れました、ベルと言う少年を預かっているのですが…」

 

「済まない、すぐに行く。」

 

「え、えぇ…こちらです。」

 

食い気味に反応した輝夜に、アリシアは少し引きながらも、盛大に顔に出すことは無かった。

 

案内されるままにロキ・ファミリアのホームに着いた輝夜は、啜り泣く声を耳にして一気にその部屋へ駆けた。

 

「───────ベルッ!」

 

扉を開ければ、泣きじゃくるベルを抱いたリヴェリアと、ベルにひたすら菓子を食わせる【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタインが居た。

 

輝夜を視認したベルは、リヴェリアから離れてそのまま輝夜にダイブ。

 

なんでどこかに行っちゃったの?僕の事が嫌いなの?と泣きじゃくるベルを、輝夜は力いっぱい抱き締めた。

 

「そんな訳あるか…!すまないベル…私が悪かった……もうお前に何も言わず、どこかに行くことはしない。」

 

「ほんとう…っ…?」

 

「あぁ、アストレア様に誓う。だから、もう一度、私を信じてくれ。」

 

こくんっ、と小さく頷いたベルは、ギュウッと輝夜に抱きつき、輝夜もそれに応える様に強く抱き締めた。

 

「悪ぃな、リヴェリア、アイズ。ベルが世話んなった。」

 

片手で謝ったアスラに、2人は首を振った。

 

「いい。私が、連れてきたから。」

 

「ん、構わん。しかし、いい子だなあの子は。置いて出ていった母親は………いや、口が過ぎたな。」

 

「ははっ、そうだな。俺らが怒ったところで、母ちゃんは悪くないって言うぜ、アイツは。」

 

「ベルは、いい子。」

 

「アイズもあれくらい聞き分けが良ければいいんだが……別ベクトルで頑固だが、ベルは素直でいい子だ。」

 

「ハハハッ、言われてんぞアイズ?」

 

「……聞こえない。」

 

2時間弱共に居たリヴェリアとアイズは、すっかりベルに絆された様で、アイズに至っては既に友達になったらしい。

 

ようやく泣き止んだベルは、アスラに気が付き、たたたっと駆け寄った。

 

「お兄ちゃん!」

 

「おう!4日ぶりだな、ベル!」

 

「うん!」

 

さっきとは違い、ニコニコとアスラの足にしがみついたベルを肩に乗せて、アスラはもう一度リヴェリアの方を向いた。

 

「少し報告もあったが、また今度にする!俺はこのままコイツら送って帰るわ。」

 

「そうか、気をつけろよ。」

 

「えと、王様っ、ばいばい!」

 

「ふふっ…ああ、バイバイ。いいか、ベル?お前の信じた人を信じてやれ。」

 

「……うんっ」

 

モドモドしながらアスラの肩から手を振ったベルに、リヴェリアは優しく手を振った。

 

「ベル。」

 

「アイズお姉ちゃんも、変な人達から助けてくれて、ありがとう!」

 

「ううん、いい。また、ね?」

 

「うん!」

 

「【九魔姫】この借りは必ず。」

 

「気にするな。借りと思うのなら、しっかりとそばに居てやれ。」

 

「……感謝する。」

 

バイバーイ!と、来た時とは違い元気に出て行ったベルに、2人は手を振った。

 

その帰り道、アスラに肩車をされているベルは、嬉しそうに最近あったことを報告していた。

 

「お兄ちゃん!僕ね、お兄ちゃんと同じ魔法使えるようになったんだ!」

 

「なにぃ!?じゃあお揃いだ!!」

 

「うんっ!」

 

「あぁ、そういえば……使っていないから忘れていた。アスラ、ベルのステイタスだ、目を通しておけ。お前なら構わんだろう。」

 

渡されたステイタスシートをマジマジと眺め、はえーと唸った。

 

「すげぇじゃねぇかベル!お前、冒険者の才能があるぞ!」

 

「ほんと?」

 

「あぁ!この俺が保証してやる!よーし!そうなったら、俺がダンスの稽古つけてやる!俺と同じ魔法なら、上手くなれば効果も上がるしな!」

 

「やったー!」

 

「…まぁ、いずれは必要だったか。頼むぞ、アスラ。」

 

「任せとけ!んじゃあ!とっととホームに行くぞ!」

 

「うん!」

 

びゅーんっ、と擬音が着くくらいに走った3人は、あっという間にアストレア・ファミリアのホームに到着。

 

中で待っていたアリーゼたちが、いなくなったベルを抱き寄せて無事の再会を喜ぶ中、アスラはキョロキョロと周りを見回して、音を立てないように動く。

 

「さてっ、ベルも届けた事だし〜…俺はそろそろ…」

 

「あら、兄様もう帰るの?少しゆっくりして行ったら?」

 

「あっ?あ、あぁ!そ、そうか!ところでよ、その…アストレアは?」

 

何故かアリーゼの言葉に吃るアスラに、不思議そうに首を傾げたアリーゼ達。

 

「いま、用事があるからって席を外しているけれど…もう帰ってくるんじゃない?」

 

「あ、あぁそうか……よし!なら俺は帰るぞ!」

 

「……もしかして、兄様まだ引き摺ってるの?」

 

「う、うるせぇやい!合わせる顔がねぇの知ってんだろ!!」

 

そう言って有無を言わさず立ち上がり扉を開ければ、女神がとてもいい笑顔で降臨(帰宅)した。

 

やべっ、と声を出したアスラに、アストレアは本当にいい笑顔で口を開く。

 

「───────あら、久々に会った感想がそれ?」

 

「あぁ…いや、その…あれだ……あっそうだ!用事を思い出したんだよ!」

 

「嘘ね。神に嘘がつけないのは忘れたの?しかも、あっそうだ!って言ってるじゃない。慣れないことはしない方がいいわよ?昔から変わらないわね。」

 

「あ、いや…その…」

 

「貴方、あれから何年来ていないと思っているの?5年と8ヶ月。その間、放っておかれた私の気持ち、考えた事ある?」

 

「お、おす……スンマセン…」

 

徐々に萎んで行くアスラに、珍しいものを見たと輝夜とベルは目を丸くした。

 

それよりも、ぷりぷりと怒りを露わにするアストレアに、何よりも驚いていた。

 

「そもそも貴方、どうして帰って一番に会いにこないのかしら?

 

 

 

 

 

 

───────昔の女はもう用済み?」

 

 

 

 

 

 

『昔の女!?』

 

「いや言い方ァ!?」

 

アリーゼ以外の団員が大声を上げてその言葉に驚愕した。まさか、そういう関係だったの!?と全員が目を向けた。

 

「まぁ…確かに、顔はいいもんな。」

 

「おい、ネーゼ。顔はってなんだ。」

 

「そうですね…後、強い?」

 

「なんで疑問形だマリュー?強いぞ?Lv4でLv6のオラリオ最強ぶっ飛ばした男ぞ?」

 

「ももももっ、もしかして、アストレア様は、すっ、既に、あ、ああ、アスラと、ちっ、ちちっ契りを!?」

 

「リュー!!してねぇ!!!どうしてくれんだアストレア!?誤解が誤解を呼んでるぞ!!」

 

「あら、誤解でもないでしょう?昔はお風呂も一緒に入って背中を洗いっこして……」

 

『お風呂!?一緒に!?』

 

「あれを一緒に入った扱いするな!お前が勝手に入ってきたんだろう!?背中は確かに流したが!」

 

「私の初めてまで捧げたのに…」

 

『アストレア様の初めてを!?』

 

「そりゃ恩恵刻んだの俺が最初だもんな!!そうだよな!?」

 

誤解を解こうとするが、輝夜とリューはクズを見るような目で見ているし、マリューやアスタなんかは見た事のない顔をしている。ベルに至っては話を理解出来ていないが、初めて見る輝夜の表情を見てこれまた凄い顔をしていた。

 

『クズですね』

 

『そんな人だと思いませんでした。民辞めます』

 

「お姉ちゃん……!?」

 

「おいこらアストレア!!アリーゼ!お前からもなんか言ってくれ!」

 

唯一の助け舟を得るために、アリーゼに声をかければ、仕方ないわね〜というように、大袈裟に首を振る。

 

「アストレア様、そろそろお巫山戯が過ぎますよ?怒っているのはわかりましたけど。」

 

「……ふーんだっ、許さないわっ」

 

『ふ、ふーんだっ!?アストレア様が!?でも、か、かわいい……!』

 

「頼むから続けてくれアリーゼ…」

 

「ご、ごほん!まぁ何?アストレア様が怒ってるのは、最初の眷属がいつまでも顔を見せに来ないから怒ってるのよ!」

 

ばーん!と胸を張って、言ってやったぜ!みたいな感じで仰け反ったアリーゼの言葉を整理した

 

「アストレア様の」

 

「最初の」

 

「眷属」

 

『誰が?』

 

「俺」

 

『ふーん』

 

数秒の間を置いて、輝夜たち全員がアスラに勢いよく視線を移した。

 

『───────マジ?』

 

「マジ。なっ、アリーゼ。」

 

「えぇ!因みに!私に戦い方を教えてくれたのもアスラ兄様よ!みんなより先にLv4になれた(・・・・・・)理由ねっ!」

 

そうして、アストレア・ファミリア唯一のLv4であるアリーゼは、誇らしげに(無い)胸を張った。

 




アストレアって何年前から居たんだろう。そしていつからファミリアを持ち始めたんだろう。


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その鋒まで染め上げろ!

一部 地獄の様相を繰り広げるアストレア・ファミリアホーム【星屑の庭】では、未だにアスラが非常に気まずそうにアストレアの眼前で正座させられていた。

 

「待たせるのは、本当によくないと思うの。」

 

「い、いやでもよ…アストレアならわかんだろ?俺がこうなんのもさ?」

 

「私は、気にするなと再三言ったわね?」

 

「それでも、身勝手に鞍替えしたのは俺だ。本当なら、俺はコイツらとだって関わる資格は─────」

 

「貴方、本当に叱られたいの?」

 

「っわ、悪かったって!もう勘弁してくれぇ!」

 

「ダメよっ、いっぱい話したい事があるんだからっ!今日は朝まで返さないし寝かせないわ!」

 

「おまっ、ホントに準処女神か!?言葉に気をつけろ!!」

 

「いつもは頭が弱いのに、貞操観念だけはやけにしっかりしてるところ、私は好きよ!」

 

「こいつこんなだったか!?俺が知らねぇ間におかしくなっちまってんじゃねぇか!!」

 

「5年会ってないもの!!私も変わるわ!!」

 

「そうだったな!!」

 

珍しい反応をするアストレアを不思議そうに眺めながら、ベルは輝夜と読み書きの勉強をしている。

 

今はコイネー、所謂共通語の軽いテストの日だ。

 

「これなんてよむの?」

 

「これはりんどう(竜胆)、花の名前だ。あとベル、今テスト中だぞ。」

 

「あっ、しってるよ!お姉ちゃんの2つ名!えっとね、【やまとりんどう(大和竜胆)】!」

 

「ん、よく知っているな、偉いぞ。お前の服や刀の鞘にもあるな。」

 

傍らに置いていた刀を大事そうに抱き締めたベルは、花のように笑った。

 

「僕ね、このお花好きだよ。お姉ちゃんが守ってくれてるみたいで!」

 

「ん〜〜っ………ベル、テスト終わってないが、花丸だ。」

 

「えへへっ」

 

筆で答案用紙に花丸を書いた輝夜は、行くかぁと呟いてベルを抱き上げ、稽古に向かった。

 

『今日は…そうだな、幸いお前は筋がいい。剣舞を戦闘にどう落とし込むか考えはじめてもいいかもしれん。』

 

『ぼく、頑張って強くなるね。お義母さんも、お姉ちゃんも…みんなを守れるくらい!』

 

『……生意気だが、ふふっ……あぁ、その時は守ってくれ。楽しみにしている。だからそれまでは、私がお前を守ろう。』

 

『うんっ!』

 

本当に、今まで生きてきた中で最高の笑顔を振りまいた輝夜。それを凄い顔で見る団員たちの事は、既に頭にないらしい。

 

「おい、輝夜ぶっ壊れてきてんぞ。」

 

「日に日に輝夜の扱いが上手くなっているのでは…?」

 

「いや、あの顔深く考えてないな。」

 

「天然?」

 

「7歳で…なんて恐ろしい子……!」

 

面倒くさそうな気配を感じたアストレア・ファミリアの団員たちは、アスラとアストレアからなるべく距離をとって関わらないようにしていた。

 

今も昔も、痴話喧嘩(?)は犬も食わない。

 

「あっ!ベル、輝夜!俺も行くぞ!」

 

「お前は終わってないだろう、アストレア様と2人でイチャコラしていろ!」

 

「ほんとにそれやめてくれ!フレイヤもそうだが枯れてる通り越して古木みてぇな女神共を抱く趣味はねぇよ!!」

 

「私は!!神の中ならまだまだ若木よッ!!!」

 

「いったぁぁぁっ!?流石俺仕込みの蹴り!滅茶苦茶痛ぇ!?」

 

『アストレア様の蹴り!?』

 

アストレアにすぱーんっ!と尻を蹴りあげられたアスラを指さしながら、輝夜はベルに語る。

 

「いいか、ベル。女に年齢の話はやめた方がいい。あれがいい教科書だ。」

 

「お姉ちゃんはなんさいなの?」

 

「私は17歳だ。私とベルは、何歳差だ?」

 

「ぼくは7つだから…えっと、10こお姉ちゃん?」

 

「あぁ、よく出来た。さっ、次は体を動かそう。」

 

神様も年齢って気にするんだ。という素朴な感想を抱きながら、ベルは鍛錬のために中庭に出た。

 

それに続くように、アスラがゲッソリとしながら這い出てきた。

 

「はぁ…はぁ……あいつパワフルすぎだろ……」

 

「お前が悪い、この一言に尽きる。」

 

「今日マジで帰れねぇし寝れねぇ。」

 

「前から、やけにお前の事を気にかけているとは思っていたが……まさか先輩だったとはな?」

 

「あぁ?やめろやめろ。そんな質じゃねぇよ。」

 

心底どうでも良さそうに手を振ったアスラに、輝夜は疑問をぶつける。

 

「なぜ、あの方の元から離れた?お前なら、ここでもやって行けただろう。」

 

すこし答えにくそうに口をモゴモゴと動かすアスラの表情に、今日は本当に珍しいものばかり見ると、輝夜は苦笑した。

 

「まぁなんだ…眷属になったのも流れだったし、3人でオラリオに来て、暫くしてからアリーゼが軌道に乗り始めたからな。」

 

「そこでは無い。お前も、アストレア様の司るものは知っているだろう?」

 

「あぁ〜……俺は王だろ?」

 

「まぁ、そうだな。」

 

「だからよ、正しさとかそういうのは求めちゃいけねぇって気づいたんだ。」

 

要領を得ないアスラの言葉に首をかしげれば、仕方ねぇと口を開く。

 

「いいか?王は時に畏怖を、時に威厳を、時に笑って踊って民を導く。そこに思想があっちゃいけねぇ。特に正義は、状況によっては毒だ。」

 

「……王たる者、思想に流され、思想に支配されてはならないと?」

 

「そうだ。お前も知ってるだろう?正義は時として、人を残酷にする。大義名分ってやつさ。正しさだけじゃ王は務まらねぇ。」

 

その言葉に、少し思うことがあるのか、輝夜は遠い目をしながら呟く。

 

「……その色の無い旗を掲げ、戦うことは、悪か?」

 

「いいや?間違いなく、正義と呼ばれるに値するものだ。今さら何言ってんだよ、お前にはもう、未練も無い(・・・・・)だろう?」

 

笑ったアスラを見て、輝夜も憎たらしく笑う。

 

「はっ、違いない。ささっ、ベルの稽古を見てやってくれ。」

 

「元からそのつもりだ!」

 

「お兄ちゃ〜ん!みててね!」

 

「おう!しっかり見てやる!」

 

いつもよりぴょんぴょんとはしゃぐベルに、まだアスラの方が懐かれているか、と少し悔しい気もあった輝夜ではあるが、まだまだ時間はあると、目の前の訓練に集中する。

 

将来の伴侶の最低限を身につけさせるため、輝夜は手を抜く訳にはいかないのだ。

 

「行くよ!お姉ちゃん!」

 

「あぁ、来るといい。」

 

そうして始まった訓練。せいぜい手解き程度かとタカをくくって見ていたアスラは、徐々にその表情を崩していく。

 

1分が経過。

 

「……へぇ…」

 

3分が経過

 

「………え…いや……え?」

 

そして、5分が経った頃。アスラは目を見開き驚いた。

 

「─────おいおい、マジかよ……?」

 

「やぁっ!」

 

「いいぞ!昨日の稽古をちゃんと復習したらしいな!」

 

「うんっ!」

 

「よし、少し速度をあげるぞ。構え!」

 

足運びに、重心の運び方。それがまるで以前とは違う。

 

オラリオに来てまだ両手で数えられる日数だ。剣を握ってたった1週間くらいだろう。

 

しかしどうだ。ベルの技量はLv1なりたて、いいやなりたてなど生易しい、恩恵刻みたてホヤホヤの新人(ルーキー)が持つ技量ではなかった。

 

「そら!脇が甘い!腕で振るな!体で剣を振れ!」

 

「はっ、はい!」

 

「そうだ!次は力むな!剣に振り回されているぞ、もう一度!」

 

「はいっ!」

 

意識しているのか、はたまた無意識なのかは分からないが、1つ修正されれば、加えて2つの動きに改善が見られ。2つ修正されれば、加えて4つの動きが改善される。

 

とてつもない才能だ。身の丈程もある木刀を扱いながらあれ程の精密な動きを、経った1週間で身につけることが出来るのだろうか?

 

「これも捌くか!なら、これはどうだ?」

 

「うぐっ、わわぁっ!?」

 

しかし、やはり力では敵わない故か、押し合いになれば、ぽーんっ、とボールのように吹き飛んだベル。しかし、その目は焦りを一切見せてなどいなかった。空中でぐるりと回転し、着地と同時に木刀を腰溜めに構え、深く沈む。

 

その型に、輝夜は目を見開いた。

 

「────やぁぁぁっ!!」

 

顔を振り上げ小さな雄叫びと共に、足りない力を補うように高速で大きく一回転の疾走居合を見せた。その速度は、既にLv1上位に匹敵するだろう。

 

そのまま一閃。しかし弾かれ、体力が尽きたのか尻餅を着いた。輝夜は酷く驚いた後に、ふはっ!と吹き出した。

 

「───ハハッ!私の居合を盗んだか!!」

 

「はふっ、はひ……まっ、前に、お姉ちゃん、がやってた、から……」

 

荒くなった息を整えたベルは、咎められると勘違いしたのか、シュンとした。

 

「あぁ、なに。怒っている訳では無い。いいチャレンジだ。いいかベル。学ぶ、という言葉は元来『真似ぶ』という言葉から来ていると言われている。」

 

「『まねぶ』?」

 

「あぁ、学ぶことは真似ること。観て、模倣、実践。勉学とは何においてもこの3つの繰り返し。お前は、見事にこなせている。流石、私の弟子だ。」

 

「うん!!」

 

ベルの体力が持たないので、数分の攻防ではあったが、内容としては100点も100点。Lv1にしては強すぎて、早すぎるその技能の習得はスキルの恩恵があるとは言え異常だ。

 

なにより、目を見張るべきは駆け引きだろう。先の訓練での剣戟、最後にベルが吹っ飛んだのも、距離を取って疾走居合の助走を稼ぐため。感覚でやっているのか、理解してやっているのか、どちらにしても恐るべき才覚だ。

 

心の中でやばすぎだろ、と呟いたアスラは、ただの小さな村で拾ったあの子うさぎが、まさかの英雄候補だったとは思いもしなかった。

 

しかし、同時に危うい。

 

戦う力があることは悪い事じゃない。それに、ベルは力に溺れ慢心するようなタイプでもない。

 

心配なのはそこでは無い。技や経験は輝夜がゆっくりと積ませてくれるだろう。だからこそ、自分が教えるべきはそこではない。

 

「おし、ベルこっち来い!」

 

「うん!」

 

胡座をかいて丸太のような太腿を叩いてベルを呼べば、ぴょんぴょんっと跳ねるようにアスラの膝にちょこんと収まった。

 

「よし!まずは修行の成果から!見事だ!お前はとんでもない才能があるぞ!」

 

「ほんと?ぼく、強くなれるかな?」

 

「あぁなれる!なんなら、この俺よりも強くなれるかもしれねぇ!」

 

身近にいる最強のお墨付きに、ベルは非常にはしゃいでいるが、まぁ落ち着け!とアスラはベルを諌める。

 

「ベル、今このオラリオがものすごく危ないのは分かるか?」

 

「うん……お姉ちゃん達が戦ってる人達が暴れてるって…」

 

「そうだ!最強の俺がいるとは言え、戦力はあるだけいい。お前が戦ってくれるだけで、多くの仲間を、民を救える!その点で言えば、もしかするといきなり戦場に放り投げられることも無いわけじゃない。」

 

いつになく真剣な表情のアスラに、ベルはゴクリとツバを飲み込んだ。

 

「いいか、ベル。冒険者は否応無く剣を振るい、命を奪い、血を浴びる。それがモンスターであれ、人であれ、なんだろうと変わらぬ命だ。」

 

「いのち……でも、ぼく……」

 

不安げにアスラを見上げたベルに、アスラはわかってると言いながら、話を続けた。

 

「ベル、お前は優しい。けどな、そうせざるを得ない状況が、お前にも必ず訪れる。」

 

「そう、なのかな…?」

 

「あぁ……だが、その時だ!お前の力を、正しく使え。そして覚悟を持って、お前が思った事をしろ。」

 

「かく、ご……」

 

「覚悟のない剣に、一体どれだけの価値がある?覚悟無く命を奪う剣はガラクタだ、モンスターと変わらねぇ!だが、覚悟が宿った剣は!何よりも尊い黄金となる!」

 

ベルを立たせ、膝立ちになって視線を合わせたアスラは、ベルの肩を掴みながら、変わらず真剣な眼差しで幼い真っ赤な眼に叫んだ。

 

「いいか、戦場に立てば。お前は戦士だ。」

 

「ぼくが、戦士…?」

 

「そうだ!そして、戦士は覚悟を抱き、その戦いに価値を与える!」

 

「…元から…かち…は、ついてないの?」

 

「あぁ、無い!戦いに、剣に、元から覚悟だの価値はねぇ。だからこそ!握った柄から(きっさき)まで、お前の覚悟で染め上げろ!敵を斬り、命の重さを知れ!舞った血飛沫を、奪い取った命を……お前の剣を戦いを、黄金に変えられるのはお前だけなんだ!」

 

「……っ……」

 

「お前の覚悟が、覚悟の重さが、お前の強さとなり、お前の黄金()を更に輝かせる。」

 

ベルは、その気迫に息を呑んだ。そしてその気迫に、ベルは呑まれてしまう。

 

怯えたようなベルの様子に、アスラは仕方ないか、と目を瞑った。

 

まだまだ幼い7歳児に語ることでは無いと、アスラ自身思ってはいるが、現状のオラリオでは戦う可能性はゼロではない。心構えはあって然るべきだ。

 

きっと、輝夜はベルを守ってくれるだろう。戦場にいたっても適切な指示を出し、ベルを必ず生還させる。

 

ただ、それがない場合。ベルは果たして人を斬れるか?

 

殺す事を強いるような状況に陥った時。その時に、ベルの覚悟だけが真価を示すだろう。

 

その覚悟を、輝夜は教える事が出来ないのだから。

 

助けを求めるように視線を寄越したベルに、輝夜はゆっくりと近づいた。

 

「……ベル、分からないことは多いだろう。だが、冒険者となる者ならば、いつかしなければいけない心構えのようなものだ。」

 

「僕も……人を、ころすの?」

 

「違う…とは言えないな。いずれにせよ戦いの中で、殺してしまう事は十分有り得る。」

 

「お兄ちゃんと、お姉ちゃんも…?」

 

「あぁ、数えるのすらやめたほどな。」

 

「……罪人や敵とは言え、数え切れない人間を、私達は斬ってきた。それは、間違いない。」

 

答えたくはないだろうに、輝夜は苦しそうに口を開き、現実を叩きつける。冒険者なぞ、いくら飾ったところで所詮殺生を生業にしている荒くれ者。民の王を自他ともに認め、強く、愉快な兄。片や母親以外に初めて見た息を呑む程の美少女であり、短い付き合いの自分に優しくしてくれた、大好きな姉。2人のその1面しか知らないベルは、そのギャップに少しのショックを受けた。

 

それに気づいたのか、輝夜はベルの頬に手を当てながら、儚く微笑む。

 

「………私の事は、嫌いになってしまったか?」

 

バっと顔を上げて、泣きそうな顔になりながら、どうしてそんなことを言うの、と輝夜にしがみついたベル。

 

「ベル……そうだな……ありがとう。」

 

そんなベルに、困った様に笑ってから、強くベルを抱き締めた輝夜はよしよしと頭を撫でた。

 

クスンクスンと輝夜の胸で泣くベルを見て、アスラは懐から一冊の本を差し出す。もとよりこれは、ベルに渡すつもりであった物だ。今見逃せば、次に渡せるのはいつになるかわからない。

 

「ベル。」

 

「…なぁ、に……?」

 

「もし、お前にどうしても守りたいものができた時、これを読め。」

 

「アスラ、これは…!!」

 

手渡された本は、ベルにとってはズッシリと重く、とても分厚かった。

 

灰単色の重厚な表紙には何も書かれておらず、ベルにはなんの本なのかも理解できない。

 

「きっと近いうちに、これがお前の力になる。」

 

しかし、何か特別な意味がある事だけは分かった。

 

兄は底なしに馬鹿だし、欠片も意味の無い事を頻繁にするけど、これにはきっと意味があると思った。

 

優しく笑ったアスラの顔を見て、ベルはぐしぐしっと顔を乱暴に拭き、涙を飲み込んだ。

 

「わかった…っ!」

 

「よし!お前は男だベル。守りたい何かのために、お前は涙を我慢できる。んで、これは、俺からのプレゼントだ。」

 

アスラは腕に巻いていた革紐を千切り、小さなミサンガに加工して、ベルの腕に巻く。

 

ベルが不思議そうにそれを眺めていると、アスラは俺の故郷に伝わるものでな、と続ける。

 

「これは戦士のミサンガ。俺の故郷の古い習わしだ。その者が真の戦士となる時、その紐は千切れ、男子を戦士に生まれ変わらせる。俺は、お前のその時を待ってるぜ、ベル!」

 

「…うんっ」

 

嬉しそうにミサンガを眺めるベルに、輝夜はパンパンッと手を叩いた。

 

「さぁ、ベル。先に汗を流して来い。」

 

「お姉ちゃんは…?」

 

「私も後から行くから、先に行っていなさい。」

 

「はいっ」

 

タタタッと風呂場に走っていったベルを見届けて、アスラは大丈夫かなぁと頭に手を置いた。

 

「大層な物まで渡して…よほど心配なのだな。」

 

「俺が連れてきたってのもあるしな。なにしろ、ベルはまだ子供も子供だ。」

 

「なに、心配することは無い。子供と言うのは、大人が思うよりも、ずっと賢く活発だ。殊更にベルは顕著だぞ。それこそ、平時のお前よりはな」

 

「一言余計だこの野郎」

 

「野郎では無いがな」

 

「揚げ足とんな!」

 

ったく!とぶー垂れたアスラは、1つ伸びをしてから、思い出したように肩を落とした。

 

「……アストレアと飲んでくるわ。」

 

「あぁ、そうだったな。今日は朝帰りで?」

 

「ハッハッハ!!4時間で酔い潰してここに持ってきてやるわ。」

 

「はぁ……期待しないで待っている。」

 

「期待して待ってろ!ベロンベロンの主神持って帰ってやるぞお前ら!!」

 

「ベロンベロンのお前はいらないからな〜」

 

「じゃあね〜、先輩〜」

 

「アストレア様を食い荒らすなよ!?」

 

「クズ!ヤリ〇ン!」

 

「おい誰だ今の!!聞き捨てならねぇぞ!こちとらまだピカピカじゃボケナス!!」

 

「……そこまで堂々とされると普通にキモイな」

 

「その……もう少し隠した方がいいかと」

 

「だから『上司にしたい・部下になりたい冒険者ランキング』は殿堂入りなのに、『恋人にしたい冒険者ランキング』は『猛者』に負けて33位なんだよ。」

 

「まぁ普通に高いけどね、顔は良いからな〜。」

 

「でも33位って微妙じゃない?」

 

「最早圏外の方が面白かった。」

 

「……それちょっと気にしてるからやめてくんね?」

 

「夜の方を心配されてるのかしら?」

 

「あら、でもこの子のはとても立派「お前ほんと余計な事口に出すな!?」

 

『口に出すな!?』

 

「お前らほんとにめんどくせぇな!?」

 

あーばよー!とアストレアを肩に担いで酒場に逃げたアスラを眺めながら、ファミリア団員は、あいつほんと面白いな。と小さく呟いた。

 

「というか、兄様お酒飲めるようになったのかしら?」

 

「いや、無理だろ。あの弱さだぜ?」

 

「……それもそうね!」

 

「酒弱いのいい加減気づけよなぁ、アスラも。」

 

あの図体(180C)でジョッキ4杯でベロンベロンになるとかどんだけだ、と呟いた輝夜はもういいや、と考えるのをやめた。

 

まぁ、どうせあいつの事だから逆にお持ち帰りされて来るな。と優しい目をして、ベルが待つ風呂場に向かった。

 

案の定、アスラはきっちり4時間でアストレアに酔い潰され、ベロベロのままアストレア・ファミリアのホームにお持ち帰り。昼までアストレアの抱き枕をさせられていた。

 

『昨日はお楽しみでしたね。』

 

「マジでなんもなかったぞ。」

 

『チッ』

 

「かみさま、なんかいつもよりつやつやしてる」

 

「これはね、抱き枕が良かったのよ。」

 




感想、高評価ありましたらよろしく。次回あたりからちゃんと物語動くかな。


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英雄の舞を知ってるか?

本当にこの話が書きたかっただけなんだよなぁ……ちょっと長くなった。


その日、女は1人様変わりしたこの都市を眺めたくなった。

 

数日後に災禍に襲われるのだと思えば、胸が痛む事は無いが、感慨深いものはある。加えてひとつ、気になった事があった。

 

「アスラ様か?良い方だよなぁ!よく声もかけてくれるし、子供達と遊んでもくれるしよ!」

 

「アスラ様は明るい性格もそうだけど、あのワイルドなお顔も素敵よね!私なんてお姫様抱っこされた事もあるのよ!」

 

「俺たちはずっと戦えねぇと思ってたんだけどよ!王様のおかげで、俺達も戦えるんだ!まっ、踊ってるだけなんだけどな!」

 

だいぶ離れていたこの街が、気がつけば音楽と踊りの街に様変わりしていた。

 

ローブを深く被った女は、思っていた程この都市が暗鬱としていないことに、少し驚いていた。

 

そこかしこで市民が音楽を奏で、思い思いに踊って、笑っている。

 

過去、この街にいた頃にはなかった光景だ。

 

そして、その変えた張本人と思われる男の名を聞けば、市民は老若男女関係なく!たちまち笑顔になって、嬉しそうにあの男の事を話した。

 

「カリスマ、名声……共に申し分無し、か。私の知っている人間にはいないタイプだ。」

 

弱者はあまねく守る。ではなく、弱者すら巻き込み強くなる。なるほど、民衆の王とはよく言ったものだ。

 

「……アスラ・マハトマン・アビマニー。たった5年でLv6…Lv4であの阿婆擦れ共を単独で捻り潰しただけはある、か。」

 

いつなんどきも笑顔を絶やさず、その周りにも笑顔が絶えない。どこかの英雄を想起させる男の行動は、女に捨てたはずのものを思い出させる位には、希望を持てた。

 

縁も出来た。幸い、奴も自分も本気ではなかったが、敗北を予感させる程度には強い。

 

あのウルミでの一撃は、油断していれば視認すら出来ないだろう。足手まといがいなければ、いい勝負ができる程度には強い。

 

そう考えながら、勧められた独特な香りの紅茶に顔を顰めていると、目の前の席に何も言わずに人が座った。

 

「───────よぉ、奇遇だな。」

 

その人物は、まるで逢瀬(デート)に遅れた片割れのような態度で、手をヒラヒラと振った。

 

最後に見た、変わらぬ威勢の良い笑顔のまま、目の前に座ったアスラに、女は辟易しながらため息を吐き出す。

 

「……何も言わず座るか、普通。」

 

「どうせ、断るだろ?あっ、俺もチャイを頼む!あと、こいつの会計、俺につけてくれ!」

 

当たり前のように居座る男に、やはりこいつは苦手なタイプだとため息を吐き出して、口につけようとしたカップをカチャリと置いた。

 

「何の用だ。」

 

「別に?強いて言うなら、俺の事を聞いて回ってる女がいるって聞いてな。誰かと思えば、お前だったわけよ。」

 

出されたチャイを啜りながら笑ったアスラは、んで、と口を開く。

 

「どうだ、この街は?」

 

「……どう、とは?」

 

「そりゃ、お前がいた頃と比べてって意味さ───────【静寂】のアルフィア。」

 

ピクリと肩を揺らした女────アルフィアは、予期せぬ男の低い声を聞いて、閉じていた瞼を気怠げに持ち上げた。

 

もう必要ない、と言わんばかりに目深にかぶったフードを脱いで、その全貌を顕にする。

 

癖のない珍しい灰髪に、整った目鼻立ち。凛とした佇まいは、美醜にあまり頓着がないアスラですらも、少し見蕩れるほどの美貌だった。

 

いい女だ!と笑ったアスラを睨み、アルフィアは気怠そうに口を開く。

 

「……いつからだ。」

 

「あの日の後にな。まさか無名な筈がねぇと調べたら、とんだ大物が出てきやがった。」

 

過去、オラリオに栄華を齎した最強の2大派閥の片割れ、両派閥においても、【才能の権化】、【才禍の怪物】などと呼ばれ、10代でLv7へと至った怪物。それが、【静寂】を冠する、アルフィアという女の正体だった。

 

「再戦は…この場を希望か?」

 

チャイを口に含んだアスラは、まさか、と降参の形で手を振った。

 

「こんな笑顔が溢れる場所を戦場に変えたくはねぇ。やる気もねぇくせに、よく言うぜ。」

 

「……」

 

やる気がない事はとうに見抜かれていたらしく、アルフィアは殺気を消して、アスラに習うようにチャイを口に含んだ。

 

「どうだ?俺の故郷の味だ!癖は強いが、なかなかイけるだろ?マスターに無理言って再現してもらったんだ。」

 

「……名前だけは気に食わんな。しかし、頼まぬ人間はいないと勧められてはな。風味は独特だが、確かに美味い。」

 

「ハハハッ!『アビマニー』は、俺もちょっと恥ずかしいが、それだけ俺が慕われてるって事だ!」

 

子供のように無邪気に笑った男を通して、全く似ていない笑顔を思い出してしまった。

 

捨てたはずの思い出を、存外捨てきれていない自分に嫌気がさしたアルフィアは、顔を顰めた。

 

「………っ…」

 

「ん、どうした?」

 

「………気にするな。お前には関係ない。」

 

ふーん、と間延びした返事を最後に数秒の沈黙。思い出したかのように、アルフィアが口を開く。

 

「………私たちが居た頃とは、確かに違う。」

 

「あ?」

 

「貴様が問うたのだろう。今の街はどうかと。」

 

「おお!そうだったな!んで、どう違うんだ?」

 

「私たちの時代も、人々は笑っていたさ。だが、これ程希望に満ちているものでは無かった。」

 

そう、アルフィアはオラリオの最盛期。ゼウスとヘラか台頭していた時代の、その最先端を走っていた冒険者だ。

 

才禍の怪物などと言う呼び名まで付けられ、彼女を超える人間はそう多くなかった。

 

そして、その先を走る人間だったからこそ、断言ができた。

 

これ程民に慕われる冒険者は、あの時代ですら存在はしなかっただろう。

 

まぁ、やっていたことを考えれば、あの2大派閥が慕われることなぞ強さくらいだったのだが。

 

「ほーん、そんなもんか?」

 

「闇派閥が跋扈する現状で、ここまで朗らかに過ごせているのは、貴様という支柱があるお陰だろう。お前は、多くの人間の心の支えとなっている。」

 

「おぉ!随分褒めてくれるじゃねぇの!」

 

「事実を言った迄だ。」

 

なんでもないというように、気まぐれに目を開けていたアルフィアは、ある事に気がつく。

 

それは、アスラの所作だ。目の前の男の所作に一瞬の驚きの後、目を細めた。

 

一見粗野に見えて、隠しきれない品性が所々にみてとれる。無意識かどうかはさておき、庶民産まれのそれでは無い。

 

そして、その所作にアルフィアは覚えがあった。ある国の上流階級のテーブルマナー。オラリオの1部で、一時期流行ったのを覚えている。

 

意図的に粗暴に見えるようにしている、と言う印象を受けたアルフィアは、何の気なしに口を開く。

 

「貴様、貴族の生まれか。」

 

その言葉聞いたアスラは、ビタっ、と動きを止めて目を見開いた。

 

「─────マジか、そこまでわかるのか?」

 

「飲み終わった後の所作…天竺(インダス)のテーブルマナーだろう。こちらでも流行った時期があった。」

 

「すっげぇな!強さだけじゃなくて、色んなことも知ってるのか!もう無くなったのに俺の国の名前まで知ってるとはなぁ!」

 

無邪気に笑って驚くアスラの言葉に、今度はアルフィアが動きを止めた。

 

「……俺の国?……待て、確かあの国は、第1王子が当代の王を……まさか、お前が?」

 

大河の国、インダス。十数年前に存在した、オラリオに次ぐ武力大国。オラリオ外では異常な程に高レベルの兵士を複数保有していた。しかし、その国は既に王子の手によって国王が討たれ滅んでいる。

 

「……ハハッ、本当によく知ってるもんだ!」

 

なんでもないように、正解だと笑ったアスラは、少しだけ視線を落とした後、すぐに先程と同じように無邪気な子供のような表情(カオ)をした。

 

「まさか、神血を宿すと言われる王族(ラージャ)にお目にかかれるとは……気まぐれに外へ出て見るものだ。」

 

「おいおい、知りすぎだろ?最高機密だったんだが?」

 

「そんなもの、オラリオには筒抜けだ。特にあの時代はな。」

 

昔のオラリオやべーな!と驚くアスラを他所に、アルフィアは興味無さげに立ち上がる。

 

「……馳走になった。次に会う時は敵だ。」

 

さっさと去ろうとするアルフィアに、アスラは待て待て!と回り込む。

 

「お前、こっちに来てまだ1回も見た事ないだろ?」

 

「……何の話だ?」

 

「もちろん!俺たちの踊りさ!」

 

何を言い出すんだこの男は、と呆れ顔を隠しもしないアルフィアは、どこかぶっ飛んでるこの男の相手をまともにするだけ無駄なのかもしれないと、諦めの境地に入った。

 

「………ないな。」

 

「じゃあ決まりだ!───────民よ!聞いてくれ!」

 

アスラの号令に、なんだなんだ?と声の方向を見た市民は、皆それぞれの反応を示す。

 

「アスラ様?」

 

「アスラさまだ!」

 

「今度はなんだ〜!王様〜!」

 

「ここにいる俺の客が、なんと俺たちの踊りを見たことがないんだとよ!」

 

その言葉に民衆は、勿体ない!や、見せてやりてぇなぁ!と威勢よく応えた。

 

「よぉし!よく言った!なら見せてやろうぜ!店主!」

 

「あいよアスラ様!」

 

「ドラマー!」

 

「ほらよ王様!」

 

「俺たちの楽器は瓦礫でも、木材でも、空箱でも!こんなお盆だっていいんだ!」

 

投げられた銀製の盆を受け取ったアスラは、ドラムにセット、バチを受け取り、思うままにリズムを刻む。

 

そのリズムに、既に民は体を揺らし、アレか!と皆で顔を見合せた。

 

そんな民に笑顔を向け、アスラは拳を天に掲げ叫んだ。

 

「さぁ、さぁっ、さぁッ!準備はいいなお前ら!」

 

『おおおおおお────!』

 

民衆の雄叫びを聞いてから、バッ!とその場から飛び上がったアスラは、アルフィアの目の前に着地。

 

ドンドドンドドン!と鳴り響くドラムの音が胸を叩く。聞きなれないリズムは、アルフィアに不思議な高揚感を覚えさせる。

 

「このリズム……サルサやフラメンコでは無いな。」

 

「そうさ!サルサやフラメンコでもない───────英雄の舞(ナートゥ)を、知ってるか?」

 

「ナートゥ…なんだ、それは?」

 

アルフィアの言葉に、ニッ!と威勢よく笑ったアスラと民衆は、顔を見合せ踊り歌を紡ぐ。

 

「ナートゥは母神に捧ぐ渾身の歌!」

 

『俺たちサンダル履き(民衆)の大立ち回り!』

 

『土煙を上げて猛進する雄牛の踊り!』

 

独特な*1タッティングと、暴れるようなステップで踊る民衆とアスラのエネルギーに、アルフィアが一瞬とはいえ圧倒される。

 

どこからともなく流れる音楽と、民衆が瓦礫や空き箱などで奏でるオーケストラは、品格や技術はともかくとして、心から楽しんでいるとわかる。

 

オラリオ市民(俺たち)の好物はッ?!」

 

『唐辛子入りの雑穀パン!!』

 

50はくだらない民衆が、同時に歌い踊る迫力は、いつか見た歌劇の国の劇など比にならない。

 

言うなれば、圧倒的なエネルギーがそのまま押し寄せてくるような感覚だ。

 

「さぁ刮目しろ!」

 

『この歌を!』

 

「この踊りを!」

 

その場で踊る全員が笑顔を振りまき、激しい踊りに汗を散らす。ピッタリと揃ったステップは昇華された絵画のようだと思った。

 

その瞬間、ダンサー達が音楽とともに弾けた。

 

ナートゥ(నాటు నాటు)ナートゥ(నాటు నాటు)ナートゥ(నాటు నాటు)ナートゥは英雄の歌(వీర నాటు)!』

 

ナートゥ(నాటు నాటు)ナートゥ(నాటు నాటు)ナートゥ(నాటు నాటు)激しい故郷のダンス(నాటు ఊర నాటు)!」

 

ナートゥ(నాటు)ナートゥ(నాటు)ナートゥ(నాటు)刺激強めな(పచ్చి మిరపలాగ)ナイルの歌(పిచ్చ నాటు)!』

 

ナートゥ(నాటు)ナートゥ(నాటు)ナートゥ(నాటు)切れ味鋭い(విచ్చు కత్తిలాగ)野生のダンス(వెర్రి నాటు)!」

 

盛り上がりが最高潮に達したその場は、まさに人の坩堝。

 

年齢も、性別も、種族なんて垣根も超えて。エルフとドワーフが、小人族と猫人が、手を取り肩を組み、足並みを揃え、これまた独特なステップで大地を踏み締める。

 

誰もが笑い、一心不乱に踊る姿は、アルフィアに知らぬ感情を芽生えさせた。

 

あぁ、これはきっと───────

 

しかし、そんな喧騒に横槍を刺す無粋な奴らは、空気なんて読みやしないのだ。

 

「っ!おっとぉ!!」

 

迫る爆炎と雷轟をナーガで斬り伏せ、好戦的に笑う。しかし、爆ぜる音に市民は踊りを止めてその方向を見た。

 

そこには、まるでお約束と言わんばかりに白いローブの集団が溢れていた。

 

「闇派閥だ!?」

 

「愚鈍な市民!そして【舞闘灰炎(ダンス・マカブル)】!楽しそうじゃないか、我々も混ぜてくれ!」

 

「ハッハッハッ!ほんとに踊るってなら混ぜてやるよ!」

 

「抜かせ!ここで第1級を仕留めるぞ!」

 

一斉にアスラに殺到する闇派閥に、アスラは二ッ!と笑う。

 

「効かぁぁぁぁん!!!」

 

『どあああああああッ!?』

 

覆いかぶさった20はくだらない敵を吹き飛ばし、爽快に笑い飛ばす。

 

「足りねぇなぁ!この状態の俺達(・・)を殺してぇなら、第1級を5枚は持って来るんだな!!」

 

まぁ、無駄だがなぁ!と笑ったアスラは、怯える市民達に背を向けて叫ぶ。

 

「怯えるな我が民よ!何故って!?お前たちの前には、最強無敵の【民衆の王()】がいる!」

 

両の腕に炎を纏い飛び出したアスラに、民は鳴り止まぬ音楽に体を揺らす。

 

「……そうだ!王様が戦ってんだ!」

 

「俺達も戦わないと!」

 

「踊れ!この音楽が鳴り止まない限り!」

 

戦いの音色は波及し、民に戦意を、希望に満ちた笑顔を取り戻させる。

 

『踊れぇぇ───────っ!』

 

嗚呼、なるほど。と、アルフィアは漸くアスラという男を理解した。

 

目の前のあの男が、どれ程の影響を他者に与えるのか。

 

冒険者の資質も、確かにあるだろう。

 

戦士としても、憲兵としても特級。

 

しかし、その全てを置き去りにするほどの、圧倒的な王の資質。

 

人々を惹き付けるカリスマ。たったの数秒で力無きものに笑顔を取り戻し、すぐさま戦意すらも取り戻した。

 

あれこそ、自分達が求めたものなのではないかと、アルフィアは思ってしまった。

 

「そぉらっ!極東で習った人間シュリケンだ!」

 

「ぎゃああああっ!?止めてくれぇぇぇ!?」

 

「こっちに飛んでくるな!?うぎゃあああああッ!?」

 

「次は人間ヌンチャク!」

 

「ああああああ!!?世界がまわるぅぅぅぅ!?」

 

頭を鷲掴みぶん投げ、足首を持って振り回したりと、戦う様は滅茶苦茶でハチャメチャだが、踊り戦う様には、どこか神秘的な美しさがあった。

 

「くっ…!やつの力の源は民衆だ!民衆を殺せ!魔剣を連射しろ!!守るものを攻撃しろ!」

 

「あっ、やべぇッ!?

 

 

 

 

 

───────な〜んてなぁ?」

 

連射される魔剣の一撃が、アスラの防御をすり抜け、民に迫る。

 

当然、現オラリオ最強を自負するアスラが、こんな攻撃を見逃すわけがない。

 

それは、民が一番よくわかっている。

 

だから、これは王からの試練なのだと、誰もが理解した。恐怖に打ち勝ち、この王の隣で踊る(戦う)覚悟があるのか。そう問われているのだと。

 

『───────っ!!』

 

故に、誰一人としてその場から逃げなかった。

 

その瞳に宿る力は本物だ。誰もが踊り続け、炎に焼かれようと、雷が体を貫こうとも、自分たちが信じた王と共に戦う為に。

 

その覚悟を、その輝くような魂の旋律を、ここで止めたくはなかった。

 

 

 

 

「【魂の平穏(アタラクシア)】」

 

 

 

 

突如目の前で消え去った爆炎。民衆がそれを成したであろう女を見れば、彼女は一瞬、柔く微笑んでから闇派閥を冷酷に眺めた。

 

「つくづく邪魔な雑音共だ。」

 

「あ、あんた……」

 

「……借りなどと思うな。ただ、私がこの旋律を止めたくなかっただけだ。」

 

そう呟いたアルフィアに、民衆は顔を見合せ笑う。それを視界の端で見ていたアスラも、豪快に笑った。

 

「アッハッハッハッ!!信じてたぜアルフィア!!」

 

「………敵を信じてどうする。そら、さっさと片付けて続きを踊れ。」

 

「まぁ待てよ、今は間奏だ!またすぐ始まる!」

 

拳を固く握ったアスラは、右腕を前に突き出し、炎を滾らせる。

 

「久々に使うか!振るのは…俊敏でいいな。」

 

スキル【気功(ヨーガ)】を使用し、前回の俊敏の潜在値を加算。

 

Lv5時の俊敏ステイタスはS、それがLv6のステイタスに加算されれば、結果は目に見えている。

 

淡く輝くアスラは、ググっと深く膝を沈ませ力を溜め、一気に爆発。

 

その爆発力と速度に、アルフィアは何度目かの驚きを見せた。

 

(速い!Lv6と聞いていたが……これ程の男が、今のオラリオには存在するのか!)

 

アルフィアがステイタス、才能と総合的に勝ってはいても、速度という一点においては、追いつかれている(・・・・・・・・)だろう。

 

稲妻のような速度をもって炎の縄で闇派閥をすれ違いざまに縛り上げ、1箇所に玉のように纏める。

 

「くっ…!【舞闘灰炎(ダンス・マカブル)】っ……!」

 

「ハッハッハッ!ざまぁ見ろ!そんでもって…!」

 

炎の縄に繋がれた闇派閥の塊を引っ掴んだ、酷く上機嫌に笑うアスラを見て、信者たちは最悪を想像した。

 

「ウチのホームは……この方角だな!」

 

「お、おい……まさか…!?」

 

「そのまさか!そぉら、飛んでけぇッ!!」

 

『ちょっ、待て待て待て待っ───────どわああああぁぁぁぁぁッ!!!??』

 

砲丸投げのように力にものを言わせて、目標であるガネーシャ・ファミリアのホーム前までぶん投げる。

 

大きく拳を掲げたアスラは、勝利を宣言すると共に、民を讃える。

 

「民よ!闇はこのアスラが打ち倒した!そして、よく逃げずに戦った!」

 

「素敵よ〜!アスラ様〜!!」

 

「闇派閥なんざ怖かねぇぞ!!」

 

「俺たちにはアスラ様がいる!」

 

「我等が王!アスラ!!」

 

その民の声に、誰もが拳を天高く掲げた。

 

『【踊る戦王(ナターラージャ)】!【踊る戦王(ナターラージャ)】!!』

 

民の喝采に、うんうんと頷いたアスラはアルフィアの前に踊り出る。

 

鳴り止まぬ民の旋律は、間奏から徐々にボルテージを上げていく。どうやら、また始まるらしい。

 

「さぁ、お待ちかねだ!間奏はおしまい!」

 

「そうか、ならば続きを───────」

 

態度と勢いに比例せず、思わぬ優しさで握られた手を、グイと引っ張られた。

 

「なーに言ってんだ!お前も一緒に踊るんだよ!」

 

「は?待て、私は踊りなど……!」

 

「大丈〜夫!俺が教える!何より、ダンスは魂で踊るもんだ!思うままに体を揺らし、思うままに回るんだ!」

 

「だが、私は……!」

 

敵だ、と放った言葉を無視するように、本当に無邪気で、邪な感情も、打算なんかこれっぽっちも見せない飛び切りの笑顔で、アスラは笑った。

 

 

 

 

 

 

 

「関係あるか!!踊ろう、アルフィアッ!!」

 

「────────────…っ!」

 

 

 

 

 

 

 

なんて、滅茶苦茶なやつなんだと、そう思った。けれど、アルフィアにとってこんな男は初めてだった。

 

明確な敵であるというのに、彼はそんなものは関係ないと、アルフィアの手を優しく引き、円形の即席舞台を作る民の中心に引っ張り出した。

 

「いいかアルフィア!ここからのダンスはちょー簡単!足を前、後ろ!前、後ろ!前、後ろ、前、後ろ!そらそらもっと早く!」

 

「こ、こうかっ…?」

 

「ハハッ!そうだそうだ!上手い上手い!!」

 

流石だ!と両の手でグー!と指を立てたアスラは、更に民を焚きつける。

 

「いいか!血が騒ぎ滾る(ラーマ)のダンスはここからだ!!」

 

踊れ(నాటు)踊れ(నాటు)踊れ(నాటు)!』

 

「大地を揺らせ!飛び切りの跳躍を見せてみろ!!」

 

舞え(నాటు)舞え(నాటు)舞え(నాటు)!』

 

本当に地が揺れていると錯覚してしまう程の民の跳躍に、アルフィアも釣られるようにステップの速度を上げる。

 

心を打ち震わせるドラムと空箱の間抜けな音と共に、アスラの声が導くように爆発する。

 

「踊れぇぇぇッ!!!!」

 

アスラの叫びに触発され、誰もが誰よりも長く踊ってやると息巻いて、脚を力の限り振り乱す。

 

数分間、数十人でこんなにも激しく踊っていれば、徐々に体力が尽きて、ヤジを飛ばす民衆も増えていく。

 

そんな中、ただ二人だけが残った。

 

「おいおい、そんなもんか!?【才能の権化】も大したことねぇな!!」

 

「言ってくれる……舐めるな…!」

 

挑発に流され、アルフィアは独自のアレンジを加えた、より激しいフラメンコのような踊りでヒールを強く鳴らし、クルリと回って黒いドレスを揺らした。

 

その踊りに、既に脱落した民衆はおお〜!とどよめいた。

 

「おいおい!初めてじゃねぇのか!?」

 

「お前の踊りを模倣し、記憶にあるダンスと混ぜてアレンジを加えただけだ。それくらいならば造作もない。」

 

「かぁ〜!!ったく、流石だ!!」

 

「どうした王様!初めての姉ちゃんに負けちまうぞ〜!!」

 

「だぁ〜れに言ってやがる!それこそ舐めんじゃねぇ!」

 

負けじと模倣され、アルフィアの踊りとなったそれを模倣返し。アルフィアが踊るその先の振り付けまでを予測し、全く同じダンスを対面で踊る。

 

「お前…!」

 

「ハッハッハッ!ダンスにおいてこの俺が負ける訳には行かねぇんでな!」

 

無邪気に笑ったその顔に、アルフィアも完全に毒気を抜かれ───────遂には破顔した。

 

「ふふっ、はははっ…!面白い……ついて、来れるな?」

 

悪戯っぽく微笑んだアルフィアに、アスラは一瞬硬直した後、同じように笑った。

 

「だぁ〜れに言ってると思ってやがる!!」

 

笑い合った二人は、次の瞬間には手を取り、これまでとは違う、ペアのダンスを魅せる。

 

再びどよめいた民衆達を無視して、アルフィアとアスラは音楽が鳴り止むまで、ひたすらに踊る。

 

まるで二人だけにスポットライトが当たっているように、その場だけが隔絶されたような雰囲気を放っていた。周りで見ていた民衆は、指笛や手拍子で音頭をとって、二人のダンスに魅了される。

 

足の運び、重心移動の癖。全てを互いが把握し、1つの生き物のように踊る。

 

(───────そうか、これが……)

 

アスラが踏み出せば、アルフィアが身を任せ後退。アルフィアが前傾に倒れれば、アスラがそれを支え、反動で立ち上がらせる。

 

アルフィアを手で支えくるりと回せば、アルフィアはそのまま数回転し、再びアスラの手を取って軽やかな踊りに繋げる。

 

二人の額には爽やかな汗が流れ、その表情は真剣そのものではあったが、心からこの時間を楽しんでいるのだとわかった。

 

(嗚呼……終わりか。)

 

音楽の終わりと共に、アルフィアは背後に全体重を掛け、倒れ込む。それをアスラが支えるポーズをもって、この踊りを締めくくった。

 

二人の距離が一層間近に迫り、互いの吐息がかかる。先程の余韻も合わさり、体温すらも共有しているのではないかと錯覚してしまった。

 

そうしてその場には、数秒の静寂の後、割れるような喝采が響いた。

 

民衆の威勢のいいガヤに、アスラは笑顔で手を振ってはしゃぐ。

 

「どうだ、アルフィア!楽しかったろ!」

 

「……そこそこには、な?」

 

「ハハハハッ!言うじゃねぇか!」

 

そうして、アルフィアをジッと眺めたアスラは、やっぱりよぉ、と口を開く。

 

「お前笑ってた方がいいぜ?その方がずっと綺麗じゃねぇか!」

 

「───────」

 

アルフィアの頬を両の人差し指で釣り上げ、笑顔を作って見せてから、子供のように笑う。

 

考え無しのその発言に、アルフィアを含め、民衆すらも声を失ったように黙った。

 

普段、特に恥ずかしげもなく言葉を口にするが、特定の誰かにこうして綺麗だと言ったことなど、民衆は一度も聞いた事がなかった。

 

その事実に黄色い歓声が巻き上がる寸前。

 

アスラがアルフィアのデコピンで数メートル吹き飛ぶ。

 

「───────イッてぇぇぇぇ!!!?何しやがんだこの暴力女!!?頭吹っ飛んだらどうすんだ!?」

 

「易々と女に軟派な言葉をかけるものではないと、小僧に教えてやらねばと使命感に駆られてな。」

 

「おまっ、歳ほとんど変わんねぇだろ!?」

 

「何を言う、私は24だ。対してお前はまだ二十歳だろう?」

 

「4年は誤差だ馬鹿が!!」

 

ギャーギャーと騒ぐ様に、民は王様振られた〜!と笑え。

 

「振られてねぇよ!!まずその前も無ぇんだが!?」

 

「今度からは気をつけるんだな。」

 

事実を言っただけだろ?と拗ねたアスラは、少しだけ真剣な顔をして、口を開く。

 

「ったく……なぁ、お前───────」

 

「無理さ、お前の願う事は起こり得ない。」

 

アスラの言葉を遮るように、アルフィアは凛とした佇まいで口を開く。

 

「そりゃまた…何でだよ。」

 

「あまりにも大きなものを捨ててしまった。戻る事は……できん。」

 

郷愁、というのだろうか。どこか寂しさと愛おしさを纏うアルフィアは、もうどこにも戻れないと、目を閉じた。

 

しかし、そんなことでこの男を止められるはずがない。

 

「捨てただけか?」

 

「……なに?」

 

「捨てただけなんだな?失ってねぇんだな?」

 

「…あ、あぁ…」

 

そうアルフィアが気圧されるように呟けば、アスラはなーんだ!と今までのように笑って、アルフィアの前で両の腕を大きく広げた。

 

「失ってねぇなら、拾えるじゃねぇか!」

 

「……っ!」

 

「なら一緒に拾いに行こうぜ!お前根暗そうだし、ウジウジしてひとりじゃ行けねぇだろ!」

 

図星を突かれたアルフィアは、数秒沈黙してから口を開く。

 

「……余計な世話だ。」

 

「いいや知るもんか!俺は決めたぞ!お前の大切なものを拾いに行こう!」

 

「……なぜ、そこまで関わる。なぜそこまで私に拘る?お前にとって、私は敵の一人だ。」

 

「あぁ、そうだな!お前は敵だよ、今はな(・・・)!」

 

「……まさか……この先、お前と私が手を取り合うと?馬鹿馬鹿しい…妄想も大概にしておけ。」

 

吐き捨てる様に言葉を投げても、アスラは一向に意見を曲げなかった。

 

「いいやできる!俺達とお前は、分かり合えるさ!」

 

「……何を根拠に…」

 

「お前の目には、秘めていようと、穏やかで確かな愛がある。そんなやつが、悪ぃやつな筈がねぇ!」

 

「───────!」

 

閉じていた目を見開いたアルフィアに、アスラはいつかのように、手を差し伸べた。

 

「罪悪感も贖罪も、お前の罪も!お前が一人で背負えねぇもん全部俺が背負ってやる!人は、そうして誰かに支えられて生きて行くんだ!」

 

それが、当たり前のように笑ったアスラに、呆気に取られたアルフィアは、久しぶりに心から笑えた気がした。

 

「……ふふっ、あははははっ、ハハハハハハッ…!お前っ、正気か…!」

 

「正気も正気だ!俺は嘘だけはつかねぇ!」

 

嗚呼、分かるとも。その言葉に、嘘は一欠片もない。事実、この男はこうして人を惹きつけてきたのだろうと、理解できた。

 

「…そうだな、万が一……私が負けたのなら、お前の言う通りに、捨てた物を拾いに行くとしよう。例え、どれだけ惨めでもな。」

 

「おっ!言ったな!?忘れんなよ!」

 

「─────あぁ…忘れないとも。」

 

生まれて初めて、自分を救おうとした男に微笑みながら、アルフィアは踵を返す。

 

もう言葉はいらないだろう。

 

背後に沸く歓声を聴きながら、アルフィアはゆっくりとその場を去った。

 

『あああああッ!?派閥会議忘れてた!?』

 

背後から聞こえた馬鹿の叫びを無視して。

*1
腕全体を使う振り付け




路地裏に入り込んだアルフィアは、趣味が悪いな、と心底嫌そうに呟いた。

「───────そう怒るなよ。随分楽しそうだったじゃないか?アルフィア。」

闇より現れた男は、揶揄うようにアルフィアに声をかけた。

「否定はしない。あの一時は……確かに、心が踊る時間だった。」

「………いや、マジか。お前がそんなこと言うとは思わなかったわ。」

心底驚いたのか、男はくつくつと笑いながら、未だ慌てるアスラを眺めた。

「……ハハッ、まじでそっくりだな。遠目で見た時、マジで見間違えてぶるったわ。」

「……そんなに似ているのか?」

身震いする男に問いかければ、あぁ、と短くすました。

「腕は4本じゃないし、肌も青くないが、顔は似てるなんてレベルじゃない。ありゃ化身(アヴァターラ)……しかも、ありゃ造られてんなぁ……業が深い事この上ないなぁ…子供たちよ。所謂亜神(デミ・ゴッド)ってやつだな。」

「……人工的に神を作り出そうとしたと?可能なのか。」

「普通なら無理…と言いたい所だが、外法は無くはない。今ああして心から笑ってんの、奇跡だぜ?」

そうか、と興味なさげに呟けば、男は意外そうに返した。

「冷てぇ〜…そんな興味無さそうにしてやんなよ。拗ねるぜ、あいつ。」

「興味が無い訳では無い。ただ、何であろうと奴が奴である事は変わらんさ。」

へぇ、とこれまた興味深そうに笑った男は、茶化すようにアルフィアを眺めた。

「………惚れたか?」

「死にたいか?」

「勘弁してくれ。」

降参だ、と両腕を上げて逃げるように去った男を眺め、アルフィアはあの騒がしく、けれど心地いい旋律()を反復していた。

「嗚呼……そうか、私は願ってしまっているのか。奴が、私達の求める英雄である事を。」

願わくば、あの男が英雄たらん事を。

優しく微笑んだアルフィアは、まだ体に残る熱を冷ます為に、城壁へと向かった。


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俺達3人【象神の三叉槍(トリシューラ)】!

ギルド本部、その一室。

 

そこには、円卓に腰掛ける5派閥の幹部が、揃い踏みしていた。

 

「───────さて、3日後に向けての会議はこのくらいにしようと思う。」

 

そうして、派閥会議が終わりを迎えようとした時、アリーゼが1ついいかしら、と手を挙げる。

 

「……兄様はなんでいないの?」

 

「たしかに…お兄ちゃん何してるんだろう。」

 

「団長、アーディ……あいつはどうせどっかで踊ってる。」

 

「あぁ……十中八九踊っているな、これは。仕方あるまい、気難しい同胞でさえ、奴の踊りには抗えんのだから。」

 

「ガハハっ!奴は昔からやる事なすこと豪快でワシは好きじゃ!」

 

「気が合うわねおじ様!私もよ!」

 

「それに、市民の士気向上もさせているからあまり文句も言えないんだよねぇ…彼のお陰で、民衆の不満は最低限に抑えられてる。」

 

そう真っ先に口を開いたのは、都市最強を二分する派閥代表、ロキ・ファミリアからフィン・ディムナ、リヴェリア・リヨス・アールヴ、ガレス・ランドロック。

 

アストレア・ファミリアから、アリーゼ・ローヴェル、ゴジョウノ・輝夜。

 

「情報資料は、アスラの持ってきた情報を参考にしたわけだ。提供感謝するよ……シャクティ。」

 

「構わん、アイツがやった事がなにかに役に立つのならそれでいい。」

 

小柄な体格を持つ小人族でありながら、Lv5の都市有数の実力者。なにより、頭がキレる。オラリオの頭脳(ブレイン)と言っても過言では無いだろう。

 

「それで……彼は?」

 

この資料を持ってきた張本人がいないことにフィンが改めて問うと、シャクティとアーディが手を挙げる。

 

「最後に私が見た時は上機嫌でカフェに入って行った。」

 

「朝に『はっ!民が呼んでる!』って言って飛び出して行ったんだよね。」

 

「………彼らしいと言うか…忘れてないよね?」

 

「本っ当にすまん………」

 

そろそろ来てくれると信じてはいたが、既に終わり10分前。シャクティの目には、だいぶ前から怒りが宿っていた。

 

触らぬ神に祟りなし、となるべく触れないように話を進めようとするが、最悪のタイミングでバカが乱入する。

 

「すまん!遅れた!」

 

汗を流しながら飛び入ったアスラは、アーディの隣に素早く腰掛けた。

 

「いや〜、悪ぃ悪ぃ!忘れててよ!」

 

「もぉ〜!今日の朝忘れないでって言ってたでしょう、お兄ちゃん!」

 

「許せアーディ!俺の魂が今日は踊れって言っててな!」

 

「あははっ、それならしょうがないか〜!」

 

「そうそう!」

 

『ワッハッハッハッハッハ!』

 

豪快に笑う二人に、ほとんどの人間が呆れながら、こいつだもんなぁと頭を抑えた。

 

「アスラ……」

 

「いい身分だな、王様よ?」

 

ツンケンとした言葉をアスラに投げたのは、ロキ・ファミリアの対となるフレイヤ・ファミリア。その代表とその片割れ。オッタル、アレン・フローメル。

 

「おっ!相変わらずとんがってんなぁアレン!オッタルは……普通だな!」

 

「これは俺の平常だ。」

 

「この糞ダンサーが…何度遅れりゃ気が済む。」

 

「おいおい、折角とびきりの情報持ってきた俺にそんな態度とっちゃう?」

 

ああ?と眉間に皺を寄せたアレンを素通りして、アスラはフィンの真横に陣取り、机に腰掛けた。

 

「やぁ、久しぶりでも相変わらずみたいだねアスラ。遅れたことに小言を言いたい気分だけど…まぁ、会議なんてどうせ君寝てるしいいか。」

 

「流石フィン!よく分かってるぜ!あっ、アリーゼに輝夜!そういや、今日の炊き出し悪かったな、やることあってよ!」

 

「構わないわ!アラクニアは捕えられなかったけれど、どうにかなったわ!」

 

「……もとより、お前のスケジュール管理の甘さは知っていたことだ、気にするな。それに、いい機会だ、【勇者(ブレイバー)】この場を借りて、あの日の事に感謝を。【剣姫】には感謝してもしたり無い。」

 

「いいや、構わないよ。なにより、彼が無事でよかった。」

 

「それと、その……この前は、あの子が本当に失礼を……」

 

はて?と一瞬考えたフィンだったが、次の瞬間にはあぁ、と笑いながらその出来事を思い出し、気にしていないと手を振った。

 

「気にする事はないよ。聞けばヒューマン以外居ない村の生まれなんだし、あの歳の子だ。小人族の見た目は知らなくてもおかしくは無い。それにね……彼は優しく、素直で暖かい。今の時代にはこれほど珍しいこともないさ。大事にして欲しい。」

 

「ほんとにすまん…!」

 

平謝りする輝夜については、理由がある。

 

数日前、たまたま出会うこととなったフィンとベル。ベルはもちろん小人族など見たことないわけで、少し高い身長から年齢を割り出し、少し年上くらいの凄い冒険者という認識をしたらしく

 

『フィン君とお友達になったんだ!』

 

と、輝夜の顔を真っ青にさせながら、ニコニコと笑っていた。

 

「あっはっはっ!まぁ知らなきゃ間違えるわなそりゃ!」

 

「まっ、彼の前ではただの冒険者、フィン君さ。」

 

お茶目に笑ったフィンは、輝夜に再度、本当に気にしなくていい、と笑いながら手をヒラヒラと振った。

 

「さて、それで?アスラの情報は?」

 

「んじゃあ、まずは……情報を加味してのお前の結論は?」

 

「オラリオを落とす算段ができた……そのように思えるね。オッタルの報告からしても、その線は濃いだろう。」

 

「一人……少なくとも、Lv6以下は有り得ん敵がいる。恐らくこれが、その切り札に近いものだろう。」

 

「あ?初耳だな。」

 

「俺達の警備領域に存在するアダマンタイト製の壁が殴り壊されていた。」

 

殴り壊されていた、という単語に、アスラはマジかぁ、と呟く。

 

「情報サンキュな、オッタル。んで、フィン。俺とガネーシャもその結論で、奴らの切り札…恐らくその1つってところだが、わかったぜ。」

 

「なに?どういう事だアスラ。」

 

「Lv6やLv5が逆立ちしても勝てねぇ。向こう側の切り札ってやつさ。覚えてんだろ、シャクティ。教会の女だ。」

 

「奴か……っ!」

 

都市の最高到達点であるアスラが、明確に勝てないと言う絶望に、数名が唾を飲む中、アスラは尚笑う。

 

「【静寂】のアルフィアが向こうについた。」

 

その名前に、リヴェリアは勢いよく立ち上がり、そんなはずは無いと捲し立てた。

 

「アルフィアだと!?馬鹿な!?」

 

「なるほど【静寂】……あの廃教会の女は……実際にあったことはないが、聞いていた実力が正しいのならば、なるほど、あの強さにも納得がいく。」

 

「しかし、奴には持病が…!」

 

「んー、ピンピンしてたぜ?さっきまで一緒に踊ってたし。」

 

「……そうか…………ん?」

 

何かがおかしい、と数名が首を傾げた中、シャクティは、頭を抱えた。

 

「……なんだって、お前…」

 

「だーかーらー!アイツと踊ったんだよ!」

 

「アルフィアと」

 

「あの暴力装置と」

 

「……踊った、だと?」

 

『……………………は?』

 

アルフィアを知る面々が、空いた口も塞がらないという顔でアスラを見るなか、アリーゼと、その隣に座っていた、青髪の少女ヘルメス・ファミリアの苦労人、アスフィ・アル・アンドロメダ、アーディなどの若い面子はなんだなんだと、首を傾げた。

 

「アルフィア……確かヘラ派閥の冒険者……だったような…」

 

「その、アルフィア?ってどんな人なの?」

 

「あ、あぁ……音の魔法を扱う、過去に存在したLv7。才能の権化などと呼ばれていた……そして終ぞ私たちが一度も勝つことなくいなくなった英傑だ。」

 

「噓でしょ…ロキ・ファミリアが勝てなかった…?」

 

「性格も難アリでね……そもそも彼女、ダンスなんて自分から参加する質じゃないだろう?」

 

「俺が引っ張り出した!いいやつだぞ、アイツ!」

 

「ガッハッハッ!じゃじゃ馬もじゃじゃ馬の奴をいいやつだと?本当にお前は器がデカすぎて困る!」

 

「そうね!Lv7の冒険者ですら兄様のダンスには敵わないらしいわ!」

 

豪快に笑うガレスとアリーゼを、眺めながら、シャクティはあれ?と思い至った。

 

「……アスラ、踊ったんだな?」

 

「ん、ああ!」

 

「何を踊った…?」

 

「【英雄の舞(ナートゥ)】だ!」

 

その一言で、あぁ終わった。とシャクティは頭を抱える。

 

「───────この馬鹿者ッ…!!自分の踊りの効果まで忘れるのか!?」

 

「何でだよ!?何踊ったって…………あっ。」

 

ここで、思い出して欲しい。

アスラの魔法【踊れや踊れ、騒げや踊れ(ダンス・ダンス・ダンス)】は、複数の踊りから構成され、それぞれに効果が割り振られている。

 

広範囲に戦意を高揚させ、中程度のステイタス補正をかける【民衆の舞(ヴァイシャ)】。

 

広範囲に状態異常から外傷までを治療する光を出現させ、味方勢力を回復させる【神官の舞(バラモン)

 

中範囲に戦意高揚、ステイタス小補正。そして、浄化効果を齎す【英雄の舞(ナートゥ)

 

注目すべきは、この浄化という効果。

 

弱い治癒効果なのだが、浄化効果では病魔の類まで治癒、軽減される。現に、これを踊った民は健康そのもの、病に侵されていた民もその後は快調だったりする。

 

しばらく考えたアスラは、ポンっ、納得したように

 

「俺がアルフィアの病気ちょっとよくしたって事か!」

 

「何、良いことしたんだな!みたいに言ってるんだ!」

 

怒鳴るシャクティに、アスラはまぁまぁと笑いながら諌める。

 

「な〜に!難易度がちょっと上がっただけさ!万全で挑めりゃ、あいつの魔法も封殺出来る!俺の勝ちだな!」

 

「びっくりするほど楽観的ッ!なぜ、私と過ごしていてここまで馬鹿になってしまった!」

 

「姉ちゃん達が厳しい鞭だからなぁ!俺とアーディは飴じゃなきゃ!」

 

「そうそう!お姉ちゃんが厳しくしてくれる分、私たちが飴にならないと!」

 

『ねぇ〜?』

 

「元凶はお前かぁッ!!アーディに余計なことばかり吹き込むなぁ!」

 

猛るシャクティを抑え、忘れたか?とアスラは笑う。

 

「平気さ!俺に、アーディとシャクティなら!姉弟妹3人でどんな戦いだって乗り越えてきた!フレイヤ・ファミリアだってそうさ!」

 

「そうそう!私たち3人が揃えば、どんな敵だって楽勝〜!!」

 

俺たち(私たち)最強!常勝!【象神の三叉槍(トリシューラ)】!!』

 

「今まではそうだったが、今回が最初の敗北になるかもしれないだろう!」

 

その話は、まだ記憶に新しい者も居る。壮絶で、それでいて爽快な戦いだった。

 

「…チッ……忌々しい…」

 

「だが、事実だ。俺達は、文字通りあの3人(・・)に蹂躙された。今俺たちがオラリオに存在していることも、状況と……奴の機転に過ぎん。」

 

重みのある声音で語ったオッタルは、あの時を思い出すように目を細めた

 

「………何も言わねぇ、オッタル。俺は、何も覚えてねぇ……」

 

「………寧ろ、笑ってくれ……」

 

遠いどこかを眺めるようなオッタルに、フィンは乾いた笑い声を出しながら、あの日を思い出した。

 

「最強の軍勢すらもひっくり返した君たちを【象神の三叉槍(トリシューラ)】と歓声を上げたのも、記憶に新しい。」

 

「やめてくれ、フィン……治安を維持するはずの我々が街を滅茶苦茶にしてしまったんだぞ。被害も馬鹿にならなかった…まぁ、私たちが悪いかと言われると、疑問は残るが。」

 

「いや、あれは全面的に彼らが悪いかな。」

 

「そのとーりー!私達は悪くない悪くない!」

 

「そうさ!俺達【象神の三叉槍(トリシューラ)】が揃えば、どんな敵でも倒せる!いい作戦も考えたんだ!」

 

自信たっぷりにアーディと肩を組んで語るアスラに、渋々賛同しながら、シャクティは口を開く。

 

「はぁ……しかし、それでは作戦を変えねばならん。私とアーディはアリーゼたちと行動するつもりだが…」

 

「ジャフ達に任せりゃいいさ!あいつらもLv4だ!シャクティとアーディの代わりなら、しっかりこなしてくれる!フィン!良かったら変えるから聞いててくれ!」

 

「はいはい、止めても無駄なんだろう?」

 

「分かってんじゃねぇか!」

 

ボードの前に立ったアスラは、分厚い胸板をこれでもかと張って、バンッ!とボードを叩く。

 

「さぁ、聞け!俺達3人を主軸とした陣形!作戦!その名も──────突っつけ蜂の巣!オペレーション・ハニービーだ!!」

 

『…………………』

 

この時、普段はそれ程仲がいいとはお世辞にも言えない、フレイヤ・ファミリアを含めた、全員の心が一致した。

 

『大丈夫かなぁ、この作戦。』

 




踊りの効果の中でナートゥがいちばん弱い。けど楽しい。


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作戦決行!

パチッ、と目を開ければ、薄暗い空が窓からこちらを眺めていた。

 

寝癖でボサボサの頭を掻いて、大きな欠伸を1つ。改めて視界に入った曇天に、どうしようもなく気分を下げる。

 

「───────んんっ…はぁ…たく、朝から気分乗らねぇなぁ。」

 

ま、関係ないけどな!と、小さく笑ってから、隣で寝ていたアーディの丸出しの腹を叩いた。

 

「アーディー起きろっ!朝だ!」

 

「うむぅ〜…うるさいお兄ちゃん……」

 

「いやお前なぁ?勝手に入った挙句、漫画読んで寝落ちしてたやつの態度じゃねぇぞ?」

 

アスラと全く同じ起き方をしたアーディは、仕方ない仕方ないよ〜、と欠伸を2度した。

 

「だってー、あれ面白いんだもん〜。ほあたたたたっ!てさ!ガネーシャ様、こんな才能があったなんてねぇ〜!あっ、お兄ちゃんが言ってた、【血濡れのサリー!お前はもう召されている!】まで行ったよ!あそこ、笑えるし終わり方もよかったね!」

 

「あそこ、忠実すぎて笑えるよなぁ!だが俺を悪役で書いたことだけは許してねぇぞ!俺が主人公だろ普通!!」

 

「お兄ちゃん馬鹿すぎて忠実にしても頭良くしても扱いにくくなるんだってさ。」

 

「よし、あいつ今どこだ?ぶん殴ってやる。」

 

拳を高速で突き出し、ファイティングポーズのまま、マシンガントークを続けるアーディに、余程気に入ったんだなぁと、手に持った漫画というアスラが離れていた時に流行り始めた画集を掲げた。

 

アーディが特に気に入っている【オッタレの拳】

 

言うまでもなく、モデルはフレイヤ・ファミリア。

 

オッタルは剣を2本背負った拳闘士だし、アレンはデヤンス口調の腰巾着だ、もうやりたい放題、地味に人気があるのが余計に始末が悪い。

 

アスラ達に負けたフレイヤ・ファミリアに、肖像権など存在しないのだ。

 

閑話休題

 

仕方ない妹だとため息を吐き出し、意趣返しに髪の毛をぐっちゃぐちゃに掻き回してやれば、楽しそうにカラカラと笑ったアーディは酷く楽しそうだ。

 

「ったく……夜更かししたのに、お前今日平気なのか?作戦決行日だぜ?」

 

「もっちろん!万全最強アーディちゃんだよ!お姉ちゃんも昨日夜は瞑想してたし。」

 

「───────おい、そろそろ起きろ。っと、起きていたか、二人とも。」

 

ちょうどいいタイミングで入ってきたシャクティは、二人を起こしにきたようだった。

 

「丁度いい!シャクティ、調子はどうだ?」

 

「過去最高にいい状態だ。作戦も我々が主軸になるからな……失敗はできん。」

 

そりゃいい、とこぼしたアスラは、万全の状態に体を起こすため、朝のヨガは欠かすことはできない。そんな時、ふとベルの顔が過ぎった。

 

「……そーいや、ベルはどうすんのかね?」

 

自分が連れて来た、純朴で優しい少年。蓋を開けてみれば、とんでもない才能の持ち主だったわけだが、

 

「あっ、ベル君?なんか参加させるって言ってたよ。サポーターらしいけど。なんもできないのは嫌だって言ったんだって。偉いよねぇ、今の子は。」

 

「お前も今の子だわ。」

 

「今の子じゃないのは私だけだ。」

 

その言葉に、アスラは珍しく言葉を詰まらせ、なんとも言えない顔をした。

 

「………弄りにくいな、それやめろよ!」

 

「くっ…はははっ!なに、冒険者をやっていると、年齢など忘れてしまうからな。」

 

「まだ30代で長命種(エルフ)みてぇなこと言ってんぞうちの姉ちゃん。リヴェリアなんて100超えてんのに。」

 

「お前それ本人の前で言って死ぬほど追いかけられたの忘れてないだろうな?」

 

「んー、お姉ちゃんめちゃめちゃ綺麗だから年齢とか気になんないよ!後は結婚相手かなぁ……お兄ちゃんは?」

 

「おっ!いいぞ!シャクティなら勝手知ったる仲だ!」

 

「本っっっ気で勘弁してくれ。」

 

「お前そこまでいうことねぇだろ!?」

 

アハハハッ、とアーディの笑い声と、上品に笑ったシャクティの声に、アスラはいつも通りと言わんばかりの笑顔を浮かべ、二人と笑い合う。

 

このやり取りも、もう何回やったか分からない。

 

「うし、行くか!」

 

「うんっ!」

 

「あぁ」

 

顔を見合せて笑った3人。

 

二人の背中を叩き、アスラが先頭を歩む。

 

「出陣ッ!【象神の三叉槍(トリシューラ)】!」

 

大袈裟な雄叫びに、相変わらずだと笑った二人はアスラを挟むように並んだ。

 

覚悟を掲げた3人の背中に、火の粉が揺らめいた。

 

 

 

 

 

「───────よし、いいかベル。私たちより前に出過ぎるな。敵が来たら躊躇なく切れ、死んでなければ癒せるが、お前が死んでしまえば元も子もないんだ。わかるな?」

 

「うんっ!」

 

軽装に黒地に竜胆の刺繍入りの羽織りを纏ったベルは、如何にもやる気満々です!と言うように跳ねて見せた。

 

輝夜の言いつけを守るように指をおって覚えるベルに輝夜はもう一度、と続ける。

 

「よし、復唱。」

 

「お姉ちゃん達の前に出過ぎない!悪い人がきたら叩く!」

 

「完璧だ。」

 

わしゃわしゃと頭を撫でられ、わー!と騒ぐ様子は、とても大きな戦いの前の緊張感ではなかった。

 

「でも、僕剣持ってないよ?パンチで戦うの?」

 

「それについては───────」

 

「私から、話しましょう。」

 

そう言って輝夜の後ろから競り出たリューは、布に包まれた何かをベルの前に差し出した。

 

「リューさん?」

 

「はい、私です。本来であれば、もう少し場を整えるべきなのですが…良いでしょう。諸々は省きます。」

 

もうすっかり、いいお化け(いいエルフ)認定されたリューに、ベルはトコトコと近ずいてなにこれ?と首を傾げる。

 

「私たちエルフの里に、聖樹があることは知っていますか?」

 

「うんっ、王様が教えてくれました!」

 

「よろしい。あとリヴェリア様はお化けの王様ではありません。それで、これは私の里に自生している聖樹の枝から削り出し、作成した木刀です。」

 

そう言いながら、布を解けば、中からはベルの身長に合うように調整された木刀が顔を出した。

 

「木の剣?」

 

「はい、しかしこれはしなやかで堅い。通常の木刀とは質が違います。」

 

手渡された木刀をしげしげと眺めたベルは、慣れた様子で素振りを繰り返す。

 

「すごい!刀より軽くて振りやすい!」

 

「そうでしょう。実際、あの刀はまだあなたの手に余る……それも大概な装備ではありますが、あなたの技量ならば、武器に振り回されることもないでしょう。」

 

「…でも、いいの?リューさんの生まれた所のやつなんでしょ…?」

 

「……えぇ、いいのです。あなたが頭を下げたりする必要はありません。既に、礼は貰った後なので。」

 

「………?」

 

チラリと輝夜を見れば、こほんっと1つ咳払いをしてから、ふいっと視線を泳がせた。

 

らしくない、と笑いを堪えながら、先日を思い出す。

 

『エルフの質はわかっているつもりだ、だが、それをおして頼みたい。聖樹の枝を一本譲って欲しい。この通りだ。』

 

珍しく輝夜が頭を下げてきたから、何かと思えば、ベルのために、非殺傷武器を作りたいとの事だった。

 

犬猿の仲、とまでは言わないが、性格の相性が悪い両者。しかし、そんな相手が、誰かのために頭を下げたのだ。断るわけには行かなかった。

 

それに、もう既に里への未練は断った。別にいいというのに、アーディとアスラが無理やり押し付けてきていて、管理に困っていたのだ。ちょうど良かったのもある。

 

「アストレア様から、その武器の銘を頂きました。【星間の架け橋(スターレイル)】未だ正義を持たぬ貴方が、私達(星々)を繋いでくれるように、そう願いが込められました。」

 

「スターレイル…かっこいい!!」

 

はしゃぐベルを諌めるように、リューは指を立てながら口酸っぱく注意する。

 

「ベル、いいですか?それは木ですが、それでもあなたが振るえば相応の威力が出ます。間違っても、力に支配されないように。いいですね?」

 

「うん!ありがとう、リューさん!」

 

ニコニコと嬉しそうに輝夜に見せに走ったベルを眺め、さて、と気持ちを切り替える。

 

「────なんだ、もういいのか?」

 

「えぇ、ジャフ。今日はよろしくお願いします。ガネーシャ派閥きってのベテランの貴方は頼りになる。」

 

そうリューの背後から声をかけた男。Lv4の第二級冒険者─────ジャフ・クロスフィールドは、白ひげを蓄えた顎をしゃくって、ベルを指した。

 

邪魔をしない程度の軽装と、戦斧に大盾を担いだ老齢の彼は、ガネーシャ・ファミリア最古参の一人。シャクティですら、作戦前は彼の意見を仰ぎ、将としての力も持ち合わせる。ガネーシャ・ファミリアでシャクティ、アーディ、アスラを育てたと言っても過言では無い。

 

そんなジャフは、なんでもないように肩を竦めた。

 

「よせやい、今回もうちの王様が随分世話んなったみたいで……面目次第もねぇ。」

 

「いえ、彼の言動は今更です。それに、聞いてしまえば今回の策は、彼が考えたとは思えないくらい理に適っている。むしろ、その場にいた彼が偽物でなかっただけが心配です。」

 

「ハッハッハッ!こりゃ傑作だ!味方からもこの酷評!ウチの王様はつくづく庶民派だ……今回の作戦、どうも嫌な予感がする。気をつけろよ、【疾風】。」

 

ジャフの勘は、馬鹿にならない。フィンレベルとは恐れ多くて言えないが、それでも、戦士の本能に近いそれは、バカに出来ない程助けられた。

 

「……えぇ、肝に銘じておきます。」

 

「あっ!ジャフおじちゃん!」

 

すると、さっきまで輝夜の近くをピョンピョンと跳ねていた子うさぎが、ジャフに飛びかかった。

 

「おお〜!ベル!元気だったか!っても会ったのは2日前だったな。」

 

「うん!」

 

なんどかアスラの元に遊びに行っていたベルは、既にガネーシャ・ファミリアでは猫可愛がりされ、ほとんどの団員が周知している。

 

そんな中でも、ジャフはベルによく懐かれている筆頭だ。

 

「……見た目的に、貴方は子供からすれば少し怖い方だと思うのですが。」

 

「そりゃあ知らねぇよ。こいつの感性独特だしなぁ。」

 

「僕の叔父さんとちょっと似てるんだ!」

 

聞けばそのオジサン、初めて会った時は泣き叫んだ程に怖い顔をしているらしく、耐性がついているらしい。

 

ガッシリとした肩に乗る120C無いくらいのベルと、215Cのジャフでは、もはや小人と巨人レベルで体格に差が出る。

 

「今日はね、僕も頑張るんだ!」

 

「そうか!そりゃいい事だ。俺たちも気合い入れなきゃだなぁ。だけど、輝夜の言うことちゃんと聞くんだぞ?危ねぇのに違いはねぇ。」

 

「はいっ!」

 

「よし!いい子だ、そんじゃあ輝夜のとこで作戦前の確認もっかいして来い!」

 

はーい!と元気よく肩から飛び上がり、ぴゅーんと擬音がつくほどの速度で輝夜の元に走ったベルを眺め、ジャフはその背中に哀愁を纏った。

 

「俺にも、ガキがいた。」

 

「………はい、知っています。あなたは闇派閥に……」

 

「ガキを見ると、どうしても思い出す。アイツも、ベルみたいに元気でなぁ……」

 

首に掛かるペンダントを手に取り、労わるように握り締める。

 

「血を分けた子供にゃ恵まれなかったが……あの娘は、確かに俺の子だったんだよ…」

 

「………」

 

守れなかった後悔、敵に対する憎しみが入り交じった彼の瞳は、濁るどころか、酷く澄んでいた。

 

「───────今度こそ、だ。」

 

決意を語り、男は拳を固く握った。

 

「……えぇ、勝ちましょう。」

 

頷いたジャフはリューに背を向け、配置についた。

 

そして、作戦時刻の直前。放送が流れる。

 

『───────あー、あー!よし、聞こえるか!我が民よ!お前達の王、アスラ・マハトマン・アビマニーだ!』

 

「王様?」

 

「アスラ様だ〜!」

 

作戦通り、放送によってオラリオ全域にいるアスラの臣民に、滞りなく声が届く。

 

『突然の放送、驚いただろう。だが聞いてくれ。今日、俺達はこの都市に平和を齎し、完全な勝利を納める!』

 

「……それって…!」

 

『その為には、お前たちが生きていること。それが絶対条件だ!だから、久々かもしれねぇけど、借りるぜ(・・・・)!』

 

その声に、察しの着いた民は、あぁ!と声を上げながら、笑って彼の言葉を受け入れた。

 

『───────勅命だ。忠実な臣民よ、我が命に従い、即刻バベル前広場に集合!行動開始!』

 

その言葉と同時に、民の体は勝手に(・・・)動き出す。

 

その様子は、さながらアリの行軍のようだった。

 

「みんな、一斉に動き出して…?」

 

「アレは、アスラのスキル。恩恵を得ていない者に対して、強制的に行動を命令できるスキルだ。」

 

「スキルって、そんなこともできるんだ……!」

 

アスラのスキルである【王族血統(ラージャ・カスト)】は、彼の王たる証にして、絶対の支配者たる烙印。

 

その様子に、始まったな。と呟いて、ジャフは大斧を掲げた。

 

「───────おめぇら!気合い入れろ!!」

 

『王ッ!!』

 

 



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白き才禍

待たせたな。


「本隊を速攻でブチ抜けさせろ!!小娘共!いい機会だ、先導しろ!ケツは俺たちで持ってやる!」

 

『了解!』

 

一気に突入したアストレア・ガネーシャの合同部隊は、闇派閥の抵抗を許さぬ速攻で最奥に侵攻する。作戦としては、この侵攻は成功してもしなくてもどちらでもいい。しかし、ここで仮に敵主力拠点、もしくは敵主力を押さえられれば、この後の本命も優位に進むことだろう。

 

故に、手を抜くわけにはいかなかった。

 

「通路奥!あと上!来るぞ!」

 

「任せて!」

 

「青二才!右をやれ!逆は私が仕留める!」

 

「言われなくとも…!」

 

最前線を進む輝夜、アリーゼ、リューは建物内に潜伏する敵を一身に受けながら突撃。

 

難なく突破した3人の後ろを、猛追するガネーシャ・ファミリアの最前線にいるジャフ。

 

そして、その横を走るベルという布陣で攻略を開始した。

 

初めての空気に、ウズウズとしていたベルは、思わず1番近くにいたマリューに叫ぶ。

 

「マリューお姉ちゃん!僕は!?」

 

「ベルちゃんは無理は禁物!撃ち漏らしだけ弾い──────輝夜ッ!?」

 

アストレア・ファミリアの面々が八面六臂の大暴れをしながら、敵を無力化する。そんな中、マリューの注意が飛んだ瞬間、輝夜が駆け抜ける脇道の影から、刺客が斬りかかった。

 

(こいつっ......油断した...!)

 

道中を塞いでいた有象無象とは明らかに違う。しかし、輝夜よりは数段劣る。防御は間に合う、しかし無茶な体勢からの防御になるため、多少の覚悟をしながら重心を意識した時、視界の端から白い影が鈴の音と共に飛び出した。

 

その影が、敵の攻撃よりも先に到達し、鈍い打撃音と共にアサシンの叫びが響き、吹き飛んだ。

 

黒い羽織りを揺らし、輝夜の傍らに、しゃんっ、と降り立った直後、続く五人の刺客の間を縫うように、白い奇蹟が跳び回り、敵の頭を、首を的確に殴りつけ沈め、すぐさま輝夜の背後に舞い戻った。

 

「やった!!」

 

その正体は、さっきまで木刀をもらってはしゃぎ回っていた7歳児(ベル・クラネル)

 

あまりにも早く、的確な攻撃。およそ剣を握ってから一週間と少しの少年の動きではなかった。

 

トタタッ、と拙くはあるが、ステップを踏んで魔法を発動させ敵を蹂躙して見せた。

 

走りながら、敵を弾きながらではあったが、アストレア・ファミリアのメンバー、一部始終を見ていたジャフを含めるガネーシャ・ファミリアのメンバーの心はひとつに揃い、足を止めた。

 

『───────はぁ?』

 

「は?は?ベルちゃん強すぎじゃね?」

 

「マリュー、口調が崩れている……輝夜に襲いかかった速度を見るに、今の集団は明らかにLv2が混じっていた…それを複数一撃、ですか。」

 

「あの魔法......音属性が何かわからなかったけど、振動と増幅.....?インパクトの瞬間、明らかに威力が桁違いになってたし...」

 

「少なく見積って倍の威力にはなってそうね。剣士にとって最高の抱合せ魔法ね...」

 

「え、練習真面目にやってたの?ずっとイチャイチャしてた訳じゃなく?」

 

「ぶっ殺すぞ団長。」

 

「いや、にしてもおかしいだろ。なんだよあの速度。あれ【縮地】だろ。」

 

「あの子のスキルって刀剣の技術の習熟度補正じゃなかった?」

 

「あー……刀剣を手にしている状態の技術...なんだろうと言う結論がこの間アストレア様から出された。」

 

『つまり?』

 

「剣を持っていれば、諸々の習熟補正も付いてくる。刃が付いているのならなんでもいいらしいから、アスラの武術も身につけるだろうな。」

 

『わ〜、将来有望〜』

 

フンスっ、と胸を張り姉たちの後をとっとこ追いかけていた少年は、とんでもねぇバケモンだった。

 

恩恵をさずかった冒険者にとって、レベルとは絶対の壁であり、1つ違うだけで隔絶した実力の差が存在する。

 

勿論、例外はある。スキルでステイタスの底上げをするなどが挙げられるが、ベルにそんな類のスキルはないし、いくら何でも限度がある。それこそ、ステイタスがオールSS、などというありえない数値になっていたりすれば話は別だが。

 

ベルのステイタスはまだオール100に届くか届かないか。これでも十分異常な成長速度だが、魔法を使ってもステイタスは一切上がることは無い。

 

つまり、彼は先程、殆どを身につけた技術のみで格上を叩き潰したのだ。

 

「……もうアタシより強ぇだろアレ。」

 

「真正面から純粋な戦闘になればおそらくは……お前は絡め手が多いから、そうはいかんだろうが...それでも、あの子は天才だ。」

 

「その枠で収まるかあれ?」

 

「正直天才すぎて、教えててちょっと怖い。いつ抜かされるか肝を冷やしている。」

 

天才であれば、教えたことは次の日にある程度形になり、翌日には自身の中に落とし込める。凡人ならその倍か3倍程だろう。

 

しかしどうだ。ベルはその日教えたことは、その日のうちに形にし、次の日には完全に己の物にしている。

 

現に、今の輝夜をして技術だけという縛りであれば、追いつかれそうだとヒヤヒヤなのだ。そこいらのLv1は愚か、なりたてのLv2は足元にも及ばないだろう。

 

ヒクヒクと眉を震わせたライラに、輝夜が反応すると、ジャフは背後で顎髭を撫でた。

 

「…ベル、今の敵は余裕だったか?」

 

「えっと、少し怖かったけど、平気!まだ戦えるよ!」

 

数秒考えたジャフは決心する。

 

「輝夜、ベルに前衛をやらせろ。その方が経験は積めるだろう。」

 

「おい、待てジャフ。ベルはこれが初陣だぞ?はいそうですかと出せるか。」

 

「いいや、ここはどうせ捨て場(・・・)だ。Lv2以上は居ねぇ。なら、できる限りここでベルに経験を積ませる。今のも不意打ちだからどうにかなっているだけだ、俺が補助しながら真正面から戦わせ、経験を積ませる。」

 

「しかし…!」

 

「輝夜、アイツが可愛いのはよく分かる。だがアイツは十分な力を示した。望まれて守るのは構わねぇが、飛び立とうとする男を押してやれねぇ女になるのは、おめぇが1番嫌だろう?」

 

ジャフの言葉に詰まった輝夜は、舌打ちとため息を1つして、わかったと両手を上げた。

 

「………的確に私の嫌なところを突いてくる……わかった、任せる。」

 

「うしっ、聞いてたなベル!!」

 

「うんっ!」

 

部隊を再編成し、再度速攻を仕掛ける。

 

「いいかベル!敵はスペックだけはお前よりずっと強い!戦い方を考えろよ!」

 

「うん!」

 

「そら、来たぞ!」

 

3人、ベルに殺到した信者は、同時に剣を振り下ろす。

 

ベルは木刀で剣を受ける─────こと無く、その場から一歩引いて、3本の剣が振り下ろされたところを踏み抜き、剣を石畳に埋め込んで、敵の頭を横凪に払い、まとめて吹飛ばす。

 

続けざまに来た一人の剣を受けると、ベルはすぐさま背後に飛び退いて、距離を取った。

 

(僕より力は強い!でも、それだけ(・・・・)!)

 

振り下ろされた剣に術理は無い。

 

大好きな姉の剣と比べることなど烏滸がましい。

 

「っガキが!!」

 

「───────やぁッ!!」

 

再度振り下ろされる大剣、そのモーションに入った瞬間にベルは突貫。振り下ろしに力が乗る前に剣を弾き飛ばし、流れるような回転斬りを敵の顔側面に叩きつける。

 

音のエンチャントを乗せた回転斬りは、意識を一瞬で刈り取り、顔面を壁に埋め込んで沈黙。

 

「え?待って、今何したのあの子?」

 

「攻撃が点になった瞬間にその点を踏み抜き攻撃手段を無くし、剣に力が乗る寸前に音のエンチャントを活用して衝撃で吹き飛ばした......私が駆け出しの頃、あの発想が出来たでしょうか。いいや、出来ません。」

 

「自問自答すんな。」

 

「わ〜、私たちの弟強すぎ〜。」

 

「もうベルだけでいいんじゃない?」

 

「もっと優しくしよ......レベル上がって、可愛いからイタズラしてた仕返しとかされたらやばい...」

 

「あ"?ベルがそんなことするわけないだろう?ぶった斬るぞ?」

 

『お前はベルの事好きすぎんだよ。』

 

ちまちま出てくるLv2相手に無双する我らが末っ子、ベル・クラネルのバケモノ加減に、姉たちは壊れてしまった。

 

「ふぅーっ...!ふぅっ...ふぅー...!」

 

そんな姉達をよそに、ベルは興奮状態に加え、所謂ゾーンに入っていた。

 

姉との鍛錬とは違う、ピリピリと肌を焼くような、殺気と熱。

 

本気で自分を殺しにくる敵。今まで自覚していなかった自分の力。

 

実力の近い敵との、本気の殺し合い。

 

ベルの中に眠っていた、冒険者の血が沸騰するのがわかった。

 

もっと、もっと戦いたい!もっと強く、もっと速く!

 

縦横無尽に駆け回り、無双の活躍をする中でも、ずっと頭は冷静で、敵の振るう剣に見習う点があれば取り込み、沈め。有象無象を容赦なく沈める。

 

しかし、その冷静さも疲労と共に徐々に失われていく。

 

より速く、獣のように、力任せに剣を振るう。

 

ついに、本能で動こうとした寸前。彼の左腕をキュッとミサンガが締めた。

 

その感覚に、頭が一気に冷め、動きを止める。

 

『お前の覚悟が、覚悟の重さが、お前の強さとなり、お前の剣を更に輝かせる』

 

ピタっ、と頭がリセットされた。

 

そうだ、戦いを楽しむのは悪いことでは無い。けれど、なんの覚悟もない剣を振るっては、兄との約束を違える事になる。

 

それだけは、違うと思ったベルは、心を落ち着かせるために大きな深呼吸と共に、身体の熱を冷やしていく。

 

(───────本当に、これが剣を持ち始めて1週間と少しの戦士か...?)

 

そのベルの内心に唯一気がついたジャフは、心底驚いていた。

 

技量は文句なし、胆力も十分、あとは経験だと、そう考え前衛を任せてはいた。徐々に力が篭もり、熱を蓄え、無意識に滾らせている殺気に気が付き、何時でも止められるようにと控えていたが、まさかあの歳で、自分を律するなど想像もしていなかった。

 

教える事は多い、しかしその吸収率がほぼ100%であるゆえに、既に教えることは少なくなりつつある。

 

心、技と揃えば、あとは体。

 

数年後、彼はどれほど偉大な冒険者になっているのか。

 

そして、その時自分は、どんな顔で彼と接しているのだろうか。

 

無意識のうちに夢想し、笑みを浮かべていたジャフは、嫌だ嫌だと頭を振った。

 

「歳なんざ、取るもんじゃねぇなぁ......」

 

「おじちゃん?」

 

「なんでもねぇ!そら、そろそろ最奥だ!気張れよベル!」

 

「うん!」

 

そうして、奥に到達した一行を待っていたのは、ショッキングピンクの毛髪を上機嫌に揺らし、品のない笑みを浮かべる女だった。

 

「───────チッ、フィンの野郎はいねぇのかよ......つーか、速すぎんだろ?」

 

「【殺帝(アラクニア)】...!」

 

待っていたのは、ヴァレッタ・グレーデ。上級冒険者であり、闇派閥の幹部、その1人。

 

「ここは捨て場のはず...!」

 

「けひひっ、ばぁか。そう思わせんのも策だったんだよ。」

 

「だが、貴様としては嬉しい誤算だろう。ここに第1級が入れば、お前は晴れてお縄だったわけだ。」

 

「チッ...てめぇが居んのかよ【必滅】...めんどくせぇな。」

 

「なら、大人しく縄に着け。したら、めんどくさくねぇよ。」

 

その言葉にヴァレッタは、呪剣を引きずりながらくつくつと笑う。

 

「ま、んな事しねぇに決まってるよなぁ?」

 

「だよな。なら、ここで狩るぜ、ヴァレッタ。」

 

この布陣の最高戦力と、敵方の幹部の激突。しかし、数、質、共にこちらが上。

 

量より質の時代ではあるが、周りも逸材だらけだ。雑魚はベルに任せればいい、あの子一人でこの場所の敵は事足りる。

 

そう頭の中で計算式を弾き出したジャフが、戦いの号砲を上げる瞬間。

 

「───────まじで、なんも考えてねぇとでも思ってんのか?」

 

「あ?」

 

ちょうどジャフの横にたっていたベルと、その後ろに控えていた輝夜達を分断するように、緑色の壁が迫り上がる。

 

「ベル!?」

 

「お姉ちゃん!!?」

 

「くっ───────ベル!使え!」

 

咄嗟の判断で、手持ちの小太刀を投げた輝夜。何とか受け取ったベルは、急ぎ構え、敵を見やった。

 

ひと目でわかる、侮られている。

 

「あ〜あ...足でまといが一人...守りきれっかな?お前に!」

 

「はっ、言ってろよ。」

 

その言葉の後、飛び出したベルがヴァレッタに飛びかかる。

 

「無茶がすぎるぜ?クソガキ!」

 

余裕の表情で交わし、剣を轟速で振り下ろす。あわや胴と泣き別れという瞬間。ベルは、一歩その場から後退。ギリギリのまま避け、叩きつけられた剣を足場に、木刀を振るう。

 

「はっ...おせぇ───────!?」

 

当然、ベルの木刀は避けられる。それもそう。3つ以上のレベル差は、技術だけでは補う事は出来ない。

 

しかし、ヴァレッタは気がついた。ベルが木刀を手放したその手から袖から飛び出す切っ先に、本能が危険信号を発した。

 

(この刀、なんかやべぇ!?───────エンチャントか!?)

 

渡された瞬間。武器を袖に隠したベルは、それを必殺として扱った。

 

人間は、予想外の行動をされると、ほんの一瞬、体の動きが止まる。ベルはそれを利用した。

 

木刀の一撃を陽動として扱い、目の前で武器から手を離すという瞬間を見せる。そして、その光景に目を取られた瞬間、その一瞬の思考の隙を狙い、魔法を全力で込めた一撃を放つ。

 

咄嗟に後退したヴァレッタだが、刃は頬を深く切り裂き、血を流す。

 

一気に距離を取り、鈴の音と共にジャフの背後に降り立ったベルに、ヴァレッタは大きな舌打ちを1つ。

 

くつくつと笑ったジャフが、戯けたように口を開く。

 

「───────で?誰が足でまといだって?」

 

侮っていた子供に、まんまと傷つけられた彼女の心境は、怒りに染まる。

 

そんなヴァレッタを他所に、ほぅっ、と息を吐き出したベルは、確信したように笑った。

 

「......力も、速さもずっと先を予想しないと、避けられない。硬さだって、きっとこの小太刀じゃないと通用しない。けど、それだけ(・・・・)。」

 

今の1合で力の差を理解したベルは、より自分と敵との差を理解する。

 

力────勝負にならない

 

速さ─────こちらも同様

 

硬さ─────肌が鉄なのかと思った

 

『怒りは感覚を鈍らせる。できる限り、敵を煽ってみろ。』

 

けれど、それでもベルは侮るように笑った。

 

「技も、駆け引きも─────僕が上だ。」

 

「...っクソガキィ...!!」

 

激情に駆られたヴァレッタは、獣のように構えた。

 

どっしりと盾を構え、ベルの全面に立ったジャフの後ろに隠れるように構える。

 

「いいか、ベル。やべぇ攻撃は防ぐ、必ず守る。信じろ。」

 

「うん───────わかった。」

 

ゾーンに入りっぱなしの瞳孔が開いた瞳を爛々と輝かせ、ベルは頷いた。

 

静隠な鈴の音が、ゴング代わりだった。

 

この戦いが、後に【白き才禍】と呼ばれる少年の、黎明となる。

 




人間版タケミカヅチ様爆誕!


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必滅(ジャフ・クロスフィールド)

四足獣のように手を付き、獰猛に構えたヴァレッタが、貯めた力を解放するように一気に飛び出す。

 

「死ねっ!!」

 

「はっ!口だけか、ヴァレッタ!!」

 

呪剣を大盾で受け止め、シールドバッシュで弾き返したジャフは、続けざまに大斧を叩きつける。

 

たったのその一撃だけで、ジャフの盾に隠れていても、とてつもない衝撃がベルの体を叩いた。

 

(これが、上級冒険者同士の戦い…!)

 

ジャフとベルの戦闘スタイルは現状真逆と言っていい。

 

真正面から攻撃を受け、殴り合いを演じるジャフ。

 

反対に、攻撃をなるべく受けないように立ち回り、隙を突くようなベルでは、技術そのものが違う。

 

しかし、それでもジャフとヴァレッタの戦いは、ベルが知る中でも頂点に位置するもの同士の戦い。

 

この戦いを間近で見れることに、どれほど価値があるのか。全てを糧に必ず勝つと意気込み、目を細めた。

 

ジャフと斬り合いながら、盾の影に隠れ姿を見せないベルに、ヴァレッタは舌打ちをした。

 

(あのガキの一撃……ステイタスを貫通する威力に、この鈴の音……なにか、ありやがるな。)

 

警戒をしながら、同格のジャフを相手取るヴァレッタは、時間が伸びれば伸びるほど不利になる。

 

そうなれば、詰みだ。

 

(厄介なのはあのガキがどのタイミングで出てくるか……分からねぇよなぁ…なら、そのタイミングを作ってやればいいわけだ。)

 

集中を削がれている原因の一つは、ベルのあの一撃。自身の体に傷をつけたということは、喰らえば致命的な隙となり、ジャフに狩られる。

 

リスクを犯してでも、ここでベルを殺す事は、必須。

 

ジャフの攻撃を受ける瞬間。ほんの少しずつ、隙を残す。

 

もう、ヴァレッタはベルを侮らない。素人には分からない小さな隙を、あの小さな脅威は理解する。

 

敵への信頼とも取れる、笑ってしまうような心持ちのまま、ただその瞬間を待つ。

 

数分か、あるいはもっと長い時間。ヴァレッタはジャフとの膠着状態を維持しながら、一定の間隔で隙を置く。

 

(さあ、来い!顔を出した時が、お前の最後!)

 

内心で下卑た笑みを浮かべながら、その時を待った。

 

しかし、数十秒、数分経っても、ベルは数度顔を出すだけで、時間とヴァレッタの体力だけが磨り減っていく。

 

(なんで、来ねぇ!?隙があからさま過ぎたか!?この隙に食いついてこねぇはずが───────)

 

そこまで思考した時、ベルがジャフの背後から顔を出した。

 

しかし、その顔はまるで自分の思惑通りに動く馬鹿を見るような

 

「───────っ!?」

 

ベルは、笑った(・・・)

 

そして、ヴァレッタはようやく自分が掌で踊らされていた事に気がつく。

 

(あのガキ…っアタシに選択肢を捨てさせねぇ気か!?)

 

そう、それ故に、ベルは初めの一撃に必殺を見せた。

 

お前を狩るに足る技がある。

 

お前を狩る獣は、ここにいる。

 

そうして存在感を延々と出し続け、ヴァレッタに、いつ飛んでくるかも分からない必殺を意識させることが、自分の役割だと割り切った。

 

見たところ、ヴァレッタとジャフの実力はほぼ五分、長期戦になれば若干ステータスの高そうなヴァレッタに軍配が上がるだろうが、ここにベルという盤外の駒がいる事で、均衡状態をジャフに傾け続ける。

 

それが、今最弱(ベル)が出来る最高のサポートであると。

 

「───────イカスぜ、ほんとによォ…っ!」

 

歴戦の戦士からの、最高の賛辞。

 

既に2度、ジャフはベルの牽制に救われている。

 

1VS1(タイマン)であれば、ジャフはもう少し苦戦していた。早々に魔法(切り札)を切って、一か八かの殴り合いに移っていただろう。

 

それが、Lv1が1人いるだけで、こんなに楽になるだなんて。改めてベルの咄嗟の判断力、戦況を見極め、自身の弱みすら強みにする異常さに思わず笑った。

 

大斧を大剣で受け止め、押し飛ばされたヴァレッタは、忌々しそうに舌打ちをして、諦めたようにだらんと手を垂らした。

 

「───────やめだ…」

 

「あん?今更諦めるってか?」

 

「あぁ、諦めんだよ───────無傷は無理だって分からされたしな。こっから、アタシもなりふり構ってらんねぇんだよ…!」

 

故に、ヴァレッタも意地を捨てる。

 

間違いなく、目の前の強者を屠るために、狙いをジャフに絞る。

 

獣のように飛び出したヴァレッタの一撃は、先の一撃をゆうに飛び越え、ジャフを数メートル後退させる。

 

ベルの牽制を完全に無視し、ジャフ1人に猛攻を仕掛けるというわけだ。

 

「考えたじゃねぇか!肉を切らせて骨を断つってか?」

 

「はっ、癪だがそのガキの脅威はわかったつもりだ。もう、容赦はしねぇ……ぶった斬るぜッ!!」

 

「───────はッ!やってみろ小娘ェっ!!」

 

始まったヴァレッタの猛攻をひたすらに防ぐジャフは、ヴァレッタのステイタスの高さに歯噛みする。

 

(俺よりちぃとばかしステイタスが高ぇなこりゃぁ、耐久戦は不利…!んなら、こっちも覚悟決めねぇとなぁ…!)

 

ヴァレッタの攻撃をシールドバッシュに合わせ弾いたジャフは、盾を捨て攻撃全振りの状態で大斧を振り回す。

 

響く重厚な鉄の悲鳴が、ベルの体をひたすらに叩く。一撃一撃が、食らってもいないのに痛い。

 

しかし、ベルは鈴の音を鳴らし駆け出す。

 

(なんの真似───────ああ、そうかよ…!)

 

突然のベルの行動に面食らったジャフだったが、すぐに意図を察する。反対に、ヴァレッタはすぐさま口端を釣り上げ、ベルを追った。

 

「【吹き荒べ、嵐の錨!今宵、この場は亡霊の宴!臆病風に吹かれたか?怖けりゃ隠れろ戸を閉めな!】」

 

「【必滅(ジジイ)】の魔法───────いいや、優先はこっちだ!わざわざ飛び出しやがって!てめぇはここで殺す!」

 

追いかけるヴァレッタに、ベルは冷たく一瞥を投げて、急ブレーキ。踵を返してヴァレッタに一直線に走った。

 

(バカが、驕ったな!)

 

第1級に傷をつけ、驕りが出たと思ったヴァレッタは、乱雑に大剣を振り回す。

 

しかし、ベルは驕ってなどいなかった。

 

鈴の音が強まると同時に、一気にスピードを上げたベルの回避力に、ヴァレッタは瞠目した。

 

(本当になんなんだこのガキ!?未来でも見えてんのか!?)

 

確実に視覚外からの攻撃すら、ベルは事も無げに躱す。

 

しかし、ヴァレッタの予想は大ハズレ。ベルはただ単に、目と勘、そして耳が異様に良いのだ。筋肉の弛緩、反響する音を聞き分けて攻撃の予測を出来る位には。

 

(次は、右…左、いや跳んで躱そう。)

 

めちゃくちゃな軌道を先読みしながら、跳んでは躱し、跳んでは躱す。

 

ゾーンに入ったベルの思考は、酷く透き通り、あらゆる情報がクリアに入ってきた。

 

(右、ちょっと跳んで、体を捻って、避け続けて、踊り続ける(・・・・・)…!)

 

ベルはヴァレッタの攻撃に対応するため、魔法を脚に展開し、足で衝撃を放ちながら回避を繰り返す。

 

しかし、ヴァレッタは猛攻の中でも聡く、ベルの魔法の制限を見抜く。

 

(……わかったぜ、てめぇの魔法のカラクリ!)

 

1歩につき、衝撃が放たれ、1秒の感覚が空く。何度も見せられれば、もう気がつく。ヴァレッタは、確信した。

 

(こいつの魔法は、1度の放出につき1箇所まで!インターバルは1秒!増幅した場所は一際白く光る!わかりゃこっちのもんだ…!)

 

ベルの魔法のインターバルと、増幅の箇所を見抜いたヴァレッタは、タイミングを見計らう。

 

確実に殺せるタイミング、確実に当てられるタイミングを見極める。

 

「【悪魔?精霊?屁でもねぇ!夜の帳はもう降りた!ここから半刻、狩りの時!!】」

 

「チッ!やつの魔法が完結しちまう…!!」

 

更に速度を上げたヴァレッタの攻撃すら、ベルはギリギリで避ける。

 

「ちっ…!いい加減にッ……!」

 

ベルの先程の一撃に、すっかり意識がこちらに持っていかれたヴァレッタは、大振りの一撃を見舞う、そう見せてやったのだ。

 

ベルが回避のために、魔法を脚から放出した瞬間、ヴァレッタは嗤った。

 

(ヒャハッ…!かかった!)

 

あえての大振りから、回転に派生。2段目の攻撃に転ずる。

 

魔法が使えなければ回避は不可能。そう踏んでの攻勢だった。

 

しかし、回転斬りの体勢に入ったヴァレッタの耳に鈴の音が届く。

 

(───────はっ?)

 

攻撃に転ずる直前の、まだ力が乗りきっていない瞬間。ヴァレッタは確かに聞いた、そして目の当たりにする。

 

消えた筈の鈴の音を響かせ、一際強く輝く木刀の姿がベルの体の影から現れる。

 

(なんでっ……馬鹿なッ…!?)

 

スローモーションで過ぎる数秒間で嫌に回転する頭が、数秒後の未来を明確に示していた。

 

(何が……魔法には制約が…………いや……まさか、まさか!このガキッ!!?)

 

ヴァレッタにとっての想定外。

 

けれど、なんてことは無い。

 

ベルの魔法(エンチャント)に、蓄積箇所の制限も、発動間隔も存在しない。

 

ただ、ベルがそう思われるように(・・・・・・・・・)使っていただけ。

 

全てが、罠。そんな戦い方に、ヴァレッタは忌々しい勇者の姿を重ね合わせてしまった。

 

敵の攻撃をしのぎ、ジャフに繋げるために、ベルは隠していた必殺の手札を切った。

 

「【これより通るは百鬼の王!嵐の化身がお通りだ!】」

 

いつか、姉がみせてくれたふたつの技のうちの、1つ。

 

忌々しげに語る一方、その術理は認めざるを得ないと不満そうに教えてくれた事を、よく覚えている。

 

脱力し、無駄な力を全て捨て、重心を深く沈めた。

 

「【居合の太刀】───────【残響・一閃】!!!」

 

足元を爆発させ、速度を上昇。居合の構えから一気に抜刀。音を収束させた木刀を大剣に叩きつけた。

 

音はインパクトの瞬間に攻撃力を底上げ、蓄積した時間が多ければ多いほど威力を何倍にもはね上げる。

 

今まで悟られぬように回避に専念して、蓄積した時間、約1分。

 

それは、力の乗った第2級冒険者の攻撃すらも吹き飛ばす、ベルの必殺だった。

 

(剣が…ッやべぇ、あのジジイは───────)

 

生まれた千載一遇の隙と同時に、ジャフの魔法が完結する。

 

「【嵐王の12夜(サムハイン・ワイルドハント)】!!」

 

瞬間、弾ける稲妻の閃光と共に叩き込まれた拳によって、ヴァレッタが吹き飛び、輝夜達と分断した緑肉の壁に叩きつけられた。

 

「…っ…ガハッ…!?あぁっ!?があああああっ!?いでぇえええああ!!!?」

 

Lv4の同格である2人の力の差は、ひとつの要因が介入することで簡単に傾く。

 

ベルも無傷、ジャフの魔法も完結した。

 

ヴァレッタの避けたかった状況に追い詰められる。

 

痛みに悶えるヴァレッタを一瞥し、ジャフは懐の葉巻を取り出し、マッチで火を付ける。

 

紫煙を吐き出したジャフの拳が、再び雷を宿し弾ける。

 

それは、ジャフの怒りを表すように激しく、燃えるように滾った。

 

「年貢の納め時だぜ、ヴァレッタ。てめぇの汚ぇ断末魔を、今まで殺してきた奴の鎮魂歌(レクイエム)にして死んでいけ!!」

 

「おじちゃん、僕も…!」

 

「……いや、お前は控えててくれ。背中は任せる。」

 

前に出ようとしたベルを制して、あくまでタイマンでヴァレッタを倒すつもりのようだった。

 

「…っ、は、はは…!復讐かよ、ジャフ…!?憲兵ともあろうもんが、私情まみれだな…!」

 

「…口を閉じろよ、クソ女。テメェ相手に手加減できるほど俺は強くねぇからな。それに、コイツの手を、お前なんぞの穢れた血で汚す必要はねぇからな。」

 

「ちっ……マジじゃねぇか…!おい!聞こえてんだろ!出せ!!」

 

そうして、ヴァレッタが何やら知らぬマジックアイテムを出した数秒後、地面が揺れ始めた。

 

「なんだ…!てめぇ、何しやがった!?」

 

「は、はははっ…あいにくよぉ、アタシらは強かねぇんだよ…だから、絡め手使うのは当然だろう?保険てのは、こういう時に使うに限るよなぁ!」

 

一際揺れが強くなった時、ベルが下から何かせり上ってくる物を感知する。

 

「おじちゃん!下からなにか来る……2体!!」

 

咄嗟に飛び退いた2人の足場から、緑の体色をした蛇のような怪物が現れた。

 

「蛇型モンスター!?なんだコイツは!!」

 

「ち、違う!これ、植物…!?でも、この感じ、どこかで…!」

 

「ちっ、感知まで出来んのかよクソガキ。つくづくここで殺しておきてぇなぁ?」

 

ベルの言った通り、蛇の頭だと思っていた場所に切れ目が入り、極彩色の花が咲き誇る。

 

木刀を腰紐に収め、ベルは小太刀を抜く。

硬そうな鱗に、打撃は有効では無いと考えたのだろう。

 

「いい判断だ!いけるな、ベル!」

 

「うん!」

 

しかし、構えたジャフを無視して、2体の花はベルに殺到した。

 

「ベルっ!?」

 

流石、と言うべきなのか。ベルは軽々と回避し、カウンターを入れて一体を沈める。

 

「平気!おじちゃんは、その人を!」

 

「───────任せたぞ!!」

 

エリクサーを煽ったヴァレッタは完全回復。忌々しげに舌打ちをしたジャフは、仕方ねぇと拳を構える。

 

「大人しくしときゃ、痛くなかったんだぜ?」

 

「ヒャハハハッ!ばぁ〜か!これからだろうが!」

 

剣を拾い、引き摺りながら突撃したヴァレッタの剣に拳を叩きつける。

 

弾ける稲妻と衝撃は、今までの比では無い。

 

「第2ラウンドだ…ジジイ!!」

 

「上等だ…!叩き潰してやるよ!」

 

真の戦いが、これより始まる。

 




嵐王の12夜(サムハイン・ワイルドハント)
二重付与魔法(ダブルエンチャント)
・雷属性、風属性の付与
・使用時間により耐久値の減少
・攻撃回数に応じてステイタスに補正


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殺意の感触

緑の食人植物と対峙するベルは、同類の死骸すらも無差別に噛み砕く格上の怪物に攻めあぐねていた。

 

「うわっ!?」

 

咄嗟に突進を避ければ、食人花はベルではなく、背後にあった同種のモンスターの亡骸に噛み付いた。亡骸が噛み砕かれた瞬間、バリバリッと鉄を噛み砕いたような音が響き、食人花の体表の硬さを理解させられた。

 

(皮膚がすごくかたいのか!明らかな弱点は頭?の花の部分だけっぽいけど、隙がない !)

 

食人花の怒涛の攻撃に、ベルは攻撃に転じることが出来ないことに加え、あの硬さ。きっと攻撃は意味が無さそうだ。

 

連続の噛みつきをバックステップで回り込み、食人花の側部に移動。頭部らしき場所をチャージした木刀で殴るが、吹っ飛ぶだけで大したダメージにはなっていなそうだった。

 

「───────かったっ!!」

 

撃ち込んだ自分に衝撃が返ってくる程に硬いそれは、ヴァレッタ程でないとはいえ、ベルの打撃は当然のように意に返さない。

 

(打撃に強いのか…!あの人のみたいな歯も、きっと凄く硬い!体と同じか、それ以上…僕なんてすぐに噛み砕かれちゃう…同じやつの体も噛み砕いて…っ!)

 

バッと背後にあるベル達を分断した緑の壁を見れば、あの食人花と同じ体表に見える。そこで、頭の中に流れたのは、あの食人花が、仲間の体すらも噛み砕いていた光景。

 

「もしかしたら…!」

 

やってみる価値はあると、頭の中で即席で作戦を立て、実行までの手札を確認。十分だと判断し行動に移す。

 

「こっちだ!」

 

食人花を引き寄せ、ベルは追いすがる食人花を見据えて部隊を分断させた緑肉の壁に一直線に走った。

 

壁直前で急ブレーキを掛けたベルは、振り返り食人花の突進を待つ。その数瞬の間に、この先の優先事項を頭の中ではじき出す。

 

(もう魔力も少ない。おじちゃんの回復をして、踊りながら戦うのは多分無理。今、僕は戦力になれない。なら、戦える人をこっちに連れてくる!)

 

残りの魔力をフルで木刀に注ぎ込み、鐘の音が空間に反響する。

 

(まだ……まだ……!あの歯で、後ろの壁を噛み砕くように誘う!)

 

食人花の追撃をギリギリで避けねばならない。故に、目の前で食人花が大口を開けた瞬間。左側に回避し、ドンピシャのタイミングで緑壁を食人花に噛み砕かせ、大部分を削り取るように噛み付いた。

 

「っ───────はぁあああ!!!」

 

約15秒のチャージにより放たれた一撃により、壁を吹き飛ばし向こう側に到達すると、信者を薙ぎ倒す輝夜が驚いたように目を見開いた。

 

「ベル!?」

 

「お姉ちゃん!あたまが弱点!」

 

爆音と共に飛び込んできたベルの背後に迫る食人花を目視した輝夜は、短い報告を瞬時に理解して駆け出す。

 

接敵の瞬間、飛び込んできたベルを抱いた輝夜は、大口を開けて2人を噛み砕かんとした食人花の突撃を、足捌きだけで回避。食人花の硬質部と頭部の境目を正確に切り上げ、頭を切り落とす。

 

「───────無事か、ベル。」

 

「う、うん……っぼく、平気…おじちゃん、まだ……!」

 

先程までは何ともなかったのに、輝夜の腕の中にいるとわかった瞬間、体に鉛がまとわりついてるように重くなった。息も絶え絶えの中、ジャフの援護に行くように伝えれば、アリーゼとリュー、マリューとネーゼがベルの開けた穴から向こう側に進んだ。

 

顔を青くするベルに、ポーションを渡しながら、輝夜はベルの状態を軽く見た。

 

脱力したベルの手は魔法の反動により常に震え力が入らないようで、ポーションを掴むのもやっと。脚を見れば、脚は既に歩けないほどにボロボロだった。

 

(マインドダウン寸前……常に魔法を発動していたのか……足は酷使しすぎたな、筋繊維が炎症を起こしている…ポーションで回復出来ても、これ以上この子を戦わせるのは無理か。)

 

ゾーンに入っていたベルは、大量のアドレナリンによって痛みと疲労を誤魔化していたに過ぎない。まだ体も出来上がっていない状態で、遥か格上と戦ったことは、輝夜程の戦士であれば、容易に理解出来た。

 

「よく頑張った。」

 

「………え、へへ……!」

 

ギュッと抱き締めた輝夜に安心したのか、ベルは輝夜に力無く抱きついた。

 

次の瞬間、爆破と共に壁を突破って吹き飛んできたなにかが、壁にめり込んだ。

 

「───────んの、ジジイがぁ…!!」

 

「【殺帝】!?」

 

それは、ジャフに吹き飛ばされてきたヴァレッタであった。ヴァレッタは、力無く輝夜に抱きついているベルを見ると、にィっと笑う。

 

「…っあん?んだよ、満身創痍じゃねぇかそのクソガキ!ちょうどいい、ここで───────っガバぁっ!?」

 

「ベルに、近寄んじゃねぇ。ゴミクズが。」

 

弱っていたのか、輝夜の顔面蹴りに反応すらできず吹き飛ばされ、ゴロゴロと転がって顔を抑えた。

 

「くっそ…この乳臭ぇメスガキどもがッ…!!」

 

「そんなガキ共に、貴方はやられるのよ。」

 

「団長!」

 

「アリーゼ、お姉ちゃん!」

 

「やっほ、ベル!聞いたわよ、頑張ったわね!あとはお姉ちゃん達に任せて、輝夜と一緒に休憩してなさい!」

 

「うんっ!」

 

輝夜の次に懐いているアリーゼの言葉に、ベルは大きく頷いて、ゆっくりとポーションを流し込んだ。

 

そして、その奥から聞こえる重い足音が、この場の最高戦力の力強さと怒りを如実に表していた。

 

「ヴァレッタ、無駄な足掻きってのは分かり始めたかよ?」

 

「ハッ!誰が、こんなとこで死んでやるかよ…!」

 

「戦力差を見て、それが言えるなら大したもんだ。俺だけで手一杯だったお前が、アリーゼ達が加わって勝てる可能性は五分からゼロになったんだぜ?お前を守る信者も、もういねぇ。」

 

「半分くらい輝夜のおかげね!ブチ切れ大暴れの大活躍よ!」

 

「お姉ちゃん、凄い!」

 

「ありがとう、ベル。あと、団長は後でお話がありますので、そのおつもりで。」

 

「ナンデ!?」

 

事実、ベルとジャフがヴァレッタを相手取っている最中に、アストレア・ファミリアを中心とした部隊に、既にこの施設にいる信者のほとんどは捕縛されていた。

 

特に、ベルと分断され怒り狂った輝夜が獅子奮迅の活躍をし、仲間からもドン引きされる程に暴れ回っていた。ベルには、大和撫子の完璧な姉として見られているというのに、なんてこと言ってくれるんだと、青筋を立てながらアリーゼに笑いかけた。

 

ズルズルと壁に手を付き、立ち上がったヴァレッタは、脇腹を抑えながらくつくつと嗤った。

 

「っ……仲間も役立たず、私自身も満身創痍…あぁ、くそ……参ったよ───────なんて、言うと思うか?」

 

「言わないわね。貴方は、そういう人間よ。」

 

けひっ、と嗤ったヴァレッタは指を鳴らす。すると、どこからともなく、覆面の信者がぞろぞろと現れた。

 

「どこに隠してたのこんな人数!?」

 

「慌てんなよアリーゼ。大した事ねぇ、恩恵はあっても有象無象だろ?数揃えたところで意味ねぇって。」

 

ネーゼの言葉にそれもそうか、と納得したアリーゼだったが、ジャフとライラは妙な胸騒ぎに襲われる。

 

「……アリーゼ、撤退の準備だ。」

 

「なっ、なぜですジャフ!もう既に奴は満身創痍!捉えるには絶好の…!」

 

「リオン。ここは言う通りにすんぞ。ジャフの勘は生存本能見てぇなもんだ。アリーゼの勘よりよっぽど信用できる。」

 

何度も作戦を共にするジャフの勘は信用に値するとライラが言えば、アリーゼがちょっと〜?と自身の信用の無さに、項垂れた。

 

「……そうですね、命あっての物種。無駄に散らす命は、ここには無い。輝夜、先にベルを連れて撤退を。道は私たちが作ります。」

 

「ククッ、お前が殿か。心配しかないが、預けてやる。」

 

ベルを抱え、逃げの体勢に入った輝夜。

 

そんなアリーゼ達を見て、ヴァレッタは舌打ちを1つ。

 

「どんだけ勘がいいんだよクソジジイ…ま、関係ねぇか。」

 

「何が関係ねぇって?」

 

ヴァレッタが動く前に突撃したジャフ。しかし、ヴァレッタに拳が届く寸前。ヴァレッタはケヒッと顔を歪めた。

 

「──────────────サミナ……」

 

『お父さん』

 

傍らに控えていた幼女の首を鷲掴み、ジャフの拳の目の前に割り込ませた。

 

簡単だ。その少女はもう既に悪に堕ちている。そのまま拳を振り抜き、貫いてヴァレッタを砕けば、全てが終わる。悲しみの連鎖はもう生まれない。これ以上、誰も苦しまなくて済む。

 

理性ではわかっている。それが最善だということも。けれど、ジャフの記憶がその理性に勝ってしまった。

 

「殴れねぇよなぁ?お前はよッ!!」

 

決定的な隙。同格の者同士の戦いにおいて、あまりにも大きな隙だった。

 

凶刃が、ジャフのがら空きになった胴体を貫いた。

 

「おじちゃん…!?」

 

「そぉら、お返しだっ!!」

 

そのままに、ジャフの胸を蹴り抜いて、剣を引き抜くと同時に、味方陣営に吹き飛ばす。

 

固まっていた全員をよそに、輝夜の腕から抜け出したベルが、ジャフに駆け寄った。

 

「おじちゃん…!おじちゃん!今、治すから!待って、待ってて!」

 

「……べ、ル……離れて、ろ。無理に、動くんじゃねぇ……」

 

「おじちゃんの方が怪我してるのに、何言ってるの!動かないで!」

 

ごふっ、と血を吐き出し、息も絶え絶え。死にはしないがこれ以上戦えないことは確かだ。

 

しかし、ベルも無理な動きにより傷ついた体は、ポーションによる回復を持ってしても疲労までは抜けず、立ち上がろうとしてフラフラと倒れ込んだ。

 

「さっさとポーション持ってこい!」

 

「撤退よ!殿は私が!輝夜!ベルを連れて!ネーゼ!ジャフを担いで!」

 

即時撤退の判断をしたアリーゼに、ヴァレッタは追い打ちをかける。

 

「バァーカ!逃がすかよ!!」

 

先程掴んでいた少女を再度掴み、ジャフの元に投げつけた。

 

咄嗟にその少女を抱きとめたジャフだけが、ヴァレッタの目的に気がついた。

 

「……っ、お父さんと……お母さんに……あわ、せて……!」

 

「───────っ!!」

 

「おじちゃん!?」

 

「ジャフっ!?」

 

魔法の風を暴発させ、傍にいたベルと輝夜、他の団員を吹き飛ばした。

 

「馬鹿だよな……サミナ、リーリャ……悪い。」

 

抱きとめた少女の役割。そして、どうやってこの場所まで連れてこられたか。想像に難くない。腐りきった悪に対する怒りと、彼女の両親を守れなかった不甲斐なさ。約束も守れない己の弱さにどうしようもない無力感。けれど、今際の際で、少女の絶望を吹き飛ばすように笑って抱き締めた。

 

 

「────────────」

 

「ひとりにはしねぇよ……俺がいるさ。」

 

「おじちゃん!?」

 

手を伸ばすベルに、ジャフは笑顔で振り向いた。

 

なにか、言葉を残すべきか。でもきっと、それは少年の心に消えぬ傷をつけてしまうかもしれない。

 

嗚呼けれど、彼ならきっと乗り越えてくれる。そう信じて、口を動かした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「勝てよ、べ───────」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

瞬間。凄まじい爆音と熱風がベルを襲う。空中でベルを掴んだ輝夜が爆風から守るように抱き留め、なんとかベルを守ったが吹き飛ばされる。

 

ゴロゴロと転がって、痛みに悶えながら、ジャフがいた場所を見ても、そこには爆発の形跡だけがあった。

 

「おじ……おじ、ちゃん?どこ、どこ行ったの…?」

 

軋む、音が聞こえた。

 

(不味い!ベルの心が壊れる!!なんとか、しなくては!動け、体…!声を出せ…っ!!)

 

すぐさまベルの心が軋みをあげていることを理解した輝夜だったが、熱風に溶けた背中の痛みと衝撃に動けなかった。

 

そして、追い討ちをかけるように、怪物が嗤った。

 

「───────くひっ、けひひっ、アッハハハハハハハハハ!!!!ざまぁねぇ!タナトス!お前が誑かしたガキが!邪魔な冒険者を殺したぞ!!」

 

嗤い声。汚い。醜い。モンスターの鳴き声よりずっと醜く聞こえた。

 

感情にのまれてはいけない。

 

怒りに身を任せてはいけない。

 

大木の心として教えられたその教えを忠実に守っていた少年。けれど、それは本当の激情を経験していなかったから。

 

(無理だ、この感情を抑え込むなんて。)

 

酷く、クリアな思考が、余計なものを排除した。

 

フラフラと立ち上がった少年は、吹き飛ばされた姉の刀を左手に、右手に小太刀を持って、俯いた。

 

「……ベル?」

 

バキンッ、と、ベルの頭の中で、抑えていた何かが弾けた。

 

その瞬間。その場にいた人間の全員が怖気によって足を縫い付けられる。

 

いつも溌剌としたアリーゼも、その殺気に体を押さえつけられた。

 

(この感じ…これ、ベルのだって言うの!?あの、優しい、ベルの!?)

 

(……っやべぇ、やべぇやべぇやべぇ!!!?なんだ、なんなんだよあのガキは!?)

 

それは、敵でさえも同じ。

 

今まで押さえつけられた感情の発露。幼い少年の激情は、既に理性と感情によって肯定されていた。

 

姉たちが説く正義も理解している。けれど、それは姉たちの正義であって自分の正義では無い。

 

今、この瞬間。己の正義(本能)を知った。

 

目の前の怪物を、殺し尽くす。

 

直接向けられていない輝夜ですら、死を連想してしまった。

 

仲間すらも巻き込む、剥き出しの殺意。これがきっと、自分の正義。

 

全身に纏わりつく殺意の感触に、身を委ねた。



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最悪の日

無言のまま構えた少年は、1歩の踏み込みで、既に捉えられていた信者達の首をはね飛ばす。

 

「───────はっ?」

 

「……なにが…起きた…?」

 

誰も理解の追いつかぬまま、捉えた信者たちが白い影によって斬り殺される。

 

辛うじて影を見た輝夜は、驚愕により痛みを忘れて目を見開いた。

 

(私ですら、見えない…!?Lv3いや、それ以上の…!どういう原理だ!?)

 

その速度は、輝夜ですら一瞬捉えきれなかった。

 

捉えた信者を鏖殺した数秒後、呆けるヴァレッタの目の前にいた信者の首が吹き飛んだ。

 

3人、6人、10人と、首が次々と吹き飛んでいく。

 

叫びも、後悔も、音もなく、ただ白い狩人に蹂躙される。

 

「守れ!私を守れッ!?」

 

必死の形相で叫んだヴァレッタの声に、漸く現実が追いついたのか、信者達は命令通りの動きをしようとして、首を吹き飛ばされる。

 

「───────逃がすか、ぜったいに殺す。」

 

「ヒッ…!?」

 

無様に駆け出したヴァレッタに、ベルは急くこと無く、歩きながら小太刀を投げ、ヴァレッタの脚に突き刺す。

 

「げアッ!?」

 

「ヴァレッタ様を───────」

 

「邪魔。」

 

ベルの道を阻んだ信者を斬り殺す。思考はクリア、やることも理解している。

 

信者は全員爆弾を持っている可能性がある。自爆の特攻が奥の手なのだろう。ならば、させる前に首を斬り飛ばせばいい。

 

もうこれ以上、大事なものを失いたくないと考えた少年が出した、最短の道。合理的で、最も容易。

 

ヴァレッタの目の前まで来たベルは、ヴァレッタの右腕を容赦なく斬り落とし、痛みに叫ぶ間もなく、口に刀を突っ込んだ。

 

「げぼぁっ!!っ!!!?」

 

「もう、喋るな。その汚い声で僕達の耳を汚すな───────雑音が。」

 

ここで、ヴァレッタの命運は詰んだ。誰もがそう思った。けれど、運命は嘲笑うようにベルに牙を剥く。

 

「───────っ!?」

 

真横から出現し、襲いかかってきた食人花がベルを触手で吹き飛ばす。

 

なんとか剣で受けたベルは、体勢を整えてヴァレッタを睨みつけた。

 

「無事か!ベル!?」

 

「……平気、お姉ちゃんも、背中平気?」

 

「あ、ああ……私は、問題ない…くっ…!」

 

「お姉ちゃん!無理、しないで……!」

 

何事も無かったように頬に着いた返り血を拭き取ったベルは、膝をついた輝夜を守るように目の前に立った。

 

「がぼっ、がはっ…!?餓鬼が…!にげ、きってやる!!絶対に逃げ切って、てめぇは私が殺してやるっ…!!やれぇっ!食人花(ヴィオラス)!!」

 

命令と共に、食人花は信者の死体を噛み砕き、爆発を起こした。爆発によって建物は倒壊寸前、生き埋めになる前に脱出を始めなければならない。

 

「なっ!?爆破で建物ごと!?」

 

「撤退しろ!総員!撤退!」

 

「……っ、ベル!輝夜をお願い!」

 

最後の悪足掻きに、ベルはギリッと歯を食い縛って、睨みつけた。しかし、隣で脂汗を流す姉を見て思考を切替える。今は、引くべきだ。何も失わず、アイツを、絶対に殺す為に。

 

「絶対。絶対にお前は僕が殺す。」

 

あらん限りの殺意を叩きつけ、輝夜を支えながら撤退する。

 

「急げ急げ!崩れるぞ!輝夜!ベル!」

 

「お姉ちゃん…!もうちょっと、だから!!」

 

「…っ……ベル!輝夜!」

 

「う、ああああああ!!!」

 

崩壊の寸前。なんとか脱出した一同の空気は、最悪だった。被害はベルのおかげで最低限に抑えられ、死者はたった1人。それでも、この場の空気は凍りついていた。

 

「ベル……ベル?平気か?」

「うん、うん……平気。」

 

「そんな顔色で平気なわけが無いだろう!」

 

「───────ッ…!!」

 

輝夜がベルの顔を包むと、ベルは輝夜を突き飛ばし、胃の中の物を全て吐き出した。

 

震える両手をジッと見つめ、わなわなと震えながら、吐き続ける。

 

「ベル!?」

 

「どうしたの!?やっぱり、人を殺したから…!?」

 

「ベル……悪くない、なんて言えないけど。罪に感じる必要は無いよ。お前のおかげで多くの人が助かったんだ……本当なら、私達がやるべきだったことを、代わりにさせちまって、ごめん。」

 

「オェッ……はぁ…はぁ…っ…んぐ…はぁ…」

 

最悪の気分だった。

 

衝動に身を任せ、人を殺し尽くした。はっきりと見てしまった。ジャフが弾け飛ぶその様を。

 

笑っていた、寂しくないと言うように、己を殺さんとする少女を抱きしめていた。

 

なぜ、どうして少女を投げ飛ばさなかったのか。きっとジャフならあの状態からでも、逃げられたはずだ。けれど、そうしなかったのは、なんでなんだろう。

 

ジャフは、最後に言った。『勝て』と。

 

だから、立ち上がらなきゃ行けないのに。立ち上がれない程の吐き気が体を支配した。

 

肉を斬り、骨を断つ感触。首を斬った瞬間に漏れ出る空気の音も、全部が気持ち悪かった。

 

けれど、殺戮に快感を感じてしまった己自身に、最も嫌悪した。己の正義を執行しているという快感は、拭えぬ感触をベルに刻み付けた。

 

「……作戦は続行。部隊を編成し直すわ。ガネーシャ・ファミリアは一時私達の指揮下に、本隊と合流するわよ。」

 

「っ……アリーゼ、お姉ちゃん…!おじちゃんは!?おじちゃんは…まだ………っ…」

 

「……わかってちょうだい、ベル……」

 

「っ……………」

 

わかっている、そんな事。ジャフの遺体は跡形もなく消えた。直接見たのだ。わかっているし、理解している。今から戻ったところで、形見すらそこにはない。

 

だから、何も言えなかった。

 

そんな空気の中、破鐘の音と共に爆音が響く。

 

「なんだっ!?この音は!!」

 

「敵の切り札…【静寂】のアルフィアの魔法だろうよ。鐘の音と共に放たれる音の衝撃波……アスラとやり合ってんだろうな。」

 

「街中で兄様がこんな激しい戦いをするなんて…!」

 

「敵はそれほどって事ね……全員中央に撤退するわよ!」

 

ジャフは死んだ。その事実は消えない。だが、今は死を悲しむ時間が無い。動き出そうとしたアリーゼの袖を、ベルが強く引いた。

 

「ベル?」

 

「…………ある、ふぃ……あ?」

 

「そうよ、【静寂】のアルフィア。敵の最高戦力のひとり。私たちの敵───────ベル?」

 

アリーゼは聡い。人の機微に敏感で、子供の感情を読み取るのは、尚得意だ。1週間以上共に過ごしてきたベルの感情なら手に取るようにわかるだろう。

 

だからこそ、酷く動揺している事だけがわかった。

 

「……うそ、嘘だ…そんな、うそ、絶対、違う…!違う、違う!」

 

「ベル?ベル!?」

 

その次の言葉に、誰もが言葉を失う。

 

「違う───────お義母さん(・・・・・)はそんな事しないっ!!」

 

「……………え?」

 

少年がこのオラリオに来た目的。それが義母の捜索。誰もが、彼の目的を知っていたが故に、言葉を失った。

 

「………待て、待て待て待て…!嘘だろ!?」

 

「……いや、真実ならば尚のこと全ての説明がつく!ベルの才能も、遺伝だったわけか!!」

 

そこで、全員の辻褄があった。

 

彼の圧倒的な才能も、胆力すらも。全ての説明がつく。

 

ただ、そんな周りを放り出すように、少年は立ち上がった。衝動に駆られるように。

 

「───────行かなきゃ。」

 

「待て!ベル!行くな!!」

 

そう言って、ベルは武器を全て投げ捨てて、輝夜の静止すら無視して、音の元に走っていった。

 

「嘘だ、嘘だっ、嘘だッ…!!」

 

あの厳しくも優しい母が、人類の敵として大好きな人達と戦っているなんて、信じたくなかった。

 

聞き慣れた、鐘の音が聞こえる。

 

また、聞こえる。

 

何度も、何度も、何度も何度も何度も。

 

聞き慣れた鐘の音が聞こえた。

 

燃える街中を抜けて、爆音が響く中。少年はその場にたどり着いた。辿り着いてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「───────お義母さんッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

ピタッ、と戦場が静寂に包まれた。



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開幕

アストレア・ファミリア部隊が突入と同時刻。

 

既にバベル前の広場にはオラリオに住む全ての民が集まっていた。

 

その広場を囲むように冒険者たちが布陣し、それを全体から見える位置に陣取るは、我らがブレイン、フィン・ディムナ。その補佐として、リヴェリア・リヨス・アールヴが隣に立つ。

 

「───────現状はどうかな?」

 

「ああ、問題なく進んでいる……しかし、本当にこれでいいのか。」

 

「んー、僕もどうかとは思ったんだけど……敵にLv7相当が2人いるとなっては、どうあってもこの布陣は納得せざるを得ないかな。」

 

「【勇者】たるお前をしてそう言わせるほどか。」

 

「正直、彼のどこにこんな合理的な作戦が思いつく頭脳があったのかだけが気がかりかな。」

 

「……まさか、あの会議にいたアスラは偽物だとでも?」

 

「逆にそっちの方が違和感がない。」

 

「ひ、酷い言いようだな……」

 

こっちでも散々な言われ様のアスラ。実際に聞いてたら自分の信用の無さを爆笑していただろうが。

 

「しかし……都市の中央に全ての民を集め守備と同時に敵を集め同時に叩く……確かに、合理的ではあるが…危険は多い。」

 

「そうだね。そもそも、僕たちロキ、フレイヤ派閥が全滅しない前提の話だ。」

 

「恐ろしいことを言う。まぁ、Lv7がいる可能性を考えれば……本来であれば、そこを加味することも必要かもしれないが……」

 

「『作戦に仲間が全滅する事を考える馬鹿がどこにいるんだよ。』か……ほんと、敵わないよ。」

 

作戦の欠陥である、前提条件の難しさを指摘したフィンにかけられたこの言葉は、あまりにも傲慢で、身勝手で、衝撃だった。

 

フィンは聡い。このオラリオで神すらも超える頭脳を持つ唯一の存在だ。

 

兵を率いると言う観点で見ればフィン以上の人選は無い。しかし、そのフィンやオッタル、一騎当千の将の上に立つ存在として、アスラ程理想的な者はいない事も事実。

 

仲間を信じ、仲間に命を預け、民すらも作戦の一部にし、その作戦に巻き込まれて尚、市民から反発の1つも起こされない程の人望。

 

彼が居ない世界であったのなら、多大な犠牲を払う事は必至。少なくともこの作戦は確実に遂行できなかっただろう。

 

フィンは、そんな己に嫌悪感が湧き出る。

 

無意識のうちに、少数を犠牲に多を救おうとした。最初から少数を諦めていた。

 

「【勇者】……今思えばとんでもない皮肉だな。」

 

「随分弱気だな、らしくない。」

 

「そりゃね。あれだけ格の違いを見せられると自信もなくなるさ。」

 

そのフィンの視線の先には、作戦を伝えられたにもかかわらず、笑顔でバリケード作成などの手伝いを買って出ている。

 

それも一重に、アスラが命じたから。

 

「……市民に紛れ込む信者については?」

 

「フレイヤ派閥に対処させる。その為に、獣人系の冒険者が民衆の中に紛れてる。」

 

闇派閥による、無恩恵の市民たちによる信者達の動向は常に気を配る必要がある。内側から瓦解する事がもっともあってはならない。

 

「さて……そろそろ定刻。作戦通りならそろそろ連絡があるはず……そら、来た。リヴェリア、君も作戦位置につくんだ。」

 

「承知した。」

 

都市のあちこちから信号弾が、作戦の開始を合図していた。

 

「鬼が出るか、蛇が出るか。全面戦争と行こう。」

 

市民にも、作戦の開始が伝わったのか。ざわつきが広がった後に、一気に緊張が走った。

 

作戦開始より20分後、都市中から爆音が響き、市民が一斉に身をかがめた。

 

「来たか!」

 

「報告!ディース姉妹確認!現在フレイヤ・ファミリアの【黒妖の魔剣】【白妖の魔杖】が対処に当たっている模様!」

 

「報告!アパテー・ファミリア確認!仮称【精霊兵】部隊を率い進行中!先導しているのは調教師バスラム!対処しているのはガリバー兄弟!」

 

「陣形は変えず、作戦にも変更は無い。治癒士は陣形最前線の内側に!作戦に入るぞ!」

 

とうとう始まった正邪の全面戦争。

 

ここまではフィンとアスラの想定通り。問題はどこで切り札を切って来るかだ。

 

(接敵から20分……持ちこたえてはいるが、戦況は向こう側に傾いている───────だがこれでいい(・・・・・)…………場は、舞台は僕達が整える。それからは、彼らにかかっている。)

 

作戦の要である3人は、このオラリオを一望できる場所で合図を待っている。

 

その舞台を整え、最高のタイミングで彼らに引き継ぐ事。それが、フィンの役割。

 

(さぁ……いつ来る、アルフィア…!)

 

そうして、フィンが構えた瞬間。とてつもない轟音がある区画から鳴り響く。

 

「なんだ!?確認を急げ!」

 

「ほ、報告!お、【猛者】が…!【猛者】オッタルが敗れ!撤退している模様!」

 

「アルフィアか!?」

 

遂に来たかと叫べば、伝令は震えながら首を横に振った。

 

「そ、それが!相手は黒い鎧に、大剣を担いだ赤毛の大男だと!」

 

「赤毛の大男……っまさか!!」

 

報告にあった特徴の男に、フィンは覚えがあった。

 

嘗て陸の王者を屠り、英雄となったはずの武人。

 

剛力を持って獲物を喰らい、死肉を喰らい続けた戦餓鬼。

 

闇派閥が手にする、もうひとつの切り札。

 

「【暴食】ザルドか!!」

 

ざわっと、また広場が喧騒に包まれる。

 

嘗てオラリオが誇った英雄が2人、既に敵に回っている事実に、民衆も、冒険者の士気もガタ落ち。

 

闇派閥は、オラリオ側にとって最悪のシナリオを綴り始める。

 

「報告!【九魔姫】及び【重傑】が敗れました!敵は【静寂】と見られる女1人です!お2人も【万能者】の援護の元撤退しています!」

 

「っ!遂に来たか!敵が本格的に攻めてくるぞ!各自合図を出し、撤退の指示を!」

 

赤い信号弾を空に打ち上げ、撤退の合図を周知させる。

 

「団長!撤退は順調!防衛拠点は磐石ですが、このままだと時間の問題っす…!」

 

「……いや、これでいい。落ち着いて対処にあたり、部隊を立て直せ!勝たなくていい、ただ負けるな!」

 

徐々に徐々に、全部隊が中心に集まり始め、それを追って敵も中央に集まりだした。

 

防衛が主軸となるこの作戦において、防衛力を強化することは必須。しかし、気がかりなのは信者の動向。

確実に紛れ込んでいるはずの信者たちの動きが、全くと言っていいほど音沙汰がない。

 

(何故だ…?このタイミングで信者が動き出すと踏んでいたんだが………ああ、なるほど…)

 

辺りを見回し、原因を探れば、成程と納得した。

 

「おい、お前大丈夫か!顔色悪いぞ!?」

 

「お、俺は…!!」

 

「ほら、これを飲んで。気分が良くなるから!」

 

「……っ!!あり、がとう…っ!…ありがとう…!」

 

「怪我した冒険者は奥に運べ!!治療はできねぇが場所までは運べるだろ!」

 

「武器箱は向こうに運べ!前線にじゃんじゃん武器を送るんだよ!!バケツリレーだ!!」

 

()ッ!!』

 

「お前も気分悪いのか!?ほら、こっち来い!少し休んでろ!ほらこっちだ!ここまで良く頑張ったな!」

 

「あとは俺たちに任せて、ゆっくりしてろ!今は、みんなで支え合う時だ!」

 

「お、俺はっ……っ…ごめんっ……ごめんっ…!!」

 

「おおい!?何泣いてんだよ!?元気だせ!笑わなきゃいい明日は来ねぇって王様も言ってんだろ!?」

 

民が手を取り、冒険者の力にならんと一人一人が必死に動いている。誰もが絶望に打ちのめされること無く、笑顔を振りまき、隣人の心を支え合っていた。

 

(アスラに感化された民が、信者の心を拾い上げているのか。)

 

今にも暴れ出そうとした信者が、葛藤と苦悩の中、隣人に心を拾われ、誰もが己の行いを恥じ、悔いて、前を向いた。

 

アスラが撒いた種が、複雑に絡み合い、手を取り合うように大樹となって、この作戦の強靭な基盤をつくりあげていた。

 

もっとも、アスラはそんな事考慮には全く入れていなかったのだが。

 

「……杞憂だった。民を信じ、心から信頼した君の勝ちだ。信頼と信用……なるほど、僕はこれを考慮して作戦を組んだことがない。」

 

軍師としては二流もいいところだが、アスラという王としては、何よりも正しい作戦だった。

 

「っ…!フィン…!」

 

「しくじった…!」

 

「ガレス!リヴェリア!!」

 

2人を抱えて文字通り飛んできた【万能者】こと、アスフィ・アル・アンドロメダは、すぐさま2人を下ろし指示を仰ぐ。

 

「【勇者】!すぐに2人を治療班に回します!これから私はどうすれば!?」

 

「……そろそろだ、君も回復後防衛戦に回ってくれ。バリケードに近寄らせないだけで構わない!」

 

「はい!分かりました!」

 

「ラウル!彼女の手伝いを。【万能者】、ラウルを自由に使ってくれて構わない。」

 

『了解!』

 

即座に飛び立ったアスフィを追いかけるように、ラウルが走る。

 

「【黒妖の魔剣】【白妖の魔杖】部隊、撤退完了!だが重症だ!戦線復帰までしばらく時間が欲しい!」

 

「ガリバー兄弟部隊も撤退完了!だがこっちも同じだ!」

 

「アストレア部隊からの連絡はまだありません!幹部クラスと戦闘している可能性が高いです!」

 

「わかった、そっちは僕が回ろう。回復次第戦線への復帰を!アストレア部隊は元々遊撃部隊だ、彼女たちは自由にさせてこそ輝く、合流は後でいい!潜伏部隊!君達も前線に回れ!ここからは総力戦だ!気張れよ!」

 

『了解ッ!!』

 

戦力は低下。むしろ絶望的だ。しかし、士気だけは落ちていない。それだけが、この戦況の均衡を保っていた。

 

そろそろ切るべきだと、フィンが槍を掲げようとした時。

 

この盤面の異常さに気がついた。

 

(なんだ……なぜ、中央広場に踏み込んでこない?)

 

敵の進行が、一定の距離を保ち、近寄ること無く、こちらを傍観しているのだ。

 

異常、あまりにも異常。

 

魔法や魔剣での攻撃はある、しかしそれも牽制程度。闇派閥の主力である幹部クラスの攻撃は欠けらも無い。

 

(今更警戒?それは無い……ああ、そうか。奴らは待っている(・・・・)のか。)

 

そして漸く、フィンは理解した。

 

奴らは、待っているのだ。

 

「───────来たか…!」

 

ザッ、ザッ、ザッ、ザッと、都市中央広場を囲む様に包囲している闇派閥の構成員達が、足裏を地面に叩き付けリズムを刻みながら静かな狂気を纏う。

 

それは、絶望の凱旋。

 

「フィン…!」

 

「あぁ…お出ましだ。」

 

都市中央に伸びる、最も大きな中央道路。

 

その大通りを悠々と歩く、3つの影に、広場に集まった全ての人の目線が釘付けにされる。

 

「煩わしい……腐っても、ここはオラリオということか。」

 

「だが、腐り果てて尚……奴らの目は、死んじゃいないぞ?」

 

「それが尚喧しい───────希望なぞ、最早ないと言うのに。」

 

「そう言ってやるなよ、2人共。希望がなきゃ、絶望にスパイスが足りないだろう?」

 

「女々しい男神だ。男ならば豪快にいけ。なにもかもな。」

 

まるで昼時の談笑のように語る3人の影は、人々に、オラリオに敗北を宣言する。

 

ひとつは、黒いドレスを揺らし、美しい灰髪をなびかせて、凪いだ表情のまま、虫けらのように人々を踏み抜く、まさに傲岸不遜。その具現。

 

ひとつは、大柄で無骨。鎧に隠された肉体は、第2の鎧。喰らって喰らって喰らい続けた、戦餓鬼。

 

ひとつは、道化のように軽薄で、けれどどこまでも深い闇のように、絶望を連れて死の足音を鳴らす邪悪。

 

3つの絶望が、ここに降臨する。

 

「お粗末な作戦だな【勇者】わざわざこんなところに1点集中とは……計画は、補欠に頼らざるを得なくなった。しっかし、気でも触れたのかあいつら?」

 

「いや、そう思わせる事すら策のうちだろう。あのクソガキの姑息さは、俺たちにとっては正しく未知だ。」

 

「それこそどうでもいい。私が一言、歌えばそれで終わる。」

 

そんなふたりに、まぁ待てよ、と男神は笑う。

 

「絶望に叩き落とす。それが、俺たちの第1ステップだろう?」

 

フンッと鼻を鳴らしたアルフィアを他所に、大男───────ザルドは早くしろと促した。

 

「聞け、オラリオ。」

 

そして、悪が執行される。

 

「聞け、創設神(ウラヌス)。時代が名乗りし暗黒の元、下界の希望の芽を摘みに来た。」

 

誰もが聞いた、誰もが見た。

 

悪の産声を。

 

「『約定』は待たず、『誓い』は果たされず。この大地が結びし契約は、我が一存で握りつぶす。すべては神さえ見通せぬ最高の『未知』…純然たる混沌へ導くため。」

 

不遜、傲慢、身勝手。悪とはかくあるべしと、その様をまざまざと見せつけた。

 

「諸君らの憎悪と怨嗟、大いに結構。それこそ邪悪にとっての至福。多いに怒り、大いに泣き、大いに我が惨禍を受け入れろ。」

 

その、悪の根源は語る。

 

「我が名はエレボス。原初の幽冥にして、地下世界の神なり。」

 

誰もが、その名を聞いた。誰もがその名を覚えた。名も知らぬ神から、最も邪悪な神に名乗りを上げたエレボスは、すべてを足蹴にする。

 

「冒険者は蹂躙された、より強大な(英雄)によって!」

 

冒険者が、市民が、神が、膝をつく。

 

「貴様らが巨正をもって混沌を退けるのなら……我らもまた、血と殺戮をもって巨悪を証明しよう!」

 

もうこの場に希望は無い。誰もが、強大な悪の前に震え、肩を抱くように涙を流した。

 

「英雄は堕ちた!!貴様らに希望はない。過去の英雄は、人類(貴様ら)を見限った。」

 

そして、更なる絶望を叩きつけんが如く、抗う人間達の根源を否定する。

 

「告げてやろう、今の貴様らに相応しき言葉を。」

 

絶対悪は、彼らの正義を否定する。

 

 

「───脆き者よ…汝の名は、『正義』なり。」

 

 

誰もが夢想し、掲げた正義が、ガラガラと音をたてて崩れさる。

 

 

 

 

 

「我らこそが、『絶対悪』!!」

 

 

 

 

産声をあげる絶対悪は、人々を絶望の淵に叩き落とした。

 

悪にとって最高の愉悦、人々の絶望、狂気に落ちた悲鳴、巻き起こるそれが、どれ程心地よく悪の心を満たすのかを想像した。

 

 

その矢先

 

 

ある神が、人々の前に立った。

 

「笑え!踊れ!下を向いてちゃ、笑える明日なんて来ない!」

 

『……!!』

 

その一喝は、人々の俯いた顔を上げさせた。

 

「ガネーシャ様……?!」

 

「ガネーシャ様!?」

 

民衆の主、ガネーシャが悪を前に1人1歩1歩民を掻き分け前に進み、広場の中央を陣取った。

 

「絶望の淵にいるからこそ、闇が深ければ深いほどに!光は、呼応する様に強く、眩く足元を照らす!!民よ、今こそ思い出せ!我らが希望を!!」

 

忘れるなかれ、我らが光を

 

「民よ歌え!我らが王の名を!!」

 

忘れるなかれ、我らが王を

 

「民よ歌え!我らが防人の名を!!」

 

忘れるなかれ、我らが防人を

 

「民よ歌え!我らが舟の名を!!」

 

わすれるなかれ、我らが英雄の舟の名を

 

「今こそ叫べ!!我が槍の名をッ!!」

 

忘れるなかれ、オラリオ最強の槍の名を

 

 

その魂から震えるような、ガネーシャの叫びに、民は、ぽそりと呟いた。

 

「───────象神の三叉槍(トリシューラ)…!」

 

象神の三叉槍(トリシューラ)象神の三叉槍(トリシューラ)…!!」

 

象神の三叉槍(トリシューラ)象神の三叉槍(トリシューラ)!!」

 

1人、2人と、その名を口にする。

 

象神の三叉槍(トリシューラ)!!象神の三叉槍(トリシューラ)!!!」

 

象神の三叉槍(トリシューラ)!!象神の三叉槍(トリシューラ)!!象神の三叉槍(トリシューラ)!!象神の三叉槍(トリシューラ)!!象神の三叉槍(トリシューラ)!!象神の三叉槍(トリシューラ)!!象神の三叉槍(トリシューラ)!!象神の三叉槍(トリシューラ)!!』

 

徐々に広がるそれは、やがて広場に集った全ての人々が天に届く程の大声で、彼らの名を呼ぶ。

 

「おいおい……どうなってんだよ。お通夜ムードが、まるで歌劇だ。」

 

「いよいよ、お出ましか!」

 

「……ふっ、来るか………アスラ…!」

 

もう、先程のような絶望は無い。誰もが彼らの名を呼び、希望を託した。

 

「民よ!場を空けろ!ここに、降臨するぞ!!!我が【象神の三叉槍(トリシューラ)】がッ!!」

 

民が一斉にガネーシャから距離をとった、その瞬間。遥か上空から、3つの影が飛来し、轟音を響かせ土煙を舞いあげた。

 

前方にいた民が砂埃に目を薄める中、ぼんやりと映る影を指さし、歓喜の声を上げた。

 

「───────嗚呼…!ああ!!来た!来てくれたぞ!!」

 

土煙が晴れると同時、オラリオ全市民が待望する3人が、そこに堂々と登場する。

 

「アスラ様だ!!」

 

「シャクティさん!!」

 

「アーディちゃんも!!」

 

象神の三叉槍(トリシューラ)が来た!!」

 

アスラ、シャクティ、アーディ、3人揃えば常勝無敗。誰もが彼らの名を叫ばずには居られなかった。

 

しかし、アスラが声を発した瞬間、場はシンっと静まりかえる。

 

「よく、持ちこたえた───────あとは任せろッ!!」

 

「ここまでお膳立てされて、アがらないほど野暮なつもりは無い!!」

 

「さぁ!みんな!もうひと踏ん張り!」

 

3人の体から滾る炎(・・・・・・・・・)が、まだ民の記憶に新しい蹂躙劇の記憶を引きずり出した。

 

人々の胸を叩くように強く響く太鼓の三重奏(・・・・・・)が、戦士を鼓舞し、民の絶望を引っくり返す。

 

「さて!さてさーて!開幕と行こうや闇派閥!」

 

「都市の防人として、私達が悪を断つ!」

 

「誰も置いていかない!誰も見捨てない!巡る正義はここにあるって証明しよう!」

 

3人が想いを叫び、呼応する様に民が雄叫びをあげる。

 

ここからは、彼らの舞台。止まぬ大合唱を背に、尚3人は笑った

 

「さぁ!お待ちかねだ!民よ!!」

 

「戦士よ!!」

 

「神様だって!!」

 

一際強く、太鼓の音が鳴り響いたと当時、アスラが開幕を宣言し、3人が同時に、同じ魔法(・・・・)を発動する

 

 

 

ぶち上げろッ!!

 

 

 

『【踊れや踊れ、騒げや踊れ(ダンス・ダンス・ダンス)】ッ!!』

 

 




信じる最強の異名を大勢が叫ぶってめっちゃ良くない?


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正邪の行進

歓声止まぬ中、3人はその光景を眺め、真打ちらしく不敵に笑う。

 

「壮観だな、ここまで敵の幹部を揃って見る事になるとは……まぁ、それも今日で最後だ(・・・・・・・・・)。」

 

「ふふん!当然!今日で、闇派閥に奪われて泣く人をゼロにしよう!」

 

「それにしても、みろ!『突っつけ蜂の巣!オペレーションハニービー』大成功じゃねぇか!!」

 

「ここまではな……これからは、私達にかかってるという訳だ。どうする?」

 

「そりゃあ…俺がアルフィアで…」

 

「私とお姉ちゃんが【暴食】ザルドって事?思いっきりパワータイプだから嫌だなぁ。」

 

「同感だな。」

 

「んだよ、文句か?じゃあ交代すっか?」

 

『絶対嫌だ。』

 

「なんなんだよお前ら……」

 

まるで緊張感の無い会話は、3人の余裕を表していた。全身の筋肉を伸ばすように、しなやかに伸びたアスラは、背後に立ったフィンに尋ねた。

 

「数は?」

 

「約30000、第1級は10人、左右に5人ずつ展開している。現状確認できる限り、敵幹部はそろい踏みだ。お望みの舞台は用意できたかな?我が王よ。」

 

「最高だぜ!バランスもいいしな!なにより数えやすい!俺で1万5千!シャクティとアーディで1万5千!」

 

「計算に1秒かからなかっただと!?」

 

「お兄ちゃん!あれだけ拾い食いはダメって言ったのに!!」

 

「明日は季節外れの雪が降る、か……」

 

「お前ら!明日は雪が降るぞ!もしかしたら雹かもしれねぇ!」

 

「王様〜!計算が早くて偉いぞ!!」

 

「素敵よ〜!アスラ様〜!」

 

「おい!お前らもバカにしすぎだ!?」

 

4人のやり取りを聞いて、民衆は大いに笑った。絶望の中、ここに日常があると教えてくれた王に、明日を託すように、誰もが笑顔を浮かべた。

 

ったく、と拗ねたように唇を尖らせたアスラは気を取り直すように当たりを見回し、右側をさした。

 

「んじゃ、俺は右な!」

 

「じゃあ私たちは!」

 

「左から行こう。」

 

高まるボルテージ、奥にある3つの影を見据え、3人の口端が、不敵に持ち上がる。好戦的な戦士の笑みは、それを目にした全ての民に、冒険者に、興奮をもたらし、溢れ出させた闘気に打ち震えた。

 

ドンッ!と爆音とともに散った3人は、広場を囲む闇派閥を端から吹き飛ばし、エレボスたちの元に突き進む。

 

「アッハッハッハッハッ!!どけどけぇッ!!」

 

「邪魔だ、道を開けろッ!!」

 

「手加減、できないからね!!」

 

端から人が、瓦礫が、武器が吹き飛んでいき、死屍累々の様相を晒す。3人の進行速度は留まることなく、加速度的に上がっていく。

 

「止めろ!止めろぉッ!!奴らの進行を───────ぎゃあああ!?」

 

「だ、第1級が一撃で!?いギャアアアアア!?」

 

「右翼の【舞踏灰炎】はいい!!左翼のあの二人なら、我々でも止められるはずだ!」

 

「そ、それが…!すでに右翼側とほぼ同様の壊滅状態です!?」

 

「馬鹿な!?奴らはまだLv5とLv4だぞ!?第一級もいたはずだ!!」

 

「ものの5秒で吹き飛ばされました!?」

 

「ばっ、馬鹿なぁぁっ!?」

 

アスラが考案したこの作戦。

 

防衛戦に持ち込み時間を稼ぐことを目的にした篭城。籠城は攻めよりも有利であるためこの作戦を採用した、事は当然として。真の目的は、全ての敵をこの場に集める事。

 

「なるほど…闇派閥に勝機を見せ、一か所に集めるか…思い切りすぎだろ。」

 

「一網打尽……思い切った、というか作戦とも呼べん蛮行だろう。」

 

「けど、そのせいで本来送還するはずだった神も集められなかった。案外厄介だな…後手に回ったのが裏目に出たか。」

 

「そうして、その馬鹿な作戦に見事嵌ったわけか。袋のネズミはこちらだったと…見ろ、既に万の被害は出ているぞ。」

 

「なんでお前そんな機嫌いいわけ?怖いんだけど。」

 

「それは俺も怖い。」

 

「私達を真正面から倒しうる敵など久々だろう……ククッ、血沸く血沸く。」

 

そんな上機嫌なアルフィアに、ザルドとエレボスはゾッとしたものを見るように距離を取る。

 

そんな3人をおいて、闇派閥は壊滅が見えてきた。

そんな中、敵幹部がボロボロになりながら口を開いた。

 

「なぜ、何故これほどまでに強い!?速い!?絶望的なはずだ!!Lv7は敵に!周りは役たたず!なのになぜ、お前達3人だけがこうまで強い!?なぜ、お前たちは笑っていられるのだ!?」

 

あまりの3人の猛進に、敵は思わず叫ぶ。その言葉に、3人は何を当たり前のことを、と言うように口を開いた。

 

「俺たちが3人だけで戦ってるだァ!?この節穴野郎が!!」

 

「わからんだろう、ただ悪戯に混沌を振りまくお前達に、背負う事の強さなど!」

 

「私達は3人だけで戦ってるんじゃない!このオラリオにいる、全員で(・・・)戦ってるんだ!!」

 

快進撃に民が諸手を挙げて歓喜を示し、踊る勢いを強く、より笑顔で地を踏みしめる。

 

「数も!」

 

「心も!!」

 

「力も!!!何一つとしてッ!お前達に負けちゃいねぇんだよッ!!」

 

アスラの滾る炎がナーガに燃え移り、底上げされたステイタスによる薙ぎ払いで、闇派閥を焼き尽くす。

 

「行くぞ!アーディ!」

 

「うんっ!合わせる!」

 

シャクティとアーディの手に宿る炎が光線のように爆ぜ、闇派閥の構成員によって作られた人の海を割るように焼き払い、2人の道を作り出す。

 

しかし、すぐさま前進しようとしたシャクティの頭上に影が落ちた。

 

「───────ッ!!」

 

「避けられてしまったわ、けど見て!!邪魔姉妹よ!!」

 

「本当ね!いつも私たちの邪魔をする、邪魔姉妹!」

 

鏡合わせのような美しい相貌。白と黒で対になるようなエルフの少女たちは、無邪気に2人に剣をふりかざす。

 

すんでのところで躱したシャクティは、忌々しげに眉間に皺を寄せた。

 

「っ!ディース姉妹か…!」

 

「お姉ちゃん!」

 

「問題ない、抜かるなよアーディ!」

 

「うん!」

 

「アハハッ!私たちに勝つつもりよ!」

 

「愚かね!愚かだわ!そうだ!バラバラにしてモズのはやにえのように、首を晒してあげましょう!」

 

「いいわね!いいわ!とても楽しそう!」

 

少女らしい無邪気な見た目とは真逆の醜悪な腹の内を隠すことなく、嘲るように嗤う白と黒の姉妹。

 

シャクティとアーディは、闇派閥の最高位に位置する実力者、ヴェナ・ディース、ディナ・ディースと対峙する。

 

時を同じくして、アスラも最高幹部と対峙していた。

 

「クククッ、やれやれ…この戦いが終わっても、暫くは平常の活動は不可能……やってくれましたね。民衆の王よ……いや、流石と言うべきでしょうか?」

 

丁寧な口調に、侮蔑を張りつけた初老の獣人─────調教師バスラムは、アスラに向かって酷く親しげに声をかける。

 

アスラはそんなバスラムの言葉を一蹴するように鼻で笑った

 

「バーカッ!しばらくどころか永遠に活動できねぇようにしてやるっつってんだよ!」

 

「これは手厳しい……しかし、いくら貴方達であろうとも…私が用意した【精霊兵】に敵うでしょうか?」

 

禍々しい武器を持つ部隊が、アスラの前に立ちはだかれば、アスラは驚愕と怒りを顔に張り付けた。

 

「……テメェ…!無理矢理精霊を武器にしやがったのか!?」

 

「ご明察!!精霊の奇跡にも近しいその力を誰でも手軽に扱うことができる……これほどまで便利な道具(・・・・・)がほかにあるでしょうか!?」

 

大手を広げ、天を仰いだバスラムはこれ以上ないほどの喜悦に浸っていた。その顔は醜悪であり、何よりもアスラの地雷を踏んだ。

 

「精霊は人の軌跡を共に歩んできた隣人……!それを、道具だの便利だの言いやがって……っ……!!」

 

「っ……!!ハハハッ!!なんという熱気…!しかし、いいのですか?民衆の王ともあろう貴方が!笑顔を忘れていますよ?」

 

始めて見せるアスラの明確な怒りは、業火となって燃え上がる。

 

怒りによって歪んだ顔が、修羅を映した。

 

「今はいいさ。俺の代わりに、笑ってくれるヤツらがいるんだ。」

 

ミシッ、と音が鳴るほどに拳を握りしめたアスラは、怒りを隠すことも無く、バスラムを睨みつけた。

 

「王は笑って踊って民を、人を導く。けどなぁ、王様だって人間だ。キレることの一つや二つ、当然あるんだぜ?それに、シャクティもそろそろ、我慢の限界らしいからなぁッ!!」

 

炎がより強くなり、アスラが立つ地面が赤熱しながら、ドロドロに溶け変形する。

 

アスラが猛るその対角。シャクティも、理不尽な悪に対し、爆発寸前だった。

 

「お前達は、一体何がしたい。悪戯に混沌を振りまき、不幸を生む……お前達は何がしたいッ!!」

 

「お姉ちゃん……」

 

猛るシャクティにすら、姉妹は嘲笑うように、無邪気に答えた。

 

「何がって……私達はぶっ殺したい(あいしてあげたい)の!」

 

「そう!ぜーんぶ、あいしてあげたい(ぶっ殺したい)だけなの!」

 

「そんな、理由で…!!」

 

「……………」

 

答えになっていない答え。

 

まるでキャッチボールにならない会話。この姉妹は、狂っているのだ。

 

わかっていたことだ。そんなことは。けれど、シャクティは人にある罪悪感というものを、信じたかったのだ。誰しもが持つ、その当たり前を。

 

けれど、そんな当たり前があったとしたら、きっと自分たちの前に立ってなどいないのだ。

 

まるで、怪物(モンスター)に言葉を投げているような、空虚で虚しい。

 

獣に、何を言ったところで無駄なのだ。だから、ここで終わらせる。

 

「───────やるぞ、2人とも。」

 

その声に、反応するように、アーディとアスラは獰猛に笑った。

 

()ッ!!!』

 

寸分たがわず同時に胸を叩いた二人。

 

数百メートルもある彼女の言葉は、アスラには届くはずがない。しかし、繋がっている3人にとって、どれだけ離れていようとも、意味は無いのだ。

 

「急に叫んだかと思えば……気でも狂いましたか!?行きなさい精霊兵共!ぐちゃぐちゃにしてやれ!!」

 

精霊の奇跡、その具現とも言える、剣や槍が輝き、アスラに向かって炎や雷が殺到する。

 

その攻撃をナーガで切り裂き、軽業で避けながら、アスラは高らかに口を開く。

 

「お前たちには一生かかろうがわかりゃしねぇよ!俺達3人は!どこにいようと繋がってる!!」

 

ディース姉妹の連携を躱しながら、シャクティとアーディは機会を伺っていた。

 

「うふふっ、おかしくなったのね?この距離から、あの王様に声が届くはずがないのに!」

 

「血の繋がりもない癖に!!」

 

「ニセモノの家族!ニセモノの情!くだらない、どうでもいいものだわ!」

 

大きく距離を取った二人は、肩を並べて腕を組み、堂々と姉妹を睨んだ。

 

「それこそくだらん。私達は確かに血を分けた姉妹でアスラとの血の繋がりはない。」

 

「だけど、それを上回る絆で、私たち3人は繋がってる!」

 

呼応するように鳴り響く戦士の音色が、3人の背中を押した。

 

3人が口にするは、それぞれの原点(オリジン)とも言える、聖言(マントラ)

 

「【吟遊の王(バギシャ)】!」

 

隣合う誰かと手を取り、希望を見据えると誓ったアーディの体には、黄金を宿し人々を導く創造のマントラ

 

「【均衡の王(ヴァシュナ)】!」

 

今を守ると誓ったシャクティは、秘めた熱を示す守護のマントラ

 

「【戦舞の王(ナテシュバラ)】!」

 

王として民を守る為、全てを蹴散らすと誓ったアスラの、全てを焼き尽くす戦のマントラ。

 

3人の体が淡く輝きを放ち、その光は徐々に失せて行った。

 

しかし、ただそれだけ。変化はなかったはずなのに、3人は勝ち気に笑みを浮かべる。

 

「───────っ、驚かせてくれる。大層な詠唱の割に、変化はない…!発動条件があるタイプか…?なんにしろ、今のうちに殺ってしまえ!!」

 

「何が起きたの?何も起こらないわ?」

 

「きっと無駄な魔法だったのよ!」

 

これ幸いにと、襲い掛かった彼らに、3人は勝利を確信する。

 

シャクティ唯一の魔法は、確かに発動しているのだから。

 

【トリムルティ・シャクティ】

・三位一体魔法

・弟妹との共闘時、強制発動

・思考の共有

・任意の魔法、スキルの共有

・マントラの詠唱により詠唱者の最高レベルを他詠唱者に転写

 

アスラ、アーディ、シャクティが揃わなければ発動できないものではあるが、ノーリスクで昇華を可能にする反則的な魔法。

 

今この場に、Lv6が3人生まれた。

 

そして、3人は同時に片足を上げ、独特なステップを踏み同時に地を蹴り抜き、アスラの魔法【浄炎の讃歌】に存在する唯一の強化詠唱を叫ぶ。

 

 

 

『【踊り狂え(ターンダヴァ)】ッ!!!』

 

 

 

瞬間、3人を中心に纏っていた炎が急激に膨張し爆発。炎がディース姉妹を吹き飛ばし、爆炎から飛び出したアスラが精霊兵を焼き払った。

 

アスラに襲いかかっていた精霊兵は灰も残らず燃え尽き、ディース姉妹は辛うじて回避。吹き飛ばされながらも態勢を立て直す。

 

「なにが、起きたのっ!?」

 

「分からないわ!でも、私達も魔法で対抗すれば───────」

 

そうディナが口を開き、ヴェナのいる真横を見た時。シャクティの蹴りによって胸を蹴り貫かれた片割れの最後を見た。それが過ぎ去ったと同時に、遠くの方でとてつもない爆発音が聞こえた。

 

呆然とした意識の中、ディナは何事かも分からずに、絞り出すように、現実を拒む言葉がこぼれた。

 

「───────どこ、どこに行ったの?なにが」

 

「もう、貴女もおやすみ。」

 

背後から聞こえたアーディの声に振り向くより先に、彼女の胸を剣が穿いた。

 

「ぇ………私……剣……───────」

 

倒れるディナを抱え、アーディは優しく頭を撫でた。

 

「……ごめんなんて言わない。あなた達に奪われた命は、決して少なくないから……だから、次はこんなことしちゃだめだよ。」

 

聞いていたのか、聞こえていないのかわからなかったが、アーディは動かなくなったディナの瞼を優しく閉じて、その場に横たわらせる。

 

「………っ…ふぅ〜……いこう、お姉ちゃん!」

 

「……あぁ。」

 

走り出した二人は、ただ前を見つめた。

 

「向こうは、終わったみてぇだな。」

 

「ば、馬鹿な…私の精霊兵が、全て…たったの一撃で…!?」

 

思考の共有により、向こうの戦いが終わった事を知覚したアスラは、一撃で灰燼とかした精霊兵の灰を踏み越え、天を仰ぐ。

 

「……檻は壊した、好きなところに行けよ。」

 

ザァッと風が吹き、砕けた精霊の武器が灰と共に空に舞う。その様は、まるで感謝を述べている様でもあった。

 

「なぜ…なぜ……私の、最高傑作が…!!アスラァァ……っ!!」

 

「元々借り物の力だ。取り立てられたと諦めな……もっとも、今までのツケはまだ返せてねぇぜ、この俺がたっぷり取り立ててやらぁ!!」

 

一気に足を地面に叩きつけたアスラはその踏み込みだけで地面を大きく陥没させ、一瞬の間にバスラムの目の前に迫った。

 

燃える剛腕による、神速の拳。

 

ゾッとしたバスラムは死の間際、燃える死神を幻視した。

 

魔法により底上げされたステイタス+スキルにより、そこから更に底上げされた俊敏をもって放たれた攻撃は、バスラムに死を知覚させるまでもなく、その鎌を振り下ろした。

 

「あの世で反省してな!!これからの笑える明日に!!お前はいらねぇッ!!」

 

顔面に突き刺さった拳は、容易くバスラムの首をへし折り痛みを感じる間もなく絶命させた。

 

ピッ、と額の汗を拭ったアスラは、姉と妹に先に行かれていることを知る。

 

「先に行かれちまってるな……走ってもいいが…ここは、カッコよく登場しなきゃな!」

 

そうやって、口端をニヤリと上げたアスラは、指笛を鳴らし、生涯の相棒を召喚する。

 

「─────来いッ!我が友!ハヌマーン!!!」

 

その呼び声のあと、けたたましい蹄鉄の音とともに、大地を駆る紅蓮毛の炎馬が、アスラの隣に舞い降りた。

 

巨躯を震わせ、燃える赤毛の鬣を揺らしながら、アスラの友は呼び声に応じた。

 

「ハヌマーン!!お前の出番だ!行けるな!!」

 

アスラの言葉に、ブルルッと威勢よく返したアスラの愛馬───────ハヌマーンは、嬉しそうに鼻を鳴らし、早く背中に乗れとアスラの頭を小突く。

 

「うおっ、ハハッ!やるか、あの二人に追いつくぞ!!」

 

そのアスラの声に応えるように轟くハヌマーンの嘶きは、数百メートル離れた場所にいる2人の耳にも届いた。

 

「お姉ちゃん!ハヌマーンが来たみたい!」

 

「随分と私たちがリードしていたが、あの子がいるなら、同着にはなるだろう。気にせず突っ込むぞ!」

 

走り過ぎる衝撃波のみで敵を吹き飛ばしながら、大きく飛び上がり、最大出力の爆撃を見舞う。

 

闇派閥は尽くその身を焼かれ、倒れ附した。2人は燃える街の中を突き進む。

 

二人の爆撃と同時、飛び乗ったアスラを感じたハヌマーンは大きな一歩を踏み出した。

 

「ぶち抜け!ハヌマーン!!」

 

駆け出したハヌマーンの速度は、尋常の馬をゆうに超え、速度だけならば、都市最速と呼び声の高かった猫人にも迫るだろう。

 

そも、この神時代において、騎馬での移動は、Lv1で既に無用となる。それは恩恵によって底上げされた力によって、基本的に馬よりも駆けるのが早くなる。

 

しかし、ハヌマーンの速度は第2級冒険者を駆ける余波で吹き飛ばし、第1級冒険者すら追い抜かす。

 

下界で唯一恩恵を与えられた動物であり、恩恵を与えられた人間を含め、上澄みに位置する実力を持つ軍馬。

 

ハヌマーンは、アスラと共に戦場を駆け、修羅場を潜り続けてきた。アスラが子供の頃から、寝食を共にし、喜びを、悲しみを、苦しみを分かちあった。

 

そして、ハヌマーンは永遠の友に置いていかれぬために、強さを求め、ついには、竜すらも踏み殺し、Lv5に上り詰めた。

 

目の前に広がる人の海を見下ろすように飛び上がったハヌマーンの馬上から、アスラが灼熱の爆撃を放つ。

 

その光景を眺めていたエレボス達は、やれやれと肩を竦めた。

 

「…まさか、ここまでやられるなんてな。闇派閥は7割が再起不能。上回っていた数も、策も、何もかもひっくり返された……が。」

 

「まだ私達がいる。絶望は覆ってはいない。」

 

「……強者の匂いだ。硝煙と血に満たされた空気……久しく、忘れていた。」

 

燃え上がる前方を眺め、ザルドとアルフィアは、徐々に強く響く戦士の音に、胸を踊らせた。

 

そして二人は同時に、脅威の来訪を察知する。

 

『───────来る。』

 

豪炎の壁を突き破り、弾丸のように飛び出した3人は、それぞれの敵に一直線に突き進む。

 

ザルドは襲い来る二人の拳と蹴りを大剣で防ぎ、アルフィアは馬上から飛び上がり落下と共に来るウルミの刺突を避ける。

 

(この力───────!)

 

(この速度──────!)

 

一瞬の拮抗の末、二人は目を見開き久方ぶりの衝撃を目の当たりにした。

 

自身の認識よりも速く、自身の認識よりも重い。

 

二人の攻撃にザルドは殴り飛ばされ、アスラのその一撃がアルフィアの白い頬を切り裂いた。

 

そうして、二人は認識を改める。

 

彼らは有象無象か?

 

 

やつらは、凡百の冒険者か?

 

否!

 

我らの首に牙を突き立てる強者!!

 

久しく感じていなかった、戦いの高揚。

 

殴り飛ばされたザルドは体勢を立て直し、大剣を担ぎ、獣の如き形相で姉妹を射抜く。

 

「名乗れ。お前達を有象無象と一緒くたにはしたくない。」

 

「シャクティ・ヴァルマ」

 

「アーディ・ヴァルマ!」

 

「ククッ…そうか、アーディ、シャクティ……失望させるなよ?」

 

切り裂かれた頬の血を拭い、ドレスに着いた土埃を優雅に払ったアルフィアは、着地したアスラを見やった。

 

「随分と待たせてくれたな。私は焦らされるのが嫌いなんだ。」

 

「なに、よく言うだろ?ヒーローは遅れてやって来るってな!!」

 

「お前がヒーローという柄か?笑わせる。せいぜい子供達に笑われるピエロにしかなれんだろうに。」

 

「老若男女に大人気のスーパーヒーローだぜ?さぁ!とっとと終わらせて、お前の捨てたもん拾いに行くぜ!」

 

「………戯れに交わした口約束だと言うのに、律儀な事だ。せいぜい足掻けよ?スーパーヒーロー。」

 

呆れたように苦笑したアルフィアは、翡翠と灰の瞳をアスラに向け、ゆったりと構えた。

 

過去の最強と現在の最強達が、激突する。

 




精霊兵の解釈ってこれでいいんだっけ……そもそも詳しい描写あったっけ……まぁ、読み直して違ったり、ご指摘が入ったらちょっと修正します。


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POWER!!

あけましておめでとうございます、本年もよろしくお願いします。

遅くなってごめんなさい。年末も年始も大変だった……

今回はバチバチの戦闘シーン。原作にも二人の戦闘シーンはなかったからいくら盛ってもいい。

年末に見返したら魔法効果意味わかんない部分があったので簡潔な効果に変更+追加します。
ちゃんと見なくても問題はありません。物語に反映させておくので、変わったんだなということは理解してください。
以下、変更箇所です

■変更前
踊る時間が1分を超えるたびに現在のステイタスに過去のステイタスをLv1から順に加算。加算上限は現在の昇華回数。上限到達時、現在のレベルの値を全ステイタスを乗算。5分後に初回加算時の潜在値の値にリセット。

■変更後
・時間経過により各踊りの付与効果割合上昇。割合上昇上限は現在までの昇華回数。踊りが途切れるまでマインドを消費し続け、効果を持続させる。
・踊り変更時、途切れること無く踊りを繋げる事で消費魔力還元。

タイトルも変えようかな……


大剣を担ぎ、分厚い甲冑に身を包む目の前の戦士。

 

彼より強く、レベルの高い数多の英傑、数多の英雄達が居たあの時代。記憶にあるシャクティはともかくとして、まだ幼子だったアーディは話に聞いたことがある程度。

 

そして、目の前の戦士は、その英傑の中でも更に上澄み。Lv9がいたとされる時代で、陸の王者を討伐した立役者はLv7のザルドだったと言う。

 

アーディが対応するは、未知の結晶にして、現人類の頂点に等しい戦士の片割れ。

 

(凄い圧…!ただ目の前に立ってるだけなのに!全身の肌に針が突き刺さってるみたいに鋭い殺気……こんなの、ダンジョンでだって経験した事ない…!)

 

ステイタスも、技術も、心も負けるつもりは無い。けれど、それを突き抜けてくる生物としての本能的な恐怖が、アーディの体を小さく震わせていた。

 

そんな彼女を知ってか知らずか、後ろからぬぅっと伸びた屈強な腕が、ワシワシと雑にアーディの頭を撫でた。

 

「わ、わわっ…えっ!?ガネーシャ様!?」

 

「ガネーシャ!?なぜここに!」

 

「ほぅ……お前たちの主神か。」

 

「そう!!俺がっ!!ガネーシャだァッ!!!」

 

今も防衛拠点にてフィンと共に指揮を執っていた筈のガネーシャが、2人の後ろに堂々と立っていた。

 

「な、なんでこんなところに…危ないんだから拠点に───────」

 

「アーディ、震えを殺す必要は無い。その震えも、お前という戦士の証だ。」

 

「ガネーシャ、様……?」

 

いつものお調子者らしい、喧騒は鳴りを潜め、うっすらと暖かな神威がアーディを包んだ。

 

「そうだ。恐怖を前にして尚、お前は誰かの為に、守りたいと思ったものの為に立ち上がる。お前の魂は高潔で、何者にも侵されることは無い。それは、シャクティやアスラに並び立つものだ。」

 

「……!」

 

「故に、お前達を奮い立たせるのは、俺という足手まとい(・・・・・・・・・)!!」

 

ガネーシャは知っていた。アーディの正義の在り方を。憧れの在り方を。

 

だからこそ足手まとい、守られる存在の自分が必要だと、奮い立たせるための起爆剤が必要だと、この状況にもっとも適した鼓舞をしに、死地へと赴いた。

 

「ガネーシャ様…!」

 

「貴方という神は……まぁ、らしいといえばそうか。貴方が後方で大人しくしている方が異常事態だな。」

 

呆れたように笑ったシャクティにニカッ!と笑いながら、ガネーシャは胸を張った。

 

「だから、お前達の背に居る俺を!民を守ってくれ!」

 

「うんっ!」

 

「普段もこうして威厳ある姿を見せてくれればいいんだがな…」

 

「それは無理だ!!俺はガネーシャだからなっ!!」

 

呵呵大笑するガネーシャに呆れ笑いながら、敵を見やったシャクティは信じられないものを見た。

 

「……未熟と、見誤ったか。」

 

集中していたが故に、ほんの一瞬の相手の変化に気が付いた。

 

(笑った…あんなに優しい笑みを……?)

 

何かを思い出し、慈しむような優しい微笑み。

 

シャクティは心底驚いた。あの殺気の塊のような戦士が、あんなにも柔らかく笑うのかと。

 

けれど、そんなことを考える暇はなく、一触即発の空気が漂い始めた。とにかく今は考えを捨て、目の前に集中することにした。

 

そんな空気の中、ぱち、ぱち、と手を叩きながら、ザルドの背後にエレボスが現れた。

 

「感動的だな、ガネーシャ。眷属への激励、正に理想の神。人気なのも頷けるよ。」

 

「エレボス……2000年振りだな。」

 

「そうだな【幸運と前進】を司るお前は冥界なんて鬱屈とした場所に用はないしな。」

 

「正確には【障害の除去】だがな。お前にはお前の、俺には俺の仕事があり、それに優劣は存在せず、またそれぞれ誇り高い物だ。」

 

「あーあ、神格者はこれだから……嬉しいこと言ってくれる……けど、残念だ……これから、そんなお前と、その眷属を殺さなきゃいけないんだから。」

 

ニヒルに笑ったエレボスに、ガネーシャは動じることなく腕を組んだまま、ニカッ!と白い歯を見せた。

 

食あたりを起こした病人(・・・・・・・・・・・)を引っ張り出しておいて、随分と大口を叩くなエレボス!俺の娘達を相手にするには、ハンデが過ぎるゾウ!」

 

その言葉に、誰よりも大きく反応したのはザルドだった。

 

「ハッハッハッハッ!!俺を前にハンデと抜かすか!!面白い!余程の自信があると見える!」

 

「当然ッ!!眷属()の勝利を疑う俺ではなぁぁいッ!!」

 

その言葉には一欠片の嘘もなく、絶対の信頼を2人に寄せる物。呆れたように笑ったふたりは、すっかりいつもの雰囲気を取り戻していた。

 

「勝たなきゃね、お姉ちゃん!」

 

「そもそも私達が勝たなければオラリオは滅びるんだが……まぁ、言うのは野暮か……当然、常勝不敗の私たちに敗北など無いと見せつけてやるか。」

 

背中を合わせ、左右対称の構えをした二人に合わせるように、ザルドも大剣を上段に構えた。

 

シャクティとアーディの肌を焼くような熱を持った空気が一瞬、ピタリと止み、2人の集中力が極限に達した。

 

「貫けッ!我が槍よ(トリシューラ)!!」

 

「粉砕しろ、ザルド。希望諸共木っ端微塵にな。」

 

ガネーシャの声に合わせ一直線に突撃してくる2人に、ザルドは目を見開く。

 

(2対1のセオリーを捨てた!?だがそれは裏を返せば自信の裏付け!)

 

本来、2対1の状況であれば、力と思考を分割させるために挟撃を行うことがセオリー。しかし、二人はそれを捨てた。

 

ザルドから見てもとてつもないスピードで迫る2人の背後には、2人が駆けた足跡が深々と刻まれ、瓦礫が吹き飛んでいく。

 

目の前に来た瞬間。トップスピードを保った攻撃が空を裂く。

 

攻撃が当たる寸前、ザルドは2人の攻撃の軌道上に大剣を差し込み、防御の体勢をとった。

 

推定Lv7の攻撃。

 

ザルドは、来る衝撃に備え体を強ばらせる。いくらLv7という人外の膂力があろうと、Lv6上位、下手をすればLv7に届く戦士2人の攻撃。完全な防御態勢に回らなければ防ぎきれないと、最初の1合で確信していた。

 

そうしてザルドの思考が固定され、防御に偏った。

 

と、ふたりは予備動作を見て確信する。

 

このパターンは何度も経験している。一撃目を布石にした、2撃目の本命は、経験上必中(あた)る。

 

そして、来る二つの衝撃。

 

アーディの蹴り、シャクティの拳を受け止め───────2人の真意を理解したザルドは、自身が選択を誤ったことに気がつく。

 

(───────これはっ!?)

 

ザルドは見誤った。

 

ザルド程の強者であれば、遠目で見ただけでステイタスの推測は容易。加えて、1度2人の攻撃を受けたザルドは2人の力量をその時点の認識で固定した。

 

(力が増している……あれが全力ではなかったのか!!)

 

受け止めた2人の拳と蹴りの衝撃が、コンマ数秒の認識を超えて大剣ごと吹き飛ばし、ザルドの脚を浮かせた。

 

久方ぶりの感覚だった、地から足が離れた浮遊感など。

 

アスラの魔法【ダンス・ダンス・ダンス】は時間経過とともに強化割合が上がっていく。

 

1分の踊りの継続時間につき踊りの付与効果が約20%上昇、その上昇上限は現在のレベルまで加算されていく。

 

ザルドは、2人のステイタスが最高地点に到達する前の認識を持っていたが故に、無意識の慢心と己の肉体に対する絶対の自信が、ザルドの防御を突破した。

 

(ここに来るまでのステイタスは1000を超えた程度だったが、今は違う!)

 

(ガネーシャ様が稼いでくれた時間で、きっちり6分!!このステイタスなら、貫ける!!)

 

魔法発動より、現在6分が経過。

 

魔法により付与効果が最大値に上昇するタイミング。ステイタスの上昇率が約120%に到達した潜在能力を、ふたりは存分に爆発させる。

 

踊りが途切れるまで、3人のステイタスはオール2000を超え、力、俊敏のステイタスに至っては3500を超える。

 

『ぶっ飛べえぇぇぇッ!!』

 

「ぐおおおぉぉぉッ!?」

 

訪れた果てしない衝撃により、2度3度とバウンドして吹き飛んだザルドは、なんとか体勢を立て直し、体を襲った衝撃に目を見張った。

 

半身とも言える苦楽を共にした全身鎧が、一部を大きく凹ませていた。

 

(出鱈目な魔法に、俺に迫るパワー……これは…!!)

 

敗北

 

この二文字がたったの一撃でザルドの脳裏をよぎる。

 

だが、それでもザルドは凹んだ鎧を脱ぎ捨て、笑った。

 

「───────面白いッ!!」

 

ザルドは自他ともに認める生粋の戦餓鬼。血を吐こうが、毒を食らい体が腐ろうが戦い続けた闘志は、先の一撃をもって全盛期の状態に突入した。

 

噴き上がった間欠泉のように闘志がザルドから溢れたのを感じた2人は、臆すること無くステップを変え、力強く地を踏む。

 

2人が奏でていた音が、変化する。

 

「音が、変わった……?いや、この味……そうか…そこが到達点では無かったか!!」

 

万民の音色から、戦士の音色へと曲調を変える。

 

【ダンス・ダンス・ダンス】には5種の踊りが存在する。

 

今まで踊っていた踊りは、比較的戦闘向きでは無い【民衆の舞(ヴァイシャ)

 

今の一撃をもって二人は痛いほど理解していた。ザルドの硬さと強さを。

 

故に、出し惜しみなどしない。

 

民衆の躍動するステップを、重く鋭い旋律に合わせ、力強い戦士の舞に繋げる。

 

戦士の舞(クシャトリヤ)!!』

 

【戦士の舞】力と耐久の高域強化に加え、任意アビリティの昇華効果を付与する、戦士が奏でる戦場の輪舞曲。

 

「───────来いっ!!」

 

拳を突き出し、力強く踏み込んだ2人は、待ち構えるザルドに再度突撃する。

 

(この味……恐らく、この2人、先程よりも格段にステイタスが上がっている!となれば、俺の選択肢はただ1つ……!!)

 

2人の攻撃を、受けに回ることなく、攻撃によって相殺する。

 

果たして激突した3人の攻撃は、都市にまで届く程の衝撃波を伴う。

 

『ッ───────!?』

 

「ハハハハハッ!!デタラメなステイタス!!これでも俺は軒並みこれ以上ない(カンスト)んだがな!!」

 

ザルドの行為は、狂っているとしか言いようが無い突撃。技で受けるでもなく、避けるでもなく、真正面からぶつかりに来た。

 

2人にとって、自分たちの攻撃を真正面から受けて吹き飛ばせない人間など、初めての経験だった。

 

だからこそ、2人の行動は速い。

 

防がれたと認識したシャクティは続け様に次の攻撃を放つべく、ザルドの内側に踏み込み、胴体に向け掌底を放つ。

 

対するアーディは右足を軸に、しなやかに回転。ザルドの死角に回り、そのまま飛び上がって後頭部に蹴りを放つ。

 

二か所の同時攻撃。高速で選択肢を増やす必殺の連携は、二人の十八番。『猛者』ですら、対応できず数分間タコ殴りにされた実績を持つ

 

しかしザルドはそんなことは関係ないと言わんばかりに、アーディの蹴りをそのまま受け、シャクティの掌底をもその身で受け止める。

 

その音は、まるで鉄同士が激突した様な、重厚な音だった。

 

「っ…………いい連携だ。やるな、痛みなど久々だ。」

 

「嘘でしょ…っ!?」

 

(今のを受けられるかっ…!)

 

咄嗟に距離を取った二人を前に、ザルドは大きく肩を回す。

 

「今度はこちらから行かせてもらう───────死ぬなよ?」

 

2人は咄嗟に防御の構えを取って攻撃に備えた。それが功を奏したのか、既に2人の目の前にいた攻撃を、アーディが真正面から蹴りを放ち、受け止める。

 

「いっったぁぁぁ!?絶対ヒビ入ったぁぁ!!?」

 

しかし、その攻撃はアーディに確実にダメージを与え、足の骨に罅を入れる。が、ザルドは何度目かもわからない驚愕に身を引いた。

 

(またパワーが上がっている!恐らく、耐久も加速度的に上がっているな?この音と踊りが関係しているのか。それに、実に厄介なのがこの連携!追撃をしていれば吹き飛ばされていたのは俺だったな。)

 

ザルドが追撃の姿勢に入る寸前。シャクティが一歩速くアーディのカバーに回り、追撃のカウンターを狙っていたため、ザルドは追撃を諦め、距離を取らざるを得なかった。

 

攻撃した足を抑え、蹲ったアーディは纏っていた炎で足を癒し、すぐに立ち上がる。

 

「イッテテテ……お兄ちゃんの魔法が無かったらもう動けなくなってたかも」

 

「……それで済むのか、割と本気で殴ったぞ。」

 

「ふふん!今はみんなが踊ってるからね!それだけ、私達のステイタスもどんどん上がる!」

 

「そういう事だ。今、私達の力は先の比では無い。」

 

「勝手に見た目で技術特化だと判断していたが……予想を裏切る、美しいまでの脳筋(パワー型)。それも俺に迫る、か。」

 

背を合わせ、力強く対極の構えを取ったアーディとシャクティは、不敵に笑った。

 

「知っているか『暴食』お前たちが去ったオラリオでは、こんな言葉が生まれた。」

 

「『力こそパワー!!』ってね!」

 

「ッ!」

 

再び激突した二人は、アーディがタンクを担い、シャクティが攻撃に、役割をランダムにスイッチ(入れ替わり)しながら、ザルドに怒涛の攻めを見せた。

 

息もつかせず、思考の隙を与える前に殴る。

 

その弱攻撃の様に無数に出される拳と蹴りが、既に必殺の域にある。

 

しかし、その爆撃の雨を、ザルドは防ぎ、躱し、攻撃を返しながらさばいていく。

 

(駆け引きも、策も無い純粋な殴り合い!俺とこれができる相手は団長くらいだったんだがな…!なんだよエレボス…!後進が育っていないだァ?嘘つきやがって!!)

 

額に浮かぶ冷や汗と、期待に満ちた笑みを浮かべながら、ザルドは後進二人の猛攻を本能に身を任せ防ぎ続ける。

 

(それにしても…この連携…!)

 

アーディの蹴りを受け、反撃する瞬間。アーディが首を傾けたその隙間から、シャクティの爆弾のような拳が飛んでくる。

 

(どういう原理だ…!後頭部に目でもついているのか!?当たればアーディが死んでるぞ!洗練された連携、というだけでは説明がつかない…確実にスキルか魔法!)

 

先程から、明らかにアーディとシャクティの連携に感じる違和感。まるで、どこを攻撃するのかを互いに予め理解しているような、そんな感覚。そして、結論に辿り着く。

 

弾けた両者の拳が波濤の如き衝撃をもたらす。

 

『───────っ!!』

 

「どこへ行く?まだまだ終わっちゃいないぞ!!」

 

思わず距離を取った二人に追撃せんと、ザルドが剛腕を振り下ろせば、地面に巨大なクレーターを残した。軽々と避けた二人は威力にゾッとしながらも、尚笑っていた。

 

「流石、過去の英傑!ここまで強いのなんて、バロール以来だよ!」

 

「あぁ、なんならバロールよりも出力は高いだろう。オマケに、まだ魔法が残っている!」

 

「なら、出す隙なんてあげない!!」

 

再度攻勢に出た二人は、陣形を崩すこと無く、淡々とザルドを削っていく。

 

ザルドもザルドで、この膠着状態にも似た消耗戦に飽き始めていた。

 

(このままでは埒が明かないな。俺の体力が尽きるのが先なのは明確……しかし、この連携、そういう事か。)

 

この短時間で、ザルドは2人の魔法について確信に近い物を得ていた。

 

アーディの蹴りを掴み、視線を遮っての死角からの攻撃すら、見ることも無くアーディは躱し、ザルドの腕にそのまま組み付く。瞬間、まるでシャクティが突っ込んで来るタイミングを理解しているようなタイミングでザルドの腕を固め、動きを封じ、シャクティの一撃と共に離脱、再度超近距離の肉弾戦に持ち込む。

 

今の攻防で、確信はより強固なものになった。

 

「視界の共有、いや、思考の共有だな?それも無意識か、本能レベルの感覚に近いもの!さしずめ意識の共有といったところか!」

 

「流石だな。この短時間で殆ど答えを導き出したか。」

 

「でも!対処なんてできないし!だからなんだって話だけどね!」

 

アーディは自信たっぷりに構え、ニィッ!と笑って蹴りの嵐をザルドに叩き込む。

 

タイミングよく弾くことで捌いたザルドは、アーディの蹴りを掴み、足を払って見事な投げを見せた。

 

(今の私が投げられた!?反応もできなかった!チックショ~!力に技まで私たち並か上じゃん!)

 

空中に放り出された無抵抗のアーディに対し、ザルドは当然攻撃を仕掛ける。

 

しかし、シャクティが突き出されたザルドの腕に横から掌打を当て、軌道を逸らす。そして、アーディは間に割って入ったシャクティの肩の上で逆立ち。そのまま回し蹴りを放ったが、ザルドは余裕をもって防いで見せた。

 

「まるで大道芸だな!」

 

「でも、良い蹴りでしょ!」

 

「憎らしいほどになっ!!」

 

体勢を整える為に、距離を取れば、状況は振出しに戻った。

 

「カラリパヤトゥの真髄はまだまだ深いからね!驚くのは速いよ!」

 

「勝負はこれから、ということだ。」

 

未だ戦意衰えず、不敵に笑みを浮かべるアーディとシャクティ。元都市最強や見知った顔には失望したが、やれやれどうして、本命は別だったかと呆れ笑ったザルド

 

「そうだな……第2ラウンドだ!!」

 

再度激突せんと構えた三者の背後で、ザルドは確かに耳にした。

 

黄昏に置いてきた、日常の声を。




ザルド:もっと魅せてみろ!!!ヴァルマ姉妹!!!

アーディ&シャクティ:POWER!!!

ガネーシャ:俺達がッ!!ガネーシャだぁぁぁぁ!!!

エレボス:うわぁ……ザルドと殴り合ってる……こわ……

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