悪魔と魔女の物語 (ゾキラファス)
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プロローグ 1

 超不定期更新です。続くかどうかさえ全くわかりません。それでもよければ、よろしくお願いします。


 

 

 

 

 

 水星軌道基地 ペビ・コロンボ23

 

「ぐす…」

 

 幼い赤毛の少女、スレッタ・マーキュリーは、誰もいない倉庫の片隅で泣いていた。母と一緒に住んでいるこの水星という土地は、よそ者にとても冷たい土地だった。

 直接的な嫌がらせや暴言なんて日常茶飯事。酷い時には、物を投げつけられる事さえある。幸い、直接的な暴力こそ振るわれていないが、それでも日々精神がすり減っていく。まだ子供である彼女には、辛く厳しい日々でしかない。

 

「ひぐ…おかあさん…」

 

 そして今日もいつものように、水星の老人たちにイジワルをされた。本当なら母の胸の中で泣きたい彼女だが、それは母を心配させてしまうのでしない。何時もなら、家族であるエアリアルのコックピットで泣くのだが、生憎今日はそのエアリアルが整備中の為、入る事が出来ない。

 なのでスレッタは、1人でペビ・コロンボ23の施設内を歩き、誰もいないであろうこの倉庫で両膝を抱えて泣いている。部屋で泣いていたら、絶対に水星の人たちから怒号が飛んでくるからだ。誰もいないここなら、多少は安心できる。

 

 そんな時だった。

 

「誰?」

 

「っ!?」

 

 泣いている自分に声がかけられたのは。

 

 スレッタが恐る恐る顔を上げると、そこには自分と同じくらいの黒髪に青い瞳の男の子がいた。水星には自分と同じくらいの子供なんていない。住人の殆どは老人だからだ。初めて見る同じ年くらいの子供に、少し面食らうスレッタ。

 

「ご、ごめんなさいっ!!」

 

 しかしこのままだと、また酷い事を言われるかもしれない。だってここは水星なのだ。よそ者は歓迎されない。なのでつい反射的に、スレッタは謝る。

 

「…?何で謝んの?」

 

「え…?」

 

 しかし目の前の少年は、頭に疑問符を浮かべる。何時もなら、例え謝っても何かしらの暴言を吐かれるというのに、それがない。スレッタには、それが不思議だった。なので少年と同じように、頭に疑問符を浮かべる。

 

 ぐぅ

 

 すると倉庫内に、可愛らしい音が鳴る。それはスレッタの腹の音。思えば、今朝から何も食べていない。これではお腹が空くのなんて当たり前だ。

 

「いる?」

 

「え?」

 

 すると、少年は羽織っているジャケットのポケットから、何かの木の実をスレッタに差し出す。本日3度目の驚きだ。これまでなら、例えお腹が空いていても、誰かに何かを差し出されるなんて無かった。何なら『そのまま飢えて死んでしまえ』と言われる。

 だというのに、目の前にいる少年は、まるでそんな事知らないと言わんばかりに木の実のような物を差しだしてきた。

 

「え、えっと…」

 

 こんな親切なんてされた事が無い。なのでスレッタは、どう反応すればいいか分からずに、そのまま固まってしまう。

 

「いらないの?」

 

「あ!えっと!いります!!」

 

 少年にそう言われ、スレッタは木の実を受け取る。そしてそのまま口に入れた。

 

「美味しい…」

 

 初めて食べるその味に、スレッタはつい口を開く。何時も食べている宇宙食のゼリーではない食べ物。一応水星にも、今食べたような木の実は売ってはいるが、スレッタが口にできる訳が無い。単純にとても高いからだ。

 

「そう。よかった。これ偶にハズレあるんだよね」

 

 そう言うと、少年も木の実を口に入れる。すると顔をしかめた。どうやら彼の言うハズレだったようだ。

 

「あ、えっと…私、お金持ってません…」

 

 ここでスレッタは我に返る。こんな風に優しくされるなんてありえない。今食べた木の実の代金を要求されるに決まってる。

 しかし自分はお金なんて無い。このままではまた酷い事を言われるかもしれない。なので早いうちに謝っておかないといけない。

 そう身構えていたのだが、

 

「は?何でお金?いらないけど?」

 

 少年は何も要求してこなかった。

 

「え…じゃあ、何で食べ物を…?」

 

「お腹空いてそうだったから」

 

「それだけ?」

 

「それだけ」

 

 もう何度目の驚きかわからない。水星で、こんな風に親切にされたのなんて初めだ。もしかすると、自分は今優しい夢を見ているのかもしれない。そう思える程に、今体験している事が非現実的すぎた。

 

「あの、ありがとう、ございます…」

 

「ん」

 

 今まで親切にされた事が無かったので忘れてたが、こういう時はきちんとお礼を言わないといけない。それを思い出したスレッタは、直ぐにお礼を言う。

 

 ガコンガコン

 

 その時、ペビ・コロンボ23が大きく揺れる。

 

「今日も太陽風が激しいな…」

 

 少年はそう呟きながら、また木の実を口に入れる。ペビ・コロンボ23は水星の衛星軌道上にあるのだが、ここは太陽風の影響をモロに受ける。

 当然、それを直接受ければ人間は即死するし、施設の設備は機能を停止する。なので太陽風が出る時は、施設全体を特殊な防護壁で覆うのだ。酷い時は、2ヵ月以上も防護壁を閉じて、住民皆が閉じこもって過ごす日さえある。そして今日は、その太陽風が酷い日であった。

 

「……」

 

 スレッタはその揺れに恐怖し、手を握りしめて再び両手で両膝を抱える。

 

「で、そんなとこで何してんの?」

 

 一方少年は、そんな恐怖など無いかのようにスレッタに質問をする。

 

「えっと、さっきおじいさんに色々言われて…」

 

 スレッタは子供ながらに掻い摘んで質問に答えた。こういった酷い環境であるが故、水星は厄介事を持ってきそうなよそ者に非常に厳しい。だからスレッタとその母親は、全くと言っていいほど歓迎されていない。施設を歩けば、小言を必ずと言っていいほど言われるくらいには。

 

「俺と一緒じゃん」

 

「え?」

 

 そして話し終えたスレッタに、少年は一緒だと言い出す。

 

「俺も生まれはここじゃないからね。だからよそ者」

 

「そうなの?」

 

「うん。俺、火星生まれだから」

 

「火星…」

 

 ここよりずっと遠い場所、火星。火星は、水星よりはずっと良い環境だとエアリアルで見たデータに書いてあった。僅かではあるが水があるし、荒野ばかりではあるが嵐は無い。

 勿論、地球に比べればずっと酷い環境なのだろうが、ここよりはずっとマシ。なんせ太陽風に怯える必要が無い。

 

「どうして、ここに?」

 

 スレッタはそこが気になった。こんな酷い環境の水星にくる人なんて、よっぽどの事情がある人だとエアリアルが言っていたからだ。本当にこういう事は聞かないのが暗黙のルールなのだが、幼いスレッタにはそれがわからない。なので子供特有の好奇心で聞いてしまった。

 

「父さんと母さんが、火星で何かやらかして逃げてきたんだって」

 

 少年もそれに普通に答える。彼にとって、それは割とどうでもいい事だ。

 

「まぁ、その父さんと母さんはもう死んでるから、何があったなんて知らないんだけどね」

 

「え?」

 

 なんせ彼の両親は、既に亡くなっているのだから。

 

「2年前の事故、あの場所に2人がいてさ。おかげで俺1人なんだ」

 

 2年前、水星のとある資源採掘現場で、犠牲者が40名も出る突発的で大規模な事故があった。その犠牲者の中に、少年の両親もいたらしい。

 

「お父さんとお母さんがいなくて、寂しくないの?」

 

 スレッタは母親がいないときは、寂しくて仕方が無い。なので何時も、エアリアルの中で泣いている。もしも少年のように母が突然いなくなったと思うと、泣きそうだ。

 

「別に。寂しいと感じた事はないかな?」

 

 だが少年はそんな事ないらしい。その返答に、同じくらいの子だというのに、凄い子だとスレッタは思った。

 

「それに、バルバトスのおかげで採掘の仕事が出来てご飯食べられるし」

 

「え?」

 

 少年の発言に、聞きなれない言葉があったのをスレッタは聴き逃さない。

 

「バルバトス?」

 

「うん。俺のモビルスーツ。両親がどっかで拾って動けるようにしたんだって。あいつで操縦習ったから、今モビルクラフトで採掘できてる」

 

「え、凄い…」

 

 スレッタは未だにエアリアルを、シミュレーションでしか動かせていない。なのに少年は、既にモビルクラフトを動かして採掘までやっているという。とても自分では真似できない。

 

「えっと、バルバトスって、エアリアルみたいな感じ?」

 

「エアリアル?何それ?」

 

「お母さんのモビルスーツ。今日は整備中で動かせないけど、いつもは向こうの工場にあるんだよ」

 

「へー。どんなの?」

 

「えっとね、エアリアルはね…」

 

 その後、スレッタは夢中で話した。何時も老人たちにイジワルされているので、こんな風に楽しく話すなんて母とエアリアル以外にした事が無い。おまけに少年は、モビルスーツを持っているという共通点もある。おかげで話が弾むのだ。

 

「あ、ごめん。俺そろそろ行くから。今日はモビルクラフトの整備しないといけないし」

 

「あ、うん…」

 

 しかし、楽しい時間というのはあっという間に過ぎていく。少年は仕事があるようで、そう言うと倉庫から歩きだしていく。

 

「……」

 

 スレッタは、その背中を見つめていた。これで終わり。楽しかった時間は、もう終わり。このまま何もしなければ、もうこうやって話す事も無いかもしれない。そんなの、嫌だ。

 

(逃げたら1つ…進めば2つ…)

 

 スレッタは、母がよく言っている言葉を思い出す。

 

「あ、あの!」

 

「ん?」

 

 スレッタは立ち上がり、少年に話しかける。

 

「ま、また、お話してもいい!?」

 

 そして勇気を出して、少年にそう言った。

 

「うん、いいよ」

 

 するとあっけらかんに少年は答える。

 

「あ、ありがとう…!」

 

 スレッタは笑顔でお礼を言う。母とエアリアル以外でできた、初めての話し相手。それができた事が嬉しくて堪らない。

 と、ここでスレッタはある重大な事を思い出す。

 

「あ、そうだ!えっと、何て名前なの?」

 

 それは名前。思えば、未だに少年の名前を聞いていない。これはいけない。母からも、相手の名前はしっかりと聞いておくものだと教わっている。

 

「俺の名前?」

 

「うん。私はね、スレッタ・マーキュリーって言うんだ」

 

 先ずは自分の名前を言う。自己紹介はとても大事だからだ。エアリエルのデータにもそう書かれていた。そしてそれを聞いた少年は答えた。

 

 

 

 

 

「三日月・オーガス」

 

 

 

 

 

「えへへ…」

 

 それから数時間後、エアリアルは整備を終えて、何時もの工場にいた。そのコックピットの中には笑顔のスレッタがいる。

 

「ん?どうしたのエアリアル?」

 

 そんなスレッタに、エアリエルが話しかける。今まで母親がいないのに、こんな笑顔になるスレッタを見た事が無いからだ。気になるのも仕方が無い。

 

「え?うん。実はね、お話し相手が出来たんだ」

 

 その答えに驚くエアリアル。水星の老人たちは、自分たちを厄介者扱いする。そんな人たちの中に、好き好んで話しかけてくる人がいるのかと。

 

「ううん。三日月も私とお母さんと一緒でよそ者なんだって」

 

 スレッタの発言に、納得するエアリアル。確かによそ者同士なら話も合うだろう。だがそれはそれとして気になる。一体どういう人物なのか、エアリアルはスレッタに質問をする。

 

「えっと、三日月は男の子で、黒い髪に青い目で…」

 

 男と聞いて、エアリアルは少し警戒する。もしや、この可愛い妹に何かしようとしている悪い虫ではないのだろうか。だとすれば大事だ。一刻も早くビットで排除しなければ。

 

「だ、ダメだよ!!三日月に何かするなんて!!あと悪い虫って何の事?」

 

 その辺はお母さんに聞いて欲しいと、エアリアルはスレッタに言う。正直、自分もよくはわかってないし。

 

「そうだ!今度三日月にエアリアルを紹介してもいい?」

 

 それは自分では決めきれないけど、あまりよくは無いだろうとエアリアルは思う。一応、エアリアルは機密扱いのモビルスーツだ。外に漏れたらダメな情報が沢山ある。おいそれと、他人に見せていいものではない。

 

「そっかー。残念。あ、でも、三日月もエアリアルみたいなモビルスーツを持ってるって言ってたよ?バルバトスって言うんだって!」

 

 水星にきてから、エアリアルは自分と似ている何かがいるとずっと感じていた。恐らくそれは、その三日月という少年が持っているモビルスーツの事だろうとエアリアルは思う。それにしても、バルバトスとは物騒な名前だ。

 

「えへへ。私と三日月って、似た者同士だよね」

 

 確かにそうかもしれない。よそ者で、モビルスーツを持っていて、子供。こんな似た者同士、滅多にいないだろう。

 

 こうして、スレッタとエアリアルは会話をしていき、水星の夜は更けていく。

 

 

 

 

 

「あ、おはよう三日月!」

 

「おはよう」

 

 あれからスレッタと三日月は、時間を見つけては最初に出会ったこの誰もいない倉庫で話すようになっていた。母は最近会社の仕事が忙しくて、あまり帰ってこれない。これまでなら、その間エアリアルと過ごしていたのだが、今は違う。

 

「今日はね、エアリアルと一緒にシミュレーションをしたんだ。この前より上手く動けるようになったよ!」

 

「凄いじゃん。俺は1日採掘してたけど、いつもより多く採れたよ」

 

「凄いな三日月は。私と同じ年なのに。私は早く採掘できるようになりたい」

 

「危ないからやめた方がいいよ。少しでもミスしたら死んじゃうし」

 

 話す内容は、その日あった事。お互い、まるで業務連絡でもしているような感じだが、この娯楽に乏しい水星ではこれくらいしか無いのだから仕方が無い。

 本当なら、エアリアルで見れるアニメや色んな映像とかを見れればいいのだけど、生憎母親から許可が出なかった。

 

「ねぇ三日月。地球って知ってる?」

 

「知ってる。聞いた事しかないけど」

 

「地球にはね、水星が丸ごと入るくらいの、大きな水たまりがあるんだって!」

 

「そんなに大きいの?凄いね」

 

「あとあと!色んな物が沢山売っているお店とか、勉強する学校とか、友達と遊べる楽しい場所があるんだって!」

 

「へー。ここに無いものばかりだね」

 

 水星にあるものは、採掘基地と岩と太陽風だけ。そもそも太陽に近すぎるせいで、人が住める環境じゃない。故にそんな娯楽施設を作る余裕なんて、ある訳が無い。

 

「あ。もう時間だ。今日はこの後、エアリアルと一緒にお勉強なんだ」

 

「わかった。頑張ってね」

 

「うん!」

 

 2人が会う時間は、何時もそんなに多くない。それぞれやる事があるからだ。ここ水星では、手の空いている者なんていない。余裕が無いからだ。なので2人が話す時間も、いつも少しだけ。

 でもスレッタはそれで満足だった。これまで暗くて寂しいペビ・コロンボ23での日々が、少しだけ明るくて楽しい日々になったらだ。

 勿論、大好きな母とエアリアルがいたので、これまでがずっと寂しかったという訳ではないが。それでも、三日月と話すようになってからは、より楽しい日々になった。

 未だに老人たちからイジワルをされてはいるが、三日月と話すとその時の嫌な気持ちも癒える。まるで魔法みたいに。

 

(明日は何話そうかな?)

 

 スレッタは無重力空間をスキップしながら、エアリアルのある格納庫まで行くのだった。

 

 

 

 ある日の事。太陽風のせいで採掘も出来ず、母も仕事で水星を離れていた時、

 

「スレッタ、バルバトス見たい?」

 

「え?」

 

 いつもの様に話していると、突然三日月がそんな事を言ってきた。

 

「今日さ、採掘も全く出来ないし、他にやる事がないから、暇つぶしにどうかなって」

 

「見たい見たい!凄く見たい!」

 

「じゃあ、あっちにあるから行こうか」

 

 スレッタは興味津々だった。エアリアルのデータで、色んなモビルスーツは見た事はあるが、三日月のいうバルバトスはまだ見た事が無い。調べても出てこなかったし。

 でも今日は、それが見れるというのだ。ワクワクが止まらない。そして2人は、ペビ・コロンボ23内にある、8番格納庫にやってきた。

 

「ここは俺の家みたいなものだから、俺が許可出さないと誰も入れないんだ」

 

 どうやら三日月はここに住んでいるらしい。そしてポケットからカードキーを出して、格納庫入口に設置している端末にかざす。すると格納庫に入るドアが開き、その中に入ると、広い空間があった。

 

「あれだよ」

 

 三日月が薄暗い格納庫の先を指さす。するとここには、

 

「うわぁ…」

 

 1体の白いモビルスーツが鎮座していた。

 

「あれがバルバトス。俺の死んだ両親が残してくれた、唯一の財産」

 

 これが話に聞いていたバルバトス。頭には黄色いV字のヘッドアンテナ。肩には赤と白のごつごつしたアーマー。指先はエアリアルと比べるとなんかトゲトゲしている。その両脇には、何やらゴツイ鉄の棒のようなものが置いてある。エアリアルと比べると、全体的に凶悪な感じがする機体だ。

 

「凄い。エアリアル以外で初めて見る本物のモビルスーツだ」

 

 スレッタはバルバトスに近づく。エアリアルとどこか似ているけど、やはり違う。特に顔が違う。バルバトスの方が、怖い顔つきをしている。

 

「これ動くの?」

 

「一応。でもセーフモード以外で動かしたらダメなんだって」

 

「え?どうして?」

 

「何か、こいつに積んでいるリアクター?って言うのが動くと、ここの電気設備が全部壊れちゃうらしいよ」

 

 三日月もその辺りの知識が浅いので詳しく言えないが、このバルバトスには特別な動力炉が積んであるらしい。そしてもしそれを出力を上げて動かすと、ペビ・コロンボ23は全ての電気設備を壊され、水星の地表にまっ逆さまに落ちていくとの事。

 なので動かすときは、出力が低いセーフモードの時のみ。当然だが、宇宙空間に出て動かすなんて出来ない。

 

「へぇ~、エアリアルとは本当に違うんだ」

 

「そうなの?」

 

「うん。見た目は少しだけ似ているけど、他が全部違うよ」

 

「へぇ。見てみたいな」

 

「お母さんがいいよっていったら、三日月にも見せてあげるね」

 

 薄暗い格納庫の中で会話をする2人。その光景は、さながら幼い姉弟が話しているようにも見える。その後、バルバトスに搭載されているシミュレーションをスレッタがやって、エアリアルのものとは難易度が段違いだったためにボコボコにされたりして、その日は終わった。

 

 

 

 それからも2人は、度々会っては話をした。

 

「あ、三日月。ここ違うよ」

 

「え?そうなの?」

 

「ここはこっちの式を使わないとダメなんだ」

 

「面倒…」

 

 ある日は、スレッタが三日月に勉強を教えた。

 

「ねぇ三日月。いつも食べてるその木の実って、結局なんなの?」

 

「月に1回くる補給船あるでしょ?そこで買ってる火星ヤシの実」

 

「他になにかないの?」

 

「ないね。ここにくるのって、大体が施設の補給品だし」

 

「そっかー…もしかしたら、色んなお野菜とか食べれたかもしれないって思ったのに」

 

 ある日は、三日月が定期的に購入している木の実の話をした。

 

「もしもエアリアルとバルバトスが戦ったら、どっちが勝つかな?」

 

「わからないよそんなの。でも、俺は負けない」

 

「でもバルバトスって、連射できる射撃武器ないよね?」

 

「近づいて殴ればいいし」

 

「でもエアリアルにはビームライフルがあるよ?」

 

「避ける」

 

 ある日は、自分たちのモビルスーツ談義をした。

 

(もしも弟がいたら、こんな感じなのかな?)

 

 そんな日々が続いていく内、スレッタはそんな風に思った。三日月は、水星という過酷な環境で出会った同い年の男の子。本来ならお互い忙しいので、そう何度も顔を合わせる事なんて無かっただろう。

 しかし、あの時声をかけたおかげで、今ではほぼ毎日会って話をしている。会話内容も様々。まるで自分とエアリアルみたいだ。

 

(こんな日が、毎日続いたら楽しいのにな…)

 

 

 

 

 

 数年後 水星表面 チャオモンフ採掘基地

 

「くそ!ダメだ!あそこの坑道はもう無理だ!」

 

「おい!早くモビルクラフトを収容しろ!」

 

「怪我人はこっちだ!」

 

 チャオモンフ採掘基地。そのハンガーで、老人たちが慌てていた。水星は、非常に危険な環境下で採掘作業をしている。なんせ、太陽からたったの5791万kmしか離れていないのだ。故に、突発的な太陽風による事故が後を絶たない。

 そして今もこうして、とある坑道が太陽風により崩れ、作業員が1人取り残されてしまっている。出来れば救援に向かいたいが、モビルクラフトではどうあっても不可能だ。

 

「残っているのは、誰だ?」

 

「あいつだよ。火星からやってきた家族の子供」

 

「あのガキか…」

 

 幼いながらも、しっかりと危険な採掘作業をしてきた三日月。そのおかげで水星の老人たちからも、少しは三日月に対する風当たりが弱くなっていた。その彼が、今も事故現場に残されている。

 

「無理だ。どうあっても助けられない…」

 

「だな…諦めよう…」

 

 三日月がよそ者だという事を差し置いても、この状況で助けに行く事は不可能だ。

 悪いとは思っている。老人たちだって、好きでよそ者を、ましてや子供を見捨てるなんて事はしたくない。できれば助けたい。

 しかし助ける手段が無いこの状況では、もう見捨てるしかないのだ。

 

『軌道上にあるペビ・コロンボ23の5番ハンガーが開きます!!』

 

「はぁ!?誰が出ようとしてんだ!?」

 

 だがそんな中、1人だけ彼を助けに行こうとする者がいた。

 

「今行くよ!三日月!!」

 

 スレッタ・マーキュリーはそう言うと、エアリエルに乗って軌道上から水星の地表目掛けて出撃をする。

 

 

 

 

 

(これで、終わりか…)

 

 瓦礫に埋もれたモビルクラフトのコックピットの中に、三日月・オーガスはいた。太陽風の影響で、モビルクラフトの計器は既に死んでいるし、アームもスラスターも全く動かない。モニターは奇跡的に生きているが、瓦礫に埋もれているので何も映らない。着ている作業用スーツだって、生命維持装置が壊れかけている。酸素残量も、もう殆どない。

 自分はもう、あと数分で死ぬ。そんな状況。火星で何かをやらかして逃げてきた両親も、数年前にこうして死んだと聞いている。

 

 だというのに、三日月は冷静だった。

 

 思えば今まで、自分は空っぽだったと三日月は感じる。仕事をやっても満たされない。食事を食べても空腹しか満たされない。死んだ両親の話を聞いても、あまり興味がわかない。

 水星の老人たちに、言われるがままに仕事をする毎日。そこに何の文句も無かった。何も感じなかったからだ。

 もしかすると自分は、生まれた時から何かが壊れていたのかもしれない。

 

(ああ、でも…)

 

 しかし、スレッタと話している時は楽しかった。自分以外の同い年の子供。そんな彼女と話している時だけは、心が満たされる気持ちだった。

 

(そういえば今日、作業終わったらスレッタとご飯食べる約束してたな…)

 

 ご飯と言っても、データで見るディナーではなく、何時もの宇宙用ゼリーだ。それを、自分の格納庫で食べようと約束をしていた。でもこの状況では、その約束はもう叶えられそうにない。

 

(約束破った事、スレッタ怒るかな…)

 

 出来れば約束を破った事を謝りたい。しかし通信機すら壊れているこの状況では、メッセージすら残せない。そこだけが、心残りだ。こうして三日月・オーガスは、ゆっくりと目を閉じて、最期の時を待つのだった。

 

 

 

 

 

『三日月っ!!』

 

 

 

 

 

「え?」

 

 自分を呼ぶ声に反応し目を開けると、自分が乗っているモビルクラフトが揺れている。太陽風のせいじゃない。何かがモビルクラフトの近くで動いている。いや、瓦礫を破壊している。

 

「スレッタ?」

 

 ここにいるはずの無い少女の名前を口にする。するとモニターに光が差す。そしてそれは、あっという間にモニターを照らしていった。

 

『いた!三日月!無事!?』

 

 三日月の目に、見た事が無いモビルスーツが見える。所々バルバトスに似ているが、なんか違う。そんなモビルスーツ。

 

「もしかして、それがエアリアル?」

 

『そうだよ!私とエアリアルだよ!助けにきたんだ!』

 

 どうやらあれがエアリアルらしい。そして、乗っているのはスレッタ。

 

『その状態のモビルクラフトは基地まで運べないから、直ぐにこっちに乗って!!』

 

「いいの?」

 

『いいの!!じゃないと三日月死んじゃうでしょ!?』

 

「わかった」

 

 そう言うと三日月は、瓦礫が無くなった事により開くようになったモビルクラフトのハッチを開ける。

 

「こっちだよ三日月!」

 

 同じようにエアリアルのコックピットハッチを開けたスレッタが、三日月に手を伸ばす。そして三日月は、モビルクラフトのコックピットから、勢い良くスレッタ目掛けて跳んだ。

 

「よし!捕まえた!!」

 

 スレッタは、自分に飛び込んできた三日月を抱きしめて、エアリアルのコックピットハッチを閉める。

 

「エアリアル!直ぐに戻ろう!じゃないと皆死んじゃう!」

 

 そう言うと、エアリアルは凄いスピードで山の影に沿って飛んでいく。目指すは、チャオモンフ採掘基地だ。

 

「ありがとう、スレッタ」

 

「どういたしまして!でもそういうのは全員助かってから!!」

 

 こんな状況だが、三日月はスレッタにお礼を言う。しかしスレッタにはそれに答える余裕がない。今は一刻も早く基地に戻らなければ。

 

(やっぱスレッタといると、いいなぁ)

 

 そして三日月は、とんでもないスピードで動いているエアリアルのコックピットの中でそんな事を思うのだった。

 

 その後、チャオモンフ採掘基地にたどり着いた2人は、老人の1人から大目玉を食らうのだった。

 

 

 

 ペビ・コロンボ23

 

「無許可だったんだ」

 

「急がないといけないって思ってて…」

 

 水星軌道上にあるペビ・コロンボ23のバルバトスが置いてある格納庫。そこで2人は、約束通り夕食を共にしていた。三日月を助けたスレッタだったが、どうやら無許可で救助にいっていたらしい。その結果が、あの大目玉だ。

 

「スレッタ。もう1度言うけど、ありがとう」

 

「ううん。私も無我夢中だったし…でも、どういたしまして」

 

 だがもうそんな事はどうでもいい。こうして無事に生きているのだから。

 

「でも本当によかった。三日月が無事で…」

 

 つい泣きそうになるスレッタ。もし三日月があのまま死んでいたかと思うと、怖くて仕方ない。スレッタにとって、もう三日月は家族同然なのだ。そんな家族が死んでしまうのは、とても怖い。

 

(ああ、そっか…)

 

 そして三日月は、スレッタを見て気が付いた。

 

(俺、スレッタの傍にいると、嬉しいんだ…)

 

 スレッタと共にいると、空っぽな自分が満たされるという事に。この感情は、恋ではないだろう。どちらかというと、多分家族愛に近いかもしれない。

 

(決めた)

 

 空っぽな自分を満たしてくれた存在。そんな彼女に報いたい。だから、三日月は決めた。

 

「スレッタ」

 

「何?」

 

「もう1度言うけど、今日はありがとう。おかげで俺、生きてる」

 

「そ、そこまで言われると、少し恥ずかしいかな…」

 

 

 

 

 

「だからさ、俺のこの救われた命、救ってくれたスレッタにあげるよ」

 

 

 

 

 

「……へ?」

 

 三日月の突然の発言に、スレッタは面食らう。

 

「俺さ、昔から自分がよくわからなかったんだ。何してもよく感じないみたいな感じして。でもさ、スレッタといるとなんか満たされる気がする。これ、凄くいいなって思った。できればお礼がしたいんだけど、俺そういうのよくわからいないから、俺の命をあげるよ。他にあげれるの無いし」

 

「……えええぇぇぇぇ~~~~!?」

 

 バルバトスが鎮座する格納庫に、スレッタの絶叫が響く。

 

 この日、三日月はスレッタの物(自称)となった。

 

 

 

 




 続くかどうかは、作者次第…

 このネタももう古いよね。

 でも本当に次回いつになるかわからないので、どうか気長にお待ちください。


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プロローグ 2

 ランキング4位?    え?本当に?

 多くの感想、評価、お気に入り登録、本当にありがとうございます!!

 でもどうしよう?別作品の息抜きで書いていたから、細かい設定考えてないんですよねぇ…。まぁ、何とかするしかない。

 とりあえず突貫工事ではありますが、ランキングの乗っていたのでモチベがあがり、頑張って書きました。お楽しみ頂ければ幸いです。


 

 

 

 

 

 水星軌道基地 ペビ・コロンボ23

 

「ふっ…ふっ…ふっ…」

 

 その中にある8番格納庫では、三日月が上半身裸で、鉄製の細いパイプに掴まり懸垂をしていた。その数、既に200回を超えている。

 水星には、暇な時間に遊べる娯楽施設などが無い。娯楽があるとすれば、月に1度やってくる補給船で買える僅かな嗜好品を楽しむか、誰かと話すか、データベースで古い映像データを見るかくらいだ。

 しかし三日月は、基本補給船では火星ヤシ以外を買わない。子供だからアルコールは飲めないし、そもそも碌な嗜好品など売ってないからだ。

 

 そんな三日月が暇な時間になにをするかといえば、筋トレだ。

 

 前に施設内のデータベースで見た映像では、筋トレをすると心身ともに満たされるというのがあった。まだ幼かった三日月は、その情報を鵜呑みにして実施。するとこれが、意外にも自分にハマった。

 別にこれで心が満たされている訳ではないが、汗をかくのは悪くないと思う。それからというもの、三日月は暇な時間を使って、筋トレをするようになった。

 そしてそのおかげで、三日月はまだ幼い子供だというのに、かなり鍛えられた体をしている。水星に唯一いるもう1人の子供と比べれば、その違いが歴然だ。

 尤も、そのもう1人の子供は女の子なので、一概に比べられるものではないのだが。

 

「ふーーーっ」

 

 懸垂が300回を超えたところで、三日月はパイプラインから手を離す。息があがり、全身汗だらけでベトベトする。

 だが、水星表面での採掘作業中の方が嫌な汗が出たりするので、こっちの方がずっとマシだ。

 

「あ、もうこんな時間か」

 

 格納庫にある時計をみると、そろそろ約束の時間だ。これ以上筋トレをしていると、遅れてしまう。

 

「行くか」

 

 三日月はそう言うと、近くにあったタオルで汗を一通りふき取り、小さいコンテナの上に置いてある宇宙食の固形クッキーを持ち、約束をしている場所、無人の倉庫へ向かうのだった。

 

 

 

「あ、三日月ー!」

 

「おはよう、スレッタ」

 

 

 

 水星でたった2人の子供、スレッタ・マーキュリーと三日月・オーガス。2人は共に成長し、11歳となっていた。

 

 

 

 

 

「へぇ。あのモビルスーツ、色んな映像データがあるんだ」

 

「うんそうなんだ!海とか動物とか、色んな食べ物とか!他にも沢山あるんだよ!」

 

「凄いな。バルバトスにはそういうの無いっぽいし」

 

「そうなの?」

 

「うん。まぁ、詳しく調べた訳じゃないから、もっとしっかり探したら見つかるかもだけど、やりかたわかんないからなぁ…」

 

 2人で倉庫の壁に寄りかかって横に並んで座り、宇宙食の固形クッキーを食べながら話す。最早2人にとって、日常の1つとなった光景だ。

 しかしそんな2人も、色々変わった。スレッタは必死の努力の結果、エアリアルと共に水星のレスキューパイロットになったし、三日月は最早、新米の採掘作業員とは言えないくらいの仕事が出来るようになった。多い時では、熟練の採掘作業員より稼ぐことさえある。

 そんな2人の活躍もあって、よそ者である2人に対する風当たりは随分と弱くなった。今では極一部の老人しか、2人に何かイジワルをすることは無い。

 

「ん…?ふんふん…」

 

「どうかした?」

 

「あ、三日月。シャワー浴びてないでしょ?汗くさいよ?」

 

「そう?」

 

 スレッタに言われ、自分の身体を嗅ぐ三日月。しかしよくわからない。

 

「ダメだよ?誰かに会う時は、清潔にしてないといけないって、お母さんも言ってたし」

 

「そうなんだ」

 

 興味なさそうに三日月はそう言うと、クッキーを頬張る。

 

「兎に角、今度からはしっかりシャワーを浴びてくること!」

 

「スレッタがそう言うならそうするよ」

 

「う、うーん…」

 

 その三日月の発言に、頭を悩ませるスレッタ。

 

 半年前、スレッタは坑道の事故で死に掛けた三日月の命をエアリアルを使って救った。これだけならただの美談ですむ話なのだが、問題はそれから三日月が自分の命はスレッタの物だと言い出した事だ。

 最初は三日月が冗談で言っていると思ってたスレッタだったが、三日月は全然そんなことなく、本気も本気で言っている事をすぐに思い知った。

 

 それは三日月を助けてから4日後の事だ。

 

  ――――――――――――――――――――――――

 

 その日、スレッタは泣いていた。相変わらず水星に住む老人にイジワルをされたからだ。しかも今回は、その老人が酒に酔っていたせいもあってか、物を投げつけられた。

 幸いスレッタに当たりはしなかったが、スレッタはその老人の行いに恐怖した。いくら昔より成長したと言っても、スレッタはまだ子供。なのでこうして、いつものように1人で泣いていた。

 

「どうしたのスレッタ?」

 

「三日月ぃ…」

 

 そこに三日月がやってきた。4日前に救助されたばかりだというのに、ケロっとしている。大した頑丈さだ。

 

「……何かあった?」

 

 スレッタに近づいて、泣いている理由を聞く三日月。だが、その目は全く笑っていない。

 

「え、えっと…」

 

 スレッタは、三日月のその目に少し怯える。今までこんな目をした三日月を見た事が無かったからだ。

 

「もしかして、またあいつら?」

 

 そんなスレッタに気づいてか気づかずか、三日月は質問を続ける。しかも今度は『何かあった』ではなく『あいつら?』と質問内容を変えている。スレッタが泣いている理由なんて、水星の老人か大きな太陽風くらいしかないと三日月は知っているからだ。そして当然、スレッタにイジワルをする老人にも心当たりがある。

 

「う、うん…」

 

 そしてスレッタは、つい三日月の質問に肯定の返事をしてしまう。素直な性格故である。

 

「そう―――」

 

 すると三日月は、さっきより鋭い目をしてその場を立ち去ろうとする。

 

「ま、待って三日月!何する気!?」

 

 そんな三日月を、スレッタはとっさに腕を力いっぱい掴んでその場に留め置いた。このまま三日月を行かせてしまったら、怖いことになると感じたからである。

 

「何が?」

 

「だから!何しようとしたの!?」

 

「何って、スレッタを傷つけたから…」

 

「ごめん!やっぱり言わなくていいから!!それに私大丈夫だから!別に怪我とかしてないから!!」

 

 聞くのが怖くなったスレッタは、三日月の言葉を遮る。

 

「そうなの?」

 

 そしてスレッタの発言に耳を傾ける三日月。話を聞いてくれたおかげなのか、先程より明らかに優しい目つきになる。

 

「だからね、何もしなくていいから!わかった!?」

 

「わかった」

 

 三日月はそう言うと、いつもの年相応のあどけない顔つきに戻る。それを見たスレッタは、ほっとする。

 

「ねぇ三日月。どうして私のために、そんなに怒ってたの?」

 

 今度はスレッタが三日月に質問をする。怒ってくれたのは嬉しいが、三日月があそこまでどうして怒っていたのかがわからない。

 そんなスレッタの質問に、

 

 

 

「そんなの、スレッタが大切だからじゃん」

 

 

 

 三日月はあっけらかんにそう答えた。

 

「ふえっ!?」

 

 そして三日月の返答を聞いたスレッタは、ひょうきんな声を出して驚く。今スレッタの頭の中では、前に読んだコミックの内容が駆け巡っている。

 突然現れる運命の王子様。そんな彼と赤い糸で結ばれている主人公の女の子。あらゆる障害を共に越えて、最後は幸せな日々を送る。所々うろ覚えだが、大筋はそんな感じだ。

 今の三日月の言葉は、まさにそんな運命の王子様が言う台詞。もしかして自分は、今愛の告白をされたのではと思うスレッタ。

 

「それに、俺の命はスレッタの物だから。だからこの命は、スレッタのために使わないと」

 

「……」

 

 だがそれを聞いて顔から熱が引いていくのを感じた。コミックの中の運命の王子様はそんな事言わない。そういう台詞は、どっちかと言えば御伽噺の騎士とかが言う台詞だ。これはこれで嬉しくはあるが。

 

「だからさ、もしスレッタがあのじじいたちを殺してこいって言ったら殺すよ」

 

「いやそんな事言わないよ!?」

 

 先程の三日月と今の三日月を見て、三日月が本気で言っているとスレッタは確信する。

 

 この日からスレッタは、三日月には変な事を言わないようにしようと決めたのだった。

 

 ――――――――――――――――――――――――

 

(あれから、もう半年かぁ)

 

 大人しく自分の隣で宇宙食の固形クッキーを食べる三日月を見ながら、スレッタは懐かしむ。あれから三日月は、イジワルをしてくる老人たちに暴力を振るうそぶりさえ見せないが、それはスレッタが泣くのをやめたからだ。

 自分が泣いてしまえば、三日月はその原因を見つけ出し、お返しをしてしまう。まだ子供の三日月が大人の老人に敵うとは思えないが、もしもがある。下手をすると、三日月は本当に人を殺してしまいそうだし。

 だからスレッタは、老人たちにイジワルされても簡単に泣かないよう頑張る事にした。そうすれば、三日月が傷つく事も無いし。

 

「どうかした?」

 

「ううん。何でも無い」

 

 こうして見ると、三日月も自分と同じ子供だ。水星に暮らすよそ者で、モビルスーツを持っている子供。

 そういえば、その話を遠距離通信で母にした際、やたら三日月のモビルスーツであるバルバトスに興味持っていたようだった。やはりエアリアルを作った母は、エアリアル以外のモビルスーツも気になるものなのだろうか。

 

「あ、そろそろ時間だ」

 

 三日月が倉庫にある古い時計を確認すると、もう水星時間で夜9時。子供は寝る時間だ。

 

「じゃあ俺、明日も早いから」

 

「うん。おやすみ三日月」

 

「おやすみ、スレッタ」

 

 そうやっておやすみのあいさつをすると、2人はそれぞれ自分の部屋に戻って行く。

 

 こうして、2人にとって日課となっているおしゃべりが、今日も終わり、水星の明るい夜は更けていく。

 

 

 

 

 翌日 水星軌道基地 ペビ・コロンボ23

 

『エアリアル、緊急発進準備!水星地表、チャオモンフ採掘基地付近で事故発生!繰り返す!水星地表、チャオモンフ採掘基地付近で事故発生!』

 

 ハンガー内に、緊急を知らせるアナウンスが響く。どうやら採掘現場で事故があったようだ。

 

「すみません!遅れました!」

 

 そんなハンガーにあるモビルスーツ、エアリアルのコックピットにスレッタが謝罪をしながら入り込む。そして直ぐにヘルメットをかぶり、出撃準備を行う。

 

『太陽風依然活発!しかし地表降下には問題無し!急いで!!』

 

「はい!レスキューパイロット009。スレッタ・マーキュリー、エアリアル、行きます!!」

 

 そう言うとスレッタはエアリアルのバーニアを全力で吹かし、ハンガーから急いで事故現場へ向かう。ふと横を見てみると、大きな太陽が見える。それに照らされて、エアリアルが赤く光る。この熱に長時間照らされたら、エアリアルとて無事では済まない。一刻も早く、影になっているところへ行かなくては。

 あっという間に水星表面にたどり着いたスレッタとエアリアルは、太陽風を避けながら事故現場へ向かう。山脈、渓谷、地溝、水星のどの地形を使うのが最短なのか、どのルートが機体に最も負担をかけないかをスレッタは知りつくしている。そのおかげで今では、水星1のレスキューパイロットと言われている。

 

「シグナルを確認!」

 

 モニターにシグナルを確認。スレッタは直ぐにそこへ向かう。早くいかないと、要救助者の命に係わる。

 

「見つけた!」

 

 シグナルを確認した場所に、1機のモビルクラフトを発見。しかしその機体はかなり深く埋まっており掘り出すのは時間がかかる。ここは太陽が直接当たる。掘り出す時間など無い。パイロットだけを助けるしかないだろう。

 

「エアリアル、中身だけ助けるよ」

 

 家族であり相棒であるエアリアルに話しかけるスレッタ。それに応えるよう、エアリアルもゆっくり動く。

 

『は、早く助けてくれぇ…!』

 

 エアリアルを見た救助者の老人は助けを求める。酸素残量もあまり無いため、このままでは窒息してしまうからだ。早く助けてほしいと思うのも仕方が無い。

 そしてスレッタは、徐にエアリアルのビームサーベルを抜く。

 

『ひっ!?』

 

 これから自分はあのビームサーベルで焼かれるのかと思った老人は、小さな悲鳴をあげる。しかし当然だが、スレッタにそんな気は全くない。

 

「エアリアル、出力は私が調整するね」

 

 そう言うとスレッタは、ゆっくりとビームサーベルでモビルクラフトのコックピットを焼ききる。少しでも調整を間違えたら、パイロットごと焼いてしまう。

 故に慎重にいかないといけないが、時間が無い。その間、管制は何も言ってこなかった。水星一のレスキューパイロットであるスレッタに任せた方が確実だと判断したからだ。

 

「エルゴさん?助けにきたよ」

 

『遅いぞスレッタ!!もっと早く助けんか!!』

 

 エルゴと呼ばれた老人は、助けにきたスレッタに怒鳴る。実は彼、最近出世したスレッタの母の部下になってしまったのだ。それが気に入らないので、助けられているのにこうして怒鳴ってしまう。彼なりの、ちょっとした仕返しだ。

 だがスレッタは、そんな事気にせずエルゴをエアリアルの手に乗せる。

 

「エルゴさん。酸素はあとどれくらい?」

 

『もう7分…いや、今6分を切った。死ぬ…わし死ぬ…』

 

「大丈夫だよ。4分で戻るから」

 

『はぁ!?』

 

 そう言うとスレッタは、エルゴを太陽に晒させないようエアリアルの手で包み込み、全速力でチャオモンフ採掘基地に向かう。

 

『――――!?』

 

 その間、エルゴは声にならない悲鳴を上げる。いくら宇宙空間とはいえ、こんな速度で飛ばれたら怖いに決まっている。ましてやコックピットではなく外だし。

 もしここが地球だったら、エルゴの顔は空気抵抗で随分面白い事になっていたかもしれない。そんなエルゴの事など気にせず、スレッタは山の影を飛び、クレーターの淵を飛び、太陽を避けながら飛んでいく。

 

「エアリアル!!」

 

 その途中、スレッタはエアリアルに呼びかけ、ビームライフルを構える。そしてそのまま山に向かってビームライフルを発射した。おかげで山に穴が開き、一気にショートカットが可能だ。スレッタはエアリアルのバーニアを吹かし、その空いたばかりの穴に入る、

 

『~~~~!?』

 

 その間も、エルゴは叫んでいた。というかこれで叫ばない人など、それこそ三日月くらいだろう。そして山をビームライフルで撃ってショートカットをしたおかげもあってか、直ぐにチャオモンフ採掘基地のゲートが見えてきた。

 基地の管制もエアリアルを目視で確認し、直ぐにゲートを開ける。そしてエアリアルは、その中に飛び込んだ。これでもう大丈夫。時間にして、きっちり4分。有言実行だ。

 

「お疲れ、エアリアル」

 

 外に通じるゲートを閉じ、居住エリアのゲートに辿りつくと大勢の作業員がいた。皆、一様に拍手をしている。スレッタの華麗な手際と、死者を出さなかった事に対する拍手だ。

 

「ふざけるなよスレッタ!!もっと老人をいたわらんか!!」

 

 だがそんな中、ヘルメットを取ったエルゴが、エアリアルから降りてきたスレッタに怒鳴り散らす。周りの作業員が押さえているが、エルゴは皆をどかしてスレッタに近づく。

 

「おいお前、ワシが死んでも良いと思ってたろ!?だからあんな無茶をしたんだろう!?」

 

 そしてスレッタに自分の右手を振りかざす。しかしそれは、

 

 

 

「お前何してんの?」

 

 

 

 間に割って入ってきた少年、三日月によって阻まれた。そして三日月のエルゴを見るその目は、とても冷たかった。その奥には、明らかにエルゴに対する怒りが見える。

 

「三日月っ…!!」

 

「スレッタに助けてもらったのに何それ?何がしたいの?」

 

「み、三日月!落ち着いて!!」

 

 スレッタが慌てる。このままでは、三日月がエルゴに手をあげるかもしれない。そうなってしまえば、三日月はまたイジワルをされるかもしれない。更にいえば、どっちかが大怪我をするかもしれない。

 折角三日月も水星にいる大勢の人に認めてもらえたというのに、そうなってしまったら

とても悲しい。何とかしなければ。

 

「このっ…!よそ者のガキの分際でっ…!!」

 

 だがその間にもエルゴは、今度は三日月に手を振りかざす。三日月もそれに対して身構える。スレッタは何も解決策が浮かばずオロオロしている。最早一触即発だ。

 しかしそれは、

 

「おかえりなさい、貴方。無事でよかった…」

 

 エルゴの妻メリッサが、エルゴを後ろから抱きしめた事により鎮静化した。

 

「……ああ。ただいま」

 

 エルゴはまるで別人のように大人しくなり、周りの老人たちもほっとする。実はこの男、よそ者に対する性格に似合わず、かなりの愛妻家なのだ。それこそ、水星で一番と言えるほどの。なので妻であるメリッサには逆らえない。

 

「スレッタ。大丈夫?」

 

「う、うん。何ともないよ」

 

 そんなエルゴに興味を失ったのか、三日月はスレッタを心配する。スレッタは三日月を安心させる為、そして暴走させない為にも無事を伝える。実際、怪我も全く無いし、エアリアルも無事だし。

 

「でもやっぱ凄いねスレッタ。流石水星一のレスキューパイロットだ」

 

「そ、そうかな?えへへ…」

 

 三日月に褒められて嬉しがるスレッタ。それに合わせるように、エアリアルもスレッタを褒める。

 

 

 

「ええ。本当に凄いわ、スレッタ」

 

 

 

 そんな時、懐かしい声が聞こえた。

 

「お、お母さん!?」

 

 スレッタが声のした方へ振り返ると、そこには妙な仮面のようなものを被った女性がいた。明らかに怪しい彼女の名前はプロスペラ。スレッタ・マーキュリーの母親である。

 

「帰ってきてたの!?」

 

「ええ、ついさっきね。あなたの活躍、見せて貰ったわ」

 

 スレッタはまるで、尻尾を振る犬の如く女性に近づく。そしてその女性を見たエルゴは罰の悪そうな顔をして、妻メリッサと共にその場を後にする。

 

「それにしても、久しぶりね本当に」

 

「うん。1年半ぶりくらいかな?」

 

 スレッタの母プロスペラは出世し、最近は本当に忙しい。地球圏に行く事も少なくない。しかし今日は久しぶりに水星に戻ってきて、丁度娘の救助を見ていたらしい。

 

「ねぇねぇ、今回はどれくらいいられるの?」

 

「少なくとも、貴方の誕生日まではいられるわ。だから今年は、去年と合わせて2年分の誕生日パーティーをしましょう?」

 

「本当!?ありがとう!!」

 

 スレッタは、歳早々な反応をして喜ぶ。いくら水星一のレスキューパイロットと言われても、スレッタはまだ11歳。母が恋しい年ごろなのだ。

 

「誰あんた?」

 

 そんな嬉しそうなスレッタとは反対に、三日月は冷めた目でプロスペラを見る。

 

「初めまして、三日月・オーガスくん。スレッタの母です」

 

 この日、三日月はプロスペラと初めて出会った。

 

 

 

 そしてこの出会いが、この後の彼の運命を大きく変える事となる。

 

 

 

 

 




 スレッタと三日月のキャラ、こんな感じで合ってますか?自信無い。

 いや、本当に別作品の息抜き感覚で書いてたもので、色々荒いかもしれませんが、ご了承ください。もし変なところとか間違ってるところか矛盾しているところがあれば遠慮なく言って下さい。修正します。

 次回は本当に未定。なので気長にお待ちください。因みにプロローグはあと2話で終わる予定。あと感想は全て読ませてもらってます。返信は今度纏めてやります。

 追記・アンケート設置しました。よければ解答お願いします。


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プロローグ 3

 なんかランキング2位になったり、もの凄い沢山の方々から評価と感想を頂いたりして戦々恐々としています。
 皆様のご期待に添えるかわかりませんが、精いっぱい執筆させていただきます。

 今日の水星の魔女の感想

 そっち!?

 それと今の三日月はCV河〇さんではなくCV諏〇さんのショタ三日月です。
 てな訳で、どうぞ。


 

 

 

 

 

 時間はすこし遡る。

 

『それでね!三日月ったらモビルクラフトで空をぽーーんって飛んだんだよ!?下手したらそのまま宇宙に放り出されていたかもしれないのに!私、モニターで見てたけどつい悲鳴上げちゃったんだもん!!』

 

「ふふ。随分やんちゃなことをするのね」

 

『本当だよ。しかもその後に三日月が言ったことが『あの方が速いから』だよ!?信じられないって!!』

 

 この日、プロスペラは仮面を外して、娘であるスレッタと遠距離通信で話していた。今、プロスペラは地球圏にいる。スレッタがいる水星まで、およそ1億5千万キロ。とんでもない長距離だ。

 故にそう簡単に水星に行ける訳もないのだが、テクノロジーのおかげでこうしてモニター越しに会うことは出来る。尤も、太陽風が酷い時は無理なのだが。

 

「それにしても、スレッタは三日月くんが大好きなのね?」

 

『ふぇあ!?』

 

 プロスペラの言葉に、素っ頓狂な声を出すスレッタ。その頬は、トマトのように赤くなっている。可愛い。

 

『ち、違うよお母さん!?別に私、三日月のことはそんなんじゃなくて!!』

 

「あらあら。随分おませさんになったわねスレッタ」

 

『も、もう!からかうのはやめてよ!!本当にそんなんじゃないから!!三日月は弟みたいなものだから!!』

 

 娘の慌て具合に、つい笑みが零れるプロスペラ。思えば、スレッタとこうやって話すのすら久しぶりだ。出来れば傍で成長を見守りたいが、それはどうしても出来ない。出来ない理由が、プロスペラにはあるからだ。

 

(ま、可愛い子には旅をさせろとも言うしね)

 

 そう思っていると、スレッタが思い出したかのように話し出す。

 

『あ、そうそうお母さん。そういえば三日月もね、モビルスーツを持ってるんだよ』

 

「へぇ?もしかして、三日月くんもどこかの会社の子供なのかしら?」

 

 今時自分のモビルスーツを持っているのなんて、モビルスーツに関係する会社を経営している金持ちか、反スペーシアンのテロリストくらいだ。

 水星には一応、プロスペラ以外が経営する会社も小さいながら存在する。ひょっとするとその三日月という子は、そのどれかの会社の子供かもしれない。

 

『ううん。三日月のお父さんとお母さんはもう死んじゃってるんだ。三日月が持っているモビルスーツは、昔三日月のお父さんとお母さんが、どこかで拾って直したって言ってたよ』

 

「拾って直した?モビルスーツを?」

 

『うん。そして今も水星にあるんだ。私も前に見せてもらったし』

 

 それはおかしな話だ。例えモビルスーツを拾ったとしても、それは大抵誰かの所有物である。仮に宇宙を漂流していても、機密だらけのモビルスーツをそのままほっとくなんて普通はしない。情報漏洩を防ぐため回収するか爆破する。

 それにもしモビルスーツを拾ったとしても、そう簡単に修理なんてできない。なんせ軍事兵器だ。専門の知識がなければ直せない。随分妙な話である。

 

『あとね、そのモビルスーツ、エアリアルに少し似てたよ?』

 

「―――何ですって?」

 

 だがそれはスレッタの更なる発言を聞いたことにより、別の思考で埋め尽くされた。

 

「どう似てたの?」

 

『えっと、色合いとかデザイン?でも顔つきはエアリアルより怖いかな?』

 

 プロスペラは考える。エアリアルに似ているモビルスーツ。それを普段から、エアリアルをよく見ているスレッタがそう言っている。つまり、かなり似ているのだろう。

 確かに世の中、見た目が似ているモビルスーツはあるかもしれない。しかし、エアリアルは特別なモビルスーツだ。同じような機体なんて、そうそうある訳ない。

 

 だからこそ、プロスペラはこう考えた。

 

 『もしかするとそれは、GUND-ARMではないのか』と。

 

 もしそうなら一大事だ。少なくとも、プロスペラにとっては。

 

「ねぇスレッタ。そのモビルスーツの特徴とか無いかしら?」

 

『特徴?えっとそうだな…名前はバルバトスっていうけど…』

 

 兎に角情報が欲しい。なのでプロスペラは、スレッタから可能な限りの情報を引き出す。結果わかったのは、バルバトスという名前と、動くとペビ・コロンボ23の電気設備が壊れるということくらい。もしかすると、ジャミング用のモビルスーツかもしれない。

 

(1度、この目で調べた方がよさそうね…)

 

 そしてプロスペラは、1度水星に赴くことにした。

 

 万が一にも、自分の計画を崩されない為に。

 

 

 

 

 

「ココアでよかったかしら?」

 

「別にいいけど」

 

 ペビ・コロンボ23内にある、シン・セー開発公社の来客用の応接室。恐らく基地内で最も清潔で豪華な部屋。そこに仮面の女プロスペラと、少年、三日月・オーガスはいた。今2人は、応接室に置いてあるソファに対面するよう座っている。

 その間、プロスペラは娘と同い年の三日月を想ってココアを淹れる。因みにこのココア、水星ではアルコール類に並ぶほど値段が高い。

 

「はい、どうぞ」

 

「ん」

 

 プロスペラから手渡された淹れたてココアを、三日月はそっけなく受け取る。そして一口飲んでみた。

 

「へぇ…」

 

「お口に合ったかしら?」

 

「初めて飲んだけど、いいねこれ」

 

「そう。よかったわ。これはスレッタも好きな飲み物なのよ」

 

 今まで水くらいしか口にしてこなかった三日月。理由は単純で、こういう飲み物を知らなかっただけだ。三日月は欲があまりなく、食事だって食べれたらいいという考えだ。それはここ水星の環境のせいでもある。水星は植物なんて育たない。更に太陽風のせいで、大型のコロニーの建設だって出来ない。無論、金と労力をつぎ込めば可能ではあるが、こんな辺境の地にそんなことをする物好きはいない。

 故に水星の食文化は産業革命時の英国より酷く、人為的に味付けのされた宇宙食くらいしか無いのだ。

 そして三日月は、生まれこそ火星ではあるが、物心ついた時から育ったのは水星である。こんな荒んだ食文化の地域に生まれたら、当然舌なんて肥える訳がない。なので普段口にするは水。ココアなんて、こんな機会でもなければ飲むことなんてなかっただろう。

 

「で、俺に何か用なの?」

 

「ふふ、娘に出来た初めてのボーイフレンドとお話ししてみたくてね」

 

 怪訝そうな顔でプロスペラに尋ねる三日月。それに対して、プロスペラは面白そうに笑う。

 

「ボーイフレンドって?」

 

「簡単に言うと、仲の良い友達ね」

 

「ふーん」

 

 確かにスレッタとは仲が良いだろう。しかし友達かといえば、それは違う気がする。三日月にとってスレッタは、大切な存在だ。それ以上でも以下でもない。

 

「先ずは、スレッタと仲良くしてくれてありがとうね。おかげであの子、随分楽しそうだし」

 

「別に。俺がそうしたいってだけだし」

 

 対面のソファに座ったプロスペラが三日月にお礼を言う。スレッタは母のいないこの水星で、エアリアルを除けばずっと1人だった。それ故、何度も寂しくて1人で泣いていた。そのことをプロスペラは、エアリアルから聞いている。

 しかし三日月と知り合ってから、スレッタはかなり明るくなったのだ。人見知りする性格も多少はマシになり、レスキューパイロットの資格も取得。更にイジワルをしてくる老人に対しても、スルーすることを覚えた。いつもエアリアルのコックピットで泣いていた頃とは大違いだ。

 仕事のせいで水星を離れることになったプロスペラは、最初こそスレッタが心配ではあったが、暫くすると思いのほかスレッタが元気そうにしているのを聞いて安心。おかげで心置きなく、地球圏で仕事が出来る。

 

「よく一緒にお話しするんですって?」

 

「そうだけど、それがどうかした?」

 

「いいえ。ちょっとした確認よ。誰かと話すのは良いことだからね」

 

「ふーん」

 

 普通、子供が大人に対してこんな口の利き方はしないだろうが、水星という色々荒んだ環境のせいで、三日月は基本誰に対して砕けた物言いをする。遠慮が無い、もしくは遠慮を知らないとも言うが。

 

「ところでスレッタから聞いたけど、自分の命がスレッタの物っていうのはどういうことかしら?」

 

「そのままの意味だけど?俺の命はスレッタの物って」

 

「どうして?」

 

「スレッタに命を救われたからね。だからお礼がしたかったんだけど、俺スレッタにあげれる物が命しかなかったから。そしてこの命は、スレッタを守る為に使いたいんだ」

 

「あら、随分熱烈なアプローチね?」

 

「は?アプローチって何?」

 

「ふふ、冗談よ」

 

 やや空気が緊張気味な会話が続く。そりゃあんなヘンテコな仮面を被っている人に、心を許した会話をしろっていうのが無理な話だ。

 

(何だろうこいつ…なんか引っかかる…)

 

 それだけじゃない。いくらスレッタの母親とはいえ、三日月はプロスペラを全く信用していなかった。何かが引っかかる。確証は無く、野生の勘とでもいうべきものなのだが、三日月はその自分の勘を信じていた。実際自分の勘のおかげで、採掘現場で命拾いしたこともある。

 そしてその勘がささやくのだ。プロスペラを信用できないと。

 

「さて、お喋りはこれくらいにして、そろそろ本題に入りましょう」

 

「本題って?」

 

 少し身構える三日月。するとプロスペラは、タブレットを取り出して2人の間にある机の上に置く。

 

「これは貴方が所有しているモビルスーツ、バルバトスに関する書類なんだけね」

 

「これが何?」

 

「この書類によると、バルバトスの所有者は貴方じゃないのよ」

 

「……は?」

 

 三日月、目を丸くして驚く。そしてタブレットの画面を見てみると、そこには確かに自分でも死んだ両親のでもない『マルバ・アーケイ』という名前が記入されていた。

 

「なにこれ?てか誰?」

 

 混乱する三日月。そんな彼に、プロスペラは丁寧に教える。

 

「チャオモンフ採掘基地で、1つの採掘部隊を率いている人よ。調べてみたら、貴方の両親が事故で亡くなった時、この人がどさくさに紛れて書類を偽造したみたいなのよ」

 

「――――は?」

 

 それを聞いて、頭に血が上る三日月。確かに死んだ両親のことはあまり記憶が無いし、そこまで興味も湧かない。

 だがそれでも、あれはその両親が自分に残してくれた財産なのだ。それにバルバトスのおかげで、自分は採掘現場で働けるし、スレッタにも出会えた。

 こんなこと許さない。許せる訳がない。今すぐこの男を手にかけないと気が済まない。そして立ち上がろうとした時、プロスペラが三日月に優しく話かける。

 

「落ち着きなさい。既にその偽造書類はこっちで正しくしているから」

 

「え?」

 

 プロスペラはそう言うと、タブレットに新しい画面を映す。するとそこには、今度こそ所有者の欄に『三日月・オーガス』と記入されていた。

 

「私の方で調べたら、直ぐにこれが偽造書類だってわかってね。だからうちの者に色々やらせたらすぐ白状したわ。なんでも、売ればかなりのお金になるって思っていたんですって」

 

 確かにモビルスーツなんて、パーツごとにバラバラに売ったとしても、こんな危険な場所で働かなくてよいくらいの大金にはなるだろう。そんな大金が手に入れば、安全な地球圏で暮らすことも可能だ。

 

「それにしてもよかったわ。どうもこのバルバトスっていうモビルスーツ、来月には売られる予定だったらしいの」

 

 まさに間一髪。もしプロスペラが水星に来なかったら、バルバトスはどこかに売られていたのだ。そしておそらく、2度と手元に戻っては来なかっただろう。

 

「えっと、ありがとう…」

 

「ふふ、どういたしまして」

 

 慣れない感謝の言葉を言う三日月。いくら目の前の人物が信用できないとはいえ、これは本当に危なかった。正直、かなりほっとしている。それだけ三日月は、バルバトスのことを気に入っているのだ。流石の三日月だって、お礼は言う。

 

「何か、お礼とかした方がいいの?」

 

 なのでお礼の言葉だけではなく、何かした方がいいのかと思った三日月は、プロスペラに直接尋ねる。

 

「そうね。娘のボーイフレンドだから、特に気にしなくていいって思ったのだけれど…」

 

 するとプロスペラは、仮面越しに三日月をじっと見て、

 

「貴方のバルバトスというモビルスーツ、少し見せてもらってもいいかしら?」

 

 バルバトスを見せて欲しいと、お願いしたのだった。

 

 

 

 

 

「それで三日月。バルバトスは?」

 

「今はエアリアルのハンガーでスレッタのお母さんが見てるよ」

 

「あ、だから今日はハンガーに入っちゃダメってお母さん言ってたんだ」

 

 翌日、三日月とスレッタは何時もの倉庫で話をしていた。その手には、いつもよりずっと豪華な夕飯のチョコバーが握られている。プロスペラのお土産だ。

 

「大丈夫だよ三日月。お母さんはエアリアルを作った人だから、バルバトスを壊したりなんてしないから!」

 

「そうなの?」

 

「うん!」

 

「スレッタがそう言うなら…」

 

 正直三日月は、今でもプロスペラのことを信用していない。この期に、バルバトスに何かするんじゃないかとさえ思っている。

 しかし、プロスペラはバルバトスを助けてくれた。そのお礼はしないといけない。それすらも出来なくなってしまったら、自分は他の水星の老人たちと同じになってしまう。

 なので三日月は、プロスペラのことは信用できないと思いつつも、今回は我慢することにした。

 

「ねぇねぇ!バルバトスにもさ、エアリアルみたいに映像データ入ってるかな?」

 

「さぁ?そんなのわかんないよ」

 

 そう言うと、手にしていたチョコバーを口に入れる。甘い味が舌の上に広がる。

 

「これ意外と美味しいな」

 

「チョコなんて、水星じゃ滅多に手に入らないもんね」

 

 初めて食べるチョコレートの味に驚く三日月。月に1回来る補給船にもチョコレートは偶に売っているが、本当に偶にだ。おまけに高い。おいそれと簡単に、食べれるものじゃない。

 

「でもやっぱ、俺はこっちが好きかな」

 

 そう言うと三日月は、ポケットから火星ヤシを取り出して食べる。やはり高級であまり食べなれていない食べ物より、食べなれているこっちの方が美味しく感じる。人間あるあるかもしれない。

 

「あ。私にも1個ちょうだい」

 

「いいよ」

 

 スレッタに火星ヤシを手渡し、2人で食べる。

 

「うぐっ…私のハズレだった…」

 

「残念だね」

 

 こうして、2人の何時もの夜は更けていった。

 

 

 

 

 

 エアリアルのハンガー。そこには今、エアリアルとバルバトスが並んでいた。

 

「まさか…ありえるって言うの?こんなことが…?」

 

 現在、バルバトスには機体データの吸出しを行うため、様々なケーブルが挿さっている。そしてプロスペラは、バルバトスから吸い出したデータを見て、驚愕する。

 

(もしこれが本物だとすると、色々マズイわね…)

 

 吸い出したデータを見る限り、バルバトスはとんでもないモビルスーツだ。ベネリットグループ内でも、こんなとんでもないモビルスーツは誰も所有していないだろう。グループの御三家や、総裁であるデリングでさえ。

 なんせ存在そのものがあやふやだ。一応公的な記録は残っているのだが、その記録自体がもの凄く古いし、当時現物を見た人間など最早生きていないだろう。

 それほどに、バルバトスは特別だった。

 

 それこそ、プロスペラが心血を注いで建造したエアリアルより。

 

(でもこれは、上手くいけば計画を早められるかもしれない)

 

 だが道具は全て使いようだ。例えばナイフだって、普通の人が使えばただの食器だが、訓練を受けた軍人が使えば立派な武器になる。

 同じようにこのバルバトスだって、上手く使うことができれば、自分の計画を一気に推し進めることが可能かもしれない。

 たとえそれが出来なくても、敵対するのは得策ではないだろう。

 

(そのためには、彼が必要不可欠ね…)

 

 そしてプロスペラは、バルバトスの所有者である少年のことを思い浮かべる。

 

 

 

 

 

 数日後

 

「ありがとう。モビルスーツ開発者として、貴方のバルバトスはとっても興味深かったわ。つい夢中になっちゃった」

 

「へー」

 

 水星にあるシン・セー開発公社の応接室で、プロスペラと三日月は再び話をしていた。最初に会ってから数日、プロスペラはエアリアルのハンガーに籠りっぱなしだった。相当にバルバトスに興味があったのだろう。

 

「それで?まだ俺に何か用があるんでしょ?」

 

「あら。貴方本当に勘が良いわね」

 

 前とは違い、今度は三日月の方から切り出す。何か用事でも無いと、こんな場所に自分を呼びつける訳ないからだ。

 そしてプロスペラは、三日月に質問をする。

 

「聞きたいことがあるんだけど、貴方はバルバトスをどうしたいの?」

 

「別にどうもしないよ。偶にセーフモードで動かしてシミュレーションするくらいだけど」

 

「それは…とっても勿体無いわね」

 

「は?」

 

 やや眉を吊り上げて、三日月は首を傾げる。

 

「私の方で調べたら、あのバルバトスは本当に凄いモビルスーツだったのよ。そんな凄いモビルスーツをあのまま埃を被らせておくのは、本当に宝の持ち腐れよ?」

 

「そうなの?」

 

 あまりピンとこない三日月だが、プロスペラは話を進める。

 

「もしあのバルバトスを本来の意味で扱えるようになったら、スレッタを守れる力が手に入るわよ?」

 

「え?」

 

 スレッタを守ると言う言葉に、三日月は反応を示す。

 

「前に言ってたわよね?スレッタを守りたいって」

 

「言ったけど、今のままじゃダメなの?」

 

「ダメね。いくら貴方が鍛えていても、生身ではいずれ限界がくるわ。例えばだけど貴方、生身でエアリアルと喧嘩して勝てるかしら?」

 

「無理に決まってるじゃん」

 

「ええ、無理ね。だって生身だもの。でも、モビルスーツでなら?」

 

「……」

 

 それなら少なくとも、生身よりは喧嘩にはなるだろう。子供だってわかることだ。

 

「だからバルバトス?」

 

「そうよ。あのバルバトスがしっかり動いて、それを貴方がちゃんと操縦できるようになれば、スレッタとエアリアルにだって届く力になるわ。そしてそれほどの力があれば、危ないことからスレッタを守ることが出来る」

 

「……」

 

 その言葉に耳を傾け、考える三日月。確かにもし、バルバトスがエアリアルみたいに使えるようになったら、何かの事故にスレッタが巻き込まれた時、エアリアルの代わりにバルバトスを使って助けに行くことが出来るかもしれない。しかし、そう簡単にうんとは言えない。

 

「もしかして、スレッタって戦争にでも行くの?」

 

 プロスペラの言い方は、まるで今後、スレッタに危険が迫っていると言っているようだ。モビルスーツを使った危険なことと言えば、戦争くらいしか無い。もしスレッタを戦争にでもいかせようとしているのなら、全力でこの女を止めないといけない。

 

「いいえまさか。私の娘を戦争になんて行かせる訳ないわ」

 

「じゃあ、何で?」

 

 戦争じゃなければ何だというのか。未だ子供の三日月にはわからない。

 

「これはまだスレッタにはまだ秘密なんだけど、スレッタにはいずれ、地球圏の学校に行ってほしいと思ってるの」

 

「学校?」

 

「貴方やスレッタみたいな子が勉強するところよ」

 

 学校と聞いて、前にスレッタに言われたことを思い出す。確か地球にあって、沢山人がいるところだ。

 

「何で?」

 

「あの子にもっと勉強して欲しいからよ。ここじゃ限界があるしね。それに勉強して知識を蓄えて視野を広げたら、今まで出来なかったことが出来るようにもなるわ」

 

 それは三日月にも経験がある。スレッタに勉強を教わったおかげで、しっかりと文字が読めるようになったし、計算も出来るようになった。

 いつも採掘作業終わりに書いている日報が速く書けるようになったのも、スレッタから勉強を教えてもらったからだろう。

 

「それはスレッタが決めることじゃないの?」

 

 だがそれは、スレッタ本人が決めることだと三日月は思う。いくら母親だからと言って、何でもかんでも決めるのは違う。

 

「勿論スレッタが決めることよ。でも、あの子は行くわ」

 

 まるでスレッタは間違いなくそう言うと確信しているかのように、プロスペラは言う。

 

「けれど仮に学校に行っても、世間知らずのあの子だけじゃ不安なのよ。もしかすると、危ないことに巻き込まれたりするかもしれないし」

 

「学校って危ないの?」

 

「スレッタが行くことになるかもしれない学校は、ちょっとだけ危ないわね」

 

 もしかするとその学校は、窓にカラースプレーで落書きがされ、教師が授業をしても誰も聞かず、通路で生徒がホバーバイクを乗り回し、毎日どこかで誰かが喧嘩をしている学校なのだろうか。前にスレッタに借りて読んだ古いコミックに、そんなのがあった。

 

「……だからさっきの話?」

 

「ええ。三日月くんには、学校でスレッタを守って欲しいの。それにもし三日月くんがスレッタと一緒に学校に行ってくれるってなったら、あの子も私も安心できるわ。誰も知らない場所に1人は、とっても寂しいしね」

 

 確かにそうだ。実際、三日月がスレッタと初めて出会った時、スレッタは泣いていた。誰も頼れる人がいないのは、とてもとても寂しく悲しい。

 

「もしも三日月くんがスレッタと一緒に学校に行ってくれるっていうのなら、私があのバルバトスを貴方に合わせた状態に調整するわ。勿論、お金なんて取らないわよ?」

 

 プロスペラの問いに、考える三日月。もしも本当に、スレッタが地球圏の学校に行ってしまえば、簡単には会えないだろう。地球圏はとっても遠いから。

 そんな遠い場所でスレッタが危険な目にあったらと思うと、なんか嫌だ。そんな時に自分が近くにいられなくて、守れなかったと思うと、なんか嫌だ。

 

(でもこいつ、何か隠してるよね?)

 

 だがそれでも、三日月はプロスペラが信用できない。何かを隠していると感じる。それが何かはわからないが、良くないことのような気がする。

 

「どうかお願いできない?あの子の為に…」

 

 だがそんな三日月に、プロスペラは頭を下げてお願いをする。

 

「……わかった。でもスレッタが行くって言うならだけどいい?」

 

「ええ。勿論」

 

 結果として、三日月はプロスペラの提案を飲んだ。正直、プロスペラのことは未だに信用できない。スレッタを守って欲しいというのは本心みたいだが、他に何か隠し事をしている気がしてならない。勘がそう囁くのだ。

 しかしスレッタが危ない目に遭った時、守れない方が嫌だ。なのでプロスペラのことを警戒しながらも、三日月は守れる力を手にすることにした。

 

(スレッタから教わった言葉でもあったな。確か、備えあれば敵無しって)

 

 スレッタに教わった言葉に1つにそんなのがあった。そういう意味では、渡りに船とも言えるだろう。

 

「ただ、1つだけやってもらわないといけないことがあるのよ」

 

「ん?」

 

 しかし、これで話は終わらないようだ。

 

「三日月くんのバルバトス、勿論私の方でしっかりと調整と修理と改修をするけど、それだけだと、三日月くんはバルバトスの力を100%引き出せないのよね」

 

「訓練すればいいんじゃないの?」

 

「それじゃダメなの。あのバルバトスには、ある特別なシステムが組み込まれているの」

 

「システム?」

 

「そう。それがきちんと機能しないと、バルバトスは力を発揮できないの」

 

 初耳である。何度かシミュレーションでバルバトスを動かしたことはあるが、そんなものあるとは知らなかった。

 

「それでね、三日月くんにはそのシステムに適合するよう手術を受けて欲しいの」

 

「手術?」

 

「ええ。その手術を受けてもらえたら、三日月くんはバルバトスをしっかりと使えるようになるわ。まぁ、操縦訓練も必要だけどね。勿論失敗なんてさせない。必ず成功するよう私が責任を持つわ。娘のボーイフレンドを傷つけたなんて嫌だしね」

 

 やはり胡散臭い女だと、三日月は思う。その手術がどういうものかは知らないが、モビルスーツを動かすのに手術が必要なんて、そんな話聞いたことがない。

 

(まぁでも、いっか)

 

 しかしバルバトスが特別というのなら、そういう事もあるのかもしれない。手術なんてしたことないが、必要なら仕方が無い。

 それにもしこれでプロスペラが自分に何かを仕込むつもりだったら、その時はその時だ。後でお返ししてやればいい。

 

「わかった。じゃあやるよ」

 

「ふふ。ありがとう」

 

 こうして三日月は、バルバトスを扱える力を手にする為、プロスペラの言う手術を受けることにした。全ては今以上に、スレッタを守れるようになるために。

 

「ところで何て名前なの?そのシステムって」

 

 その三日月の質問に、プロスペラは仮面越しに笑みを浮かべて答えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「阿頼耶識システムよ」

 

 

 

 

 




 やっぱバルバトスには阿頼耶識システムだよね。

 そしてプロスペラは「これ敵になったらマズイかも。そうだ!味方にしよう!」←大体こんな感じです。

 あとこれを書いていら、急にHGバルバトスが欲しくなったので模型店に行ってきました。

 どこにも売ってませんでした…。

 うん、もう7年は前だしね。そりゃ無いよね。でもエアリアルは買えたので、まぁ満足。

 あと、読んでて矛盾点やおかしいところがあったら言って下さい。修正しますので。


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プロローグ 4

 今日の水星の魔女も凄くよかった… 特にボサボサ頭のミオリネが部屋から出てきてスレッタの手をゆっくり握るところが。

 そして父の日だからなのか、デリング復活。でももう活躍するシーンあるかな?

 あとこの作品には割と独自設定があります。ご了承ください。


 

 

 

 

 

 金星。

 それは地球になりそこねたと言われる兄弟星の惑星。そして太陽系で、最も過酷な星と言われている。金星表面を覆っているのは濃硝酸の雲だし、金星表面温度は460度もあるし、大気圧は地球の90倍。こんな星に、人どころか生物が住める訳が無い。

 長年人類は、金星に移住できるか色々と試してきたが、結局多少の環境改善と、地表に堅牢なドーム型の街を作って暮らすのが精いっぱいで、地表への移住は無理だと諦めた。

 今では金星表面にいくつかのドーム型の町があり、衛星軌道に多くのコロニーがあるという状態に落ち着いている。その金星の衛星軌道にある、最も金星から離れているコロニーのひとつ、『アファムコロニー』。名前の由来は、金星の発展に最も貢献したと言われている昔の人物からだ。

 そして最も金星から離れているせいもあってか、金星が地球でいうところの月より小さく見える。かつては賑わっていたこのコロニーも、今では廃れ、住んでいる人もあまりいない。所謂、限界集落だ。だが、それは今この場にいる者にとっては好都合だ。

 

 アファムコロニー内の、とあるモビルスーツ演習区画。そこに、2機の白いモビルスーツがいた。

 

 右手にビームライフルを、左手にシールドを持っており、全体的に細く女性的な印象のあるモビルスーツ、エアリアル。右手に20メートルはあろうかという鋼鉄製のソードメイスを持って、凶悪な面構えをしているモビルスーツ、バルバトス。

 その2機が、まるで決闘でもしているかのように対峙している。

 

「行くよ!!」

 

 エアリアルのパイロットスレッタは、声を出しながらエアリアルのバーニアを吹かし、ビームライフルをバルバトス目掛けて乱射する。無論ただ無暗に撃っている訳では無く、しっかりと狙いを定めて。

 だがバルバトスは、その全て避けていった。それもモビルスーツの教本のような避け方では無く、まるで野生の獣が飛び跳ねるかのような避け方。とても常人では真似できないだろう。

 そしてバルバトスは、跳躍しながら両腕に装着されている腕部ビーム砲をエアリアル目掛けて発射。

 

「ってあぶな!?」

 

 スレッタはそれに当たらないよう左右に避ける。その間も、バルバトスはエアリアルとの距離を詰めてくる。

 

「なら!」

 

 次にスレッタは、ビームライフルを撃ち、バルバトスに近づけさせないようにする。更に、バルバトスがビームを避けて跳んだ先を予測。着地と同時にビームライフルを当てる作戦に変更。所謂着地狩りだ。

 そしてここぞという場所を見つけ、バルバトスが着地するタイミングを見計らってビームライフルを発射。

 

 だが、バルバトスが着地をしようとした瞬間、

 

「ええぇ!?」

 

 バルバトスは手に持っていたメイスを思いっきり地面に突き刺し、その反動で再び跳躍。エアリアルが発射したビームは、そのままメイスに直撃。当然、バルバトスは無傷だ。

 そして空中で1回転して着地したバルバトスは、無手のまま両腕を広げてエアリアルに近づいてくる。その姿、まるで獲物を見つけ狩りをする獣そのもの。

 

「くっ!エアリアル!!みんな!!」

 

 スレッタ、ここでエアリアルの切り札、ガンビット『エスカッシャン 』を使用。エアリアルのシールドが分裂し、ガンビットが宙を舞う。その数、全部で11基。

 そしてその11基全てが、一斉にバルバトスを捉える。

 

「これで!!」

 

 11条のビームによるオールレンジ攻撃なんて、どうあっても避けられない。スレッタとエアリアルは勝利を確信する。これが普通のモビルスーツとパイロットなら、これで勝っていただろう。

 

 だが生憎と、今スレッタの目の前にいるのはただのモビルスーツとパイロットじゃない。

 

「なっ!?」

 

 11条のビーム攻撃を、バルバトスは避けている。しかも、11条のビーム攻撃の間をすり抜けながら。まるでビームの雨の中を濡れずに進むように、バルバトスはエアリアルに接近してくる。

 そしてバルバトスがエアリアルを捉え、一気に背中のスラスターを吹く。

 

「うっそぉ!?」

 

 とっさにエアリアルは後退するが、バルバトスの方が速い。遂にバルバトスはエアリアルの目の前まで接近。右腕を振りかざし、その鋭利な爪をエアリアルに向ける。

 そしてそれは、エアリアルの頭を狙っていた。

 

「ま、まだまだ!!」

 

 だがスレッタも負けてない。直ぐにエアリアルの背中からビームサーベルを抜くと、それをバルバトスに振り下ろす。同時に、バルバトスの左右からガンビットによるオールレンジ攻撃も開始。これでもう、避けられない。

 

 筈だった。

 

「……え?」

 

 突如、バルバトスの姿がスレッタの視界から消える。この時バルバトスは、左腕で地面を思いっきり叩き、その反動で上へと跳んだのだ。

 そのせいで、エアリアルの視界は砂塵で覆われる。その間にバルバトスはエアリアルの上空を通り越し、あっという間にエアリアルの背後に回る。

 

「しまっ!?」

 

 スレッタが慌てて振り返るが、振り返った瞬間、目の前にバルバトスの爪が迫ってきた。

 

「っ!?」

 

 そしてそのまま、その鋭利な爪がエアリアルを貫く、

 

『はい。俺の勝ち』

 

 事など無く、エアリアルに当たる寸前で止まった。

 

「三日月!やっぱりバルバトスのその反応速度はインチキだよ!!ガンビット11基の攻撃を避けるってどうなってるの!?」

 

『どうって言われても……勘?』

 

「勘!?」

 

 スレッタの驚いた声が、演習区画に響く。だってあんな反応速度、どうあってもありえない。エースパイロット揃いと言われているドミニコス隊でさえ、あんな事できないだろう。やろうとしても、機体の方がもたない。

 

『2人共、お疲れ様』

 

「あ、お母さん!」

 

『……』

 

 そんな2人のコックピットモニターに、仮面を被った女性、プロスペラが映る。

 

「ご、ごめんなさいお母さん…負けちゃった…」

 

『いいのよ。それに昨日は三日月くんとバルバトスに勝ったじゃない?これで通算、8勝26敗1引き分け。最初の10連敗に比べたらずっと成長しているわ』

 

 プロスペラの言う通り、スレッタとエアリアルだって勝ったことはある。でもそれは、全部遠距離からひたすらに攻撃をして、バルバトスを自身に近づけさせないようにしていたからだ。接近戦ではバルバトスに全敗している。

 というかバルバトスが接近戦に異常に強すぎる。無論、それは機体特性だけじゃなく、三日月の戦闘センスもあるだろうが。

 

(バルバトスを作った人は、どうしてこんな風に作ったんだろう?)

 

 モビルスーツは大体何かしらの目的があって作られている。エアリアルは、次世代群体遠隔操作兵器のガンビットを操れるモビルスーツとして。前にデータで見たデミ・トレーナーは、モビルスーツの操縦を教わる機体として。

 

 ならばバルバトスはなんなのだろう。

 

 今でこそプロスペラによって少し改修されて両腕に射撃武装があるが、水星の8番格納庫にあった時は、完全に近接主体の作りだった。

 なんせ傍にあった武器が大型のメイスが2つだけだ。どういう意図があったのか、まるでわからない。

 

(もしかして、作った人は射撃が下手だったのかな?)

 

 開発者の意図がわからないスレッタは、そんな風に思っていた。

 

『そろそろ終わりましょう。2人共、モビルスーツをハンガーに戻して頂戴』

 

「うん、お母さん」

 

『ん』

 

 プロスペラに言われ、演習区画の外にあるシン・セーが所有するハンガーへ向かう2人と2機。

 

 スレッタ・マーキュリーと三日月・オーガス。2人は更に成長し、14歳となっていた。

 

 

 

 

 

「ふぅ…」

 

 コックピットから出て、ヘルメットを取ったスレッタは一息つく。今日だけで、3時間以上モビルスーツに乗っていた。ずっと座りっぱなしだったせいで、腰やお尻がいたい。もうクタクタだ。

 

「うー…シャワー浴びたい…」

 

 おまけに体中汗まみれで気持ち悪い。下着だって、汗で濡れて肌にぴったりとくっついて嫌な気分だ。今すぐシャワーを浴びて、清潔な下着と動きやすいスウェットに着替えて、ベッドに横になりたい。それにいつまでも汗まみれでいたら、エアリアルだって嫌だろう。

 

(あとでコックピット、掃除するからね)

 

 スレッタはエアリアルのコックピットハッチを開けて、外に出てタラップを降りる。

 

「お疲れ、スレッタ」

 

 タラップを降りると、既にバルバトスから降りていた三日月がスレッタに声をかけてきた。

その手にはタオルがある。

 

「はいこれ」

 

「あ、ありがとう。三日月」

 

 三日月からタオルを受け取り、スレッタは顔の汗を拭く。前の三日月だったら、こんな事しなかっただろう。

 しかし水星でスレッタと過ごしていく内に、三日月は少しは気配りができるようになった。

 

「あとこれも」

 

 こうしてタオル以外に、水も持ってきているのがその証拠だ。

 

「ありがとう」

 

 スレッタはそれを受け取ると、一気に飲み干す。

 

「はぁ…生き返る…」

 

「それ、水星のじじぃたちみたいだよ?」

 

「え…それはちょっと…」

 

 それは嫌だ。単純に嫌だ。今度からは、もう少し言葉に気を付けようとスレッタは思う。

 

「それにしても、やっぱり強いね三日月は。結局今日は1回しか勝てなかったし…」

 

「いや。最後のビームサーベルとガンビットの攻撃は危なかったよ。これが無かったら反応できずにやられていただろうし」

 

 そう言うと三日月は、スレッタに背中を見せる。するとそこには、妙な楕円形の装置のようなものがパイロットスーツに装着されていた。

 

「ねぇ三日月。それ大丈夫なの?」

 

「何が?」

 

「えっと、痛いとか、無いの?」

 

「無いよ。普通に背中を下にして寝ても問題ないし」

 

 三日月の言う通り、これは別に痛くはない。ただ毎回バルバトスを起動する時に、少しだけ頭が情報でいっぱいになるだけだ。

 それに、これはパイロットスーツについているもの。三日月の身体に直接装着されている訳では無いので、寝る時だって問題無い。

 

 尤も三日月の背中の中央には、まるで何かを差し込むような小さな穴が2つ開いているのだが。

 

「三日月が痛くないって言うならいいけど、痛い時は直ぐに言うんだよ?」

 

「うん。わかった」

 

 そう言うと三日月は、自分用の水を飲む。喉が潤い、乾きが癒されていく。

 

「2人共。3時間半、お疲れ様」

 

「あ!お母さん!」

 

 そんな時、後ろから声をかけられる。三日月が振り返ると、そこには仮面を被ったスレッタの母親、プロスペラがいた。

 

「最後の動きには驚いたわ。自分がしたいと思った動きをそのままするなんて、まさに人機一体ね」

 

 プロスペラは手に持っているタブレットで先ほどの模擬戦の映像を再生する。左手で地面を叩き、その反動で跳び上がる。

 こんな事、並みのモビルスーツパイロットに出来る訳が無い。というかそもそもこんな真似をすれば、モビルスーツの腕が壊れるだろう。

 こんな事が出来るのは、ひとえにバルバトスの異常としか言えない頑丈さと、三日月の背中に埋め込まれた、とあるインプラント機器のおかげだ。

 

「確か、阿頼耶識システムだっけ?三日月に埋め込んでいるのって」

 

「ええ。そうよスレッタ。まぁ本来のシステムと違って、少し私が改良しているけど」

 

 阿頼耶識システム。

 それがプロスペラがバルバトスの中にあったデータから解析し、復活させた失われた古代の技術であり、プロスペラ自ら改良して三日月に手術をして背中に埋め込んだインプラント機器の正体だ。

 この古代のシステムを簡単に説明すると、脊髄に特殊なナノマシンを注入し、それを制御するインプラント機器を背中に埋め込み、そのナノマシンによって脳に空間認識を司る基幹を疑似的に形成し、それを通じてモビルスーツの情報を直接脳で処理することができるシステムだ。このシステムのおかげで三日月は、バルバトスをまるで自分の身体のように操縦する事が出来る。

 その結果、先程の模擬戦のようなデタラメな動きが可能なのだ。勿論この阿頼耶識システムだけのおかげじゃなくて、三日月の戦闘センスの良さと、しっかりとモビルスーツの操縦を訓練したおかげでもあるのだが。

 

「ねぇ、お母さん…やっぱり…その…」

 

「スレッタ、これはエアリアルの為でもあるって言ったでしょ?心配しないで?」

 

「そう、なんだけど…」

 

 最初この手術を三日月が受けたと聞いた時、スレッタは少なからずショックを受けた。命に係わる怪我をした訳でも無いのにどうしてそんな事をしたのかわからないし、自分の母親が関わっていると知ったからだ。

 しかし三日月に聞いても『これは俺がそうしたいからやった事だから、スレッタは気にしなくていいよ』と言うだけ。

 更に母も『あれは彼に必要な手術だったの』としか言ってくれない。流石のスレッタも少しばかし母を訝しんだが、母の『エアリアルの為でもある』という言葉と、三日月が全然健康なのがあったので、とりあえずは訝しむのをやめた。

 

 なおその後、暫くの間スレッタは三日月の身の回りの世話をしていたりする。例えば一緒に風呂に入ったりとか、寝る時に一緒のベッドに入ったりとか。その光景を見た水星の一部の老人たちは少し気ぶった。

 

「ところで、何か体に違和感とか無いかしら?」

 

「無いよ。頭痛もしないし、吐き気も全く無い」

 

「そう。それはよかったわ」

 

 プロスペラがこう聞くのには理由がある。娘のボーイフレンドを自分で手術し、もし不調があったら申し訳ないという気持ちでは無く、阿頼耶識システムそのものが脳にかなりの負担をかけるので、万が一があっては大変だからだ。

 なんせ脳にモビルスーツの情報を直接読み込ませるのだ。その負担は莫大なものである。下手すると脳が情報に耐え切れずに損傷し、半身不随になるかもしれない。

 実際に三日月は、最初バルバトスと繋がった時に、情報量のせいで頭がパンクしそうになった。ついでに鼻血も出した。だがその後の検査で、特に異常も無かったので、今もこうしてバルバトスに乗っている。

 そして三日月は現在、月に1回プロスペラが水星に派遣した医者の健康診断を受けている。

 

「それで、機体の方はどう?」

 

「うん。凄くいいよ。ルプスは」

 

 プロスペラの質問に、三日月は改修されたバルバトスこと、バルバトスルプスを見上げながら答える。物理攻撃を流しやすくなっている流線形のデザイン。脚部には新たに設計されたサスペンションを備えており、これで地上でも宇宙でも機体とパイロットにズレが無く動く事が可能だ。

 更に腕も少し延長されており、近接武器がより使いやすくなっている。そしてその両腕には、連射も出来るビームキャノンを装備。これで遠距離からも攻撃が可能だ。

 そのバルバトスルプスの隣には、三日月が現在最も愛用している、最早鉄塊とも言えるソードメイスがある。こんなもので殴られたら、並みのモビルスーツなら一撃で粉砕されるだろう。

 

「でもやっぱりお母さんは凄いね。バルバトスって動くと電気設備が壊れちゃうって言ってたのに、それをどうにかしちゃうなんて」

 

「ふふ、ありがとうスレッタ。でもこれに関しては、かなり運が良かっただけよ」

 

 前に三日月が言っていた事だが、バルバトスに積んである特別なリアクターは、出力をあげると周囲の電気設備を壊してしまう特性がある。これは、バルバトスのリアクターが特殊な粒子をまき散らす事が原因だ。

 しかしプロスペラは、それを火星の一部地域でしか採れない特殊な希少金属を使う事により解決。その希少金属が採れる地域を管理しているとある民間企業と業務提携し、その金属をバルバトスのリアクター付近になんかこう上手い具合に取り付ける事により、バルバトス本来の力を失わずに電波障害を大幅に抑える事に成功した。おかげでバルバトスは、今日のようにエアリアルと存分に模擬戦が出来る。

 尤もこの改良のおかげで、バルバトスの強みのひとつが少し落ちてしまったのだが、相手の攻撃が当たらなければどうという事は無い。

 

(これなら、スレッタを守れるな)

 

 1年近くもの間、バルバトスをプロスペラに預けていた甲斐があった。このバルバトスルプスなら、大抵の事からはスレッタを守れるだろう。三日月はそう思い、少し笑みを浮かべる。

 

「2人共。本当にお疲れ様。おかげで色んなデータが取れたわ」

 

 満足そうなプロスペラ。彼女の言う通り、水星では決して取れないデータが沢山取れた。

これは大変貴重なデータだろう。そもそも2人が水星を離れて態々金星まで来ているのは、プロスペラのせいだ。

 

『改修したバルバトスとエアリアルのデータ収集』

 

 それがプロスペラが、2人を金星に呼んだ理由。水星では、実際にモビルスーツを動かして模擬戦をする事なんて出来ない。データを集めたいが、シミュレーションでは限界がある。

 そこで水星ではなく、金星コロニーだ。ここはシン・セーが所有している演習区画の為、情報漏洩の心配も無い。ここであれば、思う存分モビルスーツを動かせられる。

 

「三日月くんの戦闘スタイルは、近接で確立されそうね」

 

「そうだね。そっちの方が俺には合ってるし」

 

 この1週間、三日月はエアリアルとの模擬戦をして、自分の戦闘スタイルを確立させた。簡単に言うと『相手との距離を一気に詰めてぶっ飛ばす』である。なんともわかりやすいスタイル。

 しかしエアリアルでさえ、これに中々対応できない。なんせエアリアルの強みである、11条のビーム攻撃を避けるのだ。阿頼耶識システムと改修されたバルバトスルプスのおかげで、まさに人機一体となった三日月だから出来る事である。

 因みに近接が得意な三日月だが、普通に射撃の腕前もあったりする。

 

「これで必要なデータは集めれたわ。2人共。明日の輸送機で水星へ帰っていいわよ」

 

「え…」

 

 プロスペラは全てのデータ収集を終えた。これで明日には水星へと帰ることが出来るが、それにスレッタは寂しそうな顔をする。水星に帰ると、もう母には会えない。母は本当に仕事が忙しいからだ。

 それに生まれて初めて水星の外にやってこれたというのに、やった事と言えば、モビルスーツを使った模擬戦だけ。正直、これだけというのは嫌だ。

 

「あ、あの…お母さん」

 

「何?スレッタ?」

 

「え、えっとね。できればでいいんだけど、少しだけ時間とか無いかな?その、一緒にご飯とか…」

 

 だからスレッタは、勇気を出して少しだけ我儘を言った。もう少しだけ、母と一緒にいたいと。

 

「ごめんなさい。この後、どうしても外せない用があるのよ」

 

「あ、そう…なんだ…」

 

「でも明日なら少しだけ時間があるから、帰る前に一緒にコロニー内のお店でも見てまわりましょう?」

 

「……え?」

 

 絶望からの希望。まさにそんな感じだった。

 

「う、うん!行く!絶対に行く!!」

 

「ふふ。じゃあ、また連絡するわね」

 

「うん!」

 

 もの凄く嬉しそうなスレッタ。でも普段滅多に会えない大好きな母と一緒に出かける事ができるのだ。こんなの、嬉しくない筈が無い。

 

「あ、でも三日月が…」

 

「俺の事なら気にしなくていいよ。親子水入らずで楽しんできていいから」

 

 三日月1人だけを置いていくのは悪いと思ったスレッタだったが、当の三日月は全く気にしていない様子だった。未だにプロスペラの事を信用できない三日月だが、それでも彼女はスレッタの母親なのだ。流石に自分の勘で信用が出来ないというだけで、邪魔する事は出来ない。

 それにスレッタがあんなに嬉しそうな顔を見てしまったら、それを悲しませるような事はしたくない。

 

「あ!じゃあ三日月にはお土産買ってくるね!」

 

「別にいいけど…」

 

 こうして翌日のスレッタは、水星に帰る前に、大好きな母と一緒にアファムコロニーの店を見て回る事ができたのだ。

 因みにスレッタがプロスペラとやった事と言えば、一緒にチーズケーキを食べた事と、最近サイズが合わなくなってきたので、新しい下着を購入した事だけである。時間にして2時間程しかなかったが、スレッタにとってこの2時間は、とても楽しい時間となったのだった。

 

 余談だが、プロスペラはスレッタと出かけている最中もあの仮面をつけていたので、周りの人から少し気味悪がられていた。

 しかしスレッタは、その事を全く気にしなかった。それだけ、母との時間が楽しかったからである。

 

 因みに三日月へのお土産は、何故か売っていた火星ヤシだった。

 

 

 

 

 

 アファムコロニー 宇宙船ドック

 

 シン・セー開発公社が所有する輸送船、ホタルビ。そのモビルスーツハンガーに、三日月はエアリアルとバルバトスと共にいた。

 今頃スレッタは、プロスペラと共にコロニー内の店で楽しんでいるのだろう。そんな時に三日月がモビルスーツハンガーで何をしているかというと、

 

「ふっ…ふっ…ふっ…」

 

 筋トレである。最近は時間さえあれば筋トレをしている三日月だが、今日もその例に漏れない。因みに今日の筋トレは腕立て伏せだ。既に400回を超えている。これだけの筋トレが出来るようになったのも、日々の努力のおかげだろう。

 おかげで今の三日月は、かなりの細マッチョ体型だ。その手の趣味の人が見たら堪らないだろう。

 

「ふーーーっ」

 

 筋トレを終えた三日月が、傍に置いてあったタオルで汗を拭く。あと2時間もすれば、水星に向けて出航だ。そろそろ切り上げておかないといけない。

 そしてシャワーを浴びてから、ホタルビ内の搭乗員部屋に戻ろうとしたその時、

 

「ん?」

 

 急にエアリアルのコックピットハッチが開いたのだ。

 

「何?」

 

 誰もいない筈なのに、急に開いたエアリアルのコックピットハッチ。気になった三日月はエアリアルに近づき、コックピットを覗き見る。

 

「?」

 

 しかしそこには誰もいない。だと言うのに、勝手にハッチが開いた。まるでホラー映画のポルターガイスト現象である。

 何か機体トラブルでもあったのかと思った三日月は、そのままエアリアルのコックピットに入る。

 

「あ」

 

 すると今度は、コックピットハッチが勝手に閉じた。これで三日月は、エアリアルの中に閉じ込められた事になる。いよいよホラー染みてきた。

 

「どうすれば出れるんだろう?」

 

 勝手にコックピット内のコンソールを弄ったら大変な事になりそうだ。なので三日月は、スレッタが戻ってくるまで、エアリアルの操縦席に座って待つ事にした。後で勝手に乗ってしまった事を謝ろうとも思う。

 そんな時だった。

 

「は?」

 

 突然、三日月が白い光に包まれたのは。

 

 操縦席以外、周りが真っ白で何も無い空間。三日月は、いつの間にかそこにいた。

 

「どこここ?」

 

 初めて見る光景に、三日月は首を傾げる。もしかして気づかないうちに、自分は寝てしまったのだろうか。

 だとすれば、これは夢だろう。だったらそのうち目が覚める筈だ。

 

『初めまして。三日月・オーガスくん』

 

 このまま待っておこうと思った時、上の方から自分の名前が呼ばれた。三日月が上を向くと、そこには白い子供用宇宙服を着た、赤毛の子供がいた。どことなく、小さい頃のスレッタに似ている。

 

「誰あんた?」

 

 その不可思議な光景を見ても、全く慌てる様子の無い三日月は、宙に浮いている子供に質問する。

 

『スレッタの姉、かな』

 

「姉?」

 

 その子供は、スレッタの姉を名乗った。それなりにスレッタとは長い付き合いになるが、姉がいたとは初耳だ。

 

「俺になんか用なの?」

 

 三日月はこの不可思議な状態が、宙に浮いている子供にあると感じた。しかし彼女からは、敵意を感じない。ならば、何か他の用事があるのだろう。

 

『君と少し話したくてね。だから呼んだんだ』

 

「ああ。さっきのあんたのせいか」

 

 先程、エアリアルのコックピットハッチが勝手に開いたのは彼女のせいらしい。

 

『いつも、スレッタと仲良くしてくれてありがとう』

 

 宙に浮いている彼女は、頭を下げて三日月にお礼を言う。

 

「別にいいよ。俺がそうしたいからってだけだし」

 

『ふふ。それでもだよ。本当にありがとう。おかげでスレッタは、笑う事が増えたから』

 

 少女の言う通り、水星でスレッタは笑う事が多くなった。それに少しだけ、前向きにもなった。いつもエアリアルのコックピットで泣いていた少女は、もういない。スレッタがそうなったのは、間違いなくこの少年のおかげだと少女は知っている。だってずっと、スレッタから聞いてきたのだから。

 

「なんで知ってるの?」

 

『スレッタから聞いて来たからだよ。直ぐ傍で』

 

「直ぐ傍で?」

 

 急に意味深な事を言い出す少女。てっきり遠距離通信で聞いたとでも思ったのに、直ぐ傍とはどういう意味だろうか。

 その少女の発言に三日月は頭に疑問符を浮かべるが、直ぐに当たりをつけた。

 

「……もしかして、お前エアリアル?」

 

『うん。流石勘がいいね。その通りだよ』

 

 どうやら目の前の少女は、エアリアル本人らしい。どういう原理で少女の姿をしているかはわからないが、本当の事だと言う事はわかる。何故かそう感じるのだ。

 

「エアリアルって、喋れたんだ」

 

『偶にね。でも無口なだけでバルバトスも喋れるよ。まぁ、彼は僕と色々違うけど』

 

「へぇ、そうなんだ」

 

 かなり衝撃的な事を言っているのだが、三日月は驚かない。なんかそんな気がしたし。

 

『ところで、君に質問があるんだけど』

 

「何?」

 

『その、背中の事で…』

 

「阿頼耶識がどうかしたの?」

 

 暗い顔をしているエアリアルと反対に、三日月はケロっとしている。

 

『後悔、してないの?』

 

「後悔?何で?」

 

『だって、そんな手術なんて…まるで人体改造だし…』

 

 エアリアルがそういう様に、阿頼耶識システムはただの手術などでは無い。モビルスーツの性能を限界まで引き出せるようにした、人体改造手術だ。

 いくら三日月が自分ですると言っても、こんなの倫理的に許される事では無い。おまけにこの手術をやったのはプロスペラだ。

 正直、エアリアルは三日月に対して罪悪感がある。なので三日月に話を聞いているのだが、

 

「別にどうも思わないよ」

 

『え…』

 

 三日月は本当に何とも思ってなかった。

 

「むしろこれでバルバトスがよりうまく扱えるようになったんだし、感謝してるよ。まぁ、あんまりあいつを信用できないのもあるけど…」

 

 そう言うと三日月は、自分の背中を軽く触る。

 

「でもさ、おかげでスレッタを守れるんだ。モビルスーツを上手く扱えれば、どんな奴からもスレッタを守れる。だから、後悔なんて無いよ」

 

 そう言う三日月の目に、一切の後悔なんて見れなかった。そんな三日月に、エアリアルは絶句する。スレッタと同じ年の筈なのに、どうしてこれほど覚悟が決まっているのかと。

 

(お母さん、この子まで利用するつもりなの…?)

 

 プロスペラがある目的の為に、あらゆる手を尽くしている事は知っている。彼女はその目的の為ならば、何だってやるだろう。目の前にいる子供を言いくるめて、失われた技術を身体に再現させるくらいには。

 

(でも、この子なら…)

 

 だが同時に、エアリアルはこうも感じた。三日月ならば、スレッタから離れていく事はないと。自分とプロスペラは、いずれスレッタから離れる事になるとエアリアルは思っている。プロスペラはスレッタを色々と利用しているが、同時に大切にも思っている。だからこそ、最後はスレッタを巻き込まないようにするだろう。

 その時、スレッタは1人じゃない。なんせ三日月がいるのだ。彼ならば例え世界中がスレッタの敵になっても、全力で守ってくれるだろう。

 

『そっか…』

 

 エアリアルは小さな声でつぶやく。そして三日月に視線を合わせる。

 

『君には本当に感謝しているよ。さっきも言ったけど、スレッタは凄く笑う事が増えたからね』

 

 そう言うと、エアリアルである少女は三日月に近づき、操縦席の前部に備えられているコンソールの上に乗る。

 

『どうかこれからも、スレッタをよろしくお願いします』

 

 そして三日月に再び頭を下げる。

 

「そんなの態々言われなくてもそうするから。俺がそうしたいんだし」

 

 しかしそんな事態々言われなくも、三日月はそうするつもりだ。何より自分がそうしたいと、心から思っているのだから。

 

『ありがとう…本当に、ありがとう…』

 

 エアリアルはその言葉に思わず泣きそうになる。この少年がいれば、スレッタは大丈夫だと確信したからだ。

 彼は絶対に、スレッタから離れていかないだろう。尤も、ちょっとばかしスレッタを優先しすぎているところはあるが。

 

「話したい事って、それだけ?」

 

『うん。もう大丈夫だよ。ありがとう』

 

 三日月自身は、エアリアルに特に用事が無い。なので会話を終えようとした。エアリアルも話したい事が終わったのか、ゆっくりと消え始める。

 

『あ、最後にひとつだけ。この事はスレッタには内緒にしておいて。僕と話した事や、この姿の事をね』

 

「わかった」

 

 随分物分かりが良い三日月。というか、元々話すつもりは無い。話す理由が無いし。

 

『それじゃあ、またいつか』

 

 そう言うと、エアリアルは消えていった。

 

 その直後、三日月の周囲は白い空間では無く、エアリアルのコックピットに戻った。当然だが、あのエアリアルと名乗った少女はもういない。

 

「あ、開いた」

 

 コックピットハッチが開き、三日月はそこから外に出る。そしてエアリアルの隣にいる、バルバトスに目を向ける。

 

「いつか、お前とも話せたらいいな」

 

 エアリアル曰く、バルバトスも話せるらしい。しかし未だに三日月は、バルバトスと話せた事は無い。まぁ、エアリアルと話したのもついさっきが初めてだが。

 

「シャワー、浴びるか」

 

 このままではここにいてもしょうがないので、三日月はシャワー室へ向かう。

 

 その後スレッタが帰ってきたが、当然先程の事を三日月はスレッタに話す事は無かった。それを見ていたエアリアルはホっとした。

 

 こうして、2人の数日間の金星への旅は終わったのだった。

 

 

 

 

 





 阿頼耶識システム(プロスペラ改修型)
 解りやすく言うと、鉄血本編でマクギリスが自分の身体にやっていたオリジナルの方に近い。つまりノーリスクで1回の手術で全力を出せるくらいになれるし、成人の身体にも問題無く定着する。しかし見栄えが悪いので、プロスペラが独自に改造。結果、背中にピアスもボックスも無い状態になった。でもUSBメモリの差込口みたいな穴はある。

 Q、なんでルプス?
 A、好きだから

 あと関係ないけど、スレッタが購入したのはカ〇ヴァン〇ラウンのグレーのやつだと思う。なんかそういうイメージあるし。

 何かおかしいところがあったら言って下さい。修正しますので。

 次回、本編1話にいけると思う。ところで三日月以外の鉄血キャラって、出してもいいですか?一応、1人は三日月とのバランス調整役として確定で出す予定なんですが。


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旅立ちと出会い

 作者が1番好きな鉄血OPは1期の第2OPです。サビが凄く好き。

 そして沢山の感想、本当にありがとうございます。色々参考にしております。返信は、今度纏めてさせて頂きます。


 

 

 

 

 

 水星衛星軌道 ペビ・コロンボ23

 

「今日こそ私が沢山勝つよ!」

 

「いや、今日も俺がいっぱい勝つ」

 

 そこのモビルスーツハンガーに、エアリアルに乗ったスレッタと、バルバトスルプスに乗った三日月がいた。2人はこれから、シミュレーションを使った模擬戦をする。

 エアリアルとバルバトスには特殊なケーブルが繋がれており、機種の違う2機はこれで同じシミュレーションが可能となった。わかりやすくいうと、携帯ゲーム機の通信ケーブルだ。

 因みにこれ、プロスペラの手作りである。

 

「ううん!今日こそは私が勝つんだから!!」

 

「何か今日は凄く気合入ってるね?」

 

 そして今日のスレッタは、どういう訳か気合が入っている。何時もやる気に満ちてはいるが、今日は一段と満ちている。

 

「えっと、場所は砂漠で、建造物は無しっと」

 

 まるで友人の家で対戦ゲームでもするかのように、スレッタはシミュレーション画面を操作する。そして操作が終わり、シミュレーションが始まる。

 

「よし!行くよ!エアリアル!」

 

「やるぞ。バルバトス」

 

 2人の掛け声に応えるように、2機の白いモビルスーツは目を光らせる。

 

 金星から水星に戻ってきてから3年あまり。スレッタ・マーキュリーと三日月・オーガスは、17歳になっていた。

 

 

 

 

 

 1時間後

 

「また、負けた…」

 

「でもスレッタ、間違いなく前より強くなってるよ」

 

「それでもまだ三日月に勝ち越せてない…」

 

「気にしすぎじゃない?」

 

 体も精神も成長した2人は、いつもの無人倉庫で話していた。しかし、その無人倉庫も姿が変わっている。昔は本当にただ使われていないコンテナや工具箱が置かれているだけの薄暗い倉庫だったのに、今では綺麗に掃除がされ、コンテナを改造して作った机と2つの椅子が置かれている。

 スレッタと三日月が協力して廃棄する物を色々改造したおかげで、無人倉庫はちょっとした部屋になっていた。スレッタはその内、仮眠用のベッドでも置こうかとさえ考えている。

 

「身長なら勝ったのに…」

 

「勝って嬉しいそれ?」

 

「あー、特に…」

 

 17歳になった2人だが、身長はスレッタの方が高くなっていた。三日月はどういう訳か身長が伸びず、結果としてスレッタより10cm程低い身長で止まってしまった。

 今までほぼ同じ身長だったのに、いつの間にかスレッタを少し見上げる事となった三日月だが、その事を特に気にしていない。

 例えスレッタの方が身長が高くても、スレッタはスレッタだからだ。そしてスレッタもまた、三日月より身長が高い事を気にしていない。

 

「本当は今日勝ち越したらって思ったのに…」

 

「どうかした?」

 

 スレッタが何か言いたそうだったが、よく聞こえない。

 

「あ、あのね!三日月!」

 

「うん」

 

 するとスレッタが、椅子から立ち上がって三日月に話かける。やや顔が赤く、緊張しているように見える。

 そして懐から、何かを取り出した。

 

「こ、これ!!」

 

 スレッタの手には、黒色の刺繍糸で作られた紐のようなものがあった。

 

「何?」

 

 何かよくわからない三日月。しかしその疑問は、直ぐに解消される。

 

「た、誕生日おめでとう!これ、私からのプレゼントだよ!」

 

「あ」

 

 言われるまで忘れていた。確かにスレッタの言う通り、三日月は今日が誕生日だった。そしてこれは、三日月への誕生日プレゼント。因みにスレッタのお手製である。

 

「ありがとう、スレッタ」

 

「ううん!こんなのしか無くてごめん…」

 

「そんな事ないって。スレッタから貰えるものは何でも嬉しいし」

 

 三日月、本心である。水星には娯楽施設なんて無い。一応、酒を飲むことが出来るバーくらいはあるが、子供がそんな所に行く事は無い。当然、そんな場所で友達と一緒に誕生日パーティをするなんてする訳が無い。

 なのでせめて誕生日プレゼントだけは渡したいと思うのだが、こんな辺境ではそれすら限られる。

 

「それで、これは何なの?」

 

「えっとね、お母さんに教えてもらったんだけど、ミサンガって言うお守りなんだって。それが切れるまで手首に付けていると、願いが叶うらしいよ」

 

「そういうのがあるんだ」

 

 スレッタから話を聞いた三日月は、しっかりと自分の左手首に巻き付ける。

 

「うん。いいねこれ。凄く気に入ったよ。ありがとう、スレッタ」

 

「えへへ、どうしたしまして」

 

 三日月にお礼を言われ、スレッタは少しだけ照れる。何とも微笑ましい光景。水星に最近増えている尊み老人たちがこの光景を見たら、天からのお迎えが来てしまうだろう。

 

「ん?何だろう?」

 

 そんな光景が繰り広げられていると、スレッタの個人端末に連絡が入る。

 

「え!?お母さん帰ってくるの!?」

 

 連絡の相手はプロスペラだった。どうやら久しぶりに、水星に帰ってくるらしい。

 

「よかったね、スレッタ」

 

「うん!もう2年は直接会ってないから、本当に久しぶりで嬉しいよ!!」

 

 プロスペラは相変わらず忙しくしている。おかげで水星に帰ってくる事が無くなった。月に1回、モニター越しの会話をするだけでしか会えない。そんな母が帰ってくる。母が大好きなスレッタにとって、こんなに嬉しい事は無い。

 

「えへへ。お母さんが帰ってきたら何を話そうかな?」

 

 スレッタは母の帰りを楽しみに待ちながら、どうしようか考える。色んな事を話したい。もしかすると、何かお土産を持ってきてくれているかもしれない。前に食べたお土産のチーズケーキは、とても美味だった。

 

「楽しみだなぁ…」

 

「……」

 

 スレッタが楽しみで仕方が無い様子とは反対に、三日月はどうにも嫌な予感がしていた。なんせあのプロスペラが帰ってくるのだ。仕事で忙しく、スレッタとも遠距離通信のモニター越しでしか喋らないあのプロスペラが帰ってくる。ただ娘に会いたいだけな訳が無い。絶対に何かある。どうしても三日月は、そう感じてしまうのだ。

 

(気のせいだったらいいけど…)

 

 そう願う三日月だが、恐らく気のせいにはならないと感じるのであった。

 

 

 

 

 

「私、学校に行けるの…?」

 

「ええ。地球圏にあるアスティカシア高等専門学園。そこに編入できるわ」

 

 プロスペラは帰ってきてから、スレッタにとんでもない事を言い出した。なんとスレッタが、学校に通えると言うのだ。

 それもベネリットグループが運営し、多くの傘下企業の子供が通える地球圏にある学校、アスティカシア高等専門学園へ。普通では絶対に通う事が出来ない凄い学校だ。そんな学校へ、スレッタは通えるとプロスペラは言う。

 

「本当に?本当に私、学校へ行けるの?」

 

「こんな嘘をつく訳ないじゃない。本当の本当に学校へ通えるわ。勿論、スレッタが行きたければだけど」

 

「っつ~~~~~!!やっっっっったぁぁぁぁぁ!!!」

 

 スレッタはついその場で大きくジャンプして喜ぶ。ここ最近、スレッタの興味はもっぱら学校だった。古いコミックを読んで夢を見たり、三日月と一緒に妄想しながら過ごしたり、兎に角スレッタは学校に興味を持ってばかりだ。そんな憧れの学校に、行く事が出来る。

 

「あ…でも、三日月は…」

 

 だが途端にスレッタの表情が暗くなる。確かに自分は憧れの学校へ行ける。

しかし三日月は違う。自分が学校で楽しんでいる間に、三日月はこの水星で1人で過ごす事になってしまう。

 それは、嫌だ。凄く嫌だ。三日月を1人にさせたくない。だったら、学校へ行くのもやめた方がいいかもしれない。

 

「お、お母さん…その、嬉しいけど…」

 

「勿論、三日月くんも一緒よ」

 

「……え?」

 

「だから、学校へは三日月くんも一緒に行けるわ」

 

「本当に!?」

 

 母へ学校へ行くのを断ろうと言おうとしたスレッタだったが、三日月も一緒に行けると聞き、顔を驚かせる。

 

「じゃあ私、三日月と一緒に学校へ?」

 

「そうよ。2人一緒に通えるわ」

 

「っつ~~~~~!!やっっっっったぁぁぁぁぁ!!!」

 

 本日2度目で、先程より大きな声で喜ぶスレッタ。母とエアリアル以外で、唯一長い付き合いのある三日月も学校へ行ける。まるでコミックのような展開に驚きと同時に歓喜する。これ程嬉しい事は、これまで人生でも無かった。

 

「それでスレッタ。学校へ行く?」

 

「行く行く!勿論行くよ!!絶対に行く!!」

 

「ふふ。じゃあ、今から勉強もしっかりしておかないとね」

 

「うん!!」

 

 こうしてスレッタは、地球圏にあるアスティカシア高等専門学園へ行く事が決まった。

 

「えへへ。学校へ行ったら何しよう?友達と一緒にランチ?放課後に部活動?休みの日にお出かけ?あ、かっこいい先輩と勉強デートとかも?」

 

 まだ見ぬ学校生活に夢を膨らませるスレッタ。とっても楽しそうだ。

 

「……」

 

 そしてその様子を、隠れて見ている誰かが居た。

 

 

 

 

「聞いて、エアリアル。遂に扉が開いたのよ」

 

 エアリアルとバルバトスが並んでいるハンガー。そこにプロスペラはいた。その顔は、仮面に隠れているが歓喜している。

 

「アスティカシア高等専門学園で、モビルスーツを使った決闘が行われるわ。それに勝った人間が、デリングの一人娘と結婚できるの」

 

 それはつい最近、アスティカシアで作られた新しい制度。要は、1番強い人間がデリングの一人娘と結婚が出来るのだ。

 どうして急にこんな制度がつくられたのかは知らないが、そんなのはどうでもいい。大事なのは、デリングの一人娘と結婚が出来るというところ。

 

「エアリアル、貴方はスレッタと一緒に学校へ行きなさい。そして、スレッタの剣になるの」

 

 そのプロスペラの言葉にエアリアルが反応する。その様子は、まるでスレッタを巻き込んで欲しくないと言っているようだ。だがそんな事知らないと言わんばかりに、プロスペラは喋る。

 

「皆、私の娘たちが、遂に仇を取ってくれるわ…!だからもう少しだけ辛抱して…」

 

 

 

 

 

「お前何するつもり?」

 

 

 

 

 

「あら、聞かれちゃったわ。そういえば、今では貴方もここには自由に入れたわね」

 

 プロスペラが振り返ると、そこには敵意を持った目をしている三日月がいた。

 

「ふふ、怖い目ね。スレッタと同じ年とは思えないくらいに」

 

「答えろよ。お前何するつもり?」

 

 プロスペラの言葉を無視して、三日月は質問を繰り返す。今にもプロスペラにとびかかりそうだ。

 

「別に何もしないわ」

 

「じゃあさっきのはどういう意味?」

 

 先程、プロスペラは仇と言っていた。そんな物騒な事、何もしないのなら言わない筈だ。もしかすると、プロスペラはスレッタとエアリアルを使って、誰かを殺すのかもしれない。

 

「そんなに怖い顔をしないで?何度も言うけど、スレッタには本当に何もしないわ」

 

「……」

 

 スレッタには何もしない。その言葉を聞いた三日月は、少しだけ冷静になる。だが警戒は怠らない。

 

「三日月くん。前に私が言った事、覚えてる?」

 

「当たり前じゃん」

 

 三日月は数年前、プロスペラに言われた事を思い出す。

 

『学校でスレッタを守って欲しい』

 

 それが三日月がプロスペラに言われた事。そしてスレッタは、自分の意志で学校へ行くと言った。こうなった以上、三日月は約束通り学校へ行くつもりだ。そして、全力でスレッタを守る。

 

「私の方で編入生の枠をひとつ増やしておいたわ。これであなたも、学校へ行く事が出来る。だから、スレッタをお願いね」

 

「……」

 

 そう言うプロスペラを、三日月は黙って見つめる。確かにこれで学校へは行ける。だがプロスペラは、間違いなく何かを企んでいる。それも、恐ろしい何かを。

 

「別に学校に行くのはいいよ。俺も興味あったし。それにスレッタの事も、俺が守りたいからそうする。でも、お前の何かにスレッタを巻き込むな」

 

 先程隠れて見ていたが、スレッタは学校に行く事を本当に喜んでいた。だからこそ、スレッタには普通に学校へ行ってもらいたい。

 だがプロスペラは、そのスレッタに何かをさせようとしている。そんなの絶対許さない。だから三日月は、プロスペラに釘を刺す。

 

「貴方は本当にスレッタを大事に思っているのね。でもそれは、私も同じよ

 

 プロスペラの声色が変わり、三日月は身構えた。

 

「確かに私は、スレッタをある事に利用しようとしている。でも、あの子には学校で色んな事を学んでほしいとも本気で思っている。いつかあの子が、1人でもしっかりと生きていけるように」

 

 プロスペラは三日月を見ながら話す。恐らく、プロスペラのこの言葉は本心だろう。それは何となくわかる。

 

「それに私自身、本当にあの子を巻き込みたくないって思っているのよ?でもあの子とエアリアルじゃないと、私の計画は進められない。どうしても、スレッタとエアリアルが必要なのよ」

 

 仮面越しで素顔は見えないが、その目には狂気が見えた気がした。一体その計画とやらに、プロスペラはどれだけ執着しているのだろうか。

 

「そもそもどんな理由があっても、スレッタは憧れの学校には行けるのよ?だったら、そこまで問題は無いじゃない?あの子は学校へ行きたがっていたんだし。だからスレッタにだけは黙っておく。噓も方便って言うしね」

 

「……」

 

 暫し三日月は考える。言っている事はわかるが、それはそれとして気に食わない。計画とは何なのかとか、仇とはどういう事なのかとか、プロスペラに聞きたい事は山ほどある。

 だが、プロスペラがスレッタを大切に思っているのもまた事実。それに何も知らないと言うのは、案外幸せな事だったりもする。だって知らなければ、ショックを受ける事は無いのだから。

 

「わかった。でもこれだけは言っておく。もしお前がスレッタに何かしたら、例えスレッタの母親でも、俺はお前を許さない」

 

 だからこそ、三日月はプロスペラにそう宣言する。この先、プロスペラは何かをするだろう。そしてその時、もしスレッタを巻き込んだりするのなら、三日月はプロスペラを許さない。場合によっては、命を奪う。

 例えそのせいで、スレッタに恨まれる事になろうとも。

 

「ええ、それでいいわ。だから、これからもスレッタをお願いね」

 

 この時のプロスペラは、とてもやさしい声色で三日月にお願いをする。こうして聞くと、普通の母親だ。

 しかしプロスペラは、普通の母親じゃない。何かに囚われている母親だ。何時の日か、必ず何かをやるだろう。

 

(俺が、守らないと…)

 

 半ば強迫観念のように、三日月はスレッタを守ると固く決意する。

 

 そして絶対に、例え何があってもスレッタを1人にはさせないとも決意する。

 

 

 

 

 

「水星、もうあんなにちっちゃくなっちゃったね…」

 

「そうだね」

 

 宇宙船の窓から水星を見るスレッタと三日月。そしてその水星は、最早米粒程の大きさしかない。こうして、小さくなっていく水星を見るのは2回目だ。

 

「それにしても、学校かぁ…楽しみだなぁ…」

 

 スレッタは笑いながら呟く。その手には、タブレットが握られている。

 

「それなに?」

 

「あ、これ?学校に行ったらやりたい事をリスト化したんだ」

 

 そう言うとスレッタは、三日月にタブレットの画面を見せる。そこには色んな事が書かれていた。

 

「友達と一緒に登校する。授業中、先生にかっこよく質問する。あだ名で呼び合う。大盛の学食を食べる。色々あるね」

 

「うん!この前からいっぱい考えたんだ!だって学校に行けるんだし!」

 

 スレッタは本当に嬉しそうだ。そんなスレッタを見ていると、三日月も嬉しくなる。

 

「あ!そうだ。髪型も変えた方がいいのかな?えっと確か、新学期デビューだっけ?新入生はそういう事をするって、データで見たし」

 

 今のスレッタは、髪を後ろ2か所で束ねており、母から貰った古めかしいヘアバンドを付けている。これは、いつの間にか水星でスレッタがするようになった髪型だ。

 しかし、折角学校へ行くのだ。だったら、新しい髪型にしてみるのもありかもしれない。例えば、お団子ヘアーと、ツインテールとか、それとも髪をバッサリ切ってショートカットとか。

 

「ねぇねぇ三日月。三日月はさ、私はどういう髪型がいいと思う?」

 

 隣にいる三日月に、スレッタは質問する。

 

「スレッタは髪降ろしている方が可愛いと思うよ?」

 

「んぐっ!?」

 

 そして三日月は、素直にそう答える。それを聞いたスレッタは、顔を赤くする。

 

「お願い三日月…そういうの、学校では私以外に言わないで…ていうか私にもあまり言わないで…」

 

「何で?」

 

「絶対に勘違いする子が出るから…そういう人はナイフで刺されるって、コミックに描いてあったし…」

 

「へー。でも返り討ちにするよ?」

 

「そういう問題じゃないから!!」

 

 三日月の肩を掴んで、スレッタは注意する。三日月は基本、素直にこんな事を言う。スレッタは10年も一緒にいるのでかなり慣れたが、それでも三日月の言い方に赤面する事が多々ある。

 自分でこれなのに、学校にいるであろう他の女生徒たちはどうなるかわからない。下手すれば、三日月がとんでもないスケコマシになるかもしれない。

 そしてそういう人の末路は、刺されて死ぬものである。

 

「それと三日月。学校では水星みたいな喧嘩はダメだよ?そういう人は、学校にいられなくなっちゃうんだし」

 

「……わかった」

 

「今の間は何!?本当にダメだからね!?」

 

 憧れの学校だが、色々と前途多難だ。

 

 とりあえず、学校で三日月が暴力沙汰を起こさないよう、スレッタは気をつける事にした。

 

 

 

 

 

 数日後 地球圏

 

『はい。今回も俺の勝ち』

 

「ううう…また負けたぁ…」

 

『でも本当に危なかったよ。やっぱりスレッタ、強くなってる。俺でも苦戦する時あるし』

 

「それでも接近戦では全敗だよ。やっぱり強いね、三日月とバルバトスは」

 

 ベネリットグループが所有する輸送船。その中に、スレッタと三日月はいた。勿論、エアリアルとバルバトスルプスも一緒だ。

 

 そして2人は現在、学校へ向かっている途中である。

 

 しかし水星から地球圏はとても遠い。その道中、ただ待っている事なんて出来なかった。なのでスレッタと三日月は、エアリアルとバルバトスでシミュレーションをしたり、一緒に筋トレや柔軟をしたり、ついでに学校で習うであろう授業の予習もしていた。おかげで2人共、今なら模試も一発で合格するだろう。

 

『じゃ、少し休んでおこうか。学校には今日着く予定だけど、着いていた時にクタクタだったら嫌でしょ?』

 

「そうだね。なら少し休むよ。おやすみ、三日月」

 

『うん。おやすみ、スレッタ。あとエアリアルも』

 

 目的地であるアスティカシア学園には、今日中に到着する予定だ。それまでに疲れてしまっていたら、確かに全力で喜べそうにない。三日月に言われた通り、少し休んでいた方がいいだろう。

 

「もう直ぐかぁ…えへへ…」

 

口元がにやけながら、スレッタはエアリアルの中で暫し仮眠を取る。

 

 

 

『フロント73区 アスティカシア高等専門学園、到着5分前です。本船はこれより、入港軌道体勢に移行します』

 

「三日月!学校が見えてきたよ!」

 

『もう?』

 

「うん!早く見てごらん!!」

 

 少し仮眠を取って、端末で学校に必要な物を確認していた時、ようやく目的地の学校が見えてきた。スレッタは直ぐに端末を使い、船外カメラの映像をエアリアルのコックピットモニターに写す。

 

『へぇ、あれか』

 

 同時に三日月も、手元にある端末を弄り、バルバトスのコックピットモニターに船外カメラの映像を映し出す。

 するとその先にはとても巨大な建造物、アスティカシア高等専門学校が見える。

 

「お母さん。とうとう来たよ…」

 

 三日月と同じように、エアリアルのコックピットにいるスレッタは、目を輝かせながら言う。憧れの学校。何度も夢に見た学校。これから自分と三日月が通い、色んなことを学ぶ場所。勉強以外にもやりたい事が沢山ある。

 そうやって夢を膨らませていると、

 

「ん?」

 

 スレッタは何かを発見した。学校を背景にして、何かが宇宙に漂っている。

 

「デブリ…?いや、あれって…もしかして人!?」

 

 カメラをズームしてよく見ると、それは宇宙服を着た人間だった。

 

『どうかしたスレッタ?』

 

 バルバトスのコックピットにいる三日月が、いち早くスレッタの異変に気がつく。

 

「人!人がいる!!宇宙空間に人がいる!!」

 

『え?もしかして要救助者?』

 

「多分そう!!」

 

『じゃあ、先ずはブリッジに連絡だね』

 

「うん!」

 

 そう言うとスレッタは、コンソールを弄りブリッジに連絡。

 

「ブリッジ!こちらスレッタ・マーキュリー!宇宙空間に要救助者と思われる人を発見!」

 

『了解。その要救助者には、デブリなどの破片が当たったような痕跡はありますか?』

 

「いえ!ここからは見当たりません!ですが、ピクリとも動いていません!バックパックのエアーも吹いていないし!」

 

『了解。救助部署発令!要救助者発見!船外活動用意!』

 

 船内にアラームが鳴り響く。すぐにこの船に乗っている救助隊が、モビルスーツで助けにいくだろう。

 しかし、

 

『はぁ!?モビルスーツのブースターのガスがまだ補給されてない!?』

 

「え?」

 

『すみません!どうもガス補給機が調子悪くて…!』

 

 アクシデントが発生し、直ぐに助けに行けそうになかった。このままではまずい。

ガスが補給されるのが何時になるかわからない。

 その間にも、あの要救助者は助けを求めている。そう考えたスレッタは、ヘルメットを被り、ブリッジに連絡を入れる。

 

「これから私とエアリアルで助けに行きます!!」

 

『は?何を言って…』

 

 ブリッジの返答を待たずに、スレッタはエアリアルを起動。

 

『おい待て!我々に任せて大人しくしていろ!』

 

 しかしスレッタとエアリアルは止まらない。力任せにエアリアルを固定しているロックを解除し、輸送船のハッチに向かう。

 

『おい!聞いているのか!?やめ『止めないで』は?』

 

 ブリッジのスレッタへの通信に、三日月が割り込んでくる。

 

『スレッタは水星で1番のレスキューパイロットだ。それに、そっちがモビルスーツを用意している間にスレッタが助けに行った方が早いでしょ?』

 

 未だにモビルスーツのガスの補給が終わっていない。作業員によると、あと5分はかかるらしい。

 

『あーもう!モビルスーツのパイロット!これから船外ハッチを開ける!要救助者を見つけたら連絡してくれ!我々が指示を出すから!!』

 

「は、はい!わかりました!三日月もありがとう!」

 

『うん。気を付けてね』

 

「うん!」

 

 ブリッジはスレッタに許可を与えた。それを聞いたスレッタは、三日月との模擬戦でのようにブースターを吹かさず、ゆっくりと、しかし早く要救助者に向かってエアリアルを動かす。

 

(ま、スレッタなら大丈夫でしょ)

 

 ハンガーにバルバトスごと残った三日月はそう思う。自分の幼馴染のスレッタに、絶大な信頼を置いている三日月。それは水星でスレッタの活躍を何年も見てきたからだ。水星1と言われるだけあって、スレッタのレスキュー経験は最早ベテランの域にある。先ほど発見された要救助者も、直ぐに助けられるだろう。

 それにもしもの事があった時は、バルバトスで助けに行けばいい。

 

(一応、確認だけしとくか)

 

 カメラ映像をズームさせ、三日月はスレッタとエアリアルの救助を見る。スレッタが、要救助者をエアリアルの手で優しく包み込み、コックピットから出て、要救助者をコックピットへと入れる映像がバルバトスのコックピットモニターに映し出される。

 

『大丈夫ですか!?意識はありますか!?』

 

 バルバトスのコックピット内にスレッタの通信が聞こえる。どうやらスレッタは、うっかりオープン回線のままにしているみたいだ。

 

『んがぁ!?』

 

「は?」

 

 とその時、何かがぶつかった音と変な声が聞こえた。声の主はスレッタだ。

 

『邪魔しないでよ!!』

 

 同時に、聞いた事の無い女の声も聞こえる。

 

『もう少しで脱出できたのに!あんたのせいで台無じゃない!!どーしてくれんのよ!?』

 

 しかも相当に怒っているようだ。顔は見えないが声でわかる。

 

『責任、とってよね!!』

 

『……はい?』

 

「何あれ?」

 

 こうしてスレッタと三日月は、学校にたどり着く前に妙な奴と出会ったのだ。

 

 

 

 

 





 バルバトス ルプス
 見た目は殆ど鉄血本編のバルバトスルプス。しかし腕の腕部200㎜砲がビーム砲に変更されている。そしてこの世界では三日月が鉄華団に所属していないので、肩に鉄華団のシンボルマークも存在しない。また、プロスペラの改造により、エイハブウェーブを大幅に抑える事に成功。ただしその反動で、バルバトスの機体性能と、あの特製が少し落ちてしまっている。武器はソードメイスとツインメイス、そして刀など。
 詳しい事は、お話を進めたらまた書きます。


 ようやくミオリネ登場。一応、VSグエルまでは考えています。気長にお待ちください。

 そしておかしいところがあったら、遠慮なく言って下さい。修正しますので。


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花嫁と決闘

 これで書き貯めは終わり。3日連続投稿(正確には違う)は初めてでした。次回以降は、気長にお待ちください。
 そして何時も沢山の感想とお気に入り登録と評価、本当にありがとうございます。大変励みになっています。感想の方は、今度纏めて返信するので、どうかお待ちください。

 今回、まだイキリ御曹司だった頃の彼が登場。

 追記 感想にてご指摘があったので、1部を変更しました。


 

 

 

 

 

 アスティカシア高等専門学園。

 地球圏の、フロント73区に存在する教育機関だ。ベネリットグループが運営し、在籍している生徒の多くがグループ内の企業の子供たち。パイロット科、メカニック科、経営戦略科の3つの科があり、特にパイロット科は一目置かれている。

 しかし学園と言われているが、普通の学校とは違い、どちらかと言えばベネリットグループの私塾に近い。内部はかなり広く作られており、通学用に電動バイクの使用が認められ、その他に通学用のモノレールやバスもある。

 

「うわぁ…凄い…」

 

「広いね」

 

 そんな学園にたどり着いた編入生、スレッタ・マーキュリーと、三日月・オーガス。2人は今、学園内のモノレールに乗り、パイロット科の実習の見学へ向かっていた。

 

「あ、モビルスーツだ。確か、デミトレーナーだっけ?」

 

「俺たち、あれに乗って授業受けるんだよね」

 

 モノレールから外を見て見ると、校舎のすぐ傍をブリオン社製のモビルスーツ『デミトレーナー』が歩いていた。アスティカシア学園のパイロット科の生徒は、皆あれに乗って授業を受ける。いわば生徒用の練習機だ。

 

「あれ?でも向こうにいるのはデミトレーナーじゃないね?」

 

 しかしそれ以外のモビルスーツも見受けられる。スレッタの視線の先には、全身が細く緑色で、腰に斧型の近接武器。そしてまるでハイヒールのような足をしているひとつ目のモビルスーツがいた。そしてその隣には、全体的に丸っぽくずんぐりむっくりとした、白とオレンジのツートンカラーのモビルスーツもいる。

 その2機が運搬用のトレーラーに乗せれて、どこかに運ばれて行っていた。

 

「生徒は自分のモビルスーツを持ってきてもいいから、あれもそれじゃない?」

 

「あ、そっか。私のエアリアルと、三日月のバルバトスみたいなものだね」

 

 アスティカシアには様々な校則があるが、その中のひとつに『生徒自身のモビルスーツの持ち込みを許可する』というのがある。これは学校に通っている生徒の多くがベネリットグループ傘下の企業の子供であり、その企業が自社製のモビルスーツのPRや、データ収集や改良を学園で行うために出来た校則だ。この校則のおかげで、スレッタと三日月はエアリアルとバルバトスを学校に持ってこられている。

 尤も、持ってきたモビルスーツは授業では使えないのだが。

 

「着いたよ。降りよ」

 

「うん」

 

 目的地についた2人は、モノレールから降りる。

 

 そしてモビルスーツの実習がされている、演習区画にやってきたのだ。

 

 

 

「わぁ…」

 

 つい口を開いてそう呟くスレッタ。演習区画には数多くのデミトレーナーと生徒がいて、授業を受けていた。

パイロット科の生徒やメカニック科の生徒や教師。ぱっと見ただけで100人以上はいる。水星にはこんなに大勢の若者なんていない。感動してしまうのも当然だ。

 

「……」

 

「あ、三日月。授業中なんだから食べちゃダメだよ」

 

 因みに三日月は、スレッタの横で火星ヤシを摘まんでいた。

 

「ところでさ。なんかさっきから視線感じるんだけど」

 

「あ。それは私も思った」

 

 スレッタと三日月が周りを見渡すと、幾人かの生徒が自分たちを興味深そうに見ている。

 

「何だろうね?」

 

「さぁ?」

 

 見られている理由が思いつかない2人。制服もしっかり着ているし、髪型だって綺麗にセットした。歯もしっかり磨いたし、顔もちゃんと洗った。特に変な所なんてない筈だ。

 

「えっと、スレッタ・マーキュリーさんと、三日月・オーガスくん?」

 

 そうやっていると、後ろから声をかけられた。

 

「え?」

 

「ん?」

 

 名前を呼ばれた2人が振り返ると、そこには学生用の作業服に身を包んでいる水色のインナーカラーの髪をした、大人しそうな女生徒がいた。

 

「初めまして。今日の2人の実習の面倒を見る事になりました、メカニック科2年のニカ・ナナウラです。よろしく。わからない事があったら何でも言ってね」

 

 女生徒の名前はニカ・ナナウラ。どうやら今日、スレッタと三日月のお世話をしてくれる生徒らしい。

 

「よ、よろしくお願いします!」

 

「よろしく」

 

 2人揃ってあいさつをする。しかしスレッタの方は、やや緊張気味だ。

 

「もしかして、スレッタさん緊張してる?」

 

「え、えっと、学校来たの初めてで…少し…」

 

「そうなの?」

 

「水星には学校が無いからね」

 

「そうなの!?」

 

 三日月の発言に驚くニカ。いくら水星が辺境と言っても、学校くらいあるだろうと無意識に思っていたからだ。

 

「ところでさ、さっきから皆こっち見てない?」

 

 そんなニカに、三日月は早速質問をする。

 

「あ、ああ。それは2人が水星からの編入生だからだね」

 

「え?それだけ?」

 

「そりゃそうだよ。だって水星なんて凄く遠いところなんだし」

 

 どうやら自分たちが見られているのは、水星から来たかららしい。ここアスティカシアは、在籍している生徒の殆どが地球圏出身の者たちだ。火星や金星生まれもいるが、それでも水星なんてとても遠いところからやってきた編入生なんて今までいなかった。気になるのは仕方が無い事だろう。そんな時である。

 

「ねぇねぇ!水星からやってきた編入生ってあんたら?」

 

「え?」

 

 3人の女生徒が、話に割り込んできたのは。

 

「てかさ、水星って人住んでたんだ」

 

「だよねー。まさかそんな辺境から来るなんて」

 

「よくここにこれたね。ここアスティカシアだよ?」

 

 やや棘のある言い方でスレッタに一方的に話す3人。スレッタは少し困惑気味だ。

 

「専科は?」

 

「えっと、パイロット科です。私も、後ろにいる三日月も」

 

「へー!エリートじゃん!」

 

「エリート?」

 

「知らないの?ここのパイロット科はすっごく試験が難しいから、受かっただけでエリートって呼ばれるんだよ」

 

「あ…そう言えばそんな記憶が…」

 

 初めての学校に浮かれすぎて、その辺の話がすっぽり抜けていた。このアスティカシア学園のパイロット科を卒後した生徒は、エース部隊と言われているドミニコス隊へ入隊する事も可能なのだ、故にエリート。

 そういう訳で学外のパイロットも、アスティカシア学園のパイロット科の生徒の事をよく見ている。将来、自分たちと一緒に戦うかもしれないからだ。

 

「ていうかさ、2人ってどういう関係?」

 

 そうやって思い出していると、今度は別の質問がきた。内容は、自分と三日月の事らしい。

 

「えっと、関係って?」

 

「だから恋人とか」

 

「こっ!?」

 

 その質問に、声が上ずるスレッタ。

 

「ち、違います!三日月とは家族とか弟みたいなもので…!そんなんじゃ…!」

 

 スレッタは顔を赤くし、両手を横にぶんぶん振りながら否定する。

 

「お?その反応は少し怪しいかな?」

 

「無自覚な感じかも?」

 

「だったら意外と早かったり?」

 

「本当に違いますよ!?」

 

 スレッタの反応を見て面白がる3人。辺境の水星からやってきた男女の2人。しかもお互い距離感が近い。そして学生と言えば、恋バナだ。こうやって興味を持つのは仕方が無い。

 

 一方で三日月は、興味なさそうに演習区画を見ている。

 

「ねぇねぇ!2人って本当にどういう関係!?」

 

「幼馴染とか!?それとも許嫁!?」

 

「もしくはお嬢様と護衛のボディーガード!?」

 

「あ、あの…その…」

 

 スレッタは未だに3人に囲まれている。そして質問内容は、もっぱらスレッタと三日月の関係について。おまけに目を輝かせている。しかしスレッタは緊張して上手く話せずに、しどろもどろになってしまっている。

 

「あーー!?あの時の邪魔女!!」

 

「うえぇ!?」

 

 そうやって囲まれていると、突然スレッタは後ろから大声で叫ばれた。思わず肩がびくっとする。

 

「あ、昨日の要救助者」

 

「誰が要救助者よ!?」

 

 三日月が声の主の事をそう呼ぶ。その三日月の言葉で、スレッタは直ぐに思い出す。

 

「あ、昨日学校前で助けた子…」

 

「違う!助けたんじゃなくて邪魔したんでしょ!?」

 

「ひぃ!?ごめんなさい!?」

 

 それは学校に来る時に助けた、銀色の綺麗で長い髪をした美しい少女だった。

 

「み、ミオリネさん…」

 

「ミオリネ?それってあいつの名前?」

 

「うん。ミオリネ・レンブラン。経営戦略科の生徒で、ベネリットグループの総裁、デリング総裁の娘さんだよ」

 

「へー」

 

 ニカが三日月に少女の事を教える。その名を、ミオリネ・レンブラン。ベネリットグループ総裁、デリング・レンブランの1人娘である。容姿端麗、成績優秀な経営戦略科に所属している2年生。

 しかしこの容姿に似合わず、かなり口が悪い。一部では『黙っていれば儚い窓際の令嬢』と言われている。おまけに父親のある取り決めのせいで、絶賛反抗期の真っ最中だ。おかげで、学園では少し浮いている。

 

「もう本当に最悪!本当にあと少しだったのに!!あんた一体何がしたかったのよ!?」

 

「え、えーっと。助けたかったから?」

 

「何で疑問形よ!?本当に腹立つ!!」

 

 スレッタに対して、ギャイギャイと叫ぶ少女ミオリネ。そんなミオリネに巻き込まれないよう、先程までスレッタに話を聞いていた3人の女生徒は距離を取る。そしてニカも同じように距離を取っていた。

 

「……」

 

「え!?ちょっと三日月くん!?」

 

 しかし三日月は他の人とは反対に、ミオリネに近づいていく。

 

「ねぇ」

 

「何よ!?今取り込み中なんだけど!?」

 

「お前うるさいよ」

 

 そしてたった一言で、ミオリネを黙らせた。

 

「な、何…」

 

「だからうるさいって」

 

 ミオリネが反撃しようとしたが、三日月はそれすら黙らせる。三日月がこんな風にミオリネに言うのは、単純にスレッタにミオリネが噛みついているからだ。ミオリネにも何か事情があって昨日あんな場所にいたんだろうが、それはそれとしてこの態度はムカつく。折角助けたというのに、ここまでスレッタにギャイギャイ言う必要は無いだろう。なので少し黙らせる。

 

「ちょっ…!三日月っ…!!」

 

 スレッタが三日月を落ち着かせる。このままでは喧嘩になってしまうかもしれないからだ。流石に編入初日に暴力沙汰は見たくない。

 

「おいそこ!授業中だぞ!私語は慎め!!」

 

「っつ……ふんっ!」

 

 三日月と教師に言われたのと、周りの視線が自分を見ているのに気が付いたのか、ミオリネは口を閉じた。しかしその時、今度はけたたましい音が鳴る。

 

「これは?」

 

 それは何かのサイレンのような音。それが、演習区画全域に鳴り響く。同時に、外壁のモニターの映像が変更される。

 

「何かの訓練?」

 

「違う。これは…」

 

 三日月の発言に、ニカがすぐに違うと言う。すると演習区画の天井に、誰かの名前がデカデカと表示された。そしてそれと同時に、演習区画のとあるゲートが開く。すると中から、それぞれ異なる2機のモビルスーツが、鍔迫り合いをしながら演習区画に入ってくる。

 

「何ですかあれ!?」

 

 まるで突然戦争でも起こったような事態に、スレッタは驚く。

 

「赤いディランザ…あれってホルダーの…」

 

「ホルダー?」

 

 ニカは、赤いモビルスーツの方は知っている様子だ。

 

『実習中失礼する。これは決闘委員会が承認した正式な決闘だ。立会人は、このシャディク・ゼネリが勤める。各自手出し無用で願おうか』

 

 今度は男の声が聞こえる。よくわからないが、これは手出しをしたらいけないらしい。

 

「へぇ。あの赤い方、やるな」

 

 そして三日月は、その決闘と言われている戦いを見ていた。赤いモビルスーツのパイロットは、かなりの腕に見える。腕が良くなければ、あんな動きは出来ない。

 

「ねぇスレッタ。あれこっち来てない?」

 

「へ?」

 

 スレッタが突然の展開に驚いていると、2機のモビルスーツがこっちに向かってきた。正確には、赤いモビルスーツがもう1機のモビルスーツを押しながらこっちに来ているのだが。

 

「スレッタさん!!」

 

 ニカが声を上げて叫ぶ。何時の間にか、モビルスーツがスレッタの目の前に来ていたからだ。

 

「こっち」

 

「あ」

 

「ちょ!?」

 

 このままではモビルスーツに踏みつぶされるかもしれなかったが、三日月がスレッタと、おまけで直ぐ横にいたミオリネの手をひいて走り出す。

 そして走っている途中で、1機のモビルスーツが頭を破壊されて、地面に倒れ、土埃が舞う。

 

「大丈夫?スレッタ?」

 

「あ、うん…ありがとう、三日月」

 

 土埃が晴れた時、スレッタは三日月に抱きしめられるように倒れていた。どこも怪我なんて無い。三日月のおかげだ。因みにこの時、一部の女生徒から黄色い声が上がっていた。

 

「ちょっと!手をひいたのなら私も最後まで助けなさいよ!」

 

「あ、ごめん」

 

 おまけで手を引いたミオリネの方は、そのまま地面に倒れていた。少し制服が汚れているが、こっちも怪我は無い。

 

「見たかミオリネ!!このグエル・ジェタークの決闘を!!」

 

 安心していると、赤いモビルスーツのハッチから男が出てきて、ミオリネに向かって叫ぶ。

 

「俺はお前も会社も、全部手に入れてみせるぞ!!婚約者としてなぁ!!」

 

 そして堂々とした姿で、何やら凄い事を言い出した。

 

「あれが告白ってやつ?」

 

「た、多分!」

 

「違うわよ!!」

 

 妙な勘違いをしている2人に、ミオリネはツッコむ。

 

「こいつは俺を笑ったんだ。花嫁に夜逃げされた男ってな!今から虫の言葉で謝罪するからお前も見ていけよ!きっと傑作だぞ!」

 

 男が指さす方向には、破壊されたモビルスーツのパイロットがいた。地面に両手両膝をついて項垂れいる。顔は見えないが、恐らく相当に悔しがっているのだろう。

 

「最っ低」

 

 そんな光景を見たミオリネは、その場から歩き出す。

 

「スレッタさん!三日月くん!大丈夫ですか!?」

 

 スレッタと三日月に、ニカが心配そうに話しかける。

 

「あの、ごめんなさい!私ちょっと行ってきます!」

 

「え?」

 

 そしてスレッタはそう言うと、急いで先ほどの少女の後を追った。

 

「俺も行くよ」

 

「ええ!?」

 

 ついでに三日月も、スレッタの後を追う。

 

「あの2人共!?見学はーーー!?」

 

 1人その場に残されたニカは、そこで寂しく2人の背中を見ながら叫ぶのだった。

 

 

 

 

 

 学園内にある森林エリアの一角。そこには、横から見たら鉄アレイのような形をしているガラス張りの建物があった。その中には、色んな植物と赤い野菜が栽培されている。

 

「ただいま…」

 

 先程の婚約者の発言といい、脱走しようとしたら予定外の者に助けられたりと散々な1日を過ごしたミオリネは、小さな声でそう呟く。ここはミオリネが作った温室。学園内でほぼ唯一心が安らぐ場所だ。今はここで少し落ち着きたい。

 

「あ、あのー…」

 

 そんな場所に、あまり聞きたくない声が聞こえた。

 

「何か用?」

 

 ミオリネが振り返ると、自分の学園からの脱出を邪魔した赤毛の女スレッタと、先程自分に『うるさい』と言った、男子にしてはやや身長が低い黒髪の男子、三日月がいた。そして男子の方は、ポケットから何かを取り出して食べている。

 

「昨日は、ごめんなさい…」

 

 一方で女子の方は、頭を下げて謝罪をする。

 

「えっと、勝手に勘違いして助けて…」

 

「……もういいわよ。私も言い過ぎたわ。ごめん」

 

 先程までのミオリネは、自分が冷静じゃなかったと少し恥じる。彼女が学園からの脱出を邪魔したのは事実だが、そんな事を知らない赤毛の彼女は、善意で自分を助けてくれたのだ。

 確かにあれは傍から見れば、自分は宇宙空間に漂っている要救助者に見えただろう。そんな自分を助けてくれたのに、あの態度は酷い。あれじゃただのヒステリックな女だ。なのでミオリネは謝る。

 

「それにしても、凄いですね婚約者だなんて。私、そんなのコミックでしか見た事ないですよ」

 

「やめて!あんな奴を婚約者だなんて、私は認めてないから!!」

 

「へ?」

 

 ミオリネの発言を聞いたスレッタは、あっけに取られる。

 

「この学園ではね、生徒同士の大切な物を賭けて決闘をするのよ。お金、権利、謝罪、情報、モビルスーツ、そして結婚相手……」

 

「決闘?」

 

「あんたもさっき見たでしょ?あれよ。モビルスーツを使った戦い。勿論、死人が出ないよう出力は調整してるけどね」

 

 決闘。それがこのアスティカシア学園最大の特徴だ。ミオリネが言ったように、この学園では生徒同士の決闘が認められている。

 そして負けた方は、勝った方の言う事を何でも聞かないといけない。ただし、命に係わるようなのはダメだが。

 

「へぇ。わかりやすいねそれ」

 

「だ、ダメだよ三日月!そんな事言っちゃ!」

 

 なんともわかりやすいシステムに、三日月は共感する。そんな三日月に、スレッタは慌てて口を閉じさせる。だってミオリネは、明らかに決闘が好きじゃなさそうだし。

 

「あの、ところで…」

 

「あーもう!今度は一体なによ!?」

 

 ミオリネが温室の床にある冷蔵庫を開けていると、スレッタが質問をしてくる。そのスレッタの目線の先には、赤い何かがあった。

 

「もしかして、それがトマトですか?」

 

「は?見ればわかるでしょ?」

 

「ご、ごめんなさい…トマトって、本物見たの初めてで…」

 

「え?初めて?」

 

 スレッタの発言に、首を傾げるミオリネ。だってトマトだ。こんなの、どこにだってありふれている野菜である。それを見た事無いとは、どういう事だろうか。

 

「水星人って普段何食べてるのよ…」

 

「えっと、宇宙用のゼリーとか、クッキーとか、あとは、火星ヤシ?」

 

「火星ヤシって、随分マイナーな物を食べてるわね…」

 

 どうして水星で火星でしか栽培していない火星ヤシを食べているかはよくわからないが、他に食べ物が無いのだろうとミオリネは当たりをつける。以前授業で、水星は非常に過酷な環境だと習った。そんな酷い場所なら、野菜なんてまともに育たないのだろうし。

 

「あげる」

 

「あ、ありがとうございます…」

 

「あんたも」

 

「ありがと」

 

 流石に自分と同じ年くらいで、トマトを食べた事が無いのは不憫だ。なのでさっきの謝罪も含めて、ミオリネはトマトを2つ差し出す。

 

「あれ?ん?」

 

「これどうやって食べるの?」

 

「は?」

 

 しかし当の2人は、トマトの食べ方がわからないらしい。流石に『そんな人いるのか?』と口をあんぐりさせるミオリネ。

 

「……皮とか剥かずにそのままかぶりつく」

 

「あ、はい」

 

 まさかトマトの料理法じゃなくて、食べ方を教える日が来るとは思わなかった。そしてミオリネに言われた通り、スレッタと三日月はトマトにかぶりつく。

 

「ん!!美味しい!!これ凄く美味しいです!!」

 

「ん。確かに美味しい」

 

 初めて食べるトマトに感動する2人。三日月ですら笑顔で食べている。余程美味しいトマトなのだろう。

 

「それは私のお母さんが作った特別なやつよ。美味しいのは当たり前」

 

 少し満足そうな顔でミオリネは、トマトのものであろう種を棚にしまう。

 

「凄いお母さんなんですね。私のお母さんも凄い人で、そんなお母さんに、水星を豊かにする為に学校で沢山勉強をしてきなさいって言われて、そしてここに…」

 

「そう…あんたのお母さんは生きてるのね」

 

「…?あ!ご、ごめんなさい!!」

 

 どうやら、ミオリネの母親は既に亡くなっているようだ。その事に気づいたスレッタは、即座に謝る。

 

「俺は違うけどね」

 

「いや、じゃああんたはどうしてここに来たのよ?」

 

 ミオリネは、今度はトマトを食べきった三日月を見る。

 

「スレッタを守るため」

 

「なっ!?」

 

 三日月の発言に、ミオリネは驚きながら頬を赤める。なんという直球な言葉。ここではそんな事を言える生徒は先ずいない。新鮮だ。

 

「だから三日月!そういうのダメだって!!」

 

「?何が?」

 

「だからそういうの!!」

 

(え!?何この2人!?もしかしてそういう関係なの!?)

 

 ミオリネ、ついそう思ってしまう。そりゃいきなり『この子を守る為』とか言う男子がいたらこうも思う。ミオリネだって年ごろの学生なのだ。多少、そういう話に興味だってある。

 

「あーもう!ちょっと生徒手帳貸して!どうせ帰り道わからないんでしょ!?学園マップ入れてあげるから!!だからさっさとここから出てって!!」

 

 なんか聞いているこっちが恥ずかしくなってきた。さっさとこの2人にはここから帰って貰おう。そして2人から生徒手帳を借り、学園マップをダウンロードする。

 

「は!また土いじりか?」

 

 その時、ミオリネは聞きたくも無い声を聴いた。

 

「グエルっ…!」

 

 スレッタと三日月の後ろから、大柄で白い制服を肩から着ている男が現れる。どうやら、グエルと言うらしい。

 

「あ、さっきの…」

 

 スレッタも覚えのある顔だ。先程、赤いモビルスーツに乗って決闘というのをやっていた男だ。

 

「ちょっと!勝手に入らないでよ!!」

 

「良い事を考えてな。ミオリネ、お前は今日から俺たちのジェターク寮で暮らせ。そうすれば、もう脱走なんて真似できないしな」

 

 ミオリネはグエルに温室に入るなと言うが、彼はそれを無視。そして一方的に話し始める。

 

「私は認めてないからね」

 

「お前の父親が決めたルールだろう」

 

「あら?親が決めたら絶対なの?流石パパの言いなりなだけはあるわね、グエル?」

 

 そのミオリネの煽りにキレたのか、グエルと呼ばれた男は温室内にあったハンドシャベルを手にすると、周りの壁掛けプランターを破壊し始めた。

 

「何してんのよ!?やめて!!」

 

 ミオリネがそう言ってグエルを取り押さえようとするが、体格差がありすぎる。とてもじゃないが、取り押さえるなんて不可能だ。逆にグエルに突き飛ばされ、温室の床にミオリネは倒れる。

 

「ほらほらお嬢様。頑張って~」

 

「早くしないと温室が全部壊れちゃうよー?」

 

 取り巻きであろう女生徒2人も、笑いながらそれを見ている。髪を右手で弄っている男も何も言わない。冷めた目でその光景を見ているだけだ。

 

「え、えっと…!その…!」

 

「スレッタ。危ないから前に出ないで」

 

「で、でも…!」

 

 どうすればいいかわからないスレッタに、三日月は自分の身体を盾にしてスレッタを守る。

 

「どうやら俺は優しすぎたようだ。お前の未来の夫として、これからは厳しくいかせてもらう。お前は大人しく俺の物になればいいんだよ!」

 

「ぐっ…!」

 

 ハンドシャベルをミオリネに向けて、グエルは言い放つ。まるで横暴が服を着て歩いているような男だ。しかし、ミオリネは何も出来ない。悔しくてしょうがない。泣きそうになる。

 

「ごめん三日月」

 

「あ」

 

 そんな時、

 

「ふんっ!!」

 

「いってぇ!?」

 

 三日月の背中から出てきたスレッタが突然、グエルの尻を思いっきり叩いたのだ。

 

『は?』

 

 あまりに突然の出来事に、その場にいた三日月以外の生徒が異口同音する。

 

「お、お母さんから教わらなかったんですか!?人の嫌がる事しちゃダメって!!物を壊したらダメって!!食べ物を粗末にしたらダメだって!!」

 

 足を震わせながら、スレッタはグエルに説教をする。正直怖いが、この光景を見ている方が嫌な気持ちになる。だからスレッタは勇気を出して前に進んで、グエルを止めたのだ。

 

 「ぐ、おおっ……!?」

 

 一方、尻をスレッタに思いっきり叩かれたグエルは、尻を押さえて痛がっていた。というか痛い。凄く痛い。もの凄く痛い。とっても痛い。こうして痛がる声を出す程に痛い。こんなに痛い尻叩きは初めてだ。

 

「てめぇ、何しやがる!?」

 

「ひぃ!?」

 

 少し痛みが引いたせいか、グエルは怒りの矛先をスレッタに向ける。この自分に尻叩きをしたのだ。それも皆が見ているこんな場所で。結果、グエルは頭が怒りで染まってしまったのだ。

 そしてスレッタに対して、手にしていたハンドシャベルを思いっきり振り下ろそうとした。スレッタはそれにびっくりして、思わず目を瞑ってしまう。

 

「あれ?」

 

 しかしいくら待っても何も起きない。スレッタが恐る恐る目を開けると、

 

「がっ…はっ…!?」

 

「……え」

 

 そこには、グエルの首を右手で思いっきり掴んでいる三日月がいた。

 

「……」

 

 三日月は一切笑っていない。それどころか、グエルの事をまるで仇でも見つけたような目をしている。そして更に右手の力を強める。

 

「や、やめっ!!離せっ……!!がぁはっ!?」

 

「兄さん!?」

 

「グエル先輩!?」

 

「ちょ、離せよあんた!!」

 

 それを見ていたグエルの取り巻きと思われる生徒たちが、三日月をグエルから引き離そうとするがビクともしない。この小さな体のどこにこれ程の力があるのかわからない。

 そして今の三日月にとって、目の前で息が出来ずに苦しんでいるグエルは、スレッタに危害を加えようとした敵だ。容赦なんてしない。このまま首を折るつもりでいる。

 

「何よ…これ…」

 

 その光景を見ているミオリネは、つい後ずさりをする。

 

「三日月ダメ!今すぐ離してあげて!!」

 

「……」

 

「三日月!!」

 

「……え?何?」

 

「その人から手を離して!!」

 

「いいの?でもこいつは」

 

「暴力はダメって言ったでしょ!?だから離して!!」

 

「わかった」

 

 慌てたスレッタが、三日月に直ぐに離すよう言う。すると三日月は、スレッタに言われた通りにグエルの首から手を離した。

 

「がはっ…!かはっ…!!」

 

「兄さん!しっかりして!!」

 

 グエルは温室の床に足をつき、手で首を押さえて息を整える。幸い、首は折れていないようだ。

 

「このチビィ…!俺が誰だかわかってるのか!?」

 

 未だに首の痛みが引かないグエルだが、それはそれとして目の前にいる三日月を睨みつける。

 

「いや知らないけど。誰?」

 

「ぷっ」

 

 その三日月の反応に、後ろにいたミオリネが吹く。

 

「俺はな!ベネリットグループ御三家の御曹司で、決闘委員会の筆頭で、現在のホルダーのグエル・ジェタークだぞ!!」

 

「ホルダーって、何…?」

 

「こ、このチビ!そんな事も知らねーのか!?いや、ただの無知か?要するに、決闘で選ばれたこの学園ナンバー1のパイロットだ!!」

 

「ふーん」

 

 グエルが力強く言うが、三日月は全く興味が無い。それどころか聞く耳を持っていない。

 

「あ、あの」

 

「何だ!?」

 

 そんな三日月の横から、スレッタが出てくる。

 

「ご、ごめんなさい。三日月が首掴んじゃって…その事は謝ります。本当にごめんなさい。でも、やっぱり誰であろうと、こんな事はしちゃいけません。だから、ミオリネさんに謝って下さい」

 

 そしてグエルに謝罪をする。しかしその内容は、三日月がやった事は謝るが、グエルがやった事は許さないというものだ。

 

「バカかお前は。この学園ではな、何が悪いかどうかは全部決闘で決めるんだよ。どうしてもこいつに謝って欲しいのなら、俺と決闘でもして勝ってから言うんだな」

 

 グエルの言う通り、この学園では決闘で全てが決まる。例え人として酷い事をしたとしても、決闘で勝てば正義なのだ。なので無茶ぶりのように、スレッタに対してそう言うのだが、

 

「…し、します」

 

「……は?」

 

「だから、貴方と決闘…します!」

 

 なんとスレッタは臆する事無く、決闘に挑むと言い出した。

 

「やめて!あんたには関係ないでしょ!?」

 

 ミオリネが直ぐにやめさせようとするが、

 

「面白い。その決闘受けてやろう」

 

 グエルはミオリネを無視して、スレッタと決闘を進める。

 

「俺が勝ったら、お前とそこのチビを学園から追い出すからな」

 

「は、はい!やります!私が勝ったら、ミオリネさんに謝って下さい」

 

「よし。ラウダ!直ぐに決闘委員会に連絡を入れて準備をさせろ!」

 

「わかったよ。兄さん」

 

「~~~!!このバカ!!」

 

 こうして、スレッタとグエルの決闘が決まってしまったのだった。

 

 

 

 

 

 




 1期で首を絞めるガエリオパターンか、2期の腕を掴む『なにこれ?』のハッシュパターンのどっちにするかで本当にかなり悩みました。3回くらい書き直した。でもまぁ、スレッタのおかげで少しは軟化しているとはいえ、凶器(スコップ)持った人がそれを投げようとしていたら、状況的に三日月だったらこうするかなって…
 もし不評であれば変更します。

 因みにグエルくん。本気でスレッタにスコップ投げつけようとしていません。近くに投げようとしただけです。でも三日月にそんな事関係ありません。



 次回、魔女と悪魔降臨。

 追記 アンケートにセセリアがいない!? 言われるまで気が付きませんでした本当ごめんなさい! 次回、もう1度新しく取ります。


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悪魔召喚

 新規OP映像。兄弟、姉妹喧嘩。フェルシーMVP。物騒なハロ。イケメンな5号。コロニーレーザー。おのれペイル社。相変わらず情報量の多いお話でしたね。よく1話に纏めたって思った。次回、最終回なのが悲しい。

 ところで息抜きに書いていた筈なのに、いつの間にかこっちをどんどん更新している… もう片方も頑張らなければ。


 

 

 

 

 

「決闘だって!」

 

「え?さっきあったのにまたするの?」

 

「誰がやるんだ?」

 

「グエル先輩と、例の水星からの編入生の女の子らしいぞ」

 

 学園内では、再び決闘があると聞いて多くの生徒が浮足立っている。この学園では、決闘は刺激的な娯楽としての側面もある。また、生徒同士で決闘の勝利を予測した賭けも行われており、稀にそれで大儲けする生徒もいる。故にこうして、大勢の生徒が騒いでいるのだ。

 

「なぁなぁ!どっちが勝つと思う!?」

 

「そりゃグエル先輩でしょ!なんたってホルダーなんだし!」

 

「私も!水星の子が勝てる要素が無いでしょ!」

 

「俺は水星の子を応援しようかな。結構可愛いし」

 

 因みにこれから行われる決闘は、圧倒的にホルダーであるグエルが人気だ。あんな横暴な態度を取っているグエルだが、パイロットとしての腕は一流。だからこそ、彼はホルダーになっているのだ。

 

 

 

 ジェターク寮 モビルスーツハンガー

 

 グエル・ジェタークは怒っていた。自分に尻叩きをしたあの水星女に。自分の首を掴み上げた小さい男に。そして必ずやこの決闘で勝利し、あの2人をこの学園から追い出してやると決意を固める。

 

『何も、兄さんがあんな田舎者の相手をしなくても』

 

 あんな田舎者のことなんてほっとけばいいのにと、腹違いの弟であるラウダ・ニールが兄に苦言する。

 

「は!身の程を教えるだけだ!あんな田舎者なんて1分、いや30秒で終わらせてやる!」

 

 しかしグエルはやめる気なんて無い。この自分に尻叩きをしたのだ。プライドの高いグエルがこんな事されて、黙って許す訳が無い。それに一緒に居たあの小さい奴は、自分の首を思いっきり握り潰そうとした。正直、命の危機を感じた。

 だからこそ、2度と顔を見なくてすむように学園から追い出す。水星人は水星で大人しくしておけばいいのだ。

 

『カタパルト、射出します!』

 

「じゃ、行ってくる」

 

『気を付けて、兄さん』

 

 オペレーターの許可と共に、グエルがラウダにそう言うと、キャトルが勢いよく発進する。

 

 あっという間に戦術区画にたどり着き、キャトルのハッチが開き、赤いモビルスーツが姿を現す。

 

「KP001、グエル・ジェターク。ディランザ、出るぞ!」

 

 そしてグエルの愛機、ディランザが戦術区画へと降り立った。

 

「は!来たか、水星女!」

 

 同時に、グエルの視線の先には水星女こと、スレッタ・マーキュリーが乗っているであろう細めのモビルスーツが見える。頭に白い4つのヘッドアンテナ。全体的に青と白を基調とした派手なモビルスーツだ。

 

(ほう?見た目は悪くないな)

 

 水星という辺境のモビルスーツと聞いていたから、どんなイロモノが出てくるかと思っていたが、デザインは中々良いセンスをしている。

 しかし武装と思える物が、バックパックのサーベルと頭のバルカンしか見あたらない。もしかすると、格闘と機動に重きを置いたモビルスーツかもしれない。

 

(だがどんなモビルスーツでも大丈夫だ!この俺のディランザが文字通り叩き潰してやる!!)

 

 だがそんな事、グエルには関係ない。この自分のモビルスーツ、ディランザで叩き潰すだけだ。

 

『これより、双方合意の下、決闘を執り行う。勝敗は通常通り、相手のモビルスーツのブレードアンテナを折った方の勝利とする』

 

 決闘員会のシャディク・ゼネリが決闘の音頭を取る。

 

『両者、向顔!』

 

 その声と同時に、パイロット同士が顔を合わせる。

 

「……は?」

 

 呆気に取られるグエル。

 

 何故ならモニターに映った顔は自分の尻を叩いた水星女では無く、花嫁のミオリネ・レンブランだったからだ。

 

 

 

 

 

 時間は少しだけ遡る。

 

「それでスレッタ?どうするの?」

 

 エアリアルとバルバトスが格納されているモビルスーツハンガー。そこには、エアリアルに通信をする三日月がいた。

 三日月は最初、自分が決闘であのグエルとかいう男を潰そうと思っていたのだが、決闘はスレッタがやらないといけないらしい。そういう決まりなのだ。なので手持ち無沙汰の三日月は、バルバトスのコックピットに入り、スレッタの決闘を見守る事にした。

 そして決闘前にスレッタを落ち着かせる為、こうして話しかけている。

 

「相手がどういう奴か知らないけど、油断だけはしない方がいいと思うよ。自信が無いと、あんな事言わないだろうし」

 

 先程のグエルは、横暴ではあったが自信があった。自分に自信がある奴は強い。なので油断はしないでほしいと、スレッタに三日月は忠告する。

 

「スレッタ?」

 

 しかしスレッタから返事が無い。何時もなら必ず返事をすると言うのに、無言。その何時もと違う反応に、三日月は疑問に思う。その間にも、エアリアルは決闘場に向かう運搬機、キャリアに収納される。

 

『これ少し借りるから』

 

「……は?」

 

 するとキャリアに収納中のエアリアルから、何時もと違う声が聞こえた。

 

「あ、トマトの人」

 

『ミオリネ・レンブランよ!!何よトマトの人って!?』

 

 エアリアルから聞こえた声の主は、温室でスレッタと三日月にトマトをくれた女子、ミオリネだった。

 

「何でエアリアルに乗ってるの?それはスレッタのモビルスーツなんだから勝手に乗らないでくれない?」

 

 やや怒った声でミオリネに質問をする。エアリアルはスレッタのものだ。それに勝手に乗っているのは、まるで泥棒である。三日月が怒るのも無理は無い。

 

『勝手にこれに乗って、あの子には悪いと思ってるわ。でも、これは私のケンカなの!だから私がやる!!』

 

 どうやらミオリネ、勝手に決闘を始めた皆に怒ってるようだ。確かに温室はミオリネの所有物だし、それを壊したのはグエルである。だったら、本来決闘するのはミオリネとグエルだろう。確かに、筋は通っている。

 

「お前操縦できるの?」

 

『基本は学んでるわ!これくらい私にだって出来る!!』

 

「いや、無理じゃない?ていうか降りてくれない?」

 

 だがそれはそれとして、人のモビルスーツに勝手に乗っているのはダメだ。それに話してみたら、ミオリネはモビルスーツの操縦が出来るかどうかさえ怪しい。このままでは、エアリアルが壊されるかもしれない。

 

『戦術区画までの通路、オブジェクト無し。発進を許可します』

 

 しかし、無常にも時間が来てしまう。

 

『あとであの子に謝っておくから。それじゃ』

 

 そう言うとミオリネを乗せたエアリアルは、キャリアごと凄い速さで決闘が行われる戦術区画に行ってしまった。

 

「これ、どうすればいいんだろう?」

 

 いっそバルバトスで無理やりミオリネとエアリアルを連れ戻そうかと思ったが、生憎バルバトスではエアリアルを壊してしまうかもしれないので却下した。

 そしてハンガーに取り残された三日月は、とりあえエアリアル本来のパイロットであるずスレッタを探す事にした。そして1度、バルバトスのコックピットから出るのだった。

 

 

 

「どいつもこいつも勝手に言って…これは私のケンカなのよ!誰にも邪魔はさせない!!」

 

『はっ!生意気な女だ!なら俺には勝てないって教え込んでやる!』

 

『グエル。決闘相手の変更を了承するかい?』

 

『了承する』

 

 こうして本来スレッタとグエルの決闘になる筈だった決闘は、花嫁ミオリネと花婿グエルという異色の決闘となったのだった。

 

『勝敗はモビルスーツの性能のみで決まらず』

 

「操縦者の技のみで決まらず」

 

『「ただ、結果のみが真実」』

 

『フィックス・リリース』

 

 決闘前の前口上を口にする2人。そして遂に、決闘が始まった。

 

「武器は!?」

 

 ミオリネが操縦レバーを操ると、武器画面が映る。どうやら、このエアリアルというモビルスーツにはビームライフルが装備されているらしい。それがわかったミオリネは、直ぐにそのビームライフルを装備して、グエルのディランザ目掛けて撃つ。

 しかし、

 

「ちょっ!?きゃああ!?」

 

 ビームライフルを発射した反動で、エアリアルは地面に倒れてしまう。

 

『経営戦略科の素人に、モビルスーツが操縦できるかよ!!』

 

 グエルの言う通り、ミオリネは経営戦略科の生徒だ。当然、パイロット科のグエルのような専門的な授業を受けていない。あるのは本当に、基礎の基礎の知識だけ。そんなミオリネに、モビルスーツをグエルのように柔軟に操縦できるなんて、最初から無理だったのだ。

 

「何でよ…好きにさせてよ…私の人生なのよ…?人の人生、勝手に決めないで!!」

 

 何とか立ち上がるミオリネだが、その間にもグエルのディランザは接近してくる。そしてあっという間に間合いに入り、ディランザが手にしているビームパルチザンの底の方で、エアリアルを吹っ飛ばす。

 

 

 

 決闘委員会 ラウンジ

 

「あー。これはもう勝負ありっすねー」

 

 そう言う露出の多い改造された制服を着ている褐色肌の女生徒は、セセリア・ドート。ブリオン寮所属の生徒で、決闘委員会の1人だ。

 

「あのエアリアル。どういう機体性能か全くわからないけど、これじゃ本気なんて見れませんね。ちょっと残念」

 

 膝を抱えて、タブレットで試合を見ている小柄な男子生徒は、ロウジ・チャンテ。セセリアと同じブリオン寮の生徒で、同じく決闘委員会の1人だ。その隣には、ハロがいる。

 

「そうだね。ミオリネじゃ、余程のハンデがあったとしても、グエルには勝てないよ」

 

 そう言う褐色肌で制服を派手に着崩しているの男子生徒は、シャディク・ゼネリ。ベネリットグループ御三家、グラスレー社CEOの養子で、決闘委員会の1人。そしてグラスレー寮の寮長でもある。

 

「君はどう思う?エラン」

 

「別に、興味ないから」

 

「君は相変わらずそっけないな」

 

 シャディクに言われるも、そっけない返事で返すのは、エラン・ケレス。ベネリットグループ御三家、ペイル社に所属するペイル寮の男子生徒である。

 

「にしても、グエル先輩もイジワルっすねー。まるで見せしめじゃないっすかー」

 

「ですね。さっさと終わらせてあげればいいのに」

 

 セセリアの言う通り、グエルはまるで遊ぶかのように戦っている。そしてミオリネは、それにまるで対応できていない。確かに見せしめだ。せめてさっさと終わらせてあげるのが慈悲であろう。

 

「ところで、本当のパイロットは何処に?」

 

「さぁ?怖くなって逃げたとかじゃないの?」

 

 ロウジの言う通り、エアリアル本来のパイロットはスレッタだ。だというのに、エアリアルに乗っているのはミオリネ。一体どこに行ったのだろうか。

 

「そう言えばロウジ。確か編入生は2人いたよね?水星ちゃんと、もう1人」

 

「あ、はい…データによると、スレッタ・マーキュリーと、三日月・オーガスの2人です。どっちも自分のモビルスーツを持ってきています」

 

「へぇ。もう片方はどういうモビルスーツなんだい?」

 

「えっと、機体名は…」

 

 ロウジが機体名を言おうとした時、大きな音が響いた。決闘委員会の全員が画面を見ると、そこには地面に仰向けに倒れているエアリアルと、それにビームパルチザンを向けているディランザが映っていた。

 

 

 

「くっ!?」

 

『身の程を知れ!お前はただのトロフィーなんだよ!黙って俺の言う通りにしておけ!!』

 

 ミオリネは悔しかった。どいつもこいつも勝手に言ってばかり。いくら自分が何を言っても、誰も聞きゃしない。こんなの、本当にただのトロフィーみたいだ。

 

(何でよ…どうして…)

 

 悔しくて泣いてしまいそうだ。こんな事になるのなら、パイロット科にでも行っておけばよかったとさえ思う。

 そしてグエルのディランザが、ビームパルチザンを振り上げ勝負を決めようとしたその時、

 

「え?」

 

『侵入者!?誰だ!?』

 

 戦術試験区画に、侵入者を知らせるアラートが鳴った。グエルとミオリネがモニターを確認すると、誰かがパイロットスーツに身を包み、モーターバイクに乗って爆走している。

 そしてエアリアルの前でバイクから降りると、そのままエアリアルのコックピットまで登っていく。

 

「エアリアル、返して下さい!!」

 

「は?」

 

 そう言うとエアリアルのコックピットを開けて、中に入っていった。

 

「ていうか私が色々用意している間に勝手に人のモビルスーツに乗らないでくださいよ!!」

 

 演習区画にモーターバイクで侵入し、エアリアルのコックピットに入っていったのは、エアリアル本来のパイロットのスレッタだった。

 

「あんたには関係無いって言ったでしょう!?これは私の決闘なの!!」

 

「そう言うんだったら自分のモビルスーツを使って下さいよ!!」

 

「そんなの持ってないわよ!いいでしょ少しくらい借りても!このケチ!!」

 

「な!?ケチって何ですか!?だったらそっちは泥棒じゃないですか!?」

 

「誰が泥棒よ!?」

 

「泥棒ですよ!!お母さんから習わなかったんですか!?勝手に人の物取ったらダメだって!!」

 

『何だこれ?』

 

 決闘を見ていた多くの生徒が同じく事を思った。いきなり侵入してきたかと思えば、喧嘩を始める。何とも珍妙な光景だ。

 

「それに、エアリアルはただのモビルスーツじゃありません!水星でずっと私や三日月と一緒に育った、大切な家族なんですから!!」

 

「か、家族?」

 

 スレッタはミオリネをどけると、操縦席に座る。

 

「昨日言っていた責任なら、今から勝って果たします!私とエアリアルは、三日月とバルバトス以外には負けませんから!!」

 

 そう言うとスレッタは操縦レバーを握り、グエルのディランザをしっかり目で捉える。

 

「えっと、そういう訳で!今から私が予定通り相手をします!!いいですか!?」

 

『そうかよ。俺は別にどっちもでいいぞ。シャディク!決闘相手を再変更だ!』

 

『了解。セセリア』

 

『はいは~い』

 

 グエルが決闘委員会に言うと、外壁のモニターの決闘相手の名前が変更される。今度こそ本当に、スレッタとグエルの決闘が始まった。

 

『いくら威勢が良くてもな、俺には勝てねぇんだよ!水星女ぁ!!』

 

 グエルはディランザに装備されているビームライフルを、エアリアル目掛けて撃ちながら接近する。

 

「お母さんが言ってました。逃げたらひとつ。進めばふたつ手に入るって!」

 

「は?いきなり何?」

 

 倒れていたエアリアルが、スレッタの操縦によりゆっくりと立ち上がる。

 

「ここで逃げたら、負けないっていう結果が手に入ります。でも進めば…!」

 

「勝てるの?あいつに?」

 

「例え勝てなくても手に入ります。経験値やプライド、そして信頼も!」

 

 スレッタが声を大きくして言うと同時に、エアリアルに装備されていた何かしらの外部装甲が宙を舞う。その数、11。

 そしてそれがエアリアルの左腕に集まると、ある物に形を変えた。その間にも、グエルのディランザがビームライフルを発射する。今度は直撃コースだ。

 しかし、

 

『何!?シールドだと!?』

 

 それは、いつの間にかエアリアルの左腕に装備されていたシールドによって防がれた。恐らく、先ほどまで宙に舞っていた外部装甲がシールドとなったのだろう。

 

『だったら接近戦だ!』

 

 ビームライフルは効かないと判断したグエルが、ビームライフルを捨て、ディランザに装備されているビームサーベルを取り出す。流石ホルダーと言われるだけあって判断が早い。

 

「それにさっきも言いましたけど、私とエアリアルは、三日月とバルバトス以外には絶対に負けませんから!!」

 

 接近してくるグエルのディランザを正面に捉えたスレッタとエアリアル。するとシールドが再び形を変えて、宙を舞い出す。

 

そしてそれらは、ディランザ目掛けて一斉にビーム攻撃を開始した。

 

『は?』

 

 グエルはつい、そんな間抜けな声を出してしまう。

 

 

 

「スレッタの勝ちだね」

 

 

 

 その光景をバルバトスのコックピットで見ていた三日月は、自分の幼馴染の勝利を確信し、火星ヤシを摘まんでいた。

 

 

 

 エアリアルによる、11条のビーム攻撃。最初は正面から。次に左右。そして頭上や背後。しかも射線間隔が狭く、大きいディランザではとても避けきれない。

 いや、こんな攻撃、誰であっても避けられる筈が無い。グエルのディランザは、あっという間に手足を破壊されダルマになってしまう。これでもう、反撃なんて出来ない。

 

『何なんだ、そのモビルスーツは!?』

 

 自分の身に起きた出来事に困惑しながらも、グエルはエアリアルから目は背けなかった。そしてそんな反撃能力を失ったディランザに、エアリアルはビームサーベルを抜いて、一気にヘッドアンテナ目掛けて振り下ろす。

 

 こうして、グエル・ジェタークの敗北が決まったのだった。

 

 

 

「本当に、勝っちゃった…」

 

 エアリアルのコックピットから出て、エアリアルの手に乗ったミオリネが呟く。目線の先には、バラバラにされたグエルのディランザ。

 正直、勝てるなんて思っていなかった。だってグエルは実力でホルダーになった男だ。モビルスーツの腕前は本物。いくつかの敗北こそあれど、ホルダーになってからは無敗を貫いてきた。そんな彼に勝てる相手なんて、決闘委員会のエランやシャディクくらいしかいないだろう。

 だというのに、実際は水星からやってきた編入生のスレッタの勝利。その現実に、ミオリネは未だに信じられないという顔をする。

 

「えっと、勝ちました」

 

 コックピットから顔を出すスレッタ。先程までは決闘に集中していたのであんな風に自信満々な喋り方だったが、決闘が終わり緊張感が無くなった事により、温室で見た気弱な少女に逆戻りしてしまった。

 

「そうみたいね。ちょっと生徒手帳貸して」

 

「え?はい…?」

 

 ミオリネに言われ、自分の生徒手帳を差し出すスレッタ。

 

「スレッタ・マーキュリー。これであなたはホルダーになったわ。はい」

 

「え?」

 

 ミオリネが生徒手帳をスレッタにかざすと、スレッタのパイロットスーツが白色に変化する。

 

「あの、これは?」

 

「それはホルダーの証。そして同時に、私の婚約者の証でもあるわ」

 

「……はい?」

 

「だから婚約者よ。つまり。あんたは私の花婿なの」

 

「ええええええ!?」

 

 ミオリネの口から出た衝撃の発言に、スレッタは驚愕する。だって花婿だ。まさか本当に決闘で決まるなんて思わない。

 

「あ。そういえば貴方とあの三日月って子ってそういう関係だっけ?だったら大丈夫よ。水星じゃどうか知らないけど、ここじゃ別に恋人が2人いても問題ないから。シャディクとかそんな感じだし」

 

「いやいやいやいやいや!?そういう事じゃなくて!?あと三日月と私は別に恋人とかじゃありませんから!?家族みたいな関係ですから!!あとシャディクって誰!?」

 

「じゃあ特に問題無いじゃない。これからよろしくね、私の花婿さん」

 

「え、ええー……?」

 

 なんかとんとん拍子に話が進んで行く。よくわからないが、どうも自分は婚約を果たしたらしい。それも拒否権など無いようである。

 

 そうやってスレッタが状況を自分なりに整理していると、

 

『こちら、フロント管理社。直ちに決闘を中止しなさい!繰り返す!直ちに決闘を中止しなさい!!』

 

 突如、演習区画に警報が鳴り響き、学園の警備を任されているフロント管理社のモビルスーツであるデミギャリソンが3機やってきた。それも、エアリアルを囲むように。

 

「え!?な、何ですか!?」

 

「フロント管理社!?いきなり何!?」

 

 ミオリネもこの事態に驚いている。

 

『学生番号、LP041 スレッタ・マーキュリー。違法モビルスーツのガンダムを使用した嫌疑で、君の身柄とそのモビルスーツを拘束する』

 

「が、ガンダム?」

 

 フロント管理社が警告を発する。どうやら、スレッタのエアリアルに何かの原因があるらしい。

 

「銃を下ろしなさい!あんたたちの仕事はフロントの管理でしょ!?ここは学校よ!?」

 

『総裁の決めたルールは、全てにおいて優先されます』

 

「あのくそ親父っ…!!」

 

 ミオリネが銃を下ろすように言うが、フロント管理社はそれを無視。それどころか、とんでもない事をしてきた。

 

『これは命令だ!直ちにガンダムから降りなさい!さもないと、攻撃も辞さない!』

 

 何と、エアリアル目掛けて威嚇射撃をしてきたのだ。勿論威嚇射撃なので、エアリアルには当たらない様にしている。フロント管理社の攻撃は、エアリアルの直ぐ傍の地面に当たった。

 

「う、嘘?」

 

「このバカ!本当に撃つ奴がいるかっての!!」

 

 だが、スレッタとミオリネにとって、これはかなり効く警告だった。相手は決闘仕様のモビルスーツじゃない。装備が軽いとはいえ、完全な実戦仕様だ。もしエアリアルに当たれば、ただでは済まない。当然、それはパイロットも同じである。

 

『早く降りろ!次は当てるぞ!!』

 

「あ…うあ…」

 

 スレッタはこの状況に怯える。水星では、命の危機にあった事なんて沢山あった。しかしそれは、全て太陽風に等による自然現象によるものだ。確かに水星の老人達からもイジワルをされた事はあったが、ここまでじゃ無かった。こんな風に敵意を持った攻撃を受けた事なんて、今まで1度も無い。

 

 そんな時だった。

 

『隊長!レーダーに反応!何かが急速に接近してきます!』

 

『何!?」

 

 フロント管理社のモビルスーツパイロット達が、何かに気が付いたのは。

 

『なんだこれは!?』

 

 フロント管理社のパイロット達がレーダーを確認すると、何かが急速にこちらに接近している。

 

 そしてそれは、演習区画のシャトルハッチを破壊して飛び出てきたのだ。

 

『何だ…?あれは…?』

 

 フロント管理社のパイロット達や、スレッタやミオリネの目線の先には、白いモビルスーツがいた。しかも手に、大きな黒くて長い武器、ソードメイスを持ってこちらに凄い勢いで接近してくる。

 

「バルバトス…?」

 

 スレッタはそのモビルスーツを知っている。あれは自分の幼馴染の三日月のモビルスーツ、バルバトスだ。

 

『お、おい!止まれ!!』

 

 フロント管理社が、エアリアルからバルバトスに武器を向けて警告を発する。

 

 だがそれは、

 

 

『どけ』

 

 

 バルバトスが手にしていたソードメイスを思いっきり横に振るった事により、黙らされた。

 

「え…?」

 

 今度はミオリネが小さく呟く。なんせ今、ミオリネの目の前では、デミギャリソンが突然吹っ飛ばされたのだ。吹っ飛ばされたデミギャリソンを見てみると、頭部が完全に破壊されている。そして死んだかのように、ピクリとも動かない。

 

『こ、こいつ!』

 

 残っていた2機の内の1機が、ビームライフルをバルバトスに向ける。

 

 しかしその瞬間、バルバトスが持っているソードメイスがデミギャリソンを上から叩き潰す。するとデミギャリソンは頭部がひしゃげ、そのまま後ろに倒れて沈黙。

 

『う、うわぁぁぁぁぁぁ!?』

 

 残った1機が叫びながらバルバトスに向かって攻撃。だがそれも、

 

『だからどけって』

 

 バルバトスが一気に接近し、デミギャリソンの横っ腹をソードメイスで思いっきり叩き潰す事で黙らされた。横っ腹から攻撃を受けたデミギャリソンは、そのまま数十メートルも吹き飛び沈黙。

 こうして、3機のデミギャリソンはバルバトスによって完全に破壊されたのであった。

 

『スレッタ、大丈夫?』

 

 デミギャリソン3機を文字通り叩き潰したバルバトスは、エアリアルの方に振り返り無事を確かめる。

 

「何よ…これ…」

 

 ミオリネは震えた。突然目の前に現れたモビルスーツの凶行に。フロント管理社相手に、一切躊躇う事せず攻撃をしている。その結果、3機のデミギャリソンが大破している。

 破壊されたデミギャリソンからは、黒いオイルがドクドクとまるで血液のように流れ出ている。まるで殺人現場だ。

 だというのに、目の前のモビルスーツは何事も無かったかのような平坦な声で話す。その事実に、ミオリネは震えた。

 

「おいおい…何だよ、これは…?」

 

 バラバラにされたディランザから出てきたグエルは、突然の出来事に混乱していた。フロント管理社がいきなり自分の決闘相手だったエアリアルを囲んだ事にも驚いたが、それを文字通り叩き潰したバルバトスにはより驚いていた。

 そしてそのバルバトスを、グエルは見上げる。黒いソードメイスを手に持ち、まるでどんな敵が来ても必ず殺しつくすと言わんばかりの顔つき。2つの長いヘッドアンテナは角のように見え、指先は鋭利に尖っている。

 そして機体の所所に、返り血のようにデミギャリソンのオイルが付着していた。

 

「悪魔…」

 

 まるで悪魔だ。敵と見定めた相手を容赦なく殺しつくす悪魔だ。その姿に、グエルは身震いした。

 

「どうしよう、これ…」

 

 一方でスレッタは頭を抱えていた。恐らく三日月は、自分を守るために攻撃をしたのだろう。しかし、これはやりすぎだ。フロント管理社相手に問答無用で攻撃をしたのだ。今スレッタの頭の中では、賠償金や裁判や逮捕などのワードが駆け巡っていた。果たして、どうやったらこの後始末が付けられるのか。自分たちは、これからどうなるのか。そんな様々な不安が脳内を駆け巡る。

 

『そこのモビルスーツ!今すぐ停止しなさい!!』

 

 そうやって不安がっていると、今度はデミギャリソンが6機も現れる。そして明らかに、こちらに対して敵意を持っていた。おまけに6機全てが、ビームライフルを向けている。いきなりフロント管理社のデミギャリソンを3機も破壊したのだから、仕方が無いと言えばそうなのだが。

 

『まだ来んのか』

 

 対する三日月は、バルバトスを再び戦闘態勢に移行。そして背中のスラスターを吹かし、6機のデミギャリソンに襲い掛かろうとしていた。

 

「三日月!ダメ!!」

 

 スレッタは慌てて、三日月を止めに入る。

 

『?何で?』

 

「兎に角ダメ!大人しくして!!」

 

『いいの?あいつら敵だよ?』

 

「違う!敵じゃないよ!ただ私から話を聞きたいだけだから!」

 

『そうなの?』

 

「そうなの!だから三日月!バルバトスを停止させて!」

 

『わかった』

 

 スレッタの言葉を素直に聞き、三日月はバルバトスを停止させる。それを見ていたフロント管理社が、警戒しながらバルバトスとエアリアルに近づいてきた。

 更にその後ろには、武装したフロント管理社の警備員も大勢いる。余程バルバトスを警戒している証拠だろう。そんなフロント管理社相手に、三日月は完全に動きを止めて大人しくする。

 

 

 

 こうして、スレッタの学園での初めての決闘は、波乱のまま終わりを迎えたのだった。

 

 

 

 

 




 という訳で、バルバトスの初陣でした。実は感想にて言い当てている人がいてびっくりしてました。まぁ、これだけ大勢の方から感想がきたら、1人くらいそういう人もいますよね。

 そして演習区画に出てきた時のBGMは、多分1期1話のあれ。

 あとフロント管理社の人達は生きています。でも暫く入院します。

 次回は査問会になると思います。

 あと前回、セセリアが居なかったので新しく追加したアンケートも実施中です。よければお答えください。


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呪いと悪魔のモビルスーツ

 水星の魔女最終回、観ました。

 ハッピーエンドで本当によかった!
 制作に関わった全ての方々、素晴らしい作品を本当にありがとうございます!キャリバーン買えたら買います!

 ところでミオリネママ、出てきませんでしたね。

 それはそれとして今回、三日月あまり出番ありません。


 

 

 

 

 

 

 決闘委員会 ラウンジ

 

「何ですか…これは…」

 

 セセリアがモニターを見ながら呟く。いきなり決闘相手が変更されたのはまだいい。その後、水星からの編入生があのグエルに勝った事もまだわかる。

 しかし、突然フロント管理社が出てきて例の水星のモビルスーツ、エアリアルを囲んで威嚇射撃。その後、演習区画にもの凄い勢いで現れた白いモビルスーツ。そしてそれは、あっという間にデミギャリソン3機を破壊した。これはもう意味がわからない。

 

「ロウジ。あのモビルスーツは?」

 

「水星からのもう1人の編入生、三日月・オーガスのモビルスーツ。バルバトスルプスです」

 

「バルバトス…」

 

 シャディクがロウジに、乱入してきたモビルスーツの事を聞く。機体名はバルバトスルプス。そしてパイロットは、水星からのもう1人の編入生、三日月・オーガス。たった今起こった出来事を見るに、どうやら随分と乱暴な生徒のようだ。もしくは、水星ではあれが日常的なあいさつだったりするのかもしれない。

 

「それと、妙な事が…」

 

「妙な事?」

 

 ロウジが怪訝な顔をして、首を傾げながら言う。

 

「何かのエラーとは思うんですが、あのバルバトスからは、パーメットが全く検出されませんでした」

 

「―――何だって?」

 

「……」

 

「いや、ありえないっしょ…?」

 

 それを聞いたシャディク、エラン、セセリアは驚く。パーメットは、この世に存在するあらゆる機械に使われている鉱石であり元素だ。ロウジが今使っている端末や、学園内を走っているモノレール。そしてモビルスーツ。あらゆる物にパーメットは使用されている。

 なのに、あのモビルスーツバルバトスからはそれが検出されていない。そんな事、普通はありえない。

 

(いや、まさか…)

 

 しかしシャディクは、パーメットを使用しないモビルスーツにひとつだけ思い当たる物があった。あまりにもデタラメで、無理のある可能性だ。だってあれは、遥か昔に全て失われ、最早伝説と扱われているモビルスーツである。現物が存在するなんて、ありえない。

 だがもしあれが本物だった場合、あのバルバトスは多くの企業が欲するモビルスーツとなってしまう。下手をすると、ベネリットグループ内でバルバトスを巡った争いが起きる可能性すらある。

 

「これは、魔女どころの騒ぎじゃすまなそうだね」

 

 シャディクはモニターをじっと見ながら、今後の事を考えるのであった。

 

 

 

 

 

 学園内 モビルスーツハンガー

 

「これが、例のガンダムなのか?」

 

「らしいぞ」

 

 ベネリットグループに所属する職員達。彼らの目の前には、モビルスーツデッキに念入りに固定されているエアリアルがあった。

 決闘の後、フロント管理社の者達により、エアリアルはこうして拘束されている。職員達が一様に口にする、ガンダムという単語。それは、かつて全て廃棄された呪われたモビルスーツの名前だ。

 

「確か、乗ってるパイロットすら殺すんだっけか?」

 

「おいおい。学園の授業で習っただろう?覚えとけよ」

 

「いやー、歴史って苦手でさ…」

 

「あーもう。軽く説明してやる」

 

 そういう職員の1人が、説明をする。

 

 GUNDと呼ばれる人体の機械化の技術をモビルスーツに使い、人間とモビルスーツを有機的にリンクさせ、ガンビットと呼ばれる遠隔操作兵器を使うモビルスーツ。それらを称して、GUND-ARM。もしくはガンダムという。完成したガンダムは、従来のモビルスーツを遥かに凌ぐ性能を発揮していた。

 しかしガンダムは、過剰なパーメットの人体への流入、データストームという侵害的情報逆流現象を引き起こすのだ。

 その結果、パイロットは脳神経に致命的な損傷を与え、パイロットは廃人同然となってしまうのだ。

 

「そうやって聞くと、マジで呪いの兵器だな…」

 

「本当な。人類存亡の危機でもない限り、乗りたくなんてないよ」

 

 乗り手の命すら奪う呪いの兵器。ガンダム。かつてデリング・レンブランは『命を奪った罰は、機械ではなく人によって科されなければならない』と言い、全てのガンダムを否定。そして全ガンダムタイプの抹消を宣言し、実行。

 その後あらゆる手段を使い、デリングはガンダムを破壊した。そうやってガンダムは全て破壊、もしくは廃棄された筈なのだ。こうして残っている筈が無い。仮に残っていたとしても、こんなに新しい訳が無い。これは明らかに、ごく最近建造されたモビルスーツだ。

 

「でもさ、だったら何であの子は生きてるんだ?」

 

「知らないよ。それを調べるのは上だろう?俺達下っ端職員は、ただこれをここに拘束しておけばいいんだよ」

 

「それもそっか。くわばらくわばら」

 

 藪をつついたら蛇が出るかもしれない。それにそういうのを調べるのは、別の人間だ。好奇心猫を殺すともいうし、彼らは黙って自分の仕事をするだけにした。

 

「しかし、だったらあれもか?」

 

「ああ。あれか。多分そうだろ。なんか似てるし」

 

 2人が視線を動かすと、そこにはエアリアルより頑丈に拘束されているモビルスーツ、バルバトスがあった。フロント管理社のデミギャリソン3機をあっという間に破壊したモビルスーツ。幸いパイロット達は無事だったが、現在彼らは入院中である。暫くはベッド生活のままだろう。

 

「にしても、いきなりぶっ飛ばすとか、水星人はおっかないな」

 

 突然演習区画に乱入したかと思えば、フロント管理社のモビルスーツを破壊した。あれが水星人のあいさつだとしたら、例え仕事でも絶対に水星には近寄りたくない。

 

「ところで、そのパイロット2人は?」

 

「丁度今頃、取り調べ中だよ」

 

 

 

 

 

「……」

 

「学籍番号LP041。パイロット科、スレッタ・マーキュリー。父親は既に死去。母親はラグランジュ1に赴任中。間違いありませんか?」

 

 学園内にある取り調べ室。そこには拘束され、取り調べを受けているスレッタがいた。机を挟んだ反対側には、取り調べを担当している聴取係がいる。

 

「それ、さっきも答えました…もう6回目です…」

 

「質問に答えなさい。間違いありませんか?」

 

「……はい」

 

「それでは、貴方は自分が乗っていたモビルスーツが、条約で禁止されているガンダムだと認識していますか?」

 

「してません。あの子はエアリアルです。ガンダムじゃない…」

 

「GUNDフォーマットを使用したモビルスーツが条約で禁止されている事は認識していますか?」

 

「そんな事、知りません」

 

「それでは、貴方はガンダムを開発した、ヴァナディース機関の人間ですか?」

 

「違います。そんなとこ、今まで聞いた事もありません」

 

 もうかれこれ2時間はこれの繰り返しだ。何度も何度も同じ質問をされ、スレッタはいい加減うんざりしていた。三日月がデミギャリソンを3機破壊した後、スレッタと三日月はそのままフロント管理社の人間に拘束された。そしてあっという間に、こうして尋問を受ける事となっている。

 因みにこの取り調べ、今日で3日目だ。

 

「あの、三日月…私と一緒に編入したもう1人の編入生は…?」

 

 スレッタがエアリアル以外で気になっている事。それが幼馴染の三日月の事だ。自分と同じように拘束され、自分と同じように今も尋問を受けているのかもしれない。目の前の聴取係が答えてくれるかはわからないが、聞かずにはいられない。

 

「彼なら現在、武装したフロント管理社の職員に監視された状態で厳重に拘束中です」

 

「ええ!?」

 

 意外な事に質問の答えが返ってきたが、その内容は驚くべきものだった。

 

「な、何でですか!?」

 

 てっきり自分と同じように、同じ質問をされ続けているのかと思えば、まさかの拘束中である。しかも武装した管理社の職員の監視付き。自分よりずっと厳重だ。どうしてそこまで自分と違うのか、理由が知りたい。

 

「彼には現在、条約で禁止されているガンダムを使用した疑いと、反スペーシアンのテロリスト容疑がかけられています」

 

「な!?」

 

 そしてその理由はスレッタの予想だにしていないものだった。

 

「フロント管理会社のモビルスーツを破壊したんです。幸い、パイロットは無事でしたが、普通はこんなことしない。ですが、スペーシアンに恨みを持っているのなら話は違う。ああやって、暴力的な手段に出る事もあるでしょう」

 

 聴取係の男は淡々と話す。スレッタは知らない事なのだが、地球出身のアーシアンと、宇宙出身のスペーシアンの溝は深い。それはスペーシアンが長年、地球での搾取をし続けてきたからだ。現に地球には、反スペーシアンを掲げるテロ集団も存在する。

 そしてそういった者たちは、スペーシアンに対する恨みがとても大きい。スペーシアンを見かけたら、いきなり撃ってきたりするくらいには。

 そういった経緯もあり、三日月がしでかした事を考え、彼は現在厳重に拘束されている。だが三日月が厳重に拘束されているのは、それだけが理由じゃない。

 

「それに彼は、初日に取り調べをしている際、聴取係を1人重体にしています」

 

「はいいい!?」

 

「まぁ、これに関しては彼を担当していた聴取係の自業自得ですので気にしないでください。ですが、それはそれとして彼は非常に狂暴であると我々は判断し、念入りに拘束しています」

 

 本当に自分の幼馴染は何をしでかしたのだろうか。出来れば今すぐ話を聞きにいきたい。だが、ここから出て会いに行く事は不可能だろう。

 

(三日月…お願いだから大人しくしておいて…)

 

 とりあえずスレッタは、心の中で祈る事にした。これ以上、自分の幼馴染が暴れない様に。

 

 

 

「ふむ…」

 

「魔女には見えないわね?」

 

「じゃあ何だと言うんだ」

 

 スレッタが取り調べを受けている様子を、別室で見ている者達がいた。

 

 グラスレー社CEO、サリウス・ゼネリ。

 ペイル社CEO、ニューゲン、カル、ネボラ、ゴルネル。

 ジェターク社CEO、ヴィム・ジェターク。

 

 ベネリットグループ、御三家の者達である。

 

「データによりますと、あのエアリアルというモビルスーツは、水星のシン・セー開発公社の所有物となっています」

 

「ふん!水星の採掘屋如きにガンダムが作れる訳ないだろう!」

 

 そう声を荒げるのは、ヴィム・ジェターク。スレッタが決闘で負かした相手、グエル・ジェタークの父親だ。

 

「条約で禁止されているモビルスーツを使った決闘など無効だ!ガンダムは即刻破壊!そしてあの水星人は水星に送り返せ!」

 

 そんな彼は現在、かなりイラついていた。折角自分の息子がホルダーになり、次期総裁の目も見えていたというのに、スレッタのせいで全てが台無しだ。なので一刻も早く決闘を無効にして、グエルを直ぐにホルダーに返り咲かせたいのだ。

 

「そうなれば、君の息子がホルダーに返り咲く。だから焦っているのか?」

 

「何だと貴様!?」

 

 サリウスの発言に再び声を荒げるヴィム。図星を指されたからである。

 

『それでは、彼、三日月・オーガスとあなたの関係は?』

 

 そんな時、モニターから声がした。それに反応したヴィムは、大人しく席に座り取り調べの続きを聞く。もしかすると、スレッタも反スペーシアンのテロリスト関係者かもしれないし。

 

『えっと、私と三日月は、幼馴染です。もう、10年くらいの』

 

『10年?随分長い付き合いですね?』

 

『はい。小さい頃、水星の基地の倉庫で泣いていた私に、声をかけてくれたのが三日月でした』

 

『ほう?そこからの関係で?』

 

『そうです。そして三日月は、泣いている私に火星ヤシっていうドライフルーツをくれました。あれ、とっても美味しかったなぁ…』

 

 モニター越しのスレッタの顔は、先ほどまで同じ質問をされていた時とは違い、少しだけ笑顔だった。

 

『他にも、水星のおじいさん達にイジワルされていた私を守ってくれたり、一緒にお話ししたり、エアリアルのゲームで遊んだり、同じベッドで寝たり、熱を出した私を看病してくれたりしました』

 

『な、成程?』

 

『その、三日月はかなり危ない事もしますけど、本当は凄く優しいんです。フロント管理社のモビルスーツを壊したのだって、威嚇射撃された私を守ろうとしたからなんです。だから、三日月がテロリストとか絶対にあり得ません!そもそも10年前から私と一緒に水星にいましたし、三日月の生まれは火星ですもん!』

 

 スレッタは懸命に三日月を弁護する。そもそもの話、三日月は火星生まれ水星育ちのスペーシアンである。アーシアンではない。それに、本当にずっと一緒にいたのだ。共に過ごした時間で言えば、エアリアルの次くらいには長い。

 因みにプロスペラは、仕事で水星を離れている時間が多かったのでギリギリ3番目だ。

 

『何度でも言います。三日月はテロリストなんかじゃない!私の大切な幼馴染で、家族なんです!そしてエアリアルもガンダムじゃありません!!』

 

『あ、あの…少し落ち着いて…ね?』

 

「何だこれは?」

 

 その様子をモニターで見ていたヴィムはそう呟く。恐らくスレッタは三日月の弁護をしているのだろうが、なんか半分くらい惚気に聞こえる。一体今、自分達は何を見ているのだろうか。

 

「懐かしいわねぇ…私達にも、あんな時代があったわ…」

 

「そうねぇ。もうずっと昔だけど、あんな若い頃があったのよねぇ…」

 

「私、つい初恋を思い出しちゃったわ」

 

「そうね。私も16の頃に初めて好きになった男の子の事を思い出したわ。名前はマクマードって言うんだけど」

 

「お前らは何の話をしている!?」

 

 スレッタに当てられたのか、ペイル社のCEO4人が昔を思い出し始めた。今でこそ4ババアとか陰で呼ばれている彼女達だが、そんな彼女達にも今のスレッタのような若くて青春していた時代が少なからずあったのだ。

 

「デリング総裁から通信です」

 

 そんな時、ベネリットグループ総裁、デリング・レンブランから通信がきた。役員の1人が端末を弄り、モニターを切り替える。するとモニターには、デリングが映し出された。

 

『シン・セー開発公社CEO、プロスペラ・マーキュリーを呼べ。審問会を開く』

 

 そして審問会という名の、魔女裁判を行うと言い出すのであった。

 

 

 

 

 

「決闘は無効になったんだって?」

 

「だってさ。何か編入生がズルしたかららしいよ?」

 

 学園では、数日前に行われた決闘の話題で持ち切りだった。ホルダーであるグエルが負けた時も騒がれたが、今はそのグエルに勝利したスレッタがズルをして勝利したという話題で騒がれている。

 

「おかしいと思ったんだよ。グエル先輩があんな水星からやってきた編入生なんかに負ける訳ないし」

 

「だよね。でも一体どんなズルしたんだろう?」

 

「何かあのモビルスーツが条約で禁止されているものだからって聞いたけど」

 

 グエルの強さは、皆が知っている。ホルダーになる前こそ数回の負けがあったものの、ホルダーになってからは常勝無敗。数か月前にとある生徒との決闘で紙一重で負けそうになった事もあったがそれでも勝ってきたのがグエルだ。

 そんなグエルが、水星というド田舎からやってきた編入生程度にああも一方的に負けるなんてありえない。もし負けたとすれば、何かしらのインチキをしたからだろう。

 そしてスレッタは、そんなインチキをした生徒。それが今学園にいる多くの生徒の、スレッタに対する共通認識であった。

 

「ところでさ、もう1人のあの子はなんだったの?」

 

「ああ、彼ね…」

 

 そしてスレッタと同じくらい話題にされているのが、三日月だ。突然演習区画に乱入してきたかと思えば、フロント管理社のモビルスーツを破壊。それも全く躊躇せずにである。

 普段であれば、フロント管理社がそんな現場を見せないようジャミングを行うのだが、担当職員が職務を怠慢してしまい、大勢の生徒が三日月がデミギャリソンを破壊しているのを見てしまっている。

 そして担当職員は、半年間の減給処分が下された。

 

「あくまで噂なんだけど、学園に侵入してきたアーシアンのテロリストって話だよ?」

 

「マジで!?こっわ!?」

 

「いや実際怖かったって…私、あの映像見て震えちゃったもん…」

 

 3機のデミギャリソンを破壊し、オイルが返り血のように付着していたバルバトスを見て、恐怖を覚えた生徒も多くいた。そして一部の生徒は、三日月が仲間のスレッタをフロント管理社から守る為に、あのような凶行に及んだと考える。

 結果、三日月は暴力的な手段を取る恐ろしい生徒だという認識をされていた。三日月本人は気にも留めないだろうが、スレッタは悲しむだろう。 

 

「でもさ、反スペーシアンのテロリストが学園に侵入なんて出来るかな?」

 

「だからあくまで噂だって。他にも色んな噂あるしね」

 

「例えば?」

 

「決闘を見てあてられて暴れたくなったとか、モビルスーツが暴走したとか、自分の好きな女を守るために剣を振るったとか」

 

「いや最後何?」

 

 生徒達の間で、様々な噂が駆け巡る。こうしてスレッタと三日月がいない学園は、割とありふれた日常を送っていたのだった。

 

 

 

 同じ頃、スレッタ以上に厳重な警備体制で拘束さている編入生がいた。勿論、三日月である。彼は現在、全身を特製のベルトで巻かれており、全く身動きが取れない状態にいる。まるでミイラ男だ。

 一応、首から上は動かせるが、それ以外は全然ダメ。背中が痒くなってもかけない。更に拘束されている部屋には、腰に拳銃を装備しているフロント管理社の職員が2人いる。その2人が常に、三日月を直接監視している状況だ。

 普通の人間であれば、身動きが取れず、常に拳銃を装備している人間に見られているこの状況には耐えられないだろう。人間、常に誰かに見られているという状況はかなり堪えるものがあるからだ。

 そんな状況下にいる三日月はというと、

 

(暇)

 

 特に気分を害する事もなく、暇を持て余していた。

 

(スレッタ、無事かな?)

 

 そして三日月は、自分の幼馴染であるスレッタの心配をする。最初、三日月の取り調べを担当した聴取係の男は、言うなればスペーシアン史上主義の男だった。普段からアーシアンを見下し、侮蔑する。そんな男が三日月の取り調べを担当した。

 そしてその聴取係の男は、三日月の取り調べの最中、ついスレッタにどんな事をしてでもテロ容疑を認めさせるという発言をしてしまった。それを聞いた三日月はブチ切れた。

 三日月は聴取係の男を押し倒し、そのまま馬乗りになって顔をひたすらに殴り続けた。その後、フロント管理社の職員が止めに入ったので、何とか命だけは助かった。

 しかし彼は現在、前歯が7本折られ、顎の骨にヒビが入り、左目が陥没するという重体である。恐らく、もう完全に元に戻る事は無理だろう。

 そしてそれを見ていたフロント管理社は、三日月の狂暴性を恐れ、こうして動きを完全に封じたのだ。更に、スレッタには一切手を出さない取り調べをしていると三日月に丁寧に説明もした。こうでもしないと、また三日月が暴れると思ったからだ。そのおかげか、三日月はこうして大人しくしている。

 

(怖ぇぇ…やっぱりこの子怖いって…)

 

(早く交代時間来てくれー!マジでこの子怖いんだよ!!)

 

 そして三日月とは対照的に、三日月を監視しているフロント管理社の職員は怯えていた。三日月は、フロント管理社の職員達が止めるまで聴取係をずっと殴り続けていた。職員達が止めても、尚その拘束を解いて三日月は聴取係を殴ろうとしていた。

 結局、大人5人がかりでやっと三日月を止める事に成功し、こうして拘束。しかし彼らにしてみれば、猛獣と一緒の檻にいるような気分である。これで三日月がまだ不安そうな顔をしてればいいのだが、当の三日月は真顔である。真顔のまま、こっちを見てくるのが更に怖い。いくら拳銃を装備しているといっても、怖いものは怖い。

 

((交代時間はまだかーー!?))

 

(腹減ったな…)

 

 フロント管理社の職員2人は、早く交代時間が来てくれる事を祈りながら、三日月の監視を続けるのだった。

 

 

 

 

 

「これより、審問会を始める」

 

 ベネリットグループ本社があるコロニー。そこに存在する、議事堂のような場所。ベネリットグループの多くの幹部が集まっており、皆が審問席にいる仮面を被った女性を見ている。

 女性の名前は、プロスペラ。ベネリットグループの末端、シン・セー開発公社の代表であり、スレッタの母親だ。彼女はこれから、デリングが始めた審問会を受けるところである。

 

「シン・セー開発公社代表、レディ・プロスペラに問う。お前は魔女か?」

 

「いいえ」

 

「ヴァナディース機関との繋がりは?」

 

「いいえ」

 

「オックスアースとの関係は?」

 

「いいえ」

 

「あのエアリアルは、ガンダムか?」

 

「いいえ」

 

 デリングの質問に、プロスペラは全て簡潔に応える。その内容は、全て否定。

 

「あれはガンダムではないと?」

 

「エアリアルはガンダムではありません。我々シン・セー開発公社が独自開発した、新型のドローン技術です」

 

 そのプロスペラの答えに、周囲はざわめく。そんなざわめきの中、養父であるサリウスに連れられてこられたシャディクが口を開く。

 

「先の決闘において、あのモビルスーツは、パーメット流入値の基準を超えていました。これはガンダムの基幹システム、GUNDフォーマットの特徴を表していますが?」

 

「もしエアリアルがガンダムであれば、データストームが検出されているはずですが、如何です?」

 

「……確かに、エアリアルからデータストームは検出されていませんね」

 

「従来のパーメット技術を使った操作技術です。当然、グループの技術条項にも沿っています」

 

「それだけでガンダムではないと言えないと思いますが?」

 

「ですが断言もできませんよ?」

 

 何とも口の回る女だとシャディクは思う。だが同時に、プロスペラが言っているのは事実でもある。しかしこれだけで、エアリアルがガンダムではないと言える訳がない。

 

「レディ・プロスペラ。貴方は、エビデンスの欠落部分を言い訳にしているだけだ。黒を白と言い張るつもりかね?」

 

「我々も末席ではありますが、ベネリットグループの一員です。当然、カテドラルの協約も覚えています。ご信用いただきたい」

 

 サリウスがプロスペラにそう言うが、プロスペラは信じて欲しいと言う。

 

「その風体で信じろと?」

 

 今度はヴィムがプロスペラを睨みながら言う。確かに今のプロスペラは、奇妙な仮面を被っている。ハッキリ言って、見た目だけならとても怪しい。できれば近づきたくさえない。

 

「ん?」

 

 すると突然、プロスペラは上着を脱ぎ、腕を見せる。そこに現れたのは、機械で出来た義手。プロスペラはそれを外すと、ヴィムに投げつける。

 

「うおっと!?」

 

 ヴィムは慌てて、その義手を受け取る。

 

「ご覧の通り、この腕も、仮面の下の顔も、全て水星の磁場に持っていかれました。水星の環境は非常に過酷です。現に数か月前にも、採掘作業員数名が死亡しました。ですが、我々の開発したドローン技術を応用できれば、危険に身を晒す事なく、パーメットの採掘が可能となります。なのでどうか、エアリアルを認めて下さい。我々には、グループの支援が必要なのです!」

 

 プロスペラがそう言い終えると、静寂が訪れる。皆、デリングの返答を待っているのだ。

 

「いや、あれはガンダムだ」

 

「あら?パイロットは五体満足、データストームも検出されていないのに、何故でしょう?」

 

「私がそう判断したからだ。異論がある者はいるか?」

 

 まるでジャイアニズムである。デリングが周りを見渡すが、誰1人異論を唱えない。皆、デリングに逆らえばどうなるかわかっているからだ。

 それに、シン・セーなどという末端の企業を助けても特に利益が無い。なので誰も異論を唱えない。

 

「エアリアルの処分は、もうひとつのモビルスーツの事を聞いてからだ。後で纏めて決める事にしよう」

 

 どうやらこれで、エアリアルはガンダムであると決定されてしまったようだ。しかし処分は、もうひとつのモビルスーツの事を聞いてからになるらしい。

 

「レディ・プロスペラに問う。あのバルバトスは、ガンダムか?」

 

 それはフロント管理社のデミギャリソンをあっという間に3機も破壊したモビルスーツ、バルバトスについてだ。こちらもシン・セー開発公社の所属となっている。

 これまでの審問会の流れからして、例えバルバトスがガンダムでないとプロスペラが言っても、デリングは聞く耳を持たないだろう。そもそもエアリアルとバルバトスはデザインが似ている。これでガンダムで無いとはとても言えない。

 そんなデリングの質問にプロスペラは、

 

 

 

 

 

「はい。バルバトスはガンダムです」

 

 

 

 

 

 あっさりと、ガンダムであると答えたのだった。

 

『……は?』

 

 そのプロスペラの答えに、審問会に参加している幹部達はあっけに取られる。

 

「貴様、今認めたな?バルバトスはガンダムであると」

 

 デリングはプロスペラを睨みつける。更に大のガンダム嫌いでもあるサリウスも、デリング同様にプロスペラを睨む。

 

(だが何故だ?何故急に認めた?)

 

 しかし同時にサリウスには、ある疑問があった。エアリアルの時はずっと否定していたのに、バルバトスについてはあっさり認める。意味がわからない。もしかすると、エアリアルを守るためにバルバトスをスケープゴートのように生贄として捧げるつもりなのだろうか。

 

「断っておきますが、バルバトスは皆さんが今思っているガンダムではありません」

 

「何?」

 

 プロスペラの発言に、皆が耳を傾ける。ガンダムだけどガンダムでは無いとは、一体どういう意味なのだろう。審問会に参加しているベネリットグループの幹部達が疑問に思っている中、プロスペラは話を続ける。

 

「バルバトスは300年以上前に開発され、当時の人類を殺戮の天使達から守護した72機のモビルスーツ。そのモビルスーツシリーズの、現存する最後の1機です」

 

「……何だと?」

 

「……まさか」

 

 プロスペラのその言葉を聞いて、一部の幹部が驚いたような顔をする。だが多くの幹部は、未だにピンと来ていない。

 

 そしてプロスペラは、遂に口にした。

 

 

 

 

 

「バルバトスは、本物のガンダムフレームです」

 

 

 

 

 

 かつて最強と言われた、伝説のモビルスーツの名前を。

 

 

 

 

 

 おまけ 取り調べ中の三日月

 

「答えろ!お前は反スペーシアンのテロリストか!?」

 

「いや、違うけど?」

 

「正直に言え!今言えば懲役だけで済むぞ!」

 

「あんた何言ってんの?」

 

「あくまでとぼける気か!?だったらもう1人の女も聞くとするか!!殴ろうが蹴ろうが、どんな手段を使ってでもな!!そしてあの女が吐けば、お前らは揃って銃殺刑だ!!もしくはあの女をお前の目の前で痛めつければ、お前も何か吐くかもな!?」

 

「あ?」

 

 

 

 

 




 パーメット関係とか、もし間違っているところがあれば遠慮なく言って下さい。

 次回は、この作品における水星世界の超大まかな歴史のお話。そしてVSグエル2戦目に入れればいいかなって思っています。
 水星の魔女本編は終わっちゃいましたけど、この作品はまだ続きます。どうかこれからも、よろしくお願いします。

 でも来週は、もうひとつの作品を更新したのでお休みかも。その時はごめんね。


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ガンダムフレーム

 感想において大勢の方が様々な考察をしてくれておりますが、一言。

 作者、そこまで深い事考えていません。

 正直、見てくださっている皆さんの方が凄いと思う。いや、本当に。今後も皆さんが納得できる作品になれるよう、チマチマ努力しながら更新しますので、何卒宜しくお願い致します。

 そしてキャリバーン、買えませんでした。
 あと今回は説明会です。


 

 

 

 

 

(腹へった…)

 

 拘束されて既に3日目。三日月はいい加減、空腹に耐えかねていた。一応、これまでも食事は与えられてきたのだが、食事係のフロント管理社の職員が揃いも揃って三日月を怖がっており、三日月に食事を渡すのにトングを使うというシュールな状態になっている。

 まるで動物園の檻越しの肉食獣に餌をやっているような扱いだが、初日に聴取係に重体を負わせたのだからこの対応も仕方が無い。

 そしてその間食べた物と言えば、水星でも食べたクッキーのような宇宙用固形食と水だけである。ハッキリ言って物足りない。せめてもう少しくらい沢山食べたい。

 

(それにいい加減、このままはキツイなぁ…)

 

 更にトイレ以外ずっと拘束されているこの状態。これが結構きつくなってきた。水星では筋トレをよくやっていた三日月。そのおかげもあってか、身体を動かすのは好きな方だ。

 しかしこうしてずっと拘束されていると、その筋トレも出来ない。いくら三日月のメンタルが鋼だとしても、そろそろキツイ。もういっその事、この拘束を力づくで壊そうかと思い始めていた。

 

(そういや、いつの間にか職員がいなくなったな)

 

 因みに今三日月が拘束されている部屋だが、当初は武装したフロント管理社の職員が2人かかりで見張っていたのだが、見張りを担当した職員が全員『精神的にキツい』というクレームを全員が言い出した為、今では部屋の外の扉の前で待機しているという状態になっている。

なっている。

 彼らにしてみれば、何時暴れ出すかもわからない猛獣と同じ檻にいるような状態だ。これは仕方が無い。

 

 そうやって何時もの様に過ごしていると、突然部屋の扉が開いた。

 

「どうも」

 

 軽い挨拶をして入ってきたのは、アスティカシア学園の制服を着ている男子生徒だった。その手には、何かを持っている。

 

「誰お前?」

 

「僕はエラン・ケレス。君と同じ、アスティカシアの学生だよ」

 

 彼の名前は、エラン・ケレス。スレッタや三日月と同じアスティカシア学園の学生で、決闘委員会のメンバーだ。そしてエランは軽い挨拶をすると、三日月の拘束を解き始める。

 

「何してんの?」

 

「拘束を解いてる。係の人から許可は貰ってるよ」

 

 エランの突然の行動に首を傾げる三日月。これまで、決められた時間以外では解かれなかった拘束。それが急に解かれたのだ。身体の自由が利いて嬉しくはあるが、理由がわからない。

 

「はいこれ」

 

 そんな三日月に、エランは何かを差し出す。それは平べったく、少し縦に膨らんでいる長方形の箱だった。

 

「これ何?」

 

「お昼ご飯」

 

「食っていいの?」

 

「勿論」

 

 どうやら、エランが持ってきたのは弁当のようだった。三日月がエランから弁当を受け取り、蓋を開ける。中には厚めのパンで作られたサンドウィッチ。良い焼き加減のされた肉。そしてサラダなどが入っている。拘束されている三日月が食べるには、かなり上等な弁当だ。因みに飲み物は牛乳だ。

 

「あむ」

 

 そして三日月は、その弁当を食べ始める。拘束中、宇宙食クッキーくらいしか口にしていなかった三日月にとって、この弁当はまさにご馳走。空腹も相まって、今は兎に角食べたい。そうして三日月は、一心不乱に弁当を食べ続けるのだった。

 

「はぐ…むぐ…」

 

「……」

 

 その間、エランはじっと三日月を見ていた。三日月はそれを気にする事なく、ただ弁当を食べ続ける。

 

「ふぅ。久しぶりに腹いっぱい食べれた」

 

 数分後、弁当はあっという間に空になっていた。そこそこ量のある弁当だったが、そんなもの空腹であれば関係ない。

 

「スレッタ・マーキュリーに感謝するんだね」

 

 三日月が食べ終わったのを確認してから、エランが口を開く。しかも、スレッタの名前を口にした。

 

「―――何でスレッタ?」

 

 スレッタの名前が出たことにより、三日月はエランを警戒する。もしもエランが、数日前にトマトを食べたあの温室を破壊していたグエルのような事をスレッタにしていたら、容赦しない。弁当の恩はあるが、それとこれは別なのだ。

 

「彼女に直接頼まれたからさ」

 

 当然だが、エランはグエルのような事は何もしていない。そしてエランは、ここに来る事になった経緯を話し出した。

 

 ――――――

 

「あ、そうだ」

 

「どうかした?」

 

 エランは三日月がいる独房に来る前、スレッタがいる独房へと足を運んでいた。そして三日月と同じように、弁当を差し入れしていた。それを受け取ったスレッタは、とても美味しそうに弁当を食べる。だがその途中、何かを思い出したように手を止めた。

 

「えっと、このお弁当のもう半分は、もう1人の方、三日月に渡してくれませんか?」

 

 そして自分の弁当を、三日月に渡して欲しいとエランに頼み始める。

 

「どうして?」

 

「その、聴取係の人曰く、三日月って全身を頑丈に拘束されているらしくて、多分まともにご飯も食べれてないと思うし…だから、せめてこれを食べさせてあげたくて…」

 

 スレッタは、三日月が心配なのだ。取り調べ初日に、聴取係の職員をボコボコにし、それからずっと厳重に拘束中。もしかすると、ご飯を食べていないかもしれない。そんなの三日月が可哀そうだ。

 なのでこの弁当を、三日月に分けてあげようと思ったのである。

 

「……わかった。でも流石に食べかけは悪いと思うから、彼には新しい弁当を渡しておくよ。だから、それは自分で食べきるといい」

 

「あ、ありがとうございます!」

 

 エランはスレッタのお願いを了承。そしてそれを聞いたスレッタは笑顔になる。こういう経緯があって、エランは三日月に食事を持ってきたのだ。

 

 ――――――

 

「そうなんだ。じゃあ後で、スレッタにお礼言わないとな」

 

 エランから話を聞いた三日月は、ここから出る事が出きたらスレッタにお礼を言おうと決める。同時に、エランの事を『スレッタと自分に弁当を持ってきてくれた良い人』という認識をする事にした。

 

(やはり、彼のモビルスーツもガンダム?そして彼は…)

 

 そしてエランは、そんな三日月をじっと見つめながら考える。三日月もスレッタも、自分と同じなのではないかと。

 

 

 

 

 

 同時刻 審問会会場

 

「ガンダムフレームだと?」

 

「はい」

 

 プロスペラが言った衝撃の発言。そしてその発言を聞いた幹部の一部は、プロスペラを睨みつける。

 

「レディ・プロスペラ。ふざけているのか?」

 

「いいえ。ふざけてなどいません」

 

「ありえん。ガンダムフレームは300年前に全て破壊されているのだ。他ならぬ、当時人類を守護した組織『ギャラルホルン』を率いたアグニカ・カイエルによって」

 

 サリウスがプロスペラを睨みつけながら言い放つ。だってあり得ないのだ。なんせガンダムフレームは伝説のモビルスーツ。どうして伝説かというと、300年前に存在した72機全てが破壊され、誰も現物を見た事がないからだ。写真すら残っていない。あるのは、存在したという僅かなデータ資料だけ。

 その事をサリウスは知っているから、プロスペラに苛立っている。今のプロスペラの発言を例えるなら、おとぎ話に出てくる伝説の剣を持ってきましたと言っているようなもの。そのような存在しないモビルスーツで、呪われたモビルスーツであるガンダムを誤魔化せると思っているプロスペラに。

 

「どういう意味だ?」

 

「さ、さぁ…?」

 

 だが半数の幹部は、未だにピンときていない様子。だがこれは仕方が無いだろう。いくらベネリットグループ幹部とはいえ、ガンダムフレームの事をしっかりと知っている者など殆どいない。なんせ伝説扱いをされているモビルスーツな上、そういう歴史を好き好んで学ぶ人間はあまりいないからだ。

 

「シャディク」

 

「はい。養父さん」

 

 それを見かねたサリウスは、義理の息子であるシャディクに説明をさせる事にした。

 

 ガンダムフレーム。

 それは300年前、人類が絶滅しかけた戦争『厄祭戦』で活躍したモビルスーツシリーズ。当時、天使の名を冠する殺戮の天使達から人類を守護した守護者。そして、現在の如何なるモビルスーツをも凌駕する圧倒的な力を持った最強のモビルスーツ。

 

「しかし先程養父さんが言った通り、ガンダムフレームはその全てが破壊されています。当時、人類を天使から守護していた組織『ギャラルホルン』のリーダー、アグニカ・カイエルによって。これは、現存するデータ資料にもはっきりと残されている」

 

 それほどの力を持ったモビルスーツを、当時の人類はどうして自ら破壊したのか。

 

 主な理由は3つある。

 先ず、人類を滅ぼそうとした天使を全て破壊したから、ガンダムフレームが必要とされる事が無くなったから。要は、無用の長物となってしまったのである。

 

 次に、ガンダムフレームには特別なリアクターが積んであるのだが、これは周囲に強力な電波障害を引き起こす特徴があった。これのおかげで、あらゆる電子機器が使えなくなってしまうのだ。これでは、戦争でボロボロになった地球の復興すら出来ない。なのでガンダムフレームを破棄したという理由。

 

 そして最後。これが最も大きな理由なのだが、ガンダムフレームがあまりにも強大な力を持っていたからだ。なんせ、当時人類を滅ぼそうとした天使と唯一互角に戦えるモビルスーツなのだ。単純な戦力を計算すると、ガンダムフレーム1機で1個大隊に匹敵するとさえ言われている。

 更に先ほど言った電波障害を引き起こすという特徴。これのおかげで、対策をしていないモビルスーツは動く事さえできなくなる。もし並のモビルスーツがガンダムフレームと戦ったら、まともに反撃も出来ずに破壊されているだろう。

 これだけの力持ったガンダムフレームを悪用される事を恐れた『ギャラルホルン』のリーダーであるアグニカ・カイエルが、全てのガンダムフレームの破壊を命令した。

 殺戮の天使がいなくなった今、人にはあまりに過ぎた力だとして。

 

「以上の理由により、ガンダムフレームは全て破壊されている筈です。なので、レディ・プロスペラが仰っているように、バルバトスがガンダムフレームというのは余りに不可解かと」

 

 シャディクの説明を聞いた審問会に参加している幹部達は、皆納得したような顔をする。確かに、それなら可笑しい話だ。そんな大昔に活躍したモビルスーツが、現存している訳が無い。仮に現存していたとしても、あんな風に動く訳が無い。

 だとすれば、やはりあのバルバトスもエアリアルと同じGUND-ARMの方のガンダムなのだろう。そしてプロスペラは、それを誤魔化す為に態々そんな言い訳をしたのだろうと。

 

「いいえ。バルバトスは本物のガンダムフレームです。恐らくですが、先程おっしゃった破壊された筈というのは、その時ギャラルホルンの手元にあったガンダムフレームの事だと思われます」

 

「何?」

 

「あのバルバトスは、三日月・オーガスの両親によって火星で偶然発掘されました。機体データにそう記されています」

 

 しかしプロスペラは話を続ける。デリングもそれを止める事なく、話を続けさせる。そしてプロスペラは、バルバトスが見つかった経緯について説明を始める。

 

 三日月・オーガスの両親は、火星でも有数の大企業でモビルスーツの整備士をしていたシロウ・オーガスと、モビルスーツパイロットだったアイナ・オーガス。プロスペラが調べたところによると、2人共相当な腕利きだったらしい。同時に2人は非常に仲睦まじい夫婦であり、職場からの評価も高かったという。

 そして今から16年前。2人が所属していた火星の企業が、クリュセシティ郊外にある砂漠で区画整理中に偶然何かを発見。この時発見したのが、バルバトスだ。

 企業は見つけたバルバトスを発掘し、クリュセシティにある自社の整備工場まで持って帰った。そして工場でバルバトスを調べ始めた。その時の現場指揮官が、三日月の父親だったらしい。彼はまるで子供の様に興味深々にバルバトスを調べ、遂にはバルバトスを起動させることに成功した。

 

 そして起動してしまった結果、ある事件を起してしまう。

 

 バルバトスには、特別なリアクターが積んである。それは起動すると、強力な電波障害を発生させるのだ。その事を知らずにバルバトスを起動してしまった結果、クリュセシティの全電子機器が破壊された。

 テレビにラジオ。作業用のモビルスーツに、病院で使用している医療機器まで。それらが全て一気に停止したのだ。結果、大惨事となる。

 信号が止まった事による交通事故なんて軽い被害。中には延命装置を使っていた病院の患者が死亡したり、街が機能不全に陥った事により治安が悪化して暴動が発生し、そのせいで大勢の人が亡くなる事もあった。

 だが1番酷かったのが、クリュセシティにあった企業の株や金融に関するデータが消失してしまった事だ。幸い、データのバックアップを取っていて何とかなった企業が殆どだったが、これのせいで甚大な金銭被害を出してしまった。

 

 当然、企業やクリュセシティに住んでいた人は犯人捜しを始める。そして直ぐに、バルバトスを発見した企業を見つけてしまう。これでその企業が全責任を負えば終わるのだが、この時バルバトスを発見した企業は、全ての責任をバルバトスを起動させた三日月の父親に押し付けようとしていた。

 その程度でどうにかなるとは思えないのだが、企業の上層部は兎に角人柱が欲しかったのだ。だが三日月の両親はそれを事前に察知し、火星からの逃亡を図った。

 そして2人は、バルバトスを企業から強奪。同時に、本当に運良く火星に立ち寄っていた木星圏で活動している企業に助けを求めた。対価として、所属していた企業の金融情報や裏帳簿を手土産に。この手土産と、2人のあまりに不遇な対応を哀れに思い、木星圏のとある企業は2人の火星からの脱出を手伝った。

 そして2人は、そのまま辺境の地である水星へと逃げ延びたのだ。当時まだ、赤ん坊だった三日月と共に。

 どうしてバルバトスも一緒に水星にいったのかはわからないが、恐らく例の電波障害を木星で起こす訳にはいかなかったので、2人に押し付けたのではないだろうかというのがプロスペラの考えだ。

 

「随分と、詳しく調べたのだな」

 

「情報は正確でなければいけませんから」

 

 まさかそこまで細かく調べていたとは思わず、ついデリングは驚いた。そしてそれは、審問会に参加している幹部達も同様である。そもそもシン・セーはベネリットグループの末端企業。そんな末端の繊細企業が、どうやってこれだけの事を知ったのか疑問が残る。

 だが実際、16年前に火星では街が突然数日間も停電して大変な事になった事件があった。例え作り話だとしても、辻褄は合う。

 

「質問よろしいかしら?」

 

「何でしょう?ニューゲンCEO」

 

 そんな中、ペイル社CEOの1人、ニューゲンが手を上げてプロスペラに質問をする。

 

「あれが本物のガンダムフレームというのならば、あるのかしら?永久機関と言われている、エイハブリアクターが」

 

 その質問に、多くの幹部達が一斉にプロスペラを見た。

 

「当然です。バルバトスにはオリジナルのエイハブリアクターが、2基積まれています」

 

『!?』

 

 そして質問をされたプロスペラは、はっきりと答えた。そのプロスペラの返答を聞いた瞬間、周囲がざわめく。

 

 エイハブリアクター。

 それは数百年前に、エイハブ・バーラエナという1人の科学者によってつくられたリアクターだ。どのようなリアクターかというと、モビルスーツにも積めるくらいの大きさなのに、たった1基で街ひとつの電力を賄えるエネルギーを生成でき、とてつもなく頑丈。データによると、いかなる方法でも破壊する事は困難との事。

 しかし1番の特徴は、半永久的に稼働できるというものだ。1度制作され、起動すればそのまま壊れる事なく動き続けるという、最早魔法としかいえない永久機関とも言えるリアクター。それが、エイハブリアクターである。

 だがこれも、厄祭戦以降アグニカ・カイエルによって破壊されている。リアクターだけでなく、その製造方法もだ。

 

「もしも、エイハブリアクターを解明する事ができれば、パーメットに頼らない新しい動力源を作る事が可能です。なんせ、殆ど永久機関とも言えるリアクター。もしこれが量産されれば、エネルギー問題を一気に解決できます。なのでどうか、バルバトスも認めて下さい」

 

 『……』

 

 沈黙が訪れる。先程のエアリアルと違い、バルバトスの価値はまさに天井知らず。当然、実際に作ってみないとわからない事はあるだろう。例えば、費用対効果が合っていないとか、実際はそれほどエネルギーを生成できないとか。

 だがもしプロスペラの言う通り、バルバトスのエイハブリアクターを量産する事ができれば、それはもうエネルギー問題を根本から解決できるとも言える。

 

 この時、審問会に参加している幹部達は、皆同じ思いを抱いた。

 

『欲しい』

 

 彼らは既に、GUND-ARM疑惑のエアリアルの事はもうどうでもいいと思っている。それより今は、伝説のモビルスーツであるバルバトスの方がずっと重要だ。もっと詳しく言えば、バルバトスに内蔵されているエイハブリアクターが。

 

「新しいエネルギーですか。興味深いですね」

 

「そうですね。パーメットがいつまで採掘できるかわかりません。それに代わる新たなエネルギーは必要でしょう」

 

「ですね。大昔の人類も、石油からパーメットにエネルギーを鞍替えしたように、我々も新しいエネルギーを模索する事は必要かもしれません」

 

「総裁。いかがでしょう?エアリアルは破棄するにしても、バルバトスの方は存在を認めてもいいのでは?」

 

 ならばここは、多少のリスクを負ってでもプロスペラに協力するべきだろう。その見返りに、エイハブリアクターの情報を求めればいい。

 

 しかし、

 

「ダメだ」

 

 それすらも、デリングの鶴の一声で却下される。

 

 先程まで多くの幹部達が言葉を発していたが、デリングの一声で皆口を閉じる。

 

「バルバトスはGUND-ARMでは無くガンダムフレームですが、認めて下さらないので?」

 

「そうだと言った」

 

「どうしてでしょう?」

 

 デリングだって、エイハブリアクターには興味がある筈だ。しかしデリングは、頑なにバルバトスを認めるつもりはないように見える。そしてプロスペラが質問をすると、デリングは答える。

 

 

 

「レディ・プロスペラ。貴様は、あの殺戮の天使を復活させるつもりか?」

 

「そんな気は毛頭ありません」

 

「だがエイハブリアクターが量産されれば、人はいずれ必ず作るだろう。天使の名を冠する無人兵器、モビルアーマーを」

 

 

 

 かつて人類を絶滅寸前まで追い詰めた、天使の事を。

 

 

 

 モビルアーマー。

 それは人類史上最悪の無人兵器。数十年前のドローン戦争でも、名前の通り無人兵器であるドローンが大量に使用され多くの被害をもたらしたが、モビルアーマーはその比では無い。あれはまさに、人類の敵そのもの。

 なんせ搭載されているAIの基本プロトコルが『人類を殺す事』というものである。300年前の厄祭戦は、このモビルアーマーと人類の戦争だった。

 そしてガンダムフレームは、このモビルアーマーに対抗できる唯一のモビルスーツである。ついでに補足しておくと、モビルアーマーがその全てに天使の名前が与えられている。天使の名を冠する無人の殺戮兵器。

 それが、モビルアーマーだ。

 

「私とて、伝説と言われているエイハブリアクターには興味がある。ほぼ半永久的にエネルギーを生成するなど、興味が無い訳が無い。しかし、あれはモビルアーマーの動力源としても使われていた。もしエイハブリアクターを我々が作り出してしまえば、何時の日か必ずモビルアーマーが作られる可能性がある。そしてその時こそ、人類は滅亡するだろう」

 

 デリングは、数十年前のドローン戦争を生き抜いた元軍人。ドローン兵器がどれほどやっかいで甚大な被害を出すかよく知っている。実際、デリングは多くの仲間をドローンにより失った。

 だからこそ、人類史上最悪の無人兵器と言われるモビルアーマーを生み出すかもしれないエイハブリアクターを作るとは言えない。もしも再びモビルアーマーが作られたら、今度こそ人類は終わりだろう。

 

「それこそ、ベネリットグループで厳重に技術管理をすればいいのでは?」

 

「私が生きているうちはそうもできるだろう。だが例えば私が死んだ50年後は?100年後は?情けないが、その時までベネリットグループが今の形そのまま残っているとは思えない。そしてその時にエイハブリアクターが技術流出してしまえば、それは必ず軍事転用される」

 

 デリングのこの考えは、あのアグニカ・カイエルと同じだった。実は彼がエイハブリアクターに関係するものを徹底的に破壊したのも、再びモビルアーマーが生まれるのを防ぐ為だったのである。

 厄祭戦は、まさに人類存亡の危機だった。あの時は、1000年に1人の天才とも言えるアグニカがいたので何とかなった。

 しかしアグニカのような天才が、今後現れるとは思えない。もしこのままガンダムフレームやエイハブリアクターの技術をそのままにしておけば、人類は再び戦争に使うかもしれない。

 だから破壊した。現物も、技術も。

 

「私は、厄祭戦を再現するつもりは無い。当然、ドローン戦争も再び起こすつもりも無い。その可能性があるのならば、エアリアルもバルバトスも破壊する」

 

 厄祭戦の再現とも言われたドローン戦争。あの戦争は、本当に地獄だった。今も地球の復興が殆ど進んでいないのが、その悲惨さを表している。

 そしてデリングは、それを身を以って体験している。だからこそ、あんな地獄は2度と起こしたくない。

 

「決まりだ。2機のモビルスーツは破棄。操縦者の生徒も登録を抹消だ」

 

 こうして審問会の結果が出た。これでエアリアルとバルバトスは破壊され、スレッタと三日月は水星に送り返されるだろう。

 

 そんな時だった。

 

「ん?」

 

 審問会を行っている会場に、誰かが入ってきたのは。

 

「何の用だ。ミオリネ」

 

「あんたに文句があってやってきたのよ。このダブスタクソオヤジ!!

 

 そしてそれは、デリングの1人娘、ミオリネ・レンブランだった。

 

 

 

 

 

「……」

 

 独房でスレッタは、膝を抱えて宙に浮いていた。エランからの差し入れを全て食べ、聴取も無い。ありていに言って、暇をしていた。

 

「お母さん…エアリアル…三日月…」

 

 寂しさ故か、ついそう呟いてしまう。

 

(というか、三日月本当に無事かな?)

 

 同時に、幼馴染の心配もする。あの後、エランはしっかり三日月に弁当を届けてくれたのか。三日月は今も窮屈な拘束をされているのか。それとも、また誰かを殴っていないか。そんな心配を沢山していた。

 

(だ、大丈夫だよね?いくら三日月でも、だれかれ構わず殴ったりしない、よね?)

 

 そう思うスレッタだが、正直普通に心配だ。なんせ三日月は、相手が自分より年上だろうが図体が大きかろうが、自分が戦うと思ったら必ず戦う。水星でも、イジワルをしてきた老人に普通に殴りかかったりしていたし。

 もしまた聴取係の人から聞いたように、誰かを重体にしているかもと考えると、心配でたまらない。

 

(あ、何か少しお腹痛くなってきた…)

 

 もしまたエランが弁当を持ってきたら、その時は胃薬を頼もうとスレッタは決める。

 

「スレッタ!!」

 

「うえぇ!?」

 

 そうやって考えていると、突然独房に入ってきた者がいた。それは、少し前まで行われていた審問会から帰ってきた花嫁のミオリネである。

 

「み、ミオリネさん?一体どうして?」

 

「決闘、するよ」

 

「……はい?」

 

「あんたが負けたら退学処分。エアリアルも廃棄処分。あの三日月って子とバルバトスも同じ事をされる。だから、必ず勝って!!ていうか勝て!!」

 

「……ええ!?」

 

 そして再び、決闘をすると言い出す。

 

 こうしてスレッタは、学校に編入して僅か数日で、また決闘をする事になったのだった。

 

 

 

 

 




 決闘まで行かなかった…

 本作における、超大まかな歴史

 地球で戦争勃発→MA建造→なんでか暴走→厄祭戦勃発→アグニカ、ギャラルホルンを結成し反撃→ガンダムフレーム建造→厄祭戦に勝利する→アグニカ「あれ?ガンダムって超強力だから、悪用されたらヤバくない?」→全ガンダムの破壊を決定→アグニカ「あとギャラルホルンは地球復興を一通りやったら解体しよう。権力持ちすぎると碌な事にならん」→アグニカ死後、ギャラルホルン解体→300年経って水星本編へ。
 大体こんな感じです。

 変なところや矛盾していたら言って下さい。編集しますので。

 次回こそ、VSグエル2回目。ついでに鉄血から1人出す予定です。


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VSグエル 1

 前に予告した通り、今回鉄血から1人追加で出します。今後出番が増えるかはまだわからないけど。
 それにしても本当に熱い。熱中症には気を付けよう。あれ本当にキツイし(1敗)。


 

 

 

 

 

 

「いい?この決闘、絶対に勝って!さっきも言ったけど、あんたが負けたら退学で、あんたのモビルスーツも破棄。それはあの三日月って子も同じ。そして私も、グエルと無理矢理結婚させられる。それが嫌なら、勝ちなさい」

 

 学園内の無重力通路、そこにはミオリネとスレッタが移動をしていた。そしてミオリネは、スレッタに明日の決闘に必ず勝つように言う。

 

「あの、そもそもどうして決闘に?」

 

 ミオリネの話を聞いていたスレッタだったが、疑問が浮かぶ。それは何故、決闘をする事になったのかと言う事だ。

 

「つい2時間前の話よ」

 

 そしてミオリネは話し出す。先ほどまで行われていた審問会での出来事を。

 

 ―――――

 

「私には力がある。だがお前にはない。力のない者は黙って従うのが、この世界のルールだ。私の娘だからと言って対等に物が言えると思ったら大間違いだ。今すぐ帰れ」

 

 審問会の会場にミオリネは乱入したが、それでどうこうできる程自体は甘くなかった。いくらデリングの実の娘だからと言っても、デリングがそれでミオリネを特別扱いする事などありえない。つまりここでミオリネがいくら正論を言っても、意味が無かったのだ。

 

「だったら、決闘よ!」

 

「ん?」

 

 ならば、アスティカシア学園で最も明確でわかりやすいルールに従うまで。

 

「私たちが決闘で勝ったら、あんたはスレッタを私の婚約者として認める!モビルスーツも破壊しない!でも負けたら、今後はずっとあんたの言う通りにしてあげる!」

 

「私の話を聞いていなかったのか?それとも、理解していないのか?」

 

「あんたが決めたルールで戦ってやるって言ってるの!大人なんだから、自分が決めたルールくらい責任持って守りなさいよ!!このクソオヤジ!!」

 

 決闘。

 それはそもそも、デリングが突然定めたアスティカシア学園の新しいルール。勝った方は、負けた方を好きにできる。それこそ、この審問会の結果すら覆す事が可能だ。もうこれしか逆転の目は無い。だがこれも、デリングの鶴の一声でダメになる可能性がある。せめてあと一押し、何かが欲しい。

 

「失礼総裁。意見よろしいでしょうか?」

 

 その時、ジェターク社CEOのヴィムが手を上げて意見をする。

 

「偶然とはいえ、あのモビルスーツはわが社のディランザを打ち破ったモビルスーツです。今しばらくの運用を検討してはいいのではないでしょうか?」

 

「どういう事だ?」

 

「近年、市場では他社のモビルスーツのシェアが高まっています。正直、今のままでは他社に抜かれる事も十分にあるかと。しかしあのエアリアルは、業績回復の起爆剤になりえるかもしれません。なのでこのまま破棄するというのは、あまりに勿体ないと思います」

 

 デリングに臆する事なく、ヴィムは意見を言い終える。その意見を聞いていた周りの幹部達も考え出す。確かに、このまま破棄するには惜しい機体だと。

 

「私もヴィムCEOに賛成です。学園での決闘は、エアリアルの技術試験として有益と考えます」

 

 それに同調するように、プロスペラも口を開く。

 

「機体の技術情報は、勿論提供してくれるんですよね?」

 

「勿論です、ニューゲンCEO。エアリアルだけじゃなく、バルバトスの技術情報も提供しますよ」

 

 それを聞いた瞬間、幹部達が騒ぎ出す。エアリアルの技術情報も欲しいが、何よりバルバトスの技術情報が欲しいからだ。

 

「何を勝手に。カテドラルの条約を破るつもりか?」

 

「いや、価値はあるんじゃないか?」

 

「私は反対だ」

 

「待て、一考の価値はある筈だぞ」

 

「いやダメだ!下手をすればベネリットグループに致命的な打撃がくるぞ!」

 

 審問会の会場は、幹部達の意見が飛び交っていた。その間、ミオリネはずっとデリングを見ていた。

 

「いいだろう」

 

 そして、デリングが口を開く。

 

「ならばお前の言う通り、決闘で決めようではないか。だがお前が負けたら、金輪際私に逆らう事は許さん。例え何があろうともだ」

 

「望むところよ!」

 

 周りの幹部達も驚く中、文字通り負けたら全てを失う一世一元の決闘が決まったのである。

 

「総裁。その決闘には条件を付け加えて頂きたい」

 

「何?」

 

 だがここで、プロスペラは決闘に条件を付け加えたいと言い出した。

 

「決闘には、エアリアルだけじゃなくバルバトスも参戦させ、2対2の決闘にしてください」

 

「何だと?」

 

 その条件とは、決闘にはバルバトスも参加させるというものだった。

 

 今問題なのはエアリアルだけではない。300年前の伝説のモビルスーツ、ガンダムフレームであるバルバトスも問題だ。

 というより正直、エアリアルよりずっと問題なのがバルバトスだ。もっと言えば、バルバトスに積まれているエイハブリアクターが問題だ。

 

「総裁がバルバトスを危険視している事は理解しました。ですが、バルバトスはエネルギー問題を解決できるかもしれない可能性があるのもまた事実。更にガンダムフレームの戦闘力は、既存のモビルスーツを凌駕します。故にエアリアル同様、決闘で技術試験をするべきかと提案いたします」

 

「……」

 

 プロスペラの提案に、デリングは黙る。デリング自身は、モビルアーマー建造に繋がりかねないエイハブリアクターを直ぐに破壊したいと思っている。

 だが、あのほぼ無限にエネルギーを生成し、理論上破壊不可能という部分に興味があるのもまた事実。確かに、このまま破壊するにはあまりに惜しい。

 

「……よかろう。ただし、技術情報の提供は必ず私を通してからにしてもらう。モビルアーマー復活に繋がる事だけは、何としてでも避けなければならんからな」

 

「勿論」

 

 散々悩んだ末、デリングは今はまだベネリットグループで厳重に管理すべきであると考えた。当然だが、それは勝手に技術情報が漏洩しないよう厳重な管理を行うのを前提として。

 正直にいえば今すぐ破壊したいのだが、ここで破壊してもグループ内の誰かがスクラップにしたバルバトスを密かに回収しないとも限らない。

 ならば今はまだ破壊せずに手元に置き、バルバトスの情報を集めてからどうするか決めても問題は無いだろう。

 

「ヴィムCEO。2人目の決闘相手の選別は任せる」

 

「わかりました」

 

 そしてデリングは、ヴィムにスレッタと三日月の決闘相手を任せる事にした。

 

 こうして、スレッタと三日月の決闘が決まったのである。

 

 ―――――

 

「ていう感じで2対2の決闘が決まったの。そういう事だから勝ってよね」

 

 ミオリネはスレッタに説明を終えた。色々と各自の思惑はあるのだろうが、要は決闘で勝てばいいのだ。そうすれば、スレッタは晴れて自由の身となる。

 

「い、嫌です…」

 

「はぁ!?」

 

 だというのに、当のスレッタは決闘を拒否した。これにはミオリネもびっくりする。

 

「いや何でよ!?ここは一緒に戦う流れでしょ!?」

 

「だ、だって。結婚したら、やりたい事リストが埋まらないです…」

 

「は?」

 

 やりたい事リスト。それは名前の通り、スレッタが学校に通うようになったらやりたい事をリスト化したものだ。

 

「友達を作る…あだ名で呼ぶ…図書館で勉強…屋上でご飯…パジャマパーティーをする…恋バナをする…そして、デートする…」

 

 最後の方は、少し頬を赤くしながら言う。

 

「あた」

 

「色ボケ」

 

 そんなスレッタに、ミオリネはデコピンをする。

 

「別にすればいいじゃない。デートくらい」

 

「ええ!?地球圏って結婚しても他人とデートしてもいいんですか!?」

 

「んな訳無いでしょうが!そもそも決闘に勝っても直ぐ結婚する訳じゃないのよ!結婚できるのは17歳からでしょ!」

 

「あ、そっか…」

 

 スレッタ早とちり。危うく、地球圏の文化を勘違いしてしまうところだった。

 

「私の誕生日まで結婚はお預け。その間、あんたは私の婚約者として立ち振る舞えばいいから」

 

「な、成程…」

 

「私はこの学園は脱出して必ず地球に行きたいの。それまで花婿でいてくれればいい。要するに、これは取引よ。受けてくれる?」

 

「わ、わかりました…そういう事なら」

 

 こうして、スレッタはミオリネからの条件を呑んで決闘する事にした。

 

「さて、それじゃ行くわよ」

 

「え?どこに?」

 

「決まってるでしょ。もう1人を迎えによ」

 

「あ、そうだ三日月…」

 

 そういえば、三日月も自分と同じように拘束されている。ミオリネとの結婚の話題でつい頭からすっぽ抜けていた。

 

「あっちの独房にいるから、行くわよ」

 

「は、はい!」

 

 ミオリネに言われ、スレッタは幼馴染を迎えに行くのであった。

 

 

 

「ここよ。許可は下りているから入っても大丈夫」

 

 移動する事数分。ようやく三日月が拘束されている独房へとやってきた。

 

「三日月!大丈夫!?」

 

 そしてスレッタは、直ぐに独房に入る。その時、スレッタが見た光景は、

 

「あ、スレッタ。久しぶり。元気そうだね」

 

 上半身裸で、腕立てをしている三日月だった。

 

「いや何で裸?」

 

「独房内に限って自由に体動かせるようになったから、筋トレしようと思って」

 

「ここ無重力だけど、意味ある?」

 

「あんまり無かった」

 

 流石に無重力で筋トレをしても効果は無かったようだ。汗をあまりかいていないのがその証拠だろう。これなら、ストレッチをした方がよかったかもしれない。

 

(いやちょっと待って…何あれすっごい身体…)

 

 そしてミオリネは、三日月の上半身を見てそんな事を思う。なんせ三日月の身体は、とんでもなく鍛えられていたからだ。

 ミオリネは以前、偶然アス高の男子生徒達数名が上半身裸で寮の近くで水浴びをしているのを目撃した事がある。彼らは皆パイロット科の生徒だったので、その身体はとても鍛えられていた。

 しかし、今目の前にいる三日月はそれ以上だ。これに比べたら、あの時の男子生徒達なんてまだまだである。

 

「あー、いいかしら?」

 

 そんな鍛えられた三日月の身体に少しだけ見惚れてしまったが、ミオリネは頭を切り替えて三日月に話しかける。

 

「何?トマトの人」

 

「ミオリネ・レンブランよ!名前覚えなさいよ!!」

 

 そしてまだ三日月に名前を憶えて貰っていない事に、ミオリネキレる。でも正直、今までほぼ接点がないから仕方ないと思う。

 

「ダメだよ三日月!人の名前はちゃんと覚えないと!」

 

「えー…めんどう…」

 

「めんどうでも覚えないとダメなの!!」

 

 そんな三日月を、スレッタは叱る。その姿、まるで弟を叱る姉そのもの。

 

(この2人、最初はそういう関係だと思ったけど、どうも本当にそういうのじゃなさそうね)

 

 そしてミオリネは、2人のやり取りを見てそんな風に思う。最初こそ三日月が『スレッタを守る為』とか言っていたので、てっきりそういう関係だと思っていたが、このやり取りを見るとそういうのではなさそうだ。どちらか言うと、姉弟に近いように思える。

 

「で、いいかしら?」

 

「いいけど、何?」

 

 ミオリネはスレッタにしたように、三日月にも説明をする。そしてそれを聞いた三日月は、

 

「は?何それ?お前、スレッタを自分の為に利用しようって言うの?」

 

 静かに怒りを露にした。

 

「ちょ、三日月!」

 

「だってスレッタ。こいつそう言ってるじゃん。要するに、弾除けになってって事でしょ?それってさ、スレッタに何か良い事ある?」

 

「ミオリネさんは私たちの為にお父さんを説得してくれたんだよ!それにどっちみち決闘で勝たないと学校にいられないし!」

 

 スレッタはそう言うが、三日月は納得できていない。今まで散々水星で老人達からイジワルをされてきたのだ。ようやく憧れの学校に通えるようになったというのに、ミオリネはそんなスレッタを利用しようとしている。こんなの許容出来る訳が無い。

 

「話を聞いていなかったの?これは取引よ」

 

「は?」

 

 そんな三日月に、ミオリネは再度説明をする。

 

「その子、スレッタは花婿でいる代わりに、私が必ず学校に通えるようにする。そうすれば、やりたい事リストだって埋まるでしょ?」

 

「好きでも無い相手と結婚するかもしれないのに?」

 

「とりあえずは形だけでいいのよ。最悪仮面夫婦でもいいし。それにスレッタの方が、グエルより何百倍もマシだしね」

 

「……」

 

 三日月は、少し冷静になって考える。確かに、このままでは学校から去る事になってしまう。それに、エアリアルとバルバトスだって破壊されるだろう。しかしこのミオリネの取引を受ければ、それは無くなる。

 

「スレッタはそれでいいの?」

 

「うん。私はいいよ。どのみち、決闘で勝たないと学校にいられないし。それに、ミオリネさん凄い美人だしね。えへへ…」

 

 そもそも当のスレッタは結構乗り気だし。ならば本人の意志を尊重させるべきだ。そして何より、三日月自身も学校に通ってみたいし。

 

「わかった。けどひとついい?」

 

「何よ?」

 

 なのでこの取引を受ける事にした。しかし、ひとつだけミオリネに言わないといけない事がある。

 

 

 

「スレッタを泣かしたら許さない」

 

 

 

 それはスレッタの事。三日月にとってスレッタは、もう10年以上の付き合いがある

大事な幼馴染だ。そんな幼馴染が泣く姿は見たくない。なので釘を刺す。もしミオリネがスレッタを泣かせでもしたら、絶対に容赦しない。

 

「っつ…」

 

 そしてミオリネは、そんな三日月に少したじろぐ。ミオリネ自身、別にスレッタを利用するだけ利用して捨てるなんて事をするつもりはない。何ならグエルよりずっとマシなので、普通にスレッタと結婚するのもありだと思っている。

 だが、三日月の目を見てたじろいでしまったのだ。あの青い目が、少し怖い。三日月の無表情も合わさって、余計に怖く感じる。

 

「わ、わかってるわよそんな事。いちいち言わなくてもね」

 

「じゃあいいや」

 

 ミオリネの言葉を聞いた三日月は、まるで興味を失ったかのようにミオリネから視線を外す。

 

(何なのよこいつ…)

 

 一方でミオリネは、そんな三日月を少し距離を取って見ている。水星人は、あんな怖い目をするものなのかと。

 

(環境が人を育てるとかいうけど、水星ってそんなに過酷で荒んだところなのかしら…?)

 

 だとすればスレッタがあんな風に育っている理由がわからないが、とりあえず水星とは碌な環境ではなさそうだ。

 

 

 

 

 

「決闘は、明日の放課後ですか?」

 

「そうだ。それも2対2のな」

 

 ジェターク社CEOの部屋。そこにはグエルと、ジェターク社CEOでグエルの父親であるヴィムがいた。

 

「いいかグエル。明日の決闘、何があっても勝て。そのために態々、わが社新型のダリルバルデまで用意したんだ。整備するスタッフも、既に現場で働いているベテランばかり。ここまでやったんだ。負ける事は許さん」

 

 ヴィムは今回の決闘に全力を注いでいた。彼はエイハブリアクターを積んでいるバルバトスの事なんてどうでもいいと思っている。

 そんな事より、息子のグエルが勝ってホルダーになる事の方が重要なのだ。そうすれば、次期ベネリットグループ総裁は自分になるのだから。

 

「……」

 

 だがそれを聞いているグエルは浮かない顔をしている。既に新型のダリルバルデに乗ってみたのだが、ダリルバルデには特殊なAIが組み込まれていた。

 それは第五世代の意志拡張AIの試作版。このAIのおかげでダリルバルデは、装備しているドローン兵器をパイロットに頼らず自由に扱える。これならば、エアリアルにだって勝てるだろう。

 しかしそれは、グエル自身の腕前では勝てないと言っているようなものだった。グエルは明日の決闘、何としてでも勝つつもりでいる。この間のは不意を突かれて負けた、いわば事故のようなもの。慢心せず、しっかりと相手を見て戦えば今度は負けない。だと言うのに、父親であるヴィムは自分を信用してくれない。

 

(明日は絶対に勝つ!もうそれしかねぇ!)

 

 こうなったら、父親の言う通り勝つしかない。勝ってホルダーに返り咲く事で、認めさせるしかない。グエルはそう思いながら、闘志を燃やす。と、グエルはとある事を思い出す。

 

「ところで父さん。もう1人は誰を選ぶんですか?」

 

 それは決闘のパートナー。明日の決闘は、2対2のタッグマッチ。相手は水星女事、スレッタ・マーキュリーと三日月・オーガス。こっちは自分と誰になるか、グエルはまだ知らない。もしかすると、後輩のフェルシー辺りが来るのかも何て思う。

 

「ああ、それなら既に選んだ。こいつだ」

 

 するとヴィムはタブレットをグエルに渡す。

 

「……こいつですか」

 

「正直、こいつを選ぶのは俺も癪だ。どうせなら、ジェターク寮から選びたかったしな。しかし、こいつのパイロットとしての腕前は本物。お前もそれはわかっているだろう?」

 

「はい…」

 

 苦い顔をするグエル。なんせタブレットに映っているのは、数ヵ月前に自分を打ち倒そうとした別の寮の生徒だからだ。あの時の勝負は、本当に紙一重で勝利できた。それほどの接戦だった。因みに、その時決闘で賭けた事は『今後自分に逆らわない』という内容だった。

 更に言えば、グエルとこの生徒は致命的に相性が悪い。何をするにしても、兎に角ウマが合わない。その結果が、数ヶ月前の決闘である。

 

「こいつには例のガンダムフレーム、バルバトスの相手をしてもらう。グエル、お前はその間にエアリアルを破壊しろ」

 

「…わかりました」

 

 出来ればタイマンでエアリアルを倒したかったが、決闘内容がタッグマッチなので仕方ない。ならば、明日の決闘では必ず例の水星女を倒すまでだ。

 

(待ってろよ、水星女ぁ!!)

 

 グエルはぐっと拳を握りながら、そう思うのだった。

 

 

 

 

 

「三日月…なんだか前より視線感じるよね?」

 

「そうだね」

 

 翌日、スレッタと三日月は学校へ再び通っていた。しかし、この前より自分達を見る目が多い。

 

「あれが例の…?」

 

「そうそう。ズルして勝ったていう」

 

「そして男の子の方は、テロリストなんだっけ?」

 

 おまけにひそひそと言っているのも多い。正直、うっとしい。

 

「何か用?」

 

『っつ!?』

 

 なので三日月は、そんな生徒達を威圧した。するとその生徒達は、蜘蛛の子を散らす勢いで散っていった。

 

「三日月、そういうのやめて」

 

「何で?」

 

「そういうのが余計なトラブル生んじゃうから」

 

「わかった」

 

 このままでは、本当に三日月が何かしそうである。スレッタは直ぐに三日月に言い聞かせる事で、問題を起させないようにした。

 

「あ、スレッタさん!三日月くん!」

 

 そんなスレッタと三日月に話しかけてくる物好きな生徒がいた。

 

「あ、えっと、ナナウラさん。おはようございます」

 

「うん、おはよう」

 

 それは地球寮所属のニカ・ナナウラ。この前の決闘で、スレッタを手助けしてくれた生徒だ。

 

「見てたよ貴方のモビルスーツ!あれ凄いね!」

 

「え?」

 

 そしてニカは、目を輝かせながらスレッタに近づく。手にメモ機能をオンにしたタブレットを持って。

 

「群体制御にはどんな階層構造を使ってるの?従来の構造?それとも同時的空間コンセプト?」

 

「あ、えっと、お母さんが確か、継起的空間と併用って言ってましたけど…」

 

「そっか!それならあの概念統合スキーマの意味も分かる!」

 

 この前会った時と違い、ニカはテンションが高い。恐らくだが、モビルスーツの構造にとても興味があるのだろう。メカニック科所属と言っていたし。

 

「そうそう!三日月くんのモビルスーツも凄いよね!あれなんていうモビルスーツなの!?」

 

「バルバトスの事?」

 

「バルバトスって言うんだ!あれにはどんな階層構造を使ってるの!?」

 

 今度は三日月にも質問をしてきた。

 

「知らない」

 

「え?自分のモビルスーツなのに知らないの?」

 

「興味無いし」

 

「え、ええ…?」

 

 当然だが、三日月がそんな事を覚えている訳が無い。

 

「そういえば、私も知らないな。バルバトスの姿勢制御って何だっけ?」

 

「スレッタさんも知らないんだ…」

 

 ついでに言えば、スレッタも知らなかった。というか母親であるプロスペラから教えて貰えなかった。バルバトスは特別だとかなんとかで。

 

「おい!水星女!!」

 

 そうやって話していると、突然大声で声をかけられた。声をする方に視線を動かすと、3人の生徒を連れた男子生徒、グエルがいた。

 

「あ、ホルダーの人」

 

 三日月はグエルを見てそう言う。その瞬間、グエルの額に青筋が浮かぶ。後ろにいる取り巻き3人も良い顔をしていない。

 

「チビてめぇ、嫌味か?」

 

「何が?」

 

 三日月のグエルに対する認識は、ホルダーで固定されている。しかしグエルはもうホルダーではない。他ならぬ、スレッタがホルダーの座を奪ったからだ。それが余計に煽っているよう思え、腹が立つ。

 

「まぁいい。この前の決闘は無効だ。今日の放課後、楽しみにしておけ」

 

「えっと、もしかして、決闘の相手って…」

 

「俺だ。あともう1人いるがな」

 

 だがそれは、全部決闘で取り返せばいい。出来れば1対1がよかったが、デリングが決めたのなら仕方が無い。

 

「あ、そうなんですか。よかったぁ…」

 

 そしてグエルが決闘の相手だと知ったスレッタは安心する。だって既に1度勝利しているのだ。ならば初めて戦う相手より安心だ。

 

「何が良いんだてめぇ!?」

 

「ひぃ!?」

 

 だがグエルには、煽られているようにしか聞こえない。だからスレッタに対して、つい大声で怒鳴ってしまうのだが、

 

「……」

 

「っつ…!」

 

 スレッタの直ぐ後ろにいる三日月を見て、押し黙る。

 

 三日月は、スレッタに怒鳴ったグエルを、とても冷たい目で見ていた。というかあの目には殺気が込められている気がする。確かにグエルはスレッタに対して怒鳴りはしたが、それでグエルをあそこまで冷たい目で睨む必要はあるのか疑問だ。

 

(なんつー目をするんだ、あのチビ…)

 

 そしてグエルは、三日月のその目に恐怖した。これまでジェターク社の御曹司として、色んな人と関わってきた。その中には、歴戦のドミニコス隊のパイロットもいた。そんな彼らは、とても鋭い目をしているのを覚えている。何度も死線をくぐり抜けていけば、人はおのずとあんな目になるとグエルは父から教わった。

 

 だが三日月の目は、それとは少し違う。

 

 修羅場を経験してきた歴戦の戦士の目ではない。あれはどちらかとえいば、獣の目だ。敵対者には容赦をしない、獣の目。

 

「あ」

 

 そんな時、学園のチャイムが鳴った。

 

「すみません!この後用事があるので、また放課後に!それじゃ!!」

 

 スレッタはその場にいたニカ達にそう言うと、足早に去って行く。そしてそのスレッタを、三日月は追いかけていった。

 

「くそが…」

 

 そんな2人の後姿を見ながら、グエルは小さく呟くのだった。

 

 

 

 

 

「ようこそ。決闘委員会のラウンジへ」

 

 スレッタはあの後、ミオリネの菜園の手伝いをしていた。肥料を運び、ミオリネと親友になれたかも思いそう言うとミオリネに怒られたり、それを三日月が傍で火星ヤシを摘まみながらみていたりと。そんな時、決闘委員会のメンバーで、スレッタと三日月に弁当を差し入れしてくれたエランが現れた。どうやら、決闘委員会へ案内する役を受けたらしい。

 そしてスレッタと三日月はエランに案内され、こうして決闘委員会のラウンジへとやってきたのだ。

 

「僕はシャディク・ゼネリ。よろしくね水星ちゃん」

 

 ラウンジでスレッタと三日月を出迎えたのは、シャディク・ゼネリ。グラスレー寮の寮長で、決闘員会のメンバーだ。そんな彼がスレッタと握手をすべく手を差し伸べるが、

 

「……」

 

「え?三日月?」

 

 それはスレッタの前に三日月が出て遮られる事で出来なくなった。

 

「ありゃりゃ。随分僕を警戒してるね。握手くらいは良くないかい?」

 

「……」

 

 三日月を見ながらシャディクは両手を上に上げ無害さをアピール。だがそれでも、三日月がスレッタを前からどく事は無かった。

 

「どうやら、水星ちゃんのナイト君に嫌われてしまった様だね。残念」

 

 これ以上は時間の無駄だと思ったシャディクは、その場から少し後ろへ下げる。これで三日月の警戒も解けるだろうと思ったからだ。

 

(こいつ、スレッタの母親と同じ感じがした)

 

 一方でその三日月は、シャディクの警戒を解く事など全く無い。なんせシャディクから、プロスペラと同じ何かを感じ取ったからだ。

 要するに、信用できないと。あとなんか、笑顔が胡散臭い。

 

(あまりスレッタを近づけさせないようにしとこ)

 

 もしシャディクがプロスペラ同様に、裏で何かをしているのなら面倒だ。なので三日月は、今後あまりシャディクをスレッタに近づけさせないようにしようと決める。そしてもしシャディクがスレッタに何かしたら、容赦しないとも。

 

「じゃ、早速始めようか」

 

「え?決闘をですか?」

 

「いや、決闘前の宣誓を」

 

 

 

「双方。魂の代償をリーブラに」

 

 ラウンジのモニター前では、エランが決闘の音頭を取っていた。その両脇には、スレッタと三日月。そしてグエルがいる。

 

「ところでグエル先輩。先輩のパートナーはどこっすかー?」

 

 今回の決闘は、2対2で行われる予定だ。なのにグエル側には1人しかいない。それを疑問に思ったセセリアがグエルに問いかける。

 

「誰かさんのせいで巻き込まれた決闘の準備に忙しいから自分の代わりに行ってきてだとさ。あいつ…!」

 

「ははは。グエル先輩パシられてるじゃないっすかー」

 

「黙ってろセセリア!」

 

 どうやらグエルのパートナーはここには来ないらしい。だが決闘には参加するようだ。

 

「スレッタ・マーキュリー。君はこの決闘に何を懸ける?」

 

「え?懸け?」

 

「ごめん水星ちゃん、説明してなかったね。決闘には、それぞれ何かを懸けるんだよ。お金、謝罪、情報、そして女」

 

「女を懸けるのはお前だけだろうが」

 

「人聞きが悪いな。相手の男が返せって言ってくるだけだよ」

 

「あ、前にミオリネさんが言っていた…」

 

 スレッタはこの学園に来たばかりの時、ミオリネが決闘について少し話していた事を思い出す。

 

「じゃあこいつが、トマトの人が言ってた沢山女囲ってるすけこまし?」

 

「ごめんちょっと待って。その話詳しく教えてくれない?」

 

 そして三日月もミオリネが言っていた事を思い出す。具体的に言うと、シャディクが大勢の女の子を囲っているという事を。

 そしてシャディクは、流石に今のは聞き捨てならないので後で三日月から話を聞こうと決める。出来れば、ミオリネには弁明をしたいとも。

 

「それで、スレッタ・マーキュリー。君は何を懸ける?」

 

 そんなシャディクを無視して、エランはスレッタに問いかける。

 

「えっとじゃあ、前と同じで。私が勝ったら、ミオリネさんにちゃんと謝ってください」

 

「グエル・ジェターク。君はこの決闘に何を懸ける?」

 

「前と同じでいい。こいつとそのチビを学園から追い出す事」

 

 スレッタが懸けたものは謝罪。グエルが懸けたものは要求。双方の懸けるものが決定した。

 

「アーレヤ ヤクタ エスト。決闘を承認する」

 

 エランがそう言いながら手を叩く。こうして、スレッタとグエルの決闘が承認された。

 

「それにしても、本当に羨ましいですよね~グエル先輩」

 

「あ?」

 

「だってそうでしょ?親が偉かったら、前の決闘すら無効にしてくれるなんて。流石御三家の御曹司。でも、流石に今度負けたらいい訳できませんよ~?」

 

 セセリアがグエルをからかう。実際今回の決闘は、色々と普段と違う。本来なら前回の決闘で全て終わっているのに、未だにこうして決闘を続けているのが証拠だ。それに異を唱えている生徒も少なくない。そんな話を聞いたセセリアは、こうしてグエルをからかう。

 

「あ、でももう先輩の株って底値だし、今更決闘に勝っても…」

 

「ダメです」

 

「ん?」

 

「そうやって、逃げずに進んだ人を笑うのは、ダメです!」

 

 だがそれは、他ならぬスレッタによって止められるのだった。

 

 

 

「おい、さっきのはどういう意味だ?」

 

 決闘委員会のラウンジから出て、エレベーターに乗るスレッタと三日月とグエルの3人。そんなやや緊張した空気の中、グエルは先程のスレッタの発言の意味を聞いた。

 

「逃げたら1つだからです。例えば、もの凄く強い敵が現れたとして、そこから逃げたら安全っていう結果が手に入ります。でも逃げずに進んだら、経験とか、逃げなかった自分とか、もしかしたら勝利とか。色んな物が沢山手に入るんです。だから、逃げたらひとつ、進めばふたつ、なんです」

 

 エレベーターが到着し、エレベーターから出ながらスレッタは説明をする。

 

「ほう。そいつはご立派な哲学だな」

 

 聞いた事も無い哲学だが、少しだけ共感するグエル。これまでもグエルは、どんな事からも逃げずに生きてきた。勉強、会社の仕事、そして決闘。そういった事全てから逃げずに戦ってきた事で、ホルダーになれたのだ。

 

「お母さんが、教えてくれたんです。お母さんは、何時も凄くて、優しくて…」

 

「……」

 

 そしてこの哲学を教えたのは、どうやらスレッタの母親らしい。恐らくだが、娘を本当に大事に思っているのだろう。『お母さん』と言った時の、スレッタの顔を見たらわかる。

 

(良い母親なんだな…)

 

 そんなスレッタの事を、少しだけグエルは羨む。グエルにも母親はいた。しかしまだ幼い頃に、出て行ったのだ。今どこで何をしているか、全くわからない。

 もしまだ傍にいたら、スレッタの様に自分に何か教えをくれたかもしれない。だから少しだけ、羨ましい。

 

「そういや聞きたかったんだが、おいチビ。お前とそいつはどういう関係なんだ?」

 

 だがこれ以上羨んでいたら情けないので、グエルは話題を反らす事にした。なので2人の関係について、三日月に聞く。

 

「スレッタは俺の全部をあげた人だよ」

 

「は?」

 

 そして聞いてみた結果、なんかとんでもない事を言われた。

 

「いや、どういう意味?」

 

「そのまんまの意味だよホルダーの人。俺の全部はスレッタの物なんだ。昔、スレッタに命を救われたからね。だから俺の全ては、スレッタの為に使わないといけないんだ」

 

「あー…ん?」

 

 ちょっと何言っているかわからない。グエルは混乱する。

 

「だから三日月!そういうのを言ったらダメなんだって言ってるでしょ!!」

 

「でも本当の事じゃん。俺、スレッタの為なら何でもするよ?」

 

「いや気持ちは嬉しいよ!?でも言ったらダメなの!あと三日月の命は三日月のものだから!!」

 

 スレッタは三日月の両肩を掴みながら必死に言い聞かせる。だって恥ずかしい。もう10年の付き合いとはいえ、恥ずかしいものは恥ずかしい。

 

(おいおい。まさかあのバカげた噂、本当だったりするのか?)

 

 そんな2人のやり取りを見たグエルは、今学園内で噂されている事を思い出す。殆どが三日月が元テロリストという噂なのだが、中には『大事な女を守る為に何でもする男』というのもあった。最初聞いた時は馬鹿馬鹿しいと思ていたグエルだが、今この2人のやり取りを見ると、あながちただの噂だけという事もなさそうだ。

 

「ってこんな事している場合じゃない!行くよ三日月!」

 

「わかった」

 

「それじゃグエルさん。また後で!」

 

 スレッタはそう言うと、その場から立ち去ってしまう。当然、三日月もだ。グエルが端末で時間を確認すると、もうすぐ決闘の時間だ。このままでは遅刻してしまう。下手したら不戦敗だ。

 

「行くか…」

 

 そしてグエルも、ジェターク寮のモビルスーツ格納庫へと向かうのだった。

 

 

 

 

 

『いいスレッタ?この決闘、私とあんた、そして三日月の3人の人生かかってるのよ?絶対に勝ってよね』

 

「は、はい…」

 

『三日月もいい?あんたはグエルじゃなくて、もう片方を相手すればいいから。それを倒したらスレッタを援護してあげて』

 

『お前に言われなくてそうするよ。わかりきった事いちいち言わなくてもいいから』

 

『あんた本当に1回引っぱたくわよ!?』

 

『は?やってみろよ?』

 

「あの2人共、喧嘩しないで…」

 

 これから人生をかけた決闘をするというのこれである。対するジェターク寮は、皆が一致団結しているというのに。

 

『あーもう!兎に角!絶対に勝ってよね!!』

 

「わ、わかりました!」

 

『……』

 

 そんな口喧嘩をしながら、エアリアルとバルバトスは射出コンテナに収納され、決闘の場である第7戦術試験区画へと向かう。

 

(でもミオリネさんの言う通り、勝たなくちゃ!)

 

 負けたら学校は退学だし、エアリアルは破壊。そうなりたくないのならば、勝つしかない。

 

(逃げたらひとつ、進めばふたつ!!)

 

 スレッタは、母親から教わった言葉を心の中で復唱しながら、決闘へと向かうのだった。

 

 

 

(何で私がこんな決闘に…)

 

 それぞれが決闘にやる気を出しているなか、ただ1人だけこの決闘に不本意な生徒がいた。それは、グエルのパートナーに選ばれたジェターク寮とは別の寮に所属しているパイロット科の生徒だ。

 

(というか本当に巻き込まないで欲しい。やるならジェターク寮でやって欲しい)

 

 そもそも彼女にしてみれば、この決闘そのものが巻き込まれ事故だ。本来は1対1の決闘だったのに、プロスペラが余計な茶々を入れたせいで無理やり参加する事となっている。そこから決闘のパートナーがジェターク寮から選ばれたら特に問題は無かったというのに、自分が選ばれてしまった。

 

 選ばれた原因は、彼女がアス高でも指折りの実力者というのと、会社の力関係があった。

 

 彼女の親は、ベネリットグループでも上位に入っているモビルスーツ開発会社。そこの役員だ。父親は元ドミニコス隊のパイロットで、母親はモビルスーツ開発の責任者。

 これだけならただの裕福な親の下に生まれただけで終わるのだが、彼女の親が所属している会社は、ジェターク社の傘下にいるも同然だった。何でも昔、会社が何かをやらかしてしまい、その尻ぬぐいをジェターク社が行ったという。以来、ジェターク社には頭が上がらないのだ。

 そんな背景があるので、今回のように決闘への参加を言い渡された。実力を買ってくれたのは嬉しいが、どうせやるならもっと別の機会にしてほしかった。

 

(まぁ、この新型のテストとでも思いますか…)

 

 だが、どうせやるからには勝つ気で行く。それに例え負けても、実害を被るのはグエルだけだ。ならばこの機会に、この間完成したばかりの新型機のテストを行うのもいいだろう。

 

『準備できたよ!』

 

「わかりました。それじゃ、行ってきます」

 

『了解!カタパルト、射出!』

 

 オペレーターの声と共に、コンテナが動き出す。

 

 

 

 こうしてアリアンロッド寮所属のジュリエッタ・ジュリスは、第7戦術試験区画へと新型の愛機であるレギンレイズと共に向かうのだった。

 

 

 

 




 という訳で、鉄血からはジュリエッタ登場。ガエリオとどっちを登場させるか悩みました。1期だと三日月を追い詰めかけた事もあったし、超良いところの御曹司だし。でもガエリオって、どうしてもマクギリスのライバルのイメージ強いんですよね。あとどうせなら女の子を出したいと思ったのでジュリエッタに。

 それと前に感想返信で『三日月と互角』とか言ってましたが、あれ私の記憶違いでした。ジュリエッタ三日月に対してほぼ全敗だったし。そもそも鉄血って、三日月並みに強いのってマクギリスくらいしかいないんですよね。

 矛盾点やおかしいところがあれば遠慮なく言って下さい。
 次回は決闘の続き。


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VSグエル 2


 今回、視点が結構移り変わり激しくて読み辛いかもしれません。ごめんなさい。
 それと誤字報告、いつも本当にありがとうございます。

 追記 作者が勘違いをしていたのと、色々とご指摘がありましてので、前書きや本分の文章を色々変更しました。ご指摘、本当にありがとうございます。

 更に追記 最後の展開を編集しました。


 

 

 

 

 

「これより、双方合意のもと決闘を執り行う。勝敗は通常通り、相手モビルスーツのブレードアンテナを折った方の勝利とする。立会人は、ペイル寮のエラン・ケレスが勤める」

 

 決闘委員会のラウンジでは、エランが決闘の音頭を取っていた。そして第7戦術試験区画に、4つのモビルスーツコンテナが凄い勢いで運ばれる。それは一斉に開き、中から4機のモビルスーツが出てきた。それにしてもこの勢い、中に入っているモビルスーツとパイロットはどうして平気なのか割と疑問だ。訓練の賜物なのだろうか。

 

『LP041、スレッタ・マーキュリー、エアリアル』

 

『LP042、三日月・オーガス、バルバトスルプス』

 

『KP001、グエル・ジェターク、ダリルバルデ』

 

『LP008、ジュリエッタ・ジュリス、レギンレイズ』

 

 

『出ます!』『出るよ』『出る!』『行きます』

 

 

 決闘に参加した4人が、まるで古代の戦場のように名乗りながらモビルスーツコンテナから自分の愛機を出撃させる。こうして、第7戦術試験区画に4機のモビルスーツが現れた。これで役者は揃った。後は決闘で全部決めるだけだ。

 

 余談だが、決闘前に名乗るという文化は地球の東洋のみにしかなかったりするらしい。

 

「両者、向顔」

 

 エランがそう言うと、決闘に参加している4機のモビルスーツのコックピットに相手の顔が映し出された。そしてスレッタが、決闘前にミオリネに教わった口上を言う。

 

『えっと確か、勝敗はモビルスーツの性能のみで決まらず?』

 

『…操縦者の技のみで決まらず』

 

 自信なさげに言うスレッタに、グエルは少しキレる。それくらい、ちゃんと覚えておけと。

 

『「ただ、結果のみが真実」』

 

「フィックスリリース」

 

 そしてその苛立ちも、この決闘で晴らそうと決めた。

 

 

 

『じゃあスレッタ。俺はあっちの緑の相手するから」

 

「うん。気を付けてね。三日月」

 

『うん。スレッタも油断はしないでね』

 

「勿論」

 

 三日月はスレッタに一言入れると、バルバトスをエアリアルの全面に立たせて、決闘相手2機に突っ込む。そしてスレッタも、愛機エアリアルの武装を展開し、バルバトスを援護するようにした。

 近接が得意なバルバトスが前衛で、射撃が得意なエアリアルが後衛というかなり理想的な陣形。

 

「絶対に勝って、ミオリネさんと三日月と学校に残ってみせる!」

 

 自分に言い聞かせるように、スレッタは鼓舞する。全てはこの決闘に勝って、憧れの学校生活を送る為に。

 

 こうしてスレッタと三日月、そしてミオリネの運命を懸けた決闘が始まるのだった。

 

 

 

『おいジュリエッタ。さっき言った通り、お前は横から俺を援護しとけ。あの2人は俺がこの手で必ず倒すからな』

 

『はいはい。2度も言わなくてもそうしますよグエル先輩。というかそっちこそ、また無様に負けないよう気を付けてくださいね』

 

『んだとてめぇ!?』

 

 スレッタと三日月がお互いを激励しあっていたというのに、グエルとジュリエッタは決闘が始まったというのに口論をしていた。

 

(兄さん、どうか冷静になって戦ってくれ…)

 

 そして弟のラウダは、それを心配そうな目で見ている。そもそもラウダは、グエルのパートナーにジュリエッタが選ばれたことに反対だった。スレッタと三日月がコーヒーとチョコレートくらい相性が良いとするならば、グエルとジュリエッタはスイカと天ぷらくらい相性は最悪だからである。

 この2人、パイロットとしても技量は間違いなく学園でもトップレベルなのだが、本当に兎に角馬が合わない。そのせいで、これまで何度も衝突してきたのをラウダは知っている。こんな即席のコンビで勝てる程、スレッタと三日月は弱くないだろう。

 自分だったら、グエルのパートナーには自分かフェルシーを選んでいるだろう。そうすれば、グエルとの息もばっちりで、あの2人相手にも負けないだろうし。

 

(それだけじゃない…兄さんのモビルスーツには…)

 

 それにグエルが乗るダリルバルデには、ある細工がしてある。父親のヴィムが、グエルに無断で仕込んだのだ。これもラウダはどうかと思っている。だって自慢の兄のモビルスーツの腕前は、本当に凄いのだから。ならばしっかりと、本人の力で戦わせるべきなのに。

 

(だが、もう兄さんを信じて見守るしかない!)

 

 しかし今更何も出来ない。もう決闘は始まってしまったのだから。ラウダは不安を感じながらも、兄の勝利を信じる事にした。

 

 

 

「いた」

 

 三日月はグエルのダリルバルデと、ジュリエッタのレギンレイズを見つける。そして背中のスラスターを吹かし、一気に接近した。

 

「まずは赤より緑だ」

 

 見たところ、赤いモビルスーツのダリルバルデには射撃武器が見当たらない。対して緑のモビルスーツのレギンレイズは、右手にライフル、左手に小型のシールドのようなものを装備している。ならば、先ずは射撃武器を持っている方を排除するべきだろう。向こうもそれを察したのか、バルバトスに向けて撃ってきた。

 

「当たる訳ないじゃん」

 

 だがまだ距離がある。相手も当てる気では撃ってはいないだろう。恐らく、これは牽制だ。なので三日月は、普通にビームを避ける。

 

 その時、三日月の視界に赤い影が映る。それは、バルバトスに接近してきたダリルバルデだった。

 

「ちっ」

 

 三日月は舌打ちをしながら、ダリルバルデの蹴りを避ける。どうやら、グエル達も自分達と同じような作戦を取ったようだ。普通ならば、先ずは目の前にいるダリルバルデの相手をするべきだろう。

 

 しかし三日月は、自分の決闘パートナーを信じている。

 

『くっ!!』

 

 そして三日月が信じていた通り、エアリアルのビームライフルがダリルバルデに向けて発射される。その攻撃を、ダリルバルデは距離を取りながら避けていく。

 

「ん?」

 

 だがそのダリルバルデの動きに、三日月は違和感を覚えた。何と言うかダリルバルデの動きが、どこか機械的な動きに感じる。前に見た決闘とは全然違う動き。もしかすると、機体が不調なのかもしれない。

 

「別にどうでもいいか」

 

 だがそんな事どうでもいい。今はスレッタがダリルバルデを抑えているあいだに、レギンレイズを倒せばいいだけだ。そして三日月は、レギンレイズ目掛けて一気に接近をする。

 

 

 

 一方、グエルの決闘パートナーに選ばれたアリアンロッド寮所属のパイロット科2年生、ジュリエッタ・ジュリス。彼女は今、とっても不機嫌だった。

 

(本当に迷惑です。会社同士のいざこざが無ければ、こんな決闘やる必要もなかったというのに)

 

 そもそもこの決闘自体、ジュリエッタには関係が無い話。だって元々は、グエルが決闘に負けたのをあーだーこーだ言って無効にし、再戦しているだけなのだから。やるのなら、グエルだけでやってほしい。もしくは、ジェターク寮のみで。

 だというのに、こうして何故か自分が決闘に参加している。ハッキリ言って、凄く迷惑だ。出来る事なら、こんな決闘に参加もしたくない。

 だが会社の関係上、ジュリエッタの所属会社はジェターク社に逆らえない。内心嫌でも、やるしかないのだ。

 

(さっさと終わらせますか)

 

 しかし今は決闘の最中。これ以上考えても無駄なので、ジュリエッタは三日月が乗るバルバトスの方へと向かう。彼女自身、スレッタと三日月の退学も、グエルのプライドもどうでもいい。だって自分は巻き込まれただけなのだから。

 しかし、やるからには勝つつもりで行く。いくらグエルと馬が合わないとしても、態と負ける気はない。そんな八百長は、自分が許せないから。

 

(それにしても、あれが噂のガンダムフレームですか)

 

 ジュリエッタは、こちらに接近してくるバルバトスを見る。その手には、モビルスーツの身の丈程のソードメイス。数日前に、フロント管理会社のデミギャリソンを3機も破壊した武器だ。まともに食らったら、ひとたまりもないだろう。

 それにバルバトスは先程の射撃を避け、更にダリルバルデの攻撃も避けた。あれはパイロットの腕が良いだけでは説明できない。モビルスーツの性能も中々のものだろう。流石伝説のモビルスーツというところか。

 

(しかしいくら伝説のモビルスーツとはいえ、所詮は300年前の骨董品。この新型機のレギンレイズに敵う訳ありません。速攻で終わらせます)

 

 だがあんなモビルスーツ、既に埃を被った大昔のモビルスーツだ。今ジュリエッタが乗っている最新鋭機、レギンレイズの敵じゃない。ジュリエッタ自身、三日月がデミギャリソンを破壊したのを見てはいたが、あれはフロント管理会社が油断していたからだろうと思っている。まさか学生が、いきなり自分達を攻撃してくるとは思わないだろうし。

 

「先ずは腕!」

 

 ジュリエッタのレギンレイズがバルバトスを再び射程に捉え、ビ-ムライフルをバルバトスの右腕に向けて発射する。同時に頭部を展開させ、索敵センサーを起動する。これで正確な射撃が可能となった。

 最初に武器を持てなくしてしまえば、相手の動きはかなり制限される。それに、バルバトスの腕には腕部ビーム砲が装備されている。腕を破壊すれば遠距離攻撃も出来なくなるというジュリエッタなりの考えだ。あとは、遠距離からビームライフルで頭を狙えばいい。

 

(くっ!思ってたより速い!?)

 

 だがそれは、攻撃が当たらないと意味がない。レギンレイズが発射したビームライフルの攻撃を、バルバトスは左右に動きながら綺麗に避けていく。試しに偏差射撃も行ってみたが、それすら全く当たらない。こっちは索敵センサーと連動しているというに、当たらない。

 

「だったら近づくまで!」

 

 ならば、もう少し接近して撃てばいい。ジュリエッタはレギンレイズのスラスターを思いっきり吹かして、一気にバルバトスに接近する。勿論、バルバトスも簡単に接近させる気はない。両腕に装着されている腕部ビーム砲を、レギンレイズ目掛けて撃ってくる。

 だがそんな攻撃に当たるほど、ジュリエッタは弱くない。先程の三日月のように、攻撃を避けながら接近する。

 

「そこ!」

 

 そして遂に、バルバトスまで100メートルという至近距離にまで近づけた。これだけ接近できれば、そう外す事は無い。ジュリエッタはそう確信し、ビームライフルを発射する。発射されたビームは、真っすぐにバルバトスの腕に向かっていく。これでバルバトスの腕を一つ落とす事が出来る。だが、そうはならなかった。

 

「な!?」

 

 何故ならバルバトスは、そのまま背中のスラスターを使い、上へと上昇したからだ。とんでもない推力だ。そしてそのまま、バルバトスは腕を大きく振り被ってソードメイスをレギンレイズ目掛けて振り下ろす。

 

「これくらい!」

 

 しかしジュリエッタも、これでやられる事は無い。素早く後方へ下がり、バルバトスの攻撃を避けた。

 

「グレイズとは違うんです!」

 

 もしこれが自社が開発し販売した旧式のグレイズだったら、機体の反応速度が足らずにやられていただろう。だが今乗っているのは新型のレギンレイズ。これならば、伝説と言われたモビルスーツでも負けない。

 攻撃を避ける事に成功したジュリエッタは、すかさずレギンレイズの左腕に装備しているツインパイルをバルバトスに向ける。すると、ツインパイルの先端が発射された。それはそのまま、バルバトスの腕に絡みつく。

 実はこのツインパイル、先端部分が鉤縄のようになっているのだ。相手を一時的に拘束し、その間に攻撃をするというコンセプトである。そしてそれはコンセプト通りに、バルバトスの動きを一時的に止めた。

 

「これで動きは止めました。あとはブレードアンテナを」

 

 そう言うとジュリエッタは、ビームライフルをバルバトスの頭部に向ける。あとはこのままビームを発射して、バルバトスを失格にするだけだ。

 

 しかしその瞬間、

 

「な!?」

 

 なんとバルバトスはツインパイルのワイヤーを掴み、それを思いっきり投げたのだ。結果、レギンレイズは宙を舞う。更にその衝撃で、ツインパイルがバルバトスから外れてしまった。

 

「何ですかその出力は!?」

 

 レギンレイズは比較的軽量に設計されているが、それでも32トンある。それを片腕で投げ飛ばすなど、とんでもない出力だ。本当に決闘用の出力が疑いたくなる。しかし三日月。ただ投げ飛ばしただけではない。

 

「ぐう!?」

 

『ぐは!?』

 

 狙いは、エアリアルに2本のビームジャベリンを持って攻撃をしようとしていたダリルバルデだ。そしてそれは見事命中。レギンレイズとダリルバルデは激しく衝突し、転倒。

 

『スレッタ、大丈夫?』

 

『うん。ありがとう、三日月』

 

 実は三日月、ジュリエッタと戦いながらも、スレッタの状況を常に把握していた。そして今、ダリルバルデがエアリアルに接近したのを見て、このような真似をしたのだ。

 

 そう。この決闘は2対2である。

 

 片方がピンチになれば、当然それを助ける事も可能だ。更にスレッタと三日月は、10年以上の付き合いがある。これくらい、いちいち連絡をしなくても目線の動きだけでなんとでもなるのだ。

 

『てめぇジュリエッタ!何しやがる!?』

 

「こっちの台詞ですよ!あなたなら今のくらい避けれるでしょ!?何をやってるんですか!?おかげでこっちのスラスターの出力が下がってるじゃないですか!?」

 

『うるせぇ!!やむにやまれぬ事情があるんだよ!!』

 

「何ですかそれは!?」

 

 一方でジュリエッタとグエルはこれだ。決闘中だというのにこれである。流石ラウダがお墨付きを与える程の相性の悪さ。

 そしてそんな瞬間を見逃すほど、スレッタと三日月は甘くは無い。ダリルバルデとレギンレイズに向かって、それぞれビームを発射する。

 

『「っ!?」』

 

 それに気が付いた2人は、直ぐにそこから移動。こうして瞬時に動ける辺り、やはりパイロットとしての腕は確かなのだろう。

 

『あ、外れた』

 

『ちっ、避けたか』

 

 残念そうに言うスレッタと三日月。だが直ぐに2人は同時に動き出す。

 

(くっ!1度距離を…!)

 

 このままではマズイと思ったジュリエッタは、1度ここから離れる事にした。だがその瞬間、バルバトスはソードメイスを投げ、自分目掛けて飛んできた。先程ダリルバルデと衝突してしまったいせいで、スラスターの出力が下がっているので、簡単には避けられない。

 

「それくらい!」

 

 しかし避けれないのなら、弾けばいいだけだ。ジュリエッタはレギンレイズのツインパイルで、ソードメイスを上に弾き返す。その衝撃で、レギンレイズの左腕が少し歪む。だがそんな事を気にする時間も惜しい。ジュリエッタは直ぐに前を向き、反撃を開始しようとした。

 

「え!?どこに!?」

 

 しかし目の前に、バルバトスの姿が無い。

 

「まさか、上!?」

 

 ジュリエッタが上を向くと、そこにはスラスターを吹かして宙を飛ぶバルバトスがいた。そしてバルバトスは、ジュリエッタが上に弾いたソードメイスを手に取る。そのまま腕に装備されている腕部ビーム砲でジュリエッタを撃ちながら、バルバトスは再びソードメイスを投げたのだ。

 だが今度は、ジュリエッタが標的では無い。ソードメイスの向かう先は、グエルのダリルバルデだ。

 

『っ!?』

 

 グエルが三日月の攻撃に気が付くが、もう遅い。これでは避ける暇も無いだろう。だがダリルバルデに搭載されている意志拡張AIが、とっさに肩に装備されているドローン兵器のアンビカーの1つを盾にする事に成功。

 結果、ソードメイスはダリルバルデには届かず仕舞い。グエルは何とか命拾いをしたのだった。

 

(待って。どうして?)

 

 この時、ジュリエッタの頭に疑問が浮かぶ。どうして今三日月は、自分ではなくグエルを狙ったのか。あのまま自分を攻撃をすれば、撃破できたかもしれないのにどうしてグエルを狙ったのか。

 

「まさかっ!?」

 

 その瞬間、ジュリエッタは直ぐにレギンレイズを横に動かす。

 

「!?」

 

 そして動いた瞬間、レギンレイズの左肩のアーマーをビームが掠る。

 

『うっそ!?外した!?』

 

 この時、レギンレイズの後ろには、エアリアルがビームライフルで狙っていたのだ。もしもジュリエッタがとっさに動かなければ、今のでやられていただろう。

 

(なんてコンビネーションですか…)

 

 全く通信をしていないというのに、このコンビネーション。この2人は、連携という点ではグラスレーに匹敵か、それ以上かもしれない。

 

「これは、マズイですね…」

 

 ここに来てジュリエッタは、ようやく自分とグエルが相手にしているのが、とてつもない強敵であると認識するのだった。

 

 

 

「これは、もう勝ちじゃないの?」

 

 決闘を観戦しているミオリネは、素直にそう思う。なんせスレッタと三日月のコンビネーションは抜群。お互い全く通信をしていないのにこれである。

 対してグエルとジュリエッタは最悪だ。今もスレッタと三日月相手に上手く立ち回れていない。おかげで、どんどん追い詰めている。

 

「それになんか、グエルの奴動きが変じゃない?」

 

 あとなんか、グエルのモビルスーツの動きがおかしい。とても元ホルダーとは思えない。いくらジュリエッタと仲が悪いと言っても、全くコンビネーションを組もうとしないなんておかしい。まるでジュリエッタが邪魔で、自分1人でなんとかしようと言わんばかりの動きだ。

 だがそんな真似をしていれば、スレッタと三日月には勝てないだろう。これはもう勝ったと言えるかもしれない。

 

「でも、ジェタークがこれで終わるとは思えない…」

 

 しかし同時に、ミオリネには不安がある。ジェターク社は今回、態々新型機を投入している。それにジェターク社CEOのヴィムもこの試合を観戦しているという。そこまで本気で挑んでいるジェターク社が、これで終わるとは考えにくい。

 

「杞憂で終わって欲しいけど…」

 

 そう言うミオリネだが、恐らくそれは無理だろうと思うのだった。

 

 

 

 決闘が始まって以来、常に相手2機に追い詰められているグエルとジュリエッタ。このままでは、本当に負けてしまう。今だって、エアリアルのガンビットの援護を受けたバルバトスが、自分達に近づいてソードメイスを振るう。何とも戦いにくい相手だ。何か打開策を考えなければ、これで終わってしまう。

 

『おいジュリエッタ。提案だ』

 

「何ですか?」

 

 ここでようやくグエルが口を開いた。

 

『このままだとマジで負ける。だから、お前はあのチビのバルバトスとかいうモビルスーツの相手だけをしろ。俺は水星女だけを相手にする』

 

 そしてジュリエッタに提案をする。要するに、それぞれが1機ずつ相手にしようと言うのだ。

 

「……いいですよ。乗りました」

 

 その提案に、ジュリエッタは乗る事にした。そもそもこのままでは、本当に何もできずに負けてしまう。そんなの、自分のプライドが許さない。

 

『じゃあ行くぞぉ!!』

 

 グエルの合図と同時に、グエルがダリルバルデのスラスターを思いっきり吹かす。同時に、ジュリエッタもレギンレイズのスラスターを吹かした。そしてそのまま、バルバトスにぶつかりながらエアリアルから距離を取った。

 

『ぐ!?こいつ…!』

 

 まさかタックルをしてくるとは思わず、三日月は反応が遅れてしまう。ある意味これで、一矢報いたと言えるかもしれない。

 

「この距離なら!」

 

 バルバトスにタックルをし、エアリアルから距離を取ったジュリエッタは、バルバトスを蹴り飛ばす。おかげで、バルバトスは少しだけふらついている。

 そしてすかさず、ビームライフルを発射。狙いはバルバトスの右肩。この距離なら外さないし、間違いなく撃ち抜けるだろう。これでバルバトスは右腕を失う。

 

 だが生憎、目の前のバルバトスは普通のモビルスーツでは無い。最強と言われた、伝説のガンダムフレームなのだ。

 

 

 

「……は?」

 

 

 

 つい、そんな間抜けな声を出すジュリエッタ。今、彼女は目の前で起こった出来事が理解できずにいた。

 

 なんせバルバトスの右肩に当たったと思ったビームが、突然弾かれたのだから。それもバルバトスが全くの無傷という程に。

 

「今のは一体?まさか、ライフルの故障?」

 

 あまりの事態に、隙が生まれてしまった。そして三日月が、それを逃す事は無い。そのまま右腕を、思いっきりレギンレイズ目掛けて右に振るう。

 

「まずい!」

 

 ジュリエッタはとっさにスラスターを吹かして後退。なんとかソードメイスを避ける事に成功する。だがその瞬間、バルバトスは左腕の腕部ビーム砲を発射。そしてそれは、レギンレイズのビームライフルに当たってしまう。

 

「くっ!」

 

 バルバトスのビームが当たったライフルを、ジュリエッタは直ぐに放棄する。これでもう、ライフルは使えないと判断したからだ。

 

「何ですか…?今のは…?」

 

 未だ混乱しているジュリエッタに、息をつく暇も与えずバルバトスが襲い掛かって来る。

 

 

 

 決闘委員会 ラウンジ

 

「うっそ!?ビームを弾いた!?」

 

「いくら決闘出力に調整しているとはいえ、ビーム兵器をあの至近距離で食らって、あそこまで完全に弾くなんて…」

 

「まさか、新型のビームコーティング…?シン・セーはそんなものの開発に成功している?」

 

 そうやって騒いでいるのは、決闘委員会のメンバー。彼らは今、レギンレイズのビームの直撃を食らったにもかかわらず、それを弾いたバルバトスに驚いている。

 だってビームを弾くなんて、今研究中のビームコーティングしかないからだ。ダリルバルデのシールドにも似たような物が組み込まれているが、流石に至近距離で撃たれると貫かれる。

 だがバルバトスは、あれだけ至近距離だったにも拘わらず、完璧に弾いた。こんなの聞いた事が無い。それを、グループ末端企業である水星のシン・セーは開発している事になる。これは技術革命が起こっても不思議じゃない。だからこそ、3人は驚いている。

 

「あれは多分、ナノラミネートアーマーだよ」

 

 そんな中、1人だけ冷静に試合を見ている男子生徒がいた。決闘員会の1人で、グラスレー寮の寮長、シャディクだ。

 

「ナノラミネートアーマー?」

 

「そ。最早失われた、伝説の装甲の事さ」

 

 聞いた事も無い単語に、セセリアはシャディクに聞き返す。

 

 ナノラミネートアーマー。

 それは、300年前のガンダムフレームにのみ標準装備されたと言われる特殊装甲。詳しい事は資料が殆ど失われているのでわかっていないが、何でもとてつもなく頑丈で、ビーム兵器をほぼ完璧に弾く特製があるらしい。そしてこの装甲のおかげもあって、300年前の人類はモビルアーマーに勝つ事ができたとか。

 

「え、ええ…?」

 

「そんなものが?」

 

 あまりのも規格外の技術に、セセリアとエランは驚きを隠せない。物理もビームも大丈夫とか、なんだそれはと。インチキにも程がある。

 

「それ、凄く興味あります。昔のデータ資料見たら何かわかりますかね?」

 

 一方で、セセリアとよく一緒にいるロウジは興味を惹かれる。やはりメカニック科所属ともなれば、未知の技術には興味を惹かれてしまうのだろう。

 

「残念だけど、探してもロクな情報は無いよ。作り方は全部失われているし、どうしてそうなるかもわからないんだ。グラスレーのデータベースを探しまくったけど、どういう物かという事しかわからなかったからね。なんせ300年前の代物だし」

 

「そうですか…少し残念…」

 

 少し落ち込むロウジ。御三家の御曹司であるシャディクが探せなかったというなら、本当に無いのだろう。最も、シャディクが知ってて隠している可能性もあるが。

 

「なんでシャディク先輩は、そんな事知ってるんですか?」

 

「そりゃ俺は歴史が結構好きだからね。授業と関係無く、個人的に色々調べたんだよ」

 

 どうもシャディクは、歴史が好きらしい。故にグラスレーのデータベースを使って、過去の事を調べたのだと。クラスに1人くらいそういう子いるよね。

 

「まぁどうしてもって言うなら、現物を手に入れる事だけだね」

 

 シャディクはそう言うと、決闘を映し出しているモニターを見る。そこには現存する最後のガンダムフレーム、バルバトスが映っていた。

 

「……ブリオンで1番のパイロットって誰だっけ?」

 

「ロウジ落ち着いて。多分うちの連中じゃあれには勝てない」

 

 ロウジは決闘を考えたが、セセリアが止める。

 

(さて、三日月・オーガス。果たして君は、伝説のガンダムフレームのパイロットに相応しいかな?あの英雄、アグニカ・カイエルのように)

 

 そしてシャディクは、まるで見定めるような目をしてバルバトスを見るのだった。

 

 

 

 三日月とジュリエッタの決闘では、新たな場面を迎えていた。レギンレイズはビームライフルを破壊され、最早遠距離攻撃は出来ない。そしてバルバトスが、自分目掛けて接近してくる。

 

『だったらこちらも接近戦です!』

 

 ならば残されたのは、接近戦のみ。ジュリエッタはレギンレイズの腰に装備されていた近接武器、ツインパイルをレギンレイズの右腕に装備。そしてバルバトス目掛けて突っ込んできた。

 ジュリエッタはこれまで何度か決闘をした事があるが、その殆どに接近戦で勝利している。負けたのは、数か月前のグエルとの決闘のみ。それ以外は全勝だ。

 だからこそ、接近戦には自信がある。それに今乗っているのは新型機のレギンレイズ。これならば先ず負けない。例え相手がグエルであろうとも。

 

 

 しかし、そこは三日月とバルバトスの領域である。

 

 

 ツインパイルを装備して接近したジュリエッタは、先ずバルバトスの攻撃を受け流して、そこから反撃しようと考えた。バルバトスの得物は長物のソードメイス。懐にさえ入れば、ツインパイルの方がやりやすい。なのでバルバトスの攻撃を受け流そうとしたのだが、

 

『な!?』

 

 武器同士がぶつかる直前、バルバトスはソードメイスを手放した。そして何と、

 

『あぐ!?』

 

 そのまま右腕で、レギンレイズの首元を殴りつけたのだった。その結果、レギンレイズは後ろに大きくのけ反る。

 

(本当にどんなパワーを!?)

 

 なんせバルバトスは300年前のモビルスーツ。レギンレイズはつい最近開発された最新鋭機。それだけの世代差があるというのに、まさかパワーで吹っ飛ばされるとは思っていなかっただろう。

 

「へぇ?まだ動けるんだ?」

 

 そして三日月。彼はさっさとこの目の前の決闘相手の緑ことレギンレイズを倒したいと思っていた。別にスレッタがグエルに負けそうだからとは思っていない。むしろスレッタであれば、まず勝つだろうと思っている。

 だがやはり、一抹の不安はぬぐい切れない。さっさと終わらせて、スレッタの援護に向かいたい。それにいい加減、目の前の緑の相手も飽きてきた。

 

「これで終わりだ」

 

 地面に落としたソードメイスを拾い上げると、三日月はバルバトスのスラスターを吹かす。そしてのけ反り、よろよろとしているレギンレイズにソードメイスを叩きつける。

 

『くっ!?』

 

 だがジュリエッタも、これでやられる程弱くない。直ぐに体勢を整えて、左腕でバルバトスの攻撃を防御する。

 

『がは!?』

 

 しかし無情にも、そのまま左腕は破壊されてしまった。おまけに壊れた左腕がレギンレイズのコックピット周りにぶつかる。パイロットは無事だろうが、衝撃は伝わっているだろう。

 

「しぶといな…」

 

 少し苛ついてきた三日月。もう相手はボロボロなのに、未だに動こうとしている。

 

「じゃあ、頭だ」

 

 ならば頭を破壊すれば、黙るし動かなくなるだろう。そう思った三日月は、ソードメイスを上に振り上げ、レギンレイズの頭を狙う。

 

『まだまだーー!!』

 

 だがここでジュリエッタは奥の手を使った。それはレギンレイズにひとつだけ装備している特殊なスモークグレネードだ。やたら即効性があり、直ぐに煙がばらまかれる。そしてバルバトスは、そのまま煙に身を包まれてしまう。

 

「ちっ。面倒くさい…」

 

 更に苛立ちが募る三日月。これでは相手がどこにいるかわからない。しかもこのスモークグレネード、どうもセンサー類に影響を及ぼすようだ。おかげでレーダーが使用できない。

 

「……」

 

 すると三日月。何を思ったのか目を瞑った。まるで剣士が精神統一するかのように。

 

『貰ったぁぁぁーーー!!』

 

 そしてジュリエッタは、スモークグレネードのおかげでバルバトスの背後を取る事に成功。残った右腕を振りかざし、バルバトスのブレードアンテナに狙いを定める。

 この時、ジュリエッタは勝利を確信していた。完全な背後からの不意打ち。これを避ける事が出来る人なんていないだろう。

 

 しかし、

 

『な!?』

 

 バルバトスはその攻撃を避けた。それもただ避けただけじゃない。まるで人間が背後からの攻撃を避けたかのような滑らかな動きで避けたのだ。

 

(何ですか今の反応速度は!?)

 

 明らかに普通じゃない反応速度に、ジュリエッタは驚きを隠せない。だって今のを避けるなんて普通じゃない。ただ避けただけならまだしも、あんな避け方おかしい。まるでモビルスーツそのものが、人間になったようだった。

 

『しまっ!?』

 

 そしてその一瞬が隙になってしまう。避けたと同時にバルバトスが振り返り、

 

『がはっ!?』

 

 なんとレギンレイズに回し蹴りを食らわせたのだ。それをモロに受けたレギンレイズは、そのまま吹き飛ぶ。

 

「頑丈だな。こいつ」

 

 どちらかといえば、モビルスーツを蹴とばして足回りが壊れていないバルバトスの方が頑丈だと思う。

 

「ん?」

 

 その時、突然第7戦術試験区画に何かが降ってきた。

 

「水?」

 

 それは水。よく見ると、試験区画の天井にあるスプリンクラーから大量の水が出ている。

 

「何だこれ?」

 

 三日月は疑問符を浮かべながら、天井を見るのだった。

 

 

 

「ほら見ろ!俺の言う通りにして成功だったろ!」

 

「……」

 

 ジェターク寮の決闘指揮所。そこではヴィムが、息子のラウダに声を大きくして誇らしげに喋っていた。もうおわかりだろうが、この水はヴィムの細工である。おかげでエアリアルはビームが減衰して、使い物にならなくなっていた。

 更に言えば、今スレッタとエアリアルが戦っているグエルのダリルバルデにも細工がされてある。それは、意志拡張AIによる自動操縦。相手のパターンをAIが判断して、最適な動きをするというものだった。

 現にグエルは今、操縦桿を握ってすらいない。最もその事に、グエル本人はショックを受けているが。

 

「これでビーム兵器は使えない!あとはダリルバルデで止めをさせば終わりだ!」

 

 ヴィムは勝利を確信。これでグエルはホルダーに返り咲き、自分は次期総裁の最有力候補になるだろう。あとはデリングを暗殺さえしてしまえば、完璧だ。

 

「しかしアリアンロッドの小娘。全く使えん。あんな大昔のモビルスーツに何を手間取っている。まるで詐欺にあった気分だ」

 

 ヴィムはジュリエッタに対して酷い言い草をする。折角パイロットとしても腕前を見て選んでやったというのに、バルバトス相手に劣勢。今では左腕を破壊され、腰回りも損傷して倒れている。これはもう、勝目なんて無いだろう。文句の一つも言いたくなるのはわかるが、あまりに言い方が酷い。

 

「まぁいい。グエルがあの時代遅れのガンダムを破壊さえすればな」

 

 だがそれすらもうどうでもいい。グエルがエアリアルを倒せさえすれば。

 

 

 

「結局何なんだろ、これ?」

 

 三日月は大量に散布される水を見ながら呟く。その時だ。

 

『スレッタ!三日月!聞こえる!?』

 

「ん?」

 

 突然ミオリネから、通信が入ってきた。

 

「何か用?トマトの人?」

 

『だからミオリネ・レンブランだつってんでしょ!?』

 

 未だにトマトの人呼ばわりされる事に、ミオリネキレる。

 

『って今はそんなのどうでもいい。このスコールは私が止める!スレッタはそれまでの間持ちこたえて!そして三日月はジュリエッタを倒して早くスレッタの援護に向かって!』

 

 この時エアリアルは、水の影響でビームライフルが減衰している。おかげで遠距離からダリルバルデを撃つ事が出来なくなっていた。

 そしてその間に、ダリルバルデはエアリアルに接近し、ビームジャベリンで攻撃を開始する。つまり、スレッタとエアリアルはピンチだった。

 

『も、持ちこたえるって、どうすれば?』

 

『いいから持ちこたえて!!』

 

 そう言うとミオリネは、一方的に通信を切る。なんて自分勝手なお嬢様だろう。

 

「ま、いっか」

 

 でもそんなの今はどうでもいい。三日月は倒れているレギンレイズに近づく。ミオリネに言われたからでは無い。自分の意志でスレッタの援護に向かいたいからだ。

 

(こんな筈じゃ…)

 

 そんな中、倒れているレギンレイズのパイロットのジュリエッタは、焦っていた。こんな筈じゃなかった。こんな風に、無様にボロボロにされる筈じゃなかった。余りに惨めで情けない。今すぐ過去に戻って決闘をやり直したい。

 

(いえ、まだです!)

 

 だが、ジュリエッタはまだ諦めていなかった。今バルバトスは、レギンレイズのブレードアンテナを破壊しに接近している。どうして腕部のビーム砲を使わないのか疑問だが、好都合。

 接近してきたその時に、右腕に残されているツインパイルで反撃をすればいい。狙いは当然、バルバトスのブレードアンテナだ。その瞬間が訪れるまで、今はじっとするしかない。

 

(情けない戦い方ですけどね…)

 

 出来れば、こんな泥臭い戦いをしたくなんてない。だがここで負ける方がずっと嫌だ。ならば、後で何と言われようともこの方法でやるだけだ。そもそも決闘は、ただ結果のみが真実なのだから。

 

(あと少し…まだ…まだです…)

 

 バルバトスが近づいてくるが、焦ってはいけない。チャンスは1回だけ。もう後が無い。だからこそ、焦ってはいけない。近づいてきたバルバトス。そしてソードメイスを振りあげて、レギンレイズのブレードアンテナを折ろうとする。

 

(今です!!)

 

 この時を待っていた。今ならバルバトスのブレードアンテナを狙える。ジュリエッタは直ぐにレギンレイズを操作し、右腕のツインパイルをバルバトスの顔めがけて突き出した。

 

(取った!!)

 

 この距離でこの速度なら防げない。今度こそジュリエッタは勝利を確信する。

 

 だが、

 

(な…)

 

 ツインパイルは無情にもバルバトスの左腕に掴まれて、動きを止めていた。バルバトスの尋常ではない反応速度だから出来る真似である。ツインパイルを掴んだバルバトスは、そのままツインパイルを握りつぶす。この瞬間、ジュリエッタは全ての攻撃手段を失った。

 そしてバルバトスは、両足でレギンレイズの両肩を踏む。これでもう動けない。

 

 この時、ジュリエッタはバルバトスの顔を見た。見てしまった。まるで自分を見下し、何でも見透かしているような緑の目。それにその直ぐ後ろに振り上げているソードメイス。

 

(ひっ…)

 

 つい声が漏れる。この時ジュリエッタは、バルバトスに恐怖したのだ。今まで決闘で恐怖した事なんて無かった。学園内の生徒同士の生身の喧嘩でも、臆した事は無かった。何なら怖い物なんて、今までの人生で特に無かった。

 だがジュリエッタはこの時、初めてモビルスーツに恐怖した。だって今のバルバトスは、まるで本物の地獄の悪魔みたいに見えたのだから。

 

「えっと確か、頭を壊せば勝ちだっけ?」

 

 三日月はそう言うと、ソードメイスを両手に逆手に持ち変えて、大きく振り上げる。そして勢いよく、ソードメイスをレギンレイズの頭に突き刺したのだ。

 その瞬間、レギンレイズの頭部は貫かれてしまう。当然、決闘用に付けているレギンレイズのブレードアンテナも壊された。

 

 こうしてジュリエッタは、決闘で1番最初に敗北を期したのだった。

 

「これでよしっと」

 

 突き刺したソードメイスを上にあげる。先端には、レギンレイズの頭部。まるで獲物を仕留めた狩人のようだ。そしてそれを三日月は、ソードメイスを横に振り払うようにしてその辺に投げたのだった。

 

「じゃ、スレッタの援護に行くか」

 

 破壊した頭をその辺に捨てたのち、三日月はエアリアルの下に行った。残されたのは、ボロボロにされたレギンレイズだったものだけ。

 

(何なんですか…あれは…)

 

 そのレギンレイズだったもののコックピットに残されたジュリエッタは、1人両手で身体をかき抱いていた。

 

(まるで、本当に人では無い何かと戦ってる気分でした…)

 

 初めて怖いと思った。それだけ、ジュリエッタはバルバトスに恐怖していた。未だに身体が小さく震えているのがその証拠だろう。

 

(彼は一体、何者なんですか…?)

 

 どうすれば、あそこまでの強さが手に入るのだろう。幼い頃からの訓練か。生まれ持った才能か。もしくは本当に、悪魔と契約でもしたのだろうか。

 

(三日月、オーガス…)

 

 この日、ジュリエッタは三日月・オーガスという人物に興味を持ち始めた。

 

 ふと上を見ると、先程まで大量に振っていた水は、何時の間にか止んでいた。

 

 

 

『スレッタ、三日月。水は止めた。後はあんたらが勝つだけだからね』

 

「ありがとう、ミオリネさん」

 

 水がもう振ってこないのならば、ここからはスレッタとエアリアルの時間だ。

 

「エアリアル、皆。今度は私たちの番だよ!」

 

 そしてエアリアルの最終兵器であるエスカッシャンを起動。それは直ぐにダリルバルデを捉え、飽和攻撃を開始する。何とか避けているダリルバルデではあるが、突然動きを止めてシールドを構える。

 

『おいバカ!?止まるんじゃねぇ!?』

 

 これはダリルバルデの意志拡張AIが、回避より防御が良いと判断したからだ。しかし、それは裏目に出る。エスカッシャンの11条のビーム攻撃を一気に食らった結果、シールドは破壊され、全身がボロボロだ。

 

『あんなわかりやすい囮攻撃に引っかかりやがって…!このポンコツ…!?』

 

 グエルが苛立っていると、直ぐ後ろから攻撃がきた。それをダリルバルデは、何とか避ける。

 

『あ、避けた』

 

 ダリルバルデを攻撃したのはバルバトス。それを見たグエルは、ジュリエッタが敗北したのだと察する。

 

「おかえり三日月」

 

『うん。ただいま』

 

 これで2対1。しかもダリルバルデはボロボロなのに対して、エアリアルとバルバトスはほぼ無傷だ。もう詰みである。

 

「それじゃ、行くよ!」

 

『うん』

 

 スレッタの掛け声と共に、エアリアルが再びエスカッシャンによるビーム攻撃を開始。そしてバルバトスは、ソードメイスを手にした状態で接近する。エアリアルがバルバトスを援護するという理想的な陣形だ。

 そんな波状攻撃をダリルバルデは何とか避けてはいるが、何度もビームやソードメイスが掠っていく。もう時間の問題だろう。それは決闘を見ている生徒や、スレッタと三日月だって同じ事を思っている。

 

 しかし、

 

『黙れよ!!

 

 グエルが突然大声で叫ぶと、ダリルバルデに変化が現れた。いきなり両腕にビームサーベルを装備したかと思うと、背中のスラスターを勢いよく吹かして、エアリアルに向かっていく。

 

『行かせるかよ』

 

 それを三日月のバルバトスが阻止しようと立ちふさがる。だが、

 

『あ』

 

 ダリルバルデはバルバトスの攻撃をかわし、一気にエアリアルに接近。そして両腕のビームサーベルをエアリアルに振り下ろす。

 

「くっ!?」

 

 スレッタはそれを、同じくビームサーベルで防いだ。

 

『これは、俺だけの戦いだぁぁぁぁ!!』

 

 グエルはそう叫ぶと、ダリルバルデのスラスターを思いっきり吹かす。そしてエアリアルは、ダリルバルデのパワーに負けて押されてしまう。それをエアリアルは、巴投げをしてダリルバルデを投げるが、その瞬間にダリルバルデの足に装備されてるシャクルクロウを発射し、エアリアルの腕を掴み試験区画の壁まで投げ飛ばす。

 

「やっぱりこの人、強い!」

 

 先程までとは全然違う動き。もし今の動きを最初からされていたら、危なかったかもしれない。

 

「でも、私とエアリアルは、三日月とバルバトス以外には負けません!だって、やりたい事リスト、まだ全然埋まって無いんですからーーー!!」

 

 スレッタは自分を鼓舞する為にも叫ぶ。そしてビームサーベルでの攻撃を再開。狙いは勿論、ダリルバルデの頭部だ。

 

『このグエル・ジェタークが負けてたまるかよ!!来い水星女ぁぁぁ!!』

 

 グエルもビームサーベルを構えて、エアリアルを迎え撃つ。これが最後のチャンスだろう。グエルは全神経を、エアリアルのブレードアンテナを破壊する事だけに集中させる。さながら、居合で敵を屠る侍のようだ。

 そしてエアリアルが近づいてきたその時、

 

『終わりだ』

 

 背後からバルバトスがソードメイスを振り下ろし、ダリルバルデの頭部を破壊しようとするのだった。三日月には騎士のような1体1の決闘を邪魔しないなんて考え、無いのである。むしろ、今グエルは背中を晒しているのだから絶好の機会だ。この期に頭部を破壊すれば、それでもう勝ちなのだから。なので背後から攻撃をしたのだが、

 

『邪魔すんじゃねぇぇぇ!!』

 

『!?』

 

 なんとグエルはバルバトスの攻撃を避けたうえ、ダリルバルデの足を使ってソードメイスを踏みつけたのだ。これには三日月も驚きを隠せない。

 そしてグエルはそのまま機体を回転させ、飛んできたエアリアルにビームサーベルを振り下ろす。まるでどこぞの勇者の回転斬りだ。

 

 その瞬間、エアリアルとダリルバルデが交差し、土埃が舞う。

 

 第7戦術試験区画に静寂が訪れる。誰も言葉を発しない。今か今かと、決闘の結果を固唾を飲んで知りたがっている。そして土埃が晴れると、そこにはブレードアンテナを折られたダリルバルデがいた。

 

『勝者 スレッタ・マーキュリー エアリアル 三日月・オーガス バルバトスルプス』

 

 こうして、決闘はスレッタと三日月の勝利に終わるのだった。

 

 

 

「ふぅ、終わった」

 

 バルバトスのコックピット内では、三日月がヘルメットを取って一息ついていた。

 

「にしてもホルダーの人、最後だけ速かったな」

 

 そして決闘でのグエルの事を思い返す。決闘の初めの頃は、グエルはどこか固い動きをしていた。しかし最後だけはとても速く、それでいて的確な動きをしていた。更に背後からの攻撃を避けたし、自分が攻撃出来ないよう足で武器を踏みつけもした。もしグエルが最初からあの動きで戦っていれば、危なかったかもしれない。

 

 「俺も、もっと強くならないと」

 

 最後は意表突かれ、反撃する時間が遅れてしまった。これではいざという時、スレッタを守らないかもしれない。なので三日月はもっと強くなろうと決めるのだった。

 

『お疲れ、三日月。おかげで助かったわ』

 

 そんな三日月に、ミオリネから通信が入る。

 

「お前の為じゃないよ。スレッタの為だ」

 

 折角のミオリネからのお礼の言葉だったが、三日月はそれにやや苛立ちを覚える。だってこれでスレッタは、ミオリネの婚約者となったのだ。

 確かに学校を退学にならずにすむが、スレッタが良いように利用されている感じがし、やはり腹が立つ。

 

『だとしてもよ。おかげで私も結婚しなくてすむし、あんたらも学校に通える。過程はどうあれ、結果オーライでしょ。それに、スレッタが良いなら良いんじゃないの?』

 

「……」

 

 そう言われてしまうと、三日月もあまり強く言い返せない。だって当のスレッタは特も問題無いと言ってるのだ。なら自分がこれ以上何か言うのは、確かにおかしい。

 

「わかったよ。でも昨日も言ったけど、スレッタを泣かしたら絶対に許さない」

 

『大丈夫よ。少なくともスレッタを物みたいに扱う事なんてしないわ』

 

 ミオリネの言葉からは、しっかりと誠意を感じた。なので三日月は、とりあえずはミオリネを信じる事にする。最も、もしミオリネがスレッタに何かしたら許さないが。

 

 『それにしても、本っ当に気分が良いわ!ざまぁみろ!クソおやじ!!

 

 そしてミオリネは凄く喜ぶ。父親に一泡吹かせる事に成功したのだ。気分が良くもなるだろう。

 

 そんなミオリネを無視して、ふとスレッタの方を見てみると、

 

 

 

『スレッタ・マーキュリー。俺と、結婚してくれ』

 

 

 

 何故かグエルがスレッタ手を取り、跪いてプロポーズをしていた。

 

 

 

 

「何あれ?」

 

 その光景を見た三日月は、頭に疑問符を受けべると同時に、何故か少しだけイラっとしたのだった。

 

 

 

 

 




 以下、ちょっとした説明

 ジュリエッタ・ジュリス
 アスティカシア高等専門学園 アリアンロッド寮パイロット科2年。鉄血本編からのキャラクター。鉄血本編では地球生まれの孤児だったけど、本作では宇宙生まれでかなり裕福な家の出身にしている。父親は元ドミニコス隊のMSパイロット。母親はMS設計者。両親に愛されて育っているので、『ラスタル様の為に!』みたいな性格では無い。寮内に友達も普通にいる学生である。
 パイロットとしても腕前は本物で、現アス高ではトップを争う程である。ただし集団戦は少し苦手。数か月前、グエルとの決闘ではあと一手だけ届かずに敗北。以来リベンジを誓っていた。なおその時使っていたMSはグレイズリッター。因みに決闘の理由は、楽しみにしていた大盛肉定食をグエルがぶつかったせいで落としたから。

 所属しているアリアンロッド寮の寮長とは、小さい頃からの腐れ縁。

 レギンレイズ
 アリアンロッド社の新型MSでジュリエッタの愛機。鉄血本編からのMS。見た目は同じだけど、本作では水星仕様となっているのでエイハブリアクターは積んでいない。130mmライフルも、形状が同じビームライフルになっている。
 そして今回の決闘でボロボロになったので、会社と寮の人達は割と嘆いた。でも多分そのうち進化する。

 まさかの17000字。今まで書いてきた中で1番多かったです。次回はまた気長にお待ちください。もし矛盾などがあればどうぞ言って下さい。


 追記 『この流れでグエルがスレッタに惚れるの無理じゃない?』と至極真っ当なご意見を沢山いただきました。なのでちょっと緊急でアンケート設置しました。よろしければお答えください。

 更に追記 アンケートのご協力、本当にありがとうございます。個人的に、やっぱりグエルにはプロポーズしてほしかったので、ああしました。確かに、スレッタに止めをさされた訳じゃないのにプロポーズするのはちょっと変ですもんね。前の展開が良いと思われた方々、本当に申し訳ございません。


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地球寮

 やぁ、久しぶり。ルビコンから帰ってきました。今後も更新はしますが、更新速度は遅めです。ご了承ください。

 最近知って驚いた事。鉄血のシノと推しの子のぴえヨンの声優さんが一緒。

 今回はアニメ4話前半くらいのお話。そして鉄血から新たに2人目を出します。


 

 

 

 

 

「あんた何その恰好?」

 

「え?可笑しいですか?」

 

「別に普通だよね?」

 

 決闘が終わった翌日、スレッタと三日月はミオリネと共に授業に出ていた。しかし教室に入ってすぐ、ミオリネに不機嫌そうな顔をされる。

 どうやらスレッタの恰好が変らしい。なので1度自分の制服を見直すが、特に変なところはない。三日月も見てみるが、別に普通だ。

 

「…ちょっと生徒手帳貸してちょうだい」

 

「あ、はい」

 

 そんな様子のスレッタに対して、ミオリネは生徒手帳を出すように命令。そしてスレッタは素直に自分の生徒手帳を差し出す。

 

「ホルダーはね、パイロットスーツだけじゃなくて、制服も特別仕様なのよ」

 

 ミオリネがスレッタの生徒手帳を操作すると、スレッタの制服が白色に変化する。ミオリネの言う通り、アスティカシア学園のホルダーというのは色々特別なのだ。その最たるものが、制服とパイロットスーツの色である。

 この白い制服は、自分がホルダーであるという証。そしてミオリネは、折角スレッタがグエルとの決闘に勝ちホルダーになったというのに、スレッタは普通の制服をしていたから不機嫌になっていたのだ。

 

「自覚をちゃんと持ちなさい。あんたはホルダーで、私の花婿なんだから」

 

「は、はい」

 

 ミオリネの言葉を聞いて、改めて自分はそういう立場になったと再確認するスレッタ。これからはただ授業を受けるだけじゃなく、花婿と言う立場をしっかりと守っていかないといけない。そうしなければ、学校に通えなくなるかもしれないのだから。

 

「……」

 

 一方で三日月は、そんな2人のやり取りをやや冷めた目で見ている。当人は取引と言っていたが、やはりこれはミオリネがスレッタを利用しているようにしか思えないからだ。

 

(まぁ、今はまだいいか)

 

 だが今はまだ、特に何か実害がある訳じゃない。そもそもスレッタは了承しているのだ。ならばあまり自分が横から何かいうのはダメだろう。

 

 だがもしスレッタを裏切るような真似をしたら、絶対に許さないと三日月は密かに思う。

 

「ねぇねぇ!マーキュリーさん!」

 

「ふえ!?」

 

 そう言い合っていると、突然横から声をかける生徒がいた。スレッタが横を振り向くと、そこには学園に来た時に自分と三日月の関係を聞いてきた女生徒3人が

いた。

 

「グエル先輩の告白断ったのって、やっぱりその子がいるから!?」

 

「噂通り2人はそういう関係だから!?」

 

「いつから!?いつからなの!?」

 

「え!?あの!?その…?」

 

 そして話題は、自分と三日月の事と、グエルの告白について。

 

 昨日の決闘後、スレッタはグエルに突然プロポーズをされた。

 

 これだけ聞くと意味がわからないが、実際その通りなのだ。なんせ決闘を見ていた全員が『は?』という感じになっていたし。

 そしてそんなグエルの告白をスレッタは、

 

『む、無理ですーーーー!!』

 

 と言って断った。しかもエアリアルに乗り込み、その場から勢いよく去るという感じで。結果試験区画に残ったのはグエルと、その様子を見ていた三日月とジュリエッタだけ。そしてこの様子を見ていた生徒たちはこう思ったのだ。

 

『やはり、あの2人は恋仲なのではないかと』

 

 故に、グエルのプロポーズを断ったのだと。いくらアスティカシア学園が企業の子供達が将来の為に通う学園とはいえ、在籍している生徒はティーンエージャー。こういう話題に食いつかない訳がない。

 

「きっかけは何!?昔危なかったところを助けてもらったとか!?」

 

「そういえば幼馴染って言ってたよね!?もしかして小さい頃に結婚の約束をしたとか!?」

 

「だったらどういう感じ!?教えて!!」

 

「え、えっと…!別に三日月とはそういうんじゃ…」

 

 恋バナを聞きたい女子の圧力にタジタジになるスレッタ。

 

「あんたあれ止めないの?」

 

「え?止める必要あるの??」

 

 そんなスレッタを止めずに火星ヤシを摘まむ三日月。ミオリネはそうしている三日月に止めないか聞くが、三日月は止める気はないらしい。そもそも別にスレッタに危険が迫っている訳じゃないし。

 

「おいどけ。邪魔だ」

 

 その時、あまり聞きたくない声が聞こえた。

 

「ひぃ!?」

 

「なんでそこまで怯えるんだよお前…」

 

「そりゃあんだけ横暴な態度を取っていたからじゃないですか?」

 

「黙ってろジュリエッタ」

 

 声の主は昨日の決闘後にプロポーズをしてきたグエル。その後ろのは、同じく昨日の決闘に参加していたジュリエッタがいた。そんなグエルに怯え、スレッタは三日月の背に隠れる。三日月も、スレッタを庇う様に動く。

 

「えっと、何か…?」

 

「用があるのはお前じゃない」

 

「え?」

 

 三日月の背中から顔を出しながらグエルに尋ねるスレッタ。だがどうやら、グエルはスレッタには用事が無いらしい。

 そしてスレッタの隣にいるミオリネを見ると、

 

「ミオリネ・レンブラン。先日の態度、そして君の大切な温室を破壊したことについて謝罪する。すまなかった」

 

「……いいわ。その謝罪を受け取る」

 

「感謝する」

 

 頭を下げて、先日の事を謝罪した。そう、グエルは決闘でスレッタと取り決めた事を全うしにきたのだ。

 

「あ。それって決闘の?」

 

「そうだ。決闘の取り決めは絶対に守らなければならない。それがここでのルールだ」

 

「へぇ…」

 

 そんなグエルを見て、三日月は感心する。これまでのグエルの態度を見る限り、てっきりすっとぼけると思っていたのに、彼はしっかりと約束を果たしにきた。どうやらグエルは、約束はしっかりと守り人間の様である。おかげで三日月のグエルに対する見方が少しだけ変わったりした。

 

「で、後ろのは何よ?」

 

「こいつはおまけだ。どうもそいつに聞きたい事があるらしい」

 

 ミオリネがジュリエッタを指さすと、グエルは少し横にずれる。そしてジュリエッタは少し前に出て、三日月をじっと見つめる。

 

「何?」

 

「ひとつ、お聞きしたい事がありまして」

 

 少し警戒する三日月。それをじっと見ているスレッタやミオリネ。

 

「え?何?修羅場?」

 

「三角関係?」

 

「昼ドラ始まる感じ?」

 

 ついでに先程の女生徒3人はそんな事を言っていた。

 

「貴方は、どうしてあそこまで強いんですか?」

 

「は?」

 

 当然だが、別にそういった話では無い。

 

「私は必死で訓練や勉強をして、パイロットとしてはこの学園でも指折りの実力者だという自負があります。それに昨日の決闘で使ったのは新型のレギンレイズ。普通に考えれば、私が負ける要素は無い。なのに私は負けた。確かに、確かに私は慢心していましたが、あそこまで一方的に負けるなんて思ってませんでした。いくらガンダムフレームという伝説のモビルスーツを使っていたとしても、パイロットが貧弱では意味がない。つまり、貴方自身が強いという事です。だからこそ聞きたい。どうして貴方は、あんなに強いんですか?」

 

 ジュリエッタが三日月に聞きたい事は、三日月自身の事。ジュリエッタは幼い頃より、元ドミニコス隊のモビルスーツパイロットだった父の教育を受け続けたおかげで、アスティカシア学園でもトップレベルのパイロットとなれた。実際、数か月前の決闘では、ホルダーだったグエルをあと一歩というところまで追い詰めている。

 だが昨日の決闘では負けた。それも対戦相手の三日月に大した一撃を与える事も出来ずに。確かにジュリエッタは慢心していたし、そもそも相性の悪いグエルとの即興コンビだったというのもあるだろう。だがそれでも、あそこまで一方的に負けるとは思えない。

 

 そこでジュリエッタは、三日月自身がとても強いのではという結論に至ったのだ。

 

 実際、いくら最新型のモビルスーツに乗っていても、それをうまく乗りこなせないと意味がない。そして乗りこなすには、パイロットの技量が不可欠だ。

 つまり三日月が凄いという事だろう。ならば知りたい。その強さの秘訣を。なのでこうして、三日月本人に聞く事としたのである。

 

 そんなジュリエッタの質問に三日月は、

 

「スレッタを守りたいって思ってるからじゃないの?」

 

「……へ?」

 

 素直にそう答えるのだった。

 

「俺の全部はさ、スレッタの為だけに使わないといけないんだ。そうしないとダメなんだ。だから必死になれる。どんな事でも耐えれるし、何でも出来る。だから強くなれたんだと思うよ?」

 

『……』

 

 その言葉を聞いていた全員が、唖然とする。

 

 実際、三日月のこの言葉は正しい。三日月は心の底から『スレッタの為』と思えるようになれたこそ、モビルスーツの訓練も頑張れたし、苦手な勉強だってできた。

 

 最も、三日月があそこまで強い最大の理由は、背中の阿頼耶識システムのおかげなのだが。

 

 だがこれも、スレッタの為にと思えるようになれたからこそ、手術を受ける事にしている。もしこの想いが無ければ、阿頼耶識の手術を受ける事は無かったかもしれないので、あながち嘘でも無いだろう。

 因みに阿頼耶識の事は、プロスペラやスレッタに口留めされているので、おいそれと誰かに喋るつもりはない。

 

「やっぱりそういう関係なんだ」

 

「え?じゃあ、ミオリネさんとの婚約はどうなるの?」

 

「もしかして、重婚するとか?」

 

 そしてその三日月の発言に、周りはざわめく。これまでも三日月とスレッタの関係に色々と噂があったが、ここにきてのこの発言。おかげで元よりそういう噂が好きな生徒たちは、より一層そういった話をするようになってしまう。

 

「あんた、花嫁の前でよくもそう堂々と言えるわね」

 

「何が?」

 

 三日月の発言に、ややイラっとするミオリネ。そりゃ目の前で花婿に対してこんな感情を抱いていると言われたら、腹のひとつもたつだろう。

 

「……」

 

 そしてスレッタは両手で顔を覆っていた。別に恥ずかしいからとかじゃなくて、こんなに大勢の前で三日月がこんな発言をしてしまったので、もう色々と取り返しがつかないと思ったからだ。

 これから先、何をしても絶対に自分にはそういう噂が付いてくる。そう考えると、嫌な気分はしないが少し気が重い。次からは、三日月の頭を引っぱたいてでもこういう発言をさえないようにしなくては。

 

「ちっ」

 

 因みにグエルはどこかイラついているようだった。

 

(彼は本当に、あの時の彼なのでしょうか?)

 

 一方でジュリエッタは、今の三日月に少し疑問を持っていた。三日月と戦っていた時、ジュリエッタは恐怖を感じている。

 だというのに、今目の前にいる三日月からはあの時の恐怖を何も感じない。まるで別人だ。もしかすると、モビルスーツに乗ると性格が変わる子なのかもしれない。だが今はそれより、先程の三日月の言葉の方が重要だ。

 

(それにしても、技術ではなく想いですか…)

 

 想いの力で強くなるなんて、科学的根拠のないオカルト。しかし、ジュリエッタも『父のような凄いパイロットになる』という強い想いがあったから、鍛錬に勤しんでこれた。当然それだけで強くなれる訳では無いが、一考の価値くらいはあるだろう。もしかすると、自分も大切な誰かを見つけれれば、三日月のように強くなれるのかもしれない。

 

(いや私、初恋すらまだですけどね…)

 

 しかし残念ながら、自分はそういった大切な人というのがいない。一応ジュリエッタにも異性の幼馴染はいるが、あれに恋愛感情とかを抱くなんて無い。天地がランバダ踊っても、絶対に無い。それに今から誰かを好きになるというのも考えにくい。ならば今は、いざという時アリアンロッド寮の友達を守りたいと思えるようにしようとジュリエッタは決める。

 

「あのー、そろそろ授業を…」

 

「あ、すみません」

 

 何時の間にか教師が来ていた。これ以上ここにいると、授業の邪魔をしてしまう。

 

「質問に答えてくれてありがとうございます。それでは」

 

「ん」

 

 ジュリエッタは聞く事も聞いたので、三日月にお礼を言って教室から出ていった。そしてグエルもジュリエッタに続いて教室を出ていこうとする。

 

「あ、そうだ言い忘れていた」

 

「え?」

 

 だがその途中、グエルはスレッタに振り返る。

 

「勘違いするなよ水星女。あれは一時的な気の迷いだ。俺はお前の事なんて全然好きじゃないんだからな!!

 

「あ、はい…?」

 

「じゃあな!!」

 

 そう言い捨てると、グエルは教室から出ていく。

 

「何あれ?」

 

「さぁ?」

 

「訳わかんないです…」

 

「はい。じゃあ授業始めまーす」

 

 こうして微妙な空気のなか、授業が行われるのだった。

 

 

 

「おい、ジュリエッタ」

 

「何ですか?」

 

「まさかとは思うが、さっきのチビの言葉を鵜呑みにした訳じゃねーよな?」

 

 教室から出たグエルは、隣を歩くジュリエッタに話しかける。内容は、先程三日月が言っていた事。想いの力で強くなるなんて、、まるでコミックやおとぎ話の英雄談だ。人類が宇宙に行って数世紀も建つのに、そんな事信じられる訳が無い。

 

「そんな訳ありません。ですが、決して馬鹿にも出来ないかと」

 

「は?マジで言ってるのかお前?」

 

「別に強く想えばその分自分が強くなれるとは考えていません。ですが勝ちたい、負けたくない、願いを叶えたいと思えるからこそ頑張れるというのはあると思います。そしてその結果、強くなれる。先輩だってそうじゃないですか?」

 

「……」

 

 それはそうかもしれない。グエルはジェターク社の御曹司として、『ジェタークの男ならば、負けてはならない』と父に言われ、幼少期より厳しく育てられている。

 その父の言いつけを守る為、何より父に認めて貰いたくて、グエルは必死になって努力をしてきた。その結果、グエルは文武両道の御曹司となり、多くのジェターク寮の生徒から慕われるようになったのだ。

 尤も、この性格のせいで他の寮生からはそこそこ嫌われたりしているのだが。

 

「いや、俺はそんなの認めん」

 

「そうですか」

 

 だがグエルは、それを認めたくなかった。何と言うか、恥ずかしい。自分はもう小さな子供では無いのだ。そんな少年コミックのような考えを認めたくない。

 それにもしそうなら、昨日の決闘は自分は勝ちたいという思いが弱くて負けたと言われかねないからだ。そんなの、プライドの高いグエルが認めるなんてありえない。だからこそ、認めない。

 

「ところでグエル先輩」

 

「あ?」

 

「さっきのあの捨て台詞、態とですか?」

 

「うるせぇ。黙ってろ」

 

 そしてジュリエッタの言葉をぶった切り、グエルは遅刻が確定している授業へと赴くのであった。

 

 

 

「どうしよう…このままじゃ単位が…」

 

 放課後、スレッタは1人落ち込んでいた。その理由は、先程までやっていたモビルスーツを使った授業にある。

 

 授業で使われるモビルスーツ、デミトレーナーに乗ったスレッタはある実習を受けようとしていた。その実習とは、光学センサーは可視光線のみに限定し、地中に埋められている模擬地雷を避けながら地雷原を突破し、その後兵装を交換して、用意された的に射撃をするという実習。

 最初、普通にこの実習を受けようとしたスレッタだったが、実習をする前に教官から不合格を言い渡されてしまった。別にスレッタが教官から嫌がらせを受けたとかじゃない。スレッタに、補助要員であるメカニックやスポッターがいなかったからだ。

 モビルスーツというのは、操縦だけならパイロット1人で事足りるが、その他の作業にはパイロット以外の人手が必須。実習ではパイロットの代わりに地中センサーを見て、パイロットを安全な道に誘導するスポッターが必要だし、兵装を交換する為のメカニックも必要なのだ。

 スレッタにはそれらの人材がいないので実習進行不可能と判断され、不合格を言い渡されてしまったのである。

 

「色々声かけたけど、皆良い顔しなかったしね」

 

「うん…」

 

 そして同じように、三日月も不合格を言い渡されている。授業後、スレッタは三日月と共に色んな生徒に声をかけた。『どうか実習を手伝って欲しい』と。このままでは単位足らずに、大変な事になってしまう。具体的に言えば留年とか。

 なのでスレッタは必死で声をかけていった。

 

『あー、ごめんマーキュリーさん。私達、その日はもううちの寮の子の試験があるから…』

 

 よくスレッタに話しかけてくる3人組は、既に先約があり無理だった。

 

『ごめん…ジェタークに目を付けられたくないんだ…うち、小さい会社だから…』

 

 授業が一緒だったメガネをかけた男子生徒は、御三家のジェタークに睨まれたくないので勘弁して欲しいと言った。

 

『ふん!何故この私が自分の寮以外の生徒の手伝いをしなければならない!こっちは忙しいのだ!他を当たれ!』

 

 偶々通りかかった褐色肌の男子生徒は、やたら上から目線で断ってきた。その他にも沢山の生徒に声をかけたのだが、全員手伝ってはくれない。

 

「このままじゃ本当にまずいかも…留年とかしちゃうかもしれない…そうなったら、お母さんに迷惑かけちゃう…」

 

「俺がやろうか?」

 

「でも、それじゃ三日月が追試できないし…」

 

 一応、三日月に手伝ってもらうという手段もあるのだが、これでは三日月が追試を行えない。スレッタも、自分だけ追試を受けて合格を貰うというのは嫌なので、出来ればこの手段はとりたくない。

 そもそも、三日月はスレッタと同じパイロット科の生徒だ。実習で使う端末の使い方なんてわからないだろう。

 

「ていうか、トマトの人に手伝って貰えば?」

 

「いや、ミオリネさん凄く忙しいみたいだし、経営戦略科だし…」

 

 最終手段として花嫁であるミオリネに手伝って貰おうとも考えたが、そもそもミオリネは経営戦略科の生徒。流石にメカニックの知識は無いだろうし、本人が毎日凄く忙しそうなので声をかけずにいるのだ。

 

「あれ?スレッタさんと三日月くん?」

 

「え?」

 

 そうして考え込んでいると、階段の上の方から声をかけられた。

 

「あ、ニカさん」

 

 声の主はニカ。これまでも、よくスレッタを色々と気にかけてくれた女生徒だ。因みにその後ろには、始めて見る女生徒が2人いる。

 

「どうかしたの?」

 

「え、えっと実は…」

 

 スレッタ、ニカに事情を説明。

 

「あの、ニカさんってメカニック科でしたよね?もしよかったら、手伝ってくれませんか?」

 

「あー、ごめんなさい。私も後輩の追試の手伝いをしないといけないから」

 

「あ、そうですか…すみません…」

 

 もしかしたら行けるかもと思っていたが、その希望は儚くも砕け散る。

 

「でも、紹介なら出来るよ」

 

「へ?」

 

 しかしそのニカの発言で、希望が再び見えた。

 

 

 

 

 

「メェ~~」

 

「こいつ、何…?」

 

「ヤギだよ。名前はティコ」

 

 スレッタと三日月は、アスティカシア学園内にある学生寮のひとつ、地球寮にやってきていた。他と比べると明らかに小さく、どこか小汚い寮である。おまけに中に入ると、2人が見た事も無い生き物がいた。

 

「食えるの?」

 

「いや確かにヤギは食べれるけどこの子は乳絞り用の子だよ。食べたりしないって」

 

「ふーん」

 

 初めて見るヤギに興味が沸いている三日月。一方でスレッタはヤギにビビりまくり、少し距離を取っている。

 

「おっと、自己紹介がまだだったね。私はアリヤ・マフヴァーシュ。地球寮メカニック科の3年生だ」

 

「私はリリッケ・カドカ・リパティと言います。経営戦略科の1年生ですよ」

 

 自己紹介をする女生徒はアリヤとリリッケ。地球寮の所属しているアスティカシア学園の生徒である。

 

「三日月・オーガス」

 

「知っているよ。君は有名人だからね」

 

「そうなの?」

 

「ああ。初日にフロント管理社のモビルスーツをボコボコにした生徒だし」

 

「それだけじゃなくてスレッタさんとの事でも有名ですよ!」

 

「ふーん」

 

 これまでの三日月の行動の結果、三日月はスレッタと同じくらい有名人となっている。その事について、三日月本人は全く気にしていないが。

 

「と、目的はその子じゃなくてあっちだから」

 

 アリヤに言われ、スレッタと三日月は地球寮の奥に進む。寮内を進んで行くと、そこには他の寮と同じようにモビルスーツ格納庫があった。格納庫内には、授業で使うデミトレーナーとは少し形の違うデミトレーナーと、頭と肩が白いグレイズの2機のモビルスーツがいる。恐らく、地球寮のパイロット科の生徒の機体だろう。

 

「皆ー。ちょっといいー?」

 

 ニカが作業をしている地球寮の生徒達に声をかける。

 

「おい、あれって…」

 

「ああ。ホルダーじゃん」

 

 スレッタを見て驚く地球寮の面々。一体ホルダーがこんなところに何の用だと。

 

「えっとニカ?ど、どうしてホルダー様と、その相棒様がここに?」

 

 ニカに恐る恐る尋ねる気弱そうな男子生徒は、地球寮寮長のマルタン・アップモント。経営戦略科の3年生だ。

 

「実はね、スレッタさんと三日月くんが実習のスタッフがいなくて困ってるの。私はチュチュを手伝わないといけないし、誰か手伝ってあげれないかと思って」

 

 ニカは格納庫にいる地球寮の生徒に事情を説明する。

 

「いいのかよニカ?そいつら2人共、スペーシアンだろ?」

 

「そうだぞー。後で変ないちゃもんとか付けられないかー?」

 

「この2人は他のスペーシアンとは違うよ。私達を見下したりなんてしない」

 

 モビルスーツハンガーの端に座っている男子生徒がそう言うが、ニカはそれを否定。

 

「あの、さっきから言っているスペーシアンがどうとかって、何ですか?」

 

 先程から言っているスペーシアン云々。確かにスレッタと三日月は宇宙生まれのスペーシアンだ。しかし地球寮の反応はどこかおかしい。まるでスペーシアンと関わりたくないと思っている節がある。

 

「そっか。スレッタさんと三日月くんはまだ入学して間もないし、生まれは遠い水星だから知らないんだね」

 

「??」

 

「いや、俺火星生まれだけど」

 

 まだよくわかっていない2人に、ニカは説明を始める。

 

 スペーシアンとアーシアンの、深い溝を。

 

 水星で育っているスレッタ達は知らない事なのだが、地球と宇宙では、とても大きな経済格差が生まれているのだ。

 事の発端は、300年前の厄祭戦。モビルアーマーとの人類の存亡をかけた戦争に、当時の人類は多大な犠牲を払いながらも勝利。

 その後、ギャラルホルンが地球復興を行ったのだが、これが中々上手くいかなかったのだ。厄祭戦は地球圏全域で行われた戦争であり、そこら中に被害が出ていたが、特に地球の被害は大きかった。存在したインフラも殆どが破壊され、復興しようにも人手が全然足りない。更に治安も悪化し、地球復興はとても難航した。何とか最低限の復興は出来たのだが、当時の人類は、このままやっても地球の復興にはもっと時間がかかると判断。

 

 そこで、地球よりは被害が少なかった宇宙へと目を向ける。宇宙で産業や文明を発展させて、そこで得た技術や資産で再び地球を復興させればいい。そうして人類は、宇宙へとどんどん旅立っていったのだ。

 

 厄祭戦で発生した宇宙デブリの問題こそあったものの、宇宙は一気に文明が発展し、復興も迅速に行われた。

 月や火星、木星の衛星カリストには沢山の人間が住むようになり、太陽系内のあらゆるところに数多くの宇宙コロニーが建造された。

 だがその結果、宇宙産業のみがどんどん発展。そしてその利益を、現在のスペーシアンが独占するという流れが出来てしまう。何時しか人は、当初あった地球復興という名目を忘れてしまったのだ。この頃には英雄アグニカも死に、彼が率いていたギャラルホルンも解体。つまり、誰も道筋を軌道修正できなかったのである。

 その結果、地球は貧乏で宇宙は金持ちという現在の格差世界が出来上がってしまい、それは今もなお続いている。まるで中世フランスのようだ。

 

「そういう訳でさ、アーシアン如きが生意気だーって感じの生徒が結構いるんだよね」

 

「そ、そんな事が…?」

 

「うん。嫌がらせなんて毎日だよ。今日だってうちの1年生が嫌がらせ受けて、そのせいで追試になっちゃったし」

 

 ニカの話を聞いてショックを受けるスレッタ。水星で読んだ少女コミックでは、学校というのはもっと和気あいあいとしているものだった。しかし、現実は全然違う。まさかそんな事が普通にある学校とは思わなかった。

 

(やっぱり学校ってそんな感じなんだ)

 

 尚三日月は、水星にいた頃に所謂ヤンキー系コミックを読んだ事があったので、あまりショックは無かった。

 

「あ!勿論2人がそういう人じゃないっていうのはわかってるから!」

 

 ニカは慌てて、スレッタと三日月はそういうスペーシアンではないと弁明。

 

「それで、どうかな?」

 

 そして再び、地球寮の面々に手伝えるか尋ねる。

 

「スポッターなら、手伝える」

 

 最初に手を上げたのは、独特な髪型をしている色白の男子生徒、ティル・ネイス。メカニック科の3年生だ。

 

「いいんですか!?」

 

「うん」

 

「ありがとうございます!これで単位を落とす事が無くなりそうです!」

 

 スレッタはティルの手を掴んで嬉しそうにする。

 

「なら、私は兵装変更作業を手伝うよ」

 

「あ、ありがとうございます!!」

 

「ありがと」

 

 模擬地雷原を抜けた後の射撃実習はアリヤが手伝うと言い出した。これで人員は確保できた。後は追試受けて合格するだけだ。

 

「と・こ・ろ・で」

 

「はい?」

 

 そう思っていると、リリッケがスレッタに話しかけてくる。

 

「スレッタ先輩って、三日月先輩と将来を誓い合った仲って本当なんですか!?」

 

「はいぃぃぃ!?」

 

 そして最早、聞きなれてきちゃった質問をしてきたのだった。

 

「もう学園中で噂されてますよ!小さい頃に将来を誓い合った幼馴染だって!」

 

「あ、それは私も聞いたね。水星からの編入生2人は婚約関係にあるってやつ」

 

「僕も耳にしたなぁ…」

 

 アリヤとマルタンもその噂は知っている。2人が入学して数日。この数日の間に、スレッタと三日月は様々な事があったせいで、現在学園内では様々な噂が流れている。三日月はアーシアンのテロリストとか、スレッタは違法モビルスーツを持っているとか。

 そしてその中で特に噂されているのが、スレッタと三日月の関係についてだ。最初の決闘での乱入騒ぎ。学園内で常に隣にいる。そして今日あった授業での三日月の発言。これらが合わさった結果、2人はそういう仲だという噂があっという間に広がっているのだ。

 

「いつですか!?一体何時婚約したんですか!?」

 

 地球寮で1番こういう話が好きなリリッケはスレッタに詰め寄る。その顔は、少しツヤツヤしているようにも見える。恋バナが好きな女子は、1度でもこういう話題があると食いついちゃうのだ。そして簡単には離さない。

 

「いや!三日月とは本当にそういう関係じゃなくて!!」

 

 スレッタは何とか弁明をしようとする。だって本当に三日月とはそういう関係では無いのだ。恋人なんかじゃなく、家族という関係が1番近い。これ以上噂が独り歩きしても困るので、ここでしっかりと誤解を解かなけばならない。

 因みに三日月は火星ヤシを摘まんでいた。

 

 その時、

 

「何でここにクソスペーシアン共がいんだよ!?」

 

 大きな衝撃音と共に、後ろから怒鳴り声が聞こえた。

 

「ちゅ、チュチュ!?」

 

「あ、やっべ…」

 

 手に大きなソケットレンチを持ち、スレッタと三日月にガンをつける改造した制服を着ている特徴的な髪型の女生徒。名前はチュアチュリー・パンランチ。地球寮のパイロット科の1年生。

 そして、極度のスペーシアン嫌いだ。

 

「ここは地球寮なんだよ!!スペーシアンは今すぐ出ていけ!!」

 

「ちょ!チュチュ落ち着いて!!」

 

 ニカがチュチュを落ち着かせようとするが、チュチュは全然落ち着かない。なんせ彼女、今日あった実習でスペーシアンから嫌がらせを受けたばかりなのだ。おかげでかなり気が立っている。

 

「答えろ!何でここにいんだよ!!」

 

「え、ええっと!ニカさんに追試を手伝って貰おうと思って、そしたら自分は無理だけど他の人なら手伝えるかもって…」

 

「っ…!ニカ姐!何でこんなスペーシアンを助けようとしてんだよ!」

 

「落ち着いてチュチュ!この2人は他のスペーシアンとは違うから!」

 

 自分が尊敬しているニカがスペーシアンに手を貸そうとしていると知り、チュチュは更に激高。彼女にとって、スペーシアンは全員敵なのだ。例えどんな理由があっても、手を貸すなんてしたくない。

 

「っ!!」

 

「あ!チュチュ!!」

 

 ニカの静止を力づくで振り切り、チュチュは手にソケットレンチを持ったままスレッタに近づく。

 

「さっさとここから出ていけ!クソスペーシ…あ?」

 

 そしてソケットレンチをスレッタに当てるつもりで投げつけようとした時、チュチュは自分の右腕が誰かに捕まれている事に気がつく。横を振り向くとそこには、

 

「何これ?」

 

 目が全く笑っていない三日月がいた。

 

「おいクソスペーシアン!今すぐ離…ぐっ!?」

 

 三日月の腕を振り払おうとしたチュチュだったが、直ぐに掴まれている右腕に激痛が走る。そして自分の腕が、三日月にまるで万力のように締め付けられているのを理解した。

 

「これは、何?」

 

 静かな声で、三日月はチュチュの腕を締め付ける。この時三日月は、このままチュチュの腕を折るつもりでいた。三日月から見れば、チュチュはスレッタに危害を加えようとした敵でしかない。幸いスレッタに工具は当たってはいないが、スレッタに武器を投げつけようとした事に変わりはない。

 そんな奴を見逃すなんて、ありえない。

 

「は、離せクソスペーシア…あがぁ!?」

 

「み、三日月くん!チュチュには私から強く言っておくから手を離してあげて!!」

 

「頼む!チュチュを離してくれ!!」

 

 ニカとアリヤが三日月を説得するが、三日月は全く聞く耳を持たない。

 

「み、三日月!!」

 

 このままではいつかのミオリネの温室での二の舞だ。これ以上騒動が起こってしまうと、本当に三日月は学校にいられなくなるかもしれない。だからスレッタは直ぐに三日月を止めるべき動く。

 

 

 

「そこまでだ」

 

 

 

 だがスレッタより早く、別の誰かが三日月の腕を掴んだ。

 

「チュチュには俺達からしっかり言っておく。だから手を離してくれ」

 

 その生徒は三日月の腕を強く握り、チュチュから手を離すように言う。

 

「誰お前?」

 

 勿論、それで三日月が手を離すなんて事はしない。むしろ自分の邪魔をしてきた生徒を睨みつける。

 

 そして三日月に睨まれた生徒は、

 

 

 

「地球寮3年、昭弘・アルトランドだ」

 

 

 

 と簡単な自己紹介をしながら、三日月の腕をより強く掴むのだった。

 

 

 

 

 

 




 地球寮ではアリヤが1番好きです。

 そんな訳で、鉄血からの2人目は昭弘です。実は更新が遅れた理由のひとつに、昭弘とシノ、どっちを出すか凄く迷っていたからというのがあります。
 最初は流星号(グレイズ改弐)を出したいからシノにしようかと思っていたのですが、昭弘の方が色々と都合が良さそうと思ったので昭弘に。
 おかしな部分がある時は言って下さい。可能な限り修正しますので。

 今後もゆっくり更新していくつもりなので、どうか気長にお待ちください。


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再試験と報復

 ゴ〇ラ観に行ったり、進〇の最終回観たり、ちょっと紅葉観に行ったりしてました。

 お気に入り登録、誤字報告、感想、いつもありがとうございます。大変励みなっております。相変わらず拙い作品ですが、楽しんで頂けると幸いです。


 感想にてご指摘があったので、1部を変更しました。


 

 

 

 

 

「離せよ」

 

「お前がチュチュを離したらな」

 

 現在、地球寮内の格納庫は、まさに一触即発の状態だった。未だにチュチュの腕を掴んでいる三日月と、その三日月の腕を掴んでいる昭弘。両者はお互い睨みあったまま、直ぐに動けるようにしていた。相手が動いたら、即座に反撃できるように。

 

「おい昭弘!」

 

「おいおい。これやばくないか?」

 

 オジェロが昭弘の肩を掴んで落ち着かせ、ヌーノが状況を観察する。見ての通り明弘はかなり大柄な体型で、それでいてとても鍛えられている。まるで筋肉が服を着ているかのように。普段から筋トレばっかりしているおかげだろう。

 一方で三日月はチュチュ程の身長で、見た感じかなり細い。とてもじゃないが、明弘と喧嘩で勝てるとは思えない。もしこのまま喧嘩になれば、三日月は負ける。下手をすると、スペーシアンである三日月が怪我を負ってしまうかもしれない。

 そうなったらまた、地球寮は肩身の狭い思いをしてしまう。それは避けないといけない。

 

 最も、実際の三日月の体は昭弘並みに鍛えているので、一方的に負けるどころか昭弘に勝つ可能性すらあるのだが。

 

「ど、ど、ど、どうしよう!このままじゃ大変な事に!!」

 

 因みにこの状況で1番焦っているのは、地球寮寮長であるマルタンである。彼の頭の中では現在、もしこのまま三日月が怪我をしたら賠償金を請求され、地球寮が立ち行かなくなるかも等の不安でいっぱいだ。

 

 と、その時である。

 

「ふん!!」

 

「あた」

 

 スレッタが三日月の後頭部を思いっきり叩いたのだ。

 

「何すんのスレッタ?」

 

「三日月!今すぐ手を離しなさい!」

 

「え?でも」

 

「でもじゃない!早く離して!!」

 

「わかった」

 

 スレッタに言われ、三日月はチュチュから手を離す。それと同時に、明弘も三日月から手を離す。

 

「い…つぅ…」

 

「チュチュ!大丈夫!?」

 

「リリッケ!救急箱取ってきてくれ!」

 

「は、はい!!」

 

 ニカがチュチュに近づいて腕を見る。チュチュの腕は三日月に掴まれていた部分が赤くなっていた。見ている方も痛く感じてしまう。それを見たアリヤがリリッケに救急箱を取って来るよう言う。

 

「三日月」

 

「何スレッタ?」

 

「謝りなさい」

 

 そしてスレッタは、三日月にチュチュに謝るよう言う。確かにチュチュはスレッタに工具を投げつけようとしたが、これはやりすぎだ。何より暴力はいけない。だからこそ、スレッタはしっかりと三日月を謝らせるのだ。

 

「何で?そいつは」

 

「三日月?」

 

「…………ごめん」

 

「謝るのは私にじゃないでしょ?」

 

「……ごめん。変な頭の人」

 

「てめぇ…喧嘩売ってるのか?っつぅ…!」

 

 謝ったかと思えばけなしてくる。そんな三日月をチュチュは睨みつける。しかし腕の痛みがひどく、直ぐに目を閉じてしまう。

 

「えっとニカさん。声をかけてくれて嬉しかったですが、ごめんなさい。こんな事をしちゃったら誰も納得しないでしょうから、私達は他をあたります」

 

「う、うん…」

 

「本当にごめんなさい。ほら、いくよ三日月」

 

「うん。えっと、ごめん」

 

 スレッタは頭を下げて謝罪した後、三日月の手をひいて地球寮から出ていった。こんな事をした後じゃ、どうあっても誰も良い顔をしない。元はと言えばチュチュがしでかして事ではあるが、それでもこれはダメ。こうしてスレッタと三日月は、折角のチャンスを棒に振ってしまったのである。

 

 

 

 

 

「ほらチュチュ。腕出して」

 

「悪ぃ…アリヤ…」

 

 スレッタと三日月が去った後の地球寮。そこではアリヤがチュチュの腕を治療していた。といっても、冷却スプレーをふって湿布を貼るだけだが。

 

「おっかねぇな…あの三日月って奴…」

 

「だな。昭弘がいなかったらマジでどうなっていたかわからねぇ」

 

 その周りでは、地球寮のメンバーが話をしている。内容は勿論、三日月の事だ。これまでも他の寮のスペーシアンから嫌がらせを受けた事はあったが、あそこまで直接的なものは無かった。大抵はゴミを投げられたり、グチグチと嫌味を言われたりだ。

 だが三日月は、本気でチュチュの腕を折ろうとしていた。こんな事、初めてである。

 

「昭弘。本当にありがとう。君がいなかったらどうなっていたか…」

 

「気にするな」

 

 マルタンは昭弘に礼を言う。

 

「それにしても、僕は本当にダメだね。寮長なのに…何もできなくて…」

 

 同時に、自分が情けないとも言う。マルタンは地球寮の寮長だ。いざという時、皆を守るのが寮長の仕事でもあるのだが、先程のマルタンは慌てるだけで何もできずにいた。そんな自分が情けないと、マルタンは自己嫌悪する。

 

「そう言うな。お前は俺らが出来ない事が出来る。それにお前は、誰よりもここの皆の事を考えているだろ。もっと自信を持て」

 

「はは、お世辞でも嬉しいよ」

 

「お世辞じゃない」

 

 そんなマルタンに昭弘は、もっと自信を持つよう言う。実際、マルタンは頼りなさそうに見えるが、いざという時は誰よりも地球寮の皆の事を考えて行動する男なのだ。その事を、昭弘達は知っている。これでもっと自信に溢れていれば文句無しとはチュチュの談。

 

「チュチュ」

 

「な、何だよニカねぇ」

 

 アリヤに治療を受けているチュチュに、ニカが話かける。

 

「確かに、さっきのは三日月くんが悪いとは思うよ?でもね、先にきっかけ作ったのはチュチュだよね?いくら今日の試験で嫌がらせを受けていて、それで気が立っていたからと言っても、流石にそれを他の生徒に当たるのは違うと思うな」

 

「う…」

 

 尊敬しているニカにこう言われてしまうと、チュチュも強く言えない。だって実際その通りなのだ。もしスレッタと三日月がここで嫌がらせをしていればまた話は変わるが、あの2人は何もしていない。

 そこに自分が『スペーシアンだから』という理由で噛みついたら、逆に噛みつかれたという話。自業自得とも言える。

 

「ごめん、ニカねぇ…」

 

「今度からは、スペーシアンだからと言って急に噛みつくみたいな真似はしないでね?少なくとも、あの2人は他のスペーシアンとは違うから」

 

「うん…」

 

 チュチュ、ヘコむ。そして今後はあまり嚙みつくような真似は控えようとも思う。

 

「にして昭弘がいてくれてよかったぜ。あのままだったらマジで大変な事になっただろうし」

 

「だな。あの時ホルダーがあの三日月って奴の頭を叩かなかったら、そのまま喧嘩になっていたかもだし」

 

「まぁ昭弘だったら大丈夫だろ。あの三日月って奴小さいし」

 

 オジェロとヌーノはほっと胸を撫で降ろす。仮に喧嘩になったとしても、昭弘ならば負ける事は無いだろうと思ったからだ。

 

「……」

 

 しかし昭弘本人は、腕を組んで先程の事を思い出す。

 

(腕を掴んだ時にわかったが、あいつ相当鍛えてやがる。それに俺が強引にチュチュから離そうとしたのに、ビクともしなかった…)

 

 先程、昭弘は三日月をチュチュから力任せに離そうとした。だというのに、三日月は全く動かなかった。まるで地面から足が生えているかのように。

 

(間違いなく、あいつは強い…もし喧嘩になれば勝てるかわからねぇ…それに…)

 

 何より昭弘が警戒した理由が、三日月の目だ。まるで獣の様な目。あんなに鋭く冷たい目は今まで見た事が無い。あのような目をした奴が暴力的な行動を自分達に対して取ったらと思うと、思わず身震いしてしまう。

 

(あまりあいつとは、敵対したくねぇなぁ…)

 

 勿論、三日月が地球寮の仲間に何かしたら容赦しないが、そういう事さえなければ、昭弘は三日月と敵対したくないと密かに思うのだった。

 

 触らぬ神に、何とやらである。

 

 

 

「で、スレッタ。どうするの?」

 

「どうしよう?」

 

 地球寮から出てきたスレッタと三日月。2人は途方に暮れていた。折角ニカが自分達の追試を手伝ってくれるようにしてくれたのに、それが全て台無し。これでは追試が受けられない。

 

「やっぱり俺がやろうか?俺の時はまた考えればいいし」

 

「うーん…」

 

 三日月の好意は嬉しいが、パイロット科である三日月では計器の操作も誘導の仕方もわからないだろう。しかし、最早それしか手が無い状況。

 

「どうしたんだい?」

 

 そうやって悩んでいると、声をかけられた。

 

「え、エランさん!?」

 

「あ、弁当の人」

 

「弁当の人!?」

 

 声をかけてきたのはエラン。これまで何度か話した事のある男子生徒だ。あと何でか三日月はエランの事を弁当の人呼ばわりしてる事に意味が解らずにスレッタは驚く。絶対に後で聞こうと思った。

 

「それで、どうかしたの?何か悩み事?」

 

「え、えっと実は…」

 

 エランに質問され、スレッタは落ち着きながら事情を説明。そしてその事情を聴いたエランは、

 

「だったらうちの寮に来る?」

 

「え?」

 

 自分が所属している、ペイル寮への入寮を進めてきた。

 

「うちならメカニック科の生徒も沢山いるし、何なら追試前にデミトレーナーの操縦の練習だって出来る。どう?」

 

「い、いいんですか?」

 

「構わないよ」

 

 地獄に仏とはこの事だろう。この誘いを受ければ、スレッタと三日月はペイル寮の助けを受けられながら、晴れて追試を受けられる。

 

「俺も弁当の人のとこなら別にいいよ。良い人だし」

 

 おまけに三日月もエランには好意的だ。これならば、余計な心配をする必要も無いかもしれない。

 

「じゃあ、よろしくお願い「ダメに決まってるでしょ!!」うえぇ!?」

 

 その誘いを受けようとした時、背後から大声がした。スレッタが驚きながら振り向くと、花嫁であるミオリネが随分怒った顔をしてこっちに歩いてきていた。

 

「スレッタ!前に言ったでしょ!御三家の連中は敵だって!そいつだって私が欲しいからあんたに近づいてきてるだけよ!!」

 

「いや、僕は君には全く興味ないよ」

 

「んな!?」

 

 エランの発言に言葉を失うミオリネ。まぁ、いきなりこんな事言われたらこうもなるだろうが。

 

「こっちだってあんたみたいなマネキン王子に興味なんてないわよ!!」

 

「何てこと言うんですかミオリネさん!!エランさんは凄く良い人なんですよ!?私と三日月が追試で困っているのを助けてくれそうなんですから!!」

 

「そうだよ。少なくとも弁当の人はトマトの人より良い人だよ」

 

「え?追試?弁当?」

 

 エランに言い返すミオリネだが、スレッタに止められる。そしてスレッタは事情を説明。

 

「……ねぇスレッタ」

 

「はい?」

 

「あんた、どうしてそんな大事な事を私に言わないの?」

 

「え?だってミオリネさん経営戦略科ですし、普段から凄く忙しそうにしてるから悪いかなーって」

 

「てい」

 

「あた」

 

 ミオリネ、スレッタにデコピン。因みに三日月は、流石にこれには反応しなかった。

 

「このおバカ。あんたは私の花婿なんだから、そういうのは遠慮無く頼っていいのよ」

 

「え?そうなんですか?」

 

「当たり前でしょ。ほら、行くわよ」

 

 そう言うとミオリネは、スレッタの手をひいて歩き出す。

 

「じゃあ弁当の人、また」

 

「うん」

 

 三日月もエランに一言言ってから、2人の後を追う。そしてエランは、そんな3人が去って行くのを黙って見ているのだった。

 

 

 

「あの、ここは?」

 

 ミオリネに着いて行った2人がやってきたのは、校舎にあるとある部屋だった。中は随分広く、何かの野菜の苗が植えられている。

 

「元は理事長室だったとこ。クソ親父から奪ってやったのよ」

 

「は、ははは…」

 

 暴君という単語がスレッタに頭に浮かんだ。

 

「これ、何?」

 

「トマトの苗。ここで少し育ててから温室に持っていってるの」

 

「へぇ」

 

 三日月は部屋にあった苗に興味を示す。

 

「とりあえず、2人共こっちに上がって」

 

 ミオリネは2人を手招きすると、部屋の奥にある階段を登っていく。2人もそんなミオリネの後に続く。階段を上がると、そこは居住スペースだった。流石に元理事長室とでも言うべきか、机に椅子にベッドにクローゼット。更に下にはシャワー室もある。

 

 だが、そこはとても散らかっていた。

 

「随分散らかってるね」

 

 つい三日月はそう言ってしまう。水星では、太陽風のせいで物が自分目掛けて飛んでくる事がある。

なのでスレッタも三日月も、基本部屋はしっかりと整理整頓していた。

 しかし、ミオリネが使っているというこの部屋は酷い。ゴミ袋は散乱しているし、食べ終えたであろうカップ麺や空き缶がそこいらにある。もしここが地球だったら、黒くてすばしっこい奴らが大量に発生していた事だろう。

 

「た、たまたまよ!明日掃除しようと思ってたの!」

 

 三日月の指摘に反論するミオリネ。でも部屋を片付けられない人ほどよくこう言うよね。

 

(ミオリネさんって、汚部屋女子ってやつだったんだ…)

 

 部屋の惨状を見たスレッタは、少しだけショックを受ける。とりあえず、1度部屋を掃除した方がいいかもなんて思っていた。

 

「あ」

 

 そう思いながら部屋を見ていたスレッタだったが、突然三日月の目を自分の両手で塞ぐ。

 

「え?スレッタ、何?」

 

「あんた何してんの?」

 

「あ、あのーミオリネさん…流石にあれは…」

 

「は?」

 

 スレッタがベッドの方を見ながらそう言う。疑問符を浮かべながらミオリネがベッドを見る。

 

 するとそこには、ミオリネのブラやらパンツやらの下着が雑多に脱ぎ散らかされていた。それもいくつも。

 

「~~!?!?」

 

 とっさに下着の上に覆いかぶさり下着を隠そうとするミオリネ。これがスレッタだけなら問題ないが、ここには男である三日月もいる。いくらミオリネがそういった事に無頓着でも、流石にこれは恥ずかしい。

 

「ちょっとだけ部屋の外で待ってて……」

 

「あ、はい」

 

「スレッタ。何も見えないんだけど」

 

「今は見ちゃだめだよ」

 

 スレッタに視界を隠された状態で、三日月は廊下に1度スレッタと共に出る事となった。この後、ミオリネは3分で衣服類だけ必死で片付けた。正確には、クローゼットに押し込んだだけなのだが。この時ミオリネは、今後下着類だけはしっかりと整理しようと誓ったのだった。

 

 その後、ミオリネが数分で実習のマニュアルを暗記したり、スレッタがわからないところを教えてあげたりとした。最初こそミオリネが寮に入っておらず、本当に1人しかいないという事に驚いたが、ミオリネがあっという間に手順を暗記したのを見てほっとした。これならば、ひとまず安心だろう。

 

「野菜って自分で作れるの?」

 

「大抵は作れるわよ。物によって数年かかったりするやつとかもあるけど、例えばネギやホウレンソウは2ヵ月もあれば収穫できるわ。そこまで難しくないし」

 

「へぇ。火星ヤシも作れる?」

 

「いや流石にあれは農場レベルになるから個人では無理よ。先ず木を買わないといけないし」

 

 因みに三日月は学校の勉強以外の事を聞いたりした。どうやら三日月、農業に興味を示したらしい。

 

「って、もうこんな時間か。流石に寝ないと明日に響くわね」

 

 ミオリネが時間を確認すると、既に深夜というべき時間だった。そろそろ寝ないと、寝不足になってしまう。

 

「私とスレッタはベッド。三日月はさっき学校から簡易ベッド借りてきたから、それ使って」

 

「ええ!?わ、私、ミオリネさんと一緒に寝るんですか!?」

 

「別にいいでしょ?花嫁なんだし」

 

 ミオリネと一緒に寝るという事態に驚くスレッタ。いくら婚約者という関係でも、これはちょっと恥ずかしい。そして三日月は、先程ミオリネが借りてきた簡易ベッドを使う事になった。流石に3人一緒にひとつのベッドで寝るのは無理だし、異性と寝るのは嫌だからだ。

 

「寝る前にシャワー浴びてきなさい。そっちにシャワーあるから」

 

「あ、わかりました」

 

「ん」

 

 ミオリネに言われ、スレッタと三日月は部屋の下に設置されているシャワー室に入っていく。その間、ミオリネはクローゼットから自分の寝巻を出す。

 

「……ん?」

 

 だがその途中、ミオリネは手を止めた。今明らかに、可笑しい事があったからだ。それに気が付いたミオリネは、即座にシャワー室に向かう。

 

「いや何してんのあんたら!?」

 

「「え?」」

 

 シャワー室の脱衣所では、スレッタと三日月が服を脱ごうとしていた。あと少し遅かったら、色々見えていたのに。

 

「何ってシャワーを」

 

「どうして2人で一緒に浴びようとしているのかって聞いてるの!!」

 

「……?あ、そっか。三日月、ちょっと浴びるの待っててもらっていいかな?」

 

「わかった」

 

 スレッタにそう言われると、三日月はシャワー室から出ていく。

 

「え?何?あんたら普段から一緒に?」

 

 シャワー室ではミオリネがスレッタに問い詰める。

 

「いやー、水星って水が貴重品で生活用水も潤沢に使えないんですよ。だから水の節約を兼ねて、三日月とは小さい頃から一緒にシャワー浴びたりしてまして…」

 

「……水星人って羞恥心が無い訳?」

 

「いや、流石に最近はそういうの少し考えるようになりましたよ?やっぱり見られたりするのはちょっと恥ずかしいし。ただ、水星にいたころの何時ものクセと言いますか…つい…それに三日月は、目を瞑ってって言ったらちゃんと目を瞑ってくれますし…」

 

 いくらスレッタが小さい頃から三日月とよくシャワーを浴びていたとしても、流石に最近は羞恥心を覚え始めていた。だってもう17歳だし。それでも遅すぎるくらいだろうが。

 

(この2人、本当にそういう関係じゃないのよね?)

 

 ミオリネは2人の関係を疑い出す。いくら幼馴染とはいえ、この歳になっても一緒にシャワー浴びるなんてしない。しかし、仮に2人がそういう関係だったらそれもあるだろう。

 だがそれは、他ならぬスレッタ本人が否定している。だとすれば、水星の常識が可笑しいのだろう。というか、育った環境が特殊すぎる故の弊害なのかもしれない。

 

(勉強の前に、常識を教えないといけないわねこれ…)

 

 そしてミオリネは、先ずスレッタに色々と地球圏での常識を教えようと決意。このままでは大変な事になっちゃうかもしれないからだ。

 

 その頃、三日月はシャワー室の前で軽い柔軟運動をしていた。

 

 

 

 

 

 翌日 デミトレーナー格納庫

 

「何でてめぇらがここにいんだよ」

 

「いや、だって私達もこれから試験ですし…」

 

 再試験を受ける為にモビルスーツ格納庫に来たスレッタ、ミオリネ、三日月の3人は、地球寮のチュチュにガンを付けられていた。その後ろには、ニカとヌーノもいる。

 

「チュチュ?」

 

「わかってるって…」

 

 ニカに言われると、チュチュはそれ以上何も言わずに自分のデミトレーナーに乗り込む。昨日のニカとの約束を破らない為だ。

 

「いい2人共。昨日私が手順を覚えはしたけど、あくまで私は素人。正直メカニック科の生徒に比べると何段もレベルが下がる。けど精一杯やるから、この再試験ちゃんとクリアしなさい」

 

「わかりました」

 

「わかったよ」

 

「三日月、今更だけどミオリネさんと普通に喋れるようになったね?」

 

「まだ信用はしてないよ」

 

「……」

 

「今だけは信用しなさい」

 

 再試験前に気分が下がってしまうスレッタ。でも刻一刻と再試験の時間が迫っているので、自分用のデミトレーナーに乗り込むのだった。

 

 

 

『これより再試験を始める。LP041,スレッタ・マーキュリー。試験開始』

 

「はい!」

 

 試験官の合図と共に、スレッタの再試験が始まる。

 

『スレッタ。前方右5度、50メートルに地雷反応。避けて』

 

「はい!」

 

『次、左4度に地雷反応』

 

「了解!」

 

『そのまま真っすぐ。地形が結構上下してるからこけないよう気を付けて』

 

「わかりました!」

 

 ミオリネの指示のもと、スレッタは再試験を順調に進める。ミオリネは経営戦略科とは思えないくらい的確な指示を出し、スレッタを誘導させていく。これならば、再試験をクリアできそうだ。

 

 しかし、

 

「うぇぇ!?」

 

『え?どうしたのよ?』

 

「ミオリネさん!急にモニターが真っ黒になっちゃいました!」

 

『はぁ!?』

 

 突然、スレッタのデミトレーナーのモニターが暗くなってしまった。これでは何も見えない。

 

『機体トラブルです。試験の中止をお願いします』

 

『ダメだ。機体整備も試験のひとつ。そんな理由で中止には出来ない』

 

『ちっ!スレッタ!計器の数値で方角を決めるわよ!』

 

「わ、わかりました!」

 

 だがこれで試験を中止には出来ないらしい。ならば難しいが、コックピットの計器を見ながら試験をやるしかない。

 

『スレッタ・マーキュリー。不合格』

 

 だが、そう簡単に出来る訳が無い。なんせ人で言えば、目が全く見えない状態なのだ。どこぞの天パならともかく、そんな状態で試験をクリアできるなんて普通は無理だ。

 

「こ、これで終わり?どうしよう…本当にどうしよう…」

 

『スレッタ。直ぐにスタート地点に戻って』

 

「え?でも私、不合格になったんじゃ…」

 

『追試は何回でもリトライできるのよ。だから諦めないで』

 

「…!はい!」

 

 まだ自分にチャンスがあると知り、スレッタは元気を取り戻しながらスタート地点に戻る。こうしてスレッタの追試のリトライが始まったのだが、これが中々上手くいかない。惜しいところまでいくのだが、どうしてもあと1歩が足りないといった感じ。モニターさえしっかり見えていれば、こんな事にはならなかっただろう。

 

『スレッタ・マーキュリー。不合格』

 

「リトライ、お願いします!」

 

 

 

 その様子を心配そうに見ている女生徒ニカは、スレッタを何とかしたいと思っていた。

 

「ヌーノ。あれ何とか出来ないの?」

 

『あの遅効性塗料は水かけたら落ちるなんて代物じゃないよ。落とすなら特殊な薬品使って、時間かけて落とさないと』

 

 スレッタのデミトレーナーのメインカメラには、遅効性塗料が塗られている。これは昨日、チュチュが別の寮のスペーシアンにやられた嫌がらせと一緒だ。出来れば今すぐ何とかしたいが、やるなら格納庫に戻ってしっかりとした手順を踏まないといけない。つまり、この試験の最中ではどうあっても無理なのだ。

 

「スレッタさん…」

 

『ねぇ』

 

「え?」

 

 ニカがスレッタを心配していると、突如通信機に声が入ってきた。

 

「もしかして、三日月くん?」

 

 声の主は、スレッタの幼馴染である三日月・オーガス。どうやら、今試験待ちで乗っているデミトレーナーから通信を入れてきたようだ。

 

『あれ、何?』

 

「え?」

 

『だからあれ。スレッタの』

 

 三日月が、試験中のスレッタのデミトレーナーの事をニカに聞く。

 

「あれは遅効性塗料だよ。メインカメラに振りかけて、時間が経ったら真っ黒になる特殊な塗料。うちの後輩も、昨日あれのせいで試験不合格になったんだ」

 

『誰がやったの?』

 

「多分、他の寮の生徒だと思うよ。こう言うのは凄く失礼だけど、水星出身のスレッタさんの事をよく思わない人もいるんだよね…」

 

 水星は田舎だ。それも凄い田舎。そんなド田舎からやってきたスレッタの事を見下す生徒は、一定数いてしまう。故にスペーシアンであるスレッタにも、こういった嫌がらせをしてしまうのだ。

 

『……へぇ』

 

「え、えっと多分だよ!?私も犯人には心辺りなんて無いし!だから落ち着いて!?」

 

 三日月の声色が冷たくなったのを感じたニカは、とっさに三日月を落ち着かせる。もしもこのまま三日月が塗料を吹きかけた生徒を見つけでもしたら、絶対に大変な事になるからだ。多分、昨日の地球寮の時以上の事が起きる。

 

『まぁでも、スレッタならあれくらい大丈夫でしょ』

 

「え?」

 

 そんなニカの心配をよそに、通信機越しの三日月は冷静に言う。

 

『スレッタは水星で1番のレスキューパイロットだしね。それに、俺と何回も戦闘シミュレーションしてる。目が見えないくらい、何とかなるよ』

 

 それはまさに信頼。三日月は、スレッタは試験に合格すると信じて疑っていない。幼い頃より、ずっと一緒にいた故の信頼だ。

 

(羨ましいな…)

 

 そんなスレッタの事を、ニカは少し羨ましがった。自分にもこんな幼馴染がいたら、もっと違う人生を歩めたかもと思いながら。

 

『スレッタ・マーキュリー、不合格』

 

 そうしている間も、スレッタは試験を不合格になってしまっていた。

 

 

 

「も、もう1度お願いします!」

 

『その調子よスレッタ。タイムもさっきよりずっと良くなってる。これなら絶対にいけるわ』

 

「はい!」

 

 何度も不合格になっているスレッタだが、彼女は諦めない。スレッタには夢があるからだ。

 

 スレッタは何時の日か、水星を豊かにしたいと思っている。水星は過酷な環境故に人が殆どおらず、あらゆる物資が貴重品扱いだ。パーメット採掘中に死人が出るなんて日常茶飯事だし、人々は心に余裕がなく過ごしている。

 でも、そんな水星でも自分と三日月が育った故郷なのだ。それに最初こそイジワルばかりしていた水星の老人達も、スレッタ達が水星を離れる時には祝福してくれた。

 そんな水星の人達に、恩返しがしたい。その為には、この学校でしっかりと学び、卒業しないといけないのだ。だからこそ、スレッタは決して諦めない。

 

『よし!武器換装エリアまで着いた!ちょっとあんた。手伝って』

 

『は?ちょ!?』

 

 遂にスレッタは武器換装エリアにたどり着いた。それを見届けたミオリネは、直ぐ傍にいた地球寮のヌーノを無理矢理手伝わせる事にして、自分は武器換装作業を行う事にした。

 

(これなら今回はいけるかも!)

 

 スレッタも自信を持って試験に挑めている。

 

『時間切れだ。スレッタ・マーキュリー、不合格』

 

 だが無常にも、時間切れとなってしまう。

 

『おいお姫さまとホルダー、いつまでやってんだよ。あーしスタートできないじゃん』

 

 同時に、順番待ちをしているチュチュが苦言を呈する。既にスレッタは8回もリトライしているのだ。いい加減、諦めてこっちの番に回して欲しいと思うのは当然だろう。

 

『リトライは何度でも認められているでしょ?大人しく順番待ってて』

 

『ちっ…!』

 

 だが別にスレッタとミオリネはルール違反をしている訳では無い。そう言われてしまうと、チュチュもあまり強く言い返せない。昨日、ニカに無暗に噛みつくなと言われたばかりだし。

 

「大丈夫です」

 

『あ?』

 

「もう大丈夫です。次で必ず、成功させますから。だって水星の環境と比べると、こんなの何ともありませんし!」

 

『その意気よスレッタ。しっかりとこの試験に合格して、水星であなたを待っている人達の期待に応えなさい。じゃあ直ぐにスタート地点に戻って』

 

「はい!」

 

 スレッタは元気に返事をすると、スタート地点に戻っていく。今度こそ、必ず合格すると決意しながら。

 

『……』

 

 チュチュはそんなスレッタの事を、黙って見つめる。スペーシアンであるスレッタにも、待っている人がいるんだなと思いながら。

 

『よし!今度は時間に余裕もある!直ぐに兵装換装作業に入るわよ!』

 

「わかりました!」

 

 9回目のリトライをするスレッタ。今度は試験の時間にも余裕があるし、兵装換装作業も問題無く進めている。問題は、メインカメラが見えない状態で射撃試験が出来るかだ。

 

(ここが1番の難所。せめて少しでもカメラが見えたら…!)

 

 ミオリネもここが1番の問題点になっている事は理解している。コックピットの計器は動いているが、それで射撃が的に当てられるかはわからない。というか、少なくとも自分なら無理だ。

 

「大丈夫ですよ、ミオリネさん」

 

『スレッタ?』

 

 しかし、当のスレッタは不安がっていない。

 

「何度も戦った三日月のバルバトスに比べたら、これくらい何とでもなります!」

 

 なんせ相手は動かない的。バルバトスのように、予測不能なデタラメな動きが出来る訳でもない。そんな的相手だったら、計器の数値でどうにかできる。

 

『……わかったわ。じゃあいくわよ』

 

「はい!」

 

 ミオリネも自分が不安がっていたらダメだと思い、気持ちを切り替える。

 

 

 

 そして、

 

『LP041。スレッタ・マーキュリー。合格だ』

 

 9回目にして、スレッタはついに合格を勝ち取ったのだった。

 

 

 

 

「一時はどうなるかと思ったけど、何とかなってよかったわね」

 

「ですね…流石に疲れましたけど…」

 

「あぐ…むぐ…」

 

 ミオリネ、スレッタ、三日月の3人は食堂で食事をしていた。スレッタが合格した後、直ぐに三日月の試験になったのだが、こっちは特に問題なく1回で終了。やはり、遅効性塗料をかけられているかいないかの差は大きかったようだ。

 

「俺ちょっとおかわりしてくる」

 

「え?沢山食べるね?」

 

「これ美味しいから」

 

 三日月はそう言うと、席から立ち上がって再び厨房へと向かう。余程今食べている肉料理が気に入ったのかもしれない。

 

「スレッタさん、ちょっといいかな?」

 

「え?」

 

 そしてミオリネと2人きりになった時、声をかけられた。2人が隣に目をやると、そこには地球寮の生徒であるニカ、ヌーノ、そしてチュチュがいた。

 

「あ、えっと…」

 

「スレッタさん、大丈夫だから。別に仕返しにきたとかじゃないから」

 

 チュチュを見たスレッタは少し畏縮。てっきり昨日の三日月がしでかした事の報復かと思ったが、違うらしい。

 

「ほら、チュチュ」

 

「……」

 

「チュチュ?」

 

「あーもう、わかったよ…おいスペーシアン。昨日は、悪かったな…」

 

「え?」

 

「昨日のは、完全にあーしの八つ当たりだ。本当悪かった…」

 

 ニカに言われ、チュチュがスレッタに謝る。その行動に、スレッタは驚いた。

 

「いえ、こちらこそ、三日月が本当にすみません…あの、腕とか大丈夫でしたか?」

 

「別にあれくらい何ともねーって。追試もしっかり合格したし」

 

 チュチュにつられ、スレッタも昨日の事を謝る。もし昨日の事が原因でチュチュが追試を不合格になっていたら、申し訳がないからだ。

 

「それでスレッタさん。まだ寮に所属していないよね?よかったら地球寮にこない?勿論、三日月くんも一緒に」

 

「え?」

 

 そうやって謝っていると、ニカが地球寮に入らないかと誘ってきた。

 

「昨日の事は皆既に納得してるから気にしなくていいよ。どうかな?」

 

「え、えっと…」

 

 ニカの誘いは嬉しいが、今スレッタはミオリネの部屋にいる。勝手に承諾してもいいのかと考えて、1度ミオリネを見る。

 

「いや、こっち見ないであんたが自分で決めなさいよ」

 

 どうやらミオリネ的には大丈夫らしい。

 

「あ、じゃあ…」

 

 ニカの誘いを受けようとしたその時、

 

 バシャアァァ

 

「…へ?」

 

「あーごめーん。ちょっと手が滑っちゃったー」

 

 スレッタの頭に、何か液体がかけられたのだ。

 

「え?え?え?」

 

 突然の事態に、スレッタは困惑。スレッタの後ろには深い青色のショートカットと、茶髪のポニーテールをした女生徒が2人。その手には、コップが握られている。

 

「あんたら何してんのよ!」

 

「別に?手が滑っただけって言ったじゃん」

 

「そーそー。そんなに怒んないでよレンブランさん?ちょっとした事故だって」

 

 ミオリネ、突然のスレッタへの嫌がらせに激怒。実はこの女生徒2人、スレッタのデミトレーナーに遅効性塗料を振りかけた犯人なのだ。2人は水星という辺境からやってきたスレッタの事が、単純に気にくわない。なのでスレッタに、普段アーシアンに対してするような嫌がらせを実行。

 だが結果は失敗。本当だったら、あのままスレッタが試験を不合格になるのを見て『ざまぁみろ』と良い気分になる筈だったのに、まさかのスレッタが合格してしまうという展開。

 このまま終わるのは癪だ。だからこうして、直接的な嫌がらせをしにきたのだ。因みに、今スレッタの頭にぶっかけたのは水である。

 

「な、何を…!?」

 

「だから手が滑っただけって言ってるじゃん?何勝手に怒ってんの?」

 

「お、お母さんから教わらなかったんですか!?こんな人に迷惑かけたらダメだって!こんな事したら、お母さんが悲しみますよ!?お母さんを泣かせちゃダメです!!」

 

 スレッタも反論するが、それすら彼女達はどうでもいいという感じ。

 

「水星の田舎者のくせに!いちいちうるさいのよ!!」

 

「さっさと水星に帰れって!!」

 

 それどころかスレッタの今の発言が癪に障ったので、手にしていた水の入ったコップをスレッタの顔めがけて投げつけてきた。

 

「ぶっ!?」

 

「「あ…」」

 

 コップはスレッタの鼻に当たってしまい、スレッタは手で鼻を抑えて座り込む。よく見ると、鼻血も出ている。

 

「う…あ…」

 

((やっば…))

 

 彼女達の名誉のために念のため言っておくと、彼女達は最初からコップをスレッタにぶつけようと思っていた訳ではない。本来は水だけをスレッタの顔にかけるつもりだったのだが、運悪く手からコップがすっぽ抜けてしまったのだ。その結果がこれだ。

 

「あんた達!!」

 

「てめぇら!!」

 

 そして、そんな2人の事情を知らないミオリネとチュチュはキレた。チュチュに至っては殴りかかろうとしている。こうなってはもう仕方が無い。ここで返り討ちにしようと女生徒2人も覚悟を決める。チュチュは殴りかかろうと、腕を振り上げる。

 

 だが、

 

 グシャ

 

『え?』

 

 チュチュの振り上げた拳は、そのまま動かせずじまいとなってしまった。何故なら、ショートカットの女生徒が急に横に吹き飛んだからだ。

 

「へ?」

 

 ポニーテールの女生徒が振り返ると、

 

「……」

 

 そこには、明らかに敵意を持った目をしている三日月がいた。そして三日月は、そのままポニーテールの女生徒目掛けて拳を振りかざす。

 

「ちょ!待っ!」

 

 ゴシャ

 

 彼女は待ってと言うが、勿論待たない。思いっきり右腕で殴り飛ばした三日月は、そのままポニーテールの女生徒に乗っかり、拳を顔めがけて振り下ろす。

 

 ガスッ!ガスッ!ゴスッ!

 

 何度も、何度も振り下ろす。おかげで彼女は鼻血を出し、顔は腫れ上がっていった。尚、最初に殴り飛ばされたショートカットの女生徒は、脳震盪を起こして動けずにいる。現状では、ある意味幸せかもしれない。だって意識があったら、同じ目に合っているだろうし。

 

「や、やめ…!もう、許して… 「うるさい」あぐっ…!?」

 

 彼女は泣きながらやめてと懇願するが、三日月がスレッタに危害を加えた人を許す事など無く、拳で殴りつける。少なくとも、スレッタが止めない限り、止まる事は無いだろう。

 

「ま、三日づ…!」

 

「三日月!やめなさい!」

 

 未だに鼻を抑えるスレッタと、ミオリネが三日月を静止しようとする。

 

「三日月くん!やめて!!」

 

「マジでやめろ!そいつ死んじまうぞ!!」

 

「おいお前もうやめろって!いくら何でもやりすぎだ!!」

 

 ここで三日月を止めるべく、ニカやヌーノ、スペーシアン嫌いのチュチュが動く。具体的には、3人がかりで三日月の体にまるで張り付くように密着し、女生徒から引き離そうとした。

 だが三日月は止まらない。3人を振り払おうと必死だ。何時もならスレッタが声を大にして止めれば止まるのだが、彼女達がスレッタに怪我を負わせているのがまずかった。

 今の怒り心頭な三日月には、言葉による静止なんて効果が無い。何よりスレッタは、痛みで大きな声が出せない。

 このままでは、本当に女生徒が死んでしまうかもしれない。どこかに三日月を力づくで止める事が出来る力自慢の生徒でもいればいいのだが、そんな都合の良い生徒がそう簡単にいる訳も無い。現にこの惨状を見ている殆どの生徒は、遠目に見ているだけだ。スレッタはいっそ、食器を三日月の頭にぶつけて正気に戻そうかと考え始める。

 

 だが、そうする必要は無くなった。

 

「やりすぎだ。手を離せ」

 

『あ、昭弘!』

 

 偶然通りかかった地球寮の昭弘が、三日月の腕を掴んで止めたからだ。昭弘程の力があれば、流石の三日月も簡単には振り払えない。おかげで三日月は、女生徒を殴れなくなった。

 

「離せよ」

 

「断る。俺もスペーシアンはあまり好きじゃないが、これ以上は許さん」

 

「は?」

 

「おい、これ昨日の再現じゃねーか…」

 

 ヌーノの言う通り、これでは昨日の地球寮での出来事の再現だ。このままでは、今度は三日月と昭弘の間で喧嘩になってしまう。

 

「三日月…」

 

 ここでようやく、スレッタの声が三日月に聞こえるようになった。

 

「私、大丈夫だから…ちょっと鼻血が出てるだけだから…だから、もうやめて…お願い…」

 

 手で鼻を抑えながら、三日月にやめてと懇願するスレッタ。その目は、とても悲しそうにしていた。

 

「……わかった」

 

 そんなスレッタを見た三日月は、拳をひっこめる。スレッタが悲しい顔をしているのが嫌だからだ。

 

「チュチュ!直ぐに教師を呼んできて!」

 

「あーもう!わかったよ!」

 

「ちょっと顔触るぞー。あとでセクハラとかいうなよー」

 

 ニカに言われ、チュチュは教師を呼ぶ事にした。いくらスペーシアン嫌いとはいえ、流石にこれをほっとく事など出来ないからだ。そしてその間、ヌーノは殴られた女生徒を介抱する。

 因みに昭弘は、念のためずっと三日月を掴んでいた。

 

 その後、三日月にボコボコにされた2人の女生徒は、暫く学園内の病院に入院。幸い、命に係わるほどの大事には至らなかったが、複数回殴られた方の女生徒は奥歯が3本折れてしまっていた。

 

 

 

 数時間後 中庭

 

「で?どうなった訳?」

 

「えっと、三日月は2日間の停学処分になりました…」

 

「よく2日程度で済んだわね…」

 

 あの後、駆け付けた教師によって三日月は拘束された。そして教師陣の話し合いの結果、三日月は停学処分を受けたのだった。

 

「あんた本当にいい加減にしなさいよ?」

 

「あいつらがスレッタを傷つけたのが悪いんじゃないの?」

 

「確かに先に手を出したのはあっちだけど、どう考えてもやりすぎ。せめて殴られた回数だけやり返すようにしなさい」

 

「何で?」

 

 ミオリネが三日月を叱るが、三日月は意に返さない。

 

「三日月」

 

「何?」

 

「今度、あの2人に謝りなさい」

 

「何で?」

 

「怪我をさせたから。それに私、何時も言ってるよね?暴力はダメだって。私の事を心配してくれたのは嬉しいけど、暴力はダメ。ましてや女の子を殴るなんて、絶対にダメ。わかった?」

 

「……わかった」

 

「本当に?」

 

「うん」

 

「なら今度ちゃんと謝りにいくよ?いいね?」

 

「わかったよ、スレッタ」

 

(母親…いや、これは姉かしら?もしくは飼い主?)

 

 スレッタの説教は素直に聞く三日月。そんな2人のやり取りを見て、ミオリネは2人の関係性をそんな風に考える。

 

「でもまぁ、スッキリしたな。いや多少の罪悪感はあるけど…」

 

「ま、あいつらの自業自得だろ。これに懲りたら、もう嫌がらせなんてやめるべきだな」

 

 チュチュとヌーノは、スペーシアンがボコられたのを見れて少しだけスッキリしていた。

 

「それでスレッタさん。さっきの話だけど、どうかな?」

 

 ここでニカが、先程の話の続きをしだす。

 

「えっとその、いいんですか?さっきも三日月があんな事しちゃいましたけど…」

 

「ヌーノも言ってたけど、あれって自業自得だしね。そこまで気にしないよ。ね、皆?」

 

 若干圧を出しながら、ニカはその場にいる地球寮の3人に話す。

 

「あーしは1年だけど、地球寮じゃ先輩だかんな」

 

「ま、いいんじゃね?マルタンは頭抱えそうだけど」

 

「俺も構わない。だが、もし地球寮の奴らに何かしたら許さん」

 

「あ、ありがとうございます!」

 

 ニカの圧に負けたのかどうかはわからないが、3人共大丈夫らしい。こうしてスレッタと三日月は、地球寮に入る事となったのだ。

 

 その後、その事実を知った寮長のマルタンは、ヌーノの言った通り頭を抱えた。

 

 

 

 

 

「ひぃぃぃ!!ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!」

 

「もう悪い事しません!もう2度としませんから、殴らないでぇ…!」

 

 因みに後日、三日月がスレッタに連れられて殴った女生徒の元に行ったが、2人共怯えまくってて碌に会話すらできなかった。

 

 

 

 

 




 モブ2人はもう2度と嫌がらせをしなくなりました。

 ちょっと言葉足らずだったり、説明不足だったりしたかもしれない。ごめんね。

 今後は日常回1回挟んで、4号の話に行く予定です。相変わらず遅い筆ですが、気長にお待ちください。


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憧れの学校生活

 メリークリスマス。これが私からのプレゼントだ。まぁ結構な突貫作業で書いちゃったので、所々変な部分があるかも。

 そしてこれが今年最後の投稿になります。今後も更新速度は遅めなので、ご了承ください。

 追記 感想にてご指摘があったので1部編集しました。


 

 

 

 地球寮の女子部屋に、小さい音で目覚ましアラームが鳴る。それが鳴った瞬間、スレッタは直ぐにアラームを止めた。

 

「むにゃ…」

 

 未だ眠気が抜けない目をこすりながら、同じ部屋にいる地球寮の生徒を起さないよう静かに見渡しながらスレッタは起きる。時刻は朝の6時前。殆どの学生はまだ寝ている時間だ。

 本当ならスレッタも、このままベッドの中でもう少し寝ていたい。しかし、そう出来ない理由がある。ベッドから起きたスレッタは、先ず顔を洗う。そして寝ぐせが付いた髪をセットしなおす。といっても、ヘアバンダナで無理やり整えているだけである。

 ミオリネやリリッケがこれを見たら、あまりの雑さに怒るだろう。だって髪は女の子の命なのに、少し水をかけてブラシを適当に流しているだけだ。こんなやり方、髪が痛むに決まってる。

 

「よし!」

 

 しかしスレッタは、そんな事どうでもいいと言わんばりだ。寝ぐせを直したら、自分用のロッカーに入っているジャージに着替える。そして地球寮の前まで歩き出す。

 

「おはよう三日月」

 

「おはよう、スレッタ」

 

「じゃあ、2人が来るまで柔軟してよっか」

 

「わかった」

 

 そこには、スレッタと同じようにジャージに着替えている三日月がいた。あいさつをした後、2人は軽く柔軟運動をする。

 

 そして10分後。

 

「あ、おはようございます!チュチュ先輩!昭弘さん!」

 

 柔軟運動をしていた2人の元に、ジャージ姿の地球寮のチュチュと昭弘がやってきた。

 

「おいスレッタ。先に起きてたならあーしも起こせよな」

 

「あ。ごめんなさい。チュチュさん凄く気持ちよさそうに寝ていたんでつい…」

 

「……あーしそんな顔してたか?」

 

 スレッタは口にしなかったが、起きた時のチュチュは口から涎をたらして、それは幸せそうに寝ていた。もしかすると、地球にいる家族に会う夢でも見ていたのかもしれない。

 

「それじゃあ、早速行きましょう!!」

 

「お、おう…朝からテンションたけーな…」

 

「俺達がするの、ただのランニングだよな?」

 

 朝からテンションが高いスレッタに、少し困惑する2人。だってジョギングだ。普段から自分達がやっている何の変哲もないランニング。なのにスレッタは、凄い笑顔で嬉しそうだ。

 

「えへへ、実は夢だったんです。こうして登校前にランニングをするの」

 

「あー…あー…?」

 

 スレッタが説明をするが、ピンとこないチュチュ。こんな普段やっている事が夢だなんて、よくわからない。

 

「おいチュチュ。行くぞ」

 

「わあーってるよ」

 

昭弘に言われ、チュチュもゆっくりと走り出す。

 

こうして4人は、朝のランニングへと行くのだった。

 

 

 

「あ、おはようございます!ミオリネさん!」

 

 暫く4人で学園内を走っていると、スレッタ達は何かをバイクで運んでいるミオリネを発見。恐らくトマトの肥料だろう。

 

「あんたら、朝から何してんの?」

 

「はい。パイロットは身体が資本だとお母さんに教えてもらいましたので、体力づくりの為に皆さんと朝のランニングを!」

 

 ミオリネの質問に、スレッタは笑顔で答える。スレッタの言う通り、パイロットは身体が重要だ。モビルスーツの操縦は、とても体に負荷がかかる。なんせモビルスーツは機動兵器。通常の戦闘機や戦車とは比べ物にならない動きをする。

 その為、搭乗しているパイロットにはかなりのGが掛かるのだ。しっかり鍛えていないと、モビルスーツを動かすだけで気を失ってしまったりする。だからこそ、基礎体力作りはとても大切なのだ。

 

「あんまり走りすぎないようにね。朝から過度な運動しちゃうと、授業がきつくなるわよ。肌にも悪いし」

 

「わかりました!それじゃ!!」

 

 ミオリネに笑顔であいさつをしたスレッタは、再び皆と走り出す。

 

「じゃあね、トマトの人」

 

「だからミオリネ・レンブランだつってんでしょうが」

 

 そして三日月も、ミオリネに一言言ってから走り出す。尚、未だにトマトに人呼ばわりだ。ここまでくると、もう態とではないかとさえ思ってくる。

 

(何だかんだ、一緒に朝のランニングするくらいには仲が良くなったわね…)

 

 そんなスレッタの背中を、ミオリネは少しだけ嬉しそうな顔をして眺める。例の三日月が起こした暴力事件、あれから既に1週間。最初こそニカの厚意に甘えた状態で地球寮に入っていたので色々と不安はあったが、どうやら杞憂だったらしい。

 

(まぁ、問題はスレッタじゃなくて三日月の方なんだけどね…)

 

 スレッタは少しだけ引っ込み思案でこそあるが、誰とでも仲良くなれる素直な子である。

 

 しかし、三日月は違う。

 

 彼はスレッタ以外とは、まともに話そうとしない。今でこそスレッタとミオリネの説得のおかげで、地球寮のメンバーとある程度は話せているが、それでもまだどこか壁がある。

 スレッタも一緒にいる以上、あまり地球寮のメンバーと壁を作るのはスレッタにも良い影響は無いだろう。どうにかして、三日月をもう少しだけ地球寮に馴染めませないといけない。

 

(なんかきっかけがあればいいんだけど…)

 

 ミオリネはそんな事を考えながら、バイクを走らせて温室へ向かうのだった。

 

 

 

「「あ」」

 

 ミオリネが温室へ向かっている時、スレッタ達はあまり出会いたくない面子と出会ったいた。

 

「あ、ホルダーの人」

 

「おい」

 

「だ、ダメだよ三日月!グエルさんはもうホルダーじゃないんだから!」

 

「そっか。じゃあ……ホルダーじゃない人?」

 

「はっ倒すぞてめぇら」

 

「ぷ」

 

「そしてお前は笑うの堪えてるんじゃねぞジュリエッタ」

 

 それは決闘で戦ったジェターク寮のグエルと、アリアンロッド寮のジュリエッタだ。因みにグエルの後ろには、何時ぞやの温室で見た3人もいる。

 

「貴様らぁ…!兄さんになんて事を…!」

 

「ラウダ先輩!落ち着いてっす!!」

 

「そうですよ!私もむかつきましたけど兎に角今は落ち着きましょう!」

 

 敬愛する兄を侮辱されたと感じたグエルの弟ラウダは、スレッタと三日月を睨みながら詰め寄ろうとする。そしてそれを後輩であるフェルシーとペトラが必死で押える。2人共、これが原因で三日月に何かされたらヤバイと思っている故の行動である。

 なんせ今目の前にいるのは、1週間前に暴力事件を起したあの三日月だ。ただでさえ、入学初日にグエルの首を掴みあげるという行動を起こしているし、今度はマジで首を折るような行動を起こしかねない。だからこそ必死で止める。

 

「おいおい。クソスペーシアン共は現ホルダー様にまともに挨拶もできねーのかぁ?あぁん?」

 

「は?何で私達がお前らに挨拶とかしないとけない訳?頭沸いてんの?」

 

「おいやめろチュチュ、ニカに言われた事を忘れたか?」

 

「ペトラも落ち着いて!」

 

 しかしスペーシアン嫌いのチュチュが煽った事により、場の空気はどんどん悪い方向へ行く。非常にマズイ流れだ。

 

「え、えっと!皆さんも朝のランニングを!?」

 

 このままでは何がきっかけで三日月が暴発するかわからない。ただでさえ既に停学処分を受けているのだ。これ以上何かあると、退学だってあり得る。なのでスレッタは話題を作って、気を反らすようにした。

 

「ええ、そうです。パイロット科であれば体力作りは必須。なので普段からこうして朝は走っています。あ、因みにですがグエル先輩と一緒なのは偶然ですよ?私、彼の顔とか基本見たくもありませんので」

 

「癪だがこいつの言う通りだ。体力の無いパイロットはパイロットじゃないからな。本来ならジェターク寮のトレーニングルームでやるんだが、生憎今日はメンテ中でな。おかげでこっちも見たくも無い顔を見る事になっちまったが」

 

「こっちの台詞ですよ。私は1人で走るのが好きなのに、朝から嫌な物を見てうんざりしてるんですから」

 

「んだとてめぇ?」

 

 スレッタの機転のおかげで三日月が暴発する事は無くなったが、代わりにグエルとジュリエッタがいがみ合う事となってしまった。

 

「仲良いね」

 

「「どこが!?」ですか!?」

 

「え?だってこういうの喧嘩する程仲が良いって言うんじゃないの?」

 

「えっと三日月?多分だけどあの2人は本当に仲が悪いと思うよ?」

 

 三日月はこの前覚えた諺で2人の関係性を例えるが、グエルとジュリエッタは真っ向からこれを否定。断じてそんな関係では無い。ただ純粋に、とっても相性が悪いだけなのだ。

 

「兄さん。これ以上そいつらに付き合う必要は無いよ。時間もあまり無いし、さっさと行こう」

 

「……そうだな。そうしよう」

 

 ラウダに言われ、グエルは再びランニング再開。その後にフェルシーとペトラも続く。

 

「おい!スレッタ・マーキュリー!!」

 

「は、はい!?」

 

 だがその場から去る前に、グエルはスレッタの方に振り返る。

 

「今は色々あって無理だが、何時の日かお前らは俺が倒す!それまで誰かに負けるのは許さん!わかったな!?」

 

 そしてそう言い捨てると、今度こそランニングを再開。あっと言う間にその場から離れていった。

 

「グエル先輩と同じで癪ですが、三日月・オーガス。貴方は何時の日か、私が倒します。それじゃ」

 

 その後を、ジュリエッタが追う。グエルと同じような捨て台詞を吐いて。

 

「お前ら、面倒な奴らに目付けられてんだな…」

 

「あははは…」

 

 チュチュがスレッタと三日月に同情するような目線を送る。確かにホルダーともなれば色々と面倒な奴に目を付けられるだろうが、あれはその中でも特別面倒だろう。まるでひと昔前の少年漫画のライバルだ。というかリアルであんな事言う奴初めてみた。

 

「俺達も行かない?」

 

「あ、そうだね。行こっか」

 

 3人が少し面食らっている中、三日月だけは平常運転である。こうしてスレッタ達は、朝のランニングを再開するのであった。

 

 

 

 

 昼休み

 

「えっと、朝友達とランニングをする。一緒に授業を受ける。友達と一緒にランチを食べる。えへへ、やりたい事リストが一気に3つも埋まっちゃいました」

 

 スレッタの周りには、地球寮のメンバーとミオリネと三日月がいる。その全員で、共に昼食を食べていた。そしてスレッタの手には、やりたい事リストが入っている端末がある。今日だけで3つも埋まり、スレッタはかなり喜んでいた。

 

「朝言ってたのはそれか」

 

 対面に座っているチュチュは、朝スレッタが言っていた事がよくわからずにずっとモヤモヤしていたが、今ようやく謎が解けてスッキリしていた。

 

「やりたい事リストかぁ…結構バカに出来ないんだよね」

 

「そうだな。日常の充実感を得る事とかできるし、見える化が出来るしね」

 

 マルタンとアリヤの言う通り、スレッタがやっているやりたい事リストは決して馬鹿に出来ない事なのだ。これをやってみると、自己分析が出来たり、目標が明確にされ、モチベーションがあがったりする。

 その結果、理想の自分へと近づく事が出来る。人生をより良い物にする為には、割と効果的な事なのだ。

 

 尚スレッタ本人は、そこまで考えていない。ただ本当に学校でやってみたい事をリスト化しただけである。

 

「あぐ…むぐ…」

 

「あんたはもう少し綺麗に食べなさいよ。口の周りケチャップだらけじゃない」

 

 スレッタの両脇を陣取っているミオリネと三日月。三日月は黙って食事を続けているが、口の周りが汚れてしまっている。

 

「あ、ダメだよ三日月。ほらこっち向いて」

 

 そんな三日月に口に、紙ナプキンを当てて汚れを拭きとるスレッタ。三日月も一切動揺せずに、それを受け入れる。

 

「ありがと、スレッタ」

 

 普通なら恥ずかしい筈なのに、こうして平然とお礼を言える辺り、もしかすると日常的にやっている事なのかもしれない。これをグエルが見たら憤慨しそうである。

 

「……」

 

 尚、ミオリネは普通に嫉妬していた。そして素早く自分の口元にケチャップを付けようかと思ったが、どうあってもここにいる全員にバレそうなので寸前で思いとどまった。懸命である。

 

「こいつら、本当にそういう仲じゃ無いんだよな?」

 

「これは恋人って言うより姉弟だろ」

 

 オジェロとヌーノの言う通り、今の2人からは恋人特有の甘い空気は感じられない。地球寮に入った当初こそ、リリッケが2人はそういう関係だという噂を信じていたが、数日も経ったら恋人と言うよりは姉弟という関係がしっくりくる事を発見。以来、2人に対して気ぶるのをやめた。

 

「俺も弟の昌弘が小さい頃、あんな事してたな」

 

 そして昭弘は、2人のやり取りを見て少し懐かしい気分になっていた。

 

「にしても、結構食べるんだね三日月くんって」

 

「ですねー。凄いですー」

 

「うん。よく食べるのは良い事だ」

 

 ニカの言う通り、三日月はかなりの量を食べている。食べているのは所謂ナポリタンのようなものなのだが、その量が多い。通常の2倍近くある超大盛だ。それを三日月は、もくもくと食べている。

 身長はチュチュと同じくらいだというのに、食べている量は地球寮で1番身体がデカい昭弘を同じくらいだ。そんな三日月を、リリッケとティルは凄いと感心する。

 

「僕、少し気分悪くなってきたよ…」

 

 地球寮寮長のマルタンは、男子にしては小食なためこの量に驚き、ちょっとえずく。

 

「ところでさ、なんかこの席の周り、人いないね」

 

 三日月が周りを見渡すと、確かに地球寮が使っている大きなテーブルの周りだけ、露骨に人がいない。この席の周りだけ、何故か皆が席をひとつふたつ開けて座っている。

 

「そりゃお前が1週間前にあんな事したらこうもなるだろう。あーしはクソスペーシアン共が近くにこねーから最高だけどな!」

 

 チュチュの言う通り、こうなっている原因は三日月にある。1週間前、三日月はスレッタに水の入ったコップをぶつけた女生徒2人を、一切の容赦無くボコボコにした。

 ニカや昭弘達が止めに入ったおかげで、2人の女生徒は幸いそこまで大きな怪我はなかったが、その光景を目撃した大勢の生徒が三日月を恐れるようになってしまったのだ。

 更に生徒達の中には『スレッタ・マーキュリーに手を出してはいけない』という暗黙のルールさえできている。同じように、2人が所属している地球寮にも今は手は出さない方が良いというルールも出来てしまっている。

 その結果が、触らぬ神に祟りなしと言わんばかりのこの妙な間である。

 

「まぁ、チュチュの言う通り悪くはねーけど、なんかなぁ…」

 

 複雑な顔をするオジェロ。確かにスペーシアンからの嫌がらせは無いが、腫もの扱いのようで少し居心地が悪い。こっちが気を使ってしまいそうである。

 

「ははは…誰かにからかわれないのは良い事なんですけどね…」

 

 乾いた笑いをするスレッタ。しかし、これではいけない。せっかく自分達を誘ってくれた地球寮の皆に悪い。

更に言えば、もっと不安なのが今後も三日月がこの前と同じ事をし続けてしまったら、今以上に大変な事になるかもという事だ。速い内に、対策を作らないといけない。

 

 

 

 地球寮

 

「と言う訳で、急遽三日月に対する今後の学校生活についての講座を開く事にしたわよ」

 

「何でクソスペお嬢様が仕切ってるんだよ。しかも地球寮で」

 

「まぁまぁチュチュ」

 

 地球寮内の談話スペース。そこには地球寮の面々とミオリネがいる。そしてこれから、今後の学園での生活を三日月に教えるつもりだ。

 

「先ず質問するけど三日月。もしも、スレッタに危害を加える生徒が出てきたらどうするつもり?」

 

「殺す気でぶちのめすけど?」

 

「そういうとこよ」

 

 ミオリネの質問に、三日月は瞬時に答える。

 

「だめだよ三日月!こ、こ、こ、殺しちゃうとか!せいぜいちょっと怪我させるくらいに抑えてよ!」

 

「いやそうじゃないでしょ」

 

「おいこいつ染まってきてるぞ」

 

 若干スレッタも思考が三日月になっている。これは危険だ。

 

「あのね三日月。そうやって全員に必要以上の仕返しをしていたら、その内あんたの居場所が無くなるわよ?」

 

「そうなの?」

 

 ミオリネ自身は、別に仕返しを否定はしない。やられた分はやり返す。これ程わかりやすく、素敵な言葉もそうは無いだろう。

 しかし、三日月はやりすぎる。仮にミオリネが誰かから侮辱されたりしたら、その分だけやり返す。だが三日月は、やられた以上の事をする。その最たる例が、先週のアレだ。

 

「良い事三日月。仕返しっていうのはね、必要以上にやるとダメなのよ。時には必要かもしれないけど、普段は精々自分がされた事と同じくらいかそれより小さく納めないとダメなの。その時はスッキリするかもしれないけど、その後にあるのは孤独よ。あんたはいずれ必ず1人になるわ」

 

 今後も三日月があんな事を続けてしまえば、まず間違いなく周囲からの評価が悪くなる。『あいつに関わると、こんなにひどい事をされる』とか『あいつは危険な奴だ』とか言われ、どんどん人が遠ざかっていくだろう。

 更にそういった評価は、自分の周りの人にも影響する。『あいつの近くにいるから、あいつも同じなんだ』と言われ、何もしていないのに人が遠ざかる。

 

「俺は1人でも気にしないけど」

 

「そうじゃない。あんたが良くても、スレッタが良くないのよ」

 

 1匹狼気質の三日月であれば1人でも良いかもしれない。しかし、優しいスレッタは違う。

 

「仮にあんたが今後もあんなやり方をしていったら、さっき言ったようにどんどんあんたの評判が悪くなる。最初はあんただけの評価でも、それはいずれ必ずスレッタの評価になるわ。だってあんたら、いつも一緒にいるんだし」

 

 2人はもう10年以上の付き合いがある幼馴染。そして普段から、基本的に一緒に過ごしている。そんな2人の内片方が暴力事件を起していくとどうなるか。人とは醜いもので、一緒にいる=同じ様な奴と判断するのだ。

 

「そうすればいずれ、間違いなくスレッタも周りから排除される。そうなったら、スレッタが楽しみにしている学校生活が送れなくなるわ。折角楽しみにしてここに来ているのに、これじゃ楽しくない学校生活になる。あんた、私にスレッタを悲しませたら許さないとか言ってたくせに、自分はスレッタを悲しませてもいいとか言う訳?」

 

「……」

 

 そう言われてしまうと、何も言い返せない三日月。確かにその通り。自分であんな事を言っておいて、自分がスレッタを悲しませてしまえば、筋が通らない。

 

「三日月先輩、そんな事言ってたんだ…!」

 

「どうしてリリッケはそう嬉しそうなんだよ」

 

 三日月の『娘を泣かしたら許さん』ムーブに、リリッケは黄色い声を出す。やはり2人は、とても固い絆で結ばれているんだと。これはこれで楽しそうな話題である為、リリッケは食いついた。そして特段、そういう話題に興味の無いオジェロはうんざり顔だ。

 

「スレッタ。念のため一応聞くけど、君達はそういう関係では無いで良いんだよね?」

 

「はい…三日月とは家族みたいなものなんで…その、恋人とかそんなんじゃなくて…」

 

 念のためアリヤがスレッタ確認を取るが、やはり違うらしい。2人の関係性で1番近いのは、やはり姉弟だろう。

 

「まぁでも、俺も弟を悲しませるような奴がいたら絶対に許さねぇな」

 

「昭弘の言う通りだ。あーしも家族をバカにしなり悲しませる奴がいたらぜってー許さねぇ。てかボコす」

 

 家族思いな昭弘とチュチュは、三日月が言ったという発言に同意する。もしも自分の家族を悲しませる奴が目の前にいたら、絶対にぶちのめす。

 

「じゃあどうすればいいの?俺、手加減とか出来ないんだけど」

 

 ミオリネの言葉を聞く三日月だが、彼は手加減なんて器用な真似が出来ない。水星というかなり荒んだ環境で幼少期を過ごしたせいで、手加減を覚えなかったからだ。

 小さい頃の環境とは重要で、その後の人生に大きく影響を与える。その後のその人の人格を、形成していくからだ。スレッタのように母親がいれば違ったのだろうが、三日月にはいない。小さい頃に、事故で死んでしまったから。

 

「仮に相手が危害を加えてきたら、無力化すればいいわ。例えば、スレッタに聞いたけどそこにいるチュチュの腕を掴むとかね」

 

「おいこらふざけんな。あれめっちゃ痛かったんだぞ」

 

 ミオリネは三日月に提案。それは殴って黙らせるとかじゃなくて、相手の無力化。前にチュチュにしたやり方であれば、少なくとも大怪我を負う事は無いだろう。やりすぎると骨折とかになるだろうが。

 

「わかった」

 

「あとあんた。威嚇もダメよ。それもスレッタを悲しませる要因になるから」

 

「それも?」

 

「ええ。今度スレッタに嫌味言うような奴がいたら、そもそも相手にしない事」

 

 更にミオリネが提案したのは、無視である。争いは同じレベル同士でしか発生しないという言葉がある。相手と同じレベルならば、自分は相手に勝てるかもしれないと思うもの。

 だからこそ、同じレベル同士で争いが発生する。ならば、いくら向こう側が喧嘩を売ってきても相手にしなければいい。そうすれば、三日月が手加減をせずに相手をぶちのめす事も無いだろう。

 

「なんか、納得できないなそれ…」

 

 しかし、三日月は困り顔。というより、納得できていない。だってこれでは、相手が言いたい事を言うだけ言ったり、やりたい事をやるだけやる事になる。その過程でスレッタが嫌な思いをしても無視しろというのは、納得できない。だってスレッタが傷つく姿は、三日月が1番見たくない姿なのだから。

 

「納得できる出来ないじゃないの。やりなさいって言ってるの。それがスレッタを傷つけない1番の方法よ。慣れなさい。それにね、相手をするっていうのは、そんな奴らと同じレベルに自分はいるって言っているようなものなのよ?嫌でしょうそんなの」

 

「……」

 

 未だ納得できない顔をする三日月。しかしスレッタを悲しませないには、これが1番らしい。それに、そんな奴らと同じとか流石に嫌だ。

 

「そうですよ三日月先輩。相手にしない事が余計なトラブルを生まない1番の手段ですし」

 

「リリッケの言う通りだよ。多少むかついても、無視すればいいんだって」

 

 リリッケとニカもミオリネに同調。

 

「三日月。お願い」

 

 そしてスレッタもミオリネの案に同意し、三日月にお願いする。

 

「……わかった。今後は威嚇とかもしないよ」

 

「よろしい」

 

 こうして三日月は、渋々ながらもミオリネの案に乗るのだった。

 

「あと、もしスレッタに直接怪我とかさせる奴がいたら決闘でやり返しなさい。それなら特に問題無いから思う存分できるしね」

 

「うん、わかった」

 

「えー…ミオリネさん、それは…」

 

「何よ?学校のルールに則っているだけだからいいでしょ」

 

 それはそれで三日月がやりすぎそうで心配である。スレッタは、可能な限り三日月には決闘をさせないと決めるのであった。

 

 

 

 翌日

 

「えへへ、またひとつリストが埋まっちゃった」

 

「よかったね、スレッタ」

 

 スレッタは校内を三日月と共に歩いていた。先程のモビルスーツを使った授業で、やりたい事リストが埋まって気分も良い。因みに埋まったリスト内容は、1回で試験を合格するというものである。

 

「この後は、寮でエアリアルとバルバトスの解析だったよね?」

 

「そうだよ。もう搬入は終わってるから、今日からやるんだって。まぁ、搬入しても色々準備があるから、今日直ぐ解析が出来る訳じゃないってニカさんが言っていたけどね」

 

 授業も終わり、今日はこれから地球寮でエアリアルとバルバトスの解析を行う予定だ。なので2人共、寄り道せずに地球寮へ向かっている。

 

「おい、そこの水星人」

 

 歩いていると突然。横から声をかけられた。2人揃って横をみると、初めて見る男子生徒が1人。

 

「お前、一体どんな卑怯な手段でホルダーになったんだ?まぁ、アーシアンしかいない地球寮にいれば卑怯な手段くらいいくらでも思いつくんだろうけどな。それとも、決闘委員会の連中をどうにかして抱きこんだか?」

 

 突然現れて失礼な事を言う彼は、地球圏生まれのスペーシアンだ。普段からアーシアンを見下しており、このように酷い事を言う。彼は三日月が女生徒2人を医務室送りにしたのを知っているが、あれは相手が女子だったのと、不意を突かれたからだと思っている。

 自分はパイロット科に所属して、普段から訓練をしているし、今全身全霊で三日月を警戒している。これならば、簡単にやられる事は無いだろう。

 

「なんとか言ったらどうなんだ?それとも、何も言い返せないのか?」

 

 そんな彼に対して2人は、

 

「「……」」

 

「あ、あれ…?」

 

 ガン無視してそのまま歩きだした。

 

「え?お、おい!!」

 

「先ずは私のエアリアルから色々調べるんだよね?」

 

「うん。その後はバルバトスだよ。今日だけで終わらないだろうけど」

 

「お、おいこら!!」

 

 ひたすら無視して歩く。ここで反応すれば、あれと同じレベルになる。そんなの、凄く嫌だ。なので徹底的に無視する。相手が何を言ってきても、無視する。

 

「な、何なんだよ…」

 

 結果、相手の方が先に折れて、それ以上な何も言ってこなかった。何だかよくわからないが、負けた気分である。

 

 

 

「三日月。よく我慢したね」

 

「あれくらいなら別に大したこと無いよ」

 

 地球寮へ向かう道中、スレッタはほっと胸を撫で降ろす。流石にあれくらいなら三日月が手を出す事は無いだろうが、

やはりちょっと緊張した。

 

「三日月。ミオリネさんはああ言っていたけど、本当に暴力はダメだからね?」

 

「うん。わかってる。そうしないとスレッタが悲しむんでしょ?」

 

 ミオリネは1回だけなら問題無い的な事を言っていたが、やはり暴力はダメだ。そして三日月も、ミオリネにああ言われた手前、今後は瞬時に手を出す事を控えるよう気を付ける事にしている。先週のような事をしたら、スレッタが悲しむから。

 

(まぁ、最後の手段としてなら容赦なくやるけど)

 

 最も、決して暴力をやめた訳じゃない。あくまで頻繁には使わないだけだ。いざとなれば、容赦なく使う。だとしても、これはかなりの凄い事なのだ。幼い頃から三日月を知っているスレッタから見れば、これはとんでもない成長である。

 

(学校にきて、本当によかった)

 

 もし学校に行かなければ、三日月もこんな風に成長しなかっただろう。仮に成長したとしても、もっと時間がかかったかもしれない。スレッタは、自分と三日月を学校に通わせてくれた母親に感謝をした。

 

「あれ?どうかしたのかな?」

 

 そうこう話していると、地球寮へたどり着いた。しかし、少し様子が可笑しい。

 

「あ、スレッタ先輩!良い所に!」

 

「はい?」

 

 リリッケがスレッタに駆け寄る。

 

「実は、今からあのエラン先輩が決闘をするんですよ!!」

 

「……ええ!?」

 

「弁当の人が?」

 

 そして驚くべき事を言うのであった。

 

 

 

 

 




 後半がちょっと説教臭くて蛇足感があるかな?変なところがあれば言って下さいませ。編集いたしますので。

 次回はエラン関係ですけど、ほぼ何も考えていないので、また気長にお待ちくださいませ。

 それでは皆さん、良いお年を!


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動き出す者達

 あけましておめでとうございます。今年も更新速度と物語の展開は遅いし、相も変わらず拙い文章力ですが、ゆるりと続けさせていただきます。

 それと三日月の出番があまり無いのは、単純に作者の書き方に問題があるだけです。その辺もしっかりとしていきたい。

 追記、ちょっとだけ文章を編集しました。


 

 

 

 

 

「絶対勝てよダイゴウ寮!!今回結構な額賭けてんだからなぁ!!」

 

「また賭けてるの?」

 

「おう!ダイゴウに20万!!」

 

「俺もダイゴウに10万」

 

 地球寮の談話室。そこではオジェロとヌーノがモニターに映っているペイル寮のエランVSダイゴウ寮3人の決闘をかぶりつくように見ていた。

 どうもこの2人、今行われている決闘で賭けをしているらしい。そんな2人を、ニカは呆れ顔で見ている。

 

「えっと、賭けっていいんですか?」

 

「別に問題はないよ?まぁ、お金は自己負担だから負けた時結構悲惨だけど」

 

 スレッタの質問に、ゆで卵の殻を剝いているティルが答える。実はアスティカシア学園の決闘は、賭け事が黙認されているのだ。場合によっては、その賭けで大金を得る生徒もいる。

 そしてオジェロとヌーノも例に漏れず、大金を得る為にこうして賭けを行っている。尚、これまでの戦績はあまり芳しくないとだけ言っておこう。

 

「つーか3対1とか、なめすぎっしょ」

 

 チュチュがそう言うのも無理は無い。普通に考えれば、エランが勝つのはかなり難しい。なんせ3体1だ。

 これがエアリアルやバルバトスのワンオフ機の特別なモビルスーツであれば数的劣勢も覆せるだろうが、エランが搭乗しているモビルスーツは、カスタムはされているがペイル社製の量産機。普通に考えれば、先ず負ける。こんな劣勢な試合をするのは、自分に余程の自信がある人か、ただの根拠の無い自信を持っている馬鹿だけだ。

 

「3対1かぁ。三日月はどうなると思う?」

 

 スレッタは、隣に座って火星ヤシを食べながら端末を使っている三日月に聞く。

 

「弁当の人が勝つよ」

 

 すると三日月、少しだけ決闘を見た後に直ぐそう返答。そして再び、視線を端末に向ける。

 

「そっか。じゃあ、エランさんが勝つね」

 

 そんな三日月の言葉を、スレッタは信じる事にする。幼馴染がこう言うのだ。だったらエランが勝つのだろう。スレッタはエランの勝利を信じ、モニター越しに決闘を見守る。

 

(なんか腹たつ…)

 

 尚ミオリネは、そんな2人の信頼関係と、スレッタがエランの事を口にした事に少し嫉妬していた。

 

「あ、エランさんが勝っちゃいましたねー」

 

 そして決闘の結果は、エランの勝利。途中少し危ないところもあったが、最後はエランが勝利。

 

「お、俺の20万…」

 

「俺の10万…」

 

 その決闘の結果で、大損こいた男子生徒が2人いるが、誰も慰めなかった。だって賭けは自己責任だし。

 

「ところで弁当の人って?」

 

「さぁ…?」

 

 三日月がエランの事を弁当の人呼ばわりしているのが少し気になったニカとリリッケだったが、三日月があまり人の名前を覚えるのが得意じゃないのを知ってるので、何かがきっかけで出来たあだ名だろうと思うのであった。グエルが未だにホルダーの人と呼ばれているし。

 

「そういえば三日月。さっきから何見てるの?」

 

「今日の授業の復習。最近わかったけど、勉強って結構面白いね」

 

「……」

 

 何時の間にか、自分の幼馴染が優等生になっているに驚き、スレッタは固まる。そしてスレッタは、この後自分も復習をしようと決めるのだった。

 

 

 

 

 

 ジェターク社 CEO室

 

「ぬぅ…」

 

 ジェターク本社のCEO室。そこではジェターク社CEOのヴィム・ジェタークが低い声で唸っていた。息子のグエルがホルダーで無くなってから、ケチが付き始めている。

 投資家からは嫌味と、もしグエルがホルダーに帰り咲けなければ融資を縮小すると言われる。更に順調だったモビルスーツ事業も、グエルが負けて以降徐々に下がっている。株価も暴落こそしていないが、下落気味だ。このままではベネリットグループ総裁の後継者どころか、ベネリットグループ御三家の地位すら危うい。

 なんとかしないければならない。そこでヴィムは、打開策の現状を確認する為に、自社のモビルスーツ開発工廠へ連絡を入れる。

 

『はい、ヴィムCEO。何のご用でしょうか?』

 

「例のモビルスーツ、『MDX』はどうなっている?」

 

『建造は順調です。この調子であれば、3か月後には機体は完成予定となっています』

 

「そうか」

 

 打開策のひとつが、現在新たに開発している新型のモビルスーツだ。数年前に、あのシン・セーから技術提供を受けて秘密裏に開発しているモビルスーツ。これが完成すれば、状況をいくらか打開できるだろう。

 だがその為には、デリングとサリウスが邪魔だ。あの2人がいる限り、このモビルスーツをお披露目する事が出来ない。出来れば2人を排除したいが、現状ではそれも難しい。

 

『ただ、やはりデータストーム対策に関してはまだ調整が必要です。このままでは、呪いがそのまま残ってしまいますし』

 

「やはり完全には防げないか…」

 

 更にもうひとつの懸念材料が、新型モビルスーツの特性だ。この新型は、あの呪いが使われている。これではパイロットが死んでしまう。

 企業のCEOとして、そんな欠陥品を世に出す事は出来ない。なので色々と対策をしているのだが、どうしても完全には防げない。デリングとサリウスの2人を排除し、機体そのものが完成してもこれでは意味がない。

 

(どうにかして、あのエアリアルを手にできればいいのだが…)

 

 データストーム現象がパイロットに起こらないエアリアルさえ手に入ればいいのだが、少なくとも今は無理だ。グエルは2度も敗北しているし、向こうにはあの悪魔もいる。

 更にこの期に、ジェターク社を食い物にしようと考える輩も大勢いる始末。流石のヴィムも、今はそんな余裕が無い事くらいわかっている。これ以上失態を重ねてしまえば、ジェターク社は無くなってしまう可能性すらあるからだ。

 

「もうひとつの、厄祭戦の資料集めはどうなっている?」

 

『申し訳ありませんCEO。そちらはあまり芳しくありません。なんせ300年前の戦争ですし、当時の資料も殆ど残っていませんので…』

 

「そうか…」

 

 そこでもうひとつの打開策。それがガンダムフレームを手に入れる事だ。今まで伝説と言われ、存在そのものがあやふやとされてきたモビルスーツ。だがそれは実在して、今もアスティカシアにある。

 審問会の時プロスペラは、300年前に破壊されたガンダムフレームは、その時ギャラルホルンの手元にあったものだけだと言っていた。それはつまり、今もこの宇宙のどこかにガンダムフレームがあるかもしれないと言う事だ。

 なのでガンダムフレームを捜索するべく資料集めを行っているのだが、これが全然上手くいかない。殆どの資料は失われており、残っているのは当たり障りのない資料ばかり。まるで当時の人が、意図的に資料を残さなかったと思えるくらい資料が無い。

 これではどこにガンダムフレームがあるかなんて、全くわからない。わかっているのは、ガンダムフレームは唯一単機でモビルアーマーを倒す事が出来る程強力なモビルスーツという事だ。

 

「わかった。では引き続き開発と調査を頼む」

 

『わかりました』

 

 ヴィムはそう言うと、通話を切る。そして椅子の背もたれに深く寄りかかり、天を仰ぐ。

 

(やはり色々と無茶がすぎる…そもそもどこにあるのか見当すらつかんのだ。地球であれば厄祭戦の古戦場跡もあるだろうが、そうなると今度は内外の他の企業に勘づかれる可能性が…)

 

 資料が無く、どの辺りにあるかわからない状態で、この広い宇宙からモビルスーツを探すなんて不可能にも程がある。

 なんせ厄祭戦は地球圏全域で行われた戦争。余りに範囲が広大だ。遠い場所だと木星圏でも戦闘があったのはわかったが、あそこはベネリットグループの手が届かない領域。そこに調査部隊を送り込むのは、流石に無理がある。

 地球であれば古戦場跡くらいあるだろうが、それでは秘密裏にガンダムフレームを探すというのが難しい。地球には未だに反スペーシアンのテロリストや、他企業のスパイが多くいるからだ。そんな連中にガンダムフレームの存在がバレてしまえば、もっと厄介な事になる。最悪、テロリストの手にガンダムフレームが渡りかねない。

 

(方法が無い訳じゃないんだがなぁ…)

 

 一応、ガンダムフレームを探すあてが全く無い訳じゃない。それは、プロスペラがデリングを通じてグループ内の企業に配った資料に書いてあった、エイハブリアクターの特性を使う事だ。

 エイハブリアクターは、特殊な電磁波であるエイハブリウェーブを出す。この電磁波は対策をしていないと、あらゆる電子機器を使えなくしてしまう。このエイハブリアクターの特性を使えば、一応はガンダムフレームを探す事は可能なのだ。

 

 つまり宇宙船を飛ばし、どこかで突然電子機器が異常をきたせば、そこにガンダムフレームがあるかもしれないという事である。

 

 あまりに無茶で無謀なやり方ではあるが、厄祭戦の資料集めが全然進まない現状ではこれくらいしかない。

 尤も、どこで電磁波に遭遇するかは結局運だよりになるので、現実的とはいえないが。ポイント・ネモで魚釣りをするようなものである。

 

「だがまぁ、部隊を編制はするべきだろうな」

 

 しかし、このまま何もしない訳にはいかない。現状、御三家の中では決闘の負けも相まって遅れを取ってしまっている。ここで巻き返せないと、本当にまずい。

 なのでヴィムは、息子2人にも知らせず、秘密裏にガンダムフレーム捜索部隊の編制だけは行う事にした。

 

 全ては、いずれ自分がベネリットグループ総裁の座に就くために。

 

 

 

 

 

 同時刻 ペイル社本社 強化人士調整室

 

「まさに人機一体って言ったところね。重心の姿勢制御パターンが、従来のどれとも一致しない。反応性も駆動システムも有機的すぎる。まさに、GNUDフォーマットの理想形ね。でもこのタスクレベルじゃ、パイロットはパーメットの逆流に耐え切れず即死の筈だけど」

 

 薄暗い医務室でそう話す女性は、ベルメリア・ウィンストン。ペイル社所属のモビルスーツ開発主任である。

 

「恐らくスレッタ・マーキュリーは強化人士だとは思う。でもこれ程まで完成度が高いとはね。恐れ入るわ…」

 

「僕と同じか」

 

 ベルメリアの直ぐ傍、まるで手術にでも使うようなケーブルだらけの椅子に座っているのは、エラン・ケレス。ペイル寮所属の3年生で、スレッタと三日月によく話しかけている生徒だ。

 

 しかし彼は普通の人間では無い。強化人士と呼ばれる、ペイル社の非合法の未完成実験体なのである。

 

 これを簡単に説明すると、データストームに耐えきれる特殊な耐性を持たせる手術を無理矢理行った強化人間の総称だ。その結果エランは、GUND-ARMであるガンダムの乗ってもデータストームで即死する事が無い。ついでに言えば、彼自身顔を整形している。これもある理由からだ。

 しかしながら、この技術は未だ未完成。完成すれば何度ガンダムに乗っても死なないが、未だに未完成の回数制限着きの状態なのだ。エラン自身も、自分があと数回しかガンダムに乗れない僅かな命である事を悟っている。

 

 そんな時に現れた、自分と同じかもしれない存在、スレッタ・マーキュリー。上からの命令で近づいたのもあるが、エラン自身彼女に非常に興味を持った。もし自分と同じであれば、この苦しみを分かち合えるかもしれない。

 

「じゃあ、彼は?」

 

 エランがモニターに映る、バルバトスを見る。

 

「彼は、本当によくわからないの。なんせガンダムフレームだなんて、今まで伝説としてしか聞いた事なかったし。でも…」

 

 ベルメリアは端末を操作し、三日月がジュリエッタと戦った時の映像を流す。

 

「これもかなり、いえ、エアリアル以上に有機的な動きをしている。多分、彼も何かしらの手術は受けているとは思う。これがガンダムフレームの基礎能力と言えばそれまでだけど…」

 

 先の決闘でバルバトスは、エアリアル並みかそれ以上の動きをしている。まるで本当に人間が動いているような、そんな動き。

 こんな動き、モビルスーツの性能が異常に高いか、パイロットに何か細工をしていないと不可能だ。

 

(スレッタ・マーキュリー。三日月・オーガス…君達は、僕と同じなのか?)

 

 その目つきは、まるで長年探していた同族を見つけたかのような目。もし2人がそうであれば、これ程嬉しい事はないだろう。

 

「実はね、本社から新しい命令が出ているの」

 

「どんな?」

 

「スレッタ・マーキュリー、もしくは三日月・オーガスから情報を聞き出せという命令よ。それも、ガンダムフレームについての」

 

 ベルメリアが、本社からエランに下った新しい命令を言う。内容は、バルバトスを調べる事。以前までならエアリアルだけだったが、ここにきて事情が変わっている。

 まさか、本物のガンダムフレームが実在するなんて思いもしなかった。これを調べないなんて、ありえない。

 

「捜索部隊を編制してるんじゃないの?」

 

「勿論それもしている。でも目の前に現物があるんだから、そっちから手に入れた方が早いでしょ?そもそもあれ以外に現物が残っているかわからないんだし」

 

 ベルメリアの言う通り、ペイル社もガンダムフレーム捜索部隊を編制はしている。しかし、折角学園内に本物があるのだ。どこにあるかわからない物を無暗に探すより、こっちを攻めた方がずっと手っ取り早い。

 

「幸いあなたは、あの2人から友好的に見られているし、そこまで苦労はしないと思う」

 

 実際エランは、決闘員会の中では他2人の御三家関係者よりずっと2人と親密な関係を築いている。話しかけても普通に話せる程には。ゲーム的に言えば好感度が高い状態だ。確かにこれならば、そこまで難しくはないかもしれない。選択肢次第では、バットエンドかもしれないが。

 

「というか、やっぱり欲しいんだ」

 

「当然でしょう。私だって1人の技術者として調べてみたいもの」

 

 突然現れた伝説のモビルスーツ。やはりペイル社も、これを欲しがるのは当然。というより、これを欲しがらない人間なんていない。

 

「いいよ。やるよ」

 

 そしてエランは、この命令を直ぐに了承。そもそも自分には拒否権なんて無いし、何より自分も興味がある。

 

「決闘でもすればいいの?」

 

「いいえ。バルバトスはあまりにも未知の機体だから、今はまだ決闘はしなくていいわ。下手をすると、その決闘であなたは全てを出し切らないといけなくなるし」

 

「そう。でもどっちみち決闘はするんでしょ?」

 

「……少なくともエアリアルとは必ず決闘をしてもらう。それが本社の意向よ。でもファラクトの調整の為に、1度誰か別の人と決闘をして」

 

「わかったよ」

 

 どうせ自分は本社の命令には逆らえない。そもそも今更本社の命令に逆らおうとも思わない。ならば最後まで、命令通りに生きていこう。そうすれば、今よりは長生きできるのだから。

 

 こうしてエランは情報を聞き出す為、そして自分と同じか確かめる為にスレッタに電話をするのであった。

 

 

 

 

 

 グラスレー寮 寮長室

 

「……」

 

「シャディク、何を読んでいるんだ?」

 

 シャディクは寮長室のソファの寝っ転がった状態で、何かの本を読んでいた。電子書籍が当たり前のこの時代に、態々紙媒体の本を読んでいるのが気になったサビーナは、シャディクに尋ねる。

 

「これだよ」

 

シャディクは読んでいた本を、サビーナに手渡す。それを受け取ったサビーナは、表紙を見る。

 

「アグニカ戦記か」

 

「ああ。子供の頃から好きな本さ。久しぶりに読みたくなってね」

 

 そこに書いてあったタイトルは、アグニカ戦記。厄祭戦で人類を救った英雄、アグニカ・カイエルについて書かれた本である。

 

「やっぱり男なら憧れるよね。世界を救った英雄っていう存在にさ」

 

「そういうものか?」

 

「そういうものだよ」

 

 サビーナは本をパラパラとめくる。彼女自身も、この本を読んだ事がある。確かに、アグニカ・カイエルは凄まじい人物だろう。たった1人で戦況を覆せるなど、戦略兵器でも無い限り無理だ。

 まぁ、アグニカには伝説のガンダムフレーム『ガンダム・バエル』があったのでそれも可能だったかもしれないのだが。

 

 しかし、ギャラルホルンという人類が一丸となった超巨大軍隊の総指揮。荒廃した地球復興のプラン。更に様々な政治や宗教の問題。そしてモビルアーマーの討伐とガンダムの解体。これらをたった1代で解決したのは化け物染みている。

 果たして、こいつは本当に人間なのかと疑いたくなる。いっそ、外宇宙からやってきたエイリアンと言われた方が信じられるまであるくらいだ。

 

 無論、この本の内容は色々誇張されているのだろうから、全てが本当の出来事では無いだろう。しかし、アグニカが厄祭戦を終わらせたのは事実だ。一概に、本の内容全てをバカにする事は出来ない。

 

「かっこいいよなぁ」

 

 ソファに寝っ転がっているシャディクは呟く。その目はまるで子供のように、少しだけキラキラしていた。

 

「それでシャディク。どうするんだ?」

 

「エアリアルとバルバトスについてかい?」

 

「そうだ」

 

 サビーナは今後、自分達はどうするべきかをシャディクに聞く。呪いのモビルスーツ、エアリアル。悪魔のモビルスーツ、バルバトス。この2機は、現在ベネリットグループ内のほぼ全ての企業が狙っている。もしこの2機を手にする事ができれば、総裁の座だって夢じゃない。

 

「決闘をすれば、2機まとめて手に入れる事もできる。バルバトスは私とレネが止める。そしてその間に他のメンバーがエアリアルを例の兵器で止める。これで何とでもなる筈だ」

 

 実はグラスレーには、対エアリアル用のガンダム兵器が存在する。これを使えば、エアリアルを無力化する事が可能だ。なのでエアリアルはそこまで問題じゃない。問題はバルバトスの方。

 こっちはGUNDーARMでは無くガンダムフレーム。恐らくだが、例の兵器は効かない。だったら実力で倒せばいいのだが、先の決闘を見る限り、三日月・オーガスの戦闘センスはずば抜けている。悔しいが、1対1では勝てない可能性が高い。

 だが、態々相手の土俵に立ってタイマン張る必要は無い。なんせこっちは、チーム戦では無敗のグラスレー。1対1で勝てないなら、皆で囲んで叩けばいいだけだ。

 

「それにだ。決闘に勝ちさえすれば、お前がホルダーに」

 

「いや、決闘は無しだよ」

 

 だがシャディクは、決闘はしないと言い出す。

 

「何故だ?」

 

「できれば穏便に済ませたいから。態々悪魔相手に力で奪いに行くなんてナンセンスだよ」

 

 臆病と思われる発言だが、シャディクのこれはバルバトスを警戒しての事だ。なんせ相手は、人類を救った伝説のモビルスーツ。その戦闘能力は、従来のモビルスーツを遥かに凌駕する。

 そんな化け物相手にいきなり決闘を挑んでも、負ける可能性の方が高い。やるとしたら、相手の情報を密かに情報を集めてからだ。

 

「幸いな事にこっちにはモグラちゃんがいるし、先ずはここから情報を集めようか」

 

 古代の言葉には、情報を制する者が戦いを制するというのある。仮に他の御三家があの2人にいきなり決闘を仕掛けても、焦らずに決闘を見て情報を集める。そして十分に情報を集めてから、万全の状態で動けばいい。

 

「お前がそう決めたのならいいが、仮に情報が集まらなかった場合はどうする?」

 

 シャディクの命令に従うサビーナだが、もしそれで情報が集まらなかったら大変だ。保険は作っておかないといけないだろう。

 

「そうだね。ハニートラップでもやってみようか?」

 

「……正気か?」

 

「まぁね。古来より男は女に弱い生き物だし」

 

 あまり成功するとは思えないが、やらないよりはマシかもしれない。

 

 こうしてシャディク達は、暫く静観する事にした。

 

 

 

 

 

 地球寮

 

 エランの決闘の翌日。放課後の地球寮では、エアリアルとバルバトスが装甲を剥がされ、内部が丸見えの状態になっていた。少し前より決めていた、2機の解析作業を行うためである。

 事前にこうして解析をやっておかないと、いざという時整備が出来ないからだ。特にこの2機は地球寮所属になっているので、日ごろの整備もしないといけない。これは、そのための作業でもある。

 

 因みにスレッタはやれる事が無いので、すぐ傍でアリヤにリソマンシーという占いをしてもらっている。

 

「すっごい…姿勢制御にこんなやり方があるなんて…」

 

「いや、これ複雑すぎてわけわからねぇって…」

 

 メカが大好きなニカは目を輝かせていた。今まで見たことの無いやり方。メカニック科の生徒として興味を惹かれる。尚、オジェロはあまりに複雑な構造に頭を抱えていた。

 

「それでヌーノ!システの方はどうー?」

 

「神業レベルで完璧に統合されてるよー。一級エンジニアをどれだけ動員したんだか…」

 

 システム解析を行っているヌーノは、純粋にシステムの完成度に驚く。普通のエンジニアを導入してもこんな完成度は無理だ。とても腕の良い1級エンジニアを、それも何人も動員しないとこれは作れない。それはつまり、もの凄くお金がかかっている証拠でもある。

 

「ティル、そっちはどうー?」

 

 次にニカは、バルバトスのコックピットにいるティルに話しかける。

 

「こっちも凄いよ。システムも完璧に統合されているし、何より既存のモビルスーツシステムと全然違うから見ていて面白い。これが300年も前に開発されたなんて信じられないね」

 

「300年前かぁ…昔の人は本当に凄かったんだね…」

 

 ティルの言葉に、マルタンは大昔の人に感心する。なんせバルバトスは、300年も前に作られたモビルスーツ。それが現在のモビルスーツと遜色が無い完成度を持っている。これを作った当時の人は、本当に凄かったのだろう。

 

「それにしても、まさか本物を見れる日が来るなんて思わなかったよ」

 

 そう言い、ニカは目を更に輝かせる。メカ好きのニカにとって、ガンダムフレームであるバルバトスはまさにおとぎ話の中にしか存在しない伝説のモビルスーツ。

 そんな伝説が実在し、この目で見れて、自分の手で触れる日が来るなんて思いもしなかった。正直、バルバトスだけで1週間は授業を放りだして調べたい気分である。

 

「あ、リリッケー。カメラに誰か映ってたりしないー?」

 

「大丈夫ですよー。今のところ怪しい人は誰もいませんよー」

 

「そうか。よかったぁ…」

 

 端末から寮の外に設置しているカメラ映像を見ているリリッケの返答に、マルタンはほっと胸をなでおろす。昨日、急遽設置した防犯カメラ。無論、これには理由がある。ひとえに、バルバトスの情報を盗まれない為だ。

 

「で、あれが例のエイハブリアクターか」

 

 その最たる理由が、オジェロの視線の先にあるバルバトスの胸部分に装着されている円形状の2基のリアクター、エイハブリアクターだ。

 既に製造方法が失われた伝説のリアクター。モビルスーツに搭載できるほどの大きさなのに、たった1基で街ひとつの電力を賄え、しかも超頑丈。その上、ほぼ半永久的にエネルギーを生成できる。もしこれが量産できれば、グループ内どころか、地球圏のエネルギー分野でトップを取れるだろう。

 そんな凄い価値のあるリアクターなんて、誰だって欲しがる。その為、地球寮は急遽防犯カメラを設置したのだ。学園内に居る、他の寮生からエイハブリアクターの情報を盗まれないように。

 

(本当は詳しく調べたいけど、流石にあそこまで完璧にブラックボックス化されてたら無理だしなぁ…)

 

 が、実際は調べようにも調べられないという状態だったりする。最初、ニカやティルが調べようとしたのだが、エイハブリアクターは完全にブラックボックス化されており、どうやっても調べようが無かったのだ。

 スレッタや三日月からも『あれはシン・セーの資産だから調べちゃダメ』と言われている。流石にそう言われてしまえば、ニカ達も調べる事は出来ない。

 

「あれ売ったらいくらになるかな?」

 

「オジェロ?」

 

「じょ、冗談だって!そんな顔すんなよニカ!!怖ぇよ!!」

 

 オジェロの発言に、ニカは少し怒る。確かにエイハブリアクターを売却すれば、とてつもない財産を手にする事が出来るだろう。それこそ、毎日賭けをしても使い切れない程の。

 だが、あれは三日月とシン・セーの所有物である。それを知っているのに、例え冗談でもそんな事を言うのはちょっといただけない。そもそも2機の整備をするにあたって、シン・セーからエアリアルとバルバトスの整備マニュアルと共に『技術や情報の持ち出し厳禁』という誓約書を地球寮の生徒は全員書かされている。

 もしこれを破れば、どれだけの違約金を払う事になるかわからない。最悪逮捕だってありえる。だからこそ、冗談でもそういうのは言ってはいけないのだ。

 

「ところで少し気になる事が」

 

「え?何かあったのー?」

 

 ニカがオジェロを少し怒っている時、バルバトスに乗り込んでいるティルが何かを発見した。

 

「コックピットの背後に、何か妙なケーブルが付いているんだよね」

 

「ケーブル?」

 

「うん。何かに繋ぐ為だと思うんだけど、これ何だろう?端末に繋ぐには大きすぎるし」

 

 ティルが見つけたのは、何かのケーブル。それは丁度コックピットの座席から出ており、それなりの長さに伸び縮みする。先端には、何かの端末に差し込めるような端子もある。これが大型のパソコンに付いているならまだしも、コックピットの後ろにこんなに大きいのがついているのは不可思議だ。

 

「コックピットの端末からは何かわからないのー?」

 

「わからない。かなり強力なプロテクトが施されてるし」

 

 調べてみようにも、そこはプロテクトが非常に強固で調べられない。まるでブラックボックス化されているエイハブリアクターだ。

 

「三日月くんに聞いてみようかな」

 

 こういうのは、持ち主に聞くのが1番早い。なのでニカは、寮のモビルスーツハンガーの隅っこにいるであろう三日月のところへと歩いていった。

 

「三日月くん、ちょっと…わぁ…」

 

 だが三日月のところについた時、ニカはつい後ずさりしてしまう。

 

「ふぅ…ふぅ…」

 

「はぁ…はぁ…」

 

「ぐうぅ…!きっつ…!」

 

 そこにいたのは、三日月、昭弘、チュチュの3人。三日月とチュチュは全身ジャージで、昭弘は下だけジャージで上はランニングシャツといった格好。そして3人並んで、腕立て伏せをしていた。3人共顔から汗が流れているが、三日月はまだ余裕そうな顔。昭弘は結構疲れが見えている。そしてチュチュは既に限界が近かった。

 

(ここだけサウナみたいな熱気がある…)

 

 3人共凄く真面目に腕立てをしているのだが、熱気が凄い。まるでバーニャだ。あと絵面がちょっと酷い。

 1人は華奢な女の子だが、1人は筋肉を纏う大男。そしてもう1人は細マッチョな体型の男。これに3人の声が合わさった結果、少し危ない絵面になりかけている。

 

「くっそ!そもそもあーしはお前らほど体力ねーんだぞぉ!!」

 

「だったら俺だって!お前らよりずっと体が重いんだからな!!」

 

 文句を言いながらも、チュチュと昭弘は腕立てを続ける。未だに余裕そうな三日月に負けたくないのだ。

 

「え、えっと三日月くん!ちょっといいかな!?」

 

 このままでは一向に話が聞けそうにないので、ニカは強引に三日月に話かける。

 

「え?何か用?」

 

 三日月、腕立てを中断してニカの方を向く。尚、体勢は腕立て伏せの状態のままだ。

 

「あのね、バルバトスのコックピットに、何か変なケーブル?みたいなのが付いているんだけど、あれって何かな?」

 

 ちょっと緊張しながらも、ニカは三日月に例のケーブルについて尋ねる。

 

「ああ。あれはパイロットスーツの情報収集用のケーブルだよ」

 

「え?情報収集用のケーブル?」

 

「うん。俺のパイロットスーツって少し特殊でさ、ちょっとした情報端末みたいになっているんだよね。で、バルバトスを動かした時の俺の情報を、そのままバルバトスに送っているんだ。まぁ、それを吸い出せるのはスレッタの母さんだけらしいけど」

 

「へー、そんなスーツなんだ。それもシン・セーの技術?」

 

「多分そう。スレッタの母さんがそう言ってたし」

 

 嘘である。三日月のこの発言は、バルバトスや自分の背中の阿頼耶識システムを誤魔化す為の嘘だ。阿頼耶識システムは、三日月やスレッタ、そしてプロスペラにとっても超重要な機密情報。おいそれと話す訳にはいかないし、誰かにバレる訳にもいかない。

 実際三日月のパイロットスーツは、プロスペラが特殊な細工を施していて簡単に情報が抜かれない仕様になっているし、バルバトスのコックピットもエアリアル並の超高度なプロテクトが組み込まれている。少なくとも、一介の学生には情報を抜き取る事は不可能だ。出来るのは精々、表面上のデータを見る事だけ。

 

 尤も、三日月の背中を入念に調べればバレてしまう可能性は高いのだが。

 

(本当にそれだけかなぁ…?)

 

 しかし、ニカはこの三日月の答えに納得がいっていなかった。確かにそういったスーツもあるかもしれないが、どうも違和感がある。だってそんな技術を、態々パイロットスーツに使うなんて普通はしない。コックピットに装置を取り付けるだけで十分の筈だし。

 

(ちょっとだけ調べてみようかな?)

 

 本当はいけない事だけど、やはり気になってしまう。そもそもニカには、調べないといけない理由もある。なので後でこっそり、バルバトスを調べる事にした。

 

「も、もう…あーし…無理ぃ…」

 

 丁度その時、チュチュが限界を迎えて地面に突っ伏した。腕を見てみると、小さくプルプルと震えている。因みに昭弘はまだ続けているが、結構限界が近いように見える。

 

「じゃ、俺続きするから」

 

「あ、うん。無理はしないでね?」

 

 そう言うと三日月は腕立てを再開。その顔は未だに余裕がある。

 

(三日月くん、相当鍛えてるよねこれ…)

 

 そんな三日月を見て、ニカは彼がかなり鍛えているのを確信。でないとこんなに腕立てなんて出来る訳が無い。もしも彼と敵対したら、少なくとも自分じゃ絶対に勝てないだろう

 

 その時だ。

 

「えええ!?本当か!?」

 

 ハンガー内に、アリヤの大きな声が響いた。

 

「どうかしたのアリヤ?」

 

 ニカがアリヤの方へ行くと、そこにはスレッタが端末を握りしめた状態で少しぼーぜんとしていた。

 

「あー、いや…その…」

 

 アリヤはどういえばいいか分からずに口ごもる。そんなアリヤに変わり、スレッタがニカに説明をする。

 

「えっと、その…今エランさんに、付き合って欲しいって、今連絡を受けて…受けちゃいました…」

 

『……』

 

 一瞬、地球寮内が静寂に包まれたかと思うと、

 

『ええええーーーー!?』

 

 皆は一斉に、大声で驚くのだった。

 

「え?何?」

 

 尚、三日月は良く意味がわかっていなかった。

 

 

 

 

 

 シン・セー開発公社本社 CEO室

 

「ふふ、お母さん嬉しいな。あのスレッタがこんなに成長して」

 

『えへへ。ありがとうお母さん』

 

 シン・セー開発公社のCEO室。そこにはスレッタの母親のプロスペラが、普段被っている仮面を外した状態で娘のスレッタと電話をしていた。内容は、最近学校であった事とかのたわいもない事ばかり。

 しかし夜遅かった為、あまり長い時間は電話できない。スレッタも明日は授業があるし、プロスペラも仕事があるからだ。

 

「それじゃ、おやすみスレッタ」

 

『うん。お休みなさい』

 

 そう言って電話を切る。そしてプロスペラは、普段被っている仮面を再び被る。

 

「ご息女ですか?」

 

「ええ。学校を楽しんでいるって。やはり行かせて正解だったわね。おまけに、明日はデートらしいわよ?」

 

「何と」

 

 電話を切ったプロスペラに話かける男性は、ゴドイ・ハイマノ。プロスペラの秘書兼ボディーガード。

 

「それでゴドイ。何か報告が?」

 

「はい。やはり御三家を初めとした多くのグループ内の企業が、ガンダムフレーム捜索部隊を編制中です」

 

「でしょうね」

 

 そして、とても優秀な諜報員でもある。彼は秘密裏に、グループ内の企業の動向を探っていた。その結果、やはり皆がガンダムフレームを探そうとしているらしい事が判明。

 

(おかげでエアリアルから視線を逸らす事が出来た。これなら大丈夫そうね)

 

 ほぼ全ての企業が、バルバトスばかりを見ている。これであれば、自分の計画を進める事が出来そうだ。

 

「それともうひとつ」

 

「何?」

 

 どうやらゴドイには、まだ報告があるようだ。なのでプロスペラは続きを聞く。

 

 

 

「見つけました」

 

「……どっちを?」

 

「両方です」

 

 

 

 そしてその報告は、これまでで1番衝撃的な報告だった。

 

「やはり、火星に?」

 

「はい。バルバトスにあった最後の戦闘データでは、火星のクリュセ平原になっていましたので、そこを中心に捜索しました。結果、バルバトスが発見された場所より200キロ南の砂漠で見つけました。それでも見つけるのに3年かかりましたが」

 

 実はプロスペラ、既にガンダムフレームの捜索を何年も前から行っていたのだ。水星でバルバトスのデータを解析していた際、厄祭戦のデータの吸出しにも成功。おかげでいくつかの厄祭戦の戦場の特定と、他のガンダムフレームやその他兵器の情報がわかった。本当なら大規模な捜索をしたかったが、そんな事をすれば他の企業にバレる可能性が高い。

 なのでとても慎重に、そして秘密裏に捜索を行っていた。結果として何年もかかってしまったが、その努力のかいはあっただろう。

 

「状態は?」

 

「両方とも原型が残っていますので、修理は十分可能かと。ただし、天使の方は動力が完全に破壊されているとの事です。見つかった場所がそれぞれ直ぐ近くでしたし、恐らくですが、金星で見つけた時と同じように、300年前に相打ちとなったのではないでしょうか?」

 

 十分にその可能性はある。状況的には金星の時に似ている。あっちはお互い、もつれるように埋まっていた。恐らく厄祭戦時に、接近戦で相打ちとなったのだろう。

 

「金星での件といい、私達は運が良いわね」

 

「金星の方は本当に偶然でしたけどね」

 

 金星の時は、よほど目を凝らさないとわからないくらいとても微小なエイハブウェーブを偶然見つけたので本当に運がよかった。因みにそれを見つけたのは、スレッタと三日月が模擬戦をやっていた最終日である。

 

「回収作業を行っている現地企業には念入りに言っておいてね。間違ってもモビルスーツを使って掘り起こす真似だけはしないようにって」

 

「了解しました」

 

「まぁ、エイハブリアクターを使っていないモビルスーツに反応はしないでしょうけど、念のためね」

 

 秘匿性を高める為、態々グループ外の火星の現地企業を雇っての捜索。当然、彼らに確信となる情報は与えていない。彼らは精々、大昔の兵器を発掘しているくらいの認識しかない。

 しかし何も知らないからこそ、危険性がわからずに、とんでもないヘマをしてしまうかもしれない。なので真実こそ話さないが、自分達がとても危ない作業をしている事だけは言い聞かせる。

 下手をすると、人類存亡の危機になりかねないし。

 

(私も気は抜けないわね。抜く気も無いけど)

 

 こうしてプロスペラは、他の企業に先んじてガンダムフレームを手に入れたのだった。そして自分も油断しないよう言い聞かせ、今後の事を考える。

 

 

 

 

 

「それにしても、孤児の子供ばかりの小さな会社なのに、よく仕事をしてくれるわね」

 

「ええ。そこは私も驚いています。本当に優秀な子供達ですよ」

 

「ふふ。今回はかなり危険な仕事をさせているし、少し報酬を上乗せしておきましょうか」

 

 

 

 

 




 いやね、バルバトスがルプスからルプスレクスに進化するにはあいつのドロップアイテムが必要じゃん?だから登場させておかないといけないんですよ。今後どうなるかは未定。それ以外は、まぁ今は匂わせ程度にしておきます。
 あとシャディクは別にマクギリス化はさせない予定です。

 変なところとや、矛盾点があればおっしゃってください。修正いたします。


 以下、前回書き忘れてたちょっとした設定とか

 昭弘・アルトランド

 地球寮所属のパイロット科3年生。全身筋肉の鉄血本編からのキャラ。本編では両親が宇宙海賊に殺害され、弟とも離れ離れになってしまったヒューマンデブリだけど、本作では宇宙海賊に襲われた際、偶然通りかかった木星企業の運送会社に助けてもらって事なきを得ている。
 そこで『いつか自分も家族を守れるくらい強くなる』と強く想い、アスティカシアのパイロット科を受験。そして合格。かなり身長の高い大男の為、地球寮の生徒と一緒にいるだけでちょっとした抑止力みたいになっている。それでもアーシアンのため、嫌がらせは受けてきた。
 親は地球で運送会社を経営している。そしていずれ、そこの護衛モビルスーツの隊長になるのが夢。弟がおり、最初は一緒にアスティカシアに行こうとしていたが、アスティカシアの学費が非常に高額で家からは1人分までしか捻出できないと言われ、1人で入学。弟は現在、会社で経営の仕事を親から学びながら働いている。
 因みに学園に来る前は、助けてもらった木星企業のモビルスーツ隊で訓練を受けていた。おかげでモビルスーツの操縦技術は学園でも上の方だったりする。しかし乗っているモビルスーツが旧式の為、それをあまり生かせていない。



 次回は本当に未定、どうか気長にお待ちください。


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逢引の裏で

 劇場版ガンダムSEED 公開おめでとう。 私はまだ観れてませんが、友達曰く『凄い良かった』との事。今度行きます。

 あと今更ですが、本作は基本的には水星本編通りの流れで行きます。でも最後のクワイエットゼロとかは多分かなりオリジナル入ると思う。
 まぁ、そこ書くのいつになるかって話ですけどね。


 

 

 

 

 

 地球寮 男子部屋

 

「スレッタが、あのエランとデートねぇ…」

 

「それもモビルスーツを使ったデートねぇ…」

 

 男子が就寝する部屋では、明日スレッタがペイル寮のエランとデートをするという話題で持ち切りだった。いくら男子が女子よりこういった話題をしないと言っても、全くしない訳では無い。やはり学生である彼らも、こういう話題には食いつくものなのだ。

 

 ただ、その内容は女子のように和気藹々とは少しだけ違う。

 

 実はエランがスレッタをデートに誘った時、どういう訳かスレッタのモビルスーツであるエアリアルも一緒にと言ってきたのだ。エラン曰く『興味があるから、一緒に乗せて欲しい』との事。

 これを例えるなら、モビルスーツを使ったドライブデート。もしくは、どこぞの怪異に好かれている男子高校生が体験した保護者同伴デート。そんな感じでだろう。正直、普通のデートでこんな事はしない。

 

「マルタン。これ、デートって名前のスパイ活動だったりしないか?」

 

「やっぱり、ティルもそう思う?」

 

「まぁね」

 

 その普通とは言えないデートに、地球寮の男子達は訝しむ。エアリアルは現在、禁止されている兵器であるGUND-ARM疑惑があるモビルスーツ。その戦闘能力は、非常に高い。

 実際、審問会ではエアリアルの興味深々な役員もいたくらいだ。尤も、彼らは今バルバトスに夢中なので、エアリアルに対する興味はほぼ失せてしまっている。

 しかしそれでも、エアリアルを欲しがる人はいる筈だ。だから地球寮の面々が、ペイル寮所属のエランがスレッタに近づいてきたと思うのも仕方が無い。

 無論、エランが本当にスレッタとデートをしたいからという可能性もあるが。

 

「なぁ三日月。お前はどう思ってるんだよ」

 

 オジェロは、ベッドに寝そべっているスレッタの幼馴染の三日月に尋ねる。彼ならば、今回のデートについて何か思う事があるかもしれない。

 

「スレッタがしたいって言ってたし、デートくらい別にいいんじゃない?」

 

「いいのかよ」

 

 だが三日月は、特にこれといって気にしていない様子。むしろデート推進派にすら聞こえる発言をする。

 

「そもそもエアリアルが欲しいとしても、白昼堂々スパイなんてしないでしょ」

 

「いやまぁ…それはそうかもしれんけど…」

 

 三日月の言う事は尤もだ。普通スパイ活動というのは、人知れずひっそりとやる。中には某007のようにド派手にするスパイもいるだろうが、普通はしない。

 もしエランがエアリアルの情報が欲しくてスパイ活動をするにしても、こんな白昼堂々はしない筈だ。どうせやるなら、スレッタに決闘を挑んで勝ち、エアリアルを手に入れた方がずっと安全だし。

 

 まぁ、実際はエランはそういうつもりでスレッタとデートをやるのだが。

 

「だとしてもお前、いいのか?もしかすると、スレッタがエランに獲られるかもしれねーんだぞ?」

 

 それはそれとして、オジェロにはもうひとつ気になる事がある。それはスレッタの事。三日月とスレッタは、水星から一緒にやってきた幼馴染。そんな幼馴染に、もしかすると恋人が出来るかもしれない。

 もしそうなったら、今後スレッタは三日月よりエランを優先するだろう。誰だって、家族より恋人を優先するのは当たり前だ。その事で、三日月はエランに嫉妬しないのか。リリッケ程では無いが、その辺が気になる。

 

「別に、弁当の人ならいいかな」

 

「マジかお前」

 

「だって良い人だし」

 

 だがそれも、三日月は別に気にしていない。というか、エランであればスレッタとくっついても良いとすら言う。これも全て、エランが最初に独房で拘束されている三日月に弁当を差し入れしていたおかげだろう。人は、第一印象がとても大事なのだ。

 

「ところでさ、話はちと変わるけど、この中でデートをした事ある奴いる?」

 

 スパイ云々の話は1度置いておくとして、オジェロは部屋にいる地球寮の男子達に質問をする。デート。それは男女が遊びに行く事を言う。実際、アスティカシアでもデートを行う生徒はいる。オジェロだって、そういうのに多少は憧れてもいるが、当然経験は無い。なのでデートがどういうものかよくわからない。

 だから部屋の中にいる皆に聞いてみた。ひょっとしたら、そういった話が聞けるかもと思って。

 

「んな暇なかったし」

 

 孤児であるヌーノは、そんな余裕など無かったので経験無し。

 

「特に興味が無い」

 

 ティルは特にそういった事に興味が無いらしく、同じく経験無し

 

「僕みたいなナヨナヨした男なんて、誰にも相手にされないし」

 

 マルタンは興味はあれど、誰にも相手にされなかった為経験無し。これだけ男が揃っていながら、誰もまともなデートというものをした事が無い様子。残念である。これがアーシアン差別かとオジェロは思う。

 

 と、その時である。

 

「あー、一応あるな」

 

『はぁ!?』

 

 昭弘がとんでもない発言をした。

 

「おいおい待て昭弘!!お前いつの間にそんな相手がいたんだよ!?」

 

「そうだぞ昭弘。非モテ同盟の誓いを忘れたか」

 

「俺はそんな誓い立ててねーぞ」

 

 オジェロとヌーノが昭弘に食って掛かる。これまで、そういう話を1度もした事が無く、最もそういう話題から縁遠いと思っていた昭弘がまさかのデート経験者。こんなの、驚かない筈が無い。

 

「デートって言ってもな、学校に来る前に、世話になっていた企業の人と一緒に出掛けたってだけだ。丁度コロニー内で縁日みたいなのやってて、そこで一緒に食べ歩きしたり、射的でクマのぬいぐるみ獲ったりしたくらいだ。もう何年も前だぞ」

 

「十分デートじゃねーか」

 

 昭弘の話にヌーノは突っ込む。縁日に2人きりで出かけて、出店を見て回るなんて、誰がどう聞いたってデートだ。ただのお出かけで、こんな事はしないだろうし。

 

「それどんな子だ!?」

 

「いや近けぇよオジェロ。どんなって言っても、俺より6つ年上で、俺にモビルスーツの操縦技術を叩き込んでくれた恩人だ。今も木星圏の企業で働いている」

 

「と、年上のパイロットのお姉さん…!」

 

 昭弘が言う年上という単語にオジェロは反応する。思春期の男子に、年上の女性というのは非常にそそられる単語だからだ。男子なら、誰だって経験がある事だろう。

 

「写真とかねーのか?」

 

「無いな。会社に戻ればあるだろうが、俺はそういうの持ってない」

 

 出来ればそのご尊顔を拝んで見たかったが、生憎昭弘は写真を持っていないらしい。

 

「一体どんな人なんだ…パイロットだから、やっぱりスタイル抜群で茶髪の巨乳とか?」

 

「それもあるかもだが、個人的には銀髪で腹筋が割れてて、ちょっとツリ目のクールな人が思い浮かぶ」

 

「わかる。それもいいよな」

 

 2人で色々妄想する。パイロットであれば、少なくとも肥満体系ではないだろう。じゃないとパイロットスーツを着れないだろうし、アスティカシアに所属しているパイロット科の生徒も皆スタイルが良い傾向があるからだ。スレッタもこれに当てはまる。

 そこに年上という要素が加われば、色々妄想し放題だ。

 

「気持ち悪ぃ…」

 

 そんな2人を、昭弘は冷めた目で見る。そしてもし、そのパイロットのお姉さんが学園に来る事があっても、絶対に2人には会わせない様にしようと決めた。

 

「えっと、三日月。因みに君は?」

 

「ある訳ないじゃん。そもそも水星って何も無いとこだし」

 

「ははは、だよね…ごめん…」

 

「何で謝るの?」

 

 そんな2人をよそにマルタンが三日月にデートについての質問をするが、三日月も自分と同じで経験など無いらしい。そもそも水星には、本当に娯楽施設なんて無い。精々、エアリアルのデータにあるアーカイブ映像を見るか、ゲームをするかくらいだ。そんな場所でデートなんで、出来ないだろう。

 

 最も、デートをしてなくても2人は常に一緒にいたので、ある意味毎日デートしていたようなものかもしれないが。

 

「あ、俺だ」

 

 そうやって皆が話していると、三日月の携帯端末が鳴る。三日月はそれを手に取り、画面を見ると、

 

「……プロスペラ?」

 

 そこには、スレッタの母親であるプロスペラの名前が表示されていた。

 

 

 

 

 

 翌日 モビルスーツハンガー

 

 そこでは地球寮の皆が、エアリアルをコンテナに積み込んでいた。スレッタはエランとの約束通りに、エアリアルと一緒にデートに行くつもりだ。

 皆が協力してくれたおかげで、作業は順調に進んでいる。これなら、エランとの約束の時間に間に合いそうだ。

 

「スレッタァ!!あんた私の言葉忘れたの!?御三家は敵だって言ったでしょうが!!だって言うのにエランとデート!?ふざけんじゃないわよ!!」

 

 ただ1人、もの凄い剣幕で反対しているミオリネがいるのが不安だが。というかミオリネには黙っていた筈なのに、一体彼女はどこで今回のデートの事を知ったのだろうか。もしかすると、グラスレー寮寮長辺りから入れ知恵でもあったのかもしれない。

 

「さぁスレッタ先輩!私達がミオリネ先輩を抑えている間に!」

 

「行ってらっしゃい」

 

「え、えっと!ありがとうございます!」

 

 リリッケとティルがミオリネを抑えながら、スレッタに早く行くよう促す。それを聞いたスレッタは、そそくさとコンテナに乗り込む。

 

「スレッタァ!ロミジュリったら許さないからね!!」

 

 ミオリネのよくわからない言葉を聞いてか聞かずか、スレッタはあっという間にコンテナを発進させるのだった。

 

「ていうか三日月!!三日月はどこに行ったのよ!?あいつ、自分の幼馴染が別の男とデートしに行ってるこの状況に何もしない訳!?今だけエラン殴るの許可してやるから出てきなさいよ!!」

 

 去って行くコンテナを見ながら、ミオリネは三日月を探す。小さい頃から一緒にいる異性の幼馴染が別の男の毒牙にかけられるかもしれない状況なのに、何もしない事に腹が立つからだ。完全にただの八つ当たりではあるのだが、せめて1回何か言わないと気が済まない。

 

 そんなミオリネに、ヌーノが答える。

 

「あー。三日月だったら、昨日の夜にシン・セーから呼び出し食らって、朝1のシャトルで本社に向かったぞ」

 

「は?」

 

 三日月は今日、学校にはいない事を。

 

 

 

 

 

 シン・セー開発公社 本社手術室

 

「久しぶり、三日月くん」

 

「ん」

 

 三日月は昨夜、プロスペラから連絡を受けて、シン・セー本社の最奥にある手術室へと1人でやってきていた。ここは、シン・セー本社内で最も警備が厳重な部屋。もし許可が無い者がここに来ようとしたら、対人武装が施されたハロが沢山襲い掛かって来るだろう。三日月がここに簡単にこれたのは、ひとえにプロスペラの許可があったからである。

 

「本当なら少しお茶でも飲みながら色々お話したいんだけど、あまり時間も無いし、何より貴方はそういうの好きじゃないだろうから、さっさとやりましょうか」

 

「わかった」

 

 プロスペラに言われ、三日月は服を脱ぎ、上半身裸になる。そして黙って、中央にある手術台の上にうつ伏せに乗る。

 

「じゃ、始めるわよ」

 

 手術台にうつ伏せになった三日月の背中に、プロスペラは先端に特殊な器具が付いたチューブを差し込む。

 

「っ」

 

 一瞬、三日月の頭に痛みに似た感覚が伝わる。阿頼耶識システムを通して、脳に直接情報が一気に流れ込んできたからだ。

 だが三日月は、その感覚を我慢し飲み込む。そしてプロスペラは、そんな三日月の事をあえて無視して、室内に設置されている端末を使い三日月の体を診断する。

 

「ふむ。阿頼耶識は問題なさそうね。体になにか違和感とかは無い?」

 

「特に無いね」

 

 端末に映るのは、三日月に埋め込まれている阿頼耶識システムの情報。プロスペラはその情報を見ながら、キーボードをカタカタと打つ。

 そう。これは三日月の阿頼耶識システムの調整なのだ。阿頼耶識は、プロスペラがバルバトスから抽出したデータにより再現された大昔の技術。このおかげで、三日月はバルバトスを完璧に近い形で動かせる。

 しかし、体にナノマシンを埋め込むというのはプロスペラでも経験が無かった事。もし今後、三日月の体に不調があったら申し訳が無い。なのでこうして、定期的な診断をしているのだ。

 

「三日月くん。学校は楽しい?」

 

「まぁね。水星じゃ出来なかった事が出来るのは楽しいよ」

 

「ふふ、楽しんでいるならよかったわ」

 

 阿頼耶識のチェック中、プロスペラは三日月と会話をする。

 

「スレッタは、どうかしら?」

 

「楽しんでいるよ。今日も弁当の人とデートするみたいだし」

 

「……そう。すっかりティーンエイジャーの学生みたいになったわね」

 

 その話は、昨夜スレッタ自身から聞いているのでプロスペラも知っているが、弁当の人とはなんだろうか。間違いなく三日月がエランに付けたあだ名なのだろうが、何がどうしてそんなあだ名が付けられたかがわからない。恐らく、エランが初対面時の三日月に弁当を渡しでもしたのだろうが。

 

「ところで前に決闘していたけど、バルバトスはどうだった?」

 

「凄く良かったかな。まるで自分の体みたいに動いてくれるし、6感ていうの?あれがバルバトスを通して自分の中に入ってくれるから、例え真後ろに敵がいてもすぐ気が付くし」

 

「成程。阿頼耶識様様ね」

 

 話題は学校での生活から、決闘で使用したバルバトスについて。バルバトスは阿頼耶識システムを使用しているガンダムフレーム。その戦闘能力は、現在存在しているモビルスーツを凌駕している。

 尤も、これでも決闘用にリミッターが掛かっている状態なので、その力を完璧に発揮している訳では無いのだが。仮にバルバトスがその力を遺憾なく発揮したら、エアリアルでも勝てないだろう。

 

「そうそう。スレッタに怪我をさせた生徒を殴ったって聞いたけど、今後はあまりそういうのはやめた方がいいわよ。そんな事ばかりしてると、敵しか作らないから」

 

「それトマトの人にも言われたからもうしないよ。でも、スレッタに怪我させたらやっぱり許せない」

 

「貴方のスレッタを守りたいって気持ちはわかるけど、あまり目立ってはダメ。やるなら決闘でやりなさい」

 

「それもトマトの人に言われたよ。ていうか、まだ?」

 

「まだね。もう少し我慢して」

 

 プロスペラによるこの阿頼耶識システム診断の時間は、三日月にとって退屈でしかない。これがないとバルバトスを扱えないので仕方が無いが、それでも退屈なのは退屈。体は動かす事が出来ないし、プロスペラとの会話はあまり楽しくない。何より、何か裏があるプロスペラに体を弄られている感覚が好きじゃない。

 

(まだかなぁ…)

 

 退屈な思いをしながら、三日月はそのままプロスペラと多少の会話を挟みながら、時間が経過するのを待つのだった。

 

 

 

 30分後―――。

 

「はい、終わり。これで今日の診断は終わりよ」

 

「問題無いの?」

 

「ええ。体も阿頼耶識も問題無いわ」

 

 ようやく、この退屈な時間が終わった。診断の結果、三日月も阿頼耶識も問題無し。これなら、再びバルバトスに乗って戦う事が出来る。

 

「学園行きのシャトルは40分後に出発予定よ。まだ少し時間があるけど、1度シャワーでも浴びる?」

 

「別に汗とかかいてないからいいよ。シャトルの待合所で待ってる」

 

「そう。なら気を付けて帰ってね。それと、もし学校で体に不調があったら直ぐに連絡して」

 

「わかった」

 

 スレッタであればまだプロスペラと会話とかするのだろうが、生憎三日月にそんな気持ちは無い。未だにプロスペラの事をイマイチ信用していないし。なのでさっさと帰りたい。

 

「あら?何かしら?」

 

 三日月が帰り支度をしている時、プロスペラの端末が鳴る。プロスペラはそれを手に取り、電話をする。

 

「…そう。わかったわ」

 

 通話時間は数秒で終わり、直ぐにプロスペラは電話を切る。

 

「どうかした?」

 

 特に気になった訳ではないが、三日月を聞いてみた。

 

 

 

「御三家のペイル寮のエラン・ケレスと、ジェターク寮のグエル・ジェタークが決闘をするらしいわよ」

 

「へぇ、そうなんだ」

 

 

 

 スレッタであれば驚く事をプロスペラは言うが、三日月は特に驚く事も無く、簡単な相槌を打つのであった。

 

 

 

 

 

 ジェターク寮 視聴覚室

 

「カミル。今のところをもう1度再生してくれ」

 

「わかった」

 

 時間は少しだけ遡る。ジェターク寮内に設置されている視聴覚室では、グエルと弟のラウダ。そしてジェターク寮メカニック科の3年生、カミル・ケーシングを初めとしたジェターク寮の生徒達が、先の決闘の映像を見直していた。今後、またスレッタや三日月と決闘した時に備えてである。

 

「やっぱり、動きが有機的すぎるね、兄さん」

 

「ああ」

 

 映像は、三日月のバルバトスが、ジュリエッタのレギンレイズの背後からの攻撃を避けているところ。この時のバルバトス動き、いくらなんでも人間的が過ぎる。正直、不気味だ。

 

(これがガンダムフレームの性能ってやつなのか?だとしたら、化け物過ぎるだろ)

 

 かつて、人類を滅ぼそうとした天使を打ち払ったモビルスーツシリーズ、ガンダムフレーム。恐らく当時の人類は、持てる全てをこのガンダムフレームに詰め込んで開発したのだろう。なんせ人類存亡の危機だったのだ。出し惜しみをしている場合では無い。

 結果、人類滅亡は回避され、今も人類は生存している。それだけの技術力を注ぎ込んでいるから、まるで人間のような動きが可能となっているのだろう。少なくとも、ジェターク社のディランザやダリルバルデではこんな動きは出来ない。

 

「グエル、普通に数で押す戦法はどうだ?いくら伝説と言われていても、物量には勝てないだろ」

 

「いや、こいつにそんな単純な戦法が通じるとは思えない。そもそもビーム兵器が効かないんだ。ただ数で押しても、まともなダメージが通るかわからない。倒すなら頭部のヘッドアンテナを狙った狙撃戦か、物理兵器による格闘戦なんだが…」

 

「それをやると相手の得意分野になるから、今度はこっちが不利になると。おまけのこの動き、背後からの攻撃を綺麗に避けているし、下手な狙撃も通用しない可能性があるな」

 

 「兄さん。こいつにはかなり高性能な駆動システムと、それを動かせるだけのシステムが組み込まれてるって考えてもいいかな?」

 

「ああ。だとしても、この動きは不気味だが…」

 

「誰かがバルバトスに引っ付いて動きを止めて、その間に狙撃するのは?」

 

「それ誰がやるんだよ。ほぼ肉盾扱いだぞ?」

 

「そうだそうだ。下手したら死にそうだし」

 

 3人を初めとして、視聴覚室にいる生徒達は案を出し合いながら話し合う。彼らジェターク寮にとって、このまま負けたままなんてあり得ないからだ。そんなの、プライドが許さない。無論、プライドだけの問題では無い。企業の人間らしく、利益的な話だってある。

 

(恐らく父さんは、ガンダムフレームを手にしようとしている。1番手っ取り早いのは現物入手だが、正直こいつに勝てる気がせん…)

 

 ガンダムフレームを手にする事ができれば、総裁の座に一気に近づける。なんせ永久機関ともいえるエイハブリアクターが2基も積んであるのだ。これを手にして増産できれば、エネルギー分野でトップになれるし、補給無しで動けるモビルスーツも開発出来切る。

 その為にはバルバトスを手に入れればいいのだろうが、少なくとも今のグエルは自分では勝てないと思っている。それだけ、バルバトスと三日月は強敵なのだ。

 おまけのあちらには、スレッタとエアリアルもいる。この2機がタッグを組んだ場合、勝てる未来がまるで見えない。エアリアルのガンビットの飽和攻撃に、バルバトスの近接攻撃。あまりに凶悪なコンボである。

 なのでこうして、映像を何度も見返して相手を分析しているのだ。相手を分析していけば、いつかは弱点だって見つかる筈だと思い。

 

(だがこのままなんてごめん被る。何時か必ず俺の手で2機とも倒してやる!)

 

 グエルは闘志を燃やし、必ずエアリアルとバルバトスを倒すと誓う。

 

 まぁ、今のグエルは父親から決闘を禁止されているので、仮に相手の弱点を見つけたとしても決闘が出来ないのだが。

 

「グエル先輩!大変っす!!」

 

「あ?どうした?」

 

 そうやって映像を見返していると、後輩のフェルシーとペトラが視聴覚室に慌ただしく入ってきた。

 

「氷の君と水星女が、デートするって!!」

 

「……あ゛あ゛?」

 

 そして無視できない事を、グエルに報告するのだった。

 

 

 

 

 

 エラン・ケレスは、強化人士と言われる強化人間である。非人道的は実験をされ続け、人権なんてモルモットのような扱い。そんな憂鬱な毎日を送っていた。

 そんな彼にとって、自分と同じかもしれないスレッタと三日月は、ある種特別な存在だった。本社からの命令もあるが、個人的に2人とは接触しておきたい。

 だから、こうしてデートのような形でスレッタと2人きりになったのだ。

 

「そうか。彼とは水星で」

 

「はい。三日月とはもう10年近い付き合いで。あ、でも三日月の生まれは火星なんですよ。色々あって水星に来たらしくて」

 

「成程。彼のご両親は?」

 

「三日月が小さい頃に水星の落盤事故で亡くなってて、私も会った事は無いんです。でも確か、モビルスーツの技師だったとか聞いた事が」

 

「ふぅん」

 

 エアリアルのコックピット内で、エランはスレッタと会話をする。内容は、スレッタと三日月の事。本社の命令通り、彼は情報を集めているのだが、これといって大した情報は出てこない。

 

「あのバルバトス、ガンダムフレームをどこで見つけたんだい?」

 

「…ごめんなさい。それはちょっと誰にも言っちゃいけないってお母さんに言われてて…」

 

「そっか。ごめん」

 

「い、いいえ!エランさんが謝る事じゃありませんから!」

 

 確信を突く質問をしても、流石にはぐらかされる。

 

(仕方が無い。先ずはエアリアルから調べよう)

 

 この際、バルバトスは後回しだ。今はこの、エアリアルから調べよう。

 

「スレッタ・マーキュリー。少しでいいから、僕にエアリアルを操縦させてもらっていいかな?」

 

「え?エランさんが1人でですか?」

 

「大丈夫。君の大切な家族を壊したりしないから」

 

 スレッタに許可を取ったエランは、エアリアルを1人で操縦する。その間、スレッタは演習区画に1人で立っていた。

 そしてエランはパーメットスコアを上げ、このエアリアルが間違いなくGUNDーAUMである事を確信。

 

(だが、頭にいつも来るあの不快感が無い…だとすれば、呪いをクリアしているのは…)

 

 何時もならくる筈の、脳みそに手を突っ込まれているような感覚が無い。それに、体のパーメットも反応しない。つまり、ガンダムの呪いを克服しているのはエアリアル。

 

「ふざけるな…なんだそれは…」

 

 自分と同じだと思っていたのに、スレッタはそうじゃなかった。恐らく、三日月も違うだろう。その事実が、エランを苛立たせる。

 

「スレッタ・マーキュリー…君は僕とは違う…!」

 

 その後、エアリアルから降りたエランは、八つ当たり同然な態度でスレッタを突き放す。突然のエランの態度の豹変、そしてエアリアルを侮辱された事。何よりエランに酷い事を言われたスレッタは、そのまま静かに涙を流す。

 

 そして丁度この時、その場にグエルが現れた。スレッタが泣いているのを見たグエルはエランに詰め寄る。するとエランは、突然グエルに決闘を申し込んできた。グエルはこれを了承。

 

 こうして、グエルとエランは決闘する事になったのだ。

 

 

 

 地球寮

 

 画面の向こうでは、既にグエルとエランの決闘が開始される寸前。そんな状況で、スレッタは地球寮の談話スペースで皆と決闘を見守っていた。

 

「一応話は聞いてるけど、何でああなってるの?」

 

「決まってるじゃないですかミオリネ先輩!!2人がスレッタ先輩を巡ってですよ!!」

 

「へぇ…?モテモテね?スレッタ?」

 

「いや違いますよミオリネさん!?私だって何でああなったかよくわからないんですから!!」

 

 リリッケの説明に納得しかけるミオリネに焦るスレッタ。けど本当にどうしてああなったのか知らないのだ。なんか自分を置いてきぼりにして、突然決闘が決まったし。それに異議を唱えても、シャディクから『これはエランとグエルの決闘だから』と聞き入れてもらえなかった。

 

「それにしても良い展開ね。あいつらには潰し合って貰おうじゃない」

 

「いや性格悪すぎだろこのクソスペお嬢様…」

 

「失礼ね。立派な作戦を言ってるだけよ」

 

 御三家の2人が決闘をする。これはミオリネにとっては嬉しい展開だ。なんせ勝手に潰し合うのだから。いっそこのまま共倒れくらいしてほしいくらいである。

 

「あれ?ザウォードじゃない?」

 

「何だあれ?まさかペイル寮の新型か?」

 

 決闘場にはグエルが乗るディランザと、見た事が無いモビルスーツがいた。エランが何時も乗っている、ザウォードのカスタム機じゃない。全体的に細く、黒っぽい。装備は物理的にに長いビームライフル。そして背中には飛行ユニットが付いている。恐らく、ペイル寮の新型だろう。

 

 こうしてグエルのディランザとエランの新型が対面し、2人の決闘が開始されるのだった。

 

 

 

「へぇ。弁当の人、新しいモビルスーツに乗ってるんだ」

 

 学園行きのシャトルの中。三日月は自分の携帯端末を操作して、決闘を見ていた。本当なら学園で直接見てみたかったが、流石に間に合わなかったからである。

 

「それにしても、ホルダーじゃない人、なんか怒ってる…?」

 

 決闘を見ながら、三日月はグエルの戦い方を見て違和感を感じていた。何というか、戦い方がかなり荒っぽい。モビルスーツの操縦は、パイロットの精神がモロに出る場合がある。多分だがグエルは今、何故か怒っている状態で決闘をしているのだろう。

 

 序盤はグエルが常に攻めていたのだが、その流れは突然変わる。エランの乗る新型から、ドローン兵器が射出されたからだ。

 

「なんか、エアリアルみたいだな」

 

 まるでエアリアルのエスカッシャンを使ったような戦い方。赤いレーザーのような攻撃が、グエルに降り注ぐ。しかし、これで負ける程グエルは弱くない。

 

「やっぱり、ホルダーじゃない人強いな」

 

 並みのパイロットなら、この攻撃で負けているだろう。しかし、グエルは元ホルダー。まるで雨の様な攻撃をかわしながら、エランに近づいていく。

 

(金星の事を思い出すなぁ)

 

 2人決闘を見て、三日月は金星でスレッタとやった模擬戦を思い出す。あの時は、スレッタとエアリアルの攻撃を自分もグエルみたいに避けていた。

 しかしグエルは、それを重量機体のディランザでやっている。これが出来る辺り、やはりグエルは強いと三日月は再認識。

 

「あ、当たった」

 

 あと少しでエランに辿りつくといった時、突然グエルのディランザが動きを止めて、そのままエランの攻撃にハチの巣にされる。後はこのまま、頭部のアンテナを破壊すればエランの勝ちだ。

 

「……何してんだろ、弁当の人」

 

 しかしエランは直ぐにトドメを刺さずに、グエルのディランザをまるで嬲り殺すようにビームを打ち続ける。そのビーム攻撃を避ける事が出来ず、ディランザは両腕を失い前に倒れた。そこにエランは態々近づき、ディランザの頭を掴む。

 

「何だか、弁当の人も怒ってる?」

 

 さっさとトドメを刺せばいいのに、態々こんな事をする。もしかしたら、エランも何時もの冷静さを失っているのかもしれない。

 

「なんか、今の弁当の人ヤダな…」

 

 今のエランに、三日月は不快感を示す。まるでエランが、何時ものエランじゃない気もした。正直、今のエランは好きじゃない。

 

 そしてエランの乗る新型が、グエルのディランザのヘッドアンテナを握り潰した事で、決闘はエランの勝利となったのだ。

 

 

 

 

 

 決闘が終わり、あと少しで学園に着くと言った時、三日月の携帯端末が鳴った。

 

「スレッタ?どうかした?」

 

『あ、えっとね…』

 

 相手は幼馴染のスレッタ。しかし、その声は戸惑っているように聞こえる。

 

『あのね三日月、私、エランさんに決闘挑まれちゃった…』

 

「……何で?」

 

『わ、わからない…でも、私が負けたら、エアリアルをよこせって…』

 

「は?」

 

『あと、私との決闘が終わったら、三日月にも決闘を挑むって…勝ったら、バルバトスをよこせって…」

 

「あ?」

 

 そしてこの瞬間、三日月のエランに対する好感度が爆下がりしたのだった。

 

 

 

 

 




 現在の三日月の好感度

 1位 スレッタ
 2位 エラン(ただし今日下がりまくった)
 3位 ミオリネ&地球寮の生徒
 それ以下
 プロスペラ、グエル、シャディク、ジュリエッタ等々。



 本編とあまり変わらないところは、今後カットしていく予定。

 次回もいずれ投稿しますので、どうか気長にお待ちください。


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VSエラン 1

 タイトルVSエランですが、今回はまだ決闘の導入までです。本番は次回から。

 そして劇場版SEED見てきました。 いや凄かった。

 それとお気に入り登録、感想、そして誤字報告本当にありがとうございます。励みになっております。

 追記・最後のエランの台詞を少し変えました。


 

 

 

 

 

「ええ。魔女はペイルにいたわ。それも随分懐かしい顔がね」

 

『そうでしたか』

 

 プロスペラはベネリットグループ本社の通路を歩きながら、ゴドイに連絡を取っていた。彼女は先程まで、とある人物を会話をしていた。

 その人物とは、ベルメリア・ウィンストン。ペイル社のモビルスーツ、ファラクトの開発主任であり、プロスペラのかつての同僚の魔女。

 

 つまり、ヴァナディース機関の生き残りである。

 

 21年前に起こったヴァナディース事変。あの時ベルメリアは、運良くフォールクヴァングにいなかったため難を逃れる事に成功。

 しかし運が良かったのもそこまで。どこかに潜伏しようとした矢先にペイル社に捕まり、彼女はペイル本社に連行される。そこでベルメリアは、自分達に協力するかどうか選べと選択肢を与えられた。

 尊敬していた先輩であるプロスペラは、娘とルブリスと共に行方知れず。そしてかつての同僚は、自分以外既に殺されている。

 もしここで協力しなかれば、自分も他の皆と同じように処分されるだろう。そんなのは嫌だ。皆みたいに殺されるなんて絶対に嫌だ。

 だからベルメリアはペイル社に協力し、GUND技術を提供した。おかげで今まで生き残る事ができて、ペイル社でもかなりの地位を手にする事もできたのである。その結果、こうしてかつての先輩であるプロスペラと再会できたのだった。

 

 尤もその再会は、感動の再会とはとても言えないものであったが。

 

『それで、決闘はどうします?相手はエアリアルと同じモビルスーツとそれを扱える強化人士。今なら彼と共に2対1で決闘をする事も可能ですが』

 

 ゴドイはプロスペラに提案する。相手はエランとファラクト。そしてファラクトは、エアリアルと同じGUNDーARM。しかもエアリアルより機動力がある。苦戦を強いられる可能性がかなり高い。

 

 だがこちらには、ガンダムフレームであるバルバトスがある。

 

 バルバトスにはビーム兵器がほぼ効かない。これはアスティカシアの決闘ではとっても有利だ。なんせ決闘で使うモビルスーツの主兵装は、全てビーム兵器。中には質量兵器である近接武器を使うモビルスーツもいるが、射撃武器は例外なくビーム兵器だ。

 これは、実弾兵器が条約で禁止されているからである。おかげでドミニコス隊のモビルスーツでさえ、主兵装はビーム兵器だ。

 

 そしてもし、バルバトスをエアリアルの盾扱い、または前衛として相手の攻撃を全て受け、その間にエアリアルがビームライフルでファラクトを攻撃するという戦いをすれば、難なくファラクトにも勝てるだろう。

 例えそうでなくても、バルバトスがファラクトに接近戦を挑み、エアリアルが後方から援護をする戦い方でも問題は無い。

 勿論、先の決闘で使っていたファラクトのGUNDビットが心配ではあるが、三日月ならあの攻撃だって避けられるだろう。なんせ彼には、阿頼耶識システムが埋め込まれているのだから。

 

「いいえ。今回の決闘はスレッタとエアリアルだけでやらせるわ」

 

 しかし、プロスペラはゴドイの提案を却下。今回は、スレッタとエアリアルだけで決闘をやるらしい。その為にも、あとでスレッタに連絡をしれておかないといけないとも思う。

 

『少々心配ですが、大丈夫でしょうか?』

 

「心配?大丈夫。エアリアルは勝つわ。だって、私の可愛い娘だもの」

 

 それはスレッタに対する信頼か、それとも自分が開発したエアリアルか。

 

 こうしてスレッタとエランは、1対1で決闘を行う事となったのだった。

 

 

 

 地球寮

 

「で、どうしてあいつは決闘を持ちかけてきたの?」

 

「えっと、よくわからない…多分だけど、私が誕生日を聞いたからだと思う…」

 

 地球寮の談話室では、三日月がスレッタに決闘する事になった経緯を聞いていた。その近くにはミオリネや、他の地球寮メンバーもいる。

 因みにだが、スレッタは自分が泣いた事は言っていない。もし三日月に言ったら、絶対に大変な事になるからである。主にエランが。

 

「にしても、うっとおしいか。氷の君は随分と酷い事を言うんだな」

 

「自分から誘ってきてんじゃねーのかよ。あのクソスペーシアン」

 

「つーかそもそもエランの奴はなんで突然キレたんだ?」

 

「さぁ?誕生日に碌な思い出が無いとか?俺もねーし」

 

 皆もスレッタから経緯は聞いている。何でもエアリアルでデート中に、エランは突然スレッタに酷い事を言ってきたらしい。

 しかも、スレッタは別にエランを罵倒したり酷い事を言ったりとかしていない。なのに突然エランは怒った。

 

「スレッタの前に俺があいつと決闘やろうか?それか、2人であいつを倒すとか」

 

 そして三日月は既に、エランに対する好感度が下がりまくっている。エランの事を弁当の人じゃなく、あいつと言っているのが良い証拠だ。

 そもそもスレッタの話曰く、エランは突然態度を豹変させている。意味がわからないが、そのせいでスレッタが悲しんだのなら許す事はできない。

 なので2対1でボコボコにしようと考えているのだ。しっかりと落とし前をつけないと気が済まないし。

 

「ううん。私がエランさんから決闘を挑まれたんだし、先ずは私がエランさんと決闘するよ。それに2対1ってなんか卑怯な気するし、お母さんにも『今回は1人で戦いなさい』って言われたし」

 

 しかしスレッタは今回、エランとは1対1で決闘をするつもりのようだ。母親であるプロスペラに言われたというのもあるが、そもそも2対1は卑怯な気がする。

 それに、いつまでも三日月とバルバトスに頼ってばかりではいけない。それでは自分も成長できないからだ。だから今回は、1人で戦う。

 

「スレッタがそれでいいならいいよ」

 

 そして三日月は、スレッタの意見に賛成する。スレッタがやる気を出しているのならそれに越したことはないし、スレッタを信じているからだ。

 

「そもそもあんたがチョロすぎなのよ。ちょっと優しくされたからって簡単にデレデレして」

 

「ミオリネさん…」

 

 だがミオリネは簡単に納得していない。イライラしているのを隠そうともせず、スレッタに対して強い言葉であたる。

 

「というか1番ムカツクのは、私になんの相談も無しにエランと決闘の約束をしてきた事よ」

 

「う…ごめんなさい…」

 

 それはその通りだろう。だってもしスレッタがエランに負けたら、ミオリネの婚約者はエランになる。そしてあのペイル社が、次期総裁に名乗り出るだろう。そんなのごめん被る。

 だからせめて、花嫁である自分に一言言って欲しかったというのに、スレッタは勝手に話を進めていた。これはミオリネが怒るのも仕方が無い。

 

「お前スレッタを信用してないの?」

 

「違うわよ。信用しているからこそ相談して欲しかったの」

 

 三日月はミオリネにそう言うが、これは信用とかそういった話では無い。どちらかというと報連相である。

 

「負けたら絶対に許さないから」

 

「は、はい」

 

 ミオリネはそう言うと、談話室から出ていった。

 

「まぁ、今回はミオリネさんの言う通りじゃないかな。一言言うべきだったていうのは私も思ったし」

 

「そうですよね…」

 

 ニカもミオリネと同じ気持ちだった。こんな大事な事、勝手に進めて良い訳が無い。だってミオリネにとっては人生が掛かっているようなものなのだから。

 

「過ぎた事はもうしょうがない。今後気を付けたらいいって。それより今は、明日の決闘の宣誓が大事だし」

 

「そうですね。それでスレッタ先輩。エランさんにどんな事を要求するんですか~?」

 

「え、えっと…今は思いつきません…」

 

 アリヤとリリッケの言う通り、明日は決闘前の宣誓がある。そこでスレッタは、エランに決闘に勝ったら何をするかを要求できる。だがスレッタは、それが思いつかない。

 

「あのジェタークのボンボンが言ってたみたいに学校から追い出せばいいじゃねーか」

 

「もうチュチュ。そういう話じゃないと思うよ?」

 

 チュチュはそんな提案をするが、ニカに止められる。

 

「ペイル寮にうちを支援してもらうっていうのは?」

 

「ダメじゃねーか?それ下手したらバルバトスやエアリアルの情報抜き取られるぞ」

 

「あー…それもそうだな…」

 

 オジェロは地球寮を支援して貰うという提案をしてみるが、これは少しでもミスをしたらエイハブリアクターの情報を取られかねないとヌーノに言われたので却下される。

 

「まぁ、明日の放課後までに考えればいんじゃないかな?今日はもう遅いし、皆寝よう?」

 

「マルタンの言う通りだ。今日はもう寝た方がいい」

 

 マルタンと昭弘に言われ皆が時間を確認すると、既に深夜0時になろうとしている。確かにもう遅い。これ以上起きていると、明日に響きそうだ。

 

「だな。じゃあシャワー浴びて寝るか」

 

「賛成。もう明日考えよう」

 

 オジェロとヌーノがそう言い、席を立つ。それに続いて、他の皆も立ち上がる。

 

「じゃあスレッタ、おやすみ」

 

「うん、おやすみ三日月。そして皆さんも」

 

 こうして皆は、談話室からそれぞれの部屋へと帰るのだった。

 

 

 

 

 

 そして翌日の放課後。地球寮では皆が頭を抱えていた。

 

「ふ、フロント外宇宙域…」

 

「おまけにエアリアルには推進ユニットが無い、と」

 

「マズイよ!これかなりマズイよ!ペイル社のモビルスーツは機動力が売りなんだ!ましてや相手は新型だし、これじゃあ…!!」

 

「うん。あの装備だけじゃ不安だな」

 

 決闘ラウンジで宣誓をしてきたスレッタだったが、その決闘の場所が問題だった。場所は、フロント外宇宙域。遮蔽物が碌にないただっ広い空間である。

 そしてエアリアルには、そんな空間で自由に動ける推進ユニットが無い。このままじゃ不利なんてものじゃない。間違いなく碌に動けずに負ける。

 

「バルバトスなら全然大丈夫なのに」

 

「え?そうなの三日月くん?」

 

「うん。バルバトスはあのままでも宇宙で自由に動けるからね」

 

「それもエイハブリアクターのおかげ?」

 

「多分」

 

 エアリアルと違い、バルバトスにはそういった推進ユニットは必要ない。あのままの姿で自由に戦えるらしい。当然ペイル社のファラクトより機動性は落ちるだろうが、それでも十分すぎるだろう。

 

「やっぱり今からでも、俺が決闘を変わろうか?」

 

「いや、もう決闘は了承されてるから無理だと思うよ」

 

 ニカの言う通り、既に決闘は決闘委員会によって了承されてしまっている。今から変更なんて不可能だ。なのでエアリアルをどうにかして、エランとの決闘に挑まないといけない。

 

「で、どうすんだ?うちの寮の資金じゃ新しい推進ユニット買うなんて無理だぞ」

 

「別の寮に貸してもらうとかは?」

 

「スペーシアンがアーシアンのあーしらに貸すなんて事する訳ねーだろ」

 

 皆の言う通り、このままではマズイ。ただでさえ機動力で負けているのだ。なのに場所はフロント外宇宙域。これではスレッタが負けてしまう。

 だが貧乏で有名な地球寮に、新しい推進ユニットを買うお金なんて無い。また他がスペーシアン寮なので、借りるというのも無理だろう。

 

 その時ニカが、

 

「じゃあ、今から作っちゃおうか」

 

『え?』

 

 無いのなら作ればいいとか言い出した。

 

 

 

 

 

 数日後

 

(暇だな…)

 

 地球寮が廃材を買い取り、そこからエアリアル用の新しい推進ユニットを作る事になってから数日、三日月は暇を持て余していた。単純に、やれる事がないからである。

 スレッタはエアリアルのパイロットなので色々とやる事があるが、メカニック科でも無くそういった知識も無い三日月は本当にやる事がない。なのでこうして、学園内を適当に散歩していた。

 

「ん?」

 

 そうやってブラブラしていると、何やら変な物音が聞こえる。ほのかに、良い香りもした。特にやる事もないので、三日月はその物音がした方へ歩いていった。

 

「何してんの?ホルダーじゃない人」

 

 そこには、あのグエルが何故か学園内でテントを張って、キャンプ用のガスコンロで使ってポットを沸かしていた。

 

「グエル・ジェタークだ。いや、今の俺にはそんなあだ名がお似合いか…」

 

 どこか諦めたような顔をするグエル。その時丁度ポット内のお湯が良い感じに沸いたので、グエルはコーヒーを淹れる。

 

「水星女はどうした?今日は一緒じゃないのか?」

 

「スレッタならエアリアル用に新しく作った推進ユニットのテストしてるよ」

 

「ああ。そういや次の決闘はフロント外宇宙域だった…ちょっと待て。作ったってなんだ?」

 

「そのままの意味だけど」

 

 今日、スレッタはようやく完成した推進ユニットのテストをしていた。今頃、学園周辺の宇宙をエアリアルで飛び回っているだろう。

 

「で、こんなところで何してんの?」

 

 それはそうと、三日月はグエルが気になる。グエルはジェターク寮の寮長。それがこんな場所で何故か野宿をしている。そういった趣味でもあるのだろうかと、気になってしまう。

 

「……追い出された」

 

「は?」

 

「だから追い出されたんだよ。ジェターク寮をな」

 

 衝撃の事実。なんとグエルは、自分の寮を追い出されたらしい。

 

「何で?」

 

「この前の決闘。あれは俺が決闘を禁止されていたのに勝手にやったんだ。その上で敗北した。こんな勝手、許される訳が無い」

 

 ついこの間行われたグエルとエランの決闘。そこでグエルは、父親から決闘を禁止されていたにも関わらず決闘を行い、あげくエランに敗北している。

 そしてその事を知った父、ヴィム・ジェタークは激怒。ただでさえグエルがホルダーで無くなってから会社に対する風当たりが強いというのに、更に決闘で負けている。ここで1度しっかりと罰を与えておかないと、グエルは再び何かをしでかすかもしれない。

 なのでこうして、寮から追い出したのである。

 

「ふーん。大変だね」

 

「はっ。これくらい大丈夫だ。元ホルダー舐めんな」

 

 別にグエルを心配した訳じゃない。三日月はただ、外での生活は大変だろうなーっと思っただけである。そしてふと、グエルが今後寝泊まりするであろうテントを見る。

 

「ところで、これがテントってやつ?」

 

「そうだが、もしかしてお前テント知らないのか?」

 

「うん。水星に無かったし」

 

「……そういや水星はかなり酷い場所と聞いたな」

 

 グエルの言う通り、水星は酷い環境だ。こんな風に、テントを張ってキャンプをするような事なんて無理である。

 

「凄いね。こんなの1人で作れるなんて」

 

「いやテントそのものは昔購入したやつだ。テントの設営は自分でやったが」

 

「やっぱ凄いじゃん。俺には出来ない」

 

「そうでもねぇ。テントの設営はすぐに覚えられる。それに俺の場合ガキの頃、父さんとラウダとよく一緒にキャンプをしてたからな。そのおかげだ」

 

「へぇ」

 

 余談だが、ジェターク寮では昨年、学園内で寮の生徒全員参加でキャンプをやっていた。親睦を深める為にグエル主導でやった事だが、結果は大成功。

 バーベキューコンロで肉を焦がすフェルシーや、ラウダにジュースをお酌しようとして足を挫き、壮大にラウダにジュースをぶちまけたペトラ。何故か突然始まった腕相撲大会でカミルと一進一退の攻防繰り広げたグエルなど、色んな事が起きた。

 兎に角楽しくて、今後10年は語れるであろう良い思い出となった校内キャンプ。あれがあったおかげで、元々結束の強いジェターク寮は更に一致団結をするようになれたのだ。グエルがこうして追い出されても、誰もグエルをバカにしたり、蔑んだりしない程度には。

 

「飲むか?」

 

「それ何?」

 

「コーヒーだ。豆からひいたのじゃなくてインスタントだがな」

 

 グエルは空いていたチタン製のコップにコーヒーを注ぎ、三日月へ差し出す。

 

「ん」

 

 特に断る理由も無いので、三日月はそれを受け取り一口飲む。

 

「ぐっ…!何これ、にっが…」

 

「あ?まさかお前、コーヒーを飲んだの初めてか?」

 

 かなり渋い顔をする三日月。どうやらお気に召さなかったようだ。しかし折角貰ったし、既に口を付けているのを捨てるなんて出来ない。

 水星では物資が乏しく、お腹いっぱい食べれるのだってあまりなかった。それ故、三日月もスレッタも食べ物と飲み物は残さず食べるようにしている。なのであまり好きな味でなくても、コーヒーを三日月は飲み切る事にした。

 

「ところで…」

 

「ん?」

 

「あー、あれだ。水星女は今どうしてる?」

 

 そうやってコーヒーを飲むのに苦労している三日月に、グエルは尋ねる。彼が態々三日月にコーヒーを渡した理由がこれ。

 こうすれば少なくとも、コーヒーを飲み終えるまではスレッタの話が聞けるかもしれないと思ったからである。

 

「さっき言ったじゃん。作ったばかりの推進ユニットのテストやってるって」

 

「いやそうじゃなくてだな…」

 

 頭をガシガシとかきながら、グエルは再び尋ねる。

 

「あれだ。悲しい顔とかしてなかったって事だ」

 

「何それ?どういう意味?」

 

 確かにスレッタは、エランの事で悲しんでいた。だがそれをグエルが聞いてきた理由が三日月にはわからない。そもそもグエルには関係が無い筈だし。

 

 

 

「だってあいつ、泣いてただろ」

 

 

 

 しかしそれらの疑問は、グエルの発言でどうでも良くなった。

 

「……スレッタが泣いてた?」

 

「ああそうだ。エランが何したか知らねーが、あいつは泣いてたんだよ。それがどうかしっ…!?」

 

 話を続けようとしたグエルだったが、三日月を見た時、つい口を閉じてしまう。

 

「……」

 

 なんせ今の三日月は、以前の決闘前に見た獣のような目をしていたからだ。明らかに怒っている。それもかなり。

 

「これありがとう。じゃ」

 

 三日月はコーヒーを飲み終えると、空のカップをグエルに渡して、その場を後にする。

 

「もしかしなくても俺、マズイ事言ったか?」

 

 そして残されたグエルは、独り言のように呟くのであった。

 

 

 

 同じ頃、ニカが地球寮の予算で買い取った廃材から数日で新しく作ったエアリアル用の推進ユニットのテスト中、スレッタはエアリアルのコックピット内で落ち込んでいた。

 エランが自分と三日月に優しくしてくれたのは全部作戦で、それを知らない自分は喜んで、まるで犬みたいにはしゃいでいた。

 その後も何度もエランと話をしていたスレッタだったが、それをエランはうっとおしいと思っていだのだろう。

 そしてエアリアルを使ったデートの日、遂に我慢の限界が来てあのような事を言ったに違いない。

 

「私、本当にバカみたいですね…」

 

『そうね。本当にバカみたい。私もエランの言う通りだと思うよ。だってあんた、本当にうっとおしいもの』

 

 弱音を吐くスレッタに、テスト飛行を見守っているミオリネはきつい言葉で話しかける。

 

『ちょ、ミオリネさん』

 

 慌ててニカがミオリネを止めようとするが、ミオリネは喋り続ける。

 

『でもそれがあんたじゃん。鬱陶しいくらい絡んできて、私の言う事聞かずに勝手に動いて。でも進めば2つなんでしょ?それが口癖のあんたが、何で逃げているのよ。こんなところでうじうじ言っていないで、さっさと進みなさいよ!!』

 

「ミオリネさん…」

 

 それは、ミオリネなりの励ましだった。何時もスレッタが言っている『逃げたら1つ。進めば2つ』という生き方。今のスレッタからは、それが感じられない。ここで誰かが背中を蹴とばす勢いで言わないと、何時までもこのままになってしまうかもしれない。だから多少キツイ言葉を使ってでも言う。

 

「はい、わかりました!私、今からエランさんのところに行ってきます!」

 

 スレッタはもう、止まるのをやめた。とりあえず今から、エランと話をしよう。そう決めてエアリアルを学園に向けて動かす。

 

 その時だ。

 

『スレッタ先輩!大変です!!』

 

「え?リリッケさん。どうかしました?」

 

 突然、リリッケから通信が入ってきた。何事かと思い、スレッタは通信を聞き入る。

 

『三日月先輩がペイル寮にカチコミしかけてるらしいですーー!!』

 

『『「はぁ!?」』』

 

 そしてそれを聞いたスレッタ、ミオリネ、ニカの3人は同時に驚くのであった。

 

 

 

 

 

 ペイル寮前

 

「だから!俺達もエラン・ケレスが今どこにいるか知らないって言ってるだろ!!」

 

「そうだって!つか少なくとも寮には本当にいないんだよ!!多分本社だろうけど、そもそも連絡先すら知らないんだよ!!」

 

「いいからあいつ出してくれない?」

 

 そこでは、三日月がペイル寮の前でペイル寮の生徒と言いあっていた。グエルからスレッタが泣いていたという話を聞いた三日月は、エランとお話をするべくここまで来ている。

 しかし残念ながら、ペイル寮の生徒は誰もエランが今どこにいるか知らない。当然、ファラクトの事もだ。これはエランが誰とも友達になろうとしたりせず、また周りもエランを孤高の存在として扱ってきたせいである。だが三日月からしてみれば、ペイル寮の生徒がエランを庇っているようにしか見えないのだ。

 

 そして三日月は、そういった生徒にも容赦はしない。

 

「どけって」

 

『ひっ』

 

 三日月の凄みにたじろぐペイル寮の生徒達。このままでは、三日月がペイル寮の中を調べつくしてしまう。流石にそれはマズイ。下手したら責任問題だ。でも誰もこれを止められない。もういっそペイル寮総出で三日月をこの場で迎撃しようかと考え出す。

 だが相手は、以前食堂で女子相手にも容赦なく拳を振り下ろした三日月だ。正直、数で囲んでも勝てる気がしない。でもこのままにもしておけない。ペイル寮の生徒達は、皆どうしようかと頭を抱える。

 

「これは何の騒ぎ?」

 

「あ、いた」

 

 すると、三日月の背後から今丁度探している奴の声が聞こえた。そう、エランが本社から寮に帰ってきたのだ。

 

「お前に話があるんだけど」

 

 三日月、敵意を隠そうともせずエランに詰め寄る。

 

「……いいよ。場所を変えようか。着いてきて」

 

 エランは三日月を連れて、その場を離れていく。その様子を見たペイル寮の生徒達は、ほっと胸を撫で降ろすのであった。

 

 

 

 ペイル寮から少し離れた、学園内にある公園のような広場。普段はアスティカシアの学生達が昼休みや放課後に集う場所。そこでエランは三日月と対峙していた。

 

「それで、一体何の用?」

 

「お前、スレッタを泣かせたって本当?」

 

 三日月、単刀直入にエランに聞く。

 

「ああ、あれか。そうだけど、それがどうかした?」

 

 そしてエランも、誤魔化さずに答える。

 

「何でそんな事したの?」

 

「何でも何も、うっとおしいからだよ」

 

 エランの発言にイラつきながらも、三日月はぐっと堪える。スレッタとの約束があるからだ。それがなければ、とっくに殴りとばしている。

 

「こっちが聞いてもいないのに自分からペラペラと喋ってくるし、話したくも無い事を聞こうとしてくるし。本当にうっとしい。少しは口を閉じてて欲しい。それにモビルスーツが家族?気味が悪いね。あんなもの、僕には呪いでしかないのにっ…!?」

 

 次から次へとスレッタ、そしてエアリアルに対する罵詈雑言が出てくるエラン。そんなエランの言葉をこれ以上聞きたくない。故に三日月は、エランの胸倉を掴んで言葉を遮らせる。

 

「お前が俺やスレッタに近づいたのも、何かの作戦?」

 

「…そうだ。あれは全部本社からの指示でやった事だ。君とスレッタ・マーキュリーに差し入れしたのも、連絡先を交換したのも、追試で困っていた君達を助けようとしたのも、全部エアリアルとバルバトスの情報を集める為だ。君達に対して、友情なんてかけらも感じてないよ」

 

「そっか」

 

 このエランの態度でうすうす感じていたが、やはりエランは最初から上の命令で自分達に近づいてきたにすぎない。折角スレッタのやりたい事リストが埋まっていて、スレッタは嬉しそうにしていたのに、それらは全部嘘。ありていに言えば、スパイ活動をしていたにすぎない。

 

「殴るかい?なら好きにすればいい」

 

「そうするよ」

 

 スレッタとミオリネに暴力はダメと言われているが、もう我慢の限界だ。そもそもエランは、スレッタを泣かせている。これだけでもうライン越え。更にエラン本人から許可も出た。これで思いっきり殴れる。

 

 そして三日月は、狙いをエランの顔に定めて右腕を振りかぶる。

 

『やめなさい三日月ーーーー!!』

 

 だが自分の幼馴染の声が聞こえた瞬間、三日月は腕を止めた。

 

「あ、エアリアル」

 

 上空からエアリアルが目の前に降りてくる。

 

『リリッケさんから三日月がペイル寮にカチコミしてるって聞いたからエアリアルで大急ぎで来たけど何してるの!?本当に何してるの!?暴力はダメだって言ったでしょ!?』

 

 エアリアルからスレッタの怒った声が聞こえる。どうやらどこかで話を聞いて、テストを中断してここにやってきたらしい。

 

 尚この時、学園の外ではミオリネとニカが学園側に色々説明をしている最中だったりする。なんせ学園内にいきなりエアリアルで突っ込んでいるのだ。以前のように、フロント管理会社に出てこられたら堪らない。しっかり説明をしておかないと、最悪またバルバトスが出てくるし。

 

「だってこいつ、スレッタを泣かせただろ?」

 

『ど、どこでその話を…』

 

「ホルダーじゃない人から」

 

『あ…』

 

 こうなると思っていたから三日月には話さなかったのに、あの場にいたグエルの事をすっかり忘れていた。でも過ぎた事は仕方が無い。今は目の前の問題に集中しないと。

 

『と、とにかくエランさんから手を離して!今すぐに!!』

 

「え、でもこいつは」

 

『でもじゃない!離しなさい!!』

 

「……わかった」

 

 三日月は渋々エランから手を離す。

 

「よっと」

 

 そしてスレッタは、エアリアルのコックピットから出て、2人の前に降りてきた。

 

「エランさん、本当にごめんなさい。三日月が酷い事しそうになって」

 

「別にいいよ。怪我も無いし」

 

 先ずはエランに頭を下げて謝る。そしてエランも制服を正しながら、怪我が無い事を伝える。

 

「それでなんですけど、今日を誕生日にするのっていうのはどうでしょうか?」

 

「は?」

 

 次にスレッタは、エランにある提案をした。

 

「えっとだって、誕生日が無いのって寂しいですから。それに私!水星に居た時は三日月の誕生日を祝った事もありますから、誰かを祝うっていう経験もありますし!!あ、でもケーキとかは作った事ありませんけど…」

 

 それは今日この日を、エランの誕生日にする事。エランには誕生日が無いと聞いている。誕生日は、この世に生を受けたおめでたい日。自分や三日月にも存在する。それがないなんて、あまりに寂しい。そこで考えたのがこれだ。優しいスレッタらしい提案である。

 

「だめ、ですか…?」

 

「やっぱり君は、うっとしいよ…」

 

 エランはスレッタに冷たい目線を送ると、その場から立ち去ろうとする。

 

「お前…!」

 

「ちょ!三日月落ち着いて!」

 

 折角スレッタが提案したのに、エランはそれすら真っ向から拒絶。そんなスレッタの優しさを踏みにじった真似をしたエランに、三日月はキレる。そしてスレッタは、そんな三日月を何とか抑える。

 

「そんなに僕が許せないのなら、スレッタ・マーキュリーを倒した後に決闘で相手をしてあげるよ」

 

 エランは2人の方に振り返り、そんな事を言う。確かに決闘であれば、思いっきり戦える。三日月もエランをブチのめす事が出来るし、エランもバルバトスを手に入れる機会が得られる。

 正直、スレッタと決闘をした後にまだ自分がこの世にいられるかわからないが、そこはもう天運に任せるしかない。

 

「いや、それは出来ないでしょ」

 

「は?」

 

 だが三日月、それは無理だと言い放つ。

 

 

 

「だってスレッタが俺以外に負ける訳ないじゃん」

 

 

 

 そこにあるのは、スレッタに対する絶対の信頼。三日月は、スレッタが負けるなんて全く考えていない。だから、エランがスレッタに勝った後に自分と決闘をするなんて無理だと言うのだ。

 

 まぁ、仮に決闘をやる事になったら全力で倒すだけなのだが。

 

「っ!!」

 

 それを理解したエランは、つい歯を噛み締めてしまう。自分が持っていない、信用できる友人、もしくは家族。やはりスレッタは、自分とは全然違う。何にも持っていない自分と違い、沢山のものを持っている。それを再確認してしまったのだ。

 

「やっぱり君達は、本当にうっとうしい(羨ましい)…!!」

 

 エランは、そんな捨て台詞を吐いてその場を立ち去る。そして必ず、明日の決闘には勝つと決めた。だって自分には、本当に何も無い。ならば勝利くらい強く臨んだって、誰も咎めたりしないだろう。

 

 こうして、スレッタとエランの決闘前日は過ぎていくのだった。

 

 

 

 そして遂に、エランとの決闘が始まる。

 

 

 

 

 




 次回はエラン戦を一気にやる予定。まぁ何時投稿できるかわからないけどね。
 にしても、三日月のキャラエミュが本当に難しい。合ってる?これでキャラエミュ合ってる?

 次回もどうか気長にお待ちください。


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VSエラン 2

 エランとの決闘、一気に決着です。決闘内容はほぼ本編通りなので、カット多めで行きます。

 そして三日月、今回あまり出番ありません。主人公なのにね。ごめんね。


 

 

 

 

 

 地球寮

 

「あんた本当にいい加減にしなさいよ?」

 

「スレッタを泣かせたあいつが悪いでしょ」

 

「だとしてもよ。決闘の最中ならまだしも、決闘前に相手を怪我させたとか、間違いなくスレッタにペナルティが起こってたわよ?そうなったらあんたのせいなのよ?」

 

「スレッタに止められて殴っていないからいいじゃん」

 

「屁理屈言うな」

 

 地球寮内にある談話スペース。そこではミオリネと三日月が口論をしていた。きっかけは、三日月が決闘前のエランを殴ろうとしたことである。幸いエランに怪我はなかったが、それだけのすむ問題では無い。そもそも、殴ろうとした事が問題なのだ。

 もしも決闘前の相手パイロットに怪我でもさせてしまえば、間違いなくスレッタはペナルティを負う。それも、かなり重いものを。

 下手すると、決闘前にスレッタは敗北扱いを受けていたかもしれない。闘う前から負けるなんて、そんな事御免蒙る。

 

「前に言ったでしょうが。喧嘩とか暴力沙汰とかはするなって。それが原因でスレッタが悲しむし、学校にいる事が出来なくなるのよ?」

 

 以前ミオリネは、三日月にそういった行為をやめるよう説得している。なのに三日月は今回、エランを殴る寸前までいった。これでは約束と違う。

 

「あんた、スレッタの事になると本当にお構いなしね…」

 

 三日月がエランを殴ろうとした原因は、エランがスレッタに何か酷い事を言って泣かせた事なのだが、だからと言って今回のこれが許される訳が無い。

 幸い、エランやペイル寮からは何も言ってこないので一応は大丈夫だろうが、それでも今回の事は見過ごせない。

 なのでミオリネは三日月を叱っているのだが、当の三日月はこれだ。まるで反省していない。それだけエランの事が許せなかったのだろうが、これはいけない。

 

「俺の全てをあげた人だからね」

 

「……よく平然とそんな事言えるわねこいつ」

 

「あいつスゲーな…」

 

「なー。俺なら10年経ってもあんな事言えねーわ」

 

 三日月の発言に、少しあっけに取られるミオリネ。そしてそんな三日月を見て、オジェロとヌーノは素直に感心した。

 

「リリッケさん。本当にありがとうございます。あの時連絡をしてくれたおかげで、エランさんも怪我をせずにすみました」

 

 そしてスレッタは、連絡をくれたリリッケにお礼を言っていた。もしもリリッケの連絡がなければ、三日月は間違いなくエランを殴ってただろう。それも1発2発じゃない。最悪、顔の原型が無くなるくらいは殴っていた。もしそうなっていたら、もうエランと会話どころじゃない。

 

「いいえ。そもそも私も、別の人から聞いたからスレッタ先輩に連絡できたんですし」

 

「え?」

 

 しかしここで意外な事実が発覚。どうも、最初に三日月がペイル寮に行った事に気が付いたのはリリッケでは無いらしい。

 

「じゃあ、誰が?」

 

 どちらにせよ、その人にもお礼は言わないといけない。なのでスレッタはその人物の事をリリッケに尋ねる。

 

「グエル先輩です」

 

「……え?」

 

 そして意外過ぎる名前を聞いた。

 

「私がスレッタ先輩に連絡する直前なんですけど…」

 

 ―――――

 

『おい』

 

『ん?え?グエル先輩?あ、スレッタ先輩なら、今は新しく作った推進ユニットのテスト中なのでここにはいませんけど…』

 

『知ってる。だが用事があるのは水星女じゃねぇ』

 

『え?じゃあ誰に?』

 

『誰でもいい。さっきあのチビ…三日月つったか?あいつがペイル寮に行ったぞ』

 

『え?何で』

 

『多分だが、エランをブチのめすからだと思う』

 

『はいぃ!?』

 

『とりあえず伝えたからな。決闘前だし、大事になる前に何とかしとけ。じゃあな』

 

「は、はい!ありがとうございます!』

 

 ―――――

 

「って会話を、寮の外でグエル先輩としたんですよ」

 

「そうだったんですね」

 

 あのグエルがどうして態々そんな事を伝えにきたかは知らないが、おかげで大事にならずにすんでいる。

 

(決闘が終わったら、ちゃんとお礼言わなきゃ)

 

 正直今でもグエルの事は苦手だが、それはそれ。やるべき事を全部やったら、自分の口からグエル本人にお礼を言おうとスレッタは決めた。

 

「というか、そろそろ寝た方がいいだろう。明日は決闘だ。今のうちにしっかりと休息を取るべきじゃないか?」

 

「昭弘の言う通りだね。決闘は明日の放課後だけど、これ以上話していると夜更かししちゃうよ?だから皆、今日は寝よう」

 

 昭弘とマルタンに言われ、皆が時計を確認するともう直ぐ23時。確かにこれ以上起きていてら、明日に響くかもしれない。そもそも皆、まだシャワーも浴びていないのでだ。今からシャワーや課題や、寝る前のストレッチなどの時間を考えると、また夜遅くに就寝する事になる。それに、これ以上は三日月に説教するだけの時間になりそうだし。

 

「……まぁいいわ。後は決闘が終わったらするから」

 

「えー…」

 

「えーいうな」

 

「あ、まだお説教するんですねミオリネさん」

 

「当然でしょ。ていうか何であんたは何も言わないのよ」

 

「えーっと、私もう1回怒ってますし、エランさん、殴られていませんし」

 

「甘い。甘すぎるわ。そうやって甘やかすと、こいつ絶対に何時かまたやらかすわよ。こういうのは、相手がしっかり理解できるまで叱らないとダメなのよ」

 

「……あー」

 

 そう言われると、確かにこれではまたやらかしそうだ。1度怒ったくらいじゃ足りないかもしれない。現に入学初日から三日月は沢山やらかして、その度に怒っているのに、これだ。

 今後また三日月がやらかしたりしたら、今度はもっとしっかりしようとスレッタは考える。

 

「なんだか、子供の教育方針を話している夫婦みたい」

 

「わかります!そんな感じでしたよね!!」

 

「ふむ。やはりミオリネが母親で、スレッタが父親。そして三日月が子供かな」

 

「つーかそもそもあの2人婚約者だろう」

 

 2人の姿を見た地球寮女子は、一様にそんな事を口にする。

 

「トマトの人が母親か…なんかやだなぁ…」

 

「こっちだってあんたみたいな子供嫌よ!!」

 

「わー!ミオリネさん落ち着いてー!あと三日月もそういう事言わないでー!!」

 

 今にも三日月に殴りかかりそうなミオリネを、スレッタが止めながら地球寮の夜は更けていくのであった。

 

 

 

 

 

『6番ゲート開けてくれ』

 

『カタパルト、超伝導ストレージ、異常なし』

 

『フライトユニット各部の警告表示無し!INSアライメント問題無し!行けるぞ!!』

 

 翌日の放課後。ニカが作った新型の推進ユニットを背負ったエアリアルは、今まさに決闘の為に宇宙空間へ飛ぼうとしている。

 

『そういえばスレッタ。エランさんとちゃんと話せた?』

 

「いえ。でも、決闘で懸けるものは決めました」

 

『そっか』

 

 エアリアルのコックピットにいるスレッタは、覚悟を決めた顔をしている。結局昨日はまともにエランと話せなかった。それに、エランからも鬱陶しいと言われている。

 でもそれがどうした。決闘に勝ちさえすれば、それら全てが問題でも何でも無くなる。それに昨日三日月が言っていたが、スレッタには自信がある。自分は三日月以外には負けないという自信が。

 

『スレッタ、油断はしないでね』

 

「うん、ありがとう三日月」

 

 三日月に激を飛ばされる。彼の言う通り、自信はあるが油断はしない。それは足元を掬われ、敗北に直結するからだ。

 だから慢心せず、油断せず、そして自分に自信を持って決闘に勝利する。そしてエランに、ある事をお願いするのだ。

 

「……ところで三日月」

 

 それはそれとして、スレッタには今どうしても気になる事があった。

 

『何?』

 

「何でバルバトスに乗ってるの?」

 

 それは、何でか三日月がバルバトスに乗ってフロント外宇宙域にいる事だ。正確には決闘が行われる空間では無く、ミオリネやニカといった地球寮の皆が乗っているスペースランチのすぐそばにいるのだが。しかも背中にはソードメイスを装備しているし、三日月自身も何時ものパイロットスーツを着用している。まるで、これから決闘にでも行く恰好だ。

 

『いや、念の為?』

 

「念の為って何!?言っておくけどダメだからね!?」

 

 三日月がこんな事をしているのは、偏にエランが信用できないからである。もしかすると、エランはこの決闘でスレッタに必要以上に痛めつけるかもしれない。

 そして本当に低い可能性だが、決闘に乗じてスレッタを始末する事だってありえるとさえ、三日月は思っている。なので万が一に備えて、バルバトスに乗っているのだ。

 

『あー、こちら決闘委員会こちら決闘委員会。三日月・オーガスくん。これは水星ちゃんとエランの決闘だから、何があっても乱入とかは絶対にダメだからね?』

 

「どうしても?」

 

『うん。だめ。もし乱入したら水星ちゃんは失格になるよ?』

 

『…………………わかった』

 

『随分間があるなぁ…水星ちゃん、彼大丈夫かな?』

 

「えっと、流石に大丈夫だと思います…多分」

 

 シャディクが三日月に注意するが、三日月はやや不満顔。これでは本当に、決闘に乱入しかねない。勿論、そうなったらスレッタは反則負け判定を食らうので、流石にそんな事はないだろうが、不安が残る。

 そもそも彼は、入学初日にフロント管理会社のデミギャリソンを決闘場に乱入する形で破壊している。何か手を打った方が良いだろう。

 

(念の為、サビーナ達に連絡いれておこう…)

 

 そしてシャディクは、念の為腕利きのパイロットであるサビーナ達に連絡をする事にした。万が一、三日月が決闘に乱入しないように。

 

『ハッチ開けるぞ。射出権限をパイロットに移譲』

 

『スレッタ!きばっていけよ!!』

 

「はい!LP041、スレッタ・マーキュリー。エアリアル、行きます!!」

 

 スレッタはそう言うと、エアリアルをカタパルトから射出する。まるで遊園地のフリーフォールのように、エアリアルは真っすぐ落ちて行き、僅か数秒で宇宙へと飛び出すのだった。

 

『KP002、エラン・ケレス。ファラクト、出る』

 

 同時にエランもペイル社の学園艦から、愛機ファラクトと共に出撃。そして両者、目視で確認できる距離まで近づく。

 

『これより双方合意のもと、決闘を執り行う。勝敗は通常通り、相手モビルスーツのブレードアンテナを折った者の勝利とする。立会人は、グラスレー寮長、シャディク・ゼネリが勤める。両者、向顔』

 

 シャディクの合図と共に、モニターにそれぞれの顔が映し出される。

 

『ところで水星ちゃん。決闘で懸けるものは決めたかな?』

 

 エアリアルのコックピットに、シャディクの声が聞こえた。そういえば、まだスレッタは決闘で懸けるものを言っていない。

 

「はい、決めました。私が勝ったら、エランさんの事を教えてください」

 

『それって…』

 

『告白だな』

 

『きゃーーー!!』

 

 スレッタの懸けたものに、リリッケは黄色い声をあげる。同時に、学園で決闘を見ている生徒の幾人かも、リリッケと同じ反応をしていた。

 

『ほんと、うっとしい奴』

 

『ミオリネさん。顔笑ってるよ?』

 

『うっさい』

 

 ミオリネはそう言うが、その顔は微笑んでいた。だってこれがスレッタなのだ。

うっとしいくらい絡んできて、人の言う事を聞かずに勝手に動いて、それでも進み続ける。

 それに、ミオリネは理解のある花嫁という自負がある。エランくらいであれば、少しは許すつもりだ。事実、既に三日月という姑じみた存在がいるし。

 

『じゃ、始めようか』

 

「はい。勝敗はモビルスーツの性能のみで決まらず」

 

『操縦者の技のみで決まらず』

 

『「ただ、結果のみが真実」』

 

『フィックスリリース』

 

 こうして、エアリアルとエランの事を懸けた決闘が始まった。

 

 

 

 闘いは、エランやや優勢に進んでいた。最初こそ、急ごしらえのフライトユニットでファラクトに追いつけていたエアリアルだったが、それも最初だけ。直ぐに機動性のあるファラクトに距離を取られるようになった。何とか追いつこうとするも、中々距離が詰められない。

 それに例え距離を詰めても、ファラクトにはGUNDビットのコラキがある。もしコラキの電子攻撃を受けたら、エアリアルでも動けなくなる。そうなれば、あとはグエルの時と同じようになぶり殺しだ。

 

『パーメットスコア3!!』

 

 そして案の定、何とか距離を詰めたエアリアルに、ファラクトはコラキによる攻撃を開始。

 

『スレッタ、避けて!』

 

『はい!』

 

 ニカに言われた通り、スレッタはコラキの攻撃を避けて進む。同時にエアリアルのGUNDビット、エスカッシャンを起動して防御と攻撃をする。

 

『ちっ!GUNDビットの制御だけじゃなく、パイロットとしても向こうが上か!』

 

 エランは歯を食いしばりながら、攻撃を続ける。当たらない。いくら攻撃をしても全く当たらない。自分だって過酷な訓練、そして非人道的な実験を得てアスティカシアでも上位のパイロットになれたというのに、それをあざ笑うかのように、エアリアルには攻撃が当たらない。

 

『本当に不公正すぎるだろ、スレッタ・マーキュリー!!』

 

 ここでエラン、突如エアリアルに向かって前進。同時に腕部に収納されていたビームサーベルを出し、接近戦を挑む。

 

『くっ!』

 

 まさかこっちに向かってくるとは思わなかったが、スレッタも直ぐにエアリアルのビームサーベルを出して応戦する。そして両者、まるで鍔迫り合いをしているような状態へとなった。

 

『君は何でも持っている!友達!家族!過去に未来も!そして希望だって!!』

 

『エランさん…?』

 

『だったら勝利くらい僕にくれったっていいじゃないか!!じゃないと、不公正すぎる!!』

 

 まるで子供が泣いているような怒号。いや、もしかするとエランは今泣いているのかもしれない。普段のエランからは、想像も出来ないような声。それに少しあっけに取られるスレッタ。そしてその間に、エアリアルの背後からコラキが攻撃をする。

 

『っ!エアリアル!皆!!』

 

 スレッタは直ぐにそれに気が付き、エスカッシャンで防御。なんとか命拾いをした。

 

『ちぃ!!』

 

 エランはファラクトのバーニアを吹かし、エアリアルから再び距離を取る。そしてビームアルケビュースでエアリアルの頭を狙い、撃ち続ける。同時に、四方八方からコラキによる攻撃。だがスレッタはそれを全て避け、ビームライフルとエスカッシャンで反撃をする。

 

『凄い…あれだけの攻撃を全部避けるなんて…』

 

 端末から決闘を見ているマルタンは驚きを隠せない。四方八方からの縦横無尽な攻撃。しかも、1回でも当たれば動けなくなる。普通の人ならば、緊張と焦りで全部避けるなんて出来ないし、出来たとしても避けるので精いっぱいで、平行して別の武装を展開するなんて無理だ。

 そんな難しい事を、スレッタはやってのけている。これも全て、三日月のバルバトスと何度も何度も模擬戦をしてきたおかげだろう。

 

『でも、このままじゃ…』

 

『ああ、アウトレンジで嬲り殺しされかねないな』

 

 だが反対に、エアリアルの攻撃もファラクトに当たっていない。正確に言うと、攻撃可能距離まで距離を縮められていない。ファラクトには高い狙撃能力がある、ビームアルケビュースというマガジン式のロングバレルビームライフルがある。対するエアリアルのビームライフルには、そこまでの長距離狙撃能力は無い。

 もしこのままファラクトとの距離を詰められなければ、自分の攻撃の届かない距離から一方的に攻撃され続ける。いくらエアリアルがファラクトの攻撃を避け続けているとはいえ、それも限界がくるだろう。

 ならば距離を詰めればいいのだが、それが出来ない。流石機動性を売りにしているペイル社の新型だ。やはり急ごしらえのフライトユニットでは無理がある。

 

「……」

 

 そんな決闘を、三日月はバルバトスに乗って黙って見ている。出来ればエランは自分の手でぶちのめしたかったが、委員会の決定と、プロスペラに言われたのでそれはダメ。なのでこうして、ただ見ている事しかできない。

 

 しかし三日月は、スレッタがエランに負けるとは微塵も思っていない。

 

 だってスレッタは強いのだ。最初こそ、自分とバルバトスに手も足も出ず負けてばかりだったけど、スレッタはそこからどんどん学んでいった。

 今だって、ファラクトのコラキを足で思いっきり蹴っていたりするし。おかげで今では、自分と戦ってもかなり良い線行くくらいにはなっている。そんなスレッタが、エラン程度に負けるとは思えない。

 

(隠し玉とか無ければだけど…)

 

 不安があるとすれば、エランが何かとっておきがある場合だ。もしそれをスレッタが対処できずに受けてしまえば、負けかねない。

 

(その時は俺が全力で叩き潰そう)

 

 でもそうなったら、次に予定されているエランと自分の決闘で容赦なく潰そう。三日月はそう決める。

 

『失礼する』

 

『お邪魔しまーす』

 

 そんな時だ。バルバトスの両脇に、見た事に無いモビルスーツが現れたのは。

 

「……誰、お前ら?」

 

 三日月はそっとバルバトスを動かし、背中に背負っているソードメイスを持とうとする。見た事の無いモビルスーツ。そして聞いた事の無い声。幸い武器は持っていないようだが、それでも突然こんなモビルスーツが自分の隣に現れたら、誰だって警戒する。

 

『グラスレー寮所属、サビーナ・ファルディンだ』

 

『同じくグラスレー寮所属、レネ・コスタ。初めまして、三日月・オーガスくん?』

 

 見た事の無いモビルスーツに乗っていたのは、グラスレー寮のサビーナとレネ。寮長シャディクの腹心とも言える女生徒だ。同時に、非常に腕の立つパイロットでもある。

 

『な、何でグラスレーの方々がここに!?』

 

 直ぐ近くのスペースランチに乗っているマルタンは驚愕する。だってこれは地球寮とペイル寮の決闘。だと言うのに、そこにグラスレーが割って入ってきているみたいなものだ。いくら非武装状態とはいえ、これは色々警戒する。

 

『そう警戒するな。私達はあくまで彼の監視だ』

 

『監視?ああ、シャディクの命令ね』

 

『そういう事♪』

 

 どうやらミオリネは理解したようだ。要するに、三日月が決闘に乱入するのを阻止する役割なのだろう、と。

 

『安心してくれ。我々の目的は監視だけだ。こちらからは何かするつもりは無い』

 

『ならいいわ。そこで大人しくしていて。あとそいつの事お願い』

 

『感謝する。という訳だ。妙な事はするなよ、三日月・オーガス』

 

 それならば別に良い。何もしなければ、ただの観客と一緒だ。それに、いざという時は頼りになるし。ミオリネは、スペースランチの外にいるバルバトスを見ながらそう思う。

 

「……」

 

 そして三日月も、2人に敵意が無いのを確信したのか、ソードメイスから手を離した。

 

 因みにだが、現在グラスレー寮の格納庫には、武装されたベギルペンデが3機鎮座している。もし三日月が決闘に乱入した時、直ぐに出撃できるようにだ。乗っているのは同じグラスレー寮でもトップクラスパイロットである、イリーシャ、メイジー、エナオである。

 

「あ」

 

 そうしていると、エアリアルとファラクトが領空灯の外に出ていってしまった。

 

 

 

 現在決闘は、エアリアルがフライトユニットを全力で使い、ファラクトとの距離を詰めた事で、形成が逆転しそうになっていた。現に今ファラクトは、ビームライフルをエアリアルのエスカッシャンによる攻撃で失った。これでもう、狙撃の心配は無い。

 

『ぐ!?』

 

「今なら!!」

 

 その期をスレッタは見逃さない。再びスラスターを吹かし、ファラクトに接近。このまま確実な距離で、ファラクトのヘッドアンテナを打ち抜けば勝ちだ。

 だがそう簡単にはいかない。

 

「!?」

 

 何と、ファラクトの足からビーム攻撃が放たれたのだ。更にファラクトから、また多数のコラキが射出される。まだこれだけ隠し持っていたとは思っておらず、不意を突かれたスレッタは一瞬だけ反応が遅れた。そしてその瞬間、コラキの攻撃がフライトユニットに当たってしまう。

 

「っ!!」

 

 スレッタは直ぐに、フライトユニットを強制パージさせる。おかげで、ギリギリエアリアル本体の電子機器は無事だ。だが、これではもう碌に動けない。

 

『君だけは否定してみせる!スレッタ・マーキュリー!!!』

 

 エランの叫び声と共に放たれる、コラキの攻撃。これまでで1番多い。碌に動けなくなってしまったエアリアルにとって、これは避けられない。

 

 そして遂に、コラキの攻撃がエアリアルの左足に当たってしまう。

 

「しまっ…!」

 

『捉えた!!』

 

 その決定的な隙を、エランは見逃さない。一気にスラスターを吹かし、エアリアルに接近する。まさに絶対絶命だ。

 

『……は?』

 

 だがその時、予想だにしていない事が起こった。

 

 

 

『何だあれは?』

 

『広範囲のパルス攻撃?いや、違う?』

 

 バルバトスの隣にいるペギルペンデに乗っているサビーナとレネは、その光景に驚きを隠せない。何故なら突然エアリアルから、電磁パルス攻撃のような攻撃が放たれたからだ。少なくとも、自分達が読んだ資料には、エアリアルにあのような武装は無かった筈だ。

 だがそれを受けたファラクトのコラキは、全て動きを停止。そして丸腰となったファラクト周りを、エアリアルのエスカッシャンが囲む。

 

 これでもう、チェックメイトだ。

 

 四方八方から、雨あられと降り注ぐエスカッシャンのビーム攻撃。流石のファラクトも、こうなってしまえば避けられない。成す術なく、攻撃を受けるだけだ。

 

「うん。やっぱりスレッタの勝ちだ」

 

 三日月がそう言うと同時に、ファラクトのヘッドアンテが破壊される。

 

 こうして、エランは敗北を喫したのであった。

 

 

 

「よかったの?ミオリネさん?」

 

 スペースランチの中では、ニカがミオリネに尋ねていた。なんせ今モニターには、スレッタとエランが良い雰囲気で話しているからだ。見ようによっては浮気にも見える。というか、浮気以外の何物にも見えない。

 

「私はね、理解のある花嫁なのよ。多少の浮気は許すわ」

 

 だがミオリネは、今回の事は不問にするつもりらしい。だってスレッタのあんなに嬉しそうな顔をしている。恐らくだが、スレッタにとって本当の意味での初恋相手がエランだ。それに水を差すなんて真似は流石にしない。

 

「それと三日月」

 

『何?トマトの人』

 

「いい加減名前覚えろっての」

 

 そしてミオリネは、スペースランチの直ぐ隣にいるバルバトスに乗っている三日月に言う。

 

「あんたも、エランの事を許してあげなさい。誰だって間違いは犯すわ。私だってそんな事があった。あんたもそういう経験があるでしょ?だから、今回だけはスレッタを泣かせた事を許してあげなさい」

 

『……』

 

「それともあんた、あんなに嬉しそうなスレッタをまた悲しませる気?」

 

 正直言うと、三日月は納得できない。だってエランはスレッタを泣かせた。その事実は変わらない。

 しかし、今スレッタはそんな事など忘れているかのようにエランと話している。それも嬉しそうに。もしも三日月がまたエランを殴ろうとすれば、スレッタはまた悲しくなるかもしれない。

 

『はぁ…わかったよ』

 

「よろしい」

 

 結果、三日月は今回だけエランを許す事にした。これ以上、自分が何かを言うのは違う気がするし、何よりスレッタは今笑っている。ならば、エランがスレッタを泣かせた事を水に流そう。2度目は無いけど。

 

『じゃ、俺先に帰るから』

 

『私達も失礼する』

 

『じゃあねぇ~』

 

 そう言うと三日月は、バルバトスを学園に向けて発進させる。同時に、監視に来ていたサビーナとレネも帰宅。

 

『エランさん。明日時間ありますか?』

 

『…今の所は、問題無いね』

 

『じゃあ明日、私とデートしてください!!』

 

 そして三日月が帰った後、スレッタはエランをデートに誘っていた。

 

 

 

 

 ペイル社 CEO室

 

「どうか、どうかお願いしますニューゲンCEO!強化人士4号には、まだ利用価値があります!なのでどうか、このまま焼却処分はどうかお待ちください!!」

 

 ベルメリアは、必死になって頭を下げてペイル社CEO4人に懇願していた。昨日の決闘で、エランは負けた。最後の最後に、エアリアルに逆転されたからである。

 ただ負けただけならまだ良いのだが、エランはもうモビルスーツに乗る事が出来ない。データストームの許容量を、大幅に超えてしまっているからだ。もしもう1度ファラクトに乗れば、間違いなく死ぬ。そして使命を果たせない強化人士に、価値は無い。なので処分しなければならないのだ。

 

「貴方、今更そんな事を言うの?今まで3人も潰してきたのに」

 

「っ…!!」

 

 ニューゲンの言葉に、ベルメリアは何も言い返せない。彼女の言う通り、強化人士は既に3人が死んでいる。なのに今更強化人士4号を救おうだなんて、自己満足の偽善にすぎない。

 強化人士4号に情が沸いたとえいばそれまでだが、今更過ぎる。本当に救いたいと思っていたら、もっと早く動くべきだったのだ。

 

「使命を果たせない強化人士に用は無い。今までだってそうだったでしょ?」

 

「そ、それは…」

 

 その通りだ。そもそも強化人士は非合法な人体実験の塊。もしこの存在が明るみになれば、ペイル社は終わりだ。少なくともCEO4人と、強化人士の実験をしてきたベルメリアは逮捕されるだろう。なので証拠隠滅の為にも、強化人士4号は処分しなければならないのだ。

 

「でも、今回は別よ」

 

「……え?」

 

 だがここで、ニューゲンはベルメリアが思いもしない事を言い出すのであった。

 

「実はね、今朝随分面白い実験データを見つけたのよ」

 

「じ、実験…?」

 

「ええ。ペイルグレードに強化人士4号の今後について尋ねたら、とある古い実験を提案してきたわ」

 

 ペイルグレード。

 それはペイル社が所有しているAIである。ペイル社はそのAIが人物を査定し、色んな選択してきた事を言われた通りにやってきた会社だ。おかげで、ベネリットグループ御三家にまで上り詰める事が出来ている。人間であれば間違った判断を下し、結果会社が危機に瀕したりするが、AIであれば問題無い。だってAIは、人間のようなミスはしないのだから。

 

「そう。とても興味深い実験よ」

 

「もしこれが成功すれば、全く新しい高性能モビルスーツを開発できるでしょうね」

 

「そうね。材料だってそこら中に沢山いるし」

 

 ベルメリアはそんな彼女達に寒気を覚える。まるでお伽噺に出てくる、何かの儀式前の魔女ような恐ろしさがある。一体彼女達は、強化人士4号にどのような実験を行うと言うのか。

 

「その実験とは…?」

 

「これよ」

 

 ニューゲンが室内に設置されているモニターに、ペイルグレートが提案したとても古いとある技術実験データを映し出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そしてそれを見た瞬間、ベルメリアは両手で口を押え、膝から崩れ落ちたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まだかなぁ…エランさん」

 

 アスティカシア学園の大通り。そこに設置されているベンチに、スレッタは座っていた。昨日の決闘の後、スレッタはエランの事を色々教わる為にデートに誘った。そして今、そのエランを待っている最中である。

 因みに、ミオリネからは『今回だけは許す』と言われているので、ある意味奥さん公認の浮気である。尚三日月は現在、地球寮で昭弘とチュチュと共に筋トレをしている。

 

 だが既に約束の時間を10分過ぎているのに、未だにエランは現れない。

 

(もしかして、道に迷っているのかな?)

 

 スレッタがそんな事を考えていると、端末が鳴った。

 

「ん?え、エランさん!?」

 

 画面にはエランの名前が表示されている。スレッタはそれを見た瞬間、直ぐに電話に出る。

 

「も、もしもし!?」

 

『やぁ、スレッタ・マーキュリー…』

 

「え、エランさん!お、お久しぶりです!」

 

『昨日会ったばかりだけどね…』

 

「あ、ご、ごめんなさい!」

 

 エランからの連絡に少しどもるスレッタ。電話越しではあるが、エランと話せるのが嬉しいからだ。

 

「それで、どうしましたか?」

 

『うん。それなんだけど、すまない。今日は行けなくなってしまった…』

 

「え…」

 

 そしてそれを聞いた瞬間、スレッタは冷水をかけられる気分になる。

 

「も、もしかして、昨日の決闘で…」

 

『いや、それは関係無いよ。今日のは本当に急に用事が出来ただけなんだ…』

 

 てっきり決闘に負けたから何かあったのかと思ったが、どうやら違うらしい。

 

『だから、本当にすまない』

 

「い、いいえ!急用なら仕方ないですし!」

 

 正直に言うと残念だが、それをエランに言うのは違う。生きていれば、誰しも突然の急用くらいあるだろうし。

 

『じゃあ、もう時間だから行くね』

 

 どうやら本当に時間が無い様子だ。これ以上通話をするのはエランに失礼だろう。名残惜しいが、ここで通話は終了しないといけない。

 

「はい!エランさん、用事頑張ってくださいね!」

 

『うん。またね、スレッタ・マーキュリー』

 

 そう言うと、エランは通話を切ってしまった。

 

「……まぁ、仕方ないよね」

 

 残されたスレッタは、仕方ないと思いつつも、寂しい気持ちになる。しかし、いつまでも落ち込んでいても仕方が無い。

 そして気分転換に、学食でのみ販売しているスペシャルドリンクを飲みに行くのだった。因みに味は、甘すぎて微妙だったらしい。

 

 尚、事の顛末を聞いたミオリネは『先約にデートがあるんだから用事くらいすっぽかしてデートに来なさいよ!』とエランにキレてた。

 

 

 

 

 

(またね、か…もう会えないだろうに、どうして僕はあんな事を言ったんだろうね…)

 

 電話を終えたエラン事強化人士4号は、ペイル社の秘密の手術室にいた。通話をしていた端末は既に取り上げられ、その後直ぐにエランは手術台に固定された。周りにいる研究者も、忙しなくとある手術の準備を始めている。

 

 彼はこれから、とある実験を受ける。

 

 どんな実験かはエランも聞かされていない。聞いてみても『君はこれから生まれ変わるんだ』としか言われない。元々非人道な実験を受けてきた身だ。今更ペイル社が善意に目覚めて、自分の顔を元に戻して素直に開放するなんて思っていない。これから行われる実験も、絶対にロクなものじゃないだろう。

 

(けど、僕はもう満足だ…)

 

 だがエランは、後悔なんてあまり無かった。スレッタとの決闘で、彼は思い出したのだ。かつて自分にも、誕生日を祝ってくれた人がいたのを。忘れてしまった自分の本当の名前を、呼んでくれた人がいた事を。何も持っていないこんな自分を、心から愛してくれた人がいた事を。

 それに最後に、スレッタと電話も出来た。これだけでもう満足である。

 

 そんなエランに、研究員が麻酔を打つ。こうなったら、あと20秒足らずで自分は意識を失うだろう。

 

(さようなら、スレッタ・マーキュリー…)

 

 徐々に意識が遠のく中、エランは最後にスレッタに届かないお礼を言った。そしてそのまま、意識を完全に失うのであった。

 

 

 

 

 

 後に、エランはスレッタと再会を果たす事になる。尤もその時のエランは、もう人とは言えない状態になっていたのだが。

 

 

 

 

 




 よく4号生存ルートありますよね?なので本作もその流れに乗ろうと思います。そんな4号の結末は、まぁ察しの良い人なら気が付くと思う。

 そして今後の展開ですが、株式会社ガンダム→本作オリジナル決闘→VSグラスレーの予定です。夏までにはグラスレーまで書きたいなぁって感じ。

 変なところ、矛盾しているところがあったら言って下さいませ。修正したしますので。

 次回も気長にお待ちください。


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