【修正中2月25日】オラリオで聖者(アバタール)は何を導くのだろうか (Cran)
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1話

 

 ひええ。

 

 正体不明の女性に拐かされたベル・クラネルは、率直にいってテンパっていた。

 

「うん?」

 

 くるりと振り返った女性は首をかしげている。

 

 かわいい。

 

(いやいやいやいやいや!)

 

 ここで煩悩に負ける訳にはいかない。

 あのロキ・ファミリアのアイズ・ヴァレンシュタインと出会い、ダンジョンにハーレムを求めに来た行動が間違ってないと確信したのだ。

 それでいうと、この人もとてもきれいなわけではあるが。

 

「ああ」

 

 ぽんと手を叩く。

 

「自己紹介、していませんでした」

(合ってるけどぉ!?)

 

 女性は身繕いしてから手を離して向き直った。

 

「わたしはカテリーナ、“聖者(アバタール)”です。導く者です。他にも色々呼ばれはしますけれど」

「あばたーる……?」

 

 首を傾げる白兎に、この街の風聞が入っていないことを推察して、カテリーナは少し安心する。一方的に想いを向けられるのは面映ゆくもあるし居心地が悪いときもある。

 

「あなたのお名前は?

「あ、ぼ、僕はベル・クラネルです!」

「ベル……。鐘を鳴らす子?」

「はぇ?」

 

 すんすんと鼻を鳴らして匂いを嗅ぐ。

 

「でも、すごいですね。察するにレベル1っぽいですけど、ミノタウロスを倒したのですか」

「いやぁぁぁ、いえ、倒したんじゃなくって」

「逃走できたとか」

「それもできなくてですね」

 

 返り血によるそれとは別の意味で真っ赤になる少年の様子に何があったのか。

 

 ――ふむ。

 

「なるほど、助けてもらったのですね」

「ぎくり」

「それで、助けてくれたのがアイズさんということでしょうか」

「ぎくりのぎくり」

「なんでわかったのか、でしょうか」

「……はい」

「あなたには、常に手鏡を持ち歩くように忠告してくれる人が要りそうです……」

「えっ」

 

 ため息混じりの言葉に「なんでっ!?」とばかりに反駁するベル・クラネル君。

 ややジト目混じりな視線で、カテリーナはその顔を見やる。

 

「目は口ほどに物をいう」

「はあ……」

 

 もう一回嘆息して、あとを続ける。

 

「あなたはすべてが表情に出すぎていて、目を見るまでもないといいますか」

「うえ」

「声を聞いただけで全てわかるほどといいますか……」

「ぐふっ」

「気づいていなかったようですが、アイズさんが何やらと呟いていましたし、なにかのはかりごとをするとしたら、絶対に仲間にしない系のフレンズではないかなと……」

「ごはっ」

 

 目に見えない吐血をしながら地面に倒れるベルをみやって、カテリーナはもう一度、ため息をする。

 

「まあ、善良な子だというのはわかりますから。あなたはそれでいいのでしょう。とりあえず、身を清めて着替えましょう。男の子の替えの服程度はこちらも持ち合わせがありますから。血の匂いなんて、好んで纏うものではありませんよ」

「ええ――!? いえ、でも、ご迷惑が」

「血まみれ少年が街をうろつくほうが迷惑ですよ」

「あっ、はい……」

 

 瞬殺。

 

 実際、カテリーナが保護していなければ、そのあたりの露天商人にキレイに敵意をもらうことになっているのではないかという程度に、血を撒き散らしていたわけである。

 

 冷静になって振り返れば、恥ずかしさのあまり己を殴りつけるしかない次第だったので、従うしかないのだ。

 



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2話

 

邪悪な存在たちに乱され続けた世界ブリタニア。荒廃から立て直しはなされたものの、またいつしか乱れることがないように正しい徳をもって世界を光に導く聖者(アバタール)をもたらすべく地球から召喚された旅人は、長い修行の旅の果てに3つの真理を知り8つの徳を得て、また究極の知恵の写本と呼ばれる経典を手に入れることで聖者へ至り、使命を達成した。

 

 

旅人は地球へと帰還したが、その際に召喚にあたり与えられていた旅人の魂のあり方から成っていた分身(アバター)は分離し消滅するはずだった。

 

 

ところが、なにかの事故かそれとも分身が儚く消えることを哀れんだ存在でもいたのか、アバタールの象徴であるアンクや経典は失ったものの、分身は確かな姿かたちを得たままブリタニアと同じ名前を持ち、また酷似しつつもどこか異なる世界へ顕現していた。

 

 

分身は新たな友や仲間を得て、拠点でともに騒いだり悪党を討伐したり、珍しい景色を探しに行ったり修行や物作りはたまた園芸に励んだり、ときには研究者と古代遺跡に潜り込んだりするなどといった、心が踊るような冒険を交えた明確な使命のない充足された生活を続ける。

 

 

その日々は永遠に続くかのようだったが、ある時なにかに惹かれるように訪れた夜の丘のうえで不思議な色のムーンゲート(月の満ち欠けに応じて現れる転移門)を見つけ、心の赴くまま足を踏み入れたことで変化を迎える。

 

そこは、どこともしれないダンジョンの中だった。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■

 

 ――ああ、あの人のお話ですか。うーん、そういってもあまり詳しいことは知らないんですが。ご本人に聞いたほうがいいかもしれません。……え? 初対面のときですか。もちろん、覚えていますよ。いやぁ、色々あって、絶対に忘れることはないんじゃないかなあ……。大した話じゃないですけど、いいですか?

 じゃあ、まあ、ええと、それなりに恥ずかしいことが含まれるので、記事にするときは手加減してくださいね。

 

 

 

 

 声ともつかない声をあげながら、少年は走る。

 

 理由は単純だ。

 

 今日、少し冒険をしてしまって5階層にもぐった彼を出迎えたのは、圧倒的な暴力だった。

 

「なんで、ミノタウロス!?」

 

 そう、座学によればもっともっと先の階層で出現するらしいモンスター。

 一流の冒険者でも張り合えないような筋肉の塊。身の丈は僕の2倍以上はあるはずだ。それが、唸り声を上げながら迫ってくる。少年は正直なところ気絶をしたいが、そうなってしまったら目を覚ますことはないだろう。

 

 と。

 

 そういうわけで逃げ出して、袋小路に追い詰められた少年を救ったのは、天下のロキ・ファミリア、その中でも実力と美貌で名を馳せている筆頭幹部の一人、アイズ・ヴァレンシュタインだった。

 

 あまりにも卓越した技量、そしてあまりにも絵になる麗しい立ち居振る舞い。こういったのは吊り橋効果だっておじいちゃんはいっていただろうか。

 そのあたりは実のところ、どうでもいい。

 

 少年の頭には、先だって目撃して憧れて、半ば恋をして、そこから窮地から救われて緊張から開放されて、そういった大量の情報がどばりと流れ込んで、処理がしきれず一目散に逃げ出してしまったのである。

 

 彼はダンジョンの入り口まで一気に逃げ延びて、わめき声を上げながら走る。走る、走る。

 

 ひたすらに、はた迷惑な状態になっているが本人は気づきもしない。

 

 そんなとき、すっと正面に入り込んできたのが、彼女だった。

 

■□■□■□■□■

 

「坊や、停止、停止」

 

 どうどう、とばかりに両手をあげて諫めるのは、白いフード付きのローブに浅葱色の服を身に着けた静かな表情をした女性だった。少女と表現しても差し支えがない程度に小柄だ。

 

「え……あ、はい……」

 

 暴走した闘牛並みに、返り血を撒き散らしながら猛進していた少年ことベル・クラネルは、素直に立ち止まる。

 一体、何かあったのだろうかといわんばかりの様子に、女性は首をかしげた。

 少し黙考してから、懐から手ぬぐいを取り出した。それで彼の頭をぎゅっと包む。

 

「ええっ?」

「はい、大人しくしててくださいねー」

「え、あ、はぁ、はい……」

 

 いわれるがままに大人しくしていたベルに、やがて「はい」と手ぬぐいを見せる。真っ赤である。

「ええ!?」

 

 目を白黒させて驚くベルに、女性はひとつ息をついて彼の背後を指差す。

 そこにあるのは、てんてんてんとこぼれ落ちた血の跡。

 

 もうわかったでしょう? といわんばかりの目で彼を見やると、手を差し出した。

 

「え?」

「こちらにおいでなさい。そんな血まみれの格好じゃ、周りにも迷惑をかけるし、気分も悪いでしょう」

「あ、はい……」

 

 思わず手を取ってしまうが、今更ながらに自分の手も血に染まっていることに気がついてあたふたとする。

 くすりと女性は笑みを浮かべて、「気にしないでいいんですよ」と手を引いた。

 

「お、【聖者(アバタール)】が回収したか」

「今日も導いてるなあ」

「まあ、もう安心だな」

「おい、誰か血に砂でも撒いとけ。虫が湧くのはお断りだ」

「今週の清掃当番誰だ?」

「ハンスんとこだが、あいつ今日ダンジョン行ってるだろ。仕方ねえから俺がやっとく」

 

(え、ええ…?)

 

 そうした次第で、将来に英雄に至るであろう、いまは未完ですらない少年は連行されるのである。

 



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3話

 

「ただいま戻りました」

「ああ、……で、それはなんだ?」

「ええ、活きの良い白兎が捕れました」

「――まあ、それはいいが、食べられるのか?」

「……性的な意味でなら?」

「やめろ」

「振ってきたのはあなたでは?」

「ふふっ、違いはないな」

 

 真っ赤っ赤な装いをなんとか拭ってもらったベルは、どうしたわけかアストレア・ファミリアに誘拐されていた。

 街の憲兵的役割を担っているそのファミリアは、まあこのオラリオに来て日の浅いベルでも名前くらいはもちろん知っている。

 

 おそらく、家屋にお金を惜しむ主神ではないのだろう。立派な門庭、そのまま飲用しても問題ない程度には透き通った水をたたえる噴水、何年大切に育てられたのか雄々しくまた美しい枝ぶりを誇っている大木。

 

 オラリオでかなりの高名な大規模派閥に連れ去られたベルは目を回している。

 

 今日の門番の担当たる極東の装いの女性はため息を吐いた。

 

「お前が拾いものをしてくるのはよく知っていたつもりだったが、ナマモノは珍しいな」

「そうでしたっけ」

「ええ、一度どう見てもよこしまな考えで取り入ってきた乞食の中年男性以来ですねえ」

 

 わざとらしく取り繕った、どこか違う音韻の丁寧語で、口元を袖口で隠しながら意味ありげな目線をやったりする。

 警戒心の強さ故に、とにかくカテリーナが持ち込んでくる厄介ごとの対処の最前面に立つことが多い彼女だからこその言葉に、ぐぬぬと唸ることもできず、彼女は目をそらす。

 

「まあ、お前のことだ。どうせ、その血まみれの小僧を気遣って風呂にでも入れてやろうという考えなのだろうが」

「はい、大正解です」

「大当たりか、嬉しくはないが」

「シャワーもお金がかかりますし実は中央の噴水で洗ってあげようと思ったのですが」

「やめろ阿呆」

「はい、さすがに、恋人同士が絆を深めているところに連れて行くには、いささか殺伐としすぎているような気がしまして」

「賢明な判断だが、そもそもとして公衆の面前で水浴びをさせるのは諸問題があると思うぞ」

 

 まず、噴水を血で赤く染めること自体に問題がある。

 

「そうですか?」

「――まあいい。小僧、私はゴジョウノ・輝夜。貴様の名前は何だ」

 

 うわ、この人、とても強い。

 と、ベルが思ったかはどうか。

 

 いささか、口調が安定しないというか、このぶっきらぼうな喋り方が本来なんだろうとは思われるこの妙齢の美女。

 

 少なくとも、ファミリアの門番を務めている時点で一定の強者であるのは当然なのではあるが、その独特かつ圧倒的な雰囲気に静かな目線で見据えられて、少年としてはたじろぐしかない。

 

「ええと、ベルです、輝夜さん。ベル・クラネルといいます」

「ふむ――」

 

 輝夜は少し考える。

 特定地域の名前とは異なる。一方で、方言もなく流暢な共通語。

 おそらく、それなりの教育を受けているのだろうと思われる。

 が、こうも隙だらけの油断だらけの身のこなし。

 

(どこかのお坊ちゃんか?)

 

 惜しい。とある最上位な神に育てられた田舎者です。

 

 何なら、特定方面に偏った教育を受けて育ったという属性まで持っています。

 

 いずれにせよ、悪意のある闖入者の線はないとして、輝夜も警戒を緩める。もとより、カテリーナが連れてきた時点で、大体の関門は抜けているわけではあるが。

 

「まあ、わかりました。カテリーナが保証するようですし、良しとしましょう」

 

 という結論に至る。

 

「ですが、ここアストレア・ファミリアはいわば女の園。男子禁制というわけではありませんけど、その一挙一動が注目されますし、とにかく目立つということはお分かりくださいね」

 

 遠回しであるが、要するにいっていることは「血迷って不埒な真似をするなよみんなみているからな小僧」である。

 

 アストレア・ファミリア所属のLv.6(・・・・)ゴジョウノ・輝夜は言動から誤解されやすいきらいがある(むしろ、誤解されるように振る舞っているといった説もある)ものの、極めて仲間思いで情の深い女性である。

 

 ベルが主神や団員によこしまな手(視線含む)を出そうものなら、他派閥との抗争があろうとも余裕で腕の一本や二本は切り落としかねないレベルである。ちなみに、そういった庇護の対象としてはカテリーナも例外ではない。

 

 そして、その目線、女の敵は射殺すどころか粉砕するくらいの力がこもっている。

 

「ひゃ――ひゃい!」

 

 舌が回りきっていないがちゃんと返事はできたベルを横目に、ふと輝夜は首をかしげる。

 

「そういえばアバタール殿。少年を助けるのはいいですけれど、この時間はまだ警邏の予定ではなかったではないでしょうか」

「あ」

 

 はたと思い出して口に手をあてる。

 やはりか、こいつ。

 

「……あの、輝夜、この子……」

「あー、わかったわかった、適当に風呂でも入れて着替えでもさせておいてくれという話だろう」

 

 袖元を口元に当てる。

 

「マリューにでも任せておきます」

「あなたがするのじゃないんですね……」

「わたくしがお相手するには、大体5年位は早いかと」

「ぴえ」

「まあ、もとより()()()()()という話ではございませんが」

 

 肉体を吟味するような目である。

 

 色々とあって、輝夜は男性への目線はかなり厳しい方だ。

 そして、この白兎は男性というよりは男子であるので、そもそもお眼鏡にかなうはずもない。将来性を評価はするかもしれない。

 

「それでは、わたし、いってきますね。輝夜さん、お家をよろしくお願いします」

「いわれるまでもないわ。とっとといけ」

 

 しっしっと、野良犬でも追い払うような仕草だが、その身振りには明らかな愛情があるのであって、ベルも思わず見とれていた。

 

(こういう関係もあるんだなあ……)

 

「んぬぅわにをしている兎小僧、そのみっともない風体をうちのファミリア前に晒し続けるな、とっとと入れ!」

「ひえ」

 

 身内とその他の取り扱いの区切りがわかりやすいのはいいとして、そのギャップの厳しい方で当たられるのはちょっとつらいなあと思う少年であった。

 

「おや、なにかわたくしたちの身内になりたいなどといったよこしまな思念がどこからか……」

「ありません届いていませんお邪魔します!」

 



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4話

 

「ふぅん」

 

 ここまで冷徹なふーんは聞いたことがないなと、ベル・クラネルは冷や汗をかきながら思う。

 

 何がといえば、身綺麗になった――湯浴みをさせてもらうこととなり、ついでにそのお供を務めたのがなぜだか率先して役を買ってでたアストレア・ファミリアの主神であることは秘密である――後で、着替えをありがたく頂戴したうえで、改めて顔を合わせたカテリーナに、なぜゆえに真っ赤っ赤になって往来を走ることになったのかの次第をありのままに話した。

 

 なお、ベルは一旦本拠に帰って身支度と更新をしてからの合流であり場所はカテリーナおすすめの酒場であるところの【豊穣の女主人】。

 

 説明の途中からなにか不穏な雰囲気があったが、気のせいかなと思いつつも話したわけであるが。

 

「なるほど。端的にいえば、あなたはなすり付けされたわけですね。それもミノタウロス、Lv.2、下手をすればLv.3でも勝てない相手を、ですか」

「あああああ、いえいえ、結局のところはアイズさんが庇ってくれましたので!」

「自分のファミリアが犯した失態を自分が回収することについて、当然であり必然性こそあっても、貸しこそあれそれをしたことで恩に着せるのはおかしいでしょう。百歩譲って逃してしまう失敗を犯す事故があるのはありうるのでしょうが、《愛》と《真実》に従えば、その始末をつけるのはそれこそ当然に過ぎます。正当に謝罪を求める案件ではないでしょうか」

 

 はぁ、とため息をする。

 

「仕方ありませんね、あなたのその謙譲や誠実、慈悲は褒め、愛おしみこそすれど、責めるべき代物ではありませんから。何はともあれ、あなたが五体満足で帰還できたことを、あなたやわたしの主神に感謝しましょう」

 

 この店で食事も頼まずにする話ではないかと、カテリーナは厨房を見やると、なるほど、ミアお母さんが「で?」という表情でこちらを睨みつけている(睨みつけていると当人にいうと制裁を受けるから決していわないが)。

 

「ベルさん。ここはわたしがすべて――」

 

 払いますから、安心して好きなものを頼んでください。

 と、続けようとした台詞は、発語されずに灰色の髪をした女給にぶん飛ばされる。

 

「――払ってくれるんですって、ベルっていうんですよね。わたし、ここで働いているシルっていいます。どうぞ、よろしくお願いしますね。今後もご贔屓に。これは是非、ミア母さんにたっぷりと腕をふるってもらわな――ふぎゅう」

 

 神ゼウスでも沈没しかねない容赦ないお盆の一撃を食らわせたのは、この酒場の主人であるところのミア・グランドその人だ。

 

「新しいお客様をもてなすのはいい行動だ。でもねえ、勤務時間中に談笑にふけろうとするのはどうかって思うんだけどそのあたりはどう思っていらっしゃるのかねえ?」

「ごごごごめんなさいぃぃぃ」

「まったく……。あんたの趣味は知ってるけど、仕事と私事の区別はつけてもらいたいもんなんだがねえ。少なくとも最初にやるべきことは注文を聞くことじゃないのかい」

「ひええ」

「ひええじゃないよ。謝ったりごめんなさいとかして、許されるのは子供の頃だけだからね。あんたは、もうそういった年齢の話じゃないだろうが」

 

 ぐぬぬの擬音が出るくらいなシルであるが、次のカテリーナの言葉に目を瞬かせる。

 

「相変わらずですが、ミア母さんほどお母さん(おかん)って感じの人はあまり見たことないです」

 

 ミアも毒気を抜かれたような表情で、きょとんとした風情である。

 

「まったく……。変なやつに、変な教育を受けてないか心配だよ、ばか娘」

「はいっ」

「何を嬉しそうにしてるんだい……。ったく、そういうんならもっと頻繁に来るんだね。カネなら十分に払えるだけあるだろうに」

 

 ここでほだされている両者については何がといえば、基本的に人間(じんかん)の情愛に飢えているカテリーナさんへのミア母さんからのダイレクトアタックへの素直な気持ちがある。自身は《慈悲》や《謙譲》やらを遠慮なく出すが、あまりそういったものをもらった記憶は少ない。なお、常に愛情あふれる主神はそういった神様であるので少し軸線が異なる。それでもって、いかつい厳しい女将の扱いを受けることが当たり前なミア母さんとしても意識せざるを得ないところだ。

 

 といったところで注文し、早速に運ばれてきた夕飯をもぐもぐとほお張るベルとカテリーナで穏やかな雰囲気となるが、先程にどやどやと入店してきたロキ・ファミリアがそれを一変させる。

 

「そうだ、アイズあの話をしてやれよ」

 

 酒に酔ったかどうだか自制心というステイタスに封印をしてしまった狼人によって。

 




 数話続けてまだろくに原作がはじまっていない件につきまして。
 


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5話

ベートさん好きですよ。ツンデレだしいじりがいもあるし。二次創作者からは引っ張りだこな要素たっぷりですよね。

7日分を誤って投稿しちゃった勢いで今日も投稿しちゃいます。


 

「ふぅん……」

 

 ベルはあまり怒りといった感情を抱いたことはない。ファミリア探しのときに悲しみや悔しさは感じたが。

 

 当然、激怒と呼ばれる燃え盛るようなものとは縁がなかった。

 まあ、息をするように老神(おじいちゃん)食の神(ザルド)やらをぽいぽい吹き飛ばす養母(アルフィア)が見せていたものが怒りというのなら日常的に目にしていたことにはなるが。

 

 それでいうと、今、食事をご相伴預かっている女性の嘆息まじりのそれは静かで、とても静かであって、だからこそむしろ背筋を凍らせるような冷気を帯びた怒気であった。

 これに比べれば先程、自身が返り血まみれになった経緯を話したときの不満げな様子は可愛いものだ。

 

 日頃の振る舞いから誤解されがちであるが、カテリーナも喜怒哀楽の感情は人並みに備えている。喜びもすれば、もちろん怒りもする。アバタールに至ったところで感情と無縁の生き物になるわけでもないし、無縁になってしまったらむしろ正しいあり方とはいえない。

 

 負の感情をさらけ出すことが少ないのは単純に度量が深いのと、制御されない本能的な、それも悪影響を周囲に与えるような気持ちに身を任せてはいけないという理性がなしているものであり、まあ、ようするにカテリーナは今、隠しもせずに怒りを示していた。

 

 何についてと聞くならば。

 団体さん(ロキ・ファミリア)がおいでなさって、酒の入った狼人が気分に任せて「トマト野郎」とやらのことを笑い話として持ち出したからである。よりにもよって席はお近くであるしその声がまた大きいので良く耳に届く。

 

 主神も含め周囲のものもやんわりと静止するが逆効果で、さらに傘にかかったように暴言が吐き出される始末だ。

 

「ふぅん……」

 

(今日3回目です! ごめんなさいやめてくださいぃ!)

 

 (つがい)がどうのとアイズ・ヴァレンシュタインにまでからみ始めたあたりで、どうやらカテリーナの堪忍袋は緒はぶちりぶちりと切れ、袋ごとぶち破られたようである。

 

 ある世界線ではこのあたりで耐えきれなくなったベル・クラネル氏は食い逃げの犯罪歴がつくような様相で店からまさしくうさぎのごとく飛び出していたわけであるが、こちらでは自身の屈辱やら怒りやら絶望やらを代わりに表現してしまう存在がいたのであり、なるほど――

 

(自分より怒ったり怖がったりしている人がいると逆に冷静になるっていうのはこれなんだねおじいちゃん)

 

 と少し現実逃避的に内心つぶやきながら恐る恐るカテリーナの顔色をうかがうだけに行動はとどまっている。

 

 なお、彼女の表情は微笑みであった。

 

 この短い付き合いでもよくわかる。彼女は正義感にあふれていて、それでいて正義を押しつけることはしない。

 

 ただし、弱者――自分でそれを称するのは業腹ではあるけれども、いわば冒険者天国のようなオラリオにおいて、なりたてのLv.1など好意的にいっても荷物持ちとか的散らしやらでなければ、地道地道に時間をかけて探索をするのが関の山の「将来性に期待」でしかないので、仕方ない――を見下したり、いたぶったりするような言動は許さないたちで、まさしく正義を発揮するひとなのだと簡単に察することができた。

 

(あぁ……これは、抗争になっちゃうんだろうか)

 

 少し遠い目をしながら、椅子から立ち上がって件の狼人が座っている席に向かう後ろ姿を見やる。

 

(でもさすがにいきなり喧嘩とかはしないよな、きっと。多分)

 

 その予想と期待はあっさりと裏切られる。

 

「神ロキ、久しいな。その駄犬の教育係を教えろ。まずはそちらを懲らしめる」

 

「ひえっ、カティたん!?」

 

 思いっきり果たし状を叩きつけている。

 普段の冷徹な丁寧語はどこへいったのか。

 

 これは怒りとか激怒といった段階ではなく、赫怒と呼ぶべきだろう。

 そして、蒼白になるロキに、親指をかじる小人族に、やべっという顔をするハイエルフに、どこかしらミニマムになった感じのアイズ・ヴァレンシュタインがテーブルの下に隠れにいくのを見て、ベルは――。

 

「あはは……」

 

 乾いた笑いを漏らすしかなかった。

 



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6話

 

「か、カティたん、堪忍なぁ。ベートにはウチからきっちりいっとく」

「質問に答えていない、神ロキ。誰がそこの駄犬をしつけたのかを聞いている」

「あぁ……、あかん、これマジギレ通り越しとる……」

 

 常にたたえている微笑みはさっぱりと、春の雪解けよりも鮮やかに消え去っており、極寒の無表情である。丁寧語をかなぐり捨てた彼女が実にヤベー案件であるのはその筋では有名で、今も店に入ろうとしてきた常連さんが一瞬で踵を返す次第である。

 

 後ろの方でミアが眉間をぐりりと押しながら瞑目していて、灰色の髪の女給は「はわわ」とあざとく困惑した体だ。金髪(・・)のエルフである女給は先程からの話題に思うところがあったらしく、どちらかといえばロキ・ファミリアを糾弾する側にいる雰囲気だ。その他の女給は巻き込まれまいと仕事に打ち込んでいるため気がついていない態度を装っている。

 ちなみに、ここにアストレア・ファミリアの団長がいたらもっと凄いことになっている。

 

 そのあたりを察しているロキはひとつ冷や汗を垂らす。いつの間にか酒樽を抱えて他人のふりを決め込んで店の隅っこで遠征後の疲れを癒やしているドワーフ(ガレス)をうらめしげに横目に見る。

 

(援軍はおらんな……)

 

 一応、隠れようとしたアイズ・ヴァレンシュタインの首根っこは永遠の乙女(リヴェリア)がつかんで引き戻しているし、件の白髪の少年も困った表情でその場にとどまっているし、まあ、登場人物は大体いるからある程度の話はできるかと思いつつも、脚がぶるってしまうのは、本能的に仕方ないのだ。

 

 何しろ相手はオラリオにおいて、アストレア・ファミリアの中でも特に民衆に知られるアバタール。

 アストレア・ファミリアを罠にはめようとした今は名前をいってもほとんど通じない悲しいことになった闇系統のファミリアを、それこそ正義の名のもとに殲滅せしめた勇者ならぬ勇女であり、その矛先が今は思い切りこちらに向いているのだから。

 ちなみに、その闇系的な神ルドラさんは送還されて今も天界で誰か此方からからかい混じりのやじを含めて毎日お説教をされているそうです。秩序に喧嘩を売ってしまった混沌としては仕方のない話。

 大丈夫、団員たちも命は無事であったし、主神も彼女がすごい勢いでギルド経由で政治的にも強制送還に持ち込んだだけなので、殺しはしていない。

 

「まあ、僕だね……」

「私もだ……」

 

 だがここに、わざわざターゲットになってくれる愛し子がいた。

 

 神のために我が身を焚き火に投じるうさぎが如く挙手するファミリア団長と副団長に主神は感涙しそうだ。

 

「では、団長フィン・ディムナ、副団長リヴェリア・リヨス・アールヴ、問わせてもらうが、そちらでは中層近くで発生する、大体単体で二桁単位で人を殺しうるモンスターを上層に逃したことに関する責任や罪悪を無視し、かつ取り逃がしたことをあたかも武勇伝であるかのように駄犬がさえずるといった恥知らずな振る舞いをすることがまかり通っていると。そういったファミリアであると。そのように理解していいのだろうか」

 

 この場合は親指をいじくることまで責められそうなので癖を我慢する団長。

 

「いや……そういうことはないんだよ。失態だと思ってる」

「ふぅん?」

 

 冷気がいや増した。

 

 ヤッベ、と思ったのか、これまたしれっと、ある凡夫ことラウルがドワーフのところへ引っ越している。ついでに、今回の件とは関係が薄い新人たちも数人連れているあたり、彼の善性が見て取れる。

 ただし、同僚かつ相方のアナキティは対象外らしい。仕方ない、そちらの席が足りないのだ。

 

 これまたうらめしげな目線をやる彼女に彼は「ごめんっす」とばかりに手刀を切る。

 

 これが命がかかったダンジョンなら違うかもしれない――信頼して任せるといった状況もありそうではあるが――けれども、将来の団長候補として期待されている彼の振る舞いとしては訪れる災厄(怒れるカテリーナ)への防衛的行動は正しかろう。

 

 アナキティことアナは気づかれない程度にため息をつく。これからの修羅場に巻き込まれる覚悟はできた。

 

「では?」

「では……とは?」

「みすみす強力な獲物を上層に逃した。駄犬とそこの剣姫が追跡したようだが結局はそれが未熟な冒険者に襲いかかった。死んでいてもおかしくない。1人だけでなく他の冒険者もだが、例外的に階層を移動するモンスターなのであれば場合によっては街にも這い出ていたかもしれない。そうなれば1人や10人どころではない被害が出ていたのではないかと思料するが、どうか」

 

 なるほど、フィンは少し思案する。

 

 確かに考えていてしかるべきことだ。特定のものを除けば階層の移動はほぼないといっていい。だがそれは固定観念であって、すでに規格外の行動をしていた存在については別個にとらえるべきだった。

 

「ごめんよ、考えが足りなかったようだ」

「すまない、戦乙女(ヴァルキリー)。私もだ」

「その二つ名は好きではない、私は英霊(エインフェリア)を導くに値するものではないから。……一流の大規模ファミリアなのだ。今後、相応の立ち居振る舞いを期待したい。まあ、私の怒りはそこではないんだが」

 

 そこで肩を掴む男。

 

 先程から駄犬駄犬と連呼されていた狼だ。彼はフィンやリヴェリア、ガレスと比べればオラリオの冒険者としては日が浅いため、色々知らないこともある。

 

「さっきから何だてめえは、ああ!? 俺のことをいうってんなら俺にいいやがれ、なぁ! 頭の上でくっちゃべってるんじゃねえ!」

 

 酔いもあったろう。

 

 油断もあったかもしれない。

 

 そもそも性格上の問題もありこれまで大した接点がないうえ、見た目は対して歳もいってない小柄な女でもある。

 狼人としては庇護対象にはなることはあったとしても強敵には見えなかったかもしれない。

 

 が。

 

 触ったね。攻撃したよね。と。

 その先に起こることを見越して、酒場の従業員や客やロキ・ファミリアの主神と幹部や在籍期間の長い「知ってる」面々は目を覆った。

 

 一瞬で肩にある手を掴み、身を翻しながら関節を極め、背後にまわり極めたまま床に強烈に投げ潰し、加えて投げた勢いそのままに空いている片腕の肘をみぞおちに向けたうえで倒れ込み、最後についでに起き上がりながらの蹴りまで入れている。

 

 聖女然とした普段の様子とはかけ離れた行動だが、実のところ、彼女が敵対者には容赦せず力を振るうことを知っている人は知っている。

 

(折れたかな、折れたかもしれないなあ。まあ覚悟しておこう)

 

 達観した風なフィン。そして、狼人がLv.5であるにも関わらず、それを圧殺する体術で、さっくりと意識を飛ばされた次第だ。

 

「この駄犬の言動は、この少年、駄犬本人、並びに貴ファミリアの《名誉》を著しく損ねるものであったことについても、十分に考えてもらいたい」

「返す言葉もないよ」

 

 ふんすと鼻を鳴らし、カテリーナは周囲の面々に頭を下げる。

 

「……お目汚しとお騒がせを、いたしました」

「――まあ、すぐに終わらせたし備品も壊してないからいいけどね、そいつが飲む予定だった酒とつまみはあんたたちで片付けな」

 

 もとより荒事が絶えない冒険者向けの酒場で、客同士のやらかしはよくあること。といった背景があったとしても、それだけでおさめてくれる圧倒的なおかんっぷりにまた目が潤みそうなカテリーナであるが、周囲はまさしくドン引きだ。

 

 その様子を睥睨してから、彼女はアイズに目を向ける。

 

「それと、(ベル・クラネル)があなたとお話したいそうですので、お時間があるときにでもお声がけいただけますか?」

 

 目線をもらった瞬間にピェとなったアイズだが、ロキ・ファミリアへの怒りは概ね狼人が回収してくれたため、先程までの覇気は鳴りを潜めているので、とりあえずこくこくとうなずきを返す。

 逸脱さえなければ基本的に温厚な性格なのだ。これにはガレスやラウル一同も元の席に戻ってくる。

 相方のじっとりとした視線を受けながらではあるが。

 

「ああ、あと、神ロキ」

「なっ、な、なんや?」

「正義――《愛》と《真実》のもとに、後ほどお話をしにお伺いしますね」

「ひえぇ」

 

 このままご飯を続ける雰囲気でもないため、二人は食べ残しを詰めてもらって早々に退店する。打ち上げのノリが下がってしまったファミリアに心優しい少年は申し訳なさそうだったが……。

 





カテリーナのビルドですが、物語的にはⅣでの経験はあるかもですがほとんどはオンラインの方に偏っていますね。
なお、格闘スキルは100%で修めています。

あと、ウルティマ世界のスキルは「加味」(≠加算)ですので、ダンまち世界での肉体や技術や知見はそのままで、ある程度変動させる感じです。規格外(数値通りではないという意味で)ですね。


カテリーナ Lv.5

【アビリティ】

力 :H-170

耐久:H-145

器用:G-251

敏捷:F-326

魔力:C-640

聖者:C

秘薬:D

魔導:H

精癒:H


【魔法】
 ロスト・コデックス
 ・召喚魔法

【スキル】

 【三理八徳】徳に従った行為における全体的な能力向上。「危地」の場合はさらに能力向上。徳の探求度合いに応じて効果は変動する。徳を裏切る行為の場合はこのスキルは反転する。

 【幻想技術】異界で独自に発達した技術を加味して行使できる。研鑽によって技術ごとに特殊な経験値を得て習熟するが、経験値の総計には限界が定められている。限界を超えて経験値が獲得された場合、別の技術の経験値と引き換えにするか、獲得を放棄しなければならない。

 【神秘背嚢】魔法の鞄の所有権。喪失することがない。

6/11
ベートの暴言以降の加筆修正。


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7話

 

「では、これからダンジョンに潜りましょうか」

「え?」

「大体10から17階層くらいまでなら練習としてはありでしょう。ああ、さすがに時間の問題もありますからもっと浅いほうがいいでしょうか」

「え?」

「大丈夫です。わたしが《愛》と《真実》をもって、しっかりと保護します」

「いえ、そうじゃなくて……」

 

 何やらおたおたする少年を見て、カテリーナも首を傾げる。

 

「わたしじゃ不足でしょうか」

「いやいやいや」

 

 強者揃いで知られるアストレア・ファミリアの一員であるうえ、マスコット的な意味でも人気のある彼女に役者不足なのだといったなら、さて何人くらいのオラリオ住民が敵に回るか。考えるのもおぞましい。

 

「ええと……とてもありがたいお話なんですが、申し訳ないといいますかもったいないといいますか……」

 

 公式レベルが5でしかも別派閥。ちょっとした縁でダンジョンに付き合ってもらうのは行き過ぎなのではないかという真っ当な善人の思考である。それが理解できるので、カテリーナも笑みをもらす。

 

「冒険者とは泥棒である」

 

 ぴんと指を立てた一言。

 

「もらえるものはもらっておけ、ということが近いでしょうか」

 

 据え膳を食うか食わぬか、迷わず食え。というどこぞの育て親の薫陶を思い出しながらも、ベルは考え直す。

 

(そうだ。せっかく第一級冒険者の人が付き添ってくれるっていうのに、その機会を遠慮なんて気持ちだけで捨てていいはずがない!)

 

 気合を入れる。まあ、その当人としてはいつもいつでも周りに慈悲や愛を振りまいているので当たり前の行動を当たり前にしているに過ぎないのではあるけれどこの白髪の少年がそこまで知る由もなし。

 

 実際に、カテリーナが彼にというかその魂のあり方に好意を抱いているのは間違いないことであるため、どこぞの色神がぐぬぬとするのも、同じく間違ったことではないのであるが。

 

「ああ、でも、あまり準備できていないんです。ご飯だけのつもりだったので、これだけで」

 

 少年が示したのは短刀(ナイフ)一本。

 

 あとはコート一着で武装ができているとはお世辞にもいい難い。これまたある世界線であれば軽装であっても激情に任せて突っ込んでいるのだろうが、こちらのベル・クラネル氏は今は冷静さを維持している状態だ。

 

「ふぅむ……」

(あっ、ここは「ふぅん」じゃなかった)

 

「いいのではないですか?」

「はい?」

「行き届いていない装備で挑むいい機会ではないですか。あと、防具なんてなくても、当たらなければよしと、わたしも師匠にいわれてきましたし」

「まず当たらないようにするという時点でなかなか難易度が高いと思います」

 

 カテリーナの頭にあるのは、異世界ではあるがナイフ一本で巨人の攻撃をさばききったどこぞの世界における先輩の姿だ。

 

 当たったら死ぬけど当たらなければどうということはない。

 

 実際は極めたナイフ使いに防具はいらないというよりは、立ち回りで何とかする自信があるのであれば防具はいらないといったほうが正しい。もちろん、あるに越したことはないが、魔法を使う相手が複数いたらどのみち防具が役に立たないことが多い。というか装備が重いと逃げるのも辛いし継続力に欠けるので思いっきり捕捉される。

 そして、何しろほぼ不可避なので、2−3人が一斉に高度な攻撃魔法を詠唱してきたら大抵の、その英雄は死ぬ。立ち回りのできない英雄とはすなわち雑魚なのだ。

 

 まあ、彼女が多くの時間を過ごしていた世界ではそのようなものだったが、実際こちらの世界においてもレベルやアビリティ格差によってはやはり重装備をしていても死ぬときは死ぬ。逆に格差が大きければ斧でぶん殴られても傷つかないまである。なかなか理不尽なことである。

 





6/10-11
末尾記載にあった蘇生に関する部分が少し唐突すぎたので別の機会に記載します。
あと、最後のウルティマオンラインをもとにした記載ですが思い切り偏ったプレイングをしてた身の上によるものです。
対人戦メインか大型モンスター相手かとかでもまったく違いますよね。


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8話

 

 ――あの子?

 そうね、あまり伝えたことはないけど、大切な仲間の1人で、それからわたしたちの恩人でもあるかしらね。

 あ、一応、ちゃんといってはいるのよ、わたしたちを、ファミリアを守ってくれてありがとうって。あの子がいなかったら、今ごろどうなっていたことかわからないもの。

 でもね、あの子、そういうの苦手みたいで。照れ屋さんなのよね。きっと。

 そういえば、街ではぐれちゃった子とお母さんをあわせてあげられたときもそうだったわね。本当、面白かったのよ。お礼をいわれたら顔を赤くしちゃって、あたふたしていたの。

 見た目もちーっちゃくてお人形さんみたいだから、ああいうのを見ると安心するわね!

 でも、これは内緒よ?

 多分、聞かれたら怒っちゃうもの。

 

 あ、でも、あれは不思議よねえ。

 単なる魔法とかじゃなくって、黒真珠とか薬草とか、秘薬ってあの子はいっているけどそれを使った奴よ。

 わたしも教わってやってみてるけど、10回中9回は失敗するわ!

 

 ……なに、輝夜、慣れてもいないのに最高くらいの術に挑戦するからそうなるって?

 いいじゃない、自費だし。

 んん、ブシューっていう煙が出る以外何も起きずにほうける団長を見るのは気が滅入る?

 

 ……。いうじゃない、じゃあ輝夜はどこまでできるようになったのよ。――え?

 

 ファイアーボール(Vas Flam)ができたって、うそぉ、本当? アストレア様、それ、ああ、本当なんですねわかりました。

 まだ全然そこまでいけないわよ、なんだかんだいって秘薬って高いもの。

 

 黒真珠なんて白いのと比べたらさっぱり売れないらしいからすっごいやすく買えるけれど、たとえばナイトシェードは夜にしか花が咲かないし、基本は沼地に生えるし、調達するとなると結構かかるのよねこれが。

 

 あ! 意外と考えているって思っていそうな顔してるわねっていうか「意外」って今まっすぐにいったわよね!? ……もう、これでも団長なのよ?

 

 そりゃあ、ライラとかと比べたら、出来が悪いにも程があるでしょうけどぉ?

 ああ、うん、別にいいの、足りないからみんなで集まって助け合うのがあうのが家族だもの。

 

 ええと、なんだったかしら。

 ああ、そう。

 

 あの子が作ってる菜園で大体はまかなえているけど、輝夜みたいにしっかりあの魔法を使いこなせる子が増えるならいいわね。

 

 ……って、何かしら、輝夜。

 

 えっ。黒真珠と硫黄の灰の調達が急務?

 

 ――あ、栽培できないから?

 ああ、用途はたくさんあるしって、それだけじゃなくって、ありったけをうちが買い占めた感じになってる?

 

 あー……。

 

 確かに、勝手に増えたりしてくれないわよねえ……。真珠だもの、海よね、真珠だもの。栽培……難しいわよねえ……。訓練用に買えるだけ買ったのはまずかったかしら……。

 

■□■□■□■□■□■

 

 さてさてそうしたわけで連れてこられて参りましたダンジョン。その目前でカテリーナさんが荷物袋を漁っている。

 

「あのー?」

「あ、そうですね。ご存知ないのは当たり前です。わたしは魔法に秘薬を使います」

「秘薬?」

「薬草とも呼ぶ場合があります」

 

 どこからどう見ても、一般的な薬草とは違いそうだ。秘薬と呼称していたあたり、医療系ファミリアが使うようなものに似ているのだろうか。

 少し黒真珠や何やらを弄っていた女性は指先につまんだ微量の粉末を見せてくる。

 

「これは、硫黄の灰です」

「灰、ですか?」

「これも秘薬の一つです」

 

 秘薬なら分かるけど薬"草"じゃないよね。とはいってはいけない気がしたベルは口をつぐんでいる。

 

「で、こうします」

「へ?」

 

 灰をつまんだ指先をかかげての一瞬の発語。

 

マジック・アロー(In Por Ylem)

 

 瞬間、砲弾のような力の塊がカテリーナの手から飛び出して、ダンジョン入口の壁を穿つ。硫黄の灰はさらさらと存在を喪って崩れていく。

 

「まあ、これがわたしの魔法と思っていただければ。他にも色々とありますが、サポーターとしては早々遅れは取らないかと」

「いえ……その、十分すぎます……」

 

 サポーターとして役割をあてるには定義が違うのではないかと思うものの、まあ、援護に徹する役割を担う役とするならば、といわれたものと受け取って頬をかく。

 

「?」

 

 首を傾げるカテリーナだが、彼女はあまり特別性を理解していない。

 オラリアの多くの魔法と比べて地味だなくらいに感じているフシもある。

 

 しかし、オラリオにおいては、マインドに加えて秘薬を消費するという欠点はあれどほぼ無詠唱で無数の魔法を行使できるというのは相当な利点である。

 

 また、まだベルは知らないが、使えるものには治癒や解毒の魔法も含まれているので、それはもう引く手数多という言葉では足りない。そもそも、魔法を発現している冒険者のほうが少数なうえに使えても1つだけというものが大半なのだから。

 

 なお、この秘薬魔法という技能がオラリオの常識から鑑みると相当に異常なものであるにも関わらず特に情報が伏せられてもいないことはいくつかの理由がある。

 

 まず、彼女がいわゆる“異世界転移”でこちらに来てほぼすぐに情報統制などもする暇もなく多数の目撃者の前で行使していたため、統制はとっくに手遅れと判断されたこと。

 

 そもそもとして、あくまで技術であり、個人差はあれど誰でも修練により使えるものであるため、例えばオラリオ以外からの来訪者が独自の業を伝えるのと遜色はないこと。

 

 次に、ファミリアの壁を超えて応援という名目で呼ばれて、頼まれたら断らないでホイホイといってしまう彼女であるが、そうやって色々と呼ばれるのはこの技能の万能性が相当数の冒険者達に利益をもたらすものであること。加えていえば、人格的に闇派閥に与するような人物とは判断できず、却って対抗するにあたって有用な存在であること。

 

 また、主神アストレアから「うちの大切な子を便利屋扱いしてないわよね」「下手なちょっかいもしてないわよね」と笑顔で神々にニコニコと凄むという、余計な手出しへの牽制がされていること。

 

 さらに、彼女の個人戦闘力も高く何かしらの悪意や利益を目当てで狙われる恐れが低いことなどもあるが、肝心の話題の中核である彼女は、そのあたりの大人の事情はあまり知らない。

 

 他にも、既に9つの魔法を操るハイエルフや理論上は無限の魔法を操るエルフなども存在しているため今更感もあることや、基本的には大規模破壊を起こせるようなとんでもないものがいることも理由に含まれているだろうか(えげつない使い方は可能だが)。

 

 と、諸々と理由をあげたが、みんないきいきと秘薬魔法を使いこなしながら“善行”をする彼女の邪魔はあまりしたくない。と、そう思わせてしまうくらいには誰も彼もから愛されているアバタールであるといったことも一因ではある。ただし、技術の不用意な拡散は闇派閥を含む諸々への情報漏洩にも繋がりかねないため、一定の制限は下された次第だ。

 




6/10
末尾での秘薬の魔法の制限部分の文章を追記修正しました。あと輝夜さんの使える秘薬魔法を変更。
「同じファミリアとはいえこの技能広めちゃってもいいの?」とかもつけようかと思いましたが、冗長になりすぎす気がしましたので今のところは入れていません。


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9話

またしても入院で、病室よりお届け! 救急車に乗るのが人生2回目です。
毎日更新が途切れてしまいました……。

それから、投稿済みのところをあちこち修正しています。


 

 足音がダンジョンの1階層に響いていく。

 

 時間はとうに夕方を過ぎているため、冒険を切り上げて入り口に向かって来る冒険者と何度かすれ違う。その際、先頭の白髪の少年のやや後ろを歩く、特徴的な杖を持った女性を見て「【聖者(アバタール)】だ」といったつぶやきをしたり、彼女に対して会釈などの軽い挨拶を掛けたりするものもいる。

 

 カテリーナはアストレア・ファミリアとしての警邏(パトロール)などの治安活動の他にも様々なお仕事を行っており、その中には新米冒険者のエスコートなどもあり、おなじみの光景である。もちろん、新米冒険者のエスコートは通常ならばファミリアの先輩冒険者が務めるのだがたまたま都合がつかなかったり装備の更新中だったりする場合に気軽にお願いできる相手としてよく知られている。もちろん、本業ではないので彼女の時間が空いているときに限るが。

 

 てくてくと歩きながら、二人は改めてお互いにできることを確認していく。

 

「そういえば、あなたはナイフを使うようですが、やはり速度を重視しているのですか?」

「ええ、はい。どちらかといえば」

「そうですね、背丈という点では平均より少し小さいくらいでしょうか。わたしよりも随分と高く見えてしまいますが、それはいつものことですし」

 

 横に並べば、年の離れた兄妹くらいには差がある。大体20C程度だろうか。

 

「他には何か使っているものはあるんですか? 予備の武装で、例えば槍とか投げナイフとか」

「いやぁ、実はナイフもモンスターとの相手で使うようになったのはここに来てからでして。それまでは田舎で畑を耕す生活だったので鍬とかあと鎌とかは慣れてますけど」

「なるほど、だから体つきがしっかりしているんですね。特に足腰ですが」

「そ、そうですかね」

 

 へなちょことかひよっことか雑魚とかといった体格を揶揄する言葉を散々にぶつけられた覚えのあるベルとしては少し照れてしまうところだ。そこでカテリーナが不思議そうな声をあげる。

 

「でも意外ですね、農耕ということは外での活動が主だったんですよね。その割には日焼けしていませんし、田舎育ちというには言葉遣いも丁寧ですし粗野な様子もありませんし。ですから、お坊ちゃんというと失礼ですが、ある程度の中流以上の育ちの方なんだと思っていました」

 

 既に初対面のときに「坊や」よばわりしているので今更失礼も何もない。ベルは目を丸くして、いやいやいや、とばかりに手をぱたぱたと振る。

 

「ええ? そんなことありませんよ?」

「いえいえ、ありますよ。本当に。【豊穣の女主人】の駄け――もとい、ロキ・ファミリアのベートさんの暴言なんて可愛いものです。色々な方がいますが、ちょっとした例ですけれど魔石をギルドで換金するときも『おう、さっさと替えてくんな』とかならまだいいところで無言で魔石を窓口に叩きつけるとか。他には扉の開け締めなどの動作がいちいち乱暴だとか、それまでの育ち方というのは様々なところで出てくるものなんです」

「そんなものなんですか……」

「そんなものなんです」

「あー、でしたら、祖父のおかげかも知れません」

「お祖父様ですか」

 

 ベルは懐かしそうに目を細める。

 

「はい、僕は物心ついたときから祖父に育ててもらったんですが、すごい物知りで、色々なことを教えてくれたんです。言葉遣いとかちょっとした礼儀作法とかも」

 

 なお、枕詞に「女にもてるための」とつく。

 

「それから、家にはたくさんの本があって、ほとんどが英雄譚なんですが色々な伝説や言い伝えなんかがありまして、毎日のように読んでいて。それも祖父が書いてくれたんですよ。お陰で、読み書きには不自由しませんでした」

「いいお祖父様だったんですね」

 

 えへへと嬉しそうに頭をかくベルに、カテリーナも優しく微笑み、それから、はたと手を叩く。

 

「あ、ごめんなさい、ついつい別の話にしてしまって」

「いえ、いいんです。あんまりこういう話をしたことがなかったから、楽しいです」

「(本当にいい子ですね……)それでは、今回は基本的にベル君が先行して、わたしは後方から助言や支援に徹する。手は必要に応じて出すようなやり方で行きたいと思います。目標は10階層までにしておきましょう」

「はい、わかりました! ええと、支援は、さっき見せてくださった魔法ですか?」

「いいえ」

 

 といって、「これです」と右手に持った、特徴的な銀色の杖を揚げて見せる。先端に十字架()があり、柄の部分には独特の意匠が施された、どこか神秘的なものだ。

 ベルもしげしげと眺める。

 

「魔法を補助するような杖じゃなくって、武器だったんですか」

 

 杖術なのかー。と思いつつ、

 

「僕も武器に詳しいわけじゃないんですが、なんだか珍しい感じがしますね」

「お手製ですからね」

「はい?」

 

 どこから得意げなアバタールである。

 

「アバタールの象徴です。こちらの文化にはありませんし、鍛冶師の方にお願いするのも違う気がしましたから自分で作りました」

「はぁ……」

 

 格闘ができて魔法が使えて武器も打てるって、アバタールってすごいなあ。結局どんな職業なのかわからないけど。と、困惑するベルを他所に、ぽんと秘薬の入った袋を叩いて、

 

「もちろん、状況によっては魔法も使いますから安心してくださいね」

 

 と、にっこり微笑むのだった。

 




アンクで撲殺するのはアバタール的には異論がありそうです。

次回、ようやくの戦闘。


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10話


早速の誤字ご指摘ありがとうございます!!
お名前出していいかわかりませんでしたので、まずはお礼をば。


 

 しばらく歩を進めて、それまでさっぱりと敵に遭遇しなかったのと代わりに家路につく冒険者がいたものの、それもなくなってきた頃。

 さすがに何も起きずに、常に周りを警戒するのも疲れるものである。ダンジョンに侵入してまだ全然時間は経っていないのだが、いつ、どこから、何が来るかわからないという状況に身を置くということは何よりも精神力を消費するものだ。

 そうして、自分たち以外の気配がなくなってからようやく。

 

「……カテリーナさん」

「あ、言い忘れましたけれども、カティで結構ですよ。はい、湧いてきましたね」

 

 静かに鞘からナイフを抜いて身構えるベルと、微笑むカテリーナ。

 ダンジョン内の自然発光する水晶はダンジョン内の魔力を元にしたものであり、それと基を同じくする純粋な光源が一般に照明の動力源として知られているわけであるが、それでも大した距離を照らせるわけでもない。

 

 松明や提燈(ランタン)を実際に使ってみれば分かるが、狩人など闇に慣れた熟達者でなければ話は別だが、せいぜいが数歩の間、つまずかなくて済む程度でしかない。それよりもよいといった程度の明かりがダンジョンが提供してくれる明かりだ。

 

 したがって、通常ならばカテリーナは単独でダンジョンに潜るときには、ほぼ完全な暗視を可能とする秘薬魔法のナイトサイト(In Lor)をかけることもあるが今回は使用を控えている。目的は鍛錬だから。というわけで、ベルが気がつくまでは薄闇の中で蠢く複数のモンスターについてはいわれるまで言及もしていない。

 

「どうしますか?」

 

 小声で問うカテリーナに、ベルは――なにか試験でも受けているような緊張感を受けつつ――同じく小声で応じる。

 

「できるだけ静かに接近して、間合いに入ったら倒します」

「そうですね、まずはそれでも大丈夫でしょう」

 

 にこりとしてベルの判断を肯定する。

 

(今は、ですけれどね)

 

 ここで現れるのはせいぜいがゴブリンやコボルトのような非力卑小な相手なので、恩恵だけを受けた一般人でも力業で突貫できる。例えば、ナイフを持っていたとしてもせいぜいが8歳児程度であれば素手でも大人がなんとかできるように。一番の敵はモンスターではなく怯懦とか混乱、また集団を活かした包囲攻撃を受けることなどだが、今のところは、どれもそういった様子はない。

 

(そういえばこの子、まだダンジョンに潜るようになって日が経っているわけでもないはずですが、それにしてもこの肝の据わりっぷりは意外でした。お祖父様が伝えてくれたという英雄譚と自分を投影しているような部分があるんでしょうか)

 

 それはそれで悪くはないが、それに溺れてしまったら犬死にしてしまう要因にもなる。気をつけて見てあげないといけないなと思う次第だ。

 

「打ち漏らしはお任せを、あとはお好きに、どうぞ」

「はいっ!」

 

 小声のまま、なるべく足音を殺しながら壁際の見つかりにくい部分を走破して、ベルは3匹のゴブリンの横合いを通過し、通過しきったところで壁を蹴って反転。

 その際に発生した音や気配に気がついて振り返ろうとした1匹目のゴブリンの首に横合いからナイフを突き刺すとともに、その身体が倒れるより先に頭部を蹴って飛び上がると、横合いの2匹目のゴブリンの後頭部に蹴りつけ、同じくその勢いで方向性をずらして3匹目のゴブリンに空中から体重を込めた一撃を入れる。

 

(2匹目はよろめいただけだけど、残りは倒した!)

 

 着地しすぐさま反転。何が起きたかも理解せずにたたらを踏んでいる2匹目のゴブリンの背後からナイフを一閃。

 

 残心をしたままのベルの周囲で、ゴブリン3匹は各々の姿勢で地面に倒れ込む。

 油断せずに周囲を見回して、他にモンスターがいないことを確認して、チッという音をさせながら鞘にナイフをしまう。

 その直後、それぞれ魔石を残して消えてなくなる。

 

「おおぉー」

 

 拍手をしながらカテリーナがねぎらう。

 

「本当にダンジョン初心者とは思えないですね。手を出す隙もありませんでした」

「いえ、あはは。まだ、1階層ですし」

「謙遜することはないですよ。謙虚もすぎれば悪徳になってしまうんですから」

 

 落ちた魔石を回収しつつ、

 

「ベルさんの基本路線はナイフと体術混合の直線的な接近武器の攻撃で、全体の根底には機敏さがあるといったところでしょうか」

「ええと、というと、なんでしょう」

「今回は不意打ちの格好で飛び込んで仕掛けた状況じゃないですか。これが、こちらを既に確認した数匹のモンスターの場合は、飛び込んだ際にカウンターを食らう場合もあるのではないかと思いまして」

 

 油断している相手の喉を掻っ切るのは簡単だが、迎え撃つ気のある相手の場合は注意を要するわけで、例えば負傷覚悟でベルの攻撃に合わせて強撃をしてくることもあるのではないかという想定だ。

 

「確かに……。そうですね、特に、そうだ。僕の場合はナイフだから相手よりも更に深く潜り込まないといけないし、威力も足りない。僕が5回当てるために必死になっている間に、相手は1回でも僕に当てればいい、そういうことですね?」

「あ、えぇ、はぃ、まあそうです」

「……そうか。特に僕は軽装だ。防御力なんてないも同じ。相手が重装備もしくはとても屈強な場合はもっと欠点の度合いが大きくなる。こちらの攻撃でうまく急所を突ければいいけど、急所なんて相手も自分でよくわかっているんだから、注意深く守るに決まってるんだ、そうすると動きで翻弄しないといけないし、つまりその分だけ僕の体力は削られる。要するに最低限の動きで最速で――」

「はいそこまでー!」

「うわぁ!」

 

 何やら閃いたらしいベルの沈思黙考(黙していない)を強制的に止める。

 

「はい、いいたいことの半分以上は気がついてくれましたね」

「えっ?」

「はい?」

「ええっと……?」

「もしかしてですが、いま、自分が思っているらしいことが口に出ていたことにお気づきではありませんでした?」

「えぇ、うわぁ!」

 

 まさか声に出ているとはという驚き具合に、さすがのアバタールも額に指をあてて呆れた風情である。

 

「考えることができるのは長所ですけれど、そのままだと硬直化してしまいますよ」

「硬直ですか?」

「今のベルさんは決められた枠組みで穴を掘っていたのだよということです。そうですね……、わかりました、次はわたしがこれでお相手しましょう」

 

 と、持ち出したのは魔石を掘り出す用の頑強ながら非常に短いナイフで、木工細工にでも使うようなものだ。そしてなぜか、アンクはどこかへ消えている。

 

「あと、これも使いましょう」

 

 と、手にしてみせたのはダンジョンの床にころころとしている小石のたぐいだ。

 

「ううん?」

「まあまあ、わたしもエスコートで前に出て見取り稽古してもらうことなんてめったにないんですから、ついてきてください。もうそこにいますよ」

 

 右手でナイフ、左手でいくつかの石ころをもてあそびながら進んでいく。

 その先には確かに、唸り声をあげながらこちらに進んでくるゴブリン2匹だ。カテリーナは少し不満げだが。

 

「5匹くらいいる方がいい勉強になるんですけれど」

「いえ、さすがにそれは、僕ひとりだと正面戦闘じゃあ結構厳しいことになります」

「慣れれば大丈夫ですよ、正面からでも」

「本当、ですかね……」

「まあ、見ていてください」

 

 にこやかに話すアバタールと、多分大丈夫なんだろうなという正体不明の安心感で会話に応じるベルであるが、ゴブリンにとってはなにか不本意な展開だったのかもしれない。咆哮しながら棍棒を携えてこちらに突撃してくる。

 

 彼女はそれにまっすぐと向かい、もうすぐゴブリンの間合い――の3倍程度の距離で唐突に、左手の中に隠していた小石をそれぞれの目元に投擲する。同時に横合いに飛び壁を蹴って反転するのは先のベルの動きをなぞったものだ。

 

 ゴブリンたちとしては華奢な人間に突っ込んだと思いきや、急な衝撃と痛みに目がくらみ相手を見失った状態となる。そこへ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()で稲妻のように戻ってきたカテリーナが1匹目の首にナイフを突き刺し即座に引き抜き勢いを殺さずに2匹目に飛びかかって首にくるりと腕を絡ませて固定して急所にナイフを叩き込む。

 

 シッとナイフをしまう。

 

「こんな感じです」

「いえ分かりません」

「ううん」

 

 得意げな表情をしたかったが、仕方なく解説する。

 

「今回は相手がこちらに気がついている状況で、しかも武器の間合いは相手の方が長い。速度で勝っているなら大抵の場合は先手をとれますが、そうではないこともありますし、何より賭け事のような部分があります。そしてわたしたちは互角以上のモンスターよりは大抵、貧弱です。ここまではいいですか?」

「はい」

「それで、解決の手の一つがこれなんです」

 

 と、ぽんと余っていた小石を手遊びに放り投げては受け止める。

 

「石、ですよね」

「別に石には限らないんですが、さっきわたしがしたことを思い返してみてください。わたしは何をしましたか? 主にベルさんとの違いに注意した上で」

「そうですね……正面から突っ込んだまでは同じで……ああ」

 

 こくりと首をかしげて考えているベルの顔を覗き込むカテリーナ。面白そうな表情を浮かべている。

 

「突っ込んだのは僕じゃなくて石で、石はしかも相手の注意を完全に奪ったんだ。正面からの五分五分での戦闘開始じゃなくって、石で先制攻撃して、先手を強引に取って、そこでできた隙で攻撃をした、そういうことですね!?」

「そのとおり!」

 

 にっこりと笑う。

 

「基本は不意を打つ、でもできない。そうしたなら不意を作るんです。ダメージなんてそれはあったほうがいいですけれど、かすり傷でもなんでもいいんです」

「でも、なんだか卑怯なような、というか……」

「あー……。そうですね、まだ分からなくていいですけれど」

 

 口元に指をあてる。

 

「これって、馬上競技とか騎士同士の剣での戦いでも当てはまるんですよ」

「へ?」

「一事が万事っていう格言がありますが、そうですね。ベルさん、自分が相手が右手側から仕掛けてくると思って防御したのに、その反対側から攻撃されたら嫌ではありませんか?」

「それは、そうですね」

「でしたら、ものすごく大きな剣を持って振りかぶった相手が、いきなり後ろを振り向いて逃げ出したら?」

「びっくりします……」

「と思ったら更に振り返って隠していた投げナイフを放ってきたりとか」

「嫌です……」

「あとは」

「いえ、大体分かりました」

 

 なんだか思っていたのと違うとばかりに悄然とするベルだが、正しく戦いなどそんなものなのである。個人の超接近戦でも集団部隊の合戦でもことは駆け引きの応酬や騙し合い。

 

 極東の武道の猫騙しという技も戦いとはぶつかり合いといった思い込みを利用したようなものであるし、アバタール的にも味方への裏切りや虚言などさえなければ卑怯卑劣は問題としない。

 その様な作法は生存競争にはなんの役にも立たないのだ。何しろモンスターも自然動物も擬態や誘い込みなども遠慮なく使ってくる。カメレオンは姿をあらわにしているだろうか、あとチョウチンアンコウを嘘つきと責めるかい?

 

「あと、石はいつでも調達できますから便利ですけど、飛び道具はあったほうがいいですよ。石ならせめてスリングとか、それこそベルさんなら投げナイフでも。天井とかを這いずってきて、そこから毒液とかをひたすら吐いてくるようなモンスターもいますから」

「ダンジョンって怖いんですね」

「頭上遥かを飛んで降りもせずに攻撃してくるようなのもいます」

「逃げるしかないじゃないですか」

「――という教訓をお伝えできるのがまだこの1階層というわけなんですけれどね」

「自信なくなってきました。もとから、あったわけじゃないですけど……」

「よく1人で5階層までいけたなあと思ってはいます。まあ、こうしてお話していて改めて思いましたけれど、ベルさんは基礎のできた身体能力に、ものすごい洞察力と吸収力、考察力がありますから、どれもすぐに当たり前のようにできるようになりますし、いずれ誰にもいわれなくても自分で思い立てるようになります」

 

 本当にまだ1階層なのかと考えると拠点に帰りたくはなるが、そう褒められてしまうと、つい元気になってしまう素直さもまたこの少年の長所である。

 

「それじゃあ……もう少し、頑張ってみます。先生、よろしくお願いします!」

「はい、任されました!」

 




戦闘シーンが一応あるパート。

基本アニメ勢なんですが絶対ベルくんってお祖父様に格闘技や戦闘術とか仕込まれてませんかね。素人の動きにはとても思えなくてなりませんです。


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11話


6/14
書いたつもりの後半部分が全て消えていて投稿自体は行われているという事態。
ごめんなさい、操作ミスをしたようです。


 

「ゴフゥ」

 

 と、ごきりと首をひねられるゴブリンである。そんなここはまだ1階層。

 

 無茶苦茶な勢いでこのあたりを走破したベル・クラネルさんも、ゴブリン数匹を倒したことに喜んでいた少年もここにはおらず。淡々とモンスターを蹴散らしつつダンジョンを丹念に一歩一歩進む英雄の卵である冒険者がそこにいる。

 

「あのぉ」

「はい?」

「それなんですけど……」

「はい、地図ですけれど、どうしましたか?」

 

 それでもって、進めば進む度に、紙に筆を入れていく少女がいたりする。

 

「いえ、その、なんで少し進んだと思ったらすぐに地図を描いているのかなって。ギルドに売るわけではないでしょうしどうしたのかなって」

 

 なるほど確かに。ギルドでも地図を買い取ることは行っている。

 

 例えば、新米が死んでしまうような上層部の地図は、商品ではなく新米用のアイテムとして名をなしており、いうなれば初心者グッズと扱われるくらいには皆が持っていくものとしても知られている。ないままダンジョンに潜ろうととすれば面倒見のいいギルドのスタッフにげんこつを一発もらってしまうのではなかろうかというほどだ。

 そうした地図の内容はもちろん実際に潜った冒険者が記したものをもとにしており、未踏破部分のそれはなかなかいいお値段で買われることとなっている。が、1階層の地図には大した需要はないはずだ。

 

「不思議でした?」

「はい」

「まあ、上層部分はわたしもまぶたを閉じていても歩けるくらいに熟知してはいるのですけれど」

 

 なるほど、つまり自分が迷わないようにとかそういった理由ではない。とすればなんだろうかと考える暇もなく、こっちゃこいとばかりに、手で招かれる。

 

「へえぇ……」

 

 覗き込むと、さくさくと描いていたわりには精密な装いの地図がそこにある。

 

 今は自分の荷物袋で眠っているギルド販売の地図とは大違いだ。あちらは縮尺もよくわからなくて、なんというかどこが曲がり角なのかといった、実用面を重視したもので、あえていうとおおざっぱな区別をしているだけのようなものであった。それと比較すると仕事具合に差がある。

 

 おそらくは器具を使ってあらかじめ記してある十字を連ねた下地(方眼)に入り口からの道がみっちりと記されている。普通にいわれる正規ルートがどれで、どこに別の道があるといったところまで注釈がなされている。地図と単にいうのではない、これが複階層に渡って記されていたとすればもはや攻略本というのではないだろうか。

 

「すごい……ですね」

 

 でしょう? と嬉しそうに笑む。

 

「1階層の地図は何度も描いたのですよ。ギルドでも公式に販売しているとおりですし。でもダンジョンは生き物ですからね」

 

 くるくると紙をまとめる。

 

「あ、後ろです」

「はい!」

 

 会話中に湧いてきたコボルトを速攻で処理するベル・クラネル氏をみやりつつ。

 

「生き物だからということなのかもしれませんが、ダンジョンってたまに知らないふりをして通路とかを増やしたりするのですよ」

「知らないふり」

「はい、袋小路だったはずのところに部屋が発生したりですとか、逆に続いていたはずの道がなくなったりしているとかです」

 

 あっけらかんといっているが、結構な問題である。

 とりわけ新人の場合であればギルド販売の地図に頼ることは多いだろうが、それが信用できないことがあるとなればすなわち迷子が量産される始末になりかねない。

 

「そうすると皆さん困りますし。警戒する場所以外のところからモンスターに襲われたりしますし。普段は皆さんに合わせてすぐに通り過ぎてしまうものですから、久しぶりにじっくりと描いている……お話していて気が付きましたけれど、そうですね。好奇心といいますか楽しんでいる部分も大きいかもしれません」

「いえ、なんとなく分かる気がします」

「あら、それは嬉しいです」

 

 どれほど歩き慣れたり地図を描いたりしていたとしても、試してみるたびに新しい出会いがあるというのは、なるほど地図の作りがいがあるかもしれない。

 

「でも、お時間をいただいてしまって申し訳ありません、この階層はじっくりと探索するのが久しぶりでしたので様子も少し変わっていまして、不思議な部分もありまして。お待たせいたしました」

「いいえ、面白かったですし、全然、問題ないです。でも、何が不思議だったんですか?」

「妙な空洞のような部分がありそうで、どこから入るのかなと」

 

 升目に落とすことでそれまで感覚で認識していた構造がはっきりと分かるからこその気づきであり、彼女がいうには1階層の中央部分あたりにポッカリとした空白がありそうなのだとか。

 そういう場所って覗いてみたくなりません? と照れたような表情で伺う仕草にあざとさは感じながら、しかしなるほどと思う。

 皆が当然のように踏破したつもりのダンジョン1階層においてそうした隠し場所のようなものがあるとするとそれはもう英雄譚の申し子たるベル・クラネルとしては誰にはばかることなく大好物であるというしかない。

 

「そういう場所って道が通っていたりするんでしょうか」

「通っていたり通っていなかったりします」

「通っていなかったらなんのためにあるんでしょうか……」

「趣味かもしれません」

「趣味」

「頑張れば穴くらいは開けられますから一度いってみてもいいかもしれませんね。――さて、やっぱり簡単に進んでしまいますね。時間もあまりありませんし、ベルさん的にはほとんど未踏破の6階層とそこから先までまっすぐに行ってしまいましょう」

「はい!」

 

 元気よく返事をしながら2階層へ続く道に向かうも、はたりと首をかしげる。

(頑張れば穴って開くんだ、ダンジョン)

 



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12話

アニメを改めて見返したりしているのですが、ジャガーノートってやばすぎないですかね。不意打ち要素が大アリなのは分かるんですが、攻撃力と敏捷がすんごく高いってなると、防御力が比較的低いって弱点にならないですよね……。


 

 さてもさても。

 

 兎にも角にも下に進むべしといった指針を示したのは確かにカテリーナであるが、この白髪頭の少年の突貫力を評価しないわけにはいかない。

 

 先程に言及した、超接近戦となることが前提の武器でそれを強制されてしまうがゆえに遠距離攻撃(単なる石投げという原始的なものだとはいうなかれ。むしろ過去から未来までも投石は非常に優秀な攻撃手段なのだということを覚えておきましょう)を使いこなすくらいの器が必要といった話に関して、その才能の塊はといえば、

 

「おー……あー……おお」

 

 なんだこれ?

 

 という具合に見守ってしまう次第だ。

 

 だって、何だと思うだろうか。

 1つを教えたものについてその1つを愚直なまでに実行し、最初は拙くても完璧にこなして見せる。うん。よくあることだ。うん? よくあることか?

 

 では。

 

 

 1つを教えたかと思ったら勝手に想像を広げて10くらいまでに敷衍させたりして、更にはその敷衍させた勝手に作り上げた想定でもそれぞれについて考えて、その上で実行可能になるように自ずと鍛錬をしてしまうような弟子についてはどうだろうか。

 

 師匠いらず。

 

 なるほど確かにそういった表現が正しいかもしれない。

 

 ちょっとまってほしい。私は先程、先生と呼んでもらったばかりの身の上なのであるが、はて、先生とは一体。

 

(教える側としては、もちろん弟子に追いついてもらって追い抜いてほしいものではありますけれど、なんといいますか、追いつく追い抜くという話ではないでしょうね。これは)

 

 そのうち英雄になれると表現したのは自分自身であるし別にそれを否定するつもりもないのではあるが、なんというか。

 

(それでも、簡単に追い抜かれてしまうのは悔しいと考えてしまうのは、凡人の浅ましさなのでしょうか)

 

 ずんどこずんどこと第1階層から次へ次へと進む中で、後ろから手を出す必要性が一切ないカテリーナ先生である。もちろん、何かの問題が生じたならばいつでも手を出す準備は万端なのだが、手を出すべき場所? ははっ、そのようなものはございません。一切の苦戦なく踏破していく様子であり哀しさとかあるいはモンスターへの同情すら覚えてしまう。6階層目くらいにはサクッと行こうと持ちかけた自分ではあるが、さすがにここまでするすると通過するとまでは思わなかった。

 

「うーん、あれです、ベルさん」

「はい?」

 

 4匹のコボルトを蹴散らして、まだ灰になっていない残り物を片付けてきたベルが、カテリーナの声に、にこにこと応じる。

 

「戦闘技術については今のところいうことがありません。独学だったにも関わらずこれだけ短い時間でよく磨き上げたものだと思います」

「あ、ありがとうございます!」

「それでその」

 

 うわーん聞きたくないよういやだようくらいな思いはあったとしても自分は先生。仕方ない。

 

「わたしの見真似をしながら、本当はもっとこうしたほうがいいんじゃないかって感じているところがあるのではありませんか?」

「あ、ええ、はい……その、別に批判とかそういうわけではないんです。ただ、自分に身体にあった動きがありそうで、ああ、ほら、師匠は僕より小柄ですからそのスタイルになんといいますか最適なものになっているんじゃないかなと。僕は師匠よりも大きいので違う形になるのが望ましいみたいなこともあるんじゃないかなと」

 

 焦ったような困ったような様相でいう弟子に自ら話を振っておいて予想どおりな内容の回答にカテリーナはため息をする。なにかといえば、今、おそらくは何も知らずに表現された言葉はその道の達人となってはじめて認識してしかるべき――その発想がないのであれば達人に至ったとはいえない――ものであるからだ。学んだ技術が自身に見合ったものか考えたり感じたりして。おお、目の前のお手本を早々に打ち捨てて他に信じられるものを探すというのか神よ。この冒険者1年目が。

 

 まあ1年目どころかまともに武器を敵に向けて生命を狩るようになった経験がまだ1ヶ月に至っていないという事実について経験とはなんぞやという気持ちにもなる。

 

 気分はおよそ熱々に赤くなった金属を目の前にした鍛冶師というものかもしれない。あるいは細工をするために手を出されるのを待っている無地の指輪か。どちらも職人による干渉を待ちながら、下手な干渉をすれば元の良さを失ってしまう。

 

 とまあ、大体においてこの白兎。これまでは何も知らないし何もできなかったのだろう、海綿のごとく物事を吸収しては、そうして身につけたあらゆるものを使いこなす以上に使ってしまえる度量がある。

 

(度量っていうのでしょうか。よくエルフとドワーフの間では諍いが起きるとされていますし実際に目にも見てきましたけれど、この子にしてみればまったく気にすべきものではないのでしょうね)

 

 エルフとドワーフはお互い手を取り合ったほうが技術や何やらの発展によろしいのではなかろうかと感じてきた。もったいない。

 そこへ来るとこの子はどちらの知見も差別なく得てしまうのだろう。まあ、差別感がないのはいいことではある。

 問題があるとすれば、そのあたりの人種的ないきさつをわかった上で考慮に入れるか入れないかを判断しているかどうかということと、わからないから考慮にも入らないという違いがかなり大きいということだが、別段、今後数年は別にこの子がファミリアの団長などになったりして困ってしまうような立場になることはないだろうと考え、埒もない夢想はぽいっと捨てる。捨ててしまった。

 

 つまり、目の前に規格外な少年が戻ってくるわけであり、カテリーナもまた胡乱な目線を取り戻してしまう。こいつ本当にLv.1なんですかねという目線だ。

 

「あー……。なんかもうきりよく20階層くらいにいってもいいかもしれませんね……」

「師匠今なんて?」

 



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13話

 感想の件なのですけれど。
 運営様からは特にありませんがどうやら普通に書けるようになったようです。お騒がせいたしました。


 

 えっとー。

 

 うーんっとー。

 

 というような狼狽がありながらも一緒に降りてきたのが6階層。

 実際問題としてこの階層までは降りても問題ないんじゃないかなと思ったりはしたのだけれども、なるほど眼の前で見せつけられると軽々には判断がしにくいものもある。

 何しろ冒険者になったばかりのLv.1がそれこそほいほいっとばかりに階層を進んでしまう様子をはてさて誰が嘘でも冗談でもなく想像でもなく思うだろうか。実例がここにあるわけではあるけれども。

 

 というわけでこちらは第6階層であり、出てくるモンスターもゴブリンなりコボルトなりということで代わり映えしない面々ではあるのだが、概ね湧いてくる数が違うようになっている。通常であれば1から3匹くらいの数が3から6匹くらいになるようなものであって、実際問題として鎧袖一触レベルに薙ぎ払えないのであれば深刻な違いだ。まあ、このベル・クラネルは本気で鎧袖一触ばかりにゴブリン程度ならばやっつけてしまいかねない。

 そんなこんなを考えたりするカテリーナだが、ふっと思うところもある。概ねこの少年は徳にも基づいた行動をしてくれており、むしろ徳に関する教授をされていないにもかかわらず正しく行動をしているので安心すること極まりないわけではあるが。

 

(この子は、例えば正義と反する行動を強制されるような舞台に至ったらどうするのだろう)

 

 事例をあげるとすれば人質を取られて悪逆非道な振る舞いを、する側のいいようにさせられてしまうような場合だ。とても素直で真っ白な少年で善性の塊のようなものであるので、これと敵対する悪者がいたとしたならば人質を取るというのはそれなりにあり得る選択肢ではないだろうかと思う。人質なんぞ知らんという具合で蹴っ飛ばす手合ならともかくベル・クラネルという少年はそういったたちではない。

 

「というわけでやってきました第6階層です」

「第6階層です!」

 

 なかなか軽妙な相槌を打ってくれる少年。

 さりとてあまり代わり映えしない景色だ。これが上層から深層に飛んだとするならば驚きの白さに言葉を失ったりするかもしれないが、たかだか第6階層への移動でしかないのであって大した格差もない。

 

「いや、本当にあまりイメージが変わらない感じがしますね。ギルドの方は、もし僕が1人で第6階層とかに行ったと聞いたら、多分ものすごく怒るんじゃないかと思うんですけど」

「そうですね、それこそ深層とかにでも行ったとすれば、雰囲気の違いにはきっと肩ですとか脚が震えたりとかするのかもしれませんけれど」

 

 深層は空気自体が、まあヤベェというものなので、呼吸をするだけで辛いことになる。というのが実際に深層に降りたことがある冒険者の実体験であるが、窒息しそうなレベルでの圧を感じるらしい。そうした深層の気配を感じた段階で“冒険”をすることをやめてしまう冒険者は実際に多いらしく、そうしたものは憲兵やギルド職員に転職するといった道筋はあるらしい。あとは傭兵など。深層に降りることができる冒険者であればそのどれの進路であってもなんというか逸材でしかないはずだし、似たような理由で脱冒険者をした先達が幹部を務めているのでそれはそれは気持ちよく迎えてくれるそうだ。

 

「うーん、あまり何もなさそうといいますか、経験値にならなさそうですね」

「そうなんですか」

「敵こと、障害とぶつかってこその経験ですからね」

「そんなものですか……」

「そんなものなのです」

 

 ならば仕方あるまいて。

 なんだか階層主あたりに直面するまで連れて行かれてしまうのではないかという気もしつつ、てくてくとついていく少年だった。

 



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14話


ただいま戻りました。冒頭のコメントも修正!!
何がまずかったって再入院再退院しましたのはいいのですが、その少しあとに謎の痛みに襲われるようになりまして。

痛くて集中できなくて書けない
→痛み止めを飲むと少し収まる
→頭がぼうっとして書けない

でして。投薬なくても仕事できるようになってきたのでこちらも復活します。


 

 別段道中で苦戦することもなく、8階層にたどり着いたカテリーナとベルの臨時(?)パーティであるが、ここで重大な問題が生じるというか、もとから分かっているべきだろうという事実に直面する。

 

 ベルの動きはなりたてのLv.1と考えると想定外に過ぎるものであって、感銘を受けるにふさわしい。とはいえ、技術はまだ洗練されているとはいい難く、ようするにナイフで切るのではなく「ぶん殴る」とか、刺すのではなく「ぶっ込む」に近いものがあったのだ。

 なにかといえば、いまベルが使用しているナイフはつまるところ刃こぼれして切れ味は落ちているし、何よりも不用意な攻撃や防御をしたり、または運が悪ければそのまま砕ける危険性を備えてしまっている次第である。

 別段、それでモンスターを倒せるのであれば、役割は果たしたともいえるのだけれども、それは替えのものがあるとか修復の手段がある場合にほぼ限定されてしまう。

 

(とはいえ、ここでわたしが替えの武器を渡してしまうのも、道理に合うものではありませんよね)

 

 同じファミリアでのパーティでのものか、あるいは別ファミリア同士の正式なものであるならばともかく、これはどちらにも該当しないカテリーナのほぼ思いつきによる探索であるため、大人の事情的にいえば「責任の所在が不明確」となってしまう。

 ようするに渡した武器が紛失や破損ないし大破してしまった場合に、個人で勝手に行ったものなので気にするなといったオナハシが通用しない世界であるということだ。どうしたって、貸しやら借りやらの問題になる代物であるとともに、これを「チャラ」とするならば今度は他のファミリアからも同程度の待遇を当たり前のように要求されるようなことにもなりかねない。

 もちろん、純粋な個人的行為での空いた時間でのエスコートは彼女がよくやっていることではあるのだが、物資の融通とお金の話になってしまうと別問題ということである。

 ただし、手助けする際にもしかしたら使用するかもしれない秘薬のたぐいは精神力ことマインドと同レベルの扱いのため、基本は使用者の持ち出しである。戦士がたまたまよそのファミリアの援護に入ったことで武器が破損しても請求はしないだろうし、それをしたとすれば当該ファミリアと戦士の恥になるという、なかなか微妙なものと似たようなものなのだ。

 

「これは、やっぱりメンテナンスしないといけないですよね……」

「そうですね……」

 

 そこでしょんぼりしている白い子兎もその辺の事情はやはり察することはできるらしい。

 カテリーナは手をパタンと叩いて、ベルも気を取り直してそちらを見やる。

 

「仕方ありません。ここはわたしが一方的に誘ったものですし、何より、わたしとしては十分にあなたの戦いを観ることができました。ベルさんも、第8階層ですよ、それなりには経験にしてもらったと思います」

 

 ね?

 

 と、彼の顔を覗き込むように笑う。

 

「は、はい。モンスターと戦う度に指摘してもらったことも、これからも活かしていきたいと思いますし……」

 

 少年は少し顔を赤らめる。これはかの女剣士への憧憬とは違う、先輩として教授をしてくれたものへの想いからのものだ。

 

「なんだか、とても楽しかったです。安心できましたし、自分が強くなっているんだって思えて。途中から、あの酒場での悔しさなんてどこかにいってしまいました」

「あ、でも悔しさを忘れてはいけませんからね。克己心というそうですけれど、負けないといった気持ちのそれは力の源になるものですから」

「はい!」

 

 これまで戦って降りてきた中で疲れもあるだろうに元気よく答えるベルにカテリーナは微笑み、

 

「それじゃ、今日は帰りましょうか」

 

 そうして帰路につく二人であるが、本人の希望により、引き続きベルが主に戦うこととなった。そこでも目をみはるものがあり、武器の傷みを実感した彼の戦い方は様子を変えていて、なるべく武器に負担をかけないように――言い換えると、無駄にモンスターの硬い部分に当てないようにしたり、切り結ばないようにしたり、必要に応じて体術をメインに使ったりといった、立ち回りを未熟ながらも行っているのだった。

 これにはカテリーナもまたニッコリであり、失敗を学んで次に活かすことができるのは稀有な才能に含まれる。才能だけではなく本人の精神性にもよるところだ。

 

 英雄の卵。

 ついっと、そんな言葉が頭に浮かび、彼の後ろをついていきながら沈思する。

 

(……今度、アストレア様にも相談しないといけなくなるかもしれませんね)

 

 そんな心中のつぶやきもありながら、結局、ベルは武器を壊さずに地上に帰還した。

 そして別れ際。

 

「次は10階層まで行きましょうか」

「あ、えっ、次……はいっ!」

 

 その後にベルのステイタスを更新した主神がそのアビリティの上がりっぷりに悲鳴を上げることになるが、あくまで余談である。

 




あと1話くらいベルくんメインを書いたら、カテリーナが暗黒期来てから何があったん?のショートパートに参ります。


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15話

アストレアの眷属皆さんの解釈違いがあったらすみません……。ご指摘いただければ幸いです。

あと、全然、ベルくんパートにいきませんでした。本気で日常回というか幕間。
次こそは……。


 

「あのさ、ねえ、やっぱりいつもと違うよね……?」

「そうだな、セルティ。だけど、前々からいっていたはずじゃないか。あれは、なんだ、そう、あれだ」

「あれあれっていわれても」

 

 こしょこしょと言葉をかわすエルフと獣人。

 最近、うちのマスコット(カテリーナ)の様子がおかしいんです。三丁目のタマさんでもここまではないだろうという具合で。

 

「私はいなかったんだけど、なんか白兎さんを捕まえてきたとか聞いたし……」

「なんかー、お風呂入れたってねー」

「恋か」

「とうとう、うちのファミリアにもリアルな恋バナが!?」

「でも、連れてきたのがカテリーナで、お風呂に入れさせる指示したのは輝夜で、入れたのはマリューって聞いたけど……」

「3角! いや、4角関係!?」

「嘘、男1人で女3人の関係って、どんなハーレム!?」

 

 きゃいきゃいと。

 

 女三人寄れば姦しいといった差別的な極東方面の格言はあるしここには10人ほどいるわけだがそれはさておくとしても身内のそれっぽい話というのはまあどんな世代であれ性別問わずに誰しも食いつくものである。自分のことでなければ。

 

 寿命故に成熟期が長いエルフも実年齢はともかく気持ちは若いし、そういったものもそういったものでないものも含めて、盛り上がっている。

 

 そう、ここはまあ概ね20代以上のものが揃う喪女の庭もといアストレア・ファミリアの拠点であるところの【星屑の庭】だ。

 

 件の聖者こと導き手こと【アバタール】なカテリーナは早朝にそれはもうご機嫌でさっさと身支度をして、警邏のシフトも該当なしと確認して出かけてしまったので追求する先もない。

 

 というわけで、目線はなにか知っているであろうと思われるおそらく関係者の輝夜であり、これもまた一番こういった話題を真っ正直に振っても、まあ真っ正直に応えてはくれなさそうな相手だった。

 

 実際に、淑やかな道作で朝の食事をしている輝夜は――間違いなく、そのあたりの声はまるっと聞こえているだろうから――ほとんど無表情といって然るべき微笑みで、箸をすすめている。

 

 Lv.5の団長と同等以上の切り込み隊長であるところの巷で言われる【最強の副団長】やら【必死必殺必滅即死の大和竜胆】やらの神々的には不正規の二つ名で呼ばれることもある、まさしくオーラとも呼ぶべきなにかがまとわっているので、これにちょっかいをかけられる団員はそうそういない。

 

 まあ、実のところはそうしたうわさ話と遠巻きな視線などが単純に不愉快なので、本人としてはなにかきっかけがあれば解消したいなと思っているのにそのきっかけが生まれないということに対する苛立ちやら反省やらがあるだけのすれちがいだ。

 

 が、ここに登場。

 

 私が団長。

 ここに参上。

 そして今いるあなたはゴジョウなノ。

 

「聞いたわよ、輝夜! なんだかかわいい白兎さんを保護したっていうじゃない!!」

 

 ばちっと、それこそ背景に星やら太陽でも煌めかせる勢いで登場したのが我らがリーダー、空気もノンリーダー。

 

 おおっ、と、無音の歓声と無音の拍手。よく率先して聞いてくれた(生贄になってくれた)

 

「どうも、情報のすれ違いがあるようですねぇ。何があったか我らが団長様はご存じないようで」

 

 しずしずと口元を拭い、今度はからかうような表情で向かう輝夜である。

 

「あれは、あの子が見出しただけのひよっこで、こちらには返り血を落としに来させられただけのものです」

 

 なるほど、あの子いわくカテリーナである。

 実は団長筆頭に全員が彼女以下の年齢であるが、“あの子”であることに誰も疑いはない。

 

「なんだ、そうだったの! 残念ね、ようやく輝夜にも春が来たって思ったのに。御祝儀を考えていた時間を返してもらいたいわ!!」

「それはありがた迷惑といいます。それにわたくしのことよりも、まずあなたがお相手を見つけるべきではないかと思いますけれども」

「フフン! 私は私と同じくらい正義を追求できて私よりも強い人じゃないとって思っているもの!」

「なぁにを偉そうにいっているかわかりませんが……んな奴がろくにいるかぁ! 高レベルも行き過ぎたもののセリフではないわ馬鹿めええ!!」

「何よ、あんただって私より上じゃない!」

「そういう問題ではないわ、この、たわけぇ!」

 

(なんだぁ、いつものかぁ……)

 

 色ごとや艶ごとの欠片もない会話にむしろ安心したり、でもやっぱり残念に思ったりする団員たちだった。

 

 という顛末を知らず、カテリーナは今日も見出した雛鳥への教導をしに行っている。よっぽど、こちらのほうが逢引(デート)に近いと言い出しかねないのはそもそもの言い出しっぺのセルティ達なのだが。

 

 まあ、平和だということだろう。たぶん。

 

 




本気ただの幕間。
一応しれっと情報は入れていますが微々たるもの。
でも書きたかったんです。すみませぬ。

あと私は20代以上の女性の方への偏見はございません。何ならこちらも年齢は以下略ぅ。


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16話

今回、初の挿絵付きです。
挿絵といってもシンボルですが、知人が描いてくれました。
今回でベルくんパート(1)は終わりで、過去編こと暗黒期にうつります。てか、アンケート、皆さん暗黒期お好きなのですね。ベルくんと競り合っていたので驚きました。(2023年6月24日)


 

 こんこんこんっと。

 廃教会のノッカーを叩いて待つことしばし。

 

「うーん……?」

 

 返事がない。ただの廃教会のようだ。

 

 もう一度、こんこんこんこんっと。

 同じく待つことしばし。

 

 ――やはり返事がない。

 

「場所も特徴も一致していますし……仕方ありません」

 

 こてりと首を傾げてから覚悟を決めて手に携えていたアンクを構える。

 

「正面から――」

「待て待て待て待てぇえええ!!」

 

 どばーんという効果音でもつきそうな勢いで中から飛び出てきた少女。

 黒髪で、それを両サイドに分けて尻尾のように垂らして、季節がら大丈夫か日焼けとかと思うほどの服装で、なにより。

 

「……いま、わたしは暴力を振るわれているのでしょうか」

「開口一番いきなりなんだいっ。妙なこといって、ほら人聞きの悪いことはいっちゃいけないってご両親にいわれなかったかい!?」

「あ、わたし、親はいな――」

「ごめんよぉぉ!」

 

 一挙手一投足の都度に胸部装甲の暴力を振るう女神。そんな、家主(ヘファイストス)がみたら頭を抱えるか眉根を押さえるかみなかったことにするかの塩梅が難しい流れるようなボケとボケの応酬をしながら、最後には鮮やかな土下座を決める、何がどれがとはいわないが、たわわなものを装備している女神である。

 

 その真正面で少し困惑した風情なのがアバタールであり、何がまずかっただろうかと並行的な思考で演算している。なお、解は出るとは限らない。

 

「あ、いいえ、その」

 

 困った表情で、

 

「お立ちください、その、女神ヘスティアでいらっしゃいますよね。わたしごとき一介の眷属にするべき行いではないと思います。あとついでにいいますと解錠の魔法をかけようかと思っただけでぶち破るつもりはなく――」

「わ、分かったよ、ごめん! ありがとう!」

 

 ぱやぱやと顔をほころばせてカテリーナの手を取って立ち上がるのは、たわわ、もとい竈の女神であるところのヘスティアであり、事前にアストレアから聞いていたとおりの神格と風体で、カテリーナもいつも以上に柔らかい表情を浮かべる。

 

「まあ、わたしに親がいないのは間違いありませんし仮にいたとしても顔すら知らないような次第なのとさらに育ての親といわれるものすらもなく気がつけば冒険や冒険者のなかで生きてきて今にいたるといった次第ですから人間として未熟なものであるかもしれないといわれればうなずきざるを得ないところがあるのは確かでありますしつまりどこの馬の骨かそれどころか加えてそもひとであるのかと疑義を呈されるような身のものであるのにもかかわらずそのような卑賤な身へとわざわざ神ヘスティアのくださるお言葉はまさしくただしくてわたしとしましては否定の一切をすることはでき――」

 

「ぐぉっはぁぁぁ」

 

 手を取り合ったと思いきやぶっこまれた情報。

 

 そしてヘスティアの権能であるところの嘘発見機能は正常でセリフに一切の嘘がない。もちろん、嘘と真実を混ぜるような技術はないでもないが、この会話でそれは難しかろう。

 

 なので。

 

「ええと、そのなんだい、き、君も苦労してきたんだね」

「それなりに」

「ぐふっ」

「……?」

 

 対面上のまあ世辞として「大丈夫?」「大丈夫だよ」と同じく、苦労しているかと問われて「それなりに(苦労してきた)」というのは、実際に苦労しまくっているじゃんといった認識を得てしまった先程から罪悪感を引きずっている女神には連鎖ヒットであり、ぱよえーんである。

 

「あ、あの?」

「ぼ、ボクはなんでうんボクにも悪いところがあったけどお客人を迎えるのになんでこんなにダメージを受けないといけないんだろうか」

「首謀者をお調べしましょうか」

「キミだよぉぉぉぉ!!」

「えぇ!?」

 

 というわけで。

 

 教会でしょんぼりするアバタールとなぜかその横で一緒に正座する白い子兎であって。そろそろ主神もなにを自分は怒っていたのかなあと考えたりするくらいである。どうしてこうなった。まあ単純に、あばばした女神の存在を察知した少年がかけつけてなんとなく察して、一緒に謝っているだけなのではあるが。

 

 ややあって。

 

「ねえ、アバタールじゃなくってカテリーナくんさ。色々と気を遣ってくれてるのはまあ分かっているけれどさ、どうしてそこまで、ベル君に肩入してくれるんだい?」

 

「あ、それは僕も思いました。なんか、カテリーナさんがわざわざ僕なんて構う必要があるなんてあまり思えなくって」

 

 しょぽりと出された言葉に、ふむと一呼吸してからカテリーナは手を挙げる。

 

「あの、神ヘスティア先生?」

「なんだいカテリーナ1年生」

 

 新1年生が正しいか。

 

「この子すっごい貴重な子だと思いますが、その考え間違っていませんよね」

「うん、キミのその言葉に嘘がないことも含めてそのとおりさ!」

「はい、そうしたうえで、わたしがベルさんに手を出さないとしましょう。手を出すというと語弊がありますね、支援といいますか」

「う、うん」

「そして、そうすると巷から聖者ですとか導き手などともいっていただいているわたしが見向きもしないベルくんがいたとしましてたとえば今を基準にひっくり返すとしたとすればつまりこの子の裏返しが当たり前のようなものがまかりこしているような残念なものになってしまっている悪なファミリアということになりましてそりゃあ眷属もくるまいしそれは零細ファミリアであろうしもしくはあるいはそうした自虐が当たり前で趣味とかそういった偏った具合のまさに神が神の嘘を見抜けないところも踏まえて成立してしまった嘘まんさかりの事態を突貫するヤベーところになってしまうのではないか思うわけでようするにアバタールとして知られているわたしが肩入れしないほどの場合などというのは珍しいことですからほぼイコールとして前述の認識がされてしまうというあるいはそれに近い事象を生じさせかね」

「息を吐くようにとんでもない風聞の根っこを撒き散らすのはやめてくれないかなぁ!?」

 

 ジタバタジタバタとする紐の神を他所に。

 カテリーナは息をついた。

 

「わかりました。そうですね、わかってもらうために徳の話をしましょう」

「徳ですか、徳?」

「はい」

 

 静かにうなずいたカテリーナは地面にごりごりと線を引いていく。

 

 六芒星は知っているがそれとはまた異なる文様である。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「はい、まずはそこから始めましょう。わたしがあなたに興味を惹かれていることにも通じるかと」

「あの……でも、さっきもいいましたけど、前からも思っていたことなんですけど」

「はい」

「なんで、僕にそんなに、良くしてくれるんですか?」

 

 おずおずとたずねたベルだが、相手は、はてと首をひねっている。

 

「なるほど」

「なるほど?」

 

 うんうんとうなずく少女かっこ年齢詐称かっことじるであるが、少年は神妙に言葉を待っている。小さく笑って、カテリーナは続ける。

 

「三理八徳のため、かなと思います。ここまで清らかな子はみたことがありませんから。きっと。そうですね、そのお話もしましょうか。よければ、神ヘスティアも」

「う、うん!」

「お仕事がなければですけれど」

「うぐっはぁあ……ないよ!?」

「さっきなんだか1つはバイトもサボったっぽいですけど。ベルさん、嘘のにおいがいしませんか」

「ごめんなさいかみさま」

「そこは否定しようよベルくぅううん!」

 

 わざとらしく嘆息しつつ。

 

「まあ、率直に申し上げまして、ベルさんは未熟ではありますが徳を極めるにあたる方であるとともに“英雄”になり得ると思っているからかもしれませんね」

 

「徳……英雄?」

 

「わたしのこと、まずわたしがなにか、そしてどうしてきたかということ。10年近いことからのお話になります。長いですから、皆様方が座れる場所をいただけますか?」

 

 否やはなし。

 

 深い話になりそうなことに尻込みするところもありつつ、でもわくわくしながら、それぞれテーブルを囲んだ。

 




ヘスティアさん、バイトサボりにプラス1。これには某鍛冶神も悪い意味でニッコリ。
それでですね次から暗黒期編です。

アストレア・レコードの書籍版かっちゃいましたよぅ……。


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17話

ひええ。

ボケててストックしていた別ルートの話を投稿してしまっていました。
消しました。
おそらく掲載は1時間位だと思います。データはあるので見たいという奇特な方がいらっしゃったらメッセージでもいただければ。


取り急ぎの投稿です。


 そんなこんなで。

 この世界に降りてきた時分を思い返すと、カテリーナご本人としては少し恥ずかしい気持ちも湧いてくる。なにせ、まったくあたりも知らずにうろちょろしていた未熟な自分だったからだ。そんなことはまあ匂わせたくもないので、ベルたちにカタリーナは語る。

 

---------------------

 

 

 ぼとっと。

 

「……はて?」

 

 なんだかゲートをくぐり抜けたと思ったら意識がおぼろげになり、ふと気がつけばどこからか高いところから落ちた。そのあたりで感覚が戻ってきたカテリーナであるが、そこにあるのは薄明かりに照らされた通路である。

 

「ヒスロス……とかではありませんよね、なんといいますか」

 

 ダンジョンであるのは間違いはないだろうと思う。だが、

 

「雰囲気が違いますし、なんでしょう、どこか文化が違うような気がします」

 

 そもそも、暗視の魔法すら使っていないのにあたりを見通せる時点でおかしい。慣れ親しんだダンジョンであれば一部に照明がついているところもあるが、基本は真っ暗で闇にひたっている場所であるのだが、ここは当たり前のように明るい。とはいえ光源は明白であり、そのあたりの壁や天井に生えているクリスタルがあたかもヒカリゴケのように照らしているという具合だ。

 

 

「戻れそうなゲートもありませんし」

 

 そもそも、ここでホイホイと戻るようなものであれば最初から謎のゲートに踏み入れたりはしない。

 とはいえ、安全地帯への安心できる経路がなければ困った次第ではあるので、荷物袋に手を入れつつ、発語する。

 

 

「登録――マーク(Kal Por Ylem)

 

 ぎりんと硬い音がして、触れていたルーンに光が灯される。

 マークの秘薬魔法、ルーンと場所を結びつける術であり、別の魔法を使えばここに帰ってくることができる。

 

「と、そうですね、マッピングをしないといけませんね。……久しぶりですね、この感覚も」

 

 ダンジョンなどもうすべて踏破したといってもいいくらいに探索をし続けた身柄であるから、見覚えがない通路などは非常に新鮮な気持ちになるものであった。念のため。身につけていた素朴な長剣を抜いて左手に構えておく。右手はもちろんアンクである。

 くだんのマッピング道具は取り出して腰のポーチに移し替えておく。

 

「さて、それでは――はい?」

 

 いざ探索と思い動こうとした矢先に聞こえたのは剣戟の音。それから、女性たちの声と、それに応対するが如き何らかの獰猛な吠え声。モンスター。カテリーナも慣れ親しんだようなものだ。

 

「どこかは分かりませんけれど、行ってみますか」

 

 きゅっと帯を締め直して、駆けた。

 




読んでいただき、またアンケートもありがとうございます。とても嬉しいです。
加えてもしよろしければお気に入りとか評価をいただけると。悪評価でも全然かまわないのでなんというかこう、船を出して羅針盤がないみたいな感じになってしまうようでお暇なときにでも!!


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18話

アンケートありがとうございます!!
締めましたが、ご意見は十分に頂いたかと
あくまで参考にとはいっていましたけど、やはり回答傾向は気にしてしまいますねえ。


 

「ちっくしょう、何だこりゃあ!!」

 

 ダンジョンの第27階層。怒号や咆哮が入り乱れる中で、もれなくその男性冒険者も声を上げる。

 

 オラリオになんどもなんども厄介な犯罪行為を繰り返してくる闇派閥がここに潜んでいるらしいという情報があり複数のファミリアで討伐に来た。そのはずだ。

 

 奴らお得意の毒なども想定して対処できる装備もしている。

 

 それが今になってしてみれば向かってくるのは闇派閥などではなく無数のモンスターの群れで倒しても倒しても次から次へと湧いてくる。そしてあそこで暴れているのはよもやアンフィスバエナではなかろうか。幸いにまだ死人は出ていないようだがこの微妙な拮抗が崩れたらどうなるかは分からない。

 

「だあああああっ、くそ、ロキやフレイヤにアストレアんとこはどうしてる!?」

 

 怒号しながら副団長に様子を聞いたのはそんな討伐隊のファミリアのひとつの団長。追い込まれた中で、今回の討伐に参加している中でも筆頭ともいえる実力のあるファミリアたちの様子を確認するのはなるほど当然だろう。だが情報は遊戯のようには俯瞰かつ一貫して見えるものではない。

 

「あっちもこっちも、防ぐのが精一杯ですよ!! 多分ですけど、四方八方から来ているモンスターの相手をそれぞれしてるんじゃないですかねえ! ってか、うちだってフィルヴィスの嬢ちゃんがなんとか支えてくれてるから保っているんですよ!」

 

「ああ――くそ、いい大人がぁ、男がぁ、小娘に頼らなきゃならねえなんて、ちっくしょう、とんでもねえ、糞がぁ、行くぞぉ!」

 

「いや一番強いのがあの子だから仕方ないっていやちょアンタがリーダーが率先して突っ込まないでくださいってばぁ!」

 

 ひとことで表現すると混沌。

 

 闇派閥の蠢動に関する情報があって、それについて疑義を呈するものもないではなかったけれども、そうして集まった有力な対闇派閥ファミリアたち。

 

 ではあるが。

 

 それらを想定したトラップがあるとすればそれはまあ苦戦することは必然であろう。当事者としては必死にすぎるから笑い話にもできないけれど。

 

 

 

 

 

 そして放たれるのは怒りのイカヅチ。

 

【一掃せよ、破邪の聖杖】

 

 とてつもない一撃。

 

 それはもうどこぞの好色な雷神も無条件で褒め称えたりするかもしれないような鮮やかな雷霆を繰り出し、しかし足を止めないでモンスターたちの急所をえぐって灰と化させている妖精の姿がそこにはある。

 

 フィルヴィス・シャリア。

 

 団長以上に強いことでもって好意的にからかわれたりするエルフだ。

 

 だが。

 

(保たない)

 

 単純に物量が足りない。魔力も保たない。何より手が足りない。

 

 まずい、とてもまずいまずい。歯切りししながらも分かっている質問を投げる。

 

「こちらの方面、退路はありますか!?」

「わっるいな、分かってんと思うがねえわ! そこら中、敵だらけだ!!」

「でしょうね!」

 

 わかっていながらそんなやり取りするがしかし、どうにかなにか起死回生なものがもしあるのであればぜひとも今すぐに欲しい。

 

(保たない)

 

 盾役の子たちも追い込まれている。

 

 自分は、強いはずなのに。頼りにされているはずなのに。

 種族柄で遠巻きにされているようなことが自然だった自分を受け入れてくれたファミリアなのに。家族なのに。エルフは気高く強い種族といわれるのに。

 

 っ、と歯噛みをする中に。

 

「はて?」

 

 と、なにかがやってきた。

 小柄なヒューマンだ。

 

 おそらく警戒はしている。でも、そこに加えて何があるのかと確認する様子がある。

 

 そして、今ここがどういう状況かと周囲を確認だろうか、見ている。

 

「んー……?」

 

 きょろきょろと見渡して、なにかに納得したらしく、聞いてきた。

 

「お手伝い、いりますか?」

「え?」

 

 問われた者はフィルヴィス。

 右に左にと視線をやるが、その少女が見ているのはたしかにこちら。

 

 見たところ、その子は魔導士や巫女に近い風体。実力はわからないしなんでいきなりここに発生《ポップ》したのかもわからない。

 

 けれども今はどんな手だってほしい。

 

「いる!」

 

「分かりました。精霊召喚――エナジー・ヴォーテクス(Vas Corp Por)

「は?」

 

 返答に対して即答の上の即行動。

 いや、即詠唱というべきか。

 

 さらっと発語された直後に渦を巻いて現れる魔力の塊。竜巻のような力の集合体だ。とんでもない圧力のある、それはそれは凄いものだった。ぱっと見でレベル6相当はあるくらいであり、カドモスと正面から戦っても簡単に勝てるのではないだろうか。

 

 こちらが好奇心で下手に殴ったりしたら即死するような風合いだ。

 

 フィルヴィスは直感混じりで確信する。

 

「……これなら行ける、か!」

 

 ポッと降ってきた援軍?

 

 それがどうした?

 

 その降って湧いた援軍がなにやら召喚してくれたやつがなんだか強そうで怖い?

 

 だからどうした。

 

 いずれも皆を助けるために気にするほどのことじゃない!

 

 ときの声もあげずに突っ込み、ただ打ち倒す。そこには先程までの動揺はない。

 

 ……まあ、でも一番動揺しているのは、いきなり現れた怪しさ満々な少女ではあるのだが。

 

(お助けとりあえずできたようですけど、大丈夫でしょうか……)

 

 ぽろっと転移してでもなんだかモンスターに襲われているっぽいのを助けようとしているというただそれだけだが気を遣わないといけない文化的なものもあるだろうと思って、行動としてこれで大丈夫であったかが、やはり少し気になる、徳を修めたアバタールさんであった。

|




 27階層の悪夢。の、フィルヴィスさんあたり、原作を確認してもあんまりでしたのです。なのでとりあえず、こちらではこういたしました。

 それでして、ときに。

 あれこれ改変しているので原作的展開がなくなってしまうのではと心配される声もあるかもしれません。今回でいえばレフィーリアとフィルヴィスさんあたり。

 そういった原作の胸熱展開な部分のあたりはなんとか頑張るつもりです。頑張ります……。


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19話

ウルティマオンラインの召喚魔法って邪魔する人がいないとめっちゃ強いよねって。つまり邪魔する人がいなかったらどうか……。


 

 “暴力の渦”ことエナジー・ヴォーテクス。

 カテリーナが召喚したのはそれで、分類上は精霊的な扱いをされるが、その実はとんでもない代物である。

 

 具体的には、召喚された直後から近くにいるあらゆるものをそれこそ()()()()()()()()()()()()()()()()といった問題点がある。しかもその攻撃力と技術と速度は圧巻のもので真っ当に正面から殴り合うのはきわめてまずいといわれるようなものだ。何しろ召喚した術者の声も聞けない指示も聞かない勝手に暴れる力の塊。

 

 ――だからこそ良い。

 

 そんな代物を、カテリーナはモンスターが密集する地点に放り込んだのだ。

 

 それはもう、フィルヴィスさんとの会話をした直後に躊躇なく。実はあまり時間の猶予はないので、なにやら気合を入れ直したエルフに水を差すようでそれなりに恐縮だが、

 

「お仲間がいらっしゃるようですから即座に救助を! モンスターは怯えて固まってしまったようですのでいまのうちに! あと、絶対にアレには近づかないでください!」

「え? わ、わかった」

 

 指示を出せない化け物、つまるところ指示を出さなくてもある程度は想定した動きを勝手にしてくれるということで、他所にこちらが声をかけたりなにかする余裕もできるというものだ。敵陣の真っ只中に召喚するじゃろ? 勝手に蹴散らすじゃろ? ええやん。そのような精神である。

 

 というわけで放り込まれた鬼畜な爆弾。

 

 見た目はまあ色合いがおぞましいし強いし行動も早いしこれが技巧も持っていてとてもとてもヤベーやつである。具体的には巨人以上の耐久力と攻撃力に加えて一生を剣に捧げた武人並みの技量を持ったモンスターといえば近いだろうか。

 

「ざっくり索敵といいますか調査をいたしましたが、集まっているモンスターはここ以外にはなさそうですので! お仲間を救出したら撤退しましょう、その子は(そこの渦のことである)きちんとわたしが片付けますから」

 

「いやほんとうに大丈夫か!? 見ている限り一瞬でモンスターの雑兵どもを灰に変えているというか早いな!?」

「それはもう最強の召喚物体ですから!」

「物体とかいったか!?」

「だってあれ、わたしとしては精霊だなんて呼びたくないですもん! 炎とか空気や大地のエレメンタルの方がずっといいと思います!!」

「いやそれにはなんとなく同意できるがその口ぶりからするとあなたはそれらぜんぶ使役出来るということだな!?」

 

 これまた、むやみにわちゃわちゃする展開である。しかし状況は待ってくれないので話はさておき。

 

 すうっと息を吸うフィルヴィス。

 

「団長! みんな!」

 

 最後にいたって気は抜けてしまったがすぐ前まで死線をくぐってきただけの気合はある。

 

「援軍が来た! その奇妙な渦もそれだが近づくな! 私と援軍とで何とかするから穴を見つけて生き延びろ!!」

 

 フィルヴィス・シャリア。幼年ながら実力はファミリアの頂点にある。嬢ちゃんといって可愛がっていて、「1番自分たちを守って生かしてくれる相手」であり「1番生き残らせてあげたい相手」でもある。皆からの信頼は非常に高い。よって敵軍に突っ込んでいた団長もそれを支えていた副団長もその他の団員たちも迷わず、

 

「承知!!」

 

 意を一致させて返答する。

 

 その矢先。

 

「解呪――ディスペル(An Ort)

 

 もふっといった気の抜けた音とともに、荒ぶっていた精霊もどきが消滅する。「は?」とばかりにカテリーナをみやる面々だが、彼女はまっすぐにそちらにアンクを突きつけた。

 

「荒ぶるものはいま消した! それが穿ったモンスターの布陣の穴を目指せぇ!」

「はぁぁ!?」

 

 叫んだのはその巫女っぽい様相の少女。

 見ると実際に空きまくっているモンスターの陣形の穴。

 作ったのは誰でもなくいきなり召喚されてきた奴にそれを召喚した奴。

 それを理解して無性にいらっとした団長。

 

「糞ぉこの嬢ちゃんいいたいことは分かるがノリってもんがなぁ!」

「わたしが何とかするっていっただろうが!!」

「聞こえてたよ分かるよだがするのが早すぎんだよなぁ! あといきなりくっそ言葉汚えのな!!」

「ああん、汚えのはお互い様だし早すぎるのはてめえじゃないんかぁ!?」

「いきなりそっちな話題を振るんじゃねえよお前本当にヒューマンか見た目以上に長生きしてるような年齢詐称とかしてねぇかぁ!?」

 

 一瞬の沈黙。

 

「……こほん。まあ、なにか賛否両論あるようですが早く突破しましょう。時間もありませんし」

「少なくともお前が猫かぶってるのはわかったぜ……異論はねえが」

 

 そうやってぐだついた一瞬の後に撤収と入るが、その最後。

 駄目押しとばかりに、団員たちとともに出口へ向かう一行の最後尾で振り返ったカテリーナが曰く。

 

「炎霊よ――ファイアエレメンタル(Kal Vas Xen Flam)

 

 砂に変わる秘薬を打ち捨てる彼女の背後には、イフリートといってもいいような炎の精霊が生まれ落ちている次第であって。

 

オールキル(ぜんぶ倒してくださいね)

 

 そしてくだされた指示のもとで阿鼻叫喚な風景を生み出す炎があったのは誰も知らないし知らなくてもいいことである。

 

 怪我人の手当などを片付けながら安全圏までやってきた一行。休憩の場所だが、どこか悄然とした風なエルフがカテリーナの前に佇んでいる。

 

「すまない、せっかく助けてもらったというのになんだか彼がいったようなことを私も同じように感じてしまった……言葉遣いが老いた強者な傭兵とか無法者といったような風で……」

「いえそこ真面目に取らないでいいですからね!?」

 

 よもやの流れ弾が真面目な妖精に直撃していたようだった。

 




フィルヴィスさんってクール系かつ素直になれないでも割りと甘えたな感じに受け取ってます。原作ではかなりこじらせましたけれども……。


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20話

 いつまで経っても本編といいますか原作時空に入らないと思われていないかは心配ではありますが毎話2000字くらいだとなかなかでございまして、ごめんなさい。


 

 暗黒期について語っていたカテリーナがふとお茶を取って口に含む。

 

 さてもさても。

 

「――という事態がありました。めでたしめでたし」

「ちょっと待てぇ!!」

「ちょっと待ってください!!」

 

 長らく続いた回想話をいち段落させたカテリーナが、こてんと首を傾げる。

 

「なにかありましたか?」

「あるどころの話じゃないだろう!?」

「そうです、どっちかというと始まったばかりじゃないですかぁ!」

「ああ――たしかに、徳の話も含まれていませんものね。でしたら問題は更に1年後あたりの話に」

「だからそうじゃないよって、そうだいま気づいたけどキミ絶対に意識してボクをからかうための発言しているよね!?」

「はいそうですが」

「驚きの(嘘的に)真っ白ぉぉぉぉぉ!!」

 

 くすりと笑うカテリーナに、咆哮する女神、ベルは戦慄した様子だ。

 

「大丈夫ですよ。きちんとお話します。いまのは少しからかっただけです。神ヘスティアがあんまりにも可愛らしかったので」

「そ、そうかい? そう正面から、可愛いとかいわれるとやっぱり照れるかな。いやボクはベル君に一筋だし女の子にプロポーズされてもちょっと困るんだけどさ。一応、処女神だしほら」

「でもごめんなさいわたし、すきなひとは一応いるので」

「なんかなんでもなくアプローチしてもないのにいきなり一方的に振られたよ!?」

「あと、わたしも一応は女の子ですから仮にそういった関係になったとしても処女神の定義に引っかかる恐れは少ないのではないかと思います。ええ、まさに一応ではありますがやっぱり好きなひとはいますから」

「はい、神様! 僕はカテリーナさんが好きなひとが誰かがまず気になります!」

「キミたちはキミたちで妙にブレないなぁ!? ――それで、どうなんだい、好きなひととやらはこちらの知っているどちら様なのかな?」

「それは――」

「それは?」

「――ひみつです」

「想定以上に鬱陶しいよこの子おぉぉぉ!!」

 

 口元に人差し指をあてて微笑んだカテリーナの前で紐神様が絶叫する。

 

「実はガネーシャさまとかいったらどう思います?」

「なんとなくは納得いくけどずぅえったい違うよね!?」

「チッ、正解です」

「いま舌打ちしたよねぇ、なんでそんなにボクにあたりが強いのか聞きたいところだけどそのあたりどうなんだい!?」

「その打てば響くようなリアクションがとっても可愛らしくて」

「まさかのボクの自爆!?」

「ええとそのあたりの反応が――ああ、これ、いっぱいいっぱいで聞いていらっしゃいませんね」

 

 といったあれこれとやかましいことはありつつ、当時の暗黒期でなにがあったのかの話は続けられる。

 




たぶん、今日は仕事の関係であまり書けなさそうなので少ないですがこのあたりで。
あと、毎日投稿を意識していますが、アンケートをさせていただこうかと。


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21話

 出張で出先からこんにちは。
 アンケートがすごいわかれたのでどうしようかとは思いつつもとりあえずあまり書く余裕もないので今は現状維持でお願いします。


 

 窮地を脱した。

 

 脱させてもらえたというかいきなり闖入してきたアバタールのお陰でなんとかなったというか。ダンジョンのほとんど入口前まで戻ってこれたので問題はないはずだ。その窮地というのが闇派閥の罠というのは明白であったわけであるが。そうして落ち着いてくると出てくる当然な疑問がある。

 

 ――で、こいつ誰? という。

 

「ほんで、お前さんがいったい何者なのかを教えてもらいたいんだが」

「あー、ええと、カテリーナといいます」

「ほーん、……じゃなくてな」

 

 ごりごりとこめかみをいじくる団長、これでもトールの系列の男神マグニのファミリアを率いる立派なLv.3である。

 

「所属ファミリアはなにかって聞きてえんだよ」

「ファミリアってなんでしょうか」

「はぁ!?」

 

 まさかのファミリア知らない宣言。

 助けてはもらったけれども、もしかするとなにかの裏があるのではないかということを想定していた中でのキレイに予想の別ベクトルの回答が出てきたことに驚きのおっさんである。

 

 その回答を投げ込んだ少女(カテリーナ)は困った顔をしている。見てのところ、地方の教会で子供相手に聖書を読んで聞かせる朴訥なシスターのような風情をしており、悪意を疑ったとすればその疑ったこちらが責められかねないくらいのレベルである。

 

「いや、ファミリアってのは、あれだよ。あれだ。主神に恩恵を刻んでくれた存在をいうんだが」

「恩恵というのがあるんですね」

「はい!?」

 

 連続攻撃。

 団長は抱えた頭を再度抱え直した。そろそろデュラハンにでもなってしまうのではないか。

 

「主神はわからないと」

「はい」

「恩恵もわからないと」

「はい」

「あのとんでもねぇ魔法をつかいこなしているのにか」

「まだまだつかいこなせているとはあんまりいえませんね」

「他であんな魔法を見たことは俺はねえんだが」

「そうなのですか。もっと一般的な業だと思ってきました」

「そうかそうか――なあ、オラリオって名前知っているか」

「存じ上げません」

「そうかそうか……もしかすると、なんでここにいるのかも経緯がわからないとかいうか?」

「はい」

「そこはあってほしくなかったなあ!!」

 

 記憶喪失とかかなにかだろうか、神々たちの話でそういったものが語られることがあるのは知っているが。だとすると自分の領分には余るっていうか、おいこら主神ここに来やがれといいたい。

 

 しかしどう考えても記憶喪失などのたぐいではない。こんなに明瞭に応答する記憶喪失者がいたら紹介してほしい。

 

 つまるところ、

 

「フィルヴィスー!!」

「はい!?」

 

 他のモンスターがないかを警戒していた黒髪のエルフがサクッと戻ってくる。というか一瞬で切り上げて戻ってきた。切羽詰まったような団長の呼びかけに何があったかと少し心配している様子だ。

 

「てめぇが拾ってきたこいつだが」

「拾ってはいません」

「お前は見つけたやつだ」

「どちらかといえば見つけられたような状況でした」

「それはどうでもいいんだ」

「どうでもよくはないのですが」

「こいつがいっていることが意味不明だからてめぇが聞け」

「私が分かるとは限りませんが」

 

 団長は顔に手を当てて絞り出すような声でいう。

 

「なんとなく、一番相性がよさそうなのがお前しかいねぇんだよ……頼むから、せめて素性とかなにか聞き出せることがあったらいいなってやつだ」

「この方は恩人だと思うのですが尋問をしろと? 闇派閥に対するように?」

「ちげぇよ、逆だ」

 

 ため息が出る。

 

「こいつの名前は本人曰くカテリーナ、そして見知らぬ魔法を使いやがる。……こいつの実力で、俺も含めて本来なら知らねぇやつはいないはずだが、実際知らねぇ。要するに未知ってやつだ。変なものとか神々に目をつけられる危険性があるだろうが。――かばうにも情報が必要だし、あと、まあ、こっちだって恩人がどんなやつかって知りてぇ」

「なるほど……」

 

 議題の主役であるはずのご本人は、まあ、ぱやぱやと見守っている。

 それはそうだ。

 見知らぬ場所、見知らぬ世界らしい場所に来たなら、面と向かった危険と立ち向かうような場合以外であれば情報収集につとめるものだから。でないと死ぬ。

 

 ふぅ、と、フィルヴィスも嘆息してうなずく。

 

「わかりました――カテリーナさん?」

「はい」

「あなたの事情を詮索するつもりはありません。ですが、こちらの地域のことはあまり詳しくないとみましたがいかがですか」

「そうですね、まったく詳しくないです」

「わかりました……では、私がそちらをお教えしたいと思いますが、よろしいですか」

「わぁ! 専属の家庭教師ってやつですね!?」

「いえ、それはどうだかわかりませんが……」

 

 何やら気分が上がった様子で、ふんすと手を打つカテリーナに困惑するフィルヴィス。

 でもまあ、と。

 

「メイドですとか乳母のようなものだと思っていただければいいです。こちらからも必要と考えるものは先にお話しますが、そちらも気になるものがあったら聞いてください」

「はい、師匠!」

「師匠……?」

 

 まあ、そんなこんなで、カテリーナはこの世界に受け入れられることとなった次第である。

 

 





ごめんなさい、出張で数日は不定期になりそうです。書けるときには書きたいですけど確約ができかねるというか。なるべく書けるように頑張るのでお見捨てないようになさっていただけると嬉しいです……。


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22話

洪水状態だった九州から帰ってきましたこんにちは!!(時事ネタ)
全然電波がつうじなくて、いやはや。遅くなりまして申し訳ありません。

ああ、あとこちらのフィルヴィスさんは、すれてないです。――のですが、8割くらい語り口調がリューさんぽくなるんです。書き方に困る。


 

「――と、最初はそのような次第でしたね」

  

 お茶を口にしながらカテリーナが曰く。

  

「いやあのさボクも下界歴たいしたことないからいえたものじゃないけどね、普通はそりゃあびっくりするだろうなと思うよ」

 

 あはは、と。

 2人(1人と1柱)が笑い合うのを、横で白兎が困った表情で見ている。

 

 しかしこの紐神様。

 もちろん、神ならではの嘘発見器で嘘を見抜くことができるということは差し引いても一切の誤魔化しも考えずに素直にカテリーナの語る過去話に応じている。

 そのあたりはやはり神々の母たる竈の女神である彼女の度量なのだろうか。

 

「そうすると、マグニ君のところに行ったのかな、今の話の感じだとそこで恩恵を受けていそうなものだけど」

 

 ふむ、とカテリーナはうなずいてヘスティアに向き直る。そして、

 

「それは――」

「それは?」

「秘密です」

「なんとなくそう来ると思ってたよ!!」

 

 そうして続く昔ばなし。

 

 なお、年齢のことを持ち出すと主にカテリーナと、ロキ・ファミリアのリヴェ某ア・某ヨス・アール某あたりの高齢者が、アダマンタイトを鍛えられそうな程度の熱をもって、しかして冷静に応戦してくるのは、まあ、ある種の風物詩でもある。大抵はどこかの狼が起点であることも含めて。

 

 どちらも冗談でありそれを分かっていてやっているので、ただのじゃれ合いともいえる。仲良きことは美しきかな。

 

■□■□■□■□■

 

「と、いうわけです」

 

 18階層。

 

 モンスターのわかないセーフティといわれる安全地帯に生まれたところの冒険者やその他の、“金”で成り立つ互助的な共同体なリヴィラといわれる場所。

 

 そこへ、重傷者や負傷者やらを、えんやこらと。ここまで連れ帰るわけであるが、そういった移動中。団長に指示されているのもあるが、カテリーナに寄り添っている黒髪のエルフがひとり。

 ときに湧いてくるモンスターもいるが、あっさりと周りの眷属に倒されるので余裕ということもあり、おおむね、事情聴取やレクチャーなお話しになる。

 

「――なるほど、恩恵というのがあるのですね」

「はい、神々が刻むものです、それによって眷属となったものは、それ以外のものよりも強い力を得ます」

「ファミリアというのは?」

「同じ主神を奉じる、仲間たちです。私達でいえばマグニ様が主神です」

「そういうことなのですね、神がいて、神が気に入ったひとが眷属となって祝福を与えられて、そういった方々がまとまった団体がファミリアなのですね」

「はい。その祝福こと恩恵は身体に刻まれますから、みればわかるようになっています」

 

 いま、仮にカテリーナを全裸に剥いたとして。

 そりゃあもうきれいなものです、恩恵を示す刻印はありません。まあ、別にフィルヴィスもそうするつもりはないが。

 

「――さて、今まで話を伺いましたが、異世界から来られたと」

「はい」

 

 あまりにも、こちらの常識を知らない為に訝しんでいたが。あっさりと、カテリーナがそういったのである。

 なお、彼女にとっては世界の間での移動や召喚はよくあることである。

 それを踏まえたいまの問答。きれいに嘘がない。

 

「神も恩恵も無縁で、自分の力や技術だけで、あの場を切り抜けたというか切り抜かせてもらえたということですね……」

「いいえ、あなたを含めて皆さん頑張っていらっしゃったと思います」

 

 微笑むカテリーナ。

 

「わたしができたことなんて、撤退のお手伝いですから」

 

 うーん、と、悩むフィルヴィス。撤退の手伝いができる時点でしかもあの状況で生き残ってくれているあたりで普通じゃないんだよなあと。

 まあ、カテリーナのいた、あのあたりの人たちはドラゴンを余裕で一対一で5分以内には倒せますからね、という突っ込みは誰も入れられない。

 

 実力があるうえに、裏表もない善人で、かつ、どうやら異世界人らしい。神からもたらされる娯楽にはあったが、実際に目の当たりにするとそれはもう困る。なにより、大切な恩人だ。団長もいっていたとおりだが、享楽的な無数の神々のおもちゃにさせるわけにはいかない。帰る気持ちがそれほどなさそうではあるが、もしも帰るとなったらさまざまな邪魔が入りそうだ。

 

「カテリーナ。せめて、帰る手段が見つかるまででもいい。強いファミリアに所属しませんか」

 

 守るには、うちじゃねぇから、どこかの大手がいい。

 と思い、推奨する黒髪エルフである。

 

 

 




とにかく更新!!

というわけで、先立ってのアンケートの内容も頭にはあるのですが、とりあえずの文量で生存報告代わりです。

仕事前の合間でなんとか。

そして、カテリーナにつきましてアンケートです。


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23話

アンケートは維持。
なんだか、明日は投稿の余裕がなさそうなので前倒しで。というわけで明日は(日付的に)投稿できないかもです。

アンケートが分かれていて面白いです。最終的にナシになっても外伝的に書かせていただくかもです。


 

 ――というわけで。

 

 ぱやぱやと。

 

 気がついたときには、どうやらここが、フィルヴィス曰くの神様とその眷属の拠点らしい。

 まあ、有り体にいうと。

 

「あの、ちょっと、狭くありませんか……?」

「わかっている。ああ、いえ、わかっています……そのとおりではないかと」

 

 思わず、苦虫を噛み潰したような表情を含めた対応をしてしまったフィルヴィスは、そっとフードをさげる。

 

「ここが、私たちのファミリアのホームです」

「ホーム……」

「はい、拠点とか、本拠と書いてホームといいます」

「なるほど」

 

 よくいえば無駄のない。よくいわなかったら味気ない。悪くいえばつまらない、そんな、ちっぽけな造りで、できているホームである。

 しかしながら客人であるところのカテリーナ。面白そうに観察してはいるが嘲ったり侮ったりするような様子は出していない。目新しいものと遭遇したような面持ちである。

 

「少しお待ち下さい、負傷者や疲労したものの保護、あと主神への報告があります。でき得れば、あなたもお招きしてお礼を含めてせめてお茶でもとは思うのですが、その」

「あはは、大丈夫ですよ。それこそ、お構いなくです」

 

 それはもう、とてもとても申し訳なさそうにする黒髪のエルフだが、カテリーナはむしろ嬉しそうにした風情で笑っている。

 

「わたしはともかく、あなたにとっては、もしかしたら恥ずかしいことであるのかもしれません」

 

 目をみて微笑む。

 

「でも、わたしにとっては別に恥ずかしいとは思えませんし」

 

 なんなら、廃墟を自宅として生活しているような羊飼いもいる。自分(とそっくりな、とある傲慢な町の廃墟に住んでいる女性)のことだが。

 

「そういえば、ダンジョンでお会いした方々はもうそういった治療院――でしたっけ、に行かれているのですか。何処か別の場所をご紹介いただけるとのことではありましたが、ご挨拶はしておきたかったのですけれど」

 

 見たところ。

 人気がない。にんきがないのではなく、人の気配がない。

 フィルヴィスは苦笑いとともに苦いため息をつく。

 

「いいえ、その、私たちの主神は」

「――おお!! 帰ったか、そこにいるのが話に聞いた救援者でおられるな!? 此度は我が子供たちを助けてくれたことを真に心から感謝するぞ!!」

「はぁ、……はい?」

「ああ、きちゃったぁ……」

 

 どーんという効果音でもつきそうな勢いで急に出てきたのが、少年。少年ではあるけれどもとんでもない圧力と、

 

「うむ、ありがとう!! なるほど確かにきみは美しいな!! なんだ、そう、うむ、鍛って鍛った鍛ちつくした鋼のようなものを感じる!! ハッハッハ!!」

 

 我が道を行く(ゴーイングマイウェイ)

 

 まあ、それを体現するような少年だが、ひとことでいうと。

 

(とても強い)

 

 に、尽きる。

 説明してもらった内容からすると、下界に降り立った神はその本来の力を失っているはずだが。

 

(強い)

 

 ほんの、130Cくらいの短躯から発せられる、圧力がこれまた凄い。そしてそれでいて軽薄な感じもまたその相まって凄い。

 

「あのう、この方があなたたちの」

「主神です、残念ながら」

「先程のお話を踏まえると、その、護衛とかが必要と――」

「こいつゴホン、この方には必要ありませんが、普通は必要です」

「ええと……主神なんですよね?」

 

 若干のカルチャーショックもありながら、こしょこしょと話す2人。

 

「そしてぇ!!」

 

 ばばんと。背景(雷霆)を輝かせながら、フィルヴィスの主神が曰く。

 まさかのドラムロールでも鳴りそうな演出までついてきている。カテリーナは納得した。これは、日常的についていくのはけっこう大変だと。そして繰り返すが圧力が凄い。

 

「よく、がんばれ、ますね」

「慣れました、けど、ちょっとその気になったときには、だいたい、辛いです」

 

 本人はその気はなさそうだが、溢れ出る神圧がとんでもないのである。おそらく、感情の隆起にともなっているのではあるのだろうが、それに振り回される眷属(や、いまここにいる客人)にとっては、まあ大変だ。

 

「マグニ・ファミリアたる、うちでは無理らしいのは残念だが、団長の――あれ、いない」

「治療院にいます」

「なるほど仕方ない!! ――の紹介で、アストレア・ファミリアに請け負ってもらうこととなった。が」

 

 が?

 

「今宵は感謝の日!! ええと、健康な中ではフィルヴィス!! キミが筆頭に接待したまえ、ええと、その、なんというか」

 

 しゅーんという効果音でもなりそうな具合だが。

 

「ごめん、うちの子が助かった。ありがとう」

 

 極めて殊勝な様子に眷属たちも驚きだ。だが、次の言葉に対して、姿勢をただすことになる。

 

「眷族など死ぬのが当たり前。気にするものでもない。そういわれ、だが納得がいかなかった。そうして納得がいかない自分が神としておかしいのかとも、キミたちの親としておかしいのかとも思ったともさ。でもな? ここにこうして、戻ってきてくれたことをだ。思う自分がおるというか嬉しいと思って誰が怒るんじゃーい!」

 

 どっぱーんと、ああ、なんか樽から酒溢れてますけど、という具合ではあるが。

 

「はぁ」

 

 こてんと、首を傾げつつ。

 

「困っているひとがおるなら、助けるのは当たり前ですよ――って、うつりました。なまりました。困ったひとがいるなら、です」

 

 そうして、一晩のごはんを貰うことになったりする。

 




 アンケートはあれです。アバタールちゃんのです。


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24話

アンケート結果、それなりに、びっくりしました。思った以上にバラけたので。これはこれで面白いのです。


 

 さてもさてもっと。

 

 ご飯をもらった。それでもってフィルヴィスとバイバイした。

 そうしてから、落ち着いてふと考える。

 

(これはまた、不思議なことになってしまいましたね)

 

 おそらくはまあ、別の世界に来てしまったというのは間違いないだろう。あの奇妙な色合いのゲートがキッカケではあるだろうけれど。なんというか、異世界に移動するというのはよくあることなので、もしかしたらその他のものが聞いたらおどろくかもしれないが、冷静なものだ。

 

(ですけれど)

 

 自分と比べたらまだ未熟なものたちでもあるが、それこそ導く必要があると考えられる子どもたちが、それはもういっぱいいるので、放置するわけにもいかない。

 

 

「よいしょっと」

 

 なんだか圧の強い神様にいわれるがままに休むことになって、しかしまあ実際に、

 

「なんだか、疲れていたみたいですし、たしかに、助かりましたね……」

 

 お世話してもらったお茶をすするが、じんわりと染み入る安らぎだ。

 

 世界の移動が大変だったのか、それともやはり、戦闘が疲れるものだったのか。

 そのあたりの区別はつかないが、疲労があったのは間違いないようだ。あてがわれた寝台でそれはもうぐっすりと寝てしまっていたのを恥ずかしがる余裕もなかったわけであるが。

 

 そうして、起き上がったカテリーナだが、やはりふと考え込む。

 

「わたし、どうすればいのでしょう……?」

 

 それに尽きる。

 いやさ、はてさて。

 アバタールとして果敢に試練に立ち向かってきた。まあ、自分はアバターであるということで本人ではないかもしれないが、まあ、そんなものである。

 

「なにかしなければいけないような気が起きないのはそういうことなのでしょうか……」

 

 そのあと、やるべきことをなした後のこの、残り香のような自分はどうすればいいのだろう。

 ぽけぇと、虚空を見やる。

 

(もう、わたしは、いる必要がないのでは……?)

 そのような思いも浮かび上がる。

 義務を果たしたお人形は、もはや存在意義などないのではなかろうかと。

 なるほど、たしかに先程、危うかった子どもたちを救うことはできた。ただ、それも偶然だ。

 自分の役割とそのまま直結するかといえばそういうわけでもなく。そう、目の前にしてしまったから、助けた。言葉にすればそういった程度のものであり、本人の善性とかそういうものではない。はず。

 

「……はず」

 

 であれば、はて。

 

 使命が終わってしまった巫女であるところのカテリーナはさて、この後どうすればいいのだろうか。

 

 はぁとため息をつき。

 

 

(でも、そうですね)

 

 

 ふと、フィルヴィスの柔らかな表情が思い浮かぶ。

 

(人とのつながり、それを探求するのもアバタールかもしれませんね)

 

 

 




ぎりっぎり。
大急ぎでなんとか最低投稿文字数を満たしました。あっぶねえです。
しばらくはまだ不定期になりそうです……。


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25話

アンケート結果はびっくりちゃんでした。
男+男の子が、女+女の子とぎりぎり勝る。でも一番多いのは慕われるがその気はないで、そして動物とかが敢闘。これは、やはり流石はアバタールというべきでしょうか……。

そして、お待たせしました(誰も待っているとは言っていない)が、落ち着いたので再開いたします。


 

 その様なきっかけを掴みつつ、ぽけらぽけらとしていたら、いつの間にか朝日が昇っている。

 

「んー……」

 

 持久力には、まあ自信があるし、休憩もしっかりできたので、あまり時間などを気にせずに、改めてごろんごろんとベッドのうえを転がるが。

 

「うーん……」

 

 いや、わかっているのである。

 どうしたって生きていかなければならないし。ただ、アバタールたるもの、それだけ(生きるだけ)というのはよろしくない。ゆえにこそ、自分は、

 

(どうしましょうねえ……)

 

 とまあ。少し道筋はみえたと思うけれども、その道筋がどうすればたどれるのかは、まあ、まだわからない。こういうときには前の世界では、

 

「酒瓶が並んでしっちゃかめっちゃかになってなんとなく悩みが片づいてしまった覚えが強いですね……」

 

 何しろ、よっぽど深刻な相談(たとえば、仲間たちのうちの一員に恋心をいだいてしまったとか、そうした個人的な事情に関するお話についてだとか)でもなければ、真剣に膝を並べて話をするようなことはほとんどなかった。どちらかといえば、「あのモンスターをどうやって潰す?」「適当な動物を使役して突っ込ませて囮にするのはどうだ」「ダウト!! それは徳に適さない行動ですから、わたしは賛成したくありません!!」といった話題で議論をすることのほうが多かったというか、主であった。

 

 そのうえでさらに、何が問題かというと、【アストレア・ファミリア】というのがどういうものなのか、実際にどういった人たちがいるのかわからないところだ。

 さすがにここまで良くしてもらって適当な紹介はしないだろうけれども……。特に、口調こそ硬いが振る舞いに誠実さや清らかさがうかがえるフィルヴィス・シャリアが問題ないと考えているのなら、きっと問題ないのだろう。

 

「正義と秩序を掲げるファミリア、ですか……」

 

 であるのなら、それはカテリーナが重んじている徳にも通じるものである。

 

「そうだとすると、やはり紹介していただいたとおり、いってみるのが一番ですね」

 

 そもそも、あらためて考えてみれば、いま自分が存在している世界は未知のものである。そして、自分はもとから重んじる徳からして違う国々を旅して仲間を集めてきたころの記憶がある――自分自身の記憶と言えるかは別として――だから、あってみて話してみてから考えよう。もしもうまくいかなかったら、またここに戻ってくればいいし、あるいはただの物知らずの旅人として人々を導くための冒険をすればいいのだろう。

 なにしろ、ロード・ブリティッシュが治めるあの地に呼ばれたばかりの頃は、ほとんどのものが見知らぬものの中で色々なことを学び、力と知識を身につけていったのだ。

 

「では、参りますか」

 

 立ち上がって簡単に身繕いをすると、アストレア・ファミリア宛としてもらった紹介の書簡と地図があることを確認し、最後に置き手紙をして、ひとりでこのホームを出立した。

 

 ……が、言語が会話はともかく文字が違うため、主神マグニを含めて誰も内容が分からず、フィルヴィスを筆頭に少しの混乱を招いたのは、いまのカテリーナには与りしれないことである。




次はもっと早く更新できるかなと。
しばらくはオラリオに来たばかりの頃の話です。


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26話

なるべく毎日更新したいところで。

あと、すみません、すごいスローなペースですが、日常回なものをはぶきたくなく。
すんごく長い話数になりそうですが。


 

 さて、そうしたわけでやってきた早朝――早朝? 朝日がおぼろげにかかっているくらいのところで、さすがに行動が早すぎたかなあと困ったポンコツなアバタールである。所在なさげに、アストレア・ファミリアの正門を遠目に見る。

 これがまた、まあ、誰もいない。

 

「さすがに、そうですよねぇ」

 

 引き止められたりあれこらがあったりというのは性に合わないというところもあって、まあ早朝に出てきたわけではあるが。

 うん、朝ぼらけ。

 

「うーん、もしかしたら、どこかしらに宿をとるのがいいのかもしれませんね」

 

 ぽんと手をうって。

 まあ、それなりにいい考えだと思いながら。

 

「……どこに宿があるかが分かれば、なのですけれども……」

 

 そう。その考えは最初から破綻している。

 何より、主神きって、かのアストレア・ファミリアを紹介すると言っているのだから、引き止められようがなんだろうが、最後まで頼ればいいはずである。これを無用な感傷でめっためったにしてしまうあたり、まだ未熟だということかもしれない。

 

「そのあたりの、そうですね、途中で噴水もありましたし、そのあたりで腰を落ち着けてみなさんが起きるのを待つのがいいでしょうか」

 

 ふうむと首をひねる少女。

 

 なお、少女というが実は精神年齢でいえば、まあ、40歳は優に超えている。

 ついでに言えば、そのうちの多くの時間は血塗られた殺すか殺されるかの世界であって、カテリーナも何人も殺したし何回も殺されたりしたというのはご愛嬌。それでも見た目は20歳にもいたらない、幼い面持ちの美少女なのだから、別に詐欺とはいわれまいが、警邏隊がこの時分にみかけたら、迷子か何かと声をかけるのではないかとは余裕で推測できる風情である。

 

「ええと、主神がアストレア様。団長がアリーゼ様、続いてカグヤ様……輝夜様、だったりするでしょうか。それから、ライラ様に、リュー様と、マリュー様、イスカ様……」

 

 ぽつぽつと、紹介された際に聞いた、ファミリアに属する団員たちの名前を振り返る。

 

「――呼んだか?」

 

 それでもって、いきなりその復習はとぎられる。

 

「うひゃっ」

 

 振り返ると、赤紫色の髪と、同じような色をした虹彩の少女が、いたずらっぽい表情で見上げている。カテリーナは後に知ることになるが、彼女は小人族――パルゥムといわれる種族である。というわけで、小柄なカテリーナの大体2割減くらいの背丈だ。

 

「そんな驚くなよ。お前、入団希望者なんだろ? 早まりすぎて夜明けすぎに来ちまったってか」

「あ、……はい、紹介いただいたのですけれど。……わたしはカテリーナと申します」

「おお、合ってたか。あたしはライラ。このファミリアん中でもそれなりに知られている方だ」

 

 と、応じてから、ライラはじろじろとカテリーナの風体を見る。

 見て、しばらくのこと。うなずく。

 

「ま、いいんじゃねーの? どこからの改宗かは知らねーけど、少なくとも足手まといにはならなさそうだしな。ほら、ついてこいよ、他のみんなが起きるには数時間かかるだろうし、休んでいられるほうがいいだろーよ」

「わあ、あ。ありがとうございます。……ん? でも、そうしたら、ライラさんはなんで、この時間にお外に?」

 

 躊躇なく門を開けて招き入れるライラに追従して生きながら、はたりと疑問を告げる。ライラはにやりと笑う。

 

「あのな、優れたスカウト(密偵や盗賊)ってのは、夜の間は1時間に1回は警戒に出るもんなんだぜ」

「おお……、なんだか、その道の達人のようですね」

「ま、今は闇派閥がいやがるからな。普段はそこまでしねぇよ」

「闇派閥……」

 

 ここでもまた知らない言葉が出てきて記憶に刻んでいるカテリーナを尻目に。

 ライラは頭の後ろで両手を組んで振り返りながら笑った。

 

「ま、ちょっとはゆっくりしていけよ、お嬢ちゃん?」

 




低評価を頂戴しまして、それ自体はいいのですが、どこが良くなかったかを教えてほしいなあって……。高評価をくださいってわけではないのですが。直してと思われたところは直したいなあと。


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27話

“忘れじの言の葉”ってご存じですか?
もうサービス終了しちゃったゲームの曲なのですが。
これを書くときにたまに聞いているのです、主人公にも割りとあっているので。テーマソングに近いかも。

アニメを見直したらベル君、……レベルからするととんでもない動きで格上を一蹴していますよね、すごい、さすベル。


 

 愛。

 

 勇気。

 

 それから、真実。

 

 

 

 これが、3つの原理。

 

 そこから、導き出されたのが、

 

 

 

 ・謙譲

 

 ・献身

 

 ・慈悲

 

 ・霊性

 

 ・武勇

 

 ・名誉

 

 ・正義

 

 ・誠実

 

 この、8つの徳であり、カテリーナが重視しているものでもある。

 

 それでもって、まあ、(ウルティマオンラインの)益体もない、でもとても朗らかな仲間たちとの付き合いの中でも失わなかった、アバタールとしての彼女の拠って然るべきものでもあった。当然ながら、教導や指導といった、“導く”範疇の分類にあるものであれば、カテリーナがおろそかにすることはない。と、いうわけで。

 

「そして、よろしいでしょうか。あなたがたが掲げているのはなんでしょうか」

「はい、正義と秩序、皆の笑顔です!」

 

 そう、このような妙な空間が生まれるわけである。

 

 ただ、補完するならば、正義はそのまま。秩序は正義と真実と――謙譲や慈悲と霊性と名誉と誠実などをあわせもったものであり……まあ、ようするに、アバタール的にはとても看過し難いレベルの高い代物なのだということである。

 

「そうですね、それでは、正義とは?」

「真実への献身であり、愛によって鍛えられる、純粋なものです!」

「はい、そのとおりですね、次に、秩序のもととなるものは多くありますが、その原理に近いもののうち、それでは、誠実を説明できますか?」

「はい、友たるものへの別け隔てのない存在への共感や慈しみをいいます!」

「ええ、そのとおりです。よくできましたね、皆さま。それでは、これからホームの周りを走って、それから組手をしましょう。それが終わったら、ご飯にいたしますから、あまり無理しないようにしてくださいね」

 

「はいっ、先生!!」

 

 とまあ、そういった景色が出るようになった、アストレア・ファミリアであり……。

 

「なあ、あれ、大丈夫なのか?」

「私はいいと思うわよ!」

「いや、そりゃ、なんというか。ちょっと洗脳っぽい感じになってねえか?」

「……??」

「だめだ、ライラ。このポンコツ団長にはそういった機微は分かるはずもない」

「ポンコツって何よ輝夜! でもライラ、そう言うあなたが、あの子を拾って来たんじゃない」

「団長様、人を捨て猫のように言うものではありませんよ。まあ、ああやって生き生きと指導していたり、指導を受けているものを見るのは確かに嬉しくは思いますけれども」

「あたしが拾ったっても、本人の志願だし紹介もあったらしいから、連れてきただけだぜ。でもま、言っていること自体は別に間違っていないしなぁ。3つの原理と8つの徳って言ったか」

 

 カテリーナ、アバタール的なブートキャンプの様相を示している、アストレア・ファミリアの新人へのお話を前にして、くっちゃべる最高幹部の3人たちである。ちなみに、アバタールへと至ったものの、まだそのアバタールとしては未熟な彼女が少しばかりイキってしまっているのはご愛嬌であるし――

 

『そうね、でもね、あの子はもう私の子よ。ちょっとやりすぎたことがあったら止めてあげないととは思うけれど、それまでは、年長者として見守ってあげてね』

 という、主神からの暖かい言葉もあってのことである。

 

「でも、難しいわよね。この天才美少女アリーゼさんでも、ええと、8つの徳っていうのを身につけるって大変だと思うわ!」

「不可能って言わねえだけすごいと思うぜ……」

「うちの団長様ですからねえ」

 

 口元を袖で隠しながら笑う輝夜であるが、たしかに、と思う。

 

 自身がそれを求められたときに果たして達成できるのだろうかと。本人の言葉を信じれば、いや、主神アストレアによって言葉に一切の偽りがないと明言されているから間違ってはいないのだろうが。

 

「――今夜、でしたねえ」

 

 ファミリアの信条に馴染むものはあるが実際に団員として所属するかは互いにしばらく様子見をしたいとという当人たっての希望により後のばしにされていたが、団員たちへの指導なども通じてカテリーナも絆されてしまったらしく。

 

 様々な仕事を終えてから、恩恵を刻むことになったのである。

 

「……今夜だけどよ、あいつが恩恵を持ってねえって、マジか?」

 

「大マジよ!」

 

「魔法も技も、恩恵のない一般人を逸脱したように見えはいたしますが――あれはその多くがスキルでもなんでもない、技術によるものだ。我々も見習わなければならないだろう」

 

 自身が恩恵抜きで技術を磨いてきた輝夜だからこそ分かる。ほとんど輝夜だけがカテリーナの能力の根本を察している。

 

 冒険者にはありがちのことであるが、恩恵によって強化や付与された力におぼれて技術の研鑽を蔑ろにする、そういったものは多々といる。しかしながら、カテリーナはそれではない、極めて濃厚なあるいは長期的な研鑽に基づく技術がある。

 

「……あれに、恩恵があったらどうなるのでしょうねぇ」

 

 やばいにやばいを重ねると、そりゃあもう、とてもやばいといった表現ではきかないだろう。

 

 しれっとした佇まいの裏でこっそりと冷や汗を流す輝夜だが、内心では門前払いなどをしなかったライラにむっちゃくちゃグッジョブしていた。

 

 あれがもしも闇派閥に拾われていたらとんでもない、よく拾ってきたと。

 

 




まあ、カテリーナことアバタールが悪を標榜とする組織に属することはないのですが。
中立だけれどもやや悪より、な属性でしたら話は違いますが。


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28話

過去回想編が続いていますが、これ、例のゴキブリドラゴンが終わるまでいきます。
この辺を、かいつまんでとはいえ聞いている竈の女神や白兎の心は大変だろうなあと。


 さて。

 さてさて。

 

 女神アストレアは激怒した。必ず、かの邪智暴虐の輩を除かなければならぬと決意した。

 

 というわけでもなく。

 

 激怒というほどのものではなかったが、怒りもびっくりもした。

 

 羊飼いをしていたという、若干の日焼けをしている顔や腕などを他所に、完成させたばかりの絹のような白い肌に、恩恵を与えようとしていたアストレアである。

 あるが。ぽてっと崩れ落ちて、その眷族の背中に顔をうずめてしまう。

 

「あの……? どうかいたしましたか、アストレア様」

「ああ、いいえ、その、なんというか……」

 

 なんとか頭を上げた女神であるが、その脳裏および目の前には、自身がぽてった原因が煌々と。それはもう、きらびやかに存在を主張している。

 

「ええと、ね。レベルがわからないところとか、ある程度の話は聞いているのだけれど」

「はい」

「レベルが、その、Lv.5といったら、なにかわかるかしら」

「レベルファイブ……。レベルについては聞いています。5段階目に至っているということですか」

 

 御本人はのほほんとしているが、レベルが5というのは、今のオラリオでは、それはもう神会で余裕で話題になってしまうようなものである。

 最近はさっぱりと姿を見せない、ヘラやゼウスやらのファミリアも含めた、最上位の英傑に迫れるかもしれないくらいのものだ。

 

 というか、基本的に子どもたちは恩恵を与えたときはLv.1なのだが。なにこれバグ?(神用語)。

 

 アストレア・ファミリアの団長であるところの、アリーゼのレベルが3。切り込み隊長とでも呼ぶべき幹部の輝夜が4。そういった中で、ここに、レベルが5の、わけのわからない少女が登場するとなると……。

 

(ああ……、次の神会は、これは絶対に荒れるわね……)

 

 と、そういうことになるのである。

 

 しかしながら、神会が荒れるのは今更である。よくあるよくある。

 

 後には“暗黒期”といわれることになるこの時期、それはもう、神々も荒れ狂っていたし、闇派閥の攻撃により強制送還された神もいた。

 子どもたちも、ぽろぽろと天界に行ってしまった。そして、神々としては、そういった子供たちを含めた楽しんでいた娯楽を暴力で奪われたら、どうなるか?

 そりゃあ、激おこ、というものである。

 それを鑑みれば、まあ、女神アストレアの思い悩む点は、大したものではないのかもしれない。

 しかしながら、彼女は善神。

 どこかの、竈を司りジャガイモを使った料理を友としている善神と神友付き合いができるほどには、神用語で“カルマ値”が高いといわれるような善神である。

 

 さて。

 

 そこに至ってこのアバタール。

 

 当人は重要性を全く実感していないだろうとは思われるが、恩恵がそもそも最初からなかった時点で見せた、モンスターへの立ち居振る舞い。

 それに、他のファミリアもケロッと助けてしまった実力や気質。

 

 加えて、いざ実際に恩恵を与えてみればまさかのレベルであって……。そして、一緒に見えた彼女の来歴。

 

(もう、この子はうちの子だもの。そうでなかったとしても、決して、あの人たちの、おもちゃになんてさせないわ)

 

 善神の筆頭。そのひとりであるアストレア。

 

 固く決意をすることになる。




ヤバいもの(アバタール)と出会ってしまったものね、仕方がないよね。なお、レベルは意図的です。

次回はなんでアストレア様がぽてったかです。


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29話

おかしいな。プロットがあるのに登場人物がこっちに動きたがりそうとか、なんか筆が乗ったとかで、ちょっと寄り道しようとするんですよね。これ、あるあるなんでしょうか……。

あと、前の話からの再掲があります。また、こちらは補足説明回です。


 

カテリーナ Lv.5

 

【アビリティ】

 

力 :H-168

 

耐久:H-144

 

器用:G-250

 

敏捷:F-310

 

魔力:C-635

 

聖者:C

 

秘薬:D

 

魔導:H

 

精癒:H

 

 

【魔法】

 ロスト・コデックス

 ・召喚魔法

 

【スキル】

 

 【三理八徳】徳に従った行為における全体的な能力向上。「危地」の場合はさらに能力向上。徳の探求度合いに応じて効果は変動する。徳を裏切る行為の場合はこのスキルは反転する。

 

 【幻想技術】異界で独自に発達した技術を加味して行使できる。研鑽によって技術ごとに特殊な経験値を得て習熟するが、経験値の総計には限界が定められている。限界を超えて経験値が獲得された場合、別の技術の経験値と引き換えにするか、獲得を放棄しなければならない。

 

 【神秘背嚢】魔法の鞄の所有権。喪失することがない。

 

 

―――――――――――――

 

 とまあ、ようやく正式に迎え入れることになって恩恵を与えた女神アストレアの目の前にはそんなものがあった。他にも、この新しい眷族がたどってきた物語も。

 あったが、アストレアがぽてって、脳みそコネコネ状態になったので視界から消えることになるが。

 

 まずはとにかく、レベルである。

 

 レベルファイブ。

 

 このあたりでなにか頭がおかしい。

 

 不思議そうにこちらを顧みるカテリーナであるが、だから! 普通は、はじめてのときはLv.1なんだって! とか、そういった常識は事前に彼女から聞いたり紹介されてきた内容からしてもまあ彼女には通じまい。その程度は覚悟していた。

 が。

 

 なんでもないのよと誤魔化しながら。

 

(アビリティも、発展アビリティも、一部はともかく、見たことがないのがあるわね)

 

 秘薬やら、聖者やら。その他のスキルなどは他の子どもたちでも見られるものだ。

 アビリティもかなりのものだ。相当な研鑽を積んでいたのだろうということがわかる。

 

 1番の問題はその背中の紋様から認められる、これまでのカテリーナの物語であり、それがまたあまりにも規格外にすぎる。

 

(アバタールといっていたわね。ある程度の話は聞いたけれど、この子は……)

 

 邪悪な魔法使いによって、ほとんど秩序が滅ぼされてしまった世界、それを討伐して救った偉大な王者。しかし乱れきった秩序をただすべく、王者がもたらした3つの原理と8つの徳。

 

 しかしながら、荒廃した人々の心には、それらはたやすくは届かないものであって、何年がかかっても混沌は癒やされることがなかった。

 

 そうして、行き詰まった状態を打破するために王者より異世界から呼ばれた、ひとつの魂。

 

 すべての原理を理解するとともにすべての徳をおさめた聖者(アバタール)として成長して、人びとをただしいあり方に導くための存在を目指す。そうして、いずれ真理を記した写本を獲得して地上にもたらすために旅をおこない、王者の提唱するただしさをもとに真に秩序ある世界に導くために――

 

 が、それはようするに。

 

(――、生贄みたいなものじゃないの!)

 

 アストレアはこのあたりまでで、もはや怒りや憐憫やらによる頭痛と目眩が抑えきれなかった。

 外部からすれば聞こえのいい英雄譚であるかもしれないが、要はただの他人任せで無責任な話ではないのか。突然異世界に連れ去られた彼女への配慮は?

 また、彼女の家族や友人たちはどうすればいい? っていうか、お前だよ王者、お前がなんとかしろよ。よその世界から少女を誘拐してるんじゃねえ。

 

 とまあ、そういった言葉が、まあ実際はもっと上品なものだがあふれる感情のままに胸中で想いをほとばしらせた女神アストレアさんは、なんとしてもこのカテリーナという少女を守り切ると、改めての決意をしたのである。

 

 最初から発現しているスキルたちも、納得である。仮に不意に召喚され、半ば強制されたことがきっかけだとしても、彼女は自身でその原理や徳を真に理解し、己のものとしたのだろう。それはきっと、あまりにも辛い苦難の道なりだったはずであり、尊敬に値する行動である。そして、聞いていたとおり、彼女がおさめた原理と徳は、自身が掲げるファミリアのあり方とも余りにも近似しているから、遠ざける必要など一切ない。

 

 ――なお、その目の前にある彼女が異世界に連れ去られた御本人ではないことまでは読み取れていないのだが、本質への理解は間違っていないはずである。




原作、主人公の未来のアバタールさんは独身っぽいです(し、むしろ異世界の冒険に馴染んでいた)けど、本気で家族とか無視した強制的な拉致と任務の強要なんじゃないかなって……。作品の1から3までは元からその世界の冒険者(とか志願者)っぽいからいいんですが。


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30話

間が空きまして申し訳ありません。毎日更新したいのですがー……。


 

 その日、アストレア・ファミリアの面々は宴会の場を設けていた。

 そう、宴会である。

 

 なにかといえば、説明するまでもなく、カテリーナという少女の歓迎会であり、意外に楽しいことが好きで積極的なセルティやイスカなどの団員たちが中心となって企画や調整をしたものである。

 

「あれだけ散々に打ちのめされたというのに、雛鳥のように慕っているのは面白いものですねえ」

「おいこら、あいつらに“雛鳥”とか聞かれたらさすがに怒られるぞ。っていうか、カテリーナも怒るんじゃねえか」

「おや、これはこれは。わたくしとしたことが」

 

 輝夜とライラが話しているのは、カテリーナがここに居候することになってから始まった例の指導であるが、そのなかでも武術関係のものである。

 

 ――痛くなければ覚えません。

 

 そういった趣で行われた、指導や教導という名前の“しごき”のようなものだ。少なくともLv.2の面々を相手に行われた組み手というか、稽古というか。アストレア・ファミリアはオラリオにたまに湧いて出るチンピラ程度は1秒もたたずに一蹴できる実力者ばかりである(周りを巻き込みかねない魔法を使うものたちは例外となるが、それでもレベルと共に成長した身体能力で、恩恵なしの悪党ならば素手で制圧できる)のだが、カテリーナにはさっぱりと対抗できないのだ。

 

 対抗できるのは、おおよそ団長のアリーゼや、輝夜、リューなどの最高幹部たちくらいである。なおライラは除く。彼女は別口で働いているので。

 そして、彼女たちは警邏や事務作業などの仕事があるため、なかなか団員たちの教導に向ける時間がない。そういうわけで、正式な加入前の様子見もあって時間も余っているうえに、それぞれの団員たちが実力者と認めるカテリーナが、座学のみならず実技も指導することになったのだが、これがまた苛烈であった。日頃ほんわかして、たおやかな振る舞いをしている彼女であるが、いざ、実技の指導となるともはや別人なのではないかというような、これはまた鋭い技術を披露するのだ。

 

 それが、木刀やら、また、先端を外して槍を模しただけのほとんど棒切れのような長物だとか、木刀の先端を重りと布やらをぐるぐる巻いた斧っぽい重そうな、どちらかといえばフライパンとかでいいのではないかというような物体だとか、先端の矢じりを取り去って代わりにこちらも布を巻いた弓矢だとか、更には超短文の詠唱かほぼ無詠唱で放ってくる魔法だとか。そういったもろもろを使いこなし、教導相手への訓練に必要そうなやり方で、嬉々として襲いかかってくるのである。端的にいって、やばい相手である。対抗する生徒の方はカテリーナの要望で、すべてのすべてが真剣で、魔法も手加減なしである。

 

 それでもって、それをすべてさばいてみせるし、魔法に至ってはどういった手法かは知らないが避けるだけではなく場合によってではあるが、反射までしてのける。

 

 どこからどうみても、歴戦の冒険者。

 でも、恩恵はなかった。刻まれていなかった。こんなおかしい相手、実戦であればぜったいに会いたくはない。

 

 という次第なのに、カテリーナはとても慕われていた。

 人となりというのはあるだろう。高い技術もあるだろう。指導力というのもあるかもしれない。とにかく、アストレア・ファミリアの団員たちは早々に彼女に懐いていた。カテリーナもいとわしそうな様子もなく、したがって団員たちは鍛錬についてや技や魔法の使い方、果てはなぜか恋愛相談までするような次第だ。

 

 そういうわけで、歓迎会は大盛りあがりである。主役の御本人は少し困った微笑みで受け入れているようだ。その少し外れた先でのいまの二人は随分と久しぶりの新人に対してあれこれと考えて話をしている状況だ。なお、団長は盛り上がりの先頭に立ってはしゃいでみせている。さすだん。

 

 ちなみに、みんなのお母さんことのアストレア様はとてもにこやかに全員を見守っている。

 

「ま、うちの連中は上昇志向は強いからなあ」

「神々いわくの“マゾヒスト”というやつかもしれんがな」

「お前、そのふわっとした言葉遣いの変わりようってなんとかなんねえの?」

「おや、なんのことでしょうか」

「それだよ、それ」

 

 輝夜が猫をかぶったり、さらっと外したりするのには、すっかり慣れているライラである。新しい団員などは混乱することもあることはあるが、これはこれで彼女のあり方であるから、別にライラも深く突っ込んでいくつもりもない。主神アストレアや団長のアリーゼが受容しているのに自分がなにかする必要もないと考えている。

 

「んで……聞いたよな? あいつのステイタス」

「それはもう。……レベルファイブか。彼奴がこのファミリアの団員となるなら、天秤の傾きが変わるな」

「おう。あいつの人の良さは話してりゃすぐに分かる。うちの方針にも合っているだろうし、いま対処しなきゃならねえ闇派閥の排除にも思い切り役立ってくれるだろうぜ。――なんだって、恩恵もなかったのがいきなりレベルファイブになっちまうのかは、よくわかんねえけどな」

「別に疑問があっても利用できるものは利用すれば良い。とまではいわないが……おそらく神の恩恵によって得られるもの以上に身につけていた能力や経験があったのだろう。あの年格好でレベルファイブまでに至ったのだとすれば、相当に熾烈な苛烈な経験があったのだろうし、想像することもできん。こちらから言及するのは野暮だろう。何より、今は私たちの姉妹だ」

「わぁーってるよ。お前くらいにしかいわねえよ。素直に驚いてただけだ」

「――しかし、これまでは私が単体で切り込み隊長としてやってきたが、カテリーナを組み入れるとなると、戦術は大きく変わるはずだ」

 

 卓上の菓子を駒に見立てて、配置をいじくる輝夜。

 遊戯盤のようにあれこれと動かされる菓子をみて、ライラも曰く。

 

「ふーん……。あいつが先頭でお前がその横か少し後ろ、アリーゼが中心か後方で指揮して、他の奴らが最後方で援護ってとこが妥当か」

「そうだな、基本はそうなるだろう」

 

 基本陣形や変則的な陣形などを想定した駒の動きを解釈したライラであるが、これが大した戦術知識のないものが仮に覗き見していてもさっぱりなものだ。

 輝夜はくすくすと、口元を袖で隠して嫣然と微笑む。

 

「相当にいい拾いものをしましたねえ。アストレア様の掲げる正義に純粋に応じてくれる凄腕の新人というのはなかなかに得難いものではあるのではないでしょうか」

「だから、それやめろって。あと拾いものっていうんじゃねえ、もう姉妹――家族なんだろうが」

「おやぁ、これは失礼をいたしました」

「やめろつってんじゃねえか、こんにゃろう」

 




日付をこえてしまった……!

あと、輝夜さんは姉御。


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31話

独自設定が多いのでタグに入れたほうがいいのですかね……。


 

「フィルヴィスさん、右ですっ!」

「承知している!」

 

 モンスターの群れから先頭に立つカテリーナの脇をさけてきた閃燕をフィルヴィスがその速さに合わせる形で武器を構え、自らの勢いで閃燕は両断されて死滅する。

 

 ここは下層。

 

 残念ながら階層主は誰かに討伐されているらしく、普通のモンスターばかりだが、それを二人だけで蹴散らしていく。

 ファミリアとしての連携というわけでもなく、単にカテリーナとフィルヴィスのお遊び、遊戯、交流、趣味、資金稼ぎ。まあそういったものに基づいて潜っているだけである。サポーターすらいない。

 あの邂逅から、しばしばこういったお出かけをしている。これを逢引というには血なまぐさい次第だが、冒険者にはよくあることではないかと思われる。

 

 今は30階層。ここまで来ると、さすがに右から左とモンスターが沸いてくるのであるが、つい最近にL()v().()4()()()()()フィルヴィスと、モンスターとの戦いには以前から十分に慣れているカテリーナの連携の前では大した障害にはならない。もっとも、障害とならないのであれば、当然ながら大した経験値にもならないわけではあるが。

 

「帰還する時間だな。……もう少し、早く潜ることができればいいが」

 

 自前の懐中時計――きわめて見事な仕上がりの品である。ドワーフのものではなく、彼女の生まれ故郷の職人の手によるものらしい――を見て、フィルヴィスが残念そうにいう。

 

「そうですね、そろそろ戻らないといけませんか。……ゲートでの移動ができれば、とても楽なのですが」

 

 最後は小声で残念そうにつぶやく。

 先だって、ダンジョン内に刻んだマークであるが、これがまったく機能しない。正確には、ゲートでの移動やリコールの魔法がいうことを聞いてくれない。試してみたところ、ダンジョン外ではきちんと作動するのだが。

 

 これについては、カテリーナはどこぞの王城と同様に結界でもはられているか、あるいはここが単なるダンジョンではなくて、いわば神域じみた領域なのかと推測している。余人には理解されないかもしれないがきわめて痛手である。何しろ、ダンジョンは広い。行き来にも時間がかかるため、日帰りのお出かけをするということは難しいし、特に帰りは――

 

「だいぶ、お土産が増えましたね」

 

 荷物袋にもいっぱいいっぱいに詰まっている魔石やモンスターの素材などの“お土産”。今のモンスターの群れとの遭遇でそこら中に散らばっている魔石やドロップ品も追加するとなると、なかなかにしんどいことになるだろうというのは、すぐに分かる。

 

「私はまだ持つことができるが……魔石はともかく、素材の方は捨て置くことも考えないといけないかもしれないな」

「帰りの途中でも遭遇するでしょうし、そうですね。今は拾っておいて、後は取捨選択いたしましょうか。帰る途中でもモンスターから色々と落ちるでしょうから」

「私のファミリアの財政を考えると全て持ち帰りたいものではあるが……」

「あはは……」

 

 痛む頭を慰めるように手で抑えるフィルヴィスを優しくみやるカテリーナ。

 

 そう、この二人がダンジョンに潜っているのは友誼のためだけではなく(友誼に基づいたものではあるが)散々に消耗した武器や防具などの物資に投じたファミリアのお金の問題が、まず第一にあるのだ。

 なにしろ、一方は全滅しかけて装備などの一連の物資を損耗。もう一方は警邏や何やらと自ら積極的に消費しにいっているのだから。こっちはライ某という小人族がいつも頭を抱えている。

 

 なお、それぞれ、ファミリアの資金への充当目的であることは周りにはいっていない。特に各々の団長を筆頭として皆に申し訳ないという気持ちをさせたくないからだ。まあ、これも“献身”の徳ではある。

 

 この短い間に友人以上の間柄になったフィルヴィスを見て、カテリーナは微笑む。

 そして、よいしょっとばかりに、収集したアイテムを入れた荷物袋をかかえる。

 

「まあ、明日がありますし明後日もあるでしょうから。それが駄目ならその次もあるはずです」

「そうだな、……支出に収入が追いつけるのならばだが」

 

 ファミリアにはギルドへの税金がかかるのだ。それでも、フィルヴィスは微笑みを返した。

 

「帰るか」

「はい」

 

 




フィルヴィスさんとのイチャイチャ回。彼女の口調、大丈夫ですかね……。違和感がありましたらご指摘いただけると。

そして無茶苦茶余談です。

わたしはエルフスキーです、たぶん。これは全部、呪われた島のハイエルフさんのせいです。なので、泉の乙女はちょっと対象外かなと。


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32話

少し時系列がご認識と異なるかもです。

あと、アンケートありがとうございます!!
参考にさせていただきます!!


 

 フィルヴィスとの談笑、といってもこちらの妖精さんは基本的に表情があまり動かないので、はたからみれば一方的にカテリーナが甘えにいっているような、というか子犬がじゃれ付きにいっているような具合ではあったような様子だったが、最近のファミリアの話をしながら二人は階層を上に上にと移動していく。

 

「そちらの、そうだな、あの潔癖なほうの同胞の様子はどうだ?」

「リューさんですか……実力はとてもあるのですが」

「問題があるのか」

「そうですね、信念といった観点でいうのであれば、そういったものが十分ではないというように感じます。いいえ、正義を信念として胸にかかえているのは、とてもよくわかるのですけれど。それから、平均以上に、その、潔癖な度合いが高いご様子で、距離を測りかねていらっしゃる方々もおられるようです」

 

 カテリーナの言葉にフィルヴィスも頷く。

 

 まだ若い冒険者にはよくあることなのだ。話を聞く限り、そのリュー・リオンという妖精はまだ年若いのだろう。アステリア・ファミリアの掲げる信条に共感をすることはいいとして、曲解したり、盲滅法(めくらめっぽう)になってしまったり、そうしたことも起きることはあるだろう。

 

 あと、異種族や同族などを限定せず、身体への接触を極端に厭うところも、改善を考えるべき点である。もちろん、種族柄でそういった振る舞いをしてしまうのは仕方のないことではあるが、こと冒険者としてやっていくのであれば致命的な問題である。何しろ、ダンジョンの中で傷を負ったとして、それの手当をするヒューマンがいるとして。どうしても身体にさわることもある。意識がないのであればまあどうにかなるかもしれないが、自らが傷を負っているにもかかわらず、医療者がさわった瞬間に反射的に攻撃をしてしまうのであれば治療などできないし、そもそも医療者が医療したくない――だって、治療しようとしたら蹴られたり殴られたり罵倒されたりするんだもん――といった事態も起きかねない。

 

 これについては、種族的な問題もあるだろうし、ことの焦点となっているリュー・リオンだけではなく、フィルヴィス自身も身に覚えがあることではあったし、これまで接してきた若者たちにも見受けられた行動であり、さもありなん、といった次第である。

 という話をしながら――

 

「相性や慣れというのもあるはずだ。ゆっくりと考えていけばいい」

 

 ――フィルヴィスは隣を歩くカテリーナの手に指を絡める。

 

 それでも拒絶感や嫌悪感は起きないので、自分が例外なのではないかという思いはひっそりとありつつ、そのリュー・リオンにもそうした相手はあるだろうし、訓練次第ではどうにかなるのではないかと考える。

 

 そうされたカテリーナは、ふふっと笑って、絡まれた指をしっかりと握り返す。

 

 妖精ことエルフは他者との身体的接触が少ない。それを知ったときに彼女は思ったのだ。「仲のいい相手に抱きしめられたり、頬や額に口付けしたりする経験も少ないのでは」と。親子関係などであれば別なのかもしれないが、親子とはいつまでも一緒にいるわけでもないし、故郷から出て冒険者として活動しているなら、基本的には誰ともそういったことをできないということになる。まあ、恋人などができれば別なのかもしれないが。

 

 それは、もしかしたら寂しいことではないかと。

 

 なので、この少し無愛想なエルフには意識して身体的接触を図っている。最初は驚かれたが、繰り返すうちに慣れたようで、あちらからすることは少ないが、こちらからしても何がしかしての抵抗をすることはなかった。ただし、市場などの周囲の目がある場所は除くが。どうにも恥ずかしいらしい。   

 

「そうですね、ゆっくりとお付き合いできればと思います」

「お付き合い……」

「どうかなさいました?」

「なんでもない」

「そうですか。……ああ、あと、セルティさんは順調に腕をあげていらっしゃいまして、並行詠唱もかなり使いこなせるようになったのですよ」

「そうか。それができるだけで魔導士は格段に変わるからな。可能ならば、接近戦となったときに少しでも対抗できるようになればいいのだが」

「あはは……、いまは魔法の修練で手一杯のようですね……」

 さすがにそこで接近戦の技術を訓練させるのは可哀想である。

 

 そうして、うらうらとダンジョンの出口に戻ってきた二人である。

 さすがに下層から戻るのはすぐにとはいかず、フィルヴィスの時計で確認すると、もう昼近い時間だった。

 

 そろそろ空腹を感じてどこかで食事でもしようかと話していたところ。

 

 爆音や悲鳴が襲いかかってきた。

 

 周囲にうかがえるのは火と煙、逃げ惑う市民たち。それから、見覚えのある冒険者が誰かと戦っている姿。

 

 少し顔色が変わったが、カテリーナに冷静に告げるフィルビス。

 

「闇派閥が起こしたものだろう。随分と規模が大きいようだ。よりにもよって私たちがいないときに起きるとは」

「加勢を――あっ!」

 

 あることを思い出して、少女は血相を変える。

 

「どうした」

「今日はわたしのファミリアからの炊き出しがある予定です、人手も出てはいるはずですが、戦えない市民も、子供たちも大勢来ているはずです!」

 

 何といっても、アストレア・ファミリアの戦闘要員は多くはない。

 対して、守るべき人々は多い。

 協力しているガネーシャ・ファミリアなどもいるはずだが、圧倒的に相手の方が多い。

 

 それでどれだけ涙をのむこととなったか。

 事情を理解しているフィルヴィスは即断した。

 

「カテリーナはまっすぐにそこへ向かえ! 私は周辺の救助を開始する!」

「わかりました、ありがとうございます!」

 

 エルフとヒューマンは握っていた手を離して、それから改めて、勢いよく音を立てて互いの手を叩き合わせると、瞬時に身を翻して各々が思う方向に走っていった。



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33話

まだですけれど、そろそろアンケートとタグが活きてきます。

7月26日追記
次話として最低文字数満たすのも厳しそうなので一応としてこちらに状況をば。昨日自宅でいきなり意識を失って倒れて救急搬送されて現在入院中です。申し訳ないです、更新が滞りそうです……


 

 後に謳われる物語。そんな大きな騒ぎ。アストレア・ファミリアが突き止めていたとある工場の事件やら。何を合図にしたのか分からないが一斉に蜂起した闇派閥の面々や。色々な物事はあるとしても、とにかく、オラリオの市中は大変なこととなっていた。

 

 そこを貫くように走る黒い光。それは、髪の毛をたなびかせて走るエルフのフィルビス・シャリア。

 

「貴様、そこを、退けえ!!」

 

 おそらくは自分の子どもであるだろう幼女を、正しく身をていして守ろうとしていた女性に剣を振り下ろそうとしていた男に対して容赦なく蹴りを入れる。武器は使っていなかったが手加減とはいうなかれ、Lv.4に至った冒険者の真剣な蹴りというものがどれほどのものか。それは、半死半生となって痙攣している不埒者の姿をみれば分かるだろう。

 

「――怪我はないか」

「あ、は、はい」

 

 子どもを抱きしめなおしながら、黒髪のエルフに応じる女性。

 それに、フィルヴィスは珍しくほほえみを浮かべた。

 

「ならばいい。……どうやらオラリオ全体への攻撃のようだ、できるだけ多くでまとまって、バベルまで行くことだ」

「は、はい!」

 

 すまないが、私は行くといって、凄まじい速度で闇派閥たちに向かっていくフィルヴィスをちょっとばかり呆然として見送る女性だったが、すぐに我に返って子どもを連れて走り出した。

 

「……ねえ、ママ?」

「どうしたの?」

 

 全力の走りというのはなかなかに辛いものがある。それも、いっぱしの年齢になった子どもを抱えているならばなおさらだ。それでも、子どもがあげた声に女性は応じた。

 

「あのおんなのひと、すっごいかっこよかった」

「……そうね」

「あたしも、あんなふうになりたい」

 

 きらきらとした目でいってくる娘に、女性は嘆息しそうになる。反射的に、何をいっているのかと答えそうになったが、思いとどめて、やめる。

 きっと、これまでであればほとんど考慮せずに馬鹿なことをいうんじゃないといっていたかもしれない。

 

 けれど、このときこの状況で思うところはある。なんの力もなければ、今のように蹂躙されることになるかもしれない。今日のような問題が発生したとき、力があるものに助けられるものを願うだけの存在になるかもしれないのだ。

 実際問題、いまの自分はそうだった。それを考えると、仮に危険に飛び込むことが常な職業だとしても、冒険者として、力を身につけるのはありなのではないだろうか。一般の市民として生きていてもすぐ死んでしまうのかもしれないのなら、同じく死んでしまいかねないけれども害悪に対抗できる冒険者のほうがより選択肢が増えると考えるべきでないか。

 

 数拍おいて、彼女は答えた。

 

「あのひとはきっと、英雄みたいなひとよ。お母さんには想像しかできないけれど、すごい努力をしてきたはず。あなたもできる?」

「うん!」

「そう……それなら、お母さんも応援してあげるわ。だけど、約束よ、絶対に諦めないこと、あと、ちゃんと無事に帰ってくることよ。いいわね?」

「うん!」

 

 フィルヴィスがもののついでという程に気軽に助けた母娘の、その娘。これがこのときの経験をきっかけに、自身を憧れとして後に名の知られた冒険者となることなど、本人も母親も誰も想像すらしていない。

 

 

 

 

 一方で、カテリーナは闇派閥や暴徒などは一切に無視して、まっすぐに炊き出しがされている広場へ向かっていた。馬でも召喚しようかとは考えたが、何しろ人が多いため、かえって邪魔になる危険性が高い。そこで考えたのは――

 

「ふっ! はっ!」

 

 ――路地の壁を左右に繰り返し蹴って飛び上がり、適当なあたりの家の屋根に登り、そこから疾走することであった。障害物はない、オラリオの市街の迷宮じみた道も関係ない。まあ、法律には従っていないのかもしれないが、“正義”に基づいた行動であるし躊躇をする必要性はあまりない。

 

 そうして、いざたどり着いた広場であるが、少々の小競り合いはあるが市民たちが犠牲になるような事態にはなっていないようだ。

 

「よかった……」

 

 おそらくはガネーシャ・ファミリアの面々だろう。

 “勇気”や“正義”、それから愛で力を振るってくれる彼らが市民たちを守ってくれるなら安心だ、と踵を返そうとしたカテリーナだが、彼女の感覚に非常に鋭い頭痛というか稲妻のようなひらめきが来て、改めて周囲を確認する。

 

「あれは」

 

 青い髪をした少女に、もっと年下の少女が近づいている。

 あれは。

 

 ここまで来る中で、自爆攻撃をしてくるものたちは確認している。

 そして、あの子の表情は?

 青い髪をした少女はなにか話しかけていて、子どもに対しての警戒は示していないのだが。

 茫洋とした表情で何かを呟いている、そう。これまで自爆してきたものたちと同様な……。

 

 ほとんど反射的にカテリーナは屋根から飛び出した。

 秘薬を握りしめ、即座に力を放ちながら。

 

「束縛――パラライズ(An Ex Por)!!」

 




パラライズってサークルが低いのにものすごく強いですよね。攻略には定番。


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34話

復活。
まだスマホですけど書きたくて仕方なくって。あ、ヒロアカの方も宜しくお願いしますです。


 

 もはや、アニマルロアは呼吸をするように無意識に使っている。ついでに、相手の武装や何やらもの解析もそれでいうと――これは、まずいという表現で尚おぼつかないくらいにまずい。

 

「ファイアーボムでの自爆なんて、させるものですか!」

 

 伊達に錬金術ことアルケミーを修めていない。生物学も動物学も修得している彼女には、その直感力も含めて未来が予測できた。今、少女に手を差し伸べていたその相手の死んだ目。咄嗟にはなった麻痺の秘術に加えて、繰り出すのは。

 

「窃盗(Stealing )、それから、投擲(Throwing)!」

 

 少女の隠し持っていた火炎石をくれぐれもパラライズを解除しないように慎重に奪い、しかし、素早く丁寧にすっぱ抜いて上空に放り投げる。

 

ファイアボール(Vas Flam)、燃えなさい!」

 

 そこからすかさず、秘薬に触れながらの一発。優に数メートルは灰燼にせしめる破壊力に冷や汗を垂らしたのは誰だったか。それを為した聖女はアーディには言葉をかけずに少女に向き合った。

 

「あなたの正義は人と自分を殺すことですか!」

「え……その……」

 もう、麻痺は解除されている。自分の両親は死んだ。殺された。とにかく、これを使って爆発させればまた両親に逢わせてくれると 、言われた。ただそれだけだった。あうあう、と言葉にならない言葉が漏れる。

 

「あなたが失ったものをあなたが喪わせるところだったことを理解なさい、罰は後ほど差し上げます、今は――アーディさんはこの子を頼みます!」

「あっ、うん、分かった!」

 

 返事を受けて、じろりと擬音つけで見やるのは、何やらつまらなさそうな表情をした短髪の女だ。

 

「あーあ、つまらねぇ。せっかくガキ一匹でガネーシャの優等生の一匹をぶっ殺せると思ったんだけどなあ」

 

 見覚えがある。

 カテリーナは“剣”を静かに抜いた。

 

「最後の言葉はそちらでよろしいですか」

「ああ?」

「幼子を使嗾して、何らの徳にも値しない振る舞いをした代償を払う覚悟はできているのかと問うています」

「ハッ! 馬鹿言うんじゃねえよ。面白いからやっただけで、戦力がねえからじゃねえんだ。アストレア・ファミリアの聖女だっていうじゃねえか。んな、お嬢様相手にゃ、雑魚の配下なんざ余分だ、いらねえよ」

 

 カテリーナはにこりと笑った。

 

 誰が言ったか。笑顔は最も、殺す気の野生動物の表情だと。ヴィレッタも背筋に冷や汗をかくのを自覚する。こいつ、やばくないかと。

 

「そうですか、ええ、そうですか。もうお分かりかと思いますけれど、わたしはとても怒っています。フィルヴィスさんも怒っていると思いますけれど、怒りの度合いでは負ける気はいたしませんね。ところで、あなたが殺帝(アラクニア)なのは承知していますが、主神とファミリアごと潰滅するお覚悟が、まさかないことはないと思いますが、おありですか」

「――あ。ああ!? 」

「おありではないようなご様子ですね。想定もしていなかったと。呆れました。あのですね、――わたしは、手前の大事な仲間や一般人の子どもたちを甚振られて笑顔で許せるような感情は持っていない。攻撃されれば反撃をするのは当然だが、そういった程度の考えもなかったか。反撃されるなど思っていなかったと? いいだろう。自分の行動の結果、その浅慮の代価は、己たちへの報復で支払って、理解してもらうとしよう。拷問などは好みではないし時間もない。これは、流行りの外部委託というやつだよ」

 

 もう一度ニコっと笑う。

 

魔帝召喚(Kal Vas Xen Corp)

 

 嗚呼、その瞬間、呼び出されるのは、その筋には“アークデーモン”と呼ばれる代物だ。

 

「魔王よ、ヴィレッタならびにその一派をすべて甚振って殺せ。二度と無辜な民に手を出すようなことが起きないように。必要な見せしめだ」

 

 勘違いをしてはいけない。

 アバタールは酸いも甘いも噛みわけた存在であり、常に慈悲を持って対するものではない。

 それは、この先闇派閥一派が心の芯から理解することになる。手遅れではあるが。



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35話

書けば書くほどリアクションゾンビになるのは病気かもしれません。月とか天候の問題かなー。


 

 暗黒期っていったら、どうかなあ。

 

 もちろん、この人との出会いがないとウソでしょうとも。もちろん、出逢うわけですけれど。ちょっと未来を知ってしまっているカテリーナは直感する。これはスキルとかではなく本気で直感だ。

 

 時を操る、神が笑う。決して嘲笑でもない。哀切に満ちた笑いだ。すべてを知るがゆえの、万を知って、しかし全知全能ではなく無能なものが故の。

 

「――あ」

 

 そんな哀しみの笑い声が聴こえたか否か。身の毛がよだつ。総毛立つ。類似した言葉や評言は数あれど、間違いなくカテリーナは、そこから誘引されるようにある二つの格上の気配を察知した。同時に、そこの決意と悲しみも。

 

「無事か。無事のようだが、そうは言っていられない状況のようだ」

「はい……」

 

 いつの間にか傍らにはべっているフィルヴィスの言葉に、カテリーナは歯噛みする。ヴィレッタは召喚した悪魔と二合くらいして早々に逃げた。良い判断だ。あっちがロキ・ファミリアが罠を張っていなければ。片腕を失った重傷で抜けられると良いね。死んだ人たちへの贖罪の欠片にもならないが。

 

 そんなことを思う矢先に、とんでもない頭痛が走る。

 

「あ。ぐ。え」

 

 これは何とかできるようなレベルではない。

 

 冷たくも熱い悲痛が聞こえる。それは怒りでもなんでもなく。

 

 ――。

 

「助けてほしいって、聞こえる。そう言ってる……」

 

 あちらこちらで闇派閥がいい気になっている爆音が聞こえる。そのなかで、深く噛み締めた、ギリギリという音がする。

 

 カテリーナのある種、人外めいた感覚に届くのは、それは怒りと諦念と諦め、それから切なさとこれは哀しさか。そうして、母親めいた想いだ。

 

「フィルヴィスさん――」

「どうした」

「強い気配の一つがあちらにいます。力を尽くして、それから……ごめんなさい、もしも可能であったとしても、あいてを殺さないで欲しいって、こっちに連れてきて欲しい、って、お願いしたら幻滅されますかね」

「ハッ」

 

 どこか悄然とした様子な言葉に思わず笑いを漏らし、フィルヴィス・シャリアはカテリーナの頭に手をあてがう。

 

「今更も良いところです。カテリーナ。私はあなたに恩がある、でも、そんな言葉で片付けられるものではないはずです。絆をたくさん築き上げてくれた。もう、私にとってあなたは既に、私の同胞並、いや、それ以上の存在だということを理解して欲しい。私の仲間を救い、私も救い、そうして心も。あなたは、いくらでもくれて、それなのに横に立とうとして、共にいてくれる存在、それをこの場面でやぶさかにすると思われていたのだとすると、心外だ。あなたは、私にとって心から尊敬するヒューマンなのだから」

「あ、ごめんなさい……そういう意図はなくって――」

「ふふ、分かっている。あなたは意味もなくそんな要望はしない。必要なのだな、時間が」

「はい、できれば、5分くらいは」

「安い要求です」

 

 一部に白巫女と呼ばれる黒髪のエルフであるところのフィルヴィスは、口元を隠しながら笑う。

 

「助けるべき対象は二名なのでしょう」

「ええええ」

「あなたは分かり易すぎるんです、カテリーナ」

「精進しますう……」

「一番切羽詰まっている方があなたの方で、一方のこっちはまだ余裕があるといったところか……」

「はい、でも、どちらもきっと武力的にはものすごい格上ですから、こちらからは何もできないかも知れません」

「何をいう。どんな微力でも応援とはありがたいものだろう。それに、あなたは、やると決めたことは、やり抜けるのだろう? これまでずっとそうだったはずだ」

 

 面映いところはあるけれど、まあ、そのとおり。

 瀕死の患者だって、本来は死ぬかも知れなかったが救ってみせた。全盲の秘薬売りの眼だって治してみせた。誰もが諦めたようなものを覆すなんていうのは当たり前だ。

 

「相手は――恐らく、名前をアルフィア。相棒として、ザルド。ヘラとゼウスの子どもたちです。救助対象ですが、きっと最初は、敵です」

「そうか。相手にとって不足はないどころか、こちらが不足というわけか」

 

 でも、フィルヴィスは笑う。

 

「でも、お前がいるんだ」

 

 柔らかい微笑みである。

 

「これをと、心を決めたエルフの献身を侮るな。私は、私たちは絶対に時間を稼ぐ。あなたも私を信じると良い――知らないか、誰かを信じて任せるというのは、任せた者の気持ちを楽にさせるには充分なものだ。任されるよりも、泣かされるよりも、ずっと」

 

 言外に、伝わる。

 

 あなたを信じる。

 

 あなたも自分を信じろ。

 

 そういった、気持ちがある。

 

 思わず湧いて来そうな、零れそうな涙をこらえて、カテリーナはやるべきことを整理する。

 

 情報から、また状況を考えると、相手の動機も、翻って突破口も分かる気がする。これは、医療院にほぼ滞在していたからこそだろう。だから、理解できる絶望と、今ならなんとかできるはずという希望だ。でも、それをなすまでに失われるかも知れないものからをも目を背けてはいられない。可能な限り救わねば、何がアバタールとするのか。

 

「アストレア・ファミリアの一線級を連れて、こちらの一戦級はザルドさんの足止めを、お願いします。アルフィアさんは私が無力化します。私は一人で結構。残りの一線級以外の面々はその他の闇派閥への対処と戦力の乏しいファミリアと一般人の護衛を。フィルヴィスさん……黒髪の白衣のエルフさんは練達の冒険者ですから、どうか連携を。基本は遊撃扱いで問題ありません。同じことは、ロキ・ファミリア及びフレイア・ファミリア、ガネーシャ・ファミリアにも通達してください。あと、こちらの戦線に邪魔が入ってしまったら、きっと私がとっても嫌な、悲しくなってしまう展開になりそうですから厳に自重を。ザルドさん向けの陣形については、攻撃は不要です。徹底的な防御陣、それだけ意識いただければ現場指揮官の裁量でいいです。細かい部分は皆に任せます」

「了解した」

 

 こちらの滔々とした指揮に、サクッとした返事で、驚くよりも笑ってしまう。

 

「アルフィアさんの件がうまく行ったらザルドさんも問題なくなるはずです。要するに、基本は持久戦。せいぜいが、私の精神力が少し不安なくらいです」

 

「まずいポーションでも用意しておこう」

「ヤです」

 

「ふふ」

「あは」

 

 こちらには知らない、決め手が、この聖女にはある。

 

 正規兵の彼らは、不安げな言葉は耳にしつつも、これは謙虚さの現れとしか思えない。きっと何だかんだと達成できる。すべきことを成し遂げることができのだろうと、信じている。

 

 ならば、何をか言わんや。

 

 ことさら個人的な感情で振り回されがちな性質も、やたらと思い入れの強くなりがちな精神性を持っている自覚はあるが。遊軍なフィルヴィス・シャリアは、どこか、ここが生命の賭けどころだと、改めて気合いを入れる。

 

 それに意を合わせたように団長が檄を飛ばす。

 

「我らが巫女が、女神が! その友たるお二人で戦に出られる! 我々が用意すべき時間はたかだか十分。それまでの時その少ない時間を総員で全力で立ち向かう。楽勝だろうが。かかっていけ、さあ、者ども、死ねえ!!」




5分がオーダーですけどね。ノルマや納期の定番で。ちな、口調のブレはリオンさん学びですよー。

あと、別作で書きましたけれども。
評価とかお気に入りとかここすきとかちょうほしいですー!


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36話

よっと。

少しまた間が空いてしまいました。スマホが新調できたので使い慣れなさはありますけど途中で強制シャットダウンとかなくなったはず。

割とご都合主義的な展開です。あと、ちょっと都合上短いです。


 

 それはまあ控えめに言って唐突にやってきた。

 質素で、地味ながらどこか当然とした面持ちの、それはヒューマンの女だ。非常に決然とした、決めた決意をもってこちらを見て来ている。

 

「お前は、なんだ」

 

「はい、カテリーナと申します。そちらは、アルフィアさんでいらっしゃいますよね」

「――知っていたか」

 

 フードを外しながら、見えるのは灰色味を帯びた長い髪と、閉じられた瞳だ。

 

「私の方は、お前の気配には覚えがない。その佇まいからいって、有象無象ではないだろう」

「いえ、わたしなんて、有象無象の塵芥に過ぎません。分不相応ながら、聖女だなんて呼ばれてしまうようなことになってしまいましたけれど」

 

「――ふっ。災禍の怪物などより余程良い呼ばれ方ではないか」

「そうですね、そうかもしれません。こんなにきれいな方に怪物なんて名前をつけた方はお仕置きされても良いと思います」

 

 アルフィアは嫣然と微笑む。

 

「あいにくと、ここしばらくは鏡など見ていないのでな。目など、開けずとも問題はないし、見るだけでも疲れるものがこの街には多すぎる。口説き文句をそれも同性にされたのなど随分と久しぶりだ。しかし、どうも、お前の言動はなぜか不愉快ではないな。もはや、すべてが雑音でしかないと考えていたが」

 

 ――とはいえ、と、寸鉄すら握っていないとおぼしき手をカテリーナに向ける。

 

「この状況で私の前に立ちふさがるということは、私がこの街のあり方に絶望して、滅ぼしに来たということも推察しているのだろう。よく察したというべきだが」

「あ、いえ、それ嘘ですよね」

 

 威圧を込めた顔に、しれっと返す羊飼い。

 

「――は?」

「いえ、わたし、少しばかり、生物学、解剖学や医術の知識がありまして。付け加えますと、会話の中から嘘や誤魔化しを察知するのもできるのです」

「多芸もいいところだな、羨ましいものだ」

「お褒めいただけて、嬉しいです」

「皮肉だ、馬鹿め。……ハァ」

 

 調子が狂わされているのを感じながら、普段ならゴスペること片付けてしまうところを、なぜだがらしくもなく会話の応酬をしてしまう。

 

「それで? そのような話をするためではないだろう」

 

 自分が妹と同じ死病に侵されていること、黒竜の打倒を達成してこの街の面々や、大事な妹の忘れ形見を救うための犠牲になるために悪を演じていることまでもしも察していて、そのために闇派閥を利用して騒動を起こしていることまでをも理解していられている可能性をつらつらと考えて、さすがにそんなことはないだろうと、嫌な想定を放棄しながら。が、返ってってきたカテリーナの返答は予想とは別方面に突き抜けたものだ。

 

「その病気ですけど、やってみなければわかりませんが、わたし、おそらく治せます。うまくいけばそのまま、駄目でも一回死んでいただければ、リザレクション(An Corp)でなんとかなるかと」

 

「――はぁ??」

 

 




死人も亡霊から治せますからね。そりゃあね。


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